女「立派になって迎えに来てね」(17)

ーーーー夏の日の最も暑い正午の時間に僕は緑豊かな田んぼ道を歩いていた。
たくさん生い茂った稲の草は風と一体となり、光の波を作り出す。
よって近くで見てみるとタニシの卵がひっついていたり、アメンボが緑の十字路を縫うようにして進んでいたりと
遠くでは見えなかったものがうかがえた。
 小さいころは地元の隅々まで見て回ったりして遊んだけれど、成長するにつれてこういうところでしゃがんだりする
こともなくなっていったなぁ。
 
?「あ、タニシだ」
 
童心にかえっているとふと上方から声がした。上を向くと太陽のせいで影になっていて顔はよく見えなかったけど、見慣れた
白いワンピースを着ていたので誰だかすぐに分かった。
 
男「やぁ、後光が差していてよく顔が見えないよ」
 
そういって立ち上がると声の主は爽やかに笑っていた。
 長く、そして黒いストレートにそろった髪、肌は紫外線の存在を忘れてしまうほどに白い.....
かつて日が暮れるまで遊んで、一緒に笑いあった、僕を初恋に落とした張本人。
 
男「歩こうよ、女ちゃん」
 
女「うん」
 
そして僕たちは歩幅を合わせて歩き出した。

五年前の中二の夏に彼女はこの町から都会の高校へと転向してしまった。彼女の母は厳しく、いつも
彼女に対して過度な勉強課題を出して、自分が教育に悪いと思ったものは与えず、灰色の学校生活を与えた...ように思う。
 そして、挙句の果てに彼女は転校してしまった。
 田舎の学校は都会を比べて授業の進行速度が遅いからだろうが、僕にしちゃ好きな人を引き離されたようなものだから
たまったものじゃなかった。

男「来年の冬にスキーに行かない?」

 先のこととはいえ季節外れの提案をしてしまったように思う、だが僕はできるだけ彼女に会える時間を作りたかった。

女「ごめんね、行けないかも」

 また振られてしまった、本当に申し訳なさそうにする彼女の顔は見ていて心が痛んだ。
 答えは大体分かっていたのだ、実はこの間彼女を誘おうと電話をしてみたのだが、出たのは彼女の母で
僕の名前を出した瞬間にたたきつけられるように電話を切られた。
 
 ここまでおばさんに嫌われているとは思っていなかったけれど、それでも彼女は盆休みには会いに来てくれる。
 今はそれだけでもありがたいと思おう、彼女側の都合も考えるときっと仕方のないことだ。

女「やっぱりここはキレイねー」

 快晴の青空にこの田舎ののどかな風景は、現在都会に身を置いてる彼女を優しい気持ちにさせているのだろうか。
もしそうならば、僕のものでもないがなんだか誇らしい気分だ。

 暫く歩いていると静かに風鈴の音が聞こえた、前方にアイスクリームを売っている屋台が開いているのだ。
 
 せっかく来た彼女のためにも奮発してやろうと思い、僕はアイスを注文することにした。

男「すみません、アイスを二つください」

 屋台の中は畳敷きになっていて、そこに寝転がって頬杖を着いて賑やかにしゃべるラジオの話を聞いていた。
どうやらこちらに気付いたようで、客が来るとは思ってなかったのか慌てて用意を始める。
 間もなく奥のほうから戻ってきたおじさんは両手に二つのソーダバーを持ってきてくれた。
 
おじさん「青いねぇ、こんな日に余計暑くなっちまう」

 それを手渡すついでに恥ずかしい冗談をかましてくれた、交際すらしてないのに気まずい雰囲気になったら
どうしてくれるんだ、と胸の内で嘆く。

男「どうぞ」

片方のアイスを彼女に差し出すが

女「ごめんなさい」

謝って遠慮された、去年の盆にもジュースを奢ろうとしても、こんなように断ったのだ。

 まさか食べ物や飲み物まで制限されているのか?そう思うとなんだかやるせない気持ちになって
くるのだが....。

男「内緒にしてていいから、ほら受験頑張れって気持ちも込めてるんだよ」

 早くも汗をかき始めているアイスクリームに急かされて、そんなことを口走ってしまったが嘘は言ってない。
僕は盆にしか君と顔を合わせることができないんだ、だからどうか受け取ってほしい。

 僕の気持ちが通じたのか、彼女の手はアイスバーへとゆっくり伸びる...がそれは地面に落ちてしまった。

しっかりと渡したはずなのに....、僕は最低だ、あんなことを言っておいてこれはさすがに
縁起が悪いし失礼なんじゃないのか....?

 無残に零れ落ちたアイスから顔を上げると、悲痛そうな顔をした彼女が目に映る。受験を控えている彼女に余計な
不安を与えてしまったのかもしれない。

おじさん「嬢ちゃん、もう一本やるよ」

気を遣ってくれたおじさんの言葉に彼女は首を横に振って応え、何とも言えない雰囲気を残して僕たちはその場を去った。

男「ごめん、アイス落としちゃった....」

 とにかく謝らないとと思い、謝罪の言葉を使うが、彼女は余計に悲しそうな顔をした。

女「いいの、気にしてないから...それより私あの丘に行きたいなぁ」

 あの丘とは、昔僕たちが一番よく遊んだ場所、あそこで見える風景はきれいで他の友達とも一緒に
そこで話し合ったりして楽しかったな。

男「うん、行こう」

 とりあえず、彼女が今やりたいと思うことや楽しいと思うことを率先してやるようにしよう。
ここに来てまでつらい思いをさせる必要はないんだ、もう彼女の悲しそうな表情は見たくない。

空に赤みがさしたころ、僕たちは丘に着いた。
丘の向こうに見える夕焼けは子供の頃と変わらない姿で僕たちを迎えてくれた。

女「男くん」

彼女は僕の名前を呼ぶと隣の芝生を叩いて僕が腰を下ろすように促した、それに従いゆっくりと腰を下ろすと柔らかな
緑のカーペットの心地よさに懐かしさを覚える。

 彼女を見ると夕焼けが彩る絶妙な色合いと、彼女の憂いを見せる表情が相まって僕の稚拙な表現ではとても表しきれないが
芸術的とでも言えばいいのだろうか、やはり彼女はいつ見ても美しい。

男「女ちゃん、君が好きだ」

 僕は小さいころからの想いを唐突にぶつけた、もっと早く言いたかったのだが勇気が出ず、ずっと先延ばしにしていた.....。
けれど夏のたったの一日しか会えないのに、ここでまた機会を失ってしまってはまた来年までお預けをくらってしまう、
それは我慢ができなかった。

 不意打ちに面をくらったようで、彼女は目を丸くした....だがその後にすぐ目を細めてこう言った。

女「私もだよ、男くん」

 その返事に僕は当然歓喜した、行動にもそれが出てしまったようで思わず飛び上がる僕を
彼女は面白そうに笑う。

女「でも今付き合うのはちょっと無理....かな」

 後に続く言葉に僕はそれほどショックを受けなかった、彼女は今多忙の身なのだから駄々をこねても仕方が
ないんだ、それよりも同じ想いがあったことに喜びを覚えてしまう。

女「私ね、男君にふさわしい女性になろうと思って勉強も頑張ってたんだよ?だってバカな
  女って思われたくなかったから」

男「お母さんに無理矢理やらされてたんじゃないの?」

僕の言葉に彼女は笑って続ける。

女「違うよ、私が逃げないようにお母さんに頼んだんだよ」

男「じゃあ転校は...」

女「それも私が頼んだの、ごめんね離れ離れになることになっちゃって」

 衝撃的だった、今まで母親のプライドが生んだ呪縛が彼女を縛っていると勘違いしていた。
彼女は自分で自分を縛っていたのだ。
 そんな事しなくたって僕は女性は賢くなくちゃいけないなんていう偏った意見は持ってない、ありのままの
彼女が好きなのに...でも今更彼女の積み上げてきたものを崩す勇気はない。

男「僕は、これからどうしたらいいのかな」

 正直、多忙な彼女と違って僕は高校を卒業すると家業を手伝うくらいで、それ以外は何もすることがない。

女「じゃあ、立派になって迎えに来て」

男「それって東大とか目指せってこと?」

女「違うよ」

彼女は僕の目を真っ直ぐに見つめる。

女「立派っていうのは、自分がこうでありたいって生き方に一生懸命になって」

女「あーいい人生だったなって思えるような人が立派な人なんだよ」

 立派という言葉の彼女なりの哲学を唱えられた僕は少なからず感動を覚える。
ありふれながらも、十数年としか生きていないのにこういう意見を持てるのは
僕にとって立派と思えた。

女「だからね、立派っていうのはそう簡単になれるものじゃないんだよ」

女「だからね、精一杯、毎日を懸命に生きて」

女「私を迎えに来て」

男「うん....、約束する。必ず迎えに行くよ」

 こうして彼女と約束を交わした....、時間はだいぶ過ぎていて濃紺の夜空に星々が輝いて見える、
そして一瞬彼女の頬に星に照らされた一粒の滴が流れ落ちるのが見えた。

女「私、そろそろ帰るね」

男「駅まで送っていくよ」

 その後駅まで送り、切符売り場の前で彼女と別れることになった、彼女は憑き物が落ちたように笑顔を浮かべて
手を振ったので、僕も笑顔で手を振りかえした。僕は今日この日のことを忘れないだろう。

帰り道、僕はこの間のおばさんの態度がどうも気になっていて僕は電話をかけようと試みた。
彼女に言われただけで他人にあんな態度を取るのはなんだか気持ちが悪かったからだ、いくら彼女の
母親とはいえそこらへんの事情は聴いておきたい。

 携帯を取り出して番号を入力し、しばしコール音が続いてようやく電話に彼女の母の声が聞こえる。

男「あのぅ、男ですけど」

僕はどんな怒号や罵声を浴びせられても乗り越えようという気でいた、どんな理由であれ、やっぱり
けじめというものはつけなくてはならない。

だがおばさんから出たその一言に、僕は受話器を落とした。

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