コーデリア「パンツ……?」(39)


コーデリア・グラウカはいつものように授業にも出ず、
たっぷりと時間をかけ、日課である花の水やりを終えた。

まだ授業中の廊下を歩きながら、今日は何だか校舎に人が少ないわね、
なんて能天気なことを考えながら軽い足取りで屋根裏部屋へと向かう。
そんな彼女が鼻歌混じりに戸を開けた時、
真っ先に彼女の目の前に飛び込んできたのはベッドの上に丸めたように置かれた布きれ。

パンツだ。女性用の。
その光景を認識した瞬間に彼女の頭には鮮烈なイメージが流れ込んできた。
対象は彼女を除くミルキィホームズの3人。
服装はパンツ1枚だけ。胸を腕で隠し、3人とも恥ずかしげに俯いている。

「でも、コーデリアさんになら……」

3人の内、誰が言ったかそんな言葉が聞こえてきて、
彼女の体は花に包まれているような柔らかな感触でいっぱいになった。



「ひひ……」

だらしなく涎を垂らしながら、
そんなイマジネーションに身を委ねていると無意識に閉めていたらしい背後のドアが開いた。

「あ……コーデリアさん」

弱々しくも綺麗で妖艶な声。
エルキュール・バートンのものだ。
だが姿を確認することはコーデリアには出来ない。
何故ならベッドの上に残されていたパンツに覆い被さるようにうつ伏せに飛び込んだからだ。

「コーデリアさん……?」
「あは、あはは」

うつ伏せのまま、覆い隠したパンツを服の胸元にそっと忍び込ませる。

「……?」

エルキュールは怪訝な顔をしつつも、外套を脱ぎベッドに腰掛けた。


「ふぅ……」

疲れたようにため息をつくエルキュール。
それを見てコーデリアは、さっさと部屋を出て胸元にしまい込んだパンツを鑑賞するか、
彼女に心配の言葉をかけるか、激しく悩んだ。

「……ちょっとお花を摘みに」

パンツ。
誰のものかとても気になる。

部屋の中では自然に、しなやかに、
扉をくぐった途端、わき目も振らずに一目散にトイレの個室に駆け込む。

「はぁはぁはぁ……」

普段の運動不足もさながら、息遣いの荒さがコーデリア自身の気持ちも高ぶらせていく。


息を落ち着かせ、胸から少し震える手で優しくパンツを取り出し、眼前に優しく広げてみる。
可愛らしく小さなリボンが付いた、まさに女の子、といったようなパンツ。
一部がほんの少しだけ汚れた。

「……ふぁっ」

無意識に変な声がこぼれ、呆けたような、若干マヌケな顔でそこに顔を近付けるコーデリア。

「……感じる。感じるわ……」

彼女のトイズ『五感強化』
今は失われたそのトイズはコーデリアの興奮に合わせ再びその力を目覚めさせた。
完全に蘇ったその力をすべて振り切って彼女はそのパンツの持ち主を感じ取る。

「……エリー……!これはエリーのパンツよっ……!!」

トイズにより嗅覚を極限にまで上げ、
体すべてをパンツの持ち主であるエルキュールの感触、匂いで満たしていく。

「はぁっはぁっエリー……!エリー……!」

トイズの更なる高まりによりもはや感触や匂いに留まらず、
エルキュールの声、姿までもがコーデリアの目の前にはあった。

「いいのよ、エリー……
  恥ずかしがらないで……とっても綺麗なんだから……」

狭苦しいトイレの個室は彼女の視点では花に囲まれた、エルキュールと二人きりの空間で、
自分が理想とする美化された自分が最後の一枚、
つまりパンツを脱ぐことを躊躇っているエルキュールの肩に手を当て優しく諭しているのである。

「さ、安心して。優しくするから……」

目の前のエルキュールがその最後の一枚に手をかける。
コーデリアにとって待ち焦がれた瞬間。
最高潮に達したコーデリアのトイズはすべてその一点に集約されていた。
つまり今、彼女の五感すべてはそのパンツへと集まり、外部との繋がりが一切絶たれた状態なのである。


「ちょっと、あんた行きなさいよ……」
「や、やだよぉ……キモイもん」

放課後のトイレ。
そこには本来彼女が受けるべきであった授業を終えた生徒達も利用するのである。
そこはヒソヒソ話が飛び交う、見せ物小屋のような状態となっていた。

「ひひっ……エリー……可愛いわぁ……は、早く脱いで……」
「うわぁ……」

コーデリアの五感の中では綺麗なお姉さんな自分も
周囲から見ればトイレの個室で気持ちの悪い独り言を呟くただの変質者なのである。
ある意味五感をすべて失ったコーデリアにそのことを気付くことは出来ない。

「またミルキィホームズ……?だれか他のミルキィホームズの人呼んできてよ……」

そんな言葉を誰かが発し、
それを受けた誰かが屋根裏部屋にコーデリアを除く、ミルキィホームズを呼びに行く。


しばらくして戻ってきたその誰かの後ろには、
何故呼ばれたのかわからない、どうすればいいのだろう、
と見るからに不安げな表情を浮かべたエルキュールがいた。

「エリー……いいわぁ……エリー……ひひ」

そんな事には気付くはずもなく、
妄想の世界でコーデリアはエルキュールが聞けば卒倒してしまうような痴態を繰り広げていた。

「あの個室の中の人何とかして下さい」
「え……え……コーデリア、さん……?」

背中を押され、なかば無理やりコーデリアのいる個室の前に立たされるエルキュール。
扉の向こうでは何故か荒々しい息遣いで自分の名前を呼んでいるコーデリアが。

背後から向けられる、早くしろ、という威圧感で振り向くことも出来ず、
とにかく個室のドアに手を伸ばしてみるエルキュール。
ガチャ、と勿論鍵の掛かっている音がして扉は開かない。


「あ、あの……コーデリア、さん……」

どうしよう、ととりあえず呼び掛けてみるも返事はない。

「早くしてよー」

後ろからは次第にまくし立てるような声が挙がりそれは次第に数を増していく。

「う、うぅ……」

自分に向けられる数多くの視線にただただ焦りは増していき、
エルキュールは軽いパニック状態になっていた。
さっき手をかけた時点で鍵が掛かっているとわかっている個室の扉を何度も開けようとする。
が、勿論空くことはない。

「コーデリアさんっ……コーデリアさぁん……」

目尻に大粒の涙を貯めながらコーデリアの名を呼び続けるエルキュール。

「エリー……泣かないで……」

その涙ぐんだ声はコーデリアの妄想の中のエルキュールの声と被り始めていた。
涙声の意味は両者の間で大きく違うが。


「うぅ……ううううぅぅぅ!!」

パニックが最高潮に達し、エルキュールはもはや興奮状態となっていた。
その高まりは彼女が失った『怪力』のトイズを蘇らせるに充分なものであった。

トイズが発動した瞬間、掴んだ取っ手が千切れ、ドアは根元の金具から吹き飛んだ。
吹き飛んだドアは洗面台の鏡にぶつかり、盛大な音を立てて鏡と共に砕け散り、
集まった野次馬達は悲鳴をあげ散らばって、
一分も経たぬうちにその場はエルキュールとコーデリアの2人きりとなった。

「コーデリアさん……?」

隔てられたドアがなくなり、
目の前に現れたのはエルキュールの予想だにしない姿のコーデリアであった。

顔の前面からパンツを被っているような状態、
つまりクロッチの部分に鼻と口をつけているような、実に汚らしい姿なのである。


「え、エリー……!ち、違うのよ……これは」

何が違うのか。
妄想に浸り、目を花のように輝かせていたコーデリアは一転、
パンツはそのままに顔面蒼白になり必死に首を横に振っている。

「そ、それ……私、の……パ……パン、ツ……?」

そんなコーデリアが顔面に被っている、緑色のリボンが小さくあしらわれたパンツ。
それはエルキュールのお気に入りで、つい最近なくなってしまったものであった。

「コーデリア、さん……?」

そこから考えられる事実は一つ、盗まれたということだ。

同じ部屋、しかもそんなに広くない部屋に一緒に住んでいるのだから、
下着を間違えて着てしまったりすることは仕方がない、
今回も誰かが間違えて履いてしまったのだろう、そんな風にエルキュールは考えていた。

が、目の前に広がる光景は明らかに本来の目的でない使い方をされた自分の下着が。
そしてそんな使い方をしているのは、少なからず憧れの念を抱いていた、
自分にとってはお姉さんのような、そう感じていた女性なのである。
さっき滲んだエルキュールの涙は、すでに頬から滴り落ちていた。


「こ、これはね……違うの。そう!汚れてたから綺麗にしようと……」

汚れてた。
その言葉はエルキュールの全身を羞恥心で満たし、トイズをまた蘇らせるには充分な言葉であった。

「う……うぅぅぅぅぅ!!!」
「ぎゃう!!」

被ったパンツごとコーデリアの顔を鷲掴みにするエルキュール。
その手にはトイズにより高められた力が込められていた。

「あー!!痛い痛いいたいいたぁーい!!」
「か、返してくださぁい……!」
「え、エリー!手!!手が!!」

恥ずかしさと涙で前が見えていないエルキュールにコーデリアの訴えはまったく聞こえていなかった。


「返してください……返して、くださぃ……コーデリアさぁん……!」
「あが……ぁ……あは、は、お花畑がみえるぅ~……」

自分の限界を超えた痛みにコーデリアの意識は違う世界へと旅立った。
その場違いな内容の声に違和感を感じ、エルキュールはコーデリアを見た。

「……」

自分の手の中のコーデリアは、足が宙に浮き、ぐったりとしている。

「こ、コーデリアさんっ!?」

慌てて手を離すと、ぐったりとしたコーデリアは抵抗もなく重力にまかせて落下した。

「あっ……だめ……」

頭が地面に激突しそうになったので抱きかかえるような形で救い出す。
いわゆるお姫様抱っこのような形。
未だトイズが発動しているエルキュールには造作もないことだ。


「ど、どうしよう……」

途方にくれていてもしょうがないと、とりあえずコーデリアが頭、
というか顔面に被っているパンツを回収し、屋根裏部屋に戻ることにした。

エルキュールの腕の中で眠るコーデリアはさっきまでのパンツを被った滑稽な姿ではなく、
抱きかかえた腕から零れる綺麗な金色の髪に、
その端正な顔立ちで、まるで本物のお姫様のようだ、とエルキュールは思った。
そんな彼女を抱きかかえる自分は王子様なのだろうか、と本の中のストーリーに自分を当てはめる。

エルキュールは大好きな本の登場人物になったようで、
しかも自分にはなれないであろうと思っていた姫を抱きかかえる格好いい王子様の役、
そんな高まった気分はさっきまでの陰鬱な気分を一新し、
いつもの消極的な自分を脱ぎ捨てられるような気持ちにさえさせてくれた。


「うふふ……」

普段から内に籠もりがちな彼女もコーデリアには及ばずとも妄想が好きで、
今や完全に彼女の視界、世界は王子様の自分とお姫様のコーデリア、であった。

誰とも仲良くなれなかった自分に声をかけてくれて、
初めて友達になってくれた日からずっと自分を守ってくれたコーデリアに、
エルキュールは大きな感謝の気持ちと小さな劣等感を感じていた。
それは自分に自信を持てない彼女にとって、コーデリアは眩しすぎる存在だったからである。
そんなコーデリアと対等の存在、素敵な憧れのお姫様とそれを抱きかかえる王子様となった自分。

「……」

そんな妄想にとらわれながら
エルキュールの視点では颯爽と歩いているうちに目的地である屋根裏部屋へと辿り着いた。

部屋に入ると、残りの同居者2人はまだ帰っていないようだった。
つまり部屋には王子様とお姫様の2人だけ。


「……ひ、姫」

王子様になりきって声を発してみる。
相変わらずコーデリアは眠っているし、周りには誰もいないはず。
しかしエルキュールは自分の顔が真っ赤になっていることが分かった。

「う、うぅ……」

ここから先もやってみたい、本の中の登場人物になりきって
妄想の中の素敵な自分に変わりたい、そう思っても羞恥心が邪魔をして先に進めない。
とりあえず動きだけでも真似てみようと、
コーデリアを優しくベッドに寝かせ、その横で寄り添うように手を握ってみる。


「……ん……」

少しコーデリアが身動ぎする。
小さく声を発したその唇はとても柔らかそうで、エルキュールは物語の続きを思い出した。

「キ、ス……」

物語の最後、王子様のキスで目覚めるお姫様。
振りだけ、振りだけ、と自分の唇をコーデリアの唇へと近付ける。

「コーデリア、さん……」

未だ目覚めないコーデリアにエルキュールは、
もしかしたら呪いにかかってしまったのかもしれない、
その呪いを解くためには目覚めのキスが必要なのではないか、と妄想に現実を浸食され始めていた。

それに何より、コーデリアのその美しさや優しい内面に強い憧れを抱いていたエルキュールにとって、
目の前で静かに眠るコーデリアは本当にお姫様以外の何者でもない存在なのだ。
そんな唯一無二の代え難い存在であるコーデリアに、自分の唇を重ねることはとてつもなく魅力的で、
それと同時に得る背徳感もまたドラマチックな気持ちにさせてくれるものであった。


「……コーデリアさん」

近付けた唇をさらに近付ける。
エルキュールの心にはもう、振りだけ、などという言葉は消えていた。

小さく名前を呼んだのはコーデリアが起きていないか確かる、
エルキュールの最後の歯止めの言葉のようなものだった。

コーデリアは目覚めない。

「……!」

荒い息遣いを押さえ、滲む涙をこらえる。

「姫……」

思い出したかのように物語の続きを始める。
そう、自分は王子様。

お姫様にキスをする権利があるのだから。


「……ん」

唇が小さく触れる。
その柔らかな感触はエルキュールの体全体に染み込んでいき、心に幸せな気持ちが広がっていく。

少し唇を離す。
触れただけ、の唇は何の抵抗もなく離れた。
コーデリアは目覚めない。

「ふぁ……あ……あぁ……」

小さなキスでエルキュールの頭の中はもう柔らかな感触でいっぱいになっていた。
もっともっと、と疼く体は続きを求め、エルキュールの頭もそれに同意していた。
次はもっと、もはや普段の恥ずかしがり屋のエルキュールは体面も投げ捨て、
覆い被さるようにコーデリアに口付けた。

「んんっ……ん……ぁ……」

今度は深い、粘膜を交わし合うようなキス。
先ほどとは違う、この狭い屋根裏部屋音に響くその音は
エルキュールのお腹の下あたりに響いて、エルキュールは無意識にそこに手を触れていた。
コーデリアは身動ぎを増し、今にも起きそうであったが、
今のエルキュールはキスの感触と下腹部に感じる気持ちよさで、そのことに気付くことはなかった。


「……!ふぁ……あっ……コーデリアさん……!んっ……コーデリア、さぁん……!」

唇を交わし下腹部に触れる度に下から何かが上がってきて、より頭が真っ白になってくる。
大きくなる声を隠そうともせず、エルキュールはその終わりを目指して行為を続けた。
気持ちよさが全身に溢れてきて、それがはじけそうになる。

「あっ……あぁっ……んー……!っ……!」

はじけた。
体が震えて、焦点が定まらない。
力が抜けてきて体を支えることもままならず、
もたれかかるようにコーデリアの上に倒れてしまった。

「あっ……ぅあ……」

持続する気持ちよさに定期的に体が震える。
倒れ込んだコーデリアの体からは花のいい匂いがして、
エルキュールは慣れない行為への疲れも合わせ、
駄目だとわかっていてもそのまま眠りへと落ちてしまった。


「ん……?」

しばらくして目を覚ますコーデリア。
気絶、といった形で眠ってしまったコーデリアは夢を見ていた気がした。
その夢はパンツを一枚だけ履いたエルキュールと体を重ねあう夢であった。

「夢……?」

しかし彼女の五感強化のトイズはそれが夢だということを否定していた。
それは部屋に充満する匂い、顔を赤らめて眠るエルキュール、足元に感じる濡れた感触。
そしてなにより、自らの唇から強すぎるほどのエルキュールの匂いを感じたのだ。

「夢、じゃない……?」

コーデリアは状況証拠から見ても、夢ではないことは明らかだと思った。
が、それは自分が眠っている間に行われた行為だとするならば、
ありえないことだ、とも思う。


何故ならば彼女の認識ではいつも消極的で、恥ずかしがりやで、
儚げな表情が似合うエルキュールにそんな行為は似合わない、行うはずがないからだ。

そうなると彼女はもう一つの可能性を考えた。
自分が無意識のうちに妄想でない、本物のエルキュールの純潔を奪ってしまったのではないか、と。

コーデリアはエルキュールのことが好きだった。
その儚げな雰囲気、守ってあげたい、と思う妹のような存在。
そして抱きしめて守ってあげたい、良い匂いがする、厚着に隠されたナイスなぼでぃ、妖艶な声、
そんな魅力的な部分も強く感じ、自分も女であるが、女の子として好きでもあった。

だから妄想の中ではコーデリアは何度もエルキュールに告白されているし、
コーデリアも何度もエルキュールと体を重ねた。

それが現実になるならば素晴らしいことだが、
コーデリアのその妄想はすべて同意の上でのもの。
こんな無意識のうちに、もしかしたら無理やりだったのかもしれない、
そんなことはコーデリアは望んではいなかった。

そう、同意の上ならば互いを好きでいられるが、
もし無理やりならばこれから先、エルキュールに嫌われたまま過ごすこととなる。
それだけは絶対に嫌だった。


「エリー……」

不安を押しつぶすかのように、眠るエルキュールに覆いかぶさるよう抱きしめる。
その表情は少し頬が赤らんでいるものの幸せそうで、
コーデリアは心の不安が抜けていくのを感じた。

「大丈夫、よね……」

どちらにせよ何かがあったのは間違いない。
ならば今やりたいことをやろうとコーデリアは考えた。

そう、唇から感じる匂い。
エルキュールとのキス。
同意の上なら問題ない、もし無理やりだったとするなら最後の記念に。


「エリー……起きて。キス、しちゃうわよ……?」

優しく肩を抱き、顎に手をかける。
コーデリアの妄想の中での鉄板のポーズであった。

「はぁっ……はぁ……」

しかし現実の、認識している中ではこれがコーデリアにとってはこれが初めてのキス。
興奮で胸が苦しく、唇も小さく震えていた。

妄想の中では何度も口付けを交わした唇も現実で見るものは圧倒的な魅力で、
視線をそこに合わせるだけで身震いする。

「え、エリー?ほ、ホントにしちゃう、わよ……?」

緊張と興奮で歯がガチガチと震え、胸の鼓動はより激しくなる。
今だ目覚めぬエルキュールの幸せそうな寝顔は拒絶するようなそぶりはない。
自分の唇からするエルキュールの匂いが脳内に入り込み、
早くしろ、この匂いを確かめろとコーデリアを急き立てていた。
もうエルキュールの顔は目の前にあった。


「ん……」

唇と唇が触れる。
先ほど唇から感じた匂いとは比べ物にならない、その濃すぎるほどの強い匂い。
頭は沸騰したかのように熱くなり、体を支えることができない。
ベッドの上だから、とそのまま力を抜き倒れこむ。

「ふぁ……はぁ……エリー……」
「ん……あ……!?」

しばらくしてゆっくりと目を覚ますエルキュール。
その顔はコーデリアを認識するなり、一瞬で真っ赤になり、
口からは何かを言おうとしているのはわかるが、言葉にならない声を発していた。

「ち、ちがっ……あのっ……私……わたし……!」
「え、エリー!」

コーデリアといえば、目覚めたエルキュールを前にぼんやりした頭が急速に冷えていき、
妄想に片足を突っ込んでいた思考が無理やりに現実へと引き戻されていくのを感じていた。


「あ、あの……あのっ……ごめ、ごめんなさ、い……ぅ……」

エルキュールの目尻には今にも零れおちそうなほどの涙。
その理由がコーデリアは良い意味なのか悪い意味なのか判断しかねていた。
それならば良い意味にしよう、私はお姉さんなんだから、
とコーデリアがわりとよく自分に言い聞かせる言葉で強引に決断した。
その間に涙は頬から零れていて、
そんな泣きじゃくるエルキュールに言い聞かせるよう抱きしめる。

「エリー……聞いて!」
「ぐすっ……え……?」
「私も……エリーの事……」

そうコーデリア自身はエルキュールのことが好きなのだ。
ならば後はエルキュールがコーデリアの事をどう思っているのか確かめるだけ。
同じなら良い意味、違うなら悪い意味、だ。


エルキュールの肩を掴み、抱きしめた体を離し、正面に向き直る。

そのまま唇を近づける。
コーデリアの主観では二回目のキス。

このまま拒絶されなければ幸せ、ハッピーエンド。
拒絶されればエルキュールのトイズで木端微塵。
コーデリアはさっきよりはいくらか落ち着いた頭でそう考えていた。

「エリー……好き」
「コーデリア、さん……」


~~~~~

「ただいま戻りましたー!」
「うへへ、今日はなかなかだったよ……ってくさっ!なんかくさい!」

騒々しい声とともに残りの同居者二人が帰ってくる。
その二人は屋根裏部屋へと踏み込んだ途端、違和感のある匂いにすぐに気がついた。

「エリー!コーデリア!何してたんだよ!なんかくさいんだけど!」
「は、はぁ!?くさくなんてないわよ!ねぇ!?エリー!」
「えぇ……!?は、はい……!」
「なんか、怪しいなぁ……」

視線に落ち着きのないコーデリア。
いつも以上に真っ赤な顔で俯くエルキュール。
そんな状況にネロは大きな違和感を感じていた。

「ふぇ?なにこれ」

そんな中シャーロックが見つけたもの。
部屋の隅タンスの裏にに無理やり詰め込まれていた不自然な染みつきのシーツ。


「くんくん……不思議な匂いですー!」
「あ……ああぁ……!」
「ちょっ、シャロ!?だ、だめよ!触っちゃだめ!」
「ちょぉーっと、まったぁー!」

シャーロックからそのシーツを取り上げようとしたコーデリアに立ちふさがるネロ。
その表情はトイズを失ってから久しく、凛々しい、探偵のそれとなっていた。

「怪しい……エリーとコーデリアが隠し事してるのは確かみたいだね……」
「はい……エリーさん、コーデリアさん……部屋で二人で……」

エルキュールは声も発せず視線を合わせないようただただ俯き、
コーデリアの顔もエルキュールに負けないほど真っ赤で、
口からは言葉にならない声が漏れていた。


「シーツ……染み……匂い……これから導き出される答えは……」
「はい……!」
「ぃ……ぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「わかったわよぉ!ホントの事言うからやめっ……」

「「あたし達に内緒でおいしいものを食べた!!」」

「て……って……え?」
「え……?」

予想外の答えに表情を固めるコーデリアとエルキュール。
シャーロックとネロは自信満々な表情でうんうんと頷き合っている。

「シーツにこぼしちゃったから、ボク達にばれないよう隠したんだろー?」
「ずるいですー!あたし達も食べたいですー!」
「あ……あ……そ、そう、ね。ごめんなさい……」

純粋な子たちでよかった。
そう胸を撫で下ろすコーデリアであった。


~~~~~

「シャロ!怪盗帝国から予告状だってさ!」
「はい!ミルキィホームズ、出動ですー!」

「「「おー!」」」

探偵服に着替えるやいなや、勢いよく部屋を飛び出していくシャーロックとネロ。
だがコーデリアとエルキュールは部屋に残っていた。

「エリー……今日も頑張りましょう?」
「はい……!」
「じゃあ……」

軽く唇を交わす。
それはコーデリアとエルキュールにとって、
頑張るためのおまじない、となっていた。

「……コーデリアさん!エリーさん!」

いつまでも二人が来ないことに業を煮やしたのか、
戻ってきたシャーロックが扉から顔を覗かせる。


「えぇ、今行くわ!……さ、行きましょう?エリー」
「はい!」

先に行く二人に見えないよう手を繋ぐ。
固く、指を絡ませるように繋がれたその手に、
エルキュールは初めて会った日の事を思い出していた。

「……コーデリアさん……ありがとうございます」
「?……どうしたの?」
「私が今こうしていられるのは……コーデリアさんのおかげだから……」
「そんなことないわ……エリーが頑張ったからよ」

繋ぐ手に少し力がこもる。

「コーデリアさん……大好き、です」


おわり


~~~~~

「あの、コーデリアさん……」
「なぁに?」
「あのパンツ……なんで盗んだんですか」
「えっ、えぇ!?」
「……」

校舎からの帰り道、
珍しく怒ったような表情のエルキュールにしどろもどろになるコーデリア。

「その、ぬ、盗んではないの。ただ落ちていたから……」
「む……」
「ご、ごめんなさい」

今思えばなぜベッドの上にエルキュールのパンツが落ちていたのか。
新しいものはプレゼントしたものの、あのパンツの疑問は晴れぬまま、もやもやしていた。


~~~~~


「うへへ……これを売ればまたひと儲けだよ……」


「ネーロー……!」



おわり

こんな落ちでごめんなさい お恥ずかしい

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom