杏子「ふぁいやーぼんばー?」Re.FIRE!! (299)

・まどか☆マギカとマクロス7のクロスです。

・基本的にアニメ版準拠ですが、時々オリジナル要素やゲーム出典の内容も入ります。

・書き溜めは終了しているのでなるべく早く完結させたいと思います。

・題名にもある通りリメイクなので先を見たいという方は前スレをご参照ください。

無事に完結させたいと思いますので、お付き合い願います。




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1422884969

2009年。地球人類は初めて異星人と接触。その異星人、ゼントラーディという名の巨人の軍隊と宇宙戦争に突入し、地球は滅亡の危機に瀕した。

2010年3月。戦争終結。同年4月、新統合政府が樹立され、地球人類と異星人ゼントラーディは共存の道を歩み始めた。
希望するゼントラーディは、マイクローン化という技術によりその体を地球人サイズに変えた。

2011年9月。地球統合政府は種の存続を主眼に置き、人類移住計画を立案。翌年9月。
第一次超長距離移民船団メガロード-01が出航した。

2030年9月。メガロード級大型移民船団に変わり、超大型移民船団の新マクロス級1番艦が出航。百万人規模の移民船団となった。

2038年。新マクロス級7番艦を中核とした、第37次超長距離移民船団マクロス7出航。銀河の中心へと向かい旅立った。

そして2045年。突如バロータ軍からの襲撃を受けたマクロス7船団は、彼らの目的が「スピリチア」と呼ばれる生命エネルギーだと
いうことを突き止める。

さらに熱気バサラの歌が彼らが復活させた古代生物兵器プロトデビルンを封じることが出来ることが判明する。
そこで統合軍は熱気バサラたちが所属するロックバンドグループ、「FIRE BOMBER」を民間協力隊「サウンドフォース」として軍の指揮下に置く。

やがて、バサラの歌はプロトデビルンたちの心をも揺り動かし、彼ら自身が歌うことによって「スピリチア」を得ることを可能とさせ、
スピリチアを他者から得る必要の無くなったプロトデビルンたちは宇宙の彼方へと飛び去っていき、戦いは終結した。

そして今、歌で戦争を終わらせた熱気バサラは今一人、宇宙を漂っていた。

これはバサラが惑星ゾラから帰還した、その数日後のことである……。


暗闇。

その彼方に、煌めく星々が見える。

バサラは、宇宙の、銀河のこの光景が好きであり、今も愛機であるファイヤーバルキリーにテザー(命綱)を付け、
宇宙遊泳を楽しんでいる。

ふと、腕を見ると発信機が信号を発していた。

機体に通信が入ったことを知らせる光を見て、バサラは苦い顔をしながら機体へと戻る。

コックピットのハッチを開き、中に入る。

広めの座席に座り、通信の主が誰かを確認しながらハッチを閉じ、重々しい宇宙服のヘルメットを外す。

バサラ「通信……?レイからか」

ボタンの操作をし、通信画面を開く。そこには、バンドのリーダーである見慣れた顔が映っていた。

レイ「バサラ。お楽しみの際中悪いが急な仕事が入った。すぐにシティ7へと戻ってくれ」

バサラ「なんだよ、レイ。いきなりそんな話されても訳が分からねえよ。それに、どこからの仕事の依頼だよ?
俺は音楽以外の仕事は受けないからな」

レイ「おいおい、まだラジオのCMに出たことを根に持っているのか?あの時はお前も結構ノリノリだったろう」

バサラ「あの時と話は別。それに俺は今、新しいサウンドを見つけることに忙しいんだよ」

レイ「まあ、そう言うな。それに、これは軍からの命令でもあるんだ」

バサラ「軍から!?おいおい、馬鹿を言うなよ。俺はもう軍とは関わりねえっての!」

レイ「そんなことを言っても、その機体の整備やらなんやらは軍を通じて行なっているわけだし。
それに戦うわけではないのだから少しくらい言うことを聞いてやってもいいだろう?」

バサラ「……はあ、それで?その命令ってのは?」

レイ「詳しくは聞かされてないから知らないが、異星人とのコンタクトにお前の歌が必要になるかもしれないとのことだ。
だから一度戻ってもらわないと困るそうだ」

バサラ「全く、なんだか俺の歌を好き勝手に使われている様な感じでなんか気が進まねえが……分かったよ。
じゃあ、通信切るぜ。プツン

目標地点を設定して……あとは自動操縦にして、と……少し疲れたし、到着するまで寝るか……」


♫どうにもならないことだってあるだろ

(……どか……た一人の……)

バサラが寝言で歌い始めたその時、突如バサラの乗る機体を囲むようにして時空間振動が発生する。
マクロス7艦隊がその異常に気づいた時にはもう、その宙域にいたはずのバサラの機体は忽然と姿を消していた……

http://www.youtube.com/watch?v=0mf-lGZ_UAs&list=PLBF554403A149D33C&index=10

第一話

「ワイルド・ライフ」

杏子(……このたい焼き、餡の甘さがくどいな。……冒険して違う店で買ったりしなければ良かった……)

不満を心の中で述べつつも最後の尾の部分を口に入れ、口に残った甘さをペットボトルのお茶で飲み干す。
飲みきったペットボトルを放り投げると、上手くゴミ箱の中へと入っていった。

杏子「お、ナイス。幸先が良いな……ん?なんだあれ……人が集まってる?」

いつも通る道に人だかりが出来るようなものがあったかと不審に思い、杏子は近寄ってその正体を確かめる。

近づくに連れ、何かが聞こえて来る。
ある程度の距離まで行くと、それが歌だということが分かった。


http://www.youtube.com/watch?v=DE65zNyx1Bw


♫ おまえに逢いたい この寂しさ 分かち合える

杏子(へえ……結構上手いじゃん)

そう思いながら、何とかして姿を見ようと背伸びをする。
だが想像以上に人の壁が厚く、おまけに同年代の中でもあまり背が大きくない杏子にとっては成人たちの
背丈を背伸び程度で超すことは難しかった。

♫ おまえだけを 待ち焦がれて 時は過ぎる

杏子(う、見えない……少し前に行って見よう)

♫ いつか本で呼んだ 遥か遠い星の

杏子(もうちょっとで見えそう……)

♫ 透き通る海に おまえを連れてゆこう OH YEAH!


パチパチパチパチパチパチパチパチ

湧き上がる拍手と歓声に、杏子は戸惑いながらも釣られて拍手を送る。

「ありがとよ。今日はこの辺で終いだ。また来てくれよな」

「上手かったねー」「いいぞー!」ヒューヒュー

杏子(や、やっと前に出れた……ってうわ!すげえお札の山!)

次々と去りゆく人たちがさらにギターケースに放られたお札の山の上にお捻りを追加していく。
杏子はその量に驚き、食い入るように見つめていた。そして気がつくと、その場に残ったのは杏子だけとなっていた。

杏子(あ、やば……帰るタイミングを逃した)

「どうした、俺に何か用か?」

男が声をかける。
細身だが長身で、跳ねた髪型。そして、浅めにかけた丸淵のサングラスが特徴的な男だった。

杏子「え、ええと」

「……俺の歌、どうだった?」

杏子「あ、ああ。歌?上手かったと……思うけど……」

杏子の視線が、思わずギターケースの方へと向かう。

「まったく、こんなのいらないってのにな」

愚痴るように男がつぶやきながら、ケースの中にお捻りをまとめていく。

杏子の頬のが少しつり上がり、目を細めてそれを見た。

杏子「……なあ、そのお金……まとめるの手伝ってやろうか?ギターを持ったままじゃ大変だろう」

「……ああ、そうだな。じゃあ頼むぜ」

そう言って男がお金の入ったケースを杏子に任せる。

札束や小銭が溢れるケースを閉じて駆け出そうとした瞬間、
男は杏子の背中の襟を掴んで動きを止めた。

「バレてるぜ。そういう手口は結構見慣れているんだ」

男ががぐい、と襟を掴む力を強めて杏子を引き寄せる。

「さあ……返してもらうぜ……?っておい、どうした……」

そこで、男は自分が持っているものが人間の体重にしてはあまりにも軽すぎる事に気がつく。

「ナーオ」

「え?な……猫!?」

服の襟首を掴んだと思った手に掴んでいたのは猫の後ろ首の部分だった。
すごく嫌そうな顔をした猫と思わず顔を見合わせる。

猫「フーッ」

「わ……引っ掻かれた!一体どういう事だ……」

うっすらと血が滲む手を押さえつつ疑問に思いながらも、
ギターケースが奪われた事だけは確かだということが分かった。

「……って、さっきのやつはどこに行った!?俺のギターケース!!」


路地裏

杏子「へへっ、たんまり手に入った。手品の真似事でも結構上手くいくもんだな」

杏子「ひーふーみー……これだけありゃあ、今月は食うものには困らないな。あの猫にもちゃんと分前をくれてやらないと」

杏子「さてと、このケース邪魔だな……どっかに捨てようか……いや、ケースくらいは返してやるか」

杏子がお金をポケットの中に押し込んだ時、ソウルジェムが光を放った。
それを見て、杏子は顔をしかめる。

杏子「魔女の反応……ちっ、こんなところでかよ!」

路地裏に止められた自転車は搭乗者もいないのにカラカラと回りだし、居酒屋の裏に積み上げられていたビール瓶ケースがくにゃくにゃと変形していく。空間が歪みだし、風景の色が変わっていった。

杏子(魔女に見つかる前に、こっちが先に補足しないと)

ソウルジェムを掲げ、杏子は身体を光に包ませる。
ほんの数秒で、杏子の格好は赤を基調とした衣服へと変化する。

杏子「反応は……って、さっき通った方角じゃん!」

ソウルジェムに目をやりながら杏子は路地裏だった場所を駆けていく。


魔女の結界

杏子(えーと、確かこのあたり……お、いた!使い魔が3体……魔女にはまだなってないのか)

杏子(なら、別に手を出す必要はないな……うん……ない。魔力の無駄遣いは避けなきゃ)

その場を去ろうとした時、使い魔たちの声が響く中に場違いな音がするのが聞こえた。

杏子(なんの音……ギター?)

「なんだか知らねえが、俺の歌が聞きたいなら聞かせてやる!行くぜ、突撃ラブハート!」

http://www.youtube.com/watch?v=GWHd8IvmjYs&feature=related


♫ Let's go 突き抜けようぜ 夢で見た夜明けへ まだまだ遠いけど

杏子(あいつ……!さっきの……まさかあたしを追いかけてきて結界に巻き込まれたのか……!?)

♫ May be なんとかなるのさ 愛があればいつだって

異形の使い魔と呼ばれる生き物達は歌で男の存在に気づき、囲むように距離を縮めていく。

♫ 俺の歌を聞けば 簡単な事さ 2つのハートをクロスさせるなんて

それぞれが聞きなれない言葉や歌のようなものを呟きながら近づいてくるのを見て、
男はそれに対抗するかのように声の力を増した。

使い魔たちの動きが一瞬止まり、害意を持った使い魔の手が男へと伸びた。
だがそれは男に届くことはなく、鎖でつながれた鞭のような槍によってその使い魔の身体は切り刻まれていた。

杏子「おい、お前さっさとここから逃げろ!」

♫ 夜空を駆けるラブハート 燃える思いを乗せて 

杏子の言葉には答えず、男は歌を続ける。
思わず、杏子は舌打ちをする。

杏子「くそっ、なんで私がこんな奴の為に……!」

♫ 悲しみと憎しみを 撃ち落として行け

目の前で次々と使い魔たちが倒されていくのを見ながらも、男は歌うことをやめなかった。

♫ お前の胸にも ラブハート まっすぐ受け止めて Destiny

杏子「こいつでラストぉっ!」

♫ 何億光年の彼方へも 突撃ラブハート!

何体か使い魔を倒すと結界が消えて周りの景色が元に戻っていく。
魔女の反応も消えたことから、今回は逃げられたことがわかった。

杏子(はあ……結局全部倒す羽目になっちまった。しかも本命の魔女には逃げられるし……)

杏子は男を睨みつけようと振り返り、開口一番に怒りを顕にする。

杏子「邪魔すんな!「邪魔するんじゃねえ!」

偶然にも男と言葉が重なり、面食らったような表情をする。

杏子「こっちの台詞だっての!言っておくけど、助けたのはただの気まぐれだからな」

「なんで俺の歌の邪魔をする!なんであいつらと戦うんだよ!」

杏子「う、歌?お前、何言って……」

「あいつらは俺の歌の観客だ。それをお前は……」

杏子「なにわけ分かんねえこと言ってるんだか。とりあえず、死にたいんだったら他所で勝手に死にな」

杏子「少なくともあたしの目の前で死ぬんじゃねえよ、目障りだ」

杏子が槍を突きつけながら男に向かって言い放つ。
だが、男は顔色一つ変えずに杏子に言葉を返す。

「死にやしねえよ」

杏子「はんっ、勝手なことばかり抜かしやがって。それとも、少し痛いに目に合わないと分からないのかよ」

「なら、お前も聞いてみるか?俺のサウンドを」

そう言うと、男はいきなりギターを弾き始める。

http://www.youtube.com/watch?v=Jjt3pI7pdWg



♫ どうにもならない事ってあるだろ どんなに頑張っても

杏子「な、何いきなり歌い出してんだよ、馬鹿かお前は!」

♫ すべては真っ暗 星さえ見えない そんな夜が続く時

杏子「だー!うるさい、歌うなって」

♫ 俺は気づいたんだ とりあえず出来る事を すればいいと

杏子「歌うなって言ってんだろ!」

堪り兼ねた様子で、杏子が槍を振り回す。
本気で当てようとは思ってはいなかったものの、それらをバサラは何食わぬ顔でひょいと避けながら歌い続ける。

♫ It's my WILD LIFE 自分勝手に行こう どうにか先へ進もうぜ

♫ なんとか なってしまう ALL-RIGHT!

杏子「やめろって言ってるだろ、このっ!」

♫ 答えはついてくるのさ あの波に 飛び乗ろう

憤慨する杏子を物ともせず、バサラは一頻り歌い上げる。

杏子「はーっ、はーっ……ああ、もう!分からず屋め!一体何なんだよお前は!」

「俺か?俺は……」

バサラ「バサラ。熱気バサラ。『FIRE BOMBER』っていうロックバンドのメンバーだ」

杏子「ロックバンド……?ふぁいやーぼんばー??」

バサラ「ああ。お前の名前は?」

杏子「き、杏子。佐倉杏子」

バサラ「そうか。よろしくな、杏子」

杏子「うん……じゃなくて!だから私が言いたいのは」

バサラ「ん?……あ!お前、ギターケース泥棒!?」

杏子「げ!しまった」

バサラ「俺のギターケース、返せよ!」

杏子「あ、後で返すつもりだったんだよ。ほんとだって!」

バサラ「どこにあるんだ?」

杏子「それなら、ここに……ってあ!」

杏子(やっば。邪魔だからって、魔女の結界内に置いたままだった)

バサラ「どうした?」

杏子「え、ええと。それが……さっきの結界の中に」

バサラ「結界?何の話だよ」

杏子「あ、いや何でも」

バサラ「何でもいいから、早いところ返せよ」

杏子「う……分かったよ。その、ちょっとむこう向いてろよ」

バサラ「なんで?」

杏子「いいから!」

バサラが不本意ながらそっぽを向くと、杏子は胸元のソウルジェムに手をかざし、光を放ちながら変身を解く。
私服に入っていた札束を握り、前に差し出す。

杏子「もういいよ。ほら、お金。これでいいんだろ」

バサラ「……!ふざけるな!」

差し出された札束を、バサラは払いのけた。
杏子の目が驚きで見開く。

杏子「な……!?」

バサラ「金なんざどうだっていい!」

杏子「は、え?」

バサラ「ギターケース、失くしたのかよ?」

杏子「あ……う、うん」

バサラ「はあ……ならそうと早く言えっての」

バサラはため息をついてギターを背負い直し、路地裏から通りへと歩いていこうとする。

杏子「っておい、お金!」

バサラ「いらねーよ」

振り返りもせず、その言葉だけを杏子に返しながらバサラは去っていった。
茫然と立ち尽くしながら、杏子は返そうとしていた札束を力強く握りしめる。感情の理由が分からないまま杏子は苛立っていた。

その感情が惨めと呼ばれるものであることに気づける程、杏子はまだ人生の経験を積んではいなかった。

ゲームセンター


薄暗い店の中で画面の光が席に座る人の顔に映る。

スロットの演出音とメダルの排出される音。

煙草の煙と染み付く臭い。

対戦ゲームから流れるアナウンスと必殺技の声。

重低音が激しいレースゲームのBGM。

それらを抜けたところに杏子はいた。
履いていたブーツをダンスゲームの筐体の横側に置き、素足で、軽やかなステップを踏む。
足が汚れるのもお構いなしに、皮が擦り切れそうな速さで足を動かし、交差させ、右へ、左へと、
文字通り飛び回るように、息をつく間もないほど連続した矢印型のマークを全て正確に踏んでいく。

見ているだけで足がもつれそうになるような矢印の波が、数字へと換わっていった。
表示される数字の桁はどんどん増えていき、600が間近になったところで曲が止まる。

STAGE CLEAR!

そのアナウンスがなると、杏子は背中にあるバーにもたれかかる。
魔法少女である杏子は常人よりも身体能力は遥かに高いが、
能力向上の魔法をかけずに最上級難易度を30曲もやると息が切れ、汗も玉の滴となって流れ落ちた。

表示された順位は1桁であったが、杏子はスコアに興味がないとでも言うかのように、適当にボタンを押し続けてゲームを終わらせる。

後ろを振り返るとギャラリーが数人できていたが、杏子が嫌な顔を向けるとそそくさと人はいなくなっていった。
ゲームセンターに備え付けてあるおしぼり機から数本を取り、ブーツを持って椅子に腰掛けると、黒ずんだ足を拭く。


その日杏子は朝から虫の居所が悪かった。
正確には、昨日バサラと出会ってからずっと機嫌が悪かった。
しかも自分がどうしてこんなにもむしゃくしゃしているのかが分からないのが更に苛立たしさを増す原因となっている。

拠点としているホテルに戻り、シャワーを浴びても、朝目覚めても、その苛立ちは消えず、
どうにかしてそれを解消しようと杏子は今日1日中は好き勝手な事をしようと決めた。
好きなお菓子を食べ、気ままに買い物をして、今はゲームセンターで得意なゲームをプレイしていた。

だが、そのどれをやっても杏子の憂さが晴れることは無かった。
何故か。その答えを杏子は自分自身でよく分かっていた。

杏子(あたしがしたいのはこんな事じゃなくて)

そもそも、杏子がゲームセンターに通うようになったのは、つい数ヶ月前の話である。
それまではゲームセンターという場所がどういう所なのかさえ知らず、
せいぜい、「不良がよく行く場所」や「集まりでプリクラを撮る場所」ぐらいの認識しかなかった。

杏子は苛立ちの原因である男の顔を思い出す。

杏子(あいつは一体何なんだよ……)

足を拭き終わるとブーツを履き、そのまま店の外へと出る。
外はもう日が沈みかけており、差し込んだ西陽に目を細めた。
次に何処へ向かうのかを、杏子は考えていなかった。

ただ、足が向かうままに歩き出す。学校帰りの学生たちが杏子とすれ違っていく。
その中で自分と同じくらいの年の生徒を見ると、思わず目を背ける。
万が一にしても、自分の事を知っている人と出会いたくなかった。
もし知人がいれば、嫌でも他者と自分の境遇を比べてしまうから。
自然と、視線が下がっていく。それでも、人の流れもあって歩みを止めることはなかった。

しばらく歩くと、杏子は自分が今日何をすれば良かったのかという答えをようやく頭の中に浮かべていた。
その答えを見つけるのと同時に、歩みを止めた。目的の人物の目の前へとたどり着いたからだ。

地面にあぐらをかいてギターのペグを回してチューニングをするバサラの前に立ち、その姿を少しの間見つめる。

目の前に立って、杏子はまず何を言えばいいのかが思いつかなかった。
自分がしたことを思い出すと、相手の前に出ること自体、相手の怒りを買うような事ではないのかと。
そうしたことをぼんやりと考えていると、バサラが杏子の存在に気がつく。

バサラ「もう今日の分は終わっちまったぜ」

杏子「は?」

バサラ「歌を聞きに来たんだろ?」

音程を合わせたばかりの弦を鳴らしながら、バサラは聞いた。
いきなり、それも予想外の質問に杏子は戸惑う。

杏子「そんなわけないだろ」

バサラ「じゃあ、どうしたっていうんだよ」

杏子「あのさ……お前、あたしに聞きたい事とかないのかよ」

バサラ「何が?」

杏子「何がって!昨日のやつらは何だったのかとか、あたしがその……変身した事とか!
色々聞きたい事があるものだろ、普通は!」

バサラ「聞いて欲しいのか?」

杏子「え、べ……別に、そういうわけじゃないけどさ」

バサラ「なら、どうだっていいだろそんな事」

ギターを背負い、バサラが立ち上がる。

杏子「どこに行くんだ?」

バサラ「そんなの俺の勝手だろ」

杏子「それは、そうだけど……あ、待てよ!まだ話は終わってな」グゥー

バサラ「ん?」

杏子「あ」

そこで、杏子は自分がお昼も禄に食べずにずっとゲームに没頭していたことを思い出す。
慌ててお腹を抑え、恥ずかしさに顔を背ける。

杏子「い、今のは……その」

バサラ「奢ってやるよ」

杏子「え?」

バサラ「飯、食ってないんだろ?ついて来いよ」

杏子「め、恵んで貰うほど困ってなんか……だって、お金は……お前から……」

自分が昨日盗んだ事への後ろめたさもあり、素直に付いて行くことは気が引けた。
それに、気にしていないとは言われてもそれが本当かどうかも分からない。

バサラ「いいから来いよ。それとも、遠慮なんかしてるのか?ガキのくせに」

杏子「ガキって言うな!大体、路上で歌なんか歌っている奴がお金に余裕なんかあるのかよ」

その言葉の中には、自分がケースを盗んで失くしてしまった事でお捻りを集めることが出来なかったのではないのかという念もあった。だが、杏子の言葉にバサラはポケットの中から皺のついたお札を数枚見せて答える。

バサラ「無理矢理押し込まれた金だしな。無下にするわけにもいかないし。なんか食いたいものとかないのか?」

杏子「だ、だから別に恵んでもらう必要なんか」

バサラ「面倒な奴だなあ。いらないなら勝手に行っちまうぜ」

杏子「あ……」

頭の中では、自分が今からしようとする行動、物を盗んだ相手と食事を共にするという事がどれだけ異常な事かは分かっていた。
だが、この熱気バサラという人物には、例えそれがおかしな事であったとしてもなんでもない事のように思えさせてしまうような
一種の強引さがあった。

杏子「……分かったよ、行くよ!……全く……どうかしてるよ」

杏子は歩き始めていたバサラに、文句を言いながら駆け寄って近づく。
近づいてくるのが分かると、バサラは少し頬を緩ませて微笑んだ。

ファミレス  店内


バサラ「よく来るのか、この店」

杏子「いいや。だってさ、こういう店ってなかなか一人じゃ入れないものだろ。あたしくらいの年じゃあさ」

バサラ「ふうん。そんなものか」

杏子「……それよりさ、どうしてあんな事をしていたんだ?」

バサラ「あんな事って?」

トクダイサーロインステーキヲゴチュウモンノオキャクサマー

杏子「あいつらの前で歌っていただろ」

バサラ「ああ、あれか」

杏子は目の前の男の危機感の無さに改めて呆れる。

杏子「悪いことは言わないから、あんなことはもうやめたほうがいい。
もし魔女の結界に巻き込まれたらすぐに逃げ道を探しな。じゃないと……死んじまうぞ」

パインサラダヲゴチュウモンノオキャクサマー

バサラ「魔女?結界?なんだよそれは」

杏子「あ……うん、まあ簡単に説明するとだな……魔女っていうのが人を襲う悪い奴らで、
そいつらが人を襲うのに作る空間が結界なんだ」

バサラ「じゃあ、お前はどうなんだよ。お前だって、その結界の中にいただろ?
逃げるどころか戦っていたじゃねえか」

杏子「あたしは魔法少女。その魔女と戦うのがあたしたちの使命さ。
ま、とどのつまり、あいつらは人を襲う悪い奴らであたしが正義の味方って事。分かった?」

バサラ「現実味の無い話だな」

杏子「しょうがねえだろ。事実なんだし。お前も見ただろ」

バサラ「正義だの悪だの魔法だのって。そんな事で戦うなんて馬鹿げているぜ」

杏子「なんだと!?」

バサラ「あいつらだって、歌を聞けば分かり合えるかもしれないだろ」

杏子「また、歌かよ……そもそもあいつらに耳があるのかどうかさえも分からないのに、
どうやって歌なんて聴かせるんだ」

バサラ「耳なんか無くったって心に響かせればいいんだよ」

杏子「心?……はっ、それこそ無理な話だって。あいつらに心なんてあるもんか。
狂ったように奇声を上げたり、見境なく人を襲ったりする化物共なんかに心なんてあるものかよ」

バサラ「やってみなくちゃ分からねえだろ」

話を割るように、ウェイトレスが近づく。視線が、そのウェイトレスの持つ皿に注がれていた。

ウェイトレス「おまたせいたしました。『渡り蟹のトマトクリームパスタ』とクリームソーダをご注文のお客様は……」

杏子「はいはーい、それはこっち」

ウェイトレス「こ、こちら……『激熱爆辛ハバネロカレー 辛さ300倍増し』になります……」

ウェイトレスの声が震え、臭いで涙目になっている。
何故、そんなものを頼むのだろう、そして、何故そんなものがメニューにあるのだろう、と。
それを運びに来たウェイトレスは勿論、その周りに居る者の殆どがその刺激臭に顔をしかめながらそう考えていた。

ただ一人、それを注文したバサラを除いて。

バサラ「おう。こっちだ。へへっ、良い感じに辛そうじゃねえか」

杏子「……注文してた時から思ってたけれどさあ。お前、それ本当に食えるのか?辛くて味も何もしなさそうだけど……」

バサラ「分かってねえなあ。辛いから美味いんだろうが」

そう言いながらスプーンに一杯掬ったカレーを口の中に入れる。
それを見た誰しもが思わず手を止め、固唾を飲んで見守る。

バサラ「~~~っ!辛えっ!けどうめえ!!」

杏子「信じられねえ……」

杏子はバサラの食べる姿と刺激臭のせいで、しばらく目の前の料理に意識が向かなかった。

これから本格的に混み始めるという時間の前に、会計を済ませて二人は店を出る。
辺りは暗くなっていたが、冬の寒さはもう無くなっていた。

杏子「うえ……まだ目が染みる感じがする。あんなものを完食出来て平然としていられるなんて」

バサラ「………」

杏子「ん、どうかしたのか?」

バサラはぼんやりと夜風を肌に受け、夜空の月を見上げていた。

バサラ「なあ、ここって……地球なのか?」

杏子「え……いや、当然だろ?何変なこと聞いているんだ?」

バサラ「そうか……。星があんまり見えないんだな」

杏子「まあね。自然が多い場所に行けばもっと見えるんだろうけれど、この辺りは開発されちゃったからね」

バサラ「寂しくないのか?」

杏子「何が?」

バサラ「星が見えなくてさ」

杏子「別に。ずっとそうだったから、今更どうでもいいよ。……最初から無いのなら今さらそれを望むこともないよ」

バサラ「そんな事ないだろ」

杏子「……そういうものなんだよ。じゃないと」

杏子は何かを言いかけたが即座にポケットへと視線を動かし、それからバサラの方を見た。

杏子「おっと、もうそろそろ帰らなくちゃ。じゃあな」

バサラ「ああ。もう人の物に手をだすなよ」

杏子「お前がこれからずっと奢ってくれるなら考えてやるよ」

杏子が走り去ると、バサラは耳を澄ませた。
風が、バサラの髪を揺らす。少しの間そうして立ち止まり、行くべき方向を決めた。

路地

バサラの元を去り、相手の姿が見えなくなってから杏子はソウルジェムを取り出す。
それを見ながら、反応が強まる方向へと歩みを進める。人通りの少なさそうな寂れた店の裏側でその反応は一段と強くなった。

杏子「この規模じゃあまだ使い魔だな。さて、と。邪魔はいないし……魔女になるまで待つか、それとも本命を探すか」

変身した杏子が槍で空間を切り裂くと、裂け目から扉が現れる。
その中に入り、警戒しながら進むと異形の姿を見つけた。
物陰に隠れながら様子を伺う。3体の使い魔が辺りを飛び回っていた。

探しているのは、餌か。
主である魔女に献上するための贄か。
或いは、狂ったような声をあげる使い魔達の遊び道具か。

そんな事を考えながら杏子は使い魔たちを観察する。
杏子は、バサラの言葉を思い出しては小首を傾げた。

杏子「心……ね」

バサラがもし今ここで歌ったとして、それを使い魔達が聞くとはどうにも思えなかった。
歌い始めたところで、使い魔たちが襲いかかり無残な姿になるのが関の山だろう。
そう考えていると、バサラの歌が聞こえてくるような気がした。

杏子「何も知らないやつが……口なんか出すなっての……」

自分の境遇、与えられた使命、今や感じなくなった良心が咎める幾つかの事。
まだ幼い自分にとっては、どれもどうしようもないもの、どうにもならないもの。

♫ どうにもならない事ってあるだろ どんなに頑張っても

視線を使い魔へと戻す。使い魔へと近づいてく影があった。

杏子「は……!ば、バサラ……!?」

♫ 全ては真っ暗 星さえ見えない そんな夜が続く時

先ほどまで見ていた姿を見間違うはずがない。
店の外で別れたはずだ。跡をつけられるようなヘマもしていないはずだった。

♫ 俺は気付いたんだ とりあえず出来る事をすれば いいと

混乱した頭では、浮かんだ疑問ばかりを口にすることしか出来なかった。

杏子「どうして……どうしてあいつが、こんな所に!?」

使い魔たちがバサラへと近づく。なにか訝しげな物を見るかのように使い魔同士が顔(らしき場所)を見合わせていた。
子供の声に似た奇声を上げて使い魔の一体がバサラへと体当たりをする。

♫ It's my WILD LIFE ! いいかげんでゆこう どうにか先へ進もうぜ

だが、バサラはそれを杏子が仕掛けた時と同じように眉一つ変えずに避け、すれ違いざまに浴びせかけるように歌を聞かせる。
2体、3体目も同じように跳びかかっていく。

♫ なんとか なってしまう ALL RIGHT!

危険なはずである。捕まれば、普通の人間ならいとも簡単に殺されてしまうはずである。
だが、物陰から杏子が見たその光景は、まるでライブパフォーマンスの一環のようにさえ思えるほどバサラの余裕を感じられた。

♫ 答えはついてくるのさ あの波に 飛び乗ろう! yey,yey,yey! wow!

杏子は、バサラの前に出る気を失いかけていた。
バサラの言葉に引っかかっていたわけではない。
使い魔が魔女へと育つまで待ってから、それを倒してグリーフシードを手に入れる。
それが、当初の目的である。そして、効率を考える魔法少女ならば誰でもそうするだろうという行動だ。
それなのに何故か、杏子はバサラの姿を見続けていたくなっていた。
例え相手が聞く耳を持たなくとも、必死に相手に歌を聞かせようとする姿。
その姿が杏子の胸を確かに叩いていた。

杏子(なんで……こんなやつが……)

♫ 避けて通れないことってあるだろ どれだけ逆らっても

よく見ると使い魔の数が1体減っていた。その事に気付いた時には、結界の奥から多くの使い魔たちが向かってくるのが見えた。

杏子「やべえ、仲間を呼んだのか……!」

♫ 巻き込まれたら 嵐の真ん中 慌てるな 落ち着けよ

数十体に増えた使い魔達が互いに示し合わせ、奇声を上げながら一斉に攻撃を仕掛ける。
飛んできた小さな爆薬のような物がバサラの足元で破裂する。

♫ 状況は最悪でも 考え方次第だろ チャンスはあるさ

バサラの目の前に突然格子状の壁が出現し、突撃してきた使い魔たちがぶつかっては倒れていく。
物陰から飛び出した杏子が叫んだ。

杏子「何やっているんだ!逃げるぞ」

バサラ「おい、まだ俺の歌は終わっちゃいねえぞ!」

杏子「いいから来いっての!」

無理矢理バサラの腕を杏子がつかみ、引きずるように使い魔たちとは反対の方向へと逃げる。
扉をいくつか開けて駆け抜けていき、しばらく行くと今までとは異なった形の扉が現れる。
それを開けると急に視界が開けていき、目の前には結界に入る前に見た風景が見えた。振り返って結界の方を見ると空中に文字が浮かび、それから結界が閉じていく。

杏子「はーっ、はーっ、この……お前は!」

バサラ「なんで邪魔をする!」

杏子「お前、どうしてまた結界の中で歌ったりしていたんだ?あたしは、逃げろって言ったはずだぞ」

バサラ「風が教えてくれたんだ……ここに俺の歌を必要とする奴がいるって。
それに、観客を目の前にしてなんで逃げなきゃいけないんだ。俺は歌いたい時に歌う!ただそれだけだ」

杏子「そ……そんなわけの分からない理由で……!」

バサラ「とにかく、邪魔をするなよ。俺は俺のやりたいようにやるんだからよ」

杏子「邪魔はどっちだと……」

バサラの理不尽な言動に怒りと呆れを通り越し、冷静になる。
言い合っても無駄だということに杏子は気付いた。

杏子「はあ……悪いけれどさ、あたしにはあんたの歌があいつらに届いているようには見えなかったよ。
あのまま続けていたら、あんたの命がやばかった」

杏子の指摘に、バサラは言葉をつまらせる。
使い魔達からの反応が薄い事をバサラも気づいていたからだ。

バサラ「だからって、諦めきれるかっての」

杏子「だからさ、提案がある」

バサラ「提案?」

杏子「あたしが一緒についててやるよ」

バサラ「何だって?」

杏子「勿論あいつらにこっちからは手を出さない。けれど、身を守るための護衛は必要だろ?」

杏子「それに、あたしはあいつらが出現した位置が分かる。あんたはあいつらに歌を聞かせればいいし、
あたしは正義の味方らしくあんたを守ればいい。どうだ、悪くない話だろ?」

バサラ「なあ」

杏子「え?」

バサラ「なんでいきなり協力する気になったんだ?」

杏子「う……そ、それは……」

歯切れの悪い返事をする杏子にバサラは少し疑問を抱く。
少し思案をしてから、杏子が答える。

杏子「お、お前の歌……そう、歌に惹かれたからだよ!」

バサラ「……そうか!ようやくお前にも俺の歌の良さが分かったか」

杏子「え……う、うん。だから、これからは……」

バサラ「ああ。よろしくな」

バサラが手を差し出し、それを杏子が握る。
杏子の笑みはどこかぎこちないものであったが、バサラがそれに気づくことはなかった。

人通りが多い、駅の階段を降りてすぐのちょっとした広場には数日前から歌声が聞こえるようになっていた。
音楽に興味のある者や、名のあるアーティストが路上ライブを開いたのかと勘違いをする者、
或いは単純に、興味を惹かれたり心を動かされた者達がその歌を楽しみにしていた。
だがその歌声は2日前からぱたりと止んでしまい、広場はまた以前の様に人の足音と広告を配る若者の声だけが
聞こえるようになっていた。

杏子「歌わないのか?」

杏子が屈みながらバサラに尋ねる。
バサラはというと、杏子の言葉に反応を示さず、あぐらをかいて舗装された地面に座りながらギターをいじくり続けていた。
音程を上げたり、わざと音を外してみたり、コードを変えてみたり……様々なことをしていたがそのどれをやっても
バサラの顔は曇り、首を傾げた。
時々、曲の始まりのようなものになったりもするが大抵は続かずにすぐに音が止まってしまった。
バサラは音を切り上げ、おもむろに立ち上がる。そして、ギターのストラップを肩にかけて背負い、歩き始める。

杏子「どこに行くんだよ?」

バサラ「どこに行こうが俺の勝手だろ」

杏子「勝手に行動するなよ。あたしらは組んでいるんだからさ」

バサラ「そんな事言って、もう2日も何にもないじゃねえか。いつになったら魔女や使い魔っていうのは出て来るんだよ?」

杏子「そんなこと知らないよ。向こうの事情なんか知らないし、向こうだってこっちの事情をお構いなしに襲ってくるんだ」

杏子「大体あんたは何の力も持たない一般人だ。あたしが居ないところで結界に巻き込まれて、歌っている間に殺されたりしたらどうするんだよ」

バサラ「……なんか、お前隠し事してないか?」

いきなりバサラは振り返って杏子を見つめる。

杏子「な、なんだよいきなり……」

バサラ「……ま、別にいいけどよ」

杏子「と、とにかく。どこか行くんだったらあたしもついていくよ」

バサラ「好きにすれば」

バサラはそう言ってまた歩き始める。歩幅の大きいバサラに追いつくために、杏子は小走りでついていった。

ハンバーガーショップ

店員「いらっしゃいませー、ご注文は何になさいますか」

バサラ「チーズバーガーとコーラ」

杏子「それとてりやきバーガーのMセット」

店員「ご注文は以上でしょうか」

杏子「はい」

バサラ「おい、奢るなんて俺は一言も」

杏子「好きにしていいって言ったのはそっちだろ。それに、もう今さらだよ」

バサラ「ったく……仕方ねえなあ」

杏子「別にこれぐらい奢ってくれたっていいだろ?仲間なんだからさ」

バサラ「……なんかお前さあ」

杏子「なんだよ」

店員「おまたせしました。チーズバーガーとコーラ。てりやきバーガーのMセットです」

バサラ「……やっぱりいいや」

杏子「は?おい、気になるだろ」

バサラ「別に大したことじゃねえよ」

後ろでまだ騒いでいる杏子を置いて席へと食べ物が載ったトレーを運ぶ。

杏子「お前さ、いつも歌ってばかりいるけれど他にすることないのか」

バサラ「無いけど」

杏子「普通、大人は仕事とかするもんだろ」

バサラ「これが仕事だよ。俺の」

椅子に立てかけたギターの側面を軽く叩いてバサラは言った。

杏子「……ああ、そういや歌手なんだっけ?ふぁいやー……ええと」

バサラ「ボンバー」

杏子「ああ、それ。でもさ、あたしも音楽に詳しいわけじゃないけどそんな名前のグループ、聞いたことも見たこともないよ」

バサラ「ならこの星でもすぐに有名にしてみせるさ。全銀河中に俺の歌を響かせる。それが俺の夢だ!」

杏子「銀河って……世界なら分かるけれど随分子供みたいな無茶なこと言うな」

バサラ「無茶かどうかはやってみないと分からないさ。それに、ガキに言われたかねえよ」

杏子「ガキじゃないっての!」

バサラ「そういうお前はどうなんだよ。ここ数日俺の後をついて来て飯をたかって、何かやる事とかないのか?」

杏子「あ、あたしは、いいんだよ。別に……」

バサラ「ふーん」

杏子「あ……そういやさ。バサラはあたしくらいの時、何をしていたんだ?」

バサラ「俺か?」

杏子「うん。学校とかさ」

バサラ「行ってねえ」

杏子「え……」

バサラ「今と変わらねえよ。ずっと歌を歌っていた。そんで、レイに誘われてファイヤーボンバーに入った」

杏子「レイって?」

バサラ「うちのバンドのリーダー。俺と一緒に山を動かさないか?って誘われてさ」

杏子「なんだそれ。そんなこと出来るわけないだろ」

バサラ「出来るさ」

杏子「出来ない」

バサラ「出来る」

バサラはハッキリとそう断言する。
これ以上は無駄だと思い、杏子は呆れながら片手に握ったままのハンバーガーへと視点を移す。

杏子「それで、どうやって生きてきたんだよ。お金とか、食い物とかさ?」

バサラ「そんなの、どうにかなるよ。一番大事なのは歌を聞かせられるかどうかなんだからさ」

杏子「……どうにかなんて、なるもんか」

俯きながら言う杏子の反応は重々しく、棘があった。

バサラ「なんか不機嫌そうだな。話せって言ったのはお前だろ」

杏子はバサラから視線を逸らし、また目の前のハンバーガーとポテトへと集中した。
底に溜まった細かな氷の隙間のコーラを吸い終わると、バサラがまだ食べ終わっていない杏子を置いて席を立った。

杏子「あ、まだあたしは食べ終わって……」

バサラ「俺は先に行くぜ。別にお前について来てもらう必要もないからな」

自分の分だけ片付けるとバサラはギターを背負い、店の外へと出ていった。
杏子は一瞬呆気に取られ、我に返ると大急ぎで自分が頼んだ分を口の中へと入れ始めた。

杏子「全く、ちょっとくらい待てっての」

バサラ「お前、勝手について来てるって事、忘れてない?」

杏子「うぐ……それで、これからどこに行くんだ?」

バサラ「買い物」

杏子「だからどこにだよ……」

肩をすかされるような答えばかりが返ってくる。
会話をしているはずなのに、言葉が届いていないような感覚を杏子は感じていた。

杏子「なあ、どうしてお前はそんなに……って、どうした?いきなり立ち止まって」

バサラの視線の先を杏子も見る。
そこにあったのは、バイクが何台も陳列された店先だった。
杏子の年齢ではまだ何の縁もないと言っていいような乗り物に、バサラは興味を向けていた。

杏子「バイク……?」

少し店頭に並んだバイクを見てから、自動ドアが意味をなしていない出入り口から店内へと入っていく。
少し場違いな感覚を覚えながら、杏子もつられて中へと入る。
店の中には、所狭しと様々な種類のバイク、パーツからヘルメット等が陳列されていた。
その中でバサラはバイクの幾つかへと目をやり、店の奥の方にあるバイクに目を付けた。

店長「何か探しているの?」

バサラの仕草が冷やかしの客のそれではなく、何かを買おうとする客だと踏んだのか、初老の店長が声をかけてきた。

バサラ「アレ、売り物?」

奥の整備場のような少し広めの場所にあるバイクを指さしながらバサラが聞いた。

店長「ああ、これ?やめておいた方がいいよ。少し前に売りに来たのを買い取った物なんだけれどね」

店長「元はいいものだけれど保存状態が悪かったみたいで所々サビだらけ。
おまけに走行距離も2万キロを超えているし、パーツも殆ど純正パーツが残ってない」

店長「正直、どこに行っても二束三文、もしかしたら逆に処分費用がかかるようなシロモノだよ。
どうしてもお金が必要って言うから仕方なく安く引き取ったんだけれど……いつ壊れてもおかしくない」

バサラ「ふうん……エンジン、かけていいか?」

店長「いいけど、まだ整備していないから気をつけてね」


バサラは挿しっぱなしになっているキーを回し、セルボタンを押す。
エンジンが低重音を上げて動き出す。
その音にバサラは目を閉じて聞き入る。
数秒、そうした後にエンジンを切って元に戻した。

バサラ「おっさん。これいくらだ?」

店長「おっさ……、いや、それよりも人の話、聞いてた?」

バサラ「売ってくれないの?」

店長「はあ……売り物になるか怪しいものだからねえ……うーん、それじゃ1万円でいいよ」

バサラ「買った」

店長「でも、本当にいいのかい?中古車でいいのなら、もっと整備されているのだってあるのに」

バサラ「ああ。こいつが気に入ったんだ。
それにこいつの音は、まだ走り足りないって言っていた」

店長「音?」

バサラ「あ、そうだ。悪いけれどこれ、このまま置いといてくれ。必要になったら取りに来る」

店長「いいけれど……整備とか出来るの?もう少しお金を貰えればやっといてもいいけれど」

バサラ「悪い、もう金が無いんだ。それにバルキリーに比べたら簡単だよ。それじゃあな」


バサラが店の外に出るとついてきた杏子が声をかけた。

杏子「バイク、乗れるんだ」

バサラ「まあな」

杏子「家、近くにあるの?それとも遠くから?」

バサラ「いや。家は無い」

杏子「え……って、おい」

そのまま歩き出そうとしたバサラを杏子は呼び止めた

杏子「お前、ならどこに泊まっているんだよ。それにさっきのでお金、全部使っちまったんだろ!?」

バサラ「どこだっていいだろ」

杏子は言葉に詰まる。
自分の環境が、他人を心配できるような状態では無いことを指摘されたような気がしたからだ。

杏子「信じられない。馬鹿じゃないのか!?無計画過ぎる……それでも大人かよ!?」

バサラ「何をそんなに怒っているんだ?」

杏子「はあ……もういいよ、全く」

バサラ「変な奴」

杏子「お前に言われたくない!」

憤慨する杏子に構わず、バサラは歩き出す。

杏子「今度はどこに行くんだ?」

バサラ「必要なものは買ったから帰る」

杏子「帰る……?さっき家は無いって言ってたじゃねえか」

バサラは杏子を尻目にそのまま歩く速度を早める。

杏子「おい!……全く、なんか調子狂うよ」


愚痴を呟きながら杏子はバサラを追いかける。
数十分も歩くと、町の郊外には自然が多く、まだ開発されていない山林のような場所も残されていた。
バサラはその方角へと歩みを続ける。ついていくのに疲れた杏子が思わず口を開く。

杏子「なあ、いつまで歩くんだよ」

バサラは杏子の言葉を意に介さずに歩みを進める。

杏子「野宿でもしてるのか?この辺キャンプ場とかもあるけれどさ」

バサラ「へえ、そうなのか」

杏子「そうなのかって……じゃあなんでここに来たんだよ」

バサラ「ついてくれば分かるさ」

杏子「あ、そこ立ち入り禁止って……」

バサラは黄色と黒の危険を示すロープを平気な顔でくぐり抜ける。

杏子「……知らないぞ」

そう言いながら、杏子もそれに習ってバサラの後を追っていく。
つい最近、人の足で踏み分けられたばかりという道とは言えないような茂みの中を進む。
山を訪れる人ですら滅多に訪れることの無い場所に、バサラの目的地はあった。

杏子「は……?」

杏子は目を疑った。何度も瞬きを重ね、口を開いたまま硬直した。

バサラ「なに突っ立っているんだよ」

杏子「なっ……はっ……!?だ、だって、これ!飛行機!?ロボット!?なんだよこれ!?」

バサラ「何って……バルキリーだよ」

自然の中にあるものとしては似つかわしくない真紅色のバルキリーが、
ガウォーク形態(手足のついた戦闘機の状態)でそこに存在していた。
バサラはその足元に背負っていたギターを立てかけ、コックピットに近寄るとハッチを開くボタンを操作し、
中へと入っていく。

杏子「こ、こんなのがどうして……お前、一体何者なんだよ」

バサラ「だから言ってるだろ。熱気バサラ、ロックバンド『ファイヤーボンバー』のボーカルだって」

杏子「普通の歌手はこんな飛行機…あ、いやロボット……?」

バサラ「バルキリー」

杏子「ば、バルキリーなんて物、持ってないっての!……大体、こんなもの何の為に」

バサラ「こいつで歌を聴かせるんだよ」

杏子「どこでだよ」

バサラ「空でも、地上でも、宇宙でも」

杏子「宇宙!?これ、宇宙にまで行けるのか!」

バサラ「当たり前だろ。バルキリーなんだから」

バサラはさも当然の事でも言うかのように杏子の問いに答えながらコックピットの中にしまってある道具を漁る。
目星のものが見つかるとバサラは座席から飛び降り、手提げ用の取っ手が付いた大きな箱を地面の上に置く。

杏子「……?なにそれ」

バサラ「サバイバルセット。テントとか、食料とか。
知らない星で不時着とかしても1週間はこれで生きられるようになってる」

杏子「知らない星で……?お前、じゃあもしかして……宇宙人……?」

バサラ「地球からしたらその呼び方でもいいかもな」

杏子「え……嘘……だよな?」

バサラ「なんだよ。嘘なんかついてどうするんだよ」

杏子「えええっ!?ほ、本当か……?」

バサラ「そんな驚くような事か?」

杏子「あ、当たり前だろ!宇宙なんて、そんな軽々と行けるような所なんかじゃないし。
ま、まさか侵略者!?インベーダー!?い、一体何の目的で……!?」

バサラ「お前、馬鹿じゃないの」

暴走しかけていた杏子に、バサラは冷ややかな視線を向ける。
その視線に、杏子は幾らか落ち着きを取り戻す。

杏子「な、だ、だってよ。そんなの、あり得ない話じゃん」

バサラ「そうか?俺には、魔法だの魔女だなんていう話の方が、よっぽど変だと思うぜ」

杏子「う、そ、それを言われると……確かにそうかもしれないけれど。でも、ならどうしてバサラはここに来たんだ?」

バサラ「分からない」

杏子「はい?」

バサラ「宇宙を飛んでたはずなのに、気がついたらこの星にいた」

杏子「なんだよそれ。記憶喪失にでもなったのか?」

バサラ「いや……分からないけれど、多分俺の歌を必要としているやつがここにいる。だから、俺が呼ばれたんだと思う」

杏子「何かに呼ばれた……宇宙人と交信でもしている奴がいたってのか?」

バサラ「あのさ、宇宙人っていうけど。お前の思っているイメージ、多分違うからな」

杏子「な、何を根拠に」

バサラ「なんかお前。宇宙人ってタコみたいなやつ全身銀色のやつとかを想像してたんじゃないか?」

杏子「そ、そんなわけ……少しくらいは、あったけど……ん?」

杏子はポケットからソウルジェムを取り出す。微かに光を放つそれを見て、にやりと笑った。

杏子「まあ、この際あんたが何者かって言うことは置いておいてやるよ。見たところ危険は無さそうだしな。それより、出番が来たよ」

バサラ「魔女か!?」

杏子「ああ、町のほうにな。まだ反応は弱いから、すぐに行けば間に合う」

バサラ「よっしゃあ!今度こそあいつらに俺のサウンドを聞かせてやるぜ!」

バサラは立てかけたギターを持つとストラップを肩にかけ、勢い良くかき鳴らす。

バサラ「行くぜ、ファイヤー!!」

結界内部

英字の書かれた積み木や人の背丈ほどの大きさのクレヨンが並んでいる。
以前の結界にはこのような具体的な物は見当たらず、抽象的な空間だけが広がっていた。

杏子(やっぱり、そろそろ頃合いか)

バサラ「おい、魔女はどこにいるんだ」

杏子「そう慌てるなって。……おっと、使い魔のお出ましだ」

結界の奥から数体の使い魔が笑いながら飛んでくる。

バサラ「行くぜ!」

http://www.youtube.com/watch?v=GWHd8IvmjYs

♫ LET'S GO 突き抜けようぜ 夢で見た夜明けへ まだまだ遠いけど

杏子「全く、よくやるよ」

靴やティーカップを模した顔の無い使い魔たちがバサラの歌に反応を示し、攻撃を行う。

♫ MAY BE どうにかなるのさ 愛があればいつだって

杏子「やらせないよ!」

それを杏子の槍が払う。格子状の結界がバサラを守る。
バサラの歌が効いているのか、それともただ鬱陶しいと思っているのか、杏子には分からなかったが少なくとも反応をしていることは分かった。
使い魔達が金切り声を上げ、車や飛行機に姿を変えて結界の奥へと逃げていく。

バサラ「何途中で帰ろうとしているんだ!最後まで聞いていけよ!」

杏子「バサラ、追うよ!」

使い魔達を追って、杏子とバサラが結界の中を駆けていく。
一面緑色の壁。スケッチブック。クレヨン。
バサラ達を歓迎していないのか、突然上から巨大な積み木やクレヨンが落ちてくる。
それらから逃げつつ進んでいくと、開けた場所に出た。

バサラ「こいつが……」

杏子「ああ。魔女だよ」

そこにいたのは、金髪の少女の外見をした魔女であった。
魔女はこちらに目はくれず、床に何かを描き続けている。

♫ 夜空を駆けるラブハート 燃える思いを乗せて

バサラが歌い始めると魔女はようやくこちらへと視線を向ける。
だが、まるで興味が無いとでもいうかのようにまた絵を描くために床へと視線を戻す。

♫ 悲しみと憎しみを撃ち落として行け お前の胸にもラブハート まっすぐ受け止めて デスティニー

床に描かれた絵が動き出す。それらは使い魔となり、姿を自在に変えながらバサラ達の方へと向かう

杏子「こいつが描いていたのか!」

♫ 何億光年の彼方へも 突撃ラブハート

杏子はバサラの方へと攻撃が行かないように敵の注意を引き付ける。
だが、無限に増え続ける使い魔たちの攻撃は防ぎきれず、とうとう車型の使い魔の体当たりが杏子に当たる。
杏子「かはっ……」

バサラ「杏子!」

バサラが思わず歌うのを止める。その時、絵を描いていた魔女が突然しゃくりあげた声をだす。

うえええええええええええええええええん 

うえええええええええええええええええん

バサラ「ぐあっ……なんだよ、この声は……」

泣き声がバサラの歌以上に結界内に響き渡る。
バサラは再び歌い出すことさえ出来ぬまま、相手の泣き声を少しでも防ごうと耳を塞ぐ。
だが、耳を塞いでも身体のいたるところから内側へと入り込むかのようにバサラの身体から力を奪っていく。

バサラ(なんだ……この、悲しい声は……)

バサラ「どうして……お前は……」

杏子「……っく、分かったよ。結局、そうかよ」

杏子がよろめきながら立ち上がる。そこに、飛行機型の使い魔の一匹が奇怪な声を上げて杏子へと爆弾を飛ばす。
爆弾が着弾したところに、杏子の姿は無かった。

杏子「悪いけれど、お遊びはここまでだ」

使い魔が一閃の元に切られて地に落ちる。空中に跳んだ杏子は槍を持ち直し、次々と使い魔たちを切り伏せていく。

バサラ「杏……子!?」

杏子の姿が分身し、泣きじゃくる魔女へと突きや切りを何度も繰り出す。
分身の内の一体が魔女の額を貫いた時、魔女は断末魔の悲鳴を上げて倒れていった。
同じように使い魔たちも次々と力を失うように動きを止めていき、消えていく。
魔女の倒れた後には、黒い幾何学的な文様をした物体が落ちていた。
杏子「ふう……あったあった」

魔女の残滓から杏子は小さな物体を拾う。

バサラ「どうして手を出したんだ」

バサラが怒気を含んだ言葉を放つ。

杏子「……何だよ」

バサラ「どうしてあいつと戦ったのかって聞いているんだ」

杏子「うるさいなあ。こいつを手に入れるためさ。数日間泳がしていた甲斐があったよ」

バサラ「っていうことは、本当は魔女がいたのにお前は見過ごしていたのか」

杏子「だからなんだよ。あたし達魔法少女には、こいつが必要なんだ」

バサラ「それは……?」

杏子「グリーフシード。こいつが無いと、魔法少女は生きていけない」

悪びれた素振りも見せず、拾ったものをしまう。

杏子「それに、これで分かっただろう。お前のやっていることは無駄なことだって。
お前がどんなに声を上げたって、誰も聞きやしない。現実はそんなに甘いモノじゃ無いって事がさ」

バサラ「例え相手が聞かなくたって、俺は歌い続ける、聞かせてみせる!」

杏子は奥歯を噛み締める。

杏子「いい加減にしろよ……」

バサラ「何がだよ」

杏子「無駄なんだよ!お前のやっている事なんて!」

バサラ「杏子……?お前、なんで」

杏子の勢いにバサラは思わず一瞬怯む。

杏子「だって……そうじゃないと……あたしは……」

バサラ「なんで……泣いているんだよ、お前」

指摘をされ、杏子は目を拭う。

杏子「っ、泣いてない!とにかく、これであたしとあんたの関係はもう終わりだ」

杏子「もし、またあんたが結界の中にいたとしても、あたしはもう助けないからな」

杏子は踵を返し、結界の外へと走っていった。

バサラ「おい、待てよ!……っぐ」

抜けた力がまだ戻っていないのか、追いかけようとした瞬間にバサラは膝をつく。
結界が崩れていく。辺りから積み木やクレヨンが消えていき、緑色の空間が現実的な配色へと変わっていく。

バサラ「……くそっ!」

バサラは自分の無力さを感じ、地面を叩いた。

風見野駅前


雑踏する駅。少し前から、駅の改装工事の為に通路が一部制限されていた。
白いバリケードが通路を作っている。
風見野市は隣町である見滝原市への通勤に便利ということで、この数年の内に急速に発展しつつある町である。
人混みから外れた場所で、杏子は人の流れを見つめていた。
あまりよく覚えてはいないが、自分が小さかった頃はもっと人通りが少なかったはずだと思い起こす。

杏子「やっぱり、いないか」

確認の為にそう呟く。決して、落胆の感情を持って言ったわけではない。そう自分に言い聞かせる。
広場の一角に、少し前までは頭のおかしいミュージシャンが居た。今でもパフォーマンスをして自己を表現しようと
するものはいるが、そのどれにも人が群がる事は無かった。

ベンチから立って辺りを見回す。ポケットの中を探り、残金がどのくらいあるか確認する。
500円玉が1枚。100円硬貨が2枚。30円と1円が4枚。
外食に限られる今の環境では、せいぜい2食か3食分といったところだ。
心許無い財布事情はいつもの事だが、バサラと一緒に居た時は食べ物の残金を気にしなくても良かった事を思い出して
少しため息をついた。

杏子「まあ、元々関係無いやつなんだから仕方ないよな」

と、ボヤきながら駅とは反対の方向へと歩き出す。
行く宛は無かったが、それでも歩き出したい気分だった。

駅前の賑やかな通りを抜けて、路地へと入る。
食欲を誘う匂いが時折杏子の足を立ち止まらせるが、チェーン店以外で食事をするには杏子の手持ちでは心細かった。

杏子「ちぇっ」

軽く舌を打つ。手持ちが無いのならば、杏子のやることは一つだ。
店頭に商品の出ている店へと歩みを進める。
商店街に並ぶ店の一角に、いつもその目的の青果店がある。
杏子はポケットの中に手を入れ、グリーフシードを握る。それがほのかな光を発すると共に、杏子の姿は
周囲から認識されなくなった。
店頭にある果物へと手を伸ばす。

『もう人の物に手を出すなよ』


杏子「うるさいな!そんなの人の勝手だろ!」

頭の中に沸き起こった声に思わず反応し、声を出してしまう。そうなると、折角の魔法も意味を失くす。

店員「何かお探しですか?」

店の奥から主人が現れ、杏子は伸ばした手を思わず引っ込めた。

杏子「あ……な、何でも……何でもないよ」

杏子は逃げるようにその場を離れる。

それから何度か同じような事をしたが、その度に頭のなかでバサラの声が響いた。
声を振り払おうと、夢中で走る。
自責の念が、杏子を襲う。

杏子「なんだっていうんだよ……一体!」

何故こんなにも、バサラの言葉が響くのか訳が分からなかった。
ふと、見上げる。十字架が目に写った。

杏子「は……?」

大分走っていたようだ、と杏子は思う。前は向いていたが、周りの景色が見えていなかった。
知らなかった道で、知らなかった建物を見つけた。

杏子「教会……?」

その建物に興味を持ち、近づく。
入り口に近づくと、パトカーが数台止まっているのが見えた。建物の中から、警察官と年老いた白髪の女性が出てくる。
警察「行方不明が何度も起こるなんて異常ですよ……」

「ですけど……私は何も……」

警察「とにかく、あなたに一番疑いがかかっているんですからね!そのつもりでお願いしますよ」

警察がきつい口調で言い、門の外に出る。一瞬だけ杏子と目があったが、杏子の方から目を逸らす。
パトカーに乗って走りだすのを、老いた女性は最後まで見送り、それから深い溜息をついてその場に膝から崩れ落ちる。

杏子「ちょっと……!?大丈夫か、おばあさん!」

杏子は思わず駆け寄って老婆の身体を支える。
女性は支える杏子の顔を見て、一瞬驚く。

「あなたは……?」

杏子「え、と、ただの、通りすがり」

しどろもどろになりながらも杏子は答える。十字架がやけに目についた。

「ありがとう。もう大丈夫だから」

杏子「何かあったのか……あ、いや、あったんですか?」

「ええ……。実は……」

女性が話をしようとした瞬間に、腹の音が鳴る。顔を赤くして杏子は目を逸らす。

「折角だから上がっていって。お菓子もあるから」

立ち上がって、門を開ける。
いつもなら、見栄を張ってでも断っただろうが、杏子には断ることの出来ない理由があった。

杏子(アレの前じゃ、そんな事するわけにもいかないか)

一際大きな建物の上部に取り付けられているシンボルが、日を浴びて杏子の目に眩しく写った。
杏子たちは建物の中に入ると、ウレタン塗装がされた木の床の入り口で靴を脱いだ。
事務室のような場所へと女性が入っていくのを見ながら辺りを杏子は落ち着きなく見回す。

女性「あまり聞き覚えが無いかもしれないけれど、児童養護施設っていうの。知っている?」

杏子は首を横にふる。

「そうでしょうね。私はここの園長をやっているわ。はい、お菓子と、お茶」

杏子「あ、ありがとう……ございます」

初対面の人物に対し、こんなにも気を許すものかと杏子は少し疑問を持つ。
対面の席に座ると、院長は手を組み合わせた。その所作を杏子は知っていた。

杏子「お祈り……」

園長「あ、そうね。ごめんなさい。ここの習慣だからつい……別に気にせずにどうぞ」

杏子「いや、いいよ。あたしもするから」

そう言って杏子も手を胸の前で組み合わせる。

杏子「天におられる私達の父よ
   皆が聖とされますように
   みくにが来ますように
   御心が天に行われる通り、地にも行われますように。
   私達の日ごとの糧を今日もお与え下さい。
   この言葉を 我が主の名の下に通します。
   
    アーメン」

杏子は、自分の口から出た言葉に自分で驚いていた。
もうすっかり神様など信じてはいないと思っていたが、どうやら小さな時から身に染み付いた習慣というものは
忘れようと思っても忘れられるものではないらしい。

園長「あら、お祈りの言葉を覚えているなんて……」

杏子「大したことないよ。家が教会だったから、それで……」

園長「教会……?」

杏子「あ……」

杏子は慌てて口を噤む。もしかしたら自分の身の上を知っているかもしれない。
そうなると、少し厄介だ。杏子の親に対して、世間がどんなイメージを抱いているかくらいは
なんとなくは理解しているつもりであった。

杏子「あ、あのさ。この飾ってある絵は子供が書いたの……ですか?」

園長「ええ、そうだけれど」

杏子「へえ。これは飛行機……これはボールで遊んでる……。養護施設って言っていたけれど、
ここって、孤児院みたいな場所なのか……あ、いや……ですか?」

園長「色んな理由で親と暮らせなかったり、独りになった子供たちを預っているわ。小さい子では、
それこそ赤ちゃんから、上の子は高校生まで」

杏子「色んな理由?」

園長「経済的な理由だとか、虐待を受けているとか……或いは親と死別して親戚にも宛がないだとか……」
それらの理由は杏子にとっては特別なものではなく、身近に感じられるものであった。
そう思うと、途端に施設内の物にも興味が湧いてくる。
辺りを見回す。壁に立て掛けてある折りたたみ式の机がこの園のおおよその人数を教えてくれた。
白い壁紙には子供が書いたらしい落書きの跡がうっすらと見受けられる。
消そうと試みたようだが、上手く行かなかったようだ。

杏子(モモと同じくらい歳の子かな……)

ふと、そこに自分の妹が居るような感覚がした。
クレヨンを床に散らばせ、親に怒られながらも出来た作品を満足そうに見つめる妹と過去の自分。

杏子(私だけじゃないんだな)

自分がこの世で最も不幸な人間だと自惚れていたわけではない。
だが、少なからず自分は特別な人間なのだと思っていた。
幸せになるために魔法少女になったが、そのおかげで家族は心中し、自分は父親に魔女と蔑まれた。
同じ境遇の者など、居るはずが無い。
少なくとも、今まではそう思っていた。

杏子(私の望みなんて……)

園長「佐倉さん?」

杏子「あ……え、何?」

園長「いえ……涙が出ていたから」

そう言われて、杏子は自分の目元を手で拭う。確かにじんわりと湿っていた。

杏子「いや、これは……違くて……」

不意に涙が流れてしまった。
何が悲しいという具体的な理由は無い。

>>42 訂正

杏子「色んな理由?」

園長「経済的な理由だとか、虐待を受けているとか……或いは親と死別して親戚にも宛がないだとか……」
それらの理由は杏子にとっては特別なものではなく、身近に感じられるものであった。
そう思うと、途端に施設内の物にも興味が湧いてくる。
辺りを見回す。壁に立て掛けてある折りたたみ式の机がこの園のおおよその人数を教えてくれた。
白い壁紙には子供が書いたらしい落書きの跡がうっすらと見受けられる。
消そうと試みたようだが、上手く行かなかったようだ。

杏子(モモと同じくらい歳の子かな……)

ふと、そこに自分の妹が居るような感覚がした。
クレヨンを床に散らばせ、親に怒られながらも出来た作品を満足そうに見つめる妹と過去の自分。

杏子(あたしだけじゃないんだな)

自分がこの世で最も不幸な人間だと自惚れていたわけではない。
だが、少なからず自分は特別な人間なのだと思っていた。
幸せになるために魔法少女になったが、そのおかげで家族は心中し、自分は父親に魔女と蔑まれた。
同じ境遇の者など、居るはずが無い。
少なくとも、今まではそう思っていた。

杏子(あたしの望みなんて……)

園長「佐倉さん?」

杏子「あ……え、何?」

園長「いえ……涙が出ていたから」

そう言われて、杏子は自分の目元を手で拭う。確かにじんわりと湿っていた。

杏子「いや、これは違くて……」

不意に涙が流れてしまった。
何が悲しいという具体的な理由は無い。

杏子「違う、これは、そうじゃなくて……」

安心?
優越?
同情?

どれとも言えない感情が杏子の中に渦巻く。
グリーフシードを持つようになって、杏子は複雑な感情を抱くことをやめていた。
悩みはグリーフシードを濁らせ、戦いにおいては迷いを生み出すからだ。

園長「……あなたも、辛いことがあったのね」

杏子「え……?」

見透かされたような言葉に、杏子は驚く。

園長「長い間色んな子供たちを見てきたわ。色んな事を抱えて、色んな辛いことがあって……。
でもね、『哀しみ』という感情はみんな同じものなのよ。
あなたが感じたのも、きっとそう。だから、違うなんて事は無いわ」

なぜ、自分が涙を流したのか分からなかった。
言われた事が、本当に正しいのかも分からない。

杏子「……うん」

でも、それが正しいのだと思った。
少なくとも、胸につっかえていたものが軽くなった気はした。
杏子「ありがとう…ございました」

慣れないお礼の言葉を言いながら見送りに来た園長に頭を下げる。
ふと、疑問が起こった。ここで、生活が行われているのであれば誰かがいるはずだろう。
なのに、先程から子供の声が聴こえない。人の気配すらもしなかった。

杏子「あの、さ。ここの子たちと会ってみたいんだけど」

杏子がそう聞くと、途端に園長は顔を曇らせた。

園長「……どうして、あの子たちが」

杏子「え……」

園長「……行方が分からないの」

杏子「あの子たちって……何人くらいが」

園長「夜消灯を確認した時には全員いたはずなのに、翌日の朝にはもぬけの殻だった。
ここに居た子供たちが、まるで魔法のように人が一夜の内に消えていた……」

園長の声は震えていた。自分が見たことを自分でも理解できていなかったからだ。

杏子「魔法……」

園長「何を言っているのと思うでしょうね。警察にもまるで聞き入れてもらえなかったもの……」

驚愕や焦燥が入り混じったため息をつく。唖然とする杏子に、苦笑を向ける。
そんな事を、初対面の人に言うべきでは無かったという自嘲の意味も含まれているのだろう。

杏子「信じるよ」

園長「え?」

杏子「おばさ…園長さんは優しい人だし、嘘なんかつかないと思う。
居なくなった子供たちだって……きっと帰ってくるよ」

苦笑に対し、杏子は素直な笑みで答えた。

園長「そう言ってもらえると嬉しいわ。ありがとう」
施設を離れて、数分ほど歩いてから杏子は自分が発した言葉に対して後悔をした。

杏子(なんであんな事言っちまったんだろう)

希望を祈れば、それだけ絶望も深くなる。
自分では、そう分かっていたはずだった。だが、口から出たのは苦笑いが出るほどの根拠の無い楽観的な希望。

杏子「それでもさ……言えないよ」

「何を言っているんだい?杏子」

前触れもなくかけられた声に驚く。
だが杏子はすぐに平静を装い、沈んでいた表情を苛立ちに変える事で誤魔化す。

杏子「いきなり何の用だよ、キュウべえ」

そこに居たのは白く耳の長い小動物。
杏子はこの動物とは見知った間柄だが、どういう生き物なのかについては殆ど知らない。

ただ、この生き物と魔法少女の契約を交わした事で希望と絶望を一遍に手に入れたということ。
そして、キュウべえという呼び名と言葉を伝えるのに口を動かす必要が無いということは知っている。

QB「随分不機嫌な様子だね。魔女を倒してグリーフシードも手に入れたというのに。
何か悪いことをしたのなら謝るよ」

杏子「なんだよ、知っていたのか。ああ、それとお前のまるで心の篭っていないような謝罪なんて聞きたかねえからな」

QB「人間のそういう論理的でない所は全く理解が出来ないよ」

キュウべえが困ったような声を出す。

杏子「あんたがわざわざ声をかけてくるって事は、何かあるってことか?」

QB「その通りだよ。実は君に協力して貰いたいことがあるんだ」

杏子「協力?」

QB「君が一番適任だと思ったからね。大した事ではないけれど」

杏子「ふうん……ま、あたしもあんたには聞きたいことがあったから丁度いいか」

QB「僕に聞きたいこと?」

首を傾げるキュウべえに、杏子はまっすぐ見つめながら問う。

杏子「魔女の正体って、何だ?」


QB「魔女の正体?それを聞いて、君はどうするつもりなのかな?」

塀の上に登り、まるで猫のように前足を揃えた姿勢でキュウべえは杏子に話しを続ける。

杏子「なんだよ。どうって、別に」

QB「君がそれを知る必要はないと思うけれど。何故そんな事を急に聞こうと思ったんだい?」

キュウべえの言葉には、困惑や動揺の素振りは見受けられなかった。
その態度に杏子は自分の興味に自信を少し失う。
杏子の脳裏に映ったのは養護施設に飾ってあった絵である。何故かは不明だが、それらが初めて見たものとは思えなかったのだ。

杏子「ただ、ちょっと気になることがあったから。でも、大した事じゃないんだろう?教えてくれたっていいじゃないか」

QB「君たちは自分たちが毎日食べるものについて、その生育や食材になるまでの過程をいちいち知りたいと思うのかい?」

杏子は言葉を詰まらせる。

QB「それとも、それは君にとって余程重要なことなのかい?それなら……」

杏子「ならいいよ、そこまで知りたい事でも無いし」

キュウべえの呆れたような表情をした。

QB「じゃあ、僕の話に移ろうか。さっきも言ったけれど、君には頼みたいことがあるんだ」

杏子「頼み事なんてめずらしいな。面倒な事ならお断りだけど」

そう言いながら、杏子はいやな予感もしていた。キュウべえが、どんな依頼を投げかけてくるのか予想がつかなかったからだ。

QB「簡単なことさ。君は、熱気バサラという人物を知っているかい?」

杏子「はあ!?なんでお前があいつを」

今、一番聞きたくない人物の名前を予想外の相手から聞かされて杏子は動揺する。

QB「その様子だと彼の事にはやっぱり詳しいようだね」

杏子「う、く、詳しいわけじゃないけれど」

キュウべえにそう言われて、杏子は改めて自分があまりバサラの事をよく知らないことを思い知る。

杏子「でも、なんだってあいつの事なんかをお前が知りたがるんだよ」

QB「君は、彼がどうして常人には見ることさえ出来ないはずの魔女の結界の中へと入ることが出来るのか、知りたいとは思わないのかい?」

杏子「!……それは」

QB「彼の存在はイレギュラーだ。だから彼の行動が予測できない上に、僕達にも、君たちにとっても有益かどうか分からない」

杏子「それであたしにお前の手先になれってか。はっ、面倒だし嫌だね」

そのまま、キュウべえのいる側とは反対の方向へと歩き出そうとする。

QB「本当にそう思っているのかい?」

立ち去ろうとした杏子をキュウべえが呼び止めた。

杏子「……どういう意味だよ」

QB「これでも、僕は君たち人間の事をよく調べているつもりだよ」

QB「君たちはたまに自分の本心でない言葉を口にすることがあるという事も理解しているつもりさ」

杏子「あたしが、嘘でもついているっていうのか?」

QB「君だって、戦う力も持たない部外者に魔法少女の戦いの中に入られるのは嫌なんじゃないのかな」

顔だけを少し振り向かせ、キュウべえは杏子にそう言う。
赤い瞳に、杏子の後ろ姿が映る。

杏子「あたしは……」

QB「無理強いはしないよ。別に彼を四六時中監視してほしいだなんて言うつもりじゃない」

QB「ただ彼を見て、何か気づいたことがあったら教えてほしい」

杏子「……ちっ」

舌打ちをして、返事をしないまま杏子は歩みを進めた。

QB「全く、人間という生き物は合理的でない行動を取ることが多くて困るね」

日がすっかり沈む頃になると、公園を訪れる人は一気に少なくなる。
敷地が広く、キャンプ場にもなっている森林の中を杏子は気配を消しながら歩く。

杏子(あいつの思惑通りに動くっていうのは気に入らないけれど……)

バサラのバルキリーが視認出来る距離から辺りを警戒しながら少しずつ近づく。
ほんのりと焚き火の灯りが見える。切り株の上に腰掛けたバサラの目の前には譜面台が置かれていた。

杏子(あいつの事を調べろっていってもなあ……)

どんな顔をしてバサラに会えばいいのか、声をかければいいのか、杏子は分からなかった。

杏子(いや、あたしは悪くない。そもそも、あいつが首を突っ込むから)

おもむろにバサラが立ち上がる。動きに思わず杏子は身をすくめる。
しかし、立ち上がったバサラはその後すぐに立つ力をなくし、足元がふらつきだす。

杏子「あ、ちょっと!?」

どうにか最後の力で火の方には倒れなかったものの、地を背にしたままのバサラへと思わず杏子が駆け寄る。

杏子「おい、大丈夫かよ!?」

大きな腹の音が聞こえる。一瞬自分かと思った杏子は自分のお腹を抑えたが、どうやら自分では無いらしい。

バサラ「腹……減った」

バサラが、杏子の顔を見上げながら言う。

杏子「お前……馬鹿か」
杏子がサバイバルセットの中から食料を取り出してバサラに渡すと、
バサラはその渡された食べ物の袋を開け、すごい勢いで口の中へと入れていく。

杏子「腹が減って倒れるって、どんな状況だよ。あたしだって、流石にそこまではないのに」

バサラ「ずっと曲を作っていた。それで、2日くらい全然飯を食っていなかった」

食べながらバサラが答える。その集中力に呆れて杏子は言葉をなくす。

バサラ「それよりも、なんでお前はここにいるんだ?」

杏子「う、そ、それは……」

正直に答えるわけにもいかず、少し思案顔になる。
それを見てバサラは突然察したような声を上げた。

バサラ「ああ!なるほどな」

杏子「え、何が?」

バサラ「お前、俺の歌を聞きに来たんだろ?」

杏子「は、はあーっ!?」

バサラ「違うのか?」

杏子「そんなの、違うに……」

そこまで言いかけて、しかし他に適当な言い訳も思いつかない事を頭のなかで思い直す。

杏子「……いや、やっぱりそうかも」

バサラは杏子のその返事を聞くと、嬉しそうに微笑した。
そして、側に立てかけてあったギターを手に取ってかき鳴らす。

バサラ「マンツーマンライブだ。遠慮無く聞いていけよ!」

♫ どうにもならない事ってあるだろ どんなに頑張っても

♫ 全ては真っ暗星さえ見えない そんな夜が続く時

♫ 俺は気づいたんだ とりあえずできることをすればいいと

♫ It's my WILD LIFE いいかげんでゆこう

♫ どうにか先へ進もうぜ

♫ なんとかなってしまう All right

曲の間だったが、バサラは手を止めた。黙って曲を聞いていた杏子はそのまま俯いたままだった。

バサラ「どうしたんだよ」

杏子は、はっとして顔を上げる。

バサラ「なんで俺の曲を聞いているのにそんな顔しているんだよ。聞きに来たんじゃないのか?」

杏子「……分かんない。自分がどうしてこんなことやってんのか」

バサラ「どういう事だ?」

杏子「柄にもない事言ったり、余計なことばっかりしたり。もう、そんな事しないって心に決めていたのに」

杏子「なんだか、自分で自分が分からなくなってさ」

吐き捨てるように言い、塞ぎこむ杏子を前にしてバサラは頭を掻く。そして、再び曲を弾き始める。

♫ It's my WILD LIFE いいかげんでゆこう

同じフレーズをもう一度弾く。

♫ どうにか先へ進もうぜ

また、同じフレーズを弾いた。何度も、何度も。サビの部分を歌い続ける。

杏子「何を?」

バサラ「歌ってみろよ。そうすりゃ、歌の良さが分かるぜ」

杏子「あたしが……歌を?」

バサラ「ああ、行くぜ。俺の後に続けて歌え!♫ どうにもならない事ってあるだろ」

何を勝手なことを、と杏子は内心呟き、冷ややかな目でバサラを見る。
だが、バサラの歌は止まらない。彼が使い魔や魔女の前で歌った時のように。

杏子「やめろよ。そんなことしたって」

♫ 全ては真っ暗星さえ見えない そんな夜が続く時

杏子「だからさあ……」

♫俺は気づいたんだ

杏子「やめろっての!!」

♫ とりあえずできることをすればいいと

♫ It's my WILD LIFE 自分勝手にゆこう

杏子「っ……ああ、もう!イッツマイワイルドライフ 自分勝手にゆこう!」

このまま止めようとしても止まらないのならと、自棄になって杏子は後に続けて歌っていく。
それを見て、バサラは表情を和らげる。
♫ どうにか先へ進もうぜ

杏子「どうにか先へ進もうぜ」

♫ なんとか なってしまう All right

杏子「なんとか なってしまう オールライト」

♫ 答えはついてくるのさ

♫ あの波に飛び乗ろう

YEAH YEAH YEAH

♫ It's my WILD STYLE 笑って生きてやる

♫ ぶつかっても構わない

♫ 涙は 飲み込んで OH YEAH!

♫ 運なんて向いてくるさ 光を

♫ 目指す限り!

バサラのリードに乗せられ、前に路上で聞いた時の歌詞まで歌う。
歌っている間、杏子は自分が思ったよりも夢中になっていることに驚く。
まるで普通の年頃の少女が歌うように、例え一時であっても憂鬱な事など無いかのように。

バサラ「よおっし!」

バサラはバルキリーのコックピットに乗り込むとボタンを幾つか操作する。
ホバーが発生し、風圧に杏子は少し怯む。
バサラ「おい、杏子。乗りな!」

杏子「乗るって、それに!?」

バサラ「ああ。星を見に行くのさ」

空を指さしながらバサラが言う。

杏子「星?星なら、ここからでも見えるだろ」

バサラ「分かってねえなあ。お前が見てるものなんか、この宇宙のほんの一部にしか過ぎないってこと教えてやるよ」

急かすバサラに渋々といった様子で従い、差し出されたバサラの手を取って操縦席に飛び乗る。
抱えるように杏子と席に座り、ギター型の操縦桿を下ろす。

バサラ「舌を噛まないように口を閉じてしっかり掴まってろよ」

杏子「お、おい。掴まるってどこに!?」

バルキリーが垂直に上昇し、空中で戦闘機の形態へと変形する。
バーニアに火が灯ると、急激に加速し、そのまま弧を描くように上昇していく。

バサラ「行くぜ!」

杏子「うわっ!おい、バサラ!」

杏子の声も聞かずにバサラはギター型の操縦桿で曲を弾き始める。
掴まるところを探し、無いと諦めた杏子は一瞬躊躇ってからバサラの身体に掴まる。

http://www.youtube.com/watch?v=OfRwb2AYIy0

♫ 夢を見たんだ 君の夢を

♫ 青いコスモス 胸のロケット

上昇するたびに杏子の身体に重力がかかる。耐えられないほどでは無いが、慣れない感覚に目を瞑る。

♫ シンプルだろう 答えなんてさ

♫ ヘッドフォンから 懐かしいメロディ

街の光が小さい点になる。雲を抜けて、まだ上昇を続ける。

♫ 後先考えず 進んできたけど

♫ いつも 明日は そう笑いかける

上昇が止まった。
圧力を感じなくなり、杏子は目を開ける。
黒と青のコントラストが目に映った。
その青色が自分の住む地球である事に気が付き、言葉を漏らす。

杏子「本当に……宇宙だ……」

♫ 満天星屑ハイウェイ

♫ 君に見せてあげたい

♫ 突然軌跡描く 流星(シューティングスター)

♫ 六感 引き寄せられてく

言葉を失くし、それからしばらくの間杏子は操縦席から見える景色に心を奪われていた。
バサラの言ったとおり、星の数は地上から見える数より遥かに多かった。
杏子(馬鹿みたいだ)

心の中で呟く。

杏子(あたしが知っている事なんか、ほんの少ししか無いのに)

杏子(それなのに、全部分かったような気でいて……)

♫ どこにもない 虹を探し

♫ 螺旋の中 俺は進んでいく


見滝原市の路地裏

QB「どうしたんだい、マミ」

マミ「ううん、なんでもない。けど……」

使い魔を倒した巴マミが不意に立ち止まる。
結界が晴れて、建物の隙間から空が見える。

♫ 生まれ変わる 全てスクラップ&ビルド

♫ でも希望は この胸の中さ

QB「けど、なんだい?」

マミ「歌が……聞こえた気がしたわ」

♫ どこまで行っても空は続いてる

♫ 俺の一歩 全て 始まりさ

マミ「降り注ぐような誰かの歌声が」

見滝原市 住宅街

まどか「それにしても、さやかちゃんと同じクラスで良かったあ」

さやか「へっへーん。困ったことがあったら何でも頼りなさい」

まどか「勉強とか……」

さやか「ゴメン。それは……パス」

♫ 燦然 輝くリズム

♫ 君に 感じてほしい

まどか「あれ……?」

さやか「ん?どうしたの、まどか」

♫ 琴線 触れる熱い言葉

まどか「さやかちゃん、何か音楽流してる?」

さやか「いんや?CDプレーヤーは持ってるけど電源は入れてないよ」

まどか「なんだろう……この歌なんだか凄く……」

♫ もっと空に撒き散らそう

それからしばらく、バサラの演奏が続いた。
熱が冷めるまで歌い、杏子はそれを聴く。

♫ 満天星屑ハイウェイ

バサラたちが再び地に着いたのは、日が青色の球体の裏側から出てきたのを見届けてからであった。

杏子「ん……朝……?」

杏子が目を覚ましたのはテントの中である。服は着たまま。持ち物も残金も変わりはない。
昨晩、バルキリーに乗って歌い明かした杏子は地上に着いた途端に眠気に襲われ、
バサラに言われるままにテントへと向かい、髪留めだけ外すと寝袋に入ってすぐに眠ってしまった。

杏子「……!いや、何もするわけないか。あいつのことだし」

テントの外に出るとバサラが火を起こしているのが見えた。

バサラ「おう、杏子。起きたのか」

杏子「う、うん」

バサラ「じゃあ、これ」

そう言うとバサラは飯盒を杏子の前に差し出す。

杏子「何これ?」

バサラ「水汲んできて。あと、ひどい寝癖がついてるぞ」

杏子「え……あ!わ、分かったよ馬鹿!」

杏子はバサラからひったくるように飯盒を奪い取ると、水場へと向かう。

バサラ「……なんで怒ってんだ?ぅアチッ!?」

呆れるように呟いた瞬間に火おこし器で起こした火花が着火剤に燃え移り、熱に思わず手を引っこめた。
蛇口から流れる水を手で掬い、顔を洗う。山から直接引いたという水はひんやりと冷たかった。

杏子「デリカシーってのが無いのかよ、もう」

呟きながら髪をまとめ上げる。寝癖で乱れた髪を直し、慣れた手つきでポニーテールを作る。

杏子「……でも、あたしは本当に宇宙に行ったんだよな」

眼の奥に宇宙で見た星々が映る気がした。振り返って、バサラがいた方向を見る。
着陸の際に辺りの木を倒してしまったせいか機体が木々で隠しきれず、杏子がいる場所からでも機体の翼部分が見えた。

杏子「あれ、まずいよなあ」

ふと、ポケットの中に手を入れる。ソウルジェムを中から取り出して眺めた。
宝石のような形状をしたそれは、太陽の光を受けて輝く。

杏子(ここんところ、グリーフシードは使っていないってのに全然汚れていない……)

杏子は近いうちに自分の身の回りに起こったいつもとは違うことを考える。
バサラの事しか思い当たらなかった。

杏子(あいつの歌が?)

キュウべえに言われた事を思い出す。バサラがイレギュラーな存在だということ。
魔法少女に対して、有益な存在か害を与える存在かも分からないということ。

杏子(あいつがどういう奴なのかは、まだあたしも分からない……けど)

そう思った刹那、手に持ったソウルジェムが反応を示した。

杏子「お前、これからどうするんだ?」

朝食を食べながら話を切り出したのは杏子の方であった。

バサラ「俺が?」

杏子「このままこんなのを置いておいて、いつか誰かにバレるかもしれないだろ」

杏子がバルキリーを指さして言う。

バサラ「バレるって……何が問題なんだ?」

杏子「普通の人はこんな物持ってないの!持ってたら、警察に捕まっちまうよ」

バサラ「バルキリーを持っているだけで逮捕されるのか?……変なの」

杏子「……もうなんかそういうのは慣れた」

杏子は食べ終わった食器を置いて立ち上がってバサラの前に立つ。

杏子「あたしがこいつをどうにかしといてやる。その代わり、頼みがある」

バサラ「頼み?」

杏子「……あたしにお前を信じさせてほしい」

バサラ「信じるって?」

杏子「だから!ええっと……そう、お前を信じるから、あたしのことももう一回だけ信じてくれってこと」

複雑な心持ちだった。
元々、バサラとの出会いはギターケースを盗んだ事から始まる。
そして、一度は歌を否定し、一度は彼を利用した。
虫のいい話で、怒声を浴びせられる事も覚悟していた。

バサラ「俺の歌を、またあいつらに聴かせるってことか?」

杏子は頷く。

バサラ「いいぜ」

バサラの返事は簡潔で、早かった。

杏子「ほ、ほんとに……?」

バサラ「何を驚いているんだよ。歌ってほしい奴がいて、歌を聞かせたい奴がいる。それだけの話だろ?」

杏子「なんでお前はそうやって簡単に考えられるんだよ。あたしだって、もっと色々考えるのにさ」

バサラは杏子の愚痴など聞こえていないとでも言うかのように手にとったギターを持って適当に歌っていた。

風見野市 路地

バサラ「今回は早い時間から現れるんだな」

杏子「こんな時間に現れるって事は、それだけ規模のでかい魔女ってことだよ」

バサラ「前に、お前が倒したのは?」

杏子「……多分、あれは使い魔が成長したものだと思う。今思うと、あれを倒している間に本体が成長したんだと思う」

杏子は話しながら路地を進む。ソウルジェムの反応を見て結界の方向へと進んでいく。
しかし、杏子の探知能力は魔法少女の中でも特別優れているというわけでも無く、漠然とした反応を頼りに歩みを進めていた。

杏子「なあ、お前は前に魔女の結界に巻き込まれた事があったよな。ひょっとして、魔女の居る位置はお前にも分かるんじゃないのか?」

バサラ「いいや。はっきりとは分からない。けれど」

杏子「けれど?」

バサラ「あの時は確かに聞こえたんだ。俺を、俺の歌を呼ぶ誰かの声が」

杏子はため息をつきながらも、妙に納得した。バサラには、自分の聞こえていないものが聞こえて、見えないものが見えるのだと、
何となく分かった。

杏子「今はどうなんだ?」

いきなり、バサラは無言になる。

杏子「バサラ?」

バサラ「……何か聞こえないか?」

杏子「聞こえる……?いや、何も聞こえないけれど」

バサラ「足音……子供の声……泣き声か?」

杏子「お、おい。いきなり走るなよ。危ないだろ!」

バサラ「向こうだ!」

杏子「ほ、本当かよ!?」

バサラの後を追って、杏子も走る。少し走るとあるはずのない場所にある扉が目に入る。
その異質な存在が魔女の結界へと続く扉だと分かるとバサラはそれを勢い良く開け、杏子も後に続いて中に入る。

魔女の結界内部

前と同じ、辺り一面緑色の風景。
ところどころ、青や赤色で歪な形の星や月が描かれている。そして、クレヨンや積み木などの子供の遊び道具。
ふと、杏子は以前組んでいた魔法少女の姿を思い浮かべる。

杏子(そういや、魔女っていうのは何か目的を持って行動をしているってマミが言ってたな)

この魔女が、何を目的としているのかを考える。
見たところ結界の中は子供の遊び場のようである。
そして、無差別に人を襲っているというわけでは無い。では、被害者は?
養護院がまっさきに思い浮かんだ。

杏子(まさか……行方不明ってやっぱりこいつの……)

子供を集めるだけなら、幼稚園や小学校などでも良いはずだ。
それが、あの養護院である理由が分からなかった。杏子はソウルジェムを見直す。

杏子(魔女の反応は前と比べて強い。思ったよりも深化しているのか?)

バサラ「おい、杏子」

考え事をしている杏子に、バサラが呼びかける。

杏子「なんだよ」

バサラ「また扉が出てきたぞ。でも、なんか入ってほしくなさそうだけれど」

今までの扉とは違い、扉の前に大きな鎖付きの鍵穴が付けられていた。
杏子はそれを一瞥すると躊躇なく槍で叩き切り、ドアを蹴り開ける。
杏子「は……?」

扉の中は今までのように辺り一面緑色の部屋では無く、
部屋の中を思い起こさせるようなフローリングの床、壁紙には白を基調とする様々な模様のついたものが使われていた。
そして、目に映ったのは遊んでいる子どもたちの姿である。
追いかけっこをしていたり、ボールを蹴って遊んだり、積み木を積み上げては崩す。
そんな、子どもたちの遊ぶ姿がそこにあった。

子供だけならば、違和感は無いはずである。しかし、杏子よりも年上であろう人たちも同じように遊んでいた。
突然、目の前で一人の青年が子供を蹴り飛ばす。

杏子「お、おいお前!何やってるんだよ!?」

杏子が駆け寄って青年の胸ぐらを掴む。だが、青年は全くたじろぐ素振りは見せずに虚ろな目で杏子を見た。

「何って、ボールを蹴っているんだよ。見れば分かるだろ」

杏子「ボールだって?どう見ても子供じゃねえか!」

話にならないと分かり、子供の方にも近づく。
痛がっているはずの子供は、膝を抱え、その場で小さく跳ねて転がっていた。

杏子「お前、大丈夫か……?」

「ボール」

答えたのは、それだけであった。唖然とする杏子を尻目に、青年は再び子供を蹴りに行く。
杏子はすんでの所で子供を抱え上げてそれを避けさせる。

杏子「やめろよ、そんな事!」

そう言った杏子の目にさらに信じられないものが飛び込む。

「いーち、にー、さーん、よーん、ごー」

大縄跳びをしている子どもたちがいた。
子供の腕同士を組んだ人間の大縄を掛け声をかけて飛ぶ。
10も数えない内に、真ん中の子供が組んでいた腕が外れ、回転の勢いで宙に飛ばされる。

バサラ「危ねえな!」

地に落ちる前にバサラが落下点に立っており、子供を受け止める。
子供の腕は、折れてはいなかったが肩が外れていた。

バサラ「お前ら、何をやってやがる!」

「遊んでいるんだよ」

バサラ「そんな遊びが、あってたまるか!」

「嘘をついたから、遊び道具にならなくちゃ」

バサラ「嘘を?」

「嘘をついたから」

「嘘をついたから」

「嘘をついたから」


部屋の壁が、天井が崩れ始める。
景観が変わって白色の壁は再び緑色に戻り、天井は真っ暗なドーム状になった。
崩れた壁の奥から魔女が姿を現す。


「かくれんぼだ!」

子供の一人が突然叫ぶ。

「鬼は?」「じゃんけんしようよ」「いいよー」「じゃんけん、ぽん!」「あーいこでしょ」

何回かあいこを繰り返すと、鬼が決まる。
その場にうずくまって目を伏せて数を数え始める。

1、2、3、4、5、6、7、8、9、10 もう、いいかい?

もういいよ!

鬼は子供たちを探し始める。しかし、たいして広いわけでもなく隠れる場所も限られている結界の中では子供たちが見つけられるのにそう時間はかからなかった。

「見いつけた」

「あー見つかった」

「これで最後?」

「うん、そうだと思うよ」

鬼役の子がそう答える。

「嘘だね」

隠れていた子供の表情が変わる。

「うん、嘘だ。嘘をついた」

鬼役の子供も、表情を一変させる。先ほどまでの無邪気な笑みはそこにはなかった。

「酷いや」「酷いや」「酷いや」

魔女がぐずり声をあげる。
見つけられていないのは、魔女だけだ。あんなに大きな体で、隠れようにも隠れられないのに、それでも見つけてもらえない。
杏子はその異様な光景の一部始終を見て立ち尽くしていた。

「嘘つきはボールにならないと」

その言葉で、杏子は我に返る。
使い魔たちが鬼役の子供に向かっていくのが見えた。何をするのかは分からなくとも、それが危害を加えようとしているのは分かる。
だが、杏子が動くよりも先に、バサラがその鬼役の子供を抱えて使い魔たちの攻撃を避けた。

バサラ「お前ら、正気じゃねえのか」

子供にそう問いかけるが、周りの子供たちは勿論、抱えた子供でさえ、その言葉に反応を示すことはなかった。


バサラ「なら、目が覚めるような熱い魂の歌を聞かせてやるぜ!!」

http://www.youtube.com/watch?v=JLtw5WMJcK4

♫ Power to the Dream

♫ Power to the Dream Power to the Music

♫ 新しい夢が欲しいのさ

♫ Power to the Universe

♫ Power to the Mystery

♫ 俺達のパワーを伝えたい

杏子(バサラの歌……あの時のあたしはただ邪魔なものだけとしか思っていなかったけれど)

♫ やっと掴んだ 希望が

♫ 指の隙間から 逃げてく

♫ ブラックホールの 彼方まで

♫ ずっとお前を追いかけてく

杏子(今なら、この歌の意味が、バサラの気持ちが少しは分かる……!)

バサラへと向かう使い魔たちの攻撃を杏子が防ぐ。
子供たちは苦しむように呻きながら、歌を聴くまいと耳を塞ぐ。
魔女のむせび泣く声が大きくなる。使い魔の数が一層増える。

バサラたちは尚も歌い続け、杏子の顔も緩んだ。バサラと目があって、恥ずかしさから目をそむけた。

うずくまっていたはずの魔女が再び動き出す。
そして、その場にあった巨大な積み木の一つを抱え上げる。

杏子「おい…まさか……」

魔女が狙っていたのは、倒れた子供たちであった。
抱え上げた積み木をそのまま振り下ろそうとする。
積み木を槍で切ろうと考えたが、それでは破片が子供に当たる可能性があることに気がつく。
魔女本体の動きを止めるしか無かった。
杏子は今、自分だけが最大の悲劇を防げると瞬時に理解して駆け飛ぶ。
戸惑いながらも魔女の眼前へ飛ぶ、その勢いのまま槍を顔の真ん中へと繰り出す。
魔女の口元が僅かに動いた。

杏子「っ!お前!?」

刺した槍の勢いで、魔女が後方に倒れる。刺した槍を引きぬくことも忘れて、杏子はその場から飛び退く。
地に倒れると同時に、宙に浮いた積み木が落ちて魔女の体をぐしゃりと潰した。

杏子「……なんで……こうなるんだよ」

引き抜くときに杏子が聞いた言葉は、断末魔の怨みや苦しさの声ではない。
その言葉で、杏子は魔女の意図を知った。杏子の身体が震えた。

杏子「……馬鹿野郎……ばっかやろう……!」

バサラ「………うおおおおおおおおおああああああああ!!!!」

押し黙っていたバサラが、突然シャウトを放つ。

杏子「バサラ……」

バサラ「あああああおおおおおおおお!!!!」

悔しさや苛立ちや悲しさが入り混じった叫び声。

杏子(……そうだよな。バサラだって……)

そう心の中で呟いて、杏子も同じように叫び始める。
気がつけば、二人は目から涙を流していた。
結界が晴れるまで、二人は心の底から声を出し続ける。

翌日

バイクを走らせる若者と、その後ろに座る少女。
養護施設の外の広場で遊ぶ子どもたちの姿が見える。

バサラ「行かないのか?ここに来たいって言っていたから来たのに」

杏子「うん……あたしは、いいよ。ねえ、バサラ」

バサラ「ん?何だよ」

杏子「……やっぱり、なんでもない」

釈然としない杏子に、バサラは背を向けたまま口を開く。

バサラ「俺は絶対に諦めたりなんかしないからな」

杏子はバサラの後ろ姿に一瞬だけ視線を向けた後、口元を腕の中に隠して微笑を浮かべた。
養護院の奥から歩いてくる人影が見えた。

杏子「あ、やばい。バサラ、出して!」

慌てて杏子はバサラへと催促をする。
だが、バサラは反応を見せない。
門を開けて、道路の脇に止めているバサラたちの元へと女性が歩いてくる。

杏子「バサラってば、あ……」

ようやく振り向いたかと思えば、バサラは杏子をバイクから降りるように促す。
目配せをしたが拒否は出来ないと分かり、渋々それに従って降りると肩を軽く押される。

園長「佐倉さん、よね」

園長が杏子に声をかけてきた。流石に、杏子も目の前にいる相手に対して無視するわけにもいかず、頷く。

園長「子どもたちが戻ってきたの。本当に良かった」

杏子「そ、そうですか。良かった……?」

言葉とは裏腹に、園長があまり明るい顔をしていないことが杏子は気になった。

杏子「何か、あったんですか?警察とか」

園長「いいえ、警察の方々にはもうお礼は言ったし……そうではなくてね」
園長は少し躊躇いがちに話し始める。

園長「一人だけ、まだ戻ってきていないのよ。一番最初に行方不明になった子が」

杏子は、その顔も知らない行方不明の子供が誰なのかを知っていた。
拳を握りしめて俯く。何故か、相手の顔が見れなかった。

杏子「……一つ、言ってもいいですか」

園長「ええ、どうぞ」

杏子「戻ってこない子はもう諦めた方がいいんじゃないですか?」

園長「そんな事は、絶対にしないわ」
自分の失言が分かっているだけにたじろぐ。

即座に毅然とした表情で園長は答えた。強い意志を感じて杏子はたじろぐ。

杏子「……でも、そんなんじゃ辛いだけだよ。現実的に考えて、帰って来ないのなら」

杏子(何言ってるんだよあたしは!そんな事、言うようなことじゃないのに……!)

いつの間にか、敬語ではなく、いつも通りの言葉遣いになっていた。自分が、何を言わせたいのか、何をさせたいのか。
それが分かって、さらに自己嫌悪に陥る。けれど、口から出る言葉は止められなかった。

園長「佐倉さんは、優しいのね」

園長が返したのは世辞や皮肉などが込められていない本心からの言葉であった。
その言葉で、杏子は口を噤む。目に薄っすらと涙が滲む。

園長「でもね、あの子が帰る場所はここなの。だから、私はずっと待ち続ける。それが、私の、子供の面倒を見る者の義務だから」

その言葉を聞いて杏子は強く頷く。そして、羨ましいとも感じた。

園長「……ねえ、もしあなたさえ良ければ」
バイクのエンジンをかけ直す音が聞こえた。杏子は慌てて振り向く。

杏子「え、ちょ、ちょっと!?」

バサラ「じゃあな。俺は行くぜ」

杏子「行くって、どこにだよ。そんな勝手に……」

園長「ええと、お兄さんでいらっしゃる?」

杏子「まさか!全然、そんなわけない、ただの知り合い」

慌てて否定する杏子を、バサラは鼻で笑う。

バサラ「あ、そうだ」

右手の親指を立てたグッドサインを杏子へと向けた。

バサラ「お前の歌声、なかなか良かったな。また一緒に歌おうぜ」

バイクが動き出す。少しの間、杏子は掛ける言葉を探した。
そして、思い立つと走り去るバサラに向けて杏子は声を飛ばした。

杏子「バサラーっ!ギターケース失くして、ごめんよー!!」

バイクのエンジン音で、はっきりとその声がバサラに聞こえたかどうかは分からない。
だが、杏子の顔は晴れやかで、心の中にはずっと歌が響いていた。

♫ It's my WILD LIFE 自分勝手にゆこう

第二話
「ファースト・インプレッション」


(あなたの、あなたの為なら、私は……)

激しい慟哭を感じながら目が覚める。
息苦しさは時間を繰り返す度に増していく。何度も時間を繰り返し、理想の答えを見つけ出す。
だが、立ち止まるわけにはいかない。
健常者と何ら変わらない足取りでベッドから出て歩き出す。
当然だ。もう心臓病の影響は無い。そして、これからするべき行動も全て覚えている。
ふと、鏡の前に立ち、自分の顔を見た。

酷い顔だ。

(なぜ私はこんな酷い顔をしている?)

失敗したから。

なぜ?

私は必死に戦った。全員が生き残れるように考えた。戦い方を覚えた。武器も揃えた。グリーフシードも集めた。昔に比べて私は段違いに強くなった。それなのに……。

それなのに……必ず仲間の誰かが私の目的の障害になる。


(それは、本当に仲間と呼べるの?)


目を閉じてゆっくりと開く。しなければならないことを理解してリボンを外す。これは、決心だ。
もう迷わない。もう失敗したりしない。

だから……

(もう、誰も信じない)

そして、私はまた歩みを進める。まどかを救うために。
ああ、なるほど。決心というのはこういうものか。
こんなにも気持ちが軽くなるものなら、もっと早い内にしてしまえば良かった。
僅かに双瞼に熱いものを感じた気がしたが、それはすぐに乾くだろう。

きっと……すぐに……

OP SEVENTH MOON
http://www.youtube.com/watch?v=vj7cux9ddWE

マクロス7艦隊 シティ7

ミレーヌ「ええーっ!バサラがまたいなくなったの!?」

喫茶店で、大声を出す少女の姿があった。その向かい側には、真面目そうな服装をしたいかにも真面目そうな男がいた。
周りの客やウェイトレスの視線が一斉にその二人組に集まる。

ガムリン(し、しーっ!お、落ち着いてください、ミレーヌさん。声が大きいです。一応まだ正式には発表されてない情報なんですから!)

真面目そうな男、ガムリンが小声でミレーヌをたしなめる。

ミレーヌ「落ち着いていられるわけ無いでしょう。
はーあ。この前ようやく帰ってきたばかりで、ライブの予定もたくさん入っているのに……もう!バサラったら!」

ミレーヌは大きく息をついた。ミレーヌの肩に乗った、ペットである宇宙ネズミのグババも「ギューイ」と怒った顔をして鳴く。

ガムリン「あいつが、こんな風にいきなりいなくなるなんてことは、よくあることだと思っていましたが」

ミレーヌ「だから怒ってるのよ。プロとしての自覚が全然足りてないんだから!」

ミレーヌは膨れっ面をしながら紅茶にミルクを注いでティースプーンでかき混ぜる。

ガムリン「……実は、バサラがいなくなった時におかしな反応があったのです」

ミレーヌ「おかしな反応?それって何なの」

ガムリン「何でも、フォールド反応が僅かに検出されたそうです。といっても、私も詳しくは聞いていないのですが」

ミレーヌ「じゃあ、その反応にバサラが関係しているってこと?」

ガムリン「いえ、まだそうだとは決まったわけでは」

ミレーヌ「いいえ!絶対関係しているわ。だって、バサラだもん。バサラなんだから何か関係があるに決まっているわ!」

ガムリン「いや、なので、それを今解明している最中で」

ミレーヌ「こうしちゃいられない!すぐにパパに話をつけて探しに行かないと。ガムリンさん、お代はここに置いていくから」

ガムリン「あ、ちょ、ちょっとミレーヌさん!?
そうなるだろうと思って既にあなたの機体は格納庫にしまわれているから無駄だと……あー聞いてない。
行ってしまった……か……」

1人店の中に残されたガムリンは寂しくため息を漏らす。

ガムリン(しかし、今回の件はいつものような放浪とは何か違うような気がするな。
艦長もバサラを呼び寄せようとしていたようだったし、何か誰かの作為的なものを感じるが……)

「あのう」

ウェイトレスに声をかけられて、ガムリンは顔をあげる。

「ご注文のいちごパフェ。お持ちいたしました」

ガムリン「あ、それはミレーヌさんの……あ、いえ。置いてください。自分が食べます」

何が悲しくて男一人でいちごパフェを食べなければならないのだろうかと思いつつ、ガムリンは苺とクリームをせっせと口へ運んでいた。
痴話喧嘩でもしたと思われているのか、哀れみをこめた視線を向けられていることが余計に鬱々とした気分にさせた。

見滝原中学校


和子「転校生を紹介します。じゃ、暁美さん、いらっしゃい」

ワー ウオスゲービジン スッゲ オオー

ほむら「暁美ほむらです。よろしくお願いします」

まどか「えっ?嘘……まさか……」

ほむら(……様子がおかしい?まさかもう奴等と接触した……?)

和子「ええと、暁美さん。あなたの席は……」

ほむら(……いや、考えすぎだろう。この数日間まどかに
見つからないように周囲を監視していたけれどまだ奴等が接触に成功した様子はなかった。
大丈夫。今度こそ、うまくやれるはず……)

和子「あの、暁美さん?そろそろ席の方へ……聞いてる?」

休み時間

女子A「暁美さんって、前はどこの学校だったの?」

ほむら「東京の、ミッション系の学校よ」

女子B「前は、部活とかやってた?運動系?文化系?」

ほむら「特に何もやって無かったわ」

(どうにかしてまどかと会話する機会をもたないといけないわね。
……とはいえ、前のように唐突に話しかけても不審がられるだけでしょうし、
それに私と関わりすぎて契約したら本末転倒ね……なら、ここは……)

ほむら「ふぅ……ごめんなさい。なんだか緊張しすぎたみたいで、ちょっと気分が悪いわ」

女子A「え、あ、じゃ私が案内してあげる」

ほむら(いらないことしなくていいから!)

女子B「あたしも行く行く」

ほむら(便乗しないでほしいのだけれど!……でもここで事を荒げるわけには行かない)

ほむら「いえ、おかまいなく。係の人におねがいします。鹿目まどかさん。あなたがこのクラスの保健係よね」

まどか「え?えっとあの…」

ほむら「連れてってもらえる?保健室」

ほむら(上手く笑えたと思うけれど)

ほむら(……表情を見る限りでは、うまくいかなかったようね)

廊下

ほむら(なんとか二人きりになることは出来た。さて、なんて話を切り出すべきか……)

まどか「あ…あのぅ…その、私が保健係って……どうして」

ほむら(……しまった、少し性急過ぎたかしら。機会を伺うのは面倒ね)

ほむら「早乙女先生から聞いたの」

まどか「あ、そうなんだ。えっとさ、保健室は…」

ほむら「こっちよね」

まどか「え?うん。そうなんだけど。いや、だから、その、もしかして…場所知ってるのかなって」

ほむら(しまった……また私は……)

まどか「あ…暁美さん?」

ほむら「ほむらでいいわ」

まどか「ほむら…ちゃん」

ほむら「何かしら?」

まどか「あぁ、えっと…その…変わった名前だよね。い、いや…だから、あのね。変な意味じゃなくてね。その…カ、カッコいいなぁなんて」

ほむら(……分かっていた。けれど、この反応を見るのはいつも心が苦しくなる。
この時間軸のまどかは私を知らない。でも私はまどかの事を知っている。知っている、知っているのよ!)

ほむら「鹿目まどか。貴女は自分の人生が、貴いと思う?家族や友達を、大切にしてる?」

まどか「え…えっと、わ、私は。大切…だよ。家族も、友達のみんなも。大好きで、とっても大事な人達だよ」

ほむら「本当に?」

まどか「本当だよ。嘘なわけないよ」

ほむら「そう。もしそれが本当なら、今とは違う自分になろうだなんて、絶対に思わないことね。
さもなければ、全てを失うことになる」

まどか「え……?」

ほむら「貴女は、鹿目まどかのままでいればいい。今までどおり。そして、これからも」

ほむら(そう。私が過去に戻ったのはあなたを守るため。そして、より良い未来を掴み取るため。
……もう二度と、あんな悲しい顔をまどかにさせるわけにはいかない)

ほむらの脳裏によぎったのは、最初のまどかとの出会い。そして別れの瞬間、交わした約束。
まどかにはその真意を語らずに、ほむらは再び戦い始める。

放課後 校門前

さやか「ねえ、まどか。あとでCD屋に付き合ってくれない?」

まどか「また上条くんの?」

さやか「へへ。まあね」

仁美と手を振って別れを告げると、二人はCD屋へと向かう。

さやか「今日は何のCDを持って行ってあげたらいいかな?バッハ?シューベルト?ドビュッシーとかかな」

まどか「え、ええと。私、そっちの方はあんまり詳しくないから」

さやか「バイオリンって奥が深いよねえ。同じ曲でも演奏者が違うと全然違うの!例えば前に私が買ったCDだと……」

「なあ、ちょっといいか?」

さやか「は、はいぃ!?」

自分の世界に入りかけていたこともあって、さやかは大きな驚き声を上げる。

まどか「さやかちゃん驚きすぎだよ……」

さやか「え、ええと?すみません。それで、な、何でしょうか」

男が、突然まどかたちに話しかけてきた。
まず二人の目に入ったのは、

ギターのケースが横に積まれている真っ赤に塗装されたバイク。
そして、次に声の主の格好。
楽そうな服装にジーンズ。そして逆立った髪型に、丸縁のサングラス。

そこまでならば、少し風変わりなだけで済むが、
さらに背中には、その男の個性を主張するかのようなアコースティックギターが背負われていた。

「道を聞きたいんだけど」

さやか「え、道?」

「ああ。楽器屋ってこのへんに無い?」

まどか「それならちょうどこの道路を道なりに曲がっていけばありますけど……っとわっ!」

さやか「あ、あのっ。わたしたち用があるんで、それじゃ」

「ん、そうか。じゃあ、ありがとな」

お礼の言葉を短く言うと、男はバイクのエンジンを掛けて走り去っていく。

さやか「……ほっ、よかった」

まどか「今の人、何か変わった雰囲気の人だね」

さやか「まどか、駄目。あれは不良よ。あんなのに私の嫁であるまどかが興味を持っちゃいけません!」

まどか「嫁って……いつからそうなったの」

さやか「変な色のバイクにあんな不良っぽいちゃらちゃらした格好をした男の人に、まどかが毒されたりしたら……はっ!もしかしてさっきのもナンパだったのかも!?」

まどか「でもギターを背負ってたよ。ただの音楽家なんじゃないかな」

さやか「そ、それは……きっとギターを武器にする人なんだよ!なんか昔のアニメとかゲームでそういうの見たことあるし。
ほら、ああいうのに関わっちゃいけないから早く、行くよ!」

まどか「そ、そう……かなあ……?」

CDショップ

さやか「うーん、新しいのは無いか。じゃあ、この辺から何か無いかな……」

まどか「♪」

さやか「ん……、何聞いてるの?」ヒョイッ

まどか「わ、取らないでよお」

まどかから奪い取ったヘッドホンを耳につける。
聞き馴染みの無い歌がさやかの耳に聞こえてきた。

♪コダマハカエルヨ♪ヘイヘイホー♪ヘイヘイホー

さやか「……演歌?」

まどか「うん……演歌」

さやか「中学生で演歌って……」

まどか「やっぱり、おかしいかなあ……」

さやか「ま、まあ。いいんじゃないかな?私だって、恭介のおかげでクラシックに詳しくなったけどさ、
意外だってよく言われたりもするし。」

まどか「そう、だよね!この曲も古典的な感じだけどすごくいいんだよ!」

さやか「へえ、何て名前なのこれ?」

まどか「与作!」

さやか「……そりゃまたクラシカルな名前だこと」

(助けて……!)

まどか「……え?」

脳へ直接響く声に、辺りを見回す。

(助けて!、まどか!僕を助けて!)

さやか「ん……どうしたのまどか?」

まどか「声がどこからかして、助けてって……」

さやか「はあ?……ははーん、あの転校生に毒されてまどかもとうとうそういうキャラに目覚めたの?」

まどか「違うって!ええと、多分こっち!」

さやか「あ、まどか!まだCD買ってないんだけど!?」


しくじった。

この時間軸に来て、初めてそう言えるほどの失態を犯してしまった。
本来ならば、魔法少女同士が行える念話。
それを、あろうことかキュウべえはまだ一般人であるまどかへと飛ばしたのだ。
しかも、よりにもよって私の弾丸を数発わざと受けた状態で。
あいつらの身体の限界はいくつも排除してきた私にはよく分かる。
弾丸の数発ごときでは、活動を停止することはない。それを、向こうもよく理解しているのだろう。
生死の重要性など微塵も考えていない癖に痛みを感じさせるような悲壮な声をあげ、まどかを呼び寄せようとする。

そこまで、まどかとの契約は魅力的か。
そこまで、なりふり構わず契約させるつもりかインキュベーター。

悔しさとその行動を想定できなかった自分の不甲斐なさに思わず奥歯を噛む力が強くなる。
舌打ちで気を紛らわしながら、インキュベーターの気配を追って走る。
まどかがあれを見つけるよりも前に、なんとしてでも探しださなくては……!

まどか「どこにいるの?あなた…誰?」

キュゥべえ「助けて……」

まどか「あなたなの?……!、ほむらちゃん…」

……最悪だ。

出会ってしまった。奴等とまどかが。
インキュベーターの無表情な顔が、その裏側で笑いをこみ上げているのを抑えているようにさえ、今は感じる。
私は拳銃を抜き、インキュベーターに向かって突きつける。

ほむら「そいつから離れて」

まどか「だ、だって、この子、怪我してる。ダ、ダメだよ、ひどいことしないで!」

ほむら「貴女には関係無い」

そう、関係ない。あなたは何も知らなくていい。知ってはいけない。
知れば、助けずにはいられなくなる。何かをせずにはいられなくなる。
それがあなたという人だということを、私はよく知っている。

まどか「だってこの子、私を呼んでた。聞こえたんだもん!助けてって」

ほむら「そう」

時を止めて、奪い取って排除するか……いや、魔力を魔女との戦い以外のこんなところで消費するのは勿体無い。
だが、このまま奴を野放しにすれば、まどかが……っ!?煙!?いや、消化剤か!誰が!?

まどか「え…?えぇ?」

さやか「まどか、こっち!このっ!」

まどか「さやかちゃん!」

完全に不意をつかれた。
投げられた空の消化器を避けつつ、私は煙幕の中からまどかの逃げた方向を見定める。

ほむら「こんな時に」

やはり、美樹さやかはこの時間軸においても、たとえ魔女化をしなくとも私の障害と成り得るようだ。
前の時間軸では、美樹さやかのせいで私の話は聞き流されたこともある。その時の口惜しさが蘇り拳を握る。

……ああ、良かった。覚悟が無ければ心が折れかけていたかもしれない。
そうだ、もっと早く覚悟を決めるべきだったのだ。
行動方針が定まった時、突如世界が歪んでいく。

ほむら「!、魔女の結界が……近くに……」

奴らめ、まさかこれも見越していたというのか。
危険な状態に陥れ、契約を誘う。そんな下劣な手段を使おうとしていることを、まどかは知らない。

ほむら「まどか……今助けてあげるから……!」

さやか「何よあいつ。今度はコスプレで通り魔かよ!つーか何それ、ぬいぐるみじゃないよね?生き物?」

まどか「わかんない。わかんないけど…この子、助けなきゃ」

さやか「あれ?非常口は?どこよここ」

まどか「変だよ、ここ。どんどん道が変わっていく」

さやか「ああもう、どうなってんのさ!」

空間が歪み、建物の中にいるはずの二人はいつの間にか見知らぬ空間の中に立っていた。
ひょこひょこと人の神経を気味悪がらせるような容姿をした生き物が出てくる。

まどか「やだっ。何かいる」

さやか「冗談だよね?私、悪い夢でも見てるんだよね?ねえ、まどか!」

何を言っているのかは分からなかったが、気味の悪い生き物たちが
自分たちに害意を持っていることを、まどかたちは本能的に察知していた。
二人は怯えながら、互いに恐怖を和らげようと抱き合う。

まどか「こんな……誰か……助けて……」

その火薬音が生き物たちを破裂させ、殲滅させた時、まどかたちは恐怖から立ち直って意識をはっきりとさせた。

マミ「危なかったわね。でももう大丈夫」

QB「マミ!……助かったよ」

マミ「あら、キュウべえを助けてくれたのね。ありがとう。その子は私の大切な友達なの」

まどか「あ……私、呼ばれたんです。頭の中に直接この子の声が」

マミ「ふぅん…なるほどね。その制服、あなたたちも見滝原の生徒みたいね。2年生?」

さやか「あ、あなたは?」

マミ「そうそう、自己紹介しないとね。でも、その前に……ちょっと一仕事終わらせちゃってもいいかしら?」

マミがスカートの端を持って翻すとその中から大量のマスケット銃が現れ、それらを手に取る。

WAOOOOOOOOOOO!!!

撃ち放とうとした瞬間、結界内全てに響き渡るようなシャウトボイスがマミの手を止めた。

マミ「え……?」

バイクのエンジン音。そして、現れる真っ赤な機体。
エレキギターのコードをバイクに取り付けられたアンプに挿し、かき鳴らす。

http://www.youtube.com/watch?v=GWHd8IvmjYs

バサラ「俺の歌を聞け!!」

♫ Let's GO 突き抜けようぜ! 夢で見た夜明けへ

まどか「な、何これ……?」

さやか「コスプレ少女にハードロッカー!?そんな組み合わせって……」
 
♫ まだまだ遠いけど May be どうにかなるのさ 愛があればいつだって

マミ「っ……ちょっと、あなた、一体何なの、何のつもりなの!?危ないわよ!」

気を取り直したマミが銃を構えて撃ち始める。
その銃声を聞いた瞬間、バイクにつながれたアンプから出るギターの音が大きくなり、歌声も力を増す。

♫ 俺の歌を聞けば 簡単なことさ

さやか「な、なんかすごい事になっちゃてる……なんかよく分かんないけれど……」

まどか「……すごい」

♫ 2つのハートをクロスさせるなんて

♫ 夜空を駆ける ラブハート 燃える思いを乗せて

♫ 悲しみと憎しみを撃ち落としてゆけ

マミ(……あああ、もう!一体なんなのよっ!この人は!!)

歌を意識をしないようにマスケット銃を撃つが、どうにも照準が上手く定まらない。
それどころか、使い魔たちが逃げ出しているようにも見えた。向かってくるのならばまだ狙いやすいが、逃げる相手は捉えにくい。

♫ お前の胸にもラブハート まっすぐ受け止めて デスティニー 

♫ 何億光年の彼方へも 突撃 ラブハート!

曲のサビが終わると同時に魔女の結界が閉じだした。

マミ「ええっ!?ちょっと、まだ必殺技も何も……」

バサラ「おいおい、もう行っちまうのか?もっと聞いていけっての」

マミとはベクトルの違う不完全燃焼さを感じながらバサラは呟く。

マミ「……ちょっと、あなた、なんであんな危ないことをしたのよ!それに、あんな所で歌ってたりしたら戦いの邪魔でしょう!」

バサラ「邪魔?戦いなんざ、しないほうがいいだろうが。そんな銃なんて使ったりするなよ」

マミ「そんなわけにはいかないの!ハア……こっちの事情も知らないで」

さやか「あ、あの~、私達、もう帰ってもいいですかね?」

マミ「あ……ご、ごめんなさい。忘れていたわけじゃないのよ。それより、大丈夫だった?」

まどか「はい……なんとか」

ほむら(一体何なの……あの歌は……)

見間違えでなければ、あの男の歌が使い魔たちを退けたかのようにも見えた。
だが、そんなことはあるはずがない。
……いや、魔法少女と魔女の関係上、そんなことはあってはならないはずだ。

ほむら(私以外のイレギュラー?……いや、イレギュラーだとしても、あまりにも異質すぎる)

マミ「……魔女は逃げたわ。仕留めたいならすぐに追いかけなさい。今回は譲ってあげるから」

物陰に隠れ、考え事をしていた私の気配を察知したのか、声をかけられた。
巴マミ……マミさん。出来ることならば、一番敵にしたくない相手だ。
錯乱しつつも的確な行動の出来る戦闘能力、特に私の魔法は彼女の拘束魔法と相性が悪い。
それに、マミさんからは色々なことを教えてもらった恩がある。
たとえ何度時間を繰り返したとしても、向こうが覚えていないとしても、それを忘れたわけではない。

ほむら「……私が用があるのは」

まどかだけ、とすぐに言葉を続けるつもりだった。だが、私は自分でも嫌になるほど口下手だった。

マミ「飲み込みが悪いのね。見逃してあげるって言っているの。
お互い、余計なトラブルは無縁でいたいとは思わない?」

違う、と私は叫びたかった。意図した事が伝えられないもどかしさに、胸が引き裂かれそうだった。
形としては、インキュベーターの策略にまんまと乗せられたような気がして、それが悔しさを増長させる。
だが、私には今ここでどんな弁解をしたらいいのか見当がつかなかった。

これ以上、何かをしてマミさんやまどかに不信感を与えるのは上策ではないだろう。
協力を得られないとしても、敵対関係にはなりたくない。
そう判断した私は、その場を去ろうとする。そう決めた瞬間に、男の真っ直ぐな視線に気づいた。

男の視線の意味は私には理解できなかったが、その視線が少し不愉快に感じた。

いきなりの身の危険からようやく開放されて、まどかたちは大きく息をつく。

QB「ありがとうマミ」

小動物がマミに向かって礼を言う。傷は、もう無い。

まどか「あの、あっちにいる人は……?」

まどかが先程まで歌っていた男の方を指差す。
男は、まだほむらがいなくなった先を見つめていた。

マミ「さあ、彼も通りすがりじゃないかしら?まあ、何にせよあなた達のお陰でキュウべえは助かったわ」

QB「どうもありがとう。僕の名前はキュウべえ」

まどか「あなたが、私を呼んだの?」

QB「そうだよ、鹿目まどか、それと美樹さやか」

さやか「何で、私たちの名前を?」

QB「君たちには才能があるからね。そんな子はなかなかいないから調べさせてもらったよ」

マミ「才能……ってことは、もしかしてこの子たちは!」

QB「そうさ。マミと同じように魔法少女の才能がある子たちだ」

まどか「魔法……少女?」

QB「そうさ。……比較的安全な今の内に聞いておこうか。実は、僕は君たちにお願いがあるんだ」

まどか「お願いって?」

QB「僕と契約して、魔法少女になってほしいんだ」

バトル7 ブリッジ

『艦長 ブリッジイン』

機械のアナウンスの声と共に、青髪の艦長が中に入る。
中身は既に老境に差し掛かっている年齢であるはずだが、その容姿は青年時代と遜色がない。 艦長席に座ると横にいる巨人、ゼントラーディ人へと声をかける。

マックス「エキセドル参謀。例の異星人とのコンタクトはどうなっている?」

エキセドル「はい、どうやら彼らの目的は歌のようです。いえ、というよりはエネルギーというべきですかな」

マックス「その様子だと、ただのFIRE BOMBERのファンというわけではないのだろう」

エキセドル「仰るとおり。彼らには不可解な点がありますな」

マックス「不可解な点?」

エキセドル「彼らの科学技術に対する理解度からは、相当高度な知的生物なのだと推測されるのですが……その目的がどうにも不明瞭でして」

マックス「確か、宇宙の熱的死。エントロピーの増大を防ぐために膨大な代替エネルギーを必要としている……だったか。我々にはそのような事が必要なのかどうかは分からないが、彼らの価値観からすれば必要なことなのだろうな」

エキセドル「はい。しかし、なぜ彼らは敢えて代替エネルギーとしてサウンドエナジーに目を付けたのか。そこがどうにも不明瞭なのです」

マックス「単に大きなエネルギーというのであれば核燃料などでも構わないはず……。サウンドエナジーは使い方を誤れば我々にとって大きな脅威とも成り得るから、彼らとの交渉は慎重に進めなければならないだろうな。彼らはいったいどんな種族なのだろうか……参謀のデータベースにも無い種族とは」

エキセドル「知識が及ばず申し訳ありません。この広い宇宙には私たちの知らない種族がまだまだ存在するということですな」

マックス「いや、気にしなくともいい。だが、インキュベーター。銀河の管理者とも名乗っていたが彼らの真意とはいったい……」

マックス(彼らは突然我々の前に姿を現し、歌のエネルギーを欲している。バサラの歌があれば彼らの真意も見えてくると思ったが……肝心のバサラは行方不明。タイミングが合いすぎているような気もするが)

対策を考えあぐねいていると電話の着信音が突然鳴る。
マックスは少し気まずい顔をして懐から電話を取り出す。

マックス「おっと、切り忘れていた……ん、ミレーヌからか。すまない、少しだけ席を外す」

エキセドル「ええ、お構いなく」

席を立ち、扉を出ると通話ボタンを押して機器を耳に当てる。

マックス「ミレーヌ。今勤務中「ちょっと、パパ!なんで私のバルキリーが使えないの!?」

ボタンを押した瞬間に発せられた声に、マックスは一瞬怯む。

マックス「……その事ならガムリン大尉を通じてお前に伝えさせたはずだが」

ミレーヌ「嘘よ、だってガムリンさんそんな事を言ってなかったもん!」

マックス「大方、お前がその話を聞く前に飛び出してきたのだろうな」

大きなため息をつき、メガネのズレを直すとマックスは壁に背をもたれかける。

マックス「お前がバサラを心配する気持ちは分かる。また捜しに行きたいのだろうということも」

ミレーヌ「そうよ。今回こそはあいつにプロの意識っていうものが何なのかをしっかりと叩き込んであげないと気がすまないんだから」

マックス「それが、本当にお前がしなくてはならないことなのか?」

ミレーヌ「えっ……」

マックス「バサラに関しては、軍部の方で捜索を行う。大掛かりに、というわけにはいかないが何やら重大な事件に関わっているかもしれないからな」

ミレーヌ「重大な……事件?」

マックス「ミレーヌ。お前には悪いが、こちらに任せてほしい。だから」

ミレーヌ「……うん、分かったよパパ。ごめん自分勝手なこと言って」

マックス「どうした、急に?やけに物分かりがいいじゃないか」

ミレーヌ「私が今やらなきゃいけないことはバサラを探すことじゃない。FIRE BOMBERの一員としてバサラがいなくともライブを成功させること。それを果たさずにバサラを捜しにいくのは責任のあるいい大人じゃないなって」

マックス「……ミレーヌ」

ミレーヌ「ごめんなさい、パパ。仕事中に我が侭を言っちゃって。パパになら任せられるからできるだけ早くバサラを見つけてね」

マックス「出来る事ならば今の状況について詳しく伝えてやりたい気持ちもあるが、市民の混乱を防ぐために明かせない事情もある。それは大丈夫か?」

ミレーヌ「うん、分かってる。パパもママもいつもみんなのことを考えているってことは娘の私が一番よく分かっているんだから」

マックス「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」

艦長が出て行ったアナウンスの後、少しだけオペレーターたちは羽目を外す。

美穂「……なーんか嫌な感じがするなあ」

ブリッジではオペレーターの1人である美穂が隣に座るサリーへ話しかけていた。

サリー「例の異星人のこと?私たちが気にしなくとも大丈夫よ。たいていの事なら艦長や歌う人たちに任せればなんとかなるもの」

美穂「うーん、そうなんですかねえ」

サリー「らしくないわね、あなたが心配するなんて。あなたは脳天気なのがとりえなのに」

『艦長ブリッジイン』

アナウンスが響くと、会話をしていた二人はすぐに姿勢を直す。もう一人の会話に参加していなかったオペレーターはその姿を見て呆れた表情をした。

エキセドル「お嬢様からでしたか」

マックス「ああ。……ふっ」

エキセドル「いかがなされましたかな?」

マックス「いや。子供は何人目であっても、それが親の元を離れていく瞬間というのはいつになっても慣れないものだなと思ってな」

マックスは寂しさと嬉しさのどちらともつかないような笑みを浮かべていた。


美穂「それ、褒め言葉なんですか?」

サリー「ええ。だいたい、何がそんなに気にかかるのよ?異星人とのコンタクトなんてそこまで珍しいことでもないでしょう?」

美穂「そうだけど……なんだかいつもとは違うような気がするっていうか。何かの転機になりそうな感じがするっていうか」

サリー「なーんだ、勘か。だったら私の勘だと残念ながら今回は私達は大した出番も無く終わるわよ。ほら、仕事に戻る」

美穂「えー、まあそうなったらいいけど……いや、でも出番が無いのは良くないような……あれれ?」

サリー「はあ……そんなことより、あなたは将来の相手のことでも心配していなさいな。まだ新しい恋は見つけられていないんでしょう?」

美穂「そ、それを言うならサリーはどうなのよ?艦長は市長とすっかりよりを戻したって話だし」

サリー「私は引く手数多だから1人の相手にいつまでも執着しなくたっていいのよ。まあ、今のところは気に入る人はいないけど」

美穂「……このまま何十年も結婚できないなんてことないよね?前例を見ると、オペレーターって結婚出来ている人が少ない気がする」

サリー「あ、焦る必要は無いわよ……。多分……。みんな倍率が高いことに気後れしているだけだから……うん、きっとそうよ」

>>82 コピペミス 修正

艦長が出て行ったアナウンスの後、少しだけオペレーターたちは羽目を外す。

美穂「……なーんか嫌な感じがするなあ」

ブリッジではオペレーターの1人である美穂が隣に座るサリーへ話しかけていた。

サリー「例の異星人のこと?私たちが気にしなくとも大丈夫よ。たいていの事なら艦長や歌う人たちに任せればなんとかなるもの」

美穂「うーん、そうなんですかねえ」

サリー「らしくないわね、あなたが心配するなんて。あなたは脳天気なのがとりえなのに」

美穂「それ、褒め言葉なんですか?」

サリー「ええ。だいたい、何がそんなに気にかかるのよ?異星人とのコンタクトなんてそこまで珍しいことでもないでしょう?」

美穂「そうだけど……なんだかいつもとは違うような気がするっていうか。何かの転機になりそうな感じがするっていうか」

サリー「なーんだ、勘か。だったら私の勘だと残念ながら今回は私達は大した出番も無く終わるわよ。ほら、仕事に戻る」

美穂「えー、まあそうなったらいいけど……いや、でも出番が無いのは良くないような……あれれ?」

サリー「はあ……そんなことより、あなたは将来の相手のことでも心配していなさいな。まだ新しい恋は見つけられていないんでしょう?」

美穂「そ、それを言うならサリーはどうなのよ?艦長は市長とすっかりよりを戻したって話だし」

サリー「私は引く手数多だから1人の相手にいつまでも執着しなくたっていいのよ。まあ、今のところは気に入る人はいないけど」

美穂「……このまま何十年も結婚できないなんてことないよね?前例を見ると、オペレーターって結婚出来ている人が少ない気がする」

サリー「あ、焦る必要は無いわよ……。多分……。みんな倍率が高いことに気後れしているだけだから……うん、きっとそうよ」

『艦長ブリッジイン』

アナウンスが響くと、会話をしていた二人はすぐに姿勢を直す。もう一人の会話に参加していなかったオペレーターはその姿を見て呆れた表情をした。

エキセドル「お嬢様からでしたか」

マックス「ああ。……ふっ」

エキセドル「いかがなされましたかな?」

マックス「いや。子供は何人目であっても、それが親の元を離れていく瞬間というのはいつになっても慣れないものだなと思ってな」

マックスは寂しさと嬉しさのどちらともつかないような笑みを浮かべていた。


見滝原市 鹿目家

まどか「ねえ、ママ」

詢子「ん~?」

朝早くに起きて、鏡の前で歯を磨く母親にまどかは話しかける。

まどか「もし、もしもだよ。魔法でどんな願いでも叶うって言われたらどうする?」

詢子「役員を2人ばかりよそに飛ばしてもらうわ」

まどか「……はぁ」

詢子「社長もそろそろ隠居を考えてほしいけれど、代わりがいないっていうのがなあ」

まどか「もういっそママが社長になっちゃえば」

そう言われて、詢子は急いで口を濯ぐ。そして、まどかに笑顔を向けた。

詢子「その手があったか!」

まどか「……ママ、目が怖いよ」

通学の途中、まどかは昨日の晩に起こった事を思い出す。
キュウべえと名乗る白い生き物との出会い。
それを狙う謎の転校生。
突然現れた魔女の結界と使い魔。
魔法少女として戦う先輩。
そして、その戦いの中で歌を熱唱する謎のロックンローラー……。

まどか(あ、あれ?)

なんだか最後の部分だけが、中でも特に異質なもののように感じられた。
日常の中に現実味のない非日常が入り込んできて頭の中がごちゃついているはずなのに、
熱気バサラの歌はなぜだかはっきりとまどかの耳に残っていた。

まどか「……“ふぁいやーぼんばー”って言うんだっけ、あの人のバンド」

帰りにCDショップに寄ったら少し探してみようと思っていると、後ろから声をかけられた。

さやか「おっはよーう!まどか!」

まどか「あっ、さやかちゃん。おはよう」

仁美「おはようございます」

一瞬驚いたが、いつもの事であるのですぐに平静を取り戻す。

さやか「なになに?何か悩んでるの~?あ、それとも……昨日のこと?」

まどか「う、うん。まあ」

QB(おはよう。まどか、それにさやかも)

頭に響いた声を受けて、二人の視線は自然と下のほうへと下がる。
仁美の足下にキュウべえはいた。

さやか「ぇ、あっ、ちょっ!」

仁美「?どうかなさいました、お二人とも。私の足下に何か……?」

さやか「ああ、いやいやいや。なんでもない」

まどか(本当に私たち以外には見えないんだ)

さやか(え、まどかの考えてることが聞こえる!私たちもうそんなマジカルな力が!?)

QB(いや、まだこれは僕が中継しているだけだよ。でも、内緒話には便利だろ?)

仁美「なんか、お二人とも挙動が怪しいですわ。何かございました?」

仁美がさやかに詰め寄る。

さやか「ぁあ、いや。まあ……その……いろいろ、あったんだけど……ね」

さやかはしどろもどろになりながらまどかに目配せする。

まどか「う、うん。そう。いろいろ、あって……」

仁美はしばらく怪しむような顔をしていたが、突然何かを察すると口に手を当てて驚きを表す。
どんな事を考えたのかはその様子で理解したので、二人は無視して学校へと急ぐことにした。

昨晩のまどかたちとの接触によって私への印象は悪くなったと考えるべきだろう。
奴等の行動パターンを読み切ることが出来なかった私のミスだ。だが、まだ決定的な支障は無い。いくつか挽回のチャンスはある。

それよりも、気になることがある。

あの魔女の結界の中にいた謎の男。
あんな男は、今まで時を繰り返してきた中では見たことがない。
彼が何者なのか、戦いの邪魔をしているようにしか見えないが、彼の目的は一体何なのか。

魔法少女と関わりがあるわけでもないのに結界の中に入って無事でいられるなどということがあるのだろうか?
イレギュラーな存在に私の目的を邪魔されるわけにはいかない。幸いなことに、人を一人殺すくらいの装備ならいくらでもある。
今まで倒してきた魔女だって、元を辿れば魔法少女だ、人間だ。
今更、もう一人殺すことになっても躊躇は無い……はずだ。
私の邪魔をするのであれば、魔女も人間も私にとっては大差ない。
私たちに関わるということは、そういう事なのだから。

しかし、あの男についてはとりあえず保留しておこう。
それよりも今は、まどかに念を押すほうが優先だ。

和子「……では、15行目を暁美さん。和訳してみて」

ほむら「"彼は出ていく前に彼女の料理を食べる約束をしました”」

和子「はい。よくできました。このように、男というものは軽はずみに女性と約束をしてはそれを守ることなく……」

先生の生々しい座学は聞き飽きた。
授業が終わると、私はまどかの席へと向かう。

ほむら「鹿目さん。話があるの」

まどか「え……っと」

さやか「なによ。昨日の続き?」

いたのか、美樹さやか。

ほむら「あなたに用は無いわ。私が話をしたいのは鹿目さんだけ」

さやか「はあーっ!?感じ悪っ!」

なんとでも言え。その言葉は私には聞こえないし私もあなたに対しては随分と苦労をさせられた。
このくらいの言葉で収めているだけありがたく思ってほしいものだ。

まどか「さやかちゃん。大丈夫。ほむらちゃんも、そういう言い方はあんまり良くないよ」

ほむら「そう……ごめんなさい。口下手だから、上手く言うことが出来なくって」

まどか「う、うん。ところで、何の用があって……」

ほむら「昨日、私が言ったことは覚えているかしら?」

まどか「!……うん」

ほむら「そう。ならいいわ。あなたがアレに出会う前にケリをつけたかったけれど、もう手遅れのようだし」

さやか「アレって、キュウべえのこと?何であんな酷いことしてたのさ!」

ほむら「それをあなたが知る必要は無いわ。鹿目さん。私の忠告が無駄にならないことを祈っているわ」

今はこれでいい。根本的な解決にはならないかもしれないが、それはこれからの私の行動次第だ。

まどか「……ほむらちゃんも魔法少女なんだよね。なら、どんな願い事をして」

私は、その質問に答えることなくその場を立ち去った。
答える必要はない。答えるわけにはいかない。
それを知れば、あなたは契約せざるを得なくなる。これは、わたしだけの内に秘めた願い。決して知られる事のない私だけの……

放課後になって、さやかとまどかは言われた待ち合わせ場所へと向かってマミと合流する。

マミ「さて、それじゃ魔法少女体験コース第一弾、張り切っていってみましょうか」

さやか「おーっ!」

まどか「お、おー」

さやか「役に立つかは分からないけど…持って来ました!何もないよりはマシかと思って」

さやかは手に持ったバットを見せる。

さやか「まどかは何か、持って来た?」

まどか「え?えっと。私は…特には何にも。見学って何をすればいいのか分からなくて……」

マミ「まあ、危険な目には合わせないようにはするわ。けれど、覚悟だけはしておいて」

二人はマミの後に続く。
魔女の残した魔力の痕跡をソウルジェムを使って追っていく。

さやか「意外と地味ですね。もっと派手にぱっとちゃっちゃと見つけられるものかと」

マミ「取り逃がしてから、一晩経っちゃったからね」

まどか「あの時、ちゃんと倒せていれば……ごめんなさい」

マミ「いいのよ。それに、どちらかと言うと邪魔だったのは……」

さやか「あの変なミュージシャンと転校生ですか?」

マミ「転校生?あの魔法少女のこと?」

さやか「あ、はい。ついこの間来たばっかりなんですけれどなんだか掴みどころが無いやつで」

マミ「ふうん。あの男の人の方は多分偶然巻き込まれただけの部外者だと思うけれど、その転校生の方は私と同じ魔法少女。出会えば争いになる可能性があるわ」
まどか「魔法少女同士、仲良くするって事は出来ないんですか?」

マミ「勿論、出来ないことは無いわよ。でも、見ず知らずの相手に命を任せられるほどのお人好しではやっていられないもの」

まどかは少し残念そうな表情をして俯く。

さやか「あーあ、マミさんはこんなに頑張っているってのにあの転校生は…」

まどか「そう言えばこの魔女の結界って普通の人にも見えるんですか?あの男の人とか」

マミ「いいえ、あなた達のようにキュウべえに選ばれた才能のある人たちならともかく、普通の人に見えるなんてことはまず無いわ」

マミ「見えても、待つのは魔女に襲われる未来だけ。あのミュージシャンは運が良かっただけよ」

さやか「それにしても、変な人でしたね。いきなり歌い出すなんてきっと頭がおかしい人だったんだ。まどかも、そう思わない?」

まどか「え、ええっと……私は……」

さやか「うーん?まどか、もしかしてああいうのが好みだったり?」

まどか「そ、そういうのじゃなくて……あれ?」

さやか「ん?どしたのまどか」

まどか「何か、聞こえるような……?」

マミ「二人共、お話はそこまで。そろそろ魔女が見つかりそうよ」

ソウルジェムの反応が強くなる。その反応は近くに魔女がいる事を示していた。

建物の屋上


女性が居た。服装からOLだということが伺える。
しかし目は虚ろで歩きにも力が入っていない。

屋上の手すりに手をかける。履いていたヒールを脱ぎだす。

バサラ「何やってるんだ?お前」

いつの間にか背後に立っていた男が声をかけた。だが、女性の動きに変化は無い。
手に持っていたアンプを置き、ギターを構える。

バサラ「そんな事をするより、まず一曲聴いていけ。行くぜ!」

http://www.youtube.com/watch?v=3x-ZClLqSKY

♫ POWER TO THE DREAM

♫ POWER TO THE MUSIC

♫ 新しい夢が欲しいのさ

♫ POWER TO THE UNIVERSE 

♫ POWER TO THE MYSTERY  

♫ 俺たちのパワーを伝えたい

女性「……」

♫ やっと掴んだ希望が 指の隙間から逃げてく

♫ ブラックホールの彼方まで ずっとお前を追いかけてく

♫ POWER TO THE WORLD

♫ POWER TO THE LOVERS

女性「ぱわー……トゥー……」

♫ 本当の愛が見たいのさ

♫ POWER TO THE RAINBOW

♫ POWER TO THE FUTURE

♫ 諦めたらおしまいさ

女性「へ……?私……ここで……ひっ!?あっ……」

正気を取り戻した女性が辺りを見回した瞬間、足場の狭さに気がつく。
そして、混濁した意識のせいでそのまま足の踏み場を無くす。身体が空中に投げ出される。

バサラ「危ねえっ!」

足を踏み外した女性の腕をフェンスから身を乗り出したバサラが掴む。

さやか「あ、マミさんあれ!」

さやかが指さした方向に、屋上から転落した女性が男性の手に掴まっている姿が見えた。
変身しながら駆け寄り、

マミ「ハッ!」

女性の身体をリボンで包むとそのまま地面へと下ろした。

マミ「大丈夫ですか」

女性「あ、あ、う、うん……今…何が」

気が動転しているようだった。上手く状況説明するのは難しいとマミは思う。

マミ「悪い夢です。すぐにここから離れてください、危険ですから」

夢だと思わせてしまうのが一番だと考え、若干暗示をかけるように気を落ち着かせた。
女性の首筋へ視線をやる。魔女の口づけの痕跡が消えていくのが見えた。
屋上を見上げると、男がいた。マミの方を見るとすぐに階下へと走る。

マミ(昨日の男の人……)

さやか「どういうこと…?あいつがどうして魔女のいる所に……それに、飛び降りそうになった人を助けた?」

マミ「……彼が、何故ここに居るのかは知らないけれど。今は私達に出来る事をするだけよ」

まどか(さっき、歌が微かに聞こえた……あの人は一体何なんだろう……)

魔女の結界内部

階段を上った先に、魔女の結界が広がっていた。

マミ「今日こそ逃がさないわよ」

さやかのバットへ手をかざす。バットが魔法チックな形状へと変わる。

マミ「気休め程度だけれど。私から離れないでね。」

結界の内部へと入る。無数の使い魔たちが列をなして襲い掛かる。
マミがいくつものマスケット銃を取り出し使い魔たちに向けて手当たり次第に撃ち放つ。

さやか「すっご……」

まどか達は息を呑んでマミの動きを見守る。
使い魔たちが脅威を感じ、逃げていく。
それを追って結界の奥へと扉を開けて進んでいった。

マミ「どう?怖い?二人とも」

まどか「怖いけど……でも……」

マミは笑みをまどかに向ける。

キュウべえ「もうすぐ結界の最深部だ」

目の前に、開けた空間が広がった。
髭を生やした使い魔と、空をとぶ鋏。それらの集う場所の中央に薔薇の魔女がいる。

マミ「危ないから下がっていて」

そう言って、飛び出そうとした時。背後の扉が勢い良く開かれ、飛び出していく姿が見えた。
ギターを抱えながら着地の衝撃を前転して殺す。弦をかき鳴らした。

バサラ「俺の歌を聞け!」

さやか「さっきの……」

まどか「ミュージシャン……!?」

♫ POWER TO THE DREAM

♫ POWER TO THE MUSIC

マミ「……ふざけないで!」

マミは空中でスカートを翻し、中からマスケット銃を取り出し撃ちながら着地する。

バサラ「やめろ!撃つんじゃねえ!まだ俺の歌は始まったばかりだ!」

バサラの声に構わず、マミは射撃を続けた。
使い魔の数がみるみるうちに減っていく。

マミ「私の戦いを茶化すつもりなら、ちょっと痛い目にあってもらうわ」

胸のリボンを解き、バサラへと向ける。

バサラの身体が縛られ、まどかたちがいる方へと緩やかに投げられる。

バサラ「うおお!?」

まどか「きゃっ」

マミ「すぐに倒してしまうから、あと少しだけ待っていてね」

後輩たちにウインクを送ると、そのままリボンを巨大な銃へと姿を変える。

マミ「ティロ・フィナーレっ!」

弾丸に射抜かれた魔女が燃えていき、結界が晴れていった。

さやか「か、勝った!」

まどか「すごい……」

マミ「さて、と。どうして私の邪魔をするのかしらあなたは?」

マミは変身を解いた。バサラは座ったままで不満な顔をする。

マミ「魔女の口づけを受けた人は助けてくれたようね。でも、だからといって戦いの邪魔をして欲しくはないのだけれど」

バサラ「何で戦うんだ?」

マミ「魔法少女は魔女と戦うことが使命なの。そうじゃないと、人々が魔女に襲われてしまうわ」

バサラ「なんで、戦い以外の方法があるって思わないんだ?」

マミはバサラの言うことに頭を抱えてため息をつく。

マミ「そんなもの、あるわけないでしょ。ねえ、キュウべえ」

QB「そうだね。僕が知る限り、魔女を戦い以外でどうにか出来たなんていう話は聞いたことがない」

バサラ「……そうやって、やりもしない内に諦めるのか。くだらねえな」

マミ「は?」

バサラ「戦って、倒して、また戦って。ずっとそうやっていくつもりか?」

マミ「何……あなた……?」

さやか「ちょ、ちょっと!あんた一体何様のつもり!?マミさんのやってることをくだらないなんて!」

まどか「マミさんは、皆の為に戦っているのにそんな言い方は……」

バサラはギターを構える。

マミ「何?そうやって、歌で誤魔化すつもり?」

バサラ「は?」

さやか「マミさん、行きましょう。こんな奴に構うことないですよ。ほら、まどかも」

まどか「う、うん」

ふと、マミは背後に何かに瞳を向けられるのを感じた。

マミ「……まあ、いいわ」

しかし、その気配の正体が出てくる様子がないことを見るとその場から立ち去った。

バサラ「お、おい!待てよ……ったく。どうにも上手くいかねえぜ」

どうやら気づかれていたらしい。見逃してくれたのはこの男がいたからであろうか。
必要以上の接触を避けたい私としてはまあ良かったと言えなくもない。
それに、今はチャンスだとも言える。この男の正体を少しでも探ることにする。

ほむら「ねえ、そこのあなた」

バサラ「お前は……」

姿を表して男の目の前に出る。
さして驚いたような表情をしなかったのが少し気になった。

ほむら「いくつか質問させてもらうわ」

バサラ「インタビュー?別にいいけど」

ほむら「まず、なんであなたはこの場所にいるの?ここは魔女の結界。危険な場所だし、元の場所にしても一般人がまず訪れることの無いような所のはずなのだけれど」

バサラ「ここに俺の歌を必要とするやつがいると思ったからここに来た。」

全く意味が分からなかった。こいつの歌なんかを必要とするやつがいる?
何か能力でも持っているのだろうか?しかし、魔法少女の他にそういう存在がいるという話は聞いたことがない。

ほむら「あなた、何者?」

バサラ「俺か?俺は、熱気バサラ。FIRE BOMBERの」

ほむら「そういう事じゃないわ。とぼけるようなら」

時を止めて、盾の中から拳銃を取り出し銃口を向ける。

バサラ「…!」

ほむら「さて、改めて質問に答えてもらうわ。あなたは、何者?私の敵、それとも、味方?」

銃口を向けられているというのに、この男は私を睨むばかりで

ほむら「答えないなら、敵とみなすわ」

バサラ「どっちでもいいよ、そんな事。それよりやめとけよ、そんな物を人に向けるのは」

引き金を引く。
弾が風を切り、男の耳横を銃弾が抜けた。

ほむら「悪いけど、こっちもそれほど暇ではないの。敵か、味方か。それだけ」

バサラ「俺は、そういう敵とか味方だとかって区別をするような奴は嫌いだ。それに、お前に俺は撃てねえよ。お前がそういう眼をしていないからな」

ほむら「……頭が悪いのかしら。今のはわざと外したのよ?」

呆れた。苦笑しかでない。自分が置かれている状況を理解しているのかも分からない。
ただ、相手にするだけ無駄だということは分かった。

ほむら「これだけは言っておくわ。私の邪魔をするのなら容赦はしない。これは、警告よ」

そのまま、私は男の目の前から去った。
この男は何をしたいのだろうか。先ほどの戦いを見る限り、この男に戦う力は無い。
イレギュラーということで注目していたが、特別視する必要はないかもしれない。
ただの頭のおかしい変人。私の彼への第一印象はそう固まった。

CDショップ

まどか「ええっと……は、ひ、ふ、ふ……ふぁいやー……やっぱりない。英字だとFだから……」

指をさしながらもう一度歌手の名前順に陳列されたCD棚を見る。
しかし、目当てのバンドの名前は見当たらなかった。

まどか「うーん?どういう事だろう……」

さやか「あれ、まどか。奇遇だねえ」

まどか「あ、さやかちゃん。それ、上条くんの?」

さやか「うん。この前、買いそびれちゃったからさ、今度持っていくつもり。まどかは、何を?」

まどか「へ、ええっと…適当に見てただけ。なんか、良さそうなの無いかなあって」

さやかはまどかが見ていた陳列棚を見ると小首をかしげ、「ははーん」と口元に笑みを浮かべる。

さやか「さてはまどか。あのミュージシャンのCDを探しに来たんじゃないの?」

図星を突かれ、まどかは言葉に詰まる。

まどか「え、あの…その……」

さやか「どうなの?」

悩みながら、恥ずかしげに頷く。
さやかはため息をつき、頭を掻く。

さやか「あんな奴の音楽なんてどうでもいいって。聞く必要も探す必要も無い!」

さやかはきっぱりとそう言い切る。

バサラがマミに対して言った言葉をさやかは思い出していた。

さやか「あんな人の気持を踏みにじるようなことを言うようなやつの歌なんて、たかが知れてるよ」

まどか「どうやらお店にはおいていないみたいだけど」

さやか「え、ホント?ええっと、は、ひ、ふ……って、FIREだからFかな?……あ、本当だ。ない」

さやか「でもここって、結構品揃えいいお店だよ?私が買うCDも、恭介が言うには結構レアなものばかりだって言うし。
インディーズCDも結構置いてあるって聞くけどなあ」

まどか「検索機に入れても出なかったんだよね」

さやか「もしかしてさ、バンドとかの話って全部ウソなんじゃない?自称ミュージシャンなんていっくらでもいるし。もしくは全然有名じゃなくてCDなんかも自分で売っているだけだとか」

まどか「そうかなあ?話を聞く限りではけっこう有名で、あの人もそれについては嘘をついているようには見えなかったけれど」

さやか「ああー、はいはい。じゃあここでアイツの話は終了。それよりもさ、魔法少女のコト。何か考えた?」

まどか「考えるって?」

さやか「そりゃあ願い事だよ。マミさんとも前に少し話したけどさ。あれから、何かいい感じの願いは思いついた?」

まどか「特には……。私も、マミさんを手伝いたい、助けになりたいっていう気にはなるけれど……でも……」

さやか「……ああ、そういうこと。そうだね、あんな風に自分が戦っている姿って、全然想像出来ないよねえ」

まどか(それに、ほむらちゃんの言っていたこと。『今とは違う自分になれば、全てを失う事になる』っていう話)

まどか(これって、魔法少女のことを言っているのかな?それにしても、どうしてそんな事を……ほむらちゃんだって魔法少女なのに)

まどか(それに、変わろうとすることは悪いことなのかな?今の私にできる事なんて何一つ無いのに……)

CDショップを出てしばらくは一緒の帰り道だったが、途中で別れて1人になる。

まどか(私は何か出来るのなら何でもいい。誰かにありがとうって思われるような事なら、何でもしたい)

まどか(鈍くさいしこれといった取り柄もない。そんな私もマミさんのように素敵な人になれるのなら……)

気がつくと、家の前にたどり着いていた。

知久「まどか、お帰り。もう少しでご飯出来るよ」

まどか「ただいま、パパ。ママは遅いの?」

知久「うん。会社の付き合いで遅くなるみたい」

まどか「ママも大変だね。仕事じゃないのに」

知久「まあ、それも仕事の内かな。だから、まどかもママのことをちゃんと労ってあげないとね」

まどか「うん……ねえ、パパ」

知久「なんだい?」

まどか「どうしてママはそんなに仕事を頑張れるのかな?今の仕事がそんなに好き……ってわけじゃないと思うんだけれど」

知久「そうだねえ。ママは、頑張るのが好きだからかな」

まどか「頑張ることそのものが?」

知久「嫌なこととか辛いことを全部乗り越えて、それを乗り越えた時の満足感がママにとっての最高の宝物なんだよ」

まどか「じゃあ、ママの夢はそういう生き方っていうこと?」

知久「そういうことだね。どう思うかは人それぞれだけれど、自分の理想の生き方を通して夢を叶える。そうやって頑張る所がパパがママを好きなところ。尊敬できるし、自慢できる。素晴らしい人だってね」

まどか「理想の生き方……かあ」

自分の部屋に戻り、制服を脱いで片すと楽な格好へと着替える。
カバンの中から取り出したノートを開く。そこには、自分が思い描いた魔法少女の姿があった。

まどか「ママにもちょっと聞いてみようかな……」

知久「まどか、少し手伝ってくれるかな」

まどか「はーい」


ノートを机の上に置いたまま、まどかはリビングへと下りていく。

翌日

病院

さやか「はあ……恭介のやつったら。……あ、まどか」

まどか「あれ、早いね。上条君は会えなかったの?」

さやか「なんか今日は都合悪いみたい。折角CDも持ってきてあげたっていうのにさ、失礼しちゃうよね」

まどか「それじゃあ、今日はもう帰る?」

さやか「会えないっていうなら仕方ないでしょ。行こ」

キュウべえを撫でていた手を止めてまどかは立ち上がる。
外に出ると秋風が吹いた。病院のスタッフが老人の患者と散歩をしていた。

さやか「いきなり面会出来ないって言われて、どうしてって聞いても答えてくれないし……もう」

まどか「……」

さやか「ん、どうしたの……って!」

まどか「あそこ、あれって」

視線の先に黒く光る球体が病院の壁に張り付いているのが見えた。

QB「マズイよ。グリーフシードだ。孵化しかかってる」

まどか「嘘…なんでこんな所に」

さやか「マミさんを呼ばないと……まどか、携帯の番号知ってる?」

まどかは首を横にふる。
元々、上級生とそれほど接点があるわけでもない。それに、まだ連絡先を聞く程慣れ親しい間柄ではないという感情もあってそういう話をしていなかった。

さやか「マズったなぁ。私も知らないし……まどか、私がここで見張ってるからマミさんを連れてきて」

まどか「そんな、危険だよ!」

QB「無茶だよ!中の魔女が出てくるまでにはまだ時間があるけど、結界が閉じたら、君は外に出られなくなる。マミの助けが間に合うかどうか……」

さやか「あの迷路が出来上がったら、こいつの居所も分からなくなっちゃうんでしょ?放っておけないよ。こんな場所で」

QB「……まどか、先に行ってくれ。さやかには僕が付いてる。マミならここまで来れば、テレパシーで僕の位置が分かる」

QB「ここでさやかと一緒にグリーフシードを見張っていれば、最短距離で結界を抜けられるよう、マミを誘導できるから」

さやか「ありがとう、キュウべえ」

まどか「すぐに連れてくるから!」

まどかは何回か振り返りながらもマミの元へと急いだ。

QB「怖いかい?さやか」

さやか「そりゃあ、まあ…」

QB「願い事さえ決めてくれれば、今この場で君を魔法少女にしてあげる事もできるよ」

さやか「いざとなったらね。でも、今はやめとく。いい加減な気持ちで決めたくはないから」

キュウべえは若干残念そうな顔をしてみせたが、すぐに表情を元に戻した。
周りの地形が曲線を描きながら変化していく。空の色が黒くなった。


私の目的を達成するために、助けは必要ないが邪魔をされるのは困る。

昨晩、巴マミと会話をした。
争う意思は無いことを伝えるために接触したのだが、正直出会ったことは悪手だったかもしれない。
精神面に難はあるものの、彼女の人格は尊敬に足ると思っていたのだがその評価は誤りだったようだ。

いじめられっこの発想。

私の考えや意図をその程度にしか受け取ることが出来ない人間だと分かってしまった。
折角の忠告もこのままでは無意味になる。彼女の戦闘能力はワルプルギスの夜と対峙するのに大きく役立つ。
しかし、今のままではマズい。巴マミが魔女に殺され、それによってまどかが契約を強いられる状況になってしまう可能性がある。
それだけは避けなくてはならない。
病院が見えた、結界の場所は分かっている。美樹さやかが立っていた。
彼女もいたのか。だが例え今、彼女が魔法少女になったとしてもどうせ上条恭介の事で関連して魔法少女になるのだろう。
彼女がいたからといって私の行動は変わらない。時を止めて、結界の内部へと。巴マミが来る前に先回りをする。

使い魔たちが向かってきても大丈夫なように神経を張りつつ、道の陰に入る。
魔女の結界は、基本的に一本道だ。障害となるものはあるが、魔女へと続く道がいくつにも分かれているなどということは私の経験上無い。

巴マミたちが来る前に伝えるべき言葉を頭にまとめる。
どのように言葉をかけるか。こちらから手出しをするべきだろうか。
いや、悪印象を持たれるような行動は控えたい。会うこと自体が駄目なのかもしれないが可能性は最後まで持ち続けたい。
足音が聞こえた。息を潜める。話し声は聞こえない。彼女にしては静かなものだ。

向こうがこちらに気付くであろう位置まで来たと判断し、姿を見せる。

ほむら「は……?」

バサラ「お、なんだ。お前もいたのか」

そこにいたのは、小さなサングラスをかけた見覚えのあるミュージシャンであった。

ほむら「なんであなたがここに?巴マミは……?」

冷静になれ。この男がいても何もならない。ただ、魔女の餌になりに来ただけの男だ。
だが、何故か私はこの男の行動原理を知りたくなった。
……いや、こう何度も魔女の結界にいるということは、彼は魔女の結界を探知する能力か何かがあるのかもしれない。
それを聞きたいのだ。もしかしたら、有用かもしれない。

バサラ「巴マミなんてやつは知らないが、ここには俺の歌を必要としているやつがいることは分かるぜ」

歌を必要とするやつがいる?この男が何を言っているのか疑問に思うしかなかった。

ほむら「先に進みたいのならどうぞ。死にたいなら」

ここで撃ち殺してしまっても構わない。……だが、ここはまどかや巴マミも通るであろう道だ。

バサラ「死ぬ気はさらさら無いが、そうするぜ。……なあ、お前」

ほむら「私はあなたと話したくは無いのだけれど?」

バサラ「……そうか」

ため息をつくと、そのまま私の横を通り過ぎていく。
扉の前まで行くと、振り返って私に向けて口を開いた。

バサラ「お前にも今度、俺の歌を思いっきり聞かせてやるよ」

そんなもの、いらない。
扉が閉まる音と前から人が歩いてくるのが見えた。

マミ「言ったはずよね。二度と会いたくないって」

ほむら「今回の獲物は私が狩る。貴女達は手を引いて」

マミ「そうもいかないわ。美樹さんとキュゥべえを迎えに行かないと」

ほむら「安全は保証する」

マミ「信用すると思って?」

思ったよりも彼女からの敵対心は大きかった。
その事に少しショックを受けたが、それよりも先ほどの男との会話で私は冷静さを失っていたらしい。
警戒しなければならなかった巴マミのリボンが、私の身体を縛り上げていた。

ほむら「っぐ、ば、馬鹿。こんなことやってる場合じゃ!?」

マミ「もちろん怪我させるつもりはないけど、あんまり暴れたら保障しかねるわ」

脅しでは無かった。先程から少し力を入れる度にその力の分だけ私の身体を締め付ける力になって返ってきた。

ほむら「今度の魔女は、これまでの奴らとはわけが違う」

マミ「おとなしくしていれば帰りにちゃんと解放してあげる。さ、行きましょう鹿目さん

まどか「え…はい」

ほむら「待っ……くっ」

もう、こうなってしまったら出来る事は限られている。
私は目を閉じて深呼吸をした。最悪の事態を回避するために必要な事を頭に思い描く。
巴マミ。そうやって、自分の虚栄心を満足させるためにまどかを危険に晒すと言うのなら。
目を開く。巴マミを切り捨てる覚悟は済んだ。彼女が生きていれば、まどかに契約が持ちかけられることは無いだろう。
あとは、このリボンが切れるのを待つだけだ。切れた瞬間に時間を止めて魔女の元へと向かう。

彼女の運が良ければ、また会えるだろう。

まどか「あの…マミさん」

マミ「なあに?」

まどか「願いごと、私なりにいろいろと考えてみたんですけど」

マミ「決まりそうなの?」

まどか「……その、悪いんですけど」

マミ「そんなすぐに決めていいものではないと思うし。別に構わないわ」

まどか「ただ…ひとつだけこうしたいっていうのは」

マミ「何かしら?」

まどか「私、誰かの役に立ちたいんです。誰かの助けになりたい……私って、昔から得意な学科とか、人に自慢できる才能とか何もなくて」

まどか「ずっと、誰の役にも立てないまま、迷惑ばかりかけていくのかなって。それが嫌でしょうがなくて」

マミ「だから、魔法少女になるの?大変だよ。怪我もするし、恋したり遊んだりしてる暇もなくなっちゃうよ」

まどか「でも……それでも、マミさんみたいになりたくて、憧れているんです」

マミ「憧れるほどのものじゃないわよ、私……」

まどか「え?」

マミ「無理してカッコつけてるだけで、怖くても辛くても、誰にも相談できないし。一人ぼっちで泣くことしかできない。だから……」

マミは振り返ってまどかの手を握る。

マミ「今こうやって私の事を見ていてくれる。応援してくれる人がいるっていうだけでも結構うれしいものよ」

マミ「一緒に戦ってくれるのなら、それに越したことは無いけれど。でも、それはあなたが決めることだし。ゆっくり考えればいいわ」

まどか「はい、分かりました。早く、願い事を見つけます」

マミ「もし何も考えられなかったら、億万長者とか、素敵な彼氏とか…あ、ケーキとか」

まどか「いやぁ…え、ケーキ?」

マミ「そうよ。魔女を倒す度にキュウべえにケーキをもらえるように願うとか。贅沢で美味しいものを」

まどか「え、ええとそれは……」

マミ「嫌ならちゃんと自分で考える」

まどか「はぃ…」

マミ「うん。さて、と。今日という今日は速攻で片付けるわよ」

辺りに使い魔たちが出現し始める。
それらを撃ち倒しながらマミとまどかは扉を抜けていった。

マミ「おまたせ」

まどか「大丈夫だった、さやかちゃん」

さやか「あ、うんまあ私はね。……あのさ、ヒッジョーに理解し難いことで説明もしづらいことなんだけどさ」

マミ「何かあったの?」

さやか「あ、あれ」

物陰から身を乗り出して見る。
バサラが孵化しようとするグリーフシードの前に立ち、使い魔たちの前でギターを弾いて歌っていた。

マミ「何やっているの、あの人は……」

QB「……」

まどか「ん、キュウべえ?」

QB「ん、何か用かいまどか。どうやら、孵化にはまだ少し時間がかかるようだけど」

まどか「いや、なんでも……ないよ」

まどか(さっきキュウべえがあの男の人をじっと見つめていたような気がしたけれど……)

マミ「とにかくあの人をどかさないと!魔女が出てきたら大変なことになる」

さやか「え、助けるんですか?」

マミ「目の前で死なれても寝覚めが悪いでしょ。そこの人!危ないから下がって!」

マミは物陰から飛び出し、声を掛けながら近寄り、バサラの腕を掴む。

バサラ「何だよ!歌の邪魔をするなよ」

マミ「ここは危険なの!それとも、前と同じようにリボンで投げ飛ばされたい?」

QB「マミ、気をつけて!魔女が孵化するよ!」

キュウべえの声にバサラとマミがグリーフシードへと向き直る。
その瞬間に、バサラはマミの腕を振りほどく。

バサラ「へへっ、やっと本命のお出ましか!行くぜ、俺の歌を聴け!」

マミ「折角の所悪いけれど、一気に決めさせてもらうわよ!」

HOLY LONELY LIGHT
http://www.youtube.com/watch?v=aWlAjz9gvlU

♫ 24時間うごめく街を TONIGHT TONIGHT 駆け抜ける

マミが一周その場で回転すると、背中から、スカートの中から、マスケット銃が現れる。
撃っては別の銃を拾い、動きの軌跡からまた新しく銃が生まれた。

♫ 非常階段瞳の群れが SIGN OF THE TIMES 探してる

マミ(今の私は、1人なんかじゃない。戦えば、それに応えてくれる人がいる)

♫ 目が眩みそうな 青いダイヤも

お菓子の箱を破り、人形のような魔女が現れる。

マミ(先輩らしく、格好いいところを見せなきゃ)

椅子に座ったその魔女に連続して銃を放つ。
力無く椅子から落ちた魔女をマミのリボンが縛った。

マミが一周その場で回転すると、背中から、スカートの中から、マスケット銃が現れる。
撃っては別の銃を拾い、動きの軌跡からまた新しく銃が生まれた。

マミ(今の私は、1人なんかじゃない。戦えば、それに応えてくれる人がいる)

お菓子の箱を破り、人形のような魔女が現れる。

マミ(先輩らしく、格好いいところを見せなきゃ)

椅子に座ったその魔女に連続して銃を放つ。
力無く椅子から落ちた魔女をマミのリボンが縛った。

♫ ガラスに変わってしまう キ・ヲ・ツ・ケ・ロ

マミ「逃さない!これで決まり!」

手に持ったマスケット銃が姿を変える。
地面に固定された大砲の引き金が引かれた。

マミ「ティロ・フィナーレ!!」

さやか「やった!」

マミ(決まったわ。もし動けたとしてもリボンの拘束があるからそう簡単には動けないはず)

息をつく。頭上に影が出来る。
見上げると、巨大な魔女の顔が目の前に迫っていた。
マミの顔が驚愕で歪んだ。

まどか「あっ…あっ……」

バサラ「まだ、まだだ!まだ俺のハートはお前に届いていねえ!」


俺の歌を聴け!!



叫びに、魔女の身体が一瞬怯む。
そのまま、マミの身体を突き飛ばし、魔女の眼前へと躍り出る。

♫ HOLY LONELY LIGHT 急げ 自分を信じて

まどか(あれ……今……熱気さんの周りが光って…?)

♫ HEAVY LONELY NIGHT 闇の中から答えを見つけ出せ

マミ「はっ……!危ないっ!」

突き飛ばされたマミがリボンを再び投げかけて再び口を開きかけた魔女の動きを縛る。

マミ(なんて力…!それに、さっきので終わりにするつもりだったからソウルジェムの濁りが…)

リボンが邪魔だと判断した魔女がそれを振りほどこうと暴れだす。
踏みとどまろうとしたが、叶わない。リボンの一部が千切れ始め、力に負けて引きずられる。

マミ(魔力が足りない…!)「キャッ!?」

マミの身体が宙へと投げ出される。
背中越しに、自分の真下に口が開かれているのが分かった。
手に、胸元から取り出した銃を作り出す。通常のマスケット銃よりは大きいが、必殺の武器に比べれば心許ないサイズだ。

マミ(残った魔力を使って作れるのはこれが限度……これで……!)

空中で姿勢を制御し、真下に向けて銃を構えて撃つ。

マミ「そこっ!」

弾丸が魔女の口内を貫い瞬間、その口の奥からまた同じ顔が見えた。

バサラ「WAAAAAOOOOOOOO!!!!!!」

声が、咆哮のような声が結界内に響き渡る。
想定外の出来事に魔女の口が一瞬早く閉じた。焼き菓子を咀嚼した音が聞こえる。
完全には飲み込まれなかったマミはマスケット銃を空中で手放して力無く落下した。

QB「早く!契約を!このままだとみんなやられる。早く願いを!」



「その必要は無いわ。」



爆音。
キュウべえたちの目の前に、黒髪の少女が姿を見せた。

ほむら「こいつを仕留めるのは私」

ほむらのいた場所をお菓子の魔女は地形ごと齧り付く。しかし、その度に魔女の体内で爆発が起きる。爆発が起きる度に魔女は新たな身体へと変わっていく。椅子の上へと着地する。踏みつけたものをもう一度念入りに踏み潰す。お菓子の魔女が怒り狂ったようにほむらへと飛びかかる。

ほむら「無駄よ」

時間差で体内に入れた爆弾を起爆した。
お菓子の魔女シャルロッテは爆発によって塵となった。

ほむら「命拾いしたわね、貴女達」

ほむらが変身を解いてさやか達に近づく。

まどか「マミさん……マミさんは……」

ほむら「巴マミなら、向こうにいると思うわ」

二人はほむらが示す方向へと駆け出していく。

さやか「マミさんっ、マミさんっ!返事してください!」

マミ「う……あ……」

マミの声が物陰から聞こえた。

さやか「マミさん、良かった……」

マミ「駄目……こっちに来ないで」

さやか「え、な、何で!?」

まどか「マミさん……?でも、さっき……」

ほむら「そうよ、巴マミ。魔力のない今のままだと立つことすら出来ないわよ」

さやか「……マミさん。そっちにいるんですよね?」

マミ「や…駄目……来たら……!」

さやかの動きが突然止まる。
そのまま、その場にへたり込んで座る。
まどかがその異変に気がついてさやかの元へと寄る。息を呑み、口元を手で覆う。
ほむらはそれを冷ややかな目で見ていた。

1人は目の前の光景を受け入れられずに膝をつき、1人は相手の痛みを理解するあまり言葉を失った。
これが、魔法少女の世界。これが、私達の生きる日常。

巴マミ。あなたは自分を少しでもよく見せようとしていただけ。
あなたがどんなに魔法少女の現実とやらを語ろうと、それは真実を含まない。
真実を知れば、仲間を得る機会を失うから。魔法少女というシステムの酷さが垣間見えてしまうから。

ほむら「これが、魔法少女になるってことよ。人の忠告を無視するからこうなる」

血や贓物が流れ出ることは辛うじて止められたようだが、それ以上の再生をするにはソウルジェムが濁りすぎていた。
上半身だけのマミに向かってグリーフシードを投げ渡す。先程手に入れたばかりのものだ。

ほむら「そのままでいたくないのなら、早く使いなさい」

マミ「……」

反応は薄かったが、顔が動いた。何故、というような目を向けられた。

ほむら「私の分まだあるから気にせずに。言ったでしょう?争う気は無いって。必要が無いもの」

まどか「こんな……あんまりだよ……こんなのって……」

さやか「マミさんは、私達を守るために……それに、あの男が……」

二人も、しっかり現実を見ることが出来ただろうか?
私の言葉を聞き入れなければ、あなたたちもこうなる。
それを見せることが出来たことに関しては感謝させてもらうわ。
振り返って歩くと、インキュベーターが少し離れた所でまどか達を見ていた。

ほむら「残念だったわね」

QB「何がだい?君とは会話したことがないはずだけれど、どうやら君は僕のことを知っているようだね」

ほむら「ええ、とってもよく知っているわ。だから言うの。残念だったわね」

QB「マミの損傷は激しいけど、誰も死ぬことは無かった。それに、別の収穫もあった。残念ということはないけれど?」

別の収穫?

少し言葉に引っかかるものを感じたが、無視することにした。
確かに、結果だけを見れば全員生き残っている。私としてもなかなか良い展開ではある。

ほむら「あなた達のその余裕がどこまで続くかしらね」

髪を振り払って、その場を立ち去る。

結界が晴れていく。
夕方の橙色の光が3人を照らしていた。

さやか「マミさん……足……足が……」

マミ「どうして……」

さやか「え…?」

マミ「どうして、私は生きているの…?」

さやか「マミさん、何を言って……?」

マミ「どうして……私はこんなになっても……パパは……ママは……」

まどか「あ……マミさん……」

マミ「こんなになってもね。痛みが無いのよ……ねえ、すごいでしょ?」

小銃を創りだして自分の胸元へと突きつける。

マミ「今、自分で撃ってみようか?痛さなんて無いのよ。傷も、すぐに回復するし」

まどかがマミに抱きつく。
泣いていた。泣き声をこらえようとして、息が掠れた。

まどか「……ごめ…んなさい」

私も一緒に戦うとは、口に出せなかった。
戦いに怖さを感じてしまった。マミの戦いをどこか劇のように、遊園地のアトラクションのように見ていた自分を恥じた。

まどか「ごめんなさい……ごめんなさい……」

なんども、謝罪の言葉を口にした。小銃と雫が地に落ちる。
少女の泣き声だけがその場に残った。

落ちたスレの部分まで終了。
エピローグまでの文字数がおよそ15万文字。長いけどコピペミスしないようにしないと(戒め)

第3話
「ブレイブ・ハート」

消毒液の匂いにはもう慣れてきた。通りがかった看護婦さんと目が合う。
何度か見たことのある顔だったので会釈をすると、向こうからも返してくれた。
静かな廊下に、足音だけが響く。腕に抱えた荷物を落とさないように気をつける。
鈍くさい私は、こういう時によくミスをしてしまうから。部屋の番号と掛けられた名札の文字を見て、扉を叩く。

マミ「はい…どうぞ」

まどか「鹿目です。こんにちは、マミさん」

部屋の中には西陽が差し込んでいた。ベッドの上には病人服を着たマミさんがいた。
抱えていた荷物を置いて、視線を送る。マミさんは窓の外を眺めたまま、返してはくれなかった。
勝手に座るのは気が引けた。一歩、距離を置いて立ちつくす。何かを口に出そうとしては、出ずに終わる。

マミ「座ったら?」

まどか「……はい」

マミさんは、一瞬だけこちらに視線を振った。ためらいながら、それに従う。
掛けてあったパイプ椅子を拡げてそれに座る。

マミ「鹿目さん。着替え、持ってきてくれてありがとう。入院はそれほど長くはないと思うけれど」

まどか「怪我は、大丈夫なんですか?」

マミ「ええ。魔法少女ってそういうものだから」

ほら、とマミさんは腕を広げて見せる。しかし、マミさんの言葉に少し距離を感じた。
暗に責められているような気がして、また私は言葉を失う。

マミ「でもね。歩けないの」

まどか「え……?」

マミ「ううん。身体は治ったっていうことは分かっている。前に魔女と戦った時にあれよりもっと酷い目にあったことだってある」

酷い目。その時のマミさんの姿を思い出して私は思わず自分の下腹部を抑えた。
その時を想像して、痛覚や恐怖が浮かび上がる。とてもじゃないが、自分には耐えられそうに無かった。

マミ「でも、何度ベッドから降りようと思っても足が竦んで立てなかった。自分の足が、自分のものではないような気がして」

マミ「……精神的な影響だって、言われたわ。…ふふっ」

まどか「マミさん?」

マミ「情けない。不甲斐ない。カッコ悪い。こんな姿、本当は見せたくはなかった。後輩の前では格好いい先輩でいたかった」

マミ「でも、そんなの自分勝手な考え。ただ、鹿目さんや美樹さんを仲間にしたかっただけ」

まどか「それはっ……違います!……マミさんは、悪くないです。カッコ悪くなんて、無いですよ!」

マミ「……鹿目さんは。私のせいで、危険な目にあったというのに」

まどか「それでも……マミさんは私の……憧れで……私は、何も……出来なくて……」

上手く言葉が続かない。私にできる事は下手な慰めの言葉をかけることだけ。
それは私が何も無い人間だから。私ではマミさんの辛さを受け止めきれない事が分かってしまう。 相手を支えてあげられるような度量もかけるべき言葉の知識も無い。どうして自分はこんな時でさえ何も出来ないのだろう。

マミ「窓、開けてもらえるかしら」

まどか「あ…はい」

自己嫌悪に陥っているとマミさんから頼み事をされた。マミさんは壁にかかった時計を少し気にした。
私は長居しないほうがいいのだろうかと思ってしまった。
出来ることならなんでもしたい。けれど、マミさんが一番に望んでいることは叶えてやれない。
もどかしさと、罪悪感。私は窓の鍵を回して開き、外の風を入れた。

マミ「ありがとう」

お礼の言葉が、少し苦しい。
椅子に戻る。外からアコースティックギターを弾く音が聞こえた。


http://www.youtube.com/watch?v=mtVea9Lt2AM

♫ 「お前にいつ出会えるだろう」

♫ SUBMARINE STREET で呟く俺は今日も

マミ「始まったわね。今日も」

まどか「これ、もしかして……熱気さん?」

♫ 果てしない砂漠を さまよう2人

♫ 穴があいている 俺の心には

マミ「ええ。少し前から、ここで定時ライブを開いてるみたい。なんでも、ここの院長先生が路上ライブをしていた彼の歌を気に入ったらしくて」

まどか(熱気さんのイメージってもっと激しい感じがしたけれど……こんな歌もあるんだ……)

♫お前に逢いたい この寂しさ 分かち合える

♫ お前をずっと 呼び続ける 声の限り

マミ「魔女と戦っている時は、ただ邪魔なものとしか感じなかったけれど。こうやって戦いから遠ざかってみると、彼の歌もそう悪くないかなって思えるの。不思議ね」

♫ 夢の中で見た 美しいお前の

♫ 瞳に映る虹を いつか一緒に見たい

熱気さんの歌が少しだけ私達の間を縮めてくれた気がした。
私は、マミさんの何を知っているのだろう?彼女が本当に求めているものが何かを、正しく理解できているのだろうか。
そう考えていくと、色んなことが浮かんできた。歌が言葉を紡ぐのを助けてくれるようにも思えた。

まどか「マミさんが魔法少女になった時の願いは何だったんですか?」

マミ「……大した理由なんかじゃ無いわよ。それに、考える余裕も無かった。参考にはならないと思うけれど」

まどか「あの、違うんです」

マミ「違う?」

まどか「参考にしたいとかそういうのじゃなくて、私、マミさんのことをよく知りたいんです」

マミ「……交通事故があったわ」

マミさんはぽつり、ぽつりと話しだした。

マミ「大きな交通事故。何人もその事故に巻き込まれた」

マミ「その”何人も”の中に私と、両親もいた」

マミ「衝撃と大きな音。身体も動かない。目の前には動かなくなったパパとママの姿。朦朧とした意識の中で、視線を向けてくる存在に気がついた」

マミ「そして、私はこう願ったわ。『助けて』と」

まどか「キュウべえが、そこにいたってこと…?」

マミ「ええ。今、考えると。もしかしたらその事故も魔女の仕業の一つだったのかもしれない。不可解な事件が当時よく起こっていた事は噂になっていたし。だから、キュウべえもそこにいた」

まどか「あの……ごめんなさい。マミさんの両親の事、知らなくて……」

マミ「別に、謝る必要は無いわ。嫌なら話してなんかいないし、鹿目さんはキュウべえに選ばれたのだから知る資格がある」

マミ「それにね。私が鹿目さんに知ってほしいと思ったのよ。私と違ってまだ選択肢のあるあなたには同じような辛い目にあってほしくない。正しい選択をしてもらいたい」

まどか「私に……」

マミ「普通の人は、可哀想だとか、気の毒だって思っても結局は他人事でしかない。でも、あなたは違う。資格があるあなたは、いつ理不尽な目にあって契約をしてしまうか分からない」

マミ「そうなったら……あなたは優しい人だから私以上に辛く感じてしまうかもしれないわね。魔法少女の世界は……私が口で言うよりもずっと……分かるでしょ?」

マミさんは俯きながら私にそう言いました。

まどか「……やっぱり、マミさんは強いです」

思った事が、そのまま直接言葉に出た。

マミ「え…?」

まどか「そんな風に、心配してくれるなんて嬉しいですし」

マミ「ちょっと…お世辞ならよしてよ。自分が一番カッコ悪いって分かっているんだから」

まどか「私は、そんな風には思いません。どんな失敗をしたって、マミさんは私にとっての憧れで、頼り甲斐のある先輩だと思っています」

マミ「……ふう。参ったわね……そんな風に言われるなんて」

まどか「あ……ええと……迷惑でした…?」

マミ「ありがとう」

ようやく、マミさんの笑顔をまた見れた。

マミ「でも、あなたと……これは美樹さんにも言わなければならないわね。お願いがあるの」

まどか「お願い、ですか?」

マミ「絶対に、私の代わりに戦うという理由で魔法少女にならないこと。私は、そんな事を望んではいないしこの街には他にも魔法少女はいる。だから、焦ったりしてそんな契約をしないこと」

マミ「どうしても緊急事態でそうする必要があるのなら……それは仕方ないかもしれないけれど。それに強制は出来ないからあくまでお願いということ」

まどか「……はい。分かりました」

私は、固く返事をした。
熱気さんの歌が、一曲終わった。 窓から姿が見えないかと椅子から立って少し覗いてみる。

まどか「あれ……」

マミ「どうかしたの?バサラさん見えた?」

まどか「いえ、見えませんでしけど……さやかちゃんが」

マミ「美樹さん?」

さやかちゃんが病院へと駆けて来る姿が見えた。
その旨をマミさんに伝える。言ってから、気付く。

まどか(あ、そういえば上条君もこの病院だもんね)

多分急いでいるのはマミさんに会うためでは無いのだろうなあと思うと、私の中に気まずさがまた少し生まれたのでした。

さやかは自分が今どんな表情をしているのかが分からなかった。
震える手で胸を抑えて荒れた息を整える。どんな表情を作ればいいか。どんな声をかけて扉を叩けばいいのか。
扉の前で足が止まる。それからの一歩がとても遠い。いつもならば、この一歩を踏み出すことがとても嬉しかったはずである。 それからどんな話をするかということが考えずとも湧いて出る。それが、一日で、一瞬で、一言で変えられた。
嘘であってほしいとさやかは願っていた。しかし、そうでないことは話をしていた看護師の表情や語調から分かった。

さやか(違う。本当はもっと前から分かっていた)

本当はもう動かないのではないのかということ。扉の向こうで自分の幼馴染がどんな表情をしているのかが、ずっと見てきたはずなのに、さやかには想像できなかった。

さやか(じゃあ、私はどうすればいいの?)

さやかは頭の中で自問自答をする。最高の答えでなくても、自分が出来る最善は何か。
テストと違って友達にノートを見せてもらえない問題の答えを必死に考える。

出した結論は、結局ありきたりなものでしか無かった。おそらく、前にテレビか、漫画か何かで見たような陳腐な解決策。 それは、いつも通りの自分でいること。
変に気を遣えば向こうはそれを咎めるかもしれない。 無神経だと思われるかもしれない。
もし、そうだとしてももう後戻りは出来ない。扉は開かれてしまっていた。
考えるよりも手が先に動いていた。さやかは改めて自分の人間性に気がついて心の中で毒を吐く。

恭介「やあ」

そこには、いつもと変わらない表情で出迎えてくれた幼馴染がいた。

さやか「うん。……あのさ、これ」

さやかも、買ってきたCDを袋から取り出す。

恭介「…ありがとう。でも、今はいいや」

さやか「あ…そ、そう。うん、聞きたくない時だってあるよね」

いつも通りに振る舞おうとしてもそのいつも通りの形が作れない。
言葉を選ぶことの難しさを今になって思い知る。


さやか「リハビリはどう?」

恭介「まだ何かに掴まってないと立つことすら覚束ないよ。ずっと寝ていたから筋力も落ちたみたいだし」

さやか「恭介が身体を鍛えている姿なんて想像つかないよ。恭介っていつも……」

バイオリンを弾く恭介の姿。
それを聞く自分の姿。
さやかは記憶の中のステージと観客席を眺める自分を思い浮かべていた。

恭介「さやかはさ」

さやか「え、何?」

恭介「僕にどうしろっていうんだい?」

さやか「どうって……」

恭介「少しは現実を見なよ、ほら」

恭介が包帯の巻かれた左腕を引きずるように差し出してみせる。

恭介「動かないんだ、『これ』。感覚も無い。まだ、付いているのに」

これ、と自分の左腕のことをそう言った。

さやか「…き、きっと動くようにな「医者に言われたんだよ!もうバイオリンは弾けないって!」

恭介「終わりなんだよ……僕は!」

さやか「恭介」

恭介「……出て行って」

さやか「え」

恭介「もう僕に構わないでくれ。そのCDも。嫌味のつもりかい?」

さやか「そんなこと……恭介」

恭介「これ以上、僕をいじめないでくれよ」

喉奥が締め付けられたような声を恭介が発した。
さやかはそれから一言も口にすることなく、病室を後にした。

恭介「……すごいや、僕って。さやかに向かって、あんな事言えるんだ」

動く右腕で目を覆う。笑い声が漏れだした。次第に、涙声が混じっていく。

恭介「はは……幻滅したろうな。こんな、僕みたいな弱音を吐くやつなんて好きじゃないだろうから」

窓へと視線を向ける。身体を起こして端に座り、動く足と手を基点にして壁へと体重をかけるようにして立つ。 それを伝っていき、窓の側まで行くと鍵を開けてスライドさせる。抜けていく風と共に歌声が流れていく。

恭介「今日は、屋上でやってるのか」

少なからず興味はあった。自分が弾けない物を弾いているバサラを羨む気持ちもあった。

恭介「……もう、僕には関係の無い世界か」

呟いて視線を窓から戻し、ゆっくりと閉じる。閉じた瞳から涙が流れた。

マクロス7 アクショ

世の中に合法という言葉がある限り、違法という言葉もあり続ける。
普通マクロス7に居住する人々は居住艦であるシティ7にて然るべき手続きを取り、そこで生活を営んでいる。 しかし、様々な理由によりシティ7での居住をしない者たちも中にはいる。経済的な面やその人物の素行的な面などによる理由だ。
バサラたちファイヤーボンバーもアクショと呼ばれる公式には存在しない、違法地域のアパートの一室を根城としていた。治安もいいとは言えず、発足時ならばともかくファイヤーボンバーのように売れているバンドならばもっと良い所に住めるだろうが、メンバーはこの違法地域を気に入って住み続けている。 そこを訪れる場違いな程ぴっしりとした服装の男。その男がここに来た理由は、聞きたい事があるからだ。息を整え、襟などを正すと扉にノックをして声をかける。

ガムリン「すみません、ガムリンです。誰かいらっしゃいますか?」

程なくして扉が開かれる。

レイ「これはガムリンさん。お久しぶりです」

ガムリン「ええ、お久しぶりです」

ガムリンは中を少し見渡す。部屋の奥でビヒーダが一瞬視線を向け、その後いつものようにビートを刻み始めた。

レイ「丁度、ミレーヌは買い出しに行ってもらったところです。10分くらいで戻るとは思いますが……散らかっていてすみませんね」

ガムリン「いえ、お構いなく……あれ、なんですそれは?以前は見なかったと思いますが」

レイがいじっている機械の類にガムリンは興味を示す。

レイ「ああ、これですか。これは…辺りの周波数や電波を解析して、それに上書きして音声を流すことが出来る装置で……」

ガムリン(それはつまり……電波ジャックでは?)

幾分か犯罪臭のする機材に不安を覚えながらも、ファイヤーボンバーの役目を考えるとここは見過ごすべきなのだろうと心の中で折り合いをつける。

レイ「そう言えば、今日はどんな用件でこちらへ?」

ガムリン「そ、そうでした。バサラのことなのですが」

レイ「何か分かりましたか?」

ガムリンは首を横に振る。
ガムリン「残念ながら、依然として進展はありません。そこで、無いとは思うのですが……何かかしら彼の動向について思う所があればお伺いしたいと思って」

レイ「そうですか…しかし我々にとってもバサラの行動については未だに理解が難しい部分がありますから。残念ながらお伝え出来るような事は……。それにしても、今回の捜索は難航しているようで」

ガムリン「ええ。これから、千葉大尉の協力を本格的に打診する予定です」

ビヒーダのドラムの音が止まると同時に、扉が開く。

ミレーヌ「お待たせー買い物行ってきたよ。あ!ガムリンさん、いらっしゃい!」

ガムリン「おじゃましています」

ミレーヌ「あれ、お客様だっていうのに。何も出してないの?全くもう」

レイ「おっと、そうだったな……すまん」

ミレーヌ「何か飲み物でもいかがです?お酒は……出撃がある時は駄目ですよね……ええと他には……」

ガムリン「いえいえ、そんなお構いなく!こっちが連絡もなしに訪ねただけですから」

ミレーヌ「いいですって。ガムリンさんには忙しい中バサラを探してもらって凄く感謝しているんですからこのくらい」

ガムリン「いや実はそんなに忙しいわけでも……。手がかりなんて殆ど無いに等しいから捜しようがないというのが本音なのですが」

ミレーヌ「はい、どうぞ。レモネードですけど」

袋から取り出された缶ジュースを半ば強引にガムリンへと手渡す。

ガムリン「あ……ではいただきます」

ミレーヌ「それじゃあ色々仕舞わなきゃいけないものもあるので」

そう言って、冷蔵庫のある部屋へと降りていった。このアパートはぼろいので床や天井が抜け落ちており、いくつかの部屋と部屋が繋がってしまっている。

レイ「ミレーヌのこと、どう思います?」

ガムリン「え、な、何がです?」

レイ「前に比べると、だいぶ落ち着いたような感じがしませんか」

ガムリン「あ、ああ…そういう……ええ、確かに」

レイ「ミレーヌがこの調子なら、ライブの方はどうにかなるとは思いますよ。なので、あまり気負わずに捜索をお願いします」

ガムリン「ありがとうございます。……あの、ところで少し噂を聞いたのですが」

レイ「噂?」

ガムリン「いや、まあゴシップ誌に載るようなくだらない事だというのは理解しているのですが。『ファイヤーボンバーは解散間近』とかいう話を聞いたもので」

レイ「解散……はは、まあ半分くらいは当たっているか」

ガムリン「え!?」

ビヒーダがシンバルを鳴らす。

ミレーヌ「ん、何の話してるの?」

階下から上がってきたミレーヌが声をかける。ガムリンの表情が硬直する。

ガムリン「い、いえ別に特別なことを話しているわけではなくて」

咄嗟に自分が聞いていたことをミレーヌに隠すように振る舞った。ミレーヌに対して今はこういう話をするべきではないのではないかと思ったからだ。レイもガムリンの機微を察して話を続ける。

レイ「バサラの捜索につながるような手がかりが欲しいんだそうだ。ミレーヌ、お前は何か手がかりになりそうなものは持ってるか?」

ミレーヌ「手がかり?うーん、そういうのがあったら自分で捜しに行っちゃうだろうしなあ」

少しだけ考えてからぽん、と手をたたく。肩に乗った毛むくじゃらの銀河毛長ネズミの方を見た。

ミレーヌ「あ、そうだ!グババならバサラの居る所、だいたい分かるんじゃないかしら?」

そう問われてグババは少し首を傾げてから自信有りげに身体を揺らして意思を示す。

ミレーヌ「決まりね。ガムリンさん、グババをお貸しします。この子ならバサラの居る所を感じ取ることが出来るはずですから」

ガムリン「え、それは本当ですか!?」

ミレーヌ「はい。……といっても、どこまでの範囲までかは分かりませんけれど。でもきっとお役に立つはずですよ。ね、グババ」

短い鳴き声をあげてグババはガムリンの肩に乗る。

ガムリン「うむ、よろしくなグババ。それではミレーヌさん。少しの間お借りしますね。……ところで、今更ですがミレーヌさんは本当に捜索に加わらなくてもよろしいのですか?」

ミレーヌ「私はファイヤーボンバーの一員。私達の歌を求めている人がいるのに他の事にかまけていてはダメでしょ?今はライブに集中するのが私達の仕事ですから」

ガムリン「分かりました。そういうことであれば、私も責任を持ってグババと共にバサラ捜索にあたります。それでは、私はこれで」

ガムリンは軽く頭を下げて、立ち去る。アパートから出た所に停めてある車は、ガムリンのパーソナルカラーと同じ黒を基調とした色のはずだが、
一時間も経たない内に赤や青色のラッカー塗装がされていた。どう見ても、ガムリンの趣味ではない。

ガムリン「やはり、こうなったか」

電子キーで鍵を開けると中から布巾を取り出す。元の色とは違う塗装がされた部分を拭くと、すぐに落書きは消えた。

ガムリン「ま、なんの用意もせずに来たわけではない」

以前は塗装を落とす為に数時間立ち往生する羽目になった事を思い出し、そのリベンジが出来たとほくそ笑む。車を走らせ、舗装された道に入った所でガムリンは思慮を始める。

ガムリン「……半分当たっているとは一体どういう意味なのだろうか」

ハンドルを回しながらレイが発した一言を思い出す。
初めは、ゴシップ誌によくある噂の一つとして笑い話にでもするつもりだった。だが、予想外の反応が返ってきた。

ガムリン「全く、異星人との交渉も控えているというのに。それもこれも、バサラが悪い」

若干苛立ちながら呟く。グババが同意を示すように鳴く。

ガムリン(しかし……バサラを見つける手がかりがまさかこんなにも無いとはな。何か私達の知らない力が動いているとでもいうのか)

ハンドルに手を掛けながら険しい顔が一層険しくなる。隣から、鳴き声。視線を向ける。

ガムリン(ミレーヌさんの話ではグババはバサラを探すのに役立つと言っていたが……正直な所、あまり期待はしていない)

軍人としてのメンツもあった。自分たちが手を尽くして探しまわっている人物をそう簡単に見つけられるものかという思いもある。

ガムリン「グババ。ミレーヌさんはああ言っていたが、別に無理をしなくとも良いからな。もしバサラが、手がかりになるようなものが見つからなかったとしても責めるつもりは一切ない」

そう言うと、心外だとでも言うかのように少し飛び跳ねながら声をあげる。小さいのに、自信だけは一丁前だと感心させられる。

ガムリン「分かった。……それにしても、これが軍人の仕事か」

ガムリンは信号待ちの間、ハンドルに顔を伏せる。
バサラの歌によって戦いが集結して以来、戦いらしい戦いというものは殆ど発生しなかった。
もし、異星人と接触したとしても、必ず歌による文化的な接触から試みられる事が決まっている。
そして、バサラの歌はほぼ全ての異星人に対して影響力を持つ。武力は必要とされなくなり、軍人の仕事はみるみるうちに減っていった。

ガムリン(自分の……軍人として……パイロットとして、他に何か出来る事はないのだろうか)

グババが大きな声で鳴く。
その声に気づくと同時に、背後からクラクションを鳴らされ続けていることに気がついた。
信号が青から点滅してまもなく黄色に変わろうとしている。

ガムリン「あ…!す、すみません!!」

慌てていても左右の確認は怠らず。しかしいつもより速いスピードで交差点を走り抜けた。


学校

和子「……えー、そういう訳で。過去の話を事細かく覚えていてそれを根に持つような男性というのは得てして嫌われるものであり」

和子「過去に囚われず未来に目を向けていく事こそが重要というわけです。つまり、今が悪くとも明日はどうなるか分からない」

和子「例え今は全く出会いが無くとも明日になれば素敵な出会いが待っているかもしれない。そう信じる事こそが真実の愛を掴めるのです。つまりここは過去形では無く未来形を……」
キーンコーンカンーコーン

和子「といった所で今日は終了。明日は確認の小テストを行いますので準備をしてきてください」

キリーツ レーイ

さやか「まどか、ちょっと放課後、いい?」

まどか「あ、さやかちゃん。うん、いいけど」

さやか「そう。じゃあ、門の所で待っているから」

まどか(さやかちゃん……なんだか余裕がない感じがする。大丈夫かな……)

仁美「鹿目さん?」

まどか「へ?あ、仁美ちゃん」

仁美「どうかなされましたの?今日はなんだか朝から少し様子がおかしな気がいたしましたけれど」

まどか「え、ええと…なんでもなく…はないんだけど。でも、なんていうか」

仁美「あまり心配事を抱えているのは良いことではありませんわ。相談できることでしたら、私にでも」

まどか「ありがとう仁美ちゃん。……でも、ちょっと複雑なことで……」

仁美「複雑……はっ!そ、そういうことですの!分かりました、理解いたしましたわ!!」

何かを盛大に勘違いしている仁美と別れの挨拶を交わす。こうなると当分は「戻って」こない事をまどかはよく知っていた。
教室を出て、階段を降りる。気の早い部活の人たちのランニングの掛け声が聞こえた。
校門の前に、待ち合わせた人物がいた。

さやか「なんか、いつもと違う感じ」

まどか「うん。私達だけ別の世界にいるような…」

さやか「誰も、魔女やマミさんが戦っていたことなんて知らない。私達も、そうだった」

まどか「……ずっとあんな事が、私達の知らないところで」

さやか「まどかはさ」

さやかが立ち止まる。
俯いていた顔を上げてまどかの眼を見つめた。

さやか「今でもまだ魔法少女になりたいと思う?」

まどかは口を噤んで顔を俯かせる。マミが魔女に食われたことを、その後の彼女の言葉を思い出して肩を震わせる。

さやか「……そうだよね。うん、仕方ない」

まどか「何か私達に出来ることは……無いのかな?」

さやか「無いよ、何も。私達は結局何の力もないただの一般人だもん。もし、助けになれるとしたら、それはマミさんと同じ……」

まどか「でも……あんなのを見たら……それに、マミさんも自分の代わりに魔法少女になってほしくないって」

さやか「……本当、優しい人だよ……マミさんは」

まどか「さやかちゃん……?」

さやか「本当は辛いはずなのに、そうやって全部一人で抱え込んで。頼れる人も居なくて」

まどか「……」

さやか「私達が、弱いからだ」

まどか「さやかちゃん…それは……」

さやか「…あ、ご、ごめん。別に、私だってあんな危険な目にあいたくなんてない。心配しなくてもいいよ」

まどか「う、うん。そうだよね」

さやか「じゃあ…私はこっちだから」

まどか「え……病院じゃないの?」

さやか「……あ、ええと恭介が今リハビリで忙しいっていうから。なんか、邪魔かなーって」

まどか「その、マミさんが来てほしいって」

さやか「あ、そっか……でもなあ……」

まどか「上条君と何かあった?」

さやか「うえ、え、ぜ、全然!全く、そんなことないし、何も、別に……」

まどか「そ、そうなの?」

さやか「う、うん。そ、それじゃあ、マミさんには今度お見舞いの品を何か持っていきますって行っておいて」

そう言いながらさやかはまどかとは別の道を歩いて行った。


病院

リハビリが終わって、車椅子に乗って病院内をうろつく。
片腕で、車輪を回す。当たり前だけど、足も腕もまともに動かないような人のための車椅子はあっても、バイオリンは無い。
見舞いに来る人はいないから気楽で、暇だ。休憩所の自販機で買った缶ジュースは半分を切った。
やることも無く、出来る事も少ない。暇を潰せる場所は限られていた。

外に出る。秋風。銀杏の葉が黄色くなっていた。
辺りを回ろうと思っていた。病院の周りは他にも散歩をする患者などがいた。
自然のものとは違う音楽が聞こえる。
音楽というよりは、音の羅列。まだ、曲では無い。誰が弾いているのか興味を持った。

男がいた。跳ねた髪型で、高い身長にジャケットがよく似合う。
屋上で曲を弾いていた男が、今はベンチに座ってギターを触りながらメロディーを口ずさんでいた。

その姿を、少しの間見つめる。
これは、僕がもう二度と出来ない行為だ。

左腕を右手で握りしめる。腕が震えて、胸の奥がざわついた。

バサラ「どうしたんだよ、そんなしょぼくれた顔してさ」

不意に、男から声をかけられた。

恭介「……何でもないですよ。見ちゃいけなかったのなら、すみません」

バサラ「別にそんなんじゃないけど。これに興味あるんじゃないの?」

恭介「今は、もう無いですよ」

バサラ「本当か?」

恭介「……あの、どうして声をかけたんですか」

バサラ「どうしてって。沈んだ顔をしているやつに声をかけるのに理由なんているのか?」

恭介「普通はいると思いますよ」

あまり他人と会話をしたくはなかったから、少し語気を強めて言った。

バサラ「そうか?」

けれど、その男は僕の言葉を事も無げに返す。

バサラ「俺の歌、聴いたか?」

恭介「病室で、少しだけ聞こえました」

バサラ「そうか。で、どうだった?」

恭介「どうって?」

バサラ「もしかして……何も感じなかったのか?」

恭介「感じるって言われても……」

バサラ「なら、今ここで聴いていけ!行くぜ!」

♫ 「お前にいつ 出会えるのだろう?」

♫ Submarine Streetで 呟く俺は今日も

無言で聞いていた。名前も知らない男の歌は、確かに上手いと思った。
けれど、それだけだった。

バサラ「なんで聴かないんだ?」

恭介「え……!?」

そんな僕の心を見透かしたように、男は歌を止めた。

バサラ「お前、今全然聴いていなかっただろ」

恭介「え、ええと……すみません」

謝る。けれど、なんで謝らなくちゃいけないのか自分でもよく分からなかった。

バサラ「まあ、いいけど。けど、まるでハートが感じられないぜ、お前」

恭介「ハート……?」

思わず、自分の左胸へと視線が行く。
自分の根幹を成していたもの。真っ先に思い浮かんだのはバイオリンを弾いていた、昔の自分。

バサラ「悩みでもあるのか?」

会話など、あまりしたくは無いはずだった。しかし、口から出る言葉を止められない。

恭介「……一番大切なものが失くなって。それで、途方に暮れてしまって」

バサラ「一番大切なもの?」

恭介「バイオリンを弾いていたんです。けれど……これのせいで、もう無理だって言われて」

腕を見せながら言う。苦笑いを向けたが、向こうの表情は真顔のままだった。

恭介「……こんなこと、他人にいう話じゃないですよね。すみません」

バサラ「お前の大切なものは、『バイオリンを弾くこと』なのか?」

恭介「は……?」

バサラ「バイオリンを上手く弾くことが、お前の夢なのか?」

恭介「……言っていることが、よく分かりません」

バサラ「そうか。……俺はみんなに、見てきたものを、感動を、凄えって思ったことを、熱いハートを伝えたいと思って歌っている」

バサラ「お前はどうしてバイオリンを弾いているんだ?」

意味がよく分からなかった。
何故、自分がバイオリンを弾いているのか、だって?
ただ、上手いと言われた。天才だと。将来は有望だと。

それだけが自分の目標だった。
周りに求められるだけ、自分の力を出した。
それ以上の何かを考える必要なんてあるのだろうか。

恭介「僕は……上手くバイオリンを弾いて…プロになって」

バサラ「違えよ」

恭介「え、違うって……?」

バサラ「もっと大事なコトがあるだろ?お前が弾くのにさ」

恭介「そんなこと急に言われても……。大体、そういうのって何に関係があるんですか?」

バサラ「何にって、音楽っていうのは魂なんだから関係あるに決まっているだろ」

恭介「魂?」

バサラ「ああ。熱い魂を音や歌に乗せる。お前も、そうだったんじゃないのか?」

恭介「……いいですよ、もう」

バサラ「え?」

恭介「わけが分かりません。それに、僕はもう終わった人間なんですから。そんなこと考えたって、どうにもなりませんよ」

ずっとこの道を進んでいこうと思ったのに。あの事故が、動かなくなった腕が、僕の行く手を阻んだ。
だから、僕は諦めないといけない。無理なものに、いつまでもしがみついているわけにはいかないから。

バサラ「嘘だな」

恭介「嘘じゃないですよ。医者にだって、そう言われたんですから」

バサラ「違う。人の言うことなんざ、どうでもいいよ」

恭介「……?」

バサラ「俺には、お前が音楽を諦めているようには思えない」

……そう思えたからといって、出来ないものは仕方ない。
自分でも、何度も考えた。音楽をどうにかして続けていく方法を。
でも、それは周りの期待とは大きくかけ離れている。
もし、仮に何かの手段で、バイオリンをもう一度弾けたとしても、それは普通に腕が動いた時よりも遥かに劣る児戯のようなものにしかならないだろう。

恭介「……もし、あなたが声を失くしたら。どうしますか?」

バサラ「どうするかって?」

恭介「歌手なら、声が出ないと、歌えないと駄目なんじゃないですか?」

バサラ「関係ねえよ」

ベンチから立ち上がって、その人は言った。

バサラ「例え声が出なくなったとしても、俺は歌い続けるさ」

話が通じないことが、今更になって理解できた。
この人は、自分が同じような目にあったことがないからそういう風に言えるのだろう。

恭介「……当事者の気持ちが分かるわけないか」

小声で呟くように言って、僕はその場から立ち去ろうと車椅子を反転させる。

バサラ「おい!」

背後から声。首だけを振り返らせて応える。

恭介「なんですか……?」

バサラ「名前は?俺は、バサラだ」

恭介「……上条恭介です」

聞かれたことだけを応えて僕は車椅子を動かす。
あまり関わりたくないタイプの性格だと思った。自分の世界がどんどん壊されていくみたいで、遠慮が無い感じがする。

恭介「この腕がどうなっているかなんて、他の人に分かるわけないか」

車輪を動かすためのハンドリムがいつもより重く感じられた。

まどか「あ、上条君」

病院内に戻ると、思いがけない人物の声がした。

恭介「や、やあ。鹿目さん」

まどか「怪我の具合は……」

恭介「あ……う、うん……まあまあかな」

目を合わせずに言う。心配そうな目が今は心苦しい。

まどか「リハビリで忙しいってさやかちゃんが言っていたけれど」

恭介「え?」

まどか「?」

怪訝に思う鹿目さんを見て、さやかの意図が分かった。
心配症な友人を心配させまいとして、そういう風に言ったのだろうということがすぐに分かった。

恭介「え、う、うん。大丈夫。少しずつだけど……何かに掴まって歩いたりとかは」

まどか「そうなんだ。良かった……その、さやかちゃん。なんだか表情が暗かったから、何かあったのかと思って」

息を飲む。流石に、2人とも付き合いが長いということか。

恭介「……さやかは他に何か言っていたかい?」

まどか「え?他には……別に」

少し、胸のつかえが取れる。

恭介「じゃあ、これからまたリハビリがあるから……鹿目さんはまた先輩のお見舞い?」

まどか「うん。マミさん、身寄りが居なくて……こういう時に寂しい思いとかしてほしくないから」

別方向へと向かいだしてから、僕は彼女に対して少し尊敬の念を抱いていた。
同学年の友達ならまだしも、先輩に対して甲斐甲斐しくお見舞いに向かうような人を僕は知らない。

さやかは?

彼女はどうしてお見舞いに来てくれる?付き合いが長いから?何故いつもCDを持ってくる?彼女の目的は?僕が弾く曲を聞きたいから?

期待。プレッシャー。重圧感。僕はそれに耐え切れなかった。
僕の才能は、夢は、もう潰れてしまった。それなのに。それなのに。

恭介「動かない腕で、どうやって弾けっていうのさ」

バサラという男の言った言葉を思い出す。
彼の言っている事は、ひどく抽象的で、現実味がない。

なのに、なぜか胸を突く。

恭介「苦手だな。ああいう人は」

一言、つぶやいた。誰も居ない病室でカーテンだけが揺れていた。

マミ「前に一度美樹さんが来てくれたことがあったけれど。それっきり。やっぱり、幻滅されちゃったかなあ」

まどかが病室に入って挨拶もほどほどに。いきなり聞かされたのはマミの沈んだ声だった。

まどか「そ、そんなこと無いですよ。病院に来ないのは…多分、別の理由ですから」

マミ「別の理由?」

まどか「上条君っていうさやかちゃんの幼馴染もこの病院にいて……ちょっと何かあったらしくて。それで行きにくくなっているというか……」

マミ「そう…なんだ。良かったあ」

まどか「それに、私達がマミさんのことを悪く思うなんてことは絶対に有り得ません。マミさんは私とさやかちゃんの命の恩人なんですから」

マミ「……」

まどか「え、ええと。どうかしましたか」

マミ「初めてだわ」

まどか「へ?」

マミ「そういえば、こうやって助けた人に後から直接面と向かってお礼を言われたのって無かったかも。いつもは、魔法でその時の事を忘れさせたりしちゃうから」

まどか「どうして、そんな事を?」

マミ「それは、あんな非日常的な怖い思いをして、それが普通の日常に影響してほしくないから。それと……」

マミ「どこか、お礼を求めちゃいけないって思い込んでいたからかもね。理想的なヒーローでいたいって」

まどかは、何故さやかがマミのことをしきりに尊敬するのかその理由が分かった気がした。
さやかがそういうヒーローを好んでいた事をまどかも知っていた。そして、そういう風になりたいと思っていたことも。

マミ「でもね。やっぱり、そういうのって凄く苦しい。ストイックに生きようと思ったって、なかなかお話の中みたいにはいかない」

マミ「鹿目さんに言われて、はっきりと分かった。自分はやっぱり、見返りを求めてしまうなあって」

まどか「それって、いけないことなんですか?」

マミ「……分からないわ。別にお礼を求めちゃいけないなんて事は無いし、魔法少女の存在を隠さないといけないなんてルールで決められているわけでもないけれど」

マミ「でも、普通の人から見たら私達だって十分恐ろしい存在よ。魔法や戦っている姿を見て、全員が好感を得るわけじゃない」

まどか「さやかちゃんは、マミさんに憧れています。それだけは、はっきりと分かります」

マミ「ええ、私だってそれは分かってる。でも、だからこそ選択を誤ってほしくない。ねえ、鹿目さん。お願いしてもいいかしら」

まどか「何をですか?」

マミ「もし美樹さんが何かを抱えているのであれば、あなたが彼女の支えになってほしい」

それは、まどかも常に思っていた事だ。誰かの助けになりたい。
まどかの理念は、基本的に自分のためでなく人の為になるように動こうとする事だ。

まどか「私に、何が出来るかは分かりませんけれど……やれるだけ、やってみます」

歓楽街の外れにあるマンション。
そこが、魔女の結界と化していた。そこにどんな魔女がいるのかは、もう知っている。
どんな攻撃をしてくるのかも、どうすれば効率よく倒せるのかも。知らないのは、彼女が何を思って魔女となったのかくらいだ。

鳥かごの中に魔女の本体がいる。それが、何の意味を持ってその姿になったのか別に興味は無かった。
ただ、一つ気になる点があるとすればそれはこの魔女の弱さだ。
なぜ、この魔女はこんなにも弱いのか。

時間を何度も巻き戻し、様々な魔女を倒し、他の魔法少女とも接触した結果、ある事に気がついた。
それは、歳が上の魔法少女がとにかく少ないということだ。

大人の魔法“少女”というとなんだか少し語弊があるようだが、私が知るかぎりではそのような存在を見たことはない。
どんなに過酷な戦闘であろうと、必ずどの世界にもロートルはいる。つまり、魔法少女の世界には年齢が上がるに連れてそのシステムを遂行出来なくなる要素が含まれていると考える。

魔法少女の強さは、それから発生する魔女の強さに代わる。
この魔女が弱いわけは、その年齢のせいではないかと私は推測する。

結界内に入る。
無遠慮な使い魔を避け、魔女の眼前へ。

盾に組み込まれた砂時計を操作する。私だけの孤独な世界が始まる。
爆弾は後の為に温存しておきたい。この程度なら、手榴弾で十分だろう。

2、3個投げて、世界をもとに戻す。
鳥かごが粉砕される。破片や衝撃を受けた使い魔たちが飛散する。

あとは、簡単だ。軽機関銃を盾から取り出し、弾を装填する。大人の男でもまともに撃つためには固定する必要があるその銃を、私はただそのまま抱えて撃つ。

つくづく、人間離れしていると自分でも思う。装填した弾の半分も使い切らない内に、穴だらけになった魔女は力を失って落ちていく。

最後に、焼夷手榴弾を一つ投げる。魔女の身体が燃えていき、断末魔の悲鳴が聞こえる代わりに火の中をもがく姿と散らばる宝石が見えた。

結界が晴れていき、辺りは静かになった。グリーフシードは、今回は手に入れられなかったが問題はないだろう。
ソウルジェムを見る。反応がある。魔女がどこかで発生したようだ。

それだけなら、想定内の事だった。しかし、ソウルジェムの点滅のパターンが変わった。
何度も時間をやり直していて、その反応が起こらずにワルプルギスの夜を迎えたことも少なくない。
それほど稀な反応なので、私はそれが示す意味をはっきりと覚えていた。戦慄が走る。

ほむら「どうしてこのタイミングで魔女の結界が同時に発生しているの……!?このままじゃ……まどかが……!」

鹿目まどかの行動は、まず他人を思いやることから始まる。
帰り道で、友達がいたから声を掛けた。反応は無い。心配して、正面に立って、ようやく相手は自分の存在を認識する。
稽古事でもあるのかと思ったがどうやら違うらしい。制服姿なのにカバンも持たない。首元には、マミから教えられた魔女の手による痕が見えた。

引き止めても、歩みは止まらない。出来たのは、付いて行くことだけ。
対抗出来うる力を持つ人へと連絡が出来ないことを後悔した。

まどか(どうしよう……このままじゃ……でも、放っておけないし……)

非力な自分に何が出来るか、自分でも分からない。何も出来ないかもしれない。

それでも、見過ごせない。

まどか(何か……私に出来る事……)

たどり着いたのは、廃工場。ついこの間まで稼働していたのか、ベルトコンベアの上には作りかけの製品がいくつか乗っていた。
辛うじて辺りが判別できるくらいの数の電球が点いている。
光を失った眼をして佇む人々。バケツ、注意書きの書かれたポリタンク。背後で、シャッターが閉じた。

仁美「これから、私達はみんなで素晴らしい世界へと旅立ちますの」

まどかは、母が昔きつく注意したことを思い出した。
『混ぜるな危険』、そう書かれた洗剤を扱う時は特に気をつけなければならない、一歩間違えれば家族全員が危険な目にあうと。
特に小さな弟がいるからこその、母の真剣な声はまどかもしっかりと覚えていた。

洗剤がバケツの中へと注がれる。硫黄系の臭いがした。
窓を見渡すと鍵が全て閉じられていた。換気扇も、勿論止められている。

何をしようとしているのかが分かった瞬間、まどかは駆け出してバケツを掴むと遠くへ投げようとする。
背後から襟を掴まれ、バケツは意図した飛び方はせずに中身の液体を撒き散らした。

仁美「いけませんわ、鹿目さん。私達の神聖な儀式を邪魔しようだなんて」

まどか「だって……!あれ、危ないんだよ……死んじゃうんだよ!?」

仁美「分かっていらっしゃらないのですね。肉体など、不要なのです。私達の素晴らしい、新たな世界にとっては」

まどか「……うっぐ!?」

仁美に腹を殴られ、苦しさに膝をつく。先程から放たれている悪臭が不快感を増した。

仁美「そうだ。鹿目さんも一緒にどうです?」

まどか「……っえ……?」

仁美「そうですわ。それがいいですわ。ですから、ほらこっちへおいでなさい」

まどか「っ!離してっ!!」

腕を引かれるが、必死に振りほどく。よろめいた足を起こして逃げる。
うめき声を上げて近寄ってくる人々の姿を見て、背筋が凍る。逃げた先は、不運にも壁だった。

まどか「助けて……っ、助けて……マミさん……ほむらちゃん……さやかちゃん……ママ……パパ……誰か……っ」

迫る人々の動きは、突然のエンジン音と窓ガラスをぶち破って登場した真っ赤なバイクに乗った男の存在によって止められた。
バイクが車体を横にしながら減速し、まどかの側に停車した。

バサラ「へっ……!」

まどか「熱気さん……!?どうしてここに……?」

ギターを激しく掻き鳴らす。時折、シャウトボイスが混ぜられる。
声の残響が工場を震わせると、バサラは口端を上げて笑みを見せた。

バサラ「行くぜ、PLANET DANCE!!」

http://www.youtube.com/watch?v=5on0DBGgRcY


♫ さあ始まるぜ SATURDAY NIGHT 調子はどうだい?

♫ LET'S STAND UP BEATを感じるかい

♫ ここは空飛ぶパラダイス 忘れかけてるエナジー

♫ NOW HURRY UP 取り戻そうぜ

まどか「なんで……この人……」

♫ NO MORE WASTIN'TIME まるで夢のように

♫ 何もかも流されてしまう前に

まどか「歌っているの……?」

♫ HEY EVERYBODY 光を目指せ 踊ろうぜ!

♫ DANCIN'ON THE PLANET DANCE

その声は、歌は、その場の雰囲気をあっという間に変えていった。
まどかはバサラへと近づいていた。よくは知らないが、まるっきり知らない人というわけでもない。
少なくとも、1人でいるよりは心強かった。

♫ HEY EVERYBODY 心のままに 叫ぼうぜ! 

まどか(歌って……)

♫ DANCIN'ON THE PLANET DANCE Yey yey ye....

バサラの目には、魔女に操られた人たちさえも観客としか映らなかった。
観客に対して、バサラはただ歌うだけ。たったそれだけの事なのだとまどかは理解した。

バサラ「おい、まどか!お前、ビビってるのか!」

まどか「え……は、はい!」

バサラ「へへっ。なら、歌えよ!!怖い時こそ歌うんだぜ、ボンバーーーーーーーッ!!!」

♫ HEY EVERYBODY 心のままに 叫ぼうぜ!

♫ HEY EVERYBODY HEY EVERYBODY

まどか(え、え~!!?こ、こんな所で……歌うの……!?)

気恥ずかしさと、そんな事をしている場合じゃないという常識観がまどかに歌わせるのを躊躇わせた。

C'MON EVERYBODY! HEY EVERYBODY

「……へい、えぶ……でぃ」

まどか「え……?」

♫ JUMPIN’ON THE PLANET DANCE

仁美「ジャンピン…オンザ…プラネット…ダンス……」

まどか「みんな、まさか……歌っているの?」

魔女に操られているのに?まどかに疑問が芽生える。
しかし、当のバサラはそんな疑問など些細な事だとでも言うかのように晴れた顔で歌い続ける。


♫ HEY EVERYBODY HEY EVERYBODY! C'MON! EVERYBODY !

ギターの音が激しさを増す。観客が、バサラに釣られて歌い出す。
最高潮に達した時、そこは廃工場ではなく、最早一つのライブハウスと化していた。

♫ HEY EVERYBODY ! YEAH YEAH YEAH......

まどか「う、歌いきっちゃった」

仁美「…………え……?ここは……どこですの……?」

観客の目に次第に生気が戻っていく。

まどか「仁美ちゃん!?よかっ」

バサラ「うおぉっ!?何だお前ら!?」

まどか「え、熱気さん!?きゃっ!」

バサラの身体が急に倒されたと思うと、まどかも足元をすくわれた。
白い天使のような形状をした使い魔が身体を運ぶ。
扉を開け、狭い部屋に入るとパソコンに光が灯っていた。

バサラ「いきなり何しやがる……!?」

バサラが、それに次いでまどかがそのパソコンの画面の中へと放り込まれていく。

一面、青色の世界。まるで水の中にいるような錯覚を受けてまどかは息が苦しくなる。

まどか(ね、熱気さんは……?)

視線を向けると、まどかは驚愕した。

まどか(何かを叫んでいる……いや、歌っている!?こ、こんな状況でも……!?)

その内、使い魔たちがバサラへとつきまとう。
それを振り払いながらもバサラは歌い続けたが、次第にその腕も脚も抑えられ、身体を引き伸ばされていく。

まどか(熱気さんっ!)

まどかはバサラへと手を伸ばす。その手を掴んだのは使い魔の一体。

まどか(ひっ……)

笑顔のような顔をした使い魔がまどかの周りを囲んでいた。

まどか(そんな……『また』なの……?)

目の前で、誰かが傷つくのを見ているしか無い。
何も出来ない。何かが出来る力がない。

まどか(私に力が無いから、私が魔法少女じゃないから……?)

違う。

『今こうやって私の事を見ていてくれる。応援してくれる人がいるっていうだけでも結構うれしいものよ』

マミの言葉をまどかは思い出した。
本当に、自分は非力なのか?本当に、何も出来ないのか?

まどか「あ……」

気づいた。

確かに、自分は非力かもしれない。確かに、何も出来ないかもしれない。

けれど、

まどか「まだ…私は…出来る事を全部やってない」
 
悲観するのは、その後だ。
この状態で出来ることは限られている。けれど、何もやらないまま終わりたくない。
使い魔がまどかの腕を抱える。これから何をされるのかを想像し、一瞬恐怖が思考を埋め尽くす。

まどか(怖い……怖い……!けれど……)

『ビビっているのか?』

まどか「けれど……!」

『なら、歌えよ!ボンバーーーーーーーッ!!』

……さあ 始めまるぜ SATURDAY NIGHT 調子はどうだい

 LET'S STAND UP BEATを感じるかい 

たどたどしく、しっかりとした歌声では無かった。
それでも、歌である。先程バサラが熱唱した歌をまどかが歌っていた。

バサラの身体を引き延ばそうとしていた使い魔がまどかの方を向く。
その刹那。刃が使い魔の顔を貫いた。

「だあああああああっ!!」

まどかたちに纏わりついていた使い魔が、切断されてまどかの腕を離す。

パソコン型の魔女が、腕を回転しながら現れた少女に向かっていく。
少女はそれに気がつくと、真っ向から受けに行った。

「とおりゃああああああ!!」

一閃。回転が、2つに分かれて落ちた。
結界が晴れる。

まどか「え……?さやか……ちゃん……」

さやか「どう?初めてにしては、上手く出来たほうでしょ」

手には剣。まどかが見慣れた制服とも、私服とも違う友達の格好。

まどか「……どうして」

自然とまどかは口に漏らしていた。

さやか「ごめん、まどか。私……なっちゃった」

どうして、の先は言葉にならなかった。


放課後。病院へ向かうための道。
さやかは病院に行くことを少し渋っていたが、何かを決心したような顔をした後は逆にまどかを先導するように歩いていた。
途中、反対側から来る仁美と会った。

仁美「なんだか夢遊病のような症状が出た人が大勢いて……私も検査の為に病院に行ってきたところですの」

さやか「はは、何それー?っていうかお昼に早退したんでしょ。それなら今日くらい学校休んじゃっても良かったんじゃん?」

仁美「それは駄目ですわ。家の者に心配をかけるようなことはしたくありませんもの」

さやか「お、おお……優等生だ。偉いなー」

仁美「……そういえば、昨日。記憶がうろ覚えなのですが、鹿目さんもあの場所にいたと思ったのですが……?」

まどか「いっ!…え…ええと……」

仁美「それと……なんだかお歌も聞こえていたような気がしたのですけれど」

さやか「ゆ、夢だよきっと。だって、まどかがそんな所にいるわけないじゃない。それに、街中で歌ってるようなやつなんてそうそういるものでもないし」

咄嗟のフォローに、まどかは恥ずかしげに俯きながら頷いた。
仁美はなんだか少し釈然としない面持ちでまどかたちと別れる。

さやか「いやー、昨日は危なかったね。まあ、でもこれからは私がいるんだから安心してよね!この魔法少女さやかちゃんに任せなさい!」

まどか「さやかちゃんはさ、怖くないの?」

さやか「ん?そりゃ、ちょっとは怖いけれど……昨日は上手くやれたし。それよりも、友達二人が死んじゃう方がよっぽど怖い」

まどか「後悔とか、無いの?」

さやか「後悔?はは……そんなの、あるわけないよ。自分で悩んで決めた道だからさ、どんなに苦しくったって大丈夫だよ」

まどか「そう……なんだ」

さやか「さーてーは、何か変なこと考えてない?自分だけ力になれないとかさ」

そんなこと、とはまどかは言えなかった。自分に戦う力が無いのは事実であり、それを嘆いた事もあったからだ。

さやか「私はさ、叶えたい願いがあって、命がけで戦える理由があるから魔法少女になったんだ。だからさ、まどかは心配なんてしなくていいよ」

さやか「これからは、この魔法少女さやかちゃんがこの街をガンガン守っていきますから!」

目の前の友人の声は、必要以上に明るい気がした。

病院

マミ「そう。魔法少女になったのね」

まどか「……ごめんなさい。マミさんに言われたばかりなのに」

マミ「あなたに責任は無いわ。選んだのは美樹さんなのだから」

上体を起こしたマミがパイプ椅子に座る二人を見る。
まどかとは対照的にさやかは笑顔を振りまいていた。

さやか「いやあ、さっきもまどかに散々心配されましたけれどね。でも、私は大丈夫ですよ。昨日だってもう魔女を一体やっつけましたし」

マミ「それは凄いわね」

さやか「えへへ。そうでしょう?だから、これからは私がマミさんを助けますよ。魔法少女コンビで平和を守るんです!」

マミ「あら、どうかしら?あなたが実力をつけたらこの街の縄張りを手にして、いつか私は追い出されてしまうかもしれないわ」

さやか「ははは、そんなこと、絶対ありえませんって……え……?」

さやかは、マミの目が冗談を言っているものではないことに気がつく。

マミ「言ったでしょう?魔法少女は、基本的に相容れないものだって。私も、あなたも、裏切らないなんていう保証はない」

さやか「そ、そんなこと……私は絶対に……」

マミ「ないと言い切れるの?言うのは簡単よ。でも……」

強い視線がさやかに刺さる。

マミ「美樹さん。もし、今ここであなたに銃を突きつけたら、あなたは私と戦えるのかしら?」

さやか「い、いきなり何を言っているんですかマミさん、冗談きついですよ!」

マミは、無言で見つめる。その剣幕に、さやかは慄く。二人を見ていたまどかも気を揉んだ。

さやか「だ、だいたいこんなところでそんなコトしたら、病院にいる他の人にも被害が」

無言。マミが微かに腕を動かした事さえも今のさやかにとっては恐れを生み出す行動となった。

マミ「戦えないと言うのなら……」

マミが腕を動かそうとした瞬間に、さやかは口を開いた。

さやか「……や、やれますよ!戦えます!!」

さやかは病室だということも忘れて大声で応える。
マミは一度視線を落とし、それから笑顔をさやかに向けた。

さやかは病室だということも忘れて大声で応える。
マミは一度視線を落とし、それから笑顔をさやかに向けた。

マミ「……そう。なら、今の私から言うことは特に無いわ。そもそも、誘ったのは私だからきちんと面倒は見る。そこは、安心して」

まどか「マミさん……」

さやか「わ、分かっていますって。魔法少女が、大変なものなんだってことは」

マミ「一応、聞くけれど。あなたが叶えたかった願いって何?私のように、選択の余地が無かったわけでは無いのでしょう?」

さやか「え、ええと。それは……」

マミ「答えたくないのなら別にいいけれど。でも、戦う理由は重要よ。それが願いと通じているのなら尚更」

さやか「私は、家族とか、大切な人や、この街を守りたいっていう理由で」

マミ「本当に?」

さやか「ほ、本当ですよ。あ、す、すみませんけど、他に用事があるんで。それじゃあ、まどか。後は頼んだ!」

まどか「え、あ、う、うん。じゃあ」

マミ「慌ただしいわね……まあ、それが美樹さんらしさなのかもしれないけれど」

まどか「あの、マミさんは、さやかちゃんを心配してあんな風に言ったんですよね」

マミ「一応はね。でも、酷いことを言うようだけれど魔法少女の世界では裏切りや、縄張り争いなんて日常茶飯事」

マミ「そんな世界に、美樹さんが耐えられるとは……」

まどか「やっぱり、無理していますよね」

マミ「覚悟なんて、普通の中学生が本当に心から理解するなんて難しいわ。私だって……」

腿に手を置いて、マミは深刻な顔をした。


まどか「マミさん、お願いです。さやかちゃんを見捨てないでくれますか?」

マミ「大丈夫。あんな事を言ったはものの本音を言えばほしかった後輩だもの。導くのは先輩の役目だから」

マミ「それと、彼女を支えるのは私だけではないでしょう」

驚くまどかに、マミは指をさす。

まどか「え、私……?」

マミ「私は、魔法少女の美樹さんを支えることは出来る。でも、いつもの美樹さんと接することが出来るのは鹿目さん。あなたが適任よ」

まどか「……はい。分かっています」

以前に言われたことも含めてまどかは胸の中にしっかりとその言葉を刻んだ。

マミ「それにしても、コンビかあ。だからかな。きつく言ってしまった理由は」

まどか「どういうことですか?」

マミ「以前、コンビを組んでいた魔法少女がいたのよ。佐倉さんって言うの。でも、仲違いしちゃってそれっきり」

まどか「やっぱり、縄張りとかの問題で仲良く出来ないものなんですか?」

マミ「いいえ、彼女はそういうことでは無くて。彼女は……丁度、美樹さんみたいに正義感が強くて、少し捻くれていたけれど人のことを思いやれる人だった」

マミ「でも、魔法少女という存在になったせいで大切なものを失ってしまった」

まどか「大切なものって?」

マミ「家族」

マミは、今でもその時の杏子の表情を思い出すことができる。
溢れだす感情をどう制御したらいいのか分からず、杏子は焼け焦げた教会で泣いていた。
そんな杏子に槍を向けられて、マミは銃を構えざるを得なかった。魔法少女は相容れぬものだと、心のどこかではそう思っていたから。
だが、構えた銃で相手を狙うことは出来なかった。殺気の無い銃弾では、止められない。マミもそれは分かっていた。

マミ「私も佐倉さんの気持ちが痛いほどよく分かったから、止めるなんて出来なかった」

まどか「その人は、今は……?」

マミ「風のうわさで、隣町を縄張りにしているって聴いたけれどそれっきり。今頃、どうしているのかしら……」

沈んだ声でマミは呟くように言った。まどかは、話を聞いている内に疑問を抱いた。
なぜ、魔法少女がこんなにも辛い目に合わなければならないのか、そして、

まどか(どうして、魔法少女は戦わなければならないんだろう……)

まどか「……マミさん、あの」

マミ「さてと、私もそろそろ復帰しないと。応援してくれる人も、後輩だっているんだから……ん、何かしら?」

まどか「……いえ。その、どうか気をつけて」

マミ「ええ。もう油断なんかしないから」

窓元に置かれたソウルジェムを見て、まどかは言おうとした言葉を止めた。


マクロス7 外部 宙域


ガムリン「バサラの機体反応が最後に確認されたのはこの辺りのはずだが……」

モニターに記録されたポイントを確認して、ガムリンは呟く。
見渡す限り、デブリや遮光が必要な光を発する星も無いため宇宙遊泳には適した宙域である。
共に搭乗しているグババも、困惑した様子でコックピットから見える景色に注意を払っていた。
必死に毛を伸ばし、辺りを探る様子を見せるが良い結果は得られず終いだった。

ガムリン「グババでも、何も分からないのか……」

ガムリンは機体の速度を緩め、そのまま機体を停めた。無駄な燃料を使わないためというのと、少し考える時間がほしかったからだ。

ガムリン「アイツなら……ここで何をする?」

居なくなった時、バサラが何をしていたのかを考える。
バサラの行動パターンをいくつか思い浮かべるが、そのどれもがガムリンのするような行動とは真逆の事ばかりで頭を悩ませる。

ガムリン「一人で……静かな場所で……ヤツがすることといえば……歌……?」

♫ さあ はじまるぜ さたでないと ちょうしはどうだい

♫ れっつだんす びーとをかんじるかい

1フレーズだけ口ずさんでみる。
グババが、全身の毛を逆立てたまま硬直していた。

ガムリン「……っ!お、俺とて、なにも好きで歌っているわけではない!!」

顔をそむけながら、ガムリンはエンジンに再び火を入れた。
グババの硬直は、艦に帰着するまで続いた。

マクロス7艦隊 バトル7 格納庫

着艦した機体のハッチが開き、中からパイロットが降りてくる。

ガムリン「ふう。……結局、何の手がかりも得られなかったか」

ミレーヌ「ガムリンさん、お・つ・か・れ・さ・ま」

ガムリン「ああ、どうも……って!?ミレーヌさん!どうしてここに」

ミレーヌ「私もバルキリーの整備とかあって、ちょっと寄ってみたら丁度ガムリンさんが戻ってくるのが見えて」

グババが嬉しそうな鳴き声をあげてミレーヌの肩へと飛び移る。

ミレーヌ「グババもお疲れ様。ところで、バサラは?」

ガムリン「……グババにまで協力してもらいながら、このザマですよ」

落胆した表情のガムリンを見て、ミレーヌは慌てる。

ミレーヌ「が、ガムリンさんがそんな風に思う必要は無いですよ!元はと言えば、あいつが勝手にどこかに行ったのが悪いんですから」

ガムリン「いえ、それだけでは無いのですよ。実は、最近その、色々と思う所があって……」

ミレーヌ「思う所?」

ガムリン「あ、個人的な悩みですから。別にミレーヌさんに聞かせるような話ではなくて」

ミレーヌ「……なんかそれ、私が頼りないって言われてる感じがします」

ガムリン「え、そ、そんなつもりでは」

ミレーヌ「なんか最近、ガムリンさん様子が変ですよ。いつもはもっとハッキリした感じなのに」

ガムリン「変……ですか。そうかもしれません」

ミレーヌ「うーん、もう!じゃあ、分かりました。ガムリンさん!」

ガムリン「え、何がですか?」

ミレーヌ「今度、デート行きましょう!デ・エ・ト!」

ガムリン「…………へ?」

唐突な申し出に、今度はガムリンが硬直していた。

病院

エレベーターを待ちながら車椅子の恭介はさやかに話しかけた。

恭介「急に腕が動くようになって驚いたよ。こういうのって、奇跡って言うんだろうね」

さやか「う、うん。きっと、そうだよ」

恭介「そういや、さやかの先輩もここの病院に入院しているんだっけ。そっちの用事は、もう済んだの?」

さやか「大丈夫だって。それより、他におかしいところとかは無いの?」

恭介「無さ過ぎて怖いくらいさ。あの事故が悪い夢だったかのようにさえ思えるよ」

さやか「そっか、良かった」

恭介「うん……良かった……のかな」

恭介が呟くように言った瞬間にエレベーターが着いたアナウンスが聞こえた。
扉が開き、車椅子を押して二人が乗る。屋上へと登って行く間、二人は沈黙したままだった。

エレベーターから降りた二人を迎えたのは、病院のスタッフたちと恭介の親だった。

恭介「え、どうしてみんなが」

さやか「脚より先に手が治っちゃったから、前祝いみたいな」

バイオリンケースを初老の男性が恭介へと手渡す。

上条父「お前からは処分してくれと頼まれたが、どうしても捨てられなかった」

上条父「さあ、試してごらん。怖がらなくていい」

ケースを開くと、恭介の手に馴染んだ楽器が姿を現した。

恭介「僕の……」

鎖骨の付け根で支え、顎を軽く乗せる。バイオリンの木の匂いが懐かしく感じられた。
弦を持って弾き始める。曲名は、『アヴェ・マリア』。

さやか(良かった。あたしの願い……)

恭介「……っ」

曲が、中断される。
その場にいた観客がどよめく。

さやか「え……?」

上条父「どうした?もしかしてまだ腕が」

恭介「……違う。僕のバイオリンは」

上条父「違う?」

恭介「駄目だ、こんなんじゃ弾けない」

さやか「ど、どうして?だって、腕は治ったんだよね?ちゃんと動くんだよね?」

恭介「ごめん。折角集まってもらって悪いけど、今は弾く気になれない」

さやか「だって、あんなに弾きたがっていたのに」

恭介「そのはずなんだ。でも、弾こうとしても……どうしてかは分からないんだ」

さやか「分からないって、そんな……何それ」

恭介「……ごめん」

さやか「弾いてよ」

恭介「さやか?」

さやか「だって、弾けるんでしょ?弾きたかったんでしょ?それなのに……それなのに!」

少し泣き声の混じった声で恭介へと詰め寄る。
俯いた恭介。その表情を見て、さやかも言葉を無くす。

恭介「本当に、ごめん。入院中も、さやかには迷惑をかけっぱなしだったし、酷いことも言った」

恭介「でも、今は弾けない」

さやか「……そう、分かった。病み上がりなのにいきなりこんな事するあたしが、馬鹿だったってこと」

恭介「さやか?」

そのまま、病院のスタッフたちを残してさやかは1人階下に駆け降りていく。
降りていく途中で、ふと脚を停めた。階段は、普段あまり使っている人がいないのか人気が無かった。
座り込んで、顔を伏せる。

さやか「はは。どうして、あたしって……こう自分勝手に先走っちゃうのかなあ……はは……は……」

乾いた笑い声に、嗚咽が混じった。

先日 ハコの魔女とさやかが対峙する数時間前


さやかは病院から出た後にキュウべえへと呼びかけていた。 人通りの少ない場所へ行き、キュウべえと向かい合う。

さやか「キュウべえ。本当に、どんな願いでも叶うんだね?」

キュウべえ「大丈夫。君の祈りは間違いなく遂げられる。1人の身体を治すくらいなら問題ないよ」

さやか「じゃあ、お願い」

そうさやかが言うと、さやかの身体の内側から何かが抜け出るような感覚がした。
眩い光が収まると、そこに青く光る宝石が現れていた。

キュウべえ「さあ、受け取るといい。それが君の運命だ」

手に取って改めて、自分がマミと同じ魔法少女になったのだという実感が湧いた。
そして、点滅する光。見覚えがあった。

さやか「え、これって、魔女が……!?」

キュウべえ「どうやらどこかに結界が発生したようだね。反応を見る限りでは少し離れていそうだけれど」

さやか「も、もう初仕事!?いきなり過ぎるんだけど」

キュウべえ「別に逃したって構わないよ。もし強い魔女だったら、新米の君にはまだ荷が重いだろうから」

さやか「……行くよ。あたしが見逃したせいで誰かが犠牲になったら悔やんでも悔やみきれないもん」

さやかは反応のあった方へと向かう。その様子をキュウべえは眺めていた。

キュウべえ「比較判断材料は多いほうがいい。君の魂が宇宙に還元されるのが先か、或いは」

キュウべえの身体に、穴が空いた。
原型を留めていられないほどの銃弾を浴びてキュウべえは動きを止めた。

ほむら(美樹さやかが契約してしまった。こうなると、ほぼ確実に……)

ほむら(……あまり気は進まないけれど。早急に佐倉杏子と接触して協力を得たほうがいいわね)

動かなくなった白い生き物を一度踏みつけてから強く蹴り飛ばして、少女はその場から離れた。

第4話

「アヴェ・マリア」

魔女の結界


さやか「っ!このっ!!」

飛び回る2つの人の影。それらから逃げようとする動物の顔をした影たち。
白黒の世界の中で縦横無尽に駆けまわるその影達にさやかは持っていた剣を投げつけるが、捉えられず地面に穴を開けるのみだった。

マミ「美樹さん落ち着いて。私が動きを止める」

胸のリボンを解くと、螺旋を描いた。それで動物の影を縛り上げる。

マミ「引きずり出してあげる。はっ!」

白い背景の元へと影の一匹が投げ出される。そこへ、さやかが剣を持って斬りかかる。

さやか「これでぇっ!」

リボンごと真っ二つに切断すると、影が雲散する。それと同時に、結界の中に文字が現れ消えていく。

さやか「くっ!まだ残ってるのに。逃げられる!」

マミ「美樹さん、深追いはしないで。どうやら相手は使い魔だけのようだし、これ以上は諦めましょう」

さやか「でも、放っておいたら誰かが奴等に襲われて……!」

マミ「分かってる。それでも、結局は本体を倒さなければ根本的な解決にはならないわ」

マミ「今日はあなたの指導も兼ねているのだからここは一旦引いて。慎重にならないと……」

そう言われて、ようやくさやかは納得したのかゆっくりと頷く。

さやか「……すみません。浮かれていました」

マミ「美樹さんはまだまだ戦い方に無駄が多いわ。もう少し配分を考えて動かないと」

さやか「う……は、はい。難しいなあ」

マミ「でも、最後の連携は上手くいったと思うわ」

マミが笑顔を少し見せると、さやかの表情が一気に綻んだ。

さやか「え、本当ですか!へっへー、あたしってやっぱり才能あったりして」

マミ「コラ。調子に乗らないの」

たしなめながら、マミは一瞬目の前に映る相手を別人と重ね、目線を遠くに向ける。

マミ(比べたりするのは悪いことよね。それに、彼女とはもう関係ないのだから)

マミ(……それでも、また仲良く出来るのなら……これって、鹿目さんの影響かしらね)

さやか「あれ、マミさんどうかしました?」

マミ「あ、な、なんでもないわ。じゃあ、今の戦いの反省も兼ねて家でお茶でも飲みましょう?」

マミ「そうだ、この前買ってきた新商品のケーキもあるわよ」

さやか「やった!」

喜ぶさやかを尻目に、マミは自分のソウルジェムを見つめる。
ほんの少しだけ曇っていたが、まだグリーフシードが必要な程では無かった。

マミ(入院中にグリーフシードは使っていない。暁美さんから渡されたグリーフシードを回復のために使ってそれっきりのはず)

マミ(その時、ソウルジェムは少し濁りが残っていた。肉体の再生には大幅に魔力を消費するからグリーフシードを使いきっても全快には足りなかった)

マミ(なのに、今のソウルジェムの輝きは入院する前よりも透明になっている。一体、どういうことなのかしら……)

マミ(……ソウルジェムには、まだ私が知らない秘密が隠されているとでも?)

マミ「キュウべえに、聞いてみる必要があるかもしれないわね」

小声で呟き、マミは変身を解いた。

浮かない顔をしながらまどかは自分の部屋のベッドに仰向けになっていた。
手に持ったノートに書かれていたのは、魔法少女になろうと思って書いた衣装の絵。
それを見るたび、心が痛む。

まどか「みんな、どんどん先に行っちゃうんだ」

昔からそういう状況になって、そう感じたことは多かった。

まどか「私は、いつも遅れていて……みんなに迷惑かけてばかり」

魔法少女になるという選択。叶えたい夢があって、その為にたとえ命の危険があるようなことでさえも受け入れる。

まどか「私って、何が出来るんだろう。魔法少女になる勇気も、願いも無くて……それでも」

何かをしたいと思わずにはいられなかった。

知久「まどか。ちょっと手伝ってほしいから降りてきて」

階下から父親の声が聞こえて、まどかは身体を起こした。
下に降りると、野菜を切る父親の姿が見えた。

まどか「パパ。手伝いって」

知久「ん、この野菜いちょう切りにしちゃって。切ったら水につけておいてくれればいいから」

まどか「はあい」

知久「……?まどか、どうしたんだい。なんだか元気がないね」

まどか「そう……かな。ううん、そういうのじゃなくて。ちょっと、悩み事」

知久「悩みかあ。それは辛いね。パパに話せることなら、聞くよ」

まどか「ほんと。あ、でも……」

野菜を切る手を止めて、魔法少女の話はあまりにも常識離れしていると思い直す。

知久「なんだい?」

まどか「ええと、ね。みんな、夢があるの。叶えたい願いとか、そういうのがあって。でも、私だけそれが無くて」

知久「うん。それで?」

まどか「それで……なんだか……上手く言えないんだけど……」

知久「寂しい?」

まどか「……うん。そう、なのかな。よく分からないけど」

知久は鍋の火力を低くして、息をつく。

まどか「パパは……何時頃から、今のパパになろうと思ったの?」

知久「うーん。そうだね、まどかが生まれた時からかな」

まどか「え?わ、私?」

知久「そう。ママと話し合って、どっちが家の仕事に向いているのか、外の仕事に向いているのか。それで、パパは家を選んだ」

まどか「でも、夢とか……あったんじゃ?」

知久「昔は、違う夢があったよ。でも、今のパパの夢は」

まどかの頭に手をのせる。

知久「ママやタツヤ、そしてまどかが元気でいてくれること」

父の気遣いに、まどかは心の中で感謝した。

知久「まどか。今は将来の夢とか、そういうことをたくさん考える時期だよ。だから、たくさん悩んでもいい」

知久「けれど、悩みを抱え過ぎてまどかの元気な姿が見れなくなるのは嫌だな」

まどか「うん……」

知久「焦らなくても、大丈夫だよ。まどかはまだ若いから、これからもっと色んな事を知ったり、経験したり出来る」

知久「そうしたら、それからゆっくり決めていけばいいよ」

まどか「ありがとう、パパ」

知久「パパもママも、まどかを応援しているよ。……おっと、それじゃあ切った野菜を入れないとね」

料理を手伝いながら、まどかは言われた事と、自分がしたいことを考える。
まだ、その答えが明確に出ないことへの不安は軽減した。


シティ7 アーケード街

落ち着かない。

全く、落ち着かない。

アナログな腕時計に目を落とす。長針は「6」の所を指していた。
……30分「しか」ない。
心の準備がまだ終わっていなかった。そして、30分ではその準備は終わりそうにない。

ミレーヌさんとデートをするのは初めてではなかった。
しかし、その時はまだ自分が相手のことをよく知らない内のことだったので今とは状況がかなり違う。
待ち合わせ場所は、こんなありきたりの場所で良かったのだろうか。
もっと変わった場所とかロマンティックな場所…例えば……夜の公園だとか……いや……おかしいか?

しかし、なぜ今デートをするのだろうか。いや、嬉しいことには違いないのだが。
それでも、理由がどうにも思い当たらず悶々としていた。

ミレーヌ「あ、ガムリンさん!」

声の方を見ると快活な少女が手を振っていた。
手を振り返して、声に応える。

ミレーヌ「やっぱり早く来てた。そうだと思ったんだ」

ガムリン「あ、いや……別に急かしたりするわけではなくて」

ミレーヌ「分かってますって。ガムリンさんは、そういう性格だってこと。それじゃ、行きましょうか」

ガムリン「え、ええと。行き先は決めているのですか?」

ミレーヌ「うーん、大体は決まっているけど……あとはその場の気分次第ってことで」

ガムリン「気分、ですか」

計画のない行動。気分次第。
周りからも真面目だと言われる自分にとっては殆ど縁の無い言葉であった。

ガムリン「……任せたのだから、従うしかないか」

小声でそう呟いてミレーヌさんの横に並ぶ。
歩いている間はとりとめもないことをミレーヌさんが話し、それを聞くという形が続いた。

ミレーヌ「あ、ここ、ここ!」

ミレーヌさんが指をさした先は、ゲームセンターだった。

ガムリン「ここ……ですか」

流行りのゲームなどにはあまり詳しく無いが、大丈夫だろうか。そう思いつつ、ミレーヌさんの後に続いて中へと入る。
プライズ品を手に入れるクレーンゲーム、銃型のコントローラーを使ったシューティングゲーム。
それらは細部は異なってはいても、何十年と同じ形式で、これからもそういう形のゲームはあり続けるのだろうなと思わせる。

ミレーヌ「ガムリンさん。こっち、こっち」

声に呼ばれて向かうと、コインの山が入った容器を抱えていた。
コインは換金することができるので、実質お金の山だ。

ガムリン「そのコインは?」

ミレーヌ「たまに来た時に増やした分を貯めていたらいつの間にかこんなに増えちゃってて。ママも若い頃にゲーセンで稼いでいたって言うし」

ガムリン「あの市長が!?」

ミリア市長に操縦を教わっていた時に感じた事は、まず恐ろしさである。
高い成績を要求する上に自身も凄腕のパイロット。自信を喪失し、脱落していく同僚も少なくは無かった。
その市長がゲームセンターでお金を稼いでいたとは……そう思った矢先に映ったのはポッド型の操縦席のあるゲームだった。

ガムリン「……ああ、なるほど」

すぐに合点がいった。確かに、これで勝てる相手はまずいないだろう。
軍でも訓練用に使われているフライトシミュレーターの対戦ゲームである。勿論、軍用よりも難易度は下げられており、操縦も簡易的にはなっている。

ミレーヌ「対戦しましょうよ」

ガムリン「私とですか」

ミレーヌ「コンピューター相手じゃ、ガムリンさんにとっては物足りないでしょう。稼ぎすぎてお店のコインを打ち止めにしちゃうのも悪いですし」

ガムリン「……分かりました。お相手いたしましょう」

ポッドの中の操縦席に座り、操作方法を確かめる。
軍で使用していたものよりいくつか簡易的にはなっているものの、大部分は同じであった。

ミレーヌ「あ、ガムリンさん」

ガムリン「はい?」

ミレーヌ「手加減したら、怒りますからね」

そう言って、ミレーヌさんもポッドの中へと入っていった。

コインを入れると、シミュレーターが始まる。
機体はバルキリー型とクァドラン・ロー型がある。ゼントラーディ人には勿論後者のほうが人気だ。 黒のバルキリー型を選び、オプションパックを選ぶと発進画面になる。ポッドの中の全周囲型モニターの景色が変わった。

ガムリン「……ガムリン機。出るぞ!」

……思わずパイロットとしての癖で、そう言ってしまった。ポッド型で声が周りに聞こえなかったことが幸いだ。

LEVEL α START

機械の音声の後、発進ランプが点灯し、バルキリーが飛び立つ。

フィールドは重力下で空中だった。眼下には海が広がっている。発進してすぐにロックオンを知らせるアラート音が聞こえた。

スロットルレバーに力を込め、旋回運動をしつつ機銃を避ける。
高速でピンク色の機体が通り過ぎて行く。
自分も撃ち返すが、最小限の上下の動きだけでそれを避けられる。
ミサイルが発射されるのが見えた。

ガムリン(まずい!)

高度を上げたがミサイルは追尾してくる。
そして、その逃げた先で待ち構えていたかのようにミレーヌさんの機体がいた。

ガムリン「くっ!」

錐揉み旋回をしつつ急上昇。急な動きの変化にミサイルの誘導が一瞬遅れた。
そのまま変形。手に持った機銃でミサイルを撃ち落としていく。

ガムリン「……やはり、市長の。いや、教官の娘ということか」

一瞬でも気を抜けば落とされる。圧力のかけ方も上手く、難しい避け方をなんなくしてみせる天才的な操縦のセンスもある。
先の戦いの中でも、これほどの相手と戦ったことは無かったかもしれない。
寧ろ生死がかかっていない分、より動きに迷いがないのかと思う。

ガムリン「だが、本職が負けてなるものか!」

自分にも軍人としての意地がある。
ファイターへと機体を変形させて背後から急激に接近するミレーヌさんの機体へと対応する。上を、下を、交互に自分と相手の機体位置が急激に入れ替わりながら互いにチャンスを伺う。
操作が簡易化されているということは、それだけ出来る動きにも制限がかかるということである。 しかし、ミレーヌさんはそんな制限をものともしていない。
このシミュレーターで可能な動きを知り尽くしている、限界まで引き出せているという感じだ。

ガムリン(動きが速い……照準の補正も追いつかない……だがっ!)

加速していた機体を急降下させる。海の表面が風圧で割れた。空中で変形をし、ガウォーク形態になるとホバーで浮かびながら急なUターンをする。

ガムリン(背後を取った、そこだっ!)

尾翼へ向けての機銃。
しかしその動きが来ることを見透かしていたかのように、ミレーヌさんは機体を上空へと反らしつつ機銃をかわす。

ガムリン「外れたっ!?」

すぐにガウォークからバルキリー形態へと変形し、後を追う。ここでガウォークのままでいれば機動性の違いからすぐに背後を取られてしまう。

だが、そこで自分の考えは浅かったことを思い知らされる。シミュレーターでも、天候や磁気嵐などの天災のような状況が再現されているということは、上空へ昇ろうとした自分を迎えるのはつまり……。

ガムリン「はっ!狙いはっ……!!」

太陽の光の中に紛れ、鳥が水中の魚を取るかのような角度で戦闘機が機銃とミサイルを乱射しながら降下してくる。

ガムリン「うおっ!」

この距離ではミサイルを全ては撃ち落とせない。
かといって回避行動を取ろうとすれば体勢を崩したところを本体の追撃で落とされる。そういうチャンスを見逃すような相手ではない。

ガムリン「ぐぅっ!!」

空中でバトロイド形態へと変形し、腰部の機銃も全て使って少しでもミサイルを撃ち落とす。 しかし、撃ち漏らしたミサイルが機体へと命中する。

ガムリン「まだだっ!」

向かってくるミサイルに対してぶつけて爆発させたのは切り離した推進剤の入っているファストパック。中に入った燃料が誘爆を起こしその爆風で弾を吹き飛ばしてミサイルからの直撃を防ぐ。爆風をかき分けるようにこちらが撃った機銃が相手の左翼に当たり、火花をふかす。墜落を防ぐためにミレーヌさんの機体はガウォークへと変形してで水上に浮かぶ。その隙をついてさらに機銃を撃ちながら近づく。 そう簡単には当たらない。だが、それは予想の上。弾を撃ち尽くすと機銃を捨て、拳に光を纏う。

ガムリン「格闘戦なら!」

ピンポイントバリアを纏った拳がガウォークの持つ盾のバリアと反作用を起こして弾かれる。 その反動を利用して、相手は後方へと宙返りをしつつガウォークからバトロイドへと変形。着地して右手の機銃で応戦してくる。 だが、こちらに被弾を気にする余裕は無い。
ここで一気に畳み掛ける。 射撃戦から格闘戦への移行はコンマ数秒の戦いだ。意識の切り替えが速いほうがそのまま優位に立つことが出来る。盾を構えながら機銃の中へと突っ込んでいく。 バトロイド形態ではエンジンの余剰出力を防御にまわすことが出来るから、このくらいの弾幕ならば突っ切れるはず。数字で表された機体の耐久値もまだ余裕がある。

ピンポイントバリアパンチが相手の手を機銃ごと正面から叩き潰した。 片腕になったミレーヌさんの機体に照準を定める。実戦ならばむごいが、シミュレーションならば格闘でコックピットへの直撃を狙うことはやぶさかではない。

ガムリン「これで終いだ!」

左拳が続けて繰り出そうとした瞬間。腕が止まった。 表示されたのは試合が終了したという文字。

ガムリン「……なっ!?」

機体の腹部にナイフが刺さっていた。
いつの間に抜いたのか。 いつ刺されたのか。ミレーヌさんの技量を甘く見ていたわけではなかったが、その動きは自分の予想をさらに超えていた。画面に映った敗北の文字を見ながらも自分は少しの間思考が止まっていた。


魔女の結界

使い魔たちに銃を向けながらふと思う。
私は、あとどれだけの銃弾を撃てば戦いを終えることが出来るのだろうかと。

……おそらく、私達の戦いに終わりなどというものは無いのだろう。
自分もそういうシステムの中に入ってしまった以上はそれを受け入れるしか無い。
自分より大きな存在が道を定めてしまっているような感覚。

もし、それを覆せる存在がいるのだとすれば、それは『人』では無いのかもしれない。
魔法少女と呼ばれるものでさえ、この程度なのだ。
だとすれば、お伽話や本の中に出てくるような……神や悪魔のようなもの。

ほむら「こんなことを考えても、意味はないわね」

自嘲でしかない呟き。
見滝原市と風見野市の分かれ道の近く。『彼女』の縄張りの境界線。
この辺りで使い魔を狩っていれば、その内彼女は出てくるだろう。彼女は効率を重視する魔法少女だ。
将来魔女となる使い魔を減らしていく事には敏感に察知するはずだ。そして、止めにくる。
そういう相手だからこそ交渉するのは比較的楽な方だ。他と違って目的が分かりやすいから、共闘をしやすい。

そのはずなのに。

ほむら「もう使い魔がいなくなりそうなのに、どうして来ないのかしら」

来る気配が全く無かった。休息でもとっているのだろうか。
彼女の拠点であるホテルへ向かおうかと考える。しかし、いきなり拠点に見知らぬ人が来れば警戒するに違いない。
私の目的は彼女と共闘することだ。無駄に交渉の成功率を下げるようなことはしたくない。

空になった弾倉を補充すると、もう銃口を向ける相手がいないことに気がついた。
考えている内に結界の奥まで辿り着いてしまったようだ。
一瞬、見逃してしまおうかとも考えたがやはりグリーフシードは欲しいので扉を開けて結界の最奥へと入ることにした。

頭部のピンク色をした髪のような部分が大きく揺らいでいる。
犬のように四足で動き、こちらを見据えるとゆっくりと近づいてくる。
盾の中からこの相手に見合った武器を探し出す。

ほむら「まずは、これくらいでいいかしらね」

小型で連射が出来る軽機関銃を取り出した。
拳銃と弾が共有できる物で、使い勝手がいい。
目測で相手との距離はまだ50m程あった。射程距離としてはギリギリの距離だ。
無駄弾は撃ちたくない。相手があと数歩近づけばすぐさま撃てる用意はできている。

銃は簡単だ。決められた通りに扱えば、決まった結果を出してくれる。
人とは違って、ずっと扱いやすい。そして、勝手なこともしないから愚かでもない。

あと一歩。

そう思った瞬間、相手が大きく飛び出してきた。
驚いて反応が遅れる。

真っ直ぐ向かってくる。そう理解した瞬間に引き金を弾いていた。
数発は当たったはずだ。しかし、それを受けてなおこちらへと向かってくる。
止められない。横に転がって突進を避ける。

相手はすぐに方向を転換し、また向かってくる。

ほむら「っ……!」

銃を片手で持って盾の中から武器を取り出す。
取り出したものから口でピンを引き抜き、逃げながら数秒数える。

背中に相手が向かってくる風を感じた瞬間にそれを置き、飛び退いて伏せる。
炸裂音がした。背中に少し衝撃を受ける。

ほむら(敵は……?)

爆風に怯んだのか動きを止めて頭を振るような仕草をしていた。
そこから再び動き出す前に大口径の拳銃を構えて放つ。
動物に似た魔女のうめき声が聞こえた。

あともうひと押しで倒せる。そう実感した時に欲が生まれた。時を止めてしまおうかどうか。
元々、佐倉杏子をおびき寄せる為のちょっかいである。それに貴重な魔力を消費して良いものか。
それに相手の魔女はそれ程強い相手でもない。このまま倒しきってしまえるのではないのかと。

一瞬の躊躇いが相手に動く隙を与えた。向かってくるなら迎撃出来る。しかし、その魔女が取った行動は逃走だった。

ほむら「あっ!」

迂闊だった。一気に魔女との距離を離され、銃の射程距離から遠くなる。
結界が晴れていく。仕方なく、自分も変身を解いて大通りの方へと戻る。

ほむら(仕留め損ねたか……けど)

魔女の行方よりも、目当ての人物が現れない事のほうが気がかりだった。
大して魔法を使わなかったとはいえ、魔法少女が戦う以上彼女くらいの魔法少女なら探知出来るはず。
人の流れに乗って歩きながら、バスの停留所を探す。ちょうど駅へと向かうバスが来たのでそれに乗る。

次に思い当たる場所へと私は移動することにした。

シティ7 喫茶店

ゲームのポッドから出た二人を迎えたのは大きな拍手と歓声だった。
しかし、その歓声の中から「あれって、FIRE BOMBERのミレーヌじゃないか?」というような声が聞こえた為、すぐにゲームセンターから出て適当な店へと入った。

ミレーヌ「だーかーらー、あれはたまたま。偶然ですって。実戦だったら、ガムリンさんの方がずっと上手ですよ」

ガムリン「……お気遣い、結構です」

ミレーヌ(ああ、もう!私のバカバカ!ガムリンさんを元気づけるためにギリギリで負けるつもりだったのに!つい熱くなりすぎちゃうなんて……!)

ガムリン「それに、ミレーヌさんの動きはやはり素晴らしいですよ。操縦はセンスが大きく出ますから。シミュレーターであれほどの動きが出来るなんて」

ミレーヌ「そ、そうですか?まあバルキリーは子供の頃からおもちゃ代わりだったし、あのシミュレーターも小さい頃からやっていたから。実はスタッフロールの所にパパとママの名前が載っていて……」

ミレーヌ(って違うでしょうが!ガムリンさんを励ますためのデートが……はあ)

コロコロと表情の変わるミレーヌを見つつもガムリンは少し俯く。

ミレーヌ(やっぱりガムリンさん。何かおかしいなあ)

ガムリン「あの、ミレーヌさん。実は、少し聞きたいことが」

意を決したようにガムリンが言う。
ようやくかとミレーヌは少し緊張する。

ミレーヌ「なになに?何でも聞いて」

ガムリン「いや……その、噂話といいますか。FIRE BOMBERが解散するという噂を聞いたのですが、それは一体?」

しかし、切りだされた話題はミレーヌが考えていた事とは別のことだった。

ミレーヌ「なあんだ。はあ、解散じゃなくて活動休止の事ね」

ため息をつきながらもあっけらかんとミレーヌは答えた。
あまりの躊躇いの無さにガムリンは肩を落とす。

ガムリン「そんな軽いものなんですか!?」

ミレーヌ「だって、バサラはああいう感じだし、レイもプロデュースの方に興味があるって言っていたし、ビヒーダは他のバンドからも依頼がわんさか来てる」

ガムリン「活動休止っていうと、なんだか寂しいような感じがするのですが」

ミレーヌ「寂しくない……っていうと少し嘘になるかな。でも、FIRE BOMBERが失くなるわけじゃないから」

ミレーヌの背中合わせに座っていた人物が立ち上がって席の横に立つ。
かけていたサングラスを外して胸元に下げつつ、ミレーヌに声をかけた。

「今の話、少し詳しくお聞かせ願えるかしら?」

ミレーヌ「ええと、あなたは?」

「あら、失礼。私はこういうものよ」

名刺を胸から取り出しミレーヌに渡す。

ミレーヌ「フリーライター……ジャネット…ジョンソン……ジョンソンってもしかして……?」

ジャネット「ええ。兄のアレックスがいつもお世話になっている……いえ、お世話を焼いている、かしら?」

ガムリン「それで、マスコミがどうしてこんな所に」

ジャネット「今話しているのはこちらのお嬢さんで、貴方ではないわ。軍人さん」

ガムリン「!なぜ私が軍人だと……」

ジャネット「ほら『銀河スポーツ』って、知っているでしょ?あそこ、前に私がいた場所。記事になった人の事は覚えているわ」

その名前を聞いて、ガムリンの背中に悪寒が走った。その名前が、というわけでは無いがガムリンにとってゴシップ記事を載せるようなマスメディアの存在は苦々しいものだった。
以前バサラの恋愛スキャンダルが話題になった時期があり、その時にガムリンもバサラとそのような関係があるのでは?と、とばっちりをくらった過去があるからだ。

ガムリン「……まさか、あの記事を書いたのは」

ジャネット「興味深い話ではあったけれど他の社も似たような事書いていたみたいだし。つまらなかったから私は関わってなかったわ」

ガムリン「お、俺は決してどっ、同性愛者などではない!ノーマルだ!!」

ジャネット「それよりも、ミレーヌさん。活動休止って言っていたけれど」

ミレーヌ「え、ええ。そうですけど」

ジャネット「活動休止の本当の理由は何かしら?」

ジャネット「もしかして、歌手としての情熱が失くなってしまったから……とか?」

ガムリン「な……そんな馬鹿な話」

ジャネット「馬鹿な、と思うでしょうけれど。突然FIRE BOMBERの活動休止を知らされた人たちはどう受け取るかしらね」

ジャネット「メインボーカルである熱気バサラは何度も失踪を繰り返し、新曲も最近出ていない。そう思われても仕方が無いんじゃないかしら」

ジャネットの物言いにガムリンは少し肩を震わせる。
バサラの事を分かっていないと心の中で憤慨した。

ミレーヌ「……ふふっ。そんなことは絶対にあり得ませんよ。バサラは歌うことしか頭に無いんですから」

ガムリンとは対照的にミレーヌは余裕の態度であった。

ジャネット「あら、どうしてそう言い切れるのかしら?」

ミレーヌ「それは……バサラならきっとこう言うと思いますよ。『俺の歌を聴けば分かる』って」

ミレーヌ「それに私、活動休止というのが少し楽しみでもあるんです」

ジャネット「楽しみ?」

ミレーヌ「FIRE BOMBERの枠を越えて、みんな自分の才能をより活かせるように、それぞれの道を色んなカタチで試すことが出来る。それって、すっごくわくわくすることじゃないですか」

ジャネット「なるほど。FIRE BOMBERの殻を破ると言う事が本当の理由と」

ジャネット「取材協力に感謝するわ。……失礼な事を言ってごめんなさいね」

ミレーヌ「え……」

その瞬間、ミレーヌとジャネットの視線が交錯した。ミレーヌの表情は笑顔になった。

ジャネット「迷惑料として、ここの支払いはさせてもらうわ。私も、あなた達のファンのひとりとして、必ず納得のいく記事を書いてみせるから。それじゃ」

伝票を手に取るとジャネットはすぐに歩いて行ってしまった。

ガムリン「ミレーヌさん!」

ミレーヌ「な、なにガムリンさん?どうしたの?」

少し苛立ちと怒気を含んだ声でガムリンがミレーヌに声をかける。

ガムリン「どうしたもこうしたもないでしょう!あんなマスコミに好きに書かせていいんですか!?」

ミレーヌ「大丈夫だと思いますけれど」

ガムリン「いいえ!大丈夫じゃありません!こうしちゃいられない……すぐに追いかけます。ミレーヌさんは少し待っていてください」

ミレーヌ「あ、ガムリンさん!……はあ、相手の目を見れば分かると思うんだけどなあ。分からないのかしら?」

ミレーヌの呟きはガムリンの耳には届かず、言うが早いかガムリンは後を追って店を出る。
バイクに跨り、ちょうどエンジンをかけたばかりといった様子であった。

ジャネット「あら、軍人さん。私に何か用?」

ガムリン「記事にどんなことを書くのかきちんと説明してもらう。そうでなければ納得はしない」

ジャネット「それは彼女がそう言ったの?」

ガムリン「……いや、そうではないが」

ジャネットはヘルメットを被りエンジン音を鳴らす。

ジャネット「なら、あなたにそれを言う権利は無いわね。言論の弾圧よ。私達は自由に物を書いてもいい権利がある」

ガムリンは無言でジャネットの顔を睨むように立つ。

ジャネット「あなた随分マスコミが嫌いなのね」

ガムリン「ああ、そうだ。俺は根も葉も無いような噂を世に出すようなやつらの気は知れん。そんな奴が権利などと」

ジャネット「なら、あなたはあのお嬢さんの権利も侵害しているって事は理解しているかしら?」

ガムリン「何?」

ジャネット「あの子は私に記事を任せると言ったのよ。なら、それを尊重するのが筋では無くて?」

ガムリン「それは……」

ガムリンは言葉に窮する。元々、真面目な性格であるのでこういう言い争いは得意な分野とは言えなかった。

ジャネット「あなた、彼女の事を少し子供扱いしすぎよ。彼女はあなたが思っているよりずっと大人だって理解してあげなさいな」

そう言って、ジャネットはガムリンをよけてバイクを走らせて行った。

ガムリン「過保護……俺が……?」

言われて、見に覚えが無いことではなかった。
ガムリンは走り去るバイクを少しの間呆然と眺めていた。

学校

昼休みになるとまどかの席を中心として仁美とさやかが集まる。
持ってきたお弁当を広げて食べる準備を始める。

さやか「いつもながら、まどかのお弁当って綺麗だよね。パパさんてばほんと料理上手」

まどか「ママは料理とかあんまり得意じゃないから、頑張って覚えたって言ってたけど」

仁美「愛する者の為に努力する夫。はあ、美しき夫婦愛ですわね」

他愛無い会話をしながらも、まどかはさやかに目を配っていた。
前の休み時間に、マミに呼び出されあることを探るように頼まれていた。

まどか(マミさんは様子がおかしいって言っていたけれど……やっぱりよく分からないや)

さやかは元々、自分の心象をあまり態度に表さない方だ。周りに心配をかけないように取り繕うのが上手い。

まどか(でも、もし何か心配事を抱えているのなら。ちゃんと力になってあげなきゃ)

さやか「ん、どうしたのまどか。なんかさっきからこっちばかり見てるけど」

まどか「へ……な、なんでもない……よ?」

逆に疑われてしまう。どうも自分はこういうことに向いてないのかもしれない。

まどか「ええと、ほら。上条君学校にようやく来たから……久々の学校で大丈夫かなーって」

慌てて視線の先を逸らす。

さやか「ああ、恭介なら……うん……」

仁美「どうかなされました?」

さやか「いや、大したことじゃないんだけどね……」

そう言ってさやかは恭介の方へと向けた視線をまどかへと戻した。

まどか「リハビリってまだ続いているんだよね。私も一緒にお見舞いに行こうかな」

仁美「そう言えば、さやかさんは入院中に何度もお見舞いに行っていたとお伺いしましたが……お二人の関係は?」

何気ない言葉であったが、一瞬空気の流れが止まったことがまどかにも分かった。

さやか「あたしと恭介?ただの腐れ縁っていうか……はは、何だろうね」

仁美「……へえ。そうですの」

含みのある言い方だとは思ったが、まどかは何と聞けば良いのか分からなかった。
自分の恋愛経験の無さを少し悔しく思う。

まどか「えっと、今もリハビリは続いているんだよね。まだお見舞いとか行くの?」

さやか「……まあ、私も今は忙しくなったし、恭介も色々大変みたいだし。リハビリの邪魔になると悪いから最近はあまり」

仁美「忙しい?さやかさんって何か部活動とかなされていましたっけ」

さやか「あ、ええと。ちょっと課外活動をね」

仁美「まあ、それは。私も習い事をたくさん抱えている身ですから苦労は察せられますわ」

会話が続いている中、まどかはさやかの調子が少しズレたと感じた。

まどか(マミさんの言っていたこと、当たっているのかも)

ただの課外活動であるなら、何も心配はいらない。
しかし、その課外活動は生死がかかっている。微かな違和感でも重大な事のようにまどかには思えた。

まどか(マミさんは、私のほうが悩みを聞くのに適任だって言っていたけれど……でも、私よりやっぱりマミさんの方が)

まどか(だって、私はマミさんのように頼りがいも無いし。いろんな経験だって少ないし……)

さやか「まーどーかー?」

まどか「ひえっ?」

さやか「なーに難しい顔してんの。まどからしくないよ、そういうの」

まどか「そ、そんなに変な顔してた?」

さやか「してたしてた。こーんな顔」

そう言って、さやかが変顔を作る。 笑い声が机を包んでいた。

何事も無く終わる一日。そういう日がずっと続いていくものだとまどかは信じていた。
だから翌日にさやかが無断で学校を欠席するということは、まどかも仁美も思っていなかった。

病院

恭介「ありがとうございました」

恭介は頭を下げつつリハビリ室から出る。腕の方は違和感無く動くのに、脚の方がまだ治らない。
腕と脚の治療の速度に少し疑念を抱くが、もう動かないと言われたものが折角動くのだから深くは詮索しないようにしていた。

動きを確かめるように手を何度か握っては閉じる。
事故に遭う前までは、その動きは当然のものだった。

恭介(これでまたバイオリンが弾ける。……そのはずなのに)

両親とさやかがいる前で楽器を持った瞬間、動くようになったはずの腕は自由を失くした。
曲を忘れたわけでも、バイオリンの音が出なかったわけでもない。
何故か、弾けなかった。

恭介「どうして……僕は」

落胆した両親の顔を思い出すと胸がきつくなった。
バイオリンは父親から教わった。事故があっても、バイオリンを捨てることが出来なかった事からも未練があったのだろう。
その期待を裏切るようなことをしてしまった自分に腹が立つ。

恭介「……あいつが余計な事を言うから」

バサラに言われた事がじくじくと蝕むように恭介の思考を埋めていく。
意味の分からない言葉だと思った。雑念を振り払う為に外へと出る。

病院の庭は主に高齢者や入院患者たちの散歩場所になっている。
そこのベンチに例の男がギターを持って座っていた。

バサラ「よう。腕と脚、良くなったのか」

見つけて、硬直してしまった。
目を合わせないように離れようとしたが、逆にその動作が不自然だったのか見つけられてしまった。
声をかけられてしまっては、逃げ出すわけにもいかない。取り敢えずベンチの前まで行く。

恭介「ここで何やっているんですか」

バサラ「新しい曲を考えている。相変わらずの目が覚めるような歌を聞いたからな。俺も負けてらんないぜ」

恭介「?」

やはりわけが分からない人物だと思った。
しかし、彼の言動にはどうしてかいつも引っかかる部分がある。

恭介「前に言ったこと覚えてます?」

本当は会話などしたくないはずなのに、それでも会話を続けてしまう。

バサラ「前に言ったこと?」

恭介「音楽は魂って、何なんですか」

バサラ「何って……言ったとおりの意味だろ」

恭介「言ったとおりって、そんなの意味が分からないですよ。ちゃんと説明してください」

バサラ「急にどうしたんだよ。そんなこと聞いて」

恭介「ちゃんと教えてください……じゃないと……僕は……」

杖を抱えた腕をもう一方の手で抑える。
弾けない腕なら、無いものと同じだ。

恭介「大人なら、自分の言ったことに責任を持つものでしょう」

バサラ「魂は魂だよ。感じたままに、伝えたいことをハートに叩きつける」

恭介「それじゃあ分かりませんよ!」

バサラ「だから……あーもう!分からないやつだな!」

ギターを膝に乗せ直して弾き始める。

恭介「何を?」

バサラ「歌うんだよ!分からず屋のハートにもすぐ分かるサウンドってやつを見せてやる!」

http://www.youtube.com/watch?v=bXw4UDFpV90

♫ お前が 風になるなら 果てしない 空になりたい

♫ 激しい雨音に立ちすくむ時は

♫ ギターをかき鳴らし心を鎮めよう

♫ COME ON PEOPLE 感じて欲しい

♫ 今すぐ 分からなくていいから

♫ COME ON PEOPLE 命の限り

♫ お前を 守り続ける MY SOUL FOR YOU

突然歌い出すバサラを唖然として見ていた恭介だが、次第に歌を聞くために立ち止まる人々が現れることに気がつく。

恭介「だから、どういうこと」

恭介(この歌が何の答えだって言うんだ)

♫ おまえが道に迷ったら

♫ 微笑みで闇を照らそう

♫ お前の悲しみが癒やされるなら

♫ 声が枯れるまで 歌い続けよう

♫ COME ON PEOPLE 信じて欲しい

♫ いつまでも 変わらない俺を

♫ COME ON PEOPLE 太陽のように

♫ お前を 輝かせる MY SOUL FOR YOU

恭介の言葉に対して、バサラは歌うだけだった。
この歌こそが答えだとでも、自信を持って言うかのように。

恭介(なんで……そんな風に)

間近で聞くと分かる。
ただ、上手いだけでは無い。活力を、元気を、何か含んでいるものを受け取ることが出来る歌だと思った。

バサラ「……何がどうとか、言葉だけじゃ上手く伝わらないことってあるだろ」

バサラは間奏を弾きながら恭介に話しかける。

恭介「弾けないんですよ。バイオリンが」

つい、言葉に出してしまった。

恭介「理由が全然分からなくて……これじゃあ腕が治っても、何も意味がなくて」

恭介「あなたは、分かるんですか?僕が弾けない、その理由を」

バサラ「お前って、どうしてバイオリン弾いているんだ?」

恭介「どうして……って」

また、同じ質問だった。
その答えをまた言おうとして、それが違うということが自分で分かった。

バサラ「大事なコト。ちゃんと分かってるのか?」

恭介「……そんな事、全然考えたことないですよ」

正直に答えた。
しかし、バサラの顔は微笑んでいた。

バサラ「なら、頑張って見つけなきゃな。結構苦労するもんだぜ」

そう言ってバサラはまた歌い出す。

恭介「音楽は……魂」

小声で呟いた。
答えが教えられないことに少し反感を抱いたが、同時に自分が甘えていたことに気がつく。

恭介(自分の……大切なコトを……)

自然と腕に力が篭った。
恭介は、バサラの歌へ耳を傾ける。

学校

まどかは初め、そういう事もたまにはあると思った。
登校中にさやかと会わずに学校へ向かう事に多少の寂しさと違和感を覚える。けれど、学校へ行けばまたいつもの日常が始まる。
そう思っていた。

和子「美樹さんは欠席……ですか?学校に連絡が来ていないのですが」

担任が困惑した表情で言う。まどかは空いた席を見て曇り顔になった。

まどか(どうしちゃったんだろう)

さやかは病弱というタイプではない。魔法少女になってからは尚更だ。
まどかは登校する途中で仁美と会ったが、何故かあまり会話が出来なかった。
まどかが沈黙に耐えかねて何か話題を振っても仁美から話が返ってくるということはなく、ただ空返事がされるだけ。

まどか(さやかちゃんと、何かあったのかな)

出欠確認と先生の話が終わると、まどかは仁美の席へと向かう。

まどか「仁美ちゃん。聞きたいことが」

仁美「何でしょう?」

まどか「さやかちゃんの事、何か知らない?休むきっかけになりそうな事とか、何か話していなかった?」

仁美「……さやかさんが休む理由は、知りませんわ。ただ、昨日少しお話はいたしましたが」

まどか「話って?」

仁美「恋のお話ですわ」

きっぱりと、そう言い切った。
仁美は、まどかを意に介さないとでも言うかのように、さっさと次の授業の支度を始めてしまった。

まどか「それって、どういうこと」

それでも、まどかは踏み込む。
しばらく、仁美は表情を変えずにまどかをじっと見ていた。

仁美「ある、勝負をしていますの。ある殿方をめぐっての勝負を。けれど、その人はさやかさんとの付き合いも長い」

仁美「ですから、私は先に愛を伝える機会をお譲りいたしました。今日まで、ですけれど」

あまりそういう話が得意でないまどかでも、仁美の言う殿方が誰かは分かった。

まどか「どうして、そんなことを」

仁美「私はただフェアな試合がしたいだけですわ。でも、もしこの欠席がその勝負から逃げることを意味するのでしたら……さやかさんには少し幻滅いたしますわね」

まどか「逃げてなんか!」

仁美「まどかさん?」

まどか「分からないけど……多分、違うよ」

仁美「あなたがさやかさんの事をどう思っていらっしゃっても、私は構いません。しかし、約束は約束。今日が終われば、彼女の優先権は失くなる」

まどか「優先権だとか……なんだかそれって……」

仁美「鹿目さん。あまり、人の恋路に口を挟むものではないと思いますわ。それでは、あなたも授業の準備をなさったほうがよろしいかと」

まどかの心中は穏やかでなく、授業を受けるよりも今直ぐにでもさやかの元へ駆けつけたい気分だった。
しかし、自分が学校を勝手に抜けだしたとしてどこに向かう?その事が親に伝わって心配させたら?それを見て、他のクラスメイトはどう思うだろうか?
そういう事を考えると今のまどかに出来る事は限られていた。自分が、色々なものに縛られている身分や年齢であることを歯痒く思った。


行き先を告げるアナウンスがバスの中に響く。
運転席の頭上にある料金が上がり、停車ボタンが押されて赤く点灯する。

さやか「あたし……何やってるんだろ……」

なぜ、自分がバスに乗っているのか。
明確な理由はさやか自身にも分からなかった。思考が渦巻いて上手く答えが出てこない。
強いて言うのなら、通学途中、ふと立ち止まった所がバスの停留所で、たまたまバスが停まったから。

さやか「学校……どうしよう……」

今から降りて、反対方向のバスに乗ればまだ間に合う。
連絡もなしで、大遅刻。最近また振られたばかりで傷心中の担任の気を揉ませる事は明らかだ。

それに、バスを降りたいとは思わなかった。
学校に行きたくないのかと自分で思ったが、ズル休みをするのは気が引けた。
だから、取り敢えず通学だけはしようと思った。……思っていた。

「次は、終点、風見野駅前。本日もご利用いただき誠にありがとうございます」

考え事をしていると、降りざるを得ないところまで来てしまっていた。
あまり来たことの無い隣町。だが、それ故知っている人と出会う事はまずないだろう。

さやか(これからどうしよう)

『正しい』道は、何だろうか。

戻って、学校に遅れてでも登校することだろうか。
……それなら、初めからバスに乗ること自体が間違いだ、と、自分で自分を責める。

バスを降りる。
親などと一緒に来たことが無いわけではなかったが、一人で来るのは初めてだ。
どこに何があるのか分からず、地図の前でしばらく立ち止まる。

さやか「バスの停留所は……」

見滝原市行きのバスを探す。時間を見て、次は30分後だと書いてあった。

さやか(ずっと待っているのも暇だし、少し散歩でもしようかな)

そう思って駅の周りを歩く。
平日の朝ということもあってか、自分の記憶よりずっと人通りが少ない。

路地に入ると、前も後ろも人がいなくなる。制服姿の中学生がこんな時間にこんな所にいる。 なんとなく、自分が悪いことをしているような気がして少し高揚する。

さやか「……って、ホント私ってば何やってんだか。こんなの、ただの現実逃避だっての」

逃避。逃げること。
仁美と交わした会話が胸を突く。表面では軽く流したつもりだったが、内心では戸惑いや焦りを感じていた。

しかし、それだけが今、自分がここにいる理由だろうか。
確かに、仁美やその話から逃げたかったという気持ちもあった。だが、それと同じくらいに魔法少女の使命が重く感じていた。
自分で選んだ道で、先輩からは何度も念を押されていた。だから、文句は言えない。言ってはいけない。
町を、みんなを守っているのに、その事に気付かれず、感謝もされない。

さらに、命の恩人だというのに仁美はあたしにあんな事を言う。

さやか「あたしが、あの時いなかったらどうなっていたか……」

つい、そんな事を考えてしまった。
その事の重大さに気づいて、息を飲む。こんな気持ちでいてはいけない。

気分を変えなければ。そう思って目に入ったのはゲームセンターだった。
友達と遊びの一環で入ったことはあっても、あまり自分から行くような場所ではない。
それでも、今の気分にはちょうどよいと思った。
自動ドアの前に立つ。UFOキャッチャーがずらりと並ぶ通路を抜けていく。
どれもやったことのないゲームばかりだ。平日の朝ということもあってか、人はほとんどいない。

その中で、一際目立つ存在がいた。音楽に合わせて矢印の方向にステップをするダンスゲーム。
自分と同じくらいの年齢の少女がそれに興じていた。

さやか「おお、上手い」

軽やかな動きに思わず見とれる。最後のステップを踏み、少女が大きく息をついた。
結果の画面が出る。ボタンを押してその画面をスキップすると、「GO TO THE EXTRA STAGE!!」と表示が出る。

「そこのあんた」

振り返って、突然声をかけられる。

さやか「え、あ、あたし?」

「一曲、やらない?もうあたし疲れちゃってさ」

さやか「いや、いいよ、あたし全然やったことないしさ」

「簡単なレベルの曲にしてやるからさ。どう?」

いつもなら、見知らぬ他人からの勧めなど自分は断るはずだと思う。
けれどその時は、『たまにはそういう事をしてみるのもいいかな』と思った。

さやか「じゃあ……折角だから」

鞄を置いて台の上に昇る。

「レベルは……初めてだしこんなもんでいいかな。よし、始まるよ」

さやか「え、もう!?」

画面にゲージが表示され、曲合わせてキャラクターが踊り始める。

さやか「え、ええっと。上、右、下、右」

不慣れながらも、表示に合わせてステップを踏んでいく。
少女はそれを見て「上手い上手い」と言ったり、「動きが大きすぎるからもっと小刻みに」などとアドバイスを出す。

58COMBOと書いてあった。今のところ、一度も踏み外していない。

さやか「へへっ、あたし才能あるかもね」

少し得意気に言う。

「あ、この曲そこから速くなるよ」

さやか「え?」

さやかが気づいた時には、今までの3倍位のスピードで矢印が動いていた。

さやか「ちょっ、まっ、わっ!?」

「ほら、無駄な動きをしない。もっと足を速く動かす」

さやか「あたしっ、初めてっ、なんだけど!?」

「いけるいける。あともう少しだって」

忙しなく動くさやかとは対照的に暢気な様子で言う。
何度も踏み外し、ゲージのメモリが減っていく。緑色から赤色へと度々変わる。
曲が終わった時、クリアのアナウンスがされた。

さやか「はーっ、はーっ……ギリギリ……クリア?」

「初めてにしてはなかなか上手いじゃん」

1人だけの小さな拍手。一応、礼を言う。

「……ま、同じなら当然か」

さやか「?」

何かを言っていたようだったが、よく聞こえなかった。
ゲームの音が大きい所為だろう。

「ところでさ、あんたこれからどっかに行く用事とかあるの?」

さやか「用事……?特にはないけど」

「え、じゃあ何でこんな所に」

さやか「何でって、それは……えーと、何となく?」

人に話すような話でもない。それに、自分でも上手く理由の説明は出来ないと思った。

「んー、ここで会ったっていうのも何かの縁だし。あたしのうちに来ないか?お菓子とかあるし」

お菓子があるからといってそれに釣られるような歳ではない。
しかし、相手の意図が分からない。なぜ、見ず知らずの相手にそんな事を言うのか。

さやか「悪いけど……あたし、あんたの事よく知らないんだけど」

「うっ……それは」

たまたま立ち寄ったゲームセンターで、遊ばせてもらっただけの間柄だ。
それなのに、どこか馴れ馴れしい。

さやか「それに、あたしはこれから学校に戻らないといけないの。それじゃあ」

「学校、サボったんじゃないのか」

さやか「ぎくっ」

「その制服、見滝原中だろ。学校サボってこんな所にいましたって学校に言われたらまずいんじゃないの」

さやか「そ、それは」

まさか、脅迫されるとは思わなかった。というより、自分の行動の迂闊さを呪った。

「あたしに付き合うなら、黙ってておいてやる。どうだ?」

さやか「ぐっ……」

返答に窮する。何だか怪しい感じがした。
普通、出会ったばかりの人に対してこんなふうに言うだろうか。警戒心が強まった。

「……だああ!もう!とにかく!お前みたいなの見てるとほうっておけないの!だから、ついて、来る!」

迷っていると、向こうが強引に話を進めようとしてきた。腕を引かれる。

さやか「ちょ、ちょっと!?名前も知らない相手についていけるわけ」

「名前?ああ!そっか、そうだな。あたしは杏子。佐倉杏子。お前は?」

さやか「さ、さやか。美樹さやか。」

杏子「よし!よろしくな、さやか。じゃあ行くか!」

さやか「え、いや、ちょっと、待ってってば!?」

腕をひかれつつも、何となく悪いことはされなさそうだと思った。
そういう事を考えられるようなタイプでは無いのだろうということは態度から分かる。

さやか(まあ、少しくらいならつきあってやってもいいか)

次の見滝原方面行きのバスに乗ることは諦めた。

バトル7 医務室

ガムリンが部屋の前に立ち、ボタンを押す。

「入ってくれ」

中から声がする。開けると、一世を風靡したアイドルであるリン・ミンメイのポスターが所狭しと飾られていた。
初めは驚きと嫌悪感があったガムリンだったが、今ではもう慣れたものである。その中にFIRE BOMBERのポスターも追加されていたことには少し驚いた。

ガムリン「千葉大尉。バサラの件で話とは?」

統合軍の軍医であり、音エネルギーについての研究をしているドクター千葉は先の戦争において多大な功績を残した人物の1人だ。
彼のおかげで音エネルギーをより増幅させる装置やそれに関する兵器をいくつも作り出すことが出来た。

Dr.千葉「ああ。見て欲しいものがある……と、その前にこれを」

ヘッドホンを手渡され、言われたままにかけてみる。

♫ さあ はじまるぜ さたでないと ちょうしはどうだい

♫ れっつだんす びーとをかんじるかい

ガムリン「んなっ!!千葉っ!これはっ!?」

思わぬ自分の歌声に羞恥心と怒りが入り混じる。

Dr.千葉「聞いての通り君の歌だ。コックピットのボイスレコーダーから抽出したものだが」

ガムリン「な、なぜこれを抽出する必要がある!?」

Dr.千葉「まあ、落ち着き給え。実は君がバサラを捜索しながら歌っている時、興味深いデータが取れた……ほら、この線だ」

ガムリン「興味深いデータ?何やらジグザグの線が見えるが」

Dr.千葉「それは君の声紋だ。その下の線だよ」

下方に合った微弱な反応に印をつける。

ガムリン「……んん?起伏が小さくてよく分からないな。何かのノイズじゃないのか?」

Dr.千葉「ところがな、これを拡大して見てみると……実は私の持っているサンプルデータと照合するのだよ」

ガムリン「サンプルデータと?……!それはつまり……」

Dr.千葉「そう。バサラの声紋だ。形からして、歌っていたようだな。何の曲かは分からないが」

ガムリン「ということは、やはりバサラはあの近くに……?」

Dr.千葉「……いや、どうやらそういうわけでも無いらしい。彼の歌エネルギーは強大だ。もし付近に居るのだとすればもっと反応があるはず」

Dr.千葉「私は、彼の歌が持つエネルギーがフォールド波に影響を与えたという仮説を立てている。その結果、どこか遠くの場所へと飛ばされたのではないかと」

ガムリン「しかし、どうして突然その場所にフォールド波が検出されたのか」

Dr.千葉「仮説の段階だから断定は出来ない。しかし、何らかの力が働いた事は確かだ。それが何なのか、どこの誰が何の目的で発したのかは謎だがね」


ガムリン「……決定的な手がかりにはまだ遠いか」

Dr.千葉「もしかしたら、の話だが」

ガムリン「何か手段があるのか?」

Dr.千葉「君の歌声に反応したのだとすれば、もっと大きな歌エネルギーを用いればバサラからの反応もより大きくなるかもしれん。反応があれば位置を探知することも可能だ」

ガムリン「大きな歌エネルギー……となると、ミレーヌさん達の協力が必要か。ありがとう、ドクター千葉。ご協力感謝する」

Dr.千葉「ああ。……話は変わるのだが、一つ聞いてもいいかね」

ガムリン「何か?」

Dr.千葉「君は、私を恨んだりしているかな」

ガムリン「恨む?なぜ、そのようなことを」

Dr.千葉「いや、いきなりこんなことを聞いてすまない。君はまだ歌の力に対して理解がある。だが、軍の中には歌の力、ひいては私の研究に対して否定的な考えを持つ者も多いと聞いてな」

ガムリン「確かに……そのような者がまだいるという話は聞いているが、しかし現に我々は歌の持つ力に救われていてそれを否定するなどということは」

Dr.千葉「救われたから、だよ。自分たちの力で無いものに救われたことが気に入らない。つまり、自分たちの生き方を否定されたような気になってしまっている。

Dr.千葉「……軍に所属する者としては彼らの気持ちを汲んでやりたいとも思うのだが」

自分も、その事について考えたことが無かったわけではない。
歌があれば、戦いは必要ない。戦いをしなければ軍人もいらない。信念や覚悟を持って軍人になったはずなのに、その存在意義を否定される。
しかし……。

ガムリン「バサラ達は少なくとも自分たちの生き方を否定している訳ではないと思う。例え軍人であっても、それ自体を否定しているのではなく、戦いそのものに対して反抗しているのだと」

ガムリン「私たち軍人も、他者を脅かしたり、自ら進んで戦いをしたいと考えているのではない。自分たちの生活を守るため、そして争いを止めるために存在している」

ガムリン「だから、きっとバサラ達とは手段が違ってはいても目指す所は同じだと信じられる。自分は、少なくともそう考えている」

Dr.千葉「全員がそのように考えてくれればいいのだがね」

ガムリン「時間はかかるだろう。だが、決して不可能ではないはず」

Dr.千葉「私もそう思うよ。ありがとう、意義深い話が出来て私も楽しかったよ」

ガムリン「では、私はこれで」

ガムリンが部屋から出て行ったのを見てから艦内通話機のボタンを押す。

Dr.千葉「……あの話、艦長に私の方から彼を推薦しておくか」

風見野市

さやか(そういえば、こいつもあたしと同じくらいの歳だよね……サボりにサボりって言われてもなあ)

慣れない道を歩きながら、さやかはそんな事を考えていた。

杏子「もうすぐ着くけど……おーい、聞いてるか?」

さやか「うえっ、いや、ええと何?」

杏子「もうすぐ着くよって。ほら、あの建物」

杏子が指さしたのは白く大きな建物に、遊び場のような広い庭のある施設だった。
客用の玄関から入ってさやかを招き入れる。杏子たちが家の中に上がったという時に、駆け足の音が聞こえた。
その勢いのまま、小さな少女が抱きついて来たのを杏子が受け止める。

ゆま「キョーコ!おかえりなさい」

杏子「ただいま。でも家の中を走るなって言ったろ」

ゆま「うん、ごめんなさい。……あれ、そっちは?」

杏子「ああ。ええと……友達……かな、うん、そうだ」

ゆま「キョーコの友達!?はじめまして、千歳ゆまです!」

さやか「あ、うん。美樹さやか……よろしく」

ゆまの威勢の良さに少したじろぎながらも自己紹介を済ませる。

ゆま「そうだ、キョーコ!園長先生が探していたよ。礼拝堂に」

杏子「ああ、分かってる。すぐに行くって園長先生に伝えておいて。さやか、こっち。案内する」

さやか「案内って?」

杏子「ん……そういえばさやかの家は宗教とか禁止されてることはあるのか?」

さやか「いや、別に無いと思うけど」

杏子「なら良かった。昼の礼拝が始まるからさ、興味ある?」

さやか「礼拝?別に興味は……」

笑顔の杏子に見つめられる。期待を込めた眼差しである。

さやか「……まあ、あるかな」

それを聞くと杏子は嬉しそうな表情を見せる。

杏子「おっし。それじゃあ、着いてきて」

さやか「どこに?」

杏子「礼拝堂。向こうにあるんだ」

来客用のスリッパを履いて歩きながらさやかは聞く。

さやか「そういえば、なんかやることあるんじゃないの?」

杏子「大丈夫。まだ出番までの時間はあるからさ」

そう言いながら、礼拝堂へと辿り着く。
黄色がかった木の机と椅子がずらりと並び、中央の廊下の先には宗教の象徴が掲げられていた。

さやか「あたし、こういうのよく知らないんだけどいいの?」

杏子「別に何も信じてない人だってたくさん居るよ。お祈りの後のお菓子目当てに来る近所の子供だっているし」

自分はそういうつもりで来たわけでは無いのだと言いたかったが、口の中で留めた。

杏子「じゃあ、ちょっと用があるから。適当な場所に座っててくれ」

そう言うと、杏子はさっさと礼拝堂の奥へと向かっていった。
残されたさやかは、落ち着くためにため息をついた。
自分と同じくらいの相手とはいえ、見知らぬ他人について行き、自分が今居る場所がどういう所かさえも分かっていないということに改めて少し恐怖を感じる。
自暴自棄になっているという思いはあった。省みて、軽率な行動に頭を抱える。

さやか「……はあ、なんか流されてる気がする。これって、怪しい新興宗教とかじゃないよね……?それとも、怪しいダイエット商品とか買わされたり……なわけないか」

ゆま「独り言?」

さやか「うんそう独り言……ってえ!?」

ゆま「こんにちは!キョーコの友達」

さやか「あ、ああ。さっきの」

小さな身体の割にはしっかりしているという印象を受けた。

さやか「ゆまちゃんだっけ?挨拶が出来て偉いね。小学生……だよね」

ゆま「う……うん」

何故か言いにくそうにする相手に、さやかは疑念を抱く。
そういえば、この時間なら小学生は学校に通っている時間である。
それなのに、何故この少女はこんな場所にいるのだろうか。

さやか「学校、今日は休みなの?」

ゆま「え、ええっと……その……」

まずい、と思ったのはさやかの方だった。

さやか「あ、ご、ごめん、ごめん。言いたくなければ別にいいよ。あたしだってほら、サボりだし。はは」

さやか自身も、あまり休んだ理由は言いたくない。
相手もそうかもしれないのに、聞くのは間違いだったと気づいた。

ゆま「お家が無くなっちゃったから、今は学校に行けないって」

さやか「え……?」

ゆま「でもね。キョーコが助けてくれたの。それで、ここが新しいゆまのお家だって。だから、全然寂しく無い」

そう言う少女の目は薄っすらと赤みがかっていた。


さやか「ゆまちゃん……」

ゆま「あ、お祈りの時間が始まるよ!座って、静かにしないと」

さやか「あっ……そ、そう」

気丈な少女だとさやかは感心した。そして、自分がいる場所がどういう人達がいる場所なのか少し理解することが出来た。
ゆまの隣に座って少し経つと音楽が聞こえ始める。壇上でオルガンの奏者が曲を弾き、その曲の間に衣装を身にまとった少年少女達がぞろぞろと現れた。

さやか「これからなにが?」

ゆま「お歌だよ」

さやか「歌……?」

最近、自分が聞いた歌にあまりいい思い出がないさやかとしてはどうにもいい感じがしなかった。
子どもたちの中から1人が前に出て一礼をして、指揮を取り始める。

http://www.youtube.com/watch?v=2bosouX_d8Y

さやか(この曲……)

流れだした曲にさやかは聞き覚えがあった。
子供の頃、発表会で恭介がバイオリンで弾いた曲。
恭介との話題を作るために聞いていたクラシックのCDで、いきなり歌声が聞こえ出したから余計に印象に残っていたのかもしれないと思った。
歌詞の意味は殆ど理解していない。それでも、聞いていると穏やかな気持ちになる。
そういう曲であり、歌であることは理解していた。

歌が終わると、拍手が起こる。
さやかも少し遅れながらも拍手を送る。

ゆま「私もね、来年はあそこで歌うんだ。キョーコと一緒に」

自慢気に少女が話す。その顔にはもう湿っぽさは無くなっていた。

さやか「へえ!すごいね。みんなゆまちゃんより大きな子たちばかりに見えるけれど、大丈夫?」

ゆま「大丈夫。だって、キョーコがいるもの」

さやか「ゆまちゃんは、あいつの事すごく信頼しているみたいだけれど、どうして?助けてもらったって言っていたけれどさ」

ゆま「ゆまが怪物に襲われそうになった時にキョーコが助けてくれたの!こうやって、ズバーンって」

怪物。
その単語を聞いて、さやかが真っ先に思い浮かんだのが魔女である。

さやか「……ねえ、ゆまちゃん。もしかしてあいつは……こういうのを持っていなかった?」

さやかはソウルジェムを取り出してゆまに見せる。

ゆま「あ、キョーコのと同じだ。色が違うけれど」

さやかは、一瞬息ができなくなった。
壇上の袖へと退場する杏子の姿を目で追いかけ、震える手を握りしめた。


学校

まどか(それじゃあ、マミさんは魔女を追わないといけないから)

マミ(ええ。……美樹さんのことはあなたに任せるわ。歯がゆいけれど、私よりあなたの方が彼女の行きそうな場所とかが分かるだろうし)

まどか(さやかちゃんにテレパシーは通じないんですか?)

マミ(なんだか上手く繋がらないのよ。1人になりたいって事なんだろうけれど)

まどか(……ほむらちゃんにも協力してもらえれば)

まどかは視線をほむらの方へと動かす。姿勢正しく、表情を変えずにただ黒板の方を向いていた。
視線に気がついたのか、少しだけ首を傾けたのを見てまどかは気まずさから視線を戻した。

マミ(それって……)

マミは負傷した自分にグリーフシードを投げてきた存在を思い出す。
油断をしていたとはいえ、自分が苦戦したお菓子の魔女を難なく撃破した魔法少女。

マミ(あの子はおそらく協力してくれないと思うわ。こんな言い方をしたくは無いけれどお人好しって柄ではなさそうだから)

まどか(マミさんからは、ほむらちゃんと協力しようと思わないんですか?)

マミ(どうかしらね。なんにしろ、相手の事が分からないとどうしようも無いわ。彼女、あまり他人に心を開いている感じがしないもの)

まどか(そう……ですよね。悪い人では無いと思うんですけど)

マミ(私は少し調べたいこともあるから、鹿目さんは美樹さんを)

まどか(……はい!)

和子「はい。それでは、最近風邪でお休みする生徒もいらっしゃるようなので健康には気をつけるように」

和子「あと、特に男子諸君は相手がいるにも関わらずに気持ちを考えず、他の女の人との距離を考えないような気遣いの出来ない人にはならないように」

当番の人が号令をかけて、一日の授業が終わる。部活動の準備をしている生徒たちもいるが、まどかは一目散に教室を出ようとした。

仁美「お待ちになられて」

教室を出ようとして、仁美に声をかけられた。

まどか「仁美ちゃん……」

仁美「美樹さんを探しに行かれるのですわね」

まどか「うん。そうだけど……」

仁美「なら、言伝を頼みますわ。正々堂々とした勝負を私は望んでおりますから」

まどか「それで、伝えたいことって」

はやる気持ちでまどかは尋ねる。

仁美「夜の8時ちょうど。公園でお待ちいたしますわ。もしそれより少しでも遅れた場合、私の不戦勝とさせていただきますわ」

まどか「……それって、勝手に決めていいのかな」

仁美「勝手?構いませんわ。恋は戦争。手段など、選んでいられませんわ」

堂々と、仁美は言い切る。まどかは反射的に否定の言葉を投げかけたかったが、それを言っていいのは自分ではなく当事者でしか無いのだと気付く。

まどか(ここでも……か)

仁美「それでは、どうぞお行きなさい。どうか美樹さんが負け犬になる前に、見つけて差し上げて」

いつもの仁美からは考えられないような言葉である。
恋とは、ここまで人を狂わせるものなのだろうか。経験の無いまどかにはその心理がよく分からなかった。

校舎を出てさやかの家へ電話を掛けるも、家の人は朝に家を出て行った事以外は何も分かっていない様子であった。
あまり深刻視をしている様子ではなかったが、事情を少なからず知っているまどかとしては、気が気でなかった。

まどか(さやかちゃんが行きそうな場所……)

よく友達と話をするハンバーガー屋。買い物に行くショッピングセンター。よく遊びに行く場所。
ざっと思いつくだけでも探す場所は中学生の少女にとってそれなりに広い範囲だ。

まどか(通学路からまずは探してみよう)

校門からさやかの家の方へと歩き始める。
さやかへの電話は通じなかった。おそらく、通じないように電源を落としているか設定を変えているのだろう。

まどか(さやかちゃんには助けてもらってばかりだった)

さやかとは小さい時からの付き合いだが、性格は対照的。
内向的なまどかと、勝ち気なさやか。だが、互いに互いの優しさを理解しあっている。だから、友達でいられる。
まどかはさやかが、自分には勿体無いくらいの友人であると思い、いつかは自分が受けた恩恵を返したいと思っていた。

まどか(だから、今度は私が)

魔法少女か否か。その距離を埋めるために何をすればいいのか。
非力な自分に出来る事は何か。親友であるなら、何が出来るのか。

まどか(さやかちゃんが苦しんでいるなら、その苦しみを少しでも分かってあげたい。もし、寂しいのなら少しでもそばに居てあげたい)

中学生のまどかにとって、さやかという親友は自分の世界を構成するのに無くてはならない要素だ。
家族や、学校、日常の生活と同じように掛け替えの無いもの。
それを失うような事はあってはならない。

まどか(……でも、もし)

さやかが自分の手が届かない所に行ってしまったなら?
掴もうとした手を振り払われてしまったら?

まどか(その時は……私も……)

何でも願いが叶う。
その契約の対価は、戦いという恐怖。
それに、見合うか。

まどか(……)

今のまどかには答えが出せなかった。しかし、もしその時が来たのならば願いを叶えようとしてしまうかもしれない。

まどか(失いたくない。けれど、戦うのは怖い)

まどか(私……我が侭だ)

まどか「……契約」

キュウべえ「僕が必要かな?」

思わずつぶやいた言葉の先に、白い小動物がいた。

まどか「え、キュウべえ?どうしてここに」

QB「僕の役目は君のような魔法少女の素質を持った子を監視することだからね。呼べば、すぐに来ることは出来るよ」

まどか「そ、そうなんだ。……ねえ、キュウべえ。あなたからさやかちゃんに話しかける事は出来ないの?」

QB「魔法少女で無いなら一方的に話しかけることもできるけれど、今の彼女はもうなってしまっている」

QB「テレパシーは自由に遮断できるから、僕が話しかけても通じない可能性が高いよ」

まどか「そう、かあ」

契約のことがふと頭に思い浮かぶ。
もし、何かに巻き込まれていて自分に助ける力が必要ならば契約が必要になるかもしれない。

まどか「……キュウべえ。契約をして叶えられる願いって本当に何でも叶うの?」

QB「その願いがエントロピーを凌駕するものなら、魔法少女となって魔女と戦う使命を受け入れる事が出来るのなら、叶えることは出来るよ」

まどか「エントロピー……って?」

聞きなれない単語に首を傾げる。

QB「そういえば、まどかには僕達の使命について話した事がなかったね。君は、魔法少女という存在がどうして必要なのか分かるかい?」

まどか「魔女がいるから……じゃないの?」

QB「いいや、それが理由ではないよ。僕たちの使命はこの宇宙の寿命を少しでも伸ばすこと。その為に魔法少女が必要なのさ」

まどか「寿命をのばす?どうしてそれに必要なの?」

QB「そこでエントロピーの話が出てくる。エントロピーというのは……簡単に例えると、焚き火で得られる熱エネルギーは木を育てる労力と見合わないということさ」

QB「エネルギーは形を変換する毎にロスが生じる。宇宙全体のエネルギーはどんどん目減りしていく」

QB「だから、熱力学の法則に縛られないエネルギーを探し求めて来た」

QB「感情をエネルギーに変換できるテクノロジーはあっても、そのエネルギーの源になる生き物がいない」

QB「そこで、君たち人間に目をつけたのさ。君たちの感情から得られるエネルギーはエントロピーを覆す事が出来る」

まどか「つまり、宇宙のため……?そのために、私達を魔法少女に?」

QB「それが、使命だからね。その使命の為に僕たちは対価を与え、契約を交わす」

まどか「でも……それは……」

正直な話、まどかにとって『宇宙のため』などという話は想像を超えた話であり、あまり実感のわくものではなかった。
そして、それがどれほど重要な事であったとしても、魔法少女たちがその為に苦しい戦いを強いられる事に納得が出来るものではないと感じた。

QB「言っただろう?覚悟があるのならば、とね。あくまで、君たちとの合意を前提として契約をしているのだから十分良心的だとは思うけれどね」

そう言い切るキュウべえの顔からは以前まどかと話す時に見せていた感情のようなものは見えず、まどかは無機質な物体と会話をしているように感じた。

まどか「キュウべえ……あなたは……」

私達を何だと思っているのか。


そう問おうとした瞬間、目の前のキュウべえは穴だらけになっていた。
何が起きたのか分からず、戸惑いの声が出る。

まどか「え……?」

力を失くして倒れるキュウべえの身体を見て、ようやくそれが何者かによって殺されたのだとまどかは理解した。

まどか「ひ、ひぃっ!?」

どこから?
何も音や気配もしなかった。視界にも何も入っていない。少し開けた場所であること以外、普通の道である。
周囲を見回す。次に狙われるのは自分。そう、まどかは本能的に察した。

まどか「え……なんで……!?どうして……!?」

まどかには狙われる意味が分からなかった。魔女の結界の中というわけではない。
魔法少女に関わってはいるが、何も能力を持たない普通の中学生。
それが何故狙われなくてはならないのか理由が分からず恐怖した。
道の脇にある塀に背中を付けて、警戒を強める。呼吸が荒くなる。人影が見えた。

まどか「だ、誰なの……」

ゆっくりと近づいてくる存在に注視する。
それが、知人だと分かって胸をなでおろす。

まどか「はあ……良かった。ほむらちゃんか……」

そう思った矢先、まどかは考えなおす。
今、これを撃ったのは目の前のほむらではないのだろうか?
そうなると、このまま接近を許してしまっても良いのだろうか?
逃げるべきか、判断に迷う。

ほむら「あら、鹿目さん。奇遇ね」

迷っていると、先に声を掛けられた。

まどか「え、う、うん」

ほむら「どうしたのかしら。塀になんてへばりついて」

まどか「え、ええっと……これは……」

どう説明するかまどかは悩む。疑うのが悪いことだとは分かっていても、少しだけそう思ってしまう。
目の前にその襲撃者がいるかもしれないのに、「何者かに襲撃を受けている」とは言えなかった。

ほむら「あら、そこにあるのは……キュウべえ?」

まどか「そ、そうなの!見て、これ……」

ほむら「……!誰かに撃たれたようね。一体誰が……」

まどか「この辺りにまだいるのかも……もしかしたら、私も狙われて……」

ほむら「……分かった。鹿目さんは危ないからこの場から逃げて。私がそいつを見つけ出すから」

まどか「え……でも」

ほむら「大通りの方に行けば、相手も無闇な事は出来ないでしょう。今のところ辺りに気配は無いから、早く」

まどか「分かるの?」

ほむら「ええ。魔法少女ですもの」

少し信憑性に欠ける話ではあったが、まどかはほむらの言うことを素直に信じて逃げ出すことにした。
ほむらが自分に対して害意を持つ存在では無いと信じていたから、というのも信じた理由だ。


ほむら「……ふう。まどかに近づくから、こういう事になるのよキュウべえ……いえ、インキュベーター」

塀の上から降りてきた新しい身体のキュウべえを睨みつけてほむらは言う。

QB「君だったのか。最近、やたらと僕達の事を襲ってくる魔法少女は」

QB「無意味に潰されると困るんだよね。代わりはいくらでもあるけれど」

キュウべえは口に対して大きすぎるはずの穴だらけの身体を難なく飲み込むと、「きゅっぷい」と一息つく。

ほむら「鹿目まどかに近づくのなら、何度でも」

QB「やれやれ。どうやら君は、何か思い違いをしているようだ」

ほむら「何ですって?思い違い……?」

QB「君は、僕達が積極的に鹿目まどかに対して契約をしようとしていると考えているんじゃないかな?」

ほむら「……ええ。そうよ。何が違うのかしら」

QB「言っておくけれど、現時点では僕達が鹿目まどかに対して契約を勧めるつもりは殆ど無いと言ってもいいよ」

ほむら「どういうこと?あなた達にとって、まどかは魅力的なはず。それを見捨てるなんてこと」

QB「僕達にも考えがある。鹿目まどかとの契約はリスクがある。より、リスクが少ない方を選択しようとしているだけさ」

ほむらにとって、このキュウべえの反応は全くもって意外であった。
今までどのループをたどっても、キュウべえがまどかとの契約に固執しないはずが無かったからだ。

ほむら「じゃあ、その考えがなんなのか教えてもらいましょうか」

QB「今はまだ話すわけにはいかないな。話してしまえば、意味が無くなってしまうかもしれないからね」

ほむら「その真新しい身体、また穴だらけにされたいのかしら?」

ほむらの殺気には躊躇が無かった。その威圧感に、キュウべえは寧ろ興味を覚えるほどである。
年端のいかない、自分とあまり接点が無いはずの少女がどうしてここまで自分たちの事を憎めるのか。

QB「暁美ほむら。なぜ君がそれほどまでに僕達に敵意を向けるのか分からないよ」

ほむら「分かる必要は無いわ。分かってほしいとも思わないから」

QB「それより、僕をどうやって穴だらけにするつもりだい?少なからずこの辺りには人もいる。誰かがこの道を通る可能性だってある」

QB「武器や何かを持っている所を見られたら、あまりよく無いんじゃないのかな?人間のルールはよく知らないけれど、普通の人間はそんなもの持っているはずがないんだから」

ほむら「あら、心配してくれるの。あなたにしては殊勝な心がけね」

そう言って、ほむらはその場から立ち去る。キュウべえは疑問を感じる。

QB「結局何もしないのかい?君なら、多少の事なんて気にせずに何かをすると思っていたけれど」

ほむら「私は優しいのよ。あなた達と違って。それに、今日は用事があるの。あなたにばかり構っていられない」

そう言って、ほむらは立ち去る。
その立ち去った姿を見届けてから、キュウべえは塀の上に飛び乗ろうと跳躍をした。
その跳躍は届かず、再び穴だらけになった身体が道に落ちる。

ほむら「見逃すとは言ってないけれど」

QB「……そう……か……君の…………特性……は……」

キュウべえの断末魔の言葉を気にかけることはなく、ほむらは髪を振り払って目的地へと向かった。

養護院

杏子「よっ、お待たせ。どうだった?」

聖歌隊の衣装から着替え終わった杏子がさやかに近付きながら声をかけた。

さやか「う、うん。大丈夫」

杏子「ん?さっきの歌の事聞いているんだけどな」

さやか「え、ああ。そっかあ……、たはは」

さやか(不自然にならないように、あいつの企みを見抜かないと)

ゆまに言われたことから、さやかは目の前の人物が自分と同じ魔法少女であり、何か意図を持って近づいて来たのだろうと考えていた。
そう考えていることを見ぬかれないように自然に振る舞おうとして、逆に不自然な受け答えになってしまっていた。

杏子「……はあ。やっぱりあたしじゃまだまだか」

さやか「さっきの歌の事……だよね?」

杏子「そうだけどさ。ほら、なんか良いとか悪いとかさ。ない?」

さやか「う、うーん。そういうのはよく……」

よく聞いていたクラシックにしても恭介と違って詳しい事までは分からない。

さやか「でも、聞いたことのある曲だったから驚いちゃったな」

杏子「へえ。まあ、結構有名な曲だからな。退屈しなかったのなら良かったけど……」

さやか「好きなの?歌」

杏子「ああ。といっても、つい最近の話。歌って、なんか普通の言葉よりも中に入っていくような感じがしてさ」

さやか「歌……ねえ」

熱っぽく語る杏子を見て疑われずに済んだと思う反面、藪蛇を突いてしまったかなと少し後悔する。

杏子「あたしなんかじゃまだそのレベルに達していないけど、本気になってるやつの歌ってここに来るんだよな」

自分の胸を親指で突きながら杏子は言う。
話半分に聞き流していたが、とうとう耐え切れずにさやかは疑念を口にした。

さやか「はあ……あのさ。演技とかもういいから」

杏子「は、演技……?」

さやか「何を企んでいるのかは知らないけれど。もし妙な事を考えているのなら」

杏子「おい、何の話だよ」

さやか「とぼけないでよ!あんた、あたしが魔法少女だって知ってここへ連れてきたんでしょ」

杏子「それは……、そういうわけじゃ」

さやか「じゃあ、いったいなんのつもりだったっていうわけ?油断させて、どうこうするつもりだったんじゃないの?」

杏子「そんなこと、するもんか!」

さやか「他にどんな理由があるっていうのよ!魔法少女同士は、普通馴れ合わないものなんでしょう?だったら……」

杏子「……そういう、普通はこうだからとかこれはこういうものだって決めつけるのが」

さやか「な、何を」

杏子「あたしはあんたが放って置けなかった。そう言っただろ!」

さやか「う、嘘!」

杏子「嘘なんかじゃない!そういう性格なんだよ、あたしは。悪いか!」

勢い良く啖呵を切る杏子に、さやかは圧倒される。

杏子「あ……ごめん。けど、ほんとそんなつもりじゃなくって」

さやか「……いや、こっちこそ。変に疑ったりしちゃって……ええと」

互いに顔を見合わせる。どういう風に言葉をかければいいのかお互いに分からず、手持ち無沙汰にソウルジェムを取り出す。

さやか「魔法少女だって気がついたのはいつ?」

杏子「それはここに向かう途中。その指の紋章が見えたからさ」

魔法少女は、その証として中指に指輪と爪の部分に紋章が浮かんでいる。
そう言えば、とさやかは杏子の中指を見ていなかった事を思い出す。自分の注意力の無さに呆れる。

さやか「それじゃあ、そっちも魔法少女だってことは隠してたってわけじゃなかったのね。それなのにあたしってば……」

杏子「いいよ。……こんなお人好しみたいな事、ちょっと前だったら絶対しなかったから。そっちが疑うのだって仕方ないよ」

さやか「それが、どうして?」

杏子「いろいろあったっていうか。結局、色々理由をつけたって自分が本当にやりたいことをやらなきゃ気持ちが悪いだけだって。だからあたしは好きに生きる事にした」

さやか「……それってなんだか自分勝手?悪いことするやつの言い分みたい」

杏子「いいんだよ、自分勝手でさ。それが、間違っていなければ」

杏子は歯を見せて笑う。吹っ切れたような澄んだ笑顔にさやかもつられて微笑む。

さやか「そんな生き方、ねえ」

もし、それが出来るのなら。
現実的ではないとしても、惹かれるものがある。
自分の行動を省みて、さやかはそう思った。

杏子「……ちょっと、ソウルジェムで探れるか?」

杏子の雰囲気が変わる。

さやか「魔女?」

さやかは杏子のソウルジェムに目をやる。点滅していた。魔女の結界が近くにあるという印だ。

さやか「ここも、魔女が出るのね……早く行かないと!」

杏子「ちょっと待った。一応、ここはあたしの縄張りだって」

さやか「手出しするなってこと?そんなの」

杏子「そんなこと言わないよ。けれど……あたしのやり方に従ってほしいんだ」

さやかにとって、今回は土地勘の無い場所での戦いである。地形に詳しい人の先導が嫌なわけではなかった。
しかし、それだけでは無いとさやかは杏子の表情から察する。

さやか「あんたのやり方、ね。よく分からないけれど出来ることならいいよ」

杏子「……ありがとう」

二人の少女は養護院を後にして魔女の反応を追った。


魔女の結界

杏子「一気に駆け抜ける。ついて来いよ!」

マネキンのような使い魔たちには目もくれず、杏子は次々と扉を抜けていく。

さやか「無視していいの!?放っておいたら、誰かに危害が」

杏子「魔女さえ倒せば、使い魔も居なくなる。雑魚に構うだけ魔力の無駄だ」

さやかは辺りを見渡して使い魔の動きを観察する。
確かに、この結界の使い魔たちは自分たちに攻撃をするような事は無く、ただ回っているだけのように見えた。

さやか「杏子、前に!」

意図してこちらに向かって来たのかどうかは分からないが、使い魔たちが回転しながら杏子の進路を阻むように塞がった。

杏子「よっ、と」

その使い魔たちを片足のステップだけで悠々とかわしていく。勢いを落とさずに回避をする杏子を見て、さやかは思わず舌を巻く。

さやか(あんな風に動けるものなの!?)

先輩であるマミと比べれば、さやかは自分の動きがまだ雑であるということを分かっている。
しかし、マミとは得意とする戦いの距離が異なる事もあって具体的な動きというものを見せられた事が殆どなかった。
杏子の動きは自分と似通った距離での戦い方であり、参考にするべきものだとさやかは感じていた。

杏子「ま、ざっとこんなもん?お手本は見せてやったよ」

さやか「お手本って、真似しろってこと?」

杏子「出来るのならな!」

挑発に、さやかは乗った。さやかも速度を落とさないようにして使い魔達を避けていく。
流石にお手本に見せられたような滑らかな動きでは無かったが、「へえ」と杏子が感嘆する。

杏子「ひよっこにしては、なかなかいい動きじゃん」

さやか「ひよっこって……あんただって同じくらいの歳じゃない。なんでそんなに偉そうなのよ」

杏子「あたしの方がこの世界じゃ先輩なんだよ。先輩は敬えってな」

杏子の物言いに腹が立ち、それに比例して負けん気も強くなる。
だが、杏子の動きは言うだけあって素早く、遅れないようにさやかは追うしかなかった。

杏子「……反応が強くなってきた。ここだな」

会話をしながら、扉を開く。
開けた瞬間、奥から四足で走ってくる存在に気がつく。

杏子「避けろ!」

さやか「うわっ!?」

杏子とさやかは慌てて飛び退き、魔女の突進から逃れる。
桃色の毛並みをした犬のような魔女が杏子達と対峙する。


さやか「こいつが魔女?」

杏子「ああ。らしいな」

毛の中から表情のようなものが見える。
叫び声を上げる生気の無い顔。杏子はそれを見て、舌打ちをする。

さやか「ん?なんかこいつ、傷が」

杏子もさやかの言葉で目の前の魔女が負傷している事に気がつく。

杏子(何かと戦った?この辺はあたしの縄張りのはずなのに)

さやか「何でボロボロなのかは知らないけれど、さっさと倒しちゃうんだから。行くよ!」

言うが早いか、さやかは低姿勢から一気に加速を付けて魔女へと斬りかかる。
顔に向けて一閃。斬られた魔女が悲鳴を上げながら退く。

さやか(入った!……けど、簡単すぎる)

杏子「気を抜くな!」

斬られた毛が再生し、さやかにまとわりつく。

さやか「うわっ!?ちょっと!」

割って入るように身動きを封じる毛を杏子が切断した。

杏子「全く、見てらんないよ」

さやか「う……ありがと」

杏子「……なあ、さやか。こいつの目的ってなんだと思う」

さやか「は?」

杏子「こいつだって、何の目的も無く人を襲ったりしているわけじゃない。何かあるはず」

さやか「何かって、ただ人を襲いたいから襲っているだけなんじゃないの?」

杏子「いいや。魔女には意思とか感情とかがあるはずなんだ。だから、こいつにも」

さやか「ちょ、ちょっと待ってよ!そんな事言ったら、あたし達が倒してきたのは……」

杏子の発言はさやかにとって突拍子も無いものであり、到底信じられるものではなかった。
それにその発言を認めるということは、自分や巴マミが今まで相手にしてきたものはただの物言わぬ怪物などでは無位ということでもある。

杏子「いきなりは信じられないか。そりゃそーだ、あたしだってこんな事考えたことすらなかったもん」

さやか「だって、どう見たってこいつに」

目の前の魔女を見る。
さやかが見た限りでは魔女に表情などは見えない。魔女の中にはそもそも顔や表情のような人間と同じパーツが無い個体も存在する。

杏子「……もし、こいつが初めから絶望を撒き散らす存在では無かったなら」

さやか「それって……」

それは、考えにくいことだった。可能性が低いから考えにくいのではなく、魔法少女として、考えたくないことだったからだ。

さやか「だからって……だからって、こいつが人を襲うことを見過ごすわけにはいかない」

杏子「それで、倒しちまうのが本当に正しいのかよ!」

さやか「……っ」

杏子「あたしは諦めたくない。心があるのなら、戦いを避ける方法だってあるはずだってことを」

杏子は槍を地面に突き刺して手放す。
手を胸の前で組み、祈るような形を作るとさやかの前に結界を張る。
丸腰の杏子と魔女が対峙する。

さやか「な、何!?」

杏子「何があっても、手を出すなよ」

魔女を見定めると、手をだらりと下げる。

杏子「来いよ。お前を全部受け止めてやるから」

さやか「は……!?ま、待ってよ!あんた、そんな馬鹿な事したら!」

さやかの叫び声は虚しく、魔女は一直線に杏子へと向かう。
桃色の毛の中に隠れていた口が開き、飛びかかる。後ずさる。

杏子(馬鹿、か。そうさ、こんな事するのは馬鹿のやることだ)

杏子(グリーフシードを手に入れるためだけにずっと戦ってきた相手に、今更どうしようっての)

杏子(罪滅ぼし?自己満足?……それでもっ)

さやか「杏子!」

杏子「っ!!」

前足が肩に乗り、衝撃が身体に加わる。牙が首筋を狙った。
血が滴る。数歩後ずさって、衝撃を殺した。牙の到達点は身をよじったおかげで首までは達しなかったものの、右胸の上部から肩峰が魔女の顎で覆われた。

杏子「っあ!!」

痛みに耐えかね、苦痛の声が漏れる。
さやかが結界に手をかけ、杏子の元へと向かおうとする。
だが、結界の力はさやかの想像以上に強く叩いたくらいでは微動だにしなかった。

さやか「くっ……なんで、これ!解いてよ!」

杏子「あっ……はっ、手を……出すなっての……」

苦しみながら杏子がさやかに声を向ける。
魔女の胴体へ空いている手を回す。
痛みで弱る力を精一杯込めて、魔女を抱く。

杏子「……は、はーっ……満足……かよ……これで」

杏子は魔女に語りかける。当然の事ながら、返事は無い。
それでも、杏子は腕の力を弱めない。語りかける言葉を止めない。

杏子「苦しくて……辛くて、誰かを傷つけて……誰もいなくなって……一人ぼっちになって……それって」

杏子「……寂しいもんな」

魔女の牙はより深く杏子に刺さる。呻き声。杏子は魔女の眼を見つめる。

杏子「っ……でも……そうやって、大切なものや、守りたかったものまで傷つけていったら……どうしようもないじゃんか!」

杏子の言葉は、さやかの耳にも届いていた。
自分が抱きかけた暗い感情。それを魔女も抱いている事を杏子は確信しているのだとさやかは思った。

さやか「もし、本当にそうなら……」

同情や哀れみ。魔女という存在に対して少しだけ共感が出来る。
魔女の動きが止まる。深く身体に刺さった牙が抜かれることは無かったが、それ以上肉を貫く事も無かった。

さやか(魔女の気持ちが理解出来る?……それって、まるで)

さやかがある男の顔を思い出した時、魔女に動きがあった。
前足に力が込められ、杏子の身体が後ろに飛ばされる。牙が抜けた所から、関を失くしたように血が溢れる。

杏子「ぐぅっ!」

さやか「杏子!……このおっ!」

思い浮かべかけた事よりも、目の前に起こったことでさやかの思考は一杯になった。
杏子が危ない。結界を壊してでも助けにいかなければ。
そう思って魔女の方を見た。その姿にさやかは戸惑う。

さやか(……なんで)

戦っていて、それ程ダメージを与えたわけではない。戦う前からあった傷も、致命的なものでは無かったはずだ。
それなのに眼前の敵は苦しむような声を上げながら杏子の元へと歩み寄っていた。

さやか「やめて、やめてよ!それ以上杏子に近寄らないで!」

杏子をこれ以上傷つかせないためか。
それとも、これ以上傷つけさせたくないからか。
曖昧な感情で言葉を発する。

さやか「聞こえているんでしょ!だったら……だったらもう……やめなよ……ねえ」

剣を握り締める。
今の杏子の状態ならば、結界の力も弱まっている。いつでもさやかは魔女へと飛びかかることが出来る。
それをしないのは、杏子に釘を刺されたからだ。出会って間もない。頑固で、少し刺があるけれど本当は優しい。
魔法少女なのに、戦うことを好まない。戦うことよりも寧ろ困難な道を行こうとしている。

さやか(杏子は……まるで……)

しかし、現実は甘くない。
先輩の魔法少女であるマミから魔法少女のいろはを教えてもらったが、自分の考えていた理想とは殆どかけ離れていた。
正義が勝って、悪が滅ぶ。そんな単純な世界ではない。だから、魔法少女は生きるために戦い、争う。

杏子「つっ……!」

さやか「杏子!」

杏子「さやか!」

自分に任せろという意味なのだろうとさやかは理解した。しかし余裕がないのか、さやかへ視線は向けずに膝をつく。

さやか「どうして……どうしてあんたはそこまで」

杏子「あいつが……諦めていないから……あたしも……」

さやか「あいつ……?杏子!」

杏子が顔を上げた時にはもう魔女はすぐ側にいた。
何度か死線をくぐり抜けたこともある杏子は、頭の中で命の危険が訴えられている事を十分に理解していた。
それでも、退こうとはしなかった。口が開かれる。魔女の口の中は真っ暗だった。
暗闇の中に、入るものは何も無い。
轟音が数度した後に、魔法少女が姿を現した。

杏子「あ……?」

何が起こったのかを理解できずに杏子は呆けた声を出す。
力が抜けたのか、膝をついて消えていく魔女の姿を見る。

ほむら「危ない所だったわね。取り逃した魔女の足止めをしてくれて感謝するわ」

そう言った後、ほむらは杏子の傷を見て顔をしかめる。

ほむら「あなたにしては随分手酷い傷を受けたものね。佐倉杏子」

杏子「てめえ、何者だよ」

杏子はほむらを睨みつけて言う。

さやか「お前っ!」

結界が無くなって、さやかがほむらの眼前まで駆ける。
右ストレート。空振って、さやかはよろけた。

ほむら「いきなり、何をするのかしら?殴られる覚えは無いのだけど」

さやか「あれはっ、あの魔女は……杏子が!!」

杏子「さやか。いいよ」

さやか「だって、こいつが……!」

杏子(……やっぱり、あたしじゃ足りないのかもしれない。けど)

杏子(きっと、この前のあいつだって、同じ気持ちだったんだ)

さやか「杏子」

杏子が敵意を持たない事を知って、さやかは拳を下ろす。

ほむら「他人の縄張りに入ったことなら謝るわよ。けれど、敵対しようと思っているわけじゃないわ」

杏子「そうかい。……それじゃあ、見逃してやるよ。どっかに消えな」

ほむら「協力して欲しいの。あなたにとっても、利益のある話よ」

杏子「あのさ、言葉は分かる?消えろって言ってるんだよ」

傷を治しながら杏子は地面に刺した槍を抜いて、ほむらに向ける。
さやかもそれに次いで剣を構える。

ほむら(それにしても、佐倉杏子と美樹さやかが接触しているとは予想外だったわ)

ほむら「あなたはもっと理性的な人だと思っていたわ。佐倉杏子」

杏子「お前はあたしの事を知っているみたいだけど、あたしは知らないね。それで、やる気かい」

ほむら「……言ったでしょ、敵意は無いって。それで、これは私からのささやかな友好の証。治療にでも使って」

ほむらはそう言って、杏子に数個グリーフシードを投げ渡す。

杏子「なっ!?何でこんな物を簡単に渡せるんだよ!これで恩でも着せたつもりか」

杏子の言葉に、ほむらは盾の中からグリーフシードを手の平に収まりきらない程の数を出してみせる。
その量に、杏子とさやかは驚愕する。
ほむらの持つグリーフシードの量は常軌を逸していた。

ほむら「私にとってグリーフシードの1つや2つ、大したものじゃないわ」

杏子「なんなんだよ……てめえは……」

ほむら「ここだと落ち着いて話せないわね。明日、私の家に来て頂戴。そこで話すわ」

さやか「ま、待ちなさいよ転校生!あんた自分が何をしたのか、分かってんの!?言う事くらい、あるでしょ!?」

ほむら「魔女を倒すのが魔法少女の使命。たまたま自分の追っていた魔女がいたから攻撃をして、結果的に助ける事になった。感謝こそされど、あなたに非難される覚えは無いわね」

杏子「さやか、いいって。こいつは別に、間違ってはないよ」

でも、とさやかは言おうとして思いとどまった。
ほむらからは見えないが、さやかには杏子の表情が見える。
悔しさで顔が歪んでいる。それを見ると、さやかが言える言葉は失くなった。

ほむら「私は建設的な会話が出来る事を望むわ。佐倉杏子。家の場所は分かったかしら?」

ほむらは頭を指差して言う。テレパシーで頭に地図を思い浮かべ、それを送れたかという意味だ。

杏子「ああ、頭にしっかり伝わったよ」

さやか「ちょ、あたしにまで教えてどうすんのさ!?しかも、拠点を教えるなんて」

ほむら「不用心過ぎる、とでも?違うわ。知ったとしても問題にも脅威にもならないから面倒な手間を省いたのよ」

ほむらの言い方にさやかはまた殴りかかりたくなったが、杏子の手前であるので抑えた。
そのまま、ほむらは立ち去る。居なくなるのとほぼ同時に結界が晴れる。

さやか「ねえ、杏子はいつもこんな戦い……いや、やり方でやってんの?」

杏子「いや、つい最近始めたばっかりかな。やっぱり、上手くいかないか」

さやか「戦いたくない……っていうのは何となく分かるよ。けれど、それだけの怪我をしてまでの価値ってあるの」

杏子「そういう問題じゃない。……って、あいつなら言うんだろうな」

さやか「あいつ?さっきから言っているけれどそれって誰?」

杏子「馬鹿だよ。歌が好きな馬鹿。歌バカ」

3度も同じ言葉を続けて言う。

さやか「え……よっぽど嫌いなんだ。そいつのこと」

さやか(なんか、その人物に思い当たるフシがあるけれど……まさか、ね)

杏子「でも、だからかな。あいつって、すごい真っ直ぐなんだ。だから、あたしもあいつみたいに真っ直ぐになりたい」

杏子「結構、回り道をしちまったけれど。道を踏み外したことだってたくさんある。それでも、もう一度真っ直ぐ歩いてみたくなった」

杏子の言葉には飾った所がない。心の底から思ったことをそのまま口に出すことが出来る。

さやか(そっか。だから、杏子は……)

さやか「なんかさ、杏子って凄いよね。あたしと同じくらいの歳なのに」

杏子「凄い?あたしが、か」

さやか「そういう困難な道を自分から進んでいくってさ。それって……まるで」

さやか(ヒーローみたいな。……いや、杏子はそれよりもっと暖かくて包み込むような)

養護院で聞いた曲をさやかは思い出していた。その曲のイメージと杏子の姿が重なる。

杏子「はっ。あたしは、馬鹿になりきれなかった愚か者さ。悪かったよ、こんなことに付きあわせちまって」

さやか「え?」

杏子「こういうことするんなら、他人の迷惑になっちゃいけない。馬鹿を見るのはあたしだけでいい」

さやか「迷惑?あんた、1人でこんなことするつもり?」

杏子「ああ。当たり前だろ」

さやか「じゃあ、あたしも手伝うよ」

杏子「は……?って、何言ってんの」

さやか「何って……うーん、恩返しっていうのかな」

杏子「恩?」

さやか「最近色んな事があって、頭の中がごちゃごちゃしてた。それで、とにかくそこから逃げ出したくて学校をサボって……」

さやか「そしたら、杏子に会った」

杏子「あたしが、何かしたっけか?」

さやか「したよ。だってさ、杏子は逃げたりしないんでしょ?だったら、あたしもやらなきゃって気になる」

杏子「別に、そんな大層なものじゃないっての。……1人でいると、良くないってだけで……それに、あたしの手伝いなんざ危ないっての」

さやか「でも、杏子はやってる」

杏子「あたしは!……まあ、そうだけれど」

さやか「戦わなくて済む方法を見つけられるように、あたしもあたしなりの方法で協力したい。ダメかな?」

杏子「べ、別にダメとは言わないけれど……」

さやか「えへへ。じゃあ」

さやかが右手を屈んでいる杏子に差し伸べる。

杏子「……お前も、馬鹿ってことか」

杏子は苦笑しながらその手を取り、立ち上がって固く握手をした。

まどか(はあ……考えられる所は全部探したし、あとは……さやかちゃんの家に行くくらいしかないか)

先に帰って連絡がつかないままだけの可能性もある。
中学生が出歩く時間としては、そろそろ遅い。
遅くなる場合は家に連絡をしないといけないことを思い出してまどかは電話をかける。

まどか「あ、パパ。ごめん、今日は帰りが遅くなる。今さやかちゃんの家の近くにいるから……うん。なるべく早く帰るから」

電話を切って、マンションのエントランスの中に入る。
部屋の番号を入力しようとして、思いとどまる。
さやかは親に迷惑をかけないようにしたいはずである。それなのに自分が訪ねたりしたら、さやかの親は重大なことと認識してしまうのではないのか。

まどか「ここで、待とう」

柱に背をもたれて立つ。一日中歩き通しだったためか、脚の感覚が少し痺れていた。
携帯電話の電源を入れて時間を確認する。携帯の着信に記録はない。
魔法少女ならば、優れた身体能力で街中を探すことが出来る。

まどか(……魔法少女でない普通の子がいなくなった友達をどうやって探すか、なんて)

方法は限られていた。時間も。考えられる限り、出来る事はやったはずだとまどかは思った。

まどか「はあ……疲れた……あんな話まで聞かされて」

さやかの身を案じながら、キュウべえが言っていた言葉を思い出す。
キュウべえの使命。それに協力して、命がけで魔女と戦う運命を持つのが魔法少女。
マミは知っていたのだろうか。さやかは知らされていたのだろうか。

もし、知らずに契約をしたのならばそれはなにかがおかしいとまどかは思う。

だが、1人だけ例外でありそうな人物がいる。

まどか(ほむらちゃんは、もしかして知っていた?)

契約を避けるように何度も忠告をしてくれた転校生の魔法少女。
会話をすることが少ないせいか、未だにあまりほむらの事をよく知らないままであった。

まどか「私、知らないことだらけだな」

完全に知り合いたいわけではない。それは、難しい事だと分かっていた。
それでも、少しでも分かり合おうとするのなら相手のことをよく知る必要があった。

まどか「何も知らなくて、何も……持っていなくて」

さやか「なーにしょぼくれた顔してんのさ、まどか」

声に顔を上げた。
今の自分に友人が言いそうな言葉を、友人の顔が言っていた。

まどか「あ……!ほんとに、さやかちゃん……!?」

さやか「いや、あたしの家なんだしそんなに驚かなくても。こっちこそ、まどかがうちに来てるなんて驚いた……わっ!」

立ち上がって、まどかがさやかに抱きつく。

さやか「……ごめん。心配かけたんだよね。もしかして、あたしの事をずっと待ってたの?」

まどか「……色んな所を探して。それでも、いなくて……」

さやか「はあ……。全く、ねえ」

さやかは涙を浮かべるまどかの肩を抱き返す。

さやか「あたしってほんとバカだな。友達にこんなに心配かけるなんて酷いやつ」

まどか「でも、でも……とにかく良かった。何もなくって」

さやか「あ、うん。まあ、何も無かったってわけじゃなかったけれどね。でも、気持ちは落ち着いた。だから、安心して」

まどか「あ、そ、そうだ!仁美ちゃんが!」

まどかが突然声を張り上げる。

さやか「え、何?仁美?」

まどか「さやかちゃんに伝言頼まれていたんだった。夜、公園に来てって……ああ!もう時間が無い、急がないと」

さやか「ちょっと待って。仁美があたしに話があるってことは、まどかは内容知ってるの?」

まどか「話す内容まではわからないけれど、公平な勝負をしたいってことは知ってる」

さやか「はあ、まあ隠すことでも無いし。なるほどね。決着はそこでつけようってわけ」

さやかはまどかから離れると眼を閉じて大きく深呼吸をして呼吸を整える。

さやか「行こう。まどか、疲れてるだろうし来なくても大丈夫だよ」

まどかは静かに首を横にふる。その返答を見て、さやかは笑う。

さやか「ありがとう、まどか。……本当は不安だった」

公園の入り口まで歩みを進めるとさやかは立ち止まる。


さやか「……よし。こっからは1人で行く」

まどか「大丈夫……だよね」

さやか「平気だって。ちょっと仁美と話をつけてくるだけだからさ」

そう言ってさやかは指定された場所へと向かっていく。
1人残されたまどかは近くにあったベンチへと腰掛ける。やはり疲れが溜まっていたのか少し気が抜ける。

仁美「鹿目さん」

まどか「ふえっ!?」

仁美「しーっ、お静かに、ですわ」

まどか「ひ、仁美ちゃん!?なんで」

さやかを呼び出したはずの仁美が、身を隠すようにベンチの背後に身を屈めていた。
人差し指を立てて口元に当てるのを見て、まどかは自分の口を手で塞いで頷く。

仁美(約束通り伝えてくれて感謝しますわ)

仁美が小声で話しだす。

まどか(う、うん。でも、それじゃあさやかちゃんに話があるのって……仁美ちゃんじゃないの?)

仁美(ええ。私よりも、もっと重要な話をしなければならない方ですわ)

まどか(……でもどうして?そうしたら、仁美ちゃんは)

仁美(あら、まどかさんは私が恋愛のためならば友情さえも厭わないような不躾な人とお思いになられましたの?それは心外です)

仁美(最近のさやかさんはどうにも腑抜けたご様子。そしてそれは上条君のご退院から。なれば、関係があると考えるのは容易に想像出来ますわ)

まどか(それは、合ってるけれど……でも、ちょっとやり過ぎじゃない?)

仁美(あら、あのお二人にはやり過ぎくらいが丁度いいと思いますわ。もし、ここまでやって気持ちを明らかにしないのであれば私はいじらしいを通り越して呆れます)

さやかが何度もお見舞いに行ったことは明らかに義理だけの行為ではない。それはまどかの目から見ても分かっていた。
それに気づいていないのか、上条からの反応は薄い。そして、さやかもはっきりと自分の気持ちを言うことは無いだろう。

まどか(確かにこれくらいやらないとダメかもしれないね。でも、驚いた。それじゃあ、仁美ちゃんも上条君の事が好きだったっていうのも演技?)

仁美(いいえ。それは本心ですわ)

まどか(えっ!?)

仁美(鹿目さん。一つ教えて差し上げますわ)

仁美(恋というのは、障害が大きければ大きいほど燃え上がるものですのよ)

さやかは指定された所で辺りを見回す。
仁美らしき姿は無い。時間は丁度。約束を忘れるような相手では無いはずなので、疑問に思う。

さやか「あれ、ここに居るんじゃないの?おかしいなあ」

恭介「あ、さやか」

さやか「え、恭介?なんでこんな所に」

まだ歩くのに不自由で、杖を片方だけ使って歩く恭介がいた。

恭介「なんでって……さやかが呼び出したんだろ。話したいことがあるって。電話とかでも良かったのに」

さやか「呼び出した?……もしかして」

そこでさやかは仁美が意図していた事に気がつく。

さやか(仁美のやつう~!)

恭介「さやか?どうかしたのかい」

さやか「ええっと、そ、それよりさ。そこに座ろう」

促した先には倒木を削って座れるようにした椅子が置いてあった。
大きさは2名が身を寄せて座れるくらい。そういう相手を想定して作られた椅子なのだろう。
その事に気づきながらも促してしまった手前、引き下がれなくなったさやかは固まった。

恭介「どうしたの?さやかも座れば」

おそらく気づいていないのか、恭介はさっさと座ってさやかを待つ。
その様子を見て、さやかは意識することをやめた。

さやか(そういえば、退院してからちゃんと話したことなかったな)

病院の屋上で、演奏を聴くはずだった。
それが、自分の望んだことであったはずだとさやかは思う。

さやか(話したいこと……話してもいいのかな)

気まずい時間が流れる。
何を話題にしたらいいのか分からなかった。

恭介「……あのさ。実は、僕もさやかに話があるんだ」

さやか「え……?」

恭介の表情は心なしか緊張しているようにさやかには見えた。

恭介「さやかは僕をずっと支えてくれた。入院する前からずっと、僕を」

さやか「そんな、大したことしてないよ」

恭介「だから、その恩に報いたい」

恭介がさやかの顔を真っ直ぐ捉える。

恭介「僕は……」

さやか(え……これって、本当に……?)

少なからず昂揚する。

まどか(これって……)

仁美(……上条君)

3人が見守る中、恭介が口を開く。

恭介「僕は、バイオリンをまた弾くよ。そして、世界一のバイオリニストになる」

さやか「………へ?」

恭介「僕はバイオリンが好きだって気づいた。好きってことを誰にも負けたくない」

さやか「…………」

さやかの聞きたかった言葉だった。
対象が違うことを除けば。

恭介「この決意を、一番にさやかに伝えたかった」

さやか「……そ、そうなんだ」

表情が固まる。

恭介「やっぱり、おかしいかな?世界一なんて子供じみてるっていうか」

さやか「い、いやそんな事はないって!頑張って欲しいし、恭介……のバイオリンはあたしも好きだし

恭介「ありがとう。さやかならきっとそう言ってくれるって思ってた。ところで、さやかの話って?」

さやか「あ、あたし?あたしは……ええっと……ああ別に大したことないよ、うん」

恭介「え?いいのかい」

さやか「いいっていいって全然大丈夫だから!うん!」

恭介「え、そ、そう……」

陰でその様子を見守っていた二人が目を見合わせる。

まどか(……これ、どうなの?)

仁美(……私も、あんな事を言われた後に思いを告げる度胸は流石にございませんわ)

恭介の頭の中にはバイオリンの事しか無い。
それが好きで、得意なことだから仕方が無い。そして、その姿に少女たちは惹かれた。

仁美(……ふふ)

まどか(仁美ちゃん?)

仁美「燃えて参りましたわ!恋というのは、やはりこういうものでなくては!」

まどか(こ、声が大きいって!見つかるよ!)

仁美「上条恭介!いつの日か必ずや!私に振り向かせてみせますわ!!」

まどか(だから見つかっちゃうって!仁美ちゃん!)

止めても声高々に決意表明をしようとする仁美を抑えながら、まどかは安堵の笑みを浮かべていた。
恐れていたことが何も起きなくて良かったと、心からそう思った。





マミ「そん……な……それじゃあ、私達がしてきたことは……」

マミ「騙していたの!?私達を、ずっと!」

QB「君たちはいつもそうだね。事実をありのままに伝えると決まって同じ反応をする」

QB「訳が分からないよ。魂の在処にこだわるなんて、不合理なのにさ」

マミはマスケット銃をキュウべえへと向ける。
眼には涙が浮かび、構える手は震えていた。

QB「聞かれなかったから説明を省略したまでさ。事実、その話を聞かなくとも君は戦うことが出来ただろう?」

QB「そもそも、騙すという行為自体が僕達には理解できない。そんな事をしても無駄でしか無いからね」

マミ「どうでもいいわよ……!そんなこと……!」

QB「君は、怒っているのかい?そういった感情のエネルギーが、僕達には無い。だから君たちには協力してもらわなければならないんだ」

マミ「そんなこと……そんなこと言ったって!あなたがしてきたことは、魔女となった少女たちにしてきたことは!」

QB「だから誤解しないで欲しいのは、僕たちは君たちに悪意があるわけでは無いということ。人類が家畜を扱うよりかはずっと譲歩しているつもりだよ」

マミ「家畜……ですって?」

QB「曲がりなりにも、僕たちは知的生命体と認めた上で交渉をしている。選択だってさせているだろう」

自分が契約を迫られた瞬間を思い出して身震いする。
粉砕されたガラス片。ひしゃげた車。押しつぶされた両親の姿。シートに染み込んだ血。

マミ「あれが……選択?ふざけないで。あんなのが選択であるわけが!」

QB「やれやれ。だから言っているだろう、認識の相違だとね。君がどれほど否定しようとインキュベーターと人類が歩んできた歴史は変わらない」

QB「それに、それが嫌ならばそのまま死ねばよかったじゃないか」

QB「やがて魔女になる存在である魔法少女にならずにね」

マミはマスケット銃の構えを下げていた。
膝が折れ、その場に座り込む。

QB「君のその選択は正しいよ。撃ったとしても何も意味は無く、新たな身体が引き継ぐだけだ。それに最近は替えの損耗が激しくてね。少しでも浪費は抑えたい」

立ち去っていくQBの姿をマミは見ることが出来なかった。

マミ「……私は、どうすればいいの……鹿目さん……美樹さん……」

さやか編まで終了。ほむら編は殆ど直さないのでだいたいしんどい所は終わったはず。
明日か明後日あたりには完結出来るかな?

第5話
「ロスト・ドリーム」

淡いオレンジ色の空。見慣れているはずなのに、どこか見知らぬ感覚のする街。
それが、夢の中の光景だと理解するのに時間はかからなかった。

お面を被った人々がゆっくりとすれ違って行く。
その顔に見覚えがあったような気がしたが、私は歩みを止めずにいた。
周りの景色に気を取られつつ歩いていると、急に目の前が開けた。
道の前には何も無い。すれ違う人の姿もいつの間にか消えていた。

走る。何かが目に映るまで私は走る。
何かがおかしい。景色も、自分も、世界も。
魔法少女であるはずの自分が、こんなにも早く息が切れるものだろうか。

ショーウインドの方に目をやる。身体が引いた。
ガラスが反射して映し出されたのは決別したはずの、髪を結んだ眼鏡の少女。
空の色が変わって行き、黒色が世界を覆う。道すらも見えなくなっていく。

待って。

何かを追い求めるように手を伸ばしながら走り続ける。
道が完全に消えかけた時、手に感触があった。押して、扉が開く。
開いた先に足を踏み入れた刹那、落下していく自分が分かった。
暗闇の中を声を上げる暇さえなく、落ちていく。苦しい。
暗い水の中に落ちたようだ。だが、浮かぶことはない。
重しでもつけているかのように、身体がどんどん沈んでいく。
必死に手を上へとやりながら遠ざかって行く光を見た。
抗う気もなくなり、腕は身体と同様に沈む感覚に委ねられた。
光の中から何かが現れる。力の無い手を掴もうとするものがいた。

細い腕を伸ばした少女の姿を見る。

助けてくれる。

赤いリボンを結んだ少女だった。羽が宙に舞う。天使。いや、神様?

にっこりと笑ってみせたそれは、ずっと私を見つめていた。

あの姿は、あの笑みは、差し出された手は。


私は、その手を取れなかった。

浮遊感がして、目が覚める。

今までのループの中で、五指に入る寝覚めの悪さだ。
必要が無いのに、枕元の眼鏡を探そうとしてしまったから精神的にまいっているのかもしれない。
時計を見る。行く気は無いが、学校は2時間目の授業が始まっていた。
初めの方はまどかとの接点を得るために通っていたが、もう必要は無い。
私服に着替えて首に絡まった髪の毛を直す。

玄関のチャイムが鳴った。

杏子「おーい、いないのか?」

間延びした声が少し聞こえた。やめてほしい。
内装は能力でいくらでも拡げられるが、外装はただのアパートだ。声が響いて近所に聞かれたくはない。

杏子「……やっぱいないか?学校ある時間だし、当然か。また後でくればいいや」

帰ろうと思わせる前に扉を開く。私は、焦ってミスを犯した。
どうせ後で来るのなら今招き入れようとする必要は無かった。

杏子「あ、いたのか。って、何?その顔」

ほむら「顔?」

杏子「なんか、胸糞悪い夢でも見てたって面してるよ、お前」

ほむら「あなたには関係無いわ」

酷い顔。形容された通りの顔をしているのだろうなと私も思った。
夢の内容はもう殆ど忘れかけていたが何かを掴もうとして掴めなかった記憶はあった。
差し出された手を取れなかった原因。考えて、昔の自分の姿を思い出す。
まだ、弱さが残っているということだろうか。まだ、甘さが残っていたのだろうか。それが、あんな夢を見せたか。

ほむら「それより、中に入って。話すついでにお茶くらいなら出してあげるから」

杏子「はいはいっと。じゃあ、おじゃまするよ」

杏子が家の内側に入る。家の内観を変えた。

杏子「なんだ!?」

ほむら「慌てないで。ただの私の魔法よ。家の中の空間に手を加えて使いやすくしただけだから」

杏子「これがお前の……幻覚か?」

ほむら「いいえ。本物よ。立体映像も交えているけれど」

立体映像の照射機は具体的な説明をするのに役立つ。
いちいち図を手作業で示すのは骨が折れた経験がある。

ほむら「好きにかけて」

杏子「あ、ああ」

いつ話を切り出そうか悩む。内観を変えない方が話しやすかっただろうか。
落ち着かせるためにどうすればいいか。

ほむら「少し待ってて。お茶を出すわ」

台所へと向かって紅茶の葉を出す。
温めておいたカップ……は無い。あの人はこういうものに関してはうるさかったけれど私は気にしない。
客人もそんなことを気に留めるような性格ではないと思う。

適当なお菓子を皿に載せて。部屋に戻るとこちらを訝しげに覗く杏子がいた。

杏子「それにしてもさ、どんな神経しているんだか。敵になるかもしれない相手にさ。いない間に、帰るところが無くされちゃうかもしれないよ」

ほむら「自信がある」

杏子「自信?へえ、舐められたもんだね。ちょっとグリーフシードを持っているからって調子に乗っちゃってさ」

ほむら「違う。あなたがそんな事をするような人物ではないという自信」

杏子「はあ?なんであんたなんかに分かるのさ。あたしは、お前の事なんざなんも知らねえってのにさ」

ほむら「分かるのよ」

杏子「なんだよ、それもお前の能力ってやつ?」

ほむら「そういうものだと思ってくれていいわ」

言ったところでどうにかなるわけでは無い。
明確に話す必要も、話さない必要も無い。

杏子「ふうん……それじゃ、なんであたしを呼びつけたのか話してもらおうか?」

ほむら「そうね。長話は好きじゃないから、手短に言う」

自分の記憶にある奴の姿を魔法を使ってスクリーンに映し出して杏子に見せた。

ほむら「数日後にワルプルギスの夜がこの街に現れる」

杏子「!? あの超弩級の魔女ってやつか!それを倒すために力を貸せってこと?」

ほむら「ええ、そう。報酬は私の手持ちのグリーフシードを好きなだけ。入用なら先払いでいくつか渡しても構わない」

私の記憶が正しければ、彼女は損得で動く魔法少女だ。
使用する魔力と手に入るグリーフシードの数を比べて戦うかどうかを選べるタイプである。魔法少女らしいといえばそうなのだろう。だから、これくらいの条件を示せば食いついてくる。
美樹さやかが魔法少女になった場合、ワルプルギスの夜が来る日まで魔女になってしまっている可能性は高い。
そして美樹さやかが魔女になった場合、佐倉杏子がその魔女と戦って相討ちになってしまう可能性も高くなる。なら、そうなる前にこちらに取り込んで置いた方が益になるだろう。
幸い、彼女のスタンスは自分のやり方と馬が合う。頼る必要は無いが、居て困る存在ではない。

杏子「いくつか聞きたいことがある」

ほむら「どうぞ」

杏子「まず、なんでお前……ほむら、だっけか?ワルプルギスの夜が来るタイミングが分かるんだ」

ほむら「統計よ。けれど、外れる可能性は限りなく低いくらい正確なデータだとは言っておくわ」

何しろ、自分が何度も体験して証明しているのだ。
証拠は出せないが、信じてもらわなければならない。

杏子「じゃあ、どうしてあたしを誘った?この街にはさやかも、それにマミのやつだっているはずだろ?」

ほむら「あなたが一番頼りになると思ったから。それに、美樹さやかは私の戦い方と相性が悪い」

杏子「戦い方?距離は似てると思ったけれど」

ほむら「押し引きが分からない人と一緒に戦うのは面倒なのよ。戦いの最中に気にする事は出来るだけ少なくしておきたい」

杏子「なら、マミは?」

ほむら「巴マミが戦うなら、その周りの人間も戦いに巻き込まれる。美樹さやかも、その中に入っているわ。でも単純な戦力で考えれば一番高いわね」

杏子「それで、面倒が少なくて戦力になりそうなのがあたしだって言うわけか」

ほむら「理解してくれたかしら。こちらには十分な報酬と戦略がある。こちらの指示通りに動いてくれれば勝てるはずよ」

これだけ言えば、手を貸してくれるはず。
そのはずだった。

杏子「悪いけど、手は貸せない」

ほむら「……何か気に入らない部分でも?」

杏子「いいや、違う。ただ、これはあたしのワガママだ。だから、お前と一緒に戦えない」

ほむら「どういうこと?勝てる算段があって、報酬もある。これ以上何を望むの?」

杏子「別に、何も」

ほむら「じゃあ、どうして!?」

私は杏子に詰め寄る。予想外の返答に動揺していた。

杏子「戦いたくないから」

ほむら「戦いたくない?魔法少女が?……何を言っているのあなたは」

杏子「あたしは、希望に縋りたいだけさ。信心深いからさ」

ほむら「戦いが怖くなった?」

杏子は何も言わずに否定した。
カップの中身を飲み干すと立ち上がる。

杏子「お茶、ありがと。それじゃあ」

立ち去る前に私は思考を巡らせた。
杏子が戦う気を無くす要因となったのは何か。周回を繰り返して些末が異なる事は何度かあった。それでも、根本的な考え方が変わることは今までなかった。
その原因が、イレギュラーにあるのでは無いかと私は推測する。

ほむら「もしかして、あの男の影響?魔女の前で歌う……」

杏子「知っているのか!?」

報酬の話をした時以上に彼女は食いつく。予想以上の反応に戸惑う。

ほむら「し、知っていると言っても魔女の結界の中で見たことがあるだけで」

杏子「……そっか。あいつはやっぱりこっちでも同じように……」

何かに納得したかのように杏子はつぶやく。

杏子「なあ、お前はあいつの歌をどう思った?」

ほむら「どう……って」

杏子「聞いたんだろ?あいつの歌。魔女に向けて歌うあいつを見て、どう思った?」

唐突にそんな事を聞かれても困る。何しろ、私はあの男に興味が無かったのだ。

ほむら「特には、何も。……ただ、戦いの邪魔をしているようにしか見えなかった」

杏子「……そっか」

杏子の顔が一瞬曇る。思ったことをただ伝えただけ。
なのに、少し心苦しさを覚える。

杏子「そう思うんなら、ますます一緒には戦えないや。あいつは、その戦いを止めるために歌っているんだから」

ほむら「戦いを止める、ですって?何のためにそんなことを」

杏子「理由ね、あたしも知らないよ。けどさ、戦う必要がなかったら戦わなくてもいいんじゃない?」

ほむら「私たちは、このソウルジェムがある限り魔女を狩ってグリーフシードを得なければならない。そのシステムは知っているはずなのに、どうしてあなたはそんなことを……」

杏子「……同じだと思ったから」

ほむら「同じ……?」

杏子「魔女も何かに苦しんでいる。悲しいと思う心がある。……あたしらと同じように」

驚いて言葉を失う。
気づいたのだろうか、或いは誰かから聞いたのだろうか。
魔法少女の正体を。私たちの逃れられぬ運命を。

杏子「心があるなら、戦わなくてもいい方法ってのがあるんじゃないかって。……歌っているあいつを見てそう思った」

ほむら「……無いわ」

杏子「え?」

ほむら「そんなもの、あるわけないでしょう。もしあったのなら、既に誰かが試している。成功している。それが無いから私たちは戦っている」

杏子の言うことが気に障って、私は強く否定した。

杏子「試してみなきゃ分かんねえだろ」

ほむら「そんなものを信じて、希望に裏切られた時のことを考えてないの?」

希望は絶望に変わる。それなら、最初から抱かなければいい。
彼女もそれくらいの答えには行き着いているはずだと思った。

ほむら「絶望が心を支配してソウルジェムが割れた時、私はあなたを撃たなければならない。その意味が分からないわけじゃないはず」

杏子「おい、どういうことだよ」

ほむら「何?っ!」

襟首をいきなり掴まれる。
咄嗟の事だったので反応できず、掴まれているから時を止めて抜け出すこともできない。

杏子「ソウルジェムが割れたら撃たなければならないって、つまり……それって」

ほむら「当然でしょう。絶望を撒き散らす魔女になれば、それを狩るのが魔法少女の使命なのだから」

杏子の顔が青ざめていく。
私はそこで、自分が思い違いをしていたことにようやく気がついた。

ほむら「まさか……知らなかったの!?」

杏子「知るわけないだろ!そんなこと!」

杏子が私の身体を突き飛ばす。

杏子「お前は、知っていたのかよ。その事を」

ほむら「……知っていたけれど、それが何?」

杏子「誰かに教えなかったのか。この街には、さやかやマミだっているんだろ」

ほむら「言ったところで、何も意味は無いわ。それに、信じてもらえないだろうし」

杏子「なんでそんな風に言い切れるんだよ」

そのくらい、もう試したことはある。
嘘だと思われ、信じられた時には私とまどか以外はみんな死んだ。
それをもう一度繰り返せと?

ほむら「あなた何が分かる?」

杏子「分からない!だからお前のことは信用出来ないんだ!自分を何も見せようとしないくせに、全部分かり切ったような面しやがって」

ほむら「なら、交渉は決裂かしらね。残念よ、あなたが物分かりが悪いと分かって」

杏子「あたしが協力しなかったら、お前はどうするんだよ」

ほむら「一人でも戦うわ。元々、そのつもりだったから」

杏子「……っ、だったら、一人で戦っていろよ!あたしは、お前なんかとは絶対一緒には戦えないね」

そう言い放って、杏子は部屋を出て行った。
協力を得られなかったのは正直予想外だ。そして、何よりもその原因となった男の存在が気になった。
これ以上私の行動の障害になるようであればその懸念を無くさなければならない。

部屋のカーテンを開ける。
日は高く昇り、窓からの光に対して手を視線の影にした。

ほむら「やっぱり、結局信じられるのは自分自身だけということね」

見滝原市 魔女の結界


さやかが回り込み、敵の動きを引きつける。マミの援護射撃が迫る影を撃ち落とした。

マミ「美樹さん!」

さやか「てやああああっ!」

振り下ろした剣が影に一閃を加える。

この魔女を最初に発見してから一週間が経とうとしていた。
定形を持たない相手であるためリボンでの拘束があまり意味をなさず、大きな威力をもつ攻撃でなければ仕留められない回復力もある。マミ1人では攻撃までの隙が生じるため、いままで追い詰めることができなかった。

さやか「……!こいつ、やっぱりすぐ元に戻っちゃう……」

マミ「相手の動きを引きつけて。その間に私が」

さやか「わかりました!」

返事をしつつ、さやかは影の腕が伸びる懐へと飛び込む。
必要最小限の反撃だけをしつつ、軽やかなステップで動きをかわす。

さやか(ほんとは、あんたにも何か思うところがあったんだろうけど)

多方向からの腕がさやかへと向かう。息を呑む。マミが見えたのは翻るマント。
影の手が掴んだのはさやかではなくそのマントだけだった。その間にさやかは敵の懐から逃げ出せていた。

マミ(あんな動き……いつの間に?っと、見惚れている場合じゃなかったわね)

リボンを銃の形へと巻き上げて実体化させる。
身体より大きな武器を構えて、マミは敵を見定める。

マミ「これで終わりよ、ティロ……」

巨大な弾丸が魔女の身体を貫く魔法。
何十回と行ってきたはずのそれを唱えようとして、マミは突然指先の感覚を失った。

マミ(あれ……これって、何?)

自分が今形作ったもの。巨大な銃のはずである。
分かっている。何度も繰り返してきた行程。それが一瞬頭の中から消えていた。

さやか「え、マミさん!?」

様子の変化に気がついたさやかがマミに声をかける。
その声でマミは我に帰って弾を放つ。
影の魔女が消滅する。

マミ(……今、私は何を考えていた?)

即座に引き金を引けなかった。
それどころか、銃を創り出すという動作そのものが認識できていなかった。

マミ(あのまま銃が撃てなかったら、私は)

自分が思っていたことに手が震える。

さやか「マミさん……どうかしましたか?」

マミ「……ん、いえ。ごめんなさい。少し気が抜けていたみたい。心配かけてごめんね」

さやか「大丈夫ですよ。私だって、いつまでも腰巾着のままじゃないんですから」

マミ「ありがとう。それにしても見違えたわよ、いつの間にあんな動きを」

さやか「……ちょっと、ありまして」

さやかは考え事をしていた。
先日の出来事、魔女に武器を捨てて立ち向かった少女の姿を。

さやか(人に害をなすのなら……仕方ない……よね)

マミ「美樹さん?」

さやか「ああ、はい、何です?」

マミ「大丈夫?魔女はもう倒したのよ」

自分にも言い聞かせるようにマミは言う。

マミ「それとも、この魔女に何か?」

さやか「いえ……ただ、なんで魔女って現れるのかな……って」

マミ「……」

さやか「ああ、別にすっごく気になっているっていうわけではなくって。少し、疑問に思ったっていうか」

マミ「美樹さん。もし」

さやか「……何です?」

マミ「……いえ、やっぱり何でもないわ。そういえば、ソウルジェムは濁っていないかしら?余裕がある時はこまめに浄化しないと」

さやか「あ、そうですね。あたしって、なんか燃費が悪いみたいだから気をつけないと」

マミはグリーフシードを自分のソウルジェムに当ててからさやかに手渡す。

さやか「すみません。……そういえば、どれくらいグリーフシードを持っているんです?」

マミ「10は持っているわ。けっこう精力的に魔女は狩っていたから」

それだけの数だけ、魔女がいた。
思いを持つものが倒されてきた。

マミ「さやかさん?なんだか具合が悪そうよ、大丈夫?」

さやか「だ、大丈夫ですよ。できなかったことを悔やんでもしかたありませんし。それに、他にはもう心配事はありませんから」

マミ「心配事って?」

マミは少し気になって尋ねる。
もし自分が考えていることと同じ疑問を抱いていた場合、危惧していたことが起きるかもしれない。
自分ですら戦いの際中にそうなりかけたのだ。後輩がそうならない可能性は無いと思っていた。

さやか「あ、ちょっと恭介と……」

しかし、さやかの悩みの理由はマミが危惧していたものとは違うものだった。

マミ「恭介?それってつまり……」

さやか「あ、やば……い、いや気にすることなんてないですって!」

マミ(なんだ、心配事ってそっちの話かあ。……まあ、それはそれとして気になるわね)

マミ「呼び方からして、親しいな男の子なのね。何があったのかしら?」

さやか「ええと……まあ簡単に言うと、どっちが先にバイオリン馬鹿を振り向かせることが出来るか競争している最中ですかね。……はあ」

マミ「……なんだか苦労してるみたいね。というか、それってまさか三角関係?」

さやか「だって恭介は今、バイオリンのことで頭が一杯で。こんな美少女たちを目の前にしておいてどうしてそうなるのかなー……はあ」

ため息をつくさやかを見て、マミは正直返答に困った。
後輩が自分よりも遥かに進んだ場所にいることに、危機感さえ覚えていた。

さやか「 マミさんはそういうの、経験豊富そうですよね。どうしたら相手が反応するかとか、分かります?」

マミ(うぐっ……な、なんでこんな流れになるの……?いや、興味を持って突ついたのは確かに自分だけれど)

マミ「そ、そういうのはちゃんと自分で考えた方がいいと思うわ。相手の気持ちを考えてあげるっていうだけでも嬉しがられるとは思うけれど」

さやか「うーん、そっか。自分のことばっかり考えていて恭介がどう思うかまでは少し忘れてたかも。ありがとうマミさん!ようし、これで仁美に差を付けられる」

マミ「ど、どういたしまして」

安堵しつつも、マミはさやかに聞こうと思ったことを心の内に留めることにした。
幸せそうに好きな人のことを語るさやかを見ていると、そんな事を知る必要はなかったのだと思い知らされる。
藪を突ついて蛇を出す。今の話だけではない。

さやか「それじゃあ、今日はこれからどうします?」

マミ「今日は……」

はっ、と息を飲む。

さやか「今日は?」

マミ「いえ、今日はこのまま解散。ごめんね、新作のケーキを買っておくつもりだったんだけど忘れちゃって」

さやか「いいですって。気にしませんよ」

マミ「今度、鹿目さんも呼んで一緒にお茶会をしましょう」

さやか「はい。じゃあ、お先に失礼しまーす」

変身を解いてさやかは離れて行った。
マミは軽く手を振って見送りつつ、意識を後方へと向けた。


マミ「……久しぶりね」

角から、杏子が姿を見せる。
マミとは対照的に、変身はしておらず私服のままだった。

マミ「あなたの縄張りはこの街じゃないでしょう?どうしてここにいるのか、まず聞かせてもらおうかしら」

杏子「ちょっとした用があった。別に、魔女を取り合おうとかは思ってないよ」

素直に答えたことがマミには驚きだった。
無言、あるいは関係ないと突っぱねられると思っていた。

マミ(信じていいものかしら……)

少しだけ悩んだが、マミは杏子の性格にかけることにした。
わざわざそんな嘘をつくような性格ではないとマミは考えた。

マミ「じゃあ、なんの用?」

最後にマミが杏子と話したのはもう1ヶ月以上も前のことである。
二人は、戦いのスタンスの違いから決別をしていた。

杏子「………」

マミを前にして、杏子は言い淀んでいた。
知ったことを知人とは言え仲違いした相手に話すべきことなのかどうかを判断できずにいた。

杏子(言ったら、マミさんはどうする?そもそもあたしの言うことなんて信じるのか?けれど、言わないでいたら……)

見知った魔法少女が魔女になった時、自分はそれを倒せるのか。
ただでさえ、魔女とは戦いたくない。そして、倒す以外の魔女を止める方法はまだ杏子にはない。

マミ「言わないの?だったら、私もあなたに話したいことがあるわ」

杏子「え……?」

マミ「心配してた」

そう言うと、微笑を浮かべた。その顔を見て、杏子は肩の力が抜ける思いがした。



杏子(ああ、そうだった。この人は……マミさんは……こういう人だった)

杏子「……ごめんなさい」

杏子が思わず言葉に出したのは謝罪の言葉だった。それに、マミは驚く。

マミ「あなたが謝ることなんて」

杏子「それでも、謝りたい。あたしのせいで、マミさんに心配をかけたから」

マミ「佐倉さん。あなた、変わったわね」

杏子「変わった、か。うん、そうだ。けれど、あたし1人の力じゃない」

マミ「何があったかはしらないけれど、前の佐倉さんよりはずっといいと思うわ」

杏子「あたしって、酷いやつだったな……」

心にもないことを口にして、心にもないことを行っていた時。
それに比べればたしかに大きな違いだろうと杏子は思う。

マミ「昔のことは言いっこなしにしましょう。私は、あなたがちゃんとやれているみたいで安心した」

杏子「……聞きたいことがあるんだけどさ」

マミ「ええ、何かしら?」

杏子「魔女って……」

マミ「?」

やはり、伝える勇気は無かった。

杏子「……ごめん、それは今はいいや。それより、ワルプルギスの夜が、この町に現れるんだって」

マミ「ワルプルギスの夜がこの町に!?でも、どうしてその事が」

杏子「ある同業者からの情報。いけ好かない奴だけど、嘘は言ってないと思う」

マミ「そう。ありがとう、縄張りの外にいる私にわざわざ教えてくれて。美樹さんにも伝えないと」

杏子「美樹……って、さやかのことか?」

マミ「えっ、知っていたの?」

杏子「まあ、この前少し関わりがあって。ところで、マミさんはそのワルプルギスの夜とやっぱり戦うのか?」

マミ「……さあ、どうかしらね」

杏子「え?」

そう微かに呟いたマミの姿は、杏子の記憶に映るマミの姿とは異なっていた。

マミ「ワルプルギスの夜はその強大さ故に結界を持たず、その姿が見えない者からは災害として認識される。町に留まることがあれば、被害は免れないでしょうね。町自体も、人も」

杏子「そうだったら、マミさんは……」

杏子(戦わずにはいられないんじゃないのか)

杏子が考えていたのは一緒に戦っていた時。
いつも自分以外の何かのために戦っている姿が思い出された。

マミ「みんなを守るために勝てるかどうかも分からない敵に挑んで敗れる、か。……ふふ、正義の味方らしいとは言えるかな」

杏子「ちょ、ちょっと何で?そういうつもりじゃ」

マミ「確かに、そのほうが格好いいかもしれないわね」

杏子はマミの言葉に危なげな脆さを感じた。
自分から戦いの中で散ることを目的とするような言い方に疑問を覚える。

杏子「マミ……さん?」

マミ「ねえ、佐倉さん。私たちって本当に生きているのかしら?」

マミの言葉に、杏子はギュッと心臓を掴まれる思いがした。

杏子「生きている……って、それは……」

マミ「私ね、聞いたのよ。キュウべえに」

マミ「私たちがどういう存在で、私たちがどうなるのかを全部」

杏子「……マミさん、知っていたんだ」

マミ「その様子だとあなたも知っていたようね。いつ、どこで知ったのかしら」

杏子「あたしだって、知ったのは……今朝、ワルプルギスの夜の話を聞いた時」

マミ「そう。……そのいけ好かないやつ、同業者って暁美さんのこと?」

杏子「……!」

マミ「やっぱりね。あの子、全部知っていながら私たちには……」

杏子「何かされた!?」

マミ「いいえ、寧ろ助けてもらったわ。……あまりいいやり方ではなかったけど」

脚の付け根をさすりながらマミは当時の事を思い出す。
ほむらのせいで、見られたくない姿を後輩たちに見せることになった。
回復用のグリーフシードはもらえたし、あの時の姿を、魔法少女の危険さを見せることは悪いことでは無いことはマミも理解している。
それでも、マミの感情はどうしてもほむらの事を好意的に思うことが出来なかった。

杏子「じゃあ、マミさんがワルプルギスの夜と戦うかどうか決めていないのって、あれが私たちと同じ魔法少女だったから?」

マミ「いいえ。それは関係ないわ。ただ、生きているのか分からないような状態で、生きるために、誰かのために戦うなんてなんだかおかしくて」

自嘲するようにマミは言う。何かを言いたかったが、杏子は何も言うことができなかった。

杏子(マミさんは生きるために戦っていた。でも……戦うってことは、本当に間違いなのか?)

マミ「私たちもいずれはあんな風になってしまう。それなら、そうなる前に誰かの……いえ、自分の手でも」

杏子「マミさん、あんた一体何をするつもり」

マミ「何って、こう」

マミは自分のベレー帽を脱いで手に持つ。それに付いている自身の本体とも呼べるソウルジェムに短筒を突きつける。

杏子「なっ、馬鹿!何やってるんだよ、マミさん!」

マミ「あなたは耐えられる?いつかは自我もなくなって、この街の誰かを襲い、自分と同じ運命を辿るであろう魔法少女に倒される自分の未来に」

杏子「それは……」

マミ「私は嫌。ソウルジェムが魔女を生み出すというのなら、いつかはこうするしかない。誰かに撃たせるのは可哀想だから、その前に……」

言葉の中に、鬼気迫るものがあった。涙すら浮かべず、淡々とマミは続ける。

マミ「それにね。さっきの戦いで、私は一瞬だけど魔法が使えなくなった。その意味が、あなたには分かるでしょう」

息を呑む。巴マミが契約をした時に願ったのは「生きる事」。
魔法少女は、その契約時の願いによって魔法を変質させる。そして、その願いが強ければ強いほど魔法の質は高まる。だが、逆に言えばその願い願わなくなった時、魔法少女は魔法が使えなくなってしまう。
杏子にも、その経験があった。家族を失った杏子は父親の話を聞いてもらうためという願いを失い、幻惑の魔法が使えなくなった。

杏子「……バサラ」

杏子が小声で呟く。

マミ「え?」

杏子「あたしは……新しい願いを見つけた。だから、今はそのために魔法をまた使える」

マミ「あなたが?そうだとしても……」

杏子「変わらないかもしれない。けど、何もせずに受け入れるなんてことは嫌だ」

マミ「……そう。それが、今のあなたを動かす原動力なのね」

マミはベレー帽をかぶり直すと変身を解いて制服姿に戻る。
杏子はほっと胸を撫で下ろした。

マミ「佐倉さんがそういう意思なら、私だけが先に降りるわけにはいかないわね」

マミ「一応聞くけれど、その運命に抗うための当ては何かある?」

杏子「当てになるようなものは……」

杏子はバサラを真っ先に思い浮かべた。
しかし、バサラの方法が果たして本当に解決策になり得るのだろうかと思うと口に出すのは憚られた。暁美ほむらのように、戦いの邪魔としか思われない可能性もある。

杏子「……よく分からない」

マミ「そう。実は、出来るかどうかの保証はないのだけれどこっちは一つだけあるわ」

杏子「本当か!?なんだよ、それ」

マミ「他力本願で、何の確証もないような話よ?」

杏子「それでも。そんな方法があるのなら!」

マミ「……ある、男の人の歌よ」

杏子「歌?もしかして、それって……バサラのこと!?」

マミ「え、知っているの?」

知っているも何も、と杏子はバサラの歌の良さを伝え始めた。
大部分はマミも同じように感じていたということ話し、そしてその歌を聞いていた時はソウルジェムの濁りが遅かったことも伝えた。

杏子「もしそれが本当だとしたら、魔法少女そのものが救われるかもしれない。ははっ、戦わなくてもいいんだ。そうだろ、マミさん!」

マミ「……そう、ね」

喜ぶ杏子に同意を示しながらもマミはその案が現実的ではないと考えていた。
1人の人間を自分たちのために利用する。
それは、非人道的な行いではないのか。

マミ(あの人の歌が解明出来たなら……あるいは……いえ、それでも根本的な解決にはならないかもしれない)

マミ(それに、そんな歌を持つ熱気バサラって人は一体何者なのかしら)

バトル7 


先の戦争で歌エネルギーの重要性が軍部にも理解され、その研究の第一人者であり軍医であるDr.千葉にはそれなりの権限が与えられていた。
今、ミレーヌたちが演奏をしている音響施設もその権限の一つで基地内に増設されたものである。

Dr.千葉「調子はどうかな、ファイヤーボンバーの諸君」

計器から一旦目を離して千葉がマイクを通して録音スタジオのミレーヌたちに話しかける。

ミレーヌ「うーん……なんかここが上手くいかない。ねえビヒーダ。もう一回お願い。千葉さんもお願いします」

Dr.千葉「ふむ、分かった。ではもう一度いくぞ」

ビヒーダは無言で頷き、再びリズムを取り始める。そのリズムに合わせて、合成音のような曲が同時に流れ始める。曲に合わせて演奏をしつつも、所々で顔をしかめる。一度キリの良いところまで曲が進むと、ミレーヌはすぐに手製の譜面にコードが書き足していく。

ミレーヌ「これで合わないの……?だったらこれで……あとは……」

その様子を見てレイとビヒーダは目配せをする。

レイ「すみません、千葉大尉。煮詰まってしまったようなので少し休憩時間にしたいのですが」

Dr.千葉「むう、君たちの演奏は相変わらず興味深いデータが取れるし、私はただ指示通りに音を流すだけだから別に構わないが」

ミレーヌ「ちょっと!私はまだやれるわ。絶対このままじゃいられないんだから」

レイ「やれやれ。一時間前もそう言っていたが、結局まだ納得にはいたっていないだろう?」

ミレーヌ「それは…」

レイ「まだライブには時間がある。焦る必要はないんだ。一度頭をスッキリさせてからやった方が効率も上がるぞ」

ビヒーダが肯定の意思をドラムで示す。

Dr.千葉「いや、実に興味深いデータがまた取れた。本当に君たちには、ファイヤーボンバーには感謝してもしきれないよ」

レイ「いえ、こちらこそ。軍部には世話になっていることもありますから持ちつ持たれつというやつですよ。……ところで、その興味深いデータとは?」

Dr.千葉「ああ。先の大戦時のミレーヌ君の歌エネルギーのデータと今のデータを見比べてみると、なんと波長が一致しないんだよ」

レイ「一致しない?それは曲が違うから、ということでは」

Dr.千葉「いや、たとえどの歌を歌ったとしてもその質自体はだいたい変わらないんだ。歌自体の本質性というか……神秘性とでもいうのかね。私はそれを解明したくて日夜研究に励んでいるわけだが」

レイ「はあ……」

Dr.千葉「おっと。話が逸れてしまったな。とにかく、彼女の歌は変化している。成長していると言ってしまっても良いかもしれない。それがとても興味深い」

レイ「それはきっと、ミレーヌが成長しているってことなんじゃないですかね。いろんな事を経験して、いろんな事を考えて。それが歌にも現れ始めたというか……まあ、詳しいことは専門家ではないので分からないので一般論的な話になりますが」

Dr.千葉「なるほど、精神の成長が歌声の質を左右する。いや、素晴らしい着眼点だよ。そうだな……そうするとこれから候補生を募るとすれば若い……」

Dr.千葉が考えこもうとした時、部屋のインターホンが反応する。

レイ「おや、もう帰ってきた……?」

Dr.千葉「いや、どうやら来客のようだ」

ガムリン「失礼。練習、お疲れ様です。少し様子を見に来ましたが大丈夫ですか?」

レイ「これはガムリンさん。お気遣い感謝します……おっと、ちょうど間が悪かったですね。ミレーヌならついさっき気晴らしに行ったところですから」

ガムリン「べっ、別にそんな邪な気持ちで来たわけでは……」

レイ「はは、冗談ですよ。……マスコミの件、ミレーヌから聞きました。ご心配をおかけしたようで」

ガムリン「いえ、あれは自分の考えが浅はかだったと身にしみましたよ。それよりも、自分の力が至らぬばかりにFIRE BOMBERの皆さんの手を煩わせる形になってしまって……なんというか……そう、不甲斐なく感じてしまって」

レイ「そんなお気になさらずに。こちらも久々に気合いの入ったバンド活動が出来るいいきっかけになりましたよ」

ガムリン「バンド活動?しかし、今バサラの行方は」

レイ「ドクター千葉が解析した音の波長。解析をしたら、それが曲なのだと分かったのですよ。そして、そのバサラのパートに合わせて曲や歌詞を付けて行く」

ガムリン「そ、そんなことが出来るんですか?打ち合わせも何も無しに」

レイ「もちろん、一筋縄じゃいきませんよ。ですが……あいつのパートを聞くだけで我々にはなんとなくですが分かるんです。それが、どんな曲で、どんな思いを伝えたくて歌うのか」

ガムリン「……阿吽の呼吸、というやつですか。言葉など無くてもお互いの考えが分かる」

レイ「そんな大層なものじゃありませんよ。言うなれば、長い付き合いからの経験則ってやつです」

ガムリン「結局、歌の力にはかなわないのか……」

レイ「え?」

ガムリンが呟くように言った言葉にレイが反応する。ビヒーダも刻んでいたリズムを止めた。


ガムリン「分かってはいますよ。それが間違った考え方だということは。だが、やはりバサラは凄い。やつなら何でも出来てしまうと思わせられてしまう。……情けないな、俺は」

レイ「……ドクター、音を流して欲しい。ミレーヌのパートは抜きで通す。ビヒーダ、行けるな?」

千葉とビヒーダは頷き、曲が始まる。

まだ、マクロス7艦隊にいるファンの誰もが聞いたことのない新曲。
まだ未完成で、メンバーも揃っていない。そして、その曲が洗練されていないことはガムリンの素人目に見ても明らかだった。

レイ「……この曲は、いつものやつとは違うんですよ」

ガムリン「違う?それは……どういう?」

レイ「いつものバサラの曲なら、あいつ1人で全て歌えてしまう。俺たちはバサラの歌に沿うようにして音を合わせ、ミレーヌも歌う。それが、曲にも現れていた。だから、FIRE BOMBERの曲の大半は1人でも歌えるようになっている」

レイ「あいつは、確かに凄いやつですよ。大抵のことは1人でなんでもこなしてしまうし、無茶な事だってやり遂げてしまう。それが、今回の曲はバサラだけでは歌えないし、曲として完成させることも出来ない」

レイ「この曲からはあいつの心境が伝わってくるんですよ。1人じゃ出来ない事もある。だから、俺たちの力を借りてこの曲を完成させたいと」

ガムリン「あいつが……そんなことを?」

レイ「……まあ、単なる予想にすぎませんけどね。実際は、違うかもしれません」

ガムリン「いえ……きっとそうなのでしょう。あいつは、変わったということですか」

レイ「根本的な所はどうやっても変わりはしませんでしょうけど」

ガムリン「はは、それは違いない。あいつの馬鹿は奇跡を起こすほどですから」

互いに笑い合う。その場面にミレーヌが帰ってくる。

ミレーヌ「ただいま。あれ、ガムリンさん、いらしてたんですか」

ガムリン「ええ。少し様子を見に……どうかしましたか?」

ミレーヌがガムリンの顔を覗き込むように見つめる。

ミレーヌ「……調子、戻ったみたいですね。よかった!」

それだけ言うと、すぐさまギターを持って再び曲作りに取り掛かる。

ミレーヌ「よーし!パッパと終わらせちゃうんだから。みんな、いくよ!」

ほむらの家

中学校の理科室に行ったのは、個人では手に入りにくい薬品を手に入れるため。
木炭、硫黄、硝酸カリウム。
黒色火薬は、これらを混ぜれば出来上がる。雷管を繋げれば着火装置に。
それで爆発させる火薬はホームセンターに行けば作れてしまう。爆弾は、今や中学生でも作れてしまうのだ。

別に私はその事を悲観しているのではない。どんな情報が載っていようと、それを使うかどうかは本人次第。
私は、魔女と戦う力を得るためにその情報をありがたく利用させてもらっているということ。

火薬の調合も、もはや手慣れたものだ。一歩間違えれば大怪我するだろう作業を平然と進める。自分の感覚はきっとおかしくなっているのだと思う。
だからといって、どうにかするものでも無いけれど。
爆弾を一つ作り終えて、私は一息つく。このままの火力でワルプルギスの夜は倒せるのだろうかと考えると、ため息になる。
倒し方は覚えている。魔力を込めたこれらの火器があいつにどこまで通じるか。

以前時を遡った時にワルプルギスの夜を倒したことはあった。ただし、こちらも捨て身の戦い。
奴を倒した時には仲間と呼べた存在は全ていなくなっていた。とてもじゃないが、あれが勝利だとは言えない。

何より、まどかを。一番大切な友達を……私はこの手で……

インターホンが鳴り響いた。誰が来たのかと訝しむ。
佐倉杏子が引き返して来たか?だとすれば、何のために。
まさか?いや、勝算の無い相手に挑むほどあの子も愚かでは無いだろう。
今朝の会話は、彼女らしからぬ反応が目立ったが流石にそういう行動をするような人物ではないはずだ。

ドアの覗き窓から来客を見る。息を飲んで目を疑った。

ほむら「まどか……!?どうして……」

急いで、机の上にある薬品類を片付ける。部屋に魔法をかけて、佐倉杏子に見せた時と同じような見た目にした。少し髪を整えてから玄関の扉を開ける。

ほむら「……鹿目さん?どうしてここに」

まどか「あ、ほむらちゃん。病気って聞いたけど身体は大丈夫?」

ああ、そうだった。そういうことにしているのだった。

ほむら「身体はもう大丈夫なのだけれど、お医者さんが安静にしていないといけないっていうから仕方なく休んだのよ」

まどか「そうなんだ……良かった。魔法少女でも病気になるのかなって思ったから」

ほむら「それで、用事は何かしら?」

まどか「あ、これ。学校で配られたプリント、誰かが届けてあげないと困るだろうからって」

ほむら「わざわざありがとう。でも、あなたの家はこっちとは違う方向ではなかったかしら」

まどか「そうだけど……よく知ってるね」

ほむら「……魔女を探していた時に偶然見かけたのよ」

前回の記憶と今回の記憶がごちゃごちゃになってしまっていたようだ。
佐倉杏子との会話でもそうだったが、どうにも軽率な言動をしてしまう。親密になり過ぎて魔法少女に興味を持たれるのは良くないが不信感を与えるのも良くない。

まどか「……」

ほむら「……?何かしら。まだ何か用があるの?」

まどか「あ、ええっと……1人なの?」

ほむら「……そうだけど」

まどか「共働き?」

ほむら「いいえ。1人暮らしよ」

まどか「ええっ!?ほ、ほんとに1人暮らしなの」

ほむら「そうよ」

まどか「……あっ、もしかして」

まどかが少し気まずそうな顔をした。

ほむら「安心して。特別な理由があってそうしているわけではないから。ただ、そうした方が都合がよいからそうしているだけ」

別に深い理由があってそうしているわけではない。
ただ、もし病床から出たばかりの娘が夜な夜な外出をしているなんて家族に知れたら面倒だろうと思ったからだ。
……理由はそれだけでは無いが、言う必要は無いだろう。

まどか「そ、そうなんだ。でも1人暮らしって大変じゃない、かな」

ほむら「何がしたいの?」

煮え切らない態度に少し疑心を持つ。

まどか「あの……ええと、ちょ、ちょっとだけでも家の中でお話しとかできたらなあって」

まどかなら別に家に上げたとしても問題は無いだろう。爆薬はあとで作ればいい。

ほむら「いいけれど。たいしたものは出せないわよ」

まどか「うん、全然。気にしなくていいよ」

佐倉杏子と同じように、魔法で拡張した部屋へと案内する。
こう、日に何度も来客を迎えるのは始めての経験だ。お茶を運びながらそんなことを思う。

まどか「魔法って、こんなことも出来るんだ……」

ほむら「全ての魔法少女が同じことを出来るわけでは無いわ。私の魔法はこういうことに向いているから」

まどか「1人だと……広いんじゃ無いかな」

ほむら「普段は普通の部屋にしているわ。自室以外、あまり使うことも無いし」

まどか「寂しいとか、思わない?」

ほむら「別に。慣れてしまえば、どうということも無いわ」

まどか「魔女を倒すみたいに?」

ぐっ、と一瞬息を呑んだ。

ほむら「……ええ、そうよ」

まどか「嘘だよね、それ」

息をもらすことが出来ないほどに私は唖然とした。

まどか「マミさんだって……年上で、みんなのために戦ってきたマミさんだって、1人は寂しいって言ってた」

まどか「さやかちゃんだって、強がっていたけど、ほんとは、1人は怖かったって言ってくれた。だから、ほむらちゃんも」

今まで出会ってきたまどかとは少し毛色の違う言い方に戸惑いを覚える。目の前にいるのがまどかだと一瞬思えなかったくらいだ。

ほむら「……違う」

とにかく、否定しなければならないと本能的に感じた。言われた意味もはっきりと理解しないままに。

まどか「ほむらちゃん?」

ほむら「私は、そいつらとは違う!そいつらは、弱いから」

まどか「え……?」

ほむら「私はもう弱くない。分かるでしょう?私の強さは。巴マミが苦戦した魔女だって1人で倒せるし、グリーフシードだってこんなに持っている。ほら」

盾の中から幾つものグリーフシードを出して見せる。

まどか「ほ、ほむらちゃん?」

ほむら「私は1人でも戦えるの。だから、仲間なんていらない。必要ない!だから……っ」

まどかは怖いものを見るような目で私を見ていた。

まどか「ごめんなさい。ほむらちゃんの気持ちも考えずに勝手なことを言って」

ほむら「あ……」

私は、何を?

まどか「でも、みんなだって心配しているはずだよ。同じ魔法少女なんだから」

ほむら「そんなこと」

あるはずがない。そんな都合の良い話が、あるわけがない。

ほむら「あなたは……どうして、何の力も持たないのに私たちに関わろうとするの?」

まどか「だって、心配だから」

ほむら「あなたは部外者なのよ。だから、何も知らなくていいし、しなくていい」

これから先に起こる戦いで、まどかが巻き込まれれば魔法少女になるという選択をしてしまうだろう。そうなる前に彼女を戦いから遠ざけなければ。

まどか「嫌だ」

ほむら「……なんで」

まどか「部外者だからって、心配しちゃいけないなんておかしいよ」

ほむら「自分が邪魔だって分からないの!?」

まどか「ほむらちゃんが心配してくれるのは分かるよ。けれど、魔法少女だからとかそうじゃないからとか、そんなの関係ない。苦しんでいる友達がいたら見過ごせない」

どうして……あなたは。
ほむら「どうして、分かってくれないのよ」

まどか「ほむらちゃん?」

ほむら「あなたはいつも、いつも、いつも!そうやって自分を大切にしないから……だから……私は……」

だから私は、何度も時を……

だから……?

ほむら「あ…れ……?」

私が時を巻き戻した理由は……願いは…?
くらり、と世界が傾く。熱くなった頭が一気に冷やされていく。
力が抜けて座り込んでしまった。

まどか「だ、大丈夫?」

声をかけられたが応える気力すらおこらない。
気分が悪い。今まで見えていたはずのものが急に曇って見えなくなった。焦りが生まれる。

ほむら「……ごめんなさい。やっぱり休ませてもらうわ」

まどか「大丈夫?」

ほむら「気にしなくていい。悪いけど」

まどか「分かった……」

まだ何か言いたげなまどかを、私は睨むように見た。
これ以上私を困らせないで欲しい。少しでもその意図が伝わるように。

玄関で見送ってから私は椅子に深く腰掛けてため息をついた。
しかし取り戻した1人の時間にはまだ来客の残照が入り混じっている。

私の願い。
ワルプルギスの夜を倒すために、まどかを救うために私は願った。
『まどかとの出会いをやり直したい。守られるのではなく、守る存在になりたい』と。

その願いは変わっていないし、時を繰り返す度に精神が磨耗していくがまだ意志もはっきりとしている。
そのはずなのに。
何か空虚な感覚がする。
真っ新な紙にぽっかりと空いた穴。それを埋めるものが何だったのか、思い出すことが出来ない。

私は……私の願いは……?

学校


翌日、学校の授業が終わるとみんなは荷物をまとめて帰り仕度を始める。
まどかも仕度をしようとした矢先、机の中に入れていたノートを開こうとした。

さやか「まどか、ちょっといい?」

まどか「はわーっ!な、何?」

さやか「うーん?なになに、何を隠したのかなーっ、とりゃーっ!」

即座にしまおうとしたまどかのノートをさやかが取り上げる。

まどか「わっ、ちょ、み、見ないでよお」

さやか「なーんか最近休み時間に何か書いてるなとは思ったけれど、いったい何を書いているのかなーどれどれー?これって……詩?」

まどか「うう……まだ出来てないし見せるの恥ずかしいのに」

さやか「えっと……ごめんね!見ちゃいけないものだった…よね?でもなんでそんなのを?まどかってそんなの作る趣味あったっけ?」

まどか「なんていうか、なんだか無性に書きたくなって。それで、気がついたら書いちゃってたっていうか」

さやか「へえ。心に浮かんだことをそのまま書いたってわけ。それはそれで凄いんじゃない?……痛々しい詩じゃなければ」

まどか「それが難しいんだけどね。読み直して自分で恥ずかしくなって全部消しちゃうこともあるし」

さやか「ところでそれってやっぱりあの人の影響?」

まどか「えっ…う、うん」

図星を突かれて、まどかは赤面した。

さやか「まどかって結構ミーハーなところあるんだね」

まどか「も、もう。別にいいでしょ!」

さやか「ごめんごめん。というか完全に予想外で。てっきり、絵とかでも書いてるのかなって思ったのに。まどか、ファンシーな趣味あるし。歌のセンスは意外 だけど……ってそれはあたしも同じか。あ、そうだった話があったんだった。なんか今から屋上に来てほしいってさ。マミさんが」

まどか「え、何の話?」

さやか「あたしもよくは聞いていないんだけどさ。大事な話があるからきてほしいって」

少し疑問を感じながらもまどかたちは屋上へ向かう。
教室を出る際にまどかは欠席したほむらの席が意識に残った。


さやか「しっかし、こんなところに集まってて怒られないのかなあ?昼休みならともかく放課後に屋上にいるのはマズイんじゃ……」

マミ「大丈夫よ。この時間はここを使う人もいないし、見回りが来るのも当分後だから」

声をかけると、マミが振り返ってさやか達の姿を見る。
真剣な顔。ただごとでは無い話なのだと二人は理解した。

さやか「話ってなんですか?マミさん」

マミ「重要なことよ。一応、暁美さんにも声をかけておこうと思ったのだけれど、学校に来てすらいないんじゃ仕方ないわね」

さやか「まあ、あんな奴いてもいなくたって同じですよ。同じ魔法少女だってのに何考えているのかよく分からなくて嫌な感じだし」

まどか「昨日は元気そうだったんだけど」

さやか「え、昨日……って、まどか。あいつに会ったの?」

まどか「うん。プリントを届けに」

さやか「だから昨日は用事があるって言ってたのか……あ、大丈夫だった!?あいつになんか酷いこととかされてない?」

まどか「心配しすぎだよ。むしろ、なんだか私の方が悪いことしちゃったみたいというか」

ほむらの様子を思い出す。
言動の中にいくつか気になる言葉はあった。まどかにとってほむらは会って間も無いはずなのに、向こうの話し方はそういう風には聞こえなかった。そして、さらにそれよりもまどかが不可解だったのはどうして自分をそこまで心配するのかということであった。

まどか「でも、どうしてほむらちゃんはみんなと打ち解けようとしてくれないんだろう?何か理由があるんじゃ……」

さやか「まどかがそんなこと気にしなくていいって。まあ、そういうところがまどかのいいところなんだけれどさ。優しくて思いやりに溢れていてさ」

マミ「確かに鹿目さんの優しさには私たちも助けられているわ。魔法少女でないのに、私たちのことをこんなに理解してくれる人なんてなかなかいないもの」

まどか「そんな、は、恥ずかしいですよ」

「おーい、あたしはいつ話に入ればいいんだ?」

声がした方を振り向く。屋上の出入り口の上に登って腰掛け、チョコ菓子を食べる少女がいた。

マミ「あ、ごめんなさい。つい」

「全く、用事があんだからまずそっちを終わらせろっての」

さやか「え、き、杏子、なんでここに?ここうちの学校だよ!?」

杏子「よ、さやか。元気か?って、この前会ったばっかりか」

マミ「紹介するわ……といっても美樹さんはもう知っているかもしれないけれど」

マミ「隣町の風見町で魔法少女をやっている佐倉さんよ」

杏子「ま、よろしく」

まどか「よ、よろしくお願いします」

さやか「驚いた。マミさんと知り合いだったなら、もっと早く言ってよね」

杏子「聞かれてないのに答えられるわけないだろ。同じ町の魔法少女同士であっても敵対している場合もあるから迂闊に名前なんて出せないし」

さやか「あ、それもそっか」

まどか「この人、佐倉さんってさやかちゃんの友達なの?」

さやか「うん。まあ、ちょっと色々あったっていうか……」

杏子「別に、ただこいつがなんだか今にも死にそうな面してたから放っておけなかったってだけ」

まどか「へえ。佐倉さんって、優しい人なんだね」

杏子「なっ!?や、優しいとか面と向かって言うなよな……」

まどか「え、なんで?嬉しくなかった?」

杏子「なんでってそりゃ……その……」

さやか「んふふ。杏子ってば可愛いヤツめ。言われ慣れてないから恥ずかしがっているな~」

杏子「さ、さやかまで何言って」

マミ「本当にね。私と組んでいた時よりもずっと可愛らしいわ」

杏子「マミさんまで……あーっ、もう。と、とりあえずお前!名前は?」

まどか「え、私?まどか、鹿目まどかだけど」

杏子「よし、じゃあまどかって呼んでいいな。あたしの事も杏子でいいよ。佐倉さん、なんて同じくらいの年のやつに言われるとなんかむずむずするからさ」

まどか「そ、そう。じゃあ、杏子……ちゃん」

杏子「……ま、いいけど」

まどか「ところで、話って何のこと?マミさんには詳しく聞かされてなくって」

杏子「それは……あたしの口からよりはマミさんから言った方がいいかな」

マミ「そうね。ただ、みんなには誓いをしてもらうわ」

さやか「誓い?」

マミ「ええ。たとえどんな残酷な真実が語られたとしても、決して望みを捨てないこと。たったそれだけの事だけれど重要なことなの。出来るかしら?」

さやか「そりゃもちろん。今のあたしに怖いものなんてほとんどありませんから」

さやかがガッツポーズで答える。まどかもマミに頷いて答えた。

マミ「なら、この前の疑問に答えさせてもらうわ。なぜ魔女が現れるのか。魔女はどうして生まれるのか。キュウべえを問いただしたらあっさりと答えてくれた」

ひと息ついて、マミは言う。

マミ「簡単な答えよ。魔女が私たちの成れの果てだからよ」

さやか「成れの果て……ってえ……?」

一瞬言われた意味が分からなかったが、意味を理解した瞬間に初めて話を聞いたさやかとまどかは表情を無くした。

マミ「私たちが魔法少女である証のソウルジェム。私たちの魂はこれに移されていて、濁り切れば私たちは魔女になる」

さやか「ちょっと、それじゃ私たちはまるで……それに私たちがしてきたことって……!」

まどかは口を覆い、息を飲む。

マミ「……言いたいことは分かるし、受け入れ難い気持ちも分かる。でも、決して望みは捨てないってさっき誓ったわよね」

さやか「え、ええ。もちろん……ですよ」

マミ「これからの戦いにおいて私たちは覚悟を決める必要があるわ」

マミ「……ワルプルギスの夜と戦うために」

まどか「ワルプルギスの夜……?」

杏子「すげえでかい魔女だよ。あたしも噂くらいでしか知らないけど、結界が不要なほど強大で、やつが訪れた街は巨大な竜巻に巻き込まれたように目茶苦茶になる。だから、魔女の存在を認識出来ない人からすれば大きな災害だって認識される」

杏子「そいつが、近いうちにこの辺りに現れるってさ」

まどか「そんなのが街に!?そしたら、みんな……パパやママ、タツヤが……学校も」

マミ「それを防ぐために、私たちは戦う。けれどもしその戦いで力を使い果たしてしまった時、私たちはまた新たな魔女となってしまう可能性がある」

さやかの表情は相変わらず凍りついたままである。
言われたことに頭と感情の処理が上手くいっていない状態だった。

杏子(そりゃショックだよな。あたしだって……)

さやか「……杏子は知ってた?」

杏子「いや、あたしも聞いたのはついこの前。なんとなく、そうじゃないかって予感はあったけれど」

まどか「さやかちゃん……」

まどかが心配そうな目を向ける。
深呼吸をして落ち着くと、さやかは顔を挙げた。

さやか「うん……大丈夫。……多分」

ショックであることは隠しようがない。それでも、さやかは精一杯受け入れようと努力をする。

さやか「言いたいことも、聞きたいこともたくさんあるけれど。きっとみんなだって同じように思ったはずだから」

まどか「……ごめんね」

さやか「いいって。どうしてまどかが謝るのさ」

まどか「でも、私は」

また、分かってあげられないことがあるのか。
苦しみを共有することが出来ないのだろうか。そういう考えが、まどかに謝罪の言葉を発せさせた。
少し考えてからさやかは言葉をかける。

さやか「じゃあ聞くけど、まどかはあたしが魔法少女になった後となる前で、あたしがあたしらしくないって思うようなことってあった?」

まどか「それは……ないよ。ずっと、さやかちゃんはさやかちゃんのままだったと思う」

さやか「ありがとう。だったら問題ない、よね。たとえ成れの果てが魔女だろうと、魂がこの小さな石の中にあったとしても、あたしはあたし。気に病むことなんて、無い」

さやかの確認に、マミと杏子は頷く。

さやか「マミさん。あたしら魔法少女のことは分かりました。けど、それじゃそのワルプルギスの夜ってやつはどうするんですか?」

マミ「具体的な解決策は無いわ。けれど、可能性はある。根拠は無いに等しい方法だけれど」

さやか「え、何なんですかその方法って」

杏子「歌だよ。バサラの力を借りるのさ」

まどか「熱気さんの?」

マミ「ええ。以前私が入院していた時、彼はよく病院で歌っていたのを覚えているかしら?私もその歌を聴いていたのだけれど、そしたらあることに気がついたのよ」

マミ「私が入院する前よりも、ソウルジェムの濁りが消えていたの。グリーフシードも使っていないのにね」

さやか「それって……じゃあ、グリーフシードはもういらないってこと!?あの人の歌って、そんな効果が……?」

杏子「あたしも少しその効果には心当たりがある。しかもそれだけじゃない。あたしは、あいつの歌が魔女に届きかけたのをこの目で見た。だから、もしあいつの歌が本当に魔女へ届いたら、魔女と戦わずに止めることだって出来るかもしれない」

まどか「じゃあ熱気さんを探して協力してもらえば、もしかするとワルプルギスの夜を……」

マミ「そこなんだけれどね……私たちもあの人のことはよく知らないし、彼も見ず知らずの私たちにただで協力してくれるかどうか。それに、少なくとも足止めをするための戦いは避けられないと思うわ」

まどか「……そっか。やっぱり危険なことには変わりないんだね」

杏子「なーに、倒さなくていいっていうのならまだ楽なもんさ。それと、バサラのことはあたしに任せてくれない?多分、その日にあいつが来る場所は分かるから」

さやか「杏子が?……って、あー、そういうこと。杏子が影響を受けたのってあの人のことだったわけね」

杏子「そうだけど、悪いのかよ」

さやか「いやー、悪くはないけど……もしかして、年上が?」

杏子「は?……はあーっ!?なんでそういう話になるんだよ?」

マミ「なんだか美樹さん、そういう話が好きになったわね」

さやか「そりゃあ、あたしくらいの年頃だったら誰だって気になりますよ。ねえ、まどか?」

まどか「え、うーん……まあ、気にはなるけれど、熱気さんは違うんじゃないかなあ」

さやか「へ、違うって?」

まどか「なんていうかあの人は恋愛の対象とかっていうよりももっと大きい感じっていうか……」

杏子「そうそうそれ、そういう感じ。だからあたしはファンってだけで別に変なことは思ってもいないっての」

さやか「むう、そうなの」

マミ「はいはい。他人の恋バナよりまず自分。恭介君とは、どうなってるのかしら?」

さやか「そりゃあ、もう…………」

突然、さやかが言葉に詰まる。杏子やマミにはその意味がわからなかったが長く付き合いのあるまどかにだけは分かってしまった。

まどか(さやかちゃん。やっぱり……口ではああ言ってても……)

さやか「……じゅ、順調ですよ、うん。ライバルも強ければ強いほど燃えるってものですし」

マミ「それじゃあ、その辺の話も兼ねて今度うちで作戦会議を開きましょう」

杏子「今一番大事なのはお前の恋じゃなくてワルプルギスの夜をどうするか、だからな」

さやか「えーっ?……なんてね。分かってるって」

不安は少女達の中に多かれ少なかれあった。それが、打ち解けた雰囲気の中では他の感情と織り交ぜられてはっきりとしなくなる。しかし、今はそれでもいいのだろうと思った。今はただこうして笑い合えるだけで、十分幸せなことなのだとこの場にいる全員が感じていた。


そして、運命の日が近づく。

ここまでで5話終了。6話で前スレのラストまで。それからエピローグで終わり。
夜にまた更新します。

第6話
「マジック・ソングス」

バトル7 艦内

FIRE BOMBERのメンバーは楽屋でライブの準備をしていた。
レイは機材のチェックをし、ビヒーダは相変わらずドラムを叩き続けている。
ただいつもと違うのは、その楽屋が戦艦の中にあるということだ。そこへ千葉が訪れる。

Dr.千葉「おお、揃っているな。それではこれからの作戦を説明する」

ミレーヌ「はい!……といっても、私たちはいつも通り歌うだけなんですけどね。バルキリーに乗って、ですけど」

Dr.千葉「うむ、そうだ。君たちはいつも通りに歌い、その歌によって発生したフォールド波で時空干渉をおこなう。熱気バサラのいる場所までのゲートを繋いだ後 にバルキリーでフォールド移動し、バサラを回収する。フォールド航行用の燃料はサウンドブースターに無理矢理取り付けてある」

Dr.千葉「名付けて!『今あなたの声が聞こえる覚えていますか何億光年の彼方へも突撃フォールドジャンプ作戦』だ!!頼むぞ、君たちの歌で無事バサラを救出してもらいたい」

ミレーヌ「……その作戦名、長すぎません?」

グババもミレーヌの肩の上で白けた目線を向ける。

Dr.千葉「そうか?これでも大分縮めた方なのだが……ちなみに元の名称は『今あなたの声が聞こえる覚えていますか手と手が…「はいはい分かりました大丈夫です。その作戦、かならず成功させてみせます!ちゃんとバサラをふん捕まえてきますから」

ミレーヌが途中で千葉の暴走を止める。

Dr.千葉「では健闘を祈る。私はブリッジに戻るが、バサラと接触が出来たら通信を頼むぞ」

レイ「了解しました。よし、ミレーヌ。機体に乗り込むぞ」

敬礼を返して、FIREBOMBERのメンバーはそれぞれのバルキリーへと乗り込む。

レイ「しかし、バルキリーだと1人分いないのが余計に大きく見えてしまうな。誰かスペシャルゲストでも招いてみるか?」

ミレーヌ「うーん、ゲストかあ。ガムリンさんとかは?『FIRE BOMBER with ガムリン木崎』なんて」

その名前が出た瞬間、グババの身体が硬直する。

レイ「……すまん。やっぱりその話は無しだ」

ミレーヌ「え~なんで?あれ、グババもどうしたのさ?固まっちゃって」

宙域に特設されたゼントラーディサイズのライブ会場へと辿り着くと、2機のバルキリーは変形して人型になった。
マクロス7内部の窓にはライブを見ようとしてびっちりと人が立ちこめている。カメラを備えた無人機がミレーヌ達の機体を映すとマクロス7の各ブロックで歓声が上がり、中には間近で見ようとして自前の機体で宇宙空間のライブ会場まで来る観客も大勢いた。

ミレーヌ「みんな、今日は臨時ライブに来てくれてありがとう!相変わらずバサラはいないけれど、もしかしたらもうすぐ会えるかもしれないからみんな期待しといて!」

バサラが来る。そう聞いた瞬間に会場も、それを映像などで見ている人たちも一気に湧き上がった。

ミレーヌ「それじゃあ早速行くよ!MY FRIENDS!!」

http://www.youtube.com/watch?v=xeAsoIiq90I


見滝原市 


遠くで荒れた空模様が見えた。私はそれが自然災害ではないことを知っている。
この日を何度迎えてきたか。何度あの日へと戻ろうと思ったのか。
条件は前より厳しいが、その分火力は増やしてあるからどうにかなるはず。

隣には誰もいない。いや、これで良かったのだ。
誰にも頼らない。私は始めからそうするつもりだったのだから。
途中で少しだけ欲が出て助力を期待したが、やはり望みというものは裏切られるのが相場らしい。
でも結局、最初に考えた通りにやるのだから何も支障は無い。
協力してくれる仲間なんていうものよりも、ただ単純に強力な火力があった方が確実性は高い。道具は私を裏切らない。

あのイレギュラー。熱気バサラという男。
初めて目にしたのは巴マミが死ぬはずだったお菓子の魔女と対峙した時。なぜ、魔法少女でもない彼が結界の中にいて生き残っていたのかは分からない。そして、彼がいたから巴マミが生存したというのは考えにくいが、結果的に見ればそうなった。
私としては、まどかが魔法少女になることを思いとどまらせる理由になるのならばあそこで巴マミを見捨ててしまっても良いと考えていた。戦力で言えば申し分 ないが精神的に弱いところがあり、彼女が自分達の真実を何らかの方法で知った場合に敵対する可能性があるからだ。折角上手くいきかけた状況を、彼女の行動 によって台無しにされたこともある。

美樹さやかに関してもそうだ。あの子は毎回高い可能性で魔女に変貌するはずだった。それなのに彼女は生き残り、マミの教えもあって順調に魔法少女としての 力をつけている。あれも、イレギュラーが何かをした可能性がある。そうでなければ、彼女が今まで生き残れている可能性は低いはずだ。

そして、佐倉杏子の性格の変化。話を聞く限りではそれも熱気バサラが関わっていたらしい。彼は一体何をしたのだろうか。人の性格なんてそう簡単に変えられ るものじゃない。私だって昔の自分から変わるのに何度も時を繰り返したのだ。そう簡単に人の性格が変えられるものだとは思えない。

やはり、イレギュラーについては分からないことが多すぎる。彼はいったいどこまで影響している?

しかし、まさかこんな天災のような相手に対してまであの男が何かを出来るわけでもないだろう。考え事をしながら歩いていくと、周りに水蒸気のようなもやがかかってくる。相手が近づいている証拠だ。奇妙な格好をした動物や、飾りのようなものがたくさん私を横切って行く。

ほむら「来る……!」

3

2

1

けたたましい笑い声が空から降り注ぐ。
ワルプルギスの夜が姿を表した。

何度も倒そうとして倒せなかった。未来へと続くはずだった道をこいつに何度も潰された。現れたそばから周囲の建物が瓦礫と化していく。まるで、魔女の結界 の内部のような気の狂った空間を今から作り出そうとするかのように。瓦礫が飛び交い、また新たな廃墟を作る。その気ままな行動は毎度の事だが、どうにも腹 が立つ。
眼前に立った相手を見てすらいない。

ほむら「だから、まずはその認識を大量の爆薬と榴弾で覆してあげるわ」

取り出したのは、各種ロケットランチャーと的榴弾。個人で携行出来る火力としてはおそらく最高峰のものを取り揃えた。それを惜しみ無く、容赦無く、無駄無く、敵へとお見舞いする。

ほむら「覚悟しなさい。その不愉快な笑い声をすぐに止めてあげるわ」

時を止めて攻撃を開始する。
少しして、炸裂音が大気中に響いた。

避難所には多くの人が集まっていた。家族と共に避難をしてきたまどかは無邪気にはしゃぐ弟に笑みを向けながらも心の内では外で起こっているであろう惨状に心を痛める。
見知った顔を見つけると弟を父親に預け、友人の元へと歩み寄る。

まどか「さやかちゃん!」

さやか「まどか!良かった、無事に避難してたんだね。恭介の家と一緒に来たからまどかが無事なのか気にかかってたんだ」

まどか「うん。ママもいてくれたから直ぐに荷物とかまとめられて……今は配給品とかを取りに行ってる」

さやか「そっか。まどかのママさんって、こういう時に仕切るの上手そうだもんね。元レディース系っていうか」

まどか「いや、それとはちょっと違うとは思うけど……。さやかちゃんはこれから……」

さやか「行くよ。あたしは」

その答えが返ってくることをまどかは分かっていた。

まどか「そう……。恭介君は?さやかちゃんがついていてあげた方が」

それでも、こんな風に少し考え直させるようなことを言ってしまう。

さやか「仁美に任せてきた。だから、大丈夫」

まどか「え……?」

さやか「もし、あたしに何かあっても仁美になら任せられる……なんてね。ちゃんと無事に帰ってくるから、そんな辛気臭い表情しなくていいって!」

まどか「本当に……いいの?」

さやか「いいよ。だってさ……あたしは……」

その先を聞く前に、まどかは遮るように口を開いた。

まどか「ご、ごめんさやかちゃん。タツヤの面倒を見ないといけないから先に戻るね!」

さやか「え、うん。いいけど……じゃあ」

手を振ってまどかと別れる。振った手を閉じながら、さやかは少し考える。

さやか(これで、いいんだよね。あたしは魔法少女なんだから)

なるべく人の目に触れないようにして、さやかは出口へと向かう。
出入り口では避難民の誘導が粗方終わったようであり、人の姿はもうほとんど見え無くなっていた。頃合いを見計らって、外に出よう。そう思っていた時だった。

「どこに行かれるつもりですの?」

後ろから声をかけられて驚く。

さやか「どうして……ここに?」

さやかが振り返ると、息を切らしながらも鋭く睨む仁美がいた。
仁美はいつものにこやかな表情とは異なった顔を見せており、なぜ?と思う間もなく言葉が投げかけられる。

仁美「どうしてもこうしてもありませんわ。突然あんなことを仰られて、鹿目さんにも様子がおかしいと言われて探しにきてみれば……いったい、何をなさろうとしていたのです?」

さやか「まどかが!?……あ、あたしはちょっと用があって」

魔法少女だから、街を守るために魔女と戦いに行く。
そう言えればどんなに楽かとさやかは思った。

仁美「やはり、戦いに行かれるのですね」

さやか「な、なんでそれを」

仁美「あの時、あなたが私や他の人を怪物の手から助け出して下さったように。戦われるのでしょう?」

さやか「!……覚えていたんだ」

仁美「ええ。確かその場所には鹿目さんもいらっしゃったはずですが……このご様子ですと、二人は知っていたのですね。学校では二人ともそのことについてお触れなさりませんでしたから正直のところ、自分でも半分くらいは夢だと思っていましたわ」

さやか「その、自分でもどう説明したらいいのか分からなくて。仲間外れにしたとかそういうのじゃなくってさ」

仁美「分かっています。でも、少し寂しく感じましたわ」

さやか「ごめん。けど、他人を危険に巻き込みたく無かったから」

仁美「これからなさろうとしていらっしゃる事について何も話していただけないのは、それも私の身を案じてのこと?」

さやか「見ていたのなら、分かるでしょ。ああいうやつらを相手に……街を守るためには行かなくちゃならない」

仁美「美樹さんこそ危険ではありませんの?」

さやかは、無言で肯定する。

仁美「では、上条君を任せるとおっしゃられたのは、そういう意味だと受け取っても?」

さやか「……仁美になら任せられるよ。こんなガサツで、剣を持って振り回してるような野蛮な子より、あんたみたいなおしとやかな彼女の方が恭介には向いている」

突然さやかの頬に激痛が走る。予想外の衝撃にさやかはよろけた。殴られたところを触ると赤い色がつく。殴られた時に唇を歯で切ったと分かった。

仁美「本気で、本気でそんなことを思っていらっしゃるのですか?」

さやか「え……」

殴られた?
仁美に??
それもグーで???

さやかの頭の中では物理的だけでない衝撃がまだ続いていた。

仁美「あなたの想いは、その程度のものですの!?そんな簡単に人に譲ってしまえるような、そんな生半可な想いで恋をしていらっしゃったのですか?」

さやか「……」

さやかは自分の切れた唇の部分を触る。
指についた色を見て仁美が息をのむ。

仁美「……はっ!も、申し訳ございません。つい、感情的になってしまって」

さやか「違う、見てて」

そう言うと、さやかはポケットの中からソウルジェムを取り出す。
少しだけジェムの輝きが曇り、傷となっていた部分の血が止まり、傷が癒えていく。

仁美「それは……!?」

さやか「これが、あたしたち。魔法少女ってよばれてるモノ。もっと酷い傷だって簡単に治っちゃう。刺されたって切られたって潰されたって、グチャグチャになっても、これさえ無事ならすぐに元に戻る」

仁美は無言でさやかの言葉を聞く。何かを想像したのか、唾を飲む音が聞こえた。

さやか「どれだけぼろぼろになっても死なない。なんでか分かる?……こっちが、あたしの本体になっちゃったからだよ」

仁美「本体?では、今、私の前にいらっしゃるのは」

さやか「ただの動く肉体。言うなれば、ゾンビみたいなもんだよ。……ねえ、仁美。そんな身体のやつが恭介と一緒になっていいと思う?普通じゃない身体で、恭介に抱きしめてもらうなんてことが許されると思う?」

淡々と、感情のこもっていない声でさやかは問うた。
そして、仁美はそれに答える。

仁美「別に、構わないと思いますわ」

きっぱりと、そう言い切った。

さやか「……え?」

仁美「美樹さんは随分酷いことをおっしゃるのですね。まあ、拳を出した私も酷いですから……酷いやつという事に関してはお互い様ですね」

さやか「待ってよ。気持ち悪くないの?私って、全然普通じゃないんだよ?」

仁美「私には、あなたがゾンビなんていうものには到底見えませんでしたわ。どこからどう見ても、美樹さやかさん。前に見た戦う姿はさながら凛としていながらも可憐な花のようで……」

思い出した光景が相当美化されているのか、うっとりとした表情を仁美は浮かべる。

さやか「いや、ちょ、ちょっと、そ、そんなこと言っても」

仁美「それと、あなたの考える上条恭介という殿方は、『そんな事』で、体が少し他人と違うからといって奇異の目を向けるようなお方ですの?」

さやか「それは……」

仁美「幼少の頃から、彼を見てきたのでしょう?あなただって、彼の腕が動かないからといっても彼への気持ちは変わっていなかったはず」

さやか「そうだけど。そんな事は分かってる……だけど……」

さやか「ああ、そうか……怖いんだ。普通じゃないっていう自分を……恭介に見られるのが」

仁美「好きな殿方の前で格好をつけたいという気持ちはよく分かりますわ。さやかさんは正直なお人ですから、尚更そういうことを気になさるのでしょうね」

さやか「格好つけたい、か。……そうかもしれないけれど」

仁美「誰も気にしてなどいないのにそれでもというのであれば、それは自分の問題ですわね」

さやか「自分の……」

仁美「さやかさんが、自分で自分を許せないから、そういう風に思い悩んでいらっしゃるのではなくって?」

さやか「私が……自分を?」

頭のなかで、自分に向けて問う。
誰のせいでこうなったのか、と。

憧れの正義の味方を見せてくれたマミさん。
非力なのに、自分の身の危険を顧みないまどか。
肝心な事を教えてくれなかったキュウべえ。


誰のせいでもない。

格好つけて、馬鹿をやったのは自分だ。
顔を覆いたくなるような真実を見つけて、さやかは息を呑む。
ならば、これ以上してはいけないことは。

さやか「ごめん、仁美。……おかげで目が覚めた」

仁美「別に構いませんわ。相手が腑抜けていては、私の沽券にも関わりますから」

さやか「いや、なんて言ったらいいのか分からないけど……でも何で返したらいいのやら」

仁美「お気になさらずに……あ、そうですわ!では、折角ですし美樹さんも私のことを殴っていただければそれでおあいこかと」

さやか「ええっ!?いや、返すってそういう意味じゃなくてお礼の意味で」

仁美「ええ、どうぞ。お構いなくおやりになってくださいまし。さあ!」

さやか「いやいやいや、もう怪我は治ってるし、別に殴り返したいわけじゃないんだけど!?」

仁美「……殴り返して、もらえませんの?」

さやか(な、なんで殴らないと悪いみたいな雰囲気になってんの……?)

仁美「熱い友情を確かめ合うために拳と拳で語り合い、夕陽を背景に戦いの後は互いの手を握り合う。真の友情とは、そのようなものだと思っていたのですが……」

さやか(いや、それは昔の少年漫画の読みすぎだから!)

心の中でツッコミを入れたが、ここで断るのも気が引けた。

さやか「じゃ、じゃあ。一発……ね」

仁美「はい!どうぞ!」

喜々とした表情で仁美はさやかの拳を待つ。
その笑顔に拳を向けることにすごい罪悪感を覚えながらさやかは殴りかかる。

さやか「と、とりゃっ!」

仁美「お気になさらずに……あ、そうですわ!では、折角ですし美樹さんも私のことを殴っていただければそれでおあいこかと」

さやか「ええっ!?いや、返すってそういう意味じゃなくてお礼の意味で」

仁美「ええ、どうぞ。お構いなくおやりになってくださいまし。さあ!」

さやか「いやいやいや、もう怪我は治ってるし、別に殴り返したいわけじゃないんだけど!?」

仁美「……殴り返して、もらえませんの?」

さやか(な、なんで殴らないと悪いみたいな雰囲気になってんの……?)

仁美「熱い友情を確かめ合うために拳と拳で語り合い、夕陽を背景に戦いの後は互いの手を握り合う。真の友情とは、そのようなものだと思っていたのですが……」

さやか(いや、それは昔の少年漫画の読みすぎだから!)

心の中でツッコミを入れたが、ここで断るのも気が引けた。

さやか「じゃ、じゃあ。一発……ね」

仁美「はい!どうぞ!」

喜々とした表情で仁美はさやかの拳を待つ。
その笑顔に拳を向けることにすごい罪悪感を覚えながらさやかは殴りかかる。

さやか「と、とりゃっ!」

拳が肌に触れようとした瞬間。

払われて、
捻られて、
倒された。

さやか「へっ?」

仁美の顔が180度反対に見えた。
頭は打たないようにしっかりと腕を握られていたが、身体は床に倒される。

さやか「い、痛いっ!床硬いっ!……な、なんでよ!」

仁美「あら、ごめんあそばせ。つい反射的に護身術が」

さやか「……もしかして、まだけっこう怒ってる?」

仁美「それはもちろん。でも今のは本当にわざとではありませんわ」

さやか「……ははっ。ははははは」

仁美「……ふふっ……くすくす」

なんだかおかしくなって、2人とも笑ってしまう。

仁美「では、次はしっかりと殴り返すためにも必ずお戻りくださいね」

さやか「うん。あ、それとあたしが帰るまで抜け駆けは禁止だよ」

仁美「それとこれとはお話が別ですわ。いつまでも待つような恋は好みではありませんもの。恋は戦争、ですわ」

さやか「んなっ!?ぐぬぬ、絶対すぐ戻ってくるからね!」

嵐の中をさやかは駆けていく。その姿を見送りながら仁美はため息をつく。

仁美「敵に塩を送りすぎたかもしれませんが……致し方ありませんわね。だって、さやかさんだって本当に素敵なお方なんですもの……」

仁美「……あら、この感情って……もしや!?」

見送りながら仁美は大きな勘違いをする。
何か大きな勘違いをされたような気がしながらもさやかは戦いの場所へと向かっていく。

森林公園

確証があるわけじゃないけれど、あたしは待っていた。
もうすぐあいつはここに来ると信じていた。

ひとつの処に留まるなんていうのはあいつらしくない。
長い付き合いでは無いはずなのに、どうして自分でもそう思えるのか不思議に思った。
魔力の乱れ。ソウルジェムの反応を見なくとも分かる。こいつはヤバイと汗が流れる。
振り向いて見滝原の方を見た。

杏子「始まったのか」

一番先に手を出すのは暁美ほむらだろう。1人でも戦うと言っていたのだから。

杏子「戦い、か」

ほむらとの会話の中で、自分の中に疑問が湧いていた。
バサラは魔女に対して歌を聞かせようとして、戦おうとしていたあたしに激怒していた。

だけど、本当に戦うことが悪いことなのか?

バサラのやり方を真似しようとしたけれど、あたしには出来なかった。そして今は魔女の接近によって町が危機に陥っている。歌えないやつが何かを守ろうとするのに戦うことはいけないことなのか?

バサラ「そんなしかめっ面をしてどうしたんだ?」

いろんな事を返答したくなる。けれど、あまりにも咄嗟のことだったから上手く言葉に出来なくてバサラの顔を見たまま黙ってしまった。

バサラ「何か俺に聞きたいことでもあるのか」

なんでこいつは分かるんだ。それともあたしがそんなに分かりやすいやつなのか。

杏子「別に……」

バサラ「言いたくないなら別にいいけど。バルキリーは?」

やっぱりこいつと話すとペースが持って行かれる。仕方なく、バルキリーに手を触れてかけていた幻惑の魔法を解く。何もなかったはずの空間に巨大な乗り物が現れる。

バサラ「それ、魔法なのか」

杏子「まあね。こういう風に幻を見せたり出来るのがあたしの魔法」

バサラ「へえ。やっぱり凄いな、魔法って」

杏子「……そんなことないよ。こんな力があっても、守りたい人すら守れなかった。だったら、あんたの歌の方が」

バサラ「俺はただ、好きに歌っているだけだぜ。それをどう捉えるかはそいつのハート次第だ」

杏子「なあ、バサラ。……行くんだよな?」

バサラ「ああ。俺の歌を聴かせたい奴がいるからな。そして、懐かしい歌声が聞こえた。向こうから届いたってことは、こっちの歌もあいつらに届いていると信じている」

杏子「あいつら?それって……」

バサラ「俺の仲間さ。あいつらなら、あの曲を完成させられる。そして、あいつらも来るだろうから俺は行かなくちゃならない」

バルキリーに乗り込もうとしたバサラを手を広げて阻む。

バサラ「ん?」

杏子「やっぱり、聞きたいことがあるんだけどさ」

バサラ「なんだよ?」

杏子「誰かのために、何かを守るために戦うっていうのは……間違っているのか?」

杏子「お前は戦うのが嫌いだってことは分かってる。けど、生きるために戦うのがそんなに悪いことなのか?」

杏子「それは……だってそれは、あたしたちのやってきたことが、存在が間違っていたってことじゃ……」

一度口を開くと、堰を切ったようように言葉が溢れていく。切羽詰まったような顔したあたしに、バサラは優しい目を向けていた。

バサラ「正しいとか間違ってるとか、良いとか悪いとか。難しく考えすぎなんじゃないのか」

杏子「難しい?」

バサラ「誰がそんなことを決めたんだよ。武器を持って戦えば、そこには悲しみや憎しみが生まれる。だったら、もっとうまい方法を探してやればいい。ただそれだけのことだぜ」

杏子「でも、それが出来ない奴はどうしたらいいんだよ!みんながお前みたいに歌えるわけじゃないのに」

バサラ「それは」

バサラは自分の胸を親指で指して言った。

バサラ「自分のここに聞くしかねえよ。自分が出来る事でうまい方法が何なのかを」

杏子「自分に?でも、あたしは……」

自分に出来ることで、悲しみや憎しみを生み出さないようにするには……。

思い浮かばない?

違う。あるにはある。けれど、けれど、それは……。

バサラ「だから、言ってるだろ。難しく考えすぎなんだって」

杏子「でもさ……」

バサラ「他人がどうこうじゃなくて、お前は何が出来て、何がしたいんだってことだよ」

杏子「それにしたって、自分だけの力でないと……」

だってそれは、他人を利用する自分勝手な考え……

え……自分勝手?

…………あっ!

杏子「……いいのかよ、それで」

バサラはあたしを見て笑顔を見せた。

バサラ「いいんじゃないのか、それで」

だったら。あたしが出来ることでやりたいことはこれしかない。

杏子「……戦わないっていうのは、多分……あたしには無理」

前に言った言葉を……その時は信じられずに出来なかったことを、今度は本気で言う。

杏子「だから、だからさ。今度こそお前の歌を、あいつに聞かせるためにあたしは……」

バサラは真っ直ぐあたしの目を見つめていた。
虫が良い話だとは思う。一度、自分から反故にした約束をもう一度信じろなんて無理な話だ。

バサラ「そうか」

バサラが言ったのは、その一言のみだった。

横を通り過ぎてバルキリーに乗り込むバサラ。

バサラ「乗らないのか?」

あたしは少しの間呆然としていた。

杏子「何か、いや……いい」

バサラの前にあたしも座る。
行動で示す。それが、あたしに唯一残された道で一番確実な方法だ。

ふと、気になった事を聞いてみる。

杏子「なあ。ここで誰か他のやつと一緒に座ったことってあんの?」

バサラ「あるけど?」

杏子「……別にっ」

機体は離陸を始め、戦地へと向かおうとしていた。

避難所


まどか(仁美ちゃん、上手くやってくれたかな)

タツヤの相手をしながらまどかは考え事をしていた。
自分にも出来ることはあるはずだと考える一方で、自分にはどうしても出来ないことがあるとまどかは知った。さやかと会話した時に、それを強く感じたのだ。
今のさやかに必要なのは自分の声ではなく、仁美の声だと。

まどか(今ごろ、外ではみんなが戦っているのかな)

タツヤ「ねーちゃん、げんき?だいじょーぶ?」

考え事をしていたから表情が俯き加減になっていたのだろう。タツヤが心配してまどかの肩を揺する。笑顔を返すと、無邪気に笑う。

知久「ほら、タツヤ。今日はみんなでピクニックだ。まどかもほら、楽しまないと」

パパがタツヤを抱え上げながらそう言う。
その思いやる姿を見てまどかも安心した。

まどか「ありがとう、パパ」

知久「……まどか。不安な事なんて何もないんだからね」

まどか「そう…だね」

知久「何か気になることでも?」

黙ってしまう。嘘をつくのは得意ではないまどかは、何か下手に喋ってしまうとそこから全部分かってしまわれるかもしれない。

知久「言いにくい事だったら無理に言わなくてもいいよ」

まどかの心情を察したのか、知久は無理強いはしなかった、
魔法少女であるなら、もっと周りに気を使わなくてはならないのかもしれない、とまどかは考える。自分がそうであることを周囲に隠して、それでも戦い続ける。

でも、本当にそうしなくてはならないのだろうか?

別に、悪いことをしているわけではない。寧ろ、みんなに褒められることをしているはずだ。それなら、もっと存在を現したっていいはずなのだ。

まどか「もっと、いろんな人達がみんなを知ってくれたなら」

仁美にさやかのことを話してしまったのは一つの賭けでもあった。
それを知った仁美がさやかのことをどう思うか不安ではあったが、仁美も魔女に襲われた時のことを朧げに覚えていたこともあって素直に受け入れてくれた。

まどか(……私が歌っていたことも覚えていたんだった)

話した時に、見知らぬ他人よりも知り合いに見られた方が恥ずかしいのだと分かった。

バサラさんの歌。魔法少女が戦いを避けられるかもしれない、運命を変えるための切り札。
マミがそう言ったことにまどかは疑問を感じていた。自分が歌に対して思った感情はそういう大層なものではなかったからだ。

まどか「怖い時こそ歌え!……かあ」

言葉よりも心に届きやすい何か。心を動かすことが出来るもの。
だから歌うのなら、素直な気持ちで。バサラのように。

歌っていた。


心の底から起こるメロディーを口ずさまずにはいられなかった。
もう一度。私たちの日常をみんなで過ごしたい。
戦場にいけない自分が出来ることは、祈ること。
自分の思い。相手に伝えたい想い。素直な気持ち。

歌いあげると、タツヤがぽかんと見上げていた。

タツヤ「ねーちゃん」

まどか「あ、えっとこれは……」

タツヤ「ねーちゃんすごい!じょーず!」

初めてもらった拍手。

まどか「あ、ありがとう」

知久「……」

まどか「あ、パパ」

知久「なんだか、すごく落ち着く歌だね。その歌を聞いていて思ったよ。子供達を安心させようとしている自分が、本当は不安を感じていたんだって」

知久「ありがとう、まどか。……自分の子供に諭されるなんて、まどかも大人になっていたんだな」

まどか「そ、そんな…大げさだよ」

談笑する鹿目家はいつもの生活と同じ雰囲気が漂い始めていた。

QB(驚いたよ、鹿目まどか)

背後からの声に振り向くと、キュウべえがいた。
位置は離れている。しかし、テレパシーで声を送ってきているようだ。

まどか(キュウべえ!)

知久「ん、まどか。どうかしたかい?」

まどか「え、あ、いや。なんか虫が飛んでたような」

QB(少し話したいことがある。とある魔法少女の話で、君にとても関係のある話だ。そこで話しているのは少し面倒だからこっちまで来てくれないかな?)

まどか(……分かった)

キュウべえに対して警戒心はあった。自分たちのことをエネルギー源としか考えていない存在だということは前に本人の口から聞いている。
それでも、少しでも魔法少女についての事が知れるのであれば知りたいと思う。自分に関係があるというのであればなおさらそう思う。

まどか「ごめん、パパ。ちょっとお手洗いに行ってくるからタツヤを見てて」

知久「ん。行ってらっしゃい」

タツヤ「…あう、ねえちゃん」

まどか「すぐ帰ってくるから、大人しくしてて、ね」

まどかの服を掴もうとしたタツヤを知久が止めた。
まどかはキュウべえが乗っている手すりの前まで行くと周囲に人がいないことを見てから話しかける。

まどか「私に関係のある話って何?」

QB「その前に、君は自分がさっき発したエネルギーについて気づいているのかい。君に巻きついた因果律の糸があのようなエネルギーを生み出すことになろうとは思いもしなかったよ」

まどか「何の話」

QB「……自覚は無いようだね。では、君が何故魔法少女の才能があると言われるか分かっているかな?」

まどか「……知らない」

QB「そうか。なら話しておこう。何の変哲もない君のような少女に、どうしてそれ程までに因果の糸が巻きついているのか」

QB「魔法少女となって強大な力を持つ者は、因果律を多く含んでいる。この因果律というのは他者との関わり、願望、そして、その世界に対する影響の事だ」

まどか「どうして、私がそんなにたくさんその……因果律っていうのを持っているの?私は…何の力も無いただの」

QB「そう。だから僕達は誰かが君を基点として何かを行っているんじゃないかと思ったんだ。君のエントロピーは世界を作り変える神にさえなれるほどだ。そんな力を持つ為には世界そのものの因果律が君に対して降りかかっていないといけない。人の一生の内で、そんな事が出来るわけない。そんな前例は見たことも聞いたこともない」

QB「けれど、その前例を覆すことが出来る能力を持つ魔法少女がいた。暁美ほむら。彼女の持つ力は時間操作。それがどの程度まで機能するものなのかは知らないけれど、少なくとも何度か世界をやり直しているようだね。そして、それは必ず君を基点としているようだ」

まどか「私を……?なんで私なんかを」

QB「さあね。僕にはその理由までは分からないさ。けれど、そう考えると少なくとも君の因果律については説明ができる。まあ、正確なことは彼女自身に聞かないと分からないだろうけれど」

まどか「……じゃあ、いくつか聞かせて」

QB「なんだい?聞かれたことには答えるよ」

まどか「どうして私にそんな話をしたの?私を魔法少女にしたいから?もし本当に私に世界を変えられるような才能があるのなら、世界を作り変えてキュウべえたちがいない世界を願って、魔女や魔法少女なんていうのがいなくてもいい世界を作るかもしれないんだよ」

QB「そうしたら、君たちの文明は著しく低く成り果てるだろうね。君たちの発展は僕たちの干渉があってこその産物だ。今までの文化的な暮らしを捨てて穴蔵で暮らしたいというのなら、それでも構わないけれど」

まどか「それでもいいとしたら?」

QB「合理的じゃない。けれど、その理解が出来ない理由でも動くのが君たちだったね」

QB「分かった。そんなことをされたら僕たちも困る。けど、僕たちの意図を君が知る必要はないと思うよ。それでも知りたいかい?」

まどか「知りたい。少しでもあなた達を理解するために」

QB「迷っているからさ」

まどか「迷う……って、何に?」

QB「たしかに君を魔法少女にして、魔女となった時に得られるであろうエネルギーはとても魅力的なものだ。しかし、それと同時にリスクも生まれる。もし君が魔女となった時にそれを倒すことができる魔法少女が現れなかったら人類にどれほどの被害が出るのだろうか?そうした時にせっかく構築したシステムが継続出来ない事態になってしまうかもしれない。そして、もし君が世界を作り変えてしまって僕たちの使命を、今まで積み上げてきたものを台無しにしてしまうような願いをされたら?」

QB「僕等にはその願いがエントロピーを凌駕していない限り、それを受け入れないことは出来ない。リスクを踏まえながらも君と契約をするいうのが将来的に見て果たして利益になるのだろうか、とね」

まどか「なら、そんなこと話さなければ良かったのに。何も知らないまま契約をさせてしまえば、迷うことだって」

QB「言っただろう、僕たちは最終的な判断は君たちに決定を委ねると。一応、君たちのことは知的生命体と認めているんだよ?」

そこで、まどかは理解した。
目の前にいる相手は、悪意を持って自分たちをエネルギー源としているのではないということ。そうするより彼らには他に方法が無いから、そうしているのだと。
警戒心の他に、ある感情が湧いた。それは、まどかが他人に対していつも抱く感情。

QB「鹿目まどか、念のためもう一度聞こう。君はこの宇宙のために魔法少女となってくれる気はあるかい?」

まどか「……少し前の私なら魔法少女になったかもしれない。誰かの役に立てる何かになりたいって。弱い自分を変えたいって」

まどか「でも、今はそう思わない。こんな私にも出来ることがある。誰かを支えることが出来る。認めてくれる人がいる。だから私は、今のままでいい。ただの少女のままで、いい」

QB「それが君の選んだ答えか。まどか」

まどか「うん。だから……ごめんね」

QB「何がだい?」

まどか「魔法少女になってあげられなくって。でも、私に出来ることがあるのなら手伝うよ。出来る範囲は限られているけれど」

QB「……その反応は予想外だったな。まさか、君からそんな言葉が聞けるとは思わなかった」

キュウべえの反応が珍しく遅れた。


QB「君は、僕たちを敵対視しているんじゃないのかい?今までの人間は残念なことに僕達のやっていることに対して手伝うなんていう気持ちにならないものだと思っていたのだけれど。」

まどか「だって可哀想なんだもん」

QB「可哀想?僕たちが?」

まどか「誰かを魔法少女にすることでしか、キュウべえの使命は果たせないんでしょう?そんな風にすることでしか生きられないなんて、可哀想だよ」

QB「わけが分からないよ。そんな風に思う人間は初めてだ」

QB「何の変哲も無いと言ったのは訂正するよ。君は……もしかしたら本当に特別な存在なのかもしれない」

まどか「そう、なの?よく分からないけれど」

QB「鹿目まどか。その身に多大な因果律を背負いながらも魔法少女となることを拒んだ君に、提案があるんだ」

まどか「提案?」

キュウべえからの話を聞いて戸惑いを隠せなかったが、まどかはその提案に乗ることにした。それは今までの魔法少女とは違う生き方であり、自分にこそ出来るというやり方だった。

キュウべえとの会話の後、一目散に外へ出るための昇降口へと向かった。
パパとタツヤのことは気にかかったが、それ以上に居ても立っても居られない焦燥感に襲われていた。もちろん、向こうに行って何が出来るかどうかも分からない。
けれど自分にしか伝えられない言葉がある。そして、聞きたいことがある。
だから、私は行く。

そんな私の腕を、誰かが掴んだ。

詢子「どこに行こうってんだ?オイ」

まどか「ママ……」

詢子「外はこんな様子だ。まさかコンビニにでも行こうだなんてわけでもないだろう」

詢子「なんで外に出ようとしていた?何をするつもりだった?」

掴まれた腕を引き寄せられて詰問される。
真剣な顔。怖い声。本気で心配していることが容易に理解できる。

まどか「……行かなくちゃいけないところがあるから」

詢子「なんでお前が行く必要がある?素人が動けば怪我をするだけだ。自分1人の命じゃないって分からない歳でもないだろう?」

まどか「分かってる。自分が無力なことも、危ないことだってことも、ママが今どんなに私のことを心配しているのかも。分かってる」

まどか「それでも、私は自分に何か出来ることが少しでもあるのならそれを見過ごすなんてことは出来ない。だから……」

詢子「美樹さんのところもさやかちゃんが居ないって言ってたな。お前の用は、それと同じか?」

まどか「……!」

詢子「理由も話さない。何をするかも言わない。それじゃ行かせるわけにはいかないな。ほら、パパとタツヤの所に戻るよ」

ママの言うことは正しい。心配するのも、危ないことをさせまいとするのも。
それでも引き寄せられた腕を引き返す。驚いた顔でママは私を見た。

詢子「まどか?」

まどか「聞けない」

詢子「おい。もう駄々をこねるような年齢じゃ無いだろ。馬鹿言ってないでさっさと」

更に強く腕を引かれて、よろける。
それでも踏み止まる。ママがこちらを振り返った。
乾いた平手打ちの音と怒りの表情に思わず身がすくんだ。

詢子「あのな……こんな時にガキがナマ言ってんじゃねえよ!もしお前が怪我したらどうする!?命を落としたらどうする!?今はヤバイ、それぐらいまどかにだって分かるだろう。そんな時に何をするっていうんだ!子供が1人でのこのこ外に出て行って何が出来るっていうんだよ!」

ママが手をあげるなんてことは滅多に無い。
本気で心配しているからこそ手をあげる。その痛みの意味が心に響いた。

まどか「何も出来なくなんて……無い!」

ママが私の反応に一瞬たじろぐ。ここで止まるわけにはいかない。
目頭の熱さを振り払うように私は続けた。

まどか「ずっと1人で戦ってきた子がいる。だから私が側にいてあげないと……じゃないと……その子はずっと1人で戦い続けなきゃいけなくなる。それはとても……とても寂しいことだから……!」

詢子「どうしても、聞けないっていうんだな。そんな子に育てた覚えは無いよ」

まどか「お願い、行かせてほしいの。行かなかったら、きっと私は後悔するから」

ママが私の目を真っ直ぐに覗き込んでくる。
心の奥まで見透かされそうな視線だったが、怯まずにその視線に応えた。

詢子(その眼……そっか。見つけたんだな)

ママが私の肩を掴んで背を向かせる。
ポン、とその背中を優しく押された。

まどか「ママ……?」

詢子(叩かれたくらいで折れるような覚悟なら引き摺ってでも引き留めるつもりだったけれど。……いつの間に、あんな眼が出来るようになっていたなんてね)

詢子「なら、もう私が止めることは出来ないな。……行ってこい、不良娘」

まどか「うん。ありがとう、ママ」

振り返ってそれだけ言うと、私は外へと急ぐ。

扉を開けただけなのに突風が行く手を阻もうとする。だけど覚悟を決めて前に進んだ。
突風に足が遅くなる。顔を真っ直ぐ向けていると呼吸が出来ない。
逸らした瞬間に、落ち葉が飛んでくる。腕で顔を防ぐ。前が見えなくなったその瞬間、光るものが目の前にあった。折れたビニール傘。剥き出しになった鉄芯だと気づいた時にはもう遅い。

マミ「はあっ!」

リボンに絡め取られて残骸が勢いを失うとそのまま別の方向へと投げられた。

マミ「危ないところだったわね」

まどか「マミさん!」

マミ「この先はもっと危険よ。あなたはそれでも行くの?」

まどか「……はい。足手まといになるかもしれないことは分かっています。でも、どうしても行かなきゃいけない理由があるから」

マミ「じゃあ、私に掴まって」

まどか「はい……あれ、風が弱くなった?」

マミ「体の周りに障壁を作ったからこれで風を気にせずに進めるわ。さあ、行きましょう」

まどか「はい!」

火力は十分のはずだった。
戦術は完璧のはずだった。

一人でもこいつを倒せるはずだった。

魔女の笑い声が大気を震わせる。その苛立たしい声を止めることは出来なかった。
身体に力が入らない。傷ついた肉体を修復するために魔力を消費しているが、それでもまだ時間がかかる。

これ以上進まれたら、避難所が襲われる。

立たなくてはならない。
戦わなくてはならない。

約束を守らなくてはならない。
そのために、私は何度も何度もこの時間を繰り返してきた。
絶望の未来を変えるために。希望を掴むために。

ほむら「……くっ……うぅ」

動け。動け。動け。
何のためのソウルジェムだ。肉体と魂を分けたのは戦うためだ。
これぐらいの傷で、動きを止めるな。

飛来するビルや瓦礫。無作為に飛ばされたそれらの内の一つが私のいる方へと向かう。
身体の修復がまだ終わらない。時を止めたとしても、身体が動かなければ意味がない。

これで、終わりか。

また、失敗か。それも、とびきり肝心な部分で。


力を込めた奥歯に血が滲む。

「でやあああああああああ!!!!」

掛け声とともに一閃。2つに割れた瓦礫。

どうして?

ほむら「美樹……さやか……?」

どうしてあなたがそこにいる?

さやか「あんたもこの街を守りたいんでしょ。だったら、目的は同じじゃん」

ほむら「私は……ひとりでも」

さやか「……あのねえ、1人でなんでもかんでも背追い込もうとしないでよ!いくら強がって自分だけでどうにかしようっていったって、1人じゃ出来ないことばっかりなんだからね!」

ほむら「……っ、前!」

さやか「えっ…うわっ!そんなに多くは流石にさやかちゃんでも厳しいよ!?」

ひとつだけでは足りないと即座に判断したのか、3つの高層ビルが宙に浮かんでいるのが見えた。それらが急加速して、再度飛来する。

「だから言っただろ。気を抜くなってさ」

ビルのひとつに無数の線が入れ込まれると、細切れの瓦礫となって地に落ちた。

「久々に使うぜ!ピンポイント・バリアパンチ!」

さらに、真紅の機体が変形して人型になると残りのビルを殴りつけて吹っ飛ばす。

さやか「杏子、バサラさん!遅いよ……って、な、何それ!?なんでロボットが!?」

杏子「詳しい話は後にするよ。あれにバサラが乗ってるんだ」

ほむら「……なによ、それ」

杏子「ほむら!やっぱりもう戦っていたのか。無事じゃ……なさそうだな」

ほむら「一緒に戦わないって……言っていなかったかしら……?それとも、それであいつと戦うつもり?」

バサラ「悪いけど、俺はこいつを戦いに使うつもりは無いぜ。俺は、俺の歌を聞かせるためにこいつに乗っているんだ」

杏子「そういうこと。そして、あたしがここに来たのはお前と一緒に戦うためじゃない。戦いを止めるために来たんだ」

ほむら「……そんな分からない理屈で……!っ……」

杏子「ほむら?おいっ!」

さやか「……大丈夫。脈はあるし呼吸もある。気を失っただけみたい」

側に寄ったさやかがほむらの腕を取り、治癒の魔法をかけながら言う。その言葉に杏子は胸を撫で下ろす。

さやか「それにしても……こんなに傷つくまで戦って……」

杏子「それだけの理由が、こいつにもあるんだろう。あたし達とやり方は違うけれどさ」

さやか「……ちょっと見直したよ。でも、まだあんたの事はよくわかんないままだからさ」

さやかは立ち上がって、剣を構える。
それに呼応するように杏子も槍を回して構えた。

さやか「ちゃっちゃとこいつを止めるから、その後でいろいろ話を聞かせてほしいね。……行くよ、杏子!」

杏子「ああ、撹乱はあたしの十八番だからな!動きについてこいよ、さやか!」

「あら、私を忘れているんじゃないかしら?」

声とともに、何発もの巨大な弾丸がワルプルギスの夜を押し戻していく。

マミ「そう簡単に行かせはしないわよ!」

さやか「マミさんも!来てくれたんですね」

マミ「遅れてごめんなさい。さあ、あいつをこの場に留めるわ!」

バサラ「おおっし!俺も行くぜ、ファイヤー!」

ガンポッドを乱射して建物の残骸や魔女の身体にスピーカーを取り付ける。
バサラのギターが戦場に鳴り響いた。

ここはずっと夕暮れ時のままだ。
夜へと向かわなければ朝になることもない。時間も人の流れも止まったままのこの世界で、私は歩き続けている。
自分がどこに向かっているのか。
何をしようとしているのか。

分かっている。
分かっているはずだ。

そうでなければ、自分が今まで歩いてきた事が無駄になる。
私は彼女に追いつくために、ずっと歩み続けた。そのはずなのに。

歩み続けても彼女はどこにもいなかった。
私を待っていてくれるはずの人物は、もう二度と会えない。

なら、どうして私はまだ歩みを続けるの?

疑問に思いながらも歩みを止めることができない。
一度止まれば、また歩き出せないかもしれない。
その恐怖と使命感が、私の足を動かす。

流れていく人とは別に、異質な存在が見えた。
自分とすれ違うように歩き去って行く他の人とは違い、それはそこにずっと立ち止まっている。

駆け出していた。

あれは、違う。
あれは、自分ではない。
あれは、弱い昔の自分であって、今の私とは違うものだ。

だから、認めるわけにはいかない。
自分より前に居させるわけにはいかない。

駆けている。人が流れ、仮初めの景色も様相を変えていく。
早く、早く、早く。
一分一秒でも長く、そこに居させるわけにはいかなかった。
壊れる。壊れてしまう。
私の世界が、ここが崩れ去ってしまう。

それなのに、いつまでも辿り着くことが出来ない。

どうして!?

私は、あの時よりもずっと強くなった。追いつけない理由がない。
走れば走るほど遠ざかる姿を見てようやく気がつく。

離れていたのは、自分の方だ。

立ち止まって途方にくれる。そしてそれを認めた瞬間から世界の崩壊が始まった。

どこかに逃げなくては!
ここにいれば、崩壊にまきこまれる。眼前に見える扉。そして、背後にもうひとつ。
あれの手前にある扉を開くか、逆走して別の扉を開くか。
選択を迫られる。

どっちだ。
どっちが正しい?

私は、どうすればよかった?

時間がない。あれを追いかけるのが正解なのか。
それとも戻るのが正解か。

私はずっと追いかけていた。
彼女の姿を。彼女のやり方を。彼女の想いを。

でも、もし私の追い方が違ったというのであれば。

私はまたやり直すのだろうか?

扉へと駆け込み、開いた拍子に足場が消えた。
世界が無くなっていく。選んだのは、背後の扉をだった。

落ちていく。
無我夢中で伸ばす手を今度は誰かが掴んだ。

私の体は落下をやめて、冷たく心を覆うような暗闇が握られた手の部分から明るく晴れていく。

その手を取ったのは気弱な少女だった。
何事にも自信がなくて、行動も鈍臭い。

人付き合いも悪くて、他人と接することが苦手。

何かを変えようと思って、結局何も出来なかった。

そんな……自分自身。


「大丈夫だよ、ほむらちゃん」

声が聞こえた。
暗かった世界に、青い光が射す。

誰?

手を取った者の正体を改めて見直す。
そこにいたのは、もう自分ではなかった。

「もう、戦わなくてもいい」

これは、夢?

ほむら「どうして……あなたがここに……?鹿目……まどか……」

まどか「ほむらちゃん……よかった、目を覚まして」

ほむら「どうして……どうしてあなたがここに居るの……?」

まどか「ごめん、どうしても居ても立っても居られないから、来ちゃった」

困ったような笑顔を浮かべてまどかは言う。

ほむら「ここがどんな場所だか分かっているのでしょう?あなたがここにいたら……私は……あなたを守れない」

ほむら「お願い、どうか私にあなたを守らせて。……あなたは私に残った唯一の道しるべ。繰り返す時の中で私が戦い続けることが出きたのはあなたのおかげ。あなたを失えば、私は……生きていけない……!だから……ここから離れて」

まどか「ほむらちゃん……」

ほむら「……こんなこと言っても意味が分からないよね。気持ち悪いって思うかもしれない。だけど、それが私に残った唯一の願い……!」

まどか「大丈夫。ほむらちゃんの気持ちはちゃんと分かっているから」

まどか「それに、私がここに来たのは戦うためじゃないの」

ほむら「……じゃあ、何のために?」

まどか「ほむらちゃんに言わなくちゃならない事があるから」

ほむら「私に?」

まどか「……私は、守られるだけなんて嫌」

ほむら「え……」

まどか「ずっと、自分は何も出来ないんだと思ってた。学校でも、家でも、さやかちゃんやマミさんが戦っている時だってずっとそう思ってた」

まどか「何も出来ない自分が嫌い。弱い自分が嫌」

まどか「だから、魔法少女になれば誰かの役に立てるんじゃないかって思った。願い事さえあれば私も戦える。そう、思ってた」

ほむら「それは……」

ほむら(まるで……昔の……私)

まどか「でもね!それは違うって分かったんだ。本当は力が無くったって、何かにならなくったって、自分に出来ることはあるってこと」

まどか「それを教えてくれたのが、熱気さんの歌」

ほむら「熱気バサラ……彼が……?」

まどか「私がここに来たのは、ほむらちゃんが1人じゃ無いってことを伝えるため。さやかちゃんも、マミさんも、杏子ちゃんも、もちろん私だって、ほむらちゃんの味方だよ」

ほむら「そんな……そんなの、あり得ない!私は1人で戦ってきた。誰に認められたいわけでも、褒められるためでもない。信用したって、些細なきっかけでそんな絆はすぐに綻びる!だから関わりを絶ってきたのに!今更になって、そんなのあるわけない!」

杏子「そうやって何でもかんでも決めつけるなよ、お前は」

まどか「杏子ちゃん」

杏子「たしかに、お前の考えはいくつかいけすかないことだってあるさ。でも、あんたにだって守りたいものや戦うだけ理由があったんだろ。だったら、あたしにそれを否定することなんて出来ないさ」

さやか「そうそう。何があったのかは知らないけれど、あたしたちはまだあんたの事をよく分かってないんだからさ!だから……ちゃんと教えてよね!」

まどか「さやかちゃん!」

マミ「魔女の結界内で初めて顔を合わせた時、私は話を聞こうとせずにあなたに銃を向けた。話をすれば、協力することだって出来たかもしれなかったのに……」

ほむら「巴マミ……」

まどか「ほらね、ほむらちゃんの周りには敵なんていない」

少女たちはほむらに笑みを向けた。

ほむら「それじゃあ……私の覚悟は何のため……?私が今までしてきたことは……」

ほむらの手を、まどかが両手で包んだ。

まどか「覚悟も、想いも、ちゃんと伝わったよ。今まで守ってくれてありがとう。でも、もう大丈夫」

ほむら「……でも、あいつは、ワルプルギスの夜はまだ……私の力では……」

まどか「それでも、出来ることはあるよ」

ほむら「何を?」

まどかは包み込んだ手を胸に近寄せる。

まどか「私だけだと、足りないかもしれない。でも、ほむらちゃんが一緒に祈ってくれるのなら届くかもしれない」

その言葉は、不確定なものに頼ろうとしていなかったほむらを唖然とさせるものだった。祈って、何になる。一瞬そう考えた時、自分が何かを思い出してハッとする。

ほむら(そう……そうだったわね。私は、魔法少女……希望を祈って生まれる存在)

かつて多くの少女が契約の際にそうしたように。

そして、自分もそうしたように。

まどかに包まれた手をもう片方の手で包み、祈りを捧げる。

ほむら(私はこの日を越えたい!)

ほむら(まどかと共に……明日を迎えたい!)

ほむらのソウルジェムが輝き出した。共鳴するように、他の魔法少女たちのソウルジェムも光出し、杏子はバサラの方を見る。

杏子「これって……あの時と同じ……!」

バサラ「へへっ……ようやくか!!」

杏子「バサラ?何がだよ……っ!?空が!」

見上げた方向の空に、大きな裂け目が出来ていた。

マミ「何あれ……ワルプルギスの夜が何かをしたの?まさか、新手の敵!?」

さやか「何かが……来る……!?」

裂け目から飛び出して来たのは、4機の巨大な飛行機。
ピンク色の機体が機体のスピーカーを通してバサラに話しかける。

ミレーヌ「ようやく見つけた!バサラーっ!!」

バサラ「ミレーヌ!遅いじゃねえか!もうライブは始まっているんだぜ」

ミレーヌ「何よそれ!私たちがどれだけ苦労してここまで来たと……折角サウンドブースターまで持ってきたっていうのに、もう!……あ、そうだ!こちらミレーヌ機。千葉さん、バサラを発見しました!」

Dr.千葉「よし、よくやった!バサラのサウンドブースターもオートパイロットで無事に届いているようだな……む、なんだかノイズが混じる……そちらの状況はどうなっているんだ?」

ミレーヌ「見た感じ……凄いことになってる。強い嵐?多分これがノイズの原因ね」

レイ「やっぱり、バサラの行くところは厄介なことばかりがつきまとうようだな」

ミレーヌ「あれって……何?見ているだけでなんだか凄く哀しい気持ちに……心が締め付けられるような。……そう!あいつに歌を聞かせるってわけね」

バサラ「……ああ!あいつにも俺たちのハートを叩きつけてやる!ミレーヌ、レイ、ビヒーダ!行けるか?」

ミレーヌ「当たり前でしょう!」

レイ「ぶっつけ本番か、よくある事だな!……よし、ここら一帯の電波もジャックした。軍用のを改造したやつだから町中に歌を届けられるぞ!」

ビヒーダはキレの良いドラムでリズムを取る。
FIRE BOMBERの演奏が始まった。

バサラ「よおっし!新曲行くぜ! MAGIC RHAPSODY!!」

http://www.youtube.com/watch?v=_f_qBO7ab54
♫ Fly high 黒い Fly high 空に

♫ Fly high 光 突き抜ける

♫ Save me 夢と Save ne 君に

♫ Save me 心 解き放たれた

その歌は町中に響いた。
災害の情報を少しでも知ろうと多くの人がラジオやテレビを視聴しており、その受信機器から突然音楽が流れ始める。

「なんだ、この音楽は……故障か?」

「こっちも駄目だ!ロックみたいな音楽が流れるばっかりで…これじゃあ外がどうなっているか分からないじゃないか!」

突然のことに、多くの人が戸惑い慌てた。だが、その内に何人かが気づき始める。

「あれ……?この歌の声、なんかどっかで聞いたことがあるような……」

「ああっ!あたしこの人知ってる!駅前でずっと歌っていた人だ!」

「そういえば、公園で歌ってたのを見たことある」

前代未聞の規模の災害が迫ってくると聞いて、避難所にいる人たちはみんな少なからず危機感を覚えていた。この災害はいつまで続くのだろうか、この避難所は耐えられるのだろうか。帰る場所は無事に残っているのだろうか、と。それらの不安に押し潰されそうになっていた時にバサラたちの歌が流れる。

♫ 輝く星 汚れた銃は 誰にも撃たせない

「あれ、この声は知らないぞ?でも、なんだか男の声とすごい合う声だな」

「一体感っていうかなんていうかもう……文化って感じ!」

詢子「仕事帰りに聞いたよ。なんだか知らないけど思わず足を止める歌でさ、会社でムシャクシャすることがあったのにそんな気持ちも無くなってさ」

知久「でも、どうしてその人の歌が今流れているんだろう?」

バサラの歌は、少しずつ避難している人たちの心へと染み渡っていった。
歌が響けば響くほど、異常なことであるはずなのに惹きつけられていく。

人々が抱いていた不安や絶望は確実に減っていった。

ミレーヌ(やっぱり、バサラとの歌は違う。ずっと合わせてなかったからこそ余計に分かる)

ミレーヌ(サウンドが、呼吸が、ハートが合う。波長が組み合わさって……それに、なんだか前よりもずっと合わせやすくなったような)

バルキリーに乗ったままの飛行で、相手のキャノピーの内側が見えることはあまりない。
だがその時のミレーヌの目には、アイコンタクトを送るバサラの視線がはっきりと映った。

ミレーヌ(え、今……バサラが後ろの私たちに意識を向けた?いつもなら観客の方にしか目がいかないのに)

ミレーヌ(そっか。変わっていくのは私たちだけじゃないんだね。それなら、私だって!)

バサラとのコーラスの時、いつもは主張の激しいバサラに寄り添うために一歩引いて歌っていた。その部分でミレーヌは自らを主張するように張り合って歌う。
いつもと違う歌い方に、バサラの顔が笑みで綻ぶ。

♫ RHAPSODY RHAPSODY 永遠を

♫ 愛の音を A REAL SHOCK

ほむら「これが……歌?」

飛行機を操縦しながら楽器を演奏し、歌う。そんなことが出来るのかと舌を巻く。
自分が想像していなかった規模で演奏が始まり、ほむらはただ唖然とするばかりであった。

ほむら「こんな……こんなやり方で……」

まどか「上手くいくよ」

ほむらを見て、まどかは強く頷く。

まどか「みんなが希望を胸に祈っていて、精一杯頑張っている人がいるのなら、魔女だって止められる!」

ほむら「……そう、だったのね」

まどか「え……?」

ほむら「あなたはずっと……あなたの強さというのは」

ほむらは自分が長い間誤解をしていたことにそこで気づく。
鹿目まどかという存在をずっと庇護の対象だと、かつての自分のように弱い存在だったと思い込んでいた。

♫ RHAPSODY RHAPSODY 勇気より

♫ 正義より 熱く MAGIC RHAPSODY

ほむら(私が救おうとしていたのは……)

夢の光景がほむらの脳裏に浮かんだ。

ほむら(自分の手を取って欲しかった誰かは……)

その答えが出た瞬間、ほむらは自分の意識がクリアになっていくのを感じた。
灰色の空は、いつの間にか青空が垣間見えていた。

杏子「……!さやか、ちょっとストップ」

さやか「わっとと。何、どうしたの杏子?」

杏子「見てみろよ。ワルプルギスの夜の動きを」

さやか「動きが……止まってる?ってことは!」

杏子「あいつの歌が届いたんだ……へへっ、やっぱあいつは」

QB「歌のエネルギー。人の感情とは奥が深いものだね」

さやか「キュウべえ!?あんたがどうしてここに!」

QB「そんなに敵意を向けないでほしいな。ぼくは君たちにとっても有益な提案をしに来ただけなのだから」

QB「それに、ワルプルギスの夜をこれからどうするつもりだい?今のままだと、危険な事には変わりがないよ」

杏子「どういうことだよ…あいつの動きは止まってる。バサラの歌が届いたんだろ!?」

QB「確かに動きは止まったね。けれど、それによって発散されるはずのエネルギーがずっと一箇所に留まり続けることになった」

QB「君たちにはよく分からないかもしれないけれど、今もあの魔女を中心として力場が作られ続けている。もしこのまま放っておけば魔女は自らの力に耐えきれなくなって自壊するだろうね。その時に一体どれほどの力が放出されるのか、予想もつかないな」

QB「この街、いやもっと広範囲まで巻き添えにされるかも」

マミ「でも、私たちに出来ることは……」

さやか「どうすればいいのよ!?折角歌が届いたのにこれじゃあ、もっと大きな被害が!」

マミ「……ひとつ思いついた手はあるわ」

さやか「本当ですか!?」

マミ「今から、ワルプルギスの夜を私たちの手で倒す。動きの止まった今ならそこまで厳しい戦いではないはずよ」

さやか「で、でも……それって」

マミ「ええ。私たちが自分自身のやっていたことを否定するということ。信じていた希望もね。……けれど、もう私たちに出来ることはそれくらいしか」

杏子「……まだだ」

杏子「まだ、あたしは諦めない。あたしは決めたんだ、もう二度とバサラを、自分を裏切らないって……!」

マミ「佐倉さん……」

さやか「でも、どうすれば……」

杏子「っ……バサラーっ!!歌ってくれよ!お前なら、どうにか出来るんじゃないのかよ!」

バトロイド形態に変形したバサラの機体に向かって杏子は叫ぶ。

バサラ「……俺は歌わねえよ」

スピーカーから、バサラの歌が聞こえた。

杏子「どうしてだよ!?お前は、歌うんじゃなかったのかよ!」

バサラ「俺より歌いたさそうな顔をしているやつがいるからな」

言いながらバサラは機体の指を少女に向ける。
倒れた少女に寄り添う少女。鹿目まどかに指先が向いていた。

まどか「え……私?」

さやか「ま、まどかが?」

マミ「歌う……の?」

バサラ「まどか!お前はどうしたい?」

バサラはまどかに向かって呼びかける。
すぐには答えられず、まどかは少し俯く。

ほむら「そんな、危険よ!確かに歌は魔女に対して、心に対して訴えかける力があるのは分かった。でも、それでもし今のあいつを刺激して、襲われるような事があれば……」

バサラ「俺はまどかに聞いているんだ」

短く、そう言い放つ。

ほむら「……っ、私はただ心配で」

まどか「いいの、ほむらちゃん。これは私が決めることだから」

バサラ「それで、どうしたいんだ?」

まどか「私は……あの子達に歌を聞かせたい。あの子達は、かえり道が分からなくなっているだけなの。だから……ちゃんと送ってないと」

ほむら「あの子達……かえり道……?」

まどか「うまくは説明できないけれど……たくさんの悲しい声が聞こえる。心細くて、今にも泣いてしまいそうな……。ほむらちゃん、私をあれの出来るだけ近くまで連れて行って」

ほむら「私が?それに、そんな危険な事には」

まどか「ほむらちゃん。お願い……駄目かな?」

ほむら「今の私にはもう魔力はほとんど残されていない。武器もほとんど使い切ってしまった。正直に言って、あなたに何か起こった時に私はあなたを守れない可能性の方が高い。他の人の方が適任だと思うけれど」

まどか「……私は、ほむらちゃんがいいな」

ほむら「え?」

さやか「ははっ、無駄だよ転校生。まどかは頑固だから、こうなったらテコでも動かないよ。ま、あたしからも頼むから連れて行ってあげてよ」

さやかとまどかの顔を交互に見合わせてため息をつく。

ほむら「……分かったわ。出来るだけ近くまで行くから掴まって」

渋々といった表情で、ほむらは承諾した。

ほむらはまどかを抱えながらまだ壊れていないビルの屋上へと跳び上がり、着地する。

ほむら「この辺でいい?」

まどか「うん。ありがとう」

ほむら「……彼らの歌には確かに力がある。私が銃を持っても出来なかったことが彼らには出来てしまった、けれどあなたにもその力があるとは限らないと思う。あの人達はきっと特別なのよ」

まどか「そうかもしれない。でも、歌うことは誰にだって出来るはず。私でも、ほむらちゃんにだって」

ほむら「私が……歌う?」

まどか「祈りを込めて、想いを載せて歌えば。きっと、誰だって、私だって、魔女に気持ちを伝えることは出来るはず」

ミレーヌ「おーい、そこの君!」

声の方向に振り返ると機体から身を乗り出して手を振るミレーヌの姿が見えた。

ミレーヌ「歌うんでしょ?これ、使って!」

まどか「えっ……えと……わ、ちょっ」

ゆるやかな放物線上を描いて何かが投げられる。まどかが取ろうと身構えたが、明らかに落下点とはずれている。
地面に落とす前に、ほむらが先に受け止めていた。
みえ
まどか「ほっ、取ってくれて良かった。ありがとうほむらちゃん」

ほむら「これは……マイク?」

ミレーヌ「折角歌うんだから、それぐらいは無くっちゃね!スピーカーに繋がっているから、確実に歌声が届くと思うよ」

ほむらがそれを手渡すとまどかはワルプルギスの夜に真っ直ぐ向き合う。
手が、膝が震えていた。

まどか「……はは。やっぱり、怖いものは怖いね」

ほむら「無理しなくてもいいのよ。あなたが出来ないといっても誰も責めはしないわ」

まどか「ううん。それでもやる。これ以上みんなに、ほむらちゃんに頑張ってもらうのは気が引けるから」

ほむら「そんなこと、気にしてなんかいないのに」

まどか「だって、友達だったら頼ってばかりじゃいられないでしょ?」

ほむら「友達……私が……?」

まどか「まどか」

ほむら「え……」

まどか「まどかって、名前で呼んでほしい。……駄目かな?」

ほむら「……!」

息を飲む。ほむらはその言葉に覚えがあった。
かつての自分がかつてのまどかに言われた言葉。
ほむらのやり直しは、その言葉から始まった。

ほむら(また、言われてしまったわね)

言われたことが嬉しくないわけではない。ただ、ほんの少しだけ自分から言えなかったことを悔やむ気待ちがあった。

ほむら「……もちろん、いいわ。まどか」

まどかはその言葉を聞くとにっこりと笑う。

しかしその後の言葉にほむらは絶句した。

まどか「キュウべえ、いるよね。」

QB「ようやく、か。確かに君の力を披露するにはこの状況は好都合かもしれないね」

ほむら「インキュベーター!?どうしてそこに!」

QB「僕らは契約を願う少女の前にはいつだって現れるさ。それに、まどかとはもう話をして承諾をもらっている。さて、契約は成立ということでいいかな?」

まどか「うん。……心配しないでほむらちゃん。これが私の選んだ道だから」

ほむら「そんな……!?あなたがもう戦う必要は!」

ほむら(時を止めるための魔力が無い!戦いの時にグリーフシードも使い切ってしまった……!)

砂時計に目をやる。一瞬脳裏によぎった考えを否定する。

ほむら(いえ、諦めない。折角、またまどかは私を友達と認めてくれた。それを無為にはしたくない!)

ほむら「止めなさい!今すぐ!」

ほむらは銃をキュウべえに向けながら言い放つ。

QB「それを決める権限は君には無いよ。僕が提案して、まどかはそれを受け入れた。ただそれだけだ」

ほむら「そんな……どうして!?あなたは、戦わなくても、魔法少女になんかならなくってもあなたはもう十分に……!」

QB「鹿目まどかは、人類史上例の無い初めての存在になるだろうね。これほどの因果を抱えながらも願いを何の願いも抱かないなんて、僕らからしても奇妙な存在だと思うよ」

ほむら「……何の願いも……?」

ほむら(魔法少女になるためには、必ず願いという対賞を貰ってからでないとなれないはず)

ほむら(じゃあ、まどかが今なろうとしているのは……?)

QB「さあ、鹿目まどか。僕たちに見せてくれ」

QB「僕たちの持たない文化である歌が、どれほどのエネルギーを生み出すのかを!」

ほむら「……まどか!」

光がまどかの身体から発せられる。かつてほむらが見たことのある姿。
ピンク色を基調とした、魔法少女の衣装……とは異なっている。
それだけでは無く、以前との差異は手に持つのが弓では無くマイクであるということ。
まどかは静かにマイクを口に近づけ歌い始める。

http://www.youtube.com/watch?v=fUxgijxwgQQ

♫ 「それじゃ またね」って手を振って 

♫ 無理に笑って 寂しくなって…

ほむら「この歌は……?まどかは、何になったというの?」

QB「歌エネルギー理論。魔法少女システムに代わる新しいシステムの根幹となる要素」

ほむら「どういうこと?まどかは魔法少女になったんじゃ」

QB「確かに僕らはいずれは魔女になるであろう少女のことを魔法少女と呼ぶ」

QB「けれど、彼女は魔女になる必要はない。それ以上に、恒常的に、安定的にエネルギーを得られる手段があることを知った」
♫ 歩道橋 自転車抱えて登る人 コンビニ 誰かのうわさ話

♫ 交差点 信号 遠くのクラクション

♫ 知らない誰かの笑い合う声

ほむら「それが、歌?」

QB「新しい彼女たちには魔女と戦う使命は無い。その代わり僕達が願いを叶えるなんてことはしないし、彼女たちが使える魔法もたいしたことは出来ない。それこそ、時間逆行なんていうようなことは特にね」

ほむら「……気づいていたの」

QB「確証はなかったけれどね。君と、まどかの存在が僕たちにこの新しいシステムを作らせたんだ。手間がかかるね」

ほむら「私と、まどかが?」

♫ 今日はひとりで歩く 通い慣れた街でも

♫ いつもよりもなんだか じぶんがちょっと小さく思えるよ

ミレーヌ「……いい歌。ねえ、バサラ」

バサラ「こんなサウンドが……」

ミレーヌ「バサラ……、聴いているの?ねえ!?」

バサラ「ああ、聴いている。だから、静かにしてくれ」

ほむら(この感覚は……身体が、心が、溶かされていくような)

QB「彼女が何になったのか、知りたいんじゃないのかな」

QB「この国では、彼女のように歌を歌い、大衆を惹きつける存在のことをアイドルと呼ぶそうだね」

QB「だったら、彼女のような存在は『魔法少女アイドル』と呼ぶべきじゃないかな」

キュウべえは小首を傾げてほむらの方へ振り向きつつ、そう言った。

ほむら(今、分かった。あいつが、イレギュラーが。熱気バサラがこの世界に現れた理由が)

ほむら(あいつは、この歌を私に聴かせたかったんだ。そのために……)

ほむら「魔法少女……アイドル!」

♫ 「それじゃ またね」って手を振って 笑顔作って 寂しくなって

♫ ホントはまだ話し足りないけど

♫ 「それじゃ またね」って言葉で また会えるって 嘘をついて

♫ いつもどおりの笑顔で言うよ 「また あした」


杏子「ワルプルギスの夜が!」

さやか「崩れて行く……これって」

マミ「導かれたのよ、円環の理に。鹿目さんの歌のおかげで」

杏子「そうか。ワルプルギスの夜は還っていったんだな。まったく、バサラもまどかもすごいことをするもんだよ」

さやか「ほんと、あたしたちだけじゃどうなっていたことやら」

喜ぶ3人に、真紅の機体が近づいてくる。
杏子がそれにいち早く反応して駆け寄る。

杏子「バサラ!」

バサラ「杏子、みんなも無事のようだな」

杏子「バサラ……ああ、もう!言いたいことが多すぎて、上手く言えないけどさ……あたしが言いたいのは……」

バサラはハッチを開き、杏子に向かって親指を立てる。
そのサインに杏子も言葉を選ぶことはせずに、同じようにして笑顔で応えた。

ミレーヌ「バサラ!何やってるの?いつまでゲートが安定しているか分からないから、早く行くよ!」

バサラ「分かってる、すぐ行く」

杏子「え、もう行くのか!?」

バサラ「俺は止まらないんだ。俺の歌を求める奴がいる限り、俺の知らないサウンドがある限りな」

バサラは機体を上昇させる。

杏子「バサラ!いつか、いつかあたしも……歌を!」

バサラ「……ああ!」

ハッチを閉じて機体を旋回させる。フォールド転移によって空間が開かれ、そこに機体が入り込んで行く。

さやか「あいつって、どうして私たちの前に現れたんだろう?」

杏子「別に大した理由なんてないよ。あたしたちに歌を聴かせたかった。多分、それだけだろ」

マミ「ふふっ、確かに。あの人ならそういうことを言いそうね」

杏子はバサラたちがいなくなった空を見上げて握り拳を振り上げる。

杏子「ファイヤー……ボンバー!」

空は雲ひとつ無く、ただ青く澄み切っているだけであった。

エピローグ

「コネクト」

ゆま「ただいまーっ」

千歳ゆまが学校から現在の家、養護院へと帰ってきた。
今日学校であったことを話すために園長を探していると、居間に見慣れない姿があった。

ゆま「ただいま……あれ?」

杏子「よう。ゆま、学校はどうだった?」

ゆま「え、キョーコ?」

一瞬、間を置いてゆまがキョーコに飛びつく。

ゆま「帰ってたんだ!今日は休みなの?ここに泊まっていくの?」

杏子「あー、ごめんなゆま。学校の寮がうるさいから外泊は長期休暇中じゃないとダメだってさ。あと今日もライブがある」

ゆま「……そうなんだ。じゃあ、なんでここに?いつもならすぐお仕事に行くのに」

杏子「そりゃあ、ゆまに会いたかったからだけど。いろいろ心配だし、さ」

俯くゆまの頭を杏子は撫でる。

ゆま「わたしは大丈夫。学校だって楽しいし、みんなも優しいし……けど」

杏子「……大丈夫っていうなら、そんなに情けないような顔するなって。そんじゃ、そろそろ行くか」

ゆま「ねえ、キョーコ。今日ね、学校で将来の……」

杏子「ん?」

ゆま「……ううん。やっぱりいいや。キョーコがこっちに帰ってきたら話す」

杏子「そっか。それじゃあ、こっちもキュウべえに言って忙しくなり過ぎないようにしてもらわないとな」

杏子は立ち上がって外へと向かう。日は傾いていて暖かな陽気がする。

ゆま「将来の夢。わたしも魔法少女アイドルになってキョーコみたいに歌いたいな」

杏子を見送りながら、ゆまはそう思った。

バトル7 ブリッジ

マックス「どうやら上手くいったようだ。少し前に彼らからの報告があった」

机の上で小さな人物のホログラムが映されている。中年の怪しげな中華風の格好をした男性であり、どこか不機嫌そうにマックスと会話をしていた。

「……お前が軍人で無ければ、素直に喜べたのだがな」

マックス「君には感謝している。かつて伝説のアイドルをプロデュースしたリン カイフンになら、きっとこのシステムの構築を手伝ってくれると信じていた」

カイフン「お前たちのためじゃない。これは歌の力、平和を広めるためだ」

マックス「それは理解しているつもりだし、君の考えを否定するつもりもない。アイドルというものに関しては君の方が精通していると思ったから声をかけたんだ」

カイフン「体良く利用しただけだろう」

ふん、と鼻息を荒くして答えたのにマックスは表情を変えなかった。

マックス「……実は君に任せたい仕事がある。コピーバンドのプロデューサーなんかよりもずっと君に向いている仕事が」

カイフン「軍人からの紹介など受けん」

そう言い切って、カイフンは通信を切ってしまった。マックスは苦笑いをした千葉に顔を向ける。

マックス「取りつく島もない、か。やれやれ、彼の軍人嫌いにはますます磨きがかかっているようだ」

Dr.千葉「そんな彼がプロデューサーだったのに、よくミンメイアタックを実行出来ましたね」

マックス「ミンメイは平和を願っていて、そのために歌うことを厭わなかった。それを利用されたということが今でも気に入らないのだろう」

Dr.千葉「しかし、艦長はこのインキュベーターたちのシステム構築に随分とご執心のようでしたが、何か理由が?」

マックス「理由は二つある。ひとつは、彼らの存在がとても興味深かったこと。我々の世界と似て異なる世界からの来訪者が、なぜこの世界に、そして、なぜこのマクロス7艦隊へと現れたのかが気になった」

Dr.千葉「平行世界……彼らの話を聞く限りでは『マクロスが落ちてこなかった世界』とでもいうのでしょうか」

マックス「そうだな。もしかしたらゼントラーディもメルトランディも、プロトカルチャーという概念さえもない世界なのかもしれない。その代わりに、その世界には彼らインキュベーターがいる」

Dr.千葉「少女と契約を結び、その代償として願いを叶え、その契約した少女からエネルギーを搾取する。まるでかつてのプロトデビルンのような考えを持った種族でしたな」

マックス「だが、彼らとプロトデビルンの違うところはまだ交渉の余地があるというところと彼ら自身に感情がまだ芽生えていないということだ」

Dr.千葉「彼らの構築するシステムは我々の技術が及ばない部分も多くあってとても驚かされましたよ」

マックス「彼ら自身も、なぜここへとたどり着いたのかが分からないと言っていたが私の仮説だと彼らのそのシステムが関係しているのだと思う」

Dr.千葉「誰かがインキュベーターに歌エネルギー理論を知るように仕向けたと?」

マックス「いや、直接的にそう願ったわけではないだろう。平和への願いや、戦いを止めたい。そういう抽象的な願いがこのような形になったのかもしれない。……証明のしようがないただの仮説だが」

マックス(バサラがいなくなった時の微弱なフォールド反応。誰かが時空間に干渉するような力を持っていたとも推測できるが……)

Dr.千葉「私は正直なところ、彼らに歌エネルギーの理論を渡してそれを悪用しないかどうかが気がかりです。我々の監修の元構築されたシステムもそのまま運用してくれるかどうか」

マックス「それに関しては心配いらない。彼らが君の理論を掌握することは不可能だからね」

Dr.千葉「……ああ、なるほど。歌を理解するためには感情が必要不可欠。それを持たない彼らは理論を用いたシステムは扱えてもその理論を用いて他に何かをするということは出来ない、ということですな」

マックス「そういうことだ。それに彼らは合理性を重視する。効率を下げかねないようなことはしないだろうさ」

Dr.千葉「それで、もう一つは?」

マックス「単純な理由だ。娘と同じ年頃の少女が利用されているのが気に入らなかった」

Dr.千葉「……単純ながら、それ故に強い理由ですな」

ブザーが鳴り、艦長室の前に来客が来たことを知らせた。

マックス「やはり定刻前に来てくれたか。入ってくれ」

モニターを見ると、艦長室の扉の前にガムリンが立っていた。呼ばれて中へと入るなりビシッとした敬礼をする。

ガムリン「はっ!ダイヤモンドフォース隊隊長、ガムリン木崎。ご用命にあずかり参上いたしました」

マックス「楽にしてくれて構わない。熱気バサラ捜索の件はご苦労だった」

ガムリン「恐縮です。しかし、自分はたいした働きはしておりません」

マックス「そう謙遜しなくともいい。君の歌によって発見された反応がバサラ発見の大きな手がかりになったと聞いている」

それを聞いてガムリンは一瞬思考が止まった後、千葉の方を思い切り睨みつける。艦長がこの場にいなければ大声で怒鳴りつけたいところであったが、どうにか理性がそれを止めた。

ガムリン「え、ええ。そのようです」

マックス「ところで、君を呼んだのは君に頼みたいことがあるからだ」

ガムリン「頼みごと、ですか。はっ、なんなりと」

マックス「任せたい役職がある」

艦長から直々の頼みを受けるということにガムリンは誇りを感じたが、同時に一抹の不安がよぎる。

ガムリン「……ひとつ、質問をしてもよろしいでしょうか?」

マックス「何か?」

ガムリン「その内容は千葉大尉にも関係が?」

マックス「ああ、そうだな。彼の推薦で君を選ぶ強い理由になった」

それを聞いて、ガムリンは一気に青ざめた。Dr.千葉に以前された実験には嫌な思い出があるからだ。千葉は目を細めた良い笑顔でガムリンを見る。

ガムリン「そ、そう……ですか」

マックス「まあ、今すぐにという話でもないし君の方でも色々と引き継ぎや準備があるだろうからね」

ガムリン「準備、ですか?」

マックス「ああ。君に新しい部隊の管理官になってもらいたい。新生サウンドフォース部隊のね」

ガムリン「新生……サウンドフォース!?」

Dr.千葉「まだ候補となる人材も集まっていないから、計画段階ですが」

マックス「ついこの間ニュースにもなったばかりだが、FIRE BOMBERが活動を休止するという話は聞いているかな?」

ガムリン「ええ。それはミレーヌさんにも聞きました」

その雑誌のインタビューに同席していたのだから、当然知っている。

マックス「……我々は、バサラの存在によってあの戦いを乗り越えることが出来た。しかし、いつまでもバサラがいてくれるわけではないことは今回の事件を通して強く感じた」

マックス「だからこそ、この新生サウンドフォースはバサラ依存の今の状態から脱却するために必要な部隊だと考えている。FIRE BOMBERが活動を休止した後なら余計に、な」

ガムリン「目的は分かりました。しかし、軍人の私にそんな部隊の管理官が務まるかどうか。それに、私が何をすれば良いのやら検討もつきませんが」

千葉「予定としては、バルキリーなどの機体操作技術。そして歌の指導を行ってもらいたい」

ガムリン「う、歌の!?操作技術はともかくとして、歌なら他に適した人物が」

Dr.千葉「任せたいのは、主に体力面などだ。良い歌声のためには身体も鍛える必要がある。それに部隊としての団結力やそれを率いる統率力もな。士官学校では優秀な成績をおさめ、ダイヤモンドフォース隊のリーダーを務めてきたガムリン大尉にその役は適しているのですよ」

ガムリン「突然そう言われましても……」

マックス「私たちが君を推薦する理由はまだある」

マックスの言葉にガムリンは顔を上げる。

マックス「先ほど千葉大尉が言った君のキャリアの他に、軍人でありながら歌に強い理解を示しているというところが大きい。そう考えれば、もしかすると君にしか任せられるのはいないのかもしれない」

ガムリン「自分だけに……」

マックス「もちろん、これは命令ではないから本人が望まないのであれば辞退してもらっても構わない」

様々な思いが渦巻く。
歌の力によって軍人という職業そのものの存在が脅かされるかもしれない。そう思っていたのは確かだ。歌の力を推す部隊に協力するということは、今まで自分が所属してきた軍人という職業に対して裏切る形になってしまうのではないか、と。だが、自分にしか出来ない役職があると言われて何も感じないわけがない。

ガムリン(俺が、示さなければならないということか)

これからの軍人としての在り方を示す。それが、この拝命の意味だとガムリンは理解した。

ガムリン(これが、俺にとっての道ならば)

敬礼が、ガムリンの答えだった。

ガムリン「ガムリン木崎、謹んでその役を引き受けさせていただきます!」

楽屋

さやか「おっそーーーい!!いったいどこほっつき歩いてるの杏子のやつは!?」

まどか「さやかちゃん、落ち着いて」

さやか「だってもう本番30分前なんだよ!?このまま本番になっても来なかったらどうするのさ」

ほむら「騒いでも仕方がないわよ。それよりも自分の振り付け、しっかり覚えているのでしょうね?前のライブでは少しタイミングがずれていたわよ」

さやか「んぐっ。わ、分かってるよ。今回はちゃんと覚えてきたから!」

マミ「佐倉さんなら心配いらないわよ。自分のやることはきっちりこなす人だもの。学校が違うから多少のスケジュールのズレは仕方がないわ」

さやか「まあ、そりゃそうですけれど。そういえば杏子はミッション系の学校に入ったんだっけ。制服もいかにも教会のシスターって感じの」

まどか「うん。すっごく似合ってたよね!本当にシスターなんだって感じ。……あれ、そういえばほむらちゃんが転校してくる前って」

さやか「あっ、そうそう確かミッション系だって言ってなかったっけ?」

ほむら「そうね。でも悪いけど魔法少女になる前は身体があまり丈夫じゃなかったから学校生活について話せることは殆ど無いわね。寧ろ、ループの回数的に見滝原中学校で過ごした時間の方が遥かに長いわ」

さやか「そ、そんなにループしてたんだ。でも毎回同じだったら結構なんでも簡単に出来ちゃうんじゃないの?」

ほむら「全部が同じっていうわけじゃないのよ。誰かさんが魔女になったり誰かさんが仲間を攻撃したり、時には別の地区の魔法少女まで関わって来ることもあるし……今回だってイレギュラーが現れて一体どうなることかと思ったわ」

盛大な溜息と共にほむらは愚痴をこぼす。


さやか「そ、それはご愁傷様……ええと、なんか、ごめん」

ほむら「もう終わった話だからいいわよ。それに、あのイレギュラーが現れた原因は……」

マミ「それにしても暁美さん、いろんな表情をするようになったわね。前はいつもムスッとしたような表情ばかりだったのに」

さやか「そうそう。なんか冷めた表情っていうか、何を考えているのか分からなくて不気味だったっていうか」

ほむら「そ、そんな風に思われていたのね私って」

まどか「そうだね。確かに前のほむらちゃんはちょっと怖い感じだったかな」

ほむら「まどかまで……」

まどか「あ、もちろん今は違うよ?けっこう表情に出るタイプだなって思うし、笑顔も見るようになったし」

さやか「そうそう。丸くなったっていうのかな?角が取れて取っ付きやすくなった感じ」

ほむら「そ、そう……あまり自覚はないけれど」

マミ「変化ってそういうものよ。自覚はなくても、他人には分かる。暁美さんは変わったわよ」

ほむら「あ、ありがとう」

戸惑いながらもほむらはお礼を言う。

QB「おや、杏子の姿はまだ見えないみたいだね。そろそろ準備を済ましていていい頃だけど」

さやか「あ、キュウべえ。打ち合わせは終わったの?」

QB「まあね。しかし僕たちが君たち魔法少女アイドルたちの活動を手伝うようになるなんて思いもしなかったよ。契約だけすればよかった頃とは労働量が大違いだ」

まどか「いつもありがとう、キュウべえ。あなたが頑張っているから私たちは心おきなく歌に専念出来るって分かってるよ」

QB「まあ、僕らとすればそれで効率良くエネルギーが回収出来るようになるのであれば何だって構わない。君たちの活動に協力することがエネルギー回収の効率をあげることに必要なら喜んでやるさ。以前はこんなにも安定したエネルギーの供給が得られるなんて思いもよらなかったからね」

さやか「……あの、マミさん。キュウべえたちってなんか勘違いしてるんじゃないですかね?別に私達必ずしもキュウべえたちの協力が必要ってわけじゃ」

マミ「……それで当人たちが良しとしているのであれば、何も言う必要はないわよ。実際活動は楽になっているし、それなら鹿目さんのように、お礼の言葉でもあげたほうがいいわ」

さやか「ま、そうですよね。しっかし、猫も杓子もアイドルばかりになりましたね。まさか仁美も契約して魔法少女アイドルになっていたなんて」

まどか「確か、先輩と一緒に活動しているって聞いたけれど……。お嬢様系グループだっけ」

さやか「世の中、わからないものだね。いきなりこれで対等の条件ですわ!とか言われて驚いたよ」

話していると、楽屋の扉が思い切り良く開く。

杏子「悪い、遅くなった」

まどか「あ、杏子ちゃん!」

さやか「おっそいよ杏子!もう直ぐ出番だってのに」

杏子「いやあ悪い悪い。ちょっと寄りたいところがあってさ。でもあたしらは他と違って着替えが一瞬で済むんだし余裕はまだあるだろ?」

マミ「ちょっと心配したわよ。今度からは私たちを安心させる意味も含めてもう少し早く来ること」

杏子「はーい。それじゃ、とっとと支度しますか」

魔法少女たちはそれぞれが宝石を胸の前にかざし、身に包むものを変えていく。杏子、マミ、さやか、そしてまどかが楽屋の扉から出て行ってステージへと向かう。

まどか「あれ、ほむらちゃんどうしたの?」

ほむら「私は少しキュウべえと話があるから」

まどか「そうなんだ。じゃあ、先に行ってるから」

振り返ってまどかは仲間の元へと向かった。それを見届けてからほむらは口を開く。

ほむら「まさか、こんな結末になるなんて思いもしなかったわ」

QB「不服かい?君にとっては」

ほむら「いいえ。過程はどうあれ結果的にはおそらく今までで最高の状態よ」

QB「そうか。でも、君にはまだ過去へと戻る力がある。今回の成功を踏まえてもう一度やり直すことも出来ると思うけれど」

ほむら「少し勘違いをしているわね。私が戦ってきたのは守りたいものを守るためよ。それがいなくならない限り、私はそこを動かない」

QB「守りたいもの?君は確かまどかに執着していたように思えるけれど」

ほむら「あなたに言われたくはないわ。以前ならまどかだけが在ればいいと思っていたけれど、今は違う」

ほむら「私はこの世界も守りたい。大切な友達がいて、その友達が愛するこの世界を。そのために私は魔法少女であり続ける」

QB「そうか。でも今のままだと君から歌のエネルギーを収集することが難しいから出来れば変えてほしいな」

ほむら「私に歌は似合わない。それに、私はあなたを許すつもりはない」

そう言いながらほむらは手をキュウべえへと差し出す。

ほむら「……でも、これからの魔法少女アイドルの活動にあなたの協力は不可欠なのは確か。だから、出来る限りは協力するわ」

QB「そうか。感謝するよ、ほむら」

小さな白い手が少女と握手を交わす。


舞台裏では、全員が揃っていた。
みんな、魔法少女の時の衣装をして。

マミ「さあ、行くわよみんな!」

『はい!』


マミの掛け声の後に魔法少女たちが次々と舞台上に踊り現れ、自らの武器をそれぞれ構えて立つ。

『ピュエラ・マギカ・ホーリー・クインテット!!』

持った武器を全員が頭上へと放り投げる。全ての武器が重なった瞬間、一筋の桃色の光の矢がそれらを撃ち抜き、武器たちは黄、紫、青、赤色の光の筋となってそれぞれの身体を包む。光が晴れると、まどかを含めて全員が魔法少女アイドルとしての衣装に変わり、マイクを手に持っていた。

客の歓声がまどか達を迎えた。

まどか「みんな!今日は来てくれてありがとう。まずは、私たちの好きなこの曲から!」

http://www.youtube.com/watch?v=cv0x7Ci3pSQ

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ミレーヌ「ようやく全員揃ってのライブね!……でも、今日でFIRE BOMBERとしての活動は一旦お休みなのよね……ファンのみんなに怒られないかなあ」

レイ「そう心配しなくてもいいさ。俺達のファンならきっと分かってくれる」

ビヒーダは手元に叩けるものが無いため、珍しく頷いて答える。

ミレーヌ「……それもそうね。それに、これからも歌い続けることは変わらないんだし。ね、バサラ!」

バサラは空を見上げていた。
宇宙を、星を、銀河を。その奥に広がる無限の世界を。

ミレーヌ「おーい、バサラってば。聞いてる?」

バサラ「……今、聞こえた」

そう言うやいなや、バサラは駆け出す。

ミレーヌ「え?って、ちょっとバサラ!どこに行くつもり?もうライブ始まるのよ!」

バサラを追ってミレーヌも走るが、廊下の交差点でバサラが曲がった瞬間、向かい側から駆けて来た人と運悪くぶつかってしまう。その人が持っていた花束が散らばる。

ミレーヌ「きゃっ!あいたたた……ご、ごめんなさい。不注意で。大丈夫ですか?」

少女「は、はい。大丈夫です。……けど」

散らばった花束と向かってきた方向を考えて、ミレーヌは相手が自分たちのファンだと推測した。

ミレーヌ「もしかして、私達のファンの人?だとしたら、本当にごめんね。これはちゃんと受け取っておくから」

少女「あ……」

ミレーヌ「え、もしかして違った?」

少女「いえ、確かにファンですけれど」

少女「また……渡せなかった」


集まった観衆を残して、バサラはバルキリーに乗って宇宙へと飛び出していく。

バサラ「まだまだ俺の知らないサウンドがたくさんある!待ってろよ、俺も新しいサウンドを創り出すぜ!」

一筋の真紅の閃光が、暗闇に光る星の中へと紛れていった。



to be continued…

マクロス7の話は7thコードとかに続いていくけど自分が書くのはこれで終わり。
あー、疲れた。でもやりたいことは全部詰め込めたからいいや。

乙レスを下さった方々には感謝。完結まで凄い時間かかってほんと申し訳なかったです。


ここから先のアイドル活動を描いた続編も見てみたい

>>296

続編かあ……

舞台は7年後でみんなアイドルを引退後それぞれの道へと進んでいる。

ほむらはキュウべえと共に魔法少女アイドルのプロデュース活動に勤しむ。

よくスカウトされる場所として噂になっている横断歩道(まどポ設定)でアイドルの素質がある子を探していると事件発生。

逃げ出した犯人を少女が取り押さえる。しかし隙を見せた瞬間に危ない目に。

そこをほむらが時間停止魔法(全盛期より遥かに短い時間しか止められない)で助ける。

その少女にアイドルの素質があると分かり、犯人を捕まえるという度胸もあるのでスカウト。

少女の名前は千歳ゆまという……みたいなスポ魂アイドルストーリーを書くつもりはないです。

そんで魔法少女アイドルは表向きな話で、
実は世界各地に残った魔女を鎮めるためにほむらの指揮のもと、トップアイドル達が奔走しているとかそういう話も書くつもりはないです。(7thコードのオマージュ的な話)


いやほんとに書く気はないです。

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