キタキタオヤジ「北北中学出身、アドバーグ・エルドル」キリッ  キョン「!?」 (461)

「この中に、キタキタ踊りに興味がある人がいたら私のところにきなされー!」


流石に振り向いたね。

半裸で腰ミノ一丁、丸坊主の男。

禿げ上がった頭がキラキラと照明を反射してやけに眩しかったのを覚えている。とんでもないオヤジがそこにいた。

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オヤジは周りの反応を確かめるかの如く、まるで鷹のような鋭い目付きでゆっくり教室中を見回してから、「ふむ」と一言だけ呟いて着席した。

「どうやら、このクラスには照れ屋が多いようですな」なんてことを小声で言っていたがまさか冗談だよな?

おそらく全員の頭の中に疑問符が浮かんでいたと思う「あれって制服?」

なんという組み合わせw

その後、後ろの席の女が「この中に宇宙人、未来人」とかうんたらかんたら言っていたが、多分、誰も聞いちゃいなかった。今、クラス中の関心と視線は一人のオヤジに注がれていて、「あの人、何年留年してるんだろう……」とかそんなヒソヒソ話で一杯だったからな。

やがて担任の岡部が「あー、涼宮……もう座っていいぞ」と言い出したことでさっきからずっと立っていた女は何故か地団駄を踏みつけながら着席した。

俺は未だに振り返ったままオヤジを凝視していたから、どんな表情だったかまでは見えなかったけどさ。

それに気が付いたのかオヤジがニカッとこちらに笑いかけてきたので、慌てて俺は前を向いて知らん顔を装ったが、最早手遅れだったように思う。



こうして俺たちは知り合っちまった。


しみじみと思う。過去に戻ってやり直したい、と。


なんという出落ち感wwwwww

このように一瞬にしてクラス全員のハートをいろんな意味でキャッチしたキタキタオヤジだが、翌日以降しばらくは割とおとなしく一見無害なオヤジを演じていた。

嵐の前の静けさ、という言葉の意味が今の俺にはよくわかる。

意味不明な自己紹介から数日後、忘れもしない、朝のホームルームが始まる前だ。何を思ったのか、オヤジは俺に突然話しかけてきた。

もちろん話題はあのことしかあるまい。

「キョン殿」

何で妹しか知らないアダ名をお前が知ってるんだ。

「私の自己紹介を覚えておいでですかな?」

「知らん」

腕組みをして口をへの字で結びながら、俺はオヤジと可能な限り目を合わさないようにして答えた。

オヤジは空気を読めないのか、お構いなしに俺の視線の先へと移動する。

「実は私、こう見えてキタキタ踊りの唯一の踊り手でしてなー」

「知らん。話しかけるな」

「キョン殿はキタキタ踊りには興味はありませんかな?」

「知らん。話しかけるな。マジで」

思わず「すみません」と謝ってしまいそうになるくらいの冷徹な口調と視線だったはずだが、オヤジは意に介した様子は全くなかった。

「キタキタ踊りは実に素晴らしい踊りでしてなー。神を祀るための神聖な踊りなのですぞ。この踊りを踊ると福を呼ぶと伝えられておりましてな」

「知らん。頼むからもう話しかけるな。やめてくれ」

「そして、私はここだけの話、この世界の人間ではないのです。いわゆる異世界人でしてな」

声をひそめてニマリと笑ってみせるオヤジ。見た目からしてわかっていたが、こいつ頭がおかしい。誰か助けてくれ。

この時、担任の岡部が教室にやって来たことで俺はどうにか救われた。

オヤジが残念そうに自分の席へと戻っていく。

そのことでほっと一息ついていたら、不意にこちらに視線を寄越していたかなり可愛げな、だがきつい顔をした女と目が合った。そいつは何か言いたげにこちらを見ていたが、結局何も言わずに自分の席へとついた。

一体、何だったんだろうな。

なんにしろこの時の俺は危機を回避出来たことで心の底から安堵していて、そんな名前も知らないようなクラスメイトのことなんかすぐに忘れてしまっていた。それぐらいあのオヤジのインパクトは強かった。

北北中学ワロタ

とまあ、おそらくファースト・コンタクトとしては最悪の部類に入る会話のおかげで、流石にあのオヤジも俺に関わらない方がいいのではないかと思い始めたんだろう、そのまま一週間が経過した。

オヤジはその間、通訳もつけずに日本に宣教にやって来たフランシスコ・ザビエルのように誰彼構わず話しかけてキタキタ踊りの勧誘を行っていたが、文化と常識の壁は大きく、当然、誰にも相手をされることがなかった。

だが、ごくたまに無謀と勇気をフル動員させる輩もいたりして、どうにか会話をしようと試みていたが、いかんせん相手が相手だ。

これは期待

「その……ど、どうしてそんな格好をしてるの?」

「これがキタキタ踊りの正装ですからな」

ハッハッハと笑うキタキタオヤジ。そんなことを訊いているわけじゃない。

「でも、私たちはこうして学校に来ているわけだし、制服を着ないといけないんじゃ……」

「おや、もしかしてキタキタ踊りに興味がおありなのですかな?」

「違う違う違う違う違う違う!」

「いやいや、隠す必要などありませんぞー。良ければ早速、着替えを用意致しますからなー」

「いやあー!!」

とまあ、こんな感じだ。

普通に応答するならまだしも、常にキタキタ踊りの後継者の話へと持っていくので、全員が逃げ出すことになる。

「怖かったよ怖かったよ」

可哀想に。女子グループの群れの中に戻って半泣き状態だ。

よしよし。お前は一人でゾーマの城まで行ったカンダタなみによくやった方だ。出来ることならそんな優しい言葉をかけて肩の一つでも叩いてやりたくなったな。

そして、その日の昼休み。

俺は中学が同じで比較的仲が良かった国木田と、たまたま席が近かった北北中学出身の谷口という奴と机を同じにしていた。

キタキタオヤジの話題が出たのはその時である。

「お前、この前キタキタオヤジに話しかけられてたな」

「知らん。俺の記憶にはない」

谷口はゆで卵の輪切りを口に放り込み、もぐもぐしながら、

「ひょっとしたらあいつに気に入られたかもしれないな。だけど、もしあいつから話しかけられても無視した方がいいぞ。あのオヤジが変態だってのは見た目からしてわかるだろ」

中学でキタキタオヤジと三年間同じクラスだったからよく知ってるんだがな、と前置きし、

「あいつの奇人ぶりは常軌を逸している。高校生にもなったら腰ミノをやめるかと思ったんだが全然変わってないな。聞いたろ、あの自己紹介」

「キタキタ踊りがどうとか言うやつ?」

弁当が異常にうまいのか国木田は涙を流しながら口を挟んだ。

「そ。中学時代にもわけの解らん事を言いながらわけの解らん事を散々やり倒していたな。有名なのが、わきでおにぎり事件」

「何だそりゃ」

「調理実習の時間があるだろ。その時、白米だけを持ってきて信じられないぐらいのスピードで、わきでおにぎりを量産していったんだ」

その時のことを思い出したのか谷口は吐きそうな顔になった。

「驚くよな。ぎゅむっ、ぎゅむっという妙な音がするから振り返ったら、わきでおにぎりを作ってるんだぜ。しかも一秒間に二個作れるぐらいの早業だ。あの時はその場にいた全員が凍りついたな」

「あ、それ何か聞いた覚えがあるな。一時期、ネットで話題になったよね」

と国木田が涙をだらだら流しながら言う。俺は卵焼きを口に放り込んだ。わきの味がしたような気がしてすぐに吐き出した。

「当然、何でそんなことをしたんだって話になるよな。校長室にまで呼ばれてたぜ。教師総掛かりで問い詰められたらしい」

「何でそんなことをしたんだ?」

「この方が早いからだってよ」

「そうか」


「…………」
「…………」
「…………」

「他にもいっぱいやってたぞ」

谷口は半分以上残った弁当をしまいつつ、

「朝、教室に行ったら天井から吊り下げられててな。その下では焼き肉の鉄板があってそれを箸で食べていたなんてこともあったな。屋上から何かに突き落とされたような感じで落下したこともある。地面には人型の穴が空いていたけどピンピンしてたぜ」

ところで今教室にキタキタオヤジはいない。いたらこんな話も出来ないだろうが、例えいたとしてもまったく気にしないような気もする。

そのキタキタオヤジだが、四時間目が終わるとすぐ教室を出ていって五時間目が始まる直前にならないと戻って来ないのが常だ。弁当を持ってきている様子はないから食堂を利用しているんだろう。

しかし昼飯に一時間もかけないだろうし、そういや最近は授業の合間の休み時間にも必ずと言っていいほど教室にはいない。多分、キタキタ踊りの勧誘に忙しいんだろう。いきなり見も知らぬ腰ミノ姿のオヤジに話しかけられた多数の被害者には同情を禁じ得ない。

「そう言えば、涼宮ハルヒも休み時間には大体いないな」

谷口は嫌気が差したのか、無理矢理に話題を変えたようだ。

「一体何をしてるんだろうな。まさか一緒に勧誘活動をしてるってわけじゃないだろうしよ」

「……涼宮ハルヒさん? 誰?」

問う国木田の疑問系は当然だと思う。俺もそんな名前のやつは知らない。誰だ、そいつは?

「うちのクラスにいるAランクの女子だよ。オヤジの後ろの席のやつだ。俺の見立てだと、一年の女子の中じゃベスト3に入るな」

谷口は何故か自分のことのように誇らしげな顔を見せた。

どういう思考でハルヒとグルグルつーかキタキタオヤジとコラボなんて考えるのだろうか
あっこれ褒めてるよ

「なんでも東中学出身のやつに聞いたら、スポーツ万能で成績もどちらかと言えば優秀らしいぜ。おまけにツラがいい上、スタイルもいい。いつも仏頂面してるのだけはマイナスだが、それさえなければAAランクに間違いなく入るな」

いつもそんなランク付けをしているのか。

「おうよ。AからDにまでランク付けしてそのうちAランクの女子はフルネームで覚えたぜ。一度しかない高校生活、どうせなら楽しく過ごしたいからよ」

なんだか残念な奴のようだ。あまりモテないであろうことはこの発言から十分に察しがついた。

「じゃあこのクラスでのイチオシは涼宮さんなの?」と涙を拭いながら国木田。

「いや、朝倉涼子だな」と谷口。そこまで推しておいてそれか。

「なにせ朝倉は特AAランクプラスだからな。俺ぐらいになると顔見るだけで解る。アレはきっと性格までいいに違いない」

勝手に決めつける谷口の言葉はまあ話半分で聞くとしても、確かに朝倉涼子の存在がなかったらこのクラスは一人のオヤジによって荒廃した世界のようになっていたんじゃないかとは俺も思う。

朝倉は大地が裂け草木が枯れ果てサボテンさえも育たなくなったような、そんな世紀末の中に現れた救世主のような存在に近い。強いて言うならケンシロウではなくユリアの方だ。

まず第一に美人だ。いつも微笑んでいるような雰囲気がまことに良い。

第二に性格がいいという谷口の見立てはおそらく正しい。この頃になるとキタキタオヤジに話しかけようなどという死にたがりのデンジャラス野郎は誰もいなかったが、上手い具合にキタキタ踊りについてはスルーしつつ、どうにかオヤジをクラスに馴染ませようと一生懸命努力していたのが朝倉である。マジで天使だと思う。

第三に授業での受け答えを見てると頭もなかなかいいらしい。当てられた問題を確実に正答している。教師にとってもありがたい生徒だろう。

第四に同性にも人気がある。まだ新学期が始まって一週間そこそこだが、あっという間にクラスの女子の中心的人物になりおおせてしまった。人を惹き付けるカリスマみたいなものが確かにある。

存在自体がミステリアスなキタキタオヤジに比べると、そりゃどっちを支持するかと言われたら誰だって朝倉だろう。仮にあいつがキタキタ踊りの後継者になったとしても、俺はそれでも朝倉を支持する。むしろ露出の多さから考えると一度ぐらいなら踊らせてみたいものだ。

いやまあ、どうせ無理な話なんだろうが。

今日はここまで

何というかこう…色々とズルいよ…
こんなん笑うに決まってんじゃねえか…

はよはよ

オヤジの脳内再生余裕

オヤジが中学からの同級生って……怖い

タイトル見た瞬間笑ってしまった
期待

国木田が何で泣いてんのかと思ったら料理が異常にうまい店かw

キタキタ以外にもグルグルネタ入れてきて草

かつてここまでハルヒが不憫なスレがあっただろうか

オニギリのくだりで噴いた
超期待

一発ネタと見せかけて短編じゃないだと!

まだ四月だ。

キタキタオヤジは相変わらず絶好調で、ある意味ここら辺があいつのピークだった頃のように思う。オヤジに代わって、後から出てくる長門有希が暴走を開始するにはまだ少しだけ猶予がある。

とはいえ、この頃のオヤジの奇矯な振る舞いはまるでとどまるところを知らず、恐らく先輩から後輩によって何年も語り継がれるであろう伝説的なエピソードをいくつも作り上げていた。

と言うわけで、エピソードその一。

メケメケと鳴く不思議な生物。コロンビアの奥地にでも生息してそうなこの奇妙な生き物をオヤジは毎日学校に連れてくる。

それを何となく眺めているうちにある法則性があることに気付いたのだが、それはつまり、月曜日は一匹だけそいつを連れてくる。火曜はそれが二匹に増えている。水曜は三匹に増えていてメケメケと授業中やたらうるさい。

月曜=1、火曜=2、水曜=3……。

ようするに曜日が進むごとにその奇妙な生物の数が一匹ずつ増えているのである。何の意味があるかはさっぱり(ハァー、さっぱりさっぱりー)解らないし、土曜日には迷惑を通り越して授業妨害になっている。何でわざわざ学校にそいつらを連れてくるのかも、何で教師たちが注意しないのかも完全に謎だ。

エピソードその二。

体育の授業は男女別に行われるので五組と六組の合同でおこなわれる。着替えは女が奇数クラス、男が偶数クラスに移動してすることになっており、当然、前の授業が終わると五組の男子は体操着入れを手にぞろぞろと六組に移動するわけだ。

そんな中、キタキタオヤジは女たちが教室にいるにもかかわらず、やおら腰ミノを脱ぎ出したのだった。

まるでそこらの女などカボチャかジャガイモでしかないと思っているような平然たる面持ちで脱いだ腰ミノを机に丁寧にたたみ、新しい腰ミノに手をかける。

女どもが阿鼻叫喚の叫び声を上げ、教室は一転して地獄絵図へと変わった。

その後、朝倉涼子だけを例外としてクラスの女子はこぞってオヤジを変態と罵り、二時間にも及ぶ説教と弾劾を行ったらしいが、まあ、何の効果もなかったね。

オヤジは相変わらず女の目などまったく気にせず平気で着替えをやり始めるし、おかげで女連中は体育の前の休み時間になるとチャイムと同時にダッシュで教室から撤退することを――誰が決めたわけでもなく自主的に――決めたようだった。

おかげで着替える教室が男女逆になったが、オヤジはまったく気にした様子がなかった。というか、こいつが着替える必要性がまるで解らん。

エピソードその三。

基本的に休み時間になると教室から姿を消すキタキタオヤジは、また放課後になるとさっさと鞄を持って出ていってしまう。

最初はそのまま帰宅しているのかと思っていたがさにあらず、呆れることにオヤジはこの学校に存在するあらゆるクラブに仮入部していたのだった。

昨日バスケ部でキタキタ踊りを踊っていたかと思ったら、今日は手芸部でキタキタ踊りを披露し、明日はラクロス部でキタキタ踊りを見せつけているといった具合。ミステリー研究会にも入ってみたというから徹底している。オヤジの存在自体がミステリーだというのに。

運動部からは例外なく出ていけと言われ、文科部からは二度と来るなと申し渡されたらしいが、その全てを無視してキタキタオヤジは毎日参加する部活動を気まぐれに変えたあげく、結局どこからも追い出された。

何がしたいんだろうな、こいつは。いや、目的は解ってるけどさ。

そして、この件とはまったく無関係に「今年の一年におかしなオヤジがいる」という噂は瞬く間に全校に伝播し、キタキタオヤジを知らない学校関係者などいないという状態になるまでにかかった日数はおよそ二日。

始業式の翌々日には、アドバーグ・エルドルという本名を覚えていない奴がいてもキタキタオヤジというあだ名を知らない奴は存在しないまでになっていた。


そんなこんなをしながら――もっとも、そんなこんなをしていたのはキタキタオヤジだけだったが――五月がやって来る。

運命なんてものを俺はふんどし一丁のギップリャと叫ぶ精霊の存在よりも信じていない。だが、もし運命が人間の知らないところで人生に影響を行使しているのだとしたら、俺の運命の輪はこのあたりで回り出したんだろうと思う。きっと、どこか遥か高みにいる誰かがバナナムーンっぽいものを使って俺の運命係数を勝手に書き換えやがったに違いない。

ゴールデンウィークが明けた一日目。失われた曜日感覚と共に教室に入ると、キタキタオヤジはメケメケと鳴く奇妙な生物を三匹連れていて、それで俺は、ああ今日は三匹だから水曜日かと認識してオヤジから極力遠ざかり、そして同じく遠ざかっていたであろう近くのポニーテールの女に同調意識から軽く声をかけた。確か谷口が推していた涼宮ハルヒとかいう女子のはずだ。美人だったから何となく覚えている。

「なんなんだろうな、アレ。見たことない生き物だけど」

ハルヒはロボットのような動きで首をこちらに向けると、じろりと俺を見た。ちと怖い。

「メケメケって名前の動物だそうよ」

「へえ……。あのオヤジに聞いたのか?」

そう尋ねると、まるで理由はないけど全て俺が悪いみたいな目で更に睨まれた。何か気に触ることでも訊いたのだろうか。

「あんた知ってる? あの動物、図鑑に載ってないのよ」

ハルヒは悔しそうな表情で、

「ネットでも散々調べたし、写真を撮って大学にも行ったわ。動物学に詳しいことで有名な教授にその写真を見せに行ったら、合成でしょう、こんな動物はいませんよって鼻で笑われたのよ」

ハルヒはその時のことを思い出したのか、まるでその教授に向けたであろう、非難がましい突き刺さるような視線を俺に向けた。だから俺が何をしたっていうんだ。

「そうは言っても、現実にいるんだから、あの動物は間違いなく存在しているだろ」

「そうよ。だから悔しいのよ!」

意味がわからん。

ハルヒは、何でわかんないのよ、とでも言いたげな表情で苛立ったように答えた。

「不思議だとか謎だとかいうのは、こんなにあっさり見つかっていいものじゃないのよ。散々探して紆余曲折を経た上で見つからないと駄目なの!」

「……すまん。唐突過ぎて俺には理解出来ない。一から説明してくれ」

「だから!」

ハルヒは半オクターブほど声を上げると、ずいっと俺に一歩近寄った。思わず俺は半歩後ろへと下がる。

「あたしは不思議なことを探してるの。宇宙人だとか未来人だとか異世界人だとか超能力者だとか、とにかく何でもいいから面白そうなことを探してるのよ。なのに、こんなに簡単に見つかったらちっとも面白くないじゃない!」

何だか危ない女に話しかけてしまったようだと、今更ながら俺は後悔した。

「それとも何? あんたは例えば、道を歩いていたらいきなりUFOから宇宙人が降りてきて、やあこんにちは、今日はいい天気ですね、とか言いながら近くのガソリンスタンドまでの道を尋ねてきたら、それを見て宇宙人に会ったって興奮するの? しないわよね」

美人でスタイル抜群ならするかもしれないな、なんて下半身的なことを俺は考えながら、どうやってこの不測の事態を切り抜けようかと色々思考を巡らせていた。

「そもそも何で宇宙人に会ったら興奮するんだ? まずそこが俺にはわからん」

大体、あのオヤジ自体、理解不能という点で言えば宇宙人みたいなもんだろ。本人も異世界人だとか自称してたしな。だが、それを見ても俺には何の興奮も浮かばなかったぞ。

「普通じゃないからよ。あたしはつまらない毎日に飽き飽きしているの。面白くも何ともないこの当たり前の日常が嫌なのよ」

そのハルヒの声に反応したのか、横で奇妙な動物がメッケメケーと間延びした鳴き声を上げた。その隣では、ほぼ全裸のオヤジがスネ毛を抜いていたな。

「お前の思う普通の日常というのが、ちょっと俺には理解出来ない」

「何でわかんないのよ!」

いや、理解出来る奴のがおかしい。それだけは自信を持って断言出来るぞ。

「うっさい! もういい!」

そこでハルヒが立ち去り会話は終了した。

一体、何を怒っていたんだろうな、あいつは。

ただまあ、きっかけ、なんてのは大抵どうってことないものなんだろうけど、まさしくこれがきっかけになったんだろうな。

その日からハルヒは顔を合わせれば俺にちょくちょく話しかけてくるようになった。前門の危険な女、後門の腰ミノオヤジ。俺がもしも不登校になったら損害賠償を請求出来る気がする。一度弁護士に相談してみたいもんだ。

なんせハルヒの会話の内容は全部オヤジ関連のことだったからな。あいつはいつも不機嫌な顔をして、さも苛立ったようにオヤジに対する理不尽な文句をまったく無関係な俺に微塵も容赦なくぶつけてくる。

まさかハルヒまでも絡めてくるとはやるな

例えばこんな会話。

「そもそも何であいつ一人だけ制服着てないのよ。教師だってそれを確実に見ているはずなのに何の注意もされないのよ。どう考えてもおかしいでしょ」

「確かにな」

「オマケにあいつ一体何歳なの? 明らかにオヤジじゃない。何で高校にいるのよ。ホントわけわかんない」

だから何で俺を全ての元凶みたいな目で睨むんだ。俺があのオヤジを街中からスカウトしてここに連れてきたわけじゃないぞ。

「わかってるわよ!」

ハルヒはそれでも気に入らなさそうなしかめ面でこちらを見つめ、俺が少しばかり精神に不安定なものを感じるまでの時間を経過させておいてから、

「あたし、あんたとどこかで会ったことがある? ずっと前に」

と、訊いた。

「いいや」

俺が答えると、ハルヒは納得したんだか納得してないんだかの微妙な表情を見せ、

「なんとなく見覚えがある気がするんだけど……」

ハルヒはまだ何か言いたげな顔をしていたが、岡部担任教師が軽快に入ってきたことにより、この日の会話はここで終わった。

また別の日は。

「知ってる? あのオヤジが不死身だって噂」

初耳だな。

「なんでも学校の屋上から飛び降りても傷一つなかったそうよ。何事もなかったかのようにピンピンしてたって」

ああ、そういえば谷口がそんなことを言ってた気がしないでもない。

「だけど、いくら何でもそれはないな。あいつが人間である以上、屋上から飛び降りて無事なわけがない。単なるデマだろ」

「目撃者だって大勢いるのよ」

と、出来損ないのドナルドダックのように口を尖らすハルヒ。しかし、流石にそれは無理がある。あのオヤジがどれだけ人間離れしていようと、人体には限界ってものがあるし物理法則だってねじ曲げられないはずだ。それなら口裂け女だとかの都市伝説の方がよっぽど信じられる。

「よく考えろ。この世に不死身な人間なんかいるわけないんだ。まして、そんじゃそこらの名もない高校になんか絶対にいるわけがない。いたらまずマスコミが放っておかないし、次に科学者とか医者とかそういった連中が乗り出してくるに決まっている。で、もしそれが本当だと解れば、世紀の大発見とか、そんな見出しの記事がとうの昔に新聞の一面を飾ってるはずで、そうなってないってことはやっぱり単なるデマとしか考えられないだろ」

「もういい黙れうるさい、何で確かめもせずに頭ごなしに否定するのよバカ」

ふんっとそっぽを向くハルヒ。この日の会話はここで終了した。

今日はここまで

乙!


オヤジの不死身っぷりは閉鎖空間か夕暮れ時の教室あたりで実感するだろうなw

長門が何をやらかすのか

この題材でなんでこんな真面目にかけるんだ

スレタイと本文だけで爆笑したわwww

しかしな。

何であいつはあのオヤジにそこまでこだわるんだろう。

確かにあのオヤジは不思議な存在だし悪い意味でとてつもなく目立っているが、かと言ってそこまで気にかけるようなもんか?

朝倉を除いたクラス全員が誰と相談したわけでもないのに一致調和してキタキタオヤジを元からあんなやついなかった的な扱いにして過ごしているというのに、何故かハルヒだけはやたらと気にしていた。朝倉はきっと女神のような博愛精神に満ち溢れているから、あのオヤジを気にかけるというのはまあわからんでもないが、ハルヒに至ってはさっぱり(ハァー、さっぱりさっぱりー)だ。

まさかあいつ、オヤジに気があるのか?

愛の反対は無関心だというし、つまり関心を持つのは愛があるということで、何を言ってるんだろうね俺は。そんなわけねー。天地がひっくり返ってもそれだけはないと断言出来る。

だよな?

「ねえ、キョン君」

そんな突拍子もない、絶対に有り得そうにないことを考えていたら、いきなり頭上から女の声が降ってきた。軽やかなソプラノ。見上げると朝倉涼子の作り物でもこうはいかない笑顔が俺に向けられていた。ていうか、なんで朝倉まで俺のアダ名を知っているんだ。

「キョン君って涼宮さんと仲良いの?」

ずいぶんと唐突な質問だった。おかげで俺は少しの間、考える羽目になったな。

「……あいつと話す時、俺はずっと睨まれっぱなしなんだけどな。仲が良いとは思えないが」

「でも、涼宮さんがあれだけ長いこと話をしてるのって、あたしキョン君以外見たことないのよね。あたしもそうだけどクラスの女の子たちとも、涼宮さん、ろくに話しをしないから」

……あいつ、ぼっちなのか?

「あたしもよく知らないんだけど、多分、そうなんじゃないかな。昼休みとかも一人でどこか行っちゃうし、授業が終わった後もすぐに教室から出てっちゃうから。部活にも入ってないみたいだしね」

ふむ。

「クラスでも孤立してると思う。このままじゃちょっとまずいかなと思ってたんだけど、わたしはアドバーグさんのことで手一杯だったから涼宮さんまで気が回らなくってね」

アドバーグって誰だと俺は数秒考え、ああ、あのオヤジのことかと思い当たった時には朝倉はもう話を進めていた。

「キョン君、その調子で涼宮さんをクラスに溶け込めるようにしてあげてね。せっかく一緒のクラスになったんだから、みんな仲良くしていきたいじゃない?」

どうして朝倉涼子がこんな委員長みたいなことを言い出すかといえば、委員長だからだ。この前のロングホームルームの時間にそう決まった。

「じゃあ頼んだよ、これから涼宮さんに何か伝えることがあったらキョン君から言ってもらうようにするから。お願いね」

そう言うと朝倉は「へっくしょん、宇宙人」とくしゃみをして春のウグイスのようなステップで足早に立ち去っていった。

……俺はまだ引き受けるともハルヒと友達だとも言ってないんだがな。それにしても、なんだ今のくしゃみは?

それから数日後、席替えが行われた。俺は中庭に面した窓際後方二番目というなかなかのポジションを獲得したのだが、その後ろ、ラストグリッドについたのが誰かと言うと例の変態オヤジで、前の席を見ると「なによ?」と言わんばかりの表情をしたハルヒが座っていた。ひょっとして朝倉の陰謀じゃないかと疑ったぐらいだ。

「おや、これは奇遇ですなー、キョン殿。いやー、また後ろとは。何かしら運命のようなものを感じますですぞー」

はっはっはと笑うオヤジ。はっはっは。思わず顔面にパンチをいれたくなった。

「では折角ですので喜びのキタキタ踊りを」とさも当たり前のようにオヤジは机の上に乗ってピーヒャララー。俺は亜音速よりも早く前を向き、虫歯をこらえるような顔をしたハルヒと目が合った。

「あんたスタンガン売ってる店知らない? あれっていくらぐらいするのかしらね」

今度調べとく、と俺は真面目な顔でうなずいた。

はっくしょん魔物

「それにしてもなんだか嫌になってきたわ」

それについては激しく同意する。

「そうじゃなくて」

ハルヒは仇敵めがけて銃弾を発射する直前に退却命令が出された兵士のような表情で、

「あたしはね、これまで不思議や謎に出会うために色々と努力してきたのよ。待ってるだけじゃもしかして駄目なのかもって本当に沢山のことをしたわ。世の中にはこれだけ人がいるんだから、その中にはちっとも普通じゃなく面白い人生を送ってる人が必ずいるはずだって。そんな人にあたしはなってやるんだって。そのために一生懸命ずっとがんばってきたっていうのに」

俺のすぐ真後ろにオヤジがいるからか、ハルヒは声を落として――それでも大きくはあったが、

「やっと出会ったと思ったら、よりにもよってあのオヤジよ。一体これはどういうことなのよ。エベレストにようやく登頂したと思ったら、そこは観光客で満員二時間待ちの状態になっていて、おまけに横にいたカップルからいきなりわけの解らない言語で罵られた挙げ句モツ煮込みを投げつけられた時のような気分ね」

なんて答えりゃいいんだ。

「要は、あたしがこれまでやってきたことって結局なんだったのよ、ってそんな話よ。あたしが会いたかったのはもっと別のものだってのに、出会ったのがあのオヤジだけなんて報われないじゃない。あんただってそう思うでしょ」

宇宙人や未来人(以下略)は置いとくとしても、出会ったのがあのオヤジだけというその点については深く同情する。

「それに部活にしたってそうよ。仮入部しようとしたら毎回全部オヤジが先に来ていて、どこもそれでてんやわんやだったのよ。おかげで結局一つも仮入部出来なかったんだから。こんなひどい偶然信じられる? あったまきちゃったわ」

運が悪かったなとしか言いようがない。あるいはタチの悪い呪いにかかっていそうでもある。流石にそれは口には出さなかったが。

「あー、もう、やってられない。どうしてこうも世の中うまくいかないのよ。あたしはただ面白いことを探してるだけなのに、なんでことごとくあのオヤジに邪魔されなきゃいけないのよ」

ハルヒはお百度参りを決意した呪い女のようなワニ目で中空を眺め、北風のようなため息をついた。ギップリャ。

気の毒だとは思うが俺にはどうしようも出来ないしな。

オヤジ避けの御守りでも持っていれば渡してやるところだが、生憎そんなものは持ち合わせてはいないし、それどころかこの世に存在すらしていないだろう。だいたい気の毒と言えば、席がずっと後ろの俺だって十分に気の毒だ。

「学校では諦めたらどうだ。学校外で面白いことを探せばいいだろ」

ハルヒは納得したのか、あるいは反発したのかは知らないが口をへの字に曲げてから、

「そんなの解ってるわよ。でも動きを制限されるっていうのが嫌なのよ。あたしたちのコミニュケーションツールって言ったら学校が七割ぐらいを占めるのに、それを全部我慢しろって言うの」

とはいってもな。

「それならオヤジが帰ってからしかないな。もしくはオヤジが近寄れないよう結界でも張れればいいんだが。知り合いに陰陽師とか魔法使いはいないのか?」

「いるわけないでしょバカ」

ハルヒは機嫌を損ねたのかあらぬ方向を向いてしまった。まあ、不機嫌なのはいつものことなんだけどさ。



それにしても、いったい何がきっかけだったんだろうな。

前述の会話がネタフリだったのかもしれない。

それは突然やって来た。

やめたげてよぉーとっくに超能力者のライフは0よ!

うららかな日差しの中、後ろから「ううむ」とか「ほほう」とかいちいち授業内容に相槌を打つオヤジの一人言に俺がイライラしていたら、いきなりハルヒが後ろを振り向き猛然とした勢いで俺の襟首をぐいっと掴み上げた。

「気がついた!」

それは涼宮ハルヒの――初めて見る――とかげのしっぽぐらいの灼熱じみた笑顔だった。もし笑顔に温度が付帯していたなら、それをもろに浴びた俺は真っ黒焦げになっていただろう。

「どうしてこんな簡単なことに今まで気が付かなかったのかしら!」

ハルヒはバルスを唱えた時のシータ並みの輝きを見せて俺の両目をまっすぐに見つめていた。後ろからは対抗意識でも燃やしたのか「ま、負けませんぞー」というオヤジの熱意のこもった声が聞こえ、ピーヒャララーという腰のくだけるような音楽が聞こえ出した。(ダイッコンランです! ダーイコンラン!)

俺は自分の置かれた境遇が不意に悲しくなって、少年時代に友達とかくれんぼをしていてそのままおいてけぼりにされた時のことをふっと思い出しながら涙目でハルヒに尋ねた。

「……何に気付いたんだ?」

「授業後よ! 授業後だったら誰にも邪魔されないわ。だから自分で作ればいいのよ!」

「何をだ」

「部活よ!」

いきなり何を言い出すんだ、こいつは。

「なに? その反応。というかなんであんた涙目なのよ。一緒に喜びなさいよ、この発見を」

「キョン殿ー! 私の踊りも見てくだされー!」

「その発見とやらは後でゆっくり聞いてやる。踊りは死んでも見ない。とりあえず一旦落ち着け、お前ら」

「絶好調ですぞー!」
「なんのことよ?」

「授業中だ」

ようやくハルヒは俺の襟首から手を離した。しかし、オヤジはまだ机の上で踊っていた。クラスメイトは我関せず、というか関わり合いにならないように全員が見てみない振りをしていて、大学出たての女教師は何事もなかったかのように授業を進めていた。

何かおかしい。

ともかくハルヒは大人しく着席し、女教師は相変わらずチョーク片手に板書をしていて、オヤジはノッてきたのか後ろから腰のキレがレベルアップした音が聞こえ……。

新しいクラブを作る?

ふむ。

まさか、俺にも一枚噛めと言うんじゃないだろうな。

俺の高校生活はどうなってしまうんだろう。とてつもなく嫌な予感が俺の心臓を鷲掴みにしていた。

結果から言おう。そのまさかだった。

次の休み時間、ハルヒは俺の手を強引に引っ張って屋上へと出るドアの前まで連れ込むと、そこで新クラブ創設の手伝いをさせることを俺の承諾なしに決めた。断ったら撲殺されそうな勢いで。

ハルヒってこんな暴走機関車のような奴だったのか?

というか、一体どんなクラブを作ろうって言うんだ。

そして、その日の学校終わりまでには部室も見つけ出したようだ。

「貸してくれるっていうクラブが一つだけあったのよ。今からそこ行くわよ」

よくそんな奇特なクラブがあったもんだ。そう口を開ける前に、ハルヒは俺のブレザーの袖を万力のようなパワーで握りしめ拉致同然に教室から引きずり出した。鞄を教室に置き去りにしないようにするのが精一杯だった。

「ここが部室」

文芸部と書かれたプレートが貼り付けられているドア。そこへノックもせずにハルヒは遠慮なく入っていき、中でピーヒャララーと踊っているオヤジを発見してすぐさまドアを閉じた。

「ちょっと、どういうことよ! 何であのオヤジがいるの!」

俺のネクタイをつかみあげガクガクと揺らす。俺の責任か? ここを見つけたのはハルヒだろ。

そうやってハルヒが傍若無人で完全にとばっちりな怒りを俺にぶつけていたら、不意にドアが向こうから開いた。

「入って」

と、中から小さな声。見ると眼鏡をかけた髪の短い少女がドアノブをつかみながら立っていた。「有希」とハルヒは言い、今度はその少女に文句を垂れ流す。

「なんなのあのオヤジは! どういうこと、何でここにいるのよ!」

「アドバーグ・エルドルはこの部の部員」

それだけ答え、有希と呼ばれた少女は再び抑揚のない平坦な声で言う。聞いた三秒後にはすっかり忘れてしまいそうなそんな単調な声だ。

「中へ。そこで説明する」

俺は帰りたかったが、ハルヒが説明を求めるためにずかずかと奥に入っていき、そしてハルヒは俺の手をつかんでいたので逃げられなかった。歯医者に無理矢理連れていかれる時の子供ってのはこんな気分なんだろうか? 生まれてこの方そんな経験が一度もない俺には実際のところは解らんのだが。

部室の中に入ってぐるっと見回すと思いのほか広かった。そして、その中にいるのは、男一人、女二人、オヤジ一人。しかもそいつは腰ミノ一丁で奇怪な踊りを踊っている。

俺を家に帰してくれ。お願いします。

「すまん、俺、大事な用事を思い出し」

「ちょっと有希! あのオヤジを追い出してよ! 邪魔よ!」

「……!?」

ガーン、という擬音が聞こえたような気がしたな。邪魔と言われてショックを受けるようなメンタルの持ち主だとは到底思えないんだが。

「それは出来ない。彼はこの部の一員」

「!?」

今度はハルヒだ。「何で出来ないのよ! 大体あのオヤジがいるなんて、そんな話あたし聞いてないわよ!」と詰め寄っている。

一方でオヤジは感動したように涙を流していた。「有希殿ー! 一生ついていきますぞー!」

ストーカーもいいとこだ。警察に通報したら風貌も相まって問答無用で捕まるだろう。

「長門有希」

貧乳ペチャパイの少女は俺に対してそう名乗った。ずいぶんとポエミィな名前だ。

それから視線を、眉を吊り上げていたハルヒへと動かし、

「アドバーグ・エルドルは踊る場所を探していた」

なんとなくそれは察していたけどな。

「彼は色々なところを回ってここへとたどり着いた。あなたが来たのはその後」

つまり、早いもの順にハルヒは負けたんだな。最初にオヤジが来て部室を貸して欲しいとのたまい、その後にまったく同じことをハルヒが。そういえば、ここしばらくオヤジが各クラブから追い出され
る様子を見ていなかったが、それはここを見つけたからか。

「そう」

長門は微動だにせず唇だけを動かして答えた。無感動のお手本みたいな表情だ。というか、お前は平気なのか、あのぼうぼうのスネ毛を見せつけられて。

俺は声をひそめて長門に尋ねた。

「よくあんなオヤジに部室を貸す気になったな」

「貸したのではなく半分譲渡した」

譲渡? はて? どういうことだ。

「ここの半分は確かに文芸部。だけどもう半分はKOK団」

長門は宣託を受けたばかりのジャンヌ・ダルクのように告げた。

「キタキタ踊りを、大いに広める為の、キタキタオヤジの団」

略してKOK団。百回ぐらいノックアウトされそうな名前だ。

そこ、笑っていいぞ。

俺は笑う前にひきつったけどな。見ると横のハルヒもひきつっていた。踊っていたのはオヤジだけでこれは通常運転だ。長門は全部の説明が終わったとばかりに手元の本を開いて読み出すし、なんかもうグダグダの状態だった。

くっそw

「じゃ、じゃあ何よ、あのオヤジが先に来たからあいつを追い出せないって言うの!」

納得がいかないとばかりに、ハルヒが長門に食いかかった。よくよく考えたらこれほど自分勝手な言いようはないだろうなと思いながらも、俺は無関係を装って窓の外の青空を見つめていた。とてもいい天気だ。

「ここはあたしが見つけたんだから、あたしの物よ! ここでの全権はあたしにあるんだから、有希、追い出してよ!」

ハルヒはジャイアン理論を展開して懸命に抗議したが、長門は顔を上げメガネを軽く直しながら、

「それは出来ない」

「……!」

「嫌ならアドバーグ・エルドルに直談判する。わたしは一切干渉しない」

ふと視線を横に向けると、オヤジが無言で二着の腰ミノを持って立っていた。それ以上は何も言わない。意図は明らかだったので、俺はすぐさま見なかったふりをした。冗談じゃない、巻き込まれて勝手に団員にされるのはごめんだ。

「もういい!」

不意にバタンッと激しくドアの閉まる音。見るとハルヒの姿がどこにもない。おい、待てハルヒ。俺を置いていくな。慌てて鞄を引っ提げて俺もその後に続く。

「ああ! お待ちくだされー! キョン殿ー、ハルヒ殿ー!」

後ろからそんな声が聞こえてきたので、俺は更に加速した。脇目もふらずに駆け出す、とはまさにこんな状態のことを指すんだろうな。羽根より軽くADSLより速いスピードで俺とハルヒは一目散に校舎から飛び出していった。

今日はここで終わり

乙!

随所にネタを仕込んでくる上にネタでなく地の文が上手い
この>>1相当できる


こまめに挟んでくるグルグルの小ネタに噴く

天井から吊って焼肉を食わすって発想がすごいよな

それにしても、アドバーグ・エルドルLv?? HP1650 
は、あの世界での囮に役に立ちそうなステータスだよな

ちなみに物語り中に出てきた中ボスみたいな魔物のHP190

KOK団でわろた

ガチで困ってそうな朝倉涼子さんかわいい
そしてエピローグでシャミセンがキタキタ踊りしてる可能性

>>85
あれもう何年前なんだろうな
10年は前だよな

20年以上だな・・・

20年とかマジかそんなバカな

なんという異色のコラボ
「へっくしょん、宇宙人」に爆笑したわ

大分前に読んだっきりだからグルグルの小ネタとかは一切分からくなったけどこのオヤジに対するイラつき加減はどこか原作を思い出す
それを思うと原作の再現は十二分に出来ているってのがよーく分かる

なんで電車のなかで読んだんだろ…
声だして笑っちまった

>>93
原作のオヤジはまだ会話が通じる人だけど
確かにそうそうこんな感じ、って思える。

河川敷。迫り来るオヤジの魔の手からどうにか逃げ切った俺とハルヒは何故かそこを二人で歩いていた。

逃げる時に特に何も考えず、というか考える余裕もなく、ただずっとハルヒの背中を追って走っていたのが原因だろう。明日あたり、女子高生を必死の形相で追いかけ回していた不審者がいたと噂が立っていたらそれは多分俺のことで、警察沙汰にならないかと少し心配している。

その架空の被害者であるハルヒはと言えば、俺のすぐ前を無言のまま歩いていた。その肩がどことなく落ちているのは、多分俺の気のせいじゃないだろうな。

「なあ、涼宮」

「…………」

返事がない。ただの屍のようだ。

そんな冗談は置いとくにしても。

少しハルヒのことが可哀想に思えたのは事実だった。意気揚々と新クラブを作ろうとしていたのに、オヤジがあらわれた、の一言で終わってしまったのだから。始まりの町を出る前に魔王にエンカウントしてしまった勇者みたいなもんだろう。どんなクラブを作るつもりだったのかは知らないが、嬉しそうにハルヒが桜全開の笑みを浮かべていた頃が遠い過去のように思えた。

「まあ……なんだ。そんなに気落ちするな」

俺はもう一度ハルヒに声をかけた。無理矢理拉致されただけの俺が実行犯であり首謀者であるハルヒを慰めるというのも妙な話に思えたが、このまま放置しておくのはあまりに不憫に思えたからさ。

ついでに言えば、これを機に宇宙人だのなんだの言い出すのは終わりにして、まともな女子高生になってくれればという思いが全くなかったというわけでもない。

ハルヒぐらいの容姿があれば少なくとも恋愛には困らないだろうし、数は少ないかもしれないがきっと友達だって出来るだろう。ごく普通の常識的な生活だってわりかし楽しいもんだと俺は思うんだ。普通に勉強して普通に恋愛して普通に遊んでも、それに満足している人間だって現実的にはかなりいるわけだし、お前も不思議探索とかはすっぱり諦めてそういった一般的なことに楽しみを見いだしてみたらどうだ? 悪い提案じゃないと俺は思うんだけどな。

「…………」

ただまあ、予想通りというかハルヒはやっぱり無言で、俺のかけた長い言葉も、どこからか聞こえてきたクッサーーーー!という叫びのせいで半分以上がかき消されてしまった。なんだろう、何だか自分が無性に哀れな存在に思えて泣きたくなった。

「……どうしてよ」

「?」

俺がやけに滲んでいる夕陽を見上げていたら、不意にポツリとハルヒが呟いた。かなり小さな声だったので俺は全神経を耳に集中させた。

「何であいつは毎回私の邪魔をするの」

ハルヒはそう言っていた。

何だか哀愁漂う口調で。

「自己紹介の時も仮入部の時も今回の新クラブの時も全部そう。毎回あたしの先を行って毎回あたしがしたいことを横取りしていく。こんなのおかしいじゃない。有り得ないわよ」

ハルヒの声は少し震えているように俺には聞こえた。

「あたしは高校生になれば何か変わるんじゃないかと思ってた。楽しいことが見つかるんじゃないかと心のどこかで思ってたのよ。でも逆に悪化するばっかりだった。もう嫌。もううんざり。こんなことばかりならもう何もしたくない」

「…………」

そう言い残してハルヒは去っていった。その後を追おうかとも思ったが、ハルヒの背中が「ついてくんな」と無言で言っているような気がして、結局、追えなかった。

なんて言葉をかけりゃいいのかもわからなかったしな。

一人ぼんやりと夕暮れ時の河川敷で頭をかきながら、誰もいない空間を見つめている俺は結構な間抜けに見えたと思う。自分でもそう思った。

「帰るか……」

なんとはなしに呟いて、俺はくるりときびすを返した。ついさっきの、こんなことばかりならもう何もしたくないというハルヒの言葉がやけに俺の頭の中に残っていた。

やれやれ。

明日までに何か気のきいた慰め文句でも考えておくとするか。多少だったらあいつのわがままに付き合ってやってもいい。このままだと俺まで憂鬱気味になりそうだからな。

そんなことを思いながら自宅へとだらだらとした足取りで帰った。普通だろ?

普通じゃなかったのは、俺の家の前で長門有希がキタキタ踊りを一心不乱に踊っていたことだ。

「何してるんだ……?」

つとめて平静な口調でそう尋ねたが、果たして本当に平静だったかと言えば、そうではなかったとこれははっきり断言出来る。この世の中にあのオヤジ以外でキタキタ踊りをダンシングする人間がいるとは夢にも思っていなかった。

俺はベタなことにも自分の頬をつねってみる。痛い。どうやら現実のようだ。じゃあこの方は何をされているんでせう?

「あなたの帰りを待っていた」

そうか。

夜分ご苦労なことだったな。それじゃ。

「待って」

いいや、待たない。というか俺の服を掴むな、離せ。俺は今から夕飯を食べなきゃいけないんだ。俺を家に帰らせてくれ。

俺は抵抗を試みたが、長門はこの小さな体のどこにそんな腕力があるのかと思うぐらいの怪力で俺の手を掴み、完全に拉致状態のまま俺を自宅の門の前から引きずり出してとことこと勝手に歩き出した。

どいつもこいつも何だっていうんだ。俺を拉致するのが流行になっているのか。

それともまさか俺をラグビーボールか何かだと勘違いしてるんじゃなかろうな。俺を敵陣にトライしても間違いなく点数は入らないぞ。

「知っている。あなたは人間」

だとしたら人権ってものを考慮してもらいたいんだが。一体俺をこれからどこへ連れ込もうっていうんだ。まさか、KOK団とやらへ入れとか言うんじゃなかろうな。

「大丈夫。勧誘ではない」

「じゃあ、何だってんだ」

「話がある。キタキタ踊りに関する重大な話」

やっぱり勧誘じゃないか。

陽がすっかり沈んで街灯だけとなった夜の街を一見仲の良い高校生カップルのような姿で強制連行されながら、俺は今日無事に帰れるんだろうか、いっそのこと恥も外聞も捨てて大声で助けを呼ぼうかなんてそんなことを真剣に考えていたら、不意に長門の足が止まった。

「ここ」

そこは駅からほど近い分譲マンションだった。どうやら目的地に着いてしまったらしい。

長門が腰ミノ一丁だったら

「どこだ、ここは」

玄関口のロックをテンキーのパスワードで解除している長門に尋ねる。返事はほとんど期待していなかったが、意外なことにも長門は口を開いた。

「わたしの家」

長門は無表情のままマンションのエレベーターへと向かって歩きだしたので、相変わらず手をしっかりと握られていた俺は思わずこけそうになった。何で俺が長門の家に連れ込まれなければならないのだろう。

「誰もいないから」

俺の心臓がどきりと跳ねた。待て待てそれはどういう意味でせう。

しっかりと握られていた長門の手はほんのり温かく、まさかそんなことあるわけねーでもちょっとは期待していいのかこれは、みたいな最小公約数的な妙な高鳴りを覚えていたら、待っていたエレベーターのドアが開きその中でキタキタオヤジが踊っているのを目撃して俺は再び必死の抵抗を試みた。

頭の中でどこからかジャーン、ジャーンという鐘の音が鳴り響いた気がしたな。しまった、これは孔明の罠か。助けてくれ。

「おやおや、これはキョン殿。それに長門殿。ほほう、お二人で手を繋いで、なんだか青春しておられますなー」

オヤジははっはっはと笑いながら嬉しそうに話しかけてきた。当然、俺は無視して逃げ出すつもりだったが、長門はしっかりと俺の手を握ったまま離さずおまけにエレベーターの中に乗り込んで閉じるのボタンを押したので俺は完全に捕らえられた敵将状態となった。

エレベーターが絶望を与えるかのようにゆっくりと上昇していく。

というかオヤジ、お前降りないのか? 一体、何のために乗っていたんだ。

俺の疑問を他所に長門は黙ったまま、ただ数字盤を凝視していた。ここぞとばかりにオヤジは踊り出しエレベーターはカオスの嵐に包まれた。

この間に俺が出来たことと言えば、目を閉じてこの拷問的な時間が早く終わるようにと神に祈るだけが精一杯だった。自分の無力さがとことん恨めしい。

目的地である七階に着くと長門はまた無言でとっとこと歩き出し、俺は再三に渡って抵抗を試みたが長門の手には強力な瞬間接着剤でも塗りたくられているのか一向に外れる気配がなかった。続いて後ろからオヤジが「おやおや、若いというのはいいですなあ」とか呑気な台詞を吐きながらついてきやがったので殴り飛ばしたかったがそれも出来ない。

内心ではこれから監禁され二人がかりで洗脳に近いことをされるんじゃないかと冷や汗をだらだら垂らしていた俺だったが、幸いそんなことはなかった。

途中でオヤジが「では私はこれで。お二人とも、ごゆっくりですぞ」とニヤリと意味深な笑みを見せて707号室の中へと鍵を開けて入っていったからだ。

というか、あいつ。本当にエレベーターの中で何をしていたんだ。まさか逃げられない空間の中でキタキタ踊りを見せつけようとずっと待ち構えていたんじゃないだろうな。

そもそも、あいつに家というものがあることにも俺は驚いていた。常識的に考えれば確かにオヤジにも家庭はあるんだろうが、両親の顔が全く想像つかない。一度ぐらいは双眼鏡を使って遠い安全なところから見てみたい気もするし、今すぐ説教してやりたい気分でもある。あなたたちはどういう教育方針であいつを育てたんですか、と。

不意にガチャリとドアが開く音。

見ると長門がその隣の708号室へと無遠慮に入っていった。おい。ひょっとしてここが長門の家なのか? オヤジの家のすぐ隣とはどういうことだ。

そう尋ねる暇もなく、強制的に俺は中へと連れ込まれた。ヘルプミー。

連れ込まれた部屋の中にはコタツ机が一つ置いてあるだけで他には何もない。なんと、カーテンすらかかってなかった。

「座って」

そう言われ渋々ながらも俺は従った。ここまで来てしまった以上、どうしようもない。腹をくくるしかないだろう。

それにしても、今日初めて出会った可愛い女の子に手を握られたまま誰もいない家に通されるというのは、字面だけを見るならとても甘美な響きなのだが、なのに何で俺は薬物実験前のハツカネズミのようにこんなに怯えているんだろうね。

「で……何の用だ」

「話がある。とても重大な話」

前の台詞にとてもが追加されたみたいだ。長門はようやくそこで俺から手を離し、

「アドバーグ・エルドルのこと」

移動して俺の正面に綺麗な正座でちょこんと座る。

「そして、わたしのこと」

それからついでのように、

「涼宮ハルヒのことも」

どうやらろくな話じゃなさそうだ。それだけはとてつもなく理解出来た。

>>102
ちゃんと胸当てもあるから……

「あなたに教えておく」

長門は極めて真面目な顔をしていた。

「あなたの立ち位置はとても重要」

「…………」

「だから教える」

どうにかならないのか、この話し方。

「……一体、何を教えてくれるんだ?」

ここで長門は出会って以来、初めて見る表情を浮かべた。困ったような躊躇してるような、どちらにせよ注意深く見てないと解らない、無表情からミリ単位で変異したわずかな感情の起伏。

「うまく言語化できない可能性がある。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない。でも、聞いて」

そして長門は話を始めた。

「アドバーグ・エルドルは普通の人間ではない」

見れば解る。

「アドバーグ・エルドルはわたしたちの神」

俺は吹き出した。

「彼のキタキタ踊りはこの銀河を統括する情報統合思念体に絶大な衝撃と感銘を与えた」

「情報のみで人間的な感情を有しない情報統合思念体に初めて『感動』という素晴らしい感情を与えた」

「完全な無から有を生み出すのは人間には不可能。だから、それを出来る存在を人間は『神』とカテゴライズする」

「だから、キタキタオヤジはわたしたちの神」

さて、おいとまさせてもらうか。俺は早々に立ち上がった。

しかしながら、長門は帰ろうとしてきびすを返した俺の足を素早く掴みあげると、柔道の出足払いの要領でぐいっと横へ引いた。おかげで下の階の住人に迷惑がかかりそうな感じで俺は思いっきり尻餅をついた。めっちゃ痛い。

「何するんだ!」

という抗議の声を無視して長門は、

「話を聞いて。最後まで」

言葉こそ丁寧形だったものの、やり方はかなり強制的でおまけに謎の真剣さだった。俺をじっと見据えるその瞳にははっきりとした意志がこもっている。

「聞くまで帰さない」と暗に言われた気がしたな。オヤジといいハルヒといい、人の意思を尊重しない奴が俺の周りには多すぎないか。

神wwwwww

今更抵抗するのも無益だと悟っていた俺は仕方なくその場であぐらを組み直し、長門に話の続きを促した。おかげで俺は延々と続く長門の電波な話をひたすら右から左へ受け流すこととなった。

情報統合思念体? 対有機生命体なんちゃらかんちゃらインターフェース? キタキタオヤジが神? そしてハルヒがなんだかよくわからん存在っぽい?

知ったこっちゃねー。

頼むから厨二病的な妄想からはいい加減卒業してくれ。よしんばそれが無理だったとしても俺みたいな一般人まで設定に巻き込むのはやめてくれないか。

だいたい何で俺は今日初めて会った女からそんな話をされているのか。しかも誰もいない家まで連れていかれてだ。年頃の女のたしなみはどこへ行った。俺が紳士でなかったら今頃何をしているか解ったもんじゃないぞ。

美少女だけになんともありえそうで危険な話である。せめて社会の常識というか、それ以前に貞操観念ぐらいは身につけるべきであろう。後でそのことをさりげなく注意しておいた方が良さそうに思う。

そんなことを思案して、あわよくばそれをきっかけに長門とのキャッキャウフフ的な日常に突入出来ないかと俺が妄想していたら、突然隣の部屋から、ドーン!というギャグマンガみたいな爆発音が。

「おい、何だ今の! 何があった!」

慌てて立ち上がる俺。しかし、長門は微動だにせず、座ったままだった。

「ただのガス爆発。このマンションではよくあること」

とんだ欠陥住宅じゃないか。冗談じゃない。大体、隣の部屋ってあのオヤジが住んでいるんじゃないのか? お前らの神の危機を放っておいてもいいのか?

「問題ない。へいき」

長門はテレビのニュースキャスターのように無表情に応じると、

「これまでも、何度か爆発事故は観測されている。いつものこと」

「…………」

どこまで冗談でどこまで本気なんだろうか。長門の表情からだとそれがさっぱり(ハァー、さっぱりさっぱり)だ。

「情報統合思念体はキタキタオヤジを守るためにわたしを送り込んだ」

長門はまだ淡々と話を続けていた。言動と行動の不一致が甚だしいことこの上ない。だったら助けてやれよ。

とりあえずいくらあのオヤジと言えど流石にこのまま見過ごすわけにもいかず、まずは警察か消防に連絡をと思って俺は携帯を取りだし『通話不能、おならぷう』という生まれて初めて見る液晶画面を眺めることとなった。なんだ、これ。

「キタキタオヤジの存在はかなり特異。だから保護が必要だった」

長門。呑気に話してないで、お前の家の電話を借り――またも隣からドーン!という爆発音。

「誰も住んでいないマンションを与え、起こした事件は情報操作をすることで上手くやり過ごした。闇の総裁の協力もあり何年かはそれで上手くいっていた」ドーン!

「だけど、今年になってキタキタオヤジは涼宮ハルヒと出会ってしまった」ドーン!

「涼宮ハルヒはキタキタオヤジの存在を害と認識し始めた。無意識的に彼が消される可能性は極めて高い。それは情報統合思念体にとって神殺しと同じ行為」ドーン!

「出来ればもう少し時間をかけてあなたと接触するつもりだった。でも、今日の夕方に起きた情報爆発のせいで時間がなくなった」ドーン!

「このままだと神殺しはいずれ遂行される可能性がある。だから、わたしたちはあなたにお願いすることに決めた」ドーン!

「涼宮ハルヒを抑制してほしい。これは情報統合思念体の総意」ドーン!

つうか、あのオヤジもう死んでないか……? 完全に手遅れに思えるんだが、俺には。

普通そうだよな? ……だよな?

それからも長門の電波話は延々と続き、ついでにキタキタ踊りがどれだけ素晴らしい踊りであるかを小一時間ほど熱弁され、更に小一時間ばかり目の前でキタキタ踊りを見せつけられてからようやく俺は解放された。

いや、長門のキタキタ踊りは可愛かったけどさ。

制服のスカートがひらひらと揺れて下着がギリギリ見えそうで見えないところが更に良かった。今度は是非メイドコスでお願いしたい。

「涼宮ハルヒは危険な存在。気をつけて」

帰り際、長門はそう忠告した。そして、詫びのつもりか賄賂のつもりかは知らないが、俺に花の髪飾りを手渡した。

「使って。役に立つはず」

こんな物をもらってもな。俺に女装趣味があるとでも思っているのだろうか。本当にこいつの考えていることはわけが解らん。

手元の花の髪飾りをどうしたものかと眺めている俺をおいてけぼりに、ドアはそっと閉められた。いやはや(これって死語か?)どうしたものか。

キタキタ踊りは女性が踊ってたものだしな……

横に目を向けると、隣の707号室はドアがひしゃげているわけでもなく、周りにやじ馬がいるわけでもなかった。いくら耳をすませてもサイレンの音なんか聞こえてきやしない。

実は夢だったのだろうか? いわゆる明晰夢というやつだ。そして、本当の俺はベッドで心地よく眠っていて、しばらく経てば目を覚ますのだろうか? この混沌とした有り様は夢によく似ているし、その可能性もなくはないんだが。

だといいんだけどさ。

もらった髪飾りを適当に鞄の中に放り込むと、俺はエレベーターへと足を進めた。すると、また背後からドーン!という爆発音。

それと共に、

『ぬおおおぉっ!?』

というオヤジの大声。

『ふむ……。最近の電子レンジはよく爆発するものですなあ。パンが焦げてしまいましたぞ』

なんかもう精神的に疲れきっていた俺は振り返ることなく、そのまま足早にマンションを後にした。ハルヒじゃないが、もう色々とうんざりだった。

長門ならなにやってもかわいいよおおおおおおおお

今日はここで終わり

乙!

テンションが変わることもなく唐突にグルグルネタが入ってきて吹く


ナチュラルにリコの花が出てる

神はちと卑怯すぎるでしょ・・・

てか闇の総帥もいんのかよwwww

そして翌日の朝。

学校へと続くひたすら長い坂をえっちらおっちらと登って汗だくになりながら教室に入ると、当たり前のようにキタキタオヤジがいて、いつも通りぴんぴんしながら朝のキタキタ踊りを踊っていた。

その横にはメケメケが四匹(四頭?)いてメケメケ鳴いていた。

ふむ。

昨日のはやはり夢か幻だったんだろうか。もしくは長門が仕掛けた壮大なドッキリという可能性もある。謎は深まるばかりだ。

それにしては爆発音とかがやけにリアルに感じられたんだがな。ビリビリと震える大気の小さな振動まで伝わってきて、とても夢やドッキリのようには思えなかったんだが。

昨日のことを思い返してみても、どこからどこまでが夢でどこからどこまでが現実なのか、それが俺にもよく解らん。しかし、こうしてオヤジが無傷でいる以上、やはりあれは現実でないと結論付けざるを得ないだろう。長門の電波話を聞いている内に俺もおかしくなってしまったんだろうか。

俺は毎度の如く鞄を席にもおかずキタキタオヤジに絡まれないようそっと教室の隅へ。

昨日の件は一旦棚上げにして、ハルヒが来るまでそこで携帯ゲームでもして時間を潰す。オヤジからの避難のためとは言え、いつのまにか朝のホームルーム前の時間はここでハルヒの文句を聞くのが日課となっていた。まことに習慣というのは恐ろしいものである。

ほどなくして、ハルヒも教室に姿を現した。いつも通りの仏頂面で、予想はしていたがいつもよりも元気がなさそうに見えた。あいつも同じく鞄を席にも置かず、オヤジに絡まれないよう教室の隅へ。

「…………」

無言で俺の隣に来て、腕を組みながら掃除道具入れのロッカーにもたれかかる。

沈黙。

さて、どうしたものか。

普段ならハルヒの方から勝手に話しかけてくるので話題に困るということはないのだが、今日はそれがない。

昨日のことがあったので俺もなにやら話しかけにくい。長門の一件もあって慰め文句も用意出来なかったしな。

かといってその時の長門の電波話をネタにするのも流石に無神経に思われたので、結局は何も話せず、予鈴が鳴ってそろそろ席につこうかという頃合いになっても俺とハルヒは一言も会話しなかった。

正直、気まずくて仕方がない。なにか言ってくれよ、ハルヒ。

オヤジの方に視線を出来るだけ合わさないようにしながら二人とも無言で席へ。鞄から筆記用具を取り出し――ん? なんだこれは?

妙な感触を覚えて取り出してみると、昨日長門からもらった花の髪飾りだった。すっかり忘れていた。そういえば鞄に入れっぱなしにしていたんだったな。

それを手に、はてどうしたものか、捨てるのもなんだか気が引けるしな、などと考えていたら、突然ハルヒの声。

「なにそれ。あんた女装趣味でもあったの?」

いつのまにやらハルヒが後ろを振り向いていた。何だか訝しげな顔を見せている。まあ、そう捉えられるのが普通だよな。いやーん、うっふーん、ばっかーん。もちろんそんな趣味は俺にはない。

しかし、困った。女装趣味があると誤解されるのは嫌だったし、持っている理由を追求されるのも嫌だったからな。

そこで俺は、何でだろうな、自分でもよくわからん。何をとち狂ったのか血迷ったのかは知らんが、それをハルヒに向けて差し出していた。

「良かったらやるよ。もらいもので悪いけどな」

「……は?」

眉を寄せて俺の顔を覗き込む。なに言ってんの、こいつ的な表情。傷つくからやめてほしい。というか、この時点で十分致命傷もんなんだが。

「たまたま知り合いからもらったんだ。俺が持っていても仕方がないし、捨てる訳にもいかないし、だからお前に渡そうと今思っただけで、ただそれだけだ。嫌なら別の誰かに渡すつもりだし、特に深い意味はない。誤解するな」

なぜかずいぶんと言い訳じみた言葉になってしまったが、ハルヒは納得してくれたようである。しばらく俺の顔と髪飾りを確認するように交互に眺めていたが、やがて口の端を微速度撮影のように上げて、

「まあ、そういうことだったらもらっておいてあげるわ。丁度なにかアクセントが欲しかったところだし」

そう言いながら俺の手から髪飾りをあっさり受け取ると、それっきり前を向いて振り向くことはなかった。

…………。

別にお礼を期待してたわけじゃないんだが、少しばかり寂しい気分なのも確かである。とはいえ、貰い物でそれを言うのは贅沢というものか。

その日の午前の授業中、俺はハルヒの後頭部――時折揺れる尻尾と、その右斜め上あたりにちょこんと咲いている謎の花――を眺めながらぼんやりと過ごした。ハルヒも特に何か言ってきたりはしなかったからな。

そういや校則違反にならないのか、この髪飾り?

まあ、俺は教師でも風紀委員でもないから別にいいんだけどさ。

思うにだ。

今、考えてみると、この時の俺はハルヒってやつを過小評価し過ぎていたんだと思う。

あれだけオヤジに邪魔されながらも、それをかいくぐるために自分でクラブを作ってどうにかしようなどと考える奴だ。かなりアグレッシブな考えの持ち主だと言える。

あいつは踏まれても摘み取られてもそれでも生えてくる雑草のように、とんでもなくタフなメンタルの持ち主だってことに気がついたのはこの日のことだったな。

もっとも、それはあいつの嫌っているキタキタオヤジにしてもそうなんだろうが。本人に言ったら怒り狂うこと間違いないので絶対に口にはしないが、ハルヒとあいつは精神的にどこか似ているような気がする。

ハルヒがオヤジを嫌っている理由は一種の同族嫌悪も混ざっているかもしれない。ベクトルは違うが、とにかく二人とも自分のしたいことをやり通すというその意思の強さだけは馬鹿みたいに強靭で、つまり何が言いたいかと言えば、俺の心配は全部杞憂で終わったってことだ。

ハルヒはクラブ作りを諦めてなんかいなかった。それがはっきりと判明したのは昼休みのことだ。

「キョン、聞いて! 朗報よ、朗報!」

廊下をドリブルで五人抜きするのような速度で教室に飛び込んで来たかと思えば、ハルヒはヘディングするような勢いで俺の目の前まで飛んで来て、逆転ゴールを決めた瞬間のような飛びっきりの笑顔を見せた。朝から現在に至るまでの数時間の間に一体何があったんだ。

「誰も使っていない部室を見つけたのよ! これであたしたちのクラブが作れるわ!」

なるほど。相変わらず休み時間にどこか行っていると思ってたら使える部室を探していたのか。それについては喜びをわかちやってもいいが、何だ、あたしたちのってのは? まるで俺がお前と一緒にクラブを作ろうとしているみたいじゃないか。言っておくが、俺はそのクラブの活動内容すらまだ知らないんだぞ。

しかしまあ、絶好調時のハルヒが俺の話を聞くはずもない。大きな目をらんらんと輝かせて、

「ホント、あたしも迂闊だったわ。今までずっと見落としていたなんて。なにも元からある部室を拝借する必要なんかなかったのよね。家主に断りを入れる必要もないし、今回は何の問題もないわよ。安心して」

何を安心すればいいんだろう。逆に不安が募るばかりだ。

「それじゃ、あたしは他の準備があるからまた後で。授業後、部室まで案内してあげるわ。楽しみにしておきなさい」

そしてまたドドドドドとバッファローのような勢いで走り去っていった。途中に障害物があったらよけずにはね飛ばしそうな勢いで。

教室中の注目を集めながら、俺は静かに着席した。オヤジがいたら、対抗して間違いなく俺の横で踊りだしていただろうなと思い、それだけは幸運のように思えたが本当にそれだけだよな、これ。

何だかここ最近ずっと振り回されっぱなしな気がして、かなり凹む。そもそも部活を作るには学校側の承認がいるはずなんだが、あいつ、そこのところを考えているのだろうか?

まったく考えていないような気がするんだけどな。

さて、どうしたものか。

どうもこうもない。

そんな悠長なことを言っている場合じゃなかった。

俺はこの時、無理矢理にでもハルヒの暴走を止めておくべきだったのだ。

ここで食い止めておけば、後の被害はかなり軽減されたはずである。しかし、俺は未来人でもなければ予知能力者でもあらず、結局、止める事なんか出来なかったんだよな。

後悔先に立たずとはまさにこのことだ。授業後、ご機嫌なハルヒに連れられて新たな部室の前へとたどり着いた時、俺はそれを嫌でも直感することとなった。

「ここよ、ここが新しい部室」

着いた先は通称、旧館と呼ばれる文科系部の部室棟だ。昨日、長門とオヤジがいた文芸部もここの建物の中だが、一階と二階の違いがあったし方角が正反対でかなり離れている。「多分あのオヤジにかち合うことはないわ」とハルヒ。流石にその点は考慮しているようだ。

「それよりもスゴいのよ。中を見て驚くと思うわ。机や椅子が一式揃ってたし、最新型のパソコンまで置いてあってネットにも繋がってたのよ。こんないい場所がどこの部活にも使われていないなんて正しく奇跡よね」

そんな奇跡があるか。よく考えろ。

「ちょっと待て。それはどこかのクラブがこの部室を使っていて、お前が確かめた時には誰もいなかったってだけじゃないのか?」

「違うわよ。あたしはこの学校に登録されてる全部の部活を確かめて回ったのよ。ここはどこのクラブも使ってなくて、完全に空き部屋。鍵だってかかってなかったんだから」

とは言ってもだな。見落としってもんがあるかもしれないだろ。鍵だってかけ忘れたのかもしれない。

俺は何気なく上を向いて、部室に備え付けられているプレートを確かめた。

『チンコの修行場』そう書かれてあった。

おい、ハルヒ! ここは明らかにヤバイぞ! そのドアは開けるな!

ここでゴチンコwwwwww

だが、そう声を発した時には、時すでに遅し。ハルヒはドアを開けていた。

中にいたのは中年のいかにも悪人面したひげのおっさん――ではなく、さわやかなスポーツ少年のような雰囲気を持つ細身の男だった。適当なポーズをとらせてスーパーのチラシにモデルとして採用したらコアなファンがつきそうなルックスのやつだ。

そいつは如才のない柔和な笑みを浮かべながら、妖しげな石像の前でパンを尻にはさみ右手の指を鼻の穴に入れ左手でボクシングをしながら「いのちをだいじに」と叫んでいた。

俺とハルヒはすぐにドアを閉めた。

「だから言っただろう! お前は何でもかんでも猪突猛進し過ぎなんだ! これ以上変なのとかかわり合いになるのは嫌だぞ、俺は!」

「あ、あたしのせいにするって言うの! あんたが早く言い出さないからいけないんでしょうが!」

ドアを閉めた直後に不毛な言い争い。何であんな変態野郎のことでハルヒと言い合いにならなきゃいけないんだと、俺は不意に冷静さを取り戻してその場から即立ち去ろうと一歩を踏み出した時にはドアが開いてさっきの変態野郎が姿を現していた。しまった、逃げ遅れた!

「これはこれは。驚かせてしまったようで申し訳ありません」

そいつは穏やかな微笑を浮かべながら、しかし一ミクロンも悪いと思っている様子などなく、

「絶対にしてはいけないとそこに書いてありましたので、つい」

と、言い訳じみたことを述べた。パンを尻にはさむような奴が何を言ってるんだ。

「あなた達がこのクラブの部員ですか?」

違う。断じて違う。

「そうですか。それは安心しました。無断で入ったことを怒られるかと思っていたので」

相変わらず落ち着いた笑みを絶やさずに言う。長門とは別の意味で考えていることが解らない奴だ。というか、お前はこの妖しげなチンコの修行場の門下生とかじゃないのか?

「いえ、違います。僕は今日この学校に転校してきたばかりですので。何かクラブに入ろうかと各部の様子を見て回っていたら、この部屋を見つけてしまい、ついつい好奇心に負けて中に入ってしまったという次第です」

好奇心は猫を殺すという言葉を地でいくような奴だ。その結果どうなるとかは考えなかったのだろうか。下手したら豚になっていたとか、そんなこともあるかもしれないのに。

わろたwwwww

「僕は古泉一樹と申します。お二方とも宜しくお願いします」

そいつは入社したてのサラリーマンのような挨拶を告げ、

「それにしても、どこかに良いクラブはないでしょうかね。なかなかこれといったものが見つからなくて」

まずい、と理由もなく直感したが、やはりその予感は当たっていた。隣のハルヒがキラキラと目を輝かせながら、

「それならあんた、あたしのクラブに入りなさい! 転校生だし、即戦力間違いなしよ!」

もう言ってることが意味わからん。転校生ってのが一体何のステイタスになるんだ。大体そいつはチンコの修行場に興味を持ち、パンをケツに挟むようなやつなんだぞ。いいのかそれで。

ここはわんわんののろい

良くはない、と自己反問した俺は、相手がハルヒだということもあって出来る限りオブラートにチンコとケツという単語を使わずにそのことを説明したのだが、言い方が穏やかすぎたのかもしれない、完全にどこ吹く風だった。

「確かにちょっとアレだけど、謎の転校生だし、この際文句は言わないよ。さっき古泉君がやってたことだって軽く魔が差しただけでしょうしね。何より、謎を自分で確かめようとする姿勢が実にいいわ。それに転校生だし」

何を評価したんだろう、一体。ハルヒは転校生を世界を救う勇者か何かだと勘違いしてやしないだろうな。そいつが妙な箱に手を突っ込んでも、出てくるのはきっとジャンケンぐらいなもので、剣がビローンと飛び出てくるなんてことは絶対に有り得ないと思うんだが。

「ああ、そうだ。忘れてたわ」

と、ハルヒ。

「あたしは涼宮ハルヒ。こっちはキョン」

あだ名で紹介するな。

「それと、あと一人連れて来なくちゃ。我が部のマスコット担当として、めちゃくちゃ可愛い子をスカウトしといたのよ。ちょっと待ってなさい」

そして、足首にブースターでもつけてるかのようなスタートダッシュで飛び出していった。

おかげで部室に残されたのは(ここを部室と言っていいのならだが)爽やかなスマイルを浮かべてる変態野郎と間抜け面が一人、俺のことだ。どうすりゃいい。

「参りましたね」

俺のセリフだ、バカ野郎。

「古泉とか言ったか?」

声をかけると「何でしょう?」という剣呑な返事。どうにもまだハルヒの危険性というものを理解していないようなので、俺は親切心から忠告しておいた。

「言っておくが、あいつが勧めているクラブは、まだ出来てもいないし、何を目的とするクラブなのかも謎なんだぞ。悪いことは言わないから巻き込まれない内に逃げた方がいい」

多分、ハルヒの頭の中では、勝手に古泉も部員の一員だともう決めつけているに違いない。だから、このままとんずらするのがベストだ。幸いお前はハルヒとクラスが違うし、あいつも追いかけてまで勧誘したりはしないだろうからな、と俺はこんこんと説いてやったのだが、あろうことか古泉は、

「構いませんよ。というより、すでにそうならざるを得ない状況になっています。事態はあなたが考えているよりもかなり深刻なんですよ。こちらからアプローチする必要が出るくらいにまでね」

意味がわからん。人の話を聞いてたのか?

「ええ、もちろんですとも」

古泉はウニョラー、トッピロキーと叫んだ後、

「その内、あなたにもお話する時が来るでしょう。今はその時ではないのでまた今度」

何で俺はこの場所にいるんだろうかと、真剣に思わざるを得なかったな。こいつは色んな意味で危ない。

かくして、俺が「たたかう」か「逃げる」かのどちらかを選択しようと考えていたら、急にドアが蹴飛ばされたように開いた。

「へい、お待ち! ちょっと捕まえるのに手間取っちゃってね!」

片手を頭の上でかざしてハルヒが登場した。後ろに回されたもう一方の手が別の人間の腕をつかんでいて、どう見ても無理矢理連れてこられたと思しきその人物共々、ハルヒはズカズカ部屋に入ってなぜかドアに錠を施した。

ガチャリ、というその音に、不安げに震えた身体の持ち主は、おっぱいぽよんぽよんのすんげー美少女だった。プチプチー。

「なんなんですかー?」

その美少女は言った。気の毒なことにマジ泣き状態だ。

「ここどこですか、チンコの修行場とかどういうことなんですか、かか鍵を閉めてわたし今から何をされるんですかー!」

「黙りなさい」

ハルヒの押し殺した声に少女はビクッとして固まった。まるで監禁ものの三流AVみたいだ。

とか、言ってる場合じゃないか。

事情を知らない人が聞けば通報案件だなwwwwww

「おい、ハルヒ。この人、完全に誤解してるじゃないか。このままだと警察に通報されるぞ」

「何が?」

キョトンとした顔を見せるハルヒ。仕方がないので再び俺はチンコという言葉を出来るだけオブラートに包んで事の重大性をハルヒに説明してやった。一種の羞恥プレイのようで少しだけ興奮したことは内緒だ。

「何を言ってるのよ。あたしはみくるちゃんを犯すつもりなんかないわよ。あんたとは違うんだから」

「ひぃっ」

「俺にだってない!」

「もちろん僕にもありませんよ。してみたいとは思いますが」

お前は少し黙ってろ、古泉。話がややこしくなる。あといい加減、ケツに挟んでるパンを外せ。

と、まあ、すったもんだの末に、どうにか彼女の誤解を解き、そして再びすったもんだの末に、彼女――朝比奈みくるさんは書道部を辞めて、ハルヒの新クラブに入部する運びとなった。

どうしてこうなったんだろうか。

疑問が残るが、その場のノリというものだろう。深く考えたら負けな気がする。

「よし、これであっという間に部員が五人になったわね。ついにあたしの新クラブがベールを脱ぐ時が来たわよ」

ハルヒは力強く宣言した。ちょっと待て、五人?

「そうよ。昨日、文芸部にいた有希って子がいたでしょ。あの子があたしの新クラブに入りたいって今日言ってきたのよ。もちろんオヤジは抜きでね。だから、有希も入れて五人よ」

長門が?

一体、どういうことなんだろうか?

あいつはハルヒを敵視してたと思うんだが。いや、あれは俺の夢の中での話か? だけど、長門からもらった髪飾りは確かに今ハルヒがつけているし。はて?

軽く混乱をしているところに、コンコンとドアをノックする音。

「噂をすればなんとやらね。多分、有希よ」

ハルヒが手早く鍵を外してドアを開けると、その通り、昨日とまったく同じ無表情さで長門が突っ立っていた。

「有希、遅いわよ」

と、ハルヒ。それからやや警戒気味に、

「あのオヤジは来てないでしょうね?」

「いない。文芸部で鏡を見ながらポージングしている」

「ならいいけど」

レジスタンスがアジトに仲間を迎え入れる時のような慎重さでハルヒは素早く周りを見渡し、一つうなずいてから再びドアを閉めて施錠した。昨日のことが余程尾を引いているらしい。警戒レベルをMAXにしているようだ。

「じゃあこれで晴れて五人揃ったので、このクラブの存在意義と活動目的について発表するわよ」

ハルヒはようやくオヤジの呪縛から逃れられたことに余程満足したのか、行儀悪くも机の上に乗って高らかに新クラブ創設に伴う所信表明演説を始めた。

この退屈でどうしようもない世の中を面白く変えていきましょう。世の中にはまだまだ不思議が一杯あるはずなので私たちはそれを探して見つけ出してとか、うんたらかんたらそんな話だ。

俺は正直、この場に立ってるだけでも億劫で今すぐ帰りたくて仕方がなかったのだが、ハルヒがあまりにも生き生きと演説をしているので、流石にここで帰るとか空気の読めないことは言えず、なんとはなしに他の三人の顔を眺めてみた。

長門はいつも通りの無表情。古泉も印刷されたかのような微笑を張りつけていてまったく代わり映えがない。朝比奈さんはと言えば、どことなく落ち着かないような表情を見せてはいたが、ハルヒの話を真剣に聞いている風である。

多分、この中で最も適当に話を聞いていたのは俺で、いや、当然だよな? 何でこんな話を真面目に聞かなきゃならんのだとそう思うのだが、他の面子を見てるとそれも言い出しにくい。本当にどうなってるんだろうね。

そして、最後の締めのつもりか、ハルヒは十分な間をためてから、新クラブの名称と具体的な活動内容とをついに明らかにした。

お知らせしよう。何の紆余曲折もなく単なるハルヒの思いつきにより、新しく発足したクラブの名を。

ヒッポロ系ニャポーン団。

意味がわからんがヒッポロ系ニャポーン団。

語呂も素晴らしく悪いがヒッポロ系ニャポーン団。

早口で言うと絶対噛むがヒッポロ系ニャポーン団、

今の俺のレベルではどうにも理解出来ない。

そうそう、ちなみに団の活動内容は「宇宙人や未来人や超能力者や異世界人を探し出して一緒に遊ぶこと」らしい。

それを聞いた時、俺は単に「やっぱりか」と思っただけだが、しかし残りの三人はそうもいかなかったようだ。

朝比奈さんは完全に硬化していたし、長門もほんのわずかだけ目を見開いていた。同じ厨二病同士でもこれには意表を突かれたようだ。この話をラノベにして角川書店にでも送れば大賞を取れるかもしれない。

最後に古泉だが、ウニョラーとかトッピロキーとか小声でぶつぶつ言っていたので俺は完全に放置した。こいつは厨二病どころの騒ぎじゃない。何か可哀想な病気を患っているに違いない。

オッポレじゃないのか

「それじゃあ今日のところはこれで解散。明日から全員毎日ここ集合ね。みんな、一丸となってがんばっていきまっしょー」

ハルヒは最後まで御機嫌な表情を見せて帰っていった。思えば、あんな晴れ渡ったような笑顔を見せたのはこれが初めてかもしれない。

ハルヒがいなくなった後も古泉はキロキローとか言っていたし、何だか暴れ始めもした。心なしか顔が猫っぽくなっていたのは流石に俺の気のせいだろう。

「恐らく、彼は青とうがらしを以前に食べた。これはその影響」

こんな状況でも厨二がブレない長門。ある意味尊敬に値する。

「大変。じゃあ、早く大地の治療を行わないと」

と、どこからか大量の草を取りだしそれを古泉にかぶせ始める朝比奈さん。あなたもですか。

その横で長門は「はァァー……」とためを作った後、「ニャッポトナー」と何やら怪しげな儀式を行っているし、何の集団なんだ、これは。

付き合いきれず俺は草まみれにされている古泉を尻目にそっとドアを閉めた。こんな部活、二度と来るか。変人の集まりじゃないか。

今日はここまで

懐かしいネタ多いな

はたしてゴールはあるのか

ヒッポロ系ニャポーンさ

キタキタ踊りを踊る長門の尻の動きを観察したい

>>166
長門をぺろぺろしたい

その翌日。当然、俺はチンコの修行場には行かなかった。

授業終わり、ハルヒが「来なかったら死刑だから」とか言っていたが、そんなあからさまのウソ脅しに屈する俺じゃない。死刑にでもなんにでもしてみろってんだ。

携帯電話の番号は訊かれてもいないからハルヒから呼び出しがかかってくることもないし、流石に住所を調べて家まで押し掛けるようなことは有り得ないだろう。

グッバイ、ハルヒ。危うくそっちの世界に少し引きずり込まれかけたが、昨日の一件で俺はこれから真っ当な高校生活を送ることに決めたんだ。もう巻き込まないでくれ。

家に帰る時、ハルヒの笑顔がやけに頭にちらついたが、しかし、俺にも許容できる範囲ってものがある。古泉のウニョラー化がまさにそれで、あれはゆうにファールラインを越えていた。

あいつだって、その内あの三人の持つ異常性(特に古泉の)に気付くはずだ。そうなるのも時間の問題だろうし、俺はそれまできっと襲いかかってくるであろう「どうして部活に来ないの!」というハルヒの小言やら文句やらにひたすら耐え抜けばいいだけの話だ。どうせ、そんなに日数のかかることじゃないだろうからな。

そう思っていた時期が俺にもありました。

ええ、そうですとも。ハルヒがきっと古泉や古泉や古泉の持つ残念な病気に気付いて、それと同時にふと我に返り厨二病を卒業してくれるんだと。

結果的には大間違いでしたけどね。

え? どうしてかって?

そりゃ決まってるでしょう。言うまでもなく想像出来るじゃないですか。

長門ですよ。長門有希。

俺は忘れていたんです、あいつの存在を。なんせ無口ですからね。

まさか、あんなことをしでかすなんて思いもしませんでしたよ。困ったもんですね、ははは。

ははは……。ははは…………。

はあ……。

ちくしょう……長門のやつ……。何てことをしやがるんだ。

『KOK団、及びヒッポロ系ニャポーン団の創設に伴うお知らせ』

そんな見出しの後に、ご丁寧にカラーで印刷されたチラシの活字はこう続く。

『わたしたちKOK団はキタキタ踊りの後継者を広く募集しています。

過去にダンス歴のある人。ないけどこれからダンスを始めようと思う人。ダンスなんてしたことないけど、キタキタ踊りには興味があるという人。ダンスにもキタキタ踊りにも全く興味のない人。

そういう人がいたら、わたしたちのところへ来なさい。たちどころにキタキタ踊りをマスターさせます。確実です。

キタキタ踊りは素晴らしい踊りです。感動を与えます。キタキタ踊りは間違いなくこの世界を救います。

このチラシを見た人は友人五人を連れて必ず文芸部まで来て下さい。もしくは、お近くの団員まで報告に来るように。

KOK団メンバー。
団長、アドバーグ・エルドル。(通称、キタキタオヤジ)
副団長、長門有希。(通称、ゆきりん)
団員、涼宮ハルヒ・朝比奈みくる・古泉一樹・キョン。


あと、ついでに世の中の不思議とかもヒッポロ系ニャポーン団では募集しています』

次の日、ハルヒは学校を休んだ。

ハルヒだけじゃなく、朝比奈さんもだ。もしやと思ったが古泉まで休んでやがる。

すでに校内に轟いていたキタキタオヤジの名は、昨日のチラシ騒ぎのせいで有名を超越して全校生徒の警戒の的になっていた。

それはどうでもいい。元から好かれてるわけでもないし、俺は何があろうとも無視すると決めているから、例えあいつが人類全体から避けられようとも知ったことではない。

問題はキタキタオヤジの関係者として俺のアダ名が全校生徒に知れ渡ったことと、周囲の奇異を見るような目が俺にも激しく突き刺さるようになってしまったってことだ。

「キョンよぉ……お前は常識人だと思っていたんだけどな……」

休み時間、谷口が憐れみを感じさせる口調で言った。距離は三メートルぐらい離れている。

「ホント、昨日はびっくりしたよ。帰り際に腰みのをつけている女子高生二人と中年オヤジに出会うなんて、夢でも見てるのかと思う前に自分の正気を疑ったもんね」

こちらは国木田。奴も四メートルぐらい離れたところから、俺には全く見覚えのない藁半紙をぴらぴらさせて、

「残念だけどしばらくの間は他人のふりをするから。悪く思わないでよ」

友情なんてのはまやかしだなとつくづく実感した。それもこれも全てチラシをばらまいた長門とあのクソオヤジが悪い。自分の席で何だかいつもよりもキリリとした表情で踊っているあいつを出来ることなら社会的に抹殺してやりたいところだ。

ふと周囲を見渡せば、俺の周りには誰も近寄ろうとせず、たまたま目が合っても慌てて逸らされる始末だ。授業中に配られたプリントでさえ、空いてるハルヒの席にぽとんと置かれるだけで直接手渡しもしてくれない。

ちょっとしたイジメだよな、これ。

泣いてもいいか?

この日まともに俺に話しかけてくれたのは誰あろうクラスのマドンナ、朝倉涼子だけだった。あの残念な太い眉毛も今や天使の象徴のようにすら思える。

「長門さんもちょっとやり過ぎよね。これじゃキョン君が可愛そうだわ。へっくしょん、宇宙人」

不可解なくしゃみは置いとくとして、神様仏様朝倉様は俺に深い同情を示してくれた。

「あの子は良く知ってる子だから、後でわたしからも強く言っておくね。自分の都合に他人を勝手に巻き込むなんて良くないことだもの。へっくしょん、バックアップ」

……風邪気味なんだろうか? 少し心配ではある。

「大丈夫、気にしないで。心配してくれてありがとうね。優しい男の人ってあたし好きだよ。キョン君も身体には気を付けてね。へっくしょん、ナイフ使い」

そう言い残して、朝倉は聖母マリアのような優しい笑みを浮かべて去っていった。なぜだろう、心臓がドキドキして落ち着かない。変な汗も出る。ひょっとしてこれが恋というやつなのだろうか。朝倉との恋愛フラグが立ってしまったのだろうか。あいつとならこちらも大歓迎なんだが。

ハルヒ涙目ww

朝倉wwwwwwwwww

とまあ、朝倉とのほんわかドキドキタイムがあったおかげで、俺の気持ちもいくぶんか和らいだものの、しかし、当然の如く俺はまだ事の元凶である長門とキタキタオヤジに対して怒りを覚えていた。

しかし、オヤジと教室で話そうものなら、後ろ指を指されまくることは確実である。ただでさえ仲間だと誤解されてるのにこれ以上誤解を生むような行為は慎むべきだろう。

なので、代わりに長門に文句を言うべく、俺は授業が終わると旧校舎へと赴き、真っ直ぐチンコの修行場へと向かった。どうでもいいが、この呼び方どうにか出来ないものだろうか。

ドアをノックもせずに開け放つと、長門はパイプ椅子に座って人形のように分厚いハードカバーの本を読んでいた。その横には何故か今日学校を休んだはずの古泉が立っていて、少し意表を突かれた。律儀に制服まで着ている。

朝倉涼子さん!

「おや、これはこれは」

相変わらずの人を食ったような笑みを絶やさないまま古泉は、

「その顔から察するに、あなたも長門さんに文句を言いに来られたんですか?」

あなたも、ってことはお前もだよな。

「ええ、そうです。あまり刺激的なことをされては僕の苦労が増えてしまいますから。その点を理解してもらいたくて、こうして直談判に来たという次第ですが……。残念ながら実のある話し合いにはなりませんでしたね」

両手を広げ、やれやれ、といったポーズを見せる。表情がまったく変わらないので一見すると参っているようには見えないのだが、多分、困っているというのは本当なんだろう。でなければわざわざ学校に来る必要なんてない。

それに、あんなことをされて迷惑だと思わないやつがいたらそいつはとうに人生を諦めているか、悟りを開いているかのどちらかだ。俺はもちろんそのどちらでもなかった。

「長門。何でお前、あんなことをしたんだ?」

役に立たなさそうな古泉の代わりに、俺は長門に問い質した。少し語気が強くなってしまうのは仕方がない。むしろ冷静な方だと自分で自分を誉めてやりたいぐらいだ。

長門は本から視線を外し、俺の顔を見上げる。心なしかその表情はわずかながら困っているようにも見えた。

「昨日のチラシの件だ。いや、別に目的は解ってるからそれ自体はいい。問題はどうして俺やハルヒまで巻き込んだかってことだ。こっちはいい迷惑なんだ」

「それについてはわたしも反省している」

長門はハードカバーをパタリと閉じると、じっと俺の瞳を見つめ、

「軽率過ぎた。許してほしい」

ほんのわずか頭を下げて妙にしおらしい態度を取る。くそっ。怒るに怒れない。これは卑怯だろ。

いつもよりも微かにうつむきながら長門は、

「元々はヒッポロ系ニャポーン団のチラシだった。涼宮ハルヒが持ってきた」

まるで柱をカリカリしてるところを怒られた仔猫のような様相だった。だから、それは反則だぞ、ゆきりん。

「そのチラシを配ると言って、涼宮ハルヒはバニーガールの衣装も二組用意してきた」

何をしてるんだ、あいつはあいつで。

「彼女曰く、目立つ格好でこういったチラシを配れば、知名度が大幅にアップするとのことだった」

そりゃ確かにそうかもしれないけどな。しかし、手段ってものを考えるべきじゃないか。

「それを聞いた時、不意にわたしに電流にも似た閃きが発生した。これはわたしにとって初めての経験」

おい。まさか。

「その後はまあ、お察しの通りです」と、古泉。

「嫌がる朝比奈さんを取り押さえてあっという間にキタキタ踊りの衣装に着替えさせると、ちょっぱやで着替えないとけつかっちんだから、と言いながら自分も手早く衣装に着替えて、チラシをざっくり書き換えそれを大量印刷して――あの涼宮さんでさえ呆気に取られるほどの早業だったそうです。ああ、もちろん僕は朝比奈さんと長門さんの着替えシーンは見ていませんよ。その場にいませんでしたから。涼宮さんから聞いた話です」

「涼宮ハルヒは途中で帰宅した。憤慨した様子だった」

そりゃそうだろうな。というか、あいつもやっぱりどうかしてるが。やり方がキャバクラの客引きと同じじゃないか。

「実際、宣伝効果は確かにあったと思います。もっとも……ついたのはマイナスのイメージでしょうがね。困ったものです」

長門は首肯して、

「方法が悪かった。そのせいで涼宮ハルヒにも朝比奈みくるにも迷惑をかけた。今度会ったら謝るようにと眉毛からも説教された。もう少しこの世界での常識を学ぶべきだと」

なるほど。流石、俺の眉毛天使だ。即、行動してくれたらしい。一生ついていきたい。

眉毛ゆーなwwww

朝比奈さんのキタキタ踊りはみたいな

なんて冗談はここまでにしても。

とにもかくにも事情と経緯はあらかた理解出来た。そして、それを踏まえた上で俺は言いたい。

完全にとばっちりだ、と。

どうやらこのアホどもを放置しておくと、なぜか俺にまで被害が回ってくるようだ。対岸の火事どころか隣の大火事だ。歯止めになるやつがここには誰にもいないというのが一番間違っている。

この世界は、俺に何の責任もないというのに、ダメージだけは人一倍食らうという鬼畜仕様になっているらしい。

一体、俺が何をしたっていうんだ。前世で坊主でも殺したのだろうか。

「謝罪する。申し訳なかった」

下を向いて素直に頭を垂れる長門に、ヘタレな俺はそれ以上何も言えず、「ああ」とか「うう」とか呻くだけで結局この一件をうやむやに終わらせてしまった。こんな性格の自分が俺は嫌いだ。

隣の火事っつーか、キタキタ団のせいで炎上しとるがな、キョンくんも

キタキタ踊りは実際女性が踊る踊りだから眉毛天使が踊ってくれさえすれば…

仕方なしに隣の古泉をちらりと眺める。

もしかしたら、俺の代わりに何かきついことを言ってくれるかと微粒子レベルで期待したのだが、それはやっぱり無駄に終わった。所詮は微粒子レベルの期待だ。

「まあ、白眼視されること自体は涼宮さんと関わり合いになる必要経費と割り切って、それはもういいんですが……」

お前が言うか。トッピロキー野郎。

「それよりも我々が困っているのは、閉鎖空間の方です。これだけ頻繁に発生すると僕たちの身体が持ちませんし、それどころか、いつ世界が新たに書き換えられるかわかったものではありませんから。すでに御存知だとは思いますが、今日だけで三回ほど閉鎖空間が発生しています。おかげで学校にも今の時間まで来れませんでした。はっきり言って、長門さんには自重をお願いしたいんです」

駄目だ。変態な上、こいつも厨二病だ。どんだけ凝った設定を自分たちの間で作れば気が済むんだ。

閉鎖空間の数ヤバそうだな

長門は軽く眼鏡のつるに手をかけると真面目な顔で、つっても無表情に変わりはないんだが、

「そちら側の要望は理解している。でもキタキタ踊りの普及はこちらの至上命題。退くわけにはいかない」

「また水掛け論ですか……。弱りましたね」

何か言ってやってくれませんかとばかりに俺の方を見る古泉。こいつは俺に何を期待しているんだ。

と、その時。

「おい」

突然、とても汚い声。見ると長門の顔が戦場に赴く前の侍のおっさんのように変わっていた。ホワイ? なぜ?

「おい。神人が来たぜ。おい。神人が来たぜ」

壊れた人形の様に繰り返し呟く長門。いやいやちょっと待て。

「やれやれ……。またですか」

小さく溜め息を吐くと、古泉は「バイトの時間が来てしまったようですので、これで」と、何事もなかったかのように部室から出ていった。おい、そんな呑気なことを言ってる場合じゃないだろ。長門があからさまに変になったんだぞ!

「へいき」

え? 古泉を追いかけようとして部室から飛び出したら、後ろから小さな声。振り向くと普段の顔をした長門がいた。

「な、なあ……長門。今……」

「何?」

「……いや、その……」

俺は疲れているんだろうか? 今のは幻覚か? いや、そうだな、そうとしか考えられん。それ以外に理由がつけられない。

それにしても、これから俺の学校生活はどうなってしまうんだろう。

やれやれ。

言わずにはいられなかったな。

今日はここまで

乙!

まさかの長編でワロタ
がんばって書き上げてくれ

この長門がバナナムーンを手にしたらヤバそうだ

ハルヒのえっちなおどりが見たい

ハルヒにくしゃみさせたらどんな感じになるんかね

あれから一週間。

この頃になるとようやくほとぼりも冷めてきて、谷口も国木田も俺に積極的に話しかけてくるようになったかと言えば、まったくそうはならず、相変わらず俺はクラスでぼっち状態だった。

ハルヒは一日休んだだけで次の日には学校に来ていたが、四方八方に不機嫌オーラを放ちまくっていたので、当然誰からも話しかけられない。それは今に始まったことじゃないので、こいつは気にもとめなかっただろうが。

「キョン、あんた、ナガモンから謝られた?」

ポケットに入るモンスターみたいな言い方だな、とかどうでもいいことを思いながら、俺は次の授業の教科書を取り出しつつ答える。

「一応はな。お前の方は?」

「菓子折持って家まで謝罪に来たわ。なんでか知らないけど、このクラスの眉毛の太い女も一緒にね」

ふんっとそっぽを向くハルヒ。俺はと言えば、朝倉の面倒見の良さにいたく感心していた。最近は眉毛と聞くだけでドキリとする。どうも俺はポニテ萌えから眉毛萌えへと変化しているようだ。やはりこれが恋というやつなんだろう。青春を感じるなあ。

「そんなことよりも、キョン」

自分から話題を振っておいてそんなことと言い出すハルヒ。自分本位なのは全く変わってない。少しは朝倉を見習ってほしいものだ。

「今日こそ団活をするわよ。ずっと休業してたしそろそろ動き出さないとね」

あんな被害に遇ったというのにまだ諦めてなかったのか。ここ一週間ばかり部室にも顔を見せず、かなり大人しくしていたもんだから油断していた。宇宙人だとか未来人だとか超能力者だとか異世界人だとかいるはずもないんだが。

「いるわよ。あたしの勘だけど、絶対いるわ。ひょっとしたらこの学校にもすでに何人かいるかもしれないわよ」

どこまでも妄想癖の強い奴だ。どう諭してやればいいんだろう。

そりゃ俺だってちょっと前まではそんなことを思っていたさ。そうだったらいいな的な憧れも持っていた。だけどな、オヤジや長門や古泉とかを見る内にそんな妄想は吹っ飛んでいた。人間、現実を見て生きなきゃならん。それをあいつらは悪い意味で教えてくれた。お前もそろそろそのことに気付いてくれないか、ハルヒ。

大体、今の俺は長門が再び暴走しないよう見張りをするだけでも手一杯なのだ。この上、ハルヒの面倒まで見る気には到底なれない。

この前はチンコの修行場に置いてあったパソコンを勝手にいじって、KOK団のホームページを許可なく開設していたしな。

これは実害がないと思って放置しておいたら、長門のやつ、そのまま表情一つ変えずアダルトサイトとのリンクを貼り付け始めたので俺は慌てて止めに入った。どうやら閲覧者数を稼ごうとしていたらしい。危うくパソコンがウイルスまみれになるところだった。

その後も、匿名掲示板に宣伝レスをコピペして貼り付けたりもしていたので、俺は長門からマウスを取り上げた。「あ」という小さな声の後、俺の持つマウスに手を伸ばしながら「どうして?」とかじっていたドングリを取り上げられたリスのような目を向ける。

おかげでその理由を俺は延々と説明する羽目になり、かと思ったらその翌日にはキタキタ踊りを動画にしてネット上にUPするからと俺にカメラマンを押し付け――勘弁してくれ、頼むから。

とにかく、何をしでかすかわかったもんじゃないという良き警告にはなったな。わんぱく盛りの仔犬を持つ母犬の気分だ。

これが古泉とかだったら、完全にシカトしてるか、あるいはとうの昔に張っ倒しているところだが、相手がゆきりんだけにそうも出来ない俺がいる。見て見ぬふりをするのも忍びないし、また俺が被害に遭う可能性もあるしで、やむなくチンコの修行場に通う日々だ。

俺の高校生活はもしかしなくても他人の尻拭いだけで終わるんじゃないかという不安がふと沸いてきて、暗澹たる気持ちになった。ハルヒのお気楽さというかアグレシップなところが少しだけ羨ましい。

「いい? 今日は団員全員が集合よ。団長命令は絶対だから」

と、王様ゲームみたいなことを言うハルヒの言に従ったわけでもないが、授業後、俺は気の進まない歩調でチンコの修行場へ。いい加減、あのプレートを何とかしなきゃならんな。新しいプレートってのはホームセンターとかで売ってるんだろうか? 元が何の部屋だったのかは完全に不明だが放送禁止用語に引っ掛かりそうな言葉だし、勝手に変えても問題はなさそうなんだが。

そんなことを考えつつ部室の前までたどり着くと、そこには意外な人物が。なぜか知らんが、谷口がドアの前で立っていた。今から道場破りでもするかのような真剣な表情でだ。

怪訝に思いながらも、とりあえず声をかけてみる。

「よう。どうしたんだ、こんな所で。ハルヒか長門に用か? それともまさかお前まで呼び出しを食らったのか?」

「いや、そうじゃないんだ。実はチンコを強くしてもらおうと思ってな」

「帰れ」

ドアを開けて中に入り、即座に閉める。ついでに鍵もかけておいた。扉の向こうから「ずるいぞ、お前ばかり」とドンドンとドアを叩く音が聞こえてきた気がするが間違いなく気のせいだ。俺はあんなやつは知らないし見えもしなかった。

いまだに扉の向こうからひっきりなしに聞こえてくる幻聴を無視して、この一週間ですっかりお馴染みとなってしまった風景――パソコンの前でマウスをいじっている長門に声をかける。

「また妙なことをしてるんじゃないだろうな?」

「大丈夫」

過去にそう言っていかにもアダルトチックなブログを作っていたことを俺は忘れていない。好きな人はキタキタ踊りを広めてくれる人という書き込みをしてメールアドレスまで載せていた。急いで削除させメールアドレスを変えさせてどうにか事なきを得たが、今の時代怖いからそういうことはやめてくれ。

キタキタ踊りを広めさせようとするその熱意には舌を巻く思いだが、少しは手段というものを考えてほしい。俺の苦労が絶えないじゃないか。

「で、具体的には何をしてるんだ?」

ひょいと画面を覗き込む。見ると某アイドル事務所のオーディション開催を知らせるページだった。今度は一体何を考えているんだろうか。

「ひょっとしてアイドルにでもなるつもりか?」

「そう」

意外な返事。なんと答えていいのやら。

「アイドルになってまずはわたしの知名度を上げる。トップアイドルになった後、わたしがキタキタ踊りを踊れば、メディア上で自然と拡散する」

「……そうか」

「千里の道も一歩からという諺がある。急がば回れもそう。わたしは真っ直ぐ急ぎすぎた」

「……そうか」

そんなことぐらいしか答えられない。止めるのも何か違うと思ったしさ。

『おい、キョン! 中に入れてくれ! 俺のチンコも修行させてくれ!』

またドンドンとドアを叩く音。あいつ、まだ諦めてなかったのか。いや、全部俺の幻聴の話だけどな。

「……長門。外にいる奴に何か変なことを言われなかったか?」

「変かどうかは判断出来ないが、言われた」

長門はマウスをいじる手を止めて眼鏡のつるをくいっと少しだけ上げた。

「なんて言われたんだ?」

「童貞を卒業させて欲しいと」

「…………」

「無視していたら、もしかしてそういうプレイなのか、そうなのか、と体を触ろうとしてきたので廊下に投げ飛ばした」

「よくやった」

「正直、爽快」

「だろうな」

あいつはここを何だと思ってるんだ。エロゲのやり過ぎで脳がとろけてるんじゃないかと本気で危惧するレベルだぞ。

それからしばらく中で待つこと十分ほど。

オーディションに受かる為の50の方法とかいうページを真剣に眺める長門を観察しつつ、ステージに立って、ゆきりんです、と無表情で喋る長門のアイドル姿を妄想していたら、「帰れ、変態」というハルヒの声と「帰って下さい」という朝比奈さんの声と「流石にそこまでにしておいた方がいいのでは?」というウニョラー野郎の声がドアの外から聞こえてきたので、俺は鍵を外して三人を中へと迎え入れた。

ちらりと廊下に人間の尊厳を失ったらしきものが見えたが、間違いなく幻覚だろう。谷口のためにもそうしておいた方が良さそうだ。

「キョン。なんか廊下に変なのがいたんだけど、あんたあいつのこと知ってる? 前にどっかで見たような気がするんだけど」

「気のせいだ」

そう断言しておいてから、俺は話を別の方向へと逸らした。

「それでハルヒ。今日はみんなを集めて何をしようってんだ?」

「決まってるじゃない、そんなの。ミーティングよ」

つかつかと椅子の前まで行き、そこに腰かけるかと思いきや行儀悪く立ってくるりとこちらを向く。そしてハルヒは全員を見回してから声高らかに宣言した。

「ではこれより、第一回ヒッポロ系ニャポーン団の全体ミーティングを開始します!」

ヒッポロ系ニャポーン団で草不可避

あはれなり、谷口

ミーティング、なんてことを言っていたが、結局やったことはと言えば独裁者が演説を始めただけだった。他人の意見なんか一言も聞いちゃいないから、会議として根本から成立していない。

明日は休みだから朝九時に駅前集合だとか。市内の不思議探索を行うとか。来なかったら追い込みをかけるだとか。

全てをハルヒが提案し、全てをハルヒが決定した。学校を避けたのはオヤジの介入を恐れたからだろう。というか最近キタキタオヤジはずいぶん大人しくしているな。あれを大人しいと呼んでいいのならだが。今頃、文芸部の部室で一人踊っているのかと思うとちょっと同情を――しないけどさ。

「みんな、私がやる気を出したからには安心してついてきなさい。宇宙人どころか、未来人の五・六人は捕まえてみせるわよ」

呆れて物も言えない俺、無表情の長門、なぜか怯えた顔を見せている朝比奈さん、「御意」と古泉。もう勝手にしろよ。好き放題やってくれ。

大きなため息をついた俺とは対照的に、ハルヒは野生に戻ったカモシカのように生き生きとしていた。あいつの笑顔には俺限定のドレイン効果でもあるのだろうか。研究に値する命題だと思う。

そして、翌日の土曜日。

休みの日に何でこんな無意味なことに時間を割かねばならんのだと思いつつ、自転車こぎこぎ駅前に向かっている自分が我ながら情けない。

追い込みをかけられるのはとんでもなく嫌だったしな。

シャッターの閉まった銀行の前に不法駐輪(すまん)して駅前に到着したのが九時五分前。

二・三人はバックレていて、実は律儀にこんなところまで来てるのは俺だけなんじゃないかと心配もしていたが、意外なことにも一人を除いて全員が雁首揃えていた。

「遅い」

カジュアルな格好のハルヒが両手を腰に当てて仁王立ちしている。約束の時刻には間に合っているんだがな。それに長門もまだ来てないぞ。

「有希はもうすぐ来るって電話があった。あんたは連絡がなかったでしょ」

来るのか、長門のやつ。てっきりサボリかと思ったんだが。ハルヒを敵視してる割には、あいつ不思議と素直なところがあるよな。

まあ、悪いことじゃないんだが。

そもそも敵視の理由自体、自分の中の設定みたいなもんだし、本当は特に気にしていないのかもしれない。

「電話の一つぐらい寄越しなさいよね」

とは言われても、ハルヒの携帯番号なんか知らない俺である。「だったらすることがあるでしょうが」と言われ俺は素直に番号をハルヒと交換した。「何かあったら必ず連絡してきなさいよ」へいへい。

それでもまだ続く文句やら小言やらを散々聞いた後で、俺はようやく白いノースリーブワンピースがとてもよく似合っている朝比奈さんに目を向けた。

「よく来ましたね。てっきりサボるかと思ってたんですけど」

「そうもいきませんから」

力ない笑みを見せる。来たくて来ているわけじゃないってのは確かそうだ。それにしても、いいとこのお嬢さんが背伸びして大人っぽい格好をしているようでとてつもなく可愛い。これで厨二病でなければ。血の涙が出そうだ。

「……お前もよく来たよな、古泉」

「ええ、涼宮さんのやることに僕も大いに興味がありましたので」

前から解っていたことだがこいつはもう手遅れのようだ。爽やか系イケメンだけに気の毒に思える。ジャケットスーツもうっとうしいことだが様になっていて、横に立つと完全に引き立て役になる恐れがあった。出来るだけ離れておこう。

「ちょっとキョン。あんたあたしの話を聞きなさいよね。まだ終わってないわよ」

と、ハルヒが俺の前にずいっと近寄るのと、古泉が声を発したのはほぼ同時だった。

「ああ、来ましたね。あそこにいるの、長門さんで――」

セリフの途中で急に石膏像のように固まる古泉。何事かとその微細にひきつった視線の先を追うと、人混みがまるでモーゼが杖を振りかざしたかのように割れていく光景が映った。その中から神が降臨したかのようにゆっくりと進み出てくるセーラー服の長門と腰みの一丁の半裸オヤジ。

世界が一瞬にして凍りついた。

「いやー、危うく遅刻するところでしたな。しかし、間に合ってほっとしておりますぞ」

呼んだ覚えはない、今すぐ帰れ。

多分、長門以外の全員がそう心の中で返答したはずである。ハルヒはもちろんのこと、恐らく初対面であろう朝比奈さんや古泉もだ。キタキタオヤジの名前とその危険性を知らない奴がこの学校にいるはずがない。

「九時二分前。約束の時刻には間に合った」

「ちょっと有希! 何でこいつを連れて来たのよ!」

ハルヒのけたたましい、最早悲鳴に近い非難の声が上がった。同情を禁じ得ない。ここまでくるとキタキタオヤジはハルヒの前に立ち塞がった壁のようにも思える。いや、単なる変態オヤジなんだけどさ。

「連れてきたのではない。偶然そこで会った」

「そんなわけないでしょ! 遅刻するところだったとか、言ってたじゃないの!」

心の中で合掌しつつ、俺はすぐさまそっぽを向いて他人の振りをし、さりげなくその場から離れようとしたらハルヒにがしりと服を掴まれ無理矢理引き戻された。だから俺を巻き込むのはやめろ。

横の古泉が珍しくため息をついて、

「今日はろくでもない一日になりそうですね」

それは絶対に外れようがない予言のような気がしたな。

実際、その通りだったんだが。

今日はここまで


長門のキタキタ踊りへの執念凄い

クソワロwww

文化祭どーすんだコレww

ここは何をする部活ですか?

めでたいものはなんですぞ?

オッポレ!


さすがにハルヒが気の毒になってきたww

こいつはひでぇな……
もっとやれ

ここまで健全にハルヒが不憫なSSもそうは無いな

今日グルグル全巻揃えた俺にはタイムリーなスレ
支援

とにかく、こんな人通りの多いところで騒いでいたら目立ってしょうがない。キタキタオヤジの仲間だと思われてしまう。

仕方なく俺は、長門と一歩も譲らない言い合いをしているハルヒをどうにか説得して近くの喫茶店へと場所を移させた。

途中、「ついてくんな!」とハルヒに散々言われたにも関わらず、キタキタオヤジは長門に付属している衛星のようにぺたぺたと後を追ってきた。何でいつも裸足なんだ、こいつは。

「そうはいきませんぞ。キタキタ踊りを広める集まりともなればこの私が参加せぬわけにはまいりませんからなあ」

我に七難八苦を与えたまえと願ったどこぞの戦国武将のように使命感に燃えるオヤジ。

長門、お前今日の不思議探索のことをキタキタオヤジに何て言ったんだ。とんでもなく愉快な勘違いを起こしているじゃないか。

ロータリーに面した喫茶店の奥まった席に腰を下ろす謎の六人組。本当に謎だろうな。店員と客からの好奇な視線がレーザービームのように突き刺さってとても痛い。

ちなみに席割はと言えば、↓のような感じ。

窓 ――――――――――――――
窓 古泉 朝比奈さん 俺

窓 ハルヒ 長門  オヤジ
窓 ――――――――――――――

ちゃっかりオヤジも同席してやがる。古泉がやけに素早く席に座ると思ったら、これを予期していやがったんだろう。おかげで俺はオヤジの真向かいに座る羽目になった。出来るだけ目を合わさないようにせねば。

恐る恐る注文を取りに来たウェイターに向かってオヤジは、

「めでたいものはなんですぞ?」

それはお前の頭の中身だ、とりあえず黙ってろ。

オヤジを店員含め全員が華麗にスルーしておのおのオーダーを言うものの、長門だけがメニューをためつすがめつしながら不可解なまでの真剣さ――でも無表情――で、なかなか決まらない。インスタントラーメンなら食べ頃になってくる時間をかけて、

「マタデー」と告げた。

なんだそれ。メニューにあったか、そんなの?

大好物だぜー!

あったみたいだ。

しばらくすると、妙な形をした丸っこい生物らしきものが皿に山盛りで運ばれてきた。何だ、これは。アフリカの奥地にでもありそうな民族料理っぽいが、しかしなにゆえこんな普通の喫茶店にそれが置いてあるのか。

「……何ですか、これ?」

俺と全く同じ気持ちだったんだろう。朝比奈さんが不思議そうに尋ねるとウェイターは、

「マタデー料理」

「材料は……?」

「マタデー」

ウェイターはにこりともせず去っていった。

長門……その怪しげな料理、本当に食べるのか?

「この料理には裏技がある」

と、いつもの無表情で長門。

「大好物だぜーっ! と言って残さず食べると不思議なことが起こる」

どんだけー。

「それ、本当なの、有希」と、喫茶店に入ってからずっと仏頂面のまま窓の外の景色を見ながら黙りこくっていたハルヒがゆっくりと振り返って、いかにもうさんくさそうに尋ねた。

「ほんとう」

「……じゃあやって見せてよ」

「あたしには出来ない。アイドルはそんなことをしない」

まだそんなことを言っていたのか。

「じゃあキョン。代わりにあんたがやりなさい」

どんだけー。

どんだけー

無言で差し出された大皿を俺は長門ばりの無表情でごく自然に左から右へと受け流した。

「こういうのは古泉が得意だ」

「じゃあ、古泉君。お願い」

「え」

この時ばかりは、古泉もいつもの微笑ではなく素の表情を見せた。あいつが目を見開いて驚きの表情をしたのは、これが恐らく最初で最後のことだろう。

「僕が……ですか? これを……?」

「得意なんでしょ? 頼んだわよ」

「…………」

しばらく無言のまま俺とハルヒと長門と皿をキョロキョロと助けを求めるように忙しなく見ていた古泉だったが、「早く」とのハルヒの言葉により最早逃げられないと観念したのか、

「大好物だぜーっ!!」

手掴みでバクバクと食べ出す古泉。俺が言うのもなんだが、よく食べれるな、あんなの。食べてる最中、涙を流していたがそんなに美味いのか。

古泉哀れ

古泉は十分後ぐらいには完食を果たしていた。それだけは俺も讃えようと思う。

で、しばしの沈黙。しかし一向に何も起きない。

「なによ。やっぱり嘘だったんじゃないの。冗談を真に受けたあたしがバカだったわ」

もはやハルヒのテンプレ顔とも言える不機嫌面を見せて、ふんっとまた窓の外の景色に目を向ける。

朝比奈さんは気まずそうな表情で頼んだミルクティーをちびちび飲んでいて、古泉は机に伏して完全にグロッキー状態、長門はウェイターをまた呼んで「アプリコット」と告げ、オヤジは顔だけ二倍ぐらいに大きくなった状態でホットコーヒーを静かに飲み、俺はと言えば吹きだしたミントティーを一人おしぼりで必死に拭いていた。

おかしい。何かおかしい。

しかし、誰もそのことについて何も言わないということは、つまりはやっぱり俺の方がおかしいのだろうか。

きちんと拭き取った後、もう一度キタキタオヤジの顔を確かめる。元に戻っていた。普通の大きさだ。

「おや、どうされましたかな、キョン殿。何か私の顔についておりますかな?」

「何でもない。本当に何でもない。マジで何でもない。気にするな」

俺は下を向いて携帯電話を取り出し、声をそれ以上かけられないよういじり始めた。ノイローゼ気味なんだろうか。

そういえば、物が大きく見えたり小さく見えたりする「不思議の国のアリス症候群」という変わった名前の病気が確かあったはずだ。Google先生に尋ねて診断してもらおうかどうしようか。

その後、ハルヒが出した提案はこのようなものだった。

六人いるから、これから三手に別れて、二人組で市内をうろつく。不思議な現状を見つけたら携帯電話で報告、後で落ち合って反省会と今後の展望を語り合う。

この間、オヤジからの「おや? キタキタ踊りは?」という質問は完全に無視された。

「じゃあ、くじ引きね」とハルヒは爪楊枝を四本差し出す。どうやらキタキタオヤジを完璧に無視して話を進めるつもりらしい。連れてきた長門に押しつけるということだろう。

この場で最も薄着な人間だけを除いて全員が暗黙の了解のまま、くじを引く。「ハルヒ殿、私のがありませんが?」

「あたしは……古泉君とか」

必然的に俺が朝比奈さんと組むことに。眉を寄せて印なしの爪楊枝を眺めるハルヒ。「ハルヒ殿、聞いておられますかな?」ハルヒは残っていたアイスコーヒーをチュゴゴゴと飲み干し、

「キョン。先に言っとくけど、マジ、デートじゃないんだからね。遊んでたら殺すわよ」

「そんなことはいいから、早くここを出ないか」

むっとした表情を見せたが、ハルヒもおおむねそれには同意したんだろう。長門達を急かしてどかさせると、大股でさっさと店の外に出ていった。おい、勘定は?

「有希の奢り。罰金」

ひでえ。

そう思った俺はとりあえず自分の分だけは長門に渡しておいた。「すまん」と、なぜか俺が謝る。

「へいき。予想はしていた」

長門は淡々と全員分の会計を払っていた。なんというか、その姿にはそこはかとなく哀愁が漂っていたな。可哀想に。

というか、古泉。せめてお前だけは出してやれよ。長門の代わりにマタデーとやらを食っただろうが。

喫茶店を出ると、駅を中心にして、ハルヒチームが東、俺と朝比奈さんが西を探索、オヤジチームが自由行動となった。元からフリーダムの塊みたいな二人を放置しておいて、大丈夫なのだろうか?

なんだか不安だ。警察にお世話になる事態がいつ発生しても不思議じゃない組み合わせと格好だからな。

「おい、長門」

別れる際に俺はこっそり長門に耳打ちした。

「もしサイレン音が聞こえてきたら急いで逃げろよ。オヤジは放っといても構わんから」

「大丈夫」

「お前の大丈夫は、全然大丈夫じゃない時の方が多いんだ。とにかく一目散に逃げろよ。車の通れない小さな道を選ぶのがコツだ」

「理解した」

「ちょっとキョン! なにやってんのよ、さっさと行きなさい!」

へえへえ。しかし、ハルヒも冷たい奴だ。長門にはそんなに悪気がないと思うんだが。……あくまで多分だけどさ。そうだろ、長門?

立ち去っていく長門の背中を少し眺めてから、俺はちょっと先で待っている朝比奈さんの元へと走った。

これからどうしましょうか、という朝比奈さんの問いに対して明確な答えを持つはずもない俺が出した結論は適当にそこらをぶらぶらして時間を潰すことだった。

河川敷を北上し桜並木を抜け、休憩がてら近くの備え付けのベンチに座るとそこでしばしの間歓談。こうしてると、ハルヒの言ではないが、確かにデート中のカップルのようである。

朝比奈さんは可愛いし巨乳だ。ただ、眉毛が細いのがな。俺の好みは最近太めになってきているので、そこだけが残念だ。あと、厨二病というのが決定的に問題なのだが。

特にこの日の朝比奈さんは全開フルスロットルだった。「お話ししたいことがあります」と決意を込めた瞳で言うものだからなにかと思い尋ねてみたら、俺がノイローゼ気味になってもおかしくはないということを改めて実感するような内容だった。

>長門の代わりにマタデーとやらを食っただろうが。

お前が食わせたようなモンじゃねえかw

「わたしはこの時代の人間ではありません。もっと、未来から来ました」

さいですか。

朝比奈さんはそれからも長々と語った。

自分が未来人であること。今の時間から数えて三年前に大きな時間震動が検出されたこと。その時間震動の歪みの中心にいたのがハルヒであること。ハルヒを監視するために自分は未来からやってきたということ。そして、理由は言えないが、俺がハルヒにとってのキーパーソンであるらしいということ。

あと、なぜか知らんがキタキタオヤジの話も少し出てきたな。

「長門さんたちは、キタキタオヤジさんを神として扱っていますが、私たちはむしろゲームのバグのようなものとして扱っています。その理由は言えません。禁則事項にひっかかりますから」

さうでふか。

俺は黙って早くこの話が終わらないかと川面をじっと見つめ続けていた。時折、魚がぽちゃんと跳ねたりしていたな。今日も地球は平和だ。

それからどれだけの時間が経過したのか。

ようやく話が一段落したようなので、俺は切り出した。

「朝比奈さん」

「はい……?」

「トイレ行ってきていいですか?」

「あ、どうぞ……」

さっきからずっと我慢してて漏れそうだったんだ。可愛い女の子の手前言い出しにくかったが、漏らすよりは遥かにマシだろう。

「それじゃ、また後で」

「はい……」

俺は颯爽と立ち上がると全力疾走でトイレを探し回った。恥ずかちー。

なんてな。トイレ、トイレ! どこだ!

その後、まだ何か言いたげにしていた朝比奈さんを半ば強引に誘って、ウィンドーショッピングや露天商を冷やかしたりなどといった、普通のカップルがするようなことをして回った。こういったことに興味を持って一般人の群れの元へ帰参してくれないかと思ってしたことだったが、どうやら俺の力不足だったようだ。

「あの……さっきの話、信じてくれましたか?」

仔鹿のような透き通った瞳を俺に向けてくる朝比奈さん。逆に心が痛む。

「すみません……。正直、そういう話にはついていけないんです。俺は成り行き上、ハルヒのヒッポロ系にゃんとかに付き合ってるだけですから……」

「……そうですか」

かくんと肩を下ろす。申し訳ない。だが諦めてもらうしかない。不思議な罪悪感で一杯だったな。

お昼近くになり、ハルヒから電話がきた。一旦、駅前のハンバーガーショップに集合してもう一度探索との仰せだ。

到着すると、そこには長門とオヤジの姿もあった。流石に長門にも連絡をしないというのはハルヒの良心が痛んだんだろう。

「遅い」

ちょっとしたデジャブを感じる。ポーズまで前とまったく同じだ。

「それで、収穫は? 二人でいちゃいちゃしてたんじゃないでしょうね」

「それは有り得ない」

むしろ、そうしていたかった。そうならなかったんだ。

「すみません、涼宮さん。収穫はありませんでした……」

ハルヒはしばらく俺と朝比奈さんの顔を眉根を寄せて交互に眺めていたが、

「お昼ご飯食べたら、午後の部だから」

まだやるのか。

例の如く例の如しでくじ引きを行った結果、今度は俺と古泉が組むことになった。ハルヒと朝比奈さん、長門とオヤジの組み合わせである。

なんでこんな変態野郎とぶらぶら二人旅をせにゃならんのか。逆にしたら、らぶらぶ二人旅になって大変なことになりそうだ。

印のついている爪楊枝をげんなりとした目で眺めていたら、ハルヒも印のついていない爪楊枝を親の仇のように眺めていた。

俺の方を向いて、ペリカンみたいな口を見せる。また古泉とペアになりたかったのだろうか? しかし、不満はお互い様だ。

大体、そんなに古泉とが良かったなら、何でくじ引きにしたんだ。団長権限で決めちまえばそれで良かったものを。

そりゃ、あいつだって一応は女子高生だ。冴えない男や巨乳の可愛い女よりイケメンの方がいいだろうよ。俺だって、ハルヒか朝比奈さんの方が良かった。とにかく古泉よりは断然いい。ここにはいないが朝倉ならベストだ。

俺の眉毛エンジェルは今頃何してるんだろうか。無性に顔を見たくなってしまった。心のオアシスのような存在だなあとつくづく思う。

更新ペースが早くてすごく良い

昼食を済ませハンバーガーショップを出た後。

今度は北と南に別れることとなり、オヤジチームは以下略。

飯を食っている時に、長門たちが午前中何をしていたのか訊いてみたら、公園でストリートダンスをしていたとのことだった。周りの連中もさぞかし驚いただろう。

「子供が泣き出したので中止にした」

そうか。

なんだか切ない話を聞いてしまった。

「……一応言っとくが、通報にはくれぐれも注意しろよ」

「大丈夫」

そう言って長門はオヤジと去っていった。とは言うものの長門の大丈夫には信憑性がないからな。やはり少し心配だ。

ペース速いし内容も面白いからここ最近の楽しみだわ

「ずいぶんと長門さんを気にかけていますね」

声がしたので振り向くと、清涼感たっぷりの古泉の微笑があった。新発売のスポーツ飲料みたいな男だ。

「僕としては、彼女のことは出来れば放置しておいてもらいたいんですが、そうもいきませんか?」

どういう意味だ?

俺の眉が寄ったのを見てとったのか、

「気を悪くさせたのなら謝ります。そういうつもりで言ったわけではないので」

片手を頭に軽くおく。困ったなと言外に言われた気がした。

「さっき涼宮さんがこちらを睨むような目で見ていましたから、それで。あなたが長門さんに対してやけに面倒見がいいことも涼宮さんはご存知のようですからね。あなたにはもう少し事情を理解しておいてもらいたいんです。今後のためにも」

そう言った後で古泉は口だけで笑いながら、

「世界崩壊とかいう惨劇は僕も回避したいですから」

困ってるのはお前の頭の方だ。俺は古泉を置いてさっさと歩き出した。ハルヒに言われたからってわけではないが、とりあえず南の方角へと。

「待って下さい。少しだけでもいいので、話を聞いてくれませんか」

怪しい壺を売る業者やおかしな宗教団体の勧誘とかとそっくりな物言いだった。聞くはずがない。

「実は、ここだけの話なんですが、涼宮さんは神なんです。この世界を自由に改変する力を持っていまして」

駄目だ。前々から気付いていたが、こいつが一番ヤバイ。その内、パワーストーンだとか不思議な力を持つ水晶玉とかを売りつけにやってくるに決まってる。これを持っているだけでサイキックパワーが宿るとかそんなフレーズと一緒に。

「それで、僕は超能力者なんです。これは涼宮さんによって与えられた能力なんですが」

益々、俺の危険性が増した。本気で言ってるなら脳ミソが腐ってるし、金目当てで言ってるなら性根が腐ってやがる。どっちにしろ、ろくでもない奴だ。怪しげな団体に入信しろと言われる前に逃げるべきだ。

「そして、僕は『機関』という秘密団体に所属しています。この世界の消滅を防ぐためにです。あなたもそれに協力してもらいたいんです」

ここらで流石に限界が来た俺は脇目もふらず猛ダッシュで逃げ出した。どうして俺の周りにはこんなやつしかいないんだ! マジな話、心から叫びたかった。

今日はここまで


多分、キョンは妹を野球大会に呼ばないだろうね

うん、これが妥当な反応だよな


展開よめねー!

時期来る朝倉イベントが読めねえww

朝倉涼子さん的には閉鎖空間乱立で凄く楽しいんでない?

最近ではこれが一番楽しみだ

必死で走って走って、今自分がどこを走っているのかもどれだけ走ったのかもわからなくなった頃になってようやく古泉の姿が見えなくなった。どうやら追いかけてくるのを諦めたようだ。

ぜえぜえと荒い息を吐きながら、額からとめどめもなく流れ落ちる汗を拭いつつ軽く周りを見渡す。気がつくとビル群立ち並ぶ都会を抜けて閑静な住宅街にまで来ていた。

さて、どうしようか。とりあえずこのまま家に帰ってバックレるのは確定として、ハルヒにどう言い訳したらいいものか。

古泉からお前を教祖とする怪しげな宗教団体に誘われた、と正直に述べたところで、あいつが信用するとも思えない。やはり具合が急に悪くなったと仮病を使うのがベストだろうが、後々めんどくさくなることに変わりはなさそうだ。

だが、まあ、そんなことよりも疲れた。疲れきった。あれだけ走ったのは中学のマラソン大会の時以来だからな。それの何万倍も真剣度は上だったから当然だ。

いまだに一向に引いてくれない汗を手でごしごし拭いながら、俺はジュースの自販機か、もしくは落ち着いて座れる場所を求めて歩き出した。

ほどなくして少し行った先に中学校を発見した。部活で使用しているのか門は開けっぱなしだ。水道の水を少し使ったぐらいで罪に問われることはないだろう。まるで磁石に吸い寄せられるかのように自然と俺の足はそちらへと向かっていた。

グラウンドへと行き手近な水飲み場でごきゅごきゅと口を潤す。どこか座るところはと探すと隣接した中庭付近にベンチがあったのでそこへと腰を下ろした。途端に棒のようになっていた足が歓喜の声を上げる。どれだけ疲れてたんだ。

幸いなことにも、バスケ部らしき部員の掛け声が体育館から聞こえてくるだけでグラウンドにはひとっこ一人いない。時折、車が校門前を横切るぐらいで人影もない。しばらくここで休めそうだと安心していたら、丁度黒塗りのタクシーが学校の出入り口手前で駐車した。中から出てきたのは古泉。どうなってんだ、おい。

「たどり着いた先がここというのは、一種の運命を感じますね。あるいは涼宮さんの無意識的な誘導かもしれませんが」

てくてくと散歩するように歩きながら古泉が俺の目の前まで来た。呆れて物も言えない。タクシーまで使うのか。俺一人勧誘するためだけに。

「勧誘、という言葉は正確ではありませんね。さっきもお話した通り、こちら側の事情を知って欲しいのと、協力をお願いしたいんです。あなたに『機関』に入れとは言いませんよ」

最初はどいつもこいつもそう言うんだ。だけど、最後の台詞は決まって別のことを言うんだよ。

「どのような台詞ですか?」

「救われたければ、全てを捨てて入信する以外に方法はない、だ」

古泉はわずかながらに楽しそうな笑みをいつもの微笑に乗せて、

「そういったことは一切ありませんよ。神に誓ってもいいです。もちろん涼宮さんの方ではありませんが」

ブレッブレな勧誘だな。もう疲れ果てて苦笑しか出ねえ。

「まず聞くだけ聞いてもらえませんか。都市伝説ではありませんが、信じる信じないはあなたの自由ということで」

どのみち、もう動く気にもなれなかったから、俺は古泉のアホみたいな話を聞いてやることにした。全部、適当に聞き流しておいたけどな。

『機関』の実体は不明だとか。構成員が何人いるのかも正確なことは言えないだとか。その組織のやっていることはハルヒとキタキタオヤジの監視だとか。発足したのは三年前だとか。長門や朝比奈さんもハルヒ絡みで活動を行っているだとか。

もうツッコミは何もしないことにした。何か言ったらまた話がのびそうだ。

「だいたい、こんなところですね」

そう言って古泉はスマイル0円みたいな笑みを浮かべた後で、

「そうそう。肝心なことを言い忘れました。あなたのことです。あなたは涼宮さんとキタキタオヤジさんの重要なキーパーソンとなっているんですよ」

朝比奈さんと似たようなことを言う。設定かぶってんぞ、古泉。長門も朝比奈さんも古泉も、そこまでして俺を厨二病遊びに巻き込みたいのか。ひょっとしたらハルヒまで自分は神だとか言い出しやしないだろうな。

「それはありませんよ」

古泉は苦笑したような笑みを見せた後で、

「涼宮さんには自分が神だという自覚はありませんから。ちょっとこちらへ来てもらえませんか。すぐそこです。面白いものをお見せしましょう。面白いというよりは、興味深いと言った方が正しいかもしれませんが」

それを見たら俺を解放してくれるのか? かなりうんざり来てるんだが。

「わかりました。それでいいです」

古泉はくるりと向きを変えて歩き出した。俺は深いため息をついた後、やる気のない足取りでその後をついていった。

「ここです」

言葉通り、着くまでめちゃくちゃ早かった。同じ学校のグラウンドの隅だ。そりゃそうだろう。

丁度、体育倉庫の裏手あたりだろうか。俺がここに来る前に誰かがそこにいたのか、木の棒か何かで地面に描いた落書きがあった。何の絵だろうな、オカッパ頭をした女っぽいが、あまりに絵が下手くそで何なのか判別がつかない。と思ったら、横にはバランスの悪い文字で「宇宙人」と書かれてあった。

その更に横にはロングの女性を描いたらしき下手くそな絵が。こちらは「未来人」だ。その下には背中から角が生えてるゴジラの出来損ないみたいな怪物が複数体描かれていて、その周りを人間らしきものが光を放ちながら飛んでいるようだ。こちらは「超能力者」とある。

「三年前にあなたが描いたものです」

と、古泉。本気と書いてマジと呼ぶ顔をしていたが、子供でも騙されないぞ、そんな嘘。

「そう言われると思っていましたが、しかし、事実なんです」

古泉はあくまで微笑を絶やさないまま、やや真顔になる。これだけ微笑のレパートリーが多いやつも珍しい。

「まず、どうしてこの絵が三年経った今も消えずに残っているかと言えば、涼宮さんがそう望んでいるからです。もちろん人の心の中など我々にはわかるはずもありませんから、あくまでこれは推測ですが、しかし限りなく事実に近いでしょう」

古泉は軽く一歩踏み出して、

「その証拠にここら一帯は一種の聖域のような状態になっています。人の立ち入りが許されていません。近付くことすら出来ないんです。ほら、このように」

伸ばした古泉の手が抵抗を受けたかのように止まった。そこにまるで見えない弾力のある壁があるかのようだ。パントマイムの上手さに感心する。

「あなたは真似しないで下さいね。多分、すんなりとすぐそばまで入れるはずですから」

当たり前だ。なに言ってんだ。

「実際、この場所を見つけること自体、常人にはまず不可能なようになっているんですけどね。無意識的にここへと近付けないようにされています。よしんば見つけられたとしても、この一帯にまで立ち入るのは絶対に出来ません。この絵のすぐそばまで行けるのは恐らく世界であなた一人だけでしょう」

典型的な悪徳商法の手口だよな。あなただけが選ばれたとか、あなただけにこっそり教えるだとか、そういう物言いはさ。

「ちなみにこの絵のある場所だけ驚くべきことに雨も降りません。ここだけさっきから風もほとんどないでしょう? 恐らく絵のすぐ近くの空間は完全な凪状態じゃないかと思われます。ひょっとしたら時間の概念さえないかもしれません。外部からの干渉が一切なく、自身も変化しないのですから、永遠にこのままの状態が保たれるでしょうね」

だから何だってんだ。

「順番にいきましょうか。次にあなた自身についてのことですが、この絵の記憶はないはずです。これが描かれたのは確かに三年前のことですが、描いたあなたは今よりも少し未来のあなたですから。朝比奈さんに協力してもらって、過去にタイムスリップしたことによりそういう事態が発生――」

「もういいか、古泉? 俺はお前の意味不明な与太話にはうんざりしてるんだ。帰るぞ」

さっさと踵を返そうとした俺の雰囲気を読み取ったのだろう。古泉は妥協したように言った。

「……仕方ありませんね。それならせめて最後にあれだけ見てもらえませんか。それで本当に終わりにしますから」

「……どれだ?」

「あちらの絵ですよ。端に書かれてある絵。あれに見覚えはありませんか?」

古泉が指差した先。そこには奇妙な生物?が描かれていた。前にもましてド下手くそな落書きで、これを絵と呼んでいいのか躊躇われるぐらいのレベルのだが。

すぐ横を見ると、また同じようにバランスの悪い文字が。「異世界人」と書かれてある。そしてその下には「ゴチンコ」とかいうサインが。

「あなたが三年前に名乗った偽名ですよ。何でこんな名前を名乗ってしまったのか、未だに理解に苦しみますが」

古泉は呆れたように一つため息をついてみせた。部室のプレートもあなたの責任ですと、なぜか非難がましい視線を俺に向ける。だからなんで俺が責められにゃならん。まったく無関係じゃないか。

わろた

めちゃくちゃ面白いなコレ

「時系列を追って説明していきましょう」

と、古泉。

「まず、今から少しだけ未来のあなたは、朝比奈さんの手助けにより三年前の過去に戻って、涼宮さんに会いに行きました。彼女がナスカの地上絵みたいなものを地面に描いていた時のことです」

「あなたはゴチンコという偽名を名乗ってその手伝いをしました。そして、それが終わった後にこう言ったんです。宇宙人や未来人、超能力者や異世界人は確かにいると」

「更にあなたはこの場所にその絵を描いてみせました。それを涼宮さんが信じきったのか影響を受けたのかは定かではありませんが、まるで絵からそのまま飛び出してきたかのように全員が涼宮さんの周りに現れたのです」

「前にも言った通り、涼宮さんには願望を実現出来る能力が備わっています。ただしそれは、本人の無意識下の内に行われるものです。なので、涼宮さん自身はそのことを知りません」

「更に続けます。恐らく、涼宮さんはきっと未来のあなたに会った時にこう思ったのでしょう。またゴチンコに会いたいと。つまり、あなたに会いたいと」

「その証拠に、あなたと別れる際に、涼宮さんはこう尋ねたそうです。また会える? と。あなたはそれにこんな返事をしました」

「宇宙人や未来人や異世界人や超能力者が周りに現れたらな、その時は俺から会いに行く、と」

「だから、あなたが描いたこの絵はいつまでも保存されることになりました。これが消えたらあなたと会った思い出の場所も証拠もなくなってしまいますからね」

「オー・ヘンリーの『最後の一葉』ではありませんが、涼宮さんはここに証拠を残しておきたかったんだと思います。これが消えたら、あなたと会ったことやその時あなたのした話も全部嘘や幻のように消えてしまうんじゃないかと、無意識的に危惧した結果なのかもしれません」

古泉は一旦言葉を切ってから、

「涼宮さんは確かに面白いことを探していますが、その一方であなたも探しているんですよ。彼女は三年間ずっと努力して待っているんです。あなたが自分の前にまた現れるのをね」

今日はここまで

なんという信憑性のなさ

このSSとんでもないクロスのはずなのに妙にクオリティー高いよな

メタ的視点でもなければ凝った厨二と言われても仕方ないわこれ
一般常識では有り得ないことを前提にしてるし

つまりみくるに連れてかれた先で朝倉涼子さんの落書きだけすれば…

キョンは踊りながら書いたんだろうか

「それだけなら美談っぽい話で済んでまだ良かったのですが」と、古泉は言った。

話がややこしくなってしまったのは情報統合思念体――長門さん一派のキタキタ踊りに対する情熱――つまり、あなたが地面に描いた異世界人、キタキタオヤジさんのせいです、と。

「せめてもう少し美術の才能があれば良かったのですが……」

残念そうな顔を俺に向ける。何が言いたい。

「涼宮さんはこの絵を見て率直にこう思ったんでしょう。よくわからない奇怪な人間?だと」

否定は出来ないな。だが、その絵は俺が描いたものじゃないからどうでもいいが。

「実は、朝比奈さんはこの時あなたにお願いしてたはずなんです。どうか異世界人だけは現実の人とは別の人にして下さい、そうすればキタキタオヤジさんがこちらの世界に来なくて済むようになりますから、と。確かに現在の状況を鑑みるに当然のことでしょう。あの人は涼宮さんの邪魔しかしていませんから」

かもしれないな。そこだけは同意する。俺も気の毒だと思うしな。

「ですので、あなたは異世界人だけは別の『誰か』の絵を描いたはずなんです。キタキタオヤジさんではなく。それなのに……」

さっきから再三に渡って残念そうな顔を俺に向ける古泉。だから何が言いたい。

「失礼ながら言わせてもらうと、あなたには絵心がなさすぎたんです。この絵を見て、三年前の涼宮さんはさぞかし混乱したことでしょう。なにせ人なのか生物なのか、それすらも判断がつかないのですから」

それはわからんでもない。だが、いくらなんでも俺はここまでひどい絵は描かないぞ。

「そうは言っても描いてしまったのですから仕方ありません。で、その結果どうなったかと言えば、涼宮さんの中では『よくわからない人』が異世界人となりました。ですので『よくわからない人』が現れた。それがキタキタオヤジです」

なんだそれは。

「こちらの方が聞きたいですね。どういうつもりでこんな絵を描いたんですか?」

また恨みがましい視線を向けられた。どういうつもりと言われても無関係な俺に解るわけがなかろう。

だいたいだな。

こんな五分で描いたような子供の落書きみたいな絵を見せられて、それを未来の俺が描いたと言われても、はいそうですか、へへっ、と俺があっさり信じるわけがあるまい。

そんな話を信じるぐらいなら、学食を作ってくれているおっさんが実は火の王だとか言われた方が俺には余程信じられる。勧誘するならもう少し上手くやるべきじゃないのか?

証拠も何もない荒唐無稽な話をトッピロキー野郎からされても、正直俺としては鬱陶しいだけだ。鬱陶しいだけでなく迷惑ですらある。

俺は言ってやった。

「古泉。お前、過去に戻れるんだろ? だったらお前がなんとかすればいいだけのことだろ。ぐだぐたな妄想話はそこら辺でやめにしておけ」

「時間移動は朝比奈さんですね。僕には出来ませんし、どうやって時間を移動しているのか、その方法も知りません」

古泉はふっと息を吐き、

「三年前のことについて僕が知ることが出来たのは、未来の朝比奈さんが教えてくれたからです。普段では絶対に有り得ない出来事でしたが、あの時は緊急時だったそうです。彼女は数多くの禁即事項によって制限されてますから、恐らく僕が彼女とまた会うことはないでしょう。それに、例え未来の朝比奈さんでも涼宮さんの過去を変更するのは不可能ではないかと僕は考えています」

不便なもんだ。タイムスリップして過去を変えられないなら、それに何の意味もないだろう。そこは設定を変えたらどうだ? ついでに超能力でも時間移動が出来るようにしたらいい。

「ですから、そういう痛い妄想話をしているわけではないんですが……。まあ、いいでしょう。今回は信じてもらうのを諦めます」

朗報だな。それが本心からの発言ならの話だが。

古泉は俺の言葉を丁寧に無視して、

「一応これだけは言っておきますが、あなたも知っての通りキタキタオヤジさんは涼宮さんにとってストレスの塊となっています。ですが、あなたが描いたものだからこそ、いなかったことにも出来ないんです。あなたと出会った思い出も一緒に消えてしまいますし、あなたが迎えに来てくれる条件も失われてしまいますから」

正直、僕も参っています、と古泉。

「それなら、きっかけを作ったとかいう俺が、この『異世界人』とやらを消したらどうなるんだ? あのオヤジも一緒に消えるのか?」

「残念ですが、そうはならないかと」

残念か。地味にこいつも酷いな。オヤジだって一応生きているんだが。

「生憎、僕もストレスを受けている側ですので。穏便に元の世界に帰ってもらえるならそれがベストだと考えています。もっとも、長門さんから聞いた話ではそれも望み薄ですが。彼はこちらの世界でキタキタ踊りを流行らせる気でいるようですから」

ふっと小さなため息をついてから古泉は、

「こういってはなんですが、絵はやはり絵なんです。魔方陣のように、この絵からキタキタオヤジさんが飛び出してきたというわけではありません。あくまでこれはイメージですね。涼宮さんがこの絵を見て想像し、そして世界を改変したというのが『機関』の統一見解です。この絵自体には何の力もないでしょう」

「じゃあ、俺がこの絵を消しても構わないわけだな?」

さっきからハルヒをエサにして俺を釣っているようにしか思えなくて微妙に腹が立ってきていた。良いと言われたら俺は迷わず消しただろう。こんな作り話にほいほい引っかかる俺ではないが、このまま何もせずに帰るのも癪だったからな。

「それはお願いですからやめてもらえませんか」

珍しく、少し慌てたように古泉が言った。

「先程も言った通り、ここは涼宮さんにとって思い出の場所なんです。いくらキタキタオヤジさんとはいえ、消したら涼宮さんがどんな反応を示すか解ったものではありませんから」

古泉はそこでわずかながら眉を下げて、

「あなただけがこの場所に入ることが出来る理由は、この絵を消させるためではないはずです。どうか、そこのところを理解してもらえませんか」

「…………」

俺が黙っていると、古泉は勝手になにか勘違いでもしたのだろう。満足したような顔を見せて、「そろそろ戻りましょうか」と俺を学校の外へと促した。梅干し大名というイラストが描かれてある時計を見て、

「もうすぐ集合時間ですから。送っていきますよ」

学校の外でずっと待っていたのか、来た時同様、黒塗りのタクシーへと乗り込む。宗教団体への勧誘ってのはよっぽど儲かる仕事らしい。いや、高校生だからバイトか? そんなに儲かるなら俺も一度ぐらいはやってみたいものだと少し心動かされたが、流石に自重する。

車中で俺と古泉は一切会話しないまま過ごし、四時十分前ぐらいには目的地へとたどり着いていた。料金を受けとることなくタクシーは走り去っていったが、俺は全然驚かなかった。多分、あれも古泉の所属する宗教団体の一員なのだろう。

つまり、お抱え運転手を雇えるぐらいぼろ儲け出来ますよというさりげない演出を古泉はして見せたわけだ。欲に目が眩んでいたら騙されていたところだ。

それから五分も経たずに駅前の噴水近くまで朝比奈さんと一緒に戻ってきたハルヒは『魔王』を作曲中のシューベルトのようなしかめ面をしていた。俺と古泉を見てまた一言。

「成果は?」

「ない」

あるはずないだろ。元から宇宙人だとか超能力者とかがいるはずないんだから。よしんばいたとしても、こんな街中なんかに潜伏しているはずもない。FBIかNASAにならひょっとしたらいるかもしれないが。

なんてことを思ったが口には出さず黙っていた。喋ったらハルヒが更に不機嫌になること請け合いだったからな。

「そちらはどうでした?」とは古泉の台詞だ。

うぐ、と詰まってハルヒは魔女子さんと呼ばれた時のキキのような顔をして下唇を強く噛んだ。放っとくとそのまま唇を噛み破らんばかりである。

「ま、そう簡単に発見できるもんじゃないってことだけはよく解っただろ。今日のところはそれが成果だな」

さりげなくフォローをしておいたのだが、ハルヒはつんと横を向いて、

「明後日、学校で。反省会しなきゃね」

きびすを返し、それっきり振り返ることもなくあっという間に人混みに紛れていった。あの調子だと、また不思議探索をするとか言い出しかねない。

やれやれ。俺は軽く嘆息する。また古泉と面を会わさなきゃならんのかと思うと頭が痛くなってきた。頭痛薬を誰か俺にくれ。ついでに精神安定剤も。

とにもかくにも、これでこの日のイベントは全て終了した。やったことと言えば、街をぶらつき飯を食って不本意な全力疾走を十五分以上強いられた挙げ句に宗教勧誘されただけだ。壮大な罰ゲームかよ。

成果もへったくれもあるはずがなく、金と時間と精神力をまとめてドブに捨てたようなものだ。何で初めからサボらなかったんだと、後悔しか残らない。

ハルヒがちゃっちゃと帰るのとほぼ入れ替わりで戻ってきた長門とオヤジ。何か成果でもあったのか――いや、あるはずがないか――恐らく人前で思う存分踊れたからだろう。「実りある一日でしたなー」とかそんな意味不明なことを言いつつ上機嫌だった。

「長門、お前はどうだったんだ? 今日一日」

「満足」

ほんのわずかだが、微笑んだような気がした。これを見れただけ少しはマシか。

最近、長門も可愛く思えてきたから人の心というのはよく解らない。これこそミステリアスというものであろう。あとは眉毛がもう少しだけ太ければ。それでも女神朝倉には到底及ばないんだが。

朝倉涼子さんの美しさは空前絶後

それから、めいめい別れの挨拶を告げ流れ解散の運びに。

宗教勧誘員や半裸オヤジとかかわり合いにならないよう俺はとっとと逃げ帰るつもりだったが、途中、古泉にまたも捕まった。後ろから俺の肩をぽんと軽く叩き、

「涼宮さんのこと、よく考えてあげて下さいね。それと、前も言いましたが長門さんとは出来るだけ距離を置いて下さい。特に部室ではあまり話しかけないように。でないと、僕のバイトが増えてしまいますから」

それは長門に近付くなという脅しなんだろうか。どうやら長門にちょっかいを出すと俺が宗教に勧誘されるというシステムが古泉の中で構築されているらしい。実はこいつ、単に長門が好きで目障りな俺を追い払おうとしているだけじゃないのか?

「古泉。一応確認しておくが、それはまた嫌がらせをするっていう予告か?」

「そういうわけではないと何度も言っているんですが……」

頭をかきかき古泉は苦笑する。じゃあどういう意味なんだ。

「どうやら口で説明するのは難しそうですね。わかりました。百聞は一見に如かずと言いますし、今度機会があれば実際にご覧に入れましょう。言葉ではなく体で理解してもらいます」

今度はぶん殴るぞという脅しを受けた。こいつ、やっぱり長門にベタ惚れしているのか。俺が手を出さないように警戒しているんだろう。思い込みが激しいやつってのはやっぱり怖い。人の話なんかてんで聞く耳もたないからな。

俺はそれ以上何も言わず無言のまま早足で歩き出した。幸い、古泉は追ってこなかった。どうやら今回はイエローカードだけで済んだようだ。

と思いきや、銀行の前まで行ったら自転車が不法駐輪ということで撤去されていた。

これも古泉の嫌がらせの一つだろうか。ちょっと真面目に考えてしまう。

まさかそんなことまではしないよなと疑心暗鬼気味になりつつも、仕方なくとぼとぼと徒歩で家路へとつく俺。

乳酸がたまりにたまった足に鞭を入れつつ時々本屋やレンタルショップなどに立ち寄って適度に寄り道しつつようやく帰ると、すっかりいい時刻になっていた。台所から醤油とみりんの混ざった良い匂いがする。

自分の部屋に行く前に今日のおかずは何かと少しだけ覗いてみると、妹が母親に手伝いでも頼まれたのだろう。コンロの前にちょこんと可愛らしく立って鍋を見ながら「イーッヒッヒッヒ! イィーヒッヒッヒ!」俺は二度見した。

「……何、作ってるんだ?」

「煮物だよ」

「そうか……」

最近、学校で流行ってるんだろうか? 数々の疑問を抱えたまま自分の部屋に。妹よ、頼むからノーマルに育ってくれよ。俺からのささやかで切実な願いだ。

しかしだな。

ベッドにどっかりと寝転がりつつ、ふと考える。

古泉のあのアホらしい作り話はともかくとして、ひょっとしたらハルヒが真に求めているのは宇宙人だとか未来人だとかの表層的なものではなく、そういう厨二病的な話が気兼ねなく出来る仲間内でのワイワイとした盛り上がりなのかもな、なんてことは思ったな。

考えてみればあいつ、誰も友達がいないわけだし、あの強引でワガママな性格を考えるにこれから増えることもそうそうないだろう。寂しい思いをしているのは確かかもしれない。

長門にしてもそうだ。朝比奈さんはよく知らないが古泉も多分そうだろう。奇嬌な性格と趣味が災いして、ろくに話すやつなんかいないんじゃないだろうか。

そんな人間が偶然にもハルヒによって集められて、仲間内でその手の遊びを思う存分満喫しているわけだから、それはそれできっと楽しいんだろうな。付き合わされるこっちとしては面倒なことこの上ないんだが。

そう考えるとハルヒの今日の集まりだって、あいつにとってはきっと素晴らしい一日になるはずだったんだろう。だがそれはオヤジのせいで頓挫したわけであり、不機嫌にもなろうってものか。同情しなくもないんだが。

それに、とまたふと思う。

案外、ハルヒのやつ今日はデート気分でいたかもしれないな、なんて考えにも至った。

あいつの性格から言って、面と向かってデートになんか誘えないだろうし、それならと不思議探索を兼ねて集団デートを敢行した可能性だってなくはない。

古泉は黙って突っ立ってりゃ見てくれはいいのだから、あいつが中身を知らず外見に騙されて奴とのイチャイチャを望んだとしてもそれはそれで仕方がないかもしれないしな。

しかし可哀想なことにもその古泉の好きな相手はどうやら長門のようで、長門の好きな相手というか気に入っている相手はオヤジのようで、オヤジのお気に入りは――まあ、眉毛萌えの俺にとってそんなことはどうでもいいんだが。

もしも古泉がハルヒからの好意をいいことに、あいつを騙して二股だとか浮気だとかいうリア充の鑑みたいなことをしだしたら、彼女いない暦がイコール年齢の俺としては全戦力を挙げて奴を幸せにしないよう阻害するつもりではあるが、それ以外は放っておけばいいのさ。どうせなるようにしかならんのだからな。

飯が出来たらさっさと食ってとっとと寝ちまおう。

今日は疲れたし思い出したくもない一日だった。こういう時は何もかも忘れてさっさと寝るのが一番だろう。

今日はここまで


どうやったらここまで拗れられるのかという状況に草不可避


なんだかんだで朝倉さんの次くらいには気にかけられてるなハルヒ

そして、週明け。

そろそろ梅雨を感じさせる湿気を感じながら登校すると着いた頃には今までにも増して汗みずくとなった。ヨンヨンか何かがいれば楽なんだが、なんて自分でもよく解らないことを考えつつ、教室の隅で下敷きを団扇代わりにして風を送り込んでいたら、いつのまにやら登校してきたハルヒがすぐ横にいた。

がたりと掃除道具入れのロッカーに寄りかかり、

「あたしも扇いでよ」

「自分でやれ」

楽チンに耐える修行でもしたいのか、こいつは。

ハルヒは二日前に駅前で別れた時とまったく変化のない仏頂面で唇を突き出していた。あんなことがあった翌日だから仕方あるまいとは思うが、こうも不機嫌な表情ばかり見せられるのもアレだしな。どうにかならないものだろうか。

「そういえばな、ハルヒ」

「何よ?」

「長門や古泉や朝比奈さん、ついでにキタキタオヤジまで、自分は宇宙人だとか超能力者だとか未来人だとか異世界人だとか言っていたぞ」

「あんた、この暑さで頭が変になったの?」

言うんじゃなかったな。完全に逆効果となった。

この日の授業中、ハルヒはダウナーな気配を四方八方に撒き散らしていて、ダースベーダーだって裸足で逃げ出しそうな雰囲気である。席が真後ろの俺は、高いところに登ったはいいが怖くて降りられなくなった猫のような気持ちでいた。誰か、梯子を用意してくれないか。

助けは来なかったが、安息の時こと、昼休みの時間はやって来た。

つっても、例のキタキタチラシ事件が起きてからというもの、未だに誰からも話しかけられない俺は一人寂しく教室の隅でぼっち飯をしているわけたが。

ハルヒでもいれば同じぼっち同士一緒に弁当でも食って下らない雑談に時を費やすことも出来たかもしれない。だが、あいつは昼休みになると銀河鉄道999の主人公のように何処かへと旅立ってしまうのでそれも叶わない。

教室の中央付近に目をやると谷口と国木田は俺の代わりに補充したとでも言わんばかりに名も知らぬクラスメイトの男Aと混じって三人で楽しそうに飯を食っていた。理由はまったくもって謎だが、殺意の波動に目覚めそうだ。

明日あたり、谷口がチンコの修行に来た一件でも学校中にバラしてやろうか。国木田にはホモ疑惑でもでっち上げて裏サイトに投稿してやっても罰は当たらないと思う。

そんな犯罪者ギリギリの陰湿な気配に陥っていた俺をごく自然に救ってくれたのが、やはり麗しの眉しぃこと朝倉だった。トゥットゥルー。今日もマジックで描いたような太めの眉毛が美しく煌めいていて中世の姫君のような高貴さが全身から溢れ出ている。理由はまったくもって謎だが、なべやき姫と命名したい。

「キョン君、どうしたの? 怖い顔してるけど」

そう言いながら机まで近寄ってきた朝倉は、笑顔そのままに、

「ほら、笑ってみて。その方が人を幸せにするよ」

この笑顔一つで、闇堕ちしようとしていた俺を未然に救い上げてくれた朝倉はキリストかブッダの生まれ変わりかもしれない。こんな宗教勧誘員なら俺は喜んで騙されたい。

「さっきまでアーミーナイフでも使って人を刺しそうな目をしてたから、ちょっと心配しちゃった。誰かにそんなに恨みでもあるの?」

クスクスと小さな笑いを浮かべながら、

「もしそうならあたしが手を貸してあげてもいいんだけどなあ。こう見えてナイフさばきには自信があるから」

ジョークで俺の緊張までほぐしてくれる。これだけ気の利く女はそうはいないだろう。俺は感心を通り越して一種の感動まで浮かべていた。

だめだ、異常に触れすぎて異常を認識できてない

おい

「ところでさ、キョン君」

そのまましばしの間とても心地好い雑談を交え、俺がいつのまにやら弁当の大半を平らげたぐらいのところで、朝倉が訊いてきた。

「ちょっと相談があるんだけど、いい?」

相談。どきり。

それを持ちかけるってことは少なくとも多少は信頼されているってことか。そう考えて間違いはないような気がする。しかしどのような相談なのやら。俺が答えられるような内容なら良いのだが。

「……どんな相談だ?」

「人間はさあ、よく『やらなくて後悔するよりも、やって後悔したほうがいい』って言うよね。これ、どう思う?」

はて?

「よく言うかどうかは知らないが、言葉通りの意味じゃないのか?」

「じゃあさあ、たとえ話なんだけど、現状を維持してたらその内取り返しのつかないことになりそうなんだけど、それを解決する手段が下手したら消滅につながりそうなとき。キョン君ならどうする?」

言っていることが日本の国家予算並みに不透明でよく理解出来なかったが、他ならぬ朝倉からの相談だ。俺は「ちょっと待ってくれるか」と断りを入れてから真剣に考え始め、そうして悩み抜くこと数分――あることに気が付いた。

これってもしかして、恋の相談じゃないのか?

何でそうなる

毒されて周りが見えなくなっている……

ふむ。

つまりアレか。現状を維持してこのまま相手からの愛の告白を待っていたら、そいつにはいつのまにか恋人が出来て取り返しのつかないことになるかもしれない。

しかし告白をしたらYESかNOかの二者択一であり、それがもしもNOだった場合これまでの『友達』という関係が消滅してしまうかもしれない。

合点がいった。

しかし俺は何と答えればいいのか。

女神朝倉に彼氏が出来るなど、この学校にいる多数の眉毛萌えの奴等にとっては耐えきれない出来事だろう。俺もしっかりその一員だ。逆上して月の出ていない晩にそいつを襲いそうでもある。

だが落ち着け、ともう一人の心の綺麗な俺が顔を出す。朝倉のことを真に想うならば、お前は私情を捨てて眉毛天使の恋を応援するべきじゃないのか、とそいつは熱く語ってくるのだ。朝倉の幸せをただ願うのが真実の愛というものではなかろうか。

それに朝倉のお熱の相手が俺って可能性も――むむむ。それはないかもしれないが、しかし。

この数秒の間に数多くの葛藤が生まれては消え生まれては消えしていたのだが、しかし俺に向けられた朝倉の少し不安げな表情を見た時、それが悩んでいた俺の背中を突き飛ばすようにして押した。

朝倉は俺に優しくしてくれた。それなら俺も真摯に応えるべきだと思った。

「やっぱり勇気を出して踏み込んだ方がいいんじゃないか。その結果どうなったとしても、何もしないよりは百倍マシだと思うぞ」

朝倉は俺の言葉をしばらく反芻するようにして口元に指を当てていたが、やがて小さく一つうなずいて、

「うん、そうだよね。あたしも迷ってたんだけど、今のキョン君の一言でやっと決心がついたみたい。ありがとう、そうするね」

清々しい足取りで優雅に去っていく朝倉。くるりと顔だけ振り返って「じゃあね、キョン君」夏のハイビスカスのようなとびっきりの笑顔だった。

やべ。可愛すぎて萌え死にしそうだ。どこからかカメラを強奪して今すぐ撮影したい。

……大丈夫なのか?

きっとこの朝倉は踊りだす

とまあ、朝倉が喜んでくれたことについては至極満足していた俺だが、その結果これからどうなるかは言うまでもあるまい。

朝倉は惚れた相手にラブレターでも書いて人気のないところに呼び出し、そして告白するという流れだ。まずこれで間違いないだろう。考えただけでも憂鬱になる。

とはいえそれも覚悟して決めたことだ。こうなってしまった以上、朝倉が誰に恋をしているかは知らないが、そいつが朝倉を出来るだけ傷つけないようフッてくれることをひたすら願うばかりだ。もうすでに彼女がいるとか、心に決めた奴がいるとかいう理由がベストだろうな。それなら仕方がないと朝倉も諦めがつくだろうし。

恋に破れ、傷心の朝倉を優しく慰めるのは誰か? もちろん俺だ。そうこうしている内にそれがきっかけで二人の間に新しい恋が育まれる、なんて神展開も考えられるしな。

いや、妄想するぐらいなら別にいいだろ? 言っとくが俺はキレてなんかいないぞ。

散々不幸な目に遇ってるんだから夢ぐらい好きなように見させてくれ。誰に迷惑をかけてるわけでもないんだからさ。

しのぶれど 色に出でにけり わが恋は 眉毛なにかと ハルヒ問ふまで

何とはなしに歌人な気分で迎えた、その日の授業後。

あいつの命令を律儀に守っているわけではないが、俺はいつものようにチンコの修行場へ。とんでもなく誤解を招きそうな言葉だが、事実がそうなっているんだからそうとしか言えない。あのプレート、本当に一体誰が作ったんだ。

中へ入るとまるでこの部屋のデフォルトの光景のように長門がパソコンを見ながらマウスを無機的に動かしていた。またオーディション対策用のページでも見ているのだろうか。

「今日は何してるんだ?」

「上手なメイクの仕方。その動画」

「そうか」

「そう」

横を見ると先に部屋に来ていた古泉が何か言いたげな顔でこちらを見ていた。嫉妬心の塊みたいな奴だ。

その内ストーカーとかしそうで危険な感じでもある。後でこっそり長門に忠告しておこう。

のSSの長門スゲーかわいいな

しかし、暇だ。

ハルヒは何をしてるのか知らんがまだ部室に姿を現さないし、古泉は魔雷砲だとかいうよく解らないものを一人無言で組み立てていてプラモ職人の様相だ。こいつはガン無視すると決めているのでいてもいなくても同じだが。

それなら朝比奈さんはと言えば、いるにはいるが特にすることがないのか、お茶を全員に配った後、椅子に座って外の景色を眺めながらのんびりしている。猫がひなたぼっこをしている様とよく似ていて、見ていると今のブルーな気分(死語だよな、これも)がいくらか癒されるがそれをじっと見続けるというのはいくらなんでも失礼にあたるだろう。

そもそも俺は長門とそこに昨日から古泉も加わって二人の監視役をするためにここに来ているわけなのだが、今日は特にどちらかが暴走をするという気配もなく平穏無事な空気が漂っている。となると、俺のすることは何もないわけでこれこそまさに完璧な時間の浪費と言えよう。

高校生活は三年間しかないというのに、こんな所でこんなどうでもいいような時間を過ごすのがいかにも馬鹿らしくなってきてしまう。やることが何もないと、つい朝倉のことを思い出してテンションが下がるのもいただけない。ハルヒじゃないが何か面白いことはないだろうか?

長門はずっとパソコンのディスプレイを真剣な表情で見ているので邪魔するのもアレだし、かといって微笑を絶やさない宗教勧誘員に話しかけるわけにはいかない。消去法により朝比奈さんしかいないのだが、また未来人がどーたらこーたら言われそうで、ちと尻込み気味ではある。

さてさてどうしようかと迷いながら朝比奈さんの煎れてくれたほうじ茶をずずっとすすっていたら、

「なんだか……暇ですね」

俺の気持ちを鏡に写したかのように朝比奈さんが代弁してくれた。

「折角だからキョンくん、オッポレ合戦でもしませんか?」

すまん。今のは嘘だ。この鏡、凹面鏡かなにか知らんが乱反射しまくってる。

「……一応訊きますけど、オッポレ合戦ってなんですか?」

尋ねてみると、朝比奈さんは純真無垢な瞳を俺に向け、

「知らないんですか?」

「いえ、まったく」

しりとりや古今東西のような言葉遊びの類いだろうかと過去の記憶をたどり検索してみたが出てこない。

「面白そうですね」

そう言ったのは古泉で、まるで月面に初めて降り立ったアームストロング船長のように華麗に一歩を踏み出すと、

「オッポレ!」

びしっ、という効果音が聞こえてきそうなぐらい謎なポーズをカッコ良く決めていた。ダメだ、こいつアホだ。

「やりますね。それなら私も」

え?

「オッポレ!」

朝比奈さんまで、びしっ、と怪しげなポーズを可愛く決めていた。あなたもアホなんですか。

それまでずっとディスプレイを眺めて静観していた長門が一言。

「朝比奈みくるの勝利」

ちょっと待て。今のでどういう風に勝敗がついたんだ。

オッポレ合戦は怪我人も出るからな、真面目にやらないと

我こそは「地の王」オッポレ!!
少年よよくぞ私をみつけだした!!

それからも二人のオッポレ合戦は続き、何故か長門までキタキタ踊りでそこに乱入をし始め、俺は呆れて物も言えなくなった。

少し頭を冷やすべきだなと窓を開けて換気。そのまま外の景色を眺めていたら、なぜか古泉の悲鳴が後ろから聞こえ、振り返ると片足を押さえながら奴が床をのたうち回っていた。

あれのどこに怪我する要素があったんだ。

それがきっかけでオッポレ合戦は中止となり、古泉は二人に付き添われて保健室に。両手に花のようでそれだけは羨ましい。

一人取り残された俺は相変わらず何もすることがなく、仕方がないので主のいなくなったパソコン机の前にいき、ひたすらネットサーフィン(これもとっくに死語だよな)をしながらハルヒや長門や朝比奈さんが来るのを待っていた。

長門と朝比奈さんは比較的すぐに戻ってきたが、結局その日、ハルヒは部室に姿を現さなかった。

今日はここで終わり


キョンくんぼっちのままなのか

乙 この淡々と投下していくあたりがSS作家の鏡だわ続き待ってます

乙!
ダメだこいつら……

「昨日はどうして来なかったんだ。反省会をするとか言ってなかったか?」

朝のホームルーム前に一応ハルヒに尋ねてみる。こいつが来ても大体は面倒事が増えるだけだから、実際のところ来ても来なくても一向に構わないのだが、しかし理由は知りたいところである。

もしかすると、ついに不思議探しとかを諦めて普通の女子高生に戻る決心をしたのかもしれない。これは推測というより希望的観測に近かったが、案の定そんなことはなかった。

「反省会なら一人でしたわよ、もう」

ハルヒは面倒くさそうに答えた。訊けば土曜日に歩いたコースを、昨日学校が引けた後に一人で廻っていたのだと言う。

「途中であの変態オヤジが踊ってるのを見つけて、すぐに逃げてきたけどね」

どうやらこいつはとことんまでオヤジに邪魔される運命にあるらしい。そのことで余程精神的に参ったのか、声にもまるで潤いがなかった。

そういえばと気になったので俺は軽く尋ねてみる。

「なあハルヒ。お前、学校のグラウンドとかは見て回ったか?」

「なにそれ? そのグラウンドにUFOが着陸したような跡でもあったの? ミステリーサークルとか」

興味半分疑い半分みたいな目で見られた。いやまあ、そういうんじゃないんだけどさ。

「ただ訊いてみただけだ。特に意味はない」

「なんだつまんない。だったらどうでもいいじゃないの、そんなこと」

正論過ぎて返す言葉もない。ハルヒは何だか期待を裏切られたみたいな顔で、はあ、と小さなため息をついた後、疲れているのか側のロッカーに寄りかかった。コツンと小さな音。

「ん」とハルヒが頭を触り、当たってずれた髪留めを手直ししようと考えたのだろう、それを外す。

そういえば、あれ以来ずっとつけてきているな、長門からもらったあの花の髪飾り。そんなに気に入ったのだろうか? そこまで似合うとはあまり思えないんだが。

ついでか知らないが、頭の後ろでくくっていたゴムも外してまた結わえあげていた。腰まで届こうかという長い髪を後ろで一つに束ねながら、憂鬱気味な感じでハルヒは、

「キョン、宇宙人だとか未来人って本当にいるわよね? いないなんてこと、ないわよね?」

「……さあな」

そう答えるしかあるまい。ここで全否定するほど俺は外道でも鬼畜でもない。

「異世界人や超能力者やらは知らんが、宇宙人ならいるかもな。宇宙はバカみたいに広いわけだから、その中には俺たちと同じような知的生命体がいてもそこまで不思議じゃないだろ」

「…………」

髪の毛を戻し終えたハルヒは教室の窓際、キタキタオヤジの周りでメケメケ鳴いている謎の生物にぼんやりと目を向けた。多分、あれは違うと思うけどな。

ハルヒは目を伏せて、

「折角、部活まで作ったっていうのにこれじゃ前とまるで変わらないじゃない。オヤジにはずっと邪魔されるし、これ以上あたしにどうしろって言うのよ」

こんなに弱気になっているハルヒを見るのは二回目だ。言ったら殴られそうだから言わないが、その顔は割合可愛く見えた。ただ、俺はどちらかと言えば笑顔の方が好きなんだけどな。朝倉も言っていたではないか。笑顔は人を幸せにすると。

そのことを言ってやろうかと思い、すぐに思いとどまったところでハルヒが独り言のように、

「あーあ……何かパアッと面白い事件でも起こらないかしら。この際、何でもいいわ。ちょっとしたことでもいいのよ。贅沢は言わないから」

実はこの時すでにちょっとした事件は起きていたのだが、俺は沈黙を選択した。人に言うようなことでもなかったし、うっかりハルヒに漏らそうものなら容赦なく嘴を突っ込んできそうだったからな。

その事件とは、朝方、俺の下駄箱の中に入っていた一枚のノートの切れ端のことだ。

そこには、

『放課後、誰もいなくなったら、一年五組の教室に来て』

と、明らかな女の字で書いてあった。

どう解釈するか。

俺の脳内人格の一人が「ラブレターじゃないのか?」と告げているのだが、どうにも信じられない。第一ラブレターをもらうような当ても……なくはないか? どうなんだ?

可能性を考慮せずに語るなら俺的な希望としては朝倉以外考えられない。恋愛相談をされたその翌日のことでもあったしな。一人ぼっちの俺に向けられたその同情というか慈愛が朝倉の母性本能を刺激して、いつしかそれが恋という感情に変わったって可能性も――否定は出来ないだろ? 絶対にないとは言い切れないはずだ。むしろそうであって欲しい。

あるいは長門からって可能性もギリギリあるだろう。この素っ気ない文章は長門っぽいし、出会ったその日に自宅に招かれたという既製事実もある。あれはひょっとしたらあいつなりの変則的な愛の告白だったかもしれない。古泉がやたらと俺のことを警戒していたのはこのせいだったとも考えられる。

あとは万分の一の確率で朝比奈さんってことも有り得た。いや、石を投げようとするな、世の中には一目惚れってもんがあるのさ。理由もなく始まるのが恋で、前触れもなく訪れるのが運命の出会いだ。朝比奈さんとはデートのようなこともしたし、その時からぽつんと芽生えた恋が今大きく花開いたって可能性もなくはないだろ?

最後にハルヒは――まあ、ないだろうな。あいつはこんなに手のこんだことをするようなやつじゃないし、古泉に好意を持っているようでもある。これまでのことを考えるに、俺のことなんか喋るサヤエンドウか何かだと思っていそうだ。あいつに限って言えば小数点以下の確率だろう。


『涼宮さんは確かに面白いことを探していますが、その一方であなたも探しているんですよ。彼女は三年間ずっと努力して待っているんです。あなたが自分の前にまた現れるのをね』


ふっと古泉の言葉が頭の中に蘇ったが、一つ頭を振ってとどめを刺しておいた。あれは古泉のたわ言だし、仮に本当のことだったとしてもハルヒが待っているのはゴチンコとかいうふざけた名前の奴であって俺ではない。

とにかく行ってみるか。

あれこれ考えても仕方のないような気がしてきた。谷口あたりのとびっきりタチの悪いジョークって可能性もあるし、油断は出来ないが。

となればそれなりに準備ってものがある。授業後、俺はBダッシュ(死語か、これも?)で部室へと赴いて、長門がまた何かやらかさないようにと、

『本日休業、立入禁止 ハルヒ』

とマジックで大きく書いたメモ用紙をキョンシーのお札のようにドアに貼り付けておいた。

今日はハルヒが精神的ダメージを受けていたせいで「帰る」と言っていたから、これで十分対策になるだろう。こうしておけば長門や古泉も回れ右をするはずだから心配は一切なくなる。

あとは人が誰もいなくなった頃を見計らって、一年五組の教室に行くだけだ。心を出来るだけ落ち着かせるために、食堂の屋外テーブルでコーヒーをゆっくりちびちびと飲みながら待つこと、三杯ほど。

西日で校舎がオレンジ色に染まりかけた頃になって、俺はようやく腰を上げて一年五組の教室まで足を進めた。

用心して、ことさら何でもなさそうに教室の引き戸を開ける。

中を覗き込むと、教壇の上に座って待っていたのは――

朝倉だった。

予想はしないでもなかったが、まさか本当にそうだとは。俺のハートがヘビーメタルのようにビートを刻みまくりだ。

「意外と早かったね」

朝倉が笑いかけてきた。清潔そうなまっすぐな髪を揺らして教壇からすとんと降りる。プリーツスカートから伸びた細い脚とは対称的に太い眉毛。思わず少しの間、見蕩れてしまった。

「入ったら?」

朝倉は誘うように手を振る。引き戸に手をかけた状態で止まっていた俺は、ゆっくりと中へ。

「突然、呼び出してごめんね。でも、どうしても二人きりでキョン君に訊きたいことがあったから。大事なことなの。構わない?」

断るわけがない。俺は即座にうなずいて見せた。朝倉は軽く微笑んで、

「良かった。本当のことを言うと、断られたりキョン君が来なかったりしたらどうしようって不安に思ってたから」

その微笑は例えるなら小高い丘の上にそっと咲いた一輪の月下美人のようだ。もう自分でも何の例えだかわかりゃしない。とにかくそれだけ魅力的だった。

土器土器

うおお気になる

「それで訊きたいことっていうのはなんだ?」

「涼宮さんのことなの」

ん?

どうしてここでハルヒの名が出てくるのか。そんな俺の疑問を他所に朝倉はカナリアが唄うように言葉を続ける。

「キョン君、涼宮さんと仲が良いよね? 付き合ってるの?」

「まさか」

どういう勘違いをしたらそう見えるのか。あいつは単純にぼっちで友達がいないから俺と会話をしてるだけであって、現在の俺も似たような境遇だ。手を繋いだこともない。引っ張られたことなら幾度かあったが、それはノーカウントだろう。

「ふーん。それなら一つお願いがあるんだけど」

これはあれか。もしかしてマジで告白とかの流れか。俺がフリーかどうかを確かめてから、というのがいかにもそんな気配がする。俺は思わず生唾を飲んで、朝倉の次の言葉を待った。

しかし予想に反して、朝倉の口からはとてつもなく意外な言葉が飛び出てきた。

「キョン君、涼宮さんと付き合ってくれない?」

ダイコンラン ダイコンラン 大根らん


キョン視点だと妖精が踊りだしそうな状態

?????

ホワイ? なぜ?

朝倉の言ってることが俺にはまるで理解出来なかった。どうしてこの流れで俺とハルヒが付き合うことを頼まれるんだ。俺とハルヒが実は付き合っていて、だから別れて欲しいとお願いされるならまだ解らなくもないんだが。

「言ってもキョン君は多分信じてくれないと思うよ。それでも聞きたい?」

一も二もなくうなずくと、朝倉は、仕方ないな、といった顔を見せ、

「わたしは安定と平穏を求めているの。わたしに限らず他の二人もそうだけど、不安定な観察対象にいつも悩まされているのよ。だから、キョン君と涼宮さんには付き合ってほしいのね。そうすれば、平和で穏やかな世界が出来上がると思うし」

俺とハルヒが付き合うことと世界平和にどんな関係があるというのか。

「でもね、上の方にいる人は頭が固くて、難色を示しているの。キタキタオヤジさんを最優先にして危ない橋を渡ってるくせに、その一方では現状を維持しようっていう日和見主義。キョン君と涼宮さんが付き合うことで、逆にキタキタオヤジさんへの被害が強まる可能性もあるって意見も出てるみたいだし。あなたもあの人にはあまり良い印象を持ってないみたいだから」

被害ってなんだ。風評被害のことか。だったらそれを喰らっているのは俺やハルヒであって、むしろあのオヤジこそが元凶なんだが。そもそもオヤジの話がどうしてここで出てこないといけない。何を隠そう、今俺はウルトラ大混乱中だ。(ダイッコンランです! ダーイコンラン!)

wwwwww

「やっぱり信じてくれないか。まあ、それはもういいや。あまり期待していなかったし。さっきのは全部冗談。忘れて」

もちろんそうするつもりだ。というか、記憶として留める必要性が皆無である。オヤジのことなんか記憶に残しておきたくもない。

「それで、キョン君。わたしのお願い、きいてくれるかな? 涼宮さんと付き合ってくれない」

そこが解らん。

「そう言われてもだな。いくら朝倉からの頼みとはいえ、理由もよくわからないままにハルヒと付き合うのは無理だぞ」

第一にハルヒが承知するとは思えないし、第二にハルヒを利用するみたいなことを俺はしたくない。いくらあいつが痛くてぼっちな女だとは言え、ハルヒはハルヒだ。それに、そんな付き合い方は倫理的にも道徳的にも間違いだと思うしな。

「でも、涼宮さんがキョン君と付き合うことを望んでいたとしたら、別に問題ないでしょ? もちろん、キョン君にとっても悪いようにはしないつもり。もしも、涼宮さんと付き合ってくれるって言うなら、お礼はするよ」

そう言うと、朝倉は俺の目の前まで近寄って、

「ほら、こんな風に」

両手でそっと俺の頬を柔らかく包み込んだ。目を閉じて唇をゆっくりと近づけ――

「待った。待て、落ち着け!」

キスされそうになって、俺は何を思ったんだか、慌てて飛び退いた。朝倉のことは嫌いではないし、むしろ大好きなのだが、しかし、これにはかなりの抵抗があった。好きだからこそというやつだろうか。そんな形での接吻やイチャイチャを俺は望んでいない。

「どうして逃げちゃうの?」

幸いなことにも、朝倉にはショックを受けたという様相はまったくなかった。ただ、1+1の答えが3だったと聞かされた時のような顔を見せて、

「こういうこと嫌い? それともわたしのことが嫌いなの? 好かれている自信はあったんだけどなあ」

「いや、嫌いじゃない。そんなわけがない」

俺は慌てて取り繕う。嫌いだ、などと誤解されたら、この先どうやって生きていけってんだ。

「ただ、あれだ。……そういう感じのは受け付けないっていうか」

教室を意味もなく見回して次の言葉を探す。なかなかうまいセリフが浮かんでこない。どうやって説明すればいいんだ。今のこの気持ちを。

「その……。もしも、朝倉が俺のことを好きだっていうなら、多分それを受け入れられると思うんだ。だけど、何かの代償とかお礼だとか、そんな風なら」

「あたし、キョン君のことが好きだよ」

え? と俺は思わず朝倉を見つめた。朝倉は泰然とした様子で、普段教室にいる時とほとんど変わらない感じのまま、

「本当よ。キョン君を利用しようとは確かに思ってるけど、でもそれは仕方なくのことだから。あたしは最初からキョン君のことを気にしてたの。ずっと見てる内に、それがいつのまにか好きに変わってた。惚れちゃった相手がキョン君だったのが運の尽きね。キョン君とは付き合えないんだもの」

朝倉はほんの少しだけ寂しそうな目を見せた後で、

「だからわたしは愛人でいいの。それでいい。涼宮さんに見つからないようにしてくれれば平気だし」

朝倉は離れた俺にまたそっと近寄った。愛願するような口調が俺の鼓膜を撃ち抜く。

「キョン君にとっても、わたしは愛人でいいの。心の中で、涼宮さんよりもあたしのことを想ってくれてたらそれだけでいいの。それでも駄目? キョン君が望むなら、あたし何でもしてあげるよ。キス以上のことだって何でも」

完全に返事に詰まった。本気なのは朝倉の目を見れば解る。だからこそ返事に詰まった。

その日の夕食後、俺は夕方の一件について自分の部屋で何をするでもなく考えていた。多分、鏡を見たら呆けた間抜け顔が映っていたに違いない。

なんせ結局いつまで経っても返事が出来ず、最終的には結論を保留した俺である。チキンで腰抜けで優柔不断野郎とはまさしく俺のことだ。今ならそんな罵声も甘んじて受け止めることが出来る。

にしても、わからん。

朝倉の言っていたことをよくよく思い出してみても、ハルヒと付き合って欲しいと朝倉が願う理由が俺にはまるで理解出来ない。

安定や平穏を求めるというなら、浮気なんて危険な真似をどうして望むんだろうか。それに俺とは付き合えないと言っていた。だが、愛人ならオーケーだと。

まったくもってさっぱり(ハァー、さっぱりさっぱりー)だ。朝倉はいわゆるNTR属性でも持っているのだろうか? 寝取られではなく寝取りの方だが。それならギリギリ解らんでもないが、オヤジや世界平和の件については本当に意味不明だ。

しかし、あの聡明な朝倉がまるっきり適当なことを言うとは少し考えにくいし、口ぶりからして嘘や冗談とも思えない。

だとしたら、やはりそれらのことについても何かしらの意味や理由があると思われるのだが、死ぬほど考えに考えてみても一向に解ける気配がないときたもんだ。スパイ映画に出てくる暗号解読班の気分である。


俺は一体どうすればいいんだろうか。

今日はここで終わり


眉毛女神と神様の両天秤か
ハルヒさんが二股認めてくれれば……

キタキタオヤジが絡んでいなければただただ朝倉可愛いで済むSSだったのに
不幸せだー!!

こうも着地点が見えないものになるとはスレタイからは想像つかんかった

次善の策としてハルヒをレズ堕ちさせよう!

朝倉は踊ってくれると思ってたんだがなあ

そうして一晩じっくり悩みぬいた挙げ句、結局いつの間にか寝てしまった俺は、明確な結論を出せないまま、かといって学校を休むわけにもいかず仕方なく教室へと来ていた。

朝倉に昨日の件について返事を訊かれたらなんと答えればいいのか、なんて心配だけは杞憂に終わったがな。

朝倉は昨日のことなどすっかり忘れてしまったかのように、クラスの女子生徒数名と楽しそうにお喋りをしていた。俺が教室に入ると、ちらりと目線を向けたがそれだけだ。向こうから話しかけてくる気配はない。

今の俺にとってはそちらの方が助かる。

この暑さと精神的な疲れのせいからか、ハルヒもロッカーにもたれかかりながら恋する乙女のようなため息をついていて、あまり話しかけてこない。

都合が良いと言えば都合が良いかもな。いちいちハルヒの相手をしつつ、朝倉のことも考えねばならぬとあっては、俺の脳が流石にオーバーフローする。

そうでなくとも、この時の俺はまたまた新たな懸案事項を抱える羽目になっていたのだから。

その懸案事項は封筒の形をして昨日に引き続き俺の下駄箱に入っていた。なんだろう、これが人生に三回は来ると噂のモテ期ってやつだろうか?

しかも今度のブツは一味違うぞ。ノートの切れ端などではなく、少女マンガのオマケみたいな封筒の中にきちんと手紙として入っていた。封を切ると、イラスト入りの便箋が一枚現れる。

そこに書かれた几帳面な文字は、俺の目がどうにかしているのでもない限り、

『昼休み、部室で待ってます みくる』

と、読めた。

ついに来たか

昨日の件もあって、俺はこれが朝比奈さん本人が書いたものだとさっぱり(ハァー、さっぱりさっぱりー)疑わなかった。いかにもこんな回りくどいことをしそうな人だし、可愛らしいレターセットにいそいそとペンを走らせている光景はまさしく彼女に似つかわしく思えた。

それに朝比奈さんからなら、この手紙がラブレターではないっていう可能性も十分考えられたしな。大方、人に言い出しにくいことでも抱えていてその相談とか、そんなところだろう。

多分。

二日連続で告白されるなんて偶然はそうないはずだ。俺もそこまで自惚れちゃいないさ。大体鏡を見ればその可能性が低いってことぐらいは嫌でも解る。

恐らく用件は長門か古泉絡みと俺はみてるんだがな。あくまで多分だが。ハルヒ……はきっと違うと思う。あいつは朝比奈さんにそんなに迷惑をかけてないはずだ。せいぜい強引にヒッポロ系ニャポーン団に勧誘したぐらいで、それについては朝比奈さんも納得済みのことだ。

やはり一番有り得そうなのが古泉で、怪しげな宗教勧誘でもやり始めてどうにも困っているってところか。

次点が長門でこっちはキタキタ踊りの勧誘だ。

穴にハルヒで、厨二病を卒業したのでヒッポロ系ニャポーン団から抜けたいという相談。

最後に大穴が俺で、マジモンのラブレターって可能性だ。もしもそうだとしたなら、これはこれで困った事態に陥るのだが。

なんにしろ行かないわけにはいくまい。

四時限目が終わるや否や俺はさっさと教室から脱出し早歩きで部室へ。三分とかからず着いた。とりあえずノックする。

「あ、はーい」

確かに朝比奈さんの声だった。間違いない。ドアノブを回して中へ。

が、朝比奈さんはそこにはいなかった。校庭に面した窓にもたれるようにして、一人の女性が立っているだけだ。白いブラウスと黒のミニタイトスカートをはいている髪の長いシルエット。足許は来客用のスリッパ。

その人は俺を見ると、顔中に喜色を浮かべて駆け寄り、俺の手を取って握りしめた。

「キョンくん……久しぶり」

朝比奈さんじゃなかった。朝比奈さんにとてもよく似ている。本人じゃないかと錯覚するほど似ているが、でも朝比奈さんではない。

朝比奈さんはこんなに背が高くないし、こんなに大人っぽい顔をしていない。何よりブラウスの布地を突き上げる胸が一日にして三割増しになったりはしない。

俺の手を胸の前で捧げ持って微笑んでいるその人は、どうやったって二十歳前後だろう。俺はとっさに思いつく。

「朝比奈さんのお姉さん……ですか?」

その人は可笑しそうに目を細めて肩を震わせた。胸がぽよんぽよんと動きついついそちらに目が向く。

「わたしはわたし。朝比奈みくる本人です。ただし、あなたの知ってるわたしより、もっと未来から来ました」

なに言ってるんだ、この人は? いい歳した大人が、真面目な顔して初対面の相手に言うことか?

俺は知らず知らずの内に憐れみをもよおす目になっていたと思う。

そんな俺の心情を読み取ったのか、

「あ、信用してないでしょ?」

その秘書スタイルの女の人はいたずらっぽく言うと、

「証拠を見せてあげる」

やにわにブラウスのボタンを外し出した。ごっつあんです。

「ほら、ここに星形のほくろがあるでしょう? 付けボクロじゃないよ。触ってみる?」

よっしゃ!

心の中でガッツポーズをとり、神に三回ほど感謝の祈りを捧げてから、俺は恐る恐る胸に手を伸ばした。指先で軽く触ると柔らかい感触が伝わって思わず俺の体の一部がヒートアップする。

「……これで信じた?」

何の話だかよくわからんが、とりあえず感謝の気持ちで一杯だったな。そもそも朝比奈さんのそんな際どい胸元なんて俺は見たことないし、セミヌードさえもない。信じるも何もあったもんじゃないんですが。

俺がその旨を胸の大きな朝比奈さん似の人に伝えると、グラビアアイドルばりのセクシーダイナマイツ痴女は、

「あれ? でもここにホクロがあるって言ったのキョンくんだったじゃない。わたし、自分でも気づいてなかったのに」

不思議そうに首を傾げ、次に彼女は驚きに目を見開き、それから急激に赤くなった。珍しいタイプの痴女だ。

「あ……やだ、今……あっ、そうか。この時はまだ……うわ、どうしよっ」

シャツの前をはだけたまま、その魅惑のセクシー痴女は両手で頬を包んで首を振った。柔らかそうな胸が揺れ、俺はトランポリンを思い出す。

「わたし、とんでもない勘違いを……ごめんなさい! 今の忘れて下さい!」

なんのこっちゃ。それよりプチプチショーを俺は期待していいんでしょうか。

狂乱のセクシーダイナマイツ痴女さんはシャツの前をはだけたまま、熟れたアップル状態の頬をまだ押さえていた。恥じらいがあるとは、AVとかに出てくる紛い物痴女とは違って、本物はやはり一味違うらしい。参考になるなあ。

「もういいです。ものすごく解りやすいと思ってしたことなのに……」

俺の視線に気づいたのか、極上のセクシーダイナマイツ痴女は――長いな、この呼び方――慌てたように外したブラウスのボタンをとめていった。

何が気に触ったんだろう。触るだけでなく胸を揉んどけば良かったんだろうか。

「とにかくわたしは未来から来た朝比奈みくるです。信じて下さい」

こほんと咳払いを一つ。流石にそれは無理があります。

「もう……どうしてこうなったの……」

それは俺が訊きたい。期待させるだけ期待させておいて何でこうなった。

「だったら信じなくてもいいです。でも、これだけは聞いて下さい。あまり時間もないので手短に言います」

そのグラマーボディレディは急に真面目な顔になり、

「これからあなたが何か困った状態に置かれたときにはこの言葉を思い出して欲しいんです」

人生に役立つ名言か何かだろうか? 素晴らしくどうでも良かったが、機嫌を損ねるのもアレなので、一応訊いてみる。

「何ですか?」

「肩の後ろの二本の角の真ん中にあるトサカの下のウロコの右です」

「…………すみません。もう一度」

「肩の後ろの二本の角の真ん中にあるトサカの下のウロコの右です」

「…………」

「この言葉を必ず覚えておいて下さい。きっと役に立ってくれるはずです」

一体何の役に立つのかさっぱり(ハァー、さっぱりさっぱりー)だ。例えどんな窮地に陥ろうとも、絶対に役に立たなさそうな言葉なんだが。

「じゃあもう行きますね」

結局、何がしたかったんだろう、このボンバー乳見せたガールは。ひょいと身をひねった後で、

「最後にもう一つだけ。わたしの話を真面目に聞いてあげて下さいね。仲良くなりすぎない程度に仲良くしてあげて」

個人的には仲良くなりすぎてあんなことやこんなことをされたいのだが。この人に筆下ろしされるなら本望だと思う。

入口に走ったボンバー乳見せたガールさんに俺は声をかけた。

「俺も一つ教えて下さい」

ドアを開こうとしてピタリと止まる爆乳ムチムチ痴女さんの後ろ姿。

「あなたの携帯番号を是非とも」

巻き毛を翻して朝比奈さん似の女性は振り返った。キャリアウーマン的な凛とした表情で、

「笑止」

どういうことですか。

わろた

優雅に閉じられたドアを眺めながら、本当にあの人何しに来たんだろう、胸を触らせるためだけに来たのだろうか、なんて呆けたように考えていたら、開けゴマとも言ってないのにドアが開いた。

「…………」

長門だった。ひょっとしてあの色気ムンムン痴女さんが途中で気が変わって戻ってきてくれたんじゃないかという期待はあっさりガラガラ。音を立てて崩れ落ちた。

いつものように無言のまま長門は中に入り、無音でパソコンを起動させる。昼休みまでここに来ていたことにちょっと驚いたのは黙っておこう。

「今度は何を見てるんだ?」

最早テンプレートのようになってしまった質問。長門も平坦に応じる。

「可愛いらしい女になる10の法則というサイト」

アイドルへの道は遠そうだな、長門。

そういえば、今、気が付いたのだが、今日は長門の目印とも言える眼鏡をしていなかった。コンタクトに変えたのだろうか? 確かに俺はそっちのが好みだけどな。

「あなたの好みに合わせたのではなく、一般的な好みに合わせた。眼鏡は踊るのにも邪魔。アイドルの9割以上は眼鏡をしていない」

「なるほどな」

着実に学習はしているようである。もしかしたら厨二病アイドルっていうのも斬新で需要があるかもしれない。バーニングフィンガーアタックやら、もっちゃらへっぴーもけもけさーだとかそんな痛いことを真顔でガンガン言っていくスタイルもなかなか悪くないと思う。

「あなたはわたしの話を最初からずっと信じようとしない。わたしが対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースなのは真実。全部、本当のこと」

今日も通常運転で、ある意味ほっとする。

「それよりも、さっき朝比奈さんのお姉さんを見かけなかったか? 双子かと思うぐらいそっくりだったぞ」

「朝比奈みくるに姉はいない。あれは朝比奈みくるの異時間同位体」

「そうか。それにしてもよく似てたよな。いくつ違いなんだろうか、あのお姉さん」

「今はもういない。この時空から消えたから」

「もしかしたら朝比奈さんに頼まれて未来人がいるってことを俺に信じさせたかったのかもしれないな。話を聞いてあげてとか言われたし。格好からしてOLみたいだったが、会社、今日は休みだったのか? いや、昼休みに抜け出してきただけかもしれないな」

「話の無益さを感じる」

俺も似たようなもんなんだがな。ただ、それは言わずに教室に戻ることにした。出ていく時に少し迷ったが長門に声をかける。

「眼鏡ない方が似合ってるぞ」

返答はなかった。

その日の授業終了後。

惰性で今日も部室へと来ている俺だったが、いつもと変わらずパソコンをカタカタやっている長門を監視しつつも、頭の中は朝倉への返事のことで一杯だった。

いついつまでに返事をして欲しいとは言われていないが、かといって何日も保留しておくのはやはり礼儀に反するというものだろう。本来なら今日の内に返事をすべきことなんだろうからさ。

しかし、朝倉のためにハルヒと付き合うというのは論外だし、かといって朝倉のあの真剣な告白を無下に断るというのはどうなのか。

あれだけ非の打ち所がない素晴らしい女性といい感じになる機会など、これを逃せば俺には一生回って来ない気もするのだが、しかしそのためにハルヒと付き合うというのはやはりどこかおかしい、間違っている。

あくまで漠然とした印象だが、何か事情やら理由やらを俺はまるで飲み込めていない気がした。例えるなら、ゲームで重要なセリフをスキップしたばっかりに次のイベントが何のことだか理解出来ない感じに似ている。中間が抜けているような、そんな気がするのだが、さてそれがどこかと言えばやはりよく解らん。

……朝比奈さんが来たら、これまでの事情を話して相談なりしてみるか。

良い答えが出るかどうかはともかく、あの人ならちゃかさず話をきちんと聞いてくれる気がする。

古泉は「今日はバイトがありますので」と顔だけ見せて帰って行ったし、ハルヒは来るのかどうかすら怪しい。この時間になっても来ないってことは、また休みだろう。

長門も暴走する気配がここ最近はまるでないし、少しの間、朝比奈さんと二人で抜け出すぐらい問題ないよな。

なんて悠長に考えている暇はなかったらしい。

コンコン、という小さなノックの音と共に、タイムリミットはやって来た。具体的に言うなら、やや遠慮気味に部室に入ってきたのは誰あろう朝倉だった。

中を軽く見回し、部室に俺と長門しかいないことを確認した朝倉は、

「長門さん、ちょっとだけいいかな。キョン君と二人で話がしたいの」

「…………」

長門は俺と朝倉を横目で見た後、少しの間を空けて、音もなく無言で立ち上がった。マジか。

出来れば今は二人きりにしないでほしい、なんて純情な乙女のようなことを願っていたら、長門は心の声でも聞こえるのか、出ていく間際、

「わたしはこの件に干渉しない」

そして扉は閉ざされ、部室には昨日告白した女と昨日告白された男の二人だけが残った。何が起きてもおかしくないシチュエーションである。性的な行為や刃傷沙汰が起きたとしても多分俺はちっとも不思議に思わないだろう。

朝倉は二人きりになると、すぐに切り出してきた。もちろんナイフではなく話題の方だ。って何で俺はそんな説明をしてるんだろうね。

「キョン君。昨日のこと、考えてくれた?」

考えはした。むしろ、今まで生きてきた中で一番頭を使ったかもしれない。

しかしその結論が出ないのだから、これでは考えてないのと結果的に同じである。

俺は答える代わりに朝倉に尋ねた。

「繰り返しになるが、俺にも解るように説明してくれないか。どうして、俺とハルヒが付き合うことを朝倉は望んでいるんだ?」

朝倉は、またそれかあ、といった顔を見せ、冬の木枯らしのような小さな息を吐くと、

「言ってもキョン君は信じないでしょ。だから、それはもういいの。深く考えないで」

言いながらついと近寄り、俺のすぐ目の前まで顔を寄せる。またキスされそうになるんじゃないかと、俺は反射的に体を少し引いたのだが、椅子に座っていたせいで後ろの長机が邪魔して物理的にこれ以上後ろには行けない。

「悪い条件じゃないでしょ? 女の子二人と付き合えるんだから。それに、年頃の有機生命体の雄はエッチなことを望むものみたいだし。言う通りにしてくれれば、わたしはそういったこともさせてあげるよ。キョン君とならあたしも嫌じゃないし。あたしはあまりそういうことに詳しくないけど、これから勉強もするから」

ぐっとくる提案なんだが、しかしだな。

気がつけば朝倉はごく自然と俺の手に自分の手を重ね合わせていた。しなをつくるような色っぽさで、もたれかかるように身体を更に寄せて、

「他にも色んなことをしてあげる」

ほとんどキスするような距離で、朝倉がそっと囁く。それはまるで男を恋に落とす呪文のようだった。

「お弁当を作ってきたり、勉強を教えてあげたり」

「甘えてみたり、逆に甘やかしてあげたり」

「膝枕してあげたり、抱き合ったり、キスしたり」

「一緒に喜んだり、一緒に悲しんだり、一緒に笑いあったり」

「あたしの華麗な空中バレエを見たり、魚も泳ぐ戦国風呂に一緒に入ったり」

「キョン君の鼻水を飲み尽くしてあげるよ」

新手のヤンデレだろうか。何だか怖い。

誰がそんなもん飲みつくすか!

あれ、この朝倉はいいな……
この朝倉もいいな、の間違いだったな

朝倉になら飲み干されたい

朝倉は俺の肩へと流れるように手を伸ばすと、もう片方の手は優しく頬へと当てた。まるで慈しむような瞳をじっと向ける。

さっきまで思い出したように聞こえていたブラスバンドの演奏が不意に止まった。

喧騒も同時に消え、無音の世界。

そっと朝倉が目を閉じた。そのまま柔らかそうな唇をゆっくりと俺の口ではなく鼻の穴へと寄せ、どんなプレイなんだこれはと俺は完全に固まり、その強張った体をほぐすようにして朝倉は――

「何やってんの、あんたら」

摂氏マイナス273度くらいに冷え切った声が俺と朝倉の両方を凍り付かせた。通学鞄を肩に引っかけたハルヒが、父親の痴漢現場を目撃した帰りに母親の浮気現場に出くわしたような顔で立っていた。

止まっていた朝倉の時間が動いた。「違うの、これは」と慌てたように俺から離れ、自分が不治の病を宣告されたとしてもそうはならないだろうと思われるぐらい蒼白な顔で、

「キョン君の肩に埃がついてたから、それを取ろうとして……」

流石にその言い訳には無理があったのだろう。知らない内に庭に放棄されていたコンクリートブロックでも見るような目で、ふん、と鼻を鳴らすハルヒ。

明日で世界が終わることをニュースで告げられたかのように怯えている朝倉を無視して、ハルヒは足音高く近寄って俺を見下ろし、

「あんた、ポニテ萌えじゃなかったの?」

「……何のことだ?」

「前に会った時、そんなこと言ってたじゃない」

そうだったか? と思い、記憶を辿ってみたが、少なくとも俺の覚えている範囲では一回もそんなことを言った覚えはない。

「いいや」

「あ、そう。じゃあ人違いね」

ハルヒは頭の後ろで一つにくくっていたゴムをやにわむしり取るように外すと、

「今日はもう解散!」

ほどけてバサリと揺れる長い髪。それをたなびかせながら、まるで魔法が解けてしまったシンデレラのように早足で部室から出ていってしまった。

何だってんだ、一体。

自分でもよくわからんが、俺は慌てて立ち上がっていた。椅子がガタンと倒れたがどうでもいい。そのままハルヒの後を追って飛び出そうとしたところで俺は後ろから腕を掴まれ止められた。

「待って」

とっさに伸ばされたような両手。朝倉自身もそのことに驚いたのか、一瞬俺の腕を掴んでいた力が抜けたが、

「……一つだけ、教えて」

蒼白な顔のまま。俺の腕を不安げに捕まえながら。喉の奥からやっと出たような声が朝倉の口から漏れた。

「キョン君は……。あたしのこと、好き……?」

「すまん、お前とは付き合えない」

俺は腕を振りほどいて廊下へと飛び出した。

今日はここまで


ドキドキするぜ……


うおお……なんというもったいないことを……!


あれ、相対的に一番まともなのがハルヒになってる?

うああああああああああああああああぁ...

ハルヒ読んだことないけど面白いなこれ、今度ハルヒも読んでみようかな

ハルヒがまともはないわ
オヤジに邪魔されてるから不憫に見えるだけで強引でワガママなのは変わらん

周りが厨二病だったり頭おかしかったりで心が擦れてて
寄りどころだった朝倉さんがドン引きするほどのヤンデレ
活動自体はアレだが根っこがまともなハルヒの評価がキョンの中で上がっているような気がする

おやじ抜きでも面白いぞこれ
まあおやじいるともっと面白いが



ハルヒの姿は廊下にはなかった。


ほとんど直感に従って俺は校門へと走り出したが、それが間違っていた。ハルヒの姿は途中どこにも見当たらなかったし、下校のために坂を下っていくまばらな生徒たちの中にもその後ろ姿はなかった。

どこへ行ったんだ、あいつ。

時間的にそこまで足止めをされていたわけでもないはずだから、校門から出てもう見えないところまで行っているということはないだろう。となると、まだ学校の中か。

一旦戻って、グラウンドや中庭や校舎内も探し回ってみたが、しかしどこにも見当たらない。まさか部室に戻ってやしないだろうなと思い引き返すと、そこにいたのはハルヒではなく、ポツンと行儀よく椅子に座っている朝比奈さんだけだった。

「あ、キョンくん」

風邪で休んでいた友達が久しぶりに登校してきた時とそっくりな声だった。

「来るの遅かったですね。わたしも隣のクラスメイトの子と話してて遅くなっちゃったんですけど、でもまだ誰も来てなくって。今日はお休みなのかなって少し心配してたの」

「ってことは、ハルヒはここに来てないんですね?」

「え、はい……。そうですけど……?」

小首を傾げる朝比奈さんに「今日は解散だそうです」とだけ告げ、俺はまた部室から飛び出した。

廊下を渡り、グラウンドに出て、中庭を通り抜け、校舎内を探し回り、再び校門前に。やっぱりハルヒの姿はどこにも見当たらず、よくよく考えてみれば初めからずっと出入り口のここで待っていれば良かったんじゃないかということに気づいた俺は、汗でじっとりとへばりつくシャツの不愉快さと走り回った疲れから、大きく息を吐いて門へともたれかかった。

なにやってんだ、俺は。

こうして見当違いなところを探し回っている間に、ハルヒはとっくの昔に家に帰ったに違いない。携帯の時刻表示を見ると午後五時ちょい過ぎ。どんなに少なく見積もってもあれから三十分以上は経っているはずで、つまり俺が今やっていることは完全に徒労でしかないわけだ。はっはっは。

大体、ハルヒを見つけたところで俺は何を言えばいいってんだ。見事なぐらいに何も思い浮かばないぞ。どうせアホ面下げて無言でその場に立ち尽くしていたか、トンチンカンなことを言ってハルヒを逆ギレさせていたかのどちらかだろう。

疲れた、帰る。俺は歩き出した。

もういい、知るか。そんな気分だった。

暗鬱とアンニュイな気分をごちゃ混ぜにした想いを抱えながら帰宅すると、何故か家の前には今は絶対に見たくない奴の顔があった。

どうして住所まで知ってるんだ。長門といい、こいつといい。

「こんにちは」

十年前からの友人みたいな微笑が非常にそらぞらしい。制服に通学鞄という完璧な下校途中スタイルで、古泉は馴れ馴れしく手を振りながら、

「いつぞやの約束を果たそうと思いまして。帰りを待たせてもらいました。連チャンで疲れてるんですが、そうもいきませんから」

帰れ。お前の顔も声も、今は見たくもないし聞きたくもない。

「そう言わずにお話を。どうしても案内したいところがあるんです」

カルト宗教の総本山にか? 冗談じゃない。

「そうではないと知ってもらうためなんです。今日のあなたの行動により、世界はのっぴきならない状態になっています。僕はこの世界にそれなりの愛着を抱いてますから、壊されてまったく別の世界へと作り替えられたくはないんですよ」

「どこの宗教も大体似たり寄ったりなことを言うんだよ。終末が近づいてますとかな」

「確かに限りなく近づいているとは思います。いえ、それどころかとうの昔に始まっているのかもしれません。三年前に魔法の失敗によってあの人たちがこちらの世界に来た時から」

超能力の次は魔法か。適当さ加減にも程があるな。

「それを説明すると長引くので今は横に置いといて下さい。それよりもこの世界の危うさのことを僕は知っていただきたいんです」

古泉はごく真面目な顔になって、

「あなたの影響もあってのことでしょうが、涼宮さんは異世界人をこちらの世界に呼んでいます。それはつまり、異世界にも憧れを持っているということです。魔王や勇者がいるようなそんなファンタジー世界にね。これは僕たちからしたらちょっとした脅威ですよ」

だから何だってんだ。どうだっていいだろ。

「果たしてそうでしょうか? 例えば、涼宮さんがこの世界に嫌気がさしたら。あるいは愛想を尽かしたりしたら。この現実世界を壊して、明日からファンタジー世界に塗り替える可能性だってあるんです。あるいは三年前からすでに異世界と少しずつ融合させていっている可能性もあります。現実世界とファンタジー世界がごっちゃになった世界にね。それも我々がまったく気が付かない内にです」

「いい加減にしてくれ。お前のその馬鹿みたいな妄想話は聞き飽きた。金輪際、俺にその話をするな」

「そうもいきません。あなたはキーパーソンなんですから。とにかくその目で見てもらえれば流石のあなたでも信じると思います。閉鎖空間をお見せしますよ。どうぞ、乗って下さい」

古泉は有り得ないくらいのタイミングの良さで通りかかった黒塗りのタクシーへと俺を促す。どこかへ連れ込んで入信するまで監禁するつもりだと暗に言っているようなもんだ。しかも準備万端ってわけか、デンジャラスな奴だ。

「どうぞ」

行くならお前一人で行け。例え明日で世界が終わることになったとしても、俺は絶対に行かないからな。

さっさと門をくぐると、俺は玄関のドアをバタンッ!と勢いよく閉めた。腹が立っていた。

外からは古泉の『待って下さい。本当に世界が今、危ないんです。洒落や冗談ではないんですよ』という何やら必死めいた、しかしいかにも嘘臭い台詞が。

どうかしたの? 何かあったの? と誰何する母親に「変質者が騒いでるみたいだ」と適当なことを言って俺は自室へと戻った。枕に顔を埋めるようにしてベッドに横になる。何だか泣きたくなった。頭の中がごちゃごちゃしている。きっと古泉のせいだ。

息苦しくなって、ぐるりとひっくり返り、天井を見上げ――そこで俺は初めて、朝倉をフッてしまったことを思い出した。

何であんなことを言ったんだろうな、俺は。

思い返すと後悔しか残らない。理由や経緯はともかく、朝倉は俺のことを好きだと言ってくれたのに、何で。

不意にこれまでの朝倉との思い出がまるで走馬灯のように頭の中を次々とよぎっていった。


《せっかく一緒のクラスになったんだから、みんな仲良くしていきたいじゃない?》

《長門さんもちょっとやり過ぎよね。これじゃキョン君が可愛そうだわ》

《大丈夫、気にしないで。心配してくれてありがとうね。優しい男の人ってあたし好きだよ》

《キョン君が望むなら、あたし何でもしてあげるよ。キス以上のことだって何でも》

《あたし、キョン君の隣にいる時が一番安心するんだ。落ち着くっていうか、心地いいっていうか……》

《良かった。キョン君、気に入ってくれて。腕によりをかけて作った甲斐があったなあ。まだまだおかわりあるからどんどん食べてね》

《キョン君、世界で一番好きだよ。愛してる》

《高校出たらすぐに結婚しようね。新婚旅行とかどこ行きたい? 今から楽しみだね》


思わず涙がこぼれそうになった。ああ、自分でも気が付かなかったが朝倉との思い出はこんなにもあったのか。

ひょっとしたらいくつか思い出補正とやらが入って美化されているかもしれないが、まあほんの少しだろう。あんなにも愛し合った朝倉をどうして俺はフってしまったのか。自分でもまるで理解出来ない。とんでもない大馬鹿野郎だ、俺は。

少しどころではない

キョンwwwwww

取り返しのつかないことをしてしまった今となっては、楽しかった思い出も辛い記憶ばかりとなって後から後から甦ってくる。

何か音楽でも聴いて気を紛らわそうかと、俺は起き上がりコンポの電源を入れたところで、カーテンの向こう側で何やら動く影を発見した。それと同時に取って付けたような歌が。

『ここのキョンは良いキョンだー♪』

影は振り子のように揺れ、その度に聞き慣れた声の、だが奇妙な歌がドップラー効果をともなって響いてくる。

『話は聞くし、信じやすいー♪』

俺は周りを見渡して、丁度近くに手頃なティッシュ箱があったのでそれを手に持って全力投球の構えを取りながらカーテンを一気に引いて窓を開けた。

『ああ、キョンよ。フェーエバーソーファイふごっ!』

そしてすぐさま窓を閉めた。おかげでしばらくは静かだったのだが、『……やはりアダ名がまずかったのでしょうか』とかブツブツ言っているのが外から聞こえてきたので、もう一度窓を開けて今度はスリッパを投げつけてやった。「出てけ!」

それからは音楽をガンガンに鳴らして何も聞こえないようにした。ストーカーか、あいつは。それもかなり悪質な類いのだ。やってられん。

俺はドアを開けて母親に今日の夕飯はいらないことを告げ、ついでに不審者がいると110番した。

そして、その後すぐにベッドの中へと潜り込んだ。朝倉との一件もあって食欲はまるでなかった。


そうやって横になること十分ぐらいだろうか。走り回ったせいで疲れていたのだろう、俺はどこか遠くから聞こえてくるパトカーのサイレン音を子守唄にいつのまにやら深い眠りに落ちていたみたいだ。

朝倉さんとの
×思い出
◯妄想

ところで人が夢見る仕組みをご存知だろうか。睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の二種類があって周期的に繰り返されるわけなのだが、いや、こんな夢の解説はいいか。閑話休題。そんなことはどうでもいいんだ。

頬を誰かが軽く叩いている。うざい。眠い。俺の睡眠の邪魔をするな。

「……キョン」

まだ目覚ましは鳴ってないぞ。何度鳴ってもすぐ止めてしまうけどな。お袋に命じられた妹が面白半分に俺をベッドから引きずり出すにはまだ余裕があるはずだ。

「起きてよ」

いやだ。俺は寝ていたい。胡乱な夢を見ているヒマもない。

「起きろってんでしょうが!」

ガクガクと揺り動かされ、はずみで後頭部を固い地面に打ち付けて俺はやっと目を開いた。

……固い地面?

上半身を跳ね上げる。俺を覗き込んでいたハルヒの顔がひょいと俺の頭を避けた。

「やっと起きた?」

俺の横で膝立ちになっているセーラー服姿のハルヒが、白い顔に不安を滲ませていた。長かった髪がバッサリ切られショートヘアになっている。

「ハルヒ、その髪……」

「ここ、どこだか解る?」

さえぎるように訊いてきた。あるいは俺の言葉なんか聞いちゃいないのか、ハルヒは重ねるように、

「ここよ、どこだか解る?」

言われて辺りを見回す。解る。学校だ。

俺たちの通う県立北北高校。その校門から靴脱ぎ場までの石畳の上。明かり一つ灯っていない、夜の校舎が灰色の影となって俺の目の前にそびえ――

違う。

夜空じゃない。

ただ一面に広がる暗い灰色の平面。単一色に塗り潰された燐光を放つ天空。月も星も雲さえない、壁のような灰色空。

世界が静寂と薄闇に支配されていた。

……どこだ、ここは?

俺はゆっくりと立ち上がった。寝間着がわりのスウェットではなく、ブレザーの制服が俺の身体をまとっている。

「目が覚めたと思ったら、いつの間にかこんな所にいて、隣であんたが伸びてたのよ。どういうこと? どうしてあたしたち学校なんかにいるの? それに、空もなんか変だし……」

ハルヒが珍しくか細い声で訊いている。俺は返事の代わりに自分の身体にあちこち手を触れてみた。手の甲をつねった感触も、制服の手触りも、まるで夢とは思えない。髪の毛を二本ばかり引っ張って抜くと確かに痛い。

「ハルヒ、どうして俺はこんな所にいる?」

「それをあたしが訊いてるのよ。あんた、話を聞いてた?」

聞いていたような聞いていなかったような――とにかくわけが解らん。寝ている間に二人揃って古泉に拉致されたなんてことでは流石になさそうだし、一体全体どう考えればいいんだ。

とにかく学校の外に出ようと、二人してつかず離れず校門まで歩いていったら、なんてこったい、見えない壁なんていうこの世にあるまじきものにぶつかっちまった。本当にどうなってやがる。

俺は学校の敷地沿いに歩いて確認してみたが、その不可視の壁は歩いた範囲内では途切れることなく続いていた。

まるで夢だな。……そうだな、これは夢だ。前の長門の時と同じで異常にリアル感のある俺の夢に違いない。ていうか、そうでなかったら非常に困った事態となる。

学校に閉じ込められてしまったようだ。

レスキューに通報したら、イタズラ電話だと勘違いされることは間違いなさそうだ。見えない壁に閉じ込められてしまったので助けて下さいなんて――いや待て。今、俺は何を考えた。電話? 電話か。

「ハルヒ、とりあえず職員室に行かないか? そこなら電話もあるだろうし、どこかと連絡が取れるはずだ」

「……そうね。そうした方がいいかも」

ハルヒが不安げな顔でうなずいた。そんな顔をするな、俺だって不安なんだ。

戻って校舎の中に入ってみたが、得られたものなんか何一つなかった。

職員室の電話は何故か不通状態でコール音すらしない。二人で最上階まで上がって窓から外の景色を眺めてみたが、見渡す限りダークグレーの世界が広がっているだけだった。

左右百八十度、視界が届く範囲に、人間の生活を思わせる光なんてどこにもなかった。まるで、この世から俺たち以外の人間が残らず消えてしまったかのように。

「どこなの、ここ……」

ハルヒが自分の肩を抱くようにして呟いた。

「気味が悪い」

俺もまったく同じ気持ちだった。眼下に広がる光景が不気味過ぎて俺たちはしばらくそこで立ち尽くした。

行くあてだってない。

そんなわけで俺とハルヒは勝手知ったるチンコの修行場へと場所を移した。電気はつくから問題はないがネーミングには未だに問題が残っている。部室のプレートをもうそろそろマジでどうにかしようとも思うが、今はそんな心の余裕もありはしない。

蛍光灯の下、見慣れた根城に戻った安心感はあったものの、どちらとも不安をため込んでいるのは確かだ。パソコンの電源を入れてもろくに起動しない。ラジオをつけてみてもホワイトノイズすら入らない。

「どうなってんのよ、何なのよ。さっぱり(ハァー、さっぱりさっぱりー)解らない。ここはどこで、なぜあたしはこんな場所に来ているの?」

ハルヒが半ば呆然と窓から灰色の外界を眺めながら言った。後ろ姿がやけに細く見えた。

「おまけに、どうしてあんたと二人だけなのよ?」

知るものか。俺が訊きたい。

そういえば……と、ふと思い出す。朝比奈さんのお姉さんから、困った時はこの言葉を思い出して下さいとか、そんなことを言われていたな。今の今まですっかり忘れていたが。

なんて言ってたか? 確か、肩の後ろの二本のゴボウの真ん中にあるスネ毛の下のロココ調の右か。何の役にも立ちゃしねー。

ハルヒは「探検してくる」と言って、スカートと髪を翻して部室から出ていった。「あんたはここにいて。すぐ戻るから」とは言われたものの、少し心配ではある。やはり俺も一緒に行った方がいいだろう。

そう思いパイプ椅子から腰を上げたら、いきなりコンコンとドアをノックする音が。危うく変な声を出して飛び上がるとこだった。

「やあ、どうも。驚かせてしまったようですね」

場の雰囲気にそぐわない能天気な声を出しながらそいつは部室のドアを開けて入ってきた。制服姿の宗教勧誘員だ。例えこんな奴でも、誰かに会えたってだけで今はほっとする。俺がそれだけ不安だったって証拠だ。

「お前もいたんだな、古泉。途中ハルヒに会わなかったか? それと、どこか外の様子が変なんだ。学校からもなぜか出られないし、一体何がどうなっているか解るか、お前?」

一気に早口で尋ねると、古泉は少し困った様な顔を見せ、

「色々と質問にはお答えしたいのですが、今は説明している時間も惜しいですし、恐らくあなたはその説明について一切信じてくれないでしょう。ですので、先にこちらの用件から伝えます」

時間がそれでもまだ残っていればきちんと説明はしますから、と前置きしてから、古泉は持っていた長剣を俺に手渡し――剣? なんだこれは?

しっかりと鞘に納まっているそれを差し出しながら古泉は、

「この剣を持っていて下さい。護身用です」

今まで一回も見たことのないような真剣な眼差しだった。剣だけに真剣ってか。いや、そんな冗談を言っている場合じゃないか。

「これは僕と僕の仲間たちからの贈り物です。身に危険が迫ったらこれを使って下さい」

「使えって……だからどういうことだ、古泉。バイオハザードでも起きて、ゾンビがそこらをうろついてるとでも言うのか? そんなヤバイ状態なのか、今は?」

「ある意味、それよりも危ない状態でしょうね」

さらりと凄いことを言われた。

「とにかく色々と危険はあるでしょうが、その中でも一番危険なのは猿です。猿に触れると即死ですので気をつけて下さい」

「何だって?」

「あと、長門さんと朝比奈さん、朝倉さんからも伝言があります。これを伝えたら僕からの最低限の用件はお仕舞いです」

「って、ちょっと待て! 長門や朝比奈さん、それに朝倉もここにいるのか!?」

「ええ。今、外にいますよ。後は……キタキタオヤジさんもいますね。不本意ながら、彼の力を借りて僕らはここまで来たんですから」

「あのオヤジもか? 力を借りてってのは何だ? どういうことだ? それに猿って何だ? むしろ、それが一番気になるんだが」

「キタキタオヤジさんの件については、『闇の魔法結社』が研究していた物体転移魔法を長門さん経由で闇の総裁に頼み込んで利用させてもらったので――いえ、それについて話しているとかなり長くなりそうなので割愛します。猿についても時間が惜しいので、それはまた後ほどということにして、とにかく伝言を聞いて下さい。危機が迫った時はこの伝言を思い出すようにお願いします」

古泉はこれ以上はないというほどの真剣な表情で、

「長門さんからは、『キタキタオヤジのケツを見るように』と。朝比奈さんからは『愛・そして生きるために死ねますか』、朝倉さんだけは助言ではなく謝って欲しいと伝えられました。『ごめんなさい、私のせいで……』と」

もう意味がわかんねえ。なんだこのカオスっぷりは。こんな伝言を伝えられて、それで俺にどうしろってんだ。

ダメだこいつじゃ話にならんと俺は思い――当然だよな?

あの三人の中で唯一まともな朝倉を探そうと、俺は振り返って窓から外を眺め――

青白い光が窓の枠内を埋め尽くしていた。

中庭に直立する光の巨人。そうとしか表現出来ない。

くすんだコバルトブルーの痩身は発光物質ででも出来ているのか、内部から光を放っていて、肩の後ろから二本の角みたいなのが出ている以外輪郭もはっきりとしない。背中には何故かトサカのようなものがあり、その右にはウロコらしきものもあったが、しかし目と口があると思われる部分についてはそこだけが暗くなっているだけで他には何もない。全体としては単なるのっぺらぼうだ。

何だ……アレは?

「神人です。もうここまで来てしまいましたか……」

古泉が苦い口調で呟いた。

今日はここまで


まじカオス

ゲソックの森www

クッソwww


解決した後は朝倉さんにも救いを

良いババアとか猿に触れたら死ぬとかちょいちょい入ってくるネタに笑うwwwwww

「キョン! なんか出た!」

ハルヒが部室に飛び込んできた。窓際に立ち尽くす俺の背中にぶつかるようにして止まる。

「なにアレ? やたらでかいけど、怪物? 蜃気楼じゃないわよね」

興奮した口調だった。先ほどまでの悄然とした様子が嘘のようだ。不安など微塵も感じていないように目を輝かせている。横の古泉も目に入らないほどに。

「宇宙人かも、それか古代人類が開発した超兵器が現代に蘇ったとか! 学校から出られないのはあいつのせい?」

青い光の巨人が身じろぎした。「まずい」とは古泉のセリフだ。「伏せて下さい!」

その言葉とほぼ同時に轟音が大気を震動させ、びりびりと部室棟が揺れた。固く重たいものが地面に激突する衝撃と音。それが激しく伝わる。

俺とハルヒはそれに耐えきれず転がるようにして倒れ込んだ。下を向くと、口をパクパクさせているハルヒの顔が目の前に。幸いなことにも怪我はなかったようだ。

「お二人とも逃げて下さい。ここは僕が引き受けます」

古泉が何か言っている。まるで映画に出てくる脇役型のヒーローのようだ。だとしたら、俺とハルヒは何だ? 何の力も持たない役立たずな主人公とヒロインか? アメリカンジョークにもなりゃしない。

「早く!」

解ってる。すまん、古泉。お前の犠牲は無駄にはしない。アレが何なのかなんて最早どうでもいいが、ここにいたらいつ死んでもおかしくはないってのだけはよく解った。痛感した。

「逃げるぞ!」

俺はハルヒの手を握って急いで起こし、そして走り出した。ハルヒは意外に大人しくついてくる。

許してくれ、古泉。散々酷いことを言ったし、それについて謝る気は一切ないが、それでも俺はお前のしてくれたことを一生忘れない。

部室から飛び出す瞬間、せめてあいつの散り際だけでも見届けてやろうと顔だけ振り返ると、古泉は窓を開けて外に飛び出し、やたらカッコいいポーズで空中に浮いていた。んなバカな。

物理法則も何もあったもんじゃない。やはりこれは夢なのか? そうであって欲しいと心の底から願う夢なんて滅多に見れるもんじゃないんだが。

B級アクション映画さながら、俺とハルヒは二人して校舎から飛び出した。わけも解らず走り続ける。

横目でうかがうと、ハルヒの顔は俺の気の迷いなのかどうなのか、なぜだか少し嬉しがっているように思えた。まるでクリスマスの朝、枕元に事前に希望していた通りのプレゼントが置かれていることを発見した子供のように。

中庭を通り抜けてスロープを駆け下る。追って来やしないかと振り仰ぐと、光の巨人はボーッとしたかのように突っ立っていた。そのすぐ近くには古泉がやはりカッコいいポーズでまだ浮かんでいて、まるでそれに見蕩れているかのようにも見えた。

「古泉くん……なんだかカッコいいわね」

ああ、そうだな。確かに俺もカッコいいと思ったよ。くそっ。

走って走ってグラウンドの二百メートルトラックまで進んで、俺たちは足を止めた。というより、そこで止めざるを得なかった。

光の巨人は一体だけじゃなく複数体いて、そいつら全員から最も遠いと思われる場所が今ここなのだ。四方をほとんど固められていた。

薄暗いモノトーンのキャンパスには冗談のように青い巨大な人型がいくつも立ち並んでいて、まるで巨神兵が侵攻してきた火の七日間のようだ。

その周りにはなぜかカッコいいポーズをとって浮かんでいるジジイ達が何人もいて、古泉同様足止めをしてくれているらしい、かなりの巨人たちがその動きを停止していた。さっき言っていた古泉の仲間だろうか。

それでも人数が足らず、抜け出てくる光の巨人もいたが、そいつらの前にはこれまた謎なことにもなんと長門と朝比奈さんが立ち塞がっていた。

「……サニーサイドアップ」

長門は目からレーザーだかビームだか魔法だかよく解らんものを出して、華麗に何メートルも飛び回りながら巨人と無表情で戦っている。朝比奈さんはその近くで迫りくる猿から涙目で逃げまどいながら、「ザムディン! ザムディン!」と必死に呪文らしきものを唱えていた。

その反対側には朝倉がいて、朝倉も長門同様、跳ね回ってビームだか魔法のようなものを出しながら戦っていたがそれは尻から出ていて、ちょっと待ておい、待ってくれ。

極め付きはキタキタオヤジで、

「そんまれきょっきゅらきょ。はりちょろぎゅっきゅらぎゅぎゅ。にゃんこらしょーっ!!」

誰か俺を助けてくれ。何だかよく解らんが――本当によく解らんが――俺は今、死ぬほど怖い。

朝倉さんは修行サボったのか・・・

どこでかっこいいポーズくるかと思ったけどここか

「ねえ、キョン」

持ち主の意思に反してガクガクいってる膝を押さえていたら、横からハルヒの朗らかな声が。見ると絵本を読んでもらっている時の子供のような瞳をしていた。なんでこいつはこんなに楽しそうにしていられるんだ。

「あれさ。襲ってくると思う?」

思う。それについては即答出来る。ハルヒの言う『あれ』が青い巨大な人型のことなのか、それともスーパーサイヤ人のように髪の毛がとんがって逆立っている目下のところ意味不明な言葉を喋りながら踊り狂っているキタキタオヤジを指しているのかは知らないが、どちらでもそう思う。あれだけ奇怪なものを見たのは俺の人生で初めてのことだ。

「そうかな。あたしには邪悪なものとも奇怪なものとも思えないんだけど。オヤジはともかく、巨人の方は校舎を壊そうとしているだけで、こちらに危害は加えないような、そんな気がするのね」

「わからん」

こいつの見解が俺にはまるで解らん。大体、あのオヤジを見てみろ。やけに目立つもんだから光の巨人に襲われかけてるじゃないか。

あ、今、殴られた。

ピンピンしてて1ダメージすら入ってない感じはあるが、ボッコボッコにされてるぞ。囮役としてすげー役立ってる気はするが。

しばらくの間、光の巨人はオヤジをフルボッコにし続けたが、殴っても蹴っても踏み潰されてもすぐに起き上がって「にゃんこらしょー!」と踊り出すオヤジに業を煮やしたのだろう。不意に――

こちらを向いた。

俺とハルヒの方を。

顔も目もないのに、俺は確かな視線を感じた。背中を冷たい汗が流れていった。ゆっくりと巨人が歩き出す。その一歩は何メートルあるのか、緩慢な歩みの割に俺たちに近づく姿が巨大さを増していく。

逃げることも出来ない。

逃げたところで別の巨人の元へと近づくだけだ。情けないことにも俺は古泉の姿を探していた。長門でも朝比奈さんでも朝倉でもいい。誰か助けてくれ。俺には何の力もないし、何も出来やしない。誰か!

だが現実は非情であり、そして無惨なものだった。やって来たのはなにあろう奇怪なオヤジだけだ。俺たちのすぐ側までやって来て、光の巨人を指差し、

「キョン殿、ハルヒ殿! 巨人がこちらへと向かって来ておりますぞ! お気をつけくだされ!」

お前がこちらへ呼び寄せたようなもんだろう。どの口がそれを言う。

横のハルヒをちらりと見ると、公開を待ちに待った映画がもうすぐ上映される時のような顔をしていた。恐怖なんてのは0%の顔だ。

まるで巨人がそこにいて、そこで暴れているのが当たり前であるかのように。むしろそう願っているような感さえある。

「ねえ、キョン。今あたし思ったんだけど、世界が変わるのってすごい魅力的なことだと思わない?」

突然のことだ。瞳を輝かせながらハルヒが訊いてきた。

「きっとあの巨人は今のこの退屈な世界を壊して新しい世界を作ってくれると思うの。ううん、絶対にそう。あたしには解るの! その世界には魔王だとか勇者だとかがいて、不思議なことが盛り沢山で、冒険やロマンスもたっぷりあるわ。みんなで協力して、みんなで襲いかかってくる魔物を倒して、みんなで喜びあって、そしてみんなで感動を分かち合うの! それって素敵なことだと思わない?」

俺が答える前に、オヤジが、

「ちっとも素敵じゃありませんな」

諭すような顔をして、ハルヒの方を向き、

「魔王が現れるということは、あちこちに散らばった魔物が世界中の人々を襲い苦しめるということですぞ。何の罪もない人たちが恐らく何万人も何千万人も殺されることでしょう。そんな悲惨な世界のどこが良いのですか」

「このっ……!」

言われて癇癪を覚えたのか、瞬間的にハルヒは手を上げオヤジの頬を叩こうと振りかぶったが――

「ハルヒ殿。私の言っていることが間違いですかな?」

「ぅっ……うぅ!」

その手は――

ついに振り下ろされることはなかった。

普段ダメダメなぶん、たまに正論言うとかっこいいから困る

何も言い返せない悔しさからか、全身を震わせながら唇を強く噛み締め、そしてどこか助けを求めるように俺の方を向くハルヒ。

「…………」

俺は黙ったまま首を振った。

お前の今の気持ちはよく解るが、オヤジの言うことは正論だ。その世界は大半の人にとって優しくはないだろう。少なくとも今の世界よりは。

「……ハルヒ。お前が今の日常に退屈してるってんなら、これからは俺が面白くしてやる。だから、妙なことは言うな。それじゃまるで――」

もうすぐ、この世界が終わるみたいに聞こえるじゃないか。

今日はここまで

妖精村殺人事件 ~腰ミノは見ていた~
妖精村殺人事件2 ~スネ毛は死の香り~
は出てこなかったか


いよいよクライマックスか・・・って思ってたら裏かかれそう

乙乙
朝倉さん…

光の巨人がまた一歩近付いた。

助けは来ないだろう。

どれだけ待とうともきっと来ない。古泉も長門も朝比奈さんも朝倉も大勢の謎のジジイたちも、自分たちの近くにいる巨人やら猿の相手やらで手一杯だ。今、ゆっくりとこちらに向かってきている化物にまで手が回らない。

俺しかいない。

だけど、俺に何が出来るってんだ。

武器といえば古泉からもらった長剣が一つだけだぞ。剣一本であの馬鹿デカい巨人に立ち向かうなんて、竹槍一丁持って全裸で米軍に宣戦布告するようなもんだ。第一、俺は剣道どころかバットの素振りすら自信がないってのに。

爺ファンタジーいたんか

何か手立てはないかと俺は焦りながら周りを無意味に見回し、いや待て、思い出せ。古泉は言っていたはずだ。危機が迫った時はこの伝言を思い出して下さいと。

長門は『キタキタオヤジのケツを見るように』だ。

見たぞ。気持ち悪いだけだ。

朝比奈さんは『愛・そして生きるために死ねますか』だ。

どっちにしろ死んでいやしませんか。

朝倉は謝っているだけだから関係ない。これはスルーだ。

そして朝比奈さんのお姉さんからは、『肩車して後ろ向きに乗り二本のゴボウを持った歌舞伎顔の男』だ。

何のこっちゃ。大体、今ここにゴボウなんかない。ふざけるな。

どうにもならない。助かる方法がまるで思いつかない。

こうなったら冷酷で非人道的とも言える最後の手段だが、逃げて来たオヤジを囮にしてこの場をやり過ごすしか――

「キョン殿」

先ほどまでハルヒに向けられていた真顔が不意に俺にも向けられた。キタキタオヤジはこれまでの奇行はどこへやら、まるで別人のような顔つきになって、

「その剣は何のために持たれているのですか? 自分自身と大事な人を守るためではありませんか? 勇気を出さねばいつまで経ってもスタート出来ませんぞ。そろそろ誇りを持たれてはいかがです?」

「…………」

オヤジのくせに、とは思った。

しかし、俺もハルヒ同様、一言も返すことが出来なかった。

このクソオヤジ、何でこんな時だけまともなことを言うんだ。おかげで覚悟を決めざるを得なくなったじゃないか。

やるしかないのか。戦うしかないのか。

剣を持って得体の知れない巨人と一戦交えるなんて、そんなリアルファンタジーな真似が出来るわけがないと理性がさっきからエマージェンシーコールを鳴らし続けているのだが、やらなきゃどうしようもない。何もしないよりは遥かにマシだ。

足が震えた。また横のハルヒを見る。ハルヒはせっかくのプレゼントを取り上げられた挙げ句、目の前で踏みつけにされた子供のような表情をしていた。やり場のない怒りと絶望的な悲哀が混ざったような、そんな複雑な表情。

「……キョン、あんたも解ってくれないの? あの巨人は悪くないの。あたしたちの味方よ。もう勇者や魔王がいなくてもいい、とにかく今より面白い世界に変えてくれるなら何でもいい! だから!」

子供のように涙目で駄々をこねだすハルヒ。

しかし、変わらずその瞳には恐怖の色は一切なかった。未だにあの巨人が俺たちに危害を加えないと信じきっているようだ。

そんなはずない。踏み潰されて終わりだ。


俺は覚悟を決めた。


剣の柄に恐る恐る手をかけ、いつでも抜ける状態にする。高層ビル並の巨人だろうと、ひょっとしたら見かけ倒しかもしれないし、刺せば一撃で死ぬような弱点だってあるかもしれない。

あまりに前向きで希望的な推測だと自分でも思うが、そうでも思い込まないと到底立ち向かうことすら出来そうになかった。窮鼠、猫を噛むってのはまさにこのことだ。断言して言えるが、ここまで追い詰められなきゃ俺は絶対にやれやしない。

「ハルヒ、お前は下がってろ」

一歩前に出て、ハルヒを背に身構える。

「キョン殿。私はどうすれば宜しいですかな?」

お前はそこらで踊ってろ。いや、間違えた。黙ってろ。喋るな。

「ちょっと……何する気なの、キョン!」

背中からハルヒの抗議とも心配ともとれる声。俺は振り向かなかった。どうせ見てれば解ることだ。

深い息を吐いてから、更にもう一歩進んでそこで待ち構える。

狙うは光の巨人の足元だ。アキレス腱なんてものがこいつにあるかどうかは知らないが、そこをぶった斬るつもりだった。上手くいけば転ぶぐらいはしてくれるかもしれない。

背後から「一肌脱ぎますぞー!」という嬉しげな声と共に聞こえてくるピーヒャララーという間抜けな戦闘ミュージック。これ以上脱いだらお前、間違いなく全裸だろ。ズシリと重量感のある剣を片手に脳汁たぎる頭の中では、ライオン師匠が現れ「アルスよ、決して諦めるなガオーン」誰だこいつは。


俺はタイミングを見計らって、一気に剣を引き抜いて――



不意に目の前がまっ暗闇になった。


それが巨人の繰り出した手だと気付くまでにはほんの少しの時間を要した。

気が付いた時には、どうしようかなんて考えている暇もなかった。

まるで壁のように迫り来る巨大な手。その動きがやけにスローモーションに見えた。

おい、これってひょっとして死ぬ前に見るアレか……?

脳内を虫が這うようなとんでもなく嫌な予感が頭の中を駆け抜けていった。


ベタな映画ならきっとここらで颯爽と誰かが助けに入ってくれるんだろう。だが、現実では起こるわけもない。

希望なんてのは初めからなかったんだろうな。俺のしたことは完璧に無駄なあがきだったんだ。


いやに冷静な頭でそんなことを考えていたら、



巨人の手が俺の顔面を砕いた。


そうなるはずだった。

だが、そうはならなかった。

恐る恐る瞑っていた目を開けてみると、そこにはとっさに俺をかばって飛び出したのか――


ハルヒが――いた。


あいつは腰が抜けたように地面に座っていて、その周りには温かな光が包むように覆っていた。

本人も何が起きたのかという顔をしていて、きょとんと大きく目を見開いている。

ハルヒの丁度すぐ真下には、割れた髪飾りが。そこから光が放たれていて、それはまるでハルヒを守るかのように優しく輝いていた。

「キョン……。あたし、なんで……。殴られたと思ったのに……」

辺りを不思議そうに見回す。そして、ハルヒも地面に落ちている割れた髪飾りを発見した。

「……キョンからもらったやつ。……割れちゃったんだ。……大切にしてたのに。でも……」

独り言のように小さく呟く。

見上げると、巨人もその動きを停止していた。まるでハルヒを包む温かな光が、作用したかのように。

今しかない。

俺は素早く剣を引き抜いた。

ポンッ! という不可思議な音がして――ホワイ??

鞘から抜かれた剣は、まるで手品のように剣以外のものに変わっていて、それを見たハルヒもぽかんとした顔――から、みるみる赤面へと変化していった。

ハルヒの目線を追って俺もそれを眺めやると、まるで旗差し物のようになっているそこには、大きくこのような文字が。

『ハルヒ、好きだ。愛している』

おい、古泉! なんだこれは、どういうことだ!!

「キョン、あんたそれ――何のつもりよ!」

まだ頬を赤らめたままのハルヒが抗議の声をあげた。知るか。俺が聞きたい!

「大体あんた、朝倉とデキてるんじゃなかったの!」

「それはお前の誤解だ! 俺と朝倉は付き合ってない! 確かに告白はされたが断った! あの時も俺はお前の後を追いかけたんだ!」

「……は?」

ハルヒは二・三回瞬きをした後で、むしろなんでそんなことをしたのかと言わんばかりの怒りの眼差しをいきなり俺に向けてきた。いや、俺だって後悔したさ。嘆きもしたさ。

「あんた朝倉のことが嫌いなの? 断るってどういうことよ。確かにあいつ眉毛太いけど、性格も良さそうだし顔も可愛いじゃないの!」

確かにそうだ。朝倉は可愛い。あの太目の眉毛なんか俺は特に大好きだ。面倒見が良さそうで気が利いて優しくて健気なところもあって、彼女や嫁にするとしたら俺は朝倉みたいな女がいい。

「だったら!」

俺は旗差し物を放り出してハルヒの側に駆け寄りしゃがみこんだ。そして、まだ何か文句を言おうとしていたハルヒの唇を強引に奪った。

だけど、俺が好きなのはハルヒ、お前なんだ。

えんだあああああああああ

マゾだな

「こんな状態になって初めて気が付いた。もう人生最期かもしれないから今の内に言っておくぞ。ハルヒ、俺はお前みたいな面倒くさくてわがままで厨二病こじらせていて傍若無人な上とてつもなく自分勝手でおまけに眉毛が細い女なんかと付き合いたくはない。だけど、それでも俺は、誰よりもお前のことが好きなんだ。お前しかいないんだ!」

一旦唇を離した後、呆然としているハルヒの瞳をしっかりと見据えながら俺は早口でまくし立てた。クッサーーーーー!という声がどこからともなく聞こえてきたが知ったことか。

それに対してハルヒの口がほんの少し開き、多分何か俺に返事かあるいは文句を言おうとしたんだろうな。俺はもう一度ハルヒの唇に自分の唇を重ねて目を閉じたから、その時、ハルヒが何を言おうとしたのかも、どんな顔をしていたのかも結局解らず仕舞いだ。

あんたなんかお断りよ、とか、こんな時に何を言い出すのよ、とか、勝手にキスするなんてサイテー死ね、とか、あたしは古泉君が好きなのよバカ、とかそんなところかもしれない。あたしもそうよ、前からずっと、みたいな展開もありえたが、それは俺の期待であって推測ではなかろう。

俺は肩に手をかけ、ハルヒを抱き寄せるようにその手に力を込めた。しばらく離したくない。死んでもいいと、この時ばかりは本気でそう思った。

クッサー!

ぐちゃぐちゃっと

すぐ近くからズン!という重量感のある音と共に揺れるような震動が伝わった。

多分、髪飾りの効力が消えて光の巨人が動き出したのだろう。

とはいえ、俺にはもう武器もなかったし、俺たちには逃げ場もなかった。せめてハルヒだけでもと、反射的にかばうよう抱き寄せていたが、それも無駄なあがきなんだろうと思う。

すまん、ハルヒ。俺はお前を守れなかった。何の力にもなれなかった。本当にすまん。許してくれ。

ハルヒをまた強く抱き締める。不意に目からとめどめもなく涙がこぼれだし、嗚咽が漏れた。

どうせなら生きてる内にもっときちんとした形でハルヒに告白しておけば良かった、例えフラれようともそっちの方が絶対にマシだった、とか思った次の瞬間、俺はいきなり無重力下に置かれ、反転し、左半身を嫌と言うほどの衝撃が襲って、ああ、ついに俺は光の巨人に踏み潰されて死んだのか、短くて後悔の残る人生だったなと思い最期の光景を脳裏に焼き付けようと目を開いたら、見慣れた天井がそこにあって固まった。


ここは部屋だ。俺の部屋。

首をひねればそこはベッドで、俺は床に直接寝転がっている自分を発見した。

着ているものは当然スウェットの上下。乱れた布団が半分以上もベッドからずり下がり、そして俺は手を後ろについてバカみたいに半口を開けているという寸法だ。

当たり前のことだが、思考能力が復活するまでには結構な時間がかかった。

半分無意識の状態で立ち上がった俺は、カーテンを開けて窓の外をうかがい、ぽつぽつと光る幾ばくかの星や道を照らす街灯、ちらちらと点いている住宅の明かりを確認してから、部屋の中央をバターになってしまった虎のようにグルグル円を描いて歩き回った。

夢か? 夢なのか?

見知ったクラスメイトの女と悲劇だか喜劇だか解らないカオスなラブサスペンスを演じた挙げ句、無理矢理キスまでしてしまうという、フロイト先生に話したら失笑して精神科医を紹介されそうな、そんな意味不明な夢を見ていたのか。

ぐあっ! 今すぐアヒルになりてえ! アヒルになって全てをなかったことにしたい!

この世界に魔術だとか魔法の類いがなかったことに感謝すべきだったかもしれない。手の届く範囲に魔法薬入りの料理があったなら、俺は躊躇なく「大好物だぜーっ!」と言いながらガツガツ食い散らかしていただろう。

あれがごくまともな夢だったなら、まだ俺は自分が見た夢の内容について正しい自己分析が出来ていたものを、なのによりにもよって即死の猿ってなんだよ、神人とかアホか? 女神朝倉は尻から魔法みたいなのを出していたし、ハイパー化したキタキタオヤジまで出てきやがった。俺の深層意識はいったい何を考えているんだ? 死ぬのか?

俺はぐったりとベッドに着席し、首をくくる五秒前程度には頭を抱えた。あれほどリアルな夢は長門の時以来だが、今回はそんな生易しいもんじゃない。じっとりと汗ばんだ右手、体に微かに残るあいつの温もり、それに唇には湿った感触がまだ。

なんであんな夢を見たのかと今すぐ誰かに逆ギレしたい。

俺は目覚まし時計を持ち上げて現時刻を確認、午前二時十三分。

寝よう。寝るしかない。それしかない。

俺は布団を頭まで被り、冴え渡った脳髄に睡眠を要求した。


一睡も出来なかったけどな。

ハルヒの愛が


アヒルマンを生んだ!

そんなわけで俺は今、這うようにして不元気に一年五組の教室へとやって来ていた。

開けっ放しの戸口からは今日も半裸のオヤジとメケメケの姿が見える。改めて思うが、何だろうね、あのオヤジ。制服の代わりに腰ミノつけて奇怪な踊りをする中年姿の高校生っていくら何でも無理があるだろ。いつものようにハゲ頭が太陽の光を乱反射して眩しいしさ。

中に入ると、教室の端、オヤジからの避難場所である定位置にハルヒがいた。だが今日は不思議なことにもいつもの髪飾りをしていないし、夢と同じでショートヘアに変わっている。ついでに言えば、何だか眉が太くなっているような気もした。

まさかな……。んな訳ないよな?

「眠たそうだな」

近寄ってハルヒに声をかけると、何か不機嫌なことでもあったのか、すぐに目を逸らされた。一応尋ねてみる。

「髪切ったんだな……。それに今日はいつもの髪飾りをしてないし。イメチェンか?」

「別に。どうでもいいでしょ」

ひどくぶっきらぼうな返事。そのため、俺が返す言葉を失っていたら、やや間を空けて、

「あれ……落ちて割れちゃったみたいなのよ。……悪かったわね」

ふてくされたような口調だった。偶然……ってのは怖いよな、ホント。

いや、これはひょっとしたら予知夢ってやつか? 知らない間に俺は超能力に目覚めたのかもしれない。

「ハルヒ。もしかしたら俺、予知能力者かもしれないぞ。昨日、お前の髪飾りが壊れる夢を見たからな。髪もショートヘアになってたし」

「あ、そう」

軽く流されて少し凹む。ハルヒは熱心に壁の傷でも数えているのか一向にこちらを向いてくれないしな。

俺は昨日よりもほんの少しだけ勇気を出してこう言った。

「今度、お前に似合いそうな髪飾りを買ってくる」

ハルヒは更に顔を背けて、

「ふん」

表情は見えなかったが、少しだけ耳が赤くなっていたような気もする。気のせいでないと思いたいところだが、さてどうなんだろうか。

「約束だからね。忘れたら死刑だから」

そんなことを小声で言われたな。

その後のことを少しだけ語ろう。

ハルヒはその昼には似合ってないと自覚したのか、あっさり眉のメイクを落としてしまった。やはり眉毛が太くてそれが似合う天使は朝倉しかいない。あいつは特別というより別格な気がする。


キタキタオヤジとは授業が始まる直前に少しだけ話をした。後ろからツンツンとつつかれ続けたから振り向かざるを得なかったんだ。

「昨日はお互い大変でしたなあ、しかし全員無事で何よりかと。それもこれも全て、私のアドバイスとキタキタ踊りのおかげですかな?」

意味は解らなかったし、そのドヤ顔に対して無性に腹が立ったのも事実だったが、俺は何も言わずに前を向くだけにとどめた。今度、何か言ってきたら問答無用でラリアットをかまそうと思う。

古泉とは、休み時間、トイレに行った帰りに廊下で出会った。

「あの剣、役に立ったでしょう?」

あの件と言われても、何の話だかさっぱり(ハァー、さっぱりさっぱりー)だ。大体、こいつとは一分一秒たりとも関わりたくない。俺はこいつのことが嫌いだしな。完全にシカトしておいた。


そして、昼休みには朝倉から話しかけられた。気まずくてお互い話しかけられないという事態だけは避けられたようだ。

「ごめんね、キョン君。まさかこんなことになるなんて思ってなかったから……。全部、あたしの責任」

何のことだろうな。俺は朝倉から謝られるようなことをされた記憶はないんだが。むしろ、どちらかと言えば俺が謝る側だろう。

朝倉は困ったように笑った後で、

「本当にキョン君って優しいね。でも、駄目。もうあたしに優しくしないでね。辛くなるから」

くるりと後ろを向いて、

「涼宮さんには朝イチでキョン君にフラれちゃったって伝えておいたから安心して。……本当のことだしね」

秋のそよ風のように朝倉は去っていった。後ろ姿が何だか切なそうに見えたが、それはやはり俺のせいなんだろうな。胸がズキリと痛む。

放課後の部室にはいつも通り長門がマウス片手にパソコンをカチカチいじっていて、朝比奈さんはなぜか知らんが涙ぐんでいたな。

「よかった、また会えて……」

ハンカチ片手に涙をふきふき、まるで卒業式の様相で、

「もう二度と……(ぐしゅ)こっちに、も、(ぐしゅ)戻ってこれないかと、思、」

何か余程怖い体験でもしたのかもしれない。それとも今日はそんな設定で役柄を作って遊んでいるのだろうか。

どうしたものかと長門に目を向けると、

「あなたはイベントの大半をすっぽかした。そのせいで彼の活躍シーンはなくなった」

無表情に変わりはないんだが、何故かほんの少しだけ怒ってるような雰囲気だった。何の話だ?

「クソゲーの話。特に猿が強敵だった。あれは無敵状態に近い。ひきょう」

それ以上は一言も喋ろうとしなかった。俺が見た夢のことかと思い最初焦ったが、そうではなく、どうやらゲームの話のようだ。ていうか、そうでなかったら俺は自殺もんに恥ずかしい。死にたい。

むぅー

「そういえば、朝比奈さん。この間、朝比奈さんのお姉さんに会いましたよ」

話題を変えるためにそう告げる。朝比奈さんはきょとんとした顔を見せ、頬につたっている涙だか目薬だかを丁寧にハンカチで拭き取った後で、

「わたしに姉なんていませんけど……」

そういや、そんな設定だったかな。すっかり忘れていたが未来から来たということになっていたはずだ。

俺がそのことを指摘する前に長門が補足した。

「朝比奈みくるの異時間同位体。ここに現れた」

え? という顔を朝比奈さんが見せる。

「ええと……その……。未来から来たわたし、キョンくんに何か言いましたか?」

「胸をはだけて星形のホクロを見せてくれました。またお願いしますと伝えといて下さい」

朝比奈さんは、目の前で散弾銃をぶっ放された旅行鳩みたいな顔になり、くるりと背を向けて、襟ぐりを広げて胸元を覗き込み、面白いようにみるみる頬を赤く染めた。いきなりどうしたんだろうか?

「なっ! なんでわたしこんなものをキョンくんに見せてるんですかっ!」

首まで赤くして朝比奈さんは幼児のように両手でぽかすか殴りつけてきた。それは俺じゃなくてお姉さんの方に言って下さい。無関係です、俺もあなたも。

それに痴女好きの俺としては一向に構わなかったしな。是非とももう一度会って、内緒でプチプチショーを披露していただきたい。

そうお願いしておいたが、朝比奈さんは「知りません知りません」と首をいやいや振って激しく否定された。無念でならない。

さて話は変わって、長らく棚上げしていたチンコの修行場のプレートについてだが、このたび俺はようやくホームセンターまで行き新品を購入、新しい物と交換しておいた。

『ヒッポロ系ニャポーン団』

未だに俺のレベルでは何をする団体なのか謎なのだが、ハルヒは御満悦の様子だった。

「これでやっと本格的に動けるわね。燃えてきたわ。これからガンガンいくわよ!」

悩みがないようで羨ましい。ぼくにはとてもできない。

「ってことで今週も市内の不思議探索パトロールを行うわよ。今度こそ超能力者の五・六人ぐらいは捕まえてやるんだから。ついでに魔法使いとかも捕まえることが出来たらベストね」

自信満々な表情で素晴らしい傍若無人っぷりだ。ぼくにはとてもできない。

つーわけで、今週の日曜。つまり本日なのだが、記念にもならない第二回目の市内探索が行われることとなった。

しかし、どういう偶然なんだろうな。朝比奈さんと長門と古泉が直前になってドタキャン(死語って意外と多いな)した。どうしても外せない用事が出来て、などと揃って供述していたが、明らかにサボリだろう。

可哀想に、とうとうハルヒも愛想を尽かされたのか。まあ、それが普通の感覚なんだろうが。

このままだと駅前でハルヒが一人寂しくずっと待ちぼうけになりかねないので、仕方なしに俺は今、駅の改札口へと向かってこの前引き取ってきたばかりのチャリをこぎこぎ走らせている。

あいつにそのことを伝えて今回はお流れ解散にでもさせるか。意気揚々としていたハルヒには気の毒なことだがな。

ペダルを軽快にこぎつつ、腕時計に目をやる。俺は何を勘違いしたんだろうね、集合時間まであと三十分もあるじゃないか。いくら何でも早過ぎだ。

まるで遠足当日に自然と朝5時に起きてしまった小学生のようである。もちろん、断じてそんなことはなく、俺が時間をろくすっぽ見ていなかったからだろう。人間、ケアレスミスはいくらでもあるしな。

駅前の――今度は大型百貨店の前にチャリを止め、真っ直ぐ早歩きで目的地へと足を進める。途中ですれ違った少年少女たちの何気ない会話も何故か今は耳に心地好い。

「ククリ、待てって。そんなに急ぐと転ぶぞ」

「大丈夫、へいきへい――きゃー!」

ものの見事に転んではいたが、それはさておき。

はてはて、あと三十分近くも何をして暇を潰そうか、などと思案していたら、なんとしたことだろうね。噴水前に一人で佇んでいるハルヒの姿が目に入った。あいつ、一体、いつから待っていたんだ?

なんで原作主人公組がいるんですかね…

ハルヒは俺の姿を見つけると、まるでデートの待ち合わせのように俺に向かって手を上げかけ不意に何かを思い出したかのようにすぐに下ろした。いつもの眉を寄せている顔へと変わる。

ひょっとしたらあいつ、いわゆるツンデレと呼ばれる人種なのかもしれないな、などとぼんやりそんなことを思ったな。

ただまあ残念なことにも、俺は残念なお知らせをハルヒに告げなければならないのだ、まことに残念だ。

今回の市内探索に参加するのは前述した通り俺とハルヒの二人だけなので、今回は中止ということになる。あいつだって俺と二人きりで散策なんかしたくないだろうしな。相手がハルヒではこの結論も仕方あるまい。

俺はたったか早歩きで近寄っていき、ハルヒにそのことを告げようと口を開いた時には別のことを言っていた。

「待たせたな、ハルヒ。迎えに来たぞ」

ハルヒは目を見開いて二・三回瞼をぱちくりとさせた。「キョン……。それって……」そんなハルヒに向かって俺はこう言っていた。

「約束通り来たぞ。長門たちは全員休みだそうだ。それでも良ければ行こうぜ。不思議探索するんだろ?」

俺は少し迷った末に手をためらいがちに差し出した。ハルヒも少し迷った表情を見せた後でその手をためらいがちに握る。

そして俺たちは並んで歩き出した。どこへ向かうとも言ってないのに足を進めた方角は何故かまったく同じだった。

やや不安げに握られていた手に、その時ほんの少しだけ力が込められた気がする。

そういえば新しい髪飾りをハルヒにプレゼントしなきゃならないな、何だって俺はあんなことを言っちまったんだろう、気の迷いってのは怖いな、なんてことを考えつつ。俺も相当なツンデレだと自分でも思う。

駅前を通り抜けた交差点での信号待ち。ふとハルヒの横顔に目を向けると、そこにはいつも通りの仏頂面――ではなかった。

「キョン」

「何だ?」

ハルヒは俺をちらりと見て、それから何でもない風にすぐに逸らし、

「あたしもそうよ、前からずっと」

「…………」

「返事とかいらない。質問も禁止だから。何も言うな、黙ってて」

そう言われたが、信号が青に変わるのと同時に俺はためらいなく返事をした。

「ハルヒ、好きだぞ」

もちろん心の中だけでだが。

いつか面と向かってこの台詞を伝えることになるだろうが、今はそこまでの自信と勇気が持てない。窮鼠が猫を噛むのはいつのことになるのやら。


ただまあ――

もう二度とあんな後悔はしたくないから――

出来るだけ近い内に伝えるつもりではあるが。





おまけ

イメージ曲

晴れてハレルヤ
http://m.youtube.com/watch?v=DvsQ8pcMd64


後日談も期待している
未来からきたキョンとか謎も残っているし

青春ストライーク!

乙!


オサール太郎は無しか

おつおつ!

乙!

指が、脳が、魂が綺麗な乙するのを許してくれない
だからせめてB乙だけでも此処に記す

乙です超乙

まさかこのスレタイからこんな良SSになるとは思わなかった

こりゃ大作だな……

なんかここ数年のSSでもトップレベルに面白かったんだが
双方の原作へのリスペクトも感じられたしマジ引きこまれたわ


グルグルと丁寧にクロスされていて面白かったです
まさか長門がキタキタ踊りにはまるとは、女の子の踊りですし衣装も露出高いからいいのですけれど


久しぶりにグルグル読み返したくなったよ、良いクロスだった


グルグル2読んでくるか

乙!

超面白かった乙
ちょっとグルグル読み返してくる

おうオヤジ成分が足りないんだよぉー
消失書いてください



>>459
キタキタ親父の消失とかになりそうなんですがそれは

>>459
なんてこったーー俺は、キタキタ踊りを踊りたかった。

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