【艦これ】女と髪と命と (34)

提督の、大きくも繊細な手が気持ちよかった


撫でるような手つきで私の髪を整えてくれる


「今回はどうする?」


「提督にお任せします」


「そういう返答が一番困るんだよなぁ」


提督は苦笑いをしながら水を入れたスプレーボトルで髪を濡らしていく


私にとっては、髪を切るという行為は提督に髪を撫でてもらう時間だった


要するに提督と触れ合えるならば何でもよかったのである



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「じゃあ一昔に流行ったアレにするか?ペガサス昇天なんちゃらとかいう……」


「……」


提督の手を抓る


さすがにそういうのは勘弁だが


「いててててて!じょ、冗談だよ冗談!」


「もう、やめてくださいね……髪は女の命なんですから」


「ほう、なら赤城の髪を切ってる俺は、さながら赤城の命をもてあそんでるってことになるのか?」


「私の命をもっと輝かせてくれるってことでもあるんですよ?」

何故私が提督に髪を切ってもらっているのか


簡単な理由だ


ある日執務室で私の髪が伸びていることを指摘した提督が、


『わざわざ店で切りに行くなんて勿体ないな……俺が切ろう』


と言い出したからだった


どうやら提督の実家がそういう職に就いていたらしく、免許こそないがノウハウは全て覚えていたという


しかし海軍というものに所属してしまった以上それを生かすことなどなく、このような機会が手に入って嬉しいと本人は至って楽しそうにやってくれる


実際に提督は日常から手先が器用で、正直その辺の美容室よりよっぽど髪を切るのが上手かった

今となっては一か月に一回、私の一番の楽しみとなっている


直接彼に頭を撫でてくれと言うのがこの歳となっては恥ずかしく、この時に彼の感触を楽しみたいというのが今の一番の理由だが


「はぁ……しかしなぁ……任せると言われても……いっその事、加賀くらい短くしてしまうか?」


「やめてください!」


そんなことをしたら加賀さんと見分けがつかなくなってしまう


私達はただでさえ同じ一航戦だからか、似ているのだ 


それに、そこまで短くしたら次に切るのが何時になるのか分からない


私のささやかな楽しみなのだ


失くされてしまっては困る


提督が今日何度目かわからないため息を吐いた


私は今この時間を楽しんでいるのに、提督はそれをわかってくれないのか


ちょっと不満だった


きっと私は不機嫌な顔をしていたであろう


「はいはい、お姫様の言う通りにしますよ」


『お姫様』


しかし、提督のこんな一言でもまた嬉しさがあふれてくる


提督が言う言葉に、私は一喜一憂する


冗談と分かっているのに『お姫様』扱いされたことが嬉しい


不機嫌だったはずの顔は、真っ赤に染まってはにかんでいた


私はこんな何気ない時間が、大好きだ

~加賀視点~




「あら、加賀さん、だいぶ髪伸びましたね」


ある日任務から帰投しドック入りすると、赤城さんが話し掛けてきた


「そうですね……もう長い間切ってはいませんでした」


どうしようか


いつものように自分で適当に整えてしまうか


「あ、加賀さん自分でやろうって思ってますね?駄目ですよ、私達女なんですから」


思っていたことをそのまま指摘され、言葉に詰まる

「ですが、私は特に美には興味ないものですから……動きやすければそれでいいです」


赤城さんとは一航戦として長い付き合いだが、あまりプライベートにはお互い深入りしていなかった


そのため私には髪のちゃんとした切り方や整え方など知らなかった


元から人とはあまり話さない性質で、教えてくれる人もいない


しかしよく見ると、赤城さんは私よりも髪が綺麗に整えられている気がする


「もしかして、毎回自分で切っているんですか?」


「…………」

図星だ


酷いときには鏡も見ずに鋏でバッサリと切ることもある


別に、良いではないか


今まで困ったこともないのだし


私の髪を見ながら難しそうな顔をしている赤城さんを横目に水を被った


だがそんな話をされたせいか、濡れた髪が少し不格好なことが気になった


しかし、私はどうしたらいいのか分からない

そのままもやもやした気持ちでドックから上がり、いつも着ている服に着替える


「あの、加賀さん。今度、私の髪を切っている方を紹介しましょうか?」


同時にドックから上がった赤城さんが後ろから声をかけてくる


「別にいいです。必要なことじゃないでしょうし、私はこのままでも……」


「いいえ、やっぱり放っておけないです。加賀さんは今どう見ても強がってますから」


強がっている……?私が……?


しかし何故か反論の言葉が出ない


「本当は私だけのお楽しみですけど、加賀さんには特別サービスです」


そう言って赤城さんは微笑んだ


若干照れているようでもあったが、どうして彼女が照れているのか


その時の私にはそれが分からなかった

それからしばらくして、赤城さんに連れられて執務室を訪れた


まさか切る人物が提督だったとは


赤城さんが事情を話し、提督はそれを快く受け入れてくれたようだ


その時の赤城さんは笑顔だった


その後洗面所へ移り、いよいよ切るということになった

「それじゃ加賀、そこ座っててくれ」


「はい」


「なにか要望はあるか?」


「はい」


「何だ、俺が出来る範囲なら何でもいいぞ」


「はい」


「加賀?」


「はい」


「今のテンションは?」


「はい」


「1+1は?」


「はい」


「……だめだこりゃ」

他人に、ましてや男性に髪を切られるのは初めてだったので、私にしては珍しく終始緊張していた


結局、適当に切り揃えるくらいでいいということになった


切っている最中、ふと傍に座って本を読んでいた赤城さんを見た


彼女はどこか不満そうで、でもちょっと嬉しそうな、そんな複雑な顔をして提督を見つめていた


髪を切り終わり提督にお礼を言おうとした時も、赤城さんは私の手を取りすぐに洗面所から連れ去った


しばらく無言で部屋に向かって歩いていると、赤城さんは小さな声で


「どうでしたか?」


と聞いてきた

私は率直な感想を述べた


「そうね、悪くないものだわ。またお願いしようかしら」


「…………」


うつむき、何やらぶつぶつと呟いているが聞こえない


普段は御淑やかながらも堂々としている彼女のそんな姿が珍しくて、私は興味深げに眺めていた


だがいつもと違う赤城さんの姿に私は正直戸惑いも感じていた


もしかしたらこれが彼女の素なのかもしれないが

だがここまで来ると流石の私でも気が付く


赤城さんは提督に恋慕しているのだろう


数少ない私と対等に話すことが出来る友人


私はそんな赤城さんとの時間を大切にしていた


でも、今日の赤城さんは私ではなく提督を気にしている


ちょっと嫉妬してしまう自分が憎い


どっちにって?


そんなのは決まっている


両方だ


だから、私は少しだけ赤城さんに意地悪をする

「提督って色んな人から好意を向けられているわよね」


「・・・ッ」


先程まで完全に自分の世界に引き籠っていた赤城さんが、その言葉を聞いた瞬間弾けるようにしてこちらを向く


目元が潤み、口をきゅっと固く結びながら私を上目使いに睨んでくる


「うう……」


「どうしました?」


そんな彼女の姿が可笑しくて、思わず笑いがこぼれる


「何でもないです!」


そう言って赤城さんはずんずん進んで行った


「でも私、負けませんよ!」


「ここは、譲れません」


この口癖がここまで機能したのは初めてかもしれない


元から私にはそんなつもりなどない……と思うが


全く、自分のことも分かっていないなんて私もまだまだだ





その日、赤城さんはいつもの何倍ものご飯を平らげた

~赤城視点~



「提督、いらっしゃいますか?」


「ああ、赤城か?どうした」


いつもの提督の匂いに満ちた執務室に私は訪れた


「どうした?また髪を切りに来たか?」


「いえ、今日は違う用です」


私にとって今日この日はとても大事なものだ


鈍感な提督でも流石に気が付いていると信じたい

「ってお前、髪切ったな。……まさか自分で切ったのか?」


「瑞鶴さんにやってもらいました」


「へぇ瑞鶴がね……だから最近俺に切り方とか訪ねてきたのか」


それにしても、私の髪形を見てまず口から出るのが他の子を褒めることなんて……


ちょっと、いやかなりイライラする

そう考えていると、不意に提督の手が私の髪に触れる


思わず驚いて、その手から逃れるように飛び退いてしまう


触れるものが無くなった提督の手が虚空を切った


反面、触られたという出来事に速くなる鼓動と赤くなる私の顔


「わざわざ見せつけるってことは、俺の仕事もここまでか……?」

 
自分の手を見つめ、何処か寂しそうに言う提督


さて、漸く私が言いたいことまで話が進んだ


「いいえ、今回は私が提督の髪を切りに来ました」


「……は?」


「いつも切ってもらっていては悪いですから。今回は私の番です」


「って言ってもお前、出来るのか?」


「大丈夫です!」


実はそんな経験などなく、全くの虚勢であったが


「そうか……なら頼むわ」


提督は特に疑いもせずに準備をしだした

「すみません……」


数十分後、不格好に髪を切られた提督の姿があった


「……まぁそう気を落とすな。男の髪なんざ最悪丸坊主でいい。というか、軍ってのは普通はそうらしいし」


「うう……」


「それにしても、どうして急にこんなことをしだしたんだ?」


……まだ気が付いていないのかこの朴念仁め


「私、今日の出撃で練度がどうなりましたか?」


わざとぼかして言う

提督はしばらく考えた後、気が付いたらしく手を打ち合わせた


「ああ、練度が上限に達したのか」


「そうですそうです!」


「そうか……それで?」


カチンときた


「ああもう!私とケッコンしてくださいって言ってるんです!」


言ってしまった


本当は提督から言わせるつもりだったのに


提督は面食らったような顔をしていた


ちょっと気分がいい

「あー……俺でいいのか?確かにまだ誰ともそういう関係になっていないが……」


「提督、提督は私と加賀以外でここの女性の髪を切ったことはありましたか?」


「……そういえばないな」


当たり前だ、誰にも言いふらしてはいないのだから


「女の命である髪を弄ってもらったのは私だけです」


「まぁ、そうだな」


「そしてさっき私も提督の髪を切りました」


「まさか、それが夫婦の誓いとでも言うつもりか?」


……こういう時だけは鋭い

「可愛いところもあるんだな、普段は戦いのことばかりなのに」


「私だって、女ですから」


まっすぐと提督を見据えて言った


「俺もな、初めての正規空母であるお前を見たときからずっと気になってたんだ。所謂一目惚れって奴」


提督はばつが悪そうに頭を掻きながら言った


「赤城、俺とケッコンしてくれるか?」


待ち望んだ言葉


返す言葉は当の昔に決まっている





「はい、喜んで」


提督の、大きくも繊細な手が気持ちいい


提督の、ごつごつしている手触りのいい髪が気持ちいい


あれからずっと、私たちはお互いの髪を切りあっている


互いを感じるように


命を惜しむように


切り取られた髪がばさりと地面に落ちた


私が命を託しているのは、提督、ただ一人だ

おわり
勢いで書いたら駄目だね
可愛い赤城さんのSS増えて(切実)

あ、因みに瑞鶴に予め髪を切って貰ったのは、そうしないと提督に流されて自分が切るはずがいつも通り切られる側になってしまうかもしれないと赤城が危惧したからです。それほどまでに赤城は提督に髪を切ってもらうのが大好きです
加賀は提督と赤城共に好きで、自分はそんな二人を見るのが一番好きと気がついたので、自分は恋からは退いて二人に幸せになってもらおうという考えに至っています
以上蛇足でした

続きを気にさせるくらいが一番良い終わりだってばっちゃ言ってた。その方が妄想捗るって
では御拝読ありがとうございました

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