【ラブライブ】雪穂「あの日からずっと私の心は彼女に奪われていた」 (143)

更新遅め
百合要素あり

以上のことが大丈夫な方はお付き合いください。

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――――――


私こと、高坂雪穂には想い人がいる。


その子は、同級生の女の子。
世間知らず、というか日本のことをあまり知らなくて。
どこか放っておけないような子で。

最初は……そうだ。
クラスに溶け込めなかったあの子に話しかけたのが、きっかけだったかも。

それから徐々に、徐々に仲良くなっていて。
気づけば、私は彼女に夢中になっていた。

夢中になって、好きになっていた。


……懐かしい。
彼女のことを想う度に、記憶がよみがえる。

あの頃の、私たちが中学生だった頃の記憶が――。


――――――

――――――


「ユキホ!」


雪穂「っ!?」


自分の名前を呼ぶ声に、微睡みから引き戻される。
体がびくりと跳ねる。
それに自分で驚きながらも、私はその声の主を見るために、顔を上げた。


雪穂「……亜里沙?」

亜里沙「もうっ! なんで寝てるのっ!」


プンプンと擬音が付きそうな表情で、亜里沙が抗議の声をあげている。


雪穂「ご、ごめん。昨日、あんまり寝れなくて……」


そんな風に答えた。
ちなみに、受験勉強で、とかではない。
もちろん勉強はしてるんだけど、昨日は動画を見てただけだったりする。


亜里沙「えっ、だいじょうぶなの?」

雪穂「えっ、あ、うん! 平気平気」


予想以上に食いついてくる亜里沙に、たじろいでしまう。
少しだけ身を引きながら、平気だと答えた。

うっ。
心配してくれる亜里沙に少しだけ罪悪感……。


雪穂「そ、それで、なんだっけ?」


罪悪感から逃れるために、話を反らす。

というか、本来の話に戻すのかな?
元々、亜里沙がなにか話してたみたいだし。

そうだった!
と手を打つ亜里沙。
そして、なにやら笑みを浮かべた亜里沙は、言葉を続けた。


亜里沙「今日、ユキホの家に遊びに行っていい?」


そんなお誘い。
いつものこと、いつものこと、と。
自分に言い聞かせながら、私は頷いた。


亜里沙「ハラショー♪ それじゃ、学校終わったら行くねっ」

雪穂「……うん」


……あぁ。
まったく、そんな笑顔をしないでよ。

ドキドキしちゃうじゃん。


――――――

――雪穂宅


雪穂「ただいまぁ」

亜里沙「お邪魔します!」


いつものように、玄関から家に上がる。
ふと、そこで返事がないことに気がついた。


雪穂「お母さ~ん?」


と、声に出してから気付く。

あ、そういえば今日は用事でいないんだっけ。
店の方も閉めてるみたいだし。


雪穂「今日、親いないんだった」

亜里沙「そうなの?」

雪穂「うん。詳しいことは知んないけど、用事があるとかなんとか」

亜里沙「そうなんだぁ」


先に、部屋に行ってて。

そう言って、亜里沙を部屋に向かわせた。
勝手知ったるって感じで、亜里沙も私の部屋に向かっていった。


雪穂「……ふぅ」


亜里沙を見送って、ひとつ息を吐く。


雪穂「大丈夫。いつも通りいつも通り」


そんな風に、自分に言い聞かせるように小さく呟いた。

親がいないのは計算外だったけど、なんてことはない。
きっと、いつもみたいに勉強したり、μ's のライブ映像を見たりするだけだもんね。


雪穂「…………よしっ」


大袈裟に意気込んでみる。
こうするだけで、切り替えられるんだ。

悲しいかな、全然想いを伝えられない私は、そんなスイッチの切り替えだけは上手くなってしまっていた。


雪穂「お茶と……豆大福でいいかな?」


なんでもないようなことを口にしながら、私は和菓子に喜ぶ亜里沙の姿を想像していた。


――――――

――――――


私の部屋に二人。
例によって例のごとく、私たちはμ's のライブ映像を見ていた。

亜里沙の要望により、ファーストライブの映像を見ている。

懐かしいな。
この頃は、3人だったんだ。
なんて、画面の中のお姉ちゃんたちを見ながら思う。


亜里沙「ハラショー! これが伝説の始まりだと思うと、感動だね!」

雪穂「伝説って……」


まだ、ラブライブに出場するって決まっただけなのに……。
って、それも相当すごいか。

廃校寸前から始まってこれだもんね。
亜里沙が伝説なんていう気持ちも、まぁ、分からなくはないか。


亜里沙「ねぇねぇ、ユキホ!」

雪穂「ん? なに?」


ボーッと画面を見ていると、亜里沙が声をかけてきた。
返事を返すと、亜里沙は画面を指差し、こう言った。


亜里沙「ここの海未さん、かわいいよねっ」

雪穂「…………」


……あぁ。
やはり、というか。
また始まるんだね、地獄の時間が。


亜里沙「海未さんって、普段きりっとしててかっこいいから、こういうときの表情ってすっごくかわいくみえる」

亜里沙「やまとなでしこ? って感じで美人だし!」

亜里沙「あ! それに、この映像ではないけど、海未さんって意外に大胆だよね! 投げキッスとかするときゅんってくるしっ!」


雪穂「…………」


普段の亜里沙からは、想像できないようなマシンガントーク。

そう。
亜里沙は、海未さんのことになるとすごく饒舌になる。
……うん。
というか、これは……。

まるで、恋する乙女のそれだ。

だから、私はこの時間は苦手だ。
だって、好きな人が他の人に夢中な様を見るのが好きな奴なんているわけないでしょ?

……はぁ。
心の中でため息をつく。
さて、今日は、どのくらい続くのかな。


――――――

――――――


「たっだいまぁ!」


能天気な声が部屋まで聞こえてきた。
どうやら、我が姉が帰ってきたみたい。


亜里沙「あっ! 穂乃果さんだ!」

雪穂「お出迎え行く?」

亜里沙「うんっ!」


私の提案に頷く亜里沙。
μ's 大好きな亜里沙からしてみたら、海未さんに限らず、メンバー全員が好きなんだもんね。

そんなことを思って、お姉ちゃんがちょっと羨ましくなる。
って、いかんいかん。
私は何を考えてるんだか……。


雪穂「さ、行こっか」

亜里沙「うんっ!」


私は首を振って、あらぬ考えを頭から追い出す。
そして、笑顔を浮かべる亜里沙と一緒に、部屋を出たのだった。


――――――

――――――


こたつに入って、二人でまったりとテレビを見ていると、ふと気になったことがあった。


雪穂「ねぇ、お姉ちゃん」

穂乃果「んー? どしたの、雪穂?」


ボリボリとお煎餅をかじりながら、答えるお姉ちゃん。
……あぁ、ぼろぼろこぼしてる。
正直、かなりだらしないんだけど。

スクールアイドルの頂点 A-RISE を下したμ's のリーダーとは思えない有り様だ。


雪穂「……はぁ」


思わず、質問より先にため息が出る。


穂乃果「ちょっ! なんか失礼じゃない!?」


私のため息に、そう抗議するお姉ちゃん。

呼ばれといて、ため息吐かれたんじゃそりゃ怒るよね。
苦笑いしながら、ごめんって謝る。

まったく、雪穂は!
なんて、少し頬を膨らませてお姉ちゃんはそう言った。
それでも、話は聞いてくれるみたいで、


穂乃果「それで? なに?」


そんな風に言葉を続けた。

あぁ、そうだった。
危うく忘れるところだった。

本題というほどのものではない。
ただの思い付き。
軽い気持ちで、私はそれを聞いた。



雪穂「お姉ちゃんたちって……恋人とかいたりするの?」


なんてことはない。

普段のクラスメイトとの会話とか。
いつもの亜里沙の様子とか。
それに、私の気持ちとか。
そういうものを見ていたら、不意に気になったんだ。

スクールアイドルのμ's にもそういう、好きな人とかいるのかなって。

だから、私は興味本意でそれを聞いていた。

…………。

別に、海未さんに恋人がいたらいいのに、とか思ったわけじゃ、決してない。



穂乃果「恋人? んー?」


私の質問にイマイチピンときてないみたいで、お姉ちゃんは首を傾げた。

まぁ、それもそっか。
そもそも音ノ木坂は女子校だし相手がいないし。
それに、アマチュアとは言え、アイドルだもんね。
そこら辺の意識は徹底してるのか。

そんなことを思って、納得しかけていた私。
そんな私に、お姉ちゃんは――



穂乃果「うーん? にこちゃんはいるみたいだけど」

雪穂「…………は?」

お姉ちゃんの言葉に、思わず絶句してしまった。


穂乃果「あ、これ秘密だった!」


そう言って、慌てるお姉ちゃん。
さっきの聞かなかったことにして、とか言われても……。


雪穂「いや、無理だから!?」

穂乃果「あははぁ……ですよねぇ」

雪穂「…………」


苦笑いを浮かべるお姉ちゃんを尻目に考える。

正直、意外だった。
にこちゃんって……えっと、矢澤にこさんだよね?
お姉ちゃん曰く、すごいプロ意識が高い人だって。
そんな人に、恋人が……。


雪穂「そ、それで?」

穂乃果「ん? それでって?」

雪穂「相手だよ! え、ファンの人とか?」


そんな人のハートを射止めたのが誰なのか?
気になった私は、そう踏み込んでいた。

女子校だし、それくらいしか異性との繋がりはないはず。
だから、ファンの人っていう予想を口にしたんだけど……。



穂乃果「え? 絵里ちゃんだよ?」



お姉ちゃんの口から飛び出したのは、そんな衝撃発言。
同性な上に、メンバー内恋愛とは……。


雪穂「……ハラショー」


あぁ、なるほど。
亜里沙がこの言葉をよく口にする理由が分かった気がする。
人間、本当に衝撃を受けると言葉が出てこないものなんだね。


――――――

――――――


絵里「亜里沙、入るわよ?」

亜里沙「あ、は~い!」


ノックをして、亜里沙の部屋に入る。


亜里沙「どうしたの、お姉ちゃん?」


首を傾げる亜里沙。
まぁ、あまり私が亜里沙の部屋に入ることって少ないから亜里沙からしてみたら珍しいのかもしれないわね。

少し周りを見渡してみる。
家具や壁紙も可愛らしい、女の子らしい部屋。
それに加えて、μ's のポスターやグッズが飾ってあったりして。

本当にμ's が好きなのね。
なんて、暖かい気持ちになる。


亜里沙「お姉ちゃん?」

絵里「あっ、ごめんなさい」


いけないいけない。
妹とは言え、あまり人の部屋をじろじろと見るのは褒められたものではないわ。

私は気を取り直して、本来の用事を果たすことにした。


絵里「ケーキ、買ってきたんだけど。一緒に食べない?」


まぁ、些細な用事だけれどね。


亜里沙「っ! ケーキ♪」


それでも、亜里沙は目を輝かせて、反応してくれた。
ふふっ。
こうして喜んでくれると、買ってきた甲斐があるわね。


亜里沙「じゃあ、お茶入れてくるから、お姉ちゃんは部屋で待ってて!」

絵里「あ、亜里沙!?」


そう言って、亜里沙はそのまま部屋を出ていってしまった。
リビングで食べようかと思ってたんだけど……。


絵里「まぁ、いいかしら」


――――――



亜里沙「ハラショー♪ このケーキすごくおいしいよ!」

絵里「そう。それはよかったわ♪」


無邪気に喜ぶ亜里沙を見て、つい頬が緩む。
ほんと、美味しそうに食べるわね。


亜里沙「お姉ちゃんはもう食べたの?」

絵里「えぇ。放課後にケーキ屋さんに寄って、そこでね?」


本当は買い食いなんて、あんまり良くはないんだけど。
たまには、いいわよね。


亜里沙「そっか。じゃあ、にこさんにもお礼言っておいてね♪」

絵里「えっ、あっ、そそうね」


えっ!?
なんで、にこと一緒に行ったってバレてるのかしら!?


亜里沙「こういうの探すのは、やっぱりにこさん得意なんだね! さすが、アイドル!」

絵里「え、うん……」

亜里沙「今度、アリサも連れてってもらおうかなぁ、なんて♪」

絵里「ね、ねぇ、亜里沙? なんで、にこと一緒に行ったって思うの?」


自分の行動が見透かされているように感じて、そんなことを聞いてみる。

にこと付き合っているのを隠してる訳ではないけれど、亜里沙に見抜かれるほどいつもベタベタしている覚えは……。


亜里沙「え? だって、お姉ちゃん、にこさんにベッタリだから」

絵里「…………」

亜里沙「ほら、この間、カゼ引いたお姉ちゃんをにこさんが看病しに来たときから、よくにこさんの話するようになったし!」

絵里「…………」

亜里沙「朝だって、にこさんが来たり、お姉ちゃんが迎えに行ってたりするから」

亜里沙「だから、今日も一緒だったのかなぁって! ……もしかして違った?」


……うん。
違いません。
というか、私、そんなにベタベタしてたのね。

次々と出てくるにことのベッタリエピソードに目眩を覚えつつ、今後は少し控えようかしらなんて思った。


ケーキを食べ終わった亜里沙に、一緒にライブ映像を見ようと誘われた。
断る理由も特になく、私もそれに応じることにする。

と、そこで見たのは、学園祭でのライブの映像。
雨の中、屋上でやったあのライブだった。
私からすれば、あまりいい思い出ではないんだけれど。


亜里沙「はぁぁぁ、海未さん、かっこいいなぁ」


苦笑する私とは裏腹に、亜里沙は目を輝かせていた。
まぁ。
かなり激しい曲で、ダンスもかなり難易度の高いものだから、かっこいいって感じるのは分かるわ。

それにしても、


亜里沙「ほわぁぁ、海未さん……」

絵里「…………」


この娘、ほんとに海未が好きなのね。
そういえば、この部屋のグッズも心なしか海未の割合が多目だし。


絵里「ねぇ、亜里沙?」

亜里沙「?」

絵里「亜里沙って、海未推し?なのよね?」

亜里沙「うん♪」


満面の笑みで、亜里沙は頷いた。


絵里「なんで、海未が好きなの?」

亜里沙「うーん?」


そこで亜里沙は首を傾げる。
そして、しばらく考えたあとで、亜里沙はこう答えた。


亜里沙「私が一番持ってないものを持ってるからかな?」


キリッとしたかっこよさとか、大和撫子な雰囲気とか。
それに、たまに見せる無邪気さも。

亜里沙はそう続けて、にこりと笑った。


亜里沙「だから、好きなんだ♪」

絵里「……そう」


ただそれだけ言って、私も微笑み返す。
それからは二人でライブが写し出される画面を見ていた。
時には、じっと。
時には、騒ぎながら。


――――――

――――――


ねぇ、亜里沙。
お姉ちゃんは心配性だから、少し気になるのだけど。

あなたが言う『好き』ってどんな意味のものなのかしらね。

憧れの意味の好きなのかしら。
それとも……。

恋をしている今の私だから、そんなことを考えてしまう。
きっと、お節介よね。
だけど、ひとつだけ言わせて。

恋に恋してしまっては、絶対ダメよ。
それはきっと、悲恋にしかならないから。


――――――

――教室


亜里沙「ユキホユキホユキホー!」

雪穂「はいはい、なに?」


面倒な授業も終わって、一息ついた途端に、名前が呼ばれる。
もちろん相手は亜里沙。
笑顔で擦り寄ってくるのを見ると、つくづく小動物系だなぁと思ったり……。


亜里沙「一緒に帰ろう?」


首を少し傾げて、そう言う亜里沙。

いつものことなのに。
わざわざそんなことではしゃがなくても。
なんて思いながらも、やっぱり亜里沙からそう言われると少し嬉しくなってしまう。

いやいや。
いけないいけない。
顔に出ないようにしないと。


雪穂「別に、いいよ。っていうか、いつものことでしょ?」

亜里沙「そうだけどっ!」


極めて普通に、会話を交わす。

……うん。
昨日変な話をお姉ちゃんから聞いたから、朝は動揺してたけど。
これだけ時間が経てば、落ち着くもんだね。

心の中で、自分の切り替え能力の高さにうんうんと頷いていると、


亜里沙「ねぇねぇ、ユキホ?」


亜里沙が私の顔を覗き込んできた。


雪穂「ん? なに?」

亜里沙「……あの、その……」


なにやら、言いにくそうに言葉を濁す亜里沙。
心なしか顔が赤い気もするんだけど……。

え、なに?
なに、この感じ?


雪穂「亜里沙? どうしたの?」

亜里沙「え、えっとね……今度の日曜日あいてる?」

雪穂「えっ、あっ……うん」


突然のことに、頭がフリーズしてしまった。

けど、何とか亜里沙の言葉に頷く。
日曜日、だよね。
たぶんその日はなにもないはず。


亜里沙「じゃ、じゃあ、予定あけておいてね!」

雪穂「え、うん。分かったけど……」


なにするの?
そう聞いても、亜里沙は


亜里沙「その時までの秘密!」


なんて言って、はぐらかすだけで。

たぶん聞いても埒があかないだろうと判断した私は、分かったとだけ答えた。
それだけで亜里沙は満足したのか、にこにこと満面の笑みになる。


亜里沙「それじゃあ、帰ろう!」


亜里沙に先導されて、教室を出る。

えっ?
これって、もしかしてデートのお誘いってやつ?

浅はかな私はそんな淡い期待をしながら、そして、軽く困惑しながら帰路についた。
その道すがらも、亜里沙に何をするのか聞いたのだけれど、なんだかはぐらかされてしまって。

結局、なんだかモヤモヤしたような気持ちを抱えたまま、家に帰ることになったのだった。


――――――

――――――


その日の夜のこと。
私は昨日同様、こたつに入ってダラダラしていた。
その向かい側で……。


穂乃果「うーん……うぅむ……」


お姉ちゃんが唸っている。
こたつの上にはペンとノート。

って、えっ?


雪穂「お、お姉ちゃん」

穂乃果「んー? なにー?」

雪穂「ま、まさか勉強してるの……?」


私はそんなあり得ないことを口にした。

まさかとは思う。
まさか、お姉ちゃんが勉強をしている?
試験も特に近い訳じゃないのに?

恐れおののく私に、お姉ちゃんは、


穂乃果「違うよぉ……」


うぅんと唸りながら、そう答えた。

そ、そっか。
うん、ならいいや。
……いや、よくはないけど。


雪穂「じゃあ、何してるの?」

穂乃果「うーんとねぇ……」


お姉ちゃんは、少し言葉を溜め、こう言った。


穂乃果「新曲の詞を考えているんだぁ」

雪穂「詞を?」


その言葉に引っ掛かりを覚えて、聞き返す。

あれ?
μ's の作詞担当って……。


穂乃果「うん、いつもなら海未ちゃんがしてるんだけど」


どうやら、私の様子から察したようで、お姉ちゃんはそう答える。
そして、こう続けた。


穂乃果「今回の新曲は、ラブソングを作ることになったんだ」



雪穂「ラ、ラブソング!?」

穂乃果「そ! ラブソング!」


つい聞き返してしまう。

でも、まぁ、考えてみれば、アイドルにラブソングは付き物か。


雪穂「…………」


……あぁ、なるほど。
そこまで考えて、納得した。
そういえば、海未さんって……。


穂乃果「海未ちゃんは、恋愛経験もないからねぇ……」

雪穂「なるほど。だから、みんなでってわけ?」

穂乃果「そうそう!」


確かに、海未さんはそんな感じだよね。
恋愛経験なさそう。
まぁ、お姉ちゃんも人のことは言えないだろうけど。

……ふむ、そっか。
恋人いないのか。

いやいや、違う違う。
別に恋人がいなくて、残念に思ってる訳じゃなくて!
じゃなくて!


雪穂「でも、恋愛経験って言ったらさ……」


にこさんと絵里さんがいるんじゃなかった?

そう言おうとしたのが分かったみたいで、お姉ちゃんは私の言葉を遮って言った。


穂乃果「なんか、絵里ちゃんが皆で歌詞を作った方がいいって、強く言うからさ」


なんでかは知らないけど。
そう続けたお姉ちゃんは、少し唸った後、バタンと横になった。


穂乃果「あー! ダメだっ! 全然思い浮かばないっ!」

雪穂「はぁ、しょうがないなぁ」


そんなお姉ちゃんの様子を見て、私は立ち上がった。


雪穂「お茶、淹れてくるから、それ飲んで気分転換でもしなよ」

穂乃果「おぉ! ありがとう、雪穂ぉ! 大好きぃ♪」

雪穂「はいはい」


まったく。
調子いいんだから。

そう思いながら、私はリビングに向かった。
ま、たまには労ってやるか。

――――――


穂乃果「ほぉぉぉ、雪穂のお茶は格別だねぇ」

雪穂「はいはい、ありがと」


二人で一服しながら、言葉を交わす。
お茶請けは残念ながら、豆大福だけど……。
うぅぅ、ケーキが食べたい。

なんて、心の中でぼやいていると、


穂乃果「ねぇ、雪穂。雪穂はないの?」


お姉ちゃんがそんな風に聞いてきた。


雪穂「ないって……なにが?」

穂乃果「だからさぁ……」


穂乃果「恋愛経験!」


雪穂「ぶっ!?」


突然の姉からの際どいジャブ、もとい質問に、思わずお茶を吹き出してしまった。


穂乃果「だ、大丈夫?」

雪穂「ま、まぁ、なんとか……」


口元を拭きながら、そう答える。
ただ、どうやらお姉ちゃんは、それでうやむやにする気はないようで……。


穂乃果「それでっ! どうなのっ!」


興味津々といった様子で、私の方を見てきた。

いやいや、いくらμ's の新曲のためとはいえ、絶対言わないからね!?


雪穂「…………」

穂乃果「…………」

雪穂「…………」

穂乃果「…………」

雪穂「……恋愛経験、とかじゃないけど、気になる人はいる、かな?」

穂乃果「おぉっ!?」


私の馬鹿。
気になる人がいるって、それ完全に恋じゃん!
なにが恋愛経験とかじゃないだっ!

心の中で冷静な自分が自分に突っ込みを入れる。
けれど、それとこれとは別なようで、冷静になれるわけではない。


穂乃果「それでそれでっ!? 相手は!? クラスの子!?」

雪穂「……ま、まぁ」

穂乃果「おぉ!!」


なに素直に答えてるんだ、私っ!


穂乃果「もう、結構仲いいの!?」

雪穂「それなりには……いいかな」

穂乃果「なんとっ!」


どんどんとお姉ちゃんのペースに巻き込まれているのが分かる。
その間にも、お姉ちゃんは一人でヒートアップしていって……。


穂乃果「それで、ど、どこまで行ったのですか……?」


なんてことまで、聞いてきた。

…………うん。
後から思えば、たぶん気の迷いとか、一時の勢いとかいうもののせいだったと思う。

そのせいで、私は、



雪穂「次の日曜日、デートに誘われた……と思う」



馬鹿正直にそんなことを白状してしまっていたのだった。


――――――

――――――


時はあっという間に流れ、週も終わりの金曜日。

あと二日かぁ、なんて思いながら、当の本人と登校する。
いつものように亜里沙と一緒に、学校の校門をまたいで、そのまま昇降口へ。


雪穂「ん?」


下駄箱を開けると、その中に違和感を感じて、私は声をあげていた。
なぜなら……。


亜里沙「ユキホ? どうしたの?」

雪穂「い、いや、なんでもないっ!」


バンッと音を立てて、下駄箱を閉める。


雪穂「あ、先に教室行ってて! ちょっと用事を思い出しちゃって……あはは」

亜里沙「? 分かった!」


不思議そうにしながらも、そのまま亜里沙は教室に向かっていった。

ふぅ、危ない危ない。
なんとか誤魔化せたか。
小声でそう呟きながら、もう一度下駄箱を開けた。


雪穂「……まさか、だなぁ」


思わず声が出てしまっていた。
だって、こんな古典的なことをする人がまだいるとは思わないし。
それに――


雪穂「なんで、私に……」


苦笑いしか出ない。

あ、一応名誉のために言っておくけど
画鋲が入ってたわけでもないし、靴がないとかいうことでもない。

ただ、


雪穂「これって、あれ、だよね?」


下駄箱の中に、見慣れない封筒が入ってたってだけの話だ。


――――――

――――――


お昼休み。
ユキホがパンを買いに行って、待っているわたしは、


亜里沙「うーん?」


一人で唸っていた。

それは、なんだか、朝からユキホの様子が変だから。

昇降口についてからかな?
急に、先に行ってて! なんて言うし。
それから後も、なんかそろそろしてた。

わたしの席はユキホより後ろだから
授業中も、ユキホのことをじっと見てたから、様子がおかしいのは絶対当たってるはず!

途中で先生に怒られたけど……。

それでも、


亜里沙「うーん? ユキホ、なにがあったんだろう」


なんで、ユキホが変なのかは分からなかった。

ユキホが変なのは、まちがいないんだけど……。

……そうだっ!

ふと思いついたわたしは、携帯を取り出した。
こういう時は――


――prprprpr――


『もしもし? 亜里沙?』

亜里沙「あ、お姉ちゃん!」


電話の相手はお姉ちゃん。
やっぱりこういう時にたよりになるのは、お姉ちゃんだよね!


『ダメじゃない。まだ学校でしょ?』

亜里沙「うっ、ごめんなさい」


……そうでした。
そりゃ怒られるよね。

また後で、かけるね。
そう言おうとして――


『……ふぅ、それで? どうしたの?』

亜里沙「えっ? 聞いてくれるの?」

『当たり前でしょ? 亜里沙がこんな時間にかけてくるんだもの……なにかあったんでしょ?』


特別よ?
そう言って、電話の向こうのお姉ちゃんは笑った。

ハラショー♪
さすが、お姉ちゃんだよ!


亜里沙「えっと、その、ね……」


『……なるほどね』


わたしが今日の朝からのユキホの様子を話すと、お姉ちゃんはそう呟いた。


亜里沙「ねぇ、お姉ちゃん。ユキホになにかあったのかな……」

『今の状況では、判断しかねるわ』

亜里沙「……そっか」


お姉ちゃんでも、分からないんだ。
なら、わたしには分かるわけない……。

そう思って、俯きかけたわたしの耳に、突然お姉ちゃん以外の声が入ってきた。


『――――なさい』

『えっ、ちょっ!?』

『――たじゃ、こういうの――』

『う、奪わないでって!?』

亜里沙「?」


電話の向こうで、わいわいと騒ぐような声がして。
少し後に、


『もしもし? 亜里沙ちゃん?』


声が代わった。
って、もしかして――


亜里沙「にこさん?」

『そ、私よ』


聞き覚えのある声。
それはお姉ちゃんの恋人さんの、にこさんの声だった。


『まぁ、話は大体聞いたわ』

亜里沙「は、はい」

『今の状況から考えるに、雪穂ちゃんに起きた出来事はなんとなく察しがついた』

亜里沙「っ!? 本当ですか?」

『えぇ』


にこさんの声からは、自信が感じられて。

お姉ちゃんにも分からなかったのに……。
にこさんってすごい人なんだね!


『たぶん雪穂ちゃんの反応からすると、靴箱になにかが入ってたんでしょ』

『だから、朝、亜里沙ちゃんを先に行かせた』

亜里沙「? なんでですか?」

『中に入ってたものを見られたくないからでしょうね』


なるほど!
だから、ユキホはあんな風に振る舞ったんだ!

納得するわたしに、にこさんはここまではいい?と聞いてくる。
それに答えると、にこさんは話を続けた。


『可能性としては、2つ』

『ひとつ目は、画鋲やらが入ってた場合ね』

亜里沙「が、がびょう? って、プリントとかを壁に貼るあのガビョウですか?」

『そう。それよ』


頭にはてなが浮かぶ。
なんで、ガビョウ?
それが靴箱に入ってるって、どういうこと?


『まぁ、正確には靴に入れられてるのよ。しかも、ごっそりね』

亜里沙「そ、それじゃあ靴はけないじゃないですか!」

『あー、そうか。亜里沙ちゃんはそういうの知らないわよね、うん……』

亜里沙「?」


なんだか、言いにくそうな様子のにこさん。
少し黙ってから、にこさんはこう言った。


『画鋲を靴に入れるってのはね』

『その子に対する嫌がらせよ』

『所謂、『いじめ』ってやつ』

にこさんの言葉を聞いて。
それを想像してしまって。



亜里沙「なっ!? ユキホはそんなことされる子じゃないっ!!」



わたしは大声を出してしまっていた。
なんだか、ユキホがそんな嫌がらせを受けることを想像したら、カッとなってしまったんだ。

って、あ!?


亜里沙「ご、ごめんなさいっ」


電話を手に持ちながら、謝る。
大声出しちゃった……。


『うっ、だ、大丈夫』

亜里沙「……うぅぅ」

『ま、まぁ、穂乃果の妹だし、その可能性は低いとは思うわ』


そういう可能性も考えられるってだけの話よ。
そう言って、にこさんはフォローをしてくれた。

周りには、人も少なかったから良かったけど……。
今度からは気をつけよう。


『で、もうひとつの可能性なんだけど、話しても大丈夫?』

亜里沙「あ、はい!」

『ま、たぶんこっちのが有力ね』


共学校なら尚更。
そう言うにこさん。

イマイチ意味は分からなかったから、黙ってにこさんの言葉を待つ。
そして、にこさんは、コホンとひとつ咳をして、こう言った。



『たぶん、ラブレターが入ってたんでしょうね』


亜里沙「…………」

亜里沙「!?」



――――――

一旦、ここまで。
もしかしたら少し休憩したら続きを書くかもです。
ひとまず、シャンシャンしてきます。

今回は更新できなさそうです。
申し訳ない。
更新はまた夜ごろにします。

――――――


雪穂「ごめん、亜里沙! 今日、ちょっと予定あるから先に帰ってて……」


放課後になってすぐ、ユキホはそう言った。
わたしはそれに黙って頷く。


雪穂「ありがと! えっと、それじゃあ、また連絡するね」

亜里沙「うん、わかった!」


わたしがそう答えるのを聞いて、ユキホはそのまま教室を出ていった。


亜里沙「……よしっ!」


ユキホの姿を見送って、わたしは息を吐いた。
もちろんこのまま、帰るわけはない!
ユキホが変になった理由を確かめなきゃ!

だから、ここは――


亜里沙「ビコウしようっ!」


そう宣言して、わたしも教室を後にした。
ユキホを追いかけるために。


――――――

――――――


ビコウの基本は、相手に絶対見つからないこと。
そのために、色んなものを使って隠れる必要があるらしい。

例えば、全身に緑と茶色のペイントをしたり。
段ボールとかバケツに隠れるのもいいみたい。
テレビでやってた。

というわけで、わたしもそれを真似して、ユキホを追っていた。


亜里沙「…………」

モブA「…………」

亜里沙「…………」

モブB「…………」


ふふふ。
ここまでで、一人も亜里沙に気付く人はいない。
その証拠に、誰も亜里沙に話しかける人はいない。

木の枝を持って移動するだけでここまで気づかれないなんて!

ハラショー♪
さすが、亜里沙!
賢いと言われたお姉ちゃんの妹なだけあるね!

って、いけないいけない!
油断はダメだよね。
そう考えて、わたしは数メートル先のユキホの様子をまた確認する。


亜里沙「…………この方向は、昇降口?」


たぶん、まちがいない。
この調子で行けば、ユキホはこのまま外に出ると思う。

……やっぱり。
校舎裏に呼び出されてるんだね!
にこさんの読み通りだ!


そのまま、ユキホは外へ。
わたしもその後をこっそり追った。

――校舎裏


雪穂「……」


予想通り校舎裏に着いた。

バレない、ギリギリの位置。
エアコンの室外機の陰に隠れる。

しばらくすると……


モブ男子「――――――」


一人の男の子がやって来た。

見たことのある人だ。
というか、クラスの男の子だった。
確か、ユキホの席の左隣の人!


モブ男子「――――」

雪穂「――――――?」


少し遠いせいで、ここまで声は聞こえない。
うぅぅ。
なにを話してるかわかんないよ。


雪穂「――」

モブ男子「…………」

雪穂「?」

モブ男子「っ!」

雪穂「――――?」


少し様子を見ていると、なんだか雰囲気が変。
なんだか、少し……嫌な感じ。

そして、その嫌な感じは当たっていたみたいで。


モブ男子「――――っ!!」

雪穂「――――!?」


亜里沙「!!」


急に、ユキホに頭を下げる男の子。
それにびっくりしてる様子のユキホ。
そして、その男の子の手には、一枚の手紙が握られていた。

あれって!


亜里沙「や、やっぱりラブレターなんだっ!?」


あっ、しまった!
思わず声が出ちゃった。

室外機の陰に体育座りになって隠れる。
これなら、見つからないはず!
そして、慌てて口も塞ぐ。


亜里沙「………………」


どうやら、聞こえてはないみたい。

もう一度、ユキホ達の方をそーっと覗いてみる。
さっきと状況は変わってない。


雪穂「…………」

モブ男子「…………」


はずだった。
ふと気付くと、ユキホが動いていた。


雪穂「――」


ユキホは手紙を受け取った。
ちゃんと、両手で受け取った。

その顔は、


亜里沙「……うれしそう?」


うれしそうな笑顔。
……ユキホ、もしかして嬉しいのかな?

それを見て、わたしは――


―― ズキッ ――

亜里沙「うっ……」


なんだか、少し胸がズキッとした。
なんだろう、この痛み……。


――――――

――――――


雪穂「ただいま」


玄関を開けて、そう言う。

すぐに少し遠くから、おかえりなさいという声が返ってくる。
声的に、お母さん。
たぶん店の方に出てるんだろうな、と思いながら、私は自分の部屋に向かった。


階段を上がりながら、さっきのことを思い返す。
そして、一言。


雪穂「………………はずかしっ」


紛らわしいんだっつうの!
変に勘違いしちゃったじゃん!

ぶつくさと呟いて、部屋のドアを開ける。
少しの苛立ちを込めて、乱暴に。


雪穂「はぁぁぁ」


ため息が出る。

まったく!
これも全部お姉ちゃんのせいだっ!

なんて、責任転嫁だってことは重々承知なんだけど。
そう言わずにはいられない。

とりあえず、彼から受け取った手紙をごそごそと鞄から取り出してみる。


雪穂「…………はぁ、まったくもう」


またもため息。
ただ、それと一緒に自然と笑みも溢れてしまう。
ま、仕方がないよね。

頬の緩みを自覚しながら、私は着替えることにした。

着替えて、こたつでまったりしよう。
それで、帰ってきたお姉ちゃんに文句のひとつでも言ってやる!


――――――

――――――


穂乃果「たっだいまぁぁ……」


玄関から声がした。
能天気さに疲れが混じったような、情けないただいまだった。


雪穂「お、来た来た」


その声を受けて、私は立ち上が、ろうとして止めた。
わざわざ玄関に行くのもアホらしいと思って。
寒いし、どうせお姉ちゃんもここに来るし。

と思ってたら、早速お姉ちゃんが足音を立ててやって来た。


穂乃果「ただいまぁ……」

雪穂「おかえりー」


ふとお姉ちゃんの方を見ると、すっかり疲れきった様子のお姉ちゃんがいた。


雪穂「…………どしたの?」


いつも以上にへばっているお姉ちゃん。
そう聞いてみると、


穂乃果「練習も疲れたんだけど……」

雪穂「だけど?」

穂乃果「……新曲の方がねぇ」

雪穂「あぁ、なるほど」


例の新曲。
ラブソング、ね。
どうやら、それの作成に苦労してるみたい。
まぁ、恋愛ごとに疎いお姉ちゃんからしてみたら、精神力がガリガリ削られる作業だよね。

そう納得して、お疲れ様、とだけ言葉を返した。


穂乃果「うー! 疲れたぁ!」

雪穂「はいはい。早く着替えてきちゃいなよ」

雪穂「元気が出るものあげるからさ」

穂乃果「?」


お姉ちゃんのへばる姿を見て、すっかり、毒気の抜かれた私。
ヒラヒラと手を振って、お姉ちゃんに着替えてくるように促した。

――――――


穂乃果「おぉ!? こ、これは!」


着替え終わって、こたつに入ったお姉ちゃんに、例のものを手渡した。

それは、クラスの男子から貰った手紙。
話を聞いた限り、その中身は――


雪穂「ファンレターだよ」

穂乃果「お、おぉ!!」


お姉ちゃんは、その手紙を掲げて、声をあげる。

確か前に、真姫さんが出待ちされたのを羨ましがってたよね。
その時に、ファンレターの一枚でも……なんて言ってたから。


雪穂「手紙をくれた人、男子だから音ノ木には入れないからってさ」

穂乃果「おぉ! おぉ!」


私の声を聞いて、また声をあげるお姉ちゃん。
大げさだなぁって思うけど。

応援はしたいんです。
そう言っていた彼を見て、私もつい嬉しくなった。
お姉ちゃんの努力は報われてるんだって、そう思ったから。

まぁ、そんなことお姉ちゃんには言わないけど。
……恥ずかしいし。


穂乃果「読んでもいいかな!」

雪穂「いいんじゃない?」

穂乃果「よしっ!」


そう答えると、お姉ちゃんはすぐにその手紙を読み始めた。

まったく。
すっかり元気になっちゃって。
得意気な顔もしてるし。


雪穂「現金だなぁ……」


呆れるように呟いた私だけど。
たぶん、私の顔も得意気になってるんだろうな。



穂乃果「やっぱり、元気が出るね!」


手紙を読み終わったお姉ちゃんは、そう言った。
どこか満足げな表情をしてる。


雪穂「そりゃよかったね」

穂乃果「うん!」


お礼を言っておいてね。
お姉ちゃんの言葉に頷く。

……さて。


雪穂「私はそろそろ、部屋に戻るね」

穂乃果「えー!! もうちょっとお話ししようよぉ!」

雪穂「……私、受験生なんだけど?」

穂乃果「あっ」


おい。
この姉、忘れてたな。

雪穂「ご飯になったら、呼んで」

穂乃果「わ、わかった」

雪穂「じゃ」


そう言って、こたつを出た私だったんだけど……。


穂乃果「あっ!?」

雪穂「!? な、なに?」


突如、大声をあげたお姉ちゃんについ反応してしまう。
ビックリした……。

ごめんね、と申し訳なさそうな顔で謝ってから、お姉ちゃんは私にこう言ってきた。


穂乃果「ねぇ、明後日用事ある?」

雪穂「……明後日?」


明後日って、日曜日か。
……あー。
その日は……。


雪穂「えっと、その日は」

穂乃果「?」


首を傾げるお姉ちゃん。

……察し悪いなぁ。
数日前に話したばっかりじゃん。


雪穂「…………その……デート、みたいなやつ」

穂乃果「あ、そっか!」


ボソリと答えたそれで、やっとお姉ちゃんは得心がいったようだった。
そして、なら、しょうがないね、と言葉を続けた。
……?


雪穂「なにかあるの?」


残念そうな様子を疑問に思ってそう聞くと、お姉ちゃんは、


穂乃果「日曜日、家にみんなで集まって作詞しようと思ってたからさ! 雪穂にも参加してもらおうかと……」


と言った。
どうやら、私にもラブソング作りに参加してほしかったみたい。
恋愛経験云々についてのことを覚えてたからかな?

まぁ、今回は遠慮しておくよ。
そう答えると、お姉ちゃんもそれには素直に応じた。


その後、私は部屋に戻って勉強をした。
……そういえば、今日は亜里沙から連絡来なかったな。


――――――

今日はここまでです。
そして、レスくださる方には感謝です。

ただ、間接と頭がめっさ痛い。
結果によっては、もしかすると、更新が一週間ほど空くかもしれません。
読んでくださってる方には申し訳ないです。

――――――


亜里沙「ごちそうさま……」


亜里沙はそう言って、席を立った。

浮かない顔。
どうしたの?
そう聞くと、亜里沙は軽く微笑んだ。


亜里沙「だいじょうぶ。ちょっと食欲がないだけだから」


そう言う亜里沙が運ぶお皿には、半分近く料理が残っていた。

ちょっと、ね。
そうは思えないのだけれど。

心のなかでは思いながらも、口には出せない。
なんだか、あまり深くは突っ込めなさそうな雰囲気だったし。


絵里「……なにかあったら、いつでも相談するのよ?」

亜里沙「うん。ありがと、お姉ちゃん」

絵里「…………」


そのまま、私は亜里沙を見送った。
見送るしかなかった。


絵里「……亜里沙」


ボソリと名前を呟く。

あの様子……。
昨日までの亜里沙の様子からは考えられないわよね。
つまり、


絵里「今日、なにかがあった……」


そう考えるのが自然よね。


絵里「…………よし」


1つ意気込んで、私は携帯に手を伸ばした。
そして、とある二人にメールを送る。


『明日、話せる? 相談があるの』


――――――

――にこ宅


翌日の土曜日。
依然として亜里沙は元気がなくて、朝食も残していた。
その様子を見て、やはり不安になった私。

その相談のために、私は昨日の夜に約束を取り付けて、ここにいるのだけど。
……というわけで、


絵里「二人とも、わざわざありがとう」


そう言う私の前には、昨日、メールをした二人の姿。


海未「別に、構いませんが……」

にこ「なんで、この面子?」


海未とにこ。

昨日のメールに、二人とも二つ返事で、相談に乗ることを了承してくれていた。
にこに至っては、にこの家で聞こうかとも提案してくれて。

やっぱり亜里沙が家にいる中では、本人のことは話しにくい。
その点では、すぐ察してくれたにこに感謝しなきゃね。

ただ、なぜこの二人なのかということには疑問を抱いているようで、二人とも頭にはてなが浮かんでいるように見える。

一瞬、なんと説明すればいいか悩んだけれど。
ここは単刀直入に。


絵里「亜里沙のことで、相談したいことがあるのよ」


この二人なら、言いふらすなんてことはしなさそうだし。
それに、たぶん、


にこ「なるほど」


亜里沙の名前を出すと、にこは海未をチラリと見てからそう呟いた。

やっぱりすぐ察してくれた。
さすが、にこね。


海未「亜里沙のこと、ですか」


海未はというと、まだよくわかってないようで、小首を傾げている。

亜里沙って、海未になついてるから。
後付けでそう説明すると、海未も得心がいったようで表情を和らげた。

さて、そろそろ本題に入っても良さそうね。

他言無用でお願いしたいんだけど。
そう前置きをして、私は話を始めた。

とはいっても、その内容は至極単純なもの。


昨日の夜、正確には私が練習から家に帰ってきたときから。
亜里沙の元気がなくなっていた。


それだけ。

だから、これは相談と言うよりは、亜里沙に何があったか推測するために、二人から話を聞きたいって感じかしらね。

そこまで説明すると、


海未「まぁ、普通に考えたら、学校で何かがあったと考えられますね」


海未がそう口を挟んできた。


絵里「おそらくそうでしょうね」


私もそれに同意する。
朝は普通に登校していったんだもの。
なら、学校で何かあったと考えるのが自然だわ。


海未「絵里はなにか聞いてないのですか?」

絵里「聞いてたら、二人に相談なんてしないわよ」

海未「それもそうですね……」


私の苦笑に、海未も苦笑で返す。

海未は亜里沙からなにか聞いてない?

亜里沙が慕っている海未なら、もしかしたら、と思ったんだけど、


海未「残念ながら」


そう言って、海未は首を横に振った。

少し考えてみれば、そうよね。
逆に、憧れの人にはそんなこと話しにくいか。


じゃあ、にこは?
そう聞こうとするよりも前に、


にこ「…………ねぇ」


にこが声をあげた。
そして、トントンと自分の携帯を軽く叩きながら、こう言った。



にこ「昨日、亜里沙ちゃんから電話かかってきたじゃない」




絵里「あっ……」


思わず声が出た。

そう言われれば、そうだったわ!
昨日、昼頃に亜里沙から電話がかかってきたじゃない!
家での亜里沙の様子にばっかり気をとられて、すっかり忘れてた。


海未「電話、ですか?」

にこ「そ。学校にいる間にね」

海未「……絵里、その時の亜里沙の様子はどうだったんですか?」

絵里「ええと……」


確か、あの時、亜里沙は、雪穂さんの様子が変で、それを心配してたのよね。
結局、それにはにこが対応してたんだけど……。

って、あっ!?


絵里「亜里沙が元気がないのって、雪穂さんになにかがあったからってこと!?」


頭に思い浮かんだ単純な関係図。
それをそのまま口に出す。


にこ「ま、そんなとこでしょうね」


なんでこんな簡単なことに気づかないのよ。
だからポンコツだって言われんのよ。

そんな風に毒づくにこの言葉が痛いわ……。


絵里「と、とにかく、そういうことなの?」

にこ「……確証はないけど」


そう言うにこだけど、たぶんその推測にほぼ間違いないと思っているのは雰囲気から伝わってきた。


海未「……にこ、詳しい説明をお願いします」

にこ「えっと――」


海未「なるほど。つまり、鍵は雪穂が握っている、ということですか」


にこの説明を受けて、海未は頷いた。


にこ「そ。だから、一番手っ取り早いのは、雪穂ちゃんに聞くことね」


亜里沙ちゃんは話したくないみたいなんでしょ?
そう言うにこの言葉に頷く。

それを聞いて、少し考え込む海未。
しばらく無言の間があり、ふと顔を上げた海未は、


海未「では、私が聞いておきましょうか?」


そう言った。


絵里「……いいの?」

海未「えぇ。この中で一番、雪穂と親交があるのは私ですし。それに、亜里沙が元気がないのは私も嫌ですからね」

絵里「……海未」


にこりと微笑む海未。

うっ。
亜里沙を思ってくれた言葉とその笑顔に、少しだけ目頭が熱くなる。


にこ「むっ……」

にこ「ま、まぁ、にこもやれることは手伝うわよ!」

絵里「……にこ」


いい友達、それに恋人を持ったわね。

なんて、少し照れ臭いような嬉しいような気持ちになった私は、


絵里「ありがと、二人とも」


そう言って、笑みを浮かべたのだった。


――――――

――雪穂の部屋


穂乃果「雪穂ー! お客さんだよー!」


土曜日の午後のこと。
部屋で一人勉強をしていると、階下からお姉ちゃんの大声が聞こえてきた。


雪穂「上がってもらって!」


そう返す。

たぶん亜里沙でしょ。
明日の詳しい予定でも決めるんだろうなぁ。

そう思い込んでいた私。
眼鏡を外して、伸びをひとつ。


―― コンコン ――

雪穂「はいはーい。入っていいよ」


ノックの音に、そんな風に軽い返事をした。
いつも亜里沙に言っているようなノリで。

だけど、そんな私の部屋を訪ねてきたのは、


雪穂「……へっ!?」


意外な人だった。
予想もしていなかったから、その姿を見て変な声が出てしまうくらいに。



海未「勉強中にすみません。少し時間いいですか?」


――――――

――――――


部屋の真ん中を陣どる丸テーブルに海未さんと二人、向かい合う。


海未「わざわざすみません、雪穂」

雪穂「えっと、大丈夫……です」


なんだか、ぎこちなくなってしまう。

海未さんはお姉ちゃんの幼馴染みだから、つまり、私の幼馴染みでもある訳なんだけど。
けど、海未さんと二人っていうのは、昔はともかく今はほとんどない。

だから、なんとなく居心地が悪かったりする。
……恋敵だから、とかじゃなく。


海未「あの、雪穂?」

雪穂「あっ、うん! ごめんっ」


変なことを考えていて、ボーッとしていた。
心配そうな目をする海未さんに、なんでもないから、と苦笑いで返す。


雪穂「えっと、それで今日はどうしたんですか? なんか、海未さんが来るなんて、珍しいですよね」


話題を戻す。
やっぱり、私になにか用事があるんだよね?

そんな私の言葉を受けて、海未さんは、


海未「あ、はい。実は、雪穂に聞きたいことがありまして……」


そう言った。

聞きたいこと?
私がそう聞き返すと、海未さんは頷いて、言葉を続ける。


海未「実はですね。亜里沙が、少し元気がないようなんです」

雪穂「えっ、亜里沙?」

海未「はい。絵里に相談を受けまして」

雪穂「そ、そうなんだ……」


海未さんの口から、思ってもいなかった名前が出てきて、少し動揺してしまう私。
その様子には、気づかれてはいないけど。


海未「ですから、雪穂になにか心当たりがないか、お聞きしたいんです」


海未さんは、続けてそう言った。

雪穂「…………」

海未「…………」

雪穂「…………わかんないです」


少し考えた結果、私はそう答えた。

亜里沙が元気がない?
その理由?

そんなの心当たりない。
というか、昨日まで一緒にいた私ですら、亜里沙に元気がないなんて気付かなかった。

なのに、


―― なんで、海未さんは知ってるのさ ――


頭のなかで、そんな言葉が響いた。

絵里さんから相談を受けた。
だから、知っているんだとは分かってはいる。
だけど、やっぱり納得いかない。



雪穂「私の方が一緒にいるのに……」



海未「…………雪穂?」

雪穂「っ!?」


今、私、なにを考えた?
無意識にボソリと呟いた言葉と、一瞬抱いた海未さんに対する気持ちを思い返して、ゾクリとする。


海未「大丈夫ですか?」

雪穂「大丈夫、大丈夫っ!」


心配そうにする海未さんに、そう答える。

……うん。
大丈夫、大丈夫。
さっきのは、気の迷い!
ちょっと勉強のしすぎで変になっただけだから!

心のなかで、そう呟く。
自分に言い聞かせるように。


海未「なら、いいのですが……」

雪穂「う、うん。……と、とにかく! もしなにか分かったら、教えるからっ!」


この話は終わり。
そんな意思を込めて、私はそう言った。

わかりました。
海未さんも私の気持ちを汲み取ってくれたみたいで、頷いてくれた。
ただ、


海未「あ、最後にひとつだけ、いいですか?」


そう言って、海未さんはひとつ、質問を私に投げかけた。


海未「…………」

雪穂「…………」

海未「…………」

雪穂「……えっと、海未さん?」


いや、投げかけなかった。
というか、質問しようとして、なにか躊躇っている感じ?


海未「えぇと、変な質問、だとは思うのですが……」

雪穂「……はい?」

海未「雪穂は――」


そこで、また海未さんは溜める。
そして、深呼吸をすると、やっと質問の先を言った。
…………まぁ。



海未「――ラ、ラブレターをもらったことはありますかっ!?」



雪穂「………………は?」


その質問は、素っ頓狂なものだったけど。


――――――

――――――


『もしもし、絵里ですか?』


早速、海未から電話がかかってきた。
どうやらもう雪穂さんから話を聞いてきたみたい。


絵里「それで、どうだった?」


単刀直入に、そう聞いてみる。


『まず、雪穂自身になにか悪いことが起こったわけではなさそうですね』

絵里「そう。それはよかったわ」


これで、亜里沙が雪穂さんの身に降りかかったなにかを心配をしていたという線は消えた。


『雪穂には、亜里沙の元気がないことを話しました。どうやら、雪穂はそれを知らなかったようですが……』

絵里「まぁ、そうでしょうね」


海未の言葉に頷く。

私たちにも言わなかった亜里沙だもの。
雪穂さん本人にそれを言うようなことはしてないでしょう。


『とにかく、雪穂に、亜里沙の元気がない心当たりはないと言っていました』

絵里「そう」


これも想定通り。
問題は……。


絵里「それで? にこの推測……雪穂さんが手紙を受け取っていたっていうのはどうだった?」


そう。
それだ。

昨日の昼休みに、亜里沙が電話をかけてきた時を思い出す。
亜里沙が元気だったのを確認したのは、それが最後だった。

だから、きっとその時話していた内容の
『雪穂さんの下駄箱に入れられていたなにか』
が大きく関係してくるはず。

亜里沙の話を受けて、にこが推測したのは、画鋲かラブレター。

海未が見た雪穂さんの様子から、画鋲の線はほぼ消えたと言ってもいいはず。
残るは、


『にこの推測では、ラブレター、という話でしたね』

絵里「えぇ」

『……その件、なのですが……』


――――――



絵里「……というわけ、らしいわ」


電話を切って、私は隣の彼女にそう言った。
スピーカーにしていたから、その内容はちゃんと聞こえていたようで、


にこ「ラブレターじゃなく、ファンレター、ね。しかも、穂乃果宛ての……」


にこは、ボソリとそう呟いた。


にこ「つまり、にこの予想は大ハズレって訳ね……」

絵里「まぁ、そういうことよね」


自信満々に言って外すとか……。
にこは頭に手を当てて、深いため息を吐いた。


絵里「ま、まぁまぁ。そういうこともあるわ、ね?」

にこ「慰めんなっ! 余計恥ずかしくなるわ」

絵里「うぅぅ」

にこ「はぁぁぁ……」


その後、しばらく落ち込むにこだったけど、気持ちの整理がついたのか、ふと顔を上げた。


にこ「さて、どうしようかしらね」

絵里「?」

にこ「なんとなく、話の大筋は見えたんだけど……」


唸りながら、そう言うにこ。

って、えっ?


絵里「もしかして、あれだけでわかったの?」

にこ「……まぁ、なんとなくよ?」


自信なさげに、にこはそう答えた。
……さっきのが余程堪えてるのね。

けど、まぁ。
それでも、にこは話の大筋が見えたと言う。
そこは流石というべきかしら。


絵里「……それで?」

にこ「やっぱり、聞く?」

絵里「そりゃあね」


大切な亜里沙のことだもの。

そう言葉を続けると、にこはいつものように、しょうがないわね、と言いながら、こう言った。



にこ「亜里沙ちゃん、たぶん雪穂ちゃんのことが好きなんでしょ」



絵里「えっ!? は、えっ? 好きって……Likeよね?」

にこ「……違う方よ」

絵里「…………」


まったく予想のしていなかった方向の答えに、咄嗟に言葉が出てこなかった。


にこ「ま、そうなるわよね」


私の反応を予想していたのか、冷静に、にこは頷く。

話してもいい?
少し間を置いてから、にこはそう聞いてきた。
私は首肯する。


にこ「まず、亜里沙ちゃんは、雪穂ちゃんがなにかしらを貰ったことを知ってる」

にこ「そして、それをラブレターだと思っていた」

絵里「えぇ。昼休みに電話もかかってきたし、それは間違いないでしょうね」

にこ「雪穂ちゃんは、というと、朝に呼び出しの手紙を貰ったのは確かだけれど、結局は穂乃果へのファンレターを渡してほしいと頼まれただけだった、と」

絵里「えぇ、そうね」


そこまでは、実際にあったこと。
これからのことは全部推測だけど。

にこはそう前置きをして、話し出す。


にこ「たぶん、亜里沙ちゃんは、雪穂ちゃんが呼び出されて、手紙を貰った現場を見たんだと思う」

にこ「ただ、亜里沙ちゃんはそれをラブレターだと勘違いしていた。……まぁ、にこのせいだろうけど」

絵里「…………」


まぁ、うん。
否定はできないわ。


絵里「……それで? なんでそれが亜里沙が雪穂さんに恋をしているってことになるの?」


にこがまた落ち込んでしまう前に、私はそれを聞いた。
どう考えたって、その結論には辿り着けないから。


にこ「…………もし、あんただったらどうする?」

絵里「?」

にこ「もし、にこがラブレターを貰ってるところを見たら、よ」

絵里「……別にどうもしないけど」

にこ「……じゃあ、にこ達が付き合ってない状態でそれを見たとしたら?」

絵里「…………」

にこ「しかも、にこはそれを丁寧に受け取ってるのよ?」

絵里「…………」


にこの言葉を受けて、少し想像してみる。

にこがラブレターを受け取ってるのを見たら?
しかも、丁寧に、嬉しそうに?

………………。


にこ「気分はどう?」

絵里「……サイアクね」

にこ「そ」


想像してみて、分かったわ。

好きな人が他の人から好意を寄せられていて、それを満更でもなさそうに受け取っている。
それ、どんな拷問よ……。


にこ「それが、例えば海未とか希とかだったらどう?」

絵里「…………なるほど」


なるほど、納得したわ。
それがにこが、Likeじゃない方だって言う根拠なのね。


もちろん、これはあくまでも推測。
それに、感情なんて不確かなものが根拠とは言えないけど。

にこはそう言う。
けれど、私はなんとなくにこの推測が正しいような気がしていた。


にこ「……ここで、最初の言葉に戻るわ」

にこ「さて、どうしようかしらね」


やっと繋がった。
確かにこれは難しい問題ね。

困っているのなら助けてあげたいし、誤解を解く必要だってあるとは思う。
けれど、


絵里「恋愛事なら、安易に口を挟むのも気が引けるわよね」

にこ「まぁ、野暮ってものかしら」

絵里「…………」

にこ「…………」


沈黙が流れる。

と、不意に脳裏に亜里沙の姿が浮かんだ。
その姿は、海未への憧れを語る亜里沙の姿。


…………あっ。
もしかしたら、亜里沙は――。

そこで、気づく。
亜里沙が自分の気持ちに気付いてない可能性に。

亜里沙は憧れと恋の違いを知らないのかも。
『好き』に沢山の意味があることを知らないのかも。

だとすると――


絵里「……いい機会なのかもしれないわね」

にこ「絵里?」


私の様子を見て、首を傾げるにこ。


絵里「見守りましょうか、にこ」

絵里「これは、きっと亜里沙がいつか向かい合う問題だったのよ」


私はそう断言した。

もちろん亜里沙から助けを求められたら、全力で支えるつもり。

だけど、これはあの子自身の問題。
大人になるのに、誰もが解かなきゃいけない必答問題。
だから、私たちは見守るだけにする。


にこ「…………そ。あんたがそう決めたなら、いいんじゃないの?」


たぶん私の気持ちを汲み取ってくれたんだろう。
にこは多くを語らず、肯定してくれた。


絵里「ありがと、にこ」

にこ「別に、にこはなにもしてないわよ」

……さて。
話、終わったし。


絵里「ところで、にこ?」

にこ「ん? なに――」


―― ギュッ ――


にこ「ちょっ、なに!?」

絵里「…………」

にこ「……絵里?」

絵里「ラブレターとか、受け取っちゃダメよ?」

にこ「………………」

絵里「………………」

にこ「……受け取るわけないでしょ?」

絵里「うん」



――――――

――――――


『明日、でいいんだよね?(´・ω・`)』

『あ、うん。連絡できなくてごめんね…』

『だいじょうぶ(*´∀`)♪ えっと、明日はどこかで待ち合わせでいいー?』

『うん、10時に駅前でいい?』

『おっけ♪ じゃ、また明日ね(*^^*)』


――――――


雪穂「やっぱり、元気ないみたい……」


よしっ!
明日、なにするかわかんないけど、とにかく亜里沙が元気になるようにしてあげよう!

それは……。


雪穂「……私にしかできないこと」


――――――

――――――


雪穂「はっ! ……はっ、っ!」


走る。
朝だっていうのに、全速力で走る。

腕に着けたそれを見ると、約束の時間から30分は遅れていた。
と、時計を見ている間に、駅が見えてくる。

それから、周りを見渡して、彼女の姿を探した。


雪穂「あっ!?」


見つけた!

私は慌てて、視界に捉えた後ろ姿の元に駆け寄って、彼女の名前を呼ぶ。


雪穂「亜里沙っ!」

亜里沙「あ、ユキホ……」

雪穂「ご、ごめんっ! 遅れた」


振り返った亜里沙も私の姿を見つけて、駆け寄ってきた。

怒ってるだろうな、と予想はしていた。
けれど、それに反して、亜里沙の表情は、


亜里沙「……よ、よかったぁ」

雪穂「えっ、と?」


安心した。
それな感情がありありと伝わってくるようなものだった。

って、あれ?


雪穂「お、怒ってないの? えっと、私、寝坊しちゃって……こんなに遅れちゃったし」


寝坊なんていう、10割私が悪い理由だから責められるかと思ったんだけど。
そんな私に、亜里沙はこう言った。


亜里沙「ううん。怒ってはいるんだよ? でも、ユキホに何もなくてよかったって気持ちの方がつよいから……」


亜里沙はそう言って、携帯をコンコンと軽く叩く。

携帯?
ふと、自分の携帯を見ると、亜里沙の着信が何回も入っていたのに気づく。

あぁぁぁ……。
メールのひとつでも送ってから、家出るんだったな。


雪穂「亜里沙、その……ごめんっ!」

亜里沙「だから、いいよ」


手を合わせて、拝むように謝る私に、亜里沙は苦笑を返している。

心配させてしまったことが、申し訳なくて申し訳なくて……。
だから、しばらく謝ってたんだけど。


亜里沙「んと、じゃあさ、ユキホ!」

雪穂「な、なに?」

亜里沙「今から行くところ、ユキホのオゴリにしてくれたら、ゆるしてあげるっ!」


そう言う亜里沙。
どうやら、逆に気を使わせてしまったみたい。
またごめんって言おうとして、口を開きかける。

だけど、寸でのところで止まって……。



雪穂「分かったっ! 今日は私のオゴリね!」

亜里沙「うんっ!」



そう言って、私たちのデートは始まったのだった。


――――――

――――――


亜里沙に連れて来られたのは、一軒のお店だった。
そのお店というのは――。



雪穂「……ケーキだぁ」


ガラスの向こうにに並べられた色とりどりのケーキに、思わず言葉がもれた。


亜里沙「にこさんに教えて貰ったんだ♪」

雪穂「にこさん……いい店知ってるんだね」


ケーキから一旦目を離し、亜里沙の方を見てそう返した。


亜里沙「だよね! わたしもお姉ちゃんが買ってきてくれたここのケーキを食べて、すっかりファンになっちゃって」


そう言って笑う亜里沙。

…………かわいい。
……じゃなくて!


雪穂「ど、どれにしよっかな!!」


慌てて、ケーキと向かい合う私。

危ない危ない。
亜里沙の笑顔……反則だって。


亜里沙「迷っちゃうね」

雪穂「そ、そうだねっ」

亜里沙「あっ! これとかどうかな? げんてー品? だって!」

雪穂「うん、美味しそうかも」

亜里沙「こっちは、人気No.1なんだって!」

雪穂「それも、うん、いいねー」


ガラスケースの前で会話を交わす。

まぁ、会話の内容は頭に入ってこないんだけどさ。
……しょうがないじゃん。
ドキドキしちゃうんだから。

――――――


ここは持ち帰りだけじゃなくて、店内でも食べていけるみたいで、私たちは二人で向かい合って座っていた。


亜里沙「楽しみだね、ユキホ♪」

雪穂「そうだね」


微笑む亜里沙に、私も笑顔を返す。

……うん。
もう切り替えたから、大丈夫大丈夫。


雪穂「それにしても、ケーキとか……いつぶりだろう?」

亜里沙「? そんなに久しぶりなの?」

雪穂「まぁ、そうかな? あっ、お姉ちゃんのダイエットの時一回食べたかっ!」

亜里沙「あぁ、そういえばお姉ちゃんも笑ってたよ? 『ふふっ、穂乃果はほんと、面白いわね』って!」

雪穂「あははっ、それ、絵里さんの真似?」

亜里沙「うん! 似てた?」

雪穂「似てる似てるっ!」


そんな風に他愛ない会話を交わす。

やっぱり亜里沙といると楽しいな。
そんなことを感じたと同時に、ふと思い出した。
さっきまでは慌ただしかったから、すっかり忘れてたけど。


そういえば、亜里沙の元気がないって話だったよね?


海未さんから聞いた話だったけど、亜里沙の姉の絵里さんがそう言っているんだから、たぶん間違いないんだろう。

でも……。


亜里沙「お姉ちゃんの真似なら、凛さんが得意らしいんだ」

雪穂「え? そうなの?」

亜里沙「うんっ! にこさんが言ってたよ!」

雪穂「…………そっかぁ」


こうやって見ている分には、別に元気がないようには見えない。
μ's のことを嬉しそうに話す亜里沙は、むしろ、いつも以上に元気そうだ。

お待たせしました。
気づくと、その声が耳に入ってきていた。

どうやら、ケーキとか飲み物が運ばれてきたみたい。
ありがとうございます、と言って、店員さんからそれを受け取る。


亜里沙「ハラショー♪」


ケーキを見ての、亜里沙の第一声がそれ。
やっぱりいつも通りの亜里沙だ。


雪穂「亜里沙のは、チョコレートケーキだっけ?」

亜里沙「そう♪ アリサもチョコレートが好きだから!」


お姉ちゃんの影響かな?
そう言って、亜里沙は笑った。


亜里沙「ユキホは……フルーツタルトとコーヒー?」

雪穂「そ。この間はショートケーキだったからね」


苺が乗ったショートケーキを、お姉ちゃんが光の速度で奪っていったのを思い出す。
すごい形相だったな。
海未さん管理の元のダイエット中だったから、相当追い詰められてたんだろう。


雪穂「ふふっ」

亜里沙「? どうしたの、ユキホ?」

雪穂「あ、ううん。ちょっと思い出し笑い」

亜里沙「?」


いかんいかん。
せっかく、亜里沙と一緒にいるのに、いらんことを思い出してしまった。

まったく!
お姉ちゃんめ!

そんな感じで、お姉ちゃんに逆恨みしていると、


亜里沙「…………むぅ」


亜里沙がなにか、私のケーキを見て唸っていた。

……ん?
どうしたんだろう?


雪穂「どしたの、亜里沙?」

亜里沙「え、あっ……ユキホって、コーヒー飲めるんだね」

雪穂「え?」


亜里沙に言われて、ふと目線をテーブルの上に向ける。
そこには、確かに私がタルトと一緒に頼んだコーヒーがあった。


雪穂「ま、まぁ。飲めるけど?」

亜里沙「……ハラショー!」

雪穂「えっと? 亜里沙?」

亜里沙「わたし、コーヒー飲めないから、すごいよっ!」


そう言って、亜里沙は目を輝かせている。

大人だよ、大人の女だよ!
なんて、絶賛してくる。

…………悪い気分じゃない。
まぁ、正直、コーヒーはそこまで好きじゃないけど。
砂糖とミルクを入れれば、飲める程度には飲める。

つまり、亜里沙の前でいい格好したかっただけだったり……。


雪穂「別に普通だって」

亜里沙「か、かっこいいっ! も、もしかして……ブラックなのっ!?」

雪穂「…………えっ?」


一瞬、止まる。
あ、いや、ブラックは……。


亜里沙「…………?」

雪穂「…………」

亜里沙「…………??」

雪穂「…………ブラックが一番だよ」

亜里沙「!!」


あーあ。
バカか、私は……。

結局、私は渋い渋いコーヒーをどうにか時間をかけて飲みきったのでした。
今度からは、紅茶を頼もう……。


――――――

――――――


そんな感じで、私と亜里沙のデートは過ぎていった。

洋服を見たり。
アイドルショップを覗いたり。
ことりさんのバイト先に行ったり。

順風満帆なデートだった。

そして、徐々に徐々に。
日も暮れて……。


――――――

――――――


雪穂「あのさ、亜里沙?」


右に行けば、私の家で、左に行けば、亜里沙の家に続く別れ道でのこと。
私は亜里沙の名前を呼んだ。


亜里沙「どうしたの?」


首を傾げる亜里沙。
変わった様子はない。

……うん。
きっと絵里さん達の思い過ごしだったんだよ。
亜里沙の元気がない、なんてさ。

ひとり、心のなかで納得をする。
本当は今聞こうと思ったんだけど、その必要もなさそうだし。
その代わりに、少しだけ気になってたことを聞いてみることにする。


雪穂「そういえば、誘ってくれた時に、なんで秘密なんて言ったの?」


特別な場所は行っていない。
まぁ、あるとしたらケーキ屋だろうけど。
秘密にする必要もないような気がして。

だから、私はそう尋ねた。
すると、亜里沙は


亜里沙「あっ、えっと……ね?」


少しだけ頬を赤くして、こう言った。



亜里沙「ケーキとか好きなユキホに喜んでほしくてっ!」

亜里沙「それに、サプライズして、ユキホの驚く顔も見たかったんだ……」



雪穂「っ!?」


いっつも、和菓子は飽きた! ケーキが食べたいって言ってたよね?

そう言って微笑む亜里沙。
私はそれを、直視できなかった。

だって、あまりにも、可愛すぎて……。

私に喜んでほしくて?
私の驚く顔も見たかった?


雪穂「ッ!!!」


あ、あぁ、ダメだ。
どうしても、顔が赤くなってく。

思わず顔を反らしてしまう。
これは、しょうがないよ。
だって、きっと私、今、スッゴクだらしない顔してるだろうから……。

亜里沙が、私のためにしてくれただと思うと、純粋に嬉しくなってしまう。



雪穂「あ、ありがと。亜里沙」


顔を背けながら言ったその言葉は、届いてるかな?


亜里沙「…………どういたしまして」

雪穂「…………」

亜里沙「…………」


ちゃんと届いてたみたい。
私は返ってきたその言葉で満足してしまった。


……そこで。
きっと、私はそこで振り向いていればよかったんだと思う。

勇気を出して、振り向いて、ちゃんと亜里沙の目を見て。
次の言葉を言えばよかったんだと思う。



雪穂「あのケーキ屋さ……」

雪穂「今度は、『恋人』と行きたいなぁ」

雪穂「なんてねっ!」



亜里沙「――っ!?」


そう。
それは、勇気のない、臆病な私の遠回しな告白。
今度は『恋人』として、亜里沙と来たいなっていう、絶対伝わらないであろう告白。


雪穂「…………」

雪穂「…………」

雪穂「…………あれ?」


振り返った時、もう亜里沙の姿はなかった。


雪穂「あり、さ?」


呟きが、夕闇に溶けていく。
私の呼びかけに答える声は、ない。


――――――

今日はここまで。
レス本当に感謝。
用事が一段落したので、また定期的に更新します。
では、お休みなさい。

――――――


雪穂「……ただいま」


やっとのことで家に帰って、そう呟く。
靴を脱いでいると、


穂乃果「おかえりぃ~!」


居間からのんびりとした声が聞こえた。
お姉ちゃんの声だ。


雪穂「……ただいま、お姉ちゃん」

穂乃果「おかえり! って、どうしたの?」


私を見るなり、お姉ちゃんはそう聞いてきた。
首を傾げながら、心配そうな表情をしている。

って、私、そんなに酷い顔してる?
……してるか。
あんなことあったんだもんね。


雪穂「べつに、なんでもないよ」

穂乃果「雪穂?」

雪穂「……ごめん、今ちょっと一人になりたい気分だから」


私はそう言って、階段を上がった。

今はお姉ちゃんにとって、ラブライブを控えた大事な時期だ。
そんな時期に、私のことで心配してほしくないし。

制止するお姉ちゃんの声は聞こえないふり。
私は部屋の扉を閉めた。


――――――

――――――


亜里沙が余所余所しい。

それだけ。
今日、私の身に起こったことは、そんな単純なことだった。
けれど、亜里沙のことが好きな私にとっては、それはとても辛いことで……。


雪穂「はぁぁぁ」


ベッドの上、私は深くため息を吐いた。

なにも考えないように、吐き出してしまおうって。
けど、そう思えば思うほど、そのことがよみがえってくる。

朝、待ち合わせ場所に来なかった。
休み時間、一度も話をしなかった。
昼休み、一緒にご飯を食べなかった。
放課後、私は一人帰る羽目になってしまった。

ここまでされれば、私もさすがに気づく。
……ううん。
余所余所しいどころじゃないか。


亜里沙は、私を避けていた。


考えれば考えれるほど、そうとしか思えなくなった。


雪穂「……はぁ」


だから、こんなにため息が出てしまう。

ため息を吐くと幸せが逃げる、なんて言うけど、幸せが逃げた後ならため息いくら吐いてもいいのかな?


―― コンコン ――

雪穂「っ!」


突然部屋に響いたノックの音が、私のマイナス思考を打ち止めた。


雪穂「……なに?」


扉は開けず、声をかける。
その向こうから返ってきたのは、


穂乃果「雪穂? どうしたの?」


案の定、お姉ちゃんの声だった。


雪穂「……どうしたの、って?」

穂乃果「え? だって、声かけても降りてこないから。もうご飯だよ?」

雪穂「…………」


時計を見る。
針は七時半を指していた。

気付いたらもうこんな時間か。


雪穂「……わかった。すぐ行く」


それだけを答える。
ここで食べないのも、お姉ちゃんに心配かけちゃうだろうし。


穂乃果「…………」

雪穂「……だから、降りて待ってて」

穂乃果「…………」

雪穂「お姉ちゃん?」

穂乃果「……雪穂、ご飯食べたら、部屋来ない?」


唐突に、なんの脈絡もなく、お姉ちゃんはそう言った。
いつもより、ちょっとだけ落ち着いたトーンだ。

お姉ちゃんの?
そう尋ねると、それを肯定するお姉ちゃん。

なんだろう?
疑問に思ったけど。


雪穂「うん」


頷く。
なんとなく、それを断っちゃいけない気がした。


穂乃果「……よしっ!」

穂乃果「それじゃ、早く下に来てね! もうお腹すいてお腹すいてぇ……」


情けない声を出して、お姉ちゃんは階下に降りていった。


雪穂「…………よし」


ご飯、食べよう。


――――――

――――――


雪穂「お姉ちゃん?」

穂乃果「いらっしゃい! 雪穂!」


夕食後、部屋に行くと、お姉ちゃんが笑顔で迎えてくれた。
ちょっとテンション高くない?
そう思いながらも、勧められた通りにベッドに腰かける。


雪穂「……それで? どうしたの?」

穂乃果「いやぁ、たまにはゆっくり雪穂とお話したいなぁ、って?」

雪穂「なんで疑問系なのさ……」


あはは、なんて笑うお姉ちゃん。
それに呆れる私。
単純だけど、それだけで少し気が楽になったような感じがする。


穂乃果「ね? いいでしょ?」

雪穂「……まぁ、いいけど」

穂乃果「やった!!」


私の言葉に、お姉ちゃんは素直に喜んだ。

まったく。
子どもみたいなんだから。

心のなかでそう呟く。
……口角が上がってるような気がするけど、気にしない気にしない。


それから、他愛のない話をした。
主に、お姉ちゃんが話し役だったけど。

話題の中心は、やっぱりμ's のこと。

海未さんの鬼軍曹っぷりとか。
希さんが可愛いとか。
それに、絵里さんとにこさんの話も……。


雪穂「…………」

穂乃果「雪穂?」

雪穂「あっ、ごめん」

穂乃果「なんか変な顔してたよ?」


変な顔って!
せめて、寂しそうとか言いようがあるじゃん!

思わずそう言ってしまった。

寂しそう、なんて。
そんな風に言ったら、白状してるようなものだよ。


穂乃果「……寂しいの?」

雪穂「…………」

穂乃果「…………雪穂?」


……はぁ。
しょうがないか。


雪穂「……ねぇ、お姉ちゃん」

穂乃果「なに?」

雪穂「私の話、聞いてくれる?」


――――――

――――――


私はお姉ちゃんに話をした。

昨日のデート。
朝、遅刻してしまったことやケーキ屋に行ったこと。
それに、ことりさんのバイト先に行ったこと。
……相手が亜里沙だってことは行ってないけど。

そして、勿論帰り道でのことも。
たぶんそれが原因で、今日の様子がおかしかったことも、全部話した。

それを受けて、お姉ちゃんは――



穂乃果「よくわかんないや」


そう言った。

えっ?
よ、よくわかんないって……。


穂乃果「だって、恋愛経験とかないから……」

雪穂「……ま、まぁ、そりゃそっか」

穂乃果「ご、ごめんね?」

雪穂「ま、いいよ」


よくよく考えてみたら、お姉ちゃんに恋人がいたとか、好きな人がいたなんて、今まで聞いたことなかった。
そんな人に、恋愛相談したって、そうなるか。

そう思って、私は話を切り上げようとした。

話聞いてくれて、ありがと。
それだけを言って、立ち上がる。

と、その時だった。



穂乃果「雪穂!」



お姉ちゃんが私の名前を呼んだ。
声に反応した私に手招きをするお姉ちゃん。

そして――


穂乃果「雪穂、これ!」


お姉ちゃんは、私になにかを差し出した。


雪穂「これって……」


ウォークマン。
確か、いつもお姉ちゃんが使ってるやつだ。


雪穂「えっと、これが、どうかしたの?」

穂乃果「いいから! いいから!」

雪穂「え、ちょっ!? お姉ちゃん!?」


そう言ってお姉ちゃんは、困惑する私の耳に無理矢理イヤホンを差し込んだ。

って、痛い痛いっ!


雪穂「もうっ! なにすんのっ!」


無理矢理押し込むお姉ちゃんに、少し涙目になりながら、抗議する。
ただ、その言葉は、


雪穂「あっ……」


途中で消えてしまった。
なぜなら、そのイヤホンから音が鳴り始めたから。

それは、聞いたことがない曲で。
けど、私はそれが誰の曲なのか、なんとなく理解していた。
これは、きっと――



穂乃果「私たちの新曲だよ」

穂乃果「私だけじゃ、雪穂にはなにも言えない」

穂乃果「けど! 私たちなら!」

穂乃果「……きっと、今の雪穂に勇気をあげられる」

穂乃果「だから――――」



雪穂「…………」


段々、お姉ちゃんの言葉が遠くに。
そして、聞こえなくなっていく。

それほど、今の私にはその曲が深く入り込んできたんだ。


――――――

――亜里沙の部屋


亜里沙「……はぁ」

夜、ベッドに沈むわたしの口からは、ため息が出てしまった。
原因は分かってる。
それは……。


亜里沙「ユキホ……」


ユキホのこと。

……ううん。
ほんとうは、自分のせいだよね。
原因はわたし。

昨日、ユキホから逃げちゃって。
それに今日は避けるようなことしちゃって。

それで、嫌な気持ちになってるんだもん。


亜里沙「……ダメだな、わたし」


枕に顔を押しつけながら、そう呟く。

このままじゃ、ダメだってことはわかる。
なんだけど――



―― あのケーキ屋さ ――
―― 今度は、『恋人』と行きたいなぁ ――


亜里沙「……っ」



思い出してしまう。
昨日の、わたしが逃げる直前にユキホが言ったことを。
それに、前に男の子から手紙を渡された時の、ユキホの表情を。

たぶん、ユキホが言った『恋人』っていうのはあのクラスメイトの男の子のこと。


―― ズキッ ――

亜里沙「……っ!」


ふと胸に痛みが走る。


亜里沙「……いたいよ……」


痛い。
なんで?
なんで、胸が痛いの?


亜里沙「…………わかんないよ」


不安と痛みを我慢して、わたしはベッドの上で、丸くなるしかなかった。


――――――

――――――


雪穂「おはよう、亜里沙」

亜里沙「……うん、おはよう」


朝。
教室に入ると、ユキホが声をかけてくれた。
わたしも、おはようを返す。


亜里沙「…………」

雪穂「…………」


けど、返しただけ。
まだわたしの中に、ぐちゃぐちゃした気持ちがあって。
一晩かけても、それは収まらなかった。


亜里沙「あ、えっと……わたし、課題やらなくちゃ!」


だから、そんな風につい避けてしまう。


雪穂「あ、ありさ!」

亜里沙「……ごめんねっ」


それだけ呟いて、自分の席につく。


雪穂「…………亜里沙」


ユキホが名前を呼んでるのは、聞こえないフリをする。
そのせいでまた、わたしの心はモヤモヤするんだけど。


――――――

――――――


ボーッとしていたからかな。
気が付けば、授業も全部終わっていた。

3年生だから、ほんとはちゃんと集中しなきゃダメなんだけど。
けど、今は集中なんてできそうにない。
モヤモヤが収まらないから。


亜里沙「……かえろう」


ひとりごとみたいに呟く。
ユキホは進路のことで、先生に呼び出されてたから、帰るなら今のうちだ。

…………。

そんな風に考える自分に気付いて、また嫌な気持ちになる。


亜里沙「はぁ」


ダメダメ!
なにもしないと、考えがマイナスに向かっちゃう!
今はとにかく帰ろう。


帰り支度をしたわたしは、そのまま教室を出ようと立ち上がった。
そこで、


雪穂「あれ? 亜里沙?」

亜里沙「……あっ」


先生に呼び出されていたはずのユキホが戻ってきてしまった。


亜里沙「な、なんでこんなに早く?」

雪穂「え? 早くって……もう5時過ぎだけど」

亜里沙「えっ?」


ユキホに言われて、教室の時計を見る。
たしかに、もう5時過ぎで、授業が終わってからもう1時間くらいが過ぎていた。


亜里沙「…………」

雪穂「…………」


なんとなく、喋れない。
思わず目も反らしちゃう。
ユキホも同じみたいで、少しの間、二人して静かになる。

と、ユキホが口を開いた。


雪穂「えっと、亜里沙」


顔も上げて、ユキホがわたしのことをしっかりと見てるのがわかる。

今度は、ちゃんと話さなきゃ。

心のなかでは、そう思ってる。
だけど、それはできなかった。


亜里沙「っ!!」

雪穂「亜里沙っ!」


わたしは、ユキホに背中を向けて走り出す。


だって、いやなんだよ!

なんでかはわからないけど、ユキホの口から、男の子の話を聞くのなんて。
絶対いやっ!


――――――

――――――


亜里沙「はっ……っ!」


息が苦しい。
それくらい全力でわたしは走った。

学校を出てから、10分くらい。
ユキホが追いかけて来てないことを確認して、わたしは足を止めた。


亜里沙「っ! はぁ……ふぅ……」


息を整える。
そして、周りを見渡す。
ここは確か、初めて海未さんに会った時に来た公園だ。
あれから全然来てなかったけど……。


亜里沙「なつかしい」


そんな言葉が出てきた。
あれからもう半年くらいは経ってるのかな?

あの後、お姉ちゃんもμ's に入って。
段々、有名になっていって。
ついに、ラブライブ出場までもう少しってところまで来たμ's。

そんなμ's を、ユキホとワクワクしながら見ていたんだよね。
学園祭の時も、予選の時のライブも。
二人で応援してきた。


亜里沙「…………」


大好きなμ's を応援して。
そして、となりにはユキホがいる。

いつのまにか、それが当たり前になってたんだ。

だから、怖くなった。
もし、ユキホが一緒にいたいって思う誰かが出来たとしたら?

だとしたら。
わたし達の当たり前が壊れちゃうような気がして。
ユキホが……離れていってしまう気がして。


―― ズキッ ――

亜里沙「っ!!」


……ダメっ。
そんな未来を想像したら……。



「……亜里沙?」


突然のこと。
わたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。

その声に、目を擦ってから、振り返る。
そこにいたのは――



亜里沙「……うみ、さん?」

海未「はい。えぇと、どうかしたのですか?」



――――――

言葉がでないので、今日はここまで。
予想以上に進まない……。
多くのレスに感謝です!

――――――


海未「はい、どうぞ」

亜里沙「あ、ありがとうございます!」


公園のベンチに座るわたしに、海未さんは缶ジュースをくれた。


亜里沙「……おしるこ」

海未「あんこ、大丈夫でしたか?」

亜里沙「はいっ」

海未「それはよかったです」


寒い日に飲むと温まりますから。
海未さんはそう言って、笑った。

その笑顔は、ライブで見るよりも、ずっと素敵で、ずっとキレイだった。


亜里沙「……ありがとうございます」


もう一回、お礼を言って、缶を開ける。
……おいしい。


海未「そういえば、いつだったか、亜里沙にお汁粉をいただいたこともありましたよね」

亜里沙「あっ」


覚えていてくれたんだ。
わたしと海未さんが初めて会ったときのこと。

わたしが声をあげるよりも前にわ海未さんはにこりと笑顔を返してくれる。

それから、海未さんも缶を開けた。
けど、それに口はつけずに、代わりにこう言った。


海未「……こんな寒い中、こんなところでどうしたんですか?」

亜里沙「…………」


それに、わたしは答えられない。

ユキホから逃げてきた、なんて。
言えない。


海未「すみません。話しにくいことでしたね」

亜里沙「い、いえっ」


海未さんがそう言ってくれる。
だけど、申し訳なくなってしまう。
だから、わたしは、


亜里沙「あ、あのっ、友だちの話なんですけど!」


そんな風に言ってから、ユキホとのことを話し始めた。
わたしとユキホの名前は出さないで、だけど。


――――――


海未「なるほど」


わたしの話を聞いて、海未さんは頷いた。


海未「元気がないと聞いていましたが、そのお友達のことで悩んでいたのですね」

亜里沙「……えっと? 元気がないって……」

海未「絵里から聞いていたんです。亜里沙が元気ないらしいと。絵里、心配してましたよ?」

亜里沙「……お姉ちゃん」


そうだったんだ。
自分のことばっかりで、気づかなかった。


海未「……とにかく、亜里沙はそのことで悩んでいたんですね」

亜里沙「……はい」

海未「友達に『恋人』が出来てしまうことで、なにかが変わってしまうかもしれないこと」

海未「それに、それを考えて辛くなること」


海未さんの言葉にうなずく。

そう。
わたしは変わっちゃうかもしれないのが怖い。
それに、それを考えると、胸が痛くなる。


亜里沙「……わたしの友だちはどうするのがいいんでしょうか」


わたしはそう聞いた。

たぶん、わたしだけじゃわからないから。
だから、海未さんに聞いた。
どうすればいいか、教えてほしくて。


海未「………………」


海未さんは顎に手をあてて、少しだけ黙る。
そして、しばらく考えてから、海未さんは言った。



海未「気持ちと向き合うべきだと思います」



はっきりと。
その目はわたしの『お友達』にじゃなくて、まるで、わたしに直接伝えてるみたいで……。



亜里沙「気持ちと向き合う……」


わたしの呟きに、海未さんはうなずく。
そして、言葉を続けた。


海未「誰だって、そんな状況になったら、嫌に思うはずです」

海未「けれど、その人のことを大切に思うなら、きっと応援できる」

海未「友達というのは、そんなものだと思いますよ」


亜里沙「…………」


海未さんの言葉を聞きながら、納得してしまった。
だって、たしかにその通りだもん。

わたしがユキホのことを大切に思ってるなら、『恋人』とのことを応援できるはずだよね。
幸せになってって。

けど、わたしはそう思えない。
そんなのいやだって、思っちゃう。
ユキホに『恋人』なんて、って。


亜里沙「…………っ!!」


あぁ、そっか。
わかっちゃった。

わたしは自分のことばっかりなんだ。
ユキホのことを考えてなくて。

わたしは、ユキホのこと大切に思ってないんだっ!

――――――




海未「――なんて、言う人もいます」

海未「けれど、私はそんな風には思えません」



亜里沙「…………えっ?」



――――――

海未さんは、そう言って、否定した。

その人が大切なら応援できる。
それを、そう思わないって。


海未「もし、私が同じ立場だったら?」

海未「穂乃果やことりに、そんな相手が出来たら。そう考えたことがあるんです」

亜里沙「穂乃果さんやことりさんに?」

海未「はい」


まぁ。
穂乃果に恋人なんてあり得ないでしょうけど。
海未さんはそんな風に笑う。


海未「もし、二人に相手が出来たとしても、私はきっと応援できません」

亜里沙「それは……なんで、ですか?」


海未さんはわたしの質問に、にこりと笑ってから答える。



海未「だって、私が一番、二人のことを幸せにできる自信がありますから」



なんて。
普段のやまとなでしこな海未さんなら絶対言わないような言葉を口にした。


海未「私は二人が大好きです。だから、誰にも渡したくない。私以上に二人を幸せにできる人なんて、きっといません」

海未「そんな風に思うんです」


亜里沙「…………」


海未さんの言葉に、穂乃果さんとことりさんへの想いに、私は圧倒されてしまった。
それくらい、海未さんから二人を大切にする気持ちが伝わってきたんだ。

だから。
そう言って、海未さんは言葉を続ける。


海未「自分の気持ちが一体どんなものなのか。それを見極めてください」

海未「見極めて、それを信じて――」

海未「…………いえ」

海未「そこから先は、その『お友達』自身が決めることです」


海未「……だから、亜里沙」

亜里沙「っ! はいっ!」


その彼女に伝えてください、と。
そして、海未さんは言った。


海未「頑張ってくださいね」


――――――

――――――


なんだかんだで時は流れて。
やって来たラブライブ最終予選の朝。

朝起きて、外に出ると一面の銀世界が広がっていた。


雪穂「わっ、はぁっ! 真っ白!」


お母さんが雪かきをしてるのを尻目に辺りを見渡す。
見てるだけじゃなくて、手伝ってなんて言われたけど……。


雪穂「お姉ちゃんは?」


そう尋ねると、まだ寝てるって答えるお母さん。
お姉ちゃん、昨日も早くに寝たみたいだし。

お姉ちゃんらしくない!
なんて、つい口から出てしまった。
そんなことをしていたら、なにやらお姉ちゃんの部屋で影が動く。
……って!


雪穂「お姉ちゃんっ!」

穂乃果「っ!」


がらりと、お姉ちゃんの部屋の窓が空いて、お姉ちゃんが顔を覗かせた。


雪穂「今、二度寝しようとしたでしょ!」

穂乃果「してないっ!」

雪穂「うそだ! なんとなく分かるもん!」


そんな風に言うと、お姉ちゃんが顔をしかめた。
……まったくもう。
なんて、呆れながらも。


雪穂「いよいよ、今日だね。最終予選」


窓から顔を出すお姉ちゃんにそう言った。
それに、お姉ちゃんは笑顔で頷く。

それを確認して、私は家の中に戻ることにした。
ううっ!
さむっ、さむ……。

外で、手伝いなさい、なんてお母さんが言ってるけど。
寒くて無理だってば!


雪穂「…………よしっ」


その代わり、ひとつ意気込む。

今日、お姉ちゃん達が歌う曲はきっとあの新曲だ。
あれのおかげで、私は少しだけ勇気を貰ったような気がする。


雪穂「…………」


もし、今日、亜里沙をライブに誘って、一緒にあの曲を聞けたなら……。
きっと私は――


――――――

――――――


亜里沙「お姉ちゃん!」

絵里「ん? 亜里沙? おはよう」


お姉ちゃんの部屋に入ると、お姉ちゃんはまだ準備をしていた。


亜里沙「おはようじゃないよっ! 行かなくていいのっ」

亜里沙「穂乃果さんたちはもう出たって、ユキホが……」


さっき、ユキホから届いたメールにそう書いてあった。
だから、慌てて部屋に来たんだけど。


絵里「穂乃果たちは、学校説明会であいさつしなきゃいけないから」


一度学校に行って、それから会場に来るのよ。
だから、大丈夫。

お姉ちゃんはそう言って、微笑んだ。
それから、お姉ちゃんは窓の外を見ながら背伸びをした。


絵里「でも、まさか雪がこんなに積もるなんて。困ったものね」

亜里沙「…………」


そこまで言って、ふとわたしは気付いた。

お姉ちゃん、緊張してる?

わたしがそれを言うと、お姉ちゃんは少しだけ驚いた顔をする。


亜里沙「バレエのコンクールの時と、同じ顔」

絵里「……そうかしら」


困った表情になるお姉ちゃん。

たぶん、昔のことを思い出してるんだろうな。
一人で頑張っていた時のことを。

だから、


―― ギュッ ――

絵里「あっ……」


わたしは両手でお姉ちゃんの左手をにぎった。
そして、言う。


亜里沙「大丈夫っ!」


みんな、お姉ちゃんの味方だよって。
だから、一人でがんばらなくてもいいんだよって気持ちを込めて。


絵里「……亜里沙」

亜里沙「応援、行くからね!」

絵里「ありがと」


と、そこで、玄関のチャイムが鳴る。
誰かしら、と言って、お姉ちゃんは部屋を出ていった。



亜里沙「…………」


ふと、携帯を開いてみる。
画面には、ユキホから届いたメール。

内容は、穂乃果さんたちがもう家を出たっていうこと。
それに――


『今日さ、一緒に応援しに行こうね!』


そんな内容のメール。

……あれから。
海未さんに、気持ちと向き合うべきだって言われてから。
わたしは自分なりに一生懸命考えた。

そうして、わかった。
わたしはユキホが大切だ。
それははっきりわかった。

けど、それだけじゃ、なにかが足りない気がして……。
だから、わたしはまだユキホに会っちゃいけない。


亜里沙「…………ユキホ」


ポツリと言葉がもれる。
ユキホの名前が。

まだ自分のこともわかってないわたしは。
このメールになんて返信したらいいのかな?


――――――

今日はここまで。
明日か明後日には完結になるかと思います。
あともう少しだけお付き合いください。

今日はここまで。
明日か明後日には完結になるかと思います。
もう少しだけお付き合いください。

――――――


雪穂「はぁ!? 電車動かないのっ!?」


友達からそう聞いて、つい大声を出してしまった。
電話ごしに友達が顔をしかめてるのがわかって、すぐに謝る。


雪穂「あっ、ごめん。そ、それで……うん、うん」


詳しいことを聞いてみると、どうやらこの大雪のせいで、電車が動いてないらしい。
音ノ木坂から会場に繋がる電車は、今のところほとんどが止まっているみたい。

教えてくれてありがとう、と。
伝えてくれたことに感謝を告げて電話を切る。


雪穂「…………」


たぶん、今、お姉ちゃんは学校説明会であいさつしてるはずだ。
それに、海未さんやことりさんも。

だから、きっと電車が動いてないことを知らない。


雪穂「……お父さんっ!」


車を出してもらえないか、頼むために部屋を出た。


――――――


結論から言うと、お父さんは出すだけは出してくれることになった。
けど、この雪じゃ道路の進みも遅いだろうって……。


雪穂「……どうしようっ」


ふと、毎日くたくたになるまで、練習をして帰ってくるお姉ちゃんの姿が思い浮かぶ。
生徒会も頑張って、それ以上に練習を頑張っていたお姉ちゃん。


雪穂「っ!」


なにか私に出来ることはないか。
そう考えるんだけど。

焦り。
そのせいで、思考も上手くまとまらない。


どうしたらいいの?
焦りばかりが募る。


――prprprpr ――

雪穂「えっ……」


突然、音が聞こえた。
それに、びくりと体が跳ねる。


雪穂「あっ、携帯か……」


振動と一緒に聞こえてきた音は、よく聞けば自分の携帯の音だ。


雪穂「メール?」


こんなときに、とは思う。
けれど、自然と私はそのメールを開いていた。


雪穂「っ!!」


その瞬間、頭がスーっと晴れていく。
それが分かる。

……そうだ。
私は――



雪穂「お母さん! スコップと長靴貸してっ!」



私は部屋を飛び出した。

――――――

――――――


お姉ちゃんが希さんと一緒に会場に向かってから、わたしは部屋に閉じこもっていた。
ベッドの上で、携帯の画面をじっと見つめる。


亜里沙「…………」


そんなことしても、メールの内容は変わらないんだけど。


『今日さ、一緒に応援しに行こうね!』

亜里沙「はぁ……」


ため息が出ちゃう。
本当なら、すぐにでも返事をするのに。

μ's の晴れ舞台だもん。
それに、ユキホとなら……。


『いっしょに行きたいよ』

亜里沙「……なんて、送れたらいいのに」


そう呟いても、そんなこと、今のわたしにできるはずもない。

……削除、しないと。


―― pi ――

亜里沙「よし」


携帯を机に置いて、ベッドに寝転がる。

ふと窓の外を見る。
外は、まだ雪が降っていた。


――――――

――――――


亜里沙「……んっ」


あれ?
……わたし?

いつのまにか寝ちゃっていたみたい。
わたしはゆっくりと体を起こした。

と、そこで、


―― ピンポーン ――

亜里沙「あっ、チャイム……」


チャイムの音が聞こえた。

こんな雪の日に、誰だろう?
そう思いながら、わたしは玄関に向かった。


亜里沙「はい、今開けますっ!」


チェーンをかけたまま、ドアを開ける。
って、えっ!?

――――――



雪穂「亜里沙っ!」


亜里沙「なっ、えっ!? ユキホ!?」



――――――


突然のことで、わたしの頭は追い付かない。


亜里沙「え、なんで?」


頭に何個もはてなが浮かんでいて。
そんな質問しか出来なかった。

そんなわたしに、ユキホは、


雪穂「出かける準備して!」


そう言った。


亜里沙「え、あっ……」

雪穂「詳しいことは途中で話すから!」


ユキホの真剣な様子を見ても、まだ気持ちの整理はつかない。
ユキホがここに来たことも。
それに、ユキホへの感情だって、まだ……。

でも、



雪穂「迎えに来たっ! 私たちで、お姉ちゃん達を助けよう!」

亜里沙「っ!!」


迎えに来た。
お姉ちゃん達を助けよう。

ユキホのそんな言葉を聞いて、


亜里沙「わ、わかった! 待ってて」


気づけば、わたしの体は動いていた。


――――――

――――――


亜里沙「穂乃果さんたちが!?」

雪穂「うん」


ユキホと一緒に、会場への道を走る。
その途中で聞いたのは、穂乃果さんたちが雪のせいで会場に来れないかもしれないということ。


雪穂「だから、お姉ちゃんたちが来れるように、そこまでの雪をこれで!」


そう言って、ユキホは手に持ったスコップを掲げる。


亜里沙「で、でも、わたしたちだけじゃ……」


音ノ木坂から最終予選の会場までの雪をなくすなんてできるわけない。

たぶん、わたしがそう言おうとしたのに気付いたみたいで、ユキホはニヤッと笑って言った。


雪穂「亜里沙の家に着くまでに、見たんだ」

亜里沙「見たって? なにを?」


雪穂「……音ノ木坂の人」

雪穂「かなりの人数が会場までの道を雪かきしてくれてた」


雪穂「お姉ちゃんたちのために、先輩たちがそこまでしてくれてるんだよ?」

雪穂「私たちがやらないで、どうするのさっ!」


そう言ったユキホ。
その表情は、いままで見たなかで、一番いい笑顔で……。


亜里沙「……うん」


わたしはうつむきながら、そう返した。
そう返すのが精一杯だった。

なぜか、心臓が早くなってしまって。
ユキホの顔を見ることが出来なかったから。


――――――

――――――


必死に手を動かす。
だんだん指先の感覚もなくなってくるけど。
それでも、手を動かす。

ただ、頭のなかには、別のことが浮かんでいた。



「……なにかあったら、いつでも相談するのよ?」


そう言って、心配してくれたお姉ちゃん。

練習も大変なのに、わたしのこともちゃんと気にしてくれた。
一番近くでわたしのことを見ててくれたから、一番心配かけちゃっただろうな。



「いい? こうやるの! ……にっこにっこにー・」


にこさんもわたしのことを気にしてくれた。

お姉ちゃんの妹だからってだけじゃなくて。
来年、ちゃんとわたしがアイドルをできるようにって。
そう言って、にこさんはいつも、わたしに色んなことを教えてくれる。
ふふっ。
ほんとに、もう一人のお姉ちゃんみたい。



「だから、亜里沙……頑張ってくださいね」


そして、海未さん。
あの日、わたしをそう言って励ましてくれた、憧れの人。

まだ自分の気持ちと向き合えてるか、わからないけど。
でも、もしかしたらね、海未さん――。



亜里沙「……っ、はぁ、はぁ……」


わたしを支えてくれた人たち。
頑張れって言ってくれた人たち。

その人たちの夢を……。


亜里沙「――やっ!!」


こんなところで、終わらせたくないっ!

わたしは、スコップをおもいっきり振り上げた。
その手を、


雪穂「亜里沙、もういいよ」


ユキホがそう言って、止めた。
それから、ユキホは目線をわたしの後ろへ向ける。
わたしもそちらに目を向けると、


亜里沙「あっ……」


道路を挟んで向こう側。
そこに、穂乃果さんたちの姿があった。

穂乃果さんがお姉ちゃんに抱きついて。
海未さんやことりさんの周りにも、メンバーが集まってきていた。


亜里沙「まに、あったんだ……」


ポツリと言葉がもれる。
と、同時に、足から力が抜けてしまった。


亜里沙「っ!?」


雪穂「おっと!」

―― ギュッ ――


亜里沙「……あっ」


そんなわたしを、抱きかかえてくれたのは、ユキホ。
ユキホの右腕が、わたしの腰を。
左手がわたしの右手をぎゅっと掴んだ。


雪穂「大丈夫、亜里沙?」

亜里沙「う、うん……」


心配そうに、わたしの顔を覗きこんでくるユキホに、わたしはうなずくことしかできない。

なんだか、恥ずかしくなっちゃって。
こんな近くでユキホの顔を見ることなんて、今までなかったから。
な、なんだろう、これ?


亜里沙「…………」

雪穂「…………」


そのまま、なにも言わない。
それはユキホも同じで。
抱きかかえられた体勢で、じっとしてる。

…………。

少しして、


雪穂「……行こっか。そろそろ始まるから」


ユキホはそう言った。
わたしもうなずいて、歩き出す。
その間も、ユキホの左手とわたしの右手はぎゅってしたままだった。


――――――

――――――


雪がしんしんと降る中、その時はやって来た。

舞台に立つ9人。
みんなが手を繋いでいて、μ's の絆の強さが一目で分かる。

その9人に向かって、会場に集まったみんなが声をあげている。
もちろん、わたしもユキホも声をかけていた。

そして――



穂乃果「みなさん、こんにちは」

穂乃果「これから歌う曲は、この日に向けて、新しく作った曲です!」



穂乃果さんが話し始める。

応援してくれた人、助けてくれた人がいてくれたおかげで、私たちは今、ここに立っています!
そう言って、会場を見渡す穂乃果さん。


雪穂「――――ふふっ」

亜里沙「――うんっ」


それを見て、私たちは頷き合う。
その中の二人になれたんだって、どこか誇らしい気持ちで。

舞台上の穂乃果さんにもう一回目を向ける。
穂乃果さんは一呼吸置いて、こう続けた。



穂乃果「だから、これはみんなで作った曲ですっ!」


「聞いてください」


9人が声を揃えて、そう言ったのを合図に。
ひとりひとり、目を閉じていく。

わたしも、それを真似して、目を閉じた。


曲が流れ出す。
それでも、わたしは目を閉じたまま。


クリスマスにぴったりな曲。
μ's の初めてのラブソング。

すごくいい曲だなって思いながら、わたしは思い出していた。


――――――


色んなことがあったな。

いつもみたいにライブ映像を見たり。
ラブレターを渡されるところを見たり。
それでモヤモヤして、悩んで。
冷たい態度をとっちゃって。
お姉ちゃんに心配をかけて。
海未さんに励まされて。

そして、今、ここに手を繋いで、一緒にいる。



亜里沙「…………」



不思議だな。
色んなことを考えて、頭のなかはぐちゃぐちゃになったのに……。

それでも、わたしの中で、ひとつだけはっきりしてることがある。
たぶん、それは初めて出会ったときからそうだったんだ。

クラスにうまくなじめなかったわたしに、声をかけてくれた。


「ねぇ、キレイな髪だねっ!」

「友達になってくれる?」


そんな風に言ってくれた時から、ずっとわたしは、この人の側にいたいって思ってた。


亜里沙「…………あぁ、そうだったんだ」


やっと、わかった。

わたしのこの気持ちがなんなのか。

ずっと側にいたいって思う気持ち。
『恋人』ができるなんて認めたくないっていう気持ち。
想えば想うほど切なくなる気持ち。
迎えに来てくれて嬉しいって思う気持ち。



わたしは、きっと――



――――――

――――――

――――――


雪穂「いやぁ、すごかったなぁ」

亜里沙「そうだねっ」


最終予選も終わって。
私は亜里沙と並んで帰っていた。

お父さんが車に乗っていくかって言ってくれたんだけど、それは断った。
まぁ、流石にスコップは乗せてってもらったけどね。

…………。

車で帰るのを断ったのは、まだ用事が済んでないからだ。
それは、


雪穂「あ、あのさ! 亜里沙っ!」

亜里沙「? どうしたの、ユキホ?」


小首を傾げる亜里沙。
うぅむ、可愛い。

……いやいやいや、そうじゃなくて。


雪穂「えっとさ、大事な話があるんだ」


そう、切り出す。


亜里沙「だいじな、はなし?」

雪穂「うんっ!」

亜里沙「……うん」


そこで、亜里沙は立ち止まった。
西日のせいで、その表情は見えない。


雪穂「あのさ……」

亜里沙「うん」

雪穂「…………っ」

亜里沙「…………」

雪穂「…………」


あぁ、ダメだ。
言葉が、出てこない。
なんで、こんな大事なとこでも臆病になっちゃうんだ、私はっ!

どうにか声を出そうと、口をパクパクさせる。
けれど、中々言えなくて――。


悔しくて、情けなくて。
段々視界が潤んできた。

っ!
ダメだってっ!
こんなんじゃ、告白なんてできない。

そう思った時だった。



亜里沙「届けて、切なさには~♪」

雪穂「えっ」



突然のことだった。
亜里沙が歌い出していた。

さっきの、曲。
あのラブソングだ。


亜里沙「~~♪」


そのまま、サビを歌う亜里沙。
そして、最後の一フレーズの前で止まって、


亜里沙「この先、なんだっけ?」


そう聞いてきた。

……そっか。
亜里沙はさっきので初めて聞いたんだもんね。
そう思って、私はその続きを歌う。


飛び込む勇気に賛成♪
まもなく START ♪


雪穂「あっ」


それを歌って、思い出す。
いつかお姉ちゃんがこの曲を聞かせてくれたことを。


「私だけじゃ、雪穂にはなにも言えない」

「けど! 私たちなら! ……きっと、今の雪穂に勇気をあげられる」

「だから――――」


そんなことも言ってたっけ。

……うん。
その通りだよ、お姉ちゃん。
この曲で、きっと私は勇気を貰えた。

だからさ――

――――――



「私、亜里沙のことが好きですっ!」

「私と付き合ってください!!」



――――――

――――――

――――――


「ユキホ!!」

雪穂「っ!?」


自分の名前を呼ぶ声に、慌てて飛び起きた。
周りを見渡すと、そこは見慣れた場所で。


雪穂「あっ」


目の前には、見慣れた顔があった。



雪穂「……亜里沙?」

亜里沙「そうだよっ! なんで、寝てるの!」



亜里沙は仏頂面で、私のことを睨んでくる。


雪穂「あ、ごめんって! ちょっと昨日遅くまで起きてて……」

亜里沙「むぅ!」

雪穂「だから、ごめんってば!」


むくれる亜里沙に、これでもかと拝み倒す。
すると、亜里沙はまったくもうって言いながらも、許してくれるんだ。


亜里沙「とにかく、行くよ!」

雪穂「えっ? ん?」

亜里沙「今日は、穂乃果さんたちとの合同練習でしょ!」

雪穂「あっ!? やばっ!」


亜里沙に言われて思い出した。
今日はお姉ちゃんたちとの合同練習だった。

あぁ!?
遅れたら、海未さんに怒られるっ!?


雪穂「あ、ありさ……」

亜里沙「なに?」

雪穂「亜里沙から、海未さんに言っておいてくれない?」


海未さんは亜里沙に甘いところがあるから、きっと亜里沙が言えば少しなら見逃してくれるはず!

……まぁ。
なんて、思いも虚しく。


亜里沙「だめっ! 最近のユキホは、たるんでるから、海未さんに説教されたらいいんだよ!」

雪穂「うっ……がくっ」


厳しくなってしまった亜里沙。
おのれ、これも海未さんの影響か!

なんて、的はずれな恨み言を心の中で唱えていると、


亜里沙「……ふふっ」


亜里沙が笑った。


雪穂「ん? どうしたのさ、亜里沙」

亜里沙「ううん、何でもないよ?」

―― ギュッ ――


そう言って、亜里沙は手を繋いでくる。
そして、


亜里沙「いこ、ユキホ!」



亜里沙は笑顔で、私の手を引いた。


――――――

――――――



私の告白を受け入れてくれたあの日。
恋というものを知って大人になった亜里沙。

それから、亜里沙は日に日に可愛く、そして、キレイになっていく。

……えっ?
恋人の贔屓目じゃないかって?
まぁ、否定はしないけど。

けれど、これだけははっきりと言える。



あの日からずっと私の心は彼女に奪われていた。


そして、それはたぶん。
これからも、ずっと――。




―――――― fin ――――――

以上で
『雪穂「あの日からずっと私の心は彼女に奪われていた」』完結になります。

レスをくださった方
読んでくださった方
稚拙な文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。

以下、過去作です。
よろしければどうぞ。
【ラブライブ】穂乃果「私たちが真姫ちゃんの目になるよ!」
【ラブライブ】穂乃果「私たちが真姫ちゃんの目になるよ!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1418568037/)
【ラブライブ】にこ「貴女の外側には」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1417890274

またラブライブ関連のssを書こうと思ってますので、よければまたお付き合いください。
では、また。

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