P「千早の愛が重すぎる……」(61)

あとは任せた

千早「プロデューサー…?」

まただ。
何かがおかしい。
言葉で形容出来ないような違和感。他の誰に聞いてもそんなことはないと言うが…。

千早「…」ニコッ

千早が、おかしい。

そうはっきりと感じたのはいつだっただろうか。
いつも通りの日常を過ごしてきたはずなのに。

p「…ど、どうした?機嫌、良さそうだな」

千早「…えぇ。プロデューサーと一緒ですから」

千早はこんな笑みを浮かべる子だっただろうか。これほどまでに綺麗で慈悲深い笑みを。まるで俺のことを全て理解しているような。

p「そ、そうか。俺も千早と一緒に仕事が出来て嬉しいよ」

俺のそんな言葉に一瞬ーーー悲しそうな表情になったが、すぐに笑顔に戻った。

千早「ありがとうございます、プロデューサー」

そんな表情に変化に気づかなかったふりをしながら、俺は千早とのこれまでを振り返ることにした。

胸は軽いのにな

早く続け

逃げたか?

千早がa級になってから数ヶ月。様々な仕事をこなしてきたが、近頃の千早はどこが覇気が無いと言うか。
そんな現状を打破すべく、今回の仕事はーーー。

千早「ウェディング…ですか」

そう言いながら千早は式場の資料をパラパラとめくる。ここ数年分の資料では現在評判の芸能人ばかりがモデルを務めている。その仕事に千早が指名されるということは、そういうことなのだろう。

p「あぁ!千早ならクライアントの要望にピッタリだ!今回は写真だけじゃなくビデオ撮影もあるし声なしで動きだけで何かを表現する練習にもなると思うんだ」

千早は俺の言葉に頷きながらもどこかぼんやりした様子だ。

p「どうかした…」

千早「プロデューサー!」

俺の言葉を遮るような強い声。少しびっくりしてしまったが気を取り直す。

p「ど、どうした?受ける気になったか?ある程度ならクライアント側もこちらの要望を呑むといってくれているんだが」

千早「では、一つだけ」

少し間を置く。その透き通るような瞳でこちらを見つめる。

千早「新郎役、プロデューサーでお願いします」

はよ

p「お、俺が?」

問い直すとこくんと頷く千早。あまりにもこちらを見つめるので気圧されてつい目をそらしてしまった。

p「こ、今回の新郎役は今売れっ子の…」

千早「プロデューサー」

力の込もった声。どこか凍えるようなーーー。

千早「プロデューサーで、お願いします」

そんな声だった。


結局俺は千早に猶予をもらうことにした。考える時間と社長に相談する時間が欲しかったからだ。幸運にも急ぎの仕事ではないのでとりあえず3日間。猶予の条件として社長等の必要な人間以外には話さないこと、らしい。何故かはよく分からないが。

p「うーん」

仕事を終わらせ一人だけの事務所で、考えてみる。ウェディングドレス姿の千早の隣に立つ自分を想像してみる。

p「…………」

にやけてしまった。実際のところやってみたい気持ちはあるのだ。あれほど魅力的な千早の新郎役。想像するだけでも幸せな気持ちになる。しかしこれは仕事だ。

p「うーん……」

春香「プロデューサーさん?」

突然後ろから声がかかった。

p「お?春香か。今日は直帰の予定だったんじゃなかったか?」

春香「そうなんですけど、ちょっと忘れ物をしちゃって…」

そう言って恥ずかしそうに笑った。最近a級になった春香の笑顔は日々益々輝いている。

春香「それよりプロデューサーさんもどうしちゃったんですか?何か考え事みたいですけど」

千早は出来るだけ人に話すなと言っていたが……春香一人なら大丈夫だろう。俺は春香に事情を話すことにした。念のため他のみんなには伏せるように言っておくのを忘れずに。


春香「千早ちゃんとプロデューサーさんがウェディング、ですか」

p「ウェディングの仕事、な」

訂正は忘れない。事情を聞いた春香は少し困ったような様子だ。こんななんとも言えない相談をされれば無理もないか。

p「俺個人としては受けたい気持ちもあるんだが、もともとの新郎役はあの売れっ子だ。正直俺なんかの100倍は評判もいいだろう」

春香「そんなことありません!プロデューサーさんは素敵な人です!」

春香の強い言葉。千早と春香に同じ日にこんな強く言われる日が来るとは。春香は気まずそうに俯いた。

p「ありがとう春香。春香がそう言ってくれるのは嬉しいが一般的にはどう考えても俺じゃなく彼の方がいいだろう。まあ、もう少し考えてみるよ」

そう言って春香の頭に手をポンっと乗せて軽く撫でる。春香は少し照れたように、はいと小さく呟いた。

翌日。

千早の要望を断る事は昨日の夜決めたのだが、どう断るかは結局まとまらなかった。家より事務所の方が考えがまとまると思い、いつもより一時間以上早く事務所に。

扉に手をかけるとーーー。

p「鍵が、開いてる?」

外から見た時には電気はついていなかったはずだが、誰がいるのだろう。とりあえず入ろう。

p「おはようございま……」

千早「プロデューサー」

千早が、いた。電気のついていない薄暗い事務所にたった一人で。こんな時間に。

p「ち、千早!?電気もつけないでどうしたんだ!?」

慌てて電気をつける。明るさに目をやられたのか千早は少し目を細めた。

千早「プロデューサーと例の件で話をしたかったので」


なんにせよ好都合だ。こうなったら出たとこ勝負で断るしかないだろう。

p「……分かった。俺からも話をしたかったんだ。実は……」

千早「プロデューサー」

昨日と同じような声音。言葉が詰まる。どこか息苦しい。

千早「春香に、話しましたね」

そう言って千早は口を三日月に歪めた。

寝るな

千早「約束したはずですが」

p「確かに約束したが、春香に相談に乗ってもらっただけで……」

千早「プロデューサー。私たちの世界では契約というのはとても大切なものです。一つ約束を破っただけで築き上げて来た信用を失うこともある、そうですよね?」

p「だ、だが相談くらいなら」

千早「それが本当に必要だったんですか?律子や音無さんであれば話は別だったでしょうが、春香にそれほど的確なアドバイスが出来るとも思えませんし」

p「そこまで言わなくても……」

千早「そもそも約束を破ったのはプロデューサーです。ウェディングのお仕事、一緒に頑張りましょう」

p「いやそれは」

千早「プロデューサー?」

p「わ、わかった……頑張ろう」

続きはよ

p「憂鬱だ……」

ウェディングの仕事が決定してから数日後。千早と俺のスケジュールに堂々と記載されたそれは765プロ全員に知れ渡ることとなった。ほぼ全員から問い詰められ、俺は「ただの仕事だ」と言うことしかできなかった。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、千早は非常に乗り気だ。いくつかの候補の中から純白のドレスを選び、歌のレッスン以外の時間をほぼその仕事の前準備のために費やしている。そして更に大きな問題もある。

p「仕事に乗り気、っていうのは喜ばしいことなんだがなあ……」

千早「どうかしましたか?あなた」

これだ。
あなた。
甘美な響きではある。しかし付き合っている訳でもないのに四六時中この呼び方は、どうなのか。
何度か注意してみたが「仕事の役作りのためです」と取り合ってくれなかった。

p「いや、なんでもないよ」

はよおおおお

千早「ふふっ。そうですか……あ、今日の分です」

千早は布に包まれた四角いモノ……弁当箱を俺に渡してきた。料理が苦手だったはずなのだがこれがなかなか美味い。練習したんだろうな。受け取るべきではないのは分かっているがつい甘えてしまっている。

p「ありがとう。ここ数日悪いな。無理に作ってこなくてもいいんだぞ」

千早「いえ、私自身があなたに食べて欲しいので。今日は少し頑張ってみたので楽しみにしていてくださいね」

p「ありがたく頂くよ」

千早「はい。あ、それではそろそろレッスンの時間なので」

そう言って千早は足早に出て行った。今からではレッスンの時間ギリギリだろう。時間に余裕を持って行動するように言っておかないとな。

p「さて、俺も仕事するとするか!」

悩んでいても仕方がないので自分の仕事を片付ける。アポを取ったり、スケジュールの調整や次のコンサートの打ち合わせなどいくつか仕事をこなしたところで、お昼すぎになった。

p「ふぅ。一区切りついたな」

しまって置いた弁当箱を取り出す。驚いたことに千早のレパートリーはなかなか多いようで、初めて作ってきたのが数日前とは言え、毎日違うメニューだ。

俺好みの味付けに舌鼓を打っていると、春香がやってきた。

春香「おはようございます!プロデューサーさん!」

p「おお、おはよう春香。今日も元気そうでなによりだ」

春香「はい!……また千早ちゃんのお弁当ですか」

少し声色が変わった。……やっぱりアイドルお手製のお弁当なんてマズイよなあ。

p「すまん。なかなか断りづらくてな」

春香「プロデューサーさんは優しいから仕方ないですよ。……そうだ!そんなに嫌なら私が千早ちゃんに言いましょうか?プロデューサーさんが迷惑に思ってるって言えば千早ちゃんもすぐにやめると思いますよ!」

p「ま、待て待て。少し困ってはいるが嫌だとか迷惑とかそこまでは思っていないよ。千早も善かれと思っての行動だろうしな」

正直この昼食がなくなるのが惜しいという気持ちもある。

春香「でも!」

p「……分かった。そこまで言うんなら千早にはっきり言ってみるよ。正直今の千早の態度はあまりいい傾向とは言えないしな」

俺がそう言うと春香は安心した様子で仕事に向かって行った。出る直前に何度も念を押して行ったが。そんなに俺は頼りないんだろうか。

千早以外も重い予感

春香とほぼすれ違いに真と伊織が入ってきた。あまり見ない組み合わせな気もするが。

真「おはようございます!プロデューサー!」

p「ああ、おはよう。伊織もおはよう」

伊織「……アンタ、また千早のお弁当なの?」

千早が俺の昼食を用意することに一番難色を示しているのは伊織だ。はっきりと言ってくれるだけマシなのかもしれない。……雪歩辺りは態度には出ているが何も言わないからなぁ。

p「またって……まあ確かにそうだが」

伊織「アンタ、自分がプロデューサーだって自覚ないんじゃないの?アイドルの管理をするんじゃなくてアイドルに管理されてどうするのよ。それに、お昼だったらウチで用意してもいいのよ?」

耳が痛い。

p「すまん……でも、さっき春香と話して千早にはっきりと言うって決めたんだ!だから安心してくれ」

伊織「……そう。それじゃあ私がこれ以上言う必要もないわね。明日、楽しみにしていなさい。……また、春香なんだ」

最後の方は小さすぎて聞こえなかった。明日何かあったっけ?

真「……それじゃ、ボクたちこれから収録なので行ってきますね。ちゃんと千早にはっきり言ってくださいよ!」

どうやら真も快くは思っていなかったようだ。まったく、我ながら情けないプロデューサーだ。

p「ああ、気をつけて行くんだぞ」

真「プロデューサーも」

俺も?どういうことだろう。

2人を見送った俺は中断していた食事を再開する。うん、やはり美味い。……これを断らなければいけないのか。悩み事は尽きないなぁ。

それ以降は誰も事務所にはやってこなかった。スケジュールを確認すると今日はみんなオフであったり直帰であったり。

「一人は気楽だけどやっぱり少し寂しいな」

さっさと終わらせよう。それにどう断るかも考えないといけないしな。

俺は残っていた仕事に取り掛かった。

支援

期待

そのまま順調に仕事を消化し、大体の目処がついたところで時間を確認する。

「げっ……もう8時すぎか……」

そろそろ帰ろうと思ってふと視線を巡らせると、千早が静かにソファーに座っていた。

「千早……?」

「もうお仕事はいいんですか?」

「あ、ああ。今日はこんなものでいいだろう……いつからそこに?」

まったく気づかなかったぞ。

「5時すぎ……くらいだと思います。やっぱり仕事をしてる時のあなたはすごく素敵ですね」

そう言って帰り支度をする。どうやら料理の本を読んでいたらしい……そうだ、言わないと。

「そういえば、昼食のことなんだが……」

「誰かに何か言われましたか?」

うっ。図星だがここで頷くわけにはいかない。なんとか強気でいかないと。


「いや、そういうわけじゃないんだが。やはりアイドルとプロデューサーの関係としては……」

「嫌、だったんでしょうか」

「嫌なわけじゃない!嫌じゃないんだがやっぱりな……」

「いえ、わかりました。明日からあなたにお弁当を渡すのは諦めましょう」

案外あっさり引き下がったな。まあでも良かった。なんとか何事もなく終わった。

「ああ、でも千早の料理は本当に上達していたからまたそのうち食べたいな」

何となく後を引くというか。

「ええ。それでは食べたくなったら声をかけてくださいね」

この時の俺は気づかなかったのだ。千早がなぜこんなにもあっさり引き下がったのか。この時の千早の浮かべていた笑みの意味も。



翌日。
今日の昼食は久しぶりにあの店に行こう、と意気揚々と事務所にやってくると既に音無さんとどこかそわそわしている伊織が居た。

「おはようございます。伊織も。今日は早いな」

「べ、別にそんなこともないわよ」

そういいながらも俺のそばに立ったままもじもじとしている。何か話でもあるんだろうか。

「どうした?俺に言いたいことがあるんじゃないか?」

「え、ああ、うん……ほら、コレ」

そういうと四角い何か……重箱?

「昨日、用意するって言ったでしょ!だから、受け取りなさいよっ」

そう言って俺に押し付けてきた。そういえばはっきりと断った覚えはない。仕方ないか。

「ああ、ありがとう。ありがたくいただくよ。でも明日からはいいからな」

「……っ。べ、別に明日もなんて言ってないわよ!それじゃ、夕方わたしてくれればいいから!」

そう言ってバタバタと飛び出していった。スケジュールを確認すると……伊織、今日は仕事ないじゃないか。悪いことしたな。

「プロデューサーさん、モテモテですね」

「勘弁してください……」

仕事に、取り掛かろう。

乙 pの生存が見えないな

重箱。
三段重ね。
豪華な料理たち。

「うーむ……」

中身も見事なものだが、一人で食べ切れる量じゃないよなぁ。

「しかし……」

右手に持っている紙に目をやる。

プロデューサーへ!
絶対に一人で全部食べること!他の人に分けたりしたら許さないんだからね!
それと……一つだけこの私が直々に作ったものが入っているので当ててもらいます。
分からなかったりしたら、
ひどいんだからね。

水瀬伊織より。

「軽く5人前はあるよなぁ……」

どこから手を付けるか悩んでいると、千早がやってきた。

「おはようございます。随分、大きいお弁当ですね……」

何か言われるかと思ったが、案外普通だった。一安心。

「あぁ、伊織がな……。しかも一人で全部食べないと大変なことになるらしい」

「そう、ですか。頑張ってくださいね」

そういうと千早はすぐに何処かへ行ってしまった。素っ気ないな……。

「食べないことには始まらないか」

とりあえず目についた唐揚げから手を付ける。うん、流石に美味い。

「少しカレーの香りがするな……カレー粉が入ってるのか?お、こっちも美味しそうだ」



「うー、もうお腹いっぱいだ。残りは持って帰って食べることにしよう」

ある程度食べることができたが、やはり一人では無理がある。半分以上残ってしまった。

「家で食べるなら伊織も許してくれるよな……よし、このデザートっぽいのを食べて終わりにしよう」

チョコレートのタルト?
少し他と合わないような気がしたが、美味しそうではある。

「……ん、なかなか複雑な風味だが結構イケるな。ハーブ?かな。うん、美味い」

そのタルトは順調に胃袋に収まった。多少午後の仕事に影響がありそうだが……。

途中から名前つけるの忘れてましたすみません。

昼食から2時間ほど経っただろうか。
なぜだろう。
なにか飢餓感のようなものが……あれだけ食べたというのに。

千早「どうかしたんですか?険しい顔をしていますが」

p「……いや。なんでもない。千早こそどこに行っていたんだ?」

千早「少し用事があったので。それで、お弁当は美味しかったですか?」

p「あぁ。少し量は多かったがな……」

千早「そうですか。それじゃあこれは必要ありませんね」

そういうと千早は後ろにかくしていたのか、透明な袋に入ったクッキーをカサカサと揺らした。

千早「せっかく作ってきたんですが……」

美味しそうだ。

p「いや、せっかくだからもらおうかな。何故だか知らないが少し小腹が空いてな」

千早「ふふっ。ずいぶん食欲旺盛なんですね」

にっこりと笑みを浮かべながらクッキーを渡してくれた。

早速いただくとしよう。
さくっ。

p「うん、美味いな」

千早「ありがとうございます。作ってきた甲斐がありました」

一枚、二枚、三枚と次々に胃袋の中へ。我ながらどこに入っているのやら。

p「っと、もう全部食べてしまったか。こちらこそありがとう、千早」

千早「また作ってきますね」

p「あぁ、頼むよ」

先ほど感じていた飢餓感もすっかりなくなった。糖分が足りなかったのかもしれないな。

p「おっと、打ち合わせに行かないと。それじゃ、行ってくる」

千早「はい、お気をつけて」

ジャケットを掴むと、ボタンが一つ転がった。げっ。しかし時間もない。

p「……っつ、まぁいい、いってくる!」

千早「後でつけましょうか?」

p「あぁ、頼む!」

千早「はい、任せてください……」

ちーちゃんのご飯は中毒性が高いなぁ!


細々と続いてたのな…
頑張ってくれ

打ち合わせも順調に終わり、事務所に戻ると、伊織が顔を真っ赤にしながら仁王立ちで待ち構えていた。

p「どうした?」

伊織「なんで全部食べてないのよ……!せっかく用意したのに!」

そう言って半分以上残った重箱を指差す。メモでも残しておくべきだったか……。

p「いや、流石に食べきれなかったから残りは夕飯にしようと思ってな。かなり美味しかった。ありがとうな、伊織」

そう言って頭を撫でる。
伊織は真っ赤だった顔をさらに真っ赤にしながら「べ、別にいいわよ……」と呟いた。

伊織「それで……タルト、美味しかった?」

やっぱり伊織が作ったのか。一つだけ異色だったしな。そんなに顔を真っ赤にしてたらバレバレだぞ。

p「ああ、美味しかったぞ。ハーブも入っていて初めて食べる味だったな」

伊織「美味しかったんだ……えへ」

そう言って満面の笑みを浮かべる。少しドキっとした。誤魔化すように伊織の頭をくしゃっと撫でた。

伊織「もう!そんなに乱暴にしないでよ!……それで、また食べたい?」

そう言って伊織はちらっと自分の手首を見た。今まで気がつかなかったが絆創膏が貼ってある。

p「……また頼むよ。それよりその腕、どうしたんだ?怪我、だよな」

伊織「怪我、じゃないよ」

そう言ってニコッと笑った。
いや、この笑みは、そんな可愛らしいものか……?どこか、妖艶な……。

p「いお……」

千早「プロデューサー」

突然の声に振り向くと千早がボタンと裁縫セットを手に持っていた。そういえば、呼び方戻したんだな。

p「ああ、ボタンか!早速お願いしようかな!伊織、お弁当ありがとうな。でも明日はいいから」

ジャケットを脱ぎ、千早に渡す。危ない危ない、俺はプロデューサーだぞ。何を考えていたんだ。
伊織の様子をちらっと伺ってみると、千早の方を強く睨みつけ、出て行った。

千早「タイミング、悪かったですかね……」

そんなことはないぞ。

支援してます

すっすっと手際良くボタンをつけ終えた千早。

p「上手だな、裁縫」

千早「ええ。花嫁修行の成果です……どうぞ、これでいいですか?」

p「ああ、俺じゃこうも上手くはいかないよ。ありがとう」

軽く引っ張ってみたが問題なさそうだ。しかし花嫁修行か……触れないでおこう。

p「よし、今日の仕事も終わったし送って行こう。……おっと、重箱も忘れずに持って帰らないとな」

千早「…………忌々しい」

p「ん?何か言ったか?」

千早「いえ?何も言ってませんよ。それでは、帰りましょうか」

何か呟いた気がしたんだが……まあいいか。
ジャケットを羽織り、重箱を持つ。忘れ物がないか確認し、戸締りをして千早と一緒に事務所を出た。

koeeeeee

いいぞ

千早の頼みでスーパーに寄って買い物をした。俺の両手には食材がぎっしり詰まった買い物袋がある。俺がこんなに使い切れるのか?と尋ねると「花嫁修行のためです」とのこと。

何とか部屋に到着し、ぜーはーぜーはーと荒い呼吸をしながら床に買い物袋を置く。

千早「お茶でも飲んで行きませんか?」

帰ろうとしたところでそんな事を言われた。断ろうと思ったが、もう準備を始めている。喉も乾いてるしちょうどいいか。

p「じゃあそれだけ飲んで帰ろうかな」

千早「はい。そこの座布団で座って待っていてください」

p「ああ、テレビつけていいか?」

千早「どうぞ」

テレビにうつっているのは最近売り出し中のアイドル……つまり我が765プロのライバルである。
ほとんど資料でしか見たことはなかったが、なかなかの実力の持ち主という事がテレビを通じてでも分かる。

p「ふむ……」

千早「彼女、最近現場でも話題になってますね」

お茶とお茶請けーーークッキーをテーブルに置き、対角線上に千早が座った。お昼のクッキーと同じものだろう。

p「ああ。事務所が力を入れているのもあるが、彼女自身かなりのポテンシャルの持ち主だからな」

クッキーを食べながら画面を見つめる。正統派のアイドル。

千早「やはり、気になりますか」

p「プロデューサーとしてはどうしてもな」

千早「本当に、プロデューサーとしてだけですか?」

p「も、もちろんだ。そもそも挨拶くらいしかしたこともないしな」

そのはずだったんだが。
どういう偶然か、今日その噂の彼女と打ち合わせで会い、その後に少し話をして盛り上がってしまっていた。
千早には言わない方がいいだろう。

p「それより、このクッキー本当にうまいな!隠し味に何か入ってるのか?」

千早「……ええ。とびっきりの隠し味が入っていますよ」

何とか誤魔化せただろうか。

またかよkoeeeeee

千早は愛が重い可愛い

p「ふぅ」

千早の家でお茶をご馳走になり、テレビを見ていたらついつい長居をしてしまった。
お茶の礼を言い、慌てて帰ってきたところだ。

p「さて、とりあえず重箱の中身を片付けるとするか」

さっきクッキーを食べてあまり空腹は感じていないが、傷まないうちに早めに食べなければ。

p「しかしこの量は……明日胃もたれしそうだな……ええい、とにかく食べよう」



p「うーん……」

完全に胃もたれだ。
昨日無理矢理全部食べたのが原因だろうなぁ……仕事に支障がでないようにしよう。胃薬も切らしていたし、途中で買う時間もなかったから後で買ってこよう……。

千早「胃もたれですか?」

今日の最初の仕事は千早と一緒に例の仕事の打ち合わせだ。気も胃も重い。

p「う、分かるか。そうなんだよ。さすがに昨日の量はきつくて……」

そう言うと千早が何か取り出した。錠剤?

千早「胃薬ですよ。こんな事もあるんじゃないかと思って。飲み物もありますから」

いぐ・・・すり・・・!・・?

はよ

ちーたん怖い……

ごくり…

p「気が利くな……でも変な薬とかじゃないだろうな?」

千早から水筒と錠剤を受け取り錠剤の方をしげしげと眺める。まあ冗談だが。

千早「そんなわけないじゃないですか。ほら、もうすぐ打ち合わせですから早く飲んでください」

千早に急かされて慌てて飲む。
うん。至って普通の錠剤だ。

千早「あ、相手の方が来ましたよ」

p「ああ。本日は---」

くらっ。

急激な眠気が体を襲う。なんだなんだ?まさかさっきの……?いやでもこんな事をする意味が……。

千早「大丈夫ですか!?」

千早の様子からは……演技か演技ではないのかすらも読み取れないまま俺の意識は闇に沈んで行った。

…………。

p「はっ!?」

千早「あ、起きたんですね。打ち合わせが終わって突然倒れるからびっくりしたんですよ」

目を覚ますと真上には千早の整った顔が。倒れた……?

p「う……すまん。状況がよく分からないんだが説明してもらえないか。後、頭を撫でるのはやめてくれ」

千早「たまには許してください。それで……滞りなく打ち合わせが進んでいたんですけど、途中から様子がおかしくなっていって……打ち合わせが終わると同時に倒れたんですよ」

p「そうなのか……?まったく思い出せない」

そうだっただろうか……?

千早「無理に思い出さなくてもいいですよ。あ、これが今日の打ち合わせの資料ですけど覚えていませんか?」

千早から資料を受け取る……メモも自分の字のように見える。所々違和感があるのは体調が悪かったせいだろうか。

拭えぬ違和感



中毒性…
とびっきりの隠し味…
だ、大丈夫だよねちーちゃん?

速さが足りていれば完璧なスレ

p「うーん……」

当日の流れ、か。
最初の方を軽く流し読みした程度だが……まあ後で読めばいいか。
それよりこの体勢はまずい。しかし体に力が上手く入らず起き上がれなかった。

千早「ほら、無理しないでください。事務所にも連絡しておきましたから、今はもう少し休んだ方がいいですよ」

p「あぁ……」

目をつむると千早が頭を撫でながら子守唄を穏やかな声で歌い始めた。
あまりの心地よさにうつらうつらとしてくる。

p「………………」

寝ちゃ、だめだ…………。

思いっきり寝てしまった。

およそ三時間、千早の膝枕で爆睡していた俺を待っていたのは怒りの収まらない様子の伊織だった。

伊織「アンタね!いくら疲れてるとは言え仕事中に寝てるなんて自己管理が甘すぎるんじゃない!?」

p「申し訳ない……」

伊織「いつも自己管理しろっていう側が倒れてちゃ話にならないでしょ!?仕事にも集中できないし本当に迷惑なんだからしっかりしてよね!」

p「はい……」

何も言えない。
打ち合わせの次の仕事は伊織の付き添いだった。それを連絡があったとは言えすっぽかされた伊織はさっきから十分以上こうして俺に怒りをぶつけているというわけだ。

p「でも、心配してくれたんだな。ありがとう」

そういうと伊織はごにょごにょと何かつぶやいて「そんなのじゃ……ないわよ」と背を向けた。そこに千早が近づいて何か話している。フォロー、助かる。

伊織「はぁ!?」

…………フォロー、だよな?

p「キス……?テレビで収録風景を放映……?」

手にした資料を見る。
確かに、書いてある。
俺が千早と……?

千早「はい。もうテレビ局にも社長が話を通しているはずです」

部屋には765プロのメンバーが……社長を除いて集結している。
千早はアイドル……だぞ?

伊織「千早とプロデューサーが……き、キスなんてマズイに決まってるじゃない!そんな企画……」

p「あ、あぁ。すぐにキャンセルするよう言わないと。流石にこれは!」

慌てて社長に電話をかける……出ない。一体何をしているんだこんな時に……!

小鳥「……社長、一ヶ月休暇を取るって机にメモが」

音無さんが差し出したメモを手に取る。
そして思わず破り捨てた。

そこには、一ヶ月の休暇のことと共にーーー式の収録をキャンセルすれば莫大な違約金が発生する、と書かれていた。

千早「こんな違約金払えませんから……仕方ないですよね?」

呆然とする一同の中……深い深い笑みを浮かべる千早が一人異様だった。

怖すぎワロエナイ

本当に休暇なんですかねぇ・・・

本当に休暇なんですかねぇ

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