貴音「画面の向こうのあなた様」 (38)

誰得シリアスあり
手直ししながら投下するので遅くなるかもです

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新年を迎え、1月も半ばになってきたある特別な日の夜。

一人寂しい外回りをやっと終え、手を擦り合わせながら事務所に帰ってくると、そこにいたのは貴音一人だった。

P「む──?」

P「(律子も音無さんもいないな。後片付けは終わってるだろうし、定時でさっさと帰ったのかね)」

P「(恐らく他のアイドル達もだな。仕事だからって俺抜きで楽しみやがって)」

P「……何で音無さんは帰ったんだ。大人びてはいるが、貴音も二十歳前の子供なんだから」ボソボソ

P「(ま、かく言う俺も帰る気満々だが。何のために昨日寒い中、ぶっ壊れたこたつを新調してセッティングしたと思ってる)」

P「『さっさと残業を終わらせて帰ろう』」

P「(温まるもんが食いたい。確か家に野菜買ってあるし、鍋でもいいな……)」

P「(と、思ってた矢先にこれだ)」

貴音「…………」クルクル

P「(何だあれは)」

貴音「う……」ガタッ

P「(よろけてるし)」

貴音「…………」スッ

P「(何事もなかったかのように座り直した)」

貴音 「…………」クルクル

P「(……状況を整理しよう)」

P「(貴音が俺のデスクの所の椅子の上に、膝を抱えて座りながらくるくる回っている)」

P「(ドアの音もしたはずだし、何より事務所には誰もいないのに、貴音は俺に気付かない)」

P「(いつもの勘の良さはどこへやら……)」

P「(……だが残念。デスクの上のパソコンの画面やらファイルの陰に隠れて、貴音の表情は見えない)」

貴音「…………」クルクル

P「(回ることに熱中しすぎて周りが見えてないのか?)」


P「(──それにしても、流石に事務所の外は寒い)」

貴音「…………」クルクル

P「かわいいなおい」

貴音「っ! 何奴!?姿を見せなさい!」

P「(うん、確かに座ったままじゃ画面で隠れてこっちは見えないな)」ガタ

貴音「ひ──! ま、まさか……物の怪の類いでは……!?」

P「(……おまけに目も悪いしな)」

貴音「っ……」ビクビク

P「(そろそろ出るか)」

P「おーっす」ガチャ

貴音「あっ──」

貴音「あなた様、でしたか……」ホッ

P「おう貴音、何してるんだ一体」

貴音「……いつからそこに?」

P「……えーと、5分もいなかったと思うが」

貴音「数分は見ていたのですね……」

P「すまん。何かまずかったか?」

貴音「……いえ、これといって特に」

P「それならいいんだが。で、」

貴音「はい」

P「何してるんだ一体」

貴音「回っておりました」

P「見りゃわかる」

貴音「失礼しました」

P「素直に謝れるのはいいことだ」

P「どっかの誰かさんみたいでなく、ちゃんと話を聞いてくれるだけマシだと俺は思う」

貴音「ありがとうございます」

P「礼儀もしっかりしてるな。うん、流石だ」

貴音「じいやに躾けられましたので」

P「うん。あとはもう少し察してくれたら嬉しい」


P「で、本題だけど」

貴音「はい」

P「何してたんだ一体」

貴音「回っておりましたが」

P「おう……」

貴音「あなた様」

P「すまん、今のは俺が悪かったみたいだ」

貴音「そのようなことは」

P「いやいや、そう答えざるを得ない質問だった。ごめん」

P「改めて。どうして回ってたんだ?」

貴音「……」

P「……いきなり黙ってどうした」

貴音「いえ、特に理由もございませんでしたので」

P「あー……よくあるよ、うん」

貴音「強いて言えば……」

P「おっ」

貴音「回りたかったので……」

P「おう……」

P「まあいいや。残業あるから退いてくれないか?」

貴音「…………」

P「貴音?」

貴音「」フルフル

P「……何で?」

貴音「いえ……」

P「俺、残業終わらないと帰れないんだけど」

貴音「小鳥嬢の椅子を、どうぞ。座布団つきです」

P「……仕方ないな」

貴音「ありがとうございます」


P「あっすっげー柔らかい。腰に良さそう」

貴音「怒られますよ」

P「よし、はじめるか……だる」

貴音「頑張ってください」

P「おう」


P「……」カタカタ

貴音「…………」クルクル

P「ん」カタカタ

貴音「…………」クルクル

P「えーっと、これは……」

貴音「…………」クルクル

P「……」カタカタ

貴音「…………」クルクル

P「…………」


P「(気になる……)」

P「…………」カタカタ

貴音「…………」クルクル


P「なぁ」

貴音「はい」

P「楽しいか?」

貴音「いえ、特には」

P「……そうか」

貴音「どうかしましたか?」

P「……何でもない」カタカタ

貴音「そうですか」

P「…………」カタカタ


P「(何なんだ一体……)」

貴音「…………」クルクル

P「…………」カタカタ

貴音「…………」クルクル


貴音「あなた様」

P「ん、どうかしたか」カタカタ

貴音「いえ、用はありません」

P「そっか」カタカタ

貴音「……あの。もし」

P「ん」カタカタ

貴音「……邪魔ですか?」

P「いや? そうでもないぞ」カタカタ

貴音「……いえ。それでも邪魔になるといけないので、一応やめておきます」

P「ありがと」カタカタ

貴音「どういたしまして、です」

P「…………」カタカタ

貴音「…………」クルクル


P「…………」カタカタ

貴音「…………」クルクル


貴音「あなた様……」ボソッ

P「ん」カタカタ

貴音「…………」クルクル

P「貴音?」

貴音「はい?」

P「どうかしたか」

貴音「……声はかけておりませんが」

P「……声、出てたぞ」カタカタ

貴音「なんと」

P「俺のこと呼んでたけど」

貴音「──忘れて下さい。何でもありません」

P「……まあ、いいけど」カタカタ


貴音「……」

貴音「あなた様」

P「ん、今度は何だ?」カタカタ

貴音「そろそろ終わりそうですか?」

P「んー、あと10……いや5分」カタカタ

貴音「夕食は」

P「まだ」カタカタ

貴音「ではそれを終えたら、共にらぁめんなどいかがですか」

P「そうだなぁ……最近食ってないし、いいかな」カタカタ

貴音「では、交渉成立ということで」

P「交渉でも何でもないけどなぁ」カタカタ

貴音「らぁめん……らぁめん……」クルクル

P「ま──温まるし、いっか……」カタカタ

P「…………」カタカタ

貴音「…………」クルクル


P「……なぁ」

貴音「はい」クルクル

P「……もしかして、俺のこと待ってたのか?」

貴音「―──」クルクル

P「だとしたらすまん。でもプレゼントは朝会った時に渡したよな」

貴音「……」クルクル

P「まだ何かあったっけ?」

貴音「あなた様は、いけずです」クルクル

P「……」

P「(……ま、いっか)」カタカタ

P「うっし、お~わりぃっ!」ヤッタァ!

貴音「お疲れ様でした」クルクル

P「おう、ありがとな」

貴音「それではあなた様、帰宅の準備をしましたら出発いたしましょう」クルクル

P「それにしても……」

貴音「?」クルクル

P「いや、よく目が回らないもんだ……ってな」

貴音「そうでしょうか? 時折逆回転もしておりましたし」

P「それでも全然目ぇ回してないじゃないか。コツとかあるのか?」

貴音「聞くところによると、一方向を見続けながら回ると目が回りにくいようです」

P「へぇ。でもさっき俺が見てた時は椅子から転げ落ちてたけど」

貴音「……それは今と違って目印がなかったからですね」

P「目印って?」

貴音「とっぷしーくれっと、です」

P「何だ、教えてくれよ」

貴音「なりません」クルクル

P「ケチだな」

貴音「けちではありません」

P「それくらい教えてもいいだろ」

貴音「駄目です」

P「ケチじゃないか」

貴音「……すーなおーなーきもちーをーあなーたにー」

P「お?」

貴音「つーたーえるーすーべーをしーいっていたならー」

P「夢想花か……」

貴音「いーまーはしずーかーにここーろをーとじてー」

P「貴音の声で聞くのも、いいねぇ……」

貴音「ゆーめのーなかーへぇとーんでーゆくわー」

貴音「んふーふーふーふーふ」

P「そこもかい」

貴音「飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで♪」

貴音「回って回って回って回ーるぅうぅー♪」クルクルクルクルクルクルクル

P「本当に回るな」

貴音「ごほっ、ごほっ……ぇぅ……」

P「そら見ろ。歌いながら回るからだ」

貴音「め、面目ありません……げほっ」

P「ほら、立てるか」

貴音「あなた様……はい。それでは行きましょう」

P「食い意地は相変わらずか……。でも二十郎は行かないぞ」

貴音「なんと!」

P「あんなもんこの時間帯に食ったら明日以降が怖い」

貴音「私は何ともありませんが」

P「お前がそうでも俺は違うの。ほら別のとこ行くぞ」

貴音「あなた様」

P「ダメだ」

貴音「あなた様……」

P「ダメ」

貴音「けち!あなた様はけちです!」

P「何とでも言え」

P「俺がブクブク太ったらどうしてくれるんだ」

貴音「太らなければ良いのです! ……運動して!」

P「お前が言うと現実味ねぇなあ……。それにそんな時間取れるほど暇じゃないし」

貴音「私、教育番組で見ました。ですくで出来る簡単すとれっちなるものが存在すると」

P「む」

貴音「椅子に座りながら、腰を、こう……何と申しますか……」クイッ

P「……?」

貴音「回って回って回って回ーるぅうぅー……」クイックイッ

P「あーツイストか?」

貴音「それです!それを実践すればあるいは……!」

P「なるほどな」


P「でもダメだ」

貴音「けちですあなた様!」

P「ケチってなぁ……そもそも太ってからダイエットするより最初から太らない方がいい」

貴音「なんと……」

貴音「では、私はどうすれば……」

P「いやいや普通に他のところで食べればいいだろ」

貴音「しかしそうしますと……」チラッ

P「何だ?」

貴音「あなた様の……」

P「……!」ゴクリ

貴音「お財布にだいえっとしていただくということに……」

P「お前、俺を脅迫するつもりか……」

貴音「私はあなた様のためを思ってですね」

P「それなら最初っから俺に奢ってもらおうと思わないだろ」

貴音「むむ……確かにその通りです」


P「何か今日、お前わがままじゃないか?」

貴音「……っ」

P「貴音?」

貴音「……今くらいは、許していただきたいです」

P「ん──……まぁ、そうだな。日付、変わっちゃったけど」

貴音「あなた様──」

P「分かった分かった。じゃあ二十郎とか以外でな。出費もある程度なら眼をつぶる」

貴音「本当ですか?」

P「ほら、どうするんだ貴音。帰る準備は出来たぞ」

貴音「むぅ……あなた様のお財布の体型を維持し、なおかつらぁめんをたくさん食べられる方法……」ブツブツ

P「おーい貴音ー」

貴音「……決めました」

P「おお、思いの外早かったな」

貴音「ではあなた様。本日は二人でらぁめん鍋をいたしましょう」

P「え?」

P「らぁめん鍋ってのは何だ」

貴音「前にご一緒させていただいた芸人殿がやっているCMであるでしょう」

P「んー……やってるような、やってないような」

貴音「シメはらぁめぇぇん!!」

P「あー!はいはいはい!」

P「いやそれシメじゃん! ラーメン主役じゃないだろ!」

貴音「瑣末な問題です」

貴音「鍋と一緒に食べるので、お腹にもお財布にも優しいですよ」

P「全く……でも鍋か」

P「……ふふ、いいねぇ。鍋、いいじゃん」

貴音「そうと決まれば早速すぅぱぁへ行きましょう」

P「んー? いつ決まったんだ?」

貴音「今でしょう! 野菜も買わねばなりませんね。新鮮なものは残っているでしょうか……」

P「いや、残ってるも何もこの時間帯じゃ……てっぺんとっくの昔に回ってるぞ」

貴音「…………」

P「貴音?」

貴音「あなた様、どうすれば……!」

P「まあ落ち着け」

少し離れます

貴音「落ち着いていられません!まさかあなた様は、最初からシメを食せとおっしゃるのですか……!?」

P「違う。そうじゃない」

貴音「ならば何を──」

P「こら聞け。いいか、俺は今日寂しく一人鍋をするつもりで野菜も買ってあるんだ」

貴音「……今、何と?」

P「んで、昨日苦しい思いをしてこたつまで新調した。この意味、分かるか?」

貴音「あなた様……!」パァ

P「(かわいいなおい)」

貴音「では行きましょう!あなた様の家で鍋ぱです!」

P「食ったらちゃんと送るからな。安心しろ」

貴音「はて」

P「不思議そうな顔しても送るもんは送るからな」

貴音「……仕方ありませんね」

P「ほら、事務所閉めるから出ろ」

貴音「はい♪」

P「(機嫌いいな。無事ラーメン食えるって喜んでくれたみたいで良かった)」

貴音「むっ」

P「何だ?」

貴音「またあなた様が朴念仁ぶりを発揮なされた気が……」

P「俺?」

貴音「そういえば」

P「どうした?」

貴音「家に乾麺などはあるのですか?」

P「うちにサッポロ一番のみそとしょうゆの残りがある。足りなきゃその辺で買うか?」

貴音「そうですね……では、野菜はどうなのです」

P「白菜とかもやしとかネギとか……その辺はあるぞ」

貴音「めんまとちゃあしゅうは……」

P「俺は鍋をするつもりだったんだって」

貴音「仕方ありませんね……」

P「ほら行くぞ」

貴音「はいっ」

P「あ゛~今日も疲れた……」

貴音「~♪」

P「(全く……楽しそうにしやがって)」

貴音「まわるーまーわるーよじだいーはまわるー……」

P「……今日は回るがキーワードなのか?」

貴音「いえ……いえ、そうですね。きぃわぁどというと何やら語弊がある気がいたしますが」

P「じゃあどういう――」

貴音「――ふと、円環が美しいと感じまして」

P「いつも月、見てるもんな」

貴音「覚えていてくださったのですね」

P「当たり前だろ」

貴音「……輪というのは真、不思議なものです」

貴音「始まりと終わりが同じ。ですがそれが……少し、不気味に思えてしまうこともあります」

P「ま、万物は流転する……だっけ?ともいうしな」

貴音「輪には終わりがない……終りが始まり」

P「……」

貴音「……もし」

貴音「もしも、です」

貴音「大切なものが後ろにあって、それでも私は前を向かねばならない。前に進まねばならない」

貴音「ですが、その使命を裏切って後ろを向いてしまったら――」

貴音「あなた様は、……」

P「……俺は否定しないよ。その生き方もアリだ」

P「それに、最後まで走り続けて一周しちまえば……行くとこまで行けばさ。その大切なものも、また」

貴音「──それは、」

P「停滞は敵だ。トップアイドルになるんだろ、貴音」

貴音「……はい」

P「安心しろって。俺もついてくから」

貴音「っ……///」

P「ちゃんとお前の後ろにいるって」ニヤニヤ

貴音「いけずです……もう」

P「俺は俺、お前はお前だ。最初っから別の道を歩いてるんだから、離れることはあっても後ろに置いてかれることはないさ」

貴音「……そうですね。たとえ私を忘れても、世界の裏側にいても、あなた様はあなた様です」

P「はぁ? 俺がお前を忘れるわけないだろ。地球の裏側行ってもこんなへんてこな奴はそうそう居ないぞ?」

貴音「ふふっ……そうですね」

P「あれ、怒んないのか」

貴音「はい。そんな減らず口を叩けるのも、あなた様があなた様である証拠です」

P「はは……それもそうだな」

貴音「――ありがとうございます。何やら、憂いが澄んだ思いです」

P「そりゃよかった。明日に響いてもらっちゃ困るからな」

貴音「……時代は回り、喜び、悲しみ、出会い、別れを繰り返して、生まれ変わって巡り逢う」

P「……」

貴音「永遠というものは存在しがたいもの――ですが」

貴音「だからこそ。変わらないものは、尊いのです」

P「へぇ……例えば?」

貴音「そうですね……。例えば、」



貴音「私の、この想いとか」



P「ほー。具体的に教えてくれよ」

貴音「なりません」

P「ケチだねぇ」ニヤニヤ

貴音「けちではありませんっ」

P「じゃあ教えてくれよ」

貴音「いずれ、伝えます。言葉にします」

P「何だそりゃ」

貴音「さぁ、あなた様。もう少し早くお歩きください。夜が明けてしまいますよ――!」タタッ

P「全く……こら、待てって!」





貴音「いーだーかれてー……みーがーかれてー……」



貴音「かがーやくーことーでー……またいーだーかれてー……」




おわり

しばらくしたらHTML化申請してきます

(終わったのでageときます)

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