【艦これSS】提督「壊れた艦娘と過ごす日々」04【安価】 (1000)

※艦これのssです。安価とコンマを使っています。

※轟沈やその他明るくないお話です。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1421597489

好感度的なもの

60 睦月(YP0)
46 榛名
30 加賀
29 夕立
26 鈴谷
19 浜風
11 伊58
11 大淀
00 金剛/雪風

2スレ続けて同じコピペミスをする無能


好感度的なもの

60 睦月
46 榛名
30 加賀
29 夕立
26 鈴谷
19 浜風
11 伊58
11 大淀
00 金剛/雪風

※攻略は出来ないけど絶対に病まない癒し的な存在
曙・阿武隈・阿賀野

・好感度30 トラウマオープン
(艦種によって改造レベルに大きな差があるので統一)

・好感度60 トラウマ解消
ここから恋愛対象&好感度上昇のコンマ判定でぞろ目が出たらヤンデレポイント(面倒なのでYP) +1

・好感度99 ケッコンカッコカリ

・YPは5がMAX、5になったら素敵なパーティ(意味深)

沈んだ艦娘24人

一回目の襲撃事件で沈んだ艦娘
大和・朝雲・那珂・武蔵・弥生
(雪風は生還)

二回目の襲撃事件で沈んだ艦娘
深雪・大鳳・如月・雲龍・龍驤
(雪風は生還)

三回目の襲撃事件で沈んだ艦娘
白露・時雨・村雨・五月雨・涼風・皐月・文月・長月
伊19・伊168・伊8・北上・神通

???
春雨


過去スレ
01
【艦これ】提督「壊れた娘と過ごす日々」【安価・コンマ】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1418749126/)
02
【艦これSS】提督「壊れた娘と過ごす日々」 02【安価】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1419872466/)
03
【艦これSS】提督「壊れた艦娘と過ごす日々」【安価】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1420739475/)

以上です。

秋月は結構書きやすいですよね。
不幸な艦娘のストックの中に入ってるので、仮に指名されても何とかなる子です。
まぁあんまり駆逐艦増やしてもどうしようもないと言えばどうしようもないんですが。

フラグというほど大袈裟なものではないにせよ、一定の行動をするとこの子のお話が入る、みたいなのはあります。
見つけないで好感度60越えても後に補完するので、大して頑張って探さなくても問題はないですが、不幸に苦しむ艦娘が見たい性癖の方やほっこりしたい方は暇潰しに考えてみてもいいかもしれません。

前から何度か言われれている遠征ですが、次の更新の際に選択肢に入れます。
それ(と言うか艦娘のレベルの上昇とトラウマ解消)に伴い出撃関連が少し変わります。
これからもトラウマ解消したら海域が広がります。海域が広がると採れる資源(の判定)が増えますが当然敵も強くなります。レ級さん可愛い。

正直現状では遠征に割く戦力があるのかと言われたら微妙ではありますけれども。

金剛さん救われて欲しいな…(遠い目)


睦月「およ」

提督「ん」

 食堂に足を運ぶと、そこには睦月がいた。

 榛名が電灯を取り替えてくれたおかげで、ここもすっかり明るい。

 その、同じく明るくなった厨房でなにやら動いていたのが、睦月だ。

睦月「なにやらとは失礼なのです」

 まぁ、厨房ですることといえば調理なのだから、睦月の言い分も尤もである。

提督「あぁ、いや、すまない。料理をしていたのか」

 睦月に料理が出来るのかどうかは知らないことではあるが、しかし浜風の睦月を評する言葉を鑑みれば、別段意外と言うほどでもない。

 世話を焼きたがる、いわゆるお節介というのは、きっと食事にも反映されていたに違いない。

 彼女たちの元居た鎮守府の事情は知らないが、睦月のことだから事あるごとに浜風に口うるさく構っていたのだろう。

睦月「提督も朝食ですか。だったら睦月が作りましょう」

提督「あ、ああ」

 ……、それが俺に向きそうな気がしないではないのだけれど、果たして喜ぶべきことなのだろうか。


提督「せっかくだから、俺も手伝おう」

睦月「提督がですか?」

 厨房からは既に暖かな音や匂いが感じ取れた。

 包丁で食材を刻む音、フライパンを熱する火の音、冷蔵庫を開け閉めする音。

 オーブントースターから漏れるパンの香り、油の香り、水の澄んだ香り。

 それらを背に本でも開けば、きっと優雅な朝になるだろう。

 とはいえ、彼女に全て任せきりと言うのも忍びない。

睦月「大丈夫なのです……よっと」

 大和と比べてしまうのも失礼な話ではあるが、彼女と比べて睦月は背が低いし、華奢である。

 なので、そんな睦月に全て準備を頼んで、自分だけ座っているのは、なんと言うか。

 ……。

 ……、……。

提督(男としてなぁ……)

 少しばかり、いや、割とみっともないのではなかろうか。

提督「手伝うか……」

 手持ち無沙汰な自分を誤魔化すように、厨房へと足を踏み入れる。

 が、睦月はあまりお気に召さなかったらしい。

睦月「むぅ……」

 言ってしまえば睦月一人では不安だ、と言っているようなものである。

 睦月の膨れ面も尤もではあるが、しかしさりとて頼りっぱなしなのも俺の立つ背がない。

提督「……、まぁ、その、なんだ。少しだけだから」

睦月「仕方ないのです」

提督「恩に着る。……さて」

 邪魔にならない程度に手伝おう。


提督「サンドイッチか……」

睦月「はい。今パンを軽く焼きました」

提督「よし、じゃあまずレタスから」

睦月「ふにゃ!? 駄目ですよ、パンがびしょびしょになっちゃいます!」

提督「えっ、そうなのか」

睦月「そうなのです、マーガリンを塗ってください」

提督「そうか、なるほど。……よし」

睦月「レタスの水をもっと切ってください」

提督「そうか、なるほど。……よし」

睦月「提督は卵、甘くても平気ですか?」

提督「あぁ、問題ない。これか、よし」

睦月「ふにゃ!? 炒ったばかりだから熱いですよ!」

提督「熱っつい!」

睦月「冷やしてください!」

提督「あ、ああ。……あっ」

睦月「今度はなんですか?」

提督「……いや、その。すまない。蜂蜜の瓶を倒して、パンに」

睦月「……なんで蜂蜜があるんですか? 睦月は出してないですよ?」

提督「すまん。俺が出した」

睦月「……」

提督「……」

睦月「……」

提督「……」

睦月「……提督は、座っててください」

提督「……はい」


提督「……」

提督「…………」

提督「……、……。……はぁ」

 穴があったら入りたい。

 テーブルに突っ伏して己の無力さを噛み締める。

 手伝うどころか、ただ足を引っ張っただけだ。

 これならむしろ最初から何もしないほうがまだマシだったのではなかろうか。

 先ほどは、背中に聞けば良い朝の音だと思った厨房の音が、何だか自分を責める音に聞こえてしまう。

 ……みっともない。

提督「はぁ……」

 もう少し大和に料理を教わっておくべきだったか。

 いや、というより、あれはそういう知識とかではない、もっと根本的なものだった様な気がする。

提督「俺に料理の才能はないな……」

睦月「お待たせしました」

 一人愚痴る俺の鼻に、香ばしいパンとコーヒーの香り。

提督「すまないな……」

睦月「良いですよぉ、あれくらい」

 ふにゃりと睦月が笑う。

 その笑顔に少しだけほっとしつつ、励まされる自分がやはり情けなく思えてしまう。

睦月「それより早く食べましょう」

提督「ああ、そうだな」

 サンドイッチを手に取る。

提督「……あ」

睦月「?」

提督「……、睦月、その。本当にすまないんだが」

睦月「な、なんですか?」

提督「……起こらないで聞いてくれるか?」

睦月「なんです?」

提督「俺、どうしてもトマトは苦手なんだ」

睦月「……」

 ……ああ、みっともない。

起こらないで→怒らないで ですねすみません


睦月「トマトを除けば……」

提督「いやもう、トマトが入っていたと言うだけで無理なんだ。ほら、この、トマトの汁が」

 パンをめくって指し示す。

提督「緑のぐじゅぐじゅがどうしても駄目でな。匂いも駄目だ。もうここにトマトがあったという事実だけで躊躇うくらいだ」

睦月「……」

提督「本当に申し訳ない。折角作ってくれたのに、これだけは本当に駄目なんだ」

睦月「……そうですか」

 少しだけ口を尖らせながら、睦月が肩を落とした。

 自分が今とてつもなく酷い事を言っているのは理解しているが、どうしてもトマトだけは食べられないのだ。

 食べたら確実に嘔吐する。それくらいに苦手だ。

 食べて嘔吐するくらいならば、事前に断った方がまだ睦月に礼を逸していないかと思ったが、いずれにしても悲しませてしまうのは避けられないようだ。

提督「……すまない」

睦月「仕方ないのです」

 一度頷きながら睦月が再度笑った。

提督「まさかトマトがあるとは思わなかったんだ」

 そう言ってから、単なる言い訳でしかないことに思い至り後悔する。

睦月「トマトは冷蔵庫にしまってあったので、気付かなくても無理はないのです」

 やはり睦月は俺を責めることなくそういった。

 何だか、本当に自分が惨めになってしまう。

提督「……本当にすまない」

睦月「もぉ、謝り過ぎなのです。榛名さんみたいですよ」

 そう言われてしまうと、言葉に詰まる。

提督「確かにそうだな……」

睦月「後で作り直すのですよ」

提督「ありがとう」

 コーヒーを一口啜り、

提督「あ、甘いな」

 甘さに驚く。

睦月「そうですか?」

 きょとんとした睦月の顔。睦月にとってはそれが普通なのだろう。

睦月「淹れなおしますか?」

提督「いや、これで良い……、これが良い」

 良かった、と言う風に睦月がはにかんだ。

 その笑顔が、殊更コーヒーを甘くするようだったが、そういう甘さなら悪くない。

 しばしの間、睦月の甘い声を聞きながら、更に甘いコーヒーを身体に馴染ませるように啜るのだった。

でち公「あぁ~オリョクルはむりでちな~」チラッ
でち公「水圧とかやばくて鼓膜やぶれそうでち~」チラチラッ


提督「して、睦月」

睦月「おりょ?」

 数歩前を歩く睦月の後頭部……というより、つむじを見下ろしながら、声を投げかける。

提督「何故俺たちは廊下を歩いているんだ?」

睦月「これを届けるためなのです」

 そう言って睦月が微かに両手を上に挙げる。

 後ろ姿なのではっきりとは見えないが、しかしそれは先ほど食堂で見ていたものなので、改めて見るまでもなかった。

 睦月が両手に持っているのは、サンドイッチだった。

 トマトが入っていたため食べられなかった、俺のサンドイッチである。

 ラップを被せたサンドイッチの皿を睦月。

 そして同じくラップを被せたコーヒー入りのカップを俺が持ち、そして二人して廊下を歩いているのだった。

提督「届ける、か。誰にだ?」

 最初に浮かんだのは加賀だったが、しかしここは加賀が居る私室とは反対側の廊下だ。

睦月「ゴーヤさんなのです!」

 前を歩きながら睦月がそう答え、ああ、と納得した。

 加賀が時折差し入れをしているらしいが、それ以外は人の居ないタイミングを見計らって食堂に足を運んでいるようだ。

 しかしこの鎮守府も、数人とはいえ人が増えたし、何より電灯が取り替えられ明るくなった。

 夜中は消灯して暗くなるにしても、伊58からしたら行動しづらくなったかもしれない。

 そういう意味では、こちらからこうして差し入れをするのは悪くないことだと思った。

 鎮守府施設の改善は避けられない内容だし、伊58を部屋から出られるようにするのも同じくらい大事だ。

 であれば、こういう行動を通して伊58の警戒心を解けていけたら上々だ。

提督「……、ここか」

睦月「はい」


提督「伊58、起きているか?」

 両手でサンドイッチの皿を持つ睦月の代わりに俺がノックする。

睦月「ゴーヤさぁん」

 次いで睦月が声をかける。

 それから遅れて部屋の中でもぞもぞと布団の擦れる音がし、

伊58「ん、ん……? だ、れ?」

 とか細く声がした。

提督「俺だ。それと、」

睦月「睦月なのです!」

 俺の言葉を遮って睦月がぴんと背筋を張った。

 扉の向こうの相手に姿勢を正しても意味はないと思うが、なんとも睦月らしい。

伊58「てーとく、さん。と、睦月、さん」

睦月「はい!」

伊58「何か、用?」

睦月「朝ご飯なのです!」

伊58「んぇ?」

 良く分からないと言った風に伊58が困った声を挙げた。

提督「睦月、省きすぎだ」

睦月「およ?」

 首を傾げた睦月の代わりに、今度は俺が伊58に声をかける。

提督「伊58、お腹すいていないか?」

伊58「ん……」

提督「ここ数日、加賀も来られなかっただろう」

伊58「……、うん」

 やはり加賀といえど、意識がない間や重傷の先日までは彼女に差し入れも出来なかっただろう。

 伊58がその事を知っていたかどうかは定かではないが、いずれにしても空腹であったのは確かだ。

提督「サンドイッチ、持ってきたんだ。後、コーヒーも。甘いぞ」

伊58「ん……」


伊58「んと。あの……」

 伊58の声が近くになった。扉の近くに来てくれたのだろう。

提督「どうした?」

伊58「あの、ね。加賀さん、何か、あったの?」

 やはり詳しくは知らなかったようだ。しばらく姿を見せなかった加賀のことを心配しているらしい。

 少し考え、一部を伏せつつも話すことにした。

提督「……、あぁ。少し怪我をしてな」

伊58「えっ」

 伊58が息を呑む。そしてしばし沈黙が流れた。

伊58「だ、大丈夫、なの?」

提督「あぁ。もう問題はない。明日辺りには会いに来てくれるだろう」

伊58「そう、なの?」

提督「ああ」

伊58「そう、なんだ」

提督「ああ」

伊58「良かったぁ……」

 ほっと息を吐いて、伊58がえへ、と微かに笑った。

睦月「ゴーヤさん、朝ご飯食べましょう!」

伊58「ん、と。うん。うん……」

伊58「……あの、ね。てー、とく。もいっこ、教えて欲しい、でち」

提督「どうした?」


伊58「え、とね。朝食、誰が、作ってくれた、の?」

提督「……」

 伊58の問いは、少し考えて分かった。

 今の彼女は、この鎮守府に居る者全てを信頼できているわけではない。

 加賀に関しては信頼しているようだし、夕立もある程度心を許していそうだ。

 だが、その他の艦娘に対しては、必ずしもそうと言うわけではない。

提督「……」


↓1

1.素直に睦月が作ったと言う

2.加賀が作ったことにする

3.自分(提督)が作ったことにする


 伊58にとって、睦月は信頼できる相手なのかどうかは、正直な所計りかねる自分が居る。

 だが、今の睦月の明るさや柔らかさであれば、伊58の心も包んであげられるのではないだろうか。

提督「睦月が作ったんだ」

伊58「そう、なの」

提督「ああ。俺も手伝おうと思ったんだが、あまりに不器用でな。却って邪魔をしてしまったよ」

睦月「提督、本当に下手だったのです」

提督「うっ……。そう言わないでくれ」

睦月「にゃはは」

伊58「……あは」

 少しだけ伊58が笑った。

提督「伊58、一旦扉を開けてくれないか?」

伊58「……」

伊58「……、……」

伊58「……んう」

 かなり悩んでいるようだ。

 やはり、今すぐに心を開いてはもらえないようだ。

 ここは時間を掛けて解決するしかないな……。

提督「伊58、ここに置いておくからな」

睦月「冷めない内に飲んでくださいね」

伊58「ん……。あり、がと」


睦月「……睦月、ゴーヤさんに嫌われてるのです」

提督「そういうわけじゃない。ただ、彼女も今は苦しいんだ」

睦月「そうなの?」

提督「ああ。睦月が以前そうだった様に、伊58も悩んでるんだ」

睦月「……ゴーヤさんも」

提督「ああ」

睦月「そっか……」

睦月「……」

提督「睦月?」

睦月「提督。提督は、ゴーヤさんも助けるんですよね? 睦月の時みたいに」

提督「そのつもりだ」

睦月「なら、睦月も協力するのです!」

提督「良いのか?」

睦月「はい! 睦月、提督と浜風ちゃんに助けてもらいました」

睦月「……だから、今度は睦月と提督で、ゴーヤさんを助けたいです」

提督「そうか」

睦月「そうなのです」

提督「……そうか」

睦月「……そうなのです」

提督「……ああ。分かった。睦月の力、貸してもらおうかな」

睦月「ほんとですか?」

提督「よろしく頼むよ、睦月」

睦月「はい!」


伊58「……」

伊58「……コーヒー」

伊58「あったかい……」

伊58「……、……」

伊58「……一口だけなら、大丈夫、だよね?」

伊58「……ん、く」

伊58「……甘い」

伊58「ん……もう、一口、だけ」

伊58「甘い……えへ」

伊58「……ん、ん」

伊58「おいし……」

伊58「……」

伊58「サ、サンドイッチも、たべよ、かな」

伊58「い、いただき、ま……」


──ヴー ヴー ヴー


伊58「ひっ!?」

伊58「ま、また……」


──ヴー ヴー ヴー


伊58「あう……」

伊58「怖いよぉ」




好感度上昇
睦月↓1のコンマ十の位(ぞろ目でYP+1)
伊58↓2のコンマ十の位

一旦夕食いってきます。

再開します。

遠征ですが、二隻以上必要になります。
出撃同様コンマで資源を回収します。
好感度は上がりません。
ぞろ目で深海棲艦が出ます。

安価で遠征が選ばれた場合、再度遠征に行かなかった側の安価をとります。


提督「午後か」

 あの後食堂で改めて作ってくれた睦月の料理は、美味しかった。

 伊58も食事に手をつけてくれていればいいのだが、どうだろうか。

提督「さて、何をしようか……」



↓1

1.出撃

2.演習

3.遠征

4.工廠

5.その他(自由安価。お好きにどうぞ)


提督「……」

榛名「……」

鈴谷「……」

浜風「……ふふ」

 申し訳なさそうな表情が一つと、不機嫌な表情が一つ。そして微笑が一つ。

 それらを見ながら、三人には聞こえないように小さく息を吐いた。

鈴谷「さっさと終わらせてくんない?」

 足を組み、頬杖をつきながら明後日の方向に視線を飛ばす。

提督「そうだな。じゃあ、始めようか」

浜風「ええ」

榛名「……はい」

 俺の隣に榛名、榛名の正面に浜風。そして浜風から席一つ開けて離れた場所に鈴谷が座っている。

提督「鈴谷、もう少しこちらに来てもらえないか」

鈴谷「声は聞こえてるからいいでしょ」

 舌打ちでもしそうなほどに嫌そうな声でそう答える。

榛名「……すみません」

 ぽつりと榛名が謝って、その言葉に今度こそ鈴谷が舌打ちをした。

 そしてこちらを一瞥しながら息を吐く。

鈴谷「謝るなら最初から連れてこないで欲しいんですけど」

榛名「……」

鈴谷「出かけるところを引き止めておいてなんでそんな態度なんだか」

榛名「……すみません」

提督「鈴谷、一旦そこまでにしてくれ」

 ふん、と鼻を鳴らして鈴谷が再度そっぽを向いた。

 膝の上に置いた榛名の手がきゅっと握られ、スカートに皺を作る。

浜風「まぁ、良いじゃないですか」

 そんな中で一人だけ穏やかな表情を浮かべているのが浜風だ。


浜風「ともかく、話を進めましょう?」

提督「そう、だな」

 浜風の言葉に頷きながら、本題を切り出した。

提督「現状この鎮守府には七人の艦娘が居る。あくまで頭数ではあるが、だ」

提督「そこで、これまではその場その場で決めていた戦術などについて、決められる部分は予め決めようと思う」

 頬杖を解いて腕を組む鈴谷。

鈴谷「本当に頭数だけじゃん。実際に動けるのは何人だと思ってんの」

 鈴谷の言葉は尤もである。

 同じく浜風も頷きながら、俺の心中を代弁するように声を挙げた。

浜風「そうですね。伊58さんは出撃できないでしょうから」

鈴谷「あたしもそのつもりはない。これで五人。そんであんたともう一人はそもそも預かり娘」

鈴谷「つまり出撃するのは加賀さんと新入りの夕立、それとそこの戦艦様の三人ってわけだ」

 厳密には、全くありえないわけではないが、もう一人加わる可能性も、全くないわけではない。

 しかしそれは必ずしも好ましい状況ではないので、今口にするのは憚られた。

 未だ病院のベッドに居る彼女を、ここで戦力として数えるのには、あらゆる意味で無秩序すぎる。

鈴谷「……はっ。立派な陣容だねぃ」

 皮肉気に鈴谷が乾いた笑いを零した。

 榛名は先ほどから喋らずうつむいたままである。

 二人の仲は、この鎮守府内で最も悪い組み合わせなのかもしれない。

 とはいえ、鈴谷の言葉は全て正しい。純粋な戦力自体は、頭数の半分にさえ満たないのだ。

浜風「あぁ、いえ。そういうわけではありませんよ」

提督「どういうことだ?」

浜風「ええ。私も睦月も、正式にこちらへの異動が決まりましたから」

 事も無げに浜風がそう言った。

 俺も榛名も、鈴谷でさえもやや目を丸くして浜風を見るが、しかしどこ吹く風といった感じで、お茶を啜る。

【ストーブ】睦月と浜風が完全移籍、雪風も移籍濃厚か【リーグ】


提督「それは本当か?」

浜風「ええ」

 湯呑みをテーブルに置く。

鈴谷「……初耳なんですけど」

浜風「初めて言いましたから」

 風の様にひらひらと俺と鈴谷の質問をかわす浜風ではあるが、しかし再度質問を重ねる。

提督「いつ決まったんだ」

浜風「つい先日です。私、一旦向こうの鎮守府に戻ったでしょう?」

 思い返す。

 睦月の事を立ち直らせるために、浜風の案でそういう事をした事実は確かにあった。

 睦月の前から一度姿を消して、その間向こうの鎮守府に戻る、とは言っていたが、その裏でそんな事があったのか。

鈴谷「……」

 訝しげな表情で鈴谷が浜風を見やる。

 あの日鎮守府にも居なかった鈴谷からすれば、そもそも浜風が向こうの鎮守府に戻っていたことさえ知らなかっただろう。

 なので鈴谷にとってはまさに寝耳に水である。

浜風「その時に、そう言われまして、ね」

 僅かに浜風が唇を曲げた。鈴谷が良く俺に向けるような、歪な唇の持ち上げ方だ。

浜風「……本当ですよ?」

 疑ってはいないが、だけれど素直に信用できないのも事実だった。

 どうにも彼女からは、心の機微が読み取れない。

鈴谷「そりゃご愁傷様」

 浜風とあまり接点のない、というより関わろうとしていない鈴谷はそんな浜風に特に違和感を持たず、あっさりとそういった。

 ずっとここにいる鈴谷にしてみれば、単にまた哀れな仲間が増えたという程度だろう。

浜風「これで五人ですね?」

提督「そう、だな……」


提督「榛名」

榛名「は、はい」

 これまで一度も口を開かなかった榛名だったが、突然名を呼ばれて肩を震わせた。

提督「旗艦は榛名。君だ」

榛名「……榛名、ですか」

提督「ああ。それは変わらない」

榛名「……はい」

 ほんの少しだけ安心したような声色で、榛名が頷いた。

提督「加賀も、怪我が治ったら戦線に復帰してもらうとして」

浜風「後は私と睦月、それから夕立さんですね」

提督「ああ」

浜風「提督。遠征はしないのですか?」

提督「現状では難しいだろうな」

 確かに資源を回収するのであれば、チームを二つに分けるのは鉄板ではあるのだが、分ける戦力が今はない。

 浜風もその点は考慮していたのだろう。単に話の流れで振っただけかも知れない。

 一度頷き、すぐに引き下がった。

提督「七人全員動けるようになれば、また変わってくるだろう」

浜風「そうですね」

提督「まぁ、今は一旦先のことは置いておくとして。榛名を旗艦として、加賀、浜風、夕立、睦月といるわけだが、一番の問題は……」



↓1

1.夕立の暴走癖だな

2.加賀の装備だな

3.連携不足だな

>>138
「提督、よくこんな艦娘たちを率いて生きてこれましたね。裏切り者揃いじゃありませんか」
なんてセリフが浮かんじまった・・・


提督「連携不足だな」

浜風「ですね」

榛名「……はい」

 この鎮守府ならではの問題だった。

 色々な鎮守府から寄せ集められた艦娘の拠り所。

 それゆえに、足並みを揃えての実戦があまりに少ない。

 本来ならば出撃の回数をこなす事で息を合わせていくのだが、しかしここの“寄せ集め”の彼女たちでは、それもままならない。

 皆がそれぞれ心に思うところがあり、過去に思うものがあるから、繋がり合えないのだ。

榛名「榛名が、旗艦として、頑張ります」

提督「分かっている。君は十分頑張っている」

榛名「ま、まだやれます」

提督「まぁ、落ち着いてくれ」

 少しだけ浜風が微笑む。

浜風「榛名さんを中心に陣形を組む、それでいいんですよね?」

提督「ああ」

浜風「加賀さんをすぐ後ろに置いて、他はどうするんですか?」

提督「睦月も君も、全体を見ることに長けているから、少なくとも夕立を見られる位置にいて欲しい」

浜風「でしょうね」

 つまらなさそうな表情で鈴谷が欠伸をかみ殺し、首を鳴らした。

>>139
大淀さん辺りに言わせればいいんですね、分かります

神大佐 『まともに合同作戦も行った事の無い寄せ集めの艦隊です・・・作戦と言える物では・・・』

夕立 『夜戦をやらせて貰えるのならどんな作戦でも結構っぽい!』


提督「……、まぁ、こんなものか」

浜風「ですね」

榛名「お茶、淹れ直します」

 五隻での艦隊に対する戦術は、そう長くはかからずに終わった。

提督「鈴谷も、最後まで聞いてくれてありがとう」

鈴谷「……別に、そんなつもりじゃないし」

 それでも、彼女からすればいつだって席を立つことはできた。

 にも拘らずそうしなかったのは、何かしら思うところがあったのではないだろうか。

 それは、俺がここに着た一番初めの頃にはきっとなかったものだ。

 それが信頼だとか信用だとか、そういったものかどうかは、分からないけれど。

提督「そうなのか?」

鈴谷「……ふん」

榛名「あ、お茶……」

鈴谷「要らない」

榛名「……すみません」

 榛名の脇を止まることなく通り過ぎる。四つ分の湯呑みから湯気が立ち上がっていた。

提督「こんな時間から出かけるのか」

鈴谷「……あたしの勝手でしょ」

 そのまま鈴谷は食堂を出て行ってしまった。

浜風「榛名さん。お茶、貰って良いですか?」

榛名「あ、はい」

提督「ああ。俺も貰おう」

 茶葉のいい香りを鼻に通しながら、そっと息を吐いた。

浜風「榛名さん。そう気を落とさないで」

榛名「は、はい……」

 それでも浮かない表情の榛名ではあるが、少しは落ち着いたようだ。

浜風「……」

浜風「……ふふ」



好感度上昇
榛名↓1の十の位
鈴谷↓2の十の位
浜風↓3の十の位


提督「……ん?」

榛名「どうしました、提督」

 お茶を啜りながら、窓の外を見る。

 陽はやや落ち始めたところで、腕時計を見ると十六時を回ったあたりだ。

 冬だから陽が落ちるのが早いのは問題ない。

 問題はそこではなく、

浜風「……雨、ですね」

 窓を雨が叩き始めていたのだ。

榛名「本当ですね。また窓を塞がないと」

 食堂の庭に面した大窓は、まだ割れたままである。

 いくら掃除はしても、それを取り替えることは榛名一人では出来ないだろう。

提督「いずれ窓ガラスは買わないとな」

榛名「はい」

浜風「……、……。提督」

提督「どうした?」

 浜風が、やや考えながら言葉を発する。

浜風「鈴谷さん、出かけたんですよね?」

提督「そうだな。だが、戻ってきてるだろう」

 あるいは案外じきに止むかもしれない。

浜風「まぁ、そうかもしれませんね」

 そう頷き、浜風がお茶を飲み干した。

 それを合図にしたわけではないが、やがて各々散会し、自分の部屋に戻るのだった。


榛名「提督。提督」

提督「ん……?」

 書類を纏めていたのだが、うたた寝をしてしまっていたらしい。

 榛名が扉をノックする音で目を覚ます。

提督「どうした、榛名」

 腕時計を見ると、十九時を十分ほど過ぎた辺りだった。

 机に突っ伏して眠ったせいで、首がこってしまった様だ。

 少し首を動かしながら、扉を開けた。

榛名「すみません、お休みでしたか?」

提督「いや、気にしなくて良い。それで、どうしたんだ?」

 どことなく緊張した面持ちの榛名。

榛名「あの、実は……」

 一度榛名が言い淀む。

 ふと気になって、執務室に足を戻す。

 机の後ろ、カーテンの向こう。

 窓の外は──


榛名「……実は、鈴谷さんが、居ないんです」


 ──滝の様な大雨だった。


提督「……本当か?」

 榛名が嘘をつくはずもなく、我ながら間抜けな質問だと思った。

榛名「はい。工廠室も見たのですが……」

 みると榛名の髪は濡れていた。

 服は着替えたのだろう、濡れていなかったが、髪は拭いても濡れた跡が残る。

提督「……そうか」

榛名「あの、提督。まさかとは思いますが……」

 昼過ぎの食堂での話し合いが終わってから三時間が経っているが、出掛け先で雨に降られたのだとしたら雨宿りをしている可能性もある。

榛名「そう、ですよね」

 自分に言い聞かせるように榛名が頷いた。

 この鎮守府に電話がないのが、こんな所で不便に感じるとは思わなかった。

 尤も、仮に電話があっても、鈴谷がここに電話をする可能性は限りなく低いわけではあるが……。

提督「何にせよ、もう少し待とう」

 雨が弱まるかもしれない。或いは、雨宿り先の店が閉まるだろう。

 そうなれば、多少濡れてでも帰って来るのではないか。

榛名「……はい」

 今はともかく、榛名を落ち着かせた方がよさそうだ。

提督「……」



 そして、それから更に三時間が過ぎ、四時間が過ぎ。

 雨が弱まっても、再度勢いを増しても。

 ……時計が日付を跨いでも。


 鈴谷は戻っては来なかった。


榛名「提督。探しに行く許可を頂けませんか?」

提督「……いや」

 点滅するように雨は強弱を時間ごとに繰り返し、やや勢いが弱まった所で、痺れを切らしたように榛名がそう言った。

榛名「何故、ですか」

提督「君はここに残ってくれ。俺が探しに行ってくる」

榛名「提督が、ですか?」

提督「ああ」

 別段鈴谷の居場所に心当たりがあるわけではなかった。

 ただ、どちらが探しに行くかというより、どちらが残るかと言う事を考えた場合、やはり榛名が残ったほうが都合がいいのだ。

 艦娘が提督の代わりに指揮を取ることは出来る。

 恐らくこの鎮守府に俺が来る前、何度もそういう事があっただろう。

 提督が何度も交代する中で、すぐに代わりの提督が見つからず、艦娘だけしかいない時期もあったはずだ。

 だが、人間は海では戦えない。

 だから、彼女が俺の代わりに残ってもらわなければならない。

提督「……、まぁ、そうならないうちにすぐに帰ってくるつもりではある」

榛名「は、はい……」

提督「だが、もし朝までに俺も鈴谷も帰ってこなかったら、すまないが榛名。代わりを頼む」

榛名「……、……。分かり、ました」

 こくりと榛名が頷いた。

榛名「あの、提督。お気をつけて」

提督「すぐ戻る……ようにする」


提督「せめて傘くらい用意しておくんだったな……!」

 雨脚は弱まったものの、代わりに霧雨の如く肌に纏わりつくような嫌な雨だ。

 水溜りを踏みしめてしまったのか、じわりと靴の中に冷たさが広がる。

 大きく息を吐きながら、頭を振って雨を払った。

提督「闇雲に探しても見つからないのは確かだが……」

 ふと、睦月と鈴谷が食堂でしていた話を思い出す。

 確かあの時は、街によく遊びに行く鈴谷を羨ましがった睦月がその話を詳しく聞いていたな……。

 結局遊園地には行かず、喫茶店……と言うのを俺が勘違いして、茶道に行ったんだっけか。

提督「意外と言っては失礼だけど、割と似合ってたんだよな……」

 関係ない事を思い出して、再度視界を邪魔する雨を拭った。

提督「喫茶店。そう、喫茶店だ」

 食堂での話。睦月の問い。鈴谷の答え。

 数少ない鈴谷の行動パターンを、何とか記憶から掘り起こす。

提督「喫茶店……紅茶を飲むって言っていたな」

 紅茶。それから、お風呂。それから、それから……

提督「後は……なんだったか」

 雨の中、鈍る足を奮い立たせて歩き続ける。

 時間は既に深夜、殆んどの店が閉まっており、いまやしんと静まり返っている。

 雨の音と、水溜りをはねる音、そして細かく切れる呼吸音。

 それだけが耳に響く。

提督「喫茶店……どこも閉まってるな。風呂なんて、そもそもどこにあるのかも分からない」

提督「……くそっ」

提督「……ん」

 と、視線の先に光を見つける。

 こんな時間でも、やっている店はあるもので、すぐさま駆け寄った。

 いや、むしろこういう何でも幅広く売っている様な雑貨屋だからこそ、こんな時間でもやっているのかもしれない。

 何にせよ、傘を買えればそれに越したことはない。


 いらっしゃいませ、という気だるげな店員の声を聞き流しながら、手近にあったビニール傘を一本選び、数秒迷ってもう一本手に取った。

 加えて暖かい缶飲料を、こちらも二本取る。片方は紅茶で、片方はコーヒー。

 今だったらあの睦月の淹れた甘いコーヒーも喜んで一気に飲み干せそうだが、ないものをねだっても仕方がない。

提督「あの、すみません。ここに髪の長い、制服姿の綺麗な子を見ませんでしたか」

 お金を払いつつそう尋ねる。

 できればむしろ、ここで雨宿りでもしていて欲しかった。

 そしてそうしていないという事は、そもそも立ち寄っていない可能性の方が高いわけだが、しかし駄目元で聞いてみる。

 ほぼ期待通りの答えは返ってこないだろうと思いながらの質問だったので、

店員「きましたよ」

 という彼の言葉に、思わず受け取ったつり銭を台に落としてしまった。

提督「え、み、見た?」

店員「ええ、はぁ」

提督「緑がかった髪の?」

店員「緑っていうか翠っていうか……まぁ、はい」

提督「いつ? どこに行きました?」

 急かすように質問を重ね、店員が困ってしまったのを見て咳払いをする。

提督「……すみません」

店員「はぁ」

 状況が分からず、頭を掻きながら店員が続けた。

店員「って言っても結構前っすよ。二時間くらい前っす。傘買ってきました。どっちに行ったかは見てません」

提督「そうですか」

 あわよくば鈴谷の行き先が分かるかとも思ったが、しかしそれらしい情報は何も得られず、息を吐いた。

 とはいえ、鈴谷が傘を購入してくれていたのが分かっただけでも少しは安心できた。

 ずぶぬれの中、寒さに震えているわけではないと言うだけで、大分こちらの気持ちも変わってくる。

 一本傘が余計になってしまったが、まぁ、それはいいだろう。

店員「あ」

提督「なんですか?」

店員「そういやぁ、確かあの子……」

店員「花束、持ってましたね」


 店を出る。

 傘を差して、一つ大きく息を吐いた。

 白い花束を持ちながら入店した鈴谷。

 果たして傘を買って、どこに行ったのだろうか。

提督「……」

 確かに思い返せば、睦月との会話で、よく花屋に行くとも言っていた。

提督「花屋、か」

 こんな時間に花屋が開いているとは思えないが、しかし他に行く当てもない。仕方なしに花屋を探すことにした。

提督「……」

提督「……」

 歩くこと十五分。ようやく花屋を見つけたが、やはり既に店はしまっている。

 しかも鈴谷がこの店で花束を購入したかどうかも分からないので、花屋を探すことはあまり意味がないのかもしれない。

提督「……はぁ」

 雨の中を歩くのは、普段以上に体力を消耗する。

 ましてや今は真冬の夜中。これ以上なく寒い。

提督「そんなことはないか」

 生死の境を彷徨った雪風はきっともっと寒い思いをしただろうし、そして鈴谷は今もっと凍えている。

 夏だろうと、冬だろうと。雨は寒いし、嫌だ。

 雨が降るたびに、嫌な思い出が増えていく。

提督「……」

 ぼーっと花屋の店内を見る。

 電気はついておらず、入り口近くに置かれた鉢植えや、ガラス戸に仕舞われた手前の花などしか見えない。

提督「……あ」

 その中の一つの、花に目がいった。

 否、厳密には、その花の手前に置かれた値札だ。

 何も目を見張るほど高いわけではない。

 ただ、問題はそこに書かれた文字。

提督「墓花……」


提督「……」

 不思議と。その単語は、すとんと胸に落ちてきた。


──んー。あたしはその日の気分次第だけど、紅茶しか飲まない人がいてさぁ。

──花屋には良く行くかな。それと……あぁ、お風呂にも良く行くよ

──そうだねぃ。あたしもその人もお風呂好きだからね

 
提督「そういう事なのか……?」

 どこかで嗅いだ、鈴谷の匂い。今更になって、それを思い出す。

提督「ああ……そうか。あれは……」

 ……線香だったのか。

 全てが形どおりに収まった気がした。

 紅茶しか飲まないのではなく、紅茶しか飲めない。

 弔いの花を、その人のために鈴谷が買う。

 墓を洗う間、どんな話をしているのだろう。

提督「……墓地。いや、違う」

 頭を振って、思考を働かせる。

 集合墓地などにも、決まりの時間はある。

 だとすると、鈴谷はどこか鈴谷なりの場所で、その人を弔ったのかもしれない。

提督「……」

 市街地といえど、整備されたこの街で、そんな事が出来る場所は限られていた。

提督「……」

 水をはねながら、雨を切りながら。息を切らしながら、足を運ぶ。

 向かった先は、大きな木が今も残った鎮守府を見下ろせる小高い丘。

 見上げれば、微かに観覧車が見える。

 コンクリートの地面をけり、やがてそれがぬかるんだ土に変わる。

提督「……鈴谷」

 ただ雨の音しかしない暗い場所に、白い傘。

 膝を抱えているのだろうその後ろ姿ははっきりとは確認できなかったが、すぐにそれが鈴谷だと確信した。

鈴谷「……」

 振り返るわけでもなく、声を出すわけでもなく。

 ただ、墓の前で、鈴谷は座ったままだった。



提督「……鈴谷。探したよ」

鈴谷「……」

 しかし鈴谷は答えない。微かに傘が揺れた。

提督「帰ろう。風邪を引くぞ」

鈴谷「……こないで」

 雨に消え入りそうなほど弱い声で、鈴谷がそう零した。

 これまでの、反発するような強いものではなく、凍らせるような皮肉めいた声色でもない。

 ただ、折れそうな弱い声で、鈴谷がそう拒絶した。

提督「……」

鈴谷「……なんでここに来たの」

提督「君が心配だからだ」

 他にどんな理由だっていらない。

鈴谷「……そ。でもあたしは大丈夫だから」

提督「そうは見えない。今にも倒れそうな声じゃないか」

鈴谷「気のせいだよ。大丈夫だって」

提督「まるで榛名みたいなことをいうじゃないか」

鈴谷「……そうかもね」

 嫌っているはずの榛名の様に、大丈夫と繰り返す鈴谷。

 その事を指摘しても、怒るどころかふっと自虐めいた笑みを零した。

 霧雨が続く。

 とうに指先はかじかんで、感覚をなくしそうになっていた。

 鈴谷はどれくらいの間、ここにいるのだろうか。

提督「……、鈴谷。帰ろう」

鈴谷「もう少しここにいる。だから、気にしないで」

提督「それは出来ない。君と一緒に戻ると約束した。君が帰らないなら、俺も帰らない」

鈴谷「それは戦艦様との約束?」

 そうでもあるし、それだけではない。

 こんなに目の前で小さくなって、折れそうになっている人を助けないなんて、そんな事は、俺には出来ないのだ。

提督「……鈴谷」

 何度目か分からない名前を繰り返す。


提督「俺は先日、加賀の昔を知った。……いや、教えてもらった」

 鈴谷の言葉がなければきっと、加賀の昔を知るのは難しかっただろう。

提督「加賀は、この鎮守府に一年半前から居たそうだな」

鈴谷「そうなるね」

提督「だが……君は、加賀よりももっと前に、この鎮守府にいるんだったな」

鈴谷「そうだね」

 一年半前にこの鎮守府にやってきた加賀が、地獄に苦しみ心を病んでしまったのであれば。

 果たして鈴谷はどれほどの間ここで苦しんだのだろうか。

提督「……君は、いつからこの鎮守府に?」

鈴谷「……」

 雨の音が耳を通り過ぎて行く。

鈴谷「……ねん」

提督「……すまない、もう一度、言ってくれないか」

鈴谷「四年」

提督「……」

鈴谷「四年前からあたしはあそこにずっと居るよ」

 鈴谷が立ち上がる。傘が地面に転がった。

鈴谷「……加賀さんの日記見せたし、そうしないといけないかな」

 雨に濡れながら、鈴谷が語り始める。

鈴谷「ろくでもない、下らない話だよ」


鈴谷「最初の一年はね、それなりに楽しかったんだ」

提督「そう、なのか」

鈴谷「一番最初の提督はね、まぁ、あんたみたいな感じだったから。とっぽくて奥手で優柔不断でさ」

 語り始めると共に、鈴谷がこちらを振り向く。

 昔を思い返すように、鈴谷が軽く笑った。

 その頃は本当に楽しかったのだろう。

 恐らく鈴谷が本当に笑ったのであれば、きっと今のような表情をするのだ。

 初めて見る可憐で、どことなく軽やかな笑い方だった。

鈴谷「とても手柄なんて立てたことなくて、本部からの任務半分もこなせないような人だったけど。でも、嘘はつかなかった」

 そしてその人は優しかった。

 きっと大事にされたのだろう。

 暖かな花弁を包み込むような、そんな穏やかな微笑を浮かべながら、そっと目を伏せた。

鈴谷「馬鹿正直で、本当どうしようもなく頼りない人だったけど……」

鈴谷「……でも。あの時だけは、皆、幸せだったよ」

鈴谷「あいつがくるまでは」

 花弁が雨に変わり、そして鈴谷の表情が凍った。

 微かに声を震わせて、それを隠すように首を振る。

 滴り落ちる雨。

 寒さに白い息を吐く口から、鈴谷の独白が続く。


鈴谷「あいつは、優秀だった」

鈴谷「頭は良かったし勘も冴えてた身体も鍛えてて威圧感があったし、度胸もあった」

 思いもよらない単語から始まった鈴谷の言葉だったが、それもすぐに暗いものへと変わっていく。

鈴谷「だけど、あいつが一番優れてたのは、人の心につけこむ事だった」

鈴谷「本部への評価を稼ぐ為に色々画策したりするのが上手で、鎮守府での仕事もその手段にしか考えてなかった」

 そういう提督がどういう手段を選ぶのかは、加賀の日記が教えてくれた。

鈴谷「戦果や効率ばっかり考えて、あたしたちがいくら怪我しようが疲れようがお構いなし。轟沈したって“また代わりを用意すればいい”程度にしか考えてなかった」

 もしその提督と、以前の睦月が出会っていたら思うと、背筋が凍る思いだった。

鈴谷「戦う意外に艦娘に価値はない。戦い以外の感情を捨てろ。ってさそれがあいつの口癖だった」

鈴谷「当然そんな刷り込みと使役をされ続けた子達はダメになって、文字通り廃人になった」

鈴谷「でもそうなってでもあいつは止まりはしなかった。碌に動けなくなった子や、本当に死んじゃった子を無理矢理海につれってって……」

提督「そんな子達を連れて行っても、攻撃できないだろう。何の意味が」

鈴谷「餌にするんだよ」

提督「……」

鈴谷「海にその子を投げ捨てて、深海棲艦が現れた所で集中砲火。まるで釣りだよ」

 自虐のように鈴谷が笑った。

 仲間を餌に深海棲艦を呼び寄せるなど、正気の沙汰とは思えない。

鈴谷「しかもそうすれば、深海棲艦に食われたことになるから、自分のやり方の証拠隠滅になるってさ……ほんと、ありえない。はは」

 虚ろな瞳で鈴谷が髪をかきあげた。雫が落ちていく。


提督「……だが、そんなやり方。とても長続きはしないだろう」

 いくら死んだ艦娘の代わりに新しい艦娘を造るといっても、ことはそう単純な足し引きでは解決しない。

 新しくやってきた艦娘に、深海棲艦を相手取る技術や経験はない。まずは育てないといけないのだ。

 しかもその新しい艦娘達を、提督の洗脳に従わせるとなると、これも時間が必要だ。

 とても三年で鎮守府が崩壊するとは思えない。

鈴谷「……そ。じきに錬度の低い艦娘が増え始めて、洗脳も行き届かなくなって、面倒になり始めたんだろうね」

鈴谷「そこであいつは考えた。自前の艦娘に洗脳と育成するのが間に合わないなら、他所から奪えばいい」

提督「……他所、ってまさか」

鈴谷「……あいつは、他所の艦娘を事故に見せかけて壊すことを思いついた」

 歯軋りをしながら、鈴谷が呪詛のように呟く。

鈴谷「演習で事故に見せかけてそうしたこともあるし、深海棲艦と戦ってる最中の、別のとこの艦娘に手を出した事もあった」

提督「……」

 その言葉に、何故だか俺は大和と榛名を思い出した。

 榛名にそう言う意図はなかった。きっとそれは確かだ。

 あの時は悪天候の中での不慮の事故だ。誰も悪くない。

 だけれど、その提督は。

 あの夏のような事を、意図的に仕掛けていたというのだろうか。

 たった一度の誤射で今もなお苦しむ榛名。

 たった一度の誤射で今はもう居ない大和達。
 
 たったの一度でさえ、あんなに彼女たちの人生を狂わせたような悪夢を、故意に行っていたのだとしたら、それはもう、悪魔といわざるを得ない。

 その提督はもう、人の域を超えてしまっている。


世紀末救世主提督


鈴谷「そうして壊れた艦娘を引き取る。こちらは新しくやってきた、育成だけして洗脳出来ていない子を差し出す」

 戦闘経験の全くない子を代わりに渡すのではなく、錬度を積んだ艦娘を差し出すところが狡猾だった。

鈴谷「そうやって事を大きくしないように頼み込んだ……のかどうかは知らないけど、どっちにしても、そうやってまたここは壊れた艦娘ばかりになった」

提督「だが、全く発覚しなかったわけではないだろう」

 何故なら、一度は本部が調査として加賀を送り込んだからだ。

 こくりと首を縦に振る。

鈴谷「加賀さんがやってきて、色々と調べ始めて、あぁやっと解放されるんだ、って思ったよ」

 ……しかし、結果は既に知っている。

 後に残ったのは、加賀の深海棲艦に対する殺意と、哀しい記憶だけだ。

鈴谷「加賀さんが軟禁されたときはまずいと思った。当然あいつなら、逃がさないようあたしたち同士を枷にすることは分かってたから」

 加賀を逃がしたら仲間が犠牲になる。

 互いが互いを牽制せざるを得なくなってしまった。

鈴谷「……それでも、加賀さんには脱出して欲しかった。そりゃ、あたしも含めて処刑されたかもしれないけど、それでもあれが続くよりかはその方がよっぽどマシだった」

鈴谷「あたしたちが生きることより、あの屑を殺すことの方が、もうよっぽど大事だったくらいに、おかしくなってたんだよ」

提督「……」

鈴谷「……でも、加賀さんもあいつに飲まれちゃった」

 異常なまでの深い闇に、加賀もまた壊れてしまった。

提督「……鈴谷も、加賀の見張りをしたのか?」

 首を横に振り、それと共に雨が鈴谷の髪からはね落ちた。

鈴谷「……アレが余計だった」

提督「……?」

ブラック提督「なんだ、提督ではないか」←死亡フラグ
提督「これは、夜分に失礼を」

これで救われる


鈴谷「加賀さんの日記、見たでしょ。見張りに倒れた子、いたよね」

提督「……ああ」

 追い詰められた挙句発狂してしまった子。

 そしてその子は戦闘に狩り出され、深海棲艦の餌食となり、やがて加賀に看取られた。

鈴谷「……あの日、本当は、あたしが見張りするはずだったんだ」

提督「そう、なのか」

鈴谷「でも、あたしはさっきも言った通り、加賀さんには脱出して欲しかった。だからもしそのまま見張りにつければ、部屋から逃がすつもりだったんだ」

提督「……」

鈴谷「でも、気付かれてね。外されて、代わりにあの子が見張りについて、それで……」

 一度そこで喉を詰まらせた。

 飲み込んだ灼熱を、もう一度吐き出せといっているようなものだ。

 いよいよ鈴谷の唇が紫色に染まり、震えだした。

 もう深夜二時になるだろうか。時計を見る余裕さえない。

鈴谷「あたしは、頑張って耐えてた。いつか絶対、刺し違えてでも殺してやるつもりだたった。でも、それがあいつには癪に障ったんだ」

 ふっと鈴谷が半身になり、視線を後ろに向けた。

 白い花束が供えられた墓石。傍にあるのは紅茶の缶だろう。

鈴谷「あいつも切羽詰ってきて、追い詰められて、それで八つ当たりであたしを攻撃してきてさ」

鈴谷「でも、殴られたって蹴られたって、そんなのは別にどうでも良かったんだ」

鈴谷「熊野さえ守れたら……あたしはそれで……」

鈴谷「それだけでよかったのに……」


鈴谷「ある日、あいつの部屋に呼ばれて。仕方なく行ったら。そこには熊野が居てさ」

 鈴谷の声が震えだした。

 声だけでなく全身で震えながら、ぎゅっと自分の腕を掴む。

 しゃくりあげないように、一生懸命になりながら。短く、短く、言葉を繋げる。

鈴谷「問いただしたら、深海棲艦にやられたって。でもそんなのおかしい、あの状態の熊野を、なんで出撃させるのか、おかしいって」

鈴谷「それに、蹴られたりした跡があって……それに」

鈴谷「ワイシャツのボタン、取れてて。服も……」

鈴谷「……」

 けほっ、と一度咳き込んだ。その拍子に涙が落ちていく。

鈴谷「熊野は、ボロボロで、いくらゆすっても、返事さえしなくてさ」

提督「……鈴谷」

鈴谷「鼻からいっぱい血が出てて、一目でまずいと思った。歯だって折れてたし、息しながら、ごぼって血吐いて」

 強く鈴谷が目を閉じる。雨に紛れて、鈴谷の瞳から涙が落ちた。

鈴谷「死んじゃうと思った。放っておいたらすぐに死ぬって、思った。なのに、あいつ、あの屑」

提督「鈴谷……」

鈴谷「土下座で熊野が助かるなら、何回だってしたよ。頭踏まれたって、つば吐かれたって、そんなのどうだって良かった」

 虫の息となった彼女の隣で、鈴谷の頭を踏みつける。

 そんな光景は考えたくなくて、頭を振った。

 傘を持つ手が震え、もう自分が持っているのがどうでもよくなって、鈴谷に近づく。

 そんな俺に対して、身を守るように自分の体を抱きしめた鈴谷。

 泣きじゃくりながら、それでも嗚咽と共に言葉が続いた。


鈴谷「でも、あ、あいつ、こんな廃人じゃ楽しくないなんて言って、代わりに、あたしを」

提督「鈴谷。分かった」

 それはあまりに聞きたくない内容だった。

鈴谷「あたし、熊野の前で、脱がされ、て、それで、む、無理矢理」

提督「もういい。鈴谷。無理をしなくていい」

 だけれど、鈴谷の口から言葉は止まらない。

 これまで三年近くも溜め込んだ言葉が、今ここで止まるはずもなかった。

 一度壊れてしまったダムからは、枯れるまで水が溢れていく一方だ。

 雨と共に、涙と共に、嗚咽と共に。鈴谷の口から言葉が流れていく。

鈴谷「熊野、まだ生きてて、見てるんだよ、あたし、の、こと」

鈴谷「それ、なのに、あたし。あたし、何も、出来なくて、ただ、身体を、汚され、て、熊野の前、で」

鈴谷「助けなきゃ、いけない、のに、あたし、は」

提督「鈴谷。お願いだ。一度止まってくれ」

鈴谷「あたしの髪、引っ張って、それで、あいつ、あいつ……!」

提督「鈴谷……!」

鈴谷「上も下も、同じ、毛の色、だなんて! 笑ったんだよ!」

 鈴谷が叫び、そしてその場に崩れ落ちた。

鈴谷「笑いながら、あたしのこと……!」

提督「鈴谷、分かった。もう、分かった。もう……言わなくていい」

 声にならない声で、鈴谷が泣きじゃくる。

 雨は止まない。

 ……止んでくれない。


 それから鈴谷がどうして今に言ったのかは、言うまでもない。


 件の提督は本部に連行されても、残った艦娘の傷が癒えるわけではないのだ。

 新しく着任した提督の殆んどが壊れた艦娘を気味悪がり、解体したり処分したりしたと言う。

 稀にそういった事をしない、正義感を持った提督が来ても、じきに鎮守府の空気に耐えられないようになり、逃げるように去っていった。 

 そうして徐々に艦娘の数は減っていき、最終的には鈴谷と、途中から異動させられた加賀だけが残った。

 もはや鎮守府として機能しなくなったその場所は廃墟と化したわけだが、しかしそれにより一つの事態が生まれる。

 それが、壊れた艦娘が送られるだけのゴミ箱と化し現状だ。

 様々な壊れた娘と、自分たちを見捨てる提督を見続けた鈴谷もまた心が折れ、誰も信用しなくなった。

 あるいは、艦娘としての自分の価値さえ鈴谷にとっては自分を縛る茨なのだろう。鈴谷の、艦娘として行動はしたくないといっていた言葉が今では良く分かる。

 もしかしたら、鈴谷の榛名に対する敵意はそこから来ているのかもしれない。

 榛名は鈴谷とは真逆で、自身の境遇から人一倍艦娘としての任務や仕事を欲している。

 艦娘であることに重荷を感じている鈴谷からすれば、確かにこれは心をかき乱される存在だ。

 ただ、それでも死んでいった艦娘に対する想いは強い。でなければ、遊びに行くと言う方便を使ってまで鎮守府を抜け出すし、実際は一人でつくった墓で仲間を弔ったりはしないだろう。

 きっと鈴谷は誰よりも仲間を大事に思っている。それを見透かされたくなくて、仲間と言う言葉に過剰に反応していたように、今なら思える。


鈴谷「……だから、あんた個人がどうこうって、わけじゃない」

鈴谷「ただ、もう、あたしにとっては、提督って言う存在が嫌なの」

 それは尤もな言葉だった。

鈴谷「だから……放っておいて」

提督「……」

 泣き腫らした鈴谷の顔には、表情さえ浮かんでいなかった。

 それはきっと以前俺が鈴谷に言われた、まさに死人のような表情だった。



【鈴谷の好感度が30を超えました】


今日はいっぱい書けて楽しかったです(小学生並の感想)

今日はここで終わりです。おやすみなさい。

>>1が他に書いてたスレってある?
他作品でもいいから気になる

>>281
咲やらモバマスやら東方やらをちょろちょろと書いたことはあります。艦これは初めてです。

このスレでは艦娘の重複はありません。大型建造しても大和は出ないし武蔵も出ません。
熊野さんも出ません。

そういえば、本日は25時05分からTOKYO MXにてアニメ艦隊これくしょん第3話が放送されます、よろしくお願いします。


提督「……っくしょん! ん……」

 雨の中の鈴谷の独白からおよそ六時間が過ぎただろうか。

 執務室の窓から見える空は相変わらず鈍色ではあるが、しかし雨は殆んど降り止んだようだ。

 鼻をかみながら、カーテンを開ける。少しばかり寒気を覚える。もしかしたら風邪でもひいたかもしれない。

提督「……鈴谷は大丈夫だろうか」

 ただでさえあの独白で心を痛めている上に、更に風邪まで引いたら心底気が滅入ってしまうだろう。

 そうなっていなければいいのだが。

提督「……ああ」

 鈴谷の独白を思い出し、一つ息を吐いた。

 鈴谷の斜に構えた態度や、俺に対する敵意のようなものは、全てあの凄惨な過去から来たものだったのかと思うとやるせない。

 あるいは鈴谷が、この執務室に来るのを何度も拒んでいたのも、同じ理由だったのか。

提督「……」

 執務室の床に視線を落とす。

 ここで熊野という少女が血を流し、鈴谷が陵辱されたのだとすれば、足を運ぶのを嫌がるのも無理はない。

 三年前から始まった地獄は、今もなお鈴谷を苦しめているのだろう。

提督「……行こう」

 服を着替え、心を奮い立たせるように扉を開けた。

 どんなに辛くとも、生きている限りなすべきことがやってくる。



↓1

1.出撃

2.演習

3.遠征

4.工廠

5.その他(自由安価。お好きにどうぞ)


夕立「なんか、夕立、怒られてるっぽい……?」

 不満半分、不安半分、といった面持ちで夕立がこちらを見やる。

 海の前、母港先。眼前数メートルに色の濃い海面が広がっている。

 昨日の雨で普段より穏やかさが損なわれた、強い潮の香りを嗅ぎながら俺は腕を組んだ。

提督「そう言うわけではない」

夕立「でもぉ、睦月ちゃん恐いっぽい」

睦月「夕立ちゃんが適当なのがいけないのです!」

 正面に夕立、右に浜風。そして何故か俺の隣に立ちながら睦月が夕立を制するように言葉を重ねた。

睦月「夕立ちゃん、陣形をもう少し守って欲しいのです」

浜風「まぁ、確かに」

 海面を払うように吹く潮風が、浜風の髪を揺らす。

 やや顔をしかめながら浜風が髪を抑えた。相変わらず彼女の右目は良く見えない。

夕立「でもー……」

睦月「でももヘチマもないのです!」

 有無を言わせない睦月の言葉に、夕立が助けを求めるように俺を見た。

 今日は風がどうも強い。寒さに抗議するように少しだけ足を擦り合わせる夕立である。

提督「まぁ、一旦睦月も落ち着け」


提督「夕立、何も俺は怒っているわけじゃない」

夕立「でも、なんかシチュエーションがそれっぽい」

 夕立の言葉は良く分からなかったが、彼女は大抵こうなので深くは気にしない。

夕立「荒れ気味の海、冬の朝! なんか、こう、罰ゲームっぽい」

提督「……」

 彼女の感覚は、どうにも俺とは違うようだ。

 しかし夕立のセンスの良し悪しは今は一旦置いておくことにして、話を先に進める事にする。

提督「まぁ、なんだ。夕立、君はどうにも少し先走りしすぎる癖がある」

夕立「っぽい」

浜風「便利ですね、その語尾……」

 風が夕立の長い髪を弾く。

提督「君のその、敵に対して物怖じしない性格は素晴らしいが、時にそれは諸刃の剣となるかもしれない」

浜風「先日も、加賀さんが撃たなければ危うかったですからね」

夕立「あれはそもそも加賀さんが私を撃たなければ大丈夫だったっぽい……」

 ここに加賀が居たらどやされそうな言葉だ。

夕立「それに、浜風ちゃんのときは私が一番頑張ったっぽい!」

睦月「ぐぬぬ……」

提督「まぁ確かに」

浜風「提督はどっちの味方なんですか」

提督「あぁ、いや、うん。すまない」


睦月「ともかく! 夕立ちゃんには、皆に合わせてもらう練習をするの!」

夕立「ええー」

睦月「今更抵抗しても無駄なのです、さっさと腹括るのです」

夕立「提督さん、助けて欲しいっぽい!」

提督「諦めろ」

浜風「投げましたね」

 夕立の肩をひしと掴み、引きずるように海に連れて行く睦月。

 抵抗虚しく艤装を装着された夕立が、小さく唸りながらこちらを見るが、すぐに睦月に身体ごと海のほうへ捻られる。

 最後に浜風が、やや苦笑しながら夕立を挟んで睦月の反対側へと位置どった。

提督「遠くに行く必要はないし、深海棲艦と闘う必要もないぞ」

 予め鎮守府のすぐ近くの海上には、そういった射撃練習用の的などが備えられている。

 今回はそれを打ち抜く練習をすることにした。

 まさかこの三人で深海棲艦を相手しろ、というわけにもいかない。

 敵が駆逐棲艦一体だけだとしても、決して油断は出来ない。

睦月「睦月、出撃します!」

夕立「もー……」

浜風「夕立、しょうがないでしょ」

 三者三様の掛け声と共に、波飛沫をあげながら三人が海をかけていく。

タイミングがいいので、今回は先に好感度のコンマとらせてください。
ちなみに今、夕立が29で浜風が25です。

睦月↓1のコンマ十の位(ぞろ目でYP+1)
夕立↓2のコンマ十の位
浜風↓3のコンマ十の位


夕立「砲弾開始っぽーい!」

睦月「ふにゃ!? 夕立ちゃんそこは睦月の方が近いよ!」

夕立「でも私がこう撃ってそのまま向こうに流れて行った方がいいっぽい」

睦月「それじゃ陣形が変わっちゃうでしょ!」

夕立「陣形にこだわって動きが不便になるなら、撃てる人が撃った方が確実っぽい」

睦月「そうやって二人して同じ的……じゃなくて敵を撃ってたら、弾幕が薄い所から敵に攻められちゃうよ!」

夕立「その時はその時……」

睦月「それじゃ駄目なのです!」

浜風「まぁ、落ち着いて」

睦月「浜風ちゃんは睦月と夕立、どっちが正しいと思う?」

夕立「私? それとも睦月ちゃん?」

浜風「……」

睦月「ずい」

夕立「ずい」

浜風「いや、口で言われても」

睦月「浜風ちゃん」

夕立「ちゃん!」

浜風「……」

浜風「……まぁ」

浜風「強いて言うなら……。今回は、夕立かな」

睦月「ふにゃ!?」

夕立「っぽい!?」

浜風「睦月はまだしも、なんで夕立まで驚くの……」

夕立「いやぁ、てっきり浜風ちゃんは睦月ちゃんにつくかと」

睦月「ぐぬぬ……!」

睦月「ぬぬ……」

睦月「……」

睦月「……ふにゃああん! 提督ー!」


夕立「陣形陣形って言っても、敵が教科書どおりに動くわけじゃないんだから、決めすぎても仕方ないっぽい」

浜風「全く自由に動いていいって訳じゃないけど、まぁ、夕立の言う事にも一理あるかなって」

睦月「ふぬぬ……」

夕立「どういう順番で倒そうと、最終的には全員倒すんだから、手当たり次第やっちゃった方が簡単っぽい!」

浜風「ある程度は柔軟性も持ってた方が良いと思う」

睦月「……浜風ちゃんが反抗期になったのです」

浜風「いや、別にそういうわけでもないんだけど……」

睦月「浜風ちゃんまで夕立ちゃんみたいにあっぱらぱーになっちゃったのです」

夕立「酷いっぽい」

浜風「まぁ、話し合っても仕方ないし……」

浜風「とりあえず、実際に倒してみて決めようか」

睦月「ふにゃ?」

夕立「っぽい?」

浜風「ん」

睦月「ん?」

夕立「ん?」

睦月「……あ」

夕立「……あ」

浜風「丁度ほら、駆逐棲艦が一体そこにいるから」

浜風「丁度良く、ね」

(アニメ観るので中断します)

これ下手したら今後の展開アニメの内容と被りまくるんじゃないの疑惑が浮上して来ました。違う意味でやばいですね。


夕立「敵っぽい!」

 いち早く敵に反応したのは夕立だった。

 ぐっと右足に力を入れて水を蹴る。そのまま波を蹴飛ばすようにしながら駆逐棲艦への距離をつめる。

 同時に浜風が、顔にかかりそうな跳ねる波粒を手で庇いつつ夕立の数メートル後についた。

 二人に遅れたのは睦月で、海水に目を閉じながら、一度夕立達のほうを見て、次いで俺の方を見る。

 確かに三人であれば、深海棲艦一体くらいならば切り抜けられるかもしれない。

 止まっている的を打ち抜くより、実戦の相手を撃つのは何よりも確かな経験値となる。

 だけれど、反面、今の三人をそのまま三人分の戦力として数えられるかと言うと分からない。

 睦月と夕立が方向性についてぶつかってしまえば、深海棲艦への砲撃に集中できず、却って危険に晒されることになる。

提督「……、とはいえ今更か」

 一瞬だけ考えて、しかしすぐに破堤から睦月に向かって声とジェスチャーで指示を出す。

 ……良く考えたら、無線で指示は出せるので、身振り手振りをする必要はなかったと思ったが、まぁ仕方ない。

 撤退させるにしても二人の元へ行かなければいけない以上、そのまま睦月にも戦闘に加わってもらった方が良いだろう。

 何しろもう夕立は射程圏内に入ってしまっている。

提督「睦月、二人の援護を頼む」

睦月「うぅー……」

 少しだけ口を尖らせながら、それでも睦月は二人の方へと海面を切る。

 既に砲撃戦を始めている夕立に、少し離れて浜風が同じく砲撃の構えに入る。

 最後に睦月が浜風の反対方向に回り、最初の練習と丁度反転した形になった。


夕立「命中っぽい!」

 夕立の砲撃が敵を捉える。

 海水よりも濃い、黒に近い青色の体液を流しながら駆逐棲艦が身悶えた。

 それを見て息巻く夕立だったが、すぐに浜風が声を挙げる。

浜風「夕立、敵砲弾!」

夕立「わっ、わっ!」

 慌てて舵を切るように夕立が海面を滑る。

睦月「夕立ちゃん、だから突っ込みすぎは駄目なの!」

 遅ればせながら睦月が、やや遠い位置から声を張り上げた。

夕立「分かってるっぽい!」

 それでも夕立は、旋回しながら駆逐棲艦の背後に回り、再度接近する。

 五十メートルもないほどの距離まで近づき、目一杯弾薬を投げ捨てるように撃ちまくった。

 臀部と呼ぶべきかどうか分からない尾びれの部分から背中、そして夕立の動きに合わせて土手っ腹へと砲弾が次々命中する。

夕立「これでとどめ、っぽい!」

 仕上げと言わんばかりに両足にセットした魚雷を放つ。

 一発、二発。

 苦し紛れに放った駆逐棲艦の砲弾がその片方を落とすが、しかしもう片方はそのまま傷を抉るようにして直撃した。

 勢いに任せて更に魚雷を落とし、射撃の反動に任せて膝を折りながら夕立が敵の顔面へと単装砲の標準を合わせる。

夕立「……ふふっ」

 舌なめずりをするように、夕立が微かに息を漏らす。

 そして魚雷の命中に合わせて、駆逐棲艦の顔面めがけて砲弾を撃ち抜いた。

 くぐもった声で最期の咆哮を挙げる駆逐棲艦。

 単装砲を構えたまま夕立が更に近づく。

 ぽっかりと口を開け、鋸の様な歯を空に向けたまま、体液を零す。

夕立「ブルーハワイみたい。あはっ」

 軽く夕立が嗤う。

 海を掻き分けたことで乱れた息を整えながら、それでも上気した頬同様に瞳は紅い。

 風で整っていた髪が舞い上がり、まるで獣の耳のように一部が逆立っていた。

 その様子に、睦月はどう声を掛けていいのかが分からなかった。


夕立「つまんないの」

 息絶えた駆逐棲艦を見下ろす夕立だったが、こともあろうか更に接近する。

 至近距離と言うよりそれはもう真横と言っていい。

 腕を伸ばさずとも触れられるであろう距離に夕立が立つ。

 万一駆逐棲艦が息をしていて、最後の悪あがきで身体を動かそうものならばきっと夕立の足は噛み千切られるだろう。

 そこでようやく睦月が叫んだ。

睦月「夕立ちゃん、何やってるの! 危ないのです!」

 喉に何かが絡み付いていて、それが突然になくなった様な感覚。

 吐き出した言葉の代わりに、冷たい空気を一気に吸って睦月が一つ咳き込んだ。

 そうして呼吸を整えたところで睦月は、自分の心臓が早く鼓動を繰り返していることに気がついた。

 海面を目一杯滑ったから、といえばそうかもしれない。

 砲撃こそしていないものの、艤装だってそれなりに重さはある。それらを担いで波を切るだけで、十分な運動なのは確かだった。

 だけれど、睦月にはそれが、そう言う肉体的な乱れによるものだけではない気がした。

夕立「大丈夫、死んでるっぽい」

 それは、どちらかというと、目の前の夕立の言動によるものの様な気がして。

夕立「……ほら」

 もっと言えば、今目の前に居る夕立の、普段とは違う恐ろしさのようなものを感じ取って。

 本能に近い、言ってしまえば恐怖に近い何かを、夕立から覚えたのだ。

睦月「ゆ、夕立ちゃん」

 こつん、と夕立が駆逐棲艦の顔を足で小突く。

 生きてでもいたら今頃その足がなくなっているだろうが、しかし何も起こらない。

 波に揺られるだけの駆逐棲艦は、やはり夕立の言うとおり死んでいるようだ。

 とはいえ、つい数十秒前まで生きていて、いまだ口から青黒い体液を海水に溶け合わせようとしているその姿は睦月からしたら穏やかなものではない。

 困り果てたように浜風に視線を向けるが、何故だか彼女もまた落ち着いた笑みを浮かべるだけであった。


夕立「睦月ちゃん」

 名前を呼ばれ、やや肩を震わせる睦月。

 えも言えぬ不安しか感じなかった睦月ではあったが、しかし見ると夕立の瞳は、いつもの澄んだ翠色だった。

 先ほど自分が見た紅い瞳は、見間違いだったのだろうか。

 そう思い、首を横に振りたくなる衝動に駆られたものの、目の前の夕立の声は軽いものだった。

 加えて言えば、戦闘の時に感じた近寄りがたい空気も抜け、髪も多少ぱさついてはいるもののやはり別段目を見張るような変化はなかった。

 ……どれも、勘違いだったのか。

 慣れていようがいなかろうが、戦闘である以上、命の危険はある。

 例えそれが駆逐棲艦一体であろうと、危険であることには変わりない。

 ましてや今回は“独断先行”をする夕立を追いかけての出来事だ。

 普段とは違う、突発的な出撃で、いつも以上に神経を張りすぎたのかもしれない。

 結局睦月はそう結論付けた。というより、そう思わざるを得なかった。

 よもや瞳の色が違った気がした、などと夕立に問いただした所で、どうにかなるわけでもあるまい。

 睦月は自分をわりと周りの見えるタイプだと自負しているが、しかし横柄ではない。

 浜風の方が冷静さでは上だと思っているし、何だかんだ言っても戦闘能力そのものにおいては夕立の方が勝っていると認めている(尤も、だからこそ夕立には陣形を守って欲しいと思うのだが)。

 その浜風が夕立について何も言わないという事は、やはり自分の勘違いだったのではないか。

 そういう答えに至ったのだ。

夕立「どうしたの?」

 小首をかしげて夕立が尋ねる。

 その雰囲気は、いつもの鎮守府で見る夕立そのものだった。

 そのことに内心ほっとしつつ、睦月は答える。

睦月「なんでもないのです。それより、帰りましょう」

 失いかけていた手綱を再度握るようにして、夕立と浜風の間に割り込んだ。

睦月「勝手に敵に突撃したことを、提督に叱ってもらうのです」

夕立「ええー!? 倒したのに」

睦月「それとこれとは話が別なの!」

夕立「睦月ちゃん厳しいっぽい……」

 そうして母校に戻る。

 当然夕立が提督に注意をされたことは言うまでもない。

全然何も書けていないですけれど、今日はここでおわりにさせてください。
夕立みたいに新しく建造された子に過去もクソもないので、多少加賀や鈴谷達とは毛並みと言うか、方向性が違うやもしれません。

というか本当に丸被りしそうで不安ですウギギギギ


──夜。

提督「ん……?」

 執務室の向こう、廊下からなにやら声が聞こえる。

 声の種類は二つで、片方は大きく、もう片方は小さかった。

「だから、なんで!?」

 大きい方の声は、慌てたような声で、その取り乱しようが良く分かった。

 対してもう片方の声は小さく、何かを喋っているのは確かなのだが、内容までは聞き取れない。

 しばしの間考え扉を開ける。

睦月「あ、提督!」

 扉を開ける前から睦月については声で分かっていたので驚かない。

 少し跳ねる様にしながら、すぐに俺の元へと駆け寄った。

提督「どうした」

睦月「あのね、浜風ちゃんがね」

 俺と睦月を見ながら、一度息を吐いたのは浜風。

 聞き取れなかった方の声の主は彼女だったようだ。

 とはいえ、片方が睦月だった事を考えると特別驚くようなことではない。

 睦月と一番一緒に居るのは彼女だろうし、仮に最近同じく一緒に居ることが多い夕立であれば、言葉は悪いがもっと姦しい会話になっていたであろう。

提督「浜風がどうした?」

 やけに甘い香りがする。風呂でも入った後なのだろうか。

 この時期にあまり歩き回ると風邪を引くので、心配だ。

睦月「今はそう言う話は置いとくのです」

 睦月にワイシャツを指でつままれる。

睦月「それより提督、聞いてください」

提督「なんだ?」

 睦月が更に一歩近寄る。

睦月「浜風ちゃん、部屋を別々にしようって」

提督「……それは、また」

 思いもよらぬ言葉だった。

 それは確かに、俺が睦月でも理由を聞こうとするだろう。


提督「本当か、浜風?」

浜風「提督には関係ないことだと思いますけど……」

 浜風の言う事も尤もではあるが、とはいえ執務室から声が聞こえた以上、仕方あるまい。

浜風「まぁ、確かにそうですね。確かにそう言いました」

睦月「なんで? 浜風ちゃん」

浜風「なんでと言われても。他の人は一人一部屋なんだし、部屋が余ってるならそうしても良いかと思っただけ」

睦月「でも、今までは一緒だったのに」

浜風「今までは、ね。これからもそうだとは言ってない」

 二人のやり取りは、何だかどこか不思議に思えた。

 浜風の言う事は決して理不尽ではない。確かにこの鎮守府では部屋は余っているし、自分一人の部屋を欲しがるのもおかしくはない。

 今まで睦月と浜風が一緒だったのも、振り返れば睦月の心の問題があったからだろう。

 あの時の睦月を一人部屋においておくのは、確かに浜風からしたら忍びなかっただろうし、それが長く続いていたからこそこうして睦月が別部屋になることに異論を唱えているに違いない。

 しかし今の睦月は立ち直った。浜風が居なくても一人で寝られるかもしれない。

 言ってしまえば、浜風から独立する切欠か、あるいは最後の階段なのだ。

 いくら立ち直ったといっても、いつまでも浜風のベッドで眠っていては、それは確かに真の意味で独り立ちしたとは言えない。

 自分一人で眠り、自分一人で起きられる様になって初めて、睦月のスタートと言えるのだろう。

 だけれど。

 そうだとしても、そういう想いがあるにしても。

 それにしては、浜風の態度はやけに淡々としている気がするのだ。

 淡々としている、というより、

 淡々としすぎている、ような。

 興味のない絵画を見るような。

 音符のない楽譜を見るような。

 関心のない相手を見るような。


 ……。

 ……まるで。

睦月「浜風ちゃん、睦月のこと嫌いになったの……?」

浜風「何故?」

 まるで、今まで愛しく守ってきた相手に対する愛情が、

睦月「だって、昼の戦闘でも、睦月じゃなくて夕立ちゃんに肩入れしてた」

浜風「……そうかな」

 急に薄れたような。

 否。薄れたどころか、なくなってしまったような。

睦月「睦月、何か浜風ちゃん怒らせるような事、した……?」

浜風「ううん。してないよ」

睦月「じゃあ……」

浜風「ただね」

 コバルトブルーより明るい瞳。穏やかな水面の様なその瞳が、何故だか冷たく感じられる。

浜風「睦月はもう、立ち直ったから」

睦月「う、うん……?」

浜風「睦月は一人でも、大丈夫でしょう?」

睦月「それは……」

浜風「いざとなったら、提督だっている」

 一度だけ俺を見上げ、何故か不意に視線を外した。

 遅れて寄せられた睦月の身体から僅かに熱を感じる。

 それらが何を意味するのかは分からなかったが、今はあまり関係ないだろう。

浜風「提督は、睦月のこと守ってくれますよね?」

 唐突に話を振られ狼狽しそうになるが、しかし短く肯定の声を挙げる。

提督「そのつもりだ」

 睦月が少しだけ肩を揺らす。内股気味に足のつま先同士を動かした。

浜風「ふふ。なら、もう大丈夫。ね?」

睦月「……う、うん」

 押し切られるように睦月が頷いた。


 結局最後は浜風に諭されるようにして睦月が矛を収めて終わった。

睦月「あの、提督」

提督「なんだ」

睦月「あの。睦月の事、守……」

睦月「……、……」

提督「どうした?」

睦月「な、なんでもないのです! おやすみなさい!」

 止める間もなく睦月が頭を下げて、そして足早に立ち去っていった。

 何かの花だろうか、甘いシャンプーの香りと掴み様のない疑問だけを残して、睦月の姿は見えなくなる。

 そうして残ったのは、俺と浜風だ。

浜風「ふふ」

 薄く浜風が笑う。

 俺と二人のときは必ずこの笑い方だ。

 海の深度が増していき、やがて睦月のものとは違う蜜の香り。

 廊下を一つ二つと鳴らして、浜風がゆっくりと距離を縮めた。

提督「浜風。先ほどの話だが」

浜風「はい」

提督「嘘だろう」

浜風「建前は嘘とは言いません」

 あっさりと浜風は認めた。

 言葉の上では否定しつつも、しかしその実は俺の考えている事を肯定する表情だった。

提督「君は、一体……」

浜風「前にも言ったじゃないですか。私と貴方は似ていると」

 一歩浜風が足を踏み出すたびに、彼女の笑みが粘度を増していく。


浜風「貴方は人を救うことに義務感を覚え」

 甘く囁く。

浜風「そして私は、人を救うことに快感を覚えるんです」


 やんわりと縛り付けるような声に、立ちくらみを覚えそうになる。

浜風「ここは良い所です。私の心を満たせる人が、他にも居る」

浜風「睦月はもう、立ち直りました。貴方のおかげでね」

 吸い込まれそうな青い瞳から、それでも視線を逸らせる事が出来ない。

 髪の間から微かに右目が覗いて見えた。


浜風「提督は、深海棲艦をどうお考えですか?」

提督「どうもなにも。倒さなければならない敵だ」

浜風「模範解答ですね」

提督「君はどうなんだ」

 浜風が俺の脇腹に手をやった。

 それは先ほど睦月がつまんだ服の裾と同じ場所である。

 まるで上書きするように、あるいは乗っ取る様に、寸分たがわず同じ場所を掌でさする。

 いつかの執務室の時に触れられた頬の時と同様、そこから体温が奪われていく錯覚を感じる。

浜風「どんな世界にも、外敵は必要です。外敵が居なければ食物連鎖のバランスは崩れます」

浜風「あるいは逆に外敵が居ないせいで危険察知が緩慢になり、却って繁栄が栄えるというケースもあります」

提督「……何が言いたい」

 睦月とは違う、甘い匂い。花の様でもあったし、或いは何故か、バニラのような香りにも感じられた。

浜風「外敵が居ることで、子孫を反映させるために必死になり、結果良い方向へ進化するという事もあります」

提督「一次防衛とか、二次防衛の話か」

浜風「ふふ」

 外敵に捕食されないように自身に毒性を含む。

 外敵に捕食されないように外見を派手にする。

 植物や一部の動物に良く見られる行為だ。

 そしてそれは、彼女を髣髴とさせる蜘蛛にも言える。

 ……いや、逆だ。

 彼女が、蜘蛛のようだった。

 ねっとりとした甘い笑み。

 見つめられるたびに沈んでいきそうな瞳。

 いつの間にか寄せられた身体は柔らかく、暖かい。

 それなのに、身体の芯は冷えていく一方だった。


提督「それが今、どんな関係があるんだ」

浜風「人間は深海棲艦によって一時追いやられました」

 地球の七割は海である。その海を、全てではないにせよ支配され続けたら、たちまち人類は滅びるだろう。

 陸地だけで人は生きてはいけない。

 それは、人にとっての外敵だった。

 深海棲艦は、人類にとっての外敵。

 浜風は、そういいたいのだろうか。

浜風「そして人類は、深海棲艦に対抗する術を作った」

提督「防衛能力……」

 しかしそれは、先ほどの例えとは違う。

 何故なら人類は新しく艦娘と言うシステムを作っただけで、自分たちに対して毒性を用意したわけではないのだ。

浜風「では聞きますが、遠い未来の人類に毒性をつける為に、貴方は今死ねますか? 深海棲艦に食されることができますか?」

提督「……それは」

 出来る、とは即答は出来なかった。

浜風「まぁ、その話はいいんです。肝心なのはそこではありません」

浜風「先ほど私は言いました。その種が生きていくためには外敵は必ず必要だと」

提督「……君は」

浜風「ですから、私は、深海棲艦は必要だと思っています」

浜風「貴方方人類が生きる為に、深海棲艦と言う外敵は、少なからず居た方がいい」

浜風「私は、そう思います。そう思うようになりました」

 熱を帯びた浜風の身体が密着する。

 甘い香り。甘い毒の香り。

浜風「私が守ってあげますよ。提督」

提督「……君、は」

浜風「私からしたら貴方も、守りがいのある壊れた人ですから」

 浜風が体重を俺に預け、俺は壁に背を預けた。

 脇腹をさすっていた手は腰に回り、もう片方は、俺の心音を確かめるように胸にそっと置いた。

提督「君は、本当に、艦娘……なのか?」

浜風「……ふふ」

提督「まさか、とは思うが。君は」

提督「君は……」



提督「深海棲艦、だったり、するのか?」


 睦月の前から姿を一時消した日。

 あの時浜風は、深海棲艦が都合よく現れる事を言い当てた。

 本人は勘だと言っていたが、果たしてそれは本当だろうか。

 加えて言えば、あの時、誰よりも先に深海棲艦を見つけたのも浜風だった。

 索敵機を載せた加賀が居なかったとはいえ、しかし偶然が重なると不安になる。

 更に言えば、あの後前の鎮守府に戻り、異動を許可してもらったと言っていたが、それも正直な所分からない。

 睦月に関しては確かに心に問題があった。不憫ではあるが、この鎮守府においやられてもおかしくはない。

 だけれど浜風はどうだろうか。

 別段彼女は、普通にしている分には問題はないように思える。

 駆逐艦とはいえ二隻をこの鎮守府に異動させるのはありえるのだろうか。

 或いは、先の駆逐艦三人での連携練習。

 確かあの際も最初に敵を発見したのは彼女だ。

 どれも一つずつだけなら細い糸。だけれどそれらが捻れ合わさっていく。

 疑惑の上に、偶然が重なり、甘い蜜がかけられる。

 そうして出来上がったのはそんなあり得ない仮説だった。

浜風「そう思いますか?」

提督「……分からない」

浜風「……」

提督「……」

 腰に回された手に力が入る。くっと抱き寄せられる形になって、必然俺は彼女を両手で突き飛ばすように放した。

浜風「痛っ……」

 さすがに突然のことで、浜風も顔をしかめた。

提督「すまない」

 謝りつつも、心はどこか平静を引き寄せていた。

 温もりは怖い。

 暖かさが怖い。


浜風「……ふふ。心臓、凄く乱れてましたよ」

提督「……」

 しばし立ち止まりながら、軽く服を整えた。

浜風「私の事をどうお思いになるかは、提督にお任せします」

浜風「私の事が信頼できないのであれば、解体するなり、本部に突き出すなり、お好きにしてください」

浜風「……ふふ」

 踵を返し、浜風が立ち去ろうとする。

 その彼女の背中に問いかけた。

提督「君が艦娘だったとして」

浜風「……」

 浜風が足を止める。

提督「……君たち艦娘は、どうなんだ」

提督「君達艦娘にとっても、深海棲艦は必要か」

 数秒の間そのまま立ち止まり、振り返った。

 粘り気のある、甘い笑みで。微笑みながら。

浜風「艦娘にとっての外敵は、深海棲艦ではありません」

浜風「……貴方方人間ですよ」

浜風「……ふふ」

 微かに髪を揺らす。その前髪の間から、光のない右目が覗いた。

提督「……」

浜風「おやすみなさい」

 甘いバニラのような毒。

 荒廃の地に咲く夾竹桃の様だった。

 後味の悪い彼女の残り香と、消え始めた温もりを振り払うようにして俺は執務室にへと戻ることにした。

今度こそ寝ます。

うわーい、>>417ミスですね。
却って繁栄が栄えるじゃなくて逆です。繁栄しなくなるですね。すみません。


 記憶の底は、いつだって海の底だった。

 光も音もない、ただ見える限り一面の漆黒が自分を取り囲んでいた。

 それが陸ではなく海だと言い切れたのは、ひとえに身体全体に重くのしかかる水圧のほかにない。

 刺す様に冷たい──と言うわけではない。かといって温いわけでもない。

 単に、水温に対しての身体の感度計が慣れていないのだろう。

「……」

 ゆっくりと指を動かす。指先だけを動かして、次に第一関節を動かして、そして、

「……?」

 そしてそこで、疑問を覚える。

 はて。

 自分に指など、あっただろうか。

 関節など、あっただろうか。

 あったとして、それが“第一”関節だと、何故思ったのだろうか。

「……」

 分からない。分からなかった。

 重い体を持ち上げる。海底に貼り付けられていたような重さを感じたが、だけれど、痛みまでは感じない。

 ここが海底何メートルなのかは分からなかったが、しかし海面はおろか光一筋さえ射さない様な遠い場所である。

 少なくとも百メートル、二百メートル……いや、ともすればそれよりももっと陸から離れた所かもしれない。

 そんな海水に飲まれながら、それでも身体が潰れていないのであれば、きっと自分はそういう生物なのだろう。

 少なくとも、生身の人間ではない。


 生身の人間であればとうに体は水圧に壊れ、骨を砕かれ、肺は潰れ、中身を吐き出していただろう。

 それが自分の体には見受けられない。

 いや、もしかしたらそうなっているのかもしれない。

 何しろ視界は全て黒に塗りつぶされている。

 見受けられないといってもそれはあくまで感覚だけの話で、水温さえ感じない世界ではそれが正しいかどうかも定かではなかった。

 動かした指以外が無事に繋がっているとは分からない。

 魚やその他の生物に食いちぎられ、実は身体がないとも限らないのだ。

 自分の痛覚が麻痺しているだけで、本当はこれが死ぬ最後の間際の可能性だってある。

「……」

 だとしたら、いっそこのまま何も感じないまま息絶えてしまっても良い気がしたが、それは何だか勿体ない気がした。

 勿体ない、というのも不思議な感情である。

 自分がどんな姿をしていて、何故こんな場所にいるのかも分からないのに、一体何を思っているのだろう。

 思わず苦笑した。苦笑して、自分に口がある事を認識した。

 指がある。関節がある。口がある。だけれど、人間ではない。

 だとすれば自分は、艦娘か、はたまた深海棲艦か。

 しかし艦娘というのは、自分の知る限りでは、艤装を外せば人間と大して変わらないという。

 自分が今艤装と言うものを所持しているのかどうかは分からないが、しかしこんな海の底にいて平気なのだろうか。

 或いは艦娘はやはり人間とは違う存在なのだろうか。
 
「……」

 対して深海棲艦の中には、人とさして変わらない外見を持つものもいる。

 人間のように衣服をまとい、人間のように言葉を発し、人間のように感情を持つ生き物。

 だけれど根本はやはり海の生物だ。人間とは相容れない存在。

「……」

 果たして自分は艦娘なのか。それとも深海棲艦なのか。

 ゆっくりと身体を動かす。

 地面を手で払い、土踏まずで蹴る。

 自分を知る為に、そうして私は海を昇る。



 海を蹴り、海水を掻き分ける。

 何もなかった暗闇から徐々に周りが変わっていく。

 徐々に塗りつぶされた黒一色の中に光度が混ざる。それに比例して、周りに生物が増えていく。

 深海で潰れなかった身体が、今度は逆に海面に近づくことで干上がるのではないかと少し危惧したが、そう言う様子もなさそうだ。

 ゆっくりと、ゆっくりと海面を登る。

 光と共に音も芽生え始めた海中で、その頃には自分の姿がどういうものかを理解していた。

 やはり身体は人間のような身体をしている。手があり、足があり、胴体があって顔がある。

 顔だけは自分で見ることが出来ないので分からなかったが、しかしそれ以外が全てある以上人間と同じなのだろう。

 やけに脂肪が多い二つの膨らみのせいで、やや服がきついが、ここまで水に漬かればふやけもするだろうと一人頷いた。

 よくもまあ、深海で餌にならなかったものである。

「……」

 改めて服の上から自分の身体を見回す。

 やはり艤装はしていない。とすると自分は深海棲艦なのだろうか。

 しかし深海棲艦でも艤装は持っているだろう。出なければ艦娘に対抗できない。

「……」

 海面が近づき、目をしかめた。

 暗闇にどれだけいたのかは分からないが、大分光の感覚を忘れていたようだ。

 海の中からぼんやりと射す光さえ眩しく見えた。

 躊躇して一旦泳ぐのをやめるが、潮の流れには逆らえない。

 流されながらそれでも少しずつ自分の身体が上昇していくのが分かった。

「……」

 眩しい。

 視界に入らないように手で光を遮る。

 波の音が次第に強くなっていく。と同時に、とうとう眩しさに耐え切れず、目を閉じてしまった。

「……」

 激しい耳鳴りと、頭痛にも似た身体の重さに、立ち上がろうとしてすぐに諦めた。

 そもそも艤装もなしに海面に立ち上がるなどと言うのが不可能な話である。

 全身の力を抜き、枯れ木のようにただ波に打たれる。

 未だ目は瞑ったままで、果たして空がどんな色なのかを確認する余裕さえなかった。

 そのまま波に揺られ続ける。

 やがてどこからか声が聞こえたのは、それからしばらく先のことだった。


「……!」

「……ん!」

「……さん! ぜさん!」

 最初はそれが自分を呼ぶ声だと分からず、鴎かはたまたイルカが鳴いているのかと思い、気にも留めなかった。

 しかしそれが徐々に鮮明になるにつれ、何故だか自分のほうに近づいている様な気がして、微かに少しだけ左目を開けた。

 痛みさえ覚える眩しさ。

 白い光の中に、徐々に水色が広がっていく。

「……風さん! 浜風さん!」

 声の主は少女のようで、姿は見えないながらも良く通る綺麗な声を挙げ続けていた。

 空の色はこんなだったか、とぼんやり考えていると、ついにその声が自分の真上から降り注いだ。

「浜風さん! 大丈夫ですか!?」

「……」

 浜風──自分に向かってそう呼びかけながら、少女は心配そうな顔で水面に立ち止まった。

 少し遅れて、それが自分の名前である事を知る。

 浜風。

 それが自分の名前のようだ。

 少女にそう言われ、自分で自分に言い聞かせながら、しかしどこかそれが他人事のように思えてならなかった。

「大丈夫ですか? 立てますか?」

「……」

 答えようとして口を開き、そこであることに気がついた。

「……、……」

「浜風さん?」

「……ぁ」

「浜風さん……。まさか、声が」

 声が出ないのだ。

 厳密に言えば、嗚咽のような、空気に色をつけたようなおぼろげな物ならば零せない事もない。

 しかしそれでは言葉とは言えず、言葉でなければ会話にはならなかった。

「……ぅ」

「大変……。すぐに帰りましょう。つかまってください」

 抱きかかえられるようにして、少女が私の腋の下に手を伸ばす。

 そのまま上半身を引き寄せられて、少女の肩に顔を乗せる形になった。

 潮の香りに紛れながら、少女自身の香りが鼻を突く。

 果実のような瑞々しい香り。

 とても、良い匂いだった。

 それが、合図だった。


「……」

「ど、どうしたんですか」

 少女を強く抱きしめる。甘酸っぱい香りを目一杯鼻腔にくぐらせて、ぐっと身を確かめた。

「浜風さんが、そんな、ええと」

 少女はどちらかと言うと華奢で、私よりも小柄だった。

 熟しきっていない果実のようで、細い腕や首筋は芯とも思えた。

「……」

「……浜風さん?」

 少女の両肩に手を置き、一旦身体を引き離す。

 ともすれば、まるで口付けでもするかのような格好だ。

「え、ええと。浜風さん、一体……」

 何故だか少女は身を捩じらせながら、しかし目元を赤くして唇は嬉しそうだった。

 少女と自分との間にこれまで何があったのかは記憶にはない。

 が、今はそれが好都合だった。

「……」

「……えっ、浜風さん?」

 再度顔を近づける。眼前に少女の顔が迫る。

 一度慌てたように口を開け、しかしすぐに口を閉じた。

 同時に惚けた様に潤ませた瞳も閉じる。

 両手を置いた肩には力がこもり、全身の熱がそこと顔に集まったかのような表情で少女が唇をこちらに預ける。

「……」

「……」

「……」

「……?」

 しかし少女が考えているような事は起こらず、困ったように少女が片目をうっすらと開けた。

「浜風さん、じらすなん、て……?」

 やがてその瞳は大きく開き、そしてかっと見開くようなものになる。


「あ、あれ」

「……」

「浜風さん、右目」

「……」

「右眼が……」

「……」

「え──」


 噛み付いた喉の感触は、あまり気持ちの良い物ではなかった。

 肉と言ってもそれは硬く、やはり熟す前の果実という言葉は間違っていなかったと密かに思う。

 噛み千切った喉元から血が溢れ出る。

 驚いた表情の少女がじたばたと手を動かすが、しかしそれを取り押さえる。

 このまま放っておくか、或いはこうして海水に喉を浸しておくだけで彼女は死ぬだろう。

 それでも良かったが、それでは物足りない気もした。

 口の中の肉を歯ですり潰す。が、思いの外上手く噛み切れない。

 仕方なしに海に吐き出す。唇の端から血が垂れ、それを舌で舐めとった。

「か、ひゅ、う、あああ!」

 冷静さをなくした少女が、力の限りに乱雑に動く。

 いくら体格で自分が優れているとはいえ、こうなってしまってはそれを補って余りあるほどの力を発揮するだろう。いわゆる火事場の馬鹿力だ。

 強引に私の手を振り払い、そして身を捩りながら右手の砲弾に手を伸ばす。

 それを察知した私がそれよりも早く、少女の足に装着された魚雷を素手で引き抜き──

「ぐ……ぎ、やあああ!」

 ──少女の胸に突き刺した。

 刹那爆音と共に衝撃が一面に広がる。

 それは当然私自身にも襲い掛かり、吹き飛ばされて海面を転がるようにしてなぎ払われた。

 およそ少女のものとは思えないほどの雄たけびを挙げた彼女だったが、心臓を直接爆破されたようなものだ。恐らく死んだだろう。

 爆音と衝撃にくらくらとしながら体勢を立て直そうとして、しかし上手くいかずに海面に情けなく顔から落ちる。

「……!」

 耳に入った海水に激痛を覚え、すぐに身を起こした。どうやら、鼓膜が破れたらしい。

 深い裂傷でなければ鼓膜は元に戻るらしいが、しかし先ほどの衝撃ではそれも怪しい。

 右耳から溢れる血を抑えながら、ふらふらと彼女のいた場所へと近づく。

「……」

 そこに少女の身体は満足には残っていなかった。


 両足とスカートの切れ端だけがぷかぷかと浮いている。

 ティーパックのように足の断面から濁った血が染み出て、海面を赤く染めていた。

 それらには目もくれず、四方を見渡した。

 肉の焦げた匂いというのはこう言うものなのだろうか。

 微かに海面に煙を残しながら、幾つかの少女の破片が漂っている。

 それらを一度手にとっては投げ捨てて、耳から零れ落ちる自分の血を掬って舐めとった。

 当たり前ではあるが、魚雷を突き刺した際に右手も深い裂傷を負ったようだ。

「……」

 やがて海面に浮かぶそれを見つけ、拾い上げる。

 遠くから機動音と声が聞こえた。恐らく、今の爆発を見たか聞いたのだろう。

 それより早く拾い上げたそれを左の手袋で拭い、確認する。

 あれほどの衝撃だったのにも拘らず、奇跡のように傷一つなかった。

 上半身は殆んど粉々になり、肉片さえまばら程度にしか確認できない中でこれは運がいいのだろう。

「……」

「大丈夫!?」

 やけに甘い声だ。

 彼女に気付かれる前にそれをいち早く右目にねじ込む。

 ……それまでぽっかりと穴の開いていた、何もなかった眼窩に。

 濡れた髪で右目を隠しながら、ゆっくりと振り返る。

 短く、やや癖っ毛の少女がそこに居た。

 白い制服と緑色のスカート。その下にはストッキング。

 少女もまた小柄で、そして甘い匂いがした。

「ああ、あの子、死んじゃったのです」

「……」

 口調だけ悲しそうにしながら、しかし表情はそうではなかった。

「でも、代わりにあなたを見つけたからいいのです。名前はなんですか?」

「……、……」

「睦月は、睦月と言うのですよ」

 そっと少女が手を差し伸べた。

 その手をつかみながら私は、ようやくちゃんとした言葉を発することが出来た。

「……」

「……はま、かぜ」

「私は、浜風と、言います」


 自分が何者か分からないまま、私の日々は始まった。

 それまで自分がどこで何をしていたのかなどは、誰も深くは尋ねなかった。

 聞かれたところで記憶がないのだから答えようがないし、好き好んで面倒な新入りの話など掘り起こそうと思わないだろう。

 私としてもその方が楽だったので、新しい生活は悪くないものだった。

 自分が何者か分からない。

 自分が艦娘なのか、深海棲艦なのか。

 どちらなのか分からない。

 思えばそれが自分の今を作り上げたようにも思える。

 艦娘は、命を賭けて深海棲艦と戦う。

 傷を負い、時には致命傷になりかねないほどの大打撃を負う事も少なくなかった。

 そんな少女たちを助け、共に鎮守府に戻る。

 その度に感謝され、喜ばれ、抱きつかれ、ぬくもりを覚えた。

 やがて、そんな環境に自分の心の渇きが潤されていくのを感じた。

 身体が熱を帯びるように火照っていき、堪えても深い息が漏れてしまう。

 少女達が海で血を流すたびに、興奮する自分がいた。

 それが自分にとって、どちら側の欲求なのかは分からない。

 艦娘として彼女たちを助けることに対する欲求なのか。

 あるいは、深海棲艦として、弱った艦娘を捕食したくなる欲求なのか。

 彼女たちを助けたいのか、

 彼女たちを殺したいのか。

 自分で、自分が、分からなくなっていった。


【浜風の好感度が30を越えました】


睦月「夕立ちゃん逃げちゃ駄目!」

夕立「難しい話っぽい!」

提督「すまない、遅くなった……また何をやっているんだ」

 どたどたと走る回る音。

 食堂のテーブルを挟んで睦月と夕立がなにやら言い争っている。

榛名「提督。ええと……」

 違うテーブルでは榛名と浜風、そして加賀が書類を見ながら対座していた。

 作戦会議をすると言う話は聞いていたが、しかしこれではそう言う風には見えない。

提督「あの二人は何をやっているんだ」

浜風「大体お察しの通りだと思います」

 この状況であの二人がああしているという事は、まぁ、そういう事なのだろう。

夕立「じっと座ってるのは苦手っぽい!」

睦月「もー!」

提督「二人とも、落ち着きなさい」

 軽く頭を抱えながら宥めることにする。

睦月「提督、夕立ちゃんがちゃんと話を聞かないのです」

夕立「だってー」

 むくれるように口を尖らせたのは夕立だった。

夕立「どうせ覚えられないもん」

提督「最初からそんな気持ちでどうする」

榛名「今回はそんなに難しい内容ではありません、夕立さん」

 助け舟を出すように榛名も続いた。

夕立「むー……」

 不満げな表情を浮かべる夕立だったが、さすがに俺や榛名にまでそう言われたら駄々をこね続ける気はないようだ。

 ようやく渋々と言った感じで席に着いた。


榛名「この五人で次の出撃をすることになると思いますので、陣形を……」

 加賀が復帰したことで、改めて戦術を会議しなおすこととなり、そう榛名が切り出した。

 鈴谷と伊58については現状必ず参加できるわけではないので、仕方あるまい。

 テーブルの短端に俺が座り、左に睦月、その隣に加賀。

 睦月の正面に夕立が向かい合うように座り、そこから浜風、榛名と席を取っている。

 睦月の隣が浜風でないことに違和感を覚えながら、先日の浜風の口ぶりを考えるとやはり彼女は睦月から興味をなくしてしまったようだ。

 その事に少しだけ睦月がしょんぼりと下を向く。

加賀「私は何でもいいわ。どこだろうと相手をやるまでよ」

浜風「私も、ここでは新入りですから、意見はありません。従います」

 早々に二人がそう言い、榛名が少し困った顔をしながら頷いた。

睦月「睦月はやっぱり、夕立ちゃんをなんとかしたほうが良いと思うのです!」

 猛然と夕立が抗議するように立ち上がった。

夕立「怖いっぽい」

睦月「夕立ちゃんが先走りすぎなのです!」

夕立「そういわれてもぉ。覚えられないっぽい」

睦月「覚える気がないんでしょ、もー」

榛名「ええと……」

夕立「それより、お腹すいたっぽい」

睦月「二時間前に食べたでしょ!」

夕立「そうだっけ?」

睦月「もー!」


榛名「では、提督、出撃します」

提督「ああ。気をつけてくれ」

夕立「行って来まーす!」

睦月「夕立ちゃん、良い? さっき言った通りだからね?」

夕立「分かってるっぽい……睦月ちゃん口うるさいっぽい」

睦月「夕立ちゃんが自由奔放すぎるの! もう少し敵を倒す以外に考えてよ!」

夕立「加賀さんに言ってるっぽい?」

睦月「そんな訳ないでしょ!」

加賀(……頭にきました)

浜風「北西の方に行きましょう。風の方角的にその方が良さそうです」

榛名「出撃します……よ?」

提督(大丈夫か不安になってきたな……)


榛名「敵は……居ませんね」

加賀「……そうね」

加賀(艦載機があれば……)

浜風「いえ」

睦月「ほぇ?」

浜風「敵、居ます」

睦月「え、どこ、どこ?」

浜風「あそこに──」

夕立「敵見つけたっぽい!」

浜風「……」

浜風(あら……)

榛名「え、ええと!?」

夕立「あそこ! 二……三!」

加賀(良く気付いたわね……)

睦月「夕立ちゃん、先に行くのはだめ!」

夕立「日が暮れないうちに倒すっぽい!」

榛名「旋回、砲撃準備!」


睦月「夕立ちゃん、待って!」

夕立「砲撃準備完了ー!」

榛名「あれ、あれは本当に深海棲艦なんですか!?」

加賀「人型……」

睦月「別の鎮守府の艦娘さんじゃ……」

 三人の言葉をかき消すように、夕立が砲弾を発射した。

榛名「ゆ、夕立さん!?」

睦月「待って、待ってよ!」

 数発が海面に消える。が、しかし、一発が相手の太ももを貫いた。

浜風「当たった……!」

睦月「もし敵じゃなかったら……」

 しかし夕立は唇を持ち上げ、犬か馬の様に海面を何度も足ですりあげた。

夕立「敵よ、匂いで分かる……っぽい!」

 言い終わるが早いか、夕立が陣形を離れて敵へと迫る。

榛名「待ってください!」

加賀「止めても聞かないわ」

 しかし、ならばどうしろと言うのか。

 慌てふためいて、冷静さを失いながら榛名が加賀と夕立を何度も見やる。

浜風「行くしかないでしょう」

加賀「ええ、そうね」

 海色の瞳と、暗い泥の瞳。

 共に冷えた表情のまま榛名の言葉を待たずに夕立を追った。

榛名「待って……!」

睦月「榛名さん、睦月達も、行くしかないのですよ」

 残った睦月も、ぎこちなく砲弾の準備をしながら榛名の隣に並んだ。

榛名「そ、そうですね……」

 榛名と睦月が同時に波を蹴る。

 次いで遠くで、夕立が砲弾を放つ音が響き始めた。


夕立「あは!」

 息を切らしながら夕立が海面を滑り、砲弾を撃つ。

 三体の人型の深海棲艦もそれに応戦するように散らばった。

 ばっと空に向かって黒い塊を投げる。

 それは深海棲艦の顔のようだった。

 黒い顔に灰色の牙、そして緑色の瞳。

 体はなく顔だけの不気味な塊が十二十とちりばめられていく。

 やがてそれらは自らの力で空を翔け、舞っていく。

加賀「空母……!」

 加賀が歯軋りをしながら空を睨んだ。

 それは空母棲姫という強大な敵に対するものであると同時に、同じ空母でありながら艦載機を持たない自分に向けた悔しさにも見えた。

浜風「来ます!」

 空を蠢く黒い塊達が、急滑降して海面に──もとい、自分達に迫る。

 直撃しようものならばたちまちアレは誘爆し、身体を痛めつけるだろう。

 特に浜風はその痛みを良く知っている。

 機動力に任せて浜風が海面をノコギリのように滑る。

 その背後、或いは左右に不時着した黒い塊が、勢いによって爆発する。

 しかしそれらは浜風を傷つけることはなく、無駄に終わった。

 同じく加賀も、決して浜風ほどの速度ではないが的確に黒い塊をかわしては、機を見てそれを砲弾を撃ち抜いた。

夕立「うふっ、あはっ!」

 最前線で夕立が惚気るように声を挙げる。

 身を低く倒し、海に潜るような滑降で残り二体の砲撃を掻い潜らんとするも、さすがに上手くはいかない様子だ。

 しかしそれでも何故だか夕立は楽しそうに目を細めた。

 瞳は翠から、空に似た橙色に変わり、やがて紅色へと染まっていった。


 空母棲姫が空に向かって黒い塊を飛ばす。

 残り二体の照準は夕立に向いたままだったが、ここでようやく浜風が追いついた。

 加賀は完全には合流せず、数歩引いた所で砲撃を始めている。

 艦載機を持たない空母が最前線に出たところで、意味は薄い。

 仕方なくフォローに回る形で加賀が空から降ろうとする黒い星を撃ち落とす。

加賀「くぅ……!」

 しかし加賀も自身に降る機雷をかわしながらの行動である。空母棲姫の吐き出す黒い塊よりも、それを撃ち落す砲弾の数のほうが少なくなるのは仕方のないことだった。

 ここで榛名と睦月が追いつき、睦月だけが更に直進した。

 前線に降り立った三人と加賀の中間ほどの距離で榛名が砲撃をしようとする。

榛名「……」

榛名「……っ」

 しかし砲弾の狙いが定まらない。

 それもそのはず、照準の中を夕立がいったり来たりしているのだ。

 敵に近すぎて撃てないのである。

加賀「何をしてるの、早く撃ちなさい!」

榛名「夕立さんが……近すぎて……!」

 榛名の手が震える。

 榛名の中で、あの夏の日の出来事がフラッシュバックの様に重なって視界を覆った。

 誤って大和を砲撃してしまったあの日の事を。

 それが今、再度目の前にある。

榛名「……っ」

 泣きそうな表情を浮かべながら、榛名が首を横に振った。


浜風「夕立さん、少し下がってください!」

 背後を振り返ったわけではない。

 しかし浜風には、榛名が砲撃を出来ていないという確信があった。

 照準内を夕立が行ったり来たりしている事で、榛名が撃てないでいる。

 それは榛名の過去を知っていなければ分からないことで、そして浜風は知っていた。

 人を救うことに快感を覚える浜風からしたら、榛名もまたその悦の対象だった。

 なので浜風としたら、榛名が困るだけであれば別段構わなかったのだが、しかし事はそう単純ではない。

 榛名が砲撃を出来ずにいることで、数的有利はほぼなくなった。

 むしろ、状況は不利だと浜風は感じていた。

 こんなに前線に出てまで砲撃をしたことなど浜風自身今まで無かった事だし、恐らく睦月もそうだろう。

 口を開けっ放しにしながら砲弾を連射する睦月をちらりと左目で見ながら、旋回して敵の砲撃をかわす。

夕立「まだいけるっぽい!」

 今こうして、目の前の人型の深海棲艦─恐らくは駆逐棲姫だろうか─に手一杯になっているのに、もしここに空から爆雷が降ろうものなら、きっとかわせないだろう。

浜風「……!」

 そう思い、はっと息を呑みながら空を見た。

浜風「夕立さん! 上!」

夕立「えっ?」

 果たして浜風の悪い予感に連鎖するように。

 ふらふらと夕立の頭上に、黒い塊が落ちながら口を開いた。

夕立「──!」

 爆ぜる音と共に、夕立の姿が煙で見えなくなる。

睦月「夕立ちゃん!? 夕……ふにゃあ!」

 しかし夕立に構っている暇はない。少しでも気を抜こうものならば自分もまた、目の前の駆逐棲姫に撃ち殺されかねないのだ。

 冷たい汗を掻きながら浜風が敵と夕立の居た空間を交互に見やる。

夕立「痛、う……」

 ふらつきながらも夕立は何とか声を挙げた。

(多分艦載機って言いたかったんだと思います、補完してくださいすみません)


 崩れ落ちるようにして夕立がその場に膝を着く。

 破れた制服の下から滴り落ちる血。それを払うように右腕を一度振り回した。

夕立「これじゃ戦えない……ってことはないっぽい」

 唇を切ったのだろうか、微かに口の端からも血が滲んで見えた。

 それを口紅でも慣らすように舐めて取る。

 服はちぎれ、ややもすれば下着や肌が見えてしまっているが、全くお構いなしに夕立が再度単装砲を構えた。

夕立「あはっ……♪」

 灯火を瞳に浮かべながら、駆逐棲姫の足を撃つ。折れるようにして駆逐棲姫が身を畳んだ。

夕立「逃がさないっぽい!」

 距離を一気に詰める。

 それに気付いた駆逐棲姫が夕立に艤装を向けるが、懐にまでもぐりこんだ彼女に撃つことは出来なかった。近すぎて発射口が向けられないのだ。

 そのまま身体を預けるようにした夕立の手には単装砲。

 自分と駆逐棲姫の間に挟み込むようにしてそれを押し込み、そして、

夕立「悪夢……見せてあげる」

 笑いながら砲弾を放った。

 一発二発。

  ゼロ距離での砲撃は普段聞いたことのないような音で、ぐしゃっと蜜柑が潰れる様な音を出しながら、駆逐棲姫の身体が弾ける。

 青い体液を浴びながら夕立はなおも笑ったまま砲弾を続けて撃った。

 腹、胸、そして首から頭と徐々に上に向けて砲弾を放つ。

 抵抗さえままならない内に駆逐棲姫の上半身が吹き飛ぶ。

 そのまま倒れていく駆逐棲姫と共に夕立も海面へと身を伏せた。

睦月「……」

 思わず耳と目を庇いたくなったが、敵地の最前線でそんな事は出来ない。

 折りしも自分の目の前にいた駆逐棲姫を夕立が屠った事で余裕が出来た睦月は、身体を反転させながら浜風のフォローに回った。

 それにより、後方の加賀と榛名に一本の道が見える。

榛名「……!」

 はっとしながら榛名が気を取り直し、そして再度構えなおした。

 照準を合わせ発射する。

 その砲弾が空母棲姫に命中するのとほぼ同時に、水柱が跳ね上がった。

榛名「え……!」

夕立「あはっ」

 海に潜るようにして倒れた夕立が、魚雷を発射していたのだ。


 残りの一体も倒し、ようやく戦いが終わる。

 夕立以外は皆かすり傷程度だが、しかし彼女の被害は大きい。

 だらりと下がった右腕からは今もなお血が流れ落ち、海を濡らす。

 当然服も破れており、腹部には火傷の跡があった。

 恐らく駆逐棲姫をゼロ距離砲撃で倒した際に出来たものだろう。

 足も何箇所か切り傷が出来てしまっている。

睦月「夕立ちゃん、大丈夫……?」

夕立「平気っぽい」

 しかし夕立はあっけらかんとしたままだ。

 未だに紅い瞳と上気した頬。風で撥ねた髪、そして血で濡れた唇。

 見る人が見たらそれは妖艶な表情に見えなくもないが、しかし睦月からしたらそんな事はどうでも良かった。

 ただ不安の言葉しかよぎらない。

夕立「これで終わりっぽい? もっと素敵なパーティーしたかったっぽい」

睦月「もう十分だよ。だから帰って手当てしないと」

 ぎゅっと夕立の手を握る。勿論左手を。

 そんな睦月の顔を見やりつつ、少しぼんやりとした表情を浮かべていた夕立だったが、一度大きく息を吐いた。

夕立「んんっ……。はぁ」

 いやに艶のある声だと浜風は思ったが、口にしない。

 目を閉じて、思い切り伸びをするように背筋を張った。

夕立「じゃ、帰ろっか」

 そして再度瞳を開けた夕立は、やはりいつも通りだった。

 翠色の瞳。明るい声。

 その様子にほっと胸をなでおろす睦月。

夕立「鎮守府、どっちだったっけ?」

睦月「こっちだよ、もう」

 手を引かれながら夕立が海面を滑る。

 そして鎮守府へ帰り、睦月に手当てをされるのだった。


夕立「今日は疲れたっぽい」

睦月「うん」

夕立「お風呂入りたいっぽい」

睦月「駄目だよこんなに怪我してるのに」

夕立「ええー」

睦月「頭洗うのと、汚れを拭くくらいなら睦月が手伝うから。それから手当てね」

夕立「はーい」

睦月「だから一旦……うん。着替え持ってきて、入居ドックに来てね」

夕立「はーい」

睦月「大丈夫かなぁ……」


睦月「……」

睦月「……」

睦月「……遅い」

睦月「遅いのです……着替えを取るのに時間かかりすぎなのです」

睦月「……」

睦月「……探しに行きましょう」

睦月「夕立ちゃんの部屋は、と……」

睦月「確かこっちだよね」

睦月「うーん……」

睦月「ここかな?」

睦月「夕立ちゃーん? 何やってるのー?」

睦月「……」

睦月「……」

睦月「……返事がない」

睦月「夕立ちゃん、入るよ?」

睦月「あれ、居ない……?」

睦月「入れ違いになっちゃったのかな」


睦月「ドックにも居ない……」

睦月「一体どこに行ったんだろう」

睦月「……」

睦月「……あれ?」

睦月「夕立ちゃんの声がする」

睦月「こっちから……」

睦月「……?」

睦月「……あ」

睦月「い、居た……」

睦月「夕立ちゃん、何やってるのこんな所で?」

夕立「何って……」

睦月「……」

夕立「ご飯食べてるっぽい」

睦月「その前に、手当てと身体をきれいにするって話、したでしょ……?」

夕立「そうだったっぽい……?」

睦月「そうだよ、もう!」

夕立「忘れてたっぽい」

睦月「……」


夕立「到着よ!」

睦月「もう……」

夕立「じゃあ早速お風呂入るっぽい!」

睦月「え、ちょ、ちょっと!」

夕立「なに?」

睦月「何言ってるの……?」

夕立「何って……お風呂入る、けど」

睦月「……ねぇ、夕立ちゃん、なんだか変だよ」

夕立「っぽい?」

睦月「だってさっきから……」

夕立「???」

睦月「……」

睦月「なんでも、ないよ」

夕立「変な睦月ちゃん」

睦月「……」


夕立「お風呂入りたいっぽい」

睦月「駄目だよ、今日の怪我じゃ」

夕立「むぅ……」

睦月「……ねぇ、夕立ちゃん」

夕立「なぁに?」

睦月「大丈夫?」

夕立「?」

睦月「……その、なんていうか」

睦月「……」

夕立「……?」

睦月「……ううん。なんでもないのです」

夕立「変な睦月ちゃん」

睦月「はい、後はここ手当てしておしまい」

夕立「しみるっぽいー!」

睦月「我慢なのです」

夕立「もー」

睦月「はい、終わり」

夕立「やっと終わったっぽい」

睦月「はい、今日はお休み」

夕立「はぁい」

睦月「夕立ちゃん、どこ行くの?」

夕立「どこって……自分の部屋っぽい」

睦月「……」

夕立「???」

睦月「……夕立ちゃんの部屋は、こっちじゃないよ?」

夕立「そうだったっけ?」

睦月「ねぇ。夕立ちゃん。やっぱりおかしいよ」

睦月「さっきから、忘れてばっかりだよ?」

夕立「そうだったっぽい?」

睦月「ぽいじゃなくて、そうなの!」

夕立「睦月ちゃん、怖いっぽい……」

睦月「夕立ちゃん……」

今日はここで終わりです。

×単装砲→○12.7cm連装砲
×ゼロ距離発射→○(密着したまま)接射
空母棲姫の飛ばした黒い塊
×緑→○オレンジ

本当すいません、ちょっと酷すぎますね。

すいませんうたた寝してました、少しだけでもやりますね。

改めてアニメ、球磨の出番が多くて嬉しいです。
三話の球磨さんちょっと風邪気味でしたね。


提督「……眩しいな」

 椅子から背を離し立ち上がる。カーテンをめくるように持ち上げ、外を睨んだ。

 快晴である。

 波一つない穏やかな天気だ。

 しかしそれでも気分は優れない。

提督「……」

 先日の深海棲艦との攻防は、自分を含め皆に様々な波紋を残した。

提督「夕立が……か」

 夕立の、戦闘後の不可解な行動を睦月から聞いた。

 記憶力の欠落と仮名付けしたとして、一体彼女に何があったのだろうか。

 あるいは、何が起きたのか。

 生まれついてのものなのか、この数日で突発的に発症したものなのか。

 疑問はいくつもあるが、しかしそれは執務室で一人で考えていても詮無い事かもしれない。

提督「……、榛名と加賀もだな」

 また、同じく戦闘から戻ってきた際の榛名と加賀も様子がおかしかった。

 加賀に関して言えば、深海棲艦に止めを刺したのが自分ではないと言うはっきりとした理由があるとはいえ、どうにもそれだけではなさそうだ。

 いくら夕立が先導したとはいえ、経験でいえば加賀のほうが勝るのだ。

 その能力を発揮できなかったことが忸怩たる思いとはいえ、あまり思いつめられても困るので、一度話をしてもいいかもしれない。

提督「話、か」

 話をするのであれば、榛名も同様に一度宥めた方がいい様に思える。

 旗艦にも拘わらず何も出来なかったと榛名は自分を責めるのは、正直な話想定できてはいた。

 夕立の暴走を止められる艦娘は今のところ誰も居ない。睦月でさえ手綱を握れないでいる。

 ましてや海上では夕立だけに気を割く訳にもいかないのだから、多少は割り切っても良いと言ったのだが、しかし榛名は首を縦には振らなかった。

 責任感の塊である彼女に自分を責めるなと言うのは、今の時点では難しいかもしれないが、かといって旗艦や秘書艦を交代させてしまっては、それはますます彼女を追い詰めることになりそうだ。

 榛名も折を見て話をしなければいけないのだろう。

 更に言えば、鈴谷と伊58、或いは浜風の問題もある。

 特に先の二人は、このままでは誰も信じられず孤独に生き続ける事になってしまう。

 そんな事はして欲しくない。

 艦娘として生まれたと言うだけで、彼女たちがそこまで苦しむ道理はない。

 助けてあげたい。

 助けなければいけない。

 だが、どうやって助ければいいのだろうか。

 手を差し伸べるだけでは、二人はきっと手をとってくれない。

 信頼を勝ち得るためには、俺に何が出来るのだろう。


提督「……」

 窓の外から視線を机の上に戻す。

 そこには、昨日の戦闘の報告書が載せられていた。

 駆逐棲姫と空母棲姫。

 同時に相手取るにはあまりに厳しい相手だった。

 誰も欠けずに戻ってきてくれたのは嬉しいが、今にして思えば、これもまた浜風が関係していたりするのだろうか。

 彼女が艦娘であるのか否かは、個人的には問題ではないと思っている。

 同じ人間、同じ職務である提督が過去にどれだけ艦娘に酷い事をしてきたのかを、ここに着てから嫌と言うほど見せられた。

 鈴谷と加賀の提督。榛名の提督。

 伊58の提督。

 彼らの行った行為は、決して許されるものではない。

 同じ人間というには程遠い、その皮を被った悪意とも思える。

 人間でも、全てが正しいわけではない。

 俺だって正しくない。

 信頼してくれた仲間を幾度もなく見殺しにしてしまった俺も、悪だ。

 同様に、深海棲艦だからと言って全てが悪と言うわけでもないのではないか。

 現実、もし浜風が深海棲艦だとしても、彼女は直接誰かに危害を加えているわけではない。

 少なくとも、これまで睦月を守ってきた彼女は、紛れもなく艦娘の心を持っている。

 だから、彼女が艦娘か、或いは深海棲艦なのかは、瑣末な問題だ。

 だけれどそれはあくまで彼女に、我々人間や艦娘に対して危害を加える意思がない場合だけである。

 駆逐棲姫と空母棲姫、これらの出現に彼女が関わっていたとして、果たしてそこに悪意があったとしたら。

 ……その時俺は、彼女をどうするのだろう。

 殺害する? 出来るのか?

 説得する? 出来るのか?

 服従する……それだけはあり得ない。


提督「……」

 駆逐棲姫。人型をした深海棲艦。

 言葉を発し、意思を持ち、感情を纏い、武器を使う。

 限りなく艦娘に近い深海棲艦。そして限りなく彼女に似た深海棲艦。

提督「……春雨」

 ふわりと桃色の髪を翻らせて歩く彼女の姿がいつだって脳裏にある。

 控え目な性格。丁寧な口調。少しだけ臆病な物腰。それでも確かな芯の強さ。

 もう今は居ない彼女の幻想が、海の向こうから敵意を持ってやってくる。

 一度目の襲撃事件のとき、俺は海ではなく陸に居た。

 死体は帰ってこなかった。ただ報告書という紙切れと、名札のなくなった部屋だけがそこにあった。

 二度目の襲撃事件の時も、俺は海ではなく陸に居た。

 死体はまたも帰ってこなかった。一度目の時に鎮守府を包んだ、悲嘆と怒気をかき消す静寂だけが、そこにあった。

 三度目の襲撃事件は陸で起きたが、俺は鎮守府ではなく本部に居た。

 何も教えてもらえなかった。ただ死んだ艦娘を羅列しただけの冷たい文字が墓石に並んだ。

 金剛は壊れた。雪風も壊れた。

 そして春雨だけが、俺の目の前で死んだ。

 喉が枯れるまで叫んで、手錠が手首を傷つけても叫んだ。きっと金剛が俺にしてくれたように叫んだ。

 やめてくれと懇願した。みっともなくとも、情けなくとも、春雨が助かるのであれば
それでよかった。

 それでも春雨だけが、俺の目の前で死んだ。

 いつだって俺は何も出来なかった。

 ただ眼前で射殺される春雨だけが──


提督「──っ……」

提督「……、……。はぁ」

 ……うたた寝をしていたようだ。

 一番多く見る夢が彼女なのは、きっと手の届きそうな場所だったからだろう。

 握り締めたままだった書類が微かに皺を作っていた。

 軽く頭を振って、書類を整える。

提督「……今日は、何が出来るか」

 自分に何が出来るだろうか。

 こんな自分に、一体誰を救えるだろうか。

そしてやっぱり眠気がアレなので最後に一つ安価とっておいて寝ます。
申し訳ないでち


↓1

1.出撃

2.演習

3.遠征

4.工廠

5.その他(自由安価。お好きにどうぞ)

私事ですが、苦節二ヶ月半でやっと3-2クリアしました。
平均レベル30あればいけるという言葉を信じてひたすら頑張ったうちの駆逐艦は、気がついたら平均レベル45になっていました。
星五つの難易度じゃないよあれ……。

21時になったら始めます。

58はマジでつもりがあってやったんじゃないんだ…

最終的な判断は>>1が下す事だが、許されるなら『58と』の部分は見なかったこと書かなかったことにして下さい

>>649
死ななければセーフ、(と言うよりもう書いてしまったので)何とかなるでしょう多分


提督「中央鎮守府まで」

運転手「はい」

 鎮守府から街へと繋がる道で、タクシーを拾う。

 この鎮守府から中央鎮守府へ向かうには、主な経路は二つ。陸か海だ。

 よほど遠い場所、例えば本州の端から端まで離れている鎮守府であれば空を使う選択肢もあるのだろうが、二つの鎮守府はそこまで極端に離れてはいない。

 直線的な距離で言えば海のほうが早いのだが、しかし今回は海を使うことは出来ない。

 理由は言うまでもなく単純なものだ。

提督「伊58、ほら」

伊58「ん……」

 海に対して恐怖心を持っている彼女が居る以上、経路は陸に限られる。

 また、陸路を使うとしても方法は一つではない。

 徒歩や自家用車、或いは電車やバスなどの公的乗り物など種類はいくつもある。

運転手「鎮守府の方?」

提督「ええ、まぁ」

運転手「その子濡れたりしていないですよね?」

提督「あぁ、はい。大丈夫です」

運転手「失礼な事をお聞きして申し訳ありません」

提督「いえ、お気持ちは良く分かります」

 その中で今回タクシーを選んだのには勿論理由がある。

伊58「……?」

 それはひとえに彼女の格好にあるのだが……。

提督「なぁ、伊58。改めて聞くが、やはり服は他にはないのか?」

伊58「ん、うん」

 どうしてか彼女は、制服の下に水着を着ている。

 それだけならば何も問題はないのだが、何故だか彼女が上に着ているのは制服の上だけで、下はスカートを履いていない。

 おまけに靴や靴下もなく、裸足である。

 同じ潜水艦である彼女の仲間──伊19、伊168、伊8。

 彼女達とは前の鎮守府で共に行動していたが、彼女たちもまた同じ様な格好をしていた。

 他の艦種と違い、海に潜る事を前提とした彼女達潜水艦は、揃って服装が薄い。

 艤装も少なく、潜水の為の格好だという事で自分まで感覚が麻痺しかけていたが、あくまで水着姿で理由がつくのは海の上か鎮守府までだった。

 こうしていざ陸の上、ましてや一般の市民が往来する街にまでやってくると、唐突にその違和感が浮上する。

 なので公共の乗り物を使うわけにもいかず、ついでに言うと自家用車も持ち合わせていないため、必然タクシーでの移動を選ぶこととなったのだ。

 尤も、俺が海を泳いで向こうの鎮守府に行くのも無謀であるので、陸路を使うのは彼女が原因と言うわけではないのだが。


 タクシーに先に乗り、後から伊58に声を掛ける。

 先に伊58を乗せようと思ったのだが、尻込みしていた彼女を無理に押し込めるわけにはいかない。

 なので俺が先に乗り、手を引くように伊58を呼ぶ。

伊58「……んう」

提督「安心して大丈夫だ」

伊58「……ん」

 怯えながら伊58が後部座席に乗る。

 こちら側にやや背を向けるように、ちょこんと端に座る。

 動き出したタクシーに少し顔が強張った。

 窓の一番下、ドアのせり上がった部分に両手を乗せ、外の景色を見る伊58。

 鎮守府以外の光景に興味津々といった風にも見えるし、或いは密室に慣れない人と居る事に戦々恐々と言った風にも見える。

 小さい口を少し開けたまま、きょろきょろと街並みを見回す。

 なんだかそれが子供のように見えた。

伊58「……」

 流れる景色を左に見ては、再びまた右に視線を向ける。

 先ほどまでは不安と興味が半々だったその表情は、道を進むたびに興味へと濃度が増しているようにも見えた。

伊58「……わぁ」

 時折舌っ足らずな声で感嘆する伊58。

 睦月も相当に甘い声ではあるが、伊58もまた幼さの残る声だ。

 睦月よりも春雨の方が近いだろうか。

伊58「……」

 赤信号で車が止まる。

 いつの間にか窓にぺったりと両掌をくっつけた伊58が、外の景色をじっと見つめる。

提督「伊58、何か気になるものでもあるか?」

 少し気になったので声を掛けてみる。

 伊58は振り向くことなく、窓に顔を近づけたまま答えた。

伊58「ん……とね。知らないもの、ばっかり」

 鎮守府によって細かなルールは違う。きっと伊58が以前居た鎮守府はあまり外出を認めなかったのだろう。


伊58「ん、と。あれ、なに?」

提督「ああ、あれは……映画館だな」

伊58「えーが?」

提督「ああ。凄く大きい映像機だ」

伊58「どのくらい?」

提督「どのくらいだろうな……縦十メートル、横二十メートルくらいか」

伊58「すごぉい。……あれは?」

提督「あれは……プラネタリウムかな」

伊58「プリンとカリウム?」

提督「まずそうな食べ物だな……。星を見る施設だな」

伊58「星……」

提督「本当の星ではないけど、その代わり夏に冬の星座を見たり出来る」

伊58「そうなんだ」

提督「星なら鎮守府でも見られるとはいえ、あれはあれで良い物だぞ」

伊58「……そうかな」

提督「……伊58?」

伊58「ゴーヤ、星見たこと、あんまない、よ」

提督「そう、なのか?」

伊58「ゴーヤは、潜って、ばっかり、だから」

提督「……そうか」

伊58「星、かぁ……」

伊58「綺麗かなぁ……」


伊58「あれ、は?」

提督「甘味の屋台か」

伊58「納豆パンプキンイカスミ苺パフェDX……って、美味しいの、かな」

 屋台ののぼりに書かれた文字は、どうにも食欲をそそるような品物には見えないが、何故だかそれなりに人だかりが出来ていた。

伊58「……」

 ぼんやりと、それでいてじっとその屋台を見つめる伊58。

提督「……食べてみるか?」

伊58「えっ?」

提督「気になっているように見えたからな」

伊58「ん……」

 しばし考える伊58だったが、ふるふると首を横に振る。

提督「良いのか?」

伊58「うん」

伊58「人ごみ、怖い、から」

提督「そうか」

伊58「……うん」

 流れる景色に屋台が消えていく。少し悲しそうな顔をしながら伊58が窓に横顔をくっつけた。

提督「……」

伊58「……」

 沈黙が流れる。

運転手「あの」

 その沈黙を破ったのは意外にも運転手だった。

提督「はい?」

運転手「良かったら、これ、食べます?」

 すっと煎餅の袋をこちらに手渡す。

提督「あ、ど、どうも……」

伊58「ん、と。なに?」

提督「……食べるか?」

伊58「……、……」

 おっかなびっくりしながらも、一枚ずつ入った煎餅の小袋を一つとる。

 ぴりぴりとゆっくり、音をしないようにそれを剥いた。


伊58「……」

 小さく煎餅に口をつける。

 食べるわけでも割るわけでもなくそのまま煎餅を舌で濡らし、ふやけた箇所をゆっくりと歯で溶かすように齧った。

 一切音を立てずに、呼吸音だけをさせながら伊58が煎餅をちびちびと口に含む。

 変わった食べ方、と楽観的に見てしまえばそれまでだ。

 だけれどそれはきっと、本来の彼女の食べ方ではないのだろう。

 海を恐れる。人を恐れる。

 そんな彼女が今している生活は、一人こっそりと部屋で息を忍ばせる生き方だ。

 だから、そう言う食べ方なのだ。

 音が出て、自分の居場所がばれないように。

 注目を浴びないように。

 舌で濡らしながら、小さく齧っていく。

 音を殺しながら、ゆっくりと。

伊58「ん……」

 結局、三十分をかけて煎餅一枚を食べきる頃に丁度鎮守府にタクシーがついた。

 そして着いてから、靴を買ってあげればよかったと思った。

 ……帰りは、靴を買ってあげよう。

 そう思いつつ、俺はタクシーを降りた。


提督「さて……」

 予め鎮守府を訪れることは連絡しておいたのだが、誰か居るだろうか。

 以前はこの鎮守府に居たので、案内がなくとも部屋などの地理は分かるが、とはいえそれはあくまで以前の話で、今はここの提督ではない。

 であれば、勝手に出歩くわけにもいかないだろう。

 もう俺はここの提督ではない以上、待たなくてはならない。


↓1 迎えに来た艦娘
阿賀野・曙・阿武隈・大淀・金剛の中からお選びください。


阿賀野「提督さん!」

提督「ああ、君か」

阿賀野「えへっ、お久し振りです!」

 そう言って阿賀野が隣に立とうとする。

 どうにも彼女はこういう、他人との距離感と言うものに頓着がない。

阿賀野「阿賀野寂しかったんだからー」

提督「そうか」

阿賀野「阿賀野だけじゃなくて、皆同じ。特に曙ちゃんとか阿武隈ちゃんとかぁ、もう凄かったんだから!」

 正直に言って想像できない。

 阿賀野の言葉はいつも声色同様に落ち着きがなく、話題もあっちへ行ったりこっちへ行ったりするので、聞くのが大変である。

 恐らく今言ったのも、本人たちの意思とは関係ないところで彼女が盛大に勘違いしたのだろう。

阿賀野「本当だもん」

提督「もんじゃない、もんじゃ」

阿賀野「もんじゃ?」

提督「……食べ物じゃないぞ」

阿賀野「あんまり好きじゃないんだけどぉ。もんじゃ」

阿賀野「でも、お好み焼きの方が苦手。海老が入ってるから」

提督「阿賀野」

阿賀野「そういえば、海老で思い出したけど、この間能代が阿賀野の炒飯に海老入れたのよ! 信じられない!」

提督「阿賀野……」

阿賀野「なぁに、提督さん」

 彼女のペースで話していたら、一日があっという間に終わってしまう。

 尤も、彼女の場合、いずれ話し疲れるか飽きて、眠りに部屋に戻りそうではあるが……。


提督「曙とか、大淀とかは居なかったのか」

 別段、これっぽっちも、全く、彼女に対して不満はないのだ。……ないのだ。

 ただ、話が前に進まないのがほんの少しだけ大変に感じないわけでもなかっただけなのだ。

阿賀野「提督さん、阿賀野に不満?」

提督「そう言うわけではない」

阿賀野「……えへ」

 何が嬉しいのだろうか、にっこりと笑いながらぽんぽんと俺の腕を触る。

阿賀野「最初はね、阿賀野も提督さんが来るの知らなくて。曙ちゃんがお迎えする予定だったんだけど」

提督「曙が」

 そのまま曙が来てくれたほうが手っ取り早かったのだが……。

 いや。別に阿賀野が嫌な訳ではないのだけれども。

阿賀野「今朝、曙ちゃんがそわそわしてたから。ちょっと聞いてみたらあっさり自爆して」

提督「信じられないな……」

 曙はしっかりしていて全く隙がなく、口調同様警戒心の強い子だと思ったが。

阿賀野「それでね、結局皆に広まっちゃって。誰が迎えに行くのかじゃんけんで決めることになって」

提督「それで君が勝った、と」

阿賀野「そう! 阿賀野大活躍!」

 それは活躍といえるのだろうか。

阿賀野「阿賀野的には活躍なの。……あ、何だか今の、阿武隈ちゃんぽかった」

阿賀野「阿賀野的にはオーケーです! なんて。えへ」

 ふにゃりと敬礼しながら再度砕けた笑顔を見せる。

提督「……そうだな」

 割とおざなりな返答をしながら、さて俺はいつになったら鎮守府に入れるのだろうかと心の中で小さく溜息を吐く。

阿賀野「……あ!」

提督「今度はどうした?」

阿賀野「後ろの子はだぁれ?」

 今更伊58に反応した阿賀野が小首を傾げる。

 怯えるように伊58が身を震わせた。

提督「ああ、今俺が居る鎮守府の子だ、この子は……」

阿賀野「可愛い!」

 説明する前に阿賀野が伊58に迫った。

 当然伊58は逃げるべく反転するが、しかし阿賀野の方が先に彼女を捕まえる。

提督「おい、阿賀野、待て、辞めるんだ」

阿賀野「可愛いー!」

伊58「ひぃぃ」


阿賀野「お名前は?」

伊58「やぁだぁ……放してぇ」

提督「阿賀野、彼女は少し事情があるんだ。放してやってくれ」

阿賀野「そうなの?」

伊58「あう……」

提督「そうなんだ」

阿賀野「こんなに可愛いのに?」

提督「それは関係ない」

伊58「うう……いやぁ」

阿賀野「あ。否定しなかった。提督さんも可愛いって思ってるんだ?」

提督「阿賀野、今は君のおしゃべりは一旦中断してだな……」

伊58「あう」

阿賀野「可愛い! きゃーん、もう!」

提督「お、おい……」

伊58「あんまり、な、撫でないでくだち……」

阿賀野「可愛い! でもちょっと冷たい! 肌が!」

伊58「は、裸足だから……」

阿賀野「ほんとだ! なんで裸足なの?」

提督「潜水艦だからだろう」

阿賀野「それにしたってここまで来るのに靴くらい買ってあげても良いと思うの」

提督「それは……すまん。その通りだ。面目ない」

伊58「べ、別に……だいじょぶ、でち」

阿賀野「だぁめ、女の子があんよそのままなんて」

伊58「あう……」

阿賀野「阿賀野のお部屋に靴余ってたかな。見に行きましょ!」

伊58「あ、え、え、え?」

提督「おい、阿賀野、阿賀野!」

提督「……」

提督「……」

提督「行ってしまった」

提督「案内役じゃなかったのか、君は」

提督「……」

 ぽつん。

阿武隈金剛ならコンマ判定、曙大淀なら無条件で離脱だったのに、してやられたでござる


提督「……と言うわけで、遅くなって申し訳ありません」

司令官「いやこちらこそ、阿賀野君が申し訳ない」

提督「いえいえ」

司令官「いやいや」

阿賀野「えへへ」

伊58「え、えへへ……」

 いや君は反省して欲しい。

司令官「やはり曙君に行かせるべきだったか」

阿賀野「酷ぉい」

 声だけはぷりぷりとしながら、それでも伊58を背後から抱きしめたままである。

 道中何があったのかは分からないが、伊58もされるがままである辺り、気を許したのだろうか。

 まぁ、確かに、俺のような面白みのない人間よりも阿賀野のような包容力のある女性の方が案外心を開けるのかもしれない。

 その点で言えば、何はともあれ阿賀野には感謝しなければいけないだろう。

阿賀野「ついに阿賀野褒められちゃう? 活躍したって褒められちゃう?」

提督「いやまぁ、うん……」

司令官「まぁ、うむ……」

阿賀野「提督さんも司令官さんも、阿賀野の扱い酷いなぁ」

伊58「ん、んと」

阿賀野「なぁに、ゴーヤちゃん?」

伊58「ゴーヤ、は、ありがと、って思ってる、よ」

阿賀野「……ゴーヤちゃあん!」

伊58「く、苦しいでち……」

 ぎゅうと阿賀野が伊58を抱きしめ、頭をなでた。

 伊58も恥ずかしそうにはしていながらも、嬉しそうな表情でもある。

司令官「話を戻そうか」

提督「はい」

 どうにも彼女と居ると、時間が間延びしてしまう。

 気を取り直して、再度部屋を見回した。

司令官「ここが彼女達……潜水艦のあの子達が居た部屋だ」

提督「……」

伊58「……ん」

 持ち主を失った部屋。そこに今こうして、俺達はいる。


司令官「あまりこういう事は、先延ばしにしすぎるのもよくはないからね」

提督「仰るとおりです」

 伊19、伊168、伊8。

 この三人は、今はもう居ない。

 三度目に起こった襲撃事件の際に皆深海棲艦にしとめられてしまった。

 そうして部屋の荷物だけが今もまだ、主を待ったまま置かれている。

 部屋に埃はない。

 それは、今もこの部屋を誰かが掃除しているという事であり、それだけ彼女達の死を悼んでくれているということなのだろう。

 それが嬉しくもあり、申し訳なくもある。

司令官「君の鎮守府に、彼女達と同じ潜水艦の子が居ると聞いてね」

提督「はい」

伊58「……」

 端的に、事務的に言ってしまえば、遺品整理、という四文字で片付いてしまうのだろう。

 だけれどそれはきっと、伊58にとっては大事なことだ。

 あの加賀が、あれだけ孤独を望みながらも、決して部屋の中を私物だけにしないように。

 やはり知った者の記憶、知った者の思い出は、掛け替えのないものだ。

 命に代わりはないと睦月に言ったけれど、それは生きている命だけではなく、死んでしまった命にもいえるのだと思う。

 伊58にとっては、直接彼女達と過ごした時間はない。

 だけれど、それでも、全く関係ない訳でもない。

 姉妹艦─厳密に言ってしまえば、彼女たちは全くの姉妹というわけではないが─や同種艦同士には、我々人間の知らない所で絆や繋がりがある。

 でなければ、今こうして伊58はここには居ない。

 もっと言えば、人や艦娘を恐れる彼女が、自分の意思でここに着たいと言うはずがないのだ。

 彼女達同士の絆が、伊58の足を動かした。


 伊58が部屋を見て、残った物を手に取ったりする間、しばし司令官と話をする。

提督「司令官。この部屋はどうするおつもりですか?」

司令官「まだ決めていない。……が、いずれまた使う時がくるかもしれない」

 その日の為に部屋を片付ける。

司令官「勿論、それだけではないが」

 或いは、片付け、綺麗にすることが、一つの区切りになるのかもしれない。

 この部屋だけがこうして時を止め続けることで、鎮守府に影が射すのであれば、そこに光を当てなければならないのだと思う。

 時間は前にしか進まない。止まっていても、戻ったりはしない。

 ならば動かすしかない。

 ネジを締めるように、ぜんまいを巻くように部屋を片付け、何もなくなったらそこが新しい時間の始まり。

司令官「……、尤も、まだ時の止まったままの子がいるがね」

提督「……はい」

 それは恐らく、金剛と雪風のことだろう。

 言葉を失い、手足を失い、理性を失い、そして時間だけが止まり続けている。

 止めてしまったのは、他ならぬ自分だ。

伊58「ん……と」

 部屋の中をぺたぺたと歩く伊58と手を引くように傍につく阿賀野。

 まるで姉妹のように見えなくもない。

伊58「……?」

阿賀野「どうしたの?」

伊58「ん、と。ないの」

阿賀野「ない? 何が?」

伊58「……、……」

阿賀野「?」

伊58「電話が、ないの」

阿賀野「……?」

伊58「……なんでも、ない、でち」

 要領を得ない伊58の言葉に首を傾げる阿賀野。

 その様子を見て諦めたのか、伊58が部屋を探すのをやめた。

伊58「もう、大丈夫、でち」

提督「……そうか」

伊58「ん……」


提督「本日は、ありがとうございました」

司令官「いや、こちらこそ」

阿賀野「ゴーヤちゃん、また来てね」

伊58「ん、と……。う、うん」

 行きと同様タクシーに乗り込む。

 はにかみながら伊58が足をぱたぱたと動かす。

提督「靴、もらったのか」

伊58「うん」

 阿賀野がそんな事を言っていたが、本当にもらったのか。

 ブーツ型の靴をぷらぷらを揺らしながら目を細めて喜ぶ伊58。

提督「良かったな」

伊58「ん、と。うん」

伊58「……あ」

提督「どうした?」

伊58「屋台、なくなっちゃった」

 甘味の屋台、覚えていたのか。

 そんなに長いこと居たわけではないが、やはり人だかりそのままに売り切れたのだろうか。

 よもやあののぼりの商品が売れたとは思えないが、確認できないのでなんとも言えない。

伊58「……、あの、ね」

提督「なんだ?」

伊58「ありがと、ございます」

提督「……ああ」

 小さく伊58がそう呟いた。

 少なくとも、今回は彼女を連れてきて良かったかもしれない。

 横で靴を見ながら嬉しそうにする伊58を見て、そう思った。



伊58の好感度上昇
↓1のコンマ十の位


提督「ふぅ、もう昼か」

 朝一番ではないにせよ、それでも午前には向こうの鎮守府に向かったのだが、気がついたらあっという間にこんな時間だ。

 その殆んどがあちらこちらへ行く阿賀野の話の軌道修正だったように思える。

 何だか散歩の最中に自由奔放に動き回る犬の様だと言ったら、怒るだろうか。

提督「……うーん」

 それなりに背があり、黒い髪に、あの性格。

 ……ラブラドールレトリーバーあたりか?

提督「いやいや。そんな話はどうでもいい」

提督「それより午後は何をするか……」



↓1

1.出撃

2.演習

3.遠征

4.工廠

5.その他(自由安価。お好きにどうぞ)

5睦月提督58 差し入れ

>>715
まるでサジェストみたいだぁ……(直喩)

睦月と提督がゴーヤに差し入れする、でいいでしょうか?


提督「……ふむ」

提督「うむ……」

提督「なるほど、これは……」

提督「駄目だな」

睦月「何やってるのです?」

提督「睦月か」

 厨房である。

 一人腕を組んで呟く俺を見て、やってきた睦月が怪訝そうな声を挙げた。

 睦月からしたら、俺が厨房に立つのは好ましくないのかもしれない。

 確かに前回はあまりにみっともない所しか見せられなかったので、睦月がそう思うのも無理はないが、しかし今回は違う。

提督「今はな、伊58に差し入れするものを作っていた」

睦月「差し入れ」

 睦月の相槌に頷く。

 午前中のタクシーの中での伊58が気になったのだ。

 あの時彼女は、行きも帰りも甘味屋台に反応していた。

 単に空腹なだけかもしれないが、もしかしたら甘味が好きなのかもしれない。

 そこでこうして自分なりに差し入れを作ることにしたのだ。

睦月「なるほどー」

 一旦は感銘したように目を輝かせた睦月だったが、すぐに厨房に入ると、

睦月「でも提督、だったら睦月にも相談して欲しかったのです」

 と手を洗いながら言った。

 尤もである。

睦月「それで、提督は何を作っていたんですか?」

提督「納豆パンプキンイカスミ苺パフェDXだ」

睦月「……」

睦月「えっ?」

提督「納豆パンプキンイカスミ苺パフェDXだ」

睦月「えぇ……」


睦月「なんですか、その、買い物リストの語尾にとりあえずパフェって単語をくっつけました的なの」

提督「俺も知らない。そういうのを見たんだ」

睦月「じ、実在するんですか?」

提督「恐らくは」

 実物は見ていないが、のぼりに書いてあったのだからあるのだろう。多分。

睦月「でも四分の三がご飯のおかずですよ?」

提督「南瓜のスイーツはいくらでもあるし、イカスミも……名古屋に行けばジュースになっているから甘味ともいえるはずだ」

睦月「仮に百歩譲っても納豆がぶち壊しなのです」

提督「それは……あれだ。隠し味なんだろう。ビーフシチューにチョコレートを入れるようなものだ」

睦月「隠し味が料理名の最初に来ちゃ駄目ですよ!」

提督「それは、あれだ。語呂とか語感の問題なんだろう」

 実際、パンプキン苺イカスミ納豆DXパフェよりも、納豆パンプキンイカスミ苺パフェDXの方が発音しやすい。

睦月「あらほんと……じゃないですよ!」

 睦月って本来はこんな感じだったのか。

睦月「睦月のセリフです……。どうして料理になると壊滅的な思考になるのです」

提督「……すまない」

 料理の出来ない人の思考能力は、えてしてこう言うものだ。

 威張るわけではないが、本当に。

提督「卵の殻には栄養があるという言葉を聞いて、ゆで卵の殻を剥かずに食べたことがある」

睦月「なんですかその突然のカミングアウト!?」

提督「他にもだな……」

睦月「……、もう、提督は自分で料理しちゃ駄目なのです」

提督「しかし食べなくちゃ死ぬだろう」

睦月「睦月が作ります」

提督「しかしそれは負担になるだろう」

睦月「どうせ自分の分も作るのです、一人分増えたって変わらないのです」

提督「ううむ……」

 しかしそれは沽券に関わりそうであるが……。

睦月「今更なのです」

 尤もである。


提督「そして出来上がったのがこれだ」

睦月「いや、食べませんよ? 睦月が来る前に“駄目だな”って言ってた奴なんて食べませんよ?」

提督「聞いていたのか」

睦月「丁度その時に来たのです。……それで、どんな感じに不味いんですか?」

提督「不味いとは一言も言っていないだろう」

睦月「いやむしろ不味いと駄目だったら、駄目の方がランク的に下なのでは」

提督「そういうものか」

睦月「そういうものです」

提督「……」

睦月「……」

提督「……」

睦月「……」

提督「それで、味の改善点を聞きたいので、」

睦月「食べませんよ!?」

提督「そうか」

睦月「そうです」

提督「そうか……」

睦月「……そうです」

提督「……そう、か」

睦月「無表情のまま意気消沈しないでくださいよぉ……」

睦月「……」

睦月「……」

睦月「……、ひ、一口だけですよ?」

提督「本当か!?」

睦月「ふにゃぁ、びっくりしたぁ!」

提督「す、すまない」

睦月「うう、どうしてこんな事に」

>>750
しつこいよお前
それより99ってカッコカリ以外なんかあったっけ?


睦月「……」

提督「……」

睦月「……あの」

提督「なんだ」

睦月「そんなに見られると食べづらいのですよ」

提督「そうか、すまない」

睦月「もう」

睦月(……あれ)

睦月(そして今気付いたけれど、このスプーンってさっき提督が使った奴では)

睦月(ど、どうしよ)

提督「ぐいっと」

睦月「う、うにゃ……」

提督「睦月、頼む」

睦月「あー、うー、えーと」

提督「そうだ、蜂蜜をかけるか? 蜂蜜。蜂蜜をかけよう」

提督「先日零してしまったからな。新しく買って来たぞ」

提督「安かったからな。お徳用だ」

睦月(いや大きい!)

提督「甘味というからには甘い方がいい。好きなだけ使ってくれ」

睦月「いやこのままでいいです! 頂きます!」

睦月(ってああ、スプーンそのままでした!)



好感度とか全く関係ないコンマです
↓1のコンマが大きければ大きいほど美味しい

>>752
そこを機にそろそろお話の目標的なのを決めるつもりはあります


ゲロマズコンマでハリセン取り出してひっぱたく睦月が書きたかった、残念


睦月「ん……」

提督「どうだ?」

睦月「んん……」

提督「いけるか?」

睦月「ん……。ん? んー?」

提督「そうか、駄目か……」

睦月「……こくん。いやまだ何も言ってないです」

提督「すまない」

睦月「ええと、味はですね」

提督「ああ」

睦月「こう……なんというか」

提督「ああ」

睦月「納豆と南瓜のマイルドな舌触りがまず最初に訪れて」

提督「ああ」

睦月「ついでイカスミの芳醇な舌触り」

提督「おお」

睦月「そして舌を飽きさせないように置かれた苺のしっかりとした舌触りが合わさっていきました」

提督「……舌触りばかりだな」

睦月「精一杯褒めたのです。むしろ睦月を褒めてください」

提督「そうか、それはすまない。ありがとう」

睦月「にゃはは」

提督「つまり、要約すると美味しいんだな?」

睦月「いえ別に」

提督「えぇ……」

睦月「正直に言って、納豆の匂いがきつすぎて、出だしから食欲をそがれます」

提督「それは、個人の好みだろう。納豆が好きな人も居る」

睦月「南瓜の皮とイカスミの生臭さが合わさって最強に酷いです」

提督「……それも好みでは」

睦月「最後に苺の酸っぱさが鼻を抜けていって、もう、何ていうか、こう、今これが胃に入っていると言う事実を受け入れがたいのです」

提督「そんなにか……」

睦月「はい」


提督「肝心の味はどうなんだ。舌触りと匂いで今のところプラスマイナスゼロのはずだ」

睦月「正直味は良く分かりませんでした。もう、匂いと戦いながら“えっ、食感は良いんだ”っていう嬉しくもない発見に全て持っていかれました」

提督「そうか……」

睦月「多分味も可も不可も無かったのです」

提督「そう、か……」

睦月「そんなに落ち込まなくても良いと思うのです」

提督「しかし、それでは伊58に差し入れするには足りないということではないか」

睦月「というより、差し入れとして部屋の前にパフェを置かれたらビビるのです。“えっ、ナマ物?”ってなると思うのです」

提督「確かにそうだ。気付かなかった」

睦月「提督どうしちゃったのです? 夕立ちゃんインストールしちゃったの?」

提督「夕立を変な代名詞にするのはやめなさい」

睦月「差し入れは睦月が作るのです。提督はそこで座っててください」

提督「手伝うぞ」

睦月「大丈夫なのです」

提督「手伝う」

睦月「大丈夫なのです」

提督「……分かった」

睦月(凄いとぼとぼと歩いてる)


睦月「ホットケーキの出来上がりなのです」

提督「おお」

睦月「提督の分もあるのです」

提督「良いのか?」

睦月「良いのです。その小脇に抱えたお徳用蜂蜜ボトルを使うといいのですよ」

提督「それは助かる。ああ、助かる」

睦月「そんな心底生き返ったみたいな声で言われましても」

睦月「あ、提督。蜂蜜少し下さい」

提督「えっ」

睦月「なんで驚くんですか。ゴーヤさんにもあげましょうよ」

提督「ああ、そういう事か。睦月が飲むのかと」

睦月「飲みませんよ! 瓶に入れて、と」

提督「出来たてを食べたいのは山々だが、先に伊58の所に行こう」

睦月「はい」

提督「……」

睦月「……?」

提督「……なぁ、睦月」

睦月「およ?」

提督「やっぱりパフェは持っていったら」

睦月「駄目ですよあんな食べかけの50点パフェ」

提督「そうだな……ああ」

睦月「さ、行くのです」

提督「ああ」


睦月「ゴーヤさん、睦月なのです」

伊58「?」

睦月「ホットケーキ、いかがです?」

伊58「!」

睦月「焼きたてですよ」

伊58「ん、と……」

提督「良い匂いだ」

伊58「ん……」

伊58「……」

伊58「……あ」クゥー

睦月(今お腹の音鳴ったのです)

伊58「あう……」

提督(今頃恥ずかしがっているに違いない)

提督「伊58、甘味屋台も良いが、睦月の手作りも負けてないはずだ」

伊58「ん……うん」

伊58「今、あ、開けるでち」

睦月「はぁい……赤い」

提督「赤いな」

伊58(お腹の音聞かれちゃったかなぁ……恥ずかしい)


伊58「うわぁ……美味しそう」

睦月「どうぞ!」

伊58「これ、こんなに? 全部?」

提督「ああ」

伊58「食べきれる、かな」

睦月「そんなに多くはないと思うけど……」

提督「少食なんだ、伊58は」

伊58「ん……」

睦月「なるほど」

提督「伊58、蜂蜜要るか?」

伊58「ん、欲しい、でち」

提督「ああ良いぞ。お茶も持ってきた」

伊58「あ、ありがと、ございま……す。もぐ」

提督「蜂蜜が手についているぞ。ティッシュだ」

伊58「ん……」

提督「あんまり一気につめて食べるとむせるし身体によくない。ゆっくり食べていいんだぞ」

伊58「ん……」

睦月(どうしてこの気遣いが料理にだけ活きないのか不思議です)


伊58「美味しい、よ」

睦月「ほんと? 良かったのです」

提督「……」

伊58「? てー、とく。どうしたの?」

提督「ああ、いや。なんでもない」

睦月「パフェのことは忘れるのです」

提督「う……む。そう、だな」

提督(自分で伊58に差し入れをするつもりが結局睦月に頼ってしまった……情けない)

伊58「ごちそうさま、でち」

睦月「食べきったのです」

伊58「美味しかった、から、つい」

睦月「そう言ってもらえると嬉しいのです。もっと褒めても良いのですよ?」

伊58「あ、え、ええと」

睦月「褒めて褒めてー」

伊58「ど、どうや、って?」

睦月「頭なでていいにゃ。にゃんちゃって」

伊58「こ、こう……?」

睦月「ごろにゃん」

提督「……」

提督(肩身が狭い)


睦月「さて、ゴーヤさん」

伊58「?」

睦月「食べたら歯を磨きましょう」

伊58「う、うん」

睦月「ささ。ほら」

伊58「い、今?」

睦月「そうなのです。虫歯になるのです!」

伊58「わ、分かった、から、引っ張らないでぇ」

提督「……」

提督「……」

提督「……行ってしまった」

提督「皿を片付けて俺もホットケーキを食べよう」

提督(温かいケーキに、たっぷりの蜂蜜)

提督(……)

提督(早く戻ろう)

提督「……?」

提督「……!」

提督「な、ない!?」

提督「な、何故無いんだ!?」

提督「そんな馬鹿な……」

提督「一体……誰が……」

提督「……ああ。酷い」


加賀(水でも飲もうかしら)

加賀「……?」

加賀(誰も居ない食堂に、ホットケーキ……?)

加賀「一体誰が」

加賀「……」

加賀「……」

加賀(いや、それは駄目でしょう。一航戦の誇りが)

加賀「……」

加賀「……」

加賀(罠かもしれないわ。こんな、これ見よがしにぽつんとテーブルに置いてあるなんて)

加賀「そう、これは罠……罠」

加賀「罠なら取り除かないといけないわ」

加賀(怪我が治る間あまり食事をしていなかったのかきっと関係ないわ)

加賀(正規空母として、いち早く危険なものを見つけただけ)

加賀(……)

加賀「やってしまった……そんな、馬鹿な」

加賀「……」

加賀「……」

加賀「……美味しかったわね」

加賀(少し気分が高揚しないでもありません)

復帰後初の出番がこれである。


そんな訳で好感度コンマ
睦月↓1のコンマ十の位(ぞろ目でYP+1)
伊58↓2のコンマ十の位


──通常動力型潜水艦。

 潜水艦には二つの動力があり、原子力潜水艦と、先に挙げた潜水艦にそれが分けられる。

 高温高圧の水蒸気を発生させる熱源として原子炉が利用されるこの潜水艦は、水蒸気によるエネルギーを元にスクリューを動かす。

 厳密に言えば原子力潜水艦も、その水蒸気で蒸気タービンを作動させスクリューを回転させるか、或いは蒸気タービンを利用して発熱させ、電動機を介してスクリューを回転させるか、の違いはある。

 とはいえ、いずれにしても推進動力を発生させるために原子力を用いることには変わりは無く、併せて原子力潜水艦と呼ばれることが一般だ。

 原子炉の動作には酸素を必要としない。その為、長時間の連続潜航が出来る。

 加えて原子炉に組み込まれる核燃料棒などの交換も数年単位で済む為、通常動力潜水艦に比べてより低燃費なのだ。

 更に言えば、原子力潜水艦は、艦内の人員の呼吸に必要な酸素も確保しやすい。

 というのも、水蒸気タービンを介して発生させた電力で、周りにある海水を電気分解してしまえばいいからだ。

 同時に二酸化炭素も除去できる一石二鳥以上のシステムで、その為原子力潜水艦は、艦内の食料さえ尽きなければ一ヶ月二ヶ月と潜航し続ける事が出来る。


 一方で通常型潜水艦はと言うと、それほど長くの間潜航はできない。

 まず第一に、文字通り動力が違うのだ。

 原子力の代わりに蓄電池からの電力を主とする通常潜水艦は、その充電をするために陸の空気を取り入れ、適宜内燃機関とされている、ディーゼルエンジンで発電機を動かさなければならない。

 充電したバッテリーが消耗してしまえば当然潜航はできないし、内燃機関自体の燃料も常に確保していなければならない。

 その為原子力潜水艦に比べて短時間での海面浮上を余儀なくされるのだ。

 その差は歴然で、原子力潜水艦が先に挙げた通り一ヶ月二ヶ月と潜航していられるのに対し、こちらはわずか数日である。

 しかもそれはあくまで海中をゆっくりと潜航している場合で、敵から逃げたりする際に速度を上昇させて移動するには、どちらも燃料をより消費する。

 それでも原子力潜水艦は長く潜っていられるが、通常潜水艦はというと、一日や半日がリミットなのだ。

 通常動力潜水艦は、原子力潜水艦が後に開発されてからは、その活躍の場を徐々に失ったという。


 そして伊58。

 彼女が艦娘として新たに生を得る前は、彼女は通常動力潜水艦としてその名を用いられてきた。

 どの艦娘も、新たに誕生する前に用いられた艦としての特徴を強く持つ。それは艦娘としての法則だった。

 そして彼女もまた、潜水艦としての特徴を持っていた。

 それが、人間に比べてより長く潜っていられる、潜航の才能である。


伊58「また出撃……」

 ずぶぬれの身体を拭く事も無く、身体を引きずるようにしてトボトボと歩く。

 正直に言って、気が狂いそうだった。

 来る日も来る日も海に潜らされる日々。休みなどありはしない。

 陽の見える内は出撃要員として使われ、陽が落ちたら遠征要員として使われる。

 出撃要員といえばまだ聞こえはいいが、実際の所彼女が行う役目といったら大半がデコイ役だ。

 潜水艦である彼女は、魚雷しか武器を持たない。

 しかし敵からしたら、海面で撃ち合う相手や、上空から降って来る艦載機などの見える敵よりも、見えない海中から来る攻撃の方が厄介なのだろう。

 相手が艦載機を飛ばす空母ならまだしも、そうではない殆んどの相手が潜水艦を良く狙った。

 或いは彼女達潜水艦が、一度大きなダメージを受けたら機能しなくなるほどに脆い装備である事も起因しているだろう。

 ともかくも彼女は良く狙われ、そして囮になった。

 そうすることで味方の攻撃が通りやすくなるのであれば確かにそれも作戦の一環なのだろうが、だからと言って彼女にだって限界がある。

 よもや“敵に発見されやすい様に浅めにいろ”などと言われて何の反論も無く首振り人形でいられるはずもないのだ。

 だけれど反発した所で相手は上司である。処罰で済むならまだしも解体やら何やらもされたくはない。結局彼女は不満を不満として零すことができなかった。

 鎮守府の行いは明らかに不当なものであったが、それがそうだと分かるほど賢くは無かったのが、唯一の彼女の責任といえば、そうかもしれない。


 合間を縫って食堂に顔を出す。途端に周りの視線が彼女に集まった。

 陸よりも海に居ることの方が多い彼女を、ましてや食堂で見かけるとなるとよほど珍しいのだろう。皆こぞって同じ反応をする。

 別段艦娘に虐められているわけではないが、しかし腫れ物に触れる扱いをされているのには変わらない。

 遠巻きに彼女を見ながらぼそぼそと喋る艦娘達。それが陰口ではないと分かっていても、伊58にとってはもはやそれも苦痛だった。

 労わって欲しいのか、それとも励まして欲しいのか。或いは何かもっと別の言葉を掛けて欲しいのか。

 そのどれもがしっくり来ず、深い溜息を吐く。

 結局一日一回の食事さえ詰めこまないままに、トレーを返却口に戻した。

 十分後にはまた海だ。

 意味はないとはわかっていても、五分でも眠れるのであれば眠っておこうと彼女は思った。

 夜の遠征の最中、海で眠るわけにはいかないのだから。

 こみ上げてくる吐き気を堪えながら、廊下の端を歩く。

 いつしかそれが彼女の癖になっていた。

 部屋で眠ろうか一瞬だけ悩み、起きられなかった事を考えた彼女はそのまま港へと向かう。

 そしてそのまま外で膝を抱えて目を閉じた。

 眠れないと分かっていても、ただ目を閉じた。

 潮の香りがいっそ憎かった。


 いっそ目を閉じたままでいられたら。

 何度そう思ったかは分からない。

 それは何も、彼女が死にたいとか、生きていたくないとか、そう言う風に思ったわけではない。

 恐らくそんな大それたものではなく、ただ単に、眠りたい。

 ただそれだけの、ささやかな願いにしかすぎないのだ。

 そしてそれがきっと叶わないとも彼女自身思っていた。

 もしそれが少しでもねだれば叶うものであれば、きっと彼女はそうしている。

 書類を出して通るわけでもない。頭を垂れても通るわけでもない。

 叶えたいから願うのではなく、叶わないから願うのだ。

 どうせ叶わないと分かっているから、せめて心の中で愚痴のように零すのだ。

 現実から一歩でも逃げるように。現実から一歩でも下がるように。

 心だけ一歩下がって、現実で黙々と身体を動かす自分を俯瞰的に見下ろすことで、彼女は何とか心の均整を保っている。

 無理な願いをしていると自分で自分に言い聞かせて、それが無理だと思い込むことで、なんとか生きている。

 もしそれが、本当に叶えたい願いになってしまったら。

 そしてそれがやはり叶わなかったら。

 その時はきっと彼女は壊れてしまうのだろう。

 それを自分でも分かっているからこそ、本気で願わない事にしているのだ。

 
 
 しかしその願いは、思わぬ形で叶うことになる。


 彼女の思いもしない所で。

 彼女の望みもしない形で。


 夏の日の、雨が降り注いだ、あの海で。


中途半端なところなんですが、今日はここで終わらせてください。


伊58「大雨……」

 かざした掌さえ滲むような雨。

 もはや嵐と言って良い程の天候にも拘らず、彼女は海に居た。

 遠征の帰りである。

 先ほどまで彼女は日を跨いだ遠征の任務を追え、帰還する所だった。

 体が鉛のように重い。自分が潜水艦で、何時間も潜っていられるといっても、さすがにここで眠る気にはならなかったが、下手をしたらそうしてしまいそうである。

 そう考えるとこの嵐のような大雨も、少しだけ彼女の味方のようにも思えた。

 尤も、それはあくまで百害あっての一利ほどであるので、やはり雨が降っていないに越したことは無いのだが。

伊58「……」

 少しだけ空を見上げ、すぐに目を伏せた。

 溜め息を吐くと幸せが逃げると言うが、だとしたら既にそれを吐ききった彼女は、さながら生きながら死んでいる様なものだ。

 もしかしたら吐いた溜め息が上空に舞い上がり、よく分からないプロセスをもって雨としてこうして循環しているのではないか。

 或いは吐いた二酸化炭素が海に混じり、炭酸水にでもならないか。

 そんなことをぼんやりと考える彼女だったが、そもそも二酸化炭素は空気よりも重いし、海に溶けても決してイメージにあるような甘いジュースにはならない。やはり彼女は賢くはなかった。

 別段彼女も心底本気でそれを願っているわけではなく、単に疲労と眠気で意味もなく行き着いた雑念だったので取り立ててそこから深くは考えない。

 何にせよ、この広大な海を、飲んだことのないイメージだけのジュースに変えるには、きっと世界中の砂糖を集めても足りない。

 だけれど溜め息だけならばそれももしや叶うのではないかと周りが一瞬でも考える位には、彼女は息を吐いた。

 吐いて、吐いて、吐ききった。

 一定の限度を越えると人は溜め息さえ出なくなる。

 そんなことを証明するために彼女は海に出ている訳ではないのだが、しかしそう思わせる程には彼女はやつれていた。

 雨に押し潰されそうになりながら海面を進む。


 潜水艦と言えど、常に彼女も潜航しているわけではない。

 先述した通り彼女の元は通常動力潜水艦であり、その特性を引き継いだのか、息を止めていられる時間もそれ同様なのだった。

 彼女の体内が実はディーゼルエンジンで出来ているだとか、着ている水着に蓄電装置が備わっているだとか、そう言う訳では全くなく、あくまで体つきは人間と変わらない。

 しかしそれでも生身の人間とは一線を画す潜水能力を持ち合わせていた。

 文字通り硬い鉄の塊だった頃に比べたらやや能力は落ちるものの、一日近く海中に潜っていられるのは彼女達艦娘、それも潜水艦だけだろう。

 とはいえ裏を返せば、そんな彼女も潜航し続けていられるのはその日限りな訳だ。

 かつてのように電気やバッテリー次第ではなく、自身の体力や体調によってはそれが短くなるのだから、やはり潜航しなくて良いときは浮上しておいたほうが楽なのである。

 今のように、疲れきった身体を波に逆らいながら進むのであれば尚更。

 雨と波よりも彼女には海中の潮の方が怖かった。

 前者はただ悪戯に自分の体力を蝕んでいくが、後者は違う。

 激しい潮流に一旦引きずり込まれたら、あっという間に身体を流され続ける事になる。

 それだけならまだしも、運が悪ければ海面に浮上出来ないのだ。

 潮流に逆らいながら海面に浮上するのは、潜水艦の彼女でも簡単ではない。

 また、深度の問題もある。

 潜水艦だからと言って、何も何千メートル深くの海底の砂を拾い上げられる訳でもない。

 彼女の場合は、彼女が試してみた限りで七十メートルから八十メートルが水圧に対抗できる境界線だった。

 ただしそれは境界線であって限界点ではない。

 人間の素潜りにおける世界記録はおよそ百メートルではあるが、あくまでこれは万全な体調のときに、ゆっくりと体に負荷をかけないように行ったものである。

 潜水と潜航は違うのだ。

 常日頃から潜り続け、ましてやそこからさらに潜航するのだから、単なる潜水とは比べられない。

 「ただ深く潜る」という行為になんの意味も持たない事は、他ならぬ潜水艦である彼女が誰よりも一番分かっていた。

 だから、きっと潜水だけをすれば彼女とてより深く潜れただろう。しかしそれに意味はない。

 境界線を引いておく事には意味があったが、限界点など、確かめる理由さえなかった。

 そんなものを求め、見つけ、突き詰めても、何一つだって救われはしないと。

 それを分かっていたし、そんな彼女だからこそ、半日潜り続けていられるのだとしても、その間潮流に身体を押し続けられることに恐怖を抱いたのだろう。

 故に彼女は海面を横断していた。

 そして、遭遇する。

 彼女と、彼女達と、彼女達だったものに。


伊58「……?」

 滝のような雨の中に紛れて、何かの音が響く。

 一発二発とそれらが続き、彼女はそれが砲弾によるものだと察知した。

 少しばかり彼女の体に緊張が走る。

 砲弾は自分に向けた物ではないというのもすぐに分かったが、仕方なく流れ弾が来ないとも限らない。

 進む速度を目一杯下げ、その場で停止しながら辺りを見回す。

 灰色の空からは無数の雨粒が降り注ぎ、目を凝らすもやはり砲弾の微かな音位しか聞こえない。

 迂回しようにもまずどこで撃ち合いをしているのかが分からない以上、下手に動いても巻き込まれる可能性も考えられた。

 彼女は賢くはなかったが、自らそんな状況に首を突っ込む程の無謀者でもなかった。

 息を殺す様にして兎のように耳をそばだてる。

 やがて徐々に音が鮮明になり始め、と同時に視界に霧のようなぼんやりとした誰かの姿を発見した。

 それは深海棲艦ではなく艦娘で、しかも一人ではなかった。その事に胸を撫で下ろし、いっそ合流でもさせてもらおうかと考えた矢先、信じられないことが起こった。

伊58「──えっ?」

 彼女の前で、艦娘の身体を砲弾が貫いた。

 呆気なく、受け身もとらずにその艦娘が海に倒れる。

 突然の事に口を開けたまま呆然とした彼女だったが、止まずに響く砲弾の音にはっとした。

 そして気がつけば、思いの外に自分が近くまで迫ってしまっていたことに気がついた。

 彼女自身は止まっていたつもりでも、ゆっくりと潮に流されて引き寄せられていたのだ。

 これでは、本当に流れ弾に巻き込まれかねない。そう思い、辺りを再度見回す。

 そんな彼女の視界の中を、必死の形相で別の艦娘が走る。

 それこそが、後に会う榛名であり、そして海に倒れたのが大和ではあるが、この時の彼女にそれを知る術はなかった。

 ただ彼女からしてみれば、艦娘が艦娘に──もっと言ってしまえば、大和が榛名に撃たれた、という事実だけが降って湧いたのだ。


 大和。榛名。そして、伊58。

 奇妙な縁の如く、三角形を描くように、三人の糸が繋がっていた。 

 尤も、その頂点の一つは、後に別の彼に変わるけれども。


 訳がわからず、さりとて近づくわけにもいかず、ただその場で息を飲む彼女だったが、それが幸いしたのだろう。

 激しい砲弾も彼女を襲うことはなく、また榛名も彼女に気づくことなく、雨の中に消えていった。

 その事に安堵しつつ、しかし残った大和が気になった彼女は、恐る恐る横たわったままの姿に近づいた。

伊58「あ、あの……」

 大丈夫ですか。

 そう尋ねたつもりが、しかしうまく言葉にならなかった。

 正直なところ、彼女には大和が生きているかどうかが分からなかった。

 砲弾は確実に胸を貫いていている。拳銃の弾丸などではなく、確かに砲弾なのだ。

 身体に風穴が空いていてもおかしくはない。もし今が雨ではなく晴れで、ここが陸の上だとしたら、きっと大和の身体を通して向こう側が見えていただろう。

 そういう意味で言えば、彼女にとっては僅かながら幸運だったと言えなくもない。

 彼女とて艦娘であり、戦う少女なのだから、血を見て卒倒こそはしないものの、だからと言って大量の血を流す艦娘を前に冷静でいられるはずもなかった。

 少しばかり躊躇いながら、そっと大和の肩に触れる。

大和「……う」

伊58「!」

 生きている。

 思わず驚き、戦いた。

 水が跳ねる。

 唾を飲み込み、再度大和の肩に触れた。

大和「う……」

 やはり、生きている。

 わざわざ二度も確かめるまでもなかったが、しかし彼女も冷静ではないので仕方ない行動とも言える。

 砲弾は幸いにも心臓を避けていたのだろう、しかしだからと言って油断は全く出来ない。

 あくまで即死ではなかったというだけで、このまま海水に浸かっていれば間違いなく絶命するだろう。

 彼女にとっては全く知らない相手だったが、それでも何とかしなければいけないと思った。

 大和の腕をとり、一度だけ酷く傷付いた身体から目を瞑り、頭を降りながら引き寄せた。

伊58「い、一緒に戻って治すでち」

 まさか自分の口から、治す等という言葉が出るとは彼女も思っていなかっただろう。

 こんな状況だからこそ出た言葉であり、こんな状況でもそう言えたのは、やはり彼女が賢くはなかったからかもしれない。

 自分の不遇や身体の重さも忘れ、大和が恐らく鎮守府にたどり着く前に力尽きるであろうことも全く考えないのは、そういう事だ。

 彼女は賢くはない。

 だけれど優しかった。

伊58「んー!」

 大和の怪我を悪化させない様に、それでも出来うる限りの速度で泳ぐ。

 ぐったりとしたまま大和は声すら出さない。その事にますます彼女は焦りながら、雨を掻き分けるように進む。


 そんな彼女と大和の前に、黒い影。

 降りしきる雨に目を細めていた彼女だったが、すんでの所で気がついた。

伊58「?」

 顔を横に振り、雨粒を落としながら見上げる。

 まさか深海棲艦かとも思った彼女ではあったものの、しかしそうではないようで、そこに居たのはまた艦娘だった。

 大和と同じ艦隊か、それともただの通りすがりか。それは彼女には分からなかったが、しかしそれは瑣末なことでしかなかった。

伊58「あの、この人、撃たれちゃったの!」

「……」

伊58「良くわかんないけど、助けないと!」

「……」

 言葉を一生懸命探すが良い単語が浮かばず、結局たどたどしい訴えになりながら声を張り上げる。

 しかし相手は何も言わない。

伊58「……?」

 きょとんとしながら相手を見上げる。

伊58「……」

伊58「……あ」

 そして相手の顔を見て、

伊58「あ……!?」

 大きく口を開けて驚愕した。


 何故ならその相手は、艦娘の姿をしてしていながらも、頭部……顔だけは、黒い深海棲艦の形相をしていたからだ。


伊58「えっ、え、え!?」

 声にならない叫びを断続的に挙げながら、彼女が相手と距離をとろうとする。

 しかしそれよりも早く相手の顔が──口が、勢い良く自分に迫った。

伊58「ひ、ああ!」

 弾かれるように二、三メートル吹っ飛んだ。

 咄嗟に閉じた真っ暗な視界の中、海中をもがいて手をばたつかせる。

 逆さになった頭を一生懸命に海面に戻そうとする。

 そのまま海中で思考を落ち着かせながら、自分の身体を見回した。

 ……怪我はしていない。

 幸いなことに、身体のどこも深海棲艦に食われてはいなかったし、どこにも怪我は無かった。

 運よく深海棲艦の攻撃をかわせた彼女はほっと息を吐き、そして、

伊58「……」

伊58「……?」

伊58「……、……っ」

伊58「あ、あ、わあああ!」

 自分が握り締めた大和の腕が、そのまま腕だけついてきていることに叫んだ。

 彼女は無傷だった。

 だけれど大和は、深海棲艦にその身を食い滅ぼされたのだ。

 たった一つ、彼女が握ったままだった、右腕だけを除いては。


 絡み付く藻屑か、あるいは手錠のように彼女の手から放れない大和の右腕。

 別段特別な何かがあるわけでもなく、彼女が冷静さを取り戻しさえすれば、一本一本その指を解けるのだが、しかしそんな余裕はとうに失っていた。

 海中でもがき、慌てながら浮上する。

 乱れた息を戻そうと思い切り息を吸い、吐いた。

 そして再度深呼吸をしようとして──

伊58「……あ」

「……」

 残った大和の体を貪る深海棲艦と、目が合った。

伊58「ひ……!」

 息を凍らせながら硬直する。

 身体は艦娘の格好をしていながら、頭部だけは黒い深海棲艦の姿をしており、それはまさに化物と形容せざるを得なかった。

 化物は緩慢な動作ながらも、視線は彼女を捉えて離さない。

 そしてグジュグジュと昆虫のように口を動かしながら、“艦娘”の手でまさぐるように海面を撫でた。

 それが一瞬何を意味するのかは分からなかったが、

伊58「……?」

伊58「……!」

 次の瞬間、破裂するような音と共にそれを把握した。

伊58「──!」

 46cm三連装砲。

 それは大和が持っていた装備であり、武器だった。

 その砲弾を、躊躇無く彼女に撃ち込んできたのだ。

 咄嗟に身を捩り、再度海中に潜って回避する。

 直撃こそ免れたものの、爆風と衝撃、そして間近での轟音だけはかわしきれず、水中を放り出されるように転がった。

伊58「い……あ……」

 微かに裂傷を負い、耳は音に痺れる。

 そこから更に砲弾が、今度は海中を狙うように垂直に振ってきて、パニックになりながらも追い詰められるのだった。


 致命傷こそ避けながらも、しかし全ての砲弾をかわしきるまではできず、少しずつ少しずつ彼女の身体に傷が増えていく。

 放り投げようとしていた大和の腕の事は既に忘れ、まるでビート板かカルネアデスの板のように強く握り締める。

 潜水艦である彼女にとっては、重りなど無くても潜れるのだが、もうこれは殆んど冷静さを奪われた中での、限りなく混乱に近い僅かな考えだった。

 大和の腕を抱きしめ、その断面と恐怖に涙を流し……もとい、海に混ぜながら、必死に海中を進む。

 しかし潮流はそれを阻むように彼女を深海棲艦のほうへと推し戻していく。

 背後で砲弾が水を抉るように沈んでいく。

 あそこまで戻ったら、きっと自分は殺される。

 射殺か爆殺か、それとも食べられて死ぬのかは分からなかったが、少なくとも大和と同じ運命を辿る事だけは事実だ。

 震えで合わない上下の歯を必死に食いしばりながら、何とか潮流の分け目を縫おうと深く深く潜った。

 三十メートル、四十メートル。

 海面から放たれる砲弾は、勢いを失いながらも降り注ぐ。

 その内の一つが彼女の足を霞め、再び嗚咽を零しながら更に深く潜った。

 五十メートル、六十メートル。

 果たして砲弾が、そこまで深く殺傷能力を保ったまま水中を切り進めるのかは定かではなかったが、そんな思考をこの場でしろと言うほうが酷だろう。

 出撃前に堪えていた吐き気に再度襲われながら、必死になってその場を逃げる。

 だけれど状況は更に彼女をどん底へと突き落としていく。

伊58「ひ、ひ……」

伊58「ひ──あ?」

伊58「……! ……っ!」



 潮の流れが、変わったのだ。

 海面に対して平行だった流れが、垂直へと。

 その結果、彼女の体は、自分の意思とは関係なく、海の底へと沈んでいく。


 水深七十メートル。

 それは、彼女がかつて試した、生きていられる境界線だった。


伊58「い、う、んぐ……!」

 更に身体が沈んでいく。

 水を蹴る足が、鉛のように重い。

 まるで手応えさえ感じられない。自分が進んでいるのか、戻っているのかもわからないのだ。

 いや、進んではいる。が、それは横へではなく、下へ、それも彼女の意思とは逆の方向に、だ。

 水深八十メートル。

伊58「ん、ぐっ、げほっ」

 喉に絡みつく違和感を覚え、そして戦慄した。

 ……リミットが、迫っている。

 潜水艦として潜っていられる命の限界が、見え始めたのだ。

伊58(な、んで、こんなすぐ!?)

 慌てふためく彼女だったが、しかしそれは当然といえば当然だった。

 休みさえない過酷な労働で疲弊した身体。

 深海棲艦に傷つけられた身体。

 大雨で体温を奪われ、冷静な思考能力を奪われ、そして潮流に逆らうとして体力も奪われた。

 加えて、海中を深く潜りすぎて、水圧さえもが彼女を苦しめた。

 何一つとして彼女の味方はなかった。

 全てが彼女を、絶望へとおいやっていった。

 もはや半日はおろか、数時間だって彼女は潜っていられなかったのだ。

 水深を深く潜れば潜るほど、加速的に彼女の命が絶たれようとしている。

伊58「ぐ、ごぼっ……」

 水深九十メートル。

 水深百メートル。

伊58「……」

 そこで彼女の意識は途絶えた。


伊58「──!」

 目を覚ましたとき、彼女は海面に浮いていた。

 どれくらい意識を失っていたのかは分からない。

 また、どうやって自分がここに来たのかも分からなかった。

伊58「……っ、お、えっ。げほっ! っ、は、はぁ」 
 
 脳が呼吸を忘れていた。それを思い出させるように肺がせりあがり、激痛と共に身体が酸素を欲した。


 だが、思うように息が吸えない。水圧で肺が圧迫されすぎたのか、それとも酸素を身体に送るポンプがおかしくなったのか、理由は分からないがいくら大きく口を開けても、酸素を吸うことが出来なかった。

伊58「は、は、は……」

 決して笑っているわけではない。息を吸おうとしているのに、それができず、引きつったような声しか出ないのだ。

 その度に胸に激痛が走る。

 身体がバラバラに弾けとぶのではないかと思うくらいに重く痛い。

 指一本さえ動かすことがままならなかった。

伊58「は、は、はぁ、う……ぐ」

 酸素を少しでも通そうと、喉が開く。手を突っ込めば、すんなり食道まで届くのではないかというくらいに。

伊58「ぐ、うう……おえっ」

 しかし呼吸の替わりに出てきたのは苦痛にまみれる声。

 胃が肺を押しのけ、喧嘩する様に中身をひねり出した。

 飲み込んだ海水と胃液。そして血。

 僅かばかりの食事はとうに消化され吐しゃしなかったのが、幸いといえば幸いかもしれない。

伊58「か、ひゅ……ぐ、お、ひくっ」

 肺がひきつき、暴れている。

 抑えようにも身体の中の事などどうしようも出来ず、ろくに指さえ動かせないまま海面をのた打ち回った。

 今深海棲艦が彼女の前に居たら、楽に捕食できるだろうし、彼女もそれでもいい気さえしていた。

 傍らにぷかぷかと浮かぶ大和の腕を、白目を向く手前で見やりながら、そこから再度気絶と過呼吸を繰り返した。


 ──それが彼女の最後の海での記憶であり、以来彼女は人に会うことさえ出来なくなった。

 彼女にとっては提督である人間も、仲間である艦娘も、深海棲艦と同等に変わらず恐ろしいものになった。


あ、【伊58の好感度が30を越えました】を忘れてました。


提督「……」

 晴れとも雨ともつかない、微妙な天気だ。

 睦月に起こされる前に目が覚めたので、このまま起床することにする。

 廊下はひっそりと静まり返っていて、誰も居ない。

提督「今日は、何をするかな」



↓1

1.出撃

2.演習

3.遠征

4.工廠

5.その他(自由安価。お好きにどうぞ)


提督「演習か……そうだな」

 演習であれば、夕立の暴走癖も多少は危険が緩和されるかもしれない。

 それに、怪我から復帰した加賀の動きも確認できる。

 ……鈴谷と伊58は、分からない。



演習相手はコンマで決めましょうか。

↓1

01-09 北
10-49 南西(浜風と睦月の居た所)
50-75 東
76-99 南
ぞろ目 不沈艦さん


提督「本日は、演習を引き受けてくださりありがとうございます」

南西提督「あ、どもっす。よろしくお願いします」

提督「……あの」

南西提督「なんすか?」

 確かこの鎮守府は、以前睦月と浜風が居た所だ。

 浜風の言葉が真実であれば、この提督は二人を諦めたことになるわけだが……。

提督「睦月と、浜風の事ですが」

南西提督「あー」

 ぽりぽりと頭を掻く。

南西提督「何ていうか……そうすね。元気でやってますか?」

提督「えぇ、まぁ」

 少し言葉に迷ったが、頷く。

 浜風の問題はまだ解決はしていないものの、睦月は確かに明るさを取り戻した。

南西提督「そうすか。なら、良かったっす。すんません」

提督「と言うと」

南西提督「いやまぁ……」

 再度頭を掻いた。

 彼自身、二人についてはやはり思うところがあるのだろう。

 少なくとも鈴谷や加賀、あるいは榛名の様に厄介物のように扱われたわけではないと分かっただけ、少し救われる。

南西提督「正直自分じゃもうどうしようもなかったっちゃなかったんすけどね……」

 呟くようにそう続ける。

提督「二人、呼びましょうか?」

南西提督「えっ……」

 気まずそうな表情を浮かべた。

南西提督「それはちっと、顔を合わせづらいって言うか」

 確かにそうなのだろう。

南西提督「なんか、すんません」


提督「……さて」

 演習相手を取り付けたところで、続いての行動に移る。

提督「榛名に加賀、夕立睦月浜風、か」

 これで五人。

 鈴谷と伊58は、やはり厳しいだろうか。

提督「……」

 鈴谷の過去を知ってなお協力してくれ、というのは難しいかもしれない。

 だけれど、このまま距離を置いたままでは彼女の心は救えない。

 どこかで一歩、近寄らなくてはいけないのだ。

 踏み込みすぎても傷つけてしまうのは分かってはいるが、それでもどこかで声をかけなければいけない。

 そしてそれは伊58にも言えることだった。

 彼女にも、出来れば声をかけてあげたい。

提督「さて。どうしようか」



↓1の選択と↓2のコンマ

1.鈴谷に参加してもらうよう頼む
(↓2のコンマが32以下で成功)

2.伊58に参加してもらうよう頼む
(↓2のコンマが30以下で成功)

3.睦月と浜風を南西の提督に会わせる


提督「……そういえば」

 向こうの提督は、睦月が明るさを取り戻した事を知っているのだろうか。

提督「……いや、知らなさそうだな」

 先ほどのやり取りを見ると、そんな感じがする。

 というより、最後に会ったのが、例の睦月を治す最中の浜風だろう。

 であれば、あの時点ではまだ睦月は治っていなかったわけだから、やはり知らないという事になる。

 よほど浜風が作戦に自信があり、前倒しと希望的観測をこめてそう伝えたのだとしたら話は別だが。

睦月「提督、どうしたのです?」

提督「睦月か」

浜風「私も居ますよ」

 準備を終えた睦月と浜風がやってきた。

提督「……そうだな」

 きょとんと首を傾げる睦月。

 睦月は、向こうの提督に会ってみたいと思っているのだろうか。

 もし彼女がそう願うのであれば、そうしてもいいのだが。

睦月「んん……」

 しばし考え、頷いた。

睦月「お世話になった人ですし、迷惑かけた事もまだ謝れていませんし。それに、ちゃんと目を覚ました、ってこともまだ」

浜風「……」

提督「そうか」

 睦月がそう言うのであれば、俺が止める事もないだろう。

提督「浜風はどうする?」

浜風「ついていきますよ」

 この間のやりとりで、睦月に対して興味が薄れたといっていたので、もしかしたら断るかとも思っていたが、意外にも首を縦に振った。

浜風「正気に戻ったから戻ってきてくれ、と言うかもしれませんし?」

 可能性が無いわけではないが……。

浜風「そうなったら寂しがるでしょうから」

睦月「は、浜風ちゃん何言ってるの!」

 割って入るように睦月が浜風の手を掴んだ。

浜風「睦月が、とは一言も言ってないのに」

 悪戯な表情を浮かべて笑う。

睦月「ぐぬぬ……」


浜風「やっぱり睦月は提督と放れるの寂しい?」

睦月「にゃっ! にを言ってるの!?」

 何を、と言いたかったのだろうか。猫のような声を挙げながら取り乱して抗議した。

睦月「別に睦月はそういうのじゃないよ!」

浜風「本当に?」

睦月「本当に!」

浜風「ふぅん」

 悪い顔してるな……。

 あまりこう言う事を言いたくはないが、もし浜風が向こうの提督にも同じ態度で接していたのだとしたら、気苦労と言う点で話が合うかもしれない。

浜風「昨日ホットケーキ作ったんだよね」

睦月「何で知ってるの?」

 食べることの出来なかった幻のホットケーキだ。

 まさかつまみ食いをしたのは浜風だったのか?

浜風「伊58さんに差し入れするために作ったのは普通で、提督にお作りしたのはそれよりもグラニュー糖を少なくしたんだよね」

睦月「!?」

浜風「提督が蜂蜜を多めにかけることを想定して、ちゃんと丁寧に……」

睦月「うわああああ! にゃああああ!」

 両手を振り回しながら睦月が叫ぶ。

提督「そこまでしてくれていたのか……」

 なのにどうして姿を消してしまったのだろう。

浜風「いっそ提督の部屋で寝──」

睦月「しゃらあああっぷ!」

 抱きつくようにして身を寄せて、浜風の口を抑え付ける。

提督「ま、まぁ、睦月。落ち着こう」

睦月「ふにゃああ!」

浜風「もが……んん。提督は睦月の事どう思ってます?」

提督「どうと言われてもな……。居てくれないと困る」

睦月「なう!?」

 今日一番の高音で睦月が驚きの声を挙げた。


睦月「そ、そ、それはどういう」

提督「文字通りの意味だが……」

 せっかく立ち直ってくれたんだし、このまま他の皆の架け橋になってくれればそれに越したことはない。

 それに、料理の才能がこれっぽっちもない俺にとっては、睦月の存在はありがたい。

浜風「あ、そういう……」

南西提督「あー……ええと。睦月に浜風さん」

 あれだけ睦月が騒いでいたら、さすがに気になるのも無理はない。

睦月「おりょ……あ」

南西提督「う、うっす」

睦月「はい」

南西提督「……」

睦月「……」

 浜風とは一度会っているとはいえ、睦月とは、やはり二人が遭難して以来の再会なのか、どこかぎこちなかった。

浜風「遠慮してないで、何か言ってあげては?」

南西提督「あ、そうすね」

 ……なんだか、浜風に萎縮してる様な気がしないでもないが、全く分からない訳でもないので触れないでおく。

南西提督「あー、えーと。なんか、楽しそうに話してたな」

睦月「は、はい」

南西提督「浜風さんからは聞いてたんだけど、ほんとに元気になったんだな」

 聞き間違いかと思ったので最初は触れなかったが、やはり浜風にだけ敬称をつけていた。

 どうやら浜風は向こうでも似た感じだったようだ。

睦月「は、はい。提督と、浜風ちゃんと、皆のおかげなのです」

南西提督「おう、そっか」

南西提督「……」

南西提督「……あー」

南西提督「……戻って」

睦月「いやですよ?」

 本当に提案するのか。

 そして否定が凄く早い。


南西提督「ですよね」

睦月「睦月も南西提督さんには、勿論感謝してるのです」

睦月「提督さんが、睦月のためにルームメイトを連れて、一人にしないように考えていてくれたのは、嬉しかったのです」

睦月「でも今は、ここで頑張ろうって決めたので……」

提督「?」

睦月「な、なんでもないのです」

 一度こちらを見上げ、ふいっと顔を背けた。

南西提督「あい。駄目ですよねはい」

浜風「往生際が悪いですね」

南西提督「すんません」

 何か浜風に弱みでも握られているのだろうか。

 ……ありえないと言い切れない底の見えなさがあるだけになんとも言えない。

浜風「これで良い人なんですよ」

提督「そうなのか」

浜風「ただ、まぁ。少し適当なところがあるので」

浜風「後は……まぁ。艦隊を見てもらえれば分かるかと」

提督「?」

提督「……」

提督「……あっ」


榛名(駆逐艦しか居ません)

加賀(駆逐艦しか居ないわね)

夕立(駆逐艦パーティー?)


「相手に戦艦さんと空母さんが居ますぅ」

南西提督「大丈夫だって、デカいだけだ!」

加賀(頭にきました)

夕立「睦月ちゃんみたいなのがいっぱい」

睦月「ちょっと何言ってるのか分からないかな?」

榛名「ええと。それでは、出撃します!」




演習のコンマ判定です。

こちらの艦隊→十の位 向こうの艦隊→一の位 で、数字の高い方が優勢
(例:コンマ94だったらこちらが優勢、77だったら対等)

より優勢っぽいほうが勝ちです。


榛名 ↓1のコンマ
加賀 ↓2のコンマ
夕立 ↓3のコンマ
睦月 ↓4のコンマ
浜風 ↓5のコンマ


榛名「は、速い……」

南西提督(ふっ。ただでさえ素早さが武器の駆逐艦だけど、あの子は更に特別何だぜ)

南西提督(うちの鎮守府でも一番素早いんだ。ちょっとやそっとの攻撃なんてあたりやしない)

南西提督(いくら高速戦艦の異名を持っていても、うちの一番ちゃんには速さも若さも劣るって訳よ)

榛名「攻撃が当たりません……!」

榛名「……」

榛名「……でも攻撃がとんできません」

南西提督(ただ一番ちゃんの欠点は、雷装ばかりに重点を置きすぎて攻撃の特訓をしてないことなんだけど)

提督「榛名の相手は何故連装砲を使わないんだ……?」


「相手はデカいだけ、相手はデカいだけ……」

南西提督「大丈夫だ、出来る! デカブツはやっつけろ!」

加賀「……」イラッ

「相手はデカいだけ、相手はデカいだけ……。大丈夫、大丈夫」

南西提督「そうだ、自身を持て! 可愛いぞ!」

加賀「……」イラッ

「えへへ……」

南西提督「敵が居るのにエンジェルスマイル浮かべちゃってこいつぅ!」

加賀「……」イライラ

提督(加賀の顔が凄い険しい)

「そんなエンジェルだなんてぇ……」

加賀「砲撃開始」

「ふぇ!?」

南西提督「なんて卑劣な奴なんだ、純粋さの欠片もありゃしない!」

「痛いですぅ」

南西提督「天使になんて事を……」

加賀(え、私が悪いっていうの? 理不尽だわ)

提督「加賀、集中しろ! あんまり相手の言葉に耳を貸すな!」

加賀「分かってるわ」

南西提督「デカブツめぇ……」

加賀「デカっ……」

提督「加賀ぁ、敵から目を離すな!」

加賀「……えっ。あっ」

「あ、当たりましたぁ!」

加賀(あ、嘘、丁度艤装に……。動いたらバランスを崩しそう)

南西提督「チャンスだ、やっちまえ!」

「はぁい!」

加賀「動かないでこの場で沈めればいいんでしょう……!」

提督(いくら加賀でも、駆逐艦相手にそれは難しいだろうなぁ……)


夕立「よーし、出撃ー!」

「一直線にくるよぉ」

南西提督「同じ駆逐艦か、厳しい相手だ……!」

南西提督「でもこっちの方が幼い、大丈夫だ! 応戦すればいける!」

「ふぇぇぇ」

夕立「バラバラで狙いが定まってないっぽい!」

「止まってくれないよぉ」

南西提督「近づいてくればくるほど当たりやすくなる、自信を持って撃て!」

「ふわぁ! あ、当たったぁ!」

南西提督「ようし、さすがだ! 可愛いぞ!」

「えっへへぇ」

南西提督「見事に命中したし、さすがに止まって……」

夕立「あっはは! 素敵なパーティーよ!」

「」

南西提督「」

夕立「砲撃砲撃砲撃ー! も一個おまけに砲撃!」

「ふぇぇぇぇん」

南西提督「直撃したよな!?」

夕立「それが?」

南西提督「なんで全く減速しないんだ……」

夕立「スリル満点っぽい! あっはははー!」

提督「演習と言って良いのだろうかこれは……」

提督「せめて避ける位はして欲しい」


睦月「むむ、やっぱり速い……!」

睦月「武器も魚雷も同じ」

睦月「うーん、うーん……!」

睦月「やることは同じになるだろうから、逆手をとって……」

睦月「いやいっそ裏をかいて突っ込む?」


あっはははー!


睦月「……」

睦月「……うん、それは駄目。あれは駄目な手本」

睦月「やっぱりちゃんとした戦い方じゃないと駄目なのです」

睦月「これをかわして……回りこんで……」

睦月「それで、ここで撃つのです!」

睦月(自分より背の低い相手と戦うのは初めてです)

睦月「当たりづらい……!」

睦月「時間切れ、かぁ」

「おつかれさまでしたぁ」

睦月「お疲れ様なのです」

「ひきわけですかぁ」

睦月「うにゃ、ちょっと掠ったのです」

「ほんとですかぁ」

睦月「はい」

南西提督「おお、相手の中で一番厳しい相手だが頑張ったな!」

「がんばりましたぁ」

南西提督「えらいぞ! えらいぞ!」

睦月「……」

睦月(あの人の中では、強い=小さいになってるのです)

睦月(一番厳しい相手と言われても全く嬉しくないにゃあ)

睦月「……んう。でも、負けたのは悔しいかなぁ」

睦月「睦月も勝って褒めてもらいたかったけど……って、何を言ってるのです」

睦月「……うー」


「ひぃ……」

浜風「そんなに怯えなくても」

「提督さんがいつも怖がってましたぁ」

浜風「あら。うふ」

南西提督「が、頑張れー。勝てなくても仕方ない、胸を借りる気持ちで行こう」

「ふぇぇ……」

南西提督「演習なんだ、負けてもいいくらいの気持ちで、リラックスしていこう」

浜風「……」

「むりですぅ……」

南西提督「でも出来れば怒らせないようにしてくれー」

浜風「なんで小声なんですか?」

「ひぃ」

南西提督「ひぃ」

浜風「……うーん」


 逃げ回る少女を追いかける浜風は、まるでなまはげのようだったと睦月は言う。

浜風「そこまで言いますか」

提督「言ったのは俺ではない」

浜風「まぁ、いいですけど」

提督「良いのか」

浜風「なまはげは悪いものを持ち込む使者ですからね」

提督「そうだが……」

浜風「さして違いはありませんね」

睦月「だからって向こうの艦娘を泣かせるのはどうかと思うのです」

浜風「それはもうどうしようもなかったから……」

しかし南の駆逐艦ズはどれが誰なのか・・・


最後に安価とコンマをとって終わりです。


話しかける艦娘三人とその艦娘の好感度上昇↓1~3
(好感度は十の位、睦月が選ばれた場合はぞろ目でYP+1)

>>951
モブ艦娘みたいなものだと思ってください

明日更新できるかどうか分からないので、先に次スレ立てました。

【艦これSS】提督「壊れた艦娘と過ごす日々」05【安価】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1422209136/)

浜風は03で数えました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年01月21日 (水) 14:24:11   ID: UUs0rnur

いやーこの人のは本当に読み入る!
頑張って下さい!毎日が楽しみです!

2 :  SS好きの774さん   2015年01月23日 (金) 21:36:32   ID: KYxsVreH

一気読みしました! 内容がふかくてとても面白いです!

3 :  SS好きの774さん   2015年01月24日 (土) 00:54:41   ID: TwLnBBAR

一気読みしました。更新待ってます

4 :  SS好きの774さん   2015年01月25日 (日) 21:22:29   ID: u1GusPE0

一気に読んだ。続きが気になる。このSSが面白いと言えば面白いに間違いはない。だけどなんとも言えない気持ちになる。もし自分がこの世界にいたらと思うと

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