八幡「春の幽霊」 (65)


――比企谷八幡、二十歳。ある春の日。一月


八幡「お疲れ様です。ありがとうございました」

引っ越し業者「ご利用ありがとうございました!」

八幡(高校を卒業した俺は、大学入学時に住み慣れたあの町を離れた)

八幡(正直実家から出るのは面倒だと思っていた。だが実際に一人暮らしを始めてみると、何もかも自分の思うがままにできるのは意外と悪くない)

八幡(だが入学時に決めたアパートが最近になって少し不便だと思い、もっと条件の良い物件が見つかったので大学二年目の冬にして引っ越すことにした)

八幡(前よりも大学から近いし、コンビニや本屋、スーパーもすぐそこ)

八幡(何より、部屋にロフトがついていたのが気に入った)


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八幡「~……♪」

八幡(軽くアニソンなんぞを口ずさみながらロフトを昇る)

八幡(小さい本棚を置いたり、コンポ置いたり。秘密基地を作るみたいで、悪くない)ニヤニヤ

八幡「よっと」


八幡(梯子の最後の一段に手をかけた時だった)



???「……あなた、誰?」


八幡(明らかに下半身がロフトの壁に埋まっている女性が、不思議そうに首をコテンと傾けてこちらを見ていた)




八幡「いや。……いやいや」

八幡(どうやら最近のアパートには変わったオブジェが置いてるらしい。動いて喋る人間っぽい置物か。心臓止まるかと思っt)

陽乃「こんにちは。君は新しい入居人なのかな?……私は雪ノ下陽乃、幽霊だよ」ニコ

八幡「…………」ボー

陽乃「あ、そこで意識トぶと落ちるよ」

八幡「……夢か」

陽乃「ざーんねん、現実です」ニコ

八幡「……ちょっと、外に出てくるかな。きっと散歩して戻ってきたら何もないただのアパートだろ。ヒッキー知ってるよ、幽霊なんかいないって」

陽乃「今、会話もしたのに。そういう諦めが悪い男の子嫌いじゃないけどね」


八幡(そう言って彼女は、悪戯っぽく笑った。全身が壁からゆらりと出てきて、こっちに這い寄ってくる)

八幡「……」サササ!

八幡(かつてないほど俊敏な動きでロフトから降りて、玄関に猛然とダッシュした。ていうか多分もう俺死ぬ!殺される!)

陽乃「わ、ちょっと待ってちょっと待って。ストップ!何もしないから」

八幡「いや無理です!!」

ダンダンダンダン!!!! ウルセーゾオイ!!!

八幡「すんません!」


――十分後

八幡「……やっぱり、本物なんすね」ビクビク

陽乃「うん、本物の幽霊だよー。ほら、触れないでしょ?」

八幡(そう言って彼女は俺の右手に左手を重ねようとした。が、本来そこにあるはずのそれは、あっさりと俺の右手をすり抜けて行った)

陽乃「ね?」ニコ

八幡「まあ、たしかに。……はあ、マジか。特別この部屋が安かったわけでもないし、管理人さんから何も聞いてないんですけど」

陽乃「多分、管理人さんは知らないからねー。私に気づいたの、あなたが初めてだし」

八幡「ええ……気づきたくなかった……」

八幡(今まで幽霊など見たこともないし、その手のものに興味を持ったこともなかったのに)


陽乃「こんな美人な幽霊なんだから、まあ許してよ」

八幡「……はあ」

八幡(幽霊――たしか雪ノ下陽乃って言ったか。彼女はニコニコと笑っている)

八幡(今後どうするか。とりあえず、考えるべき事項はそれだ)

八幡(この部屋から、すぐに引っ越す。それは間違いない。――いや、待て比企谷八幡。この人はさっき、なんて名乗った?)

八幡「……お名前、もう一度いいですか?」

陽乃「雪ノ下、陽乃です」ニコ

八幡(俺の知る少女によく似たその顔で、幽霊はニコリと笑った)



――同年、二月




陽乃「ねえねえ比企谷くんまだレポート終わらないのー?早くかまってよ」

八幡「テレビでも見ててくださいよ……」

八幡(三時間前からずっとPCに向き合ってカタカタとキーボードを打っている俺の隣で、焦れたように陽乃さんが話しかけてくる)

陽乃「つまんないなー」

八幡(陽乃さんは本当につまらなそうな顔でそう言うと、プイっとそっぽを向いてロフトの方に浮いて行った)


八幡(俺は結局ここを出て行かなかった。雪ノ下雪乃の姉だというこの人を放って行くことができなかったからだ)

八幡(というより、この人の言うことに逆らえなかったという部分もある)

八幡(『出ていっても、憑りついて逃がさないよ』)

八幡(そう笑顔で語った時のこの人の言葉には、一切のウソが見えなかった)

八幡(高校時代、雪ノ下が時折見せた眼光よりも遥かに鋭く、ずっと暗い――そんな有無を言わせない迫力があった)

八幡(だからこうして未だにここに住み続けている。だが意外と、この人は何をしてくるわけでもなかった)

八幡(ただ、この部屋にいるだけ。最初の頃は自分の部屋に誰かがいるだけでも気が休まらなくて嫌だったものだが、あの人については喋るオブジェだと割り切ることにした。それに一応

リビングとロフトで生活空間を区切っているので、雪ノ下さんがロフトから出てこない限りは一人になれる)

八幡(正直アレの処理についてだけは未だに困るが、これについては我慢できなくはない)

八幡(『すればいいのに、見ててあげるよ』なんてセクハラを言われても、引きつった笑顔で無視できるくらいには俺もこの人に耐性がついてしまった)



八幡「はあ終わった。雪ノ下さん、終わりましたよ」

陽乃「……」

八幡(陽乃さんはもう俺に興味を失ったのか、返事はない)

八幡「一回あしらったくらいで拗ねないでくださいよ……」

八幡(怒らせると後が怖そうな気がするので、様子を見にロフトに昇ってみた)

陽乃「…………ん、何?」ペラ、ペラ

八幡「なんだ、俺の漫画読んでたんですね」

陽乃「うん」ペラ、ペラ


八幡(陽乃さんはこちらを見もせずに漫画を読んでいる。前から思ってたけどこの人、テレビのリモコンとか漫画とかは触れるんだよな……。俗物的すぎる)

陽乃「今、失礼なこと考えたでしょ?」クスリ

八幡「たまに幽霊っぽい能力使うのやめてください」

陽乃「こんなの人間ならだれでも使えるよ、相手の眼をよく見ればいいの」

八幡「ふうん、そんなものですか。俺にはとても、それだけじゃ人の考えてることなんて分かりませんけどね」

陽乃「君は、人のことについて興味がないからだよ」

八幡「まさか、ありますよ。小町とか戸塚とか」

陽乃「ああ、そうだね。自分のことに興味がないんだよね」ニコリ

八幡「そうやっていきなり人の痛いところつくのやめてください。それじゃあ、俺はバイトに行ってきます」

陽乃「はい、行ってらっしゃーい」

八幡(陽乃さんはまた漫画に目を戻しながら、ゆらゆらと手を振っていた)



――八幡のバイト先の定食屋


八幡「いらっしゃいませー……て、またお前か」

いろは「失礼なリアクションを取る店員ですねえ」

八幡「大学からの帰り道なのは前に聞いたけど、どうしてわざわざここに来るんだよ。近くにもっと女子受けしそうな飲食店くらいたくさんあるだろ」

いろは「え、先輩がいるからですよ?」

八幡「あっそ。お前な、好きになるからそれやめろって言ってんだろ」

いろは「なればいいじゃないですか、歓迎ですよ」

八幡「歓迎した後サヨナラだろ。まあいい、注文は?」

いろは「B定食くーださい♪」

八幡「はいよ、B定1でーす」

店主「あいよ」


――数分後

八幡「あいよ、お待ち」

いろは「どもです。相変わらず美味しそうですねえ」

八幡「まあ、美味いからな実際」

いろは「ですね。いただきまあす」

八幡「ん」

いろは「もきゅもきゅ」

八幡「……」ジャー、キュキュッ

いろは「せんぱい、そのまま皿洗いしながらでいいんで今ちょっといいですか?」モグモグ

八幡「何だよ」

いろは「……あ、あの二人。最近どうですか?」


八幡(大したことじゃないような表情を装っていたが、わずかに上ずった言葉があの二人とは誰のことを指しているのかを教えてくれた)

八幡「葉山と三浦なら、相変わらず元気そうにしてるぞ。俺も由比ヶ浜からたまに話を聞く程度だが、仲良く続いているそうだ」

いろは「……そうですか」

八幡(肩を落としてB定食を食べているその姿はかわいそうだが、俺にはどうすることもできんしな)

八幡(というか一色も未だに想い続けているのが凄い。誰か早く忘れさせてやれよ、周りの野郎共は何してんだ。なんなら俺が忘れさせてやるまである)

八幡「卵焼き、サービスしてやろうか」

いろは「マジですかやったー!」

八幡「ああ、ちょっと待ってろ」

八幡(嬉しそうにはしゃぐ様子もまだ作っている感があるが、いずれその空元気が本物になる日もきっとくる)

八幡(それまではまあ、こうやってたまに相手ぐらいはしようと思う)



――八幡のアパートにて


八幡「……てな感じのことがあったんすよ」グビグビ

陽乃「ふーん。まあよくある話だね。隼人は昔からモテたし。ただその三浦ちゃんって娘と付き合ってるのは、なんか意外だなー。隼人は親の決めた相手以外とは付き合わないんだと思

ってたけど」

八幡「そうですか?お似合いですけどね、あの二人は」

八幡(実際俺も初めてあの二人を見た時は、きっと成就しないであろう三浦の片思いだと思っていた。だが)


八幡(『いいよ、隼人。それでも、いいよ。……知ってた?あーし、それでもいいくらい隼人のこと好きなんだよ?』)


八幡(その後、三浦との交際について両親に口を出された時、生まれて初めて葉山は親に反抗したらしい)

八幡(そして最近になってやっと葉山の両親も折れて、今は三浦と葉山の母さんが仲良くなっているのだと由比ヶ浜が嬉しそうに話していた)

八幡「…………」グビグビ

八幡「まあ、恋する女の子すげえって話ですよ」

陽乃「何の話?」

八幡「いえいえ、なんでも」

陽乃「あっそ、ていうか比企谷くんさっきから一人でビール飲みすぎ。ここに飲みたいのに飲めない人間がいるの忘れてない?」

八幡「そんなの気にしてたらこの部屋で飯も食えませんよ、俺」

陽乃「デリカシーのない人間だねぇ、女の子にモテないでしょ?」

八幡「ノーコメントです」

陽乃「おまけに可愛げもない」


八幡「……」グビグビ

八幡「うめえ」

陽乃「その顔いらっとくるね」ヒョイ、ポイ

八幡「リモコン投げないでくださいよ」キャッチ

陽乃「手元にあった触れるものそれしかなかったから」テヘペロ

八幡「そっすか。……あ、ビールなくなった」ペロ

陽乃「もう寝るの?」

八幡「はい」


陽乃「ちゃんと歯磨きしなよ、おやすみー」

八幡「おやすみなさい」

八幡(陽乃さんはふわふわとロフトの方へ浮いていった)

八幡「……家族かよ」ボソッ

八幡(最近、こういう生活を悪くないと思っている自分に気づく)

八幡(だからだろうか。俺は未だ何も言えないでいる)

八幡(雪ノ下陽乃の妹、雪ノ下雪乃に)



――八幡と陽乃が出会ってすぐの頃

八幡『あの、雪ノ下さんって。もしかして雪ノ下雪乃の姉ですか?』

陽乃『雪乃ちゃんを知ってるの?』

八幡『ええ、まあ。高校の時、同じ部活だったので』

陽乃『そっかー。だから比企谷くんには私が見えたのかな。何の部活だったの?』

八幡『奉仕部っていう……まあボランティア部みたいな感じです』

陽乃『へえ、それは……あの子にピッタリなような全然似合わないような……』


八幡『ある意味ピッタリでしたよ。あいつは』

陽乃『ふうん、そっか。ねえ、雪乃ちゃん。高校の時どんなだった?』

八幡『そうですね……。ちょっと長くなるので、コーヒーいれてきていいですか?』

陽乃『うん、オッケー』

八幡(台所でお湯を沸かしながら、何から話せばいいのかと俺は考えていた)

八幡(俺にとっても、大切な思い出だから)


――……


八幡『……って感じでした。俺の知る限りの話ですが』

陽乃『そっか。……そっか、うん。良かった。君と、由比ヶ浜ちゃんのおかげで良い高校生活だったんだね。……本当に、良かった』

八幡(その時の彼女の顔を、なんと表現したら良いのだろう。解放されたような、痛むような、慈しむような、悲しむような。それでいてとても嬉しそうな、そんな顔をしていた)

八幡(そしてその顔は、とても綺麗だった)

八幡『泣きたいなら、どうぞ。テレビでも見てますよ』

陽乃『あは、そういうのは黙ってしなよ。デリカシーないなあ』クス

八幡(クスリと彼女は微笑んで、手を振った)

陽乃『大丈夫だよ。ちょっと、嬉しいだけだから』

八幡『そっすか』ズズ

八幡(とっくに冷めたコーヒーをすすりながら、彼女は妹に会いたいのだろうか、なんてことを考えていた)

八幡(そして、雪ノ下は)



――三月のある日


八幡「あれ、雪ノ下さん。テレビのリモコン知りませんか?」

陽乃「えー知らないよ」

八幡「いや、たしか最後に使ったの雪ノ下さんですよ」

陽乃「そうだっけ」

八幡(陽乃さんはソファに寝転んで、漫画から目を離さずに返事をしている)


八幡「そうですよ。どこにやったか思い出してください」

陽乃「えー。ちょっと待って。今すごい良いところだから」

八幡「いや、俺も九時から見たい映画あるんですって」

陽乃「もーうるさいなあ。はい、リモコン」

八幡「いや持ってたなら早く下さいよ」

陽乃「なんとなく困らせたかったから」

八幡「なんですかそれ……」

八幡(この人は本当に、こういう意味もないよく分からないことをする)


八幡「……陽乃さんって、生きてた頃からそんな感じだったんですか?」

陽乃「どうだろうね。……あー読み終わった。これ生身の肉体だったら一リットルは泣いてるね。で、何だっけ?」

八幡「……生きてた頃から、そんな適当な感じだったんですかって聞いたんです」

八幡(陽乃さんはこちらに向き直ると、しばし考えてから口を開いた)

陽乃「そうだね、多分そんなに変わってないよ」

八幡「そうなんですか……」

八幡(雪ノ下も、さぞ苦労しただろうな)


陽乃「そうだよ。……結局、縛られるものとかなくなっても変わらないんだね。一度かぶった仮面って、死んでも剥がれないんだ」

八幡「何言ってるんですか?」

陽乃「ううん、独り言。気にしないで」

八幡「はあ、そうですか。じゃあ俺は映画見ますんで」

陽乃「そこはもうちょっと気にしないと女の子にはモテないよ?」

八幡「いいですよ、別に」

陽乃「あ、そういうクールなふりして意地張るのは、あまり好感度上がらないから気をつけてね」

八幡「マジですか……」

八幡(何本気でショック受けてんのって陽乃さんはけらけらと笑っていた。何故か俺まで笑っているのがよく分からない)

八幡(姉がいたらこんな感じなのかもしれない、なんてバカな考えをもった自分に笑ったのかもしれない)


――四月のある日


陽乃「ねえ比企谷くん、最近になって気づいたんだけど。私、君と一緒ならこの部屋から外に出れるみたい」

八幡「え、そうなんですか。ていうかそれって何で分かったんですか」

陽乃「うん、実は何回かこっそり比企谷くんについて外に行ってたの」

八幡「ちょっと待ってください」

陽乃「それで思ったんだけど、君って本当に友達いないんだね……。部屋に誰も呼ばないのって、私に遠慮してるんじゃないかと思ってたよ……」

八幡「いや、前からそう言ってるじゃないですか……。そんな顔しないでくださいよ俺が泣きたくなりますから」

陽乃「まあ、それはいいんだけど。暇だし、散歩でも行こうよ。こんなに天気のいい土曜日なのに、カーテンも開けずに家でずっとこもる意味が分かんない」

八幡「えー……こんな天気のいい土曜日にずっと家で布団に入ってるの最高じゃないですか」

陽乃「言っておくけど君、今日トイレに一回行ったきりずっと布団で丸くなってるからね。朝から昼過ぎまでずっと。どんな若者なの」

八幡「若者ってこんなものですよ」

陽乃「そうかもしれないけど、私といるのにそんなのダメ。ねえ、行こう?」

八幡「えー……。面倒くさいです」

陽乃「よし、決定。行こう」


八幡「人の話を少しは聞きましょうよ……はあ」ノソノソ

陽乃「そうやって面倒くさそうにポーズ取りながらも言うこと聞いてくれる男の子、私好きだよ」

八幡(そう言って彼女はしてやったりと笑った。憎たらしいけど、この人のそんな顔が嫌いになれないと思う)

八幡「行きますか」

陽乃「うんっ」


――……


八幡「……」テクテク

陽乃「ねえねえ、ここの川沿いって映画で使われてたとこなんだよ。知ってた?」フワフワ

八幡「なんの映画ですか?」テクテク

陽乃「名前忘れたけど、この前テレビでやってたやつ」フワフワ

八幡「ああ」

八幡(そういえば多分こんな景色だった気がする)


陽乃「結構、好きだったなあ。主役が大根役者っていう、致命的な欠陥を除けばだけど。主題歌がよかったね」フワフワ

八幡(どこか遠くを見つめるような、憧れるような、あるいは諦めているような顔を彼女はしていた)

八幡「たしかに、いい映画でしたね」テクテク

陽乃「……私も、あんな風に誰かの中で生きてるのかなあ」フワフワ

八幡「……」テクテク

陽乃「雪乃ちゃんからはきっと嫌われてたしね。多分、父さんと母さんからは好かれてたと思うけど。どこに出しても恥ずかしくない優秀な娘だったし」

陽乃「でもきっとあの人たちは、死んだらすぐに忘れちゃいそう。私のこと」

八幡「どうして、そう思うんですか?」

陽乃「私が、そうだと思うから」

八幡(陽乃さんはにっこりと笑ってそう言った。確信を抱いているとその表情が物語っていた)


八幡(彼女は穏やかに笑いながらフワフワと浮かんでいる)

八幡(彼女は言った。雪ノ下にはきっと嫌われていたと。実際、雪ノ下がどう思っていたのは分からない。それは聞かないほうがいいのかもしれない。だけど)

八幡「雪ノ下さん。雪ノ下雪乃に――」

陽乃「比企谷君」

八幡(彼女は、有無を言わさぬように微笑んでいた)

陽乃「そろそろ、帰ろっか」


――……


八幡(その夜、夢を見た)

八幡(夢の中で陽乃さんはまだ小さくて、きっとこれは彼女の生前の姿なのだと分かった)

八幡(幽霊としての外見が大人びているのは、彼女の精神年齢に比例した形なのだろうか)

八幡(あるいは、俺の中での雪ノ下の姉というイメージがああいう容姿になったのかもしれない)

八幡(とにかく、夢の中で彼女は泣いていて。仮面のように無表情なのに涙を流していて。誰か本当の私に気づいてと小さな声で言った)

八幡(その涙を拭ってやると、彼女は笑った。その顔は、いつだったか雪ノ下が見せた笑顔にそっくりだった)

八幡(やっぱり姉妹なんだなと思い、俺も笑ったところでその夢は途切れた)



――……


八幡(ふと目が覚めると、陽乃さんがベッドの端に座っていた。無表情でこちらを眺めているその顔は、何を考えているのか分からなかった)

陽乃「おはよう、比企谷くん」

八幡「……おはようございます」

陽乃「どう?朝起きたら、隣に美人がいる生活」

八幡「居心地が悪いだけですよ」

陽乃「でも本当は、ちょっと嬉しい」

八幡「勝手に捏造しないでください」

陽乃「うん」

八幡(陽乃さんは無表情のまま俺の顔に手を伸ばす。その手はするっと俺の手を透過して、行き場のなさそうにダランと下ろされた)


陽乃「やっぱり、拭えないね」

八幡「え?」

陽乃「涙。君が、泣いてたから」

八幡(陽乃さんは寂しそうに笑うと、立ち上がった)

陽乃「……なんでかな、今日は君の見ている夢が分かったんだ」

八幡「……だから、たまにそういう幽霊っぽい能力使うのやめてくださいって」

陽乃「うん、ごめんね」

八幡(陽乃さんはありがとう、比企谷くんと呟いて、窓のほうにフワフワと浮かんだ)

陽乃「ねえ、比企谷くん。連れて行ってほしいところがあるの」

八幡(そう言って彼女は窓を開く。窓から差し込む光が彼女の中でぼんやりと溜まっているように見えて、何故か彼女が今にも消えそうに見えた)



――雪ノ下雪乃の住むマンション


八幡(ここに来るのも高校時代以来久しぶりだった)

八幡(今日、突然行くことについては流石に断られるかもしれないと思ったが、『大事な用がある』と伝えると意外にすんなり了承してもらえた)

八幡「着きましたよ、雪ノ下さん」

陽乃「うん、ありがとう。ここに住んでるんだ、雪乃ちゃん」

八幡「それじゃあ、インターホン押しますね」

陽乃「うん」

八幡(インターホンを押すと程なくして扉が開き、雪ノ下がその顔を覗かせた)


雪乃「いらっしゃい、比企谷くん」

八幡「久しぶり、雪ノ下」

八幡(陽乃さんは黙って雪ノ下を見ている)

雪乃「……急に大事な話があるなんて、何かしら」

八幡(やっぱり、見えないか)

八幡「ああ、悪いな。急に来ちゃって。あのな、急にこんなこと言われても困ると思うんだけどな」

雪乃「ええ」

八幡(雪ノ下は視線を外して頬を赤らめて、こくんと頷いた)

八幡「お前の、姉さんの話なんだ」

雪乃「え……」


八幡「頭がおかしいと思ってもらっても構わないけど。実は、つい最近ずっとお前の姉さんと話していたような気がして……」

雪乃「……」

八幡「だいたい、からかってくるんだけどさ。基本的にわがままなお姉さんって感じで。……でも、楽しくて」

雪乃「……」

八幡(雪ノ下は無表情で、ただ俺の言葉を黙って聞いていた)

八幡「本当に、……楽しくて。だから、その。お礼を、言おうと」

雪乃「……」

八幡(自分でも何を言っているのか分からない。雪ノ下からすれば、怒っても仕方のないようなことを話している)

八幡「すまん、いきなりこんなこと言って」

八幡(頭を下げる。これ以上、雪ノ下の顔を見ることができなかった)

雪乃「……いいえ、ありがとう。それを伝えに来てくれて」

八幡「信じてくれるのか?」

八幡(顔を上げると、雪ノ下は優しく微笑んでいた)

雪乃「あなたが泣きながら言うことだもの、信じないわけにもいかないわ」

八幡(不意に雪ノ下が俺の頬を拭った。その指先には、透明な雫がきらきらと輝いていた)


雪乃「あなたと姉さんが知り合いだったことには驚いたけれど、今はとにかく嬉しいのよ。姉さんのことを覚えている人間が、私だけじゃなかったから」

八幡「……お前、陽乃さんのこと好きだったか?」

雪乃「……何言ってるの、そんなの決まってるでしょう」

八幡「……そうだな」

八幡(雪ノ下は当たり前のことを聞くなと言いたいように肩をすくめた。その答えがどっちを指しているのかは、明白だった)


雪乃「さ、早く上がってちょうだい」

八幡(雪ノ下はそう言うとリビングの方に歩いて行った)

八幡「どうぞ、入ってください雪ノ下さん」

陽乃「……うん」

八幡(そう言いながらも陽乃さんは動こうとせず、こちらを見つめた)


雪乃「さ、早く上がってちょうだい」

八幡(雪ノ下はそう言うとリビングの方に歩いて行った)

八幡「どうぞ、入ってください雪ノ下さん」

陽乃「……うん」

八幡(そう言いながらも陽乃さんは動こうとせず、こちらを見つめた)


陽乃「最後に、お姉さんからアドバイス」

八幡「……なんですか?」

陽乃「……比企谷くん、これからは泣くときは雪乃ちゃんの前で泣いてね」


陽乃「あの子はきっと、君の涙を拭ってくれるから」


八幡(最後に陽乃さんはそう言って微笑むと、雪ノ下の部屋に溶けるようにスーッと消えていった)


『比企谷くん』


八幡(まるで最初から誰もいなかったんじゃないかと思うほど、そこにはもう影も形もなかったけど)

八幡(優しく、暖かく。その声はずっと俺の耳に残っていた)





終わりです。なんか思ってたより面白く膨らませることができなくてすみません
読んでくれた方ありがとうございました
それでは、お休みなさい

乙くれた人ありがとうございます
ID違うかもしれませんが一行目
ある春の日→ある冬の日の間違いでした。それでは今度こそさようなら

感想くれた方々ありがとうございます。とても嬉しいです
すみません、前に書いたものの宣伝忘れてたのでそれだけして去ります
いろは「…あれ?もしかして比企谷せんぱいですか?」
いろは「せーんぱい♪」八幡「………」ペラ、ペラ
いろは「せんぱーい、そろそろ千葉ですよー。起きてくださーい」

八幡「君といるーのーが好きでー後はほとんど嫌いでー」

八幡「餞の詩」

小町「ねえお兄ちゃん。小町ね、結婚するよ。……小町的にポイント、低いかな?」

などを書いてました。機会があれば是非お読みくださると嬉しいです。それでは良い休日を

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年01月18日 (日) 18:54:35   ID: mP_U8zrm

ストレンジカメレオンと餞の詩はよかったよ

2 :  SS好きの774さん   2015年02月02日 (月) 00:32:38   ID: LceNa8Qe

この人のSSは泣ける

3 :  SS好きの774さん   2015年02月02日 (月) 10:18:48   ID: FAFUZETK

殆ど誰も分からんかも知れないがピアたん思い出したわ
あれほどじゃないがコレも良いssだな

4 :  SS好きの774さん   2015年02月08日 (日) 05:55:33   ID: dUrRiN05

この人はいつも良いの書いてくれる

5 :  SS好きの774さん   2015年02月21日 (土) 02:38:03   ID: x94IAdS4

読解アヘン 堀さんと宮村くんの人の短編「アパートに澄む少年」のパクリじゃん。設定だけならパクリとは言わないけどもう言い回しもオチも途中の会話も一緒だし他人の土俵で相撲取ってんじゃねーよ気持ち悪い。

6 :  SS好きの774さん   2015年02月21日 (土) 02:39:11   ID: x94IAdS4

オマージュするなら「元ネタは○○です」って書けば印象もだいぶ違うのにこれだとただパクってるだけ。オマージュ元書かないから嫌なら見るなも通用しないしこういう民度低い投稿者ほんと勘弁してほしい

7 :  SS好きの774さん   2016年02月15日 (月) 18:42:33   ID: a3rixxbK

※6
こういう民度低いコメントほんと勘弁してほしい

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