北沢志保「手紙~拝啓 十五の君へ~」 (9)

 これはあくまでも夢で、しかも限りなくタチの悪い夢だということは自覚している。
 私一人、限りなく広いアリーナで棒立ちになっている、そんな夢だ。
 一万人を超える観客すべての視線がステージに立つ私一人に注がれる。そんな中で私は歌うことも踊ることもできない。
 それはなぜか。だって私には、それだけの視線の中でパフォーマンスが出来る下地が存在しないから。


 ふと、目が覚めた。
 けたたましく鳴り響く携帯のアラームを本能的に停止させ、画面に表示された文字に対して寝ぼけ頭で思考を巡らせる。
 『星井先輩 ラジオゲスト』
 ああそういえば、今日はそんな日だっけ。どうやらいつの間にか寝落ちしていたらしい。
 可奈を引き留め、私達七人をたとえ一時とはいえ同じプロダクションの一員として受け入れた。
 その行動の真意を知るには、まずは彼女達のことを知る必要があった。だから。765プロの13人が出るテレビやラジオは出来るだけ追いかけることにしているのだけど。
 「……またあの夢か……」
 先程見た夢のせいで割と意気消沈している。あの夢は、あの日アリーナを見てからもう数えるのも嫌になるぐらい繰り返して見ている夢だ。
 正直に言うと、アリーナに立つのはすごく怖い。
 アリーナで、765プロのみなのバックダンサーとして。水瀬伊織のサイドキックとして。
 そしてなによりも。北沢志保として立つことが狂おしいほどに恐ろしかった。
 だから、私は練習を繰り返す。本番で何が起きてもいいように。私自身の意思とは無関係に身体が動くようにするために。
 それでも、乗り切れられない壁はあった。

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 「あ……ラジオ聞かなきゃ」

 ぼんやりした頭でコンポの電源をつける。二、三度チューニングを行うと、すぐに星井先輩の出ている番組につながった。
 「この曲は、美希よりも、もっともっと年下の子に聞いて欲しいって思うな……ううん。年下とか関係ないかな。誰が聞いてもいいと思う」

 相変わらず間延びした口調で楽曲への想いを語る星井先輩。口調こそ普段と変わらないものの、その声色には珍しく熱がこもっている。

 「それじゃあ聞いて下さいなの。星井美希で手紙~拝啓 十五の君へ~」

 流れてきたピアノイントロに耳を傾ける。この柔らかいメロディにはどこかで聞き覚えがあった。

 「拝啓 この手紙読んでいるあなたは
  どこで何をしているのだろう」

 暖かく心地のよい歌声。普段のものとは違う柔らかな歌声は、私の中にはない星井先輩だった。

 「十五の僕には誰にも話せない
  悩みの種があるのです」

 あの星井先輩に、悩みなどあるのだろうか。歌詞と星井先輩が関係ないことはわかる。それでも、彼女の歌に込められたものが、とてつもなく重いことくらい私にも理解できた。

 「未来の自分に宛てて書く手紙なら

 きっと素直に打ち明けられるだろう」
 なるほど、と思う。星井先輩は、苦痛とは無縁の人だと思う。いつだってまっすぐで、キラキラ輝いている、文字通り星のような人。そんな彼女が弱みを打ち明けるのなら、よほど信頼してる人に違いない。

 「今 負けそうで 泣きそうで
 消えてしまいそうな僕は
 誰の言葉を信じ歩けばいいの?
 ひとつしかないこの胸が
 何度もばらばらに割れて
 苦しい中で今を生きている
 今を生きている」

 気づけば、両目からとめどない量の涙があふれていた。ああ。ああ。ああ。これは、私だ。
 今の自分がなんなのかわからず、自分に未来があるのかすらわからない。
 自覚はしていた。それでも、認めたくはなかった。
 私は、決して強くなんかなくて。だって、強がりと本当に強いかは違うから。

 「拝啓 ありがとう
 十五のあなたに伝えたい事があるのです」

 そうか。十五の君へってことは。返信もあるんだ。

 「自分とは何でどこへ向かうべきか
 問い続ければ見えてくる」

 本当なんだろうか。少なくとも、今の私には信じられない。

 「荒れた青春の海は厳しいけれど
 明日の岸辺へと 夢の舟よ進め」

 夢……私は、アイドルになりたい。昔テレビで見た私に憧れをくれたあの人の様に。
 自分が立つステージで、他人に勇気や笑顔を与えられるようなアイドルに。

 「今 負けないで 泣かないで
 消えてしまいそうな時は
 自分の声を信じ歩けばいいの
 大人の僕も傷ついて
 眠れない夜はあるけど
 苦くて甘い今を生きている」

 ……やっぱりそうなんだ。未来の私自身も苦しんで悩んでいる。
 だって十四歳の北沢志保がこんなに悩んでいるんだから。大人になった北沢志保が悩まないだなんて断言はできない。

「人生の全てに意味があるから
 恐れずにあなたの夢を育てて
 lalala...Keep on believing」

 私の人生にも意味はある。それはきっと、私じゃなくて私に出会ってくれた人たちが築いてくれるものなのだろう。今この瞬間もふくめた北沢志保はこれまでの全てでできている。
 きっとこれが、北沢志保の全部なんだ。

「負けそうで 泣きそうで
 消えてしまいそうな僕は
 誰の言葉を信じ歩けばいいの?
 ああ 負けないで 泣かないで
 消えてしまいそうな時は
 自分の声を信じ歩けばいいの
 いつの時代も悲しみを
 避けては通れないけれど
 笑顔を見せて 今を生きていこう
 今を生きていこう」

 ……そうだ。アイドルになりたい私が、いつまでも泣いてなんかいてはだめだ。無理に笑顔を作ろうとは思わない。出来るだけ自然な微笑みなら、きっと。

 「拝啓 この手紙読んでいるあなたが
 幸せな事を願います」
 ……こちらこそ。あなたに出会えてよかった。

終わり。誕生日おめでとう志保。この曲を聞いてからずっとこの話が書きたかった。
これからの志保の一年に幸あれ

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