エレン「SEVEN ROOMS?」(167)

乙一氏の短編からいろんなパロやります
ごちゃまぜ、グロ注意

一日目

エレン「ん……」

ミカサ「気が付いた? エレン」

エレン「どこだ? ここ」キョロキョロ

ミカサ「……分からない」フルフル

エレン(一面コンクリートの無機質な部屋だ)

エレン(何でこんなことに……)

エレン(俺とミカサは三つ違いの姉弟だ)

エレン(ミカサはやたらと俺の世話を焼きたがるから、最近ちょっと鬱陶しく思っている)

エレン(家族でデパートに来ていた)

エレン(両親の買い物が済むまで、俺たち二人は遊歩道を歩いていた)

エレン(どうやってこの部屋に入ったのか……)

ミカサ「もう土曜日になっている。今は午前三時」

エレン(ミカサがつけている腕時計はお気に入りのもので、なかなか俺には触らせてくれなかった)

ミカサ「部屋は縦横高さ三メートル程度の立方体。……鉄製の扉がある」

エレン「床から五センチくらい隙間があるな」ジーッ

ミカサ「何か見えた?」

エレン「何も」ブンブン

ミカサ「取っ手も何もない。外に出ることはできそうにない」

エレン「……綺麗な部屋だな。誰か掃除してるのか?」

エレン(天井には裸電球がぶら下がって弱々しい光を放っている)

エレン(ほかにこの部屋の特徴といえば……)キョロキョロ

エレン(床に幅五十センチくらいの溝がある)

エレン(扉を正面だとすると、左の壁から右の壁まで床をまっすぐ貫いて走っている)

エレン「水が流れてるな。……ひでえ臭いだ」ウヘァ

エレン「誰かー!!」ドンドン

ミカサ「何度も叩いたけど無駄だった」

エレン「いつになったらここから出られるんだよ?」

ミカサ「……分からない」

「……」

エレミカ「!?」

エレン「今、誰かの声がしなかったか?」

ミカサ「……私たち以外にも人がいるかもしれない」

エレン「ああ……誰かー!!」ドンドン

ミカサ「ここから出して!!」ドンドン

エレン「……だめか。疲れたな……」

ミカサ「とりあえず眠ることにしよう」

エレン「……」パチ

ミカサ「エレン、起きた? 今は朝の八時」

エレン「……朝食付きか」

エレン(食パンが一枚と、水の入った皿)

ミカサ「私はお腹がすいていないから、エレンが食べるといい」スッ

エレン「いいよ、半分こで」

エレン「……トイレ行きたくなってきた」

ミカサ「そこの溝にするしかない」

エレン「はぁ……」

ミカサ「誰がどういう目的で私たちをここに閉じ込めているのだろう」

コツ……コツ……

エレミカ「!!」

ミカサ「……誰かが近づいてくる」ドキドキ

エレン「ここから出してくれるのか……!?」ドキドキ

コツ……コツ……

ミカサ「待って!!」

ミカサ「……駄目。遠ざかっていく」ハァ

エレン「俺たちを出す気がないのか?」

ミカサ「そんなはずはない……」

エレン(強がりだ)

エレン(食事は朝だけらしい。結局扉が開くことはなかった)

エレン(その日一日、重い扉の開く音や、足音、機械の音、人の声が聞こえていた)

エレン(でも、それらは全部コンクリートの分厚い壁に阻まれてはっきりしなかった)

エレン(何も起こらないまま一日が過ぎた)

二日目

エレン「今日はパンだけか」

ミカサ「食事は扉の隙間から差し入れられている」

ミカサ「昨日、水の入った皿を扉の外に出しておかなかったから、水がもらえなかったのだと思う」

ミカサ「何とかしてここから脱出しなければ……」

エレン「でも、どうやって?」

ミカサ「そこの排水溝。私が通るには小さすぎるけど……」

エレン「……俺なら通り抜けできるかもしれない」

ミカサ「脱出できたら、外に知らせてほしい」

ミカサ「できなくても……何でもいいから情報が欲しい」

エレン「分かった」ヌギヌギ

エレン「……」チャプ

エレン(浅いな。ひざ下くらいだ。ぬるぬるして滑りやすい)

エレン(部屋から先は、水のトンネルみたいになってる。……潜ってみないと先の様子が分からないな)

ミカサ「途中で体が引っ掛かると危ないので、服とベルトでロープを作っておいた」

ミカサ「危なそうだったら私が引き上げる」

エレン「分かった。とりあえず上流のほうに行ってみる」スイスイ

エレン(狭い。ぎりぎりだな……天井で頭打ちそうだ)

エレン(二メートルくらい進んだら、天井がなくなった。開けたところに出たのか?)プハー

三番目の部屋

ジャン「うおっ!? 何だこのチビ」ビクッ

エレン(俺たちの部屋と同じようなつくりだ)キョロキョロ

エレン「お前も閉じ込められてるのか?」

ジャン「失礼なガキだな。年上には敬語使えよ」

エレン「ガキ扱いすんなよ!」

ジャン「……俺は一昨日、気づいたらここにいた」

ジャン「連れてこられたんだと思うが、犯人の顔は見ていない。お前は?」

エレン「俺は昨日から姉貴と一緒に隣の部屋にいる。犯人のことは知らない」

ジャン「ちっ、使えねーな」

エレン「何だよお前!」

エレン(むかつく奴だ。早く先に行こう)

二番目の部屋

ライナー「……驚いたな。排水溝から通り抜けてくるとは」

エレン「俺と姉貴は二つ下流の部屋に閉じ込められてるんだ。昨日から」

ライナー「俺は三日前からだ。……俺たちをここに連れてきた奴について、何か知らないか?」

エレン「……」フルフル

ライナー「……そうか」

エレン「一つ下流の部屋にも人がいた。他にもたくさんいるのか?」

ライナー「分からないが、上流のほうからたまに生活音がするな」

エレン「そうか、ありがとう。……えーと」

ライナー「ライナーだ。よろしくな」

エレン「俺はエレン。絶対に脱出しような」

一番目の部屋

アニ「……あんた、いったい何者だい?」

エレン「昨日から、三つ下流の部屋に姉貴と一緒に閉じ込められてるんだ」

アニ「……私は四日前、気がついたらここにいた」

エレン「これまで通ってきた部屋にも、同じように人が閉じ込められてたんだ」

アニ「犯人は何のためにこんなことをしてるんだと思う?」

エレン「分かんねえけど、ろくな理由じゃなさそうだ」

アニ「……だろうね」

エレン(排水溝に柵がしてある。これ以上、上流には進めない)

エレン(とりあえず元の部屋に戻るか)

エレン(途中でロープ外しちまったし、姉貴が心配してるだろうな……)

四番目の部屋

ミカサ「エレン、心配した。どうしてロープを――」

エレン「悪かったよ! ……聞いてくれ」カクカクシカジカ


ミカサ「……つまり、私たちがいるのは上流から数えて四番目の部屋ということになる」

エレン「どの部屋にも一人ずつ人が閉じ込められてたけど、俺たちは何で……」

ミカサ「エレンはまだ子供だから、二人で一人と数えられたのかもしれない」

エレン「何だよ、どいつもこいつもガキ扱いしやがって」ムッ

ミカサ「でも、そのおかげで情報がたくさん手に入った」

エレン(同じ状況の人がいるってのは、かなり心強い)

エレン(みんな犯人や目的のことを知りたがってたけど……)

エレン(それが分かるのはいつになるんだろう?)

エレン「とりあえず、下流の方に行ってみる」

ミカサ「エレン、ロープは……」

エレン「多分上流と同じ感じだろ。いらねえよ」スイスイ

ミカサ「エレン……」

五番目の部屋

アルミン「君はいったい……?」

エレン「一つ上流の部屋に、姉貴と一緒に閉じ込められてる」

アルミン「僕は今日ここに連れてこられたんだ。……分からないことだらけだよ」

エレン「上流にもいくつか部屋があって人がいるんだ」

エレン「みんな訳も分からないままここに捕まってるらしい」

アルミン「そうなんだ……また何かわかったら教えてね」

エレン「ああ」

六番目の部屋

エレン「あれ……?」

エレン(誰もいない)キョロキョロ

エレン(部屋の作りは他とおんなじだ)

エレン(とりあえず、次行ってみるか)

七番目の部屋

エレン(ここが下流の終着点か)

マルコ「……君は……?」

エレン「俺は三つ上流の部屋に姉貴と――」

エレン(こいつだけ明らかにほかのみんなと様子が違う)

エレン(だいぶ憔悴して弱ってる感じだ)

マルコ「……じゃあ、ここにはまだ生きた人間がいるんだね」

エレン「生きた人間……?」

マルコ「君だって見ただろう……?」

マルコ「毎日午後六時になると、この溝を死体が流れていくのを……!!」

四番目の部屋

ミカサ「全部で七つの部屋がある……」

エレン「ああ……」

エレン(死体のことを言ったほうがいいのか……?)

ミカサ「まだ、何かあるの?」

エレン「えっ? ……ああ、実は――」


ミカサ「死体……何かおかしなものが浮いていれば、すぐに気づくはずだけど……」

エレン「閉じ込められてから一回もそんなことはなかった」

ミカサ「他の部屋の人もそんなことを言っていたの?」

エレン「いや、七番目の人だけだ」

エレン(やつれてたし、幻覚でも見てたのか……?)

ミカサ「時間が来ればきっとわかるはず」


エレン(午後六時が近づくと、足音がした。機械の音も)

エレン(俺たちは身構えたが、死体が流れてくることはなかった)

三日目

エレン「今日は水がもらえたんだな」

ミカサ「エレン、どうぞ」スッ

エレン(わざわざ大きいほうをよこさなくても)

ミカサ「……エレンにお願いがある。ほかの部屋に行って、死体のことを聞いてきてほしい」

ミカサ「ごめんなさい。私が行けるものなら代わりに行ってあげたいけど……」

エレン「分かったよ」

エレン(あの臭い水に潜るのは嫌だ。でも、今はとにかく情報が欲しい)

三番目の部屋

ジャン「死体ぃ? なんだそりゃ?」

エレン「知らないならいい」

ジャン「なあ、お前の姉ちゃんってどんな人なんだ?」

エレン「教えねーよ」

ジャン「ちっ、つまんねえの」

二番目の部屋

ライナー「死体とは穏やかじゃないな」

エレン「本当に何も見てないのか?」

ライナー「ああ」

エレン「そうか……」

ライナー「……何でそんな質問をするんだ?」

エレン「いや、何でもないんだ」

エレン(七番目の部屋で聞いたことを、他のみんなには言わないほうがいいな……)

一番目の部屋

アニ「……死体だって?」

エレン「ああ。何か知らないか?」

アニ「……いいえ」

エレン「そうか。ならいい――」

アニ「……まだ帰すわけにはいかないね」トオセンボ

エレン「な、何で」

アニ「あんた、何か知ってるんだろ? 教えてくれるまで通さない」

エレン「分かったよ……」カクシカ


アニ「七番目の部屋の人が……?」

エレン「ああ。でもみんな何も見てないって言うんだ」

アニ「そう……もう帰っていいよ」スッ

五番目の部屋

アルミン「死体だって!? ……僕は何も」

エレン「そうか……そうだよな」

アルミン「僕たち、いつになったらここから出られるのかな……?」

エレン「……大丈夫だ。絶対に出られるはず……」

アルミン「家族に会いたいな……」

エレン「……」

エレン(父さん……母さん……)

六番目の部屋

エレン(ここには誰もいないはず――)プハー

ユミル「何だ!? お前!!」

エレン「うわっ!?」ビクッ

エレン(初めて見る顔だ。どうしてここに……?)

ユミル「おい、正直に答えろ。お前は私をここに閉じ込めたやつの仲間か?」

エレン「ち、違うんだ! 俺は――」カクシカ


ユミル「……なるほどな」

エレン「昨日、この部屋には誰もいなかったんだ」

ユミル「私は今日来たばっかりだ。……訳が分かんねえよ」

エレン「俺もだ……また来るよ」

七番目の部屋

エレン(やっぱりあの人は夢でも見てたんだ。きっとそうだよな)スイスイ

エレン(とにかく、もう一度話を――)プハー

エレン「あれ……?」キョロキョロ

エレン「いなくなってる……何でだ?」

エレン(部屋はきれいに掃除されていた)

エレン(人のいた痕跡がまるでない)

エレン(夢を見てたのは俺の方だったのか?)

四番目の部屋

ミカサ「誰も死体は見ていない……」

エレン「ああ。七番目の人は外に出られたんだろうか?」

ミカサ「……分からない」

エレン(あの人は何日閉じ込められてたんだ? 訊く前に消えちまった)


ミカサ「エレン、見て。髪の毛が落ちてる」ヒョイッ

エレン「長い髪の毛だ。俺たちのじゃないな」

ミカサ「この部屋は、私たちが来る前に誰かが使っていた……?」

ミカサ「エレンも気づいたと思うけど、上流にいる人ほど閉じ込められている期間が長い」

ミカサ「端の部屋から、一日ずつ順番に人が閉じ込められている……?」

エレン「俺たちは昨日の時点で二日目だった」

エレン「五番目の部屋にいるアルミンが一日目、六番目は誰もいなかった」

ミカサ「六番目が零日目だとすると……七番目はマイナスになる。それはおかしい」

ミカサ「連れられてマイナス一日目の人はいない」

ミカサ「私の推測だけど、七番目の人は昨日の時点で閉じ込められて六日目だったのだと思う」

ミカサ「一番目の部屋にいた人が閉じ込められる前日に、その人は連れてこられていた」

エレン「その人は今……」

ミカサ「おそらく……」

エレン「……」ゾッ

ミカサ「昨日はいた人が消え、空っぽの部屋に人が入れられる」

ミカサ「一日たつと、人のいない部屋が下流の方向へ一つずれる」

ミカサ「終着まで行ってしまったら、また上流からやり直し」

ミカサ「七つの部屋は一週間を表している……」

エレン(一日に一人ずつ、人が殺される。空っぽになった部屋には、翌日新しい人が入れられる)

エレン(昨日、六番目の部屋に人はいなかった。今日はいた)

エレン(さらわれて、補充された)

エレン(昨日、七番目の部屋に人はいた。今日はいない)

エレン(殺されて、溝に流された)

ミカサ「だから、七番目の人は死体が流れてくるのを見ることができた」

ミカサ「死体が溝に流されても、死体より上流にいては見ることができない」

ミカサ「七番目の人が見ていたのは、自分より前に閉じ込められた人の死体だった……」

ミカサ「昨日の時点で流れてくる死体を見たことがあるのは、七番目の人だけ」

エレン「それでみんな知らないって言ってたのか……」

エレン「じゃあ、俺たちが捕まった日には……」

ミカサ「六番目の部屋にいた人が殺されて、流された」

ミカサ「あなたが二日目に見た六番目の部屋は、人が殺されて綺麗に掃除された後だった」

ミカサ「そして昨日、七番目の人が殺された」

ミカサ「上流には流れてこないので、死体を見ることはできなかった」

エレン「待てよ、じゃあ今日は……」

ミカサ「……一番目の部屋の人が殺される」

一番目の部屋

アニ「……そう」

エレン「驚かないのか……?」

アニ「なんとなく分かってたよ。無事に出られないってことはね」

エレン「そうか……」

アニ「家族が死んで、私はずっと一人だった」

アニ「最期にあんたに会えて、よかったと思うよ」

エレン「アニ……」

アニ「もし無事にここから出ることが出来たら、このネックレスを家族の墓に供えてほしい」スッ

アニ「……せめて一緒に眠りたいから」

エレン「……分かった」コクッ

二番目の部屋

ライナー「どうした? 目が赤いぞ」

エレン「別に、なんでもない」ゴシゴシ

ライナー「そうか……お前も大変だな」

エレン「大丈夫だよ」

三番目の部屋

ジャン「どうしたチビ? 何かあったのか?」

エレン「お前に心配される筋合いねえよ。それに、俺にはエレンって名前があるんだ」

ジャン「けっ、心配して損したぜ。クソチビ」

四番目の部屋

ミカサ「エレン……!!」ギュ

エレン(俺は……何もできないのか……)

ミカサ「……そろそろ六時になる」

エレン「ああ……」


エレン(溝を流れる水に、赤みが増した)

エレン(俺と姉貴が声もなく見つめていると、白いつるりとしたものが漂ってきた)

エレン(最初は何かわからなかったが、水の中で半回転してそれが歯だと分かった)

エレン(金色の髪の毛が頭皮ごと流れていく)

エレン(水に流れる無数の体の切れ端は、かつて人間だったものとは思えなかった)

エレン「うっ、おええ……」ビチャビチャ

ミカサ「エレン……」

エレン(この部屋は、俺たちを一人づつ分け隔てる)

エレン(十分に孤独を味あわせた後、命を摘み取っていく)

エレン(俺と姉貴が殺されるのは六日目。……三日後の午後六時だ)

四日目

エレン(何時間もかけて、溝の水から赤い色が消えた)

エレン(石鹸の泡のようなものが流れてくる)

エレン(誰かが掃除をしているのか?)

エレン(人を殺せば、きっと血が出る)

エレン(それを洗い流しているんだ)

エレン「……行ってくる」

ミカサ「気を付けて……」

三番目の部屋

ジャン「なぁおい、昨日のあれは何だ……?」

エレン「……あとで説明するから」

ジャン「お前、何か知ってんだろ……?」

エレン「……あとで説明するから」

二番目の部屋

ライナー「エレン、昨日のあれは……」

エレン「……あとで説明するから」

ライナー「……お前には、もう分かってるんだな」

エレン「……あとで……」

一番目の部屋

エレン「……アニ」

エレン(誰もいない)

エレン(殺されたんだ……)ウッ

エレン(部屋の中はきれいだ。やっぱり掃除したんだな……)キョロキョロ

エレン(……髪の毛が一本だけ残ってる)ヒョイッ

エレン(俺たちをここに連れてきたのはどんな奴なんだ?)

エレン(誰も顔を見ていない。時々扉の外から聞こえる足音が、きっとそうなんだろう)

エレン(毎日食事を運んでくるのも、このおぞましいルールを考え出したのもそいつに違いない)

エレン(六日間閉じ込めて、バラバラにするのがお気に入りなんだ)

エレン(俺たちはそいつの支配下で、死刑が確定してしまっている)

エレン(……まるで死神みたいだ)

二番目の部屋

ライナー「……そうか」

ライナー「あれを見てしまったからには、信じざるを得ないな」

エレン「ごめんな、こんなこと聞いても……」

ライナー「いや、いいんだ」

ライナー「……また来てくれ」

エレン「ああ」

三番目の部屋

ジャン「へえ……俺は殺されるのか」

ジャン「はは……」ガクブル

エレン「怖いのか?」

ジャン「怖くないわけねえだろ」

エレン「……知らないほうが良かったか?」

ジャン「さあな、分かりゃしねえ……」

エレン(自分が死ぬ時間を知る方がいいのか、知らないほうがいいのか)

エレン(俺にはよく分からない)

エレン(突然扉が開かれ、何を考える間もなく殺される方がましかもしれない)

エレン(……七番目の住人は、毎日次は自分の番じゃないかと怯えていたんだろうな)

エレン(あいつには、自分がいつ殺されるのか知る方法はなかったんだ……)

五番目の部屋

アルミン「そんな……」

エレン「……お前も、死体を見たろ?」

アルミン「気持ち悪くなって、すぐ吐いちゃった……」

エレン「俺もだ……」

アルミン「ここから出たいよ……エレン」

エレン「俺も……」

六番目の部屋

ユミル「ふざけやがって……!」

エレン「ふざけてなんかねえよ! 俺は――」

ユミル「お前じゃない。私を閉じ込めた犯人に対してだ」

エレン「ああ……」

ユミル「絶対に許さねえ……」ワナワナ

エレン(……俺たちに一体何ができるんだ?)

七番目の部屋

サシャ「あなたは誰ですか!? ここはどこですか!?」

エレン「実はな――」


サシャ「ええっ!? 私たち食べられちゃうんですか!?」

エレン「いや、食べはしないだろ」

サシャ「その前に空腹で死んじゃいそうです」グー

エレン(こいつは少し特殊みたいだ)

四番目の部屋

ミカサ「……」ジー

エレン「姉貴……?」

ミカサ「そろそろ朝食の時間。……奴が来る」

コツ……コツ……

エレン「来た……!!」

エレン(これまで何人も殺してきて、今も俺たちを閉じ込めている人間)

エレン(そいつの圧力だけで押しつぶされそうだ……)ブルブル

エレン(パンが投げ込まれ、さらに水が注がれる音がした)

ミカサ「待って!!」

ミカサ「お願い、話を聞いて!! あなたは誰なの!?」

コツ……コツ……

ミカサ「くっ……」ギリギリ

エレン「俺たちの存在なんて、あいつにとっちゃ何でもないんだろうな……」

エレン(扉は取っ手がなく、蝶番の位置から考えて内側に開くようになっている)

エレン(それが開くのは、きっと俺たちが殺される時だ)

エレン(殺されるって、どういうことだろうな……)

ミカサ「エレン……みんなにこの部屋の法則について話したの?」

エレン「ああ」

ミカサ「……それは、残酷なことをした……」

エレン「いけないことだなんて、知らなかったんだ……」

エレン(今日は……二番目の部屋に行かなきゃ……)

二番目の部屋

ライナー「もう戻ってこないんじゃないかと思ったぞ」ホッ

エレン「ごめんな……」

ライナー「さっき叫んでたのは姉か?」

エレン「……ああ」

ライナー「……そうか」

エレン「殺されるのが分かってるのに、なんで……」

ライナー「受け入れたのかもしれないな。ただ――」

ライナー「外の世界に恋人を遺してきた。それだけが気がかりでな……」

エレン「……」

ライナー「お前が外に出られたら、これを俺の恋人――クリスタに渡してほしい」スッ

エレン「指輪……」

ライナー「頼んだぞ、エレン」ガシッ

エレン「……分かった」コクッ

四番目の部屋

ミカサ「……そろそろ六時になる」

エレン「……」

エレン(やがて水の色に赤が混じり、さっきまで目の前にあった目や髪が水に流れて目の前を横切っていった)

エレン「……」ヒョイッ

エレン(最後まで俺の手を握りしめていた指だ。ぬくもりをなくして、小さな破片になっていた)

エレン「うっ……」ズキズキ

エレン(目の前が、血で真っ赤に染まる。何も考えられなくなる)

ミカサ「……うちに帰りたい」

エレン「……」コクッ

五日目

ミカサ「そうやって部屋を移動していれば、あなただけでも逃げることが出来る」

エレン「無理だろ。俺だって成長して体が大きくなるし――」

エレン「それに、犯人は二人を閉じ込めたことを覚えてるはずだ」

ミカサ「……そう」

エレン「……三番目の部屋に行ってくる」

三番目の部屋

ジャン「今日は俺が殺される番だな」

ジャン「あー、つまんねえ人生だったぜ」

エレン「お前……」

ジャン「俺はババアと喧嘩して家出してきたんだ」

ジャン「それが最後だ。……謝っときゃよかったな」

エレン「……」

ジャン「お前がもし外に出られたら、この手帳を俺の両親に渡してきてほしい」スッ

エレン「でも、俺は……」

ジャン「頼んだぜ」

エレン(アニもライナーも俺に何かを託した)

エレン(でも、俺が外に出られる保証なんてどこにも……)

ジャン「最初はむかつくガキだと思ったけどよ」

ジャン「お前と話すの、結構楽しかったぜ」

エレン「ジャン……」

エレン「俺も……」

コツ……コツ……

ジャン「!! マズい、早く逃げろ!!」

エレン「くそっ……!」

ジャン「じゃあな、エレン」

エレン「ジャン……!!」

エレン(俺が水に飛び込むと同時に、背後で重い鉄の扉が開く音がした)

エレン(絶対的な「死」の象徴)

エレン(そいつが、今ここに――)ゾッ

二番目の部屋

エレン(ジャン……)

エレン(ああ、なんで、あいつは、みんなは、殺されるんだ)

エレン(そして、俺たちも……)

エレン(……)

エレン(俺たちは、ここから逃げなくちゃならない)

エレン(そのためにできること――)

エレン(あいつは、どうやって人を殺すのか?)

エレン(それを、この目で確かめるんだ……)

エレン(三番目の部屋に戻ったら殺されちまう)

エレン(だから、排水溝の中から覗くんだ……!!)

エレン「……」ゴポゴポ

エレン(水が濁ってるせいでよく見えない)

エレン(もっと近づいて……気づかれないように……)

エレン(水流に混じって、機械の音が聞こえる……)

エレン(――っ!!)プハー

エレン(しまった! 頭がトンネルから出ちまった……!!)


エレン(俺は見た)

エレン(さっきまで話をしていたジャンが、血と肉の山になっていた)

エレン(鉄製の扉が開いているのを初めて見た)

エレン(内側は平らなのに、外側には閂が見える)

エレン(みんなを閉じ込め、死ぬ瞬間まで一人にしておくための閂だ)

エレン(男が、いた)

エレン(人間の死体ともいえないような赤い塊の前に立って、俺には背中を向けていた)

エレン(もし正面を向いていたら、すぐに気づかれていただろう)

エレン(手に、激しく音を出している電動のこぎりを持っていた)

エレン(時々聞こえていた機械音の正体はこれか)

エレン(男は棒立ちになったまま無感動に、それを何度も目の前に突き刺した)

エレン(ジャンの体がだんだん細かくなっていき、ぱっと赤いものが飛び散る)

エレン(部屋中が、赤い)

エレン(不意に、電動のこぎりの音が消えた)

エレン(ただ溝を流れる水の音だけが、俺と男の間にあった)

エレン(男が、振り返った)

エレン「……」ドクドク

エレン(俺は急いで頭を引っ込めた)

エレン(気づかれてはいない、はずだ)

エレン(一瞬でも遅れてたら……)ゾッ

エレン(これから……どうする?)

エレン(男は掃除を始めるはずだ。三番目の部屋を抜けて姉貴のもとへ帰ることはできない)

エレン(二番目の部屋も安全とは言えない。いつ人が入れられるか分からないからだ)

エレン(だったら……)

一番目の部屋

ベルトルト「君は、誰?」

エレン「俺は――」

ベルトルト「ひどい顔してるけど、何を見たの?」

エレン「……」

エレン(一番新しい住人だ)

エレン(俺の素性とこの部屋のルールは説明したが……)

エレン(さっき見たことを話す気には、とてもなれなかった)

エレン「一晩ここにいていいか?」

ベルトルト「うん。僕も一人は寂しい」

エレン(ジャンの手帳……)パラパラ

エレン(両親に向けて長い文章が書かれていた)

エレン(……ごめんな)

六日目

ベルトルト「おはよう。パンは君にあげるよ」

エレン「……ありがとう」

エレン(あの男に会ってしまうのが恐ろしかった)

エレン(もう戻っても大丈夫だろう)

エレン(姉貴は心配してるだろうな……)

エレン「そろそろ行く」

ベルトルト「また、来てね」

エレン「ああ」

エレン(誰もが不安なんだ)

二番目の部屋

コニー「うわ!? 何だお前」オドロキ

エレン「……よく聞いてくれ」


コニー「お前が何を言ってるのか全然分かんねえけど……」

コニー「とりあえずやべえってことだけは分かったぞ」

エレン「それだけ分かったら十分だ」

三番目の部屋

エレン「ジャン……」

エレン(綺麗に掃除されている)

エレン(昨日の惨劇なんてなかったかのように)

エレン(俺は少しでもジャンの存在を匂わせるものを探した)

エレン(が、何もなかった)

エレン(完全に無機質な、コンクリートの部屋だった)

四番目の部屋

ミカサ「エレン……!!」ダキッ

エレン「ごめんな、心配かけて……」

エレン(パンも食べずに待っててくれたのか)

ミカサ「見つかって殺されたのだと思ってた……」グスッ

エレン「……犯人について少しわかったことがあるんだ」


ミカサ「なんて危ないことを……!!」

エレン「悪かったよ。……扉のことなんだけどな」


ミカサ「……本当に扉の向こう側は閂だったの?」

エレン「ああ」

ミカサ「……」ジッ

ミカサ「このままでは済まさない、絶対に」ギロッ

エレン(俺たちが殺されるまで、あと六時間)

五番目の部屋

アルミン「今日は君たちの……」

エレン「ああ……」

アルミン「その格好じゃ寒いよね? このセーターをあげる」

アルミン「ここは温かいから……」

エレン「ありがとな」

アルミン「君たちに幸運が訪れますように……」

六番目の部屋

ユミル「なあ。エレン……だっけか」

エレン「ああ」

ユミル「お前だけでも、部屋を行き来してりゃ助かるんじゃねえか?」

エレン「心配してくれてるのか?」

ユミル「別に、そんなんじゃねえよ」フン

ユミル「……犯人の野郎、一発くらいぶん殴っとけよ」

七番目の部屋

サシャ「……」グーグー

エレン「おーい、生きてるか?」

サシャ「はい……何とか」フラフラ

エレン「なあ、外に出られたら何がしたい?」

サシャ「おなかいっぱい食べたいです!」キラキラ

エレン「……そっか」

二番目の部屋

コニー「お前今日死ぬのか」

エレン「……」

コニー「会ったばっかなのにもう死ぬのか」

エレン「……」

コニー「死ぬんじゃねえよ」

エレン「……ああ」

一番目の部屋

ベルトルト「お姉さんってどんな人?」

エレン「とにかく世話焼きだな。ちょっと鬱陶しい」

ベルトルト「反抗期なんだね」

エレン「……でも、俺の大切な家族だ」

ベルトルト「そうだね」

ベルトルト「どうして、こんなことになるんだろう……」

エレン「……」

四番目の部屋

ミカサ「エレン。分かった?」

エレン「……」

ミカサ「エレン」

エレン「……」

ミカサ「エレン!」

エレン「姉貴……」グスッ

ミカサ「大丈夫。私が、エレンを守る」

ミカサ「……ほかの部屋の人たちにも伝えて……」

エレン「……ああ」ゴシゴシ

エレン(午後六時が近づいてくる)

エレン(俺と姉貴は、扉から最も遠い角に座っていた)

エレン(俺が角に座り、姉貴がそんな俺を壁と挟み込むように座っている)

ミカサ「外に出たら、何をしたい?」

エレン「分かんねえ……」

エレン(両親に会いたい。空が見たい。チーハンが食べたい)

エレン(やりたいことは無数にある)

ミカサ「そろそろ……」

エレン「分かってる」

ミカサ「用意はいい?」

エレン「ああ」

コツ……コツ……

エレン(足音が、だんだん近づいてくる)

エレン(姉貴の手が優しく俺の頭に乗せられ、親指がそっと額に触れた)

エレン(それは静かな、別れの合図だった)


エレン(俺たちの下した結論)

エレン(それは、電動のこぎりを持った大の男と戦っても、勝ち目がないということだった)

エレン(悲しいけど、それが現実だ)


エレン(扉の隙間に影が落ちる)

エレン(心臓が破裂しそうだった。体内にあるすべてのものが逆流するように思えた)

エレン(心の中が、悲しみでいっぱいになる)

エレン(ここに閉じ込められていた日々が走馬灯のように駆け巡り)

エレン(これまで死んでいった人たちの姿と声が反響する)

エレン(扉の向こう側で、閂の抜かれる音)

エレン(姉貴は部屋の隅で片膝を立てて待ち構えている)

エレン(ふと、目が合った。これから死が訪れる)

エレン(鉄の扉が重く軋み、開かれる)

エレン(男が、立っていた)

エレン(顔はよく分からない。死を運んでくる、ただの人形のように思える)

エレン(電動のこぎりが始動する音)

エレン(部屋中が振動するような騒々しさに包まれる)

エレン(姉貴は部屋の隅で両腕を広げ、決して背後を見せまいとする)

ミカサ「来ないで!」

エレン(その声は、のこぎりの音でほとんどかき消される)

ミカサ「弟には指一本触れさせない!」

エレン(俺は恐ろしくて、叫びだしたかった)

エレン(殺される瞬間の痛みを想像した)

エレン(激しく回転する刃に削られる時、一体何を考えさせられるのだろう)

エレン(男は、姉貴の体の隙間から見え隠れする俺の服を見た)

エレン(のこぎりを手に、姉に近づいていく)

エレン(一瞬、血しぶきが空中に撒き散らされる)

エレン(もちろん、すべてがはっきりと見えたわけではなかった)

エレン(男の姿も、姉貴の手が破裂する瞬間も、俺にはぼんやりとしか見えなかった)

エレン(なぜなら、濁った水越しにしかその姿を確認できなかったからだ)

エレン(俺は隠れていた溝の中から抜け出し、男が開け放していた扉から外に出た)

エレン(扉を閉めて、鍵をかける)

エレン(電動のこぎりの音が、扉に挟まれて小さくなる)

エレン(部屋の中には、姉貴と犯人の男だけが残った)

エレン(姉貴が俺の頭に手を載せて、親指で額にそっと触れた時)

エレン(それが俺たちの別れの合図だった)

エレン(俺は次の瞬間、急いで水のトンネルの中に身を潜ませた)

エレン(姉貴の考えた作戦だった)

エレン(姉貴は部屋の隅で、俺の服を庇うようにして犯人を引きつける)

エレン(その隙に俺が扉から出て、鍵をかける。それだけだ)

エレン(俺の服は中身があるように見せかけなければならなかった)

エレン(そのために、各部屋の住人から少しずつ服を借りた)

エレン(犯人が姉貴に十分近づいた時を狙い、俺は溝から出て出口を目指す……)

エレン(閂をかけた瞬間、全身が震えた)

エレン(俺は、殺される姉貴を置いて逃げようとしているんだ)

エレン(俺を逃がすために。電動のこぎりから逃げることなく演技を続けた)

エレン(のこぎりの音がやんで、ドアを叩く音が聞こえた)

エレン(閉じ込められた犯人は、戸惑っているに違いない)

エレン(俺たちは勝ったんだ)

エレン(姉貴はこの後犯人に殺されるだろう)

エレン(おそらくこれまでにない、残忍なやり方で)

エレン(それでも姉貴は、俺を外に逃がすことで犯人を出し抜いたんだ)

エレン「……」スタスタ

エレン(ここは地下らしい。窓のない廊下に、七つの部屋が並んでいる)

エレン(それぞれの部屋の住人には、すでに計画を話している)

エレン(俺は、四番目以外の部屋の扉を次々と開けた)

エレン「アルミン」ガチャ

アルミン「……うん」グスッ

エレン「ユミル」ガチャ

ユミル「……ああ」

エレン「サシャ」ガチャ

サシャ「……はい」

エレン「コニー」ガチャ

コニー「……おう」

エレン「……ベルトルト」ガチャ

ベルトルト「……」コクッ

エレン(それから、三番目の部屋)ガチャ

エレン(ここには誰もいないが、多くの人が殺された)

エレン(だから、開けるべきだと思った)

一同「……」

エレン(誰ひとり、素直に喜ぶ人間はいなかった)

エレン(俺が外に出られたということは、今姉貴が死にかけているということだ)

一同「……」スタスタ

エレン(電動のこぎりの音はまだ続いている)

エレン(だが、扉が開く様子はない)

エレン(姉貴は今も戦っているんだ)

エレン(扉を開けて姉貴を助けようというものは誰もいなかった)

ミカサ『返り討ちにされるだけだから。すぐに逃げて』

エレン「姉貴……」

エレン(俺たちは、姉貴と殺人鬼の閉じ込められた部屋から脱出することにした)

一同「……」スタスタ

エレン(廊下を抜けると、地上への階段が見えてきた)

エレン(光り輝く世界が俺たちを待っている)

エレン(薄暗く憂鬱で寂しい、死に囲まれた世界から俺たちは脱出するんだ)

エレン(アニのネックレス)

エレン(ライナーの指輪)

エレン(ジャンの手帳)

エレン(そして、ミカサの腕時計)

エレン(俺は涙が止まらなかった)

エレン(防水加工されてなかったから、水に潜ったとき壊れてしまったんだろう)

エレン(時計は午後六時を指したまま動くのをやめていた)

<SEVEN ROOMS>

おしまい


個人的に乙一氏の最高傑作だと思う
次はアホみたいな話の予定

乙 今回も面白かった
乙一読んでみたくなった 買いに行ってくる

<A MASKED BALL>

エレン(初めてタバコを吸ったのは五年前。小学五年生の時だった)

エレン(夜遅く塾から帰ってみれば両親は外出中だったし)

エレン(テーブルの上には父親のタバコが置いてあった)

エレン(前々から吸ってみたかったわけじゃないけど、何となく暇だったし)

エレン(きっと咳き込むんだろうなと思ってた)

エレン(でもそんなことはなく、ああなるほどな、と思っただけだった)

エレン(それから、俺は人に隠れてちょいちょいタバコを吸うようになった)

エレン(学校で、誰にも見つからないような場所――)

エレン(剣道部の裏側にある男子トイレにはあまり人が来ない)

エレン(そのトイレの、唯一の個室。そこからすべては始まった)

ラクガキスルベカラズ

エレン「……なんだこれ」

エレン(変な奴。自分も落書きしてるのにな)

エレン(翌日、今度は違うやつがタイルに落書きをしていた)

うまづら:お前も落書きしてるだろ。矛盾してね?

エレン(俺の考えたことと同じだ)

エレン(俺以外にもここを利用してるやつがいるんだな)

エレン(その日の夕方、さらに落書きが追加されていた)

Bo'z:くだらないけどこういうのオレは好きだ。全部カタカナってのがいいよな。

そばかす:もうこれ以上学校の建物に落書きするのはやめた方がいいと思う。

エレン(続々集まってきたな)

エレン(面白そうだ。俺も何か書いてみよう)

駆逐系男子:お前らいったい何者だ?

エレン(翌朝トイレに行くと、ラクガキスルベカラズという落書きは消されていた)

エレン(その代わりに――)

オレハナニモノデモナイ

エレン(俺の質問に対する答えか)

エレン(ほかの奴の落書きも新しくなってる)

うまづら:駆逐っておまw

Bo'z:何物でもないっておまw
   うちの学校にそんなこと言うやつがいるとは思わなかった。
   会えてコウエイっす。

エレン(そんなふうにして、俺、うまづら、Bo'z、そばかす、そしてカタカナのアイツの五人がそろった)

エレン(少なくとも俺以外に四人、このトイレを利用してるやつがいる)

エレン(でも姿を見かけたことはない)

Bo'z:テストがかえってきた。またいちだんとバカになりました。

駆逐系男子:次回もバカにみがきをかけろ。

エレン(次第にトイレは五人の伝言板と化していった)

うまづら:数学のエルヴィン先生ってヅラらしいぜ。ウケる。

Bo'z:ペトラ先生ってカレシとかいんのかな?

エレン(内容はどうでもいい雑談とか学校の噂だったが、結構楽しかった)

エレン(顔も名前も知らないのに本音を言い合えるところがいい)

うまづら:コンビニで2Dのミカサを見かけた。噂通りかわいいな。ジュースを買ってたぜ。

Bo'z:ジュースといえば、教室から自動はんばいきまで遠すぎる。
   ひとつのクラスに一コずつあればいいのに!

そばかす:そうすると空き缶が増えるからね。今も誰かが空き缶を捨ててるんだ。

エレン(カタカナのアイツが発言する回数は極端に少なかった)

ソバカス オマエハ イイコトヲ イウナ

エレン(そのくせ、カタカナの文字には妙な存在感がある)

エレン(そして二月の末。三年生が卒業する二週間前のことだ)

コノガッコウニハ アキカンガ オオスギル

エレン(そんなメッセージが残されていた)

エレン(この学校には空き缶が多すぎる?)

エレン(変な奴だと思った)

アルミン「エレン!! 大変だ!!」

エレン「どうしたんだ? そんな慌てて」

アルミン「学校の自販機が壊れちゃったんだ!」

エレン「故障かなんかか?」

アルミン「違うよ。電源のケーブルがスパッと切られてたんだ! 三台とも全部」

エレン「誰かがやったのか……」

コノガッコウニハ アキカンガ オオスギル

エレン(まさか……?)

エレン(俺は休み時間、すぐに例のトイレへ向かった)

うまづら:またコンビニでミカサを見た。もうすぐ三月だな。

     冬は嫌いだ。寒いから。

Bo'z:カタカナのやつへ。

   この学校に空き缶が落ちてるのなんか見たことねーぞ。

エレン(二人は事件のことを知らないうちに落書きを残したんだな)

そばかす:今日、学校の自販機が何者かによって壊された。

     ひょっとして、カタカナの君がやったんじゃないのか?
  
     もしそうなら自首した方がいいと思う。学校の設備を壊すのはいけないことだ。

エレン(アイツのコメントはなかった。昨日の落書きがそのまま残されてる)

駆逐系男子:俺もそばかすに賛成。
  
      でもすげえことやるなって気もする。

エレン(誰かの気配がしたのはその時だった)

エレン(その誰かは個室の前に立って扉を開けようとした)

エレン(が、扉には鍵がかかってるので開かない)

エレン(扉を挟んで、その人物が息をのむ音が聞こえた)

エレン「……」トントン

エレン(誰だ? うまづら? Bo'z? そばかす? それともカタカナのアイツ?)

エレン(誰でもいいから早く帰ってくれ)ドキドキ

スタスタ……

エレン(誰かは立ち去ったようだ)ホッ

エレン(トイレの個室は狭い。そして寒い)

エレン(俺はタバコに火をつけた)

エレン(あいつらには顔を見られたくない)ダッ

エレン「……あ」

ペトラ「……」ヒョイッ

エレン(ペトラ先生。吸殻を拾ってたのか)

ペトラ「君の制服、タバコの臭いがするけど――」

エレン「これ友達のアルミンのなんですよ。困ったやつですよね」

エレン(ごめんなアルミン)ダッ

エレン(やっぱり空き缶なんて見当たらないな)

エレン(清掃業者の人が片付けてるんだろう)

エレン(放課後トイレに行くと、落書きが書きかえられていた)

Bp'z:学校のはんばいきが使えなくなったら、わざわざ外でジュースを買ってこなきゃならない。

   近くないぞ。水を飲めってことか?

うまづら:駆逐と同じく、すげえと思った。

エレン(アイツも新しい落書きを残していた)

カンリョウ

ジドウハンバイキガ ツカエナクナルノハ トウゼンノ コトダ

コノガッコウカラ アキカンガ ナクナルコト

オレハ ダレヨリモ ツヨク ネガウ

エレン(ぞくり、とした)

駆逐系男子:あんた、おかしいぞ。

      おかしいってのは、おもしろいって意味じゃないからな。

エレン(俺はトイレを出て帰ろうとしたが、途中でライターを落としたことに気づいた)

エレン(タバコも残り少なくなってたし、コンビニに行くことにした)

エレン「……あ」

ミカサ「……」ヒョイッ

エレン(万引きだ! それもすげえ早業)

ミカサ「エレン……?」ハッ

エレン(あ、やべえ)

ミカサ「その……誰にも言わないでほしい」タッ

エレン(見てはいけないものを見てしまった気分だ)

エレン(翌日トイレに行くと、落書きが新しくなっていた)

Bo'z:カンリョウってなんだ。気持ち悪いっすよ。

そばかす:やっぱり君だったのか。なんて奴だ。

うまづら:必殺仕事人みてえだな。

     どうでもいいけどハンジ先生の車が邪魔だ。ちゃんと駐車してくれよ。

エレン(うまづらはあんまりアイツに動じてないみたいだ)

エレン(そして、アイツの落書き)

キノウココデ オレハ ライターヲ ヒロッタ

エレン(やっぱトイレで落としてたのか)

駆逐系男子:それは俺のライター。大事に使ってくれよ。

エレン(トイレを出ると、剣道場の前でライナーに出くわした)

ライナー「お前、最近腹の調子でも悪いのか?」

エレン「なんで?」

ライナー「よく剣道場の前を通ってるからな」

ライナー「裏のトイレに行ってるんじゃないかと思ったんだ」

エレン「ああ……最近いろいろあってさ」

エレン「誰かほかにも通ってるやついるか?」

ライナー「結構見かけるぞ。意外と利用者は多いみたいだ」

エレン「そうか……」

エレン(放課後、俺は剣道場を大きく迂回してトイレに向かった)

Bo'z:カタカナさんマジパネェっす。自動はんばいきをこわすなんてフツーじゃねえよ、やっぱ。

うまづら:そこがおもしれーんじゃねえの。

そばかす:駆逐はここでタバコを吸ってるの? 健康に悪いからやめた方がいいよ。

エレン(そばかすは他二人と違って真面目な奴だ)

エレン(うまづらにお利口ぶってんじゃねーと突っ込まれてたこともあったけど)

エレン(アイツは……)

ハンジセンセイノ クルマハ コウツウノ ジャマダ

オレガ ハイジョ スル

駆逐系男子:勝手にしろ。

エレン「アルミン、今日ハンジ先生の車が壊されるかもしれない」

アルミン「何でそんなことが分かるの?」

エレン「うわさだよ、うわさ」

アルミン「ふーん……」


アルミン「大変だー!! エレンの予言通りだよ!」

エレン(やりやがったか……)

アルミン「ハンジ先生の車がボコボコにされてたんだ!」

アルミン「ガラスも全部割られてて、落書きもされてた」

エレン「カタカナか?」

アルミン「正解。なんで分かったの?」

エレン「いや、なんとなく」

アルミン「コウツウキソクとかイハンとかショリとか……寒気がしたよ」ブルッ

アルミン「おそらく犯人は三年生の不良だろうね。よくやるよ」ハァ

エレン「まだ近くで見ることはできるか?」

アルミン「駄目じゃないかな? 先生たちが騒ぎを収めてたし、清掃員の人が掃除してたよ」

エレン(うちの学校では生徒たちは掃除をしない。専門の清掃会社に任せている)

アルミン「大変だよね。ハンジ先生も、掃除する人も)

エレン(全部、アイツのせいだ)

エレン(俺はすぐにでもトイレに行きたかったが、学校が落ち着いてから行くことにした)

エレン(トイレで例の奴らと鉢合わせしたくなかった)

エレン(お互いの素性を詮索しないこと。その暗黙の了解のおかげで今まで落書きは続いてきたんだ)

エレン(放課後、例のトイレに行った)

Bo'z:さすがにやりすぎだろ。ひでえよ!

うまづら:マジでビビった。本気なんだもんな。

     カタカナのオマエ、ストレスがたまってんじゃねえの?

     勉強はほどほどでいいんだよ、ダブらないくらいに。

そばかす:ひょっとして君は、ハンジ先生が自動車を二つ分のスペースに駐車していたから破壊活動を行ったのか?

     常軌を逸してるよ。

エレン(みんな衝撃を受けてるみたいだ)

エレン(そして、アイツ――)

カンリョウ

ソシテ アラタナツミ ノ ハッカク

オレハ 2ネンDグミ ノ ミカサ アッカーマン ヲ ガッコウカラ ハイジョ スル

ガッコウデノ キツエン ソシテ スイガラノ ホウチノ ツミ

エレン(……前の三人はこれをまだ読んでないはずだ)

エレン(俺はカンリョウ以下の落書きをすべて消しておいた)

エレン「お前、変質者に狙われてるぞ。気をつけろよ」

ミカサ「……どうして?」

エレン「なんとなくだよ」シュボッ

ミカサ「……タバコは健康に悪い」

エレン「お前も吸ってるんだろ?」

ミカサ「どうしてそれを……?」

ミカサ「……今日、学校で隠れて吸った。初めてだった」

エレン「吸殻はその辺に捨てたのか?」

ミカサ「……ええ」

エレン(それを偶然アイツに目撃されたのか……)

エレン「おはよう、ミカサ」

ミカサ「おはよう……」

エレン「どうした? 元気ねえな」

アニ「……女子トイレに落書きされてたんだよ」

エレン「えっ……?」

アニ「2ネン Dグミ ミカサ アッカーマン ヘ ズジョウ ニ チュウイ って。」

エレン「……」

アニ「気味が悪いだろ。ミカサにはもう帰った方がいいって言ったんだけど……」

ミカサ「私は大丈夫」フルフル

エレン(アイツの仕業だ……!)

エレン(例のトイレに行く途中で、俺は珍しいものを見た)

エレン(生徒たちが教室の掃除をしている)

エレン「何やってんだ?」

ベルトルト「掃除だよ。教室が汚いからって、ペトラ先生が」

エレン「そうか。先生はきれい好きだからな」

ライナー「お前、今朝の事件のこと聞いたか?」

エレン「ああ、ミカサのこと?」

ライナー「また職員会議が開かれたらしいぞ」

ベルトルト「昨日ハンジ先生の車のことがあったばっかりなのに……」

ベルトルト「ミカサに恨みを持つ女子がやったのかな?」

ライナー「場所が女子トイレだからな」

エレン「……」

ベルトルト「あれ? エレンの制服、タバコの臭いがする」クンクン

エレン「だろうな」

タニンノ メッセージヲ ケス コトハ ルールイハンダ

ミカサ アッカーマン ニ チカイジンブツ ガ ケシタ ト オモワレル

エレン(俺だってことにはまだ気づいてないみたいだ)

そばかす:一体なんて書いてたの?
  
     ミカサの名前が出てるけど、今朝の事件も君が?

エレン(そばかすは気付き始めてるが、ほかの二人はアイツが書き直す前にやって来たのか)

Bo'z:明日は土曜で学校が休みだ。うれしいな。

   最近学校がぶっそうだから。誰かさんのおかげでな!

うまづら:寒い。ここは寒い。ついでにサイフの中も寒い。

     ババアもっと小遣いよこせ!

エレン(俺は迷ったが、アイツの落書きを消すのはやめにした)

駆逐系男子:人の落書きを勝手に消すなんてひどいやつがいるんだな。

      昨日何を書き残してたのか俺には全然知るよしもないけど、

      お前が怒る気持ちもわかるよ、カタカナ。

エレン「ミカサ、今朝は大変だったな」

ミカサ「もう大丈夫だから」

エレン「これからも気をつけろよ」

ミカサ「これからも……?」

アルミン「エレン、まるでまた何か起こるみたいな言い方だよ」

アルミン「ハンジ先生の車の時だって――」

ドスン

三人「!!?」

エレン「机が落ちてきたのか!?」

アルミン「……もう少しでミカサに命中するところだった……」ガクブル

ミカサ「……!!」

エレン「いったい誰が……!?」

エレン(三年の教室の窓が開いてる。人影はない)

エレン(俺たちは教室周辺を探し回ったが、犯人らしき人物を確認することはできなかった)

駆逐系男子:渦中のミカサは天体観測愛好会に所属しているらしい。

      今日の夜、学校で活動があるんだってさ。

エレン(少しわざとらしすぎるか? いや、これでいい)

エレン(アイツを罠にかけてやる)シュボッ

ガチャ

エレン「うわっ!?」ポチャン

エレン(清掃員の人だ……びっくりした)

エレン(鍵をかけ忘れてたのか。見られてないよな……?)ソソクサ

エレン「お前女装似合うな……」

アルミン「でもやっぱり恥ずかしいよ。これで本当にミカサを狙う犯人を捕まえることが出来るの?」

エレン「アイツが罠に引っかかってくれればな。お前を囮にしておびき寄せるんだ」

ミカサ「エレン、アルミン……」スタスタ

エレン「ミカサ!? 何で来たんだよ!!」

ミカサ「人数は多いほうが有利」

エレン「でもな……」シュボッ

ミカサ「タバコは私が預かっておく」ヒョイッ

エレン「あっ、おい」

ミカサ「……結局、私はこれが気に入らないのだと思う。両親も……」

エルヴィン「アッカーマン君、こんなところにいたのか? 両親が心配している」

エレン「やべ……」

エルヴィン「君たちは?」

エレン「天体観測愛好会の者です。変な格好してますけど」

エルヴィン「そうか……彼女の家庭のことで話があるんだ」

エレン「分かりました」

エレン(先生と一緒ならアイツも狙わないだろう)

ミカサ「でも……」

エレン「大丈夫だよ」

エルヴィン「天体観測はどこでやるんだい?」

エレン「屋上でやろうと思ってます」

エルヴィン「宿直室に行って鍵を借りてきなさい。今日の宿直はペトラ先生のはずだ」

エレン(校舎の入り口には鍵がかかっていたので、裏口から入った)

アルミン「僕はトイレに行ってるから、エレンは鍵を借りてきてよ」

エレン「間違えて女子トイレに入るなよ」

エレン(宿直室には誰もいなかった)

エレン(ペトラ先生は見回りでもしてるのか?)

エレン(俺は屋上の鍵を無断で拝借してアルミンと合流した)

エレン(そして、さっきまでミカサとエルヴィン先生がいた場所へ戻った)

エレン(が、そこには誰もいなかった)

エレン(その代わりに――)

アルミン「……血だ」ゾッ

エレン「まさか――」

アルミン「どうしよう!? もう二人は――」アタフタ

エレン「アルミン、お前はあたりを探すんだ! 俺は救急車を呼んでくる」ダッ

エレン(公衆電話は校舎を抜けてすぐのところにあるはずだ)

エレン(受話器を持ち上げた時、おかしいことに気が付いた)

エレン(さっき入ったとき、校舎正面には鍵がかかっていたはずじゃ?)

エレン(分からない。分からないことだらけだ)

エレン「――ん?」

エレン(タバコの吸い殻が落ちてる)

エレン(もう一本、二本……点々と続いてる)

エレン(犯人に捕まったミカサが目印を残していったのか?)

エレン(とりあえず行ってみるか……)

エレン「これで最後か……」

エレン(例の落書きがされてた女子トイレだ)

カチッ

エレン「誰かいますか……?」オソルオソル

ミカサ「うっ……」フラフラ

エレン「ミカサ!! 無事か!?」

ミカサ「突然頭を殴られて……犯人の顔は見ていない」

エレン「エルヴィン先生は?」

ミカサ「分からない……」

エレン(……奥の個室にアイツが……?)ガチャ

ペトラ「う……」グッタリ

エレン「先生!!」

ペトラ「どうして君が……!?」オドロキ

エレン「いや、俺は――」

ミカサ「先生も襲われたの……?」

ペトラ「見回りをしていて、急に……気づいたらここに」

ミカサ「私と一緒……」

エレン(……ん?)

エレン「なあミカサ、あのタバコを落としていったのはお前か?」

ミカサ「いえ、私は何も――」

エレン(……そうか)

エレン(目印を残していったのは――)

エレン(アイツだ)

エレン(アイツは裏口から入って、見回り中のペトラ先生を襲い、鍵を奪った)

エレン(校舎正面の鍵を開け、目的地までタバコを点々と落とす)

エレン(俺をおびき寄せるために――)

エレン(俺は罠をかけたつもりが、逆に奴の罠に引っかかっていたんだ)

エレン(捕まえられるのは、俺の方なんだ)

ソノトオリダ、クチクヨ

エレン「!!」

エレン(アイツが、女子トイレの入り口に立っていた)

エレン(剣道の防具を着て、木刀を持っている。顔は見えない)

ミカサ「誰……?」

エレン「アイツだよ」

エレン「俺を探してたんだろ……?」

ミカサ「何故エレンが狙われているの?」

エレン「灰を散らかしたからだ。お前の何倍もの量を」

ライターハ オマエノモノ ダッタンダナ

オマエガ ミカサヲ カバオウト シテイルコトハ スグニワカッタ

ダカラ ギャクニ オビキダシタ

エレン「くそっ……」

ミカサ「エレン! 逃げて!」

エレン(アイツが木刀を構えた)

エレン(すべてがスローモーションに見えた)

エレン(その時――)

ミカサ「はぁぁぁぁっ!!」

エレン(ミカサがアイツに飛び掛かっていった)

エレン(やめろ! そう叫ぼうとしたが声が出なかった)

エレン(アイツはミカサの攻撃を難なくかわした)

エレン(このままじゃマズイ。このままじゃー―)スッ

エレン(……タバコ)

エレン「うおぉぉぉぉっ!!」ダッ

ミカサ「エレン!?」

エレン「これでも喰らえっ!!」ジュウウウ

エレン(俺はタバコの火をアイツの面の中に押し込んだ)

チッ……

エレン(アイツは特に痛がるそぶりも見せない。もうだめかー―)

キタネエナ……

エレン(アイツの顔を一瞬見た気がした)

エレン(例のトイレで出会った、清掃員の男)

バリーン

エレン(アイツは窓を突き破り、闇の中に消えた)

ミカサ「終わった……の?」

エレン「ああ……」ヘナヘナ

アルミン「エレン!! ミカサ!! 心配したよ……!」ダッ

エレン「ごめんな、アルミン」

ミカサ「……悪かった」

エルヴィン「君たちはいったい何をしていたんだ……?」ズキズキ

エレン「……」

ミカサ「……」

アルミン「……」

エレン(あの後、外を探し回っても誰もいなかった)

エレン(二階から飛び降りたのに……)

エレン(アイツはどこに消えたんだろう?)

エレン(後日、俺は清掃業者の名簿を調べてみた)

エレン(でもアイツのことは載っていなかった)

エレン(アイツは消えたんだ)

ミカサ「……両親が離婚することになった」

エレン「ああ……」

ミカサ「しばらく前からゴタゴタしてて」

エレン「それで万引きしたりタバコ吸ったりしてたのか」

ミカサ「でも、もうやめる」

エレン「またアイツが現れたら大変だもんな」ハハッ

ミカサ「そういえば、昨日は三年生の卒業式だった」

エレン「ああ」

ミカサ「昨日道を歩いていたら、その卒業生たちに変なことを聞かれた」

エレン「どんな?」

ミカサ「最近変わったことはなかったかって」

ミカサ「別にと答えたら、二人は顔を見合わせて笑っていた」

ミカサ「もう一人は心配そうな顔をしていたけど……」

エレン(三人……まさか)

エレン「どんな奴らだった? 馬面? 坊主? そばかす?」

ミカサ「まさにその通りだけど……何で知ってるの?」

エレン(あいつら三年生だったのか。いつの間に顔を合わせたんだ?)

エレン(アイツが消えて学校は汚くなった)

エレン(掃除する人がいないからだろうか。平和な証拠だ)

エレン(例のトイレには最近ほとんど行ってない)

エレン(タバコも以前ほど吸いたいと思わなくなった)

エレン(久しぶりに行ってみると、やっぱり汚くなっていた)

エレン(もちろん誰もいない。変な臭いもする)

エレン(個室には……)

Bo'z:ぶじに卒業できてよかったー!

うまづら:この寒いトイレともお別れかー。いろいろ楽しかったぜ。

そばかす:さようなら。駆逐君もお元気で。

エレン(油性だ)

エレン(あいつら、最後の最後にやりやがったな)ニヤリ

エレン(俺も油性ペンで落書きに加わることにした)

エレン(この場所でメッセージのやり取りが行われたこと)

エレン(自動販売機のこと。車のこと)

エレン(名前は伏せて、俺たちのこと)

エレン(そして、アイツのこと)

エレン(個室の壁は俺の落書きで埋め尽くされた)

エレン(出来るだけ多くの人に読んでほしい。そう思った)

エレン(ところが)

エレン(次の日には全部消されていた)

エレン(油性マジックのやつも、すべて)

エレン(凄まじい執念を感じた)

エレン(学校も、トイレも、すべての場所がピカピカになっていた)

エレン(そして、残された落書きが一つ)

ラクガキスルベカラズ

エレン(俺は久しぶりに、タバコに火をつけた)

<A MASKED BALL>
――およびトイレのタバコさんの出現と消失――

おしまい


Bo'z に紅茶吹いたっつーのw

乙!

<神の言葉>

エレン(俺の母さんは明るくて優しい人だ)

エレン(でも、ひとつだけ欠点がある)

エレン(それは――)

カルラ「ミーちゃん、ご飯の時間よ」ナデナデ

サボテン「……」

カルラ「サボテンに水をあげなきゃ……」チョロチョロ

猫「ギニャアアアア!!」

エレン(猫とサボテンの区別がつかないということだ)

エレン(そして、それは俺のせいなんだ)

エレン(自分の力を初めて意識して使ったのは、小学一年生のころだった)

エレン(当時、授業でアサガオを育てていた)

アルミン「エレンのアサガオ、きれいだね」

エレン「そうか?」テレテレ

エレン(でも、俺の隣にあったアルミンのアサガオのほうがずっと立派だった)

エレン(俺はある日、誰よりも早く登校した)

エレン(そして……)

エレン『枯れろオオオ……、腐ってしまえエエエ……』

エレン(アルミンのアサガオの首がぽとりと落ち、萎れて腐り薄汚い茶色に染まり始めた)

エレン「……鼻血だ」ポタポタ

エレン(アサガオは捨てられることになり、アルミンは泣き出した)

エレン(俺のいい気分はすぐに罪悪感に変わり、アサガオを褒められても素直に喜ぶことはできなかった)

エレン(アルミンの植木鉢に囁いた時から、俺のアサガオは自分の中に潜んでいる恐ろしいものを映す鏡となった)

エレン(それまでにも、自分に何か特別な力があるのは感じていた)

エレン(喧嘩をして怒っている友達も、俺が説得すればすぐに笑顔になった)

エレン(気に入らないことがあれば、謝るよう訴えるとたとえ大人でも子供の俺に頭を下げた)

アルミン「エレン、トンボが飛んでる」

エレン「ああ」

エレン『動くなアアア……』

トンボ「」ピタッ

エレン「……」ブチブチ

アルミン「エレン……?」

エレン(トンボは羽や足をむしっても絶対に動くことはなかった)

エレン(俺はしばしば言葉の力を行使するようになった)

犬「ワン! ワン!」ガルルルル

エレン「……」ジッ

エレン『俺に向かって吠えるなアアア……』

犬「」ビクッ

エレン『服従ウウウ……、俺に服従しろオオオ……。服従だアアア……』

エレン「……」ポタポタ

エレン(俺はクラスメイト達の中で恐れられてるその犬を操って、自慢してみたかった)

エレン「お手」

犬「」ポンッ

エレン「おまわり」

犬「」クルクル

クラスメイト「すげえなエレン!」

エレン「へへっ、まあな」トクイゲ

犬「クゥゥン……」オビエ

エレン「……」ズキ

エレン(言葉の力はほとんど万能だったが、いくつかのルールがあった)

エレン(まず、対象は生き物でなければならない)

エレン(そして、一度言葉を使ったら、もう二度と元には戻らなかった)

エレン(ある日、母さんが俺の育てていたサボテンの植木鉢を落として割ってしまった)

エレン『お前はアアア、猫とサボテンの違いが分からなくなるウウウ……』

エレン(俺はただ、ペットの猫と同じくらいサボテンが大切だったと分かってほしかっただけなんだ)

カルラ「ミーちゃん、よしよし」ナデナデ

エレン(母さんの手は傷だらけだ)

エレン(俺は元に戻るよう何度も言葉を囁いたが、母さんが猫とサボテンとの距離を感じることは二度となかった)

エレン(俺は医者の家に生まれた。だから、俺も医者を目指して頑張っていた)

エレン(でも俺は頭の出来があんまりよくなかった)

エレン(ストレス解消のために、部屋でゲームをしていた時のことだ」

エレン「死ねっ、死んじまえ……」ブツブツ

グリシャ「エレン!? 何を言っているんだ!?」

エレン(親父は俺の手からゲームを取り上げようとした)

エレン「やめろ!!」

エレン『この指よオオオ、外れエエろオオオ……!!』

エレン(鼻の奥の血管がはじける感触がした)

エレン(親父の左手から指が五本ともはずれ、ぽろぽろと俺の足元に転がった)

グリシャ「……」ギョウシ

エレン(すぐに黙らせ、俺が合図するまで気を失うよう命じた)

左手の傷口が完治すること。目が覚めると俺の部屋で起きたことを全部忘れていること。

エレン(問題は、これを見たやつに不審に思われないかだな)

次に目が覚めたとき、お前は指のない自分の左手を見て、これが自然な状態だと思い込む。

そして、それを見た者全員に、それが当たり前の状態だと信じさせるようになる。

エレン(これで完璧だ)

エレン(俺は親父を担いで部屋を出ることにした)

ジャン「エレン?」

エレン(部屋から出ると、兄のジャンとすれ違った)

エレン(不良じみていて、毎日遊びまわっているくせに俺より成績が良かった)

エレン(俺たちは同じ学校に通っていたが、家でも学校でも仲良く話をすることはない)

エレン(あいつは時々、軽蔑するような目で俺を見る)

エレン(俺の中に潜む恐ろしい獣の正体に気づいているからだ)

ジャン「……はっ」

エレン(ジャンは俺の部屋を覗き、ゲーム機が転がっているのを見ると鼻で笑った)

エレン(夕食の席で、親父が食べにくそうに食事をしていた)

エレン(指の無い手で茶碗を持つことができないからだ)

エレン(その姿はあまりに自然で、俺は危うく親父の指がどうして無くなったのかを忘れそうになった)


エレン(夜、目を閉じているとクラスメイトや家族の顔が浮かんでくる)

エレン(みんながジャンと同じような軽蔑のまなざしで俺を見つめていた)

エレン(俺は家でも学校でもごく普通のまともな人間として生きてきたつもりだった)

エレン(みんなが俺の正体を知ったらどうするだろうか)

エレン(そうなる前に……)

犬「」

エレン「……」

飼い主「ずいぶん、仲よくしていて下さったのね」グスッ

エレン『生き返れエエエ……』

犬「」

エレン『生き返ってくれエエエ……、頼むからアアア……』

犬「」

エレン「……」

エレン(俺は汚い人間だ)

エレン(自分の醜い顕示欲を満足させるため、犬の自由を奪ったくせに)

エレン(その犬を生き返らせることもできない)

エレン(俺は……)

……。

エレン(気づくと俺は部屋の真ん中で彫刻刀を握りしめていた)

エレン(手首を切るつもりだったんだろうか)

エレン(机の引き出しを開けると、親父の腐りかけた指が転がり出てきた)

エレン(俺は指を庭に埋めたが、机からはいつまでも腐臭が漂ってきていた)

エレン(まるで机だけが異次元空間につながってるみたいだ)

エレン(また、机の傷の数が日を追うごとに増えていった)

エレン(でも、俺には机を彫った覚えなんかない)

ジャン「エレン、演技は楽しいか?」ニヤニヤ

エレン(ジャンを殺さなければならない。そう思った)


エレン(俺はカセットテープを停止すると、彫刻刀で机を彫った。また一本、傷が増えた)


……。

エレン(気づくと俺は部屋の真ん中で彫刻刀を握りしめていた)

エレン(机の上を見ると、傷は二十本を超えていた)

エレン(でも、俺には机を彫った覚えなんかない)

エレン(何か重要なことを忘れているような気がした)

エレン(それは夕食後のことだった)

エレン(ジャンが居間に寝転がり菓子をつまみながらテレビを見ている)

エレン(ジャンを殺そう。ぼんやりとそう思った)

エレン(あいつの見下すような視線が、嘲笑が俺の網膜に焼き付いて離れない)

お前の正体を俺は知っているぞ。

エレン(みんなに見えている俺とは違う俺)

エレン(ためらいなく人の指を切り落とし、花を枯らせ、犬を縛りつけることのできる人間)

エレン(それが俺だ)

エレン(もちろん罪悪感はある。俺にまだ人の心が残っているからだ)

エレン(きっとまだやり直せる)

エレン(ジャンを殺してからやり直すんだ)

エレン(夜。眠っているジャンに近づき、死に関する言葉を囁くつもりだった)

エレン(眠っている人間にも効果があることは親父の件で分かっている)

エレン「……」ギィ

エレン(俺の影は、まだ人の形をしているんだな)

ジャン「エレン……? どうした?」ゴシゴシ

エレン(ちっ、起きられたか……!)ガシッ

ジャン「!?」ビクッ

エレン『お前はアアア、死ぬんだアアア……!!』ギリギリ

ジャン「う……エレン、苦し……」ジタバタ

エレン(……おかしい)

エレン(いつもみたいに鼻血が出ない)

エレン(なんでだ……?)パッ

ジャン「……」スースー

エレン(何事もなかったように……)

バチン

エレン(突然、頭の中がはじける音がした)ダッ

エレン(すぐにテープを再生しなくちゃならない。そう感じた)カチッ

エレン(テープから聞こえてきたのは自分の声だった……)

俺がこのテープを用意した理由は他でもない。
何もかもを忘れて日常生活を送っている未来の自分に、自分が何をしでかしたのか聞いてほしいからだ。

お前が誰かを殺そうとしたり、自殺しようとしたら、このテープを再生したくなるよう言葉を吹き込んでおいた。
つまり、今お前がこれを聴いているということは、何か嫌なことがあったってことだろうな。

でもお前が自殺したり、誰かを殺す必要なんて全くない。
みんな死んだからだ。
父親も母親も兄もクラスメイトも先生も今まで会ったことのない人たちもみんな。

俺が殺したからだ。

犬が死んだ次の日、俺はいつものように醜い作り笑顔でテーブルにつき朝食を食べていた。

ジャンが目をこすりながら起きてきて母さんが彼の前に目玉焼きの乗った皿を運んだ。
親父が新聞を読んでいて、一枚ページをめくった時にその端が俺の腕に当たった。
テレビでは洗剤のコマーシャルが流れていた。

俺はみんなを殺すことに決めた。

「一時間後、お前らの首から上が落ちる」

「地面に転がったお前らの首は、それを目にしたすべての人間に対して、その効力をそっくり感染させる」

もちろん俺だけはその効力から除外した。
家族は何も気づかずいつものように家を出た。

一時間後、俺は教室の窓からジャンの首がぽとりと落ちるのを見た。
赤い池を囲んで生徒や先生たちが顔を青ざめさせている。
始まったか。きっと父さんや母さんのところでも同じことが起こっているはずだ。

一時間後、大勢の野次馬たちの目の前で、ジャンの転がった頭を見た連中の首が一斉にぽろぽろと落ちていった。
悲鳴もなくただ唐突に頭と胴体が分断された。その光景をさらに多くの人間が目撃していた。
やがてテレビ中継が始まり、俺の言葉は電波に乗って人類の首を刈り取った。

誰もいなくなった街を歩いた。首のない人間や犬や蠅があたりに転がっていた。
どこまで歩いても道は血で汚れていた。
もう自分以外の生物は生きていないに違いない。そう確信していた。

良心の呵責は、彼女と出会うまで感じなかった。

「良かった! まだ生きてる人がいたのね……!」

その人は目が見えなかった。

なんて運の悪い人なんだ。

俺は、なんて、ことを、

俺は逃げだした。

みんなを殺せば演技する必要もジャンの冷たい視線に耐える必要もなくなると思っていた。
もう恐ろしいことをせずに済む。罪悪感に襲われることもない。

でも駄目だった。俺はこの世界にも耐えることができなかった。
もう世界を元に戻すことはできない。

俺はすべてを忘れることにした。
自分は今までと変わらない世界に生きているんだという錯覚を見ることにした。

おまえは彫刻刀で机に傷を彫るたびに今まで過ごしてきた日常の世界で生きているつもりになる。

だが机だけは現実とつながっていて騙すことができない。
このテープを聴いて記憶を消した回数が机の傷として残っているはずだ。

今、机の傷は何本になった?

エレン「……」

エレン(俺はテープを聴きながら想像した)

エレン(地面に転がる腐った肉を踏みつけながら一人で学校に通う自分の姿を)

エレン(誰もいない教室で俺は醜い獣を隠しながら一人きりで演技を続ける)

エレン(髪は伸び目は虚ろでその姿は人間というより動物のようだろう)

カルラ「まだ起きていたの?」ガチャ

エレン(サボテンを抱えたこの人もどこかで死んでいるんだろう)

エレン(俺はカセットテープを停止すると、彫刻刀で机を彫った)

エレン(また一本、傷が増えた)

<神の言葉>

おしまい

なにこれ怖い乙


いつも読んでる

<陽だまりの詩>

ミカサ「……」パチ

リヴァイ「起きたか?」

ミカサ「ここは……?」キョロキョロ

リヴァイ「倉庫だ」

ミカサ(設計図のようなものがある。工具や材料も)

ミカサ「あなたは?」

リヴァイ「お前を作った人間だ」

リヴァイ「とりあえず服を着ろ」スッ

ミカサ「……私は何をすれば」

リヴァイ「ついて来い」

スタスタ……

ミカサ(地上に出た。眩しい……)メヲホソメ

リヴァイ「あの森の中にあるのが家だ」スッ

リヴァイ「お前はあの家で俺の世話をすることになる」

ミカサ「あれは?」スッ

リヴァイ「……墓だ」

スタスタ……

リヴァイ「まずはコーヒーを淹れてもらう」

ミカサ「コーヒーは知っている。作り方が分からない」

リヴァイ「そうだったな」

コポポ……

ミカサ「作り方は覚えた。ので、次からは私が作る」クンクン

ミカサ「……この味は嫌いだ」

リヴァイ「そういう設定にしてある。砂糖を入れるといい」

ゴクン

ミカサ(生まれて初めて摂取した栄養は、正常に私の体内へと吸収された)

リヴァイ(目の前の彼は、窓にかかった金属製の飾りが奏でる不規則な音に耳をすませている)

ミカサ(私は鏡で自分の姿を確認した)

ミカサ(私の姿は人間の女性に似せられていた。でも、全ては作り物だ)

ミカサ「この写真は? あなたと、私によく似ている……」

リヴァイ「お前はよく普及していたからな」

ミカサ「あなた以外の人間はどこに?」

リヴァイ「どこにもいない」

ミカサ「いないというのは?」

リヴァイ「病原菌に冒されて死んだ」

リヴァイ「俺は妹とこの地に引っ越してきた。……さっきの墓がそうだ」

リヴァイ「一昨日検査をしたら、俺も感染していることが分かった」

ミカサ「あなたも死ぬの?」

リヴァイ「ああ」

リヴァイ「だが俺は運がいい方だ。何十年もの間、病原菌とは無縁だったからな」

ミカサ「あなたがそれほど長生きしているようには見えない」

リヴァイ「そういう処理を施しているからだ。人間は手術することで百二十年は生きられる」

リヴァイ「病原菌には勝てなかったがな」

ミカサ「私に名前を付けてほしい」

リヴァイ「……ミカサ」

ミカサ「ミカサ……理解した」

リヴァイ「俺が死んだら妹の墓の隣に埋葬してほしい」

リヴァイ「お前を作ったのはそのためだ」

ミカサ「私の存在理由は、この家の家事をすることと、あなたを埋葬すること」

リヴァイ「その通りだ」

リヴァイ「窓の下に、鳥が死んでいるのが分かるか?」

ミカサ「鳥……」スタスタ

ミカサ「……」ギュ

ミカサ「冷たい。確かに死んでいる」

リヴァイ「どう処理する?」

ミカサ「……」ブンッ

リヴァイ「……なぜ投げた?」

ミカサ「分解して肥料になるから」

リヴァイ「ほう……」

リヴァイ「俺を正しく埋葬するために、お前には正しく「死」を学んでもらう」

リヴァイ「お前はまだ「死」を理解していない」

ミカサ「……」コンワク

ミカサ(私と彼の生活が始まった)

ミカサ(私は朝目覚めると、井戸まで水を汲みに行った)

ミカサ(井戸までの最短距離をとるために花を踏みつけながら歩いた)

ミカサ(毎日、倉庫にある大量の食材と、庭で撮れた野菜を一緒に調理した)

ミカサ「昔の記録を見せてほしい」

リヴァイ「何枚か写真が残っているはずだ」

ミカサ(写真は古く、色あせていた。町を大勢の人々が行きかっている)

ミカサ「麓には何があるの?」

リヴァイ「廃墟だ」

ミカサ(彼の家は丘の上に建っていた)

ミカサ(ある日麓へ下りてみると、彼の言う通りかつて町だったものがあった)

リヴァイ「最近、畑に兎が出る」

ミカサ(彼は忌々しげに兎の歯型の付いた野菜を私に見せた)

ミカサ(私は彼の生命活動が停止するさまを思い浮かべた)

ミカサ(私のような存在には、活動限界時間があらかじめ設定されている)

ミカサ(停止するのはまだまだ先のことだ)

ミカサ(手首に耳を近づけるとモーターの音がする。これが止まるのだと思った)

ミカサ「……」ザクッザクッ

ミカサ(彼は埋葬されることを望んでいる。ので、たまに穴を掘る練習をした)

ミカサ「だから、何?」

ミカサ(いくら穴を掘っても、「死」がなんなのか、よく分からなかった」

リヴァイ「全然なってない。すべてやり直せ」

ミカサ「……」イラッ

ミカサ(彼は掃除をするか、椅子に座って私の淹れたコーヒーを飲むか、妹の墓の前にたたずんでいた)

ミカサ(彼がどうしてあの場所に執着するのか分からない)

ミカサ(妹の体はすでに分解され、周囲の草に養分として取り込まれているはずなのに)


兎「……」ピョコピョコ

ミカサ「……」ジーッ

ミカサ「捕まえた!」ガバッ

兎「……」ヒョイッ

ミカサ「あ……」

リヴァイ「ずいぶんと人間らしくなったな」

ミカサ「……」ムッ


リヴァイ「……オイ」

ミカサ「何?」

リヴァイ「俺の野菜には兎の歯形が付いているものが多い」

リヴァイ「だが、お前の野菜には全然付いていない」

リヴァイ「これはどういうことだ?」

ミカサ「単なる偶然、確率の問題だと思う」パクパク

ミカサ(二回には空き部屋があった)

ミカサ(殺風景な部屋の中で、帆船の形に積み上げられたブロックが置いてある)

リヴァイ「暇ならそれで遊んでもいい」

リヴァイ「お前が作るのは難しいかもしれないが……」

ミカサ(私はブロックを分解し、何かを作ろうと思った。が……)

ミカサ「……」コンワク

リヴァイ「お前は、設計図のあるものや、あらかじめ手順の決まっているものしか作ることができない」

リヴァイ「……貸してみろ」テキパキ

ミカサ(ブロックはあっという間に帆船の形に出来上がった)

ミカサ(私も彼のように遊べたらいいのに。少し羨ましいと思った)

ミカサ(井戸で歯磨きをし、寝る前にリビングでレコードを聴いた)

ミカサ(二人でよくチェスをした。勝敗は五分五分だった)

ミカサ(私は普通の人間と同程度の知能しか与えられていない)

チリンチリン……

ミカサ「あの窓の飾りが出す音は、風のつくりだした音楽……」

ミカサ「私は、あの音が好き」

リヴァイ「ああ」

ミカサ(彼が寝室に引き上げた後、私は一人で外を歩いていた)

ミカサ(そこで、いろんなことに思いをはせた)

ミカサ(彼の家。丘いっぱいに広がる草原。地下倉庫への扉。鳥の巣)

ミカサ(高く突き抜けるような青空。入道雲。砂糖多めのコーヒー)

ミカサ(きらめく太陽。元気に駆け回る兎。電灯に群がる虫)

ミカサ(毎日起きて、食事をつくる。掃除をして、彼に怒られる)

ミカサ(彼の白い服を洗濯し、穴が開いていたら針と糸で繕う)

ミカサ(窓から入り込んだ蝶がレコードの上に降りたち、風の生み出す音を聴きながら目を閉じる)

ミカサ(すべてが愛おしかった)

ミカサ(夜空を見上げると、照明の向こう側に月がかかっている)

ミカサ(廃墟のほうを見下ろすと、そこには何もない。暗闇があるだけだった)


リヴァイ「俺はあと一週間で死ぬ」

ミカサ「そう。分かった」

ミカサ(彼の体は弱っていたが、私は看病らしいことは何もしなかった)

ミカサ(彼は痛みを訴えるでもなく、熱を出すわけでもなかった)

リヴァイ「例の病原菌はそういうものとは違う」

リヴァイ「苦痛を与えずに「死」だけを運んでくる」

ミカサ(彼は妹の話をした。彼女と一緒に廃墟から食料などを運んできたらしい)

リヴァイ「お前は、人間になりたいと思ったことはあるか?」

ミカサ「窓の飾りが揺れる音を聴くと、そう思う」

ミカサ「私には何も生み出すことができない。それが残念だ」

リヴァイ「そうか……」

ミカサ(彼は頷き、また妹の話に戻った)

ミカサ(彼は妹を愛している。だからこそその隣に埋葬されるために私を作ったのだろう)

ポトッ

リヴァイ「……」

ミカサ(彼の手にしていたパンが落ちる音だった。手が小刻みに痙攣している)

リヴァイ「死について、わかったか?」

ミカサ「いえ、まだ」

リヴァイ「恐ろしいものだ」

ミカサ(私は自分もやがて停止することを知っている)

ミカサ(でも、それが恐ろしいことだとは思えなかった)

ミカサ(停止と恐怖の間にあるもの。それを学ばなければならない)


ミカサ「……あ」

兎「……」ピョコピョコ

ミカサ「兎!」ガタッ

ミカサ(兎を見つけると、追いかけっこが始まるのが通例になっていた)

ミカサ(彼の手足は時折、痙攣した)

ミカサ(そのたびに彼は冷静に対処した。困惑ではなく、自由の利かない体を無表情に眺めていた)

ミカサ(彼の死が五日後に迫ったその日、空は曇っていた)

ミカサ「……」

ミカサ(私は崖のそばに来ていた。危ないから近寄るなと彼には言われていたが……)

ミカサ(そこでは山菜が多く採れるし、そこから見える景色が私は好きだった)

ミカサ「……誰かが足を踏み外した跡がある……」ヒョイッ

ミカサ「!!」

兎「」

ミカサ(……助けなければ)シュタッ

ミカサ「……あったかい」ダキッ

パラパラ……

ミカサ「雨……?」

ズシャアアア

ミカサ「!!」ギュ

ドサッ

ミカサ(……崖下の川のそばに落下したようだ)

ミカサ「……」

ミカサ(ひどく損傷している。自力で戻れるだろうか……)チラッ

兎「」

ミカサ(白い毛皮に、血がべったりとついている)

ミカサ(兎の体がだんだん冷たくなっていった。腕の間から体温が零れ落ちていくようだ)

ミカサ「急がなければ……」ヨロヨロ

ミカサ「……」フラフラ

リヴァイ「何があった……!?」ガタッ

ミカサ「直してほしい」カクシカ

リヴァイ「分かった。地下倉庫に行くぞ」

ミカサ「この子も直してほしい……」スッ

リヴァイ「……駄目だ。もう死んでいる」

ミカサ「あ……」ズキン

ミカサ(私は野菜の間を元気に憎たらしく駆け回る兎の姿を思い浮かべた)

ミカサ(そして、今私の腕の中で冷たくなっている兎を見た)

ミカサ「……私は、この子のことが、意外と好きだった……」ズキズキ

リヴァイ「それが「死」だ」

ミカサ(彼は痛ましいものを見る目で私を見た)

ミカサ(わけのわからない痛み。私は痛みとは無縁のはずなのに)

ミカサ(私はこの時知った)

ミカサ(「死」とは、喪失感だったのだ)

リヴァイ「明日までには応急処置が終わる。完全に元通りになるには、あと三日の作業が必要だ」

リヴァイ「応急処置より後の作業は、お前が自分で行わなければならない」

ミカサ「……分かった」

ミカサ(彼も近いうちに、あの兎のように動かなくなる)

ミカサ(彼だけではない。鳥にも、私にも、すべてに「死」は訪れる。そのことは知識としてあった)

ミカサ(それでも、恐怖を伴ってそう感じたのはこれが初めてだった)

ミカサ(私が死ぬことは、ただの停止ではない。この世のすべてと、私自身との別れ)

ミカサ(どんなに何を好きになっても必ずそうなる。だから「死」は恐ろしくて悲しい)

ミカサ(愛すれば愛するほど死の意味は重くなり、喪失感も深くなる……)

ミカサ「私はあなたが憎い」

リヴァイ「……」

ミカサ「どうして、私をつくったの? 生まれてこなければ、「死」による別れに怯えることもなかった」

ミカサ「私はあなたを埋葬するのが辛い。こんなに胸が苦しくなるなら、心なんていらなかった」

ミカサ「どうして、私に心をつくったの?」

リヴァイ「……」

リヴァイ「あと四日だ」

ミカサ「……」

ミカサ(兎は庭に埋葬した)

ミカサ(よく鳥が集まってくるので、そこなら寂しくないだろう)

ミカサ(スコップで穴を掘るとき、胸が押しつぶされる思いがした)

ミカサ(同じことを、彼にもしなければならない)

ミカサ(雨の日から数日間はずっと曇りだった)

ミカサ(彼は窓際のベッドに横になり外の世界を眺めていた)

ミカサ(死ぬ前に、この世界を目に焼き付けようとしているのだろう)

ミカサ(私はできるだけ彼のそばで過ごした)


リヴァイ「あそこの証明のランプが消えかかっているな……」

ミカサ(ある夜彼は言った。庭を照らしている照明の一つが、弱々しく点滅している)

リヴァイ「俺は明日の正午に死ぬ」

ミカサ(彼が眠りについて、私は二階のブロックの部屋に向かった)

ミカサ(ブロックの帆船をもてあそびながら、私は考えた)

ミカサ(私は彼に感謝している。と同時に、恨みもしている)

ミカサ(彼が死ぬ前に、作ってくれてありがとうとだけ言い残そう)

ミカサ(それが彼にとって最も心残りのない「死」に違いない)

ミカサ(でも、それは彼に嘘をついていることにならないだろうか……?)

ガシャアアアン

ミカサ「あ……」

ミカサ(帆船を壊してしまった。組み立て直さなければ……)

ミカサ(彼が作っているのを見たので、やり方は知っている)テキパキ

ミカサ「……?」ハッ

ミカサ(もしかして……)

ミカサ(翌日、空は快晴だった)

リヴァイ「この長椅子の上で死のうと思う」

ミカサ(そこからは庭が見渡せる)

ミカサ(井戸に咲く花、白い洗濯物。「死」とは無縁の気持ちのいい眺めだ)

ミカサ「あと何時間で……?」

ミカサ(私が訊くと、彼は自分の命の残り時間を秒単位で答えた)

ミカサ「病原菌による「死」は、そんなに律儀に時間を守るものだと思う?」

リヴァイ「……どうだろうな」

ミカサ「……」キッ

ミカサ「あなたは、本当は病原菌になんか感染していない。違う?」

リヴァイ「……」

ミカサ「私は自分の死ぬ時間を秒単位で把握している。あなたもそう」

ミカサ「ミカサは、あの墓に埋葬されている人……写真に写っていた人の名前」

ミカサ「私にその名前を付けたのは、自分で名前を生み出すことができなかったから……」

ミカサ「帆船を組み立てることができたのは、以前に誰かがそれを作ったのを見ていたため」

ミカサ「人間が死に絶えた世界で、あなただけ生き残っているのも……」

リヴァイ「……だましていて悪かったな」

ミカサ(私は彼の胸に耳を当てた。かすかなモーター音が聞こえる)

ミカサ「どうして人間のふりを?」

リヴァイ「妹……俺の製作者に、憧れていたのかもしれない」

ミカサ(自分が人間だったらよかったのに。そう思っていたのは私だけではなかったのだ)

リヴァイ「……それに、自分と同じ存在に作られたというより、人間に作られたという方が受け入れやすいだろう」

ミカサ「あなたは愚かだ」

リヴァイ「わかっている」

ミカサ「何年間、あなたは一人でこの家に……?」

リヴァイ「……彼女が死んで二百年がたつ」

ミカサ「……」

ミカサ(私は想像した。自分が死ぬとき、手を握ってくれる人がいたら……)

ミカサ(設計図はまだ地下倉庫にある。私もいつか同じことをするのだろうか)

ミカサ「……作ってくれたことは感謝している」

ミカサ「でも、恨んでもいた……」

リヴァイ「ああ」

ミカサ「もしもあなたが自身の埋葬のため私を作らなければ」

ミカサ「私は死を恐れることも、誰かの死による喪失感に苛まれることもなかった」

ミカサ「あなたが人間でもそうでなくても大した違いはない」

ミカサ「あなたが死ぬことを、私は悲しいと思う」

ミカサ「何かを好きになればなるほど、それが失われたとき私の心は悲鳴を上げる」

ミカサ「それに耐えながら生きることは、なんと過酷なのだろう」

ミカサ「それならばいっそ、心の無い人形として私はつくられたかった……」

チュンチュン……

ミカサ(鳥の声が聴こえる。今日も元気に、世界を飛び回っているのだろう)

ミカサ「でも、今、私は感謝している」

ミカサ「生まれてこなければ、この景色を見ることも、あなたに会うことも出来なかった」

ミカサ「心がなければ、兎と追いかけっこして楽しむことも、コーヒーの苦さに顔をしかめることもなかった」

ミカサ「この世界は、そんな輝きに満ちている」

ミカサ「そう考えると私は……胸の奥が悲しみで血を流すことさえ、かけがえのない価値のあるものに思えてくる……」

リヴァイ「……」

ミカサ「ずっと昔に生きていた人間たちもそうだったのだと思う」

ミカサ「親に対して感謝と恨みを同時に抱きながら」

ミカサ「やがて成長し、自分が新たな命を創造するという罪を犯す」

ミカサ「あなたの「妹」が眠る隣に、私は穴を掘る」

ミカサ「あなたを寝かせて、布団をかぶせるように土をかぶせる」

ミカサ「木で作った十字架を立てて、井戸の近くに咲いている花を植える」

ミカサ「毎朝おはようの挨拶をして、夕方には今日何があったか報告しに行く」

リヴァイ「……楽しみにしておく」

ミカサ「最期に、名前を教えてほしい」

リヴァイ「……リヴァイ。彼女に貰った名前だ」

ミカサ「……そう」

ミカサ(正午が近づいていた)

リヴァイ「お別れだ。……ミカサ」

ミカサ(彼のモーター音がどんどん小さくなり、やがて聴こえなくなった)

ミカサ「おやすみなさい。リヴァイ……」

おしまい

ネタが尽きたのでこれで終わり

乙乙

朝から泣いたじゃないか
感動のリヴァミカ乙

このSSまとめへのコメント

1 :  刻命夜人   2015年01月29日 (木) 23:57:10   ID: o5pOYyRJ

何だよこれwwwww乙一のパクリじゃあないかwwwSSは自分で考えて作った方がいいと思うぞだが進撃のキャラを頑張って物語に入れようとする努力は伝わった

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