P「失恋」 (16)

私は、よく転ぶ。人からはドジっこといわれることも多い。

それにしたって、今日の失敗はとても大きかった。


忘れ物をして、慌てて取りに戻った事務所。

今日、小鳥さんは風邪でお休みだったから、この時間ではもう鍵は閉まっているかもしれないなぁ。

そう思っていたけど、明かりがついているのが外から見えた。

律子さんは直帰って言ってた気がするし、もしかして・・・・

私は期待に胸を膨らませながら階段を駆け上る。

どうしよう、夜の事務所で二人っきり・・・・。えへへへ





でも、聞いちゃった。

さすがに分かるよ。二人が、どういう関係か。ドアの外まで楽しそうな声が聞こえる。

悔しくて、羨ましくて、どす黒くて、でもそれに対する嫌悪感もあって。心はバラバラに動こうとする。

私はたまらず、走って駅まで戻ってしまった。




誰もいない電車の中で考える。

どうして、あの子なの?

どうして、私じゃないの?

あの子が、私より頑張ったからだよ。

でも、私だって、お菓子も作って、精一杯アピールして。それなのに?

でも、あの子は選ばれた。私は落とされた。オーディションと一緒だよ。

でも、でも、でも、でも、でも。


何度繰り返しても結果は変わらない。

分かっているのに、頭では考えるのが止まらない。

もしもあの子が居なかったら、私があそこにいた可能性はありますか?

こんなことを考える自分が厭で。


「私・・・嫌な子なのかな・・・・・」


小さく、小さく呟く。自分に、そうではないと言い聞かせるように。

だって、二人は幸せなんだから。私は、それを応援したいんだ。

ねえ、そうでしょ?

違うの、私?





明日は、何としてでも、笑って事務所に行かなきゃ。

私がどんなに悪い子で、あの子を妬んでいても、自分を憎んでいても。

天海春香は、笑って事務所に行かなきゃ。

天海春香に、涙は似合わないから。

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部屋にたどり着くと、私はそのままリビングに倒れこむ。


暫くそうしていただろうか。


ゆっくりとひっくり返り、天井を見つめる。

でもすぐに目を瞑った。

見たくないものを、見ないように。


けれど、瞼の裏に浮かんでくる。

私は腕で目を力強く覆う。

私の視界と、頭を、真っ黒に塗りつぶせるように。


けど、やっぱりダメ。

より暗くなった劇場では、はっきりと映画が見える。


映画?


何を言っているのかしら、映画なんて。

現実逃避も甚だしいわね。


「・・・・・あのうーみあーのまーちかどーはー・・・・・・・」


こんな形であの歌の意味を知ることになるとは思わなかった。

・・・・いいえ、正確には違うわね。


私は、相手にもされていなかったから。

裏切られたわけじゃ無いし、ごめんなんて謝られることもない。



ただ、私は勇気が持てなかったのだ。

あの子は、私より勇気を持っていた。


気が付くと、私は頬に熱いものが流れているのに気付いた。

悲しくて泣くなんて、随分柔らかくなったのね、私は。

それも、あの人とあの子たちのおかげ。

だから、私は彼女を責められない。

死ねばせめてあの人の記憶に残るかしら?

いいえ、それでは私の記憶は嫌な記憶になる。それは死ぬより嫌だ。

「・・・・今日からはしっかり食べましょう」

夕ご飯の準備をしながら心に誓う。

明日からは、もっとレッスンに妥協を許さない。

仕事だって選り好みしない。

私は、あの人の理想のアイドルになりたい。

それが、私があの人の中に留まれる、唯一の方法だから。

私は、やっぱりダメな子でした。

あの人を、あんなに困らせて。



一世一代の勇気を振り絞って、思いの丈をぶつけたけれど。

やっぱりあの人はどうしたらいいのか分からないような顔をして。

そして、歯を食いしばって頭を下げた。


『ごめん』


さっきから、頭の中でグルグルと再生され続けている。


『お前に、魅力がないってことじゃないんだ。ただ・・・・』


ただ、の後に彼は続けなかった。

でも、私にはわかった。

きっと、あの子の事を考えているんだろうなって。

ううん、分かったんじゃなくて、分かってた。

あの人の、あの子を見る視線が。

あの人の、あの子と話す声が。

特別だって、気付いてた。

あの人は、必死に隠そうとしていたと思う。

実際に、隠れていた。



でも、私にはわかってしまった。

ずっと、ずっと見つめていたから。

気付いてしまって後悔した。

私なんかには勝ち目がない事も、はっきりと分かっちゃったから。



だから、この初恋にけじめをつけようと思って、告白した・・・んだけど。

結局、私は自分の事しか考えていなかったみたい。

これじゃあ、私に振り向いてもらえないのも当然だよね。


「・・・・ごめんなさい」


話し終わって、私が帰るまで心配そうに見ていた彼の顔を思い浮かべて囁く。


「明日からは、きっと、きっと元気になりますから・・・・・」



「駄目だって、分かってたんだから・・・」



「だから、今だけは、泣くのを許して下さいね」

「うぇ~い、独身がなんぼのもんじゃぁい、ばぁかー!」

「うふふ、もう、飲み過ぎですよ?音無さん」

今日はもうべろべろですね、音無さん。

いつも飲むときはもっとおとなしいのに。


え、いつもこんなじゃないの?って思った人は、ちゃ~んと反省してくださいね?

音無さんは、本当の意味で大人な方なんですから。


「ほぅらぁ~、あずささんものんでくださいよーぅ!」

「はい、お願いしますね」

だって、こんなにテンションが高いのは、私の為なんだもの。

普段飲まないようないいお酒を飲んで、私に悲しい事を考えさせないようにしてくれている。

そうなんでしょう、音無さん。



「・・・・音無さん、寝ちゃいました?」

うふふ、寝てしまったみたいです。

こうやって落ち着いてみると、どうしても考えてしまいます。

「はぁ・・・・」

この年になって、まさか初めてこんな思いをするとは思わなかったわ。

運命の人、だったらいいな、なんて思っていたのに。

でも違ったみたいね。



「・・・あずささーん・・・もっとぉ・・・」


ありがとうございます、音無さん。

今日、事務所で落ち込んでいた私を誘ってくれて。

音無さんが居なかったら、私はきっと今頃泣いていたでしょうね。

こうやって、お酒を飲んで、楽しくおしゃべりして。

気持ちの整理ができたわけではないけれど、踏ん切りをつける覚悟は出来ました。


私は、あの二人を応援します。

私の大好きな二人を。

そして、私の恋心は全部捨てちゃいます。

捨てられないかもしれないけれど、せめて隠します。

さぁ、心でそっと、別れを告げましょう。

私の好きだった人に。




「さて、音無さん、帰りましょう?」

「うみゅぅ・・・・・」

「ほら、立って下さい。お会計はしておきますね」



「あら?ここから、どうやって帰るのかしら?・・・・・・・多分あっちね。行きましょう、音無さん」

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