【ラブライブ】ユニバーサルかよちんモーメント (88)

ユニバーサルかよちんモーメントとは、ユニバーサルなかよちんのモーメントである。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1421246039

「まきりんぱなの春夏秋冬」

いえ、別に所為はありません。なんとなく言ってみただけです。

でもなんだかこの言葉の響き、柔らかくてあったかで和やかで、好きです。

なんの関連性もない二つの言葉のつなぎ合わせ。細かく言うと七個くらいの言葉がまぜこぜになってますが。

まあ細かいことはいいんです。

こういう、何の意味もないけれどなぜか特別に思える言葉ってありますよね。

それが万人に共通する感性であるかはわかりませんけど。

あ、すみません。申し遅れました。私、小泉花陽といいます。

どこにでもいる普遍的で、一般的な人間です。

でもそんなごく普通の人間でも、なぜかとんでもないことをしでかしたり、何かしらの奇跡に遭遇しちゃうことってありますよね。

なぜでしょう?

あ、私がそんなことに見舞われたかというのはまた別の話ですよ。

――中略。

私はあなたの普遍的な幸福を信じています。

・・・・・



"春夏秋冬"。

日本には四季があります。

"春"の次に"夏"が来ます。"夏"が過ぎたら"秋"になります。"秋"が終わると"冬"が始まります。

そして"冬"を超えるとまた"春"が……。

それが一年です。四季とは一年の区分で、季節は一年の中にあります。

一年は十二ヶ月です。それを四つの季節で分けるので一季あたり三ヶ月になります。

これは個人的な感覚ですが、"春"は四、五、六月。"夏"は七、八、九月。"秋"は十、十一、十二月。"冬"は一、二、三月です。

正確な暦としては違いますし、この感覚は人によっても差があると思います。

でも仮にこう区分すると少し不思議に思うことがあるんです。

私としては"春"は四月から始まるんです。なのに四季は"春夏秋冬"といいます。"春"から始まります。

私としては一月は"冬"なんです。なぜ四季は"冬春夏秋"といわないんでしょう?

なぜ季節の始まりは"春"なんでしょうか。

本当に季節は"春"から始まったのでしょうか。

"夏"

ある年の、夏のお話です。

このお話をするにあたって、まず私がこの春に高校一年生になって音ノ木坂学院という高校に通い始めたというお話をするべきだと思います。

しかし私には思う所があって、これを春から始めたくありません。

こう見えて私、結構へそ曲がりなところがあったり、頑固なところがあったりするんです。



はなよ「あ、知ってた?」

りん「知ってるよ! 凛はかよちんのことは何でも知ってるよ。ただ、かよちんの髪の毛は何本かと聞かれたらそれはわからないにゃ。

かよちんのことは知ってるけど、かよちんの髪の毛のことは知らないにゃ。でもかよちんが実はちょっぴりへそ曲がりで、ちょっぴり頑固なことは知ってるよ」

はなよ「うん……それで凛ちゃんはどう思う?」

りん「確かに一月は春じゃないと思う」

はなよ「だよね」

りん「でもちょっとかよちんの感覚はズレてると思うなあ。凛的には、三月四月五月が春。七月八月が夏。九月十月十一月が秋。十二月一月二月三月が冬だよ」

はなよ「待ってよ凛ちゃん、三ヶ月ごとに分けれてないし、被ってる月があるよ」

りん「そうだった? でも別に綺麗に三ヶ月に分ける必要はないよ」

はなよ「そんなの変だよ」

りん「そこにこだわるかよちんの方が変だよ」

はなよ「そんなことないもん! それに六月がないよ!」

りん「六月は梅雨だもん!」

はなよ「梅雨なの!? 六月は梅雨なの!? 四季ですらないの!?」

私の声が部屋の壁に跳ね返って帰ってくるとき、一緒に赤い竜巻を連れてきました。

赤い竜巻はそれの人差し指が手持ち無沙汰になるといつも現れます。



まき「ちょっと……うるさい。珍しいわねあなたたちが怒鳴り合うなんて」

りん「あ、真姫ちゃん」

まき「一体なんの話?」

はなよ「あのね、季節についてお話してたんだ」

りん「まず、一年の始まりは春じゃないのに、どうして季節は春を最初に言うんだろうって話」

まき「え? 一年の始まりは春じゃないの?」

りん「え?」

はなよ「え?」

まき「だって年が明けたら新春って言うじゃない」

はなよ「あ、言うね」

りん「言うにゃ」

まき「一月から四月が春でしょ?」

はなよ「じゃあ六月はなに?」

まき「六月は夏よ。サマー」

りん「梅雨じゃなくて?」

まき「梅雨って夏でしょ?」

はなよ「じゃあ夏は何月まで?」

まき「九月までよ。で、十月が秋であとは冬」

はなよ「秋は一ヶ月だけ?」

まき「秋なんて夏から冬に移るまでの間だけよ」

りん「おかしいおかしい! そんなのおかしいよ」

まき「ついこの間まで暑い暑いって言ってたのに気がついたら雪が降ってる。そんなもんよ。人生って」

私と無意味で充実した会話を楽しんでいるのは星空凛ちゃんと西木野真姫ちゃん。

凛ちゃんは小さい頃からのお友達で、真姫ちゃんとは音ノ木坂に入ってから知り合いました。

私たちはスクールアイドルμ'sのメンバーなのですが、そこに至るまでの経緯は今年の春のお話なので語る機会はないと思います。

なんにしても、私たちはとっても仲良しです。



まき「つい五秒前まで一年生だと思ってたのに、気がついたら卒業してた。そんなもんよ。人生って」




真姫ちゃんはよく話を盛ります。話のスケールが大きくなっていきます。

そして話題は宇宙にまで膨らみました。



まき「だからね、原子って核の周りを電子だのがグルグル回ってるでしょ?

それで私は思ったのよ。太陽系みたい、ってね。太陽の周りを地球だのがグルグル回ってるでしょ?」

りん「ホントだ!」

まき「だからね、太陽系ってのも何かを構成しているほんのわずかな一部に過ぎないとしか思えないのよ。

たくさんの原子が集まって物質になるように、たくさんの太陽系が集まって宇宙になってるのよ」

はなよ「ふむふむ……」

まき「でね、きっと宇宙も何かの周りを回ってるのよ。たくさんの宇宙が何かの成分なの」

はなよ「ええ!? 宇宙よりもっと大きい単位があるの?」

まき「きっとあるわ。恒星が原子核で、惑星が電子とか。そして宇宙が分子」

りん「よくわからないけどすごいにゃー。お腹減ったにゃ」

凛ちゃんは気まぐれです。話が右へ左へ揺れ動きます。

そして話題は最近出来たラーメン屋さんにまで絞みました。



りん「でね、ホシゾラって書いて待ってたんだよ。そしたらね、店員さんなんて言ったと思う?」

まき「ホシゾラさん、でしょ」

りん「ヤザワさーんって言ったんだよ! なんとびっくり! にこちゃんが居たんだにゃー」

はなよ「偶然だね」

りん「それで名前書くところみたら凛の前のお客さんがヤザワって書いてたんだ」

まき「……あなたがホシゾラって書いたくだりは必要だった?」

りん「そういえば小さい子が二人くらい一緒だったよ」



そこに突然ひょっこりと二本のしっぽが垂れた頭が生えてきました。

ピンクのカーディガンにお水をあげるとニコニコ笑顔のそれは生えてきます。




にこ「それはにこの妹にこ。なんだー凛ちゃんも居たんだ!」

はなよ「にこちゃんいつの間に?」

にこ「さあ?」

りん「あーにこちゃん! にこちゃんはなにラーメン食べた?」

にこ「えー? アイドルとしてはラーメン屋さんに居るなんてありえないしー?

このお話は終わりにこ!」

まき「突然現れて勝手に終わらせないでよ」

にこ「トークが途中でカットなんてよくあることだよ? 今から慣れておかないと」

まき「なんでそんなに実践的な日常を過ごさなくちゃならないのよ」

にこ「これからだってそうしていくし」

にこちゃんはそう言って今度は練習着からニコニコ笑顔を生やすと、扉に向かいます。



にこ「先、行ってるよ?」



私たちはまだバッグから着替えを出しているところでした。



まき「だいぶ前に着替え始めたのに、まだ制服のままだった」

りん「そんなもんよ。人生って」



凛ちゃんの人差し指がオレンジの竜巻を起こしました。

人差し指が原子核で、髪の毛が電子とか。それが西木野真姫ちゃんを構成する成分の一つです。

だから髪の毛をクルクルすると誰でも真姫ちゃんになれます。



まき「なにそれ、意味わかんない」



・・・・・

期待

あと酉バレしてるから一応変えようか
もっと長い文字列にした方がいい

ご指摘ありがとうございます
トリップが変わりますが1です

テスト
問題なければ以下より再開になります

あつーいあつーい日のことです。

あまりに暑いので練習どころではありません。

それどころか、体が時計の短い針と同じくらいの頻度でしか動こうとしません。

「たるんでいますっ!」

見兼ねた海未ちゃんはそう言って、穂乃果ちゃんとことりちゃんを引きずって外へ出ていきました。

なんでもコンビニでアイスを買ってきてくれるそうです。

なんだかんだ言って優しい海未ちゃんが私は大好きです。

ということで私たちはアイスが来るまでうなだれていることにしました。



のぞみ「今年は猛暑やね。地球温暖化に拍車がかかるよ」

にこ「そうねぇ」

えり「因果関係が……地球が温暖化しているから暑いんでしょう?」

にこ「そうねぇ」

のぞみ「ウチにもわかる因果は、うちわを扇ぐと風が吹くってことだけ」

えり「風が吹くとにこ屋が儲かるってね。どこの何がなんの因果を持っているかなんて誰にもわからない」



希ちゃんがうちわで起こす風に密かにお世話になっているにこちゃん……の方を見ながら絵里ちゃんは苦笑しました。

そのにこちゃんはというと、暑さのため既に体の半分が溶けてしまっています。



にこ「にこの融点は二十五度にこぉ……」

えり「部屋の温度計で三十八度あるわね」

にこ「あっつー……い」

のぞみ「外の方が涼しいんやない?」

はなよ「もうすぐ海未ちゃんたちがアイスを買ってきてくれるよ」

りん「どうして暑い暑い言うのにカーディガン着てるの?」

にこ「お肌を守っているわけ。紫外線とか……日焼けなんてできないし」

りん「にこちゃんストイック」

にこ「凛ちゃんもぉ、もうちょっと気を使ったほうがいいにこぉ」

りん「凛の肌はこの程度で焼けるほどヤワじゃないよ」

にこ「はぁ……あっつーい……」

のぞみ「あー……」

えり「あー……」

はなよ「あー……」

まき「あー……あつい」

りん「そんな声出されると余計熱くなる! もう耐えられないよ!」

のぞみ「そうだ打ち水!」

はなよ「わっ、急にびっくりしました」

えり「地面に水をまくアレね。でもここは室内よ」

のぞみ「中の方がこもって暑いよ! 外行こ外。カードが言ってるよ。打ち水をやろうって」

にこ「カードって……きっと希ちゃんがやりたいだけにこぉ」

のぞみ「カードの声はウチの声、ウチの声はカードの声なのだ」

希ちゃんはカードを人差し指と中指の間に挟んで、得意げに笑います。



まき「アイス……海未ちゃんたちはどうするのよ」

りん「打ち水賛成! 大丈夫だよ、いこいこ」



賛成! と言いながら凛ちゃんもカードを掲げます。

つまり賛成したのは凛ちゃんではなくカードです。



えり「そうね……熱中症になったら大変だし、とりあえず行きましょうか」



絵里ちゃんもカードをピッっと掲げながらそう言います。

つまり今のセリフは絵里ちゃんではなくカードのものです。



のぞみ「うんうん。カードのお告げなら仕方ない。ほな行こか」



カードを掲げて喋ると、すべてカードのお告げになります。

カードのお告げは希ちゃんの声でもあります。

つまるところカードを掲げて喋ると、誰の声でもすべて希ちゃんの声になります。



・・・・・

うみ「バニラと、チョコと……こんなラインナップでよかったでしょうか」

ほのか「海未ちゃん、全然ダメダメ。センスが感じられないよ」

うみ「そんな……無難に選んだつもりだったのですが」

ことり「こういうときは無難でいいんじゃないかな」

ほのか「私イチゴ味予約ー!」

うみ「こら穂乃果、買った人は残ったものを手に取るものです」

ほのか「えー、まあいっかぁ。みんなは暑い中待ってるんだもんね」

ことり「ふふっ! さあやっと学校につきました」

うみ「早く英気をやしなって、それから練習しましょう」

ほのか「あー、こんなに暑い中練習か…………ん?」

ことり「どうかした? 穂乃果ちゃん」

ほのか「なんかあっちが騒がしいよ! 行ってみよう!」

うみ「ちょっと、寄り道は」

ことり「まあまあ。もう学校の中だし」

うみ「まったく……」

はなよ「きゃーっ、冷たいよー!」

のぞみ「とりゃー! ふっふっふ、みんなズブ濡れになってしまえーっ」

えり「ちょっと! っふふ! そのホースを離しなさいったら希」

まき「ああもうビショビショよ、もういい! やってやろうじゃない」

りん「水まきに来たはずにゃー! あははははは」

にこ「はあ……染み渡るにこ」



みんなで水遊び――打ち水をしていたら、穂乃果ちゃんたちがコンビニから帰ってきました。

萎れていたにこちゃんは、ピンクのカーディガンに水を与えることで再びニコニコになりました。



ほのか「みんななにやってるのぉおおおおおおおお!」

のぞみ「あっ穂乃果ちゃん! くらえ」

ほのか「ぎゃっ」

ことり「あのー……アイス買ってきたよ」

うみ「ことり危ないっ」

ことり「きゃあ」

うみ「なんなんですか! いい加減……ザバアアアアア」



海未ちゃんが奇声をあげます。

穂乃果ちゃんがどこから出したのか、バケツで水を海未ちゃんに被せたのです。

海未ちゃんの髪の毛がワカメになったのを皮切りに、打ち水戦争が幕を開けました。

水掛け論の、濡れ衣の着せ合いです。私の服もビショビショです。

うみ「誰ですか……」

ほのか「ひえ……わ、私じゃないよー、凛ちゃんだよ」

りん「ええ!? 凛じゃないよ!」

ことり「どうしてこんなことに?」

はなよ「えっと、希ちゃんが打ち水しようって」

のぞみ「えー、みんなも賛成したやん」

えり「あら、私は賛成した覚えはないわよ? カードがそう言ったのよ」

まき「責任の所在は?」

のぞみ「なんもかんもカードのお告げが悪い」



みんなでビショビショになって、みんなで笑い合いました。

暑さはどこかにいってしまいました。

どこにいってしまったのだろうと、木陰やアルパカ小屋の裏を覗いてみましたが、とうとう見つかりませんでした。

そうして一通り騒ぎ切ったあと、みんなで先生に怒られました。

青春が呼ぶ蛮行も過ぎてみればみんな口を揃えてこう言います。

「なんであんなことしたんだろう……」

でもやってしまったことは水に流すことはできません。

青春という罪は、現行犯逮捕以外で取り締まることが難しいのです。

でもそんな私たちの罪を、カードが一身に背負ってくれました。

……あれ、何か忘れているような。



にこ「あーあ、アイスどろどろ。早く食べないから」



・・・・・


・・・・・



水遊び……じゃなかった。打ち水、楽しかったなあ。

でも楽しいことは足早に過ぎ去っていきます。

そういうふうにできているんです。

早く感じないと、人はそれをよく記憶してしまいます。

逆に言うと、人は楽しい出来事を記憶しないために体感時間を早めます。

思い出してみてください。楽しい出来事を。

思い出せますね。

思い出してみてください。そのときの楽しいという感情を。

思い出せませんね。

「楽しかった」ことは覚えていますが、「楽しいという感情」そのものは覚えていません。

こういうことです。楽しいことを思い出しても、楽しくはならない。

楽しいことを思い出すと、人はさびしくなったり、かなしくなったりします。

実にイジワルなつくりです。

イジワル……本当にそうでしょうか?

実際はこの仕組み、とても理にかなっています。




なぜでしょうか?




もし、楽しいことを思い出すだけで楽しくなってしまったら。

もうそれだけでいいですよね、新しいことをする必要はありません。新しい思い出はいりません。

だってそれ一つ思い出すだけでいつまでも楽しいんですから!

人はいつまでもその思い出に囚われて、過去に生きるようになります、進化はとまります。

好奇心も、向上心も、もうそこにはありません。



そんなのはダメですね。

だから人は楽しいという感情を忘れます。

代わりに、恨みや妬み、憎しみをいつまでもいつまでも忘れません。

悔しい思い出や恥ずかしい思い出をいつまでもいつまでも忘れません。

もうあんな思いはしたくない!

いつか見返してやる!

だから人は何かを成し、前を向いて生きていけるのです。



誰しもが、異常なまでに。



・・・・・

・・・・・



いつの間にやら夏も終盤。文化祭が近づいてきました。



えり「今頃、穂乃果たちは場所決めのくじ引きかしら」

にこ「どうしてにこに行かせてくれなかったの?」

のぞみ「なんとなく、にこっちが引くのはダメって占いで出たんよ」

にこ「ふーん。別にいいんですけど」

はなよ「文化祭かぁ……」



私はμ'sの九人と何かしらの出し物をします。

仲間と、一緒に。

ああ、とてもすばらしいことだとは思いませんか?

私は引っ込み思案で、うじうじしてて、いつも端っこにいて。

そんな私がたくさんの仲間と、文化祭でやる出し物を話し合ったりなんかしちゃってます。



りん「かよちんどうしたの……?」

はなよ「あ、これは、えっと」



つい泣いてしまいました。

それは大声で泣きじゃくるでもなく、目に涙を浮かべるでもなく、音もなく目から溢れました。

私はよくわからないタイミングで感極まる、言ってみれば情緒不安定な節があります。

えり「だ、大丈夫花陽? 私なにか言ってしまったかしら、ええと、ごめんなさい。

そうだ、アクセをあげる! 私の手作りで少々荒いところはあるのだけど……ご、ごめんなさい」

はなよ「あ、り、ヒック、がとうぅ」

まき「エリーうろたえすぎ。二人とも目でも顔でも洗ってきなさい」

はなよ「これは、えっと、たぶん、結露です」

りん「けつろ?」

はなよ「私の中と外の温度差が大きくて、結露です」

えり「なんだ、泣いているじゃないのね。ハラショー。結露による不思議現象。科学ってすごい」

はなよ「気にしないでください。感情が水蒸気爆発しただけです」

にこ「ほらほら、かよちん! にっこにっこにー」

はなよ「にっこにっこにぃ、ヒグッ」

にこ「笑顔の魔法をかけたにこ! これであなたも矢澤にこにこ!」

はなよ「わだしにこちゃんになっちゃったのぉ……?」

にこ「そう。にっこにっこにーをすると誰でもにこにーになれるのよ」

のぞみ「大丈夫。なんにも焦らなくていいからね。

そしてにこっちの戯言を間に受けなくていいからね。なんにも気にしなくていいからね」

はなよ「うん……うん……泣き止む。泣き止むから」

りん「大丈夫だよ、かよちんには凛がついてるからね」


そう言って凛ちゃんは無邪気に「よしよし」をしてくれます。

そうだよね。引っ込み思案で、うじうじしてて、いつも端っこにいる私がひとりじゃなかったのは、凛ちゃんがいてくれたから。

どうして凛ちゃんがいてくれたかというと、それはなんだかよくわからない。

なんだかよくわからないけど、一つ言えるのは私は運がいい。

私が「誰か助けて」というと誰かが「ちょっと待ってて」といいます。

言われたとおりちょっと待っていると、誰かがなんとかしてくれます。

「神様助けて」と言ったときも大抵はそうなります。きっと神様が助けてくれているんだと思います。

それくらい私は運がいい。

運よく凛ちゃんに出会えなければ、運よく真姫ちゃんに出会えなければ、運よくみんなに出会えなければ……。

運よくμ’sに入れていなければ、なにも持たない私はなにができたでしょうか。

私の身に起こる奇跡は、私の運がいいから。神様は私に"運のよさ"を授けてくれたんです。

だから私は声たかだかに言いましょう。



「どうして私の人生がこうも刺激的で、家族に恵まれ、友に恵まれ、楽しく、適度に辛く適度に努力が必要で、ときどきミラクルが起きるか?」



「それは神様が私に"運のよさ"を授けてくれたからです」と。

ほのか「ただいまー」

ことり「文化祭の場所決めくじ、引いてきたよ」

えり「おかえり、どうだった? と聞きたいところだけど、えっと」

はなよ「ひっく、えぐぅ」

ほのか「花陽ちゃんどうしたの!?」

ことり「なにか辛いことがあったの?」

にこ「なんか変なツボを刺激しちゃったみたいで」

はなよ「な、んっ、でも、んぅ、ないです……ぅ」



音もなく泣いていた……はずだったのにいつの間にか私は泣きじゃくっていました。

声が痙攣して上手く歌えません。

私は引っ込み思案で、うじうじしていて、いつも端っこにいて、おまけにマイナス思考だから、何かを得るとそれを失うことを考えてしまいます。

私はμ'sのみんながいつかいなくなってしまうことを考えました。悲しくて、怖くなりました。

起きうる自体で、最も身近な恐怖に対する不安を打ち明けました。



はなよ「絵里ちゃんと希ちゃんとにこちゃんがっ、卒業しちゃうのが嫌なんです」

えり「卒業って……まだ夏よ。大丈夫。私たちはいなくなったりしない」

のぞみ「そうそう。だから泣かなくていいんよ」

にこ「どうかな。案外いつの間にかいなくなったりしてるかも」

えり「ちょっとにこ」

にこ「いなくなったりしない。と言ってはみても、必ず卒業はするもん」

えり「……そうだとしても、私たちはいなくなったりしないわ。きっとこの繋がりは切れたりしない」

にこ「そもそも私たちだけじゃないでしょ。二年生だって三年生になって、卒業する。一年生だって二年生になって三年生になって、卒業する」



なんとなく、みんなは静まりかえりました。それは気まずいとかそういうことではなく、なんとなく。

間を持たせるには私の鼻をすする音だけでは役者不足です。



にこ「つい五秒前まで一年生だと思ってたのに、気がついたら卒業してた。そんなもんよ。人生って」



・・・・・

意外と泣いているときって、周りの人には静かにしていて欲しかったりします。

大丈夫? とか、どうしたの? とか、心配してもらうとなんだか申し訳なくなります。

みんなは私が落ち着くまで何も言わずに待ってくれました。

にこちゃんがみんなを制止してくれたと取れなくもないですが、きっと思い違いでしょう。



のぞみ「タイムカプセル」

えり「え?」

のぞみ「タイムカプセル!」

ほのか「おお! タイムカプセル!」

えり「唐突ね」

のぞみ「みんなでなんか埋めよう。うん、それがいい」

にこ「なんかって?」

のぞみ「未来のみんなとか、自分へお手紙を書くんや! あとは宝物とか?」

えり「それは名案だわ。何年後かにみんなで掘り起こす約束をしましょう」

のぞみ「そ! これで安心安全。みんな離ればなれになったりしないよ。花陽ちゃん」

ほのか「いい! すごくいい! 私海未ちゃん呼んでくるっ」

りん「開けるの楽しみにゃー!」

まき「まだ埋めてもないのに開けること考えてる」

はなよ「いつ開けるの?」

えり「さあ。どう? 希」

のぞみ「そのうち。みんなが卒業してからね」

えり「みんなが、か。最低三年後ね」

にこ「そうと決まれば早速始めましょ!」

ほのか「海未ちゃん呼んできたよ!」

りん「はやい!」

うみ「な、なんですか? まだ部活の途中だったのですが」

ほのか「いいからいいから」

私のために、みんなでタイムカプセルを埋めることになりました。

いいえ、私のためなんて傲慢ですね。

みんながみんな、みんなのために、自分のために、作業に取り掛かります。



ほのか「とりあえず、未来のみんなにお手紙を書いてー」

りん「なんて書くの! ねえねえ」

ほのか「おわー! 見ないでよっ」

まき「自分にメッセージって……何書けばいいのかしら。恥ずかしい」

にこ「未来のこと聞いたって返事をもらえるのは今じゃないし、今の自分の気持ちとか、悩みとかでいいんじゃないかな?」

まき「今の自分の気持ち?」

にこ「そ。マッキーは今楽しい?」

ほのか「楽しい!」

りん「楽しい!」



はなよ「ことりちゃん、何つくってるの?」

ことり「えへへ。じゃーん」

はなよ「わあ、素敵な絵!」

ことり「これはμ'sのみんなです。こっちはアルパカです」

はなよ「私もなにか絵……は被っちゃうから、折り紙とか?」

のぞみ「ウチは予言書いとこ」

はなよ「予言!? なんて書くの?」

のぞみ「秘密ー。当たってたら褒めてね」

はなよ「素敵な予言だといいなあ」



私はまず、八連鶴を折ってタイムカプセルに入れました。

オレンジ、青、白、赤、黄色、紫、水色、ピンクの鶴です。



まき「あなたらしい」



そう言って真姫ちゃんは緑色の鶴をその隣にスッと置いていきました。

次に私は未来のみんなにお手紙を書きます。

何年後かには忘れてしまっていそうな、ひとりひとりとの小さなエピソードを添えて。

最後に、自分へのメッセージ。つらつらとよくわからないことを書き綴ります。そこは駄文でもいいんです。

重要なのは結び……おむすびじゃありません。

こういうのは大抵、最後の一言というやつが鍵をにぎり……おにぎりじゃありません。

締めの言葉がすべてを統括する、あらゆる自分の総意。一番かけてあげたい言葉。ちなみに私は白米には何もかけたくありません。

思う存分書いて、最後にイカした言葉を……そこで私の手はとまります。

引っ込み思案で、うじうじしてて、いつも端っこにいる私。

とにかくそんな私。私は私にかける言葉を持ち合わせていませんでした。

のぞみ「どうしたん?」

はなよ「……なにも思いつかなくって」

のぞみ「そっかぁ。じゃあそれでいいんやない?」

はなよ「え?」

のぞみ「なんにも思いつきませんでした。とか書いておけばいいやん」

はなよ「流石にそれは……」

のぞみ「いいっていいって。思うままでいいってことは、なにも思わなくてもいいってことやん」



私が未来の私になにも抱けないのは、私が後ろ向きな人間だからです。

誰かのように、前だけを向いて、先を見据えて行くのは私にはとても難しいことでした。

だからきっと未来の私は、今の私を見ている気がします。

でも、それも思うまま。ということでしょうか。

つまり希ちゃんは、そんな私をそれでいいと言ってくれているのだと思います。

過去に囚われて、思い出にすがって、でもそれでいいんだよ。

なら、私が私に贈るべき言葉はこれではないでしょうか。



「振り返ってごらん」



この言葉をもって今の私は、過去の土の中に埋まっていきました。

のぞみ「今度会えるのはいつかな」

えり「案外いつの間にかそのときがきてるかも、ね」

にこ「またいつか会いましょう」



夏の日のタイムカプセルは、少し焦げたような匂いと共に眠りにつきました。

いつか思い出と呼ばれる連続的な一瞬(モーメント)と共に眠りにつきました。

……タイムカプセルって未来のために、ってやっている人は少ない気がします。

タイムカプセルをつくる今。タイムカプセルを埋める今。

みんな、そのときはそっちのほうを大事にしているような気がします。

かくいう私も、このタイムカプセルを掘り起こすときがくる気がまったくしません。

きっとこないでしょう。

・・・・・



「まきりんぱなの起承転結」

所為? ありますとも。語るに値しませんが。

そもそも起承転結ってなんでしょうか? 私にはよくわかりません。

「春眠暁を覚えず」という言葉があります。

春はみんな寝ています。夏になると起きるということでしょうか。

そして秋に何かを承るのでしょうか。承るってなんですか。

冬はよく転びます。雪が降って、凍って、滑ります。

そして春に眠る。これが結びですか。なにを結ぶんですか。

みんな起承転結を求めます。自分の人生に何かキッカケがあって、掴みがあって、大きな事件があって、そして綺麗な最後がある。

それを求めています。そうであると信じています。



誰しもが、異常なまでに。



・・・・・

"秋"

ある年の、秋のお話です。



りん「くちゅんっ!」

まき「風邪?」

りん「どうだろう? バカは風邪をひかないっていうし」

まき「それ自分で言っちゃうの……」

はなよ「季節の変わり目は体調を崩しやすいから、気を付けてね凛ちゃん」

りん「今年の夏は寒かったからね。冷夏だったからね」

まき「そうだった? 私暑いのは苦手だから別に今年も暑かったけど」

りん「夏にしては、ってことだよ」

まき「凛にとっての夏はきっと赤道付近の国の夏なのね」

りん「あっちは一年中夏みたいなものだから、夏なんて言葉はないかも」

まき「もうっ! 揚げ足取らないでっ」



真姫ちゃんがガタッと椅子から立ち上がり、バンッと机を叩くと、棚から何かがガサッと落ちました。

りん「……? なんか落ちたよ」

まき「わ、私は関係ないわよ、勝手に落ちたの」

りん「スピリチュアルだね」



そう言って真姫ちゃんは落ちたものを拾い上げます。



まき「……」

はなよ「なにが落ちたの?」

まき「……思い出」

はなよ「それは大変です。早く拾わなくっちゃ」

まき「……なんだかね、急に実感するのよ。とあるピンクのスーパーアイドルとか、金髪ロシアン会長とか、紫スピリチュアルについて」

はなよ「そっか……三年生は卒業しちゃうものだからね。今の三年生も」

そうです。遅かれ早かれ……。実感というやつは突然です。

真姫ちゃんの実感が早かったか、遅かったかは言うまでもありません。



りん「あー、ダメダメ! しんみりしちゃダメー!」

まき「うっ、ごめんなさい。つい」

はなよ「しんみりしちゃダメダメダメー! 青空も、にこっ!」



……私は至って大真面目です。



はなよ「でも、そうだよね。……そうだ」

りん「なに? かよちん」

はなよ「芋煮会をしましょう!」

りん「へ?」

はなよ「思い出づくりに、みんなで芋煮会をしましょうっ!」



ついでに言うと閃めきというやつも突然です。

まき「芋煮会? ってなに?」

りん「真姫ちゃん知らないの? 芋を煮るんだよ。川原で」

まき「読んで字の如くね。ハラショー。なんちゃって」

はなよ「秋といえば食欲の秋。芋煮の秋です!」

りん「うんうん。あとは運動の秋!」

まき「……? 普通、秋には芋煮会をするものなの?」

りん「本当に知らないんだ?」

まき「ええ。でも決して私が浮世離れしているとか、そういうことではないのよ。

たまたま知らないの。芋煮会を私はたまたま知らなかったの」

はなよ「そう。普通、秋には芋煮会をするんだよ」



普通、という響きに私は心躍ります。

人として普通なこと、当然なこと、一般的なこと、当たり前なこと。

それが私は大好きです。まさに普遍的!

誰よりもごく普通にいることが、私を私たらしめるのです。

りん「かよちん楽しそう」

はなよ「そうかな? 普通だよ」

まき「普通普通って……普通って何よ」

はなよ「普通っていうのは、ときに平均値であったり、ときに最頻値であったりします。もっとも一般的なことです」

まき「じゃあ普通のことってなに? 芋煮会を普通と言う根拠は?」

はなよ「普通のことというのは、後になって語ったときに、なんの面白みもないことです。

『私たちが芋煮会をした』という話を誰かにした場合、相手は何も面白くないので、『芋煮会は普通のこと』ということになります」

りん「面白くないことが普通なの?」

はなよ「普通じゃないことが起きたとき、人は面白いと思うんだよ。あ、当事者は別なんだけど……。

私たち自体は、芋煮会をするのは楽しいから」

りん「じゃあ、さっきかよちんは自分のことを普通だって言ったけど、かよちんはつまらないの?」

はなよ「うーん、難しいね。でも私は面白いことより普通であることを望んでいるのかも」



そうです。私は楽しいから芋煮会をするのではありません。

芋煮会をするのは普通のことだから。だから私は芋煮会をしたいのです。



まき「ちょっと引っかかるけどまあいいわ。芋煮会、実に興味深い。是非やりましょう。みんなの予定も聞かないと」

はなよ「とりあえず、今度の休日とかかな?」

りん「お芋と、お肉と、しいたけと……」

三人で芋煮会の予定を立てていると、穂乃果ちゃんたちが部室に入ってきました。



ほのか「おまたせっ。ちゃんとやってる?」

うみ「遅れて申し訳ありません」

ほのか「いやー、ごめんね。ちょっと移り変わりの時期でバタバタと……」

ことり「もうすぐ生徒会も完全に二年生に移行するからね」

はなよ「お疲れ様です」

まき「生徒会も大変ね」

りん「ねえねえ! 今度みんなで芋煮会をしようって!」

ほのか「へえー、いいね! でもどうして急に?」

りん「思い出づくりだよー! いま三年生には内緒で……」

ほのか「えっ内緒?」

りん「あっ、なんでもないにゃー」

まき「もう、別に内緒じゃなくていいわよ。あなたたちはいつなら都合がいい? 一応次の休日辺りを狙ってるんだけど」

うみ「次の休日ですか……確認してみますね。返事は明日でもよろしいですか?」

ことり「私は大丈夫だと思う」

ほのか「私も大丈夫っ! ああー楽しみだなあ」



それから他のみんなの予定も確認。

後日、海未ちゃんも都合がいいということだったので、全員の予定を合わせることができました。

……ということで土曜日。みんなで芋煮会です。

芋煮だけでなく、どちらかというとBBQよりの、芋煮会です。

芋煮会を提案したのは私でしたが、私含む全員が実は芋煮会とはなにをするものなのか把握していませんでした。

だから網で肉や野菜を焼いたり、川で釣りをしてみたり、フリスビーをしたり。

でもこれは芋煮会です。だって芋を煮ているから。

はなよ「熱いから気をつけてね」

まき「フーフー、あちっ」

りん「んーまいにゃー!」

まき「……おいしい。でも思ったほど芋が主役じゃないのね」

はなよ「芋煮は全員が主役なんです」

りん「凛たちみたいだね!」

まき「へえ。私たちは芋煮なのね」

はなよ「でも、やっぱり今回の芋煮会の主役は三年生。みんな楽しんでくれてるかな?」

まき「芋煮の主役は私たちだけど、芋煮会の主役は三年生なのね」

りん「みんなが主役かあ。なんだか、劇を思い出すなあ。もうだいぶ昔に感じるよ」

まき「劇?」

りん「うん、ほら、いつかの文化祭でやった劇」

はなよ「ああ、誰かが『μ'sのコンセプトは全員がセンターなんやから、劇も全員主役でいいやん?』って言ってそうなったんだよね」

まき「だいぶ昔のことじゃない? 何年前の話よ」

りん「え? つい最近だよ」

まき「まあ時間の感覚は人それぞれよね」



凛ちゃんが思い出したのは、昔私たちが文化祭の劇でやった桃太郎のお話です。

文化祭で講堂を勝ち取ったμ'sは、ただ歌って踊るのも話題性がないのでミュージカルをすることに。

内容を要約すると、九人の桃太郎が各々の思う最強生物三匹を従えて、鬼そっちのけでバトルロワイヤルを始めるというものでした。

誰ひとりとして鬼をやりたがらなかったため、これは仕方のない改変でした。

ただ私としては、これはこの秋のお話ではないので詳しく語ることはしないでおきます。私としては文化祭は晩夏なので。

えっと、絵里ちゃんがずっと「最強はカバ!」と言っていたのが印象的です。

りん「楽しかったよね!」

はなよ「私、今なら別に鬼をやってもいいと思う、かな」

まき「え? 悪い役だからってあの時はみんな嫌がったのに」

りん「凛はいつだって正義の味方がやりたいにゃ。主人公じゃなくても」

はなよ「鬼だって生きるのに必死で、村を襲っていたのかも。桃太郎が必ずしも正義とは限らない」

まき「何言ってるの、桃太郎は正義よ。桃太郎は人間の為に鬼を滅ぼしたの。鬼の都合なんて知らないわ。

彼らも彼らで弱肉強食の世界を生きているのね。アイドルのように。

難しいことなんてない。私こそ正義。私に逆らうものは悪。ああ、わかりやすい基準だわ」



単純なような、複雑なような。暴論のような、真理のような。実に真姫ちゃんらしい。マキリズム。



まき「人は鬼を食って生きたのよ」



はなよ「鬼さん……いえ、この世の命をいただくことに感謝します」



私は一口一口を噛み締めながらおにぎりを平らげ、芋煮の汁で飲み込みました。

・・・・・



いーとーマキマキ いーとーマキマキ ひーて ひーて トントントン♪

にしきのマキマキ かみのけマキマキ たつまきマキマキ トントントン♪



――マキリズム



・・・・・

りん「はあ、おなかいっぱい!」



凛ちゃんは岩に敷いていたハンカチーフをパタパタとたたみ、ポケットにしまいます。

それからスカートもパタパタと払います。でもスカートはポケットにはしまいません。

最後にうーんと背伸びしました。



まき「意外と丁寧よね、凛って」

りん「にゃ……えっと、せっかくの、スカートが、汚れちゃやだし、えっと」

はなよ「かわいいスカートだもんね」

りん「うん! えへへ」



凛ちゃんはニヘッと笑います。

とってもとっても可愛くて、眩しくて、素敵な笑顔です。まるでアイドルみたいです。

そこには一切の曇りもありません。

もともと凛ちゃんは私服にはズボンばかりの……コンプレックスというか、トラウマというか。

なんとも言葉にし難い、心のキズのようなものを持っていました。

それが解消されたのが、えっと……いつだったか。

割と最近の気がしますし、ものすごい昔の気もします。

間違いなく言えることは、少しだけ伸びた髪の長さだけの時間が経過しています。

凛ちゃんは少しだけ髪が伸びました。

多くの人は、凛ちゃんは変わったと口にします。

でも私はそうは思いません。

凛ちゃんは何一つ変わっていません。きっと凛ちゃんはずっと昔からこうでした。

生まれた時からこうでした。

どんなに変わったように見えてても、人は変わりません。

りん「食後の運動にお散歩しよ!」

はなよ「そうだね。真姫ちゃんは?」

まき「私はもう少しこの芋煮について理解を深めてるわ」



私と凛ちゃんは川にそって歩き出しました。

食べたら動かないといけません。

はなよ「凛ちゃんは変わらないね」

りん「そうなの? 凛は変わってないの?」

はなよ「うん。変わらない」

りん「そっかあ。もっと頑張らなきゃ」

はなよ「え?」

りん「な、なに?」

はなよ「凛ちゃんは変わりたいの?」

りん「うん。きっとそっちのほうが楽しいから」

はなよ「そんなわけないよ、凛ちゃんは変わらなくていいんだよ?」

りん「え、でも凛は変わりたいなって……」

はなよ「凛ちゃんは初めからそうだったよ。可愛くて、女の子らしくて。

だから変わらなくていいんだよ」

りん「そんなわけないよ、凛は変わりたいんだ。変わるんだ。変わったんだ」

はなよ「私は変わりたくないよ、凛ちゃんにも変わって欲しくない」

りん「でもでもかよちん、人は変わるものだよ」

はなよ「人は変わりません」

りん「変わるよ! 寝て起きるたびに人は変わってるよ」

はなよ「寝ても覚めても私は私じゃなきゃ、じゃなきゃそれほど恐ろしいことはないよ」

りん「かよちん……」

はなよ「私はずっとずっと何も変わらなければいいと思ってる。

私はずっと私のまま。みんなはずっとみんなのまま。

みんなはずっと笑ったままで、私はずっと普遍的で、一般的でいればいい」

りん「そのかよちんが言う、一般的ってなに?」

はなよ「個人が一般的であることはできません。一般とは統計がなければいけない。

だから私はあらゆる私を持ってる。引っ込み思案な私。うじうじしてる私。いつも端っこにいる私。

それから、長々と屁理屈を独白する私もいる。

そのいろんな私の統計を取る。すると一番普通な私が見えてくる。

だからどんな私でも、それは最初からいる私。だから私は変わらない。

凛ちゃんだって、自分に自信がなくて卑屈な凛ちゃんと、可愛くて乙女な凛ちゃんは最初からいた。

だからどんな凛ちゃんでも、それは最初からいる凛ちゃん。だから凛ちゃんも変わらない」

りん「凛は一人しかいないよ! 凛は一般的でいたいなんて考えないから、凛は一人しかいないよ!

かよちんだって、たくさんのかよちんが一人のかよちんを囲んで、守って、隠しているだけなんじゃないの?

引っ込み思案なかよちんA、うじうじしてるかよちんB、いつも端っこにいるかよちんC……。

それを統括してるマスターかよちんがいるんじゃないの?」

はなよ「いません。かよちんAもかよちんBもかよちんCも、みんな同格。私の中に特別な私なんていないよ」

りん「ふうん。ちょっぴりへそ曲がりなかよちんDと、ちょっぴり頑固なかよちんEも出てきたね」





ありさ「ふぉあああああ!」



バッシャーン!



ゆきほ「亜里沙、無理だって、魚を手掴みなんて」

ありさ「諦めちゃダメ! ファイトー! いっぱーつ!」

ゆきほ「なに言ってるの」

ありさ「ファイトだよ!」



川原を少し歩いたら、雪穂ちゃんと亜里沙ちゃんが川で遊んでいました。



はなよ「何してるの?」

ありさ「あ、見てください! 似てますか? ファイトだよ!」

はなよ「……?」

ありさ「モノマネです! ファイトすると誰でも高坂穂乃果になれるんです」

はなよ「そうなんだ」

ゆきほ「私は高坂穂乃果にはなりたくないかな……」

ありさ「それからね、語尾にですますを付けると園田海未になれるんだよ。

私はみなさんのこと研究してるんです! ほら」

ゆきほ「おお……うん」

はなよ「亜里沙ちゃんすごいね。じゃあことりちゃんにはどうやったらなれるの?」

ありさ「あの人は一番難しいんです! だって南ことりになるということは伝説のメイドになるということですから。

いま研究しているところなんです」

はなよ「そうなんだ。わかったら教えてね」

ありさ「はい!」

りん「亜里沙ちゃん、雪穂ちゃん、魚の捕まえ方教えてあげる! 昔野外活動で習ったんだぁ」

ありさ「本当ですか!?」

ゆきほ「私は別に……」

りん「こういうのは後ろからソローリと近づくんだよ。とりゃ!」



バシャッ



りん「ほら」

ありさ「ハラショー!」

りん「そしてキャッチアンドリリース」

ゆきほ「あっ、もったいない」

りん「凛は魚は食べないから。魚にとって凛は鬼ではないから。ほら、今度は二人の番! せーの」

ありさ「ファイトー!」

ゆきほ「いっぱーつ!」




まき「向こうでなんか騒いでるけど、どうしたの?」



一人がさみしくなったのか、真姫ちゃんが追いついてきました。

はなよ「魚を捕まえるんだって」

まき「ふーん。私たちも行きましょうか」

はなよ「え? 真姫ちゃん魚掴めるの?」

まき「まさか。私はあんな原始的な狩猟はごめんよ」



釣竿を持ち上げて真姫ちゃんは歩き出します。



まき「さ、行きましょう。かよちん。釣った魚はあなたにあげる」



裸足になり、川に足を付けると澄み切った冷たさが背筋あたりまでピキーンと走ります。

遠くでフリスビーを投げている穂乃果ちゃんと海未ちゃんとことりちゃんのはしゃぎ声が聞こえました。

これから楽しいことがたくさん起こるんだろうなあ……。

・・・・・



「まきりんぱなの喜怒哀楽」



凛ちゃんはとっても素直で、感情が豊かです。

真姫ちゃんも、少し素直じゃないところがあるけど、感情が豊かです。

私は、その辺が曖昧だったりします。

嬉しいときは嬉しいし、楽しいときは楽しい、悲しいときは悲しいです。

でも怒ったり、憎んだり、そういう感情が苦手なんです。

それらの違いは、対象が必要かどうか。

私は誰かに感情をぶつけるのが苦手なんです。

自分が、他人の何かに影響してはいけない。



でも、ときどき私は誰かに助けを求めます。

おかしいですよね。でもおかしくないんです。

ここでは助けを求めるべきだ。そう思ったら私は助けを求めます。

そこで助けを求めずにいると、私は普通ではなくなってしまいますから。



もし、もしも私が心の底から助けを求めたら……。

それは宇宙的な何かが起こる悪い予兆に違いありません。



・・・・・

・・・・・



小泉花陽のプロフィール



好きな食べ物 白いご飯



嫌いな食べ物 なし



――好きな食べ物、白いご飯?

――好きな食べ物白いご飯?

――好きな食べ物白いご飯!



いやでも毎日食べるものを、好きである意味があるの?



――嫌いな食べ物、なし?

――嫌いな食べ物なし?

――嫌いな食べ物なし!



嫌いなものがないことって良いことなの?



・・・・・

・・・・・



"冬"



ある年の、冬のお話です。

私と凛ちゃんは真姫ちゃんのお家に招かれました。

今日は真姫ちゃんのお家で勉強会なのです。



まき「いらっしゃい。寒かったでしょ、わざわざ悪いわね」

はなよ「ううん。お邪魔します」

りん「おじゃましまーすっ!」

まき「先に私の部屋にあがってて。今温かいものを入れるから」



言われたとおり、私と凛ちゃんは真姫ちゃんの部屋に向かいました。

何度もお邪魔はしているけれど、なんというかここは緊張します。

足音を立ててはいけないんじゃないか、と錯覚するほど緊張します。

だってなんだか、床一つにしたって明らかに高級感が漂っているんですもの。



りん「今日はお寒いですわね。花陽さん」

はなよ「ええ。ご機嫌麗しゅう。凛さん」



長い髪をファサァっと払い胸を張る凛さん。

ここに来ると私たちは決まってお嬢様ごっこを始めます。

だってなんだか雰囲気がそうさせるんですもの。

はなよ「では真姫さんが来るまで、準備しておきましょう。英語の教科書をお開きになって。凛さん」

りん「嫌ですわ花陽さん、人のお部屋にあがっていきなりそんな、無作法ですわ。乙女の嗜みがなってないんじゃなくって?」

はなよ「あらやだ、私としたことが」



私たちが乙女の嗜みに勤しんでいると、真姫さんがホットなドリンクを持って入ってきました。このかほり……上等なおココアですわ。



まき「あなたたち、毎度毎度私のベッドで飛び跳ねるのやめてくれない?」

りん「こんなに大きいベッドは他にありませんことよ」

まき「それは先入観よ。勝手に私がお金持ちみたいに思っているから、大きく見えるのよ。

高級感あふれる床もただの床だし、このココアも市販のものよ。それだってシングルベッドよ」

はなよ「そんなバカな!」



私は現実とはいかに曖昧でいい加減であるかを思い知りました。

これだけでも今日の勉強会に意味はあったと思います。

そして己の無知と、いい加減っぷりを再確認しました。

真姫ちゃんはお金持ちであるか、お金持ちではないのか。

真姫ちゃんのお家は高級なもので溢れているのか、溢れていないのか。

少なくとも私は勝手にそう思い込んでいたのですが、それを確認する術は誰にもないのです。

たとえお父様の給与明細を見せてもらっても、たとえ一流の鑑定士を家に招いても、真実はわからないのです。

そこに先入観や思い込みがほんの一ミリでも存在する限り、それは真実ではありません。

そして、先入観や思い込みを一切排除することなど不可能なのです。

もしそんなものがあるとすれば誰にも観測されていないもの、あるかないかわからないものだけです。

真実とは、あるかないかわからないものなのです。

まき「とにかく、そんな勘違いはもうやめてよ」

りん「ご冗談を。真姫さん」

まき「その変な口調もやめてよ、にゃーはどうしたのよ」

りん「凛は、にゃーなんて言いません」

まき「なんでよ、にゃーと言えば星空凛だったのに」

りん「いやですわ。にゃーと言っても凛にはなれなくってよ。お嬢様口調でなければ凛にはなれなくってよ」

まき「はいはい。いい加減にして勉強始めるわよ。もう時間ないんだから! レッツスタディ」

りん「まだお嬢様会話の途中なのに」

まき「トークが途中でカットなんてよくあることでしてよ、凛さん?」



お嬢様ごっこは終わり。勉強です。みんなで同じ教科の勉強です。

わからないことや気になることがあったらみんなで確認。

最初は英語。



はなよ「なんだろうこれ、誰か助けてー……」

まき「Wait a moment(訳:ちょっとまってて)」

りん「うぇいと、あ、もーめんと。どういう意味?」

まき「『ちょっと待ってて』って英語で言ったのよ」

りん「なるほど!」

まき「What do you mean? (訳:どういう意味?)」

りん「わっ、どういういみぃ? どういう意味?」

まき「あら、こっちの意味は知ってるのね」

こんな感じでみんなで勉強します。

レッツスタディです。

ところが気まぐれな凛ちゃんは早速飽きたのか、話題を振ります。



りん「真姫ちゃんはさー」

まき「んー……?」



かりかりとペンを動かしながらも真姫ちゃんはきちんと応答します。



りん「やっぱりお医者さんの大学行くの?」

まき「んー……」

りん「凛は勉強するたびに考えるよ。将来のこと」



今度はペンを置き、しっかり凛ちゃんに向き直ります。



まき「将来ね……そうよ。とりあえず私は医大に行くけど」

りん「やっぱりかぁ……。かよちんは農家さんの大学かぁ」

はなよ「違うよ」

りん「えっ」

はなよ「専門的じゃない、いわゆるユニバーシティ的なところかな」

りん「何科とか考えてるの?」

はなよ「もちろん普通科です!」

りん「ふーん……」

はなよ「凛ちゃんは?」

りん「凛は……まだわかんない。決めてない」

まき「まだ決まってないの? なんにも決まってないのになんで勉強してるの?」

りん「うん……みんなが勉強してて、みんな勉強しろって言うからだよ……なんのために勉強してるかなんてわかんない」

まき「ちょっと心配なんだけど、大丈夫?」

りん「うん……。この問題、ユニバーサルデザインってなに?」

はなよ「『誰でも使いやすく』がコンセプトの造りだね。建物とか」

りん「ふむふむ」

まき「バリアフリーと似てるけど違うのよね。……待って、勝手に他の教科に移らないでよ」

りん「英語は飽きたよ。ところでバリアフリーとは何が違うの?」

はなよ「バリアフリーは『障害のある人も使いやすく』だよ」

りん「何が違うの?」

はなよ「建前や目的の違いかな? 似てるけどやっぱり違うんだよ」

まき「universal(訳:一般的な、普遍的な、万能の、宇宙の)」

りん「うわああああ英語に戻ったああああああ」

はなよ「一般的なデザイン。万人に通じるデザインってことかな」

りん「かよちんは博識だね」

まき「博識の、って意味もあるわよ」

りん「なんと! じゃあユニバーサルかよちんだね」

はなよ「そうだね。確かに私はユニバーサルかも」

まき「あら、自分で言うなんて」

はなよ「私は一般的で、普遍的な人間だから」

りん「そっちの意味かー」

勉強の合間の、もしくは勉強を兼ねた何気ない会話。

私はそのつもりでした、そのはずでした。

……ところが、真姫ちゃんが食いついてきます。

話がもりもりに盛られていって、あらぬ方向に膨らんでいく予感がします。



まき「……一般的で、普遍的?」

はなよ「うん」

まき「なにが?」

はなよ「私が」

まき「どういう風に?」

はなよ「えっと、私は引っ込み思案で、うじうじしてて、いつも端っこにいるから」

まき「そんなこと言うのはやめてよね」

りん「そうだよ、かよちんよくないよ。そんなことないよ」

はなよ「そんなことある。本当のことだもん」

まき「じゃあそんなあなたと一緒にいる私たちってなんなの? どうしてそんなあなたと一緒にいる人がいるのかしら」

はなよ「それはなんだかよくわからないよ。どうして二人が私なんかのそばにいてくれるかなんてのは私にはわからない」

まき「なにそれ……まるで自分で望んでないみたいじゃない。

あなたの人生で起こるあらゆることが、あなたには望ましいことではないの?」




はなよ「どうして私の人生がこうも刺激的で、家族に恵まれ、友に恵まれ、楽しく、適度に辛く適度に努力が必要で、ときどきミラクルが起きるか?」



はなよ「それは神様が私に"運のよさ"を授けてくれたからです」

まき「あなた自身の幸福も、成功も、すべて運がいいから……?」

はなよ「うん。なんの取り柄もない私の身に奇跡が起きたとしたら、それはもう運が良かったからとしか言いようがない」

まき「みんな自分の人生に何かキッカケがあって、掴みがあって、大きな事件があって、そして綺麗な最後がある。

それを求めているのよ? そうであると信じてるのよ? 誰しもが、異常なまでに」

はなよ「私は私の人生にドラマチックやロマンチックは求めません」



真姫ちゃんは、信じられない。と言いたげな顔で黙り込みました。

その表情はどこか、同情すら感じる……私に同情しているんですか?

だとしたら私のなにに同情しているんですか?

私と真姫ちゃんを交互に見ながらあたふたする凛ちゃんに聞いてみます。



はなよ「私の何がいけなかった?」

りん「え、え、わからないよ……」

まき「ちょっと待ってよ、あなたは私と言い争いをしてるのよ?」

はなよ「え、ええと」

まき「私に対してなんとも思わないの? 怒らないの? 憎く思わないの?」

はなよ「そんなことありえません」

まき「わかったわ。あなたはやっぱり変わってる」

変わってる?

真姫ちゃんは私に変わってると言ったんですか?

この普遍的で、一般的な、ユニバーサルな私に変わってると言ったんですか?



まき「人ってのは恨みや妬み、憎しみをいつまでもいつまでも忘れないのよ。

悔しい思い出や恥ずかしい思い出をいつまでもいつまでも忘れないのよ。

もうあんな思いはしたくない!

いつか見返してやる!

だから人は何かを成し、前を向いて生きていけるのよ。誰しもが、異常なまでに。なのにあなたときたら……」



はなよ「私は……」

まき「誰しもが、異常なのよ? 誰しもそうなら、それは正常なのよ。だとしたら異常じゃないあなたが、一番異常じゃない」

はなよ「普通を求める何が悪いの?」

まき「普通を求めるなんて普通じゃない。

求めてるその地点で『自分は普通じゃない』って言ってるようなものよ。

世の中みんな、どこかで『自分は特別なんだ』って思って生きてるのよ。

それが普通なのよ。そんななかで『自分は普通なんだ』って思っている人がどれだけおかしいかわからないの?」

はなよ「事実、私にはなんの取り柄もないし……」

まき「それでも、自分は自分にとって特別でしょ。あるいは自分が誰かにとって特別であって欲しいと思うでしょ。

それが普通よ。

それともあなたにとって、自分と他人は同義なの? そんな無意味をあなたは望んでいるの?」

りん「さっきから二人がなに言ってるかわかんないだけど!

みんな異常だから、それは正常で、普通な人がいたらそれは逆に異状で……。

普通が異常だから異常が正常で、でも正常な人はみんな異常だから……ん?」



まき「普通な人間なんていないのよ。みんなどこか異常で、みんなどこかおかしいのよ。

私の思い出の中のかよちんは、いつだって普通なときなんてなかった。

春のかよちんも、夏もかよちんも、秋のかよちんも、冬のかよちんも、私にとっては特別」

はなよ「私はいままで、誰よりも普通でいようと心がけてきたのに……そうであると思っていたのに」

まき「真実なんて、誰にもわからないのよ」



りん「あ、わかった。みんなバカなんだ。そういうことだ。ああ安心した。バカなのは凛だけじゃないんだ」



まき「でもね、そんな何がおもしろいのかわからない、何の意味があるかわからないバカな私の無駄な人生のすべてが、

ある天文学的確率の、宇宙的ミラクルな瞬間のための前置きだったとしたら。

すべてが、そのほんの一瞬のための前置きだったとしたら。それだけですばらしいじゃない。わくわくするじゃない。

ねえかよちん、それが普通よ。そういうバカな発想や感性が、普通なのよ」



・・・・・

・・・・・



普通とは何か。異常とはなにか。特別とは何か。

自分には思い込みや先入観がない。と思い込んでいませんか?

それが既に思い込みや先入観ですよね。

「これは普通だ」。

本当に普通ですか? なにかおかしくないですか?

普通ってなんですか?



・・・・・

・・・・・



"春"。

冬の次の季節。

あるいは、夏の前の季節。



ある年の春のお話です。

私は一年生になりました。

新しい学校に通って、授業を受けます。

そして特に誰かと話すようなこともなく、帰ります。

私はひとりぼっちでした。

凛ちゃんも、真姫ちゃんもいません。

穂乃果ちゃんも海未ちゃんもことりちゃんもにこちゃんも希ちゃんも絵里ちゃんもいません。

かよちんAもかよちんBも、CからZまでもいません。

一年生の私は、ひとりぼっちです。

家に帰って一人、私はバッグを机の上に放ります。

いつか誰かがくれたような、それとも昔から自分が持っていたようなアクセサリーがついたバッグです。

私はそのアクセサリーを見ると、絵里ちゃんを思い出します。

でも絵里ちゃんはいません。

さみしくなったので私はカードを取り出しました。

「カードを掲げて喋ると、誰の声でも希ちゃんの声になります」

私はそう言ってそのカードを掲げる。これは希ちゃんの声なんや。

でも、私の声が希ちゃんの声になると、希ちゃんと会話することができんくなる。

仕方ないので私は髪の毛をクルクルします。



にしきのマキマキ かみのけマキマキ たつまきマキマキ トントントン



私は真姫ちゃんになります。

でも私が真姫ちゃんになっても、真姫ちゃんの歌が聞こえるわけじゃないんだから。

それでも私はめげません。ファイトです。

私はファイトします。

ファイトすると誰でも穂乃果ちゃんになれるんだよ!

でもね、私が穂乃果ちゃんになると、私にファイトだよ! と言ってくれる人がいないんだ。

「ではどうすればいいのですか? 私にはわかりません」

語尾にですますをつけて喋ります。

でも私が海未ちゃんになっても、海未ちゃんの顔をみることはできません。

こうなったら、私はメイド服を着ます。

でも私がことりちゃんになると、ことりちゃんに会うことができないんじゃないかな。

「いやですわ。そんなのいやですわ」

今度はお嬢様口調になります。お嬢様ごっこですわ。

これをすると凛ちゃんになれますわ。

でもやっぱり、そこに凛ちゃんはいません。いるけど、それは私ですわ。

かなしくてかなしくて仕方がなくなりました。

そんなときは、笑顔の魔法です。

「にっこにっこにー」

にっこにっこにーをすると誰でもにこにーになれるのよ。

にこにーはみんなを笑顔にするの。

でも自分を笑わせることはできないにこ!

小泉花陽は泣きました。声をあげてわんわん泣きました。

人は楽しかったことを思い出すと、かなしくなったりさみしくなったりします。

それでも私は思い出します。

私は過去に囚われて、思い出にすがって、前を見ることができません。

私は楽しかったことを思い出します。



高校一年生の夏。

みんなで水遊びをしました。

高校二年生の秋。

芋煮会をしました。

高校三年生の冬。

真姫ちゃんの家で勉強会をしました。

楽しかったです。



昔、誰かが言っていました。

「つい五秒前まで一年生だと思ってたのに、気がついたら卒業してた。そんなもんよ。人生って」

そのとおりでした。

思い出すのには五秒もいりません。一瞬です。

私は今、大学一年生です。

思い込みや先入観で真実を歪めることは簡単です。

いつまでも変わらないことを至高とし、信じてきた私。

私が二年生になっても、絵里ちゃんや希ちゃんやにこちゃんがいなくなっても、まるで変わらない日常を送っていたかのように。

私が三年生になっても、穂乃果ちゃんや海未ちゃんやことりちゃんがいなくなっても、まるで変わらない日常を送っていたかのように。

なにも、変わっていないかのように私は思い込んできた。

異常なまでに普通に固執した私は、すでに普通ではなかった。

そしてようやく、私は私が過ごした時間が、いかに特別であったかを理解した。

自分がいかに特別であったかを理解した。

なんて私はバカで、傲慢で……。

思い出すのは、春。そう。青い青い春――青春。

春の次には、夏が来ます。そう。暑い暑い夏。

日差し。日照り。蜃気楼。

乾ききった私に、水をかけてくれる人はもういません。

あの日どこかに行ってしまった暑さ。

木陰やアルパカ小屋の裏を探しても見つからなかった暑さ。



はなよ「……そうだ」



・・・・・

私はひとり、あの夏の日のタイムカプセルを開けに向かいました。

卒業後、みんなで開けるという約束だったけど……勝手をお許し下さい。

「未来の私へ」と書かれた手紙。



――前略



「まきりんぱなの春夏秋冬」

いえ、別に所為はありません。なんとなく言ってみただけです。

でもなんだかこの言葉の響き、柔らかくてあったかで和やかで、好きです。

なんの関連性もない二つの言葉のつなぎ合わせ。細かく言うと七個くらいの言葉がまぜこぜになってますが。

まあ細かいことはいいんです。

こういう、何の意味もないけれどなぜか特別に思える言葉ってありますよね。

それが万人に共通する感性であるかはわかりませんけど。

あ、すみません。申し遅れました。私、小泉花陽といいます。

どこにでもいる普遍的で、一般的な人間です。

でもそんなごく普通の人間でも、なぜかとんでもないことをしでかしたり、何かしらの奇跡に遭遇しちゃうことってありますよね。

なぜでしょう?

あ、私がそんなことに見舞われたかというのはまた別の話ですよ。

――中略。

私はあなたの普遍的な幸福を信じています。



――。

一部省略しますが、これが過去の私からのメッセージ。

私は深く後悔しました。過去の自分に嫉妬して、激怒して。

これがキッカケになって、事態が転じ、ドラマチックでロマンチックな人生へと変化することを期待したのに。

なんて空っぽなんだろう。

これならまだ「何も思いつきませんでした」と書いてあるほうがいくらかマシだった。

ああ、なんて普遍的で一般的な人間!



……。



……手紙の最後。最後の一言。

すべてを統括する結びはこうだった。



「振り返ってごらん」

たったそれだけだった。

後ろ向きに生きてきたことを後悔し前を向いて生きていきたいと望む今の私に、過去の私がかけてきた言葉は、たったそれだけだった。

違う……。

こんなはずじゃなかった。

変わることを恐れ、変わらないものを探し続け、尖ることを嫌い、平坦で有り続けようとしてきた。

でも今の私は、どこまでも普通を求めるその異常性に気がついている。

私は受け入れなければならなかった。

私は永遠に高校生ではない!

私は永遠にスクールアイドルμ'sではない!

私は永遠にみんなと一緒にいられるわけではない!

その真実から目を背け続けてきた結果がこれだ。

私がおかしかったのだと、世の中におかしくないものなどないのだと。

私が間違っていた。認めよう。認めます。

認めます! だから……お願いです。

普遍的じゃなくて、一般的じゃなくて、ごく普通じゃなくて、平坦じゃなくて。

春夏秋冬のある人生を私にください。

起承転結のある人生を私にください。

喜怒哀楽のある人生を私にください。

ドラマチックで、ロマンチックな奇跡を、私にください。



はなよ「誰か……助けて」



何の意味もないバカな私の無駄な人生を、誰か助けてください。





まき「Wait a moment(訳:ちょっと待ってて)」

「振り返ってごらん」

遠くで過去の私がそう言っているのが聞こえました。

振り返るとそこには、μ'sのみんなが……いたんです。蜃気楼じゃありません。



りん「かよちん、フライング」

のぞみ「みんなで開ける約束やん」

えり「あれだけ釘をさしたのに」

にこ「でも、こんなこともあるのね」

ほのか「びっくりだよ」

うみ「やっぱり、そうなんですね」

ことり「私たちは離ればなれになったりしなかった」



偶然にも、私たち九人は同じ日の同じ時間に、その場所に居合わせたのです。



はなよ「な、なんでみんな……? こんなのありえないよ、バカげてるよ、おかしいよ」

りん「普通だよ」

はなよ「どうして……?」

まき「それをあなたが、私に聞くの? どうしてって、

どうしてあなたの人生がこうも刺激的で、家族に恵まれ、友に恵まれ、楽しく、適度に辛く適度に努力が必要で、ときどきミラクルが起きるか?」



「それは神様があなたに"運のよさ"を授けてくれたからでしょ?」

ユニバーサルかよちんモーメントとは、ある少女の宇宙的ミラクルな瞬間のことである。



終劇

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