穂乃果ことり真姫「もしもの」海未「花道オンステージ」 (370)

同じく鎧武とラブライブ!のクロスが立っていますが、毛色が違うので別々に楽しんで頂ければと思います。
キャラについて2つだけ注意を。1.百合です。2.死にます。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1421064263

――きっと私は幸せなのでしょう。

学業、日舞、剣道、弓道部、生徒会、スクールアイドル。

行うことは常に沢山ある。
駆け巡る毎日が常に鮮やかで、瑞々しく甘酸っぱい青春の味がする。

それに幼馴染で親友の、穂乃果、ことり。それにμ'sのみんな。
彼女たちに出会えた事が何よりも、私にとっては永遠の宝物として残り続けるだろう。
きっと私はとても恵まれていて、充実した幸せな毎日を送っていると言ってもいいのでしょう。

――だけど

そのはずなのに、ときどき不意に何かが胸に圧し掛かる。
何かが私の耳元で囁く。

――本当に、これでいいのか?

その声の主は、幸せを壊そうとする悪魔か、幸せに溺れるのを危惧する天使か。
私は未来でどうなるのだろう。
普通に大学に進んで、普通に就職をするのだろうか。
それとも家を継ぐのだろうか。
はたまた、みんなと一緒にアイドルをまだ続けているのだろうか。

将来のやりたいことを見つけられない人に比べれば、贅沢な悩みだと思うのは重々承知しています。

目の前には私の進むべき道が幾つもあり、その舗装された道は街灯に照らされ続いている。


――だけど


私はこの先へ行きたいのだろうか。
後悔のない望む未来へ行きたいと、生きたいと願う事は、傲慢なのでしょうか。
幸せに酔っている事は罪なのでしょうか。

答えは、まだ分からない。

私は答えから逃げたまま、この輝かしい"現在(いま)"を歩いている。
温かい灯りの先にある、真っ暗な未来から目を背けて。





"これは、もしもの物語である。"



人は己1人の命すら思うがままにはならない。
誰もが皆逃げられず、逆らえず、運命という荒波に押し流されていく。

――2人の男が戦った。

仮面をつけ、鎧を纏った2人の男。
己の信念を刃に乗せ、幾度となく剣戟を交え、火花を散らせ、叫ぶ。
天を獲るために。
世界を己の色へと染め上げるために。

1人は槍を振るい、もう1人は刀を手に切り結ぶ。

この戦いを見届けるのは、1人の少女、1人の男。

だがそれは人でない。

禁断の果実となった少女は憂い、男は誑かし謳う蛇のような企んだ笑みを浮かべる。


「紘汰……、戒斗……」

「しっかり見届けるんだな」


蛇の男の言葉に、少女は強く胸を握り締める。

己が為の栄光の為でなく、世界の為に戦う2人。
世界という重荷を背負って尚、信念を貫くために、彼らは、その禁断の力へと至ってしまった。

運命という荒波に流され、ここまできてしまった男は涙を流し、友と想う男へと刀を振る。

運命をよしとせず、自ら切り開く意志をもった男は怒りをもって、強者と想う男へと槍を突き出した。

運命には抗えない。
だが命じられたのだ。世界を変えろ。未来をその手で択び、掴み取れと。
今、2人の男に世界は託される。



「葛葉ァァァアアア!!」
「戒斗ォォォオオオ!!」


――長く続いた闘争の結末は、一瞬でついた。


この世界の行く末が、決まったのだ。


「……」

「定まったようだな、未来の形が」


蛇は涙を流す少女を促す。


「さあ、あるべき世界へ帰るがいい。お前の務めを果たす時だ」


彼女は顔を上げて、勝者へと近づいていく。勝者はオレンジ色の刀を手に敗者を見ていた。
これは、また違う世界で起きた物語。

そして――


穂乃果「商店街のPR?」

音ノ木坂学院のアイドル研究部の部室。
首を傾げる穂乃果に、元生徒会長の絵理は「ええ」と力強く頷く。


絵理「そうなの。先日、私の元へ相談を受けてね。
   廃校を救った私たちの力で商店街への活気を取り戻して欲しいって頼まれたのよ」

穂乃果「えぇー、なんで今の生徒会長の穂乃果じゃなくて、絵理ちゃんのとこに来るの」


不満げな穂乃果に、「そこですか」と呆れ顔で呟いたのは穂乃果と同じ生徒会に属している幼馴染の海未。
それに追従するように「まあまあ」と穂乃果を宥めるのも、同じく生徒会で幼馴染の、ことり。


希「そこらへんはあれやん? やっぱり生徒会長時代のコネとかを伝って依頼がくる感じなんやない?」

花陽「アイドルにコネってやっぱり必要なんですよね……」

凛「何だか生々しい話だにゃー」


元生徒会で絵理の親友の希はフォローするように、言葉を付け足し、それに感想を添えるのは花陽と凛。


真姫「で、どうすんの。その話受けるの?」

にこ「まっ、商店街なんて平凡なところでは、にこの魅力は収まらないけど?
   小さな活動から、ファンってのは増えるものだし」

真姫「意味わかんない」

にこ「なによ!?」


ジトと横目で見る真姫に食って掛かる、にこ。

この9人が音ノ木坂学院のスクールアイドル、μ'sだ。

様々な苦難を乗り越えアイドルを結成し、ラブライブの予選を控えていた。


絵理「でも悪い話じゃないと思うの。
   イベントの費用は向こうが持ってくれるって話だし、私たちは商店街のPRをしながら、アイドルとしての広報もできる」

希「中々場所を取れない私らにとって、いいチャンスやと思うねんな」

海未「確かに、その商店街はよく利用させてもらっていますし。恩を返す機会ですね」

ことり「穂乃果ちゃん、どうする?」

穂乃果「そんなの決まってるじゃない!」


椅子から立ち上がり、穂乃果は拳を突き上げた。


穂乃果「μ'sとして歌って踊って、みんなに楽しんでもらおうよ!
    私たちの熱意が、きっと伝わるように、みんなで頑張ろう!」


周りの8人もそれに合わせて、拳を上げた。
こうして、商店街のPRとして彼女たちは参加することになった。


確かに彼女は率先して笑顔を見せていくタイプでないことは知っている。
だが、どこか憂いたような表情を見せているような、そんな気がしたのだ。


海未「そうだ。穂乃果、ことり。先に生徒会に行って下さい」

穂乃果「え、どうしたの?」

ことり「部活?」

海未「いいえ。せっかくなので新曲の披露の場にしたいと思いまして、
   真姫と曲の打ち合わせをしようかと」

真姫「へ?」


素っ頓狂な声を上げた真姫に、笑顔を向ける海未。


海未「真姫はそれで構いませんか?」

真姫「ちょっと待ってよ。何を急に」

にこ「いいじゃない、今日はもうすることなんてないんだし」


にこも、海未も続いた。海未の意図を汲んでくれたようだ。


凛「やったにゃー。新曲楽しみだね、かよちん!」

花陽「うん。真姫ちゃんと海未ちゃんの歌で早く踊ってみたいね」

穂乃果「そっか。うん、わかったよ。
    海未ちゃんがくるまでに仕事終わらせちゃうから!」

海未「そんな事言ってサボっていたら許しませんよ。ことりもしっかり穂乃果を見張っていて下さいね」

ことり「あはは、穂乃果ちゃんだってする時はちゃんとするから大丈夫だよ」

穂乃果「そうだよ! 穂乃果だってやるったらやるんだから!」

海未「はいはい。分かりました。それでは真姫、行きましょうか?」

真姫「う、うん。ってちょっと押さないでよ海未!」


部室から出ている海未と真姫。
その後の部室でふて腐れた顔をする穂乃果。


穂乃果「もう、海未ちゃんったら信用してないんだから」

絵理「まあ穂乃果とは長い付き合いだし、だから心配なんじゃない?」

穂乃果「だってだってぇ!」

絵理「……そうだ、心配といえば1つ」


急に真面目な顔をする絵理。不思議そうな顔で周りは絵理を見る。


絵理「最近……この周りではまだなんだけど、ちょっと行方不明事件が増えてきてるみたいなの」

にこ「行方不明? 物騒な話になってきたわね」

希「冗談やないんよ、にこっち。新聞とかでも最近よく取り上げられてると思わん?」

花陽「そういえば、なんだかよくそういう事件を聞いてる気がします……」

ことり「ニュースでもやっていたよね。でも本当に手がかりとかないんでしょ?
    誘拐でもないみたいだし」

絵理「そうなのよ。でもひょっとしたら、何かあるのかもしれないわね」

穂乃果「何かって何? 絵理ちゃん」

絵理「流石にそれは分からないけど……。でも、怪しい人には付いてったり、1人で帰ったりするのは絶対ダメよ」

凛「何だか小学校の集団下校みたいだね」

希「でもほんまにそれぐらいのつもりでおった方がいいと思うんよ。
  何かあってからじゃ、どうしようもないやん?」

穂乃果「うーん。分かったよ絵理ちゃん!
    じゃあ生徒会の方からも、みんなに呼び掛ける様にやってみるね!」

絵理「ええ。お願いするわね」

ことり「……」

花陽「? どうかしたの、ことりちゃん」


話の中で俯くことりに気づいた花陽が話しかける。
ことりは、気付いたように顔をあげ直ぐに笑顔を作り直した。


ことり「え、ううん。なんでもないよ!」

花陽「そうなの? ならいいんだけど」

ことり「心配してくれてありがとう、花陽ちゃん」

穂乃果「よーし、じゃあ早速生徒会でみんなで呼びかけるプリントも作ろっか、ことりちゃん」

ことり「うん、そうだね!」

にこ「じゃあ、ここで今日は解散かしらね」

絵理「ええ。気をつけて帰ってね」

穂乃果「はーい! 行こう、ことりちゃん!」

ことり「うん!」


みんなに別れを告げて部室から飛び出す穂乃果と、ことり。
元気に廊下を歩く穂乃果を見て、ことりは思う。


ことり(行方不明ってことは、どこかへ行ったって事だよね。
    自分の意志で? それとも誰かに連れて行かれて?)


誘拐じゃない。身代金を要求された話は聞かないし、何より性別や年齢も幅広い。
場所も不規則で、時間も分からない。でも消えた。まだ誰も目撃者はいない。
じゃあ誰が、どんな手口で、何の目的でこんなことを?


ことり(……なんて、推理物の見すぎかな。海未ちゃんに借りたのが面白かったし)


例え何かあったとしても、それに自分が関われることなんてないだろう。
だって、そんなの夢物語なんだから。
流石に他人事ではいられないとしても。それでもどこか身近な話とは思えなかった。
そう思い直して、ことりは考えを振り切って、穂乃果の後を置いていかれないようについて行った。

推理物のヒロインなんて、憧れるものじゃないよね。

そんな事を思いながら。


真姫「ちょっと、どうしたっていうのよ」

海未「新曲の打ち合わせですよ」

真姫「他にも理由があるんでしょ、それぐらい分かるわよ!」


海未に押される形で音楽室まできた真姫。
新曲の打ち合わせ。確かにそれもあるかもしれない。
だけどそれはまた後日のはずだ。少なくても今日はそんなことするなんて話は聞いていない。
真姫の疑問に答えるように、海未は一呼吸をおいて真姫へ言った。


海未「真姫。何か悩み事があるんじゃありませんか?」

真姫「はぁ? なによ急に」


意味わかんないと、髪を指でいじる真姫に、海未は笑みをこぼす。


海未「真姫は強い子ですから。きっとそう言うと思ってました。
   本当になかったり、言いたくないことなら別に構いません。誰にでも聞かれたくない事はありますから」


ですが、と一拍おいて海未は窓から見える空を見る。
いつの間にかもう、こんな時間だ。日が落ちるのが早く、もう空が赤く染まっている。

キャラの漢字間違えるようなニワカはクロスに手を出すなよ
ニワカだから出すのかもしれないが

浅い理解でにこまき絡ませてる時点で寒い

>>18 あ、絵里さんの名前間違えてますね。申し訳ないです……


海未「でも、自分で抱えきれない荷物ならそれはいつか零れてしまいます。
   少しだけ、荷物を持つ事を許してくれるのなら相談してみてくれませんか?」

真姫「正直、海未ちゃんがそんな事言うの、ちょっと意外かも」

海未「そうですか?」

真姫「いや、ううん。どうなんだろ。そういうのエリーとかいつの間にか心を読んでくる希の場面っていうか。
   もしくは……めざとい、にこちゃんとか?」

海未「真姫の中で、にこはどういうポジションなんですか」

真姫「……オチ担当?」

海未「ふふっ、真姫も酷いこと言いますね」


2人で一頻り笑った後、真姫も、ピアノの椅子に腰をかける。


真姫「でも、ある意味海未ちゃんが一番相談しやすいかも」


真姫は適当に鍵盤を押している。


真姫「ねえ。海未は家を継ぐの?」

海未「……どうなんでしょう。正直、決めかねている所です」

真姫「そっか。私ね、パパに言われたの。将来どうしたいって」


適当に押していた鍵盤が少しずつ形をなして、曲となっていく。
海未も知っている、ある意味で真姫と初めて出会った時の曲。


真姫「I say……」


愛おしそうに、ゆっくりとソロで聞く真姫の歌声。
ほんの少しの簡単な歌い出しでも真姫の才能を感じさせる。


真姫「私、どうしたのかしら。
   スクールアイドルなんてやってるけど、将来は医者になろうって漠然と思ってた。
   それまでに人生の勉強として、こういうことするのもいいかもって。でも」


鍵盤の弾きをやめ、真姫は振り返って窓を見る。
表情を見せたくないのかもしれない。


真姫「でも分からないの。アイドル始めてから、私全然体験してないような事、バカな事も、嬉しい事も、いっぱいした。
   私の世界って、すごいちっぽけだったんだなって思ったの」

海未「真姫……」

真姫「ねえ、海未ちゃん。私はどうしたらいいと思う?
   将来のことを今すぐ決める必要なんてないって、パパにもママにも言われたけど。
   でも納得できないの。私は、どこへ行けばいいの?」


真姫は真剣に自分の進路に、未来に向き合って考えている。
そうきっと彼女が持っている思いは、自分と同じものだ。
だったら、私も彼女に答えなければならない。それが、自分がまだ迷っている答えだとしても。


海未「私から言えるのは、焦って答えを出してはいけないということです」


海未は静かに歩み、窓から校庭を見下ろす。
真姫は自分の表情を見せたくないのなら、自分もこうするべきなのだろう。


海未「私も同じです。家を継ぐのか、アイドルを続けるのか、それとも社会へ出る事になるのか分かりません。
   きっとどの道を選んでも、他の道に行くべきだったのではないかと考えると思います」


正しい道、それだけならきっと直ぐに分かる。
彼女も自分も家を継げばいい。大変な道でも、約束された道ではあるのだから。


海未「本当に正しい道を往くのであれば、それは分かっていると思います。
   でも真姫は、他の道もあることを知ったんでしょう?」

真姫「……うん」

海未「それは大切な事です。自分の可能性を閉じ込めないで下さい。
   これしかないと思ってしまえば……それが大人になってしまうって事なのではないでしょうか?」

真姫「大人、なのかしらそれ?」

海未「そうなのかもしれません。でもそんな諦めて大人になる必要はないんですよ。
   真姫はまだまだ子供ですから」

真姫「ちょっとそれバカにしてない?」

海未「まさか。真姫は可愛いってことです」

真姫「なんか褒められてる気がしないんだけど」

海未「ふふっ」


むすっとした顔で海未を睨む真姫。
大人ぶりたい彼女の年相応な顔は本当に可愛いと思う。


海未「私たちはまだ高校生ですよ。要するにまだ子供です。
   模索しながら進むのは大変だと思いますが……頑張り屋の真姫なら出来ます」

真姫「子供と大人ね……」


真姫は呟く。
いつの間にか、真姫も立ち上がり、一緒に窓から校庭を見下ろしていた。


真姫「ねえ、もしも海未ちゃんが答えを出したなら、教えてくれる?」

海未「もちろんです」

真姫「うん、ありがと」


ため息のあと、真姫は海未に聞こえるかどうかぐらいの声で言った。


真姫「大人って、どうなるのかしら」


―――

はぁ、とため息をついた男が帰路に着く。
残業が終わり、疲れを身体に残したまま、家族の待つ家へと足を進めている。

もうくたくただ。家では妻が手料理を作って待っていてくれることだろう。

だが、ふと男の足が止まった。
いつもの道にある空き地、ふと何か違和感を覚えた。
なんだろうと近づいてみると、見たことのないような蔦が伸びていることに気付いた。


その先には見たこともない、紫色の果実を実らせて――

こんなもの、昨日までなかったような。
そんなことを考えながらも、何故か果実からは不思議な誘惑を感じる。

そういえば、昔は田舎でグミのみを食べたりしたものだと思い出す。
気付けば、いつの間にか果実を手に取っていた。

お腹も空いていることだし、1つぐらい摘んだって大丈夫だろう。
果実の皮を剥くと、半透明で瑞々しい果肉が出てきた。
あるでゼリーのように弾力をもって震えるその果実が次第に男の口元へと運ばれる。


ああ、美味そうだ。


その日、その男は行方不明となった。


八百屋「お目にかかれて光栄だよμ'sのお嬢ちゃんたち。商店街のPRを手伝ってもらえるなんて」

絵里「いいえ。こちらこそみんなへ見せるステージの場が限られていますので、この申し出はとても感謝しています。
   それに、この商店街には、よく来ていますので」

八百屋「そうか、それは嬉しいね」

ステージの裏に集まったμ'sの9人。
商店街の代表として、そして店をすぐ裏にもつ八百屋の店主が、にこやかにμ'sへと話を進めている。


八百屋「リハーサルもなく、いきなりのぶっつけ本番だけど大丈夫かい?」

穂乃果「勿論大丈夫です! しっかり練習してきたので!」

希「ですから、今回はウチらにお任せください」


八百屋の店主は満足そうに頷く。


八百屋「近頃、物騒な事件も多いし、ここはお嬢ちゃんたちのパフォーマンスで熱気を取り戻してくれよ!」

海未「ええ。そういえば一昨日も、行方不明が出たみたいですね」

ことり「うん。それも隣町だって」


ニュースでも、いよいよ大事になってきていた。
流石に多すぎるのだ。
一昨日、会社帰りのサラリーマンが急に行方不明となった。場所も本当に目と鼻の先のことだ。他人事ではいられない。


花陽「うぅ、何だか本当に怖いです……」

八百屋「大丈夫だよ。しっかり商店街の大人たちが観客整理はやってるし、それに」


八百屋の店主の言葉が、そこでとまる。


八百屋「それに、君たちの輝きは損ねて欲しくないってことさ。
    まあ。成功を祈ってるって事だよ。盛大に輝いてくれ!」

絵里「え、ええ」

穂乃果「はい、頑張ります!!」


それだけ言い残して、八百屋の店主が去っていく。
凛が少し顔を歪めて呟く。


凛「なんか、変な人だにゃ」

花陽「凛ちゃん、一応スポンサーの人なんだから」

にこ「そうよ、スポンサーを粗末にしたらばちが当たるわよ」

希「にこっちはスポンサーにやらしい事されるタイプやな」

にこ「されないわよ!?」

真姫「はぁ……、それよりももうすぐステージの時間なんじゃないの?」

ことり「うん、そろそろ準備だね」


ことりの言葉でそれぞれ最終の衣装やバックミュージックの調整を行い始めた。
海未もステップの確認を取ろうと、頭の中で曲を流しながら丁寧に足を動かしてみる。


ことり「ねえ、海未ちゃん」


後ろから、ことりに声をかけられる海未。


海未「どうかしましたか、ことり」

ことり「海未ちゃんはさ、行方不明の事件ってどう思ってる?」

海未「どうって……」


ことりから、そんな事を聞かれるとは思っていなかった海未は、少し戸惑いながらも、顎に指を添えて考える。


海未「どこへ行ってしまったか、ですよね」

ことり「うん。でも海……、あ、海未ちゃんのことじゃなくて自然の海ね。
    近くにないんだから海外へ連れて行かれたってことはないと思うの」

海未「それはどうでしょうか。協力者が海まで車で運んだってことも考えられないわけではありません。
   まあそれを言ってしまうと、何に対しても可能性は残ってしまいますが」

ことり「そっか……」

海未「ことり?」


ことりは神妙な顔の後、照れたように小さく笑う。


ことり「ううん。海未ちゃんに貸してもらった小説面白くてね、ちょっと事件の推理をしてみたいなって思っただけ。
    ごめんね、変なこと聞いて」

海未「こ、ことり……!?」

ことり「ねえ、海未ちゃん?」


ことりは海未に寄り添う形で身体を預けていく。
元より露出の多いステージ衣装だ。
ことりの温かい肌や鼓動、柔らかさがダイレクトに海未へと伝わる。
急に接近された海未は、ことりの女の子らしさを感じ、ドキドキと鼓動が早くなり、体温も上がっていくのを感じていた。

海未(ことりは同じ女性ですよ!?
   落ち着くんです。落ち着いて平静にしなくては……)


海未「ど、どうしましたか、ことり」


ことりの肩を支えながら、海未は問う。少し声が上ずってしまったが、それはスルーした。
ことりは、海未にしか聞こえないぐらいの小さい声で囁く。


ことり「昔約束したこと、覚えてる?
    もしも、私や穂乃果ちゃんが危ない時は……」

海未「え、ええ。私が必ず2人を守ります」

ことり「えへへぇ。海未ちゃんはやっぱり凄いね。王子様みたい」

海未「恐縮です」

覚えている。自分の泣き虫が治り始めたぐらいのときだ(今も涙もろい点はあるが、解消はされているはず)。
少し男子に意地悪をされていた時、ことりと穂乃果を守ると確かに言った覚えがある。


ことり「……じゃあね、私と穂乃果ちゃんの2人が危ない時は、どっちを選んでくれるの?」

海未「へ、それは――」


そんなの選べるわけないじゃないですか、そう答えようとした時。
バッと、ことりが海未から離れた。
見ると、穂乃果が2人の方へ駆け寄ってきたのだ。


穂乃果「海未ちゃん、ことりちゃん、どうしたの?」

ことり「ううん、なんでもないよ。
    ちょっとだけ立ち眩みしちゃってね。海未ちゃんが抱きとめてくれたんだ。ね?」

海未「え、ええ。そういうことです」

穂乃果「えぇ!? ことりちゃん、大丈夫?」

ことり「うん、平気だよ。もう治っちゃったから」

穂乃果「無理しないでね。気分が悪くなったら、すぐに言ってね?」

ことり「ありがとう、穂乃果ちゃん」


ことりは穂乃果を押して、ステージの方へ向かう。
その時、すれ違い際に小さく「ごめんね」の言葉が、海未の耳へ届いた。
海未は、その言葉が何故か強く残った。
そして自分の耳を疑う。

2人が離れた後、それは自然と口から小さく零れてしまった。


海未「どうしてそれを、穂乃果がいうんですか……?」

八百屋「いやぁ、青春だね」

海未「ひゃぁ!?」


横から八百屋の店主が生みに声をかける。驚いて体が跳ねてしまい、情けない声をあげてしまった。


海未「い、いったい何なんですか」

八百屋「いやぁ、友情って素晴らしいなって思っただけさ」


八百屋の主人は悪びれた様子はなく、ニヤけた笑みを浮かべている。
海未には何故か、それがとても不快だった。
だがそれを感じ取ったのかどうか、店主は海未に言葉を投げかけていった。


八百屋「なあ、人生って短いと思うか?」

海未「は? いえ、そんな事は……」

八百屋「俺はとても短いと思うね。それこそ花火のように一瞬だ」


店主は両手をあげて、語りかける。
その様子はさながら、舞台の司会者、語り手のようだった。


八百屋「だからこそ、その刹那の合間にどれだけ輝いて、どれだけ価値のあるものを残せるかが大事だと思うんだ。
    君たちはとても輝いている。眩しいほどに」

海未「……それで、何が言いたいんですか?」


どこか不機嫌さをそのまま口に出してしまったような、そんなニュアンスの口調になってしまった。
とたんに冷静になって謝罪しようと、口にする前に、店主は先回りしたかのように割ってはいる。


八百屋「いやいや、すまないねぇ。お詫びと言ってはなんだけど――」


―――

にこ『はあい、みんな。にっこにこにー!』


  にっこにこにー!


にこ『みんな、今日は、にこのライブにきてくれてありがとうにこー!』

真姫『ちょっと、にこちゃん。ここはにこちゃんだけのステージじゃないんだからね』

穂乃果『みんな、穂乃果もいるよー!』


  穂乃果ちゃーん!


穂乃果『ありがとー!』


海未(すっかりアイドルですね)


あの後、すぐにステージが始まった。
ステージにあがったμ'sに集まっていた観客(この場合は商店街のお客様か)は、盛大な拍手で迎えてくれた。
流石にスペースがスペースなので、50人ほどだとは思うが、それでも十分な人数だ。

まずは商店街のPRだ。穂乃果の苺が美味しいといった物や、希のよく値引きしてもらえるといった話。
ことりの良い素材が手に入るといった話から、凛の早朝走ると楽しいといった、PRになるのか分からない事まで、
色々とトークをした。

海未自身、さっきのことりが引っかかるが、別に穂乃果と仲が悪いとかそういう訳ではないらしい。
現に2人は、ステージに上がる前からも些細な話で盛り上がっていた(そのせいでステージに上がるのが少し遅れた)。
幼馴染の2人だ。少しでも違和感や困惑や嫌悪があれば、自慢ではないが海未には分かる。
2人には、その様子は微塵も感じられない。
ことりはきっと、行方不明の事件を恐れているのだろう。

自分だってそうだ。2人は勿論、μ'sのみんな。家族、言ってしまえば知ってる誰かがいなくなってしまうのは、嫌だ。
ことりも同じ気持ちなのだろう。それが不安なのだ。
このステージが終われば、改めて、ことりに言おう。"絶対に守ります"と。


絵里『それは皆さんも一緒に楽しんでください。今日のための新曲です!』

凛『いっぱい練習した成果を見て欲しいにゃ!』


だから、このステージは盛大にしなくては。
希が小さくスタッフの人に合図を出し、それぞれの立ち位置へ向かう。
そして、穂乃果の掛け声と共に始まる


はずだった。


急遽、商店街の中の何もない壁から、ジッパーのような物が現れ、空間が開かれる。


え?


誰かが言った。
μ'sのみんなも、観客たちも、通行していただけの人もその声で全員そこへ視線が移った。
まるで時間が止まったように、誰もが止まる。一瞬の静寂の中で小さな唸り声が、先の空間より漏れる。


――キシャァァ――


空間の先にあるものは、緑か森か。海未には分からない。
だがギザギザの入り口を掴んだ何かが、ゆっくりと現れた。

現れたそれは、蛹のようだった。
身体の色は灰色、所々ラインの色が違うが、ずんぐりとした姿は一見愛嬌があるように見えなくもない。
だがしかし、商店街へ現れたそれは複数姿を見せると


「ギシャァァアア!!」


頭が大きく左右に開かれ、それは正しく大きな"口"だった。
まるで人間を食べてしまえる程の……"化け物"だ。

その場にいた全員がそれを一瞬で理解した。

観客の誰かが、悲鳴をあげる。
慌てるように、観客は化け物から逃げる。
騒乱となったステージから、クモの子を散らすようにそこから離れていった。


穂乃果「な、なにあれ……?」

にこ「何かはわかんないけど………!?」

男「全員逃げろぉおお!!


誰かの叫びで、μ'sの全員も我にかえった。
そして観客と共に一緒に逃げようとしたとき、化け物が逃げる観客へと飛び掛る。

化け物は大きな手でなぎ払い、逃げ惑う人を吹き飛ばす。
中には抵抗しようと椅子を振り回す人もいたが、殆ど効果もなく、そのまま払い除けられた。

そしてじわりじわりと数を増やす化け物たち。
阿鼻叫喚の図に、ステージから動けないμ's。


花陽「わ、私たちのステージが、こんな……」


倒れる人々、そして逃げる人たち。気付けば、μ'sは取り残される形となった。
スタッフたちは既に化け物に襲われ、気を失っている。
化け物たちは少しずつステージへと近づいている。


ことり「あ……ああ……」


蒼白な顔をすることりが視界に入った海未が、はっと竦んでいた足を動かす。
ステージから飛び降りた海未は、落ちていた鉄の棒を拾って正眼に構えを取る。


ことり「海未ちゃん!?」

絵里「ちょ、ちょっと海未! やめなさい!!」

海未「絵里はみんなの誘導を! 私が少しでも時間を稼ぎます!」

にこ「ちょっと、何無茶してんの!?」

花陽「駄目です、一緒に逃げなきゃ!」


みんなの声が代わる代わる耳に届く。
逃げろと叫ぶ。名前を呼ぶ。

見渡せば、目の前には数をより多く増やした化け物たち。


希「駄目よ、戻ってきて!」

海未「それよりも警察に電話を! いえ、まずは救急車です!」

穂乃果「待ってよ、海未ちゃん! 穂乃果も戦う!」


ステージから飛び降りてきたのは、穂乃果だ。同じく海未のようにパイプを構えて海未の横に並び立つ。
確かに、穂乃果は昔剣道をしていた。だけど……。


真姫「穂乃果まで何バカな事を言ってるの!?
   敵いっこないわよ」

海未「そうですよ穂乃果! ここは私1人で十分です。それよりもみんなと一緒に逃げてください!」

穂乃果「嫌だよ! 海未ちゃんが一緒じゃなきゃ嫌だ!」

海未「我侭言わないで下さい!」

穂乃果「我侭は海未ちゃんの方だよ! 格好つけて1人で無茶して!
    海未ちゃんがいなくなっちゃうなんて、穂乃果はいや!
    9人揃ってのμ'sだもん、だからみんなで帰るんじゃなきゃやだよ!」


穂乃果は強い目で、海未を見る。
死ぬつもりがあったわけでも、勝てる見込みがあったわけでもない。


凛「り、凛も戦うよ! ちょっとはお手伝いするにゃ!」

真姫「ちょっと、凛まで待ちなさいよ!」

にこ「落ち着きなさいよ、あんたたち! ……って、穂乃果、海未、あぶない!!」


"キシャァァアアア"


問答している間に距離をつめていた化け物はまっすぐにステージへ向かってくる。


海未「はっ……!」

穂乃果「めぇん!」


海未と穂乃果が化け物の爪をパイプで受け止め、流す。
そしてパイプで殴り返すも、化け物は少し怯んだ程度でダメージも何もあったものではない。
非力な少女の力では手が痺れてしまい、次の行動が取れなくなってしまう。


穂乃果「あぁ!?」


穂乃果のパイプは爪で弾かれ、穂乃果自身も化け物によって大きく元のステージの方へと吹き飛んだ。


海未「穂乃果!?」

ことり「穂乃果ちゃん!?」


μ'sの全員が穂乃果を心配する。幸い、軽度の怪我のようだが、それでも……。
そして穂乃果に気をとられ、海未も自分の武器を弾かれる。


海未「ぐっ……」


化け物を振るう腕を掻い潜り、胴へとタックルするが、それでも動かない。
そのまま化け物に掴まれてしまう。
何とかそれを振りほどいて距離を取ったが、徒手空拳で勝てる相手でないのは分かっている。


海未(ここまで、なんですか……!?)


守ると言ったのに。穂乃果、ことり、みんな。
善戦も時間稼ぎもままならない。所詮自分が学んできた武道なんて、この程度のものだったのだろうか。
ごめんなさい、みんな。




――コツン


再び、時が止まったような感覚だ。たった1つの靴音が、化け物たちの動きを止めたのだ。

コツン、コツン、コツン。

連続する靴音。音が大きくなる。化け物たちは、その方を見て震えている。震えるのは敵意か、恐怖か。
海未も力なく、座りこむ。全員の視線が、その音へ再び眼を向けた。


「貴様たちは何をしている」


男だ。
赤いシャツに灰色のベスト。黒いコートを翻した強い眼光をもつ男だ。
男は足音を鳴らし、近づいてくる。


花陽「あ、危ないです! 逃げてください!」


花陽が叫ぶ。しかし男は答えず、コートから黒いバックルを取り出した。
無骨で窪みをもったそれは、端に小刀がついており、また何かの横顔が描かれている。


「俺は逃げたり等しない」


男の言葉は再び静寂の訪れた商店街の中で響き渡る。
バックルを腰へ当てた。バックルから伸びたベルトは一周し、男の腰で固定される。
海未は見た。知性のない様にみえた化け物たちが1歩足を下げた。
まるで何かを察知し恐怖したかのように。


「逃げるのは弱者のする事。だが」


男がさらにコートから取り出したのは……錠だ。
黄色い果物が描かれたそれの側面を男は指で撫でる。



―― バ ナ ナ ! ――


その描かれた果物の名が読み上げられる。
そして鍵のあいた錠を男は指で回し、バックルへと装着した。


「変身」


―― ロ ッ ク オ ン ! ――



「強い者へと無謀に立ち向かう貴様たちは、ただの馬鹿だ」


行進曲のようなファンファーレが鳴り響く。
そして、男の頭上にまた空間よりファスナーが現れ開かる。
そしてそこから降りてきたものは。


穂乃果「バ、バナナ!? バナナだよ!」

絵里「ハラショー!?」

希「な、なんてスピリチュアルなんや……」

真姫「意味わかんない!?」

にこ「ちょっとさっきから何が起こってるの!?」

花陽「バナナがでてきちゃったの!?」

凛「バナナ! バナナだにゃ!!」

ことり「バナナ……バナナ……」


ステージのみんなが男の頭上に現れた一房のバナナ……の形をした何かを見上げて、騒いでいる。
男は、一度を目を閉じて再び見開き、そして叫ぶ。


「バロンだ!」


―― C o m e O n ! バ ナ ナ ア ー ム ズ ! ――


バックルの脇についていく小刀を切り下げると、錠が割れる。
すると、ファンファーレは止み、空中に浮いていたバナナが男の頭へ突き刺さり、男の身体が赤と白のスーツを纏っていく。
纏い終えた後、ゆっくりとバナナの形をしたものが展開し、男の上半身を包み込んでいく。
そこでようやく気付いた。あれは……、鎧だ。
バナナのような肩当は左右非対称ではあるものの、王者のような貫禄を感じさせる。
そして展開されたバナナの中から仮面をつけた男が、いつの間にか持っていた剥けたバナナのようなランスを一振りする。
その姿はまるで西洋の騎士そのものだ。


―― K n i g h t O f S p e a r ――


「貴様たちの相手は、この俺だ」


怯えていた化け物たちは男へと飛び掛り、男はランスを振り化け物へと突き進む。
化け物たちの腕が男へと振りかぶられる。だが男は避ける事もしない。
男の鎧は化け物の攻撃にびくともせず、ガンガンと化け物を切り裂き、圧倒していく。


海未「強い……」


その姿はまさに一騎当千というべきか。多数の化け物を前に怯む事なく進むその姿は強者そのものだ。
男は1体の化け物の腕を掴み、ランスをもった手で顔を殴り飛ばす。
殴られた化け物は他の化け物の集団に突っ込み、団子状態となった。


「消えろ」


男は一度、ベルトの小刀を切り落とす。


――カシャン――


―― バ ナ ナ ス カ ッ シ ュ ! ――


ベルトから音声が流れる。男はランスを地面と水平に構え腰を落とす。
ランスの先に少しずつエネルギーが溜まっていくのが分かる。空気が痺れ、それが伝わってくるのだ。


「ハァァアア!!」


男がランスを化け物たちへ突き出す。ランスの先から半透明の巨大なバナナが現れ、化け物たちを纏めて串刺しにした。
化け物たちは断末魔をあげて、爆発していった。


絵里「バナナスカッシュ……、なんだか喉通し悪そうね」

にこ「んなバカなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」


μ'sたちもそこでようやく金縛りが解けたのか、倒れ込んでいた穂乃果に近づいていく。


ことり「穂乃果ちゃん、大丈夫!?」

穂乃果「うん。大丈夫……、ちょっと手を捻ったぐらいだよ」

ことり「よかったぁ……」

希「えりち、穂乃果ちゃん運ぶの手伝ってくれん?」

絵里「ええ。勿論よ」

凛「海未ちゃんも早くこっちに来て!」


凛の叫びで、海未が少しみんなと離れた場所で座り込んでいたことに気付く。
幸い、自分の周りにいた化け物たちは、男によって退治されていた。
もう安心だと、身体の緊張を緩めた時だった。


「「アアアアァァァァ!!」」


強く獣じみた叫びが木霊する。
振り向けば、頭と背中に大きい枝角を持つ先ほどより人型に近い化け物が再びファスナーの向こうより現れた。
それも、複数体だ。その姿は、自分たちの知る鹿によく似てるような錯覚を覚えた。


「ほう」


何匹もの新たな化け物が仮面の男へと飛び掛る。男はそれをランスで受け流し、蹴りを入れて吹き飛ばす。
そして残った1体は。


真姫「海未、逃げて!」


真姫の声で、海未が気付く。男に気を取られている間に残った鹿の化け物が海未の方へと向かってきていたのだ。
鹿の化け物の手は蹄のようになっており、海未は横へ飛び出して何とかそれを避ける。
避けた場所の地面は、蹄によってえぐれていた。


ことり「海未ちゃん!!」

海未(あれを受けたら……)


ぞっとする。間違いなく、ただではすまない。


花陽「そこの方、助けてください!」


花陽が、男へと助けを求める。
しかし男はその言葉が聞こえていないのか、目の前の鹿の化け物たちの相手をしている。


にこ「ちょっと無視しないでよ!」

絵里「お願いします。助けてくれませんか!」

ことり「お願い、海未ちゃんを助けてよ!」


「弱者は常に強者に寄生する。どこの世界でもそうだ。弱さを棚にあげ力を搾取し、傲慢にもそれを世界の理だと考えている」


男は言った。


凛「何を言ってるのか分からないよ!」

海未「くっ」


男たちとやり取りをしている間、海未は鹿の化け物の蹄を避け、障害物を使って避け続ける。
しかしそれも体力が続かない。すぐにでも攻撃を受けてしまい、そのまま……。


穂乃果「海未ちゃん! ……え?」


穂乃果の目に飛び込んできたのは、男が着けていた物と同じ黒いバックルだ。
違いは、プレートの部分に横顔の絵が描かれていない事だけだ。


穂乃果「もしかしたら……!」


海未ちゃんを助けることが出来る。危険な目にはあわせたくない。
穂乃果が飛び出す。みんなが穂乃果の名前を叫ぶが、それを無視してバックルを飛び込んで掴んだ。
これで、その人みたいに変身できるかも……。穂乃果がバックルを腰を当てようとした時だった。



海未「穂乃果ァァアアア!」

穂乃果「へ?」


駆け込んできた海未が、穂乃果を突き飛ばした。


――――

海未「うっ」


鹿の化け物の攻撃を避けた際に、身体をすりむいた。
これだから露出の高めの服は、と、海未は訳の分からない愚痴を内心でこぼす。


穂乃果「海未ちゃん!!」


穂乃果の叫びが聞こえた。
そして、穂乃果の方を見ると、その視線の先は違う方を見ていた。
視線を追うと、そこには……。


穂乃果「もしかしたら……!」


穂乃果が飛び出す。男が腰につけたのと同じような黒いバックルが、いつの間にかそこにあったのだ。
一体いつから、あんなところで落ちていたのか。
少なくても、自分が気付いたのは、たった今だった。
あんな目立つ場所にあったにも関わらず、だ。

だが、それよりもだ。


海未(穂乃果には見えていないんですか?)


バックルの先には、まだ残っていた丸っこい方の化け物が残っている。
焦っている穂乃果には、それを気付いていないのか。
海未は慌てて、目の前の鹿の化け物を蹴り飛ばして、穂乃果の元へ行く。
穂乃果が、黒いバックルを掴む。だがその後ろにはすぐに化け物が来ていた。


海未「穂乃果ァァアアア!」


海未は、穂乃果を突き飛ばした。


穂乃果「へ?」


もう目の前には振るわれた腕がきていた。


海未(ごめんなさい、穂乃果)


ごめんなさい、ことり。私はアナタの王子様にはなれません。

ごめんなさい、真姫。無理に悩みを聞きだしたのに、相談を最後まで出来なくて。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

幾つもの後悔がある。幾つもの反省もある。自分の弱さに打ちひしがれている。

走馬灯が自分の人生を振り返る。そして海未の頭を、化け物の腕が振りぬいた。


―――

穂乃果「海未……ちゃん?」


穂乃果の目の前で、海未は降りぬかれた腕で飛ばされ、頭から地面に落ちて、鈍い音をたててバウンドした。
まるで糸の切れた人形のように海未は動かない。
誰もが、言葉を失う。まるで、まるで……。


ことり「嘘、だよね?」


誰もが現実を受け入れる事が出来ず、放心していた。


穂乃果「よくも、よくも海未ちゃんを!!」


穂乃果がバックルを投げ捨てて、化け物に飛び掛る。


穂乃果「よくも、よくも、よくも、よくも!」


穂乃果の拳に化け物は意を解さない。
現実が、少しずつ穂乃果を襲ってきた。海未ちゃんは……。


穂乃果「海未ちゃんを、返してよ!!」


うっとおしくなったのか、穂乃果は化け物によって跳ね飛ばされた。


穂乃果「う!?」


飛び出す前の場所に、μ'sのメンバーのいる場所に穂乃果は投げられた。


ことり「やめて、穂乃果ちゃん! 海未ちゃんは……!!」

穂乃果「違うよ! 海未ちゃんはまだ、死んでなんかいないよ!」


化け物たちがまたゆっくりと、穂乃果たちへと近づいていく。
まだ夢物語のように、受け入れなかった現実が重くのしかかる。
この恐怖は現実で、圧倒的な真実に蹂躙されようとしているのだと。


「……」


男は黙って、鹿の1匹の化け物を相手し、そして倒れた少女を見る。


「貴様はどうする。そのまま弱者のままで終わるのか。それとも」



それとも?


―――


私は、死んだ。化け物に吹き飛ばされて、頭から落ちた。鈍い痛みを一瞬だけ感じたがすぐにそれはどうでもよくなった。
「これが死ぬって事なんですね」と他人事にように考えていた。
どうしてこうなったのだろう。
死ぬことに対する恐怖も、悲しみもある。もうみんなと会えなくなるのは寂しい。
でもどこか安堵もあった。
穂乃果を守れたじゃないか。それで十分。自分の生きてきた中で、それだけでも価値があったのだ。
穂乃果の輝きを守ることができたのだ。あの輝きは自分にはない。とても惹かれる強い光。
あの光を失ってしまうなら、死んだ方がマシだとそう思った。

だからもういいんです。もうこのまま楽になっても……。


――昔約束したこと、覚えてる?


ことり?
約束。ああ、そうだ。


「覚えていますよ。ことり」


2人を守りますと、そう約束しました。
いつだっただろう、もっと子供の頃の話だ。泣き虫で、穂乃果にも、ことりにもいっぱい迷惑をかけた。
それでも2人は私と仲良くしてくれた。
……嬉しかった。
だから剣道もいっぱい頑張った。2人の為に、2人を守れるようにと。
でもその結果はこれだ。

私は本当に2人を守ったのでしょうか?

……まだ、守れてない。

2人だけじゃない、守りたいものが、愛おしいと思えるものがいっぱい増えた。
穂乃果も、ことりも、みんなも。まだ危険じゃないんですか。

だから……。だから……! だから!!


小さな変化が起きた。力を失ったはずの身体が少しずつ熱くなっていく。
鈍い痛みは感じるものの、動けないほどではない。
ゆっくりと足に力をこめて立ち上がる。心の中で、強く叫びをあげた。
私は、まだ死ねないんです!


穂乃果・ことり「「海未ちゃん!!」」


穂乃果、ことり、そんなに泣かないで下さい。せっかくの美人が台無しですよ。
化け物たちが、自分を見る。
静かに歩いて、穂乃果の投げ捨てたベルトを拾った。
ポケットには……、これがある。


海未「みんなを守れないなら、死んだ方がマシだと思いました。でも、死んでも死に切れませんでした」


バックルを腰に当てる。ベルトが海未に巻きつき固定される。直後、先ほどまでなかった横顔のペイントがバックルに現れた。
使い方は、さっき見ていた。海未はポケットからオレンジ色の錠を取り出し、側面を指で撫でる。


海未「変身」



"お詫びと言ってはなんだけど、これをあげよう"

"なんですか、この錠は"

"お守りさ。ある勇敢な男が大切に持っていたものだよ"


―― オ レ ン ジ ! ――


海未は、八百屋にもらったそれを――"ロックシード"を腰のバックル"戦極ドライバー"へと取り付けて、鍵を閉じる。


―― ロ ッ ク オ ン ! ――


戦極ドライバーから、小太鼓や笛といった和の音が流れる。今か今かとその瞬間を待ち焦がれるような待機音。
そして海未の上に、同じように空間からファスナーが開いてオレンジの形をした鎧が降りてくる。


希「今度は、オレンジが……」

真姫「う、うみちゃん?」


海未は、小刀でロックシードを切り落とした。


―― ソ イ ヤ ! ――


オレンジが降りてきて海未の頭に突き刺さり、全身を青いライドウェアと呼ばれる強化スーツへと姿を変える。
それを見ていた男が呟いた。


「……まさかそれを貴様が持っていたとはな」


オレンジの中で海未の頭も仮面をつけ、その上から兜が降りてきた。
そして水しぶきを上げながら鎧が展開される。
手には、オレンジの切り身のような刀身の刀が握られている。

その姿は正しく鎧武者。腰にはもう1対の刀を差している。

変身した海未は静かに刀をステージとの間にいる化け物たちへと向けた。



―― オ レ ン ジア ー ム ズ ! 花 道 オ ン ス テ ー ジ ! ――



海未「みんなは、私が守ります!」


凛「海未ちゃん、すごい格好いいにゃぁ!!」

穂乃果「海未ちゃん、もう無理しないで!」

にこ「海未、さっさと終わらせて!」

海未「ええ。大丈夫です」


みんなの声援を受けて、海未は刀で化け物を切り伏せる。
先ほどまで、あれほど苦戦していたにも関わらず、容易く相手ができる。
身体に力が漲っていくのが分かる。


海未「ハァァ!」


有象無象の化け物達は、オレンジの刀で相手する。
時には腕を弾き、時には足で蹴り距離を開けて刀で斬り付ける。


キシャァアアアア


化け物たちはまた悲鳴を上げて、爆発していった。
あとは……。


海未「先ほどはお世話になりました。お礼しなければいけませんね」


鹿の化け物が海未へと襲い掛ってきた。海未は、刀で蹄を受け止める。
海未は鍔迫り合いになっている刀をずらして、蹄を受け流す。
そして腰に備えられていたもう1対の刀を抜き、居合いの要領で化け物へと振り抜いた。


ギャァアアア!


鹿の化け物は、そのまま吹き飛び、転がり落ちる。
海未はその隙にもう1度、小刀でロックシードをきり直す。


――カシャン――

―― オ レ ン ジ ス カ ッ シ ュ ! ――



海未「ハァアアアア!!」


エネルギーを纏う刀で化け物へと駆ける。
そして立ち上がった化け物を刀で一閃した。
そして化け物の後ろに回った海未は、振り向き再び両手で構えなおして袈裟切りした。
そして改めて、もう1度小刀を1度切り直す。



――カシャン――

―― オ レ ン ジ ス カ ッ シ ュ ! ――


遠心力を利用するように、大きく横へと刀を一閃する。
勢いが止まらず、そのまま身体が再び化け物を背にする形になり、身体の回転がとめ残心をおく。


ア……アァ……アアァァ!


化け物は爆発し、跡形もなく吹き飛んだ。


海未「はぁ……はぁ……」

穂乃果「勝ったの……?」

ことり「勝った、勝ったんだよ、海未ちゃんが! 穂乃果ちゃん!!」

穂乃果「こ、ことりちゃん苦しいよぉ」

絵里「ハラショー、ハラショーよ海未!」

希「ほんとや! 海未ちゃんが生きてて本当によかったぁ……」

凛「海未ちゃんほんとにヒーローみたいだったよ!!」

にこ「よくやったわよ、海未!」

真姫「海未ちゃん、怪我は大丈夫なの!?」

海未「え、はい。大丈夫です」

花陽「あの、それから……! 向こうの男性の人は!」


――カシャンカシャン――

―― バ ナ ナ オ ー レ ! ――


花陽の指摘で全員がそっちへ向いた。
男はランスで残った最後の1体を貫いていた。


「……」


男は静かに海未の元へと近づいていく。
お礼を言わなくては。海未は刀をしまい、男の方へと向き直した。


海未「あの、さっきは助かりました。ありがとうござ――きゃっ!?」


言い終わらない内に、男はランスで海未を払う。
ランスによって吹き飛ばされた海未は、そのまま受身もとれないまま倒れこんだ。


海未「いったい、何を……!?」

「貴様は勘違いをしている。俺は貴様たちを助けた訳ではない」


男は変身を解き、生身の姿に戻る。
そして男は手を空にかざした、その瞬間。


にこ「な、なによ、これ……」


空間から大量のファスナーが現れ開き、先ほど倒した者と同等の化け物たちが大量に召喚され、男の背後でうごめいている。
それはまさしく軍であり、男はその将である証だった。


「俺はただ、勝手に動いたインベスを粛清したのみ。貴様達のこと等知ったことではない。」

海未「イ、インベス? あ、あなたはいったい……」


男の姿が変わる。
ステンドグラスのような芸術的な美しさを兼ねた、血のように紅い化け物。
その姿は先ほどまでの、いや目の前にいるどの化け物よりも洗練されていた。
だが、分かる。彼もまた化け物なのだと。


"これは、もしもの物語である。"


もしも、この世界にヘルヘイムが侵食してきたのならば。

もしも、園田海未が"戦極ドライバー"を手に入れたのならば。


もしも―――



戒斗「捨てた名は駆紋戒斗。今の名は、バロン。ヘルヘイムを統べるオーバーロードであり、この世界の侵略者だ」




―――あの戦いで勝利し、黄金の果実を手に入れたのが葛葉紘汰ではなく、駆紋戒斗であったのならば。

これでおわりです。にわかで申し訳ありません。多分続きます

序盤の絵理は全て、絵里に。
あと>>44
バックルの先には、まだ残っていた丸っこい方の化け物が残っている。

まだ丸っこい方の化け物が残っている。

で、脳内保管お願いします。


たった1人の決断が、未来への分岐点だった。


かつて自分たちの将としてついて行った男は、力に溺れ世界を滅ぼす者"オーバーロード"となった。
その男は1人の女と多くの怪人を従え、君臨した。
それを彼の仲間たちは挑んだ。1人は双剣を、1人は小槌を手に軍へと挑む。
戦力の差は歴然だった。将は手を下すまでもなく、仲間達は劣勢を強いられていた。


「どうしてなんだよ、戒斗!」


かつての仲間であったはずの男は将へと問う。
姿が変わり森を統べる存在となった男は、異形の姿へと変わり、男へ問い返す。


「俺は黄金の果実を手に入れ、世界を作り変える。誰にも邪魔はさせない」

「戒斗ぉ! 本気なのか! 本当に世界を滅ぼすつもりなのか!?」

「だったらお前はどうする。前にも言ったはずだ。未来は己の手で勝ち取ってみろと。お前が求める未来はなんだ」


彼は見た。仲間達はかろうじて猛攻に耐えている。
彼は考えた。将となった友を止めるためにはどうすればいいか。
そして一瞬の逡巡の後、変身するためにクルミのロックシードを戦極ドライバーを装着する。


「俺は……」


―― ク ル ミ ア ー ム ズ ! M r . K n u c k l e m a n ! ――

正史ならば彼は、仲間達へと拳を振るった。だが、彼はそうすることはせず、かつての友へと拳を振り上げた。
歴史が、変わった瞬間だ。


「俺は、俺はそれでもお前を止める!! それがお前にチームバロンのリーダーを託された、俺の務めだ!!」


彼は、その拳を受け止める。完全な決裂だ。


「それがお前の答えか」

「俺には! 守るものがある! 犠牲を超えて、戦う価値がある!
 戒斗ォォオオ! 世界を滅ぼすことに、何の価値がある!?」


男は彼の猛攻を受け止め、それでもなお、平静を保つ。


「価値がないものを消し去る。それが俺の戦いだ」

「させない! 俺は、お前を……、お前を!!」


彼はドライバーの小刀を3回切り直す。


―― ク ル ミ ス パ ー キ ン グ ! ――


「ウォォォオオオオオオ!!」


エネルギーを貯めた、両手の拳を男へと伸ばしていく。
この拳で、自らが得た力を示すために。仲間を守るために。友を救うために。
だが――


「強くなったな、ザック。だが、まだ弱い」


――その拳は届かない。


「ザックゥゥウウ!!」


戒斗は、俺は、お前に――

彼(ザック)は出来なかった。かつて友であった男に裏切ったふり等、嘘でも出来なかった。
例え、道が違えていても、彼はリーダーに、友に、ただ戒斗に認めて欲しかったのだ。
背負う覚悟が足りなかった。戒斗を敵と断ずる事も出来ず、戒斗の強さに憧れを抱いたままだった。
憧れを持てば、超えられない。

それが彼の弱さ。ほんの少しの弱さが、未来を変えてしまった。

仲間達は、そのまま破れてしまった。
そして戒斗に対抗できる唯一の男、葛葉紘汰。
本来ザックと相打ちの様になるはずだった湊耀子が、そのまま紘汰と戦い、敗れる。

そして紘汰と戒斗の軍を率いた一騎打ち。

互角の実力であったはずが、その湊耀子との戦いの傷により劣勢となった。
それでも紘汰は戒斗と戦う。もう退く事など許されない。
一度目の戦いは、光実によって傷ついたままの戦いだった。
だがそれは、ザックが命をかけて紘汰を助けたのだ。


「葛葉ァァァアアア!!」
「戒斗ォォォオオオ!!」


世界を変える黄金の果実を手に入れたのは、弱さを捨てた男。
戒斗は、紘汰から奪ったオレンジ色の刀、大橙丸を手に紘汰を見下ろしていた。


―――

穂乃果「オーバーロード?」

にこ「あ、あんたがこいつらの親玉ってわけ?」

戒斗「……」

にこ「何とか言いなさいよ!!」

希「ちょ、にこっち。挑発したらあかんよ!?」


睨み合う戒斗と、変身している海未。
海未は立ち上がり、オレンジの刀を抜き構える。


海未「ではお引取り下さい。ご用件は済まされたということですよね」

戒斗「いや、これからだ。その為に俺は、この世界を壊す」

海未「……させません!」


海未は、刀で戒斗……ロード・バロンへと切り掛かった。
しかし、その軌道は見切られ、片手で刃を掴みあげる。


海未「っ!?」

戒斗「その程度の強さでは、俺に通用はしない」


掴んだ刀を放り投げ、拳を海未の鎧へ叩きつける。
海未の身体が、大きく吹き飛ばされ工事用の金網へと叩きつけられた。
慌てて駆け寄ろうとするみんなを海未は手の平を見せて制止する。


ことり「海未ちゃん!?」

海未「来ないで下さい! うぐっ……」


かろうじて立ち上がるが、殴り飛ばされた時の痛みがまだ残っている。
万全ではない。


海未(そもそも、この変身した姿の戦い方が、まだ……)


試行錯誤する余裕はない。間違えれば、そのまま……。
海未は投げ飛ばされたオレンジの刀へ飛び出し、拾う。

さらに腰に差しているもう一刀も引き抜き、二刀流の構えをとる。


戒斗「ほう。挑む度胸はあるか」

海未「貴方が、この世界を壊すというのなら、私は全力でそれを止めてみせます」

戒斗「果たして、それが貴様には出来るかな」


戒斗は、強く前に突き出す。
その合図を切欠に、後ろで控えて数多くの化け物"インベス"が海未へと襲い掛かっていく。
多勢に無勢、勝負は明らかだ。
海未も覚悟を決めた、その時だ。
海未たちの耳にも届いたそれは、女性の声だった。


「やめなさい」


インベス達の動きが止まった。その声に服従したのだ。
そしてインベスの軍が、道を空けるべく左右へと分かれ、道を作っていく。
その道を進んでいる者は……。


絵里「綺麗……」


思わず、呟いてしまった。
頭を垂れるインベスたちの道。その道を進むのは、自分たちと年の変わらない少女であった。
だが、美しい。
金色の透き通るような髪に、白い肌、白い服。
インベスに敬意を持たれるその姿は女王のようであり、その清廉とした佇まいは巫女のようだ。
少女はインベスたちの垣根を越え、海未たちの前に立つ。それを見届けた戒斗は変身を解き、人の姿へと戻る。


戒斗「舞」

舞「……」


舞、と呼ばれた少女は首を振って、戒斗を見つめた。


舞「戒斗、彼女達にもチャンスを。まだ彼女は力を手に入れたばかり。貴方の強さには、まだ届かない」

戒斗「当然だ」

舞「それはフェアじゃないわ」


戒斗の視線が変身した海未を睨み付ける。
気を抜けば、そのプレッシャーで気を保てなくなってしまうほどの、強い敵意。
だが海未も耐える。今自分が倒れてしまったら、誰が穂乃果達を守るというのか。
その耐える刹那は永遠のようにも感じられた。


戒斗「いいだろう。ここは退いてやる」


戒斗は踵を返した。目の前には再び巨大なファスナーが現れ広がり、森の見える空間への入り口となっている。
インベスたちが帰っていく。
そして、戒斗はそのまま告げる。


戒斗「だがいずれ俺達は、この世界への侵攻を開始する。時間はないぞ」

海未「……させません!」

戒斗「ならば、強くなれ。その手に入れた強さで、この俺を止めてみろ」


そして、インベスと戒斗は過ぎ去っていった。
その危険が消えた安堵からか、緊張を保ち続けた海未の身体に力が入らなくなる。
膝から崩れ落ち、海未はそのまま倒れこんだ。
気付けば、海未の身体を纏っていた鎧は既に消えてしまっていた。


海未(よかった……)

穂乃果「海未ちゃん!」

ことり「海未ちゃん、しっかりしてよ、死んじゃやだよ!?」


全員が、海未へ駆け寄る。
みんなを守れてよかった……。インベスの襲撃で傷ついた人は多くいたけれど。
それでも……。
海未は、そこで意識を手放してしまったのだった。


穂乃果「海未ちゃん! 海未ちゃん!」
ことり「海未ちゃぁん!」
にこ「ちょっと、海未は頭打ってるのよ、揺らしちゃ駄目よ!!」
真姫「海未ちゃん! 大丈夫よ、気絶してるだけみたい……」
凛「うわぁん、海未ちゃんが生きててよかったぁ」


揺さぶる穂乃果たち。その姿を舞は見ていた。
その様子を見た後、インベスが全て帰ったのを確認した後、舞自身も振り向き、戻ろうとする。


絵里「ちょっと待ってくれないかしら」


それを呼び止めたのは、絵里だ。
舞は振り向きはしない。ただしその呼びかけに応え、立ち止まる。
それは、自分の言いたいことを聞いてくれる事だと理解した絵里は、そのまま話を紡ぐ。


絵里「あなた達は何者なの? 本当に、世界を滅ぼす侵略者だっていうの? 聞きたいことは山程あるわ」

舞「……」

絵里「それに何より……どうして私達を助けてくれたの?」


絵里も理解している。彼女が止めに入らなければ、海未があのまま倒されていた事も。
そして最悪、海未の命が……。
その事実に、背筋に悪寒がはしる。先ほど穂乃果を庇った時、海未が死んだものだと思った。
胸が重くなり、暗い底まで引きずり降ろされる感覚。あんなもの、もう2度味わいたくない。
背を見せる舞の表情は窺い知る事が出来ない。だが、彼女の返答の響きに、察しがついた。


舞「私は助けたわけじゃない。いいえ、助けることなんて出来ない」


その声は、震えていた。まるで諦めているような、悲しみに満ちた響き。


舞「私には、何も出来ない」


それだけ伝え、舞もまたその向こうの空間へと消えていった。


―――

ここはどこだろう?
緑に囲まれたどこかの森。見たこともない果実を実らせた植物が蔓延した、誰もいない空虚な世界。
自分はどうなったのだろう。思い出せない。身体がふわふわとしている。ああ、ここはまるで夢の世界だ。


「気をつけて」


誰かが、自分に言った。誰ですか、あなたは?
その問いは返らない。否、そもそも問う事も許されていない。
この世界における自分は何処までも無力でちっぽけな存在なんだと、理解していた。

まるで、現実世界の私そのものだ。そんな自嘲が頭を過ぎる。そんな自分に誰かは、紡ぎ続ける。


「あなたは、運命を選ぼうとしている。この先に踏み込めば、もう2度と後戻りはできない」


運命?
自分にそんなものを選ぶ資格はあるのでしょうか?
あるがままに流され続けている私に。
決めたことは何時だって人任せで、まるで自分の意志で決断したかのように見えても、それは全て誰かが与えてくれた未来なのだ。
選択したのが自分だとしても、その道を示したのは誰かだ。結局自分は、誰かの敷いた安全なレールしか渡っていない。

だから後戻りするなんてこと、考えたこともなかった。
だから、いいんです。


「最後まで戦い続けることになる」


大丈夫です。自分の与えられた役割ぐらい、精一杯こなしてみせます。
そうでなくては、きっと誰も私を必要となんてしてくれない。
両親も、穂乃果も、ことりも、みんなも。だから……。


「世界を己の色に染め上げるまで」


だから、そんな悲しい顔をしないでください。


―――

目を覚まし最初に飛び込んできたものは、知らない天井だった。
そんなフレーズを思い浮かべる。ぼうっとした頭が少しずつ覚醒へと向かう。
左右を見渡せば、温かい風が通る窓があり、そして真っ白な部屋をカーテンでさらに区切っている。
そして身体を起こして自分の手を見れば、包帯も巻かれている。なるほど、ここは。


ことり「海未ちゃぁあああん!!」

海未「こ、ことり!?」


急に海未に目に涙を溜めて抱きついていくことり。
それに驚く海未に、後ろからさらに声がかけられていく。


穂乃果「う、海未ちゃぁぁん! ごめんね、ごめんね。ほのかがぁ、ほのかがぁぁ……」

海未「穂乃果……。顔から出るものが全部でてますよ」

穂乃果「だって、だってぇぇ……」

海未「ああもう、また制服を汚して。お母様や雪穂にまた怒られてしまいますよ?」


制服の袖で色々なものを拭く穂乃果に注意をしながらも、後ろを見ると、他のμ'sのメンバーがカーテンから顔を覗かせる。


凛「うわぁん、海未ちゃん目が覚めてよかったよぉ!」

花陽「うんうん、本当によかった……」

にこ「ほんっと、まったく、無茶ばっかするんだから。自重しなさいよ!」

希「こんな事言うてても、にこっち泣きながら心配してたんよ?」

にこ「ちょっと、希!? あんただって、ボロ泣きしてたじゃない!
   海未ちゃんが死んだら、一生泣いちゃうとか何とか」

希「ああああ!! にこっちそれ言うんは駄目やて!?」

真姫「ちょっと、一応ここ、ウチの病院なんだから静かにしてよね」

にこ/希「「真姫ちゃんもボロ泣きしてたくせに」」

真姫「っ!? い、いいでしょ別に」


賑やかに部屋で騒ぐみんな。その後に部屋に看護婦がきて「静かに」と注意されてしまった。
まったく、みんな騒がしいのですからと笑い、もう大丈夫だとアピールする。
それを確認したあと、絵里は真面目な顔で海未に話しかける。


絵里「海未……」

海未「絵里。……あの後、どうなったんですか?」

絵里「どこまで覚えてる?」

海未「一通りは。そういえば、あのベルトは?」

穂乃果「穂乃果が持ってるよ」


ほら、とカバンから取り出されたのは、確かに自分が身に着けたベルトだ。
そして、もう1つ。オレンジの錠前。


絵里「先に聞かせてくれないかしら? これ、どこで手に入れたの?」

海未「ステージの八百屋の店主がくれたんです。お守りとかなんとか」

穂乃果「お守り……」

にこ「はん。あいつやっぱり何かあるわね」


憤るにこに、海未は首を傾げる。オホンと咳払いをした絵里が話を続けた。


絵里「海未、あなたが気を失ってからのこと話すわね。貴女が倒れて、もう2日。それから、あの事件はニュースになってないわ」

海未「ニュースに? どういうことですか」

絵里「分からないわ」


聞いた話を掻い摘むと、こうだ。海未が倒れた後、誰かが通報した警察や救急車がようやく来たということ。
頭を打ってる海未はそのまま病院へ。そして事情聴取された他のメンバーたちは、起きたことをありのまま話した。
だが、当然といえば当然か。


凛「誰も信用してくれなかったんだ」

真姫「まあ、ムカつくけど当然よね。化け物が空間の裂け目から現れて、変身して戦って追い払いましたなんて言ったって、
   信じるわけないし」

希「スピリチュアルすぎやもんね」


商店街のステージを襲ってきた化け物の事は、どこにも報道されなかった、ということ。
そうだろうな、と海未も思った。あれがいたという証拠なんてどこにもなかった。
ステージを見に来てくれた人たちも大事題字には至った人はいなかったというのは不幸中の幸いか。


穂乃果「それからね。穂乃果も、警察の人たちに証明しようと思って、これ着けようとしたんだけどね」


ベルトを手にとった穂乃果は、腰へ押し当てる。
しかし、ベルトが伸びることはなく、装着される事は無かった。


真姫「海未ちゃん、試しに着けてみてくれる?」

海未「あ、はい」


穂乃果から預かったそれを、腰へ当てる。前と同様にベルトが現れ、外れないように固定される。


真姫「やっぱりね」

海未「やっぱり?」

花陽「そのベルト、私達の誰がつけても反応しなかったんです。きっと、海未ちゃんだけが使えるんじゃないかなって」

希「きっと最初につけた人しか使えないんよ」

海未「……」

穂乃果「海未ちゃん?」

海未「あ、いえ。何でもありません。続けてください」

にこ「そんでもって、あのインチキ親父よ! ああもう、腹立つ!!」


にこは何にそんなに怒っているのでしょうか?
そんな疑問に首を傾げていた海未に抱きついていたことりが、また強く海未を抱きしめる。


海未「ことり?」

ことり「……」

凛「あの、変なおじさんね。八百屋さんじゃないんだって」

海未「は?」

絵里「えっと、つまりね」


絵里が言うには、こうだ。商店街が寂れていたのは事実。どうにか活気を取り戻さなくては。
そんな事を考えていた商店街の人たちの元へやってきたのが、あの男。
男は言葉巧みに、商店街の人たちと話し「元気な若者にパフォーマンスをしてもらうのはどうか」と提案したということだ。
そこで白羽の矢がたったのが、地元のスクールアイドルであるμ'sということらしい。

そして、男は八百屋を借りて仮の店主になった、ということらしい。それが一ヶ月前の話。
そして今は、その姿を消した。ということ。


海未「姿を? 化け物……確かインベスでしたっけ。それに連れ去られたということは?」

にこ「絶対違うわ。ていうか、そんな変な物渡してきてる時点で怪しさ全開じゃない!」

海未「……確かに」


にこが指差してきたオレンジ色の錠前。
あの時は気にも留めなかったが、こんな物を自分に渡してきてる時点で、何か関係していると見ていいだろう。
あの"戒斗"と呼ばれた男に。


穂乃果「あの人たち、また来るのかな?」


穂乃果の顔に影がかかる。そうだろう、だって彼は侵略者だと名乗ったのだ。
対抗する手段は……このベルト。


にこ「ちょっとあんた。そのベルト使ってまた戦おうなんて言わないわよね?」

海未「にこ?」

にこ「言っとくけど、あんたはただの女子高生! いや、それ以前にアイドルなのよ、アイドル!
   こんなヤバいこと、関わるべきじゃないわ!!」

絵里「にこの言う通りよ、海未。そのベルト、捨てましょう?」

海未「……だったら、どうやって立ち向かうんですか?」

花陽「大人の人に、任せようよ。きっとなんとかしてくれるよ」

凛「凛もね。海未ちゃんが怪我するの、見たくないよ」

真姫「そもそも何で海未ちゃんが戦うのよ。出来る事なんて知れてるじゃない」

希「それにな。この2人が特にそれを許さないと思わへん?」


希が指を差したのは涙を目頭に溜めている穂乃果と、自分に抱きついたまま離さないことり。
ことりに限っては、何も口を開こうとしない。ことりの頭を撫でると、緩まっていた拘束がさらに強まった。


穂乃果「穂乃果が無茶したから、海未ちゃんが怪我したんだ。本当にごめんなさい、海未ちゃん」

海未「穂乃果が謝る必要はありません。私が自分の意志でしたことです」

ことり「……本当に?」


囁く程に小さな声。それが、ことりの口から出たものだと気付くのに、ほんの少しかかってしまった。


海未「勿論です、ことり」

ことり「ことりが危ない時は助けてなんて、変なこと言ったから、海未ちゃんは無茶したんじゃないの?」

海未「そんなことはありません。それに約束してなかったとしても、きっと私は飛び出していたでしょう」


自分に出来ることをする。園田海未に出来ることは、それだけだ。
きっとあの時、一番戦う力があったのは自分だ。自分が飛び出すのが当然ともいえる。それに、だ。


海未「穂乃果も言ったではありませんか。全員揃ってのμ'sだと。私だって穂乃果やことりは勿論、誰がいなくなっても嫌です」

穂乃果「海未ちゃん……海未ちゃん!!」

ことり「海未ちゃぁぁん」

穂乃果も、ことりと同様に海未へと抱きついていく。ああもう、この幼馴染達は。
2人は大泣きだ。また看護婦さんが注意に来るかもしれませんね、等とぼやけたことを考えていた。

そして、もらい泣きしていた絵里は海未に言う。


絵里「ハラショー。素敵よ、海未。
   ベルトの捨て方なんだけどね。警察の人の前で海未が変身すれば流石に玩具だとは言われないと思うの。
   それで、大人に預けて調べてもらうのが一番いいと思うの。協力してくれる?」

海未「ええ、勿論です」


海未としても、別にこのまま変身して戦うつもりがあった訳ではない。
自分に出来ることはするつもりでも、これが自分に不相応なことぐらいは理解している。


ことり「えへへ。よかったぁ。海未ちゃんが捨てないって言ったらどうしようかと思ったよ」

海未「まったくもう。私だって痛いのは嫌なんですよ」


海未は、そうことりに笑いかける。


海未「これが穂乃果なら、私が戦うなんて言い出しかけませんけどね」

凛「あ、言いそうだにゃ!」

穂乃果「ほ、穂乃果だって痛いの、やだもん!」


病室に一頻りの笑いが溢れ、そして入ってきた看護婦にまた注意された。


―――

海未「……」


病室に1人佇む海未。窓から見える景色は紅く染まっている。3階という、そこそこの高さからか空はよく見えた。
μ'sのみんなは帰った。自分の怪我も、そこまで大したものでなく、2.3日ですぐに退院できるということらしい。
置いていかれたバックルを海未は手に取る。あんな事を言ったが、正直な所、海未には大人があの侵略者に勝てる等とは思えなかった。
あの時に、正面で対峙した時に感じたプレッシャー。自分なんて足元にも及ばないほどに強大なものだった。

誰も敵わないほどの強い力。強さを追い求めた果てに、あの力を手に入れることは出来るのだろうか?

海未「バカですね」


そんなもの、必要ない。ヒーローみたいな力なんていらない。自分はただの女子高生でスクールアイドルだ。
ただ、ほんの少し周りを助ける力があれば、それでいい。


真姫「あの、海未ちゃん?」

海未「ひゃぁ!?」


バックルを見つめている海未に声をかける真姫。
感傷に浸っていた海未は、身体を跳ねさせ、慌てて取り繕う。


海未「ま、まま真姫! ど、どうしたんですか?」

真姫「どうしたのよ、そんなに慌てて」

海未「いえ。少し取り乱してしまっただけです。修行不足ですね」


なんのよ、なんて呆れて言う真姫に、海未は呼吸を整えてバックルをテーブルの上に置く。
落ち着いたのを確認したのか、真姫も。来訪者用のパイプ椅子に腰掛けて海未を見つめる。


海未「それで真姫。何の御用でしょうか?」

真姫「えっと、その、海未ちゃん。新曲の打ち合わせ、しない?」


髪の毛先を指で弄る真姫。夕日が反射して顔が赤いのかと思ったが、どうやら本当に照れてるらしい。


海未「新曲ですか? この間、作ったばかりでは」

真姫「もう、察しなさいよ! 海未ちゃんだってこんな切り出し方で相談に乗ってくれたでしょ!」


そういえば事件の数日前に、真姫に相談を聞き出した時に、言った覚えがあった。
なるほど、それを真似てみたのだろう。真姫なりのジョークなのかもしれない。


海未「相談と言いましても。私は今のところ、悩みらしい悩みは持っていませんよ?」

真姫「嘘つき」

海未「本当ですって」


苦笑いを浮かべる海未にイラついたのか、真姫は海未の手を取り、顔を近づける。
急な接近に海未もたじろぐ。間違ってしまえばキスをしてしまいかねない距離にドギマギしていた。


真姫「私だって、海未ちゃんに悩み打ち明けたわ。それは海未ちゃんを、その、信用したからで。だ、だから……」

海未「真姫?」

真姫「だから察してってば! 私が信用したんだから、海未ちゃんも私を信用しなさいってことよ! 分かる!?」

海未「は、はい!? 真姫、近い! 近いですってば!」

真姫「あ……」


すとんと椅子に戻る真姫。自分のしていたことに気付いたのか、視線を合わせようとしない。


真姫「ごめん」

海未「いえ、いいんです。その、ありがとうございます」

真姫「別にお礼言われることなんて、してないし」

海未「そんな事ありませんよ。少し強引にいかないと話してくれない人だって、いますしね」

真姫「それ誰のこと言ってるのよ」

海未「いえ、深い意味はありませんよ?」


ふふっと笑う海未に真姫は、本当に綺麗だと思う。
前も一緒に夕日は見た。なんだか、この時間が少し特別なものだと感じてしまう程に、この朱の色はとても美しい。


海未「では少しだけ、悩みを聞いていただけますか?」


海未は切り出す。そして置いた錠前を手にし、見つめる。


海未「これでいいのかって思ったんです。私しか使えない力。これは運命ではないかと」

真姫「運命?」

海未「はい。私がこれをもらった事も、変身した事も始めから決まっていたことで、やり遂げなければいけないのではないかと」


あの八百屋の男は何者だろうか。
でも何者であろうと、自分にこれを渡したのは、初めからこうなることを見越していたということではないのか。
ならば、自分がこれを手にしたことに、変身した事には意味がある。


海未「私は、その意味を見つけていません」

真姫「……でも、海未ちゃんじゃどうしようもないじゃない」

海未「そうですね。きっと何も出来ないと思います」

真姫「だったら」

海未「頭では理解しているんです。何が正しいのか、本当はどうすればいいのか。
   私が戦うなんていうのは不相応だということも。ですが」


言葉をきる海未。続く言葉がでない。何処へ行けばいいのか、どれへ進めばいいのか悩むその姿は、真姫には共感できる。
真面目で頑張り屋。自分のされた評価は寧ろ海未にこそふさわしいと思う。
だから……。
真姫が声をかけようとした、その時だった。


キャァァアアア!!

「「!?」」


悲鳴が聞こえた。窓から顔を出し中庭を覗く海未と真姫。
見れば、大勢の人々が逃げ惑い、その中で病院の看護婦が、足をもつれさせ倒れ込み、必死に這って逃げている。
その女性へと近づいていく姿は間違いなく……。


海未「インベス!?」


ずんぐりとした数匹の初級インベス。何故ここに現れたのか、理由なんて分からない。
だけど。


海未「っ!」

真姫「待って!!」


バックルとロックシードを手に、病室から飛び出そうとする海未の腕を真姫が掴んだ。
辛そうな、今にも決壊して泣き出しそうなその表情に、海未は戸惑う。


真姫「言ったでしょ! なんで海未ちゃんが戦うのよ! 今度は怪我じゃ済まないかもしれないのよ!?」

海未「真姫……。それでも、それでも今、彼女を助けられるのは私だけなんです!」

真姫「警備員さんとか、大人が助けに行くわよ! 警察にも連絡する! だから、ここに居て……!」


悲鳴が木霊する。
海未には分かってるはずだ。大人に任せれば大丈夫なはずだと。
真姫にも分かってるはずだ。大人でも敵わない相手かもしれないことぐらい。
2人とも理解してるはずだ。それが間に合わないことを。でも、何より。


海未「真姫。私は、大人になりたいんです」

真姫「え……?」

海未「自分の行動に責任が取れるようになるのが、きっと大人なんです。それに私はヒロインなんてガラでもないんです」


誰かに庇護されている子供。誰かに守ってもらうだけのヒロイン。
自分には似つかわしくない。そう海未は思う。戦う力がある。誰かを守るための力。


海未「何より、自分の出来ることを精一杯やりたいのです。私にしか戦えない力があるなら、私は」


海未は真姫の手をやんわりと振りほどき、バックルを腰へあて、ベルトを展開させる。



―― オ レ ン ジ ! ――


錠前"オレンジロックシード"を開き、3階から飛び降りる海未。
止めようと、真姫は再び手を伸ばす。遠くへ行ってしまうような、そんな感覚。
自分の手の届かない場所へ、そんな世界へ行ってしまいそうな海未を引き止めたかった。


真姫「っ……!」

海未「変身!」


その手は、海未を掴めず空を掴む。海未は掛け声と共にロックシードをセットして、小刀で切り落とした。


―― ロ ッ ク オ ン ! ソ イ ヤ ! ――


ファスナーからオレンジが降って、海未の頭に刺さり強化スーツが身体を纏っていく。
着地した海未へ鎧が展開されていく。再び仮面を身につけて、その表情は窺い知る事は出来ない。
だが伝わる。決意は空気を震撼させて重圧となる。誰かのために戦えるその姿は、まさに。



―― オ レ ン ジア ー ム ズ ! 花 道 オ ン ス テ ー ジ ! ――


舞「……鎧武」


病院の棟より覗く少女は呟く。その姿を、かつての友と重ね合わせて。


海未「早く逃げてください!」


海未は倒れこんでいる看護婦や患者たちを引っ張り起こして、逃げるように促す。
だが、その後ろからインベスは爪をたてて、海未へと襲い掛かる。


海未「ぐっ!?」


海未は爪より弾かれ、身体を軽く飛ばされる。
受身を取った海未は、そのまま身体を回転させて体勢を整え、オレンジの刀"大橙丸"を構える。


海未「はぁ!」


大橙丸でインベスに切り掛かる。初級インベスは鈍重な動きであり、身体能力の上がっている海未にとって苦もない相手だ。
大降りな攻撃をいなし、的確に拳を打ち込み、蹴りと足捌きで距離を保つ。
そして、海未は弱ってきたところで、ベルトの小刀を2度切り落とした。


――カシャンカシャン――

―― オ レ ン ジ オ ー レ ! ――


大橙丸にエネルギーが溜まっていく。
そして目の前にはオレンジそのものを半透明の物体が浮かび上がってきた。
海未は戒斗を真似るようにして、エネルギーを飛ばす為、
身体を右へ一回転させ、そのまま後ろ足でオレンジのエネルギー体を蹴り飛ばした。


海未「ハァアアアア、セイッ!」


アアアアアァァ!!

3匹の初級インベスは、オレンジのエネルギーに包まれ、爆発する。


海未「はぁ……はぁ……」


疲労した身体と息を整える海未。
戦闘にかかった時間そのものは微々たるものだ。5分もかかっていないことだろう。
それほどのダメージを受けたわけでもない。だが、戦いにおける緊張そのものが体力を奪い取っていった。
試合の後で残心をとるように、緩やかに急いていた気を整えていく。

左右を見渡しても、もうインベスたちはいない。もう、大丈夫だろうと、緊張を途切れさせたその時だった。


真姫「上よ!」


真姫の叫びが聞こえた。既に1階まで降りてきていたのか、中庭への出入り口からの声に再び身体に緊張が走る。
だがその叫びへの反応は遅かった。海未の身体は強い衝撃を受けてしまう。


海未「あがっ……!!」


海未の頭が真っ白に染まり、足の力が抜けて膝をつき、そして倒れそうな身体を何とか手をつくことで押し留めた。
真姫の声で出来ていた分の小さな覚悟が、海未の身体から飛びそうになった意識を繋ぎとめる。
どこから!?
決まっている。それは真姫が教えてくれていたではありませんか。
慌てて上を見上げる海未。そこには初級インベスではなく、もっと生物に近い姿をしたインベスがいた。
しかも、2体。


海未「まだ、居たんですね……」


コウモリのような羽をもった黒と赤のインベスの足には、龍の頭のようなものを持つ青みがかったインベスがぶら下がっている。
2体のインベスは中庭へと降り立ち、海未へと襲い掛かってきた。
海未は、大橙丸を構えなおして、2体のインベスへと迎え撃つ。

フンン、フンッ!!
ウィイイイ! ウィィ!

力強い鳴き声の龍のインベスが海未図付くようにぶつかってくる。
海未は、それを避け、大橙丸で龍のインベスへとカウンター気味に切り掛かる。


海未「はぁっ! ……え!?」


キィンと、金属がぶつかるような音が響き渡る。
このインベスは、身体が金属のように硬い……!
手の痺れを感じた海未は慌てて退こうとバックステップを取る。そこでもう1体のインベスの鳴き声と、真姫の声が響く。


真姫「海未ちゃん、もう1匹のやつが飛んでるわよっ!」

海未「っ!!」


コウモリのインベスは、真姫の忠告通り、上から海未へと急降下してくる。
海未は、さらに身体を回転させて、受身を取りながら、その動きを避けるが

フンンン!

龍のインベスが口より吐いた炎が、そのまま海未の身体へ直撃する形となってしまう。


真姫「海未ちゃん!!」


呻き声を漏らす事も出来ない程の苦痛が海未の身体へ襲う。熱い。
咄嗟で両腕で炎を守ったが、それでは守りきれない。
特にこの龍のインベスは、身体が金属のように硬いのは理解した。刀ではどうしようもない。
ならば、と海未は大橙丸をそのまま、龍のインベスの吐いた口元へと突っ込む。


海未「ハァァアア!」


フングゥアアアアア!!

叫び声を上げ、体内を刺されたインベスは、そのまま呻き声をあげて悶えている。
海未はそのまま距離をとった。


海未「焼いてくれたお礼ですよ。焼きオレンジが美味しいかは存じませんが、しっかり味わってください。あとは……!」


ウィイイイイイイ!

海未へと再び空よりつっこんできたコウモリのインベスに、今度は腰に差していたもう1つの刀"無双セイバー"を抜き、
その流れのままインベスの羽を狙い、切り裂く。

インベスは悲鳴を上げて、転がり落ちる。海未の居合い切りが決まったのだ。


海未「もう、逃がしませんよ」


海未は続けて無双セイバーでコウモリのインベスへ切り掛かる。だが、その斬撃を寸での所で避けられ、再び飛び上がってしまう。


海未「何かけん制できるような武器があればいいのですが……、これは」


自分の装備を改めて、確認していた所、無双セイバーの鍔の部分に銃口とレバーらしきものがある事に気付く。
そして柄の部分にはトリガーも。トリガーを押してみたが、何も反応はない。
ならば、試しに銃口をコウモリのインベスへとレバーを引っ張り、トリガーを引いてみた。
すると、弾丸がエネルギー弾か海未には確認できなかったが、確実に何かが発射し、コウモリのインベスを捉えた。

片羽を撃ち抜かれた為、空中での制御を失ったコウモリのインベス。
海未は連続でトリガーを引き、インベスへと駆けて行く。

2発目。インベスの反対の羽に上手く撃ち抜いた。

3発目。けん制弾。インベスは空中でかろうじて避ける。だが構わない。
海未はそのまま龍のインベスの口から吐き出された大橙丸を拾い上げた。

4発目。インベスの身体へと当たり、そのまま防御姿勢も受身を取れないまま、インベスは地面へと墜落した。
それを確認して、海未はさらに速度をあげる。

トリガーを何度引いても、5発目の弾丸は発射されなかったが、十分だ。

海未は両手の刀それぞれでコウモリの両羽を貫き、立ち上がろうとする龍のインベスから少し距離をとる。
数を一先ずは減らさなくては。
落ちた衝撃でグロッキーとなっていたコウモリのインベスは、そのまま運ばれ、そして投げ飛ばされる。
海未はトドメを差す為、無双セイバーを腰へ戻そうとした時に気付く。
刀身と柄の間のハバキの部分に、バックルと同じ窪みがあった。そして、大橙丸の柄頭の部分にもまた別の窪みが。


海未「もしかすると……」


無双セイバーの底へ大橙丸の柄をドッキングさせる。
何かが嵌る音と共に固定された2刀は、さながら薙刀のようだ。
そして、海未は窪みへバックルへ装着したままのオレンジロックシードを装着する。


―― ロ ッ ク オ ン ! ――


音声が鳴り響き、それぞれの刀身にエネルギーが充填されていくのが分かる。
先に無双セイバーの刀身が、大橙丸と同じくオレンジ色に輝く。


―― イ チ ! ジ ュ ウ ! ヒ ャ ク ! セ ン ! マ ン ! ――


「セェエエエエイ!!」


海未が振った刀身より、エネルギー状の斬撃が飛んでいく。
立ち上がったばかりのコウモリのインベスは、その斬撃をくらい、オレンジ色の炎の球体に包まれる。

ウィイイイイイイ! ウィイイイ! ウィイイイイイイ!

動きを拘束され、飛んで逃げる事の出来なくなったインベスは抵抗とばかりに叫ぶが、炎が消えることはない。
さらに続いてエネルギーが充填され輝いている大橙丸側の刃を順手に持ち替えて、地面を蹴り身体を加速させた。


―― オ レ ン ジ チ ャ ー ジ ! ――


海未「ハァア!!」


一閃。大橙丸の刃を纏う光が、流星のようにインベスの胴体を流れていく。
炎ごと真っ二つに引き裂かれたインベスは輪切りされたオレンジの断面のような余剰なエネルギーと共に、爆発した。

アアアァァァアアアアア!


真姫「やった! あともう一体よ!」

海未「そうは言いますけど……うっ!」


真姫に答え返した海未だが、龍のインベスの攻撃に苦戦している。
薙刀の状態となった刀であっても、金属のような身体へダメージを与えることが出来ていないのだ。
かろうじて、海未は相手の突進や振り回してくる腕をいなし、炎を避けるので精一杯だ。


海未(まずいですね……)

決定打がない。あの炎を吐く攻撃も激減している。相手も体内への攻撃を警戒しているのだ。
どうすればいい。薙刀を解除した海未は、無双セイバーの弾丸を撃つも効果がない。
この龍のインベスの攻撃をいなしている間に、合体中は銃弾が撃てないということは学んでいる。


海未(どうすれば……!)


―――

真姫「海未ちゃん……」


傍から見ても分かる。海未の攻撃は殆ど効いていない。
何とか飛ぶ方を倒した分、圧倒的不利、とまでは言えないかもしれないが。


真姫(何言ってるのよ、どう見てもピンチでしょ!?)

警備員たちは全員やられていた。警察は呼んだ。患者や職員には避難を出した。
せめて、警察がくるまででも海未ちゃんが持ち堪えられるのか。確かに、それは最初に懸念はしていた。だが、今はどうだろうか。


真姫「すごい……」


言葉にして漏れるほどに、海未の戦いが段々洗練されていってるのが分かる。
自分の装備や能力を把握し、攻撃や回避も実戦で成長している。
確かに元々武道は嗜んでいた分、早いのだろう。真姫だって実戦と道場剣術が違うことぐらい知っている。
基礎の積み重ねがあるとはいえ、ここまで出来るなんて。

凄い。でもそれ以上に――


舞「怖いの?」

真姫「!?」


慌てて、振り向く真姫。そこには戒斗と共にいた少女、舞がいた。挙動不審になり頭が白くなった真姫。


舞「分かるよ。友達が強くなって、戦いに身を投じてしまったせいで、段々日常から、自分たちから遠ざかっていく」

真姫「あ、あんた……」

舞「私もそうだった。何度もやり直せばと思ったの。でも出来なかった」


眼を伏せる舞。それはとても、悲しい色。真姫には分からない。彼女はどうして、そんな顔をするのか。
あの侵略者の仲間ではないのかと。


舞「彼女を助けたい?」

真姫「え? も、もちろんよ! 当たり前でしょ!」

舞「……分かった」


舞は手をかざす。すると真姫の前に小さく植物が生まれる。
芽が出て、茎が伸び、葉を付け、そして蔓が壁に絡み付いていく。そして、実をつける。
紫色の皮をつけた見たこともない果実だ。

どこか甘い匂いがして、そしてそれは、真姫を艶かしくも誘惑している。美味しそうだと、そう思った。


舞「食べては駄目。それを食すれば、貴女も後戻りできなくなる」

真姫「え……あっ」


思わず手を伸ばし、危うく食べてしまいそうになった真姫を舞は止める。そして舞は果実をもぎ取り、舞に手渡す。


舞「これを彼女に。今、私にできるのは、それだけ」

真姫「あなたは、味方なの?」

舞「……分からない。きっと彼女には、多くの試練が与えられる。途方もなく辛いことが、いっぱい」

真姫「海未ちゃんに?」

舞「だから、今度こそ、あなた達は……」


真姫は果実を手に取った瞬間、真姫の前から、舞は姿を消した。夢かと思うほどの一瞬の体験。
気付けば伸びていた蔓も姿を消している。残っているのは、手の中にある果実だけ。
彼女は何と言っていただろう。そしてそれを信じていいのだろうか。当然、答えは……。


―――

海未「はぁ……はぁ……」


息も上がってきた。どれぐらい戦っているだろう。頑丈なだけで、ここまで体力と神経を削られるとは。
まだ、攻略する方法は見つけていない。時間にしても、30分以上の戦いをしていると思う。

早く決めなければ、自分の集中力が切れて、そして……。
勝負に出るか、そんな決意を固めようとした時だ。耳に再び、強い言葉が届く。


真姫「海未ちゃん! これっ!!」


近づいていた真姫が、何かを下手投げする。
だが、龍のインベスが、その何かに向けて、走ろうとしている。まるで海未のことを忘れたようにだ。


海未(ナイスですよ、真姫!)

海未は自分から注意をそらしたインベスの足を払い、地面へと転ばせる。
前のめりに倒れた龍のインベスの背中を、わざと踏んで、海未はそこそこの速さで飛んできたそれを掴んだ。
瞬間、皮に覆われた果実が輝き、さらに一瞬強く光り終えた後、それは違うものへと変化していた。


海未「これは……!」

真姫「嘘……」

海未「真姫、お礼は改めて伝えます。今は!」

真姫「ええ。早く片付けちゃいなさいよ!」


海未の手の中にあるのは、タマゴのような形に、黄色から赤へのグレデーションに彩られた新しい力。
海未はインベスから距離をとって、オレンジロックシードを外し、その錠前の鍵を開いた。


―― マ ン ゴ ー ! ――


上空から新しいファスナーが開き、赤くタマゴのような流体形の新しい鎧が降りてくる。
そして身体に装着されていたオレンジの鎧は水しぶきとなって弾け飛ぶ。
海未は、"マンゴーロックシード"を戦極ドライバーへ装着し鍵を閉じ、そして小刀で切り裂いた。


真姫「バナナ、オレンジの次はマンゴー?」


―― ロ ッ ク オ ン ! ソ イ ヤ ! ――

赤い鎧が展開しながら頭に突き刺さった。そして海未の身体へ赤く逞しい鎧が現れ、山吹色のマントをなびかせている。
手には大橙丸に代わる、新しい武器が握られていた。
その姿はマンゴーを花切りしたようであり、マンゴーの果実を思わせる大きいメイスを、海未は地面へと叩き付けた。
仮面に新しくついた下向きの2本の角。まるで闘牛のような力強いオーラが身体中から滲み出ている。



―― マ ン ゴ ー ア ー ム ズ ! F i g h t O f H a m m e r ! ――


真姫「格好いい……」

海未「参りますよ」


海未はメイス"マンゴーパニッシャー"を足で蹴り上げて担ぎ、龍のインベスへ向かう。
重いメイスを遠心力を利用して、まるでバットのように振り回してインベスへ殴りつけた。

フングゥウウウウ!!

効いてる!
真姫も強く拳を握ってガッツポーズを取った。刃を通さない頑丈な身体であっても、殴打の類までは防げないようだ。


海未「ハァア!」


メイスを振り回して、インベスを何度も殴りつける。
若干身体も武器も、さっきまでと比べて格段に重くなってしまったが、だが補うだけの力がある……!
先ほどまでの接戦を覆すように、海未は龍のインベスの攻撃をメイスで跳ね除け、そして腹部へと貫いていく。

インベスが呻き声をあげて、膝を突く。
海未はメイスをゴルフクラブの如く上へかざし、勢いをつけて、顔へ向けて大きくスイングをとった。

メイスでアッパーされたインベスは、上空へと打ち上げる。それを見計らい、海未は小刀で1度切り直した。


――カシャン――

―― マ ン ゴ ー ス カ ッ シ ュ ! ――


メイスへとエネルギーが溜まり、四角く切られたマンゴーのような山吹色の余剰エネルギーがメイスの先より溢れていく。
海未は、ハンマー投げの要領でブンブンとメイスを回し、そして。


海未「これで、とどめです!」


落ちてきた、インベスへと振り回していたメイスを強く打ち付けた。
悲鳴を上げる龍のインベス。打ち飛ばされ、吹っ飛んでいった龍のインベスは、そのまま空中で断末魔をあげて爆発した。

アアアアァァァァ!!

今度こそ、終わった。
海未は改めて回りを確認した後、ロックシードを外して、変身を解除した。
ふと見れば、真姫は腰が抜けたのか、そのまま地面へと、へたり込んでいる。


海未「やっと、終わりましたね。真姫は怪我はありませんでしたか?」

真姫「バカ! それはこっちの台詞よ! まったく無茶するんだから」

海未「申し訳ありません。ですが、真姫のおかげで本当に助かりました。ありがとうございます」

真姫「別に、私は大したことしてないけど……」


照れる目を逸らす真姫に、海未は同じく目線を合わせるために座り、そして手を差し伸べた。


海未「いいえ、何度も私のピンチを救ってくださいました。このご恩は忘れません」

真姫「……。こっちこそ、ありがとう」


真姫は、海未の手を掴んで立ち上がる。素直な真姫が可愛くて、海未は自然と頬が緩んだ。


―――

元の世界へと戻ってきた舞は植物に侵食されたステージ
舞は、この町"沢芽市"が苦手だ。変わり果てたこの町に追憶せざるを得ない。
彼女達へ、ほんの少しの手助けをした。それが正しいかどうかは分からない。
運命に流される彼女が、ダブって見えるのだ。かつて自分を求め争い敗れた、もう1人の英雄に。


「中々に盛り上がろうとしているじゃないか。なあ、始まりの女」


舞は話しかける声の主へ振り向いた。海未へオレンジロックシードを渡した八百屋の男だ。


舞「あなたが彼女に、紘汰のロックシードを渡したの?」

八百屋「渡したというより、彼女自身が選んだんだ。いや、それも正確じゃないな」

舞「どういうこと?」

八百屋「さあて。それにまあ、粋のいい若者を募集したら、まさかあんたと同じような少女達が来るのは予想外だった。それは本心だ」

舞「それでも彼女に運命を、世界を託すというの?」

八百屋「それを決めるのは俺じゃない。彼女自身さ」


八百屋の男は笑う。まるで企みを抱えた蛇のように。そして、男はそれが言いたかっただけなのか、そのまま姿を消した。
残された舞は、静かに決意を固める。


舞「あなたの思い通りには、させない。DJサガラ」

更新はここまで。読みにくさは段々直していければとおもいます。


オーバーロードとしての圧倒的な力と黄金の果実を手に入れた先に待っていたのは、弱者の抵抗だった。
かつての仲間。世界の兵器。多勢の軍。その全てが、届かなかった。唯一止められたはずの男が敗れたのだ。
当然の結末に、誰もが悔やみ、涙を流し、頭を垂れた。
同時に、その牙を失わず気高いまま挑む者もいた。彼らも同じく、世界を守るという戦う理由があった。
しかし、駆紋戒斗にも戦う理由があり、それを誰も止める事が出来ない。

最強の力を手に入れた時に、その後にはどんな世界が映るのだろうか。

その答えが、これだ。
王となり、力で世界を滅ぼした。望んだ何かすら残らない、荒んだ世界。
最初に望んだものすらも不要と切り捨てた。弱者のいなくなった世界で、たった2人となってしまった。

隣りにいる舞は、止める資格がないと嘆く。彼女が、この男が王であることを望んだ。ならば王を否定する事等許されない。
だが止めることも出来たはずだと悔やむ。彼女だけが、王と対等であるのだから。

舞は追憶する。幸せだったあの頃を。大切なものを。仲間達を。その中には駆紋戒斗もいる。
だったら、と舞は思う。
駆紋戒斗は、追憶するのだろうか。仲間たちへ思いを馳せ、懐かしむのかと。いや、彼はそれを弱さとして切り捨てる。
状況を打開していき、支配していく程に、その強さの極みはエスカレーションしていく。

彼は正しく王だった。そして王であり続ける。きっと、これから先、ずっと――


―――

海未「あの……」

穂乃果「なに、海未ちゃん?」

海未「一応、入院患者なのですが」

ことり「うん、だったら安静にしなきゃだよね。うん、安静にしなくちゃだよね?」

海未「では、そろそろ」

絵里「ふふ、海ぅ未」

海未「……はい」

絵里「 だ め 」


何と魅力的で素晴らしい笑顔なのでしょうか。きっと彼女のファンどころか、どんな方でもイチコロな艶めかしさです。
等と納得している海未だから、そろそろ正座している足が痺れてきた。
元々様々な武道をしている為、正座には慣れているはずなのだが。
目の前の穂乃果、ことりや絵里のプレッシャーに精神的疲労が蓄積された結果であった。

海未(いいえ、ここで根を上げては園田家の名折れ。この程度で怯む私ではありません!)

カッと眼を開いて気合を入れ直す海未。しかし。


絵里「じゃあ、海未。言い訳してくれるかしら?」

ことり「ことり達、海未ちゃんに危ない事しないでって言ったよね?」

海未「で、ですから襲われてる人がいたので、すぐに戦える私が行かざるを得なかった訳で!」

穂乃果「穂乃果たちはね、そこは別に怒ってないよ。すっごい心配はしたけど、海未ちゃんは正しい事したと思うから」

ことり「そうだよ、海未ちゃんは偉い事したんだから胸張ったっていいんだよ」


張るほどの胸なんてないんですが、と自虐を言おうか海未は迷ったが、止めた。
いやだって凛が部屋の入り口から覗いているので、そんなジョークで傷つけるなんて事、とてもとても。
偉い人の言葉を、海未は知らない。貧乳はステータス。


海未「では、もう立ち上がっても――」

絵里「海未、ここから飛び降りたのよね。変身しながら」

海未「……はい」

ことり「ここ、3階だよ。海未ちゃん」

海未「……はい」

穂乃果「おまけに海未ちゃんさ、穂乃果達に戦った事、隠そうとしたよね?」

海未「……いやその、寝ぼけてて」


プレッシャーが増した。こんな強いものは、オーバーロードである戒斗と対峙した時以来かもしれない(過言)。
だが、海未にも一応の事情はある。

昨日、現れたインベスを撃退した後、ほぼ入れ違いに近いタイミングで警察が来たのだ。
海未と真姫も事情聴取を受けた。結果として、化け物がいたという証拠は再び証明は出来なかったが、
さらに多い集団の証言によって半信半疑ながらも、聞き入ってもらえた。
そして当初で立てていた予定通り、戦極ドライバーで変身する事で、信憑性を得る事が出来るのではないか。


海未「というわけで、警察の人たちの前で変身したんです」

花陽「したんだ……。どうだったの?」

ドアから覗いていた花陽も会話に参加してくる。それを皮切りに、他のμ'sのメンバー達も部屋へと入ってきた。
真姫に関しては気まずそうな表情をしており、海未と視線が合うと逸らされてしまう。


海未「結果から言ってしまうと、信じて頂けました」

真姫「随分驚いてたけどね」

希「それでどうなったん?」

海未「その時に回収する訳にも行かないので、改めて持ってきて欲しいとの事です」

にこ「なにそれ。面倒臭いわね」


遺失物を届けるような扱いになるのかは謎だが、詳しく話を聞きたいとのことだった。
一応、戦った海未を気遣っての事なのかもしれない。


凛「担当が違うから自分に言うなとかそんなのじゃないの?」

絵里「まさか、そんな事流石にないと思うけど」

海未「という訳でして、改めて自分はこの後退院して、警察にそのまま届けてこようかと思いました」


そして立ち上がろうと海未に改めて、ことりが遮る。


ことり「うん。よく分かったよ、海未ちゃん。それでどうして、ことりたちにそれを最初に隠そうとしたのかな?」

海未「寝ぼけてまして……」

穂乃果「本当は?」


幼馴染の2人が詰め寄ってくる。絵里に負けない程の笑顔だ。
流石はスクールアイドルですね、眩しい笑顔です。
あまりの眩しさに、海未も2人を直視できない。実際の所、やましくて目を合わせられないのだが。


海未「……言う程の事ではないかと。結果として無事だったので、無駄に心配を掛けてしまいますから」


正直な所、大きく怪我をしていた訳ではなく一日経てば治ってしまう程度の傷しかしてなかったのだ。
一々騒ぎ立ててしまう程ではないと判断した。最も、真姫が全員に話していたらしく、口止めをする間もなく知れ渡っていた。
見れば、また穂乃果とことり、2人の幼馴染は涙を浮かべていた。


穂乃果「海未ちゃんのばかっ! ほんとにばかだよ!」

ことり「だから、ことり達は言って欲しかったんだよ!?」

海未「ですが本当に大した事は……」

絵里「はぁ……。海未。私達だって心配したいのよ」

穂乃果「穂乃果たち、確かに何も出来ないよ。だけど、海未ちゃんを支えたいんだよ」

ことり「頼りにならないのは分かってるけど……だけど」


気まずい空気になり、言葉が出せない海未。
同じく言葉が止まる2人。その空気を壊したのは、端から見ていた希だった。


希「海未ちゃん。2人はな……ううん、みんな心配したんよ? 今回は何とかなったみたいやけど、海未ちゃんに危ない事して欲しくないんよ」

海未「はい……」

希「だけど、もし知らなかったら、次は無事であるようにって祈る事も出来んやんか」

ことり「海未ちゃん、お願い。頑張った海未ちゃんをね、お疲れ様でしたって褒めたいの」

穂乃果「嘘ついたりしないで。本当の事言って、心配させてよ」


そこまで言われては、海未も頷くしかない。きっと自分が穂乃果たちの立場だとしても、同じ事を思うだろう。
みんなが、不安そうな表情をしている。そんな顔をして欲しくない。みんなには笑っていて欲しい。


海未「申し訳ありません、私が間違ってました。困ったり、戦うような事があれば、皆さんに相談します」

絵里「分かってくれれば、それでいいのよ」

にこ「まったく、後輩ってのは先輩に迷惑かけるもんなのよ。ちょっとは頼りなさいよ!」

凛「にこちゃんに頼ったって、当てにならなさそうだにゃぁ」

真姫「まったくね」

にこ「ちょっとなによそれ!」


みんなが笑顔になった。良かった、笑ってくれた。これで……。


海未「皆さん、ご迷惑かけました。ありがとうございます」


……これで、嘘をついた甲斐があった。


―――

海未の親は道場をしている。昨日も稽古が終わってから、お見舞いには来た。
薄情だとは思っていない。むしろ構って仕事を放り投げられた方が迷惑だろう。生徒達にしても海未にとっても。
それに退院日も、午前中は来ていた。
経過状況を伝え、警察に事情聴取に行く事を伝えたら、最低限の荷物以外は持って先に家に戻る事となった。

海未も感謝こそしているし、寂しい等とは思わない。本当にありがたいぐらいだ。もっとも……。


穂乃果「ねえ、海未ちゃん。退院祝いにクレープ食べない?」

海未「食べません。というより、穂乃果が食べたいだけじゃないですか」

ことり「もう、穂乃果ちゃんったらぁ」

穂乃果「えへへ」

花陽「でも、美味しそうだよね。おにぎりクレープ」

海未「……そうでしょうか?」


退院後、警察へ向かう海未に、穂乃果、ことり、花陽が付いている。
大丈夫と言っても、一応は退院したばかりなので、誰かが付き添う事になった。
しかし、流石に全員で警察署へ押し掛けるのもどうか。そんな訳で海未を除く3人が付き添う事となった。
穂乃果とことりは強く志願した為、付き添う事に。
あと1人だが。絵里と希は生徒会メンバーが抜けてしまった為に代理に行ってしまい、にこは妹達の面倒を見るということ。
そして残った一年生組の中で穂乃果とことりが暴走しても、一番冷静に止められそうという理由で花陽になった。


凛「かよちんが行くなら、凛も行きたい!」

真姫「はいはい。花陽も凛の面倒までは見ていらんないわよ」

花陽「あんまり警察で騒ぐのも、ね? ごめんね凛ちゃん。後で一緒にラーメン食べに行こう」

凛「絶対だよ! 絶対だからねっ!」


海未としても、真姫が気まずそうにしていたので少し話したかったが、それは出来なかった。
後で改めてメールを送ろう。


穂乃果「それから海未ちゃん。これ没収だからね」

海未「穂乃果、それは少々過保護では?」

穂乃果「海未ちゃんに言われたくないよ。ぶぅぶぅ」


戦極ドライバーは穂乃果が預かっている。何かあった際、海未が飛び出すのを防ぐ為、との事。
まあ建前はそんな所だろう。それも確かに理由には含まれているが。
ことりが小声で海未に言った。


ことり「穂乃果ちゃん、何だか嬉しそうだね」

海未「子供みたいなものですよ。珍しい物を持っているので喜んでいるだけです」

花陽「あはは……」


全く……、穂乃果は変わりませんね。と胸の中で呟く海未だったが、その表情は緩んでいる。
戦った記憶が嘘のように、日常の風景だ。それが本当に心に染みる。


海未「……穂乃果」

穂乃果「なあに、海未ちゃん?」

海未「仕方ありませんので、今回だけはクレープを奢ってあげます」

穂乃果「いいの、海未ちゃん!?」

海未「ええ。ことりと花陽にも奢りますよ」

花陽「あわわ、そんな悪いよ……!」

海未「大丈夫ですよ、実は母から退院した後で何か食べるようにお小遣いを頂いていたので。それにみんなで食べる方が美味しいですし」

ことり「ありがとう、海未ちゃん! 今後は、ことりがマカロン持ってくるからね」

穂乃果「穂乃果もお饅頭持ってくるよ!」

海未「ふふっ、ありがとうございます」

花陽「私も特製のオニギリ持ってきます!」

海未「あ、ありがとうございます、花陽」


花陽の勢いで少したじろぐ海未。でも優しい後輩の心遣いだ。楽しみにしたい。
嬉しそうな3人を見て、少し気分が晴れた海未は、そのまま3人と自分にクレープを買う。
4人は、そのままベンチで食べていく事となった。
みんな美味しいと喜んでいる。良かったと、海未もクレープを齧った。


穂乃果「ん、美味しい!」

ことり「本当、甘くて美味しいよね」

花陽「オニギリ味、やっぱり最高です……!」

海未「……」

ことり「海未ちゃん?」


少し眉を顰める海未に気付いたことり。首をかしげて、海未へと声を掛ける。
海未は、声を掛けられた瞬間、表情に微笑みを戻した。


海未「どうかしましたか、ことり?」

ことり「ううん。何だか今変な顔をしてたから」

海未「失礼ですね、私は元々こういう顔ですよ」

ことり「もう、そういう意味じゃない事ぐらい分かってるのに! 海未ちゃんの意地悪……」

海未「すみません。お詫びと言っては何ですか、クレープ、一口いかがですか?」

ことり「くれるの! うん、あーん……!」

海未「こ、ことり!?」


口をあけて、クレープを待つことり。海未の顔も真っ赤である。


穂乃果「ずるいよ、2人とも! 穂乃果も、穂乃果も!」

花陽「じゃあ、私も……なんちゃって」

海未「ふ、二人まで……!?」

ことり「うーみーちゃーん?」

海未「うぅ……」


おずおずとクレープを、ことりへと差し出す海未。


ことり「あーん……?」

海未「こ、ここことり?」

ことり「あーんは?」

海未「うぅ……」

ことり「海未ちゃん、おねがぁい」

海未「あ、あーん……!」


とても嬉しそうにクレープを頬張ることり。幸せそうに食べるその姿に、海未も見惚れてしまいそうだ。


海未「は、恥ずかしい事させないでください!」

ことり「えへへ。意地悪しちゃったぁ」

穂乃果「穂乃果も! 穂乃果もぉ!」

海未「穂乃果はただ食い意地が張ってるだけではないですか」

穂乃果「酷いよ、風評被害だよ! アイドルにそんな事言うなんて! 訴えてやる!!」

海未「誰にですか……。そもそも私もアイドルです。はい、どうぞ」

花陽「あ、でもあげるんだ」


海未がクレープを差し出す。すると穂乃果の涙目(演技)が途端に笑顔に変わる。クレープへと飛びついてきた。
まるで犬みたいだと海未は思った。愛らしいその姿は穂乃果らしく、とても穏やかな気持ちになる。


海未「花陽もいかがですか?」

花陽「ううん、私は自分のがあるから。海未ちゃんも食べる?」

海未「いえ、やはり退院後は、まだそんなにお腹も空いていないようで」

穂乃果「えー、こんなに美味しいのに」

海未「……美味しかったですか?」


また怪訝な表情をつくり、穂乃果を見る海未。ことりも気になったのか海未へと問いかける。


ことり「海未ちゃんは美味しくなかった?」

海未「いえ、というより味が薄いなと」

穂乃果「そうかな? 小豆が甘くて美味しいのに」

花陽「やっぱりまだ体調が回復してないんじゃないかな……」


花陽の言葉に心配そうに、海未を見つめる2人。海未は、慌てて手を振ってはにかむ。


海未「きっと病院食ばかりで味覚が疲れているのでしょう。心配かけてしまいましたね」

ことり「無理しないでね?」


ありがとうございますと礼を伝える海未。変に心配を掛けてしまったなと申し訳なく思う。


穂乃果「そういう時は身体にいい物食べるといいんだよ。バナナとか」

海未「バナナ、ですか……」

穂乃果「あっ」


しまった、と言わんばかりに口を押さえる穂乃果。苦笑気味に、海未もポケットの中に入っていたオレンジロックシードを掴んだ。
そういえば、あの人はあれからまだ姿を見せない。一体今頃何をしているのだろうか?
そんな事を考えた時だった。

キャァァアアアア!!

呼応したかのように、悲鳴が木霊する。海未達だけではない、そこに居た全員が振り返って、気付いた。

――異世界からの門が開いた。

現れたのはずんぐりとした姿の下級インベス。そして尚もまだ、数を増やし続けていた。


―――

男は玉座に座る。王の間には不釣合いな、割れたガラスが散乱する白い部屋で彼は何を思うのか。
そこが彼のいたチームバロンのたまり場であった事を知る者が見れば、彼に人であった頃の面影を見るのかもしれない。
もしかすれば、彼はまだ人を捨てていないのではないかと。

答えは、NOだ。

そうであれば人類と戦争をすることはない。ただここにいるのは、彼が馴染んだ場所であったから。
ユグドラシルタワーといった既に攻め滅ぼした城に居る意味を感じないだけだ。
だから彼――駆紋戒斗は、この場所にいる。追憶も感傷もあり得ない。それは彼にとって、切り捨てた者への侮辱だからだ。


舞「戒斗……」

戒斗「……」


眼は閉じているが眠っている訳ではない。それを知る舞は声を掛ける。
返事はないが、聞いていると知る舞はそのまま戒斗へと近づいていく。


舞「DJサガラに会ったわ。あの子にドライバーとロックシードを渡したのは、やっぱり……」

戒斗「関係ないな」


戒斗は舞の言葉を否定する。


戒斗「戦う意志を持つならば俺の敵だ。刃向かうならば容赦はしない」

舞「でも、彼女はただ巻き込まれただけの!」

戒斗「葛葉と同じく、か?」


舞の言葉が詰まる。いつの間にか自分へ視線を送る戒斗を、まっすぐ見る事が出来ずに視線を逸らしてしまう。


舞「戒斗、彼女達はまだ子供なんだよ」

戒斗「それが戦わない理由にはならない」


戒斗は手を翳す。掌の影が彼の顔を覆う。ゆっくりと彼は手を握り、そして眼の前にまで降ろしていった。


戒斗「手に入れる為に挑む。それが強さだ。俺はそうやって戦って、そしてお前を手に入れた」

舞「……うん」


戒斗は、舞へと口元を少し吊り上げると玉座から立ち上がる。


舞「どこへ?」

戒斗「クラックが開いた。向こうの世界へ行ってくる」

舞「戒斗、やっぱり事情を話して協力すれば」

戒斗「無駄だ」


戒斗は眼の前に、ファスナー状の異世界へと向かうゲート"クラック"を開く。


戒斗「奴が居る限り、な」


―――

駅前とは、人の賑わう通りである。少なくても、この場所はそうだ。
若者達はふざけ合って、営業に行っているであろうサラリーマン達は時計を気にしながら道を行く。
最初に気付いたのは、1人のチャラチャラとした格好の若い男だった。


「なにあれ、撮影?」


男が、急に開いたファスナー状の何かに物珍しげに見る。持っていた携帯で写真を撮ろうと構えた時だ。

"キシャァァアアア"

「う、うわぁぁぁああああ!」


男は下級インベスに襲い掛かられ、その手で弾かれ、吹き飛ぶ。それを見ていた女子学生は悲鳴を上げた。
そこからは大量の下級インベスが姿を現し、その特異な口を大きく開いた。

駅は一気にパニックとなった。

逃げ惑う人々。他人を省みずに我先と押し退けて逃げていく。
その悲鳴は近くにいた海未達の耳にも届いた。


海未「まさか……!」


海未はベンチから立ち上がって、悲鳴のあった方へと駆け出す。


ことり「海未ちゃん!?」

穂乃果「ちょっと待ってよ、海未ちゃん!!」

花陽「い、いっちゃったよぉ」


3人の声が届いたのかどうか。海未は静止も聞かずに人波を掻き分けて、その場所へ到着した。
十数匹の下級インベス。既に襲われた人もいた。パニックになりながらも逃げた人々もいた。
そして尚まだ、人が襲われ続けていたのだ。


穂乃果「待ってよ、海未ちゃん!!」


後から追ってきた穂乃果が、海未とその惨状を眼にして、身体の動きを止めた。
穂乃果にとって、その光景はトラウマになっているものだ。一歩間違えれば自分を、海未の命を奪ってしまったかもしれないのだから。
海未もフォローの言葉を掛けたかったが、今はそれよりもと、首を振って叫ぶ。


海未「穂乃果、ベルトを!」

穂乃果「え……?」

海未「ベルトをください、穂乃果っ!! 早く!!」


右手を穂乃果へ突き出す。早くしなければ、もっと多くの犠牲が出るかもしれない。
だからこそ、自分が動かなくては。だが、穂乃果はその手を取らない。


穂乃果「……や、やだよ」

海未「穂乃果?」


穂乃果は戦極ドライバーの入ったカバンを抱きしめて、一歩ずつ後ずさる。


穂乃果「だって、だってこれを渡したら海未ちゃんが戦うんでしょ」

海未「何を……言っているんですか」

穂乃果「駄目……、駄目だよ……、海未ちゃんが今度こそ死んじゃう……!!」

海未「穂乃果!!」


海未の叫びに穂乃果の身体が震える。悪い事をした子供のように。
いや、穂乃果自身も、それが悪い事だということは理解している。だが、それ以上に。


穂乃果「嫌だ、海未ちゃんが今度は死なないなんて保障ないもん」

海未「それでも今……彼らを見捨てていいんですか!」


他の誰も彼女達に気付かない。誰もが助かることに必死なのだ。
そう助かろうとする命がある。生きたいと願う姿が目の前に広がっている。


穂乃果「ほ、他の、だ、誰かより、海未ちゃんの方が、大事だもん!」

海未「本気で言ってるんですか?」


涙を浮かべている穂乃果に、強く責め立てる様に、海未は口調を強める。


穂乃果「どうして、海未ちゃんが戦わなくちゃいけないの? 武道やってたって海未ちゃんは、ただの女の子なんだよ!?」

海未「穂乃果!」

穂乃果「海未ちゃんにもう戦って欲しくない! ねえ、逃げようよ!? 誰も海未ちゃんの事、責めたりしないよ!!」


遅れて、ことりと花陽も追いつく。カバンを抱きかかえる穂乃果の姿に、状況を察したようだった。
ことりと花陽の目も、穂乃果と同じ戸惑いと心配を抱えた色が見える。それでも、だ。


海未「……分かりました。では、仕方ありません」

ことり「海未ちゃん?」

海未「ことり、2人の事お願いしますね」


ことりの返事も聞かずに、海未は身体を翻して駆け出す。インベス達の元へ、生身でだ。
穂乃果達が呼ぶ声を振り切る。自分を止める声だ。それでも止まることができない。

海未(穂乃果の無謀さが移ったんでしょうか?)

なんて思うが、穂乃果はきっとこんなバカな事はしない。夢見な事ばかり言う様で、しっかり現実を見据えている事はよく知っている。
苦笑いを心の中で押し留め、勢いをつけたまま海未は、今もまた中年の男性を襲おうとしていたインベスへ身体でぶつかっていく。


海未「くっ……! 早く逃げて下さい!!」


インベスを当たり飛ばした後、受身を取り、海未が叫ぶ。
それを聞いた男性が、蒼白な顔色のまま、何度も頷いて転びそうになりながらも逃げていく。
また海未に飛ばされたインベスも、よろよろと立ち上がっていく。海未はそれを無視して、次の襲われている少女の元へ走っていった。


海未「アァァアアアア!!」

拾った鉄棒を振りぬいて、インベスへ殴りかかる。少し怯む程度で、殆どダメージはない。
それは承知の上だ。だからこそ意識がこちらへ向いた時に、海未はしゃがみ、足でインベスの膝を引っ掛ける。
体勢を崩したインベスの合間を潜って、少女へと手を伸ばした。


海未「早く、手を!」

少女「ぁ……」

少女は恐怖からか緊張か、動けないようだった。それでも海未は少女の身体を抱き起こして、インベスから距離を取ろうと駆け出す。
そして少女を少し距離を離した所で抱き下ろす。振り返って見ればインベスが海未の元へと追いかけて来ている。
海未は再び両手で鉄棒を握り直す。恐怖からか涙を流している少女が震える声で海未へかけた。


少女「お、おねえちゃん……」

海未「大丈夫ですよ、きっとお姉さんが守りますから」

強くハッキリと応える。少女を不安にさせない為に、例えこのままでは勝ち目がなくても、自分が不安にさせては意味がないのだ。
だから海未は、出来る限り明るい声で少女へと語りかける。


海未「絶対に」


―――

穂乃果「う、海未ちゃん……?」


距離にすれば、本当に直ぐの場所。インベスが気付いて自分達に襲い掛かってきてもおかしくない程の距離。
しかしその場所が、まるで異世界やテレビの向こう側のような境界線の向こう側のようだった。
手を伸ばしても届かない場所が、そのまま違う世界のようで。そして海未が知らない場所にいるような、そんな感覚。
その場所で今、海未はインベスと戦っている。しかし、変身していない少女に倒す術はなく、それは一方的なものになっていた。

戦極ドライバーを渡さなかった事が、結果的に海未を危険に巻き込んでいる。
こんなはずじゃなかった。ベルトさえなければ、海未は戦えるはずがないのだ。
だから嘘までついて、海未を戦いから遠ざけたのに。
これじゃ、まるで。


穂乃果「話が、違うよ……!?」

ことり「穂乃果ちゃん……?」


園田海未という少女は。真面目で。からかうと面白くて。怒りんぼで。でもそれは自分の為で。
頼りになって。頭が良くて。運動も出来て。面倒見もいい。格好よくて、可愛くて、強くて、優しくて。笑顔がステキで。
まだある。良い所なんて幾らでも知っている。穂乃果にとって、彼女は――


穂乃果「やだ、やだよ……!」

一緒じゃなきゃ、嫌だよ!
戦って欲しくないのだ。もしベルトを渡せば海未は戦いからは離れない。
だから預かったのに。自信を持ちきれない園田海未という少女は、理由をつけて変身するだろう。
自分を必要として欲しい。その誰もが持つ当然の"欲望"を海未が強く持っている事は知っていた。
自分にしか出来ない事があるなら、絶対に投げ出したりはしない。例えそれが死に繋がることでもだ。
恨まれても、軽蔑されても、嫌われたっていい。日常から手放したくない。

だから穂乃果は駆け出す。また海未に迷惑をかけるかもしれない。
危ない事をしたら、きっと海未は怒るだろう。それだっていい。
迷惑なんていっぱい掛けられてきたなんて彼女は笑ってくれるだろう。
バカだって笑われたっていい。笑って欲しい。
だから、だから。

インベスに倒されてもまだ、知らない少女を守るために立ち上がる彼女を、傷ついてもまだ諦めない彼女を、どうか――






「弱者を虐げる事を、誰が許した」





世界が静まり返る。まただ。
思い出す。最初に来た時と同じ、まるで時間が、世界が頭を垂れ、屈した様に支配される。
それが王の御前の礼儀であるかのように。絶対的な支配者が、誰であるのかを、伝えようとする。


海未「あなたは……」


ボロボロになりながらも立つ海未に一瞥もくれる事もなく。涙を流して、駆け寄る穂乃果に意も介さず。
王を責務を果たすべく、恐れたじろぐインベスを裁くべく彼は戦極ドライバーを取り出した。
突如開いたクラックから現れた駆紋戒斗は、戦極ドライバーを腰に当て、ロックシードの錠を開ける。


―― バ ナ ナ ! ――


戒斗「変身」


指でロックシードを回し、ドライバーへと装着する。


―― ロ ッ ク オ ン ! ――


彼が進む覇道を称えるファンファーレが、静まり返った世界で強く響き渡る。
空中のクラックからバナナの形をした鎧が現れる。
戒斗はそれを確認する事もなく、小刀でロックシードを切り落とした。


―― C o m e O n ! バ ナ ナ ア ー ム ズ ! ――

バナナが彼の頭に突き刺さり、展開する。バナナの皮を半分剥いたようなランスを持つ彼の姿は騎士そのもの。
だと言うのに、誰もが、それに恐怖する。その絶対的な強さを求めた覇者の姿が、王である事を理解する。

―― K n i g h t O f S p e a r ――

仮面をつけ、鎧を身に纏った戒斗はランスを構え、インベスへと突き進んだ。


戒斗「ハァア!」

突き出すランス"バナスピアー"に貫かれ、一撃でインベスを葬る。
爆散した煙の中から、さらに次のインベスへと狙いを定め、叩きつけ、振り抜く。


海未「……強い」

思わず漏れたのは感嘆の声。無駄のない洗練された戦士の姿。
逃げ惑うインベスに容赦なく叩き伏せ、刃向かうインベスには力で制する。
素人目でも分かる。これは、経験によって作り上げられた強さなのだと。それは純粋な憧れであり、また敬意を表するべきものだ。
少なくても、海未にはそう思えた。


穂乃果「海未ちゃん!!」

近づき息を切らす穂乃果に、海未はハッと自分を取り戻す。
駆紋戒斗の戦いに見惚れていた事に気付き、慌てて首を振って追い出す。今はそれ所ではないのだ。


海未「穂乃果、この子を連れて逃げますよ」

穂乃果「うん!」

逃げる事を提案した時の穂乃果の顔は明るかった。それはただ、もう戦える程に手に力が入らないだけなのだが。
海未は、穂乃果に少女を預けて、走り出す。後ろは海未が鉄棒を持って見張るためだ。
穂乃果は少女の手を引いて走る。目指すは、ことりと花陽の元だ。
幸いにもインベス達は戒斗に集中している。これでもう危機は去ったと、そう思った時だった。

アアアァァァアアアアアアア!!

――咆哮
激しい怒りが空気を震えさせる。辺りを見回して探し、そこで目に入ったのは。


海未「あ、あれはあの時の……!?」

先日、海未が戦った龍のインベス。とても硬い身体を持つ種だった。
そのインベスが、下級インベス達の出てきたクラックより、新たに現れたのだ。


ことり「な、なにあれ!?」

花陽「穂乃果ちゃん、海未ちゃん、早く来て!」


2人の叫びに、穂乃果も少女を抱きかかえるようにして速度を上げる。
しかし、ことりたちの声に反応したのか、それともただの気紛れか。
龍のインベスは下級インベスには目もくれず、その大きな口から火球を周りへ無造作に放った。
それは、ことり達の方へも当然向いていた。
放たれた火球は、ことり達へ直撃こそしなかったものの、コンクリートで出来たブロックに当たり、破壊される。
そして人の半分程の瓦礫が、ことり達へ飛び散った。穂乃果達では間に合わない程にまだ距離があった。叫ぶが、間に合わない。


ことり「きゃぁ!」

花陽「ことりちゃん!!」

飛び出したのは、花陽だった。ことりを庇う様に突き飛ばす。そして、花陽に瓦礫が崩れ落ちていく。


花陽「うぅっ……」

ことり「は、花陽ちゃん!」

穂乃果「花陽ちゃん!?」

海未「花陽!!」

花陽の足元に瓦礫が積み上げられて、悲痛な声が上げる。瓦礫の重みで動けなくなったのか、それとも足を挫いたのか。
動けないまま涙を浮かべる花陽に、ことりと距離を詰めた穂乃果達が瓦礫を持ち上げようとする。
少女も、穂乃果達を見習って少しでも手助けしようとしているのか、瓦礫を押している。
しかし瓦礫は存外重く、少女の力では持ち上げることが出来なかった。
助けが要る。そう考えて辺りを見渡す。すると、海未にとって信じられないようなものが目に飛び込んできた。


「おぉ、スクールアイドルがやばいことになってんな」

「お前、まじ鬼畜ぅ。助けてやれよ」

「えぇ、だってお前無理だって。まじ非力だし。つうか、ヒーローがいるじゃん」

「バナナの? いやねえわ。きもいよなぁ」

若い数人の男達が、自分達を撮影していた。
何をしているんですか……。今、まさに襲われて怪我をした人だっているのに。
何故彼らはそれを笑って撮影し、人の痛む姿に何も思わないのか。
分からない、理解出来ない。だが、それに気付いているのか、気付いてないのか。ことりが彼らへ叫ぶ。


ことり「お願いします、手伝ってください! 瓦礫が重くて動かせないんです!!」

穂乃果「お、お願いします! 大切な友達なんです!」

悲痛な叫び。切羽詰ったその言葉を聴いた男達は、気持ち悪い笑みを浮かべた。
爬虫類のような人に思えない歪んだ顔。生理的な嫌悪を覚える撫で声。


「はあ? 俺達非力だし。ていうか、何で助けなきゃいけないのかイミフなんだけど」

「お礼とかあれば考えてもいいけどぉ。前払いとか?」

「苦しんでる女の前でヤルとかどんなプレイだよ」

何を言っているのか、分からない。穂乃果とことりの顔も青ざめている。
盛り上がる男達に対して急激に冷めていく感覚。それは怒りではなく、それを超えて殺意にまで上り詰める。


――てやる

頭に誰が囁く。

――してやる

それはどす黒く、ネバネバとした、甘い誘惑。

――殺してやる

乾いた砂糖のような、それに触れそうになった時だった。


「おねえちゃん?」

海未「っ!」


少女が、海未へと声を掛ける。今、何を考えていたのだろうか。
不安そうな目で見つめる少女の前で何を思ったのだろう。それを頭から無理にでも追い出す。
それをかき消すように、海未は声を上げる。


海未「穂乃果、ベルトを! 瓦礫を持ち上げるために変身を……!」

穂乃果「あ……」


逡巡。あの男達の前でそんな事をして大丈夫なのだろうか?
しかし、穂乃果は静かに頷いてベルトをカバンから取り出そうとした。それよりも花陽の命の方が何よりも大切なのだ。


アアアアアァァァァ!!

荷物を取り出そうとする穂乃果より早く、龍のインベスが穂乃果達へと走る。
目的は見えない。だが確実に自分達を見据えている事だけは理解できた。その速度にベルトをつけて変身しても間に合いそうにない。
だからせめて、自分が守らなくては……!
海未が、龍のインベスへと対抗しようとした時だった。

アァァ!?

龍のインベスが躓き、前のめりに倒れた。呆気に取られていると、声が聞こえた。


戒斗「貴様の相手は、この俺だ」

下級インベスを全滅させた戒斗は、ゆっくりと龍のインベスへと近づいていく。
インベスの足には植物の蔓が絡まっており、足を取られて地面に衝突したのだ。
だがそれを間抜けだからではない。その証明であるように、戒斗が右手を翳す。

何も無かったはずの地面から蔓が延び、龍のインベスを締め上げる。
空中で吊るされたインベスをそのまま、地面へと何度も叩きつけていった。

海未(彼も、植物を操れるんですか……?)

真姫に聞いた、舞と呼ばれていた白い少女。彼女と同様の力が彼にもあるということだ。
地面に窪みが出来て、割れるほどに強く打ち付けられた龍のインベス。
空中にもう1度上げられた後、放り投げられどこかのビルに激突した。
そして戒斗は、そのままインベスの所で向かわず、海未達へと近づいてくる。


海未「っ……!」

緊張が走る。だが逃げるわけにはいかない。瓦礫に挟まった花陽がいるのだ。
ベルトをつけて交戦するべきか、と思われたその時。


戒斗「邪魔だ」

海未「え?」

戒斗「命が惜しいのなら、ここから消えるんだな」

詰まらなさそうに戒斗が吐き捨て、バナスピアーで瓦礫を弾き飛ばした。
海未達の力で持ち上げられなかった瓦礫が取り除かれ、花陽が立てるようになった。



穂乃果「花陽ちゃん!」

ことり「花陽ちゃん、大丈夫!?」

花陽「うん……、なんとかだけど」

抱きかかえられる花陽に目を向けることもなく、戒斗は振り返り投げ飛ばした龍のインベスの元へと向かおうとする。
そこを少し苦しそうな声を上げる花陽が呼び止めた。


花陽「ま、まってください。あ、あの! 助けてくれて、ありがとう……!」

戒斗「勘違いするな。貴様達が邪魔だっただけだ。早く何処へでも行くんだな」


立ち止まり、だが花陽たちの方を見向きもしない。

海未(もしかして、実はそんなに悪い人ではないんでしょうか?)

確証はない。だが、花陽を助けたのは事実だ。だが彼の言う通り、ここはまだ危険だ。
だったら、まずしなければいけない事は……。


海未「花陽を病院へ連れて行かなくてはなりませんね」

もう、彼がいればここは大丈夫だろう。そう考えて、海未もここから逃げるように考えた。
任せても大丈夫だと判断し、花陽と少女を連れて離れようとしたその時だ。

フングァアアアアアァァァァ!!

打ち付けられた龍のインベスが立ち上がり、空へ吼える。
そして、戒斗が操っていた植物の蔓についていた果実を手にした。


海未「あれは……」

真姫が舞から渡されたという実だ。自分の手に渡った瞬間、錠前に姿を変えた謎の果実。
それを手に取り、龍のインベスはその大きな口に放り込んだ。


■■■■■■■■■■■■■!!

戒斗「ちっ」

舌打ち。そしてそれは突如として起きた。塗りつぶされていくようなくぐもった咆哮と共に、龍のインベスは緑色に発光していく。
手足が、身体が、首が、急激に伸び、巨大に成長していく。今までの姿が人に近いものなら、その姿は伝承の龍そのもの。
昔話に出てくる伝説の存在と同等にまで成長していったそれは、辺り一面に炎を吐き散らし、飛翔する。
あれは、"まずい"ものだ。本能が危険なものだと警鐘を鳴らしている。反射的に叫んだ。


海未「早く逃げましょう!」

「ぁ……!」

恐怖から立ち上がれなくなった少女の手を持って走る。花陽はことりと穂乃果が2人がかりで運んでいる。
そんな状況の中、空気に似つかわしくない声がまた耳へ届いてきた。


「うっはぁ。これまじでアップとかしたら再生数ヤバイんじゃね!」

「有名人になっちまうわ。困ったわぁ」

「困ってねえじゃん、嬉しそうじゃん」

バカ笑いを続けて、男達は逃げようとしない。のん気にまだ携帯で撮影を続けている。
見かねた海未が、叫んだ。


海未「何をしているんですか!? ここは危ないんですよ!!」

「はぁ? 何言ってんだ」

「あのバナナ様(笑)が助けてくれるんじゃね」

「そうそう。怪人から助けてくれる正義のヒーローだもんな。俺も変身できたら、悪者ぶっ殺すわ」

「お前の悪者って、うるさい警察とか、コメントのアンチとかだろー」

まるで、話を聞いていない。逃げる気もなく、最初から彼を当てにしている。
それがとても苛立って仕方なかった。それこそ、助けなくてもいいのでは、と思ってしまう程に。
だがそういう訳にもいかない。無理にでも引っ張って連れて行かなくては。

■■■■■■■■!!

そして龍のインベスに立ち向かっている戒斗は、バナスピアーで龍の鉤爪をいなし続ける。
だが決定打が与えられそうに、ない。ならば、と戒斗は新しい錠前を取り出し、錠を開いた。
緑色の球体に黒の波模様が縦に何線も彩られたそれは、よく知る"モノ"だった。


―― ス イ カ ! ――


穂乃果「お、大きいスイカだ!?」

瞬間、巨大な丸いジッパーが空中に現れ、開いていく。
それは今までの鎧よりも遥かに大きいスイカのような姿をした何かだ。
戒斗がベルトからバナナロックシードを外すと、彼が身に纏っていたバナナの鎧が液状となって弾け飛ぶ。
そして新しくスイカロックシードをベルトに装着し、切り落とした。

―― ロ ッ ク オ ン ! C o m e O n !――

戒斗の頭の上で漂っていた巨大なスイカが音声と同時に、戒斗へと正しく落ちてきた。
それは今までの鎧のように身に纏っていくよりも押し潰す形だ。


「うわ、死んだ」

「ざっこぉ」

男達も笑い転げそうなぐらい、声を張り上げる。とても不快で耳障りな声。
だが、その声も塗り替えられていった。


―― ス イ カ ア ー ム ズ ! 大 玉 ビ ッ グ バ ン ! ――

―― 『 鎧 モ ー ド 』 ――

変身音と、新たな効果音。
緑の巨大な球体はその姿を変形していき、巨大な手足へと変わっていく。
それは変身というよりも変形。巨大なロボットのような姿となった後、大きな兜を身につけた頭部が現れる。

ロックシードの中でも特に希少なモノであり、他のロックシードに比べても高い性能を持つ巨人の姿がそこにあった。
巨人の右手にはスイカを切り分けたようなランスが握られている。


戒斗「フン!」

■■■■■■■■■■■■!!

龍のインベスはその巨体でぶつかっていく。
しかし、それを避けることはせず、真っ向からランスで突いて、竜のインベスを返り討ちとばかりに串刺しにした。
刺されて雄叫びを上げる龍のインベスを、そのまま地面に突き刺し何度も殴りつける。

■■■■■■■■!!

だが、龍のインベスは殴られ続けられた反動で緩んだランスを力任せに抜き、上空へと飛び上がる。


海未「飛んだ!? あれでは攻撃が届きません」

空にいる龍のインベスは、その火球を辺り一面に吐き散らす。
それはさながら隕石のようで、火の雨となりこの町を焼き尽くさんばかりだ。


戒斗「自らが安全な所から攻めるとは、弱者の考えることだな」

―― 『 ジ ャ イ ロ モ ー ド 』 ――

変身とは違う変形の音声が鳴り響く。
戒斗のスイカの鎧が今度は皮が羽となり、操縦席がある簡易的なヘリコプターのような姿となった。
ジェット機のように強い噴射をして飛び上がる。
そして空中で乱れ飛び交うそれは龍のインベスとジャイロのドッグファイトだ。

「おい、見ろよ」「うわ、なにあれ?」「撮影?」「本物だろ」「うっは、まじで!」

空から聞こえる銃撃音にビルの合間をすり抜け、空気を切り裂き駆け巡る。その甲高い音は遠くにいる全ての人間に届き、
そして目に異様な光景として目に入っていった。
龍のインベスの火球と、ジャイロモードとなったスイカアームズから発射される射撃が、空中に立体的な動きで狙いあっていく。
追い、追われ、狙い、避ける。単調だが確実な動き。間違いなく相手を倒すための戦闘だ。
だからこそ、それは起こるべくしか起こったのだ。


「ヤ、ヤバくね?」

「おい、ふざけんなよ!?」

スイカアームズから発射された射撃が、龍のインベスに避けられる。逆もしかりだ。
ならばその攻撃が外れた先はどこへ行くのか。それが3次元的な動きであるならば、当然の話だ。
お互いの攻撃がビルを破壊し、そして地面に弾痕を残していく。最初は物珍しさに見ていたギャラリーも、その異変に気付いていった。
その戦闘はあまりにも"自分達を意識していない"。

悲鳴が上がる。インベスが襲ってきたそれよりも遥かに大きいパニックだ。
実際にその攻撃で建物は崩れ倒壊し、何人、何十人もの人間が巻き込まれていく。
そしてそれが海未達のいた駅前、先ほどから逃げずに撮影を続けていた男達の真正面のビルを撃ち抜いた。
ビルが、崩れ落ちていく。


ああああああああああああああああああああああああああああ


「っ……!?」

海未「見てはいけません!?」

海未も反射的に少女を抱きかかえた。助けに行くには自分達の場所が遠すぎた。せめて一緒に逃げているのならば、まだ……。
落ちてきた瓦礫の下敷きになった男達が生きているのかどうかは。海未にも判断はつかない。
だが、悲鳴だけは耳に届いた。逃げず巻き込まれたそれを自業自得と切り捨てることが出来るのか……。
少なくても無理をすれば、海未には助けられたのではないかと、思ってしまう。
先ほどまであれほど不快であったにも関わらずだ。
どうして、どうして……。

どうして、戦う力があるのに、誰かを守る為に使わないのか。先ほど花陽を助けたのは、嘘だったのか。
それが何故か、どうしても許せなかった。彼らだけではない、本当に関係のない見ず知らずの人達すらも、良い人も巻き込んでだ。


「お姉ちゃんも泣いてるの?」

穂乃果/ことり「海未ちゃん……」

少女を強く抱きしめた。ふがいない自分が情けない。だがまだ息はあるかもしれないのだ。
ここまで逃げれば一先ず大丈夫だろう、という距離までは来れた。あれだけ激しく動いているなら、こっちに来てもおかしくはないのだが。
それよりも、助けられる命があるのなら……。抱きしめていた少女を放して立ち上がる。
裾で涙を拭いた海未は、穂乃果達に向き直した。


海未「ことり、警察と救急車に改めて連絡を。恐らくは誰かがしているとは思いますが……」

ことり「……海未ちゃんは、どうするの?」

海未「穂乃果、改めてベルトを下さい」

穂乃果「海未ちゃん、何をするつもりなの?」

海未「話をしてきます、あの人と」

海未は、まっすぐに穂乃果を見る。穂乃果は知っている。園田海未という少女は一度決意した事は曲げない強い意志を持つ事を。
そして渡さなければ、また生身であの戦場へ飛び込むであろうことを。
渡したくはない。だが……。


穂乃果「……戦ったり、しないでね」

海未「大丈夫ですよ、いざとなれば逃げます。それよりも花陽と、この子をお願いします」

花陽「海未ちゃん……」

痛みからか、汗を大量にかいている花陽の頬を撫でて海未が微笑む。
穂乃果は辛そうな表情を見せた後、静かに頷いて、戦極ドライバーを海未へと渡した。


海未「では、行って参ります」

戦極ドライバーを手に取った海未は振り向き、戒斗達のいる戦場へと走る。
空では、もう戦いが終わりそうだ。


―――

戒斗「ハァアアアア!」

インベスへと急接近したスイカアームズ。そのままぶつかりビルへと叩きつける。

―― 『 大 玉 モ ー ド 』 ――

音声が鳴り、戒斗を包むスイカアームズは、巨大なスイカの球体へと姿を戻し、前進するように急回転していく。

■■■■■■■■■■■■■■■■!!

うなり声を上げる龍のインベスがガリガリとスイカアームズで削られ続ける限り、ビルからの磔から逃れられない。
そして回転していたスイカアームズが上空へと回転したままビルを駆けて飛び上がった。
磔から解放され力の入らない龍のインベスは、そのまま地面へと落下する。

反撃のチャンスだと、龍のインベスは考える。いや、それよりも逃走するべきか。
そんな知性が合ったかは定かではない。しかし龍のインベスは空を見上げてしまった。
太陽の強い光に、視界を一瞬だけだが奪われてしまった。だから気付けなかった。気付いた時には、もう遅かったのだ。


―― ス イ カ ス カ ッ シ ュ ! ――


戒斗「終わりだ!!」

鎧モードへと姿を変えたスイカアームズがランスを真下へ構え、一直線に落下していく。
エネルギーが緑色の球体となって、ランスを包み込む。

■■■■■■■■■■■!!

直撃。爆散。そして消滅。真っ直ぐに上空より貫かれた龍のインベスは身体を真っ二つに切り分けられ、断末魔をあげた。
戦いが、終わった。
爆炎の中、変身を解除する戒斗。スイカロックシードは色を失い、錆びたような鉄の色となっている。
そんな事はどうでもいいとばかりに、戒斗は振り向きもせずに問う。


戒斗「なんだ?」

海未「……貴方にお話があります」

戦場まで追いかけてきた海未。もう殆どの人間がここにはいない。
"殆ど"。すなわち、戦いに巻き込まれた人達は気を失っているのか、それとも……。
辺り一面は瓦礫が崩れ、激しい戦闘の跡を物語っている。まさしく崩壊の地と化していた。


海未「どうして、私たちを助けてくれたんですか?」

戒斗「助けたつもりはない、ただ邪魔だっただけだ」

海未「では、どうして他の人達は助けなかったのですか!?」

戒斗「言ったはずだ。邪魔なだけだったと」

振り向き見据える。海未の目に怒りか悲しみか、慟哭の色が見て取れる。


海未「もっと犠牲のない戦いが出来たはずです……!」

戒斗「そんな弱者共など知ったことではない」

海未「ッ……!! 戦えないことが、そんなに罪な事だというんですか!?」

戒斗「そうだ。戦わない事が、弱さを肯定している事が罪だ」

戒斗が強く手を握り締める。


戒斗「強さとは己1人の力で突き進むこと。弱さとは他人の力を利用することだ」

海未「仲間や友達に助けてもらうことが、いけないことだと、そう言いたいのですか?」

戒斗「そうだ」

強いプレッシャーが海未を襲う。怯んでしまう程に強い意志がそこに感じ取れた。



戒斗「最後に頼れるのは己の力のみ。弱さを言い訳し理由を付けて、誰かの強さを搾取する卑怯を俺は認めない」

海未「……あそこには、逃げられない人だって沢山いました」

戒斗「だが逃げなかった者もいる。貴様も見ていただろう」

思い出すのは、自分達をただあざ笑い撮影し、高みの見物と決め込んでいた男達だ。
確かに駆紋戒斗に助けてもらおうと考え、結局は自分の力で逃げる事を放棄した。


海未「それでも、逃げようとした人達だって沢山いたはずです」

戒斗「どうかな。そういった人間は既に逃げているだろう。物珍しさに目を取られ、平和ボケした連中までは知ったことではない」

海未「それでも!!」

それでも、なんだと言うのだろうか。
続く言葉が見つからない。それでも……海未は言葉を搾り出した。


海未「それでも戦う力が、守る力を持っているのではないですか」

戒斗「違う」

戒斗はバナナのロックシードを取り出した。


戒斗「これは世界を守る力ではない。世界を滅ぼし、新たに創造する力だ」

海未「そんな事、させません……!!」

海未も応えるように、オレンジロックシードを掲げる。


戒斗「いいだろう。ならば、その力を俺に示してみせろ」

―― オ レ ン ジ ! ―― ―― バ ナ ナ ! ――

―― ロ ッ ク オ ン ! ―― ―― ロ ッ ク オ ン ! ――

開錠。空中にオレンジとバナナの鎧が現れた。戦極ドライバーに、ロックシードをセットする。
法螺貝による挑戦者を鼓舞する曲と、トランペットによる己の道を突き進む為のファンファーレが、両者を奏でていく。


「「変身!」」


―― ソ イ ヤ ! ―― ―― C o m e O n ! ――

2人の身体を鎧が纏っていく。自らの信じるものを守るために、2人は戦わなければならない。
戒斗は、思い出す。かつて目の前の少女と同じロックシードを使う、強いと認めた男を。

―― オ レ ン ジ ア ー ム ズ ! ―― ―― バ ナ ナア ー ム ズ ! ――

2人の手には刀とランスが、それぞれ握られる。新たな仮面で顔を隠した者たちが、相手へと駆け出していった。
それが穂乃果との約束の反故であると知りながら……。


―― 花 道 オ ン ス テ ー ジ ! ―― ―― K n i g h t O f S p e a r ――


まるでそれが運命であるかのように、世界を超えて、再び大橙丸とバナスピアーが切り結ばれた――


―――

真姫「嘘、でしょう?」

崩れ落ちそうな身体をかろうじて、テーブルに掴まってもち直す真姫。目の前にいる両親は真姫に何を告げた?
院長室に呼び出された時から、真姫は何だろうと思った。そしてそれを納得した。
いや、納得などしていない。そんな事、信じられるわけが……。重苦しい空気の中で、真姫の父が再びその重い口を開いた。


「本当なんだ。だから……」

真姫「嫌よ、絶対に嫌!」

「真姫!!」

真姫が逃げるように、飛び出していった。そのまま病院の廊下を駆けて、外まで飛び出した真姫。
そんなはずはない。
だって、さっきはあんなに元気だったじゃないか……。
真姫は震える身体を抑えて座り込む。脳裏に浮かぶのは、大事な仲間で、大切な人である、1人の少女。


真姫「海未ちゃん……!」

更新は以上です。
モブの若者たちについては「wwww」って言葉の節々にいれて脳内再生して頂ければと思います。
あと読みにくさは色々と試し中です。すみません。

続きが気になってしょうがない。
ところで戒斗って弱者が虐げられない世界を創ろうとしてたんだよな。

最初に3話のミス。
初級インベスが、全て下級インベスになってました。申し訳ありません。

>>162
ありがとうございます!
脚本のあの人曰く、ほんとは違う台詞言わせたかったけど、NG食らったとかなんとか。

ここで言うと、本編で言えよってなりそうなので投下していきます。


ことり「はい……、はい。お願いします」

警察と救急車に電話したことり。確かに海未の言う通り既に連絡はされており、簡単な事情説明をするだけで終わった。
自分達は警察の人が来るまで待機だ。インベスという怪物が全滅したという保障はない。
この辺りについては、駆紋戒斗が倒してくれただろうと思ってはいるが、それでも不安は拭えない。
そもそも彼が怪物の親玉だと言ったんだ。信用できるわけがない。
……それでも、ここから逃げずに待っているのには幾つかの理由がある。

海未が助け出した少女……彼女の親が逸れたらしく何処に居るのか分からない。だから警察の人に預けなければならない。
それに花陽、彼女は足を怪我していて上手く歩くことができない。幸い捻挫程度だとは思うが……あまり動かない方がいいだろう。
でもそれ以上に……

ことり(海未ちゃん、大丈夫だよね……?)

話に行くと戦場へ行ってしまった海未。彼女を待たなければならない。……いや正確には、待っていたいのだ。出来るだけ近い場所で。
彼女は、戦わないと言った。少なくても、ことりはそれを信じたい。園田海未は嘘を平気でつく様な子ではないと知っているから。
……逆を言えば、嘘をつく時はきっと罪悪感を押し殺しているという事だ。
そんな彼女に、穂乃果は戦わないで欲しいと戦極ドライバーを渡さなかった。周りの人を見捨てろと、海未へ言った。

……それは、正しいと思っている。

殺されるかもしれない時に、生きる為の、求めていない力を偶然手に入れてしまっただけ。それはささやかな奇跡のようなものだ。
自分達を助ける時に勇気を出して手を伸ばしただけの、どこにだっている普通の少女。
そんな彼女が、知らない人達の為に、どうして命を掛けなければいけないのか。

"海未ちゃんは神様でもヒーローでもない。"

痛みからか汗を大量に流している花陽を支え、汗をハンカチで拭いてあげる。


花陽「ごめんね、ことりちゃん」

ことり「ううん。こっちこそ助けてくれてありがとう」

良かったと笑う彼女に、ことりは安堵する。本当に良かった、花陽が無事で……。


花陽「あの人にも、お礼言わなくちゃ……」

ことり「あの人?」

花陽「……バナナの、人です」

ことり「……うん、そうだね」


少し渋い表情を作ることり。確かに花陽を実際に助けたのは、駆紋戒斗だ。
でも分からない。どうして助けたのだろう……。彼がインベスの親玉だったら、何故戦う必要がある?

ことり(王様、って言ってたよね、いっぱい兵隊さんも連れて。どうして自分で戦ってるの?)

自らが戦いに出るのは何故? インベスを倒すのは何故?
少なくても、インベス達はこの世界で暴れている。侵略者だと言うなら、そのまま放っておいたって……。
分からないことが、あまりにも多すぎる。そもそもあのベルトだって、何なのか知らないのだ。

ことり(海未ちゃん、怖いよ……)

ことりは強く願う。みんなで日常で帰りたいと。花陽も、海未も、穂乃果も。
そこで気付いた。そういえば、穂乃果の姿が見えない。考えに没頭してしまっていた間、穂乃果が近くにいない事に気付かなかった。
血の気が引いた。もしかしたら海未を追ったのではないかと。慌てて、ことりは立ち上がった。


ことり「は、花陽ちゃん! ごめん、直ぐ戻ってくるから、穂乃果ちゃんを探してきていい!?」

花陽「うん、大丈夫だよ。でも、穂乃果ちゃん、さっき向こうに行ってたよ」

指された方向は海未が向かった所とは違っていた。一先ずの安堵はするが、それでもインベスがうろついているのかもしれない。
念の為、居るかどうかぐらい確認した方がいいだろう。
改めて花陽に断り少女を預け、ことりは早足で穂乃果がいるであろう場所で向かう。


ことり「穂乃果ちゃん?」

崩れた瓦礫の向こう側に確かに穂乃果はいた。無事だった事に安堵のため息が零れる。
だが、どこかへと電話していた。周りが少し騒がしいので声は聞き取れない。寧ろ穂乃果自身も声を抑えている様子だった。


穂乃果「――したくないよ。だからお願い――」

切羽詰った様子で誰かへ訴えている穂乃果。そして、穂乃果の視線が、ことりの視線とぶつかった。


穂乃果「っ!?」

見つかった事に対してか、身体が少し跳ねる穂乃果。電話を慌てて切った後、ことりの元へと近づいていった。


穂乃果「っ!?」

見つかった事に対してか、身体が少し跳ねる穂乃果。電話を慌てて切った後、ことりの元へと近づいていった。


穂乃果「ごめん、ことりちゃん。心配掛けちゃったよね」

ことり「ううん。無事なら良かった。それよりも穂乃果ちゃん、誰に電話してたの?」

穂乃果「い、家にね、電話してたんだ! お母さんや雪穂も心配だったから」

ことり「そっか。でも1人は危ないから一緒に居よう?」

穂乃果「うん。……ほんとにごめんね?」

ことり「ううん、戻ろっか」


「うん!」と元気に返事した穂乃果は、ことりの前を過ぎて花陽達の元へ駆け出す。
勿論、それが空元気なことぐらい分かっている。そして、もう1つ。

ことり(穂乃果ちゃん、本当は誰に電話してたの?)

また、謎が増えた。
増えていく事に、言いようのない不安が胸が締め付けていく。どんどん日常から遠ざかっていく日常。
お願いします、神様。もしあなたがいるのなら、せめて、私たちがまた笑っていられる日々を……。
彼女が祈りが届くかどうか、それを知る日はそう遠くない――


―――
交わされた剣戟に火花が散る。幾度となくぶつかり合う刃は激しくなり、荒れた町へ鐘を鳴らすように響く。


海未「ハァアアア!」

振るわれた大橙丸がバナスピアーに阻まれる。力で押し切れない事は理解している。
だからこそ、深追いせずに退いては次のチャンスを待っていく。
対して力で押してくる戒斗。身体能力の差はあるのかもしれない。だが、それ以上に海未を阻んでいるもの。


戒斗「フン!」

戒斗は大橙丸をバナスピアーを正面から叩きつけ、さらになお、体重を掛けて海未を押し込む。
"経験"
それが圧倒的なまでに力の差を示している。海未の剣はあくまで道場剣術。殺人剣とは程遠いものだ。


海未「くっ」

戒斗のバナスピアーを払い除けてバックステップをとって、距離を空ける。
戦い潜り抜けてきた修羅場が違う。培ってきた技術が違う。そんなものは百も承知だ。だが、それでも。


海未「負けるわけにはいきません!!」

腰から無双セイバーを引き抜いて、レバーを引いた。無双セイバーの刀身へエネルギーがチャージされたのを確認し、
銃口を戒斗へ向ける。
海未はトリガーを連続で引き、狙い撃つ。
だが何発撃っても、その銃弾が戒斗に当たることはなく避けられ、そしてバナスピアーで弾き落としていく。

海未(それなら……!)

もう1度レバーを引き、そして戒斗へ連射する。当たることはない。だがそれで構わない。
その防御の隙に、無双セイバーと大橙丸を合体させ、ナギナタモードへと姿を変える。


戒斗「ほう」

海未「参ります!」

オレンジロックシードを無双セイバーへセットする海未。


―― ロ ッ ク オ ン ! イ チ ! ジ ュ ウ ! ヒ ャ ク ! セ ン ! マ ン ! ――

オレンジ色に発光する無双セイバーから次の攻撃を放つ為の宣告が読み上げられていく。
一撃目に、無双セイバーの拘束する炎の斬撃が放たれた。


戒斗「ハァアアアア!!」

だが、戒斗の身体が炎に包まれることはなく、バナスピアーが押し留めている。
しかしそれは、次の一撃を確実に当てる為の布石には十分だ。
海未もナギナタを半回転させ、大橙丸側の刀身を向けて、戒斗へ向かって駆け出す。


―― オ レ ン ジ チ ャ ー ジ ! ――

海未「ハァ!!」


両手で振り抜き、戒斗と競り合う炎の上から叩きつける。炎が弾け、大きな爆風を巻き起こした。
その衝撃で吹き飛ばされる海未。地面に激突するところを上手く転がって勢いを殺していく。

海未(どうなったのでしょうか?)

肘をついて体を持ち上げていく。爆炎が今なお燃え続けその先の場所が見えることはない。
ゆっくりと立ち上がる海未。終わったのかとそう気を緩めかけた時だった。


戒斗「フン、この程度でオレは屈しなどしない!!」

爆炎を切り裂き、ゆっくりと海未へと歩み進む戒斗。手応えがあった訳ではない。
叩き込んだつもりの必殺技すらも、戒斗の力で捻じ伏せられた。それだけの話だ。

――カシャン――

歩みを止めずに、戒斗は静かに戦極ドライバーの小刀を切り倒す。

海未(来る……!)

ナギナタモードを解除して、大橙丸を構え直す海未。
だが、この技は見たことがある。槍に先へ黄金色の巨大なバナナを纏わせて、貫いていく一撃。
大丈夫、上手く避けられる。海未の視線がバナスピアーの先へと集中していく。
だが、戒斗はさらに2度、小刀で切り落としていった。


――カシャンカシャン――

―― バ ナ ナ ス パ ー キ ン グ ! ――


海未「っ!?」

知らない声が響き、一瞬うろたえ、集中が途切れてしまった。それが命取りとなる。
戒斗は逆手でバナスピアーを握り、地面へ突き刺した。叫ぶ暇さえ、与えられない。

海未の足元が黄金色に揺らめき、そして巨大な半透明なバナナが現れ、海未を貫いていく。
身体が、宙に浮いた。だがバナナは容赦なく、二撃、三撃を間髪入れずに飛んでくる。
宙にいて防御を取ることの出来ない海未は連続で殴られる形で、バナナで吹き飛ばされる。
受身を取る余裕すらなく、身体がコンクリートの地面へと叩きつけられた。
強い衝撃をモロにくらい、痛みから立ち上がる所か、身体に力すら入らない。


――カシャン――

―― バ ナ ナ ス カ ッ シ ュ ! ――

そして戒斗はトドメとばかりに、再び技を発動する。それが海未の耳にも届いた。


海未(ここまで、なんですか……?)

駄目です。ここで崩れる訳にはいきません。自分に言い聞かせるが、それでもなお身体を動かすことが出来ない。
経験値が違うことは言い訳にならない。圧倒的な実力差。それだけの話だ。

海未(それでも、退く訳にはいかないんです……!)

穂乃果も、ことりも、生きて帰ってきてと言った。
何度も、ここまで嘘を重ねてきたとしても、きっと許してもらうには、もう1度会わなくてはいけない。

"会いたい……"

海未の身体が熱くなっていく。身体中の血液が沸騰していくような感覚。それは未知の力が充満していくように。

"会いたい……!"

指先から少しずつだが感覚が戻り、力が入っていく。意志に身体が追いついていくかのように。

"生きたい……!!"

握り拳で地面を叩きつけ、立ち上がる。両手で空へと構えたバナスピアーにはエネルギー状のバナナが形成されている。
戒斗は有無も言わず、両断するように海未へとバナスピアーを振り下ろした。

海未(まだです!!)


――カシャンカシャンカシャン――

―― オ レ ン ジ ス パ ー キ ン グ ! ――


三度切り裂くと同時に、海未のオレンジの鎧が展開前の状態へ戻っていく。
頭にオレンジの鎧を纏めた海未は、そのまま首を振って、バナナを弾き飛ばした。


戒斗「なに!?」

海未「ハァアアア!!」

そして手で頭に突き刺さった状態の鎧に回転を加えて、戒斗へと頭から突っ込んでいく。
回転された鎧にバナスピアーすらも弾かれ、そのまま戒斗の胴体へと頭突く形で衝突した。


戒斗「くっ……!」

飛ばされた戒斗は地面へと転がり倒れる。

海未(やっと……)

回転を終えたオレンジは、そのまま元の状態へと展開され鎧へ戻る。やっと、一撃をまともに与えたのだ。
本来なら勝てるはずのない戦い。だからこそ、この奇跡を活かさなければならない。


―― マ ン ゴ ー ! ――

新しいロックシードの錠を空け、オレンジロックシードを取り外して、新しく装着した。

―― ロ ッ ク オ ン ! ソ イ ヤ ! マ ン ゴ ー ア ー ム ズ ! ――

水飛沫となって消えたオレンジの鎧に代わる新しい鎧が海未の身体を纏っていく。
より強力な一撃を叩き込む為の力。

―― F i g h t O f H a m m e r ! ――

新しくマンゴーアームズを装着した海未が、手にしたメイス"マンゴーパニッシャー"を戒斗へと振り下ろした。
だが、戒斗は邪魔そうなバナナの鎧の肩でメイスを逸らす。それは力で押し進む戒斗にしては珍しい、いなす動きだ。
今度は逆にスピードで上回った戒斗が距離をあけて、新しいロックシードを取り出した。それを見て、海未も驚愕する。

―― マ ン ゴ ー ! ――


海未「私と同じものを、あなたも……!?」

戒斗「だが、このマンゴーは完熟している」


バナナロックシードを外して海未同様にマンゴーロックシードを装着して、身に纏っていく戒斗。

―― F i g h t O f H a m m e r ! ――

その姿は海未より雄雄しく闘牛士のようで、そして力強さを感じさせるだけの風格を漂わせている。
同じアームズを身に纏う2人。だが、決定的なまでにプレッシャーの差が出来ていた。


海未「ハァァ!」

先に仕掛けたのは海未だ。マンゴーパニッシャーを遠心力で振り回して、戒斗の鎧へと叩き込む。
だが、戒斗はその一撃を拳で叩き落す。海未のパニッシャーが地面を抉る。
それだけの威力の衝撃を戒斗は軽々と落としたのだ。海未がその事実に背筋が凍りつく。そしてそれは大きな隙を生み出していた。


戒斗「ファァ!」

戒斗はメイスを片足で蹴って持ち上げ、コンパクトに振り回す。
海未の身体に一撃、二撃と小振りにパニッシャーを叩きつけていく。
幸い、意地でも海未自身もパニッシャーを手離さなかったのは不幸中の幸いというべきか。
なんとか三撃目の大降りだけは、同じパニッシャーでガードすることができた。吹き飛ばされる海未。


海未「うぅ……」

バナナスパーキングのダメージが身体に残っている今。これ以上戦いを長引かせる事は出来そうにない。
何より同じ武器で戦って、ここまで差があるのだ。ジリ貧で負けてしまうのなら……。

――カシャンカシャン――

―― マ ン ゴ ー オ ー レ ! ――

一気に勝負を掛けるしかない、とそう判断した。
海未はマンゴーパニッシャーをハンマー投げの要領で振り回していく。パニッシャーの周りを立方体程のエネルギーが包み込んでいく。


戒斗「いいだろう。望むのなら、格の違いを知るがいい」


――カシャン――

―― マ ン ゴ ー ス カ ッ シ ュ ! ――

戒斗のパニッシャーも同じくエネルギーが溜め込まれていく。だが戒斗は動かない。
王への挑戦者を迎え撃つ為に、堂々と構えるのみ。


海未「ハァァアアア!!」

掛け声と共に、海未はマンゴーパニッシャーを戒斗へと投げ飛ばす。
手放されたそれは、山吹色に輝くエネルギーを発しながら戒斗へと突き進んでいく。


戒斗「フン!」

だが、戒斗はそのマンゴーパニッシャーを、自らのマンゴーパニッシャーで払い飛ばし、海未へと駆ける。
投げ飛ばし手元に武器のない海未は、慌てて無双セイバーを引き抜くが……間に合わない。
無双セイバーの上から、エネルギーがチャージされたままのマンゴーパニッシャーで、海未の身体を貫くように突き出した。
ガードしきれない海未の身体が、そのまま宙へと再度投げ飛ばされた。


海未「うぅ……ぁぁ……かはっ……」

そして衝撃で変身も解除されてしまい、生身で放り出される海未。
完敗だ。同じアームズを使って戦ったからこそ、より顕著に差が見えた。
海未はまだ戒斗の足元にも及ばない。それだけの実力差があるのは理解していたが、それでも実際にやられるのでは違う。


戒斗「ここまでだ」

海未「あ……ぁ……!」

戒斗はマンゴーパニッシャーを静かに、海未の頬へ当てる。
本物の果物とは程遠い金属的な冷たさそのものが、まるで海未の命を刈り取るための刃のようだ。
もう、立ち上がる力も入らない。今まで忘れてきたように纏めて痛みや疲れが身体を襲い掛かっているような感覚。
それでも海未は諦めない。


海未「ま、まだです……!」

戒斗「そうまでして何故戦う。貴様にとって、この戦いの意味はなんだ」

本来なら逃げるべきかもしれない。戦い敗れたのなら、殺されるかもしれないのだ。
だが出来ない。どうせ逃げる事は出来ないし、した所で何が変わる訳でもないと思っているから。
だから、まるで当初の目的を思い出したように、海未は口を開いていく。


海未「守りたいものが、沢山あるんです……。大切な、愛おしい、ものが、いっぱい……」

穂乃果。優しい貴女が私を思って、あんな辛い言葉を呟いた時、後悔しました。
他人を見捨てるなんて、出来るはずがない。そこまで貴女を追い込んだのは、浅はかな私です。

ことり。守って欲しいと頼ってくれた。でも危険な目に合ってしまえば無茶しないで欲しいと言った。
そこに矛盾はない。私も一緒なんです。今が、この世界が愛おしいのです。


海未「この世界は、きっと、優しくて、輝いてるから……。私にしか戦えないなら、戦いたい……」

戒斗「そこに貴様が居なくてもか」

戒斗の質問の意味を察したのか、それとも疲れからかは分からない。失笑するように乾いた笑みが零れる。
園田海未のいない世界。きっとみんな優しいから、悲しんでくれるかもしれない。
だけど、それは園田海未にとって最悪の世界ではない。


海未「死んだっていいんです。みんなを守れるのなら……!」

戒斗「貴様は弱いな」

興味が無くなったのか、淡々とした言葉を捨てる戒斗。


戒斗「そんな覚悟では、俺は止められない」

海未「……それでも」

戒斗はマンゴーパニッシャーを振り上げる。園田海未は弱者だからだ。
それは、王の望む世界に不要なもの。だから排除するのみ。今にも振り下ろそうとした瞬間だった。


戒斗「ッ!」

戒斗のマンゴーパニッシャーが弾き飛ばされる。倒れている海未も気付いた。
これは"攻撃"だ。何かが戒斗を目掛けて狙撃している。
さらに連続して、飛んでくる攻撃。それが何なのか、視界の霞む海未には分からない。

そして海未から十分な距離を取った戒斗と、海未の間に誰かが飛び降りてきた。


戒斗「貴様か。何のつもりだ」

「……」


かろうじて首を上げて、その相手を確認する。だが上手く見えない。分かるのは、この人物がただの人間ではないということ。
ある意味で言えば、自分がよく知っている人物だ。その証拠に……。


戒斗「敗者の亡霊は消えろ。ここはもうお前のステージではない」

そして助かったのかと安堵した時、同時に意識が遠のいていくのを感じた。ただ園田海未が見えたのは。
その人物が、自分や戒斗と同じように変身していたということ。そしてもう1つ。

海未(あの武器で、攻撃を……)

弓を武器として持っていた事だけだった


―――
時間は少し遡る。


「整列!!」

海未と警察を待っていた穂乃果達の前に現れたのは、怪しげな集団だった。
最初は警察が来るかと思っていたが、結果として来たのは軍服を身につけた屈強な男達だ。
男達は怒号とも言える程に声を張り上げて、装甲車から降りていく。
そして整列をした所で、数人の男が穂乃果達の前に現れた。


穂乃果「あ、あなた達は誰ですか?」

不安になりながらも、問いかける穂乃果。少女も怖がって、ことりに抱きついている。


「我々は、インベス対策を行うユグドラシルという組織だ」

ことり「ユグドラシル……?」

聞いたこともない名前だった。元々軍隊にはそんなに詳しい方ではないが、それでもそんな名前は掠りもしない。
男が言う。


「先ほど君達を襲った怪物達を根絶する為に出来た組織だ。もう安心して欲しい、警察の代わりに君達を迎えに着たんだ」

いきなりそんな事を言われても、と戸惑う穂乃果達。そして男が叫ぶ。


「怪我人が、ここにもいるぞ!! 早く、救護班を!!」

その声を聞いて、白衣をきた数人のスタッフが、ストレッチャーを転がしてやってくる。
数人で花陽を台に乗せて診断した後、どこかへ連絡を取っている。


「はい、怪我人が数名。命に別状はありません。ヘルヘイムの種子も無し。問題ありません」

この人達は何を言っているのだろう。分からないままの穂乃果達は、ただ花陽が無事ということにホッと息をつくだけだった。
するとまた、装甲車から新しい男が降りてきた。
白いメッシュの入れられた髪を後ろで纏めた白衣の、若い男だ。
明らかに周りと異色を放っている青年は、そのまま朗らかな笑顔のままを浮かべ、穂乃果達の元へと向かってくる。


「やあ、君達が園田海未くんのお友達かな?」

穂乃果「そう、ですけど……」

「そうか、君達がμ'sか。いやぁ、話には聞いていたけどほんとに女の子なんだね、はははは!」

何が楽しいか分からないが、陽気に笑う青年に、穂乃果達は恐る恐る尋ねた。


ことり「あの、あなたは?」

「おっと、その前に、君達の王子様を連れてこなくちゃね」

青年が手でことりを制し、白衣を少し肌蹴る。すると、青年もまた海未や戒斗のように、ベルトを巻いていた。
ただし、その形は海未達の物とは違う形をしている。


穂乃果「それ、海未ちゃんの……!?」

ことり「で、でも海未ちゃんのと形が少し……」

「これはゲネシスドライバー、戦極ドライバーの次世代機だ」

穂乃果「ドライバー……、このベルトの名前ですか?」

「なるほど。どうやら事情は全く知らないようだね」

青年は何かに納得したように、うんうんと何度も頷いていく。


「まあ、もう少しここで待っていてくれるかい」

青年は穂乃果達にそれだけ言い残して、海未が向かった場所へ歩みを進めていく。
そして青年はポケットから取り出したロックシードの錠を外すスイッチを入れた。


―― レ モ ン エ ナ ジ ー ! ――


―――
私は弱い。言われるまでもなく、それは自分で知っています。
穂乃果、ことり、真姫、花陽、凛、にこ、絵里、希。
みんなが笑ってくれる。それがとても嬉しくて、だけど眩しい。

いつから、私はこんなに弱くなってしまったのでしょうか。
ヒーローになりたいなんて思わない。私だってヒロインになりたいなんて夢を見る女の子ですから。
だけど、それもまた弱さだ。現実を受け入れなくてはならない。

気付けば、目の前にガラスのような透明な壁が出来ていた。いや、そもそもこの世界は硝子のようなものだ。
繊細で壊れやすくて、だけど美しい。
壁の向こう側では、みんなが楽しそうに談笑している。なんて幸せで綺麗なのでしょうか。

――そこに貴様が居なくてもか


海未「……あぁ」

そこに私はいない。穂乃果の面倒は、ことりや絵里が見てくれている。
歌詞だって、私でなくたって出来る事だ。だから、私が消えても世界は壊れない。きっと美しいままで続いていく。

だから、私は幸せだ。

だって、こんな眩い世界に居る事ができたのだから。こんな私を必要としてくれた居場所が在ったのだから。
だからそこで見ている誰かへ伝えたい。泣かないで下さい。私はとても嬉しいんです。

――園田海未は気付かない。硝子もまた鏡であることに。園田海未は気付かない。本当に欲しいものは……


―――

海未「……ぁ」

穂乃果「気がついた、海未ちゃん!?」

ことり「海未ちゃぁん!!」

眼を覚ました海未に抱きつく穂乃果と、ことり。またこのパターンですねと、何だか呆れたような笑いが零れた。


穂乃果「笑い事じゃないよ!? 嘘つき! 海未ちゃん、戦わないって言ってたのに……」

海未「すみません」

ことり「今度こそ、死んじゃうとこだったんだよ!? あの人が助けに行かなかったら……!」

海未「あの人……?」

そういえば確か、最後に誰かが割って入ったような記憶が残っている。
少し痛む身体を持ち上げて周りを見てみると、また知らない場所に居る事に気づく。
西木野病院とは違う他の病院かと海未は考えたが、ドアを開けてやってきた新しい人物によって、その疑問は解決する事となる。


「やあ、王子様の目が覚めたみたいだね」

海未「あなたは?」

ことり「この人が、海未ちゃんを助けてくれた人だよ」

やってきた人物……穂乃果達を迎えにきた青年だ。変わらぬ朗らかな笑みを浮かべて、パイプ椅子を取り出して座った。


海未「あの、ありがとうございます……」

「どう致しましてと言っておこうか。改めて自己紹介だ。私は戦極凌馬。君の持つ、この戦極ドライバーを開発した者だ」

青年、もとい戦極凌馬は海未がつけていたベルトを手にしていた。


海未「戦極ドライバー……それが、このベルトの名前なのですか」

凌馬「そうとも。驚いたかい? 元々これはヘルヘイムに対抗するために作られたモノでね、どうして君が持っているのか実に興味深い」

海未「と言われても、拾いましたとしか……」

海未の言葉を聞いて、何度か頷く凌馬。恐らくは穂乃果と、ことりからある程度こちらの事情は聞いていたのだろう。


海未「あの、ヘルヘイムとはなんですか? それから、あのインベスという化け物とか、この錠は一体……」

凌馬「いいだろう。では、順を追って説明するとしよう」

海未「その前に聞きたいことが。私たちの他にもう1人、女の子が居たと思うんですが……」

穂乃果「花陽ちゃんは病室で手当て受けてるよ。捻挫で済んだみたい」

ことり「あの女の子も、ちゃんと保護されたよ」

海未「そうですか……良かった」

ほうっと安堵のため息をつく海未。凌馬は何処からかホワイトボードを持ってきて、何かを書き始める。


凌馬「まず最初に。私は異世界からやってきた人間だ」

ことり「異世界……ですか?」

凌馬「まあこんな突拍子もない話を信じられないかもしれないけど、事実だ。現にその世界と、この世界をクラックが繋いでいる」

穂乃果「クラック……?」

凌馬は、絵を書いて説明し始めた。


凌馬「難しい話は置いておこうか。私たちの世界にヘルヘイムと呼ばれる植物が、また違う異世界より現れた。
   これは強い繁殖力を持っていて、その世界の植物の生態系を完全に上書きしてしまうものだ」

ホワイトボードに書かれるのは、皮を纏っているであろう果実。
それを見て思い当たることが有った海未はマンゴーロックシードを取り出す。


海未「何度か見たことが有ります。確か、これに姿を変えたのが、そのような物でした」

凌馬「それについては後で説明していこうか。とにかく、このヘルヘイムは生物にとって、非常に有害な物だった。
   だから植物と同様に生物の生態環境すらも変革をもたらした、分かるかい?」

海未「……植物は生態ピラミッドの下層ですから、当然なくなれば、その上層もバランスを保てなくりますね」

凌馬「その通り」

穂乃果(ことりちゃん、わかる?)

ことり(一応、かな。あとでちゃんと説明してあげるからね?)

凌馬「だから、そのヘルヘイムの侵攻に対処するために、私が作ったのがその戦極ドライバーだ。
   それは本来、有害なヘルヘイムの果実を錠前"ロックシード"に変化させる機能と、
   そのロックシードから無害な形で栄養を取り込むことが出来る。勿論、君の持つそれも同等の機能が有る」

穂乃果「でも、海未ちゃんは変身したよ……?」

ことり「それに海未ちゃんにしか使えないみたいだし……」

凌馬「それはインベスに対抗する為だよ、お嬢さん。
   奴らはヘルヘイムの果実を食べて生息するヘルヘイムの一部ともいうべきモンスターだ。
   当然、対抗する為には戦う力がいる」

海未「それが、あの……」

凌馬「戦極ドライバーには、同じく果実のエネルギーをマテリアライズして超人的なパワーを取り込む機能がある。
   さらに安全装置として最初に着けた人間の生体データをイニシャライズするから、その人間にしか変身する事ができない」

穂乃果「マ、マテリア? イニシャル?」

ことり「つまり果実の力で戦えて、最初に変身した人しか使えないって事……だと思うけど」

凌馬「概ねその認識で構わない、といった所かな」

ホワイトボードに謎の数列を書いていた凌馬が、ペンを置く。しかしまだ分からない事が多すぎる。


海未「それでは、その植物からの生存する手段は有った……という事ですか?」

凌馬「ところがそうでもなかった。まあ細かい事情は端折らせて貰うが、反乱者が出た」

海未「反乱?」

凌馬「君も出会っただろう、駆紋戒斗という男だ」

海未を含めた3人に緊張が走る。侵略者を名乗る、あの男だ。


凌馬「彼は、この戦極ドライバーの実験に快く協力をしてくれた被験者だった。だが彼は我々人類を裏切り、私たちの世界を滅ぼした」

ことり「そんな……どうしてなんですか?」

凌馬「彼はヘルヘイムの力に魅入られたのさ。
   それを手に入れる為に彼は非道を繰り返し、私なんて危うく死ぬ所だったよHAHAHA!」

海未「は、はぁ……」

凌馬「とにかく彼は紆余曲折の果てにヘルヘイムを操る力を手に入れ、オーバーロードと呼ばれる新種の生命体となった」

オーバーロード。覚えがある。
――捨てた名は駆紋戒斗。今の名は、バロン。ヘルヘイムを統べるオーバーロードであり、この世界の侵略者だ。
最初に出会った時に確かに彼は、こう言っていた。


凌馬「彼は世界を滅ぼして、次もまたこの異世界も自分の物にしようと企んでいる」

穂乃果「えっと、戦極さんはどうして無事だったんですか?」

凌馬「プロフェッサー凌馬と呼んでくれたまえ。みんなは私をそう呼んでいてね、気に入ってるんだ」

穂乃果「あ、はい……」

凌馬「私も何とかこの世界に逃げ出してね。ここにもヘルヘイム……いや、彼がやって来るんじゃないかと心を痛めていたんだよ。
   そして、この世界に協力をして貰い、ヘルヘイムの脅威から密かに世界を守る組織を作った」

海未「それが、ここですか?」

凌馬「そうとも。"ユグドラシル"、かつて私たちの世界にあったインベスから人々を守る為の治安維持の組織さ」

穂乃果と、ことりは既に知っている。あの警察ともかけ離れた謎の軍隊だったものだ。


凌馬「そして警察からの通報で、可哀想にもドライバーを身に着けて戦う羽目になった君を保護して、今ここにいると、そんな所だね」

海未「えっと、本当に有難うございました」

凌馬「なあに、気にする必要はない。正義の味方なら当然の事さ。違うかい?」

同意を求められても上手く答えられない海未。しかし凌馬に気にしないというように、ニコッと顔を歪めた。


ことり「あの、どうして海未ちゃんの事知ってたんですか……?」

凌馬「ああ、昨日警察に事情を説明してくれただろう。西木野病院で戦闘があったと報告を受けているよ。
   だから私がここまで飛んできたという訳だ」

海未「それも含めて、報道はされていないようですが……」

凌馬「これが世界中に知れ渡れば、当然パニックになる。だから出来る限り秘密裏に処理してきた訳だ。今回の件も同じくそうするさ」

穂乃果「そんな事出来るんですか!?」

凌馬「ユグドラシルには、それだけの力がある。問題はない。わるーい事に使おうとする大人だって、きっと出てくるからね。
   公表は出来るだけ避けたいのさ」

あれだけ目撃者もいて、事故も有ったのにどうするつもりなのだろうか。
そんな疑問をぶつける前に、凌馬から新しい話が切り出された。


凌馬「さて、ここからが本題だ。園田海未くん、君にはお願いがある」

海未「お願い、ですか?」

凌馬「単刀直入に言うと、私と一緒に、この世界の為に戦って欲しいと思っている」

3人が等しく驚いた。それも予想通りだったのであろう。凌馬は気にせずに離し話し続けようとするが、それを穂乃果達が遮った。


穂乃果「そ、そんな駄目だよ!? 海未ちゃんが危ない目になんて……!」

ことり「そうです! どうして海未ちゃんが、そんな事を!」

凌馬「まあまあ、落ち着きたまえ。これでも命からがら逃げ出して来てね、何も必要なものは持ってきていないんだ。
   つまりインベス退治の戦力がどうしても足りていない、君が持つ戦極ドライバーが必要にあった、という訳だ」

ことり「じゃあ、海未ちゃん以外の人が使えるようにすれば……!」

凌馬「ははは無理無理、出来る訳ないって。私が作ったプロテクトが、そう簡単に敗れる訳がないだろう」

穂乃果「で、でも……! 海未ちゃんは普通の女の子なんです、そんな危ない事……!」

凌馬「普通の女の子?」

穂乃果の言葉の何に引っかかったのか、それで初めて笑みが顔から消え海未を見つめる凌馬。
その視線に海未の背筋がゾッとする。何だろう、この人の今の目は……。まるで有り得ないモノを見るような……。
だが、その目はすぐに掻き消え、フッと凌馬は笑みを取り戻す。


凌馬「そうだね。スクールアイドルなんてものをやっている君に無理を言っているのは重々承知の上だ。
   だけど君も見ただろう? インベスは不定期に現れるクラックと呼ばれる異世界へ渡る為の扉が開いてしまい、そこから沸いてくる」

海未「はい、何度か見た事があります」

思い浮かべるのはファスナーのついた空間の裂け目だ。
あそこが異世界への扉であり、向こう側にはインベス達の住む世界があるという事だ。


凌馬「なら話は早い。何も世界平和の為に尽力して欲しいとまでは言わないさ。
   君が見つけた範囲の、インベスを適当に狩るぐらいをしてくれれば構わない」

海未「……」

ことり「海未ちゃん、断ろうよ」

思い浮かべるのは、インベスに襲われていた少女。そして駆紋戒斗だ。
あんな少女を危険に晒す存在が居て、自分にしか出来ないのならそれは勿論するべきだ。
だが同時に……、自分には出来ない事もあるということだ。

今更ながら実感する。自分が世界を守るなんて言ったのに、結果はどうだった?
そう、負けたのだ。きっと戦極凌馬が助けなければ、自分は生きていなかっただろう。
だからこそ、自分をもっと弁えなければならない。


海未「……少しだけ、時間を頂けませんか?」

穂乃果「海未ちゃん!?」

凌馬「はーいはい、まあじっくり悩むといい。だけど君は最高の仲間になってくれれば、私はありがたいと思っている」

凌馬の差し出した手と握手する海未。それに満足したのか、凌馬はそのままドアから出て行こうとする。


凌馬「ああ、そうそう。警察だけどね、ユグドラシルが押さえ込んでいるから当てにはならないよ。
   返答も含めて、もう1度ココに来るといい」

海未「……1つ聞いてもよろしいでしょうか?」

凌馬「なんだい?」

海未「花道オンステージってなんなんですか?」

その時の凌馬の顔は本当に朗らかで、まるで無邪気な子供のようだった。


凌馬「私の趣味だ。いいだろう?」

そして凌馬は海未の病室から出て行く。思わず笑みが零れしまい口元を抑え込む。


凌馬「そうか、君はまだ知らないのか。君こそが戦争の引き金になるかもしれないというのに」


―――
海未「……」

穂乃果「ねえ、海未ちゃん! どうして断らなかったの!? もうあんな危ないもの預けちゃおうよ!」

海未「……穂乃果、もし穂乃果が私の立場なら、どうしますか?」

穂乃果「それは……」

一瞬の間。そして外れた視線。それだけで穂乃果の考えを読めてしまう。幼馴染なんだから、それぐらいは当然だと海未は思う。


穂乃果「穂乃果は、戦わないよ。ベルトも返して、それで終わりにする……」

海未「嘘ですね。きっと私やことりが止めても戦おうとするでしょう」

穂乃果「そ、そんな事!」

海未「しませんか?」

穂乃果「……そんな事、分からないよ……」

ヒートアップしていた穂乃果が、大人しく椅子へと座り込む。


穂乃果「海未ちゃんは、分からず屋だよ。幾ら言ったって分かってくれない」

海未「そうですか?」

穂乃果「そうだよ。海未ちゃんが自分なんてどうでもいいって考えてるの、凄くイヤだ」

海未の気持ちを見透かされている事に嫌悪感はない。流石は幼馴染だと感心する訳でもない。
人一倍、他人の心に敏感な穂乃果だ。それもまた当然の事と言える。


ことり「海未ちゃん。ことりも、穂乃果ちゃんも……μ'sのみんなが海未ちゃんの事大好きなんだよ」

穂乃果「海未ちゃん、お願いだから戦わない方を選んで」

海未「穂乃果、ことり……」

優しい幼馴染の2人が、必死に自分に訴えてきてくれる。きっと、戦わない事が最良の選択なのだろう。
だけど、それは選べない。


海未「あの女の子が、泣いていたんです」

助け出した1人の女の子。守ると言った時、あの子は本当に安堵して、自分を必要としてくれた。
ヒーローになりたい訳じゃない。……そう、思っていた。ずっと……。


海未「私の力で誰かを守ることが出来るのなら、誰かの涙を一粒で拭えるのなら、それはとても誇れる事だと思います」

ことり「それは、海未ちゃんじゃなくたって!」

海未「ことり」

園田海未にしか与えられていない力。
始まりが偶然でも奇跡でも、自分にしか出来ない事があるなら、それはきっと運命だと思っていた。


海未「私は不器用なんです。それに逃げたら、きっと後悔します」

だけどこれは、自分で選なければならない道だった。運命は自分で決められる。
例えそれが何も見えない未踏の地へ向かう道だとしても構わない。


海未「ごめんなさい。私は、この道を選びます」

だから、彼女が戦う道を選んだのだ。


―――

舞「戒斗」

駆紋戒斗がヘルヘイムの森へ帰ってきた。それを見つけた舞は戒斗へ呼びかける。


舞「……あの子、どうしたの?」

戒斗「邪魔者が入った。とどめは差していない」

舞「邪魔者?」

舞の心にまず入ってきたのは安堵だ。これ以上余計な犠牲者は出来るだけ出したくない。
そんな事、思う資格がないのは重々承知の上だが。


戒斗「奴だ。やはり向こうの世界に行っているようだな」

舞「やっぱり……」

戒斗「それにプロフェッサー凌馬も居る様だな」

舞「プロフェッサーって……!? あの人は、貴方が倒したはずじゃ!」

戒斗「だが生きている。あの男の事だ、何をしていてもおかしくはない」

口はそういうものの戒斗の口元が薄らと笑みを浮かべていることに舞が気付く。


舞「……戒斗、どうしたの?」

戒斗「いや。大した事ではない」

今戒斗は思い返しているのは、あの少女。
自分の望みを妥協した弱者。真に望む世界に、自分はいなくてもいいと自らを切り捨てた。
それでは自分の望む世界など作れるはずが無い。自分に負けたあの男と同じだ。
だが、それはあの男と同じ高みにいけるかもしれないという可能性も持っているということだ。


戒斗「俺は屈しない。力を手に入れ、あいつのように再び俺の前に立つというのなら、容赦はしない」


―――
海未の怪我も大したこと無かったらしく、結局3人はその日の内に家に帰られる事となった。
戦極凌馬の返事は、まだしていない。穂乃果とことりが納得していないので、明日改めて話す事となった。
家まで車で送ってもらう穂乃果達。車の中はずっと無言のままだった。
自宅には、警察から連絡がいっており、駅の倒壊に巻き込まれたが、怪我は無かったという体で話されているという事だった。

穂乃果(こんなの、絶対におかしいよ)

インベスというモンスターが世間にばれたらパニックになる。だから内緒にしてると言った。
あれだけの規模の事が有ったのに、それが出来るという組織……。ユグドラシルが段々怖くなってきたのだ。
これでは人の命を盾にした脅迫だ。海未が断れるはずもないという事を見越していたのだろうが……。
そして自分が気付くのだから、海未も、ことりも、それに気付いているはず。だからこそ答えをまだ出したくなかった。


穂乃果「ただいま」

無事に自宅へと戻ってくる穂乃果。
「おかえり」と声をかける雪穂と母、父に返事をしてそのまま居間へと向かった。
その場所には、穂乃果の会いたい相手が居た。


穂乃果「ありがとう」

挨拶もなしに、口を開く穂乃果。その表情は普段の明るい笑顔が鳴りを潜めていて、とても暗い。


穂乃果「海未ちゃんを助けてくれたの、本当は貴方なんだよね」

すがりつくような、震えた声。彼女には、どうする事も出来ない。
ただ頼る事しかできない自分がとても情けなく、無力感に打ちひしがれる。


「早めに電話をくれたおかげで、何とか間に合ったよ」

穂乃果「本当に海未ちゃんが無事でよかった……」

「心配すんなって。オレが絶対に海未って子を助けるから」


穂乃果の目の前の男が応えた。穂乃果は浮かんでいた涙を拭う。


穂乃果「お願い。海未ちゃんを守って……」

「ああ、任せろ」

男は静かに頷いた。


穂乃果「ありがとう、コウタさん……」

ここまでになります。プロフェッサー話が長いよ。

現時点で5人、プロフェッサーが自分をサイボーグ化してれば全員が人外だな

>>202-203
ありがとうございます。多分そんな難しく考えなくても大丈夫だと思います。
それでは投下です。




それはまるで夢のような場所に在った。ある世界のある物語に描かれていた、不確かでおぼろげな存在。
だがそれを確実に居るのだ。新しく生まれ変わるかのように、静かにそれは胎動している。


"……グブリョデョフォエ"

"カズラバコウタ  クモンカイト クレシマミツザネ"

"アーマードライダー共ヨ"

"コノ恨ミ、怨念ハ必ズ晴ラス"

"新世界ノ神ト成ルノハ 否 私コソガ神ナリ"

"私ハ蘇リ復讐ヲ遂ゲル"


黄金の果実が、闇へ染まっていく。いやそもそも本来の色へ戻っていくようにすら見える。
その果実は、神となる為に産み落とされたが……果実その物が神と成ってしまった。
だが、神は破られた。文字通り、新しい世界の神と成るはずだった男によって。
されど果実が腐るわけではない。憎悪によって黒く彩られ、姿を染め上げる。
力を望む者よ。我を求めよ。我が神へと続く覇道を示そう。故にその身を差し出すのだ。
全てはただ、神というメッキの剥がれた復讐者の為に。


―― ダ ー ク ネ ス ――


―――
凛「かよちーん! うわぁあああ、無事でよかったよ~~!!」

花陽「ごめんね、凛ちゃん。心配掛けちゃって」

凛「ううん、本当に足もう痛くない? 大丈夫?」

花陽「うん。さすがにまだ走ったり踊ったりは出来ないけど、歩くぐらいなら全然問題ないよ」


かよちーん!と抱きつく凛に、ちょっと困ったような、だけど嬉しそうな表情をみせる花陽。
あの西木野病院の最寄駅からの襲撃事件から、一夜明けた土曜日の昼過ぎの学校の屋上。昨日何が有ったのか。それを知る為にμ'sの9人が揃っていた。
軽傷で済んだ花陽と海未。そして暗い表情の穂乃果、ことり。
絵里としても、このままで終わらせたくは無い。その為に、足を怪我している花陽にまで態々来てもらっているのだ。
因みに元々花陽の家で会合を開くか、花陽には休んでいてもらうつもりでも会ったが、本人の希望で学校となった。


にこ「じゃあ、説明してもらえる? 何が有ったのか、洗いざらい全部ぶちまけて貰うわよ」

希「にこっち、怖いわー」

にこ「何でよ!?」

絵里「はいはい、漫才はその辺で。それじゃ、話してくれるかしら? 穂乃果、海未、ことり」

3人がおずおずと首を縦に振ることで肯定の意を示した。概要としては、警察に行った後にインベスが現れたこと、そこに戒斗が現れて、花陽を助けたこと。
だが、他の人は助けなかったこと。そして海未は戒斗と戦ったが負けたこと。戦極凌馬という男が現れ、恐らくその人物が海未を助けたということ。
そしてヘルヘイムの森に侵略されており、海未にもユグドラシルに入って欲しいと申し出を受けた事を伝えた。


にこ「あんたら、よく半日でそれだけの問題起こしてきたわね……」

ことり「あはは……」

凛「んっと、ようするに植物が大変って事……?」

花陽「多分、そうだと思うけど……」

希「……うーん」

絵里「どうしたの、希」

考え込む希に気付いた絵里が声を掛ける。少し迷ったような表情を見せた後、決心したように口を開いていく。


希「今の話を聞いた限りやと、おかしない?」

海未「おかしい、ですか?」

希「果実食べたら駄目なんやろ? だったら、それぐらいは公表して食べないように注意を促すはずやないの?
  今こっちの世界にそれだけ来てる……来てなくても侵略が分かってるんやったら、それを伝えれば被害者出ずに済むはずやけど……」

穂乃果「うん、確かにそうだよ……!?」

希「まだあるで。その戦極さんって人、信用しても大丈夫なんやろか?」

真姫「……どういう事よ」

絵里「……どうして、海未をスカウトしたか、かしら?」

希「そう。幾ら戦力が足りないって言うても、穂乃果ちゃんが見た限りではそれなりに人居たみたいやし、
  何よりマスコミとか操作できるだけの力を持ってるんやったら、なんていうか……それなりの装備とか調達できそうやん?」

にこ「あー……、それだけ出来そうなら海未なんていらないわね」

穂乃果「にこちゃん、酷いよ……」

ことり「あんまりだよ」

にこ「ちょっとなんで私が責められてんのよ!?
   海未がいらないってのは、あいつらにはいらないってだけで、私は寧ろ必要……って、ああああ何言わせんのよ!!」

海未「にこ……!」

にこ「嬉しそうな顔しないで、まじ恥ずかしいから!」

和気藹々とし始めた雰囲気に空気が緩む。それはそれで構わないのだが、まだ話の途中だ。絵里は場を仕切りなおす為に咳払いを入れた。


絵里「オホン。まあそういう事よね。もし海未が必要なぐらい切羽詰まってるなら、この付近だけなんて好条件は不自然なぐらいよ」

凛「海未ちゃんがスクールアイドルしてるから、それに遠慮して、とかじゃないの?」

真姫「バカね。そんなの心配してくれる人なら、そもそも勧誘なんてしないわよ」

にこ「じゃあ、真姫ちゃんは分かるっていうの?」

にこの質問に、グッと言葉を詰まらせる真姫。そのまま視線が海未へと向く。
そして海未と視線がかち合った瞬間、その目を逸らし誰にも合わせないように下を向いた。


真姫「海未ちゃんを手元に置いておきたいとか……」

海未「え?」

ことり「どういう事なの、真姫ちゃん」

真姫「……私にも分かんないわよ」

にこ「真姫ちゃん?」

にこも気付いている。様子がおかしいのは2年生の3人組だけではない。この3人は事情が事情だけにまだ理解できる。
だが真姫はどうしたというのだ。ずっと元気がない。いやそもそも今日の彼女はずっと変だ。
口数も少なく、そして何より――

にこ(海未と何かあったのかしら?)

海未と視線を合わせようとしない。喧嘩中なのだろうかと思ったが、どうやらそういう訳でもないらしい。
海未の方も流石に気付いているようで、真姫に話しかけるべきか悩んでいるようだった。そんな空気の中で凛が言葉を切り出す。


凛「うーん、結局海未ちゃんは協力しないの?」

海未「……」

凛の言葉にまた視線を逸らす海未。言葉は無くとも、それは凛への返答になった。


凛「まさか、戦うつもりなの!?」

絵里「ちょっと、今の話聞いてたの!? 胡散臭い組織なのよ!」

海未「それは重々承知していますが」

穂乃果「海未ちゃん、考え直してよ」

ことり「そうだよ。それにもうすぐ次のライブがあるんだよ……。海未ちゃんがいなくちゃμ'sじゃないよ」

海未「ですが……」

言い渋っているが中々NOと言わない海未。それに業を煮やした真姫が立ち上がって叫ぶ。


真姫「いい加減にしてよ!!」

花陽「っ! ま、真姫ちゃん……?」

真姫「さっきから聞いていれば、みんな止めてるっていうのに、全然聞く気ないじゃない! そんなに死にたいの!?」

海未「そういう訳では……」

真姫「大体意味わかんない! 本気で協力するつもりなら、さっさとユグドラシルってとこでも行っちゃえばいいでしょ!!
   それなのに、こんなとこで皆の反対を適当に流して……馬鹿にしてんの!?」

絵里「ちょっと、真姫!」

真姫「何よ! 勝手に悲劇のヒーローぶって、私可哀想なんてナルシストして! 自己犠牲なんて気持ち悪いし有り難迷惑なのよ!」

海未「私は、そんなつもりは!」

真姫「うるさい! もう、海未ちゃんの言い訳なんて聞きたくない! 自分に自信がないからって、そんなのに逃げて……ただ臆病なだけじゃないの!」

希「真姫ちゃん!!」

ことり「落ち着いて……!」

真姫「そんなに英雄に成りたいなら、死ねばいいのに!!」

海未「っ……」

にこ「真姫ちゃん!」

穂乃果「真姫ちゃん!!」

穂乃果が立ち上がり、真姫の頬へ一閃。平手打ちの弾かれた音を境に、空気が静寂に戻った。
赤くなった頬を押さえて、真姫と穂乃果が乱れた息を整えようとしている。


穂乃果「……穂乃果は、謝らないよ」

真姫「……いいわよ別に」

それだけ言い残して、真姫は校舎内へ入るための扉へと足を進めていく。慌てて、海未も立ち上がって真姫へ手を伸ばして、叫ぶ。


海未「待って下さい、真姫!」

真姫「……私も謝らない。そんな海未ちゃんは、大嫌い」

そして真姫は、そのまま扉の向こう側へと消えていった。重苦しい空気が漂い、涙を浮かべていた凛と花陽も慌てて立ち上がる。


凛「り、凛も真姫ちゃんを追って来るよ!」

絵里「……ええ、お願いするわ」

花陽「待って凛ちゃん、私も行くよ!」

真姫が消えた方向へ駆けて行く2人。見送った後の6人の中で、にこがため息を吐きながら穂乃果を睨む。


にこ「あんたが手出して、どうすんのよ。にこが引っ叩こうとしてたのに」

穂乃果「……だって」

海未「……真姫を責めないで下さい。確かに私が悪いんです」

ことり「海未ちゃん……」

絵里「でも真姫の言う通りって面もあるわよ。そんなウジウジした海未は……私も好きじゃないわ」

希「真姫ちゃんも本心と違うんよ、海未ちゃんが心配だから、あんな事言ってもうただけやと思うよ」

海未「分かっていますよ、真姫は優しい子ですから」


そのまま静かに座り込む海未。当然、真姫があんな言い方をした理由が、結論を出さない自分にある事は分かっている。
頭では当然理解はしていた。ユグドラシル、戦極凌馬という男の怪しさも。自分が戦いに向かないと知りつつも、戦おうとする理由も。
真姫の言った事が的を得ていた。

海未(英雄……なんてものに憧れていたんでしょうか)

守る力とはいえ、それは戦う為の、殺せる力だ。きっと自分にしかない、オンリーワンの能力。
魅了されていないといえば、嘘だ。駆紋戒斗に殺されかけたとはいえ、渡り合えた感動も確かに持っていた。
泣いている人を守りたいなんて詭弁で、自分は酔いしれていただけなのではないのか?


海未「私は、最低ですね」

自嘲が零れ、涙が溢れてくる。真姫にあんな辛い思いをさせた。叩いた穂乃果だって辛いはずだ。
みんなに迷惑を掛けて振り回しているのは、他でもない自分だ。


ことり「海未ちゃん、あのね、そんなに自分を責めないで」

海未「……すみません、少し頭を冷やしてきます」

ことりの声を無視して立ち上がった海未も、そのまま歩いて屋上から出て行く。


穂乃果「今度は穂乃果が追うよ!」

絵里「待ちなさい、穂乃果。海未は1人にしてあげた方がいいわ……」

穂乃果「でも!」

にこ「海未も強い子だって事ぐらい、穂乃果が一番知ってるでしょ? そっとしてあげなさいよ」

穂乃果「……」

穂乃果も座り込み、暗い顔で膝を抱えた。ひょっとしたら泣いているのかもしれない。

ことり(穂乃果ちゃん……)

ことりだけではない、全員が思っている。
最後に見た穂乃果の笑顔はいつだっただろうか。あんなに楽しかった毎日が、どうしてこんなに崩れているのだろうか……。


希「なあ、えりち。あの連続失踪事件も、そのヘルヘイムってのが原因なんかな?」

絵里「……全てが、じゃないかもしれないけど多分ね。情報操作できるぐらいなら、きっと……」

ことり「じゃあ、その人達はどうなったの?」

にこ「あんまり考えたくはないわね。良くて異世界へ遭難、もしかすると」

絵里「果実が有害って、具体的にはどうなるのか分からないしね」

希「希望を持って言えば、そのユグドラシルってとこで入院中って所やと思うけど」

ため息交じりに絵里も同意する。しかし実際に家族に何も知らせていない点を考慮すれば……。
その結果を誰もが察して、口には出さない。


にこ「ああもう! あんたら全員暗いわよ! 確かにそういう雰囲気になっちゃったけど、それに全員で引っ張られたら駄目でしょうが!」

穂乃果「……でも」

にこ「特に穂乃果! あんたなんて笑ってるぐらいしか取り得ないんだから、もっとにっこにこにーってしてなさいよ!
   アイドルの自覚を忘れたっていうの!?」

絵里「にこ……」

にこ「……海未だって、暗い顔で引き止められるより、笑顔で引っ張られた方がいいと思うわよ」

穂乃果「にこちゃん……、うん。そうだよね! 穂乃果まで暗くなってたら、きっと海未ちゃんだって困るよね!!」

ことり「穂乃果ちゃん……」

何とか笑顔を作った穂乃果。少なくても、それだけで空気の和らいだような気がする。


絵里「にこ、ハラショーよ」

にこ「はいはい、まったく世話のかかる後輩持つと苦労するわよねー」

希「無理にそんなキャラ作らなくてもええやん。照れ屋さんやな」

にこ「うっさいわねっ!」

5人しかいないとは言え、ようやく前のような雰囲気を取り戻してきて、ホッとする。

ことり(……海未ちゃんも真姫ちゃんも心配だけど……本当に行方不明になった人ってどうなったんだろう?)

ことりも周りに合わせて笑顔のままでいるが、内心は既に違う事を考えていた。
行方不明になったとは言え、それは目撃者が居ないといっていた。少なくてもそれは現場から自力で離れたという事だ。
という事は、恐らくあの空間の先に行った可能性が高いと、そう考えている。

ことり(もしかしたら……)


―――
花陽「待って、真姫ちゃん!」

凛「真姫ちゃん、逮捕だよ!」

真姫「……!」

早足の真姫に追いつく花陽と凛。校舎から既に飛び出し、校庭前にまで出てきていた。そこ漸く、凛が追いつき手首を掴んで止めた。
振り解こうか迷ったが、結局諦めた真姫は、ため息を吐く。ただし視線は2人に向けようとしない。


凛「帰っちゃ駄目だよ、海未ちゃんに謝ろうよ」

真姫「嫌よ、私間違った事言ってないし」

花陽「でも真姫ちゃん、海未ちゃんを心配して言ったんでしょ。だったら喧嘩したままなんて良くないよ」

真姫「もういいでしょ、ほっといてよ」

凛「ほっとけないよ!」

花陽「だって、2人とも大切な友達なんだよ!?」

真姫「……海未ちゃんは、もう私に幻滅してるかも」

凛「絶対にしてないよ。海未ちゃん頭いいから、真姫ちゃんの気持ちは絶対に分かってるよ!
  もし分かってなかったら凛がぶっ飛ばすにゃ!」

花陽「凛ちゃん、暴力は良くないと思うけど……」

凛「違うよ、暴力じゃないよ。愛の攻撃だよ」

真姫「ふふっ、なにそれ」

笑みが零れた真姫に安堵する2人。少し目を赤くした真姫が、やっと振り向いた。


真姫「……そうね。言い過ぎたとは思ってる。海未ちゃんにも、穂乃果にも謝らなくちゃ」

凛「じゃあ行こう、真姫ちゃん! 善は急げだよ」

真姫「……あっ」

凛が真姫を引いて走り出しそうになった時、真姫の足が少しだけつられ動くが、やがてすぐに足を止めた。


花陽「真姫ちゃん?」

真姫「ごめんなさい、少し頭を冷やしてから謝りたいの……。今日は、先に帰るわ」

凛「えぇ!? でも……!」

真姫「ごめんなさい」

花陽「あっ……」

凛の手を優しく振り解いて、真姫は校門へと走って行ってしまった。また凛が追いかけようとしたが、今度は花陽がそれを止める。


花陽「やっぱりまだ気まずいんだと思う。落ち着くまで待ってあげようよ、凜ちゃん」

凜「……うん」

2人は走り去っていく真姫をただ見送った。そして駆けて行く真姫も学校を出てしばらく走ってから後ろを振り返る。
誰もついて来ていないことを確認すると、そこで漸く足を止めて息を整える。

真姫(ごめんなさい、凜、花陽。……穂乃果、海未ちゃん)

本心であんな事を言った訳じゃないんだと、心の中で言い訳する。
違う、戦って欲しくないだけなの!
誰にも聞こえない優しい叫びが木霊する。だが、園田海未にその叫びは届かない。きっと彼女は既に魅入られている……。
"戦う力"。舞という少女が自分に問いかけたように、確かにインベスと戦う海未を一瞬でも怖いと思ってしまった。
それがどうしようもない程に罪悪感として真姫に圧し掛かる。

真姫(パパ、ママ……、私には出来ないわ。だって、海未ちゃんは大切な……)

そこで気付く。ユグドラシルは海未を診たはずだ。
戒斗に殺されかけたと言っていた海未が1日であれだけ回復するのもおかしい。
きっと変身した事で守られたのだろうと言っていたが、それでもありえない程の回復力だ。
……普通なら、そこに疑問を持つはずなのだ。


真姫「もしかして、海未ちゃんをユグドラシルに勧誘したのって……」


―――
凜と花陽が屋上へ戻ってきた。真姫の様子を伝えると全員が渋々ながら納得している状態だ。
仕方が無いと思う。本人もそれを理解している以上、自分達がどうこうできる問題ではない。


凜「海未ちゃんは、どこにいったの?」

ことり「頭を冷やしてくるって言ったっきり、まだ帰ってきてないの」

絵里「その様子だとすれ違ったりはしてないみたいね」

花陽「うん。まっすぐ戻ってきたから、海未ちゃんが迂回したのかもしれないけど……」

希「頭冷やす言うとったから多分帰ってくるって思うんやけど、ひょっとしたら学校から出てるんかもしれんな」

穂乃果「やっぱり、穂乃果が見てくるよ!」

ことり「待って、穂乃果ちゃん!」

今にも走り出しそうな穂乃果の手をことりが掴む。「ことりちゃん?」と見つめる穂乃果。
少し辛そうな、泣きそうな表情を作ることりだが、それは俯いていて見る事が出来ない。


ことり「海未ちゃんを今迎えに行ってあげられるの、真姫ちゃんだけだよ。悔しいけど」

穂乃果「ことりちゃん……」

ことり「だからね、もう少しだけ待っていてあげようよ。海未ちゃんを信じよう」

穂乃果「でも……でも……!」

穂乃果は、ことりの手を両手で力を込めて掴む。ぎゅっと握られた手から気持ちが伝わる。


穂乃果「海未ちゃんをほっとけないよ! 邪魔だって良いよ、静かにして欲しいなら黙ってる! 愚痴なら何でも聞くよ!
    だから側に居てあげたいの……!」

ハッとした時には、ことりの手の力が抜けており穂乃果は駆け出した。
そのまま走ってまた同じく屋上から出て行った。握られた手をもう片方の手で包む。
温かいけど、でもそれ以上に切羽詰っているような力の入った手。穂乃果の不安が、そのまま伝わってくる。


にこ「ああもう、ことりも行きなさいよ」

ことり「にこちゃん……」

にこ「穂乃果を止められるのも、海未と穂乃果がもし喧嘩しちゃったら止めるのも、あんたの仕事でしょ」

ことり「……うん! にこちゃん、ありがとう!」

行くべきか迷っていた背中を押す形になったにこに、ことりはお礼を言って穂乃果を追う。
そのまま走り去ったのを見届けて、後に残された5人は顔を見合わせる。


凜「みんな、大丈夫かな?」

絵里「きっと大丈夫。信じましょう」

にこ「仲間を信じるのも、立派なアイドルの仕事よ」

花陽「そう、なのかな……?」

希「うん、きっとそうやと思うよ」


―――
真姫に言われた言葉が頭の中を占めて、ぐるぐると回っている。自分を見失っていた事が何よりも恥ずかしいと、そう思っていた。
そんな中、海未は学校を出て、気付けば橋の上から川を見下ろしていた。学校からは、そう離れていない。

海未(自分の愚かさを洗い流したいとか、そういう願望なのかもしれませんね)

自嘲する程に、海未の心が荒んでいた。当然の事に何を悩んでいるのだろうと。
真姫や穂乃果の言う事は分かっている。自分が択ぶ正しい道も。分かっているのに、それを選べない。
どうしても消えない。最初に穂乃果が襲われた時の瞬間。もしも海未が突き飛ばさなければ、穂乃果が死んでいたかもしれない。
町が襲われた時の悲鳴や惨状。自分がもっと決意を固めて走り出せば、もっと多くの人を助けられたのかもしれない。
そして……確かに感じた高揚感。変身して敵を倒した時、「やった」と思った……思ってしまった。
怪物とはいえ、確かにそれは命を奪う行為だと言うのに……。自分は最低だ。海未の自責が続いていた。

そんな時だった。静かに川を見ていた海未は、全く気付いていなかったが……。


「君、どうしたんだ?」

声を掛けられるぐらいまでの距離に、誰かが近づいていた。
軽い悲鳴を上げて振り向けば、「悪い」と苦笑い気味に謝る1人の男性がそこにいた。
今時の軽装をした若者。20代ぐらいだろうか、黒髪の青年というより青少年と呼ぶべきかもしれない。


海未「何か、御用でしょうか?」

「いや、随分と落ち込んでるみたいだったからさ」

海未「……いいえ、大した事ではありませんので」

そのまま視線を前に戻して、柵に手をかけた。
ナンパでしょうか?
そんな事を思い警戒する。男の方も、自分の言い方が悪かった自覚はあるのか、頭を掻いて言い淀んでいる様だ。


「ごめん、怪しいもんな。不審に思われて仕方ないと思う」

そして男は3メートル程離れ、橋の手すりにもたれ掛った。それはこれ以上近づかないという意味なのだろう。
同時に、それはここに残るという意思表示でもあった。しばらく無言のまま、海未とその男は川を見つめている。
何だろうと海未は思うが、何故かナンパという感じがしない。
何処と無く男の目が、そんな下卑たものではなく、もっと違うものを見つめているように思えた。
全てに疲れきったような……それは見た目以上に年をとっているようにも感じられる。
ひょっとしたら自分が思っているよりも若いのかもしれない。

海未(関係、ありませんけどね)

そう思うと同時に、自分が少し男を詮索していた事に気付く。それはとても失礼な行為だと思って、海未は謝りたくなった。
別に悪いことをした訳でもないのに。
男はそれから海未に話そうとはしない。同じように、海未も聞こうとはしない。
川から来る風が2人の髪を靡かせる。無言でも、それ程苦にならないのが不思議だった。


「……泣きそうな顔だったんだ」

海未「え?」

「昔さ、大事な人が居たんだけど、俺のせいで辛い思いをいっぱいさせたんだ。その人だけは笑っていて欲しいと思っていたのに」

男がボソボソと呟くように語りだす。それは自分に言っているのかと思ったが、それ以上に自分に言い聞かせているように見えた。
その様子が酷く、自分に重なる。


海未「……その人は、今は笑っているんですか?」

「いや。きっとまだ悲しい思いをさせてると思う。後悔だらけだよ」

海未「そうなんですか」

「君は今にも泣き出しそうな、そんな顔だったんだ。だからほっとけなかった」

海未「……私は」

一拍の間を置いて、海未の口が開いていく。


海未「私は、どうなのでしょう。泣いて欲しくない人がいるんです。沢山、私には勿体無いほど」

不思議と話しやすいように感じた。この悩みをきっと彼なら理解してくれるかもしれないと、そんな淡い期待があったのかもしれない。


海未「自分にしか、その涙を拭うハンカチが無いんです。だけどそのハンカチを渡せば、他の人の涙が拭えなくなるんです。
   本当はどうすればいいか分かっているのに、迷う必要なんてないのに、それでも選べなくて……。
   大切な人を捨ててまで、選ぶ程の道なのかも分からないのに……。自分の道を迷っているんです。それが不甲斐無くて」

「……自分の道か。でも迷うのも、落ち込むのも、悩むのも、泣くのも、それは悪い事じゃないよ」

海未「でも、へこんでばかりではいられません」

「そうだね。じゃあ君はどうすればいいと思う?」

そこで男は海未を見つめる。風で前髪が揉まれ、その奥にある男の強い視線が海未を見据えている。


「泣いてばかりじゃ駄目なのが分かってるなら、君は何をしなくちゃいけないのか、分かってるんじゃないかな」

海未「それは……」

「酷い言い方になるけど、君は道を行く覚悟がないだけだよ。逃げてるとも言えるかもしれない」

海未も分かっている。男に指摘される訳でもなく、だけど不思議と腹立つ事はなかった。
それは男の言葉に何か強いものが込められているように感じるからかもしれない。


「居心地が良くて、前に進めないだけなんだ。その居場所を守るのに精一杯になって、そして大事なモノを取りこぼしてしまう。
 だけど動かないと、きっともっと後悔する」

海未「道を往けないから辛いんです……。後悔をしたくない。何も失いたくないんです」

もう遅いかもしれませんが、と自虐的な事を口走りそうになるのを止める。そんな海未に、男は少し間を置いて、こう言った。


「……じゃあ変身すればいい」

海未「え?」

「新しい自分に変わればいい。今より勇気のある自分に」

海未「勇気のある自分に、変身……」

「簡単な事じゃないけど、でもそれは出来ない事じゃない」

そこまで言うと、男の視線が川から空へと見上げていくように移っていく。その目は遠くを見ている。海未には見えない、何かを。


海未「あなたは、変わる事が出来たんですか?」

「……さあ、俺にもわからない。でも足掻いてるんだ。違う自分になる為に、憧れた人に近づく為に、必死で」

海未「……羨ましいです。私には出来るかどうか、分かりません」

「誰だって悩むよ、君ぐらいの歳なら余計にね。それが大人になるって事なんだと思うよ」


大人に。
いつだっただろう……。そう、確かに西木野病院で真姫に言った言葉だ。「大人になりたい」と、そう言った。
自分に責任をもてるのが大人だと……。道を選んで、先に進むことが大人になると、そう信じた。
自分で言ったではないか、きっと今すぐでなくても道を選べるようになるのだと。

真姫。ごめんなさい。私は、あなたに謝らなくてはいけませんね。

何故だろうか。突っかかったものが外れたような、重い荷物を降ろしたように、身体が軽くなった気がした。
男の言葉がアドバイスなのか、ただの慰めなのかは分からない。だけど確実にそれは、海未の心に届いたのだ。


海未「……私も、変身できるのでしょうか?」

「きっと。今すぐは無理でも、時間を掛けて少しずつ進めばいいよ」

男は海未に視線を向けて小さく微笑んだ。そんな折だった。海未の携帯に着信音が鳴り響く。着信元は、絵里だ。
長く居すぎて、流石に心配を掛けすぎたのかもしれない。申し訳なくなり、男に「失礼します」と断って電話を取った。


海未「はい、もしもし園田です」

絵里『海未、今何処に居るの!?』

電話先の絵里が慌てたような声色が耳に届く。


海未「申し訳ありません。今すぐ戻りますので」

絵里『急いで、海未! 穂乃果と、ことりが!』

海未「2人がどうかしたんですか!?」

絵里のただならない声に海未も異常事態があったのだと気付く。慌てて、男の横を通り過ぎて学校へと戻る為に走る。
ちょうど男と交差するぐらいで、絵里の叫びが響いた。


絵里『2人が、向こうの世界に行ったみたいなの!!』


―――
見つけたのは偶然か必然か。穂乃果とことりは、海未を校舎の中をくまなく捜し歩いていた。
捜し歩いて見つからないなと思った時、穂乃果のケータイのラインに、ことりからの通話がかかってきた。
内容はすぐに校舎の裏庭に来て欲しいという事。穂乃果は返事をして、呼び出された校舎裏まで向かった。


ことり「穂乃果ちゃん、こっち!」

穂乃果「どうしたの、ことりちゃん……えっ」

目に入ったのはことりと、その前にある空間の裂け目というべき場所だった。
ファスナー状に開かれた先に見えるのは、怪しい森。戦極凌馬が"クラック"と呼んだ入り口だ。


ことり「これ、確かインベスがいつも出てくる入り口……だよね?」

穂乃果「うん。どうしよう、これ」

迷うように見つめ続ける2人。危険な場所だ。ここからあの怪人たちが出てきてもおかしくは無い。
どうにかして防ぐ方法が分かればいいのだが……。


穂乃果「これいつ閉じるのかな?」

ことり「分かんない……。それよりも、海未ちゃんに連絡した方がいいのかな……?」

クラックが開いている間にインベスが流れ込んでくれば、恐らく自分達では対処しきれない。
しかし、戦わないで欲しいと言ったばかりなのに、海未を呼ぶという事は……。

ブォン…

そんな事を考えている時だった。2人は気づかなかったが、クラックより小さな何かが飛来した。
2人の目に映らないほどに小さなそれは、現実世界のイナゴのような虫。


穂乃果「……」

ことり「穂乃果ちゃん?」

穂乃果の目が急に虚ろのようになる。先ほどまで一緒に悩んでいた穂乃果の様子が変わったことに動揺することり。
ことりが呼びかけても返事がない。そして、穂乃果が足がゆっくりと動き始める。


ことり「穂乃果ちゃん、どうしたの!?」

穂乃果「……」

穂乃果の足が、ゆっくりとクラックの中へと進んでいく。ことりの言葉に耳を貸すこともなく、まっすぐに。
ことりが慌てて、穂乃果の手を掴む。


穂乃果「『……ジャマダ!』」

ことり「きゃっ!」

ことりの手が、穂乃果のものとは思えない強さで払われる。
しりもちをついたことりに意を介する事なく、穂乃果はクラックの先へと消えていった。

ことり(どうしよう……!?)

動揺し頭が回らない。やっぱり海未ちゃんに連絡するべきかもしれない。だけど……。
いや、それよりも先に穂乃果を連れて帰らなくては……!
ことりは絵里にラインで、"校舎の裏庭"とだけ打って、穂乃果を追いかけクラックの先へと向かった。
せめて、絵里たちが帰ってくるまでに穂乃果を引っ張ってこなければ。そして、ことりは穂乃果を追ってクラックへと入った。

穂乃果の肩にイナゴのような虫がついている事には、ことりも気付いてはいない。


ことり「なにここ?」

クラックを潜り、先にあったのは、見渡す限りの見たこともない極彩色の植物の蔦が蔓延った"どこか"だ。
それは森かもしれない。何故なら一面中全てが植物に覆われていたのだから。
だが、同時にそれは遺跡なのかもしれない。崩れ落ちた建物があちこちに見受けられたのだから。
そこは、ことりの心のざわめきを抑えられるような場所ではなかった。崩れた建物、看板等、それはことりの世界と非常によく似ていた。
適当に、ことりが蔓をずらし、看板を見る。

"沢芽市"


ことり「ざわめし?」

そう、書かれていた。しかも自分達の国の言葉でだ。しかし、ことりはそんな市を聞いた事がない。
ただ知らないだけなのかもしれないが、少なくても倒壊する前はある程度大きな都市だった事は分かる。
だったら少なくても、自分の知らない世界だという証明には十分といえた。


ことり「あっ、そうだ! 穂乃果ちゃん、どこ!」

クラックを潜った先に見当たらなかった。だけど行った時間もそこまでの差はない。
だったらまだこの近くにいるはず。ことりは周りで穂乃果を探し始めた。

ことり(どこにいるの、穂乃果ちゃん)

そんな折、ふと目に止まったのは、巨大な建造物だった。
ことりの居る場所は、おそらくストリートなのだろう。まっすぐに道が進んでおり、薄らとなっているが、確かに信号のようなものがあった。


ことり「……なにあれ?」

ことりの知識でいえば、折れ崩れたスカイツリーともいうべきか。いや、キノコのような傘がついているように見える。
今にも倒壊しそうな建物だが、ただ巻きついた植物がそれを支えているようにも見える。
少なくても、これほど巨大なタワーはこの町……いや滅びた世界のシンボルのようだ。
少し目を奪われていたが我に返ると、そのタワーへ向かう影を見つけた。ことりが大声で叫ぶ。


ことり「穂乃果ちゃん!」

穂乃果「……」

ふらふらとタワーへ向かう穂乃果を見つけたことり。早く連れ戻さなければ、クラックがいつ閉じるか分からない。
ことりが、穂乃果の元へ急ぐ。


ことり「ねえ、穂乃果ちゃんどうしたの!?」

穂乃果「……」

ことり「こんな所危ないよ! インベスがいつ来るかも分からないし、早く帰ろう!?」

穂乃果「『ウルサイ』」

ことり「ごほっ……!?」

穂乃果が、ことりの首を掴む。そしてゆっくりと持ち上げる。
そして険しい形相の穂乃果に、ことりは呼びかけようとするが、息が出来ず声が出せない。


穂乃果「『ショジャウ フォ デョブリョション』」

穂乃果「『フェイ ジャ フォブリョシャジャ カ シャウイエ フェ アミャイ』」

穂乃果ちゃん……。
苦しくて意識を手放してしまいそうになることり。朦朧とした意識の中で、ことりの目に映りこんできたのは、一筋の光。
それが何なのかは分からない。ただ風を切るというより、光が消えていくようなビーム音。
ことりの耳に届いた時には、穂乃果とことりの間をすり抜けた光が瓦礫に当たった。


穂乃果「……」

「その子から、手を引いてもらおうか」

穂乃果はしばらく相手をにらみつけた後、ことりの首から手を離した。地面へと落ちることりは、激しく咳き込む。
かろうじて気絶するような事はなかったが、まだ息苦しさと倦怠感を感じていた。しかし、その目が撃った相手を見る。
目の前には、確かに誰かが居た。声からして、男なのは間違いない。
影でその姿は見えない。しかし、それがただの人間でない事は重々に理解できた。
あの戦極凌馬という男か。違う、それよりももっと若い声だ。


穂乃果「『……アーマードライダー』」

「言ったはずだ、手を引けと。その子から離れてもらうぞ、コウガネ」

男は何かを穂乃果へと構える。穂乃果が舌打ちをそのまま意識を手放したのか、そのまま力を失い崩れ落ちた。
穂乃果の元から何か虫のようなものを飛んでいったのを、男が確認し構えを解いた。


ことり「穂乃果ちゃん……!」

なんとか這って、穂乃果の元へ行き、身体を揺する。意識のない穂乃果だったが、少しすると目を開いていく。


穂乃果「……ことりちゃん?」

ことり「良かった。気がついたんだね」

穂乃果「……あれ、穂乃果はどうしたの、ここは……?」

ことりが説明しようとした時だった。何かが吼えた。

グォオオオオオ!!

獰猛な叫び。ことりと穂乃果の目に入ったのは、真っ赤なインベス。
紅くも橙色を散りばめた姿は、まるで灼熱のように。そして鋭く尖った長い爪。燃え盛る炎を連想させる鬣。
それはさながら自分達の知るライオンを思わせるには十分だった。
そのライオンのインベスは、ゆっくりとことりと穂乃果の元へ近づいていく。


ことり「……あぁ……ぁぁ……!?」

やはり海未を呼ぶべきだったのかもしれない。自分の手には負えない状況を作ってしまった事を後悔することり。
そして薄らとした意識の中でも、自分が置かれていた危機に気付いた穂乃果も乱れた息が落ち着く様子はない。

グォオオオォォォ!

ライオンのインベスが唸りを上げて、2人へと襲い掛かろうとする。
ぎゅっと目を瞑ることり。だが、ことりの耳に届いたのは先ほどと同じビーム音。

グォ!? グォオ!?

何かが当たり破裂する。ことりが目を恐る恐る開くと、ライオンのインベスが自分達と反対の方向へ吹き飛んだ。


「君達は、ここから早く逃げろ」

聞こえてきたのは、またも男の声。逆光からその姿は上手く見えない。穂乃果とインベスのショックですっかり存在を忘れていた。
分かるのは、海未と戒斗と同じように、"変身"しているということ。


ことり「あなたは……?」

男はその返答はせずに、何かを取り出す。それはことりの目には分からなかったが、1度だけ、その声を聞いた事が有った。



―― オ レ ン ジ ! ――


男の鎧が水飛沫となって消える。
そして男の目は立ち上がって、自分へと襲い掛かるインベスから決して逸らす事はなく、そのロックシードをベルトへ取り付けた。

グァアアアアアア!!

ライオンのインベスが手元にあった巨大な瓦礫を持ち上げて、男へと投げつける。
風を強く切り裂くその音は、一瞬でも周りの全てを音を奪うほどに強く巨大だ。
男の元へ投げつけられた瓦礫は衝突し、一面を破片で散らす。


ことり「あぁ!?」

不安が声に出てしまった。もしかして今ので……!?
だがその心配は杞憂となる。その者が戦うために必要な鎧が凱歌を上げたのだから。


―― オ レ ン ジ ア ー ム ズ ! 花 道 オ ン ス テ ー ジ ! ――


「ここは、俺のステージだ。お前には譲らない」

男の手には、海未も使っていた大橙丸が握られていた。ことりと穂乃果を飛び越え、ライオンのインベスへと駆ける男。
その姿は非常に海未とよく似ていた。同じ武器を使い、同じ鎧を纏う男は、そのまま大橙丸でインベスへ切り掛かる。
インベスは爪を立て、大橙丸へと応戦する。ライオンのインベスの強靭な力に、男は吹き飛ばされるが、すぐに受身をとって体勢をとる。
すぐに飛び掛るライオンのインベスだが、それを転がって避け、大橙丸で的確にインベスの隙を突いて、身体へとダメージを与え続けた。


ことり「……あなたは、誰なんですか?」

ことりの声に男は答えない。だがその返答は、意外なところから返ってきた。


穂乃果「……コウタ、さん……」

ことり「え?」

穂乃果「お願い、コウタさん……、みんなを……」

インベスを蹴り飛ばした男が、穂乃果達へ視線を送り頷いた。


「ああ、任せてくれ」

そして男は新しいロックシードを取り出した。刹那、空気が震える。そのロックシードに込められた力が周りへ及ぼしていくようだ。
真っ青なそれは銀色に眩しく輝き、まるで光そのものがインベスを浄化するかのような清廉さを持っていた。


―― シ ィ ル バ ー ! ――


男が開錠する。オレンジのロックシードを外すと、男の身体もオレンジ色の鎧が飛沫となって飛び散る。
そして頭上には、空間が歪み、新たな鎧が現れる。それは色合いや形からは想像し難いが、ことりは「リンゴ」のように思えた。
銀の青リンゴ。神秘的なそれをオレンジの代わりに嵌めた男はそのロックシードの錠を閉めた。



―― ロ ッ ク オ ン ! ――


ことり「あれは……」

海未「ことり!!」

声に反射的に振り向いた。ことり達のきた方から海未が走ってくるのが見える。


ことり「海未ちゃん!」

穂乃果「海未……ちゃん……?」

海未「どうしたんですか、怪我はないですか!?」

倒れている穂乃果とことりへ慌てて来る海未。今にも泣きそうなその表情は、まるで子供のようだ。
ごめんね、海未ちゃん……。
穂乃果の呟きが聞こえたのかは分からない。だが、安心したように穂乃果は意識を手放していった。

グォウウ…

海未の視線が、2人から戦闘をしているインベスと謎の男へと移る。男はロックシードを切り落とした。
男へ鎧が突き刺さり展開される。兎カットされたリンゴのような鎧。
だが青く涼やかでそれは僧侶のような神聖な強さを語りかける。その強さは、正しく新たなステージを導く為のモノ。



―― シ ル バ ー ア ー ム ズ ! 白 銀 ニ ュ ー ス テ ー ジ ! ――


男の手には新たな武器である錫杖が握られている。その姿は、異彩を放ち、プレッシャーでインベスを圧倒する。
ライオンのインベスがその足でかく乱しようと、高速で駆け回る。
このインベスはパワーだけではない。スピードもかなり高いレベルを持っている。
しかし男は動じない。ただ静かに、そこに立ち、インベスの猛攻を錫杖で受け流すのみ。そして男がで地面を突いた。

リィン――

鈴のような音が鳴り響く。その音が目に見えて輪になり広がり続けていく。
インベスは気付かない。もうその超越した身体を持つ故に、そんな些細な事に気付けないのだ。


海未「これは……?」

男を中心に広がるように、地面が、空気が、凍り付いていく。段々と目に見えて霜がつきインベスの身体を冷気が纏わりついていく。
インベスが、吼える。だが、その冷気に蝕まれ、インベスは慌てて男の元へ爪を立てようとするが……。

グァアアアアァァ……ァァ……

男へ届く前に、その身体が絶対零度にまで凍りつく。そのインベスにまだ意識があるのかも分からない。
男は眼前の爪に動じることなく、戦極ドライバーを切り直した。



――カシャン――

―― シ ル バ ー ス カ ッ シ ュ ! ――


横への一閃。錫杖による一撃が、氷像となったインベスを完全に粉砕し、爆発する。爆炎の前で、海未達を見る男。
警戒するが、ことり達の様子を見るに、助けてくれたのかもしれない。
……だが、戒斗のような前例もある。まだ警戒を解くわけにはいかない。


海未「……穂乃果と、ことりを助けて頂いたという事で間違いありませんか?」

男は答えない。だがその手にある武器を構えないという事は、そのまま敵意がないという意志の表れなのかもしれない。


ことり「待って、海未ちゃん! この人ね、ことり達に逃げろって言ってくれたの! だからきっと悪い人じゃないよ!」

海未「しかし……」

ことり「それに、穂乃果ちゃんも知ってる人みたいだったし……」

海未「穂乃果の?」

だがその穂乃果はまだ意識を失ったまま。話が出来る状態ではない。


海未「いったい、あなたは何者なんですか……?」

「……」

男は答えない。ただ沈黙を貫いて海未達へ背を向けて去っていこうとする。


海未「待ってください!」

男は新しいロックシードを取り出して開錠し、放り投げる。するとロックシードが展開され、バイクへと変形していく。
そしてそのバイクに跨ったまま、男は加速し、海未達の元から走り去っていった。


海未「一体何なんでしょう……。敵ではないのかもしれませんが」

ことり「穂乃果ちゃんの目が覚めたら、聞いてみようよ」

海未「そですね……。それよりも、ことりも穂乃果も、こんな危ないことをして。帰ったらお説教です!」

ことり「あはは、ごめんね」

元気のない様子のことり。クラックがいつ閉じるかも分からない。
海未は、穂乃果を持ち上げる。存外に軽くなった気がする。穂乃果が聞けば「前は重かったっていうの!」と怒るような気もするが。


ことり「わあ、お姫様抱っこだ。いいなぁ」

海未「な、何を言ってるんですか、ことり!? 早く戻りましょう」

ことり「うん、そうだね」

ことりも立ち上がり、クラックの元へ戻ろうとした時だった。
崩れたビルの上から海未達を見つめる影があった。その影は、ロックシードの錠を外し放り投げた。

空間が歪む。現れたのは和服のような形状の硬質な外骨格で身が覆われており水色の虫のような長い触角の持ったインベス。
さながらカミキリムシのような姿をしていた。影が海未達へ指を差した。
インベスはそれに従うように、海未達の下へと飛び降りる。

ウオオオオオオ!!

成人男性のような低音の叫び声が聞こえる。海未もことりもそれに気付いて、反射的にインベスの突進を避けるように後ろへ飛び跳ねた。


ことり「きゃぁ!!」

海未「まだインベスが!? やはり、ここは危険ですね……。ことり、少し穂乃果をお願いします。すぐに片付けます」

ことり「……うん」


海未は、静かに穂乃果を下ろし、ことりに預ける。海未は戦極ドライバーを取り出してベルトとして装着した。


―― オ レ ン ジ ! ――


海未「変身!」


―― ロ ッ ク オ ン ! ソ イ ヤ ! オ レ ン ジ ア ー ム ズ ! ――


ロックシードを固定した海未はそのまま駆けて行く。カミキリムシのインベスの触覚が鞭のようにしなり、海未へと襲い掛かっていく。
しかしそれを頭に突き刺さったオレンジの鎧で受け止め、弾く。そしてそのまま展開前の鎧でインベスに頭突いていく。
思わぬ衝撃で吹き飛ぶインベス。そして海未の身体へ、オレンジが花開いていく。


―― 花 道 オ ン ス テ ー ジ ! ――


変身した海未は、そのまま大橙丸だけでなく、無双セイバーを腰から引き抜き、レバーを引く。
チャージ音が鳴り響き、立ち上がったばかりのインベスへ、連射していく。

グアァァァ!!

4発の弾丸が、インベスの悲鳴をあげさせ、隙を与えない。海未は、そのまま駆け出し無双セイバーと大橙丸で切り掛かる。



海未「ハァアア!!」

二刀により連撃。インベスに反撃させる隙さえ与えないように、猛攻をかけていく。
インベスは、そのダメージで膝をつくが、再び長い触覚をさらに伸ばし、鞭の攻撃を仕掛けていく。
後ろへ一歩バックステップを取った海未は、その触覚を大橙丸で捌いていく。
確かに鞭は軌道の読みづらい攻撃だ。だが、今の海未は普段以上に集中力を高めている。
そして何より――


海未「あの人に比べれば、こんなもの、どうという事はありません!」

駆紋戒斗のバナスピアー。あの攻撃の方が余程早く、読みにくく、力強い。
あの敗戦は確実に、海未を1段階上の強さへと押し上げていた。
大橙丸で触覚を弾いた海未は足を踏み入れて、鞭のレンジより内側へ潜り込んでいく。
触覚へ動きを集中させていたインベスは踏み込んできた海未に咄嗟の対応が出来ず、蹴り飛ばされ体勢をさらに崩し、転がってしまう。


――カシャン――

―― オ レ ン ジ ス カ ッ シ ュ ! ――


海未は大橙丸をインベスへと投げ飛ばす。立ち上がったインベスへ大橙丸が深く突き刺さり、棒立ちとなった。
そしてインベスへ助走をつけて高くジャンプし、右足を前に突き出す。
跳び蹴りの姿勢を作った海未の右足を中心にオレンジの断面図のようなエネルギー体が何重層も現れていく。


海未「ハァァァ!!」

気合を込めた海未は、オレンジ型のエネルギーの層を通過し、加速していく。

ウォオオオオ!!

カミキリムシのインベスは最後に触覚で動きを止めようとしたが、それすらも貫通し、海未のキックがインベスの身体を貫き爆発させた。


海未「さあ、帰りましょうか。ことり」

ことり「うん……」

海未「ことり?」

海未ちゃん前より強くなってない?
ことりが海未の戦いを見るのはこれで2度目だ。海未にとっても、この戦闘はまだ4度目のはず。
それなのに、この成長の早さは不安を過ぎる。

ことり(海未ちゃん……遠くにいったりしないよね?)

どんどん知らない彼女になっていくような感覚。だからこそ……。
海未ちゃんを、絶対に遠くに行かせたりしない。決意を新たにして、海未に笑顔を作る。大丈夫、きっと終わりにできる。
そう、思ったのだ。
それを見ていた影が奥歯をかみ締め、ベルトを……"ゲネシスドライバー"を装着し、ビルより飛び降りた。



―― レ モ ン エ ナ ジ ー ! ――


「変身」

新たなロックシードを装着し、その影は変身していく。


―― FIGHT POWER ! FIGHT POWER ! FIGHT FIGHT FIGHT FIGHT FI FI FI FI FIGHT ! ――


檸檬色のマントをつけ、弓を手に持った、突如海未達の前に現れた新しい仮面の戦士。
見覚えの無いベルトを身につけたその存在も、また新しいイレギュラー。
だが海未に見覚えは無くても、ことりは一度見たことがある。
あの戦極凌馬という男が腰に巻いていたドライバーだ。しかも装着されている"モノ"も、凌馬が持っているところを見ている。


海未「あなたは……?」

ことり「ひょっとして……、プロフェッサー凌馬さん?」

海未「え?」

海未が一歩、近づこうとした時だった。海未の足元に、何かが閃光が迸る。
反射的に足を下げた海未。顔を上げると、弓の戦士が海未へと光の弦を引き、矢を放ったのだ。


海未「待ってください! 戦極凌馬さんなのですか!?」

弓の戦士は、無言で海未へ襲い掛かる。手に持つ弓"ソニックアロー"を手に切り掛かった。
大橙丸で受け止める海未だが、すぐに押される。

海未(そんな……!? すごい力です……!)

これは男女や経験……駆紋戒斗の時とは違う、単純なスペックの差だ。その戦士の能力は、今の園田海未の能力を超えている。
海未は何とか戦士の足を払い、抜け出す。
そして距離を取ろうとするが、ソニックアローの連射が海未を襲う。


海未「ひゃ!?」

カミキリムシのインベスとは違う、より強い攻撃。海未は弾く事も出来ず、何射かの攻撃を受けて倒れこんでしまった。
まるで先ほどのインベスの時のように。今度は自分が、だ。
戦士はソニックアローに、ベルトのロックシードをセットした。


―― ロ ッ ク オ ン ! レ モ ン エ ナ ジ ー ! ――


ソニックアローが海未を狙い、弦を引き絞っていく。

「……ごめんなさい、海未ちゃん」

そして、仮面に顔を隠した少女は、弦を放した――

以上です。なんか書き込みが変わってて慣れない……。
あと、「ここは俺のステージだ。がパッと見ると、にこは俺のステージだ。に見えて、にこさん押しかぁと思いました。

とりあえずAパート。遅れまくって申し訳ありません。


海未「絵里!」

話は少し遡る。電話で呼び出された海未は、そのまま校舎の裏庭にまでやってきた。
既にそこには絵里を初めとするμ'sのメンバーが揃っていた。……穂乃果、ことり、真姫を除いて。
息を整えながら状況を確認する。確かに海未の目の前にはクラックが開いており、その先には植物で覆われた世界が広がっていた。


絵里「海未……」

海未「穂乃果とことりが向こうへ行ったというのは本当なのですか!?」

絵里「……恐らくはね。さっきことりから、この場所だけ連絡がきたの……」

絵里が翳した、ことりからのメッセージ。確かにこの場所が記されている。そしてこの場所にはいない。それはつまり……。
海未は奥歯をかみ締める。


海未「穂乃果も、向こうへ行ったのですか?」

凜「あのね、穂乃果ちゃんもいことりちゃんと一緒に居たみたいだし、それに穂乃果ちゃんとも連絡が取れなくなってるの。だからきっと……」

希「凜ちゃん……」

段々と俯いていく凜。希が凜の肩に手をおいて慰めている。


海未「……みんなは、ここに居てください。私が2人を連れ戻してきます」

絵里「ごめんなさい、海未……。本当は私たちも行きたいんだけど」

にこ「何の役にも立てないと思うし」

絵里の視線が海未から外れる。寧ろその判断は有り難かった。戦極ドライバーを持つ海未が一番安全なのは分かっている話だ。
足を引っ張ったりしてしまえば、余計な泥沼になりかねないし二重遭難の危険もある。海未は力強く頷いて戦極ドライバーを装着した。


海未「任せて下さい。他の人が迷い込まないように、ここはお願いしますね」

花陽「うん……、海未ちゃんも気をつけてね」

海未はそのままクラックの中へ飛び込んでいった。その背中を見送る5人。
誰もが沈痛な面持ちを抱えて、項垂れていた。そんな空気を拭うべく、にこが声を張り上げる。


にこ「何時までも辛気臭い顔してんじゃないわよ! こっちにだってやらなきゃいけない事があるんだからね!」

希「……そうやね。ここでみんなが帰ってくるの待っとかな駄目やんな」

凜「でも、ここに5人で待ってるの?」

絵里「……確かに、ここでみんなで待ってる必要はなさそうよね。花陽は足も直ってないし……家に帰った方がいいかも」

花陽「でも! 私も穂乃果ちゃんたちが心配だから……」

予想外の提案に慌てて声を上げる花陽に、絵里は静かに首を振った。


絵里「心配も分かるし、不安かもしれないけど……ここも安全とは言い難いの。いつインベスが出てくるかも分からないし……。
   いざとなった時、走って逃げられないかもしれない」

花陽「あ……」

にこ「まあここは、にこに任せて帰って療養してなさい。全員で次のステージに立つ為に足を療養するのが、あんたの優先事項よ」

でも、と渋る花陽。自分だけがそんな風に安全な場所に居る事が申し訳ないという気持ちになった。
そんな花陽の手を希が手を握る。ぎゅっと手を握る希が花陽を微笑み、優しく語りかけた。


希「希パワーをいっぱい送り込んだから、すぐに元気になると思うよ」

凜「かよちん、凜と一緒に帰ろう?」

花陽「……うん、分かった。もしみんなが無事に帰ってこれたら……」

絵里「ええ、必ず連絡するわ」

これがクラックへ入る前に有った事。花陽は凜の付き添いの元、その場から離れた。


―――
「……ごめんなさい、海未ちゃん」

誰にも聞かれる事のない懺悔を漏らし、仮面の戦士の矢が、真っ直ぐに海未へと放たれた。それを避ける手段は海未には無い。


ことり「海未ちゃん!!」

叫ぶことり。回避は……間に合わない。攻撃を覚悟した時だった。
海未の前に植物が現れ急速に成長し、壁が出来ていく。植物の壁は分厚く蔓を伸ばして絡みついていく。
戦士の放った矢は、その壁を破壊するまでに留まり、海未へ届くことは無かった。
これは一体?
その疑問の声に応えるように現れたのは、白い装束を翻して現れた運命の巫女。


舞「やめなさい」

「……!?」

海未「……あなたは」

その巫女である舞はソニックアローの攻撃を、生み出したヘルヘイムの植物でかき消した。そして尚、仮面の戦士を見つめる。
仮面の戦士はソニックアローを下げ、海未を見ている。そして姿が段々と透明になり、その場から姿を消していった。
しばらく警戒をした海未だったが、居なくなっているのを確認して武器を収め、変身を解除した。


海未「消えたみたいですね」

ことり「海未ちゃん、大丈夫!?」

慌てて駆け寄ることりに大丈夫ですよ、笑みを見せる海未。そしてそのまま視線を、介入してきた相手へと向け直す。


海未「助けて頂いて、ありがとうございます」

舞「……それより、あなた達はどうしてここに?」

真剣な表情の舞に、ことりはおずおずと話し始める。


ことり「それが、穂乃果ちゃんが急に分からない言葉を話し出して、こっちの世界に……」

海未「ここは、一体なんなんですか? 戦極凌馬という方から話を聞いたのですが」

舞「戦極凌馬……、そう彼から話を」

海未「教えてください。あなたからも話を聞きたいのです」

舞「それより今は向こうの世界へ戻らなくてはならない」

舞の指が海未達の来たクラックがある方へと指を向ける。


舞「戦極凌馬を信用しないで。あいつは狡猾な残酷な男なのだから」

海未「それは一体……」

海未が聞き返そうとしたが、舞の姿がぶれていく。二重三重にも残像のように揺れる姿は蜃気楼のようだ。
そして舞の姿が霞のように消えていった。取り残された海未達は呆然と立ち尽くす。


ことり「海未ちゃん、とにかく戻ろう?」

海未「……そうですね」

海未は穂乃果を抱きかかえ、クラックの方へと足を進めた。


―――
凜「かよちん、大丈夫?」

花陽「うん、平気だよ。凜ちゃんもごめんね、付き合ってもらっちゃって」

凜「ううん、凜がやりたいからやってる事だもん。気にしないで欲しいにゃ」

花陽は凜と共に自宅へ戻っている。ため息をついて花陽は自分の足を擦った。
崩れた時、本当に死ぬかと思った。だが生き残ったのは、穂乃果達のおかげもあるが、やはり一番はあの戒斗という男だ。
結局の所もっとちゃんと、お礼を言うべきだと思っていた。彼がそのつもりがなかったとしても。
なんとか言えたお礼も朦朧した中で搾り出した言葉だ。


花陽「ねえ、凜ちゃん。あの戒斗って人、どう思う?」

凜「戒斗? あの人は、うーん……目つき悪いよね」

花陽「あはは、うん。そうだね」

凜「でもごめん、凜もよくわかんないや。だって海未ちゃんと殴ったりしたと思えば、かよちんを助けてくれたんだよね。よく分かんないよ」

花陽「うん。そうだよね……」

駆紋戒斗という男が、花陽にとってもよく分からない。
侵略者と名乗った。しかし攻めてくる気配はない。時期を見ているのか、はたまた準備をしているのかもしれない。
それに最初に見せた戦極ドライバーを使わない変身した姿。彼がオーバーロードと名乗ったあの姿に何故ならないのだろうか……。
インベスを召喚出来るなら戦う為に出せばいい。そう花陽から見ても、彼の言動と行動に微妙なずれを感じている。
ひょっとしたら良い人で理由があった悪いふりをしているのかとも思ったが、そういうことではないのだろう。


凜「かよちん、どうしたの? 何だか暗い顔してるけど……もしかして足また痛くなったとか!?」

花陽「え、ううん、違うよ。ごめんね、ちょっと考え事してて」

凜「もう、かよちんは笑ってるときが一番可愛いにゃ。だから笑っててくれると嬉しいな」

花陽「えへへ、ありがとう。凜ちゃん」

凜が嬉しそうに花陽の手を握って、ブランコのように揺らす。嬉しそうなその姿がとても微笑ましく、花陽もしだいに笑みを浮かべていった。


凜「ねえ、かよちん。今からでもラーメン食べに行く?」

花陽「え、今から? でも……」

凜「大丈夫だよ。きっと海未ちゃんなら穂乃果ちゃんとことりちゃんを助けてくれるよ! だって海未ちゃんだもん」

花陽「……うん、そうだね、そうだよね。海未ちゃんなら大丈夫だよね。凜ちゃんは、海未ちゃんの事大好きだもんね」

凜「にゃ!? え、もう!! かよちん急に何言うのぉ……」

照れているのか顔を赤くする凜。振っていた手の幅が段々と広がっていった。
ちょっと腕が痛いが、それ以上に凜の顔が照れて可愛いと思っていた。凜は可愛らしい女の子なのだ。


凜「勿論海未ちゃんも好きだけど、一番はかよちんなんだからね!」

花陽「うん、ありがとう。私もだよ、凜ちゃん」

凜「もしかして、そんな事聞くなんて……かよちん、あの戒斗って人に惚れちゃったとか!?」

花陽「えぇ? うーん、それはないけど……。でもね」

凜「でも?」

花陽「知りたい、かな。どうして、世界を侵略するって言ったのか、それと前の世界をどうして滅ぼしたのか」

そうすればきっと、彼の事が分かるはずだと思う。
自分を助けてくれたのだから、悪い人じゃないはずだと信じたいのかもしれない。
だから信じる。本当に悪い人なんていないと。しかし凜も難しい顔を作って「うーん」や「にゃあ」をうなり声を上げていく。
百面相を製造し続ける凜が可愛いが、同時に申し訳なくなり、花陽は苦笑気味に凜の手を引っ張った。


花陽「ごめんね、凜ちゃん。ラーメン屋さん行こう?」

凜「そうするにゃ!」

花陽「その前に寄りたい場所があるんだけど、いいかな?」

凜がそれを快諾する。2人はラーメン屋で向かう為に下校から寄り道を行う。
花陽としては見ておきたい場所があった。自分たちが襲われた病院近いあの駅だ。
穂乃果達の話を聞いた時から違和感を拭いきれない点があった。
駆紋戒斗とインベスの空中ドッグファイト。多くの目撃者を出したはずだ。
なのにニュースにならない所か、ネットすらその情報が漏れていないのはどういう事なのだろう……。
幾ら情報操作が得意といっても、あれだけの人の証言を消すのはまず無理だ。

現場にいって何か分かるとも思えなかったが、何故だかもう1度行って見たくなったのだ。そして、2人はその場所へ到着した。


凜「何だか怖いにゃ……」

花陽「うん……。ちょっと不気味かも」

立ち入り禁止の黄色いテープの張られた先に見えるのは瓦礫だらけの惨状。確かに自分が足を怪我した場所に間違いなかった。
テープを越えて進もうかと考えたが、まだ危険地帯であることには変わりない。もし立ち入って何かあればそれこそ余計な迷惑をかけてしまう。
凜がそろそろ行こうと催促してきたので、その場から離れようとした花陽だったが、その時に薄らと人影が動くのを見つける。


花陽「あれは……、っ!!」

凜「かよちん!?」

花陽はテープを越えて瓦礫にまみれた禁止区域に足を入れた。凜が慌てて花陽を捕まえる。人影を追えなくなった花陽は大声で叫んだ。


花陽「待ってください、駆紋戒斗さん!!」

凜「えっ!?」

凜も慌てて花陽の視線を追った。すると確かにあの男が……駆紋戒斗の姿がそこにあった。
長いコートを翻している戒斗はそのまま花陽達から離れるような形で、奥へと進もうとしていた。


凜「あわわ、まずいよかよちん!? あんなヤバイ人と出会っちゃったら逃げなくちゃ!」

花陽「ま、待って凜ちゃん! 私ね、あの人にお礼を言いたいの……」

携帯電話を取り出す凜の手を制止して、花陽はまた戒斗の居た方へ向かっていった。
唖然とした凜は少し固まってしまい、我に返った時にすぐさま花陽を追う形を取った。


凜「駄目にゃ、危ないよ!?」

花陽は凜の言葉に振り向くことなく走った。当然凜にすぐ捕まってしまう程の速度ではあったが、それより先に花陽が小さな瓦礫に躓いてしまう。
咄嗟に手を伸ばす凜だったが、花陽を掴むことができない。そのまま瓦礫に頭をぶつけてしまうかの時だった。

花陽「っ! ……あれ」

凜「か、かよちん……」

衝撃がこない。ぎゅとめを閉じていた花陽が恐る恐る目を開くと、自分の身体が大きな腕に掴み上げられていることに気付く。
その腕の主へとゆっくりと視線を向けていく。


花陽「……あ!」

戒斗「また貴様か。何の用だ」

花陽の身体を引っ張り上げて戒斗は2人の少女を睨み付ける。その鋭い眼光に萎縮する凜。
怯えた様子で花陽の制服を引っ張る。そして自分の腕から引っ張りあげられた花陽は、そのまま戒斗を目を見つめた。


花陽「あの、お礼を言いたくて……! あの時は私も意識が朦朧としててちゃんと言えなかったから」

戒斗「俺は勘違いをするなと言ったはずだ。あの時はお前達が目障りだっただけだ。気が済んだのなら消えろ」

凜「そうだよ、かよちん……」

裾を引く凜。戒斗はその場から去ろうと振り向いた。それでも花陽は引き下がらずに声を投げかける。


花陽「待ってください……あの、少しだけお話しできませんか?」

戒斗「戦極凌馬から話は聞いているだろう。これ以上は必要ない」

花陽「でも、きっと仲良くできると思うんです! 喧嘩したり争ったりせずに話し合えばどんな人とだって」

戒斗「無駄だ。言葉など所詮は虚像の姿を写すのみ。真実は拳で語っていくしか道はない」

戒斗は自分の拳を見つめる。


戒斗「少なくとも、俺と葛葉はそうだった」

凜「……なんか自分の世界に入っちゃったにゃ」

凜が小声で花陽の耳に囁く。それが郷愁なのか分からない。


花陽「いっぱい聞きたい事が有るんです。この世界をどうするのかとか、目的とか。でも1つだけお願いがあるんです」

戒斗「なんだ」

花陽「海未ちゃんを殺さないで下さい」

戒斗の鋭い視線が花陽を捉える。その眼光に一瞬気圧されたが、すぐに花陽は戒斗を見据えた。凜は花陽の後ろに隠れている。


戒斗「お前が俺が怖くないのか」

花陽「……怖いです。だって、あなたのこと知りませんから。でも、だから知りたいんです。話せばきっと分かり合えます!」

戒斗に物怖じはしているものの、なんとか言葉を紡いでいく花陽。戒斗の強い視線から決して逸らさない。
その意志を汲み取ったのか、戒斗は少しずつ口を開いた。


戒斗「……奴がどうなるか知ったことではない。強ければ生き残り弱ければ負けてそこで終わる。ただそれだけのことだ」

凜「そんな……!」

戒斗「戦極ドライバーを手に入れたその瞬間から、運命に選ばれた。
   ならばその運命をどうするのか決めるのは奴次第だ。俺に歯向かうのならば容赦はしない」

花陽「あなたと戦わなければ、海未ちゃんを殺さないでくれますか?」

戒斗「さあな」

そこで戒斗は眼を逸らす。そしてそのまま花陽達に背を向けて、ゆっくりとまた奥へと進んでいく。


戒斗「さっさと消えろ、ここも戦場に変わるぞ」

花陽「え?」

凜「それってどういう……」

2人が聞き返そうとした時だった――
戒斗の足元で火花が舞う。2人は悲鳴を上げて身を屈める。しかし戒斗は動じる事なく、その先を見つめる。
花陽と凜は気付かないが、それは"攻撃"だ。海未達を襲った謎の戦士と同じく、それは弓により射撃だったのだ。
その矢を放った相手を見上げ、戒斗は声を上げる。


戒斗「呼びつけておいて挨拶だな。戦極凌馬」

凌馬「これはこれは王様、勝手なご無礼をお許しください」

水色のスーツや仮面に黄色いマントやアーマーを装着した戦士。王冠や髭といったものを連想とさせる姿はある種より王らしくもあった。
腰には海未や戒斗とは違うドライバーが巻かれている。
その戦士からは男の声が響く。花陽も聞き覚えのある、戦極凌馬と名乗る男。凌馬は変身した姿のまま瓦礫の山から飛び降りた。


花陽「あなたは……!」

凜「あわわ……!?」

凜は守るように花陽を抱きしめて震えている。凌馬がその2人を視界に捉えて、その上でおどける様に肩をあげた。


凌馬「流石は王様。前より貫禄がついたようにも見えるね。舞って子だけじゃなく、その子たちも側室にでもする気かい?」

戒斗「貴様の下らない妄言に付き合う気はない」

戒斗が戦極ドライバーを取り出し装着する。腰に巻かれたドライバーを見て、凌馬は「へえ」と平坦な声をあげた。


凌馬「王様は自信に満ち溢れていらっしゃるようだ。私も鼻が高いよ、私の作った戦極ドライバーをまだ愛用してくれているとはね」

戒斗「貴様如き、これで十分だ。変身」


―― バ ナ ナ ! ――

戒斗はバナナロックシードを開錠して、ドライバーへとセットする。そしてロックシードを切り落とし、バナナの鎧を自身の身体へ展開していった。

―― ロ ッ ク オ ン ! C o m e O n ! バ ナ ナア ー ム ズ ! ――

―― K n i g h t O f S p e a r ――


変身した戒斗はバナスピアーを握り、敵へ矛先を向けた。それに対して、ははっと乾いた笑みを零した凌馬はソニックアローを構える。
そして戒斗の後ろにいた2人の少女へと優しく声を投げかけた。


凌馬「君達も逃げたまえ、ここは危険だ。戦いに巻き込まれてしまうかもしれない」

花陽「えっ……」

凜「あ、はい……」

花陽も凜も拍子抜けだった。
戦極凌馬という男は胡散臭い怪しい人物という想像だったのに、こちらへ気を回すような言葉を投げかけるとは思ってなかった。


凌馬「さあ、早く行くんだ! 私でもこの男に勝てるかどうか怪しい。出来れば園田くんを呼んで来てくれないか!」

凜「海未ちゃんを?」

凌馬「彼女の協力がなくては私も非常に危険だ。さあ、早く行きたまえ」

凜「あ、は、はいにゃ!」

凜は花陽を引っ張って、戦場と成りかけているその場所から走っていった。
花陽は引っ張られる最中に戒斗を見たが、その表情は変身し身に着けた仮面で窺うことが出来ない。
しかし戒斗が本当に一瞬だけ、こちらを見たような、そんな気がした。
まだ色々話したい事があった。また自分を助けてくれた駆紋戒斗。もっと話せば分かり合えるはずだと、花陽は信じたいと思った。


―――
凌馬「行ったようだね。まさか彼女たちがこんな所にいるとは」

戒斗「貴様の差し金ではないのか」

凌馬「さてね。それより私も君と話したい事が有ってね」

凌馬はソニックアローで戒斗を狙う。戒斗はバナスピアーでそれを弾き、距離を詰め寄りながら叫んだ。


戒斗「貴様と話すことなどない!」

凌馬「連れないなぁ。昨日ここで会った時に居たあのアーマードライダーは誰だ。君とも敵対しているようだが」

戒斗「貴様に教える義理はない! 自慢の研究で調べることだな」

近づいた戒斗のバナスピアーをソニックアローのエッジで受け止め競り合い、ギリギリまで力を込めて相手を圧していった。
しかし埒が明かないとなると、お互いに離れ、そして瓦礫の山の中を距離を保ったままスライドしていく。


凌馬「なるほど、流石は全能の力を得る黄金の果実。
   それを食しただけあって初期型ドライバーを使っているのにも関わらず、ゲネシスドライバーと同等とは」

戒斗「言ったはずだ。貴様如きこれで十分だと」

凌馬「だが分からないことはまだある。何故オーバーロードの姿にならない。
   アーマードライダーの姿が気に入ったかい? そこまで感傷的な人間ではないと思っていたんだがね」

戒斗「今の俺は既に人間を越えた存在だ」

凌馬「ああ、今の君は化け物だ」

ソニックアローでけん制する凌馬。戒斗はそれを避けていく。


凌馬「今の君にはオーバーロードにならない理由があるはずだ。いや、1度は成っているのだろう? 初めてこの世界へ来た時に」

戒斗「相変わらず口の回る男だ」

バナスピアーで今度は崩れたビルの破片を弾き飛ばす。凌馬は余裕をもってそれを叩き落した。


凌馬「彼女達から話は聞いたよ。まだある。今の君の目的はなんなのか。いや……」

ククッと喉を鳴らすような笑い声をもらす凌馬。構えていたソニックアローを下げて、戒斗へと距離をあけた。


凌馬「目的は分からないが、過程は分かる。今の君の目的はあの園田海未という少女だ。君だろう、彼女を蘇らせたのは。かのロシュオのように」

戒斗「貴様の戯言に付き合うつもりはない!」

凌馬「せっかちな王様だ。今の君は矛盾だらけだ」

凌馬は穂乃果達からある程度の話を聞いていた。その上で疑問が付き纏っていたのだ。
だがそれもある程度は推察している……園田海未の身体を検査した際に。
分からないのは戒斗という黄金の果実を手に入れたはずの男の目的だった。


凌馬「君は何がしたい? 全知全能を得て、世界を手に入れ、その先に何を求める」

戒斗「俺の進む道は俺が決める。俺は誰もが敵わなかった運命を捻じ伏せていくのみ!」

戒斗のバナスピアーが戦極凌馬の身体を貫いた。身体を貫かれた凌馬はうめき声をあげた。


凌馬「ぐふっ……。流石だよ、だが気に入らないな」

だが次の瞬間、凌馬が突き刺したバナスピアーと戒斗の腕を掴んだ。


戒斗「なに!?」

凌馬「慢心しすぎだよ、お・お・さ・ま」

そして戒斗の身体へ流星群の如く、光の矢が戒斗を襲っていった。


凌馬「私のゲネシスドライバーは特別製。分身能力も備えられている事を葛葉紘汰から聞いてなかったのかい?」

戒斗の視線の先には、複数の戦極凌馬の変身した"アーマードライダーデューク"の矢が。そして戒斗の耳にはすぐ側から嘲る様な声が届いた。

今回の更新はここまでです。Bパートに続きます。次は多分そのうち。

凛ちゃんの漢字が間違っているのは全部私のせいだ。ハッハッハッ!!

>>269-270
大変お待たせして申し訳ありません。あと凛さんの名前は普通に見逃してました。
ごめんよ凛さん……。にわかでごめんなさい。


―――
戦極凌馬に逃げろといわれた花陽達は、そのまま禁止区域から出ていた。
そして全力疾走していた凛は花陽の手を離して、そこで漸く一息を着く。花陽へと振り返り、震えた声を出した。


凛「どうしよう。海未ちゃん、まだ向こうだよね……」

花陽「うん、多分……。でも念の為連絡はした方がいいかも」

凛は頷いて絵里へと連絡を取る為に電話を掛けた。しかし、繋がる様子がない。
同じように、にこ、希にも連絡を取ってみたが同じく繋がらなかった。


凛「な、なんでみんな繋がらないの?」

花陽「も、もしかしたら、連絡を取れるような状況じゃないとか……?」

例えば、インベスが現れ皆が逃げ回っている最中だとか。いや、もしかしたらもう既に……。
そんな想像してしまった最悪の状況を、首を振って外へ放り出す。そんなはずはない。みんな自分たちより賢いから、きっと上手く逃げてるはず。


凛「……かよちん。凛、みんなの様子見てくる」

花陽「そんな、危ないよ!?」

凛「大丈夫! 凛は足には自信あるから! だけど、かよちんはこのまま逃げて」

花陽「そんなことっ……」

凛の言いたいことはわかる。花陽はまだちゃんと走れる状況ではなく、さっき何度か走ったせいで足が痛む事にも気付いているのかもしれない。
本当なら、このまま凛に付いて行きたい。親友を1人にはさせたくない。だけど……。

花陽(私には何も出来ない……)

花陽は躊躇いながらも頷くしかなかった。凛は花陽の手を握り「絶対に逃げてね」と伝え、そして走っていく。
戒斗達の居た戦場からはかなりの距離を逃げてきた。
辺りに人がいない上で、逃げた当初は聞こえていた爆発音が次第に聞こえなくなっているのは、それだけの距離を稼いだということだ。
1人で心細くなったといえ、凛の方が危険かもしれないのだ。自分はそのまま家に戻るしかない。


花陽「凛ちゃん、みんな……」

みんなは無事だろうか。穂乃果達はちゃんと戻ってきているのだろうか。駆紋戒斗は敵なのか、戦極凌馬が味方なのか、何も分からない。
一先ずはもっと安全な場所まで行かなくては。そう思って足を動かした時だった。


花陽「えっ……」

目の前の空間に亀裂が走る。その亀裂なファスナーのようにジッパー音をたてて、異空間への扉が開いた。
凛ちゃんを呼び戻す……駄目だ。そんな事をすれば自分だけではなく一緒に巻き込まれてしまう。

花陽(誰か助けて……!)

だが、花陽の目に飛び込んできたのは、ただのインベスではなく……。


花陽「あ……」

戒斗「……くっ」

先ほどまで戦極凌馬と一緒にいたはずの駆紋戒斗の姿だった。
いや、正確にいえばそれは"オーバーロードインベス"という異形の姿をしていたが。
インベスの姿となった戒斗は、右腕を抑えてよろよろとクラックを潜り抜ける。
そして花陽に気付きもせず、花陽の前の木にもたれかかる様にして倒れ込んだ。そして姿は人間の姿へ戻っていった。


花陽「あ、あの……!」

思わず駆け寄って揺するが、返事もなく動く気配もない。腕を汚しているのは見て分かる。一刻も早く手当てをしないといけない。
花陽は、自分の鞄をあさって手当ての為の道具を取り出した。


―――
足元が覚束ないような浮翌遊感の中、戒斗は虚空を見つめる。
ふんわりとしたその感覚が不快だった上、何より耳障りな囁きが頭に響き渡っていることが戒斗をさらに苛立たせた。
そしてその声は自分の記憶の一部なのだということを理解した。
これは何時の記憶なのだろうか。覚えている。つい昨日のことだ。

園田海未と駆紋戒斗の戦いに決着がつき、1人のアーマードライダーが介入した直後の事だった。
対峙する2人のアーマードライダーへソニックアローの矢が襲い掛かった。
それを持ち前の武器で弾き飛ばした時、その不快な声が戒斗の耳に届く。


凌馬「やあ、駆紋戒斗くん。まずはおめでとうと言うべきか。禁断の果実を手に入れたのは君だったようだね」

戒斗「……戦極凌馬」

戦極凌馬は変身したまま拍手をして近づいてくる。そしてその視線が戒斗と対峙するもう1人へと向けられた。


凌馬「君は……誰だい? あの世界はこの男によって滅ぼされたのなら、ドライバーを持つ人間は限られているはず」

対峙するもう1人の誰かは凌馬の声に耳を傾けることはなく、ただ静かに凌馬に"ソニックアロー"を向ける。


凌馬「ほう、私を知っているようだね。つまりはこちらの世界へ来たのは私と駆紋戒斗だけではないと、そういう事かな。
   もっとも、貴虎ではないようだけど」

その誰かは答えない。だがそれが遠まわしに肯定を意味する事はお互いに理解している。


凌馬「その忌々しい姿から大体の察しはつくが、疑問は残る。君の口から答えを聞きたい所だが……まあ今はいいとしよう。
   今の私はいたいけな少女の願いを叶える正義の味方だからね。貴虎や葛葉紘汰と同じく、ね」

戒斗「くだらん戯言だ」

戦極凌馬の仮面の下にある視線が倒れた海未を見つめる。
それを察したもう1人のアーマードライダーは背を見せて近くに停めてあったバイクに跨い、
そしてエンジンを吹かしてその場所から離れていった。


凌馬「さてと改めて王様、ご機嫌麗しいようで何よりだ」

戒斗「生きていたのか。あの時俺が貴様を倒したはずだが」

凌馬「それは企業秘密さ。君の言葉を借りるなら、負けだと思わない限り負けではない。そうだろう?」

戒斗「何ならもう1度ここで戦ってもいいんだぞ……!」

凌馬「……」

ソニックアローが戒斗を狙う。戒斗もマンゴーパニッシャーを構えた時、急に凌馬はソニックアローの構えを解いた。


凌馬「やーめた。今は君の相手をしている程暇じゃないんだよ、彼女を助けないといけなくてね」

戒斗「俺が逃がすと思うか」

凌馬「思うさ。彼女の身体に細工をしたのは君だろう?
   まあ決闘は日を改めて行おうじゃないか。ここで明日の正午、というのはどうだろう」

戒斗「……いいだろう」

戒斗もマンゴーパニッシャーの構えを解いて下ろした。そして目の前にクラックを開く。
凌馬は海未を抱かかえてその場を去っていく。その仮面の下に憎悪の炎を瞳に宿して。


凌馬「ばいばい、弱者の王様」

その言葉を無視した戒斗。そのままクラックへ戻り舞と会った。
戦極凌馬は戒斗を弱者の王と呼んだ。奴の言う"王"は侮蔑の混ざった皮肉なのは理解している。
だが王は強くなければならないとは思わないとは思わない。強い者が王と成るのだ。
弱者の王……弱者達の王であるなら強くならなければならない。ならば、戒斗は弱者の王ではない。
弱さを切り捨てた駆紋戒斗は、既に王であるのだから。戒斗を囁く声がブレるように声色を変えていく。


紘汰「戒斗……」

葛葉。

舞「戒斗」

舞……。

ザック「戒斗」 ペコ「戒斗さん」 耀子「戒斗」 

切り捨ててきた弱さに俺は振り返りなどしない。どんな犠牲を払い、どんな結末を迎えようとも、俺は俺の目的を――


「随分と、弱っているようだな。駆紋戒斗」

戒斗の耳に届いたのは、恐らく最も不快な声。まるで楽しんでいるように、悪戯するように鈍色に眩しい声をあげる。
全身を布着れで巻いたその男は、自分たちの世界にいた姿をしていた。この世界では"八百屋"をしていたと、舞から聞いていた。


戒斗「成る程。この趣味の悪い幻の貴様の仕業ということか」

八百屋「幻とは虚像的で夢のようなものだ。確かに、お前が進んできたのは王が夢を叶える為の道だ。
    そういう意味では世界とは夢現なのかもしれない」

戒斗「貴様の言葉遊びに付き合うつもりはない。今すぐ俺の前から消えろ」

八百屋「そうはいかない。お前がヘルヘイムの果実を口にしたあの日から、俺はお前と一心同体だ。お前は俺たちであり、俺たちはお前の影だ」

戒斗「下らん戯言だ。貴様があの女に葛葉のロックシードを渡したようだな」

八百屋「渡したんじゃない、彼女自身が選んだのさ。もっとも、彼女にその意志はないんだが。それとお前に忠告がある」

両手を掲げた"八百屋"は戒斗を睨み付ける。それを無視して戒斗はゆっくりと八百屋に近づいていく。


八百屋「お前の望む世界は許されない世界だ。そんなもの、今まで実現した者は1人もいない」

戒斗「だろうな。だからこそ、俺が目指す価値がある」

八百屋「お前はそういうタイプではないと思っていたんだがな」

戒斗の拳が相手の顔をすり抜けて、消える。振りかぶった拳で幻を振り払い戒斗は叫ぶ。


戒斗「何でも貴様の思い通りになると思うなよ」

八百屋「思い通りに進んだ事なんてないさ。俺たちはいつだって運命を観測し導くだけだ」

白く染まった世界が少しずつ黒く色を取り戻していく。強烈な光の世界に闇が戻る時、戒斗の頬にほんの少し涼しさを感じた。
漂っていた身体に重力が戻り、力が入るようになっていく。


戒斗「お前は……」

花陽「気がつきましたか?」

開けた視界に写ったのは、つい先ほどわざわざ自分に礼を言いにきた1人の少女だった。
自分の格好を確認する。戦極凌馬の矢を受けた腕は包帯か何かで巻かれており、目の前の少女は濡れたハンカチで戒斗の汗を拭っていた。
覚醒しきってなかった頭が働き始める。戦極凌馬の攻撃を受けた戒斗はそのまま分身ごと薙ぎ払った。
しかしクラックの中の逃げ込んだ凌馬を追うべく、後から飛び込んだ戒斗だったが見失ってしまい、
一番近くのクラックからこちらの世界へ戻ってきたのだ。戒斗は目の前の少女を睨みつけた。


戒斗「何の真似だ。礼なら必要はないし、俺の事は放っておけばいい」

花陽「そんなこと、できません。倒れてる人を見捨てるなんて事……」

戒斗「俺は人間ではない。それに痛みには慣れている」

花陽「人間とか人間じゃないとか、お礼とか関係ありません。誰だって困ってる人が居れば助けます」

戒斗「誰だってか……」

花陽を押し退け、ゆっくりと立ち上がっていく戒斗。慌てて花陽は怪我の反対側の腕を掴む。


花陽「駄目です! まだ安静にしていた方が……!」

戒斗「必要ない」

腕に巻かれていたものを解く戒斗。すると有ったはずの傷口が塞がっている。それを見て驚いたのか、口元を抑えている花陽。


戒斗「人間を越えた化け物、それが今の俺の姿だ。」

花陽「そんな……」

戒斗「お前は誰もが困っている人間を助けると、そう言ったな。そう思うか?」

花陽「え……も、勿論です!」

戒斗「だがあの男たちは、お前が困っていても助けようとはしていなかった。ただの観客を気取っていた、そんな人間もいるぞ」

あの時、戒斗に助けられた時。花陽自身が瓦礫に足を挟まれていても、ただ笑っているだけだった人達もいた。
戒斗の言わんとする事は分かっている。世界はそんなに綺麗じゃない事ぐらい花陽だって分かっている。それでも花陽は言いたい。


花陽「……そういう人だっているかもしれません。でも綺麗事だって、信じたいんです。本当に悪い人はいないって!」

戒斗「それは弱者の考えだ。他人を食い物とかしか見ていない真の弱者に利用されて、いずれ朽ち果ててしまう。
   世界を生き抜くのはいつだって強さだけだ」

花陽「……だけど」

花陽の視線が泳ぐ。だが意を決したのか、花陽の瞳が戒斗を真っ直ぐに見つめる。
その瞳は、かつての舞を思い出される。自分とは違う強さを求めた者の眼。


花陽「だけど、他人を信じるのは弱さだけじゃないです。不安で、怖くて、どうなっちゃうか分からないけど……。
   誰かを信じる事が、強くなる事だって思うんです。信じて、仲良くなって、一緒に笑って、それが勇気になっていくと思うんです」

戒斗「信じることが強さだと?」

花陽「私もμ'sってスクールアイドルをしているんです! さっき一緒にいた凛ちゃんや、貴方と戦った海未ちゃんも一緒に。
   誰かを笑顔に出来る事って凄く素敵な事だと思いませんか? 悲しい事があっても踏ん張って、次も頑張ろうって思えるなら……」

花陽は戒斗に精一杯の笑みを見せる。


花陽「それが、私の信じる強さに繋がっていくと思います。だから……!」

戒斗「貴様の言う強さはよくわかった」

それだけ言って、戒斗は腕を振り払い、背を見せて進む。手を思わず伸ばした花陽だったが、それを掴むことができない。
少し進んだ所で戒斗は立ち止まる。


戒斗「いいだろう。お前の強さは認めてやる。その信念を貫くことが出来るのならな」

花陽「え……、あ、ありがとうございます!! その、もし良かったら、私たちのステージを見に来て下さい!」

戒斗「忘れるな、俺はこの世界を滅ぼす者であり、お前達の敵だという事を」

戒斗は冷たくその言葉を残して、改めて広げたクラックの中へと消えていった。
緊張が解けた花陽は大きなため息と共に足の力が抜けてしまい、その場にへたり込んだ。怖かったと、笑みと同時に零しながら。


―――

ことり「ねえ、海未ちゃん」

少し急いで元来た道を戻る海未と抱っこしている穂乃果、そしてことり。
そんな道すがら、ことりは海未へと話しかけた。もうそろそろクラックの入り口に辿り着くはず。その前に聞いておきたい事が有った。


海未「どうかしましたか、ことり」

ことり「海未ちゃんは、ここ何だと思う?」

ことりに言われて改めて辺りを見渡した。植物に覆われた廃墟の化した町並み。自分達の世界と非常に良く似た別世界。
戦極凌馬が言っていた彼らがいた世界であり、駆紋戒斗が侵略した成れの果て。


海未「やはり戦極さんが言っていた世界なのでしょう。
   この世界から植物やインベスが、私達の世界へ流れ込んで来ていると考えるのが自然です」

ことり「うん、そうだよね。ここが、ことりたちの世界と繋がってるのなら……」

海未「ことり?」

ことり「ここに行方不明になった人達がいるかもしれないって事だよね」

海未「……そうなりますね」

海未の返事に陰りがあった。ことりが言わなくても海未も察していたのかもしれない。
そしてその上で、このインベスだらけの世界で戦極ドライバーも武器もなく生き残れるはずがないという事も……。


ことり「ねえ、海未ちゃん、探してみようよ。助けを待ってる人だっているかもしれないよ」

海未「……それは、出来ません。少なくても今は」

海未1人でも大丈夫か怪しい場所だ。それにクラックが不安定な限り、こちらの世界から戻れる保障は無い。


海未「申し訳ありません……。私の力不足で。2人を守りながら戦えるかどうかも怪しい所なんです」

先ほど襲い掛かってきた謎の戦士。巫女である舞の介入がなければ大変な事になっていたかもしれない。
また何時襲ってくるかも分からない今、長々とこの世界に居座る訳にはいかないのだ。
海未の言わんとする事が伝わったのか、ことりも「そっか」と落胆の声をあげる。


ことり「海未ちゃん……。さっきの人も何だったんだろう。戦極さんと同じベルトをつけていたけど、多分別人だったよ」

海未「別人……ですか?」

ことり「うん、なんとなくなんだけどね」

苦笑気味に言うことり。女の勘と呼ぶべきか、ひいてはこれが女子力というものかと海未は納得し、そして軽い落胆をする。
自分には足りないものだ。


海未「修行がたりません」

ことり「海未ちゃん?」

海未「いえ、なんでもありません」

そうこうしている内に、クラックの入り口まで戻ってきた。薄らとだが音ノ木坂学院の校舎が見えた。


ことり「辿り着いたよ、海未ちゃん!」

海未「ええ、早く戻りましょう」

希「海未ちゃん、ことりちゃん、穂乃果ちゃーん!」

先ほどよりももっと駆け足気味にクラックへと近づいていく。
海未達に気付いたのか、クラックの向こう側の絵里、希、にこもこちらへと手を振っている。何とか戻ってこれたと思ったその時だった。

フェションデョム!

不気味な声が響く。そしてクラックと海未達の間にまた新しいインベスが立ちはだかった。


海未「インベス……!」

ことり「そんな!? どうして……」

インベスは、クラックへ興味を示している様子はない。
同時にそれは、これまでのインベスとは違い明確な意思を見せ、海未達の行く手を阻んでいるということだった。
まるで誰かに操られているように……。
鬼のような2本の大きな角をもった赤く染まったインベス。身体の模様はさながら山羊のような巻いた角が描かれている。

アァァァ!!

叫び声をあげて海未達へと突進してくるインベス。海未は穂乃果を抱かかえたまま、ことりへ押し倒すように駆け出していく。


ことり「きゃっ!?」

ことりを穂乃果ごと押し倒した海未達の横を牛の如く突進してきたインベスが通り過ぎ、そのまま崩れたビルへとぶつかった。
強烈な角による串刺しでビルは大きな音をたてて破壊された。


海未「ことり! 出来れば穂乃果を連れて先にクラックを出てください! 私が引き止めます!」

ことり「でも、それじゃあ海未ちゃんが!?」

海未「お願いします!」


―― オ レ ン ジ ! ――


海未「変身!」

頭上にオレンジ型の鎧が形成される。穂乃果をことりに預けた海未は、開錠したロックシードをドライバーにセットして、インベスへと駆けて行く。

―― ロ ッ ク オ ン ! ――

インベスが再び海未へと角を突き立てて向かってくる。海未は直前で横へ飛びロックシードを開いた。

―― ソ イ ヤ ! オ レ ン ジ ア ー ム ズ ! ――

インベスが再びビルへ衝突した隙に鎧が海未の身体へ展開し変身していく。


―― 花 道 オ ン ス テ ー ジ ! ――


変身が完了した海未は無双セイバーを引き抜いて、インベスへとノズルを向けてトリガーをひいた。
背中を見せていたインベスに4発の弾丸が命中する。叫び声をあげてインベスは蹄を振り上げ、再度海未へと飛び掛る。
その攻撃を転がって避け、さらにレバーを引いて連射した。
再びインベスの身体へ弾丸が襲うものの、インベスはそれに気付きすらしない。


ことり「攻撃がきいてない……!」

海未「くっ……それなら!」

海未は無双セイバーと大橙丸でインベスへ切り掛かる。だが大橙丸の刃は角で受け止められてしまい、無双セイバーの刃は蹄で弾かれる。
それでもと海未は足を狙って払うように刃を滑らせた。しかし。

ガアアアア!!

膝で蹴り上げられてしまい、海未の身体が一瞬無防備になってしまった。
そのタイミングを見計らったように、インベスの角が海未の鎧へ突き刺さる。
声にも出せず、肺の空気を一気に外へ押し出され、海未の思考が一瞬飛んだ。
そしてノーガード状態の海未へ殴りつけるように蹄が襲い掛かる。


海未「かはっ……!?」

ことり「海未ちゃん!?」

攻撃を受けて吹き飛ぶ海未へ、インベスは追撃を加えように加速する。


海未「……ッ!!」

海未はその突き立てられた角を避けるべく、大橙丸をインベスへ振りかぶって投げつけた。
インベスの角の隙間を縫い、頭部へ刃が届き、インベスが怯んだ。


海未「なら、これです!」

―― マ ン ゴ ー ! ――

マンゴーのロックシードを鍵を開け、オレンジロックシードと取り替えた。
そして収納され球体へ戻ったオレンジの鎧をサッカーボールの如く、インベスへ蹴り飛ばす。

―― ソ イ ヤ ! ――

インベスは飛んできた球体を叩き落とす。そして改めて標的を眼に入れた時、すでに山吹色のマントを翻した姿へと移り変わっていた。

―― マ ン ゴ ー ア ー ム ズ ! F i g h t O f H a m m e r ! ――


海未「はぁぁ!」

海未はマンゴーパニッシャーでインベスへ殴りかかる。だが……。

ガア!!

マンゴーパニッシャーのパワーですら、ヤギのインベスは跳ね返してしまう。
強固な身体を持つヤギのインベスは、マンゴーアームズ以上のパワーを持っているのだった。
同じく高い防御力を持つマンゴーの鎧すらも打ち砕かん勢いで蹄を海未へ叩きつけていく。後ずさりながら膝をついて崩れ落ちる海未。

海未(まずいですね……。これでも威力が足りないのですか……)

ちらりと視線がことりと穂乃果、そしてクラックの穴へと向けられる。早くしなければ閉じてしまうかもしれない。
一か八か、インベスを倒せるまでいかなくても、追い払うか長く怯ませることができれば……。
海未はマンゴーロックシードを切り直して、立ち上がった。


――カシャン――

―― マ ン ゴ ー ス カ ッ シ ュ ! ――

マンゴーパニッシャーへエネルギーが充填され、そのまま遠心力を使ってブンブンと振り回していく。

海未「いきます!」

そしてインベスへとマンゴーパニッシャーを投げつける。インベスは両手で受け止める。
しかしエネルギーを纏ったパニッシャーを弾き落とすことも出来ず、インベスの動きが止まった。
海未は駆けて飛び上がり、パニッシャーと同じように光を纏った右足を突き出す。そのまま流星のように輝きながら、突き進んでいく。

海未「ハァァ!」

ガア!!

インベスの身体へパニッシャーのを杭のようにしてキックを叩き込む。衝撃に耐え切れないインベスが吹き飛ばされ、近くの植物の蔓延った壁に衝突した。
ダメージは漸く与えたかもしれないが、致命傷にまでは至っていないを手応えで感じ取った。
倒せるとは思っていない海未はロックシードを再びオレンジへ戻して、ことり達の方へ駆け出す。

―― 花 道 オ ン ス テ ー ジ ! ――


ことり「海未ちゃん!」

海未「今のうちに逃げましょう」

ことりの手を掴んで、穂乃果の身体を持ち上げて海未はクラックへと向かった。


にこ「急ぎなさい! 早くしないとクラックが!」

クラックの向こう側から、にこが叫ぶ。足を速めたその時だ。クラックのファスナーがゆっくりと閉じようとしていた。



絵里「海未、急いで!」

ガアアアアアアアアアアア!!

だが、吹き飛ばされたインベスが植物の中から現れた。雄たけびをあげて再び海未達を狙いに行った。より凶暴に角を巨大化させて。
インベスがヘルヘイムの植物を口にした事により能力が肥大化し、凶暴性が増しているのだ。
海未が慌てて無双セイバーを引き抜いて、連射する。しかしインベスへは先ほど以上に効き目が見えない。
もう、あのインベスには時間稼ぎも出来そうにない。


海未「絵里、希、にこ! 穂乃果をお願いします!」

海未は穂乃果の身体を、クラックへ向けて放り投げる。


にこ「ちょ、あんた!?」

希「穂乃果ちゃん!?」

放物線を描きながら、穂乃果の身体が3人の元へと向かい、希と絵里がキャッチに成功する。
もしこれが穂乃果が知れば「海未ちゃん、穂乃果の扱い乱暴すぎだよ!」と怒るかもしれない。
その時は幾らだって謝るし、穂乃果の気が済むまで言う事を聞こう。だから今はみんなで助かる道を……!


海未「ことり!」

ことり「え、ことりも投げ飛ばされるの!?」

海未「しっかり捕まっててください!」

ことりを抱かかえて、海未はさらに速度を上げた。インベスがさらに海未達へ近づいているのが分かる。
変身して足が速くなってるとはいえ、追いつかれるのも時間の問題だ。海未はクラックへ向けて飛び上がる。


ことり「きゃぁぁ!!」

絵里達は穂乃果の身体を運びながら、閉じかけているクラックの入り口から横へ移動している。
海未は細心の注意を払いながら、クラックの向こう側へ同じく滑り込む。
自分達の世界へやっと帰って来れた。ため息を零して振り返る。
インベスがすぐそこまで来ていたが、恐らくクラックが閉じる方が早いだろう。
安心した海未はお姫様のように抱えていることりへ視線を移した。

海未「すみません、ことり……」

ことり「えへへ、やっとお姫様抱っこしてくれたね」

照れてるのか、はにかんだ笑みを浮かべることり。
少しだけ顔が熱くなったのを感じた海未が「もう!」と、ことりへ抗議しようとした時だった。
ヘルヘイムの蔓が、クラックの向こう側から延びてきたのだ。

え?

あまりにも一瞬の出来事に誰もが言葉を失った。"蔓で腕を巻き取られたことり"でさえも。

海未ちゃ――

ことりの身体が急速にクラックの向こう側へ引っ張られる。海未が手を伸ばすが、届かない。
海未へ助けを求めて手を伸ばしたまま、ことりは、あの危険なインベスのいる向こう側へ引きずり込まれていった。


海未「ことり!!」

慌てて、クラックへ戻ろうとするが、その前にクラックのファスナーが最後まで閉まりきってしまう。
何もなくなった空間を呆然と見つめながら、海未は遅れながら理解していった。


絵里「ことりが、向こうの世界へ……」

希「そんな……」

にこ「嘘でしょう……!?」

海未「ことり……」

掴み損ねた手を見つめていた海未の悲鳴が、その場所に響いた。


海未「ことりぃぃいいいいい!!」

オレンジアームズに戻ったのは、そっちのが足が速いからです。
続きます。


海未「ことり!!」

海未ちゃん!
助けを求めた声も手も届かず、ことりの身体は植物の蔓に引っ張られ、クラックの向こう側の世界へと連れて行かれた。
クラックは閉じられ、今の今まであった彼女の感触が両手から失われていた。

油断した。

そうだ、駆紋戒斗が植物の蔓を自在に操っている姿を見ていたではないか。
他の誰かが同じ能力を持っていたっておかしくはない。それを忘れ、クラックを潜り抜けた瞬間、安堵し気を緩めて変身を解いてしまった。

私のせいです。私のせいで、ことりが……。

崩れ落ちて動かない足。かろうじて動くが、震える両手がファスナーが閉じて存在しなくなった空間に彷徨う。
開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け
何度も心の中で唱える。あんな危険なインベスがいる場所でただ1人になってしまったことり。
はっきりいって、彼女はもう……。


希「落ち着いて、海未ちゃん!!」

ハッと希の声で我を忘れていた海未が正気に戻った。振り向けば蒼白な顔をした希、絵里、にこ。ことりの身を案じているのだ。
希が抱かかえていた穂乃果はまだ眼を覚ましていない。


海未「わ、わたしは……」

にこ「いいから、落ち着きなさいよ! クラックって閉まったらもう、開かないんじゃないの……!?」

海未「そんなことは……!!」

絵里「それよりも、まずはことりでしょう! ここで、まごついてるよりは他の入り口を探した方が早いかもしれないわね。
   手分けして探しましょう!」

海未「そんな時間は……!!」

海未は立ち上がって、絵里の服を掴む。不安と焦燥で崩れそうな身体を絵里に縋り付く事で保とうとしていた。


絵里「じゃあどうするの!? 向こうの世界へ自由に行き来できる方法があるっていうの!?」

希「えりちも落ち着いて!! こんなとこで喧嘩しても何もならないよ!」

確かにそうだ。だけど……時間がない。こんな時に自由に向こうの世界へ行く事が出来れば……。
あ……!!
海未の頭に1つの疑問が過ぎった。そんな海未の変化に気付いた、にこが思わず呟いた。


にこ「海未? ……どうしたっていうの?」

海未「方法は、きっとあります。戦極凌馬さんです」

希「戦極って……あ!! こっちの世界の来た方法を聞いて向こうへ行くって事!?」

彼はこちらの世界へ逃げてきたと言った。偶然こちらへ来ただけなのかもしれない。
だが、もしも自力で移動する手段をもっていないとは限らない。少なくてもユグドラシルには、クラックを感知する何かがある。
ことりの元へ直ぐにでも向かわなくてはならない。当てもないクラックを探すより、余程確実性がある。


にこ「あんた、分かってるの!? 戦極って奴、何か悪巧みしてるかもしれないのよ!?」

海未「それでも今ことりを助ける望みは、彼だけなんです!」

絵里「駄目よ!? そんな危険な事させる訳にはいかないわ!」

絵里は海未の両肩を強く握り締める。不思議と痛みはなかった。ただしそれは身体だけの話。
心には絵里の心配する気持ちが、痛いほどに伝わってくる。


海未「……絵里は、ことりがどうなってもいいと?」

絵里「そんな事言ってないでしょ! ことりの為に海未が犠牲になれば、ことりはどんな思いをするのか考えているの!?」

海未「どんな思いをしてもらっても、構いません」

海未が絵里を突き放した。絵里はよろけたまま後ずさり、にこが受け止めた。


海未「辛い思いをさせてしまっても……もう、何も思わなくなってしまうより、全然マシなんです。生きていて欲しいんです。
   もしクラックが見つかれば、連絡をしてください。お願いします」

海未は返事を待たず踵を返して、地面を強く蹴りつけ加速する。背後から海未を呼ぶ声と追う足音が聞こえるが、それを振り切ってく。


希「海未ちゃん、何だか足、速くなってない……?」

にこ「そんな事どうだっていいでしょ! それより、どうすんのよ!? 穂乃果は眠ったままだし、海未は行っちゃうし、ことりは……」

にこの視線が穂乃果へ向く。これだけ騒いでもまだ眼を覚まさない。まるで眠り姫のようだ。

にこ(どうしたのよ、穂乃果。あんたがそんな調子じゃ、にこ達は……)


絵里「どうなっちゃうのよ、私たち……」


―――

ことり「ん……」

鈍い痛みが身体へゆっくりと降りかかっていく。何がどうなって、どうなっているのか。
少し気を失っていたようで、記憶も混乱している。ここも、どこなのだろうか。
眼を覚ましたことりは、ゆっくりと身体を起こして、視界を広げていく。廃墟の町。だがその世界には植物の蔓が繁殖している。
ココは穂乃果ちゃんを追って入った世界だ。段々と記憶が整理されていく。


ことり「あ……!」

思い出した。海未ちゃんと一緒に脱出したのに、蔓がことりの腕に絡みついて引っ張られたんだ。
クラックはもうない。既にそこは閉じられてしまった。いや、そもそもここは何処なんだろう……。
立ち上がったことりが、痛む身体で無理をして少し歩く。せめてクラックのあった場所へ向かおうとした。

ふと視線を泳がせば眼に見えたのは、"沢芽市"と書かれた標識があった。間違いない、何よりとても大きな塔も見えた。
そしてこの異世界で、海未達が居ないという事は、それはつまり。


ことり「ことりだけ、置いて行かれたんだ……」

厳密には、自分だけ連れ去られたのだが。勿論、ことりだってそれぐらい分かる。最後の海未の必死な叫び声はちゃんと耳に届いた。
でも、どうなっているのかが分からない。
確か自分はインベスのいた場所へ連れ去られたはず。だったら、気を失う前にインベスに襲われていたのかもしれない……。
それだけじゃない。明らかにクラックの在った場所と違う場所へ移動していた。
自分を運んだのは誰? まさかインベスだとは思わない。


ことり「あの時の穂乃果ちゃんと仲良くしていた人? 襲ってきた人? それとも……」

舞と呼ばれた巫女の少女か?
分からない、自分の置かれている状況と、どうすればいいのか。待つべきか、動くべきか。
自分のお腹が空いていない辺り、そこまで時間が経ってはいないはず、ことりは少しだけ、周りを歩いてみる事にした。
ひょっとしたら、この世界に迷い込んだ行方不明の人もいるかもしれないと、そんな淡い期待もあった。
もしそういった人達が居れば、この世界で生き抜く術を持っているかもしれない。しかし歩けど、人の気配はなく。
寧ろ動く気配を感じれば、それはインベスであるかもしれないのだ。慎重に、ことりは歩いていく。
注意深く動いているせいか、それは嫌でも目に付いてしまった。


ことり「……ひどい」

穂乃果を追っている時、そして急いで帰っている時には気付かなかったが、
よく見ればこの瓦礫はただ崩れたのではなく、弾痕や巨大な爪の跡が見えた。そして飛び散った赤黒い飛沫。まるでそれは戦争の傷跡だ。
人のいない世界。たった1人で取り残されたことりの背筋に改めて悪寒がはしる。
怖いよ、助けて、海未ちゃん……。
震える身体を両手で抱きしめるように抱え、しゃがみ込む。大丈夫、海未ちゃんはきっと来てくれる……。


"海未チャンハモウ来ナイヨ?"


ことり「え?」

聞こえた声に反応してことりが立ち上がって辺りを見渡す。声の主の姿を捉えることができない。
だが確実に近くに誰かいたのだ。少女の声が耳元に囁くような、甘い声で誘惑するような……。


"海未チャンハ、穂乃果チャンガ居レバイインダヨ"

ことり「違うよ、そんな事、ない……」

"ダッテ、知ッテルデショ? 海未チャンハ、穂乃果チャンノ方ガ、大切ダッテ"

ことり「そんな事ないよ、海未ちゃんはみんなを大切にしてくれてる!!」

弁明するように、ことりが叫ぶ。インベスを呼び寄せるような危険な行為だというのに、それでも止められない。
だが必死に否定することりを嘲笑う様に、その声はクスクスと嬉しそうに笑う。それが非常に何かとダブる。


"素直ニナロウ? 海未チャンガ穂乃果チャンヲ庇ッタ時、穂乃果チャンニ嫉妬シタンダヨネ"

ことり「……え?」

思い出すのはインベスが始めて自分達の前に現れた時。海未ちゃんが穂乃果ちゃんと庇ってインベスに殴り飛ばされた。
海未ちゃんが、死んだかもしれないと悲しかった……。

"ソレダケ?"

それ以外考えられない。だってそれじゃまるで……。

"穂乃果チャンヨリ、海未チャンニ生キテテ欲シカッタンダヨネ"

違う! そんな事ない、穂乃果ちゃんも海未ちゃんも同じぐらい大切な、ことりの……!!



――じゃあね、私と穂乃果ちゃんの2人が危ない時は、どっちを選んでくれるの?


あ……。

"ドウシテ、ソンナコト、聞いたの?"

海未ちゃんへの、ちょっとした意地悪で。

"自分ヲ選んで欲しかったんだ?"

違う。そんなつもりはなかったの。

"ことりは穂乃果ちゃんより、海未ちゃんが好き。同じ友達なのに差をつけるなんて"

違う違う違う!!

"ことりは海未ちゃんが大好きなんだよね。まるで男の人を想うみたいに"

あ……あ……

"……気持ち、悪い"

あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

聞きたくない。こんな酷いこと言わないで。助けてよ、助けて海未ちゃん。どうして助けてくれないの、"ことりだけ"。
こんな危険な場所で1人、置いて行っちゃったの。お願い、早く来て……!!

"ふふっ、ことりね。穂乃果ちゃんが襲われた時、思ったんだよね。穂乃果ちゃんが居なくなっちゃえば、海未ちゃんは自分の物だって"

喉から声を振り絞っても、その声は聞こえてくる。それは、ことり自身の声だ。自分に語りかけてくるのは、自分自身だった。
止めて、お願いだから……。

"自分を好きにならない海未ちゃんなんていらないよね。穂乃果ちゃんも邪魔なんだよね。全部壊しちゃおうよ"

ことりは急に胃からこみ上げてきた。吐いてしまえば、楽になるのに。それが出来ない。苦しい、気持ち悪い。
海未ちゃん……。海未ちゃん。海未ちゃ――


「やはり猿如きが神に至る資格などない」

再び意識を飛ばしてしまったことりを見下ろして、誰かは吐き捨てたように呟く。
側には3匹の怪人が仕えるように立ち並ぶ。


「贄の餌には死んでもらっては困る。だが神に余興はつき物だ。オモチャは、簡単に潰れては面白くない」

そんな"彼"の耳に足音が聞こえた。見つかって始末するのは容易いが、相手によっては面倒だ。
"彼"は三匹のインベスを連れて、その場から離れていった。そして、ことりを見つけたのは、また違う誰かだ。
その誰かはことりの元へ駆け寄って揺さぶり、名前を呼びかけた。


―――

荒くなり乱れた息を整えて、海未は走った。ユグドラシルの場所は分かっている。
確かに少し距離はあるが、今の自分なら電車やバスよりも早く着きそうだ。
病院を退院してから、不思議と身体の疲れを感じなくなっているような気がする。同時に食欲も減っているのだが……。
色々あったせいで、食欲がわかないのだと海未は思う。それに今、身体を動かして無くては落ち着かない。ジッとしていられないのだ。

だがそれよりも、ことりだ。早く、ことりの元へ行かなくては……。

海未が閑散とした例の商店街を通り抜けようとしたその時だった。


「そんなに急いで何処に行くんだ?」

走った背後から声を掛けられる。思わず反応し振り向く。そしてその人物はニヤついた笑みを浮かべて海未を見ていた。
そしてもたれていた電柱から身を起こし、静かに海未へ近づいていく。


海未「あなたは……」

八百屋「ハァロウ。ロックシードと戦極ドライバー、どちらも使いこなし始めているようじゃないか」

海未にロックシードを渡した男。何を考えているのか分からない様子の男に、海未は警戒する。
言いたいことも、聞きたいことは山ほどある。だが、海未にはその時間がない。近づく男にゆっくりと距離を取っていく。


海未「今は貴方と話している時間はありません。先を急いでいますので」

八百屋「戦極凌馬のところかい」

海未「っ!?」

立ち去ろうとした海未だったが、その言葉にまたも足を止めてしまう。どこまで知っているのか、今の状況を。


海未「……ことりが、私の友達がインベスのいる世界に閉じ込められてしまったんです。ですから戦極さんの元へ行かなくてはなりません」

八百屋「成る程な、戦後凌馬にクラックを開けて貰うつもりか」

海未「ええ、それでは」

八百屋「まあそう焦るな。南ことりは無事だ」

海未「……え?」

唖然とした表情をした海未が楽しいのか、八百屋の男は海未の周りをゆっくりと回り始める。


海未「どうして、あなたがその事を!?」

八百屋「だから焦るなって。ほんの少し俺と話してくれたらそれでいい」

こんな胡散臭い男の話を信じるつもりはない。ことりが無事だという確証なんてない。
そう思うのが当然なのに、この男の言葉を無視できない。
海未は迷いながらも、男の言葉に耳を傾けた。
それに気をよくしたのか、或いは海未の様子から意を汲み取ったのか、男は笑みを浮かべて馴れ馴れしい口調で語りかけてくる。


八百屋「どうだい、戦極ドライバーで変身した気分は」

海未「あなたが、あのドライバーをあそこへ?」

八百屋「ああ。あそこへ放り込んだのは俺……ある意味でいえば間違っちゃいないな」

海未「そうですか……。あなたのせいで、穂乃果は死ぬ所だったんですよ!」

拳を強く握る海未。しかし男はそれに気付いていないように、小さく笑みを零す。


八百屋「おいおい、死ぬ所だったのは寧ろお前自身だ。寧ろ変身したおかげで、みんな助かったじゃないか」

海未「それは……!」

八百屋「それにお前自身、変身して戦うことに喜びを感じているはずだ。ヒロインになりたい? 戦いたくない? 傷つけたくない?
    違うな。誰かに必要とされたい、愛されたいだけだ。だから戦うんだ。園田海未という少女のありのままを認めて欲しいんだろ」

海未「あなたは何を……! そんな事はありません!」

八百屋「誤魔化すなよ、俺はただの語り部。舞台にあがる役者でもなく、お前と同じただの偶像(アイドル)さ。
    客席に真っ赤な嘘は必要ない。必要なのは一摘みの真実と、法螺だけだ」

男が海未の眼の前で止まり、視線を向ける。否定しようとした海未だったが、言葉がでない。
寧ろ怒りよりも恐怖を感じている。どこまで知っているのか、何者なのか。目の前にいる男から今すぐにでも逃げ出したかった。


八百屋「何かを成すには、何処に向かうにも必要なのは力だ。力が無ければ決して進むことがでない壁があり、その道は行く事が出来ない」

海未「それは……当然です」

八百屋「なら力を求めればいい。南ことりを救うには、自らの望む幸せを得るには、強さを求めればいい。駆紋戒斗のように」

海未「あの人のように……」

八百屋「あの男は力を求め成り上がった。俺の予想を超えてきた男だ。さて、ここからが本題だ」

海未を向かい合う男は両手を広げる。受け入れろと、まるでそう伝えるように。


八百屋「お前は何を望む。この世界をどうしたい?」

海未「どうも、したいとは思いません。大切な世界なんです」

八百屋「だが全てがそうじゃないだろ? お前たちを見捨てようとした奴だって居たんだ。それはお前の望む世界に必要なのか?」

花陽を助けようとしなかったあの2人の男。確かに内から強い衝動はかられた。だけど、本気でそう思ったわけじゃない。
少なくても、海未はそう信じたかった。


海未「私は……それでも、この世界が好きなんです。父も母も、穂乃果、ことり、花陽、……みんな大切な私の仲間なんです。
   それだけではありません、私の知る人の、誰も欠けて欲しくないんです」

八百屋「それで?」

海未「だから、私はみんなのいるこの世界を守りたいんです。みんなに笑っていて欲しいから……」

その海未の言葉に満足したのか、八百屋の男はポケットから何かを取り出し、海未へ差し出した。
だが、海未の手は動かない。虚ろになったような目がただ見つめるだけ。


海未「……あなたは、何者なんですか」

八百屋「言ったろ、俺はただの観客さ。物語にスパイスを加えているだけ。お前の進む物語を見届けるのさ。それと」

海未の身体が自分の意思に反するように手を伸ばし、男の持つ何かを掴む。
まるで自分の身体ではないように、不思議な感覚に戸惑ってしまう。


八百屋「駆紋戒斗をぶっ潰せ。あいつは、この宇宙の概念そのものを破壊しようとしている。それだけは許してはならない」

どういうことですか?
その言葉は届かない。そして、ハッとした時には、男の姿は目の前から消えていた。
まるで白昼夢の出来事のようだ。
狐に摘まれたような感覚の中、ただ海未に残っていたのは手中にあるモノと、目の前に開いていたクラックだけだった。
誂え向きに用意された道。罠かもしれない、あの男が何者か分からないし、信用する事が出来ない事も理解している。それでも……。


海未「……もう1度みんなで笑う為にも、ことりを助けるんです!」

海未はクラックを潜って、再び沢芽市へ突入した。
正直歩き回る時間は惜しいぐらいだ。ことりが生きているのは本当だとしても、いつまで無事なのか分からない。
……いや、そもそも無事かどうかも怪しい。
恐らくは最初に裏庭から入った場所の近くに、ことりがいるとは思うが、それもどの辺りなのか。今の自分の位置さえ分からない。
インベスも数多い。相手する時間さえ惜しいほどだ。


海未「そういえば……」

あの男からもらった何かを見る。3つのロックシードと、よく分からないパーツ。ロックシードを嵌めるパーツに見えるが、それだけだ。
海未は試しにその内の1つ、桜のような花びらが描かれた他とは雰囲気のロックシードを開錠した。


海未「え……!?」

すると、ロックシードがひとりでに浮き上がり巨大化した。少しずつ変形し車輪が現れる。
そして折りたたまれた白と薄紅色が彩るボディが開いていき、ハンドルと2つのタイヤが形を成していく。


海未「バ、バイクですか!?」

サクラハリケーンと呼ばれるオフロードバイクに可変するロックシード。
海未にとっても一回り大きなサイズのバイクとなり、海未の目の前に着地した。
今か今かとエンジン音を鳴らし騎士を待つ馬のように海未を呼んでいる。


海未「自動二輪の運転免許はまだ取得していないんですが……」

この場所は国道でない為、乗っても問題ないのかもしれないが抵抗はある。しかし、ことりを探す足が必要なのも事実だ。
海未は痛む良心を抑えて、バイクへ近づく。ヘルメットがなかった。
おまけに初乗りなので転んでしまうのも嫌なので、海未はドライバーとロックシードを取り出した。

―― オ レ ン ジ ! ――

海未は戦極ドライバーでオレンジロックシードを装着し変身する。

―― 花 道 オ ン ス テ ー ジ ! ――

海未がサクラハリケーンに近づいていくと、仮面の下に文字が浮かび上がってきた。


海未「これは……このバイクの動かし方ですか?」

変身した事でサクラハリケーンとスーツが連動し、海未へ運転のマニュアルが送り込まれてくる。
便利ですね、と独りごちた海未は改めて跨り、アクセルをかけてサクラハリケーンを発進した。


―――

ことり「ん……」

ことりの目が再び覚めた。頭が酷く痛む。
これは夢だ。おかしな悪夢を見ていて、目が覚めたらお母さんが優しく微笑んでくれている。
そして穂乃果ちゃんや海未ちゃんと登校する時に、嫌な夢を見たと言って慰めてもらうんだ。そんな期待を寄せていたのに。


ことり「……」

こんな非現実的な現実は変わらない。廃墟の町で、独りぼっちで助けを待つしかないのだ。

助けて。どうして、助けに来てくれないの? ことりのことなんて必要ないの?
海未ちゃんは、ことりの事が嫌いなの? 穂乃果ちゃんの方が好きなの?


「ことり」

眠る前に何が有ったか思い出せない。誰かに何かを言われたような気がするのに、分からない。もう、どうでもいい。


「ことりってば」

このまま、もう1度眠ってしまおうかと思った。何も考えたくない。


「ことり……」

だからもう囁かないで。もう嫌な自分を見せ付けないで。醜いことりは、海未ちゃんに嫌われちゃう。


「ことりも、海未ちゃんのことが好きなのは知ってたわ。だけど、ことりに逃げて欲しくないの。一緒に帰りましょう」

……。
無言で俯き黙り込むことりに、自分へ語りかける言葉に耳を貸さない。それは自分の囁きへの防衛だった。
ことりの狭くなった視野にそれは入らない。ことりと目の前にいる誰か。
そしてその2人の前に数匹のインベスが近づい来ている事に。


"ウオオオオオ……"

「……ああもう、次から次へと」

それは海未に倒されたカミキリムシのような長い触角をもった青いインベス。
それが5体ほど姿を見せたが、他にも隠れている可能性もある。
向かってくるインベスを睨み、ことりの目の前にいる誰かは、戦極ドライバーの発展型であるゲネシスドライバーを腰へ装着し固定する。
そして手にはレモンのロックシードが握られていた。

―― レ モ ン エ ナ ジ ー ! ――


「ことりに手出しはさせないわよ。変身」

戒斗や海未の持つロックシードよりも機械的な音声が鳴り渡る。エナジーロックシードと呼ばれる高純度な力を引き出す為のロックシード。
それをゲネシスドライバーに装着し、錠を掛けた。

―― ロ ッ ク オ ン ! ――

より機械的なアラームが成り、次の行動の為に待機するドライバー。ことりを一瞥した後、憂いに帯びた表情を作る。
頭上には幾筋の閃光が奔ったかと思いきや、黄色い球体に近い鎧が形成されていた。
そして決意をもってレバーをロックシードへと押し込んだ。

―― ソ ー ダ ァ ! ――

レバーによって引き絞られたエネルギーがジューサーのように下のポッドへ溜まっていく。
それと同じく身体にスーツを纏い、頭にレモンのアーマーが突き刺さる。

―― レ モ ン エ ナ ジ ー ア ー ム ズ ! ――

鎧が展開されていく。檸檬色のマントと手には弓"ソニックアロー"。その姿は正しく以前海未を襲った謎の仮面の戦士。


―― FIGHT POWER ! FIGHT POWER ! FIGHT FIGHT FIGHT FIGHT FI FI FI FI FIGHT ! ――


それに気付かない塞ぎ込んだことりを守る為に、襲撃者は守護者となって目の前のインベスの群れが襲い掛かってきた。


「さあ、いくわよ!」

ソニックアローの刃を振り回し、何匹かのインベスの身体を切り裂いていく。叫び声をあげて転がり崩れるインベス。
強く握った拳やキックで大きく近づいてきたインベスの距離をあけ、アローで切り裂き、さらに大きくスペースを作っていく。

"ウウウウォ……!!"

インベスの身体を受けとめる他のインベス。
それを無視して戦士はソニックアローの弦をひいてチャージされていくエネルギーの矢を射出した。
とくに強く狙いをつけたわけではないにも関わらず、集団として固まっていたインベスが矢で貫かれ、爆散していく。
それでも、数が減ってはいる気はしない。
まだ数のいるインベスに対して守りながら戦う状況……だというにも関わらず、落ち着いた様子で再びソニックアローを構える。


「いっとくけど、負ける気がしないわ」

より恵まれた能力を駆使し、戦士は近づく相手をソニックアローへ追い払い、距離をあいて遠距離で攻撃する。
それは海未が行っている戦い方と非常に良く似ていた。最も海未の場合はそこから大橙丸で自ら距離を詰めていくのだが。
しかし余裕ぶった戦い方をしていたが、それも段々と辛くなってきていた。


「……負ける気はしないけど、流石に多すぎて疲れてくるわね」

インベスの数はドンドンと増えていく。仲間が仲間を呼び、倒しても数は減るどころか増えているような気配さえある。
そんな戦士の前に、さらに面倒なことがおきる。
呼び出していた仲間のインベスがカミキリムシのタイプだけでなく、他のインベスも混じるようになってきた。
硬い龍のタイプはいなくとも、飛ぶコウモリのタイプ、大きな角をもつシカ。
まだ見たことのないイノシシ型に、そして巨大な爪を右手にもった小さな虎のような頭のインベス。

最初は数体だったインベスも気付けば、数十匹にまで増やしていた。
業を煮やした戦士は再びドライバーのレモンエナジーロックシードを取り外し、ソニックアローの窪みへとセットした。


―― ロ ッ ク オ ン ! ――

ロックシードを中心にエネルギーが渦巻きながらチャージされていく。
ランプが点滅しているの確認しながら、ソニックアローをゆっくりとインベスたちへ構えた。

―― レ モ ン エ ナ ジ ー ! ――

アアアアアアアアァアァァ!!

弦を離す事で、溜め込まれたエネルギーは巨大な矢となって群れへと放射されていく。
流れ星のよう美しく線を描きながら飛んでいく様に見惚れていたように、動けないまま目前のインベス達を蹂躙していった。
連鎖していくように連続で爆音をあげて消滅していくインベス。
ことりの様子をチラッと伺うが、それでもまだ心を閉ざしているようで反応がない。
せめて自分の意思である程度逃げてもらえる状態でないと、この防衛線もいつまで続くか分からない。


「ああもう……しょうがないわね……」

先ほどの攻撃でかなりの数を減らしたとはいえ、まだ残っている。体力ももつかどうか……。
そんな不安を余所にインベスの残党がまたも襲い掛かってきた。
ソニックアローの矢で数匹のインベスは狙い当たったが、そもそも当たらない、避けられてしまった。


「くぅっ……」

完全に接近してきた虎のインベスの爪をソニックアローで受け止める。
怪力をもったインベスだが、ゲネシスドライバーで変身している今、高い身体能力をもっているおかげで耐えられる。
なんとか跳ね除けて、距離を開けようとしたその時だ。

"ウィイイイイイイ!"

「!?」

空から複数のコウモリのインベスが頭を飛び越えて、ことりの方へ向かってしまった。
慌てて対応しようとしたが、目の前のインベスが強く身動きが取れない。
かろうじて爪を弾いて、ソニックアローでコウモリのインベス達に狙いをつけようとしたが、
虎のインベスが身体から緑の帯状のエネルギーを放出し、戦士の身体を襲っていく。
背後に気を回しきれなかった、戦士の身体がビームのようなその攻撃をまともに受けてしまい、鎧が火花を散らした。


「っ……!!」

声にならないような痛みに耐え切れず、手元のソニックアローと膝が崩れ落ちた。
ことりに逃げろと叫ぶべきかと考えるが、それすら間に合わない。何よりことりはまだ意識がはっきりしていない。

コウモリのインベスの1匹がことりへと空中からダイブしていった時だった。


ことり「え……?」

意識がコウモリのインベスへと向いた。それが危機に対する本能か、それとも。


海未「ことり!!」

彼女が来たことによる安堵からか。
海未はサクラハリケーンで疾走しながらも無双セイバーの銃撃を、ことりに近づいていたインベスに見事に命中させた。

"ウイィィィ……"

そして空から墜ちたインベスにそのままバイクで近づき、すれ違い様に無双セイバーで斬りつけた。
コウモリのインベスがあさっての方向へと吹き飛んだ。
ことりとインベス達の間で停止しバイクから降りた海未は慌てて、ことりに駆け寄っていく。


海未「ことり、無事でしたか!?」

ことり「……海未、ちゃん……」

海未「怪我はありませんか? 来るのが遅れて申し訳ありません、もう大丈夫です。私が、ことりを守りますから」

ことり「……うみちゃぁん、こわかったよぉ……」


変身した姿の海未にそのまま涙を零して、しがみ付くように泣き始めたことり。
海未はその姿のまま、ことりの頭を撫でてあやす様に優しく語り掛けていく。


海未「本当に生きてて良かった……。見つけられて良かったです」

ことり「ことりの居場所、よく分かったね……」

海未「あの塔を目印にしました」

海未の仮面が向いた方へ視線を向けることり。崩れ落ちた巨大な塔があった。成る程とクリアになっていた頭が理解していく。
最初に来た時に塔との距離は目測ながら大体掴んでいた。
後は塔を中心点から最初のクラックの開いた場所までの距離を、コンパスで線を描くように外周していったのだ。


海未「ここで爆音が聞こえましたしね」

ことり「あ……」

閉ざしていた記憶が少しずつ蘇っていく。そうだ、あそこでいつの間にか立ち上がって、虎のインベスと応戦している仮面の戦士。
あの人が守ってくれたのだと。状況を見てか、海未もそれは察しているようだ。


海未「ことりは下がっていてください。ここは危ないので」

ことり「海未ちゃんはどうするの……?」

海未「あの人を助けに行かなくてはなりません」

ことり「それは……!?」

あの人は海未ちゃんを襲った人だよと言い掛けて、続く言葉を飲み込んだ。
その人は自分の命を守ってくれた人でもあるのだ。他の誰であれ、自分が見捨てろなんて言える筈が無い。


海未「何かあればすぐに呼んで下さい。いいですね」

ことり「うん、わかった……」

海未「それでは……」

ことり「あ、海未ちゃん!」

インベス、正確にはコウモリのインベスの群れへ飛び込もうとする海未へ、ことりが思い出したように叫んだ。


ことり「海未ちゃん、お願い……。絶対に」

海未「もちろんです。一緒に帰りましょう」

海未は無双セイバーを構えて、コウモリのインベス達へと飛び込んだ。
そして謎の戦士もソニックアローを使って、他のインベスを狩り続けている。
海未へと標的を変更し飛び込んできたコウモリのインベスを海未が受け止め、足で払う。そして謎の戦士を一瞥し、声を上げた。


海未「あなたが何者かは分かりませんが、私の友達を助けてくださって、ありがとうございます!」

「……」

返答は無い。だが構わず海未はインベスを切り伏せながら続けた。


海未「私の命をまだ狙っているのだとしても、せめて今はことりを……あの子を助けるまでの間だけでも協力してください!」

海未は無双セイバーの銃口を戦士の後ろから襲おうとしたイノシシのインベスに向け発砲する。
何発かの銃撃を受けて怯んだインベスを、その攻撃で気付いた戦士が振り返ってソニックアローで切り伏せた。
海未はそのまま目の前のインベスへと集中した。戦士の目から見ても、それは戦士が裏切らないと信じているようなそんな戦い方だ。

(一度は貴女を襲って、しかも負けているのに……)

海未が大橙丸と無双セイバーをジョイントさせ、ナギナタモードへと姿を変えた。


―― ロ ッ ク オ ン ! ――

無双セイバーへオレンジロックシードを取り付け錠を掛けた。グロッキーになっているインベスが3体。そのインベスへ飛びかかっていく。

―― イ チ ! ジ ュ ウ ! ヒ ャ ク ! セ ン ! マ ン ! ――


海未「セエエエェェイ!!」

―― オ レ ン ジ チ ャ ー ジ ! ――

オレンジに発光する無双セイバーの刀身が1匹目のインベスを一直線に切り裂き、流す刃がそのまま2匹目の身体を通り抜けた。
そして刀身を半回転させ、大橙丸の刀身が3匹目を切り裂いていく。

ウィイイイ!!

短い断末魔をあげてインベスを撃破した海未。


ことり「やった!」

だがまだインベスは残っている。残った5匹のコウモリのインベスがまるで編隊を組むように飛び上がり、列を作っていった。
合体を解除し、無双セイバーの銃撃をインベスへ向けた。

ウィイイイ!

海未「くっ……!」

しかし4発しかない銃弾。さらには1発の威力はけん制程度にしかならない。
連射で当てれば落とせるかもしれないが、1匹に集中している間に、他の4匹が自分ならまだしもことりを狙ってくる可能性だってある。
このままでは埒が明かない。
ことりも海未へ向かって叫んだ。

海未(だけど諦める訳にはいきません! )


ことり「海未ちゃん!」

――居心地が良くて、前に進めないだけなんだ。だけど動かないと、きっともっと後悔する
――力が無ければ決して進むことがでない壁があり、その道は行く事が出来ない

負けられません。戦わなければなりません。守る為に。強くなる為に。
海未は無双セイバーを構えて、インベスへと駆けていく。


海未「ハァァアアア!!」

すれ違う様にコウモリのインベスの大群と斬り結ぶ海未。しかし大勢に無勢というべきか。
1匹だけ止めても話にならない。あのスピードではマンゴーアームズでも対処しきれないだろう。


海未「それでも!」

それでも立ち上がる。心は折れない。幸いにもまだ戦える。殆どのインベスは戦士が対処してくれている。
あの弓の武器で自分のインベス達と相手を交換してくれればと思ったが、自分が今離れたらことりに危険が及んでしまう。
せめて戦士がインベスを倒すまで食い止めなければ。

海未(……いいえ、それではいけません)

――だから、私はみんなのいるこの世界を守りたいんです。みんなに笑っていて欲しいから……

そう願ったのは他でもなく私自身です。ならこれは他人に委ねてはならない。私が戦わなくてはならないんです。
戦うのが怖い。戦うことで敵を倒すことに喜びを覚えているかもしれない、自分の闇が怖い。
駆紋戒斗と戦った時のように無様に屈し、殺されてしまうのも怖い。
だからこそ「それでも」と海未の心は叫ぶ。


海未「私は……!」

――「海未ちゃんがいなくなっちゃうなんて、穂乃果はいや!  9人揃ってのμ'sだもん、だからみんなで帰るんじゃなきゃやだよ! 」
――「海未ちゃん、お願い……。絶対に」「もちろんです。一緒に帰りましょう」

穂乃果、ことり、真姫、凛、花陽、にこ、絵里、希。
みんなに笑っていて欲しい。幸せに笑っていたあの日常に戻りたい。だから……!


海未「私は!!」

――今より勇気のある自分に


海未「新しい自分に変身するんです!!」

―― ブ ド ウ ! ――

Uターンし、編隊を組んだまま戻ってきたコウモリの眼前の空間が歪んだ。現れたのは紫色の房の塊。
これまでの果物の形をした鎧より、もっと無機物のような雰囲気を持っていた。インベスはその鎧にぶつかり、編隊が崩れ墜落する。
海未の手にはマンゴーとも違う、新しいロックシードが握られていた。


ことり「ぶどうの、ロックシード?」

ことりの記憶には、このロックシードを使う海未はなかった。何故ならこれはサクラハリケーンと共に渡された海未の新たな力。
海未はオレンジロックシードを外して、新しくブドウロックシードをセットし切り落とした。


―― ロ ッ ク オ ン ! ソ イ ヤ ! ――

オレンジの鎧は消え、代わりに前方に出現したブドウの鎧は海未のいる位置までバックし、真上から海未へと落下した。
展開する全身を覆う紫のボディ。その鎧を纏う姿は三国志の武人のようだ。手にはブドウの房を準えたようなハンドガンが握られている。
仮面には馬の尻尾のような振り切った相手へ疾風を思わせる辮髪(べんぱつ)のような物が有り、それがより身軽さを感じさせた。
海未は手にもったハンドガン、"ブドウ龍砲"を構えた。

―― ブ ド ウ ア ー ム ズ ! 龍! 砲! ハッ! ハッ! ハッ! ――


海未「ハァアアア!!」

ブドウ龍砲の六門の銃口が代わる代わるに弾丸を放ち、5体のインベスを撃ち貫いていく。
無双セイバーと、そう威力は大差ないかもしれない。だが連射力は圧倒的に勝っている。
飛ぼうとしたコウモリのインベス達の羽を封じ込めるように、海未はブドウ龍砲で弾幕を作るように連射していった。
うっとおしいとばかりに羽で銃弾を守っていた一体が、海未の狙いが他へ移った隙に飛び上がり、海未へと急降下していく。


海未「……!」

インベスの攻撃を転がって避ける。インベスが空中で静止して羽を翻した。今の海未は挟み込まれている状態となっている。
すかさず無双セイバーで次のインベスに備えるが、弾幕を張っていた4匹への注意がおざなりになってしまった。
海未がまたも飛来するインベスに対処しようとした時だ。

ウウウウウウウ!?

飛び込む勢いを殺され、インベスの身体を真横からの閃光が貫いていく。インベスは羽を完全に失い転がりながらうめき声をあげた。
海未の視線がその光の元を辿っていく。
戦士のソニックアローの矢が海未を守る為に放たれていたのだ。戦士はそのまま自分の戦いへと戻っていった。



海未「ありがとうございました!」

返事は無い。だが少し照れているのか動きがぎこちなくなった気がした。海未は何だか微笑ましく感じたが、今はその気持ちを置いておく。
再び4匹のインベスへ向き直り、ブドウのロックシードを切り直した。


海未「とどめです」

―― ブ ド ウ ス カ ッ シ ュ ! ――

構えたブドウ龍砲のレバーを引いた。金色の龍が砲身に纏わりついていく。
そして弾倉ユニットからブドウの房のような粒が光球となって現れ、それが無軌道な線を描きながら、同じく銃口へと宿っていく。
エネルギーが溜まりきった所で、海未はトリガーを引いた。

ウイイイイイイイ!?

銃弾の弾幕が改めてインベス達を襲う。先ほどよりも強力でそして速度、連射性が共に強化されていた。
何発も撃ち抜かれていくインベス達に銃口より現れた龍のエネルギーが表れ、最後はインベス達を飲み込むようにその身体を通過していく。
爆発し消滅するインベス達。倒しきったのを確認した所で改めて海未はブドウ龍砲を構えていた腕を下げる。

ウウウ……

振り向けば、先ほどのソニックアローの矢で倒れていた最後のコウモリのインベスがよろよろと立ち上がっていく。
海未が咄嗟に銃を向けたその時、一筋の閃光がインベスの身体を貫き、そして爆散した。


ことり「あ……」

「……」

戦士の放った最後のソニックアローの矢が、インベスを射抜いたのだ。
多勢として相手をしていたインベスも逃げたのか、もう倒しきっているのか、姿が無い。
仮面の下で息をふぅと吐いて整え、近づいていく。


海未「……改めてありがとうございます。おかげで助かりました」

「……」

戦士はそれに無言で返す。だが沈黙を貫いていた戦士はソニックアローの矢先を海未へと向けた。海未もそれに答えるように足を止める。


海未「あなたは誰なんですか? 私はあなたと戦う意志はありません……。理由を教えてください」

ことり「そうだよ、あなたはことりを助けてくれたんだよね……?」

物陰に隠れていたことりも海未の後ろから近づいてきた。しかし海未に手で制止され、ことりも足も止めた。
それを見て何を思ったのか、戦士の矢が下げられる。そしてまたも透明となっていき、その場から姿を消したのだった。


ことり「あの人、なんだったんだろう……?」

海未「分かりませんが、恐らく敵ではないような気がします。きっと穂乃果なら仲良くなれるのかもしれませんね」

ことり「また穂乃果ちゃん……」

海未「ことり?」

変身を解除した海未はことりの方へ視線を移した。憂いを秘めたような、いやもっと暗い闇のような目をしていることり。
一瞬だが、海未の背筋に何かがはしる。
知らない、ことりがいる。幼馴染で穂乃果と同様、誰よりも知っていると自負のあることりの知らない一面。
目の前にいることりが本人なのかと錯覚するほどに、その目は強烈だった。だが、すぐにことりはいつものにこやかな笑みを浮かべた。


ことり「だって、ことりだって仲良くなれる自信あるんだよ。海未ちゃんよりコミュ力高いんだからね」

海未「え、ええ……。確かにそうですね、失言でした。申し訳ありません」

ことり「ううん、いいよ。海未ちゃんは、ちゃんとことりを迎えに来てくれたんだから」

嬉しそうに笑うことりに若干の違和感を覚えている海未だが、そんなはずはないと頭から追い払って、サクラハリケーンに近づいていく。


海未「では、帰りましょうか。ことり」

ことり「え、後ろに乗せてくれるの!?」

海未「いいえ。ヘルメットが無ければことりを乗せるわけにはいきません! 歩いて帰りましょう」

ことり「えぇー、海未ちゃんと二人乗りしたかったなぁ」

海未「だ、だめです……! 私も始めて乗ったのですから、まだ運転には自信が……。そもそも無免許ですし……」

ことりが海未の腕を掴んで抱きしめる。そして涙を少し浮かべて下から覗き見上げていく。


ことり「海未ちゃーん、お願い……」

海未「うう……」


―――
凛「絵里ちゃん、にこちゃん、希ちゃん!!」

凛が三年生の元へ近づいていく。電話が繋がらなくて不安に思った凛が学院へ戻ってきたのだ。
どうやら全員がそれ所ではなく気付かなかったということだ。そして事情を話して、何が有ったのかをお互いに共有していく。
穂乃果は眠ったままで、ことりが連れて行かれた事。
海未がユグドラシルへ行った事。
駆紋戒斗と戦極凌馬が戦い、海未を呼んでいたという事。


にこ「ああもう、次から次へとおかしな事が起こるわね……!」

凛「海未ちゃん達、大丈夫かな……?」

希「きっと大丈夫や。ウチらがそれを信じなかったらあかんよ!」

絵里「そうよね。私たちもユグドラシルへ向かってみる?」

にこ「でも、穂乃果を放っておくわけにはいかないでしょ。おまけにユグドシルの場所知ってるの、穂乃果と海未とことりしかいないのよ」

そんな4人の耳元に微かな声が届く。
聞きなれていたはずの元気な声ではなかったが、慌ててそっちを見ると、穂乃果の目がゆっくりと開いていった。


穂乃果「……ん」

凛「穂乃果ちゃん!?」

希「大丈夫、穂乃果ちゃん!」

穂乃果「凛ちゃん、希ちゃん、にこちゃん、絵里ちゃん?」

絵里「穂乃果。意識はある?」

みんなが駆け寄って、穂乃果を揺さぶる。そんな様子に「えへへ」と微笑を零した。


穂乃果「みんな、大丈夫だよ」

にこ「そう、ならいいけど」

穂乃果「うん、海未ちゃんとことりちゃんも無事に戻ってきたよ」

絵里「え……?」

どうして穂乃果がその事を?
穂乃果は気を失っていたと思ったが意識があったのだろうか。いや、それでも2人の無事を知っているのは不思議だ。


希「なんで、穂乃果ちゃんがその事を知ってるん?」

穂乃果「うん……」

身を起こした穂乃果。その身体を凛と希が支える。そしてまだ寝ぼけているような半眼のまま、首を振って意識を戻そうとしていた。


穂乃果「穂乃果にも分かんない。でも……なんとなくそう思ったの」

にこ「そんないい加減な」

絵里「あ、待って」

絵里のスマホに着信が入る。発信元は……海未だった。


絵里「海未からの電話よ、もしもし!! ええ、そう! 本当に!? ことりは無事なのね!!」

絵里の電話の様子から嬉しそうに喜ぶにこ達。
穂乃果はその様子を見て、微笑んだ。……でもどうしてあんな夢を見たんだろうと、穂乃果は不思議に思う。
夢の中では、異世界から海未とことりが帰ってきた。みんなで喜び合って嬉しそうに笑っていた。
だがその夢の情景は一変し暗い色の世界へ変わってしまう。


穂乃果「変身」

穂乃果自身を含む3人が変身して争いあう、そんな嫌な夢。相手が誰かは分からない。どうしてこんな夢を見たのかも。

穂乃果(海未ちゃん……コウタさん……)

穂乃果の心に不安が残る。胸騒ぎが止まらなくて、穂乃果は小さく「助けて」と呟いたのだった……。


―――
ユグドラシルの研究室。ここは戦極凌馬が改めてヘルヘイムを研究する為に作られた部屋。
その部屋にノックもせずに入ってきた者がいた。既に部屋で研究をしていた戦極凌馬はそれを確認し、フレンドリーにその者を迎えた。


凌馬「やあ、おかえり。ご苦労だったね」

「……別に。大したことはしてないわ」

凌馬「だけど、その様子だと上手くいかなかったようだね」

「っ……」

苦虫を噛むような顔をして、視線を外す。凌馬は満足気な顔を浮かべ、言葉を続けていく。


凌馬「なあに、気にする事はないよ。ゲネシスドライバーを渡したのは、君の目的を果たす為だろ」

「……ええ、そうね」

凌馬「君との取引を楽しみに待っているよ。決意は固まったかい?」

凌馬の視線にその者……"真姫"は戦極凌馬を睨み返した。


真姫「当然でしょ。私は、海未ちゃんを……!」

ゲネシスドライバーを握った真姫を見つめて、凌馬は納得したように頷いていく。

凌馬(さて、仕込みは中々。扱いやすい子だよ全く)

ある少年を思い出したのか、戦極凌馬の笑みは再び強くなっていった。


―――

ユグドラシルの研究室。ここは戦極凌馬が改めてヘルヘイムを研究する為に作られた部屋。
その部屋にノックもせずに入ってきた者がいた。既に部屋で研究をしていた戦極凌馬はそれを確認し、フレンドリーにその者を迎えた。


凌馬「やあ、おかえり。ご苦労だったね」

「……別に。大したことはしてないわ」

凌馬「だけど、その様子だと上手くいかなかったようだね」

「っ……」

苦虫を噛むような顔をして、視線を外す。凌馬は満足気な顔を浮かべ、言葉を続けていく。


凌馬「なあに、気にする事はないよ。ゲネシスドライバーを渡したのは、君の目的を果たす為だろ」

「……ええ、そうね」

凌馬「君との取引を楽しみに待っているよ。決意は固まったかい?」

凌馬の視線にその者……"真姫"は戦極凌馬を睨み返した。


真姫「当然でしょ。私は、海未ちゃんを……!」

ゲネシスドライバーを握った真姫を見つめて、凌馬は納得したように頷いていく。

凌馬(さて、仕込みは中々。扱いやすい子だよ全く)

ある少年を思い出したのか、戦極凌馬の笑みは再び強くなっていった。

あとがき
ことりさんペルソナ使いそう。あとバイクの親切設定は原作にありませんです。
また一ヶ月以内に書ければいいなって思います。


気がついた時には、世界は滅んでいた。まるでまだ夢の中にいるような、そんな錯覚を覚えてしまう程に、それはより非現実的だった。
……いいや、それは僕の欺瞞だ。そもそも非現実的な話なんて最初からだったじゃないか。
どれぐらいの虚無を彷徨っていたのだろう。どれ程の後悔を続けたのだろう。どれだけの声を聞いたのだろう。
どうして、こんな事になってしまったのだろう。どこまで僕は愚かにも、大切なものを切り捨てたのだろうか。
その答えは知っている。全ては僕のせいだ。

「戻れない」「戻らない」と叫び続けた僕に「戻れる」「戻って来い」と叫び返してくれたあの人は、もういない。
ヒーローは、もうこの世界にはいなかった。そしてあの人の代わりにヒーローと成るべき人なんているはずもなかった……。
絶望に打ちひしがれ、僕はもう自分を終わらせようとした時、それは突然現れた。


「これは?」

銀色のロックシード。見た事が無いはずなのに、どこか記憶の片隅に残っているそれは、僕を導くようにヘルヘイムから生まれた。


『――』

「え……」

ロックシードから僕を呼ぶ声が聞こえた。その声に従って、僕は銀色のロックシードに触れた。その瞬間――
僕は、自分の罪を償うためにヒーローになった。今でも思い出すのは、この時の事と、そしてもう1つ……。


穂乃果「あ、あの大丈夫ですか!?」

初めて彼女と会った時、とてもダブって見えたんだ。あの人と……。


―――
海未「ことり、しっかり掴まっていて下さいね」

ことり「うん、海未ちゃんと相乗り出来て楽しいよ」

海未「……私は今にも事故をしないかと不安です」

ことり「ねえ、もっとスピード出せないの?」

海未「む、無理です!? ことりを振り落としてしまいます!」

ことり「えぇー」

不満気なことりに海未はため息を零す。初めて乗るバイクに他人を乗せて走るなんて恐ろしい真似はせず、本当なら歩いて帰りたい。
それでも後ろに乗せているのは、事故を起こす事はまあまず無い様な場所に居る事と、クラックがいつ閉じるか分からない事。
何より長く留まっているとまたインベスが海未達を襲ってくるかもしれない。だからこそ安全運転で気をつけているというのに。


ことり「えへへ……」

海未(胸があたっています)

そんな雑念はさておき。ことりはさっきまで危険な状況に有ったにも関わらず、海未に甘えるように抱きついている。
……いや、寧ろそんな状況にいたからこそかもしれない。きっとまだことりは不安なんだと、海未は思う。
だから海未は、少しぐらいことりの意志に沿おうと、ほんの少しだけアクセルを強めていくのだった。


「贄が逃げたか」

サクラハリケーンで立ち去る海未とことりを見つめる影。だが逃げられたと言っても、そこに怒りはない。
影を取り囲むインベス達も影に傅き、追う事もせずただ従うのみ。


「運命の巫女は今頃血眼で捜しているはずだ。だからこそ、これでいい。種は、もう仕込んである」

ニヤリを笑みを浮かべるそれに、誰も気付かない。その視線に見送られたまま、サクラハリケーンは来た道を戻っていった。


―――
希「あ、海未ちゃんとことりちゃんが帰ってきたで」

希の言葉に全員の視線が海未とことりを捉える。そしてその2人であることを確認した瞬間、全員が2人に向かって駆け寄っていった。


凛「うわああ、海未ちゃんことりちゃん、無事でよかったよ!」

ことり「凛ちゃん……心配掛けてごめんね」

2人に抱きつく凛をあやす様にことりが凛の頭を撫でる。随分と心配を掛けてしまったようだ。
そして海未もその様子を微笑ましく見た後、視線を恐る恐る先輩たちへと向き直した。


海未「……怒ってますか?」

絵里「どうしてそう思うのかしら。先輩……いいえ、仲間なら無事に戻ってきたことを祝うべきでしょ?」

希「そやな。で、何で怒ってると思ってるの?」

笑顔である。涙も浮かべている。だが分かる。

海未(すごく怒ってるじゃないですか……!)

無事クラックを抜けた海未達は、心配しているであろう絵里へと電話で無事を伝えると、穂乃果の目が覚めた事を聞いた。
一先ずは学院で話をしようと、サクラハリケーンをロックシード状態へ戻した後、歩いて音ノ木坂へと戻ってきた。
そして戻ってみれば、みんな確かに安堵の表情はしてくれているし、無事に戻ってきたことに対して喜んでいてくれているのも分かる。
分かるのだが、笑顔とはこんなに禍々しくプレッシャーを感じるものだったのでしょうか、と海未は戦慄する。
もっとも、それが自分を心配してだということは、理解しているのだが。だからこそ、この優しい恐怖は受け入れなければならない。


海未「……勝手な判断で動いてしまい、申し訳ありませんでした」

真っ直ぐに頭を下げた。海未の耳に届いたのは怒号ではなく、ため息だった。


絵里「もういいわよ。結局無事に戻ってこれたんだから」

希「うん、無事に帰ってきてくれて本当に良かった。ほんまにみんな心配したんよ」

海未「絵里、希……」

希「でも、心配をかけた海未ちゃんにはお仕置きやけどな」

海未「えっ」

手をわきわきとさせながら近づいてくる希に戦々恐々と後ずさる海未。その海未の肩に、絵里の手が置かれた。


絵里「それはいい考えね。しっかりワシワシされなさい」

海未「そ、そんな……!」

そして、いたいけの少女の叫びが木霊した。閑話休題。


ことり「海未ちゃん、大丈夫?」

海未「もうお嫁にいけません……」

しくしく泣く海未を慰めることり。それを今は無視して、ことりへと話しかける絵里。


絵里「ことり、あの後……穂乃果と一緒に海未を探し始めた所から、何があったのか教えてくれる?」

ことり「うん、そういえば穂乃果ちゃんは?」

絵里「いったん家に戻るって言って、にこが送っていったわ」

ことり「いったん、って事は戻ってくるの?」

希「うん。何かを確認しに行ったんとちゃうかな」

「そっか」と返事はする。しかし穂乃果には聞きたい事が沢山あった。それはさめざめと泣いていた海未も同じだ。
まだあの時助けに入ったオレンジや銀のロックシードを持つ男……彼の事を聞いていない。
その事を説明する為にも何が有ったのか順を追って、ことりが話し始めたのだった。


―――
穂乃果「ごめんね、にこちゃん」

にこ「気にしないでいわよ、1人にした方がヤバそうな感じだし」

悪態をつけつつも、にこは穂乃果の手を引っ張りながら穂乃果の家へと向かっている。
穂乃果にいつもの元気はなく、にこの目から見てもまるでエネルギーを吸い取られたような、そんな風に思えた。
チラッと振り向けば申し訳なさそうにはにかむ穂乃果。

にこ(違うでしょ穂乃果、あんたはもっと馬鹿みたいに元気で、にこ達を引っ張っていくような……)

何が有ったかは聞いていない。にこ1人が聞くのもきっと後々から説明する手間がかかるし、何より穂乃果が話したくなさそうだった。
だから無理には聞かない。決心がつくまで待とうと思った。

にこ(……気にはなるけど。まったく、どんどん皆がバラバラになってるわね)

にこにとっても不謹慎な想像だが、もしあの時戦極ドライバーを穂乃果が拾っていれば、
こんなにμ'sがすれ違ったりはしなかったのではと思う。最もそんな仮定の話をしても意味は無いのだけれど。
そんな事を考えている時だった。にこが引っ張っていた手が止まる。つられ、にこの動きも止まった。


穂乃果「ねえ、にこちゃん」

にこ「なあに?」

穂乃果「にこちゃんはね、どうすればいいと思う?」

にこ「それはこれからの事? 海未の事? それとも、あんたの事?」

穂乃果「……」

その無言で容易に察することが出来た。穂乃果自身、迷っているのだ。
そもそも海未達を待たずに帰りたいと言ったのも、今は会う決心がつかないのだろう。
何が穂乃果を悩ませているのか、それは分からない。だけど……


にこ「あんたに……あんた達に何が有ったか知らないけどね。ずっと幼馴染してるんでしょ。
   それだけ積み重ねた絆があるなら簡単に崩れたりしないと思うけど」

穂乃果「だけど、穂乃果は……」

にこ「隠し事の1つや2つ、誰だってあるわよ。にこだってー、スリーサイズに夢を持たせてるしぃ」

穂乃果「それただの嘘なんじゃ」

にこ「失敬ね!? ただサイズにファンの幻想を上乗せてるだけよ!」

やっぱり嘘じゃん、と思ったが口に出せない。
本気で言ってるのか冗談か悩ましい所だけど、笑みと一緒に暗い気持ちも零れたような気がしてきた。


にこ「とにかく! もし何かあれば真っ先に相談してきなさい! もしも、にこが頼りないって思ったら絵里でも希でもいいから。
   こう見えても先輩よ、にこ達の全力を貸してあげるから」

穂乃果「にこちゃん……」

勇ましく啖呵を切ったにこに、穂乃果は「ありがとう」と笑った。そして返す言葉を送ろうとした時、
少し遠くから張り上げた声を掛けられた。


「穂乃果ちゃん!」

穂乃果の視線を追い、にこも振り向く。
見ると息を切らした黒い髪の青年がいた。若いように見えるが、その雰囲気はどことなく若者特有のフレッシュさが感じられず、
10歳も離れていないとは思うが、恐らくにこが感じた年齢よりズレがあるかもしれない。
知らない男の人に声を掛けられ、穂乃果を庇う様にして前に立つにこ。


穂乃果「コウタさん……」

しかしにこの不安は他所に穂乃果が呟く。青年と顔見知りなのだろうか。しかし、穂乃果に兄がいるなんて聞いた事がない。
一体この人は誰だろうという意味をこめて、穂乃果の目を見つめる。
先ほどの回復したように思えた明るさが、また引っ込んだように、穂乃果は寂しそうに笑みを浮かべた。


にこ「穂乃果、知り合いなの?」

穂乃果「……うん、親戚の人なんだ」

コウタと呼ばれた青年は、にこに視線を向けられ、曖昧な笑みで返す。そしてすぐに穂乃果へと視線を戻した。
穂乃果は、「えへへ」と髪を手で梳いていて、気まずそうだ。


穂乃果「ごめんね、ちょっと疲れちゃったみたいで」

「……仕方ないよ。俺も、ごめん。本当は君たちに付いて行きたかったんだけど」

一体何の話をしているのだろうと、にこは思う。そして、穂乃果がまた何かを口に開こうとした時だった。

グォオオオオオオオ!!

獣のような叫びがこだまする。体が竦みあがった穂乃果達。


「穂乃果ちゃんは、早く自宅へ戻るんだ!」

男は穂乃果達へそう伝え、叫びの聞こえた方へと走っていった。にこは慌てて男を呼び止める。


にこ「ちょ、ちょっと、あんた危ないわよ!?」

穂乃果「にこちゃん待って!」

そんなにこを穂乃果は肩を掴んで止めた。振り返った青年は笑顔を灯して「大丈夫」だと告げ、そして走り去っていく。


にこ「穂乃果、一体どういう事よ」

穂乃果「……それは」

穂乃果から言葉が続かない。にこは業を煮やしたのか、穂乃果の襟元を掴み揚げた。


にこ「いい加減にしなさいよ! あんたちょっと変よ。確かに隠し事があるのは責めないわ、誰だってあるもの!
   でも人の命がかかってるのよ、海未の命だって……!」

穂乃果「分かってるよ!」

穂乃果が叫ぶようにして、にこの手を掴む。そして次第に足が支えきれなくなったように、ゆっくりしゃがみ込んだ。
まるで穂乃果の隠し事の重圧に耐え切れないかのように膝を着く姿は、まるで許しを求めているように思えた。


穂乃果「分かってるけど、分かんないよ。穂乃果も、どうしたらいいのか分かんないよ……」

にこは呆然とそれを見届けるしかなかった。


―――
それはまさにパニックだ。群れを成したインベスが、開いたクラックからぞろぞろと現れていく。
お洒落なカフェテラスも、美しくレイアウトされた道路も、煌びやかに飾られたもの全てがその爪で引き裂かれていく。
下級インベスも混ざり現れ、そして逃げ惑う人々に怒りを向けていくように、襲い掛かる。
爪で殴られた男が壁にぶつかる。子供を抱かかえた母親はそのまま子供ごと吹き飛ばされた。


「あっ……!?」

そしてまた1人の少年が逃げ惑う人の波に浚われ、足を奪われた。
倒れこんで動けない少年にインベスが標的を見つけたように爪を立てて、駆けて行く。


「ハァァアア!」

だが、そのインベスへ1人の青年が飛び上がって突き出した足で蹴りあげられる。


「大丈夫? 早く逃げるんだ」

青年は素早く少年を起こして、クラックの反対側へと背中を押した。少年は小声をお礼を言うと、青年から走り去っていった。


「インベスがなんで人を……? こいつら、操られているのか」

クラックからは無尽蔵ともいう様に徐々に数を増やしていく。それは海未達がことりを助ける為に戦ったインベスよりもさらに多い。
これだけの数を操れるとなると、それはもう……。


にこ「な、なによこれ!?」

穂乃果を振り解いて、心配で様子を見に来たにこはその状況を見て、愕然とする。
こんな数を見るのは初めてだ。
そんな様子を見た青年が、にこを見て顎へ後ろを指し示した。


「君は早くここから離れろ。ここは危険だ」

にこ「見れば分かるわよ!? つうかあんたも早く逃げないと!」

「俺は平気さ。俺には……」


男が何処からは取り出したそれはにこも見たことがある。一瞬自分の目を疑った。何故、彼がそれを持つのだろうか。
そして男は、園田海未と同じように"戦極ドライバー"を腰へセットした。ベルトが現れ、男の腰にはそれが装着された。

「俺には、園田海未ちゃんと同じ、これがある!」


―― オ レ ン ジ ! ――

空に現れたのは、海未が持つ物と同じオレンジ状の球体に折り畳まれた鎧。
男はそれを確認し開錠したロックシードを腰から腰へ水平に振り、そして空へ掲げて持ち直した。


「変身!」

―― ロ ッ ク オ ン ! ハ イ ィ ィ ィ ! ――

男は叫び、ロックシードをドライバーへセットして、刀でロックシードを切り開いていた。
男の体にスーツが纏わりついていき、球体が男の頭に突き刺さり、展開していく。


―― オ レ ン ジ ア ー ム ズ ! 花 道 オ ン ス テ ー ジ ! ――


にこの目の前には、改めてオレンジアームズを装着した新しい戦士の姿があった。


穂乃果「……コウタさん」

にこ「これは一体、どういう事よ……」

男はインベスの群れの前に立ち、そして大橙丸の切っ先を向けた。


「ここはお前たちのステージじゃない。俺のステージだ!」

変身した男は、大橙丸を担いだまま、インベスへと駆けて行った。


―――
凌馬「ああ、おいでなすったようだ」

真姫「なんでこんなにインベスが私たちの町に来てるのよ!? あんたは知ってるんでしょ、あの男が誰なのか……!」

ユグドラシルの研究室。真姫と戦極凌馬はモニターに写るインベスの群れと1人の変身した男の戦いを見ていた。
そして真姫の質問に満足がいったのか、笑顔で「ああ」と答えて、席を立つ。まるで生徒に授業を教えるように丁寧な口調が語り始めた。


凌馬「あの男……いや、少年の事はよく知っているとも。かつて我々の世界を裏切り、世界の破滅を招いた重罪人だ。
   さってとー。私たちも行こうか、とても素敵なお祭りになりそうだ」

真姫「お祭り? どういう事よ」

凌馬「実験の結果と検証さ。君だって、ゲネシスドライバーの力を完全に使いこなしたいだろう、いいトレーニングになるじゃないか」

凌馬は真姫の肩を叩いて、研究室から出て行く。

真姫(……あいつは、何を考えているの? ……ううん、分かってる。狙いは海未ちゃんよ。その為にあいつは何をしようとしているの)

真姫は少しだけ悩んだが、結局は凌馬についていくようにドライバーとエナジーロックシードを掴んで後を追って行った。


―――
「ハアアアア!!」

男は大橙丸を振るって、インベスを切り裂いていく。何十と何百をいるであろうインベス達を1人で相手にするのは不可能だ。
いや、それだけじゃない。見ていたにこは分かっている。
怯えで足が竦んでしまったにこを……いや倒れこんでしまった人達へインベスが行かないように、庇いながら戦っている。
しかし、そんな戦いを長く続けられるわけが無い。


穂乃果「にこちゃんも早く! 倒れちゃった人達の避難を!」

穂乃果の言葉でにこもハッとする。確かにこのままではジリ貧になってしまう。だったらせめて万全の戦える体制を作らなくては。
穂乃果は少し残っていた大人たちを手伝い、被害者の人を安全圏まで運んでいた。
男が来るのが早かったおかげもあるだろう、被害者の人達も残っていた人々もその場所からは逃げていた。
そして最後ににこを引っ張って逃げようとする穂乃果にインベスの1匹が近づいていった。


にこ「穂乃果、危ない!」

穂乃果「え? ……きゃっ!!」

インベスの爪がぎりぎりの所をすり抜けていく。思わず尻餅をついた穂乃果。さらに追撃を加えようとするインベス。


「穂乃果ちゃんに手を出すな!!」


――カシャンカシャン――

―― オ レ ン ジ オ ー レ ! ――

男の大橙丸からエネルギーが噴出して固まり、オレンジ状の燃える球体となっていく。
そして大橙丸で男はエネルギー体をビリヤードのキューのように突き刺した。

クォオオオオオ……!

球体となって飛んでいったエネルギーが穂乃果を襲おうとしたインベスを包み、そしてインベスごとに爆発した。
断末魔をあげたインベスに、エネルギーのの火花を浴びながら唖然とする2人。男はさらに叫び声をあげた。


「逃げるんだ、早くここから離れろ!」

穂乃果「でも、コウタさんは……!」

「大丈夫だ、だから……うわぁっ!」

背中に回りこんでいたインベスの1体が、背中から男を払い飛ばす。疲労から足がもつれ、今度は男が倒れこんでしまう。


にこ「ちょ、穂乃果!?」

にこを置いて、穂乃果は男の元へ走り、襲おうとしたインベスの1体を走りながら拾った棒を投げつけた。
ぶつけられたインベスが穂乃果を視認する。そしてそれは連鎖して、穂乃果を次々とインベス達が標的にするように振り返っていった。


「駄目だ、穂乃果ちゃん!」

穂乃果「だけどもう、海未ちゃんみたいに死んじゃうかもって思うのは嫌だ!」

勇気を振り絞って立ち向かった穂乃果。しかしそれは1度男に助けられた命を無碍にする行為だ。
それは分かっている。それでも穂乃果は逃げない。諦め見捨てることはない。例え、コウタと呼ぶ男が間に合わないとしても。
だが、その一瞬の勇気が未来を変えた――


海未「穂乃果!!」

穂乃果の前のインベスへ数発の銃撃が放たれる。そのダメージを受けたインベスがそのまま倒れこんでいった。


にこ「海未!」

穂乃果「海未ちゃん!?」

海未「無茶をしないで下さい。それと、連絡ありがとうございました」

にこの横に立つオレンジアームズに変身した海未。穂乃果から連絡を受けて、急いでここへ急行して来たんだ。
そして海未は倒れこんでいる自分と同じ装備を持った戦士を見つめた。


海未「……にこ。そちらの方は、ご存知ですか?」

にこ「えっ……。え、ええ。穂乃果の親戚の人らしいけど」

海未「……」

穂乃果、ことり、そして自分を向こうの世界で助けた誰か。まさか、こんなに早く再会出来るとは思っていなかった。
変身した男は無言のまま立ち上がり、大橙丸で3体分のインベスを横へ一閃する。
海未は慌てて穂乃果の元へ駆けつけ、気が抜けたのか座り込んでいた穂乃果を引っ張り上げた。


海未「まったく、穂乃果! どうして、そう貴女は無茶をするのですか、もう少しで死んでしまう所だったんですよ!」

穂乃果「……海未ちゃんだってすっごい無茶するじゃん」

海未「他人がしていいなら自分もしていいと思うのは良くありません。だいたいですね……」

にこ「ちょっと2人とも、インベスが来てるわよ!?」

にこの呼び声で海未は先ほどと同じように無双セイバーのレバーを引いて、銃口をインベスへ向けた。


海未「こんなにインベスが……」

その目に映る数はおよそ先ほどの向こうの世界での戦った数の比ではない。今日一日でどれだけの大群と戦っていることか。
そしてもう1人の正体不明の戦士。穂乃果と知り合いという所から敵ではないとしても、信用できるかはまだ分からない。
いや、それよりもだ。


海未「穂乃果はとにかく、にこの場所まで。幸いクラックは一箇所だけです。ここからの出現を止めることが出来れば、解決できるかと」

穂乃果「海未ちゃん……」

海未に戦って欲しくない気持ちは変わらない。しかし穂乃果に止める術はない。ここで海未が戦わなければ、どれだけの被害が出るか……。
だから穂乃果は、海未の手を強く握る。


穂乃果「絶対に一緒に帰ろう!」

海未「はい、もちろんです!」

穂乃果は戦っている男へ視線を寄越して、にこが隠れている物陰へ走っていった。
それを見届けながら海未はインベスの1体へ切り掛かって行く。


海未「穂乃果の親戚の方だとお伺いしています。
   お願いです、穂乃果を守る為にも、この町を守る為にも、このインベスを追い払う手助けを!」

「……」

さっきまで穂乃果やにこと話していた男は、何故か言葉を発しない。
だが確実に頷き返し、海未と連携を取っていくようにして海未と同じ大橙丸で海未の反対側のインベスへ切り掛かって行く。


海未「ハァアアア!!」

海未の大橙丸と無双セイバーによって切り伏せられた下級インベスが爆散した。1体、また1体と数は確実に減らしている……つもりだ。
しかし、一向に数が減る気配がない。それどころかクラックを越えてより数を増やしてきている。


海未「ハァ……ハァ……」

穂乃果とことりを助けに入った時、最初にクラックを出る直前に戦った時、そしてことりを助けに入った時の大立ち回り。
都合、今日1日でかなりの体力を消耗している。
スタミナはある……いや、変身して戦うようになってからは、より身体に力がついているような気はするが、それでも辛くなってきた。
そんな海未を無慈悲に、虎のような顔を持ったインベスの巨大な爪が襲い掛かる。


海未「……!!」

穂乃果「海未ちゃん!!」

にこ「海未!?」

肺の空気を全て搾り取られるような衝撃。倒れこむ海未へかかる声がかろうじて意識を繋ぎとめている。
さらに追撃を加えようとする虎のインベス。だがそれに男がインターセプトに入り、爪を大橙丸で受け止めた。


「くっ……!!」

海未「あっ……はああああ!!」

男の隙間から無双セイバーで虎のインベスへ銃撃を浴びせていく海未。
攻撃に後ずさっていく虎に対し、男と海未が頷きあい、ドライバーにあるオレンジロックシードを刀でカットし直した。

――カシャン―― ――カシャンカシャンカシャン――

―― オ レ ン ジ ス カ ッ シ ュ ! ―― ―― オ レ ン ジ ス パ ー キ ン グ ! ――

男のオレンジの鎧が収納され、頭で球体の姿に戻った。
そして男が歌舞伎の如く頭を振ると、球体から漏れ出たエネルギーがインベス達を押し込め、
まるで道を作るように一直線上に身体を拘束していく。


「いまだ!」

初めて聞いた、男の声。その声にほんの少し疑問を持ちながらも、このチャンスを活かすべく海未は飛び上がった。


海未「ハアアアァァァ!! セイッ!!」

突き出された海未の右足へとオレンジの断面図のエネルギーを通過する毎に力を纏い、インベス達の身体を何体も貫いていく。

―――――!!

阿鼻叫喚の幾重もの断末魔が響いていく。直線上にいたインベスを撃破した。だがまだ数は減らない。
まだクラックから数を増やしていく。こんな状況は、最初の侵略以来……いや、あれよりも数は遥かに多い。
海未の動揺しつつも、インベスの猛攻に耐えていく。


海未「一体、これは……!?」

「……このインベス達は誰かの命令で意志を持って動いている」

海未の背後に忍び寄っていたインベスをキックで払い除け、男は言った。


海未「意志、ですか? それは一体……」

凌馬「その問いには、私が答えよう」

海未「え!?」

にこ「ちょ、また増えた!?」

穂乃果「にこちゃん、あの人が戦極凌馬さんだよ」

あいつが、話に聞いていた……。自信に溢れた若い青年。だがその表情に浮かべる笑みはどこか作り物で胡散臭く、にこには思えた。
にこと穂乃果が隠れている場所とは違うが、建物の上から見下ろす形で突然現れたのは戦極凌馬と……。


海未「あなたは、戦極さんの仲間だったんですか……?」

「……」

凌馬の後ろにいる1度目は交え、2度目は共に戦った謎の戦士だ。その戦士はソニックアローの弦を引いて、インベスへ向けて放した。
機械的なチャージ音の後には、レモン色の矢が解き放たれ、インベスの身体を貫いていった。
それを確認した凌馬は顎でインベスに指し示した。
その意味を汲み取った戦士はインベスの群れへと飛び降りソニックアローで切り裂いていく。


凌馬「だが、その前に君たちの大掃除を手伝う必要があるようだね。私の邪魔をするものには消えてもらう」

凌馬もゲネシスドライバーを装着し、腰へ固定する。そして左手には戦士と同じレモンのロックシードがあり、
両腕をクロスさせながら突出しその側面を撫でる。


―― レ モ ン エ ナ ジ ー ! ――

にこ「あいつも……!」

凌馬「変身」

凌馬は両腕を回転させ右手のみをドライバーの位置まで引き下げる。遅れて左手のレモンエナジーロックシードをドライバーへセットした。

―― ロ ッ ク オ ン ! ソ ー ダ ァ ! ――

頭上にはより機械的な謎の戦士と同じ黄色い畳まれた鎧がファスナーから降りてくる。
より機械的なアラームが成り、次の行動の為に待機するドライバーにレバーをロックシードへと押し込んでいった。
戦士とは違うより青いスーツをが凌馬を纏い、頭にレモンのアーマーが突き刺さる。

―― レ モ ン エ ナ ジ ー ア ー ム ズ ! ――

鎧が展開されていく。檸檬色のマントとソニックアロー。
しかし王冠や髭を模しているモールドによって王を思わせる荘厳なプレッシャーが空気を震撼させていく。

―― FIGHT POWER ! FIGHT POWER ! FIGHT FIGHT FIGHT FIGHT FI FI FI FI FIGHT ! ――


凌馬「さてと、では行こうじゃないか」

変身した凌馬はすかさずソニックアローの矢でインベスを一掃していく。
凌馬を見つめるオレンジアームズを装着した男。凌馬は彼を一瞥し鼻で笑った。


凌馬「ここは休戦といこうじゃないか。君にとっても、その方が都合がいいんじゃないかい?」

「……」

男は無言で凌馬から視線を外す。2人の次世代ドライバーを使用する者の参入によって、4人がかりでインベスと戦っていく。


海未「お互い、今日はよく戦いますね」

「……」

海未が話しかけても無言のまま返事は返ってこない。何故自分と話したがらないのかは分からないが、少なくとも今もまた味方だ。
仲間……とは言えないかも知れないが、この数で心が折れている所に、自分の味方がいる分、安心することが出来た。
海未は足を払い、大橙丸と無双セイバーで切り込み道を作るように戦況を変えていく。
男は大橙丸で切り裂いていく。
そして2人が弱らせていったインベスを謎の戦士と凌馬がソニックアローの力押しで倒していった。
爆散するインベス。気付けば、かなりの数が減らしていく事が出来た。


凌馬「なるほど、これは面倒だ」

凌馬はベルトのレモンエナジーロックシードをソニックアローにセットする。

―― ロ ッ ク オ ン ! ――

点滅している凌馬のソニックアローが弓そのものが巨大なエネルギーの弓をさらに形作る。


凌馬「消えろ」

―― レ モ ン エ ナ ジ ー ! ――

放たれた矢が一直線にインベスを薙ぎ払っていく。


穂乃果「す、すごい……」

にこ「なんて威力してんのよ……!?」

絵里「にこ、穂乃果!!」

穂乃果達の後ろから、絵里や希、凛、ことりが現れた。そして目の前の光景を見て自然と足が止まる。


ことり「穂乃果ちゃん! 海未ちゃんには聞いてたけど良かった、無事だったんだね」

穂乃果「ことりちゃんも無事でよかった。心配掛けてごめんね」

凛「なんだか、すごいことになってるにゃ……!」

希「え、これどういう状況なん?」

にこ「ああ、えっとね……」

にこはしどろもどろながら、何があったのかを説明し始めた。


海未「……くっ」

インベスの振り下ろした攻撃を大橙丸で受け止めていた海未が力負けしているように膝が崩れ落ちた。
体力も限界に近い。確かに目に見えて数は減っていても最後までもつかどうか。
近づいてくる他のインベスに咄嗟に対応できない海未は、背後から殴り飛ばされた。


海未「はぁ、はぁ……」

倒れ伏せた身体に力が入らず起き上がらない。心配になったのか、皆の声が聞こえてくる。
後から来ると言っていた絵里達が漸く到着したのだろう。


希「海未ちゃん、早く逃げて!」

ことり「海未ちゃん!!」

謎の戦士が、海未へと助けに入ろうと動いた。しかし、それを凌馬が抑える。


「っ!?」

凌馬「少し待ちたまえ。様子を見ようじゃないか」

穂乃果「コウタさん!」

声を出せない戦士は迷っているように立ち止まってしまう。そんな中、穂乃果の声に反応したのか、男は海未へと迫るインベスを蹴り飛ばす。

海未(もう、完全に足手纏いですね……)

すると、男が海未を引っ張りあげた。男に支えられながらもかろうじて立ち上がる海未。


「さあ、立つんだ」

海未「はぁ……はぁ……ありがとう、ございます。しかしもう」

戦えるだけの力が残っていませんと伝えようとした。しかし男は首を振る。


「君は勇気のある自分に変身するって言ってただろ。だったら、こんな所で終わっちゃいけない」

海未「え……」

ああ、そうだ。
引っかかっていた何かが急に解けるように、海未の謎を解決する。


海未「貴方は、昼間にお会いした……」

「そんな事は今はどうでもいい。こいつらの動きを纏めて止める。君はその後を頼む」

海未「それはどういう?」

男が取り出したのは銀色のロックシード。獅子のようなインベスと向こうの世界で戦った時に見せたものだ。

―― シ ィ ル バ ー ! ――

凌馬「!? そのロックシードは、まさか……!」

開錠したロックシードに最も驚いたのは凌馬だった。それを意に介さず男はオレンジロックシードの代わりにセットした。

―― ロ ッ ク オ ン ! ハ イ ィ ィ ィ ! ――

飛び散ったオレンジアームズに代わり、清廉なる銀の鎧が男の身体を包んでいく。

―― シ ル バ ー ア ー ム ズ ! 白 銀 ニ ュ ー ス テ ー ジ ! ――


男は手にもった錫杖"蒼銀杖"を地面に打ち鳴らす。海未は一度目にしたことがある。
そして男を中心にゆっくりを周りを凍らせていき、インベスの動きを止めていく事ができた。動けないインベスに距離を取る凌馬と謎の戦士。


凌馬「ほう、素晴らしい力だ。流石は作り物とはいえ、黄金の果実の力だ」

そして凌馬は今度はベルトに戻していたレモンエナジーロックシードをにレバーを押し込んだ。
それを見習うように、謎の戦士も同じ行動を取る。

―― "" レ モ ン エ ナ ジ ー ス カ ッ シ ュ ! "" ――

海未も同じくだ。動きの止まった今ならロックシードを変える事が出来る。海未も開錠したロックシードをオレンジと交換した。

―― ブ ド ウ ! ―― ―― ロ ッ ク オ ン ! ソ イ ヤ ! ――

海未の身体をオレンジアームズに変わり、ブドウアームズが身を包んでいく。

―― ブ ド ウ ア ー ム ズ ! 龍! 砲! ハッ! ハッ! ハッ! ――


「……君がそのロックシードを……」

絵里「あれがさっき言っていた新しいロックシードね!」

海未「いきますよ!」


――カシャンカシャンカシャン――

―― ブ ド ウ ス パ ー キ ン グ ! ――

海未の手に新しく現れたブドウ龍砲に光る龍が現れた。龍は銃口にとぐろを巻くようにして待機する。


凌馬「これで終わらせようか。ハッ!」

海未「ハァァアアア!!」

「……」


海未のブドウ龍砲、2人のソニックアローから飛び出す砲撃が、辺り一面のインベスを纏めて焼き払っていく。
断末魔をあげて消えたインベスを見て、改めて力が抜けた海未。


凌馬「ふぅ、これで一件落着かな。"コウタ"くん」

「……貴様」

凌馬「ハハハ、そう呼ばせているのは君だろう」

何の話をしているのだろうと、海が意識を取られた。その時だ。


ことり「海未ちゃん、まだいるよ!!」

海未「っ!?」

ことりの言葉で我に戻ったがラグが発生した。倒したと思っていたインベスの一体が最後の力を振り絞って、海未へ飛び掛った。
ブドウ龍砲を向けた海未。同じく武器を向けた他の3人だったが、各々の武器から攻撃が飛ぶことは無かった。


海未「え、そんな……」

凌馬「おやおや、オールスター勢ぞろいとは豪勢だね」

凛「あ、あの人……!?」

飛びかかろうとしたインベスに突き刺された"バナスピアー"を引き抜いたバナナの鎧をつけた戦士。
そしてそのままインベスをバナスピアーで横に払い退けた。


戒斗「消えろ」

「駆紋、戒斗……」

最後のインベスが消滅する。そしてそれを見届けたようにクラックも閉じていった。これで終わりの、はずだった。


海未「どうして、あなたがここに……」

凌馬「ふふ、さて、この状況はどうするべきかな。"この世界"を守る正義の味方としては、君を討たなくてはならないんだがね」

戒斗「貴様の妄言に付き合う気はない」

戒斗の変身が解かれた。黒いコートに赤いシャツの姿に戻ったのを確認して、凌馬も同じく変身を解いた。


海未「一体、これは……」

凌馬「園田海未くん、君も変身を解きたまえ。今、ここで我々が戦う必要はない」

海未「……」

海未は戸惑いながらもドライバーからブドウロックシードを取り外し変身を解除した。


戒斗「貴様も外したらどうだ。いつまでも葛葉の亡霊でいるつもりか」

そして、戒斗は一呼吸を置いて、言葉を続けた。


戒斗「呉島光実」

「……っ」

"コウタ"と英雄の名を使っていた青年、呉島光実はシルバーロックシードを取り外した。

まだこの話は半分ですが。続きます。朝に最初にクラックに入ったのが大体11時頃。今が大体19時頃です。
μ'sの出番はもうちょいお待ちを。


海未「呉島、光実……さん?」

男……光実は苦虫を噛むようにして、戒斗と凌馬を睨みつける。
何が面白いのか、凌馬は大げさで両手を広げて、歓迎するような明るい声で光実に語りかけていく。


凌馬「いい眼だ。だが知らなかったよ、君までこっちの世界に来ているとはね」

光実「……そんな裏切り者の男はもういない。俺は……紘汰さんの名前と意志を継いだんだ」

凌馬「へえ、立派だねぇ。葛葉紘汰もさぞ草葉の陰で感涙していることだろう」

白々しい。まるでピエロのような何もかも嘲笑していく、そんな語り口だ。
だが返事をしない光実が想定通りなのか、そのまま話の切り口を海未へ移し変える。


凌馬「それと、園田くん。実にいい戦いだった。もう十分に私の戦極ドライバーを使いこなしているね。素晴らしいことだ。
   センスだけなら、この中でも1.2を争うんじゃないかな」

海未「……あ、ありがとうございます?」

そう事を言われても、海未は必死に戦っていただけで、そんな事まで考えたことは無い。
戸惑う海未の様子を見かねて、隠れていたμ'sのみんなが現れて、海未の元へ近づいていく。
その1人である穂乃果の視線の先には、コウタと名乗った光実を捉えていた。


穂乃果「コウタさん……」

光実「穂乃果ちゃん……」

凌馬「さて、王様。君がここに来たという事は、私の仮説は間違ってなかったと、そういう解釈でいいのかな」

戒斗「……」

にこ「仮説……?」

戒斗や凌馬たちの前に出たμ'sを一瞥した後、まるで教師のような語り口で凌馬は話し始める。
凌馬と共にきていた謎の戦士だけは変身を解除せず、弓を地面に置く形で戦う意志がない事を示していた。


凌馬「どうやら君はまだ全てのインベスを統率出来ていないという事だ、駆紋戒斗」

凛「えっ!? で、でも最初に会った時、いーっぱいインベスを呼んでたよ……!?」

凌馬「それは王様に服従している忠実な僕たちさ、お嬢さん。しかし、この男のやり方に反対するインベスが残っていた……そういう事だろ」

戒斗は黙って話を聞いている。それは遠まわしに、認めているという事だ。
満足したのか、戒斗の様子を見た凌馬がさらに語り続ける。


凌馬「だから君は反乱分子を潰そうとしている。
   最初に現れたあの時、西木野病院、駅、そして今、君の意に沿わない反逆者への直々の処罰に来たわけだ」

絵里「そっか、だから……」

だから、戒斗はまだ侵略を行わないのだと悟った。自分の部下を纏め上げられていないのに、世界丸ごとの侵略なんて出来るはずがない。
しかしそれは"普通は"の話だ。駆紋戒斗は、普通ではないはずだ。


凌馬「しかしそれでは疑問が残る。分かるかい、μ'sのお嬢さん達」

穂乃果「え、えっと……!?」

ことり「このインベス達は誰が指示してるかってこと、ですか?」

凌馬「そう、それが1つ目。なんてったって向こうの世界は滅ぼされたはずだ。なら、王様に逆らうものが居るはずがない」

光実「……そうか」

黙って話を聞いていた光実が、急に声を上げる。


光実「それがコウガネか」

凌馬「一部はそうだろうね」

ことり「コウガネ……?」

光実「コウガネは、さっき穂乃果ちゃんに取り憑いて操っていた奴だよ。でもあの時、あいつは紘汰さんが倒したはず……」

凌馬「ほう?」

凌馬と戒斗の視線が穂乃果に突き刺さった。突然に視線が集まった穂乃果は動揺して、一歩足を引いた。

海未(穂乃果……)

まだ穂乃果からちゃんと話は聞いていなかったが、ことりの状況説明から多少は察していた。
海未は怯えている穂乃果に近づいて、「大丈夫です」と手を握る。「うん」と力なく返事した穂乃果は、困ったように笑った。


希「誰なん……ですか。そのコウガネって人は」

凌馬「人じゃないさ。我々の世界を侵略に来たオーバーロードの仲間、と言うと話が早い。ようするに敵だ。
   つまり我々の世界と、この世界でもない、もう1つの世界からの脅威という訳だね」

海未「待ってください。そんな方が何故穂乃果を狙うのですか?」

凌馬「さーて、それは本人に尋ねてみないことには何とも。どうだい、王様」

戒斗「真実か虚言か、俺には関係のない事だ。俺に歯向かう者は全て終わらせる。それだけだ」

凌馬「結構、シンプルな答えは嫌いじゃない。そこで提案があるんだが」

言葉をそこで区切り、周りを見渡す凌馬。全員の視線が集まっているのを確認すると、にこやかに次の言葉を繋いだ。


凌馬「手を組もうじゃないか。駆紋戒斗、光実くん、園田海未くん。全てはこの世界を守るために、高坂穂乃果くんを守るためにね」

穂乃果「……穂乃果のために?」

戒斗「フン、くだらん」

光実「俺たちが、あんたの言う事を聞くと思うか?」

両手を広げた凌馬の一言を2人の男が一蹴する。当然のように、戦極凌馬という男を信用していないのは明白だった。


凌馬「おやおや、嫌われたもんだねぇ。まだ過去に囚われているのかい、潔く水に流そうじゃないか。では、園田くんはどうだい?」

海未「えっ、それは……」

話の矛先を海未へと変え、笑顔のまま近づいていく凌馬。海未と穂乃果は底知れない恐怖を感じ、少し後ろへ引き下がってしまった。


凌馬「ああ。私を信用できないのは、まあ仕方ない。白衣で天才だからね、HAHAHA!
   ……だけど教えておこう、この男も同じだよ」

凌馬の視線が光実を貫く。その視線から横へ逸らしてしまう光実。


にこ「ど、どういうことよ。この人も信用できないって。この人、さっきまで私たちを助けてくれたのよ!」

凌馬「ああ、だがその男は我々の世界でオーバーロードと手を組み、人類の支配を企んだ悪ーい子だ。
   惚れている女の子を自分のものにしたいが為に、仲間も恩人も、そしてその好きな女すらも傷つけた重罪人だ」

穂乃果「え……」

穂乃果の……いや全員の驚きの視線が光実へと集まる。


凌馬「まあ、結果的に人類を滅ぼしたのは、こっちの駆紋戒斗なんだけどね」

戒斗「貴様も同じ穴の狢だろう、人類を裏切り、そして舞を死に至らせたのは貴様だ」

凌馬「結果的に生きているじゃないか。なら問題はないだろう」

凛「え、え、ど、どういうこと……?」

話を聞いている限り、どうやらここにいる3人の男は全員、元の世界では何かしらの形で人類を裏切った、らしい。


穂乃果「本当なの、コウタさん」

光実「……ああ、本当だよ。でも、信じて欲しい!
   俺は……あの罪を償う為に、この世界にきたんだ。紘汰さん……俺の命を救ってくれたあの人の想いを無駄にしないために!」

凌馬「立派な心がけだ」

海未「戦極、凌馬さん……」

凌馬「プロフェッサーで構わないよ」

飄々と海未へ答える凌馬に、悪びれた様子はなく海未の答えを知るようだった。


海未「大変有り難い申し出なのですが……私は、まだ貴方を信用することが出来ません」

凌馬「ふむ、まあなら仕方ない」

特に感情を乱さず、その答えを予想していたのだろう。凌馬は頷いて、海未の前で足を止める。


凌馬「だが私も君も、そしてこの2人も同じく志は同じ、コウガネを倒すことだ。それまでは無用な争いは避けようじゃないか」

ことり「あ、あの……」

そんな凌馬に、ことりが恐る恐るだが口を開いた。凌馬の笑みが、ことりへ向く。

ことり「その変身を解除しない人は、どうなんですか……? 海未ちゃんがその人に襲われて、ことりはその人に助けられました」

ことりの視線の先の、謎の戦士がそう問われることに気付いていたのだろう。特に何もいう事なく、代わりに凌馬が頷くだけだった。


凌馬「ああ。その子は新人でね、まだクラックの向こうへの調査を依頼したんだが、どうも君たちを敵だと思ったらしくてね。
   なあに、気にする事はない。きっと君たちの為に動いてくれるはずさ」

ことり「は、はい……」

納得できないような様子だったが、押し切られ、ことりは渋々頷いていた。


光実「……駆紋戒斗、お前の目的は、本当に征服なのか……?」

戒斗「何が言いたい、強い者が弱者を蹂躙する。それが俺の世界の真理だ」

光実に睨まれた戒斗。そして光実の手にあるオレンジのロックシードを持って、戒斗へ告げた。


光実「そんな世界は認めない。紘汰さんの為にも、舞さんの為にも、俺の犯した罪の為にも、俺は、あんたを倒す……!」

凌馬「おやおや、随分熱意に満ち溢れているね」

海未「……」

そして謎の戦士の視線も自然と戒斗へ向いた。4人のドライバーを持つ者へ戒斗を改めて、佇まいを直し、そして宣言する。


戒斗「貴様たちに、俺と戦う強さがあるのか見極めてやる。だが、それは今ではない」

絵里「今では……ない……」

戒斗「戦い、そして勝ち残れ。その者だけが俺と王を争う資格を持つ事を許される……」

それだけ言い残して、戒斗はクラックを開き、そして向こうの世界へ戻っていった。


凌馬「では、我々も退散するとしよう。行こうか」

「……」

凌馬の呼び声に背後の戦士はソニックアローを拾い上げて、後へ付いていく。


凌馬「園田くん、ユグドラシルはいつでも君を待っている。気が変わったら来てくれたまえ」

海未「……ありがとうございます」

そして残されたのは花陽と真姫を除くμ'sと光実……コウタだけとなった。


希「はぁ、めっちゃ息苦しかったわ」

にこ「それより穂乃果、今度こそちゃんと説明してくれる? その光実って人のこと」

穂乃果「コウタさん……ううん、光実さん」

光実「コウタ、って呼んでくれるかい。俺はもう、光実の名前は捨てたんだ」

光実を見る全員を見渡して改めて、彼は言った。


光実「穂乃果ちゃんを責めないで欲しい、俺が頼んだんだ。もっとも、こんなことになるなんて思わなかったけれど」

絵里「説明、してくれるかしら?」

光実「ああ」

そして光実は語り始めた。

お待たせして本当すみません。9月いっぱいまで忙しいです。
せめて今月中にこの話だけでも完結させます。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2019年03月26日 (火) 23:27:19   ID: F4iUgAoc

続かないかなこれ

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom