友「俺の能力が最強だァーッ、男ッ! 俺が支配者となる!」(528)

20xx年。

巨大な彗星が地球のすぐそばを通過した。

彗星は"あるパワー"を放っていた。

それが一部の人間を高みへと誘い、"能力者"としたのだ。

能力を得たのはほんの一握りだったが、世界は彼らに多大な影響を受ける事となる。

……

彗星が通過して数ヵ月経っていた。

――

ジリリリリリリリ

男「…………」

ジリリリリリリリ

男(…………どこだ)

ジリリリリリリリ

男(うるさいな)

男の手が伸びて目覚ましを探す。体は布団の中から微動だにしない。

ピッ

男「…………」

目覚ましを止めたのは男ではない者の腕だった。

男「……ふあ~ぁ」

男(やっぱり能力を使うと目が覚めるな。感覚がはっきりする)

別の腕は男の体から伸びている。

男(……前日に漫画読んでたからかな。便利だからいいけどさ)

謎の腕は、その本体……体全体をあらわにする。

男(スタンドっぽい……この人型の"なにか"。……いや、まんまスタンドだな、スタンド能力はないけど)

安直だが、男はこの能力に「影」と名をつけた。影は男の意思に追随する。体全体に白黒の四角形が描かれたような姿をしていた。

男(……で、何しようとしてたんだっけ……?)

男「…………」ボリボリ

男、二十歳。無職。

……彼は一応浪人という建前の肩書きを持っていた。

現在は少し前までしていたバイトで貯めた金を切り崩して生活する毎日である。

能力者になったとて、何かが変わる事は無い。能力者が集まるコミュニティはあるが、男はそういったものが嫌いだった。

男はツイッターを開く。

男「○ちゃんおはよう。可愛いよ~」ポチポチ

呟く相手はアニメキャラのbotだった。

男「……暇だなぁ」

男「…………」

男(スタンドが見てる気がしてオナニーできないんだよなぁ)

男「○ちゃん……」

男はアニメキャラ○ちゃんの画像を見つめる。

男「……腹減った。コンビニ行こ」

――

男はいつもの黒っぽい服を着て、徒歩でコンビニを目指していた。

数日前に自転車のタイヤが壊れたのである。修理不可能な損傷だった。

男「…………」ノタノタ

男(夜なら能力使って超スピードで走れるんだけどな……)

そして大通りにさしかかったときだった。

『危ないっ!』

誰かの叫び声が耳を貫く。

男「――!」

幼児が車道にいる。そしてそこに突っ込んでくる車。

信号待ちをしていた親が手を伸ばしている。

車が急なブレーキに悲鳴を上げるのと、男が飛びだすのは同時だった。

男「――シャドウ! あの車を止めろッ!」

影「!!」バッ

正面から受け止められた車は前のめりに浮き上がると、バウンドしながら着地し、停止した。

男(運転手は……生きてるな)

男(スタンドが近距離パワー型でよかった)

幼児「……」

男「…!」

男が驚きに固まっている幼児に声をかけようとした時、いつの間にかできていた野次からささやきが聞こえてきた。

――いまのはなんだ?

――能力者?

幼児の親は飛びだしてくると、子供をひったくるようにだきよせ、男に白い視線を向けた。

男は逃げるようにその場を後にした。

事故があった通りはしばらく混雑していた。

「何の騒ぎ?」

「事故だってよ」

「それより能力者がでたらしいぜ」

「マジかよ。そいつが事故ったん?」

「いや、逆に止めたらしーけどさ」

現代において、能力者は迫害まではされないものの、差別される存在だった。

一般人は能力者に恐怖を感じているのだ。いつか自分達に牙を剥くのではないか……その恐れが差別を生む。

女「……」

――

男「はぁぁ……」

男は自宅まで逃げかえってきていた。

男「あ! ……コンビニ行くの忘れてた。くそ……。でもしばらくは行けないな……」

思い出すと途端に腹が減ってくる。

男(腹減った……)

男(……何か別の事をして誤魔化そう)

男(ネットサーフィン……ブックマーク……ツイッター……)

男「あ、朝の返信来てる……(botの自動返信)」

○『何か用』

男「はは……つれないなぁ」

男「お話しようよ○ちゃん…っと」ニヤニヤ

男「…………。俺ってきもいなぁ、ははは…」

男「はぁ……」カチカチ

意識していたわけではない。ただ適当にページを開いていただけだ。

男「……あ」

男はあるアカウントを見つける。

男「友……だよな、これ。友のアカウントだ……!」

友とは、男がこのニ十年の人生の中で唯一得た友人である。

中学校の同級生である彼とは、よくつるんでいた。

男「……俺をいじめてたやつを劣悪種とか言ってたよなぁ……なつかしいな」

男「そういやあいつは現役東大生なんだっけ……昔からコツコツ勉強してたもんな。俺とは大違いだ」

男「…………」

男「腹、減ったし……」

男「欝だし……」

影「……」ジー…

男「…………」

男「寝よう」

男(寝てみんな忘れちまおう。そうだ、それがいいな)

男「はぁ」バタン

男「……目が、冴えてんだっつの」

……

男「………ん」

男「寝てたのか……もう夕方だ」

男(1日寝過ごしたな……また時を無駄にしてしまった)

男(……勉強ももう何ヵ月してないんだ)

男「……うああ」

男(ポジティブな事を考えよう、体に悪いからな)

ほわほわほわ~ん

○ちゃん「おはよう男、よく眠れた?」

男「○ちゃん、おはよう。可愛いなぁ~~」

○ちゃん「皮肉なんだけど…」

男(と、いいつつ○ちゃんは俺の世話を焼いてくれる)

男「お腹すいたなぁ」

○ちゃん「…夕ご飯できてるよ」

男「やったぁ! ○ちゃん大好きだぁー!」ダキッ

スカッ

男「……あり?」スカッ スカッ

男「…………」

男「そういやamazonに頼んだの今日くるはずだろ。寝すぎて逃したか?」

男はのろのろはいあがると、郵便受けをチェックしに行く。

ガサリとした紙の触感があった。

男(やっぱ来てたか……)カサ

男「ん? 違うな…」

郵便受けに入っていたのは手書きのチラシだった。

男「能力者の集まりへのご案内……!?」

チラシには地図と細かい説明が記載されていた。

男(朝の騒動の時俺を能力者だと確認したやつが俺の後をつけ、このチラシをいれていったって事か――!?)

男(少し前、能力者の同族狩りがニュースになってたよな……まさかそれか――)

男(――いや、それなら眠りこけて無防備な俺をとっくに殺しているはず。だとしたら…)

男「この誘い、マジなのか?」

――

キャラ考えるます。

なんつーか小学生みたいな文章やな

全然良いよ続けて

反応なんて気にせず完結しろよな

なんだろこの中学生が気取ったような文章

三日後

男「…………」ゴロゴロ

男(貯金はまだニ十万はあるから数ヵ月は大丈夫だな……)

男「…………」

男(勉強も働く気もおきねぇ、ずっとゴロゴロしてたいな)

男(影……携帯とってくれ)

影「……」スッ

男(…ブクマ巡り)カチカチ

――

男(○ちゃん可愛いよ)ポチポチ

男「……はぁ」

男(○ちゃんに会いたいなぁ)

男「……」

男は空腹を覚える。もう携帯電話をいじりだしてから数時間が経っている。

とっくに正午を過ぎていた。

男「……」

男はのろのろと起き上がると、冷蔵庫の中身を確認しに行く。空腹を満たす物は何も入ってないが、癖だった。

男「……ん…?」

ふと視界の端に奇妙な光景が映った。

男(……なんだ……、この……紙切れ?)

向かう先は郵便受けだ、蓋の端から何か白い紙のような物が飛びだしていた。

男「……」ガパッ

男「うわっ!」

男(チラシだ……三枚。三日前と同じ……)ゾワッ

男「しつけぇな……、引きこもりを誘うなよ…」

男は三枚のチラシを拾い上げると、まとめてクツ箱の上に置いた。

翌日

男(そろそろ外に出ないとな……、食い物が尽きている)

男(服は……)

男は三日前脱ぎ捨てた服を拾うと、シワも伸ばさず着込んだ。

男「……うわ、またチラシ入ってるよ。いったいいつ入れてんだ」

男(俺は今日十時には起きてたから、その前か? 一間についてる入り口だ、誰かくりゃぁ気がつく)

男「…………」ソロ…ガチャッ

男(外にいないよな?)キョロキョロ

駐輪場

男(……そうだ、自転車ぶっ壊れてんだ。……めんどくせぇ)

男(スーパーに行こうかと思ったけど、コンビニでいいか……)

――

男の家から一番近いコンビニに行くには、大通りを一つ越える必要がある。

男(いやなんだよなぁ……、このでかい交差点は)

野暮ったい姿をしている男を通行人が白い目でみるからだ。

男(でもそのために身だしなみを整えるのもめんどくさい)

歩行者用の信号が青にかわる。

男「……」スタスタ

男(コンビニ行ったら、まず飯を買って……他には何を買おう。暇潰しになにか廉価版の漫画でも買うか……)スタスタ

男は今交差点を渡っている。その向こう側……、男が渡る先の歩道で微笑を浮かべる茶髪の女に、男は気が付かない。

男は歩道に到達する。

男(……それからティッシュも無くなってきてたよな……、あと髭剃り……)

男(……ん?)

男(…………なんだ? ……なぜ俺は今、この道を"真っ直ぐ"に進んだ!? コンビニは左だっ!)

男は進んできた道を戻るため、体の向きを反転させる――

男(動かない!? これは! まさかッ!)スタッ スタッ

男(俺の体が勝手に動いていく――! これは何かの力で"操られて"いるということッ!)スタッ スタッ スタッ

男(能力者の攻撃を受けている!!)バァン

男(お、落ち着け……想定外じゃあない。能力者になった時からこういったシチュは妄想していた)スタッ スタッ

男(だがまさかこんな白昼堂々で攻撃を仕掛けてくるとはッ! これは"人間を操る能力"!? そう考えていいのか?)スタッ スタッ

男「ぁ――――!」

男(駄目だ! 声も出せない! クソッ、この能力、思ったよりも拘束力が強いぞッ!)

男(いや、……声を出せたところで誰かが助けてくれるとは思えない。そもそも"能力者に操られている"と言っても頭のおかしな奴と思われるだけだ)

男(自分でなんとかするしかない! この状況はッ!)

男(まず知らなくてはならない! 能力者の正体は!? 俺を操る目的は――)スタッ スタッ

男(――俺の体は依然、意思を無視して歩き続けている。能力者は俺をどこに連れていくつもりなんだ!?)

男(まて、落ち着け……俺自身、初めての体験に動揺している。能力者に狙われるという体験に)

男(まだこの"俺を操っている者"が、俺を殺そうとしているとか、酷い目に遭わせようとしているとか、決まったわけじゃない)

男(それにこのままどこかにつれていかれたとしても、俺だって能力者だ。襲われたら逆にボコボコにしてやる)

影が男の後ろに現れる。

男(――まて、操る能力? それだったら近づかなくとも俺に自殺をさせられる……俺の能力の射程は精々ニメートル……)

影が消える。

男(あれ? やばくね? ま、まてまてまて。落ち着け……ふぉぉぉ…)

――

男はしばらく歩き続けた。

男(近くをぐるぐると……俺を疲れさせる作戦か?)ゼェゼェ

男(普段からもっと運動しときゃぁよかった……)

男(だが、悪い事ばかりじゃない。分かったぞ、お前の正体が……)

男は前方を睨み付ける。

茶髪に緑の上着、白のスカートを着た女がずっと前を歩いている。

男(……奴が能力者に違いない……もしくは同じく操られている女か。俺をストーカーにして刑務所にでもぶち込むつもりか?)

男(……なんでもいい、何かするならやってみやがれ。……でもよォォォ、俺も簡単にやられるつもりはねぇぞ…)

それからまた少し歩き回った後。

男「…!」スタッ スタッ

男(路地裏に……やばいにおいがぷんぷんしますがな……)スタッ スタッ

男(やっぱり殺されんのかな……)ピタッ

気が付けばいつの間にか茶髪の女との距離が縮まった位置で男は停止していた。

男(体の自由が効く――)

男「!」グッ

男は構えをとる、茶髪の女は振り返ると言った。

茶髪「はい、到着。ごめんねー、連れ回したりして。……って何の真似? ソレ」

男「……」

影「…」フォン

茶髪「ちょっ! それアンタの能力!? やめてよ! 何するつもり!?」

茶髪の女は頭を抱えると数歩後退る。

男「何って……」

男(……闘うとか、傷つけるとか……そういうつもりはないのか?)

男は警戒を解き、影をしまう。

男(だが、油断はしないでおこう……)

男「お前が俺を操っていた者で間違いないのか? だとしたらどうして俺をここにつれてきたんだ?」

茶髪の女は男の様子を窺った後、ひとつ咳払いをすると、返答をよこした。

茶髪「……あんたが私達の誘いを無視したからよ。上が痺れをきらしててね……強攻策にでたってわけ」

男「……?」

男("誘い"? "上"? ……なんだこいつ、電波野郎か? 違うとしたら心当たりは一つしかない……)

茶髪の女は話を続ける。

茶髪「とりあえずついてきて。こっちよ」

男「待て、説明が足りないぞ。お前は誰なんだ? それに俺は能力者のコミュニティなんかに入るつもりはないぞ」

茶髪「あら。案外物分かりは早いのね。……まぁ、来たくないっていうなら無理強いはしないけど、今度迎えにくるのは私みたいな可愛い女の子じゃないかもしれないわよ? それでもいいなら帰ってどうぞ」

男「……」

――

男は路地裏を進む女についていく、双方黙ったままだ。

男(脅しに屈伏させられるとは……情けない…)

男(だが、奴の口振りからして目の前の女の代わりにくるやつってのは、"更にヤバい奴"に違いない。事実俺はこの女の能力に手も足もでなかった……)

男(ここは従っておくのが一番良い。しかし……俺はマヌケ過ぎた。人前で能力を晒す事に、もう少しためらいをもつべきだった)

男(この女がポストに入っていたチラシの、能力者の集まりの一員だという事は間違いない)

男(そして重要なのは俺がこれから"何をされるのか?" という事だ)

男(イカレたジャンキーみたいな能力者が集まってたりして……。チラシからは俺を仲間に誘っているというように読み取れたが……)

茶髪「ついたわよ」

男「?」

男は考えに耽っていた頭を持ち上げる。すぐそこに路地の出口が見えた、そして目の前には扉と茶髪の女。

男(……これは……どこかの建物の裏口?)

茶髪「ついてきてね?」

茶髪の女が先に進む。男は少し遅れて後に続いた。

茶髪「あ、ちょうど金髪いるじゃない」

扉の先は廊下だった、その先と左右に部屋がある。茶髪の女は男から見て右の部屋に向かってそう言った。

?「なんだい?」

という男の声に続いて、右の部屋から誰かがでてくる。

茶髪「ほら、町で女が見つけたっていう能力者の子よぉ。もぅ、忘れたの?」

金髪の男「君が連れてきたのかい?」

男「ぬ……」

右の部屋からでてきたのは金髪碧眼の、毛先が少しクセっ毛になっている男だった。容姿端麗な美男子といった風貌だ。

黒髪黒眼にして細い芋のような男とはまるで正反対な奴だ。

男(くそ……劣等感)

金髪の男「やぁ、はじめまして。僕の事は気軽に金髪って呼んでくれ。よろしくね」

男(……一応自己紹介した方がいいのか?)

男「男、だ。よろしく…」

言い終わるが茶髪の女が叫ぶが早いか、茶髪の女が叫んだ。

茶髪「女ーっ! ちょっと一旦こっち来てー?」

男(また女性か……苦手なんだけどな……)

男(ん……? ○……?)

茶髪の女が叫んだ後、少ししてから呼ばれた少女が姿を見せた。

女「茶髪、呼んだ?」

男(ンなッ!!?!?)

茶髪「呼んだ呼んだ。ほら、あんたが見つけてきた彼、連れてきたわよ」

女「…」ジー

男(ばッ、ばかな……ッ! この子は……!! そっくりだ、ありえるのかっ? こんな事が……!)

男(姿も名前も……声までもッ! 全て○ちゃんと同じもの……! そ、そんな……! こんな事が……! お、落ち着け、素数を数えるのだ…)

茶髪「アレ? ちょっと、フリーズしてる?」

男(は…はががが…!)

金髪「……」

女「来たんだ。よろしく。名前は?」

男「…………」カチコチ

女「…?」

金髪(…しょうがないな)ガッ

男「!?」

男(ハッ!)

男は衝撃で我にかえる。気がつくと金髪が男の肩に手を回していた。

男(な、なんだ?)

金髪「君の名前はなんだっけ? さっき茶髪が遮ったから忘れちゃったよ。もう一度教えてくれるかな」

男「お、ぉ…男、だ」

女「そ」

男「…」

茶髪「やだ、ナニソレ会ったばかりなのに肩組んじゃって、金髪ってばそっち系?」

金髪は男から離れると肩をすくめた。

金髪「男は僕一人だったから嬉しくなっただけさ。女の園ってのは男にとっちゃ肩身が狭いからね」

茶髪「よく言うわ、女たらしが」

金髪「やめてくれ、誤解を招くような事を言うのは」

男(あれ……? 今の、俺……?)

男は金髪に視線を向ける。

金髪(気にしないでくれ)パチッ

ウインクが返ってきた。

金髪「じゃーともかくこれからよろしくね、男。いやぁこれで僕もようやく気を抜ける相手ができたよ」

茶髪「……あー、その事なんだけどさ」

金髪「ん? 何か問題でもあるのかい?」

茶髪「このコミュに入ってもらうって事、決まったわけじゃないのよねー……。私ってばこの子無理矢理つれてきた感じだからさ、後は皆で説得しようと思ってたってゆーか」

金髪「なんだいそれ」

女「茶髪、また能力使ったの?」

茶髪「あはは……」

男の他三人の視線が集まる。

男(このパターンは……)

金髪「まぁおかしいとは思ったよ、コミュニティにはそれぞれ目的があるし、彼がそれらをふまえてこの短時間で了承したとは思えないし」

男(……? コミュニティに目的? 能力者のコミュニティってのは肩身が狭い能力者が集まった……ただのグループじゃないのか……?)

茶髪「だってー……偶然見つけちゃったからさー……」

女「それ理由にならないって、ていうかテキトー過ぎ?」

金髪「……立ち話もなんだし、今日はお店閉めちゃってあっちで話そうよ」

茶髪「そうね。そのほうがいいかも」

女「私他の子に言ってくる」

男(あ、○ちゃん…)

金髪「男くんもそれでいいかい?」

男「え……あ…ウィス…」

――

しばらくして、男は廊下の奥に通された。

男(喫茶店……? なのか? ここ)

金髪「さ、そこに座って」

男「あ、うん……」

一つのテーブルを二つずつのイスで挟み、男の正面に女、隣に金髪、対角に茶髪が座った。

金髪「単刀直入に言うと、僕らは能力を持った犯罪者を相手にする組織だ。国お抱えのね」

男「は……?」

茶髪「たま~にでるのよねぇ、ニュースにはならないけど、能力者の犯罪人が」

金髪「簡単に言うと能力者専門の警察さ。あ、ちなみにこの喫茶店はカモフラージュだよ」

男("組織"……? 厨ニ心をくすぐられる単語だけど……)

金髪「まれにしか出番は無いけどね、いろんな所に似たような場所はある。だから人手不足でさ」

茶髪「それでついこの前、政府から民間人からメンバーを得てもいいって連絡がきてさー」

男「それで……俺に?」

茶髪「そういうこと」

男「…………」

男は握った拳の内側に、じとりとした汗の感触を覚えた。

男「だけど……何で俺を……?」

茶髪「この前、近くの通りで車を受けとめたでしょ? キミ」

男「あ、ああ……」

金髪「実はこの支部には戦闘系の能力者がいなくてね、君の車さえ止めるパワーを是非貸してほしいんだ」

男「…………」

茶髪「ねぇ~、いいでしょ? あぶなくなくないけど私達もいるしさぁ」

金髪「男っ、これは正義の為の闘いだ! 力を貸して欲しい!」

男「………うぅ…」

男(待てよ……俺は今日、コンビニで飯を買おうとしてただけなんだ……そういや腹減った…じゃなくて!)

男(体を操られたかと思ったら、いきなりわけのわからんコミュニティに誘われて……挙げ句の果てに組織? 正義? こんな……こんな……)

男(数ヶ月前まではあり得なかった状況だ……)

男(落ち着いては、いる。……いや、ややこしい説明を聞く前から俺はもう)

女「…」ジー

男「…………」

金髪「……どうかな? 男くん」

茶髪「……」ソワソワ

男「……は、入るよ」

金髪「えっ? 本当かい?」

茶髪「やったー!」

女「…」

金髪「本当に良いのかい? 能力者を相手にするんだ、危険だよ? よく考えたほうがいいんじゃあ――」

茶髪「うっさーい!」ベシッ

金髪「あだっ」

茶髪「よけーな事をごちゃごちゃと――あんたは男くんをメンバーに加えたくないんくぁー!」

金髪「それは……男くんは歓迎さ。けど、重要な事だから……」

茶髪「いいのよ男くんがいいって言ってんだから! ねー!」

男「あ、ハイ……」

男(別に理解してない訳じゃない……、能力持ちで、犯罪者となれば……相当危険な奴だ、そいつらを何とかしなきゃならないということ)

男(……だがこの男にとって重要なのは自分の身の安全だとか、超展開だとかそういう事じゃあない)

男(目の前に○ちゃんがいるッ! いや、女…ちゃん、か。俺はこれから危険な目に遭うかもしれない、しかしそれは同じく女ちゃんも危険にさらされているということッ!)

男(たった一つの目的だ、安全や細かい理解は二の次だ)

男(俺は今から"全力"で女ちゃんを守る!)

男(……うぉぉ……それにしても何て美しいんだ女ちゃんはァァァ……)

――

金髪「それじゃあ改めて自己紹介しようか」

茶髪「ハイ! じゃああたしからね、名前は茶髪って呼んでくれればいいわ。能力は体験したと思うけど、操る力よ。生命を持ってて、かつ一つずつしか操れない……ってのが弱点ね。でも生き物ならほとんど操れるわー!」

男(茶色のウェ~ブな髪型でやかましい女……以上、インプット)

金髪「僕は金髪……で、能力は怪我を治せる力。代償は逆に怪我を負わなきゃならない事だ。まぁかすり傷でいいんだけどね」

男「…代償?」

茶髪「あ! そういやあったわねそんなの。言い忘れてたわ。私の代償は何かを作る事よ。能力の発動一回につき一個、料理でもなんでもいいんだけどねー」

金髪「僕も一回につきかすり傷一つってとこかな、以上だよ」

男「…………」

男(金髪は良いやつだ、そして滅茶苦茶イケメンだ。オラに少し顔面偏差値をわけてくれ)

女「じゃ、次私?」

金髪「うん、頼むよ女さん」

男(……来た! 我が脳の処理能力を全て使い記憶するッ!)

女「名前は女。…能力は探知。代償は甘いものを摂ること」

男(女ちゃん、天使。俺の生きる意味)

金髪「女さんの探知能力はもう少し詳しく言ったほうがいいんじゃないかな?」

男(いいぞ金髪ッ! 女ちゃんの声を更に聞く事ができる!!)

女「そう?」

茶髪「そうよー、能力者を相手にする時は私達で連携するんだから。もう少し詳しく、ね?」

女「あっ、そっか…」

女「半径百メートル以内くらいの建物の構造とか、能力者の場所とか、人の数とかが分かるよ。あまり細かいところまでは無理だけど」

男「そいつはすごいな(震」

男(金髪や茶髪の能力も凄いけど、やはり女ちゃんは段違いだ(色眼鏡)……やはり可愛い……)

女「て、男の能力は?」

男(ぐ……!?)

男は一㌧ハンマーで殴られたかのような衝撃を受けた。

男(お、女ちゃんが俺の名前を呼んでくれただと……!?)ガクガク

女「…?」

支援

金髪(……男、君は…)ツネッ

男(はおっ!?)

金髪「僕も気になるなー、男の能力。教えてくれないか」

男(いてて……だが助かった。女ちゃんに変人だと思われるところだった)

男「……」キリッ

男「俺の能力は……」

男(でてこい、影)

影「……」スゥ

金髪・茶髪「うわっ!」ガタッ

男「こいつを自由に動かせる……って能力だ」

茶髪「……さっきおどかしてくれたやつね」

金髪「びっくりしたァ~、……なんだい? 分身みたいな感じなのかな?」

男「ああ、そんな感じだ」ペチッ

男「ん?」

影は少し男の前に乗り出していた。その右腕に何か感触が……

男は視線を向ける。



女「…オラオラァ!」

男「……」

女「……」

男(はぐおぉっ!?)ドドドドド

茶髪「女、なにそれ?」

女「まんがだよ、知らない? 結構有名なやつなんだけど」

金髪「まんが……それと男くんの能力と、何か関係があるのかい?」

女「ううん、ただそのまんがにでてくるのと似てたから、真似してみただけ」

男「――」ドドドド

金髪「男、衝撃を受けてるところ悪いけど、一旦戻ってきてくれるかい?」ユサユサ

男「…あ、ああ。なんだ?」

金髪「それで、男の代償はなんなのかと思ってね」

男「代償……、多分無い…と、思う」

茶髪「無い?」

ここってさる回避必要?

男「みんなに聞かされた代償……だけど、今までそんなの感じた事無いな……。能力が発現した時から何も変わらない…」

金髪「それじゃあ呼吸、とかまばたき、とか気付きにくいものが代償になってるのかな? どれにしても代償が無いも同然の代償みたいだね」

茶髪「うらやましいー!」

女「…いいな」

男(女ちゃん……)

金髪「ま、なんにせよこれから男くんは僕らの仲間だよ。仲良くやっていこう」

――

猿は無かったんじゃないかな。

多分ですけど…

数十分の談話後…

茶髪「そろそろ帰るわね」

金髪「何かあるのかい?」

茶髪「失礼ね! 私だって人並みに用事くらいあるわよ! じゃあね!」

金髪「……怒られちゃったよ」

男「いつもこんな感じなのか?」

金髪「まぁね。普段は楽しいもんだよ」

女「私も帰ろっかな」

男(え!! ……残念爆発)

金髪「気をつけて帰るんだよ」

女「ん…。バイバイ」

金髪「うん」

男「……」

女「男も、じゃあね」フリフリ

男「!!? じ、じゃあね!(裏声」

茶髪に続いて女も喫茶店を後にした、男二人が残される。

男「……」デヘデヘ

金髪「…男くん」

男「ん?」

金髪「女さんに一目惚れしたのかい?」

男「ほげっ!?!!」

男(なっ、なにィィ~~~ッ!? な、なぜ分かったんだぁ……!)

男「ま、まさかお前心を読む能力者……」

金髪「違うよ、だけど一つ、心当たりがあったのさ」

男「な、なに……?」

金髪「好きな子の可愛い仕草……いや、そのありのままの姿にさえ、まるで時を飛ばされてしまったかのような衝撃を受けてしまう」

男「……金髪、お前も……」

金髪「ああ、あのショックトリップ症候群。君だけじゃぁない、男くん」

男「金髪…」

男と金髪はガッ! と手を取り合う。

男・金髪「「同士ッ!」」

金髪「ところで男くん。同士として忠告しておきたい事がある」

男「……?」

金髪「次、好きな子の前に姿を見せる時は……もっと身だしなみに気を使いたまえ」

男「……」

男は自分を見下ろす。

数日前の全身真っ黒なダボダボ服(臭)。汚れた靴、ボサボサの髪。そしておとといから風呂に入ってない。クズニートスタイル男子の姿を……

男「ほげっ……」

さるさんはvipだけだよ

男(あぎゃあああああ!? 俺はこんな姿で今まで女ちゃんの前にィィー―――ッ!?)

男(ばかなッ! あがああああ~~~~……さ、"最低"だッ! 俺の最低な姿を女ちゃんにィ~~~!)

男「……」

金髪「一瞬でしかばねの様になったな……」

男「……」

金髪「安心したまえ男くん。僕が男の身嗜みについて教えてあげよう」

男「金髪ゥ~~~ッ!」

そして男は金髪と共に町を巡った。ゴミクズのような男を変えるためである。

~~

金髪「……大分、変わったね」

男「そ、そうか?」

金髪「ただ、そのそばかすはどうにもならない……」

男「……」

金髪「普通は、ね」

男「き、金髪っ!?」

金髪は男の顔に手を伸ばす。

男「お、おォォ……」シュウウ

金髪「…傷を塞げるなら毛穴を塞げない道理はないさ」フッ

男「金髪ゥゥゥゥ!!」

男「何故だッ!? 何故お前はここまでよくしてくれる……!?」

金髪「簡単な事さ……。困っている人は必ず助ける、そう……妹と約束したんだ。そしてそれが仲間なら尚更さ」

男「き、金髪……」

男「うぐっ……うぅ……お前の妹さんもきっと喜んでるよ……」

金髪「あぁ……そうだといいな。僕は信じているんだ、善行を積めば、いつかは神もこの愛を許してくれると……」

男「……ん?」

金髪「男、今度僕の妹を紹介するよ。その時は今日の僕の有様をよく妹に伝えてくれよなっ! 最高のお兄ちゃんだと!」

男「……金髪?」

金髪「じゃあ僕は愛する妹の元に戻る! 男っ、アデュー!」

そのまま金髪は走り去って行った。

男「…………」

男はしばらくその場で物思いに耽っていた。

男「いや、良い奴なんだ。金髪も……うん。俺だって近親の理解が無いわけじゃない、二次で訓練したからな」

男「たまたま好きになった相手が妹だっただけなんだ、あいつは……」

男「…………」

男はなんだか微妙な気分で帰路につくのであった……

――

―――――
―――
――


火の手が上がっている。

燃えているのは一軒家だ。火は広がり、周囲の家まで燃やしていく。

放火魔「…………」

放火魔「ひ、ヒヒ……あいつらが、悪いんだ……」

放火魔「この俺っちを馬鹿にしやがってよォォォォ……」

放火魔「俺っちには力があるんだ……力が……。みんな、燃えちまえ。ヒャーハッハッハッハ!」

――

翌日

男「……」ヒクッ ヒクッ

男(金がッ! ねェェェー―――ッ!!)

男「昨日だ……調子に乗って服とか買いすぎた……」

男「女ちゃんに会えて……ハイッてやつになっちまってたからよォー――ッ!」

男「……」

男「バイトでも……探すかな……」

男「……」カチカチ

携帯で求人を探す男。

男「……飽きた」

10分後の事である。

男「明日から本気だす」

ダメ人間。

影「……」

男「…そうだ! 女ちゃんに会いにいこう! まずはやる気を充電しねぇとなーっ。女ちゃんを見てパワーを吸収だー!」

――

男(地図があったから最短でこれたな)

男(き、き……? よく分からないが、何だか可愛らしい名前の喫茶店でひじょうによろしい。女ちゃんが働くに似合っている)

男「グッド」ス…

男(あ、裏口から入った方がいいよな……更衣室→女ちゃんのぱry)

男は路地裏に回り込む。

男(たしかこの扉だよな……)

男は扉をそっと開ける。

男(……何もやましいことはないんだ……びくびくする必要は無い。俺はこの場所の一員なんだから)ソロソロ

男(確か……右が更衣室、左が厨房だったか……?)クルッ

男「?」

男の体は回れ右をすると、勝手に外に歩きだした。

男(な、なんだなんだ?)

男(俺が行きたいのはこっちじゃないのに……! これはまさか――)ドゴッ

背後から衝撃を受け、男の体は扉の外に投げ出される。

男(へげっ!)

そのままぶつかってきた物に背を潰される。

茶髪「くぉんのー! 捕まえたぞ侵入者! ボコボコにしてやる!」

男(えぇぇぇーッ! 茶髪さん……!? おれ俺おれ男ですって!)パクパクパク

男(声が出な――へぶぅぅ!)バシッ!

容赦無く、茶髪は男をぶつ。

平手打ちではない、グーぱんちである。

男の顔はまたたくまにボコボコ腫れあがった。

男(こ、殺される……やはりこいつは伝説のスイーツ()だ……)

女「なにやってんの二人共。もう喧嘩?」

男(女ちゃんんんんん! やはり君は俺の天使!! た、助けてくれぇ……)パクパク

茶髪「は? 何いってんのよ女、空き巣よ空き巣。とっちめてんの。ちょうどいいからあんたも手伝いなさい」

男(……女ちゃんに殴られるのかぁ……それはそれでいいかも)

茶髪「武器持ってきて、始末するわ」

男(ギャー!)

女「…じゃなくてさ、それ男じゃん。……何か泥棒したの?」

男(そう! 俺男! うん! うんうんうん!)

茶髪「何言ってるのよ……男くんはもっと―」

茶髪「不細工で」

男(あが……!)

茶髪「不衛生で薄汚れてて」

男(が……ッ)

茶髪「もっとボサボサした感じだったし、とにかく違うでしょ」

男(たす、けて……女、ちゃん…)

女「まぁ、そうだけど」

男(――――)死

茶髪「でしょー?」

女「でもそれ男だよ。よく見てみなって」

茶髪「えー?」

茶髪「……」ガシガシ

茶髪は男の髪の毛をボサボサに乱す。

茶髪「…………ほんとだわ」

女「ね?」

茶髪「うん……」

女「…」

茶髪「ねぇ……これどうしよ。死んだ?」

男(――)

女「動かないね」

茶髪「ヤバイ……隠す?」

女「駄目でしょ」

――

男「…………」

男(……どこだ? ここ……)

金髪「起きたかい? 男」

男「金髪……」

金髪「災難だったね。強姦魔に間違えられて茶髪に半殺しにされたんだろ? もう女ちゃんに手を出したのかい?」

男(……そうだっけ?)

男「…んなわけあるかぁ!!」

場所は喫茶店のどこからしい、簡易ベッドに男は寝かされていた。

何かが額の上からずり落ちる。

男「ん……?」

金髪「冗談だよ。事の顛末は女さんから聞いたよ。ちなみに女さん介抱してくれてたみたいだよ」

男(……という事はこの濡らした手拭いは女ちゃんが絞ったもの……? ……綿って食えたかな……)ジー

金髪「男、考えている事はやめた方がいい。僕はそれで数日死の世界を彷徨ったからね」

男「お前……」

金髪「ちなみに申し訳なさそうにその手拭いを絞って置いて行ったのは茶髪だよ。しかもそれ店の至る所を拭いた手拭い、洗濯機で洗っただけの」

男「ふぁっく!」ブンッ!

金髪「怪我は僕が治しておいた。今日は非番だから僕はもう帰るけど……安静にね、男」

男「あ、ああ……ありがとな。金髪」

金髪は微笑を浮かべた後部屋をでていった。

男「……」

男(……あいつ、くん付けが無くなってたな……)

男(……なんか嬉しいな、……この感覚。なんだっけ? ……そうだ、友達が出来た時の感覚か……)

男「……ん?」

男(まだ何か額に張りついてんな……)ペリ

男「…………」

それは薄いハンカチだった。薄ピンクでフリルのついたそれには謎の物体がプリントされている。

男(謎キャラクター……何かの擬人化か?)

やる気が回復するまで休憩しまつ。

まってる

男(金髪のなわけないし、茶髪は雑巾を乗せて言ったわけだし……これは女ちゃんの?)

男(雑巾が直接俺に触れないように自分のハンカチを使ってくれたのか? ……)

男「……」

男(うぅっ、やさしいなあ~~~~……オレ女の子に優しくしてもらったのなんて初めてだよ。しかもそれが女ちゃんだなんて……)

男(……女ちゃん。店にいるのかな)

――

男は階段を下った。

男(どうやら俺が今まで寝てたのは二階の休憩所みたいだ、二階建だったんだなこの店……)

下に降りれば自分のいる場所はすぐ理解できた、男がいる場所は厨房の横にある曲がり角だ。

厨房に進むと従業員らしき数人と一緒に茶髪がいた。

茶髪「あ……男くん……大丈夫?」

男「金髪のお陰で、なんとか」

茶髪「ごめんねー……うっかり勘違いしちゃった」

男(……ここからホールの方が見えるのか)

厨房といっても喫茶店のものなので小規模な物だ。

厨房の一端にある壁には穴が開いている。

男(あそこから注文を渡すのかな)

茶髪「……男くん?」

男「別にいいですよ、済んだ事は……それより、頼みたい事が…」

……

男(可愛い)

男は厨房の空いている一端に陣取ると、ただひたすらそこから店内の様子を窺っていた。

目で追っているのは勿論女の事だった。

男(可愛い)

茶髪「あら、まぁ……随分ご愁傷のよーで」ニヤ

男(女ちゃん)

茶髪「ちょっとー! 無視しないでよ!」

頭が腐っている。

ご愁傷×
ご執心○

男「俺はこの時を一瞬でも無駄にしたくないんです」

茶髪「……もしかしてこのコミュに入ったのってそれが目的?」

男「十割は」

茶髪「全部じゃないの!」

男(……)

茶髪「ちょっとちょっと……また黙り始めるつもり?」

男(女ちゃん)

茶髪(だめだこりゃ)

男「……」

茶髪(……ホント一心不乱に見てるわねー……)

男「……」

茶髪(…………!)ピコーン

茶髪「あのさ、男くん。君って普段何してんの?」

男「え"」

茶髪「平日のこんな時間にここにいるくらいだからさー、正社員とかじゃないわよね」

男(……現在無職。ハッ! それが女ちゃんに知られでもしたら!?)ガクガク

男「ろ、浪人生デス(棒」

茶髪「ふーん、じゃあ勉強以外は暇してる感じ?」

男(良かった、深くは追及されないようだ……)

男「…はい」

茶髪「じゃあさー、ウチで働かない? 今ちょうどこっちも人手不足でさぁ」

男(な、何ッ!?)

茶髪「どう? 女を見てる絶好の口実になるしさ。……まぁ仕事の方もちゃんとしてくれなきゃ困るけど」

男「それは……願ったり叶ったりですけど……」

茶髪「よーし! じゃあ決まりねー?」

男「女ちゃんと同じ時間に働けるなら……」

茶髪「足りないトコにも入ってもらうけど、いい?」

男「ええ……」

茶髪「…」ニヤッ

茶髪(やったー^^v これは思わぬ収穫だわ……女の事を盾に安くこき使ってやるわ! うふふふふ……やっぱり私ったら天才ね♪ これで当分経営の方は心配いらなそーだわぁ!)

茶髪「そうと決まれば早速シフト作りねっ♪」ルンルン

――

茶髪のシフト作りは夕方までかかった。その間男は待機だ。

女「あれ? 男、まだいたの?」

男(うぐっ……いや、普通は帰ってると思うよな……)

茶髪「今度から男くんも家で働くのよー♪」

女「へぇ」

茶髪「できたっ! 完成!」

男(えっ!? 今、このタイミングでか!?)

女「どこ?」

男(あぎゃあああ!? 女ちゃん「あれ? 男と私、妙に被ってるね」→茶髪、理由暴露→女ちゃん「…キモ」→俺首吊りの、暗黒図式が脳内にィィ!)

女「うわ……」

男(!!)ドキッ

女「大変そう……これ、大丈夫なの?」

男(へっ?)ズイ

茶髪「……」フフン

得意気な茶髪の後ろから覗き込むようにして男はシフト割を見た。

女「一週間全部……五時間以上、半日の時もあるよ。しかも1日の内に時間ずれてだし。最悪だこれ」

男「ほげぇあ!? 何でぇ!?!」

茶髪「だって女は夕方平日全部入ってるし、他の足りない所は土日なんだもーん」

女「ん? なんで私がでてくるの?」

男(ほーーーんぎゃーーーー!!)

茶髪「んー? なんででしょう?」

男(こ、この悪魔ぁ……)

女「……。まぁいいや、じゃあ私先にあがるよ?」

茶髪「うーい、おつかれーい」

男(……女ちゃんがあまり固執しない性格で助かった……)

――

茶髪「じゃっ、明日から宜しくね~☆」キャピ

男(しかも明日からすぐかよ…)

男は喫茶店を後にし、帰り道を歩く。あたりはすでに薄暗くなってきていた。

男(……でも、これで食い扶持は何とかなったな)

男(それに、一週間の内5日も女ちゃんと会える……もしかしたら会話もできるかも。そう考えたら、全然悪く無いな……)

男(うん、悪く無い)

―一週間後―

喫茶店で男は厨房をしている。傍には茶髪が様子を見に、加えて注文の料理を待つ金髪がいる。

茶髪「……なれるの早いわねー、男」

男「そうかな?」

金髪「厨房は男一人で回せるんじゃないかな?」

男「死ぬわ」

茶髪「ほら、あんたはサボってないでそれ持ってきなさい。ついでにそれ頼んだあんたのお得意さんから追加注文貰ってきなさい」

金髪「やれやれ、あくどいね……」

金髪が持って行った料理は今男が作り終えたものだ。男は既に次の作業にとりかかっていた。

男「……ていうかさ」

男は動きながら言う。

茶髪「んー?」

男「厨房に他の人、いなくね? 既に俺、一人じゃね?」

茶髪「そうだねー…」

男「えぇっ!? 他の人はどうしたんだよ!?」

茶髪「ほら、厨房やってた女の子いたじゃん」


男「……? あぁ、あの栗毛の?」

茶髪「前々から止めたいって言ってたんだよねー」

男「…………。はぁ? ……他の人は?」

茶髪「今日は休みますってさ」

男「…………で?」

茶髪「いいよ(^-^)/って言った」

男「うん……全然良くないんだけど……」

カランコロン♪

入店のチャイムがなる。

茶髪「おや、こりゃまたうちのウェイトレス目当ての大勢が……。男! ペースアッ!」

男「ひぎいいい!」

――

―close―

店の看板に早めの閉店が掲げられた。

金髪「ふー! 今日は久々の繁盛だったね。ホールは僕と女さんとバイトさんだけだったから……」

茶髪「なによー、途中からあたしも行ってたじゃないの」

女「最後の一時間だけね……」

男「 」

金髪「そして厨房はこの干からびた可哀想な男一人かい?」

茶髪「だってー……なんだかんだまわってたし、忘れてた? っていうか」テヘ

金髪「まったく……」ガタッ

茶髪「あたしレモンジュース~」

女「すっきりしたやつ」

金髪「了解」

男(…………)

金髪が席を発った、そして厨房へ向かって行く。

男(それだけで察したのか? ……なんか疎外感だ…)

女「凄い汗」

そう言うと、女はハンカチを取り出し、男の額に浮かんだ汗を拭き取った。

男(ふおお)ムクッ

茶髪「あ、覚醒した」

女「大丈夫?」

男「…大丈夫」デヘッ

茶髪「うわっ、制服も汗まみれね。ちょっと、私の店男臭くしないでよ」

男「しょうがねーだろっ」

金髪「お待たせ、飲み物だよ」

茶髪「あたしのちゃんとシュワッとしたー?」

金髪「炭酸水で割ってあるよ。はい、女さんはこれでいいかい?」

女「ありがと」

金髪「僕はこれ、……で、はい。これが男の分だよ」ドンッ!

男「……なんだこれ」

金髪「業務用のスポーツドリンクパック。いっぱい飲むだろ?」

茶髪「ナニソレ、どこからだしたのよ」

金髪「……発注は君がしたはずだけど?」

女「従業員に飲ますんだーって買った奴。すぐ飽きたよね」

茶髪「……んー?」

金髪「さっ、男。遠慮する事ないよ。まだまだ裏に余ってるし」

男「…………」

男「…」グビグビ

女「おお…」

茶髪「…わき腹つつきたくなるわね」

金髪「こら、やめないか…」

男「ぷああ!」

茶髪「あ、これ知ってるわ。風呂上がりにビール飲んだオヤジがやるやつよ」

男「うるせぇ!」

―次のニュースです。

ホールに備え付けられたテレビからニュースが流れる。

何故か、自然と談笑は止んだ。

――昨日また、放火事件がありました。近隣住民には――

金髪「また、だね」

女「この近く」

茶髪「……」

――警察は一連の事件を同一犯のものとして捜査を進めていますが、いまだ犯人の足取りは掴めておらず――

男「能力者か」

金髪「僕もそう思う」

女「まだ連絡は来てないけど…」

茶髪「近い内くるわ、必ず。……現場から一番近いのは内だもの」

男「……」

二日後

男「おはよーござんす」ジャラジャラ

女「おはよー」

男「!? 女ちゃん……おはよう」ジャラジャラ

女「ん」

<男ー! 急いで来てー!

男「いっ! ……だから辞めさせるなつったのに~」ジャラジャラ

女「……」

男「ウィッ!」ジャラジャラ

茶髪「遅いわよ! 早く、コレ!」

男「あわわわ…」ジャラジャラ


茶髪「ちょっとナニソレ…」

男はあわただしく茶髪の前を過ぎた。

茶髪「……ま、いいか。変なシュミね…」

――

金髪「みんなおはよう」

茶髪「急いでホールに行って!」ガシ ポイ

金髪「あ~~~れ~~…」

……

金髪「男っ、さっきのはまだかい!?」

男「もうすぐ……できたッ!」ジャラジャラ

金髪「次はこれだよ!」

金髪(……なんだ? あの鎖……)

――

―昼休憩の時間―

金髪「はぁぁ……しんどい」

茶髪「なんで混みだすのよー……」

女「最近オタクっぽいの以外も来るようになったね」

男「アガガガ……」

茶髪「そうだ! 男ッ! 何よソレは! そんなもんつけてるからこっちに呼べなかったじゃないのよー!」

金髪「おいおい……男が倒れるよ? …まぁ、僕もソレは気になってけどさ」

男「……?」

女「ていうか増えてない?」

男(……? ……何の話をしてるんだ……?)ジャラジャラ

茶髪「あーもううっさい! とりなさいよその鎖っ!」

茶髪は苛つきを男に向ける。そのまま男に歩み寄ると、手を伸ばした。

茶髪「……あれっ?」スカッ

男「ん……? なんじゃこりゃ!?」

茶髪が掴みとろうとして男が今気付いたものは、自身から幾つも垂れ下がる灰色の鎖だった。

茶髪「なによこれ……触れない?」

男(? ? ?)

金髪「……男、君の能力をだしてみてくれないか」

男「? あぁ…」

すぐに影が現れる。

鎖は男の体から離れ……

女「それから伸びてたんだ、その鎖」

男「鎖……」

男が影と呼ぶ能力の姿。その体から十数本の鎖が垂れていた。

金髪「今気付いたのかい? 男」

男「あ、あぁ……なんだこれは……」

茶髪「なに? この白黒男(しろくろお)が変化したっての?」

女「ふーん……。あれ、鎖が出てるとこ、模様が無くなってる?」

金髪「ほんとだね」

男「…………」

"影"には、全身をうめつくすようにびっしりと黒と白のひし形が描かれている。

観察すると、鎖が出ている箇所は真っ白になっていた。

男(これは……模様が鎖に変化したのか?)

金髪「男、これは君自身からは出せないのかい?」

男「俺から?」

男(そう言ったって……どうやって……)…ズル

男「わああ!」

茶髪「ふーん、こっちは触れるのね」ジャラジャラ

男「……」

茶髪「不思議ね、とにかく男の能力が変わった……パワーアップしたって事?」

金髪「そうみたいだね」

茶髪「自分で出せるようになったんならそっちの白黒男のもしわませてよ。うるさくてしかたないわ」

男「あ、ああ…」

男(こう…か?)

イメージとしては自分の一部として鎖を意識するといった感じだった。

男と影の鎖は元の場所に引っ込む。

女「一件落着?」

男「お騒がせしました」

茶髪「騒がせた代償として男、全員分の賄い作ってきなさい。私はもー疲れたわ」

男「ウィ……」

――

寝まう。

それから数日が過ぎる。

ニュースになっていた放火魔の犯行は加速的に増加していく……。

そして遂に男の達に政府からの"通達"が寄越されるのであった。

――

女「能力者は現在住宅街に潜伏している……、能力は手から火を噴く力だってさ」

金髪「その能力で家を燃やしてまわってたのか……」

茶髪「今は警官隊が追ってるそうよ。私達も今からそこに向かうわ」

男「…………」

先頭の茶髪に続いて他三人が店を出る。しばらく歩くと黒い車が視界に入った。

男「…………!」

男(あまり実感無かったけど、マジだったんだな……。これから俺達は犯罪者の居場所に向かって、そいつを捕まえる……)

女「男、はい」

男「…?」

男は女から手渡されたものを反射的に受け取る。

女「四人で通信できるインカム。作戦中は私がこれでサポートするから」

金髪「女さんの能力で現状を把握した後、僕ら三人が犯人に向かう……そういう流れさ。詳しくは車内で話すよ」

男「……」

――

男は金髪と、茶髪は女と。と別れて二台の車に乗り込む。運転しているのは黒服の男だ。

金髪「まず、女さんが犯人から百メートル以内の場所で能力を使ってルートや犯人の位置なんかを僕らに伝える」

金髪「それから茶髪が能力で犯人の動きを止めるから、男が能力で取り押さえてくれ。オーケー?」

男「ああ」

男(それなら女ちゃんに危険が及ぶ可能性は低いな……。それに茶髪の操る力を使えば確かに簡単に済みそうだ)

男(……大丈夫、大丈夫だ)

……

車が停止したのは隣町だった。

下車した茶髪が先に降りていた金髪と男に行った。

茶髪「犯人はここからすぐのマンションに立てこもってるらしいわ。能力で威嚇してるから警察には手がだせないみたい。ここからは徒歩で向かうわよ」

―――
――


放火魔「これるもんならよォー――ッ……来てみやがれ。……全員黒焦げにしてやるッ! 俺は絶ッ対ェ捕まらねェー――ッ!」

放火魔が立てこもったのは広いマンションのロビーだった。その中央で火を噴きながら絶叫している男がいた。

――マンションの外

警察「君たちは……」

茶髪「引継ぎよ。状況は?」

話かけられた警官は素早く要点を述べる。

男(……顔見知りなのか? 普通はいかにもな民間人が近づいてきたら注意するはずだけど……)

男(それともこの対応が"普通"なのか? 俺や……一般人が知らないだけで、能力を持った犯罪者に手を焼いた警察が、俺らのようなやつらに助けを求めるってのは……)

茶髪「女」

女「…マンションの中にいるのは確かに1人だよ。ロビーの中央にいるみたい」

男(おぉ……耳元で女ちゃんの声が……。……ってそんな事考えてる場合じゃっ)


――

放火魔「うおおおーッ! これるもんなら来てみやがれポリ公ッ! 俺っちは絶対捕まらねェッ!」

……

茶髪「アレ? 犯人は」

女『…そうみたいだねー。…うるさい声がこっちまで聞こえてくるよ』

茶髪は2階の廊下にいた、このマンションは廊下からロビーの様子が見渡せる円柱のような形をしていた。

茶髪「…………じゃ、さっさと終わらせるわよ。男、ちゃんと近くにいるわね?」

男『ロビーの曲がり角にいる。犯人までは走って十歩かな』

茶髪「よし」

茶髪「…じゃああいつの動きを止めるわよ」


放火魔「ウオオオー―――ッ!」


放火魔は手から火を噴き、暴れ回る。

茶髪「……タイミング悪いわね」

女『どうするの?』

茶髪「いいわ。ちょうどいい。……あの火をあいつの顔面にぶつけてやるわ」

支援

茶髪「いくわよ……っ」

――

放火魔「!」ビキッ

茶髪の能力が発動する。

放火魔(なんだ? …俺っちの体が動かねぇ……)グリンッ

放火魔(なんだッ? 俺っちの腕が勝手に……!)

――

茶髪『あいつの顔を軽くあぶってやったわ。男、捕まえなさい』

男(……おっかねぇ女……)

放火魔「…………」


放火魔「俺っちの腕をよォォォ……勝手に動かしやがってよォォォ……」


男「!?」ピタッ!

男(なに……!?)

茶髪『何してるのよ男! さっさと捕まえなさい!』

男「まて、奴が――」

放火魔「俺っちに"火の耐性"が無かったら……大火傷してるとこだ……」ゴゥッ

放火魔の手から放たれていた炎が止まる。そこにある放火魔の皮膚に火傷は見られない。

茶髪『なっ、無傷!?』

放火魔「あいつがよォー……言ってた。なんだっけ、そうだ。能力の"波動"。……こういう事か……」

放火魔「"俺を焦がそうと波動を送ってきた奴"そいつがどこにいるかはよォォォ、今の俺っちには手に取るように分かるぜェェ…」

男(奴は何を言っている!? ボソボソと呟くような声は俺にしか聞こえてきていないッ! まずい……! 何か嫌な予感がする……!!)

放火魔「送られてきた能力の波動……、そこに俺っちの力を"返して"やれよォ……」

階上で悲鳴が上がる。

男(茶髪の悲鳴ッ!?)

放火魔「火だるまの一丁あがりだァー―――ッ! 俺っちを馬鹿にしくさった連中は皆こうなるッ!!」

男「…………」

金髪『男っ!? そっちで何があったんだ?! 今の茶髪の悲鳴は!?』

男「……金髪、すぐに茶髪の所に向かってくれ……。俺にも何が起こったかは分からねぇ……」

男「だけどこいつはヤバイッ! 何か……凄くまずい!」

金髪『急いで茶髪の所に行く!』

女『…………』

放火魔「うおおおおー―ッ!!」

男(操りが"解けている"ッ! 茶髪……一体何が起こったてんだ……?)

男はしばらくその場に釘付けになる。今対峙している能力者に得体の知れない恐怖を感じていた。

金髪『茶髪がッ! 大火傷だ! いったい何があったんだ!?』

男「……よくわからないが、あの能力者が茶髪を攻撃したらしい」

金髪『いったいどうやって……。奴は手の平から火を噴き出すだけの能力なはずだ……』

女『……さっき、茶髪が攻撃される直前。能力の"チカラ"が放火魔から茶髪に向かったように感じた……』

金髪『いったいどうやって!?』

女『……それはわからない』

男「……ハッキリしているのは、奴は"茶髪の場所を見つけて攻撃した"ということだ」

金髪『……男、一時撤退だ。僕らじゃ分が悪すぎる相手だ』

男「……ああ――」


放火魔「今の俺っちならよォォォ……、外にいるポリ公も倒せる気がしてきた」


男「!!?」

放火魔「うおおおッ! 俺っちは誰にも負けねェェッ!!」

女『…男。早く戻ってきて』

男「…だめだ」

金髪『何ッ!? 男っ!』

女『……』

男「今奴が"外に向かう"と、言った……。俺がここで奴を食い止めなきゃならない」

金髪『駄目だ! 男、君の能力じゃ返り討ちにあうだけだぞ!』

男「…………」

金髪『聞くんだ男! そこから外までは"距離がある"!! 女さん! 君が警察の人達も避難させるんだ!』

女『分かった』

金髪『男!』

放火魔「燃やしてやるぜェェ~~~、何もかもよォ~~~~~、ギヒッ、ぐひふヒッ!」

男(……距離がある。確かにそうだ)

男(だが、奴と女ちゃんの距離は今、十メートルもない)

男(あの放火魔が警官隊に近づいた時、この国では……一斉に警官が発砲して奴を射殺するなんて事は、無い)

男(その時対応の遅れた警官隊に放火魔が火を放ち、それが女ちゃんを襲う可能性は!?)

男(女ちゃんが逃げても奴が追いつく可能性はッ!?)

金髪『男ッ! 僕と茶髪はもう外に出た! 君も急ぐんだ!』

男「…………」

放火魔「ヒヒヒヒ……ヒ?」

男(女ちゃんが傷つく事ッ! それだけは何を犠牲にしてもあってはならないッ!!)ザッ

放火魔「何だ……? ガキが……俺っちに、何の用だ……?」

男(影の射程はニメートル。一気に片をつけるッ――)

駆け出した男はすぐに影を現すと、拳を振りかぶる。

男「――!」

放火魔「!!」

次の瞬間には男を炎が包んでいた。

男「うおおおッ!」

火の粉を払い転がりながら、男はロビーに据えられた観葉植物に突っ込んだ。

放火魔「…………」

放火魔「おめェもよォォォ……俺を馬鹿にする一人って事だ……」

男「…………」

放火魔「そうだよな!? えェッ!? 燃やしてやるッ!!」

男(逃げろッ!)ズガッ!

男「!?――」

後方で爆発が起こる。観葉植物の葉は吹き飛び茎は灰になっていた。

男「ぐおおおッ! 何ぃぃぃ!?」ゴロゴロゴロ

男は爆発に煽られ床を転がり、放火魔から少し離れた場所で体制を立て直した。

男(何だと……? 今の威力は……さっきまでの比じゃあない!)

放火魔「お……?」

男(火炎の砲弾だ! あんなのをくらったらひとたまりもないぞ……)

放火魔「……やっぱよォ~~~……俺っちってば天才だァァ……」

男「…………」

放火魔「この力でよォォォ……今まで俺っちを馬鹿にしたやつらを皆灰にしてやるぜ……」

男(しゃべっている余裕があるのかッ!?)グォォオッ!

男は再び距離を詰め影の拳で殴りかかる。


放火魔「…………」

何かが破裂するような音に、男が眼下を見下ろす……

そこにあったのは地中から吹き出る炎の幕だった。

男(何ィィィ!?)バッ

すぐに急ブレーキをかけ、後退する。

続く破裂音。

男「!?」

炎のカーテンを突き破って炎の砲弾が迫っていた。

男「――がッ……!」

砲弾の爆発を受けた男は後方に吹き飛ばされる。

放火魔「…………やっぱ俺っちは馬鹿じゃねェ~~~……」

――

男(ぐぉ……ぉ……)

男(……なん、とか。……砲弾を足で蹴飛ばして直撃は避けられたが……くそっ)

右足からは煙が上がっている。焼けた服の間から見えるのは、炭化した足の肉だ。

男(……焼けたのは表面だけみたいだ……まだ動ける……。だが……とっさに角の向こうに隠れたのはいいものの、今見つかったらやばい……ッ!)

男(しかもあの炎のカーテンをどうにかしなけりゃ、奴には近づけない……)

男「………」ザザッ

男「!」

金髪『男、聞こえるかい!?』

男「あ、あぁ……」

男(このインカム、まだ壊れて無かったのか……)

金髪『良かった。無事だったんだね、僕は近くに、女性二人は安全な所に避難している。茶髪の治療もすんだよ。君も早く脱出するんだ』

男「それは良かったが……俺は動けそうにない……」

金髪『まさか怪我したのか!?』

男「右足をちょっとな……、奴から逃げ切るには難しそうだ」

金髪『……ッ』

男「それに今奴を倒さなきゃ……、あの放火魔、能力をパワーアップさせやがった。前のが火だとしたら、今のは猛火だな…」

金髪『なんだって? 能力が……?』

男「でさぁ、奴をぶっ飛ばすには奴の前にある火の幕をどうにかしなきゃならないんだ……これ、どうにかするいい考えはないか?」

金髪『男!? まだあいつの相手をする気なのか!?』

男「……奴は逃しちゃならない、……早めに頼むぜ」

金髪『…………っ』

女『…そこから一番近い別の通路の先に消火栓がある』

男(女ちゃん!?)

女『それでどう?』

金髪『女さん!?』

男「……よさそうだ、それに力が湧いてきた」

男(奴を逃せば女ちゃんの家を燃やしに行く確率も0じゃない。……女ちゃんの為に奴を倒す"勇気"が湧いて来たッ!)



放火魔(仕掛けてこねぇ……やっぱり死んだのか? さっきの俺っちの攻撃で……あのガキ…)

放火魔(……考えてみりゃあ、俺っちがこんな火の中に隠れてる必要はねェ……)

放火魔「俺っちは最強なんだからよォォォ~~~~~ッ!」ボフッ

男(炎が消えたッ!)

…男は消火栓のアドバイスをもらった後、隙をうかがっていたのだ。

放火魔が油断する隙を。

男「ッ!」ドッバァァァ

男(だぁぁぁ走れぇぇぇ~~~ッ!)ダダダダダ

当然、放火魔には気付かれる。

放火魔「いたッ! やはりッ!! 俺っちの隙をうかがってやがったなァァ!?」

男(フンッ! 遅ぇ! もうロビーを過ぎるぞっ! よしッ! 消火栓が見えてきたぜ!)ズキズキ

男は痛む足に鞭打ち今の全力で走る。

放火魔「……」ボッ

ボッ

男(このまま消火栓まで逃げ切るッ!)

ボボッ

男(……)チラッ

男が走る通路、その既に通過した入り口の四角から火が噴き出していた。

それはどんどん勢いを増し、噴き出す場所も増やし、背後から男を追ってくる。

男(何ィィィッ!?)

男(あいつ、どこからでも火を出せるのかッ!? このままでは追いつかれる!)

放火魔「……」ドフッ ドフッ

そして追撃の火炎弾がニ発放たれる。

男(うおおおお!!)

男(何かないか?! 一気に距離を稼ぐ方法……!)

男(……そうだッ!)

男「…」ズバァァッ

噴き出す火にあぶられる直前、男は大ジャンプでそれを脱した。

男(スタンドは……こういう使い方もできた。影にも同じ事ができたのは幸運だッ!)

男はそのまま消火栓の場所まで到達すると、扉を開けてホースを掴みだす。

男「掴んだッ! 消火栓のホースをっ――」ボボボッ

男「何ィィ!?」

消火栓のホースが燃え上がる。

放火魔「そんな小手先俺っちには効かねェー――ッ!」

炎の中から放火魔が姿を現す。

男「!!」

男(まずい……! 今にも奴は火炎を放つぞ…ッ)

男(距離は俺の射程外だ! な、なにかないか――)

男(鎖! いや、鎖を伸ばしてぶつけたとして、たいして意味は無い。こんな狭い通路じゃ勢いもつかないッ!)

放火魔「燃えろォォォー―――!!」

男「くっ!」

影「…」ジャラッ

男「!?」

影が男の前にでる、影が出した左腕に影の体にあるひし形の模様が集まっていく。

ひし形は鎖に変わると、左腕に固まり、白い盾に変じた。

男(鎖を集めて盾を作ったのか!?)

影「…」

男「…突撃する!」

放火魔「うォォ燃えろォォォッ!」ドフッドフッ

男(火炎弾……耐えられるか……!?)

通路で一際大きな爆発が起こる。

影「…」

男(耐えたッ! 後ニメートル!)チリチリ

放火魔「なっ……。!!」バッ

放火魔は両手を前に突き出す。

そこから生まれた火炎が通路を覆った。

放火魔「ひゃげェェェー―ッ!」ゴォォォ…

火炎を突き破って影が現れる。

放火魔「ブゲッ!」グシャ

影の拳に殴られた放火魔は回転して吹っ飛んだ後、通路の入り口に墜落した。

放火魔「ぼぎゃ…」ズシャッ

男は放火魔に向かっていく。

男「……火傷しちまったぜ」

放火魔「ゥ……ご……」

放火魔は両手で床を掻き毟り、這いつくばって逃走を開始する。

影「…」ガシ

影が放火魔を掴み上げた。

インカムに通信が入る。

女『…オラオラ?』

放火魔「ひ……ひぎぇ…」

男「こいつは火傷じゃ済まねぇぞ!!」

影「…」ズドドドドドドド!

男「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」

影が連続でパンチをたたき込み、放火魔をボコボコに殴りあげる。

影は最後に放火魔を殴りあげ、気を失った放火魔は床にぐしゃり音を立てて落ちた。

男「ぷぅ……」

放火魔「 」

男「次の時は無駄無駄でもやってみるか……」

――

しばらくすると警察がマンションになだれ込み、放火魔は御用となった。

一緒に来た金髪に治療を受けた男だったが、右足の怪我があまりにも酷かったため入院する事になった。

―病院

男「いでェよォ~~~~……さっと治せないのかよぉ~金髪ゥ~~……」

金髪「僕の力は"傷を塞ぐ"ことだからね……過ぎた火傷の治療は難しいんだよ」

金髪「まぁ、明日には別のタイプの治療系能力者が来るから。我慢するんだね」

男「マジかよ……」

金髪「そうそう、茶髪が勝手な行動についてお説教するってさ。退院しても大変だね、男」

男「かっ……」

金髪「…それじゃあそろそろ僕は帰るよ」

男「ああ」

金髪「お大事にね」

個室の扉が閉められる。

男「ん? 金髪の奴携帯忘れてってるぞ……。まぁとりにくるか」

男「…………」

男「炎使い……恐ろしい相手だった……」

男「だけど女ちゃんは負傷ゼロ……」

男「…やったぜ!」ガッツ!

男(ついでに茶髪も火傷跡とかも残らなかったみたいだし……良かったな)

男「……女ちゃん」

男は携帯をとりだすと、ツイッターのページに繋いだ。

男(○ちゃん……俺は。君と女ちゃんが別人だって事ぐらい分かってる)

男(けど女ちゃんは……さえない俺に神様がくれた奇跡だ)

男「俺は女ちゃんが好きだ」

男(だけど知っていて欲しい……俺は○ちゃんの事も愛している。二人共等しく好きなんだという事をッ)

男(きっと女ちゃんは○ちゃん本人で、俺に会うために現実にでてきてくれたんだと信じてる!)

男(うまく言えないけど……俺は全てを二人の為に使うよ)

男「うおお早く2日経てッ! 女ちゃんに会いたいぃぃ!」

…以上

――病院の個室でアニメキャラの画像を見つめた成人男性の独白――

男(女ちゃん女ちゃん女ちゃん…)

――

金髪(いけない、携帯を忘れた……)

金髪は駆け足で男の個室に向かっていた。

その入り口での事。

金髪「あれっ? 女さんもお見舞? 中に入らないのかい」

女「……とりこみちゅー」

金髪「……?」

ちょいと休憩。

おつ

支援

>>167
ぐしゃり「と」だった

二日後

退院した男はすぐに喫茶店に向かった。

男(ん? close……今日は臨時休業か……?)

ふと視界の端に映った看板に気をとられつつ、男は裏口に向かう。

男「…」ガチャリ

男(今日は皆揃ってる日だよな……あれ、話し声が聞こえてくるぞ)

男はまっすぐホールへと向かった。

男「おはよう…」

茶髪「あぁ、来た来た」

金髪「噂をすれば影ってやつだね」

女「おはよー」

男(女ちゃん…)デヘッ

男「…その人は?」

喫茶店の、いつも男達四人が座るスペース……その男が座る位置に居座る見覚えのない男。

男(女ちゃんの向かいの席に(重要)……そこは俺の場所だ)

男は不満げに目を細めた。

金髪「本部から来た人だよ。実は僕らの支部は支部長が不在だったんだけど、彼がそれを買ってでてくれたんだ」

男(またイケメンか……)

「こんにちは。久しぶりだね、男……」

男「……?」

友「友、だよ。中学校ぶりだね……」

男(なに……?)

茶髪「なによ。男、知り合いなの?」

男はしばし呆気にとられる。

その様子を予想していたように、友は言った。

友「マリー、パン、劣悪種……俺も能力者になってさ。見た目の変化はそのせいさ、ともかく納得してくれたか?」

男「…………」

男(マリーは友の自作小説のキャラクター…、友は米よりパンが好きだった……)

男「あ、あぁ……」

茶髪「なによそれ、暗号?」

友「そんなところですね、僕と男にしか分かりません」

金髪「二人は同級生だったのかい?」

友「えぇ、そうです」

男(……友が、能力者だった……? それに、今日から俺達の支部長だって……?)

茶髪「そーだ、支部長サンの能力ってなんなの? さっきから気になってたんだけど」

友「あぁ、言ってませんでしたっけ」

男「…………」

友「――確率を支配する能力です」



男はそこからの事はよく覚えていない。

確か友に茶髪と金髪が質問攻めをして、それを中心に他愛ない話をしていたと記憶しているが、曖昧だ。

男は気分を悪くしていたのだ、原因はよく分からない。

せっかく女が淹れてくれたお茶も残してしまうほどに。

その後集まりは解散し、男は友に呼びだされて喫茶店の屋上にいた。

友「今日は雲が無い、夕日が綺麗だよ。男」

男「…………」

友「どうしたんだ? さっきから黙りじゃないかよ。久しぶりに会ったってのにさ」

男「……」

友「……この前の事件。男が放火魔を捕まえたやつだよ。あれで俺はお前の事を知ったんだ」

友「まさかお前も能力者になってたなんてな」

男「……あぁ」

友「そうだ、今お前、普段は何してるんだ?」

男「…………」

友「……ん?」

男「……フリーター」

友「…フリーターか、夢があっていいと思うよ」フッ

男(!!)

友「……ともかく、これからよろしくな。男」

男「…………」

友「お前らの支部長として、精一杯頑張るつもりだからさ……」

男「…………」

友「……伝えたかった事はそれだけだよ。仲良くやろう、男」

男「………………」

本当にそれだけ言い残すと、友は階段を下って行った。

男「…………」

男(分かった……この感覚……)

男(劣等感だ……)

露骨だった。

思えば中学生の時から友は秀才。男は凡骨以下の馬鹿だった。

テストでは赤点ギリギリだったり、頑張っても七十点程度。友は満点があたりまえだった。

男(唯一の友達のあいつとつるんでた時、それがコンプレックスだった……今、思いだした……)

そしてさっき喫茶店に来た時に感じた妙な感情……、それは焦りだ。

ちゃんとした"大人"の他四人に、"子供"の男がおいていかれてしまいそうな焦燥感。

男(俺は……何をしている?)

学生の時は微々たる差だった。たったテストの点数三十点分……

それが今は? 浪人という建前のバイト生活な駄目男。反して一流大学現役生で、国のという社会の中でさえ立場を獲得している友。

男がほうけている間にこの差はついたのだ。全ては自分が悪い。

そして最後の……友の嘲り。

男(…………)

男は悟っていた。友が再会の挨拶の他に何かを言おうとしていた事を。

しかし、男の現状を知って友はそれを言うのを止めたのだ。

男のなけなしのプライドはもうズタズタだった。

自分の情けなさに更に情けない気分になる。

男(…………帰ろう)

男は屋上から階下へ続く階段へ向かう。辺りはもう闇に染まっていた。

男「…………」

喫茶店の中に戻り、男は屋上へ続く階段への扉に施錠する。

男「いっ!?」

茶髪「……」

男「び、びっくりした……まだいたのか……」

茶髪「いて悪い? 私の店なんだけど」

男「悪か、ないけどさ……」

茶髪「嫌なやつねー、アイツ。最悪って感じ」

男は恥ずかしさに頬が紅潮するのを感じた。

男「見てたのか……!?」

茶髪「……暇だったから、つい」ペロ

茶髪は謝っているつもりなのか、少し舌をだしてみせる。男はそれに対して感想を持つ余力も無かった。

男「……じゃあ、俺……帰るから……」

茶髪「…待ちなさい」

男「……」

茶髪「なぁにか忘れてない?」

男「え……?」

茶髪「金髪から聞いてない? この前の作成であんたが勝手に行動した事に対してのお説教。今からするから」

男「…………本気で?」

茶髪「本気も本気。ほら、こっちにきなさい。逃げたら承知しないわよ?」

男「…………」ハハ

渇いた笑いが出る。

男(……最低だ……今日は……)

茶髪は男を事務所まで連れていくと、男をパイプイスに座らせた。

茶髪は丸椅子に座ると、手を広げると言った。

茶髪「ん。ほら」

男「…………?」

男(何してんだ……こいつ……?)

茶髪「泣けば?」

男「はっ…?」

男は間の抜けた声をあげた。

茶髪「泣きたいんでしょ? 泣けば? ほら、あたしの胸貸したげるから」

男「……な、んで…?」

茶髪「あんたの事情は知ってるし、表情みりゃわかるわよ」

茶髪「このまま帰したら石にけつまずいてそのまま死にそうだし、声枯れてるし」

茶髪「だから、思いっきり泣いてすっきりすれば?」

男「泣く、とか……ガキじゃねぇ、し……」

男「…………」

茶髪「……はやくしないとあんたのその歪んだ変な顔、あたしの頭に記憶されちゃうかもよ」

男「………………」

茶髪「ほら」

男「……………………」

茶髪「……めんどくさいやつ!」ギュッ

男「? …!」

男は茶髪に抱きしめられる。すると、抑えていた何かが張り裂けた気がした。

――

男「あの、さぁ…」

茶髪「ん?」

男「金髪や女ちゃんには……、黙っててくれよ…。……恥ずかしい、し」

茶髪「いいよ?」

男「えっ? いいのか?」

茶髪「ただし」

男「!」

茶髪「あんたの涙と鼻水で汚れた服の代金は給料から天引きよ。それとリーダーはあの友とかいうすかしヤローじゃなくて変わらずあたし、おーけー? それに今以上に仕事は頑張る事。あとねあとね――」

それから幾つもの要求を男は言われたが。どうにも断る気分じゃなかった。

そして茶髪に口止めを念押したあと、ようやく帰路についたのであった……。



茶髪「ふー……、世話の焼ける部下だこと」

女「…茶髪……、男…何かあったの?」

茶髪「あら……女。見てたの?」

女「私の部屋まで思いっきり聞こえてきたし……」

茶髪「あはは……泣き声でかすぎんのはあたしのせいじゃないわよねー…」

――

秘密がものの数分で露呈したとは梅雨知らず…

男は多少軽くなった足取りで夜道を歩いていた。

男(……情けねぇぇぇ……///)カー

男(くそっ。醜態さらすのもいいとこいったぜこんちきしょい!)

男(……思いきしないたら腹減ったな……。コンビニでも寄ってくか……)

男(…今日は酒でも飲むかな! ……飲んだ事ないけど)

―買い物後

男(……でも大分心が軽くなったな……)

男(……母親ってあんな感じかな…)

男(…………)

男はいつも通る近道の路地裏を進んでいた。

?「……」スゥゥ…

男(……)

銀に月光を反射する"物"が、男の首筋に近づいていく……

それは男の首筋を通りすぎ、男の眼前に姿を現した。

男「何……!?」

┠"┠"┠"┠"

男(こいつは……ッ! いつの間に……!?)

?「…………」

鋭利なナイフが、男の首に添えられている。

┠"┠"┠"

男(能力者――)

男「――シャドウー―――ッ!」

影「ッ!」ブオッ

男が影で背後を攻撃した時……、すでにそこには何もいない。

男「…………」

男「はっ!」バッ!

男は自分を照らす光にいつの間にかさしていた影に気がつく。

それはいつの間にか建物のヘリに掴まっていた。

男(なんだ……!? "速い"とか、そういうレベルじゃない……)

男(一瞬で気配が"消えた"!! あいつはッ!)

次の瞬間、能力者の姿はすでにそこに無かった。

男「……」

男(今の……小柄な野郎……いったい……?)

――

翌日

友「やぁおはよう、友」

喫茶店に来た男を一番に発見し、声をかけたのは友だった。

男「……おはよう」

更衣室に設置されている小さな事務机の椅子に友は座っていた。

友「…………」

男「…………」

男は少しの間、友と視線を交錯させた後。自分のロッカーへ向かった。

男(この"対抗心"は……俺が抱く勝手なものだ……)

男(だが、自分を誇れる男にならなくては……一刻も早く…)

友「…………」

男(でなければ、女ちゃんに顔向けができないッ! いまの俺では、彼女の同僚でいることさえも、許されない!)

男は着替えを終えると、厨房に向かう。

男(だが気になるのは友……お前のその"代わり様"だ…。高慢さが増した事は納得できるが、その顔や体型は……?)

男(あいつは友で間違いない……だが、あいつは今、茶髪の高身長イケメン……昔は…えが○ら似で黒ハリネズミ頭の、太い体型だったハズだが……)



その日仕事を終えた男は、ちょうど同時刻に仕事を終えた金髪に頼み込んだ。

男「金髪……俺に勉強を教えてくれないかっ!」

金髪「とうとつだね。構わないけど……科目はなんだい?」

男は目を反らしつつ、

男「ぜ、全部…」

金髪「…全部?」

男「受験勉強だ、大学を目指したい……金髪も大学生だったろ? 分からないところをちょくちょく教えて欲しい…」

金髪「いいよ。いつにする?」

男「明日もバイトだろ? 休憩時間に頼めるか……?」

金髪「構わないよ。じゃあ僕が何か用意したほうがいいものとかはあるかい?」

男「いや……そういうのは俺がそろえるよ」

金髪「分かったよ。じゃあ明日」

男「…ああ」

金髪は手を振ると、先に更衣室を後にした。

男(……よし、頑張ろう)

男(俺は今日から本気だす!)

――翌日

休憩時間に勉強会が開かれる。幸いその日は女が非番の日だった。

休憩時間が始まり、男は参考書をとりに更衣室へ戻る。

茶髪「んっ? 男、な~に? ソレ」

男「参考書」

茶髪「何よ、勉強~? あんた大学にでもいくつもり?」

男「ああ」

茶髪「そっ」

男は金髪が待つテーブルへと向かった。

金髪「じゃあ始めようか」

男「…友は?」

金髪「昼食は外でとるんだってさ、さっき出ていったよ」

茶髪「や~なやつ! ふんぞりかえっちゃってんまぁ~……ムカつく! 一日中ぼーっと店の端っこに座ってるだけじゃないのー!」キー!

金髪(やれやれ、またヒステリックが始まったな……)チラッ

男(触らぬ神にたたりなし……)

こと茶髪への対応についてはこの男二人。すでにスペシャリストである。

あうんの呼吸、アイコンタクトで全てを伝え合う。

金髪(僕らは勉強に集中しよう)

男(ああ)

男(……それにしても、今日は女ちゃんが休みで本当に良かった…)

男(これから始まる俺の"ヘボ味"は、絶対女ちゃんに見せられない……)

金髪「さて、じゃあどこを教えればいいんだい?」

男「あぁ……その、……この数式が分からない……」

金髪「…………」

男「…………」

金髪「男……、これは。数Ⅰだね?」

男「……うん」

金髪「しかもこれは高校生で習う場所じゃないかい?」

男「……工業高校だったんだ……」

男(しかも偏差値がアレだったから相当ヘボなトコ……)

茶髪「何? あんた今更そんなところも分からない訳? もう夏も終わるわよっ? 大学受験なめすぎじゃいの??」ズバッ

男「うぐ」

金髪「……男。今からこれじゃあ……相当頑張らないと難しいよ?」

男「…分かってる」

男「だけど……これ以上浪人ってのは……本格的にヤバい……。一人じゃもう取り返せないんだ。……だから頼むっ、金髪ッ!」

金髪「…今更断ったりはしないさ。ただ男。そうとう大変だよ? 頑張れるかい?」

男「もちろんだっ」

茶髪「あたしも手伝ったげる」

男「えっ? 茶髪が?」

茶髪「あッ! 馬鹿にしたわねッ!? これでもあたしは慶応大学出身よ!?」

男(……マジ?)

男「い、いや……滅相もない。茶髪様……お願いいたします……」

茶髪「……まぁいいわ」

金髪「それじゃあ男。早速始めようか。目安としてはこの参考書を全部理解するのに一週間ってとこだね」

男「…一週間……」

茶髪「長すぎ。3日でいいわ。それと男、集中する為にこれから女の事見たり考えたりすんの禁止。代わりに勉強の事だけ考えなさい」

男「えぇっ!? そんな殺生なぁ……」

金髪「スパルタだね……」

茶髪「何も一瞬も想うなとは言ってないわ。ただ、今までみたいに長時間眺めたり、妄想は禁止。時間がもったいないでしょ?」

男「…………」

茶髪「ハイはッ!?」

男「はい…」

茶髪「それじゃーさっさと始めるわよ。試験まで半年もないんだから!」

――

――帰り道

男(…………)

男(俺ってこんなに馬鹿だったのか……)

男(…………帰ってこの参考書、半分終わらせるのか……たるいなぁ……)

男(……やるって決めたんだ。頑張ろう、目指すは友のいる位置)

男(いや違う。あいつを超すんだ! でなければ俺の心が晴れる事は無いッ!)

カチッ カチッ カチッ カチッ

男(!? なんだ……? この音……)

……耳障りな音は上方から響いてくる。

カチカチカチカチカチカチ

?「……」

男(――電灯の上ッ! 昨日の能力者ッ!!)

男はすぐさま影を現した。

男(先手必勝だッ! シャドウー――!)

男「オラァ!」ズガッ!

男が影で殴り付けると、柱がへこみ、衝撃で電灯が破裂する。

カチカチカチカチカチ

男「!!?」

何かを打ち鳴らすような音はすぐ下から聞こえてくる――

カチッ カチッ カチッ カチッ

男とその能力者の距離は数センチも無い。寄り添うように傍にいる。

夜の闇が敵の姿を隠している。電灯の光が無くなったから尚更だ。

大きな目玉が下から男を見上げている。

?「…」カチッ カチッ

男「――」ゾクッ

耳障りな音は、"歯を打ち鳴らす音"だ。

男「うがあああっ!」ブンブン

男は影と一緒にやたらに拳を前に放つ。

しかし、既に敵はそこにいない。

ヒッヒッヒッ

男「……っ」

ヒャーッヒャッヒャッ!

男「…………」

叫び声を残して謎の能力者は姿を消した。

男「…………」

男「なんなんだよ……」

男「…………?」

腹部に熱を感じて男は視線を下ろした。

男の服と下の肉に、一文字に切り傷が走っていた。

男「ぐあッ!? なにィィィ!!」ガクッ

気づいた途端に激痛が襲ってくる。

男(き、傷は浅い……しかし、何だとぉぉぉ……ッ!? まただ、また見えなかった! あの能力者はいつの間にこの傷をつけていった?!)

男(それだけじゃあないッ! 奴は何度も移動したが、その"過程"が全く見えなかった!)

男(……過程が見えなかった……?)

男(……一瞬で移動する……移動の瞬間から見えなくなる……)

男(まさか……奴はッ!)

男("時を止める"能力者か!?)

男(しかし俺が狙いなら、なぜ殺さなかった……? この、恐らく昨日見たナイフによる傷。これが首に向かっていたら俺は死んでいた……)

男(いったい何が狙いだ……?)

男「……」

男「……てて、まだ病院開いてるかな……」



翌日―喫茶店―

金髪「治ったよ」

男「悪いな……」

金髪「…いったいどこでこんな傷を作ってきたんだい?」

男「昨日、能力者に襲われたんだ」

金髪「なに? それじゃあこの傷はその能力者に?」

男「ああ……どうにもやつは、時間を止めるらしい。傷はそいつの持ってたナイフで止まってる間に、だ」

金髪「その能力者は僕らを狙っているのか?」

男「いや……そんな感じじゃなかった。今のところは俺が狙いのように思える」

金髪「……何か対策を練った方がいいな」

男「…………」



その日の休憩時間になると、茶髪はバイトの店員を早く上がらせ、男達を呼び集めた。

金髪「なんだい茶髪、まさか事件が?」

茶髪「んーん。支部長サンからお話があるそうよ」

男「…………」

女「……」ポチポチ

茶髪「ほら女、携帯いじってないで」

女「…」パタ

友「…いいかな?」

…カチッ

男(!?)

茶髪「どうぞ~」

友「実は本部から一人子供の能力者を預かってきていまして……。その子が是非僕の下で能力者の仕事ぶりを学ばせてほしいそうでしてね……」

金髪「子供の能力者が……?」

男(今の音は……まさか!?)キョロキョロ

茶髪「肝心の子供は?」

友「それがちょっと目を離したちょくごにどこかに行ってしまいまして……」

?「……」カチッ カチッ カチッ

男「…………!」

男(こいつ――俺の背後にッ!?)

金髪「この店の中のどこかにいるという事ですか?」

友「えぇ、多分」

?「……」カチッ カチッ カチッ!

男(近づいてくる!)

影「―!」フオッ

男(シャドウッ! うらぁぁっ!!)

女「っ!?」

影が何もない床を殴り付ける。

男「・・・」

友「あぁ……そこにいたんだ」

?「……」ドドドドドドドド

三白眼の子供がいた。床を殴り付ける為に折り曲げた男の背中に。

男(何ィー――ッ! このガキ……!?)

?「……」ベチョッ

男(鼻から垂らしたクソを……俺の背中で"拭いている"ッ!!)

影「…」ジャララララッ!

影から伸びた幾つもの鎖の束が男の背中の上でぶつかり合う。

すでに子供はそこにいない。友の隣に避難している。

男(やつが俺を襲った敵だと伝えるんだッ!)

友「――紹介するよ。この子がその能力者の子さ。名前は厨ニ、"今日の朝僕とこの町に来た"」

厨ニ「厨ニでェェェす。よろピコッ、…特にお姉ちゃん二人。ウヒ」

男(友ぉぉぉぉ!?)

男「違うッ! そいつはて――」ガッ

男「ぐあっ!」ズデ

男は何もない場所で転び、言葉を遮られる。

友「……」

男(なんだ……? 転んだッ!? 今俺は何もないところで蹴躓いたのか? 自分の足に足をとられて!?)

茶髪「……さっきから、男あんた何してんの? 暴れ回るのやめてほしいんだけど」

女「…」

金髪「……」

厨ニ「うひ、うヒヒヒヒッ」

男(う、うおおおッ!? みんな奇異の目で俺を見ているッ……お、女ちゃんさえも……!)

友「男……いったいどうしたんだ?」

男「…………!」

男(この……状況は!)

男(今ここで俺がこの二日の出来事を話し、あの厨ニとかいうガキが敵だと説明しても……)

男(みんなは信じないッ! 今友が、ガキは"今朝この町に来た"と言ったからだ!)

男(完全に孤立させられたッ! すでに攻撃は"始まって"いる!)

厨ニ「…………」カチッ カチッ カチッ カチッ

――

結局その日は誤解をとけないまま過ぎていき……

上がりの時間になる。

男(…金髪にはあのガキが敵だという事を伝えておかなくては。金髪は俺の傷を治療したんだ、信じてくれるはず)

厨ニ「ダメだよ」

男「!?」

男(またこいつッ――いつの間に!)

厨ニ「バラしたら、その人が死んじゃうよ……ウヒヒッ」スパッ

男「っ!」

厨ニのナイフでつけられた男の腕の傷から血が流れ落ちる。

厨ニ「ちなみにその傷、能力で治すのも禁止。ウピッ!」

男「…お前の狙いはなんだ」

すでに厨ニの姿はそこになかった。

男「…………」

男(ヘンなクソヤローに目をつけられたもんだ……)

男(やはり友とあの中坊は手を組んでいるのか? そうに違いない、友があのガキを連れてきたなら、あのガキがおとといからこの町にいたというのは、友が一番よくわかっているはず)

男(……心配なのは女ちゃんだ……。あのクソガキめ……女ちゃんに何かしてみやがれ、絶対に許さんぞ…)



「きゃああああっ!」

厨ニ「ぶーーーん! ウピピッ!」

厨ニが喫茶店にくるようになってから数日が経過していた。

茶髪「またあのエロガキ?」

男「…………」

金髪「……やれやれ」

女「……」

男「出来たぞ」

金髪「オーケー」

出来上がった料理を金髪が運んでいくのを見送った後、茶髪がため息をついた。

茶髪「やめてほしいわね……、スカートめくりなんて。さすがにそろそろバイトの子が辞めちゃいそうだわ」

女「…同感」

男「…………」

茶髪は頭に手を当てつつ視線を泳がせる。ふと、それが男の胸元でとまった。

茶髪「そいや男あんた、店員証は?」

男「……無くした」

茶髪「はぁ?」

男「朝来たら無くなってた…」

茶髪「もー……、どっかに落としたんじゃないの? しっかりしてよね」

男「…ごめん」

女「…………」

ここ数日、男の私物がよく無くなった。それが厨ニの仕業だという事は言うまでもない。

厨ニ「あれっ? 女お姉ちゃんここにいたんだ」

男「…!」

厨ニ「注文とりにはいかないの?」ニヨニヨ

男(こいつ……っ!)

この厨ニという中学生の子供……とんだエロガキだ。

能力者の有り様を学ぶという建前でこの喫茶店にいすわり、実際は女子連中にちょっかいを出す事しかしていない。

男(……まだ女ちゃんは被害にあってないからいいものの……)

友は相変わらず支部長として就任した初日から同じように、店の一角を支配して本を読むかパソコンをいじるか……それだけだ。

茶髪が厨ニの行動について注意するよう頼んだはずだが、全く効果がないどころか悪化している。

男(クソガキめ……)

厨ニ「ねぇお姉ちゃん、あっちに行こうよォ~~~~、ねぇねぇねェ~~~ってばァ~~」グイグイ

男(このクソガキッ! 気安く女ちゃんに触れるんじゃあないッ!)

女はいつもとかわらないような表情で目線だけを厨ニに向けた。

女「……遠慮しとく、なんか今日はもう疲れたし」

厨ニ「えェ~~~~ッ!? 行こうよォ~行こうよォ~ッ」グイグイグイ

男(…)ブツッ

茶髪「…厨ニクン? それより友サンに能力者のノウハウでも教わったら? 君はそれが目的でここにいるんでしょ?」

厨ニ「…………」

茶髪「……」

厨ニ「……分かった」

茶髪に圧倒されたのか、厨ニはおとなしく引き下がった。

茶髪「…………」

女「茶髪、ありがと」

茶髪「ん」

男(…………)

茶髪「ほら男、手ぇ止まってるわよ」

男「あ」サササッ

男(……妙だな)

男(あのクソガキ……素直すぎる。あの性格だ、もう少し駄々をこねるかと思ったんだが……)

男(……それに、奴は"時間を止める"能力を持っているんだ。なぜそれを使わない……?)

男(あのエロ河童にがそういう使い方を思いつかないとは思えない……使わないにこしたことはないが…)

――



更衣室

厨ニ「ウッ! おふっ、おうっふう! ……でたでた」

厨ニ「あのババァ……俺をコケにしやがってよォォォ……ふぅ」

厨ニ「はぁぁ……女お姉ちゃんの服でこすってると思うと興奮していっぱいでたな……ウヒ」

厨ニ「女お姉ちゃんと俺はきっと前世で恋人だったんだ……、でなきゃこの気持ちはよォォォ。…うへへ」

厨ニ「…………」

厨ニ「そうだッ! あのバカの店員証を置くんだったな……忘れるところだったぜ」



厨ニ「友さ~ん」

友「お、厨ニ。どうだ? うまくいったか?」

厨ニ「はいィィ~~~もちろんですよ~~。俺の……"五秒間俺以外の時間をぶっとばす"能力なら……」

友「あぁ……だがお前は時間をぶっとばしてる間は"自分も意識が無い"からな……気をつけるんだ」

厨ニ「ラジャー!」ビシッ

友「……これからも頼むぞ。…その為にお前を選んだんだからな……」

友(本当にゲスなやつだ……このガキは……。全く躊躇なくやってきやがった……)

友(そしてバカだ。だが、だからこそ使いやすくもある……)

友(……この支部の連中。長い事自分達だけでやってきたせいか、全く俺を敬わねぇ。気に入らねぇなぁ……)

友(……俺の目的の第一歩として、この支部の連中は全員手駒に加えたい)

友(だが男……お前は別だ。はっきり言って失望したよ、お前のようなカスは必要ない。肩を並べればこの俺の品位が落ちそうだ)

友(男……俺はお前を使って切り崩していく事にしたよ……この支部の結束を)

友(そして男……、お前が作った溝にこの友が入り込むのだ……。ククク……)



男「……?」

金髪「なんだか更衣室の方が騒がしくないかい?」

男(……更衣室には今、先に上がる女ちゃんがいる……。まさかッ!?)

男と金髪は頷き会うと、厨房の作業を中断して更衣室に向かった。



金髪「何かあったみたいだね……」

更衣室には数人の店員が集まっていた。

男「…………」

金髪「みんな? 何があったんだい?」

「あ、金髪さん……きゃあああ!?」

振り返ったバイトの一人が突然悲鳴を上げて後退った。

男・金髪「?」

「やっぱり! "店員証が無いッ!"」

男(…!?)

男(なんだ、この胸騒ぎは……)

金髪「落ち着いて。どういう事か説明してくれるかい?」

「……。見ればわかりますよ」

別の店員が言った。その隣には女、その前には女のロッカーがある。

金髪は男に待つようジェスチャーすると、一人確認に向かう。

金髪「! これは……」

男「金髪? 何が……?」

男はたまらず何が起こっているのかを、確認しに向かう。

男「…………!?」

「わ、私……茶髪さんに伝えてきます」

バイトの一人が小走りで更衣室を後にする。

男(まっ……、…………)

男(なっ……、なんだこれは……? …………)

男の体から一気に汗がふきだす。

女「…………」

男「ま、待って…くれ。……女、ちゃん……。俺じゃない……違うんだ…」

「店員証が一緒にあったのよッ!? あんたじゃないなら誰だっていうのぉぉ!!」

最初に後退った店員が絶叫する。

「金髪さん! そいつを女ちゃんから離してェェーーッ!」

男「………」

男はよろめくように、自ら数歩後ろに下がった。

男(…めまいが、する……。頭が働かない……、違う、俺がやったんじゃないんだ、女ちゃん……)

男(……だめだ……ッ! 恐ろしくって、声がでない……、身じろぎ一つとれない……!)

男「……っ……か……!」

男(このまま女ちゃんに嫌われてしまうんじゃないか……そう考えたら、ビビッちまって声が……っ)

金髪「待った。もしこれが男の仕業として……わざわざ店員証を置いていくかな? 僕はそんな事をする意図がわからない」

男(金髪ゥー――――ッ!)

「それはきっと夢中で気が付かなかったのよォー――ッ!」

金髪「……だったら取りに戻るはずだ。店員証なんて分かりやすいもの、無くしたらすぐに気づくさ」

「……ッ」

先程からわめきちらしている店員は言葉をつまらせる。

「金髪さんなんでそんな奴を庇うのよォーッ! 何かアリバイでもあるっていうの!?」

金髪「……確かに、今日なんどか男は一人きりになる時間が何時かあった」

「ほらッ!」

金髪「けど僕は男がこんな事をするとは思えないッ! 絶対に! それに君だってしっているだろう? ほとんど一人で厨房を回している男の忙しさを! とても抜け出す時間は無い!」

「う……」

茶髪「…何の騒ぎよ」



それから男は別室に呼び出されると、茶髪にアリバイを証明するような質問を幾つかされた。

一緒に来ていた店員が男を疑ったが、金髪がなんとかそれを収めた。

その間、男はずっと震えていた。

……結局、疑いは完全に晴れないままその日は終わった。

閉店後

男「……ありがとな、金髪。さっきは俺……ビビッて声がでなかったから……」

金髪「気にしないでくれ、当然の事をしただけさ。それに男が女さんを思う気持ちはよく知ってるし、その男があんな卑劣な事をするとは思えないしね」

男「き、金髪……」

男「…………」ウルッ

男「……」ズァォオ

――その日、男はまた泣いた。

辺りはすっかり暗くなっている。

男(はぁ……最近涙腺がゆるすぎだな……)

男は帰り道にいた。

男(……真犯人は、すでに誰だか分かっている。クソガキ、貴様は越えてはならない一線を越えた)

男(…………)

カチッ カチッ カチッ

男「!!」

厨ニ「バカがよォォォ…無駄無駄無駄ァァ……。お前は倒されるんだよォ~~~、この厨ニ様になぁぁぁぁ」

声はすぐ後ろから聞こえる。

男「クソガキぶっ殺してやるッ!」

影「!」ズバッ

現れた影が振り向き様に後方を一閃する。

しかしすでに厨ニの姿は無かった。

男「……!」

厨ニ「ふぃ~おっかねェー。これだからバカな不良は……」ケラケラ

男は再び振り返る。

厨ニの姿は無い…

厨ニ「まだまだ終わりじゃねーぞー――?! この攻撃はお前がボロボロになるまで止めてやらねぇっ! ふひひゃはははははッ!!」

男「野郎……!」

走り去る音だけが聞こえてくる。

あっさりと男は厨ニをとり逃した。

男(なんとか考えるんだ……時を操る能力者を倒す方法を!)

――

男が予想した通り、翌日から他の店員の男に対する態度は悪くなった。

金髪「気にするなよ、男。ほら休憩の時間だ、テーブルに行こう」

男「……ああ」

金髪に連れられ、いつもの四人で使っているテーブルに向かいながら男は恐れる。

男(俺の席は女ちゃんの前だけど……座っていいのかな)

昨日の事件から男は女と会話をしていない。

女に男を避けているような様子は無かったが、それは今日、あまり近くにいなかったからかもしれない。

男(女ちゃん……)

金髪「気にするな、男」

金髪の耳打ちに小さく頷くと、男は縮こまるように席についた。

茶髪「あー、金髪。この前の話なんだけど…」

金髪「何の話だい?」

金茶コンビは世間話を初めてしまう。

男「…………」

女「……」サクサク

茶髪「ん? 何食べてんの、クッキー?」

女「ん~」サクサク

茶髪「珍しいわねー、手作り?」

女「うん」

男(…………)

男(頭がどうにかなりそうだ……、あのガキをどうにかする事よりも女ちゃんにどう思われてるのか気になって仕方がないッ!)

女「……」

男(…………)チラッ

女「……」ジー

男(うおお!? 目が合った!?)

男(な、なんか変な事でもしたかな……)アセアセ

女「…食べる?」ヒョイ

男「へっ?」

目の前には突き出されたクッキーがあった。

女「疲れた時には甘いものがきくんだよ~? なんだか男、今日はずっと強張ってるし」

男「…。!?」

女「あーん」

男「ぁえ?」スポ

男(!?!?!?!?)サクッ

男(甘……、甘ッ、甘ッ、甘ッ! 甘ァァァァびぁぁぁぁ!?)サクッサクッ

男(ぐぇあなにぃぃ!? 今俺は何をされたんだ? 口の中が甘い! これは女ちゃんのクッキーだッ!)

男(今、俺はこれを口の中に入れて貰ったのかぁぁぁっ!?)ズドドドドドドド

茶髪「……あんたら仲良いわねー。女、あたしにもちょうだいよ」

女「あーん」スッ

茶髪「おいち♪」

金髪「僕も」

女「んー」スッ

男(女ちゃんが俺にッ! 俺だけに手作りクッキーを食べさせてくれただとぉぉぉ!?)※先の事は気付いていない

男(うおおェアア!!!)

男が恐れていた事は、この四人の中に限っては無かった。

茶髪も言いはしないが、女の服を汚したのがだれかなんて事は分かっていた。

女とてそれは同じだった。

友「…………」

厨ニ「…………」カチッ カチッ カチッ

その日、金髪や女は先に帰る日だった。

男は茶髪と共に少し作業を終え、最後に更衣室を利用しに行く。

男(……?)ガサッ

荷物を持ち上げようとした時、何か紙のような物に気がつく。

男「……!」

男(…果たし状!?)

「本日20時に――――――で待つ。 厨ニ」

男(何だと……!?)

「追伸。それまでにお前が姿を見せなかった場合――

男(女ちゃんに攻撃を開始する!?)

男(指定場所は――今からじゃギリギリ間に合うか分からないところだッ!)

男は荷物と果たし状を放り出すと、全速力で走りだした。

男「お疲れ様っ!!」

茶髪「きゃっ!? …びっくりした……何なの?」

男は喫茶店から飛び出すと、能力を足に纏った。

――

ちょっと休憩しますゥォ

おつ。待ってるよ

男「ここかっ!?」

指定された場所……古いマンションが立ち並ぶ団地だ。

周囲に人の気配は無い。

今日は雲が月を完全に覆っている。団地の中に進めば視界は限られてくる。

男(…………!)

目の前に見覚えのある二つの三白眼が浮かんだ。

厨ニ「ほんとに来たんだ……うぎゃあはあははッ!」

男「……」

男(やはりいきなり現れた……。この土壇場で見極めなければならない、時を操る敵を倒す方法を)

厨ニ「バカ。その様子……よほど焦ってきたみたいだね?」

男「……」

厨ニ「急いだ原因は追伸かな? バカだねぇ、僕が女お姉ちゃんを傷つける訳ないじゃん」

厨ニ「……悪いけど男、お前にはここで死んで貰うよ。心配しなくていい、行方不明って事になるからさ」

男「なぜ俺を付け狙う?」

厨ニ「ん? 色々あるけどそうだなぁ……」

ワクワクだァー!

厨ニ「ゲームをしてるんだ」

男「……何?」

厨ニ「首都の方には俺みたいな子供の能力者がけっこういるんだよ。そいつらと賭けをしてるんだ」

厨ニ「お前がこの前倒した炎使いの能力者……、本部では最近、能力者の強さ訳ってのが考えられたんだけどさ?」

厨ニ「あの放火魔は上から数えた方がはやい位に強いやつだったんだよ、それを倒したお前に、本部は今、注目してる」

男(………)

厨ニ「本部じゃ子供どうしでグループを作ったりしてんだけどさァー、まぁそこでもあんたの話がでたわけよ」

厨ニ「今話題になってる奴を倒したら俺、ヒーローじゃない? ウヒヒャハハッ!」

男「!」

厨ニの姿が消える。

男「……」

少し間をおいて、マンションの二階部分にあるヘリの上に厨ニが現れた。

厨ニ「でよォォォ、賭けをしてんのさ。俺がお前を倒せるのかどうかって賭けをよォー――…」

厨ニ「でも、本当の一番の理由は他にあるんだ」

厨ニ「女ちゃん綺麗だよなァァ~~~本部で友さんにお前ンとこの資料見せて貰った時よォォ、女ちゃんのプロフィールも見つけたんだ」

男「…お前……」

厨ニ「俺は思ったね。あ、この子は俺のお嫁さんにふさわしいってね。俺の能力分かってるだろう? 今はお前がいるからあんま大きな動きはできなかったがよー――」

厨ニ「お前を倒した暁には女ちゃんを――」

男「あいつをぶちのめせッ! シャドー――――ッ!!」

影「!」グオッ

男と影は飛び上がり、拳のラッシュで厨ニのいるヘリを破壊した。

厨ニ「無駄無駄ァァ……俺に触れる事もできないよ、そんな能力じゃぁよォォォ~~~ッ!」

厨ニは違うヘリの上へ移動している。

男「チッ……」

厨ニ「能力ってのはよーー、その能力者の"本質"が現れるんだと」

男「何…?」

厨ニ「だから放火魔は火を放つ能力。俺は時を統べる神の力。男、お前はよォ……なんだ?」

厨ニ「スタンド? ククッ、知り合いにもいたぜッ! 漫画の能力を手に入れたマヌケがッ!!」

厨ニ「今どき小学生でも"まし"な能力を手に入れてるぜェー――ッ!」

厨ニ(時は俺を中心にぶっ飛ぶッ!!)

グワォォッ

そこから先は誰も知覚する事は無い。止まった世界を意識の無い厨ニが動き――

男「……!」ドバッ

男の体から血飛沫が上がる。

厨ニ(今……俺はお前の場所まで"移動し斬り付け離脱"しようとした。もう終わっているがな……ウフフ)

――結果だけが残る。

男「が……!」

体制を崩した男は足場から落ちると、そのまま下の自転車置き場に墜落した。

つまり厨ニの能力とは、時は止め、その中を自分だけ動く事ができるが……知覚はできない能力。

たとえば厨ニが目の前にあるリンゴを食べようと思って能力を使えば、次の瞬間、手には五秒分齧られたリンゴが残っている。

厨ニ(たしかに完全に時間をとめる事はできねー……だがよォ、相手が俺の能力を"勘違いしている限り"ッ! 俺はその能力を持っているッ!)

男「ぐは……」ガラガラ

男(何箇所刺された……? ぐぅ……だが、致命傷はなさそうだ……何故か浅い……。奴め、遊んでやがるのか……?)

自転車置き場から起き上がる男を見て厨ニは舌打ちをこぼした。

厨ニ(……ナイフで刺したとはいえ、やっぱりまだ生きてるか……。移動、攻撃、離脱の3つを五秒でこなさなきゃならねぇからな……"意識の無い時の俺"はビビッちまったようだぜ)

厨ニ(確実にあいつを始末できる距離までいかなきゃならねぇ……確実に心臓までナイフを突き刺せる、余裕のある距離)

厨ニ(三メートルだ。この闇を利用してそこまで近づくッ!)

男(……俺に勝機があるとしたらそれは能力者の"代償"だ。それと連続して時は止められないみたいだ……そこを突く)

男(問題は代償……、放火魔のように"戦闘を中断させない"代償なのか、"させる"代償なのか……それとも代償ってのは纏めて後払いでもいいのかもしれない。クソッ、知識が足りない!)



厨ニ(ウクク……もし男、お前が俺の代償について考えているならそれは無駄な事だ……俺に代償の弱点はねェッ!)

厨ニ(代償にも"系統"が存在する。俺のは"制限系"! 俺の代償は能力使用の"間"そのものだッ!)

厨ニ(近づいた……もう十分な距離だ……)

男(やばい……もう考えてる余裕は無さそうだ。……こうなったらッ)ジャラッ!

影「…」ギシッ…

男の体を鎖が覆う。影は男の中に引っ込んだ。

男(即席くさりかたびら! こいつで次撃を耐えるしかない……)

厨ニ(やった! 俺の勝ちだ!)

厨ニ(時はぶっ飛ぶ――!)ズァァァ

止まった時の中で、厨ニはまっすぐ突き進む。

狙いは男の心臓。ナイフの切っ先が揺らぐ事はない。

男(ぐっ!?)

男は胸部に強い衝撃を受ける。確かに刃が胸に食い込む感触だった。

……しかし刺さっているのはほんの数ミリ、残りのナイフの身は鎖の間で止まっている。

厨ニ(!? 何で目の前に男がいるんだ!? 全ては終わって俺は隠れているはず!)

厨ニ(それにナイフは!? これは鎖ッ! これに阻まれたのか! こいつこんな隠し能力を……ッ!)

厨ニは予想外の展開に混乱する。しかし混乱しているのは男もだった。

男(心臓を一直線に狙ってきた……だが、鎖が防いでくれたみたいだな)

男(しかしこいつ、なぜまだ"ここにいる"? 時を止められるなら通用しない事が分かった時点で後退するはず……)

影が男の中から飛び出す。

男「オラァ! クソッタレ!」ドゴドゴッ

厨ニ「ぐぇ……」

影の拳がニ発、厨ニの体にめり込んだ。

男(…攻撃のチャンスに変わりはない)

男「たたみかけるッ!」グオッ

影「…」ズバシュゥゥウ!

男「……」

影の拳の先にはすでに何も無かった。



厨ニはマンションの影に逃げ込んでいた。

厨ニ「あばっ、あばあば。あばぁぁぁぁぁうごおおお……」

厨ニ「か、顔が…俺の顔がぁぁぁぁ……」

厨ニ「…」

厨ニは口内に違和感を感じ、手を突っ込んでみる。

厨ニ「は……歯が、ねェェェ……左の上奥歯が根こそぎ……」

厨ニ「…」ブワッ

厨ニ「うわぁぁぁイデェよォォォォォォ!! ママぁぁぁぁぁ!!」ビェェェ

厨ニ「あの、野郎……なんてひでぇ事を……。あがぁぁぁ……」

厨ニ(ぶっ殺してやるッ! だが楽には殺さねぇ! 苦しめて殺ってやるッ!!)



男(……急に静かになったな……)

影「……」

男(気は抜けない……)

男(……それにしても、さっき思いだしたが。能力者の代償……)

男(ただの妄想かもしれないが。女ちゃん……ここ数日。甘いお菓子を食べてるのを見かけたな……)

男(もしかしたら、あの時……全てを知って。俺を慰めてくれたのか……?)

影「…」

男(女ちゃん……。絶対に傷つけさせない)

男(……どこだ、どこから来る……? 鎖を纏うんだ。さっき感じた違和感……きっと奴には何か秘密がある)

男「……」

―ズガッ

男(!?)

頭に衝撃。粉のような物が頭の上から落ちてくる。

男(がッ……なに……?)ツン

男(これは、土ッ!?)

大量の破砕音が鳴らす轟音が耳をつんざいた。

頭上から一斉に十以上の鉢植えが降り注いだのだ。

男(ぐおおおお!? し、しまった……何も奴の攻撃方法はナイフだけじゃあない……これを見越しての住宅団地かッ!)

鉢植えはとまらない。

男「くっ、シャドウ!」

影「…」ドグシャアア!

男(奴め……ッ! ただの馬鹿じゃあない!)

厨ニ(ひるんだな……?)

厨ニ(まさかこの特技を人に向かってつかう時がくるなんてなッ!)シュパッ



トスッ

男は左肩に軽い感触を覚え、視線を動かす。

ナイフが深々と肩に突き刺さっていた。

男(…………!)ドスドスッ!

今度は両足の腿にナイフが突き刺さる。

男(なっ……)ガク

男はとっさに頭を抱えて体を丸めた。

続いて数本の細いナイフが男の体に突き刺さった。

厨ニ(止まった時の中で動けるという事は、狙う"獲物"も止まった状態で狙撃できるという事)

厨ニ(一時期ナイフ投げばかりしていた俺の腕に狂いは無いッ! 今度こそ勝った! もう奴は動けないッ!)

厨ニ(友さん、感謝するよ……あんたに貰った"道具"が勝因だッ!)

男(ナイフは止んだか……?)

男(くっ……キツいな……)

男は起き上がる為、体に力をいれるが、何故か力が入らない。

男(!?)

体が痺れているようだった。

男(な、なんだこれ……体が、動かない……)

男(まさか、毒かッ!? ……立てない……ッ!)

厨ニ(ウヒヒヒッ! 即効性でもないし、眠らせるほででもないがそりゃ麻酔だぜッ! 動けないようだな男ォォ!)

厨ニ「もはやこそこそする必要はねェーッ!」

男の視界に厨ニの姿が映る。

男「……」

厨ニ「なぶり殺しにしてやるーッ!」

厨ニが現れたと思った次の瞬間、厨ニの姿は消えていた。

男「!? ぐぁぁぁ……ッ!」

顔の前に出すようにしていた男の左腕には、一直線に赤い線が走っていた。

傷は肉が裂けて見えるほど深い。

厨ニは男の後ろで停止していた。

厨ニ「ヒャッハー!! ひき肉にしてやるぜェー――ッ!」

背後から男の背中が滅茶苦茶に抉られる。

男「!!?」

厨ニ「俺はやっぱり最強だァァー――ッ! 俺を馬鹿にしたやつらッ! これで思い知れッ!」

男(……)

影「ッ!」

男の背中から影が現れる。

厨ニ「なにッ!?」

男(…食らえッ!)

影「!!」ズバババッ

影のラッシュが厨ニの胴にめり込んだ。

厨ニ「ぐうっ! おおおお……能力は出せんのか……!」

男(ぐ……決定打が入ってない! やはり見えない後ろは……)

厨ニは姿を消し、男から助走五秒分の距離に移動した。

厨ニ「ふざけやがって……。今すぐとどめをさしてやる」

厨ニ(今遠ざかるのに能力を使ったから。……呼吸五回分だ。男、お前の命はそれまでだッ!)

男(やばい……体が動かない……それに意識が朦朧としてきた……)

男(このままじゃ殺される。なんとかしないと……)ジャラッ

男は鎖の壁をつくろうとしたが、うまくいかなかった。

男(駄目だ、意識が薄れたら能力も……!)

厨ニ「……」スゥー …ハァー

厨ニ「代償は済んだ! 終わりだ……!」

男(女ちゃんッ!)

影「…」

厨ニ「死ィねェェェェェェェ!!」ズダダッ

厨ニ(時よ吹き飛べー――ッ!)

厨ニ(俺の勝ちだァァァァ!!)

厨ニ「ギィョエエエエエエエ!!」ゴロゴロゴロゴロ

男「?」

男が次にした厨ニの姿は、火だるまになって転がる姿だった。

男(が!!?)ズギュン

その直後、男は心臓に激痛を感じた。

男「あ……ぁ…。……?」

男(なんだ…? 今の激痛は……)ハァハァ

男(それにガキのあの様子はいったい……?)

厨ニ「ギャアアアアッイデェェェェェ!!」

厨ニの体についた炎は消え初めていたが、その間に上着はほとんどもえ崩れ、肌は爛れていた。

厨ニ「ううう腕がぁぁぁぁ!!」

男「…」

見ると厨ニの腕はありえない方に曲がっている。

男(……転んだ拍子に折ったのか?)

厨ニ「な、なんだァァァァ! いったい何が起きたんだよォォォー!」

男(影……痺れた体を支えてくれ……)

影「…」スッ

厨ニ「お、おまえェェェ!! 隠してやがったなぁぁ?! 実は炎使いだったんだなぁぁぁ!?」

男「……うるさいやつだ」

影「…」ガシ

厨ニ「ひゅ…」

影が厨ニの頭を掴み、空中に持ち上げる。

男「俺自身も何が起こったかは分からん。だが、一つだけはっきりしてる事があるぜ」

厨ニ「や、やめろ……放せ……!」

男「それは、俺がいる限り……お前はなにも女ちゃんに出来ないという事だ」

厨ニ「子供を殴るのかァ……ッ!」

男「…確かに。死者に鞭打つってやつなんだろうな。だけどそれじゃあ俺のムカツキがおさまらねぇんだよッ!」

厨ニ「……」シュッ

影「…」パシ

厨ニは最後まで握っていたナイフを男に投げつけるが、影が掴んで防いだ。

男「言ったはずだ。お前の行動、なにもかも全てが――」

男「――無駄無駄無駄無駄無駄!」

影「!」ズギュ

影は掴んでいた厨ニを離す。

同時に怒濤の連続パンチラッシュが始まった。

男「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァーッ!」

厨ニ「ぶげぇぇぇ!!」ズドドドドドドド!

男「アリーヴェ・デルチッ!(さよならだ」

厨ニ「 」ドグッシャァァア!

厨ニは自転車置き場に突っ込む。

こうして果たし合いは幕を閉じた。

男「本当は血祭りにあげたいところだが、女ちゃんに免じてそれは許してやろう」

厨ニ「 」

男「彼女も貴様の犯行について追及はしなかったからだ」

男「……」

男は動かなくなった厨ニを見て息をついた。

男「……大怪我だ。また入院かな、こりゃ……」

男(今回は私事だからな……組織からお金はでないよな……)

男「出費がかさむぜ(泣」

――

金髪「……終わったかな?」

女『そうみたいだね』

茶髪『ほら金髪、さっさと行って怪我治してやんなさい』

金髪「了解。じゃ、通信切るよ」

茶髪『……まったく本当に世話がやけるわね、』

女『ご愛嬌ってやつ?』

茶髪(まったく……いきなり飛び出てくから何だと思ったら、果たし合いとはね……)

茶髪(それにしても最後……あのエロガキ、どうして火だるまになったのかしら? 私の能力で止めてやるはずが、かってに自滅したし……)

女『てっしゅー?』

茶髪『そうね、後は金髪に任せましょ』

茶髪(……まぁいいか。それについては後でゆっくり考えましょ)



今日はたぶんここまでで。

誤字は脳内変換どうかよろしく。変な言い回しは仕様です。

おつー

面白いな

――厨ニが消え、男の周囲は以前の様に戻った。

厨ニは男と同じく病院での治療を経たあと、友に連れられ本部へ戻って行った。

男が退院して喫茶店へ戻ると、いつの間にか誤解は解けていた。どうやら厨ニは他にもイタズラをしていて、その目撃者がいたらしい。



休憩時間に茶髪が吐き出すように言った。

茶髪「はーっ。それにしても清々したわねぇ……邪魔なのが一気に二人いなくなって」

男「そうだな」

男(厨ニの付き添いで本部とやらに行ったっきり、友のやつ戻ってこない)

男(それに、今回の騒動に関して、"どこからも何も"咎めが無い……)

男(事情はあったが成人が子供を殴り倒したんだ……。警察のお世話になる事も覚悟してたんだが……)

男(茶髪やみんなが揉み消してくれたのか? ……だったら茶髪は言うはずだよな……)

男(……まぁ、いいか)

――

厨ニとの事件があって数日後。男は町外れの広い森に来ていた。

男(…ここなら誰もこないよな)

男(あのガキと戦って痛感した……、俺は…弱い)

男(能力が弱いって事じゃない。犯罪者やあのガキのようなイカレた"能力者"を相手にするには力不足だ)

男(実際……あのガキがもっとナイフの扱いに長けていたら。そうじゃなくても銃を持っていたら殺されていた)

男(今まではっきりと意識した事無かったけど……、超能力なんて馬鹿げた代物を扱う立場にいるんだ、俺は……)

男(……まずは、俺自身を良く知らなくちゃならない)

影「…」ビュン!

男(能力の射程……影が俺から離れられる限界の距離はニメートル。腕を伸ばせばさらに半メートルはいくが……十分に力が乗せられるのはやはりニメートル)

男(次に鎖だ……)…ジャラ

男(俺と影から伸びるこの灰色の鎖……、幅はニセンチ程で、俺はこれを左右の手のひらから五メートルずつ伸ばせるな)

男(影は全身の好きな場所から分ければいくらでも鎖を出せる……だが、影の伸ばせる鎖の距離は一本にまとめて数十メートルといったところか……)

男(そして放火魔戦で一度だけ出来た鎖の"変化"……。あの時は何か火を防ぐ物が欲しいと思ったら盾ができた…)

男(多分、あれを発動させる鍵はイメージだ。鎖を何かに変化させるイメージ……)

男(そして変化するには鎖を一ヶ所に集める必要がある、か)

男(……最後に、厨ニ戦の正体不明のパワー。茶髪にも聞かれたけど、結局何なのかわからなかった)

男(だけどあの心臓の痛みは"代償"だろう。この力を使いこなさなくては……)

男「修行だ」



―喫茶店―

女「やーっと休憩……ダル~…」

男(俺も…)ガクッ

茶髪「ほら男、机に突っ伏さないの。だらしないわね……」

男「……」

金髪「つらそうだね、男。…茶髪、最近男の仕事増やしすぎじゃないかい?」

茶髪「……増やしてないわよ、最近は」

金髪「最近厨房は完全に男一人じゃないか」

茶髪「う……、だって男がよく働くからぁ……」

茶髪と金髪の言い合いを男は手を上げて制した。

男「違うんだ……。仕事で疲れてるわけじゃないから…大丈夫」

茶髪「ほ、ほらっ♪」

金髪「……男がそういうならいいけど」

茶髪「なによー! 私が悪いみたいじゃないの!」

金髪「茶髪はパフェを食べてないで仕事するべきだと思うよ。最近は事務作業も女ちゃんにやらせてるじゃないか」

茶髪「そ、それは……女がそっちのが良いって言ったんだもん……」

女「うん」

金髪の小言はまだ続いた。

金髪「でもね……だからって1日中裏でごろごろしてるのはね…」

茶髪「~~~分かったわよっ! それじゃあ男、ウチの寮に住む!?」

男「……寮?」

茶髪「そう! あんた賃貸で一人暮らしなんでしょ!? しかもほとんどここで働いてるし……寮に入れば移動時間短縮できるわよ? しかも格安よ?! 格安!」

茶髪は身振り手振りでまくしたてる。

男「そりゃあありがたいけど……そんなもんあるのか?」

茶髪「あるわよ! この隣のマンションがそうなんだから」

男(隣って……あの正四角柱みたいな形の薄暗いとこか……? 入り口が路地裏の…)

男「それは知らなかったな……」

茶髪「トイレとお風呂もついてるし二部屋で2万よ! どう? 超優良物件じゃない?」

男「……」

男(でも引っ越しがダルいなあ……)

金髪「そういえば女さんもそこに住んでるんだよね」

女「うん。近くで楽だよ」

男(何ィ?!)

茶髪「で、どう?」

男「……入寮させていただきますッ」



茶髪「じゃあ、あんたの部屋はここだから」

男「ああ」

どうやら寮の部分は三階だけで、他は普通の賃貸物件として機能しているようだ。

三階の部分だけ大幅に改築されており、喫茶店の屋上から繋がる専用の階段まである。

茶髪「洗濯機はあっちにあるから、使ってもいいわよ。後隣は女の部屋だけど、騒ぎ起こすんじゃないわよ?」

男「!? イ、イエッサー!!」

茶髪「よろしい」

諸説明を終えると茶髪は店に戻って行った。

男「…………」

男(いったい……何が起こったというのだ……?)

男(疲れてたら、いつの間にか女ちゃんの住むマンションの隣の部屋に引っ越していたぜ……)

男(これってつまり……同棲って事か!?)

男(……コップで女ちゃんの生活音を聴いてもばちはあたらないでしょうか)

女「…あれー? 今日からもう住むの?」

男「お、ぉ、お、女ちゃん!?」ビクッ

男(い、いつの間にこんな近くに……ッ!? …俺が妄想に夢中になりすぎただけか……)

男「あ、ま…まだだよ! 荷物運んで……三日後くらいになるかな??」アタフタ

女「そっかー。そんじゃ、これからよろしく」

男「うんっ」

女「…それじゃー」

女が自室の扉を開けて中に入っていく。

男(……女ちゃんと仕事の時以外で話したの初めてだな、そういや…)

男(ぐ、ぐふ……ぐふふふ……)ニヤ



二日後、荷物を新しい部屋に運び終えた帰り道――

男(後は手続きだけかー……、明日には女ちゃんの隣で生活できるんだよなぁ……うへへ)

浮かれ足で歩く男の前方に人影が見えてくる。

男(子供? こんな時間に危ないなぁ。夜遊びかな?)

子供「…………」

男が子供の隣を通りすぎる。

子供「随分浮かれてんなァ……? 能力者さんよ」

男「!?」バッ

男は影の足を使って後ろに飛び、数メートル距離を稼ぐ。

子供「へぇ……変わり身ははえぇな。だが勘違いするなよ? 本当ならお前はやられてた」

男「……能力者か?」

子供「まぁな。……俺が今"警告"してやったのはよ……、後んなって負けた言い訳に「不意討ち」だの「よそ見してました」だの言われたかねーからだ」

男「……」

子供「…準備はいいか?」

子供が言い終わるのと同時に男は電柱の影に飛び込んだ。

その直後、今まで立っていた位置で何かが弾けた。

バチバチッ

男(な、なんだ!?)

子供「初撃をかわすくらいはやってくれなくちゃな…」

男(奴の能力を見極める為に隠れたが、これはなんだ!? 発光とこの音……)

男(発電能力!? 電撃を飛ばしてきたのかっ!)

子供「隠れてばかりじゃ面白く……ねーだろッ!」バリッ!

男「が!」バチッ

男(……! 地面に……電撃を走らせてきたのか……ッ!?)

子供は男が隠れる電柱の裏まで回り込む。

子供「隠れてんなよ……、!」

男「……」ギシッ

男はすでにそこにいない。

電柱の側面に埋め込まれた点検用の足場に鎖を巻き付け、静かに電柱を登っていた。

男(鎖は二回目の電撃の時に巻き付けた……。どうやら自分の攻撃があだになったらしいな……)

男(すでにお前は影の射程距離内だッ!!)

影「!」ドギュ

今度は男が呆気にとられる番だった。

影「…」スカッ

拳がとらえるはずだった子供の姿はそこにはない。

消えたわけでは無かった、ただ"超スピード"で避けられた為、かわされたのだ。

子供「…あめぇよ」

帯電した子供が少し離れた場所に立っていた。

男(電気をまとっているのか……!? まずい、避け――)ズドッ

男「ぐああああああ!?」バリバリバリ

子供は一瞬で男に近づき、男の体に触れていた。

高圧の電流が男の体に流される。

子供「厨ニを倒したっていうからどんな奴かと思えば……やっぱり大したこと無かったな」パッ

男「……っ」ドサッ

子供「……こんなもんか。無駄足とらせやがって」

男「……」シュゥゥゥゥ…

子供はすぐに男に興味を無くし、去っていった。

男「…………」

男(…………道の端……)

男の手に伸びた鎖が戻っていく。

男(近くにちょうど人の家の庭があって、助かった……。鎖を土にさして電流を逃がさなきゃ、死んでた……)

男「…………」ガクッ





男「…………」

男(どこだここ……。また病院か……)

男(……確か子供の能力に負けて……、……誰かが通報してくれたのかな)

男がそんな事を考えていると、タイミングよく病室の扉が開いた。

看護師「あ、起きてたですか」

男「あんたは……」

男は全体的にふわふわした看護師に視線を合わせた。彼女は男が怪我を負う度、金髪と共に能力で治療をしてくれる人だった。

男(……て事は、少なくとも金髪達は俺がここにいるって事を知ってんのか?)

看護師「あなた、最近怪我しすぎですよ? もっと気をつけなきゃだめですよ」

男「……たって、今回のは仕方ねーだろ……」

看護師「相手の能力者さんだって、話せば分かってくれたはずです」

男(んなわきゃねーだろ……)

男(そういえば、あの子供……厨ニがどうとか言ってたな。……確か厨ニが何か言ってたような……本部で子供がどうとか、なんだっけ……)

看護師「聞いてますか? 喧嘩はだめですよ」

男「だめでもやんなきゃいけないときがあんの。…それよか早く傷治してくれよ!」

看護師「傷は昨日の内に治ってます。あなたは一晩気を失ってたですから……今はただ様子を見に……」

男「治ってんの? それじゃ退院するわ」ガバッ

看護師「きゃ!? だめです! まだ病み上がりなんですから安静にしないと――」

男「大丈夫だよ。ほら手続きするから来てくれよ」

看護師「……もー」

男は看護師の腕を引いて病室を出る。

男(こいつはなんだかんだ言う事聞いてくれるから良い。さっさとここを出ねーと! 女ちゃんの所にあの子供が行くかもしれないからな)



―喫茶店―

男が店に顔を出すと、意外そうな茶髪が視界に入った。

茶髪「あら。もう来て大丈夫なの? あんた能力者に襲われたんでしょ?」

男「大丈夫だ。それよりその能力者はここに来てないのか?」

茶髪「いや? 多分あんただけが狙いだったんじゃないの? それにしてもよく能力者に入院させられるわね、あんた」

男「…それなんだけどさ。入院費って経費的なので落ちない?」

茶髪「今回みたいな意味不明な事情じゃでないと思うわ」

男「……ですよね」

―その日、襲撃のせいで大分手間取ったが、何とか男は引っ越しを完了させた―

男(もう夜の一時じゃないか……眠)

隣の住人が寝静まっているようだったので男は荷物の紐を解いていない。

男は知っていた、初日に荷物を片付けなければこれからも手を付ける事は無いという事を。

そして何か必要な物が出てくるたび荷物をひっくりかえし、部屋にゴミの層が積み重なるのだ。

男(別にいいか……それでも)

布団だけは引いていたので、男は横になる。

そして男は気付いていなかった、新しい場所に来た事で、妙に自分の体が興奮していた事に。

……それが悲劇の始まりだったのだ。

――

ぴちゃぴちゃ

男(…………ん?)ゾワゾワ

男(何か頭がぼんやりしてるな……それになんだ? この変な感覚は……)

男「…………」チラッ

女「…起きた?」スコスコ

男は寝ぼけ眼で女が自分の足の上にかぶさっている事を確認した。

男「起きた……。…ん? 女ちゃん?」

男(……? なんだ? 今、あり得ない物が見えたような……)ゴシゴシ

男は目を擦った後、もう一度よく確認する。

女「なんでいつもこんなに臭いのこれ…」グニー

男「あぁ、昨日風呂入ってないから……」

女「臭いからちゃんと入りなよ…」スコスコ

男「うん…………。…うんッ!?」

女「あ~ん……」カポッ

女「ん~……ぅ」ジュボジュボ

男「………………」

男はただひたすら絶句した。目の前で起こってる情事とか、聞いた事もない下品な音とか。

陰茎をしゃぶる女の姿とかに。

男(ぇぇえええーーーッ! 何だぁぁぁぁ~~~~~ッ!?)

女「………ぐ」フーッ フーッ

驚いている内に陰茎は根元まで飲み込まれる。

男(アガカガガガ……な、何が起きているんだ?? 女ちゃんがいきなりこんな事してくるなんて……)

男(まさかずっと俺の事が好きで、隣に引っ越した事でそれが抑えられなくなって!?)

女「……ずずっ」

混乱する男を余所に、女は男の陰茎を吸い上げるように舐めつつ口淫の圧迫から解放していく。手は竿を刺激しながら、

女「…男は先っぽせめられるのが好きなんだよねー」チュー

亀頭を吸い上げる。笑みを浮かべながら。

男「うあぁ……女ちゃんっ! 女ちゃんっ!! 俺はもうッ――」

男「……」ハッ!!

ちゅんちゅん

小鳥が、鳴いているネ。

男「…………」

万年童貞の、妄想のスペシャリストは一瞬で全てを悟った。

男(ええい息子よ、吐き出すのをとめんか……!)

窓から空が見える、雲一つない快晴だった。

男(あたりまえだよなー、そんな都合のいい事起きる訳ないものなー…)

男(空の奴はあんなに澄んでるってのに、俺は……、俺ってやつは……ッ)

男「……最低だ」

燃え尽きた。



しばらく落ち込んだ後。

男(さーて……お着替えの方しませんとねー……ははは)ムクリ

男は下半身に不快感を得る。

男(まーたこりゃ大量にでたもんだ……。能力が手に入ってからのこの数ヶ月間、一回も処理してませんものね)…ツーン

男「臭ッッッさ!! ぐおえええ!?」

男(なんだこの強烈な臭いは!? うぐぐ……短パンで寝るクセがまたさらに不幸を追加する要因となったか…)

男の短パンからとある白いたんぱく質が布団にこぼれている。

男「……ひでェ(泣」

男(とにかく着替えないと……、あれ? 昨日服もダンボールからだしてなかったっけ……)

男「チッ……どれにいれたっけな。…つか、先にふかねぇと」

男「……ん? ティッシュはどこだ?」

男は昨日の行動を思い出してみる。

男(……そうだ、日用品は後で買い足そうと思って持ってこなかったんだっけ)

男「ということは…」

男(…拭くもんが、ねぇぞ……?)

数分後、部屋の端に丸まった布団が置かれた。

男(布団も新しくしなきゃな…)

男(ブツは拭き取ったし、後は服を探すだけか……)ガサ

男「………」

男「……………」

男「…………………まさか」

男(無い。まさか、服をつめたダンボールをゴミをつめたダンボールと一緒にゴミ回収業者に――!?)

男はしばし呆然と立ち尽くす。

男(……このパンツをはくしかない)

男(……で、あれば。未だ臭気を放つこれを洗浄せねば)

男は風呂場に向かい、蛇口をひねる。

男(……ん?)キュッ

キュッキュッキュッ!

男「…水が出ないぞ……!?」

男(故障してるのか? こんな時に……。…なら、洗面所で)

キュッキュッキュッキュッ!

男(……だめだ。……まさか?)

男は台所の蛇口、挙げ句の果てにはトイレまで試したが、全てから水が供給されることは無かった。

男「イカン、これはイカンですよぉぉ……!」

男(幸い制服のズボンは無事だ、ノーパンで外にでるか? コンビニに行く間くらいはバレないはず!)

ゴンゴンゴン

茶髪『男ー? どう、新居の住心地はー』

男(茶髪!? なんつー間の悪さだ!)

男「水が出ないよー!」

茶髪『え? うそ』ガチャガチャ

男「!! ノォ! ストップ! 今入ってはいけません!」ババッ

茶髪『何よ、見られちゃマズい事でもしてんの?』

男「―――!」

男(俺は知っている……こういう状況でnoといえば茶髪が部屋に入ってくるという事を…)

男「(ならば!)してるッ! してるから入らないでっ!」

茶髪『…あ、そう……』

男(良しッ! よくないけど! これで考える時間はできたはず……コンビニで下着を買うという選択肢は無くなった、茶髪は目ざといからな……)

男(もしノーパンで店の制服来てる事がバレたらぶち殺されるぞ……)

男(つうか俺が昨日着てた服はどこ行った? 最悪それを着て――)

盛り上がって参りました

男(そうだっ寝間着に着替えた後洗濯してベランダに干したんだ!)ガラッ

ベランダは空っぽである。
男(何ィィ無い! 無い! あッ!)

男が注視したのは遠くにある木だ。そこに何かがひっかかっていた。

男(あれだぁぁぁ!! なんで飛んでってんだよ!? あッ! 洗濯ハサミがぶっ壊れてる! 何という不幸の連続!)

男(…………)

男(……こうなったら……今俺が思いつく最善の策は、これしかない)



男の部屋の扉が開かれる。

茶髪「ちょっと……何してたのよ。待ちくたびれたわ」

男「ハイ、スミマセン。オハヨウゴザイマス茶髪サン」

茶髪「…おはよう。…? …で、水道の事なんだけど――」

男「そっ、その前にあっちの荒い場で水飲んできていいかなぁぁぁ!! のど喉乾いちまってよォォォーー!」

茶髪「!? え、えぇ……行ってらっしゃい…?」

男「ッ!」ドギュゥゥウ!

茶髪「……何? アレ。変な物でも食べたのかしら……」

男(そうだッ! この階には洗濯機のある荒い場があるッ! 茶髪にこの制服の下の惨状はバレなかった! 良しッ! 後は荒い場でこのパンツを洗うだけだァッ!)ドドドド

男(着いたッ! 荒い場だ!)キキィィ

女「…んー?」シャコシャコ

男「ギャ」

男(何ぃー―――ッ! どうして女ちゃん……! ここで歯を磨いているんだぁぁぁッ!)

女「おはよー。……ん? それ…」

男「!!」ババッ

男は胸の前で握り締めていたパンツを背の後ろに隠す。

女「男も洗濯物? 私も朝歯みがきと一緒に済ますんだよねー…。先使っていいよ? まだ洗濯物いれる前だったし」

男「!?」

男(洗濯を……先に……)

女「……」シャコシャコ

男(…ここに女ちゃんがいる以上パンツを手洗いする事は不可能だ。洗うならこの洗濯機でしか無い……)

男(だがいいのか? これは次に女ちゃんが使うんだぞ? それはつまり俺のアレが内部で四散した直後に女ちゃんの私服やらがこのドラム缶の中で洗われるという事……)

男(だが後ろには茶髪が……そして悩んでいる暇はもう無いッ!)

男(しかし……! 女ちゃんの淫夢を見たうえにそんな事は……ッ!)

男(だがこのズボンの生地は薄い……このままじゃいずれバレる……!)

男「………………」



ゴウンゴウンゴウン

ピー♪

男「……」ガチャ パシ

女「交代ー」

男「…あ、あぁ」

男(俺は……なんつー事をよォォォォォォ……!)

男は重い足取りで自室に戻った。

男「……」

茶髪「男? 遅かったわね」

男「……」フラフラ

茶髪「…あのさ、実はね? この部屋水道が壊れてるから封鎖してたとこだったのよね…」

男はトイレへ向かう。

茶髪「……いやぁ、どおりで汚い紙が入り口に貼って――」バタン

茶髪「…あ、あら?」

男「……」スルスル

男(俺は……なんつー事を……)

茶髪「……怒らせちゃったかしら」

<ナゾ ナゾ ナゾ

茶髪「ん? 男! 携帯電話鳴ってるわよ」

男「……」ピク

男(……携帯電話……だと……?)

男(そうかッ! 最初から金髪に携帯電話で助けを求めてれは……! な、何で気がつかなかったんだぁぁぁ!!)

ガチャ

茶髪「あっ、男……ほら、携帯……」

男「……」

茶髪「……どうしたの?」

男の表示にあったのはただひたすらの"無"。

そう、男はこの日……真の賢者モードを会得したのである。

――

男「……と、いう事が今朝あってな」

金髪「あっはっは……それは災難だったね男。僕も気をきかせてもう少し早く電話すれば良かったかな」

男「いや……混乱して気付けなかった俺が悪い……あぁ、女ちゃん……許してくれ」

金髪「……まぁ、でもそれは背徳感があるけど良くないかい? 好きな娘が自分のアレ……ってのはさ」

男「……今はそんな気にはなれねぇわ……」

金髪「相当ショックだったみたいだね。まぁ、時が経てば忘れるさ」

――夕方

男は公園のブランコに乗って揺れていた。

男「…………」

男「……はぁ」

男(何であの時洗濯機使っちまったんだろう……。女ちゃんにあわす顔が無い…)

ザッ ザッ…

男(…………)

足音が近づいてくる。

男(…俺の方に向かってくる?)

子供「よォ……まだ生きてたのかよ」

男「!!」バッ

男はブランコを蹴って飛び上がり、素早く距離を開けた。

男(くそっ! 今はそんな気分じゃないってのに……)

子供「クク……安心しろよ。仕掛ける気はないからよ」

男「…………」

子供「……今日はまた"警告"しにきただけだ」

男「…警告だと?」

子供「あぁ……。明日は気をつけろよ」

男「…………?」

男(それだけ……?)

子供「それだけだ。……お前の明日の運は……最悪だぜ? 男」

男「……」

子供「クク。生き残れたらまた相手してやるよ、じゃあな」

子供は去っていく。男はその姿を見送りながら眉をひそめた。

男(ただの厨ニ病……とも思えないんだよな。能力者は……)



コンビニ行くから一旦区切るお。

支援

―翌日 首都―

茶髪「人が溢れてるわねー」

女「ほー…」

金髪「みんなスーツ着てるね。僕らだけ浮いてるよ」

三人はリムジンの中から外の光景を見て思い思いの感想を呟いていた。

男「…………」

茶髪「それにしても支部長も良いトコあるじゃない」

女「どーかんー」

金髪「彼も申し訳なく思ってたんだろうさ」

男達は友の招待で組織の本部へと向かっていた。

本来末端員では本部へ入る事もできないらしい。

……茶髪達のいる組織とは厳格な規則があったらしく、能力犯罪者を捕まえる時の命令も本部から直接では無く、経由地点があるらしい。

男はその他の事情も初めて知った。

男(さっき茶髪や金髪から話は聞いたけど……本部ってとこは案外秘密主義なんだな……)

男(きな臭いぜ……。いきなり俺達を迎えるなんて、何か裏があるようにしか思えないな)

男(本部だの、組織だの……いい機会だ。見極めてやる)

茶髪「あっ!! あれ有名なスイーツのお店じゃない! あとで行きましょ!?」

女「……」ジー

金髪「……君たち? 僕らは遊びに来たんじゃないんだよ?」

茶髪「いーじゃない。今日はこっちに泊まるんだし、本部の見学なんて興味無いわよ」

金髪「……はぁ」

男(……緊張感が無いな)

男(…気になるのは、あの子供の言葉……。厨ニがお前の差し金だとしたら、友……)

男(お前はいったい何を企んでいる……?)



車が行き着いたのは首都でもひときわ目立つ、三つ子の超々高層ビルだった。

一番大きいビルの前に立ちふさがる様に少し小さいビルが建っている。その三つを線で繋げば正三角形ができる造りになっている。

ここ こそが能力者をまとめる組織の総本山。

男「……何階建てだ? ありゃぁ」

金髪「……一番上が見えないね」

女「手前のは229階。奥のは300階分だって~」

茶髪「倒れてこないのかしらね…」

男達は手前右側のビルへ進んだ。

金髪「ガードマンがうじゃうじゃいるよ」

女「こりゃ下手な真似できないね~」

茶髪「こら女っ、睨まれてるわよ!(小声」

ビルに入ってから迷うことは無かった。エントランスの中央に友がいたからだ。

男「……」

友「やぁみなさん。お久しぶりですね」

金髪「お久しぶりです」

女「おひさ~」

茶髪「……」ツン

男(露骨だなぁ…)

友「まず、先の件を謝罪させてください。…僕の軽率な判断で皆さんに迷惑をかけてしまった。申し訳ありませんでした」

金髪「…厨ニくんはどうなったんですか?」

友「……」

男(!?)

友「元気に暮らしていますよ。まぁ、こっちに帰ってくる事になって残念そうではありますが」

金髪「そうですか。それは良かった」

男(……あぁ、あの時はボコり過ぎたからな。元気なら良かったが…)

男(なんだ……? 今の友…。得体の知れない不気味さを感じた……)

友「お詫びと言ってはなんですが、今日は皆さんにこの"本部"を案内しますよ。さ、ついてきてください」

男(……)



男(驚いたな……この本部という所……、外より遥かに文明が進んでいる)

友に案内され歩いた"本部"の内部にはテクノロジーが溢れていた。

男(一種の神秘だな……男のロマンがここにはある)

男(……ん?)

その中でも男が目を奪われたのはある企画のポスターだった。

男(多駆動式能力鎧……? 能力者の発するエネルギーを原動力に動く、外骨格アーマー……。うわ、欲しいなこれ)

数時間に及ぶ見学が終わった後。一行は休憩室で休息をとっていた。

茶髪「疲れたぁ…」

女「……」グデ

金髪「…さすがに足がしびれたね」

男以外の三人は椅子で休んでいる。

男は喉の渇きを満たすため、自販機の前にいた。

男(……なんだこのラインナップは。こういうところは時代を先取りしなくていいっつの…)

友「男、話がある」

男「…」



男と友は高速エレベーターを使い、ビルの屋上にいた。

屋上の造りは内部と反して質素なもので、巨大なヘリポートが見えるだけだ。

男「何だ? 友」

友「……」

男「………」

友「男……お前。今の世界をどう思う」

男「……?」

友「中学の頃、俺達は毎日夢見てたよな……こういう力を」

男「…能力か」

友「ああ。俺は正直この能力を手に入れたとき歓喜したよ。最高の気分だった」

男「……」

友「だが、今は気分が曇っている……なぜだか分かるか? 男」

男「……さあな」

友「……この世界は……、能力者の誕生で何か変わったか?」

男「…………」

友「飽き飽きするよなぁ……、昔っから何にも本質は変わらない。支配する奴とされる奴」

友「能力者がでてきてもう半年は経ったよなぁ……男。たった半年だ……それだけの間で既に国は能力者共を支配しちまった、男」

友「あっという間だったよなぁ……こんな"組織"なんてつくりあげてさぁ」

友「支配されてるんだよ……俺も、お前も……! 男ぉ……お前、そんなの耐えられるか?」

男「……支配? 俺がか?」

友「……そうか、知らないのか…」

友「そういえばお前は組織に加わって少ししか経ってなかったっけな……男。実感が無いのはお前が知らないからさ」

友「組織は能力者を逃さない。一度見つけた者は必ずな。お前もいまいるが……組織のコミュニティ、グループ。なんでもいいが、そこから抜け出した者はどうなると思う? 男」

男「……」

友「まぁそれはどうだっていいんだ。問題なのはな、男。今のままじゃ俺は高みに行けないって事なんだよ」

男「高み…」

友「そう、重要だ。だけどそれにはこの世界の糞みたいなシステムがじゃまなんだよ男。これからは力のある奴がトップに立つべきだ」



ぐう正論(ゲス顔)

友「否定に侵されてるよこの世界は……なぁ、男」

友「……だから俺は、この世を支配する事にした」

男「…なんだって?」

友「俺と手を組まないか男。上級能力者を二人も倒したその実力……俺の仲間になるのに申し分ない」

男「支配……、この国をか…?」

友「そうだなぁ……まずはこの国からだ。…そしていずれは世界をとる」

男「…………」

友「すぐ返事はくれなくていい。1日待つ」

友「だがな……男。女、と言ったか……あいつ…」

友「いずれは押しつぶされ、消し去られるぞ。このままじゃぁな。彼女の能力は有用だ、本部は今…能力者から能力をとりだす実験なんかもしてる」

男「……!」

友「…いずれはお前もこの組織をどうにかしなきゃいけない時がくるぞ」

友「今俺達は漫画なんかでかかれるような裏の社会の入り口にいるんだ、男……。ここじゃあ理想なんて意味はない」

友「俺と作ろうぜ……安全な世界を」

男「…」

友「明日の同じ時間。またここで会おう、いい返事を期待してるよ…」

男は何も言えないまま立ち尽くしていた。…友が屋上から去るまで。

男(……世界を)

男(…………)

男(俺は……)



茶髪「…男! あんたどこ行ってたの?」

男が屋上から戻ると茶髪が若干語気を荒げてそう言った。

男(……30分ずっと待ってたのか……?)

金髪「男。君にお客さんだよ」

男「?」

金髪に示された方向に視線を向けると、赤い髪の少女が目に入った。

茶髪「なんだがあんたと話したい奴がいるらしいわよ? 疲れたからあたしらは先にホテルに行ってるわ」

男「あ、あぁ……」



男「…………」

赤髪の少女「……」

男は少女に連れられてビルを進む。似たような風景が視界の端を流れていく。

男(はぐれたら大変だこりゃ……)

男「……なぁ、どこに行くんだ?」

赤髪の少女「隣のビルよ」

男「……」

男(何か最近よく子供の能力者に会うな…)



いくつかのエレベーターと通路をすぎて、男はようやく目的地に到着したのであった。

赤髪の少女「つれてきたよー」

そこは大きな子供部屋のようだった。目に映るだけでも十人は子供がいる。

…それらが一斉に振り返って男を観察した。

男(……うお…)

『ご苦労さま』

男「!」

男のものでも赤髪の少女のものでも無い声が響く。

男(巨大モニター……、あの脇にあるスピーカーから聞こえたのか? 今のは)

モニターには社長椅子の背面が見えた。

男「……」

男(あれ? 案内してくれた子は……。!)

モニターに映る社長椅子が表をみせる。そこには少年が座っていた。

少年『やぁ、はじめまして。男さん』

男(リアルタイムで通信されてるのか……?)

男「…はじめまして」

少年『…ここに呼ばれて訳が分かりますか?』

男(……分かるわきゃねーだろ)

少年『……お兄さんにはね、僕と力比べをして欲しいんだ』

男「……」

少年『友さんから話されたんでしょ? 見てたよ』

男(……このガキ…、何をするつもりだ?)

少年『僕には納得がいかないんだ。友さんの隣にいるのは僕でいいのに』

少年『だから、僕に見せてよ。そんなに強いお兄さんの力を』

>>366
呼ばれ"た"
です…

少年『だんまり? でもね、僕はあまり優しくないよ』

男(……!?)

部屋中の子供が男に向かって駆け出していた。まるでスイッチが入ったように、十数人の子供がいきなり全力で男に突撃する。

男(何――)

少年『あーあ、取り付かれちゃったね。これでお兄さんの生存率はぐっと落ちたよ』

「―カカカカカカッ!」ガパッ

子供達の顔が一斉に"開く"、その下には大きなディスプレイと、5という数字があった。

男(こいつら全員生身じゃない――ロボット!? そしてこれは――)

男は影で子供を凪ぎ払う。そしてモニターの前にあった大きな執務机の裏に飛び込んだ。

子供の顔に表示されていたカウントがゼロになる。直後、部屋が爆ぜた。

男「うおおお……ッ!」

部屋を覆う壁の窓ガラスは全て吹き飛び、赤黒い煙が外に逃げていく。

少年『あはは、よく生き残ったね。今お兄さんが生き残る確率は30%くらいだったのに』

男「どういうつもりだ…!」

少年『最初に言ったじゃないか。力比べだよ、今から僕とあなたは能力で殺し合いをするんだ』

男「なんでそんな事をする必要がある……」

少年『僕が友さんに認めてもらう為さ、きっとお兄さんを倒せば僕を側近にしてくれる筈だからね』

男(ぐぐ……何がなんだがわからねーが、またイカレたヤローに目をつけられたみたいだな……)

少年『お兄さん、天才って信じる? 僕はね、その天才ってやつなんだよ。昔っから右脳と左脳を別々に使えたんだ』

男(……何だか何も言わねー内に勝手に話が進んでるな……)

少年『そんな僕が手にした能力は二つある。デュアルスキルってやつだ、格好いいでしょ?』

少年『一つは今体験して貰った通り、物を爆発物に変える能力さ。そしてもう一つは未来予知並の行動予測』

男(……幸いさっきので怪我はしてない。…なんとかここを抜け出さねぇと)

少年『勝負内容はそんな僕との知恵比べさ。お兄さんはそこから僕のいる部屋まで辿り着けたら勝ち、僕はトラップでお兄さんを吹き飛ばせば勝ちさ』

男「……イカレた演説かましてるとこ悪いが……俺は帰らせてもらうぞ」

少年『だめだよ』

男「……」

少年『ドアにはロックがかかってるし……お兄さんの仲間は僕の手の平の内だよ』

男「何だと?」

少年『お兄さんのお仲間さんはさっき僕の部下に僕が用意したホテルに運ばせたんだ、同じ黒服と車ってだけですっかり信じてくれたよ』

男「……」

少年『僕との勝負、受けてくれなきゃあの人達を爆発させるよ。それでもいいの?』

モニターの画像が切り替わり、どこかのホテルの様子が映し出された。

男「……!」

順番に女達三人の様子が映し出される。丁寧な事に、画面の右端には爆弾の位置まで表示されていた。

男(確かにこれは……! 壁が何かに変化している……だが、作り物の可能性もあるが…)

少年『疑うんだったら電話で確認してみたら? 下手な事言ったら爆発させちゃうけどね』

男「……」

支援

名前 男
年齢 20才
能力 影
白と黒の四角形で出来ている、影からは鎖を出すことが可能、鎖は集めるとイメージした物に変えれる。

代償は腹減りとかかしら

一般人が能力者に駆逐される脅迫観念から能力者だけを抹殺するシステム作ってもいいと思います。

――プルルルル、プッ

金髪『…もしもし、男かい?』

男「……あぁ」

金髪『どうしたんだい?』

男「金髪……、お前らが向かったホテル……。何て名前だ……?」

男「……」

男がモニターに目を移すと、丁寧な事に画面全体にホテルの入り口の映像がうつしだされた。

金髪『ええと……、ステーツマン・ホテル…だね。でもこれがどうかしたのかい?』

男(……モニターに映っているのも、確かにステーツマン・ホテルの入り口だ…)

男「いや……なんでもない。…俺もすぐに行く」

金髪『? ああ……』

男は通話を切る。

少年『……グッド。お兄さん、ちゃんと話を聞いててくれて嬉しいよ』

男「……あの爆弾が本物だという証拠は?」

男がたずねた、その直後。モニターに映しだされていたホテルの入り口が爆発した。

少年『…他の出口も塞いだよ。これでお兄さんが僕を倒して能力を解除しない限り、ホテルの中の人は助からない』

男「……」

少年『準備はいい? お兄さんが今いる場所かは三つ下のフロアに僕はいるよ』

少年『そこまで僕が仕掛けてきた罠をかわしながら辿り着けたらお兄さんの勝ちだ』

少年『今お兄さんの正面に見えてる扉がスタート地点だよ、頑張ってね』

男(……)

少年『それとあんまり考えてる時間は無いよ。僕って堪え性が無いからさ、飽きたら爆発させちゃうよ』

男「何……?」

少年『んー……大体30分かな。30分したら、多分僕はこの勝負を終わらせるよ』

少年『さ……、スタートだよ、お兄さん』

男(……とにかくこのガキのところまで辿り着くしかない!)

男は指示された扉を睨み付けると、横にあった椅子を投げつけた。

男「オラァ! ――ッ!」バッ

扉は椅子に貫かれ、爆発した。

少年『……へぇ、さすがだね。爆弾にしていた扉を見破るなんて』

男(……うぜぇガキだ)

――男が進行する階層から三つ下、少年のいる部屋。

少年「ふーん……順調に進むじゃん」

少年の前には男の様子を映すモニターがあった。その他には何もない部屋で、入り口と通気口があるだけだ。

少年「……でも絶対に辿り着けないよ」

――

男(……どこだ? 次はどこに爆弾がある?)

少年『中々苦戦してるみたいだね~』

男が進む通路に少年の声が響いた。

男(……どっかにスピーカーでもあんのか?)

少年『僕ね、思うんだ。やっぱり友さんの傍にいるには"知性"が大事だって』

男「……」

少年『お兄さんには知性が足りないと思うな。天才の僕が相応しいと思う』

または宇宙人がきて能力とは違う物を渡す。というのも悪くはない。

>>385お前少しは黙ったら? あとクソコテ気持ち悪い、死ね

男(……無視するッ)

男(今重要なのは子供の煽りにのる事じゃない……現状を打破する事だ)

少年『…………』

男(次はどこに罠がある……?)

男は通路のいたる所を確認しつつ、慎重に進む。

ここに来るまで味わった罠は、最初の様に扉の一部を爆弾に変化させたものだけだ。

男(……そろそろ、別の罠が仕掛けられているはずだ)

男は下りの階段にさしかかった。

男(……ここから下にいけるのか? ……爆弾は……無いな)

男(壁や床に不自然な点は見られない。進むぞッ……)

階段は半分の所で折れ、来た方向に降りていくような仕組みになっていた。

男(…………)スッ…

―プツッ

男(!!)

男が残りの下り階段に足を伸ばした直後、足の下で糸が切れたような音がした。

男(馬鹿なッ! これはッ……! だが、トラップのような物は何も――)

階段上のタイルが一枚剥がれおちる、その裏にはびっしりと卵のようなものが乗っていた。

男(――何ぃ!?)

コンコン ココココ――

男「こいつは"グレネード"ッ! うおおおおッ!」

男は階段をかけ降り――後ろからはグレネードが転がり落ちてくる――曲がり角の向こうに飛び込んだ。

ピー―――――

男が飛び込んだ先には地面にびっしりと生えた地雷の群があった。

地雷の信管が男を感知し、警報音が悲鳴を上げた。

男「――――!」

――

…ズズン

少年「……」グラグラ

少年「……死んだかな」

少年はモニターに視線を落とす。

少年「煙でよく見えないや。……」

遠くからくもぐった爆発音が聞こえてくる。

少年「! ……フフ、面白いよお兄さん…」

――

男「…………」

男は地雷群の先にある通路に更に控えていた地雷群をかわし、傍にあった部屋の中へ逃れていた。

影「……」ジャラッ

男(トランス・チェーン……鎖を引き延ばして空中にある俺の身体を運ぶ滑り台を作った。……とっさに使ったが、成功して助かったぜ……)

男「……」ブシュッ

男(先に控えていた地雷群を避ける時、俺自身から出る鎖を使ったが。回収する前に爆風に破壊された……)

男(……どうやら鎖を破壊されると俺自身もダメージを受けるらしい。なんとか影から出した鎖は回収できたのは不幸中の幸いだな……)

男「そして……」

男「…………」

男は部屋の中を見渡す。

そこにはシャボン玉が浮かんでいた。

男(……これが何なのかはわからねーが……、普通のシャボン玉なわけがねぇ)

男がシャボン玉を観察していると、その内の一つが床に落ちた。

閃光が男の目を焼いた。

男「!!」

男は部屋の外へ飛び出す。

部屋から爆風と熱が吹き出す。

男(……! あのシャボン玉……やはり爆弾か!)

男(……そしてあの中身……)ヒリヒリ

男(スタン・グレネードか……ッ。あのガキ……爆弾ならどんな種類でも作り出せるのか……!?)

男が目の回復を待って再び部屋の中を見ると、部屋の中は先程と同じようにシャボン玉で溢れていた。

男「何……!?」

男は壁に注目する。そこには四つの牙で塞がれた丸い口がついていた。

壁の口が開き、シャボン玉が吐き出される。

男(……一度爆発してシャボン玉が無くなっても、あの口がまたグレネード入りシャボンを吹き出してやがるのか……)

男「……」

男は来た道を戻り迂回路を探すが、行き止まりがあるだけだった。

男(先に進むにはこの部屋を抜けるしかないか……)

男(幸い出口は見えてる……、どうにかして突っ切るしかない……!)

男「……だが、どうすれば…」

ガガッ…

少年『…あー、聞こえる? お兄さん、生きてたんだ』

男「…!」

少年『このレベル2のトラップに遭遇して生き残った人はほとんどいないのに、やっぱり友さんが目にかけるだけの事はあるんだね』

少年『そのシャボン玉トラップは僕の傑作さ、そこを抜けられなきゃ先には進めないよ』

男(……分かってるっつーの)

男はシャボン玉を睨みつけ、顔をしかめた。

男(……どうする。……進むにはあのシャボン玉をどうにかどかさなきゃあ危なくって進めたもんじゃねぇ……)

男(…まてよ? ……シャボン玉……。……!)

男「シャドウ!」

影「!」バッ

男の呼び掛けに応え、影は右腕を前に突き出す。

影「…」

影の模様が腕に集まり、模様が鎖に変化する。それは四つの翼になり、影の腕を覆った。

男「扇風機だッ!」

影「…」ヒュィィィィィ――!

シャボン玉が風に煽られ部屋の奥に流されていく。

男「っ!」サッ

再び大爆発が起こる。

男(!?)キーン!

男(が……! 今度のスタンは光だけじゃなく音も……!? 耳がやられたっ!)

男は腕の防御を解き、目を開く。既に壁の口はシャボン玉を吐き出しはじめていた。

男(何ッ!? シャボン玉を吐き出す速度が上がっているッ!!)

男(くそっ! 駆け抜けるしかない!!)

駆け出した男の少し前を影が先導し、腕の扇風機でシャボン玉を流していく。

そうして作った道を男が走りぬける。

男「――ッ!」ダダダッ

男(出口だっ!)

ぽんっ

気の抜けた音が足下で鳴る。見えない糸を男が蹴りちぎり、先に繋がっていた何かの仕掛けが外れた音だ。

男「……!」

出口の左右に伸びる壁が一斉に崩れる。そこから百はあろうかという黒い球体が転がりでる。

男(足下に注意を向けていなかったッ! しまった! このボールは爆弾だッ!)

正面には広間が広がっている。幾つもの椅子や机が置かれている所を見ると、休憩広間か何かか。

――その椅子や机一つ一つに爆弾が見える。

男「うわあああっ!」

男は椅子、机を蹴散らしながら走る。前方には階段が見えていた。

ふっ飛ばした椅子が床に倒れる――

爆発が後ろから迫る。

男「ぐうおあああ!」

男が走り抜けたすぐ後を爆発の連鎖が追ってくる。

男は影の足と自分の足を重ね、影の力を借り全力で疾走する。

爆発に追いつかれるギリギリで階段に飛び込んだ。その先には細いワイヤー、後ろには湾曲した箱。

男(――クレイモアッ!)

まるで男が階段に飛び込む事を予想していたかのように、床上に一本、床と天井の間に一本と、二本のワイヤーが仕掛けられていた。

男(このままじゃ身体でワイヤーを引き千切る!)

ワイヤートラップを壊せばクレイモアが作動し、内部の鉄球が男に発射されるだろう。

男「――影ッ!」

影が男の目の前に両手を突き出し、手の間に鎖を伸ばす。鎖は棒に変化した。影はその場に留まる。

男はその棒に掴まり身体を縮める。振り子の原理で男の体は棒を中心に回転し、足を前方に向けた。

男は足を伸ばす。そのままワイヤーの上を飛び越えた。

男「がはっ!」ドテッ

男(……これ以上罠は続いて無かったか……。続いてたらやばかったぜ……)

――

少年「……生き残った……?」

少年「馬鹿な…、それに何だ? 男のあの能力は……。背後の男が腕を風車の様に変化させられるなんて知らないぞ、僕は……」

少年「……」

少年が凝視するモニターには無事な男の姿が映っている。

少年(僕の能力は"見えている映る物"を爆発物に変化させる能力……。くそッ! それに絶対予測で組み立てた僕の罠が……!)

少年(……ここからじゃもう罠は仕掛けなおせない……。だけどそう簡単にはいかないよ。次のフロアには僕の切り札がある)

少年「…勝負だッ!」

――

男の前方には階段の終わりと、そこから広がる次の階層の通路が見えている。

男(……慎重に進まなければ、そしてあの見えないほど細いピアノ線……。本部の技術力で作ったのか? アレにも気をつけなければ……)

男「……」スッ…

男が足を踏み出す。その爪先が階段を越え、不可視の警戒網に触れた。

すぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ…

男(!? この音は……!)

男が音のした方を向く。そこには先に伸びる通路と、その途中に立ちふさがる何かの発射装置があった。

発射装置から連続で射出されているのは黒い拳ほどの塊だった。それらは放物線を描いて真っ直ぐ男に飛んでくる。

男「うわっ!」

男は階段を駆け上がる。

男「ッ!!」

黒い塊が爆発する。男は衝撃で階上まで吹き飛ばされた。

男「影!」

影が鎖を展開し、広い盾を作り出す。

爆弾はしばらく発射され続けた。



男(……おさまったか…)

男「ぐ……中に鉄片が仕込んでありやがる……」ズキッ

男(鉄片が刺さったのは右腿と腰か……、くそ……、致命傷じゃないのか……?)

加えて鎖から変化した盾を破壊された分、ダメージもあった。

男(……しかもなんて威力だ。着弾点が抉れてやがる)

男(あんなのをまともに喰らったら即死だな……。にしても、何に反応して撃ってきやがったんだ? それらしい仕掛けには触れていないはず……)

男はクレイモアの仕掛けを解除すると、折り返し式階段の上がりきり部分に身を潜めた。

男「……」

影から伸ばした鎖を少しずつ下の通路に伸ばしていく。

通路に出ると、男は左右に鎖を揺らした。

発射装置が再び作動する。男はすぐに鎖を引っ込めた。

男(……)

男は同じ事を数回繰り返した。

男(やはり……赤外線か……!)

男(それに、あのグレネードランチャーから赤外線がでているわけじゃない……。おそらく通路に赤外線が張り巡らされている)

男(通路の赤外線レーザーに触れると装置が反応して鉄片入りグレネードを撃ってくるんだ……、くそったれ。こんなんありかよ……!)

男(階段を下るとすぐ前に壁、左右に通路がのびている。ランチャーがあるのは右……だが左の通路の先にも必ず罠があるはずだ……)

男「……」

男は携帯電話で時刻を確認する。

男(あれからすでに20分が経過している……、もたついている暇は無い……)

男「……多少の痛みは我慢するしかないな」


男は赤外線が見張っているギリギリの地点……階段の一段目まで移動し、深呼吸をした。

男(あの発射装置まで5メートルってトコか……、それなら)

男「シッ!」バシュッ!

男の手から鎖が勢いよく伸びる。鎖はすぐに赤外線に感知された。

男(感知されて爆弾を撃たれようがよォ…………)

鎖が装置の発射口に入り込み、グレネードを塞き止めた。

男(出てくる前に止めればいい)

グレネードは砲身内部で爆発し、発射装置を破壊した。

男「ぐあっ!」ドバッ

伸ばしていた鎖が粉々に吹き飛ばされ、男の腕から出血する。

男(……鎖はしばらくすりゃまた出せるようになるみてーだが……、ブッ壊れる度、腕がこうなるのか……)

男「だが……、これであの砲台は攻略した」

男は鎖を進行方向に伸ばしつつ、更に警戒して進む。



同じ砲台の罠を三機かわし、男は広間にたどり着いた。

男(ここも上の階と構造は同じか……だが……)

幅十メートルの正方形の様な部屋の、左右の壁添いにはびっしりとグレネード発射装置が立ち並んでいた。

男(……こいつは……)チラッ

男(くそッ! ……時間がない!)

男(何かないか……この部屋をかわす方法は……)

男はもう一度砲台が立ち並ぶ部屋を見渡した。

男(……。…! あれは……ダクトか? 右のすみにあるガラス張りの小部屋の様な所にある……)

男(ダクトは床を突き抜けている……、それに人一人は通り抜けられそうだ。下に繋がっているのか……?)

男(…………くっ、悩んでいる時間は無い!)

男は一呼吸置くと、一気に小部屋に向かって走りだした。

背後から機関砲のような爆弾の発射音が聞こえてくる。

男「ぐ…!」ガシャン!

男は体当たりで小部屋の壁ガラスを突き破ると、影にダクトを殴らせた。

男「……!」ズルッ

男がダクトの中に滑り込んだ直後、グレネード弾がダクト周辺に降り注いだ。

男(何とかうまくいったか……それにこのダクトは下に向かっているようだ)

男(それにしても暗いな……、滑り落ちないようにしなければ……)

男(…………)

……ピー――!

男「!?」



ダクトは少年の待つ部屋の通気口に繋がっていた。

少年「……」

通気口が黒い煙を吐き出す。

少年「……お兄さんは肝心な所で思い切りがいい。でもそれが仇になったね、ダクトの底に爆弾を置いておいたよ」

少年「チェックメイトだ」

少年「フフフ……、これで僕が友さんの横に立てる……!」

少年(後は通気口の中の死体を確認するだけだ……)

男「……そいつはどうかな」

少年「えっ!?」

煤にまみれた男が通気口から這い出る。

男「……詰めが甘かったな」

少年「そんなっ!? あり得ないッ! どうやって!?」

男「影の胴で俺と地雷の間を塞いだだけだ……、おかげで背中が焼けちまったけどな」

少年「……!」

少年(それならお前自身の体を爆弾に変えてやるッ!)

男の首に爆弾が生成される。

男「……」

少年(そんなっ!? 発動しないッ!!)ブンッ ブンッ

男「お前……天才だとか言ったか……」

少年(そんなッ! 馬鹿なッ!! それなら床を爆弾に!)

影「…」ビシュッ!

少年「ぎゃっ!?」

影が伸ばした鎖で少年の顔を打つ。

少年「~~~~っ!」

男「ヌリィんだよ……ガキの浅知恵が……!」スッ

男の両腕に鎖が集まっていく。それは形を変えて巨大な腕になった。

少年「うわああああッ!」

少年は背を向け逃げだす。

男「……」

男は鎖で作った巨大な手の平で少年を両側から押しつぶした。

少年「ぶぎゅッ!」グシャッ

男「天才……、ゲット」



少年「がか……ゆ、許して……」

ボコボコに顔を腫らした少年が呻くように言った。

男「さっさと爆弾を解除しろ」

少年「は、ぃ……」

男は少年を引きずって部屋の入り口まで歩き、扉を開けて外を確認した。

男(……やっぱり、この階には罠は無いみたいだな)

男(あんなあからさまなダクトを見て警戒しない奴はいねぇ、最初からダクト内で俺に止めを指すつもりだったな)

止めを刺す でした。

男「……」

男の腿に突き刺さっていた鉄片が消える。

男「よし」

少年「け、消しました……」

男「本当だろうな? 今からお前をつれて金髪達の所に確認に行く。解除されて無かったら覚悟するんだな」

少年「は、はい……」

――

その後男はホテルに仕掛けられていた爆弾が解除されている事を確認すると、女の目のつかない所で少年を半殺にした後、ゴミ箱に捨てた。

その後は病院に直行する事になった。

――

金髪「これで大丈夫かな……」

看護師「ホントに怪我しすぎです!」

男「……」モゴモゴ

男は包帯を過剰に巻かれ、ミイラ男のようになっていた。包帯を巻くのが苦手な看護師と、面白がって加勢した女と茶髪のせいだ。

茶髪「本当、どこでも能力者に襲われるわねー……あんた」

金髪「今日は急に呼び出す事になってすみませんでした」

看護師「いえいえ、いいですよ。私は貴方達の専属ですから」

男(…そうだったのか?)

女「ほとんど男の専属医になってるけどね~」

茶髪「まったくだわ」

看護師「あはは……。じゃあ私は帰ります。男さん、安静に…ですよ?」

金髪「僕が見ておきますよ」

看護師「はい、お願いします! …それじゃあ」

男「……」

――翌日

男は病室を抜け出し、本部に来ていた。友に話の返事をする為だ。

しかし本部入り口で足止めされてしまう。

ガードマン「素性の知れん者を中に入れる訳にはいかんな」

男「だから……、友に言えばすじょーが明らかになるって言ってんだろ」

ガードマン「なんと言おうと無駄だ、帰れッ!」

男「……」

男(こいつ……、影でボコしちまおうかな……)

「――通してあげなさい」

ガードマンの背後から声がかかる。

男(…ア? なんだこの婆さんは)

ガードマン「婆様……。よろしいんですか?」

婆「よい。…さがりなさい」

ガードマン「はっ……」

男(……この本部でもかなりの権力を持つ奴か……)

婆「来なさい」

男「……」



―本部ロビー

男「婆さん、助かった……だが、なんで俺を助けたんだ?」

婆「ふぇ、ふぇ……」

男「……」

婆「友に会いに来たんじゃろう……? 案内してやろう」

男(! …こいつ)

男は婆の先導に従い、高速エレベーターへと乗り込んだ。

エレベーターは最上階へ向かって上昇していく。

婆「わしもな……能力者なんじゃ」

男「!?」

影「…」スッ

婆「……警戒するでない。敵意なんぞありゃせん。…まぁ、今まで多くの能力者に襲われたようじゃから、無理もないかのう……」

男「何?」

婆「……」

男(そういう情報を得ているだけか? ……なんだこの婆さん、何か妙な感じがする……)

婆「お前さんの代償……すでに多少の力を使うだけでは、影響を及ぼさないまでに、お前さんの能力は強くなってきておる」

男「…!」

婆「胸は痛まなかっただろう?」

男「…………」

男「……何だと?」

婆「……」

男(胸の痛み? ……厨二の時の……?)

男「今……なんて言った? …俺の代償があの胸の痛みだと、そう言ったのか?」

婆「わしは後半年しか生きられん、その代わり先の全てを見通す力を手に入れたのじゃ」

男「……何を言っている? 俺の質問に答えろ」

婆「"正す力"じゃ……お前の真の力は……、鎖はその付属品に過ぎん。……これは警告じゃ……考えて力を使え。代償は既にお前の体を蝕みつつあるぞ」

男「正す力? 何だと? いったい何の話だそれは……」

婆「考えて力を使え……」

男「……」

男(何だこの婆は? いきなり現れて何を言ってやがる……。落ち着いて話を整理するんだ)

男「……全てを見通すと言ったか? なぜ俺にその事や俺の代償の事を話すんだ。あんたの言っている事が本当だとして、"何か見えているのか?" だから俺に接触したのか?」

婆「……多重代償というものがあるんじゃ、詳しい事は話せん」

男「…なんだよそりゃあ」

婆「わしが伝えられる、言うべき事は二つ。自分の力を知れ、そして友には気をつけろ……」

<<最上階です>>

ガガーッ

男「!」

エレベーターの扉が開く音に注意をそらされる。

男「婆さ――……」

その一瞬に、婆の姿は掻き消えていた。

男「……」

男はエレベーターから出ると、辺りを見渡した。しかし婆の姿はどこにも無かった。

男「……ワケわかんねー…」

男(正す力? ……代償?)

男「くそ……もやもやするのは嫌いだってのに」

――

男は最上階から階段を上がり、屋上に出た。そこには友の姿があった。

友「来ないかも、と思ってたけど杞憂だったか」

男「……」

友「いい返事を期待してるよ」

男「……友、質問してもいいか?」

友「なんだ?」

男「支配するって話だったよな……俺とお前の二人で」

友「…ああ」

男「……やり方は? どうするつもりなんだ……?」

友「なんだ、そんな事か。そんなの決まってるだろ、能力で世界をブッ壊して頂くんだよ」

男「……見境なく破壊するつもりか?」

友「何も全部壊すわけじゃねーよ。俺達だって生きてんだ、生活に必要な物は残す」

友「だがよォ、反乱勢力はいらねぇよな。軍隊とか警察とか、……他の能力者とか」

男「……!」

友「そいつらは皆殺しさ、そんで……王になって好きに暮らす。…聞きたい事はそれだけか?」

男「……お前が俺を裏切らないって保証は……あるのか?」

友「……は?」

男「……」

友「お前……そんな事心配してたのか? ……お前は俺の唯一の友達だ、だから誘ったのに…」

男「…」

友「男、おめぇよォー……。こえぇんだろ」

友「……ッはー。失望したぜ、お前には。始めっから乗り気じゃ無かったって顔してるぜ」

男「…」

友「ならもういいよ。最初っから情けで誘ってただけだ、もうお前はいらねぇ――」

友のその言葉には嘘偽り無く、その場から離れ始める。

友「……」

男「……」

友と男はすれ違い、男は屋上に残り、友は屋上を後にした。

友(チッ……クソ劣悪種が。そもそも俺を敬わねぇ駒はいらねぇしな、もうてめぇはいらねえ)

友(あの糞婆をしめあげて吐かせた……、男が俺の向かう"先"の邪魔になると言うから一応近づいたが……)

友(少年は倒したが、あの程度の貧弱な能力ではこの友の足手まといになるだけだ)

友(必要無いッ! ……だがつくづく腹を立たされる、あの男もそうだが、周りの奴らもちっともこの俺のカリスマに魅せられねぇ)

友(時間を無駄にしたな。……まぁ今となってはどうでもいい、準備が整うまでのお遊びに過ぎんのだ)

友(……明日から、この俺の世界が幕をあける)



男「……」

男(友……、しばらく見ない内に変わっちまったな……)

男(お前の求める世界には……女ちゃんの笑顔は無い。だから協力はできない)

男(……ヤッベ、今の超クールな台詞だな。……あいつが帰る前にビシッと言っとけば良かった。……はぁ)

男(……一応匿名で友の悪巧みを通報しておくか)



男が本部を出た所で携帯電話に着信があった。

男「…もしもし?」

女『もしもーし』

男「女ちゃんっ!?」キュン

女『んー。…茶髪と代わるね』

男(えっ? なんで?)

男「……」

茶髪『くぉら男ぉーッ! あんた今どこにいんのよーっ!!』

男「がッ……」キーン

茶髪『私達はあんたのせいで帰る時間遅らせてるってのに! どこ行ってんのよ!!』ガーッ!

男「えっと……ちょっと支部長に呼び出されてまして……」

茶髪『……あいつに?』

男「うん」

茶髪『で? もう用事は終わったの?』

男「終わったよ」

茶髪『じゃあさっさと帰ってこんかぁ!!』

男「!? はいィ!」

……その後、茶髪の不機嫌は限定スイーツが売り切れで買えなかった事によると男は知り、茶髪のあだ名をスイーツに戻すのであった。

――

腹ヘリ休憩

男「久しぶりの我が家だぁ……」ボフッ

男(この布団の感触が懐かしいぜ……、やっぱりこの布団に横になるのが一番だな……)

男「…………」

男(友の事は大丈夫だろう……、本部の人間には伝えて来たし。……信じてなさそうだったけど)

男(……考えるのも疲れたな、寝よう)

男「……」

男「…」スー



男(…………)パチ

男「……朝か? ……寝足りねぇ…、くぁ……」

男「…………」ボーッ

男「……」チラッ

目覚まし時計は昼過ぎを示していた。

男「…………」

男「遅刻だッ!」



男(最速5分ッ、男で良かった!)

男は部屋から飛び出す。今日は昼の二時から仕事だった。10分ほど遅れている。

男(また茶髪にどやされる……!)

通路を駆け喫茶店に滑り込む。

男(昨日の疲れのせいか、よりによって金髪も女ちゃんもいない日に!)

男「ごめん、寝坊したっ!」

事務所に茶髪の姿は無かった。

メイド「うるさいですね、豚野郎」

男「……へ」

代わりに居たのはメイドだった。

男「…………誰?」

メイド「噂通りどんくさそうな人ですね。今はそんな事より急いだ方がいいのでは?」

男「……」

男は厨房に向かう。

男(誰だ……? あのメイドは、つぅか今、豚とか言われたけど……)ガーン

夕方、女と共にやっと茶髪が姿を見せた。

それに加えて非番の金髪が店に来た。

―閉店後

茶髪「えー……。本日は新しい仕事仲間を紹介するわ」

男(まぁ、金髪が来た時点でなんとなく察しはついてたな……)

メイド「メイドです。よろしくお願いします」

女「おー……メイドだ」

メイド「はい、よろしくお願いします。女さん」

金髪「金髪です。よろしくね」

メイド「はい。こちらこそ」

男「……えっと、男です。……よろしく」

メイド「よろしくお願いします。豚野郎」

男「え……? (´;ω;`)」

茶髪「メイドは私の知り合いでね。ほら、ウチって戦力不足でしょ?」

メイド「能力はエネルギー放出です、代償は何かを得る事です」

女「エネルギー放出?」

メイド「広範囲のかめ○め波と考えてください」

メイド「厳密に言えば能力の源……本部の方では精神力と考えられていますが、それを体全体から放出する能力です」

金髪「へぇ……、威力はどれくらいなんだい?」

メイド「本気で放てばこの店を壊せます」

茶髪「…やらないでよ?」

メイド「やりませんよ。……その他にも、放出するエネルギーを体の表面に纏う事で、身体能力を向上させる事ができます」

茶髪「近接戦闘系ね、男だけじゃ心元ないから。よく怪我してくるし…」

男「……」

メイド「そんなところです」

金髪「……一つ聞いてもいいかな? メイドさんもどこかのグループに属してたんだよね? そっちはどうしたんだい?」

メイド「無くなりましたから」

金髪「え……? 解散でもしたの?」

メイド「昨日の晩に能力者の集団に襲撃を受け、壊滅しました。私達はある研究所のガードグループだったのですが、襲撃者はそこの研究成果が狙いの様でした」

金髪「……!?」

女「壊滅…?」

茶髪「……」

男「……」

メイド「……」ジッ

男(…! なんでこっちを見るんだ……?)

メイド「身元不明の集団に私を除く他のメンバーはやられてしまいましたから、グループは消滅して…私は手が空いた訳です」

金髪「……まさか、他の皆は」

茶髪「ちょっと、金髪…」

金髪「……」

メイド「……」

男(……まさか。いや、そんな馬鹿な……でも…)

男(友、なのか……? あいつの仕業なのか? ……考えてみれば、あいつがこの世を支配しようと本気で考えているなら、仲間くらいいて当然だ)

男(考え過ぎか? ……昨日友と話したばかりだからそう思うのか? ……だがあの友に執着していた少年の様に、強力な力を持つ仲間が友にいたのでは?)

男(そして俺と別れた後すぐに世界征服の為の行動を開始した……、そして必要な技術を得る為、メイドのグループが守っていた研究所を襲撃した)

男(…………)

男(馬鹿な……そんな馬鹿な。……だが友の性格を考えると、この行動の早さは……友が犯人だと仮定すればだが……)

茶髪「……とにかく、明日からメイドは私の仲間だから。皆仲良くすんのよ」

メイド「能力だけではなく、格闘術の心得もありますから。頼りにしてください」

金髪「…うん」

女「…」

茶髪「この前女の向かいの部屋が空いたでしょ? 今日からメイドはそこに住むから、女、案内してあげて」

女「…分かった」

男(…………)

――

――その夜

金髪「いやぁ……さっきはホントに失敗だったよ。……ヒック、僕とした事が……」

男「金髪……百回は聞いたよ……」

金髪「……ウゥ…うん? 男……お酒もう無かったっけ?」

男「9割お前が飲んだっつの……」

金髪「そうらっけ? ……僕、ちょっとコンビニ行って買ってくる……」スクッ

ずでぇん!

男「…大丈夫か?」

金髪「……大丈夫。……ところで男、前はどっちだい?」

男「……」

男「お前は待ってろ、酒なら俺が買ってきてやるから」

金髪「…そうかい? ……悪いねぇ…」

男(コンビニ行って帰るまでに寝てる事を祈ろう……)

男「……」ガチャッ

男は部屋を出ると、念のため鍵をしめて出かける事にした。

男(深夜だな……、今日は少しうるさかったから女ちゃんに迷惑かけちゃったかな……)

少し視線をずらすと、メイドの部屋が視界に入る。

男(メイドさんももう寝てるかな。…………)

男「少し屋上で夜風にでもあたるかな……」

酔いを覚ます為、男は喫茶店の屋上に向かう。

男(……?)

――……ぁ――

男(なんだ? 人の声……?)

男(……)ゾクッ

男(屋上の方から聞こえる……。お化けとかじゃ……ないよな……)

それは女性の泣き声の様だった。近づく程に声の主の悲痛な叫び声がはっきり聞こえてくる。

男「……」

男は忍び足で近づき、屋上の様子をうかがった。

メイド「うわああああ……っ!」

男(メイドさん? ……)

メイド「ひっく、ひっく……ああああんっ!」

男(……)

男は驚く。子供の様に泣きじゃくる彼女の姿は、昼間のポーカーフェイスからは想像もつかない光景だ。

男「……?」

男は近くにあった紙切れを拾い上げる。

男(写真だ。……写っているのはメイドさんと……誰だ?)

メイドの近くを見ると、同じように写真が幾つも散らばっていた。

男(これは……、メイドと……メイドの前の仲間の写真か)

男「…………」

メイドは泣き続ける。

男(事実……なんだ)

男(泣いている彼女が、仲間を失ってここにいるのは……。それが事実なんだという実感が、今更沸いた)

男(昨晩仲間を失って、その足でメイドはこの店に来たのか? 行き場をなくした所を茶髪に拾われて、絶望のままここに来たのかッ?)

男(…許せない)

メイドのグループを襲った犯人が友かどうかなど、どうでもいい事だった。

男(勝手過ぎるぞ、能力者共ッ!)

男(……悪だッ! 俺が怒りを感じているのは! 一番許せないのは――)


男(――美少女を泣かせた事だッ!!)


男(……そして友、俺は今からお前を阻止する。放っておけばまた同じ悲劇が繰り返されるだろう)

男(そしてメイドのグループを壊滅させた奴らも許さん。今から俺がこの能力犯罪者を捕まえるのは、女ちゃんと一緒にいたいからという理由だけでは無くなった)ザッ

男は自室に戻ると寝かけていた金髪を掴み上げた。

男「起きろ金髪ッ!」

金髪「……く…、なぁ…ふぁ」

男「寝呆けているんじゃあないッ! 今から俺と一緒にメイド達を襲った犯人を特定しるんだよォーッ!」ガクガク

金髪「アガガガッ」

――

翌日

茶髪「……あんた達。すっごいクマだけどどーしたのそれ……」

男「……」

金髪「ちょっとね……」

茶髪「男は厨房だからいいけど、金髪はホールで女の子の相手すんだから困るんだけど……」

男「…すまないな、金髪」

金髪「…いや、昨日は男の意見に完全賛同で協力したんだ。いいんだよ」

茶髪「…?」

それから男と金髪は暇な時間を使ってメイドのいたグループを襲った犯人の足取りを追った。

本部まで行って情報を探し、得たのは友が謎の失踪をしたという情報と、各地の研究所が襲われているという情報だった。

金髪「間違いなく同一犯の仕業だね」

男「ここ3日間、研究所を連続襲撃か」

金髪「だけどこの2日間は動いてない……。しかし彼らは足をつけないね、せめて研究所から盗まれた物が分かれば推測もしやすいんだけど……」

男「更に二つのグループが壊滅か……、先にメイドのグループが襲われてから、被害はそれより少なくすんだらしいけど」

金髪「許せないね……」

男「ああ、やられたのが野郎やババァでも、怒りは感じるぜ」

金髪「彼らの仇をとらないとね」

男「そうだな。本部は友の話を全く信じてないみたいだし、事態に気が付いているのは俺達だけだ」

金髪「……僕もまだ信じられないけどね、あの友さんがそんな事を考えているなんて」

男「あいつが妄言を吐いただけって可能性もあるけどな。だが俺には今回の事件とあいつが無関係とは思えない」

金髪「別に友さんが犯人じゃ無かったとしても、僕らが動く価値はあるさ。能力犯罪者を捕まえるのが僕らの仕事だしね」

男「ああ。……何とか次の襲撃場所の目処でもつけばいいんだが」

金髪「やっぱり研究所かな? 日を開けているのにも意味がありそうだね」

男(日をおく意味か……)

……結局それから襲撃者の集団が動きを見せる事は無く、男と金髪の捜査は行き詰まるのであった。

――

朝じゃん( 'д` )
眠過ぎ寝ます



メイド「…それで、閉店後の倉庫なんかに呼び出していったいどうするつもりですか?」

男「……。いや、実は頼みがあって」

男(つーかこのメイド服は私服なのか? ずっと着てるよな……)

メイド「……聞きましょうか」

男「格闘術を教えてほしいんだ」

メイド「私にですか?」

男「ああ……、"仕事"をしてて、よく自分の力不足が分かったから……。肝心な時にちゃんと闘えるようにしておきたいんだ」

男「メイドさんは……格闘術ができるって言ってたよな? …暇な時でいいんだ、教えてほしい」

メイド「……」

男「……ダメか?」

メイド「別に構いませんよ」

男「本当かっ!?」

メイド「――ただし」ピッ

男「……ピース?」

メイド「時給二千円。それで手をうちましょう」

男「…分かった。それじゃあ暇な時にでもよろしく頼む」

メイド「分かりました、では早速」

男「へっ? 今?」

メイド「暇なので。あなたも暇でしょう? …明日にも、仕事ができるかもしれませんから、時間を有意義に使いませんと」

男「……まぁ、そうだな」

――

翌日

男「……おはようごじゃいましゅ」ボロッ

女「うわっ」

金髪「男? おはよ――うわっ?! なんだいそれ」

女「顔面ボコボコ…」

男「いやぁ……ちょっとな」

男(くっそー……メイドの奴……おもっくそボコりやがって……)

女「喧嘩でもしたの?」

男「いや……昨日メイドさんと組み手したんだ」

金髪「組み手?」

男「格闘技を習ってんだ」

金髪「…ああ」

金髪「なるほどね……。怪我の理由は納得できたけど、メイドさん…容赦なさすぎじゃないかい?」

男「そうだな……全身が痛ぇよ…。でも、そっちの方が上達しそうだろ?」

女「痛そ~」

男「痛いよー…」

金髪「男、そこに座って。傷治してあげるよ」

男「…あぁ、助かる」

男(……とはいえ、ずっと金髪に頼る訳にゃいかねぇよな。こいつの代償痛そうだし…)

――夕方

男「ゲッ!」グシャ

メイド「――ですから、攻撃ばかりでは無く注意もしませんと」

男「……そんな事言ったって~…」

男(俺が攻撃すると超スピードで反撃してくんじゃねぉか……無理だろ)

メイド「…どうもあなたは注意力がありませんね。…これは、まずは反射神経を鍛えるところから初めないといけませんね」

男(遅ぇ……)

メイド「では、私がひたすら攻撃するので、回避に専念してください」



――深夜

男(……夜は能力の特訓か。キッツいな……)

影「…」

男(鎖の変化……、瞬時にどんな形にでも変えられるようにしないとな)ジャラッ

――朝方

バイトが昼からなら男は体力をつけるため、とにかく走った。

男(……なんで俺、急にこんなやる気だしてんだろ)

脳裏に放火魔や厨二、今まで相手をしてきた能力者の姿が浮かぶ。

男(…………)

――

男「……」ババッ

メイド「……!」ピタッ

男「……初めて一本とったな」ニヤリ

メイド「……いえ、あなたが遠慮しなければ……もっと早くにこうなっていたはずです」

男「…だって、殴るわけにはいかねーだろ」

メイド「甘いですね」

男「大丈夫。他の相手なら遠慮なくぶん殴れるからさ」

メイド「……」

看護師「……終わりましたか?」

メイド「ええ、止めにしましょう」

男「休憩か」

看護師「はーい。じゃあ男さん、お薬塗るですよ~」

男「……その薬染みんだよなぁ……」

看護師「ダメですよ? ちゃんと治療しないと」

男「……ぐ」



男「よっし、再開しようぜ」

メイド「いえ、やめておきましょう」

男「えっ? 今日はもう終わりか?」

メイド「……」スタスタ

男「おい……。……?」

看護師「メイドさん、どうかしたんですか?」

男「……さぁ」



茶髪「おかえり~」

男「あぁ……ただいま?」

茶髪「今日初めて聞いたけどうっさいわねー……、天井が抜けたらどうすんのよ?」

男「茶髪が屋上使っていいって言ったじゃんか」

茶髪「それとこれとは話が別よ。まぁ何も無かったからいいけど」

男「……」

男「……それで、何か忘れものでもしたのか? いつもはもう帰ってる時間だろ?」

茶髪「あんたを待ってたのよ」

男「?」

メイド「見つかりましたか?」

茶髪「えぇ、連絡ついたわ。男についてもオッケーだって」

男「……何の話だよ?」

メイド「あなたを鍛えてくれる人を探してもらいました」

茶髪「私達の古い知り合いでねー、格闘技の天才なのよ」

男「そんな話聞いてないぞ!?」

男(お前が教えてくれるんじゃ無かったのかよ……!)ジロッ

メイド「……」フイッ

男「……?」

茶髪「もう限界がきたんでしょ」

男「限界…?」

メイド「……えぇ、これ以上私が教えても伸び代は引き出せないでしょうから」

茶髪「早く強くなりたいんでしょ?」

男「そりゃ……そうだけど」

男(……何か言っといてくれてもいいじゃねぇか。……寂しい)



――翌日

茶髪「ここよ。今日は店の事は心配しなくていいから、新しい師匠と仲良くやんのよ」

男「…」

男(……道場? だが、なんだ? このピンクな染色看板は……)

茶髪「それじゃあね」

男「えっ? ついてきてくれないのか!?」

茶髪「がんばんのよー」スタスタ

男「……」ポツン

男(…なんつー無責任な……。話通ってんだろうな)

男「……行くか」



大男「あらぁぁぁん!! 僕一人?! カワイイィィィィ! 入門希望者~~~ン?」クネクネ

男「……」

男「グハッ!?」

男(な、なんだここは……? 馬鹿な……ここはッ)

大男「…」バチコーン

男(オカマの巣窟だァァーーッ! い、嫌だ……茶髪……まさかッ、俺を売りやがったな!?)

男「ぇ、ええとその……マチガエマシタ…」

男(た、助けて女ちゃん……。臭ェ……ッ! ここはドブ以下の臭いがプンプンするぜッ! 早く帰って女ちゃんと会わないと……死ぬ!)

女ちゃんエネルギー■■■■■■■□

女ちゃんエネルギー■■□□□□□□ ドギュゥゥゥッ!

男(くッ!? 女ちゃん成分で補充できる俺の生命エネルギーが……ッ!? ……尽きると死ぬ……)

大男「…?」

男「し、失礼しました……」

「待ちなさい」

男(……何、だとォ……ッ!)

オカマ「男くんね? ようこそ、茶髪から話は聞いてるわぁ……、こっちよ」

ピンクの胴着を着たオカマがそこにいた。

―道場

「ああんッ! そこよッ! いいわッ!」

「オラッ! これでどうだッ!」

男(オカマとそうじゃない普通の男が畳の上で……いや、同性愛者か……?)ブンブン

男(どうでもいいッ! ……この地獄絵図は俺の正気度を削るという事だけは確かだ……)

オカマ「さ、早速稽古をつけてあげるわ。私達もあの中に加わりましょう」

男(いやだァァ!)

男「……」ゲソ…

オカマ「みんなー! ちょっと場所開けてちょうだい!」

「師匠っ!?」

「えっ?! 師匠が稽古つけるの!?」

オカマ「そうよ。この子を試したいから少し休んでてちょうだい」

ザザザッ…

男(変態共が引いていく……?)

男(……何だか、雰囲気が…)

男「……」

オカマ「……茶髪から頼まれてるからね。強くなりたいんだって? 男くん」

男「……」コク

オカマ「理由は言えるかしら?」

男(……言わなきゃだめなのか?)

…シン

男「……いろいろあるけど、一番は……大切な人を守るため…だな」

オカマ「……」

男「……」

オカマ「……いいわ。素敵な答え。……あなたが私に習うとして、いくつか決めなきゃいけない事があるけど……」

オカマ「まずはあなたの強さを確かめるわ。全力でかかってきなさい」

男(このカマ野郎……いきなり目付きが変わりやがった……)

男(……周りの奴らも"真剣"だ)

男「……行くぞ」

オカマ「……」

男「ハッ!」ダンッ

男は言われた通り、全力で攻撃を仕掛ける。狙いは腹の中心、一気に距離をつめてからの正拳突き。

男(……! 消えた!?)

オカマ「――」

男(後ろっ!?)

オカマは男の右側を回り込み、男の背に向けて拳を打ち込もうとしていた。

男(―よける暇は無い、防ぐしか!)

身を翻した男は、両腕を交錯させてオカマの拳を受けようとする。

男「…」

しかしオカマの拳はギリギリで止められていた。

男(!?)ゴウッ

男「うわ……!」ドテッ

男(……!? なんだ? パンチは当たって無いのに……倒された?)

オカマ「筋はいいわね」

男「……今のは?」

オカマ「ただの拳圧よ。私の能力による物、……さて、どう? 私に弟子入りしてみる?」

男「…………」

男(……確かに、メイドよりずっと強そうだ……。いや、ムキムキの大男だし、当たり前なんだけど…)

男(大丈夫、だよな。……ただの道場だよな)

男「……その、稽古料はお金……ですよね?」

オカマ「そうだけど? …なんで?」

男「いやっ、なんでもありません! ……是非よろしくお願いします」



男「……」ガチャッ

男(店に荷物置いたままだった……早く寝たいのに……)

茶髪「おっかえりー☆」

メイド「以外と早いお帰りですね」

男「……お前らなぁぁ」

女「おかえり~」

男「! …ただいまぁ」デヘッ

茶髪「どうだった? 道場の方は」

男「どうもこうもねぇよ! 貞操の危機を感じたわっ」

茶髪「まーまー……ほら、座って。メイド、何か飲み物淹れてやって」

メイド「しょうがないですね」

男「……」ムスッ

女「男、どっか行ってたの?」

茶髪「オカマバーよ」

女「……」

男「違う!! 断じて!! 茶髪! お前何言ってくれてんだ!?」

茶髪「えー? ここら辺じゃあの道場、オカマバーで通じるでしょ?」

女「あそこ行ってきたんだ…」

男(女ちゃんに通じてる……? ……いや、オカマバーとか初耳なんですけど)

茶髪「オカマまみれだからねー。…気持ち悪いったら」

女「…男も?」

男「!? 違うッ! 俺は異性にしか興味はないよ!」

女「…クスッ、じょーだんだって」

男「……」

男(かわいい…)

茶髪「キャー、血走った目で見ないでくれる?」

男「見てねぇよ」

男(ウゼ)

メイド「…どうぞ」コトッ

男「お…ありがとう」

男「……」ズ…

男「……はぁ」

茶髪「で、どう? 強くなれそう?」

男「……ああ、それは確かだ」

茶髪「よかったじゃない」

男「…だけどよー」

茶髪「ん?」

男「稽古が終わった途端、オカマ連中が押し寄せてくんだよ! 彼氏っぽい相手がいる奴ら以外全員が……うぅっ!」ブルブル

男「確かに格闘術を習うにはいいかもしれないけど、その前にたいせつなモンを奪われそうだ」

茶髪「…あはは」

男「紹介してもらってなんなんだけど、他に道場とかないのか? できれば普通のところの!」

茶髪「あるにはあるけど……一番腕が立つのがオカマだから…」

メイド「いいじゃないですか。一般の方も来る道場なんですし」

男「そうなのか? ……でもオカマと数人の変態以外、いなかったような…」

メイド「……その一般の方がいつの間にかオネエ方の彼氏になっているようですが」

男「うわっ! やだー!!」

女「大変だね……」

男(女ちゃんが心配してくれてる!? ……あのクサレ道場に行った甲斐があったな)ニヤ

茶髪「……何いきなりニヤついてんのよ」

メイド「表情変化の激しい方ですね」

男「うっ、うるさいな!」

女「そーいえばさー……、なんで男はいきなり強くなりたいと思ったわけ?」

男「えっ?!」

茶髪「あ、それ私も気になるわ」

女「……」ジー

男「……その」

メイド「言い淀むような理由でしたっけ? ただ、皆さんの足手まといになりたくないという事なのでは」
茶髪「ふーん? 関心、関心。中々分かってるじゃないの。腕を上げて私の役にたとうって事ね?」

男(あ……そっか。メイドには別の理由を言ったんだっけ……)

男(別に道場で言った理由を言う必要はないんだよな……)

女「へー」

男「……ところで、みんなはなんで残ってるんだ? もう閉店だろ?」

茶髪「ただ話してただけよ」

メイド「……」

茶髪(……男がオカマにアレされる可能性もあったからね……もしそうだったらって心配してたんだけど)

メイド(……この様子じゃ心配なさそうですね)

女「…がーるずとーく?」

男「がーるずとーくか」

<チーン♪

男「ん? 何の音だ?」

茶髪「お菓子が焼けた音ね」

女「とってくる」カタッ

男「お菓子……」

茶髪「……女の手作りよ? 感謝しなさい、私がセッティングしてあげた状況に」

男「茶髪サマ……ははぁぁ……ッ!」

メイド「それより彼女を手伝ってあげたほうがよろしいのでは?」

男「あっ」ガタン

テツダウヨー!

メイド「……扱い易くていい人ですね」

茶髪「そうねー。私達はゆっくり待ちましょうか」

メイド「そうですね」



女「男、食べないの~?」

男「…い、いただきます」

男「……」サクッ

男(女ちゃんのクッキー……生きてて良かった)

茶髪「でさー、その時ね――」

メイド「――そんなことが?」

男「…………」ボー

男(なんだかすごく落ち着くな……)

男(……眠い…)



男(…!)ハッ

男(……俺、寝てた!?)

男(うわ……暗ぇ……)

男「…ん?」

男の目は眩しい光を受けて閉じた。

女「……」カタカタ

男(女ちゃん……?)

ノートパソコンを弄る女が目の前にいた。

女「…起きた?」チラ

男「あ、あぁ……女ちゃん、どうしたの? もう暗いのに……」

女「んー? 茶髪が見張ってろってー、男が起きるまで」

男「……」

男(俺が起きるまで……?)

男「茶髪は……?」

女「帰ったよ。戸締まりしとけって」チャラッ

男(鍵……。……あ)

男「ありがとう……。で、ごめん……俺のせいでこんな時間まで待たせちゃったのか……」

男(やべぇ……理解したら申し訳なさで潰れそうになってきた……)

女「気にしなくていい」

男「……女ちゃん」

「臨時ニュースです」

男「!? ……なんだ、テレビか…」

「――○○市で能力者による事件が起こりました」

男「……」

女「何か最近多くない?」

男「多い?」

女「最近ニュース見ると、能力者の犯罪ばかり報道してるし」

男「……」

「――一連の事件の関連性を警察は調査しており――」

女「……男?」

男(……なんだ? この嫌な感じは……? 何かが……疼く……)

影「…」

――

「……」

能力者専用監獄……、厳重な警備がしかれるそこに、ある者が現れた。

友「……」

彼に気付く者はいない。彼が警備員の注意に触れる直前、まるで何かに操られているように彼らの注意は逸れた。

友(……まるでザル警備だな)



警戒レベル5と呼ばれる特別房。友はそこに到るまで、普通に歩いていった。

自分の庭を歩く様に。しかし……侵入者である彼が警備員に見つかる事は無かった。

友「……ここだな」

彼の手には牢獄の鍵が握られていた。入り口に用意されていたのだ。

友(我が全ての確率を支配する能力ッ! これさえあれば俺を止められる者はいない)

友「……おい、迎えに来たぞ」

囚人「……」

友「拘束具は解けているはずだ」

囚人「……へ」パラッ

囚人「おおおおおおッ!?」バラバラ

その囚人は強力すぎる能力の為、視覚と聴覚をマスクで遮断されていた。

そのマスクが取り払われる。

放火魔「おッ……! おおおお……ッ! ……へへへェ……助けに来てくれると思ってたぜ……おれっちのマブダチよォォォォ!!」

友「ついてこい」

二人は再び来た道を戻って行く。

放火魔「それにしてもよォー――ッ! あんたの能力はやっぱりすげぇよなぁぁぁぁ。看守どもが……皆そっぽ向いてるぜェェ!?」

友「あまり大声を出すなよ。流石に気付かれる」

放火魔「おっ……と、すまねぇ……」

友「……」

放火魔「ありャッ? 出口はこっちだぜェェェェ? 友さんよォ~~~~?」

友「もう一人連れていくからな」

放火魔「もう一人……?」

ガシャンッ

友「力を貸してくれるな……? フリークマン」

フリークマン「……ォ、ォ…」

放火魔「びやぁぁッ!? な、なんでぇこいつはッ! 化け――」ガッ

放火魔「むぐッ!」

友「口に気をつけろ。こいつにその言葉は禁句だ」パッ

友「さぁ、お前を虐めた奴らに仕返しに行こうぜ。フリークマン(化け物男)。お前の容姿を馬鹿にした奴らをよォォ」

フリークマン「う……う……!」

友「クク……」

――

男「……かへっ」

茶髪「なんか最近お昼は普通のレストランみたいになってるわねぇ。コンセプトはお洒落なカフェなんだけど……」

金髪「……人増やそうよ、茶髪…」

女「同意。…ふー」

メイド「お茶をいれてきますね」

茶髪「サンキュー」

「……続いてのニュースです」

一同「……」ピクッ

「先日と同様の事件が起こりました。犯人の能力者の行方は未だつかめておらず――」

金髪「……またか」

茶髪「……」

男「…………」

女「あっ……結構ここから近いね」

茶髪「……おっかないわねぇ」

男「……首が潰し切られてるってやつか」

金髪「それに"人を朽ちさせる能力"を持つものとのコンビ……」

メイド「……これでもう十件目ですか」

男(……そして誰もわざわざ言わないが、そのコンビが襲撃する地点が徐々にこの町に近づいている)

男(恐らく快楽殺人者……そして狙うのは人が多い建物ばかりだ)

男(そいつらだけじゃない。最近……能力犯罪者があちこちで現れている……)



――数日後

男(ついに隣町で事件が起こったか……)

茶髪「事件現場に行くわよ!」

茶髪の号令で男達は組織の車に乗り込む。

犯人は数日前ニュースで見たコンビだ。しかし、すでに事は終わり、能力者は逃げているらしい。

茶髪達は敵の能力を知る為、被害と痕跡を確認しに向かう。

加えて犯人の次の狙いを予測する為の情報も得なくてはならない。

男達は別れて車に乗り込む。

男(あ……女ちゃんの隣だ……)

男(……違うっ! 浮かれてる場合じゃないだろ!)

女「男」スッ

男「?」

女「新しいインカム。壊れてたでしょ?」

男「あ……」

男(そうだ……電撃使いのガキに襲われた時、ぶっ壊れたんだっけ)

女「一応つけておいて」

男「うん。…ありがとな」

女「んー」

男「……」



被害現場は八十階建てのビルだった。

茶髪「……このビルが建った記念に、中でお祝いしてたそうよ」

金髪「……」

男「……なんかやけにホコリっぽいな」

メイド「"朽ちさせる"能力を受けると、このように砂の様にとけるようですよ」

男「…………は?」

男(……ということはこの砂みたいなのは……!!)

男「ぐっ……! 口に…ッ!」グムッ

メイド「……そこら中にある砂の塊は人間の成れの果てですか。…恐ろしいですね」

金髪「このビニールシートは?」

茶髪「首を千切られた方がまとめられてるわ」

金髪「……」

男(……臭い)

メイド「対策を得る為にも、中を確認しなければなりません」

茶髪「…男。少しだけはがして」

男「……く」

男「……」ペラ

ビニールシートの下にあったのは首から上が無い死体の群だった。

男(う、ぐ……)

金髪「これは……」

茶髪「…おぇ」

メイド「……」ガシッ

男「お、おい?」

メイド「詳しく……調べませんと」

メイド「……。首を切られたと言うより、何かで前と後ろから押しつぶされ、ねじ切られたように見えますね」

男「……細長いペンチで挟まれたみたいな傷口だな」

メイド「えぇ。何か道具を使ったのでしょうか」

茶髪「……あんたら、よくマジマジと観察できるわね……」



茶髪「じゃあ、メイドはビルの外を調べて。他は中に入って調査するわよ」

メイド「皆さんお気をつけて」

金髪「メイドさんもね」

茶髪「行くわよ」

メイドを欠いた四人はビルの中へ進んだ。

内部は外側と同じく、朽ちてひび割れた壁面が目立っていた。

茶髪「……倒壊しないでしょうね」

金髪「金属は朽ちにくいらしいよ。鉄筋がしっかりしてれば……大丈夫じゃないかな?」

女「今まで朽ちさせられた建物の劣化状態のデータ統計から見ても、崩れる心配は無いよ。この建物はそれほど被害を受けてないみたいだし」

茶髪「マメねぇ……。そんなの調べてたの」

金髪「……普通はリーダーがやらせると思うんだけど……」

茶髪「…うるさいわね」

女「…ただし。能力者がある一点を集中して朽ちさせられるんなら話は別だけど~」

金髪「……怖いなぁ」

茶髪「縁起でも無い事言わないでよ……」

男「……」キョロキョロ

男(……確かに、朽ちてる部分は地面から一メートルにも及ばない)

男(手抜き工事とかされてないよな……)

男「なぁ、やっぱり中を調べるのは止めた方が――」

ポロッ

女「あ…」

男「――…」

茶髪「どうしたの?」

女「飴落としちゃった……」

男「……」

茶髪「ばっちいから拾うのやめなさいよ…」

女が落とした飴。一般的な棒の先に丸い飴がついたものだ。

――その飴玉が崩れ、砂の山になっていく。

男(これはッ!)バッ

男は自分の足元を確認する。

男「女ちゃん!!」

女「!」ピタッ

男「攻撃だ! 能力者に攻撃されているッ!」

金髪「なんだって!?」

男「足を見ろ! 靴が"朽ちて"いくぞッ!」

男が指摘して他の三人はようやく変化に気付いたようだった。

男(俺も女ちゃんが飴を落とさなきゃ気が付かなかった! そしてこの攻撃は!)

茶髪「ど、どこから攻撃してきてんのよ!?」

男「分からない、だが壁を見ろっ」

男「さっきまでは下から数十センチが朽ちているというところだった、だが今は一メートルをこしている!」

男「能力の正体は分からないが、恐らくこれは"下から物を朽ちさせて"いくんだッ」

男「足が朽ちる前に上に昇れ!」

男達は階段へ向かって走りだす。

男(この攻撃はビル内部だけに行われているものなのか!? そうじゃないなら、外にいるメイドに知らせないと!)

金髪「階段だ! とにかく上へ行こう!」

男(二階からメイドの姿を探すしかない……)ガクッ

男「!?」

一同の最後尾にいた男が、階段に足をかけた瞬間だった。

何かに足をとられた男は前のめりに階段に倒れる。

男「痛ッ……」

茶髪「何してんのよ男!」

面白い 支援

最初から強すぎない主人公はいいね

男「これは……!?」

30センチ程の鉄の棒が男の足を抑えつけていた。

例えるならホチキスの芯の様な形だ。しかし、その謎の物体の突き刺さる針の部分はほぼ透明だった。

男「ぐ……!」ギチギチ

男(この物体……、徐々に食い込んできている!)

男「影!」

影「!」ガシッ

男(……強い! この物体が俺の足を地面に抑えつける力は、影のパワーに匹敵しているッ!)

金髪「能力者の攻撃かッ!?」

影が全力で物体を引っ張ると、少しずつ物体は男の足から離れ、十秒が経過するころには完全に取り除かれた。

茶髪「女! 敵の位置は!?」

女「……分かんない。多分、私の能力が妨害されてる」

金髪「妨害だって? そんな事があるのか!?」

女「原因は分からない……」

男は茶髪達に合流する。

男「とにかく上に昇ろう! 二階からメイドに事を知らせないと!」

男の言葉に頷いた一同は、二階を目指す。

男「……」

階段をのぼる男の視界の端に、見覚えのある物体が映った。

階段脇に設置されていたそれは勢いよく飛び出した。

男(女ちゃんの方に!)

男「女ちゃんッ!」

物体は女を突き飛ばした男の左腕を捕えた。そのまま腕は壁に縫い付けられる。

バキッ

男(――!?)ビキッ

金髪「男っ!?」

男「先に行け! こいつをとったらすぐに追い付く!」

茶髪「何言ってるのよ! 一人で残るのは危険過ぎるわ!」

朽ちは男達の足元まで迫ってきていた。

男「大丈夫だ。…それよりも早くメイドを!」

女「…周りの事は私が能力で見てるから。行こう」

男「……」

金髪達は上に向かっていった。

男「……」

男(とにかく、早くこの杭を抜かないと……)

二度攻撃されて分かった事がある。

物体の半透明の部分には触れる事ができない。このホッチキスの芯を取り除くには、身の部分を引かなくてはならない。

ロビーに足音が響く。

「……気付いてたんだろぉ? 仲間行かせて良かったのかよ?」

男「……」

「まぁいいけどな、その方が俺もやりやすい」

帽子を深く被った男がコートをはねあげる。その下には大量の物体。

帽子の男「頭ァねじ切ってオモチャにしてやるぜ!!」

男(……とれた)ガシャン

男(一度とれば俺を押し付ける"力"は消えるみたいだな……)

男は帽子の男がコートの中からのぞかせる同じ物体の群を見て目を細める。

男(あれは食らうわけには行かない……ここは)

帽子の男「食らえぇぇッ!」

帽子の男が、操る物体を男に飛ばしたのと影が動くのは同時だった。

影「…」グイッ

影の腕からは鎖が伸び、床に突き刺さっている。影が上げた腕に連なって床がひっくり返された。

男("朽ち"でできた床の割れ目から鎖を潜行させていた)

帽子の男「ンなぁッ!?」

粉塵が広がっていく。

煙に紛れた男はなんとか帽子の男の攻撃を避け切った。

男(……このホッチキスの芯のような物体を撃ちだす、それが奴の能力か?)

男(これで首を千切られたってワケか。……エグイぜ)



帽子の男「…………」

帽子の男「逃げる……なんちゅう。……事は、よォォォ……」

帽子の男「この俺からは絶対にできないぜ……。上の階に向かったな……?」

帽子の男の元に凹型の物体が戻ってくる。

帽子の男「手応えナシ……。上等だ……!」



茶髪「いくら上に上がっても朽ちが止まらないわよっ!?」

金髪「もっと上にのぼるんだ!! この攻撃は下から上に向かってくる! このまま止まっていたら砂にされる!」

金髪達はメイドの姿を見つける事ができないまま、さらにビルの上へと進んでいた。

どうやらビルの朽ちは二階部分ほどで停止したようだが、人体の朽ちは更に"上へ"上がらないと進行していく。

茶髪「女! まだ能力は使えないの!?」

女「…だめ。それどころか、携帯やインカムも使えなくなってる……」

金髪「敵が僕達が来る事を予測してジャミングを用意していたって事か!?」

女「…分からない」

茶髪「私達が攻撃されてるって事は確かよ! とにかく敵の姿を探して! そうすれば私の能力が使えるわ!」



ビル内部に散らばる砂に、足跡がついている。

男(女ちゃん達は、先に上に向かってるみたいだな)

男「俺も急がないと……」

男(だが、何故だ? 奴が追ってこない……)

男(罠が……あるのか?)



帽子の男(……狙い通り、警戒してやがるな? あの男……)

このビルには階段が一つしかない。エレベーターは停止中だ。

しかし、帽子の男は誰より先に上へ到達していた。

帽子の男「いい気分だよなァァ……空を飛べるってのはよォォォ……」

帽子の男「……おっと、代償の時間だ」

帽子の男は屋上から二階下の階層に足をつけた。そこで体を畳んで停止する。

帽子の男(この"磁力を操る力"さえあればよォ~……。俺は無敵だぁッ!)

帽子の男「ギャハハハハハハッ!」

帽子の男は十分の間、自由に周囲の磁力を操る事ができる。

彼は自身を地面と反発させ、浮かび上がる技を会得していた。

代償は十分につき五秒の休息。それも同じ場所で一分立ち止まらねばならない。

帽子の男「……ここにするか」

帽子の男はその階の部屋中に自身の武器を隠していく。

帽子の男「肉の塊にしてやるぜ……」



間違えました。

代償は十分につき五秒の休息。それも同じ場所で一分立ち止まらねばならない。

代償は十分の能力使用につき五秒の休息。それも同じ場所で五秒立ち止まらねばならない。
↑こっちが正しい。

茶髪「……敵はいない……みたいね」

金髪「……やけに静かだね。それに、男もまだ追いついてこない」

茶髪「結局メイドは見つからなかったし……私達だけでなんとかするしかないわ」

茶髪「……とりあえず一番上まで行って対策を考えるわよ」



帽子の男「…………」

帽子の男(あんな雑魚ァ……俺様が相手をするまでもねぇ……)

帽子の男(あのブタにくれてやる。……俺が欲しい首は男……貴様の首だ)

帽子の男(準備は整ったッ! 後はてめぇが俺の前に姿を現すだけだ!)

―ビルの78階

男(……)ズキズキ

男(……やっぱりさっきの女ちゃんを庇った時で、折れたみたいだな……)

男(それにしても、そろそろ最上階の筈なのに……さっぱり敵の攻撃が無い。……追ってくる気配も無い、どういう事だ?)

男(とにかく気をつけるのは"朽ち"と"凹型の物体"。またあの物体が仕掛けられているかもしれないからな……)ドスッ

男「……」

男は視線を落とす。そこにあったのは自分の腹に突き刺さる黒い槍だった。

男「……ゲホッ…」

帽子の男「待ってたぜェェー――ッ!」

男「!」

男は声がした方向に視線を向けたが、そこにあったのは敵の能力者の姿ではなく――

帽子の男「命中~!」

男「……!」グシャ!

巨大な鉄球だった。男は後方の壁まで押し飛ばされ、そのまま鉄球と壁の間で潰された。

男(何だと……ッ!?)

鉄球は勢いを無くすと、黒い霧となり、帽子の男まで戻っていった。

入れ替わるように飛んできた凹型の物体が男の首をとらえる。

男「げ……っ」ギリギリ

男(今のは何だ……? 奴の能力は凹型の物体を操るだけじゃない! それだけは確かだ……)

男(だが一体何だ? 俺より先に上の階に到達し、鉄球や伸びる槍を操る能力とは……)

帽子の男「おめぇはよォォ~~~~ッ! 勘違いしちまったんだ。……俺はさっき下で遭遇した時、わざとお前の首をしめるそれだけを使ったんだぜ?」

男(とにかくこの物体を引き剥がさないとッ!)

帽子の男「……ちっと拍子抜けだが……これで俺の勝ちだ。観察してやる……お前の首が千切れる所をよォォォォ」

男(ヤバイ……奴はさっきまで力も抑えていた! 影の全力でもびくともしない……っ)

帽子の男「ひゃはーーーーーッ!」

がんばれ男

凄まじいジョジョ臭がする

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