春香「事務所までの道が険しい」 (41)


事務所に向かうため外に出ると

目の前で雪歩が首を吊っていた

「……」




「……………えっ」


上からロープが吊るされていた
壁には太い釘が打ち込んであり、千切れないようにぐるぐると巻きつけてある

勢いに任せてそれに首を突っ込んだのだろう、空中に浮いたままぶら下がっていた


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生気を失った目はそれぞれ違う場所を見ており、小さく開いた口からはカチカチになった長い舌が突出している

「雪歩……」

アイドル生活が辛かったのだろうか

私はそっと横を通り過ぎた

道を歩いていると私の鼻を激臭が襲った

「!!…なにこれっ」

鼻を押さえても臭うほどだ

地面には、
日に照らされた染み込んだ何かが連なっていた

そうか…

私は臭いの正体を理解した



…血痕だ…



細く繋がれたそれは路地裏に続いている




私はそれに沿って歩いていった




少しばかり歩くと、
狭い狭い路地裏に辿り着いた


そこは少し暗かった

それでも、
鼻を襲う激臭がそこに何かがあることを教えてくれた

下を見ると、赤い大きな矢印が描かれていた

その先には…

「………」

何かが壁にもたれかかっていた


「…千早ちゃん」



手足が1本ずつ無くなっていた
首には長い釘が貫通しており、壁まで突き刺さっている

足元に金槌が落ちていた
釘を力任せに打ったのだろうか



「……あっ」

近くには鋸が落ちていた
手足も放り投げられていた

道を辿った血痕はこれを使ったのだろう
手だけでは足りず、大きな矢印を描くために足を切ったのだ


「…どうして」


死んだ魚の様な目をしたそれは何の反応もしなかった


「歌うのが嫌だったのかな…私に言ってくれたら」

「……」



私はその場を後にした



何かがおかしい

道を歩きながら首を傾げる








2つの死体…変じゃなかった?







雪歩は私の家の前で首を吊っていた

千早ちゃんは血痕を辿った先で首に釘を刺し込まれていた




自殺だと思った



……そうだろうか




殺されたんじゃないかな

私は足を止めた


「………」


前に雪歩が倒れていた




家の前で首を吊っていた筈のそれは、
私に立ちはだかるように横たわっていた




…間違いない


次は私が狙われた


雪歩が家にいたのは警告だろう


千早ちゃんをダシに私を人通りの少ない所へ誘き寄せ、今目の前に雪歩がいる




私は雪歩の倒れる先に目を向けた




「……プロデューサーさん」

「……」


全身を黒く纏った何かが立っていた

包丁を手にしたまま、静かに私を見据えていた



「姿を隠してもわかります、プロデューサーさんですよね」

「……」

「こんなことになるなんて…私、正直思ってなかったです、プロデューサーさん」

「……」


「もう私の言ってることも…分からなくなったんですか?」

「……」


それは無言のままじっとしている

「生きているのは私だけですか、私が…最後ですか?」

「……」

「こうして嫌なものを無くしていって、プロデューサーさんはどう思いましたか?」

「……」

「笑っていた皆の顔を見て、どう思いましたか?」

「……」

「動かなくなった皆の顔を見て、どう思いましたか?」

「……」

何を聞いても、もう返事すらしてくれなかった

私は、最後にひとこと呟いた

「私を殺したいですか?」

「……」

しかばねの様に止まっていたそれは、
少しずつ歩き出した

「私…信じてます、プロデューサーさんのこと…だから逃げません」

「……」

ゆっくりと私に近づいてたそれは走り出した

私は精一杯の笑顔を見せた



「…信じてますから」


それはそのまま私に近づき、
持っていた包丁を思いっきり私に突きつけた



「……!…」


断末魔が響き渡った



痛かった

力の限り私はもがいた

横には、私と同じ態勢をしている雪歩が居た

包丁が何度も振り上げられ、赤い液体が私の目の前で飛び散った


痛い………痛い痛い……

叫べない

声が出ない

息が苦しい!




力が入らなくなった


「ァ………ぉいtり」

何かを呟きながら必死に包丁を振り上げるそれを、私はじっと見つめた

………

………………






やがてそれは手を止めた


地面には動かなくなった物体が横たわっていた

包丁を持っていたそれは、包丁をその場に捨てると物体を見つめた


物体は大の字になって血を吐いていた
腹は穴だらけになり刺した後が数十にも残っていた



それは足の向きを変えると、
その場から立ち去るように歩き始めた




静かな空間に、
最後に小さな声が響き渡った



「……すまないね、天海君」

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