助手「探偵奇譚はかく語りき」(30)



――約束通り、僕は全て君に話すよ。





「大変です!久々に依頼ですよ!依頼!」

僕がそう先生に声を掛けると、たっぷりと蓄えた口ひげをたるそうに、しかし器用に動かして、
パイプをふぅ、とふかしたあと、煙の行方を追いかけることを残念そうに諦め、「ふむ」と偉そうに僕の方に椅子をギイイと動かした。


「何だね助手君」



寒い、寒い、雪のふりそうな日だった。

僕が老人探偵の元で働き始めたのはもう10年になるか。

君の知るとおり、先生は10年前“は”それはそれは大変な名探偵だった。

毎日のように事件に遭遇しては斬っては捨て斬っては捨て。
逆に僕がこの男は疫病神ではないのかと疑うほどの名探偵ぶりだった。

しかし最近はそんな活躍ぶりも影を潜め、たまにやってくる、ごく小さな……

例えば、消えた一杯のレモネードの行方だとか、老人ホームの恋愛沙汰の仲介だとか、
幼稚園児の名札探しだとか(これは現在捜索中)もうショボ臭い事件ばかりに関わっているわけで。



それに伴って僕は口うるさい物知らずの、しかし時々鋭さを発揮する助手から、
あっと言う間にオムツ交換係のポストにすっぽり収まってしまった。

ま、それも仕方ないのかもしれない。

先生は、…いわゆる痴呆気味なんだ。

僕の名前を忘れるところはお約束。1日5回は“朝食”を取るし、大好きだったコカ・コーラと大嫌いだったペプシの違いも分からない。睡眠時間の方が長い。

その上一年前から病気気味で、咳をするわ、体中に赤い発疹は出来るわ、最近は睡眠時間はやけに長いわで、オムツ交換に加えて先生の看病まで僕はこなしていた。


でもどんな些細でも事件になると目を爛々と輝かせ、ペチャクチャと喋り出す。


不思議とね。

「先生、手紙です。ああ……こりゃ先生が喜びそうな事件ですねぇ……」

「どれ、見せてご覧なさい」

老眼鏡をずらしながら……

かと思えば、また付けながら、じっくりいやらしく舐め回すように手紙を読み出した。



依頼の内容はこうだ。

小さな街で不審死が相次いでいるらしい。
犠牲者は7人の男女。現場は気味の悪い飾りつけをされていた。

なんともありがちで散々推理小説あたりで使い回されている、実に陳腐な事件だよね。

『いらっしゃい!私はずっとあなたを待っていました!』

と、かかれた看板に、誕生日パーティーのようなファンシーでチープな飾りつけ。

子供達が一生懸命作った感じがして気持ち悪い。
ほら、マクドナルドでやるバースデーパーティーみたいなやつね。

マックの誕生日ケーキは旨い!マック最高!

……本題に戻ろう。

ここからが恐ろしい所なんだ。

その看板の文字は


犠牲者の手で“必ず”書かれていたんだ。


しかも、しかもだ。犠牲者は全員


完璧な自殺そのものだった。

首吊り、大量出血、練炭、ハラキリなどなど。

特に最後のはハラワタが丸見えだったから、最悪だったらしい。想像しただけでソーセージが食べられなくなっちゃうね。


で、だ。

君は賢明だから『完璧な自殺』とやらに大いに疑問を持つところだろう。


ちなみに僕もそうだった。



検死したドクターの名前と担当した刑事の名前を見るまではね。

残念ながら…彼らは大変優秀なドクターであったし、刑事でだった。
先生からも大変な信頼を置かれていて、他殺は他殺、自殺は自殺と1000パーセント正しい判断を下してきた男達だった。


では誰かが彼らを無理やり自殺に追い込んだのか?

それとも彼らを欺くまでの完璧なトリックを……


あれこれ考えを巡らせる僕を尻目に先生はハットを被り、めっきり洒落込んでいた。

そして一言


「置いて行きますよ」



僕は嬉しかったんだ。異常にね。


もしかしたらこれで先生は元に戻るかもってさ!

ちなみに…だ。手紙の主は先ほど記した優秀な刑事…警部だった。


車は先生の愛車、フィアット・パンダ

正直イタリア車はちょっと……なんて思う僕は大分チキンな方なんだと思う。

現場までは約300キロ、もう昼過ぎだったので明るいうちに着けるかどうか。

――突然だけど事務所から街までの道中については割愛させて貰うよ

別に都合が悪いわけではないんだが、先生のオムツ交換の為にトイレを探して、2時間もタイムロスしただとか

薬を飲ませただとか、何回「朝食はまだか」と聞かれただとか

そんなうんざりするような話を君に聞かせるハメになるからだ。

そんなこんなあって僕達は今回短い事件の舞台となる街に到着した。


歩道はレンガ造りで、建物もそれに同調していた。

いかにも古臭い街で陰気臭い街だった。

すまない。ちょっとこれ以上は上手く例えられない。あー、完全にボキャブラリー不足で勉強不足だ。反省しなければならない。

ただ……まあ、アレだ、切り裂きジャックみたいな変なサイコパス連中がいかにも沸いてきそうな、変な空気が漂っていた。
人がいなきゃ確実に心霊スポットになってたね。そんな不穏な感じだ。

でも大抵事件が起きるような場所ってそんな感じだからさ。慣っこだった。嫌だね。

そして僕達の到着を聞きつけてか……警部はやってきた。

警部は満面の笑みを向けた!いつもは無愛想にむすっとしてる皮肉屋が。

適当に握手を交わした後……

警部に被害者の氏名、写真…そして…事件の経緯なんかを聞かされていた。

先生は一瞬ハッとした顔をした。

……何か、気がついたのか?そんな久々に感じる期待が僕の胸を鳴らした!


「………自殺だね」


………ふざけるなよ


ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!
ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!
ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!
ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!
ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!
ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!
ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!
ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!
ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!ふざけるなよ!

先生?いまアナタ何と?



「自殺といった。完璧な自殺だ。」



………愕然とした

もうこの人はダメだと、そう思ったね。


それが多分モロに顔に出てたんだと思う。





先生は悲しい顔をした。









俺の方が悲しいよ!クズ!死にぞこない!





暴言を吐いた。




先生は更に悲しい顔をした。

――その後は君が知る通りさ。


先生は僕に帰るように、言った。


「君の言う通りだ。すまなかった。分かった。もう少し調べて見ようかな」


嬉しかった!


「そうだ、君に調べ物を頼みたい。……お願いしてもらえる?」




はい!先生!




それでだ



それから1日後だ


先生が焼身自殺したって聞いたのは。

完璧な自殺だって!


……意味が解らない!!


先生が自殺したってのもそうだが、先生からの頼まれ物の結果も!!!!



だってさ、お前さ



死んでた……被害者が全員………




『過去に先生が暴いた事件の犯人』だったんだぜ?




こんなことってあるかよ!!!!




アハハハハハハハ!!!!アハハハハハハハ!!!!アハハハハハハハ!!!!アハハハハハ!!!!

一旦中断

――――

私が探偵aの助手から精神病院にて聞いた話は、これで以上だ。


さて、事件の真相であるが…彼の話で最早確定的となった。

彼は嘘は述べていない。ただ



……湾曲してしまっているだけで。

探偵a……以下aとする。aは痴呆気味であった。これに間違いはない。


やはり、無理がでたのか……ある日を境に突然推理のキレが悪くなってしまった。

老いは誰にでもあるものだ。仕方ない。


ただし……これに心底絶望していた男がいた。




月並みな結論だがね。



aを心底敬愛していたからだろうか、aがだんだん何も分からなくなっていくことがa以上に怖かった。




だから、彼はaの食事に毒を盛った。

こっそりと。

aにマヌケな死に方をさせたくなかったんだか


いいや、多分ビシバシ暴いて警察に突き出して欲しかったんだか


両方なんだか


まあ、どちらにせよこんな手段を取らなくてもよかったんじゃないのか

どうせ死ぬなら老衰より不審死の方が探偵的にはかっこいいと思ったんだろうか


……いや、多分それを実行に移してしまうくらいまで彼が追いつめられていたと言うことなのだ。



が、aは彼の食事を食べた。残さず。


だがしかし



aは何も言わない



その上死にもしなかった。

彼は痺れを切らして次の手に出る。






――かつての……aが暴いた事件の犯人達に連絡をとった。




ありとあらゆる手段、主に金を使って。

まあ、aの通帳は彼が管理していたし、資金は潤沢にあったわけさ。


意味が解らないだろう?


でも、彼はすごいんだよ。

犯人を見事に分類して、誰がどんな感情をaに抱いているか……それを見事に当てていたんだよ。

彼は……『aに陶酔している犯人達』それを彼はあぶり出した。

やはり彼も助手の端くれだったんだね。

犯人が探偵に陶酔するなんて実に不思議なもんだろ?
大抵恨む、そりゃそうだ。ムショ送りにした張本人なんだからさぁ。

だけどね、『よくぞ俺をロンパしてくれた!』みたいに喜んじゃうのもいるの。すごいでしょ?

ほら、よく探偵モノには必ず決まったライバルみたいな物が出てくるじゃない。それ、それ。

いままでaの解決した事件は500にものぼる。なら、それくらい容易い。



そして彼は彼らに言った。aは痴呆で探偵てしてまるで使い物にならんと。

すると元犯人達はどうだ。当然……




彼の策に乗った。

彼の言う通り、趣味の悪い自殺をするってね。



……良ければまたaは探偵としてまた復活するかもしれない。


ダメなら?それならその流れで殺せばいい。



この場合、バレようがバレまいがどうだっていい。

謎の連続不審死を追う途中、名探偵が殺害される!

しかも犯人は身近な人間!どうだいドラマチックだろう!





彼らは実際にやった。





やってしまった。

彼は精神を病んでいるからもちろん、自殺した犯人達もやっぱりどこかタガが外れているからな。

そりゃあ、やるだろうよ。

ちなみに最初のあの手紙、警部は送っていない。彼が偽装したものだ。



……普通、今時連絡とるのに手紙なんてまどろっこしいもの君は使うか?



私なら電話一本だね!




で、だ。aは胸騒ぎがしていた。



……で、それは的中するわけだ。




死亡した人間は、自分の思い描いていた人間だったのだから!

まあ、もうまどろっこしい言い方は飽きたからいいや。犯人助手な。

で、さ。 なんでaが誰だか感づいていたかって話だが、そりゃ彼らはaに陶酔してるんだから手紙のやりとり位はするだろう。

……そしてその中の誰かがポロッと漏らしちまってもおかしくない


そこから、この一部始終は元犯人と助手の仕業だと導く位にはaはしっかりしていた。

助手の問いかけにaはカマをかけた。





……が、助手は完全にイッちゃってるもんだから、自分が何したんだかをてんで忘れている。



その瞬間、aは決心した。自殺を。

まあ、もうまどろっこしい言い方は飽きたからいいや。犯人助手な。

で、さ。 なんでaが誰だか感づいていたかって話だが、そりゃ彼らはaに陶酔してるんだから手紙のやりとり位はするだろう。

……そしてその中の誰かがポロッと漏らしちまってもおかしくない


そこから、この一部始終は元犯人と助手の仕業だと導く位にはaはしっかりしていた。

助手の問いかけにaはカマをかけた。





……が、助手は完全にイッちゃってるもんだから、自分が何したんだかをてんで忘れている。



その瞬間、aは決心した。自殺を。

何となくまだ調べるようなことを助手にいい、使いを頼んでその場を離れさせた。




……そして事の顛末を記した手紙を私に記し




灯油塗れの身体に火をつけた。



しかし彼はなぜ死ぬのにわざわざ痛くて苦しい焼死を選んだのだろか?それは




なるべく助手がaに毒を盛っていたことがバレないようにするために、ね。




そしてaは謎の事件の最中に謎の死を遂げた。

マスコミも面白おかしく騒ぎ立てている!助手のシナリオ通りさ!

以上が今巷で話題の『謎の連続不審死、名探偵の謎の自殺、助手の謎の精神疾患』の真相だ。


私はね、今こそ自分が探偵で良かったと思う。

私が刑事ならこれを世に晒さねばならない。


だが、探偵であるから……




私は仕舞い続けられる。



永遠に。

「どうだい?私の推理は……」

「なるほど、そうなんですね…よく理解できました」

「君だけに話すんだからな。公にはするなよな」

「はい、わかりました。ありがとうございました」




「では」
「……うむ」








「……以上で被告人、『助手』への質問を終わりにします」





the・end

短いですが以上です。
ありがとうございました。

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