ペンション・ソルリマールの日報 (221)


急に禁断症状が出てしまったので、書き出してしまいました…。

【諸注意】
*ファースト編、Z、ZZ編、1st裏編、CCA編、UC編の関連作を貼っていきます。

*宇宙世紀のガンダム作品を題材にしています。

*オリキャラ、原作キャラいろいろでます。

*if展開は最小限です。基本的に、公式設定(?)に基づいた世界観のお話です。

*公式でうやむやになっているところ、語られていないところを都合良く利用していきます。

*レスは作者へのご褒美です。

*更新情報は逐一、ツイッターで報告いたします
ツイッター@Catapira_SS

初スレ
【ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…】(1st―0083)
ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が… - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1367071502/)

二代目スレ
【ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…】(Z―ZZ)
ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが… - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1371217961/)

裏スレ
【ジオン女性士官「また、生きて会いましょう」学徒兵「ええ、必ず」】(1st)
ジオン女性士官「また、生きて会いましょう」学徒兵「ええ、必ず」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1379074159/)

三代目スレ
【機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―】(CCA)
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争― - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1381238712/)

四代目スレ
【機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択― 】(UC/過去編)
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択― - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1391169584/)

おおまかなアップの予定内容
http://catapirastorage.web.fc2.com/ayarenamemo.html

だらだらしちゃってすんません。

よかったらまたお付き合いしてくださいな!

よろしくお願いします!

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1420893706

立てちまいました…よ、よろしくです。
 


「しかし、ここは相変わらず眩しいね」

車に乗り込んで駐車場を出たカレンが助手席で目を細めながらそんなことを言っている。

「ジャブローはいつも曇ってたもんね」

「そうそう。それに私たちはそもそもがモグラ暮らしだったから、太陽の下ってのは、眩しいよ」

カレンはそう言いながら膝の上に置いていたハンドバッグからサングラスを取り出して掛ける。私も車を運転するときはなるべく掛けるようにしていた。

それくらい、ここの日差しはとにかく明るい。まるで、アヤの笑顔そのまま、だ。

 市街地を抜けて港へと続く道を走り、車はペンションにたどり着いた。ガレージに車を戻して、カレンをペンションの中に案内する。

ホールに入ると、ソフィアがモップで床を拭いてくれているところだった。

「あぁ、レナさん。おかえりなさい」

あれからソフィアも随分と明るくなった。

未だに夜な夜なジャブローでの夢を見て飛び起きることもあって、その都度、私かアヤが一緒に居てあげて背中をさすったり、

落ち着くまでおしゃべりの相手をしてあげている。

最初の頃は気を使ってか謝ってばかりだったソフィアも、最近ではようやく安心して身も心も私達を信頼して預けてくれているのが感じられていた。

「ただいま、ソフィア」

私はソフィアにそう返して、それからカレンをホールに招き入れる。

「ソフィア、久しぶり」

「お久しぶりです、カレンさん!」

二人がそう言葉を交わすのを見守ってからカレンにはソファーを勧めて、キッチンへコーヒーを入れに行く。

南米産の豆で入れたコーヒーをポットに入れてカップと一緒に持っていくと、カレンはソフィアと和やかに話し込んでいるところだった。

 「はい、召し上がれ」

「あぁ、ありがとう」

「荷物、部屋に持って行くね」

コーヒーをテーブルに置き、そのままカレンのトランクを引っ張っていこうとしたら、カレンに掴まえられた。

「良いって。私はお客じゃないんでしょ?」

「そんなことないよ、大事なお客さん」

「なら、金をちゃんと取る?」

私の言葉に、カレンはこっちの顔色を伺うような不敵な笑みを浮かべて言い返してきた。

今回のペンション滞在については、食費以外は取らないよ、と事前に言い聞かせてある。

カレンはそれについては、部屋を借りるんだからその分は出す、とひとしきり私とアヤに主張していたけれど、私達はそれを断固として受け入れなかった。

結局、カレンの方が折れてくれて、それじゃぁ、お言葉に甘えるよ、って言葉を何とか引き出すことができた。

 だから、確かに。そうだね。お客さん、って言うのは、ちょっと違ったかな。

「お客さん、じゃなかったか」

私がそう答えたら、カレンは満足そうに笑って

「そういうこと。お互い、気を使うのはやめようよ。私も自由にやらせてもらうからさ」

なんて言ってくれる。

アヤの誕生日会のときはたった二日間の滞在で、それ以後はメッセージのやり取りだけで、いざこうして面と向かうとやっぱりいろいろしてあげたくなってしまう。

だけど、カレンはそういうことを望んでなんていないんだ、ってのが、話していて感じられた。

カレンから伝わってくるのは、もっと大切で、もっと嬉しくなってしまうような、そんな気持ちだった。
   


 彼女の心は、私にまっすぐに向いている。気なんか使わないでいい、そういう間柄でありたいって、そう言っているように感じられた。

「うん、そうだね!」

私は、カレンの気持ちが嬉しくて笑顔でそう応える。それを聞いたカレンは満足げに笑ってくれた。

 カレンの滞在は、どれくらいになるかまだ分からない。一週間かもしれないし、もしかしたら一ヶ月以上になるかもしれない。

それこそ、カレンの仕事の準備次第だ。だからこそ、気なんか使い合ってたら無駄にくたびれてしまうだけかも知れない。

カレンが言うように、お互い気楽な関係でいられたら、それが一番だって思う。それこそ、アヤとの関係と同じように、ね。

 




 


 それからカレンとは一緒に昼食をとって、私はソフィアと一緒にペンションの仕事に戻った。

カレンは、荷物を部屋に置いてから、コンピュータをホールに持ち出してきて黙々とキーボードを叩き続けている。

なんでも、週末に予定されている銀行への融資相談のための資料を作っているらしい。いわゆる事業計画書ってやつだ。

これは私もペンション立ち上げのときに簡単なものを作ったけど、頭金があってペンションの値段の半分は支払えていたにも関わらず、内容には相当苦労した。

 運輸会社を起こすとなると、飛行機を買わなきゃいけない。

小型のビジネスジェットを一機買うとしても、たぶんこのペンションと同じのが何棟も建てられるだけの金額になるはずだ。

その分、審査は厳しくなるし、計画にも将来性と緻密性が求められる。それにも関わらず、カレンは涼しい顔をして淡々とキーボードを叩いている。

ペンションの計画書を書くときの私なんて、ガブガブコーヒーを飲んで、うーうー唸りながら頭を抱えていたというのに。

次、何か事業を拡大するとしたら、真っ先にカレンに相談するのが良さそうだな、なんて、そんなことを思った。

 部屋の方の掃除を終えて、ソフィアとキッチンに入って夕食の準備をしていると、ガチャっという玄関の開く音とともに、賑やかな声が聞こえてきた。

「帰って来たみたいですね」

ソフィアが右手でスープの鍋をかき混ぜながら言ってくる。

「間に合いそうだね。ちょっと向こうの様子聞いてくるから、少しお願い」

「うん、了解です」

私はソフィアにそう断って、キッチンからホールへと続くスイングドアを押し開けた。

ワイワイと楽しそうに話しながら、お客さん達がゾロゾロとホールに入ってくる。

カレンはチラっとお客さんの一団に視線を送って、すぐにまたコンピュータのモニターに目を落とした。

そんなお客さん達の最後尾について、アヤがホールへと入ってくる。

「アヤ、お帰り!」

「あぁ、レナ、ただいま!カレンの迎え、大丈夫だったか?」

「うん。ほら」

アヤの言葉に私はカレンの方にそっと頭を振る。彼女を見つけたアヤの表情が、みるみる緩んでいくのが分かった。

アヤの気持ちが暖かくなるのが伝わってきて、私もどこか幸せな気持ちが湧き上がってくる。それなのにアヤは

「せっかく帰って来たってのに、顔一つ上げないなんて薄情なやつだよな」

なんて口を尖らせて言った。気持ちと表情があんまりにも一致していないものだから、私は思わず吹き出して笑ってしまう。

アヤはそんな私をジト目で睨みつけて来たけど、そんなことは気にせずに

「ね、バーンズさん達、これからどうする感じかな?」

と泊まりに来ている元連邦の兵士さん達のことを聞いた。


「あぁ、先にシャワーに入りたいって言ってたから、夕食は…六時半くらいがいいかな」

アヤが腕時計に目をやってそう教えてくれる。うん、それなら余裕で間に合いそうだな。

「了解、じゃぁ、準備しておくね」

「あ、レナ!アタシ腹減った。これからダイビング機材洗うから、夕飯遅くなるパターンだし、なんかつまめるのない?」

アヤはキッチンに戻ろうとした私をそう言って引き止めた。もう、仕方ないんだから…

「ちょっと待ってて、お昼の残りのパン持ってくる」

私はキッチンに戻って、お昼にカレンと食べたバターロールの残りを一つ取り出して、

包丁で切れ目を入れてそこに夕飯用に作ったお肉と野菜の炒め物を挟んでアヤに持っていった。

 「はい、おやつ」

そう言って手渡そうと思ったけど、ふっと、悪巧みを思いついてしまって、私はニンマリ笑ってアヤに言ってみた。

「はい、あーん」

「えぇ!?」

とたんに、アヤが顔を真っ赤にしてそう小さく声をあげる。それでも私はパンをアヤの目の前に突き出しながら

「ほら、あーん」

と言い直す。アヤはホールの方を振り返って自分に視線が集まっていないことを確認すると、私の手の中のパンを二口で食べきった。

 顔を赤くしながらモサモサと不服そうにパンを食んでいるアヤに、今度はお茶を入れて持ってきてあげる。

さすがにアヤは私の手からコップを奪い取って自分で飲んだ。

「ん、うまい。ありがとな」

コップを返しながら、アヤは私から視線をそらせて言う。相変わらず、耳まで真っ赤だ。

「どういたしまして。片付け、お願いね」

「あぁ、うん。そっちも、夕飯頼むな」

私たちはそう声を掛け合った、持ち場に戻った。

 私はソフィアと夕食の準備をしてバーンズさん達に声を掛け、もちろんカレンにも別のテーブルを用意して夕食を振舞う。

私とソフィアは、キッチンに作った簡易のダイニングでおしゃべりをしながらの食事になるのがいつものことだ。

 それからタイミングを見計らってワゴンを押して行って、食べ終わった食器を回収し、テーブルの上をキレイにしてから、

用意したお茶のセットをテーブルに置いてキッチンに戻ってくる。

 ソフィアと食器を洗おうとしていると、不意にギィっとスイングドアの開く音がした。見るとそこには、カレンの姿がある。

「あれ、カレン、どうしたの?」

「手伝うよ」

私の言葉に、カレンは頭を振ってそう応えた。私は、すこし戸惑ってしまう。だって、気を使わなくって良い、って言ったのはカレンだ。

私もそう思ったけど、そう思ったからこそ、手伝いなんて気遣いは、やっぱりなんだか心苦しい気がする。

「気を使わないでって話じゃなかったっけ?」

私がそうカレンの説得を始めようとしたら、カレンはなんだか楽しそうな顔をして笑って言った。

「あぁ、ごめん、性格でね。頼りっぱなしだったり任せっぱなしだったりするのが苦手なの。だから、気が済むまででいいからやらせてよ」

カレンの口調は、まるで私を試すような、からかうような、そんな感じだった。

でも、どうやら私に気を使っている、って感じではないっていうのはなんとなく感じ取れた。気遣いというよりもむしろ、遊びに来たような感触がある。

なんというか、仲良くしようよ、って言っているような、そんな雰囲気にも感じられた。


「なんかそれ、ズルい言い方だね」

私がそう切り返してみたら、カレンはニヤっと笑って

「そうかな?本心で言ってるだけなのに」

とおどけた様子で言い返してくる。もう、そういうところもアヤと一緒だよね。一筋縄じゃいかない、っていうか。

まぁでも、本当に気遣いじゃないっていうのは分かったから私は、仕方ないな、ってわざとらしい表情をカレンに見せつけてあげてから、

「じゃぁ、一緒にやろう」

と応じた。あえて“お願い”ってニュアンスを込めなかったのだけど、カレンはそれをいたく気に入ってくれたようで、

「うん」

ニコッと優しい顔で私に笑いかけてくれた。

 「計画書の方はどう?」

ソフィアは片腕がないので洗い物は難しい。その分、いつもほうきを持ってキッチンやホールの掃除をお願いしている。

洗い物は私の仕事。そんな私の隣に立って、食器を擦ってくれているカレンにそう聞いてみた。

「あぁ、概ね完成してるよ。プレゼンはたぶんなんとかなると思う。あとは、良い不動産があれば先に見繕っておきたいところだね。

 いつまでもここに世話になってちゃ悪いし」

「別にうちは構わないよ?大口の予約が入ったら一晩か二晩、私達の部屋かソフィアの部屋に移動してもらうかもしれないけど…」

「そうもいかないって。部屋が一つ埋まってるってことはそれだけ稼働率を下げちゃってるんだ。

 ほら、もし万が一、出撃する戦闘機に不備があったときには、すぐに予備機を投入できるようにしておかないとまずいってのと同じだよ」

カレンはそんなことを言いながら、チラっと私を見やる。もちろんカレンも、私が元ジオンの軍人だってことは知っている。

そんな例え話を投げかけてくるのは、そんなことは気にしないよ、って暗に私に伝える意味合いがあるんだろう。

カレンがどこでどんな戦闘を経験してきたのか、は聞いたことがないけれど…でも、オメガ隊にいた彼女だ。

きっと彼女も、あの隊長達と同じように国や所属じゃなくって、人となりを真っ直ぐに見つめられるような人なんだろうって、そう感じた。

 「そうだけどさ…もうちょっとお金が貯まったらね、西側の敷地に、母屋を建てたいなって思ってるんだ」

「母屋を?」

「うん。稼働率、って言ったら、私たちも客室を使っているわけだしね。食事とかはこっちで摂るにしても、寝る場所は別棟があれば、

 きっとその方が良いかなって思うんだ。なんなら、そこにカレンの部屋も作っちゃえばいいかな、って」

「やめてよ、そこはあんたとアヤの愛の巣になるわけだろ?」

そんなこと考えもしてなかったのに、カレンがいきなりそんなことをいうものだから、私は顔が急に顔が火照るのを感じてしまった。

「ああああ愛の巣じゃないよ!っていうか、べ、別に私とアヤはまだそんな関係じゃないから!」

「へぇ、違うの?てっきりそうなのかと思ってた」

「ち…違うわけじゃ…ないかも知れない…かも知れないけど…」

「えぇ?なに、それ」

カレンはいたずらっぽい笑顔を浮かべながらわざとらしくそう言ってくる。あれ、これって、なんか覚えがある…まるで、アヤに遊ばれているときみたいな…

そう思って、私はハッとした。これ、完全にからかわれてる!


「もう、やめてよ!」

私はそのことに気がついて、お皿を流しながらドン、っとカレンに肩をぶつける。カレンはなんでも内容に私のタックルをこらえると

「あはは、ごめんごめん」

なんて声を上げて笑った。

「えぇっと…その、あれだよ、あれ。私たちに気なんか使わないでいいから、この島で生活するんなら考えてみてよ。

 自分の家か、実家だって思ってくれていいからさ」

私は気持ちを整えて、さっきまでの話題に戻しカレンにそう伝える。するとカレンは、なんだか少し驚いたような表情をして私を見やった。

「ど、どうしたの?」

「あ、ん、いや、なんでもないよ」

今度はカレンがハッとした様子を見せて、こすり終えたお皿を私に手渡してきた。不思議に思いながらもそれを受け取って流水で流していたら、カレンがつぶやいた。

「実家、ね…」

それを聞きながら、私は無意識に集中して頭の中に響いてくる声に耳をすませた。だけど、妙な事にカレンの気持ちが伝わってこない。

まるで、水中で何かを聞いているようにくぐもったぼんやりとした感覚だ。

 どうしたんだろう、カレン…アヤとのことで、何か気になることでもあるんだろうか?それともやっぱり私たちに気を使ってるの?

私はカレンと仲良くなれると思っているし、カレンも私にそう言ってくれていた。それに、現にこうしておしゃべりをしていても、楽しいし、気楽でいられる。

母屋の話は半分冗談と受け取られても仕方ないとは思っても、カレンが楽なようにペンションを使ってもらうことは一向に構わないって思うんだけどな…

 そんな私の様子に気がついたのか、カレンが私を見てクスっと笑って言った。

「アヤも、レナ、あんたも、私にとっては大事な友達だ。だから、逆に迷惑をかけたくないって思っちゃうのが私なんだ。

 まぁ、でも、せっかくそう言ってくれるんだから、気楽にはやらせてもらうよ」

そんなカレンから伝わってきたのは、やっぱり、胸が暖かくなるような、穏やかな心地だった。








 「ふぃぃ、ようやく終わったよ…」

その晩、アヤがそんな声を漏らしながらホールへと戻ってきた。

「あぁ、お疲れ様です」

ソフィアがアヤに声をかけながら、トレイの上にあったグラスに氷を入れ、アヤが好んで選んでくるバーボンを注いでテーブルに置く。

「ありがと」

アヤはソフィアの肩をポンっと叩きながらイスに腰掛けると、グラスをグイっとあおって大きくため息をついた。

「ふぅぅ…腹減った」

「まだ暖かいから食べて」

私は日報を打っていた手を休めて、テーブルに運んできておいたアヤの分の夕食を並べる。

アヤはよほどお腹が空いていたのか、並べ終わる前から細切れにしたサイコロステーキを指先でつまんで頬張り、

「んー!うまい!」

と幸せそうな笑みを浮かべる。

「もう。行儀悪いよ」

顔をしかめてフォークを差し出してあげるけど、アヤはどこ吹く風でヘラヘラと笑った。

 アヤが食事を始めたので、私は日報打ちに戻り、ソフィアも来週のスケジュールの確認へと戻った。

日報にはその日使った食材や、消費した燃料、エネルギースタンドの代金だったり、

あと、月末に引き落とされる水道や電気なんかの料金の支払いに回す分の金額を細かく入力していき、最後にその日の予算と合わせて確認して記入する。

食材に関しては毎週大量に買い込む分の代金を七日分に分けた金額になるけど。

ソフィアのスケジュール確認は、来週掛かる予算を計算して運営全体の予算からその分を確保しておくのに必要なものだ。

ソフィアが来るまでは、これをアヤと私の二人でやっていた。もちろんアヤは私に出来ない車や船の整備に、

その他、ペンションのメカニックも担当してもらっていたから、私が負う分も多くて、正直大変な作業だった。

ソフィアは元情報士官の分析官ということもあってか、こんな事務作業はお手の物のようで、作業はすこぶる楽になった。

 あの日、ソフィアに働いて欲しいと誘ったのはソフィアのためでもあったけど、こうしているとペンションの運営面でも本当に助かっている。

もちろんソフィアにはその分のお給料を支払ってはいるけど、仕事内容の多様性と拘束時間から鑑みても相当、安いと言わざるを得ない。

それこそ、街のカフェのパートタイムと変わらないくらいだ。それでもソフィアは

「住むところと食事を提供してもらっているのにお給料なんて」

と毎回の様に申し訳なさそうな顔をする。でも、ソフィアだってもしかしたら、この先、自分のしたいことが見つかるかもしれない。

そんなとき、少しでもここで手伝っている分のお金が役にたつように、って、そう思うんだ。


 「カレンはもう寝ちゃったのかな?」

不意に、アヤがガーリックトーストをかじりながらそんなことを聞いてくる。

「うん。明日は、ナントカって財団の人と会わなきゃいけないから、早くに出て行くって」

私がさっきカレンから聞いた話をするとアヤは

「ふーん…」

と鼻を鳴らして無関心を装う。なによ、その反応。素直に寂しいって言えば良いのに。私は、アヤから伝わってくるその感覚に思わず口元を緩ませてしまっていた。

だけどアヤはそんな私を知ってか知らずか

「ホント、愛想のないやつだよなぁ、あいつ。それに口が悪いんだよ。二人共、なんか変なこと言われてないか?」

なんて嘯いている。あまりにも嬉しそうな表情をしていたからか、今度はソフィアまでぷっと吹き出してしまう。

「な、なんだよ?」

「だって、アヤさんすごく嬉しそうだから」

怪訝な顔をするアヤにソフィアがそう言ってクスクスと笑う。アヤはそれを聞いて顔を真っ赤に染め上げて

「そ、そんなワケないだろ!なんでカレンのことなんか…!」

と一瞬声を大きくして主張したけど、私がジッと見つめてあげたら急にモジモジとしだして

「…ま、まぁ、そりゃぁ、さ。カレンとは一緒に飛んでた仲だし…いろいろ大変なこともあったからな…」

とようやく認めたようでそう口にした。

 「いろいろ、って?」

すかさずソフィアがアヤの言葉尻を捉えて前のめりに尋ねる。

うん、それは私も気になる…共同経営者として是非聞いておかなければいけない、うん、共同経営者として、ね。

「えー?うーん…」

ソフィアの質問に最初はそう口を濁したアヤだけど、私とソフィアの無言の圧力に押し負けたのか、ポツリポツリと話を始めた。

「例えば、さ…同じ作戦で二人共撃墜されて、喚き合いながら救助が来るまで野営したこともあったし…あと、あれだよ、ほら。ベイカーズフィールドで隊長がしてた話」

「あぁ、40人の陸戦隊を全滅させたってやつ?」

「全滅って!ちょっとぶん殴っただけだよ!…うん、まぁ、あれを止めてくれたのもカレンだったし。

 カレンが仲裁に入って来てくれなきゃ、アタシ、たぶんあいつら殺してたかもしれない。

 戦時中に味方を殺すだなんて、銃殺ものだよな…そうならなかったのはカレンのお陰だ」

アヤは、宙を見据えるようにしてバーボンのグラスを煽った。やっぱり、頬がほんのり赤い。そんなに照れなくったっていいのにね。

「ふーん、なるほど…苦楽を共にした戦友ってわけですか…」

アヤの言葉にそう言ったソフィアが今度は含み笑いをして私をニタリと見つめてくる。

「レナさんとしてはどうなんですか、そのあたりは?」

「そ、そのあたり、って?」

「だから、アヤさんの恋人としては、多少ヤキモチとかそういうのあるんじゃないんですか?」

こここここ恋人!?私は、ち、ち、ち、違わないのかもしれないけどでも、そそそそ、そういうんじゃなくて、その…!

「ソ、ソフィア!」

焦った私に変わって、アヤがそう声をあげる。アヤの顔はさっき以上に真っ赤だ。

「えー?アヤさんは今余計なことを言うと、レナさんに言い訳みたいに聞こえちゃいますから控えたほうがいいですよ?

 ね、レナさんいいじゃないですか、ぜひコメントを!」

そんなアヤを言葉で制してソフィアはなおも私にそう食らいついてくる。ソ、ソフィアってばときどき、すごく鋭い切り込み方してくるよね…

こ、これは、情報士官ゆえなのかな?そ、それとも性格…?


 私はそんなことを考えながらも、なんとか気持ちを落ち着けて冷静にソフィアの質問について考える。

確かに…もし、私がアヤの恋人だったのなら、嫉妬の一つでもしていいかもしれない。いや、現に、二人のやりとりを見ているとときどき羨ましくなることもある。

でも、だからといってそれをやめてほしいと思うことはない。むしろ、私もそこに加わりたいな、と感じるくらいだ。

おかしな話だけど、もちろんそれはカレンが女性だからかもしれない。

自分を差し置いてこんな表現するのは変だけど、もしそれが男性だったら…あるいは、寂しさくらいは感じるかもしれない。

あ、でも、オメガ隊の人達と楽しそうにしているアヤを見るのは、どっちかと言えば好きな方だ…。

 じゃぁ、アヤが大切じゃないのか、と言われたらそれも違う。他に家族のいない私にとって、アヤは、唯一家族と呼んで差し支えない存在だと感じている。

何があっても失いたくない、って、そう思う。だけど、アヤのことを思うと、別に誰と仲良くしていようが、

彼女が私から離れて行ってしまうのでは、なんて恐怖感や不安感を感じるようなこともない。

それは私がアヤを信じているからで、たぶん、アヤも私を信じていてくれるからなのだと思う。

そう、たぶん、私にとって、アヤは恋人というよりは、もう家族、なんだ。

 「アヤは家族、って感じだからかな。恋人を通り越して、もう家族って感じだから、別に嫉妬したりしないし…楽しくしてくれていれば、嬉しいって思うのかも」

私がそう言うと、ソフィアは少し意外そうな表情をした。

「恋人、って感じじゃないんですか?じゃぁ、姉妹みたいな?」

その表情のまま、ソフィアは確認するようにそう聞いてくる。

「うーん、姉妹、とも違うかな…何に近いか、って言われたら…たぶん、夫婦に近いんだとは思うんだけど…」

「夫婦に近いのに…嫉妬心はなし…」

私が答えると、ソフィアはさらに首をひねる。そんな様子がなんだかおかしくて、私はクスっと笑ってしまった。

私にうまく説明できないものを理解しようとしているソフィアが、嬉しいようなくすぐったいような、そんな風に感じてしまったから。

「まぁ、ほら、アヤも私も、天涯孤独だからね」

そんなソフィアに私はそう言ってあげる。するとソフィアは、釈然としないという雰囲気の表情を浮かべながらも、

「それは、まぁ、なんとなくわかる気がしますけど…拠り所、っていうか、そんな感じですかね…」

なんてぼやくように言う。

 確かソフィアの家族は月にいると言っていた。

なんでもソフィアのお父さんは技術職の人で、グラナダのツィマッド社が管轄の軍事工場に勤務していて、戦時中はモビルスーツの生産ラインの責任者だったらしい。
今は、その分野はアナハイム・エレクトロニクスに吸収されて、解体、再編されて

ジオン共和国となったサイド3の自衛部隊が所有するモビルスーツの整備点検の委託を受けているという話だ。

 ペンションに来て、ホールの共用のコンピュータでメッセージのやりとりを再開したソフィアによれば、

人事次第ではアナハイム社の地球工場に転勤も有りうるらしいから、もしかしたらそのうちうちのペンションにも遊びに来てもらえるかもしれない。

そうなったら、目一杯サービスして喜んでもらわなくちゃね。


 「そういえば、カレンも家族が死んでるんだったな」

不意に、アヤがそんなことを口にして、私はハッとして彼女を見つめた。

「そうなの?!」

「あぁ、うん。カレンの家族はシドニーに住んでて、それで―――!」

シドニー…?今、アヤ、シドニーって、言ったの…?

そこまで言って、アヤはしまった、って顔をして私を見つめ返してきた。

私は、まるで、頭を撃ち抜かれたんじゃないかっていうくらいの衝撃を感じて、目眩すら覚えた。

 シドニー…そう、オーストラリアの、あの、穴の空いた大地…

コロニーが落ちて、無数の人たちが亡くなって、あんなに怨嗟が立ち込めるあの場所に、カレンの家族は居たの?あの声の中に、カレンの家族が、いたの…?

 私は、胸に込上がる吐き気に思わずイスを引いて、ホールの隅にあったゴミ箱に顔をうずめた。

あの日、あの時、シドニー湾で感じた得体の知れない感覚が私の脳内に染み出して耐え切れなかった私は、

あの港の桟橋のときとおなじように胃が裏返る感覚と共に、熱い胃酸をゴミ箱の中に吐き戻した。

「レナ…!」

アヤがそう言って私の元に駆けつけてくれる。彼女の優しい手が私の背を撫で、柔らかく落ち着いた口調で

「大丈夫、ここは、シドニーじゃない。大丈夫だ、大丈夫…」

と繰り返し私の耳元で囁いてくれた。だけど…だけど、今回は、違う。あのときと明らかに違う。だって…私は知ってしまったんだ。

あの場所に、カレンの家族が居た。私たちが、ジオンが、あんなことをしなければ…!

 どうしよう、私…明日、どんな顔してカレンに会えばいいの?どんな顔して、カレンと話せばいいの?何を話せばいいの?

カレンの家族を殺した人間なのに…ぬけぬけと、私…!

 そんな思考が頭の中を支配仕掛けたとき、私は、夕食のあとの会話を思い出してしまった。食器の片付けを手伝ってくれたとき、私、カレンに言った。

「実家だと思ってくれていいよ」

って…。

 家族を殺したジオンの人間なのに、私、なんて…なんて軽はずみなことを…私、私、カレンになんてことを言っちゃったんだろう…!

そのことに気づいて、私は胸をかきむしりたくなるような罪悪感が込み上がってくるのを感じた。

それは胸から溢れ、喉へと至り、頭の中にまで登ってきて、涙と嗚咽になって吐き出される。

「レナ…落ち着け…。大丈夫、大丈夫だから…」

アヤが私の肩を抱いて。手を額に当ててくれながらそう囁いている。

「レナさん…」

カツカツと、ソフィアも私のそばに来て、ためらいがちに、私の背に手をおいてくれた。

でも、それでも、私は、自分の胸を壊したくなるような嫌悪感と罪悪感に支配され、ただガタガタと全身を震わせているしかなかった。

「どうしよう…どうしよう…どうしよう…」

そんなうわごとをただただ繰り返しながら。





つづく。
 




 翌朝。眩しい光を感じて、私は目を覚ました。私は、部屋のベッドに横になっていた。窓から差し込んでくる朝日が私の寝ぼけ眼に刺さる。

 ふと、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。朝ごはん…?どうして?ぼんやりとする思考で私は壁掛けの時計を見やる。

時間は、いつも朝食を提供する7時をもう一時間近くすぎていた。

 あぁ、寝坊した!そのことを理解し、ベッドから飛び降りた瞬間、ガクン、と膝が折れて床へと倒れ込んでしまう。

何、今の?

 私は今度は、恐る恐る体を起こしてみる。立ち上がることは出来たものの、なんだか全身がスカスカとしていて力が入らない。

虚脱しているような、そんな感覚だ。だけど、私はその奇妙な感覚に、覚えがあった。これは、シドニーで点滴を受けて眠ったあとに感じたのと同じ。

そう思って、昨晩のことを思い出す。そう、確か、私、カレンの家族のことを聞いてと取り乱して…

そのあと、アヤに落ち着くように、ってコップの水を一杯もらった…でも、その水は、ソフィアが用意してくれたはずだ。

そうか…ソフィアの薬を盛られたのかもしれない。ソフィアは、未だに時々悪夢を見るから、と街の総合病院で軽い安定剤と睡眠導入剤をもらっている。

たぶん、それを水と一緒に飲まされたんだ。あのときも、そうやって収まったから、たぶん今回も、アヤがそうしてくれたんだろう。

私は手早く身支度を整えてホールに駆け降りた。ホールのドアを開けると、アヤとソフィアが食後のお茶をすすりながら何かを話し込んでいる姿があった。

「あぁ、レナ。おはよう、気分どうだ?」

私に気付いたアヤがそう聞いてくれる。

「おはよう…うん、大分楽だよ…」

少しだけ戸惑いながら二人のところまで行って席につくと

ソフィアがお茶を、アヤが朝食だったらしいサンドイッチとサラダにポテトと目玉焼きの乗ったプレートを準備してくれた。食欲は…あまりない、な。

 私はソフィアが淹れてくれたお茶に口をつけてからふうと息をついて、まずは寝坊してしまったことを二人に謝った。

「まぁ、気にすんな。あんたがヤバいときはアタシが守る。それがアタシらのルールだろ?」

「いつもは私ばっかりお世話になってるから、これくらいなんてことないですよ」

二人がそう言ってくれたので、少しだけ胸が軽くなる。

「ありがとう…。カレンはもう出かけた?」

「あぁ、うん。空港に送ってやったよ。バーンズさん達も今日はキュラソーの方へ行ってみるって言うから、さっき街の港まで送り届けたところだ」

そう…とりあえず、良かった、かな。お客さんのバーンズさん達に迷惑が掛からなくて。私は胸を撫で下ろしつつ、もう一度二人にお礼を言う。

すると、アヤよりも先にソフィアが

「良いんですよ。こんなときは頼ってくれて」

なんて言って笑ってくれた。ふと、そんなソフィアの笑顔私は少しだけ疑問を感じた。ソフィアだって、ジオンの人間だ。

カレンの家族の話を聞いて、何かしら感じるところはあるはず…ソフィアはそういう気持ちをどう扱っているんだろう?


 「ねぇ、ソフィア。ソフィアは、カレンさんのこと、どう感じてるの?」

私がそう聞いてみると、ソフィアは少し難しい表情をして黙った。なぜだか、迷っているような、そんな感覚が伝わってくる。でもややあってソフィアは口を開いた。

「私は…正直、自分のことで精一杯で、そこまで気持ちがついて来ないんです。カレンさんの気持ちを考えるよりも、自分のことが先に立ってしまって…」

あぁ、しまった…私、また…なんて不用意なことを…私は鈍いショックで体が震え出すのを感じた。

「レナ…」

アヤが声を掛けてきて、私の手をそっと握る。ハラハラと、私の弛い涙腺から涙が溢れて止まらない。だけど、そんな私をじっと見つめてソフィアは言った。

「だけど、レナさん。私もいずれ、その気持ちと向き合わなきゃいけない日が来るんだと思う。

 きっと、自分の生き方を、幸せを見つけて、それに埋もれそうになったとき…私は、それを素直に享受できないって感じる日が来る。

 私はそのときまで、良い意味でも悪い意味でも、一歩ずつ進んで行くしかないんだと思ってます」

ソフィアの言葉はまっすぐだった。

その視線は、私を力強く見つめているのと同時に、

ソフィアが立ち向かっていかなきゃならない捕虜になっていたときの記憶や体験をまっすぐに見つめているようにも感じられた。

でも、ソフィアは次の瞬間、クスっとその真剣な表情を笑顔に変えた。

「なんて言ってますけど、ただ単に向き合うのが恐いのかもしれません。私は私達ジオンが犯した罪を認めてしまったら、

 自分の身に起きたことをただただ納得する他にないかも知れない、なんて思っちゃうところもあるんですよね」

コロニーを落としたジオンの人間だから、何をされても仕方がない…ソフィアの言葉はそう思うところがある、ってことだ。私はそれが正しいとは思わない。

いや、もちろんソフィアだってそうあるべきだなんて思ってないだろう。ソフィアから伝わって来るのは照れているような、キュッと胸が切なくなるような感覚だ。

 でも、ソフィアが伝えたかったことは分かる。何をしたか、何をされたか、ってことを一次元的に考えてしまうことはないって、きっとそういうことだ。

それには優先順位もあって、同時に複数を進められないようなことで、同時に考えてしまえば心の整理がつかなくなってしまうもの。

だから、それはそれ、これはこれとして、分けて考えて行けば良いんだ、って、きっとそういうことなんだろう。

「そんなことないよ…ソフィアは、立派に立ち向かってるって思う」

私はソフィアの照れ隠しをキチンと否定してあげてから

「ありがとう、ソフィア。あなたの言う通り…私は今は、カレンを受け入れてるペンションの共同経営者で、カレンの親友のパートナー。カレンのことを考えたら、

 私が気持ちを整理したいためだけに、会社の立ち上げに動き回ってる彼女に家族のことを無理に思い起こさせるのは、私が今、最優先でやることじゃないよね。

 私は、まずは、カレンのサポートを全力でやるよ」

と、少しだけ整理できた胸のうちを伝えた。ソフィアは優しく笑って頷いてくれる。

アヤは…まだちょっと心配してくれているのが伝わって来るけど、でも、私の目を見て、黙って頷いた。

 私は二人に、三度目のお礼を言ってお茶をすすり、顔の涙を拭って深呼吸をして、ソフィア特性のドレッシングがかかったサラダをフォークで口に運んだ。

口の中に、爽やかであっさりとした、気持ちの良い朝にぴったりの風味が広がって、力強い何かと一緒に全身に染み渡って行くような、そんな気がした。

 だけど、胸の内のどこかにあるモヤモヤとした感情は、完全には消え去ってはくれなかった。



つづく。


トロールの方を優先したら、こんなワンシーンのみだったごめんなさい。

意外と、ソフィアがアヤレナとどう馴染んで行ったのかってのも、どこにも書いてなかったなぁと思ってついでに書いてます。
 



アヤレナさんおかえり。
キャタピラが書きたくなるのと同じくらい読みたかったよ。
しかしなんというか、美味しい部分が残っていたもんだねえ。
ひと山ふた山あるんだろうけど、アヤレナのイチャイチャクライマックスが読めるのは嬉しい。
「幼トロ」(?)のほうも楽しみだけど無理せずゆっくり最速でお願いしますw

あといきなりの指摘で申し訳ないですが、UC0081の12月なら終戦から「もうすぐ2年」ですよね。

>>19
レス感謝!
ちょっと仕事やら体調不良やらでバタバタグダグダで更新遅れております。
今週中にはこちらも続きを投下できたらと思いますのでよろしくお願いします。

ご指摘の点、超感謝!
なんでこんなミスを…と思ったら、エクセルで作っていた年表の年がまち待っていました。

カレンがアルバに来たのは、0080年の年末ですね。
終戦からちょうど一年、というレナの語りの方が正解でした。

訂正してお詫びし、吊ってきます。
 


向こうに誤爆しちゃったぜ・・・orz




その晩、隣のキュラソー島から戻ったバーンズさんたちは明日の早朝の飛行機でこの島を出るために、夕食を摂ってすぐに部屋へと引き上げて行った。

バーンズさん達がチェックアウトしたあとは、週末まで予約は入っていない。急な予約でも入らない限り、明日と明後日はのんびりとしていられそうだ。

 私は夕食の片付けを終えて、例のごとくホールで日報を打っていた。

ソフィアは来週分のスケジュールの確認や予算編成なんかを昨日の夜には概ね済ませてしまったようで、お店でもらった領収書なんかの整理を手伝ってくれている。

アヤは今日は機材や船、ペンションの設備関係の仕事もない代わりに、北米へと飛んだカレンが、アルバの空港に戻ったら掛ける、と言った電話を待っている。

ソリが合わない、口が悪い、なんて言っている割に、カレンの事となるとアヤはなんだか嬉しそうだ。

だけど、アヤは昨日の晩の私のことを思ってか、そのことをあまり考えないようにしているみたいだった。

口にも出さないし、それに意思もぼやかしているのか、ぼんやりとした感覚が伝わってくるだけだ。私にしてみたら、それはなんだか申し訳ないように感じられた。

 「あー、なぁレナ。今って資金、どれくらい余裕あるかな?」

不意に、アヤがそんなことを聞いてきた。

「んー、っと…二月は凌げるくらいかな…」

私は手元のコンピュータの表計算ソフトを切り替えて確認してから答える。するとアヤはなぜだか少し残念そうに唸った。

「どうしたんですか?」

そんなアヤの様子にソフィアがたずねた。するとアヤは、あぁ、なんて声をあげてから

「今回のバーンズさんがそうだったけど、空港へ迎えに出るには四人がギリギリじゃないか、あのオンボロだと。

 出来たら、安いのでいいからワンボックスタイプのエレカでもあれば良いんじゃないかって思ってさ」

とグラスを持った手を振りつつ言う。確かに、アヤの言うことはもっともだった。

今までは大口のお客さんと言えばオメガ隊やレイピア隊の人達くらいで気は使って居なかったけど、

これからもっとお客さんを呼び込もうと思ったら、あの小型のガソリン車では心許ないどころの話じゃない。

この島はタクシーも少ないし、あの車に乗りきれないほどのお客さんが来てくれたら不便をかけてしまう。

10人以上とは言わないまでも、せめて7、8人は乗れる車があれば、それに越したことはない。

だけど…

「エレカ導入にはもう少し蓄えが欲しいところだよね…買えなくもないけど、カツカツになっちゃう」

「そうだよなぁ。特にこの島じゃ、輸送費ばっかり嵩んで相場よりもちょっと高いしさ。せめて、中古でも良いから三分の二くらいの値段じゃないとな」

アヤの言う通り、残念だけど、新車導入はまだ先のことになりそうだ。

そんな話をしていたら、不意に玄関のチャイム音が聞こえた。途端にアヤがピクッと反応する。そんなアヤを見て、私も気配を感じ取って分かった。

カレンが戻ってきたようだ。

「なんだよ、あいつ!空港に着いたら連絡しろって言ったのに!」

アヤは憤慨しているのかどうなのか定かではない表情をしながら、ツカツカと、つとめて肩を怒らせるようにしてホールから出ていった。

その姿を見送った私は、ソフィアに気づかれないようにそっと、静かに、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。

気持ちを落ち着けて、穏やかに保とう…今、カレンは大事な時期だ。

ただでさえ傷付けてしまったかもしれないのに、これ以上私の勝手でカレンを困らせる訳にはいかない…そう自分に言い聞かせた。
 


程なくしてアヤに連れられ、カレンがホールに姿をあらわした。パンツスーツに身を包み、大きめのビジネスバッグと見慣れない細長い紙袋を携えている。

「おかえり、カレン」

なるだけ明るく見えるように、と笑顔を作ってそう声をかけるとカレンの方もまぶしいくらいの笑顔で

「あぁ、レナ。ただいま。まだ事務仕事してたんだね。お疲れ様」

なんて私達を労う言葉まで添えて来た。ありがたいやら、苦しいやらだけど、とにかく、くつろいでもらうためには笑顔が一番、だ。

「ありがとう。カレンこそお疲れ様。首尾はどうなったの?」

私がそう聞いたら、カレンはニコッと笑って持っていた細長い紙袋から細長い箱を取り出して見せた。上品なリボンがつけられた木製の箱だ。

表面には、焼き鏝かなにかで付けられたんだろう刻印がある。

「お、おい、カレン!それって、ノーザンオーシャンか!?」

その箱を見るや、アヤが声をあげた。

「そ。しかも、半世紀記念の限定ボトル」

「ホントかよ?!軍時代の俸給の一ヶ月分以上はするじゃないか!」

「はは、そうだね。だけど、祝勝会にはうってつけでしょ?」

アヤの言葉にそう返事をしたカレンはまた私を見やって笑顔で言った。

「財団からの出資契約、バッチリ取り付けて来たよ。お祝い、付き合ってくれるでしょ?」

すごい…!私は素直にそう思って思わず椅子から立ち上がっていた。財団からの支援なんてよほどのことがない限り取り付けられない。

それこそ、今回カレンが交渉したボーフォート財団は医療や福祉分野が主な活動拠点。

カレンが計画している普通の会社経営にはあまり興味を示すようなこともないだろう。だけど、カレンはあの経営計画書で、それを勝ち取ってきた。

 長い時間カレンと一緒にいるわけでも、ましてやあの計画書をカレンがどんな苦労をして作り上げたのかを知っているわけでもない。

だけど、昨日の晩、自分のプランを嬉しそうんk私に話してくれたカレンを思い出して、私も気持ちが弾んでしまうのを抑えられなかった。

「おめでとう!」

そう声をあげた私は、思わずカレンの両手を握って小さく跳び跳ねながら

「すごい!すごいよ!」

なんて繰り返していた。

「あ、あぁ、ありがとう、レナ」

そんな私に、微かに頬を赤らめて言ってすぐにそっぽを向いたカレンは、思い出したように

「グラスあるかな?あと、つまめる物も欲しいね。チーズは買ってきたけど、何かあるかな?」

と聞いてきた。

 「昨日のローストビーフが少し冷凍してあるから、あれ解凍しましょう」

カレンの言葉を聞いたソフィアがそう言って立ち上がる。

「ソフィア、大丈夫?」

「ええ、歩くくらい、どうってことないですよ?」

カレンの気遣いにソフィアはそんなことを言って、ヒョイっと義足の脚に体重を掛けて片足立ちをしてみせる。でも、次の瞬間バランスを崩した。

でも、カレンがその体をパッと捕まえて

「分かったよ。頼むね」

なんて言って、ソフィアをしっかり立たせてポンっと肩を叩いた。

ソフィアは珍しくなんだか少しバツの悪そうな表情を浮かべて返事をすると、軽い足取りでキッチンへのスイングドアをくぐって入った。
  


「ほら、カレン、あんた座れよ!荷物は部屋に運んどくからさ」

そんなソフィアを見送らない内に、アヤがそうカレンに椅子を勧めながら、荷物を奪おうとする。

「あぁ、気にしないでよ。自分でやるからさ」

「そう言うなって。ほら、貸せって」

「いいって言ってるでしょ?」

「あぁ?なんだよ?」

「なによ?やる気?」

つい今しがたまでいい雰囲気だったのに、突然目の前で剣呑なやり取りが展開され始める。

まったく、またいつものが始まった…半分呆れてそれを見ていた私だけど、荷物を奪おうと手を伸ばすアヤと、

それを躱しながらアヤの体を押し返すカレンの応酬が、次第に激しくなっていく。

「貸せってんだよ、この石頭!」

「構うなって言ってるでしょ、意地っ張り!」

しまいにはそんなことを吐き捨てた二人はお互いの胸倉をつかみ合う。あ、あれ、これって本気のやつ?いつものおふざけじゃないの?

せっかくカレンの仕事がうまくいったのに、ケンカなんて…!

「ちょ、ちょっと待ってよ二人共!」

私はハッとして二人の間に割って入る。でも、その途端だった。

「邪魔しないでよレナ!」

そう言ったカレンが私の腕を取った。

「レナ、どいてろ!今日という今日は、黙らせてやる!」

と、今度は、アヤが反対の腕を掴んでくる。

 そして二人は、私の腕を逆方向に引っ張り出した。

「レナ、どいて!」

「どけよ、レナ!」

そう声をあげる二人のあいだで、私は両腕を左右反対に引っ張られて身動きがとれない。あ、あれ…!?やっぱりこれ、ふざけてるの!?

わ、私、遊ばれてる!?そのことに気づいたときにはすでに遅かった。

私はそのまま訳の分からない文句を言い合うアヤとカレンに挟まれて、明らかに無意味にもみくちゃにされる。

「ちょ、まっ!待って!」

必死にそう声を上げてみるけれど、アヤもカレンもそんなのはお構いなしだ。

やがて私はバランスを崩して、二人の間にサンドイッチにされながらアヤの脚に体重を預けるように転がってしまった。
 


「あっ、レ、レナ!大丈夫?!」

「おい、カレン!あんたレナになんてことを!」

「なによ!?そっちがふっかけて来たのがいけないんでしょ!?」

床に座り込んだ私の見上げる先で、二人のそんな迫真の舌戦が続く。そう、これはオメガ隊方式の遊びだ。

アヤには船の上やらペンションに来てからもずいぶんとハメられたし、アヤの誕生会のときにさんざん見てきたから分かる。

私としたことが、また良いようにやられてしまうところだった!

 私の様子に気がついたのか、アヤがチラっと私を見やった。アヤの暖かな気持ちが伝わってくる。

うん、分かってる…ありがとね、アヤ。私に余計なことを考えさせないように、ってそう思ってくれてるんだね。

だとしたら、やっぱりここは乗っておいた方が良いに決まっている。

 私はそう意気込んで、立ち上がってカレンとアヤの間に再び割り込んだ。

「いい加減にしなさい!」

そう言いながら二人の頭に腕を回してヘッドロックを試みる。だけど、私の考えは甘かった。

二人共、この重力のある地球でモビルスーツの照準装置でも追いかけられない様な機動と速度で空を駆けていた戦闘機のパイロットだ。

モビルスーツでの機動でもGは掛かるけど、地球の、しかも戦闘機のそれとなると話が違う。

宇宙空間でさえモビルスーツでは追いきれない動きをするような戦闘機のパイロットは、そもそも体の鍛え方からして次元が違う。

私がいくら抵抗したところで、そんな二人を一気に制圧するだなんて、できるはずもなかった。

「やったな、レナ!」

「邪魔するんなら、レナから相手になるよ!」

二人はニンマリといたずらっぽい笑顔を浮かべながら私を捕縛すると我先にと関節技をかけようと私に絡みついてくる。

私は慌てて必死に抵抗するけれど、あとの祭りだ。

「もう、何してるんですか?」

そんなとき不意に声が聞こえたのでハッとして見やると、そこにはお皿を抱えたソフィアの姿があった。

「あぁ、ソフィア!ありがとう!」

その姿を見たアヤがすかさずソフィアのところまで小走りで近付いてお皿を受けとる。カレンはカレンで今までのやり取りが全部なかったみたいな顔をして

「よし!じゃぁ、飲もうよ!」

なんてなんでもない様に席を進めてきた。もう。アヤ一人ならともかく、二人でこんなことするだなんて…オメガ隊の風習も困ったものだ。

私はそうは思いつつも二人のお陰ですっかり楽しい気分になって、仕方がないからカレンに勧められるがままに席に着いた。

アヤとソフィアもテーブルに戻って来るのを待たずに、カレンは木箱を開けて中から上等そうな金色のラベルの付いたバーボンのボトルを取り出した。

すぐに封を切って、私が氷を入れて並べたグラスへと注いでいく。
 


「んー、香りからして、旨そうだなぁ」

アヤがスンスンと鼻を鳴らしながらそんなことを言っている。

「これって、そんなに良い物何ですか?」

ソフィアがアヤにそう聞いた。確かにそれは私も聞きたいところだった。

いつもはアヤが気に入っている北米産のバーボンか南米産のウィスキーだし、そもそも地球のお酒には私もほとんど知識がない。

サイド3でもお酒はあったけど、ワインかビールに、地球の物に比べるとずいぶんと素っ気ない味のするウィスキーくらいだった。

「ノーザンオーシャンってのは、ニホンってところの北の方にある島が原産のブランドなんだ。

 良いトウモロコシを厳格な品質管理と製法で醸造させてて、味も風味も一級品なんだよ。

 そのノーザンオーシャンブランドの中でもこういう年代物は希少価値が高くてなかなか手に入らないんだ」

アヤに変わってカレンがそう教えてくれる。

 地球に来てもう一年半。コロニーに比べると食料も種類が豊富で味も良くて、コロニー以上に手軽に手にいれることが出来る。

それが、コロニーを植民地扱いして得られている贅沢なのだと思うと少し複雑な気持ちになる部分もないではない。

でも、あの戦争以降、地球連邦政府のコロニーに対する締め付けが一分緩和されていることも事実。

もちろん、サイド3はその限りではないけれど…そう思うと、あの戦争で散っていったスペースノイドの人達も無断死にではなかったんだって、考えられる部分もある。

全部が全部、良かった、だなんて思わないし正当化するつもりはない。アイランドイフィッシを落としてしまったことは許されるべき行為に違いはない…

 途端に胸がギュッと締め上げられ、頭にあの声が響いて来た。あの場所には、カレンの家族がいたんだ。

兵士でも、軍の関係者でもない、カレンの両親や弟妹が…

カヒュっと息が掠れて呼吸が出来なくなったような感覚に陥った次の瞬間、バシッと背中を叩かれる感覚で私は我に返った。

見ると、アヤが私を優しい瞳で見つめてくれていた。

―――大丈夫だよ、大丈夫

アヤのそんな声が頭に響いて来た気がして、私はそっと深呼吸をして気持ちを整える。

そう、今はその事を考えてはいけない。カレンが会社を立ち上げて、自分の暮らしの基盤を固められるまでは…

「ほら、レナ」

カレンがそう言って私の目の前にグラスを滑らせてくれる。アヤが好きで毎晩グラスに一杯だけ飲んでいるあのバーボンとは違う香りが鼻をくすぐる。

「レナ、音頭を頼んでも良い?」

カレンは私を見つめてそんなことを言ってきた。一瞬、こんな私が、とそう思ったけど、内心で私はその想いを振り払った。

戦争のことはどうあれ、カレンの計画が順調に行っていることは私にも嬉しいことだ。その気持ちに嘘はない。

私は乱れかけた気持ちを奮い立たせてカレンに頷いて声を張った。

「カレンの今日の成果と、さらなる成功を願って」

私がそう高々とグラスを掲げたら、カレンは嬉しそうな笑顔を見せて

「このペンションと、この島のさらなる発展も願って」

と言い添えてくれる。

カレンの言葉と想いが、突然私の胸に飛び込んで来た。暖かくて、優しくて、穏やかな…それは、アヤから感じる気配に本当に良く似ていて、なぜだか目頭が熱くなる。

私はそんな気持ちに背中を押されるように、二階ですでに眠っているだろうバーンズさん達のことも忘れて高らかに声をあげていた。

「乾杯!」

四人のグラスがぶつかり合ってカチャン、と微かな音を立てる。口をつけたバーボンは、私の心を満たしている暖かで穏やかで、そして優しい味がした。



 


つづく。

レナさんの心境が複雑でかきづらい…って、向こうにも書いたけど…

ああああああなんてミスを…恥ずかしてくて泣きたい。

穴があったら入って埋まりたい。

埋葬して欲しい…orz

>>27
あれがなければ、この作品に出会えなかった。
ありがとう!



キャタピラ先生のアヤレナが読めるのはこのスレだけ!……だけ……
なんてなwオメガの連中がこの件を知ったら一生からかわれるなあwww

あまり考えてはこなかったけど、ジオンの、それも本国サイド3にいた人が戦後地球に住むとなると単純ならざる想いはあるよなあ。
レナさんの場合キマシタワ的な意味でもw
シローとアイナはこの後だっけ?
アイナさんと話しできれば少しは気も楽になるのにね。

>>28
長いけど、最初から読んでくれると嬉しいんだぜっ!

>>29
アヤの無双事件やフレートの撃墜ネタの如く、でしょうねw

そうなんですよねぇ、特にレナさんは良い人のなので、キャタピラも悩んでおりまして…
シローとアイナ(妊娠中)が来たのはこのもっと前ですね。まだ、ペンション立ち上げの最中ってあたりのつもりです。
この話の頃には、たぶんどっかの湖畔で、ミケルとキキと再会しているんじゃないかと。

シロー達は出てきませんが、宇宙から地球に赴任してきた人を出す予定です。
 

海中待機


大変お待たせしてすみませぬ…

プライベートでちょっといろいろあって、どうにも執筆に集中できませんで。

なんとか回復してきましたので、なんとか続きをば。


>>31
海はもうちょい待ってwww
 




 それから、数日が経った週末。

ペンションには、また別のお客さんがやって来た。何でも北欧出身の資産家の家系で、北米から南米へと縦断する旅の最中なんだとか。

見てくれはヨレヨレのシャツに伸ばしっぱなしの髭面で、とてもそんな風には見えないんだけど、アヤが言うには履いている靴がとんでもなく上等な代物らしい。

薄汚れていてとても高そうには見えない、と言ったらアヤは、

「あれ一足で、車が1台買えるかもしれないって靴だぞ」

なんて声を押し殺すようにして教えてくれた。

 本当かどうかは知らないけど、

高級ホテルなんかではお客さんの靴を見ればその人がどんなお客さんかが分かる、

なんてことが、ペンションを始めた頃に読んだノウハウ本にも書いてあったし、

見掛けに囚われないで感応してみれば、特段おかしな雰囲気を感じる分けでもなかったので、

アヤの話をそのまま信じていつも通りに出迎えて予約してあった部屋に通して、いつも通りに食事も振る舞った。

 今日は、アヤの誘いで海の方に行くと決めていたようで、朝早くからオンボロで港へと向かって行った。

 ペンションに残っているのは私とソフィアだけ。

カレンは木曜日に、大手銀行からの融資を受けるための相談と、ボーフォート財団からの資金で調達予定の飛行機を下見のために、ロサンゼルスに飛んでいる。

 今日の夕方には帰ってくる、なんて話にはなっているんだけど、どうやらペンションにやって来るのはカレンだけではないらしい。

なんでも、軍時代にカレン達のオメガ達の整備についていて、今後は導入する飛行機の整備をしながらカレンと共同経営に当たる予定の兄妹が一緒なんだそうだ。

彼らとはロサンゼルスで合流して、アナハイム社とその関連会社の製品…とどのつまり、飛行機を見ることになっているらしかった。

 私はその話を聞いて、一抹の不安が消せないでいた。

カレンともまだなにも話せていない状況で、さらに連邦の人が来て…もし彼らがコロニー落としや戦闘で、大切な人でも失っていたら…

私は、どうやってそれを償えば良いのだろう…

 そんなことを考えながら夕食の下ごしらえなんかをしていたものだから、キャベツを千切りにしながら自分の指先を包丁に引っ掻けてしまった。

「いっ…たぁ…」

鋭い痛みで、我に返ってとっさに傷口を押さえる。

「レナさん、大丈夫?」

すぐそばでシチューを煮込んでいたソフィアが心配げにそう聞いてくれる。

流水で洗い流して傷口をみると、それほど深く切ってしまったわけではなさそうだった。本当にほんの少し引っ掻けただけ。

「うん、ありがとう。平気みたい。ちょっと絆創膏貼って来るね」

そう言えば、こないだもやらかしちゃったっけな。まったく、心配性なところがあるのは分かっていたけど、いくらなんでも集中を欠きすぎている。

こんなのじゃぁ、カレン達どころか大切なお客さんにまで迷惑を掛けてしまう恐れもある。

 気を引き締めないと…私はそう自分に言い聞かせて、こっそりと絆創膏を巻き終わった方の手で自分の頬を張った。アヤ流の気合い充填方法だ。
 


 そんなことをしつつ私たち手早く下準備を終えた。時刻は昼前。アヤとあの旅人風のお客さんは、昼間は島に行っているし、昼食は私とソフィアだけ。

洗い物する前に、何か簡単につまめそうな物でも作ろうかな…

 そんなことを思って、冷蔵庫の扉に手を掛けたときだった。

ペンションの玄関のチャイムが鳴るのが聞こえた。

カレン達かな…?

予定では夕方のはずだったけど早くなったのか、それとも、飛び込みのお客さんかな…?

「ちょっと出てくるね」

私はソフィアにそう言葉を掛けて、スイングドアを押してキッチンから出、ホールから玄関へと向かう。

「はーい、ただいま!」

そう言って玄関のドアを開けた。

 そこには、まだ若い男の人が立っていた。

ヨレヨレのシャツにボロボロの靴と裾が擦り切れたズボン姿で、シュラフの様に円筒形のバッグを肩に担ぐようにしている。

あどけなさを残したその男の人の顔が、明るく緩んだ。

私は彼を知っていた。

「テ…テオ…なの…?」

そう。彼は私が地球へ降下すると決ってから、ジャブロー攻略作戦までの間同じ隊で戦った、テオ・バーデン軍曹だった。

「少尉…良かった、元気そうで…」

呟く様な声で言ったテオは屈託のない表情で笑い、そしてそのまま、膝から崩れるようにして地面に倒れ込んだ。

「テ、テオ…!テオ、どうしたの!?しっかりして…!」

私は倒れたテオを力任せに仰向けにひっくり返して彼の体を支えながら叫んだ。

でも、彼は私の言葉にはなんの反応も見せずに穏やかな笑顔を浮かべたまま身動き一つしない。

呼吸はしてるけど…心拍は、かなり早い…ど、どうしよう…?
 


 私はいきなりの出来事で動転してしまっていた。

病院に連れて行ったほうが良いかな…?で、でも、オンボロはアヤが港に乗って行っちゃったし、担いで行ける距離じゃない。

そ、そうだ、タクシー呼べば…いや、待って。テオが、連邦の医療証なんかを持っているはずがない。

ジオンの軍人が地球に移民するだなんてことはそう簡単じゃないはずだ。

 私はアヤの知り合いで政府機関で移民に関する仕事をしているアルベルトに少しだけ経歴を詐称してもらって、

戦争被害のための福祉職員増員に伴う逆移民制度を使い、戦時負傷者のケアを名目にレナ・リケ・へスラーとしての戸籍を地球に置けているけれど、

テオがそんなことをやれているとは思えない。

病院に連れて行って地球に滞在できる許可がないなんてことがバレたら、ジオンの残党狩りをしている連邦軍部に拘束されてしまうかもしれない。

それは、ダメだ。

「テオ、しっかりして!」

私はテオにもう一度声を掛けて、腕を肩に担いで彼を助け起こした。小柄で痩せているとは言え、力の抜けた人間はそう簡単に運べるものじゃない。

私はそれでも全身の力を振り絞って、テオを引きずる様にホールへと連れて行く。

 ホールでは、私の声を聞いたのか、心配そうな表情のソフィアがキッチンから出て来てくれているところだった。

「レナさん…その人は…?!」

「テオって言うの…同じ部隊にいて、一緒に戦ってた」

「そんな人が、どうしてここに…?」

ソフィアの疑問はもっともだ。どうしてこんなところにテオがいるんだろう?彼はジャブローで私より先にガウから降下してから姿を見ていない。

死んじゃったとばかり思っていたのに、まさか生きていたなんて、それだけでも驚きなのに、どうしてわざわざこんなところに…?

「うぅっ…」

不意にテオが呻いたので、私は我に返った。そうだ、今はともかく、テオの状態が優先だ。

 私はなんとかテオをソファーまで運んで寝かせた。意識がもうろうとしているのか、やはり、微かに呻き声を上げている。

そんな彼の額に手を当てて見ると、かなりの熱感があった。

「ひどい熱…!」

私は思わずそう口にしていた。

「すぐにタオルと氷水用意します」

ソフィアがそう言って、キッチンの中に駆け込んで行く。

私は一旦その場を離れてリネン室に飛び込み、乾燥機から仕上がったばかりの毛布を引っ張り出してホールへと戻った。
 


 そこにはすでにソフィアも戻ってきていて、義手ではない方の手でぎこちなく氷水に浸したタオルを懸命に絞ってくれている。

「ソフィア、ありがとう」

私はそうお礼を言いながらソフィアの手からタオルを受け取ってきつく絞り、テオの額へと載せる。

その間にソフィアは、保冷剤をキッチンにあったタオルにくるんでテオの首元や脇の下へと押し付けた。

「お医者さんには、連れて行けませんね…」

ソフィアが深刻そうに言った。ソフィアにもわかっているんだろう。

 いずれは、ソフィアの名前で登録しなおす予定だけど、彼女は今は、私がアヤに都合してもらった「アンナ・フェルザー」の戸籍を使っている。

だから病院にも通うことが出来ていけど、それですら安全であるとは言い難い。

そんななのに、テオが医療証も戸籍もなく病院にかかれば、たちまち移民局に連絡が行きかねないんだ。

 私は、めまぐるしく思考を回転させる。

でも、地球に来てまだ1年も経っていない私には、

どんな抜け道があるのか、どんな対応がベストなのかを判断することが出来ないという事実に行き着くしかなかった。

私は、ポケットからPDAを取り出して画面をタップする。通話履歴の画面を開いて、アヤの電話番号を表示させた。

 アヤに助けてもらわないと…!

 そう思った次の瞬間、私は金縛りにあったような奇妙な抵抗感に、身を固めてしまっていた。

 いいのだろうか…?テオは、ジオン兵だ。私やソフィアは、成り行き上、アヤやオメガ隊のみんなに助けてもらえた。

でも、テオはオメガやアヤとは直接関係がないんだ。

彼を助けたいと思うのは私の都合。私の気持ち。

それをアヤが許さないとは思わないけど…ジオン兵としての私の事情を押し付けて甘えることになるんだ。

 私は…彼女にそんなことを求める権利があるのだろうか?だって…だって、私は…今はどうあれ、元ジオン兵なんだ。

コロニーを地球に落として、億を超える人々を殺して、地球を侵略した一派の人間なんだ。

私も、テオも…ソフィアも…自分たちの都合で地球の人たちに甘えるなんてことをして、果たして許されるのだろうか…?

「レナさん…?」

そんな私の様子に気づいたのか、ソフィアが心配げにそう声を掛けてきた。私は、ソフィアの顔を見やって、もう一度PDAに目線を落とした。

私は、勝手だ。ううん、勝手でも良い。

アヤ…ごめんね、私、テオを助けてあげたい…!
 


 心の中で、アヤのあの明るい笑顔を浮かべて、それにすがりつくように私はPDAの画面に触れる決心をした。

 そんなときだった。

 ガチャン、と音がして、ホールに誰かが入ってきた。ハッとして顔を上げるとそこには、カレンと、見たことのない男女がいた。

「レナ、ただいま」

明るい声で言ったカレンは、私とソフィア、それからソファーに倒れ込んでいるテオを見て、瞬時に表情を険しく変えた。

 「なにかあったの…?」

カレンが小走りで私たちのところにやってきて、テオの様子を伺った。

「レナ、彼は?」

テオを見るなり、カレンは私を見つめて言ってきた。私は、言葉に詰まった。アヤに頼っていいのか、と巡った思考が戻ってくる。

カレンは、アヤなんかよりももっと頼れない。

だって…カレンの家族は…

「レナさんの元部隊員だそうです」

言葉を継げなかった私に代わって、ソフィアが言った。カレンはその言葉だけで、事態を把握したようだった。

「医療証がないんだね?」

カレンが私の顔を覗き込むようにして聞いてくる。そんなカレンに、私は頷いて返すことしかできなかった。

 カレンは私の反応を見るなり振り返って言った。

「カルロス!手を貸して!」

その言葉を聞いた男の人の方が険しい表情で頷く。

「レナ、車は?」

今度はカレンは私に視線を戻して言ってきた。

「ア、アヤが乗って行っちゃって…」

「ならタクシーだね…レナ、頼める?」

カレンはそう言いながら私の肩を力強く掴む。私は…また、黙って頷くことしかできなかった。でも、そんな私にカレンは優しく笑って言ってくれた。

「しっかりしなよ。大丈夫、任せておきなって。カルロス、そっち側、頼む」

私の返事を待たずに、カレンはカルロスと呼ばれた浅黒い肌をしたラテン系の男とソファーに倒れていたテオを肩に担いだ。

「レナ、電話頼むね」

カレンが振り向きざまに私にそう言ってきて、ハッとして、PDAでいつもお客さんが使いたいっていうときに頼んでいるタクシー会社に電話を掛けた。

その間に、テオを担いだ二人は、もうひとり残された女性が先導してホールの外に出て行っていた。

 電話を終えた私もそのあとを追う。そのときにはカレン達はすでにペンション玄関を出ていた。

「カレン、私…!」

私はカレンに声を掛けた。何かを言わなければ…そんな思いで胸がいっぱいだったけど、声を掛けただけで何も言葉が継げなかった。

でも、そんな私にカレンはまた、優しい笑顔を見せてくれた。

「レナ、アヤが戻ったら知らせて」

そんなカレンの顔は、やっぱりアヤのあの顔にどこか似ていた。

 程なくしてやってきたタクシーに乗って、カレン達はペンションから市街地の病院へと向かっていった。

私は走り去っていくそのタクシーをただただじっと見つめていた。



 


つづく。


 



待ってました!
カレンて本当におとこまえだなあ!

レナさんは今が一番苦しい時期かもね。
子供でも産めば意識も変わるんだろうけど。
ねえ?アヤさんw

>>39
レス感謝!
きっと読んでくれているのはあなただけに違いない!
とかネガティブ入ってるキャタピラです。

はてさて、書き出してしまったら、レナさんのとんでもないところが出てきてしまいました。

続きです。
 




 「レナ」

夕方、お客さんの島巡りを終えたアヤが、キッチンに居た私のところへとやって来た。

「アヤ…」

私はそのときにはすっかり憔悴してしまっていて、ホールから持ち込んだイスにへたり込むようにしてただただ座り込んでいた。

 テオがカレン達に病院へと運ばれて行ってすぐ、私は耐えきれずにアヤに電話を掛けてしまっていた。

嗚咽を漏らしながら、テオのこと、戦争のこと、自分の罪のことをぶちまけた私に、アヤは努めて穏やかな口調で、冷静な指示をくれた。

「アタシがもどるまで、キッチンに座ってろ。何もしなくていい、とにかく、じっとしてろ」

そうして私は、まるでそばにいないアヤにすがる様にして、キッチンに引きこもって身を震わせていた。

 「いい子にしてたな…」

アヤはそんなことを言って私の頬に優しく触れ、髪を梳いてからそっと抱きしめてくれる。

アヤの体温が私を包んで、こらえていた感情がこみ上げて涙とうめき声に変わってあふれ出る。

「苦しいな」

アヤが囁くように言った。私は、アヤの腕の中でうなずく。アヤの腕に、少しだけ力がこもったのが感じられて、今度は

「苦しいな…」

と少し力んだアヤの声がした。それを聞いてまた私はうなずいた。

 こんなことでアヤに頼る資格なんて私にはないのに…私達は、あなた達を傷つけたっていうのに…それでも私は、アヤを頼らずにはいられなかった。

「傷ついたなんだ、って話なら、そもそも連邦政府がスペースノイドからの搾取をしてたんだ。どっちがどっちか、なんて関係ないさ」

私の気持ちを感じ取ったらしいアヤが、そう言いながら私の髪をクシャっと撫でつける。アヤの言うように、確かに連邦政府の締め付けは厳しかった。

宇宙なんて過酷な環境に人間を追いやり、植民地化して地球経済の安定と強化をはかった。

サイド3に限らず、どのコロニーも、地球に物資を安価で買い叩かれ、地球からは高値での消費をせまられたことによるデフレが激しく、

場所によっては食うや食わずの生活を強いられていたコロニーもあった。

賃金を得るために危険な仕事に身を置く人や、犯罪に手を染める人も珍しくなかった。

でも…でも、少なくとも連邦はスペースノイドを殺すつもりなんてなかった。

 ジオンは違った。開戦と同時に連邦軍が駐留している周囲の各コロニーを徹底的に叩き、破壊し、あるいは制圧して来た。

そして、アイランドイフィッシュを地球に落としたんだ。ジオンがしでかしてしまったことと、連邦政府がこれまでして来たことは比較できることじゃない。
植民地政策は話し合いで転換できる可能性だってあった。私はそう信じてた…ううん、私だけじゃない。

父さんも、母さんも、兄さんも…そのことを信じて軍人になった。

でも、結局私達は…取り返しのつかないことを…この世界を傾けるようなことをしでかしてしまったんだ…。

「レナ、落ち着け…」

アヤの腕が、きつく私の体を支えてくれる。アヤ…ごめんね…私、こんなで…ごめん、ごめんなさい…アヤ…カレン…!

 頭の中がそんな言葉でいっぱいになって、私はアヤに腕を回してしがみつき、その胸に顔をうずめて、声を殺してただただ泣いた。

どれくらいたっただろうか、そうしていると、不意にお尻のあたりでブルルと何かの振動が感じられて、私は我に返った。

顔を上げ、アヤに回した腕を緩めると、アヤの方も顔を上げて私の様子に気づく。

アヤに頬の涙を拭われながら、ポケットにしまってあったPDAを取り出すと、そこにはカレンの電話番号が表示されていた。

 こんなんじゃ、いけない…私はそう感じて、一気に気持ちを押し込めて鼻をすすり、深呼吸をして気持ちを整え、通話ボタンをタップした。
 


「もしもし…」

「あ、レナ?私。テオくん、って言ったっけ?だいぶ落ち着いたよ」

カレンの明るい声が聞こえて来た。

「彼は…?」

「あぁ、熱中症と、それから軽い栄養失調らしいよ。

 何があったかは全然話してくれないから、なんでこんなことになってるのかはまだよくわからないけどね」

そう言ったカレンは、PDAの向こうでクスクスと笑っている。

「医療証の方はどうなったの?」

「あぁ、とりあえず、ナシで治療を受けた。私の知り合いでアースノイドだって言ってね。そのことで、アヤにちょっと相談したいんだよ。

 さすがに退院するまでに何かしらの対応しておかないと、軍の憲兵にでも通報されたら厄介だからね」

カレンがどんな風に言ったのかはわからないけど、でも、そう言われたらうまく言いくるめられたんだろう、と思ってひとまず安心してしまう。

カレンだって、アヤと同じオメガ隊にいたんだ。あの隊長さんのやり方を学んでいないはずがない。

「ごめんなさい…迷惑かけて」

私は、カレンに思わず謝ってしまっていた。でも、当のカレンは明るく笑って、

「なに、気にしないでよ。性分なんだよね、こういうのってさ」

なんて言ってくれる。私はそれを聞いて、さっきまでの想いがこみ上げてきそうになるのを必死にこらえた。

代わりにお礼を言おうと口を開いたけど、すぐにカレンの声が聞こえて来た。

「アヤは、戻ってる?」

そうだ。カレンはアヤと話したいと言っていた。アルベルトくんのツテを使えば、緊急用でテオの戸籍を一時的にでも作ってもらえるかもしれない。

そうすればテオも疑われることはないし…

それになにより、そうでもしなければテオを知り合いだと言って治療を頼んでくれたカレンの身も危なくなるかもしれないんだ。

「うん、今一緒にいるよ」

私はそうとだけ答えて、PDAの通話をスピーカーに切り替えた。

「カレン」

「あぁ、アヤ」

「レナからだいたい話は聞いた。ありがとな」

「あぁ…その、まぁ…うん…やめてよ、くすぐったいから」

カレンが言いよどんだのを聞いて、アヤの口元が微かに緩んだ。
 


「まぁ、そう言うなって。あぁ、それより、例の件だろ?」

「そう。なんとかなりそう?」

「大丈夫。アルベルトのやつに頼んでおいた。明日には発送できる、って言ってたから、三日後には本土のカルドンに届くだろ。

 局止めにしてもらって、アタシが船でもらいに行くよ」

「エアメールじゃないの?」

「この島、エアメールは週に1便しかなくって時間がかかるんだ」

「へぇ、それは良いこと聞いたね。郵政局から下請け業務でも受けられれば、カネになりそう」

「あはは、すっかり社長だな」

「まぁね。食べさせて行かなきゃいけない社員もいることだし…って、あぁ、そうそう。

 さっき、カルロスとエルサ、タクシーに乗せてそっちに向かわせたから、夕飯でもふるまってやってよ」

カレンが思い出したようにそう言って来た。カルロスと、エルサ。カレンが呼び寄せた、元連邦軍の整備兵の二人。

あのとき一緒にいた、男女のことだろう。

「あんたはどうするんだ?」

「私は、売店で適当に買って済ませるから構わなくていいよ。そっちはお客がいるんでしょ?

 レナがこっちに来たらそっちが大変そうだから、今日のところは私が付いてる」

カレンは、こともなげにそんなことを言った。私は、ぎゅっと胸が締め付けられる感覚に襲われて、思わず心臓に手を当てていた。

そんな私の肩をそっと撫でながらアヤが

「大丈夫か?」

と、私に、なのか、カレンになのかわからない声色で言う。私が思わずうなずくと、アヤはまた、優しく頬を緩めた。

「飛ばなくて良い分スクランブル待機の当番なんかより楽だし、気にしないで」

カレンからも、返事が聞こえてきて、アヤの顔はさらにほころぶ。

「そっか。なら、頼む。エルサ達はこっちに任せとけ」

「あぁ、酒はほどほどにしておいてやってね。二人とも、今朝ジャブローを出てから移動しっぱなしで疲れてると思うし」

「あはは、分かってるよ」

「それなら良かった。じゃぁ、何事もなければ、また明日の朝連絡を入れるよ」

「カレン!」

その言葉に、カレンが電話を切りあげようとしている気配を感じ取って、私は思わず声をあげてしまっていた。
 


「ん、レナ、どうしたの?」

カレンが、不思議そうな声色で聞いてくる。いっそ、話をしてしまおうか…一瞬、そんな思いが頭をよぎる。

でも、ダメだ…もし、本当に伝えるのだとしたら、電話なんかじゃ、ダメだ。

カレンの目の前で…カレンに罵倒されても良い様に、カレンに殴りつけられても良い様に伝えないといけない。

それが、私に示すことのできる、唯一の誠意だろう。

「その…ありがとう…」

私は、結局そうとだけ、カレンに伝えた。でも、当のカレンは

「ん…いや、うん、別に…ど、どういたしまして…んーあぁ、もう!あんたら、二人して私をからかってんじゃないでしょうね?」

と、なぜだか楽しそうに憤慨した様子で言い返してくるだけだった。それを聞いた私の頭を、不意にアヤがクシャっと撫でてくれる。

顔を上げて見やったアヤは、やっぱり、いつものあの明るい笑顔で笑ってくれていた。

「アタシはそうだけど、レナは違うぞ!」

「まったく…自分がやられたら、真っ赤になって怒るクセに」

「ア、アタシのことはどうだっていいだろ!」

カレンの言葉に、アヤは突然声を上げた。アヤの顔がみるみる赤くなっていく。

「あはは、これでおあいこだね。まぁ、とにかく何かあったら連絡するよ。そろそろ切らないと、売店がしまっちゃいそうなんだ」

「油断も隙もあったもんじゃないよなぁ…まぁいいや。こっちも何かあったら連絡する。それまで、頼むな」

「お願いね」

アヤの言葉に、私もカレンへそう声をかける。カレンは穏やかな声で

「あぁ、任されたよ」

と言ってくれて、それから

「それじゃぁね」

と電話を切った。

 アヤはPDAを私に握らせて、それから両肩にポン、と手をおいてくれる。

「ほら。しっかりしよう!今はとにかく、そのテオって子のことと、それからアタシらの隊の優秀なる整備班の二人を出迎えてやらないと!」

そう言って、アヤがニコっと明るく笑った。その笑顔に、私はすっと背中をただされた様な気持ちになって、すぐさま並だった心を整えた。

「うん。私、夕食の準備しなきゃ」

「手伝おうか?」

「ううん、ソフィアが下準備しておいてくれてたから大丈夫。アヤはお客さんの相手をお願い」

私が言うと、アヤは少し嬉しそうに頷いた。


 




 それから、少しもしない内に玄関のチャイムがなる音がして、昼間の男女二人がペンションに戻ってきた。

アヤの話では、エルサ・フォシュマンとその兄のカルロス・フォシュマンだそうだ。二人共色黒で濃い色の髪をした、いかにもラテン系という風貌だ。

 アヤに呼ばれてキッチンから出てみると、エルサはふざけてアヤに敬礼なんかをして、楽しそうに絡んでいる。

カルロスというお兄さんの方が私に気がついて軽く会釈をしてくれた。

「さっきは動転していて、ごめんなさい」

私は二人のそばへと行ってまずはそう声を掛けて謝る。

「いえいえ!」

「とんでもない。とりあえず、命に関わるようなことではないようですので、一安心です」

明るく笑うエルサに、カルロスはそう穏やかな笑みを浮かべて言ってくれる。

 「二人共、改めて紹介するよ。彼女が、レナ。レナ・リケ・ヘスラーだ。元ジオン軍少尉であのトゲツキのパイロットだったんだ」

アヤが紹介してくれたので、私は精一杯の笑顔を作ってから

「よろしくお願いします」

と改めて二人に頭を下げる。

「で、レナ。この二人がオメガ隊の自慢の整備員。エルサ・フォシュマン軍曹と、カルロス・フォシュマン元曹長だ。

 あ、ファミリーネームが同じだけど、夫婦じゃなくて兄妹な」

「よろしくお願いします、レナさん」

「よろしく」

アヤの紹介で、二人もそう私に言ってくれる。

 彼らも、私が元ジオンだという事にさほどの疑問も持たないようだった。

普段だったらきっと嬉しいと思うはずなのに、今の私には、それがなぜだか辛かった。

「夕飯の準備までまだ少し時間がかかりそうなので、掛けて待っててください。お茶をもってきますね」

私がそう言ったら、そばにいたアヤが不意におかしそうに笑い声をあげた。

「レナ。そんなに丁寧にしなくてもいいんだぞ?こいつらだって、アタシやオメガの連中とかわりないんだ。いつも通りに接してやってくれよ」

そう言ったアヤの目は、私を気遣うような、そんなぬくもりがこもっているように感じられた。アヤの言う通り、少し気を張りすぎだろう。

カレンのことで思い悩んでいるのは確かだし、それに、テオのこともあるけれど、

うん…オメガ隊と同じでいいのなら…今の接し方は硬すぎるかな。

「うん、分かった。二人とも、どうぞ座って!すぐにお茶持ってくるね!」

私が気を取り直してそう言い直すと、アヤが満足そうに笑った。
 


 それから私はお茶のセットを出してきて、ソフィアと一緒に夕食の準備に戻った。

今日のメニューは鶏のテリヤキとエスニックな香辛料を使ったスープに、ライスと細かく切った野菜を炒めて味を付けたチャイニーズリゾットだ。

 程なくして夕食は完成し、お皿に大盛りにして二人と、そして昼間、アヤが船で島の沿岸を案内したお客さんに振舞う。

私もソフィアとキッチンの小さなテーブルで食事を済ませて、食器洗いの準備だけを先にしておく。

ちょうどよく準備が終わるくらいに、アヤがワゴンにお皿を乗せてキッチンに戻ってきてくれるのはいつものことだ。

 手早く食器洗いを終えた私は、明日の朝食の仕込みもそこそこに、ホールでバーボンを傾けながら談笑しているアヤとエルサ、カルロスのところへと向かった。

 テオのお礼を、もう一度ちゃんとしなければ、とそう思ったからだった。

「あぁ、レナ。もう終わったのか?」

エプロンを外した私を見て、アヤがそう声を掛けてくれる。

「うん。もう大丈夫」

私はアヤに笑顔を返してから、イスに座る前にエルサとカルロスに向き直って言った。

「二人共、今日は帰ってきて早々、ありがとう。本当に助かったよ」

すると二人も私に笑顔を返してくれた。

「いいえ。困ったときはお互い様です」

「ええ。部屋だけじゃなくて、食事の世話までしてもらうのに、あの程度のことは大したことでもなくて、申し訳ないくらいですよ」

二人のそんな言葉に、私は改めてお礼を言ってから席に付いた。

 「そうそう、それよりさ。エルサ、マライアと最近連絡取ってるか?」

私が座るとすぐに、アヤがそれまでの話題に話を戻す。マライアちゃんか。

そういえばアヤ、宇宙に出たっきり、ほとんど音信不通のマライアちゃんを心配していたっけ。

あの隊長さんはどういう方法でか、マライアちゃんの無事を確認できているみたいで、アヤはそっちから時折話を聞き出しているけれど、

あんなにアヤにべったりだったマライアちゃんが連絡をよこさないなんて、アヤでなくても何かあったのでは、と心配をしてしまう。

「それが、宇宙に出てからはさっぱり。ミノフスキー粒子の関係で連絡がとりづらいのかな、って思ってたんですけど、

 どうも、連邦の一般回線は普通に使えてるみたいなんで…」

「ふーん、やっぱりそうなのか…あいつ、宇宙で凹んでたりしなきゃいいんだけどな…」

アヤが、腕組みをして表情を歪める。確か、大事な妹分、って言ってたもんね。

「少し心配してるんですよね。内部情報だと、宇宙ではけっこう、旧ジオン軍残党が潜伏していて、抗戦を呼びかけているらしくて、

 実際に、小規模な戦闘があちこちで起こっているみたいです」

エルサは、旧ジオン軍、と言った。私に対して気を使ったのかどうかは分からないけど、そう表現するのはちょっと珍しい。

確かに今はジオンは、ジオン公国からジオン共和国と改編され、連邦政府主導で統治機能を整備している最中だと聞いた。

そして、ジオン共和国に残り、連邦主導の元に再編されたジオン軍部隊を、ジオン共和国国防軍と言う。

それに対して、連邦の統治を嫌い、各地に潜伏してゲリラ活動をしているジオン軍は旧ジオン軍、と呼ばれている、なんて話だ。

実際には、ジオン残党、なんて呼び方が多い。
 


「アフリカなんかでも騒いでるって話もありますし、なんというか、連邦の業は深いですよ」

カルロスはそんなことを言ってため息を吐く。

―――業が深いのは、私たちの方だ…

彼の言葉にふと、そんな思いが私の頭に浮かんでくる。次の瞬間、私のスネに何かがコツンと当たった。見ると、そこにはアヤの足があった。

チラッとアヤを見やると、アヤは心配げな表情で私を見つめている。

―――ごめん

胸のうちでそう強くアヤに伝えて、それから笑顔を見せた。大丈夫…今は、テオと二人のことを考えてあげるのが優先だもんね。

「きっと忙しいんでしょ?マライアちゃんはアヤ達の肝いりらしいし、そう簡単にやられたりはしないんじゃないかな」

「まぁ、そうだけどなぁ。また、隊長の知り合いって人に聞いてもらうかな」

「何かわかったら、教えてくださいね!」

私の言葉に呑気に声をあげたアヤに、エルサが期待を込めた視線でそう言った。

 こうしてなんでもない話をしていると、二人からもあのオメガ隊の人達と同じ雰囲気を感じられる。

どこまでもお人好しで芯が強くって、それでいて穏やかで明るい。

オメガ隊って場所がそう言うところだったのか、それとも、そういう人たちがオメガ隊に集まったのか…

もしかしたら、隊長さんやアヤが、みんなをこういう雰囲気にさせたのかもしれない。

優しい太陽の下で寝転んでいるような、そんなぬくもりのある何かを、この二人も持っているように私は感じた。

 「それにしても、さっき食べたスープ、あれ、美味しかったです!」

エルサがそんな話を私に振ってきた。

「ありがとう。あれは、東南アジアの辺りで出たスープを見よう見まねで作ってみただけなんだけどね」

「東南アジア…行ったことないですけど、ここと似た雰囲気ありそうですよね」

「あーそうだなぁ。でも、海はこっちの方がうんと綺麗だと思うぞ!」

アヤが私達の会話に加わる。そういえば、あの船旅のときもアヤは同じことを言ってたっけな。

「同じ香辛料を使った料理でも、私が戦時中に逃げてたときに食べた訓練基地の食事は、

 ただ辛いだけの鶏肉とか、味付けのない野菜炒めとか、そんなのばっかりで…」

「訓練基地はそれぞれだからなぁ。アタシのいたシャイアンの訓練基地はそこそこ旨かったよ。

 ベーコンとスクランブルエッグとか、レパートリーは少なかったけど」

アヤもアヤで、二人と話すのはどこか嬉しそうな表情を見せている。それこそ、オメガ隊の人達と一緒にいるときと全く同じ表情だ。

アヤにとっては、この二人も“家族”なんだろう。私も…いつか、カレンをそれくらいに思える日が来るんだろうか?

この胸の中にある気持ちを打ち明けて…それでもし、カレンがそのことを許してくれるのなら…
 


「そうそう、今日のお肉に掛かってたソースも絶品でした!あれは、どこのソースなんですか?」

「ん、あれは、ニホンってところらしいよ」

「ニホン…って、確か、極東でしたっけ?」

「そうそう。東の果て、だ」

テリヤキとそのソースも、アヤと一緒に逃げていたときに食べたものを真似て作って見たものだ。

これは、私のメニューの中でも特に自信のある一品だから、褒めてもらえたのが嬉しい。

「私、ソースにはけっこううるさいんですよね、土地柄、舌が肥えてるんですよ。でも、レナさんのソースは本当に美味しかったです!

 今度作り方教えてもらっていいですか?」

エルサは目を輝かせながらそんなことを言ってくる。そこまで持ち上げられちゃうと、教えずにはいられなくなっちゃう。

「うん、いいよ。企業のバタバタが落ち着いたら、いつでも言ってね」

私がそう言ってあげたら、エルサは両手放しで喜んだ。

 「あはは、エルサがそこまで食い物にうるさいだなんて知らなかったな。生まれはどこなんだ?スペイン行政区か、南米あたりか?」

アヤが、はしゃぐエルサを見て笑いながらそんなことを聞いた。

すると、その隣に座っていたカルロスが微かに悲しげな表情を見せたのを、私は見逃さなかった。

エルサも、つい今しがたの勢いが、しゅんとしぼんでしまう。

「俺たちは、フランス行政区出身なんです」

カルロスが静かな声色で言った。

「フ、フランス…って…まさか…!」

アヤが、急に体をこわばらせ、声を詰まらせた。

私は、背中に忍び寄る悪寒を感じて、知らず知らず、手にしていたグラスを握りしめていた。

そんな中エルサが、乾いた、悲しげな瞳で笑顔を作りながら言った。

「私達は、パリ出身なんです。コロニーの破片で壊滅した…」



 





 私は、夜の住宅地を車で走っていた。目指しているのは、テオが入っている病院。

 胸に押し掛かっている重い感情はもう、崩壊寸前のところまで来ていた。エルサ達の家族の話を聞いた私は、一瞬、本当に思考が停止してしまっていた。

そして沸き起こってきたのは、情けないことに、その事実を否定したいと言う気持ちだった。

アヤが止めるのも構わずに二人から家族のことをさらに聞き出した私は、

ついにそれを認めるしかないことを理解して、込上がってきた悪心を堪えつつ、二人になるべく悟られないようにとトイレへ駆け込んだ。

 何度も戻している最中にアヤが来てくれて、優しく背中をさすっては

「ごめん…あいつらの家族のことは知らなかった…」

なんて私に謝った。

謝らなきゃいけないのは私の方だっていうのに、アヤから伝わって来るのは、本当に申し訳ない、って気持ちでいっぱいになっている彼女の優しさだった。

 ひとしきり吐いて落ち着いた私は、ふと、思った。当然のことなのかも知れない、って。

あの戦争で、人類は宇宙と地球合わせてその半数の命を失った。

そのうち、コロニー落下による被害がその何割に当たるかは分からないけど、

その家族や友人、親戚が生き残っているとなれば、とてもじゃないけど少ないなんて考える方がどうかしている。ジオンは、それだけのことをしてきたんだ。

 アヤの夢を一緒に来て叶えたい?カレンと仲良くしたい?オメガ隊のみんなと過ごした楽しい時間が嬉しかった?

そんな事を、私に言う権利があったのだろうか?私がそんな事を思うのを誰が許したのだろうか?

 アヤや他の連邦側の人達には、私を罵倒して殴り倒して良いくらいの権利がある。

そして…私にはそれを受け入れなければならない義務がある。

戦闘員でもない、ただ日常の生活を送っていた家族をあんな非道な方法で殺されたカレンやエルサ達には、特に…だ。

 だから、私はアヤに言った。カレン達に、ちゃんと話をしたい、って。それが終わったら、アヤにもちゃんと話をさせてくれ、て。

 アヤは最初はアタシに対してはそんな必要はない、と言ってくれたけど、私は首を振ってそれを断った。

もしカレンやエルサ達が私を蔑み、蔑ろにするのなら、私はアヤのそばには居られない。

 あのとき…アヤと一緒に逃げている最中に、私は気がついていたはずだ。私は、アヤから大切な“家族”を捨てさせたんだ、って。

それでも、オメガ隊のみんなはアヤを拒んだり見放したりせずに、受け入れてくれた。

でも、もしカレンやエルサが私を拒めば、私のそばに居てくれようとするアヤとは決定的な溝になりかねない。
 


 アヤはあんなにカレンを信頼して、カレンとの関係を大切にして、そして一緒に居ることを、言葉を交わすことを楽しんでいる。

 私はアヤから、そんな大切な人達を奪うわけにはいかない。もうこれ以上、アヤや連邦の人達から、家族を…大切な存在を奪いたくないんだ。

 その気持ちを伝えると、アヤは黙った。

でも、彼女からは微かにジリジリとした怒りかイラ立ちの様な感覚と、悲しみとも切なさとも取れない気持ちが伝わってきていた。

 どれくらいの間か黙っていたアヤは、私に言った。

「…それなら、まずはカレンに話して来い」

そう言ったアヤの表情は真剣だった。

 ポンコツのキーをアヤから受け取って、私はペンションを出た。そして、今、だ。

 道路の先に、市街地の明かりが見えてきた。大通りを走り、夜中、煌々と輝いている病院のサインに向けてハンドルを切り、駐車場に車を止めた。

 車から降りて私は病院を見上げていた。

 許してもらおうだなんて思ってない。自分の気持ちだけを伝えて楽になろうとも思ってない。

でも、私に出来ることは、カレン達に謝ることだけだ。それを聞いたカレンが、エルサとカルロスがなんと言うか…

とにかく私は、彼らの言葉を、例えそれがどんな言葉だったとしても受入れて、そして彼らの望むことを甘んじて受け入れるべきだろう。

それが一人のジオン軍人として、私がするべきことだ。

 私は一度だけ大きく深呼吸をして、病院の中へと入った。

警備室で、入院のための荷物を届けに来た旨を伝えて許可をもらい、エルサに教えてもらった病室へと向かう。

どうやらそこは個室のようで、ドアの前には知らない名前のプレートが一枚、掛けてあるだけだった。

 カレンが使った偽名なんだろう。私はスライドドアをノックして、中を覗き込む。

 そこには、手元に小さな明かりを灯してイスに腰掛け、ハードカバーの本に目を落としているメガネを掛けたカレンの姿があった。

 カレンは顔を上げて、私を見るなり驚いたような表情を見せた。

「レナ…ペンションの方は大丈夫なの?」

カレンは開口一番、私のことを心配してくれる。本当に、アヤと同じで優しくて頼りになる人だ。

だからこそ、私は…ただその優しさに甘えているべきじゃないって、そう思いが強くなる。

「うん、仕事は片付けて来たし、残った分はアヤとソフィアにお願いしてきた」

「そう…まぁ、心配だろうからね」

カレンはそんな事を言いながら、自分の隣、テオのベッドの方にパイプイスをひろげてくれた。

「ありがとう」

そう声を掛けて、私はカレンの隣に腰掛けた。それから、カレンの表情を伺う。

彼女は不思議そうに私を見つめていたけど、ややあって気が付いたように

「あぁ、このメガネ?私らパイロットはどいつも視力だけは良くってさ。

 私も本を読んだり読書するときには遠視用のをかけてないと、あとで頭痛くなったりしちゃうんだ」

なんてテオを気づかってか、囁くように静かな声で言っ笑顔を見せてくれる。

 なぜだか、その笑顔のお陰で私は、決心が決まった。何があっても、私は、カレンの気持ちを大切にしよう。

それが例え、私に対しての侮蔑や罵倒であったとしても。
 


「お皿洗い手伝ってくれたときに、自家だって思っていいよ、って話したの、覚えてる?」

「え…?あ、あぁ、うん。嬉しかったから覚えてるけど…それがどうかしたの…?」

カレンは、不思議そうな表情で私にそう聞いてきた。私は、カレンの目をジッと見つめて、胸に詰まっていた想いを口にする。

「私…カレンにとんでもないことを言っちゃった…カレンは私がジオン兵だったって知ってるでしょ?

 それなのに私…私…カレンの本当の実家がシドニーにあったなんて知らなくって…それで…だから…

 私が…私達がカレンの家族を殺しちゃったのに、私、カレンにペンションを実家だと思ってくれていいよ、だなんて軽はずみなことを言って…!

 私、カレンを傷付けた…謝っても許してもらえるなんて思わない…怒ってくれていい…!

 私は、それだけのことをしちゃったって思ってる…!」

いつの間にか、顔が涙と鼻水でクシャクシャになっていた。

カレンの家族の話を聞いて以来、ずっとずっと胸に押し込めてきた罪悪感が一気に吹き出して来て、体が震えているような気さえしていた。

 カレンは、ジッと私を見つめている。その表情はまるで…怯えているような、そんな感じだった。

「カレン…ごめん…ごめんなさい…ごめんなさい…!」

私は、堪らなくなって、そう言いながら顔を伏せ、頭を下げた。

どんな事を言われようとも、何をされようとも、私はすべてを受け入れる覚悟を決めたんだ。

アヤを…一緒に過ごしたあのペンションでの生活を捨てる覚悟だって…!

「…レナ……」

カレンの声が聞こえる。ギシっと、カレンがイスから立ち上がる音もした。私は、顔を伏せたまま、ギュッと目を閉じ、歯を食いしばる。

 でも、次の瞬間、カレンから私に放たれたのは、罵声でも侮蔑でも、怒号でも皮肉でもなく、ましてや、平手打ちでも蹴りでもなかった。

「レナ…あ、あんた、急に何言ってんだ…?だ、大丈夫か?」

カレンの戸惑った、それでも優しく私の様子を伺うような声色の言葉とともに、カレンの両手が私の両肩に当てられた。

「だって…だって…私、ジオンなんだよ!?カレンの家族を…私達が殺したんだよ!?」

気がつけば、私は、そう大声をあげていた。カレンの言葉が、態度が、私には理解できなかった。

アヤと逃亡中に、私のために大切な隊や生活を捨てさせてしまったアヤに感じたのと同じ感情が私の中に膨れ上がる。

―――怒鳴ってよ…怒ってよ!

だけどカレンには、私の気持ちはまったくと言って良いほど、届いていなかったようだった。
 


「こ、声が大きいって!」

カレンはまず、そんな事を気にしてから静かに、優しく私に言った。

「そんなこと、ずっと気にしてたの?」

私は、コクンと頷いた。

「…アヤから、少しだけあんたの家族の話も聞いてるよ…あんたの家族はあんたを遺して戦争で死んじゃったんだってね…」

私は、ただ声もなく頷く。

「なら、あんたの家族を殺したのは、私達連邦の人間ってことになる。それなのに、どうしてあんたは私達を恨んだりしないんだ?」

「…だって、私の家族は…軍人だった。地球を滅ぼそうとしたわけじゃないけど…

 戦争は交渉手段の一つだって、そう考えて戦ってたから、だから…私の家族は仕方ないんだよ…

 でも、カレンの家族は違うんでしょ?軍人でも、軍の関係者でもなかったのに、それなのに…」

「おんなじことじゃない…?私達アースノイドが、あんた達スペースノイドから搾取しなければ、戦争にはならなかった。

 元はと言えば、地球であぐらをかいていた私達の責任なのかも知れないし」

「でも、アースノイドはスペースノイドの虐殺なんてしなかった。

 生活が苦しいところは無数にあったけど、それでも私達は日々の暮らしをなんとか出来ていた。貧しくても家族がいた、友達がいた…。

 私達ジオンがしたことに比べたら…そんなのは、コロニーを落として良い理由になんてならない…!」

それも、ずっと私が抱えていた想いだった。でも、それを聞いてカレンは、呆れたように大きなため息を付いた。

「レナ、あんたね、考え過ぎなんだよ。

 私は、仮にあんたがコロニーを地球まで運んで来た部隊の人間だったとしても、あんたを恨むつもりもましてや傷つけるつもりもないんだからね」

…どうして…?どうして、そんな…?

 私は、カレンの言葉には思わず顔を上げた。カレンは、私をジッと見つめていた。

「自分のしでかしたことでもないのにそんな顔して謝ってくるあんたを、どうして責られる?

 もし、あんたが罪の意識を感じてるんなら、それは私があんたに何かを言ってどうにかなるもんでもないだろう?」

カレンは、そう言って私の頬の涙を拭って続けた。

「悪いけど、レナ…。あんたがどう思ってようが、私はあんたを責めたいとも、責めようとも思わない。それが私の気持ち」

カレンはそれからクスっと笑って

「ほら、ティッシュ。ひどい顔だよ?」

と、サイドボードからティッシュのボックスを手に取って私に押し付けて来た。私はカレンに促されてティッシュを何枚か引き抜いて鼻をかむ。

 それが済むのを待って

「どう?気分は晴れた?」

と、苦笑いを浮かべてカレンが私にそう言ってきた。その言葉に、私は思わず、自分の気持ちに目を向ける。
 


 カレンが家族のことで、私を責めたりしないって言うのは分かった。気持ちがちゃんと伝わってくる。

カレンは私に嘘や誤魔化しを言っているわけじゃない。それはまさしく、私にまっすぐに向けられた、カレンの本心だった。

でも、それでも私の胸の内には、何かがあった。それは、モヤモヤしていて掴みどころのない何か。とても不快で、ドロドロとしていて、拭っても拭い切れない、奇妙な感情だ。

私は、カレンに向かって首を振った。するとカレンは、腕組みをするなりうーん、と唸って私に聞いてくる。

「怖いの?」

怖い…?怖い…そう、そうだ…怖いんだ…そう、これは…この感情は、恐怖だ…!

 カレンの質問に、私は胸の内の流動的な感情に突然形が現れたように感じた。

私は、カレンに頷いてさらにその感情を探る。同時にカレンがまた聞いてきた。

「何が怖いの?」

そう、それだ。私は、怖いんだ。でも、何が怖いんだろう…?

 私はカレンを傷付けたと思った。不用意に、ペンションを実家だと思ってくれていい、なんて、元ジオンの私が言ってしまったからだ。

テオをカレンと一緒に病院に運んでくれた、フォシュマン兄妹にもそうだった。謝らなきゃ、ってそう思った。

ごめんなさい、ごめんなさいって、トイレで何度、思ったことか…でも、少なくともカレンは傷付いてなんていなかった。

むしろ私の言葉を嬉しい、と、そう感じてくれているようだった。でも、それじゃぁ私は、この罪悪感は、いったい、何なの?

 そう思ったときだった。私の脳裏に、なんの脈略もなく、ある一つの可能性が降って沸いた。

私は、その可能性を反芻して、そして確信した。きっとそれが、私の心の中にあるものの正体だ…

 私は、カレンの顔を見て言った。

「私は、怖いんだ…戦争が怖い。誰かの体を、心を傷付けてしまうのが怖い。誰かの命を奪うことが、誰かの意志を奪うことが怖いんだ…だって…だって、そんなことをしたら、私はまた…

 また…あのときのシドニーみたいに、あの船のときみたいに、胸に穴を開けられるみたいな痛みと苦しみと恐怖が…私を絡め取るから…」

そう。それは、カレンに対する罪悪感でも、エルサ達に対する罪悪感でもない。いや、罪悪感なんてものじゃない。

それは、二次的に沸いてきてしまったもののことだ。その元となるこの胸にまとわりつくドロっとした感情。

それは、シドニーやアイナさん達と乗っていた船が撃沈されたときに感じたものと同じもの。それは、そこにいた人達の恐怖と絶望と、そして…

 私が見つめていたカレンの表情が、悲しみに歪んだ。

カレンは私の肩を掴むと半ば強引に私を引き寄せて、アヤがしてくれるように、その腕で私を優しく抱きとめてくれた。

「分かったよ…レナ。あんたも…」

そう。私は…

「あんたも、傷付いてたんだね」

カレンの言葉を聞いて、また、目から涙がハラハラとこぼれだした。

 そうなんだ。各サイドへの攻撃と破壊、コロニー落としや地球侵攻、そして家族を失って…

空っぽの私を助けてくれたアヤと一緒に巡って目にしたのは、傷付いた大地、傷付いた人達だった。

いつからかは分からない。分からないけど、どこかで私は壊れていたんだ。

私は、私の参加した戦争という行為そのものに、自分自身が傷付けられていたんだ。

それが、このドロドロの感情の正体…私のまだ癒えていない傷跡とそこに沸いた膿で、罪悪感の根源…。

カレンに対してじゃない。エルサ達に対してでも、ましてやアヤやオメガ隊のみんなに対してでもない。

私は…私自身を傷付けたあの戦争に参加したことそれ自体を、非難して、そして恨んでいるんだ…

 「大丈夫だよ、レナ…。あんたにはアヤがいる。何なら、私もいてやるから…だからそんなもの、一人で抱えるんじゃない…私らにちゃんと預けなよ」

カレンが、そんな優しい口調で私に語りかけてくれる。

私はカレンにしがみつきながら、ただただ、彼女の言葉に頷いて、泣きじゃくっていることしか出来なかった。


 


つづく。

 


大丈夫だ、俺も毎回楽しみにしてる



ああ苦しい。人間、自己嫌悪からの自己否定とか最も苦しい感情じゃないか。
真面目で責任感強くて善良な人ほどこういう感情に陥るのかもね。

自分を好きでいいじゃない 人間だもの
おめが

それにしてもカレンさんの男前っぷりさすがっスww

カレン編からこっち、おとこまえポイントがアヤさんを逆転しそうだよ。アヤさん主役なんだからなんとかしてよキャタエもんwww

>>55
おぉ、いてくれた!
レス感謝です!

>>56
レナさんは、思いのほか傷ついていたんですね、戦争で。
オメガの連中は支えあってやっていたのに対し、レナはほぼひとりっきりでしたからねー。

カレンの男前ポイントは仕方ないんです。サイドストーリーなんでw
アヤのポイント回復のチャンスはたぶんあんまりありません、サイドストーリーなんでwww


てなわけで、続きです。

レナとカレン編、最終回です。
 

 どれくらいの間泣いていただろうか、気持ちが落ち着いた私は、そっとカレンの体から離れた。

見上げたカレンの表情は、涙こそ流していたけど、穏やかで優しくて、でもどこか力のある確信のようなものを秘めているようにも感じた。

「今度こそ、少し落ち着いた?」

カレンがそう聞いてくるので、私はコクンとうなずいてみせる。するとカレンは、なんだか嬉しそうな、安心したような表情で笑ってくれた。

「なんだか、ごめんね…頼って、甘えちゃった…」

私が言ったら、カレンはクスっと笑って言った。

「なに、構わないよ。私も戦争中には、アヤに世話になってるからね」

「そうだったんだ…その、カレンは、アヤのことが好きだったの?」

私がなんとなくそう聞いたら、カレンは今度は苦笑いを浮かべて

「恋愛って意味なら、答えはノー。でも、単純に好きかって聞かれたら、私はアヤが好きだよ。この世界の誰よりも信頼してる、私の親友。

 この先、私がどこかの男と結婚することになったとしても、私はアヤとの関係を最優先にしていたい…そう思えるくらいにね」

なんて言って、私の頬の涙を拭ったカレンはまた明るくて嬉しそうな表情で笑って言った。

「もちろん、レナ。あんたともそういう関係で居られたらいいなって思ってる。本当に嬉しかったんだ。

 ペンションを実家だと思ってくれていい、って言われてさ。

 私、シドニーにいた家族のことは好きだったし、愛されてなかったとは思ってないけど、

 正直、安心して生活出来ていたのか、って聞かれたらそうでもないんだ」

言い終えたカレンの表情は笑ってはいたけど、どこか寂しそうな感覚が伝わって来る。私はそんなカレンに、なんの抵抗もなく聞いていた。

「家族と、何かあったの?」

するとカレンは

「うん」

と返事をしてみせてから、宙を見据えて話し始めた。

「私はね、あの家じゃ落ちこぼれだった。父親は代々続く資産家の家系で、母親はシドニーで一番の大学の大学院を出たバリバリの経済屋でエリート。

 そんな二人の間に生まれた長女の私は、厳しく育てられてね。褒められたことなんて一度もなくって、ずっとずっと叱られて生きてきた。

 結果を出そうって努力しても、とてもじゃないけどエリート様なんかには及びもつかない有様でね。

 でも、私の弟と妹は違った。誰に何を言われなくても自分で勉強して、私にはとても貰えないような評価を受けられるような、出来の良い子達だった。

 羨ましいって気持ちもあったけど、幸い下の二人は性格も良くてね。両親に叱られる私をそれとなくフォローしてくれるような、良い子達だったんだ。

 でも、そんな二人と比べて落ちこぼれだった私は、大学を中退させられて、軍に追いやられた。根性を鍛えなおせ、ってね。

 家は、そんな家庭だったんだ」

そしてカレンは私を見やってクスっと笑った。

「でもね、そんなだったけど、私は、家族が好きだったの。一生懸命、誉めてもらいたくて、好きでいて欲しいって、そう思っていろいろ頑張ってた。

 それでもうまく行かなくって追い出されるように軍へ入ってたんだけど…

 コロニーが落ちてくるってときに、バイコヌールにいた私へ、母さんから電話があったんだ。母さんは言ってた。

 『戦争なんかに出ることはない、すぐに軍から脱走しなさい』ってね。

 自分は逃げずに…いや、逃げられなかっただけかもしれないけど、とにかくそんな状況で、私にわざわざそんな電話を掛けてきたんだ。

 結局すぐに電波障害で電話は切れちゃって、それっきり。遺体なんて出てきやしないし、形見なんかも残ってない。

 知っての通りの、穴ボコが空いたんだ」

カレンの言葉は生々しくて、あの地で何が起こったのかをありありと私に想像させた。でも、不思議とそれは、恐ろしくも辛くもなかった。
 


「私の家族は、最後のときをそうやって生きた。自宅から私に逃げろ、って伝えた。ひどい扱いを受けて来たって思いは消えない。

 でも私は、もっずっとあとになって…

 それこそ、アヤの誕生会で前にこの島に来たあとくらいにね、それが私を思いやってくれた言葉だったのかもしれないって、そう思えたんだ。

 その証拠に、最後の最後、家族は私に、生きて欲しい、ってそう思いを伝えてくれたんだ、ってね」

カレンはそう言いながらまた流れ出していた私の涙を拭って、さらに続ける。

「まぁ、とにかくそんなコロニー落着があってからはもう大混乱。

 バイコヌールにジオンが降下してきて、オデッサ、カイロ、北アフリカを転々と逃げまわった。

 そしてたどり着いた先のカサブランカの空で、私は、もう一つの私の家族と出会ったんだ」

カレンの、もう一つの家族…そう、それはあのオメガ隊のことだ。

「どいつもこいつも、バカばっかりで、真剣に悩んでた自分の方がバカらしいなんて思うこともあった。

 でも、みんな優しくて、頼りになって、私を家族だって思ってくれた。

 私の辛いのも、苦しいのも、嬉しいこと楽しいことも、全部自分の事のように感じて泣いたり笑ったりしてくれる人が居た。

 家を追い出されて軍に入れられた私は、家族に嫌われていたわけじゃなかった。

 軍に入って、戦争が起こったことで、私は私がありのままで居ても良いんだって思わせてくれるもう一つの家族出会えた。

 確かに、シドニーの家族は戦争で死んだし、仲間も大勢、失った。でもね、それでも私は、今まで生きてきた人生の中で、今が一番幸せだって思える。

 これからもっと幸せになって行けると思える。綺麗事かも知れないし、結果論だって言われるかも知れないけどね…私は、戦争を生き残った。

 たくさんの人達が私を守って、支えてくれて、こうして生き残ったんだ。だったら、その命を無駄になんて出来やしないだろう?

 私の命は、私を軍にやって、最後に私の身を案じる電話を掛けてくるような家族に守られて、私を見を挺して庇ってくれた仲間たちに守られて、

 ジャブローで、私のために泣いて怒って喧嘩して…信頼して頼ってくれる親友と“家族”達に支えられて来たんだ。

 そんな人達の思いを、私は引き継いで生きたいって思う。私を想い、守ってきてくれた人達の分まで幸せでいたいと思う…

 それが私の答えで…私なりの、感謝の気持ち」

カレンの手が動いて、また私の涙を拭ってくれる。気がつけば私は、カレンが話し始める前と同じくらいの涙と鼻水を垂れ流していた。

彼女は苦笑いを浮かべながらティッシュを何枚かを引き抜いて私の鼻に押し付けると、小さい子にするように鼻水を拭き取った。

そのティッシュを丸めて捨ててから、カレンは穏やかな表情を浮かべて言った。

「私にとってはコロニー落しのことも、戦争のことも今の私を形作ってくれた要素のひとつで、否定も肯定もする必要のないことなんだよ。

 言ってみればもう過去の出来事なんだ。そういうことだからさ、レナ。私は構わないから、あんたも変に我慢することなんてないんだよ。

 辛いときは、私も力になってやれる。アヤほどうまくやれるかは分からないけど、ね」

カレンの表情が…言葉が…温もりが…気持ちが…私の心を、まるで包み込むようにして伝わってきた。

暖かくて力強くて、それはアヤがしてくれるのと良く似ているけど、どこか違う。

アヤは手を引いてくれるような感じだけど、カレンのはまるで背中を押してくれているような感じがする。

穏やかで、どこまでも優しい感覚…
 


「ありがとう…ありがとう、カレン…」

私はそんなカレンの心強さに、いつの間にか謝罪の言葉を忘れてそう口にしていた。するとカレンはあはは、と笑って、なんだか嬉しそうな表情で言った。

「礼なんていいよ。私もアヤに助けられたクチだからね。回り回って、なんだよ、きっと」

「回り回って、か…そうだね…オメガ隊は、そうやって生き残ったんだもんね」

「ふふ、そうだね。あの隊はまさにその通りだったな…まぁ、フレートに関してはなんで生き残ってるか不思議なくらいだけど…

 あいつ、週に一度は撃ち落とされていたんだからね。撃墜スコアが良かったからクビになるようなことはなかったけど、

 毎度始末書を書いてた隊長は災難だったろうね」

 カレンは昔を思い出したのかそう話してプッと吹き出して笑い、それからふと、テオに目を向けてから私に聞いてきた。

「そこの彼とは同じ部隊だ、って言ってたよね。長かったの?」

カレンの問いに、私は首を振った。

「テオとは、キャリフォルニア降下作戦で一緒になったんだ。

 私は当時は、降下作戦を実施する部隊の護衛艦隊にいたんだけど、降下作戦前に上申して配属を変えてもらったの。

 そのときにはもう、父さんが死んじゃってて、兄ちゃんと母さんが地球に居てね…会えるはずないって分かっていたけど、同じ地球で戦いたかったんだ」

私は、当時のことを思い出していた。

あのとき…訓練校時代からの友達だった、まだ幼さの残る年下の同期のイレーナ・バッハ少尉の護衛に見送られて、地球に降下したときのことだ。

「護衛隊からの転属は歓迎で、私は同じように増援で組織された部隊に配属されたんだ。そこにいたのが、テオ。

 まだ18歳で訓練校を出たてだったんだけど、腕が良くって、口が軽くって、心配なところもあったけど、

 私の緊張をほぐしてくれるような、そんな子だった」

私はそう言いながらテオを見やった。彼の小さな呼吸音が、病室に響いている。

「キャリフォルニア制圧に成功して、そこからは北米全土の侵攻に参加してた。

 幸いテオも、隊長も、私も、無事に任務を終えたけど…結局、オデッサが奪回されて、私はそこで兄ちゃんと母さんを死んだって知らせを聞いて…

 自分ではヤケになったわけじゃない、ってそう思いながらだったけど、

 きっと本当はこれ以上ないっていうくらいにヤケになって、そのままジャブロー侵攻に参加したんだ」

「あの日…だね…」

カレンは、辛い表情を見せることもなく、ふっと宙を見据えて記憶の糸を辿っているようなしぐさを見せる。

まだ一年も経っていないのに、この島でアヤと生活をしていたり、こうしてカレンと話をしていると随分遠い昔のようにも感じるようだった。

「ひどい戦闘だったね…私達の隊を積んでいたガウも高射砲の直撃を受けて、隊長が私とテオを押し出すみたいにして機体から放り出して、それっきり。

 私は地面に降り立ったときにはモビルスーツは機能停止で、逃げている最中にアヤに出会った。

 隊長はガウと一緒に墜落しちゃった。テオはそれからどうなったのかは分からなかった…」

「そっか…これまでどうしていたかも、ここへ辿り着いた理由も、本人に聞かなきゃ分からない、ってことね…」

カレンは少し渋い表情を浮かべて言う。そんなカレンから、私は微かに動揺を感じた。本当に微かで、表情や仕草に出ていたわけでもない。

アヤの言っていたニュータイプの感覚が、ほんの僅かなカレンの心の機微を伝えて来たような、そんな感覚だった。

「カレン、何かあったの…?」

私が聞いたら、カレンは少し驚いたような顔を見せた。私がその目をジッと見つめたら、その表情は私が感じていた通りに悲しげにくぐもった。

「うん…私にもいたんだ、後輩っていうか、部下っていうか、そういうのがね。オメガ隊に入る前の、バイコヌールにいた頃にね。

 ベネットっていう、新米の見習いがさ」

ジワリと、カレンから何かが伝わってくる。

白い布にポツンと付いた黒い汚れのような、肌にザラッとする不快感がまとわり付いているような、そんな…罪悪感だ。
 


「…その人は…どうしたの?」

私はコクリとツバを飲み込んでからカレンにそう尋ねた。するとカレンは

「ありがとう」

なんて、どうしてかお礼を言ってからため息混じりに教えてくれた。

「カサブランカ付近でね…オメガ隊と合流する直前に、私達はジオンの偵察タイプのヒトツメと、その護衛らしいトゲツキの砂漠タイプを見つけた。

 私の機体は、直前の戦闘で残弾が尽きかけていたから、私はそのベネットに爆撃指示を出したんだよ…

 でもね、ベネットはそのときにはもう、戦闘なんて出来る精神状態じゃなかったんだ。

 元々小心者だったけど、逃げている間に限界まで擦り切れちゃってなんだろうね…

 爆弾を放り投げたあいつは、砂漠タイプのトゲツキのロケット弾が接近してきたことでパニックになって固まっちゃったんだ。

 そしてそのまま直撃を受けて、死んじゃったんだ」

それを聞いて、私は胸が痛んだ。カレンは家族のことや戦争のこと、コロニーのことはもう過去の出来事なんだと、そう言った。

その言葉に嘘はなかった。でも、そのベネット、って人のことは違うんだ。

カレンは、その彼についてだけは、未だに自分を責めつづけている…なぜそんな指示を出したんだ、って。

もっと他に方法はなかったのか、って…。

「カレン…」

私は、カレンに何も言ってあげられなかった。でも、カレンの辛さが伝わってきていた私は、彼女の名を呼び、その手をギュッと握りしめていた。

でも、そうした途端にカレンが見せたのは、嬉しそうな笑顔だった。

「ははは、ほら、回り回って、でしょ?」

カレンの言葉に、私は途端に胸の中がポッと暖かくなるのを感じてカレンに笑みを返していた。

そうか…さっきのありがとう、の意味は、私がカレンの思いを受け取れていたからだったんだ。

カレンはそれを、私がついさっきカレンに頼もしさや優しさを感じて安心できたように、安心させてあげられたからこそ出てきた言葉だったんだろう。

 そんなカレンの感覚が伝わってきて、私は気が付いた。カレンはアヤと良く似ているようだけど、そうじゃない。

ううん、似ていないわけじゃないんだけど、きっと大元は違うんだ。

アヤは…血の繋がった家族はいなかったけれど、それ以上に大切な絆で繋がって来た“家族”がいた。

たくさん辛いことがあったのかも知れないけれど、その絆に支えられて来たんだ。

 でも、カレンは違った。血の繋がった家族がいたのに、支えてもらってるって実感を感じられなかった。

傷付いて、それでもなんとか上手くやろうとして、だけどまた上手く行かなくて傷付いて…

ずっとずっと、そんな想いを抱えて生きてきたんだ。アヤが誰かを眩しいくらいに明るく照らせるのは、

支えや絆が、どれだけ人に力や安心を与えるかを知っているから。

 カレンが…こんな優しくって繊細なのは、傷付いて誰にも助けてもらえない辛さを知っているからなんだ。

その痛みや苦しみを、私も知っていた。父さんが死に、母さんも兄ちゃんも死んだ私が感じた痛み。

コロニー落としの被災地のシドニーを見て、戦争を通して感じた自分の愚かさ、弱さ…そういう物に私も傷付いて、そして苦しんでいた。

 でも、私は幸運だったんだろう。私を照らしてくれるあの明るい笑顔の敵兵と、

その明るい笑顔を受けて、こうして穏やかな笑みを浮かべる、私をそっと支えてくれようとしている優しい元敵兵とに出会うことが出来たのだから…

 そしてきっと、そんな人達のそばにいれば…

甘えて頼って、この胸を蝕むあの戦争で負った傷を、思い出として、過去として、きちんと向き合って胸にしまっておくことが出来るようになる…

そんな確信が私の中に湧いてきた。
 


「回り回って、か…」

「そうそう」

私が呟くと、カレンは嬉しそうに笑って頷いた。

「それなら」

ふと、私はあることが思い浮かんで、口を開いていた。

「私も…誰かにそれをあげたいな…。

 傷を癒せなくても、そばに居てあげられなくても、せめて、ひとときでもホッと心に背負った重しを下ろしておけるような、何かを、さ」

「あはは、出来るだろうね。レナとアヤ、それにあのペンションならさ」

私の言葉にカレンがそう言って笑った。

「カレン…?」

私は、カレンが言った意味が分からなくってどうしてかを促してみる。そしたらカレンは、言ってくれた。

「アヤの誕生会で初めてペンションにお邪魔したときに感じたんだよ。あのペンションには、どこか懐かしい感じがあった。

 それこそ、ずっとあそこで暮らしてきたような、そんな感覚なんだ。

 アヤがやってるからそう感じたのかなとも思ったんだけど、ここ二週間世話になってて分かったよ。

 レナ、あんたの気遣いも細やかで優しいんだ。暑い日差しの中で、ここの海に使っているみたいに、心地良いんだよ。

 あんた達二人があのペンションにいれば、きっと誰だって羽を休められる場所になる。私が保証するよ」

私が…そんななの?自分のことって良くわからないし、私はこれまではただ、お客さんに出来るだけのんびりして欲しいって思って接して来ただけど…

でも、もしそうだったとしたら、それは何より嬉しいことだし、それに…私が感じる、戦争への罪の贖罪になっているように思えた。

こんなことを言ったら、アヤもカレンも怒るか、そんな風に思うことはない、って言いそうだけど…でも、それでも、今の私はそう思う。

私のように…ソフィアのように、戦争で心身が傷付いた人達の助けになれたら…もし出来るなら、その傷を癒やすことが出来たなら…

私の胸にあるこの傷も、もしかしたら癒えて行くんじゃないか、って、そう感じる。

「ありがとう、カレン」

私はただカレンの言葉が嬉しくて、そう彼女に礼を言った。するとカレンは不意に私から視線を逸らせて

「ん…その、か、感じたことを言っただけだから…」

なんて照れ隠しをしてみせた。その様子が可笑しくって思わず笑ってしまった私につられてなのか、すぐにカレンもクスクスと笑い出す。

 話せて、良かった。カレンへの罪の意識が消えたからでも、彼女が私の抱えていた想いに気付かせてくれたからでもない。

私はようやく、カレンとちゃんと友達になれたってそう思えたから、ね。
 


「そうそう、それならさ、カレン!」

「ん?」

「やっぱりペンションを実家だと思って欲しいな!何なら、住んでくれたって良い!

 カレンが居てくれて、私にしてくれたみたいにアヤと一緒にお客さんを支えてくれたら、きっともっと良いと思うんだ!」

「だーからそれは回転率下がるから止した方が良いって言ったでしょ?

 それに、いつまでもあんたとアヤの愛の巣に入り浸ってるなんて気まずくって仕方ない」

「ちょ…あ、あ、あ、あ、愛の巣って…そ、そんなんじゃないんだってば!」

「えぇ?じゃぁ、なんだって言うのさ?それともなに?私がアヤを取り返しても良いって言うの?」

「えっ…その、いや…アヤが居なくなるのは困るけど…!って、カレンもやっぱり…」

「違うってば!私はそっちに興味はないの!カマ掛けただけでしょ!?」

私は、カレンとそんなことを言い合って笑った。

アヤが、カレンを信頼して、ときには反発したり、言いたいことを言い合ってふざけてケンカをする気持ちが私にも分かった。

あれは、お互いを信頼して、お互いに甘えていたんだね。

照れ屋な二人だからそんなことになっちゃうんだろうけどそれでも、きっと二人にとってはお互いが本当に心許せる親友なんだろうね。

ふふ、こないだは少し羨ましいって思ったけど、今はもうそんなことは感じない。

たぶん、私もその仲間に入れたんだろうって、そう思うから。

「ん…うぅっ…」

不意に、病室にそんな、私のともカレンのとも違ううめき声がした。私が目をやると、ベッドの上のテオがもぞもぞと体を動かしている。

「…テオ…!テオ!」

私はイスから飛び上がってベッドに覆いかぶさり彼の名を呼びながら肩を叩く。

カレンもイスから立ち上がって私の影からテオを見つめてくれているようだった。

「…ん…こ、ここは…?」

私の呼びかけに答えずに、うっすらと目を開けたテオはそう呟き、それからようやく私に目を向けてくれた。

「少尉…へスラー少尉…ですか?」

「うん、そうだよ…テオ!」

「お、俺…死んで…?」

「大丈夫、あなた私もちゃんと生きてるよ!」

私はそう言いながら、テオの手をギュッと握ってあげた。

するとテオはみるみる意識を覚醒させて、そしてようやく状況を理解できたのか、目からハラハラと涙をこぼし始めた。

「少尉…良かった!あれ、夢じゃなかったんですね…良かった…生きててくれて…良かった…!」

テオはそう言いながら私の手を両手で握り、まるで祈るように額に押し当てて嗚咽を漏らし始めた。

 テオったら、泣くことなんてないのに…なんて思っていた私だったけど、妙に視界が滲んで見える。あれ、暗いからかな…?

 ポンっとカレンの手が私の肩に乗った。カレンの方を見やったら、彼女はやっぱり穏やかな笑顔をしていて私に優しく言った。

「まったく…アヤに聞いてた通り、本当に泣き虫だね、あんたさ」

そんなカレンが、もう一方の手で私の頬を濡らす涙を拭ってくれた。



 





 それから二週間が経った。

 テオは入院から三日目に退院した。アヤがアルベルトに頼んでおいてくれた医療証を見せて治療費の支払いを終えてからは、

ペンションに滞在することになった。

 テオはペンションに来てから、どうしてこんなところまで辿り着いたのかを話してくれた。

 テオはあの日、ジャブロー降下作戦の直前に、隊長と約束したと言った。

オデッサで母さんと兄ちゃんの戦死報告を聞いてからの私が情緒不安定になっていることを知っていた隊長はテオに、

「自分に何かがあったときはへスラー少尉を頼む」

と伝えていたのだそうだ。

 その約束を守るために、テオは降下後も、戦闘ではなく私との合流を最優先にしてあのジャングルをザクで歩き回っていたらしい。

でも、当然連邦はそんなことお構い無しで攻撃を仕掛け、結局テオは連邦軍の砲撃を受けてその場に擱座。

抵抗出来ずに、連邦に捕虜として捕えられたのだという。

下士官でまだ若く、迷子になっていたような彼は拷問を受けるようなこともなくジャブローの捕虜収容施設に収監されて、そこで終戦を迎えた。

そして、終戦協定通りに行われる捕虜交換の準備のための移送の途中で彼は脱走したと言うのだ。

「よくこんなところまで来れたな…っていうか、なんでここにレナがいるって分かったんだ?」

そう聞いたアヤにテオは神妙な面持ちで答えた。

「助けてくれた連邦兵がいるんです。彼が少尉の情報を仕入れてくれて…

 福祉用員補充のための特別移民制度を利用して、連邦政府の監視の元でここで生活している、って」

そのことは公の事実だ。確かにある程度の階級の軍人なら調べることは簡単だろう。

元軍人の私のことを監視を担当しているのがこの中米移民局のアントニオ・アルベルトであることに疑問を持たれることはないにしても、だ。

「その連邦兵、横柄な東欧系の中年男か、もしくは馬鹿でかいやつじゃなかった?」

そんなことを聞いたカレンにテオは首を横に振った。

「いえ…俺よりも少し年上くらいの、ヨーロッパ系の男でした。

 最初は俺に手錠を掛けたんですが…会わなきゃならない人がいるんだ、と話したら、解放してくれて。

 その連邦兵、『俺も、故郷に恋人を残してきてるんだ』なんて言って少尉の居場所を探ってくれて、

 この島への船便に載せる輸送コンテナに俺を押し込んでくれました」

そう言ったテオは、自分でも戸惑っている様子だった。

私も、テオがジャブローで殺されずに捕虜になったことやそんなことをしてくれる連邦兵がいるだなんて、って驚いたけど、アヤとカレンは訳知り顔で

「どこの隊だろうな?移送任務ってことなら、陸戦隊か?」

「最近だと、移送は本部やつらじゃなくって宇宙軍からそれ専用の人員を降ろさせてたんだ。

 捕虜を宇宙へ返すのに、わざわざ地球から人をあげるのも手間だからってさ。もしかしたら、所属はそっだったかもしれないね」

なんて言っていた。
 


 確かにスペースノイドの可能性はあるな、と私は思った。だって、地球に住んでいたらこの島が赤道直下にあって暑いことくらいはわかるはず。

それなのに、よりにもよって船便のコンテナに忍び込ませたってことは、

道中でテオが死ぬように仕向けたかったか、地球の気候を知らなかったスペースノイドか、のどちらかだろう。

前者ならわざわざそんなことをする理由が見当たらないから、たぶん後者だ。テオの熱中症はそのせいだったんだろう。

 テオは退院してペンションで過ごしているうちにみるみる元気になって、

そしてさっき、この島の空港から、ケープカナベラルの打ち上げ基地へと向かう飛行機に乗って行った。

テオはサイド3の26バンチ、アキレスの出身。家族も無事なことが確認出来ていたので、私もテオを喜んで見送った。

「また会いに来ますね」

なんて屈託のない笑顔で笑ったテオは、戦争当時よりも穏やかで少しだけ凛として見えた。

それがテオ自身の成長のおかげなのか、それともカレンが言ってくれたように、私やアヤがして彼を支えられたからなのかは分からないけれど。

 とにかく、私達は今、テオを空港で見送りソフィアとエルサ達が留守番をしてくれているペンションへ戻る途中のオンボロの中にいた。

 晴れ晴れとした青空が広がっていて、いつものように日差しは厳しい。

でも、エアコンなんて付けなくったって、窓を全開にして走ればたとえこの狭い車中に三人乗っていたとしたって心も晴れ渡るように気持ちがいい。

「いやぁ、なんか素直でいいやつだったな。アタシ、デリクを思い出しちゃったよ」

ハンドルを握っていたアヤが、感慨深げにそんなことを言う。

「そう言えば、デリクも除隊した言ってたっけ。ボランティアやりたいいんだってさ。あの子らしいよね」

カレンが後部座席から身を乗り出しながら言う。

「あはは、ホントだな」

カレンの言葉にそう言って笑ったアヤは私にちらりと視線を向けて、その笑みを苦笑いに変えた。

「それにしても、レナの泣き虫は治らないよな」

それもそのはず、テオを見送る前から私は今現在までずっと泣きっぱなしだ。

「仕方ないでしょ!気持ちに関係なく出てくるんだから!」

そう言い返してみても、直後にズルルっと鼻水をすすったのではカッコが付かない。

「まぁいいんじゃないの?私みたいに人前で簡単に泣けないよりよっぽど良いよ」

カレンがそう慰めてくれたけど、どうやらアヤは違うことに注意が向いたらしい。

「何言ってんだ。あんだってメソメソやってただろ、アタシとマライアの前でさ」

でも、そう言われたカレンも負けてない。

「よく言うわね。そう言うあんたは、私の袖掴みながら寄りかかって甘えてたクセに」

「そ、それは言うなよ!ははは、反則だろ!」

「え、何?何なのその話?」

「やめろ、レナ!その話はやめてくれって!」

「んー?いいんじゃないの?アヤ。あんたとレナとの仲じゃない。あのね、レナ。連邦の鬼神伝説って知ってる…?」

「それって…確か、アヤが一個陸戦小隊を壊滅させた、っていう…?」

「そうそう、その後、アヤが私にね…」

「カレン!この…やめろってば!」

私はもう興味津々でカレンの話を聞きたいのに、アヤはハンドルから片手を離して、背後のカレンの口を塞ごうと必死だ。

それも、顔を真っ赤にして。
 


「あー、もう!アヤ!運転ちゃんとやってよ!危ない!」

「カレンが変な話しだすからだろ!そういうのはアタシがいないときにこっそりやってくれって!」

「それじゃぁ、アヤが恥ずかしがる顔が見れないじゃない。そんなのあんまり意味ないんだよね」

「カレン、あんたそれアタシをからかいたいだけじゃないか!」

「え、そうだけど、いけないかった?」

「この…なに当然みたいな言い方してんだ!この…!」

なんておふざけがヒートアップしそうになっている時、不意に車内にPDAの着信音が響いた。

これは…私のだ。

 私はポケットからPDAを取り出してみる。ペンションからの電話だ。ソフィア…何かあったのかな…?

そう思って通話ボタンを押してみる。

「もしもーし」

<あ、あ、レナさん?!ちょっと大変なことになってます…!もう空港出ましたか?>

スピーカーの向こうから、いつになく慌てた様子のソフィアの声が聞こえた。

「今帰り道だけど…どうかしたの?大丈夫?」

そんな話しをしている最中、今度は別のPDAの着信音が車内に鳴り響く。

今度はカレンのだ。

「エルサ?なんか今、ソフィアからも連絡来てるんだけど、そっちで何かあったの…?」

<み、皆が急に来て…えっと、それで…!>

「奇襲…?えぇ?!隊の連中が?」

電話の向こうのソフィアの声と、車内のカレンの声が重なった。

 その2つを聞いただけで、私にはペンションで何が起こっているかが概ね把握できていた。

今日は宇宙世紀0080年の12月29日。

もう2日で年越しが始まるってタイミングでペンションに奇襲を掛けてくるような部隊を私はよぉく知っていた。

 PDAを片手にカレンと目を合わせて笑っていると、今度はアヤのPDAが音を立てた。

私にはソフィアから、カレンにはエルサから、となると、アヤにはあの隊長さんから奇襲成功の勝利宣言の電話でも掛かって来ているに違いない。

 そう思っていたら、運転中のアヤが外部スピーカーに音源を切り替えてホルダーに引っ掛けたPDAからどこか懐かしい、凛とした声色が聞こえてきた。

<アヤ!久しぶり!>

こ、この声って…まさか!

「クリスか?久しぶりじゃんか!どうしたんだよ急に!」

アヤが大きな声を張り出してクリスにそう声を掛ける。

<ふふ、ごめんね。地球赴任のあとに退役してアナハイム社に転職したりとかで忙しくって。

 去年の年末ぶりだし、話に聞いてたペンションに来て驚かせちゃおうと思って、今ペンションの前なんだけど…

 なんだか人がいっぱいで…もしかして、今日ってかなり混み合ってた?>

去年の年末、北米のフロリダで船を買ったアヤ私が同じフロリダ半島にある街出会った連邦兵のクリスティーナ・マッケンジー。

彼女、ペンションに来てるの…!?
 


 私はそれを聞いて瞬時に頭を回転させた。人数!まずはそれを確認しないと!

「ソフィア!何人来てる?」

<えっと…オメガ隊の皆が6人と…レイピアの皆が7…あ、いや、8人!>

ペンションには全部で7部屋ある。そのうちの一つは一階にある小部屋で義足のソフィア専用部屋だ。

他にダブルの部屋が2つに残りはシングルが2つの部屋だ。でも各部屋にはソファー兼ベッドになるのがあるから、最大で三人眠れる。

だけど、今ペンションには私とアヤにソフィア、カレンとエルサにカルロスもいる。

そこにクリスが…部屋数が足りない…!

いや、ま、待って、もしクリスが一人なら私かアヤがホールのソファーで寝られるから、一緒の部屋で我慢してもらえるなら…

「クリス、一人で来てるの?」

私は自分のPDAのマイクを抑えつつ、アヤのPDAにそう聞いてみる。するとクリスは底抜けに明るく嬉しそうな声色で言った。

<実は、今回は二人で来たの!>

その言葉に、私はアヤと顔を見合わせた。も、もしかして…!

「クリス…もしかしてもう一人って…!」

<…うん、そうなの。奇跡って、あるものなのね!今回はぜひ二人に会ってほしくって連れてきたのよ>

もう一人…それはクリスが去年来た時に言っていたバーニィって人に違いない!

それなら、二人には一部屋用意してゆっくりして欲しいけど、あれ、でもそうすると部屋数が…

あぁ、ダメだ!いや、それ以前に単純に定員オーバーしてる!

「だから回転率、って言ったのに」

状況に気が付いたらしいカレンがそんなこと言って苦笑いを浮かべている。

「レナ、クリス達には二人の部屋を準備してやりたい。隊のやつらは無理やり押し込んじゃっていいからさ!」

クリスについては私も同感だけど、オメガ隊とレイピア隊のみんなをなんとか押し込んだところでベッドが足りない。

さすがに床で寝てもらうわけには行かないし…何かうまい方法は…
 


 そう考えた私がふと視線を宙に向けようとしたとき、カレンの苦笑いが私の視界に飛び込んできた。

その瞬間、パッと解決策が私の頭の中に浮かんだ。

 「ね、カレン!レイピアとカルロスって一緒でも平気かな?」

「えぇ?あぁ、たぶんね。カルロスはレイピア付きの整備兵だったし」

「それなら、レイピアとカルロスの9人で3部屋使ってもらおう!

 クリス達にダブルの一部屋、エルサには私とアヤの使ってるダブルの部屋で寝てもらって、オメガ隊の皆には申し訳ないけど、

 残りのツインの部屋にエルサのところとクリスのところからソファーベッドを運び込んで使って貰えばなんとかなる!

 クリス達の部屋には代わりにホールの二人掛けのソファーを移動させれば完璧!」

「おい、待てよレナ。それだと、カレンの寝る場所がないじゃんか。アタシとレナはホールのソファーでもいいけどさ」

私のプランにアヤがそう声をあげる。でも、それも考え済み。だって私達のペンションはね…

「ごめん、カレン!」

きっとカレンなら私の言葉の意味をちゃんと受け取ってくれるはずだ。

私は、カレンに向かって言った。

「私とアヤと一緒に、ホールのソファーで寝てくれない!?」

カレンは私の言葉を聞くなり、苦笑いをみるみるうちに満面の笑みに変えてくれた。

 そう。だって、私達のペンションはね、辛いのも悲しいことも、楽しいことも嬉しいことも、そしてちょっと大変なことも分け合って、

甘えて頼って行ける場所なんだ。私達のペンションはね、きっとそうして家族のように繋がっていける場所なんだ。

そしてもちろん、ペンションを実家だと思って欲しいと伝えて嬉しいと言ってくれたカレンはきっと、

アヤや私と他の人達よりもいっそう、辛いことも悲しいことも、楽しいことも嬉しいことも、ちょっと大変なことだって分け合っていける存在なんだ、

って、私そう思うんだよ!

 そんな私の思いはちゃんとカレンに届いたようだった。カレンは嬉しそうな表情のままに、私とアヤに言ってくれた。

「わかってるよ、レナ。最初から言ってるじゃない!私はペンションのお客じゃないんだからさ!」


 


to be continued to...next side.


次回エピソード予告



 0080年12月10日

 モニターに映し出されているのは、真っ暗な宇宙。

あたしは、必死になって操縦レバーを握り、小刻みにペダルを踏み込んで機体の位置を調整する。

ピピピと、ヘルメットの中のスピーカーが音を立てた。

―――来る…右から!

 レーダーの反応を見ていたあたしは、咄嗟に機体を翻した。

右のモニターにあたしの機体を追ってくるのが2機。

鋭い機動を描いて迫ってくる。

 キューキューとロックオン用のレーダー波が当てられている信号が響く中、あたしは左右のペダルを交互に小刻みで踏みしめる。

とたんに機体がバランスを失って、左右に大きく揺さぶられた。

でも、でも、まだだ!もっとスラスターを…あぁ、もう!AMBACシステムが邪魔する!そっちに体位変換したいんじゃないんだってば!

<おい!マライア!>

ヘルメットの中に隊長の声が聞こえてくる。

ちょ、ちょっと待って隊長!もう少しで敵を躱せるから…!

そう思った瞬間だった。

<おい、マライア…このバカ!>

キッド少尉の、そんな怒鳴り声が聞こえてあたしはハッとした。

 あたしが追従する敵から逃れようとしていた先には、3機小隊の最後の一機が、デブリに隠れて待ち構えていたのだった。

 そして、ヘルメットの中に、けたたましい警報音が響いた。



次回のエピソードですが、ちょっとこちらはお休みしてトロールさんの方をブーストしていきたいと思います。

来月の中頃には新米マライアたん宇宙へ!をお送りします。

よろしくお願いします。


あと、全然関係ないけど、いつも挿絵を描いてくれていたキャノピとマンガを作ってニコニコ静画にアップしてみました!

「ロスタルジア」

で検索かけてみてくださいまし!

重ねてよろしく!(ステマ)
 



本編では「アヤレナマ」だったのが最近は「アヤレナカ」だなw
逃げる本編、迎える外伝の対比も美しいね。
次回の久々マライアも楽しみにしてます。

おほ。初書き込みっす。
1ヶ月ほどかけて、まとめからようやく追い付きました♪

仕事終わりに読んでると、あったかいな。
みんな、すてきやな。

あちこちでお薦めしまくっちゃってます。
続き待っとるねー!!

>>72
レス感謝!
カレンさんの存在が日に日に大きくなりつつあります…
マライアは所詮イロモノキャラだからなー
とか言いつつ、マライアたん編はたぶんけっこう重いですw

>>73
レス&宣伝感謝!
まだ新規の方がいらっしゃるとは!
別スレの方を追い込みかけてからになるかもしれませんので、のんびりお待ちください!

あと、sage間違ってます!w

エアダクト待機

>>75
間違いなくマライアたんを好いていただけていますねw


おまっとさまでした、マライア篇始めさせていただきたいと思います。

しばらくはトロールの方を優先していくので亀ペースでお送りさせていただこうと思いますが、

どうぞお付き合いのほど、よろしくお願いします。


 


 0080年12月10日


 モニターに映し出されているのは、真っ暗な宇宙。あたしは、必死になって操縦レバーを握り、小刻みにペダルを踏み込んで機体の位置を調整する。

ピピピと、ヘルメットの中のスピーカーが音を立てた。

――――来る…右から!

レーダーの反応を見ていたあたしは、咄嗟に機体を翻した。

右のモニターにあたしの機体を追ってくるのが2機。鋭い機動を描いて迫ってくる。

 キューキューとロックオン用のレーダー波が当てられている信号が響く中、あたしは左右のペダルを交互に小刻みで踏みしめる。

とたんに機体がバランスを失って、左右に大きく揺さぶられた。

でも、でも、まだだ!もっとスラスターを…あぁ、もう!AMBACシステムが邪魔する!そっちに体位変換したいんじゃないんだってば!

<おい!マライア!>

ヘルメットの中に隊長の声が聞こえてくる。ちょ、ちょっと待って隊長!もう少しで敵を躱せるから…!

そう思った瞬間だった。

<おい、マライア…このバカ!>

キッド少尉の、そんな怒鳴り声が聞こえてあたしはハッとした。

 あたしが追従する敵から逃れようとしていた先には、3機小隊の最後の一機が、[ピザ]リに隠れて待ち構えていたのだった。

 そして、ヘルメットの中に、けたたましい警報音が響いた。

「Destroied」

そんな文字が、訓練モードになっていたモニターに点滅を始める。

―――あぁ、またやっちゃった…

あたしはそんな思いと共に、ヘルメットのバイザーを開けてため息を付いた。これでもう3回目だ。今度こそうまくいくと思ったんだけどなぁ…

 パネルを操作して撃墜マークの赤いランプを灯し、レバーを動かして機体を訓練宙域から離脱させる。

モニターの中では二対三に持ち込まれながらも、先輩のキッド少尉と隊長のハウス大尉が奮戦していた。

 宇宙へ来て、そろそろ半年。相変わらず、モビルスーツで空戦をやる、というのは慣れない。厳密に言えば空戦じゃなくって無重力下戦闘なんだけど…

とにかく三次元起動なら同じだ、と思っていたのは甘かったのかもしれない。

慣性の利用の仕方も全く違うし、空気抵抗を使った機体ロールも宇宙では使えない。

あたしは、そういうのを必死でスラスターを使って再現しようと試みてはいたけれどそうするとプロペラントを使い切ったり、

想像していたのとは違う回転が始まっちゃったり、さっきみたいにAMBACに邪魔されて勝手にバランスを修正されたり、もうてんでダメだ。
 


 訓練宙域を抜けて、輸送用のランチへとたどり着いたあたしの機体のモニターに、新たな赤いランプが灯った。

レーダーで確認するとどうやらあれは“仮想敵”側の機体みたいだ。

また、“お揃いで”かな…

 そんなことを思って、ランチのところから発光信号を送ったらガザっと無線が鳴った。

<アトウッド少尉。またですね…>

しょんぼりとした、低めの女性の声。

「うん、残念だけどね…」

あたしも落ち込んだ気持ちのままにそう返事をする。

<教本通りにやってるつもりなんですけどね…>

「教本通りが良いとは限らないけど…足でまといには違いないね」

<そんなにはっきり言わないでくださいよ…>

なんて泣き言を響かせながら、イルマ・フルラネット曹長の操縦するジムC型があたしのいるランチまでたどり着いた。

あたしはレバーを動かして、曹長の機体をランチに引き寄せてあげる。

<もう半年も経つのになぁ…ダメなのかな、私…>

「パイロットの育成には時間がかかるもんだよ。半年なんて、まだまだヒヨッコ」

<そうなんですかね…シミュレーターの感じだと、もう少しうまくやる自信あったんですけど…>

そんな言葉に混じって、グスっと鼻をすする音が聞こえる。あぁ、また泣いちゃったよ…

そりゃぁ、辛いけどさ…泣くのは艦に戻ってからにしないと、また顔が大変なことになっちゃうでしょ…

 あたしは、曹長にそんなことを伝えながら、ふぅ、とため息をついた。

 半年前、あたしはジャブローから隊長達に見送られて打ち上げシャトルに乗り、ルナツーの連邦宇宙軍の基地へと配属された。

そこであたしを待っていたのは、まるで隊長の性格をそのままそっくりコピーしたんじゃないか、っていうくらい、大雑把で胆力のあるミカエル・ハウス大尉だった。

なんでも、隊長が手を回してくれて、昔馴染みだ、っていうハウス大尉のところで引き取ってもらえるようになっていたらしい。

隊長からどんな風に話を聞いていたのか、ハウス大尉はあたしを見るなり、

「なんだ、存外、肝の座った顔してんじゃねえか」

と言って笑った。いや、うん、まぁ、ヘタレだって、そう言われていたんだろうけど…
 


 それにしても、地上ですらモビルスーツの操縦がおぼつかなかったあたしが、宇宙に出てモビルスーツ小隊に配属されるだなんて思ってもみなかった。

宇宙に出て何をしたいか、なんてことは考えていなかったけど、でも、そこはきっと地球では想像もつかないような過酷なところで、その中に身を置くことで、

あたし自身がもっとちゃんと一人前になれるんじゃないか、って思っていただけだったので、配属先を聞かされたときは、青ざめてしまった。

 そんなあたしと同時に同じ戦闘単位内に含まれる小隊に配属されたのが、イルマ曹長だ。

こんな情けない感じで泣いちゃってるけど、モビルスーツを降りれば身長はあたしなんかよりずっと高いし、

体つきなんかはアヤさんやカレンさんを彷彿とさせるくらいに鍛え抜かれている。

黙っていれば顔立ちも凛々しいし、あたしと並んでいたらどっちの階級が上なのか分かったものじゃない。

さらに曹長はあたしとは反対に、シミュレーターでの適正試験が最高ランクで、鳴り物入りの入隊だったんだけど…

 そんな、モビルスーツの操縦に自信のないヘタレ少尉とモビルスーツには自信のあった泣き虫曹長の新米二人組は、

訓練時はほとんどこうして最初に撃墜をマークされて“お揃いで”退場するのがお約束になってしまっていた。

 ハウス大尉は

「まぁ、慣れるまでは仕方ねえよ」

なんて言ってはくれているけれど、でも、さっきみたいにヘマをすれば怒られるし、先輩で同じ少尉のキッドからも度々ため息を吐かれてしまう。

本当なら、あたしだって泣きたい。

そんな考えが不意に頭をよぎって、あたしは自分の額をピシャリと叩いた。なんの為に宇宙に出たのかを忘れちゃいけない。

あたしは、いつまでも誰かに甘えてちゃダメなんだ。泣きたいだなんて言ってる暇はない。

みんなと、オメガ隊やレイピアのみんなと一緒に、同じ立場で、同じ笑顔で笑いたいから…

助けられるだけじゃなく、助けてあげられるような存在でありたいって、みんなと同じ“一人前”でありたいって、そう思ったから宇宙に出たはずだ。

たかが訓練でうまくいかないくらいで泣きたいだなんて、情けないったらない。

こんなんじゃ、アヤさんやカレンさんに胸を張って会えないし、隊長に鼻で笑われそうだ。



 





 訓練を終えて所属隊の旗艦であるサラミス級に帰投したあたし達は、そのままルナツー基地に帰港した。

ルナツーの基地に戻ってすぐ、あたしは隊長であるハウス大尉の執務室に呼ばれた。

これはまぁ割といつものことで、叱られるってわけじゃない。今日の機動データを見ながらあれこれと反省会をするのが主な目的だ。

 こういうところは、オメガの隊長とは少し違って几帳面なところなんだ。

 あたしは大尉の部屋の前まで行って、ドアをノックする。

「アトウッド少尉、入ります」

そう声を掛けてから横のパネルに触れると、プシュッとエアーの音とともにドアが開いた。

「おう、もう来たのか。早かったな」

大尉は宇宙用のコーヒーメーカーでコーヒーを作っている最中だった。

「ごめんなさい、出直したほうがいいですか?」

「あぁ、いや、構わん。コーヒー出るまでもう少しかかるから、今日のデータでも見ておけ」

大尉はそう言ってあたしにデータディスクを投げてきた。無重力の慣性のせいでふわりと浮かんだまま飛んでくるディスクを受け取り、

部屋の中に入らせてもらって、デスクの上のコンピュータに差し込んだ。

 中のデータを開いて操作をすると、壁際に掛けられていた透明のパネルに今日の機動データと映像が映し出される。

 あたしは勝手にソファーに座り込んでそれをまじまじと見つめた。

 敵の接近に気付いたあたしは、先ずペダルを踏み込んで加速をした。

相手はその間、ずっと加速を続けていたから、あたしがあとからいくらブースターを吹かしたところで相対速度では逃げ切れない。

でも、それは分かっていた。だからあたしは片方のペダルを離して機体を捩るためにレバーを引いた。

機体が肩のあたりを軸にして回転を始める。

これもあたしの思惑通り。

 問題は、そのあとだ。

AMBACが作動して機体が強制的にバランスを取ろうと回転とは反対方向に手足を振り、ついでに勝手にスラスターを吹いた。

結果、あたしの望んだ機体の動きとAMBACの干渉が慣性を相殺して緩慢な動きになってしまう。

ここであたしは危険を感じてブースターを踏み込んだんだけど…その先は、仮想敵役の第11小隊の隊長が操る機体の目の前。

そこであたしは抵抗するすべもなく撃墜判定、だ。
 


 「ほらよ」

不意にそう声がしたので振り返ると、大尉が蓋付きのマグを1つあたし差し出してくれていた。それを受取ってデータに視線を戻す。

「お前がやろうとしていることは、まぁ、分からんでもない」

後ろからそう言う隊長の声が聞こえてくる。

「真空の宇宙で、空力を使った機動と同じことがしてえんだろ?」

隊長の言葉にあたしは頷いた。

「モビルスーツの機動は、どうしたって直線的になりがちです。もちろん、攻撃を躱すだけならそれでもいいですし、相手が航宙艦船なら直線機動でも通用します。

 でも、対モビルスーツ戦になったら、それはあんまり良い方法じゃない気がするんです」

「理由は?」

「一つは、攻撃です。直線的に移動しながらの攻撃は、相対速度が出てしまう関係でコンピュータの計算でも読みきれません。

 予測射撃に頼らなきゃいけない部分が多すぎて、無駄弾を撒き散らすことになります。

 もう一つは回避の部分で、もし狙って当てようとするのならこっちが動きを止めなきゃいけないんですけど、

 それをすると今度は相手から狙い撃ちにされる危険が大きくなる」

「そういうやり取りの隙を突くのがモビルスーツ戦術だがな」

「そうなんですけど…なんて言うか、効率的じゃないんですよね。

 戦闘機だったら、もっとこう、自由に敵から逃げつつ攻撃を加えられるんですけど…

 モビルスーツでも、動きながらそれでも照準を維持したままにするにはこの方法が一番だと思うんです」

あたしはそんなことを言いながらコーヒーをすする。

 大尉の淹れてくれるコーヒーは、ジャブローでダリルさんが淹れてくれていたのよりもさらに美味しい。

以前にそのことを言ったら大尉は笑って

「昔、とあるバカ野郎にしこまれたんだよ」

なんて言っていた。

 それはともかく…あたしの機動だ。

旋回の軸と回転の軸のイメージ、そしてそれを可能にするためのスラスターの作動系の制御方法…どれを取っても問題は山積みで、すぐには解決しそうにはない。

「まぁ…そうだな…一つ先輩としてありがたい言葉をやろうか?」

頭を悩ませていたあたしに、隊長がコーヒーのマグにアチチなんて言いながら口をつけつつ言ってきた。

「AMBACってのは、姿勢制御のためだけじゃない。そもそもはスラスターのプロペラントなしに機体の姿勢変更をせるためのシステムだ。

 姿勢制御中の機体がどんな動きをするのか…それを理解しろ。宇宙で空戦やりたけりゃ、そいつを丸々理解するっきゃねえ。

 俺も昔は戦闘機に乗っていたし、お前の機動イメージは理解できる。俺自身も試したことはあるが、結局使えるレベルにまでは辿りつけずじまいだったがな。

 だが、俺ができなかったからと言って、お前に出来ないとは言えねえ。とにかく今は訓練の間にいろいろ試せ」

大尉の言葉には具体的なことなんて何一つなかった。でも、あたしはそう言ってもらえて少し安心した。

言葉にはなかったけど、それは結局、「見ててやるから」って意味だっていうのがちゃんと分かったからだ。
 


「はい、ありがとうございます」

あたしが礼を言ったら、大尉は満足そうに笑った。それからまたコーヒーすすると思い出したように

「お前、インメルマンターンは分かるな?」

とあたしに聞いてきた。あたしは大尉のそんな質問にただ黙って頷く。すると大尉はまるで何かを懐かしむように宙を見据えて口を開いた。

「モビルスーツでの戦闘が始まって、まだたかだか一年だ。

 インメルマンターンを考案したマックス・インメルマン中尉が戦った戦争は四年続いたって歴史書には書いてあったが…あぁ、五年だったか?

 いや、まぁ、それはいいが…とにかくその戦争で初めて戦闘機なんぞが投入された。

 誰も戦術なんて知りゃしねえ、ましてや戦闘機同士の打ち合いなんて、経験もしたことなかっただろう。そんな中であの機動は産まれた。

 で、こんな宇宙に人間が飛び出す時代でも基本中の基本としてヒヨッコ達がまず身につける戦闘機動になってる。

 そう考えりゃ、モビルスーツ戦が始まったばかりのこの時代の俺達はインメルマン中尉と同じだ。戦術なんて知りゃしねえ、経験もしたことがねえ。

 何が正解で、何が有効かは、一つ一つ確かめて行くっきゃねえんだ。その中で、効果的な動きを体得した連中は生き残れる確率がうんとあがるだろ。

 お前が考えた機動が俺を救うかも知れん。だから、初期訓練で聞かされたマニュアル通りの基本戦術なんて忘れちまって構わねえ。

 代わりに、モビルスーツの動きその物の理解に努めろ。

 たぶん、モビルスーツってのを一番理解したやつが、誰よりも良い機動を考え付くことが出来るはずだからな」

確かにそうかもしれない…あたし達はきっと、まだ本当の意味でモビルスーツって物を理解していないのかもしれない。

戦闘機とも、ましてや戦車なんかとも全く違うあの兵器にはどんな特徴があるのか…モビルスーツでは戦闘機と同じ動きが出来ない。

でも、モビルスーツにしか出来ない機動もある。その特徴をもっとも生かすことが出来た人が、きっとエースって呼ばれた人達なんだろう。

 あたしはそう思って、何か胸に込上がってくるフツフツとした熱感に気付いた。

この気持ち…こんなのは、初めてだ。気が早る。ソワソワする。

 あたし、試してみたい。もっとたくさんのことを。もっと知らなきゃいけない。モビルスーツのことも…

「ははは」

そんなことを思っていたら、大尉がそう笑い声をあげたのであたしは我に返った。見ると大尉はあたしの表情を見てニヤつき

「いい顔してるじゃねえか。さすが、あのバカ副長の肝いりだな」

なんて言ってまた大声で笑った。



 




 それからまた少し大尉とモビルスーツ戦術の話を繰り広げたあたしは、時間のこともあって大尉の部屋から引き取った。

あんまり長居をして大尉との間に変な噂でも流れたら大変だし、いや、イヤってワケじゃないけど大尉は奥さんいるって言うし、

それに、そう、えっと、うん。あたし、そんな浮ついたことを考えている場合じゃないし、いや、考えているわけじゃないんだけど、

その、あの、えっと…うん、まぁ、なんていうか、憧れみたいな感じ、かな。

 大尉はオメガの隊長によく似ているけど、でも、隊長よりもちょっと若いし、それに隊長よりももっと親身になってあたしを見てくれている。

隊長があたしを雑に扱ってた、って言うんじゃないけど、なんていうか、隊長はもっと大きな懐であたし達を守ってくれていた感じで、

やっぱり、お父さん、って雰囲気だったのに対して、大尉はどっちかっていえばお兄ちゃんに近い。

 ヘタレで泣き虫だったあたしのことを気遣ってくれたあたしの本当のお兄ちゃんともとしが近いし、なんとなく安心できた、って感覚もある。

 だから、あたしは大尉にはどんなに厳しいことを言われてもへっちゃらだった。

 重力のないルナツー基地の廊下を行って、女性用の宿舎へと戻る。宿舎の廊下をさらに飛んで、長い廊下のちょうど中程にある自分の部屋のドアを開けた。

 途端、あたしは、ビクン、と背筋を凍らせてしまった。

 それもそのはず、部屋には照明もついていなくって真っ暗。その中に、いろんな物が浮翌遊していて、中でも一番大きい物体が、膝を抱えている人の姿に見えたからだ。

 でも、あたしはすぐに気を取り直す。一応、階級も上だし、軍歴もあたしの方が長いし、ね。アヤさんがしてくれたようなことができるかは分からないけど…

でも、とにかくそうしてあげようって努力することでも、オメガ隊のみんなに近づくための一歩になるかもしれないんだ。

 あたしはそう思って床を蹴った。部屋の中に入ってすぐに、浮翌遊している日用品が飛び出て行かないようにドアを閉める。

一瞬、本当に真っ暗になった部屋の壁を手で探って照明をともした。

 そこには、宙に浮かんで膝を抱えすすり泣くイルマ曹長の姿がった。

「今日はまた、ずいぶんと派手にやったね…」

あたしは今度は壁を蹴って彼女に飛びつき、そっと体に腕を回してあげる。彼女はそれをすんなりと受け入れて、あたしにしがみつくようにして腕を回してきた。

 慣性でゆっくりと部屋のおくの壁に彼女の背中がぶつかる。負担にならないように、と彼女の体を抱きしめて上げていた腕を伸ばして、そのショックを吸収した。

そんなあたしの胸元に、この立ち姿の凛々しい後輩は、まるでお母さんに甘えるみたいに顔をうずめてすすり泣きを続ける。

 まったく、本当に泣き虫なんだから、なんて、口が裂けても言えやしない。

代わりに、あたしはイルマ曹長の髪をそっと撫でてあげた。
 


 彼女がこんな風になっちゃう原因はいつもだいたいおんなじ。彼女の所属する小隊長にこっぴどく叱られて来たときだ。

悔しいのと辛いのと、それから自分への苛立ちやなんかで頭がグシャグシャになっちゃうんだろう。

 でも、そんな彼女をあたしは少しだけ尊敬していた。

泣き虫で、操縦はへっぽこなんだけど、それでも彼女は「悔しい」と思える。

ただ泣いて怯えていただけのあたしとは、雲泥の差なんだと思う。

 ただ、だからと言って放っておいていいものでもない。同じ時期に、同じ戦闘単位へ配属になった上に同室だ。

こんな彼女を見ていると、何かしてあげたくなってしまうのは、きっとアヤさんの影響に違いない。

それは、あたしにとってはなんだか嬉しいことのように感じられた。

 そのまましばらく泣き続けた彼女が、どれくらい経ったかようやくスンスン、と鼻を鳴らして顔を上げた。

「ごめんなさい、少尉…」

そう言った彼女の頬を拭ってから

「ううん、平気。こういうときは、持ちつ持たれつ、だよ」

と言ってあげる。

「でも」

とそれに付け加えて

「部屋を散らかすのはなんとかならないかな…また片付けで寝る時間なくなっちゃうよ」

と苦情を出したら、イルマはようやく少しだけ笑顔を見せた。

 片付けなんて、特に大したことでもない。無重力空間では、私物の類は地球と違って棚の上に置いてあるわけじゃない。

ロックの掛かるロッカーに詰め込んでおく必要がある。

そうでないと、例えば書類を留めるクリップのようなものだって、一度無重力空間に放り出されれば凶器になりかねないからだ。

もちろん、そんな危険がないようにと、持ち込める私物にもいろいろと規制がかかっているし、

事実イルマの私物と言っても、金属製のマグやトレーニングウェア、プラスチックをコーティングした手鏡にモビルスーツの教本なんかのごくごく僅かな品だ。

 それをイルマは、きつく叱られる度にぶちまけるものだから、いよいよ本人が諦めたのか、最近では片付けるなんてこともしないでただ押し込むだけになっていた。

「女の子なんだから」

とあたしが言ったら

「女の子だって思われたくないんですよ」

なんて泣きながら強がってみせたイルマが少し可笑しくって笑ってしまったのがきっかけで、片付け、と言う言葉はあたしとイルマとのお決まりのおふざけ言葉になっていた。

 と、不意にコツン、と何かがあたしの頭に当たった。

「あいたっ」

と思わず声を漏らしてしまってから見ると、どうやら漂っていたイルマの金属のマグがぶつかったようだった。

「ごめんなさい、すぐに片します」

イルマは今度は本当に少し申し訳なさそうに言うと、私から体を離して部屋の中に浮き上がり、器用に壁を蹴りつつ、漂っている私物の回収を始めた。
 


 あたしはそんな様子を横目に、密閉ポットを吸水装置にセットして水を入れ、沸騰ボタンを押す。

こういう時は、暖かいコーヒーと、それから甘い物を食べて気分を変えるのが一番だ。

コーヒーの入れ方は、ダリルさんに習った。甘いものが良い、って言ってたのはアヤさん。あんまり甘いのが好きなようには見えなかったんだけど、

戦闘から帰ってくるとときどき禁断症状でも出たんじゃないか、っていうくらいに食べていたのを思い出す。

 思えば、本当にあたしは皆にずっとずっと守ってもらってきていたんだ。

ふと、そんなことが頭に浮かんだ。

 今にして初めて思うわけじゃない。でも、やっぱりこういうふとしたときには、オメガ隊のことを思い出す。

 隊長のダミ声とか、フレートさんのおふざけとそれに便乗するデリク、ヴァレリオさんの誘い文句やハロルド副隊長の穏やかな励まし方とか、

ダリルさんのコーヒーの味に、システム関係の授業も、カレンさんの優しい笑顔も、アヤさんのぬくもりも…

何かが、引っかかってはいたけど、ふと目頭が熱くなってしまうのをあたしは感じた。

 ダメ、ダメだよ、マライア!

あたしは咄嗟に自分にそう言い聞かせて、グッと奥歯を噛み締めた。気持ちを整えて、そっと深呼吸を繰り返す。泣いたらダメ…泣いたらダメだ。

寂しいとか、辛いとか、そんな泣き言を言ってちゃダメなんだよ、マライア。そんなだから、あなたはずっと甘ったれのヘタレなんじゃない!

もっとしっかりしなさいよ!そんなんじゃ、何のために宇宙に出てきたのかわかんないでしょ!

 いろんな思い出と一緒に湧き上がってきたいろんな思いを、あたしはそう自分を叱りつけ無理矢理に蓋を閉じて封じ込めた。

そう、そう、これでいい…早く一人前になって、胸を張ってみんなのところへ帰る…そのためには、泣き言なんて言っている暇はないんだ。

 しっかりしろよ、アトウッド少尉!いつまでもウジウジしてるんじゃない!

最後に止めの一言を、と思って、やおら自分に言い聞かせたその言葉が、不覚にもあたしの目から一粒の涙を零させた。

あぁ、もう、バカ、あたしのバカ!なんでよりによってその言葉なの!

 そう、それは、あの日アヤさんがあたしにくれた言葉。

あたしを宇宙に送り出す、お姉さんとしてのアヤさんの優しくて力強い、励ましの言葉だった。
 


 ピッ、と不意に音がして、あたしは我に返った。気がつけば、水を入れたポットの加熱完了サインが点っていた。

あたしは気持ちを落ち着けてポットを電源用のソケットから外して側面についているカバーをあけ、

そこにあるポケットにインスタントコーヒーの粉末をセットしてカバーを閉め、持ち手のボタンを押す。

こうすることで、ポケットにお湯が流れてコーヒーが出来る。

 宇宙では、コーヒーを飲むのですら地球とは違う。

そんなことを意識してしまえば、やっぱりどう我慢したって、一抹の寂しさは拭えなかった。

あたしは、溢れ出て浮かび上がった涙を手の平で握って制服で拭き取り、微かに濡れた頬と目を擦ってから、イルマを振り返った。

「ほら、コーヒー。飲むでしょ?」

それから、精一杯にお姉さんを気取ってそう言ってあげたら、イルマはなんだか嬉しそうに懐っこい笑顔を浮かべて

「はい、少尉」

と頷いて見せた。

 あたしも自分の宇宙用のマグを用意して慎重にコーヒーを注ぎ、週に一回の休みに購買エリアの売店で買い込んでくるお菓子の袋を開け、

二人で身を寄せ合い縮こまって味わい、少しだけ平和な時間を過ごす。

 これが、宇宙でのあたしの戦い。あたしの独り立ちへの第一歩の場所だ。ここから先、あたしがどうなって行くのかは分からない。

でも…どうなろうともあたしは負けてられない。死んじゃうわけにもいかない。

なにがあっても、それを笑って乗り越えられるような、困ってる誰かに必ず助けてあげるんだって胸を張って言えて、安心してもらえるような存在になりたいんだ。

 だからあたしは、どんなに苦しくっても辛くても寂しくても、泣かない。泣き言も言わない。

歯を食いしばって頑張らなきゃいけないんだ。

 そんなことを考えているタイミングで、あたしは思わぬことを思い出して思わず声を上げてしまっていた。

 「あっ」

「え!?何、何ですか、少尉!?」

突然だったものだから、イルマが少し慌てた様子で聞いてくる。

なんてことはない、さっきみんなのことを思い出したときに、微かに感じた引っかかりの理由がふっと湧いてきたからだった。

「ごめん、イルマ。何でもないよ、ちょっと…あれ、うっかり忘れてたことを思い出して」

あたしがそう説明をするとイルマは首を傾げたけど、トラブルじゃない、ってことは伝わったみたいですぐに納得してコーヒーとお菓子に戻ってくれた。

 あたしも、アツアツのコーヒーに口を付け、ダリルさんの淹れてくれたコーヒーとの味の違いに辟易しながら、心の中でぼんやりと謝罪をしていた。

 ごめん、ベルントさん。みんなのこと思い出せたのに、ベルントさんだけ忘れてた。

 おかしなことに、そんなことをしていたらまぶたの裏でベルントさんがあのぼーっとした表情で

「あぁ、うん」

なんてどっちつかずのベルントさんらしい返事をする姿が思い出されて、思わずクスっと笑ってしまっていた。

 もちろん、そんな様子を見られたイルマに、また不審がられてしまったのだけれど。



   


つづく。

 


あちゃー
まさかの初っぱなsagaミス…orz

乙ー どんまい
やっぱりMS動かす描写はいいなあワクワクする



下げミスなんてどうでもいいわ
それよりオチに使われたベ、べ……誰だっけw

まさかこんなところでベルントさんネタかますとはw

>>89
レス感謝!
これからもっと動いていきます!

>>90
レス感謝!!
ベルントさんの正しい使い方をマスターしますたw
 
トロールの方優先モードで投下が遅れてて申し訳ない。

六月頭には続き行ければ…と思っていますので、もう少々お待ちください!
 




 翌日も私たちは訓練へ出るために母艦に戻っていた。

ブリーフィングはこれから。母艦のサラミス級“セシール”は準備が整い次第、基地を出発する手はずになっている。

あたしはそんなセシールの格納庫で、ぼんやりと自分のジムを眺めていた。

 昨日、ハウス大尉とした話を思い出す。

投入されて間もないモビルスーツには戦術なんてあってないようなものだ。だからモビルスーツの特性を理解して、あたしなりの操縦を身につける…

言ってしまえばこれほど単純なことはない。もっと平たく言うのなら、習うより慣れろ、ということだ。

 大尉の言うことは一理ある。しかし、ことがそれほど簡単なことではないのは火を見るよりも明らかだ。

あたしはそんなことを考えて、はぁ、とため息を吐いた。

訓練が済んだらこの先あたしだって、宇宙のあちこちで起こっているジオンの残党刈りに駆り出されるだろう。

今では連邦のモビルスーツも性能は格段に上がっているし、数の面でも戦争時より圧倒的だ。

 ジオンにあるのは整備の行き届かない機体と武器だけ。ただ、パイロット達はソロモンやア・バオア・クーでの激戦を生き延びた歴戦に違いない。

機体の性能差なんて、パイロットの腕一つでいくらでもカバーできる。戦闘機でさえそうなんだ。

それこそ、敵のパイロットが“自分なりの操縦”ってやつを身につけてでもいたら、あたしなんてヘッポコに打つ手はないかもしれない。

ジャブローで戦闘は何度となく経験してきたけど、戦場が宇宙で、乗っているのがモビルスーツだと、こうも勝手が違うなんてね…

 そんなことを考えて、あたしはまたピシャリと頬を打った。

弱気になるのは、悪いクセだ。もしものときは、あたしだって集中するし、訓練のとき以上に危険には気を配る。

勝てないと思えば、とにかく逃げ回っているだけでもいい。それだって味方が隙を付くための囮の役割になる。

とにかく、生き残る方法は常に頭において置かないと行けない。
 


 「よう、気合入ってるじゃないか」

不意にそう声がかかったので振り返ると、イルマの隊を率いているジャン・ランドルマン少佐がいた。

見る限りではフレートさんと同じくらいの年齢にしか見えないのに少佐に任命されている、ってことは、きっとかなりのエリートなんだろう。

そのくせ、ダリルさんを見まごうばかりの巨躯に、着ているシャツがはちきれそうなくらいに隆起した筋肉を身にまとっていたりする。

そんな少佐は、あたしの顔色を伺うように覗き込んできている。

「昨日もうちのヒヨッコの面倒を見てくれたらしいね」

体の作りに似合わずに、なんて言ったら怒られてしまいそうだけど、少佐はいつもの通り、そんな柔らかな口調であたしに聞いてきた。

「面倒なんて、全然。ダメ新人同士の、慰め合いみたいなものです」

あたしがそう言ったら、少佐はあはは、と声をあげて笑った。でもそれからあたしの隣に立って、あたしと同じようにモビルスーツを見上げながら

「女の部下、ってのは初めてでね。扱いに頭を悩ませてるんだ。少尉のようなのと同じ部屋で、助かってるよ」

と言ってくれた。

 そう言ってもらえて嬉しさもあったけど、反面複雑でもあった。

 あたしがしているのは、アヤさんの真似事でしかない。

ソフィアがキャンプから出ていくのを止められなかったあたしにダリルさんが言ってくれた“あたしにしかできないこと”なんかではなかったからだ。

 だけど、感謝をされたのだから、お礼は言わなきゃ…

「ありがとうございます。あたしも、辛い時はイルマに助けてもらってるから、お互い様さんですけどね」

すると少佐はまた声を上げて笑い。

「まぁ、戦いなんてのは一人でするものじゃないからね。自分が危険なときや、どうしようもないときは仲間を頼る…それが基本だ。

 あいつも一人で放って置かれない分、まだここでの訓練でも保ってるんだろう。少尉のおかげだ」

改めてそんなお礼を言われたものだから、あたしはさすがに照れてしまって、愛想笑いを返すことしができなかった。

 普段はこんなに優しい口調の少佐なんだけど、それでも、イルマがヘマをすれば烈火のごとく叱りつけるのだから少し想像がつかない。

だけど、イルマの荒れ様を見れば、この少佐がどれだけ様変わりして怒るのか、ってのは理解できる。

そう思うと、こんな会話でも下手なこと言えないな、なんて緊張してしまったりするんだけど…

 「あぁ、隊長!こんなところに!」

ふと、今度は頭上からそんな声が聞こえたので、あたしは少佐と一緒になって格納庫の天井の方に目を見上げた。

 そこには、ノーマルスーツに身を包んだパイロットらしい男の人が漂っていた。短く切り揃えられた黒髪に、ソフトなトーンの肌色。

少し小柄な体型の、アヤさんと同じアジア系のパイロットでイルマの隊の二番機、デイビッド・ヒシキ中尉だ。

「あぁ、すまない。どうした?」

「今日の訓練ですけど、メニューの変更が」

ヒシキ中尉はそう言いながらランドムーバーもなしに空中で腕を振り足を蹴り上げるて慣性を付け、くるりと体勢を整えた中尉があたし達のいた格納庫の足場まで飛んできた。

「訓練の変更?」

「はい。何でも司令部からで、第三中隊の第一、第二小隊と合同の戦隊戦闘訓練に変更しろ、って」

ヒシキ中尉はそう言って、少佐に手に持っていた薄型のディスプレイを見せる。

それに目を落とした少佐を確認すると、中尉はあたしを見やって、ニコっと笑顔を見せてくれた。

 正直に言って、とてつもない甘い笑顔だ。こんなハンサムな兵士は、これまで見たことがないと思うくらい。

ヴァレリオさんもけっこう良い顔していたけど、性格があれだったから眼中にはなかったにしても、

中尉は性格もいいし、かっこいいし、基地の中でもけっこうなファンがいる、と聞いたことがある。

 そんな中尉にどっぷり恋をしてしまっているのが、イルマだ。いいところを見せようとして空回ってしまったりして、余計に凹んでしまうけど、

それでも辞めずにここで訓練をしているのは、あたしのおかげなんかじゃなく、中尉への気持ちがそうさせているんじゃないか、ってあたしは睨んでいる。
  


 「なんだよ、ったく…こりゃぁ、いじめだな」

不意に、少佐がそんなことを言いながら頭をかいた。

「アトウッド少尉。ハウスのやつにも、これ知らせてやってくれ」

あたしが首を傾げていたら、少佐はそう言って、ディスプレイから小さなメモリースティックを抜き取るとあたしに投げて寄越した。

でも、その前の、そのいじめ、っていうのが気になったので、

「少佐。いじめ、ってなんのことです?」

と聞いてみた。すると少佐は渋い顔をして

「第三中隊と言ったら、この基地じゃソロモンやア・バオア・クーでも生き残った歴戦部隊の一つだ。こりゃぁ、的になれってお達しだね」

と言ってから苦笑いを浮かべた。

 歴戦部隊、か…正直、これっぽっちも勝てる気がしないけど…まぁ、それでも訓練だし、すごいパイロットの機動を見ることができる、っていうのは嬉しいかな。

機動を見られれば、もしかしたら宇宙でもそれを真似出来るかもしれないし…

 あたしはそんなことを思いながら、それでも少佐に頼まれたメモリースティックをハウス大尉に渡さなきゃ、と思い直して少佐と中尉に敬礼をして、格納庫の足場を蹴った。

目指す先は、自分の機体のコクピットで整備班とシステム関係のチェックをしている大尉のところだ。

 格納庫をふわりと漂いながら、あたしはふと、さっきヒシキ中尉がやっていた、生身での慣性制御の動作を思い出した。

そういえば、あれってモビルスーツのAMBACと同じ理屈だよね。エアーがあるから必ずしも宇宙空間と同等ってわけじゃないけど、

中尉はスラスターもランドムーバーもなしに自分の体だけで無重力のこの空間で体制を入れ替えていた。

さっき中尉がやっていたように体がグルグルと回転しないようにしながらクルッと体の向きを変えるには、反作用を使って止めなきゃいけないから、

えと、大尉の機体に足から着地がしたければ、足を振って体を回転させてから、いい頃合を見計らって腕を振り上げれば反作用で…

 そんなことを考えていたら突然ガツン、と頭に強烈な衝撃が走った。

「あっ、いったぁぁぁぁ!!!!」

気がつけばあたしは大尉のモビルスーツまで到達していて、手を付くこともなくその装甲に頭から突っ込んでいたのだった。

「お、おう、マライア。なんだ、お前、ついにおかしくなったか?」

そんなあたしの衝突音を聞きつけたのか、コクピットの中から大尉と中年の整備兵が顔を出した。

「いたたた…」

あたしはそんな大尉の憎まれ口に答えられずに頭を撫でて、それから

「少佐が、訓練プランの変更があったからって、これを」

と伝えて、渡されたメモリースティックを大尉の方へと押し出す。大尉はそれを受け取るなり怪訝な顔をしながらも、コクピットの中に戻って行った。

きっと、中のメインコンピュータで確認するつもりなんだろう。

 あたしもハッチの装甲をよじ登ってコクピットの中を覗いた。すると大尉は、さっきの少佐と同じようにモニターを見ながら渋い表情で口元を撫で回している。

「少佐が、いじめみたいなもんだ、って言ってましたよ」

あたしが言うと、大尉は珍しく茶化さずに

「そうだな。そんなようなもんだ」

と真剣な口調で言った。
 


 あたしから見て、大尉の操縦は相当なものだって感じられるけど、そんな大尉がこの表情、ってことは、

そのパイロット達はそれ以上の動きをするんだ、っていうのが感じられて、やっぱり少しだけ不安になってきた。

良い動きを見られるのは助かるんだけど、開始早々に撃墜で脱落して、外から長い時間ただ眺めているだけというのは精神的に辛い。

イルマと一緒に、あたしも泣いてしまいそうな気持ちになるだろう…あぁ、ううん、いや、訂正。泣かないけどね、あたしは。

 そんなあたしに、大尉はため息まじりに

「お前もそろそろ準備しろ。こりゃぁ、相当くたびれる訓練になるぞ」

と言ってきた。

あたしも、生き残ろうと思えばそうなるだろうって覚悟を決めて頷き、大尉に挨拶をしてコクピットを離れた。

 自分の機体に取り付いて、コクピットの中に身を投げた。

シートに着き、ノーマルスーツのヘルメットをかぶって、スタンバイボタンを押してメインコンピュータを起動させ、

ニュートラルに設定したままのレバーを握って集中力を高める。今日の目標は、“とにかく回避すること”を心がけよう。

きっと今のあたしでは撃墜なんて無理。それなら、やっぱり逃げ回って大尉達が相手の隙を突きやすくするように動くべきだろう。

そんな芸当がどこまで通じるのかは分からないけど…ね。

「少尉ー!少尉、居ますかぁー?」

不意にそんな声が聞こえてきたのであたしははたと、開きっぱなしになっていたコクピットの外を見やった。

するとそこに、ヒョイっとイルマが顔を出した。

「あぁ、良かった。今うちの隊長に聞いたんですけど、何でも相手が変わるって話らしいですよ」

「あぁ、うん。聞いてる。第三中隊の第一と第二小隊だってね」

あたしが答えたら、イルマはホッと安心したような表情を見せた。

「うちの隊長が、相手もうちと同じようなもんだから、気楽にやれって言ってくれたんですよ。もしかしたら、今日こそ撃墜1、取れちゃうかもしれないですね!」

そう言ったイルマは屈託なく笑う。

 さっきの少佐の話ともうちの大尉の話とも違う。相手は歴戦のエース部隊で、あたし達はたぶんリハビリ相手か何かの当て馬なんだろうけど…

まぁ、でもイルマにはそう伝えたんだな少佐。きっと、肩の力を拔かせようとしたんだろう。

それなら、あたしが本当のことを言ってそれをダメにしちゃうのは、少佐のプランを壊してしまうことになる。

 ここは、話を合わせておいた方がいい、か。

「そうらしいね。無理をしないで、お互いに撃墜マーク出来たら今夜はパーッとやろうよ」

そう言ってあげたら、イルマは嬉しそうな笑顔を見せて

「はい、頑張りましょう!」

なんて言ってからまたヒョイっと顔を引っ込めた。
 


 二部隊合同、か。大尉、編隊をどうするつもりなんだろう?

あたしに大尉がついて、イルマには少佐で、キッド少尉とヒシキ中尉が組めば、戦力はとりあえずは平均にはなるだろうけど、あたしやイルマは足枷になる可能性が高い。

大尉も少佐も、あたしやイルマを庇って戦闘どころじゃなくなれば、まともに戦えるのはキッド少尉とヒシキ中尉の班だけになる。

二人共機動は上手いんだけど、でも、歴戦のパイロットに通じるかは未知数だよね…

 そんな事を考えていたら、さらに気が重くなってきてしまった。

あたしは周囲の安全を確かめてからコクピットのシールドを閉鎖して、操作パネルのみの明かりの中で、また両頬を張った。

しっかり、マライア。

とにかく…さっき考えたとおり、逃げて避けて、囮になって隊長を援護するしかないんだ。

それを忘れちゃダメだよ…

 そう自分に言い聞かせていたら、コクピットの中に無線が響いた。セシールの出港準備が整った知らせだ。

 それに混じって大尉の声が聞こえる。

<第二小隊各機へ。ノーマルスーツを着用、機密を確認せよ>

あたしはそれを聞いてノーマルスーツのヘルメットを被り首元の圧着装置のスイッチを入れた。

きゅっと首元がしまって、気密が完了したことを知らせる緑のランプが左腕の制御装置に灯る。酸素供給装置も問題なし。

ノーマルスーツは大丈夫だ。

<ノーマルスーツに異状なければ、そのままモビルスーツの各システムをチェックしておけ>

あたしがノーマルスーツの報告をしようとする前に、大尉がまたそう無線をいれて来た。

 今日もいつも通りキビキビしている。頼るまい、とは思うんだけど、やっぱりどうしてか、大尉には甘えてしまうところがあった。

訓練中や戦闘ではない場所で、ではあったけど。

 あたしはそのままモビルスーツの計器を確認していく。各センサー異状なし。訓練システム機動も…問題、なし。緊急時火器管制システムも正常。

機体システムは万全、整備兵に感謝、だ。

「こちらマライア機。異状なしです」

<こちらキッド。こちらも問題ありません>

あたし達の報告を聞いた大尉は満足そうな声で

<よぉし、ならそのまま待機だ。これから少佐と戦術の打ち合わせに入る。具体的に決定したら、いつもの通りブリーフィングで説明する>

と聞こえて、ぶつり、と無線が切れた。
 


 あとは出港が済んでしばらくするまではこの狭いコクピットで待機するのみ。

訓練宙域に出たら、艦から距離を置いた安全圏まで移送用のシャトルにぶら下がって移動するから、動かすとなれば、そこから、だ。

 そういえば、さっき頭をぶつけて考えるのを途中でやめちゃったけど…中尉がやっていたあの動き、昨日の大尉との話のヒントになりそうだった。

中尉は確かにあの時足を蹴り上げて体の向きを変えた。

そして頃良い位置に向いたとき、今度は方腕を振り上げてその回転を止めた。

ほんの僅かな時間差での出来事だったけど、あれが生身でやるAMBACなんだ。

 もしあの動きをモビルスーツに組み込むとすれば…いや、システム的には入っているんだけど、それをもっと効率的に、うまく使うようなイメージが必要だ。

 今まではスラスター頼みで体位変換や軌道変更をしていて、AMBACはほとんど使っていないか返って動きの妨げになることもあった。

きっとその瞬間は無防備だったに違いない。

AMBACのシステム的な特徴をつかむことができたら、もう少しスムーズに機動出来るようにも思える。

宇宙空間という中で飛び回っている敵機から浴びせられるのはいつだって予測射撃かこっちが静止した瞬間だ。

敵の照準に捕まらないためには、予測出来ない機動をする必要があるし、静止するような隙を作ってはいけない。

そして、それを可能にするために今までの機動では邪魔になっていたAMBACシステムを有効に使う…

 だから、さっきのあの中尉の動きのイメージだ。

真っ直ぐに飛んでいて、相手から予測射撃を受けた時に、止まらずに回避してすかさず反撃に出る…

そためには足を振り上げ回転を起こして機体の向きを変え、ブースターを吹かせばいい。

ただし足を振り上げた瞬間の反作用を打ち消そうとするのがAMBACの特徴だ。

反作用を打ち消されてしまえば、たた足を蹴り上げるだけになってしまう。

すると、限定的にABMACのシステムをオフに出来るシステムあればなんとなるかな…?

でもそれは今は出来ないな…それなら、AMBACに影響されない体位変換を考えないといけない、か…

 あれ…?でも、待って…思考を回転させている中で、あたしははたと気づいた。

AMBACっていうの、体位変換をするにあたって不随意な回転運動を防ぐためのシステム。

後方に回転したくって足を振り上げれば、その分体の何処かがそれを静止させるための運動を命令として行い、

自動的に機体の何処かを動かして反作用を発生させて回転を止めるシステムだ。
 
 今まだあたしはずっと、“最初の行動”をどうするかを考えて姿勢を制御しようとしていたけど…

もしかして、反作用を起こす側の動きを制御してやればいいんじゃないの…?

た、例えばもし頭から真っ直ぐに飛んでいる最中に足を蹴り上げて機体を後方に回転運動させるイメージだった。

でもそれだと恐らくしてAMBACが反応して腕を振り下げるかもう片一方の足を後ろに引くことで姿勢が制御されてしまう。

 でも…もし、反作用を起こして“回転を防ぐ側の挙動”を逆算して、そっちの動きをコントロールするための動きをあたしがしたとすれば…

そう、だから、例えば、頭から真っ直ぐに飛んでいて、急にそれを真上に曲がるような機動にしたいとしたら、両足を前に振り切る。

そうすれば、上半身がそれを相殺する反作用を作り出すために機体の上半身は立ち上がるんじゃないのかな…?

そうなれば、その状態でブースターを吹かせば一気にそこから離脱出来る…

そうか、AMBACのシステムを利用するって言うのは、機体を安定させるためだけじゃなく、どう動かしたら結果的に取りたい姿勢に移行することが出来るか、なのかもしれない。
 


 AMBACで姿勢を変えて、スラスターで機動の調整して、慣性力とのバランスを考えながら機動させる。

戦闘機に例えるなら、慣性が空力と重力、スラスターは制動板、AMBACはラダーに置き換えればいい、のかな?

あれ…そうイメージすると、今まであたしがやってきたのは、ラダーなしで機体を滑らせようとしてただけなんじゃ…

そんなの、無謀も無謀だ。制動板を使えば機体がひっくり返るか旋回はじめちゃうかのどっちかしかない。

宇宙空間でそれをやろうと思ったら、それこそ無駄な回転を始めてしまうし、それを打ち消すためにAMBACが作動してしまう。

結果的に、機動が緩慢になって、狙われやすくなる…

…もし、もし今の考えがあっているならあたし、もうちょっとまともに飛べるかも…?

本当にその歴戦の部隊からげ、げ、撃墜マークを取れちゃったりする…かも…?

あたしは、気分の行き着いた思考にただならない興奮を覚えて操縦桿を握る手に力を込めた。

 地球でそうだったように、この広い宇宙を機械のシステムなんかに翻弄もされずに、自由に飛び回れることが出来るのかもしれない、という想いに胸が高まるのが感じられる。

 不意に無せんが鳴った。

<こちら、サラミス級セシール艦橋のワシントンだ>

艦長の声だ。

<各部署からの最終チェックが届いた。出港に問題なし。当艦は定刻通り、0900時に出港する。各員、連携を怠るなよ>

それを聞いたあたしはノーマルスーツの制御装置に付いている小さなパネルを見た。そこにはさらに小さな文字で時間が表示されている。

 0853時。あと十分もしないうちに、艦はいつもの訓練宙域へと出港する。

 そう思って、あたしはさっきのAMBAC機動のイメージを頭に思い浮かべた。

ラダーはレバーの前後、スラスターはレバーを左右に、ブースターはフットペダル、だ。

戦闘機とは勝手が違う。それを間違えないようにしないと…

レバーを握り、フットペダルに足を軽く添えながら、胸の中でぎゅっと覚悟を固める。

「今日こそは、やってやるんだ…!」


 




 艦が基地から出港して30分。あたし達はモビルスーツを降り、ドックの中にあるこぢんまりとしたブリーフィングルームにいた。

 大尉がコーヒーを淹れてくれたので、ありがたくそれを啜りつつ、まだ来ない少佐達を待っている。

 出港の際はパイロットは万が一に備えてモビルスーツの中にいるのがうちの艦の決まりだ。

宇宙を航行しているとき以上に入港、出港は操舵が難しいらしい。

当然、事故も起きやすいから、そうなったときすぐに対応に行けるようにしておく備えだ。

 逆に、出港が完了してしまえば、あとはスクランブル待機を二交代制で続けていればいい。

訓練航行で宇宙にいる時間は短いし、こんな連邦軍の奥深くに入り込んで来て反連邦政府活動をするようなジオン残党はいない。

最近はもっぱら、月の辺りでの交戦情報が多い、って話だ。

 「あぁ、大尉。遅れてすまない」

そんなことを言って少佐がブリーフィングルームに入って来た。

「あぁ、いえ。なんかあったんです?」

「なに、ちょっとヒシキの機体のシステムにバグが出てね。そいつをチェックしてたんだ」

少佐の言葉に、大尉はあぁ、と声を漏らして

「ま、何事もなきゃぁ、御の字でしょう」

と呟きながら、少佐の分のコーヒーも淹れ始めた。

 「少尉ー!」

少佐に続いて、そんな声をあげるイルマとヒシキ中尉がブリーフィングルームに入って来た。イルマは床を蹴ってあたしに突進するような勢いで飛び付いてくる。

いや、イルマ…!あなたの方が質量大きいんだからそんなことされたら…

なんて思っているうちに、あたしはイルマのタックルを浴びて、一緒になって部屋の壁にドスン、と衝突してしまった。

イルマが手を付いて庇ってくれたから痛みも衝撃もなかったけど…

「もう、やめてよ」

なんて文句を言ってやったら、イルマは少しだけ恥ずかしそうに笑った。

 まったく、中尉の前だとどうしたってテンションがあがっちゃうらしいね。昨日のあなたが部屋でどんなだったかって思い出してよ。

いや、思い出さなくってもいいか、な?むしろ今のままでいてもらった方があたしとしては楽なような気がしないでもない。

訓練が終わるたびに、夜な夜なイルマを慰めているんじゃ大変だ。
 


 「よし、じゃぁ、編成を発表しよう」

少佐がブリーフィングルームの前に立って、あたし達を見渡して口を開いた。

「ハウス大尉の僚機はアトウッド少尉、ヒシキ中尉にはキッド少尉が着いてもらう。イルマ、お前の面倒は俺が見る」

まぁ、当然の編成だろう。あたしかイルマのどちらかだけなら、攻撃か防御か、どっちかに偏った編成も出来るんだろうけど、

足手まといが二人もいたんじゃ、戦力を均等分けにしておくより他に手立てはないもんね。

モビルスーツの中でふと考えた編成と同じで、あたしは内心そんなことを思っていた。

 少佐と一緒だというイルマをあたしはチラッと見やった。

イルマはあからさまに気落ちした表情で少佐を見つめている。

中尉と離れなきゃいけないのが残念なのか、それともしょっちゅう叱られている少佐と一緒なのがイヤなのか…いや、その両方、かな。

「相手となる第三中隊の編成だが、これまでの情報通りなら中隊長機を中心とした4機分隊と残る2機が単独機動で対応する変則型だ。

 4機の分隊で突撃もしくは集中射撃を行い敵を散開させ、孤立した一機を単独機動の二機が狙うかあるいは挟撃にかかってくる戦法をとってくるだろう。

 4機分隊のジム改良型に注意するのはもちろんだが、単独の2機はスナイパーカスタム2型だ。

 機体性能もロングレンジライフルもこっちのジム改とは別物だから、警戒を怠るな」

そんなイルマをよそに、少佐はそう説明を続ける。

 実際聞けば、第三中隊のその戦法は悪くない。実力の安定したパイロットで四機編成にすれば、万が一にも臨機応変に対応が出来る。

そこに指揮官が入っているのならなおさらで、上手くやれば、あたしみたいな足手まといがいたって楽にカバー出来ちゃうだろう。

そして、単独機動を行う二機がエース級の腕前なら完璧だ。ジムスナイパーカスタムⅡのロングレンジライフルなら精度も抜群だし反撃を食う前に発射出来るから、

相手を型に嵌めてしまえば撃ち漏らしも少ないと思う。

 足手まとい二人に、揃って廉価機のジム改良型なんかに乗っているあたし達にはとてもじゃないけど出来ない戦法だ。

 もしこの戦法を崩すとなれば、単独機動の二機を数で押すのが一番だろうけど、果たして4機分隊の方が黙ってそれをやらせるとも思えない。

そっちばかりに集中していたら、たちまち後ろから撃たれる可能性の方が高そうだ。

「うーん、なんだか戦い慣れてる部隊なんですかね?」

イルマが怪訝な声色でそんなことを呟く。あたしは、さっきのイルマとの話を思い出した。

あんまりプレッシャーを掛けて固くさせてしまうのは、やはり得策ではないだろう。

「どうだろうね?まぁ、戦術なんてのをいくら練っても練度がなければバラバラになるだけだからね。

 うちの隊みたいに普通の編成が一番簡単で一番デメリットが小さいんじゃないかな」

そうイルマに言ってあげてからチラッと少佐を見やると、彼もあたしを見て苦笑いを浮かべていた。
 


 そこから改めてケースバイケースの対応方法について説明があり、互いにそれを確認し終えた頃、艦内に放送が流れた。

<まもなく、訓練用ランチ発射ポイントです。モビルスーツ隊、準備願います>

 それを聞いた大尉がふぅ、と大きくため息を吐いた。

「さて、それじゃぁ行くとしよう。訓練だからって抜かるなよ」

大尉の言葉を聞くまでもない。訓練だから、なんて意気込みで訓練をやってたっていつまで経ってもヘタレの半人前だ。

自分がやられないようにしながら、味方を守って、出来れば敵を撃退する。常に目標はそこに置いておかなきゃいけない。

「はい」

あたしはそう大尉に返事をした。すると大尉はにやにやと口元を歪めて、いつもと同じようにあたしに言った。

「いい顔してるじゃねえかよ、お譲ちゃん」

 いい顔してる、はいつも通りだけど…そう言えば、お譲ちゃん、なんてこれまで呼ばれたことあったっけ?

 あたしがそんなことを思っているあいだに、他のみんながいそいそとブリーフィングルームを出ていくのであたしも我に返って慌ただしくドックへと戻った。

 モビルスーツに乗り込んでノーマルスーツのヘルメットを被り直す。気密をチェックして、ハッチを閉めて、機動システムを起ち上げる。

訓練用のシステムも良好、各部のセンサーも異状なし。さっきチェックした通り、問題はない。

「こちら三番機。異状なしです」

あたしがそう報告するとすかさず大尉が

<了解。発進指示を待て>

と返事をしてくれた。程なくして今度は、艦橋の通信兵のミーガンから無線が入る。

<訓練用ランチ、射出します。モビルスーツ隊はカタパルトデッキに上がって下さい>

<こちら第二小隊、了解した。第二小隊各機、二番デッキへ向かうぞ>

大尉がそう指示をくれたので、あたしはレバーをそっと動かした。歩行システムがルナチタニウムの機体をゆっくりと動かしながら、ドックの外へと移動させてくれる。

二番デッキは艦のお腹側。ドックからは“エレベータ”に乗っての移動になる。

 大尉の機体が足をエレベータのランチにはめこんだ。周囲に赤いランプが灯り、警報とともに機体がドックの外へと運ばれていく。

次いでキッド少尉の機体と、そして、さらにその後で、あたしだ。

 機体の足をランチにはめ込むと、同じようにして警報と赤いランプが灯り、微かなGを発生させながら機体を艦の腹部へと運んでくれる。

 やがて視界が開けた。真っ黒な宇宙に無数の星が輝いている。

はるか前方に、先行して射出された訓練用ランチが浮かんでいるのが見えた。作業は単純。カタパルトで打ち出されたら減速してあのランチに取り付く。

一隻に3機までなら問題なく運んでくれる代物だ。

 <第二カタパルト、ハウス機、出るぞ>

不意にそう声が聞こえた。あたしが宇宙の景色に見とれているあいだに大尉は射出デッキの打ち出し装置にモビルスーツスーツをセットしていた。
 


<こちらカタパルトクルー。ハウス機へ、ブースター出力50パーセント維持…リンク確認、射出!>

カタパルトのモニタールームの合図が聞こえてきて、大尉の機体が勢い良くカタパルトを滑り出して宇宙空間に投げ出された。

 あたしは訓練生の途中からジャブロー勤務で、地球では戦闘機ででも空母からの発艦経験はない。

なので、最初の射出訓練のときはそりゃぁもう大変だったけど、それも今となっては恥ずかしい思い出だ。

あの射出用のカタパルトの加速って言ったらもう…

<キッド機、ブースター出力良し。射出!>

次いでキッド少尉が打ち出された。それと同時にあたしの機体の足元に新しい打ち出し装置がスライドしてきた。

 レバーを操作して足をはめ込み、固定を完了させる。電磁石の通電も良し。ブースター出力…20、30…45、50!

「第二カタパルト、マライア・アトウッド少尉、出ます!」

<マライア機、出力確認!射出!>

そう無線が飛び込んできた次の瞬間、機体が弾けるような速度で加速を始めた。あたしはシートに押し付けられる体に力を込める。

ノーマルスーツの耐G機能が作動して体中の関節がギュッと締め付けられた。

 そんな衝撃にも似た加速も一瞬で、あたしの機体は宇宙に放り投げられた。ランチまでの距離は近い。すぐにブースターの出力をゼロにすれば、Gは収まってくれた。

 あたしは小刻みにペダルを踏み込んで機体の速度を調節する。あまり速いとランチや大尉達の機体に衝突して訓練どころではなくなってしまう。

まぁ、ランチに取り付くのも慣れたものだ。油断はできないけど、ね。

 やがて機体がランチに辿り着く。ペダルを踏み、さらに速度を落としながらレバーを引いてマニピュレータをランチに伸ばす。

ガツン、と鈍い衝撃があって、機体は無事にランチに取り付いた。

<マライア、大丈夫か?>

大尉のそう言う声が聞こえてくる。

「はい、大丈夫です」

そう答えると、大尉はすぐに

<こちら第二小隊。少佐、こちらは準備完了です>

とモニターの上方に映るもう一機のランチに取り付いている少佐に無線を入れた。

<了解、こちらもだ。ランチを起動よう。出陣だ>

少佐の声に

<了解>

とだけ答えた大尉は、すぐにあたし達に

<動かすぞ。振り落とされるなよ>

と告げた。あたし達の返事も待たずに、ランチの補助ブースターが起動し、次いでメインブースターも火を吹いた。

ランチは徐々に加速を始め、射出のときとは比べ物にならない程度のGが感じられる。

訓練宙域まではこのランチで10分。そこに着いたら、問答無用で訓練開始、だ。
 


 あたしはレバーを握り直し、さっきイメージしたAMBACを利用した機動を頭の中で何度も反芻する。

とにかくまずは、撃墜マークをされないこと。

そして、イメージ通りの機動で上手くモビルスーツが動いてくれるかどうか、だ。

いや、機動がうまく行かなければどっちみち、あたしなんてたぶん、ものの5分も掛からずに撃墜マークになってしまうか。

 最高速に達したランチのブースターが止まる。あとは慣性で飛んでいくだけ。ブースターに逆噴射が掛かる直前に離脱して、そこからは編隊を組み直す。

あたしは大尉に着く。足を引っ張らないようにしないと…

 <よし、離脱するぞ>

大尉の声が聞こえた。あたしはゴクリと唾を飲み込んでレバーを引いた。ランチからマニピュレータが離れる。

減速を始めたランチが後方に流れていくのを確認してから、あたしは機体を大尉のそばに寄せた。

 コクピットのモニターには“Practice mode Engaging”と表示されている。あとはもう、どこから襲われたって不思議じゃない。

レーダーは訓練システムで無効化されているから、敵を発見するには目視に頼る他はない。

あたし外部モニターに目を走らせる。先に発見した方が、有利には違いないんだ。

 <こちら、ヒシキ。キッド少尉と合流した>

不意にそう無線が入った。見上げると、そこには二つ並んであたりを警戒しながら飛んでいるジム改良型の分隊が見えた。

あれが、そうだろう。少佐とイルマの機体はさらにその向こう。イルマ機は少佐からほんの少しだけ遅れている。

離脱のタイミングが遅れて、慣性が落ちてしまっているのかもしれない。

 それはとにかく、だ。まずは敵の位置を探らないと…あたしはそう思い直してモニターに別のモニターを順番に見つめる。

しかし、どのモニターにも敵編隊の姿はない。

<見当たらないな。到着が遅れているのか?>

少佐の声が聞こえる。そうかも知れないな…あたし達はこの宙域に来るのが慣れているから出撃は比較的スムーズだったけど、

初めての宙域だと、そう上手く位置取りを把握できないことだってある…

---だけど

そんな思考が、ふと頭の中に走った。この感じをあたしは知っていた。

いつだったか…そう、あれはジャブローでの訓練のときだ。

カレンさんが加わってすぐくらいの頃、ダリルさん達相手にしてやった空戦で、あの時は確か、いつの間にか背後の低空から…

 あたしはそこまで考えてハッとして機体を翻らせた。ちょうど、モビルスーツの踵側の方向、一番モニターに映りにくい方向に、遠くから迫ってくる何かがいた。

「後方下!見つかってる!」

次の瞬間、あたしは声の限りに無線に叫んでいた。

<ちぃっ!散開!>

少佐の怒鳴り声がヘルメットの中に響く。

 ペダルを踏み込んでブースターを点火させたときには、4機編成のジムコマンドがすぐ目の前に迫っていた。 
 


<クソっ、なんだよ、コマンドタイプだなんて聞いてないぞ!?>

ヒシキ中尉がそう叫んでいる。

そう、ブリーフィングでは四機編成なのはあたし達と同じジムC型のはずだった…!

<なるほど、新装備の性能評価に駆り出されたってわけか。いけ好かねえな…!>

大尉のそう漏らす声が聞こえる。

 ジムコマンドタイプは基本性能はガンダムタイプの初期仕様とほぼ同じかそれ以上だって言われてる。

ただでさえ練度に差があるのに機体性能までなんて、こんなの、本当にイジメだ!

 4機のジムコマンドがこっち目掛けてライフルを構えた。ロックオンの警告音がヘルメットの中に鳴り響き、計器がオレンジに染まる。

 いくら性能や腕に差があったって…まだ、まだやられるわけにはいかないんだから…!

あたしはそう胸の中で叫んでペダルをさらに踏み込んだ。敵からのロックが外れて、コクピットの中が静かになる。

だけど、油断したりなんかしない。今こっちを狙ってきたのは四機。

事前の情報通りなら、どこかであたし達をロングレンジライフルで狙っている機体が居るはず…!

 そう思って機体を翻した刹那、ヘルメットの中に無線が響いた。

<ご、ごめんなさい、撃墜マークされました!>

イルマの声だ。でも、聴こえて来たのはそれだけじゃない。

<こっちもだ!キッド、引きます!>

あたしは機体を駆りながら二人の位置を確認する。二人は最初の位置からは左方向に散開して行ったらしい。

右側に旋回したあたしと隊長が無事で、向こうに開いた四機中の二機がやられた…間違いない、敵は向こうだ!

 <マライア、数が不利だ!打って出るぞ!>

大尉の声が聞こえてくる。

「了解です、あたしが先行します!」

あたしはそう返事をしてペダルを踏み込んだ。大尉の返事を聞いている暇はない。

ブリーフィングの最中に考えた通り、この隊を相手にするなら、まずは単独機動のモビルスーツを叩く他にない!

 不意に、再びコクピットに警報が響いた。

---ロックされた!

あたしはとっさにレバーを引き、ペダルの片方から足を離した。

機体が桐もみ回転を初めて、進路が逸れる。

昨日は、ここで上手く行かなくて撃墜された…回転方向への慣性を活かしながら、AMBACを利用して角度を変える…!

あたしはそれだけを意識しながら右のレバーを押し込み、左のレバーを目一杯引いた。

 機体が右腕と右足を振り上げ、その反作用を抑えるために左腕と左足が後方へと振り出される。

これだけだと動きが鈍るだけ…でも、今の体制なら…!

 あたしは機体の姿勢を瞬時に頭の中で計算しながら、踏み込んでいた左のペダルを即座に右に踏み変えた。

 慣性と出力の方向が干渉し合い強烈なGが全身を襲う。

でも、これなら前とは違って慣性の相殺の度合いが小さくて済むから、エネルギー消費も減速も最小限で済む…!

コンピュータのG警告が鳴り響いているけど、これくらい、カレンさんの機動に比べたらなんてことない…!
 


 あたしは歯を食いしばりさらにレバーを左右逆に操作し、もう一度ペダルを踏み変えた。逆方向のGが体を押し付け、全身から力を抜く余裕もない。

レバーを入れてからの僅かな動作のラグに焦る気持ちを抑え付けながら、さらにタイミングをはかってレバーを切り替え、ペダルを踏み変える。

Gで体がきついけど、でも、でも…!

 あたしは半ば薄暗くなりつつあった視界の中で、モニターに写る新鋭のバイザー付きの機体を捉えていた。

 まだ、あたしに撃墜マークは付いてない…!

 慣性を空力に、スラスターを制動板に、AMBACをラダーに見たてれば…!

この宇宙でもカレンさんのあの機動を、再現できるんだ…!

 あたしはさらに操作を逆にして、もう一度機体を揺さぶる。

敵とあたしの機体を一直線上に結んだ線を、縦と斜めにジグザグに動くこの機動は、相手から見れば不規則に速度や進路が変化しているように見えるはず…!

カレンさん特製の機動を連続でやってるんだ!これを捉えられるもんなら、やっていなさいよ!

 あたしはモニターに写るバイザー付きのジムスナイパーⅡを睨みつけながらレバーのボタンを押し込んだ。

パネル上で機体の背中に突き立ったビームサーベルにアクティブの文字が光る。

そこでさらに左右逆に機体を降ってから、両足でペダルを一気に踏み込みつつ、右のレバーの格闘コマンドを起動させた。

 銃身の長いあのロングレンジライフルじゃ、この距離まで近付かれたら取り回しが悪くて照準なんて合わせられない。

加えて、あの機体にはヘッドバルカンが装備されてない。だから、この距離で速度なら…!

 あたしの機体はそのままジムスナイパーに突撃し、背部の訓練用サーベルを引き抜いてコマンド通りにその機体を薙いだ。

---やった…!

そんな思いが込み上がってくるのと同時に無線が響く。

<くっそ、こちらジョエル、マークされた!…しかし、なんだ今の…!?>

ジョエルさん、っていうんだ…あたしの訓練での初めての戦果…!きっとあたしあなたのことを忘れないよ!

 そんな浮かれたことを考えていたのもつかの間、ヘルメットの中に警報が響いた。また、ロックされた!

 あたしは反射的に両方のペダルを踏み込んだ。敵は…どこ!?どの位置から狙って来てるの…?!

そう思いつつレバーを引き体制を変えようとしたときだった。不意に警報が止み、次いで張りのある笑い声が聴こえて来た。

<ははは、やるとは思っていたが、そう化けたか>

大尉の声だった。見れば大尉が下方にいてあたし目掛けて登ってきている。

<こちらマックイーン。撃墜マーク貰っちまった>

無線に別の声が聞こえる。そうか、大尉が掩護してくれたんだ…
  


「ごめんなさい、大尉。ちょっと油断しました」

あたしが言うと大尉は

<浮かれたくなる気も分かるが、終わってからにしろよ>

なんて少し真剣な声色で口にしたけど、すぐにあの隊長によく似た横柄さで

<よぅし、これでイーブンだ。巻き返すぞ!>

と檄を飛ばした。

 歴戦の部隊から二機撃墜、となれば、それだけだって十分過ぎる程だけど…

でも、最後まで手も気も、抜いてはいけないって、大尉の言葉にあたしはそう気を引き締め直した。

 あたしは大尉と編隊を組んで、機体を翻す。

その先では、4機のジムコマンドに包囲された少佐とヒシキ中尉の機体が必死になって回避行動をとっている姿があった。

<マライア、あいつらのオハコを奪ってやるぞ。突っ込んで散開させ、孤立した機体を狙う>

「はい、目標指示、お願いします!」

大尉の言葉にあたしはそう返して、ペダルを踏み込みジムコマンドに突撃を掛けた。ロックオン用のレーダー波を乱射して相手の混乱を煽る。

すぐにジムコマンドの四機は少佐達から距離を置いて宇宙に散らばりはじめる。

そこに、大尉の声が響いた。

<少佐、掩護頼む!マライア!左上方!隊長機が孤立したぞ!>

あたしはハッとして上方のモニターに目をやった。そこには、ポツンと一機、両肩までを赤で染め上げた隊長機らしい機体がいた。

 レバーを引いて体制を変え、ペダルを踏み込もうとした、そのときだった。

 ビービー、という、ひときわ耳障りな警報がヘルメットに鳴り響く。聞いたことのない音にあたしは慌てた。

さっきの機動で、どこかに支障でも出てしまったのか、とそう思ったからだ。

しかし、目を落とした操作パネルには、見たことのない表示が映し出されていた。

<上位のコマンドがオーバーライドしてきたぞ…?>

そう言ったのは大尉だ。でもすぐに、少佐の声が聞こえた。

<なんだ…?緊急帰投指令…?>

緊急帰投…?ど、どういうこと…?

あたしもパネルを操作して警告の表示を確認する。確かにそこには、緊急帰投指令の文字が表示されていた。なんなの…?

訓練ほっぽって帰って来い、ってこと?

 そう思っていたあたしの耳に、聞き慣れた艦長の声で無線が入って来た。

それを聞いて、あたしは、地球で感じたあの全身を強張らせるような恐怖感を覚えずにはいられなかった。

<こちらセシール艦長、ワシントン中佐だ。ルナツー本部より緊急受電。セクターB011付近を航行中の連邦軍籍輸送船が正体不明の高機動機に攻撃を受けている模様。

 当艦に救援の指示が出た。訓練中の各機、各隊は至急帰投せよ。繰り返す友軍が攻撃を受けている---




 


つづく!

 

お待たせしています、すみません。

とりあえずトロールとプルズを優先して片付けたいので、
こちらの更新はもう一週間ほどお待ちください……!

お待たせしています、すみません。

とりあえずトロールとプルズを優先して片付けたいので、
こちらの更新はもう一週間ほどお待ちください……!

プルズ…そういうのもあるのか!


>>111
こちらです。すでに完結済なので、ぼちぼちHTML化されるやも…
【三姉妹探偵】マリーダ「姉さん、事件です」【プルズ】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1433242317/)

とりあえず短いですが続きです。
 




 程なくして、私達は艦のデッキ横にあったブリーフィングルームに集まっていた。

 モビルスーツはデッキに吊るしたまま、放熱板でエンジン熱を逃がす作業に入っている。それが終わればすぐにでも整備に入るだろう。

訓練用の模擬兵器ではない、実弾とエネルギーキャップが搭載された実戦装備への換装だ。

実戦…

 これまで地球では何度となく戦ってきた。多くは戦闘機で、だったけど、北米に入っていからはそれなりにモビルスーツ戦の経験もある。

でも、あれは地上で、だったし、何よりあたしはこれっぽっちも役になんか立たず、隊長に部隊から外される始末だ。

 そんなあたしが…これから宇宙空間での戦闘に放折出される。不安だ。正直、怖い。

ヤバいときは逃げろ…その合言葉と、そしてアヤさんやカレンさんが掛けてくれた数々の声を頭の中に思い浮かべる。

あたしの持っている唯一のお守りだけど、こうなってしまってはどれほど役に立っているかどうかは分からない。

ううん、役には立っているんだろうけど、それでも恐怖感を完全に抑え込むことはできていない。

「ったく…残党なんぞに遅れを取るなんて、どこの部隊だ?」

不満げにそう文句を言う大尉の表情からも、微かに緊張が見て取れる。

「フジ級となれば輸送艦だ。艦の火力はサラミス級と大きな差はないが、戦闘を考慮していたわけじゃないのならパイロットが不足していた可能性がある」

そう答えた少佐も、いつにない引き締まった表情だ。

 不意に油圧のドアが開く音がした。見るとそこには、ワシントン艦長と分析士官のキャロル曹長がいた。

「諸君、訓練終わりで疲れているだろうが、ブリーフィングを行う」

いつもはニコニコしている艦長もまた、大尉や少佐と同じく、真剣で険しい顔をしている。そんな艦長がキャロル曹長にやおら頭を振る。

キャロル曹長はそれを受けて、すぐさま持っていた記憶媒体をブリーフィングルームのコンピューターに繋ぎ、アクリル板のモニターに映像を映し出した。

 それは、宇宙の映像だった。何かが画面上を横切り、そしてパパッと閃光が迸る。これ…戦闘の映像?敵襲を受けている艦から送られてきたんだ…。

あたしはそのことに気付いて、映像に食い入る。先ず大事なのは情報収集と分析、だ。

でも、そんなあたしの態度とは裏腹に、その映像を見ながら大尉がギシっと椅子の背もたれに寄りかかってため息混じりに言った。

「あの、宇宙ザリガニか」

う、宇宙…ザリガニ…?

聞き慣れない言葉に、あたしは思わず大尉を見やった。でも、それを聞いた艦長が

「その通りだ」

言ってキャロル曹長再び合図をし、モニターの画面が切り替わったのでそちらに視線を戻す。

そこに写っていたのは、三角形のボディを濃緑のカラーリングで塗り上げられ、機体の下部に巨大な爪の様な物を付けている見慣れない何か、だった。

格納庫か何かで撮られた写真みたいだけど…
 


「こいつは…モビルアーマーか…?」

キッド少尉がそう口にした。そうか、これがジオンのモビルアーマーってやつなんだ…

確か、聞いた話ではエンジン出力が強力で、こっちの火器管制システムが追い付かない程の速度で防衛線を貫いてくる突撃機…

「この写真は、グラナダの工場で組み上げ途中だった機体だ。停戦条約締結後、現地に入った部隊によって撮影されたらしい。

 その後、設計図や部品とともに鹵獲し、今はサイド7の研究施設に運び込まれている。ジオンの関係者によれば、ビグロと呼ばれるモビルアーマーらしい」

「宇宙ザリガニよりは呼びやすそうな名前だな」

大尉がそう鼻で笑う。

「キャロルの画像分析から、こいつが相手だと思われる。

 二機編隊のうちの一機は辛うじて撃破出来たようだが、残りの一機は今もしつこくサガミの周囲から攻撃を仕掛けて来ている状況だ。

 停戦後、軍情報部が鹵獲したこの機体の情報からすると、機体前部に稼働式の装甲があり、その内側には強力なメガ粒子砲を装備している。

 その他武装はミサイルポッド、対空機銃などもあるようだが、脅威なのはむしろこの巨大な爪と…」

「速度、だな」

艦長の言葉に大尉がそう言い添える。艦長はそれを聞いてコクリと頷いた。

「現在のところ、こいつの機動試験はパイロットの選定が終わらずに実施されていないが、戦時中に交戦したデータが残っている。が、実際の速度は計算出来ていない」

「計算出来ていないって…どうして…?」

あたしは艦長の言葉に思わずそう声を上げてしまっていた。だってそんなことをあり得ない。相対速度でもなんでも、必ず計測出来るはずなのに…

「火器管制システムがエラーを吐いて追えない速度、だ。カタログスペックでは推力は160000キログラム。ジムCの推力が58000程度だ、と言えば分かりやすいか…?」

お、およそ三倍…それはモビルアーマーとの自重の差があったとしたって宇宙においては単純に三倍早いだなんてレベルじゃない。

それだけの出力があれば、その加速度は想像を絶する。宇宙空間を打ち上げ用のロケットが縦横無尽に飛び回っているようなものだ。

相対速度でなら、モビルスーツや輸送船なんて止まっている標的とさして変わらないはず…

それこそたぶん、こっちが目視した次の瞬間には至近距離でメガ粒子砲を撃ち出せるくらいに速い…

 それを理解して、あたしは背筋が凍り付くのを感じてしまった。

「なるほど、厄介なやつだが…サガミの護衛隊はどれだけやれてるんだ?」

大尉はモビルアーマーについてなんてこれっぽっちも興味がないのか、さらにそう先へと話を促す。

「サガミにはグラナダに駐屯予定の部隊に輸送予定だったジムCが3機、ジムスナイパーⅡ型が三機いたが、ジムスナイパーⅡが一機とジムCが二機損傷。

 今はジムスナイパーⅡ二機とジムC一機の抵抗とサガミ級の弾幕によって接近はされてはいないが様子を絶えず伺ってきているようだ。

 第二、第三の攻撃を受ければ、護衛部隊もサガミ自身も無事では済まないだろう」

「なかなかに奮戦してるじゃねえか」

そう言った大尉は、ようやく少しだけ表情を緩めた。

そんな機体と交戦して、少なくとも今はまだ、一個小隊がやられてしまっただけ…

下手を打てば、接敵した瞬間に艦の機関部を撃ち抜かれて爆発していたって不思議ではない。サガミの指揮官もパイロット達も、実戦慣れしているか相当に腕が立つんだろう。
 


 「邂逅予定は1400時だ」

「1時間半後、ですか…」

艦長の言葉に、少佐がそう言葉を漏らす。それからふと大尉を見やって言った。

「第三中隊の連中との打合せが必要だな」

「そうでしょうな…艦長、陣形は?」

少佐に言われた大尉が、そう答えて艦長を見る。

「こちらは、マゼラン級ケベックを旗艦とし、我が艦が追従する形だ」

マゼラン級…第三中隊の母艦はマゼラン級なんだ…火力も防御力も、あたし達のサラミス級よりは優秀だ。

「当然そうなりますな…それならこっちは向こうの掩護って形で良さそうですね、少佐」

「そうだな…その方向で打ち合わせをしよう」

大尉と少佐がそう言い合って方針が決まった。

掩護だと言うんなら、敵に向かっていくよりも安全ではあるんだろう…

積極的に攻撃を仕掛ける必要がないのなら、狙われる危険も少しは低くなるし、回避を心掛ければそう簡単にやられるようなことはない…はず…と、思いたい。

さっきはモビルスーツ相手になんとかそれらしい機動をやってやれたけど、モビルアーマー相手に、火線を掻い潜りながら反撃を加えるなんて、出来る自信はこれっぽっちもない。

 あたしが身をこわばらせていたら、大尉があたしを一瞬だけチラッと見やって言った。

「お前、大丈夫か?」

大尉の言葉に、あたしは思わずコクコクっと頷いてしまう。すると大尉はすぐに視線をモニターに戻しながら

「なら良いけどよ」

なんて呟く。

 本当に思わず頷いてしまったけど、正直に言えば全然大丈夫なんかじゃない。だけど、そんなあたしを知ってか知らずか、少佐があたし達を見渡して言った。

「ひとまず、各員は小休止を取れ。1345時にはそれぞれの乗機に戻り、発信準備をして待機だ」

「やれやれ…こいつは骨が折れそうですね」

「まったくだな。あぁ、少佐、トイレ行って来ます」

「俺も行っておこうかな。久しぶりの実戦で、チビったらことだ」

キッド少尉とヒシキ中尉が、そう言ってブリーフィングルームから出て行った。

「ハウス大尉、残って第三中隊との打ち合わせに参加してくれ。それから、イルマ。話があるから、少し残れ」

少佐はそう言って、大尉とイルマを引き留めた。イルマは少し戸惑いながら

「は、はい」

と返事をし、大尉は分かっていたのか

「了解」

とだけ返事をして、キャロル曹長が映し出している映像に食い入っている。

 あ、あたしは…あたしは、どうしよう…?

もう、自分が何をすべきか、ってことさえ頭に浮かばなくなっていたあたしは、ノーマルスーツのヘルメットを抱えたまま体を固めてしまっていた。

そんなとき、少佐があたしに

「マライア少尉も、身仕度を済ませておけ。訓練のときと同じだ」

と言ってくれた。ハッとして、固まっていた体が動き出す。

「あぁ、そうだったな。マライア、部屋にでも戻って、甘いもんでも食って来い」

ハウス大尉も思い出したようにあたしに視線を戻してそう言った。
 


 「りょ、了解です」

あたしは、なんとかそうとだけ返事をして、ブリーフィングルームを出た。出てはみたものの、だからどうしたら良いのか、なにをしたいのかが浮かんでこない。

行く宛てもなければ、やらなきゃいけないことも思い当たらない。

 あたしは、胸に抱いたヘルメットをギュっと抱きしめて、大きく深呼吸をした。胸に詰まる恐怖感を少しでも吐き出せるようにと胸に目一杯空気を吸い込んでは吐き出す。

そうして、あたしはようやくほんの少しだけ落ち着きを取り戻していた。

 少佐や大尉が言っていたことを思いだす。

 そう、訓練に出る前と同じことをすればいいんだ。

お手洗いに行って、激しい機動をしても支障が出ない程度の水と食べ物を口に入れる…何度だってしてきたことだ。それを、ただこなせばいい…

じゅ、準備する分には、普段の訓練と変わりはない。そう、そうだ、焦ることも、怖がることもないんだ。

 あたしはそう自分に言い聞かせ、必死に気持ちを抑えつけながら、自室のある居住区画へと続く廊下を漂う。

途中でトイレに寄り、ノーマルスーツを脱いで用事を済ませてから、さらに廊下を行く。居住区に入ったところで、何人かの顔見知りのクルーとすれ違って挨拶をされたのだけど、

あたしはなんて言って良いのか分からずに、曖昧に笑みを返すだけしかできなかった。

 やがて、あたしは部屋にたどり着く。パネルを操作してドアを開け、照明もつけずにその中へと飛び込んだ。

 大尉に言われた通りに、自分の棚からチョコレートの包みを取り出して口に頬り込み、それからドリンククーラーの中に入れてあった甘味付けしてある経口補水飲料を飲む。

冷えた水分が食道を通って胃に到達する感覚で、あたしはようやく、正気を取り戻した。

 体が、震えていた。まるで離陸する直前の戦闘機に乗っているかのように、ガタガタと全身が震えている。

部屋に入ったっていうのに、いつまでも片腕にヘルメットを力一杯に抱えていたことに気が付いて、思わずポンと、宙に投げ出した。

ヘルメットは、コン、コン、と壁に跳ね返って部屋の中を漂い始める。

 とにかく、落ち着かなきゃ…こんなで戦闘に出たら、普段出来ることも出来なくなる…思考が固まって、身動きが取れなくなっちゃう。

何度も何度も、アヤさんやカレンさんに怒鳴られて、そのたびに正気に戻っていたけど、そんな二人は、今は居ない。自分で自分をしっかりさせなきゃいけないんだ。

 あたしはそう思いながら両手でバシバシと顔を叩いて何とか気持ちを立て直そうと試みる。

でも、そうするたびに頭に浮かんでくるのは、アヤさんのぬくもりや、カレンさんのやさしさのことばかりだった。

 初めてアヤさんに会ったとき、アヤさんの操縦する訓練機の後席に座って緊張と機動に目を回してコクピットの中で吐いてしまったこととか、

ジャブローのオメガ隊に編入して同じ部屋になったあたしの小さい頃の話を聞いてくれて一緒に泣いてくれたこと、

翌日が休みの日には部屋にデリバリーを取って夜中までお喋りしたりもした。

 戦争が始まってからは、アヤさんは一層あたしに目を掛けてくれて、どんな作戦のときでも、常にあたしに声をかけ続けてくれていた。

アフリカで初めてモビルスーツと戦闘になった帰りに脱出したあたしのためにわざわざ不時着までして残ってくれたこともあったし、

カレンさんが来てからは、格納庫でのケンカをケンカをしたり、無線で言い合いをしながらも、いつだって二人はあたしを見ていてくれていた。

声をかけ続けて、ときには庇って、あたしを守ってくれていた。

 そんなこと思い出したってどうしようもない、って分かっているのに、あたしの記憶はまるであふれるように次々とよみがえってくる。

気が付けば、あたしは部屋の隅で膝を抱え、涙を溢しながら震えていた。
 


 コツン、と壁に跳ね返って来たヘルメットが頭に当たって、あたしは涙をぬぐった。

そして、そんなことをすれば弱気になるって分かっていたのに、胸が軋んでどうしようもなくて、体を丸めたままベッドの脇の引き出しへと浮かんで、

そこから革表紙のアルバムを取り出していた。

 そのままベッドに体を投げて、そのページを繰る。

 そこに収まっているのは、あたしのお気に入りの写真たちだった。小さい頃、あたしの誕生日にミラお姉ちゃんと撮った写真に、訓練基地を出るときに撮った同期との集合写真、

オメガ隊に編入してから泣いているところをダリルさんに撮られた写真に、休みの日にみんなで出かけた川べりで遊んでいる写真。

 戦争が始まって、最初に撃墜されたフレートさんを皆で出迎えたときの写真もあるし、

北米からフェンリル隊と一緒に逃げ出した先のアフリカからジャブローに戻ったときに出迎えてくれた写真もある。

 あたしは、笑ってる。いや、泣いているのもあるし、アヤさんにヘッドロックを掛けられて半べそになっているのも多いけど…

でも、それでも楽しそうに笑っていた。北欧に住んでいた頃に、ミラお姉ちゃんと過ごした日々も、ジャブローに異動になって、オメガ隊で過ごした日々も、

大変なことも、辛いこともたくさんあったけど、それでも、こうして写真を見ていれば楽しいことばかりが思い出される。

そして、いつもならオメガ隊のみんなのことも、そして死んじゃったミラお姉ちゃんのことも恋しく思って、胸がキリキリと痛むのだけど…

 そう、だけど…と、あたしは思った。

 どんなに楽しくたって、どんなに恋しく思ったって、写真の中のあたしは、誰かに守られていただけのあたしだ。

震えて、涙を流しているだけで、アヤさんやカレンさん、隊長達がいつだって目を光らせてくれて、守ってくれていた。

北欧でのテロのときでさえ、あたしは、ベンチの下で震えていただけだった。

 あたしは、さらにページを繰る。

 そこにあったのは、戦後、カレンさんを連れて、皆でアヤさんのペンションに遊びに行ったときの写真だった。

 アヤさんの船で出かけた小さな島の砂浜で撮った集合写真。その真ん中には、ソフィアとそのソフィアを支えているあたしの姿がある。

 ソフィアのときもそうだった。ミラお姉ちゃんのときもそうだった。

 もう少しだけ、ほんの少しだけでも、あたしが状況に押し込まれて判断力を失わずに済んでいたら、

ほんの少しだけでも、ベンチの陰から抜け出して非常口に走る勇気さえあれば、ソフィアはこんなことにはならなかったのかもしれない。

ミラお姉ちゃんがあたしを守って死ぬようなことはなかったのかもしれない。

 それだけじゃない。ジャブロー防衛戦のときにカレンさんがモビルスーツに突っ込んだのだって、あたしを守ってくれようとしてくれたからだ。

アヤさんとカレンさんが揃って撃墜されたときも、あの熊のようなモビルスーツの攻撃からあたしの盾になって落とされた。

全部あたしが、それこそ、今のように、自分が何をしたらいいのかも分からずに、どうすべきかの判断力を失ってしまって起きたこと。

 そう、だからあたしは、それじゃぁいけないって、そう思ったはずだ。

 北米に行ったときに、隊長があたしに言った。ボーっとしていて死ぬのは、何もあたしだって言うわけじゃない。

あたしを庇う誰かが、あたしの代わりに死んでしまうことだってあるんだ。ううん、事実、あたしはそうして生き残って来た。

ミラお姉ちゃんも、アヤさんもカレンさんも、ジムの砲弾を受けたトラックの爆発からあたしを庇って片腕と片脚を失ったソフィアもそうだ。

 それなのに、あたしはまた泣いている。

 戦闘が怖くて、ただ、それだけで、こうして膝を抱えて怯えている。

 これじゃぁ、また誰かがあたしのせいで死んでしまうかもしれない。そうでなくても、今のままのあたしじゃ、みんなに合わせる顔がない。

あたしを守ってくれた人たちにこんな姿は見せられない。

アヤさんやオメガ隊のみんなは気にするな、なんて言ってくれるんだろうけど、そんなのは、あたし自身が許せないんだ。

仲間を守れないで、庇われてばかりの存在ではいたくない。

 あたしだって、大切な人達を守れる存在でありたい。

 弱気になることは訓練でうまく行かないときには何度もあった。その度にあたしは、そう思って宇宙に来たんだと思い直してきたはずだ。

それなのに、あたし…またこんなことを繰り返してる…いい加減、良くないよな、これ…
 


 あたしは、そう思って大きく深呼吸をした。アルバムを閉じて、涙を拭う。顔を両手でひっぱたいて、気合を入れなおした。

 そうだよ、マライア・アトウッド曹長…あんたは、いつまでもヘタレなんかじゃダメなんだ…甘ったれでもいい、泣き虫でもいい。

でも、ヘタレて身動きできないようじゃ、誰も守れない。守れないどころか、誰かを死なせちゃう。

 そんなんじゃ、ダメだ。

 あたしは、アルバムを引き出しに戻して、部屋の中を漂っていたヘルメットを掴まえた。

冷蔵庫から水を出して、喉を潤す程度の量を口に含んで戻し、そのまま部屋を出た。廊下を蹴りながら目指すのは、モビルスーツの係留されているデッキだ。

まだ集合時間にはずいぶん早い。だけど、あたしにはやらなきゃいけないことがあった。

 いくら気持ちを入れ替えたところで、宇宙での戦闘経験のないあたしが必ず生き残れるなんて保証はどこにもない。

まして、気合いを入れたからと言って敵の攻撃が全部避けられるほど、戦闘は甘いものでもない。

 大事なのは、事前の情報収集と分析、だ。あのビグロ、ってモビルアーマーのデータを分析する必要がある。あんな映像が送られてきているくらいだ。

たぶん、機動データくらいは一緒に届いているはず。それを分析して敵の動きを事前に知っておけば、何か対策が打てるかもしれない。

 今のあたしの操縦はヘッポコも良いところだろう。さっきの訓練のは、まぐれかも知れない。

そんなあたしでも、事前準備をしっかりしておけば、生き残れる可能性を出来うる限り高められるはずだ。

今はまだ、誰かを守るだなんて、きっと無理。まずは、戦場で自分の身を自分で守ることを考え、覚えて身に着けるべきだ。

 そんなことを思って廊下を飛んでいたら、曲がり角の出会い頭に、誰かと衝突してしまった。ドスン、と重たい衝撃が体を襲う。

「っと、すまねえ」

声が聞こえてハッとしたあたしは、思わず顔をあげる。そこに居たのは大尉だった。

「大尉、ごめんなさい…!」

あたしは大尉にそう謝る。すると大尉は、なんだか意外そうな表情であたしを見やって言った。

「なんだ、お前、平気そうだな」

そりゃぁ、ブリーフィングルームであたしの様子を見ていたんだ。そんなことを思っても仕方ないだろう。

「はい、心配かけてすみません。あたし、出来る限りやってみます…まずは、自分の力で生き残る努力」

あたしがそう言ったら、大尉はニヤリと笑って答えてくれた。

「ははは、やっぱりだな。お前は、肝の据わった顔してやがるよ」

 宇宙に上がって大尉のところに来てからずっと、大尉はことあるごとに、あたしにそう言って来た。

日ごろからあたしは、その言葉がどこかしっくりこなくて言われるたびに首を傾げたくなる気持ちになっていたけど、今はなぜだかその言葉が嬉しく思えた。

「ありがとうございます」

あたしはそう言ってから、大尉に

「モビルアーマーの機動データって、届いてますか?」

と聞いてみる。すると大尉は頭を振りながら

「ああ。ブリッジに送られてきてるはずだ。キャロルに言えば良い」

と教えてくれる。

「あたし、機体に戻ってデータを見てます。何かあったら、無線で連絡ください」

あたしがそう言ったら、大尉はははは、と声をあげて笑った。

「了解だ。まぁ、無理はすんな」

大尉はそう言うと、あたしの肩をポンっと叩いて床を蹴り宙に身を投げ出す。と、次の瞬間、

「おっと、そうだ」

と壁に手をついてその身を押しとどめる。反動で体を上下逆さまに浮かせながら大尉があたしに聞いてきた。
 


「お前、敵に追いまくられた、って経験はあるか?」

て、敵に追いまくられた経験…?

 あたしは、大尉の質問の意味が分からずに、首を傾げた。

地球では戦闘機に乗っていたけど、ジオンのあの太った空母の艦載機は機動が甘くて数がいたって怖い相手ではなかった。もちろん、追いまくられたことなんてない。

たいていは、急旋回からのシャンデルで引き離すことが出来ていた。

「いえ…地球では、そういうことはありませんでした」

あたしがそう言うと、大尉はなんだか意外そうな顔をした。

「戦闘機に乗ってたんじゃねえのかよ?」

「はい。でも、ジオンの戦闘機は機動性が悪くて、こっちの戦闘機動には着いて来れないことがほとんどだったので」

「へぇ、そりゃぁ、ずいぶんだな」

大尉は肩をすくめてそう言った。

 でも、ふとあたしの脳裏に、別の戦闘でのことが思い出された。それは、戦闘機での戦闘じゃない。

ソフィアを迎えに北米の街をホバーで訪れたとき、連邦の攻撃ヘリに散々に追われたときのことだった。追いまくられた、と言えば、あれくらいかな…

「地上でヘリにしつこく狙われたことならありました」

「ヘリ?ジオンがヘリを使ってた、ってのか?」

大尉の疑問はもっともだろう。普通、脱走した捕虜を守るためにホバーで戦闘区域に突っ込むようなバカをやるだなんて想像する方が難しい。

「い、いえ、その、いろいろあって、連邦のヘリに…」

あたしがそう言うと、大尉は

「あぁ?」

と眉をひそめてそんな声をあげた。でも、すぐに気を取り直したのか

「そのとき、どうしてた?」

と聞き直してくる。

あ、あのときは、確か…空から一方的に撃ってくるものだから、イライラしてさんざんに騒ぎまくっていたっけ…

「あの、騒いでました…」

あたしはなんだか恥ずかしくなってしまって、無意識に声を抑えてそう答える。すると大尉はニヤリと笑い

「あのビグロ、ってやつの相手をするとなれば、おそらく同じ状況になる。騒いでいる方が気が楽になるなら、そいつを忘れんな」

と言ってくれた。
 


 そっか…そう言われてみれば、あんな状況だったというのに、あのときのあたしは冷静だった。

大騒ぎしてソフィアに変な目で見られていたけど、それでもソフィアに砲撃を指示して、さらにはビルを使ってヘリを落とすような作戦まで思いついていたっけ。

あの感じが、もしかしたら怖さを紛らわすための方法なのかもしれない…大尉は、追い詰められたときの心構え、っていうのを、教えてくれようとしているんだ。

 「はい…ありがとうございます、心がけてみます」

あたしが答えたら、大尉は満足そうに笑った。

「くれぐれも、無茶はするな」

「はい、やりたくっても、たぶんできないですけど…」

「どうだかな。何と言ってもあのバカの元部下だ。普通は無茶だと思うことを平然とやっちまうようなバカげた感覚を持っていないとも限らん」

大尉はそんなことを言ってまたニヤリと笑う。

「死ぬなよ。ひとまずはそれで、合格だ」

「はい」

大尉の言葉に、あたしは返事をして手を振り、向き直って床を蹴った。

 なぜだろう、さっきまで震えていた体が、今は心地良い何かに包まれているような、そんな気がしている。

呼吸ができないなんて感じるくらいに苦しかった胸に、今は不思議な力があふれてきているようにも思える。

―――アヤさん…ミラお姉ちゃん…あたしを見守っていて…あたし、必ずきっと立派になって見せるから。

     ミラお姉ちゃんのように、アヤさんのように、大切な人を躊躇なく守れるような、そんな人になってみせるから。

 あたしは、届くはずもない言葉を心の中で語りながらヘルメットをかぶり気密を確認して格納庫へと出た。

 格納庫には、訓練用の模擬レーザーサイトが付いたあたし達の機体の武装が運び込まれていた。すでに、武装の換装は済んでいるらしい。

モビルアーマーが相手なら、ブルバップ・マシンガンじゃなくて、ビーム・ガンだろう。ビーム兵器は扱いが難しいけど、当てられれば効果は実弾兵器の比じゃない。

だけど、戦艦の火器管制がエラーを吐くくらいの機動をする相手に、ビーム兵器だろうが当てるのはしなんの技だ。

だからこそ、敵の機動を分析してみて、狙いどころを探っておかなきゃいけない。

 あたしは、格納庫を横切って、外のデッキへと続く三重のエアハッチのパネルを操作した。

 プシュっと扉が開いたのを確かめて、その中へと足を踏み込む。振り返って閉鎖のパネルを操作しようとしたとき、後ろから何か重い物があたしの背中にぶつかった。

 「少尉…」

振り返るまでもなく声が聞こえてきて、それがイルマだということに、あたしは気が付いた。イルマの腕を掴まえて振り返ると、そこには涙でぬれた顔のイルマがいた。



  


つづく。

まったりペースのマライアたん成長期、ちゃんとしっかり書く時間が欲しい…
 


「イルマ…?どうしたの?」

「少尉…私、私…」

あたしが聞くなり、イルマはそう言ってしゃくりあげ始める。

ビーっと、開放したままだったハッチが警告音を立てた。

あたしは、すがりついてくるイルマに言い聞かせてヘルメットを付け、気密ができているかを確認してからハッチを閉めた。

すぐに、反対側のハッチが開き、その向こうへ行くなりすぐに閉鎖されて最終隔壁が開くランプが点滅する。

プシュ、っと僅かに開いたハッチからエアーが漏れ、それが出切ったところで、ゆっくりとハッチがせり上がった。

「イルマ、あたし、モビルスーツに戻らなきゃいけないから、一緒に来る?」

あたしがそう声をかけたら、イルマはあたしにしがみついたまま、コクリ、と頷いて見せた。

 ハッチから出た先は、ちょうどデッキになっている。辺りにはデッキクルーに整備のスタッフが大勢。

武器はやっぱりビーム・ガンだ。今は、ヘッドバルカンへの給弾作業をしているらしい。

放熱板は既に外されているから、そっちはもう大丈夫なんだろう。

 あたしは念の為にランドムーバーを機動させてから、イルマを抱え自分のジムCに向かってデッキを蹴った。

「少尉、もう待機命令ですか?」

途中ですれ違った整備班の若い青年が、無線越しにそう話しかけてくる。

「ううん、自習!」

あたしが答えたら、彼が、へぇ、なんて漏らす声が聞こえてきて、それからすぐに別の整備員と話し込み始めた。

その姿を見送ったあたしは、無事にジムCのコクピットへと辿り着く。

ハッチ脇にあるパネルを操作してコクピットをあけ、その中にイルマごと乗り込んだ。

 ランドムーバーを外してシートの後ろに格納し、コンピュータを操作してハッチを閉め、シートに腰掛け直して、あたしより一回り大きいイルマを抱きしめなおす。

「こちら、マライア・アトウッド少尉。キャロル曹長、この無線、取れますか?」

ノーマルスーツの無線装置をモビルスーツのコンピュータにつないでそう声をかけると、すぐにヘルメットの向こうから

<キャロルです、アドウッド少尉>

と返事が返って来た。

「曹長、あたしの機体に、さっきのモビルアーマーの機動データを送ってもらえないかな?」

<機動データですね、了解です。すぐにリンクさせます>

あたしが頼むと曹長はすぐさまそう言ってくれて、程なくして目の前のコンソールにピカピカと通知のランプが光り始めた。

タッチパネルを操作してそれを開くと、艦のデータベースへのアクセスリンクが届いている。

それを開くと、すぐにコンピュータのモニターに機動データの詳細が表示された。

あたしは、さらにコンピュータを操作してそのデータを外部カメラ用のモニターへと映し出す。

ここなら、イルマを慰めながらでも情報を見ていられるからだ。
 


 そこまでして、あたしはようやくイルマに注意を向けた。

コクピット内の気密を確認してから、イルマのヘルメットを取ってあげて、あたしもヘルメットを脱いで顔を出す。

相変わらず泣きっぱなしのイルマは、あたしのノーマルスーツにグイグイと顔を押し付けて来ていた。

「どうしたの、イルマ…また少佐に怒られた?」

あたしは、なるだけ落ち着いてそう声を掛けてあげる。

すると、イルマはブンブン、と首を横に振った。

あれ…怒られたわけじゃないんだ…?

だったら、どうしたの…?

「なにかあったの?」

あたしがさらに聞くと、イルマは二、三度しゃくりあげてから、途切れとぎれの声で言った。

「わ、私っ…少佐が、ま、まって、待ってろ、って…」

待っていろ?

一瞬、言葉の意味が分からなかったけど、でも、すぐに思い当たった。

それは、かつてあたしも言われたことのある一言だったからだ。

ううん、もしかしたらついさっき、あたしも大尉に同じことを言われていたかもしれない。

戦闘に出てしまえば、自分だけじゃなく、味方まで危険にさらすことになるような人は、前線になんて連れては行けない…

「そっか…」

あたしは、イルマの体にギュッと腕を回して抱きしめてあげる。イルマも、あたしの体を力いっぱいに抱きついてきた。

まいったな…機動データの分析どころじゃなくなっちゃうな、これは…

そんなことを思いながらも、あたしはイルマの髪を撫でてあげる。

「あたしも、昔あったよ…戦闘が怖くって、味方の足を引っ張ってばかりで、当時の隊長に、もう乗るな、って言われたんだ」

そんな話が、どれだけイルマの慰めになるか、なんて分からない。でも、きっと何か声を掛けてあげるべきなんだろう。

どんなことだっていい、とにかく、イルマの気持ちを沈めてあげないと…

「だから、悔しいのも、辛いのも、淋しいのも、分かる。でも、今のまま出て行ったら、それこそ次のチャンスが巡って来なくなっちゃうかもしれないんだ」

イルマは、相変わらずあたしの肩口に顔をうずめてしゃくりあげている。

でも、構わずにあたしは続けた。
 
「あたしも、当時はショックでね…でも、それでもあたしはあたしの出来ることを探した。

 ううん、自分でそう思ってやったわけじゃなくって、頼りにしてた先輩にそうするべきだって言われて、それからあたしなりに考えて、

 あたしの出来ることを精一杯やった。結果は、まぁ、ギリギリ及第点か、もしかしたら、不合格だったかもしれないけどね…

 結局あたしは、隊の皆に守られて、支えられて、あたしが自分で選んだことさえ、満足にできなかったんだ」

そう、あたしはあのとき、ダリルさんの言葉がなかったら、今はここにこうして居なかっただろう。

ソフィアはきっと、フェンリル隊と一緒にあの旧軍工廠で死んでしまっている。

いや、そこにたどり着けたかどうかも分からない。

それがあたしの戦果だった。

そして、ソフィアの脚と腕を奪ってしまったのは、あたしのミスだった。
 


 そういうことすべてが、今のあたしを形作っている。

アヤさんに支えられて、隊の皆に助けられて、ヘタレのあたしは、最後の最後で逃げなかった。

戦闘からなんかじゃない。

あたし自身のダメさから、あたしを押し包もうとする絶望から、あたしは逃げずに、前を進むことを選んだ。

 その結果がどうなるかは分からない、もしかしたら、このあとの戦闘ですぐに死んじゃうかもしれないし、なんとか生き残っても別の戦闘に巻き込まれればそれまでかもしれない。

それでも、なんでも、きっとあたしは後悔はしない。

そりゃぁ、そのときは怖いしイヤだろうけど…でも、少なくともあのまま地球でウジウジと誰かに頼って甘えながら生きているよりはずっといい。

「でも、それでもあたしは、ここに居る。

 悔しさをバネに、なんてカッコイイことを思ったわけじゃないし、ただ、もっとしっかりしなきゃ、ってそう思っただけなんだけどね…。

 だから、イルマ。辛いだろうけど、折れたらダメだよ。辛かったらこうして慰めてあげられるし、話も聞いてあげられる。

 逃げないで、なんて、ヘタレのあたしにはとても言えないけど…でも、イルマならきっとできるよ…

 今はまだモビルスーツで戦闘に出るのは無理なのかもしれないけど、それ以外でも、イルマに出来ることはきっとある。

 今は、それをしっかりこなすときだって、あたしは思う」

ギュッと、イルマの腕に力がこもった。

「大丈夫…イルマはあたしなんかよりずっと強いんだから…」

そう言って、あたしはそっとイルマの両肩に手を置いて、そっと力を込める。

そうしたらイルマは素直に体を起こしてくれて、ちょうど、シートに座ったあたしの腰の上に馬乗りになっているような体勢であたしをジッと見つめて来た。

あたしは、ノーマルスーツのグローブを外して涙と鼻水に濡れたイルマの顔を拭ってあげる。

クシャクシャになった前髪も整えてあげていたら、イルマは言った。

「対空砲台に、行きます」

「ん?」

「対空砲で、戦闘を支援します…」

あたしが聞き返したら、イルマは少しはっきりとさせた口調でもう一度言う。

そっか…それが今、イルマができる、って思えることなんだね…?

「部隊の動き方を知ってるあなたが支援してくれるんなら、きっと助けになるね」

あたしがそう言ってあげたら、イルマはようやく、微かに笑みを浮かべてくれた。

それから、モニターに写っていたモビルアーマーの機動データを見やって

「すみませんでした…何かやろうとしてたんですよね?」

とあたしを気遣ってくれる。なんか、そうされるのはちょっと居心地が悪い。

「ん、まぁ、ヘタレなりにね、予習しなきゃと思って」

あたしは苦笑いでそう答えるしかなかったけど、それを聞いたイルマはまた少し明るい笑顔を見せた。

「生きて帰って来てくださいね…少尉がいなくなったら私、誰に泣きついていいのか分からなくなっちゃいますんで」

「うん、努力する。あたしも、生きて会いたい人達がいるんだ、こんなところで、死んでられない」

「中尉のことも、よろしくお願いします」

「ふふ、もう!早く告白しちゃえばいいのに」

「だ、だって!うまくいかなかったら、隊の中でやりづらいじゃないですか…!」

イルマはえへへ、と笑顔を浮かべて、あたしの肩をひっぱたいてくる。

良かった…元気出してもらえたみたい。

これで一安心、だ。
 


 でも、とあたしは思って、イルマに言った。

「イルマ、ちょっと」

「なんですか、少尉?」

不思議そうな表情を見せるイルマの両頬にあたしは手を添えた。

「ちょ…えっ…しょ、少尉!?」

なぜだか突然、イルマが慌て始める。

「動かないで」

「で、でも…その、私、そういうあれは…っ!」

なおも動揺しているイルマの顔をあたしは引き寄せると、そのまま両手を引いて、パシン、と頬に叩きつけた。

「あいたっ!な、何するんですか少尉!」

イルマはなんでか知らないけどあたしが叩いたのとは違う意味で、頬を真っ赤にしてそんなことを言ってくる。

そんな様子がなんだかおかしくて、あたしは思わず笑ってしまっていた。

「気合い入れだよ。あたしのお姉ちゃん直伝なんだ」

そう説明してから、あたしはコクピット内を漂っていたイルマのヘルメットを捕まえて彼女に押し付ける。

「援護、しっかりお願いね」

そう言ったあたしに、イルマはコクンと頷いて見せて、それから別れでも惜しむみたいにしてもう一度あたしをギュッと抱きしめてから、ヘルメットを手に取りスポット頭から被った。

それを見届けて、あたしもヘルメットを被りシールドを閉める。

<少尉…無事に戻ってくださいね…約束です>

「うん、約束するよ、イルマ」

あたしはグローブを付ける前にイルマとそう言い合って手を握り、お互いがノーマルスーツをきちんと着直したことを確認して、コクピットのハッチを開いた。

エアーに吸い出されるようにしてコクピットから外へと漂っていくイルマは、すぐに背中のランドムーバーを吹かしてデッキの方へと姿を消した。

 さて…泣き虫イルマも元気になったことだし…あたしも、ヘタレてばかりはいられない。

コクピットのハッチをもう一度閉め、それからヘルメットのシールドを開けてモニターに映る機動データを見据える。

そこには救助目標となるサガミと、それを攻撃していたモビルアーマーの機動が三次元の図面で表示されていた。

 サガミを中心に、まるで八の字を繰り返すような機動で、何度も何度もサガミ攻撃を掛けている。

コンピュータを操作して、時間経過ごとの機動を確かめてみた。

全体の印象通り、モビルアーマーは高速でサガミめがけて突撃し一撃離脱で反対側に抜け、その先で方向を変えて再びサガミへと襲いかかっている。

こっちより足が早くて火力も十分なら、この機動は脅威に他ならない。特に火器管制が追いきれない程の速度なら、弾幕を張ることだっておぼつかないかもしれない。

 初撃は、艦の腹側から。

一発で、二本のカタパルトが大破している。

そのまま艦上方へ抜けて行ってからは、二手に分かれて、時間差で両サイドから第二撃。

先に突撃を仕掛けた方は撃たずにまっすぐ抜け、反対側から突っ込んで来た方がビーム砲で後部主砲周辺へ直撃打。

この段階で、支援のモビルスーツ隊が緊急発進…大破したカタパルトからバーニアで飛び出して艦周辺に散開して迎撃を始めるけど…

 さらに時間をすすめると、第三攻撃は、モビルスーツに向いた。
 


1機は艦上方、もう1機は下方からの挟み撃ちで、それぞれに位置に展開していたモビルスーツへのビーム攻撃と近接でのミサイル攻撃だ。

上方にいたジムCがビームの直撃を受けて撃破、下方にいたジムスナイパーⅡは…ビームもミサイルも躱したけれど…この表示は、近接戦闘…?

モビルアーマーが近接戦闘、って、どういうこと?

 あたしは、疑問に思ってその箇所の映像を再生する。

突撃してきたモビルアーマーの攻撃を躱したジムスナイパーⅡは、ロングレンジライフルで反撃しながら進路を妨害する為に正面に位置取った。

モビルアーマーは反撃をきりもみ回転で回避すると、そのままジムスナイパーⅡに突っ込み、そして…

あたしは、その光景に目を疑った。

 そこに写っていたのは、モビルアーマーの下部から生えた大きな爪にジムスナイパーⅡが引っ掛けられて艦の上方付近まで一気に引きずられ、

その先で胴を真っ二つにされて爆発四散した映像だった。

 でも、あたしはすぐに何が起きたかを理解できた。

あの速度で引きずられたら、相当なGが掛かるはず…意識を失わなくても、体の自由が効く保証はない。

あの大きな爪に掴まれた瞬間からホンの少しの間、きっと操縦どころの騒ぎではなくなるはずだ…

そんな硬直を逃さずに…

あたしはもう一度、ジムスナイパーⅡが真っ二つにされる直前の映像を映し出す。

やっぱり、だ…あのモビルアーマー、腹側に、小型のビーム兵器を搭載している…掴まれて、身動きを封じられたら最後、あのビームでコクピットを焼かれてそれまで、だ。
 
あたしいは思わず息を飲んでしまう。

相手は、想像していたよりもずっと厄介で危険な相手だ…そのことが自覚できてしまって、自然と体がこわばってくる。

でも、ヘタレはもう、卒業するんだ…!

バシっと両手でヘルメットを引っ叩いて気を取り直し、データを勧めて機動を観察する。

速度も火力も申し分ない、危険な機体だっていうのは理解できた。

 でも…この機動、万能ってわけでもない…はず…

 あたしは、さらにデータ細かくふるい分けする。

モビルアーマーは、当初は2機で、うち1機の撃墜には成功していると聞いた。

その撃墜された方の機動データだけを表示させようとするけど、たぶん、どっちがどっちか途中で分からなくなってしまっているだろう箇所があるんだろう。

分けようと思っても、うまくデータが分解されてくれない。

仕方なく、あたしは1機目を撃墜した瞬間のデータを探して、そこから撃墜に至るまでの流れを確認した。

 地球での空戦では、この手の直線機動をする場合、旋回に入り始めるときが一番危険だ。

特により大きなGが掛かる上昇方向のシャンデルなんかだと速度が遅くなってしまうからだ。

宇宙の場合も、同じことが言えるはずだ。
 


 宇宙では重力の代わりに慣性が機体の出力の邪魔をする。

一方向に飛んでいってその先で反転するとなれば、それまでの慣性を振り切る程の出力でエンジンを吹かさなければ同じ速度には復帰できない。

そして、その加速の最中に、絶対速度が必ず0になる瞬間がある。それまでの慣性と、旋回後のエンジンでの加速が釣り合う瞬間だ。

敵がもっとも無防備になるのは、そのときのはず…

きっと、このモビルアーマーもそうして……

そう、このあと、この先で旋回して、ここで……あ、あれ?まだ飛べてる…え?

「……あ、あれ!?」
 
モニター上の機動を見ていたあたしは、思わずそう声をあげてしまっていた。

モビルアーマーを撃墜したのは、あたしが思ったのとはパターンが違った。

モビルアーマーは加速してサガミに向かって行った瞬間に、交差した弾幕を浴びて爆発している。

旋回の瞬間を狙われたわけではないようだった。

 これは…あのパイロットのミスだ…それほど厚い弾幕だったわけでもない。

パイロットが弾幕が流れる方向を読み誤ったように見える。

残念だけど、この撃墜はまぐれの幸運だったとしか言えないな…参考にはなりそうもない。

 あたしは、ため息をついて、それでもデータに目を凝らす。

直線機動の迎撃の仕方は、隊長に聞いたとおりにやればいい。

ジオンの戦闘機がそんなことをして来た試しはなかったけど、訓練中にダリルさん達を相手に、なんどもやった。

直角の位置からの追従と予測射撃で相手を狙えるチャンスがある。

それにさっきイメージした通りに、旋回開始の直後も敵の動きが鈍る瞬間だ。

もし、戦わなきゃいけないのならそこを叩くのがベスト…

もちろん、戦わなきゃいけないのなら、だ。

さっき少佐と大尉が言っていたとおり、たぶんあたし達は第三中隊の援護に回る可能性が高い。

直接戦闘をしないで援護の弾幕を張るのが主な任務になるだろうけど、それでももしもと言うこともあるし、敵がこっちに向かってきたら、対応する必要がある。

直線機動なら直角方向への回避一つで安全は確保できるはずだ。

あの大きな爪には注意が必要だから、ギリギリの回避ではなくて思い切った距離の開け方に気をつけなきゃ…

 そんなことをしきりに考えていたら、不意にヘルメットの中で無線が鳴った。

<こちら、ランドルマン少佐。各機、準備状況はどうか?>

あたしは、それを聞いて慌てて時計を見やる。

気がつけば、もう集合時間の1345時だ。

あたしはコンソールで無線のチャンネルを切り替えて呼びかける。

「こちら、アトウッド少尉。整備班、あたしの機体の調整、どうですか?」

するとすぐにハスキーがかった声で返事が聞こえた。

<あぁ、マライアか。今、ヘッドバルカンの給弾を終えた。装甲を閉めてるところだから…5分待て>

声の主は、あたしの機体の機付長、ボウマン軍曹だ。大尉と同じくらいの年齢で細身で小さいのに、やたら胆力があってあたしはいっつもからかわれてばかりだ。

「軍曹、よろしくお願いします」

<あぁ、任せとけ。俺の整備した機体だ、なにがあっても無事に帰って来やがれよ。俺の評価に関わるからな>

軍曹はそう言って笑ってくれる。そういえば、ジャブローに居た頃にもよくエルサとこんなやり取りをしてたっけ。
 


 エルサは結局、終戦まであたし達の機体の機付長になれなかったし、そもそもあたし達は北米からジャブローに戻ってからはモビルスーツ隊に改編されたから、

お世話になっていた整備班の人たちとも離れ離れになっちゃったけど…とにかく、軍曹がそう言ってくれるんだ。

機体は、信用できる。

「了解です。もしものことがあったら、ランドムーバーででも帰ってきます」

あたしがそう答えたら、軍曹はガハハハと笑った。

<お前、それじゃぁ、俺が整備した機体だっていう意味がねえじゃねえかよ>

「あはは、そうでした」

<まぁ、最悪、それでも良い…死なれるよりはな。自分の整備した機体とパイロットが戻らねえのは俺たちにとっても辛いことだ>

軍曹は、そう言って声を潜めた。

「はい…なるべく機体も無事に持って帰ってきますね」

<そうだな…まぁ、機体の方は無理するな。搭乗員あってのモビルスーツだからよ>

「了解です、ありがとう、軍曹」

あたしはそうお礼を言って無線を切り、少佐へのチャンネルに切り替えて報告する。

「少佐。こちら、アトウッド少尉です。今、ヘッドバルカンの給弾作業が終わりました。現在、装甲の再装着中です」

<こちらランドルマン。了解した。こちらより、最新の状況報告と作戦を説明する。各機、データをリンクせよ>

あたしは、少佐の指示に従ってコンピュータから通知の画面を呼び出して、そこに光る新たな情報を選択して表示させる。

そこには、先ほどの機動データと同じような三次元図面の映像が写っていた。

<敵モビルアーマーは現在、速度を緩めてサガミ周辺を周回中。サガミは機関部に損傷を受け、現在航行不能の状態に陥っている。

 敵のモビルアーマーは、恐らく長時間の高速機動には耐性がないのだろう。周回中の現在は、光学測量で放熱板らしき物を展開しているという情報が入っている。

 サガミ旗下もモビルスーツ隊はブリーフィングのときのままだ。被撃破はない。

 現在、直近の我々の到着が最速となるが、月面より帰投中のペガサス級サラブレッドも現場に向かってきている>

<ペガサス級とは…豪華な援軍だ>

大尉の野次が飛ぶのを無視して、少佐は続ける。

<我々は、第三中隊の援護に回る。ハウス大尉達は、第三中隊第一小隊の援護を頼む。俺とヒシキで、第二小隊の面倒を見る。先行するケベックが旗艦だ。二時方向、見えるか?>

不意にそう言われて、あたしは外部モニターを表示させる。するとそこには、もう随分近くまで来ているマゼラン級の姿があった。

<了解…とにかく、無理せずに、ってことですな>

<そうだ。敵もそろそろエネルギーに限界が来るだろう。そこを叩くなり鹵獲するなりできる頃合だ。そっちは第三中隊に任せて、俺たちは大人しく支援に専念だ>

<でしょうな。大仕事は歴戦部隊に任せて楽しようじゃありませんか>

<頼むぞ、大尉>

<分かってます。ヘマはやらかしません>

<無茶も、な>

<俺がそんなマネしたことありましたっけ?>

<しないことの方が少なかったように思うが?>

少佐と大尉の、そんな他愛もないやりとりを聞いて、あたしはこらえきれずにクスッと笑いを漏らしてしまった。

横柄な態度もそうだけど、やっぱり大尉は隊長そのまんまだ。

あたしに無茶をするな、なんて、どの口が言うんだろう。

<まぁ、バカ話はさておき、幸運を祈ってますよ>

<あぁ、こちらもだ。状況が変わり次第、また連絡を入れる>

少佐はそう言って無線を切った。
 


 ピピっと警告音がして、モニターに何かが映し出される。

見れば、HUDにマーキングが光っている。姿は見えていないけど、友軍のマークだ。

これが、サガミだね…

 <こちら、サラミス級セシール所属、第八MS中隊、第十二小隊指揮官のハウス大尉だ。第三中隊第一小隊、貴隊の援護に回る。よろしく頼む>

大尉は、次いでそう無線を響かせた。途端に、聞きなれない声が無線に響いてくる。

<こちら第一小隊、“ピーナッツ”隊長、バレッタ少佐だ。君の隊の援護だか、頼もしい。こちらこそよろしく頼む>

<こちらピーナッツの二番機、ジョエル・カーペンター中尉だ!俺をやったやつはいるのか?>

これって、第三中隊の人達…?

ジョエルって、確か、あたしがマークしたジムスナイパーⅡのパイロット…!

「あ、あの。あたし、です!マライア・アトウッド少尉です!」

あたしがそう名乗ったら、無線の向こうで微かなどよめきと共にヒューっと口笛なんかが聞こえてくる。

<少尉、あんな動きは見たことなかった。見事だったよ>

ジョエル中尉らしい声がそう言ってくれる。

「あ、ありがとうございます!」

あたしが慌ててそう返事をしたら、中尉は続けた。

<そういうわけだから、基地に戻ったらどうやったのかご教授願えないだろうか?夕飯でも食べながら、とか、どうだろう?>

「あぁ、そういうのは間に合ってます」

あたしはなるだけツン、と聞こえるように答える。こういうのは、ヴァレリオさん相手に慣れたものだ。

<こちら、第一小隊キッド少尉!よろしく頼みます!>

と、あたしとジョエル中尉の会話を遮るように、キッド少尉がなんだかぶっきらぼうな口調でそう言葉を挟んできた。

それについで、“ピーナッツ”隊の方からも

<こちらは三番機のアーノルド・マートン少尉だ。隊では新米なんで、後ろから見張っててもらえると助かります>

と声が聞こえてきたので、あたしと中尉との話はそれっきりになってしまう。

まぁ、残念なんてことも思わないし、そんなことよりもう一度機動データを見たいと思っていたあたしは、そんな事前連携もそこそこに、

コンピュータのモニターの方にデータを表示させてイメージを再確認する。

<おい、なに怒ってんだ、キッド?>

<別に、怒ってなんていやしません!>

大尉とぶっきらぼうなキッド少尉の声が聞こえる。

キッド少尉、緊張してるのかな…?

いつもはもうちょっと穏やかなんだけど、さっきもあたしと中尉の話を遮っちゃう勢いだったし…少し心配だ。

「ウォルト、リラックスだよ」

あたしがそうわざわざ名前を呼んで言ってあげたら、キッド少尉はさっきのあたしみたいにツンとした声色で

<お前は自分の心配をしてろよ>

なんて言われてしまった。

なによ、せっかく心配してあげたのに!

 そう思って、モニターに目を落とそうとしたそのときだった。

突然、キューキューと言う警告音がヘルメットの中に鳴り響く。

せ、接近警報!?

 そう思って顔を上げたその瞬間、無線から無数の叫び声が聞こえてきて、パッと左手に閃光が走った。
 


見ると、モニターの向こうでマゼラン級が炎上を始めている。

まさか…敵襲…!?

 <おい、デッキ!こっちを切り離せ!>

大尉が怒鳴る声が聞こえた。

再び、ヘルメットの中に警報が鳴り響く。同時に、目の前のモニターのHUDに黄色いマーキングが映し出された。

て、敵…!こっちに来る…!

<て、敵高機動機、接近!>

<デッキクルー及び整備班は緊急退避!急げ!>

<バカ野郎、モビルスーツ隊のパージを優先させろ!おい、逃げるな!>

<対空迎撃急げ!>

<ダメだ、間に合わない!>

<第二デッキ、モビルスーツパージする!俺たちに構うな、艦から離れろ!>

混乱した無線に混じって、

ボウマン軍曹の怒鳴り声が聞こえた。

ガクン、と衝撃があって、モビルスーツが簡易の固定具から解放される。

<キッド、マライア!スラスターを吹かすな、デッキクルーを巻き込む!>

<構うな、やれ!>

少佐の声と、軍曹の声が交錯する。

モニターの中ではあたし達めがけてモビルアーマーが迫ってきている。

でも…今すラスターやバーニアを使えば、本当にデッキのスタッフや整備班を吹き飛ばすか焼き殺してしまう…!

そんなこと出来ない…なら、どうしたらいいの…!?

 あたしは咄嗟にそう頭を回転させてレバーを引きモビルスーツの腕の最大出力でデッキを突っ張った。

それでも、機体はゆったりとしかデッキから離れない。このままじゃ、狙い撃ちにされる…

デッキクルーに一番被害のでない角度は…デッキと向き合う姿勢でバーニアを吹かすしかない…モビルアーマーの方向に…!

 あたしは、迷わなかった。

迷えば、ソフィアの二の舞になる…!

そんな思いだけで、あたしは後先も考えずにとにかく姿勢を変えて一気にペダルを踏み込んだ。

機体が急加速して艦から飛び出す。

キューキューと言う警告音が、やがてビーっと言う激しい音へと変化した。

レーダー照射…!?攻撃が来る…!

あたしは無我夢中でレバーを引き、体勢を変えながらさらにペダルを踏み込んだ。

モニターの中で、モビルアーマーが煙とともに何かを吐き出した。

それは白煙を引きながらあたしの機体めがけて飛んでくる。

ミ、ミサイルだ…!お、追ってくる!

あたしは機体を逆向きに振って旋回しようとレバーを引いた。

でもその瞬間、全身にマイナスGが掛かって機体が減速される。
 


 しまった…慣性のこと、頭から抜けてた…!

ミサイルとの距離はもうかなり詰まってきている。

今から加速したところで、逃げきれない…!

あたしは咄嗟にレバーを押し込んでビームガンを構えた。

お願い、当たって…!

そう祈りながら、レバーの引き金を引き続ける。

連射の鈍いビーム・ガンの再装填がもどかしい。

それでも、四発目のビームがミサイルと交差して爆発を起こした。

や、やった!

そう思ったのも束の間、爆炎を抜けたミサイルの一本がさらにあたしめがけて迫ってきた。

もう迎撃も回避も無理だ…

シ、シールド!

あたしは、ハッとしてレバーを引く。

間一髪のところで正面に出たシールドにミサイルが着弾した。

機体がミシミシと音を立てるけど…大丈夫、どこにもエラーは出てない…!

<マライア、無事か!?>

「大尉!大丈夫です!敵機は!?」

あたしは、無線から聞こえた大尉に大声でそう聞き返した。

<6時方向に抜けて行った。後方警戒!>

「了解です!」

そんなやりとりの背後では、被弾したマゼラン級の混乱した様子が聞こえている。

<モビルスーツ隊はどうした!?>

<第一デッキに直撃弾、状況不明!>

<第二区画のダメコン効きません!エアー流出中!>

<メインエンジンの火災鎮圧を!誰か人を寄越してくれ!>

<退艦命令は出ないのか!?>

<持ち場を離れるな!対空警戒!>

モニターに映るマゼラン級は、あちこちから煌々と炎を吹いている。第一デッキは…もう吹き飛んでしまって見る影もない…

<くそったれ、ハメられた…!>

大尉が吐き捨てるようにそんな声をあげる。

「どういうことですか…?」

<野郎、サガミの脚を止めて俺たちのような救助が来るのを待ってやがったんだ…!なるだけ大勢を道連れにするつもりで…!>

あたしは、その言葉に背筋が凍った。

そう、聞かない話じゃない。

敵を敢えて生かして、その場に置き去りにする…それで、救助に来た他の敵を片っ端から打ち抜いていくのは、よくある戦術だ。

でもまさか、自分がその火中に誘い込まれてしまっただなんて…!
 


<大尉、上方、来ます!>

不意にキッド少尉の怒鳴り声が聞こえた。

同時に大尉の

<まずいっ!>

と言う声もする。

見上げるとそこには、真上から降りかかってくるようにしてこちらに機首を向けたモビルアーマーの姿あった。

でも、警報は鳴ってない。狙われているのは、あたしじゃない…!?

<敵機接近!レ、レーダー照射を受けてます!>

そう聞こえたのは、大尉でもキッド少尉の声でもない、サラミス級セシール、あたし達の艦橋にいるオペレーターの悲鳴だった。

<やらせるな!>

そんな声をとともに、どこからかビームの破線がモビルアーマーに打ち込まれた。

見ると、ランドルマン少佐とヒシキ中尉の機体が、モビルアーマーに向けてビーム・ガンの銃口を向けている。

あ、あたしも、援護を…!

それを見て我に返ったあたしは、ビーム・ガンを構え直して引き金を引いた。

でも、モビルアーマーは回避する素振りを見せない。それどころか、一層早い速度であたし達の背後にあるセシールに向かってくる。

当たるのが怖くないのか…それとも、当たる分けはない、ってそう思っているの…!?

<対空砲、全力で迎撃!寄せ付けるな!>

そう誰かの声が聞こえて来たと思ったら、背後からビームや曳光弾の軌跡が真っ暗な宇宙空間に輝きだした。

モビルアーマーはたまらずにその機動を変えた。

そして、次の瞬間にはモニターからその姿をロストする。

<くそっ、どこへ行きやがった!?>

<ミノフスキー粒子は撒かれてない、レーダーに頼れ!>

<敵機、左舷側に抜けた模様!>

艦からの無線が聞こえてくる。

次は、左舷…ううん、さっきは後方へ抜けて、上から襲ってきた。

同じセオリーなら、次は…!

「大尉、下方の警戒やります!」

<良い読みだ…!キッド、お前は後方と左舷を警戒しろ!>

<了解です!>

あたし達は声を掛け合って艦の周りに布陣する。

あたしと大尉で艦の腹側、キッド少尉と少佐達は上方から後方を警戒している。

あのモビルアーマー、想像しているよりずっと早い…一瞬でモニターはおろか、視界からも消えちゃうなんて、乗っているパイロットは、いったいどんな体をしてるんだろう…

あんな速度で掛かるGは計り知れない。それこそ本当に、加速時や旋回時なんかは本当に打ち上げロケット並だろう。
 


<マライア、レーダーの自動追尾をオンにしておけ。ミノフスキー粒子の散布はない。あの速度だ、目視では無理があるが、飛びぬけた先を確認できるのは有利だ>

「了解です」

あたしは、コンピュータでレーダーと機動のリンクを設定する。

敵機をもう一度レーダーで捉えたときにロックボタンを操作すれば、機体が自動で敵機を追従してくれるはずだ。

火器管制でも追いきれない、って話だから、きっとそのままの射撃で当てるのは難しいんだろうけど…でも、位置が分かるんなら確かに対応がしやすいはず…

 不意に、ピピピと言う発信音がヘルメットに響いた。

同時にHUDに敵のマークが出現する。

き、来た…!

「か、下方!敵機確認!また突っ込んできます!」

あたしがそう報告した瞬間、モニター内がキラリと光った。

メ、メガ粒子砲…!

スラスターで機体を反転させ、ペダルを踏み込んで回避行動に入る。

そんなあたしの機体のすぐそばを、輝くビームが抜けて行った。

 あ、あたし、また狙われてる…!?

そのままペダルを踏み続けて加速すると、モビルアーマーはあたしを追従する機動に変わった。

 や、やっぱりだ…!

あたしはビーム・ガンを突き出して、ペダルお踏み込みブースターで加速を続けながらスラスターで機体を揺さぶりつつ引き金を引いた。

でも、あたしのビームはてんで的外れでモビルアーマーを捉えるどころか掠めさせることも出来ない。

そ、そうだ、レーダーとのロックを…い、いや、ダメ…今そんなことしたら、機体が思うように動かせなくなる…ま、まずは回避に専念して…

 そうこうしている間に、モビルアーマーはすぐそばまで迫ってきていた。

この距離…あの、爪が来る…!

あたしは、さっきのデータを思い出して、モビルアーマーの機動からさらに逃れるように進行方向とは垂直に機体を滑らせる。

でもそんなとき、キッド少尉の声が無線に響いた。

<マライア、誘われるな!孤立するぞ!>

その声で、あたしは気がついた。

あたしは、敵からの回避をし続けた結果、いつの間にか、セシールからも部隊のみんなからもずいぶん距離をとってしまっていた。

向こうへ戻らないと…集中攻撃を受けちゃう…!

 でも、そう思ったのも束の間、敵機はあたしめがけてさらにビームを連射してくる。

あたしは機体を横に横に滑らせて回避を続けるけど、そうすればするほど、どんどんと艦からの距離が開いて行っている。

<持ちこたえろ、マライア!>

<少尉の援護に行く、艦は任せる!>

キッド少尉とランドマン少佐の声が無線に響いた。

 でも、あたしはそんなことを気にしていられるような状況じゃなかった。敵機の機動は、あたしの予測を遥かに越えていたからだ。

あの速度で迫って来ながらビーム乱射しあたしの背後に抜けたと思いきや、急旋回をして向きを変えさらにあたしに迫ってくる。

あんな旋回、あり得ない…あんれじゃぁ機体が分解してもおかしくない…

 戦闘機やロケットどころの騒ぎじゃない…あんな旋回じゃ、10Gを越えていたって不思議じゃない!

それでも機体を操って、あたしを狙えるあのパイロット…普通じゃない…!

 再びビームの雨があたしを襲う。追従してくる高速機相手に、回避は紙一重だ。

胸が焦燥感で熱くなり、体が強ばり始める。怖い…やられる…!
 


「もう!やめてよ!しつこい!しつこいぃぃ!」

ヘルメットの中でそう絶叫した瞬間に、体が動いた。震えが止まった。怖さが和らいだ。恐怖に負けちゃいけない…騒がなきゃ!

次の瞬間、あたしの目の前をモビルアーマーの物とは違うビームは横切った。それを回避したモビルアーマーは、あたしから軌道を逸らして遠ざかって行く。

<無事か、少尉!?>

その声は、ヒシキ中尉だった。

「中尉、ありがとう!」

<あの機体、俺達を叩くつもりだ。戦艦なんて後回しでも構わないらしい>

中尉はあたしの礼には答えずに、端的に言う。確かにあの機動性で迫られたら対空砲なんて関係ない…ビーム機銃の僅かな破線の隙間を縫えてしまえるような鋭さだ。

<敵、旋回した!来るぞ!>

 大尉の声が聞こえて、あたしはモニターに目を戻した。そこには、少佐の機体に迫るモビルアーマーが映り込んでいる。

モビルアーマーは続け様に三発、ビームを発射した。

<くっ…!>

そう声を漏らした少佐は機体を駆ってビームを回避しきる。でも、次の瞬間にモビルアーマーがビームとともに放っていたミサイルが少佐の機体に直撃した。

パパパっと閃光が走って、機体が爆炎に飲まれる。

<少佐ぁ!>

ヒシキ中尉の声が無線に響く。

<も…問題ない、損傷軽微…!>

良かった、だなんて思わなかった。あたしよりも先に、大尉がそのことに気が付いていた。

<回避だ、少佐!>

そんな大尉の声が無線に響いた次の瞬間、少佐の機体に突撃したモビルアーマーが大きな爪を引っ掻けてジムCを三つに切り裂いた。

カッと閃光がモニターを白く染め、宇宙空間に爆発が広がった。

 そんな…まさか、少佐がやられた…!?

<少佐…!あいつ…っ!>

あたしのすぐそばにいたヒシキ中尉がそう声をあげてモビルアーマーに突っ込んだ。

「中尉、ダメっ!」

あたしはとっさにペダルを踏み込み中尉の機体を追う。でも、中尉はあたしの警告を無視してモビルアーマーに正面から迫り、ビーム・ガンを乱射した。

幾筋もの光線がモビルアーマーに迫り、その内の二発がモビルアーマーの装甲に弾けた。

 そんな…ビーム・ガンが、効かない…?!装甲を貫くためには出力が足りない、って言うの…!?

あまりのことに驚き、一瞬動きを止めたあたしとは対照的に、中尉は躊躇することなくビームサーベルを引き抜いた。

まさか中尉、あいつに近接戦闘を仕掛けるつもりなの…?!

そんな、そんなの…!

「ダメ、中尉!無茶です!」

でも、あたしの静止を無視して大尉は接近するモビルアーマーに対して格闘コマンドに入って、サーベルを振り上げた。
 


 <中尉!!!>

その時だった。

ヘルメットの中に女性の声が聞こえて飛び込んできた曳光弾がモビルアーマーの側面に弾けた。そのモビルアーマーの軌道が微かに乱れる。

イ、イルマだ!イルマの対空砲火が…!

 そう思ってもう一度モビルアーマーに視線を戻すけど、でも、モビルアーマーの速度は落ちる事はなかった。

 中尉の機体が、僅かに軌道を変化させたモビルアーマーの上面に衝突して跳ね上げられた。

中尉の機体は、スラスターやバーニアを吹かすこともなくそのまま宇宙空間を漂って行く。

<ちゅ、中尉!>

再び、聞こえた女性の、イルマの声がヘルメットの中に響いた。

 そ、そんな…中尉も…やられちゃったの…!?

そう直感して息を飲んだ次の瞬間に大尉の怒鳴り声が聞こえた。

「マライア、撃て!」

で、でも…中尉が…そんなあたしの一瞬の戸惑いの合間に

<クソったれ!>

とキッド少尉が呻く声がする。

 ハッとして少尉のいた方に目をやると、中尉と衝突して軌道を変えられたモビルアーマーが、その先にいたキッド少尉にビームを放った瞬間が目に入った。

―――ウォルト!

 そう声をあげる間もなく、キッド少尉の、ウォルトの機体が爆発を起こした。

 ウソ…ウソだよ…こ、こんな短い時間に、3機も…みんな、みんなやられちゃった…?

<こいつ…並じゃねえぞ!>

大尉の声が聞こえてくる。あたしはとにかく回避運動を続けながら、今起こったことを必死に理解しようとしていた。

 ランドルマン少佐がミサイルの直撃を受けて硬直したところをあの爪で掴まれてバラバラにされて、中尉は衝突して宇宙に機体ごと投げ出されて、そのままキッド少尉まで…

 モビルアーマーってこんなに圧倒的なの…?こ、こんなの、いったいどうやって止めれば良いの…?

ヤバイときは逃げろ、って言ったって、逃げたりしたらセシールがやられちゃう…ねぇ、どうしたら良いの…?隊長…アヤさん…お願い、教えてよ…!

あたし、どうしたらいい…?

 どうしたら…どうしたらあたし、あいつを止められるの…!?

 <このやろう!>

大尉が怒鳴りながらビーム・ガンをモビルアーマーに連射する。でも、最初の一発は上面の装甲に弾けて、続く射撃は流れてしまって当たらない。

ビーム・ガンじゃダメなんだ…モビルスーツで叩くなら中尉がやろうとしたみたいに、サーベルでなんとかするしかない…

でも、あんな機体に近接戦闘を仕掛けるなんてそれこそ中尉の二の舞いになる…

 あたしは、背中を駆け抜ける奇妙な感覚を覚えた。

寒い…背筋が凍ってしまったような、そんな感じがする…

―――勝てない

脳裏に、そんな言葉が湧き出てきた。
 


 体が、手が、ガタガタと震えてる。この敵には、勝てない…その絶望を、あたしの体が理解したような、そんな感覚だった。

 モビルアーマーはセシールの弾幕を縫うようにして下方に飛び抜ける。あんな厚い弾幕を被弾もせずに飛んで、こっちの主兵装は装甲で弾かれる。

接近しようにも、速度では敵わないし、第一あの速度では機体そのものが弾丸だと言って良い…こっちに、打てる確実な手立てはない…

―――でも…

あたしはレバーを握る手に力を込めた。

 セシールは、やらせない…あたしだって…やれるんだ。やらなきゃいけないんだ。あたしは泣き虫でヘタレでビビリだけど…

それでも、みんなと同じ…オメガ隊の隊員…マライア・アトウッド曹長なんだから…!

 モビルアーマーが急旋回をしてあたしに機首を向けた。

あたしはシールドをレバーを引き、付き出しながらペダル踏み込んでモビルアーマーに向けて加速する。

<おい、マライア!何やってる!>

大尉の声にあたしは叫んでいた。

「これ以上やらせられないでしょ!」

正面からモビルアーマーのビームが飛んで来た。あたしは、訓練でやったあの機動で照準を僅かにずらしながらそれを回避し続ける。

そうしながら、やぶれかぶれのビーム・ガンを撃ちまくるけど、こんな動きをしながら当てるのは、今のあたしには無理だ。

当たったところで、頑強な正面装甲に弾かれてしまうのは目に見えている。でも、それでもいい…このビーム・ガンは、目くらましだ。

 距離が詰まったらサーベルを抜く。中尉のように格闘のコマンドを入れたところでこんな相対速度じゃ振り終わる前に跳ねられる…

だから、コマンドなんて使わない…あの目玉に、一直線に突き立てる…!

 モビルアーマーがミサイルを発射してきた。これは、少佐のときと同じ戦法!?それは、食わないよ!

 あたしはビームでミサイルを狙いながら、左のレバーのボタンに指を掛けた。ヘルメットの中に警報がけたたましくなるのを聞きながら、そのボタンを押し込んだ。

機体の前に付き出しているシールドのマウントが外れる。あたしは姿勢を変えて、そのシールドを目一杯の出力で蹴りつけた。

シールドがミサイル目掛けて飛んで行き爆発を起こす。爆煙が視界を遮った。

撃ってくるなら、今だ…!

 あたしは右のペダルを踏み込んで、左のレバーを押し込み、右のレバーを引っ張った。

機体が左足を軸に横に回転した瞬間に、そこをビームがすり抜ける。あたしはビーム・ガンを煙の向こうに撃ち返した。

ビームを撃ってくる瞬間には、あの正面装甲が開く。

まぐれ当たりでも、そこにねじ込めればダメージを与えられるはずだ。

 でも、それはあくまでも目くらまし…本命は、この煙を抜けた、その瞬間…!

あたしはレバーを引いてサーベルを抜き、まっすぐ前に突き出した。

 そして機体が、煙を抜けた。

―――あぁ、しくじった…!

 本当に、その瞬間、そう口走っていた。敵の距離が想像以上に近かった。

それこそ、ほんの100メートルもない。そしてあたしの正面にあったのは敵の機体そのものじゃない。

そこから長く伸びたあの大きな爪だった。
 もう、ペダルを踏んで逃げる隙も、スラスターで位置を変えることも、レバーを引いて姿勢を傾ける暇もなかった。

 あたしは、迫ってきた大きな爪に掴まれて強烈なGで自由を奪われた。

強烈なGが全身を襲い、遠ざかる意識の中で抵抗する暇もなく、怖いと感じる瞬間もないままに、

あたしは、目の前が明るく光ったのを見た。

 
 
 



―――助けて


声が聞こえた。

なに?誰…?


―――あの子を、助けて


あの子…?誰…?誰のことを言ってるの…?

 そう思った時だった。何か、温かい感覚があたしを押し包んだ。まるで、後ろから誰かに抱きしめられているような、そんな感じだった。

 ふと、あたしは辺りが妙に明るく見えることに気づいた。コクピットのモニターから見える景色が、青い。

まるで、地球で高高度を飛んでいるときに見上げたような深くて遠い、そんな色をしている。


―――私に、悲しい思いさせないで


また、声が頭の中に響いてきた。悲しい思い…?どういうこと…?

 あたしはそんな事を思ったけど、その言葉を聞いたことがあった。

ううん、言葉だけじゃない。

この感じ…この暖かい肌…頼もしい力強さ…あたしの手を握る、優しい感触…

―――何があっても負けないで、大好きな、私の天使様…

姿が見えるワケじゃない。でも、分かる…この感覚は、間違いない、その声も、言葉も間違いない…!

あたし、わかるよ!

「ミラお姉ちゃん!」

あたしは自分の叫び声で我に返った。

あたしはまだ、爆煙の中にいた。

 何…?何なの、今の感じ…?あたし…幻でも見てたの…?

そんな疑問は次の瞬間、正面から迫りくるザラリとした感触に遮られた。

来る…敵だ…あいつが、あたしを狙ってる…!

 パッと、爆煙が晴れた。青い世界に敵のモビルアーマーが浮かんでいる。

分かる…このままじゃ、あたし、あの爪に引っ掛けられて、バラバラにされちゃう…!

 あたしはレバーを左右逆に操作して、ペダルを踏み変えた。

そして、迫りくる爪に、ビームサーベルを立てた。

 バギャッと鈍い衝撃が走って、機体が不規則に揺さぶられる。

コンピュータが警報を鳴らし、機体のセンサーの各部が異常を示す赤いランプを灯している。

でも…あたし、生きてる…生きてるよ…

「あたし、生きてるよ!ミラお姉ちゃん!」

あたしは、自分でも無意識にそう叫んでレバーを引いた。ビーム・ガンを握っていた方の腕は、まだ無事だ。

なんでかは分かんないけど…今なら、やれる…!

 あたしは、レバーの引き金を引いた。

ビーム・ガンから発射されたミノフスキー粒子があたしとすれ違って行ったモビルアーマーの背後に伸びていき、そのブースターを捉えた。

 小さな閃光が上がって、モビルアーマーはユラユラと不安定に軌道を変えた。

やった…!そう思った瞬間だった。またザラリとした感触がして、モビルアーマーがその軌道を変えた。その先には、あたし達の母艦、セシールあった。
 


 まさか、特攻するつもり!?

 そう思ってモビルアーマーを追おうとするけど、いくら操作しても機体が言うことを効かない。

コンピュータのパネルに目をやると、あたしの機体は、すでに右足と左腕が反応していなかった。

「イルマ!」

あたしは自分でも分からずに、彼女の名を呼んでいた 次の瞬間、セシールの対空砲がモビルアーマーの正面から突き刺さり、ついに真っ赤な火が灯る。

それでも、慣性の付いた機体は止まらない。

ダメだ…実弾の対空砲じゃ、爆破は出来ない…!

 そう思って、角度的に有効かどうかも分からないビーム・ガンを向けたそのとき、無線に声が響いた。

<やらせるかぁぁ!>

同時に、モビルアーマーに何かが突っ込んだ。それは、大尉の機体だった。

 大尉のジムCは握っていたビームサーベルをモビルアーマーに突き立てそのまま機関部までを一気に切り裂く。

そして次の瞬間にはカッとモニターの中が明るく光って、そしてレーダー上からモビルアーマーの反応が消えた。

 「大尉…大尉!無事ですか、大尉…!返事してください、大尉!」

あたしは夢中になって無線に呼びかけた。すると程なくしてノイズとともに聞き慣れた横柄な声色の男の声が聞こえてきた。

<ザッザーッ…クソっ…両脚持って行かれた…整備の連中に合わせる顔がねえや>

モニターの中、爆炎が四散したその場所に、脚とサーベルを突き立てていた右腕を失ったジムCが漂っている。

あたしは、それを見て思わずため息をついて口にしていた。

「無茶はするな、って自分で言ってたじゃないですか!」

すると、乾いた笑い声とともに大尉はあたしに言い返して来る。

「バカ言え、お前に比べりゃ、まだマシだ」

そう言った大尉は、また少し笑い声を上げてから、やがてはぁ、と大きなため息をついてみせた。




 


つづく。

 



一言だけ。
かっけえ

>>140
レス超感謝!
頑張りましたw
 

壮絶すぎてコメントするの忘れてたw
続きが楽しみ!

>>142
マライアがモビルスーツに乗ると、いつも大変ですw


こんな時間になりましたが、続きです。
 





 フワフワと、奇妙な感覚が体を支配している。あちこちから人の気配がするのが感じられて、何だか落ち着かない。

艦に戻ってすぐに半ば命令に近い形でシャワーを浴びさせられそれから自室にこもっていたあたしは、どうにも座りの悪いその感覚に身じろぎしていた。

 引き出しにストックしておいたチョコレートのビスケットをかじりながらコーヒーを啜ってはいるけど、一向に収まる気配はない。

正直、神経か精神がおかしくなってしまったんじゃないか、って、そう感じていた。精神的な戦闘後遺症の話は、軍に居れば聞かない話ではない。

ヘタレなあたしが危機的過ぎる状況に投げ込まれたせいでそんな風になってしまったって、何の不思議もない。

 でも…あたしは落ち着かないながらも、もう一つの別の感覚にも気付いていた。

それは得体の知れない安心感とそしてそれが与えてくれている胸に込上がる活力だった。

 その原因は、なんとなく分かってはいるんだけど…でも、それこそ戦闘の精神的なショックのせいかも知れない、って思えてしまう。

 冷静に考えれば考えるほど、そんな現実は有り得るはずがないんだ。

死んだはずのミラお姉ちゃんが、戦闘のさなかにあたしのジムCのコクピットに居た、だなんて…今も、何だか近くに居てくれている確信があるだなんて…。

いったいあたし、どうしちゃったんだろう…?

 戦闘の終了直後、セシールからイルマが発進してきて、あたしと大尉を、ボロボロの機体ごと回収してくれた。それから、もう一人。

モビルアーマーに跳ね飛ばされて宇宙を漂っていたヒシキ中尉も、だ。

 中尉は、奇跡的に生きていた。全身打撲と八箇所の骨折なんて言う重傷だったけれど、イルマがその機体に取り付いて泣きながら

「好きだったのに、どうして死んじゃうんですか…!」

なんて言ってたら、それが接触通信で聞こえていたらしい。その声で意識を取り戻した中尉から

「イルマか…?」

なんて返事が返って来たものだから、そのときのイルマの慌てようと言ったらなかった。

そんな中尉は、今はイルマに付き添われて医務室で治療している頃だろう。

 中尉が無事だった事は嬉しい。

でも、良かったなんてこれっぽっちも言えない。

少佐とウォルト…キッド少尉が死んだ。

マゼラン級ケベックは爆発、轟沈こそ免れたものの、船体は大破。クルーも大勢犠牲になった。

デッキにいた第三中隊は、一人を残して、みんな発進前のデッキでモビルスーツごと爆破されてしまった。

 そんな中で幸運にも、セシールのクルーには被害がなかった。

奇襲を受けたとき、デッキクルーや整備班の人達を巻き込んでいないか心配したけれど、

戦闘の後、スクラップ同然になったモビルスーツのジェネレーターを完全に停止させに来てくれたボウマン軍曹から、全員の無事を聞かされた。

モビルスーツを壊したことを皮肉混じりにからかわれたけれど…でも、良く生きて返って来たな、ってそう言ってくれた。

 艦は今、宇宙空間に停止している。

大破したマゼラン級ケベックを曳航して、同じく被弾して見動き出来ないフジ級サガミと合流し、周囲を警戒しながらペガサス級サラブレッドの到着を待っているところだ。

サラブレッドが到着し次第、ケベックをサラブレッドが、サガミをあたし達の乗っているセシールが曳航して、

周回軌道で遠ざかってしまっているルナ・ツー基地より手近な月面のフォンブラウンへ向かう予定だ。
 


 それまで待っていなければならないわけだけど、この宙域が安全なわけではない。手負いの二艦の内、ケベックの方はもう対空砲撃すら出来ない状態だろう。

このセシールだって艦は無事だけど、モビルスーツはイルマの機体を残して全滅だ。

この状態でまた攻撃でも仕掛けられたら、手の打ちようがない。

ブリッジの方では緊迫した監視体制を敷いて周囲の異変を察知しようと必死だろうけど、モビルスーツのないあたし達に出来ることはないに等しい。

休め、なんて気を使ってくれているのだとは思うけど、現実的に見て、それくらいしかやれることがない。

まぁ、強いていえば、整備班の手伝いくらいかな…壊れた機体から無事なパーツを外したりだとか、そういうのは人手がいくらあっても足りないはずだ。

 なんてことを考えながらビスケットを頬張っていたら、ふと、何かが頭の中に入って来た。

誰かが怒ってる…これ、ボウマン軍曹だ…

相手は、仕事がのんびりなスミス一等整備兵かな?

のんびりだけどいつも丁寧で完璧の上を行くくらいなんだけど、そのペースのことで、ボウマン軍曹にはよく叱られることがある。

 それはともかく、ここから格納庫まではずいぶんと離れているのに、そんな事がまるで手に取るように感じられる。

二人だけじゃない。他の人達の気配も、感じ取ろうとすれば、無線の周波数を合わせるように探り当てる事が出来た。

ううん、もしかしたら、やっぱり神経がおかしくなっていて、そのせいで感じているような妄想を抱いているだけかも知れないけど…

 そんなことを考えながらコーヒーの蓋付きカップに口を付けたら、すでに空っぽになってしまっていた。

新しく淹れ直そうかとも思ったけど、あたしはふと、こんな安っぽいインスタントではなくて、大尉のコーヒーが飲みたくなって、

図々しくも内線電話を手に取って大尉の部屋に電話を掛けていた。

 呼び出し音が三回も鳴らないうちに、ガチャリという音がして大尉の少し疲れたような声色が聞こえる。

<ハウス大尉だ>

「あの、あたしです」

あたしが言うと、大尉はすぐさま穏やかな口調に変わって

<あぁ、マライアか。しっかり休んでるだろうな?>

と気遣ってくれた。

「はい、ありがとうございます…大尉、ありがとうついでに何ですけど…コーヒー、ご馳走してくれませんか?」

単刀直入に頼んでみると、大尉は、あぁ、なんて何かを感じ取ったような声をあげてから

<構わねえよ。俺も帰還報告を終えて、いましがた汗を流して来たところだ>

と返事をしてくれる。あたしはその言葉に何だかホッとしながら

「ありがとうございます、今行きますね」

とお礼を言って受話器を置いた。
 


 それから、引き出しの中に残っていたチョコレートと塩っけのあるスナック菓子を抱えて部屋を出た。

 廊下を漂い、指揮官用の個室が並ぶ区画の大尉の部屋まで行き、ドアをノックする。中から

「開いてるぞ」

と声が掛かったので、あたしはパネルに手を当ててドアを開いた。

 大尉の部屋には、すでにコーヒーのいい匂いが漂っている。

コーヒーメーカーの具合いを見ていた大尉が、チラリとあたしを見やって、すぐに意外そうな顔をした。

―――なんだよ、しょげてんじゃねえのか?

そんな言葉が頭の中に入り込んでくる。

「心配掛けて、ごめんなさい。自分でも分からないんですけど…なんか、平気なんです」

あたしはその言葉に答えてしまったけど、大尉は

「そうか」

なんて、穏やかに言ってコーヒーメーカーに視線を戻した。

 ドアを閉め、部屋のソファに降り立ったあたしに、大尉が静かに聞いてきた。

「…それで、まさか本当に俺にコーヒーを淹れさせるためだけに来た訳じゃないねえだろう?」

「それが…その、大尉のコーヒー飲みたいな、って本当にそれだけなんです」

ちょっと言いにくかったけど、正直にそう言ってみたら、大尉が声をあげて笑い始める。

「ったく…一度戦闘で生き残っただけにしちゃぁ、ずいぶんと出世が早くないか?」

「ご、ごめんなさい…でも、本当なんです。大尉のコーヒー、地球で飲んでいたのと、味が良く似てて…」

あたしがそう言い訳をすると、大尉は今度は、ニヤリと唇の端を持ち上げてみせた。

「そりゃぁ、お褒めいただけて光栄だ。あのバカのコーヒーに似てると言われんのは、悪くない」

そう言いながら大尉は、出来上がったコーヒーをマグに淹れてテーブルまで運んで来てくれた。

 あたしはそれを受け取って

「ありがとうございます」

とお礼を言ってから、ずっとそうなんだろうな、と思っていたことを大尉に初めて聞いてみた。

「大尉は…隊長…レオニード・ユディスキン大尉とお友達なんですよね?」

「ははは、まぁ、元部下だな…第99ジャブロー防衛戦闘機隊にいた頃のな。あの人は、副隊長。俺も赴任したばかりの、まだ若造だった」

大尉はあたしの斜向かいに座ってズズズっとコーヒーに口をつけながら、懐かしそうに虚空を眺めて教えてくれる。

「そうなんですね…だから、あたしの転属を引き受けてくれたんですか?」

「まぁ、そうだな。あの人の頼みとあっちゃ断るわけにもいかねえし…個人的にも、お前を見てみたかったんだ」

そう言った大尉は、あたしに、もらうぞ、と断ってスナック菓子を口に放り込んだ。
 


 個人的に…?それ、どういう意味だろう…?あたしの飛行データか何かを見て、見込んでくれたのかな…?

「あたしの成績、見てくれたとかですか?」

そう聞いてみると、大尉はあたしの顔を見た。その表情は、なんだかポカンと、驚いている様子だけど…

「なんだ、お前、何にも聞いてねえのか?」

思わず、って感じでそう言ってきた大尉に、あたしは首を横に振る。隊長からは何も言われてない。

大尉が隊長の元部下だった、ってことさえ知らなかったんだ。それ以上のことなんて聞かされているはずもない。

 すると大尉は、はぁ、とため息を吐いてうなだれ、

「本当にバカ野郎だな、あの人は…」

なんて誰となしにぼやく。でも、すぐに表情を切り返して、大尉はあたしを見つめて言った。

「71年にな…俺達は、航空ショーの一環で、北欧のカウハバ航空機地にジャブローからわざわざ出張ってたんだ」

71年…?今から…9年も前の話だ…そう言えば、その年、あたしは…

 ふと蘇りそうになった記憶を振り切って、あたしは大尉を見つめて先を促す。

大尉は一瞬、何かを考えるような素振りを見せてから、ゆっくりと続きを話し始めた。

「俺達は基地の端っこに機体を並べて、記念撮影やら装備の説明をやらされるっつう、おもしろみのない仕事をこなして、ショーが終わってすぐに基地を発った。

 その日にヘルシンキ基地に降り立って、整備点検のために一泊するスケジュールになってた」

そこまで話した大尉はジッとあたしの様子を伺ってくる。でも、あたしにはその意味が良く分からないでいた。

そりゃぁ、ヘルシンキと言えばあたしが住んでた街だし…その年はあの事件があった年だから、

きっとあたしはそのショックで茫然自失していた頃だろうな、とは思っていたけど…そんな事と大尉の話は関係がない。

あたしが首を傾げて見せたら、大尉は表情を微かに険しくさせた。それから

「なるほどな…そりゃぁ、判断に迷う、か…」

なんて口にしてから、それでも大きく深呼吸をし

「お前には辛い話だろう…気分悪くなったら、いつでもとめろ」

と断ってから、言った。

「ヘルシンキに降り立った俺達は、ジャブローから遠出した開放感で、たまの観光でもしようだなんて息巻いてた。

 基地で軍用車を借り、街へ繰り出してやった。

 ハンドルを握ってた隊長のジェイコブス少佐が、どこで聞いたんだか、ターミナル駅で珍しい長距離列車が見れるらしいなんて聞いて、

 誰も興味なんてなかったが、とにかく駅へ向かってた」

ターミナル駅…長距離列車…?ちょ、ちょっと待って…そ、それって…

 あたしは、まさか、って思いで大尉を見つめる。そんなあたしの様子をうかがいながら、大尉はゆっくりと先を続けた。

「そんなとき、空に見えたのが、噴煙だった…爆破の、な。しかもそいつは、乗ってた車の向かってるターミナル駅の方から上がってたんだ。

 ヤバいことになってんじゃねえか、って急いでみたら案の定、駅舎がボロボロになって、あっちこっちから煙と火を吹いていやがった。

 で、そんな駅舎の前にいたのが、血まみれの女と、その女にすがりついてるブロンドの髪をした歳の割りにもちんちくりんな幼い女の子だ」
 


それ…あたしだ…

あたしは、大尉の思わぬ話に、そう思いつつ息を飲んでいた。

でも、あのときの事は何があったか、記憶が曖昧だ。

特にミラお姉ちゃんが撃たれて、お姉ちゃんを担いでなんとか駅を抜け出したあと…お姉ちゃんが動かないし、返事もしてくれないってことに気付いて、

それからは…なにあったか…

「そいつを見たあのバカは…警官のサブマシンガンを奪い取って、駅舎の前まで突っ込んで行った。

 まぁ、バカのバカたる所以の一つだな…とにかく、あのバカ…副隊長ともう一人、ブライトマンって女パイロットが、

 その二人を助けに、直前に警官隊が掃射を受けたその場に飛び出して行ったんだ」

ブライトマン…そ、それって…ユージェニーさん!?

「それって、ユージェニー・ブライトマン少佐、ですか?」

あたしが聞いたら、大尉は、ああ、そうだ、とだけ返事をして、またあたしの顔色をうかがうようにしてから言った。

「俺達も黙って見ていたわけじゃねえ、すぐに警官隊のライフルと防弾シールドを分捕って、軍用車で駅舎の前に突っ込んで副隊長達を掩護した。

 副隊長達と二人が連れた民間人を駅舎から引き離したが、血まみれの女の方は、その時にはもう、息はなかった…

 それからは副隊長とジェニーさんとで、心臓マッサージと人工呼吸を繰り返した。救急隊の担架が来るまでずっとな。

 俺は…他に出来ることなんてなかったからな…その女にすがりついてる泣きわめくブロンドのチビの背中を、撫でてやってた」

そんな…ほ、本当に…?

確かに…ミラお姉ちゃんを運び出してからすぐ、誰かがあたし達をあの場所から移動させてくれて、さらにお姉ちゃん応急処置をしてくれた記憶はある…

あれをやっていたのは救急隊の人だと思っていたのに…あれが、あの人が…た、隊長と、ユージェニー…さん、だったの…?

そしてあたしは、大尉を見つめてハッとした。大尉もその場所に…あたしの背中を、撫でてくれてたの…?

あたし…あのときにはもう、隊長達や大尉に会っていたっていうの…?

「覚えちゃいねえのか?」

大尉の言葉に、あたしは首を横に振った。本当に、助けてもらったときの記憶なんてない…あまりにも信じられなくってあたしは大尉に聞いていた。

「隊長も…大尉も…あたしを、知ってたんですか…?」

「ああ、そうだ。まぁ、俺はその後の事件の方が強烈で、あの人にお前のことを聞かされるまではてんで思い出しもしなかったんだがな」

大尉はコーヒーを煽って続けた。

「それからあの人がどういう伝手を使ったかは知らんが、お前のその後をそれとなく気にしていたらしい。

 77年にお前が入隊すると聞いて、第99戦闘機隊で俺とは同期だったノーマンが赴任していた北米の訓練基地に引き取らせた、って話だ」

ノ、ノーマン…?その人はもしかして…

「エ…エリック・ノーマン少佐、ですか…?」

そう、その名は、あたしが居た訓練基地で指導教官のまとめ役をしていた人の名だ…

「なんだ、そいつも聞かされてないのか?まったく、つくづくバカな男だ…」

あたしの言葉を聞いた大尉は、なんだか嬉しそうに笑ってそんな事を言った。

 そこから先の事は、覚えてる。
 


訓練基地で、ようやく戦闘機動を覚えた頃、ジャブローから栄え抜きの戦闘機隊のパイロットがあたし達の指導のためにわざわざ来てくれると言う話を、

あたし達訓練兵はノーマン少佐に言われていた。

そしてやって来たのは、あたし達が教わっていたのとはまったく別物の、切れ味鋭く、そしてちょっと乱暴で力任せに訓練機を乗り回す二人のパイロット…

レオニード・ユディスキン大尉と、アヤ・ミナト少尉だった。

あたしは必死で大尉の機動を真似て、アヤ・ミナト少尉の後席でゲロを吐きながら手本通りに旋回してみせて、

その日のうちに、ジャブロー防衛基地に見習いとして転属になったんだ。

 あの日、大尉はあたしを、迎えに来てくれたの…?

で、でも、どうして…?隊長は、どうしてあたしなんかのことをそこまで気にかけてていてくれたの…?

「あのっ、隊長は…テロのときに助けただけのあたしを、どうしてそこまで…?」

こんなこと、大尉に聞くのはおかしいってことくらい分かる。本当なら隊長に電話を掛けて、直接聞くべきだ。

でも、今は待機中で、護衛のペガサス級が来るまでは見動き出来ない。もちろん地球への電話なんて禁止されてる。

だけどそんな事は関係なしに、あたしは大尉がその理由を知っていると感じられていて、面わずそう聞いてしまっていた。

 そんなあたしの予感は、間違ってはいなかった。

大尉は、ふぅ、とため息を付いて口を開いた。

「テロのあと、しばらく経ってから、酒の席であの人が妙なことを言ってた。

 『ハウス、お前あのとき、妙な声を聞かなかったか』、ってな。

 何の事だと聞き返したらあの人は言った…『あの子を助けて…そう言われた気がしたんだ』、だと。

 俺は、バカになりすぎてついに頭がイカれたのかなんて当時は冷やかしてやったが…」

そこまで言って、大尉はあたしを見やった。

「…俺も、同じ声をさっき聞いたんだ」

さっき…?それって…モビルアーマーとの戦闘のとき…?

「初めて聞く声だったが…妙な確信がある。あの声は、あれは、あのときに死んだ、お前のその、姉ちゃんの声なんじゃねえか、ってな…」

ミラ、お姉ちゃんの声…そう、それはあたしも聞いた。

そう、そうだ。

あの子を助けて、って最初はそう言ってた…それからあたしに寄り添ってくれて…それで…

 そんな事を考えていたあたしに、大尉は言った。

「…お前も、俺がイカれたって、そう思うか?」

あたしはその言葉にブンブンと首を横に振る。

「大尉…あたしも聞いたんです。ミラお姉ちゃんの声…

 それだけじゃない…あのモビルアーマーを斬り付けたとき…あたしはお姉ちゃんと一緒に居たんです。

 震えるあたしの体を後ろから抱きしめてくれて、安心させてくれて…あたしの手を取って、一緒に戦ってくれたんです…!

 あたし、あたしもおかしくなっちゃったのかって思っていたんですけど…これ、大尉もなんですか?何なんですか、この感覚…?」

なぜだか、あたしは興奮して大尉にそう聞いていた。そんなあたしを見て、大尉はふと、顔をしかめてから思い出したように言った。

「俺にはその感覚はねえがよ…そうか、アムロ・レイ、ってパイロットを知ってるか?」

アムロ…レイ…?き、聞いたことがある。確か、戦争当時のエースで、ガンダムタイプの2号機で戦った、そう、確か…

「ニュ、ニュータイプ、って人のこと…ですよね…?」

そもそもそのニュータイプ、っていうのが何かもよく知らないけど、とにかくそうあたしが聞いたら、大尉はコクっと頷いた。
 


「ウォー・フィクションの類だと思っていたが…いざ自分がそいつを間接的にでも感じたとなると、あながち噂話ってわけでもねえらしい。

 お前のその感覚は、ニュータイプってものの力だろう。おそらく、お前の姉ちゃんってやつも同じだったんだろうな…」

「あたしや、お姉ちゃんが…ニュータイプ…?」

「あくまでも聞きかじりだが、その力は相手の気配を感じ取ることと、自分の意思を伝えることが出来る能力らしい。

 早い話が、テレパシーみてえなもんだな。そいつは戦場に出れば、敵の動きを二手、三手先まで“見える”程らしい。

 アムロ・レイが語ったって話でなら、な」

それを聞いて、あたしは心当たりがありすぎることに驚いた。

た、確かにあのモビルアーマーを斬り付けたとき、あたしは幻を見た。

あのまま機体を振らずに突っ込んでいたら、あたしは確実にあの幻のように死んでしまっていただろう。

ザラリとしたあの感触が、あのパイロットの気配だったのだろうか?いや、あのモビルアーマーだけじゃない。

あたしは今だって、感じ取ろうと思えば誰がどこにいるのかくらいの感じは分かる…これが…ニュータイプの力…?

 で、でも、じゃぁ、死んだミラお姉ちゃんの気配を感じられるのはどうして…?ニュータイプは、死んだ人の気配も感じられる、って言うの…?

 そのことも大尉に聞いてはみたけど、首を傾げて

「そればっかりは分からんな。幽霊でも見えるんじゃねえのか?」

なんて茶化して言った。

 でも…そっか…あたしは、ずっとずっと、隊長や大尉に見守られて来たんだ。

ミラお姉ちゃんが死んじゃったあとも、軍の訓練校に入ってからも、ジャブローにいたときも、ここに来てからも、ずっと…ずっと…

 そのことを改めて思い返したあたしは、胸の奥が暖かくなってくるのを感じて、同時にハラハラと涙が溢れてきた。

 嬉しいのとは違う…なんだろう、心の底から、安心した…って、そんな感覚だった。

それこそ、ジャブローでアヤさんがあたしを受け止めてくれたみたいに…ミラお姉ちゃんの膝にだかれてその胸に、顔を埋めているみたいに…

 そんなあたしの肩を、大尉が伸ばしてきた腕でポンポンと叩いて

「だからよう、あの泣きわめいてた“お嬢さん”が、今じゃ半べそでも必死に唇噛みしめながら泣くのをこらえてモビルスーツなんかに乗ってるってんだ。

 ヘタレだろうがなんだろうが、戦うことを決意した良い顔してやがるって、そう思わねえわけはねえだろう?」

なんて言って、隊長がするのと良く似た、からかうみたいなニヤリという笑顔を、あたしに向けた。



 





 「おーい、3番チェック、頼む!」

「こっちは大丈夫だ!」

「上げろ上げろ!そのままだ!」

「システムデータどうなってる?」

「左脚部の動力系、異常なし!」

格納庫へ向かう廊下にまで、そんな声が響いて来ている。

昨日から、整備班は大わらわで作業を続けてくれていた。

 あたし達は、今、フォンブラウン市の連邦軍の軍事施設にいる。

もっとも、セシールはその外にでっち上げられた簡易の港に止まっているだけで、

施設の中に入って補修作業に入ったのは被害の大きかったマゼラン級とフジ級サガミだけど、とにかく、あの宙域よりはずっと安全な場所だ。

 あれから程なくして、あたし達のところにペガサス級強襲揚陸艦、サラブレッドが来てくれた。

すぐにサラブレッドのモビルスーツ隊が展開して周囲を警戒する中で牽引のためのワイヤー固定をし、

さらに駆けつけてくれた旧ソロモンに駐留していると言うサラミス級ガラパゴスの護衛の下で、ここにたどり着くことができた。

 そして、艦自体に損傷がなかったセシールには、連邦軍部からの指令でフォンブラウン市のこの軍事施設にあったモビルスーツが配備されることになり、

ジムスナイパーカスタムⅡ型3機と今までのジムC型2機受領した。

追加のパイロットは、今はサイド3に駐留している部隊から異動になるらしい。

モビルスーツと艦の整備と点検、そして燃料や食料の積み込みが終わったら、そのパイロット達をサイド3まで拾いに行く予定になっている。

 そんなわけで、一気に5機のモビルスーツと艦を、うちの整備班だけで見なければいけない事態だ。

そりゃあ、大忙しにもなってしまうだろう。

あたしも、いつまでも休みをもらっているわけにもいかないし、フォンブラウン市に降りて甘い物の買い出しやなんかも済ませたし、

セシールのすぐ隣に係留されているサラブレッドの艦内を見学させてもらったりもしてやることもないし、と、

整備班を手伝いに、格納庫へ向かっているところだった。

 本心を言えば、ジムスナイパーカスタムⅡなんて新鋭機を任せてもらえるらしい、って話を聞いて、早く自分の機体を見たい、ってそれだけのことだったんだけど。

 格納庫に出ると、そこにはピカピカの塗装をされた真新しいモビルスーツが並んでいた。

ライトブルーとディープブルーのコントラストが綺麗な、狙撃翌用カメラ内蔵のバイザー付きの機体、ジムスナイパーカスタムⅡ3機のうち、

左肩に12のマーキング、左の胸にはL2-91の文字の入った機体がある。

 あれが、あたしの…!

 あたしは心が踊るのを感じて、通路の手すりを蹴って機体の方へと飛んだ。

 あたしの機体には、たくさんの整備班の人達が取り付いて各部のチェックをしてくれている。

その顔をひとりひとり見回すけど、どうも知っている人は少ない。

この忙しい事態に、隣に停泊しているサラブレッドの整備隊が手伝いに来てくれているって聞いたけど、この人達がそうなのかな…?

 そう思っていたら、コクピットの辺りでケーブルが何本もくっついたコンピュータを抱えた作業着姿の女性の姿が足元の整備員に声を上げた。

「右足、動力センサー行ってる?!」

「おう、来てるぞ!」

「オッケ、じゃぁ、次、左!」

「よしきた!」

足元にいた整備兵も、軒昂にそう答えている。
 

 そんな彼女は、コクピットにまっすぐ近づいて行くあたしに気がついたようで、ふっと顔をあげて首を傾げた。

エルサに似た浅黒い地肌で、無造作なブルネットの短い髪を後ろ前に被ったキャップに押し込み、グレーと青の中間くらいの目をした、

あたしと同じくらいの歳に見える女の人だ。

 「こんにちは」

とりあえず、そう挨拶をしてみたら、向こうも

「やぁ」

なんて声を返してきた。

コクピットのハッチに手を付いて体を止めたあたしの首元の階級章を覗き込んだ彼女は、一瞬、気まずそうな表情を見せて

「失礼しました、少尉」

なんて、なんだか慣れない感じの敬語を使って謝ってきた。

「あぁ、気にしないでください」

あたしはそう言い添えてから

「サラブレッドの整備班の人ですよね?お手伝い、ありがとうございます。あたし、この機体担当になるパイロットのマライア・アトウッドです」

と改めて自己紹介をする。

すると、彼女はニヤリと笑って

「上官から敬語って慣れないよ…ですよ。あぁ、もう、めんどくさい。あたし、アニー・ブレビッグ上等整備兵。よろしくっ」

と早くも敬語を諦めながら、軽いノリでそう挨拶を返してくれた。

「こちらこそ、わざわざ出向いて来てくれてありがとう」

あたしがそう言葉を返したら、彼女はニコッと懐っこい笑顔を見せる。

 あたしがコクピットの中に入って彼女の作業を見つめると、そんな視線に気がついたようで、彼女はコンピュータのキーボードを嬉々として叩きながら

「今は、前の機体から引っ張って来た機動データをこいつに移してるトコ。あなたの船の整備班長はやり手だね。

 あんなボロからちゃんとデータを抜き取って置くなんてさ。アタシも見習わなきゃ」

と教えてくれる。

 モニターを覗き込んでみたら、そこに写っていたのはジムCに積んでいた教育型コンピュータに蓄積されていたあたしの機動データだった。

まだ機動時間も少ないから大した量があるわけでもないし、それにへっぽこな操縦を

サラブレッドなんていう新鋭艦のモビルスーツを整備している彼女に見られるのはなんだか少しだけ恥ずかしい。

 それでも彼女は、あたしを笑ったりからかったりせずに、笑顔ながらも真摯に作業を続けてくれている。

エルサをはじめ、オメガ隊付きの整備隊もそうだったけど、整備兵っていうのはみんなこれくらいストイックで作業に誇りを持ってやってくれている。

あたし達パイロットは、整備兵には頭があがらないんだ。それこそ、例えば階級が下だって、敬語を使いたくなっちゃうくらいには…。

 「おぉっ?」

不意に、アニーはそう声をあげて目を見開いた。ついでなんだか不思議そうに首を傾げてあたしに聞いてきた。

「ねえ、さっきの戦闘の前に、あのジムC、誰かに貸したりした?」

「えっ…ううん、してないよ。戦闘の前は訓練があって、その時もあたしが乗ってた」

あたしが答えたら、アニーは、ふぅん、と鼻を鳴らしてあたしの方にコンピュータのモニターを見せてきて言った。

「ここ。この機動だけど、これがあなたの機動だって言うんなら驚いちゃうよ。前日までとは別物みたい」

アニーはそんな事を言いながら感嘆してくれる。モニターに写っていたのは、確かにあのときの訓練の機動だった。

第三中隊の中でも外側の方に展開していたジムスナイパーカスタ厶Ⅱに突撃を掛けた際の、あのカレンさんの機動を連続でやるイメージで機体を振り続けたあの機動データだ。
 


「うん、これ、あたし。新しい機動を試そうって思って、いろいろ考えて初めてやった機動なんだ」

あたしが言ったら、アニーはまた、へぇ、と鼻を鳴らしてそれから言った。

「これじゃ、ダメだなぁ」

ダ、ダメって…けっこうはっきり言っちゃう人なんだね…アニーってば。

あたしはそんな言葉にショックを受けつつ、それでもきっと優秀なんだろうこの整備兵さんに助言をもらうべく、なるべく下手に先を促してみた。

「ど、どこがダメかな…?あたしまだ宇宙に出てきたばっかりで、モビルスーツの操縦のイメージがうまく掴めないんだ」

「この感じなら、そうだろうなぁ。あなたさ、操縦してるときに機体が鈍いな、って感じてたんじゃない?」

あたしの質問に、アニーはそう質問を返してきた。確かに彼女の指摘通り、レバーを引いたあとの反応が鈍くって、必死になって操縦していた節がある。

操縦桿を動かせば機体が跳ね回るように動いてくれる戦闘機のようには行っていなかった。

「うん、感じた。効率よく動くには、どう操作を直したらいいんだろう?」

さらにあたしが聞いたら、アニーはハッとあたしを見やってあははと笑って見せた。

「あぁ、ごめん、逆だよ、逆」

「ぎゃく…?」

「この動きを完璧にこなしたいんなら、今の硬い設定じゃダメだってこと。あなたじゃなくって、アタシ達が合ってなかったんだよ」

アニーはそう言うと、コンピュータを置いてコクピットの縁まで這い出ると下にいた作業員に声を掛けた。

「おーい!悪いね、設定変更だ!」

「はぁ!?今更か!?」

「ああ!今の設定じゃ、この機体のパイロット様にはもったいない!」

「わかったよ!早くデータを送れ!」

も、も、も、勿体無い…?あたしにとっては新鋭機のジムスナイパーカスタムⅡでは物足りない、って、そういうこと…?

 思わぬ言葉にあたしが面食らっていたら、コクピットの中まで這って戻ってきたアニーは再びコンピュータ膝に抱えてキーボードを叩き始める。

「地球にいたときにも居たよ、あんたみたいなパイロット。腕が良くってさ…こっちも整備のし甲斐があったんだ」

キーボードを叩きながら、アニーはチラッとあたしを見やって聞いた。

「システム関係は強い方?」

システム…か。強いかどうかは分からないけど、ダリルさんとアヤさんの指導のおかげで、基本的なロジックのことなら頭に入ってはいるつもりだ。

「基本的なことなら…」

あたしが答えると、アニーはさっきと同じようにあたしにコンピュータのディスプレイを見せてくる。

「この設定のバランスをイジれるようになったら、今よりも大分柔らかく動けると思うよ」

「これって…リミッターの設定…?」

「そう。各部に細かく分かれてて…ここ、七十行目より下は…」

「バーニアとスラスターの出力設定…だよね…?」

「へぇ、数字だけ見て分かるなんて、やるねぇ」

アニーは感心しながらそう言ってくれる。あたしはなんだかくすぐったくて、ヘラヘラと笑ってしまっていたけど、すぐにアニーはあたしに

「とりあえず、アタシの勘で最初の設定はやっておくよ。もしそれで合わない様なら、あんたのトコの整備班と一緒にイジり直してみて」

と言うが早いか、画面上の数字をいじり始めた。
 


あ、あ、ちょっと…!

「待って!」

あたしはそう声を上げながら体中を弄った。えっと、手帳とペン、持ってなかったっけ…?

参ったな、PDAは置いてきちゃったし…初期設定はメモしておかないと設定の幅を参考に程度を決められないから、分かって置くと便利なんだけど…

 そんなことををしていたら、アニーはクスっと笑って言った。

「あとで、あなたのメッセージの送り先を教えてよ。そこにアタシが作った資料を一式送っておくから、それを見てやってみて」

「あ、ありがとう!」

「設定関連で困ったことがあったら、メッセージのやり取りさえ出来れば助けてあげられるかも知れないしね」

「うん!」

アニーの言葉に、あたしは嬉しくなってそう答えた。するとアニーも、少しだけ肩の力を抜いたような様子を見せて

「あなた、いい人そうで良かった。アタシ今、あっちじゃ、あんまりうまく行ってなくってね。

 ほら、戦艦勤務だと、毎日同じ顔ばっかりで、反りが合わないといろいろ難しいでしょ?

 仲の良かった地球での部隊は今はバラバラで、軍に残ってるやつも少なくなってね。自分の艦以外で、軍人の友達を新規募集してたんだ」

「じゃぁ、こっちに来たのも?」

「そう、息抜きがてらの志願。それでもこんな優秀なパイロット様と友達になれるなんて、ツイてたよ」

アニーはそう言ってあたしの表情を伺うように見つめて来た。友達、か。うん、良いかもしれない。イルマはどっちかって言うと世話してばっかりだし…

でも、アニーとなら困ったときにお互いうまく頼りあえる気がするな。

うん、ちょうど、アヤさんとカレンさんがそうだったけみたいに…ね。

「あたしも、腕の良い整備士さんと会えて良かった!ちょっと待ってて、あたし、自分のコンピュータ持って来る!」

あたしはアニーにそう言って、コクピットのシートを蹴ってハッチまで飛び、ふと、思うところがあってハッチの縁を掴んで体を制止する。

それから振り返ってアニーに伝えた。

「アニー!あたしマライア、で良いからね!」

するとアニーもまた嬉しそうに笑ってくれて

「あはは、了解。じゃぁ、戻って来るまでに設定だけは終わらせておくよ、マライア」

なんて言葉を返してくれた。




 





 三日後、あたし達はフォンブラウン市を出発するセシールのデッキに居た。艦のほぼ全員がノーマルスーツを着込んで腕に黒い腕章を付けて佇んでいる。

艦長が、2つの花束を宇宙空間にそっと放った。すぐに、ヘルメットの中に

<敬礼っ!>

とだけ号令が響いてきた。あたしは、背筋を正して、その花束を見つめながらピッと敬礼を送る。

 キッド少尉…ううん、ウォルト・キッド大尉と、それからジャン・ランドルマン大佐の簡易葬だ。

爆発した機体から遺体を回収することも出来ず、あるのは写真だけ。身の回りの小物は、すでにフォンブラウン市から居品として家族に発送した。

 戦争は終わったっていうのに、二人のような死者は、連邦軍では決して少なくない。

今でも小規模なジオン残党のテロ活動が続いていて、毎日どこかしかでは死亡の報告があがってしまっている。

それも、戦争をしているわけじゃないから戦死なんかじゃない。危険作業中の事故死、って扱いになる。

もちろん遺族には戦死した場合と同じように補償金が出たりもするんだけど、そんなことですんなりと飲み下せるわけじゃない。

 レナさんやソフィア、フェンリル隊の人達のようなジオン兵がいることも事実。

でも、反対に未だにこうして戦いをやめない人達もいることはやっぱりなんだか複雑だし、

何より仲間が死んでしまったという事実に、感慨を覚えてないわけはない。

 二人とは半年くらいの付き合いだったけれど、やっぱりこうして死んでしまったんだ、と言う事を突き付けられると胸が痛む。

ジムスナイパーⅡの配備に浮かれていた自分が、なんだか後ろめたく感じるような気もした。

 そんなあたしにハウス“隊長”は

「仕方ねえさ…いちいち立ち直れねえほどのショックを受けてたんじゃ、身が保たねえよ」

なんて、しょげた表情で言ってくれたけれど。

 アニーとは、昨日の夕方に一緒にフォンブラウン市に出て、レストランで食事をしてお酒も飲んだ。

 彼女、どこかアヤさんやカレンさんと似て、捌けた心地よい雰囲気を持っていて、お互いにいろんな話が出来た。

アニーは昔いた新鋭機の実験部隊での事を、あたしはもちろんオメガ隊の話をして、それからはお互いが宇宙出てからの苦労話だ。

あたしも随分といろいろ大変だったけど、アニーが戦争後半戦ったのはソロモン攻略支掩作戦で、彼女の整備した機体が被弾か不調で暴走し、

オーバーロードで爆発してしまった、なんてことを経験して来たんだと言っていた。

 仮にもし被弾での撃墜であったとしても、整備員がショックを受けているのは確かなようだ。

 そんな彼女を乗せたサラブレッドは、これからルナツーに戻って新しい部隊を積み込むらしい。なんでもジオン残党を撃滅させるための部隊なんだという。

詳しい任務内容は良くわからないけど、彼女が無事で居てくれる事を祈るばかりだ。

 そう言えば、アニーにはアヤさん達のペンションを紹介しておいた。

地球出身だと話していたし、きっと休暇や除隊にでもなれば戻る家も地球にあるんだろう。

ペンションに行ってもらえればアニーもきっと楽しんでもらえると思うし、アヤさん達にも貢献できるし、一石二鳥だよね。
 


<直れ。…よし、各員持ち場に戻って出港準備にかかれ>

ヘルメットの中に艦長の声が聞こえた。

みんなの表情は遮光バイザーで良く見えないけど、あたしと同じような顔をしているんだろうな、ってことは何となく感じられる。

あの戦闘で得た不思議な感じ取る力は少しだけ弱くなってはいるけれど、

それでも意識すればまるで音が聞こえて来るように頭の中に人の気配や感情が入り込んで来るような感覚になる。

ニュータイプだというこの力を持って、あたしは不思議と、心が落ち着いているような、そんな感じだった。

 「少尉」

密閉隔壁を抜けヘルメットを取っていたらあたしを呼ぶそんな声が聞こえた。見ればイルマが床を蹴って、あたしの方へと飛んで来ていた。

「イルマ」

あたしも彼女の名を呼んで、両腕でその体を捕まえる。

「中尉の様子はどう?」

「何とか落ち着いたみたいです。サイド3でパイロットを受け入れたら、ルナツーに戻って入院する予定ですけど…」

イルマはそう言うなり寂しそうな笑顔で笑った。

あのケガだ、フォンブラウン市で下船してルナツーへの船に乗せ換えなかったのが不思議なくらいだけど、

フォンブラウン市の工廠はマゼラン級とサガミの修理でそれどころではなかったんだろう。

「そっか…」

あたしはそう相槌を打ってから、ヘルメットを外したイルマの頬に触れてあげる。

「イルマも少し休んだほうがいいよ。隈が出来ちゃってる」

「はい、そうですね…そうします」

あたしの言葉にそう言ったイルマだけど、あたしの頭の中に入ってきたのは否定的な感覚だった。休む気はない、か…

 イルマはあれから未だに中尉の面倒を見ている。医療スタッフももちろんいるんだけど、イルマがあえて買って出ているようだ。

まぁ、部隊がこんな状態だから訓練はできないし、

新しいモビルスーツが届いてもイルマにはまだ実戦を任せられない、って言うのが艦長の方針らしいから、それはもうどうしようもない。

少なくとも、新しいパイロットを拾って、ルナツーに戻るまでは、イルマにはやることがないんだ。

そんな彼女から中尉の世話を取り上げてしまったら、それこそただただ泣いているだけになっちゃうかも知れないから、それはそれで良いことだとは思う。

自分に出来ることを探せ、って言ったのは他でもないあたしなんだからね。

 「無理だけはしないでね。せめて夜の時間には部屋に戻ってきてよ。一人じゃ寂しいし」

あたしはイルマにそう言って肩を叩き、別れを告げて床を蹴った。これからあたしと“隊長”とで、休む間もないスクランブル配置になる。

サイド3までは20時間ほど…あたし達の方こそ、寝不足は必死だ。あぁ、結局部屋に居ないんじゃ、イルマが戻って来てもいたわってあげられないじゃん。

なんて適当なことを言っちゃったんだろう…

 あたしはそんなことを思いながら、それでもそのまま格納庫へと続く廊下を漂って行った。

 格納庫では、すでにあたし達の機体を出撃させる準備が行われていた。

もちろん、そんなことがないことを祈るばかりだけど。

あたしは整備員たちがいそいそと作業をする中を、自分の機体へ向けて飛び出す。

機体が変わりはしたけど、基本的な操縦方法に変更はない。

ただ、機体が変われば反応も変わるし、こと、あたしの機体はアニーがリミッターの制限をゆるく設定してくれている。

いきなり動かすには、やはり不安があるよね…できたら、何かが起こる前に一度外に出て試運転したいんだけど…

今の状況じゃ、とてもじゃないけどそれは望めない。

もしものことがあったら、ぶっつけ本番で何とかするしかない、か。
  


 そんなことを心配していたら、あたしはあたしの機体の隣に固定されているジムスナイパーⅡの右肩で、

塗装用のマスキングシートを力任せに引っペがしているノーマルスーツ姿の人が目に入った。

 胸にはL2-31の識別番号。ハウス隊長の機体だ。

もちろん、その肩で何かをやっているのは、ハウス隊長その人。

そういえば、昨日、整備班と何かをしきりに話しながら作業をしていたっけ…何してるんだろう?

 あたしは一度、自分の機体に両手足を着けて“着地”し、それから腕を使って隊長の機体の方へと体を押し出す。

隊長は、程なくして近づいて行くあたしに気がついたのか、軽くこっちに手を掲げてみせた。

隊長の機体の左肩にたどり着き、そのまま機体の表面を這うようにして移動していくと、右肩にいた隊長は、すでにマスキングシートを引き剥がし終えていた。
 
 そこには…その、えぇと…金髪で裸のセクシーポーズを取っている女性の絵が描き込まれていた。

「うわぁ……」

思わずそう声を漏らしてしまったら、それを聞きつけていたらしい隊長が不機嫌そうに

「なんだよ、その反応。いい女だろう?」

と言ってくる。

まぁ、その…上手に描けてる、とは思うけど…

あたしは、そんな隊長の言葉を無視して、肩の絵をマジマジと見やる。

パーソナルマーク、ってワケでもないんだろうけど…なんなの、これ…?

誰なのよ、これ?

「隊長、なんですかこれ。誰なんですかこれ」

「ん、なんだ?ヤキモチか?」

「違います。いいんですか、こんな絵。問題になりますよ?」

「こんなもん、珍しくもないだろう?まだ上品な方だ」

「問題にならなかったら、あたしが問題にしますよ」

白々しくもうそぶく隊長にそう言ってやったら、生意気に、って顔をして隊長は笑った。

 そんな隊長からもう一度絵に視線を戻すと、ふと、その絵のそばに“JN”と書かれているのを見つけた。

JN…?JN………JN…??

「隊長、このJNって…」

「ああ、ジェーンだ」

「本当にジェーンなんですか?」

「ああ?他に何があるってんだ?」

「ジェニー、じゃないんですか?」

あたしがそう聞いてみたら、隊長の表情がイヤらしくにやりと歪んだ。

ジェニーって名前を聞いて、隊長とあたしが思い浮かべられる共通の人物といえば、一人に限られる。

金髪で、美人に描かれたこの絵からも、それが誰かと想像するのは簡単だ。

 ユージェニー・ブライトマン少佐。

あたしやアヤさんの影の指導教官で、戦闘機動に耐えるための体作りだと言って、トレーニングや格闘術の特訓をしてくれていた。

思い出せば血の気が失せるような厳しい指導だったけど、それがあるからこそ、どんなに激しい機動でもなんとか耐えられるだけの体が出来上がった、とも言える。

そのユージェニー少佐、通称、ジェニーさんは、レオニード・ユディスキン少佐…ハウス隊長の元上官の恋人で、近々夫婦になる予定なんだけど…

そっか、ハウス隊長ってば…ジェニーさんのことを…
 


 それなのに、ハウス隊長は

「いや?誰だ、そのジェニーって?」

なんてうそぶいて見せた。

「いいんですか?来年には、人妻ですよ?」

そう言ってみたら、隊長はなおのこと笑顔を見せて

「そういうんじゃねえよ。あの人は…そうだな、ジュニアスクールのときにクラスに一人は居た、憧れの的、みてえなもんだ」

なんて言ってのける。

ふぅん、そうなんだ…口ではそう言っているけど、頭の中に入り込んでくる感覚は、そうは言ってない。

言葉で伝わってくるわけじゃないけど…なんだろう、まるで「失恋でもしたような切なさ」だ。

「…そう思っておきます」

あたしが言ってやったら、隊長は渋い表情を見せて

「泣き虫お嬢さんのクセに、生意気なんだよ」

なんて文句を言った。

素直じゃないんだから、なんて思いつつも、かと言って素直に口に出したら少しばかり角が立ちそうなことだけに、あたしは黙る他にない。

 なので早々に話題を変えて

「それで、隊長。スクランブル待機はどうするんですか?」

と本来の目的である任務についてそう聞いてみる。すると隊長は少しだけ表情をしかめて

「どうもこうもねえ。モビルスーツの中かここか、ブリーフィングルームで待ちぼうけだ」

と、さも迷惑だと言わんばかりに言った。

まぁ、確かにそうだよね…部屋に戻って読みかけの本とかおやつも持って来ようかなぁ…

ジャブローでは人手が十分あったから、20時間の待機なんて初めてだし、時間を持て余しそうな気がしてならない。

緊張感は持っていないとまずいけど、それにしたって長過ぎるくらいだ。

「ですよね…部屋に戻って、いろいろ取って来てもいいですか?」

あたしがそう聞いてみると、隊長は笑って

「向かってる間に敵が来ねえように祈りながら行けよ」

なんて言ってくれた。

 そんなおふざけにあたしも

「そうします」

なんて調子を合わせて身を翻そうとしたとき、ふと、隊長があたしを呼び止めた。

「あぁ、おい、マライア」

そのときには、あたしはすでに隊長のモビルスーツを蹴り出してしまっていたけれど、空中で体制を入れ替えて隊長の方へと向き直る。

「お前、コンピュータあったよな!?」

隊長が声を張ってそう言って来るので、あたしも格納庫に響くくらいの大声で

「ありますよ!」

と返事をすると、隊長はニヤッと笑って

「持って来い!映画のデータディスクを貸してやる!」

と言って来た。
  


 映画か…時間つぶしにはもってこいかも…

「ありがとう、隊長!持ってきます!」

そう言ってあげたら、隊長は遠目に見ても分かるくらいの笑顔を見せて笑い、手をピッと振ってくれた。

 部屋からお菓子に本に、それからコンピュータをか抱えて格納庫の脇のブリーフィングルームに戻るとそこにはすでに隊長もやって来ていて、

あたしを見るなりテーブルに何枚かのデータディスクを広げて見せた。

 あたしはそのうちの一枚手に取って隊長が書いたらしい手書きの文字を見て首をかしげた。

「『風と共に去りぬ』…?」

聞き慣れないタイトルに、あたしはそう声に出してしまう。

それから別のを見てみると『サウンド・オブ・ミュージック』、『ローマの休日』、『メリー・ポピンズ』、『カサブランカ』なんていうのもある。

カサブランカって名前には、あんまり良い思い出がないな…

 それにしても、どれも知らないタイトルばかりだ。いわゆる、ローカル映画ってやつなのか、自主制作とかそう言う類の物なんだろうか…?

 そんなことを思っていたら、隊長は笑って言った。

「前世紀の、映画黎明期の名作だ。見ておいたほうが良い」

ぜ、前世紀の映画なの…?なるほど、道理で知らないはずだ…

それにしても、レトロ映画だなんて、態度に似合わずずいぶんと洒落た趣味を持ってるんだね、隊長ってば。

 あたしは、横柄なその態度にはあまりにも似合わないな、なんて思いながらも、へぇ、と興味があるふりをして

とりあえず『メリー・ポピンズ』とあるディズクをコンピュータに差し込んでプレーヤーソフトを起動させた。

隊長は隊長で、文庫本を手にイスに腰掛けて、脚を目の前の別のイスに投げ出している。

<こちら、艦橋のワシントン大佐だ。これより、セシールはサイド3へ向けて出港する。各員、気を抜くな>

艦内放送で、そんな声が聞こえてくるとともに、微かなエンジン始動音が聞こえて、体にGが掛かり始めた。

このブリーフィングルームは居住区画とは違って重力装置の外にある。

動き出した艦の中で、あたしは体とコンピュータが浮かないように固定しながら、そのモニターに目を落とす。

通常航行に移れば、ここのそれなりには安定するから、少しの辛抱だ。

「ったく、少佐もキッドも、断りもなしに死にやがってよ…生き残っちまったやつらのことも、少しは考えやがれ」

不意に、隊長はそんなことを呟いた。

まったく、その通りだと思う。

スクランブル待機のことを言ってるんじゃない。

隊長の心の中にも、あたしの心の中にも、ポッカリと穴が空いてしまったような、そんな感覚があった。

「本当に、そうですね」

あたしは、隊長にそう返事をして、またモニターに見入る。

映し出され素子の荒い、いかにも古そうな映像が動き始めた。

心のうちに湧いた虚しさを忘れようとして、あたしは映画に意識を集中する。

ペラっと、隊長が文庫本のページをめくる音が、静かなブリーフィングルームに解けて行った。

 こうして、あたし達のスクランブル待機は始まった。



 


つづく。

いかん、sageてたsaga忘れてた。

変になってたら申し訳ない。
 



マライア覚醒
地球産まれ地球育ちのNTて珍しいよね。

しかし大尉、切ねーな。ハートブレイク・ツーかw
ワンのほうは最後にヨリ戻しそうな雰囲気だったのにね

乙ー
コーヒーとチョコレートでNT能力を拡大する女マライア…

>>161
レス感謝!

微妙なとこなんですよねぇ、アムロとかは地球生まれでたまたまサイド7に居たって話ですし。
マライアの場合、両親のどっちかがスペースノイドなのかもしれないです。

ハートブレイク・ツーw
その発想はなかったwww


>>162
レス感謝!
拡大してません、甘いものとカフェインはNT力制御するために必要なんです、きっとw
 

ファーストガンダムの映像を観てるようでした(^-^)ノ

大脳新皮質を、活性化さすには
糖がいーっぱい、要るやもんねー。
マライアお疲れぃ!

>>164
レス感謝!
読みながら映像をイメージしていただけるのは嬉しい限りです!

そうなんですよね、ニュータイプ力ってすごく糖分必要な力だと思うのです。


はてさて、お腹痛いし仕事もいけないので、愛機ネクサス7でポチポチ書きました。

マライアたん、修羅場に遭遇す。

 





ビーッ、ビーッ、と耳障りな音が聞こえる。もう、なによこれ…うるさいなぁ、せっかく寝入ったところなにの…

「――――!」

誰かが喚いてる声も聞こえる。あぁ、分かったよ…あとちょっとしたら起きるから…イルマ、目覚まし止めて…

そう、口にしたようなしなかったようなあたしは、けたたましい音を遮りたくって毛布を頭にすっぽりと被せた。

 その途端、体が大きく揺さぶられて、あたしは毛布ごとブリーフィングルームの空中に吹き飛んだ。

 あぁ、そうだ…部屋で寝てたんじゃなかったっけ…

スクランブル待機で、ブリーフィングルームにいて…うん、そう、隊長と交互に仮眠を取ってたんだけど…

…待って、スクランブル待機…?

そうだよスクランブル待機してたんだ…この音…部屋の目覚ましじゃない…!対空警戒警報…!

「おい、マライア!いい加減、目を覚ませ!」

喚き声。

隊長だ…!

い、いけない…は、発進だ…!

 あたしはそこに至ってようやく意識を覚醒させた。

ブリーフィングルームの天井に付いている赤いランプが点滅し、部屋中がピカピカと赤く明滅している中、隊長がノーマルスーツに袖を通している姿があった。

 「た、隊長、どうしたの…!?」

「戦闘光跡だ!誰かがドンパチやってるらしい!」

あたしは隊長にそう確認をしながら天井を蹴って自分のノーマルスーツに飛びついた。

体をねじ込んで手首のサイズ調整機能のボタンを押し、ヘルメットを手に取る。

「気密、気をつけろよ」

隊長はそう言い残して、ブリーフィングルームを出ていった。あたしもすぐにその後を追う。

 格納庫の中にも緊急を知らせる赤いランプが煌々と灯っている。

あたし達と同じようにスクランブル発進の準備のために控えていた整備班の人達が慌ただしくモビルスーツ出撃のための準備をしてくれていた。

 あたしは自分の両頬張って目を覚まさせる。マライア、しっかり…!

未だに微かに動きが遅い脳に刺激を与えて強制的に働かせる。

時間は…フォンブラウン市を出て、19時間…サイド3まではもう目と鼻の先じゃない…なんだってこんなところで戦闘光跡なんか…!?

ノーマルスーツの時計を確認したあたしは自分でも気が付かない内にそう苛立ちながら、ジムスナイパーⅡのコクピットまで辿り着いた。

「状況は分からんが、とにかく急げ!」

コクピットあたしを待っていてくれたボウマン軍曹がそう言ってあたしをコクピットの中へと引っ張り混んだ。

計器にはすでに火が入っている。軍曹が起動させておいてくれたのだろう。

「ありがとう、軍曹!」

あたしはヘルメットを被り首元の接合部を確認しながら軍曹にそう声を掛ける。

「もう大破なんてするんじゃねえぞ!」

軍曹はあたしの言葉に答えずにそう言うと、パッとコクピットから身を投げた。

シートから前に身を乗り出して、目視で周囲に人がいないことを確認し、ハッチを閉じる。

 コクピットの中がモニター次々と明るく光り、格納庫の中の様子が映し出された。


<おい、マライア。ノーマルスーツの気密確認、済んでるのか?>

不意に、隊長の無線が聞こえてきた。い、いけない、忘れてた!

あたしはそう気がついてヘルメットのシールドを閉め、腕の計器で気密確認を行う。

幸い、腕の小さなノーマルスーツ制御用の端末に灯ったのは、問題なしを示すグリーンのランプだ。

「ノーマルスーツ、大丈夫です!」

<よし、なら良い…今、ブリッジからの連絡待ちだ>

「対空警戒警報って、何があったんですか?」

あたしは、情けないけど状況理解が遅れていたので、隊長に改めてそう聞いた。すると隊長は隊長で

<ブリッジが光学測量でサイド3付近に戦闘光跡を確認した。それ以外、こっちには情報入ってねえ>

と、事態を把握していないようだった。そう、じゃぁ、とにかく…今はブリッジからの連絡待ちをする他ないね…

 あぁ、そうだ…この間に、機体の武装を確認しておこう…

ジムスナイパーⅡはビームサーベルが腰に付いているから、ジムCとは起動させてからの動きが違う。

背中に刺さってたジムCは、抜き様にそのまま斬りかかるコマンドだったけど、この機体は腰から抜いて横に薙ぐ方式が優先だ。

コマンドを入れるようなときは注意しなきゃいけないな…いっそ、マニュアル操作の方が良いのかもしれない。

それから主力はビームライフル。ロングレンジタイプじゃない、銃身の短いほうだ。

取り回しも良さそうだし、このタイプって、確かガンダムタイプの陸戦型が装備してたやつと同じ型だから、ジムCのビームガンよりは役に立ってくれそうだ。

ただし、装弾数は16発。そのことは忘れないようにしなきゃいけない。

それから、予備兵装でメイ ンカメラのある頭部の右側に外付けにされたヘッドバルカンもある。

 装備としては十分だ。でも…あたしはまだ、この機体を操縦したことがない。不安があるとすれば、そこだ。

フォンブラウンには二週間いたけど、整備点検の人手が少なすぎて、結局試運転するほどの時間が取れなかった。

そもそもモビルスーツの操縦に慣れたばかりのあたしが、新しい機体をどれだけ使いこなせるかは、未知数にもほどがある。

 そんなとき、ガリっとイヤな音がして、ヘルメットの中に無線が聞こえてきた。

<こちらセシール艦長、モビルスーツ隊へ。発進はまだだ。待機せよ>

<待機?どういうことです、艦長?>

<光学測量の結果、戦闘光跡の主はどちらもジオン機だ>

<ジオン機?内輪もめでもしてるってのか?>

艦長の言葉に、隊長はそう声をあげた。

 ジオン機同士が撃ち合ってる、って言うの…?いったい、何が?ジオン残党とジオン国防軍が戦ってる、とか、そう言うこと…?

だとしたら、あたし達が不用意に出て行くべきじゃないかもしれない…

<当該宙域には高濃度のミノフスキー粒子が散布してあり、IFF情報が取れない。現在、衛星経由でジオン国防部および連邦軍駐留本部に照会している>

艦長のそう言う声が聞こえてきた。

 戦闘光跡、ってことは、少なくとも曳光弾の軌跡や爆発なんかが確認出来るんだろう。おそらく訓練の類なんかじゃない。

確実にそこで戦闘が起こってるんだ…でも、いったい誰と誰が、なんのために…?


 <艦長、とりあえず俺達を放り出してくれ。この機体、慣れてねえんだ。そこに出て行くのなら、今のうちに少しでも感じを掴んでおきたい>

隊長が艦長にそう言った。それは確かにその通り。あたしも、出来るならお願いしたいところだ。

 すると僅かに間が空いてから

<了解した。ただし、高機動は避け、機体の消耗を極力抑えて行ってくれ>

と艦長からのお許しが出た。あたしは内心で、ホッと胸をなでおろす。

いや、安心している場合じゃないんだけど…とにかく動かしたことのない機体で戦闘に突入するようなことにでもなったらと思う方が気が気じゃない。

<分かってます。マライア、出るぞ>

「はい!」

あたしは隊長にそう返事をする。同時にヘルメットの中には艦長のモビルスーツ発進に係る命令が飛んでいた。

 隊長の機体が固定装置から解放されて、エレベーターへと進んで行く。次いであたしの機体にもガクン、と衝撃があった。

すぐにレバーを動かして、あたしもエレベーターへと急ぐ。

 格納庫の先にあるリフト式のエレベータに隊長の機体が乗り込み、あたしもそのすぐ後ろに機体を付けた。

<リフトアップ、頼む>

隊長の無線が聞こえて、ガクン、とエレベータが動き出した。

 ほどなくして、あたし達は三層の隔壁を超え、射出デッキの脇へと飛び出る。

脚部に付ける固定装置が外れるや、隊長機がカタパルトデッキの射出装置にフットパーツを固定した。

<ミカエル・ハウス、出るぞ>

<了解、射出!>

隊長が無線でそうやりとりをした次の瞬間には、デッキの脇にあるランプが赤く光ってカタパルトを飛び出して行く。

あたしもすぐにそのあとに続いて射出装置に機体を固定した。

「マライア・アトウッド少尉、行きます!」

<了解、無事に帰れ!>

あたしの声に、そう無線が返って来た直後、すぐに射出装置が加速を始めて強烈なGが掛かった。

束の間、あたしの機体は宇宙空間へと飛び出していた。

先行した隊長の機体がスラスターを吹かしてロールを繰り返している。

「隊長、あんまりスラスター使うとプロペラント無くなっちゃいますよ?」

あたしはそう言ってみるけれど、返ってきたのは隊長の

<こりゃぁ、いい具合だ。噂通り、ジムCよりもずいぶんとパワーがある>

なんて呑気な返事だった。

 まぁ、でも、とにかく機体、クセは掴んでおきたい。あたしはそんな隊長には返事をせずに、先ずは自分も、とレバーを動かしてみた。

 途端にグンっと機体が向きを変えて、あたし達を打ち出したセシールの方を向く。

な、なるほどね…リミッターを解除するとこうなるんだ…

こういうのって、ピーキー、って言うんだよね?

ちょうど地球でジャブローにいるときに乗っていたTINコッドもこんな感じで急機動をしてくれる機体だった。

 あたしはさらにレバーを動かして、ブースター用のペダルを踏み付けたりもしてみる。

ギュンギュンと機体が機敏に反応して少し行き過ぎなくらいに機動してくれる。

リミッターを解除したこともあるんだろうけど、反応速度もかなり早い。

今までのジムCも、最初に地球で乗った初期生産ロットのジムに比べたらかなり性能が良かったけど、隊長が言うようにこの機体はさらにそれ以上。

エース級のパイロットに優先的に配備されている機体だけはある…これなら、あの訓練中にやった機動も一層良い切れで再現できるんじゃないかな…今は、プロペラント無駄遣いできないから、試さないけど…


 あたしはそんなことを思いながら、機体を制御しつつ、頭部の狙撃用カメラの搭載されているバイザーをおろしてみた。

コクピットの中にあったジムCには装備されてなかったサブのモニターが灯って、そこに光学測量で見える映像が映し出されている。

確かに、戦闘の物らしい光りの筋が何本か見えた。

あたしはそのサブモニターの映像をメインに切り替えて、さらによくよく目を凝らす。

サイド3のすぐ近く、ってワケでもない、のかな…?

あぁ、でも、あそこにあるコロニーは、少し近い…あれに被害が出るようなら、命令がなくったって止めに行かないといけないかもしれない…

でも、どっちが敵で、どっちが味方なんだろう?

幾ら狙撃用のカメラだと言っても、流石に距離があって機体までは確認が出来ない。

さっきの話じゃ、どっちもジオン機らしいけど…敵も味方も同じ機体に乗ってるうえにIFFも取れないとなると、戦闘しようにも困ってしまう。

 「もし行くとしたら、何と戦えばいいんだろう…」

あたしがそうぼやいたら、すぐさま隊長の声が聞こえた。

<こっちを撃ってくるヤツを落とせばいいんだ>

そりゃぁ、そうだけど…それだと、混乱してる状況をさらに混乱させることにならない?

だって、IFFが取れないってことは、レーダー上で識別が出来ない、ってことでしょ?

もし、敵も味方もトゲツキに乗ってたりしたら、それこそ戦闘機動で高速で飛び交っているのを目で追い続ける自信はない。

できるとしたら…ニュータイプだ、っていう、この得体のしれない感覚を頼りにする他にないけど…

これがどこまで正確なのかも、正直、いまいち理解できてない。
 
 そんなことを思っていたときだった。

不意に、目の前のモニターがポッと明るく光った。

「ば…爆発!?」

あたしは思わずその光をズームしてみるけど、それが火球である以外、何であるかはそれ以上の倍率がでなくて確認できない。

<戦闘には違いなさそうだな…まさか、狙いはあのコロニーじゃねえだろうな…?>

あたしは、隊長の言葉に背筋を凍らせた。

そう、もし、テロなんてことをするのなら…一つの行動で、より多くの人達を巻き込むんなら、コロニーを襲って壊すか…

あるいは、地球に落としたり、現存する別のコロニーにぶつけるなりするのが、もっとも被害を大きくできる…

まさか、あの戦闘は…!

<こちらセシール艦長。連邦軍駐屯司令部より入電。

 連邦軍駐屯司令部は、サイド3周辺での交戦の事実を認めていない。

 ジオン国防部からの連絡はまだだが、国防部は司令部との連携なしでは動けない規定になっている。

 司令部の見解では私闘の可能性が高いだろうとのことだ。我々が関わることではなさそうだ。ハウス大尉、すぐに帰投せよ>

艦長の声が聞こえた。

 でも…艦長、今の爆発見たでしょ…!?

私闘でもなんでも、あそこでは誰かが戦ってる…サイド3が連邦の統治下にあるんなら、治安維持もあたし達の仕事じゃないの…!?


<…ランチを出してくれ、艦長>

隊長の声が、無線に響いた。

<何…?>

<あれは私闘なんかじゃねえ、そっちでも見えてんだろう?

 ありゃぁ、あの小さいコロニーに取り付こうとしているやつらを、もう一方が追っ払ってる。司令部の見解がどうのこうのと知ったことじゃない。

 もしあれが…テロリストの手に渡ってまた地球に落とされるようなことになったらどうするんだ?>

隊長は、いつになく冷静で、落ち着いた声色でそう言った。

そう、隊長だってきっと知っているんだ。テロっていうのがどういうことか、って。

 ほんの些細な出来事が…あの日、駅舎の天井を修理していると思った人達が爆弾を仕掛けていたのと同じくらい、

日常的でありふれた光景の中の微かな出来事がそのサインだったりするんだよ…

いくら司令部が感知していないと言ったって、それがそのまま、大丈夫って事を証明しているわけじゃないんだ。

「艦長、あたしもそう思います…!もしかしたら、司令部はあの濃いミノフスキー粒子で現状の把握が出来ていないだけかも…!」

あたしも無線でそう艦長に訴える。接近してみて、何事もなければそれで良い。でも、逆だったら取り返しの付かないことになりかねない…!

 やがて艦長は、ふぅ、とため息を吐いて、静かに言った。

<いいか、交戦は許可しない。あくまでも現状把握が最優先だ>

<分かってる、あんな混乱した中に突っ込んで行ったって、どっちが敵か分かりゃしない>

艦長の言葉にそう返事をした隊長だけど、あたしはそんな隊長の機体から苛立ちの様な何かを感じ取っていた。

今の言葉は、言い訳だ…隊長、あそこに突っ込んで、事態を収集するつもりで…

 あたしがそのことに気付いたとき、ヘルメットの中に無線が響いた。

<モビルスーツ移送用のランチを射出しろ。大尉、少尉。レーザー誘導のリンクを確認して、確実に取り付け>

<あぁ、慣れたもんさ>

「りょ、了解です…!」

隊長と共にあたしもそう返事をして無線を切った。それからすぐにパネルを操作して、隊長との個別通信を繋ぐ。

「隊長、戦闘するつもりでいた方がいいですよね…?」

あたしがそう聞くと、隊長は落ち着いた声色で

<ああ。おそらくIFFは効かないだろう。敵味方を識別する意味で、停戦の発光弾を打ち込む。それでも止まらねえ方を叩け>

と言って来た。確かに…もしジオン国防部なら、あたし達連邦からの停戦指示には従う意志を見せるはずだ。

テロリストなら、それはない…その方法で識別するしかないね…

「了解、隊長」

あたしが少し緊張して返事をしたら、隊長の微かな笑い声が聞こえてきた。

<モニターで見る限り、どいつもトゲツキかスカートツキだ。手練れでもない限りは、どうとでもなる。落ち着いて行け>

「…はい!」

あたしは、隊長にそう言われたのになおもそう硬い返事をしてしまう。途端にまた、隊長はガハハと可笑しそうに笑い声をあげていた。

 ピピッと警告音が聞こえた。背後のセシールから打ち出されたランチが接近してきている。

あたしはコンピュータのパネルでランチとのレーザー誘導を設定した。機体が自動でランチに接近していく。

機体はやがてあたし達の頭上をゆっくりと通り過ぎようとしているランチをマニピュレータで捕まえた。隊長もほとんど同時にランチへとドッキングする。


<加速するぞ>

「はい、了解です」

隊長の声に返事をしつつ、マニピュレータをロックしてランチに機体を固定する。

程なくして、ランチがゆっくりと加速を開始し、機体とあたしの体にGが掛かった。

 距離は…この速度なら、20分で近付けるくらいかな…

 その間にあたしは機体の掻き管制を起動させてシステムをチェックする。ビームライフルもヘッドバルカンも大丈夫。

ビームサーベルもグリーンだけど…こっちは、コマンドがジムCとは違うから気を付けること…

えぇと、それから…ビームライフルは16発。撃ち過ぎには注意、だ。

 戦闘光跡が徐々に近付いてくる。望遠の狙撃用カメラでは捉えきれなかった全体の様子がようやく分かってきた。

一方は、6機2個小隊の編成、もう一方は…8機?中途半端な数字だな…元は3個小隊で、そのうちの一機がやられてしまった、とか…?

そう言えば、爆発があったよね…あれがそうだったのかな…?

 そんなことを思いながら、あたしはレバーをギュッと握る。ゾワゾワとする感覚が伝わって来ていたからだ。

怒り、憎しみ…恐怖…そんな、あたしを覆い尽くして来るような感覚だけど…でも、緊張感は湧いてくるけど、それが恐いだなんて思えなかった。

機体の性能差は一目瞭然だし、それに…あたしには、ミラお姉ちゃんが着いて居てくれる…

ミラお姉ちゃんがくれたのか、とにかくニュータイプらしいって力がある…大丈夫…大丈夫…!

 やがて、電波によるレーダーがモニター上でホワイトアウトした。ミノフスキー粒子の圏内に入ってしまったようだ。

でも、精度の低い光学レーダーはまだ敵を捉えてくれている。IFF信号は電波だから受信はできない。

とにかく、複数のモビルスーツ戦闘に入っているのだけが分かった。

ミノフスキー粒子からの影響を受けにくい近距離の無線が繋がりと良いけど…本当にこのままだと、どっちがどっちだか、分からない…!

 <マラ…ア、聞こえ…るか?>

ヘルメットの中に、ミノフスキー粒子に影響された状態の隊長の声が聞こえてきた。

「はい、隊長!」

<これ…り、停戦の信号弾を発射…る。ランチを止めて離…るぞ>

とぎれとぎれのその声を聞きき、おおよそは理解した。

「了解、いつでも大丈夫です」

と返事をし、同時に気を引き締める。

あそこにいる人たちが誰だろうと、テロなんかを起こすつもりなら容赦しない。もう…あんなことは二度とごめんだ…。

 <行くぞ、離脱のカウント入る。…ぉ、4、さ…2、1、…脱…!>

あたしは隊長の無線と更には感覚を受け取りつつ慎重にタイミングを合わせてランチからマニピュレータを離した。

ランチは減速行動に入り、あたし達はそもまま慣性で戦域へと放り出されて行く。

<信号弾、発射準備>

今度はクリアな声が聞こえてきた。見ればそこには、隊長の機体があたしの機体腕に手を掛けている映像が映っている。

こういうときほど、接触通信は安心だ。

 あたしは機体の火器管制を操作して、腕に内蔵された信号弾を発射選択する。停戦信号なら、青だ。

 <準備いいな?行くぞ…発射!>

隊長の合図に合わせてあたしはレバーに付いたボタンを叩いた。伸ばした腕から発光弾が打ち出されて、たちまち宇宙空間が明るく照らし出される。

 どっちもこれで戦闘を中断してくれると良いんだけど…そんなことを心の中で祈っていたあたしは、

不意に自分に向けられているザラリとした不快感を覚えてた。

 これ…敵意…!?


「隊長、来る!」

あたしはとっさに無線にそう叫んで、機体を翻した。隊長も少し遅れて鋭い旋回を始める。そんなあたし達の元いた場所を、敵の砲弾が通り過ぎた。

危なかった…ミノフスキー粒子がなければ近接信管が作動していたかも知れない…撃って来たのは…あいつだ…!

 あたしはモニターの中に、こっちに砲口を向けたジオン製のトゲツキ、ザクⅡを見つけていた。

と、次の瞬間にはまた、ザラ付く感覚が皮膚を舐める。ま、また、来る…!

 あたしはさらに機体を滑らせた。あたしの機動に遅れて発射された砲弾が再び宇宙空間に消えていく。

 敵…敵で間違いないんだよね…!?撃つよ…撃っちゃうよ…!?

そう思いつつ、あたしはレバーに引いてライフルを突き出し、トリガーに指を掛けたときだった。

 曳光弾の破線がザクを横切り、機体が小さな爆発を起こした。損傷の程度は軽いようだったけど、ザクはすぐに回避行動に入り始める。

その姿を追いながら、あたしは曳光弾の飛んできた方向に目を向けた。

そこには、別のトゲツキが居て、あのドラムマガジンではないマシンガンを構えている。

 あっちが味方、って事…?とにかく、状況を聞かなきゃ…!

 あたしはそう思って、ビームライフルを横向きに掲げながらその機体へと近づいて行く。トゲツキも、あたしを迎え入れる姿勢を取ってくれていた。

お互いの機体のマニピュレータが接触した瞬間、ヘルメットの中に無線が響く。

<第8492部隊の方か!?>

男の声…第8492部隊…?聞かない部隊番号だ…そんな数字列の部隊なんてあるの…?特殊部隊か何か…?

「い、いいえ、違います!ですけど、何かが起こってるんですよね…?すぐに加勢します…!」

あたしがそう答えた瞬間だった。トゲツキがあたし機体の腕をガシっと掴む。

あの不快な感触と共に、あたしはトゲツキがヒートホークを振りかぶる像を感じた。

―――やられる!?

あたしはとっさにシールドを突き出しながら、サーベルを腰から抜いて起動させた。

 ザクのヒートホークを防いだシールドに衝撃が走る中、あたしはマニュアル操作でその腕を切り落とし、すぐさまブースターを吹かして距離を取る。

 そしてすぐに、隊長に叫んでいた。

「た、隊長!なんか変だよ、こいつら!」

そうしている間にも、腕を落としたザクがマシンガンを掃射してくる。あたしは旋回機動でそれを回避しながら、ビームライフルを二発応射した。

二発とも、てんで的はずれだったけど、ザクは警戒してかすぐに回避行動に入ってくれる。

<くそっ…こ…ぁ…とんだヤブヘビ…ガザッ…ったか…!?>

隊長がそう呻くのも聞こえて来た。相変わらずミノフスキー粒子のせいで無線はうまく機能していないらしい。

あたしは隊長の機体を見やったら、隊長も複数のザクに追いまくられている状況だった。

どっちの部隊の、あたし達を狙って攻撃を仕掛けて来ている…どうして…?何か、都合の悪いことがあるっていうの?


 <くそっ!ガザッ…く思うなよ…!>

再び隊長がそう呻いた瞬間、隊長の機体からビームライフルが発射されて、隊長に攻撃を仕掛けていたスカートツキの脚をもぎ取った。

それでもなお、隊長は複数のモビルスーツ相手に大立ち回りを見せている。

あたしはそんな様子をみて思わず叫んでいた。

「隊長!」

<こっちはこっちガザッ…んとかする!ザッ…前も自分の身はガザザッ…んで守れ!>

でも隊長は、自分の機体にまとわり付こうとしている敵機を振り切りながらそう叫んだ。

ミノフスキー粒子のせいで、通信はほとんどダメだ。

 でも、そう、そうだ…まずは自分の身を自分で守らなきゃ行けない…

それが出来ないうちに誰かの心配をするなんて、それはただ単に危険な隙を作ってしまうだけだ…!

 あたしはそう気を取り直して周囲の敵機を観察する。幸い、今のあたしを狙っている機体はいない…ほどんどが隊長に掛かりきりだ。

それなら、隊長を狙ってる敵を撃ち落としていけばいい…

 あたしがそう思った瞬間だった。ふと、モニターに、コロニーへ接近しようとしているザクの一機が映った。

あたし達がやってきたことで混乱している隙を突こうって言うんだろう。

 隊長や自分の身も守らなきゃいけないけど…そんなこと、させない…!

モビルスーツになんか乗ってるんだ、元は軍人なんだろうけど、もし狙いがこのコロニーで、無差別に民間人を狙うのならそれはただのテロリスト…

そんなのを…そんなの、許してなんておけないんだから!

 私はペダルを踏み付けて機体を加速させた。状況が混乱していて、どれが敵でどれが味方かの判別は正直難しい。

そもそもどっちもあたし達を狙って来ているけど、とにかく、敵の一方の目的はあのコロニーに取り付くこと…

それなら、コロニーに近づこうとしているあいつは、きっとテロリストだ…!

 敵機の姿がぐんぐんと近くなる。あたしは慎重に照準を定めて引き金を引いた。でも次の瞬間、敵機はあたしのビームを身をよじるようにして躱した。

当然、あたしの存在にも気づかれる。だけど、この距離…この速度なら…行ける!

あたしはペダルを踏みつけたまま、敵のザクにシールドを突き出して体当たりをかけた。

同時に、ザクのマニピュレータがあたしの機体を捕まえて、あたし達はお互いに姿勢制御が上手く効かないままに、コロニーの強化ガラスに叩きつけられた。

「くぅっ…!」

思いがけない衝撃が全身を襲い、声が漏れる。

コンピュータからも警報が鳴り響きだしたけど、幸い、コロニーに大きな損傷はなかったようで、内圧が吹き出て来て飛ばされるようなことはなかった。

でも、気がつけばあたしは、ザクに機体をコロニーに押し付けられるような格好で、いくらレバーを動かしても逃げ出すことの出来ない状態に居た。

 しまった…まさかパワー負け…?違う、こっちがバーニアを使えないのをいい事に、あっちはバーニアを使って押し付けて来ているんだ…!

これはまずい…!ど、ど、どうしよう…!?そ、そうだ…だ、脱出…脱出しないと…!

 あたしがそう思って、シートの下のランドムーバーに手を掛けたとき、不意にコクピットの中に怒鳴り声が響いた。

<何が連邦だ…何が暴動だ!こんなことをして恥ずかしくないのか!!>

これはザクのパイロットの声…!?接触通信だ…!


 どうしたの?このパイロット…どうしてこんなに怒っているの…?暴動って…何?このコロニーでは暴動が起こってるっていうの?

テロじゃなくて、暴動が起きてて、ジオン国防軍の守備隊がそれを阻止しようとしてるって事?

こっちの機体は、暴動に横槍を入れさせないためにここで国防軍の守備隊と交戦しているの…?

 彼らはコロニーに取り付きたがっている…モビルスーツを使って暴動を激化させるつもり?

守備隊はこれ以上の暴動を防ごうってそう思ってるってこと?

でも、でも、それじゃぁ、守備隊があたし達に攻撃を仕掛けてくる意味が分からない…

 そんなときだった。モニターの中で、すぐそばに別のザクがコロニーの外壁に接地するのが見えた。

 まずい…!レバーを握って、せめてあたしを押し付けている機体をなんとかしようと思うけどうまく行かない。

違う、そうじゃない…!ヤバイときは、逃げるに限るんだ…!

そんなあたしをの判断ミスの一瞬の間に、あとからやってきた方のザクがあたし達に飛びかかってきた。

 あたしはそのときになってようやく気が付いた。その機体には、ジオン共和国軍守備隊のエンブレムが描かれている。

やっぱりもう一方は…国防軍の機体なんだ…!?でも、じゃぁ、やっぱり、どうして国防軍の守備隊が、あたし達に攻撃なんか…!

守備隊のザクのタックルを、あたしを押さえ付けていたザクが堪える。

そりゃぁ、コロニーに接地している方が有利には決まっている。

<手を引け!>

守備隊のザクからも接触通信でそう声が聞こえてくる。

<ふざけるな!あんたもジオンの人間だろう!?こんなことを、許しておけるのかよ!>

あたしを押さえ付けているザクのパイロットが、再びそう怒鳴った。

<貴様もジオン軍人なら分かるはずだ!

 我らは、ザビ家の扇動による誤った大義の下に、このコロニーの住民とは比べものにならないくらいの人命を犠牲にした!

 あの穴の空いた大地こそが我らが咎だ!これは…これは!我々が受けめばならない、報いだ!>

守備隊のパイロットも負けじと声を張り上げる。

待って…待ってよ…なに?

いったい、何なの?

暴動じゃないの?

テロとかそういうことじゃないの?!

 あたしの胸にそんな疑問が湧き出していた。でも、次に響いた通信があたしの頭をさらに混乱に陥れる。

<違う…!俺は連邦の軍人だ!ポール・コストナー軍曹だ!>

どういう事…?

この連邦のパイロットは…暴動を止めたいんだよね?あれ、暴動に加勢したいの?

守備隊のパイロットの言葉はまるで暴動は鎮圧されて当然のような言い方だけど、連邦のパイロットはそれを許せないって言っている…

ってことは、連邦のパイロットは暴動には賛成、ってこと…?

で、でも、それって普通なら、まったく逆の言い分だ…いったい、何が…何がどうなってるの?!


 その混乱があたしの胸も体も頭も埋め尽くし、これっぽっちも身動き出来なくなったしまっていた、そんなときだった。

 あたしは、何か得体の知れない何かを感じた。

それはまるで背中から滑る様にあたしの体にまとわりつき、そして背中からあたしの体を貫くように心臓を握られた。胸が唐突に痛み、呼吸が苦しくなる。

 何…?何なの、この感じ…?

 あたしは、その気配が伝わってる背後を、メインカメラを動かして見た。

 そこには、燃え上がるコロニーの中の街が見えた。ポツリポツリと、アリよりも小さく人が蠢いているのが見える。

無意識に、あたしはその一角を拡大表示してしまっていた。

 連邦の軍服を着た男たちが、男女のカップルを捕らえていた。

そして…男の方を地面に組み伏せるとその頭に銃を突き付け、一方で女の人を羽交い締めにした兵士たちは…なんのためらいもなく、服を破り捨てて、

そばに止めてあったエレカのボンネットに引き倒して…彼女を…犯し始めた…。

男の人はそれを見るや、押さえ付けていた兵士たちを振りほどき彼女の元に走り出そうとして、突然、体から血を吹き出して倒れ込んだ。

すぐそばにいた兵士が、銃口から煙があがっている拳銃を握っている。

その兵士は、地面を真っ赤に染めながら転がり、彼女の元へと行こうとしている男を踏みつけて、さらに銃弾を見舞った。

 待ってよ…待って。何…?どうして…?これが、暴動…?

鎮圧をするって…違うの…?あれは…あんなのは…まるで…

 あたしは、とっさにメインカメラを守備隊のザクに向けた。ヘッドバルカンを起動させてトリガーに指をかけて、そのパイロットに尋ねる。

「ねぇ…いったい、何が起こってるの…?これ、暴動なんかじゃない…!」

同時に、あたしは守備隊のザクの装甲にマニピュレータを捩じ込ませて機体を逃がさないように固定する。

それだけで、パイロットにあたしの意思は伝わったようだった。彼は、息を潜めて行った。

<ガス抜きだ…>

ガス抜き…それって…つまり…!

「虐殺を!?」

<…そうだ…>

あたしは、途端に全身から煮えたぎるような熱さを感じて、彼が悪いわけではないのに、食いかかるようにして問い詰めていた。

「なんでそんなことを!?何様のつもりなの?!」

<…連邦の一部の将校から提案があった…ジオン国内は、今や一年戦争の不満を抱えた連邦軍で溢れかえっている。連邦兵が起こす事件も少なくない。

 それを解消するために…機密裏に…>

<あんたは!それを黙って見逃すつもりなのか!?同じ国民の…同胞なんじゃないのかよ!>

<俺の妻と子は、タイガーバウムにいるんだ!そこにも連邦軍がわんさかいる!もし、命令に背けば何をされるか…!

 それに、これは罪のない民間人をコロニーへの攻撃と地球へのコロニー落としで殺したことの、報いだ…

 そんなザビ家を政治の頂点として押し上げた、一般国民であっても、だ…

 こんな小さな作業用コロニー一つの、千数百人が殺されたところで、コロニー落としで死んだアースノイドの民間人の恐怖と犠牲に比べたら…!>

<だからって…だからってこんなことをあんた達が許しちまったら、あんた達は何を守るためにここにいるんだ!

 おい、離せ!あんた達がやらないんなら、俺が行く…このコロニーの防衛班の連中の邪魔もするな…!俺達は…こんなこと、絶対に許せない!>

守備隊のパイロットに、連邦軍の軍曹だと言うパイロットが叫んだ。

コロニー防衛班…そうか、このコロニーに取り付こうとしていたのここ出身のパイロット達なんだ…コロニーを奪うんでも破壊するんでもない…

この虐殺を止めたい、って、その一心で…!


 コストナー軍曹の言葉に守備隊パイロットからの返事はない。でも、微かに嗚咽のようなくぐもった声が聞こえてくる。

あたしは、彼に無線で伝えた。

「こんなことをされて、ジオンの罪が消えるとは思えません…こんなことして、連邦の恨みが消えるとも思えない…

 こんなのはただ、新たな禍根を残しているだけじゃないですか!

 ううん、そんな難しいことなんかでもない…こういうことをすると、悲しいんですよ…みんなが!」

そしてあたしは、シートの下からランドムーバーを取り出してノーマルスーツの背面に取り付けた。

拳銃を付け、救急セットも腰のポーチに詰め込む。

それから、コストナー軍曹に声を掛けた。

「軍曹、あたし、コロニーに入る。一人でもいい、とにかく無事な人を助けよう…!」

<あ…あなたは…!?>

「あたしは、連邦のマライア・アトウッド少尉。あたしはもう、怖いからって逃げたりなんてしない…!一緒に来て!」

あたしそうとだけ伝えて、モビルスーツのコクピットを開けた。

コクピット内に残っていた微かなエアーに吹かれて飛び出した体をランドムーバーで制御して辺りを見回す。

どこかに、点検作業用の隔壁があるはず…前側か…それとも後ろか…いや、このタイプなら後方に点検用のハッチがあるはず…!

 コストナー軍曹もランドムーバーでモビルスーツの外に出てきていた。

着ているの確かに連邦のノーマルスーツ…彼がどうしてこのコロニーの防衛班に手を貸すことになったのかも、あとでちゃんと聞いておかないと…ね。

でも、それは本当に後回しだ。

 あたしはもう、ワケの分からないままにそう決心してコストナー軍曹に頷いて見せ、それから守備隊の機にも伝えた。

「殺すなら今のうち。出来ないんなら、悪いけどうちの隊長…肩にジェーンって言うヌードの女のマークを付けているジムスナイパーⅡを探して伝えて。

 すぐに戦闘を中止して、セシールをコロニー近くに進めて通信を確保してほしい、って!」

<…すまない…すまない。了解した…>

私はその言葉を聞いてコストナー軍曹を見やり、手で合図をしてランドムーバーで外壁の直上を滑るようにして飛んだ。

コロニーの“お尻”の方を目指して飛んでいると、程なくして外殻に僅かな切れ目のは行った箇所が見えてくる。あそこだ!

 あたしはハッチのハンドルに取り付くと、電磁石の靴底を起動させて体を固定し、ハンドルを一気に回す。

 バン、と勢い良くハッチが開き、中に充填されていたエアーが霧状になって一気に吹き出した。でも、それもすぐに収まってくれる。

あたしはそれを確認して先頭で点検口の中に飛び込んだ。4メートル四方ほどの通路を、あたしはランドムーバーを小刻みに吹かしながら進んでいく。

<良かったんですか、少尉…これじゃぁ、少尉も軍には居られませんよ…?>

コストナー軍曹があたしにそんなことを言って来た。ノーマルスーツのヘルメットの向こうに見える表情が不安に歪んでいる。

 でも、命令違反なんて承知の上…あたしは、オメガ隊の見習い、マライア・アトウッド“軍曹”なんだ。

戦時中に捕まった捕虜を助けるために…たった一人でも戦うことを決めた大好きなお姉ちゃんや、レイプされた捕虜の無念を晴らして、

ジャブローから逃げ出すための手助けをしたオメガ隊の妹分だ。

あたしはあのとき、ソフィアを助けられなかった…ただただ怯えてしまったせいで、ソフィアを傷付けちゃった。もう二度とあんなのはイヤだ…

あたしだって…あたしにだって…きっと助けられる。助けなきゃ行けない…助けたい…!

戦争がどうとかコロニーがどうとか、そんなのは関係ない。あんなのを、あたし達オメガ隊は許しちゃ行けない。絶対に許さない!


「大丈夫…いざとなったら逃げるだけだよ…!とにかく今は、この状況から少しでも人を助けないと…」

あたしが返事をしていると、不意に別の声がヘルメットの中に響いてきた。

<こちらジョージ・ヘンダーソン中尉だ。コストナー、中には侵入出来たのか?>

その声に、コストナー軍曹が応える。

<はい、連邦のパイロットが力を貸してくれて…>

コストナー軍曹がそう言うと無線の相手はしばらく黙ったけれど、不意に

<連邦の…?まぁ、いい、了解した。俺はこのまま合流ポイントに急ぐ。君たちも内部探索については十分に留意して行ってくれ>

と言い残して、それ以降、無線が切られてしまったの方が繋がらなくなった。

「今の人は…?」

<自分の上官です。なんでも、知り合いのジオン兵の家族がこのコロニーに居るとかで…その方達を保護しに、ここまで…>

安心も、よかったと思うわけでもなかった。でも、あたしと同じように感じて行動を起こしてくれている人がいるんだ、と思うと少し気分が軽くなる。

 だけど、ダクトを抜け、その先に広がっていた景色を見て、そんなあたしの気分は焼き尽くされたようにして一瞬で真っ白になった。

 そこは…もう、地獄、とそう呼んで差し障りのないくらいの状況だったからだ。

 建物は炎に巻かれ焼け落ち、化学製品やそれ以外の何かが燃えるようなイヤな臭いが立ち込めている。

もうもうした煙がコロニーの軸にある吸気システムの取り込まれて行くせいで、より一層高く吸い上げられているせいで内部を暗く陰らせていた。

それだけじゃない、あちこちから銃声が聞こえて、あたしが降り立ったその場所にも大量の血液が溜まりを作っている。

 「軍曹…こ、ここ、何なの…?」

あたしの言葉に、軍曹も詰まった声色で静かに言った。

<各コロニーの外殻整備をやる作業員と家族のための作業用コロニーです……サイド3では“グローブ”、とそう呼ばれています…>





つづく。


 



ああ、胸糞悪い……
ジンネマンたちの執念もむべなるかなと。

ところでどーにもならん事だとは思うけど、スレタイのほのぼの具合とかけ離れてきた感がハンパないw

>>179
レス感謝!
最後はペンション日報に戻りますので、ご安心を!w


 「軍曹…こ、ここ、何なの…?」

あたしの言葉に、軍曹も詰まった声色で静かに言った。

<各コロニーの外殻整備をやる作業員と家族のための作業用コロニーです……サイド3では“グローブ”、とそう呼ばれています…>

 ここが、コロニー?

確か、外で会った防衛隊のパイロットは千数百人の人口がある、って言っていた。

彼は、それでも少なすぎる、なんてニュアンスで言っていたけれど…

それだけの命が、ここで失われようとしているんだ。

抵抗することもできず、玩弄されて、恐怖と絶望の中で死んでいっている…

あたしには、それがまるで自分の身に起きているかのように感じられてしまっていた。

それがあたしの想像力のせいなのか、それともニュータイプの力のせいなのかもうよくわからなくなっている。

「少尉…ど、どうするんです…?」

あまりの光景に声を失っていたあたしに、ポール・コストナー軍曹がそう声を掛けてきてはっとなる。

全身に絡みつく様な不快感がまとわり付いてきて、頭の奥底には得体の知れない陰惨な悲鳴がこだまする中で、あたしはとにかく、ヘルメットを脱いで両頬を張った。

 落ち着いて、マライア…こんな状況ですべての被害者を助けるのはきっと無理…

それなら、とにかく生存者を見つけたらあたし達が抜けてきたダクトの方へと案内すればいい。

そこで少し待機しててもらって、近寄ってくる悪意ある連中を追い払いながら、少しでも多くの人をダクトからモビルスーツに運び込んで助け出す他にない…

 「軍曹、ケミカルライト持ってる?出来れば、炎とは違う…寒色系がいい。青とか緑のやつ」

あたしが聞くと、軍曹はポーチをまさぐってそれこそペンくらいの大きさのケミカルライトを取り出してみせた。

「こんなサイズでよければ…」

「うん、それでいい…それを、何かの支柱にくくりつけて2メートルくらいの高さのところに掲げておいて。そこを救助の拠点にするから」

あたしの言葉に、軍曹はコクっと頷いてそばに落ちていた鉄パイプの先にパキっと曲げて発光を始めさせたライトをノーマルスーツ補修用のテープで固定し、

少し離れたところにあったまだ辛うじて無傷だった建物のそばに突き立てた。

 その間に、あたしはヘルメットを被りなおし、隊長への無線連絡を試みる。でも、ノイズばかりで会話にはならない。

この宙域のミノフスキー粒子の濃度はかなりの高さだ。普通は無線くらいなら繋がってくれるはずなのに…
 


 そう思いながらもあたしはとにかく隊長に何度か指示を出していた。

「隊長、退避して。ここに関与していたら、まずいことになる…とにかく、あたしの機体を引っ張って行って、セシールに逃げて!」

届いているか、聞こえているかも分からない無線にそう呼びかけてつつ、外であった防衛隊のパイロットが隊長に接触してくれていることも願う。

隊長は無茶をするバカだけど、オメガの隊長と一緒で判断はけっして間違えない。状況を確認したら、きっとあたしと同じ判断に至るはずだ。

でも、あたしがさっき、外で国防軍のパイロットに頼んだ伝言はまるで逆…それが伝わっていたとしたら、ここにセシールまでが来てしまう…

もし、そんなことにでもなったら…

 そんなことを考えそうになってあたしは慌てて頭を振った。今は、そんなことを気にしている場合じゃない。

あたしは拳銃を抜いて弾倉を確認した。軍曹にもそうするように、と声を掛ける。

「銃…ですか…?」

「うん、そう……三人以上で固まっている連邦兵が居たら身を隠して…出来るなら、その場で射殺する」

「で、ですが…いくらなんでもそれは…」

なによ、ここまで来て弱気?さっきはあんなに勢いあったくせに…

「こういうときは、相手の倫理観が崩壊してる。身を守るためにも、引き金を引くときはためらわないで」

あたしはそう伝えて、自分の握った拳銃のスライドを引いた。

 それからヘルメットのシールドを閉め直して

「行くよ」

とだけ声を掛け、瓦礫の中を走った。

 どこまで行っても瓦礫と崩れかけた建物、そして炎…燃え尽き掛けた女性、子どもの遺体。

どの遺体からも、苦しみや痛みが響いて来るのをあたしは懸命に堪えていた。

 パンパンッ!

と近くで銃声がした。あたしはとっさに瓦礫に身を隠して、あたりの様子を伺う。でも、目視では人影は確認できない。

だけど…目で見えなくたって、あたしには感じる方法がもう一つあるんだ。

 あたしは、あたりに響く怨嗟をかき分けながら、その銃声の気配探る。

……いた。三人だ。楽しそうに、愉快に、ヘラヘラとしている。

場所は…

あたしはあたりを見回して、その感覚をたどる。

見つけた、あそこだ。あの二階が崩れた建物の、一階部分…。

 あたしは軍曹に指示を出して、二人で交互にクリアリングを続けながら建物の窓際まで到達した。

気配は、四人…うち一人は、恐怖に支配されて恐い、恐い、と繰り返している。

位置は…窓際に二人、奥に一人…ひと思いに、やれる…

 あたしはパッと立ち上がって、感じたままの位置に三発、引き金を引いて発射した。

部屋の中で連邦の制服を着た男たちが胸と眉間に銃弾を受けて倒れ込み、動かなくなる。

あたしは他に気配がしないことを慎重に確認してから、窓を乗り越えて室内に入り込んだ。

 そこには、洋服をビリビリに剥かれ、好き放題されたんだろう女性が、胸と額を撃ち抜かれたあとの姿でテーブルの上に仰向けになっていた。

年頃は…16歳くらいかな…伝わってくる感覚は…この子の最期の気持ちだったんだ…

 そう思ったら、私はいつの間にか湧き上がってきていた怒りが胸の中でさらに膨れ上がるのを感じて、

倒れた3人の連邦兵にさらに銃弾を撃ち込んでやろうと思って、一人の体を踏みつけてから、深呼吸をして、やめた。
 


 今は…弾数が貴重だ…感情的になって、無駄に使っている場合じゃない。

代わりにあたしは、男たちから拳銃の弾を抜き取り、一人が抱えていたサブマシンガンも分捕って、

民家らしかったその部屋のソファーに掛かっていた布を、テーブルの上で亡くなった彼女に掛けてあげた。

男たちの死体を引きずり出してからもう一度中に戻り、ガス台へと繋がるパイプを壊して外に出、そばで燃えていた角材を窓から投げ込んだ。

バフっとすぐに炎が燃え上がり、家を焼き尽くしていく。

 ごめんね、一緒には連れていけない…せめてここで、ちゃんと送ってあげるから…

 そんな事を念じていたときだった。今度は銃声とともに、どこからか車らしいエンジン音が聞こえだす。

「少尉、隠れて!」

軍曹の言葉に、あたしはとっさに家の二階部分だったんだろう瓦礫のそばへと身を投げた。

 バンバン、と断続的に鳴る銃声とエンジン音が近づいて来るのを確かめて、サブマシンガンの機関部に弾を装填したその時だった。

あたし達の目の前で、幼い子どもを抱えた女性が小さな悲鳴をあげながら地面に倒れ込んだ。

 あたしより、少し年上…ジェニーさんと同じくらいか、それよりも少し若いくらいの彼女は全身血まみれで、

それでもなお、子どもを抱えて立ち上がろうと自分から流れ出ている血の海の中で悶えている。

ブルン、とひときわ大きなエンジン音が聞こえて、その女性のすぐ近くを軍用車が走り抜けた。

途端に女性が苦しげな悲鳴をあげて地面にくずれおちる。

 あ、あの車…あの人の足を、轢いたの…?

 そう思って見やった軍用車からは、やはり連邦兵が5人、ヘラヘラと正気ではなさそうな目の色をしながら降りてきた。

それぞれの手には拳銃が握られている。

あいつら…まさか…!

 あたしが思ったのも束の間、先頭にいた男が女性の頭を踏みつけて、拳銃の撃鉄を起こした。

「この…外道が!」

そう声をあげたのあたしではなく、ちょうど道路の反対側に身を隠していた軍曹だった。

軍曹は拳銃を男達に向け、今にも発砲しそうな様子だ。

男達も、自分達とは違う様子の軍曹に、慌てて銃を抜き、軍曹に照準を付ける。

 その隙は、あたしは見逃さなかった。

 あたしは声もなく立ち上がると、ためらわずに構えていたサブマシンガンの引き金を引いた。

小刻みな振動と連続する爆発音、発砲炎がほとばしり、男達が血を吹き出して地面に崩れ落ちた。

 それを確認して、あたしは瓦礫の影を出、女性の元へと小走りで駆けつける。

 血だらけの女性は、ガフガフッと、咳とともに血液を吐き出した。

あたしはノーマルスーツが汚れるなんて気にも止めずに彼女を膝の上に抱き上げる。

「しっかり…!大丈夫だから…今、手当てしてあげるね…」

そう言いつつ、あたしは女性の容体を確認した。
 


たぶん、背中から二発…それに両足のふくらはぎや、左の大腿にも銃創がある。

車に惹かれた左足は、肉が裂け、中から折れた骨が突き出していた。

特に、背中から撃ち込まれたんだろう銃創は、肺を確実に貫いている。

正直に言って、どうして生きているのかが分からない状態の傷だった。

 「たす…て、こ…もを…」

女性は大量の血を溢れさせながらパクパクとそう口を動かす。

あたしは慌てて片手でヘルメットを取り、その口元に耳を近付けた。

「子どもだけ…でも…助けて…お願い…」

「分かった…様子を見るから、そのまま抱いてあげててね」

 あたしは、こんな状態になってまで子どもを守ろうとこの死地を駆け抜け逃げてきた彼女の想いに、もう、胸が張り裂けてしまいそうだった。

だって、だって…彼女の腕の中の子は、彼女が背中から受け胸へと貫通した銃弾二発が、彼女が胸に抱いていたその小さな体を貫いていて、

もう、見動きも呼吸もしていなかったからだ。

お母さんらしい女性の方も、緊急手術をしたってたぶん無理だろう…まして、セシールに運搬する時間なんてない

 そんな彼女に、あたしには言えなかった。

子どもはもう死んでいるよ、だなんて…あなただって治療も応急処置も間に合わないんだ、なんて。

「子どもさんの方が軽症だから大丈夫…手当てするから、もう少し頑張ってね…」

あたしはそう彼女に伝えて、グローブを外してサイドポーチに詰めておいた救急セットから痛み止めの簡易注射アンプルを二本取り出した。

それからそばにいた軍曹にも

「軍曹、モルヒネのアンプル持ってる?出来たら二本」

と聞く。軍曹はすぐに自分のポーチから救急セットを取り出し、あたしにモルヒネのアンプルを手渡してくれた。

 あたしはその四本を、まとめて彼女の肩口へと突き立てて内容液を一気に体内に絞り出した。

 一本で大男でも猫みたいに大人しくなる強力な痛み止め…ううん、医学的に言えば麻酔…麻薬に近い一種だ。

それを四本も打つことがどういうことか、軍曹にもすぐに理解出来たらしい。

 軍曹は彼女の傍らに跪いて、押し殺すような声色で言った。

「…目が覚めたら病院ですから、少し休んでください」

女性は、軍曹の言葉にコクリと頷き、それからモルヒネが効いてきたのか震えが止まった血に濡れた手をあたしに伸ばしてきた。
 


「あの人に…おっとに、つ…えて…マリィを守れなくて…ご…んなさい、って…」

あたしの頬に、べとりとした彼女の手が当てられた。

あたしは、自分で出来る最大限の笑顔で返して聞いてあげた。

「この子、マリィって言うんだね。あなた、名前は…?」

「げほっ、ゴプッ……フィ…オナ……ジ………マン……」

「うん…わかった…あなたにもしものことがあったら、必ず伝えるよ、旦那さんに…」

あたしがそう言ってもう一度笑顔を見せてあげたら、彼女は突然に苦しげなその表情を、ふっと穏やかな笑顔に変えた。

そして一言、ポツリと言った。

「あぁ…ありがとう…天使様…」

その言葉に、あたしは何か大事な物が頭から吹き飛んだような、そんな感覚を覚えた。

あの日、駅でもテロでのミラお姉ちゃんの言葉が、最後の感触が、恐怖と悲しみが、楽しかったときの時間のことさえ一気に吹き出して来る。

 あたしは我を忘れて自分の頬に当てられたその手を握ろうとした。

あの日、ミラお姉ちゃんを死なすまいと思って必死に手を取り呼びかけたのと同じように。

 でも、そうしようとしたあたしの手をスルリとすり抜け、彼女の腕はベシャりと体の上に落として、動かなくなった。

穏やかな笑みで、死んだ娘を抱きしめながら…

 バツっと、頭の中で何かが弾けたのだけが分かった。

 反射的に、あたしは彼女の体をギュッと抱きしめ、何か叫んでいたような気もするけど、とにかくそれからしばらくの間のことはよく覚えてはいない。

あたしはただただ、溢れてくる悲しみとも切なさとも怒りとも知れない激しい感情を吐き出すように、あたしは絶叫して泣いた。

 なんで…

なんでこんなことが起こってるの…?

いったい、誰が、どうしてこんなことをしようなんて考え出したの…?

こんなの、テロなんかよりひどい…ただの快楽で、同じ人間を痛めつけて、汚して、殺すだなんて…

許せない…許せない…!

 「おい、何してやがんだ?」

「ノーマルスーツ?なんだよ、このくらいの煙がなんだってんだ、それじゃぁ楽しめねえだろう?」

不意にそう声が聞こえて、あたしは我に返った。

顔をあげるとそこには、あたしと同じ年齢ほどの男達二人、訝しげな様子であたし達を見つめていた。

「女か?ははは、懲罰大隊に女がいると聞いたことはあったが、ここへ参加を命じられるんじゃぁ、お前も好き者だな?」

二人の内の一人、アングロサクソン系の男がヘラヘラとあたしにそう話しかけてくる。

正気だったのかどうかは分からない。

でも、あたしはほとんど反射で握っていた拳銃を振り上げて

「なっ」

と声をあげたその男の頭を撃ち抜いてやった。
 


 男は、脳みそを後ろにぶちまけながら倒れ込む。

突然のことに驚いたらしいもう一人の男が、もたつきながらホルスターに手を掛けているところに素早く照準を合わせて、

立て続けに引き金を引き、両腕と両足を四発で撃ち抜いた。

 男はドサリと地面に倒れて、悶えている。あたしは立ち上がって血まみれで転げまわる男の元まで行き、

そして頭を踏みつけて屈み、男の口の中に銃口をねじ込んだ。

「懲罰大隊、って言ったね?指揮官の名前は?この作戦は、どこの誰の指示で行われてるの…?」

あたしはそう言いながら、引き金に指を掛けて見せる。

すると男は全身を震え上がらせてモガモガと声にならない声をあげた。

「素直に言うんなら、生かしといてあげる」

あたしは、今までに生きてきて出したことのない、冷たく鋭い声でそうとだけ告げて、拳銃を男の口から引き抜いた。

「サ、サ、サ、サイド3駐留部隊の…バ、バスク少佐…バスク・オム少佐だ…」

「それがこの一連の虐殺を指示したやつなんだな…?」

ふと、あたしの横に少尉がやってきてそう問いただす。男はそれを聞くや、コクコクと何度も首を縦に振ってみせた。

 バスク・オム…聞かない名前だけど…新任の指揮官なんだろうか…?

そう言えば戦後に、政界から軍属に転身した官僚や政治家が何人か居たって聞いたことがある。

確か、サイド3をより円滑に統治するために、政治の分かる軍人が必要だった、とかで…

「バスク・オム少佐…覚えたぞ…」

軍曹が憎らしげにそう呟くのを聞きながら、あたしはとにかく、と思って立ち上がり、拳銃に残っていた6発の弾を全部急所以外に撃ち込んでやった。

 今なら、あのときのソフィアの気持ちが分かる。

本当なら、グシャグシャになるまで傷めつけてやりたいようなやつだ…まぁ、この出血なら5分も持たないと思う。

せいぜい、苦しんでくれれば良い。

 血溜まりの中で悶絶する男にそう思って背を向け、

そしてあたしは少尉と一緒に近くで焼け残っていた家のベッドにソフィアと名乗った女性と彼女が抱き締めていた娘さんの遺体を寝かせ、毛布で包んであげた。

本当ならコロニーの外へ出してちゃんと埋葬してあげたいけれど…ごめんなさい…たぶん、今のこれはかなりまずい状況だから…

 あたしはベッドの脇に跪いてそう祈り、それからフィオナさんの付けていたヘアピンを一本抜き取ってポーチの中にしまった。

旦那さんの名前が聞き取れなかったけど…あなたの名前は…覚えたよ。もしいつかどこかで会うことが出来たら…必ず伝えるからね…

 あたしは心の中でそう語りかけ、その家を出た。

するとすぐに軍曹があたしに聞いてくる。

「少尉、これからどうするんです…?港に行ってこいつらの指揮をしているやつを叩くか…それとも、サイド3に戻ってバスク・オムを逮捕しますか…?」

その質問に、あたしは自分でも驚くほど冷静に頭を回転させて、それから答えた。
 


「どっちも無理…。たぶん、ここでのことはうまく闇に葬られる。それも、そのバスクってやつの手柄になって、ね…」

「そんな…!」

「…計画を事前に分かってたんならなんとか出来たかもしれないけど、これはもう後始末をする段階…

 とてもじゃないけど、巻き返せないし、それをしようと思えばたぶん、あたし達もあしたの朝、ベッドの上で死体で見つかるよ…

 ヤバい状況なんだ…今は、逃げるしかない…」

あたしは軍曹にそう言いながら、血に濡れた顔も気にせずにヘルメットを被りなおして無線を繋いだ。

 軍曹の上司だという、ジョージ・ヘンダーソン中尉に、だ。

「中尉、ヘンダーソン中尉、聞こえますか?」

程なくして、ヘルメットの中に返事が聞こえてきた。

<ヘンダーソン中尉だ>

「あたしは、マライア・アトウッド少尉です。

 ルナツー基地所属で、追加のパイロットと合流するために近くを航行していたところで、戦闘光跡を確認し、駆けつけました。

 そちらの救助は済みましたか?」

<あぁ、済むには済んだんだが…少し問題が起こってる>

「問題…?」

<いや、あとで話そう。こちらと合流出来るか?>

「…了解。3番の点検ハッチへ向かいます。そこで構いませんか?」

<ああ、すぐ近くだ。急いで向かう>

ブツっと、無線が切れた。あたしは軍曹に合図を送って瓦礫の中を再びハッチに向かって走り出した。

 状況は、たぶんかなり難しいことになっている。

あたしの予感が当たっていれば…外で戦闘をしているモビルスーツは国防軍もこのコロニーの警備班も、まとめて撃ち落とされるはずだ。

口封じのために…あたしも、隊長もこんなところにいつまでもいたら同じ目に合う…それは避けなきゃいけない。

さっきの無線が隊長に届いていて、素直にあたしの機体を引っ張って退避してくれていればいいけど、まだ宇宙で戦っているとまずいことになる。

 たぶん、騒動が大きくなりそうなところでそのバスク・オムって少佐がやってきて、すべてを鎮圧。

彼から指示を受けたと言うここの連中は片っ端から銃殺刑にすることができる…これだけの大事を起こしたんだ、当然だろう。

自分で火をつけて、自分で消化して、自分の手柄にする、マッチポンプ、ってやつだ。

それに、連邦本部もこんな失態は隠したいに違いない。モグラ達の考え方を近くで見てきたから、あたしには分かる。

いつだって、臭い物には蓋、が彼らのやり方だ。

 つまりあたし達は、今後この件をどうするかを考えるよりも先に、蓋をされてしまうよりも早くにこの場所から逃げ出さなくちゃいけない。

そして、それはきっと簡単なんかじゃないんだろう…

 あたし達はとにかく走って、途中はランドムーバーを使ったりしながらハッチへと辿り着いた。

あたりに人がいないことを確かめてからハッチ開けて、中の点検口へと入っていく。

 するとその先に人の気配感じた。数は…五人。かなり強い警戒感を持っている人が二人に…あとの三人は怯えている…子ども、かな…

 それでもあたしは拳銃に弾を込め直し、スライドを引いて点検用のダクトを行く。気配が徐々に近付いてきた。

 「中尉、もう到着していますか?」

<あぁ、点検ダクトの途中にある用具庫にいる>

「今向かいますね」

あたしはそう確認を取って、しばらく行った先に現れた広い空間にあった扉をそっと開けた。
 


 中には、連邦のノーマルスーツを着てこちらに拳銃を向けている人が一人と、子ども達三人を守ろうと抱きかかえている中年の女性の姿があった。

あたしは慌てずにヘルメットのシールドを開けて中尉に話しかける。

「中尉、無線の、アトウッド少尉です」

それを聞くや、少尉はふぅ、と肩で息をして拳銃を下ろしてくれた。あとから続いてきた軍曹も顔を出すなり

「中尉、無事で良かった…」

と少しだけ緊張を緩めたような表情を浮かべる。

 そんなあたし達の様子に、女性と子ども達もホッと安心したような顔色になってくれた。

そこで、あたしはさっき中尉が無線で言っていたことを思い出す。

問題がある、ってそう言ってた。

「中尉、さっきの問題、っていうのは?」

あたしが聞くと、中尉は自分の背後にかくまうようにしていた四人をチラッとみやってから、あたしのそばにやってきて、小さな声で言った。

「一番、小さい子。彼女は、逃げてくる最中に母親が見つけて連れてきた子らしい。俺が知り合いに頼まれていたのは母親と子ども二人…年齢の高い二人だ。

 あの小さい子は勘定に入ってなかった…移民先の誤魔化しが効かない…」

中尉の言葉を聞いて、あたしも彼女を見やった。

年頃は、まだ10歳にもなってないくらいだろうか…テロに遭遇した頃のあたしよりも、もっと幼いように見える。

あたしは中尉を押しのけて彼女の元へと飛んで行き、

「大丈夫?」

と声を掛けてみる。

幸いダクトの中は暗がりで、あたしのノーマルスーツにコベリ付いた血は見づらいから、変に怖がらせたりはしないはずだ。

 あたしの言葉に、彼女はただブルブルと震えているだけだった。

あたしはノーマルスーツのグローブを外して、そんな彼女の頭をそっと撫でて上げながら

「お名前は?」

と聞いてあげる。すると彼女は、ようやく、といった様子で、口を開いた。

「サ…サ…サブ、リナ…」

「そう、サブリナちゃん、って言うんだ…いい名前だね」

あたしはなるだけお穏やかな笑顔で彼女に笑ってあげてから

「もうすぐここから出られるから、もう少しだけ頑張って」

と声をかける。彼女は、震える全身をギュッとこわばらせながら、それでもコクリ、と頷いて見せた。

 うん、大丈夫…この子は、あの頃のあたしよりも、ずっと強そうだ。

あとのケアは必要だろうけど…少なくとも、我を忘れてしまうようなことはないと思えた。

あたしはサブリナちゃんから中尉のところに戻って、小声で伝える。

「一緒に連れて行って。その後のプランは、あたしが考えておきますから」

そう言ったら、中尉はあたしの顔をジッと見つめて、それからコクリ、と頷いた。

 それを確認してから、あたしは話を先に続ける。

「それで、ここからの脱出方法、計画はあるんですか?」

すると中尉は

「このコロニーには、後部に作業用ランチを格納してあるスペースがある。そのランチを使うつもりだ」

と答えてくれた。ランチ…か…この計画を考えついた人間が、ランチまで考慮しているかどうかは分からないな…
 


もしランチに爆発物でも仕掛けられていたらそれまでだし、そうでなくてもモビルスーツ隊が外で待ち構えている可能性だってある。

あるいは、すでにもうランチが撤去されているかも知れないし…

 あたしはとっさに頭を回転させてから、中尉に言った。

「中尉、敵がいる可能性があります。ランチまでの経路は十分に気を付けて下さい」

その言葉に、中尉は怪訝な表情であたしを見やった。

「少尉は、どうするつもりだ?」

「あたしは、追手を引きつけます」

「バカな…君一人で、か?!」

中尉の言葉に、あたしは頷いて見せた。

「敵は、この計画に加担した人間を生かしておくつもりはないですし、ましてやコロニーから脱出なんて許すはずもありません。

 遅かれ早かれ、首謀者かその息の掛かった人間の船が出てきて外のモビルスーツ隊はどちらも関係なく、全部撃ち落とされると思います。

 ランチも、狙われるでしょう。だから、掩護が要ります。それ以外にも、ランチを使う前には爆発物やセンサーの類がないか、念入りに確認してください。

 それから、ランチで脱出したら、すぐに連邦のサラミス級セシールにコンタクトを取って受け入れを依頼して下さい。

 救難艇、って体がいいと思います…ここから脱出してきたと言う無線記録を残したくないんです」

あたしが言うと、中尉はグッと黙った。他に案がないか、とそう考えているみたいだ。でも、中尉はすぐに力なく肩を落として言った。

「君が無茶をする事を除けば、それ以上にない案だとは思う…」

そんな中尉に、あたしは自分でも信じられないような言葉を口にしてその気持ちを諌めていた。

「大丈夫です…よっぽどの相手が出てこない限り、あたし、負けないですから」

そんなあたしの言葉に、中尉はすっかり反論できなくなってしまった様子で俯いた。

優しい人なんだろうな…今初めて会ったばかりなのにあたしの心配してくれるなんて、さ。

 だけど…やるしかない。

もし運良くさっきの無線が隊長に届いているか防衛隊のパイロットの伝言が伝わっていて、

隊長があたしの機体ごと撤退してくれていれば良しで軍曹の乗っていたザクを使うし、

そうじゃなかったら、いったん、ジムスナイパーⅡで、軍曹が使ってたザクを引っ張りながら隊長と合流して事情を話してからザクに乗り換えて戦う。

 敵の黒幕が現れたらなるだけ抵抗して、それから逃げればいい…出来たら、他のパイロット達にも逃げてほしいけど…

そこまで手を回せるかはわからないから、とにかく先ずは自分の安全を考えよう。

 逃げる先は、セシールがいる宙域だ。ミノフスキー粒子の影響圏外に出れば、セシールがザクをレーダーで視認したっておかしくはない。

そこでセシールに駐屯軍本部へ問い合わせてもらう。

“所属不明のジオン機を発見、指示を請う”って、ね。きっと駐屯軍は撃墜指示を出すだろうけど、そこまで行き着けばあたしの勝ちだ。

短距離の無線を繋ぐか、ザクにそのシステムがあれば、発光信号だっていい。とにかく接近すれば、隊長と打ち合わせが出来る。

あたしがザクを離れて隊長に回収してもらってからザクを撃墜すれば、あたし達が戦闘に介入した痕跡は残さずに済む。

たぶん今は、隠蔽のために巻かれているこの高濃度のミノフスキー粒子で、あたし達の存在は明るみに出ないで逆に守られている。

これが霧散してしまう前に、とにかく隊長が撤退しているかどうかだけでも確認しないといけないな…。

 そうしておけば、当面の安全は保障できる…あとは、うん、抵抗する段階で、親玉を宇宙の塵に出来れば言うことないんだろうけど…

それに固執したらいけない、か。
 


 そんな一部始終を考えていたあたしは、自分でも驚くほど冷静だった。さっきまで泣き喚いていたのが嘘かと思うくらい、憎しみや激しい怒りもない。

ただ冷静に、自分と隊長、そして目の前の人達を無事にここから助け出す算段を練られている。

でも、これはあたしが成長したから、ってわけではないんだと思う…なんて言うか…

やっぱり、あたしを包んでくれているような、大好きなミラお姉ちゃんの感覚が、すぐそばにあって…

手を握ってくれているような、肩を抱いてくれているような、そんな感覚を覚えていられるお陰だった。

「じゃぁ、その方向で」

あたしは中尉にそう伝えて、ヘルメットのバイザーを閉めた。

 それからすぐに、軽く手を振ってあたしは点検用のダクトを登っていく。この先は入ってきたときに使ったあのハッチに続いているはず。

二重ハッチの向こうに、あたしの機体が残っていないことを祈りながら、あたしはとにかく、ラダーを引っ張るようにして体を前へと進めていく。

やがて、正面にハッチが見えてきた。

 狭いダクトに両脚を突っ張って体を固定し、ハンドルを力いっぱいに回す。パシュッとエアーが漏れる音とともにハッチが緩んで、ゆっくりを口を開けた。

中に入ってハッチを閉め、さらにもう一枚、宇宙空間につながる方のハッチに手をかける。

吸い出されないように、ノーマルスーツのアンカーワイヤーをラダーに引っ掛けてから、慎重に押し開けた。

 宇宙では、まだ、モビルスーツが飛び交っていた。

どうやらあの防衛隊のパイロットは、場を収めることはできなかったらしい。

あたしはそのまま、コロニーの側面に視線を移す。そこにはまだ、あたしのジムスナイパーⅡが軍曹のザクに押し付けられたまま置き去りにされていた。

隊長…やっぱり、連絡はついてなかったんだね…っていうことは、まだどこかを飛んでいる…?

 あたしはハッチから出て、きちんと閉じ、ジムスナイパーⅡに向かいながら真っ青な宇宙を見回す。

同時に、感覚も動員して隊長を探すと、その気配をすぐに察知できた。いる…近くだ…!

あたしは、その感覚に導かれるようにして、自分の機体があるコロニーの外壁を見やった。

すると、あたしの機体の向こう側に、もう一機、ジムスナイパーⅡが機体を固定しているのが見えた。

「隊長!」

あたしは無線でそう呼びかけて見るけれど、ノーマルスーツについている貧弱な無線装置では、このミノフスキー粒子の状況下では幾ら距離が近くても無理がある。

あたしはランドムーバーを起動させて加速し、なんとか自分の機体へと取り付いた。

コクピットを開けて中に乗り込み、すぐに再起動のボタンを押して隣にいる隊長機のマニピュレータを掴んで接触通信をつなぐ。

「隊長、隊長!聞こえる!?」

<マライアか!?このコロニー、中はいったいどうなってやがるんだ!?>

隊長は憤慨した様子でそう怒鳴り声をあげた。

当然だろう。彼もあのオメガの隊長と似たようなものだ。

こんなことを「はいそうですか」と許しておける人なんかじゃない。

「懲罰大隊が、見せしめか何かのために投入されてこの状態みたい」

<懲罰大隊…?くそ、素行不良のアホどもか…!首謀者は!?>

「その話は、後でする。とにかく、急いでここから離脱しなきゃいけないんだ。たぶん、ここを全部切り捨てようとするヤツが来る…」

あたしは隊長の言葉を押しとどめてそう言った。その言葉だけで、隊長はすべてを理解してくれたようだった。
 


<なるほど…えげつねえな…自分で種を蒔いておいて、全部を除草剤で枯らしちまおうってハラか>

「たぶん…連邦の武力を見せつけるメッセージに、非協力的な人達への見せしめの意味もあるし、それを自分たちで制圧して関係者を処罰して手柄を取る気だと思う」

<悪くねえ読みだが、そいつは軍人じゃねえな、糞ったれ政治家どもの考えそうなことだ…>

「とにかく!隊長はあたしの機体を運んでセシールに戻って!」

そう言いながら、あたしはシールドのパージボタンを押してからコクピットを這い出し、あたしの機体を押さえつけているザクのコクピットに乗り込んだ。

ジオンの機体は、乗るのは二度目だ。最初は、ソフィアとフェンリル隊を援護する為に残った旧軍工廠で乗せてもらった旧式のヒトツメ。

でも、OSは連邦のとほとんど変わりはなかったし、システム的なことは同じなはずだ。

 コクピットのシートに着いて、起動ボタンを押して見る。すぐにコクピットに火が灯って計器が煌々と光り始めた。

<おい、マライア!お前、何するつもりだ!?>

「ここから脱出したいって人達が、これからランチで出るの!その人達が安全圏に出るまでは、ここで敵を足止めしてなきゃいけない!」

あたしは怒鳴った。もちろん、敵、というのは、今も戦闘を続けている国防軍でもコロニー防衛班でもない。

きっとあとからやってくる、連邦の“鎮圧部隊”だ。

<生存者がいるってんだな…?それなら、逃げるわけにはいかねえだろう…>

あたしの言葉に、隊長はそう言った。でも、それだと、もっと大変な事になる…たぶん、ここにあたし達の機体がいちゃいけないんだ。

「隊長、聞いて!さっきも言ったけど、このエリアはきっと切り捨てられる!そんなところに所属が分かるモビルスーツでいちゃいけないんだよ!」

<だったらお前が俺の機体を連れて行け!部下を残しておめおめ帰れってのかよ!?>

「ダメ、それもダメ!隊長、お願いだから、撤退して…!あたし、隊長にもセシールのみんなにも迷惑掛けたくないの…!

 あたし、そのために宇宙に来たんだ!今までずっと、みんなに守って貰ってきた…

 こんなとき、いつだってオメガの隊長も、隊のみんなも、あたしを先に帰して自分たちはそれを援護してくれてた!

 あたしがヘタレだったばっかりに…でも、もうそんなのイヤなんだ!あたし、いつまでも誰かに守られたままだと、ずっと一人のような気がするの!

 命を掛けてあたしを守ってくれる仲間と、いつも一線置いた別のところに自分がいる気がしちゃうんだよ…!

 だから、お願い、隊長…!あたしは、やらなきゃいけないんだ…!

 あの日、ミラお姉ちゃんを死なせちゃったあたしが、怖くて動けなくて、たった十数メートルの非常口に駆け出せなかったあたしが…

 オメガ隊のみんなと一緒にいるために…隊長、あなたが守らなきゃいけない“部下”なんかじゃなくて、

 あなたに信頼してもらえる“戦友”になるために…あたし、やらなきゃいけないんだ!」

あたしは、気がつけばそんなことを叫んでいた。

隊長を説得しようだなんて、そんなことも忘れて、そう、それはまるで、自分に言い聞かせて、自分を奮い立たせて、

未だにどこかで怯える自分自身を追い込んでいるようでもあった。

そう、ここで隊長を残して逃げてなんて帰れない。

もしそれで隊長が死んじゃったりしたら、それこそミラお姉ちゃんのときと同じだ。

 あたしは、変わりたい。

ミラお姉ちゃんを生き返らせることはもうできないけど、それでも…

もう、同じ想いはしたくない。

誰にも同じ想いをさせたくない。

そのためには、あたしが誰よりもうまくやるしかない。

うまくやって、そしてあたしも無事に帰るんだ…!
 


 あたしの言葉を聞いた隊長は、どれくらいのあいだか分からなかったけれど、とにかく無言だった。でも、しばらくして

<…ちっ…>

と舌打ちをしてから、大きなため息を吐いて言った。

<…はぁぁあ、ったく、一端の口を利きやがってよ…わぁかった…俺が折れてやる>

「隊長!」

思わずそう言ったあたしに、隊長はすぐに言葉をかぶせて来た。

<だがな、よく聞け。言うとおり、俺はお前の機体を担いで宙域を抜けてやる。ただ、セシールには戻らずにあのランチに取り付いてお前を待つ。

 敵ってやつが出てきたら一目散に俺のところへ逃げて来い。

 お前の機体のコクピットは開けて待っておいてやるからすぐにそいつに乗り込んで、さも、俺と一緒に戦闘光跡を監視してたフリをしろ。

 セシールまで離脱してくる間にやられるとも限らん。それが、俺が出せるギリギリの条件だ>

ランチ…モビルスーツ移送用のあのランチまで、ね…?

分かったよ、隊長…あたし、必ずそこに帰る。だから、待ってて…ね。

「ありがとう、隊長」

あたしがそう言ったら、隊長はあたしの乗ったザクを押しのけて、

コロニーにへばりついていたあたしのジムスナイパーⅡの装甲にマニピュレータを引っ掛けて立ち上がった。

<まったく…教官がバカだと、教え子もとことんバカだよな…帰ったら説教だ。忘れんな>

隊長はそう言い残して、バーニアを吹かし、やや鈍い勢いで宇宙空間に飛び上がった。

それを見るや、今まで隊長の機体が“死んでいた”と誤認していた国防軍と防衛隊の両方のモビルスーツが一斉に隊長目掛けて撃ってきた。

あたしは残して行ったジムスナイパーⅡのシールドをマニピュレータでがっしりと掴み、ブースターを吹かして

隊長の背後を守る位置に飛び上がってマシンガンの攻撃から隊長機を守った。

 シールドに鈍い衝撃が走り、今にも弾き飛ばされそうになりながらもなんとかレバーを操作してそれを堪える。

その間に、隊長機はグングン加速してコロニーから離れて行った。

この距離じゃ、もうミノフスキー粒子せいで無線は無理だ。

隊長、無事でね…あたしもやることをやったら必ず帰るから…!

 そう思っていたら、ふと、割れた音で微かな無線が聞こえたような気がした。

<……守って…れよ……お前……いも…となんだろ…たの…ぞ…>

隊長の声のように思ったけど、でも、あたしは振り返らなかった。

 隊長までの射程が足りないと見るや、全機があたしめがけて攻撃を仕掛けて来た。

マシンガンだけじゃない、あのスカートツキ、ドムって機体のバズーカがシールドに直撃してさすがに吹き飛ばされる。

あたしはペダルを踏み込んで加速し、弾幕から一気に抜け出した。

 そうしながら、モニターで相手の数を確認する。全部で、6機。さっきに比べて、数が幾分か減ってしまっている。

もしかしたらあたしが伝言を頼んだパイロットももう撃墜されているのかもしれない…でも、そんなことを気に病んでいる暇なんてないんだ…!

 あたしは回避行動に入りながらコンピュータ武装を確認する。マシンガンと、それから腰にはヒートホークって言うあの斧がある。

ミサイルポッドはないみたい…でも、待って…左右の腰に、別の装備がある。これって、クラッカー、ってやつかな?手投げ弾の一種だ。

当てられはしなくても、宇宙空間なら目くらましに使えるかも…とにかく攻撃を避けて、接触して、逃げるように伝えないと…

 不意にビーッという警報音が鳴り響いた。なに…なんなの、これ?なんの警報音?!あたしは慣れないOSを操作してその原因を調べる。

 しまった…ロックされてる…!?こんなミノフスキー粒子が濃い中で!?それに気付いて、あたしはハッとモニターを見上げた。

上方に位置取っていたスカートツキが、あたしめがけてバズーカを撃ってくる。

 まずい…!
 


 まずい…!

あたしはとっさにレバー左右逆に押し込んでペダルを片方だけ踏み込んだ。機体が不随意に錐揉み回転を始めて、Gがあたしの体を振り回そうとしてくる。

そんな中で、あたしはマシンガンを格納してヒートホークを装備した。撃墜はしたくない…接近して、接触通信で状況を伝えないと…!

 バズーカの砲弾があたしの右側を掠めて飛んで行った。良し、この隙に距離を詰めなきゃ…!

 そう思った瞬間、激しい衝撃に機体が揺さぶられてコンピュータからビービーと警告音が鳴り出した。

どうやら、あたしのそばを抜けた砲弾の近接信管が作動して爆発したらしい…あたしは機体の姿勢を制御しながら損傷の程度を確認する。

肩のトゲの付いた装甲が弾けた飛んでいるみたいだ…でも、腕はちゃんと動く…まだ、やれる…!

 あたしはレバーをさらに逆にペダルを踏み変え機体を揺さぶりながら加速してドムに迫る。

ジムスナイパーⅡとは反応速度が比べ物にならないくらいに遅いけど…行ける…!

 ドムとの距離が詰まった。あたしはレバーを引いてヒートホークを機体に引き付ける。

先ずはその武装から、もらっちゃうんだから…!

 そう思った瞬間、あたしのヘルメットに無線が響いた。

<くそっ、なんだ、こいつ…!?>

待って…今、無線が…!?

その僅かな戸惑いに動きが止まってしまう。ドムはそんなあたしの隙を見逃さなかった。

ドムの胸元から瞬き、モニターが一瞬にして白んだ。その眩しさにあたしは思わず目を瞑ってしまう。

 しまった…これ、話には聞いてたのに…!それはドムの胸に装備されている発光に特化したビーム兵器。

威力はほとんどないらしいけど、こっちの視界を奪う程の閃光を発するやつだ…!

 あまりに突然で、あたしはモニターからドムを見失う。でも、それは単に視覚的に敵を見失っただけだった。

ザラリという感覚がする。右から…あのヒートロッドって棒で来る…!

 あたしはそれを感じてヒートホークをそのまま、右へと突き出した。

ヒートホークの刃とドムのヒートロッドがぶつかり合って衝撃が…機体に走る。

ヒートホークもヒートロッドも接触している部分が熱を帯びて赤く光っていた。

 機体のパワー勝負では押し負ける…でも、違う。

あたしはこの機体を撃墜したいんじゃない…!

 さっきはバズーカにロックされたし、砲弾は近接信管が作動した。

さらにはこの機体からの無線も聞こえた。

 間違いない…この宙域のミノフスキー粒子の濃度が急激に下がってる…!

今なら、接触しなくたって…
 
「お願い、聞いて!」

あたしは無線に、声の限りに叫んだ。

「この宙域は、すぐに連邦の駐留部隊に制圧される!やつらは、きっと一連の騒ぎをただの暴動として処理するんだよ!

 ここに居る、事実を知っているあたし達はみんな邪魔なんだ!防衛班の人も、国防軍の部隊も、みんな証言なんてできないように、ここで消されちゃう!」

<なんだと…!?何を言ってる…!?>

<誰がか知らんが、証拠はあるのか!?>

「証拠なんてない…でも、分かるんだよ…!連邦の汚い連中はきっとそうする…それに、あたしの感覚もそう言ってる…!ここに居ちゃダメ…みんな逃げて!」

<逃げれば家族が犠牲になる…!そんなこと、出来やしない…!>

国防軍のエンブレムを付けたドムのパイロットの声が聞こえてきて、さらに出力を上げてあたしの機体を押し込んでくる。

マズイ…このままじゃ、弾かれる…!
 


 あたしはドムを蹴り付けて勢いを付けてさらにバーニアを吹かし距離を取る。

すぐに別の嫌な感覚があって慌てて機体を旋回させると、状況を見ていたザクがあたし目掛けてマシンガンを掃射してきていた。

ドムからはさらなるバズーカ砲での追撃に、別の機体もあたしに照準を合わせようと必死に追いすがってくる。

 そうしている内に、あたしはついに理解した。国防軍は、このコロニーでの事を外に漏らさないための任務を負っているんだ。

防衛班にとっては、あたしもコロニーでおぞましい事をやっている連邦の人間と同じ。

どっちの立場だって、あたしを落とそうって思って当然だ。

でも、それでも…あたしは止めたい…逃げてもらいたい…でないと…みんな…!

 回避行動を取りながらそう思っている時だった。ピピピッと発信音が聞こえて、モニター前のHUDに何かが表示される。

小型の輸送機かランチのようなサイズだけど…見たことがない。

縦長なの?それとも、横を向いてるだけ…?

 そう思って、あたしはその機体を拡大した。

それは、巨大なミサイルのような物を二発抱えた奇妙な形の航宙機のようだった。

 この機体…確か…!あたしはその機影を見てハッとした。これはパブリクだ…!

ミノフスキー粒子を充填したミサイルを放って撤退して行く突撃機…

そのミノフスキー粒子は、ビーム兵器を撹乱して無効化するほどの濃度になるんだと聞いたことがある。

こいつらが来ている、ってことは…!

 あたしは焦る気持ちを抑えつつ、旋回しながらあたりを見回して、そして、見つけた。

サイド3のコロニー群から接近してきている戦艦が一隻…マゼラン級だ…!

 同時に、得体のしれない、こべりつくような強烈な不快感があたしを絡め取る。間違いない、あのマゼラン級から感じる…あれが、敵だ!

あたしがそれを確信した次の瞬間、パブリクがミサイルを発射した。

突撃してきた勢いそのままに飛翔したミサイルはあたし達の宙域で破裂する。

途端に、コンピュータの計器がおかしな挙動を始めた。

「マゼラン級が来てる…!お願い、逃げて!」

あたしは再度無線にそう怒鳴る。でも、今散布されたミノフスキー粒子で、すでに無線は効かなくなってしまっている。

レーダーから隠して…あたし達をやるつもりなんだ…!

 ゾク、っと悪寒を感じてあたしはペダルを踏み込んだ。その刹那、マゼラン級から主砲が発射されて、それに巻き込まれた二機が爆発を起こす。

主砲の光跡とその爆発の光の後ろ側で、輝く何かが鋭く宇宙へと舞い上がった。

モビルスーツだ…!

 あたしに気を取られていた国防軍と防衛班のモビルスーツ達は、背後からの砲撃とモビルスーツの奇襲で突然に編隊を乱し始める。

逃げるなら、今だ…

…でも…

あたしは、脳裏にふと、そんな言葉を思い浮かべていた。

そして次の瞬間には、ペダルを全開に踏み込んでいた。
 


 周囲でモビルスーツ戦が始まる中を、あたしは一点を目掛けて機体を駆る。

感覚を頼りに敵のモビルスーツの攻撃を避け、マゼラン級の対空砲を躱し、モニターに映った、マゼラン級の、そのブリッジにマシンガンの照準を合わせた。

あそこに、あれを仕組んだやつがいる…生かしては、おけない…!

 そう思って、トリガーに指を掛けたそのときだった。

目の前に、宇宙での明細のためだろう真っ黒な塗装をされたモビルスーツが立ちはだかり、あたしにその銃口を向けた。

 ビームが伸びてきてあたしの機体を貫くイメージが頭によぎるのと同時に、あたしは鋭く機体を旋回させる。

だけど、機体の反応が今一歩遅かった。

黒いモビルスーツから発射されたビームはあたしの機体をかすめて、右腕の肘から先をマシンガンごと持って行った。

 でも…引けない!

それでもあたしは、思考も体も止めなかった。

残った左手で腰のクラッカーを取ると、間近に迫っていたマゼラン級のブリッジへと放り投げた。

 すぐさま回避行動に移ったあたしを、黒いモビルスーツとマゼラン級の対空砲が追いかけてくる。

でも、その射線の一つ一つが、モビルスーツの機動が、あたしには全部見えた。

まるでスローモーションの世界を飛んでいるようなそんな感覚の中にいたあたしは、反応の鈍いザクを駆ってマゼラン級から遠ざかる。

 やがて、マゼランのブリッジの辺りでポッと小さな爆発が起こった。

あの不快感は、残念ながら消えない。

でも、ブリッジからは相応の被害を思わせる“悲鳴”が聞こえて来た。

気はすまないけど…これ以上は、あたしがヤバい。

引き時だろう。

 そう確信した、そのときだった。

ひときわ鋭い敵意があたしを射抜いて、咄嗟に機体を翻したところに銃撃が加えられた。

危うく直撃を回避したあたしは体勢を整えながら、あたしを追ってくる黒いモビルスーツをモニターで捉えていた。

 さっきはマゼランしか見ていなくて分からなかったけど、あの機体、見たことがない形をしている…

それに機動性もかなり高い…こんなザクの比じゃないくらいだ…

そんな機体があたし目掛けて突撃を掛けてきた。

反射的にヒートホークを装備して衝撃に備える。

 黒いモビルスーツはビームサーベルを抜いた。

このまま突撃されると、こっちの機体が危ない…せめてもう少し加速して、衝撃を緩めないと…!

そう思って脚に力を込めてみて、あたしは気がついた。

あたしは既に、ペダルを限界まで踏み込んでいた。

う、嘘でしょ…!?これで限界なの!?

そうは思ってみても、幾ら足に力を込めたって地面を踏んでいるようでビクともしない。

これ以上は、もう推力は出ない…まずい、あの機体…想像以上にヤバいやつだ…!
 


 あたしが自分の置かれている状況に気がついたときには、黒いモビルスーツが眼前に迫っていた。

次の瞬間には、機体を大きな衝撃が襲う。

あたしは顎があがらないようにこらえながら、レバーを押し込んで対抗しようとするけど、完全にパワー負けしている。

 この機体…なんてパワーなの…!?

胴体はガンダムタイプの物に見えるけど、一本角の生えたジム頭だし…背中にはでっかいプロペラントタンクもぶら下げてる…!!

ジムスナイパーⅡの性能もかなりだったけど、この機体はそれを越えてる。

新型の試作機かなにかなの…!?

 「くっ…!」

あたしは歯噛みしながら、ペダルを離し、レバーを引いて一気に減速の操作に転じた。

マイナスGが掛かり、あたしに向かってきていた敵の機体は推力を余らせてあたしを軸にするように機体を宙に投げ出していく。

あたしはすぐさまペダルを踏み込んで、その機体を追った。

片腕で、ヒートホークしかないこの機体じゃ、バランスを崩している今くらいじゃないと、勝機がない…!

 あたしはヒートホークを構えて不規則に回転しながら体勢を整えようとしている敵機に突撃をかける。

でも、思った以上に速度が出ない。

それもそうだ。

ついさっきまで、知らず知らずにバーニアを全開で使ってた。

オーバーヒートのひとつもあっておかしくなんてない。

 だけど、あたしは感じ取っていた。

あの機体のパイロットは焦ってる。制御系が不完全なのか、もしかしたら機体の性能をパイロットが生かしきれていないのかもしれない。

行ける…!

 あたしは敵機目掛けてヒートホークを叩きつけた。

でも、次の瞬間、あたしの機体は鈍い衝撃とともに別の慣性に振り回された。

コクピット内が真っ赤に光り、警報が鳴り響く。

敵機のヘッドバルカンが、あたしを直撃していたからだった。

あたしを狙っている敵意は感じなかったから、たぶん、まぐれ当たりだろう。

さすがに、それに対応できるほどの腕も機体性能もない。

 あたしはコンピュータで損傷の程度を確認する。

パネルに映し出されている表示を見て、あたしは思わず舌打ちをしてしまっていた。

左肩部の損傷…!まずい、もう武器を使えない…!

それに気付いたときには、黒いモビルスーツは体勢を整え、再びあたしに突撃を掛けてきた。

ゾッとするほどの敵意があたしを押し包む。
 


もうあたしに打てる手はない…残ってるのは、腰のクラッカーたったひとつだけ…でも腕がない今、それを投げることすら出来やしないんだ。

 あぁ、オメガの隊長が言ってたっけな…退路を考えない作戦なんて立てるんじゃねえ、って。

今回のあたし、まったくその通りだったじゃない…

逃げることを第一に考えなきゃいけない状況で、感情に任せて突っ込んじゃった。

マゼランが砲撃をしてきたタイミングだったら逃げ切れたかもしれないのに、怒りに任せて、この様だ。

 こんなんで死んだら…隊長に、怒られちゃうね…

アヤさんも、みんなも、きっと悲しませちゃうだろうな…

…怒られるのは嫌だし、アヤさんを泣かせたくなんてない…

でも…

…でも…

…ううん、だから!

まだ、あたし、死ねない…!

 あたしは、コンピュータを操作して、武器のパージコマンドを表示させた。

チャンスは、一瞬…それを逃せば、袈裟斬りにされちゃう…でも、やらなきゃ…生きて帰るんだ…セシールへ、地球へ…オメガのみんなのところへ…!

―――お姉ちゃん、力を貸して…!

 黒いモビルスーツがビームサーベルを振りかざしたその瞬間、あたしはペダルを踏みながら最後のクラッカーのパージボタンを叩いた。

モニターに、切り離されたクラッカーが浮いているのが見える。

あたしは迷わずそのクラッカーにザクの脚を突き出した。

ABMACが効かないからスラスターを駆使して機体を制御ながら足の裏で捉えたクラッカーを、

ビームサーベルを振り上げがら空きになった黒いモビルスーツのコクピットへと向けた。
 
 ドスン、と黒いモビルスールがあたしの機体に衝突するのと同時に、ザクの足の裏と黒いモビルスーツの胴体に挟まれたクラッカーが破裂した。

あたしの機体は不規則に回転を始める。

 でも、まだプロペラントは残ってる…バーニアも、まだ生きてる…!

あたしは残った推力を駆使して機体をなんとか安定させる。

AMBACをよく理解もしないで推力だけで機体を制御しようとしていた頃のあたしの経験が、

こんなボロボロの機体をコントロールするのに役に立つだなんて、思ってもみなかった。
 


 黒いモビルスーツは、宇宙を漂ったまま動かない。

パイロットからダダ漏れになっていた気配も今は、息を潜めている。

機体の損傷こそ見た目では確認できないし、クラッカー自体がそれほど火力のある武器ではないけれど

それでも、爆発をゼロ距離で食らったあのコクピットのハッチの中は、それはおそろしい事になっているに違いない。

あたしの機体の足の裏と猛スピードで衝突した自機の装甲の間で逃げ場のない爆発が起これば、その衝撃波は機体を伝わって装甲の内側のコクピットに直接叩き込まれる。

それだけで人を殺傷できるくらいなのに、狭いコクピットの中には小さな部品だってある。

そんなのが衝撃で弾け飛んで、跳ね回れば、パイロットは散弾銃に撃たれたようなものだろう。

 あたしは、そんな黒いモビルスーツに一瞥をくれてから、機体をなんとか翻して、ペダルを踏んだ。

メインコンピュータは無事。アストロナビゲーターも、ジャイロもちゃんと機能している。

さらなる追っ手が来ないうちに隊長と合流して、さっさと“撃墜”してもらおう。

 そんなことを思っているうちに、ピピっとヘルメットの中に音が響いた。

聞きなれないその警告音を聞く前に、あたしは安堵のため息を付いていた。

なぜならモニターには、見慣れたシルエットの、肩にヌードの女の人が描かれた機体が見えていたからだった。

予定の場所とは全然違う。流石にコロニーから随分距離は出てるし、探知の範囲外だとは思うけど、なんだってこんなところに…?

「隊長、こんなところにいるだなんて、約束が違うよ」

あたしがそう言ってやったら、隊長はガハハ、と笑った。

<バカ野郎、あんなことを言われて黙って帰ると思ったのか?要はあいつらに視認されなきゃ問題ねえ。ずっと、デブリの影に隠れてて正解だったな>

隊長はそう言い終えてからあたしに機体を近づけてきて、コクピットのハッチを開いてくれた。

<おら、こっちへ来い>

「うん、ありがとう」

あたしはそう答えてパネルを操作し、ザクのコクピットを開いた。

エアーに吐き出されたあたしは、そのまま真っ直ぐに隊長の機体のコクピットに飛び込む。

すぐさまハッチを閉めた隊長は、あたしの体を捕まえながら、ザクから距離を取ってヘルメットの中で声を上げた。

「こちら、ルナツー所属、第八MS中隊、第十二小隊。所属不明のジオン製モビルスーツを発見。機動停止を警告するも、返答なし。

 危険因子と思われる。止む終えず、撃墜する」

誰に向けて、なのか分からないけれど、とにかくそう言った隊長はビームライフルを発射して、あたしの乗っていたザクを撃破した。

 それを確認して、あたしはなんだか全身からグッタリと力が抜けてしまって、気がつけば隊長に抱きつくような格好でしがみついていた。

「お前のような小娘にほだされるほど、俺は落ちぶれちゃいねえぜ?」

「隊長みたいなおじさんに腰を振るほど、あたしも尻軽じゃないよ」

「ははは、言うじゃねえかよ」

隊長の軽口に、そう言い返したら、隊長はまたそう笑って、それからあたしのヘルメットを片手で脱がせて、あたまをポンポン、と撫でてくれた。

「まぁ、とにかく、良く帰った」

「ん、助けに来てくれてありがとう、隊長。帰ったらコーヒー淹れてね。出来るだけ甘くして」

「へいへい、わかったよ。お嬢ちゃん」

ヘルメットの中で隊長はニヒルな笑顔を作りながら、機体を翻してペダルを踏み込んだ。

 そんなコクピットの中で、あたしは、といえば、あのコロニーを抜け出しただろうランチのことも忘れて、いつの間にか、寝こけてしまっていた。


 


つづく

 

ちなみに黒いモビルスーツは、この先に出てくるティターンズを意識してと、
それから汚れ仕事に従事する暗躍部隊ってイメージで黒にしました。
オリジナルのカラー、機体は白にオレンジ色したジーラインライトアーマーです。

時期的にちょっと早い登場だけど、まぁ、試作量産機と思ってくださいまし。

待ってまーす・・



たいちょー、マライアさんってば女の園の住人ですよー

気持ちの良いヤツと胸糞の悪いヤツがいるけど人の本質は表裏一体だよね。
ただしタコメガネ!てめーは許さん!

>>201
お待たせしました!

>>202
レス感謝!
この頃のマライアたんはまだストレートなんだと思うんですw

タコメガネがどうしてタコメガネになったのか、実は公式で明確になってないらしいんですよね。
マライアたんが投げたクラッカーが破壊したブリッジにいたバスクさんはもしかしたら…てな妄想でした。


さて、マライア篇ラストです。

 




 あたしは、悩んでいた。

困ったな…しかしこれ、困ったなぁ…どうしようかな、これ…

「あの…少尉、大丈夫ですか?」

たぶん、よっぽど難しい顔をしてたんだろう。食事を運んできてくれたイルマが、あたしの表情を覗き込んで心配げに聞いてくる。

「あぁ、うん…あたしは大丈夫なんだけど、いや、大丈夫じゃないかも…?うーん、分かんないや…」

結局あたしはそんな投げやりな返事をしつつ、イルマからチューブ食と軽食用のサンドイッチのパックを受け取って“彼女”の差し出した。

「あ、ありがとう、ございます…」

彼女はあたしのベッドの上で小さくなりながら、おんなじように小さな声で返事をする。

 そんな姿を見てイルマは悲しそうな表情を見せて彼女に言った。

「怖かったでしょう…シャトルの事故だなんて…もう大丈夫だからね…」

それを聞いた彼女は、表情をこわばらせてからコクリ、と無言で頷いて見せる。困ったのはそこなんだよねぇ、イルマ…

 あれからあたしは、途中であたしの機体を回収してくれた隊長の機体乗ったまま、セシールに戻った。

格納庫に入ったところで叩き起こされて、それから事情を根掘り葉掘りと尋問され、あたしは知っている事を素直に全部、隊長には伝えた。

コロニーの中での出来事も、それからモニター越しに見える格納庫に係留されている見慣れないランチが、

「あのコロニーを抜け出して来たのではなく『シャトルの事故で脱出してきた避難民』」と名乗っていることまで、だ。

 とりあえずあたしは血まみれのノーマルスーツをコクピットの中で脱がされ、隊長が無線でイルマに頼んで持って来てもらった新しいのに着替えてから、

軍曹や中尉に、さも初対面かのように挨拶を交わして艦橋に報告に向かおうとした。

でも、すぐにあたしは隊長の部屋に引きずり込まれてコーヒーを振る舞われながら、

「どう報告するつもりなのか」

を問いつめられた。

 あたしとしては、艦長にも本当の事を言うつもりはなかった。

 あそこで起こっていたことは、よくわからない、遠巻きに見ていただけだから。

あたし達の機体が消耗しているのは、あの宙域から抜け出して来たエース級のジオン機を叩いたから、だ。

 報告はこんなものだろう。それでひとまずは大丈夫なんじゃないか?

 あとは、艦長から一応、サイド3駐屯本部に所属不明のザクを一機撃墜したってことも含めて問い合わせて貰えれば、たぶん、それで納得が得られるはずだ。

 あたしの案を説明したら、隊長は一言

「お前はそれで良いのか?」

と聞いてきた。良いわけはない。でも、今回はあっちがやってた計画にこっちが首を突っ込んでしまったから、こうする他にはどうしようもない。

あの、バスクって指揮官を訴追できる証拠も何もない。生きて帰ってこれて、これ以上の被害を拡大させないためには、その方法が一番だとあたしは思った。

 あたしが言ったら、隊長はまた一言

「そうだな」

なんてため息を吐いた。
 


 それから改めてブリッジに向かって報告を行って、あたしと隊長の任務は終わった。でも、その際に艦長からちょっと想定外な言葉を聞かされてしまう。

 それは、暴動制圧の影響で混乱していて、サイド3への入港許可が取り下げられたってことだ。この艦はこれから、グラナダに向かうんだと言うのだ。

 まぁ、それはあたしには特に関係はないから別に良かった。報告を終えたあたしは隊長とは一旦別れてシャワー済ませ、

それから避難用のランチに乗っていた人達に充てがわれたという部屋を尋ねた。

 するとそこには、あの日コロニーの中で見たままの五人の姿があった。どうやらなぁんにもしてもらっていないらしかった。

 とりあえず名前は、と聞いてみたら家族の方はそれぞれお母さんがアンナ・ドーレス、お兄さんらしい15、6の男の子がヨハン・ドーレス、

14歳くらいで妹のカティ・ドーレスの三人の家族。で、途中でお母さんのアンナさんが見かけて一緒に連れて来たのがあのサブリナ、だ。

 サブリナちゃんのことは、ドーレス家のカティちゃんが良く見てくれてはいたけど、彼女もきっとこれからちゃんとしたケアを受けて行かなきゃならない人だろう。

ドーレス家は、ヘンダーソン中尉の手引でこれからサイド6のリボーコロニーでお父さんと会うことになっているそうだけど、

サブリナちゃんを引き取ってくれそうな気配はない。それこそ自分たちのことで精一杯だし、そもそもサイド6への移民も計画ありき。

サブリナちゃんの潜り込めそうな隙はない。

 これから別の方法で、どこか違う場所での生活を始めさせてあげなきゃいけない。

 そう思ったあたしは思わず、サブリナちゃんだけでもあたしの部屋で過ごさないかと誘った。家族でいる三人と一緒よりは気を使わなくていいだろう。

あたしの部屋に連れてきて一緒に生活をして、それから一緒に先のことを考えればいい、ってそう思ったんだけど…

 そう、そこが今、あたしは悩んでいる理由だ。

一緒に先のことを考えようにも、彼女の安全の事を考えたら、出来れば事情を話した上で一緒に誤魔化すことを了承して引き取ってくれるところを探したい。

でも、あたしにはそんなツテはないし、そもそもあんなことを無闇に民間の人に話してしまえばその人達はおろか、

足がついてあたしや隊長、セシールのみんなに中尉と一緒にいる家族にも危険が降りかかる可能性が高くなる。

「参っちゃったなぁ、これ…」

「あの…ご、ごめんなさい…」

あたしが思わず出して仕舞ったそんな呟きに彼女、サブリナ・ミュラーちゃんはサンドイッチを手にシュンとしてそう言った。

 あちゃ、ごめん、そんなことをあなたの前で言うのはダメだったね…

あたしは反省しながら彼女の頭を撫で

「ううん、こっちこそ変なことを言ってごめんね…あなたには出来るだけ安心できるところで生活をしてほしいって、そう思ったら悩んじゃって」

と伝えてあげる。肝心なのは、あなたが迷惑なわけじゃない、って、そう示してあげることだ、うん。

「しばらく艦に乗せたまま、って言うのはダメなんでしょうか…?ほら、独立第三部隊のペガサス級…えっと、ホワイトベース、でしたっけ?

 あれも、民間人の子どもを乗せてたって言うじゃないですか」

イルマがそんなことを言ってくる。まぁ、一瞬それも考えたけど、あっちこっち説得して回る必要があるし、そもそも現実的じゃない。

ホワイトベースにどういう事情があったかは知らないけど、軍艦に子どもが常駐しているなんて状況が、その子の成長にどんな影響を与えるかって事を考えれば

絶対に避けるべきだ。

戦時でなくたって戦闘は起こる。スクランブル発進もある。

うちの艦は上下関係はあまり厳しい方じゃないけど、それでもどこか抜けない緊張感がないってわけじゃない。

 子ども、っていうのはさ、もっとこう、安心できる場所でのびのびと育って行くものだって、あたしは思うんだ。

それこそ、アヤさんのいた施設ってところみたいに…アヤさんのいた施設…そうか、その手があった!

 あたしはハッとして座っていたイスから飛び上がって、自分の引き出しを開き、そこからPDAを取り出した。

確か、「カリ・チルドレン・ホーム」って言うところだった。

連邦の福祉法は詳しくないけど、確か孤児やなんかは一度、福祉局の各支部が管轄の子ども達を取りまとめて、

そこからカリの施設のようなところに順次委託するってアヤさんが話していたはずだ…

ツテはないけど、相手が軍じゃないんなら、もしかしたらやりようがあるかもしれない…
 


 あたしはそう思いつつPDAで彼の連絡先を探す。電話番号とかメッセージのアドレス変わってないといいけど…あった、これだ。

 あたしは彼、アヤさんの“舎弟”のアルベルトの連絡先を見つけ出し、メッセージを送って置いた。

「折り入って、お願いしたいことがります」

彼は、ソフィアがあたしが借りたジャブローの居住区画のアパートに住まうことになったときに、あたしの従妹だって言う偽の戸籍をでっち上げてもらった経緯がある。

最初はアヤさん経由だったけど、そのあとは直接なんどかやりとりをした。事情を話せばきっと何か良い手立てを考えてくれるはずだ。それに期待しよう…

 あたしはPDAをポケットに押し込んでベッドのサブリナちゃんのところに戻った。

彼女の体を抱き上げて膝に抱え、浮き上がった体を天井を押してベッドのクッションの上に戻してから、きれいなブロンドを撫で付けてあげる。

 「ね、美味しい?」

あたしが聞いたら、サブリナちゃんはかじっていたサンドイッチの手を止めて、あたしを見上げつつ頷いて見せた。

「そ、良かった。一口ちょうだい?」

そう頼んでみたら、彼女はためらわずにあたしの口元へサンドイッチを差し出してくれる。

こういう怯えてる子安心させるには、ひとつの食べ物を分け合うと良いんだ、ってアヤさんが言っていた。

同じ釜の飯、なんて言うくらいで、施設にいた頃、始めて施設なんてところに連れてこられて怯えてたりする子にアヤさんがやっていたと言うテクニックだ。

もっとも、アヤさんはそんな難しい事を考えてやってたわけじゃないないんだとは思うんだけどね。

 あたしはサブリナちゃんのサンドイッチをハムっと控えめにかじる。それを口の中で味わって一言、彼女に言った。

「ね、ちょっと味薄くない?」

すると彼女は、一瞬、困ったような表情を見せてから

「はい、ちょっとだけ…でも、久しぶりのご飯だから、美味しいです」

なんて気を使って言った。ふむ、これはずいぶんと硬くなっちゃってるよね…宜しくないなぁ…

「後で給仕担当の人に言っておいてあげるね。きっとマヨネーズの量をケチったんだよ、それ」

あたしがそう言ってあげたら、サブリナちゃんはようやく微かに笑顔を見せた。

 そんなときだった。ドアをノックする音が聞こえて、笑顔を見せたばかりのサブリナちゃんがビクッと体を震わせた。

「大丈夫」

あたしは笑顔でそう言ってあげながら、

「どうぞ」

と声を掛けた。すると、プシュッとエアモーターの音をさせて開いたドアから、隊長がヒョイっと顔をだした。

 「あぁ、隊長」

あたしがそう声をあげたら隊長は怪訝な顔をしながら

「グラナダ付きの艦隊の司令官殿がお前をお呼びだぞ」

なんて言ってきた。

 グラナダ駐屯艦隊の司令官が、あたしを?

「なんで、ですか?」

「知るか。向こうはお前の階級も名前も知ってたからな…知り合いじゃねえのか?」

隊長の言葉にあたしは一瞬、思考を走らせる。グラナダ駐屯艦隊と言えば、サイド3周辺で頻発した残党への対処を主としていた部隊だ。

そんな人達に知り合いはいないし、その司令官ともなれば中佐か大佐、それ以上だっておかしくはない。

そのクラスで知っているのはジャブローの頃の師団長くらいだけど、あの置物師団長があたしの事を知っているとは思えないし、

宇宙に上がって残党との戦闘や武装解除交渉の指揮をとれるとも思えない。

 でも、じゃぁ、誰があたしのことなんか…?

 そんな疑問を持ちつつも、上官から呼び出しを食っている以上、出頭しないわけにはいかない。
 


「分かりました。ちょっと行ってきます」

あたしが隊長にそう言ったら、隊長は首を傾げつつ

「頼むぞ。サイド3に行けなかった代わりに、三人パイロットの補充をしてもらったんだ。良い子にしててくれよ」

と言い残して、ドアを閉めて出ていった。

 「何なんでしょうね…?不明機を撃墜した件でしょうか?」

イルマがそんなことを聞いてくる。確かにそれはあるかもしれない。何しろあの辺りの宙域はサイド3の駐屯部隊よりはここグラナダ駐屯部隊の哨戒範囲だ。

簡単な事情聴取でもされるんだろうか?いや、でもそれなら隊長に聞いたって良いはずだ。

何しろ報告を入れたのは隊長だし、そこにはあたしの名前なんて乗ってないはず。だとしたら、何なんだろう?

 そんなことをグルグル考えそうになって、あたしは辞めた。まぁ、変なことでもないだろう、って、そう感じられたからだった。

「分かんないけど、とりあえず行って来るよ。サブリナちゃんのことお願いね」

あたしはイルマにそう頼んで、それからサブリナちゃんをもう一度撫でながら

「偉い人が呼んでるみたいだから、ちょっと行ってくるね」

と断って部屋を出た。

 デッキの方へと向かう廊下を行き、その先の通用口にドッキングされている搬入出用のブリッジを飛んでグラナダの軍施設内へと入る。

警備らしい格好をして暇そうにしている伍長の階級章を付けた兵士がいたので、呼び止めて司令官の部屋を聞いたら、あたしの階級章をチラッと見やってから

「そこのエレベータで第四区画へ向かって下さい。降りたところにも警備がいるので、そこでもう一度問い合わせをお願いします」

と、いやに丁寧な口調で教えてくれた。

 あたしはその通りにエレベータに乗って区画を移動し、そこのいた中年の警備兵に事情を説明したら、彼はあたしの名前を確認してから

「伺っています。こちらへ」

とあたしを重厚な扉の前の案内してくれた。

 「レスリー軍曹です。アトウッド少尉がいらっしゃっています」

中年の警備兵、レスリーさんが扉の横にあるパネルにそう報告している。するとすぐに

<入ってもらってくれ>

と返答が聞こえたので、軍曹がパネルを操作した。

 プシュッっと両開きの扉が音を立てて開く。その先に広がっていたのは青いじゅうたんが敷き詰められ、大きな執務机に書棚なんかの置いてある上等な執務室だった。

その机に腰掛けているのは、やはり中年か、もう少し上に見えるヒゲを蓄えた男性の将校だった。襟元には大佐の階級章が光っている。

「マライア・アトウッド少尉です。ご用命により、出頭しました」

あたしが敬礼をしてそう言うと、大佐は

「あぁ、すまんね」

なんて軽く敬礼をあたしに返してから

「入って、そこに掛けてくれたまえ。少し話を聞きたいことがあるのだ」

と、部屋の隅の方にあったソファーセットをさして言う。あたしは

「はっ。失礼します」

と、隊長の言いつけ通りに良い子を心がけつつ、返答をして床を蹴りソファーまで移動した。
 


 あたしがソファーに腰を下ろすやいなや、大佐は

「コーヒーは飲むかね?」

と聞いてきた。

 こういうとき、コーヒーでも紅茶でも指定して「飲むか」と聞いてくる人は飲んでほしいと思っている人で、

「何か飲むか」と言って来る人はどちらかと言えば出すのが面倒だと思っている人なんだと、昔オメガの隊長がよく言っていたので

「お手数でなければ、いただきます」

とあたしは答えてみる。すると大佐はあたしをチラッと見やって

「宇宙産の銘柄だが、悪くない」

なんて言った。どうやら、あたしの回答は正解だったようだ。

 程なくして大佐はマグ三つにコーヒーを淹れてソファにやってきた。どうして三つも…?

 そんなことを聞く前に、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。

「入りたまえ」

大佐がそう言うとドアが開いた。そこにいたのは、ポール・○軍曹だった。

 「軍曹!どうしてここに!?」

あたしがそう声を上げると、軍曹の代わりにあたしの斜向かいに座った大佐が言った。

「彼も、それから中尉も、我が艦隊の優秀なパイロットだ」

「まぁ、明日からはセシールでお世話になる予定ですがね」

グラナダ艦隊のパイロット…?!彼らが…?!それにセシールで、ってことは…隊長が言ってた補充のパイロットは、軍曹や中尉達、ってこと?

 あたしはそれを聞き、ハッとして大佐の顔を見やった。

 そうか、大佐がここにあたしを名指しで呼んだ理由って言うのは、もしかして…

「さて、少尉。コロニーでの話を聞かせてくれないかね?事を荒立てるには少しばかり後手に回りすぎたが…

 それでも、今後のバスク・オムが同じ行動を起こさぬよう、誰かが情報を一括して管理しておくべきだ」

そんなあたしをジッと見て言った大佐は、戸惑うあたしに柔和な笑顔を見せてさらに続けた。

「安心したまえ。貴官にも、セシールにも迷惑を掛けんと約束しよう。このことは、私、プレックス・フォーラの胸にだけ刻んでおくだけの話だと思ってくれたまえ」



 





 それから数日して、あたし達はグラナダ後にした。目的地は、所属基地のあるルナツー。

訓練のためだけに出港したはずなのに、結局、三週間以上もあちこち移動するはめになってしまった。

 フォンブラウン市やグラナダでの整備や補給もあったけれど、乗員の疲労も溜まって来ている。さすがにこれ以上は何事もないことを祈りたい。

 グラナダ艦隊からセシールへ異動になったのは、ヘンダーソン中尉にコストナー軍曹、

それから、あのコロニー、グローブへ中尉を潜入させる手伝いをしたのだと言う、エイムズ少尉と言う若いパイロットの三人だ。

 彼らはそもそも同じ小隊の部隊員だったので、異動と言うより移籍に近い。それに伴って、イルマがあたしと隊長の下に移ることになった。

隊長が言うには、まだイルマは目が離せないし、またしばらくは訓練漬けの毎日になるだろうってことだ。

 まぁ、でも、その方がいい。実戦なんて好き好んでやるもんじゃない。何事もなければ、それに越したことはないんだ。

 フォーラ大佐には、コロニーで見たこと聞いたことを全部話した。

一応、中尉達の移籍はその見返り、って言う内々の話だったけれど、とにかく大佐はあたしの話を聞き終えると、大きくため息をついてから

「話はすべて私が与ろう。少尉は、今回のことは忘れてくれたまえ」

と言ってくれた。忘れるつもりなんてないし、忘れられるとは思えないけど…

でも、そう言ってもらえて、あたしはなんだか肩の荷が降りたように感じて、そのときになって体が震えだしてしまっていた。

 我ながら、それまでただの気力であの恐怖とおぞましい光景に耐えていたんだ、ってことに気付かなかった。

そんな気力があたしのどこから湧いてきたのかなんてのは考えるまでもない。未だにずっとあたしのそばに居てくれる感覚がある、ミラお姉ちゃんのお陰だ。

 中尉が救出した一家は、グラナダ艦隊に引き渡して、そこから艦隊の警護の下に、サイド6へ送られる手はずになった。

それもどうやら中尉と大佐で一計を案じていたらしい。中尉はもちろんだけど、あのフォーラって大佐は、あたしがこれまで会ったことのないタイプの司令官だった。

ああいう人を傑物、っていうんだろう。

 中尉達が船に乗ってくれて一番助かっているのは、スクランブル待機が半分の時間でローテーション出来るってことだ。しかも中尉は、

「お疲れでしょうから、三分の二はこっちで受け持ちますよ」

なんて隊長に進言していた。あたしも隊長も、ありがたくその言葉を受け入れて中尉達のおかげで開いた時間は、とにかく休ませてもらっている状態だった。

 サブリナちゃんについては、まだあたしとイルマの部屋にいる。

アルベルトくんと連絡がついて、彼が福祉局やなんかと掛け合ってくれて、サイド7での戦争孤児ってことで、地球は南米福祉局での保護が決まった。

アルベルトくんはカリの施設とも話を付けてくれたようで、内々にアヤさんが過ごしたあの施設に入れるように手はずは整っている。

あとは、ルナツーに着いたあたしが休暇を取って、サブリナちゃんを連れて地球に降り、アルベルトくんと福祉局の人と会って話せばいい。

あのコロニーのことは、あまり公には出来ないけど、相談して身元引受人をお願いして二つ返事で引き受けてくれたオメガの方の隊長には、事情は伝えてある。

アルベルトくんにも、触りだけは説明して置いた。

サブリナちゃん自身にも、口止めをしなきゃいけないのは辛かったけど…ほとぼりが覚めるまでは、不用意に話さない方がいいと思う。

 とにかく、これで無事にルナツー宙域まで辿り着ければ、あたし達の航宙も終わる。

サブリナちゃんのこともあるけど、あたし自身も本当に一休みして、息抜きでもしたい気分だった。

 そんな気持ちが顔に出ていたのか、重力区画の食堂で一緒に軽食を摂っていたサブリナちゃんが、心配そうに

「マライアお姉さん、大丈夫…?」

なんて聞いてきた。彼女は夜な夜なうなされてしまうほどの傷を心に負っているっていうのに、あたしの心配なんかしてくれるなんて、優しい子なんだな。
 


「うん、大丈夫だよ。ここの食事に飽きちゃっただけ」

あたしはそんな適当なことを言って笑顔を見せてあげる。するとサブリナちゃんはクスッと笑って

「でも、今日のはマヨネーズ、ちゃんと入ってる」

と、あたしにサンドイッチを差し出してきた。それを控え目に一口かじって

「あ、ホントだ」

なんて言ってあげたら、サブリナちゃんはようやく安心してくれたようで、食事の続きに戻る。

 そんな彼女を見ていて、あたしはふと、アヤさんの事を思い出していた。こんなとき、アヤさんならどうしただろう?

きっと自分で引き取るとか、そんなことを言い出すんじゃないかな。

彼女みたいな子は、きっと安心できる環境で、安心して暮らして行けることが何よりも大切なんだと思う。

それこそ…あのアルバって島で、優しいアヤさんとレナさんに見守られながら過ごすのがきっと良いだろう。

でも、正直に言えば、彼女はちょっと厄介だ。もし彼女の出自が漏れてしまえば、関係者はたちまち“事故”に遭っても不思議じゃない。

そんな事をあの島に持って行くようなことは、やっぱり避けるべきだろう…アヤさんはそうは言わないだろうけど…

でも、今はまだ…少なくとも、フォーラ大佐が何か手を打って、今回のことを収集してからの方が良いはずだ。

もしアルバ島のアヤさんに頼むんならそれを期待する他にない…

ううん、もしかしたら、アヤさんの居た施設ってところがアヤさん達のように彼女を救ってくれるかも知れない。

それこそ、アヤさんを支えてくれたときのように…ね。

 「少尉」

不意にそんな声が聞こえてあたしは我に帰った。顔をあげるとそこには、ジュースのチューブを手にしたイルマが居た。

「あぁ、イルマ。シュミレーションは終わったの?」

あたしはイルマにそう聞いてみる。彼女は少し前、隊長に言われてモビルスーツの操縦シュミレーションをさせられていたはずだ。

 でも、あたしの言葉にイルマは曖昧に笑って

「そのことなんですけど…」

と、あたしをジッと見据えて言った。

 イルマからは、何か、清々しい心地が伝わってくる。吹っ切れた、って言うか、なんだか、そんな感じを受ける感覚だ。

「上手く行ったの?」

あたしはその感覚から、何かコツでも掴んだんじゃないかと思ってそう聞いてみる。するとイルマは穏やかな笑みを浮かべて首を横に振った。

「私、シュミレーション受けてないんです」

「え?」

思わぬ言葉に、あたしはそう声をあげていた。シュミレーション受けてないって…じゃぁ、機動訓練でもしていたのかな?

でも、モビルスーツの発進なんてことがあれば体制が変わるから、あたしが気が付かないはずがない。何か違う訓練でもしていたのかな…?

 そう思っていたあたしに、イルマは清々しい表情で教えてくれた。

「私、今までずっとハウス大尉と話をしてました。私、決めたんです。ルナツーに戻ったら、この船を降りて、軍も辞めます」
 


軍を…辞める…?イルマが…?

「ど、どうして急に…?」

「実は、ずっと考えていたんです、ここに配属になってから。モビルスーツの操縦にはいつまで経っても慣れないし、皆に迷惑を掛けっぱなしだし…

 向いてないんじゃないかな、って思って…。それと、ヒシキ中尉のこともあって…中尉のケガ、後遺症が残るかもしれない、って言うんです。

 治療にはずいぶん時間が掛かりそうですし、その間も手伝ってあげたいなって」

そう言ったイルマは、あたしに向かって少し表情を曇らせ

「いろいろ助けてもらったのに、こんな結論でごめんなさい」

と目を伏せた。

 でも、そんなイルマの目には、挫折や諦めの色は見えなかった。感覚でも、それがなんとなく分かる。

イルマは、自分のやるべきことを見つけたんだ。それはきっと、この船に乗り続けて戦う事じゃない。

中尉のそばにいて、彼をサポートしてあげる…イルマはそうしたいんだろう。

アヤさんがレナさんを助けて軍から脱走したように、イルマもイルマが大切にしたい何かの為に、決断したんだ。

最初の言葉にはびっくりしたけど、説明を聞いたあたしはそう納得が行った。

 確かに、ヒシキ中尉のケガはひどい。それこそ、地面ギリギリで脱出して十分にパラシュートが開ききる前に地面に叩きつけられたカレンさんよりもひどい。

カレンさんは骨盤とか肋骨をやられていたけど、ヒシキ中尉はそれこそ全身骨折だらけ。

あの戦闘のあとに向かったフォンブラウン市の軍の施設で手術を受けて、ルナツーに帰投したら地球で療養することになっている。

イルマは、それに付き添うつもりなんだろう。

「…ううん、そんなことは全然。イルマは、それで良いと思うんだよね?」

あたしは、イルマにそう聞いた。そんなあたしの問いに、イルマは笑顔で頷いて見せる。

「はい」

そんな短い答えで、あたしはイルマの決意を感じ取った。迷いはない。それが、イルマが決めたことなんだね。

「そっか、それなら仕方ないね。寂しくなっちゃうけど、イルマがそうしたい、って言うんなら、あたし、応援してあげたい」

そう言ってあげたらイルマは嬉しそうに微笑んで

「ありがとうございます、少尉」

なんて礼を言った。

 「イルマお姉ちゃん、いなくなっちゃうの?」

あたし達の会話を聞いていたサブリナちゃんが、不意にそう聞いてきた。

「ルナツーまでは一緒だよ。そのあとは…きっと中尉は連邦軍関連の病院に入ると思うから、私もそのそばに住むつもり。きっと、ジャブロー周辺になるかな」

イルマがサブリナちゃんにそう言う。ジャブローなんて言ったって、きっとサブリナちゃんにはまだそんなことは分からないだろう。

 でも…

 ふと、あたしはそんな話を聞いていてひらめいた。
 


そっか、もし、イルマがジャブローかその近くの街に住むって言うんなら、カリの街までも行ってもらえるかもしれない。

そうしたら、イルマに面会とかしてもらえば、サブリナちゃんもきっと安心するだろう。そう思ったあたしは、それでも危うく喉元まででかかった言葉を飲み込んだ。

 まだ、サブリナちゃんがカリの施設に入ることになるって決まっているわけじゃない。

いや、根回ししたからほぼ決まってはいるんだけど、そんな裏事情を話すのも良くないよね…うん。

まぁ、サブリナちゃんが正式にカリに行くことが決まったら、イルマに知らせてあげよう。

「ふふ、あたしも一緒に一度地球には降りるから、途中までは一緒だね」

あたしがそう言ってあげたら、サブリナちゃんもイルマも嬉しそうに笑った。

 「そういえばさ、イルマ。それってことは、結局ヒシキ中尉に告白したってことだよね?」

と、あたしはとりあえず、イルマが今回のことを決めた背景にあるだろう事実を突きつけてみた。

するとイルマはすぐさま顔を真っ赤にして

「ななななななんで急にそんなこと聞くんですか!」

とイスを鳴らして立ち上がった。

「だってさぁ、そこは気になるでしょ?ケガした中尉を手助けするにしても、赤の他人がそんなことをするのもおかしいし、

 それでも行くんだってイルマが決めたんだったら、二人の間に何かがあったって考える方が自然でしょ?」

あたしがそう冷静に返してあげたら、イルマは真っ赤な顔をうつむかせてボソボソっと何かを言った。

「えっ…?なに?」

本当に聞き取れなくって、あたしがそう聞き返したら、イルマはあたしがからかっているんだと勘違いでもしたのか、ちょっと憤慨した表情であたしを見やって、

なにもそんな大声で言わなくたっていいのに、って声で言った。

「彼の方から言ってくれたんです!好きだって!」

 それは、考えもしなかった。そっか、なぁんだ、両思いだったんだ…でもね、イルマ、ここは食堂だよ…?

そんな大声で言ったら…ねぇ?

 あたしがそれを指摘して上げる前にハッとして顔を上げ辺りを見回したイルマは、自分の失敗を理解して食堂から、スクランブル発進するモビルスーツみたいな勢いで飛び出して行った。



 





 ルナツーに着いたセシールは、そのまま一週間の整備点検期間に入った。クルー達はこぞって休暇を取り、今回の遠征の疲れを癒しに入った。

 あたしも、計画通りに休みを取って、サブリナちゃんと、それからひとまずジャブロー本部付きの軍事病院へ入院することになったヒシキ中尉とその付き添いのイルマと一緒に地球へ降りた。

 ジャブローでイルマと分かれて、あたしはカリでアルベルトくんと合流し、そのまま福祉局の人達と会い、事情を説明した。

もちろん、身元引受人となるオメガの隊長にも来てもらった。

隊長ってば、ようやくジェニーさんと結婚を決めたみたいで、左の薬指に指輪が光っていたので、なんだかニヤニヤしてしまった。

あぁ、でもこのことは今の隊長には内緒にしておかないとね。

 サブリナちゃんは当初の根回し通りに、カリの施設への入所が決まった。あたしは隊長の運転でそこへ連れて行ってもらって、サブリナちゃんとお別れをした。

サブリナちゃんはさみしそうにしていたけど、でも、イルマにも会える距離であることとか、

それから、施設のことやなんかを説明してなるべく安心できるようにしてあげて、最後は笑顔であたしを見送ってくれた。

あたしはしょっちゅう地球に降りるわけにはいかないけど、でも、手紙くらいは書いてあげられる。

返事待ってるね、なんて言ってあげたら、サブリナちゃんは嬉しそうにうん、と頷いてくれた。

 そういえば、隊長は施設の人とやけに親しげだった。知り合いなのか、って聞いたら、隊長は首を傾げて

「いや、初対面だが?」

なんてうそぶいた。感覚的に、それは嘘だってことはすぐに分かったけど、でも、話たがらないところを問い詰めたって白状する人じゃない。

あたしは、

「そうなんだ」

なんて適当に返事をしてその話題を切り上げた。

なんであれ、慣れた様子だった隊長を見ていれば、きっとサブリナちゃんを守るためには都合が良いってことは確かに思えたからだった。

 休暇から戻ると、あたしは早々にミカエル隊長に捕まって、見慣れない箱を押し付けられた。

中を見たら、そこには中尉の階級章が入っていた。

「あの宇宙ザリガニからサガミとケベックを守った功績により、昇進が受理された」

なんて、取って付けたように上官っぽく言った隊長にあたしはお礼を言うしかなかった。あたしが中尉だなんて、想像もしていなかった。

ヘタれでビビリのあたしが、オメガの副隊長だったハロルドさんと同じ階級なんだ。

そんなの、なんだか信じられなくって、あたしは嬉しさを抑えきれずにオメガの隊長に報告してしまったりした。

 それから、一ヶ月。

 今日はイルマが抜けたあとの補充のパイロットが、ようやくルナツーに到着する、って報告があって、あたしは起き抜けから身支度を整えて、

セシールの中を行ったり来たりしていた。特にやることなんてないんだけど、なんだか落ち着かなくてダメだ。
 


 あちこちで時間を潰した挙句に格納庫へ出てみると、イルマに配備されるはずだった機体のマーキングが塗り替えられている。あたらしいパイロットの認識番号が描き込まれているところだった。

「アトウッド中尉」

そう声が聞こえたので見上げると、上からポール軍曹が降ってきて、あたしの目の前に降り立った。

 あのグローブってコロニーで出会ったポール・コストナー軍曹に、ジョージ・ヘンダーソン中尉、

それから、セシールで初めて顔を合わせた二人と同じ隊のロバート・エイムズ少尉とも、訓練や何かを通してようやく親しくやれ始めている。

今日新しく来るパイロットも、彼らと同じようにフォーラ大佐がどういうツテか異動させてくれたらしいんだけど、三人の知り合いっていうわけではないようだった。

「あぁ、軍曹。調子どう?」

あたしが声をかけると、ポールは肩をすくめ

「ジムC、性能は文句ナシなんですけどね…俺はまだ操縦そのものに慣れてなくて…」

なんて泣き言を言う。訓練でも何度も見ているけど、謙遜するほど軍曹の操縦は悪くない。それでも軍曹はまだ物足りないらしく、日々新しい機動を試している。

そのモチベーションはあたしも見習わないといけないな。

「軍曹はよくやってるよ。あたしも感覚だけで動いてるから、もっとちゃんと考えなきゃなって思ってるんだ」

あたしがそう言ったら軍曹は笑った。

「感覚で動ける方がよっぽどいいですよ。イメージは大切だって言いますし」

「そうかなぁ?そうだといいんだけどね」

あたしは軍曹の言葉に、そう言って愛機を見上げる。フォンブラウンでアニーに調整をしてもらってからも、操縦の感じを見つつ少し調整を加えてみた。

アニーにしてもらった調整だと少し過敏すぎた印象が強くって、リミッターを少しかけ直して、今のところはなんとかなっている。

あの日の訓練で試してうまくいった機動も、なんとか身に付き始めていた。でもまだ全然だけど、ね。

 「そういえば、さっきランチが着いたって言ってましたけど、例の新しいパイロット、もう来てるんじゃないですか?」

そんな話をしていたら、不意に軍曹がそう言った。あたしはその言葉にハッとして腕時計を見やる。

 えっ…?そういえば、1100時にブリッジに来いって言われてたけど…も、も、も、もう、1105時!

 「ごめん、軍曹!あたしいかなきゃっ!」

あたしは思わず大きな声でそう軍曹に言って、床を蹴って格納庫の中に浮かび上がった。

そのままブリッジへの廊下へ入り込んで、移動用のレバーを使わずに壁を蹴って進む。

曲がり角を折れたところで、医療スタッフのエミリーとぶつかりそうになって咄嗟に腕で壁を押して体を回転させた。

ゴン、ゴンっと頭を背中が天井にぶつかって痛みで思わず打った箇所を抑えながらも

「ごめんっ!」

と謝って、さらにブリッジへと進む。

 やがて見えてきた両開きの頑丈なハッチのパネルに手を伸ばした。

開いた中を覗いてみたら、どうやらまだ新しいパイロットは来ていないらしい。

「おい、遅いぞ」

代わりに、隊長のそんな声があたしをひっ叩く。

「ごめんなさい、格納庫で機体見てて…」

あたしはそう言い訳をしてブリッジへと体を投げた。叱られているあたしを見て、ブリッジのスタッフや艦長までもがあたしを見やって微かに笑みを浮かべている。

うぅ、恥ずかしい…
 


 「ったく…ちょっと動けるようになったと思ったら機体いじりに走るなんざ、見上げたやつだよ」

隊長がそうあたしを皮肉ってくる。うぅ、今日は別に弄っていたわけじゃないから、それはちょっと胸が痛い。

いつもだったら軽口を返せるんだけど、今回ばかりは落ち着かなくって時間を潰していたらうっかり遅刻しただけで、開き直れる要素が一つもない。

クッと言葉に詰まってしまったら、隊長が妙な表情をしてあたしの背をバンと叩いた。

「おら、上官らしくシャキッとしやがれ」

「は、はいっ」

あたしは、隊長の言葉にそう言って背筋をただした。

考えてみれば、ジャブローからずっと軍にいて、初めて部下らしい部下、後輩らしい後輩ができるんだ。

そりゃぁ、イルマやコストナー軍曹だって階級は下だけど、そもそも所属が違うから、上下のつながりはそんなに強いってワケでもない。

これから来るパイロットは少尉だって話だから、あたしの下に組み込まれることになる。

訓練でも戦闘でも、もし隊長に何かがあったらあたしの指揮の下に動いてもらうワケだ。

 あたしが戦闘の指揮だなんて、考えもしなかったけど…でも、アヤさんがしてくれたようにあたしもしっかりしなきゃな、なんて、そんなことを思っていた。

「どんな人なんでしょうね、パイロット」

「データから読み取れることは、マジメそうなやつだ、ってことくらいだな。腕の方は、実際に目で見てみないと分かりゃしねえ」

「隊長の横柄なのに馴染めるといいんですけどね」

「生意気に。俺ぁ、お前の様なオチャラケてる上官に馴染めるかどうかが心配だよ」

息を吹き返したあたしが隊長とそんな言い合いをしていたら、不意にエアモーターの音とともにハッチが開いて、見慣れないクルーが一人、ブリッジへと入ってきた。

ずいぶんと若く見える…まだ、どこかあどけなさの残る彼は、そんな見た目に似合わずに少尉の階級章をつけている。

彼は艦長を見るなりピシッと敬礼をして言った。

「ルーカス・マッキンリー少尉、ただいま到着いたしました!」

 ふと、あたしはそんな彼を見て、何か得体のしれない感覚を覚えた。この感じ、なんだろう…?

悲しいような、さみしいような、虚しいような、そんな感情を彼が胸に抱えているのが分かる。

でも、それだけじゃない。彼から伝わってくるのは、隊長や他のクルーからは感じられない妙な心地があった。

例えて言うなら、存在感、って言うかそんな感じなんだけど…とにかく、物理的ではない意味で、“彼がそこにいる”と感じられる、“重み”の様な感覚だ。
 


 そんなあたしを、隊長が肘でつついて来た。ハッとして隊長を見やったら、隊長があたしをジッと見つめている。

その視線に、あたしは隊長が言わんとしていることに気が付いた。

「わ!隊長、若い子来たよ!聞いてたよりもいい子そうじゃん!」

緊張させるな、って、隊長はそう言いたいんだろう。そりゃぁ、これからうまく連携をとっていかなきゃいけない新しい仲間だ。

最初の印象が悪いと良くないもんね、きっと。そう思ってあたしがそう言ったら、隊長は笑って

「まぁ、お前はうるさいからな。煙たがられないように、大人しくしておけよ」

なんていつもの軽口を叩いてくれる。でも、ちょっと待ってよ!それは新人の彼の前で、人聞き悪くない!?

「ちょ、隊長、それひどい!」

「事実だろう、お前、うるさいんだよ」

あたしは抗議をしてみたけれど、隊長はそんなの関係なしに、マッキンリー少尉の方に向き直ってピッと敬礼をしてみせてから言った。

「ミカエル・ハウス大尉だ。よろしく頼む、マッキンリー少尉」

あたしも慌てて、隊長のあとに続く。

「マライア・アトウッド中尉です、以後、よろしく!」

そして、そんなあたし達に、少尉は硬い表情を崩さないまま

「ルーカス・マッキンリー少尉です。よろしく、お願いします」

と敬礼を返してくる。

 なんだろうな、この強ばった感じ…?緊張とは違うなにかみたいなんだけど…ダメだ、よくわかんない。

それに、この重みの感覚も不思議だし…そう考えて微かに不安を覚えたあたしだったけど、隊長はそんなことに気がつく訳もなく

「さて、さっそくで悪いが、お手並み拝見と行こうじゃないか。ここのところ、ジオン残党の動きが活発になってきていてな。

 週に1度は、哨戒出撃があるんだ。そこで迷子になられてもかなわない」

なんて少尉に言った。

 隊長の言葉通り、ここのところ散発的にジオン残党の目撃報告があちこちから上がってきている。

アニーの乗艦のサラブレッドが主体になって、その残党の動きに対応をしているらしいって先週メッセージで教えてくれた。

まぁ、とにかく彼女の無事を祈る他に、今のあたしに出来ることはない。

そんなわけで、今日もお昼食べたら訓練のスケジュールになっていたっけ。あたしはそんなことを思い出して少尉に声をかけていた。

「まぁ、艦長も言ってたけど、気楽にね。あんまり緊張していると、体が動かなくなっちゃうからね」

緊張ではない、って分かってはいたけど、他にどう言っていいか分からないし、とにかく、少しこの強ばった感じがほぐれてくれればいいかな、

と思ってそう言ったら、すかさず隊長が

「それ、自分に言い聞かせてるんだろう、お前」

なんて口を挟んでニヤっと笑った。そんな軽口にあたしも素早く乗って

「た、隊長!それ、言っちゃダメ!あたし後輩って初めてなんだから、先輩風吹かさせてよ!」

なんて言ってみたけど、ルーカス・マッキンリー少尉は肩の力を抜くでもなければ頬を緩めるでもない。

相変わらず硬い感触のままに、あたし達のやりとりを見つめている。

 イルマもそうだったけど、この子もなんだか手が掛かりそうだな…なんて、あたしは自分のことなんて棚に上げて、そんなことをうっすらと思っていた。

そんな彼、ルーカス・マッキンリーが、それからあたしといくつもの修羅場をくぐり抜ける大事な相棒になるだなんて、

そのときはまだ、想像さえついていなかったんだ。



――――――to be continued to next mission...


マライア篇おしまいです。

お付き合いいただき感謝感謝。

次はどの辺り書こうかなぁ…

乙!
そのルーカスくんのアルバ島でのエピソードを希望!



ソフィアの時とかここで引く事しか出来なかったからこの後の突貫娘が出来上がったのかな?

ドーレス家ってなんか元ネタあるの?
母アンナ、息子ヨハンとか嫌な予感しかしないんですけどw娘さんがニナじゃなくて良かったw

>>218
マライアのダメージでかそうだからヤメレwww

>>218
レス感謝!!
リクありがたいのですが、年表順にやっていく方針ですので、ちょっと時代が違っちゃいますね…
次回は、とある島で行われた結婚式にまつわるドタバタになるかなぁ…

>>219
レス感謝!!!

そうなんだと思います、結局マライアはまだまだ実力不足で、突貫出来ないって事実もあったんでしょうけど。

ドーレス家、ですか…こういう細かいとこ気づいてもらえるのは嬉しい限りです!w
アニメ元ネタではなくキャタピラの創作ですが、CCAスレの>>419に、たぶん一度だけ名前が登場してます!
 

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