男「一から始める」義妹「兄妹関係」 (122)

太陽の日差しがチカチカとめに射し込んでくる。
蒸し暑い熱気と、それに拍車をかけるように鳴り響く沢山の蝉の音。
母方の両親の元へ父の盆休みをキッカケに訪れたある家族。
都会では中々見られない田舎の風景に心踊らせながら少年は呟く。

男「なあ、妹。せっかく普段来られない場所に来てるんだから、どうせなら外に出ないか?」

来年には中学に進学する予定の少年、男はまだ思春期に足を踏み入れておらず、子供らしい意見を本能に任せて口にする。

妹「結構です。私は兄さんと違ってやることがありますから」

田舎町に相応しい祖父母の住む日本家屋。その縁側に座りながら妹は家から持参した小難しい小説を手に取り読み出した。

男「お前いっつもそうやって一人で本読んでるか、勉強しかしてないよな」

妹「そういう兄さんこそ遊んでばかりですね。もう半年も経てば中学に進学することを忘れているんですか?」

男「いいんだって。そもそも父さんも母さんも俺にはなんの期待もしてないだろうし」

少しだけ寂しさを含んだ物言いで男はそう呟いた。

妹「確かにそうですね。あの二人が期待を寄せてるのは私ですから」

兄である男に対して遠慮を微塵も感じさせない妹の発言。
男の一つ下の年でありながら、既に偏差値の高い有名大学の入試問題に手をつけ、周りから天才少女と呼ばれる妹。
普通の兄と、早熟ながらもまだまだ伸び代の塊である妹。二人を比較した時、どちらに期待を寄せるのかは言うまでもない。

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男「まったくもってその通りだけど、お前ももうちょっと他にいい言い方なかったのかよ」

妹「そもそも話を振ってきたのは兄さんでは?
私は事実を述べただけです」

視線は先ほどから変わらず小説に向けたまま妹は答える。
正論なので男としては返す言葉もないのだが、たとえいくら自分より優れた妹であろうと、男にしてみれば兄としてのプライドや、正論を認められない子供の反抗心をその一言と先ほどの妹の態度に酷くくすぐられた。

男「心配してくれてどうもありがとー。
ところで妹。そういうお前はそろそろ友達の一人でもできたのか?」

妹「……」

兄の問いかけに僅かにビクッと肩を震わせた妹であったが、まるで今の一言が聞こえなかったかのように男の言葉を聞き流していた。
その様子を見た男は、まるで水を得た魚のように次々と妹に挑発の言葉を投げかける。

男「兄ちゃん心配だな〜。進学したら妹と一緒に学校通うこともなくなるし、話し相手がいなくて寂しくならないかな〜」

妹「余計なお世話です。むしろ家から学校までの間に、求めてもないのに延々と独り言を聞かされなくて済むようになると思うと清々します」

男「学校でみんなと話しができなくて家でこっそり泣いてなかったっけ?」

妹「いったい何の話でしょうか? 私の記憶の中ではそのような出来事一度たりともありませんでしたが?」

男「クラスの子たちの輪に入りたくて必死に流行りの遊びや話題を俺と一緒にこの間調べてたよな?
あれ、結局どうだった?」

妹「結果? 兄さんは予想できる答えをわざわざ人に尋ねるんですね。だからいつまでも通知表の項目が《もう少し頑張りましょう》ばかりなんですよ」

気づけば天才少女と呼ばれる妹の姿は何処かに消え、縁側では年頃の兄妹喧嘩が繰り広げられていた。

男「ようやく本読むのやめてこっち向いたな」

いつの間にか妹のまえに立ってしたり顔をしている男がいた。
そんな彼を見て、すっかりペースを崩された妹は溜息を吐きながら読んでいた本を閉じた。

妹「兄さんのそういうところ、私嫌いです。
人の都合も考えないで自分のペースに相手を巻き込むところとか」

男「ごめん、ごめん。でも俺は妹と一緒に遊びたいんだよ」

妹「私は子供のする遊びに興味がないんですが……」

男「でも俺たちまだ子供だろ? どうせいつか勉強しないといけない時が来るなら今のうちに遊んでおかないと損だろ」

妹「そうやって自分だけじゃなく、私まで一括りに子供扱いして……。
そんな風に私を扱うのは兄さんくらいですよ?


男「嫌だった?」

妹「ええ。本当に、《最悪》です。でも私は大人なので子供な兄さんの態度にも目を瞑ります」

言葉とは裏腹に満面の笑みを浮かべながら妹は、男の遊ぼうという提案をちゃっかりと受け入れていた。
どうにもこの妹は大人顔負けの知能を持ち、やけに大人ぶりたがるくせに年相応の扱いをされると喜ぶという屈折した性格の持ち主であった。

男(そりゃ、こんな面倒な性格じゃ友達できねーよな)


面倒で、扱いも難しい妹に頭を悩まさせながらも、そんな妹のことが可愛くて堪らないと思ってしまう男。
つまり男はシスコンであった。

今日はここまで。
現在携帯からなのでPCに移ればもう少し早い更新になる予定です。

男もその歳にしては割と大人だな

期待で胸がいっぱい

タイトルを2キャラに分割させて言わせて興味もってもらおうとするスタイルな…

>>6
妹がそれ以上に大人びていますから兄としての意地などで比較的精神的に大人ですね
>>7
期待に応えられるように頑張ります
>>8
基本的にタイトルは物語に意味合いを持たせているのでいずれタイトル回収もする予定です。

とはいえ、妹を大事に思っていると言うことを男は殊更主張したいわけでもなかった。
 天から贈られた奇跡の産物。そんな才能を生まれながらに備えた妹はだからこそ、両親や周りの人間から溺愛され、その全てに汚点がつかないよう大事に、大切に守られている。
 異常とも言える両親の過保護さはもう二度と手に入る可能性のないものを手放したくない必死さの裏返しでもあるのだろう。
 だが、それが全てにおいて功をそうしているかというとそうでもない。
 妹がいくら頭がよくて、大人顔負けとはいえ彼女はまだ子供だ。大人の期待や周り子供の羨望が重荷に感じることだってある。
 彼女の日頃の態度が大人びて、悪く言えば孤高を気取る高慢なものだからそのように妹が期待をさせるのを嫌がっているということに気が付ける人は少ない。
 両親は言う。私たちにできなかったことをこの子にはやらせてあげたい。
 周りの大人は言う。君だったらきっとどんな分野でも成功できるはずだ。だからその道に進むためにも良い結果を残さないといけないねと。
 これがただの子供なら周りの言うことに素直に従っているだろう。両親からの過剰な愛を一身に受け、周りの期待に応えたいと思うだろう。
 ああ、私は愛されている。きっと彼らの言う通りにしていれば輝かしい未来が待っているのだろうと勘違いもしてしまう。
 それはきっと子供だから。本来人というものは挫折をしり、理想と現実に折り合いを付けて生きていくもの。子供の頃の夢を持ち続け、大人になってもその当時の夢を叶えられている人は本当に少ないはずだから。

 だからこそ妹は直接口には出さないものの、周りに対して不満を持っている。私は、あなたたちの代替品じゃない。自分には自分の人生があるのだと。
 だが、それを口にしても思春期の気難しさの一言で大人たちには済ませられてしまうだろう。それか、身近な人間に何かを吹き込まれたかと拡大解釈をしてしまう。
 真っ先にその矛先を向けられるのは兄である男である。一般家庭においては普通で済まされる男の成績や行動も天才の妹と比較した場合は《不良》に変わる。
 腐った蜜柑は隔離しろ。妹が悪影響を受けたと口にしたら両親がそんなことを言い出しても不思議ではない。何しろ、男と違い妹は彼らにとって替えが聞かない存在なのだから。
 日頃の自身と兄への両親の接し方から両親の過剰反応を心配している妹はそのような理由から重荷を背負っていながらも不満や愚痴は口にしなかった。
 いくら小馬鹿にしようと、憎まれ口を叩こうと彼女にとって男という存在はあるがままの自分をそのまま受け入れてくれる唯一の存在であったからだ。
 そして、男も言葉にはしないもののそんな妹の気遣いを薄々感じていた。だからこそ、彼はいくら妹に馬鹿にされるような発言をされても、それは自分を心配してくれてのことだと理解しているのだ。
 要するに、この兄のシスコンは元々妹の隠れたブラコンによって生まれたのである。

妹「それで兄さん」

男「ん? どうかした?」

妹「どうかした? じゃありません。結局何をして遊ぶのですか」

 いつの間にやら本を閉じ、縁側の外に置いてあったサンダルを履いた妹がそう訪ねた。

男「あれ? いいのか。本読んでる途中だったんだろ?」

妹「いいもなにも、誘ってきたのは兄さんでしょう。まさかその気もないのに声だけかけてきたなんてことはありませんよね」

 ぶっきらぼうに妹は答える。表情はいつもと変わりない。が、兄である男にはなんとなくそれが嫌々ではなく望んで言ってくれているものだとわかった。
 それを理解すると、途端に胸が熱くなった。

男「よーし! それじゃあ近くの川に泳ぎにでも行こう!」

 オーッ! と片手を空に向かって力強く突き出し、男はその場から駆け出した。そして、そんな兄の背中を眺めながらやれやれと溜め息を付きながら妹はゆっくりと後を追うのであった。

――――

祖父母の家から歩くこと十五分。連なる山々にピタリと寄り添う形で流れゆく河川に二人は訪れた。
 もちろん、水着やゴーグルといった川で遊ぶ際に必要な道具は持っていない。できることといえば精々が川の浅瀬で水遊びをするか透き通った川の中で泳ぐ魚たちを見るかくらいだった。
 そして、川に到着してから三十分が経つ頃にはやることが尽きてしまい、妹は時間の経過と共に不満を口にしだした。

妹「兄さん、やることがないです」

男「うん」

妹「兄さん、暇です」

男「うん、そうだな」

妹「兄さん、帰りましょう」

男「いや、まだ来たばっかだし」

 よほど暇なのか、妹は近くにある大人一人は座れるほどの大きな石に腰掛けながら足をぶらつかせていた。
 対照的に男は自分が半ば無理やり連れてきたという責任感があるのか何か妹の興味を引くようないいものはないかと考えを巡らせていた。
 と、そんな最中。妹は先程までと同じ調子で再び口を開いた。

妹「兄さん……」

男「わかってる、暇なんだろ? 今なにかする事考えているから待っ……」

妹「キスをしましょう」

 そう言われた瞬間、男の頭の中は真っ白になっていた。

男「えっ……? ……はぁっ?」

妹「キスですよ、キス。ドラマでよく見てるでしょ」

男「いや、それは知ってるけど意味がわからない。なんで今いきなりそのことが?
 というか、僕たち兄妹だし」

妹「ああ、ごめんなさい。兄さんにしてみればいきなりでしたね。
 ただ、さっきから暇だと思って最近私が気になっている事柄について考えてたんです」

男「それで、なんでキス?」

妹「クラスの子たちが話しているのを耳にしたものですから。男子たちがまだ性に対して知識を深めていない間に女子たちは着々と大人への階段を昇っているんです。
 と、いう光景を私は自分の席で眺めていて興味を持ちました。そもそも、兄さん。少し勘違いしているようなので言っておきますが私がしたいと言ってるのは家族間で行われるキスですよ。
 誰もマウストゥーマウスの事は言っていません」

 妹に指摘され、想像していたキスがそちらのものであった男は図星を突かれて顔を真っ赤にして俯いた。
 そんな兄の姿を意図的に見ようとしていたのかは不明だが、妹は大層満足そうに微笑んでいた。

男「ま、紛らわしいこと言うなよ。ビックリしただろ」

 既に羞恥心は最大まで膨れ上がり、僅かに残ったプライドで妹に対して反抗を試みる男。
 だが、そんな彼に妹は更に追い討ちをかける。

妹「あら、ごめんなさい。まさか兄さんが勘違いするとは思わなかったものですから。
 普通家族間で行われるキスといえば頬にするものだと私は思っていたものですから」

男「ぐ、ぬぬぬ……」

妹「まあ、兄さんがそう望むのならそれはそれでもいいんですけどね。
 レッツ背徳。グッバイ常識です」

 冗談で言っているとも本気で言っているとも取れる妹の発言に男は動揺しっぱなしであった。

男「もう知らん! 俺一人でこの近くの探検でもする」

 このままではからかわれ続けると思ったのか、男はそう言って妹を置いてその場を離れようとする。
 だが、そんな彼をまるで逃がさないとでも言うように一定の距離を置いて妹はついてくるのであった。

とりあえず今日はここまでで

いいところでとめなさる
おつ

これはなかなか

はよ

>>17
ありがとうございます。続きも頑張ります。
>>18
期待していただけるとありがたいです。
>>19
お待たせしました、再開します。

妹「もう、兄さん。一体いつまでからかったことに腹を立てているのですか?」

男「……フンッ」

 妹にからかわれ、羞恥心から少し彼女から離れて一人になりたかった男であったが、そんな彼の考えを知ってか知らずか妹は男に続くように後ろを歩いていた。
 既に元々いた下流の河川からは随分と離れ、木々の深くなった上流へと二人は足を踏み入れていた。
 目に映る景色は普段目にしている人工物など一切存在せず自然が生み出す神秘的な空間が二人を迎え入れる。
 流れる川の勢いは下流とは比べ物にならないほど速い。だが、その分川の透明度はより透き通ったものになっていた。

妹「あっ! 見てください、兄さん。あそこで泳いでるのはイワナですよ!」

 妹の驚きの声に興味を惹かれ、ついつい男も視線を向けてしまう。

男「ホントだ……。うわ~、すっげえ~」

 見れば川の中を意気揚々と泳ぎ回る何匹ものイワナの姿があった。その光景に思わず目を奪われ、胸の内から湧き上がる感動を共有したくて反射的に妹の方を向いてしまう。

妹「ふふっ、やっとこっちを向きましたね。全くもう……変なところで意地っ張りなんですから、兄さんは」

 交わる瞳と瞳。ニコニコと自分を見て笑顔を浮かべる妹に先ほどまでの状況を思い出した男は再びプイッと顔を逸らして再び先へと進んでゆく。
 そうしてどれほどの時間歩いたか。二人の前には大きな滝、そして広く、深い川へと辿りついた。
 さすがにここまでずっと歩きずくめだったため、二人ともすっかり息が切れていた。
 男は子供特有の好奇心、妹は心を許している人と共に好きなことをしていられるという自由な時間から子供にとっては辛い山道でも、ここまではさして疲れを感じなかった。
 だが、目に見えてわかる終点にたどり着いたことである意味特に定めていなかった目的を達成した気持ちになり、ここまで意識していなかった疲労がドッと押し寄せてきたのだった。

男「ふぅ~。疲れた~。休憩、休憩」

妹「さすがに結構な距離を歩きましたからね~」

 まるでそうあるのが当たり前のように近場の石場に腰掛けた男の隣にピタリと寄り添うように妹は座った。

期待

男「お、おい! 誰が隣に座っていいって言ったんだよ! あっちいけよ」

妹「いいじゃないですか。それに私は兄さんがいるからここに座ったわけじゃありません。
 私が座った場所に《たまたま》兄さんがいただけです」

男「ぐっ……屁理屈ばかり言いやがって」

妹「悔しかったら私を言いくるめられるくらい頭がよくなることですね。
 最も、《もう少し頑張りましょう》な兄さんでは一体いつになることやら……」

男「言ったな! 見てろよ、中学生になってからはお前が驚くくらいに勉強だって頑張ってやるよ」

妹「言いましたね。その言葉忘れませんよ」

男「ああ。見てろよ~お前だってその内に追い越してやるからな。今のうちに精々偉そうにしておくんだな」

妹「ふふっ、そうですか。それは本当に楽しみです」

 いつの間にか男は妹に対して意地を張っていたことも忘れいつもどおりの軽快なやりとりをする二人の姿がそこにはあった。
 笑顔を浮かべながら互いに他愛ない話を続け、ひとしきり話を終えた所で男は気づく。

男「……そういえばじいちゃんたちの家出てきてからもう結構経ってるよな。
 何も言わないで出てったからそろそろ帰らないと妹のことで怒られそうだな」

妹「兄さ~ん。どうかしましたか?」

 いつの間にか一人で勝手に滝の近くにある大きな石場に近づいていた妹が帰る時間を気にし始めた男を呼ぶ。
 そこにいるのは両親と共に家にいる時の感情表現が少なく、妙に大人びた雰囲気を漂わせた妹ではなく、年相応の可愛さと幼さを見せる少女の姿だった。
 控えめに男へ向かって片手を振る妹。そんな彼女に男もまた手を振り返す。

(普段からこうやって素直な姿を見せてれば友達だってきっとすぐにできるんだろうに……)

 やれやれといった調子でお兄ちゃん風を吹かせて視線を僅かに妹から逸らして溜め息を吐き出す男。
 その間、僅かに数秒。しかし、その数秒で全てが終わった。

――バシャン。

 何かが水の中に落ちる音が意識の隙間を突くように耳に響いた。

男「……えっ?」

 突然のことに何が起こったのか一瞬男はわからなかった。音のした方向へ視線を向けると、そこには必死にバシャバシャと水の中から這い上がろうとする妹の姿があった。

男「――ッ! い、妹ッ!」

 石場の苔に足を滑らしたのか、兎にも角にも妹は溺れかけていた。
 不幸なことに、妹が立っていた石場は滝をすぐ近くで観れるという利点と同時に底が見えないほど深い川の上にあったのだ。
 普段の妹であればそんな危険の場所に近づかない方がいいということくらいわかるはず。
 にも関わらず、彼女がそんな場所に近づき、危機意識が薄れていた理由はやはり兄である男と二人っきりで好きなことをするという心安らぐこの時間に余計な心配事を考えて水を差したくないと思っていたからだろう。

妹「ガッ……ゲホッ、ガボッ……に、にいさ……」

 必死に助けを求め、兄を呼ぶ妹。彼女自身も足の着く場所まで向かおうとするのだが、水を吸い込んだ衣服は重みを増し、彼女の行動を阻害する。
 更に、溺れていることから生じるパニックはいくら大人並の知能を持ち合わせた少女でさえも何も考えられなくさせてしまうのであった。

男「待ってろ! 今行く!」

 そんな妹の元に必死で向かう男。だが、川の流れが非常に強く、大人でさえ進むのに一苦労するこの場所で、子供である男が妹の元へと進むのは非常に困難であった。
 むしろ、妹の元に辿り着く前に自分が流されてしまいそうになっていた。

男「くそっ! 進めぇ! グゥッ……」

 男の衣服も水を吸っていき、前に進むのがより遅くなる。視線の先に妹はいるのに、いつまで経ってもそこへたどり着けない。
 一分一秒を争うこの非常時に子供であることのいかに無力さを男は感じていた。それでも大切な妹を助けるために少しでも歩み続ける。
 だが、無情にもそんな男の努力をあざ笑うかのように、その時は来た。

 ――トプン。

男「……妹?」

 それまで手足をバタつかし、水しぶきを上げることで必死に自分の居場所をアピールしていた妹の姿がいきなり消えた。

男「……えっ、えっ?」

 それはつまりもはや抵抗する力も失い水底へと沈んでいったことを意味した。

男「……嘘。嘘、うそ、ウソだっ!」

 絶望から視界が黒く染まる。喉元からは叫び声が今にも顔を覗かせようとしている。

男「そんな……なんで」

 ついさっきまで二人で笑顔を浮かべて話していたはずなのに、その妹の姿は今はもうない。

男「あ、ああ……ああああああああああ」

 自分が遊びに行こうだなんて言わなければ。意地を張ってこんな上流にまで来なければ。そんな後悔が罪悪感となって男の心に乗しかかる。

男「う、ああああああああああああああああああああ!」

 ついに堰を切った叫びが森中に木霊する。いつもならこんな男の叫びにも皮肉混じりに返事をする少女がいるはずだった。
 だが、その少女はもういない。深い、深い、水の中へと消えていってしまった。
 絶望と、後悔と、罪悪感を男に植え付け、その日……妹はこの世を去った。

……





……

男「ああああああああああ!」

 心に深い傷を残したあの日の記憶を悪夢としてもう何度繰り返しただろう。今日もまた、妹が死んだ当時の記憶を夢に見、最悪の気持ちと共に男は朝を迎えた。
 あの日から約五年。当時の季節が徐々に近づくにつれて悪夢を見る頻度は増えていった。
 新学年がもうすぐ始まる春先の今では、週に一度のペースだ。

男「くそッ! なんで僕はあの時……」

 あの日、妹が死んだことにより全てが変わった。両親はその事実を知ると何かが壊れたかのように狂った。
 特に母親は本気で男を殺すまでに何度も殴る、蹴るなどの暴行を加えた。
 だが、世間体を気にした父親が死ぬ寸前のところで母親を止め、今度は両親同士の言い争いへと発展。
 男はその日を境に完全に空気のような扱いになった。
 その後、一年も経たずに両親は離婚。男は父親に引き取られた。実際のところ、二人とも男を引き取りたくはなかったが、母親が断固として親権を持つことを拒否し、またしても世間体を気にした父親によって引き取られるという形になった。

なんてこったい……

 最も、その後の父と子の生活は普通の家庭とは言いづらいものであった。
 世間体をなにより重視する父親としては男に死なれたり、周囲から不審な目で見られるのは困るのか普通に学校に行かせ、食事もお金を用意していた。
 だが、それ以外の点では一切男と関わろうとせず、三者面談など保護者が必要な際にのみ良い父親の仮面を被り、男と接した。
 それはいくら男が有名進学校へと進み、トップクラスの成績を取るほど優秀になったり、部活動などで表彰を受けるなど周囲から妬まれるような人間に成長しようとも変わることはなかった。
 父親の中では小学生ながらに今の男以上の知能を持っていた妹の存在が未だに根付いており、それに比べればどれだけ優秀な成績を取ろうとも、その世代、その時点で優秀なだけの男など取るに足らない存在なのだろう。
 そうして仮面夫婦ならぬ仮面親子として二人はひとつ屋根の元生活していた。

男(……すごい寝汗だな。シャワーでも浴びよう)

 悪夢を見たことで、来ていた衣服はビッショリと濡れていた。着替えをタンスから取り出し、それを手に部屋をでる。
 自室のある二階から浴室のある一階へと男は階段を下りていく。その際、居間から聞きたくもない女性の嬌声が聞こえてきた。

愛人「ああっ……いい! そこ! もっと強くして!」

 ここ数カ月の間にすっかり家の住人になりつつある父親の現愛人。どこで知り合ったのかはわからないが三日に一度の頻度で家を訪れ、好きなだけ怠惰を貪り、快楽に耽る。
 頭の中身が入っていない、本能のみで生きていそうな女だった。男はこの女性に対して良い印象を全くといっていいほど持っていなかった。

 実年齢は三十半ば。見た目は化粧などで二十代でもまだ通じるほど若く見える美人だが、なにせ貞操観念というものがまるで存在しない。
 男が同じ空間にいるにも関わらず父親との性行為を行うこともそうだ。父親からすれば男は空気のような存在だから気に求めていないのだろうが、彼女は違う。
 たとえ男に行為を見られたとしてもそれを快楽に変えることができるからという理由で男がいようといまいと気にしていないのだ。
 これは男の推測などではなく、以前父親のいない時に家を訪れたこの女性に男が行為について自重するよう注意した際、当の本人から言われたことであった。
 ただし、この時点では嫌悪感を持つことはあってもそれほど女性に対して興味を持っていなかった男だった。
 だが、この注意の直後。父がいないことを伝え、自身の言うことを言い終えた男が部屋に戻ろうとしたところ、

愛人「ねえ、男くん。ちょっとあの人のことで聞きたいことがあるんだけど」

 と呼び止め、振り向いたところ、不意打ち気味に唇を奪われた。

男「ンッ……ンンッ!?」

 それは唇を触れ合わせるなんて甘いものではなく、しっかりと舌を入れ、相手の口を犯すようなキスだった。
 男にとってのファーストキスだったそれは、史上最悪のものだった。
 力づくで彼女を引き剥がし、男は怒り心頭で彼女を怒鳴りつけた。

男「どういうつもりですか! いきなりこんなこと……。あなたは父の愛人のはずでしょう!」

愛人「えっ? なにかいけなかった。ああ、もしかしてあの人に遠慮してる?
 そんなこと気にしなくてもいいのに。バレなきゃなんにも問題ないよ」

男「そういう問題じゃないだろ! なんで僕にこんなことするんだ!」

愛人「う~んだってぇ~男くん若いし、それに見た目もかなり格好良いし。あの人の男くんに対する態度見てたらかわいそうだな~って思って。
 だから、きっと寂しい思いをしているだろう男くんを私が慰めてあげようと思ってキスしたんだけど……嫌だった?」

男「そんなの好きでもない相手にされて嬉しいはずがないでしょう!」

愛人「ふ~ん、そう言っているようだけど、身体の方は違うって言ってるみたいよ?」

 愛人にそう言われて男の顔に一気に熱が篭る。彼女の指摘通り、理性と口では彼女を拒否しているものの本能は先ほどの行為で高ぶってしまい、正直な反応を見せていた。
 そのことが余計に男に屈辱を与えた。好きでもない、どちらかといえば嫌悪している相手にいきなりキスをされ、それを嫌だと行っているのに身体はその続きを求めてしまっている。
 思春期に入った男とてそういう行為に興味がないわけでもない。それこそ人並みにそう言った知識はある。
 だが、彼には死んだ妹の代わりも自分が頑張らないといけないと、誰に言われたわけでもない強迫観念に取り付かれ、自慰行為などの衝動をこれまでは部活動での運動や、勉強といった昇華によって解消していた。
 だからこそ、これまではそれほど性欲を男は抱かなかった。だが、不意に訪れた猛烈な性の衝動と、魅惑的な空気を醸し出す女性を前に男は理性を崩されそうになった。

愛人「一回だけと思っちゃえばいいのよ。大丈夫、あの人には何も言わないから」

 吐息と共に耳元に響く悪魔の囁き。それに対して男はどうにか残った理性を振り絞り抵抗した。

男「結構です! そういうのは父と好きなだけしてください」

 そう言い残し、自室へと急いで逃げ去った。その後、自室から愛人が帰るのを見届けた男だが、受けた衝撃と衝動があまりにも強かったため彼女に流されることこそなかったものの、その時ばかりは本能に負けて自慰行為を行ってしまった。
 もちろん内容は先ほどの彼女とのキスとありえたかもしれないその後の行為。
 行為中は気にならなかったその妄想やそもそもの行為事態も、終わってからしばらくしてあまりの情けなさと屈辱感、それから後悔でしばらく男は落ち込んだ。
 それからというもの、男はこの女性に対して全く良い印象を持たなくなったのである。

>>23
期待に応えられるように頑張ります。
>>30
一応これがタイトルで妹がいない理由に繋がります。妹とのほのぼのを期待されていた方には申し訳ないです。

ちょっと休憩します。しばらくしたらまた書き始めるのでお願いします。

そうか妹だもんな
義妹じゃないもんな

>>36
そうですね、実はまだ小説でいう本編始まっていません。現在プロローグの段階です。
そのあたりはもう少ししたらわかりやすい形で書く予定です。

男「……毎度、毎度よくやるよ、ホント」

 もはや見慣れた光景に呆れながら、男は二人の存在を無視し、足早に浴室へと向かう。急がなければ、行為を終えた二人が浴室に足を踏み入れかねないからだ。
 脱衣所にて着ていた衣服を脱ぎ、洗濯機の中へと放り込む。替えの着替えは籠に入れ、バスタオルなどの準備を終え、浴室内へと男は入る。
 シャワーから流れ出る熱い湯を全身に浴びる。ベタつく汗はスッと流れてゆき、冷えた身体は血流が良くなったことにより熱を帯びてゆく。
 モヤのかかっていた頭も徐々にスッキリしていった。そうして、ようやく寝起きの脳から普段の生活へと思考が切り替わる。

男(今日はおそらく一日中あの二人は家から離れないだろう。どうせやることは怠惰なものばかりだろうな。
 部活も休みだし、今日は家で勉強するつもりだったけれど、多分このままじゃ気が散って集中できないし、今日は図書館にでも行こうかな)

 元々の予定が狂ったものの、やることは変わらないと一日の行動を改めて確認した男はそのまま着替えを済ませ、自室に戻った。
 ショルダーバッグに必要な教材を詰め、準備を終えると図書館へと向かうために自室を出た。
 そして再び一階へ降りるため階段を下りているとようやく行為が終わったのか、今度は嬌声ではなく、普段の声色で話をする父と愛人の話が耳に入った。

愛人「そういえば、今日呼ぶ予定だけど大丈夫?」

父「ああ、構わない。だが、本当に面倒は見なくてもいいのかい?」

愛人「あ~いいの、いいの。あの子必要な金さえ渡しておけば自分でどうにかするから」

父「ふむ、君がそういうのなら私もそうしよう。正直言ってそこまで関わりを持ちたいとも思っていなかったし」

愛人「あら、酷い。男くんもかわいそうね~、こんな父親を持って」

父「誰の話をしている。そんな奴を私は知らない」

愛人「はい、はい。そうだったわね。あの子はいないものとして扱うんだったわね。
 フフッ、ホントにかわいそうだこと……」

 そんな二人の会話が耳に入りながらも、まるで何事もなかったかのようにその場を通り過ぎる男。彼にしてみればこの五年、いないものとして扱われてきたのだ。
 今更父親がなんと言おうともはや何も思わない。だが、今の二人の会話の中には少しだけ気になる点があった。

男(愛人さん、誰かを呼ぶって口にしたな。まさか、別の女でも呼ぶつもりか。
 一体、どれだけ好きモノなんだよ)

 ある意味で、この時点での男の予想は半分当たりではあったのだが、そのことに彼が気づくのはもう少し後になってのことだった。

――――

 図書館についた男はさっそく教材を取り出し勉強を開始した。既に春休みに入る前に渡されていた課題は終わり、今彼が行っているのは一年時の勉強の復習と二年時に行うであろう勉強の予習であった。
 成績優秀、運動も目覚しい活躍を遂げている男ではあるが、実を言うとずば抜けた才能があるわけではない。所謂、コツコツとした努力を続けてできあがる秀才なのだ。
 勉強は予習、復習を欠かさず行い、部活では基礎体力の向上や自身の成績を上げるためにストイックに練習に励む。
 真面目に行った結果、勉強ではトップクラス。部活動もある程度の成績を上げることができた。
 だが、それもあくまで上位に食い込めるというだけ。本当に才能のある人間と比較されてしまえばどうしても劣る。そう、かつての妹のような存在の前には彼は結局少しマシな凡人に成り下がる。
 妹を失って以降、妹の生きられなかった人生の分までと思い、努力を続けた男ではあるが結局《才能》の前には自分はただの凡人だということを思い知らされ、いかに彼女という存在が貴重で凄い存在であったのかを年を経るごとに実感する。
 そうした結果、彼にとって《才能》のあるかどうかはコンプレックスになり、同時に執着するべきものになったのだ。

友「おっ! 男じゃねえか~。こんなところで勉強か? 相変わらず優等生だな~お前は」

 手をつけていた二年時の数学の問題の解き方に頭を悩ませていると、後ろからなんの悩みも持っていなさそうな気の抜けた声で男に話しかける少年の姿があった。

男「……友。珍しいな、お前がこんなところにいるなんて」

友「まあな~。っても、俺はここに勉強しに来たわけじゃねえけど」

 友と男が呼んだ少年は、去年男と同じクラスだったクラスメイトだ。苗字の並びが近いこともあり、一年時の最初は前後の席であったため話す機会が多く、それをきっかけに友人関係になった。
 だが、彼は進学校である男たちの高校にはそぐわない風貌をしていた。髪は校則違反の明るい茶髪。長く伸びたモミアゲで隠したいくつも空いたピアス。
 端から見たらまるで進学校に通う生徒に見られない。どころか、タバコ片手に校舎裏に溜まっているイメージだ。
 だが、こんな見た目をした友は実は男よりも成績がいいのだった。

男「勉強しに来たんじゃないなら一体何しに……いや、もういい。持っているそれで理解した」

 男は友が手に持っている3DSを見て彼がここにゲームをしに来たのだと理解した。

友「いや~家だと親がうるさくてよ。勉強しなくても結果は出してるからそっちに関してはもうなんにも言わなくなったんだけどさ。
 一日中リビングのテレビ占領してFPSやってたらさすがにキレられてつまみ出されたから仕方なく」

男「だからってなんで図書館なんだよ。別にファミレスでもいいだろ」

友「お前、高校生の財力舐めんなよ! 服とかアクセサリー、それとゲームに金かけるのに精一杯で迂闊にファミレスにでも行ってみろ。
 使わんでいい金を使う羽目になるだろ。
 それに比べて図書館はいいぞ~。なんせ充電もできるし、イヤホンをしてればゲームしてても問題ないし。wifiや冷暖房も完備。飯もコンビニで買っておけば食ってても問題ないし。
 ここ以上に学生にとって有意義で金のかからない場所はねえだろ」

男「ハァ……そういう理由か。全く、頭良いくせにそういうところにだけ全力なのは本当に馬鹿だと思うよ」

友「まあ、そう言うなって。ちょうどやるクエストもなくなってきて暇になったところだ、ついでにお前の詰まってる問題の解き方教えてやるよ」

 まるで、料理に使った材料の残りでもう一品作っておいたとでも言うような気軽さで友は男にそう言った。

男「お前、この問題の解き方わかるのか?」

友「いや、こんなの簡単だろ。俺小学生の頃にはもう解けてたぜ」

男「そういや、お前天才だったな。その見た目のせいでいつも忘れるよ」

友「お前さりげなく酷いな! サラリと人を馬鹿にするなよな!」

男「うるさい、他の利用者に迷惑だ。もう少し声小さくしろ。
 それと、悪いがこの問題について教えてくれ」

友「へい、へい。ったく、大声出たのはお前のせいだってのに
 まあ、頼まれたからにはちゃんと教えるとすっかね」

 文句をいいながらも友は男が中断していた問題の解き方を一から説明し始めた。
 男にとって悔しいことに、彼は男が天才と呼ぶだけあって本当に頭が良かった。それに加えて、天才という存在に付くイメージの一般人に対しての説明が下手という欠点もない。
 彼は教師以上にこれ以上ないわかりやすさで問題を説明する。時に日常にあるものに置き換えたり、男の好きなものに例えるなどして興味を引きながら。
 一通りの説明を受けて問題の解き方を理解した男はようやく回答に辿り付き、そのまま次の問題へと取り掛かりはじめた。
 そんな男の隣では無理やり会話を振ることもなく、持ってきたゲームの続きを友は始めた。

男(ホント、嫌になる。天才ってだけでも嫉妬するのに、最低限こっちとの距離感を弁えてその上で自分の好きなことをするんだから)

 今、友が男の傍にいるのは彼自身が暇ということもあるが、もしもまた次に男が問題に困ったときにすぐに手助けできるようにするためだ。
 しかも、それは自分から手助けを押し付けるのではなく、あくまで男が助けを求めた時のみというものだ。
 最初に声をかけてきた際に解き方を教えると提案したが、あそこで男が断っていたらそのまま放っておいただろう。
 友はあくまで男の自主性を尊重した上で提案をしている。頭の悪そうな見た目とは裏腹にこうした気配りもできる点や頭の良さから、教師受けはよくないが、クラスや友人たちの間では友は絶大な人気を誇った。
 もちろん、そのせいで色々と面倒な目にもあったがそれはあまり思い出したくない記憶なので男は首を振り、思い返すのを止めた。
 そうして、その後も友はゲームを男は勉強を続け、時折わからない問題を男が友に教えてもらうという形で時間は過ぎていった。

男「……ふう。これでそろそろ終わりにしようかな」

 気づけばもう昼過ぎ。一度休憩を挟むにはちょうどいい時間だった。

友「おっ! 一区切りついたか。んじゃ、飯食いに行こうぜ~」

男「それはいいけど、お前さっき自分で金がないようなこと言っていなかったか?」

友「そりゃ必要もないのに使う金のことな。友達と飯食いに行くのに金の心配するのなんざ野暮ってもんだろ」

男「ホント……お前は。いい男過ぎて嫌になるよ」

友「へっへ~。そんな褒めんなって。あ、でも惚れるのはNGな。俺にそっちの気はないし、そもそも俺彼女いるし」

男「……は?」

友「いや、なんでそこで驚く。お前まさかゲイだったのか?」

男「そんなわけあるか。驚いたのはそこじゃない。お前……彼女いたのか?」

友「おう。……って、あれ? 言ってなかったっけ?」

男「初耳だ」

 一年近く顔を合わせ、仲もそれなりにいいにも関わらず、男は友に彼女がいるとは知らなかった。
 実際、これだけ気配りも出来ていい男なら出来ても不思議ではないし、告白も何度もされているのに誰とも付き合わないのは変だとは思っていた。
 しかし、既に恋人がいるとは普段の言動から思いもよらなかったのだ。

友「あ~なんか、すまん。俺ってばてっきり男に伝えてたもんだと思ってたわ」

男「いや、別に伝える義務もないしそれは別に構わないんだが。ちょっと……意外だったからな」

友「そうか? 実はこれでももう二年以上の付き合いなんだぜ」

男「それはすごいな。どんな子なんだ?」

友「ん~。俺とは違ってすっげえ真面目な子。これがもう可愛くてさ。なんていうか小動物っぽいっていうか。保護欲を掻き立てられるんだよ~」

男「へ~。そうだ、写真とかないのか? もしよければ見せてもらえないか?」

友「おう、いいぜ! ちょっと待ってろ」

 そう言って友はポケットからスマホを取り出すと彼女の写真を探し始めた。嬉々とした様子で彼女の写真を探す友の姿に男はつい微笑んでしまう。

男(友のやつ、その彼女のことが本当に好きなんだな)

友「ほら、これが俺の彼女。かわいいだろ~」

 そう言って友が見せてきたスマホに写っていたのは少しだけ困った表情を浮かべながらピースサインを作っている小柄な少女だった。
 カジュアルなメガネをかけ、弱気そうな雰囲気を漂わせている。髪は方にかかるくらいのショートカット。印象としてはリスのような子だなと男は思った。

男「うん、確かに可愛いな。男が小動物みたいっていうのもわかる」

友「だろ~。俺がちょっとからかったりするとすぐ涙目になったりしてさ、イジめがいもあるんだよな~。
 あ、もちろん愛あってのイジめだからな。そこのところ勘違いするなよ」

男「いや、別にそこはどうでもいいんだが。ちなみにこの子、俺たちより年下か?」

友「いや、タメだよ」

男「そうなのか……。なんというか見た目的に二つくらい年下に見えるな。
 出会いの切っ掛けはなんだったんだ?」

友「ん? ネトゲ」

男「は?」

友「いや、だからネトゲ。中学生のときに暇つぶしにやってたネトゲで仲良くなって住んでるところが近くだってわかって、じゃあ会おうって提案したんだよ。
 んで、最初向こうは渋ってたけど結局会うことになって。そっからネットとリアルで交流を深めていってて感じだな」

男「……なんというか、すごい珍しい付き合い方だな」

友「そうか? 今じゃスマホで気軽に見知らぬやつとオフしてそのままヤルなんてことも珍しくないんだし、むしろ普通だろ?」

男「すまん、僕は携帯を持っていないからその辺はわからない」

友「あ~そっか、お前携帯持ってなかったな。連絡はいつも家のパソコンでしてたもんな」

男「まあ、そういう恋愛も珍しくないってことは今の話でよくわかったよ。
 ――っと、それよりもちょっと話に集中しすぎたな。周りの視線がかなりキツイ」

 気がつけば周りからもう少し静かにしろと無言の圧力を二人は受けていた。ここはあくまでも公共の施設なのだ。うるさくすれば当然怒られる。

友「どうも、そうみたいだな。こんなことなら、飯食いに行ってから話せばよかったな」

男「全くだな。とりあえず一度移動するとしよう」

友「ああ、そうだな」

 そうして二人は昼食を食べに向かうためにその場を後にした。

――――

 結局、学生にとって経済的には比較的優しいファミレスで二人とも昼食を取り、その後友は例の彼女から連絡が来てデートすることとなったため途中で別れた。
 元々男は夕方までは勉強する予定であったため、再び図書館へ戻り、勉強を続けた。
 そうして夕暮れ時になり、お腹もだいぶ空き始めたため家に帰ることにした。一応毎食父親から居間のテーブルに毎食分の食費が置かれるが、毎度それを使うのも勿体無いと感じている男は高校に上がる前より自炊をすることを心がけていた。
 最も、それは男以外の誰が食べるわけでもないので必然的に一人分の量しか作らないのだが、夕食分くらいの材料はまだ冷蔵庫に残っていたはずだ。
 昼食は外食をしたし、夕食はゆっくりと家で取るつもりだった。

男(あの二人はおそらく外で食事を食べているだろうから今なら家でゆっくりできるはずだ)

 最も、二人が性行為を行った居間でゆっくりするというのもかなりの抵抗があるが、テレビがあるのがあの部屋だけなのだから仕方がないと男は割り切る。
 そうして図書館から自宅へ帰り、玄関の鍵を開けたところで男は違和感に気づく。

男(あれ……この匂い?)

 家の中に入ってすぐ、居間の方向からなにやら温かい匂いがした。それは久しく感じていなかった家庭的な香り。

男(いや、待て。何かおかしい。そもそも今家には二人はいないだろうし、仮にいたとしても愛人さんが料理を作るのはこの数ヶ月で一度も見たことない。
 そうなると、この中にいるのは誰だ?)

 警戒心を持ちながら靴を脱ぎ、ゆっくりと今へと歩いてゆく男。できるだけ音を立てないように居間の戸を開き、中にいる謎の人物の姿を確認する。

?「ふん、ふん、ふ~ん。よしっ! ダシも出てるし美味しく出来た。
 男さん、喜んでくれるかな……」

 鼻歌を歌いながらキッチンで料理をしているのは見知らぬ少女だった。
 年の頃は自分よりも僅かに下。おそらくまだ中学生くらい。ポニーテールにした黒髪は解けば腰くらいまでありそうな長さだ。
 見た目は美人、というよりも可愛い方だ。まだ垢抜けてない感じやほどよく整ったスタイル。それと対照的に幼さを残した顔立ちが妙にマッチしていた。
 だが、こんな少女今まで見たこともないし、会ったこともない。いったい誰なのだという疑問と共に男は意を決して少女に声をかけた。

男「……えっと。君、誰?」

?「えっ!?」

 突然の問いかけに少女は驚き、持っていたおたまを思わず落としてしまう。

?「あ、あれ? いつの間に……」

男「君が鼻歌を歌いながらダシが取れてるか確認してるところからかな」

?「あ、わわ。あれ、聞かれてたんだ。は、恥ずかしい……」

 落ちたおたまを拾い、ついた汚れを水で洗い流しながら少女は俯いて恥ずかしがった。
 しかし、そこでふと自分が先ほどの男の質問に答えていないことに気がついたのか慌てて返事をする。

?「あ、あの! すいません。私、今日からこの家でお世話になることになることになりました。
 色々とご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんけれど、私にできることなら精一杯頑張らせてやらせていただきますから、どうかこれからよろしくお願いします!」

 そう言って、少女は男に向かって深々と頭を下げた。
 だが、彼女が一体何のことをお願いしているのか、全く心当たりのなかった男は逆に困惑してしまう。

男(えっ? なに? 今日から家に世話になる? いや、それってまさか……)

 混乱する頭で、それでもなお男にはひとつ思い当たる節があった。

男「君……もしかして愛人さんの娘さん?」

?「えっ? は、はい。そうですけれど……」

男「ちょっと、待って。さっき今日からお世話になるって言ってたけど、それって……」

?「えっと、お母さんが再婚するからこっちに引っ越すって言ってて……それで、今日からこちらの家でお世話になるという話とのことだったんですが」

男(……え? なに、それ。つまり、父さんはあの人と再婚して、この子は愛人さんの娘さんで……ということは必然的に僕の義理の妹になるということで……)

義妹「えっと、男さん? あ、もしかして家族になるんだから他人行儀な呼び方だといけませんか?
 それじゃあ、えっと……お、お兄ちゃん! 改めまして、これからよろしくお願いします!」

 再び頭を下げ、丁寧に挨拶を交わす少女。自身の知らぬ間に義妹となった彼女の存在に男は混乱しながらチクリと胸の内に痛みを感じた。

男(……義妹か)

 かつて、失った本当の妹。そして、予期せず彼の元に訪れた義理の妹。
 こうして、男は新しい家族と出会うことになった。
 それは、男の中で止まっていた時間が再び動き出すことになる運命の出会い。今はまだ、そのことに誰も気がつかない。



男「一から始める」義妹「兄妹関係」 ――始まり――

今日はここまでで。
これで一応プロローグ部分は終わりました。基本書きためない状態で進むので更新頻度は不定期ですが楽しんでもらえるよう頑張るのでよろしくお願いします。
質問や疑問があればどんどんお答えするので話が進んでよくわからない部分などが出てきたら遠慮なく尋ねてください。

乙乙面白い
エタらないように頑張ってほしい

友の彼女が妹になるかと思ってました

>>50
ありがとうございます。エタらないように頑張りたいです。
>>51
ありがとうございます
>>52
残念ながら妹は消えてしまいました。予想と外れてしまいましたが楽しんでいただけたら幸いです。
>>53
ありがとうございます。

書きためはないですが、今日の更新を行って行きたいと思います。

――――

 春。それは出会いと別れの季節。
 そんな季節の始まり。ある一つの家庭でもまた、予期せぬ新しい出会いが訪れていた。

男「……」

義妹「……」

 突然の出会いから一夜。多少の自己紹介と、両者の状況に対する認識の齟齬から気まずい夕飯を共にし、特に有意義な会話も実らぬまま昨日という時間は終わりを告げた。
 そもそも、この状況をいきなり受け入れろということに無理があると男は思った。全く予想をしていなかったといえば嘘になる。
 母と離婚した父が自分に気兼ねして再婚をしないわけでもない。これまでだって何人も愛人を家に連れてきていた。ただ単に、これまで家を訪れていた女性たちは再婚するまでもないというだけのことだった。
 仮に、父が再婚した場合その相手に連れ子がいないという保証もない。だから、そういう状況もあるとは予想していたのだが、

男(まさか、こんな唐突にそんな想像が現実になるなんて思わないだろ)

 予期せぬ来訪、そして新しい家族になるという宣言。そんなものを聞いても今の男にはこの状況がそれこそ映画やドラマ、小説といったフィクションのようなものに思えて仕方ない。
 どうしても当事者という実感が湧いてこないのだ。
 それは、これまで父親のことを家族として認識していなかったこともある。彼にとって、家族と呼べる人物は五年前に亡くなった妹だけだったのだ。
 親しい友人はいれど、家族と呼べる相手は存在していなかった。そんな彼の元に突然今日から家族になるものですがと現れた少女が一人。
 受け入れろという方が無理があった。

義妹「……」

男「……」

 朝が来て、いつものように目を覚ました男。居間に向かい、そこで朝食の準備を終えていた少女の姿を見て、ようやく昨日の出来事が夢でなかったことを再認識する。
 トースターで焼かれたパン。それからスクランブルエッグとポテトサラダ。洋風の朝食が男と少女の二人分テーブルの上に用意してあった。
 昨日の再現と言うべき無言での着席。男は状況への戸惑いから言葉が出ず、少女はそんな男の態度に切っ掛けを掴めずチラチラと何度も視線を男へ向けながらもあと一歩が踏み出せずにいた。

義妹「あ、あの!」

 だが、いつまでもこの状況ではいけないと感じたのだろう。最初の一歩を踏み出すように、勇気を振り絞った一声を少女が上げた。

男「あ、はい……」

義妹「朝ごはんは、パンかご飯かどちらがお好きでしょうか?」

男「どちらかといえばご飯……かな?」

義妹「そ、そうですかぁ……」

 男の答えを聞くと少女はションボリと肩を落としてしまう。そこでようやく男はわざわざ少女が作ってくれた朝食がパンであったことに気づいた。

男「あ、ごめん。どちらかといえばご飯だけど別にパンも嫌いじゃないから」

 すぐさま、少女に対するフォローの言葉を投げかけると、あからさまに落ち込んでいた少女はパァッ! とそれまでのしょぼくれた表情から満面の笑みに変わった。

義妹「よ、よかった~。私、もしかしたら嫌いなものを出してたんじゃないかって心配で」

男「いや、大丈夫。僕特に好き嫌いとかないから」

義妹「そうなんですか。すごいですね~私結構食べれないもの多くて」

男「そうなんだ……」

義妹「はい! そうなんですよ」

男「……」

義妹「……」

 話はそこで更なる広がりを見せることもなく収束する。再び訪れた気まずい空気。どうにかしないととは思うものの助けてくれるものは誰もいない。
 少女は先ほど勇気を振り絞った結果が駄目で落ち込んでしまい、どうも二回目の挑戦を試みるほどメンタルが強くないようであった。

男(少なくとも、悪い子じゃないんだよな)

 昨日と今日。ほんの僅かな会話を交わしただけではあるが、目の前の少女が悪い子ではないというのは男にもわかった。
 自ら進んで夕食や朝食の準備をしてくれる点もそうだが、今だって会話の切っ掛けを作ろうとしてくれている。
 これが単に友人ならばすぐに仲良くなれるだろう。だが、今目の前にいる少女はこれから家族になるというのだ。
 いきなり赤の他人同士が家族になると言われ、すぐに順応なんてできるわけがない。まして相手は異性。どれだけ気をつけていてもトラブルが起きる。
 そうなった時にそれまで築いてきた関係が崩れるなんてことは容易に想像できる。
 ならば、最初から良好な関係など築くべきではないのか。だが、目の前の少女は家族として自分に歩み寄ろうとしている。
 家族になるのはもはや決定事項。いくら抗ってもそれぞれの親が離婚しない限りは他人同士には戻らない。ならば、どう接するのが最良なのか。
 つまるところ男は新しく自分にできた義妹である少女との距離感を測りかねているのであった。

男「……えっと、義妹ちゃんだっけ」

義妹「はい! なんでしょうか!」

 先ほどとは逆に今度は男が声をかけた。すると、義妹の反応はとても素早く、キラキラとした目で男をジッと見つめた。

男「昨日はちょっと混乱しちゃっててあまり話ができなかったから改めて聞くね。
 君、年はいくつ?」

義妹「えっと15です。来週から高校に通います」

 高校名を聞くと、男の高校からそれほど距離のない県立高校だった。偏差値は普通くらいである。

男「そう……。ちなみに、再婚の件と家で暮らすことになるってことについてだけど、どれくらい前から聞かされていたの?」

義妹「一ヶ月くらい前、ですかね。お母さんが『そういえば再婚することになった』って言って前に住んでいたアパートを引き払う準備をするように言って。
 その時におに……じゃなかった男さんの話もお母さんから聞かせてもらったんです。
 文武両道の誠実な子がいるって」

男(それで、僕が帰ってきた時も特に驚いていなかったのか)

義妹「私、一人っ子だったしお母さんから色々と男さんの話を聞いてどんどん興味が湧いて、早く会いたいなって思っていたんです。
 その……男さんみたいな頼れるお兄ちゃんが欲しかったから」

男「うっ……」

 上目遣いに男を褒める義妹の姿はとても可愛らしいものであった。不意打ち気味に投げかけられる義妹の姿に男は思わずドギマギしてしまう。
 出会ったばかりで、まだほとんど知らない相手にも関わらずここまで無防備な義妹の様子を見て男は少しだけ心配になってしまう。

男(この子……ちょっと警戒心が足りなさすぎるよな)

 家族になる、といっても現在の自分たちの関係はほとんど他人なのだ。そのことを告げるため、男は義妹に忠告する。

男「君の話はわかった。実を言うと僕は父さんとは仲がかなり悪くてほとんど会話もしない。だから、君や愛人さんが新しい家族になるっていうことは全く知らなかったんだ。
 君は愛人さんから僕の話を聞かされていたのかもしれないけれど、僕は君のことをまるで知らない。
 家族になるって簡単にいうけれど、現状の僕と君の関係はハッキリ言ってまだ他人同士だと思っていたほうがいい。
 血の繋がりもない異性同士だし、そこを履き違えると、えっと……もしかしたら痛い目に遭うかもしれない」

 男の忠告を聞いた義妹は一瞬ポカンとした表情を浮かべていたがやがてクスクスと苦笑し始めた。

男「……何かおかしいこと言ったかな?」

義妹「いいえ。いや、でも……男さんって少し変わっていますね。私、頼れるお兄ちゃんができるかもってことばっかりで、そんな一緒に暮らすことで起きる問題なんてちっとも考えませんでした。
 それにわざわざそのことを注意してくれるなんて、聞いていた通り男さんはやっぱり優しい人なんですね」

男「別に、普通のことを言っているだけだよ。
 それで、わかったかな? 今の僕たちはまだまだお互いのことを知らない。だから、そうだな……。
 そう! ルームシェアをしていると思ってくれればいい」

義妹「ルームシェアですか?」

男「ああ。お互いの生活にはできるだけ干渉せず、協力できることは協力する。
 そうだな……まず衣服の洗濯などはそれぞれ別に行う。異性だし、これは当然だね。
 それから炊事。これは今までどうしていた?」

義妹「あの、私の家だとお母さんはいつも外で済ませてきてしまっていたので私一人分だけ作って食べていました」

男「僕の父さんもそんな感じだ。
 それじゃあ、食事はお互いに協力するか、片方に用事がある場合は手の空いている方が作る当番制にしよう。
 掃除などは各々でやればいいとして、入浴に際しては事前に入ることを相手に伝えておくこと。もしくは入浴しているとわかる何かを用意しておくこと。
 ひとまず、今思いつくところだとこんなところかな」

 現段階で思いつくこれからの自分たちの暮らし方について提示した男は義妹の反応を伺った。

義妹「そう、ですね。いきなり家族だなんて困りますもんね。
 わかりました! 私も男さんが今言った案に賛成です。まだ、私たちお互いのことをよく知らないですもんね。
 あっ……でも」

 義妹は男の提案に賛成したものの、心配事でもあるのか何やら考える素振りを見せていた。

男「えっと、何か気になることでもあった」

義妹「あ、あのですね。その……お願いが一つあるんですが」

男「なにかな?」

義妹「お、男さんが嫌じゃなければでいいんです……。その、せめて二人きりの時だけでもお……お兄ちゃんって呼んじゃだめですか?」

 先ほどの忠告虚しく、再び無防備な姿で男に懇願する義妹。そんな彼女の姿を見て男は悟る。

男(あ、わかった。この子……天然なんだ)

 それを理解し、これから先苦労することが多くなるだろうと予想をしながら男は義妹のお願いを受け入れるのであった。

進みが少ないですが今日はここまでで。

ええで

はよ

いい感じ期待
決まってなかったら別にいいんだけど、このSSはどれくらいの長さかね?

俺もなんとなく実は友彼女が妹だった…って流れだと思ってたわ

>>62
ありがとうございます。この調子で頑張っていきたいと思います。
>>63,67
お待たせしました。続きを書いていきます。
>>64
正直長さについて具体的にはまだ考えていませんが
構想では春夏秋冬の季節を軸に起承転結と考えて一年を描こうかなとは思っています。
以前、長編を一度書いているのでそれを参考にして中編~長編くらいの長さに調整して書く予定です。
>>65
みなさんが友の彼女が妹だったという予想に少し驚きです。
>>66
ありがとうございます。

では、続きを書き始めたいと思います。

――――

ジリリリと枕元で大きく鳴り響く目覚まし時計。その音に導かれるように眠りについていた義妹の意識は一瞬にして別世界から現実へと引っ張られる。

義妹「……う、う~ん。ふ、ぁああ~」

 大きな欠伸を噛み殺しながら上半身を起こす義妹。寝ぼけ眼を擦りながら、アラームの準備をしておいた時計の時刻を見る。
 午前七時。昨日までの起床時間より一時間ほど早かった。そのことを不思議に思っていた義妹だが、すぐにその理由を思い出した。

義妹「あっ! そっか。今日から私、高校生なんだ……」

 部屋の隅に置かれた鏡台。そしてその上に置かれた学校指定の学生鞄とまだ一度しか袖を通していない新品の制服。それを見た義妹は、新しい生活の始まりに思わずほころんでしまう。

義妹(楽しみだな~。いったい、どんな人がクラスメイトになったりするのかな?)

 ワクワクする気持ちを抑えきれず、登校の時間にはまだまだ余裕があるにもかかわらず、逸る気持ちを義妹は抑えられずにいた。
 ひとまず、身なりを整えるためにシャワーを浴びにいこう。そう思い、着替えを持って部屋の外へ向かう。
 部屋を出た義妹は何かに惹かれるように自然と右隣の部屋を見てしまう。そこは、つい先日知り合ったばかりの義妹の新しい家族が使っている部屋だ。

義妹(……男さん、もう起きているかな?)

 義妹にとって義兄となった少年、男とこの家での生活の過ごし方を決めてから既にある程度の日数が経った。
 その間、義妹は男とできるだけコミュニケーションを取ろうと彼女にできる範囲で積極的に接してきたが、その成果はハッキリ言ってあまり出ていない。
 しばらくこの家で過ごしていてわかったことだが、以前男に言われたように彼の父親と男との関係は義妹の想像以上に深刻なものだった。
 書類上だけの親子関係とでも言うように互いに口は聞かないどころか存在を認めてすらいないような有様。放任主義な義妹の家庭とは似てはいるものの、根底が明らかに違う家庭の姿だった。
 養父である男の父は新しくできた娘である義妹が声をかければ一応反応は示してくれる。だが、彼は義妹に対してそこまで興味を持っているわけではないようだった。

義妹(そうだよね。あの人は私のお母さんが好きで再婚しただけであって、別の男の人との間にできた娘なんてどちらかといえば厄介なだけだろうし……)

 一応面倒は見るものの、放任主義な母。再婚相手の子に興味のない父親。そんな両親を持ってしまった義妹に残された道といえば自分と同じように、突然の状況に戸惑っている男と仲良くなるという道しかなかった。
 だが、それも中々上手くいかない。その最大の理由は……。

義妹「男さん、なんでも一人でできちゃうんだよね……」

 ハァと溜め息を吐きながら一階へと続く階段を下りる義妹。彼女の脳裏に蘇るのは、この家での過ごし方を決めてからの男との生活だった。
 母から聞いていたこと、そして義妹の想像以上に男はなんでも出来る人であった。

 炊事、洗濯。一緒に料理を作っていて思っていたが、包丁さばきも見事なものだが料理の工程が非常に滑らかだった。
 隠し味やアレンジといった工夫はないもののレシピ通りのものをきちんと作る。当たり前と言ってしまえば当たり前なのだが、実際にやってみると案外難しいこの作業を男は余計なこともせずに淡々とこなしていた。
 洗濯は男女別。という事前の取り決めの元、この家で使われている洗濯機などの説明もまた男から受けた。以前住んでいた所で使用していた古い洗濯機と違い、この家で使われているドラム式洗濯機と、乾燥機といういつでも洗濯物を乾かせる万能の電化製品の存在に、義妹は内心小躍りもした。
 とはいえ、その際の説明だけでも普段から自分のことは自分でなんでもやるという男の考えをなんとなく感じ取っていた義妹。
 お互いのできない部分を助け合うという形でちょっとずつ家族としての仲を深めていこうと考えていた義妹にとってある意味これは想定外の出来事であった。

義妹(むしろ、私だけが一方的に男さんに頼っているのが現状なんだよね……)

 トホホとちょっぴり落ち込む義妹。事実、元からこの家に住んでいた男と違い、義妹にしてみれば調理器具や普段使う道具など、何もかもがどこにあるかもわからない。
 それに加えて近くの街に住んでいたとは言え、引っ越してきたこの街に何があるかもわからない。
 どこのスーパーが買い物をするのにお得なのか、美味しい料理を出すお店はあるのか? など。
 それらの調べ物は学校が始まるまでのこの数日のうちに少しずつ済ませていたのだが、それは同時に男とのコミュニケーションを取る時間を減らしていることでもあった。
 最も、義妹がそこで男とのコミュニケーションを優先していたとしても、彼には彼の予定があったため、結果としては上手くいかなかったのだが。

義妹「どうしよう。男さんとどう接したらいいかよくわかんなくなってきちゃったよ」

 ある意味生活が自己完結してしまっている男。そんな彼の生活に飛び込んで、そのリズムを壊し、もしかしたら嫌われてしまうのではないか。義妹はそう思うと、あと一歩が踏み出せなかった。
 結局、現状はあくまでも他人同士。ルームシェアと男が言っていたように、同じ家に住むだけの他人なのだ。
 だが、義妹としてはせっかくできた新しい家族。できれば仲良くしたい。

義妹(一応……嫌われてはいないと思うけど)

 出会ったばかりだというのに二人の時はお兄ちゃんと呼ぶのを許してくれた。心が広いというのもあるだろうけれど、ここしばらくの自分に対する接し方を見てもおそらく嫌われてはいないはずと義妹は判断する。
 その上で、もうちょっとだけでも距離を縮めたいという思いもあり、どのようにしてその距離を縮めようかと上の空のまま義妹は脱衣場の扉を開けた。

男「……は?」

義妹「……え?」

 扉を開けると、そこにはまだ濡れた髪をバスタオルで乾かす半裸の男の姿があった。

 突然の事態に両者茫然。思考停止。だが、止まる意識とは別に義妹の視線はキョロキョロと忙しなく半裸の男を凝視していた。

義妹(凄い! 腹筋割れてる。うわ~私初めて腹筋割れている男性を生で見たよ)

 などと、思考停止から一転。義妹は絞られた男の身体に感心していた。だが、今がどういう状況かまでは突然の出来事に理解できてはいないらしい。

男「あの、悪いけれど今は出て行ってもらってもいいかな? もう少ししたら僕も出るから。
 その……あんまりジッと見られると男の僕でも流石に恥ずかしい」

 男性の着替えなんて基本見られてもどうともない。むしろ、体育の授業の際など無意味に自分の鍛えられた肉体美を自慢するクラスメイトなどもいるくらいなのだ。
 それは男も例外ではなく、自分の身体など見られてもそこまで恥ずかしくない。部活動では同じような格好で行っているのだから尚更だ。
 だが、それをそういう格好をする場だと思って行っているのか、或いは自身を見る相手が少なくとも顔見知り以上であるということであれば……だ。
 目の前にいる少女は残念ながらそのどちらの条件も満たしていない。片方は当てはまりそうだが、それを適応するにはお互いにまだ知らないことが多すぎた。
 そういう理由で、いくら男でも義妹にジッと自身の身体を見つめられるのには抵抗があるのであった。

義妹「ご、ごめんなさい! 私、すぐに出ますね!」

 慌ててその場を後にし、義妹は居間へと向かった。顔は羞恥から真っ赤に染まり、心臓はバクバクと耳に響くほど鼓動を鳴らしていた。

義妹(び、ビックリした……。まさか男さん入っているとは思わなかった。
 うぅッ……。私の馬鹿! せっかく仲良くなる方法を考えていたのに、これじゃどう考えても悪い印象しか持たれないよ)

 居間に置かれたソファに座り、義妹は考える。
 これまではそこまで深く考えていなかった見知らぬ異性と生活を共にするということ。それがどういう事態をもたらすことになるのかということを。
 今回の事故を通して義妹はそれを実感した。
 突然の出来事とはいえ、気を付けていないと今のような出来事が平然と起こる。今回はたまたま見られた側が男であったが、もしあれが自分だったなら? と義妹は想像し、

義妹(し、死にたい……。いくらなんでも恥ずかしすぎるよ)

 自分が行ってしまった行為がいかに恥ずかしいものであったかを改めて実感し、義妹は身悶えた。ソファの上でジタバタと手足をバタつかせ、恥ずかしさを誤魔化していると、髪を乾かして居間に入ってきた男と目があった。
 もちろん、今度はちゃんと服を着た状態でだ。

男「えっと、さっきはごめん。一応脱衣所の前に僕のスポーツバッグを置いておいたんだけどわかりづらかったよね。
 前も言っていたけどこういう事故が起きることもあるし、今日の始業式の帰りにでも百均にでもよって小さなホワイトボードを買ってくるよ。
 脱衣所の前の壁にでも画鋲を使ってかけておけば入浴中かわかるようにメモできるし」

 どうも男は朝の自主トレーニングを行った後であり、汗を流すためにシャワーを浴びていたようであった。確かに言われてみれば見慣れないスポーツバッグが扉の前に置かれていたが、上の空だったためさっきは気がつかなかった。

義妹「私の方こそ前にちゃんと注意してもらっていたのにきちんと確認せずに入ったりしてすみませんでした」

 ソファから立ち上がり、男に頭を下げて義妹は謝る。

男「仕方ないよ。お互いまだこの生活に慣れていないんだから。さっきみたいなことも起こるさ」

 男はさして気にした様子も見せずに先ほどの一件を水に流した。少なくとも怒っていないことがわかり義妹は少しホッとした。

男「それより、浴室使うつもりだったんだよね。僕はもう出たし行ってきたらどうかな?
 ついでに朝食の準備もしておくし」

義妹「あ、それなら私も」

 男にだけ朝食の準備をさせるわけにもいかないと思った義妹は自分もと手伝いを申し出た。

男「いや、大丈夫。基本おかずは昨日の夕飯の残りだし、ご飯を炊くのとサラダを作るぐらいだから僕一人でも大丈夫だよ。
 その上で手伝いを申し出てくれるのなら、そうだな……。浴室を出てこっちに戻ってきた時に食器の準備をしておいてもらえるとありがたいかな?」

義妹「わかりました! それじゃあ、シャワー浴びてきちゃいますね」

男「急がなくても大丈夫だからね~」

 そう言って義妹は居間を出て、シャワーを浴びに浴室へと向かった。それを見送った男は先ほど言っていた通り、朝食の準備に取り掛かり始めた。

しばらく休憩します。休憩が終わったらもう少し続きを書く予定です。

しえん

>>78
支援感謝です。続きを頑張ります。

 しばらくしてから、シャワーを浴び、新しい着替えを着た義妹が居間へと戻ってきた。男は既に炊飯の準備とサラダの作成を終えており、ソファに座りながらテレビから流れるニュースを見ていた。
 その様子を見て義妹はあることに気がつく。

義妹(あれ? そういえば食器の準備って……)

 くつろいだ男の様子から、大した手間でもない食器の準備などその気になれば義妹が帰ってくる前に済ませておくこともできたということに彼女は気がついた。
 にも関わらず、男が手伝いを頼んだのは、

義妹(私の申し出を無駄にしないために気を使ってもらったってことだよね)

 あのまま何もしないで男に全部を任せていた場合、義妹は申し訳ないと内心思い、食事中にもその心苦しさが出ていたはずだ。
 男はそれを察して、義妹に対して気を遣い、さりげなく彼女のやることを残しておいたということだろう。
 わざわざそれを指摘して礼を言ってしまっては男の心遣いを無駄にしてしまうと義妹は思い、そのまま何も気づかなかったフリをして食器を出し、朝食を取る準備を終えた。
 そのことを男に伝え、二人はその後しばらくご飯が炊けるまでの間、一緒のソファに座り、ニュースを見ていた。
 特に会話もない時間ではあったが、義妹は不思議と二人の距離がほんのちょっぴり縮まったと感じていた。

――――

新学年の新学期がもうすぐ始まる。
 朝の予期せぬトラブルはあったものの、その後は特にバタつくこともなくゆっくりとした時間を過ごし、朝食を食べ終えた後、それぞれ登校の準備をして家を出た。
 義妹の通う学校と男の通う学校は同方向にあるため、男の提案で途中までは一緒に行くことになった。
 ただでさえ義妹はまだこの街に慣れていないのだ。入学式から道に迷って遅刻になどなってはかわいそうだと男が判断してのことだった。
 その提案に義妹はとても喜んでいたが、実を言うと以前彼女の口から自分の通う学校の下見が終わっていたことを男は聞いている。
 なので、自分の提案がお節介だったかもしれないということを冗談混じりに口にしたのだが、そんな男の発言をブンブンと首を横に振って全力で義妹は否定した。
 その様子がおかしくて、男はつい苦笑してしまった。

義妹「そういえば、今日の始業式が終わったらホワイトボードを買いに行くって言ってましたよね」

 それまで無言で男の一歩後ろを歩いていた義妹が唐突に尋ねてきた。

男「まあ、そのつもりだったけれど。……急にどうしたの?」

 男としてはまだこの少女との距離感をいまいち測りかねていたため、どうにも対応がややそっけなくなってしまう。

義妹「あのですね、実を言うと私はこの街にまだ不慣れでして……。
 この街のことをもう少し詳しく知る機会でもありますし、もしご迷惑じゃなければ私もその買い物についていってもいいですか?」

男「別に構わないよ。
 ……あっ! でも、ちょっと困ったな」

義妹「何か問題でもありましたか? あの、無理なようであれば遠慮なく行ってもらえればいいですから」

男「いや、大したことじゃないんだ。実は僕、携帯電話を持っていなくて。学校が終わった後に連絡を取ろうにも取れないんだ」

 男が携帯電話を持っていない旨を伝えると、義妹はとても驚いていた。

義妹「それは……珍しいですね」

男「まあ、家は事情が事情だからね。保護者の承認がいるものは学校関係ならともかくなくても特に問題のない携帯とかでは頼むわけにもいかないし」

義妹「そう……ですか」

男「まあ、でも今日はお互いの終わる時間もわかっているし、ひとまず時間を合わせて待ち合わせをしておこうか。
 大体お昼には行事も終わるだろうから一時までには義妹ちゃんの学校に行くよ。
 学校前で合流しよう。これなら問題も特になさそうだし」

義妹「わかりました!」

 そう言って元気よく了承をする義妹。だが、ふとなにかを思い出したかのように周りを見回し、二人以外の他の人物がいないことを確認すると、

義妹「えへへ。二人で買い物ってなんだか楽しみですね、お兄ちゃん」

 と、二人だけの時と以前男と約束をした呼び方で男を呼ぶのであった。
 ほとんど不意打ちで放たれたその言葉の威力はそれを使う相手の容姿や性格も合わさり、絶大な威力を持って男にダメージを与えた。

男(この子って普段は敬語を使ったり、仲を深めるのにも躊躇しているようなのに妙なところでだけ大胆なんだよな……)

 表面上は何事もなかったかのように装いながら、男は「そうだね」と言って義妹の意見に同意するのであった。
 そうしてその後は他愛のない会話を相手の様子を伺いながら交わし、義妹の高校に到着したところで二人は別れるのであった。

ひとまず今日はここまでで。
今のところ登場人物は少ないですが、次の更新からちょっとずつ広がりを見せる予定です。

すみません、ここしばらく仕事が忙しく続きを書く余裕がなかったので、だいぶ期間が空いてしまいました。
以前の更新はちょうどインフルエンザにかかって出勤停止状態でしたので頻繁に書く時間がありましたw
なので、本来の更新ペースは週一、二位になると思いますのでよろしくお願いします。

――――

義妹と別れ、自身の通う高校へと到着した男は一年時に通っていた校舎とは別の二年、三年時に使用する校舎へと足を踏み入れた。
 下駄箱でスニーカーを上履きに履き替えていると、彼の背中をポンと軽く何かが当たった。

友「よお、男。おはようさん」

 振り返ると、そこには清々しい笑みを浮かべた友の姿があった。

男「おはよう、友」

友「珍しいな、お前がこんなに遅く登校するなんて。俺と同じ時間に登校するなんて、もしかして初めてじゃないのか?」

 言われて見れば、今日の男は義妹と共に登校したため、いつもよりも遅い登校時間だった。

男「まあ、色々あってね」

 義妹のことを説明してもややこしくなるだろうと思った男は、曖昧な返事をしてお茶を濁した。

友「ふ~ん。ま、お前のことだしどうせ遅くまで勉強でもしてたんだろ?
 余計なお節介だけど、ほどほどにしとけよ。てか、たまには息抜きに俺との遊びに付き合えよ。
 今日なんて始業式くらいしかねーし、どうだ?」

男「う~ん、誘いはとてもありがたいけれど、ごめん。
 実は、先約があって」

友「そっか。なら、しょうがねえな。ま、俺は大概暇してるし、また都合が合えば誘ってくれよ!」

男「ああ、ありがとう」

 そうして、他愛ない会話をしていた二人であったが、予鈴のチャイムがそこで鳴り響いた。

男「そろそろいかないとな」

友「だな。新学期早々遅刻しちゃ、印象が悪いぜ」

 二人は少しだけ駆け足で下駄箱を後にする。

男「そうだ、友」

友「ん? どうした?」

男「今年も一年、よろしく」

友「……こちらこそ、な」

 そうして彼らはまた一年を共に過ごすことになる教室へと向かうのだった。

 本鈴がなる前に教室へと入った男と友。一度それぞれの席に着いた二人に、新しいクラスメイトの到着を待ちわびていた他の人々が近づき、声をかけてきた。
 去年、同じクラスだった者もいれば、そうでない者もいる。むしろ後者の方が多い。
 あと少しすれば新しくこのクラスの担任になる教師がやってきて、始業式へと皆案内されることになる。それまでの僅かな時間に、少しでも交流を深めておこうという考えでの行動なのだろう。
 そんな風に残った時間を男もまた他のクラスメイトたちとの交流に費やしていると、そんな彼の元に一人の少女が近づいてきた。

女「……おはよう」

 あまり感情のこもらない無機質な声で男に話しかけてきた一人の少女。突然の出来事に、男の席の周りで話を広げていた他のクラスメイトは思わず彼女に意識を奪われた。
 一般的な女子高校生の平均身長よりも小さい、小柄な少女。しかし、小柄な体格に似つかわしくない整ったスタイル。まだ春だというのに薄らと焼けた肌が変化の乏しい表情とのギャップを生み、つい目を引きつけられる。
 しかも、巨乳。この二文字だけで男子高校生ならば否応なく興味を惹かれてしまう。そんな少女は好奇心の眼差しを無視し、話を進めた。

女「最近、練習こないね」

 そう言われ、一瞬男はなんのことかと考えたが、やがてそれが部活動とは別の〝自主練〟のことだと気がついた。

男「まあ、最近忙しかったから」

女「そう……。あんまり姿見なかったから、ちょっと心配だった」

男「ごめんね。今はちょっと忙しいからもしかしたらあまり顔出せないかも」

女「わかった。用事はそれだけ、邪魔してごめんなさい」

 そう言うと、女はそのまま男の元を後にし、自分の席へと戻っていった。
 男は内心で安堵の溜め息を吐き、先ほどのやり取りを見ていて興味を持ち、他の女子に話しかけられている女をチラリと見て先程までの話の続きに戻ろうとした。
 しかし、女同様。男の周りにいた男子達も同学年内で少なからぬ人気のある女と男の接点が気になるのか、先ほどのやり取りや二人の関係についてあれこれと質問を投げかけてきた。
 男は若干動揺しつつも、彼らから投げかけられる質問を上手く捌きながら、ただの部活仲間だと説明し、この話をできるだけ早く終わらせるよう努めた。
 その最中、何度も男へと視線を向ける女の姿があったが、男はそれに気づかない振りをするのだった。

 クラスに全員生徒が集まり、それぞれいくつかのグループに分かれて雑談を交わしているうちに、とうとう本鈴が鳴った。
 一同、ひとまず自分の席に着き、担任の教師がくるまで、前後左右の生徒に先ほどと同じように改めて自己紹介と雑談を始める。
 そうして本鈴がなって五分ほど過ぎた頃、ついに彼らの新しい担任になる教師が到着した。

熱血教師「はい、私語はそこまでにな。もう、本鈴はとっくに鳴ったぞ」

 教室の扉を開けて登場したのは体育を担当する教師の一人である熱血教師であった。ボディビルダーでも目指しているのではないかと疑うほど、無駄に鍛えられた肉体。青春ドラマの見過ぎと言えるほどの熱血ぶりで有名な教師だった。
 顧問をしている部活動はバレーボール部で、男は去年クラスメイトの部員から彼に関する愚痴を聞いたことがあった。
 規則に厳しく、雑事に対して過剰に反応する。ホームルーム中の雑談など当然ダメだし、休み時間中の携帯電話の使用などもってのほかなのだという。
 似たような話を他の生徒たちも人伝てに聞いているのか、彼が登場すると同時に深いため息や、生徒たちの中で人気の高い別の教師が良かったと残念がる声が教室内に響いた。

熱血教師「おい、おい。今静かにしろって先生言ったつもりだったんだがな。
 ほら、お前たち。すぐに始業式が始まるから荷物置いて廊下に出ろ。
 名簿順に並んでそのまま体育館に移動だ」

 彼の言葉に生徒たちの多くは不承不承と言った態度で廊下へと出て行く。廊下に出ると他のクラスの生徒たちも同様に教室から続々と現れる。
 生徒たちはそれぞれ他のクラスの様子が気になるのか先ほどまでのようにざわつき始める。
 そんな彼らを見かねた熱血教師は声を張り上げて注意する。

熱血教師「静かにしろ! 静かになり次第移動を始める!」

 一喝と共に周囲から音が消える。それを確認すると熱血教師は前のクラスの教師に目配せし、生徒たちを誘導させる。

友「うわ~。俺、あの教師苦手だわ」

 並んでいる列からこっそりと後ろに抜けだし、男の元へとやってきた友はそう口にした。

男「まあ、ほとんどの人はそう思っているだろうね……。ほら、早く元の場所に戻れって。今度は直接さっきの激が飛ばされるぞ」

 男もまた小さな声でそう呟くと、それは勘弁と言った様子でそそくさと友は元いた場所へと戻っていった。
 先ほど男はほとんどの生徒は熱血教師に対してあまりいい印象を抱いていないであろうと言ったものの、自分はそんなに悪い印象を抱いていなかった。
 何故なら、規則に厳しいというのは裏を返せばそこを守っていれば何も問題がないということにもなる。当たり前のことを当たり前にしていれば向こうが自分に抱く印象は悪くなることはないし、放っておいてもらえもする。
 男にしてみれば、熱血教師はある意味で都合のいい教師であるとも言えたのだ。

男(新しい担任。新しいクラス。これから、どんな一年が始まるのかな?)

 僅かな期待を抱くと同時に、この場に存在しない大きな問題について頭を悩ませながら、男は前進する列に流されるように身を任せるのだった。

短いですが今日はここまでで。

お、きたか

× 更新しなきゃ
○ 息抜きに書くか
やる気あるなら皆待つから、書きたくなったら書く程度でいいで

出来れば長くても週一でお願いしたい、出来たら

書けるときに書けばいいよ

楽しみに待ってるよ

気長に待っとるで

>>96 97
ありがとうございます。のんびりと頑張ります。
>>98
仕事が忙しいと休みの日でも中々書こうというモチベーションにならないので、本当に息抜き程度に書いていますね。
書く事が義務化してくるとやる気もなくなっていきますので。
>>99
できれば週一では更新したいですが、中々大変ですね。頑張ってみたいです。
>>102
ありがとうございます。そうしたいと思います。
>>103
ありがとうございます。自分も楽しんでもらえるような話を書きたいと思います。
>>105
お待たせしました。のんびり更新で行きます。

間があきましたが今から続きを書いていきたいと思います。

――――

 新しい一年の始まりに男が心動かされていた頃、同じように義妹もまた自身が新しく通うことになる学校でクラスメイトたちとの顔合わせを終えていた。
 それまで近隣地域から集まっていた中学校とは違い、遠くの地域から通う学生も多く、最初は皆交流の一歩目を踏み出すのを躊躇い、ぎこちない会話と自己紹介を交わしながら徐々に相手との距離を図っていた。
 少しずつ会話の輪が広がっていく中、どうにもその最初の一歩を踏み出せずに中々輪に入れずにいた義妹はオロオロとした様子であちこちに出来始めたいくつものグループに視線を向けていた。

義妹(ど、どうしよう……。もうみんなだいぶ話が盛り上がっているみたいだし、このタイミングでいきなり会話の中に入っていくのはちょっと、難しいかもしれないよ)

 ポツンと、一人寂しく教室の隅で他の生徒たちの様子を見ているとそんな義妹と同じようにどのグループに属するわけでもなく一人でいた少女が近づいてきた。

?「……ねえ、あんたなんで一人でいるの?」

 そう言って義妹に声をかけてきたのは、セミロングの茶髪をした少女だった。頭髪の制限が緩いこの学校では女生徒の多くが髪を染めていた。
 義妹のクラスにいるこの多くも髪を染めているが、彼女たちはあくまでもファッションの一環として染めているような雰囲気がある中、声をかけてきた少女は他の女生徒とは少し様子が違っていた。
 彼女の周りの空気はどこか冷たい感じがし、染めてある髪もオシャレでやっているような感じではなかった。
 どちらかといえば、一昔前の不良のような危険を感じるような空気が少女からはした。

義妹「えっ、えっと……。ホントは、誰かに話しかけて私も皆みたいに輪になって話したかったんだけれど、どうもタイミングを逃しちゃったみたいで」

?「ふ~ん、そうなんだ」

義妹「うん、そうなの」

 義妹の返答にそれほど興味を抱いたわけでもなく、話半分と言った態度で少女は話を聞いていた。

?「じゃあさ、あんたがよかったらだけど私と話でもしない?」

義妹「……いいの?」

?「良いも悪いも、どうも今のところグループに属してないのってあたしたち二人だけみたいだし。
 入学早々一人でいるなんて変に目立つし。後々面倒なことになっても嫌だし、とりあえずってことで」

 そう言って少女は義妹の隣に立った。言われて見れば確かに義妹とその少女以外の女生徒はどこかしらのグループで会話を始めており、その中でも会話の中心となるようなリーダー格が生まれ始めていた。
 俗に言われる女子の派閥というのは最初はこうして生まれていくのだろう。

義妹「ありがとう! 本当はちょっと心細かったんだ。もしかしたら入学初日に誰とも話せず一日が終わっちゃうのかなって心配で。
 だから声かけてもらえて助かっちゃった」

 内心抱いていた不安を取り除いてもらい、一安心した義妹はそう言って少女に感謝を伝えた。
 だが、よほどその言葉が意外だったのか少女は驚いた表情を見せ、苦笑した。

?「あんた……面白いね。うん、あたしあんたみたいな子結構好きかも」

義妹「そ、そうかな? えっと、これって褒められてるんだよね?」

?「褒めてる、褒めてる」

義妹「ウソ! 今ちょっと笑ったでしょ。もう……」

 気がつくと二人は自然と会話を続けていた。

義妹「そうだ、自己紹介がまだだったよね。私、義妹です。これから一年、よろしくね」

?「義妹ね。うん、覚えた。あたしの名前は少女。こっちこそ、これからよろしく」

 自己紹介を終えた二人はそれから互いの趣味や最近やっているテレビ番組など他愛ない会話を繰り広げていた。
 その後、互いの連絡先を交換したところで彼女たちの担任になる女性の教師が現れ入学式を兼ねた始業式が行われ、彼女たちの高校生活の一日目は終わったのであった。

 始業式を終え、教室で帰り支度を義妹がしているとそんな彼女に少女が遊びの誘いを持ちかけてきた。

少女「ねえ、今日この後時間ある? もしよかったら知り合った記念ってわけでもないけれどカラオケにでもいかない?」

 まさか出会って初日で遊びに誘われるとは思っていなかった義妹はその提案に驚きながらも嬉しさを感じていた。
 だが、生憎と男との先約があるためその提案を断ることを心苦しく思いながらも少女に伝えた。

義妹「ごめんね、実は今日この後買い物にいく約束をしてるの。
 誘ってもらえて本当に嬉しいんだけど、今日は駄目なんだ」

少女「そっか。それじゃあしょうがないね。
 ……もしかして、彼氏との約束?」

義妹「そそそ、そんなんじゃないよ! 確かに、約束してるのは男の人だけどそういう関係じゃないよ。
 実際はもっとややこしいというか……」

 最後の方はゴニョゴニョと尻すぼみに声が小さくなっていった義妹。だが、今の自分と男との関係をどう説明すればいいのか彼女自身ですらまだわからないのだ。
 母の再婚により確かに書類上の関係で言えば男は義理の兄という立場にある。
 だが、それにしては二人の距離は家族と呼ぶにはまだ遠いものであるし、義妹に限って言えば他人と呼ぶほど抱いている印象は悪くない。
 それもこれも母親経由で一方的に相手の人となりなどを知って興味を持っていたからであり、それが原因で男と義妹の距離感にズレが生じているのでもあった。

少女「ふ~ん。なんだか、怪しい感じだね。片思いしているとか?」

義妹「もう! 本当に違うよ! 
 えっと、ね。約束している相手っていうのは、その……お、お兄ちゃんなの!」

 結局、出会って早々の相手に自分の家庭環境について深く話すわけにもいかず、事実ではあるが、真実ではない内容を義妹は口にした。

少女「え? お兄ちゃん? 本当に?」

義妹「う、うん……そう、だよ?」

 嘘は言っていないが、自分でも言い慣れていないお兄ちゃんという言葉を本人のいないところで使うことに僅かに恥ずかしさを覚えながら義妹は頷いた。

少女「なんだ、それなら最初から言えばそう言えばいいのに。
 あっ! もしかして義妹ってブラコン?」

義妹「違うってば! もう、なんでそう思うの?」

少女「だって、普通入学式終わった後に兄妹で待ち合わせてどっか行くなんてないと思うよ。
 小さい頃ならともかく、この年になってまでさ」

義妹「そうなの?」

少女「まあ、あたしの友達で兄弟姉妹がいる子の話だけれどね。
 自分より上の場合はお節介が鬱陶しいらしいし、下は下で面倒を見ないといけないといけないっていう両親の押しつけが煩わしいらしいよ。
 だから兄妹仲がいいのは珍しいと思ったってだけ」

義妹「へ~そうなんだ」

少女「他人ごとのように感心しているけど、あんたの話だからね。
 ところで、そのお兄さんって年はいくつなの?」

義妹「私の一つ上だよ。○○高校に通ってるんだって」

少女「……え? そこって、県でもトップクラスの偏差値の高いところじゃない。
 お兄さん頭いいんだ」

義妹「そうなの! 凄いよね、しかも運動もできるんだよ! お母さんの話だと大会とかで入賞とかもしてるんだって!」

少女「文武両道って……。すごいね、そのお兄さん。ちょっと興味湧いてきたかも。
 ねえ、お兄さんの写真とかって持ってないの?」

義妹「……持ってない」

少女「そっか~。それだけすごいならちょっと見てみたかったな。
 あっ……そうだ」

 話の流れから義妹が不味いと思った時には時すでに遅く、少女はあるお願いを義妹に頼んだ。

少女「ねえ、もしよかったらなんだけど。あたしもそのお兄さんに会ってみてもいい?」

 少女の誘いを断ってしまった手前、その頼みを無碍にすることもできず、義妹は心の中で男に謝りながら、少女の言葉に頷くしかないのであった。

――――

 始業式後、体育館から教室へと戻ってきた男たちは簡単な連絡事項を熱血教師から伝えられ、ホームルームの終了と共に下校の時刻となった。
 野球部やサッカー部、吹奏楽部と言った所帯の多い部活動はこの後部活動があるため、クラスメイトの中には予め用意していたスポーツバッグを片手に、足早に教室を去り部室へと向かう者の姿も見られた。
 男の所属している部活は水泳部。幸い今はまだ時期的に水温も低いため本格的な部活の開始はもう少し後になる。
 屋内プールの設備がある強豪校などであれば一年中水の中で活動ができるが、残念ながらこの高校には屋外に作られたプールしかない。
 しかも、この時期は数日後に控えた新入部員勧誘を行う出し物を三年生たちが考えているところであり、実質自主練習という形でしばらく過ごすことになっていた。
 四月になり気温も徐々に上がってきてはいるものの、日中でもまだ肌寒いと感じる時がある。なので、本格的な活動は五月からになるというわけだ。
 最も、その間水に全く水に触れないというわけではなく、近くにあるスイミングスクールで練習を行うこともある。
 だが、それも結局は新入生たちの仮入部が始まるまではお預けだ。
 なので、今は練習したい人は走り込みなどをして基礎体力をつけたり、プロの競泳選手の試合の映像を見て泳ぎの参考にしたりしている。
 逆に、本腰を入れて活動をしていない人は遊びに出かけたりしているのだった。
 男はそのどちらかといえば前者であるものの、今日は義妹との約束のため、自主練習を行うこともなくそのまま下校しようとしていた。

友「あれ? お前今日練習しないのか?」

男「うん、ちょっと用事があってね」

 男がそう告げると、朝の出来事を思い出したのか友は「ああ」と納得していた。

友「そういや、そんなこと言ってたな。
 で? その内容はなんだ? もしかして女か?」

 からかうような口調で友は男の肩を叩きながらそう言った。一年を共に過ごした彼にしてみれば男にそのような浮いた話を聞かないと確信しているからこその冗談であった。
 運動と勉強、そのどちらも両立している男が女性と遊んでいる暇はない。口にはしていないもののそう思っての言葉だった。

男(そういえば、いつも友には会話の主導権を握られてばっかりだよな。
 たまには僕が冗談を言って驚かせるのも悪くないか)

男「うん、そうだよ。今から一緒に買い物に行く予定なんだ」

 笑顔を浮かべて友に向かってそう口にすると、彼は心底意外そうな目で男をジッと見つめた。
 そして、自分のデコに片手を当て、もう片方の手で男のデコに触れた。

男「……熱はない」

 そう言われ、手を離すと今度は人差し指を突きたて頭を指差し、何度か円を描くと掌を開いた。

男「頭もおかしくなってない」

 そして最後に謎は解けたと納得した表情で携帯を取り出し、画像フォルダーの中からおそらく友が好きであろうゲームのキャラクターである少女の画像を男に見せ、憐れむような眼差しで彼の肩を叩いた。

男「……二次元の女の子でもない!」

 語気を強めて否定すると、それまでサイレントのコントのようなやり取りを続けていた友はまだ信じられないと言った様子で男に問いかけた。

友「嘘……だろ? 勉強と部活が生きがいみたいな生活を送ってるお前が女と買い物? 
 どんな心境の変化があったらそうなるんだよ」

男「まあ、色々あるんだよ。むしろ僕のことを友が日頃どういう目で見ているのかわかってよかったよ。
 かなり失礼なこと考えていたんだな」

友「いやいや、事実だろ。だってお前から遊びに誘うってことがまずないし。会うときは大体図書館か学校のどっちかだろ?」

男「そんなことは……」

友「あるか?」

男「……ない、と思う」

友「だろ? そんなお前がいきなり女と買い物に行くだなんて口にするんだ。
 そりゃ、熱があるか勉強のしすぎで頭がイカれたと思っても仕方ないだろ」

男「いや、さすがにそこまでは……」

友「それだけ驚いたっていう例え話だ。察しろ」

男「あ、ああ……」

友「にしても、マジか。こんだけ驚いたのも久しぶりだな。
 え? まさか彼女?」

男「違うけど」

友「じゃあ、片思いとか?」

男「それも違う。というより、そういう関係じゃないから。まあ、気にかかってい子なのは事実だけど」

 そうは言うものの、男の気にかかるという言葉はあくまでも義理の妹となった少女とどう接するべきなのかということなのだが、友はそれを別の意味で捉えたのか、ニヤニヤとしながら親指を突きたて、

友「いや、いい。言うな。俺にはわかる。俺も彼女と付き合う前はそんな感じだった。
 最初は別にちょっと気にかかるなってだけだったんだよ。だけど、一緒にゲームとかしているうちに段々と仲良くなっていって、お互いの悩みとか相談したりしてさ~。
 そうこうしているうちに気づけば会うのが楽しみになってて、気づいたときには好きになってたんだよな~」

 最初は男の心情を勝手に勘違いし、理解しているという体で話していた友であったが、途中から完全に話している内容が過去の自分の出来事を思い返している惚気になっていた。
 完全に自分の世界に入り始めた友に付き合いきれないと思い、男は教室の時計を見て時刻を確認する。
 義妹をあまり待たせても悪いと思い、男は鞄を持つと別世界へと旅立っている友を置いて義妹の待つ学校へと向かうことにしたのだった。

今回はここまでで。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年05月04日 (月) 02:31:38   ID: 09DtuSoZ

妹が死んでいない話を作ってほしいです

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