男「思い出消し屋……?」(185)


少女「そう。1エピソードにつき1000円でどんな思い出も消してやろう」

男「それって、精神科みたく薬でストレスを和らげるとかか」

少女「違う。ちなみに催眠術で記憶の奥に封じ込めるとかでもない」

少女「あと悪い思い出であるほうが個人的には嬉しい」

男「いい思い出消したい人なんて居ないだろ」

少女「以前付き合っていた恋人との思い出を消して、前を向くというのはどうだい?」

男「……ッ」

少女「おやぁ? もしかして君は恋愛関係の思い出を消して欲しいのかい?」にたぁ

男「?」ぞくっ


男(なんだよ、その笑顔は)

少女「実際にサービスに入る前に、今から私がやることを説明しておこうか」

少女「まず私は『記憶』を消すのではなく、『思い出』を消す」

男「何が違うんだ?」

少女「変に穿たないいい質問だ。話が進めやすい」

少女「つまりはその思い出に対して『吹っ切れた』状態にするような感じだ」

少女「起こったことは覚えているが、それを思い出してストレスを感じることも感傷に浸ることもない」

男「……えーと、寝る前に思い出して鬱々とすることもなくなるってことか」

少女「ははは! 良い例えだ。実際に悩んでいるだけはある」


男「でもそんなこと、どうやったら出来るんだよ」

少女「口頭で伝えても信じないだろうから、それはやってみてからのお楽しみだ」

少女「で、どうする。金を出すか、自分の思い出に縛られて生きるか」

男「言い方がおっかないな……」

男(……でも1000円か。今月は金を使う予定もないし、胡散臭いけどやってみてもいいかもしれない)

男「分かった。払うよ」ぺらっ

少女「ああ、お金は終わってからでいいよ。実際に出来るのか胡散臭いだろう?」

男「良心的だな」

少女「ああ。それなのに客は皆『性格最悪だな』と口をそろえて言うよ」くっくっ


少女「ではまず話を聞かせてもらおうか」

男「は?」

少女「だから、お前が消したい思い出について話せって」

男「……できれば、話したくないんだけど」

少女「実際にどんな思い出を消して欲しいか、分からないと消せないんだよ」

男「……仕方ないことなんだよな」

少女「そうとも。出来ないなら、金を払わず帰っていい」

男「……去年の四月なんだけど」

少女「ふむ」きらきら

男(何で楽しそうなんだよ……)


男「好きな人がいたんだよ。中学一年のときから同じクラスの」

男「偶然席が隣同士だったときがあって、ちょくちょく雑談してたりしたら、いつの間にか惚れてた」

少女「中学生特有のアレだな。童貞っぽい」にたにた

男「……君、何歳だよ」

男「それで、まあ君が言うとおり童貞なんでね。特に何か行動を起こすこともなかった」

男「授業中に小声で話しているだけで、そのときは幸せだったんだ」

男「どうせ席替えがあれば疎遠になると思ってたからね」

男「でも違った。席替えをした後は昼休みに時々話しかけてきてくれた」

男「俺の話を、面白いって言ってくれたんだ」


男「勘違いしそうになったさ。でも耐えた。どうせ思春期なんてそんなもんだって」

少女「童貞にしては自制が効くな」にまにま

男「……」

男「……二年生になった。クラス替えがあった。でも彼女と俺は、つながりを保っていた」

男「彼女、歴史が苦手だったんだ。俺が得意だったから同じクラスのときも教えてたけど、休み時間に俺のクラスまで押しかけてきた」

男「代わりに、俺は数学を教えてもらってた。女子にしては珍しく、あの子のほうが数に強かったんだ」

少女「そこまでくれば、なぁ?」にぃぃぃ

男「ああ、俺に気があるんじゃないか、なんて思ってしまったよ」

男「……志望校も一緒だったから。運命だとか思った夜もあったな」

少女「……っ、く、く、く」ぷるぷる

男「二人は無事合格。合格者発表の掲示の前でハイタッチ」

男「そして昨年の四月、だ」


男「……、なあ、もういいだろ。十分話した」

少女「いやいや、続けてくれ」

男「……告白された」

少女「おや?」

男「どうにも、小学校の頃に一緒だったらしい女子に。偶然高校が一緒でね」

男「全く記憶が無いけど、小学生だったときから俺に気があったそうだ」

男「当然断った。気持ちはありがたいけど、好きな人がいるからって」

男「その子、震えた声で、ごめんねって言ってから、走ってった」

少女「おお、おお!」

男「背中を送りながら、俺も告白しなきゃって思った。好きな人がいるからっていうのを、ただの言い訳にしたくなかった」


少女「それはそれは、かぁっこいい理由じゃないか」

男「そして、ずっと好きだったって、彼女に告白した」

男「――断られもしなかったさ」

少女「む?」

男「……小学生の頃から、恋人がいたんだってよ」

少女「ぷっ……いやあ、進んでるなあ。くくっ」ぷるぷる

男「今でも付き合ってるんだってさ。こっそりと」

男「聞いて直ぐに逃げ出したよ」


男「逃げ帰って、自宅に着いた。誰も居なかった」

男「……ふ、ふ」

男「布団、引っ張り出して埋まった。叫んださ」

男「勘違いさせるようなことするなよとか、なんで同じ高校なんだとか」

男「なんでクラス替わっても関わったんだとか、なんで席替えしても話しかけてきたんだよとか」

男「なんで隣の席だったんだとか、なんで同じ中学だったんだとか」

男「……げほ、げほ」

男「どうせなら告白してきた女と」

男「とか、おもったけ、ど」

男「そこで、悪いのは俺だったって思った」


男「勘違いした俺が悪い。向こうは友達を作ろうとしただけじゃないか」

男「それに振られたから他の女に近づくなんて、人としてどうかしてる」

男「誰を恨むことも出来ない。反省して、もうこれまで。この話はおしまい」

少女「……と、したかったんだろう?」

男「そうだよ。当然そうは行かない。何度も何度も頭に浮かぶ」

男「俺が好きだった子も、俺を好きだった子も同じ高校だからな。嫌でも目に付く」

男「その度思い出す。倒れそうになる」


男「それで――、あ、駄目だ。水くれる?」

少女「いいとも。待ってろ」がたり

とっとっとっ

男「……ぐ、ひっく」

少女「ほら。水道水で悪いけどな」ことん

男「あ、りがと」ごくごく

男「……っふ、う。とにかく、これでお話は終わりだ」

少女「いや、自分の想像力の無さを自覚するほど波乱万丈だったぞ」ぱちぱち

少女「にしても――くっ」

少女「くくく、ははははっ」

少女「ははははは! あっはっはっはっは!」ばたばた


少女「惚れたけど勘違いだと思い込んで! でも勘違いじゃないと思い込んで!」

少女「気があると! 運命だと思い込んで!」

少女「告白が成立すると確信して! かっこよく女の子を振って!」

少女「その果てが! 果てが! あひゃははははっ!」

少女「寝取ろうとしてたのは自分だった! えひゃ、けけけけけけけっ!」

男「……やめろ」


少女「自分が悪いと認めたつもりで自分を責めても、その感情をかき消せない――」

少女「そりゃあそうだよなぁ! その傲慢の贖罪にはなってない!」

男「やめろって、やめて、くれ」ぼろぼろ

少女「おや、失礼」ぴとっ

男「……は? 額を、触って、何を」

少女「ほいっと」ずるり

男「……なんだ、この、光ってるの」

少女「あー……むっ」ぱくり ごくん


男「!? た、食べて――?」

少女「ああ……! 想像通りだ。旨い。甘酸っぱすぎる。酸味で舌が痺れる上、甘味で喉が焼ける」

少女「こんなご馳走があるなんて……夢のようだ」

男「今、何した」

少女「思い出してみろよ。何も感じなくなってるから」

男「……!」

少女「な? 私はそういう生き物だ」

少女「人の記憶にまとわりつく負を喰らい、腹と心を満たすのが私だよ」


男「生き物って、それじゃまるで」

少女「人外の化け物だからな。それが適切な表現だ」

少女「害をなす訳でもないし、大した問題ではないだろう?」

男「……そりゃあ、そうだけど」

少女「で、満足いただけましたか? お客様」にぃっ

男「ああ、うん。しっかり効果は確認したよ」ぺらり

少女「まいどあり。また何かあったら来いよ」

男「来なくて済むことを祈ってくれ」

少女「ああ、それといいもの食わせてもらったお礼として教えておくが――」


少女「最初に話を聞く必要は、実は無かったんだ」

少女「概要をちょこっと教えてもらえば、すぐにその思い出を引っ張り出せる」

男「……じゃあ、もしかして」

少女「そう、つまるところ、私の趣味だよ」にたあぁぁぁ

男「……分かった。お前、最低だな」

少女「よく言われる」

男「じゃあな。多分、もうこない」

少女「いいや、お前はまた来るさ」

――翌日、男宅――

??「おにーちゃん、朝ですよー」

男「ああ、さっき起きたよ妹……っぽい何か」

妹?「じゃあ早く下りてきなよー。お母さんの味噌汁が冷めちゃう」

男「はいはい」

……

母「おはよう、男。妹も、起こしてくれてありがとうね」

妹?「はっはっは、るーちーんわーく? だからね」

父「おはよう男。新学期早々寝坊とは余裕じゃないか」

男「いつもこんなもんだよ。自転車飛ばせば間に合うし……あ、いただきます」

――高校――

男(クラス……ここであってるんだよな。俺以外に誰がいるか確認しておくんだった)

男(せめて去年同じクラスだった奴がいるかどうかでも――って、ん?)

黒髪ロング「……」そわそわ

男(微妙な距離をとりながらこっちを見るな。そんなに珍しいか)

男「よ、黒髪。何か用?」

黒髪「ひっ!? その、大した用はないけど?」とことこ

男「そうか。ところで黒髪もこのクラス?」

黒髪「え……、うん、そうだけど」


男(……あれ、なんか暗くなった?)

黒髪「あの、突然なんだけどさ」

男「何?」

黒髪「その……好きな人とは、どうなった?」ひそひそ

男「……、あー」

男(そうか、あのとき告白してきたのは黒髪だったんだよな、うん)

男「ああ、告白して玉砕したよ。もう恋人がいたんだってさ」

黒髪「あ、……そっか、ごめんね」

男「ちなみに俺が意識し始めたころからいたらしいから、もたもたしてたのが原因ではないぞ」キリッ


黒髪「……なんか、強いね」

男「何が? あ、先生来た」

担任「はーい、座席票あるから見て座れー」

……

ポニテ「や、やあ男!」

男「おお、ポニテと隣か。やたら隣になるな」

ポニテ「これからよろしく、して、くれる?」

男「いや何で疑問系――って」

男(そういやこいつに告白して振られたんだったな。そりゃ気まずいわ)

男(でも俺は全く気まずくない……やっぱりアレは効果があったんだな)


男「そんなに気にする必要ないだろ。これからもよろしく」

ポニテ「……! うん!」にこっ

男(残念ではあったけど、友人としてつきあっていくのも悪くないからな。こいつとなら)

男(……残念、だったんだよな?)うーむ

ポニテ「あれ? 男ー?」

男「ああ悪い、お前のポニーテールってやっぱり武器とか仕舞えるのかなーって」

ポニテ「私を何者だと思ってるのさー!」


担任「はっはっは、hr中なんだけどなー。注意するの面倒だからいいけど」

――帰路――

男(両方と一緒のクラスになるなんて、正直『思い出』が残ってたら吐いて倒れたんじゃなかろうか)

男(それでも平然としていられたし、ポニテとの関係も友人として修繕できた)

男(これって、かなりいいことなんじゃないだろうか。あいつのおかげだ)

男(……まあ、その恩人の性格は最悪だけど)

男「……なんか気分がいいし、妹っぽいのにアイスでも買ってやるか」

――コンビニ――

男(そんなに手間をかける必要もないし、家までの時間を短縮したいからコンビにで買うことにしたんだが)

少女「……ふむ」

男(こいつがアイスコーナーの前に陣取ってて商品を取れない)

男「……何やってんの」

少女「おや、男じゃあないか。学校はどうした」

男「それブーメランだろ。俺は今日は始業式だけだったから」

少女「私は永遠の十一歳だからな。小学校は卒業したが中学校に入れないんだ」

男「そーかい。それで、何やってんの」

少女「見てわからんか。アイスを選んでいる」

少女「候補が二つあってな。どちらにしようか悩んでいるところだ」

男「……両方買えば?」

少女「それをすると夕飯のおかずを一品減らさなきゃならん」


男「もしかして、あれの収入だけで生活してる?」

少女「ああ。家賃はまけてもらってるから何とかなるが、食費はどうにもならん」

男「……いいよ。片方おごってやる」

少女「……おや。お前は私が嫌いなんじゃないのかい」

男「なんだかんだ言って、お前のおかげで助かったからな。それくらいはさせろ」

少女「そうか。じゃあアレ頼む! ハーゲンダッツストロベリー! クレープな!」

男「高いほうかよ。やっぱ性格悪いなお前」

少女「そして私はガリガリ君を買おう」

男「性格悪いなお前」


店員「お客様方。ご利用、真にありがとうございました。機会がございましたら、またお越しくd」ウィーン

少女「クレープを二つ追加で買っていたようだが、もしかしてアレか。私にもう一本くれるのか。そのショコラ味を」

男「これは俺と妹っぽい……いや、妹の分だよ。そこまでお前に良くする理由はないし」

少女「……妹、っぽい? にもうとか。あにーちゃんとか呼ばれてるのか」

男「小学生がラノベなんか読むなよ。……とにかく、妹っぽい何かだ。説明が面倒だからこれ以上聞くな」

男「じゃあな。寄り道せずまっすぐ帰れよ」

少女「おうとも。折角のガリガリ君がとけてしまう」

男「……もういいや」



少女「……ふむ」

――自宅――

男「ただいま」

妹?「おかえりなさい、おにーちゃん」

男「相変わらず妹っぽいな。ほれアイス」

妹?「お、おにーちゃんったらおでぶさんー」

男「太っ腹ってことか? 言っておくが体脂肪率は平均だ」

妹?「じゃあおめでたさんー……お、ハーゲンのクレープじゃん! どうしたの?」

男「気まぐれだよ。一つは俺が食うから冷凍庫いれといてくれ」

妹?「それなら私のもいれとくー。おにーちゃんと一緒に食べたいのです」いそいそ

男「……懐かれるのは悪くないが、なんだかなあ」


男「いや、ならいい。俺も今食べるよ」

妹?「じゃあお皿に切り分けとくよー。それとも一本まるかじりがいい?」

男「いや、四等分して一切れ交換しよう」

妹?「さすがおにーちゃん、私のやりたいことをよく分かってるねー」

男「何年お前の兄やってると思って……いや、先月からだったな。うん」

妹?「……むう。まあいいけどさ」

男(……そもそも、俺に妹はいない。親が再婚したとかも、孤児をもらってきたことも無い)

男(この妹っぽいのは、先月突然、当然のように住み着いていた)


男(春休みを目前に控えた三月中旬の朝、こいつは当然のように俺を起こしに来た)

男(俺のことをおにーちゃんおにーちゃんと呼んだが、一般家庭において中学生の妹は突然出現したりしない)

男(自分が寝ぼけているのかと思ったが、目をこすれども妹っぽい何かはそこにいた)

男(何がなんだか分からないまま一階に下りて、妹っぽいのと共に食卓に着いた)

男(父さんも母さんも、その妹っぽいのを俺の妹として、ごく自然に扱っていた)

男(もし俺がそのことを追求すれば、頭がおかしくなったのではないかと思われるんじゃなかろうか)

男(そう思えるくらいに自然だったから、とりあえず両親の前では何も言わなかったが――)

妹?「おまたせー。ティラミス三切れは私のものだっ」

男「なあ妹っぽいの。何度も聞いて済まないが、お前は何者だ」


妹?「……何度も同じ答えで申し訳ないけど、私は妹だよ」

妹?「この家で、おにーちゃんの妹として生まれた妹だよ」

男「……そっか。ならいいや。じゃ、アイス食べようか」

妹?「いっただっきまーす!」

男(今聞いても、多分無駄だろう)

男(俺が妹っぽいのは妹ではないことを主張して、妹っぽいのは自分を妹だと言い張る。堂々巡りだ。そこに進展は無い)

妹?「あ、ショコラのほうが好きだったかも……」

男「じゃあもう一切れ交換してやるよ」

妹?「やたっ、さすがおにーちゃん」

男(まあ、今のところ大した害は無いみたいだからいいか)

――翌日、高校――

黒髪「あ、あの、男っ」

男「何?」

黒髪「一緒にお昼とか、どうかなって」

男「おう、やることもないしいいぞ」

黒髪「ありがと。じゃあ椅子もってくるね」たたたっ

ポニテ「うあ、取られちゃったかー」

男「え、何が?」

ポニテ「その、私も男と一緒にご飯食べたかったなって。昔みたいにさ」

男「いいんじゃないか? 黒髪も俺経由でお前と仲良くなれるかもしれないし」

ポニテ「あれ、いいの? お邪魔じゃありませんの?」

男「……は?」

ポニテ「いやいや、クラス替えして早速逆ナンにあうとは男様も隅に置けませんでげす」

男「逆ナンて。ただの幼馴染だよ。小学生の頃引っ越しちゃったけど、ここで一緒になったんだよ」

黒髪「そうだよ、……ただの、幼馴染。ポニテさんも一緒に食べない?」がたっ


ポニテ「あ、じゃあご一緒させていただきますぜ」

男「……突っ込み待ち?」

ポニテ「ざっつらい」

黒髪「あはは……ところでポニテさん、中学のころの男はどうだったの?」

ポニテ「なかなか面白い話をしてくれたよー。変な生き物の話とか」

男「変って言うな。個性的な進化をした生き物って言え」

ポニテ「ところで黒髪さん、小学生時代の男はどうだったの? 中学デビュー前の男はさ」

黒髪「んー、……か、かっこよかったよ」

ポニテ「……おお?」

男「げ」

黒髪「かっこよかったよ。……かっこよかった」


ポニテ「……あー、わ、私はもしかしてお花でも摘んでたほうがいいのかな」

黒髪「高一の男はあんまり見てないけど、多分今の男もかっこいいんじゃないかな」

男「褒めても何もでないぞ。ところで卵焼きいる?」

黒髪「もらっとく。……でも男、まだ、諦めてないから」

男「……こんなとき、どう反応すればいいのか分からないの」

黒髪「まだ受け入れてくれなくてもいいから、笑って」

男「そっか。ははは」



ポニテ「な、なにこれ。なんぞこれー!?」

――自宅――

男「ただいまー」

男(……いつもなら、間髪いれずに妹っぽいのが出迎えてくれるんだが……あれ?)

……めろ、………れ!

男「……妹っぽいの、誰か来てるのか?」とことこ

やめろやめろやめろ! もう帰ってくれ!

男「ッ!? おい何事だ!」だっ


妹?「おねがい、もう、なにもいわないで」ぽたぽた

男「妹! ……っぽいの! 何があった!」がばっ

少女「――おや、もうお前が帰ってくる時間だったか」

男「……何でお前がここにいるんだよ」

少女「いや、昨日ちょいと尾行させてもらったよ。美少女のストーカーだぞ。ありがたく思えよ」

少女「それとさっきの台詞、間抜けだぞ。こういうときくらい『っぽいの』外してやれよ。勢いでごまかせたって」

男「どうやってここに来たかじゃない。何故ここにいるんだ」

少女「何故って、そりゃあアイスのお礼をしに来ただけだよ」

少女「うっそだっけどー」にたぁ


男「……いい加減にしろ」

少女「おいおい、いたいけな少女を目の前に青筋立てるなよ。泣いちゃうぞ?」

少女「それとその拳は何だ? 殴るのか? 花より儚い女の美貌を痣で殺そうっていうのか」けらけら

男「このッ」ぎりっ

少女「……まあ、満足したし一応話しておこうか。あ、殴るなよ。自分が痛いのは嫌いなんだ」

男「……」

少女「私がここに来たのはな、さくっと言うとお前の言葉が気になったからだ」

男(……妹っぽい奴の話か)

少女「たぶん想像通り、お前が言う妹っぽい奴が気になってな」

少女「あ、百合とかは無いからな。どちらかというと彼岸花が好きだから」


少女「それで昨日は家だけ特定して退散、今日の昼ごろ店を閉めてチャイムを押した」

少女「ところでそのせいで今日は収入0なんだけど、この薄幸系貧乏美少女に再び情けをくれたりしないか?」

男「……続けろ」

少女「おう。で、出たのはこの『っぽいの』。学校はどうした学校は」

少女「……ちなみにこのギャグの技法を天丼という。あ、急かされなくても続きは話すから」

少女「とりあえず鎌かけてみた。人外仲間で仲良くやろうぜーって」

男「……人外仲間?」

少女「そうそう、何を隠そう、この『っぽいの』は――」

妹?「やめて」

少女「おいおい、今更何を隠すんだよ。……外見、戻ってるぞ」

妹?「ッ!?」びくぅっ

少女「うぅっそだぁっけどぅぅぅぅお!」にぃたぁぁぁぁ


妹?「うあああああああっ!」がばっ

少女「おうっ!?」どたん

妹?「お前なんか! お前なんか! お前のせいで!」ごっ ごっ ばきっ

少女「お、痛い、痛いってこの」

妹?「何が仲良くしよう、だ! 何がカウンセリングだ!」ごすっ ごすっ

少女「……うぇーん男ちゃーん、このおねーちゃんがいじめるよー」

男(殴られながら、なんて軽口を……)ぞくぞく

少女「おい助けろよ、美少女がピンチのときを狙って現れるのが主人公とレイパーだろ」

妹?「黙れっってのぉぉぉ!」ごきぃっ


少女「……うん、そろそろ食べごろかな。いい加減痛いし」ぴとっ

妹?「……、あ」

少女「おりゃ」ずるんっ

妹?「……なんか、コレのために煽ってたんならそれはそれでいらつくんだけど」

少女「安心しろ、ただの趣味だ」ぱくん

少女「んー、熟成してないから深みは無いけど、パンチが効いてるね。あがってきた胃酸を無理やり飲み下したときみたいで旨いぞ」むぐむぐ

少女「あとできたてっていうのも良いね」ごくん

妹?「……ついさっきまでのあんたとの『思い出』だからね」

少女「ついでにこれももらっておこう」ぴと ずるん

妹?「ちょ、……何取ったの?」

少女「最初にお前が注文したやつだよ。これはなかなか旨そうだ」ぱくり ごくん

少女「おお……蜂蜜とバターをたっぷりかけたホットケーキみたいだ。のどに絡みつくわ口が渇くわむせるわで旨いぞ。星ひとつはくれてやりたい」


男「……なんか、置いていかれてるんだが、落ち着いたのか」

少女「あ、お前の私への怒りの思い出を取るのを忘れていたな。もうできたてとはいえないから今日はいいや」

男「そーかい」

少女「それじゃ、私はこの辺で失礼するよ。ご馳走様」すっく

少女「……ああ、いいもの食わせてもらったお礼だ。私の秘密を教えてやろう」

男「……何」

少女「私はな。思い出以外を食べても美味しいと感じない。味は分かるが、それで何かしら気持ちが動かされることはない」

少女「……例えば、ハーゲンダッツのストロベリーのクレープを食べようと、ガリガリ君を食べようと『甘い』としか思わないんだよ」にぃっ

男「そうか。帰れ」


男「やっと行ったか。何だったんだ」

妹?「……あ、あの人にお代払ってないや。最初に頼んだやつ千円分」

男「……忘れてたとかじゃないのか。今度あったら俺が払ってやろう」

妹?「うん、お願い。ありがとうね」

男(……あいつのねちねちした性格からして、忘れてるわけ無いよなぁ)

男(良い奴なんだか悪い奴なんだか。……間とって普通なのか。もしかして)

妹?「……ねえ、おにーちゃん。いえ、男さん」

男「ん?」

妹?「ちょっと、大事な話があるの」


妹?「私が何者か、という話なのですが」

男「……お前は妹っぽい何かだよ」

妹?「はい。私は『妹』を演じる人外です」

妹?「対象に近づくだけで、その人を洗脳できる人外です」

男「……話だけ聞くとずいぶんおっかないんだけど」

妹?「そうでしょうね。しかし実際は、お父様とお母様に、私が実の娘であると誤認させているだけですが」

妹?「細かく言うと、現時点での大まかな身長、体重、容姿や性格といった『設定』を頭に埋め込んでいます」

男「何のために、俺の妹を演じてるんだ?」

男「……いや、それ以前に。何で俺は、お前を妹ではないと分かっているんだ」


妹?「まず、男さんには私の洗脳が利かないとかそういうわけではありません」

妹?「ただ私が男さんを洗脳していないだけです」

男「何でまた俺だけ……」

妹?「それは、その、また後日」

妹?「さて、何故妹を演じているかに関してですが、単刀直入に言えば生きるためです」

妹?「私や同属は、どこかに寄生して生活させていただいています。大人になれば、どこかの作業場に寄生して『労働者』を演じますが――」

妹?「私のような子供は、大人になるまで一般家庭に『実子』として寄生し、育ててもらいます」

妹?「カッコウの卵が、自立して勝手に他所の鳥の巣に入るのをイメージしてくだされば分かりやすいかと」


男「つまり、居候している状態ってことか」

妹?「そんなところです」

妹?「……これもあまり言いたくないんですが、いい機会だから言っておきますね」

妹?「先ほどあの少女が言ったとおり、今の外見は私の本来のものではありません」

妹?「肉体を変形させて、こういう形をとっています。変身ヒーローとか魔法少女というよりは、怪人のような感じで形を変えるんです」

男「……ちなみに、本当の姿っていうのは?」

妹?「……人の形はしていますよ。少なくともシルエットは」

妹?「というわけで、お見せすることはできません」


妹?「……男さんさえよろしければ、これからもこの家の娘として生活させていただきたいのですが」

男(……家が狭いわけでもないし、特別貧乏ってわけでもないし)

男「いいよ。俺には君を追い出す理由が無いから」

男(最も、赤の他人を育てている父さんと母さんを思うとちょっとかわいそうな気もするが)

妹?「……ありがとう、ございます」



男(それから、妹っぽいのは俺と二人きりのときはおにーちゃんと呼ばなくなった)

男(これが彼女の素なのかは分からない)

男(それと、彼女があの日、少女に何を食べさせたのかは聞いていない。多分、聞いても答えてくれない)

男(……あと)

妹?「男さん、いっしょにゲームしましょう。傍から見て仲のいい兄妹であることも大切ですし」

妹?「男さん、買い物付き合ってください。傍から見れば私は妹なのでデートにはなりませんけど」

妹?「お、お、男さん! お風呂、一緒に入りま、せんか。ほら、仲のいい兄妹ならこれくらい――」

男(時々奇行に走ることが多くなった)

――数日後、高校――

黒髪「ね、ねぇ男、作ってきておいて何だけど、大丈夫?」

男「……ふ、ふ、ふ。男子高校生の食欲を舐めるなよ。弁当が一食分増えても問題なく美味しくいただける」

ポニテ「……いや、妹ちゃんの愛妹弁当もそれを考慮してボリューム満点って感じに見えるんだけど」

男「それでも、俺は……」カタカタカタ

男(あの日以来、妹っぽいのは俺のためにお弁当を作るようになった)

男(そして昨日、黒髪までもが俺のために弁当を作ってきたいと言い出した)

男(黒髪が何か命運を左右する事態に直面しているかのような顔で頼んできてくれたので、流されて承諾してしまった)

男(が、毎朝はにかみながら弁当を渡してくる妹っぽいののことを考えると『あ、明日から弁当いらないわ』などと軽薄なことが言えるはずもなく)

男(結論として、はっきりものが言えなかった俺が悪い)


男「なんとかなるだろ、なんとかする」もぐ

男「黒髪のも妹のも旨いしな」

黒髪「……同時に褒められるとあんまり嬉しくないものなんだね」

ポニテ「うーん……私達が手伝うわけにもいかないよね」

黒髪「他の人に作ったお弁当を自分で食べるのも間抜けだし」

ポニテ「何よりお二人の愛がこもってますからな!」

黒髪「そういう意味では、渡せずに自分で食べたバレンタインチョコを思い出すわ」

ポニテ「お、おおう? からかったつもりなんだけどなー」

黒髪「そうそう、小学校四年生のころの、2月14日。勇気を出してチョコとメッセージカードを渡そうとしたんだけど、その日男が休んじゃってね」

男「そんなことあったっけか」

黒髪「私にとっては結構ショッキングなことだったから。何でか分からないけど2月14日じゃなきゃ意味が無いって思い込んでたからっていうのもあるけど」

黒髪「その来年に引っ越しちゃったしね、私」

俺も気になる


ポニテ「そ、そういえば私、彼氏と付き合いだしたのもバレンタインデーだったなー」

ポニテ「……って、あ、その、ごめん」

男「……? 何が」

ポニテ「……なんでもない」しょぼん

黒髪(……何となく、思ってたけど。男を振ったのはこの人だったのか)

黒髪「……」ぎゅううう

男「スカート、そんなに握り締めると皺になるぞ。痒いのか?」

黒髪「え? ああ、そうそう。ちょっとすれてさ」

――さらに数日後、自室――

男(まだ諦めていないという言葉は本当だったらしく、黒髪からのアプローチは非常に多い)

男(毎日一緒に帰るのは当たり前、喫茶店やゲームセンターに寄り道して遅くまで一緒にいることもある)

男(流石に弁当は持ってこなくなったけど)

妹?「……男さん、最近遅いですよね」

男「うん、友達とちょっと寄り道することが多くなってさ」

男(そのせいで、今妹っぽいのから尋問を受けている)

妹?「ひょっとして、女の人ですか?」

男「そうだけど、別にやましい関係じゃないぞ」

妹?「……あんなに密着してたのに、ですか?」

男「……見てたのか」

妹?「ええ。私を何者かお忘れですか?」

妹?「姿を変えて私の存在に気づかないように洗脳すれば、ちょっと様子を見に行くくらい簡単なんです」


男「そういうキャラだっけ、妹っぽいの」

妹?「以前までの『妹のような何か』であればそうではありませんが、私の本性はこんなものです」

妹?「……嫌いに、なりましたか」

男「いや、そういうわけではない。心配してくれてありがとうな」

妹?「毎度思いますけど男さんって主人公体質ですよね」

男「……俺ってそんなにモテてんの?」

妹?「というか、天然ジゴロってやつですね」

男「実は意図的にやってるって言ったら――」

妹?「やめてください。いつか刺されたらどうするんですか」

男「冗談冗談」


妹?「で、実際どうなんですか。付き合ってるんですか。らぶらぶなんですか」

男「いやだからそういう関係ではないと。……ちょっと話せば長くなるんだけど」

………

妹?「もうすっぱり決めてしまいましょうよ。付き合わないなら付き合わない、付き合うなら付き合う」

男「うーん……関係が崩れるのが怖いというか」

妹?「まんざらでもないから放置して、モテてる自分に酔ってるんですね?」

男「……自分に酔ってるわけじゃないが、現状を楽しんでる部分はあるかも」

妹?「はあ……まあ男さんが何をしようと勝手ですが、ほどほどにしといてくださいね。女の嫉妬は怖いですよ?」

男「そこまで酷いことはしないから大丈夫。なんとか『ただの友達』にしたい」



妹?「……それでも、女の嫉妬は怖いものですよ」

――翌日、妹っぽいのの部屋――

コンコン

妹?「はーい、あいてるよー」

ガチャリ

男「ごめん、ちょっと相談が」

妹?「男さんでしたか。助けになれるのならお助けしますよ」

男「ありがとう。……昨日、黒髪の話しただろ?」

妹?「男さんにべったりな女の子のことですね。何かありましたか?」

男「いや、家に招待されたんだけど、断るべきかな」

妹?「――ッ、家に、ですか」

男「うん。親がいないから、遅くまで好き勝手騒げるよって」

妹?「……遅く、まで」

男「実は前々から誘われるたびに煙に巻いてたんだけど、流石にそうも行かなくなってさ」

妹?「何度も、誘われてたんですか」

男「え? ああ、うん。そんな疚しいことにはならないと思うけど、一応警戒したほうがいいかなって思ってうやむやにしてたんだけど」

妹?「それでも、何度も、諦めずに」

男「うん、だからそろそろ折れちゃいそうでな」

男「……妹っぽいの、どうかしたか?」

妹?「………ごめんなさい、男さん」

妹?「それでもやはり、先手を打つ必要があるみたいです」

男「いや、何を言って――」




妹?「『私は』『貴方の』『恋人です』」






――翌日、高校――

男「誘ってもらって申し訳ないけど、やっぱり黒髪の家には行けない」

黒髪「……そっか。あ、じゃあさ――」

男「悪い、多分その誘いにも応えられない」

黒髪「ッ、そうだよね。こんなにしつこいと、嫌いになるよね。分かってたんだけど、止まらなくて」

男「そうじゃないけど、……恋人が、できたんだ」

黒髪「なッ……!?」

男「本当にごめん。だから、これからは友達として――」

黒髪「……保健室、いってくる」がたっ たたたた

男「……やっぱり、こういうのって駄目だったんだよな」

――昼――

ポニテ「黒髪さん、保健室行ったきり見てないけど……男、何したの?」

男「ああ、……恋人が出来たって話をした」

ポニテ「うぇ!? 誰に? 誰と?」

男「俺に恋人が出来た。女っていうんだけど」

ポニテ「んー、知らないなあ。後輩とか?」

男「いや学校は別」

男(……というか、中学生なんだよなぁ)

ポニテ「なんだー。……それにしても」

男「どうかしたか」

ポニテ「いや、言ってて自分勝手だと思うんだけどさー、何か釈然としねー」

男「は?」

ポニテ「私に振られてた男が恋人できたよ自慢してるのがなんか気に食わねーのですよ」

男「そいつは随分自分勝手な」

ポニテ「あとなんか、男から幸せオーラを感じないのです」びしっ

男「指差すな。ってか、幸せだぞ俺」

ポニテ「ほんとにー?」ぐりぐり

男「蜻蛉取ろうとするな。本当だ本当」

男(多分、だけど)

――帰路――

女?「男さんっ」がばっ

男「うおっ……て、女か。何でこんなところに」

女?「男さんが帰ってくるのが待ち遠しくて、ついここまで迎えに来てしまいました」

男「おお、ありがとう。……手でもつなぐか?」すっ

女?「……はいっ」きゅっ

女?「えへへ……」

男「そんなに嬉しいものか?」

女?「そりゃあもう……『大好きな』『恋人と』手をつないでるんですからね」

男「かっ……そうだな。俺も嬉しいよ」きゅっ

男(そう、嬉しい。嬉しいはず、なんだが)

――自宅――

男「ただいまー」

妹?「おかえりなさい」

男「……あれ、いつ変わった?」

妹?「複数の外見を使うこともよくありますからね。一瞬で着替えれますよ」

男「そりゃすごいな。朝便利だ」

妹?「男さんでしたら、その、目の前でゆっくり、服だけ着替えてもいいんですよ?」

男「……はは」

男(何で、冷めてるんだ、俺)


男(妹っぽいの、かつ女っぽいのは俺の恋人だ)

男(最初は妹として我が家に居候していただけだったが、突然俺に告白してきて、それで付き合い始めた)

男(そう、恋人としてお互いを認めている。だから俺は、あいつにどきどきしたり、ちょっとむらむらしたりする)

男(……そういう、記憶はある)

妹?「男さん、その、これから私の部屋に来ませんか?」もじもじ

男「ああ、手を洗ってからな」

妹?「先に洗って待ってますっ」たたたた

男(それでも。……それでも、どきどきもしないし、むらむらもこない)

男(無論、ノンケだ。インポテンツでもない)

男(だから俺はあいつにどきどきしたり、欲情しなければ、恋人として失礼だっていうのに)

――妹っぽいのの部屋――

男「おじゃましまーす」

妹?「い、いらっしゃいませー」

男「それで、何しようか。いつもみたいに、雑談とか?」

妹?「……男さん、忘れたんですか? 『今日は』『お父さんとお母さんが』『帰ってこない』んですよ」

男「っあ……そうだったな。ええと、理由は――」

妹?「『久々に』『夫婦水入らずで』『外泊したい』からですよ」

男「ぎっ……そうそう。相変わらずラブラブで複雑だ」ははは


妹?「もう……ここまで言わせて、分からないんですか?」

男「……何のことだ?」

妹?「ねぇ、男さん――」

 そう言って、彼女は身を擦り寄らせてくる。
 控えめながらも立派に自己主張をしてくる胸を押し付けながら、彼女は俺に寄りかかる。

妹?「――しましょう」

 家には誰もいないからそんな必要は無いのだが、潜めた声で彼女はささやく。
 俺だけに届けたい声なのだ、と言いたいのが、なんとなく分かった。
 けれども、相手は中学生。それに何故か分からないが、そういった気分にはなれない。ここは申し訳ないが、氏らを切ってやりすご――

妹?「――『しましょう』」

xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx、あ。

 その内容を理解した俺は、すぐに彼女をベッドに押し倒した。


妹?「……もう、誘った私が言うのも変ですが、がっつきすぎです」

 彼女の紅潮した頬が、俺の目の前にある。俺を責めるようなことを言ってはいるものの、どこか幸せそうだ。

妹?「まずは、キスから……」

 彼女の唇が、俺の唇と重なる。まずその熱っぽさを意識したが、数秒、数十秒と続けていくと彼女の唇が震えていることが分かった。
 このまま硬直しているのも、これから性交を控えた恋人としてはなんだか不十分な気がして、舌を入れてみることにする。

妹?「ん、むぅ、はぁ……ちゅぷ」

 水音と、彼女の喘ぎ声が空中に融けて混ざり合う。唾液も混ざり合い、舌は絡み合う。
 どくん、どくんという彼女の脈拍が、唇越しに感じられるような気さえした。そろそろ頃合かと思って、唇を離す。
 絡まった舌がゆっくりと解かれ、透明な糸が舌の先に橋を渡し、崩れる。

妹?「初めてで、舌を入れるなんて……嬉しい、ですけど……」

 そういえば、俺もはじめてだったなあ、なんて思っていると。
 彼女の細い指が、俺の陰部をくすぐった。そこでようやく、自分が興奮していることに気づく。


妹?「ふふ、男さんの準備は、整ってるみたいですね……」

 そういうと、彼女は悪戯に笑う。何となく、嘘をついていたことを明かした少女を思い出した。
 ハーゲンダッツもガリガリ君も甘いだけ、と言ったときのあの顔だ。
 あいつもあいつで、悪戯好きな女の子だと思えば可愛げがあるかもしれない。

妹?「実はその、私も……」

 にちゃり、という粘性のある音。見ると、彼女は自分の股間に手を当て、指をゆっくりと動かしていた。
 そのまますうっと手を持ち上げ、彼女は俺に愛液を見せ付ける。
 どう反応したらいいのか分からなかったため、とりあえず舐めてみた。無味だ。

妹?「ちょっと早いかもしれませんけど……いいですよ。来てください」

 顔を真っ赤にしながらも、彼女は余裕を装って、俺を誘う。


妹?「実を言うと、もう下着は脱いでますから、そのまま一気に来てください」
 
 言っていて恥ずかしくなったのか、彼女はその真っ赤な顔を背ける。
 鼻筋が通っていて、骨格も美しい。横顔も美人なんだな、と素直に思った。

妹?「それとも、全裸になったほうがいいですか?」

 コマの飛んだ映画のように。何の前触れもなく、彼女は一糸纏わぬ姿となる。

妹?「それとも、ショーツをずらして挿入したいですか?」

 またも突然、彼女の股間が薄桃色のショーツで覆われる。

妹?「靴下はどうしましょう? あったほうがいいですか?」

 言うと、彼女の足に白い靴下が現れ、

妹?「眼鏡でもかけましょうか?」

 言うと、彼女は赤いフレームの眼鏡をかけていた。


妹?「体格も変えられますよ。おっぱいはもうちょっとあったほうがいいですか? それとも本当につるつるのほうが?」

妹?「身長はこれでいいでしょうか。もう少し小さいほうが可愛らしいですか? それとも背の高いお姉さんのほうが色っぽいですか?」

女?「顔も変えられますよ。やはり恋人としてするならこの顔のほうがいいでしょうか。それとも妹の顔ですか? それとも赤の他人? アニメキャラにもなれますよ」

 言うたびに、胸が膨らみ、無くなり。
 背丈が縮み、そして伸び。
 顔が変わる。

黒髪?「ちょっと不満ですけど、こんなこともできます」

ポニテ?「構いませんよ。愛してもらえるのが私であることには変わりませんから」

少女?「男さんが何を言っても、わがままじゃありませんから」


 一秒一秒、一瞬一瞬。
 姿と声を、彼女は変容させる。

妹?「――さあ」

 そして彼女の全てが、俺の知りうる最初に戻り、

妹?「貴方が大好きな私を、愛してくださいっ」

 とびっきりの笑顔で、彼女はそう言った。


男「……あー」

 だが。
 それでも、俺は彼女を抱きたくない。抱くわけにはいかない。

男「ごめん、少なくとも今は無理だ」

 欲情はする。異性がこんな姿で俺に覆いかぶさられているのだ。男ならば誰しも興奮するだろう。
 だが。

男「ごめん。……今言うのは、とても酷いことだとは分かっているけど」

 男根は怒張し、制服の下を突き上げている。その熱を早く目の前の女の膣に叩き込みたいと全力で訴えている。
 だが。

男「俺は、君に恋していない」

 据え膳食わぬは男の恥とは言う。
 だが、自分が恥をかきたくないがために彼女を陵辱するのは、よほど人として恥ずかしいことではないだろうか。


妹?「――え」

 彼女の笑顔が破壊される。
 虚を突かれたような顔をした後、すぐに泣きそうになる。

妹?「何で、ですか」

 何故、と彼女は問う。
 改めて理由を聞かれると答えようが無い。どうしたものかと考えr

妹?「『恋して』!」

xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx
 ぐが。

妹?「『恋して』! 『恋して』! 『私を』『愛して』!」

xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx
 ぐぎぃ。あーあーあー。

妹?「『私だけ』『見て』! 『私だけに』『恋して』! 『私だけを』『愛して』!」

xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx
a a a  lalala

妹?「『私だけを』『好きになって』!」

xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx
 あー


妹?「……? ………!?」

 なにか いっている

妹?「……!? ……! ……!」

 なにか いっている

妹?「……。……。…………。」

 なかない で


少女「おや、気がついたか」

 未だ激痛に苛まれる頭が理解したのは、そんな声だった。

男「……あれ、何で、お前が」

少女「だってー、あの偽者編っぽい流れでー、私の出番無かったしー」

男「ごめん、頭痛が酷くなるから真面目に頼む」

少女「ちっ。偽者が私に泣きついてきて呼び出されて解決した。それだけだ」

 偽者って、妹っぽいのの事か?
 ――あ、あ、あ。

男「思い、出した」

 そうだ。妹っぽいのは俺の恋人に『なった』。
 その後迫られて、それで――


男「――ッ」ずきん

少女「ん、まだ痛むか。まあ無理もない。強引に頭の中を書き換えられてたんだし」けらけら

男「……俺に何が起こったんだ」

少女「ああ、あいつの洗脳はどうにも不細工なものらしくてね」

少女「すりこみとか暗示とかじゃなく、……そうだな。文字の上に木の板を貼り付けて、その上に別の文字を書くことで記憶を書き換えるみたいだ」

少女「ちょこっとお前の記憶を表面だけさらってみたんだが、いやあでこぼこで角ばってて気持ち悪かったぞ」けらけら

少女「あんなになったら、精神崩壊起こしても許されるだろうな」

男「つまり、あいつの洗脳の副作用で俺は倒れたってことか」


少女「そのとおり。……いやさー、泣きつかれても診断しかできねえっての」ぐちぐち

男「……? お前が治療してくれたんじゃないのか」

少女「いや。洗脳はかけた本人しか解けないみたいだったんでな」

男「ならあいつがお前に助けを求める必要は無いんじゃないか?」

少女「そうだな。でもあいつはそれが出来なかった。……ま、その理由は本人に聞けよ」

男「そうだ、妹っぽいのはどこにいる」


少女「お・し・お・き♪」

男「……はぁ?」

ガタッ ガタンッ

男「っ! 隣の……俺の部屋からか」がばっ ずきん

男「いだだだ……」よたよた

少女「行くのはやめといたほうがいいぞ。童貞には刺激が強すぎるからな」けけけ

男「……何をした」

少女「え? 拘束電マ」


少女「いやあ盛りのついた雌犬にはこれかなーと」

男「……お前のキャラが掴めないんだが」

少女「どう見ても花も恥らう虫一匹殺せない病弱系箱入り清楚美少女だろ何いってやがる」

男「よくわからん。……何にせよ、あんまりやりすぎないでくれよ」

少女「うん。もう三日経つからな。そろそろ外してこよう」たたた がちゃん

男「……うん」

 とりあえず、悪いことはしないようにしよう。


少女「ただいまー。なんかガックガクになってたから代わりに私が説明するぜ!」

 そりゃそうだ。

少女「簡潔にいうとな。一度解いた洗脳は二度目は効かなくなるんだと」

男「――あ」

 そうか。それで。
 一度『好きになる』『恋する』といった洗脳をしてしまって、それを解きたくなかったから――って、

男「これで気づいたらナルシストって事になるのか、俺」

少女「気づかなかったら女の敵ってだけだよ。想像通り、お前を強制的に惚れさせることが出来なくなるからだ」

 ……いやまあ、『恋人です』とか洗脳されたことから気づくべきだったんだろうな。うん。

少女「なんだかんだ言って、結構主人公体質じゃないか」くっくっ


少女「やりすぎてお前を壊してしまった。治したい。けれど洗脳は解きたくない」

少女「ってわけで、あの偽者は人外である私の足を舐めることになった。……舐めたいなら、その、お前なら舐めていいんだぞ。ぽっ」

男「続けてくれ」

少女「いい無視だ。ぞくぞくする。……さっきも言ったとおり私には何も出来ない。だからあいつをいじめて……もとい、説得して洗脳を解かせたんだよ」

男「……説得の仕方は?」

少女「心の傷に塩を塗った後によくもんだよ」

男「お前らしいな」


がちゃり

妹?「……」かたかたかた

男「おお、妹っぽいの。もう大丈夫なのか?」

妹?「……ごめ、なさ」

妹?「ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」がばぁ

男「のわっ!」

妹?「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」ぎゅううううううう

男「わ、分かったから。痛いからそんなに腕を掴むな」

妹?「きらいに、なら、ないで」ぼたぼた

男「……」


男「大丈夫だよ。実際にされたことはちょっと問題あるけど、それでも好きになってくれてありがとう」

 自分で思うのは何だが、彼女は俺に恋していた。
 恋を成就させるために必死だったんだ。そんな彼女を、俺は責めることはできない。

妹?「……ひっ、ぐ」

妹?「……うぁあああああああああ」

 聞いて、彼女はただ泣く。落涙は雨どいを流れる水のようにとめどない。

男「……よしよし」

――翌日、校門前――

男(あの後、彼女は泣きつかれて寝てしまった)

男(少女は食いそびれたとか何とか言いながらへらへら笑って帰った。謎が多い)

男(で、今朝起きたら妹っぽいのの姿が見えなかったんだが――)

黒髪「何!? いきなり何!?」あたふた

妹?「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

男(校門前で土下座してた)

妹?「……っあ、男、さん」

黒髪「男、この子何なの……?」


男「えーと、ちょっと長くなるんだけど」

男「その前に、場所を移動しようか。ここは流石にまずい」

黒髪「え、でもhrは……」

男「さぼっちゃえ。こいつをこの状態で待たせるのも可哀想だし」

妹?「ありがとう、ございます」ぐすぐす

黒髪「じゃあ……そこの、狭いところに――」

妹?「ちょっと待ってください……」すっく

妹?「外野の皆さん。『今朝は』『何事も』『無かった』」ずぉっ

――学校付近、狭い路地――

男「……びっくりした。あんなに広範囲に、しかも一瞬でできるものなんだ」

妹?「声を出さずに洗脳するときはかなり接近する必要があるんですが、声なら届く範囲全てを洗脳できます」

男「その、例の副作用とかは」

妹?「あっ……だ、大丈夫、です。一度、だけなら、大したことは、おこりません、し」かたかた

男「ああ、悪い。でも確認したかったからさ」なでなで

妹?「男さん……」ぐすぐす



黒髪「ええーっと。なんぞこれー、だったっけ」

少女「置いてけぼりの貴様にこの銀河系一の美少女である私が割りと適当に説明してやろう」すたっ

……

少女「とまあ、こんな感じだ。要約するとかくかくしかじかってことだな」

黒髪「その要約はいらないと思うんだけど……うん、何となく分かったよ」

妹?「本当に、すみませんでした!」がばあ

黒髪「いや土下座はもういいからっ。……正直、話が衝撃的過ぎて何がなんだか分からないのよ」

黒髪「やっと土日挟んで落ち着いてきたのに……」

男「あー、ごめん」

少女「ちなみに男きゅんの両親は外泊したら若い頃を思い出したらしくそのまま旅行したんだと。よって気づいてないよと読者の皆に報告だ」

黒髪「……え?」

男「こいつはいつもの事だから気にしないでくれ」


黒髪「ところで話のとんでもなさに圧倒されて気づかなかったんだけど……このちっちゃい子、何?」

男「少女は……えーと、知り合い?」

黒髪「こんな小学生くらいの子とどうやって知り合ったのよ……」じとー

少女「セフレだ」

黒髪「は!?」

少女「夜な夜なお互いの身体だけを求め貪りあう爛れたギブアンドテイクの関係だよ、若造」

男「お前もう黙ってろ」

少女「すまんジョークだ。本当は愛人」

黒髪「えぇ!?」

男「お前もう黙ってろ」


少女「黙らせてみろよ……ちょっと強引でもいいぞ?」にぃ

男「はいはい手で塞いであげましょうねー」むぎゅ

黒髪「……そんな人だったなんて」

男「いやだからこーいう奴なんだよ。今のは全部ジョーク。妹っぽいのの話を除き」

妹?「……」しょぼり

黒髪「えっと、妹っぽいのさん、でいいの?」

妹?「はい、好きなように呼んでください。売女とさげすんでいただいても構いません……」

黒髪「……この子もいつもこんな感じ?」

男「そういうわけではない」


黒髪「えっと、多分君がしたことはとても悪いことで、特に私は怒ってもいいことだと思う」

黒髪「思う……んだけど、ちょっと気が動転してあんまり怒りがこみ上げてこないというか」あはは

妹?「……出直します」

黒髪「へ?」

妹?「お願いします。落ち着いてきて、しっかり怒れるようになってから、罵倒してください」

妹?「そうでないと、そうでないと、わたしは――」

黒髪「――大丈夫だよ。今の私が、責任を持って君を許す」

黒髪「そんなに思いつめてるんだから、反省は十分だよね?」


妹?「黒髪、さん」ぼろぼろ

妹?「……っ、私、貴女のような優しい人を、傷つけるようなことを」ぼろぼろ

黒髪「そう思ってくれるなら、なおさら許さなくっちゃね」にこっ

妹?「ありがとう、ございます」

黒髪「あ、でも抜け駆けはひどいよー」

妹?「……それ言ったら、黒髪さんだって男さんと仲良く寄り道を」

黒髪「それはほら、えーと妹っぽいの? さんは一緒に暮らしてるわけだし、ハンデってことで」


黒髪「でも負けないからね。かならず男と相思相愛に!」

妹?「……私も、負けません」



男(いやぁそっちのけで和解しててよかったなーとは思うんだけどさ)

少女「ふぁ、くちゅ……れろ」

男(俺の指を艶かしく舐めるのはやめてほしい)

少女「んむ、……はむ」

男(あと舌で指を一本引き寄せてしゃぶりつくのも止めろ)

男(でもいい話で終わりそうだから下手に発言できない……それ分かっててやってんだろうなこいつ)

少女「んくくくく」にぃぃぃぃ

――高校、昼休み――

ポニテ「今日はどうしたの? 万年遅刻だけはしない系男子として戦ってきた男にしては珍しい」

男「ちょっと妖怪垢舐めに出くわしてね。アルゼンチンバックブリーカーで成敗しようとしたけど逃げられたよ」

ポニテ「……財布でも盗まれたの?」

男「それだと俺は偽者になるな」

男(あの後。少女がにやにやしながら二人の思い出を食べようとした)

男(黒髪は『思い出を食べる』ことに半信半疑だったこともあって直ぐに食われてた。薄味だと言ってげんなりしてた)

男(そして妹はそれを拒否。……暫く罪悪感をかみ締めて、慎重に行動したいそうだ。少女はまたも食べそびれてむすっとしてた)


黒髪「私も高校に入ってから遅刻したの初めて。……えっと、寝坊して」

ポニテ「あー、そういえば今日はなんかぼんやりしてるもんねー」

男「――なあ、悪い思い出って、必要なんだろうか」

黒髪「……」

ポニテ「え? ……うーん、無いに越したことは無いと思うけど」

男「そうだよな。嫌な思い出は忘れたいし、あんまり意識したくないよな」

ポニテ「急にどうしたのよ」

男「男性は唐突に哲学を始めるものだよ。そしてそんな自分をかっこよく思う」

黒髪「……ポニテさん、中学の男ってかっこつけたがりだった?」

ポニテ「そういえばそうかも。ちゅーにびょー、って言うんだっけ?」

男「人を病人あつかいしてんじゃねえ」

――夜、自室――

妹?「では、おやすみなさい」

男「うん、おやすみ」

かちゃ ぱたん

男「……」

 授業中、帰路、夕食中……しばらく、考えていた。
 悪い思い出は、果たして捨ててしまえばいいものなのだろうか。

 捨ててよかった例としては、まず俺自身があげられる。
 失恋の思い出を食べてもらったお陰で、黒髪やポニテとまた仲良くなれた。

 だが……おそらく俺のせいで、黒髪はきっと救われない。
 俺が失恋を引きずっていれば、それを連想させる黒髪とは距離をとっただろう。そうすれば、彼女も俺を諦めたかもしれない。

 俺が彼女と付き合えば救われるかもしれないと思ったが、それも違う。
 妹っぽいのの一件で、それは表面上の関係だけで終わってしまうと分かったから。


男「……」

 解決する方法としたら、俺から一方的に振るくらいしか思いつかない。
 時間が経って想いが冷めるのを待つだとか、黒髪が他の人に恋をするだとか運の要素が強い希望は捨てるとして。

 そのときは、黒髪との友人関係を諦める他あるまい。
 残念なことだし、そうなったら俺も彼女も傷つくだろうが、そのときはまた食べてもらえば――

男「――、あ」

 そういうことか、と理解した。

男「まさか、少女もそれを狙って?」

 勘繰りすぎだとは思う。けれど、わざと相手を煽って食料を作るような奴だ。可能性はある。


男「なるほど」

 少女が何かを狙っているかはともかくとして。
 妹っぽいのが言っていたことが分かった気がした。

 あまりにも簡単すぎる。
 けれど俺は、少女に救われたということでそれを考えないようにしていたんだ。

男「明日、帰りに寄ってみるか」

 憎まれ口は多く叩くが、嘘を吐き通すことはあるまい。
 なんとなく、彼女は悪人ではないと思うのだ。

――放課後――

 かん、かん、かん、と錆の目立つビルの屋外階段をのぼって、少女の店を目指す。
 最初に来たときは、手書きの胡散臭さ満点のビラを見て来たんだったか。

 このビルにいるのは、どうやら少女だけらしい。どの階を見ても人気が無かった。
 そもそも少女も正式な形でここに店を出しているのかどうか――と。

――ン、ハァッ、アンッ

男「……?」

 少女の店がある三階に着いたとき、妙な声が。
 胸騒ぎを覚えつつ、慎重に慎重に、足を運ぶ。

 嫌な予感しかしない。
 そして、その予感を嫌だと思う自分の心理が分からない。






少女『――あんっ、そこ、いいっ、はぁんっ!』パンッ パンッ

――壁越しに。

 聞こえたのは、嬌声と、柔らかい肉が打たれる音。







男「――ッ!」

 どくりどくりと鼓動がうるさい。
 耳鳴りも酷いし口も渇いた。

少女『ん、――はあぁっ、んあぁぁっ!』

 嬌声は尚も響く。
 壁越しだというのに、随分と脳に来るものがある。

男「ぐ、う」

 吐く前に。ここから逃げよう。
 これが何かはその後考えよう。そうやって俺が踵を返すと、

少女「……」にぃぃぃ

 そこに、いた。


男「……は?」

 壁の向こうの嬌声と肉の音はなおもなり続けている。
 にも関わらず、正真正銘、少女が目の前にいる。

少女「やーいやーい、ひっかかったー」けたけたけたけた

 わざと子供っぽくしたような声で、そんなことを言う。

男「何が、どうなって」

少女「録音だよ、ろーくーおーん」にぃっ

少女「いやあお前が来るのにあわせて流そうと思っててな。事前に録ってた」

少女「窓からお前が見えたんでやってみたんだが……くくっ」ぷるぷる


男「……じゃあこの、パンパンいってるのは」

少女「ん? ああ、するときに自分で尻を叩くのが好きなんだ。なかなかいいぞ」

少女「さて、それじゃあからかわれて不快なキミの思い出、たーべちゃーうぞー」ぴと ずるん ぱく

少女「……む? え? あれ?」

男「……何だ。どうかしたか」

少女「この味って、怒りとかじゃなくて、え?」

少女「……っ!!!」かぁっ ばたん

 顔を真っ赤にして、少女は部屋に逃げ込んだ。再生も止めたようで、もう音は聞こえない。

――翌日、思い出消し屋――

少女「いや、なんというか、その」

少女「……昨日はすまん」

男「何か珍しいな、お前が謝るなんて」

少女「やかましい。私だって悪いと思ったら謝る」

少女「それで、昨日は何の用事だったんだ」

男「ああ、妹っぽいのの件でお礼を言いにきたのと、あと一つ質問があってな」

少女「質問? 確かに私は超秀才風美少女だが学校には行ってないから勉強は教えられんぞ」

男「この店を開いている理由についてだ」


少女「そんなもの、嗜好品調達と生活費のためだよ」

男「それは分かるが、こんな辺鄙なところで、しかも一回千円で儲かる理由がわからん」

男「この店をやっていけてる理由、って言った方がいいかな」

少女「……まるで何か考えがあるみたいじゃないか」

男「うん。といってもそれでお前を責めるとかじゃなくて、ただ答えあわせがしたいだけなんだが」

少女「言ってみろよ」

男「こんな場所で、あの不器用なビラだけで新しい客を手に入れるのは難しい。リピーターが多いんだろう」

男「それは――皆、同じ過ちを繰り返すから」

男「後悔も反省も罪悪感もみんなそっくり食べられて、悪いと知っていても歯止めが効かなくなってるんだ」


少女「……はっは、そりゃあただの副産物だよ。別にわざとそれを引き起こしているわけじゃあ無い」

男「悪い思い出を中心に食べてるのは、そのためじゃないと?」

少女「……それも、私の趣向だ。だから後悔を食べてまた失敗させて後悔させてそれを食べるなんてループを狙ってやってるわけじゃない」

少女「さっきも言ったとおり、小卒なもんでね。頭が悪いんだよ私は」くっくっ

男「……そっか。悪い。失礼なこと聞いた」

少女「構わんよ。私は懐広い系女子であり、寛大系女子でもあるとも私の中で言われてるからな」

少女「しかし……その分お礼は弾んでもらうぞ」にいっ


男「ああ、それなんだけど、何がいい?」

少女「おいおい自分で考えろよ。内臓とかねだるぞ」

男「いや、何すれば喜ぶか分からなくてな。食べ物は駄目だし、かといって悪い思い出なんて意図して作れるものじゃないし」

少女「んー、そりゃそうか」くくっ

少女「そうだなーぁ、折角だから無理難題でも頼んでみるか? 命の恩人として」

男「……やっぱあれ、ほっとけば死んでたのか俺」

少女「いや死にはしないけど、突如人間になってしまった蛸みたいになるところだったな」

男「例えがわかりづらいな」


少女「それはともかく……あ、そーだ」

少女「あの、だな。……よし、私が飽きるまで雑談に付き合え」

男「そんなことでいいのか?」

少女「そんなこと、というがな。私の口の悪さはしっているだろう。それともマゾヒストなのか? うぃんうぃんな関係とか言うのか」

少女「あ、ちなみにwinwinだぞ。ロボットじゃないしosも関係ないぞ」

男「まあ、いいや。被虐趣味は無いけど、お前と話してるのは割と楽しかったりするし」

少女「……っ! 言ったな。トラウマにしてやる。三日三晩トラウマを植えつけてやる……!」

男「え、日付跨ぐの?」


少女「そうとも。怖気づいたか? 男に二言はあるのか?」にまにま

男「いや親が家にいるんだが。学校もあるしちょっときつい」

少女「む。……じゃあ放課後毎日来い。私がもういいって言うまで来い」

男「了解。事前に話のネタを考えておくことにするよ」

少女「いい心がけだな、褒めてやろう」くっくっ

少女「さて、ではまず何を話そうか――」うきうき

男(話してるのが楽しい、というより)

男(楽しそうに話してるのを見るのが楽しいんだよなあ)

……

少女「――む、もうこんな時間か」

男「あ、本当だ。連絡入れといたけど流石にもう帰らなきゃな」

少女「いやあ、実に久々に話し込んだよ。楽しめた」くっくっ

男「俺も楽しかったよ。……さて、また明日」がたっ

少女「ああ、また明日」

男「ああ、最後に一つ。……昨日食べたのって、結局何だったんだ」

少女「んなっ、……あれは、その」

少女「いいから帰れ! さっさと帰れ!」

男「ん、悪い。じゃあな」


 その翌日も、

少女「全く、お前は何でそんなに冴えない顔をしているのにモテるのだ。全非モテに謝罪しろ」

 その翌々日も、

少女「あー、そう、アレは50年前だったかな。その気にさせて振って、そいつの絶望を食べるのが趣味だった頃もある」

 一週間後も、

少女「100年前の話だがな、私はそのころから美少女だったぞ。今は銀河系一のチート級美少女だが」

 二週間後も、

少女「んー、正直もう話題が無いんだがな。いい菓子はあるぞ。私はいらんから食っていけ」

 それ以降も、その時は続いた。

――一ヵ月後、思い出消し屋――

少女「ふむ、まいった。そろそろお前も根をあげてくると思ってたんだが、意外と耐えるな」

男「耐えるも何も、実際楽しいから苦じゃないんだけど」

少女「む。……何だ、このいたいけな少女を誑かそうというのか。この世間知らず系見知らぬ人にほいほいついていきそうな美少女第一位になったことがない私を」

男「……そうかもしれない」

少女「なぁっ!?」

男「うん、正直自分でも不思議なんだよな。普通だったら、共通の話題もない人とこんなに長々と話してられないし」

男「なら、俺がほれてるとかそれくらいしか考え付かないかなーと」

少女「ぐ、ぬ、やるじゃないか。私を狼狽させるなんて」


少女「……というかな。毎度思うが何故お前はそうも図々しいのだ。恥じらいはないのか」

男「知人がやたらと積極的でね。感化されたかも」

少女「ちょうどいい。その知人とくっつけばいいじゃないか。そのお前の人格に影響した知人と」

男「お前は、俺のことが嫌いか?」

少女「――っ」

少女「卑怯だな、お前は。実に卑怯だ。人間ではないと思えるほどだ」

男「人外同士、丁度いいって解釈はどうかな」

少女「例えそうだとしても、私にそんな資格は無いよ」

少女「よって、この話はおしまいだ」

 彼女はどこか憂いのある顔で笑って、それから俺の額に――ぴとり、と触れた。
 一呼吸置いて、淡い光を放つ塊が、そこから抜き取られる。


男「――あ」

少女「お前の、私との思い出全部だよ。これで一片も残さず全部だ」

 その光に照らされた彼女の顔は。
 恍惚としていて、絶頂を迎えていて、笑いを堪えていて――泣きそうだった。

男「そうか」

 それでも、俺は何も感じない。
 よく知ったはずの人なのに、赤の他人としか見れない。
 よく知っているはずなのに、他人など知ったことではない。

少女「じゃあな。何も感じずに私の前から消えろ」

 背を向ける少女が言うとおりに、俺はその部屋を後にした。
 それは誤った選択なんじゃないかとも思ったが、どうでもいいかとしか思えない。

 静かに戸を閉めて、錆付いた階段を下る。

――自宅、妹っぽいのの部屋――

妹?「男さんのほうから私の部屋に来るなんて、珍しいですね」

妹?「……私は、あんなことをしたのに」

男「……それはもう終わった話だろう」

妹?「終わらせたくないんです。終わらせては、いけないんです」

男「……ああ」

妹?「男さんは迷惑に思うかもしれませんが、それでも私は、自分のやったことを重く思いたいんです」

男「それは、何故だ」


妹?「もう二度と同じ間違いを犯さないため、というのが一番ですが――」

妹?「――以前の私を、間違ってしまったその私を殺してしまうことになりそうで」

妹?「やりすぎてしまった私も、それを許してもらった私も、全部、紛れも無く『私』なんです」

男「……強いな、妹っぽいのは」

妹?「へ?」

男「憧れるほどに、強いよ」

妹?「ありがとう、ございます」

妹?「でも、可愛いって言ってもらえたほうがうれしいかなー、なんて、ごめんなさい」てれてれ

男「ごめん。……ごめん」


妹?「な、何で男さんが謝るんですかっ」おろおろ

 例えばの話。
 今、この場で唐突に彼女を抱きしめても、彼女は僕を受け入れるだろう。

 抵抗をすることは無いと思う。もしかしたら、向こうも手を俺の背に回してくるかもしれない。
 その上で愛でも囁けば、彼女と恋仲になるだろう。

 そうすれば。
 そうすれば――先ほどから覚えている虚無感も消えうせるだろうか。

 多少はましになるだろう。
 ただ、ほんの少しでしかない。

 四角い穴に、三角形のブロックを押し込むようなもの。
 いつか外れて、ブロックは落ちて砕ける。


妹?「あの……男さん?」

 それでは根本的な解決に繋がらない。
 無くした四角いブロックを探して、その穴にはめ込む必要がある。

 しかし問題は、今の俺はその四角いブロックに重要性を感じていないということ。
 他の何か、例えば粘土でもつめてしまえばいいじゃないか。変幻自在な妹っぽいのという粘土を。

 それでも、それは駄目だと知っている。
 かつての俺は、四角いブロックの重要性を知らずに感じていた。

男「ごめん、妹っぽいの――俺は、少女が好きだった」

 そして今こそ思い出さなければいけない。
 かつての俺が恋した少女の愛しさを。


妹?「――!」

 過去形であることに含めた意味を、しっかりと覚ってくれたのか。
 妹っぽいのは、驚愕し、目を潤ませる。

男「突然で、ごめん。期待させて、ごめん。……煮え切らなくて、ごめん」

妹?「……ひどいですよ。突然、振るなんて」ぽろっ

男「……ごめん」

妹?「それでも、ありがとうございます。私の未練を、しっかりとした形で断ち切ってくれて」

男「……」

妹?「……なんて、私を許してくれた男さんの真似ですけど」にこっ

 細めた目から、とどまっていた涙がぼろりとこぼれる。
 俺は今の彼女の真似をするつもりは無かったが、それでも同じような形で涙を流してしまった。

――翌日、放課後の学校――

黒髪「……随分と切羽詰まった顔で呼び出されたから、期待はしてなかったけど」

黒髪「まさか本当に小児性愛者だったなんて」

男「……ごめん」

黒髪「それ無しにしてもさ、ポニテさんと一緒にご飯食べてるときに言うのやめて欲しかったな」

黒髪「彼女、どういうことか判断しかねてたし」くすくす

男「……」

黒髪「えーっと……場を和ませようとしたんだけどな。やっぱり私、こういうの向いてないからなあ」

男「優しいな。……本当に、優しい」

男「ごめん。……本当に、ありがとう」

――思い出消し屋前――

男「……ふーっ」

 やるべきことはやった。
 けじめはつけた。

 そしてこれからが本番だ。

男「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 自分に繰り返し、念じる。
 根拠なんて後付けで十分だし、そもそも無くたっていい。

 自覚しろ。
 自分は、かつて少女に恋した自分と同じだと。

 少女に恋した自分はまだ死んではいないと。
 自分の存在そのものを、その証明としろ。

 一度遠ざけられた程度で諦めるなと。
 白々しく、堂々と胸を張ってリベンジしろ。


 行動の元は、虚無感を埋めるため。
 それさえも捻じ曲げてしまえばいい。起因がどうあれ目指すところが一緒ならば、起因など意味を成さない。意味が無いなら別のものでいい。

 本当にどうだっていいのだ。
 人肌恋しいから。ロリコンだから。セックスがしたいから。どれでもいいのだ。

 だから、『今の俺が本気で少女に恋しているから』でも何の問題も無い。
 その証明は、俺が今そのために行動しているということである。……過去の行動との矛盾など、気にすることは無い。

男「あ」
 
 少女がこの中にいなかったらどうしよう。既によそに行っていたらどうしよう。
 そのときはしょうがないか。……いや、しょうがないくない。すごく悲しい。そう思い込め。想像するだけで涙がでるだろう、俺。


 けれどもそれはありえない。
 これに関しては証明となるものがきちんとあるぞ。はっはっは。

男「……よし」

 ドアノブに手をかけ、思いっきり開く。
 視線の先には少女の背。机に突っ伏しているその小さな背中が、びくりと大きく震えた。

 さて、ここで。

男「おう、まだ諦めてないぞ。大好きだ」

 白々しく、堂々と。


少女「……分かるだろ。無駄だって」

 背を向けたまま、少女は言う。

少女「私は何度でもお前の思い出を、事象に対する感情を抜き取れる」

少女「何でそんな歯の浮くようなことを言えるのかは知らんが――」

男「当然だ。好きだからだよ」

少女「……人の話は最後まで聞くもんだ。とにかく、諦めてどこかに行ってしまえ」

男「それは、嫌だ」

男「主に俺と……あと、お前が救われない」

少女「はぁ?」


男「だって、まだ持ってるだろ。俺の思い出」

少女「……は! 推測でものを言うなよ」

男「いつも思い出を取るときはさ、流れるようにやるだろう」

男「でもあの時は一呼吸置いた。躊躇った」

少女「……自意識過剰にも程が――」

男「それと、いつもは直ぐに食べるのに、俺は食べたところを見ていない」

男「まだ食べてないし、食べる気もないんだろう。未練が――」

少女「自意識過剰にも程があるぞっ!」

男「ならイエスかノーで答えろ。そしてイエスかノーで、俺の気持ちに応えてくれ」


少女「……卑怯だ。あと偉そうだ」

 そこまで言って、少女はいすに座ったままくるりとこちらに身体を向けた。
 俯いているせいで顔は見えないが。

少女「イエスだよ。お前の推論は、根拠に乏しい妄想は、全部あたりだ」

 キリスト教とは関係ないぞ、なんてことは言わずに。
 少女は足をもぞもぞと動かしながら、沈黙する。

少女「……その。言ったように、私には誰かに愛される資格も誰かを愛する資格も無い」

少女「理由は100年くらい前の……じゃなくて、えーと、人気漫画の引き延ばしっぽく過去を語る必要があるんだが」

男「知らん」

 そして今の俺らしく図々しく。
 言い放って、彼女の小さな身体を抱きしめた。


少女「な、な、なあっ!?」

 少女の頬に自分の頬を合わせると、熱いということよりぬれていることが気になった。

男「昔のお前の事は、今のところ興味ない。それがお前の枷になってるならなおさらだ」

男「俺が知っているお前と、俺が知っていくお前にしか興味ないよ」

 ……言ってて超恥ずかし――くない。恥ずかしくない。
 さっきまで自分で自分の過去を大切にしてたのに相手の過去はないがしろにするなよとか自分でつっこんでたりしない。
 
少女「……くくっ」

少女「仕方ないな。そこまで言われたら――初心な女の子っぽく、ころりといってしまうじゃないか」




男「それじゃあ――」

少女「ああ、まいった」



少女「――愛してくれてありがとう。惚れたよ。大好きだ」



 頬の筋肉の動きを読まずとも。
 その声だけで、俺は幸せになれた。

おわり。

ss処女で最初から最後まで即席とかやるもんじゃないと思いました。
次回があったらプロットくらい立ててからやります。

あと気が向いたら蛇足とか書く。

初めてにしては云々と褒めていただいてますが
ssが初めてってだけで趣味で小説とか書いてますわ。おほほ。

そんなこんなでおまけ短編。
短いから脳内プロットだけで書きますがよろしう。

……

少女「……おや」

 気づけば、私は夢の中にいた。
 過去の自分を俯瞰することなんて夢の中でしかできないだろうから、まあ夢なんだろう。

 んーと、多分100年前だろうな。うん。
 私が丁度この世界に存在を開始したとき。世間の汚れも自身の汚れも知らなかった純粋形美少女だな。惚れそうだ。

 正直、今となってはこんな過去に縛られる必要はないのだが。

少女「……くっく」

 取り溜めていた古いビデオテープを処分するときに、ちょっと目を通すような気分でなら。
 思い出してやってもいいかな、なんて。


――番外・完璧な欠けた茶碗の話――





 ざあざあと降りしきる雨も無く。静かに積もる雪も無く。
 うっすら曇ってるだけのなんの情緒も無い空の下に、過去の私はいる。

過去少女「……おなか、すいた」

 かわいいなあはっはっは。なんだこの美少女。私だ。はっはっは。
 私には赤子だった頃はない。生まれたときから見た目大体11歳だったな。いや赤子の頃があったらきっと天使も悪魔も見ただけで絶頂するだろうて。

過去少女「だれか、おもいでを」

 生まれたときから自分がどういう生き物か知ってたし、何を食べるかももちろん知ってた。
 まあこの子ったら天才!

 この頃は無差別に思い出を食べてたな。
 すれ違いざまにずるっと。スリの才能もあったんだな私。さすが私。

……

 おや、場面が飛んだぞ。
 まあ総集編だからな。百年間も寝ていられないし。

過去少女「……はむ。おいしい、けど」

 悩ましげな顔も美しいなあ私。くっくっく。
 これは……んー、70年くらい前か。……うあー、見たくねー。見たくねーって駄々こねる今の私まじかわいー。

過去少女「素敵な思い出。幸せな思い出」

 食べればその思いがどっと流れ込んできて。
 当時の私にとってはまさに天上の一滴。それさえあれば心満たされたものだ。

 ただまあ、いい思い出を食べるってことは、

過去少女「ごめんなさい。……好き嫌いしちゃ、だめなのに」

 そういうことだからな。

……

 『美少女』はこの少女だッ!! 依然変わりなくッ!
 またチャプタージャンプだな。といっても、今回はそれほど長く飛ばしてないだろうけど。

若い女「……ひっ、ぐすっ」

 夜の道でこいつが泣いてるし。
 赤の他人の癖に、よくもまあ私を変えてくれたものだよ。

過去少女「大丈夫、ですか」

 過去の私が話しかけるが、返事は無い。ひたすらむせび泣いてる。
 この馬鹿女が。同性である私が惚れるレベルの美少女を無視するとは。

過去少女「……気休め、だけど」

 そういって、過去の私はその女の思い出を抜き取る。
 取ったのは、こいつが強姦された事に関する思い出だったな。マジ天使。

若い女「……へっ?」

 
 過去の私はその場を去って、誰も見ていないところでそれを食べた。

過去少女「うぶっ……!?」

 吐き気がしたもんだよ。恨みと人生への絶望が雪崩れ込んできたからな。
 あの女、復讐で相手を殺すか自分が死ぬかとかも考えてたみたいだし。

過去少女「う、おぶ、ご、……ん、ん、ぐっ」

 それでも飲み干した。のどをがりがりと削られる錯覚を覚えながらも飲み干した。
 どうでもいいけど起きたら男にガリガリ君でもねだろう。

過去少女「助けられた、かな」

 不幸な人を見て下らない偽善に目覚めて。
 私は人助けを始めましたとさ。

……
 
 あー、チャプタージャンプしたところ悪いがな。
 あとはいいよ。自分で思い出す。とっとと停止して取り出しボタン押せ。

 それからも私は食べ続けた。
 食べるたびに吐きそうな思いになりながらむしゃむしゃもりもり。げろげろは頑張って耐えたよ。きゅぴりーんっ☆

 当然嫌になってきた。
 ……だから、自分を捻じ曲げた。

 今思えば、男と同じことしてるんだな。
 きゃっ、私達お似合いねっ! ……う、やめよう。恥ずかしい。

 例えば、私は不幸な思い出がまずいと思う。
 しかし好き嫌いは人それぞれ。ということは、好きか嫌いかの判断基準は個人で異なる。ならば自分で決めれるんじゃないか。

 不幸な思い出はこの上なく旨い極上の味がする。
 そう私が決めた。私が私のために私の中で決めた。だから不幸は旨い。それを食べてやれば誰も損せず私は得する。


 自分の価値観を偽善のためにゆがめてゆがめて。
 とうとう不幸を美味しく感じることに成功しました。5年かかったけど。

 で。ここで間違いに気づいたのがわたくし。
 美味しいものってたくさん食べたくなるよな?

 つまり。そういうこと。
 それが私の今の性格。それが私の、愛される価値の無いくそったれな性格。

 いいことのために自己犠牲でご満悦、ハッピーエンドかと思いきや。
 目的さえ摩り替えて不幸を自分で生産してしあわせいっぱいハッピーエンド。

 うくく。


少女「さて、これにて閉幕だ。忘れ物は無いか? ……ああ、客は私だけだから注意する必要も無いか」

 うけけ。こんな悪趣味なお話は、自分で撮って自分で見るのが精一杯。

少女「まあ、どうだっていいさ。……その、何だ」

 ……それでも、あいつは私を好きになってくれたんだから。

――朝、駅前――

少女「どるーん待ったー?」

男「なんだっけそれ。……うん。三十分待った」

少女「そりゃよかった。好物は焦らしたほうが美味いものだろう?」

男「まったくだな。今すごく嬉しい」

 うぐあ。やめろ馬鹿。

男「それじゃ、行こうか。……手、繋ぐか?」

少女「うぐ。……うーむ」


少女「いや、やめておこう。お前は私の前を歩け。そして私の盾となれ」にいっ

男「……はは、分かりましたよお姫様。それでは私の後ろをどうぞ」

 こいつの気障な台詞、いい加減にしないかな。
 それで一々赤面してる私きゃわいー☆ ……これでも恥ずかしさはまぎれないか。畜生。

少女「……ふむ」

 前を歩く背中を見る。
 特別大きいわけでも筋肉がついているわけでもない、普通の背中。

 それでも、どうか私の前を歩き続けてくれ。


 私が前を向くための理由になってくれ。

 ……なんて。ちょっと詩的になってみた、初デートの朝でしたとさ。

蛇足終わり。
おまけでいちゃつくのは某有川リスペクトみたいなもの。嘘うさ。

これでほんとに完結です。
ポニテ編とか書こうかと思ったけど報われない系女子ってことで。

ところで次回作の参考にしたいのですが。
この蛇足需要あった?

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