勇者「ここで決着をつけてやる、覚悟しろ魔王!」(108)

魔王「フハハッ! 勇者よ、返り討ちにしてくれるわ!」

――――――
――――
――

???「――、――ま」

魔王の国 魔王私室

???「――さま、魔王様!」

魔王「……騒がしいぞ、何用だ?」

側近「お休みの所申し訳ございませんが、そろそろ……」

魔王「そうか、もうそんな時間か」

魔王「何だか長い夢を見ていた気がする」

側近「左様でございましたか。良い夢でしたか?」

魔王「……どうだったかな。忘れてしまった」

側近「夢というのはそのようなものでしょう。さぁ、そろそろ行かねば」
側近「時間は刻々と迫っています」

魔王「ああ分かった。行くとしよう」

魔王の国
国会議事堂/本会議場

議長「ようやく来られましたか魔王殿」

魔王「うむ、待たせたな皆の衆」

魔族A「全くですな。少しは時間を守るということを覚えていただきたい」

魔族B「魔王というのは時間を気にする必要のない立場ですからなぁ、羨ましい限りですよ」

ザワザワ……ガヤガヤ……

魔王「…………」

側近「…………」

議長「諸君、静粛にして頂こう」
議長「これより議会を開始する!」

議長「さて、本日午後の議題は『魔王の存続の有無』についてです」
議長「魔族C議員」

魔族C「では早速本題を。この魔王の国は民主主義であり、近隣諸国と長きに渡って友好関係を築き歩んできました」
魔族C「しかし、それらを揺るがす過去の遺物が――」

魔王「……ふん、長ったらしい弁舌だ。率直に申すことは出来んのか? 一々下らん前置きが必要か?」

魔族C「い、今私が話しているのですよ!?」

議長「魔王殿。最後まで黙って聴いていて頂きたい」

ソウダソウダ!
マオウ、クチヲツグメ! ヒッコンデロ!

魔王「――喚く事しか出来ぬ屑共め。言いたい事があるならば我が前に出ぬか!」

魔族A「ひぃっ!?」

魔族B「なんて野蛮な……! 仮にも国の象徴ともあろう存在が」

議長「静粛に! 魔王殿、座って頂きたい! 周囲には精鋭の魔道兵士がいるのですぞ!」
議長「如何に魔王殿とはいえ、数十人の兵士に敵う術はありませんぞ! 議会の邪魔はしないで頂きたい!」

側近「魔王様……」

魔王「……ちっ!」

議長「――分かって頂いたようで、何よりです」

魔族C「……今のでお分かり頂いただろう皆さん。古き魔王など無用どころか害悪であると!」
魔族C「近隣諸国からは古の魔王という存在を危惧し、我が国を危険視する者もいる」
魔族C「平和を愛する我ら魔族にとって無用の存在! 我が国から魔王という存在を排除しましょう!」

ソノトオリダ!
チカラヲフルウ、マオウナンデ、ジダイオクレ!

側近「――黙っていれば!」ガタッ

ガシッ!
側近「ま、魔王様!?」

魔王「もう良い、言わせておけ」

側近「……はっ」

議長「――ではこれより投票を行う! 『魔王の存続の有無』について!」

魔王「…………」

魔王の国 魔王私室

側近「――決定して、しまいましたね」

魔王「古の魔王制度・継続30、廃止150、棄権20か。圧倒的だな」

側近「エルフ族、ドワーフ族はまだしも、まさかオーク、デーモン族までが廃止派とは」

魔王「欲望に忠実だからな。廃止派の賄賂に目が眩んだのだろう」

側近「申し訳ございません! 切り崩しが実らぬとは……!」

魔王「いや良い。元よりそんな工作をせねばならんほど、魔王の威厳は落ちていたのだ」
魔王「時間の問題だったろうな。時代の流れだ、どうにもならんさ」

側近「魔王、様」

側近「あいつら、魔王様の威光に散々頼っておきながら、このような仕打ち……」
側近「わたしは、私は黙っていられません!」

魔王「…………」

側近「魔王様、決起致しましょう。議会の場には敗北いたしましたが、この国の至る所に
魔王様のために戦う決意を持つ勇士がいます。我が一族も全員命を賭して戦う所存です!」

魔王「――良い」

側近「それでは早速各地に散っている者達に連絡を――」

魔王「良い、と言ったのだ。決起などせぬ」

側近「な、何故……何故ですか!?」

魔王「最盛期の力はなく、魔道兵士などという忌まわしい奴らが存在する。一対一ならまだしも、複数で来られれば成す術がない」
魔王「その上、世界各地に多くの『勇者』や『魔王』が存在するのだ。勝てぬよ」

側近「そのようなもの! 我らが魔術で!」

魔王「――疲れたのだよ、我は」

魔王「復活して百年余り。斃れた時より千年の時が流れていた。余りにも変わり果てていた」
魔王「当時の魔王が勇者と手を取り合い、平和だの愛だのとほざいた時、眩暈を覚えた」
魔王「何より怖気が走ったのは、それを皮切りに各地で同じ現象が起きたことだった」

側近「そうです。長年いがみ合っていた魔族と人間が、手を取り合う蜜月が訪れた時でしたね。魔王様が再臨されたのは」

魔王「それより前に、すでに停戦していたらしいがな。戦いというのを、当時の魔王も勇者も知らぬのだろう」
魔王「だとしてもだ、余りにも平和ボケが過ぎる!」
魔王「何故長年いがみ合い、互いに避けていたか! 歴史を知ってなおも手を取るならばまだ良かった!」
魔王「だが、事もあろうに歴史を知らずにただ争いたくなかったから! そんな下らん理由で迎合したのだ!」

側近「ええ、当時の方達はさぞ斬新でものであり、また素晴らしいアイデアだと思ったでしょうね」
側近「国の上層部の横暴に怒りを覚えながら、結局自分達の意見を有無を言わさず民衆に押し付けた」
側近「メディアを活用し扇動して知らん振りですよ。その結果何が起きようともね」

魔王「側近よ、お前は――」

側近「はい、人間とのハーフです。如何に平和だの平等だのと言っても、所詮一部の理想家が信じるだけ」
側近「多くの民衆にとっては異種族は、ましてや混血など不気味な存在」
側近「私は一族の尽力で村八分で済みましたが、他の者達はひどい待遇でしたね」
側近「力があればあるほど、忌み嫌われました……魔王様を除いて」

魔王「力があるならば種族など問わぬ。ただそれだけに過ぎん」

側近「だからこそ私も他の者も魔王様に忠誠を誓ったのです」
側近「人権やら友愛やらをのたまう輩と違って、魔王様は厳しくも確かに平等でした」
側近「少なくとも人権を声高に掲げる奴らより遥かに」

魔王「だがもう終わりだ。私の役目は終わったのだ」

側近「そんな事は! まだ起死回生できます!」

魔王「もう良い。勇者に討たれた時、とっくに我の役目は終わっていたのだ」
魔王「我はこの時代の者ではない。その時代の事は、その時代の者が解決すべきなのだ」
魔王「ああ、それと。先の議会で我は『魔王』ではなくなったのだ。そのように畏まらなくても良いぞ」

側近「いいえ、それでも魔王様に対する気持ちは変わりません! 貴方様は魔王様です!」

魔王「……我にあくまで忠誠を誓うか」

側近「もちろんです!」

魔王「そうか。ならば側近よ、お前に命令を下そう」

側近「は、はい! 何なりとお申し付け下さい!」

魔王「では命ずる。魔王復権など忘れて、この時代の者として相応の振る舞いをせよ」
魔王「魔王は亡き者と考え、自立せよ!」

側近「――えっ?」

魔王「以上だ。では、さらばだ側近よ」バサッ

側近「ま、魔王様! 待って――」

魔王の国 名もなき丘

魔王「ここは変わらんな。眺めは変わってもこの場所の静けさだけは変わらぬ」
魔王「我と共に時代に取り残されたかのようだ」

魔王「久々に浮遊の魔法を使ったが、以前のような力強さはなくなっていたな」
魔王「有翼人の警邏風情に追われるとは、情けないな我ながら」

ザァーーーーーーッ

魔王「……時代に迎合するでもなく、勇者に討たれるわけでもない。そんな魔王に意味などあるのか?」

魔王「ふっ、くくっ! まさしく無用どころか害悪な存在だな」
魔王「クックック、ハァーッハッハッ!」
魔王「…………」

???「静かな場所だと思ったら、うるせぇのがいるな」

魔王「!?」

魔王「貴様は……!」

勇者「何か見た事ある顔だな。魔王とか何とか言っていたが気のせいか?」

魔王「気のせいではない。我は魔王だ。いや、だった」

勇者「言っている意味が分からんな」

魔王「貴様は、我を討った忌まわしき勇者か?」

勇者「あぁ、子孫じゃなくて本人なのか。道理で似ていると思ったんだ。本人なら納得だな」

魔王「あれから千年以上時が過ぎている。人間がそこまで生きられるわけが――」

勇者「ないな。だが俺は魔法使い達の術を受けて眠っていたんだ」
勇者「魔王――つまりお前が復活することを予言で知り、その対策としてな。まさか千年過ぎているとは思わなかったぜ」

勇者「それで起きてすぐに魔王退治と思ったら、人間と魔族は友好関係を築いています。もう古い勇者はいりません」
勇者「愛と平和を説く現代の勇者が必要です。貴方は自由にしてくださいだと。笑っちまうね」

魔王「そうか。貴様も、我と似たような境遇か」

勇者「まさかお前」

魔王「今日議会で魔王の座を剥奪された。人間を恨む魔王は古臭く有害だと言われてな」

勇者「ははっ! 何だそりゃ。魔物を率いて人間を襲うから魔王だろうに」

魔王「全く同意だ。だが、事実我は不要であると言われたのだ。平和を愛し、人間味溢れる魔王が良いらしい」

勇者「魔王である意味ないなそれ。まあ俺も人のこと言えないけどな」

勇者「何かあれば差別反対だの、暴力反対だのうるさいんだよなぁ。魔物退治してこその勇者なのにな」
勇者「人を粗暴者だの殺人鬼だのと悪人扱いしやがって。なんつーか、時代に取り残された感じだよ」

魔王「…………」

勇者「さて、落ち込んでいるように見えたが、さっきから魔力が漏れているぞ」

魔王「そういう貴様こそ、その剣は何だ? 昨今は銃刀法違反だのと五月蝿いのによく持ち込めたな」

勇者「伝説の剣を手に入れた湖に隠していたからな。勇者の俺が近づいても何のお咎めなしだ」
勇者「それにさすが精霊が鍛えた剣。全く錆付いてないぜ」

魔王「我を討った伝説の剣に似ているな。忌々しい造形だ」

勇者「あの剣の試作品だしな。切れ味は多少劣るが、弱っているお前相手なら十分だろ?」

魔王「やはり分かるか。だがそれは貴様とて同じこと。目覚めたばかりで以前ほど力は出せぬ様子だな」

勇者「千年寝ていたからな。リハビリに一年費やしたぜ」

魔王「脆弱なものだな勇者というのは」

勇者「その勇者に討たれたけどな、お前」

魔王「ふん、減らず口を」

魔王「時代は甘ったるい平和や愛を求めている。それでも我を討とうとするか?」

勇者「魔王を前にして狼狽したり、巧みな言葉に翻弄されるなんて勇者じゃない」
勇者「例え死の間際としても、魔王を前にすれば刃に手がかかるもんだ」

魔王「くっくっく、衝動に身を委ねるか。だがその気持ちは分かる。貴様を、勇者を討ちたい!」
魔王「魔王という存在を賭して、勇者を滅ぼしたい衝動! 全盛期ではないという弱音など消えうせる!」

勇者「お互い時代に取り残された者同士、通じる所があるな」

魔王「ほざけ。だが、すべき事は互いに分かっているようだ」

勇者「ああ、そうだとも。どんな時代であれ、状況であれ関係ない――」



勇者「ここで決着をつけてやる、覚悟しろ魔王!」

魔王「フハハッ! 勇者よ、返り討ちにしてくれるわ!」

ひとまず終了となります

別段勇者と魔王が仲良くなるSSや小説を非難する意図はありません
むしろもっと書いてください大好物です

ただ勇者と魔王がウダウダ言わず死闘を繰り広げるのって少ない気がしたので書きました
意図と反してどうしてこうなった、っていう内容ですが……

気が向いたら勇者編でも書こうと思います
本当に気が向いたらなので、期待しないで下さい。一応酉はつけておきます

それでは、読んでくれた人乙

3月になれば暇になる(暇になるとは言っていない)
そんな言葉を信じていたら、すでに3月半ばを過ぎている現実
書き溜めていないが、少しずつ書いていきます

あと落とさないために、age

???

魔法使い「勇者、魔王を倒したからってだらけ過ぎじゃない?」

勇者「良いんだよ。俺が怠けている内は平和さ。戦士は騎士団長になって、僧侶は生きた聖女に。
勇者「そしてお前は――」

魔法使い「独自に設立された魔道協会の会長……とはいえ、今のところ各国の雑用係だけどね」

勇者「魔物も魔族もまだ存在しているが、かなり大人しくなった。激戦を制しただけの価値はあるねぇ」

魔法使い「それで肝心な勇者様は何をしているのかしら?」

勇者「平和を謳歌しているのさ。そうだな、俺達の戦いの軌跡を歌にしようか。そうすれば印税かっぽりだ」

魔法使い「音痴が何言ってるのよ。魔王を倒してからずっと遊んでいるだけじゃない」
魔法使い「どこかまともな所に就職しなさいよ。そうだ、あなた勇者特有の魔法使えるんだから、私の協会に――」

勇者「そんな事したら各国に睨まれるだろ。せっかく軌道に乗ったんだから、余計な火種は抱え込むな」

魔法使い「そんな事は! あなたは世界を救った勇者よ! 疎まれるなんて事!」

勇者「お偉いさんにとっては目の上のたんこぶなんだよ。一旗起こせば世界情勢が崩れるとさ」
勇者「だから、俺がこうして怠けている内は平和なのさ」

魔法使い「勇者……」

勇者(……あぁ、平和になった。少なくとも魔族との戦いはなくなった。けど――)
勇者(今度は人間同士だ。それでも俺が戦場に駆け込めば納まった。魔王退治は色んな所に影響があった)

勇者(あり過ぎたんだ。いつの間にか民衆は勇者が国を興して治めれば、さらなる平和が訪れると勝手に期待し始めた)
勇者(無論、各国の王達がそんな事態を喜ぶわけがなかった)
勇者(俺が生きている内は、大規模な戦争はなかった。俺は各国の抑止力と同時に疎まれる存在となった)

勇者(四六時中、密偵達が周囲に張り付いている。寝首を掻くつもりはないらしいが、心休まる事はない)
勇者(戦士は騎士団長となり、僧侶も聖女となり忙殺されていた。本来魔法使いもそうだった)
勇者(それでもあいつは暇を作っては俺の所に来た。密偵などお構いなく)

勇者(魔法使い……俺は本当に生きている必要はあるのか? 魔王を倒した時点で、俺は死ぬべきじゃなかったのか?)
勇者(俺の存在はさらなる混乱を生み出している)

勇者(『勇者』は、魔王を倒した時点で消えるべきじゃないのか……?)

光の国 王立病院/個室

賢者「――クリスタル発見から半年。解除してから一ヶ月。未だに目が覚めないか」

医師「はい。手は尽くしていますが、目覚める傾向はありません」

医師「辛うじて生命維持はできていますが、このままだと身体の機能が弱まるばかりです」

賢者「何としてても生かせ。千年前のクリスタルから復活した人間だぞ」
賢者「千年前の遺物というだけで貴重だが、さらに人間が封じられていた」
賢者「古代の文明、魔法を解明できるこれ以上ない機会。逃すわけにはいかない」

医師「そうは言われても、現在の技術では――」

賢者「待て、静かにしろ」

医師「……?」

勇者「――、い……」

賢者「やはりだ! 目を覚ますぞ!」

数日後

勇者『――っ、ここは?』

賢者「目覚めたか。あれからかなり危うい状態に陥ったが、何とかなったようだな」

勇者『だ、れだ、お前?』

賢者「まだ身体が慣れていないのだから、起きなくて良い……言葉が、通じているか?」

勇者(……何を、言っているのか。判らない。ここは異邦の地か?)

賢者(通じていない。そもそもこの男の言葉、何処の言語だ? まさか本当に千年も前の人間か?)

賢者「しかし素晴らしい生命力だ。一年程度でも封じられていれば生物ならミイラ化するのに」
賢者「それだけ古代の魔法は我々の技術体系と異なり、また優秀だったという事か」

勇者(それにしても身体が重い。そもそも俺は、何をしていた? 判らない……)

賢者「とにかく安静にするんだ。判るか?」

勇者(寝床を指している……大人しくしろという事か。まあそうするしかなさそうだ)

――――――
――――
――

賢者「あれから二週間。古代の資料を漁りに漁った。その成果が実った」

勇者「随分と苦労をかけたみたいだな」

賢者「全くだよ。だがお陰で互いの意思疎通が出来るようになった」
賢者「それにしても驚異的な生命力だ。日常生活をするには困らないほど快復するとは」

勇者「眠ってばかりでは身体にかえって負担になる。鍛錬は続けてきた」
勇者「まあ全盛期には程遠いけれどな」

賢者(言語は古代中央語……失われてすでに数百年経っているものだ)
賢者(古代では比較的広まっていたから言語学者が研究していたものの、そうでなかったらゾッとする)
賢者(とはいえ古典で学んだことはあるが、発音が考えていたものと違ったとはまだまだ研究が甘い)
賢者(しかし何者かまでは突き止められなかった。クリスタルの件から重要な人間と思うが……)

賢者「身形は王族に見えない。むしろ当時の旅人に近い。古の勇者、各地に御伽噺はあるが……まさかな」

勇者「ところで、いつまで俺はこの診療所にいれば良い?」

賢者「んっ、そうだな。身体面に問題はなさそうだ。医師もそろそろ退院しても良いと言っていた」
賢者「数日後に予定を入れよう。こちらも準備が必要だからな」

勇者「そうか。何から何まですまんな」

賢者「気にするな。それでは私はそろそろ退出するよ」

賢者(研究成果として支援者達と会わせて、それから)
賢者(――念のため『勇者』に連絡を入れてみるか)

勇者(小さい建物だが、内装はもちろん窓から見える光景からも判る)
勇者(ここは俺のいた時代ではない。それもかなり時間が経過している)

勇者(俺が知る者は、誰もいない)

数日後

賢者「ようやく準備が整った。早速だが君に会って欲しい方がいる」
賢者「すでに退院手続きは済ませておいた。着替え終えたらすぐに移動しよう」
賢者「君が着ていた服装になるが我慢してくれ。一応千年前の人間というアピールも必要だからね」

勇者「随分と大仰だな。まあずっとこの診療所に居て退屈だったから構わないけどな」

賢者「大仰も何も、君がこれから会う人物達は大物ばかりだよ」
賢者「有力議員に各国の大使、それに『勇者』。上に下にの大騒ぎだ」
賢者「今日は我が国の議員だけだが、明日には周辺国の大使と会ってもらうよ」

勇者(ギイン? タイシ? いや、それより『勇者』か……この時代にも勇者はいる)
勇者(ならば時代を超えて俺がここにいる意味は……あるのか)

賢者「それでは行くとしよう……ああ、言い忘れていた。君は古代の人間だ」
賢者「だから現代の風習や光景に驚きを隠せないと思うが、勝手な行動をせずあまり周囲を見回さないでくれ」

勇者「子供じゃあるまいし、そんな間抜けなことはしない」

賢者「それは失礼した。では行こう」

光の国 大通り

勇者(随分と人で混んでいる。王都の祭り――いやそれ以上に多いな)
勇者(しかも何かの祭りが開催されている様子ではない。人々の表情から察するに通常の事なのだろう)
勇者(それを支える食料・経済事情……想像も出来ないな)

賢者「全くこの辺りはいつも混んでいる。経費をケチらず馬車で行くべきだったな」

勇者「いや、こうやって歩いているのも楽しいものだ。あちこち見て回りたい」

賢者「診療所を出る前の会話を覚えているかな? 私としては――」

勇者「判っているよ。ギインだかタイシだか知らないが、俺と会いたいなんて随分な暇人だな」

賢者「そうは言うが、千年前のクリスタルから復活した人間なんだ。誰だって会いたいと思うよ」
賢者「議員や大使は自分の顔を売り出す絶好の機会だからね。『勇者』だって――どうしたんだい立ち止って」

勇者「…………」

勇者(見間違いか? 人混みの中に、魔物がいたような)

賢者「物珍しいのは判るが、こんな所に突っ立っていると迷惑になる。急ごう」

勇者「あ、ああ。そうだな」

光の国 官邸/応接室

勇者「…………」

議員A「君が噂の人物か。なかなかに野性味溢れる格好だ」

議員B「古代魔法のクリスタルから現れた……か。一体何者なのか気になるね」

賢者「現在調査中でございます。しかし平凡な者ではないことは確かでしょう」

議員A「それよりクリスタル以外に千年前の遺物はなかったのか?」

賢者「発見された遺跡は十年前にすでに調査されたものです。今回クリスタルが発見されたのは、偶然です」
賢者「遺跡の観光化を考え調査していた私の部下が、落とし穴に落ちて偶々横穴を見つけたのです」
賢者「隠し部屋にはクリスタル以外ありませんでした。かなり狭い部屋で、隠し通路の類もありません」

議員B「まあ千年前の人間だけでも珍しいことだ。当時の事については当人に聞けばよいだろう」

議員A「ところで、彼には我々の言葉が通じるのか?」

賢者「いえ。古代中央語でしか通じません。ただ古典で習得する言語はかなり誤りがあり――」

勇者(どうも俺が発見された時の状況を聞きだしているらしいが、どうにも判らん単語が多いな)
勇者(もう少し真面目に診療所の医者や賢者から、言葉を学んでおくべきだったな)
勇者(それにしてもギインとは、貴族みたいな奴らか。おしゃべりなのは変わらんな)

???「魔王の国より帰還しました。皆さんお揃いのようですね」

賢者「おおっ、『勇者』様お待ちしていましたよ!」

現勇者「魔王との会見が長くなりまして……そちらの方は?」

賢者「先日お伝えした古代のクリスタルから現れた人間です」

現勇者「へぇ! 古代遺跡の存在からなんで素晴らしい! ぜひお話を聞きたいな」

賢者「残念ながら現代の言葉は通じません。身形からして王族貴族の身分ではないと思われます」

現勇者「いやいや、古代の人間っていうだけで凄いじゃないか。ロマン溢れる存在だ!」

賢者「相変わらずロマンチストですね」

現勇者「そう? それにしても千年前の服装の流行は知らないけどさ、いかにも旅人って感じだなぁ」
現勇者「御伽噺に出てくる古い『勇者』みたいだね」

賢者「もしかしたら、もしかするかもしれませんね。調査中ですが平民の類ではないでしょう」

議員A「ははっ! 夢のあるお話ですな。そうだ、ここは一つ剣術で手合わせしてはいかがでしょう?」

賢者「議員Aさん、それはいくら何でも――」

議員B「私は千年前の剣術を見てみたい。王族にしろ旅人にしろ、それ相応の嗜みはあるだろう」

議員A「彼が現勇者殿に勝てなかったとしても、それはそれで剣術が発達している証左と言える」
議員A「格好の宣伝になるとおもうがね、どうだね賢者君?」

賢者「はぁそう言われるのでしたら」
賢者(現勇者が勝っても、何の証左にならんと思うがな。まぁ良いか)

現勇者「別段私は構いません。ですが、彼がなんと言うか」

議員B「どうだ賢者。彼に伝えられるか?」

賢者「はい判りました。少々お待ちを」

賢者『すまないが君、話の流れで剣術を現勇者とすることになったが、身体は大丈夫かな?』

勇者『構わない。鈍った身体を鍛えるには対人戦も必要だ。受けるぞ』

賢者『言っておくが、決して決闘でもないし殺し合いでもない。木刀で行う試合だ』

勇者『稽古のようなものだろう? それぐらい弁えているよ』

賢者『それは失礼。まあ現勇者は強いから、大怪我しないようにな』
賢者「お待たせしました。剣術試合を受けると言っております。早速準備しましょう」

賢者「それでは、始め!」

現勇者「――フッ!」 シュッ!

勇者「!?」 ガキィ!

現勇者「今の一撃を受けきるとは、やるね!」 シュシュッ、ヒュッ!

勇者「ちっ……!」 ガッ、ガキッ!

議員A「相変わらず見事な剣術だ」

議員B「やはり酷でしたね、現勇者相手では。受けるので精一杯ですよ」

賢者「ははっ、そうですね」

賢者(受けるので精一杯だと? 素人の私でも判る。それがどれほど難しいことか)
賢者(それも一流の腕前の現勇者相手にだ。まさか、本当にあの男は……)

現勇者「ハッ! はぁはぁ、なかなかしぶとい」

勇者「…………」

勇者(かなり素早い。しかも狙いは精確。現代の剣術、か。俺達の時代より進歩している)
勇者(加えて相手は達人。隙はない……ならば、戦士相手に使ってきた方法でいくか)

勇者「……ふん!」 ブゥオン!

現勇者(攻撃してきた!? だが、そんな大振りなんかに――) ガスッ!
現勇者「くぅ……!?」

賢者(なっ……!? 木刀を振り下ろしたと思ったら、その勢いそのままに現勇者相手に投げただと!)

勇者「(パシッ) はっ!」 ブン!

ゴスッ!

現勇者「こ、んな……事が」 ドサッ

賢者「……はっ! な、何をしているんだ!?」

賢者『全く信じられない。剣術の試合で木刀を投げるなど』

勇者『稽古みたいなものなんだろ? 投げるな、なんて知らなかったし聞いていないな』

賢者『……何となくだが、君が大変良い性格をしていると理解したよ』

勇者『良く言われる。まぁコブが出来る程度だから大丈夫だろう』

賢者『はぁ、議員達には古い時代の人間ゆえの行為、で納得させたが……本当気を付けてくれよ』

現勇者「……うっ、頭が痛い」
賢者「目覚めましたか現勇者様」

現勇者「試合は、私が負けたのか」
賢者「いや、あの試合は……」

現勇者「千年も昔の人に現代の剣術試合をしろというのか無理な話だろうしね、負けたのは違いないさ」

議員A「自分が負けたのに、素晴らしい心構え。『勇者』の名に恥じませんな」

現勇者「そうだ、彼はまだしっかりとした身分がない。私に打ち勝ったのだから『名誉勇者』に推薦したい。どうでしょうか?」

議員B「まあ『名誉勇者』ならば問題ないでしょう。千年前の人間が『勇者』! 良い響きだ」
議員A「うん私も良いと思う。賢者君、問題はないだろう? 手続きは頼んだよ」

賢者「は、はぁ。まあそれは良いですが……」

議員A「今日は大変素晴らしい日だ! 現代と古の『勇者』が出会えたのだからな」
議員B「これなら記者も呼んだ方が手間が掛からなかったな。まあ良い結果だったよ」

光の国 賢者宅
夕刻

賢者「全く一時は冷や冷やしたが、何とか無事に切り抜けられたな」

勇者「『名誉勇者』……か。これは一体なんだ?」

賢者「簡単に言えば『勇者』に並ぶ偉業を遂げた一般人に送られる称号だ。戦時下においては強制参加の義務がある」
賢者「とはいえ、現代では意味が無い義務だがな」

賢者「今では一般人立入禁止の図書室に一部入れたり、帯剣許可と店で勇者待遇が得られるだけだ」
賢者「たまに人手が足りない時に捜査協力を頼まれるが、君の場合はまずないだろう」

勇者「何故言い切れる」

賢者「『名誉勇者』は、今まで兵士しかなったことが無い。それも老境に至った熟練の兵士だ」
賢者「文字通り名誉の存在。『勇者』ではないが、人々に尊敬される存在だよ。だから君がなれたのはかなり異例の事」
賢者「その辺りを理解して行動してくれよ。一応私の許可でなった、ということだから」

勇者「『勇者』っていうのは、昼に会ったあの男か。そういえば魔王と会見したとか」

賢者「現勇者と魔王の国の『魔王』は恋仲でね。バカップルとして知られているよ」

勇者「……『魔王』とか?」

賢者「魔王は女性だからね。女好きの現勇者が手をだしたんだろう。ああそういえば――」

勇者「どうした?」

賢者「いや、失礼。そろそろ食事にしよう。男の手料理だが、我慢してくれ」

勇者「食えれば俺は構わんよ」

賢者(魔王の国では『古の魔王』が居たか。『古の魔王』も千年以上前の存在などと言われている)
賢者(確証はないが、千年前の人間にこの手の話はあまりしない方が良いか)

翌日

賢者「今日は各国の大使の方々と会ってもらう」

勇者「忙しいことだ。見世物になった覚えはないんだがな」

賢者「君の存在はそれだけ稀有なものであり、魔術の発展や古の文化を知るにも必要なことだ」
賢者「腐らないで欲しい」

勇者「別に俺自身は学者でも何でもないのだから、詳しいことなんか話せないけどな」

賢者「会うだけでも違うものだよ。それと、『名誉勇者』になったのだから、振舞い方も覚えないとな」

勇者「うわぁ……貴族みたいな振舞いなんか出来ないぞ俺」

賢者「簡単な作法だけだ。最低限の礼儀を知らないと、いくら千年前の人間と言っても限度がある」
賢者「今日は時間がないから、挨拶だけにする。さぁ始めるぞ」

勇者(こいつ意外と厳しいなぁ……僧侶を思い出す。あいつ暢気なのに作法となると厳しかったな)

光の国 魔王の国大使館

職員「大使はもうじき到着します。少々お待ちください」

賢者「判りました……君、ソワソワしていないで、落ち着いて座ってくれ」

勇者「ああ……」

勇者(嫌な感覚がする。魔物に囲まれている時の、あの圧迫される感覚だ)
勇者(そこらにいる小姓達は全員人間……『魔王の国』というのは、文字通り『魔王』が支配しているため)
勇者(魔物がいるわけではないのだろう。魔族も瘴気がない地には長く居られないしな)

勇者(だというのに、この感覚はなんだ。時代も何も違うから緊張している……そうなら良いが)

賢者「魔王の国の大使は大らかな人柄だが、時間にも大らかなのは勘弁してもらいたいものだよ」

賢者「優秀な人なんだが、そこだけはどうにかしてもらいたい」

勇者「……人間なのか?」

賢者「? 勿論れっきと『人』だが――」

コンコン

???「お待たせして申し訳ない」

賢者「どうやら来たようだ――こちらこそ急な申し出にも関わらず、貴重なお時間割いて頂き感謝致します」
賢者「ここにいる者が件の人間でございます――人狼大使」

人狼「服装が古風な感じである以外、普通の人間のようだな」

勇者(――魔物) チャキ

賢者「!?」

賢者『(何をしている!? 相手は大使だ、無礼なことをするな!)』

勇者『タイシ、だと? 政に携わる人物を指しているのだろうが、ここに居るのは魔物だぞ?』

賢者『とにかく剣を抜くな! こちらに危害を加える人物ではない!』

人狼「どうしたんだ二人共。身を寄せ合って内緒話をされると気になるではないか」

賢者「も、申し訳ございません。古代の人間ゆえ、周囲のもの全てが珍しいようでして」
賢者「特に人狼大使のような体格の良い人は、この時代で初めて見て興奮しているようです」

人狼「はっはっは! そうか人狼族の文官など珍しいからな。実際私以外の一族は兵士に志願するからな」
人狼「私も古代語が話せれば良かったな。直接話せるというのに」

賢者「ははっ、そうですな。何か質問したい事がありますか?」

人狼「文官を勤めているとはいえ、やはり私も武芸には目がなくてな。古代の武術がどんなものか確かめたい」
人狼「どうだろう、お相手願えるかな?」

賢者(何でどいつもこいつも、戦いに目を向けるんだ……!)
賢者(厄介な事に敵意剥き出しで人狼大使を睨み付けている。下手をすれば殺傷事件が起きそうだ)
賢者(くっ、どうにかしなければ)

勇者「…………」

賢者「せっかくのご提案ですが、昨日の現勇者との戦いで疲れが残っているようです。またの機会に」

人狼「ほう、現勇者と戦ったのか。どうだった?」

賢者「この者が勝利しました。とはいえ、現代の作法に乗っ取っていなかったので、反則勝ちという形ですが」

人狼「いやいや、反則でも彼と対峙して勝てる人間はそういないだろう。大したものだ」
人狼「ますますお手合わせして頂きたいな」

賢者「それは、その、彼の疲労がなくなって機会がありましたら」
賢者「それに今日は彼の披露だけでなく、現勇者と魔王様の件があります」

人狼「あのバカップルが」

賢者「身も蓋もないですね。ですが両国の友好と発展にも重要な件です。まず――」

人狼「――だな。しかし、そうすると――」

勇者「…………」

勇者(魔物が友好? 政治? そもそも何故普通に人間の領域に魔物が居られる?)
勇者(くそっ、何がどうなっている。千年前と何もかも違いすぎて、理解が追いつかない)

光の国 賢者私宅

賢者「やれやれ何とか穏便に物事が進んで良かった。あんな冷や汗を掻くのは二度とごめんだよ」

勇者「……何故魔物が平然と居られる?」

賢者「魔物、なんて侮蔑的な言葉は差し控えてくれ。人間は今や魔族の方々と友好的に歩んでいるんだ」
賢者「友好的な関係を築いているから、こうして共に居られるわけで――」

勇者「そうじゃない。何故魔物が瘴気もなく、平然と人の世界に居られるのか、と聞いているんだ」

賢者「瘴気? それは古代では存在すると言われていたらしいね? そんな物質魔術的に考えて有り得ない」
賢者「大方お互いの領域を守るための方便――」

勇者「判った、もういい。お前が知らないというのがよく判った」

勇者(瘴気が薄れた? あるいは瘴気がなくとも生きていられる魔物?)
勇者(いや有り得ない。瘴気なくして魔物は存在できない……)
勇者(魔法使い達の研究でも、俺自身の体験からもそれは確定している)

勇者(ならば、この現代の状況はなんだ? あぁ、くそっ! 魔法使いが居れば判る事があるだろうに)

勇者(魔法使い……俺は、どうすればいいんだ?)

まだスレ残っていたのか……(驚愕)
実生活が少し落ち着いたので、今日の夜投下します

翌日
光の国 市場大通り/公園

賢者「さて買い物に来たわけだが、私の言った事は覚えているかな?」

勇者「……魔物を見かけても戦うな、だろ」

賢者「魔族の方、だ。『名誉勇者』だから帯剣を許されているが、出来れば置いてきて欲しかったよ」

勇者「ないと落ち着かん。お前がくれたのは儀礼用の剣だからナマクラだが、ないよりマシだな」

賢者「今更ながら『名誉勇者』を与えたことを後悔しているよ。とにかく騒ぎを起こさないでくれ」
賢者「それに、しっかり周囲を見れば判るはずだ。今や人間と魔族は良き隣人であり、平和なんだと」

勇者(……確かに見渡せば、魔物がいるものの暴れてはいない)
勇者(だが、人間と魔物はそもそも住む世界が違う。肉体的にも違いすぎる)
勇者(その問題をどう解決したんだ? もし、本当に解決しているならば、人間と魔族が友好的ならば)
勇者(俺がここに居る意味も、魔王を倒す意味もない……)

賢者「私はしばらく調剤の原料や本を探している。二時間後にこの公園の噴水前で落ち合おう」

勇者「判った。俺もしばらく周囲を散策しておくよ」

賢者「くれぐれも暴れないようにな」
賢者(まあ万が一暴れても、魔道兵士がいるから問題はないだろう)

勇者「さて、どうしたものか。少しお金を貰ったが、あまり無駄遣い出来ない」
勇者「そもそもこの時代の品物がどういう物か良く判らん。とりあえず歩き回るだけにするか」

光の国 市場大通り/裏路地

勇者「さて、変な所に迷い込んだな。人混みを避けようとして、路地に入ったのがいけなかったな」
勇者「にしても、路地裏の汚さというか雰囲気は変わらんな」

勇者(酔っ払いに草臥れた貧民、怪しい売人……どこにでもいるもんだ)

勇者「まぁ、変な奴がいても辻強盗がいないだけ俺の時代よりマシか」
勇者「と、呑気に歩いている場合じゃない。どうにか大通りに出たいんだが、土地勘がないからなぁ」

勇者「……適当に歩けばいずれ着くよな、うん」

光の国 市場大通り/???

勇者「さて、ここはどこだ。昔から何故か思うような場所に辿り着けないんだよな」
勇者「少し大きい建物がある。沢山の子供の声がするが……どんな建物なんだ?」

???「あの、何かここに御用でしょうか?」

勇者(げっ、後ろに人がいたのか。気付かなかったとは……まぁいい。道を尋ねるか)

勇者「いや俺は――」
勇者(人間、じゃないな。頭にツノ、顔半分が刺青みたいな斑な青紫色……魔物か。かなり人間に近い姿だ)

???「あ、あの、何か失礼なことをしましたか。『名誉勇者』様にご迷惑をお掛けしたなら謝ります」
???「で、ですから、剣をおさ、収めて下さい!」

勇者「……別に何でもない。人間じみた、魔族に会って、驚いただけだ」
勇者(発音、これであっていたか? まぁいいだろ。下手に騒ぎを起こさず道を尋ねるか)

???「――ですか」

勇者「何だって?」

???「混血で悪いんですか? どっち付かずで悪いんですか? 誰にも迷惑かけてないじゃないですか!」

勇者「こんけつ?」

半魔女「そうですよ! 人も魔族も平等だから、混血が居たっていいじゃないですか!?」
半魔女「他の人間や魔族みたいに、あなたも私を侮蔑するんですか!」

勇者「いや、俺は――」

少年「おい、お前姉ちゃんに何してんだよ!」

子狼「今すぐ離れろ!」

勇者『イテッ! 何だお前ら?』

少年「うるせぇ! どっかいけよ!」

子狼「子供と思って舐めてるなら、痛い目あわせるぞ!」

勇者(片方は人間みたいだが、もう片方は狼男の魔物か)

少年「げっ、こいつ剣持ってる……兵士だよ」

子狼「剣ぐらいなんだよ! 一々ビビるな!」

少年「で、でも、下手に暴れたら捕まっちゃうだろ!?」

子狼「うるせうるせぇ! 兵士でも俺だったら!」

半魔女「辞めなさい二人共! あの、すいませんでした! 先程は失礼な事を言って」
半魔女「お詫びします! ですから、この子達は見逃して下さい!」

勇者(なんか、勝手に盛り上がっているなこいつら)

勇者「判った。頭上げて、くれ。こいつらを、大人しくさせてくれ」
勇者「お詫びに、そうだな。お茶を、よこせ」

半魔女「先程は本当に失礼しました。粗茶ですけど、どうぞ」 コトッ

勇者「俺も、この国に来たばかり、言葉がうまく出せない。誤解に、させた」

半魔女「そうでしたか。そうとは知らず、本当にすみません」 ペコ

勇者「ところで、何処だここ?」

半魔女「孤児院です。私もここの出身なんです。まだまだ身寄りのない子が多いので」

勇者(14、5人か……魔物が半数、いや目の前の女みたいな奴も含めれば、ほとんどか)

半魔女「厳しいことはありますが、でも国からの補助金もありますし何とか――」

勇者「普通なのか?」

半魔女「えっ?」

勇者「コンケツ多い。現代――いや、この国は、コンケツ多いのか?」

半魔女「それは……」

勇者「…………」

半魔女「少ないです。あまり良い、印象ではないですから。産みの親からも嫌われることもあります」
半魔女「だから孤児院には混血の人が多いんです。それでも、孤児院に居られるならば良い方です」
半魔女「差別に晒されたり、心が病んで暴れまわった挙句殺される……そんな事がないですから」

勇者「そうか、すまない。辛い話をさせた」

半魔女「気にしないで下さい。少なくとも、私もあの子達も不幸ではないですから!」

勇者「――なんで、魔物と一緒に、なれたんだろう?」

半魔女「どういうことですか?」

勇者「人間と魔物、互いに殺しあっていた。一緒になれない、性質。なのに、何故だろう?」
勇者「人間は、魔物の土地に、魔物は、人間の土地に、馴染めない。何故だ?」

半魔女「何故って、結界があるからに決まっているじゃないですか」

勇者「結界?」

半魔女「そうですよ。人間の土地には魔族の、魔族の土地には人間のための結界が設置されてます」
半魔女「お互いに有害な空気があっても、結界のお陰で一緒に暮らせるようになったんです」
半魔女「でも、私のような混血は影響がうまく働かないから、さっきも言ったような――」

勇者(結界。魔力である一定の空間を維持すること――魔法使いの受け売りだが、そうだったはず)
勇者(そうか、だから魔物が平然と人間の住む土地に居られるわけか)
勇者(それでも、人間と魔物が共に何事もなく暮らせるのか?)

タタッ バン!

少年「姉ちゃん! 少女ちゃんが大怪我しちゃったよ!」

半魔女「本当!? 今いくから! ごめんなさい、少し席を外しますね」 ガタッ

少年「早く早く! 血がいっぱい出て死んじゃうよぉ!」

半魔女「泣かないで。落ち着いて、ね? 少女の所まで案内できる?」

少年「う、うん……こっち。滑り台のとこ」 タタッ

勇者「…………」

少女「い、たい……よぉ……」

子狼「おいしっかりしろよ少女! 今姉ちゃんが来るからさ!」

子トカゲ「ひっ……ごめん、なさい。ごめんなさい……」

半魔女「少女! 酷い傷……何があったの!?」

子トカゲ「ごめんなさい! あたし、あたし……!」 ガタガタ

子狼「姉ちゃん! どうしよう少女が、少女が!」

半魔女「落ち着きなさい! ゆっくりでいいから、落ち着いて話して。私が治している間に、ゆっくり」

子狼「う、うん。俺と少女がふざけてて、ちょっとした拍子に子トカゲにぶつかったんだ。それで――」

勇者(右腕、胸から腹にかけての大きい傷……出血がひどい。今手当てしなければ死ぬな)
勇者(子トカゲとかいったか。トカゲ人間の肌と爪、コンケツか)
勇者(トカゲ人間の力なら子供――いや普通の人間は耐えられん)

子狼「それで、子トカゲが急に暴れて……俺止めようとしたけど、無理で、無理で……」

半魔女「あなたは良くやったわ。自分を責めないで、ね?」

子狼「うん……ぐすっ」

少年「姉ちゃん、少女助かるの?」

半魔女「大丈夫よ。この前も子狼が大怪我させちゃった時があったけど、助かったでしょ?」
半魔女「今回も大丈夫よ――子トカゲ」

子トカゲ「ひっ! ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい……!」 ガタガタ

半魔女「あなたは大怪我させようと考えて、少女を傷付けたの?」

子トカゲ「違う! 違うけど、途中から、判らない……判らなく、なって!」

半魔女「……そう、判ったわ。今回の事で判ったでしょう? 力がある分、抑えないといけないって」

子トカゲ「――――」 コク、コク

半魔女「少年、子狼。お医者様を呼んできて」

少年「判った!」 子狼「すぐに連れて来るぜ!」

半魔女(……ダメ。さっきから血が止まらない。傷が深すぎる。このままだと医者が来る前に……)

勇者「医者、時間合わない。傷が深い」

半魔女「そんな事、ありません! 子供達が不安がるような事言わないで!」

勇者「魔法で、癒せ」

半魔女「魔法で癒せって、そんな御伽噺じゃあるまいし、出来るわけないでしょう!?」
半魔女「こんな時に、からかわないで下さい!」

勇者(快復の魔法がない? 魔法が失われたのか? いや、そんな事を考えている場合じゃないか)
勇者「そこをどけ。時間ない」 グイッ

半魔女「な、何をするんですか!?」

勇者「……すぅ、はぁ」

勇者(快復の魔法……術式は頭に浮かんでいる。しかし、どうにも魔力の流れが悪い)
勇者(というよりも、俺の周りしか流れていない? 仕方が無い、ないよりマシか)

勇者「『光の癒し』」 プカプカ

半魔女「えっ、光の粒が……浮かんでる?」

勇者「……ぷはっ、ぜぇぜぇ!」

半魔女「だ、大丈夫ですか!?」

勇者「あ、あぁ……医者が来れば、何とか、なるだろう」 ダラダラ

半魔女「傷が、小さくなっている! 嘘、そんな奇跡みたいな事が……あぁ、神様!」

勇者(快復の魔法1回で、消耗が激しい。それに、傷が塞ぎ切っていない) ダラダラ
勇者(脂汗が止まらない。力の源が失われている感覚……) ダラダラ
勇者(対象が魔物の血を引いているから、という理由だけではない)

勇者(これは、一度確かめないといけないな)

数時間後

半魔女「あの、本当に助かりました。お医者様が言うには、大した怪我ではなかったって」

勇者「そうか。良かったな」

半魔女「私何度も失礼な事を言ってしまいました。ごめんなさい」

勇者「構わない。そろそろ、俺は帰る」

子狼「おい待ってくれよおっちゃん!」

少年「僕達にも、あの光を出す方法を教えて下さい!」

勇者「いきなりなんだ、お前達?」

子狼「俺も光を出したい! 教えてくれよおっちゃん!」

勇者(おっちゃん……そんなに老けてみえるのか俺?)

半魔女「失礼でしょあなた達! ごめんなさい、悪気はないんですけど……」

少年「頼むよ、僕達にもあの魔法教えてよ! 良いでしょ?」

勇者「魔法は、かなり修行を積まないと無理だ。特に、魔物には、さっきの魔法は使えない」

子狼「何でだよ!? 人身差別だぞ!」 少年「人種だろ」

勇者「俺の使う魔法は、魔物にとって有害なんだ。怪我をしていた子供は、多分人間の血が濃かった」
勇者「だから、治すこと、出来た。でも、お前は魔物の血が濃い。見た目も、狼男そのものだしな」

子狼「えーっ! 何だよそれ。せっかく見直したのにさぁ」

半魔女「助けてもらったのだから、我侭言わないのよ子狼」

勇者「……どうしてもと言うなら、剣や体術ぐらい教えてやる」

子狼「えーっ人間なんだろおっちゃん。魔族の俺に敵うわけないじゃん」

勇者「それじゃあ、外へ出ろ。確かめて、見るといいだろ」

数分後

子狼「ま、マジかよ……」 ボロボロ

少年「すげぇ、全然相手にならなかった」

勇者「人間でも、魔物相手に、充分勝ち目はある。大分修練を積まないと――」

子狼「おっちゃん! 俺を弟子にしてくれよ! 俺もっと強くなりたいんだ!」

少年「ぼ、僕もお願いします! 強くしてください!」

勇者「…………」

半魔女「いい加減我侭言わないの! ごめんなさい、叱っておきますので――」

勇者「いいぞ。俺の時間が、空いた時だけ」

半魔女「宜しいんですか? 『名誉勇者』様なら多忙でしょうし……」

勇者「時間があれば、構わない。子供でも厳しい、練習になる。覚悟しろ」

子狼「わかったよおっちゃん!」 少年「ありがとおじさん!」

勇者「……まずは礼儀から。おじさんではなく、師匠と呼べ」

光の国 賢者宅
夕刻

勇者「少し聞きたい事がある」

賢者「どうしたのかね?」

勇者「この国は魔法を知っているのか?」

賢者「知っているも何も、なければ生活に支障をきたす。生活の一部と言っても過言ではないよ」

勇者「それなら、怪我を癒したり病気を治したりできるのか?」

賢者「残念ながらそれは出来ない。魔法とて万能じゃないからね、そこは医者任せさ」
賢者「急に魔法について聞いてどうした? 私としては古代の魔法について知りたいよ」

勇者「いや、千年も経てば大分文明が発達しているからな、疑問に思っただけだ」
勇者「それに、俺は魔法について詳しくない。聞かれても応えられない」

賢者「そうか残念な限りだ。それより、君は時間通りに集合する文化を知るべきだと思うよ」

勇者「目的地に辿り着けなかっただけだ」

賢者「魔法について知るより、まずは方向音痴を治すのが先決みたいだね」

勇者「正しい道順については、精霊の魔法が使えれば何とか出来るんだが……」

賢者「古代特有の言い回しか? 精霊なんて御伽話、今時子供でも信じないよ」

勇者「……精霊について縁のある土地とか知らないか?」

賢者「少し北へ向かった所に『精霊の泉』という観光名所があるよ。綺麗だけど、普通の湖だ」
賢者「しかし、何故精霊なんてものに拘る? 古代は精霊信仰が盛んだったのか?」

勇者「ああ、そうだ。昔は信心なんてなかったが、今になって縁のある地に足を運びたくなった」

賢者(ふむ、まあ近い所だから構わないが……瘴気だの、精霊だのと迷信をよく口にする)
賢者(だが引っ掛かる。古代の魔法と今の魔法は大分系統が異なる。もしかすると、その言葉に意味があるのか?)

賢者「判った。私は明日予定が空いているから、一緒に行こう」

翌日
光の国 北部/精霊の泉

賢者「馬車に揺られて三時間といった所か。相変わらず自然豊かな場所だ」
賢者「この近辺に遺跡は存在しないが、避暑地としては最適だな」

勇者「随分と道が整備されているな」

賢者「ここは昔から人々に利用されていた泉だそうだ。それこそ気が遠くなるほど昔から」
賢者「現在では、観光地兼避暑地として国から保護区域に指定されているよ」

勇者「そうか。なら、あまり荒らされてはいないのか」

賢者「泉までは看板があるから君でも迷うことはないだろう。安心して進みたまえ」

勇者「お優しいご忠告、痛み入るよ賢者様」

ガヤガヤ

勇者(観光地、か。俺の時代だと神聖な場所として巡礼者以外ほとんど立ち寄らなかったな)
勇者「結構人がいるんだな」

賢者「そうかね? この時期だとこんなものだよ。夏になると、かなり人が増える」

勇者「神聖な場所も形無しだな」

賢者「そうそう、私の別荘はここにある。用事が済んだらこの家に来てくれよ」

勇者「ああ。それじゃあ泉に行かせてもらう」

勇者「本当に看板通りに辿り着いたな」
勇者「さて、目的の泉に辿り着いたが……」

勇者(確かいざという時のために、泉の底に沈めていた物があるのだが)

勇者「精霊が全然見当たらん。いや、そもそも泉に来る前の森にもいなかった。どうなっている?」
勇者「泉自体も俺がいた時代より大きくなっている。探すのは骨が折れるな」

――、――――

勇者「?」

――、――しゃ

勇者「小さいが、確かに聞こえる。そっちか」

精霊の泉/秘匿された泉

勇者「声が聞こえるままに歩いていたら、随分と小さい泉があったもんだ」
勇者「澄んだ水だ。昔会った時もこんな感じだった――久々に会えたな」

精霊「勇者。まさか、千年の時を越えて、会える、とは」

勇者「相変わらず水溜りが浮かんでいるようにしか見えないな。別の形の方が親近感もてるぞ?」
勇者「それに前より『薄い』感じがする」

精霊「……貴方から、預かった剣は、ここに」 ザバァ

勇者「ああ確かに。水底にあったのに全く錆びていないのは流石だな」

精霊「私、達の、力を、預けた」

勇者「一体何があった? 力がほとんど感じられない」
勇者「現代の奴らが、瘴気や癒しの魔法を知らないのも、何か関係あるのか?」

精霊「私、達は、人々の信仰、得て存在する。それが、薄まれば、存在を保てない」
精霊「神だけを、魔法だけを信仰したり、存在しないと信じられたら、力を失う」

勇者「一部の人間しか扱えないから、という理由だったら魔法も同じだと思うがな」

精霊「魔王の力が、弱まった。魔法の力弱まったが、人間も扱いやすくなった」
精霊「私達の、勇者の魔法は、魔王に対抗する力。魔王が弱まれば、同じだけ失われる」

勇者「難儀な力だな。魔王を倒せば俺の魔法も、お前も消えるのか?」

精霊「ええ。元々世界に、『魔法』は存在しない。『魔王』も、魔物も」
精霊「『魔法』を、『魔王』を世界から、排除するための存在。『魔王』が消えれば私も消える」
精霊「目的が果たされるなら、何も、悔いは……な、い」

勇者「おい大丈夫か? 姿がほとんど見えなくなっているぞ」

精霊「……私も、その剣に、力を、あたえる。ゆうしゃ、せかいを、おねがい――」 サァーーッ……

勇者(世界をお願い、ね。人間だけでなく、精霊にまで世界の命運を託されるなんて)
勇者(有り難すぎて身震いする。そんな重要な事を人様に託すなよ)

勇者(元々世界に『魔法』はない。そういえば魔法使いもそんな事を言っていたな)
勇者(あいつは色々と魔法について調べていたからな……もっと話を聞いておけば良かった)

勇者(失われて気付く……そんな事を思い知るなんてただの馬鹿な奴だけと思っていたんだがな)
勇者(魔王を倒す……そうすれば、魔法は消える。魔物は――)


勇者(――魔物は、どうなるんだ?)

数週間後
光の国 孤児院

子狼「ほぉんでさ、むぐむぐ。さっきので30勝29敗になったんだよ!」

少年「ぼ、俺が30勝29敗だよ!」

子狼「いーや、俺の方が勝ち越してるって!」

半魔女「口の中にご飯がある時は喋らない! すいません勇者さん、いつも騒がしくって」

勇者「構わないさ。俺の方こそいつも昼をご馳走してもらって悪いな」
勇者「その上この国の言葉も教えてもらっているし、こっちが礼を言いたい」

半魔女「こちらこそ子供達の相手をしてもらっていますから」
半魔女「少年と子狼はいつも貴方の話をしていますよ。少年は特に言葉遣いを真似して――」

少年「わ、わぁー!? 姉ちゃん黙っててよ!」

勇者「さて、食事も終わったしそろそろ帰るとするか」

半魔女「でしたらお見送りしますよ。すぐそこですけどね」

子狼「えーっ、もう帰るのかよ。おっs……師匠。俺と模擬試合しろよー!」

勇者「今日は予定あるからな。あとお前次の稽古、走り込み十周追加な」

子狼「げぇっ!?」 少年「馬鹿だなぁ」

半魔女「ほら、皆も今日の午後はお家の掃除でしょう。さぼったら承知しませんからね」

勇者「わざわざ見送りするとは。今日は一段と色男に見えたか?」

半魔女「ご自分で言うんですか? 勇者さんって、結構良い性格していますね」

勇者「良く言われる。俺ほど良い性格の奴もいないものだ」

半魔女「ふふっ、本当良い人ですね。わざわざこんな所まで足を運んで、付き合ってくれるなんて」

勇者「議員だか大使だかの家に行くよりは、大分時間を有効活用出来ているし、気が晴れる」

半魔女「ありがとう。勇者さん、本当は魔族――魔物が嫌いなのに、そう言ってくれると嬉しいです」

勇者「別に俺は――」

半魔女「魔物の人に出会うと凄く怖い眼をします。以前ほどではないけど、今でも時々私達にも」

勇者「…………」

半魔女「魔王の国と交流して数百年経つと言われてますけど、魔物――混血は特に嫌われてます」
半魔女「でも、勇者さんは……差別意識というより、強い憎悪を抱いているように見えるんです」
半魔女「もしそうなら、気を遣わなくて大丈夫です。どうか、無理してここに来なくても良いんです」

勇者「……そうだ。魔物は嫌いだ。憎悪している」

勇者「今でも夢に出るんだ。目の前で人が生きたまま引き裂かれ、食われる」
勇者「昨日まで平穏に暮らしていた奴らが、今日は串刺しにされ、或いは嬲り殺される夢を」
勇者「魔物を根絶やしにする以外、いや根絶やしにしても忘れられないだろう」

半魔女「そんな、そんな悪夢みたいなこと魔族はしません! 確かに混血の私達を差別することはあります」
半魔女「でも有り得ませんよ。現代で人間を虐殺なんて」

勇者「……そうだな。現代の魔物は、そんな事をしないのだろうな。するわけが、ないな」
勇者「人間と同じように会話して、同じように生活しているんだから」

勇者「すまない。少し冗談がキツ過ぎたな。魔物を嫌ったりしてない。元から目付きが悪いだけだ」
勇者「さっきの言葉は、冗談だから忘れてくれ」

半魔女「……あの、勇者さん――」

勇者「それじゃあな。また暇が出来たら来る。餓鬼共が稽古サボらない様見ててくれ」

一旦ここで区切りとします
残りを書いて推敲しますので、用事が終わり次第投稿します
明日の夕方、遅くとも明日の夜には続きを投稿可能かと

明日ならスレ、残っているでしょ(慢心)

同日 夜

賢者「時刻通りに来ないのが流行しているのかね?」

勇者「約束の時間より少し遅れてくるのが、美男美女の礼儀だ」

賢者「私としてはその礼儀は廃するべきだと提案したい。いい加減この時代の習慣に慣れて欲しいよ」

勇者「昔と時差があり過ぎて馴染まないんだよ。それで、今日はどの議員・大使様のお家だ?」

賢者「今日は現勇者様の豪邸だよ。『魔王』様と両国の議員が集う親睦会だ」
賢者「くれぐれも、三日前みたいな醜態を晒さないでくれよ」

勇者「高々ワイン棚の酒を全部空けただけだろ。あぁ判ったから、睨まないでくれ。小心者には辛いよ」

賢者「君と過ごすようになってから、胃腸薬が手放せなくなったよ」
賢者「君の豪胆さだけは、まさに『勇者』と言っても過言じゃない」

勇者「…………」

現勇者宅

賢者「お待たせしました現勇者様。本日はお招き頂きありがとうございます」

現勇者「そんな固い挨拶はいらないよ。今日は『魔王』との親睦を深めるのが目的なんだから」
現勇者「といっても、『魔王』とは婚約した仲だからこれ以上深めようがないけどさ。はっはっは!」

賢者「随分と仲が宜しそうで。ところで『魔王』様は?」

現勇者「少し遅れると連絡があったよ。そろそろ来るんじゃないかな?」

勇者(現代の『魔王』……どんな奴なんだ)

部下「失礼致します。『魔王』様及び魔王の国の議員様が来訪されました」

現勇者「丁度来たようだ。お通ししなさい」

魔王「本日はお招き頂き感謝致します、勇者様」

鳥人「お久しぶりです勇者様。賢者様も半年ぶりですね」

賢者「お変わりないようですねお二人共」

現勇者「親睦会ですから固い挨拶は抜きにしましょう。そうそう、今日は――」

勇者「…………」

勇者(この小娘が『魔王』? 角があるから魔物なのは判るが、『魔王』には到底思えない)
勇者(……魔王は存在、しないのか?)

鳥人「ところで、こちらの方は?」

賢者「ああ、先程お話した古代のクリスタルから現れた男。それが彼ですよ」

鳥人「おおっ、古代の人類ですか! ふむ、腰に下げた剣もあって『勇者』様に見えますね」

勇者「実際強いですよ。剣術試合で破られました」

賢者「あれは……反則で負けたと言うべきですよ」

魔王「それでも現勇者様に勝てるなら、素晴らしい腕前ということです」

鳥人「ぜひ古代の暮らしぶりや知識を拝聴したいですね」

勇者「…………」

賢者「失礼。彼はまだ現代の言葉をうまく話せないのです」

鳥人「そうでしたか。いや、古代と現代では違うのは当たり前ですな。言語はどんな――」

魔王「……現勇者様。私少し気分が」

現勇者「それはいけない。テラスで涼みましょう」

勇者「…………」

同日 深夜
賢者宅

賢者「やれやれ、相変わらずだなあの二人は。少し気が緩むとイチャついて……明日も気が重いな」

勇者「明日もあいつらと会うのか?」

賢者「ああ、魔王の国の方達とな。それより、相変わらず魔族の方々を前にすると目付きが悪くなる」

賢者「剣に手が掛かっていたぞ。一体何が不満なんだ?」

勇者「柄に手が掛かるのは癖だ。手持ち無沙汰だと落ち着かない。目付きは元からだ」

賢者「……まあいい。確かに襲い掛かる素振りは見せなかった。だが気を付けてくれよ」

バタン スタスタ……

勇者「ふぅ、口煩い奴だ。魔法使いみたいな奴だな。魔法を使うと人間、口煩くなるのか?」
勇者「それにしても、『魔王』を前にすれば感覚で判るはずだが、あの小娘相手では感じなかった」
勇者「俺の能力が失われているのか。それとも、本当の『魔王』は別の所にいるのか?」


勇者「あるいは、『魔王』が復活するというのが間違いだったのか……」

???

魔法使い「最近調子はどうかしら勇者?」

勇者「家に居て眠ってばかりだから、かなり暇と体力を持て余しているよ」
勇者「有名人になると、外出も満足に出来ないな」

魔法使い「……勝手な話。魔王を倒せと命じて、魔王を倒したら何もするな」
魔法使い「民衆も大概よ。勝手に勇者が王になるとか噂話をして、しかもそれを真に受けるなんて!」

勇者「そんな勇者の傍にうろついていたら、そいつも痛くない腹を探られると思うがな」

魔法使い「……勇者、悪い話と嫌な話。どっちから聞きたい?」

勇者「どっちも聞きたくない」

魔法使い「そう。なら悪い話から伝えるわね」
魔法使い「魔物は消滅していない。魔王を倒したら消えると思ったけど、その傾向が見られない」
魔法使い「魔王の存在の象徴である魔法も健在。つまり――」

勇者「魔王は、まだ滅びていない」

魔法使い「そうよ。それが悪い話」

勇者「嫌な話が残っているのが救いだな。これ以上悪い話はないだろう」

魔法使い「嫌な話っていうのも魔王関連。預言者達は魔王の復活を知らせてきた」
魔法使い「しかも私達が死んでかなり後の時代らしいわ」

勇者「確かに嫌な話だ。だが未来の『勇者』様にお任せするしかないな」

魔法使い「嫌な話っていうのが、それよ」

勇者「……? 何が問題でもあるのか」

魔法使い「預言者達は魔王復活を予言したと同時に、さらにもう一つ重大な予言をしたわ」
魔法使い「『勇者』は生まれてこない」

勇者「……精霊が死に絶えているっていうのか、未来は?」

魔法使い「判らない。ただ預言者達の予言は絶対よ。魔王復活も『勇者』の誕生も」
魔法使い「難解な言葉ばかりだけど、預言者の言葉は全て現実となっている」

勇者「俺としては眉唾ものだが、現実主義者のお前が言うなら確かなんだろうな」

魔法使い「そうじゃないと魔法なんて使えないだけよ。魔法に身を委ねたら自分なんて存在、すぐに消えてしまうわ」
魔法使い「何にせよ、予言に関しては色々と手を尽くしてみるわ」

勇者「俺は何をすれば良い?」

魔法使い「貴方は寝ているだけでいいわ。この時代の『魔王』を倒したのよ貴方は。もう、休んでいていいのよ」

勇者「…………」

光の国 外壁/魔力制御塔

賢者「着きました。魔王の国と違い規模は小さいですが、数でカバーしています」

鳥人「いやいや。制御している魔法球は我が国と見劣りしませんよ」

魔王「……えぇ、魔力の輝きは素晴らしいものです」

勇者「…………」

鳥人「随分と食い入るように見ていますな。ああ、古代にはこういった装置はなかったのですか」

魔王「もしよろしければ説明致しましょうか?」

勇者「……(コクリ)」

魔王「これは周囲の魔力を集める装置です。空気中の魔力は微弱ですので、集めないと魔法が使えません」
魔王「また他の装置と連結することで、結界が発生します……」
魔王「集めるだけでは、空気中に拡散する魔力ですが、結界があると……留めておけるのです」

魔王「それに、結界がないと、魔族の多くが、理性を保てない……」

勇者「顔色が悪い。大丈夫か?」

魔王「いえ大丈夫です。賢者様と古の『勇者』様の前でみっともない姿を見せてしまい申し訳ないです」

鳥人「ははっ、現勇者様と別れたのが堪えたのですかな。とはいえ、私も昨日は少し飲みすぎたかもしれません」
鳥人「どうも今日は気分が優れません……申し訳ないですが、賢者様」

賢者「判りました。連日の政務の疲れが出たのでしょう。ゆっくりお休みください」

魔王「お気遣いありがとうございます。現勇者様に宜しくお伝えください」

鳥人「それではまたお会いしましょう」

勇者「…………」

賢者『私はお二人をお見送りする。君はこのまま帰ってくれ』

勇者『ああ判った』

光の国 外壁周辺/小路

勇者(薄汚れた感じの道だが、人も多く活気があるな。大通りと違って魔物も多い)

勇者(結界、か。半魔女も言っていたな。結界があるから人間と魔族は一緒に生きていられると)
勇者(魔法、結界、魔物。それらは魔力――『魔王』の存在があってこそだ)

勇者(魔王は滅ぼすべき存在。だが、この時代は魔法で成り立っている)
勇者(魔王や魔法は世界にとって排除すべき存在。だが、現代では馴染んでいる)

勇者(くそっ! 小難しいことなんか考える頭なんかないのに、いつも面倒事ばかりやってくる)

勇者「どうすればいい。どうすれば……」

ガシャーン ナンダトテメェ! ヤンノカ!

勇者「騒がしいな。喧嘩でもやっているのか?」



龍人「人様の物に手を出してんじゃねえよ!!」

鬼人「てめぇこそ良い度胸じゃねぇか、こら!!」

バキ! ドス! ズスーン……

男A「ひぃぃ、このままじゃあ全部潰されてしまうぞ! あんた止めてくれよ!」

犬人「む、無理言うなよ!? 龍と鬼の魔族なんて、並みの魔族じゃあ止められないぞ!」

男B「今助けを呼んでくる! 兵士だったらどうにかしてくれるはずだ!」

勇者「おい、どうなっているんだこれは?」

虫人「判んねぇよ!? いきなり暴れだしたんだよあいつら!」

女A「冗談言って小突き合いしていたんだよ。でも本当にいきなり暴れたんだよ!」

老婆「あの二人は良く来るから覚えてとるよ。あの二人が怒ったとこ、わしゃ初めてみた……」

勇者「事情は判った。誰も止めないのか?」

犬人「人間が――並みの魔族でも止められない! 近付くと危険だ!」

男A「魔道兵士が来れば止められるはずだ。俺達は避難するべきだ!」

「きゃぁーっ!」「いてぇ……」「誰か手を貸してくれ! 怪我人が――」「助けてくれぇ!!」
『タスケテ……』『シニタクナイ』『ウワァーーッ!!』『ミエナイ。ダレカ、テヲニギッテクレ……』

勇者「…………」 ギリッ
勇者「俺が、止める……!」 チャキ

男A「ま、待て! 人間じゃあ無理だ!!」

鬼人「がぁーーーーーーーーーっ!!」 ブォン! バキィ!

龍人「ウォオオオオオオオオオッ!!」 ゴスッ! ドカ!

勇者(鬼と龍か。そこそこ人間に近い姿だが、力だけは俺の時代と同等だ)
勇者(力は大分取り戻せた。精霊の剣があるためか、魔法は問題なく使えそうだ)
勇者(まあ周囲を巻き込むと危険だから、派手なのは差し控えておくべきか)

勇者「さて、いつまでも暴れているな、っと!」 ブン! ガスッ!

鬼人「ぐぅるるるる……!」

龍人「ふしゅーーーっ!」

勇者「小石でも頭にぶつけられると痛いだろ? ほら、こっちへ来い!」

鬼人「うぉおおおおおっ!!」 ブォン!

勇者「大振りだから避け易い――が」

龍人「グオオオオオオオッ!!」 ゴォォーーーッ!

勇者「くそっ、見た目だけじゃなく中身も龍か! 火を吐いてくるのは厄介だな」

龍人「グゴゴゴゴゴ! すぅーーーー」

勇者「もう一回火を吐くつもりか。目の前で堂々と準備してんじゃねぇ!」 ドカ!

龍人「ガァッ!?」 ゴォー
鬼人「ぐぉっ!?」 ジュワ!

タタタッ!

勇者「ふっ!」 シュッ! ドス!

鬼人「ぐぅぅ……!」 ドサッ

犬人「マジかよ……人間が、勝ってる」

男A「兵士でもないのに剣持ってるって事は、『名誉勇者』だよな。でも、それでも魔族に勝てるものなのか……?」

龍人「ルゥオオオオオッ!」 ブゥゥウン……ブゥゥウン……

女A「ま、魔法使うつもりよ!」

虫人「やべぇよ、やべぇよ! あいつ爆発の魔法を使える奴だぞ! 皆ここから逃げろぉ!!」

勇者「――――」 シャキン!

虫人「なんだあの剣? 刀身が微かに光って……る……」

犬人「グゥゥゥ……気持ち悪い、胸が……」

男A「お、おい大丈夫かお前ら!?」

龍人「グゥオオオッ! 『バクレツハ』」

勇者「『風の障壁』!」

ドォォォォオオオオン!!

老婆「ひぃぃぃ!!」男A「お、終わった……!」女A「……あぁ」 ドサ!

勇者「俺に向かって光弾を放つ魔法で助かった。後ろにいる奴らは――大丈夫そうだな」

龍人「グゥオオオオ……!」

勇者「跳ね返った爆風と熱にやられたのか。間抜けな奴だな」
勇者「さて、さっきの鬼共々ここで止めを刺すか」

男A「待ってくれ! あんたそいつらを殺すのか!?」

勇者「何言っているんだ? 魔物は無駄に頑丈だ。心臓を潰さないとまた動き出す」

女A「もう倒れているんだから、逮捕するだけでいいじゃない! 殺すなんて残酷よ!」

勇者「この惨状を見ろ! 魔物を生かしていたら、また暴れるぞ!」
勇者「魔物と共存だか知らないが、魔物の本質や能力は人間とは違うんだぞ!」
勇者「それはお前達も意識的に、無意識に認めているだろう」

老婆「何と言う人だ……こんな差別主義者がまだいるとは」

男A「自分がそうだからって、俺達まで魔族を差別すると思うなよ!」


「最低だあんた」「暴力反対!」「魔族と人間は平等だぞ!」「平和を乱すな!」


勇者「…………」

魔道兵士A「何を騒いでいる! 下がれ下がれ! 現場を見せろ!」

魔道兵士A「ひどいなこれは……嵐が来たかのような惨状だ」

魔道兵士B「聞き込みからして、倒れている龍人と鬼人の喧嘩が発端のようです」

魔道兵士C「それを止めたのが、そこにいる人間です」

魔道兵士A「信じられないな……魔法の宿った武具で武装した我々でも危険な種族だぞ」
魔道兵士A「本当に人間なのか?」

勇者「…………」

魔道兵士B「知っているぞこいつ。確か古代の人間だ。『名誉勇者』だぞ」

魔道兵士A「面倒だな。C、お前は他の兵士と共に怪我人の救助を。B!」

魔道兵士B「もう増員は呼んだよ。さすがに十数人で囲めば、『魔王』相手でも勝てるぜ」

魔道兵士A「そういうわけだ。言葉は判るか? 大人しく連行されてくれ」

勇者「……判った」

賢者「待ちたまえ。その男の身柄は私達が預かる」

魔道兵士A「賢者様……しかし、これは警察権を持つ我々の管轄です」

現勇者「それはつまり私の管轄でもあるということだね。魔道兵士Aさん」

魔道兵士A「現勇者様!?」

現勇者「その方は私達が預かる。問題ないかな?」

魔道兵士A「現勇者様が預かるということならば……」

魔道兵士B「ですが住民の聞き込みから判断すると、危険な男です。気をつけて下さい」

現勇者「ありがとう。君達は怪我人の救助に当たってくれ」

魔道兵士A「はっ! 失礼致します」

賢者「……行ったか。それにしても魔族の、それも龍と鬼の魔族に勝てるとは驚いたね」

現勇者「賢者が言っていた推察が当たっていた形になるね」

勇者「どういう、事だ?」

賢者「古代の文献はもちろん、ここ最近の君の動向を調査していたんだ」
賢者「最近は孤児院に入り浸っていたようだね。部下の報告から意外な一面が見えたよ」

勇者「賢者より調査員の方が向いてるぞお前」

賢者「どうもありがとう。さて、俄かに信じ難いが精霊、と言ったかな。古代の文献では頻繁に出る単語だ」
賢者「古代特有の迷信と思っていたが、君の使った魔法から信憑性が高まった」

現勇者「遠目だったけど貴方の魔法を見ました。あんな魔法、初めてだよ」

賢者「我々の魔法は擬似的な炎や風を起こせる。だが、君の魔法は風そのものを招き寄せていた」
賢者「古代の言葉で神聖魔法――または精霊魔法と呼ぶべきか。本当に存在したとは」

勇者「……それで、魔法の講義をするために来たわけじゃないんだろう」

賢者「ああ失礼。率直に伝えよう」




賢者「『名誉勇者』の称号を剥奪し、この国から追放したい」

勇者「剥奪は、まぁどうでもいい。追放ってのは、あまり穏やかじゃあないな」

現勇者「議会ですでに承認済みだよ。正確には君が思想的に重大な問題があり、反社会的行動に出たら、という条件があった」
現勇者「条件は問題ないね。魔族の方達に対する差別的な発言、今回の事件における過剰なまでの暴力」
現勇者「民衆の方から証言が、暴行については私達に目撃されている。言い逃れは出来ないよ」

賢者「古代の人間とはいえ、いくら何でも目に余る。本来なら投獄するべきなんだがね」
賢者「議員の方々も自分から『名誉勇者』を授ける事に許可した手前、体裁が悪くてね」

現勇者「表向き称号剥奪はなく、君には諸国を巡り――旅の途中行方不明となる」
現勇者「この国以外では君の姿を見る者はほとんどいないからね。どうにでも出来るというわけさ」
現勇者「悪く思わないでくれ。これも人間と魔族との平和のためだよ」

勇者「……成る程。伊達に『勇者』なんて称号ぶら下げてないわけだ。平和のためならどんな手段も選ばない」
勇者「まさに、『勇者』様と呼ぶに相応しい」

現勇者「お褒め頂きありがとう」

現勇者「戦い振りから君の正体は判ったよ。君は古代の英雄、『勇者』なんだろう?」

勇者「そんな大それたものじゃない」

現勇者「隠さなくても良いよ。勇者に関する伝承はいくつもあってね。古き悪しき『魔王』を退治した」
現勇者「精霊に愛されていた。不思議な力を放つ剣を持っていた……概ねそんな感じだ」
現勇者「単なる子供向けの伝承と、作り話と思っていたけど実際に存在したわけだ」

勇者「…………」

現勇者「魔族に対する戦いは流石というべきだね。見事という他にない。けれど――」

現勇者「現代は暴力で解決する時代じゃないんだ。『勇者』は常に愛と平和を求め生きる存在だ」
現勇者「力で解決なんて前時代的なことはしない。話し合いで平和を築くべきだ」
現勇者「はっきり言うよ。君のような存在は、平和を乱すだけだ」

勇者「……そう、だな。現代では、それが良いのだろう」

現勇者「判ってもらえて嬉しいよ。国境までは案内するよ。一応義務になっているし」

賢者「それでは馬車を用意します。君は大人しくそこで待機していてくれよ」

勇者「…………」

???

魔法使い「全部終わったわ。あとは実行に移るだけよ勇者」

勇者「そうか。それにしても手紙なんて久々に書いたから、疲れたな」

魔法使い「相変わらず汚い字ね。戦士と僧侶、読めるかしら?」

勇者「戦士は俺より汚い字だから大丈夫。僧侶は、まあ頭良いから大丈夫だろ」

魔法使い「何それ。何の根拠もないじゃない。書き直した方が良いんじゃない?」

勇者「そんな時間ないだろう。時間を置くと術式も薬剤も劣化するんだろう?」

魔法使い「……そうね。それじゃあ手紙は小姓に届けるよう伝えるわ」
魔法使い「それで、本当にいいの? 本当に、後悔しないのかしら?」

勇者「構わないと言っただろう。未来で『勇者』が生まれないなら、今の『勇者』が未来へ行く」
勇者「何もおかしいことはないだろう?」

魔法使い「何から何までおかしいわよ。大体あの予言だって預言者達が間違えただけよ」

勇者「予言は外れない。それは、俺達自身よく判っているはずだ」
勇者「判っているからこそ、お前はこの装置を作り上げたんだ」
勇者「未来へ行くために、長期間人間を封じるクリスタルを」

魔法使い「……作らなきゃ良かった、こんな物」

魔法使い「元々は勇者に対する密偵や民衆の目を誤魔化す為に作ったのに……」

勇者「最初から俺のためにあるなら、有効に使わないとな」
勇者「それにたった一人ならどうしようもないが、お前も後から来るんだろう? 何も問題はないさ」

魔法使い「……そう、ね。私もクリスタルの中に入れば問題、ないわ」

勇者「ならばもう迷う必要はない。やるべき事はやってるからな」

魔法使い「ねえ勇者。未来について予言者達が、また予言をしたわ。未来は、平和なんですって」

勇者「良いことだろう。何でそんな複雑な表情をしているんだ?」

魔法使い「それは、人間と――魔物が一緒に暮らしているっていう予言なの」

勇者「預言者はとうとう呆けたか。人間と魔物が同じ場所に住めるわけないだろう」
勇者「魔物は瘴気がないと暮らせず、存在できない。だが人間にとっては猛毒だ」
勇者「瘴気を吸った人間は狂い、苦しみ、そして死に到る。それはお前がよく知っているはずだ」

魔法使い「そうよ。死刑囚とはいえ随分と非人道的な実験をしたわ。おかげで人間と瘴気は相容れないと証明できた」
魔法使い「だからこそ不気味なの。平和というけど、もしかして未来は――」

魔法使い(未来は、かなり歪な平和。魔物がいる、人間もいる。つまり、瘴気を薄めた空間)
魔法使い(双方に負担を掛ける。バランスを崩せばすぐに崩壊するような――)

勇者「まあ行けば判るさ。平和ならそれに越したことはない。だが、そんな時代に魔王がいるのか?」

魔法使い「魔物が復活する際や大規模な儀式をする際に、何らかの波動を放つのは判明している」
魔法使い「クリスタルはその波動を受けたら、時間を掛けて解放されるわ」
魔法使い「微弱な波動では反応が薄いけど、魔王なら問題ないはずよ」

勇者「万が一正常に作動しなかったら?」

魔法使い「クリスタルの近くに、解除方法を記した石版を置くわ。石ならそう簡単に崩れないでしょう」

勇者「頼もしい限りだ。行き先が平和で『勇者』がいない時代なんて、楽しみだな」

魔法使い「勇者、あなた……何を」

勇者「民衆ってのはおしゃべりなもんだ。当の勇者がいるのも気付かず世間話に夢中だったぜ」
勇者「ある国で王族に反乱を起こした奴らがいたんだと。『勇者』の御旗とやらを掲げて」

魔法使い「それは! そんなのただの噂よ!」

勇者「隠すなよ。お前が来なかった時、騎士が来てわざわざその噂を伝えてきてくれたよ」
勇者「魔王を倒した勇者は、平和を乱す存在だってな」

魔法使い「……民衆が勝手にやったことよ。あなたが責任を感じる必要はないわ」

勇者「その上未来にまで遺恨を残してしまった。とんだ『勇者』もいたもんだ」

魔法使い「あなたは魔王を倒した。これ以上の偉業なんてないわよ」
魔法使い「魔王が復活するのだって、私達には予測できなかった。いいえ誰にもよ」
魔法使い「讃えられこそ恨まれるなんて、ありえない」

勇者「何にせよ未来へ行くべきなんだ俺は。現代で疎まれているが、未来へ行けば問題ない」
勇者「現代と未来の問題を一挙解決! 『勇者』ならではの偉業だ!」

魔法使い「…………」

勇者「感動のあまり涙が出たか? なぁ、魔法使い。頼むから早く発動してくれ」
勇者「あと泣くの禁止な。栄光ある勇者の見送りは、笑顔だって決まってるんだよ」

魔法使い「……ばか」

一時間後

魔法使い「発動して時間が経った。あとは頭部だけとなったわ」

勇者「身体がクリスタルに埋もれているってのは、嫌な感覚だな。二度と味わいたくない」

魔法使い「普通なら睡眠作用が効いているのに、呆れた精神力ね」

勇者「遠出するときは興奮して眠れない性分なんだよ。未来では何をしようか楽しみだよ」

魔法使い「遊びに行くわけじゃないのよ……全く。良い性格してるわあなた。泣くのが馬鹿らしくなったわ」

勇者「よく言われる。大体不細工が泣いていたら余計見れなく――待った。その棒を下ろせ、悪かった!」
勇者「全く恐ろしい奴だ。未来でもこんなやり取りがあると思うと、ゾッとするね」

魔法使い「……ええ。そうね」

シューーーーーッ……

勇者「……そろそろ、頭も、クリスタルに、――――」 ピキピキ

魔法使い「ごめんなさい勇者。私は、未来には行けない。この術式を完成できるのが、私しかいないもの」
魔法使い「さようなら勇者。愛していたわ。どうか、未来では、良い人生を……」

勇者(相変わらず顔に出やすい女だ。あれで、俺を騙しているつもりなんてな)
勇者(魔法使い、済まなかった。最後まで俺の我が侭に付き合わせて)

光の国 国境/未開拓地付近

現勇者「さあ着きましたよ。この辺りは猛毒が噴き出していて危険なんですよ」

賢者「それにしても全く馬車の中で熟睡するとは、良い性格をしているよ君は」

勇者「そうだろう。みんなそう言う」

賢者「君は最後まで……全く。古代の貴重な遺物と思ったのに、とんだ厄介者だった」

現勇者「光の国と魔王の国には立ち入ることは出来ませんよ。手配されていますからね」
現勇者「まあ運が良ければ、他の国に辿り着いてうまくすれば溶け込めますよ」
現勇者「この平和な時代、『魔王』を倒す必要なんてないんです。どうぞ自由に生きてください」

賢者「それでは、さらばだ『古の勇者』様」

ガタガタ……ガタン、ガタン……

現勇者「やれやれ、やっぱり古代の人間では平等意識がないんだね」

賢者「千年以上も前の人間です。無理もないですよ」

賢者(『古代の勇者』か。各地に伝わる伝承は真実を基にされていたわけか)
賢者(精霊の剣……おそらく彼が所持していた剣だ。部下達の報告から不思議な力があるようだ)
賢者(魔族が苦しみ始めた――そういえば、魔王と鳥人の二人も体調が悪化していた)
賢者(だが見送るために彼から離れたら良くなった……)

賢者(それに、『勇者』がいたならば『魔王』も存在したと言える)
賢者(魔王の国には『古代の魔王』がいる……まさか、そんなはずは)

現勇者「考え事か賢者? 顔色が悪いようだが」

賢者「い、いえ。大丈夫です。少し疲れただけですので」

賢者(彼が言っていた瘴気というもの。伝承では精霊の他に瘴気について記されることが多かった)
賢者(『魔王』が、瘴気の源であると……)

勇者「やれやれ、また一人か。さてどうするべきかね」
勇者「唯一残ったのはこの精霊の剣だけ。無駄骨かもしれないが、導きの魔法でも使ってみるか」

勇者「魔王の存在を示せ、精霊の剣よ」
勇者「――――」 ブゥン スゥーーーッ……

勇者「……ちゃんと光が、行き先を示しているな」
勇者(微かに、だが確実に感じる。魔王の力を)

勇者「大分遠回りしてしまったな」

勇者(魔法使い、戦士、僧侶。遣り残した始末をつけに行くぞ)

勇者(魔王を倒せば、魔法は、魔力は消える)
勇者(半魔女、子狼、少年らの孤児院は……魔物はどうなるのだろうか)
勇者(せめてあいつらに別れの挨拶をしたかったな。いや、これも俺の勝手な願いか)

勇者(世の中は確かに、現勇者の言うように和平を求める時代なのだろう)
勇者(だが、だからこそ過去の遺恨は全て絶たねばならない)

勇者(魔法使い……お前の想いを振り切ってまで来たんだ。必ず果たしてみせるさ)
勇者(たとえ恨まれようとも、蔑まれようとも、この先どんな災厄が待ち受けようとも――)
勇者(必ずこの時代で終わらせてやる)



勇者「ここで決着をつけてやる、覚悟しろ魔王!」

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