バゼット「――私も、貴方の家族にしてください、士郎君」 (222)

Fate/hollow ataraxiaの後日談。後のSSです。
人称や口調は出来る限り原作準拠になるよう尽力しますが、原作ではっきりしなかった人称についてはオリジナルになりますのでどうかご容赦ください(例:バゼット→凛 リン)



 冬木市、新都某所。

 日はとっぷりと暮れ、人々は木枯らしから身を守るように体を丸め、足早に帰路に着いている。

 紙幣が一枚と、硬貨が数枚きりの財布の中を見ながら、大きくため息をついた。
 

(……困りましたね)


 新都まで使い走りを頼まれ、意気揚々と繰り出したのも束の間。

 望みの品を苦労して揃えた後、柄にもなく日用雑貨などを買い込んでしまったのが運の尽きだった。

 金自体は唸るほど持っている。

 ただ、今朝方財布を確認したとき、その内容がかなり寂しいことになっていたので、朝食後に補充しておこうと思っていたのだ。

 それが、お使いに必要な経費を収めたことでそのことを失念してしまい、今に至る。

 
(よほど気が緩んでいたのでしょうか……)


 今の自分は、封印指定の執行者どころか、完全無所属のフリー。

 居酒屋で働こうが乞食をしようが、誰にも文句を言われない超自由人なのである。

 ……しかし、仕事一筋に生きてきたので、いざ無期限の暇を得てもすることがない。

 むしろ、労働意欲を持て余して、居ても立ってもいられないくらいだ。


(……そうか、もう私は執行者ではないのですか)

 
 心にぽっかりと穴が空いたような……という感じではない。

 天職ではあったが、楽しい仕事だったかと聞かれれば無論否だ。

 返り血で返り血を洗い、屍の山を築いて回る因果な稼業。

 足を洗うに越したことはないはずだが、自分の中でまだあまり整理がついていない。

 その空白を埋めるかのごとく、半ばヤケ気味に衝動買いを重ねてしまったのだが、その結果がこれである。


(参った……これでは、彼に顔向けできない)


 そもそもの事の発端といえば、夕食後の団欒の最中に放たれた、セイバーの一言だった。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1420243125


 ――――――――


「シロウ。このピザという料理はここで作ることは可能なのですか?」


「んー、オーブンがあれば作れるけど、そんなにしょっちゅう食べるものじゃないし、デリバリーで頼んだ方が絶対美味しいぞ」


「なるほど、しかしシロウ。そのデリバリーでは、こちらにあるような品は注文できるのでしょうか?」


「どれどれ……ずいぶん変わったトッピングだけど、確かに美味しそうだな。そんなにこれが食べたいのか? なんなら、明日オーブンレンジ買ってくるけど」


「なっ、そこまでしていただく必要はありませんっ。私の一存で高価な機材を買わせてしまうのは申し訳ない」


「いいっていいって。そろそろ藤ねえが拾ってきたオンボロも限界が来そうだし、それに明日はカレンとバゼットの歓迎会だ。久々にパーッとやるのもいいじゃないか」


「……なるほど、シロウがそう言うのでしたら私に異議はありません。明日の夕餉を楽しみにしています」


「ああ、腕を振るってご馳走を作ってやるから、お腹空かせて待っててくれよ」


 にっこりと笑う士郎君。

 顔の造りだけならアンリとほぼ同じなのに、表情一つでここまで印象が変わるのだから面白いものだ。


「――でしたら士郎君。買い出しは私に任せてはもらえませんか?」


「え? いや、主賓を使いっ走らせるわけにはいかないって。それに、いくらバゼットでも一人でオーブンレンジ抱えて帰るのは無理があるんじゃないか?」


「いえ、私も新都に用事がありますから、そのついでです。……というか、力仕事ならそれこそ私がうってつけだと思いますが」




「いやいや」


「いえいえ」


「いやいやいや」


「いえいえいえ」


「…………」


「…………」


 堂々巡りに陥ったところで、士郎君はぽんと手を打つと、


「あ。そうだな、最初からこうすればよかったんだ。じゃあ、明日は俺とバゼット二人で新都に」


 ピシリ 


 穏やかな団欒が、唐突に凍りついた。


「ダ、ダメですよ先輩! 明日はバゼットさんには現代人にふさわしい食事の仕方を教えてあげようと思ってたんですから!」


 どうやら、彼女にとって私は、石斧を担いでウホウホ言いながら獣を殴り殺していた時代の人間らしい。

 つい最近まで似たようなことをしていたから、あながち間違ってはいないが。






「それなら、お昼は多分向こうで一緒に食べるから、そのときに俺が教えとくよ」


「無理です! バゼットさんに骨の髄まで染み込んだ執行者としての在り方は、そうそう簡単に変えるなんて出来ません!


「やるからには徹底的に、成犬に芸を仕込むくらいの根気を持ってやらなくてはいけないんです!」


「サクラさん、そろそろ拳が出ますよ?」


 ぴゅーっとサクラさんが逃げていくのを尻目に、士郎君に問いかける。


「では、明日は日の出とともに家を出発するということでよろしいでしょうか」


「いや、すまん全然よろしくない。というか、そんな時間バス出てないぞ」


「……ごほん」


「バスですか? 新都までくらいの距離なら、徒歩でも問題ないと思いますが」


「……可不可でいうなら可だけども、進んでやるのはごめん被る」


「そ、そうですね……すいません、つい私の尺度でものを言ってしまいました」


「いや、別にいいよ、そんなこと。気にするなって」


「そうですか。では、出発時間は士郎君に合わせます。声を掛けてもらえれば一分以内に仕度を済ませますので、いつでもどうぞ」


「一分って。バゼットだって女の人なんだから、いろいろ準備とかあるんじゃないのか?」


「……ごほん」


 ……う。


 何の悪意もなく放られた疑問が、ぐさりと突き刺さる。

 封印指定を執行しに行くのに口紅を塗る必要もなく。

 ごくたまに招かれる会合は、非常にお堅い雰囲気の方ばかりなのでめかしこむのも気が引けて。

 休みの日はひたすら鍛錬に励んでいて。

 気づけば、いい年をしておしゃれの『お』の字も知らないダメ女に成り下がっていたのだ。







「……ええと、確かにそうなのですが、そもそも化粧などろくにしたこともないですし、服もこれ一着しか持っていませんから、その」


 厳密に言うと、一応夜会用のドレスも持ってはいるが、袖を通した記憶が一切ないので除外である。

 化粧も知らない。

 服も持っていない。

 これで体の無駄な凹凸がなかったら、完全に男にしか見えないだろう。


「あー、えっと、そうなのか。じゃあまあ、10時くらいにここを出て行こうか」


「すいません、気を使わせてしまって……」


「しかし、服がそれしかないってなるといろいろ不便じゃないか? あ、そうだ。なあ遠坂。明日遠坂も一緒に来て、バゼットの服を選んでやってくれないか?」


 不意に水を向けられても、落ち着いた様子でお茶をすすっているリン。

 いや、落ち着いているというか、ただ単に。


「――――ねえ、衛宮くん。私と先週した約束、覚えてるかしら」


「先週? 確か、遠坂に魔術の修行をつけてもらうって話、だった け ど……」


 言葉を重ねるにつれ、士郎君の顔がどんどん青ざめていく。

 そんな彼を、リンは柔らかな笑みを湛えて見つめている。

 そう、まるで。

 内に滾る灼熱の怒りに、理性が溶けてしまったかのような。


「……いいのよ、衛宮くん。うっかり忘れちゃうことくらい誰にでもあることだから」


「わ、悪かった! 悪かったよ遠坂! 今回ばかりは100パーセント俺が悪い!」


「へえ。まるで普段は多めの割合で私が悪いみたいに言うのね」


「あっ……、いや、そのだからつまりですね」


 弁解すればするほど深みにはまっていく様は、あたかも底なし沼のごとし。

 下手な言い訳は、しない方がいくらかマシだというのがよく分かる例である。







「ま、師匠のお言葉を蔑ろにした罰は、明日しっかり受けさせるあげるから、楽しみに待ってなさい」


「は、はーい待ってまーす……」


 ぎらりと眼光を光らせるリンさんに、冷や汗を垂れ流している士郎君。

 この家のヒエラルキーの一端を垣間見たような気がした。


「……すまん、バゼット。そういうわけで、一人で行ってきてくれ」


「……いえ、そもそもこれは無理を聞き入れてもらった礼の意もありましたし、むしろこちらからお願いしたいくらいですね」


「ははは、そういってくれるとお願いしやすくて助かるな。じゃあ、頼むよバゼット」


「お任せください、士郎君」


 ――――――――


 さて、これからどうしたものか。

 元執行者の足をもってすれば、深山町まで徒歩で帰ることなど苦ではない。

 しかし、両手に余るほどの荷物を抱えて、となると話は違ってくる。

 素直に電話をして、今日中には帰れない旨を伝えるか。

 しかし、自分から引き受けておいて、お使い一つこなせずどの面下げて明日帰ればいいのか。


(困った……)


 そしてまた、思考がループしてしまいそうになったのだが、


「あら、こんなところで何をしているのバゼット。ずいぶんしゅんとしているけど、また何か失敗でもしたの?」


 そんな、底意地の腐ったシスターの声が聞こえた。


「……ご心配痛み入るわ。でも全くそんなことはないから、気にしなくて結構です。任務はつつがなく終了しました」


「そう。もしかしたら、お使い一つまともにこなせず、どの面下げて帰ろうかとぐずぐずしているところかと思ったから、様子を見に来たんだけど、余計なお世話だったみたいね」


「…………」


 どうしてこう、性格の悪い奴に限って察しがいいのか。

 いや、人の弱みをつつくのが好きだから、自然と察しがよくなったのだろう。


「……はあ、貴女の言う通りです。自分の買い物で金を使い果たしてしまい、バスに乗ることが出来なくなってしまって」


「あらあら、本当に呆れたわ。その年になって財布の管理も自分で出来ないなんて、ダメな女ねバゼット。そんなだからろくな男に引っかからないのよ」


 ……こんなに愉しそうに人を小馬鹿にする人間が他にいるだろうか。







「時にカレン。貴女も今日の歓迎会には出るのですか?」


「それはもう。この手の催し事は滅多に経験していませんから、喜んで参加させてもらうつもりです」


「なるほど、確かに貴女をパーティに招きたいと思う人はあまりいないでしょう」


 蕩けそうなほどニヤニヤしていた顔が、ビキリと固まった。

 してやったりである。


「……ふん、貴女の方こそこの手のものは苦手なんじゃないの? 飾ることを知らない女には誰も寄って来ないから」


「なるほど、それは確かにそうですね。私も貴女のような抜群のファッションセンスをぜひとも見習いたいところです。ところで、どこで買ったんですあの衣装。まさか手作りですか」


「ええ、そうよ。あの程度の裁縫など、赤子の手を捻るも同然だから。時にバゼット、貴女針穴に糸通したことってあるのかしら?」


「…………」


「…………」


 ウィークポイントが多い者同士の罵り合いには果てがない。

 さながら、ビュッフェ形式で大食い対決をするようなものである。





「……失礼、少し言い過ぎました。ところで、ここまでの足はどのように確保したのでしょうか」


「普通に電話一本で来てもらったわ。自分で運転しようかと思ったけど、運転手を一人で教会に待たせておくのも悪いと思ったから」


「……え?」


 ぽかんと口を開けて、まじまじとカレンを見る。


「ええと、免許はいつ取ったのでしょうか」


「移動する機会が多いから、いっそ自分で運転した方が楽かと思って」


 あと、徒歩での移動はあまり得意ではないし、と小さく付け足すカレン。


 ……言われてみれば、歩行能力に障害のある彼女には、車はほぼ必須だ。

 
「というか、18歳以上であることに私は驚きを隠せないでいます」


「……それは侮辱と受け取っていいのかしら?」


「滅相もない。――車ですか。それは有り難い。どうか、この荷物だけでも乗せていってもらえると助かるのですが」


「? 何を言っているのバゼット。貴女一人くらい乗るスペースはあるけど、そんなに私の運転は信用ならない?」


 不愉快、というよりは拗ねているような、不機嫌な声色。

 一部のサディスティックな言動から勘違いしがちだが、彼女とて立派な修道女である。

 困っている人間をからかいはしても、それでそのまま放っておくような真似をするはずがない。


 ……これは、失敗した。


 そもそも、車で迎えに来ておいて、荷物だけ受け取って帰るような性根のねじ曲がった人間などいるわけがない。

 舌戦の仕返しとばかりに意地悪をされるものと思い、先に下手に出たのだが、どうやら逆効果だったようだ。

 全くもって申し訳ないことをした。


「あ……い、いえ。そんなことは、一切ありませんが」


「そう。じゃあ決まりね」


 そう言い残し、カレンはくるりと踵を返して歩き出した。

 山のような荷物を手早く抱えようとすると、


「ああ、貴女はそこで待っていて。私が車をここまで回すから」


「これはどうもご丁寧に。感謝します、カレン」


「どういたしまして。でもいいのよ、好きでやってることだから」


 ふっと、小さく笑って去っていくカレン。

 その後姿は、紛れもなく聖女のそれだった。


 


 持ち上げかけた荷物をまた地面に置き、ベンチに腰を下ろす。


「――ああ、本当にいい夜です――」


 そんな気取ったセリフをつい吐いてしまう。

 最後にこんなに穏やかに夜空を眺めたのは、一体いつのことだっただろう。

 それはきっと、遠い昔。

 魔術師を志すよりも前。
 人生に絶望さえしていなかった、物心つく前の幼い頃。

 今初めて、『伝承保菌者』でも封印指定の執行者でもない、バゼット・フラガ・マクレミッツの人生が始まったのではないかとさえ、思ってしまう。

 
 ぶろろろろろろろろ


 そんな風に感傷に浸っていると、遠くから重低音が響いてくる。

 見れば、まるでゴキブリのような黒塗りがこちらに迫ってきていた。

 教会の所有物だとしたら、いいセンスをしているとしか言いようがない。

 助手席に乗っていたカレンが、窓を下げて指示してくる。






「早く乗って。荷物は手伝いの者に運ばせるから」


「あ、これはどうも。何から何まで、恩に着ます」


「ふふ、あまり気軽にそういうことは言わない方が良いわよ。今後のためにもね」


 悪戯っぽく笑い、カレンは何故か身を乗り出し、屋根に向かって喋りだした。


「じゃあランサー。よろしく頼むわね」


「……なあ姉ちゃんよ。別に構やしねえけどさ、もうちょっとこう人使いってもんを考えてくれよな」


「あら、犬の分際で主に文句を言うの? 貴方が狭いところに押し込められたくないなんて我が儘を言うから、負担の掛かる霊体化を許可しているんだけど。――ふうん、貴方も言うようになったのね。躾け甲斐がありそうで楽しみだわ」


「へいへい、分かったよ……ったく、アンタ本当いい女だったぜバゼット。令呪なんかなけりゃ、今すぐにでも飛んでいくってのにな」


 そうぼやきながら、ランサー――かつての私のサーヴァントが、屋根の上に姿を表した。

 いかにもだるそうに片膝を立て、背筋を丸めてぐんにゃりとしている。

 クランの猛犬の名が泣くようなやつれ具合だ。


 ……いや、そうではなく。


「まさか、彼も歓迎会に連れて行くつもりなのですか!?」


「いえ、さすがに招かれておいて勝手に客を連れてくるというのも気が引けますし、そもそも事前に伝えていないのでそのつもりはありません」


「……そ、そうですか」





「あら、どうしたのバゼット。愛しの彼と語らえなくて残念?」


「だから、何度も言っているでしょう。そこにいるだらしのない男など、私は全く興味はないと」


「何だよバゼット、つれねえな。こっちはちょっとの間だったとはいえ、アンタとつるんでるの、結構好きだったんだぜ?」


「いえ、別にその、私の方も楽しくなかったわけではなくてですね……」


 ふと、邪悪な気配に気づいて口を止める。

 横に目をやると、そこには蕩けそうなほどいい笑顔を湛えた白いシスターがいた。

 
 ……ああ、なんて生気に満ちた顔をするんだろう。本当にこいつは満身創痍の怪我人なんだろうか。


 そのギラつくようなエネルギーを、ほんの一割でいいから傷の治癒に回せばかなり楽になれるだろうに。


「なあ姉ちゃん。まだ行かねえのか? とっくに荷物は積み終わったんだけどよ」


「まあ、今夜は楽しみましょう、バゼット。お互い積もる話もあるでしょうし」


「……ええ、それはもうたっぷりと」


 後部座席に乗り込み、ドアをわざと乱暴にバンと閉めた。

 それを合図に、滑るように車が動き出す。

 波乱の夜が、幕を上げようとしていた。



お読みいただきありがとうございました。
書き溜め分の投下は終了しました。
続きは少なくとも今日中に投下できるようにがんばります。

おお、もうレスポンスがついているとは……!
お二方どうもありがとうございました。
今読み返したのですが、運転手つきの車を頼んだはずなのに>>8でカレンが運転してきたみたいになってるので訂正させていただきます。

×「? 何を言っているのバゼット。貴女一人くらい乗るスペースはあるけど、そんなに私の運転は信用ならない?」

○「? 何を言っているのバゼット。貴女一人くらい乗るスペースはあるけど、そんなに私と一緒の車に乗るのが嫌?」


×「ああ、貴女はそこで待っていて。私が車をここまで回すから」

○「ああ、貴女はそこで待っていて。車をここまで回してもらうから」

改稿箇所が見つかったらまた顔を出すかもしれませんが、本編を投下できるのは夜になりますので平にご容赦を。


面白い
けど本編と終了レスは分けてもらえると個人的に読みやすいです

投下もせずにちょろちょろ顔を出して恐縮です
sagaのつもりが全部sageになっていたのに気づいたので訂正させてもらいます
>>15さんご指摘ありがとうございました
次回からそうさせてもらいます

ようやっと区切りのいいところまで書けたので、続きを投下させてもらいます。


 
「――――えー、ゴホン。イリヤがまだ来てないけど、料理が冷めるといけないからってことで。
 じゃあ、新しい住人に」


『かんぱーい!!』


 黄色い歓声が上がるとともに、がちんとグラスが打ちつけられる音が響く。

 今夜は今日から家を間借りすることになった、バゼットとカレンの歓迎会だ。

 食卓には、おニューのオーブンレンジを駆使して作った大盤のピザを始めとした、普段は見ない豪華な料理が並んでいる。


「士~郎~? 
 おねえちゃんもう今さらここに美人さんが一人や二人増えたくらいじゃ驚かないけど、一言相談くらいはしてほしかったな~?」


「う……わ、悪かったよ藤ねえ。急な話だったから、相談する暇がなくて」


 相談する隙を与えられなかったともいう。 


「そんな、美人だなんて。もったいないお言葉ですわ、藤村さん」


「もう~水臭いなあカレンちゃんってば! もっと馴れ馴れしく、タイガって呼んでもいいのよ?」


「ではお言葉に甘えて、タイガさん。そこの美味しそうなお魚をこちらへ寄せてもらっても?」


「もっちろん! 
 うんうん、遠坂さんや桜ちゃんみたいなしっかりさんもいいけど、こういう世話焼きしたくなるような子にも弱いのよね~」




 またぞろ居候を増やしたのがバレたときは一悶着あったものの、小一時間でカレンの手練手管によって藤ねえは陥落した。

 手の掛かるタイプの方が好きな藤ねえだから、まさにカレンのような問題児はド直球に違いない。

 願わくば、あの歪んだ性根がわずかでも矯正されてくれれば言うことはないのだが。


「どうかなさいましたか、士郎さん。
 まるでタイガさんのような熱血系教師は私のような問題児タイプを好みそうだとか思っていそうでしたが」


「滅相もない」


 氷のような視線から逃れるべく、卓の反対側に目を向ける。


「ねえ桜。このハンバーグ、ちょっと変わった味ね。何の肉なの?」


「それは豆腐ハンバーグといって、豆腐とひき肉を混ぜて作ったんです。
 とってもジューシーなのに、いっぱい食べてもあんまり太らないヘルシーなお料理なんですよ!」

 
 
 鼻息を荒らげながら、桜が力説している。


 最近、部屋をちょっと覗いたら「大豆は畑のお肉!!」と小声で呟きながら雑誌を食い入るように見つめていたから何事かと思っていたが、その謎がようやく解けた。

 一食あたり数十グラムの肉を我慢するより、その分運動でもした方がよほど精神衛生的にもいい気がするが。
 
 まあ、需要(しょくよく)と供給(かんしょく)の狭間に生きる年頃の女の子にとっては死活問題なのだろう。

 しかし、若干一歳差の遠坂の反応はいまいちよろしくない。


「確かに、これはこれですごく美味しいと思うけど……
  ――――その分運動すれば、別にお肉食べてもいいんじゃない?」


 成績を上げたければ、授業を真面目に聞けばいいじゃない――

 それが出来れば苦労はしない、という奴である。

 毎夜、風呂上がりは妙に意気消沈している桜には、かなり堪える言葉のはずだが――


「――――ふ」


 してやったり、とばかりに勝ち誇る桜。

 自信満々なその態度に、遠坂がたじたじとなる。



「な、何よその不敵な笑みは」


「そういえば姉さん。――――最近、髪の方の調子はいかがでしょうか」


 ビキ、と今度は遠坂が硬直した。


「そういえば遠坂、この頃ジャンクフードとか、お菓子食べてる姿よく見るけど、食事の量足りないのか?」


「う……うるさいわねっ。時計塔に提出する書類が溜まってて、つい間食しちゃうのよ!」


 なるほど、疲れているときは塩辛いものや甘ったるいものが欲しくなる。

 しかし、完璧超人の遠坂でも、体調管理を誤るほど食欲に支配されていることがあるのか。


「なんだ、お腹が空いてるなら、俺に一声掛けてくれればお茶受け開けたのに。ちょうど煎餅が有り余ってたから、誰かに食べてもらいたかったんだ」


「う……まあ、テーブルの上にあったら多分勝手に食べてるから、今度からそうしてちょうだい」


 何となく歯切れの悪い返答を寄越す遠坂。

 こちとら、年明け早々あらゆる幻想をぶち壊されたから、今更少々イメージが崩れる程度は屁でもないのである。


「大豆に含まれる大豆イソフラボンはヒアルロン酸やコラーゲンの生成を促してくれますから、美肌・美髪効果にも期待が出来るんですよ」


 対称的に、嬉々として大豆ハンバーグの良さを力説する桜。

 なるほど、確かにこうして見ると、いつもよりも肌のツヤやキューティクルが違うような気もする。

 大豆イソフラボン、侮りがたし。


「く……! 桜の髪がサラサラしてるのは体質みたいなもんでしょ! 断じてこんなハンバーグもどきのおかげなんかじゃないわ!」


 あ、もどきって言っちゃった。

 自分が摂り損ねた大豆イソフラボンのせいで、実妹に差を付けられたのが悔しいらしい。

 だが、苦し紛れの遠坂の悪口にも、桜は全く動じない。


「うふふ、聞こえないですね姉さん。イソフラボンの守護(まもり)を得たわたしには、その程度の憎まれ口はそよ風ほども感じないのです」


「お、おのれ大豆娘が……!」


 歯軋りしながら、遠坂は体をわななかせる。



 何やら収集がつかなさそうなので、慌てて助け舟を出せそうな話題を……おっと。


「…………ふう」


 グラス片手に、退屈そうにため息をつくバゼットの姿が。

 しまった、主賓を退屈させたとあっては家主の名折れ。

 ここは一つ、何とか彼女に会話に混ざってもらわねば……!


 ――――この軽率な判断が、後に大きな争乱を生むことになる。


「なあバゼット。アンタも結構いい髪してるけど、どんな風に手入れしてたんだ?」


「そ、そうよバゼット! 貴女も貴女で、どうしてそんなに手入れが行き届いてるのよ!」


「お体の方がこう、出るとこ出てらっしゃるのに凹むとこは凹んでらっしゃるのも、何か秘訣があるんですか!?」


 突然水を向けられ、きょとんとした顔になるバゼット。

 空いた左手でさらりと横髪を撫ぜ、怪訝そうに眉をひそめた。


「はあ……特別、変わったことは何もしていないのですが」


「いいえ、嘘よ! その年で何の努力もなしにそんなに美人でいられるはずないもの! 
 きっと、代々執行者の間にしか伝わっていない美容の秘宝があるに違いないわ!」


 ずいぶんな俗物を伝承してきたものである。


「そう言われましても……していないものは、していないわけでして」


「きっとバゼットさんが特別だと思っていない、日々の日課の中にあるはずなんです!」


 決死の形相で詰め寄られ、むうと考え込むバゼット。

 やがて、おずおずと口を開くと、


「日々の日課ですか。
 毎朝二十キロのダッシュを初めとした基礎鍛錬
 スポーツ科学に基づいた食事制限、
 十分な睡眠と適度な仮眠などがありますが、これ以外となると心当たりがありません。
 美容のアドバイスなら、他を当たったほうがよろしいかと」


「「…………」」


 ……そりゃプロポーション維持出来るよ、だって食って動いて寝てんだもん。

 サッカー選手にどうしてサッカーが上手なんですかって聞くようなもんだよね、これ。



「……恐れ入ったわ、さすがは元執行者。生活そのものが修行の一部……いえ、修行の一部が生活ってことね」


「……わたし、せめて夜は早く寝ることにします」


「? 士郎君、彼女たちはどうしてあんなに落ち込んでいるのでしょう。私などよりも、よほど女性らしさを有していると思うのですが」


「まあ、いろいろあるんじゃないかな、うん」


 ここで訳知り顔が出来るほど、乙女心を理解してはいない。

 
「……あれ?」


 と、そういえばこの手の会話になると必ず割って入ってくるおませさんの姿が見えない。

 大方、お付きのメイドを振り切るのに苦労しているのだろうが――――


 ぴんぽーん


 ここでタイミングよく呼び鈴が鳴った。

 さて、あのお嬢様がクセが強すぎる主賓二人にどんな態度を示すのかが気にかかる。

 先に行って、変に引っ掻き回さないよう釘を差しておかねば。


「あ、大丈夫藤ねえ。俺が出てくるから」


「あら、悪いわね士郎」


 大騒ぎしてはいても、一応最年長。機敏に立ち上がった藤ねえを制し、玄関へ向かう。


「……誰もいない」


 いつもは呼び鈴を鳴らすと同時に既に上がり込んでいるはずなのに、暗い廊下には全く人影は見えなかった。

 突っかけを履いて、引き戸をがらりと開ける。だが、ここにもいない。



「……?」


 謎の訪問者の正体に思索を巡らせながら、門のところまで歩いていく。

 夜気に晒され、火照っていた体が冷めていく。

 風もなく、月が綺麗ないい夜だ。

 こんな日は、とにかくわけもなく弾むような心地がしてしまう。

 ものの数秒で、門の前に立ち尽くす誰かを視界に認めた。


「……………………」


「…………な、何ですかその目は」


 そこにおわしたのは、アインツベルン製メイドのセラだった。

 貞淑な素振りをしながらも、いつ何時寝首を掻きに来るか分からない危険なホムンクルスである。

 片割れのリズと二人一組で行動していることが多い彼女を単体で、しかも家で見るのは珍しい。
 

「いや、別に……どうしたんだ、セラ。イリヤとリズは?」


「生憎ながら、お嬢様はお体の調子がよろしくないようでございまして、今宵のお誘いには来られません。
 お嬢様ご自身も、とても残念だと仰っておりました」


「そうか、残念だけど、体調不良じゃ仕方ないな。また今度、イリヤに二人を紹介してあげるか」


「そうしていただけると、お嬢様もお喜びになるでしょう。……では、私はこれにて失礼させてもらいます」


 粛々とお辞儀をし、すすすと帰ろうとするセラ。

 ……どうも様子がおかしい。

 あのセラが、二人きりで衛宮士郎と対面しているのに、嫌味の一つも言わないなんて考えられない。

 それに、イリヤの看病をするのなら、リズよりもセラの方が適任のはず。

 そして、何よりも――――


「ちょっと待った。……なあセラ。お前何か隠してないか?」


「な、何を世迷い言を。どうしてこの私が貴方に隠し事などしなければならないのです」


「じゃあ――――――一体、その格好はどうしたんだ」


 ひく、と痛いところを突かれたとばかりに頬が引き攣るセラ。

 それもそのはず。

 なんと、全身メイド服が普段着兼正装のセラが、今日は真っ当な私服を着ているのである。

 イリヤと揃いの銀髪を一つに纏め、秋らしい薄手のシャツに、膝を覆うくらいの丈のロングスカートを穿いている。

 元がいいだけあって、どこぞのファッション誌の表紙を飾ってもおかしくなさそうだった。




「……似合いませんか」


「とんでもない、よく似合ってるじゃないか」


 ぽつりと呟かれた一言に、真摯に答える。

 それでも渋面を崩さないまま、セラはもごもごと言った。


「……これはその、ご自分が行けない代わりに、私に代理で行ってこいということでして。
 それで、カジュアルなパーティに正装で行くのもいかがなものかということで、急遽新都でそれらしく装ってみたのです」


「…………はあ、それはまた」


 いくら仲がいいとはいえ、線引きは明確なイリヤが、自分の代わりにセラに遊んでこいとは。 

 お嬢様の考えることはよく分からないもんである。


「そういった次第で、ここまで参上したわけなのです」


「さ、左様でありますか」


 恥辱に耐えるかのようにぐっと唇を噛み締めると、


「しかし、これはいい機会です。エミヤ様、貴方がお嬢様に相応しいか否か、じっくりと見定めさせていただくとしましょう。
 ――――――徹底的に酔わせて、その本性を白日のもとに晒して差し上げますので、お覚悟のほどを」


 口の端を吊り上げ、あくまのように笑うセラに、ただ慄くしか為す術はなかった――――。

 波乱の夜は、まだまだ終わらない。

これにて今回の投下は終了です。
誤字脱字、人称や設定のミスなどのご指摘はいつでもお待ちしております。
次回の投下は明日の夜になると思いますので平にご容赦を。
それでは、ごゆっくりお楽しみください。

おおお、昨日にも増してたくさんのレスポンスが!嬉しい限りであります。

読み返していて、おかしなところがあったのでいくつか訂正を

>>23
×美容の秘宝

○美容の秘法

>>24
凛の「さすがは元執行者〜」のくだりを、
「……さすがは元執行者。ハードな鍛錬が日常と呼べるまでに生活に根付いているというわけね……」
と全面的に改稿させてもらいます。
あと、2度目の終了宣言の最後ですが、ここを読んでいるということは投下分は読了されているはずなのに、お楽しみくださいは変ですよね。失礼しました。

こんばんは、遅くなりました。
今晩の書き溜め分を投下させてもらいます。



 どん、と威勢よく食卓に叩きつけられたのは、何やらお高そうなボトルだった。

 ロマネ・コンティだかXOだかスピリッツだか。

 とにかく、今後一生人からもらう以外の理由で我が家に置かれることはなさそうなシロモノである。


「ささエミヤ様。まずはご一献。ぐいっといってくださいませ。どうか遠慮などなさらずに」


 これまた小洒落たグラスに琥珀色の液体をとぽとぽと注ぎ、丁重に勧めてくるセラ。

 漂ってくる香りも、いつかの実験試料などとは違う上品なそれ。

 これが高級酒の貫禄か、としみじみ思いつつ、


「そうしたいのも山々なんだけどさ、俺こんなキツそうな酒、割らないと飲めないから、出来れば三倍くらいに薄めてもらえると」


「おやおや、お館様でしたらこの程度。ストレートでお冷の代わりに飲み干していたところですが。
 ――ぷはぁ、致し方ありませんね、ここは一つ。お子様向けの甘々なカクテルでも作って差し上げましょうか」


 躊躇いもなく40度近そうな酒を飲み干し、くくくと実にいやらしく笑うセラ。
 
 憎き衛宮士郎を、公然とコケに出来るのがよほど楽しいらしい。

 どこぞの聖女様とは相性がよさそうだ。


「……あのな、そりゃ飲もうと思えば飲めるけど、それだと後が怖いし、大体藤ねえがいる前で堂々とお酒なんて……」


「ご安心を、士郎君。タイガさんは既に酔い潰れていらっしゃるようなので問題はありません」


「ええ、今夜貴方が飲酒を敢行したことを咎める人はいません。ですから、何の心配もなくたっぷりお酒が飲めますよ?」


 いつの間にかそばに寄ってきていた主賓二人がにこやかにそう告げる。




 見れば、部屋の隅で藤ねえは一升瓶を枕に高イビキ。

 その藤ねえに、誰に頼まれるでもなく、ライダーが布団を掛けてくれている。

 ……どうして、一番人間離れしている人が、一番真人間しているのか。

 そして、藤ねえの世話をしながら、


「……ああ、酔って暴れたり吸ってきたりしない人の介抱とは、こんなにも楽なものだったのですか……」


 としみじみ漏らしているが、何か嫌な思い出でもあるのだろうか。


「(……これは好機です、カレン。今夜、彼の内なる野性を目醒めさせ、新たな境地へと導くのです)」
 

「(……言われずともそのつもりです。大体、これだけ恵まれた環境にいるんだから、もっとケモノになるべきなのよ、この男は)」


 何をこそこそ言ってるかは分からないけど、ろくでもないことを言ってるってコトだけはよく分かった。


「いや、だからだな。俺あんまり酒強くないから、一気に飲むとすぐぶっ倒れちゃうんだって」


「ご安心を。私の協会仕込みの回復術をもってすれば、どれほど泥酔しようともたちどころにまた酒を飲めるようになります」


 バゼットさん、どうして指をゴキゴキ鳴らしているんですか。


「あら、別に自分で飲めなくなっても問題はないわ。いざとなったら、無理やり顎をこじ開けてでも飲ませるから」


 不穏な笑みとともに、どこからか例の赤布を取り出すカレン。

 いけない、こんなところにいたら、衛宮士郎は終わってしまう。

 今為すべきは即時の撤退。

 己が瞬発力の全てを駆使し、全霊でもってこの場を離脱する――――!

 

「悪い、ちょっとトイレに行ってくるから……!」


 ずだんっ! と畳を蹴破る勢いで、あぐらの体勢から一気に立ち上がってふすまを目指す。


 ――――――一歩。

 
 万が一にも捕まる可能性を忌避し、敢えて遠回りなカレン側のルートを通って脱出を試みる。

 いける。

 このタイミング、この速度ならば、カレンはおろかバゼットでさえ追いつくことは不可の――――


 ぱしっ


 ぐぐぐぐぐぐぐぐ


 顔面が突如鮮烈な赤に覆われる。

 振りかぶった右腕、踏み出した左足に、布状の何かがしっかと巻き付いて、動作することを許さない。


 ……あー、やっぱこうなるよね、薄々気づいてはいたけども。

 
 すとんと尻もちをつかされ、そのままずるずると元の位置まで引きずられていく。 

「捕まえました、バゼット。痕が残らない程度に動けなくしておいてください」


「それはシめてオトせということでしょうか」


「……意識がなくなっては困ります。やはり、穏当に手を極めておくのが無難でしょうか」


 しゅるるると聖骸布が体の表面を滑り、腰のあたりで腕をしっかりと縛り付けてしまう。

 ものの見事に、ぴくりとも動けない。

 縛られていない腕以外の部位が動かないのは、このナントカの聖骸布の効能なのだろうか。

 拘束対象が男である場合、その脱出を決して許さない概念武装。

 ヒヨコの鑑定とかに使えそうである。




「鮮やかなお手前でございます、オルテンシア様。このケダモノを一瞬で無力化するとは、ぜひその術を伝授していただきたいのですが」


「私自身の技量ではなく、この聖骸布自体の性能ですので、技術をお伝えすることは難しいかと。……しかし、なかなか良い酒(モノ)をお持ちのようで、出来れば相伴に与りたく思うのですが」


「どうぞ、お召し上がりください。元より、お嬢様から皆で楽しむようにと持たされたものですから」


「まあ、それは願ってもないことですわ」


 おほほと貴族っぽく笑い合うセラとカレン。

 いろいろと共通点の多い二人だ、通じ合うのは早かろうと思っていたが、これほどまで と は……!! 
 

「まずい、三人とも! 早く、早くここから……もがっ!」


「何をこの犬はきゃんきゃんと騒いでいるのかしら。言いたいことがあるのなら、ワンと鳴いてから喋りなさい」


「どこか、筋でも痛めたのかもしれません。カレン、一度拘束を解いた方がよいのでは」


「私に限って、そんなヘマするなんてことあると思う?」


 違う。そんなことじゃない。

 概念武装の脅威を現在進行形で体感しているとか、人としての尊厳を奪い去られそうだとか、そんなことはまるでどうでもいい。

 二人の後ろにいる、何か黒ーいオーラを背負ったお人が、恐ろしくて仕方がない……!


「――――うふふ、カレンさんにバゼットさんにセラさんったら。もうすっかりお酒が回ってらっしゃるみたい。もうそろそろお休みになった方がいいんじゃないかしら?」


「「「――――――ッ!!」」」


 ずざざー! とお三方が一気に台所方面へ後退する。

 ついでに、カレンの右腕と運命を共同しているこの体も、西部劇っぽく畳を転がる。
 
 にょろり、とワカメっぽい触手が何本もどこからか立ち上がり、じわりじわりと居間を覆い出した。

 眼前に仁王立つは、間桐桜。

 最近急激に色モノ指数が跳ね上がった衛宮邸の清涼剤……だがたまに起爆剤になってしまう困った女の子である。






「今日は久々に和やかな雰囲気でのんびりとお食事を楽しもうと思っていたのに……新参者風情が、ずいぶんと好き勝手に振る舞ってくれましたね」


「く……バゼット、彼女を抑えることは可能ですか。このままでは、大命の遂行に支障をきたします!」


「いえ、アレは力技でどうこう出来る類のモノではありません。正攻法で攻略することはまず不可能だと判断します。……セラさん、アインツベルン的にはアレ、どうするべきでしょうか」 


「……残念ですが、私は戦闘機能は有しておりません。況や、聖杯絡みになりますと、それこそリズ、出来ればお嬢様でなければ手出しすることなど叶わないでしょう」


 全員冷や汗をかいて、何やらバトルなノリに突入している。

 こら、やめなさい貴女たち。そんな雰囲気作ってると、


「――――――がおー」


「「「…………!?」」」


 恐怖に慄いていた三人の顔が、今度は驚愕へと変わる。


「――――――シロウに、一体何をするつもりだったのですか、貴女たちは」


 ほら、こういう人まで出て来ちゃうんだから。






 死人のような白い肌。

 色素の薄い両眼には意思と呼べるものが見受けられない。

 それはただ、目の前にあるものの殲滅を実行する現象そのもの。

 彼女の象徴たる黄金の剣は、夜闇を思わせる漆黒に染まり。

 全身から噴き出す黒の霧は、濃密な魔力の渦。

 ひとたび剣を取れば、周囲一帯が更地と化すことは必至。

 彼女の名はセイバーオルタ。

 純粋な宝具の撃ち合いともなれば、右に出る者なしの最強の英霊である。


 ……まあ、携えてるのがエクスカリバーじゃなくて鬼殺しなんだけど。


「あらセイバー。普段の凛々しい貴女もいいけど、その怖い感じもとっても好きよ。……うふふ、お人形さんにして、遊んであげたくなっちゃう」


 目を細め、うっとりした表情でセイバーの頬を撫でる桜。

 その足元には、夥しい数のビールの残骸が転がっていた。

 ……セラを迎えに行っていたわずか十分足らずで、これほどの量を飲んでしまったのだろうか。

 うわばみというか、最早滝壺である。

 横で、焦ったようにカレンが呟いている。


「……これはピンチだわ。私の個性が……ドS属性が、あんな小娘なんかに奪われようとしている……!」


「いや、後発組なのはアンタの方だし、それにドMの方はまだ誰とも被ってないからいいだろ」


「…………」


「いぎぎぎぎぎぎ!?」


 ぎゅう、と腰の下あたりに、具体的には下腹部周辺に赤布が纏わりつき、強烈な締めつけを食らわせてくる。

 ……まずい、そこをそれで縛られてしまうと非常にまずい。

 ここしばらくバタバタしてたせいで、アレの発散が出来ていないのだから――!




「がっ……あ、ちょっと、待っ」


「駄犬風情が。去勢すれば少しは大人しくなるのかしら」


 ぐぐぐぐぐぐぐ、と圧迫が強まるにつれ、徐々に血液がとある箇所に集中していくのを感じる。


『………………』


 都合六人、十二個の眼がこちらに。厳密には、下半身のある部分に向けられている。

 くそ、どうして俺は今日に限ってジーンズを穿いていなかったんだ……!    


「……何ともまあ、下劣の極みでございますね衛宮士郎。よくもこのような場でそのような粗末なモノを見せつけられるものです。お嬢様がご覧になったら、何と仰ることやら」


「違っ……これはあくまで生理現象であって、俺がヨコシマなコトを考えていたなんてことは決してない!」


「……いえ、どうでしょう。ズボン越しですから判然としませんが、客観的に見ても、平均は確実に超えているように思われますが」


 何を冷静に観察しているのだこの撲殺魔――――!


「あら、バゼットさん男性経験あったんですか。……実はやることやってたんですね、意外です」


「仕事柄、女を武器にすることも時には求められたので」


「うふふ、でもそれにしては色気がないですね。……いざって時に積極的になるタイプなんですか?」


「なっ……! ち、違います! 断じてそのようなことはありません! むしろ私はリードされる方がいいんです!」


『………………』


「どうして急に黙るのですか! ねえ!」


 人間凶器・バゼットさんの新たな一面が露わになってしまいました。

 立ち居振る舞いから、何となくそんな気はしてたけど、本人の口から聞くとこうぐっとくるものが……。


 ……あ、ヤバい。




「――――――シロウ、貴方は女性を御す方がお好みですか」


 黒化して鈍っても、まだまだ直感スキルは健在のご様子です。


「いや、それはその、別にそういうわけじゃ」


「あーーーーーーもううじうじと! いい加減ぶっちゃけなさいよこのアンポンタン!」


 ズガン! と強烈な音とともに、ジョッキがテーブルに振り下ろされる。

 むくりとまるでゾンビのように起き上がってきたのは遠坂だった。

 死んだ魚のようなどろんとした瞳に、理性の色は見られない。


「大体ねえ! 皆楽しく酔っ払ってるとこで、シラフの奴がスカしてんじゃないっての!
 居るなら飲む! 飲まないなら寝る! ほら、どっちなのよ!」


 手慰みとばかり、チューハイのロング缶をぽーんと放り投げてくる遠坂。


「いてっ!」


 当然、微動だに出来ないままモロに顔面で受け止めることになる。


 ……この図、傍から見なくてもいじめだよね。




 床に落っこちたチューハイをカレンが拾い上げ、ぷしゅっとプルタブを押し込んでこちらに差し出してくる。


「さあ家主さん、ここで一皮剥けられるかどうかが正念場よ?」


「(……いいのですかカレン。半端に酔わせると、眠られて終わりということにもなりかねませんが)」


「(……チューハイ一缶ぐらいで寝るわけないでしょ。とりあえず酔わせてから後は考えるわ)」


「潰れちゃったら、私が朝までじっくり介抱してあげますからね、先輩♪」


「――――――いざとなれば、私の魔力で『全て遠き理想郷』を投影し、利用してください」


 まさか湖の乙女も、自分の宝物が酔い覚ましに使われる日が来るなどとは思っていなかっただろう。


「おやエミヤ様。よもや、この期に及んで『俺は酒に弱いから~』などとみっともない言い訳をなさるおつもりではありませんね?」


「たまには、羽目を外してみるのもいいのではないですか、士郎
 ――――限度を弁えれば、酒は良いものですよ」


 全方位完全包囲。バーサーカーですら、この布陣を突破することは叶うまい。

 えい、ままよっ。

 いつの間にか自由になっていた手で、カレンからチューハイを引ったくり、一息に――――




「――――――」


『おお――――!!』


 いい飲みっぷりねーだの、将来有望ですねだの。

 だが今は、そんな言葉に応えている余裕はない。

 無言。

 感覚の鈍化。血圧の増加。知覚域の減少。判断能力の低下。

 全身に、血管の中を炭酸とアルコールが駆け巡っているような、じんわりとした熱さが広がっていく。

 ネコさんに酒盛りに付き合わされたおかげで、多少の一気では動じないつもりだったが。


「――――――――――」


 さすがに、ストロング500ml一気はかなりクる。

 今なら、きっと何だって平気で言えてしまうような気がする。

 これまで、散々虐げられてきたのだ。

 ここはひとつ、ガツンと言ってやらねば気が済まない。

 ゆっくりと空の缶をテーブルに置き、並み居るお歴々の顔を見渡す。

 大きく深呼吸をし、一言。


「――――――正気じゃねえよな、アンタら」


「「おおぉ!?」」


 ――――――さあ、歓迎会を続けよう。

今回はちょっと少なめですが、ここまでで投下は終了とさせてもらいます。
明日は夜の6時から予定が入っているので、それまでに投下する予定です。
……毎度一時過ぎではさすがにアレなので、これからは遅くとも夜の0時までには書き上げようと決意したところでございます。
一レス分の文章量を模索中なのですが、>>41くらい詰め込むか、>>47ほどで細かく区切っていくかどちらが読みやすいでしょうか。
今のところは、なんとなく区切りのいいところで分けているのですが、このままでよろしいでしょうか。
また、誤字脱字や人称呼称口調の違和感等の指摘は、上述の問いと合わせていつでもお待ちしております。
読了いただき、ありがとうございました!



書きやすいほうでいいと思うよ
どっちの書き方でも読むし

こんにちは。
今回は前回にも増して文量が少なく恐縮ですが、どうかご勘弁を。




「(……どうなのですか、カレン。アレは成功と言ってよいのでしょうか)」


「(……さあ、まだはっきりしないけど、とりあえず違う一面を引き出すことは出来たんじゃないかしら)」


「(……目論見からは少し外れましたが、いずれボロを出すはずです。
 その瞬間を捉えるためならば、この身を差し出すことも厭いません)」


「(……ふふ、その言葉。努々忘れないことね、セラさん)」


 また例の三人衆がよからぬことを企んでいる気配を出している。

 向こうから絡んでくるまでは、放置しておいても大丈夫だろう。


「――――――」


「先輩、すっごく美味しそうにお酒飲むんですね。今度は泡盛いってみませんか?」


「シロウ、この鬼殺しとはよい酒だ。もう備蓄はないのか」


「さあ? そこまで酔ったらもう味なんか分かんねえだろーし、適当に飲んどきなよ」


「…………」


 結構ヤバめの視線が飛んでくるものの、最早全く気にならない。

 凍死寸前の人間は、寒さを感じなくなると聞くが、恐らくそういう類のものである。

 折角怖いもの知らずなテンションになれたのだ。

 以前は恐れるばかりだった暴君も、気軽におちょくれるってもんである。




「なあセイバー。そんなに鎧がっつり着込んでて暑くないの? 脱げば?」


「要らぬ世話だ。私は何の支障も感じていない」


 言下にはねつけられ、ちょっとだけ鼻白む。

 酔いが回ったのか、さっきより暴君度が上がっている。

 下手なからかいは、本気で死を招く危険があるかもしれない。 

 だが今の俺は無敵なのだ。その程度で引き下がると思ってもらっては困る。


「そういえばさ、何でオルタになるとアホ毛なくなるんだ?」


「なくなる? ……ああ、何かの拍子で抜けてしまったのだろう。明日になれば生えてくるはずだ」


 トカゲの尻尾かよ。

 というか、戦闘中ならともかく、日常の範疇でそんなにあっさり抜けてしまっていいのか。

大変申し訳ないのですが、今日はこれだけで投下を終了させてもらいます。
抗争自体は何となく頭の中にあるので、どこかで今日の分の不足を補填できるようがんばります。
また、誤字脱字や人称呼称口調の違和感等の指摘はいつでもお待ちしております。
>>51さん回答いただきありがとうございました。今後もこれまで通りのペースで投下していこうと思います。
では読了いただきありがとうございました!

こんばんは。
もしかしたら夜にも投下できるかもしれませんが、とりあえず今投下できる分を今のうちに投下させてもらいます。



 とりあえず、この黒コンビには早いところご退場願いたいところである。

 出方が分からない相手というのは、とにもかくにも厄介なものなのだ。

 だが、俺一人で二人を相手取るのは荷が重い。

 ここは――――――


「(……ライダー。ちょっとお使い行ってきてくれない?)」


 桜をそれとなく寝室へと誘導しようと頑張っていたライダーに、こっそりと耳打ちする。

 首に絡みついてくる触手をぺしぺし払いながら、ライダーも小声で答えた。


「(……それは構いませんが、士郎一人であの二人を処理出来るのですか?)」


 最早不発弾みたいな扱いである。


「(……キャスターから『破戒すべき全ての符』を借りてきてくれないか?)」


「(……それはあれですか。私に遠回しに死ねと言っているのですか)」


 ただでさえよくないサーヴァント同士の仲でも、ライダー×キャスターは格別である。

 顔を合わせれば、やれ大女だのやれ大年増だのと不毛な貶し合いが始まる犬猿の仲。

 生活圏が微妙に被っているのも、軋轢が生じる一因である。




「(あの魔女の安眠を妨害するばかりか、あろうことか宝具を貸せとのたまうなどとは想像するだに恐ろしい。
  まだ明日から穂群原の制服を着て過ごせと言われる方がマシというものです)」


「(……それはそれで面白そうだけど。やれって言ったらやってくれるの?)」


「(その折には、アヤコから制服を拝借してきていただきますが、構いませんか?)」


「(う……藤ねえか凛か桜じゃダメ?)」


「(タイガやリンでは胸が足りませんし、桜では丈が足りません。
  それに、折角着るのなら思う存分楽しみたいではないですか。……ふふ、色々と)」


「(……言ったな、忘れるなよライダー。
  いつか必ずお前の艶姿を世間にお披露目してやるからな。
  それはともかく、行ってくれるのか?)」


「(……交換条件が必要です。私がただ頭を下げたくらいでは何の意味もないでしょう)」


「(よし、セイバーだ。一日セイバーを自由にしていい権利と引き換えにしよう。
  キャスターなら一も二もなく飛びつくはずだ)」


「(……私には何も実害はないので問題ありませんが、貴方は大丈夫なのですか?)」


「(今日のことをネタに強請れば、多分許してもらえる……はず)」


 せいぜい、道場でこてんぱんにされるくらいだろう。それくらいならいつものことだ。

 問題は、それでもなお許してもらえなかった場合である。

 今のうちにかき氷器の投影でも試しておくべきかしら。




 消耗がキツくなるけど、何、いざとなったら――――


(――――何をするんだっけ?)


 微かに残っていた理性が、疑念を表明する。

 思い出せない。

 ■■によって――この場合だと■■を摂取して魔力を補給すればいいことは分かる。

 だけど、そんなこと気軽にさせてくれる人間なんて家には――――


「サクラ。士郎が貴方にお話があるそうです」 


「え? 何ですか先輩、もしかして眠くなってきちゃったんですか?」


 しょうがないですね、と妖艶に微笑む桜。

 それを尻目に、ライダーがぬるりと彼女の脇をすり抜け、居間を出て行った。

 おっと、うかうかしている間にミッションはスタートしていたらしい。

 ここが今夜の第一の山場だ。気合を入れなくては。


「いや、まだまだ全然平気。意外と俺うわばみなのかも」


「それは残念です。先輩が早く潰れてくれれば、誰の邪魔も入らずに……うふふ」




 触手がさりげなく二の腕や太ももを撫でてくるが、華麗にスルー。

 嘘です、結構ギリギリな感じ。

 多分、後もうひと押しくらいでプツッといきそうなんだけど、まだどこかが頑張ってる感じ。


『――――――――!』 


 ゴオオオオオオオオオ!!


「? 何の音でしょう、こんな時間に」


「さ、さあ。飛行機じゃないの?」


 宝具まで使ってくれるとはありがたい。

 桜だけでも手こずっているのに、ここにきてセイバーの相手まではキツすぎる。

 と、そんなところに、そのセイバーから奇跡の一手が打ち込まれる。


「シロウ。何か肴になるものはないのか」


「あ、はいはいただいまお持ちします……!」


 よし、これで時間が稼げる。

 ささっと台所に駆け寄り、おやつコーナーを開帳する。

 ……ええと、確かスルメ……はもうない。サラミ……もない。柿ピーもポテチもチーかまも煎餅も……!?

 壊滅じゃないか、誰がこんなに……って、一人しかいないよな。

 こっそりと居間の方を見やると、案の定セイバーのそばにつまみの残骸たちがそこかしこに散らばっている。
 

 ――やってくれたな、腹ペコ王。

今回はここまでとなります。
お読みいただきありがとうございました。


HAはどのルートかわからんしルルブ投影は無理か

>>66さん
投影を使うとセイバーに勘付かれて警戒されるかもしれないから本物をこっそり持ってきてぶちこもう…という魂胆だったのですが、描写するのを失念しておりました
以後注意しようと思います

長らく間が空いてしまって申し訳ございません。
ちまちま書いていたのが区切りがついたので、投下していきたいと思います。
ではごゆっくりお楽しみください。




 ――――まずい、ここさえ凌げば、後はどうにでもなるというのに……!


 耳鳴りがひどい。

 緊張で視界は狭まり、呼吸は犬みたいに激しくてみっともない。

 試すしかない。

 ただ一度の、起死回生の一撃を願って。


「投影――――開始」


 思い描くのは騎士王が抱く幻想。

 かの少女がかつて夢見た奇跡を、今ここに具現化する。

 
「ぐ……!」


 衛宮士郎の性質は剣。

 その内面に蓄えられるのは、刀剣の類に限られる。

 故に、その投影は無謀だった。

 皮膚の裏側を走る回路が破断する。内蔵は灼熱の刃に刻まれたよう。

 だが、心配は不要。

 既に、在るべきモノはここに――――


「……完璧だ」


 顎から滴る汗を拭い、苦笑する。

 雄々しく吠え猛る百獣の王が、かき氷器の形を得てそこにあった。

 たてがみの一本一本までが精緻に作りこまれ、今にも動き出しそうな筋肉の盛り上がりを顕すその姿。

 まさに、かき氷器の中のかき氷器である。


「もうちょっとデフォルメ調にしたかったんだけど……」


 冷凍庫から氷を取り出し、両顎をがばっとこじあけてぶちこむ。

 無駄に脂肪や骨が再現されていて実に気持ちが悪い。

 備蓄してあった小豆と抹茶を小脇に抱え、居間へと舞い戻る。


「ほら、つまみはなかったけどかき氷ならあるぞー。欲しがってたライオンだってあるからな」


「ふむ、中々私好みの意匠だ。褒めて遣わす」


 ふ、と小さく笑うセイバー。

 本当は失敗作なのだが、黙っておけばいい話である。




 ごりごりごりと氷を粉砕し、その上から具材を掛けて宇治金時を作り上げる。


「ほら、たくさん食べろよ。必要なら練乳も持ってくるから」


「気遣いは無用だ。このままでいい」


 スプーンを頂上に差し込み、贅沢に一番甘いところを根こそぎ口に運ぶ。


「――――」


 無言で、スプーンが口元と氷山を往復する。

 いまいち表情に出ないが、恐らく気に入ってくれているのだろう。

 ギシリ、とふすまの向こうで床板が軋む音がした。

 いや、これは故意だ。今まで一度も、こんな音が聞こえたことはない。

 時は満ちた。今こそ、この騎士王を黒の底から引きずり上げる――!


「ライダー!」


「承知です!」


 スパーンとふすまが全開になり、稲妻のような形の短刀が飛んでくる。


「む……!」


 かき氷に夢中になっていようと、そこは剣の英霊。

 ひょいと身をかわそうとしたところを――


「させるか……!」


 後ろからぎゅっと抱きすくめ、拘束する。




 激しい身じろぎの動きが生じるが、構うことはない。


 ブスリ


「…………!」


 胸甲のど真ん中に、『破戒すべき全ての符』が突き刺さる。

 セイバーは一瞬、呆気にとられたような顔をして――


「はっ……! 私は一体何を……」


 水で流したように漆黒の甲冑が消え失せ、元のブラウスとスカート姿に戻った。


「まだまだ!」


 セイバーの胸元から『破戒すべき全ての符』を引っこ抜き、桜の触手の一本を畳に釘付ける。


「はっ……! 私は一体何を……」


 キョトンとした顔で目をぱちくりさせる桜。

 その肩にぽんとライダーが手を置き、優しく微笑んだ。


「サクラ、貴女は今日はもう眠った方がいい。少し飲み過ぎていたようです」


「う、うん……ライダーがそういうなら……。じゃあ先輩、お先に失礼しますね」


「りょーかい。しっかり休めよー。そうだ、セイバーもそろそろ寝た方がいいんじゃないか?
 記憶が飛んでるんだろ?」




「……はい、何故でしょう。先刻、タイガが私のくせ毛を握ったところまでは覚えているのですが……」


 あのバカ虎、明日死なす。


「では、私も就寝します。シロウも、あまり羽目を外しすぎませんよう」


「いや、セイバーに言われたくはないんだけど……あ、遠坂もついでに連れて行ってくれると助かる」


「承知しました。……さあリン。部屋へ案内します、自分の足で立ってください」


「こ、こら放しなさいセイバー! まだまだ士郎に言いたいことがたくさん……!」


 ふらつく足取りで、セイバー(with遠坂)もライダーたちの後を追っていった。


 ……ああ、本当に疲れた。


 どっと疲労を感じ、壁によりかかってへなへなと崩れ落ちる。

 あの二人には、もう極力酒は飲ませないことにしよう。

 毎度毎度命を削る思いをさせられては、たまったもんじゃない。


「――ようやく邪魔者が消えました。これで、ようやく本題に入れるというものです、衛宮士郎」


 そんな俺の前に、しずしずとセラが近寄ってきて腰を下ろした。

 頬を若干赤く染めてはいるものの、何やら覚悟めいたものが感じられる表情だ。




 大方、『貴方はお嬢様のことをどのようにお思いなのでございますか?』とか、そんなありきたりなことでも聞きに来たんだろう。

 さて、どう答えたら一番怒るのかな――――


「……来る日曜日、新都のバスターミナル前の広場に来ていただけますか、エミヤ様」


「――――は?」


「聞こえなかったのですか。次の日曜日に、新都で私の買い物に付き合っていただきたいと言っているのです」


「……え、何。つまりそれって」


「私は力仕事には不慣れですので、多少なりとも男手があると助かるというだけの話。勘違いなどなされませんよう」


「――俺をデートに誘ってるのか、セラ」


 ぴき


 言った瞬間、セラの顔が砂を噛んだように引きつった。


「……勘違いしないように、という言葉が理解出来なかったのですか、エミヤ様」


「いや、お前。さっきの台詞でそうじゃなかったら、俺ただの荷物持ちじゃん」


「元よりそのつもりでございましたが、何か」


 ツンとすました目つきで睥睨するセラ。

 こ、この女……!

 私服ルックでちょっとドキッとさせたかと思えばこの調子か……!

 ちょっとイケナイ衝動がぴくぴくと蠢くものの、なんとか抑えつつ続きを促してやる。




「で? 一体どんな心境の変化だよ。荷物持ちってなら、プレハブ小屋だって持って帰れそうな人がいるだろ」


「ふむ、まずはそこから話すべきですね。……実は、今日私一人で参ったのには理由がありまして」


「それなら来たときに聞いたけど? イリヤの代理だろ」


「あれは出まかせです。本当は、お嬢様ご自身から別の指令が与えられていました」


 これはお嬢様からの書状でございます、と差し出された手紙に目を通す。


『シロウへ。


 やっほーシロウ、元気にしてる? 今日はお誘いを断ってしまってごめんなさい。

 というのも、前々から気になってたことがあったの。

 うちのセラが、いつもシロウに失礼なことばかりしてるのを、とうとう見過ごせなくなってしまったのです。

 だ・か・ら、今日はセラを一人で行かせて、ちゃんとシロウと仲良くなってきなさいって言いつけておきました!

 シロウもいい機会だと思って、たくさん交流を深めてください!

 じゃあまたね、おにいちゃん


イリヤより』


「先ほど、お二方にこの書状をご覧に入れたところ、連れ立ってどこかに出かけるのが一番手っ取り早いと貴重なご意見をいただきました」


 やはり持つべきものは友です、としみじみ頷くセラ。

 じろりとお二方の方を睨むと、


「――――――――ハッ」


「――――――――塩辛、なるほど。これはいける」


 片やニタリと滴るような笑みを浮かべ。

 片や酒の肴を試すのに多忙な様子。

 真剣にぶっ飛ばしてやりたい。





「……まあ、そういうことなら別にいいよ。荷物持ちだろうとなんだろうと、いつかアンタとはサシで話をしたいって思ってたからさ」


「ほう。エミヤ様が私にお話とは、一体どのような用向きでございましょう。
 よろしければ、触りだけでもこの場でお聞かせ願いたいのですが」


「そのキッツイ性格、実は俺すっげぇ好みなんだ。今度引っ叩いてくれない?」


「――――――――」


 ……これはダメだ。耐えられない。

 いっそ暴言を吐いてくれた方がよほどいい。

 黒セイバーの激怒も暖簾に腕押しだったこの俺が、今にも心がボッキリと折れかかっている……!


「……じょ、冗談です。イリヤには黙っておいてください」


「言われるまでもありません。
 そのような低俗な戯言をお嬢様のお耳に入れるなど、考えただけでも怖気が走るというものです」


「本当にごめんなさい」


「しかし、これは一つの収穫と言えるでしょう衛宮士郎。貴方という人間の本性を垣間見ることに成功したのですから。……ふ、私の見立てはどうやら正しかったようですね」


 嫌な感じに笑いながら、すっくと立ち上がるセラ。




「では皆様方、今宵はこの辺りで失礼させていただきます。またこのような催しがあれば、ぜひともお招きに与りたく存じますので、何卒よろしくお願いいたします。
 ――――エミヤ様。件の約束、努々お忘れることなく」


 最後にひと睨みして、白いメイドは衛宮邸を辞していった。


「…………ったく、どいつもこいつも」


 投げやりに吐き捨て、中身入りのグラスを適当にとり、ぐいっと流し込む。

 もう嫌だ、酔っ払ってても酔っ払ってなくても、面倒な奴が多すぎる。

 機を見て、とっととお開きにしてしまおう。

 ――が、その前に。


「どうですか士郎さん。気分の方は。――ふふ、セラさんとのデートのことで頭が一杯みたいですね?」


「まだまだ酔い足りないと見えます。――ここはひとつ、例のお酒などいかがでしょう」


 この外道どもと、決着をつけなければならない。


 狂乱の夜は、ここに最高潮を迎える――――


今回の投下はここまでになります。
モチベ維持のために最近VITA版のHAを購入したのですが、やはり声があるといいですね。
早くお気に入りのシーンまで辿り着けるよう、またネタが見つけられるようどんどん進めていきたいと思います。
では、読了いただきありがとうございました!

お二方レスありがとうございます!
セラは本当に好きなので、ぜひ彼女もメインで扱っていきたいと思っております
一時だけセラを士郎にデレさせようなどと考えていたのですが、そんなセラはセラではないということでその案はポイしました
……ホロウといえばキャス子にもちゃんとスポットライトを当てていかねばなりませんね。原作でかなりいじられているので、ちょっと大変そうですが

久しぶりですこんばんは
書きためたので投下させてもらいます




「まだ夜が明けるまで4時間はありますから、じっくりとお話ができますね、士郎さん」


「幸い、邪魔立てする者はこの場にはいません。アルコールも入っていますし、この場は一つ無礼講ということでいきましょう」


 横座りでサワーの缶を手の中でもてあそぶカレンに、ピッチャーにだばだばアインツベルン謹製の酒を注ぐバゼット。

 そして、小さくなりながらちびちびとビールを舐める俺。

 さながら、猟犬に追い詰められたウサギとけしかけた貴族のような構図である。


「では単刀直入に聞きましょう――――今の貴方はどちらなのですか?」


「……何言ってんだ、アンタ。どちらもこちらもないね、俺は衛宮士郎だ。それ以外の何者でもねえよ」


「なるほど。まだ達してはいないようですね。……バゼット」


「了解です。さ、これをどうぞ士郎君。安心してください、きちんと氷結で1:1に割ってありますから」


「いや、割れてないからなそれ」


「? 氷結などジュースも同然でしょう。アルコール濃度はかなり薄まっているはずです。問題はありません」




「……つーかさ、アンタたち俺を酔わせてどうしたいわけ?」


「ふむ、まずはそこから説明するべきでしたか」


 こほん、と咳払いをしてカレンがサワーで口を湿らせる。


「――貴方は、この繰り返される4日間のことを覚えていますか?」


「…………」


 恐らく、これが核心だろう。

 歓迎会の間中、あれこれと手を回してきたのも、そも歓迎会に参加したのも。

 これから続く詰問をするがための、布石。

 覚えていない、と言えば……あるいは、知らぬ存ぜぬを通せば、きっと二人は諦める。

 そして、それはあながち真っ赤な嘘というわけでもない。

 聖杯戦争が終結したにも関わらず、サーヴァントが未だに現世に残っていることに違和感はある。

 だが、同時に『まあそんなもんだろう』で片付けてしまおうとした、自分の意思に覚えがある。

 カレン・オルテンシアなどという名前に聞き覚えはない。

 ここは、閉じた時間を永久に繰り返す虚ろな楽園。

 厳密には、そう呼ばれていた場所。




 溢れ出たモノは既に、杯の元へと帰っていったはず。

 それでも何故か、何事もなくこれまでの日常は続いている。

 その一部に、この生贄の聖女が紛れ込んでいることに、しかし何の疑念も抱かない。

 バゼット・フラガ・マクレミッツという女など俺は知らない。

 魔術協会から派遣されてきたマスターで、ランサーを召喚するも、言峰に殺害されて開幕前に退場したという、人づての知識しかない。

 しかし一方で、何となくこの女の本質は理解している。

 鋼鉄のような武力を持ちながら、新雪の如き柔く繊細な心を持つ、繰り返す逆月の主。

 彼女は死を拒み、敗北を恐れ、それでも最後は■に背を向け、煌めく地平へと走り出した。


(…………)


 まるで、以前消した自分の文字を、明かりに透かして読み取っているかのように朧げだ。

 だから、知っているとも言えるし、知らないとも言える。




 正直、これ以上酔っ払いの相手をするのは面倒臭い。ただでさえ疲れているのに、ここにきて訳の分からない問答などに貸す耳はないのだ。

 居間に残ったのは、もうこの三人のみ。ここで家主の俺が一本締めれば、無理矢理にでもお開きにしてしまえる。

 大体こいつらは何なんだ。ほぼ初対面の人間をひん剥いてコスプレさせるわ、突然押しかけて家に居候させろとのたまうわ。

 挙句の果てに未成年の俺を酔い潰して、良からぬことを企んでいるときた。

 いい加減、温厚な俺だって怒るときは怒るということをきっちり知らしめておくべきかもしれない。

 さて、どう答えたものか――――


「……バゼット、それ、俺にくれ」


「え?」


「いいから」


 アインツベルン酒氷結割りグラスをバゼットから奪い取り、一気に喉の奥へと流しこむ。

 途端。


「げほっ、げほげほげほっ!」


「ああもう、無理して飲んだりするから……!」


 口腔から食道に掛けて駆け巡った、爛れるような激痛にのたうち回る。

 何度も咳き込み、残留する熱さを排出しようと試みるも失敗に終わった。




「今水を持ってきます。士郎君、流しをお借りしても――」


「――いらないわ、バゼット」


 苦しむ俺を、姿勢を崩さず見下ろすカレン。


「……何だよその目。まるでシスターみたいだぜ、聖女サマ」


「当然よ、シスターなんだから」


「けっ、お高くとまりやがってまあ……」


 荒い息遣いのまま、ゆっくりと体を起こす。


「さっきの質問の答えだけどさ――――」


 
「――――忘れるわけないだろ、ふざけるのも大概にしろよな、全く」



 狂乱の夜は終わりを告げた。

 これより、四夜の結末の先が始まる――――

 
   

これにて投下終了です
バゼットがひたすら士郎にときめくSSを書こうと思っていたのに、何だかクソ真面目な展開になってしまってびっくりしてます
まあ歓迎会編はは次の投下で決着をつけて、セラとのどきどきデートin新都編に入ろうと思っていますので乞うご期待
ではまた近いうちに 読了いただきありがとうございました

こんばんは、10日以上間が空いてしまいましたが投下に参りました


「久しぶりってとこだな、バゼット、カレン。で? わざわざ衛宮士郎(オレ)を潰さなくちゃならないくらい用ってのを聞かせろよ。
 あ、アンタらがオレのこと大好きってことならもう知ってっからな」


「……その前に一つ提案があります。カレン」


「ええ、心得ています。――――我に触れぬ(ノリ・メ・タンゲレ)」 


「え!? ちょっと、待、二度ネタは反則――――!」


 問答無用とばかり、あっという間に衛宮士郎の真の姿、もとい2Pカラーへと変身させられるオレ。

 最早英霊ですらなくなったオレには、歯向かう術などあるはずもない。

 5分後、ボディペイントに腰布というアバンギャルドなファッションに身を包んだ衛宮士郎(オレ)がそこに鎮座していた。


「……あのさー、こういう扱い慣れてるからいいんだけど。せめて無理やりってのはやめろよな。着替えくらい一人で出来るってば」


「何を言うのですアヴェンジャー。背面部分のペイントは貴方一人では不可能でしょうに」


「別にいいじゃん、どうせ向かい合ってりゃ見えないんだから」


「ダメです。こういうのは細かい部分のディテールが大事なんです。……あ、もうちょっと頭のバンダナはこう粋な感じに……」


「違いますカレン。そこは敢えて少し歪んでいるくらいが丁度いい。ずっと一緒にいた私が言うのですから間違いはありません」


「あらあら、何を言うのかと思えば。衣装のバリエーションの数からして、私の方がセンスにあふれていることは火を見るより明らかでは? 貴女は黙ってペイントに集中しておけばいいのです」 




「お言葉ですがカレン。私はその気になればそれなりに装うことは可能です。勝負服がレオタードの貴女とは、同格と呼ばれることすら耐え難い」


「おいおい、どうでもいいだろ二人とも。どんな服着てようが、どっちもオレにとっては最高にイイ女」


「「貴方は黙っていなさい!!」」


「な、何で殺し文句言ったのにキレられてんのオレ――――!?」


 っかしいな、絶対これで二人ともオレにキュンとくる予定だったのに……。

 いや、照れ隠しだなきっと。


「いえ、貴方でなければもう少しときめいたかもしれませんが、何故だか無性に腹が立ったので」


「駄犬風情が何を生意気に色目を使っているの? ふざけるのも大概にしておきなさい」


 うん、多分違うっぽい。

 惚れた方が負けの理屈が、どうもこの二人の間には存在していない様子。


「……じゃ、本題に入ろうか。わざわざオレと話したかったことって何だよ」


「……えーと、まあ大したことでもないのですが」


「もじもじしていないで、さっさと言いなさい。後がつかえているんだから」




 言いづらそうにゴニョゴニョしているバゼットにカレンが一喝。

 こいつ本当にシスターか。


「その、単刀直入に言いますと。……どうして貴方は私を抱かなかったのですか?」


「――――――は?」


 口をポカンと開けて、まじまじとバゼットを見る。

 どんなに酒を飲んでも一切顔色の変わらなかったその顔が、今は頬紅を塗ったように真っ赤っ赤だ。


「悪いな、最初にアンタのことは人間と思わないようにしてたし、第一そんなことしたらマジでぶっ殺されそうだったし」


「いえ、そのへんの理屈はなんとなく理解出来ます。実際、当時本当に押し倒されていたら、私は貴方に何をしていたか分からない」


 襲われる側の台詞とは思えない。




「しかし、聞くところによると貴方はカレンと寝たことがあるそうですね」


「ええそれはもう。ケダモノらしい粗野な営みでした。前戯もなしにいきなり挿れてくるなんて、早漏以外の何ものでも」


「失礼、カレン。惚気話はまた後日お願いします。今は立て込んでいますので」


「……話を聞いていたのかしらバゼット。一体いつ私が惚気話をしたと? 私はただ、貴女の言葉に補足をしただけよ」


「そんな恍惚とした顔で言われても説得力がありませんね。一度、トイレに行って鎮めてこられてはいかがでしょう」


「…………それはいつも貴女がしていることでしょうに。このムッツリスケベ」


「「………………」」


 い、いたたまれねえ……生々しすぎて聞いてらんねーよ。

 てか、アンタ衛宮士郎(オレ)がミンチにされてるの見ながら盛ってたじゃん。 

 そっちのが大概やべーだろ。

 
「あーゴホン。とりあえず話を元に戻すけど。カレンを抱いたのはだな、こう、止まらない若さ故の衝動とか、そういう奴であって別に抱きたかったからとかそういうアレじゃな、くて……」


「「ほう」」


「えーと、その……」


 オレがあのとき教会でカレンを抱いた理由を、一言で説明するのは難しい。




 生贄みたいな生き方しか知らないこの女を、どうしてかメチャクチャにしてやりたくなったから、そうした。

 その『どうしてか』の部分は、ぼかすくらいだから自分でもはっきりしないわけだ。

 うーむ、我ながら難解な問いだなこれは。実に哲学的。動機の言語化か……してみようとも思わなかったな、うん。


「そう、これは非常に深遠で微妙な命題であるからして、ただヤりたかったからで片付けちゃうことも出来るけど、それじゃなんか違うんじゃないみたいな……」


 どれだけ言葉を重ねても。

 やっぱり怒らせちゃったことをなかったことには出来ないみたいですね、はい。 


「――――要は、私を前にして性欲を抑えられなかったということでいいの?」


「ま、まあそんな感じですかね、はい」
 

 さあ来るぞーカレンちゃんお得意の暴言の極地。恐れずして受けてみろってか。


「……ふむ、なるほどね。ふんふんふん。はあ、本当に罪深い女ですね私は。悪魔憑きならともかく、全くその気のない殿方を惑わせてしまうなんて。これでは修道女失格です」


「カレン。その視線はかつてないほど不愉快です。言いたいことがあるのなら口で言ってもらえますか」


「別に? 私が貴女に言いたいことなど何もないけど、貴女の方こそ口で言えばいいでしょう。『バゼット・フラガ・マクレミッツはカレン・オルテンシアがうらやましいです』と」


「くっ……! だ、誰がこの男に抱かれることに憧れるというのです! 乱暴にされた挙句に病気をうつされるのが関の山でしょうに!」


「でもリードされるのが好きなんでしょう? それも年下になんて特殊なシチュエーション、まさに貴女好みじゃない」





「ア、アヴェンジャー! カレンとの交わりについてもっと詳しく教えてください、このままでは負けてしまいます!」


「何の勝負してんだよ。……んー、そうだな。前戯はしっかりやってくれとか言ってた割に、いざ無理やり挿れたらそれはそれで結構――――」


「わー! わー! わー! やめなさいやめなさい何を私の許しもなくそんなことを口走っているのですか衛宮士郎……きゃっ」


「ご安心を、アヴェンジャー。しっかりと抑えておきますから、続きをどうぞ」


「りょーかい。もーなんか途中からすごかったっつーかキャラ違かったよな。いつからだっけ? 一回やめて後ろから入れたとき? 『もっと』とか『強く』とかって喘ぐもんだから超盛り上がったね」


「やめなさい! やめて、本当にやめて言わないで……!」


「続けて、どうぞ」


「お、おう。そんで、結局オレ最後までやりきらなかったんだけど、終わってから『どうして途中で止めたの』なんて聞いてきたからサー。二回戦始めちゃおっかとか思ったけど、『貴方の子供が欲しかった』なんて言い出すからやっぱやめとこみたいな?」


 ……ああ、そうだ。

 この女を壊したかっただとか、絶望を与えたかっただとか、そんなかっこつけた理由なんていらなかった。

 衛宮士郎(オレ)が、アンリマユ(オレ)自身が、本気でこの女を欲しかった。ただそれだけのことだった。

 やれやれ、落としたつもりが、その前に落とされてたなんて、主人公失格だっつーの。

 こっ恥ずかしくて、こんなこととても言えやしない――――



「…………ぅう……うう、っ……」


「……何で泣いてんのこのシスター。しかも結構マジだし」


「いえ、恐らく私でも泣くというか、仇敵(私)の前でそんなことを赤裸々に言われたらもうどんな顔してこれから振る舞えばいいのかって感じですよね。聞こえてますかカレン。今どんな気持ちですか? 散々人のことをドMだの倒錯趣味だのと蔑んでおきながら全部自分に当てはまってたわけですけどどんな気持ちですか? ねえ」


「う――――うるさいうるさいうるさい! 大体貴方も貴方です衛宮士郎(アンリマユ)! どうしてそう誤解を招くような表現ばかりするのですか! ただの軽口をそう真剣に解釈しないでください!」


「や。オレも最初は触りだけ軽く説明するだけのつもりだったんだけど、これまでのアンタからの仕打ちを思ったらつい」


「この――――ケダモノっ!」


「ひひ、人のこと言えないだろ、アンタも」


「~~~~~~~!」


 羞恥に悶え、オレをきっと睨みつけてくるカレン。

 ……おお、これは中々いい眺め。写真に収めておきたいくらい。

 そんなカレンを冷徹に見下ろしていたバゼットだったが、やがてぽいっと放り捨て、オレに向き直る。


「なるほど。つまりアヴェンジャー、貴方は決して本気でこの女に入れ込んでいたわけではなく、ただ場の雰囲気に乗じて押し倒しただけというわけですね」


「――――いや、まあ。どうかね」


「む、要領を得ませんね」


「正直な所、ただのタイミングだよ。カレンとはタイミングが合って、アンタとは合わなかった。それだけさ。なんだったら、今から衛宮士郎(オレ)の部屋で始めたって」


「ええ!? そ、そんないきなりなんて……」


「……私なんて、身の上話してたらいきなりキスされて、そのまま剥かれたのよ。申し出があるだけ上等でしょう。男の遍歴でも語ってたならともかく、客観的にも面白みのない私の半生を聞いている最中に催すなんて、変態としか言いようがないわ」




「そ、それを言われちゃうと結構辛いものがあるというか……」


 はは、と適当に笑って誤魔化す。

 ホント、相手がカレンだからよかったものの、仮にこれが桜とかだったらBAD END直行だったね。


「しかし、聞きたいことは大方聞けました。要するに、もっと積極的になればいいと。そういうことですね」


「よく分かんないけど、アンタの中でいいんならいいんじゃないの? ……つーか、そろそろ寝たら? 焦点合ってないぞ」


「構わないでください。今宵はとてもいい気分――――いえ、ではお言葉に甘えましょう」


「おっと――――!?」


 そう言って、ごろんとその場で横になるバゼット。

 しかも、頭をしっかりとオレの膝の上に置いてたりなんかして。

 どうでもいいけど、膝枕っていうけど枕にしてるのは実際腿なんだから、腿枕っていうのが正しい気がするんだけどどうなんですかね。


「ふふ……やっぱり腐っても英霊というか、結構締まっているんですね。ちょっと硬いです……」


「筋張ってるだけだよ。全然鍛えてない……違うか、鍛えてたか。衛宮士郎(オレ)は。……何だカレン。立ち直ったのか?」


「ええ。さっき同点に持ち込まれましたが、もう一度リードをとることが出来ましたから。――ああ、なんてザマなのバゼット。恥ずかしいことこの上ないわね」


 くっふっふ、と嫌な感じに笑うカレン。

 うんうん、やっぱりいつも通りが一番だな。


「さあ衛宮士郎(アンリマユ)。この女からもっと恥ずかしい言動を引き出しなさい。それが貴方に出来る唯一の贖罪よ」


「うへえ。相当根に持たれちゃったねこれは……」


 つっても、ほとんど泥酔状態のバゼットだ。頭をぽかぽか小突いても反応がない。

 これじゃ何を言っても面白そうなことは何も――――




「………………待てよ」


 叩いても反応がない?

 つと目線を下にやる。

 そこには、バゼットの成熟しきった肉体が無防備に転がっている。

 だったら、やることは一つ。


「えい」


 ガンッ


「あごっ!?」


 の、脳が……! 脳が頭蓋骨の中で暴れてる……!  


「……ダメだ、カレン。オレにはもう手に負えないっぽい」


「そう。なら仕方ないわね」


 そういって、どこからともなくデジカメを取り出して、パシャパシャやり始めるカレン。

 その仕草が妙に板についていて怖い。


「ふう。このへんでそろそろお開きかしら。そろそろ眠くなってきたところだし」


「そーだな、オレもいい加減疲れたよ。……右は空いてるけど、使う?」


「冗談。自分の部屋を使わせてもらうわ」 


 おやすみなさい、と言い残してカレンは居間を去った。




 いやはや、なんとも忙しい夜だった。

 セラが来るわ黒化勢が暴れるわ、挙句の果てにアンリマユ(オレ)の残りカスが表出するわ。

 本当に厄介だ、もう二度とこんな経験はしたくない。

 だけどまあ、そのなんだ、一回きりなら、こういうことがあっても悪くない。

 次に出てこれるのはいつになるか分からない。
 
 もしかすると、完全に衛宮士郎に取り込まれ、キャラとしてのアンリマユは消失してしまうかも分からない。

 だから、これはきっと最後のチャンスだ。

 邪魔は入らない。日の出までは残り二時間。

 食いたくて食いたくて仕方がなかった女が、目の前にいる――――


「――――――」


 すうすうと、安らかに寝息を立てて眠っているバゼット。

 それは、あの始まりの夜と全く同じ。

 苦悩も焦燥もない、童女のような無垢な寝顔。 


「……やめだ、やめやめ」


 毒気が抜ける。
 
 もうマスターでもなんでもないってのに、オレはまだ、こいつには泣いてほしくないなんて思ってやがるのだ。




 例え彼女自身がそれを望んでいたとしても。

『この世全ての悪』が聞いて笑わせるぜ、全く。

 だが、それでいい。

 オレなんかじゃバゼットは救えない。

 虚ろな楽園から蹴り出したところで、やっぱりアイツはひとりぼっちなのが寂しいんだ。
 
 女として悦ばせることは出来ても、それは所詮刹那的なモノでしかなくて。

 家族愛とか、友情とか、人情とか、そういうオレの大っ嫌いなもんこそがこいつには必要だ。

 オレの知らないモノを誰かに与えることなんて出来やしない。

 だから衛宮士郎。


 この面倒な女を、どうか幸せにしてやってくれ――――


 
 四夜の終末は静かに幕を閉じる。

 彼は夜闇に溶けるように、ゆっくりと奥深くに沈んでいく。

 衛宮士郎へ、二つの置き土産を残して。

 一つは彼の真なる願い。身勝手に一人の女を託して消えた、『この世全ての悪』の未練を。

 そして、もう一つはいずれ必要となる、彼のたった一つの武器。

 これがなければ、『あの男』に勝利することは不可能だと見越して授けた餞別。

 衛宮士郎がそれを使うのは、もう少し先の話。

 彼は、直近に迫った大きな山を乗り越えなければならないのだから――――


「首を洗って待っていなさい、エミヤシロウ……!」

これにて今回の投下は終わりとなります
次回の投下をお楽しみに
読了いただきありがとうございました

ずっと放置していてすいません
今日中に再開しようと思っております

投下開始します

 
 うだるような微睡みの中にいた。

 火鉢で熱したように、意識は朦朧として頼りない。

 口内から胃袋まで、ひりひりと乾いた痛みが続いている。

 目蓋の裏側をぼんやりと見つめながら、何とか歓迎会の出来事を思い返してみた。


(さすがに昨晩飲み過ぎたからな……今日一日辛そうだ)


 無理もない。

 普段は酒など一口も飲まないというのに、いきなり度数の高い酒をドカドカ入れれば、体のほうだって文句を言いたくなるだろう。

 二日酔いのときは梅干しだ。昨日買いだめしておいたウコンでもいいが、多少なりとも食べ物がほしいところなのだ。

 はあ、と重い息を口から吐き出す。

 さて、さっさと今日一日を始めよう――――


「……あれ?」


 鞭を入れた足が言うことを聞かない。

 正確には、何か重たいものが乗っている左足だけが、縫い付けられたかのように動かないのだ。


 どんよりと目蓋を持ち上げると、居間の惨状が目に飛び込んでくる。

 散乱した空き缶空き瓶。そこかしこに染みのついた畳。食べ残しが満載のつまみ皿。 

 これらを片付けるだけで、昼を回ってしまうかもしれない。

 そして、軋む首を傾けて、膝上の異常を確認する。


「――――――」


「…………え?」


 そこにおわしたのは、すやすやと寝息を立てている元執行者。

 体を胎児のように丸めて、安心しきった様子で惰眠を貪り続けている。


「…………ん」


 身を捩った拍子に、艶っぽい喘ぎ声が漏れ、心拍が一回分どこかへすっ飛んでしまう。

 しかしこうして見ると結構な美人だと改めて思う。

 出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んだ体つき。セラではないが、真っ当な私服を着た姿を一度拝んでみたいものである。


(……昨日、俺何してたっけ)


 桜と遠坂のイソフラボン談義は覚えている。聖骸布に捕まって、ストロングを一気する羽目になったのも記憶に新しい。

 しかしそれ以降はどうにも霞がかったように曖昧だ。

 疼痛を発する右腕の感覚から察するに、無理な投影を使ったようだが、一体どうして歓迎会の最中に投影など披露しなければならなかったのか。
 

 丸っきり思い出せない。記憶が飛んだとなると、よっぽどの深酒をしてしまったようだ。

 とりあえず、バゼットを起こさないようにそっと台所に行かねばならぬ。

 泥酔していた自分の醜態は、せめてしゃんとした状態で聞かなければ申し訳が立たない。


「よっと……」


 さらさらした赤毛頭を両手で持ち上げて、ゆっくりと畳の上に下ろす。
 
 意外と頬が柔らかかったとか、胸元の豊かなモノに目が吸い寄せられたとか、そんなことは一切なかったのである。

 何とかミッションを終え、そろそろと台所へ。

 戸棚を漁り、桜謹製の熟成梅干し瓶から一粒取って口に放り込む。

 舌が縮むような酸味に思わずしかめ面になる。

 味覚が鈍っているときにこれなら、元気なときに食べたら飛び上がるに違いない。

 三四粒腹に収めると、淀んでいた体に活力がみなぎるような心地がしてくる。


「…………ん、っ――――」


「おはよう、バゼット。水でも飲むか?」


 のそりと上体を起こしたバゼットに声を掛ける。

 しばらくの間、ぼーっと視線を泳がせていたが、


「……ええ、いただきます」


 と、一言だけ言って立ち上がった。

 幽鬼のような足取りで、ふらふらとこちらに歩み寄ってくると、差し出したコップの水を一気に飲み干した。


 そして、空のコップを流しに置いて、考えこむように腕を組んだ。


「…………」


「どうかしたのか、バゼット」


「……いえ、やはり確かめてみた方が」


 むにっ


「ちょ……!?」


 顔を両手で掴まれ、吐息がかかる距離でじっと見つめられる。

 安い石鹸と汗の混じった何とも言えない匂いが、ほんのりと漂ってきた。


「…………やはり、戻ってしまっているようですね。失礼しました、士郎君。今のことは忘れてください」


 すっとホールドを解き、何事もなかったかのように離れていくバゼット。

 からかっていたようではないが、一体何のつもりだったのか。
 

「バゼット。これ、梅干しって言って、酔い覚ましにいいんだけど……食べるか?」


「ええ、いただきます……ふむ、酸味が強いですね。保存食ですか?」


「ああ、そうだけど……苦手じゃないか? こういう味は」

「いえ、食用のものなら私は大概のものは食べられます。以前、故あってグアムに赴いたとき、空腹に耐えかねてCycad……日本で言うところのソテツの種子を口に入れたときは流石に閉口しましたが。そういえば、ソテツも梅干しに似た外見をしていましたね。何か奇妙な縁を感じます」


「……ソテツって、確か有毒だったと思うんだけど」


「水に晒して乾燥させれば普通に食べられます。ある地域には、これを常食している民族もいるとか」


「なるほど、詳しいんだなバゼット」


「いつ何時も糧食を携行できるとは限りませんから、野草や木の実の類には自然と精通します。何気なく公園などに自生している雑草も、実は食べられたりするんですよ」


 必要に迫られればの話ですが、と付け足すバゼット。

 日頃から雑草を食べて糊口しているとは思われたくないのだろう。


「今日は土曜だし、俺は家のことを片付けたら明日に備えて準備でもするつもりだけど……バゼットはどうするんだ?」


「はい、今日は市の図書館の方に行ってみようかと。そこそこ規模も大きいので、一度見学してみたいと思っていたのです」
 

「大きいったって、それこそ大英図書館とかに比べたら、学校の図書室みたいなもんじゃないか?」


「そんなことはありません。ただ、日本語の書物にはあまり馴染みがないので少し触れてみたいのです。それに、最近は読書に時間を割いている余裕がなかったので、たまにはと思いまして」


「本がほしいなら、近くに本屋があるからそこに行けばいいんじゃないか? お金なら持ってるんだろ?」


「いえ、居候の身であまりものを増やすのもいかがなものかと思いまして……」


「そうか? 別に全然気にしなくていいと思うけどな」


 ドカドカと古本屋みたいに部屋に本を貯めこんでる住人もいるのだから、今更どうということもない。


「そうだ、日本語の本が読みたいなら、ライダーに頼めばいいじゃないか。ライダーなら唸るほど本を持ってるぞ」


 するとバゼットは目をぱちくりと瞬かせる。


「ライダーというと、あの長身の? なるほど、それは重畳です。ぜひ蔵書を拝見したい」


「よし、じゃあ起きてきたら頼んでみよう。素っ気なさそうだけど、あれで結構優しいからな」


 そういえば、歓迎会ではライダーは藤ねえや桜の世話に掛かりきりで、全然来客たちと絡めていなかった。

 今日のところは、ゆっくりと交流を深めてもらおう。


「おはようございます、士郎。昨晩は楽しい催しを開いていただき、ありがとうございました」


 と、噂をすればなんとやら。

 絹のような紫色の髪をなびかせ、ラフな服装のライダーが台所にやってきた。


「おはよう、ライダー。昨日は藤ねえたちの世話、任せちゃってごめんな。今日は一日ゆっくりしていてくれ」


「はい、今日はバイトもないので、久しぶりにたっぷりと本が読めそうです」


 クールな目元を心なしか緩めて、ライダーは小さく微笑んだ。


「じゃあ、そのついでと言ったら何だけど、バゼットにも本を貸してあげてくれないか? 日本の本が読んでみたいらしいんだ」


「急な申し出ですいません。何冊か見繕っていただくだけで結構なので」

「……あ、いえ。私としては何の不満もありません」


「ありがとうございます。では後ほどお部屋の方に伺いますので、そのときに」


「はい、では……士郎、桜たちを起こしてきましょうか」


「いや、昨日は結構大騒ぎしてたし、好きなだけ寝かせておいてあげた方がいいんじゃないか?」


「分かりました」


 実に大人らしい、当り障りのないやり取りを済ませて去っていくライダー。

 数少ない年長の常識人というだけあって、二人とも相性は良さそうだ。

 ただ、ライダーの態度がいつもより、何となく硬かったような、硬くなかったような……。


「………………」


 同じことを思っていたのか、険しい顔で顎に手をやるバゼット。


「どうかしたのか、バゼット」

「……いえ、何でもありません。本質的には善性が勝るように思うのですが、何故でしょう。ライダーの前では、あまり気が許せそうにありません。彼女の方から、そこはかとなく敵意のようなものを感じます」


「…………あー」


 桜に対する当たりの強さを嗅ぎ取られているのだろうか。

 桜の敵はライダーの敵。

 ライダーの桜を大切に思う気持ちは、そのまま仇なす者への害意に取って代わる。

 今のままでは、恐らく彼女はバゼットに心を開いてはくれないだろう。

 一時的なこととはいえ、折角一緒に暮らすのに素っ気ないままではつまらない。

 ここは一つ、何とか家主として橋渡しをしてやるべきか。


「よし、バゼット。ライダーの部屋に行くときは俺も呼んでくれ」


「はあ、それは構いませんが、何か用事でも?」


「俺もライダーの部屋で本を読もうと思ってさ。どうせなら一緒に行った方が、ドタバタしなくていいだろ?」


「なるほど、了解しました。そのときになったら、一声掛けることにします」


「分かった。それじゃあ朝ごはんにしよう。米とパン、どっちがいい?」


「どちらでも構いませんが……そうですね、お米の方をお願いします」


「了解。20分くらい待っててくれ。軽く作るから」


 ありがとうございます、と頭を下げて居間へ行くバゼットを見送る。

 そんなとき。

 俺の中でふと、ライダーの押し入れの中身が気になりだしてしまったのだった。


 
 新しい日々が始まる。

 在り得なかった出会いを探しに行こう。
 

これで今回の投下は終了となります
これからは定期的にこまめに書き溜めたいと思いますので何卒よろしくお願いします
ではまた

投下に参りました
次レスから投下開始します

 朝食を終え、バゼットの部屋を訪れようとしていたところ、ばったりと桜に遭遇した。


「おはよう、桜。よく眠れたか?」


「あ……お、おはようございます先輩。昨日は大変失礼しました!」


「何、酒の席のことじゃないか。無礼講だよ無礼講」


「でも、私きっと酔うと暴れるタイプなんです。途中で目を覚まして、もう一回居間に行こうとしたらライダーがドアの前に陣取って『サクラ、今日はもう寝なさい』ってすごく怖い顔で言ってきたんです。私、あんなライダー初めて見ました」


 ライダー。

 グッジョブ。


「ま、まあ俺は楽しかったし、全然気にしてないから、桜もあんまり気に病まないでくれ」


「そうですか……先輩がそう仰るなら」


 そう言って桜は恥じ入るように目を伏せた。
 

「ところで桜、今持ってるその本はライダーのか?」



 先ほどから気になっていたことをズバリ聞いてみる。

 桜は胸の前に、文庫本サイズの小説を何冊か抱えていた。

 それ自体は特に言い立てることもなかったが、表紙に描かれた漫画っぽい絵柄のキャラクターが目についたのだ。


「これですか? はい、そうなんです。私、この『聖母さまがみてる』がすっごくお気に入りで、今度自分でも揃えてみようかなー、なんて」


 子供っぽいですかね、と小さく笑う桜。

 表紙イラストでは、線の細い女の子たちが、何やら怪しげな雰囲気を出してポーズをとっている。

 乱読家なのは知っていたが、こういうのも読むのか。

 ……ところで、何で古物店でバイトをしているライダーが、最近の中学生の流行を知っているんだろう。


「いや、桜が好きならそれでいいんじゃないか? 子供っぽいとかそんなこと、どうでもいいだろ?」


「……そうですよね、先輩にそう言ってもらえると、すごく嬉しいです!」


 こぼれるような笑みを浮かべ、桜は目をキラキラと輝かせた。

 
「それ、ライダーに返しに行くところなら一緒に行こう。ちょうどバゼットとライダーに用事があったところなんだ」


「え……あ、いえ、これはまだ読んでる途中なので、また後日ということにしてもらえませんか?」


「そうか、分かった。じゃあまたお昼に」



 そそくさと去っていった桜の背中を見送ってから、改めてバゼットの部屋に向かう。


 こんこん


「バゼットー。準備できてるかー?」


「はい、すぐに発ちましょう」


「うおっ!?」


 ノックするや否や、ノータイムで開いたドアに跳ね飛ばされそうになり、慌てて飛び退く。


「あ、士郎君、これは大変失礼しました。……しかし、どうして廊下に面したドアが外開きなのでしょうか」


「ああ、この部屋は親父が無理に増築したとこだから、単に間違えたんじゃないか?」


「なるほど。それでしたら、今度私が付け替えておきましょうか」


「そんなことできるのか、バゼット?」


「日曜大工の延長のようなものですから、造作もありません」


 バゼットの新たな頼れる一面を発掘しつつ、ライダーの部屋の前にたどり着く。


 とんとん


「ライダー、入ってもいいか?」


『……はい、士郎。問題ありません』


 ノックの代わりにふすまを指で叩くと、ライダーの返事が聞こえた。

 中に入ると、いつも通り本の山に埋もれたライダーの姿があった。


「お待ちしていました、士郎、バゼット。用意した本はそちらに置いてあるので、どうぞ持って行ってください」


 俺には床に敷いた座布団を。バゼットには平積みにした小説の山を指して、また読書に戻るライダー。

 まだバゼットには、自分の部屋で本を読んでいくことを勧めるつもりはないらしい。

 さて、どうしたものか。


「あ、そうだ。ライダーさえよかったらなんだけど、バゼットもここで本を読んでいかないか? 読み終わったときに、わざわざ返しに行く手間も省けるし……」


「いえ、そんな。士郎君ならばともかく、私がいては迷惑がかかるでしょう」


「そ、そうかな……」


「…………」


 消極的なバゼットに、特に何のレスポンスもしないライダー。

 ……どちらかが強引な性格なら引き合わせやすいのだが、なまじ常識人同士なものだから、建前を使って苦手な相手と距離を置くのが上手くてやりづらい。

 言ってしまえばこれはただのお節介でしかないわけだから、当人たちに嫌がられれば強制はできない。

 でも、せっかくこうして出会うはずがなかった二人が一つ屋根の下で暮らすことになったんだから、できればお互いに仲良くしてもらいたい。



 ――――出会うはずがなかった……?



「では、私はこれで。ありがとうございました、ライダー。また読み終わったらお返しに上がります」


「分かりました。期限などはありませんので、どうぞごゆっくり」


 悶々としているうちにバゼットが辞去の支度を始めてしまう。

 と、そこに、


 がらり


「ねえライダー。この間貸してもらった本の続きって持っ……て……」


 上半身が隠れるほど小説を抱えた桜が、ふすまを開けて入ってきた。

 そして折悪しく、まさにふすまに手を掛けようとしていたライダーと正面衝突してしまう。


「きゃっ……!」


「……! 失礼、お怪我はありませんか、サクラ」


「あ……いえ、おかげ様で、大丈夫……です」


「………………」


 後ろに倒れこみ、あわや壁に頭を打ちつけそうになった桜を、バゼットが俊敏な身のこなしで受け止めた。

 しかも、床に散乱しかけた文庫本を、一瞬の内に空中で全てキャッチしつつである。


「……サーカスにでも入ったらどうだ? バゼット」


「いえ、私は笑うのが苦手なので」


「あの……バゼットさん」


「どうかしましたか、桜」


「えっと、その、顔が近くて……」


「む、これはまた。重ね重ね失礼しました」


 見れば、バゼットと桜の彼我の距離は拳一つほどもなかった。

 おまけに、ちょうどお姫様抱っこのような形になった二人はほぼ密着状態で、傍から見ればそういうカップルのように見えなくもない。


「………………!」


 一瞬、視界の隅で何かがギラリと光を放った気がしたが、見間違いだろう。

 器用に本を床にそっと置き、バゼットはすぐに桜から離れた。


「では本をお借りしていきますね、ライダー。近いうちに返却できるよう、なるべく早く読了しますので」


 こちらが呆気にとられている間に、バゼットは小説を小脇に携えて、颯爽と去っていった。


(い、今の『聖母様がみてる』で、主人公の女の子がお姉様に抱きかかえられたシーンみたいだったよね、ライダー! 私、今なら真弓ちゃんの気持ちよく分かるかも!)


(……成長しましたね、サクラ)


(ライダー……!)


 顔を真っ赤にした桜と、優しい微笑みを浮かべたライダーが熱く語り合っているが、何の話をしているんだろうか。


「…………」


 何の気なしに、桜が持ってきた小説を一冊手に取り、パラパラとめくってみる。

 普段は大人しい桜がここまで夢中になるのだから、よほど面白いに違いな――――


「……ん?」


 そこに広がっていたのは、表紙の女の子たちがあられもない格好で抱き合っている官能的な挿絵の数々だった。

 無言でもう一枚めくり、文章の方に目を通してみる。

 褥。襞。秘裂。同衾。

 頻出する難解な語彙に辟易し、半分も読まないうちに挫折した。


「あっ……せ、先輩! ダメですよ、勝手に読んだりしたら……!」


「わ、悪い! 手元にあったから、つい」


「サクラ。もう手遅れです、諦めなさい」


 こちらの様子に気づくやいなや、血相を変える桜の肩に、ぽんとライダーが手を置いた。


「官能の道とは長く険しいもの。数多くの試練が貴女を襲うことでしょう。しかし、それを乗り越えてこそ、見出だせる境地があるのです」


「ライダー……でも私、やっぱり先輩に知られるのは恥ずかしいです……」


「士郎、貴方は桜のこのような嗜好について、どう思われますか」


「いや……まあ好き好きなんじゃないか? 俺だって人においそれと言えない秘密の一つや二つは持ってるし」 


「ほう。やはり士郎もそのようなものを嗜まれるというのですか……一度、現物を拝見しておきたいものですね」


「……分かったわ、ライダー。今度先輩がいない間に、セイバーと見つけたエッチな本を見せてあげる」



「ちょっと待て、どうして俺のトップシークレットが当然のように我が家に知れ渡っているんだ……!」


「あ! いえ、違うんです先輩! セイバーが『シロウの部屋から妙な気配がします。敵の罠かもしれません』とか言って家探しを始めたから止めようとしたんですけど……」


 あ、あえて見つけやすいところにフェイクとして置いておいた慎二の置き土産を回避して、本物を探し当てたってことか……。

 直感A、侮りがたし。


「――――まあ、今更エロ本見られるくらいどうってことないんだけどさ」


「……せ、先輩?」


「士郎、それは一体……」


「え? 俺、今何か言ったか?」


 やにわに浮き足立つ桜とライダー。

 心なしか、ライダーの頬が紅潮している気がするけど、気のせいだろう。


「……まあ、今回の件はお互いに見なかったことにしておこうか。その方が桜もいいだろ?」


「そ、そうですね。いくら先輩でも、まだ見せられないものがありますし」


 まだあるのか。

 そして、いずれは見せるつもりなのか。


「はあ……よりにもよって、一番際どい巻を見られるなんて、ショックです」


「そうなのか?」


「はい。『聖母様がみてる』は奇数巻がシリアスで、偶数巻がちょっとエッチな感じなんですけど、先輩が読んだのがライダーお墨付きの巻で……」


 どんなお墨付きだ。


「でも! ストーリー自体は人間関係が複雑に絡み合う、とっても面白い話なんです! だから、ただエッチなだけだって勘違いしないでほしいなって……あれ、私何言ってるんだろ……」


「……大丈夫だよ、桜。俺はそんな風に思ったりしないからさ」


「――――はい!」


 ほっとしたように頷く桜。

 今日は皆の意外な一面をよく発見するなあと思いつつ、読みかけの本を探して栞を取る。


(……み、見られたのが『聖母様がみてる』でよかったです。もし、ライダー秘蔵の『乱陵王』とか『褥に咲く薔薇』とか、よりにもよって『耽~キミに溺れる~』とかだったら、私もうこのお家にいられなくなっちゃってました)


(……ついにあれに手を出したのですか、サクラ。貴女にはまだあれは早過ぎる。貸したのは失敗だと思っていたのですが)


(ううん、とっても面白かったわ。特に、倫くんが零を夜の生徒会室で押し倒すところなんてもう……! 倫くんを柳洞先輩、零を先輩に置き換えたら……そ、想像するだけでドキドキしますっ!)


(……やはり失敗だったかもしれません)


 またひそひそ話に花を咲かせている二人はそっとしておくことにする。

 ……ところで、ライダーが用意した本がまだ置いてあるんだけど、バゼットは持っていくのを忘れてしまったんだろうか。

 もしそうなら、後で届けてあげるとしよう――――



 ――――では本をお借りしていきますね、ライダー。近いうちに返却できるよう、なるべく早く読了しますので。



 新たな出会いは、新たな可能性を作り出す。

 開けた未知が、幸福な結末へと繋がっていると信じて。

 撚り合わせの世界は、ゆっくりと無二の記憶を刻んでいく。

これにて投下終了です
また次時間が空いたら書き溜めようと思います
読了いただきありがとうございました

乙です
>>136で「最近の中学生の~」ってあるが桜は高校生だけど、本のタイトルのパロネタで中学生に流行ってる云々ってあったけ?

>>147
すいません、10年前に、特にオタでもない女子高生の間でラノベが流行ってるってのがちょっと違和感あるかなって思って、あまり深く考えず中学生の間で~としました
ちなみに『聖母様がみてる』というのはただ名前をお借りしただけの丸っきり別物と考えていただけると幸いです
少女向けラノベの金字塔といったらこれだろうと思って、なんとなく使わせてもらいました

長らく放置していてすいません
今日中に続きを投下したいと思います

お待たせしました
少し短めですが、続きは21時か22時頃からまた投下しに来ますのでよろしくお願いします


 ――――――――


 衛宮邸


「あれ? バゼットはまだ来てなかったのか?」


「バゼットなら、まだ自室にいるのではないでしょうか。先ほど客室の前を通ったときに気配がしましたから」


「なら、今から呼びに行ってくるよ。皆は先に食べててくれ」


「そんな、シロウを差し置いてこのような季節の味をふんだんに取り入れた……す、すばらしい馳走をいただくなど、私の……良心が許しません……!」


「よだれが垂れていますよ、セイバー」


「ライダー! どうしてもう箸を持っているのです。シロウがバゼットを呼んでくるまで待っているべきでしょう!」


「士郎は先に食べてよいと言いましたから、それに従ったまでです。早く食べなければ冷めてしまいますよ……む、なかなかよい味付けです。これはサクラが……?」


「はい! ライダーが喜ぶかなって思って、前作ったのと同じ味にしてみたんです」


「聞いているのですかライダー!」


「セイバーも、先輩の心遣いを無碍にしちゃダメですよ? はい、あーん」


「あーん……うむ、美味です」

「凛。このお魚とても美味しいわ。一口いかがかしら」


「な、何でアンタに食べさせてもらわないといけないのよ!」


「いえ、貴女のような人に餌付けするのは楽しいかと思って。あーん」


「食べないわ、絶対に食べないわよ私は……! こんなサド女のあーんを受けるくらいなら断食した方がマシなんだから!」


「あーん」


「む……」


「ほら、凛。汁がこぼれてしまいますよ。もったいないでしょう? あーん」


「あ、あーん……」


 ひょいっ


「………………」


「うふ、うふふ、ふふ。一度、これをやってみたかったのです。ふふふ、いいざまね、凛。可愛かったわよ。うふふふふふ……!」


「こ……の……!」


 楽しい時間はあっという間に流れ、夕食時。

 住人たちの団欒を背中で聞きながら、バゼットの部屋へ。

 歓迎会ではパーティー料理ばっかりだったから、今日は和風でいこうと思ったのだが、肝心のバゼットがいないのでは始まらない。


 こんこん


「おーいバゼットー。ご飯できてるぞー」


「ひゃっ!! し、士郎君……!? しょ、少々お待ちください。直ちに急行します!」


 中から慌てて身支度を整えるような音が聞こえてくる。

 くつろいでいた最中だったのだろうか。だとしたら、邪魔をしてしまったかもしれない。


 不測の事態に備え、ドアから一歩下がって待つ。

 一分ほどすると、中からスーツを纏ったバゼットが姿を現した。

 よく見るとシャツにシワが寄っていたり、襟元が開いていたりと、かなり急いでいたことがよく分かる。


「失礼、人前に出るのにふさわしくない格好でしたので、手間取りました」


「いや、それは一向に構わないんだけど……部屋着とか持ってないのか?」


「いえ、特に。ワイシャツが数枚あれば、必要を感じませんので」


「ああ、ワイシャツがパジャマ代わりみたいな感じなのか?」


「はい。スラックスを穿けば、すぐ人と会うことができますから重宝しています」


 なるほど、それなら確かに必要ないかもしれない。

 ……じゃあ、さっきまでバゼットは。


「……何か良からぬ想像をしていませんか? 士郎君」


「しっ、してないしてないしてない! 夕飯のこと考えたら、ちょっと顔が緩んだだけだって」


「それなら良いのですが」


 パンパンと頬を張り、脳内からバゼットのあられもないワイシャツ姿を叩き出す。

 この仕草でバレバレな気がしたが、特にツッコミは入らなかったので内心ほっとした。

 ……フツーに考えて、この屋敷は青少年の育成に適切な環境とは言いがたい気がする。


 遠坂にセイバーに桜にライダー、おまけにバゼットとカレンまでが加わったこの家の男女比率は、はっきり言って異常だ。イリヤは年齢的に除外。藤ねえは論外。

 幸い、自室(せいいき)は未だに破られていないが、こう人が多くては落ち着かない。

 間違いが起こってからでは遅いのだ。きちんと自制心を働かせておかなくては。


「どうしたのですか、士郎君。そんな厳しい顔をして」


「いや、大したことじゃないよ」


「そうですか」


 心頭滅却心頭滅却、と心の中で唱えているうちに、居間に着いた。

 ふすまの音に振り向いた桜の、こぼれるような笑顔が出迎えてくれる。


「あ、先輩おかえりなさい。先輩とバゼットさんの分のおかずはとっておきましたから、安心してくださいね」


「サンキュー桜。助かったよ」


「サクラがいなければ、この煮付けはとうにセイバーの胃袋に消えていたことでしょう」


「あ、貴女もパクパク食べていたでしょう、ライダー!」


「私はちゃんと自分の分を計算していましたから」


 軽口を叩くライダーに食って掛かるセイバー。

 その唇は、心なしか煮付けの油でテカついていた。


「ははは、セイバーはよく食べるからな。いつもご飯も多めによそってるんだ」


「バカな、米の高さは皆と変わらないはず……はっ、この器、やけに底が下がっている……そういうことだったのですか!」


「この間、新都で見つけたからセイバーが喜ぶかと思って買ってみたんです。ほら、ライオンのプリントもついてますし」


「な、なるほど……これはなかなか愛らしい。サクラ、貴女にはモノを見る目がある」


「やったあ、先輩、私セイバーに褒められちゃいました!」


「よかったな、桜」


 茶碗にバゼットの分もよそい、食卓に戻る。

 カレンの隣に腰を下ろしたバゼットは、何やらしきりに身なりを気にしているようだった。


「別に、何もついてないぞバゼット。はい、どうぞ」


「そうですか? ならば問題ないのですが……あ、ありがとうございます」


「……夕飯前にシャワーでも浴びてきた方がよかったのでは? 少々汗臭いですよ、バゼット」 


「……忠告痛み入ります、カレン」


 ぼそりと呟いたカレンに、神妙な面持ちでバゼットは言葉を返した。

 あまり触れない方がいいのかもしれない、そっとしておこう。

 と、桜がライダーに小さく目配せを送り、ライダーがそれを受けてこくりと頷いた。


「バゼット。もしよろしければ、もう一度夕食後に私の部屋に来ていただきたいのですが。少し、話がありますので」


「はい、それは構わないのですが、どのようなお話でしょうか」


「……趣味の話です。きっと、貴女にとっても実入りのある時間になると思いますよ」


「そ、それは、はい、楽しみに、しておきます……」


 初めて聞くトーンでしどろもどろに喋るバゼット。

 よく分からないが、きっと何か通じ合うものがあったのだろう。

 やはり、この2人を引き合わせたのは正解だったに違いない。

 さて、早速夕食にありつくとしよう。

とりあえず今回はここまでになります
バゼットとライダーという、原作では絡みがなかった組み合わせを書くのはとても楽しいです
バゼットがライダーの部屋に行ってからのやりとりは、出先から帰ってきてから仕上げて投下したいと思います
では読了いただきありがとうございました!

お待たせしました
続きを投下します


 ――――――――――


 ライダーの部屋


「お邪魔します、ライダー」


「ようこそバゼット。お待ちしていました、さあこちらへ」


 夕食を終え、一番風呂に与った私はライダーの部屋を訪れていた。

 ふすまを開けると、いつもの黒セーターにジーンズというラフなファッションのライダーが。

 そういえばセイバーもいつも同じブラウスにスカートだが、サーヴァントはあまり服装には頓着しないのだろうか。私ほどではないにせよ。


「何か良からぬことを考えていませんか、バゼット」


「いえ、気のせいでしょう」


 用意された座布団に正座し、ライダーと二人きりで向かい合う。

 やはり隙がない。ただ私と同じように座っているだけなのに、全身からピリピリと電流が発せられているかのようだ。

 ごくりと生唾を飲み込む。

 すると、ふっとライダーが柔和に微笑んだ。



「もっと肩の力を抜いてください。そんなに固くなられては、こちらも緊張します」


「こ、これは失礼しました……」


 どうやら、こちらの雰囲気を感じ取って敏感になっていただけらしい。

 これから一緒に暮らす相手なのだから、もっと打ち解けていかなければならないというのに、私ときたらなっていなかった。


「それで、本題なのですが――――読みましたか」


 いつ、とも、何を、とも言わず、ライダーは端的に尋ねてきた。

 二度瞬きをし、平然と答える。


「何をでしょうか」


「今日、私が貸した本を部屋に置き忘れていったでしょう」


「そういえばそうでした。後ほどもう一度借りに行こうと思っていたのですが、失念していました」


「そのとき、貴女がサクラが返しに来た本を、間違えてそのまま持って行ってしまったと思ったのですが」


「なっ……サクラはあのような破廉恥な小説を読んでいるのですか!?」


「よくご存知で」


 嵌められた。

 ライダーの目がすっと細まり、口の端が小さく吊り上がった。

 さながら、獲物を前にした蛇のように。

 背中に変な汗をかいているのを感じながら、なんとか言い訳を探す。


「いえ……その、表紙の雰囲気が、青少年の育成に適切でないと判断しましたので」


「確かに、美少女同士の絡みを描いた挿絵も多くありますし、一般的には不健全とされるものかもしれませんね」


「美少女同士? そのような挿絵などあったでしょうか」


「ありません。よくご存知ですね、バゼット」


 もうダメだ。完全にバレた。

 数時間前、ライダーに借りた小説を手に取り、ベッドに腰掛けた私の目の前に広がっていたのは……そう、薔薇の花園だった。

 仕事上の素っ気ない営みしか知らなかった私にとって、フィクションの中の倒錯的な恋愛模様はあまりに刺激的だった。

 めくるめく未知の世界に戸惑う気弱な少年を、壮健な青年が優しくも強引に導くその様は、最早天地開闢に等しい衝撃を私に叩きつけたのだ。

 率直に言って、ドハマりした。こんな素晴らしいものを、どうして二十数年も知らずに生きてきたのかと過去を悔み、己の蒙昧さを恨んで涙した。

 高揚する心を鎮め、汗ばむ掌を何度も服にこすりつけながら、食い入るようにその小説に没頭していくうち、身体は知らず知らずのうちにひどく熱を持っていた。

 上着もソックスもスラックスも脱ぎ捨て、さすがにそこまで開放的になるのはいかがなものかとワイシャツと下着には手を掛けなかったが、それでも肉体の火照りはとどまるところを知らなかった。

 いけない、居候の身でそんなこと、しかし……と逡巡に逡巡を重ね、理性が感情に屈しかけたところで士郎君が私の部屋のドアをノックしたのだ。

 今何をしようとしていたかを知られるくらいなら、いっそ死んだ方がマシだと大急ぎで服を着直したが、かいてしまった汗はどうしようもなく、カレンにはしっかりと気づかれてしまった。一生の不覚だ。


「今までこのようなものを嗜んだことは?」


「……いえ、一度も」


「なるほど」


 恐らく顔を真っ赤にしてうつむいているだろう私を、ライダーは舐るように見ている。


「どのシーンが一番お気に召しましたか?」


「……須藤倫が、生駒零を夜の生徒会室で手籠めにしようとしたシーンが」


「ほう。貴女はそういうシチュエーションが好みなのですね。意外です」


「いえ、それほどでも……」


「バゼットならば、晶と連れ立って校舎裏に消えていく倫を、校舎の二階から零が見つめているシーンを挙げると思ったのですが」


「……自分と重ねてしまって、そこは読んでいて少し辛かったです」


「なるほど。想い人から求められたいという欲求が強いのですね、バゼットは」


「……ノーコメントでお願いします」


 殺せ。頼むから誰か私を殺してくれ。

 恥辱に耐えながら小さくなっていると、不意に身体が温かいものに包み込まれ、視界が紫色に染まった。


「な……何をするのです、ライダー!」


「ふふ、ごめんなさいバゼット。少し、からかいすぎました。許してください」


「ならば今すぐ私を放しなさい! この……ッ!?」


 鼓動が一拍すっ飛んだ。

 強引に身体を引き離した先には、慈しむような色を湛えたライダーの眼があった。

 吐息が掛かる距離で、彼女は妖艶に微笑んだ。

 されるがまま、ぱたんと後ろに押し倒されてしまう。


「そんなに臆病になることはありません。貴女はもっと積極的になるべきです、バゼット」


「いえ、私は別にそうは思いませんが……!?」


「貴女は拒まれることを恐れている。抑圧からの解放を求めながら、それを否定されるのが何より怖い」


「……こんな魅力のない女を、どこの物好きが好きになるというのです」


「……バゼット」


 ライダーの舌の水音が、やけに艶かしく耳朶を打つ。

 頬に添えられた手が、ゆっくりと私の横髪を搔き上げた。


「んっ……」


「貴女はとても美しい。男性的な装いで武装した外見とは、不釣り合いなほど繊細な心。そんな貴女がどこまで堕ちるのか……少々興味があります」


「や……やめなさい、ライダー。それ以上は」


「何を躊躇うのです。私は貴女に価値を見出している。貴女が悶える様を見たいと言っている」


「男には裏切られ続きなのでしょう? このあたりで、違う世界に目を向けて見るというのはいかがです」



「だから……その」


 思考が沸騰してまとまらない。

 魔性の美貌。肢体に絡みつく長い紫髪。鼻孔をくすぐる芳香。そして、ずっしりとのしかかる柔らかい温もり。

 彼女の躰は、きっと羽毛のように温かく、私を受け入れてくれるだろう。

 知らず心拍が高まる。

 少なからぬ期待が脳に満ち、理性に鍵を掛けようとしている。

 性別の垣根など、野花よりも容易く踏み越えられるに違いない。

 真実、それは今の私にとって何の障害でもなかった。

 ライダーが相手なら、私は間違いを犯すことに一切の抵抗はない。

 ない、のだが。


「……お気持ちは大変嬉しい。でも、私にはまだ、決着の着いていない問題がある」


「それは、どのような問題ですか」


「私は士郎君に対し、慕情に近い思いを抱いている」


「……それで?」


「この気持ちが何なのか。それがはっきりしない限りは、貴女の求めに応じることはできない」


「……………………」


 しばらく、ぽかんとした様子で目を瞬かせていたライダーだったが、やがてくすりと愉快そうに笑った。


「真面目な人ですね、貴女は」


「性分なもので」


「家族愛だろうと異性愛だろうと、愛には変わりない。それで問題ないのでは?」


「私にはそうは思えない」


 再度苦笑すると、身体から重みが消えた。

 私の上から立ち上がると、ライダーは手櫛で髪を梳きながら、ふすまを指差した。


「話はこれで終わりです。続きをお読みになってきてはいかがでしょう」


「……何故、そんなことまで」


「ただの勘です」


 この人には敵わない。

 畳から起き上がり、ふすまに手を掛ける。


「この話をすることが目的だったのですか」


「これでも元は女神です。迷える人の子を導いても、罰は当たらないでしょう」


 つまり、私に迫るような真似をしたのは、本音を引き出すためだったということか。

 大真面目に受け入れるか否か考えてしまったのが馬鹿らしい。ついでに、アブノーマルな一面を発見してしまったことが大いに恨めしい。


 ……雰囲気に流されやすいんだなあ、私。


 しかし、これで方針は決まった。近いうちに、彼と話をしなければならないだろう。

 がらりとふすまを開けた私の背中越しに、ライダーの呟きが聞こえた。


「来たくなったら、いつでも来ていただいて結構ですよ」


「……謹んで、遠慮申し上げます」


「士郎が同伴ならなお喜ばしい」


「はっきりと遠慮申し上げますッ!」


 ぴしゃんと音を立ててふすまを閉めてやる。

 金輪際、ライダーとは二人きりにならないようにしよう。特に夜は。


「さてと、続き続き……」


 零と晶が倫を奪い合った結果、まさに一触即発となった場面で止まっていたのだ。

 巻数からして、そろそろクライマックスが近い。

 徹夜をしてでも、今日中に読み終えてしまいたいところだ。


「バゼット。これを」


「な、何ですかライダー。まだ何か私に用があるのですか」


「湯沸し器の使い方を紙に書いておきましたから、もう一度湯浴みをしたくなったときに」


「気持ちだけ受け取っておきますッ!」


 メモ書きを床に叩きつけ、足音高くその場を去る。

 大きなお世話以外の何ものでもない。



「全く、ひどい目に遭いました……」


 ぶつくさと愚痴りながら、自分の部屋へ。

 上着とスラックスを脱ぎ、適当に椅子の背にかけてベッドに横たわる。

 風呂上がりにしっかりと水分は拭き取ったはずなのに、ワイシャツはしっとりと湿っていた。


「……………………ないです。ないない」


 脳裏に浮かんできた邪な映像を振り払い、読みかけの小説を手に取る。

 胸の高鳴りは早鐘のごとく、ページを捲る手はどんどん早くなっていった。


「……しかし、これは本当に良いものだ」


 官能の夜は、静かに、しかし熱狂的に更けていった。



 ピースは揃った。

 自然の触覚を伴い、担い手の待つ新都へ向かえ。

今回の投下はこれにて終了です
読了いただきありがとうございました
次からは本当に新都デート編を書きたいと思います
>>91でも同じことを申しましたが、今度こそ本当です
新都デート編でこのSSを完結させるつもりなので、あまり間が空かないよう努力します
ではまた近いうちに

長らくお待たせしていてすいません
今日か明日には続きを投下したいと思います

お待たせしました
短いですが続きの方次レスから投下します


 日曜日。

 先の約束の通り、セラの買い物に付き合うため、深山町からバスで揺られること一時間。

 久しぶりに来る新都は、いつものように大勢の人々で賑わっていた。

 現在の時刻は9時30分。

 約束の時間は10時だが、早めに来ておくに越したことはない。

 セラのことだ。ほんの数秒でも遅刻したら、またガミガミと文句を言われることは目に見えている。

 それに、どの道10時前に新都に着くバスはこの便しかなかったのだ。


「ぼーっとしたまま待つには長いよな……」


 一時間や二時間空くなら、適当な店を冷やかしていればいいのだが、移動時間を考えると厳しいものがある。


 かと言って、こんなところまで本を持ってきて読むほど活字に飢えているわけでもないので、結局手持ち無沙汰に突っ立っているくらいしかや

ることがないのである。

 と、行き交う人の中に、見覚えのある人影が。


「……ランサー?」


 見間違えるはずもない。

 180センチを超える長身に、しなやかな筋肉質の身体。そして、浮世離れした赤い瞳。

 バゼット・フラガ・マクレミッツがかつて契約し、そして言峰に裏切られて手放してしまった槍兵のサーヴァント。

 浅からぬ因縁のある相手だが、戦闘時以外はただの気さくな兄ちゃんなので、サーヴァントの中でも絡みやすい部類に入る。


 というか。

 コートが欲しい季節になってきたというのに、常夏感あふれる明るいアロハシャツ一枚でうろついている奴が、そうそう何人もいてもらっては困る。 

 いや、年中腰布一枚の人もいるけど。


「カレンの使いっ走りか何かか?」


 暇なときは日がな一日漁港で釣りに勤しむランサーが、一人で新都を訪れる理由というのも他に思い当たらない。あるいは待ち人でもいるのか。

 そんな風に取り留めのないことをあれこれ考えていると、


「話は聞いたぞ衛宮士郎。朴念仁のように振る舞っておきながら、お前もやることはやっているのだな」


 聞いたような低い声が、背後から響いたのだった。

 振り返ると、そこには予想通り、浅黒い肌に黒シャツ、黒のスラックスという黒ずくめの怪しい男が立っていた。

 口元には、これまた癇に障る不敵な笑みを浮かべている。



「……お褒めいただき光栄至極。それで、何しに来たんだよアーチャー」


「特に何も。たまたま新都に足を運んでみたら、件の女誑しの姿が目に留まったから声を掛けただけの話だ」 


「女誑しって。俺はそんなことしてないぞ。ただ、セラの方から誘われたから来ただけだ。というか、誰に聞いたんだこのこと」


「私の耳はこの目同様によく利いてな。例え屋根の上にいようが、屋内の話し声など全て筒抜けだ」


「……盗み聞きしてたのか、お前」


「私とて聞こうと思って聞いたのではない。偶然耳に入っただけだ」


 しらっとそんなことを言ってのけるあたり、こいつもなかなかいい面の皮をしていると思う。
 


「まあ、お前が誰と何をしていようがそれはお前の勝手だ。逢引でも性交でも、好きなだけ楽しむがいい。だが、女を泣かすような真似はするな――――後で手痛い損失を被ることになる」


「……一見フェミニストっぽいけど、ヒモみたいだぞ、その発言」


「何、ただの経験則だ。そう重く受け止める必要はない。だが、いざというときのために、このことは頭の片隅にでも引っ掛けておくんだな」


「……謹んで遠慮しておく」


「それと、お前に一つ助言でもくれてやろう」


 そう言って、アーチャーはくるりと背を向けた。


「決着は近い。可能な限りの最善を尽くし、最大の戦力を用意しておけ」


「どういう意味だよ、それ」


「こればかりはなあなあで済ませるわけにはいかない問題だ。お前との対決を望む者がいる以上、お前はそれに応えなければならない。それだけのことだ」 


 そんな意味不明な言葉だけを残し、アーチャーは雑踏の中に消えていった。



「……何だってんだ、一体」

「何がどうしたというのですか、エミヤシロウ」

「うおわっ!?」


 突然背後から声を掛けられ、慌てて飛び退く。

 そこには、


「……セラか?」

「……そうでなければ、一体どこの誰に見えると言うのです、無礼な」


 何というか。

 超いまどきな感じの、綺麗なお姉さんがそこにいた。


 薄手のボートネックのトップスに、ミニのチュールスカート。オーバーニーのブーツに至るまでが、徹底した黒系統のコーデ。

 それが雪のような白い肌と銀色の髪と綺麗なコントラストを作り、道行く人の視線を集めている。

 ぶっちゃけ、並んで歩くのが逆に恥ずかしいくらいの美人さんだった。 


「よ、よく似合ってるぞ、セラ」

「あなたに言われずとも、十分に承知しております」


 ふんっと高慢に鼻を鳴らすセラ。

 だが、短いスカート丈が気になるのか、しきりに裾を直しているのが可愛らしい。


「どこをじろじろと見ているのです、エミヤシロウ」

「や、セラも普段からそういう格好すればいいのになって」

「それは、私がアインツベルン家のメイドとして作られたホムンクルスであると知っての言葉ですか?」

「そんなに格式ばることないだろ? フリーな時間くらい、好きな服着ればいいのに」

「いけません。この身はイリヤスフィールお嬢様に捧げることを、鋳造時より決定づけられております。なればこそ、いついかなるときでもメイドとしての矜持を忘れぬよう、日々日頃から――」


 ビュオッ


「っきゃ」


 一陣の風が吹き、セラのスカートが捲くれ上がる。

 ほんの数センチ太ももが露出しただけだったが、セラは小さく悲鳴を上げて両手で裾を押さえつけた。



「さ、先に言っておくけど、何も見えてないからな」

「…………ならばよいのです」


 心なしか、頬の朱が差しているセラ。

 早いところ、屋内に移動した方がよさそうだ。

 でないと、見なくていいものまで見てしまいそうな気がする。


「じゃあ、とりあえずショッピングモールに行こうか」

「そこに行って何をするのですか」

「何って……セラの買い物だよ。今日はそういう約束だろ? それとも、あそこじゃ揃わないものが必要なのか?」


「……ああ、そういえばそのような口実であなたを連れ出したのでした」

「はあ? どういうことだよ、それ」

「特に入り用なものはありません。今日はただ、エミヤシロウ、あなたとの逢瀬を楽しみに来たのです」

「…………………………え?」


 おかしい。何かがおかしい。

 俺の知っているセラは俺にこんなに甘々じゃないし、遠回しに陥れるような真似をしたりなんかしない。

 やるなら徹底的に、正面から破滅させにかかるから。

 一体何が目的なんだ……?


「……何をそこまで警戒しているのです」

「だって、セラ、お前自分が何を口走ったのか分かってるのか?」

「当然です。このような言い回しをすれば、ウブなお子ちゃまならば取り乱すに違いないと分かって私は言ったのです」


 ふふん、としてやったりな顔をするセラ。


「敵を知り、己を知れば即ち百戦危うからずという故事があるそうですね。此度の逢引は概ねそのような目的に基いてのことです。決してあなたの期待するようなものではありません」

「……いや、特に何も期待してはいなかったけど」


 だって、セラだし。


「……面と向かってそう言われると、いささか頭に来ますね」

「おあいこだろ」

「くっ……! やはりあなたとは相容れないようですね、エミヤシロウ!」

「そっちからいつも突っかかってくるくせによく言うよ」

「む……私が悪いと言うのですか」

「他に誰が悪いって言うんだ?」

「…………い、行きますよ。まずはミトリです。庶民の家具というものに、前々から興味がありました」

「はいはい、こちらでございますよお姫様」

「だ、誰が姫ですか、誰が!」


 ぷんすかしているセラの手を引いて、人波の行き着く地点・ショッピングモールへ向かう。

 さて、今日はどんな一日になることやら。


 
 つづく


これで今日の分の投下は終了です
少しづつでもあまり間を空けずに投下しようと思います
では読了いただきありがとうございました

こんばんは
短めですが今日の分の投下にやって参りました
次レスから投下始めます



「ふ。日本ではこんな端材を組み合わせた玩具を椅子と呼んでいるのですか? しかも、これが年端もいかない未就学児童用とは。こんなものを使っていては、学べるものも学べません。日本の幼児教育はずいぶんと遅れているようですね」

「ごらんなさいエミヤシロウ。この野暮な造作のデスクを。せっかくよい黒檀を素材にしているというのに、何もかもが台無しです。リズが作っても、もう少し見栄えのするものが出来上がるでしょうに」

「まあ、なんて粗悪な綿を使った布団なのでしょう。このような劣悪な代物、犬に与えるのも惜しいというものです。もっとも、この価格で私の眼鏡に適うモノを作れという方が酷な話なのですが」


 椅子をけなしたり、机をこき下ろしたり、布団を揶揄したり。

 日頃六桁以下の家具を目にする機会があまりないのか、大衆向けの安価な家具に思うさまケチをつけまくるセラ。

 そりゃン十万のマホガニーだかのデザインデスクに比べれば、何だって粗悪品にしか見えないだろうけど。



「セラ。値段とか材質とか、そういうカタログスペックだけに囚われた見方はよくないぞ。家具っていうのは、使う人がどれくらい満足できるかが全てなんだから」

「つまり、一度この手のものの使い心地を体験してみるべきだとおっしゃるのですね、エミヤシロウ」

「そうだ。セラだって、口もつけてない料理をまずそうだまずそうだって文句言われたら頭にくるだろ?」

「私は誇り高きアインツベルンのハウスメイド。お世話した方々のご不満は、全て私どもの不手際が原因です。そのようなことで目くじらを立てるようなことはありません」

「……イリヤ、うちの夕飯食べに来てこぼしてるぞ。もっとジャンクな味も欲しいって」

「わ……私はお嬢様の健康のために最善を尽くしているまでです。例えお嬢様のご理解を得られなくとも、私は一向に……」

「腕によりをかけた高級料理もいいけど、たまにはファストフードが食べたくなるときもあるだろ? セラがイリヤのためを思うなら、イリヤがより満足できるお世話ができないといけないんじゃないのか?」

「む……いいでしょう。あなたの口車に乗って差し上げますから、しばらく後ろを向いていなさい」


「あ。カバーがあるからブーツは脱がなくていいぞ」

「……そのくらい分かっています。あなたに言われるまでもありません」


 いや、今明らかに縁に手がかかってたような。

 ベッドの端からずりずりとお尻で後退りし、こてんと枕に頭を乗せるセラ。

 しっかりと裾を抑えてはいるものの、やはりあの丈と姿勢では少々心許ない。

 さりげなく側面に移動し、あらぬ疑いを掛けられることを未然に防止する。


「どうだ? 感想の方は」

「……ふん。及第点といったところです」

「あ、その枕、低反発って奴だろ? すごく柔らかいから、頭の重さを分散して、快眠のサポートになるとかなんとかっていう」

「言われてみれば、面妖な感触ですね。ウレタンの類でしょうか……な、何を笑っているのです、エミヤシロウ!」

「悪い悪い、枕に顔をぐりぐり埋めてるセラが面白くってさ。そんなに気持ち良かったのか?」

「物珍しかっただけです! ふん、このようなもの、お嬢様がお使いになっているものに比べれば、路傍の石にも劣るというものです!」


 仇敵に無防備な姿を晒してしまったのが恥ずかしいのか、ぷりぷりしながら身体を起こし、ベッドから降りるセラ。

 しかしその割には、「こ、これがたったの2000円で購入できるのですか……?」などと、ぶつぶつ呟いている。


「それ、買うのか?」

「……お嬢様は言うに及ばず、私の肌にも合いませんが、リズならば気に入るのではないかと思いまいて。一つくらいなら試しに買ってみても良いのではないかと。決して私用に買ったわけではありませんから、そこのところ肝に銘じておくのですよ、エミヤシロウ」

「はいはい、分かってる分かってる」

「き、聞いているのですかあなたは!」


 セラの小脇に抱えられた低反発枕を受け取って、買い物カゴの中へ。

 高級家具揃いのお城では肩身の狭い思いをするかもしれないが、セラならばちゃんと大事にしてくれるだろう。


「そろそろお昼にしよう。セラは何が食べたいんだ?」 

「特に何も。私はマナから直接動力を生成することができるので、空腹感を覚えるということはありません」



「む……」

「ただ、食事をとれないというわけではありませんから、あなたの昼食の相伴に預かることは可能です」

「……それ、遠回しに奢れって言ってるのか?」

「逢引に誘った女の昼食代くらい、ポンと出してみせるのが男の甲斐性というものです」


 らしくない台詞を言った後、珍しく微笑みを浮かべるセラ。

 ……参った。こんな顔をされては、奢らないわけにはいかなくなってしまう。


「確か、3階のフードフロアに美味しい麻婆豆腐が評判の中華料理屋が出来たって遠坂から聞いたんだ。そこに行ってみようか」

「はい。期待していますよ、エミヤシロウ」

「別に俺が作るわけじゃないんだけどな……」


 昼食時になり、さらに混み合い出す店内。

 ごくごく自然に、俺はセラの手を引いてエレベーターへと向かっていた。



 つづく

これで今回の投下は終了です
読了いただきありがとうございました

長いこと放置していて申し訳ございません
夏休みに入ったので、新学期までには完結させます

 お待たせしました。
 次レスから投下を開始します。

 呼称について訂正があります。
 >>198セラ→リズはリズではなくリーゼリットでした


「――――お待ちなさい。まさか、このような粗野な料理のために一時間も待たなければならないというのですか?」

「仕方ないだろ? ここ、結構有名なところなんだから。麻婆豆腐がすごく美味しいらしいぞ」


 エレベーターを登った先のフードフロアは、雲霞のごとき人波でごった返していた。

 予約表まで辿り着くのにも苦労する有り様で、いざ名前を記入しようとペンをとると、名簿には5,6人ほどの先約が入っていた。

 その旨をセラに伝えたところ、柳眉をきっと逆立てて怒りだしたのである。


「味の問題ではありません。このような大衆向け食堂で、順番待ちをすること自体が我慢ならないのです。空腹を満たすためだけならば、ここでなければ死ぬというわけでもなし、他に空いているところを探せばいいではありませんか。まったく、理解に苦しみます」 

「うーん……それは俺もそう思うけど、蕎麦屋もイタリアンもファミレスもいっぱいだし、ここ以外ってなったらそれこそ外に出ないといけなくなるぞ?」

「構いません。その程度の移動は苦ではありませんから」


「苦とか苦じゃないとかって話でもないんだけどな……そうだ、あのタコライスっていうのはどうだ? イリヤ好みのジャンクな味の良さが分かるかもしれないぞ」

「タコライス……? タコスのローカライズ品なのですか、それは」

「ああ。ライスの上に刻んだレタスとチーズ、炒めた牛ミンチとトマトを載せて食べるんだ。あそこにあるのが本土(こっち)の一号店らしいから、知らないのも無理ないかもしれないな」


 タコライス。
 
 メキシコ料理のタコスを、円高で外食を控えるようになった米兵向けに低コスト・高パフォーマンスで提供するべく、具を包んでいたタコスをライスに変えて提供し始めたのが発祥である。

 色鮮やかな見た目から、初見だと食べるのに戸惑いを覚える人も多いが、いざ口にしてみると、ザ・アメリカンな大味っぷりが癖になり、足繁く通うようになることも多いとか。

 ちなみに、お好みでチリソースをかけることができるのだが、分量を間違えると大変なことになるので、よほど辛いものが好きだというわけでもなければ、注意が必要である。



 最近遠坂がハマっていたので家で作ってみたところ、


 ――――名称で警戒してしまいましたが、何故でしょう。味わいはまったく異なるというのに、どこか懐かしい。……雑なところでしょうか。

 ――――えっと、すごく美味しいんですけど、カロリーとかすごそうですね、これ。あはは……また太っちゃいます……。

 ――――桜。私が半分食べてあげますから、器をこちらに。……どうして遠ざけるのですか。

 ――――うん、美味しいわ、シロウ。たまにはこういう健康とかカロリーとか、一切考えてない料理もいいわね。

 ――――コストパフォーマンスに優れた良い料理ですね、士郎君。野菜も摂取できるというのが素晴らしい。

 ――――士郎さん。この家のチリソースはここにある分で全てですか? ……なるほど、残念です。

 ――――タコライス? それなら前からうちでもよく食べてたわよ。ほら、蛸飯(タコライス)。


 と、概ね好評だったので、今では我が家の定番料理となっている。

 食材の無駄が出にくく、後始末も楽なので、作る側としても美味しい料理なのだ。

 いつの間にか、冷蔵庫にドス赤いソースの入ったボトルが所狭しとつめ込まれていたので、購入者の方に丁重に引き取っていただいたのも記憶に新しい。


「で、どうする? 中華にするか、タコライスにするか」

「……どちらも却下です」

「なんでさっ!?」 

「あのような下品な盛りつけのモノを私に食せというのですか貴方は! あり得ません、あんなものは豚の餌ですっ!」

「ぶ、豚の餌って……」


 盛りつけが豪快なのは否定しないが、それにしてもずいぶんな言いようである。

 ぷいっとそっぽを向いたまま、ベンチから動こうとしないセラ。

 あれやこれやとなだめすかしてみるものの、一向に素直になってくれる気配がない。

 預かった猫のご機嫌をとる気分とは、多分こういうものなのだろう。


「とにかく却下です、却下。やはりここは、私が事前に目星をつけておいた喫茶店で」

「待ってくれ。コーヒー一杯でお札が飛んでいくような店、とてもじゃないけど俺なんかが敷居をまたいでいい場所じゃない……!」

「おや。先ほど、逢い引に誘った女の昼食代くらい出せないでどうすると胸を張っておられましたが、あれはただの虚勢だったということですか?」

「いや、ファミレスくらいなら俺だって気前よくおごってやれるけど、何事も限度ってもんがあってだな……ていうか、そもそも誘ってきたのはセラの方なんだから、その論法を振りかざすのはおかしくないか!?」



「なっ……! 今更言い訳ですかエミヤシロウ! 見苦しいにも程があります。男子たるもの、淑女との約束ならば、例えその命に代えてでも守り通してみせるのが筋でしょう」

「そういう感じに持っていかれると、俺としても反論できなくて困るんだが……」


 凛と言い放たれ、思わず口ごもる。

 明らかに理不尽なことを言われている気がするが、しかしたかだか二千円か三千円のことで口論をするのも馬鹿馬鹿しい話だ。

 ここは一つ、涙を呑んでセラのわがままを受け入れよう。


「……で、その喫茶店とやらはどこにあるんだ?」

「徒歩5分ほどです。何でも、美味な和菓子と緑茶を出すお店だとか」

「それ、喫茶店っていうより茶店だな。何て名前なんだ?」

「確か、キタムラ茶屋、でした」


 キタムラ茶屋。

 喜多邑茶屋。

 ……はて、いつぞやに聞いたような名前だったような。

 しかし、いくら頭をひねってもピンとこない。

 思いだせ衛宮士郎。この情報は間違いなく、今後の趨勢を左右することになる……ような気がする。

 まあ、思い出せないということはさほど重要なことではないということ。

 あまり深く考えず、セラを連れ立ってモールを出た。



 ――――――――


 喜多邑茶屋


 モールから歩くこと5分。

 古式ゆかしき日本茶屋風の店構えに感心しているセラには気づかないふり。

 見事な藍染めの暖簾をくぐった先には、

「いらっしゃいませ……って、何だ衛宮か。作り笑いなんかして損しちゃった、よ――――?」

 顔を見るなり店員の仮面を脱ぎ捨て、いつもの横柄な口調に戻った途端に固まった慎二。

 視線の先におわすは、もちろん超一級ドイツ美人のセラである。


「…………? エミヤシロウ、入らないのですか」

「……ちょっと、タンマ」


 ……完全に忘れていた。

 そう、この喜多邑茶屋は、かの稀代の色男、間桐慎二のバイト先だったのである……!
 

 つづく


これにて今回の投下は終了です
麻婆絡みで神父も出したかったのですが、あいにくホロウ時空だからといって死人を出すわけにはいかず、泣く泣く断念しました
タコライスについてですが、GOにて冬木市は九州にあるっぽい演出があったので、沖縄から逆輸入(?)されて割りと冬木市に浸透していると思ってください
では読了いただきありがとうございました

大変申し訳ないのですが、構想自体はあるものの当分完結までの目処が立たない状態なので、完結まで書ききってから建て直します
いつになるかは分かりませんが、そのときにまたお読みいただければ幸いです
長らくお付き合いいただき、本当にありがとうございました

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