キョン「ソフィ、明日の予定を教えてくれ」ソフィ「え?」 (52)

ハルヒとTOGのクロス
この物語では、アドリビトムをTOG、ハルヒキャラが営んでいる事になっています。



ギルドの多くは国に属し、その国のルールに基づいて運営されている。
その影響からか他国からの依頼を受ける事は少なく、本当に必要としている小国はギルドを抱えられぬまま。
これでは本当の意味で民を救う事は出来ない。
とある二つの大国を治める若き王。

リチャードと涼宮ハルヒ。

彼らが中心となり、一つの国に属する事の無いギルドを立ち上げる事となった。
それこそが自由ギルド、アドリビトム。
驚異的なカリスマ性を兼ね備えた二人の声は鋭く響き、ギルドの評判は上々。
ギルドメンバーの数こそ多くは無いが、二人が心より信頼している者ばかり。
リーダー役は指揮者の異名を持つ人物が請け負い、細やかな配慮が行き届いている。
彼の手腕によるものか、メンバーの頑張りか。
理由は何であれ、ギルドへは今日も多くの依頼が寄せられて来る。



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当初は本人達が直々に動こうとしたが、それは流石に止めてくれと側近達より止められた。
それでも月一度の報告会が行われ、二人の王はギルドへと足を運んでいる。
その際にさり気なく幾つかの依頼書が紛失するという不可解な事件が発生していた。
その直後に謎のマスク男や妙に王に似た男の姿も確認されているが。
きっと無関係なのだろう。

アドリビトムへと寄せられる依頼はとても幅広い。
簡単な採掘や採取もあれば、その他には献立の買い出し手伝い等々。
とある貴族の極秘依頼やら魔物退治。
最初こそ一体なんぞ?と思った物も中にはある程。
それらも話を聞けば依頼主が怪我をして買い物すらも満足に出来ない物や、一人暮らしの年寄りからの依頼であったり。
それは確かに死活問題だと判断され、現在ではメンバーが定期的に食品や薬を届けている。
ギルドのメンバーには医療に長けた者もおり、薬の正しい使い方や包帯の交換も行っていた。
中には医療に関係する最年少記録を塗り替えた人物まで所属している。
誰かの手助けが少しでも出来ればと懸命に動き回るメンバーの姿。
その中でも人一倍張り切っているのは最近メンバー入りしたばかりの少女、朝比奈みくる。
どんな時でも笑顔を忘れぬ彼女に励まされた者は多く、新人ながらも指定依頼は多い。
普段より好んで着ている服のフォルムと相成って、まるで天使のようだとも呼ばれている。
本人にその名が知られれば恥ずかしさから奥に引っ込みかねない。
故にか、依頼人達はその名を直接彼女に伝える事は無かった。
それでも、人の口に戸は立てられぬ物で。

「すみません、このギルドの俊足の天使様はいらっしゃいますか?」

キョン「・・・はい?」

ギルドへと飛び込んで来た人物の第一声。
その一言を受け、キョンは少々間抜けな声を上げてしまった。

長門「それ・・・私」

偶然聞いてしまった名前に少し頬を赤らめ、無口な少女、長門有希は照れ隠しからか普段以上に饒舌になっている。
両手を無意味に振ったり、幼馴染みであるキョンの肩を小突いたりと動作が忙しない。
付き合いが長い彼は叩かれても止めないが、その表情は複雑。

キョン「長門が・・・天使、ねぇ」

色々と言いたい事があるのだろう。
歯の間に何かが挟まったかのような、何ともスッキリしない物言い。
それは照れて舞い上がっている彼女の機嫌を損ねるには充分過ぎる。

長門「・・・何か文句でも・・・?」

別に長門がそう自称した訳では無いのだから、此処で何か言い分があっても名前が消える訳でも無い。
このような名前は珍しい物でも無く、有名なギルドに所属している者の大体は二つ名を頂戴している。
最も、その名前のセンスはかなりのばらつきがあるが。
呟かれたキョンの言葉に引っ掛かる物を長門は感じ、傍らの相手の一挙一動を見逃すまいと睨み付ける。

キョン「いや、別に」

素っ気ない答えに長門は頬を膨らませ、少し派手に肩を揺らす。
長所も短所も知り尽くした相手だからこそ、相手の想像以上の破壊力を宿す物なのだ。
気心が通じる間柄とは何とも単純でありつつも複雑。

長門「あなただって、依頼人から『疾風の聖母』と言われている」

キョン「ちょっと待て、せ、聖母って何だよ」

むくれた相手よりもたらされた情報にキョンは分かり易い程の動揺を示す。

それもそうだ。
キョンは少々女々しいと親しい者に言われた事こそあれど、その呼び名を聞き流す事は出来ない。
疾風はその素早き身のこなしより納得は可能だが・・・後半の単語は一体何事なのか。
何故性別が違う?
焦るキョンへ、依頼書の整理を片手間で進めていた古泉一樹も口を開く。

古泉「あ、それは僕も聞きました。いやぁ、あの時は涼宮さんも同意してくれまして、かなりツボに嵌りましたよ」
 
みくる「私も、聞きましたぁ~」

書類をファイルにまとめる朝比奈みくるすらも強く頷き、更にキョンの焦りは強い物へと変わっていく。

キョン「なっ・・・お前らまで・・・?どうして皆訂正してくれなかったんだよ!」
 
古泉一樹は確実に面白さを優先したのだろうが、涼宮ハルヒは基本的に真面目だ。
己が違うと判断した物には全力で立ち向かっていく。
他者がどれだけこうなのだと教えても、彼女自身が頷かなければけして納得しないのに。
何故同意してしまったのか。
睨みつけて問い掛けるも、ハルヒはキョン手製の丼を食している最中。
名を呼ばれた事で始めて顔を上げ、口の中の物を処理してから大きく頷いて見せる。

ハルヒ「あんたにはお似合いの呼び名よキョン」

キョン「はぁ・・・やれやれ」

一体己は自分の中でどのような認識なのか。
キョンは頭を抱えてしまう。

小声で盛り上がるギルドメンバー達。
彼らを横目に、キョンは目の前の依頼人を見つめる。
キッチリとしたスーツは彼にとても似合っており、自称した役職にピッタリと言うべきか。
されど、その挙動には少しばかり引っ掛かる物を感じる。
見えたのは刹那の色。
他者はその色には気付いておらず
キョンだけがその違和感に眉をひそめていた。
それでも相手に気付かせるような失態を晒すような真似はしない。
誰が相手であろうと対応は常に丁寧で完璧に、それがキョンのモットーでもある。

キョン「それで・・・ファルシュさん、でしたっけ? 依頼というのは・・・?」

発言を促せば、ファルシュは小さく咳払いをして喉の調子を整える。
駆け込んで来た際にズレたままになっていた眼鏡の位置を直し、話し始めた。

ファルシュ「先程は失礼いたしました。私はアイゼン家に仕える執事、ファルシュと申します。依頼というのは・・・我が主を狙う強盗より守って頂きたいのです」
 
先程は息も絶え絶えに告げられた情報。
発せられた依頼内容にその場の全員の表情が引き締まった。
強盗、それは穏やかでは無い。
近頃の強盗は過激派が多く、彼らの希望通りの金額に達していなければ命の危険にまで陥るケースが多かった。
良くて誘拐、悪くて殺害。
どちらにしろ無事では済まされない。

今まで談笑していた他のメンバーも、その単語を耳にして目つきが一瞬にして変わる。
ハルヒだけは手にしている丼と箸を離そうとしない為、少々真面目から遠いが
宿す眼差しの鋭さは他の追随を許さない。

キョン「・・・強盗、か」

キョンは考え込む。思案すべきは様々な事柄について。
 
ファルシュ「まだ狙われていると決まった訳ではありませんが、可能性はあります」
 

ファルシュの仕えるアイゼン家は、先日当主が変わったばかり。
直接の関わり合いは無いが、キョンの耳にもその辺りの話は入っていた。
当主が替わった際は様々な所に顔を出し、その名と顔を覚えて貰う必要がある。
無礼を承知で表現するならば、その時期はどうしたって半人前だ。
故に現在は屋敷での仕事よりも、出掛ける時間の方が中心。
どうしたって敵に狙われる確率が格段に高まってしまう頃でもある。

明日の行き先である場所には大きな森を通る必要がある。
それも往復。

古泉「しかしながら、この森は二ヶ月程前よりロイバーなる盗賊団が潜んでいるという噂があります」

ハルヒ「だったら、別ルートで行けば良いのよ」

ハルヒの言葉は尤もだ。
時間こそかかってしまうがこの場において優先すべき物は安全。
一体何が問題となっているのか。
会話に割り込んで来た相手に少々眉をひそめつつも、ファルシュはその案を却下してしまう。

ファルシュ「ですが、先代もその前の当主様も……代々通って来た道らしいのです」

何時の時代でも地位の高い人間には守らねばならない様々な決まり事が存在する。
一つ一つの意味合いが大きく、けして疎かには出来ない。
中でもアイゼン家は定められた日にその道を決められた馬車で通る事が習わしとの事。
そして森を抜けた先にある教会から、定められた宝石を持ち帰らねばならない。
持ち帰られた宝石は指輪へと加工され、それが正式な当主の証となるのだ。

ハルヒ「じゃあ、護衛って事でいいのかしら?」

ファルシュ「いいえ……今回は代理としてその馬車に乗って頂きたいのです」

告げられた依頼内容は替え玉。
それを聞いたみくるが大きな声を更に張り上げ、驚く。

みくる「えぇえー!?それってどういうことですかぁ~?」

古泉「あの、決められた日というのは……明日じゃ無いんですか?」

疑問を紡ぐ二つの口にファルシュは自分の説明が言葉不足であった事に気付いた。

ファルシュ「確かに定められた日は明日ですが、現当主様はまだ幼い御方。今までの歴史でも体調不良や年齢を理由に代役は認められてきました」
 
疎かには出来ないと定めつつも、意外と決まり事はゆるいようだ。
この場合譲れないのは馬車がその道を往復する事。
その中に乗車している人間は絶対条件に含まれていない様子。
少々複雑な事情を抱いているが、この場に居る者の多くは一般人でしか無い。
一体何が大事で、何が省ける物なのか。
その判断がちっとも出来ない。

キョン「あの……ファルシュさんって、執事になってから、まだ日が浅いんですか?」

ポツリと呟くような問い掛けに、眼鏡越しの瞳に強い警戒心が宿る。
ただの執事と名乗るには、あまりにも濃すぎる感情。
見えた色を何と表現するべきかをメンバーが掴む前に、それは消えてしまう。

ファルシュ「えっ……ど、どうしてですか?」

キョン「いえ、さっきから『らしい』って言葉が多いんで、そうなのかなぁと・・・あ、気を悪くさせてしまったのでしたらすみません」
 
驚く相手にキョンは深々と頭を下げる。

ファルシュ「……いいえ、本当の事ですから。仰る通り、私は執事として働き始めてからまだ日が浅いんです。先代の旦那様に拾われ、こうして見習いからではありますが執事として雇って下さったのです。ですから現当主様をお守りする事が、私の使命なのです!」
 
力強く語る様子は女性陣の心を掴んだ。
口々に『凄い』と賞賛の言葉が放たれている。
長門は食事を呑み込むのが忙しいようで、直接そのような言葉を発してはない。

キョン・古泉「「……」」

対照的に、男性陣からそれらの言葉が出る事は無かった。

キョン「……古泉……」

古泉「えぇ……心得ております」

キョンと古泉は互いに目配せをし、最低限の会話で相談を終える。

ファルシュの持って来ていた主の普段着を身に纏ったのは、最初に指名されたキョンであった。
理由として当主の雰囲気に最も近いとの事。
渡された服は実にシンプルな男性物で、これだけならば何の問題も無い。
現状で最も気になっているのは。

キョン「そ……それにしては、妙にサイズが……」

そう、サイズだ。

全くキョンの身体に合っていない。
下に普段着を身につけていても服の中で溺れてしまう。

ファルシュ「当主様は早く大人になるのだと申しておりまして……靴以外の物はかなり大きめに作っておられるのです」
 
キョン「それにしたってこれは大きすぎだろ……」

これで靴までもサイズが合っていないのであれば逆に成長の妨げとなる。
加えてかなり動きが制限されてしまう。

ハルヒ「へぇ~……流石高級品ね」

服の中で泳ぐような形になっているキョンを救出しようと、ハルヒが軽く袖を摘まむ。
実際に身に付けているキョンも肌触りで分かる程。
これを直接着れば、その滑らかさがくすぐったくて動けなくなりそうだ。

ファルシュ「馬車と御者は所定の時間にこちらに向かうようにと伝えておきます」

詳細の打ち合わせはハルヒが聞く。
本来であれば直接キョンが聞くべきなのだが、他にやるべき事が出来てしまった。

ハルヒ「それじゃあこちらからもう一人見張り役を選んでおくわ」

身辺警護を担当する者は全員で四人。
本来であればその全員が行動を共にする。
しかしその全員をこちらに回してしまっては本物の方が手薄となってしまう。
別口の人間が隙を狙っていた場合を考え、一部はギルド側から出す事となった。
最も、こちらも可能な限り元々の護衛と体格が近い人間をと言われている。
小柄で常に行動を共にしている訳では無いが、微妙に離れた空間から見守る立場の人間。
外側からの危険を知らせる役割を持ち、最初の盾であり刃でもある。
その人物も主同様に大きめの服を身につけているが、こちらは敵の油断を誘う為なのだとか。
少々地味めなコートで、キョン程動きは拘束されない。
何故こうも揃いも揃って巨大な服なのだろう。
もっと頭をヒネり、別の方面で工夫して欲しかった。

それも駄目ならばせめて共に馬車で行動をする護衛を入れ替えて……
キョンの願いも定められてしまった今では虚しいばかり。

ファルシュ「はい、それでは……よろしくお願いいたします」

深々と頭を下げ、執事はハルヒと打ち合わせをしに別室へ。
常ならばその場で開始する打ち合わせを態々別室に移動して貰ったのは、この後の騒動が分かっていたから。

さて、選んでおくと言いはしたが誰を指名すべきか。

体格的な問題でマリクは除外、彼では普通にピッタリになってしまう。
みくるは身長や体力的な問題で駄目だ、確実に馬車から置いてけぼりにされる。
残りの者達は皆細身で、条件を満たしているが……馬車に乗り込まずにずっと追い掛けられる体力や脚力が必要。
ハルヒや長門、古泉ならば概ね条件を満たしているのだが、別の依頼で朝より出る事が決まっている。
こちらも盗賊関係で、貴族からの依頼だ。
どうにも重要な家宝が盗まれてしまったとかで、早急な対応を望まれている。
明日の朝早くよりそちらに向かう為、今回の手伝いは望めない。
パスカルならば何かしらの発明品を使用し、追い掛けて来るかもしれないが……
彼女はシェリアが怒りで我を忘れてしまう程に風呂へ入らない。
残念な位に入ってくれない、強引に首根っこを捕まえて連行しなければ入ってくれないのだ。
借り物である服を着せるには少々躊躇してしまう。

急遽入った依頼であるが故に、さてどうしたものかとキョンは頭を悩ませていた。
このままでは寝床に入ってからもどうすべきかと夜中まで輾転反側しなければならないかもしれない。

キョン「つーか、何なんだよこの服……」

デザインはシンプルで、サイズさえ合えば特に拒否感は無いのだが。
何だ、このサイズは。
言い分は聞いた、理由もしっかりと。
それでも理解と納得が出来るかは別問題だ。

みくる「すごく良い布を使ってますねぇ~」

故意にずれている朝比奈さんの見当外れな感想に突っ込んでいる暇や余裕も無い。
中に服を着ていても余る、肩は全然合っていないしズボンはベルトをしているのにずれていくような感覚がある。
一体この服の持ち主はどのようにして着ているのか、是非とも見たい。

キョン「動きづれえ……」

当然ながら窮屈なのも嫌だが、だからといってこれだけ空間があって嬉しい訳が無く。
キョンは感情のままに四肢を動かす。
その度に上下する袖や裾が更に苛立ちを誘う。
感情がそのまま思考を通す事も無いまま、唇を割って出る。
それ程までに動きを拘束するのだ。

其処へ、丁度良く依頼から帰還した仲間が戻って来る。

ソフィ「ただいま、皆」


愛らしい笑顔を浮かべ、ソフィが帰って来た。
その手には納品すべき品が入っていると思われる袋が握られている。

みくる「おかえりなさい、アスベルさんはどうしました?」

ソフィ「アスベルはリチャードに用事だって、後で一緒に来るよ」

みくるの質問に答える少女の姿を見つめ、キョンは……弾けた。

キョン「ソフィ、明日の予定を教えてくれ」

小柄ではあるが、これだけ大きな服を身につけても馬車を追えるだけの体力と脚力を兼ね備えた人物。
もう残っているのは彼女だけだ。

ソフィ「?」

見慣れない服に埋もれてしまっているキョンの姿を見つけ、ソフィは小さく首を傾げる。
それは一体どんな遊びなの?と言いたげな瞳は正に純真無垢。

午前中に御者と身辺警護の人間はギルドへとやって来た。
全員が男であり、サイズの大きな服を着ても全く問題が無い程に体格の良い者ばかり。
もしかしたら本日此処に居ない者達は彼らを見、大きな服を着ているのだろうか。
早く彼らのような体格になれるようにと。
何度考えても、やはり納得は出来ないが。
直接顔を出していてはバレてしまう為、変装の衣装に新しく帽子も追加された。
これを被っていれば余程接近されなければ替え玉とは分からないだろう。
慌てて用意した為、少々品質に差が出来てしまっているが。
此処ばかりは仕方が無いと諦めた。

キョン「本日は、よろしくお願い致します」

古泉よりそれなりに礼儀作法は聞いているが、所詮は付け焼き刃。
絶対にしてはならない事は何か、言ってはいけない事は何か。
それをさらりと聞く程度で止めた。
替え玉と言っても別に社交界へ行く訳では無い。
彼らとてこちらが庶民である事は知っているだろうし、余程の無礼をしない限りは平気だろう。
……平気であると、思いたい。

「はい、よろしくお願い致します」

流石本家というべきか、挨拶一つも堂々としている。
二人がただの少年と少女であったならばその体格差に息を呑んでいたかもしれない。
枯れ枝と樹齢何百年の幹が如き差だ。
鍛え抜かれた腕は下手をすればソフィの身体が隠れてしまいかねない。
これだけの身の丈の差を常々見ていれば、確かに幼い者は憧れるだろう。
それでもその拳より放たれるであろう一撃がソフィよりも強いイメージは上手く出来ないが。

ソフィ「お願いします」

ソフィも相手に向かって一揖する。
サングラスによって彼らの目を直接見る事は出来ないが、こちらを値踏みするような不快な感覚は無い。
必要以上に感情を晒け出さない部分は古泉の拘りに近い物を感じた。
渡されていた中折れ帽を深々と被り、ソフィも変装が完了。
二つ結いの髪が邪魔にならないように可能な限り、中へと押し込む。
髪の量が多い為、頭頂部の中央が少しばかり盛り上がってしまう。
正体がバレてしまわぬよう、キョンも急遽用意したキャップ帽で顔を隠す。

「では、早速行きましょう」

キョン「は、はい」

背を押されて移動を促され、二人はギルドから出発する。
目指す森はそう遠くは無いが無駄にして良い時間もそう多くは無い。
顔合わせを終えたならば、すぐに行動すべきだろう。
急かす男達に背を押されつつ、二人は手を振りながら扉へと向かう。

キョン・ソフィ「「行ってきます」」

古泉「はい、気を付けて下さいね」

二人の言葉に古泉は常と同じように、気付かれぬように笑顔で見送る。
なかなかの演技力を披露した結果、彼らは特に疑う事もせずに出て行った。

ハルヒ「……それで、どうだった?」

彼らの認識では既に出掛けている筈のハルヒが顔を出す。
完全に気配を消していた彼女の出現にも古泉は驚かず、懐より数枚の書類を取り出した。
用紙にビッシリと書かれた文字は特殊な暗号文章が用いられ、特定の読み方をしない限り正しい情報を得る事は出来ない。
何も知らぬ者が目を通せば、ただの恋文にしか読めないだろう。

古泉「えぇ……リチャードにも協力を願ったのが良かったようですね」

手元の資料を見つめ、ハルヒの視線は鋭さを増すばかり。
古泉も笑みを浮かべてはいるものの、彼本来の笑顔を知っていればそれが上辺だけの物である事に気付いてしまう。

ハルヒ「って事は……」

古泉「ビンゴ、という奴です」

追随する気配を感じたのは、森に入ってから。
馬車の中でその事に気付いているのはキョンのみ。
最初こそソフィかとも思ったのだが、どうも違う。
彼女からこんな殺気を感じる筈が無い。

キョン「……」

「そんなに緊張されては疲れてしまいますよ」

護衛の男がキョンを気遣って話しかけてくれるも、それに従う訳にはいかないのだ。
キョンもそれなりに戦う事が出来るが、ギルドメンバーのようなエキスパートとは言えない。
拳の一撃はハルヒやソフィ程重くは無い。
術とて長門や古泉のような鋭さは宿らない。
回復とてみくるやシェリアのような効果は無く、戦闘経験とて同様だ。
一瞬の隙は命を散らすには充分すぎる。
万全の緊張感を保っていなければ。

キョン「……この馬車、防御面はどうなってます?」

突然銃でやられてしまう可能性は?
一撃位は耐えられるのか、それともそれすらも無理なのか?
疑問と不安は山のように積み重なり、ようやく発せられたキョンの声も震えている。
向かいに座っていた男はその姿に物怪顔。
そうされるであろう事は予測済みだが、実際にされてしまうとやはり落ち込みそうになる。

「……馬車の耐久性はそれなり、でも馬がやられたらまずい」

質問に応じたのは馬車を操る御者。
念の為、動きを封じない程度の鎧は身に纏っている。
それでも所詮は部分的、大半の部分は剥き出し状態だ。
狙われるとしたら其処になる。
キョンの様子に何かを察したのか、御者は自然と馬を急かし始めた。
そうなってしまえば必然的にソフィの負担が重くなるも、彼女の身体能力はずば抜けている。
きっと、きっと大丈夫だろうと心の中で謝罪を繰り返す。

用件自体はアッサリと片付ける事が出来た。
既に目的地の管理人へは代理の一件は伝わっており、特別苦労する事も無い。
これで良いのか?と疑問を抱いてしまう程、呆気なく受け渡しは終わった。
現在キョンの膝に乗せられているのが、件の品。
なのだが……

キョン「……本当に、これで良いのか?」

そんな不安が思わず胸を過ぎってしまう。
どう見てもただの石、灰色一色であり、どのような角度で見ても価値があるとは思えなかった。
偽物としてその辺に転がっている石を差し出されたとしても、気付けぬであろう程に何の変哲も無い。
もしかしたら磨けば宝石として輝くのかもしれないが。知識の無いキョンからすれば本当にただの石でしか無かった。
本当にこんな物に価値があるのか。
疑問ばかりが膨らむばかり。
それでも、依頼は依頼。
これを無事に屋敷まで持って帰れば、無事に仕事は完了となる。
ソフィには負担を掛けてしまっているが、これが終わったらカニ玉でも作ってやろう。
きっとシェリアや長門も賛成してくれる筈だ。

そんな事をキョンが考えていた矢先。
事態は急変した。

延々と緊張を保つ事は不慣れな人間にはどうにも出来ない。
自然と御者の緊張感は薄れ出し、馬車の速度は瞬く間に落ちていたようで。
その上目的の半分を無事に達成出来た事で、視野狭窄に陥っていた可能性も無かったとは言えない。

馬の嘶き、突然の重力変化。
それがそうなのだ、と認識する頃には遅すぎた。

「やっほーい、そんな息せき切らして、どうしたのぉ?」

唐突過ぎる事態を把握出来ず、頭上に数多の疑問符を浮かび上がらせてしまう。
動揺するキョンへと声を掛けてきたのは、年若い乙女の声。
彼女の言葉を聞きながら、ようやく乗っていた馬車が横転しているのだと気付く。

キョン「痛ってえ……」

咄嗟に護衛の一人がキョンを庇ってくれたお陰で、怪我一つ無い。
少々腰を打ち付けてしまっただけだが、動く事に支障は無かった。
隠し持っている武器も問題は無いが……
されど庇った方は無事では済まなかった。
頭を強く打ってしまったのか、完全に意識を失っている。
多少の医学の心得はあるものの完璧とは言い難い。
補助は出来るが、主体で何かが出来る訳では無いのだから。
キョンは兎にも角にも転がっている場合では無いと馬車より抜け出した。
まだ周囲は木々に囲まれており、森からは抜け出していない。
被っていたキャップ帽の深さを調整しながら、キョンは視線を移動させる。
ソレと同時に、首筋に感じるのは嫌な感覚。
冷たく、鋭い何かが其処には当てられていた。
体勢を整えようとした矢先。
完全に背後を取られてしまっていた。

「ひゃは」

耳朶を舐めるような、そんな感覚。
全身が一度だけ、大きく跳ねる。

キョン「っ!」

小さな笑い声は間近で聞こえ、正体不明の存在がすぐ其処に居る事に気付く。
咄嗟に動こうとする身体を抑え付け、問う。

キョン「お前は誰だ?」

「はじめまして、こんにちは、ロイバーって盗賊知ってるぅ?」

ロイバー、それはこの森を根城にしているという盗賊団の名前。
知っている。この森に来る事になった原因だ、知らぬ筈が無い。
相手はもう一度小さく跳ねた肩の動きでこちらの答えを察したようだ。

「じゃあ、あたしの狙いが何か……もぉ分かってるよねぇ?」

首に当てられている何かが強引にキョンの顔を相手へと向けさせる。
形状からして相手の愛用品は鎌だ、其処より感じ取れる嫌な匂いは……血液か。
命を刈り取る死に神の匂い、己の為に他者を害する事を何とも思っていないモノの臭い。


酷く、不愉快だ。

一体どれだけの生き物を切れば、こんな臭いを宿らせる事が出来るのだろう。
キョンを見つめる相手は傷一つ無く、服もほぼ下着に近い。
剥き出しとなっている肌は健康的に焼けており、見惚れてしまう程に美しかった。
故に、強く感じる歪。
造形が整っている分だけ、内なる歪みを表面へとさらけ出す笑みはどうにもならない程の不安を他者へと与える。
ただ其処に居るだけで、其処に存在するだけで恐怖を刻む。
同じ言語で喋っている筈なのに、宿す意味が異なっているような感覚だ。

「あらら、もぉしかして、ちょーっとばかし痛い目を見た方が素直になれるかしらぁ」

「そうねそうね、それが良いかもしれないわね」
 
不意に別の方角からも女の声。

一体何処か、何者なのかは分からない。
それでも状況悪化に繋がっている事だけは間違い無かった。
この状況下だ。
楽観的に助けである、等と思える筈が無い。
囀るように、此方側を馬鹿にするような笑い声。
どうにもキョンの反応が気に入らなかったようで、女達はその背を足で押す。
身体が前へと強制的に傾けられるも、そのままの勢いで行く訳にはいかない。
キョンの首には鋭い刃物が当てられているのだ。
そのまま身体を前に向ければ、首だけが何処かに未来永劫お別れしてしまう。

キョン「くっ……!!」

反射的に圧力の掛かっている方へと身体を寄せようとするも、それ以上の力が背骨を押す。
堪えようと懸命に逆らうも、相手の方が何倍も力は強い。
今はまだ手加減しているのだろう、故に力は拮抗している。
それも、相手次第だが。

「あはははは、そのまま首ちゃんさよぉならしちゃうぅ?」

「しちゃうしちゃうぅ?」

やれやれ。それは是非とも遠慮したい提案だ。
慌てふためく姿が今度はお気に召したようで。
キョンの抵抗に女達の笑い声が森に響く。
このままでは彼女達が望み、思い描いた姿にされちまう。

キョン「くそっ」

どうする?一旦石を渡して体勢を整えるか?
それとも一か八かの反撃に出るか?
思案するも、成功率は五分五分と言った処。
キョンの得物は長剣であり、これだけ相手に近いと思うように振るえない。
その上数的な問題でも不安が残る。
師匠でもあるアスベルなら……と考えるも、キョンは彼では無いのだから無意味だ。
そんな事を考えている暇があるなら生き残る道を模索しねえと。
脳裏に過ぎた考えを咄嗟に追い出し、考えを捻り出そうとする。
直後。

「きゃ!?」

「いやぁん!」

キョンにばかり意識を持って行っていた女が、不意に鎌より手を放す。
凶器が重力に従って落下するのと、キョンが拳を相手の肩へと叩き付けるのはほぼ同時であった。
一体何が起きたのかは把握していない。
ただ相手に隙が出来たのを感じ取り、ほぼ反射的に動いただけ。
その場から飛び退き、武器をしっかりと構える。
ようやく視界に声だけしか確認出来ていなかったもう一人を見つけた。
身に付けている物は色違いで、デザインはほぼ同じ。
顔立ちも似ている事から、もしかしたら二人は姉妹なのかもしれない。
片や鎌、片や鞭とビジュアルは明らかに国では無く男を支配する女王様。

ソフィ「大丈夫?!」

キョン「……ソ、ソフィ……」

馬車より離れた場所に居た彼女の登場、キョンは安堵感からようやく大きく呼吸をする事が出来た。
小さな背だが、その存在感から来る安心感より心臓が大きく跳ねる。

キョン「すまん、ソフィ。助かった……」

「あらぁ……まだ護衛が居たのねぇ」

「よぉくもやってくれちゃったわねぇー」

落とした武器を装備し直し、女はソフィを睨み付けた。
化粧によって施された美しさを憎悪が覆い隠す。
喋り方はそのままであるが故に、不意に強まった感情は苛立ちが色濃く出ていた。

「……?」

先程のやりとりで多少ズレてしまった帽子の位置を直すソフィを見つめ、女は美しい眉の曲線を歪ませる。

「アンタ……女の子ぉ?」

どうやら帽子で出来る限り隠していた顔が見えてしまったらしい。
身体のラインを大きな服で隠す事が出来ても、顔を誤魔化す事は出来なかった。

キョン「バレちまったか」

此処で違うと否定する事も出来たが、自分達の仕事はあくまで『運搬』がメイン。
替え玉では無い。

ソフィ「……バレてしまっては仕方が無い」


微妙に長い沈黙の後、どうにも棒読みな台詞が可憐な唇より発せられる。
ソフィは勢い良く羽織っていたコートを脱ぎ、相手へと衣服を投げつけた。
当然そんな物に力は無く、相手の武器によって無残に切り裂かれてしまう。
出来た事と言えば、一時的に彼女らの視界を塞いだ程度か。
警戒する敵ではあるものの、ソフィは構わずやりたい事を進める。

ソフィ「そう、我らは自由ギルド、アドリビトムのメンバーなり」

びしぃ!っと華麗にポーズを決めるも、反応に困ってしまう。
肯定しているが、誰も指摘していない。
ただ相手の認識している性別と異なっていただけだ。

「「……」」

キョン「……ソフィ、それは誰に仕込まれたんだ?」

ソフィ「教官が、こんな時はこうしろって言ってたよ」

ポーズはそのままに、間違っていたのだろうかと首を傾げるソフィ。
見るからに自分のやっている事が分かっていない。

今回は長期依頼を請け負い、ギルドに居なかった男の良き笑顔が脳裏を掠めてしまう。
彼は基本的に真面目なのだが、気を抜くとこうした仕込みをソフィに施して行く。
真面目で天然な長門もその被害にはあっており、近頃ではギルドに戻って来たメンバーに向かって。

長門『おかえりなさい、お風呂にする?ご飯にする?それとも……?』
 
等というおかしな出迎え文句を仕込んでいた。
それも凄まじく露出の高い服装であった為、初心な面子は出入り口で倒れてしまう事態となったのだ。
偶然にもその際はハルヒが丁度来ており、彼女も真面目な顔で対応してしまっていた。

ハルヒ『では、生きの良い依頼の処理を頼むわ!』

長門『心得た』

扉の前に屍を製造しておきながら、当の本人達はそのまま討伐依頼に出発。
偶然ソレを目撃していたパスカル作、メカアスベル君に内蔵されていた録音機によって露見した出来事だった。


「ゆ、油断も隙もあったもんじゃ無いよぉ……」

「ふーん……そぉなんだぁ……ギルドの人間かぁ……」

「そっかぁー」

不機嫌な色はそのままに、女は鎌を手の中で揺らしながら笑う。
先程切り裂いたばかりの布を踏みつけつつ、そうかそうかと呟くばかり。
この隙にとキョンも服を脱ぎ捨て、戦闘準備を整える。
ようやく解放された身体を簡単に解し、薄れていた緊張感を己の中で強めた。
ソフィは己の言動によって空気がどう変化したのかをあまり分かっていないが、油断はしていない。

何時でも、動ける。

「ギルド……じゃあ、殺しちゃっても大丈夫だよね!!」

瞳を見開き、誰かに問うような言葉。
全く大丈夫では無いが、彼女自身は確実にこちらの返事など受け入れない。
己がそう判断したのだからそうするだけ。
無邪気と言えば聞こえは良いが、敵として対峙している此方からすれば自分勝手としか表現出来ない。
隣の意見も同じなのか、ニッコリと微笑んでいた。

「いっくよぉー!」

大きく足を広げ、相手も戦いの体勢へと入る。
まだ彼女達がどれだけの使い手であるのかは分からない。
ならば、こちらの選択は……速攻。
様子見などしている余裕は無い。

キョン「ソフィ!」

キョンは軽く回転し、遠心力を生む。
振り回す長剣の上にその小さな身体を乗せ、ソフィが大きく飛翔する。
身体がメンバー内でも小さな彼女だからこそ出来る荒技。
相手の視線を片方へと向けさせ、その隙にもう片方が突っ込む。

二人はどちらも素早さを活かす戦闘を得意としており、ソフィに至ってはその一撃で岩をも砕く。

ソフィ「穿光!」

キョン「瞬迅剣!」

空中より放たれる閃光、下より繰り出される瞬速の突き。
舞い、交差する二人の技。
手加減は一切無く、回避行動でも許さぬ鋭さ。
女は鎌の刃をソフィに向け、キョンへは先程背骨を圧迫した足を。

「甘い、よぉ!」

長剣の先端を強引に足で払い、閃光は鎌で弾く。
少々際疾いポーズになっており、気を失っていなかった御者の男が色めき立つ。
先程までは舌を噛みそうな程に身体を震わせていたというのに。

キョン「なっ!!」

瞠目するキョンへ、女は足を上げたままで不敵に笑う。

美しき肉体を惜しげも無くさらけ出し、次なる一撃への気合いを込めた。

「この程度じゃあ、まだまだ……全然、全然楽しくないよぉ!」
 
今度は此方の番だと言わんばかりに大きく鎌を振りかぶる。
片足でありながら、全く問題にしない安定感。
狙いは、空中に浮いているソフィ。

「もっと、ほらほらもぉっと楽しませてよねぇ!!そうじゃないと、死んじゃうよぉぉぉぉ!!!」
 
鎌の切っ先が光を反射し、妖しく輝く。
それはまるで、他者の命を吸わせてくれと囁いているかのようで。

キョン「させるかっ!!」

先程は払われてしまったが、今度こそと長剣を握る手に力を込める。
思い出すは師匠アスベルとの特訓の日々。

キョン「兎迅衝!!」

女の腰へと突きは命中し、狙い通りに突き飛ばす。
その反動でキョンも後ろへと距離を取る。
先程まで二人が居た場所へとソフィは着地し、今度は女の背後へと駆け出す。
ソフィの持ち味である力強さと素早さに翻弄される敵は多い。
その愛らしい容姿から一撃は大した事が無いと誤認し、沈む者も居る程。

ソフィ「三散!」

長い二つ結いの髪、さながら天使の羽根のように広がる彼女の洋服。
舞う度にユラリユラリと揺れるそれらは、まるで風を切る翼が如く。
愛らしく可憐な姿とは裏腹に、その震う拳と得物は容赦なく敵を屠る。
対する女も負けてはおらず、豊かな胸を揺らす姿は情熱的な踊り子のよう。
手にしている武器こそ禍々しく、それさえも彼女の妖艶な踊りを盛り上げる。

キョン「はぁ……はぁ……疲れた」

ソフィの放ったインフィニティアソウルがとどめとなり、女の武器は完全に砕け散った。
相手がどれだけ殺気を放とうと、こちらに相手を殺めるつもりは無い。
可能な限り治癒可能なレベルで相手を無力化させ、大人しくさせる。
少々手段は荒くなってしまったが、戦いを制する事が出来たのはアドリビトムの二人。
流石に各自一対一での戦いではどうなっていたかは分からないが、連携によってどうにか勝利に手を伸ばす事が出来た。
日頃の鍛錬は裏切らない。
武器が破壊され事で動揺する背へと、容赦なく振り下ろされたソフィの拳。
寸前で回避しようとしたようだが、ソレよりもソフィの方が幾分か早かった。
現在彼女は完全に意識を失っており、御者が馬車に積んでいた縄で拘束している。
かなり露出が高いせいでどう縛っても悩ましい姿となり、御者は被害者でありながら加害者になったような錯覚に陥っていた。

「す、凄い!!二人とも凄いじゃ無いか!!」

ソフィ「あれ、起きてたの?」

荒くなった呼吸を数回の深呼吸で正常に戻したソフィ
彼女は気絶していた筈の護衛の言葉に首を傾げる。
キョンを庇った際に気を失っていた男は興奮気味に拳を握り、何度も同じ単語を繰り返す。
一体何時から起きていたのか、戦闘に集中していた二人には分からない。
下手に「自分も」と参戦しないでくれたのは素直に有り難かった。
急拵えのチームでは数の上で勝っていても、上手く連携出来るかは別問題。
なので戦いが終わるまで沈黙を守ってくれたのは素直に有り難かった。

キョン「はは……まぁ殆どソフィのおかげだがな」

頭を掻きながら笑う。
目の前の事に必死で、キョンは自分達がどのような戦いをしたのかは上手く認識出来ない。

「すぐに馬車は動かせるようにする、それまでは休んでいてくれ」

キョン「後は……この石を届ければ……依頼は完了だな」

ソフィ「うん」

あと少しの辛抱、もう邪魔は入らない筈。
キョンは投げ捨てた衣服を回収しながら、深く溜息をつく。
依頼は依頼、内容に違いはあれどどれもが等しく大切な物。
誰かの願いを叶える為に尽力する。
それはとても素敵な事で、とても良い事だ。
その認識は変わっていないし、これからも変わる予定は無いが……


キョン「やれやれ、本当に疲れた……」

今ばかりは、そう呟く事を許して欲しい。

襲撃して来た盗賊団を撃破し、森も抜けた。
もうソフィと離れる必要は無いだろうと護衛の男は判断し、彼女も一緒に馬車に乗る事に。
物珍しげに表を見つめる姿は幼く、戦いの最中に見せた凜々しさは何処にも無い。
キョンもとうとう緊張感の糸が切れ、夢の世界へと片足を突っ込んでいた。

本来ならばまだ油断は出来ない。
まだ盗賊団を名乗った二人を無力化しただけ。
まだまだ人員が居る可能性は充分にある。

それでも、今だけは。
疲労した肉体を回復する為に、キョンは眠る。
ほんの短い時間だけではあれども、深く深く。



~おわり~

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