魔王「天使がいた物語」 (639)

君が産まれるずっと前

いつか見た世界の中で

僕らは旅を続けていた

優しい世界を歩くため……

君が産まれる前、君はどこで何をしていたんだい?

分からない……?そうか、そうだよね

僕が何をしていたかって?そうだね、僕はね……




魔王「進路よし、風向きよし!それじゃあ、魔王としての第一歩を踏みだそう!」

側近「……」

魔王「何か言いたげだね、側近?」

側近「配下も大した数を従えず、仮住まいの城を手に入れたからって何が魔王なんだか」

魔王「ハハ、それは言わない約束だよ」




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側近「貴方がどうしようと私は付き合うけれど、王を名乗るのならばもっとらしい事をしてからにして」

魔王「"王"ではなく"魔王"だよ、僕は」

側近「どう違うんだか……まったく」

魔王「地上の世界で名を挙げた者たちは皆こぞって魔王を名乗るそうだ。だから僕もそれに肖ってね、それにこっちの方が強そうだしさ」

側近「魔を統べるからこその名前だと思うけれど。貴方が従えているのはお情けで着いてきた私と、そこら辺で拾ったオーク一匹」

魔王「それから、お城と一緒についてきた竜のお爺さんだね」

側近「……」

魔王「ろ、碌なのが居ない!」

側近「そんな貴方が一番碌でもない」


オーク「おーいアンタら何やってんだい、出発するぞー!!」


側近「ほら、一番の配下が呼んでいる」

魔王「一番は君だと思うんだけどなぁ」

側近「今言ったばかりだけれど、私はお情けで着いてきているの。頭数に入れないで」

魔王「ハハ、はいはい分かっているよ」

側近「まったく……」


オーク「しかし何だな、突然馬車を用意させるなんてどうしたんだ?わざわざ近場の牧場まで買いに走らせやがって……」

側近「ご苦労様です。私も理由は分からないのでそこの自称魔王に聞いてください」

魔王「酷い言いぐさだなぁ」

オーク「で、どうしたんだ?」

魔王「誰も僕に敬語を使ってくれない。それはともかくとして……」


魔王「少し前に、ここからちょっと遠くで天界から何かが落ちてきたみたいなんだ」

側近「そんなの分かるの?」

魔王「昔、同じような事があったからね。前兆程度なら」

オーク「信用できるのか?」

側近「さぁ。しかし、基本的にこのヒトに従う方針なので私は止める気はありませんが」

オーク「ま、いいか、どうせ拒否権なんざ俺には無いし。とっとと乗りな、全力で飛ばしてやるよ」

魔王「うん、お願いするよ。オーク君」


――――――
―――



魔王「あだっ!」

側近「馬車の動きが随分と荒いですね。もっとどうにかならないのですか」

オーク「そう言わんでくれ、俺は馬の扱いなんざ慣れてないんだからよ。それにどういう訳かここら辺一帯の地面がかなり荒れてやがる」

側近「でしたら注意して進んでください。こっちはお尻が痛いんですから」

オーク「ちぇっ、知るかっての……」

側近「それより、もうすぐ目的の場所に着くけれど……気になるね」

魔王「何がだい?」

側近「話の流れから察しろ。天界からの落とし物の事」

魔王「珍しい事なの?」

側近「……貴方、魔界から地上に来るときにこっちの知識くらい付けろって私言わなかったっけ?」

魔王「珍しい珍しくないってのは分かるけど、僕にとってはこういうの2回目だから」

側近「2回の遭遇だとしたら結構な確率になると思うけれど」

魔王「へぇ、やっぱそれくらい珍しいんだ」

側近「貴方が全然話を理解していない、というのを理解した」

魔王「ゴメンね、あんまり頭はよくないからさ」


側近「本来天界に棲む神は自分の所有物の紛失は極端に嫌う、と文献で読んだのだけれど」

魔王「ふむ、それで?」

側近「天界から落ちてくるとしたら、まず考えられるのは彼らが所有する"神器"と呼ばれるマジックアイテム」

側近「戦いか、はたまた迂闊だったか。理由は定かではないが、地上に落ちてしまう事例があるようで」

魔王「うん、実物を見た事があるから知っているよ。ちょっと経緯は違うけど」

側近「天から零れ落ちたその神の御業たる器を手に入れた者は、世の権力者となるとも言われている」

魔王「そうだね、本当にそんな力があるのなら一度は見てみたいね」

側近「ハァ……実物を見た上でそんなことを言えるのなら多分迷信でしょうね」

魔王「強い力を持つ事には違いは無いけれど、確かに迷信の類だと思うよ。僕が本当の力ってのを知らないだけかもしれないけど」


側近「それを手に入れる為に、今こうして行動しているのではないの」

魔王「まさか、僕は誰かも知らないヒトの力を使おうなんて思いもしないよ」

側近「"悪魔だから天界の力なんて使わない"の間違いじゃなくて」

魔王「悪魔だの神だのと、そんなものは僕にとっては些細な事でしかないよ。上下関係はあれどみんな平等!頼るのは信頼できる仲間!」

側近「大よそ魔族とは思えない発言をありがとう。まったく、何で私はこんな人に着いてきたんだか……」

魔王「それと、多分今回落ちてきた物は神器ではないと思うよ?」

側近「なんですか、それじゃあ神だか天界の住人が真っ逆さまに上から落下してきたとでも言うの。ありえない」

魔王「ありえないなんて事は無いよ。まぁ神様が落っこちるのはどうかと思うけどね」

側近「あんなプライドの塊の連中が自分たちから地上に降りるなんて決断をするはずがないでしょうに」

魔王「言っただろう?昔同じような事があったって」


オーク「お、オイ魔王!側近!!大変だ!!空からヒトが!!」

側近「ハァ?」

魔王「ほらみろ!!ほれみたことか!!」

側近「そんなことはどうでもいい。何が起こっているんですかオークさん」

オーク「こっちは馬車で"逃げる"ので精いっぱいなんだ!!オメェら窓の外見て確認しろ!!」

魔王「逃げる?穏やかじゃないね」

側近「ッ!アレは……」


天使「―――!!」

「―――」

「―――」



魔王「て、天使だ!」

側近「本当に地上に降りてきているなんて。このヒトの言っていることが本当だなんて認めたくない」

魔王「何で君はそう僕に対して酷い事言えるのかな?」

オーク「それよりもしっかりどこか捕まってろ!!舌噛むぞ!!」

魔王「おわっと!?何で逃げる必要があるんだ!!」

オーク「連中をよく見ろ!!」


天使「―――ッ!」

「―――」

「―――」



魔王「戦って……いる?」

側近「違う、一方的に魔法を撃ち込まれているだけ」

オーク「何か守るように抱えているが、あれのせいで反撃出来ないんじゃねぇか?」

側近「ともかく、今は厄介事に巻き込まれるのも避けたいです。もっと速度を上げてください」

オーク「さっきからやってるよ!ヒトの気も知らんでよく言ってくれる!!」

魔王「……」

側近「?どうしたの」


魔王「助けよう!」

側近「……はぁ」

オーク「お、オイ魔王!!……あーあ、飛び出しちまったぞ。あんな派手にコケちゃってもう」

側近「まったくあのヒトはもう。貴方はこのままここで待機、不味いと思ったら構わず逃げてください」

オーク「え、ウソだろオイ!?アンタも行っちゃうのか!?」

側近「あの自称魔王、物凄く弱いんですよ。誰が守ってやらなきゃいけないと思ってるんですか」

オーク「だよなぁ……ま、折を見て逃げさせてもらう事にしようかね」


魔王「痛たたた……カッコよく飛び出すもんじゃないね、コレは」

側近「何がカッコいいんだか。身体が頑丈でよかったものを」

魔王「あれ?来ちゃったんだ。無理して付き合う必要は無いのに」

側近「心配して来てやったのに何言ってるの……ッ、来た」

魔王「あの天使ッ!かなり傷ついているじゃないか!」

側近「同族であるのに容赦が無いようで。追われているのは堕天使かもしれない」

魔王「堕天使……」


「逃がしはしない」

「裏切者めが」

天使「ッ!!」

「ここまでだ。何日も戦い続けたその身ではもう持たないだろう」

「終わりだ」

天使「ッ!!私は……まだ……」

「……落ちていったか。もう生きてはいまい」

「抜かるな。聖剣を回収するまでが我々の仕事だ」


側近「あ、落ちた」

魔王「そんな悠長に言わなくていいから!!間に合え!!」

側近「どう考えても間に合う距離じゃないでしょうに。ちょっと失礼」

魔王「え、何で僕の後ろで構えてるの?」

側近「そぉい」

魔王「ちょ!?うわあああああ!?」

側近「意外、ヒトの身体というものは蹴り上げただけで案外飛ぶものなんだ」


天使「……」

天使(ここで、終わってしまうのだろうか……)

天使(私は役目を果たさなければいけないというのに……)

天使(この聖剣を……この地に現れる勇者様へ……そして)

天使(……兄さん……)


魔王「うおあああああああああああああ!?」

天使「ッ!?」


魔王「ギ、ギリギリ……セー……フ?」

天使「クッ……つぅ……ッ!」

魔王「よ、よかった、間に合ったみたいだ。大丈夫かい?上手く掴んだつもりだけど、どこか怪我はないかい?って、元々怪我だらけか……」

天使「……」

魔王「あれ?気絶しちゃってる……無理もないか」


「……」

「……」


魔王「そしてお出ましか」


「……貴様、何者だ」

魔王「何者でも構わないだろう。しかし、大の男が二人がかりで女性を襲うなんて、ただ事じゃないね」

「貴様には関係あるまい。その女と女の持つ剣を渡せ、そうすれば見逃してやろう」

魔王「見逃す?随分と上から物を言うんだね、貴方達は」

「フッ……」

「フフ……」

魔王「……僕は、今何か可笑しい事でも言ったかな?」


「見たところ貴様、地上人の皮を被っているが魔界の者か」

「下賤な種が。我ら神に選ばれし種の言葉の重みも知らぬとは」

魔王「貴方達がどのような人達かは僕は分からないし、分かるつもりもない。余計な事に首を突っ込んだ非礼も詫びる、だけれども」

「そう思うのなら、余計な事は言わず早く女を渡せ」

「貴様ら魔界人は生まれついての忌むべき存在。天の御使いである我らがこうして自ら地に降りてまで言っているのだ。聞かぬとは言わせんぞ」

魔王「ッ!天だ地だなどと関係などあるものかッ!!」

「!」


魔王「この世に生を受け育みそして地に還る!その営みの中に居る僕たちに何の違いがある!!」

「ある」

「生まれながらにして既に優劣は着いている。論点をずらすな、下賤な種よ」

魔王「暮らす場所の違い、種族の違い、生まれの違いで優劣なんて付けられてたまるか!!それに、僕は貴方達に彼女を渡す気なんてサラサラないね!!」

「何の関係も無い貴様にその者を庇う義務など無い」

「何故そうまでして拒むか」

魔王「貴方達のようなヒトが嫌いだから嫌がらせをしたくなったんだよ!ベーッ!!」

「……」

「……」



「……気が変わった」

「ああ、私もだ」

魔王「な、なんだよ!」

「消え失せよ」

「この世界から跡形もなく」

魔王(始めからそうするつもりだった癖に)


「それでは……」

「逝ね……」

側近「させない」

「ッ!!」

「何者!?」


魔王「少し遅いんじゃないかい?」

側近「近くで様子を見ていたから。貴方が天使相手に啖呵切るなんて思っても見なかったけど」

魔王「アハハ……余計な火種を作ってしまったね」

側近「ホント、考えられない……でもこの際それはいい」


「神の代弁者たる我々に……」

「何たる仕打ちを!」

側近「で、この自分を神と同等だと思い込んでいる哀れな天界の方々にはどういったお仕置きが必要だと思う」

魔王「そうだね、それじゃあ……ここからご退場願おうか」

側近「はいはい」

「貴様!」

「何を!?」

側近「遠い所からはるばる地上に降りてきてもらって悪いのですが、天界へ帰ってもらいます」

「ぬぉ!?この術は!」

「帰天の術かッ!」

側近「天使を天界へ、魔を魔界へ送り返す"だけ"の術ですが……まさか使う日が来るだなんて思いませんでしたよ」


魔王「……」

側近「……転送完了」

魔王「ふぅ、いやぁ助かるよ。強制送還のトンデモ魔法!こんな奇妙な術を使えるのは君くらいだからね!」

側近「煽てて気を逸らそうとしない。自分から危ない事に首を突っ込んでおいて最後は私頼みって……後で折檻」

魔王「……はい」

側近「天の大穴の周期の関係上、しばらくは天界と地上を行き来出来ないハズだからしばらくは安全だと思う……けど」

側近「ともかく、そのヒトをお城まで運ぼう。治療してあげないと危ないかも」

魔王「君の回復魔法でどうにかならないのかい?」

側近「今の魔法で魔力がスッカラカン」

魔王「ああ、君は……そうだったね、ゴメン」


オーク「おーい!生きてるかー!」

側近「おや、オークさん。逃げなかったのですか」

オーク「まぁ不味いと思う場面は特に無かったからな、側近も居たから安心してた」

魔王「僕に対する信頼ではないんだね、うん」

オーク「それより早くその美人さんを乗せな!城までかっ飛ばすからよ!」

側近「お願いします。魔王、貴方はこのヒトに回復魔法をかけ続けて。微弱な貴方の魔力でも無いよりはマシなハズだから」

魔王「了解。あんまり得意じゃないけれど頑張ってみるよ」

天使「……」



―――
――――――


天使(ねぇ、兄さん)

(どうした?)

天使(兄さんは、地上の人達の事をどう思っているの?)

(別に何とも……ま、俺たちよりも愚かというのは理解してるが)

天使(そ、そうなの?)

(俺たちよりもずっと弱く、儚く、そして脆い……ま、個体によるんじゃないか?俺は興味無いからそんなものは知らん)


天使(私ね、兄さん。地上に行ってみたいの)

(地上に……何でまた)

天使(私たち天界の住人は、地上の人達からは尊い神のような存在だと思われているけれど、でも彼らにとっての神様ってもっと違うものだと思うの)

(まぁ、そうだろうな。奴らは自分たちの都合のいいビジョンをやけに俺たちに押し付けたがる)

天使(うん!だからね!私が地上の人達とお話して色んな誤解を解きたいの!そうして、一緒に暮らしていけるような関係になりたいの!)

(そんな大それた話になるか……)

天使(でも、みんなそんなことを言うと、私を怖い目で見るの……悪い子なのかな、私)

(いや、いい子だ。お前は)

天使(えへへ……兄さんの手、大きいなぁ)

(一緒に暮らしていける世界……か)


――――――
―――



側近「ねぇ。彼女、どう思う」

魔王「んー?どうって?」

側近「天使兵から追われる身であり、そして裏切者と言われていた」

魔王「うん、何か込み入った事情があるみたいだね」

側近「所持していた金目の物と言えばあの布で幾重にも巻かれた剣のような物だけ」

魔王「聖剣って言われていたね。痛くて僕じゃ触れなかったよ」

側近「魔を殺す術でも掛けられていると考えるのが妥当か……私も触ることが出来なかった」

魔王「ふむ、魔界の住人だと触れられないのかも。オーク君と竜爺は持てるようだったし」

側近「それでもあの巻かれた布は解けなかったけどね」



オーク「おーい、お二人さん」

側近「オークさん、その後何か変わったことはありましたか」

オーク「ああ、あの美人さん目を覚ましそうだぜ」

魔王「本当かい?よし、早速行こう!」

オーク「お、おう……そんな足早にならなくったっていいじゃねぇか。なぁ側近の嬢ちゃん、魔王の奴どうしたんだ?やけにあの美人さんに目を掛けるじゃないか」

側近「さぁ、惚れたんじゃないですか」

オーク「おーおー、色恋沙汰かぁ!魔王も男ってこったなぁ!」

側近「……」

オーク「どした?」

側近「いえ、何も。今後の事に支障をきたさなければ何でもいいでしょう」

オーク「??」


……


天使「……ッ」

「ん、お目覚めかな」

天使「ここは……」

「ここは魔王城。と言っても、かつて破棄されて誰も寄り付かなくなった城を改装しただけの物だが……」

天使「貴方は一体……?」




竜爺「ワ シ じ ゃ よ」

天使「誰ッ!?」


側近「はいはい、竜爺様はとっととご退場お願いします」

竜爺「えー、こんな美人さん後にも先にも間近で見れないじゃろ?だったらもうちょっとだけでも……」

オーク「爺さん年甲斐もなくそんなこと言わんでいいから、ほら真面目な話したいからちょっと俺と外出てような?」

竜爺「ワシと話しているときは真面目じゃないとでも言うのかぁ!!泣くぞぉ!!」


魔王「おはよう、身体はどうだい?」

天使「貴方は……貴方が助けて下さったのですね。ありがとうございます、まだ傷が痛みますが、このくらいなら大丈夫です」

魔王「助けたという程僕は何もしていないよ。それより、無事でよかった。丸一日目を覚まさないから焦っていたよ」


天使「ッ!私を追ってきた二人の天使は!それに剣も!」

魔王「ああ、それなら彼女が天界へ送り返したよ。剣もそこに置いてある」

側近「……」

天使「よかった……でも、貴女みたいな子供が……」

側近「この姿は地上の人間を模しているだけです。子供ではありません」

天使「あ、ごめんなさい……」

魔王「そう言われるのも、もう慣れっこだよね?」

側近「うるさい」


天使「……どうして」

魔王「ん?」

天使「どうして私を拾ってくださったのですか?見たところ魔族の方とお見受けしますが、なるべく天使との接触は避けたいハズですのに」

魔王「いや、なに。君をここまで連れてきたのはただの善意だよ。他意は無い」

天使「そうですか……変わったヒト……。ありがとうございます、本当に……」

側近「……」

天使「……あ、そちらの方もありがとうございます。私の代わりに戦わせてしまったばかりか、怪我を魔法で治して頂いて」

側近「私はそこの自称魔王の命令でやっただけです。その言葉はいりません」

魔王「"自称"はいらないッ」


天使「魔王?」

魔王「あ、そうそう。僕、魔王なんだ。まだ新人だけどね」

天使「……」

魔王「どうしたの?険しい顔をして」

天使「いえ、何も……」

側近「魔王と名乗れば誰でも同じ反応するでしょうに」

魔王「む、そうなの?まぁいいや。ともかく、全快するまでもうしばらくウチで休んでいくといい。なにもない所だけどね」

天使「そんな!そこまで貴方方にご迷惑はおかけできません!何なら今すぐにでも……」

魔王「気にしないで。さっきも言ったけど善意だから」

天使「しかし……私はその対価すら支払えないのですよ」


側近「……それでは、その身体で支払いますか?」

天使「え!?」

魔王「ちょっと側近!!」

側近「冗談です。この大馬鹿者はこういう性格ですから。厚意は素直に受け取っておいてください」

天使「は、はぁ……」

側近「それにどの道、天使に喧嘩を売ってしまった以上、あちらから何かしらのアクションを起こすでしょうし。まぁしばらく地上へ戻ってくることも出来ないでしょうが」

天使「……ごめんなさい」

魔王「君が謝ることじゃないよ。僕が勝手にやった事なんだから」

天使(事実、あまり身体は動かせそうにない……この人達の真意はどうあれ、しばらくはここに残る選択肢も視野に入れるべきか)


側近「それで、起きたところ悪いのですが、一応貴女の置かれた状況の確認だけさせていただきます。こちらも把握しておいた方がいいと思いますが」

天使「……」

側近「ま、例え借りがあると言えど話せませんか。当然ですね、他人に言えることならばこんな状況にはならなかったハズでしょうし」

天使「ごめんなさい……」

魔王「そんな棘のある言い方だと尚更喋れなくなるだろ?僕が話すから、君は見ていてくれるだけでいい」

側近「ハァ……分かりました、では私はここで失礼します」

魔王「え?聞いていかないの?」

側近「誰がどう聞こうと結果は同じだと思うけれど……ま、精々頑張って。それと天使さん、そいつが鬱陶しいと思ったらすぐにでも突っぱねてもらっても構いませんよ」

魔王「おい!?」

側近「では失礼します」


魔王「……もう!」

天使「ふふッ」

魔王「あ、ゴメン。変なところを見せてしまって」

天使「いえ、仲がいいのですね」

魔王「完全に下に見られてしまっているけどね。悲しいかな」

天使「私にはとても仲のいい兄妹のように見えましたけど?」

魔王「いやはやお恥ずかしい」


魔王「さて、それはそれとして。君がどうして彼らに追われていたのか……だけど」

天使「……」

魔王「言えない事なんだね?その剣に関係する事かい?それだけでも答えてほしい」

天使「はい、ですがお答えは出来ません」

魔王「そっか、ならそれでいいよ」

天使「……それ以上言及はしないのですか?怒ったりはしないのですか?」

魔王「僕が?どうして?」

天使「巻き込んでしまった以上、私にも責任はあります。彼らも貴方達を狙うのは間違いないでしょうし」

魔王「勝手に首を突っ込んだのは僕なんだし、それに見つからなければそれでいいよ。天界からここへ来るだけでも相当時間は掛かるし、隠れる時間もある」


魔王「……君には君の事情がある、僕には僕の考えがある。だからこうして君を助けた、君はそれを受け入れた。それでいいじゃない」

天使「……本当に、変わったヒトですね」

魔王「よく言われるよ。まぁ、君はそれを儲けものだと思ってしばらく安静にしていればいい」

天使「はい、しばらく甘えさせてもらいます」

魔王「うん、いい子だよ。君は」

天使「……ッ」

魔王「おっとゴメン、側近なだめる時にいつも頭を撫でるからつい……」

天使「いえ、それは構いません……魔王様」

魔王「ん?」


天使「……実は」

天使「実は、兄を探しているのです」

魔王「……話してもいいのかい?」

天使「あ、いえ……私が追われている事とは別件ですので……」

魔王「そっか、別に話したいことなんだね。続けてもらってもいいかな?」

天使「はい」


天使「かつて、兄は天界において最強とまで謳われる戦士でした」

天使「強く、優しく、誰よりも誇り高く」

天使「そんな兄でしたが、妹の私にはすごく甘い人でした」

天使「……そんな優しいヒトだったからこそ、兄は……」

魔王「……」

天使「地上こそ、我々が還るべき場所。そして最も尊き者達の生きる世界だと、兄は唱えていました」

天使「元々、上の方々……姿を見せない神からは、その力が危険視されていたことに加えて、反逆の意思まで見せるような事をしたのです。当然上も黙ってはいませんでした」


天使「神に仕える天使兵……神兵達。口では言いませんが、自分たちを神と同等と信じて疑わない彼らは、兄を武力で抑えつけ、私を人質としました」

天使「誰も、兄にも私にも味方をしませんでした。私たちの仕える神に、秘密裏に処理される形で……」

天使「そうして兄は私を庇い、地上へと堕とされ……堕天しました」

魔王「……」

天使「魔王様?どうなさいました?」

魔王「いや、何でもないよ。それは……どのくらい前の話なんだい?」

天使「はい……三千と少しですが」

魔王「随分前なんだね。名前は……」

天使「名はナツァル。真っ黒でボサボサの長い髪の毛と真っ赤な目が特徴で、一回見たらそうそう忘れられないかと」

魔王「そうか……ナツァル……ああ、いい名前だ。うん、絶対に忘れられそうにない」

天使「ひょっとしたら、偽名を使っていたかもしれませんが……それを言い出すと切りがないですね」


魔王「……それで、君は別件で地上に降りたついでに、そのお兄さんを探したいと。そう考えている訳だ」

天使「いえ。堕天した天使は地上で平穏に暮らせるワケも無く、天界から通常の天使兵や神兵が刺客として送られます。ですのでもう……」

魔界「諦めているのかい?」

天使「はい、ここまで音沙汰がないのなら、裏で処理されてしまったか、或はどこかで誰も知らない場所で一人でいるか」

天使「探す、というよりも、兄がこの世界で生きていた"証"を確かめたかっただけです」

魔王「その顔を見るに、随分と難しいのかい?」


天使「神兵は狡猾です。もし彼らが手を下したのなら、地上への干渉の痕跡と証拠を揉み消すことも彼らからすれば容易いかと」

魔王「堕天使の討伐は箔がつくんじゃないかい?それなら、彼らが見下す地上人に隠す必要も無い」

天使「確かに、神に取り入るには良い口実と名誉になります……まだどこかに情報は在るかもしれない、と?」

魔王「ああ、君は最悪のケースしか見据えていないようだ。今のことと言い、今後の事といい」

魔王「希望を持つことも大事だよ。ヒトはそれを糧として生きていくことも出来るんだ、"必ず生きている""必ず会える"そう思って行動していた方が気が楽だろう?」

天使「でも、その希望が失われたときは……」

魔王「失われなんかしない。また新たな希望に繋げればいいのだから」

天使「私は……そんなに強くありません」

魔王「君の持つ使命と、そのお兄さんへの想いで戦う君は強いよ。僕はそう感じる」


魔王「そこでさ、僕からの提案があるんだけど」

天使「提案ですか?」

魔王「そ、君を僕ら魔王一味の仲間に加えたいと思うんだ」

天使「え……えぇ!?ホワイ!?なんで!?」

魔王「僕らも狙われている、君も狙われている。君はお兄さん探している、僕は各地へ視察によく出回る。君の行動範囲も出来れば聞いておきたいのだけど」

天使「わ、私は……私の本来の目的でも、この区域一帯が行動範囲になりますが……」

魔王「うん、ならデメリットと行動範囲を共有できるのならば、悪い話ではないと思うよ?ここは十分な隠れ蓑になると思うし」

天使「そう言われるとそうなのですが……そんな滅茶苦茶な」

魔王「ハハ、人手が足りなくてね。それにさっき君は対価を支払いたいみたいな事を言っていただろう?」

天使「しかしさっきは善意と……」

魔王「打算的な善意だよ。偽善ってやつかな?」

天使「あー……」


魔王「……いいよ、勿論君には拒否する権利がある。本来の目的が何なのかこちらが分からない以上、これ以上の譲歩は出来ないけど……検討してほしいな」

天使「譲歩してないじゃないですかー!……そうですね。ごめんなさい、少し時間をください」

魔王「うん、それで構わないよ」

魔王「それじゃあ僕もそろそろ行くね。何か必要なものがあったら遠慮なく言って、最低限のものは用意するから」

天使「はい、ありがとうございます」

魔王「それじゃあね」

天使「……」

天使(んー……どおりで美味い話だと思った。でも)

天使(あのヒト、ちょっと兄さんに似てたな……信用出来るかもしれない)


……


魔王「……」

竜爺「おい、魔王」

魔王「あ、竜爺。ひょっとして今の聞いてた?」

竜爺「ずっと外で待機しておったからな。どういうつもりじゃ?」

魔王「何が?」

竜爺「あの娘を引き入れるとは、何を考えておる」

魔王「何も」

竜爺「嘘をつくな。怪我が治るまでは置いてやる、が、その後すぐに追い出すとワシと約束しただろうて。城はまだワシの所有だと言っておるのに厄介ごとを持ち込みおって」

魔王「そうだっけ?まぁいいや、ゴメンその約束は守れそうにない」

竜爺「話を戻せ、ワシを納得させるだけの理由を話さんか」

魔王「今、僕たち魔王一味はとてもじゃないけど人手不足だ」

竜爺「言われんでも分かっておる。3人じゃぞ3人、これで国を作ろうなどと甚だしい」

魔王「竜爺を含めれば4人だよ?」

竜爺「ワシを含めるな馬鹿者が!」

魔王「同じような物でしょ。あと魔界から賛同者の募って呼び出したけど、到着は魔界と地上を繋ぐ"地の大穴"の関係で2、3年先になりそうだし、ともかく人材が欲しかった。これが一つ」

竜爺「最もじゃがヒトを選べ、次」

魔王「聞いていたなら分かると思うけど、彼女と僕たちが抱えてしまっているデメリットは共有している。ならば一緒に行動しても邪魔な存在にはならない」

竜爺「阿呆、あの娘を追い出してこっちはとっとと隠れればいい話じゃ。それに天使兵がまた降りてくるのには時間が掛かるのならなおさらの事。論外」

魔王「ダメかぁ……最後」

魔王「彼女の力になってあげたいんだ」

竜爺「色に狂ったか」

魔王「違うよ、そんな事じゃない」


魔王「今の彼女は独りだ。例えここを離れたとしても、上手くやっていける保証はない」

竜爺「それがどうした。面倒まで見てやる理由は無い」

魔王「かつての僕がそうだった。魔界の在り方に異を唱え、地上へと追い出された先で、右も左も分からずに彷徨い続けていた」

魔王「幸い、僕は同じ境遇のヒトと出会って、共に行動して世界を知った。そういう経緯があるからこそ、僕には彼女を放ってはおく事は出来ない」

竜爺「感情論だな。それで納得しろと?……いや、まて。お主……」

魔王「……」

竜爺「ふん、お主にはその"義理"があると言いたいのだな?」

魔王「どう取ってもらっても構わないよ」


竜爺「分かった、ほぼお主の我が儘じゃが認めてやる。だがワシが面倒見ると言ったのはお主と側近の嬢ちゃんだけだ。あの娘についてはワシは一切触れん」

魔王「ありがとう。あと出来ればオーク君も面倒見てほしいんだけれど」

竜爺「奴は茶飲み友達じゃ。お主らより格上じゃ」

魔王「なんだそりゃ!?」

竜爺「ともかく、責任は持てよ。お主がそう言ったのなら、最後までな。この約束を反故するようならワシもお主を見限る」

魔王「うん、そのつもりだよ、僕は」

竜爺「よろしい。ならばあの娘の選択を座して待つがよい」

魔王「仕事があるから座ってもいられないけどね!さぁ今日も張り切って行こうー!!」

竜爺「調子のいいやつだ、まったく」


小休止
いかん、これ長すぎる

既に書き溜めで終わっているのでまた夜に再開予定

おもしろいから長くなっても一向に構わない

期待

お、デュエリストでスタンド使いのホモパスタだ
一旦乙

期待できそうおつ

最近はssみれてないおれだけどみるか
コテに見覚えがあるし
続きものじゃないよねしらないけど

期待

再開

――――――
―――



オーク「隣村に支援要請でも出すか?と言っても、今の俺たちの勢力じゃ見向きもされない上に、村単位での支援なんざたかが知れてる」

側近「とはいえ、まずは近隣からでも信頼関係を築くのが第一かと。今はなるべく多方面に声をかけ、お互いに理になる取引が出来るまでには整えていかなければなりません」

魔王「んー、でも村程度の大きさの所と仲良くなっていっても国としてやっていくのはちょっと難しいんじゃないかな?」

側近「だったら酷な選択も用意してある。竜爺様の伝手で貴族や権力者との掛け合いもいつでも出来る」

オーク「脅しをかけて追い出す事も土地や財産の乗っ取りも出来るぜ、相手が言って聞く連中ならな」

魔王「な、なるべくゴタゴタは避けていけないかな……」

側近「貴方が初めに嫌と言ったからこの選択肢は出さないでおいたけれど、独立するためには人もお金も必要なの。そろそろ動かないと貴方が言い出した建国さえ満足に出来ない」

オーク「幸いここら辺の土地は貴族の所有で国持ちじゃない箇所が非常に多いから正直やりやすい」

魔王「ふむ……」

側近「ともかく視野に入れておいて。このままだと何百年経っても進展しないから」


天使「コソー」


側近「ん?」


天使「ハッ!?」


側近「……天使さん、何をしているのですか」

天使「お、お茶をお持ちしました!どうぞ!それでは失礼します!」

オーク「どうしたんだあのヒトは」

側近「流石天界の住人、怪我の治りが早いですね。あれだけのケガと衰弱で一週間程度でもう出歩けるくらいにはなりましたか」

魔王「彼女仕事が欲しいんじゃないかな?ほら、数日前に話しただろ?」

オーク「あのヒトを引き入れるって話だったな……ありゃマジだったのか」

魔王「うん、大マジ」

側近「ハァ……また面倒な事を」


天使「ジー……」ジー


オーク「手伝いたいのならこっちに来て話に参加すりゃいいじゃねぇか」

側近「昨日今日で入ってきた人では私たちの話については来れませんよ」

オーク「そりゃそうか。聞くタイミングが欲しくてあんな扉越しにこっち見てんのね」

魔王「二人とも、彼女の加入には反対しないんだね」

オーク「俺からは拒む理由が無い。襲ってきた天使の件も、俺たちも狙われているからチャラとして、人手が増えるのはむしろ喜ばしい」

側近「貴方は一度決めたことは基本的に撤回しないから。彼女もその話を受け入れたのならば、それ以上私がいう事は特には無し」

魔王「うん、聞き分けのいい子だ」

側近「やめろ、その手を頭に乗せるな。殴るぞ」

魔王「ハハハ、こやつめ!」

側近「ふんッ」メキャッ

魔王「」


天使「あ、あの……私は何をすればいいのでしょうか」

側近「特に今してほしい事は無いので待機していてください」

天使「は、はぁ……」

オーク「魔王の回答次第でそのうちに忙しくなるさ、多分な」

魔王「カフッ……か、考えておくよ」

天使「しかし……」

側近「大人しくしていろ、と言った方がいいですか。ともかく、今貴女が出張ったところで邪魔でしかないので」

魔王「そんな言い方しなくてもいいだろう」

側近「本当の事でしょう」

オーク「確かに言い方は悪いが、まぁ出来ない事を押し付けるつもりも無いしな。本当に手伝う気があるのなら後で俺を含めて誰かしらが教えると思うから、それまで待機していてくれ」

天使「はい……」


オーク「ありゃ……行っちゃった」

魔王「側近、君は彼女に対して少しキツイようだけど?」

側近「私は基本的に誰に対してもこんな感じだから。よく知ってるでしょうに」

魔王「う、まぁ……そうだけど。彼女は病み上がり何だからもっとこう……」

側近「特別扱いしろと?私は人を選んで態度を変えるという器用な事は出来ないから。それじゃ、隣村まで行くために馬車の用意をしておくから。貴方達も準備しておいて」

魔王「おい!まだ話が……もう何なんだよ」

オーク「察してやれ、お前さんがあんまり天使さんに構うもんで嫉妬してるんだろ」

魔王「……彼女がそんな娘に見えるかい?」

オーク「……あー、悪い。見えんわ」


天使「ハァー……」

竜爺「……」

天使「はぁ~~~」

竜爺「お主……ヒトの隣に来ておいて突然なんじゃ」

天使「いえ、竜爺様のお傍になら何かお手伝い出来るような事が転がり込んでくるんじゃないかなーと思ったのですが」

竜爺「人を要介護人扱いするでないぞ!?」

天使「違いますよ!何かアドバイスをしてほしかっただけですから!」

竜爺「ならば口に出さんか!あと馴れ馴れしい!」


天使「ご、ごめんなさい!ここ数日話し相手になってくれたのが竜爺様だけでしたので嬉しくてつい……ご迷惑でしたよね」

竜爺「ふん、ワシも暇だっただけじゃ。そんなことは気にせんでいいが」

天使「仕事をくださいッ!」

竜爺「話に脈絡を付けてくれ……そんなことより、お主はこれでよかったのか?」

天使「魔王様に付いたことでしょうか?」

竜爺「うむ。既に追われている身、どこかに所属するのは悪い選択肢ではない。じゃが、お主にも目的があって地上に来たのだろうて」

天使「それは……魔王様に従事していても出来る事です。この命があれば……」

竜爺「そうか、それならワシも何も言わん」


竜爺「で、ワシから何のアドバイスが聞きたい。下らん事だったら火を噴くぞ」

天使「今の私に出来るお仕事を教えてください!何でもします!」

竜爺「ワシからいう事は特には無い」

天使「えー、聞いていいって言ったのにー」

竜爺「お主、随分とラフな性格しておるのじゃな」


天使「魔王様たちは目標をもって行動されています。ですが私にはまだ詳細は伝えられていません」

竜爺「うむ、まだ言うべきではない事だからな。今はお主は云わば研修期間のようなものじゃ」

天使「側近さんにもハッキリと邪魔と言われてしまったので……」

竜爺「ああ、真面目な話をしているときにウロチョロされたら邪魔じゃろうな」

天使「私の命を助けてくれた彼らに出来るだけの恩返しをしたいというのも事実です」

天使「今の私に出来る事なんて限られていますからなおさら……」

竜爺「そう、今のお主に出来る事なぞ限られておるじゃろ。だったらその範囲で出来る事があるじゃろ。考えるより動け、それでダメなら教えを乞え……いや、乞ってダメだから動くべきか」

天使「お掃除とか、お料理とか……ですか?迷惑ではないですか?」

竜爺「別に、お主の行動に文句を言う奴はここには居らんよ。よっぽど変な事をやらかさん限りはな」

天使「……は、はい!それじゃあ励んでまいりまする!」

竜爺「ああ、まぁ程ほどに頑張って来い」


天使(なるべく皆さんが帰ってくる前に事を終わらせておけば私へのポイントは中々に高まりますね、うん)

天使(あ、あとこの人数ですし、買い出しに行けばお夕飯も量的には問題なさそう)

天使(そうと決まれば、魔法で精霊を召喚して手伝ってもらって……)

天使「よし!じゃあ張り切ってこの通路の掃除から……って」

天使「えぇ――――――……」


……


魔王「何というかまぁ、酷かったね」

オーク「満足に食糧の調達も出来ず、装備も行き届いていないおかげで魔物への対策も危うい」

側近「支援なんて言っている暇も余裕も無い村でしたね。悲惨そのものです」

魔王「あそこの領主は何をしているんだ。あの地域の魔物は他と比べたらレベルが違う。武具の供給の不届きは農家への被害へ直結する、なのに」

側近「お金も人員も、あればあるだけ自分へ宛がう。余れば他の貴族や隣国へおべっかと一緒に配って回って機嫌取り」

オーク「一周回って清々しいくらいのクソっぷりだ。あの村の連中は文句言う気力もなくなっている。生きていくのに精いっぱいだ」

側近「辺りの魔物だらけの環境と貧困のせいか、あの土地から離れて暮らせる事も出来ず、ただ淡々と貴族に搾取されるだけ」

魔王「ハァ……あんな状況を救うには、君たちの言う通りに竜爺に取り入ってもらうしかないか」

側近「決めるのが遅すぎ。地盤を作るのもまずは土地を手に入れてからじゃないと始まらないから最初からそうすべきだったの」


魔王「ともかく、竜爺に頼んで話し合いの場を設けさせてもらおう。現状、ああいった村は他にも沢山あるハズだ。早めに手を打たないと」

側近「うん、利用価値がなくなる前には何とかしなければいけない」

魔王「だから君はどうしてそう……」

オーク「魔族なのに他者の事を優先するアンタが変わってるんじゃないか?」

魔王「偏見だァ!魔族馬鹿にすんなァ!」

オーク「そんな涙目にならんでも……さて、方針が決まった所で今日はお開きかね。明日も他の村を見て回るんだ、今のうちに休んでおかなきゃな」

側近「……おや」

オーク「どうした?」

側近「何だか違和感がありませんか」

オーク「違和感?っつっても、いつもの城内となんら変わりは……ん?」

魔王「これは……」


天使「あ、お帰りなさい皆さん」

魔王「ただいま。これは……君がやったのかい?」

天使「はい!」

側近「ふむ、ここの廊下だけではなく。部屋の方もある程度片付いてますね」

天使「城内がものすごーく汚かったので、今日一日かけて清掃をさせていただきました!」

オーク「なるほどな。いつもと違うと思ったらある程度綺麗になってたって事か」


側近「一人でやれる量ではないですが、何か魔法を使ったのですか」

天使「はい、降霊魔法で精霊を呼び出して手伝ってもらいました」

魔王「上位魔法か、凄いね。この城全体の清掃の規模を考えるとかなりの数を召喚した筈だ。大した実力だよ」

天使「いえ!これしか取り柄がないもので!」

側近「それを掃除に使うとは、素晴らしい才能のなんというか無駄遣いと言うか」


天使「そうだ、皆さん!夕食も用意しました、お口に合うかどうかは分かりませんが、よろしければそちらもどうぞ!」

オーク「おお!マジか!助かるよ、いつも俺が作ってるんだが今日は疲れていてな」

魔王「ハハ……僕があんまり料理が出来ないからずっとオーク君に頼りっぱなしだったからね。ありがとう、貰うよ」

側近「……」

天使「あ、側近さんも」

魔王「そうだね、貰ったらどうだい?」

側近「私は構いません。あまりお腹は減っていませんので」

天使「そうですか……もしお腹が空いたら仰ってください、また私が作りますから!」

側近「……では失礼します」


魔王「やれやれ、困った子だな。あの子も」

オーク「協調性が無いってのは色々となぁ」

天使「あんまり馴れ合う事が好きではない方なんですね」

魔王「そうそう、それで僕はいつもぞんざいに扱われて……トホホ」

天使「ですが、彼女からは貴方達の事をとても大切に思っているのは伝わりますよ」

オーク「まぁ慣れだな慣れ。あんなのでも気は使ってくれるしよ。言葉の端々に容赦のない罵倒があるが」


魔王「でも、どうしてまた掃除や料理なんかを?言わなきゃ得に誰も気にも留めなかった事なのに」

天使「私なりに、そして私が出来る範囲の事をしただけです。どうしても、皆さんのお役に立ちたかったので……と、その前に」


天使「城 内 に い つ の 物 か 分 か ら な い 骸 の 山 が 誰 も 気 に も 留 め な い 事 な ん で す か!?」


オーク「あー、まー白骨だらけだったのは常々何故かと疑問には思っていたが誰も触れないからよ、作り物だと思って俺も何も言わなかった」

魔王「アハハ、本物だって事は知ってたけど竜爺なりのインテリアかと思ったよ。いい趣味してるなと思ったんだけど、勿論褒めてるけどね」

天使(やっぱ感性がちょっとズレてるなーこのヒト)


……


オーク「美味い……ッ!!美味いッ……!!」

竜爺「おぉ……女神じゃぁ……ワシらの荒んだ食生活の前に潤いを与える為に舞い降りた女神の料理じゃぁ……ッ!!」

天使「そ、そんな大げさな……」

魔王「二人はともかく、僕の種族はこういう文化は無かったから、ホント今まで碌な食事をしていなかったんだなぁと感じるよ」モッキュモッキュ

天使(あ、食べ方可愛い)

オーク「今まで動物を捕まえては生で食ってたんだったか?」

魔王「そだね。捌く事もしなかったからそのまま齧ったり丸のみしたり」モッキュモッキュ

天使「oh...」

竜爺「ワシ地上生まれでよかった」

オーク「アンタ魔物の部類だろ。それくらいしろよ」


魔王「ご馳走様、美味しかったよ」

天使「はい、お粗末様です。よろしければ、私が毎日ご飯を作りましょうか?」

竜爺「マ ジ で ?」

オーク「おーい、ありがたいけどコレ一応俺の仕事ー……」

魔王「まぁまぁ、オーク君には他にやってほしい事はあるんだし、楽出来ると思ってさ」

オーク「楽しんでやってたんだけどねぇ」

竜爺「まぁお主の飯も嫌いでは無いが、それ以上に適任の人材が現れてはのう」

オーク「チクショウ」


天使「お酒も用意していますので、よろしければこちらもどうぞ」

竜爺「おお!よし興が乗った!オークよ、酒に付き合え!」

オーク「おう、竜爺さんがどのくらい飲めるかは知らんが、明日に支障が無い程度には付き合ってやるよ」

天使「魔王様は?」

魔王「ううん、僕は今日はいいよ。そんなに強くは無いから、明日に響きそうだし」

竜爺「では、今宵はワシらだけで楽しむとしよう!ウッヒョー!!」

オーク「あー……程ほどにな」

魔王「じゃあ、僕はこれで」

天使「あ、魔王様。もうお休みですか?」

魔王「うん、少し出歩いてからね。おやすみなさい」


……


側近「……」

魔王「……やっ、側近。どうしたのこんな所で」

側近「夜風に当たりに来ただけ。貴方は」

魔王「ん、僕もだよ。気が合うね」

側近「城内で私を探し回ってたくせに」

魔王「ゲッ、バレてた?」

側近「カマかけただけ」

魔王「酷いなぁもう」

側近「それに……」

魔王「んー?」

側近「気付いていないのならいい」


側近「それで、私に何の用」

魔王「彼女の事を、あまりよくは思っていない様に感じてね」

側近「天使さんか……魔界の者と天界の者、相容れぬ存在が一緒に居る事はあまり好ましくない。貴方の決定ならば従うけれど、正直私は上手くはやっていける自信は無い」

魔王「感性の違いからかい?それとも、魔族としての教えから?」

側近「私個人の見解でしかない。でも、それを彼女に対して正面から口に出す程子供でもないから、気にしないで」

魔王「態度に出ている時点で十分子供だよ」

側近「いつまでも私を子ども扱いしないで」

魔王「フフ……はいはい」

側近「ふん……」


魔王「でもね、側近……セピア」

側近「なに」

魔王「種族の違いで上手くやっていけない、なんて事は無いよ」

側近「それを否定してしまえば、貴方のやろうとしている事全てが無駄になるのは分かっている。でも根拠は」

魔王「僕はかつて、君の生まれるずっと前に地上に出たことがある……って言うのは前に話したよね?」

側近「耳にタコが出来るくらい聞いた」

魔王「ハハ、失敬。僕はその時に、生涯の友と呼べる人物と出会ったんだ」

側近「いい機会だし、貴方の考えをもう一回聞かせて」

魔王「うん、語るつもりだよ」


魔王「種族は違えど、僕たちは共感し、共に旅をし、そして同じ夢を見た」

側近「……」

魔王「世界の統一!皆、姿形は違えど、この広大な地上に生まれ、そして別れていった同じルーツの生き物なんだ!」

魔王「お互いの主義主張が違うのも分かっている、長き時の遡行の中であった数々の戦いの記憶で完全な和解にも時間がかかることは分かっている、でもね」

魔界「果てしない時間の中を生きる事を許された僕たちだからこそ、そんな事を考え想い行動したっていいんじゃないかな。長寿なのは意味のあることなんだ、きっと」

魔王「ゆっくりと、それでいて着実に」

魔王「僕たちでダメなら次の世代へ、それでもまたダメなら次の世代へ」

魔王「この意思は消えない、絶やしたりなんてしない!」

魔王「そうやって、僕と彼は同じものを目指した」


側近「ありがと、説明する手間が省けた」

魔王「んー?」

側近「それで、その友人とやらはどうしたの。同士なのなら力を借りる事も考えにあるんじゃないの」

魔王「うん、だから探している。丁度いい機会にも恵まれたしね」

魔王「……最後に、別れる時にお互いを守ることが出来なかったから……また会えると信じて、彼との邂逅を目指して……」

側近「夢を見るのはいいけれど、とりあえず現実を見て。今は成り上がることを優先で、手を汚すことも視野に入れて……ね」

魔王「わ、分かってるって……急に現実に引き込まないでよ」

側近「……」

魔王「あ、今笑ったでしょ」

側近「……笑ってない」

魔王「笑った!クスッて笑った!」

側近「うるさい、殴るぞ」

魔王「ごめんなさい」


側近「さて、私はそろそろ部屋に戻ります」

魔王「食事はいいのかい?」

側近「さっきも言ったでしょ、お腹は減ってない。あと、その物陰に隠れているヒトのフォローもお願い」

魔王「え?」

「ひぅん!?」

側近「バレバレですよ、天使さん」

天使「あー……やはり手練れですね側近さん」

魔王「い、いたのかい!?いつから……」

側近「最初から。着けられてたのに気が付かないとは……平和ボケも大概にしておいて」

魔王「精進します……」


側近「それじゃあよろしく」

魔王「あ、うん……」

天使「そ、側近さん私の事が嫌いなのでしょうか……」

魔王「天界そのものにあまり好くない感情があるみたいだ。魔族としての宿命か、彼女の偏見かは知らないけど」

天使「上手くやっていけるのでしょうか……」

魔王「時を経れば彼女も君の良さが分かるよ」

天使「魔王様は私の良さを分かっているのですか?一週間程度の付き合いなのに」

魔王「分かるよ、僕は何でもお見通しだ」

天使「フフ、そういう事にしておきます」


魔王「それで、図らずとも僕の夢物語を聞いてしまった君は、僕に何を感じ、何を思った?幻滅した?それとも呆れた?」

天使「いいえ、とても立派な思想を持っていると私は感じました」

魔王「お世辞かい?」

天使「意地悪ですね、魔王様」

魔王「ゴメンゴメン、続けて」

天使「はい。私も、まだ幼いころに魔王様と同じ考えを持っていました」

天使「天界の教えから口には出せませんでしたが、天界も魔界も地上も、何の垣根も無い平和な世界を」

天使「誰も争わないそんな世界を、そんな夢物語を想像していました」


天使「でも、難しいですね。天界は天界の人間同士で殺し合いをします。今も、上では戦争の真っ最中です」

魔王「君はその混乱に乗じて地上へ?」

天使「はい。私の仕える神から信託を承り、こうして地上へ馳せ参じた故」

魔王「戦争中なんだ、さぞ重要な事なんだろうね」

天使「はい、とても……」

魔王「どこも、誰もが同じなんだね。自分たちの居場所を作る為に、そして守る為に争う。やっぱり、上も下もここも同じなんじゃないかな。仕方がない事だ」

天使「争いは許容する……と?」

魔王「うん、だって生きているんだもの。ヒトが二人居れば争いは起こる。けれど、分かりあう事も出来る」

魔王「こんなくだらない事を夢見る僕を、君は笑うかい?」

天使「いいえ、笑いません。私の兄と同じ志を持つヒトを私は決して笑いません」

魔王「……うん、ありがとう。君の兄さんもその言葉を聞いたらきっと喜ぶよ」

天使「……はい」



―――
――――――


(それでお前、名前はなんというんだ?)

魔王(僕……?名前は……無い)

(何だ、魔人ってのは名を持たんのか?)

魔王(僕の種族は……名を持たない……持っていても……呼ばない)

(寂しい連中だな。見た目が化け物なだけに、本当に魔物となんら変わらん)

魔王(僕は……魔物なんかじゃ……ない)

(分かっている。こうして俺と話す事が出来るんだ。他と違うのは一目瞭然だ)


(そうだな、これから一緒に行動してやるんだ。呼ぶのに不便だ、名前を付けてやろうか)

魔王(君が……僕に……?)

(ああ、同士よ、ありがたく思え!……そうだな、姓は俺の物を少し変えたものでいいか。そしたら名前は……)

魔王(あ……)

(ん?どうした?)

魔王(雪……)

(ああ、この白いのか。博識だな、俺はこれの名を知らなかった。上ではこんなものは降らんからな)

(雪……冬か。冬の地上……うん、いい名前を思いついたぞ)

(心して聞け!お前の名前は―――)


――――――
―――



魔王「ッ!」

魔王「……」

魔王「フフ、彼女に充てられて感傷に浸り過ぎたかな」

魔王「懐かしい夢だ……」

魔王「とても……」


……


天使「魔王様、準備の方は出来ています」

魔王「ありがとう、それじゃあ出発しようか」

オーク「ん?天使さん、アンタついてくるのか?」

天使「はい、しばらく城内のお仕事に従事していましたが、私としても各地を回った方が私の目的を果たしやすいので。それに、魔王様の身の回りのお世話をしていた方が暇な時間も無くなりそうですから!」

側近「暗にトラブルメーカーだと言っているのですね。分かりますよ、とても」

天使「違いますよ!?」

魔王「ここ一か月ずっと頼りっぱなしだったからね。彼女も彼女の目的があって僕たちに同行するんだ、構わないだろう?」

側近「……貴方が言うのなら」


竜爺「では今日はワシは一人で留守番か」

魔王「貴方の伝手で、町の方で貴族との話し合いをした後に野暮用で隣国へ向かう。しばらく帰れないので留守をお願いするよ」

天使「竜爺様!帰ってきたら私がたっぷりと話し相手になりますから!」

側近「ご当地ゲテモノ料理のお土産も買ってきます」

オーク「仕事の書類も全部渡す」

魔王「ついでに領収書も竜爺の名前で出すよ」

竜爺「全部いらんわ!?とっとと行って来い!!」

天使「私は本気だったのになー」

竜爺「独り身の年寄り扱いをするな!?」

オーク「事実じゃねーか」


……


天使「……」

魔王「どうしたんだ、窓の外をじっと見て」

天使「いえ、もう一か月にもなるんですね。私がここに来て」

魔王「早いものだね。いや、地上に来てからは時の流れ全てがゆっくりに思えるくらいだ」

オーク「やっぱ魔族とか天使ってのは時間の流れが地上の俺たちと違うのか?」

側近「貴方は前を向いて馬車の運転をしてください、ただでさえ荒いんですから」

オーク「わ、話題に参加させてくれたっていいだろ……」


魔王「ハハ、そこまで酷な事を言わなくたっていいだろう?意識の違いかな、時間の感じ方って言うのは」

天使「長いと思えば長いですし、短いと感じればまた短く感じます」

側近「地上でも長寿の生物は眠ることで長い時を過ごす者もいるとか」

魔王「竜なんかがそうだね。竜爺は時間がもったいないって言って夜以外はずっと起きているけど」

オーク「居眠りはするがな」

側近「会議の後に向かう国の辺境に竜が棲む洞窟があるそうだけれど、観光名所と化しているようで。帰りに寄っていこうか」

魔王「懐かしいな。数千年前に地上に出たときにその竜にあった事があるんだ、使い魔越しだったけどね。行ってみてもいいかもね」

オーク「や、やめてくれよ……あそこまで行くのにどれだけ時間がかかると思ってんだよ……ウチから隣国の首都に向かう距離の何倍もあるんだぞ」

側近「冗談ですよ流石に」


オーク「よし、もう目的地だ。降りな」

魔王「んー!長時間座りっぱなしだったから身体が痛いや」

側近「さ、荷物をもって。ここの領主の貴族の屋敷に真っ直ぐ向かうから」

オーク「町ン中は馬車移動禁止ってのがネックだな」

魔王「危ないから仕方がないね。さ、行こうか」

天使「あ、魔王様。荷物は私が持ちます」

魔王「そうかい?じゃあお願いしようかな」

側近「ダメです。貴女はここに残ってください。あとオークさんも」

天使「え?」


オーク「俺もか?なんでだ?」

側近「オークさんはこの町の治安の確認と貴族に対する情報を集めてください。話し合いなんて今回だけでは終わらないでしょうし、それ自体が武器になるかもしれません」

天使「えっと、私は……」

側近「正直話し合いの場に出られてもすることがありませんので、宿でも探しておいてください」

天使「わ、わかりました……」

魔王「ほら、そんなにしょ気ないで。側近も、君が君の目的の為に行動しやすいようにそういう仕事を与えてくれたんだよ、きっと」

側近「いえ、特にそのような事は考えていません。時間が余っているのでしたらお好きに使ってください」

魔王「あー……まぁ機会は逃さないようにしなきゃ、ね?」

天使「はぁ……」


魔王「それじゃあ、二人とも頼むよ」

側近「では、お願いします」

オーク「ああ、了解だ」

天使「行ってらっしゃいませ、魔王様、側近さん」

天使「……ハァ」

オーク「そんな顔すんなって。適材適所って言葉もあるんだ、俺たちは俺たちの仕事をしようや」

天使「オークさんはいいんですか?大事な話し合いなのに参加出来ないなんて」

オーク「俺は頭も良くは無いし駆け引きなんて以ての外、その上熱くなりやすい。外交なんてのは不向きだ、だからこうして動き回った方が性に合っている。そっちの事ははあの二人に全部任せられる」

天使「とても信用なさっているんですね。付き合いも長いからですか?」

オーク「いや、俺はアンタに毛が生えた程度の期間しか付き合いは無いぞ」

天使「え?そうなんですか?」


オーク「そう思うと竜爺も同じくらいだな。大した時間は一緒にいない」

天使「オークさんはどうして魔王様についたのですか?」

オーク「ん、あぁ……なんつーか俺もまだまだ青いというか」

天使「ふむ?」

オーク「連中と出会う前の俺は食うに困っていてな。俺の出身で辺境にある集落の連中も、長として養ってやらなきゃいけないから山賊紛いの事をやっていたんだ」

天使「お、長をやっていたのですか」

オーク「朦朧とした年寄りしかいない所だったからな。若いの働き手は俺くらいなもんだったし、誰かがやらなきゃ集落自体が潰れちまう」

天使(若いって、結構老けて見えるけどこのヒト何歳なんだろう……)

オーク「おいアンタ今結構失礼なこと考えたろ」


オーク「山賊って言っても、相手は違法な手段で商売しているような奴や悪どい冒険者くらいしか襲ってなかったけどな。まぁそれが免罪符になるかと聞かれたらそうとは言えんのだが」

天使「そうですね、いくら生きる為といっても誰かを犠牲にすることはよい事とは言えません」

オーク「まぁな……だが、死ぬのを待つよりは俺は戦う事を選んだ。そこで出会ったのがあの二人だ。丁度冒険者を襲っているときに出くわしてな」

天使「止めに入られたのですか?」

オーク「いや、"そいつは私たちが狙っている賞金首ですので横取りは許しません"って言って側近にぶっ飛ばされた……俺も食い下がったんだがまったく歯が立たなくてね」

天使「あー、ご愁傷様です」


オーク「目を覚ました時には魔王に物凄く謝られたな。こっちは山賊なんだ、そんな謝る必要無いってのにな」

オーク「んで、二人は丁度資金稼ぎの為に冒険者ギルドから指名手配されている賞金首を狩りまくってったって話だったんだが、これがまた凄くてな」

オーク「数日で登録されていた賞金首を全員とっ捕まえやがって、完全に英雄扱いだったな」

天使「凄いですね、あの二人……」

オーク「まぁ戦っていたのは側近だけだったみたいだが」

天使「あ、はい、そんな事だろうとは思っていました」


オーク「本当は俺みたいな山賊も捕まった以上は刑罰を受けなきゃいけなかったんだが、二人が口を利いてくれてすぐに釈放。集落の連中も、賞金の一部で村に移り住むことが出来たんだ」

天使「そんなにしてくれたのですか?」

オーク「ああ、お人好しと言うか何というか……魔王と話している内に俺がアイツと共感して、そんでアイツがその好だってポンと金を出してくれたんだ。勿論側近には嫌味を言われまくったけどな」

オーク「その恩を返す為に、魔王の理想を実現させるために、俺は二人に下働きとしてついていくことにしたんだ。そんな理由があって俺はここにいる」

天使「貴方も魔王様に魅せられたんですね」

オーク「そんな所かな。惚れこんだ以上は尽くす、これが俺の流儀だ……貴方"も"?」

天使「フフ、何でもないですよ!さ、オークさん!早く情報収集と宿の手配をしましょう!」

オーク「お、おい。アンタは宿探すだけだろ。情報は俺が集めるから、自分の役目ってのをやらなくちゃダメだろ。それに兄貴も探してるんだし……」

天使「それはついでに出来る事だからいいんですよー!」

オーク「ついでってアンタなぁ……」


――――――
―――



魔王「……クソッ」

オーク「落ち着け、らしくも無い」

側近「ハァ……頭が痛い」

天使「お、お水をどうぞ」

側近「ありがとうございます……ふぅ」

オーク「で、何があった?」


側近「土地の譲渡の拒否と契約の破棄……といったところでしょうか」

天使「契約?と、言いますと」

側近「そこは順を追って説明しましょう」

魔王「土地の譲渡については渋られても仕方がないとは思っていたけどね。そこは仕方がない」

オーク「そりゃ突然現れて土地の権利を譲れなんて言われても誰だって納得は出来んだろ。完全に俺たちは侵略者だ」

魔王「そうだね。でも、コレは過去に竜爺が交わした契約の上に成り立ったものなんだ」

側近「元々、ここらの土地の全ては竜爺様個人の所有物だったそうです」

天使「ぜ、全部ですか!?あのヒトは一体何者なんですか……」

魔王「多くは語らないけれど、どこかのお偉いさんだったらしい。立ち振る舞いとか見るによく分かるよ」


側近「竜爺様が現役を引退なさるときに、信用出来る数十名に非常に多くの、それもどの国にも属さない土地を"貸し与えました"」

オーク「貸しただけ、か」

側近「契約内容としては。"領地を治める者は、民を蔑ろにするべからず。共存関係の上で成り立つ事、これを忘れるべからず"、"争いによる領地侵略行為を互いに防ぐため、その土地により新たな国を作ることを禁ず。決して他の者から土地を奪う事を許さない"」

側近「"新たに領を持つに相応しき者が現れた場合、民との話し合いの末どちらが土地を治めるに相応しいかを決め、我にその内容を示せ"」

側近「他にも色々と制約はありますが省略します。そして最後に、"以上を守れぬ者。侵略行為、および略奪行為。民を飢えさせ、私腹を肥やす者が現れた場合、例外無く全ての権限を剥奪し、我が力をもって裁きを下す"と記されています」

オーク「あの爺さんこんな文書けるのか」

天使「そこですか!?」

魔王「彼らは時を経て力を持ち功を上げ他国との交友で貴族となり、領主として代々土地を収めてきた。でも、皆近年になって先代の教えに背き、立場を利用して傍若無人に振る舞っている」

天使「はい、町で集めた情報もネガティブなものばかりでした」

側近「おや、貴女には情報収集をしろだなんて言っていませんけど」

天使「あ、そ、それは……」

オーク「構わんだろう。男の俺だと手が回らん事もある、だから手伝ってもらった。それでいいだろう」

天使「オークさん……」

側近「そうですか。勝手な事をしたオークさん後で折檻ですね」

オーク「何で!?」

魔王「まぁまぁ、悪手ではないんだからそこまで厳しくしなくても」

側近「ま、その話は後にして。話を戻しましょう」

天使(ごめんなさい!ごめんなさい!!)

オーク(いいってことよ……うう……)


側近「こちらとしてはなるだけ穏便に済ませるという魔王の意向で、今の生活は出来なくなる代わりに不自由はしないという条件を出したのですが」

魔王「あろうことか、契約書を突きつけても彼らは知らないと頑なに認めやしない。彼らも対応する同じ書を持っているハズなのに」

側近「この契約が履行されていなければ彼らに得は無いのに。古い者にそんな権限はないなどと、まったくほとほと呆れますね」

魔王「僕が怒っているのはそこだけじゃない。領主はこの地に住む人々を自らの為の機械の歯車と呼んだ、飼っているとも言った。彼らは人間だ!貴方を動かす為に働いている訳ではない!!」

オーク「それについてだが、税収も無意味に高く、ショバ代もジワジワ上げているみたいだ。その巻き上げた金の行方は……お察しだ」

天使「国の管理ではない事を利用して、本当に好き放題やっています。他にも人身売買さえ平気でやっているとか。まるで同じヒトを家畜扱いしている」

オーク「機械だの家畜だのと、傲慢をそのまま形にしたような奴だな。独裁国家気取りでも度を越えてやがる」

魔王「さらに、この町を出るとすぐに未開拓地が広がっている。自分たちの土地なのにどうしてこう先を見据えないんだ。交通の便のせいで商人、旅人、冒険者が通えない地域は廃れ消えていく」

側近「その通り。交易も盛んではなく、大枚叩いて趣向品を多く仕入れているようで……先代の遺産を食いつぶして豪遊。崩壊秒読み」


側近「こちらで手引きして早めに破滅させる事も出来るけれど……そうすれば権利が正式に"何も言わない"竜爺様に戻るハズだから、こちらも手に入れやすくなるけれど」

魔王「それではダメだ。その間に町への徴収が酷くなる。迅速に乗っ取る方向で行く」

側近「ふーん……"乗っ取る"んだ」

魔王「奴らは人間じゃない、魔物だ。容赦はしないさ」

天使「……魔王様?」

魔王「ん、ゴメン。らしくないね」

側近「……」


魔王「今日はもう早めに眠ろう。明日の朝には出発しなきゃいけない」

天使「え?もうここを出るのですか?話し合いは……」

魔王「長丁場になることは見越していたんだ。竜爺にも言われたしね」

オーク「元々言って聞くような連中じゃないってのは分かってたんだ。ま、こっちも頭冷やす時間は必要だ」

魔王「うん……」

天使「魔王様……」


側近「天使さん、早く部屋に戻りますよ。それとも、魔王に添い寝でもする気ですか」

天使「ちょっ!?え!?」

側近「冗談ですよ。真に受けないでください」

天使「すみません……」

魔王「ハハ、君みたいな美人さんに添い寝をしてもらえるなら、僕もすぐに楽に慣れるんだけどね」

天使「はうあ!?」

魔王「ハハハ、ホント可愛いな君は」

天使「二人揃って私をからかうのはやめてください!」

魔王「冗談じゃないんだけどなぁ」

天使「ほぐぅ!?」

側近「バカやってないで行きますよ。おやすみなさい」

魔王「ああ、おやすみ。二人とも」

天使「そ、それではまた明日ー!」


オーク「……」

魔王「……」

オーク「ところで魔王、まだ聞いていなかったが隣国にはなんの用事があるんだ?」

魔王「本当にくだらない野暮用と……国としての体制を学びに、かな」

オーク「嘘つけ、野暮用はともかくそんなもん竜爺に聞けばいい話だろう。あのヒトは物知りだろう」

魔王「本当だよ、竜爺は僕に多くは教えてはくれない。教えてくれるのは生きていく方法だけ」

オーク「それも立派な国の成り立ちの話だろうに」


魔王「本当はね、竜爺が隣国の先代の国王に掛け合ってくれて、会ってくれることになったんだ。一人限定って事で」

オーク「ほう、そいつぁスゲェじゃねぇか」

魔王「うん、でも会うのは僕じゃない。側近だ」

オーク「どうしてまた……」

魔王「……恐らく、僕の代では何も変えることは出来ない。ギリギリ、国を作ることくらい……かな?」

魔王「そして、僕の跡継ぎとして彼女に王として動いてもらおうと思っている」

オーク「まぁ確かにアイツなら出来るかもしれんが……人は着いてこないと思うが」

魔王「彼女の良さは僕が一番分かっている。だから大丈夫、きっとみんな彼女に着いていくよ」


魔王「彼女には今の内に色々な事を見て聞いて学んでもらって、そして僕の意思を未来へ繋げてほしい」

魔王「この思いを絶やさなければいずれ……きっと事は成せるはずだから」

オーク「そっか、お前の代で無理なら、俺もその夢の実現は見れねぇか」

魔王「ゴメンね、大見得きって君を連れ出したのにこんな事を言ってしまって」

オーク「構わねぇよ。色んな覚悟を決めてアンタらについていったんだからよ」

魔王「うん、ありがとう。だからこそ、君には出来る限りの事をしてあげたい」

オーク「俺に?」

魔王「うん、君に。何でも言ってよ、君が望むものを。僕に出来る事ならば用意してみるからさ」

オーク「ん?いま」

魔王「まて、男二人の空間でそれは危ない!」

オーク「へへ、冗談だよ」


オーク「俺の欲しい物はアンタにゃ用意出来ないよ」

魔王「おやおや、天下の魔王様に用意出来ない物とは。大きく出たね」

オーク「なーにが天下だっての……俺が欲しいのはな、家族だ」

魔王「家族……」

オーク「本当に心から笑いあえて、アンタみたいに自分の意思を後継に繋げてくれるような子供を持って」

オーク「壊さないように大切にして、そしてそいつらに囲まれて死んでいきたい。それが俺のささやかな願いだ」

魔王「……ああ、そんな大きなものは僕にはプレゼント出来そうにない」

オーク「おうよ!自分で掴みとってナンボの物だからな!」

魔王「……さて、お互いそんな大層な願いを持っているけれど……」

オーク「まずは国をつくらなきゃ意味がねぇ!ってな」

魔王「その通り!丁度今日のイライラも忘れられたところでお開きにしようか」

魔王(……家族か。僕にもいつか持てるかな、そんなものを)


――――――
―――



側近「私は待ち合わせの場所に直接向かうけど」

魔王「うん、よく話を聞いて学んできてね。それと失礼のないようにね」

側近「先代国王……今では賢人とまで呼ばれる人だそうだけど」

魔王「とても強い予言の力を持っているそうだ。年寄りと侮ること無かれ、何気に凄い方だよ」

側近「それより、どうして私なの。本来長である貴方が向かうべきだと思おうけれど」

魔王「僕は長時間話を聞いても覚えられない病なんだ……」

側近「ああそれは重病。帰ったら同じ内容の話を数倍に薄めて延々と聞かせてあげるから覚悟しておくように」

魔王「アハハ……お手柔らかに」

側近「それでは行って来ます」

魔王「うん、いってらっしゃい」


オーク「おい魔王。側近にはホントの事言わんのか?」

魔王「彼女にあんな事を伝えたら怒られてしまうからね。もっと自覚を持てとか、実現させるための今までの行動なんだから最後まで責任持てとかね」

オーク「……それ過去に言われたんだな」

魔王「うん……お説教喰らったよ」

天使「わぁ!大きい町ですね!」

魔王「ん、ああ。この国の首都であり最大の城下町だ。治安もとても安定していて、何より物作りが盛んで人の出入りも多い。経済的にも安定している」

オーク「この国はお手本みたいなもんだな。見ていて安心できる」


魔王「さて、側近が戻るまでかなり時間があるし自由行動と行こうか」

オーク「あぁ、俺はもう長時間の運転でクタクタだぜ……しばらく休むよ」

天使「……」

魔王「そうキョロキョロしないで。田舎者だと思われるよ」

天使「す、すみません!地上に来てからは珍しい光景だったので」

魔王「それじゃあ僕と一緒に見て回る?少し寄りたいところがあるし」

天使「は、はい!お供させていただきます!」

オーク「なんだよデートかよ」

天使「違います!」

魔王「ハハ、だそうだよ?」

オーク「へいへい、イッテらイッテらー」


天使「それで魔王様、どちらへ向かわれるのですか?」

魔王「ん、ちょっと鍛冶屋にね」

天使「武器の調達ですか?それとも整備?」

魔王「少し違うかな。僕の持っている剣について調べてもらおうと思ってさ」

天使「剣……そのいつも腰に掛けている訳の分からない形をしたものですか」

魔王「君だっていつも剣を背負っているじゃないか」

天使「いえ、そっちじゃなくてですね……」


魔王「この剣はあの城を訪れた際に手に入れたものなんだ。竜爺には触るなって言われたんだけど、抜いちゃったものは仕方がない」

天使「どこかに突き刺さっていたんですか」

魔王「うん、玉座に向かってね。刀身の方に一人、そして柄に付いている刃にもう一人、骸が貫通していたよ」

天使「よくそれを引き抜こうと思いましたね!?」

魔王「ハハ、魔王として行動するんだ。何か曰つきっぽい品が欲しかったしね。様になってるでしょ」

天使(ダメだ、このヒト色々とハイセンスすぎる……)


魔王「この剣を見たときにね、何とも言えない寒気を感じたんだ。そして引き抜いてみろって声も聞こえた……気がした」

天使「気がした?」

魔王「うーん、側近が傍に居たんだけど何も聞こえなかったって言うし、それ以降特に剣が喋ったりすることは無かったからね。本当に僕の思い過ごしかもしれない」

魔王「でもその時に言われた、"お前ではなかったか"って言葉が凄く気になってね」

天使「魔王様、それって呪いの品の類では……」

魔王「まぁともかく鍛冶屋へ向けてレッツゴー!だよ!」

天使「はあ……なんか魔王様って何に関してもポジティブですね」

魔王「危機感無いとはよく言われるよ。ハハ」

天使「それ笑いごとじゃないですよー」


……


魔王「……クソッ」

天使「魔王様、それ昨日も聞きましたよ」

魔王「どこの鍛冶屋も分からないだの専門外だの!都会ってこんなに冷たい所なのかチクショウ!」

天使「魔王様、その剣が機械仕掛けだから鍛冶屋さんでは専門外な気がするのですけど」

魔王「え!?鍛冶も機械も同じものじゃないの!?」

天使「あぁ、根本的に世間知らずだった」


魔王「ともかく、見てもらえる鍛冶屋に当たるまで歩くしかないか」

天使「確かに見た事も無いような機械ですけど……一応剣と類ですが、見てもらえる人は限られそうですね……っと、路地裏にまで来てしまいましたね」

魔王「ふむ……ここら辺はあんまり治安が良くなさそうだ」

天使「繁栄しているといっても、発展途上国の裏側ではよく見られる事ですね」

魔王「貧困層……とまではいかないけれど、少しアウトローな感じはするね。気を付けて進もう」

天使「あ、魔王様。あそこ鍛冶屋じゃないですか?」

魔王「ん、それっぽいね。あそこでダメだったらもう諦めようか」

天使「ですねー、切りが無いですし」


魔王「お邪魔しまーす……」

ドワーフ「……」

魔王「あれ、聞こえなかったかな?お 邪 魔 し 」

ドワーフ「ッるっせえな!!聞こえてるわ!!」

魔王「ヒィッ!!」

天使「魔王様……」

魔王「そんな目で僕を見ないでおくれ」


ドワーフ「何だ?新聞の勧誘か?何かの押し売りかぁ?興味ねぇからとっとと帰れ!俺ぁ忙しいんだよ!」

魔王「ち、違います!僕は客です!ほら、この剣をちょっと見てもらいたかっただけですから!」

ドワーフ「剣だぁ?その機械に刃がくっ付いただけなのが剣だぁ?ふざけんな畑違いだ!帰れ!!」

天使「ああ、やっぱり同じ反応ですか……」

魔王「本当に少しでいいんです!他の鍛冶屋さんには全部断られて、もうここしかないんです!お願いします!」

ドワーフ「ふん、それでこんな薄暗い場所に辿り着いたって訳か。こんな寂れた所よりもさぞいい所の鍛冶屋を先に周りに回ったんだろうな」

魔王「返す言葉もございませぬ……」


ドワーフ「……」

天使「な、なんですか?私をじっと見つめて」

ドワーフ「……まぁいい、見るだけ見てやる。条件付きでな」

魔王「ほ、本当ですか!?すまない、僕の為に犠牲になってくれ!」

天使「この話題の流れでどうしてそうなるんですか!私が何かされてしまう事前提ですか!」

魔王「流石にそれは冗談だけどね。それで、条件というのは?こちらが呑めない事を啓示された場合は素直に諦めるけれど」

ドワーフ「そこのベッピンさんが持っている剣。そいつも俺に見せてくれ」

天使「ッ!」

魔王「これを?」

ドワーフ「ああ、そうだ。それが条件だ」


魔王「ふむ……」

天使「……」

ドワーフ「どうした?アンタの持ってる機械仕掛けの方を見てほしいんじゃなかったのか?」

天使「あのっ!」

魔王「分かった、じゃあ帰ろうか」

天使「え……」

ドワーフ「……」


魔王「君がその剣を大切にしているのは分かっている。なるべく誰にも触らせないようにしていたのもね」

天使「ですが……」

魔王「それに、なに、僕のはただの剣だ。君のとはワケが違う……と言い切れないけれど。君の意思を無視してまで調べることでも無いしね」

魔王「すみません、そういう事で。じゃあ行こうか」

天使「だ、大丈夫です!」

魔王「え?」

天使「み、見せるくらいなら……その、奪ったりしなければいいです!」

魔王「君は……」

天使「魔王様にはお世話になっていますし、それに何やら只ならぬ物を感じているようですし、やっぱりちゃんと見てもらった方がいいと思うのです。そのくらいなら、私の仕える神も許してくれると思いますし」

ドワーフ「いつまで甘ったるい話を続けている、くだらん。早くせんか」

魔王「アンタ鬼か!?」

ドワーフ「ドワーフだ。どうでもいい、早くその機械仕掛けの方を出せ」

魔王「あ、ああ……」


ドワーフ「ふん。手間を増やしやがって。どんだけふんだくってやろうか……」

天使「あのぅ……こっちの剣の方は……」

ドワーフ「もういらん、興味が無くなった」

天使「エー……」

魔王「あ、アハハ……結果的にはよかったのかな?」


ドワーフ「その辺に座って待っていろ、邪魔くさい」

魔王「あの、どのくらい時間が掛かるか教えていただけますか?」

ドワーフ「人に頼んでおいて急かすなガキ!」

魔王「ヒィッ!」

天使「魔王様……」

ドワーフ「なーにが魔王だよったく……」

魔王(怖いヒトだなぁ)

天使(魔王様の態度にも問題ありだと思いますけど)

ドワーフ「……」


魔王「にしても暑いねぇ」

天使「工場ですから仕方がありませんね」

魔王「だねー。でもこうした鍛冶場があれば何かと便利かも。竜爺に許可でもとって作ろうかな」

天使「あ!いいですねお城の多様化!最近台所の方も不便かなーと思ってたところなんですよ、一緒に改装しちゃいません?」

魔王「いいね、それなら今はまだ必要ないけど訓練場の整備もして」

天使「それとお庭に畑なんかも作っちゃいましょうよ!それなら自給自足が出来ていいんじゃないですか」

ドワーフ「う る せ ぇ ぞ テ メ ェ ら イ チ ャ イ チ ャ す る ん じ ゃ ね ぇ !!」

魔王「ヒィィ!!」

天使「ごめんなさーい!!」

ドワーフ「ったく……」

魔王(ダメだ、やっぱりこのヒト怖いよ)

天使(なるべく息を殺して静かに丸くなっていましょう。食い殺されてしまいます)

ドワーフ「おーいお前ら、そんな部屋の隅で何やってんだー……」


ドワーフ「……」

天使「ジィー……」

魔王「じぃー……」

ドワーフ「ジッと見られるのも慣れてねぇんだ。あと声に出すな、やめろ」

天使「は、はひッもうしわけありませぬ!」

魔王「申し訳ありませんでございます!」

ドワーフ「言語が大変なことになってるぞオイ」


ドワーフ「珍しいか?こんな鍛冶場は」

天使「いえ、珍しいというか……」

魔王「見た事が無かったですから」

ドワーフ「そうか、そうだな。それが普通だ」

魔王「この国は物作りが盛んですが、国王がそう言った方針を?それとも仕事の都合がよくてそういう人が集まってきたとか?」

ドワーフ「国の方針だな。今の代になってからこういった鍛冶を中心に盛んになっている。他国への輸出が国の収入の大半だ」

魔王「へぇ……」

天使「でも素敵ですね!物を創造しそしてそれを広めていく……人間として何かを生み出す行為はとても美しいと思います」

ドワーフ「何が美しいもんか。人殺しの道具を作って、それを顔も知らねぇ奴らが使って血みどろになって戦うんだ。こんな死神商売あってたまるか」

天使「あ……」

魔王「……」


魔王「それは違う」

ドワーフ「何が違うんだ」

魔王「貴方は誰かを殺す為に鍛冶をしているのですか?」

ドワーフ「そうだな、間接的ではあるが俺は誰かを殺しているも同然だ」

魔王「でも、同時に貴方の武器は使い手を守ってもいる」

ドワーフ「ほう……」

魔王「争い事は仕方がない。生きているんだ、血が流れる事もある。だけれども、武器は人を助ける事も出来る道具なんだ」

魔王「憎い人を殺すのも、大事な人達を守るのも、それは使い方次第かな」

天使「……」


魔王「なーんて言うけどさ、実際は生き物を殺す為に作られたんだから何を言っても言い訳にしかならないよね」

天使「早速全否定ですか!?」

魔王「でも、こういった事で悩むくらいなら、誰かを守る為に作っているって考えた方がいいだろう?」

魔王「誰かを守って意思を、希望を未来へ生かす為に武器は振われる、そうすれば気が楽になる」

ドワーフ「殺す為の刃ではなく生かす為の刃か……変わっているな、お前さん」

魔王「うん、よく言われるよ」


ドワーフ「そういうのは嫌いじゃねぇ。俺は俺の創る物に誇りを持っている。だからこそ自信をもって送り出せる」

ドワーフ「その武器も、その使い手もな。なるほど"生かす"か……ああ、いい言葉だ」

魔王「うん、自分でも良いこと言ったって思っているよ」

天使「魔王様、その一言で全てが台無しになりましたよ?」

ドワーフ「ああ、それと。この剣の点検は終わったぞ」

魔王「ああ、ありがとう。何か分かった事があったら言ってほしいのだけれど」

ドワーフ「ガッハッハッハ!!率直に言おう、そいつは魔剣だ。バリバリの人を殺す事だけを目的とされた最悪の刃だ!!」

魔王「」

天使「」


ドワーフ「銘が入っていたが、恐らくこれは百十数年前に実在した伝説の鍛冶師ヴォーグの作品だ」

ドワーフ「そいつは人殺しとしても有名でな、近隣の国で大暴れしやがった挙句に持っていた魔剣で自害したそうだ。聞いた形と一致している、多分その魔剣がコレだ」

ドワーフ「今は力の大半が眠っているようで、俺もそれ以上は分からないんだが。正直持っていても何の得にもならんだろうな。なんたってそういう逸話があるからこそ"魔剣"と呼ばれているって事だ」

ドワーフ「あん?どうした?」

魔王「」

天使「すみません、魔王様が若干立ち直れないでいます」

ドワーフ「あんな説教かました後でコレだからな。同情はしてやる」


……


天使「色々とありがとうございました」

ドワーフ「いや、構わん。俺も久々に楽しめたからな。魔王、また来い、今度は酒でも飲みながら話そうや!」

魔王「アハハ……楽しみにしておくよ」

ドワーフ「ま、よっぽど悩むくらいだったら早い所破棄するんだな。いくら貴重な物とはいえ魔剣は魔剣だ」

魔王「うん、まぁ。僕が手に入れたという事は何かきっと意味があることなんだろうとは思うけど……考えておくよ」

天使「それではこの辺で……」

ドワーフ「ああ、それと。嬢ちゃん」

天使「はい?」


ドワーフ「嬢ちゃんの持っている剣、どういった経緯で手に入れたかは知らんが。そいつ、神器だろ」

天使「……」

魔王「見て分かるんですか?」

ドワーフ「これでも目には自信がある。他の神器も見た事があるからな。鍛冶師としては神器を触ることはこれ以上ない名誉でもある。ちょっと触ってみたかったがまぁ強要はしねぇ」

ドワーフ「……覚えておいてくれ。神器は決して富や名誉、力だけを与えるものでは無い」

ドワーフ「その先にあるのは"破滅"だ。長い間一個人が持ち続けた場合は、確実にその人物の全てを奪う呪いの品だ」

天使「……存じています」

魔王「え……」

天使「もし窮地に立たされた時に、神器を手放すことが出来た人間こそが全てを得ることが出来る……そうとも教えられています」

ドワーフ「そうか……なるほどな。呪いは祝福の裏返しと言ったところか」

天使(ですが、私がこの剣を手放す時は、それは新たな所有者が見つかった時だけ……それまでは決して放す訳にはいかない)

魔王「……」


――――――
―――



魔王「側近、どうだった。賢人様は」

側近「変な人だった」

魔王「うん、そういう事を聞いているんじゃなくてだね」

側近「とても変な人だった」

魔王「うん、だからね」


天使「オークさん沢山買い込みましたねぇ」

オーク「おう、ほとんど料理本だけどな!」


魔王「何か身になる話でもあったかい?」

側近「それは勿論。夫とのノロケ話から始まり、国の成り立ちを説明され、そして夫のノロケ話で終わった。エンドレスする話題の中、私が有用と見出したものはほんの一部の話だけだった……ッ!」

魔王「お、おう」

側近「……」

天使「側近さん?何かあったのですか?」

側近「……いえ、特には」

天使「そうですか?」


オーク「一晩この宿で泊まって、もう明日の朝には出発するから今回も早く寝ておけよー。移動にも数日かかるし、厳しいッたらありゃしない」

天使「はーい!」

魔王「中々のハードスケジュールだね……正直キツイよ」

オーク「馬車の運転が控えている俺のがキツイっての」

天使「それにしても賢人様?でしたっけ、先代の国王様の」

魔王「うん、先代といっても前国王ではなく、何代か前の王で今は相談役をやっているそうだけど」

天使「予言の力を持っていると仰っていましたね。まるで私達を束ねる神々のような力を持っておられるのですね」

魔王「へぇ、やっぱり神っていうのはそういう力も持っているのか」

側近「……」

魔王「側近?どうしたの、さっきからおかしいよ?」

側近「……大丈夫、何でもない」

側近「……」


――――――
―――



側近「ただいま戻りました」

竜爺「おかえり、もう少しのんびりすればよかったものを」

側近「手早く行動したいので、そう悠長にはしていられません」

竜爺「限られた時間を大切にするのはいいことじゃ。して他の者は?」

側近「皆さん長旅で疲れて各自部屋で寝込んでいます」

側近「それよりも……」

竜爺「賢人に合ったか」

側近「はい。他のヒト達には相談できそうになかったので、竜爺様を選ばせていたが来ましたが、ご迷惑でしたでしょうか」

竜爺「構わんよ。さしずめ、あの者に何か予言でもされたのだろう」

側近「はい、その通りです」

竜爺「ああ、やはりな。奴は未来を見通す力がある。奴め頼んでもいないのに勝手に予言しおる」

側近「……」


竜爺「何を言われた?明日の夕飯か?明後日の天気か?奴は下らんことまで言いふらすからな」

側近「私は……私が、この世界に革命を起こす者を"導く者"だという事を伝えられました」

竜爺「導く者……のう。また大きく出たものだ。そして革命者の方を指名するわけでもなく導き手に声を掛けるとは」

側近「私が謁見に来るという事を知っていた上での発言だったのですか?ギリギリで彼と替わる事を王国側に伝えたのですが」

竜爺「それも奴ならお見通しだろうな」

竜爺「で、内容は?奴は嘘も混ぜて話をする、それに予言もこれからの行い次第では外れる事もあるからあてにもならん。有用ではあるのだがな」

側近「……」



―――
――――――


側近「先代国王、無礼ながらも謁見の許しを感謝いたします」

賢人「そう畏まらなくてもいいよ。私はもう隠居の身、堅苦しいのは嫌いだ……待っていたよ貴女を」

側近「私を……」

賢人「ええ、ずっとね」


側近「今回、我が主の代わりにこちらへ遣された身です。貴重な経験になると、そういう話で」

賢人「ああ、そうだね。それもあるが……まぁ聞いてほしい、貴女の今後の運命にかかわる話だ」

側近「……?仰る事の意味が分かりかねます」

賢人「私は予言者、かつてこの国を予言で導き繁栄をもたらした魔女」

賢人「そして今、そんな私の目の前に世界の革命を起こす者の導き手となる少女が現れた。伝えずにはいられますか」

側近「話が飛躍しすぎです」

賢人「簡単に言うよ。私は未来を見た、そしてその未来は決して明るいものでは無い」

賢人「地は混沌に戻り、天は裂け、地下深くから魑魅魍魎が溢れかえりそして世界は……滅びるだろう」

側近「……」


賢人「おや、まるで信じていないって顔だね」

側近「お言葉ですが、抽象的すぎてついていけません」

賢人「そりゃそうだ、誰だって信じることが出来ないだろうねこんな事。私だって信じない」

側近「……」

賢人「いよいよ胡散臭くなってきたって風だね、まぁ仕方がない。そんなもんさ」

側近「顔に出してしまった非礼をお許しください」

賢人「いいよ、気にしてない」


賢人「老人の戯れだと思って聞いておくれ」

賢人「私が見た絶望の未来。どうにか変えようとあらゆる可能性を考慮し、そしてまた予言を始めた」

賢人「幾度となく失敗を繰り返す中で私が唯一見る事の出来た光……この地に生まれ出勇者の姿だ」

側近「勇者……」

賢人「聖と魔の象徴、生まれ変わりしその姿、光と闇の中から出でる」

賢人「その者こそが世界を変える革命者となり、そして絶望の未来を回避しこの世をひっくり返すことが出来る」

賢人「朱き血を鋭き刃に変え、邪なる者を撃ち天を統べ。聖と魔を両手に携え大いなる存在と対峙し、未来へ繋ぎ。そして地上に残された彼の者は世界を見つめただ佇む」

賢人「貴女は……その勇者を導く運命の子だ。貴女が正しく道を記せば勇者は光となり、邪な心を持って接すれば影にもなる」

側近「何者なのですか、その勇者というのは」

賢人「さぁね……ハッキリとは見えない。単一の存在かもしれないし複数人かもしれないし、人間なのかもしれないし動物なのかもしれない。もしかしたら、まだこの世に生まれていないのかもしれない」


賢人「私に見えたのは、その者はこの地より生まれる……ということくらいかね。もしかしたら貴女の国かもね」

側近「我々はまだ国を運営するに至ってはいません。やはり、その予言を信じることは出来ません」

賢人「ここまで言っておいてアレだけど、まぁ信じる信じないは貴女に委ねるとしようかね。しかし、そう遠くは無い未来で貴女は決断を下さねばならない時が来る。それを忘れないで」

側近「覚えておきます」

賢人「その勇者にとって、貴女は唯一無二の存在となるでしょう。それは掛け替えのない友人か、互いに認め合う主従関係か、それとも無償の愛を育む者か……」

側近「……私が誰かを愛する?ありえない」

賢人「何故?そう言い切れる?」

側近「お言葉ですが、私は誰からの愛情も受けずに生きてきました、親の愛も知らず家族の情も知らず」

側近「地上に来てからも、誰かに身を寄せるその感情を理解することは出来ませんでした。そんな私が人との出会いというちっぽけなものでそんな感情を得るなどとは考えにくいです」

賢人「貴女は変わります、貴女自身が変わらなければならない時が来るのです」

側近「……理解が……出来ません」


――――――
―――



側近「……」

竜爺「ふん、奴は自分の感情論までぶつけてきたか。はた迷惑な奴だ」

側近「その後、終始夫との馴れ初めから何まで全てを聞かされることになりました。正直眠かったです」

竜爺「余計な話を……」


側近「いずれ地上に訪れる危機とは……」

竜爺「ハッタリかもしれんし、本当かもしれん。奴を信じきるのは骨が折れる事だ」

側近「私は……この地上がどうなろうと知った事ではありません。故郷でさえ何の情も持たない私が、どうしてそんな選択を迫られるのか」

竜爺「……何、この場所が消えてしまえば、魔王の夢も潰える」

側近「それは……嫌だ」

竜爺「フフフ、そう考えれば守りたくもなるだろうて」

側近「はなから予言など微塵も信用はしていませんが。もし、そんな選択を迫られたとき、私は正しい選択は出来るのでしょうか」

竜爺「魔王もおる、オークもおる、それに天使も。何よりワシが傍についてやる、お主の行く道が逸れぬようにな」

側近「……」


側近「竜爺様、もう一つだけ……誰かを愛するという事はどういう事なのでしょうか」

竜爺「……なんだ、本当にお主が聞きたかったのはそっちか」

側近「生の感情を出す事が……私には理解できません」

竜爺「ふん、人を愛する行為に理解はいらんよ。隣人愛か、家族愛か、兄弟愛か、それとも色欲かただ動物を愛しむだけのものなのか」

竜爺「生けるものが産まれ備わったものだ、お主も十分それを持っておる。ただ気が付かんだけでな」

側近「気が付いていない……私が」

竜爺「ああそうだ。お主は周りの感情には敏感な癖に自分の事となるととことん鈍感だ、そんなのだから天使に無意識に嫉妬心を出しているんじゃぞ」

側近「……治すようには善処します。が、天使さんに嫉妬する理由がありません。彼女に対しては警戒しているだけです」

竜爺「ああ、そういう事にしておけ。ワシからはもういう事も無い。お主が予言を受け入れるのならそれでよし、そうでないのなら知らん、好きにせい」

側近「はい、そうさせてもらいます」


側近「あ、最後に」

竜爺「なんじゃ?」

側近「先代国王……賢人様は、"我が最愛の夫へよろしく"と、仰っておりましたが。誰の事でしょうか」

竜爺「……知らんな、想像もつかん」

側近「そうですか、では私は失礼します。相談に乗っていただきありがとうございました」

竜爺「ふん、自らの在り方が分からんようならまた来い。魔王にもそう伝えておけ、お主らはワシを頼ってもよいとな」

側近「はい、ありがとうございます」


――――――
―――



天使「~♪」


魔王「今日は洗濯物日和だね」

竜爺「うむ、良い天気じゃ。外でこうしていると眠くなるのう」

魔王「うん、僕とチェスしてる最中なんだけど、眠くなるってどういう事かな?」

竜爺「お主とやっててもつまらんからのう。チェック」

魔王「まった」

竜爺「7回目じゃぞ」

魔王「まった」

竜爺「ホイホイ」


天使「お洗濯終わりましたよ~。フフ、お二人とも楽しそうですね」

魔王「ん、ありがと。んー……よし、これだ!」

竜爺「馬鹿者、チェック」

魔王「まった」

竜爺「ほれみろ」

天使「魔王様ーちょっとは頭使いましょうよー」

魔王「君まで僕を馬鹿にするのかァ!?」


竜爺「チェスの盤面は軍事の入門、軍を動かすには必要とされる基礎的な知識にもなりうる」

魔王「そうかなぁ?こんな小さな盤面で戦局を支配出来るのなら誰も苦労はしないよ」

竜爺「確かに、あくまでもこれは遊びだからな。定石を踏まえ先を読み、相手の思考を探ることが重要……という事だ。こうしたゲームと違い、実戦では不測の事態も起こりうるじゃろうて」

魔王「僕は戦争はしないよ。今のところはね、だからそういう知識も必要ない」

竜爺「そうも言ってはいられん。争いを許容する王ならば身につけねばならん知識だ。そうでなくともいつ争いの火種が点くか分かったものでは無いしな」

魔王「……それが、領主への個人間の争いだとしても、かな?」

竜爺「ふん、話は側近から聞いておる。契約自体を反故にされたそうだな」

魔王「まぁね……竜爺からは彼らに何も言わないの?あの土地に住んでいる人々は苦しんでいるというのに」

竜爺「……すまない」


竜爺「ワシは……身内可愛さに奴らの子孫である今の貴族たちには何も言えんでいる。その為にあの契約書に強制力などないのだろう」

竜爺「あそこまで増長させてしまったのは今の今まで放置していたワシの責任だ」

魔王「本当に可愛いと思っているのなら言うべきじゃないかな。貴方は優しくはあっても甘いヒトではない」

天使「竜爺様、私が言うのも差し出がましいとは思います。ですが、貴方から声を掛けていただければまた進展もあるかもしれません」

竜爺「何度も言わせんでくれ。ワシには何も言えんし、奴らも聞く耳を持たぬだろう。本来早めに、もっと前の代で土地を取り上げるべきだったのだが……もう奴らはワシの事を知らん」

天使「何か手は無いのですか?」

竜爺「……魔王よ、お主は正面から徹底抗戦する気はあるか?例えば、直接乗り込み奴らを潰す……という馬鹿な選択などと」

魔王「やれと言われてもやらないよ。それじゃあ意味が無い」

竜爺「だろうな。いっそ、そうしてくれればワシも角を立たせずに終われるのだが」

魔王「それは甘えだね。でも手は一応打ってあるよ。成功するかは今後の働き次第か」

竜爺「既に事を始めておったか……お主はどう動く」

魔王「あくまで真っ当に、出来れば穏便に。どうしても時間がかかるから、彼らの土地に住む人々にはもう少し耐えてもらうことになるけれど」


竜爺「……さて、ワシはそろそろ部屋で休むとしよう」

魔王「まだお昼過ぎだよ。もっと僕と遊んでよ」

竜爺「居心地が悪くなっただけじゃ。察しろ」

魔王「うん、ワザと言っただけ。今は考える時間も必要だろうから、ゆっくり休んでよ」

竜爺「まったく、タチの悪い男だ」

魔王「ああ、よく言われるよ」


天使「それで魔王様、どのようにして現状の打開を?」

魔王「ともかく今は土地が欲しいんだ。一定以上の大きさの土地を保有していなければ、そもそも他国からは認められないだろうし。他国からの同意は一番重要だ、今後の関係性にも関わる」

天使「地上で建国する場合のシステムはどうなっているのですか?皆さんのお話を聞いていてもよく分からないのですが」

魔王「建国自体は簡単だよ。宣言すればいいだけだから」

魔王「本来侵略、占領や独立からなるものだけど。今の僕たちにはそんな力は無いし、独立はともかく、侵略なんて多分出来てもやらない」


魔王「今のうちにどこの国も保有していない土地を抑えて大きくしておく必要もある。他者に侵略されても大丈夫なように余裕を作っておくためにね」

魔王「だから、僕は隣国を利用させてもらう」

天使「隣国を?以前立ち寄った国の事ですよね?」

魔王「うん、僕がただあの国に遊びに行っただけだと思っていたかい?」

天使「はい」

魔王「oh...」

天使「え!?違うんですか!?」

魔王「違うよ!?本気で思っているのだとしたら君ちょっと天然じゃないかな!?」


魔王「と、ともかく、以前あの国へ行ったのは側近に先代の国王の話を聞いてもらうって言うのが目的の一つ。政治的にもう一つ目的があって、あの国と仲良くしておこうって事」

天使「コネクションを作る為ですか?」

魔王「そうだね、いざという時に守ってもらうためにね。一つ将来的に賄賂を渡す約束をしたんだ。そうでもしなきゃ他から横やりを入れられそうだし」

天使「賄賂ってッ!魔王様不正ですか!?」

魔王「表向きは綺麗にしていても、裏で汚い事しなきゃやってられないんだよ。許容してくれないかい?」

天使「ん、むぅ……そうせざるを得ないのならば仕方はありませんが」

魔王「ありがと。正直ここで賛同を得られなかったらまた僕の心が揺らぐところだったよ」

天使「魔王様、武力での解決は嫌うのにお金で解決するのは躊躇いが無いのですね」

魔王「アハハ……せめてそのくらいは認めろって側近に怒られてね……話も進まないし」

天使「でも将来的ってよくそんな事で約束出来ましたね。確定ではないのに」

魔王「相手も"可能なら"程度に考えているだろうし、そうでなくても僕のビッグマウスでね」

天使「あまり褒められた事じゃない様に聞こえますよ」

魔王「フフフ、話術は重要なのだよ!」


魔王「あの国はここらでは一番大きい国だ、あそこが首を縦に振れば他国もそれに合わせざるを得ないだろうからね。一応他国の弱みは握っておく程度の事はしておくけど」

天使「無理矢理認めさせるとは、中々にエグイ話でもありますねー」

魔王「さ、その為にもまずは土地を手に入れる事から始めないとね。机上論ばかり語っていても動かなければ意味が無い」

天使「あ、お出かけですか?」

魔王「うん、そろそろ側近もいつも忙しなく働いているし、僕も動かなきゃと思ってね」

天使「では支度をしてまいります」

魔王「……これから僕たちの行動範囲は広がっていく。君の目的を果たす事と、それにお兄さんを探す機会も増えるだろう」

魔王「それでも君は僕に、僕たちについてきてくれるかな」

天使「今更確認を取らなくても、私はそのつもりですよ魔王様」

魔王「そうか……そうだね、ありがとう。じゃあまずはまた近くの村や町へ向かおう。彼らからの信頼を得て、今後の行動に生かしていこう」

天使「はい!」


一旦小休止、深夜に再開予定
これで大体3分の1くらいかしら

設定ミスが見つかって後半大幅に書き換えなきゃいけないところがあるから今夜中に終わるか怪しい

あけおめ乙

勇者は学園のだっけか

再開

――――――
―――



側近「はい、これが以前交渉に成功した領地の資料」

魔王「ん、ありがと。長い時間を費やして話し合った甲斐があったよ」

側近「元々運営は上手く行っていなかったみたいだし、手放さざるを得ない程切迫してた」

オーク「そこで生活の最低限の保障を持ちかけたら全部譲ってくれたってワケだ。まぁ始めから狙い目の場所だったからな」

魔王「うん、疲弊しているのは知っていたからね。多少ならお金は出せる。だからこそ、そういったところから取っていかないとね」

天使「しかし、そんな土地を受け取っても我々が運営するのも厳しいのではないですか?」

側近「ハァ……少しは頭を使う事を覚えたらどうですか」

天使「なぬ!聞き捨てなりませんね側近さん!」

魔王「側近、彼女はそういうことはからきしなんだ。そうは言わないで」

天使「魔王様も中々に辛辣な事で」


魔王「ここの土地はね、開拓を進めて行った末に運営資金が底をついたんだ。民の為に使った立派なお金だよ」

側近「突き詰めて言ってしまえば、使い方が下手だったという事ですが」

天使「貴族にもそういう人もいるのですねぇ」

魔王「誰しもが醜い訳ではない、だからこその地上人と言ったところか。そのおかげで僕が動きやすくなったのだけれど」

天使「と、言うと?」

側近「他の領地の貴族はその開拓した土地をいたく欲しがっているとの事です」

魔王「竜爺の契約を無視している彼らでも、侵略行為を行うにはそれなりのコストとリスクを背負う。攻め込んだ最中に自分の土地が他の貴族に奪われるかもしれないからね」

側近「国という形を成していないため、やったやられたで仲裁を行う立場の者がいない以上無法地帯でしかありません。自分の身は自分で守る。争いを起こす程愚かなヒトはいなかったと喜ぶべきでしょうか」

魔王「隣の土地が欲しくても、彼らは腹の探り合いでそういった方法に出られなかったんだね」

天使「……ああ!それで貧困の領を買い取って、それを元手に他の領地を!」

魔王「うん、その通り!彼らは他の領地を喉から手が出るほど欲しがっている!」

側近「隣の芝は青い、とはよく言ったものだと思う」


オーク「それで、今向かっている領の領主は広大な土地で田畑を欲しがってる。連中が保有する未開拓地+αを交渉で交換することが出来れば今回は成功という事だ」

側近「直接交渉するのは私ですけれど。頭の悪い人達ばかりですのでもっとちょろまかそうと思っています」

魔王「程ほどにね。今後の動きもある、大体的に知られたら上手く行くものも上手く行かなくなってしまうから」

側近「了解、ギリギリまでは粘るから」

天使「それで少しずつこちらの土地を増やしていくのですね。わらしべ長者みたいですね」

魔王「長者になるか、目論見がバレた末に貴族から攻撃を受けて全てを失うかは僕ら次第だ」

側近「魔王、貴方は途中の村へ。用事があるんでしょ」

魔王「お言葉に甘えてそちらに行かせてもらうよ。それと、住民の移民についてだけど……」

側近「それも交渉しておく。彼らは駒を手放す程度にしか思わないだろうけど、私達からすれば貴重な働き手だから」

魔王「うん、お願いね」


オーク「よーし、着いたぞ。魔王、降りな」

天使「ここですか……なるほど、ものの見事に未開拓ですね」

魔王「この土地は既に譲渡が決まっている。後は今回の交渉で判を貰うだけだ」

側近「私達はこのまま領主の館に向かいます。天使さんは特にすることも無いので魔王について回っていてください」

天使「は、はい!!」

側近「とはいえ、貴女の今回の役目は魔王の護衛です。貴女と行動を共にしてからそろそろ1年は経とうとしています。何度か手合せしているのでその腕はよく知っています」

側近「魔王に万が一の事が無いようにお願いします。それくらいしか貴女には出来ないのですから、キリキリ働いてください」

天使「はい、魔王様は私が御守りします!」

側近「……」

魔王「行こうか、調べたいことは沢山あるからね」

天使「では行ってまいります!」

魔王「そっちは任せたよ」


オーク「それじゃあまた馬車を飛ばすぞ」

側近「……お願いします」

オーク「なんだお前さん、ずっと二人を見て。嫉妬してんのか?おっと、こんな事言ったらまた嫌味の一つでも飛んでくるな」

側近「……」

オーク「……側近?」

側近「どうなんでしょうね」

オーク「は?」

側近「さ、行きましょう。ゆっくりしている時間は貴方の毛髪程ありませんよ」

オーク「お、おう!俺の髪はゼロだけどな!ってオイ!?」

側近「……」


……

魔王「とりあえず、近くに小さい村があるからそこに立ち寄ってから辺りを見て回ろう」

天使「どうして村の近くに馬車を止めてもらわなかったのですか?」

魔王「岩場が少しキツくて馬車じゃとてもじゃないけど入り込めなくてね」

天使「あー、なるほど」

魔王「整地しないと交通の便が酷くてね。僕は何度も来ているから慣れているけど。ま、それはこの場所に限った話じゃない」

天使「あ、見えてきましたね」


天使「よいしょっと……小さい村ですね」

魔王「場所が場所だからね」

天使「しかし魔王様、何故魔王様が交渉へ向かわずこちらへ?」

魔王「ちょっと我が儘を言ってね、前に君にも話さなかったっけ?友人を探していてね。この近くにいるかもしれないから側近に代わってもらったんだ」

天使「ご友人ですか」

魔王「うん、とても大切な……」


「ようこそいらっしゃいました、魔王様」

魔王「こんにちは、村の様子は……」

「いつも通りです。あまり良いとは言えませんね」

魔王「そうだね……でも、以前より活気はある」

「はい、それはもう。魔王様がこの場所を買い取っていただけると聞いて、村の者達もやる気を出しております」

天使「魔王様、この方は?」

魔王「ここの村長さんだよ。流石に僕も友人を探す為だけに政務を放っておくことは出来ないからね、視察もかねて……ね」

魔王「少し込み入った話をするからキミはてきとうに時間を潰していてくれないかい?」

天使「はい、分かりました」


天使「……」

天使(はぁ、結局私は役に立てないか……ううん!落ち込むな私!出来る事から始めろって竜爺様にも言われたろ!)

天使(それに、私は私の目的の為に動かないといけない!よし、ここ一度探してみようかな)


「……」


天使「……?あれ、あの人……」


「きゃッ!」


天使「ッ!危ない!!」


少女「いッ……アレ?」

天使「だ、大丈夫ですか!?転びそうになってましたけど」

少女「ええ、大丈夫、ありがとうございます……貴女は?」

天使「はい?私ですか?」

少女「聞いたことのない声でしたので。この村の人ではないですよね?」

天使「ええと、はい。お仕事でこちらに来ましたので」

少女「ああ、やっぱりそうだ!こんな綺麗な声の人は初めて会いましたから!」

天使「エヘヘ、そんな綺麗な声だなんてー……ッ!貴女、目が……」

少女「はい?」

天使「……いえ、何でもありません」


少女「あ、気になさらないでください。そういう事を言われるのは慣れています」

天使「ごめんなさい逆に気を遣わせてしまいましたね」

少女「いいえ、理解なさってくれるだけでも嬉しいですよ」

天使「フフ、ありがとうございます」

少女「それにしても、どうしてこの村へ?お仕事にしても商人さんが来るのは今日ではないですし……」

天使「あ、交易ではないですよ。難しい話なので私は参加させてもらっていませんけど、頻繁にここに来るようなそんな仕事だそうです」

少女「あ、そうだ!今お暇ですか?少しお話ししませんか?」

天使「え、ええ!?今しがた出会った私にデートのお誘いですか!?そ、そんな心の準備が……」

少女「フフフ、女の子同士ですよ、私達」

天使「ハッ!?そうでした!!では喜んでお付き合いいたしまする!」

少女「アハハ、面白い人ですね!そうだ、着いてきてください、とっておきの場所を教えてあげます!」

天使「あ、ちょっと!?そんな結構素早く動いて大丈夫なんですか!?またすっ転びますよ!?」

少女「キャ―――――!!」

天使「あーあー……彼女もまた私と同じ属性持ちか……」


……


少女「ここですよ」

天使「わぁ……綺麗」

少女「辺り一面の花畑。近場でこんなにお花が咲き誇っている場所なんて他にはありませんから。私と私の大切な人の秘密の場所です」

天使「おやおや?彼氏さんですか~?」

少女「えへへ……」

天使「そんないい場所、私に教えちゃってよかったんですか?」

少女「この村は私と同じような歳の子がいないから、誰かと話す機会も無くて。だからせっかく出会った貴女に見せたかったの」

天使(あ、アハハ……私実はあんまり地上人に言いたくない年齢なんですけどね……)

少女「……?どうかしましたか?」

天使「いえいえ!こっちの話です、こっちの!」


少女「彼は仕事であまり家には帰れないから、あんまり私はここには来れないんです。だからそういう意味でもここに来たくて」

天使(なるほど、ここに来るにもサポート必須みたいですしね)

少女「それじゃあお話しましょう、貴女は魔王様のお付きの人ですよね?」

天使「あれ、知っていたんですか?」

少女「こんな所に頻繁に来る人なんて、魔王様くらいしかいませんから。魔王様はこの村の人達に良くしてくれています、それにたまに来る他の村や町の商人さんも魔王様のお話をよくしています。それに貴方達付き人さん達の事も」

天使「へぇ、どんなお話ですか?」

少女「変な人達だって」

天使「うん、知ってた」


少女「でも、すごく親身になってこっちの不満を聞いてくれたり、改善するために動いてくれていたり……私は魔王様とは直接会ったことは無いですけど、とても優しい人だって事は伝わってくるから」

天使「うんうん!ちょっと頑固なところはあるけど、いつもニコニコしていて、丁寧で上品で。それでいて優しくて……あ、少し情けない所はありますけど」

少女「貴女は魔王様の事がお好きなんですね」

天使「あー、まぁ好きと言うか何というか……好きなんですかね?」

少女「違うのですか?」

天使「どうなんでしょうか。少し兄さんに似ていて、私の場合は憧れに近いかも。魔王様のように優しくありたい、強くありたいと」

少女「お兄さんが居るんですね。でもお兄さんとは違って意識することはあるんですよね?」

天使「えっと、もう結構長い事傍にいますからね、ずっと見ていますからその分良い所も悪い所も……ハッ!?意識している!?コレは恋なのでしょうか!?」

少女「フフ、恋なんじゃないですか?」

天使「あわわ……そう考えると顔から血が噴き出そうです……!!」

少女「ん?火じゃなくて?」



天使「わ、私の事はもうこの辺でいいでしょう!貴女の事を聞かせてください!」

少女「フフ、分かりました。なにが聞きたいですか?」

天使「そうですねぇー。貴方の彼氏さんの事を聞かせてください!馴れ初めから今に至るまで!お返しです!」

少女「いいですよ。恥ずかしい事なんてありませんから」

天使「あらあら熱い事で」

少女「私の旦那様は泥棒さんです」

天使「……はい?」

少女「泥棒さんです」

天使「お、おう?」


少女「私はある国の第2王女として生まれました。生まれつき身体が弱く、目も見えません」

少女「お城の人達からも家族からも疎ましがられながら生活をしていました。そのうち政略結婚の為に使われるだろうとも言われ続けていました」

天使「……」

少女「そんなある日、私の部屋に一人の泥棒さんが現れたのです。それが今の私の旦那様」

少女「旦那様は私を憐れんで、盗むことも忘れて毎日私に会いに来てくれました。毎日楽しいお話をしてくれました」

少女「しかし、穏やかに過ぎていく日々の中で私の結婚が決まってしまいました。王様の命令は絶対、私は反抗は許されません、誰も何も言いません」

少女「でも、泥棒さんは違いました。結婚前夜に私を連れ去ってくれたんです!」

少女「国中は大騒ぎ、相手国もカンカンでもう滅茶苦茶!怒る人、泣いてしまう人、呆然とする人……沢山いたそうです

少女「今まで育ててくれた御恩もあります、国を発つのも名残惜しく思いました。それでも、私はもう寂しくありません、何もいりません。私を本当に見てくれる人はもうずっと傍にいてくれるのですから」

少女「そうして時は流れ、誰も私たちを知らない土地で、こうして慎ましく生活しています……親切な方々に囲まれて」


天使「……」

少女「……どうしました?」

天使「うぐゅ……言い話でずねぇ゛……感動じでじまいまじだ……」

少女「フフフ、もしこれが作り話だとしたら、怒りますか?」

天使「何ですと!?」

少女「半分冗談で半分本当ですよ。どこまでとは言いませんけど」

天使「人が悪いですよもー!」


少女「……私は自分の幸せの為に国を捨てた、非情な女です。きっと、ちゃんと始めから国に従がっていれば、もっと他にやりようはあったハズですから」

天使「大きな力の前では人は誰しも無力になります。今のお話は……どこまでが本当か嘘化は分かりませんが、個人の力ではどうしようもない事です」

少女「そうですね。でも、何が正しくて、何が間違っていたのか……私には分かりませんでした」

天使「……誰かの為に尽くす事と、自分の為に生きる事とイコールではありませんよ。どちらが正しい事かなんてのは、その時になってみなければ分かりません」

少女「ヒトの正しい在り方って何なんでしょうね。誰かに言われた事を忠実に守る事?それとも、自分の為に全力を尽くす事?」

少女「確かに私は褒められた生き方をしてはいません。けれど、後悔をしない選択をしたつもりです」

天使「それでいいんですよ。それが人としての在り方ですから」

天使(……兄さんは後悔しない選択をして堕天した。そして私も……)

少女「フフ、何だか不思議な会話ですね」

天使「私もそう思います」


天使「それで、彼氏さんは今泥棒中と言うところですか……ってああ!それダメじゃん!!今までの話台無しですよ!!許されません!!」

少女「今はもう足を洗って普通に働いていますよ。村の討伐隊に参加していつも守ってくれています。償いは……これから二人でしていくつもりです」

天使「あ、それなら安心……していいのかな?こんな美人さんをほったらかしにして……」

少女「今はお仕事が厳しいみたいですから……でも、魔王様がここを治めてくれるのなら、少しは楽できますよね?」

天使「……もちろんです!」


魔王「ん、こんな所に居た。おーい!話は終わったよー!」


天使「あ、魔王様!」

少女「噂をすれば」

天使「うぅ……なんか意識しちゃって恥ずかしくなってきた」

少女「フフ、頑張ってくださいね」

天使「あ、行っちゃうんですか?」

少女「二人の邪魔をする訳にもいきませんしね」

天使「それなら送っていきます、一人だと辛いでしょう」

少女「大丈夫ですよ、慣れてますから!」


少女「では私はこの辺で」

天使「あ!最後に名前だけでも……」

少女「私の名前ですか?私は"アキ"、東方の国の言葉だそうですよ」

天使「アキ……アキさん!それではまた!」

少女「はい!今度はもっとゆっくり出来るといいですね!」


魔王「えっと、彼女大丈夫かい?目が見えていないみたいだけれど」

天使「魔王様。そうですね一応一緒に行って来ます。すぐにこちらに……」



少女「キャアアア―――――――――――!!」

「うわあああ!!上からなんか落ちてきたぞ!!」

「またお前か!!だから一人で出歩くなって言ってるだろ!!」

少女「エヘヘ……すみません」



天使「……またって、毎回落ちてんですかい!!」

魔王「アハハ、何だか楽しい子だね」


ドクンッ


天使「ッ!!」

魔王「ん、どうしたんだい?」

天使「い、いえ……気のせい……かな?」

魔王「?」

天使(どうして……?今確かに聖剣が反応した……でも何に?)

魔王「まぁいいや。それより、この先に見ていきたいものがあるんだけど、ちょっと付き合ってくれるかい?」

天使「はい、分かりました。すぐに支度しますのでお待ちください」

魔王「うん、待っているよ」

天使(……もしかしたら、この村か近くに?もう少し調べてみる必要がありそうですね)


……


魔王「ん、ここら辺のハズなんだけどなぁ」

天使「魔王様、どちらまで向かわれるのですか。結構歩いていますが……」

魔王「友人探してるー」

天使「友人て……こんな山の奥に居るんですか?」

魔王「山か平地か海の底か、どこかは分からないけれどとりあえず探しているんだ」

天使「そんな滅茶苦茶な……」

魔王「お、ここかな?」

天使「洞窟ですね」


魔王「さっきの村で聞いた情報だと、ここには過去に大きな封印があったらしいんだ。僕の友達はそこに居るかもしれない」

天使「封印の中にですか?でしたらあんまりよろしいお友達ではない気もしますけど」

魔王「他の人達がどう思おうと、彼は僕にとって掛け替えのないヒトだから。だから僕は何があっても彼を見つけ出す、そして……」

天使「では入りましょう。ワケがあるのならば私はそれ以上追及はしません、魔王様がそう仰るのでしたら、私も魔王様を信じます」

魔王「うん、ありがと」

魔王(……そして、それは君にも関係がある事でもあるんだよ)


天使「中は真っ暗ですねー」

魔王「一応明かりは村から借りてきたから、ある程度地下に潜って、何もなければ引き返そう。流石に危ないからね」

天使「そうは言っても足を滑らせたりはしない限り……ッ!魔王様、下がってください」

魔王「どうしたんだい?」


グゥルルルルル


魔王「魔物……こんな場所に生息しているのか」

天使「岩獣ですね。純度の高い鉱石を糧にして生きている種の魔物です」

魔王「摂取している鉱石によって耐性が変わったりしているんだよね、確か。でも総じて弱点となる魔法は存在しているハズ、ならば僕が魔法で……」

天使「こんな狭い場所で魔法なんて使わないでください!!」

魔王「だよねー……」


魔王「すまない、任せていいかい?」

天使「はい、魔王様下がっていてください。足元は大穴だらけです、落ちたら大変なことになります。巻き込まれないように注意していてください」

魔王「アハハ……ゴメンね、戦力外で……」

天使「一時的に開放をします。"来たれ聖剣"……」

魔王(剣の解放は初めて見るな……この一年、側近との手合せで何度か実力は見させてもらっているけれど、もう一度その力を見極めさせてもらうよ)

天使「"光れ刃よ"!!」


ゴガアアアアアアアア!!!


魔王「……」

魔王(剣に布が巻かれたままか……取らない、いや、まさかとは思うが"取れない"のか?)


天使(この岩獣ッ!よほどエサがいいのか思ったよりも強い……それに、足場が悪すぎる!)

天使(私の魔法では強すぎてこんな場所では使えない、それに魔王様へ注意が向かないようにしなければいけない……)

ガアアアアア!!


魔王(側近には一度も勝ててはいないが、彼女も文句なしに強い。悲しいかな僕よりもね)

魔王(だが、彼女の戦い方はその豊富な魔力を存分に使う豪快なものだ。ここでは狭すぎる)

魔王(思うように剣を振えていないようだ。やはり、威力を抑えた攻撃魔法でサポートするべきか……)

魔王「"逆巻け、ほの……"」

天使「魔王様!!余計な事はしないでください!!」

魔王「ご、ごめんなさい!?」

魔王「……だよねー」


ギャアアアア!!

天使「よし!」


魔王「決まったか」

天使「命までは奪う事は無いしょう。この獣も、自分の家の侵入者を追い払おうとしてここまで戦ったのです」

魔王「本当は、獣に情けをかけるつもりはないけど……君が言うのなら、仕方がないね。このままにしておこう」

天使「……」

魔王「お疲れ様、どうしたんだい?何か言いたげな顔をしているけど」

天使「いえ、魔王様って時々冷酷というか……容赦がないというか」

魔王「僕たちは"ヒト"として生きている、だからヒトに危害を加えるものに愛しむ感情は持たないようにしている」

魔王「優しいのと甘いのは違うよ、君のは甘さだ」


天使「望まれて廻り生まれてきた生命、この獣もまたその理の中にいます。そしてそれはまた新しい命を繋ぎ、世界を創っていきます」

天使「その過程である……大なり小なりでも、命を紡ぐという行為は悪い事なのでしょうか」

魔王「いいや、それが君の掲げる"平和"なのだろう。良い考えだと思うよ、僕は否定しない」

天使「……魔王様は、やっぱりお優しいですね。自分の考えを頭ごなしには押し付けたりはしない、そして否定はしない」

魔王「フフン、こういうのはね、柔軟性が大事なんだよ!僕には僕の考えがある、けれど君の言う事ももっともだ」

魔王「僕の目指すもの、君が信じるもの。これが合わされば最強に見えるだろう?」

天使「最強って何ですか!?」

魔王「そうやって、今の僕たちだけでも少しずつその意見も感情も取り入れていけば、一つの大きな力として纏まっていけるからね。僕も君もその中にいるんだ」

魔王「だから、僕は君の事を認めるし、君に僕の事を認めてほしい。勿論、君のその甘さによって引き起こされてしまう事態は、身をもってすべて責任を取ってもらうことになるかも、だけどね」

天使(……この一年、貴方にお仕えして、貴方の周りに人が集まる理由が改めて分かった気がします、魔王様)


魔王「じゃあ先へ進もう。穴に落っこちないように注意してね。それとも、僕がエスコートしようか?」

天使「そ、そんな滅相も無い!私が前を歩いて安全確認をするので魔王様は後ろに隠れていてください!!」

魔王「お、男として女性に守られるってのはちょっとなぁ」

天使「でしたら少しは強くなってください。せっかく魔剣を携えているのですから!」

魔王「ハハ、争いの時代が来たら考えるよ」


グゥ……


魔王「ッ!アイツまだ!!」

天使「え?」



ゴガアアアア!!


魔王「ッ!?危ないッ!!」

天使「魔王様!?いけない落ちる!!」

魔王「間に……ぐあぁ!!」

天使「ッ!!キャアアア―――――――」

魔王「うわああああああああ――――――」


……


天使「ッ……う……」

魔王「ん、大丈夫かい?」

天使「な、なんとか……魔王様は?」

魔王「うん、君の下敷きになったおかげで手足が変な方向向いちゃってるよ、アハハ」

天使「きゃあああああああああああ!?」

魔王「うん、大丈夫。仮の身体だし、この程度なら魔法で完全復活するから。とりあえず僕の上から降りてもらえるとありがたいんだけど」

天使「し、失礼しました!!」

魔王「あと回復魔法をお願いしてもいいかな?僕の回復魔法はちょっと弱くてね」

天使「合点承知!!」


魔王「痛たたた……君の方は怪我は無かったかい?」

天使「目の前に重傷者が居るのにおめおめと怪我をしましたなんて言えません」

魔王「ん、よかった」

天使「……それよりも魔王様、どうして私を助けようとしたのですか。あの獣を生かしたのは私の責任です、その責任を負うのは私の役目……貴方がそう言ったじゃないですか」

魔王「なに、月並みな言葉だけど、仲間を見捨てるような王なんて価値は無いとは思わないかい?」

天使「理由になりません!私の自業自得でしかないのに、貴方がそれを背負う事は……」

魔王「うん、だったら今回の事で一つ学んだでしょ。今度から気を付ければいい。僕からは……ッ以上だ」

天使「……はい」


魔王「ともかく、現状の把握をしよう。僕たちは大穴に落ちて……どのくらい落ちた?」

天使「軽く見て……40メートルほど転がり落ちたようですね」

魔王「よく生きてたな僕ら……ッ」

天使「?」

魔王「……僕たちは、元々が頑丈な種族だから良かったけど」

天使「私は魔王様が抱えてくれていたおかげで大丈夫でした」

魔王「ともかく上るのは不可能か……君が空を飛ぶにも狭すぎるしね。道は続いているようだし、少し休んでからしばらく歩こう、それでダメなら……助けを待つしかないね。数日は覚悟しておいた方が……いいかな」

天使「……魔王様、背中を見せてください」

魔王「ハハ、いやだなぁ、どうしたんだい?ここで僕を襲う気かい?君も好きだねぇ」

天使「変なところで無理をしないでください!失礼します!」

魔王「ッ!」


天使「ッ!酷い……」

魔王「アハハ……隠そうと思ってたけど……ッ!無理だったかー」

天使「この傷は毒ですか。魔法防御は!」

魔王「咄嗟の事で……出来なかったよ。ハハ、未熟なのが祟ったね」

天使「魔王様……!」

魔王「ほら、そんな似合わない顔しない。美人さんが……台無しだ」



魔王「解毒は……出来るかい?」

天使「タチが悪い事に、あの岩獣の持つ特殊鉱石による毒です。私の魔法ではとても……」

魔王「クッ……幸い、僕は魔族だ。毒の回りも遅い……元の姿に戻れば……もっと進行を遅らせて……少しづつでも……中和出来るかも……しれないけれどッ」

天使「迷ってはいられません……精霊よ!」

魔王「降霊魔法……何を……」

天使「精霊伝いに助けを呼びます。あまり遠くに飛ばすことは出来ませんが、あの村の誰かに気づいてもらえれば……」

魔王「掃除に使う程度の短時間なら……ともかく……長時間に渡って出現させるのは君も魔力が持たないだろう。それに、僕への回復で既に魔力も少し使っている……止めるんだ……」

天使「こうなった責任を取れと……貴方が言ったじゃないですか!」

魔王「……魔力切れで君が倒れたら……共倒れもいいところだ……それに、君をこんなところで失いたくは……ない」

天使「私だって魔王様を失いたくはありません!!」

魔王「僕は……大丈夫だから……ウッ……グ」

天使「ッ!魔王様!!」

魔王「……グゥ……」

魔王「グオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

天使「ッ!!」


天使「あ……ああ……」

魔王『……あまり、見ないで欲しいな……』

天使「そのお姿は……」

魔王『僕の……元の姿、だよ。見せるのは……魔界に居た頃を除いて……君で二人目……だ』

天使「……」

魔王『まるで、化け物……だろう?でも、ゴメン……このままで……いさせて……楽なんだ……こっちの方が……』

魔王『まともに動けたら……ッ、君を連れて無理矢理ここを登っていけるだけの身体能力は……あるのだけれど……』

天使「魔王様……」

魔王『……やめてよ、こんな姿の僕に……抱き着かないで』

天使「ごめんなさい……見せたくない姿を晒すまで、貴方を追い詰めてしまって……」

魔王『うん……次から気を付ければ……いいから……』

天使「私は……また同じ過ちを……ッ!!」

魔王『同じ……?』


天使「兄が堕天したとき……兄は私を庇って……傷を負って……罪を被って……だから!!」

魔王『優しい……お兄さん……だったんだね……』

天使「ごめんなさい……ごめんなさい……」

魔王『……』

魔王(本当に謝らなければいけないのは……君に真実を隠している……僕の方だ)



―――
――――――


(何のつもりだ……?)

(大人しく降伏せよ)

(貴様の妹は反逆の罪で捕えた。もう逃げ場はない)

天使(兄さん……!)

(お前……!!妹は関係無い!!その薄汚ない手を放せカス共が!!)

(そうはいかん)

(こやつは貴様の増長の手助けをした)

(今更無関係とも言えん)


(クソッ!!)

(可愛い妹を目の前にすれば、お前とてただの兄)

(さぁ、今こそ我らに下れ……)

天使(兄さん!!ダメ!!)

(……ああ、分かっているよ。俺だって兄貴だ。たった一人の家族を……見捨てられるワケが……無い)

天使(兄さん……)

(随分としおらしいな)

(いい傾向だ、さて……)


(とでも……言うと思ったかぁ!!)

天使(グッ……!?)

(コイツ!?)

(自分の妹を!!)

(クッフフ……アッハッハッハッハッハ!!この出来損ないに人質としての価値があると思ったか馬ァ鹿共が!!)

天使(兄さん……なんで……)

(このまま首の骨ェ!!へし折ってやるよ、役立たずが!!もう利用価値もありはしない!!)

(その次は貴様らだ!!ここをすぐにでも戦場に変えてやる!!俺の持つこの聖剣でなァ!!)


(仕方がない……)

(このまま焼き払え)

(あの女も用済みだ。やれ)

(一斉砲火!!)


(フッ……これは、耐えられるかな。少しハードだったかもしれんな)

天使(兄……さん……?)

(―――――――――――――――――ッ!!)


(ふん……あっけなかったな)

(……まだ息はあるな)

(こっちの女もだな……使い物にもならなかった)

天使(……)

(丁度、地上への扉も開いている。下へ堕としてやれ)

(天からこの者がいなくなれば、我らが主もお喜びになられるだろう)


(クッフフ……馬ァ鹿が)

(何!?)

(目覚めただと……!距離を取れ!!)

(まだ戦う気か、往生際の悪い)



(なぁ……聞こえるか?)

天使(……)

(……まぁいい、もし聞こえているならでいい、よく聞け)

(こんな方法でしか……俺との関係を断ち切る事でしか、お前を守ってやる方法が思いつかなかった。こんな兄ですまないな)

(もうじき、俺たちの仕える女神が救援を送ってくるハズだ。お前だけでも保護してくれるように頼んでおいた。俺は犯した罪が大きすぎて庇いきれないと言われたがな)

(ハッ、何とも慈悲深い事で……まぁ、俺は自分で撒いた種だ。笑う者は力でねじ伏せ、刃向う奴はこの手にかけた、だが後悔はしない。それしか俺は方法を知らなかったからだ)

(……せめて、争いのない場所で、いい男でも見つけて……幸せに……)

(じゃあな……俺の大切な……たった一人の……)


――――――
―――



天使「……」

魔王「……目が覚めたかい?」

天使「ッ!魔王様……私は……」

魔王「眠っていたよ。ご苦労様、ずっと僕に回復魔法を掛け続けてくれて。それに精霊も未だに呼びっぱなしなんだろう?」

天使「……気絶してたんだ……私。それより魔王様、身体は!」

魔王「大丈夫、変身できる程度には回復出来た。身体は動かせないけれどね」

天使「良かった……って言ってもいいべきか」

魔王「命の危機は去ったから、それでいいんじゃないかな?」


魔王「いやぁ、僕もまさか生死の境を彷徨うとは思っていなかったよ、ハハハ」

天使「……」

魔王「ほら、そこは"それどころの騒ぎじゃないですよ!?"って突っ込むところだよ?ってコレ僕に言わせないでよ」

天使「魔王様、私は……」

魔王「いつまでも、ウジウジしている君の顔は見たくない。そんな君は嫌いだよ」

天使「はい……申し訳ありません」

魔王「ふぅ……ま、責任感があるって事はいいことだよ。でも、そんな事じゃ、君の大好きな兄さんに笑われてしまうよ」

天使「ッ!」


天使「ハァ――――――……」

魔王(アレ!?地雷踏んだ!?)

天使「……いえ、大丈夫です!魔王様、改めて申し訳ありませんでした!!」

魔王「あー、うん。もう大丈夫そうだね」

天使「はい!今回の失態は、全て今後の行動で挽回していきたいと思います!!」

魔王「その意気その意気!いつもの君が一番好きだよ、僕は」

天使「はうあ!!す、すすすす好きと申しましたか!!」

魔王「うん。仲間として、君を信用しているよ」

天使「あはは……仲間ですよねー……」

魔王(からかうのも楽しいなぁ君は)


魔王「さてと、それじゃあそろそろここを出る準備をしなきゃだね」

天使「準備ですか?でも、魔王様はまだ体を動かせないですし……」

魔王「大丈夫、すぐそこまで来ている」

天使「来ているって……ヒャア!?」



オーク「おおっと、随分手荒く洞窟ぶち抜いちまったな」

側近「まったく、丸一日かけて探したこちらの苦労も考えてもらわないと困りますね」


魔王「ほらね」

天使「な、何で来るってわかったんですか……」

魔王「僕と側近の同種によるシンパシーってやつかな?近くにいないと感じないけど」


側近「面倒な手間かけさせないで、バカ」

魔王「ゴメンゴメン、色々訳アリでさ」

オーク「何はともあれ無事でよかったよ。オラ、背負うからとっとと乗りな」

魔王「いつも悪いね、オーク君」

天使「どうしてここが分かったのですか?」

オーク「アンタの遣わせた精霊の導きだよ、ほれ」

天使「あ……ちゃんと連れて来てくれたのですね……ありがとうございます、精霊さん」

側近「……」


天使「……側近さん、私―――ッ!!」

側近「ふざけないで!!」


魔王「なッ!?」

オーク「おいおい、今のはいい音しすぎだぞ……」


天使「……ッ」

側近「頬を打たれて痛いですか?痛いでしょうね、そうしたんですから」

側近「魔王を守るのは貴女の役目でしょう……近くに居たにも関わらず何ですかこれは!!」

魔王「やめろ!彼女には僕がもう……」

側近「煩い!!」

魔王「んな!?」


側近「貴女とは何度か手合せをして、その腕を信用して護衛につけたのです」

側近「なのに貴女はそれを裏切って……!!」

天使「ゴメン……なさい……」

側近「謝った所で好転はしません。それに、魔王の傷。見たところ酷い毒性を感じるけれど」


オーク「うぇ!?マジか!?」

魔王「あーゴメン。言い忘れてた、うつるかも」

オーク「いやあああああああん!!」


側近「鉱毒か……早く手当しないと、本当に半身不随になるよ。この程度で済んだのは……元の姿に戻ったでしょ」

魔王「あー……正解」

側近「チッ……何故他者に私達の、あの醜い本当の姿を晒せられるの」

魔王「僕は僕の一面を、大切な仲間に見せただけだよ」

天使「……」

側近「金輪際、貴女に魔王の護衛は任せません。魔王は常に私と行動するようにします」

魔王「今回の事は遡れば僕の我が儘が原因なんだ。今後気を付ければいい事だろう」

側近「今後があったからよかったものを、下手をすればもう貴方はこの世にいない。その傷の毒性にも気づかず、あまつさえ守るべき対象である貴方に手傷を負わせた。貴女は一体今まで何をしてきた!そんな役立たずに利用価値など無い!!いっそ、何なら今すぐここから……」

魔王「口を閉じろセピアメイズッ!!」

側近「ッ!!」


側近「……」

魔王「……彼女への処罰は僕への魔力の提供と、降霊魔法の酷使という形でもう済ませている、それ以上は僕が許さないよ。セピア、君はそんなに聞き分けの悪い子じゃないだろう」

側近「貴方が……そう言うのならば……」

魔王「うん、いい子だ……少し過激すぎたけど、側近も間違った事は言っていない。幸い相手が僕だから良かったものを、これが本当に君の大切な人だったら……君の驕りで死なせてしまったかもしれない」

魔王「だから、何度も言うけれど、この件で学び次に生かしてくれればいい、それでいいんだ……」

天使「……はい」

魔王「それじゃあ帰ろう。この洞窟は少し気になることがあるからまた後日調べよう。それじゃあオーク君!馬車までゴー!!」

オーク「お、おう!!何だか知らんが俺がこの場を盛り上げにゃならん気がするがゴー!!でいいんだな!!」

魔王「ゴー!!でいいんだよ!!」



側近「……」

天使「……」


天使「弁解はしません、出来ません」

側近「でしょうね。あのバカは甘すぎます、いっそ犬畜生と同じように人を見られればいいのに」

天使「それでは……魔王様ではありません」

側近「貴女にアイツの何が分かる」

天使「分かります。少しだけですけど、貴女ほどでもないですけど、分かります」

側近「……もういい不快です。喋らないでください」

天使「……はい」


オーク「……おっかねぇなぁ。あんな側近始めてみたぞ」

魔王「僕も」

オーク「言っている事はもっともだが、駄々こねている子供にしか見えんのが何とも」

魔王「……困ったもんだね。あんな癇癪持ちだったとは、ああいう風に育てた覚えはないんだけどなぁ」

オーク「ま、天使の方も褒められたもんじゃないけどな」

魔王「もうそれは言いっこなしだよ。大人数で同じことを責めたてるより、一番立場の上の僕が言う方が効果はある。もうそれも済ませた」

オーク「なぁ魔王、二人の接し方は考えろ。お前は天使に甘過ぎるし、側近の事は放任過ぎる。このままだとまた同じような言い争いになるぞ」

魔王「……」


――――――
―――



側近「遅い。基本的な動きに身体が付いていけてない。次」

天使「は、はい!!」

側近「今度は斬り込みが甘い。脇下に隙をワザと作ったのにそんな所も見抜けないのですか貴女は」

天使「はいィ!!」



オーク「おー、なんか激しいことしてんな」

魔王「やぁオーク君。あの洞窟の件、どうだった?」

オーク「ああ、アンタの言った通り、立派な鉱山だったよ。開拓していきゃ金になるぜ、アレは」

魔王「怪我の功名と言うべきか。あれほど強い岩獣が棲んでいたんだ、エサにしていた鉱石も良い物でなければおかしいからね」

魔王「それに、あの地に住む人々のいい仕事先にもなる。先に村の周囲の開拓を進めてちゃんとした生活のできる環境にするのを優先するけど」

オーク「貴族が後からそれを知って土地返せって言ってきたが、まぁ突っぱねといたよ。土地を減らして戦力ダウンしてる事を他の領地の連中に言いふらしてやろうかって脅しを掛けたら黙ったけどな」

魔王「うん、それでいいよ。武力行使に出るのならこっちも相応の反撃をするけどね」

オーク「おっかないおっかない……」

魔王「ここまで来たんだ、僕ももう甘い事は言っていられないよ」

魔王(しかし、同時にあの場所は"ハズレ"でもあった……封印はあそこにはいなかった)


側近「貴女のその無駄に長い手足は飾りですか。バネの利かない剣など弾の入っていない銃と同じです。次」

天使「ヒィィ!!」



オーク「で、何してんだよあの二人は」

魔王「側近が本格的に彼女に稽古を付けてるんだよ。前回みたいなことが無いようにね」

オーク「護衛については認めてくれたのか?」

魔王「そうだね、人手不足でどうしても側近と僕は別行動を取る機会も多くなる。結局、僕の剣になってくれる人は必要だしね。それを理由に話を付けたよ。こうして毎日稽古するって約束でね」

オーク「毎日やってんのか……別に、俺が傍にいてやってもいいんだぞ?自分で言うのもアレだが、俺も弱いワケじゃねぇからな」

魔王「花が無い」

オーク「ひでぇ」


竜爺「その花を愛でながら飲む緑茶は美味いのぅー」

オーク「ああ爺さん居たのか」

魔王「あまりにエスカレートした時に僕じゃ止められないから竜爺にも見てもらっているけど……」

竜爺「茶がうめぇ」

オーク「完全に御くつろぎモードに入ってるな」

魔王「こうなったが最後、竜爺は事が起こるまではボケ通すだろうね」

竜爺「メシはまだかのうぅ」


側近「そぉい」

天使「ギャアアアアア―――――!!」



オーク「容赦ねぇなー。ってか側近ってなんであんなに強いんだよ」

魔王「彼女は理由の無い理不尽な強さだからね。幼いころから育ててきた僕もビックリだよ」

オーク「常々思ってたんだがよ、お前と側近ってどんな関係なんだ?兄妹ってワケでも無いんだろう?他には……」

魔王「うん、恋人関係に見えるかい?」

オーク「熟年夫婦って感じには見えるが。まぁ話から察してもそうではないだろう?」

魔王「そうだね。まぁ言ってしまえば赤の他人だけど、僕には彼女を育てる義理がある」

オーク「義理ねぇ」

魔王「彼女の人生の一つの可能性を潰してしまった僕だからこそ、その義理を果たさなきゃいけないんだ」


魔王「まぁ、側近もそのことについては気にしていないみたいだし、聞きたかったら本人に聞いてみなよ。僕が言う事じゃない」

オーク「ああ、そうか。特には興味ないけどな」

魔王「うん、それならいいや」


竜爺「そこまで!!お主らやり過ぎじゃ!!」


側近「ぬ、もう止めに入りますか。この程度でへばるなどと、軟弱極まりないですね天使さん」

天使「」


魔王「って竜爺いつの間にか真面目モードになってるし」

オーク「仕事はキッチリするヒトなんだよなぁ」


天使「魔王……様……助……けて……」

魔王「おー、凄い手足がプルプルしてるね。生まれたての小鹿のようだ」

側近「まったく……これだから岩獣如きに後れを取るのです。情けない」

魔王「こらこら追い打ちを掛けない。それに、君はあの魔物と戦っていないからそんな事が言えるんだ、あれはね……」

側近「あの後私が同種と思われるものを洞窟内で十数匹ほど駆逐したけど何か」

魔王「いえ、何でもないです。ご苦労様です」

竜爺「お主が一番情けないのう」

オーク「それより、問答無用の訓練って言ってたのにどうして魔法を使わなかったんだ?得意なんだろ確か?」

側近「いえ、ワケあって魔法は一回しか使えませんので。もしもの時の為に温存しているのです」

天使「一回?」



オーク「まぁいいか。よーし、それなら魔王。俺たちも一戦行くとするか。ほら俺に続けー」

魔王「え?ちょっ待てよ!?僕は戦うヒトじゃないよ!?戦闘は君たちに任せっきりって決めてたんだよ!?」

オーク「知る馬鹿!!そんな事より特訓だ!!」

魔王「誰か助けてぇえええええ!!」

側近「ま、たまにはいいんじゃない」

竜爺「精進しろよ」

天使「あ、お疲れ様です。私もう上がりますね」

魔王「嫌ぁあああああああん!!」


側近「まったく相変わらず騒がしい」

天使「アハハ……でもあれから元気になられたようで安心です」

側近「あ?」

天使「し、失礼しました!!私のせいでしたよね……」

側近「分かっているならよろしい」

竜爺「……フフ」

側近「……竜爺様、何がおかしいのですか」

竜爺「いや、なに。お主も、始めのころより少しは丸くなったと思ってな」

側近「不名誉ですね。まるであの魔王に近づいたと言いたいようで」

竜爺「そこまで酷な事は言わんよ。奴はいらぬところまで丸すぎる」

天使「お二人とも、失礼大爆発してますね」


天使「そうだ、お二人に聞きたいことがあったのですが、ちょうどお二人が揃っているいい機会ですし聞いてしまってもいいですか?」

側近「何ですか、下らない事でしたら折檻しますよ」

天使「酷い!?」

竜爺「よい、言ってみろ。暇つぶしにはなるだろうて」

天使「あ、はい。お二人はどうして魔王様についていこうと思ったのですか?もうお付き合いも長いのにそこら辺が不鮮明でしたので」

竜爺「ワシは奴について行ったわけではない。奴が勝手にワシに纏わりついてきただけだ」

側近「……」



天使「えー、でも竜爺様って結構魔王様に甲斐甲斐しくしてますよね?」

竜爺「ワシは奴の女房役でもあるまいし、そんな言葉を使うでない恥ずかしい!」

側近「事実でしょう。それに、私も気になっていました。話してくれてもいいのではないのですか、纏わりついても振り落とさなかった理由くらいは」

竜爺「ふん、奴が天地の統一などという途方もない夢物語を語るから付き合ってやっているまでの事。そうして失敗し、挫折した姿を笑ってやろうという趣味の悪い暇つぶしでしかない」

天使「ツンデレさーん♪」

竜爺「だまらっしゃい!!」

天使「そんな大馬鹿な魔王様に魅せられたから、お城貸したり入れ知恵をしていたりするんですよね?フフ、竜爺様も何だかんだ言って魔王様の事大好きなんですね~」

竜爺「お主の思っておるようなそんな生っちょろい事ではない。元々がその器ではないと分かった時はワシは奴を見限る、そのつもりでおる」

天使「それを今すぐに貴族の方たちにでもしてくれればもっと事を荒立てずに住んだんじゃないですかー?」

竜爺「耳が痛いが、まぁワシは今更どうこうしようなどと思わん。もうそっちで勝手にやっていろ」

竜爺(魔王に肩入れする理由など、魔王も知らぬ義理があるなどと言えるわけが無かろうて)


天使「側近さんの方は……」

側近「面白い話ではありませんよ。私はただあのヒトに拾われ育てられたから、その恩で着いてきているだけです」

天使「拾われた……」

側近「もう一度言いますが、面白い話ではありませんよ」

天使「是非聞かせてください!!」

側近「察 し ろ」

天使「痛い!?頭グリグリは禁術ですよ!?痛い!!」

竜爺「少しは空気読むことを覚えんかお主は」


天使「ですが、志を同じくして魔王様の下に集った者同士、知っておきたいと思ったのですが……」

側近「では貴女は何故あの胡散臭い男についてきたのですか。貴女の持つ使命とやらは、別に魔王の傍に居なくても出来る事と私は感じるのですが」

天使「それはそうですが……助けて貰った恩もあります、私側の打算もあります。でも、それ以上に魔王様の持つ理想に魅入られたから、私はついて行こうと決めたのです」

側近「あのバカバカしい話で着いてくるなんて、貴女チョロイですね。チョロインです」

天使「チョロインって何ですか!?」

天使「……それに、何だか魔王様ならシレッと実現させていそうで。そんなあの人をもっと間近で見ていたいと、そう思ったからです」

竜爺「それではお主が承った使命を果たせんではないか。それはおかしい話だ」

天使「魔王様は、その長い寿命に意味があると言っていました。私や魔王様は数千年生きる長寿の種族、その中のたった一欠片を魔王様の為に使ってもいいかなって、そう思えるのです」

天使「それに、私の"探し物"は今すぐに必要なものでは無いので。ゆっくりと、時間をかけて見つけていきます」

竜爺「探し物とな?」

側近「形があるものなのですね。今初めて知りました」

天使「はぅあ!?極秘中の極秘なのに漏らしてしまった!?忘れてください!!今すぐに!!」

竜爺「お主、極まってるのう……」


側近「……ハァ、そこまで貴女のバカが突き抜けているとは思いませんでしたよ」

天使「なにおう!?」

側近「分かりました、どうしても聞きたいようですので教えてあげます。私が彼についてきた理由を。教えない理由も無いですし」

天使「ワクワク」

竜爺「ドキドキ」

側近「竜爺様も割かしノリがいいですよね」


側近「簡潔に言いましょう、私の両親は魔王に殺されました。その罪悪感から魔王は私を引き取り育てたという事です。恩義で仕方なくつい来ています、以上」

天使「え?」

竜爺「……」

側近「膨張表現は一切していませんが何か」

天使「え、魔王様が……え?殺しを?」

側近「驚くことではありませんよ。私たちの種族の争いなんて珍しい事でもないので」


側近「私達、この地上で言う"幻魔"と呼ばれる種族ですが、同族殺しの種族として魔界でも有名な生物です」

側近「普通の生物とは違い、心臓となる部分にはとても強い魔力を秘めた核を持っています。そして、同族の核を破壊することにより力を得ると同時に寿命を延ばすことが出来ます」

側近「故に同族殺し。力を得ようとすれば必然的に殺し合いが始まります。そうしていく中で弱気ものは淘汰され、強き者も死に絶え、そしてその数を減らしていきました」

側近「私の両親は、私を"創造"し、同族殺しを円滑に進めるために道具として私を育てました。その時の事は理性も無かったのでよく覚えていませんが」

側近「そしてどういう訳か、魔界一の変人である彼がそんな私を見て哀れだと思い、両親を殺害し私を解放したという訳です。魔王は核を自分の為に使わずにそのまま破棄した為弱いままでしたが」

側近「結局、他所で潰し合いが激化し幻魔の生き残りは私と魔王だけになり、誰にも狙われる事も無くなりました。めでたしめでたし」

天使「……」

竜爺「……想像していたのより重かったぞ」

側近「だから私は彼に着いてきた。他の居場所も無く、彼もまた私の傍以外に居場所が無いと思っていたから」


側近「けれど、もうそんなこともありませんでした」

天使「?」

側近「……いえ、なんでも無いです」

天使「でも、やっぱり魔王様は優しいですね。力が目当てならば側近さんも手にかけるハズですし。でも、それでは……」

竜爺「やむを得んだろう、殺るか殺られるかの世界の中だ、野暮な事は言わんが」

側近「種を絶やさないようするために、子供を産ませるために私を引き取ったのだと思いましたが、そこまで鬼畜では無かったみたいですね」

天使「最後の最後で話をぶち壊してきましたね!?」

側近「私はそれでも構わないですが」

天使「……」


天使「やっぱり側近さんって、魔王様の事が大好きなんですね」

側近「好きという感情は私には分かりません。今まで必要のない事でしたので」

天使「フフ、それじゃあこれはどうですか?私の事、好きですか?」

側近「嫌 い で す」

天使「知 っ て た」

側近「前ほどはマシとはいえ……私は貴女を信用出来ません。理由は分かりませんが、それはきっとこれからもずっと……」

天使「アハハ……私はそれでも構いませんよ!いずれ嫌って思う程私の事好きにさせて見せますから!!あ、コレ告白?キャーーー!!」

側近「私は今そんな話をしていないのですが……やっぱり貴女とはかみ合いません」


魔王「つ……疲れた……」

オーク「おおう!いい汗かいたぜ!」

側近「あっ魔王……」

天使「おかえりなさい魔王様!どうですか?私の気持ちが少しでも分かりましたか?」

魔王「こ、考慮しておきます。それにしたってオーク君!少しは手加減してくれたっていいじゃないか!!」

オーク「あれ以上手加減したらデコピンだけで戦うことになるぞ」

魔王「なん…だと…?」

天使「フフフ、精進しなきゃですね!魔王様!」


側近「……」


竜爺「何か、思うところでもあるのか?」

側近「今の彼に必要なのは私ではなく、彼女なのですね」

竜爺「疎外感を感じるなど柄にもない……そうは思わん。皆が居て奴がおる、そして奴がいて皆がおる」

側近「全体で見た場合はそうでしょう。ですが、個で見た場合は私は必要とはされていません」

竜爺「……何故魔王がお主を賢人に合わせたかが分かっていないようじゃな」

側近「国の発展の為です。私は彼創る世界の手足として働かなければなりませんので」

竜爺「やれやれ、ここまで堅物だと実現もまだ先になりそうだな」

側近「頭の堅さなら貴方も相当でしょう、竜爺様」


竜爺「お主はもう少しだけでも自分の感情に気づくことは出来んか。魔王に何故ついてきたか、天使を何故嫌っているか。同時に、人の心が分からんようでは今後やっていけんぞ」

側近「元々、私の生きる理由は彼しかないです。他に生き方を知らないだけです。天使さんを嫌いっているのは、単に大きな種族の違いからくる警戒心です」

竜爺「ならば、お主自身はどうなんだ。既に魔王がいなくとも生きてゆけるだろう、天使は警戒を解きお主と接しているだろう。それ以上をお主はどうしたい?」

側近「私は……」


天使「側近さーん!休憩にしましょう!お茶菓子用意してきますからー!」

魔王「胃が受け付けない……」

オーク「お、お前ちょっと貧弱すぎないか?」


側近「……私は、別にどうもしません。ただ魔王に従い、彼を取り巻く人達に付き添うだけです。それ以外の何かを求める事はしません」

竜爺「ふん、漠然と生きているだけで自主性が無いのも問題だな。それでは予言も何もあったものでは無い」

側近「何度も言いますが、始めから信用はしてませんから、そんなものは」


魔王「……ん?」

天使「どうしました魔王様?まさか本当に胃が!?た、大変ですオークさん!胃薬を!!」

オーク「いや明らかにそんな雰囲気じゃないだろう。どうした魔王」

魔王「魔王城の入り口に僕の張った結界に何か引っかかった。誰か来たのか」

オーク「客人か?今日は別に領主や村や町の代表と約束なんて無かったろ」

魔王「大人数だな……側近、何か心当たりはあるかい?」

側近「あると言えばある。貴方も知っているんじゃなくて」

魔王「……それにしても少し早すぎやしないかい?」

側近「何事にもイレギュラーは付き物だと思うけれど。とりあえず行ってみれば分かる」

オーク「何だってんだ一体?」

天使「ともかく行ってみましょう」


小休止

オーク父ちゃん大好き乙

再開

……


オーク「お、おい魔王……なんだよこりゃ」

天使「あわわ……大行進ですよ大行進!!」

竜爺「また大所帯を……」

側近「驚いた……貴方にここまで賛同していた者がいたとは」

魔王「うん、結構集まったね。予想以上だ」


「"影"の長よ……いや、今は魔王と呼ぶべきか」

魔王「君が引き連れて来てくれた代表かい?」

「は!力を持たぬ者、下の世界での争いを良しとしない者、そして貴方の意思に賛同し志を同じくする者が今ここに集っております」

魔王「ご苦労様、ここまで集まってくれた君たちに感謝するよ」

「勿体ないお言葉を……」


天使「えと……魔王様?結局これはどういう事ですか?」

魔王「君には言っていなかったね。魔界から僕の力になってくれそうな者達を集めていたんだよ。長い時間をかけて魔界を回った甲斐もあって、今こうして彼らは地上へ出てきてくれた」

側近「どういう事ですか、魔界と地上を結ぶ"地の大穴"が開く周期はもう少し先だったハズ。なのに時期早々に出て来て……」

「最近になっての事ですが、大穴の周期に乱れが出て来ておりまして、それで不安定になったところ偶然行き来が出来るレベルの大きさになったため予定を早めた限り」

オーク「よ、よく分かんねぇが、これ全員魔王の味方ってのでいいんだよな?」

魔王「うん、僕を討とうとする者がいなければ全員味方って事でイイかもね」

天使「凄いです魔王様!ざっと見て500はいますよ!軽く民族大移動ですよ!!」

魔王「この規模をどこの勢力にも見つからずに移動させたのかい?」

「いえ、大穴前に待機していた魔王様の部下の情報により、各々少数に分かれてここへ参りました」

側近「……そんなの居たんだ」

魔王「アハハ……一応僕の使い魔を置いていったんだ。僕の賛同者が来たときは導くようにって伝えてね」

側近「聞いてない」

魔王「ん、言ってないからね。グェ!?」

側近「そういう大切な事は先に言えバカ」

天使「鳩尾入りましたよ!?」

オーク「まぁ大丈夫だろ、いつもの事だし」

(……魔王様がド突かれてる事に突っ込んだ方がいいのだろうか)


「しかし、長い旅でしたので途中で逸れてしまった者達もいましたが……」

魔王「グフッ……か、彼らはコンタクトが取れ次第合流しよう。今は余裕が無いから後回しになってしまうけど、仲間を放っておくわけにはいかないからね」

側近「でも、ちょうどよかった。これから出来る事が増えていくから、人手が増えて助かる」

オーク「そうだな、俺たちだけじゃ手が回らなかった地方への支援と開拓もこれで出来るようになる」

竜爺「見たところ宿無しのようだが、住むところはどうする。別にこやつらを城に入れても問題ないくらいには広いが、碌に準備は出来ておらんだろう」

「雨風凌げるのならこちらで手筈は出来ます」

天使「城内のお掃除ならば怠ってはいないので、すぐに使える部屋は多いですよー!」

「感謝致します」


「それで魔王様、ここで貴方の言葉を彼らに。ここまで貴方を頼りにしてきた者達です、彼らは貴方の言葉を求めています」

魔王「うん、そうだね……こうして集まってくれた彼らに労いと激励の言葉でも掛けようかな」

オーク「出るか?魔王特有の長台詞!」

魔王「アハハ……僕の話ってそんなに長いかな?」

側近「士気向上には打ってつけの場だけど、ヘマしないように。以後舐められても困るから」

魔王「ならば君が号令をかけるかい?」

側近「冗談、それが貴方の役目でしょう」

魔王「ま、僕はどちらでもいいけどね……しかし、大きな節目がこんなところで来るなんてなぁ、練習くらいしておくんだった。それじゃあ、オホン」

魔王「……この魔王の下に集いし勇敢なる同胞(はらから)達よ!よくここまで来てくれた!簡単な形式ながら魔王として礼を言う。ありがとう、私の下へ来てくれて」

側近「……」

オーク「……」

竜爺「……」

天使「……」


魔王「まずは長旅ご苦労。しばらく身体を休めた後、各々適性のある仕事についてもらう。急で悪いがこちらも余裕が無い、君たちの今後の働きを期待する」

魔王「……ここに居る者達は、それぞれの決意や思惑、葛藤があっただろう」

魔王「魔界での生活を名残惜しみながら捨てた者、愛する者を失い戦いの先に何もないと気付いた者、一攫千金を夢見る者、戦う事を好まぬ者」

魔王「それぞれが違う理由でここに在る、しかし同じ場所に集った仲間だ!我々はいつか一丸となるだろう!」

魔王「世界の統一……天も地も全てひっくるめて、どんな種族とも共に歩んでいける世界を創る!」

魔王「馬鹿だと笑ってくれても構わない、無謀だと呆れてくれても構わない!だが、私の夢は、意思は受け継がれてゆく!その為に」

魔王「そんな夢物語の実現に、皆の力を私に、私の残す意思に貸してほしい!」

魔王「もう一度言う……ありがとう、私の下に来てくれて!」


オーク(お互い、せっかく形になりそうな所まで来たんだ。覚悟決めてずっとついて行ってやるよ)

側近(……私の居場所は、貴方の傍しか無いから)

竜爺(魔界からの増援……不安はあったが問題はなさそうだな。さて魔王よ、お前への義理立てでここまで手を貸してやったつもりだったが……どこまで成し得る事が出来るかな)

天使(魔王様のターニングポイントは今なのですね……沢山の人達に慕われ、そして敬われる。兄さんも、やり方さえ違えば仲間を作ることが出来たのでしょうか……)


……


魔王「うん、緊張した!!超緊張した!!」

側近「はいはいご苦労様」

天使「カッコよかったですよ魔王様!!」

オーク「だが、これで俺たちも少しは楽が出来るな。仕事の分担が出来るしよ」

側近「何を言っているのですか。来たばかりの彼らに外交などさせられるものですか。ただでさえ現状内輪揉めでしかないのに。まずは全員開拓地へ、他は知識を付けさせてからにしてください、使えるかどうかはその後に判断します」

オーク「oh...」


魔王「しかし……」

天使「何か気になる事でも?」

魔王「地の大穴の周期が変わったって事は、次元自体に何か不都合があったって事か……」

天使「それがどうかしましたか?」

側近「やれやれってやつですね。平和ボケもここまで来ると呆れます」

天使「なぬん!?」

魔王「君、ここで一年以上過ごしていて少し迂闊になっているんじゃないかい?大穴の周期が変わったと僕は言ったんだよ?」

天使「……あッ!」

魔王「察しの通り、天の大穴にも異変があったかもしれない」


側近「私も4、5年降りてこられない事を見越して帰天の魔法で連中を飛ばしましたが、不安ですね。まぁまた飛ばせばいい話ですが。最悪始末しますし」

天使「彼らは慢心さえなければ私よりも強いです!側近さんだけでは……」

側近「何か問題でも」

天使「あ、いえ……」

魔王(問題なく一人で片づけてしまいそうだな……)

側近「ともかく、足のある者を各地へ均等に置きましょう。異変を見つけ次第素早く報告できるように」

魔王「そうだね、表的は僕ら3人だろうし。自分たちの評判もあるから迂闊には他者に手は出さないだろう」

側近「純粋な魔族は保障しかねますが、見た目からして魔族と分かる者達も少ないのでまだ大丈夫でしょう」

魔王「僕たちは見た目がコレでも気配ですぐ魔族だって察知されちゃうしね」


天使「神兵の追手……私は、生き残れるだろうか……」

魔王「……震えているよ」

天使「ッ!こ、これは武者震いです!!血肉沸き踊っているのです!!」

側近「血沸き肉躍る、ですよ」

天使「そ、それがどうした!!これでも一端の兵なんです!負けていられません!!」

魔王「大丈夫だよ」

天使「え?」

魔王「どんな事があっても、君は僕が守るから」

天使「~~~~!?」


天使「はぅあ……ぁぅぁぅぁ……」

オーク「あ、煙噴き出した」

側近「貴方の方が弱いのにどうやって守るつもりなのか」

魔王「そりゃあアレだよ!また盾になってだね!」

側近「それで私が彼女と揉めたのだけれど。もう一回彼女をひっぱたく?」

魔王「やめて」


竜爺「おやおや、口説きに来たか魔王め」

魔王「あ、竜爺。彼らは?」

竜爺「奴らには城の概要と今後の事について簡単に説明しておいてやった」

側近「そんなことは竜爺様の仕事ではありません。私たちがやることです」

竜爺「ふん、この城を好き勝手使われたくないだけだ。そのついでだ」

魔王「ありがとう、感謝するよ竜爺」

オーク「とんだお節介焼きだ事で」


天使「ど、どどどどうしましょう!私は守られてしまいます!魔王様を守る立場なのに!!」

側近「落ち着けぃ」

天使「あぐぅ!?」

オーク「当て身!?」


魔王「……」

竜爺「そんなにあの娘が心配か」

魔王「まぁね。彼女は何としても守らなきゃいけないし」

竜爺「お前はどうしてそこまであの娘に肩入れする。大方察しはつくが、どんな義理があるというのだ」

魔王「貴方が僕に力を貸してくれた理由を言ってくれないのと同じで、今は僕もそれを口には出せない。彼女を困らせてしまうからね」

竜爺「秘匿主義者めが」

魔王「それは貴方も同じだろう?竜爺」

竜爺「……」


魔王「さて、それじゃあこれから食事にでもするとしよう。僕が直接スカウトした魔界の料理人がみんなに料理を振る舞ってくれるってさ」

オーク「へぇ、魔界料理か。食う機会なんて無いし楽しみだな」

天使「私もです。一度どんなものか食べてみたかったんですよ」

竜爺「ほほう!マジか!美味いものが食えるのか!出せ今すぐ!!」

側近「あ、私はいいです。それでは失礼します」

魔王「えー、連れないなぁ。ま、いいか。それじゃあみんな行こうか」


……


魔王「んー、美味しいなぁやっぱり」モッキュモッキュ

天使「」

オーク「」

魔王「どうしたんだい二人とも?食べないなら僕が貰うよ?」モッキュモッキュ

竜爺「うむ、ワシは平気じゃが、これは地上の者が食うもんじゃないな。側近め、知っていて逃げたな」


側近(まぁ、私の味覚は普通ですので)コソッ


――――――
―――



天使「魔王様、お疲れ様です。交渉の方は……」

魔王「上手くいったよ。彼らに必要な土地を譲渡し、余分な土地を受け取る。そして着実に僕たちの領地は増えて行っている……さて、もう少しで爆弾を爆発させられるところまで持ってきたけど」

天使「爆弾?」

魔王「ん、何でもないよ。君は引き続き僕の護衛を頼むよ」

天使「はい」

魔王「……それにしても、また君が僕の護衛になれてよかったよ」

天使「といいますと?」


魔王「側近の事だ、本来魔界から援軍が来た時点で君を解任して他の仕事に当てるつもりだったんだろう」

天使「そうですね、その話を何度か持ち掛けられましたが……」

魔王「幸いと言うか何というか、魔界から来た者達に君よりも強い者がいなかったからね」

天使「結局私が適任という判断になりましたからね。側近さんも忙しいので魔王様のお傍に居られませんし」

魔王「よかったよ、僕としても君を傍に置いておきたかったからね」

天使「もう魔王様!!そんな歯が浮くようなセリフを言うのはやめてください!!勘違いしちゃいますよ!!」

魔王「ハハ、君は可愛いなぁ」


魔王「しかし、鉱脈が多々発見されたおかげで資金的に随分余裕が出てきたな。とはいえまだまだだけど……そろそろこっちも武器に出来そうだ」

天使「今まではお金はどこから出ていたのですか?昔賞金稼ぎをしていたようですが、それでは明らかに足りませんよね?」

魔王「ある程度は竜爺に工面してもらったよ。ちゃんと返しているし、このまま行けば問題は無いんじゃないかな」

天使「何だかんだで竜爺様便りですねぇ」

魔王「嫌味は言えど頭は上がらないよ。彼がどうして僕にそこまでしてくれるのかは分からないけれど、利用していいと言われたからそうさせてもらった。勿論恩は返したいけどね」

天使「魔王様って排他的だったり情に厚かったり、安定しないですね」

魔王「排斥なのはこんなご時世に揉まれたからかな。甘い考えではやっていられないって思い知らされたよ」

天使「甘い魔王様も素敵でしたよ?」

魔王「ん、ありがと。でも今はそうはしていられない」


天使「あ、魔王様。今日は他にご予定は在りますか?」

魔王「後は城に帰るだけだけど、どうしたんだい?どこかに寄りたいのかい?」

天使「はい、あの鉱山のある村へ少し」

魔王「了解、理由は聞かない方がいいかな?」

天使「えっと……そうですね。一応友達に会いに行くという名目でお願いします」

魔王「うん、いいよ。そういう事にしておく」


魔王「すまない、城に帰る前に少し寄り道をしてくれ。場所は地図で言うと……ここだね」

「分かりました、魔王様」

魔王「……なんか、馬車を運転するのがオーク君じゃないって言うのも寂しいね」

天使「オークさんはオークさんで指示役に回ってますからね。4人で行動することもあんまりなくなっちゃいましたね」

魔王「これも仕方ないさ。丁度軌道に乗っているんだし、今は自分たちに出来る事を頑張ってもらおう」

天使「そうですね!」

「そういう話されると専属の馬車引きとしてはちょっと寂しい気もしますよ魔王様」

魔王「も、申し訳ない……」

天使(他の部下の方からもダメ出しされる魔王様とは一体……)


……


魔王「到着!っと」

天使「わぁ……随分と」

魔王「うん、すごく活気づいているよ」

天使「もう村を通り越して町になっていますね」

魔王「ここは我が領地の重要な拠点だ。鉱脈からお金を掘り起こしているようなものだし、随分と助けられているよ」

天使「あの生活苦だった状態から随分と回復したのですね」

魔王「まぁあれからかなり日が経ってるしね。用事があるのなら行って来なよ、僕は適当に視察してくるからさ」

天使「はい!」


天使(まずはあの子に会いに行こう。それからでも遅くは無いし)

天使「……あ、でも私あの子の家を知らないや……どうしよう」

天使「あ、すみませんそこの道行く人!」

「は、はい?」

天使「えっと、少し前にこの辺に住んでいた盲目の……アキっていう女の子ってどこにいるか分かりませんか?」

「ん?ああ、コウヨウのとこの嫁さんか。だったらもうここにはいないよ」

天使「え!?」


「あの子体調を崩したみたいでね。お金にも余裕が出来たからここから離れた町に引っ越すって言ってたな」

天使「ば、場所は分からないですか!?」

「さぁ、何にも言わずに出て行っちゃったからね。何か訳ありみたいだし、あんまり他人に足取りを知られたくないって噂もあったから」

天使(泥棒さんって話……本当だったのかな)

「とにかくそれ以上の事は知らないね」

天使「はい……ありがとうございました」


天使「……残念だなぁ。またお話出来ると思ったのに」

天使「でも、領地内にいるなら、多分また会えるよね……?」

天使(よし、じゃあ本来の目的だけ済ませよう)

天使(あの時、確かにあの場所で聖剣は何かに反応した……あの場所へもう一度行けば何か掴めるかもしれない)

天使「確かここだったハズだけど……」

天使「お花畑……小さくなっちゃったな」


魔王「……」

天使「あれ?魔王様、どうなさったんですかこんな場所で?」

魔王「ん、君か。いや、前に見た花畑が気になってね。僕もここに来てみたんだ……開発が進んじゃって前よりは小さくなっちゃったけど」

天使「丘の上に小ぢんまりと残っただけになっちゃいましたね」

魔王「うん、もう少し気を遣うべきだったかな」

天使「気を遣う?」


魔王「自然の中で生まれ育ち、色とりどりに力強く咲き誇り、ヒトの心を和ませる」

魔王「僕の友達は、この花々を平和の象徴と言ったんだ。どんな生物たちが栄えたとしても、これだけは残さなきゃいけないって彼は言っていた」

天使「素敵な考えを持っていたのですね、魔王様のお友達は。私の周りにはそういう事を気に留めるヒトはいませんでしたから」

魔王「あれ?君のお兄さんは花が好きではないのかい?」

天使「兄ですか?兄は私の前では温厚でしたが、一度剣を手に取れば鬼神の如き猛者となっていましたので……あんまり花には関心は無かったかと。なぜ私の兄が花が好きだと?」

魔王「……なるほどね。いや、何でもないよ。花のように綺麗な君のお兄さんなんだ、きっとそういったものを愛でるのは手馴れていると思ってね」

天使「も、もう魔王様ったらまた!」


魔王「……僕はね、その友人と約束したんだ。花の咲き誇る優しい世界で、また旅に出ようって」

天使「旅に……」

魔王「その友人とは旅の途中で離れ離れになってしまったけれど、僕はまだ約束を覚えている。そして彼もきっと……」

天使「魔王様はそのご友人が本当に好きなんですね」

魔王「ああ、大好きだよ。僕に名をくれた彼が……そして、彼が残したものも」

天使「何だか妬けちゃいますね、魔王様がそんなに心酔しているなんて」

魔王「心酔って言うか……あの頃は、僕には彼しかいなかったからね」

魔王「今は側近がいて、オーク君がいて竜爺がいて、僕の下に集ってくれた仲間たちがいて、そして君がいる」

魔王「……そうした中で、また彼と出会えることを信じて、僕は彼を探し続ける。それが無茶だと分かっていても……」

天使「きっとまた出会えますよ。魔王様が約束を覚え続けている限り、きっと」

魔王「うん、そうだね。いつか必ず……」


魔王「ところで、君はどうしてここへ?」

天使「私は本来の役目の事で。もしかしたらここにヒントがあるのかもしれないと思いまして」

魔王「ああ、もしかして邪魔だった?だったらすぐに消えるとするかな」

天使「いえ構いません!出来ればもう少し魔王様とゆっくりしていたいというか何というか……はうあ!?何言ってんだ私!?」

魔王「ハハ、じゃあもう少しゆっくりしていようかな。帰っても側近の小言に付き合うだけだし」

天使「で、では失礼して……」

魔王(聖剣を掲げた……何をするつもりだろうか)


天使「……」

天使(やっぱり何の反応も無い……でもどうしてあの時……)

魔王「ずっと気になってんたんだけどさ」

天使「はひん!?」

魔王「ああゴメン驚かせて。で、気になってたんだけど質問いいかな?」

天使「は、はいお答えできる範囲ならば!!」

魔王「どうしてその剣は常に布が巻かれているの?前に振ったときも決して取ろうとはしなかったけど」


天使「これは……私が正しい所有者ではないからです」

魔王「正しい?」

天使「はい、この布も聖骸布という一つの神器なのですが、本来の解放呪文を唱えて聖剣を振るった場合、この聖骸布に食われてしまうのです」

魔王「要は防犯用ってところか、ひょっとして魔族である僕が触ることが出来ないのもその神器のせいだったりするの?」

天使「そうです、聖骸布自体が所有者を守る為の防具であり、魔と戦う事を想定して創られたものです」

天使「私が以前唱えた解放呪文は仮のもので、女神様が自分の身や誰かを護る場合に使ってもいいと仰っていたのであの時使わせていただきました」

魔王「敵対種族である僕を守るなんて、君も変わってるね」

天使「私を保護した魔王様が一番変わっていますよー」


魔王「それで、君は今ほとんど君の目的の答えを言ってしまったようなものだけど、よかったのかい?知られたいことではないんだろう?」

天使「……ハッ!?しまった!?」

魔王「え、ちょっマジか!?」

天使「フフ、冗談ですよ。魔王様なら教えても大丈夫だと思ったので、この程度なら」

魔王「ビックリした、ここにきて天然炸裂したのかと思ったよ」

天使「わ、私でも神様の勅命をそう軽々しく口にはしませんよ!!」

魔王(つまりだ、あの剣は本来彼女のものではなく、地上の誰かに渡す為にわざわざ天界から来たと言ったところか。誰にって聞いても流石にそこは言いはしないと思うけど)

天使「魔王様、そろそろ帰りましょうか」

魔王「ん、そうだね。もう日が暮れそうだ。城に着くころにはちょっと遅くなっちゃうね」

天使「たまにはいいじゃないですか、こういう時間も」

魔王「……そうだね」



―――
――――――


(……)

魔王(なんだいそれは?)

(花束だ)

魔王(花……)

(村を救った礼といって、少女から渡された。下らん)

魔王(でも、綺麗だね)


(綺麗……か)

魔王(君はそうは思わないの?)

(俺は一度たりともこんなものを愛でたことなどない。そんな暇も余裕も、戦い詰めの上では無かったからな)

魔王(でも、君にその花束を渡した女の子。すごく嬉しそうな顔をしていたよ)

(そうだったか?)

魔王(そうだよ、だからその花束には嬉しい気持ちがいっぱいあるんだよ)

(……確かに、静かで穏やかな場所に咲いているのを見かけたりはするな)


魔王(きっと、これが地上の人達の言う……えっと……なんだろう)

(平和……)

魔王(そう!それだよ!)

(平和の象徴か……ふん、こんな淡い色をしただけのものが何になる)

魔王(……でも、あの子から花束を受け取った時の君の顔も……とても穏やかだったよ。きっと花にはヒトの心を和ませるものがあるんだよ)

(……そうか?)

魔王(君は今、どんな気持ちでいるんだい?)

(……)

(悪くない。ああ、悪くはない。もしかしたら、これが俺たちの目指すものなのかもしれんな)

魔王(……君って案外短絡的なんだね)

(うるさい!もう行くぞ、さっさと準備しろ馬ァ鹿が!)

魔王(アハハ、はいはい)


――――――
―――



側近「……」

魔王「おや、調べものかい?」

側近「魔王……」

天使「どーも側近さん!」

側近「チッ……天使さんですか。どうしましたか、書庫に来るのは珍しいですね」

天使(露骨に舌打ちされた!?)

魔王「少し時間が空いてね。竜爺が持ち込んだって言う本の数々を見に来たけど……凄い量だね」


側近「竜爺様が所有して保管していた書物を全てこの城に移したそうで」

天使「これ全部ですか……本棚が全部埋まっちゃってますね」

側近「はい、大きい図書館が開けるほどの量ですので。今一つ一つを検閲しています」

魔王「君一人でかい!?」

側近「それが何か。もう半分終わっているけれど」

魔王「い、いや……つくづく君のスペックがとんでもないという事を思い知らされるよ」

側近「別に、地上の知識がまだまだ大したことが無いからこうして仕事がてら蓄えているだけ。一石二鳥とかいう言葉だっけ」

魔王「うん、まぁ関心関心!」

側近「頭を撫でるな、張り倒すぞ」


側近「そもそも、貴方が魔界から来た方々に読み書きや一般常識、歴史を教えろと言ったのを忘れたの?」

魔王「いや、覚えているけどそこまでやれとは言っていないよ」

側近「一度始めたら最後までやり通す、これも貴方から教わった事だけど」

魔王「限度ってものがだね……」

天使「でも、素直に尊敬しちゃいます。本来言語が違う魔界出身なのに、地上のあらゆる言葉を読み書きして」

天使「それでいて全て身になるように応用もなさるんですから……私には出来ません」

側近「やろうとしないからでしょう。なにも私が特別なのではありません、やる気があるかどうかです」

魔王「また君はそうやって……」

天使「いいえ、誰にでも出来る事ではありませんよ」

側近「?」



天使「本来、人は出来る事の限界というものがあります。生まれや育ち、そして人柄で変わっていくもの」

天使「でも、貴女はそれを覆す程のものを持っています。魔王様のサポートの中で見て聞いて学んで……そして魔王様をお守りして」

天使「その中で貴女は日々成長してまた新しい事を身につけていきます。それは誰にでも出来るものではなく、それは一重に貴女が努力して磨き上げてきたものです」

天使「私がどれだけ努力をしても貴女には追いつけそうにありませんから……エヘヘ、何だかこういうのも照れくさいですね」

魔王「側近、彼女が僕らの為に努力をしているのはよく知っているだろう?それでも届かないものがあるんだ、君がしている当たり前のことは、僕らにとっては到底出来る事ではないんだよ」

天使「はい!だからこそ私は側近さんを尊敬します!フフン!」

魔王「なんで君が威張っているのかな?」

側近「……」

天使「どうしました?」


側近「いえ……その」

側近「ありがとう……ございます。そこまで言われたら悪い気は……しないです」

天使「……」

魔王「……」

側近「……何か?」

魔王「側近が!?」

天使「デレた!?」

側近「お二人ともそこで正座してください。一発ずつ殴ります」


天使「前が見えねぇ」

魔王「本当に殴る事ないんじゃないかしら?」

側近「今恥じらいと言うものを覚えただけ。照れ隠しの一環として受け取っておいて」

魔王「そういうことにしておくよ……しかしまぁ、竜爺もこんな量の書物をどこから仕入れたのかね」

側近「あのヒトがますます私達とは違う存在だという事を思い知らされる。ワケも無くポンと寄付したのだから」

天使「今側近さんが読んでいるものは何ですか?」

側近「隣国……ジスト王国の成り立ちというものです」

天使「ああ、そんな名前でしたね、隣の国」

側近「一応ウチとは貿易国になるんですから、そのくらいの事は頭に入れておいてください。一般常識の欠如程恥ずかしいものは在りませんよ、頭空っぽなんですか?その方が夢を詰め込めると思ったら大間違いです」

天使「アハハ……少し打ち解けたと思ったのですがコレですか」


魔王「ふむ……初代国王は天の使いと共に"大いなる影"を封印する事で世界に平穏をもたらした……か」

天使「へぇ、天使が手引きしたのですか。何だか変な感じですね、私欲で動く人ばかりなのに」

魔王「き、君は自分の種族が嫌いなのかな?」

天使「ええ、まぁ」

側近「この大いなる影と言うのは私達と似たような種族ですね。書かれている特徴が所々一致しますが」

魔王「……」

天使「魔王様?」

魔王「いや、しかしここに書かれているのは不定形の影とも書かれている。僕たちと似ているようでまた違う種族なのだろう。それはいいから次の頁を読み進めよう」

側近「?そう、貴方がそういうのならそういうのならそうだと思うけど」

天使(……否定から入るなんて、魔王様らしくないなぁ)


側近「初代王はこの時に富と名誉を天使たちから与えられ、そして見事な采配により国を作り上げ繁栄させていったようですね」

魔王「ほほう、ひょっとしたらこの本を読んだら僕も同じような事が出来るかもしれないな」

側近「貴方とは大前提が違うから、こんなものを参考にしたら余計変な事になるからやめて」

魔王「はい、すみません」

天使「奥様の事も書かれていますね……えっと、その時"影"の討伐に参加していた女性が後の国王ジストの伴侶となる」

魔王「彼女はその功績を認められ、神からの加護を授かり未来を見通す眼を宿す事となった……か」

天使「凄い!つまりは予言の力ですよ!これがあれば将来安泰なんてものじゃないですからね!女神様も地上に私を遣わすなら何か一つくらい特殊能力をくれてもよかったのに」

魔王「君の信仰心は欲望に塗れているね……」

側近「予言……」

魔王「そういえば、王国の賢人様も同じような事が出来るね。きっとその直系の子孫で受け継いでいたんだろう」


側近「あ、注釈で真名の契りも書いてある」

天使「真名の……なんですかそれ?」

魔王「この地方の高位も者に広く伝わる文化だよ」

側近「と言うより私が貴女の事を天使さんと呼んでいるのに違和感を覚えなかったのですか?大丈夫ですか正気を疑いますよ、普通ありえませんよ」

天使「あうん!?そ、そこまで言いますか……」

魔王「僕が本名を知っているのにセピアの事を"側近"と呼び続けているのはこの契りに従ったものなんだ」

側近「名前を思いっきり明かすな」

魔王「もう彼女の前で何度も呼んでいるからいいだろ?」


側近「元々魔術的攻撃から身を守る為に本名を明かさないという風習ですね」

魔王「名を口にしたり書きこむことで発動する魔法も過去に存在したからね。だから王族なんかは名を隠したそうだ」

天使「あー、思えば私皆さんの本名知らないですしね」

側近「私達も貴女の名前を知りませんよ」

天使「あ、天界にも似た風習があって、神兵クラスになると神より新たな名を与えられそれを名乗るように言われるんですよ。私だったら"マリーフィア"という名前ですね」

側近「……」

魔王「……」

天使「あれ?どうしたのですか?」

魔王「いや……君」

側近「神兵だったのですか」

天使「勅命を承るくらいですよ!!失礼しちゃいます!!」

魔王(驚いた、結構高い位だったんだ)

側近(見掛けによらないとはこのことですね。通りで並の魔族じゃ相手にならないハズだ)


天使「でも、本名で呼べないとなると少し寂しいですね。親からもらった大切な名前なのに誰にも知られないなんて……」

魔王「そうでもないよ。特別に親しい友人、身内、部下、そして生涯の伴侶となる者には名を明かさなければならないんだ」

側近「互いに共有し合う事で護りあうと言った意味を持つらしいですが、弱点を増やしているだけのようにしか思えません」

天使「へぇ、それじゃあいつか私にも魔王様の本名、教えてくれるんですね?」

側近「ッ!?」

魔王「ふぇ!?え、えっと……それはどういう意味でだい?」

天使「え?勿論貴方に仕える者として、いつか本当に信用される時がくるんじゃないかなーって……私変な事言いましたか?」

魔王「い、いや、アハハ、そうだね!そりゃそうだよね!」

側近「……ハァ、動揺しすぎ。私も一瞬勘違いしたけど」

魔王「う、うるさいな!」

天使「?」


魔王「ま、そうでなくても僕はもう君の事は信用しきっているよ。だから、国を立ち上げる事が出来たときに僕の名はみんなに明かすつもりだよ」

天使「エヘヘ、じゃあ私が名前を預けるのもその時ですね!楽しみにしていますよ!」

側近「私の方は貴女には教えませんけど」

天使「セピアさん♪」

側近「ふんッ!!」

天使「目がぁぁぁぁぁぁぁ!!」

魔王「アハハ、今のは擁護できないな」


側近「随分話が逸れましたね。初代王はその後戦争を繰り返し、領地を広げ勢力を着実に拡大させていったそうな」

魔王「戦争か……やはり、大国になった場合はそれも避けられないか」

側近「侵略目的の争いだから、貴方はそうはしないでしょう?」

魔王「うん、よく分かっているね」

側近「生っちょろい」

魔王「そして君の心の中が見据えたよ」

側近「しかし、その快進撃も長くは続かなかった……だって」

天使「国自体がかなりの大きさになったのにですか?ほら、ここの色が変わっている場所、全部王国の土地ですよね?」

魔王「ふむ、続けて」


竜爺「国王は傲慢過ぎた、民の声を顧みず戦を続け、民たちは疲弊し不満を募らせた」

側近「あ、竜爺様」

天使「毎度毎度突然現れますね。竜爺様も調べものですか?」

竜爺「なに、騒がしいと思って覗いてみただけじゃ。してみれば、こう古い書物を読んでおる者達がいただけだ」

魔王「竜爺は初代王の事を知っているのかい?」

竜爺「よく知っておる。奴は愚かで大馬鹿者で……妻の抑止さえ振りほどき、独りよがりの政策を続づけ、力こそが世界を変えることが出来ると信じて疑わなかった。だからこそ、民の声は奴には届かなかった」


竜爺「長きに渡る戦いの中、戦う事を良しとせぬ者達が反乱を起こした。奴は刃向う者も全てその手にかけ、暴王とまで呼ばれるようになる」

竜爺「だが、そうした中で国自体が維持する事さえ困難となり、戦う牙さえも無くし、やがて王は全ての責任を被ることとなった。まぁ当然の結果だ」

竜爺「しかし、馬鹿な事に、奴は戦いが終わり打ち滅ぼす者がいなくなった時に初めて振り返ったのだ。自分が壊してきたもの、自分のせいで失われたもの……」

竜爺「戦後処理の復興や支援に力を尽くしたものの、もう時すでに遅し。誰も奴を信用などしなくなっていた」

竜爺「だが、国を作ったのも奴、復興に尽力したのも奴。その恩赦として、奴を国から追放することですべてが丸く収まった。そうして奴の妻が周りからの反対を押し切り新たな王となり、見事国は今の形を保ち平穏なものへと姿を変えた……」

竜爺「民が王を捨てる事で平和になる世界……そんなもの、国を作った功労者とは言うが、始めから欲など出さねば失われる命などは無かった。故に愚王、奴は国を去る時最後にそう呼ばれた」

魔王「……典型的な悪いお手本だね」

竜爺「ああ、決して真似するな。こんな反吐が出る話、ワシも聞きたくはない」


天使「竜爺様って物知りなんですねー」

魔王「やっぱり、貴方の話は僕らの糧になる」

側近「この書物に書かれている事をそのままそっくり口に出しただけですけどね」

魔王「……」

天使「……」

竜爺「バレちった☆」

魔王「バレたじゃねーよ」

天使「感心して聞き入っていた時間を返してください」

竜爺「年寄りを寄ってたかって虐めるなぁ!!蹴るな!踏むな!」

側近(おや、愚王の下りは書いてなかったですね)


側近「他には特に壮絶な事は書いていないですね。つまらない国」

魔王「それでいいんだよ!?ことあるごとに大事件起こしていたらそれもそれでおかしいからね!?」

竜爺「ともかく、そこに記された事は教訓として頭の片隅にでも記しておけ。欲をかいても碌な事にならんとな」


オーク「お、いたいた。ってなんか全員揃ってるな」

魔王「ん、オーク君!久しぶりだね!」

天使「ホントですね!何日ぶりですか?」

オーク「かれこれ2か月はまともに顔を合わせてなかったんだが……」

天使「えぇ!?」

魔王「マジで!?」

オーク「やっぱアンタらと俺じゃあ時間間隔違うんだな……」


側近「お互いに忙しかったですしね。魔王と天使さんは各地へ出ずっぱりでしたし」

オーク「俺は魔王が連れてきた連中の管理だ。確かにしょうがないな」

魔王「それでオーク君、誰かに用があったんじゃないのかい?」

オーク「ああそうだった。魔王、"アレ"の設置、終わったぜ。後はお前の仕込み次第だ」

魔王「随分早かったな。わかった、じゃあ急ぐよ。数日中に最後も落ちるハズだからさ」

天使「アレ?落ちる?何の話ですか?」

側近「悪巧み、じゃないのですか」

竜爺「……何をするかは察しがついている。自業自得と割り切っても、ワシからは何とも言えんな」

天使「?」


――――――
―――



魔王「さて、我が魔王一行初期メンバー、集まったね」

天使「集まりましたー!」

オーク「おうよ!」

側近「そのネーミングはどうにかならなかったのか」

竜爺「ワシを含めるなワシを」

魔王「ではこれから最重要会議を始めようと思います!」


魔王「今日集まってもらったのは他でもない、数日前に仕込みが終わったからその報告をしようと思っただけだよ」

天使「あ、言ってましたね。一体何をしたのですか?」

魔王「僕たちがこれまで貴族から領地を買い取っていたのは知っているよね?」

オーク「こちらの保有するあちらさんが欲しい土地と金、そしてあちらさんはこっちが欲しい土地と+αで交換って形だけどな」

魔王「彼ら自体がほぼ敵対し合っているおかげで、僕らの動向が疑われずにスムーズに進んで助かったよ」

側近「情報の操作はいくつかしたけれど、その必要もあまりなかったみたいだし」

天使「???」

魔王「アハハ……まぁ順を追って説明するね」


魔王「例えば、貴族が喉から手が出るほど欲しい土地を僕たちが持っているとする」

天使「ふむふむ」

魔王「貴族はどうしてもそこの土地でやりたいことがある、田畑を広げたり山を切り拓いたり」

魔王「それで、僕たちが彼らに交渉をする。"貴方の持つあそこの土地が僕たちも欲しいので交換しましょう"」

魔王「でもそれだけでは僕たちにとっては損しかない。どう考えても土地としての価値が釣り合わないからね」

側近「基本的に私たちの欲する土地の方が安価で、交換に出す土地の方が高価です」

魔王「そうそう、そこでだ。僕たちは少しだけ吹っかける、"貴方達の他にいらない土地をもっと譲ってほしい"」

オーク「相手さんにしてみりゃ使い道が無かったり飽和しているような場所だ、需要がねぇから案外ポンと条件に上乗せしてくれたりするもんだ」


側近「相手は相手でいらないものの処分と考えれば悪い話ではないです、何としてでも欲しい土地ですし」

魔王「武力行使で強引に僕たちの土地の乗っ取りに出られないのは以前話した通り。貴族同士の腹の探り合いのせいで、寝首をかかれないためにどこにも攻めることは出来ない」

側近「そういう訳で、安全に着実に、同じ方法で多くの貴族たちと交渉を繰り返してきました」

魔王「途中で鉱山が見つかったのは嬉しい誤算だったけどね。あそこの土地も元々交換用にキープしておくつもりだったし」

竜爺「馬鹿者、愚策だ。鉱脈が無くとも、あの土地の豊かな資源の事を考えれば後々の事を考えて残しておいた方がいいだろうに」

魔王「あ、アハハ……竜爺みたいに近辺の土地の情報にそこまで詳しくはないから……運がよかったね」


天使「でも、これって確かに土地は増えていきますけど、大した数にはならないのではないですか?それに、いらない土地を貰っても資源には期待は出来ませんし人も集まりませんよ」

魔王「有効活用は出来るんだな、これが」

側近「近年、植林や農業を目的とした事以外でも土地を欲しがっているヒトは増えています。なので多少荒れていたとしても他の事で活用できる人達に土地を"貸し与える"のです」

天使「貸すって……そんな所になにを……」

魔王「需要と供給だね。幸いなことに、違う世界から次元を超えてよく機械類なんかがこの世界に落ちてくる事があるんだ」

オーク「よく分かんねぇが、鉄の車だったり綺麗な写し絵だったり。それを研究したり開発したりする場所が欲しいんだと」

魔王「僕の持つ魔剣のような精密な機械仕掛けの……と言えば伝わりやすいね。隣国のジスト王国が今力を入れているらしくてね。ああ、土地貸しはいい商売になるよ」

側近「貸しているのは王国側に面した土地だけですので、"もしも"があった時はすぐに対処も出来ますし」


オーク「そこに一つ研究所なんて建てちまえば周りにはそこに生活するために人が集まってくる」

側近「研究者の家族、商売人、冒険者、移民……活気付けば時間とともに一つの町になり豊かさを取り戻し、結果的に我々へ大きなリターンとなります」

魔王「君が僕たちと出会ってからしばらくして始めていたことだから、もうある程度には形になっているよ」

天使「なるほど……たった数年で地上人はそこまで繁栄出来るのですね」

竜爺「ああ、お主らと行動を共にしてもう数年経つのか。中々、実のある生活を送っているな」

魔王「それはどうも……それでね、君は交換していった土地の数を大した数にはならないって言ったけど、そうでも無かったりする」

天使「そうなんですか?」

魔王「そうなのです!」


側近「必ずしも貴族全員に一回だけ話を振る、という事ではありませんので」

天使「……ああ!ひょっとして何度も!」

魔王「ご明察、その都度彼らが欲しい土地と消費していくだけのお金を渡して、残った彼らの他の土地を僕らが買い取っていくってワケ」

オーク「そこでだ天使さんよ、手元の資料を見てくれるか?」

天使「点々と丸を描いた箇所以外の大半は色が付けられていますね、これって……」

魔王「この数年で僕たちが獲得した土地だよ。全部貴族から買い取った箇所だ」

天使「こ、こんなに!?」

魔王「塵も積もれば何とやら。苦労したよ、貴族たちも自分たちの所有する土地が小さくなっているのに気付いているのに止めやしない」

側近「搾り取るだけ搾り取りました。しかし、これ以上は流石に気づかれるのでストップしましたが」

オーク「人間も減って収入が無くなってるからな。国じゃないから人の出入りも自由な分、一度こっちが場所を提供してやればまぁこう流れてくるわな」


魔王「だが、僕はここでやめるような聖人でもない。やるからには徹底的に、お金の無い人の気持ちになってもらわないとね」

天使「と、いうと……」

オーク「そこで俺が以前設置したってブツだ、それがここに書いてある通り!」

天使「えっと、関所……関所!?」

魔王「貴族の保有する土地の周りはものの見事に僕たちの物となっている。だからそこに繋がる道全てに、それも貴族の子飼いの商人なんかに高い通行税を設けると」

側近「他に貴族の土地に行く理由も無いですし、こっちの民は誰も傷つきません」

魔王「これが僕が用意した爆弾だよ。ま、要するに完全に個人に対する嫌がらせだね。これで音を上げて僕に泣きついてくるもよし、そのまま野垂れ死ぬのもよし」

竜爺「どちらにせよ、土地の権利は書類上はお主が格安で買い取るかワシに帰ってくる……という事か」

魔王「そそ」


天使「貴族の所に残された方々は……」

魔王「全てを救う事は出来ないし、ある程度は切り捨てるしかない。とは言っても、かるーく援助はしているけどね」

側近「何が軽くだ、しょっちゅう炊き出し開いてる癖に」

魔王「犠牲になってもらっているんだ、そのくらいはいいだろう」

オーク「あちらさんも、炊き出しについては文句は言ってこないな。今頃になって大事な大事な市民だって事に気が付いてるからよ」

天使「……」

魔王「腑に落ちない顔だね」

天使「はい、それでも苦しんでいる人は出てしまっているので。何とかしてあげられないかと思ったのですが」

側近「言うだけならタダですね。綺麗ごとだけじゃ済まないし、それは随分と安い言葉ですよ」

魔王「セピア、言い方があるだろう?」

側近「……ふん」

竜爺(おや、ただ従うだけではなくなったか。これを成長と取るべきか、生意気になったとみるべきか……)

側近「何か言いたい顔をしていますね、竜爺様」

竜爺「そう見えるか?」

竜爺(……小生意気なのは元々か)


魔王「これから貴族たちの土地からかなりの人々が流れ込んでくるだろう。だったらせめて彼らを全力で助けようと思うよ。それじゃあダメかな?」

天使「……いいえ、私が少し子供でした。だったら、私も全力で彼らの保護をサポートします。それならば私も納得がいきます」

魔王「うん、ありがとう。そうしてもらえると僕も助かるよ」

魔王「……とは言ったもののだね」

天使「はい?」

魔王「関所についてはまだ正式に置くことにはなっていないんだ。あくまで情報だけ流して貴族に危機感を持たせようとしている」

天使「何故そのような事を?」

オーク「最後のチャンスってやつだ。これで奴らがどう出るか……それによって処遇も決めさせてもらうって魂胆だろ?」

魔王「うん、その通りだよ。まぁ国を運営もしていないのに個人の土地で関所を設けるなんて何事だって話でもあるけど」


魔王「設置はその後、正式に国として名乗りを上げた後にするよ」

天使「いよいよですね……」

魔王「ああ、案外短かったけど、随分遠回りした気分だよ」

竜爺「それは建国した時に言え。ともかく、説明はよく分かった。ワシも異存はない」

オーク「自分で手を下すのは嫌な癖に、他人なら連中がどうなってもいいのかい?」

竜爺「それも考え物だが、お主らは他人ではない。信じておるから奴らの処理を任せられる」

魔王「フフ、それはどうも」

側近「それでは、"第一回 天使さんに現状の事を伝えよう会議"を終了とすることにしましょう」

天使「何ですかそれ!?いつ題目変わってたんですか!?」

魔王「まぁほとんど僕らの行動のおさらいだったしねぇ?」

オーク「知らないのお前さんだけだぜ」

天使「ナンテコッタイ」

竜爺「婆さんや、飯はまだかのう?」

天使「ああもう竜爺様までボケモード入っちゃうし!もう何なんですか!!」

魔王「アハハ!」


オーク「あー終わった終わった。あ、そうだ、連中にも現状の事ある程度説明しなきゃな」

魔王「助かるよ。皆君を慕っている、だから全て任せられる」

オーク「……そうやって、本気で全部俺に押し付けてんだろ」

魔王「バレた?」

オーク「テメェこの野郎!!」

天使「アームロックはダメですよ!?ああ入ってる入ってる!!」

魔王「があああ!」

天使「それ以上いけない」

側近「いつまで突っ込み不在のボケをしているのですか。それぞれ仕事に戻ってください、やらなければいけない事は山積みです」

天使「あの、私突っ込んだつもりだったのですけど」


竜爺(……纏まっておるな、この者達は)

竜爺(いくつかこちらで案を用意して手引きしてやろうと思ったが、その必要はなさそうだ)

竜爺(ワシとは違う、と言ったところか……ふん、ここまで来たんだ。頓挫したり破綻でもしてみろ、全員食い殺してやる)


――――――
―――



魔王「えっと、王宮には報告した、貸し出しの許可の申請はした。後は……」

天使「魔王様、武器の」

魔王「ああ、そうか。武器の仕入れ!本当はこういうのは国として成り立ってからの方がいいんだけど……」

天使「もう国と言っても問題ない規模ですから、王国側も認めてくれたじゃないですか」

魔王「そだね、それじゃあ……」

天使「数も必要になりますから、大きな工場で契約できるかどうかを確かめましょう」

魔王「ん、そうだね。でも、せっかくまた王都に来たんだからもう少しゆっくりしていこう。君とも話がしたいし」

天使「もう魔王様ったらまた……!!」

魔王「アハハ、いいじゃない。たまにはさ」

天使「たまにどころかよくある事なのですが」


魔王「しかし、やはりと言うか、この国はいいね。人の流れが大きいし、工業が発展していて、それでいて海にも面しているから交易も盛んだ」

天使「位置にも恵まれていますね、南へ行けば暖かく、そして北へ行けば雪の降る地域もあるとか」

魔王「資源の関係で環境の変化があるのはありがたい事だね。僕たちの領地も一応四季はあるけれど」

天使「結構極端な位置にありますから本当に一応ですけどね」

魔王「……おや、そうこう話している内に」

天使「迷っちゃいましたね」


魔王「大通りから離れちゃったな。さて、こんなところに鍛冶場は無いと思うけど、どうするかな」

天使「そんな事は無いですよ、魔王様。ほら」

魔王「うん?……ああ」

天使「ね、せっかくですしまた寄っていきましょう」

魔王「そうだね、迷惑にならない程度にね」


……


魔王「お邪魔しまーす……」


ドワーフ「……」


魔王「お 邪 魔 !!」

ドワーフ「ッ る せ ぇ な 聞 こ え て る わ ボ ケ ェ !!」

魔王「ヒィィ!?」

ドワーフ「ん?お前らは……」

魔王「こ、こんにちは」

天使「お久しぶりです」


ドワーフ「なんだ、酒を飲みに来たのか?だったら、まだ時間が早すぎるんじゃないか?」

魔王「アハハ、まぁそんな所ですが……調子はどうですか?」

ドワーフ「ふん、ここ最近めっきり売れんな。基本的に王国が欲しているのは大手の、それも量産が利く装備だ」

ドワーフ「それに、商売相手にしていた国外の貴族共がこぞって縮小しやがったせいで私兵用の物も趣向品の装飾剣なんかもサッパリだ」

ドワーフ「おかげでこの路地裏鍛冶同盟、大手に負けねぇ大きな規模を持っているってのに皆下請けばっかりだ。やれやれ」

魔王「あー……」

天使「それは何というか……」

ドワーフ「笑いたきゃ笑え。ったく戦いが無いなら無いでいいが、この仕事はそれじゃあ食っていけん」

魔王(僕らのせいだと伝えたらどんな事言われるか……)


魔王「って、路地裏鍛冶同盟?なんですかそれ」

ドワーフ「ああ、大手に属さず個人で鍛冶屋を経営してる連中の集まりだ。で、俺が会長。腕は確かだが協調性が無いから業界からは爪弾き者にされている連中ばかりだ」

魔王「淘汰もされない人達か。要はフリーの鍛冶師を集めたって事かな?だったらキチンと商売人を介せば儲けは出るのでは?」

ドワーフ「この国は物作りが自由だからこそ、無名の、それも個人が伸し上がっていくにはちと辛過ぎる。店にすら並びゃしねぇ、並んだとしてもその他大勢の内の一つだ」

ドワーフ「だからこうして俺たちだけで別でコミュニティを作って、個人で別の仕事をしながら組織立った大きな仕事を分担して請け負っているんだ。そうじゃなきゃ食っていけねぇ」

魔王「商売って難しいんだねぇ」

ドワーフ「俺たちは国を介さず冒険者ギルドの商人を通して販売しているから、儲けは個人に多めに来るし、何より安く相手に売れる。だが、国外向けだから儲けは出ているが、これは個人団体でしかギルドが受けてくれないし、国内だけで商売するならむしろ年会費で損だ」

ドワーフ「辛うじてギルドからの収入で同盟は成り立っているが、国内じゃまず個人に仕事は回ってこないから困りもんだっと」

天使「冒険者ギルドは世界各地にある冒険者支援団体でしたね。国に食い込むほどの権力があるとは……」

ドワーフ「贔屓にしてくれる旅商人でも現れりゃ、風の便りで広まっていったりするがな。かの鍛冶師ヴォーグも着物を着た東洋の旅商人に腕の良さを広めてもらったそうで」

魔王「この魔剣を作った鍛冶師か……」

ドワーフ「お前まだ捨ててなかったのかよ!?」

魔王「捨てたら捨てたで逆に呪われそうで怖いから手放せなくなった」

ドワーフ「おいおい……」


ドワーフ「お前さんも……」

天使「あ、私ですか?大丈夫ですよ、私はちゃんと神器は手放す予定ですので」

ドワーフ「そうかい。これでもお前さんたちの身を案じて言ったんだ。気を悪くしないでくれよ」

魔王「構いませんよ、特に気にしてはいないので」

天使「魔王様、それより……」

魔王「ん、どうしたんだい?」

ドワーフ「なんだなんだ?またイチャ付きやがって」

天使「ち、違います!!」


天使「魔王様、この方に武具を作ってもらえるようにお願いしたらどうですか?今の下請けのお仕事、不満そうですし」

魔王「えー?でもこの規模じゃ……」

天使「路地裏なんとか同盟の規模は凄く大きいみたいじゃないですか」

魔王「まぁ確かにここでお願い出来れば、他方で作ってもらうより安くなるかもしれないけど……」

魔王「……いや、それならさっきの話からして、貴族たちの商品を取り扱っている商人とコンタクトを取れるか……なら彼らを抱え込んで一気に四面楚歌にしてやるのも……うん、よし、交渉してみよう」

天使「魔王様?随分と物騒な事を呟いていますが、追い打ちかけるつもりですか?」

ドワーフ「話し込んでいるなら俺は仕事に戻るぞ。ったく量を要求する癖に給料吊りあいやしねぇぜ……ん?」

魔王「どうかしましたか?……おや」

「あ、あの……」

天使「お客さん……にしては身なりがいいですが」


ドワーフ「ッ!!テメェ!!何しに来やがった!!」

「うわ!!い、いいじゃないか別に!!」

魔王「えっと……」

天使「誰ですか?」

「まて!言うな、絶対に言うな!!」

ドワーフ「うるせぇ!!コイツはこの国の国王だ!!ったくまた城から抜け出してきたか!!」

魔王「えぇ!?」

天使「王様ですって!?」

国王「あー、もう……あー……」


国王「何でいうんだよ、こんな所で歩いているって国民に知れたら色々と問題があるだろう」

ドワーフ「だったら王宮から出てくんなカスが!それにコイツらは他方からの旅人だ」

国王「それ国民に知られるより不味いだろ!!」

魔王「彼が……この国の長」

天使「随分とお若いですね」

ドワーフ「こいつはまだ即位して日が浅い。駆け出しのヒヨッコだ」

国王「オッサンそんな言い方無いだろう」

ドワーフ「政務サボって出歩いている奴に言われたくはないな!」


魔王「一体どういうご関係なんですか?一国の長と知り合いだなんて」

ドワーフ「昔ちょっとな」

国王「ん、失礼。彼は昔、王宮専属の鍛冶師だったのだ。その縁で私も良くしていただいて……」

魔王「専属……凄いじゃないか!」

天使「そんな名があるのならすぐにでも売りだせるじゃないですか」

ドワーフ「言うなよボケが!!」

国王「お返しだオッサン。どうせ俺が仕事回さなきゃ碌に食っていけないんだろ?だったら早く城に戻って来い。俺はアンタを必要としている」

ドワーフ「余計なお世話だ!!今ちょうどテメェから回された下請けの仕事をキャンセルしようと思ってたところだ!!丁度納品分もこれが一区切りで最後だからな!」

天使「えぇ!?仕事無かったんじゃないんですか!?」

ドワーフ「うるせぇ店仕舞いだ!!テメェら全員帰れ!!」

国王「オッサン……俺はただオッサンに帰って来て欲しいだけなんだよ。だからこうして城を抜け出してだな……」

ドワーフ「俺をサボりの口実に使うんじゃねぇ!!」


魔王「やれやれ、トンデモ無いタイミングに出くわしてしまったな」

天使「出直します?」

魔王「そうだね、それもいいけれど……僕はあえて進もうかな」

天使「へ?」


魔王「でしたら、私と取引をしませんか?鍛冶屋さん」

ドワーフ「何ィ?」

国王「そ、それはどういう……」


魔王「申し遅れましたジスト国王……私は貴方の国の隣の領地で小競り合いをしておりました魔王と申します」

国王「魔王……?今噂の魔王か!」

ドワーフ「あん?なんだよその噂ってのは」

国王「知らないのか?隣の領地に現れた魔王って話題、国中で騒がれ続けているのを」

ドワーフ「知らんな、新聞も読みゃしねぇからな。状勢には疎い……ん?おいまて、この国の隣は貴族たちが抱え込んでいる国に属さない土地だったろ」

国王「その魔王がほとんどを差し押さえたんだ。今じゃほぼ全域が魔王の領地になっているって話だ」

魔王「その通りです、流石は国王様」

国王「そんなおべっかはいらん。して、其方は何故この者に取引など申し出た」

魔王「単純な事、我が領地には人も武具も不足しております。まともに稼働する鍛冶場もあまり多くはなく、ノウハウも無い。他国からの補助が必須となります」


国王「それは分かっている。私は何故一個人でしかないこの者にそんなことを依頼するのだと聞いている」

魔王「彼は路地裏鍛冶同盟という大規模の組織の長だと聞きます。依頼するには十分な理由かと」

国王「まだそんなもんやってたのかよ……」

ドワーフ「そんなもん俺の勝手だろ」

国王「だが、輸出の話になればまた話は変わるぞ。其方の領地はまだ国を名乗っていない、そんな者達に武具など売れる訳がない」

魔王「彼らは国から認可されていないフリーの集団です。それは私の交渉次第……では?」

国王「大国の長を目の前にしてよく言う。適当な大義名分をつけて、其方の領地を侵略することなど容易いのだぞ」

魔王「貴方は先人が築き上げてきた国を自らの行いによって崩すのですか。初代の暴王のように」

天使「なッ!魔王様!!失礼が過ぎます!!」

国王「必要ならば、な」

ドワーフ「テメェ!精根腐ったか!!先代様たちが守り続けてきた物を自らの手で崩すだと?自惚れんな!!」


国王「なんて、俺にそんな勇気と権力があればな。あーあ」

ドワーフ「は?」

魔王「口が過ぎました。お許しください」

国王「構わん、自分の無力さを再実感しただけだ。ハァ……」

天使「え、えー?」

国王「どう考えたって今無意味に戦争でも侵略行為でも起こすのは愚策だ、何十年と争いの無い国を続けている、士気も上がらんし実戦における練度も足らん、オマケに俺の国民人気も地に落ちる」

国王「ハァ……ったく、ンなもん分かってるっての。それに、実権なんて賢人様が握っているようなもんだし、成り立て王様の俺にそんな権限は無い。告げ口しようにも賢人様はどういう訳だかアンタら贔屓、大臣たちも全力で止めるだろうな。アンタ分かってて色々吹っかけたろ」

魔王「試すような真似をして申し訳ありませんでした。貴方という人間を見ておきたかったので」

国王「戦争大好きな国だったら、今ここでアンタの首刎ねられてるぞ」

魔王「これでも下調べはして人と成りを見て発言しています。貴方はそのような人間ではないと知っていたからこそです」

国王「ま、こっちも土地の貸し出しの件で助かっている節もある。国としてこれから成り立っていく勢力だ、今後とも仲良くはしていきたい。今の発言は全部忘れる、あともう普通に喋れ。堅苦しくて仕方がない」

魔王「うん、ありがとう」

天使「こ、これは解決したって事でいいんですか?」

ドワーフ「国際問題になりそうな事を内で話してんじゃねぇよ。トンデモねぇ連中だ……ったく」


国王「それで?オッサンに交渉なんかしてどうすんだ?テコでも動かんようなヒトだぞ」

ドワーフ「失礼な奴だな」

魔王「彼の仕事がめっきり減ってしまったのは僕のせいでもあるからね。その責任も兼ねて……」

ドワーフ「いらん、やらん」

魔王「だよね、言うと思った。だから、貴方が動いてくれそうな口実を今考えたよ」

ドワーフ「即席かよ。言うだけ言ってみろ」


魔王「今、僕の領には武具を必要としている人が沢山いる。今までの貴族達の意向で、民たちに武器は持たされていなかった」

ドワーフ「そりゃ、災難だったな。じゃあ大手に頼みな」

魔王「それがそうもいかない。こちらの財布事情の関係で国を跨いで安定した供給を受けることが出来ない」

魔王「鉱脈を多く持つが、他にも回さなければいけない関係でまだすぐにはお金に換える事は出来ない。取れた素材を加工する技術も無い。彼らは日々魔物被害に怯えながら生きている」

ドワーフ「そんで?」

魔王「貴方が国外に自分の作ったものを流す理由は何だい?儲けがいいから?違うだろう。だったら、王宮専属という肩書でそんなものはどうにでもなる」

魔王「前にも言っていたろう、自分の武器は誰かを生かすものだって。そう考えれば気が楽になれるって」

ドワーフ「その通り。だが俺を理由にするな、まだいう事があるだろう」

魔王「そして、貴方たの作るものが必要になるんだ。家族を守るため、隣人を守るため、仲間を守るため、彼らと、そして僕らに戦う力が必要なんだ」

魔王「この通りです……お願いします。貴方の作る武具を、僕の作る国に出していただきたい」

国王「……国王となるものがそう易々と頭を下げるな」

ドワーフ「口を出すな、それがお前とコイツの違いだ。いいだろう、その仕事請け負おう」

魔王「本当ですか!?」


ドワーフ「意固地になっていたが、まぁ断る理由も無い」

国王「俺の提案は無しなのかよ!?」

ドワーフ「つーか俺ぁただ単に王宮に戻りたくないだけだし」

国王「何でよ!?」

ドワーフ「自分の好きなものが作れないからな。ずっとあんな小奇麗な場所に閉じ込められて窮屈で仕方ない」

国王「だーかーらー、待遇くらい変えてやれるっての」

ドワーフ「ともかくだ、先にお前が俺に頭下げてちゃんと頼めばこうはならんかった。ちっとは腰を低くしろ、王とて今は友人同士、人でしかない」

国王「ぐぬぬ……考えとく。てか国王に向かって言う事かぁ?」

ドワーフ「素直じゃねぇな相変わらず。今は友人だって言ったのが聞こえなかったのか?ええ?」


天使「魔王様の紳士的な思いが通じたのですね」

魔王「フフン、これが僕の交渉スキルってやつさ」

ドワーフ「あんな幼稚な理由と喋りで動くかよ。素直に頭下げれるかそうでないか確かめただけだ。土下座でもしてりゃ即決だったがな!ガッハッハッハ!」

魔王「……だそうだよ」

天使「魔王様カッコ悪いです……」

魔王「詳細は、あー……建国してからでもいいですか?」

ドワーフ「こっちも仕事だ、なるべく早く頼む。同盟の方に詳細情報を渡しておきたい」

魔王「了解……ま、貴族たちの出方次第かな」


国王「アンタも難儀だな。あそこら辺の奴ら、相当タチ悪いだろう」

魔王「知っているのかい?」

国王「大本は23家全員ウチの国の出身者だそうだ。国に属さないのと、後ろ盾のおかげでまぁ好き勝手やってくれて……こっちとしても目障りだったところだ、寧ろ今の状況を作ってくれたアンタを抱きしめてやりたいくらいだ」

魔王「アハハ、遠慮しておくよ。でも、後ろ盾って?」

国王「ああ!それじゃあ俺はこの辺で。そろそろ戻らないと賢人の婆ちゃんにどやされちまう……」

魔王(普通に流されたぞオイ)

国王「魔王、今度は正式な場でお互い合うはずだ。その時は」

魔王「うん、同じ長として、よろしく頼むよ」

国王「こちらこそ」


天使「いいですねー、男の友情ってのも」

ドワーフ「お前さん勘違いしているようだが、ありゃ腹の探り合いだぞ。今回、お互いがどの程度の輩か見てたんだろう」

天使「その結果は?

ドワーフ「お互いまだまだってとこだな」

天使「そんな複雑な話ですかね?」


ドワーフ「ともかくだ、仕入れは安いといっても数を多く引き取ってもらうぞ。こっちもお得意様潰された分取り戻さなきゃいけねぇからな」

魔王「ああ、願ったりかなったりだ。同じ値段で安く仕入れられるのならば僕も大歓迎だ」

天使「それじゃあ今日はこの辺で」

魔王「そうだね。詳細は追って使者を出して伝えるよ」

ドワーフ「おう、今度こそゆっくり酒でも飲める準備でもしておけ」

魔王「そうだね、その時は貴方を我が国に招待しようかな?」

ドワーフ「おっと、引き抜きはご法度だぜ。腐っても俺はこの国の住人だからな」

魔王「フフ、国を愛する思いは本物か」

ドワーフ「ま、困ったことがあれば言ってくれ。筋さえ通っていれば聞き入れてやるよ」

天使(……やっぱり魔王様の言葉はしっかり通っていたんじゃないですか。素直じゃないヒトですね)


……


魔王「さてと……もうやり残したことは無いか……うん、馬車を待たせているし、早く向かおうか」

天使「魔王様ー」

魔王「んー?」

天使「魔王様はこの世界を、どう思いますか?」

魔王「難しい質問だね、どう思うか……僕にはどんな風にも見えるよ、酷く醜く、歪んで見える」

天使「そして儚くも美しく、どんなものよりも尊くも見える……ですよね?」

魔王「うん、そんな世界だから、僕は守っていきたい。全てを一つにしたいんだ」

天使「居場所を守る為に頑張る人がいる。誰かの為に盾になる人がいる。愛する人の為に戦う人がいる、愛する人を待つ人がいる」

魔王「上で戦争をしている者達がいて、下で終わりなき争いをしている者達もいる。地上でもずっと小競り合いをしている者達がいる」


天使「どこも変わらず、そして変わらないから美しい」

魔王「それが、ヒトが生きているという事だと思うよ」

天使「魔王様って、この手の電波会話にはすごく乗ってくれるんですよね」

魔王「ああ、自分で電波って言っちゃうんだ。でもどうしたんだい急に?」

天使「いえ、先ほどの国王様を見ていて思ったのです。一つの国を治めるのにも、色々な方法があるんだって」

魔王「いくら大国と言えど、彼には彼の、国には国の思惑がある。僕たちと目指す道は違えど、彼らとの関係は大切にしていくべきものだよ」

天使「それはもう……ですが、その関係もまた一瞬で崩れ去る事も在るのです」

魔王「……さっきの僕を咎めているのかい?」

天使「はい……余計なお世話かもしれませんが。自身が戦争を目の当たりにしているので、私もその辺は少し敏感になってしまっています。魔王様は、そんな事をする怖い人にはならないでください」

魔王「……」

天使「撃って撃たれて、殺して殺されて……私の理想と魔王様の理想って少し違うんですよね。魔王様が目指すのは世界の統一による大きな平等、私が求めるものは争いの無い世界を」

天使「その中で誰かが傷ついていくのは……何かおかしい事だと思います」

魔王「……優しいんだね、君は」

天使「自分が傷つきたくないだけです。自分勝手な理想ですよ、私のものは」

魔王(間違っていないよ。君のその思想も僕が目指すものも、全部同じだよ。ただ、過程が違うだけで……)


魔王「上は戦争中だっけ……仕方ないよ、切っ掛けはどうあれ、命が掛かれば誰しもが必死になる。余裕なんてなくなる」

天使「私も……あとどれだけ戦い続ければいいのでしょうね」

魔王「君は……」

魔王「……出来れば、君には戦ってほしくないな」

天使「わ、私は魔王様の護衛ですよ!?私が戦わずして誰が魔王様をお守りするのですか!と言うか今の私の存在理由否定しないでください!?泣きますよ!」

魔王「ゴメンゴメン、そういう意味で言ったわけじゃないけど!」

魔王「……君は、戦うには少し優しすぎる。命を愛しむ心が強すぎる、前の岩獣だってそうだ」

天使「アレは……私のミスです。結局、本当に守りたいものが守れなかった。でも今度は……!」

魔王「ううん、いいんだ。君は変わらなくていい、そのままでいればいいんだ」

天使「魔王様?」


魔王「無理に変わる必要は無い。君は君の信じるものがある、僕に合わせてそれを捨てる事はない。君との付き合いでそれは理解できた」

魔王「君がかける命は、本当に大切なものの為に取っておくんだ。僕の為なんかじゃない、これから出来る君の大切なものだけに」

天使「魔王様ー?前と言っている事変わってますよー?」

魔王「アハハ、僕も柔軟な発想ってのが必要になってきたと感じたからね、と言い訳しておく。でも、今はまだ護衛は続けてもらうよ。流石に死にたくはないからね」

天使「そのつもりですよ。だからこうして、私も貴方に刃を預けるのですから」

天使「魔王様は決して私を裏切るような事はしないですから……ですよね?」

魔王「フフ、善処するよ」

魔王「……」


魔王(不思議だな……前から気にはなっていたけれど、僕が彼女を気に掛ける"彼"の事があったからだと思っていたのに)

魔王(いや、始めはそうだったんだろう。義務感で彼女を僕の傍に置いて、世話を焼いていた)

魔王(側近と喧嘩する度に、彼女を優先して庇ってしまっていた。それは、"彼"から彼女の話を聞かされていた僕に芽生えた、セピアと同じ家族愛だったのかもしれない)

魔王(でも、今は……多分違うんだろうな)


天使「魔王様?早く行きますよー!運転手さんにまた文句言われちゃいますよ!」

魔王「うん、それは勘弁だね。それじゃあ走ろうか?」

天使「んー……魔王様とゆっくり街並みを見てたいのでやっぱりゆっくり行きましょう」

魔王「君も言うようになったじゃないか」

天使「エヘヘ!」


魔王(これはきっと、産まれて初めての感情なんだと思う)

魔王(僕は、君の事を……)



―――
――――――


(俺を……裏切ったか!!――――!!)

魔王(僕は君を裏切らない!!裏切るものか!!)

(ならば何故あの村の者を!!あの少女を殺したァアア!!)

魔王(村を襲ったのは君じゃないのか……よかった。であれば僕じゃない!!僕であるはずがない!!)

(あの村の跡には"影"の気配を感じ取れた!!そんなものを纏うなどと、俺とお前以外に誰がいる!!)

魔王(君は……僕を信じる事が出来ないのか……?)

(信じたいさ!!だがもう信じることが出来ない!!死した者達は帰ってこん!!本当にお前でないのなら……俺を信じさせて見せろォ!!)


魔王(……分かった。だったら僕の身体の一部を君に渡そう)

(これは……まて、何をする気だ……お前の得物を俺に渡してどうする気だ)

魔王(まさか、自分の鎌で自分の首を刎ねる事になるなんて思っても見なかったよ)

(何で……ウソだろ?)

魔王(その鎌で僕の首を刎ねろ。君に殺されるのなら本望だ)

(お前……どうしてそこまでする)

魔王(僕は、僅かだが、本当に僅かだが君が村を襲ったのではないかと疑った。君が僕を裏切るハズが無いのに)

魔王(その罰だよ。仲間を信じられもしないやつが世界の統一?笑わせるな、反吐が出る)

魔王(これで僕を信じてくれるのなら、喜んで命を差し出そう……あとは任せるよ――――)


(矛盾している……ここで俺が首を刎ねたら!卑怯な事を……するな……俺にそんなことが出来るハズが無いだろう)

魔王(……僕たち二人の行動をよく思わない連中がいると見て間違いないだろう。きっと僕と同じ種族が絡んでいる。影の出現もそれなら納得がいく)

(……もう、以前のようにお前を無償で信用することは出来ない)

魔王(うん、それで構わない……それが、ヒトとして普通なんだとおもう。だから、その鎌は君が持っていてくれいつでも僕の首を刎ねられるように)

(もうやめろ!!俺にお前を殺させるようなことを言うな!!)

魔王(……行こう、僕のいう事が真実ならば、僕たちを嵌めた連中はまだ近くにいる)

(もう俺の傍を離れるな……そっちの方が都合がいい)

魔王(ああ、そうさせてもらうよ……)

魔王(ナツァル……)


――――――
―――



魔王「で、結果はどうだい?」

側近「……」

オーク「ゴクリ」

天使「ゴックンチョ」

側近「何ですかその擬音は。結果発表ー、8家が大人しくこちらの要求を呑んでくれました。残り14家は全部突っ張ってます」

オーク「あっちゃー、頑固だねぇあちらさんも」

魔王「んー、まぁこんなもんでしょ。あっちもプライドはあるわけだしさ」

側近「これで9家の貴族の土地は完全に我々が抑えたという事になりましたね。ここまでこればもう武力行使でもいいんじゃない?」

魔王「あっちも死に体だから死体蹴りまではする必要無いでしょ」

側近「そ、ならとっとと建国の宣言して関所を稼働させればいい」


竜爺「いよいよという訳か」

魔王「何だか締まりもなく随分あっけない形になっちゃったね」

竜爺「物事と言うのはこんなものだ。して、国の名前は決めておるのか?」

魔王「ああ、それについてだけど皆に相談したくてね」

天使「まだ決めていなかったのですか?」

魔王「あ、ああいやそういう訳じゃないんだけど。ちょっと恥ずかしくてさ」

側近「恥ずかしい?魔王の自己満足長台詞語録より恥ずかしいものがあるの?」

魔王「ハッハッハ、言いおる」


魔王「そうだね、実は建国と一緒に君に伝えたいことがあってね」

天使「?私ですか?」

魔王「うん、君にさ」


オーク(おっと?)

竜爺(コイツはまさかの……?)

側近「……」


「ま、魔王様ー!!」


天使「キャー!!ビックリした!!」

魔王「ッ!突然何事だ!」

「第四開拓区にて天使が現れました!!我が兵が交戦中です」

天使「ッ!!」

側近「第四開拓区……すぐそこですね」

オーク「とうとうお出でなすったか!!」

魔王「クソッ!こんな時に!」


側近「すぐに足を用意してください。私が向かいます」

魔王「僕も行こう!」

側近「足手まとい、邪魔」

魔王「oh...」

天使「私も……ッ!」

側近「分かりました、天使さんは着いてきてください」

魔王「ッ!だったら尚更僕も行く!!」

天使「ま、魔王様?どうしたのですか?」

側近「魔王……チッ、勝手にしろ」


オーク「俺は残るぞ、指揮する人間が城からいなくなるのは不味いだろう」

魔王「ああ、そうしてくれ」

天使「竜爺様は……」

竜爺「ワシには関係の無い話だ。お主らで勝手にやっていろ」

オーク「こういう時に途端に薄情になるんだな」

竜爺「……」

魔王「そういうな、係わりが無いのは事実だ。では急ぐぞ、留守を頼む」


天使「申し訳ないです、こんな最悪なタイミングで」

魔王「ああ、最悪だ、ホントにもう……!」

天使「……」

魔王「あ、ああ!君に対して言ったわけじゃなくてね!!」

側近「遅い、早くしろ」

魔王「すまない!よし、出発だ!!」

天使「はい!」


小休止という名の休憩
あと半分

追いつきました

再開

……


「ぐ、ああ……」


「辺りを見れば骸の山か」

「魔族の雑兵などこの程度だ」

「ん、来たぞ」

「ああ、待ちくたびれた」



魔王「見つけた……相も変わらずの二人組だな」

側近「増援も引き連れてこないとは。舐められたものですね」


「まっていたぞ、マリーフィア」

「裏切者めが。本格的にそこの魔族と行動を共にしていたとは。恥を知れ」


天使「恥じるべきは貴方達です!いつまで下らない権力争いの犬を続けるのですか!!」

「黙れ」

「我らの聖戦を侮辱するとは、甚だしい」

魔王「怖いね、自ら聖戦とか言っちゃってるけど」

側近「ここまで勘違いしてしまっているとは、上の人達の脳みそはどうなっているのでしょうか。案外スポンジのように穴だらけなのかもしれませんが」

「減らず口を……」

側近「こんな安い挑発に乗るという時点で程度が知れてますね」


「まぁいい。マリーフィア、数年前も同じことを言ったが……」

天使「聖剣は渡しません。貴方達に渡ってしまえば、この世界は……」

「お前の神に何と予言で言われたかは知らぬが、その聖剣は我ら天界の者に破滅をもたらす危険がある」

「故に、回収かまたは破壊を命じられた。我らが神の予言でな」

側近(予言……)

魔王(どいつもこいつもそんな不確定なものにどっぷり浸かっちゃって)


「聖魔の交わり、生まれ変わりし醜穢なるその姿、地の底から現れる」

天使「それはッ!」

側近「これは予言……!でも……」

「集いし聖剣に重ね、廻る時代に勇者は堕ちる」

魔王「勇者……?」

「朱き血を鋭き刃に変え神々を刺殺し、聖戦に集いし戦士を屠り。魔の刃は朽ち、未来は閉ざされる。そして残るは混沌の時代」

「予言はそこで終わっている。我らは聖剣を回収せねばならん」

側近(私の聞いた予言に似ている……けれどこれは)


「マリーフィア、その聖剣が勇者の手に渡れば我が神が滅ぶだけでは済まない」

「原初の混沌が始まり、全てが終わる」

「我々の目指す未来こそが真実」

「我が神が新たに予言した希望の未来がある。さぁその為に、聖剣を……」


天使「私が聞いたものとは違う……貴方達の都合のいいように改変した予言など!なんの抑止力にもならない!!」

天使「その絶望の未来の先にある希望の為に……私は最後まで足掻く!!いつかこの地に現れる勇者様にこの聖剣を届ける為に!!」

魔王「それが君の……本当の」

側近(平和なんて物は連中は望んでいない……恐らく勇者が現れた場合、連中の都合の悪い事が起きるために天使さんを狙っているのだとしたら……)

側近「賢人様あの予言は……一体」


天使「戦います……魔王様、お下がりください!」

側近「帰天は……通用しなさそうですね。転移結界をしっかり張ってきたようで」

魔王「すまない、任せるよ」

「来い、地に堕ちし愚かな天使よ」

「私の相手は魔の者か……あの時の礼はさせてもらうぞ」

側近「そんなものいりませんので、とっとと消えてください」

天使「"来たれ聖剣……光れ刃よ"!!」


「どうしたマリーフィア!腕が落ちたのではないか?」

天使「ッ!万全だというのに!!」

「所詮貴様はその程度だ。兄の陰に隠れ愚行を行い匿われ続けた鳥籠の者よ」

天使「兄さんを悪く言うな!!」


「やるではないか、魔族にしておくのは勿体ない……」

側近「それはどうも、でしたら天界に私をスカウトしてみます?」

「犬畜生扱いなら構わんが?」

側近「冗談……ッ!!」


魔王(不味いな、側近はともかくとして、彼女が押され気味だ)


天使「どうしてこうも!!その力を誰かの為に使えないのですか!!」

「神の代弁者たる私が何故そのような事を?」

天使「こんな誰かの気持ちも分からないような奴に私は……!!」


魔王(悔しいな……こんな時でさえ君を守れないなんて)


「このッ……小娘が!!」

側近「甘く見過ぎではないですか?私、さっきから手加減をしているのですけれど」

「ふん、強がりを言うな。恐怖で震えているのではないか?」

側近「自分の手がその恐怖とやらでどうにかなっているのではないですか?ずっとカタカタと刃が音をたたていますが。別にいいんですよ、跡形も残らない程度に消し炭にしてあげても。こちらとしては聞きたいことがあるから生け捕りにしようとしているだけですし。温情ですよ」

「図に乗るな!!ウグッ!?」

側近「どっちが……」


「終わりだ!!」

天使「ッ!!」

魔王「ッ!させない!!」

「ぬぅ!?」

天使「ま、魔王様!?」

魔王『僕もこの姿ならば戦える!……武器は持てなくなってしまうけれどね』


側近「チッ……また元の姿に!」

「……?奴は……」


側近「あ、待て!」

「しばらくコレと戯れていろ」

側近「ッ!降霊魔法か!」


「おい、あの化け物……」

「ん、ああ……ああ!見覚えがあるぞ!」


魔王『なんだと?』

天使「どうして貴方達が魔王様の姿を……」


魔王『僕は人前ではこの姿を晒した事はあまりなかった気もするが……何故僕の姿を知っている』

「フッフフ……知っているも何も」

「なぁ?」

魔王『勿体ぶらずに教えろ!お前たちは何を知っている!!』

「少し古い話になるな……かつてこの地に野蛮な二匹の怪物がいた」

「奴らは罪なき者を殺し、大地を荒らし、人々の平穏を打ち壊した」


「我ら二人は天より命を受けこの地に降り立ちその害獣共の駆除にあたった」

「地上にて竜騎士を名乗る勇者たちと、魔界のゴミ共と共にな」

魔王『……!!お前たちは……!!』

天使「ま、魔王様?」

「ああ、アレは苦労したな」

「本来我々が手を下す必要が無かったことだが、奴がしぶとく死なず、影の力を受けて蘇ったのが事の発端だというのに」

「かつての同胞と思い、ああ忍びない気持ちはあったかな?」

「自業自得だ。我らが神を否定する者はああなる運命なのだから。堕天使など以ての外だ」

天使「堕……天使……?」


「ん?その者から何も聞かされていないのか?」

「おかしいな、共に行動していたと我々は記憶していたのだが……」

天使「え……どういうこと……?堕天使って……魔王様?」

魔王『奴らの言葉に耳を貸すな!立って剣を構え直せ!!』

「あの時確かに殺したと思っていた奴が生き返ったのには驚いたが……」

「今度は封印さえしてしまえば確実だ」

「だから我々は」

「封印したのだ、奴の魂を」

天使「誰の……魂……を?」

魔王『それ以上何も言うな!!』


「貴様の兄、ナツァル・ヴァルディだ。マリーフィア」

天使「ッ!?」

魔王『やめろオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


「おっと危ない」

「だが、その程度で我々を捕える事は出来ん」


天使「兄さんが……死んでいた……?」

魔王『耳を貸すなと言っているだろう!!早く立て!!』

天使「魔王様は……知っていたのですか?」

魔王『……』

天使「それじゃあ魔王様が探していた友人と言うのは……なんとか言ってくださいよ……魔王様」


「フッフフフフ、本当に何も教えていなかったのか」

「お前はこの数年、兄は生きているとでも誑かされていいように使われていたのだろう、まったく哀れな女だ」

天使「魔王様……魔王様!!」

魔王『……君の兄さんが封印されたその場所を、僕は探していた』

「封印とは名ばかりで、少々手荒いものだった故、魂はとっくに消滅している可能性は高いがな」

天使「ッ!!」

魔王『三千年も待たせてしまった……彼の魂を見つけて解放する事……僕が地上に出たもう一つの理由……だ』

天使「ずっと私に騙していたのですか……私がナツァルの妹だと知っていて……兄さんが死んでいたのを黙っていて!!」

魔王『すまない……言えなかったんだ……彼という希望を持っていた君に……こんな事実を……』

天使「なんで……どうしてそんなことを……」

魔王『すまない……』


側近「いい加減にッ……!」


「ッ!」

「ふん、まぁいい。時間はまだある、引くぞ」

「癪だがしかたあるまい……また次に会うとき、貴様たちがどうなっているのか、見ものだな」


側近「チッ、逃げ足は随分早い……」


天使「……」

魔王『……僕は、君を……』

天使「触らないで!!」

魔王『……ッ』


天使「……魔王様、この数年間の事は、全て偽りだったのですか?」

魔王『違う、僕たちが過ごしてきた時間は決してそんなものでは無い!』

天使「楽しかったですか?私を騙して、私と戯れて、私をいいように使って?」

魔王『それは違う!!君が彼の妹だと分かったから僕は君を守ろうと……』

側近「ッ!バカ!そんな言葉を……!」

天使「私がナツァルの妹だからですか……?そんな言葉聞きたくも無かった!!」



天使「魔王様にとって私は仲間ですか?私は貴方の仲間でいられたのですか?」

魔王『当然だ!それ以外に何がある!!』

天使「本当にそう思っているのなら……私を信じてくださっていたのなら、貴方の口から全てを聞きたかった」

魔王『……』

天使「なんとか……言ってくださいよ……いつもみたいに……私をからかって……」

魔王『本当に……すまない……』

天使「……」


天使「もう、いいです」

魔王『え?』

天使「貴方を……信じたかった。信じていたかった……でも、もう私には無理です」




「信じたいさ!!だがもう信じる事が出来ない!!」




魔王『……』

天使「魔王様……」





天使「さようなら」


……


魔王『……』

側近「……」

魔王『……』

側近「いつまでそうしているつもり?」

魔王『……』

魔王『……僕は……』

側近「ウジウジと……らしくもない」


側近「怪我人はもう収容したし、骸も回収し終えている。あとは貴方だけなのだけれど」

魔王『……』

側近「……」

魔王『ナツァル……僕は……』

側近「……」

側近「……フュリク、顔上げて」

魔王『……ッ!』

側近「私に貴方を打たせないで……貴方が何を思って、何を感じているのかを話して。それとも、私では話せない事?」

魔王『……』


魔王『僕は……ナツァルと約束したんだ。あの日交わされた約束の為に、僕は今までこうして国を作ろうとしてきた』

魔王『彼に妹がいたことは、話聞いていたから知っていた。いつか、世界の統一が出来たときに妹を迎えに行くから、お前も付き合えって言われた』

魔王『彼は妹の話ばかりしていた。そして彼に影響されてか、いつしか僕にも誰かを守るという心が芽生えていたんだ』

側近「……うん」

魔王『それは形を変え、妹として君を守るという思いになった。そして彼女と出会い、彼が本当に守りたかったもの……彼女を守るという思いに変わった』

側近「……」


魔王『こんな僕に何の疑いも無くついてきてくれた彼女を……いつしか僕は自分の意思で護りたいと思えるようになっていた。誰の事も関係なく、ただ僕は彼女を……』

魔王『いつのまにか、彼女を愛するという感情に変わっていた』

魔王『でも……言えずに終わってしまった。まだ……彼女の本当の名前さえ……聞いていないのに』

側近「貴方はどうしたいの?」

魔王『僕は……』

側近「ハッキリしろフュリク!」

魔王『ッ!』

側近「……今のキスは頭なのでノーカンって事にしとく」

魔王『……セピアメイズ』

側近「天使さんが待っていた言葉は"誰か別の人の為"のものなんかじゃない。鈍感な私だって分かるくらいだよ?

側近「中途半端な貴方は一番嫌い、だから……」

側近「早く、連れ戻してこい。ちゃんと言いたいこと伝えて玉砕でもしてこい」

魔王『……』

魔王「うん……!」


ひでぇしばらくコテ入れ忘れてた

――――――
―――



側近「以上が事の発端と、その結末です」

オーク「……天使の目的はこの地に現れる勇者にあの剣を届ける事、そして魔王がやらかした……と」

竜爺「やはりこうなってしまったか」

側近「やはり?竜爺様、知っていたのですか?」

竜爺「知っていたのは奴が天使に肩入れする理由の方だ。とはいえ、薄々はそうでないかと思っていただけの事。奴は全てを語ったワケではなかったからな」

竜爺(そして、ワシの罪も……)


オーク「天使の事は、そりゃまぁ気の毒だが、魔王が本人にそのことを言わなかった気持ちも分かる」

側近「事実を告げて彼女を傷つけるよりも、隠し通した方がいいと踏んだのですね。しかし、これでは」

竜爺「いずれ告げるつもりでいたのだろう。その為に奴はその友人とやらが封印された場所を探していた」

オーク「生きているかどうかも分からん奴を迎えに行くために……"生きている"と信じて希望を持つことが、アイツの糧になっていたんだろう」

竜爺「事実はどうであれ、天使はその希望を打ち砕かれた。本来奴の口から伝えなければいけないことが敵によって情報をもたらされ、さらに魔王が否定しなかったというタチの悪い最悪の結果でな」

側近「……」

オーク「……」


オーク「それで、魔王は?」

側近「天使さんを探しています。一応私の作った魔道具の発信機を持たせているので大まかな位置は分かりますが」

竜爺「一人にさせてよかったのか?また狙われたりでもしたら……」

側近「何かあればこちらから分かるので、私が転移魔法ですぐにアイツの所に飛びます。一回きりの魔法ですが、それで十分かと」

オーク「アイツが抱えた問題だ。俺たちが首を突っ込むことじゃねぇ。天使を想っているのならなおさら、アイツが自分でケリを付けなきゃならん事だ」


側近「竜爺様、一つお伺いしたいことがあります」

竜爺「どうした?」

側近「賢人様の予言は、一体どういった原理に基づいたものですか。神兵たちが口にしていた予言と私が受けた予言の一部が一致していましたが」

竜爺「ふん……未来予知など、原理なんてある訳ないだろう。同じような予言と言ったが、何か違いがあったのか?」

側近「私が受けたものは、希望へ進むためのものでした。ですが、彼らが語ったものはまるで絶望へ向かうもの……」

竜爺「賢人の予言は数多に分岐した未来の一つを見通すものだ。それも、奴は好んで救いのあるものを見る傾向がある」

竜爺「予言が絶対でないのはそれ故、行い次第で人はどんな未来にも変える力を持っているからな」

側近(勇者に聖剣が渡らなければ待つのは恐らく混沌。仮に渡ったとしても道を誤れば奴らが口にした絶望へ……でも)

側近(彼らの予言には……私が聞いたものと違い、その先が無かった)

竜爺「所詮はあくまで気休め程度だ、それがどうかしたのか?」

側近「いえ、ありがとうございました」

側近(これを信じるかどうかは私次第か……)


オーク「だがどうする、天使がもし戻ってこなかったら」

側近「その時はその時です。別に彼女がいなくても国は回りますし」

竜爺「魔王、落ち込むぞ」

側近「切り替えて貰わなければ話になりません。最悪の事態を想定するより、今はアイツが天使さんを連れ戻してくるという事を信じて待ちましょう」

オーク「そうだな、それが一番いい」

竜爺「……変わったな、お主」

側近「それと、もし魔王が使い物にならなくなった場合はこの領は私が乗っ取りますが構いませんね?振られて帰ってきた精神不安定のイカレポンチを立てておくわけにもいきませんし」

オーク「何で最悪の事態の話をしているんだアンタ!?」

竜爺「そこだけは矯正不可能だったか……」

側近(本当に乗っ取るつもりでいるから……早く連れて帰って来い、バカ魔王)


……


天使「……」

天使(兄の事を黙って、ずっと私を騙す形になっていたことは許せない……)

天使(けれど、魔王様は機を見て私に伝えるつもりだったのだろう。生きているかどうかさえ分からない兄さんの封印を見つけた後に……)

天使(私を傷つけない為にしていたことなんて、少し考えれば分かる……でも、口に出さなかったという事は、私はそこまで魔王様に信頼をされていなかったという事)

天使(魔王様は"必ず生きている"なんて私に希望を与えて、その希望を奪ったのもまた魔王様……)

天使(そして、一番許せない事は……)


魔王「……」

天使「ッ!魔王様……」

魔王「や……やっと見つけた……」


天使「何をしに来たのですか」

魔王「君を迎えに来た!」

天使「……どうしてここにいると分かったのですか?」

魔王「分かったって言うか、心当たりを全部探すつもりで走り回ってて辿り着いただけだよ」

天使「どうしてそういうところで嘘をつかないんですか……」

魔王「アハハ……三日探し続けていたんだ、誤魔化したってすぐに嘘だってバレちゃうよ。ここの花畑を後回しにしたのは失策だったね」

天使「……」

魔王(ここで逃げないって事は、話をしてくれるって事かな)


魔王「僕の話を……聞いてくれるかな?」

天使「どうぞご勝手に」

魔王「うん、ありがと。まずは……そうだね、始めに僕の名前を預けておくよ」

天使「え……?」

魔王「僕の名前はフュリク・ヴィルディ、かつて偉大な天使が僕にくれた名前だ」

天使「ヴィルディ……」

魔王「君と、君の兄さんの姓から少し変えて受け取ったものだよ」

天使「兄さんが魔王様に……」


天使「何故そんなことを始めに?」

魔王「そんなこと、なんて言葉で片付けないで。前にも言っただろう?真名の契り。君にはちゃんと明かしておきたかったから」

天使「……」

魔王「この行いが信用に値するかは君が決めてほしい。とにかく、話を続けるよ」

天使「弁解は……聞く気はありませんよ」

魔王「うん、しない。これ以上はまた君を傷つけるだけだって気づいたから。でも、まずは彼に何があったかは伝えておきたい」

天使「……いつもの長台詞ですか?」

魔王「ま、いつもの事だと思って聞いていてよ」


魔王「僕は昔、数千年前、魔界での戦いに疲れ逃げ出したんだ。仲間たちを捨てて、自分だけ地上へ」

魔王「でも、その地上であったのは平穏とは言い難い生活。化け物と蔑まれ、恐れられ、虐げられて……」

魔王「力でねじ伏せるなんて僕には出来なかった。そうされて当然の行いも今までしてきたんだ」

魔王「そうして生きてきたある日。空から一つ、妙なものがポトリと落ちてきたんだ」

魔王「大剣背負った天使様……それがナツァルだった」

天使「……」


魔王「重傷を負っていたから放っておけもせず、僕は彼を介抱した。何日も何日も、目を覚ますまでずっと」

魔王「数日経ってようやく彼は目を覚ました。僕を見るなり驚いた顔をしていたよ、魔族に天使を助けるような奴がいるなんてって言われた。アハハ、そこじゃないだろうに」

魔王「彼が落ちてきた理由は聞かなかった。大体天使が落ちる理由なんて堕天以外には考えられなかったからね。同時に、彼も僕が地上に上がった理由は聞かなかった。たった一言、"お前に戦いは向いていない"って言われたっけな。彼なりに察してくれたみたいだ」

魔王「僕たちが打ち解けるのは早かった。お互いに性格が似ているところがあったから、話も合ったし。何より、彼は僕と同じ考えを持っていた」

天使「世界の統一化……」

魔王「そうだね、彼と僕が求めた夢物語……天界も地上も魔界も……全てを一つにすることで、お互いを理解し、分かりあえるそんな世界」

魔王「バカみたいだろう?出来る訳も無いのに……僕と彼はそんな優しい世界を語り合った。やれ天使は地上と魔界を見下しすぎだからもっと謙虚に、やれ魔界は好戦的すぎるから戦力を削減するようにって。地上は……まだあの頃は無力だったから言及は無かったね」


魔王「そうして、僕たちは地上を見て回ることにしたんだ。二人がまだ知らない世界だったからこそ、それを知る為の旅を」

魔王「長い旅だった……彼が僕を守り、僕が彼を支え、意見の食い違いから口論になったり殴り合いのけんかになったり。ま、僕が彼に勝てるハズも無かったんだけど」

魔王「地上の人達の醜さ、優しさ……彼らの持つ可能性を知っていく中で、僕たちはある決心をした」

魔王「長い生命の旅路で、僕たちが出来る事をする。いつか誰かが成し遂げる、世界を一つにするための物語を綴り続ける事を」

魔王「僕たちの代じゃなくったって構わない。僕たちがダメならばその次が、またその次が……この意志と思いが潰えない限り、僕たちの夢は決して終わることなく続いていくんだ」

魔王「二人で、この世界から始めようと。いつか来るべき日の為に、後に続く者達の為に、僕らが礎になろうと彼と誓った」


魔王「しかし、そうは上手くはいかなかった。彼がまだ生きていると知った天使たちが、彼を始末するために僕たちを襲ったんだ」

魔王「きっとその中に、君を襲った二人組もいたんだろう。ナツァルは僕を足手まといになると洞窟に閉じ込め、一人で戦いに出た……数十人という天使の軍勢を相手に」

天使「兄は神から危険視されていた身。地上で目立たずに始末する限界まで絞った人数だったのでしょう。本来なら兄はその程度の人数に負けるハズが無い」

魔王「ああ、彼は翼をもがれ、長い地上暮らしの影響で本来の力も発揮できず、持っていた大剣も折られ……そして」

天使「……」

魔王「事は既に終わっていた。あの時ほど自分の無力さを呪ったことはない……彼の肉体は、既にズタズタに引き裂かれていた」

天使「兄さん……」


魔王「……彼が死んだという事実を、僕は受け止める事が出来なかった。だから僕は……禁忌を犯した」

天使「禁忌……?」

魔王「完全に魂が天に還る前に、僕は契約魔法と呼ばれる魔法で彼の魂を無理矢理肉体から引き剥がした」

魔王「そして、僕が魔力で操る"影"で新たな身体を創り……そして彼の魂と同化させた」

魔王「僕は……命の理を無視し、彼の命を弄んでしまった」

天使「兄は……どうなったのですか……ッ!」

魔王「彼は息を吹き返した……とは言い難いが、新たな生命体としてまた生を受ける事が出来た……ほとんど賭けのようなものだったけれど、成功してしまった」

魔王「あのまま死んでしまっていた方が……彼にとっては楽だったのかもしれなかったのに」


天使「それはどういう……?」

魔王「……話を続けよう。身体が馴染むまでの期間、また二人でリハビリも兼ねて旅をしていた」

魔王「この頃になると、僕も魔法で今のような人の姿に変身して、迫害を受ける事もなくなった」

魔王「彼は彼で、見た目が真っ黒に変わってしまった以外は特に変化は見られなかった。幸い、記憶が飛んだりするような事は無かった」

魔王「そうして天使に見つからず、今まで通り過ごしていけると思っていた。でもやはり上手くはいかなかった」

魔王「今度は僕を狙って魔界から刺客が現れた。彼に僕たちの種族の力を渡した事が気に入らなかったみたいだ。僕を狙って僕と同じ種族が動き出した」

魔王「それが、セピアの両親だ」

天使「ッ!確か、側近さんの両親は……」

魔王「そう、僕が殺すことになるのだけれど、それはまだずっと先の話」


魔王「彼らは地上の、その時代の勇者を裏で操り、僕たちを陥れようとした。危うくお互いを信じられずに同士討ちをするところだった」

魔王「彼と僕は戦う事を決意し、彼らに挑むことにした。だが、それすらも計算の内だった」

魔王「本当に裏で操っていたのは、かつて彼を殺した天使たちだった」

魔王「生きているのがバレていた。天使たちはまた彼を殺そうとしていたんだ、魔族の力を得て醜く歪んだと彼を侮辱し……!!」

魔王「そして……戦いが始まる前に、僕と彼は分断されてしまった。僕は同族に取り押さえられ、そのままずっと囚われてしまった」

魔王「しばらくして同族に伝えられた、"あの紛い物の影は天使たちが封印した。いや、消し去った"と……」

魔王「人質に取られた僕を救うために、ほとんど無抵抗のまま彼は……」

魔王「……僕は、彼に守られっぱなしで何もしてやれなかった。最後の最後まで……彼に迷惑をかけてしまった」

天使「……兄……さん……」


魔王「これが、僕たちが辿った地上での出来事だ。結局、僕は友人を救う事も守ることも……約束を果たす事も出来なかった」

天使「兄さんは……貴方を守る為に……死んだのですね……」

魔王「彼は生きている!!」

天使「ッ!」

魔王「僕は諦めてはいない!彼は必ずこの地のどこかで僕を待っている!……必ず!」

天使「魔王様……」

魔王「今度は僕が彼を助ける番だ……そして、あの日の約束を果たす為に……僕は!」


天使「泣かないでください……魔王様」

魔王「……」

天使「兄は立派に戦い……貴方を守ったのです。それが分かっただけでも、私は救われました」

魔王「君の兄さんがこうなったのは僕の責任だ。君は僕を責める権利がある」

天使「兄はそんなことは望みません」

魔王「ッ!……そうか、そうだね……」


天使「兄の事は感謝します。ありがとうございます、最後まで傍に居てあげてくれて」

魔王「救われたのは僕の方だ……」

天使「そして、魔王様。私に話したかった事は、それだけですか?でしたら私はこのまま貴方の目の前から消えます」

魔王「それは困る!君を迎えに来たんだ、今の話は最低限君が知っておかなきゃいけなかったことだ。僕の事とは関係ない!」

天使「それを知って安心しました。また長台詞ですか?」

魔王「ああ、もう少し付き合ってほしい」

天使「……もう少しだけですよ」


魔王「うん、それじゃあ今度は僕の事の話」

天使「魔王様のですか?」

魔王「君にちょっと肩入れし過ぎているって前にオーク君に言われてね。それの原因を話そうかと思って」

天使「……私を連れて帰る気があるんですかー?」

魔王「アハハ……最後まで聞いてくれたら分かるよ」

魔王「僕は魔界に強制送還されたあと、数千年ほど幽閉されたんだ。己を戒めよって感じでさ」

魔王「その時に出会ったのが、僕が後にセピアメイズと名付ける事になった彼女だよ」


魔王「戦争の人手が足りなくなって、解放された僕も戦地へ駆り出されることになって、ナツァルを嵌めたあの二人の同族が僕と彼女を使って一旗上げようとしていたんだ」

魔王「でも、僕は完全な私怨で後ろから彼らを殺害。完全に両親の操り人形だったセピアは彼らが死んだ時点で沈黙した」

魔王「あの時の僕には彼女がとても可哀想に見えたんだ。生み出されたその命は自由を知ることなく誰かに縛られて……」

魔王「その時僕はナツァルがよく君の話をしていたことを思い出した」

魔王「彼と同じ感情に共感し、愛しみ、僕は彼女を妹に見立てて育てることにしたんだ」

天使「魔王様って残酷なことをするのですね」

魔王「え……?」

天使「いえ、何でもありません」

天使(側近さんの気持ちを考えたら、貴方には妹として見られたくは無かったのではないでしょうか)


魔王「彼女をそのままにしておくには僕にもリスクが高すぎた。僕より体は大きいし、連れて歩くには適さない、また誰かに奪われて利用されるかもしれない」

魔王「だから、魔界に迷い込んできた人間の非力な少女の姿に似せて、彼女の身体を魔法で変化させることにした。本来の強さを抑える目的も兼ねてね」

魔王「結果はまぁ……色々失敗だったのだけれど」

天使「滅茶苦茶強いですよね、あのままでも」

魔王「うん、あそこまでとはまったくの盲点だったよ……それに、悪い事もしてしまった」

天使「悪い事?」

魔王「無理に身体の構造を作り替えた結果、欠陥が生じてしまい彼女は魔法の扱いが極端になってしまったんだ」

天使「前に話していましたね、魔法は一回しか使えないと」

魔王「どんな小さな魔法でも一度に魔力を最大まで消費してしまうんだ。最近はマシにはなったとは言っていたけど」

天使「それであまり使わないのですか……」


魔王「話が逸れたね。そうして数百年、彼女と過ごしながら僕はまた地上に出る機会を伺っていた」

魔王「そして、僕の意志を継いでくれる後継者を連れて、再び地上へ出る事が出来た」

天使(そうか……魔王様は側近さんを後継者にするつもりでいたのですね)

魔王「オーク君と出会って竜爺と出会ってお城で生活して……夢物語を叶えていくなかで、やがて……君と出会った」

天使「やっと私が登場ですか」

魔王「そうくたびれた顔をしないで。回り道をしてしまったけど、ここからが僕の伝えたいことだから」


魔王「君の口からナツァルの名前が出て、僕の感情は一気に高ぶった。目の前に彼が残した意志が現れたと悟ったのだから」

魔王「彼が守りたかったもの……君を守る事が、僕がここに在る意味へと変わったんだ」

天使「結局、私がナツァルという人の妹だから、魔王様は私を守っていたのですね……」

魔王「始めはそうだった。義務感さえ持っていた」

天使「……」

魔王「君と一緒に行動し、君と同じ景色を見て、一緒に笑って泣いて怒ってまた泣いて」

魔王「そうしている内に……アハハ、なんだろうな、僕の方が君に魅せられてしまっていたんだろうね」

天使「!」

魔王「剣を持つには甘すぎて、そして優しすぎる君を、心から護っていきたいと、僕の想いは形を変えた」

魔王「彼の妹だからじゃない。本当の、僕の気持ちを……今君に伝えるよ」

魔王「僕は君を愛している。一人の女性として、嘘偽りなく。今度こそ、僕の本当の言葉を君に届けたかった」


天使「……」

魔王「結局、国の名前を決めようとしたあの席でこの思いを伝えたかったけれど。まぁ結果がアレだ、タイミングが悪すぎた」

魔王「そして、君に失礼な事も行ってしまった。彼の妹だから……って。僕が言いたかったのはそんな事じゃなかったのに」

天使「……」

魔王「あ、ゴメン。迷惑だったよね、突然こんな話。返事は今じゃなくてもいい、僕は全てを受け止めるつもりだから、君がどんな答えを出しても……」

天使「え……ぐっ……」

魔王「え?ええ!?ちょっ!?な、何で泣き始めるの!?ねぇ!?」


天使「だ、だっでまお゛うざま……わだじ……えぐぅ」

魔王「お、落ち着いて、深呼吸深呼吸……」

天使「ぐずっ……魔王様に言ってほしかった言葉……本当に言ってくれたんだもん……嬉しいよ……」

魔王「君は……」

魔王「改めて言うよ。長台詞だからよく聞いていて……僕は……」


天使「結 婚 し て く だ さ い !!」


魔王「うん、君は今僕の一晩寝ずに考えた一世一代の口上を全て無駄にしたね?」

天使「だって話長いんですもん!」

魔王「……フフ、そうだね」


魔王「……また、もう一度僕と同じ道を歩んでくれないかい?国を作って、統一を目指して、君の兄さんを見つけて……」

天使「私は、もう以前のように貴方を信じる事は出来ません。ですが……また私を信用させてください、これからの貴方の行いで」

魔王「承知の上だよ。そして、君の本当の役目……共に勇者を探そう」

天使「魔王様……」

魔王「よく分からないけど、勇者が見つからないとこの世界が危ないんだろう?だったら、僕も協力するよ」

天使「ですが、魔王と勇者は相容れぬ関係……貴方にとっては敵となるかもしれないのに」

魔王「君だって僕たちを信用しきれていなかったんじゃないかい?話てくれていれば僕達も強力で来た事だ」

魔王「それに、僕の魔王なんて名前は形式的なだけのものだよ。名乗れって言ったのはナツァルだし」

天使「兄さんが?」

魔王「そっちの方がかっこいいだろう?ってさ」

天使「……フフ、兄さんらしいですね」

魔王「僕もそう思うよ」


天使「では、魔王様。貴方が私に名を預けたように、私も貴方に名を預けます」

天使「ナツィア・ヴァルディ、それが私の本当の名です」

魔王「ナツィア……ああ、いい名前だ」

天使「今度はちゃんと……呼んでくださいね?」

魔王「アレ?気づいてた?」

天使「はい、だって魔王様、一度だって私の事を"天使"とも"マリーフィア"とも呼んだことが無いんですもの」

魔王「アハハ……始めから意識していたのかな、君を偽りの名で呼びたくなかった」

天使「もう……らしいと言えばらしいですけど!」

魔王「……それじゃあ、帰ろう。ナツィア!」

天使「はい、フュリク!」


――――――
―――



魔王「色々あったけど、こうしてちゃんと連れて帰ってきたよ。今度は僕の隣にいるように……」

竜爺「ふん、ノロケ話などどうでもいいわ。にしても帰ってくるのにも数日掛かりおって、何をしておった」

魔王「え?そりゃ昨日はお楽しみ……」

天使「ワー!!ワー!!」

竜爺「……魔王、捕まえた女は泣かすなよ。後悔するぞ」

魔王「経験者は語る……かい?僕はそんなことはしない、もう彼女の涙は見たくはない」

天使「フュリク……」

竜爺「分かっているのならいい、だったら早く側近の所へ行け」

魔王「側近?どうかしたのかい?」

竜爺「外にいる……色々大変な事になっておるぞ、まったく」

天使「?」


……


側近「諸君、私は戦争が好きだ」


「「「スキダー」」」


側近「諸君、私は戦争が大好きだ」


「「「ダイスキダー」」」



魔王「」

天使「」


魔王「えっと、側近……これは何のマネだい?」

側近「あ、帰ってたんだ。どうだった?ビンタ何発喰らった?」

魔王「オイオイ……」

天使「わ、私はちゃんと帰ってきましたよー!!」

側近「チッ、つまらない」

魔王「今なんつった!?」


魔王「それで、これはどういう状況なの?」

側近「どうもこうも、貴方がこっ酷く振られて精神ズタボロで帰ってきても国の運営なんて出来っこないだろうと思って、私がすぐにでも乗っ取りやすいように彼らを洗脳していたのだけど何か?」

魔王「何で連れてこられない前提なのかなー?」

側近「あーあー、貴女がいるのならもう私の計画丸つぶれじゃないですか。どうしてくれるんですか、こんな無駄な時間過ごして」

天使「言いがかりですよ!?」

魔王「ハァ、何でこんなことに……」

オーク「……」

魔王「あ、オーク君も何か言ってやってよ」

オーク「アカルイミライヲー」

魔王「」

側近「強化し過ぎたか」

天使「強化!?」


オーク「っつーのは冗談で」

魔王「ああ、本当にビックリした……」

側近「ともかく、お帰りなさい。二人とも」

オーク「随分と心配したぞ。二人がいない魔王城ほど寂しいもんはねぇからな」

魔王「……ああ、ただいま。そしてゴメン、心配をかけて」

天使「私も、我が儘で皆さんを巻き込んでしまい、すみませんでした。そして、また迎え入れていただいて、ありがとうございます」

側近「セピアメイズ」

天使「え?」

オーク「クァル・シークルだ」

天使「えっと……」


側近「名を預けます。こうなってしまった以上は不本意ですが、私も貴女の事を信用していかなければならざるを得ません。その期待に応えられるように努めてください。私もまた貴女に信頼を寄せますので、王妃様」

天使「王妃様!?」

オーク「俺もだ。名前を隠すほど大した身分じゃあねーけど、今後ともアンタら二人について行く。だからこそ名乗らせてもらう」

天使「二人とも……」

側近「魔王様、貴方も」

魔王「様って……ええ!?」

側近「私達は今までのような関係ではいられなくなります。関係の無い女性にため口を使われるなど、貴方も不都合でしょう」

魔王「なんか変な感じだなぁ」

オーク「頭として示しつかねぇだろ、そういうこった魔王"様"!」


側近「さて、丁度そこには私が洗脳するために集めた貴方の部下たちと、貴方を慕う村や町の人々が集まっています」

魔王「な!?やけに数が多いと思ったらそういう事か……」

側近「……始めてください。貴方がこの地上で成した事、思いを全てここに吐き出して」

天使「フュリク」

魔王「……うん」


魔王「……今ここに」

魔王「私、魔王の名の下に!!新たなる国家を築き上げる事を宣言する!!」


魔王国ナツァリア

僕の愛する妻と、そして掛け替えのない友人からもらった名前

そして、彼が帰ってきたとき、一目で彼が分かってくれるように付けた名前

平和と統一を願う僕らの想い……


数多くの期待の眼差しは、やがて大きな歓声へと変わった

僕達が築き上げ、そしてこれから作り上げていく一つの形

あくまでそれは第一歩でしかない

これから先語り継がれていく夢物語を紡ぐために

守り続けていこう……君と二人で、そして

君たちと共に……


――――――
―――



側近「はい、これ全部承認のサインをお願いします」

魔王「ま、まだあるのか……」

側近「当然です。それと、内容についてはしっかり目を通しておいてください。一応私も全て確認はしましたが、承認したら不味いものも混ざっている可能性があるので。あ、そこ誤字があります、訂正してください」

魔王「叫んでいいかな……?」

竜爺「それは嬉しい悲鳴かな」

魔王「竜爺もそんなまったりしてるくらいなら手伝ってよー」

竜爺「阿呆が、お主がやらねば意味が無かろうて」


魔王「国を作ってもう一年になるけど、出来る事とやらなきゃいけない事が増えすぎてどうにもこうにも……」

竜爺「一国を築き上げてゴール、ではないとお主が一番よく知っているだろう。その先に続いてゆくように維持しなければ意味が無い」

魔王「分かっているけどさー……ハァ、税収も少し高めに取ってしまっているのが気になるし、食糧の供給も全土には行き届いていない、開拓が思いのほか進んでいない、城の人手が足りない、お城で働きたいという志願者も少ない……」

側近「あ、願書が山のように届いていますよ。大体が不満爆発させた内容ばかりですが」

魔王「アバババババババババババ」

側近「まだ壊れないでください。やることやってからなら好きなだけぶっ壊れてもいいですから」


側近「まったく、各地の開拓もあまり進んでいないというのに」

魔王「貴族から巻き上げた土地には君が育てた者達を置いているから、管理自体は問題ないだろう」

竜爺「地理の詳しさ故、その貴族たちもまだ領地で働かせておる。食い逸れたくなければそうせざるを得ないのだが……まぁ今度はワシも目を光らせておるから大丈夫だとは思うが」

魔王「当初の目的だったナツァルの封印のありかの捜索と勇者の捜索も全然進んでないし、神兵達の動向も気になる……あーもう何だよコレ」

側近「あの天使達には常に警戒を払っています。捜索の方も私の部下にやらせていますので、魔王様はどちらも考えなくて結構です。それよりも目の前の仕事を片付けてください、手が止まっていますよ」

魔王「……側近、何だか前より冷たくなった?」

側近「貴方が知らなかっただけで、私は誰にでもこういう対応をしますが何か」

魔王「いいよいいよ、どうせ僕は君の操り人形だよ。裏で国を操ってほくそ笑んでいればいいよ」

竜爺「……お主も卑屈になったものだな」

側近「よく他人に甘えるようになった、と思った方がいいでしょう。それはそれで構いませんよ、今まで私が甘えてた立場でしたし」

魔王「アハハ、可愛い事言うじゃないか」

側近「黙れ、手を動かせ」

魔王「……はい」


天使「コソー……」


側近「ん?」


天使「ハッ!?」


側近「……何をしているのですか王妃」

天使「い、いえ、魔王様はお仕事終えられたかなー……と」

魔王「ナツィア!うん、すぐ終わらせるよ!どうしたんだい?」

天使「いえ、久しぶりに二人で食事でもどうかなーって……」

魔王「そうだね、しばらく時間が取れなかったから。わかったよ、いいかな側近?」

側近「ダメです、仕事を優先してください」

魔王「鬼め!!悪魔め!!」

側近「はい悪魔です、いいからとっとと手を動かせボンクラ腐れ魔王」

魔王「ヒィィ!?」

竜爺(立場的に引き締め役なせいで以前に増して厳しくなっておるのう……)



天使「そ、そうだ!側近さん!私にも何か手伝えることは……」

側近「ありません、魔王様の政務の邪魔になりますので王妃はお部屋にお戻りください」

天使「お、王妃である私に対して何たる無礼!一体どうした罰を与えようか!」

側近「あ゛?」

天使「ごめんなさい、調子に乗りました許してください」

魔王「ゴメンよ、僕が不甲斐ないばかりに」

天使「いいえ魔王様!貴方は悪くありません!私たちの運命という巡り合わせが悪かっただけなのです……!!」

魔王「ナツィア……」

天使「フュリク……」

側近「ここで殺されたいか貴様ら」

魔王「申し訳ないとは思っている」

天使「調子に乗り過ぎましたすみません」


側近「まったく……国の名前に王妃の名前を捩って付けるくらいです、惚気る理由も分からないことも無いですが」

天使「キャー!!恥ずかしー!!」

魔王「"魔王国ナツァリア"……この名前を付けた理由はただそれだけではないよ」

側近「はいはい、貴方が語り始めるとただただ長くなるだけですので早く仕事をしてください」

魔王「上手く逃げ切れると思ったのだが……ダメだったか」

竜爺「王妃よ、魔王は見ての通り忙しい。しばらくワシの話し相手にでもなってくれんか。いい暇つぶしにはなるだろうて」

天使「あ、はい。では魔王様、竜爺様とお話をしていますのでお仕事の方、頑張ってください!」

魔王「アハハ……夕食までには済ませるよ」


側近「……」

魔王「ハァ、王っていうのはここまで忙しいものだったのか。ちょっと舐めすぎていた」

側近「そりゃ人手不足ですし、王の手が空いているくらいならとことん扱き使った方が時間と労力を有意義に使えますので」

魔王「ちょっと待てそれ別に僕がここまで奮闘しなくても問題ないって風だなオイ」

側近「同じ仕事が出来る人間が少なすぎるのです。貴方の手も借りないと回らないくらいにはウチは切迫しています、いい加減慣れてください」

魔王「とはいえ、こんな量の仕事を平然とこなせる奴なんて世界中どこ探したっていないと思うよ」

側近「私もそう思います。が、案外そういうのはひょっこり現れたりするのかもしれませんけどね」

魔王「……君とか?」

側近「私は出来るのが前提ですから。私に出来ない事を魔王様にやらせるような事はいたしません」

魔王「そうですか……」


オーク「おう、邪魔するぜ魔王様」

魔王「オーク君!久しぶりだね!」

側近「オーク護衛隊長、遠征ご苦労様です。地方はどういった状況でしたか?」

オーク「おう、早速仕事の話か。少しはゆっくりさせてくれよ……」

側近「時間が惜しいので手早くお願いします。貴方も早く休みたいでしょうに」

オーク「分かったよ。あっちはやっぱ強い魔物が多いな、そのくせ資源を多く取れそうな森林が広がっているからどうしても押さえておきたいとは思うんだが」

魔王「分かった、近くの町にはすぐに武器と魔王城から兵を手配しよう。自警団だけでは辛いだろうし」

側近「ダメです、魔王城から兵は出せません。ただでさえ人数カツカツなのにそう易々と放出は出来ません」

魔王「あーもう、アレもダメこれもダメ……分かった。オーク君、冒険者ギルドの方に依頼を出してくれ。森林の魔物の討伐、報奨金は……この程度でイイかな?」

側近「ふむ、妥当ですね。各地から冒険者も来ているのです、せっかくウチもギルドの加盟国になっているのに利用しないのは損です」

オーク「分かった、それで出しておく……本当はウチで軍を持って討伐体を組めば一々委託する手間も省けるんだがな。それにタダじゃあねぇ、下手したら私兵を動かすより金がかかることもあるんだ」


魔王「軍は……まだ持たないよ。まだその時じゃない。今軍を持つという事は他国に敵意を向けるも同義、戦争が無いのならまだ必要は無い」

側近「もしも、があるかもしれないですから私もオーク護衛隊長に賛成なのですが……これだけは曲げないのですね」

魔王「当然だよ。戦わなければいけない時は腹を括るが、避けられる戦いがあれば積極的に避けるベきだ」

オーク「おかげで魔王様を護衛するから"護衛隊長"って名前の役職貰ってんのに各地に飛び回るハメになってんだけどな、俺は」

魔王「アハハ……その分給料弾んでおくよ」

オーク「俺が今欲しいのは金より休暇だけどなー。んじゃ後で報告書にまとめておくから、今はもう休ませてくれ……」

側近「はい、お疲れ様です。報告書は明日の夜までで結構ですので、今日はもうお休みください」

オーク「ういー……やっと眠れる……」

魔王「ふむ、みんな忙しそうだね。やっぱり、少し全体的に休みを与えるべきなんじゃないかな?僕も含めてさ」

側近「お前は手を動かせ出来損ない魔王」

魔王「はい……」

側近「ほら、私も手伝います。貴方はしっかり出来るヒト何ですからこのくらいは出来るハズです。それに夕食までには終わらせるんでしょう?」

魔王「君の落として上げる育て方には何ともまぁ感服するよ」


……

魔王「辛い……辛すぎる……」

天使「フュリク、貴方が選んだ道なんですから、泣き言は許されませんよ」

魔王「うん、分かっているよ。分かっているけどさ……君の前くらいでは弱音を吐かせてよ」

天使「私は皆の前で弱音を吐いている貴方しか見ていないのですがそれは」

魔王「ま、竜爺も言っていたけれどコレは嬉しい悲鳴ってやつだよ。忙しいのに側近はちゃんと僕に君と夕食を取る時間を作ってくれたんだしさ」

天使「私は先ほど側近さんに裏に連れ込まれて文句と言われ続けましたけどねーアハ、アハ、アハハハハハハハ」

魔王「彼女はやっぱり君に対しては他より厳しいみたいだね」

天使「その理由も分かりますけどね。私は何も言いません」

魔王「なんかゴメン。彼女に対しては僕の態度がずっと中途半端だったからこうなってしまったようなものだし」

天使「それを聞いたら"自惚れるな単細胞"って言われそうですね、フフ」

魔王「よく分かっていらっしゃるようで……」


天使「クァルさんも忙しそうですね」

魔王「魔物被害については彼に一任してしまっているからね。実際今ウチで二番目に戦力的に強いのが彼だし」

天使「本当は傍に居てほしいのではないですか?」

魔王「その為に護衛隊長の役職を与えたのだけど……そう上手くはいかないね。僕のせいだけど」

天使「軍を持たない事は竜爺様からも苦言されていますね」

魔王「まだ国としての歴史も浅い。実際は人員的にそんな余裕も無いだけなんだ。無理してでも周りを固めろって側近に言われているけど、無理をするくらいならまだいらないよ」

天使「でしたら自分の身は自分で守らなければいけませんね!側近さんに稽古をつけてもらいましょう!せっかく魔剣なんて大層な物を持っているんですし」

魔王「それを口に出したら地獄の1000本組み手が待っているから絶対に嫌だ」

天使「アレは……悲しい事件でしたね……」

魔王「経験者は語る」


天使「そうだ。フュリク、ちょっといいですか?」

魔王「ん、なんだい?」

天使「王国から来週パーティの招待が来ていましたよね?一緒にクァルさんや竜爺様も連れて行ったらどうでしょう?」

魔王「……ゴメン、パーティなんて初耳なんだけど」

天使「なんやて!?」

魔王「側近め……自分と君だけで行ってあたりさわりの無い対応してやり過ごすつもりだったな……」

天使「oh...側近さんならやりそうですね」

魔王「そういう社交の場でこそ王である僕が行かなきゃダメだろう」

天使「お飾りの私を盾に話を進めるつもりだったという事でしょうね」

魔王「よし!ならば出発だ!!僕だってまだ腐っていないという事を側近に証明して見せる!!」

天使「はい!その意気ですよ魔王様!!」

魔王「見ていろセピア!!君に言われっぱなしの僕じゃない!暴言を連発されるこっちの身にもなってみろ!今度こそ言い返してやるからな!!」


――――――
―――



側近「などと言っていたそうですが」

魔王「ごめ゛んなざいも゛う許してぐだざい、殴らな゛いでぐださい」

天使「魔王様カッコ悪いです……」

側近「魔王様、貴方はあまりこういう場を好まなさそうなので私は誘わないようにしていたのです」

オーク「煌びやかなパーティといってもお互いの腹の探り合いだ、偉くなればなるほどギスギスした空気になる」

魔王「覚悟はしているよ、特にあっちの王は以前に一度個人的に話をしたことがある。裏表の激しそうな人だった」

側近「貴方は騙し合いという事が出来ません、ですから私だけが行くべきと思ったのです」

天使「私をデコイか何かにするつもりだったでしょ」

側近「はい」

天使「少しは否定してくださいよ!?」


魔王「竜爺は……来なかったね」

天使「お祭りごとが結構好きだと思ったんですけどねー」

側近「身内でやるのが好きなのでしょう。あのヒトの事は私もよくは分かりませんが」

オーク「一人だけ名前を名乗らなかったしな。ま、あんまり知られたくも無いんだろうから触れないけどよ」

魔王「さて、快適な馬車の旅も終わりだ。このまま会場へ入ろう」

側近「やれやれ、御守りの相手が増えたのは計算外でしたね」

天使「おーい、増えたってのはどういうことですかー」

オーク「その中に俺も含まれてんじゃないだろうな……」


……


「こんにちは、魔王様」

「ごきげんよう魔王様」

魔王「ああ、こちらも」


オーク「開始早々、中々の人気っぷりだ。どいつもこいつも腹に一物持ってそうだ」

天使「魔王様に近づく方々は取り入ろうとしている方ばかりなのでしょうか」

オーク「他意は無い人もいるだろうがこういう席だからな。新参者とはいえ一代で国を築き上げた猛者だ、関係は作っておいても損はないって思ってんだろう」

側近「どいつもこいつも敵にしか見えなくなってきましたね。数が多すぎてプチプチ潰してやりたくなってきました」

オーク「やめッ……やめような?そんな物騒な事言うの。ストレスでも溜まってんのか?」

側近「ええ、どこぞの魔王のせいで」



側近「護衛隊長、警戒は解かないでください、魔王様が狙われたら面倒この上ないですから。ハァ、せめて剣もまともに振れるならこんな気を張らずに済むのですが」

天使「あ、あの、ちょっと大袈裟じゃないですか?」

オーク「まぁ権力者共に護衛は付いてるんだから、ウチの魔王様に付いていたっておかしくはないさ。当初の予定通り俺は王妃様を、側近は魔王様を頼む」

側近「了解です。私の予想を超えない行動を周りがしない限りは大丈夫でしょうけど」


国王「久しぶりだな、以前の会食以来だな」

魔王「ジスト国王、お久しぶりです。私にお声を掛けていただけるなど、光栄の至り」

国王「其方の国はまだ歴史は浅いが、それでも一国の王。立場はあれど私にそう畏まる必要は無い、顔を上げてくれ」


天使「あ、あの方が国王様ですよ」

オーク「ん?予想していたより遥かに若いな」

側近「まだ成人は迎えていないそうです。これからの国を担っていく若い力として期待されているようで。ウチのと違って未来があります」

オーク「確かに、これからの出方が見ものだな、力強さを感じる。ウチのと違ってやり手ってのが伝わってくる」

天使「サラッと魔王様を落とすのはやめてください」


国王「……魔王、一つ話があるのだが」

魔王「話?私にですか?」

国王「耳をかせ」

魔王「はい……え?」


側近「まったくあんなに接近して、あの人たちはそっち系ですか、ボーイズなんとかってやつですか」

天使「ダメです魔王様!!私という妻がありながら!!あ、でもちょっと気になるかも」

オーク「ちょっと落ち着こうな?」

賢人「若いね、貴方達も」

天使「あ、えっと……」

側近「ッ!賢人様!」


天使「こ、この方がですか?」

賢人「久しぶりだね、小さな魔人さん」

側近「……お久しぶりです」

賢人「あれからどうでした?」

側近「いえ、特には何も」

賢人「そうかい。まぁその様子を見るに、貴方も思うところはあったんだろうね」

側近「どうでしょうか」

賢人「気付いている癖に、自分の変化に……それより、あのヒトは来なかったんだね」

天使「あのヒト……?」


賢人「まぁいいさ、ゆっくりこのパーティを楽しんでいくといい。ウチの連中はあまりいい持て成しは出来ないだろうけどね」

側近「こちらも護衛があるのでそうも言っていられません。賢人様は護衛を付けていないようですが……」

賢人「こんな枯れた婆さんにそんなもの必要ないよ。欲しいのは人肌さね」

オーク「お、おう?」

賢人「旦那が恋しいって事だよ言わせんな恥ずかしい!」

天使「……想像していたキャラと随分違いますがこれは一体」

側近「予言しているときは真面目なんです。予言しているときだけは」

賢人「あぁ、柔らかいねぇ」

オーク「賢人様、ヒトの腹の肉つまむのやめてくれねぇかな」

天使(物凄く竜爺様と行動が似てるんですが)


賢人「さぁて、それはともかくとして。大局を見据えていても小さな綻びには気が付かなかったようだね、魔王の国の人達」

天使「え?」

オーク「……あッ!!」

側近「……来る前に散々意気込んでいたウチのスカタン魔王はどこへ行ったのでしょう」

オーク「アイツ……パーティ最中に消えるか普通……」

天使「やってくれましたね魔王様」


「お、おい、あれって確か魔王の国の……」

「なんかヤバいぞ、今近づいたら殺される空気だぞ、何があった……」


「ウチの国王が消えたぞー!!」

「またかよ!!あの人何回消えるんだよ!!」


賢人「おやおや、やるねぇあの坊主たち」

側近「目を離した私の不手際ですね。やれやれってやつです」

天使「オークさん馬車を出してください、心当たりがあるので」

オーク「あいよ」

側近「私もこの場を鎮めたらすぐに向かいます……あの野郎……」


……


国王「たっはー!!やっぱこういう安酒が一番美味いわ!」

魔王「同感、あんな見掛けだけ豪華な堅苦しい所でなんかやっていられないよ」

国王「でもアンタ奥さん連れて来ていたんだろ?よかったのか置いてきて?」

魔王「大国の王の誘いを断れる訳もありません、まぁ彼女も彼女で僕がいるとピッタリ後ろについて回っちゃうからね。少しは独りで動いて交友関係を広げないと。その為に護衛を連れてきたんだから」

国王「悪いな、文句言われたら俺のせいにでもしておいてくれ。注意されるのも怒られるのも慣れてるからよ」

魔王「……こうしていられるのも今の内だけだからね、もっと時間が経ってしまうと、自分の背負う責任の大きさから何も出来なくなってしまうからさ」

国王「ハハハ……俺も笑えねぇや」


ドワーフ「テメェら……」

魔王「ん?」

国王「どうしたオッサン?」



ドワーフ「何 で ウ チ 来 て 飲 ん で る ん だ よ 馬 鹿 野 郎 共 !!」

国王「そう怒鳴るなよ」

魔王「そうそう、一緒に飲もうって言ったのは貴方じゃないか」

ドワーフ「おかしいだろ!!テメェら今国同士の関係から考えて抜け出していい立場者ねぇだろ!!」

国王「ん、会場から二名消えただけだろ」

魔王「うん、個人で飲みたかったし」

ドワーフ「いつのまに仲良くなってんだよ……」

国王「お?嫉妬か?」

ドワーフ「 死 ね 」

国王「冗談だよ冗談。だからハンマーを掲げるな、頼む、謝る、ごめんなさい」


ドワーフ「ったく、隠れ蓑にしやがって……適当に時間を潰したら帰れ」

国王「へいへい」

魔王「忙しいところ申し訳ないね。僕達に回してくれる武器を作ってくれているのに」

ドワーフ「どれだけ作っても足りないくらいだからな。だが、好きなものを作れるって言うのは俺にとってもありがたい話だ」

国王「自国に武具を入れない非国民めが」

ドワーフ「刎ねられたいか?」

国王「OKOK、振りかざしたその刃を納めてくれマイフレンド」


国王「しかし、アンタもよくやるな。貴族から領地を見事に乗っ取り、資金難も起こさずここまで来れるなんて」

魔王「その代り人員不足だよ。外から人を入れたいけれど、ウチの強みって言ったら鉱山くらいしかないからね。出稼ぎの来る人か偶然立ち寄った冒険者くらいしか入国しないし。他国から無理矢理技術者をスカウトするような度胸も無い」

国王「海を越えた貿易を広めてみろ、せっかくアンタの所も海があるんだ。海外から来る人の流れを操作してやるだけで安定した収入になるぞ」

魔王「ありがとう、確かにそこまでは気が回らなかったな……側近に相談してみるよ」

ドワーフ「国のトップの会話ってのは一国民にとっちゃワケの分からん話だな」

国王「ンなもんガキの頃から沁みつけられた知識だ、単純な事でしかねぇ」

ドワーフ「今でも十分ガキだろうが」

魔王「成り上がりの僕にとっては、十分凄い事だと思うけどね」


国王「それより聞いたぜ、アンタ勇者を探しているんだって?何でも世界各国あらゆる所から。新しい商売でも思いついたか?」

魔王「あ、いや、まぁ訳ありでね。古今東西どのような人物が勇者になりえるかってのを調べようと思って」

国王「ふぅん、魔王を名乗っているから勇者を潰すのかと思ってたけど」

魔王「僕のは名前だけだし、それに勇者と戦う魔王ってのは世界を脅かす存在で、その魔王との戦いの後に勇者という称号が初めて与えられるんだから、今の世の中は色々と矛盾しているよ」

国王「勇者を名乗るのも自由、魔王を名乗るのも自由な世界になっちまってるからな。ま、自分の名前を売りたい奴ほどそう名乗るんだが」

魔王「アハハ……僕も同じ理由だから何とも言えないな」


国王「俺は俺で勇者の名前を利用して一つ面白い事を考えているんだ」

魔王「面白い事?なんだい?」

国王「勇者って言うのは一つのブランドみたいなもんだ」

魔王「あー……まぁ惹かれるものはあるだろうね」

国王「それでだ、国一番の手練れを勇者として選出して各地各国へ旅にでも出させて活躍させれば、他国へのいい宣伝と国の士気向上になると思わねぇか?」

魔王「ん、なるほど……国の代表を勇者として祭り上げれば期待できることが大きいか」

国王「悪評集めちまった場合のリスクがとんでもなく大きいけどな」

魔王「一長一短だね。いや、しかし悪くはない。勇者を名乗らせるのは言い考えかもしれないね」


国王「時期を見てさ、勇者育てる専門の学校とか作って、そこから優先していい就職場所に斡旋したりそのまま国の兵士になってもらったりして、上手く次の世代を回していけると思うんだ」

魔王「勇者を一つの目標とするか……うん、悪くないんじゃないかな!」

国王「ヘヘ……何だか俺の考えをこうやって聞いてくれる奴がいるってのは新鮮だな」

魔王「誰も聞いてくれないのかい?」

国王「真面目に取りあってくれるのは賢人様だけだ。ま、全部話し終わった後に小馬鹿にして終わるだけなんだがな」

魔王「君は、信頼して話ができる家臣や友人を傍には置いていないのかい?」

国王「友人ならそこにいるだろ、城を出て行っちまったけどな」

ドワーフ「……ふん」

国王「皆俺についてきた者達ではなく、家柄や役職で古くから王家に付き添った連中ばかり。上辺だけの関係だ」

国王「……そういう意味ではアンタが羨ましいよ。信頼できる人達で一緒に作った国なんだ、楽しかっただろうな」

魔王「全ての感情を共有出来たのは本当にありがたかったよ。そう思うと僕は恵まれているんだね」

国王「恵まれすぎだっての!どういうことかあの竜爺が味方についたんだからさ!」

魔王「竜爺を知っているのかい?」


国王「ウチの古くからの関係者なら全員知っているんじゃないか?そもそもずっとあの領地の管理人だったわけだし」

魔王「放置してたけどね。そういえば前に貴族の後ろ盾って言ってたけど、それも関係しているの?」

国王「ああ、実際あの人達がどんな仲かは知らんが、竜爺には手を出せない、出してはいけないってのが暗黙の了解だったんだ。それを突き崩したのがアンタ達ってワケ」

魔王「ただ者じゃないとは思っていたが、そこまでとは……」

国王「今はもう何とも言われていないな。賞味期限が過ぎたか、それとも竜爺を畏れる事はないと判断したか……」

魔王「賞味期限て……」


ドワーフ「おい、そろそろお開きだ」

魔王「え?なんで?」

国王「まだこれからだってのに、ちょっと早すぎるんじゃないか?」

ドワーフ「魔王、窓の外見ろ」

魔王「えー?外に何が……」



天使「ウフフ」



魔王「オウフ」

国王「滅茶苦茶良い笑顔で見てるぞオイ」

ドワーフ「ツケが回ってきたな、お前も覚悟しておけ」

国王「oh...」


天使「コレはどういう事でしょう魔王様」

魔王「いえ、その……何とも言えないです」

国王「俺は俺で帰ろうかなーっと……」

天使「国王様ー?お城の人達から許可は貰っていますので私と一緒に賢人様の前まで行きましょうねー?」

国王「いやああああああああああ!!」

ドワーフ「わざわざご苦労だな、こんなところまで」

天使「いえいえ、おじ様にも苦労をおかけします」

ドワーフ「おじ様て……まぁいい、とっととそいつらを連れて行ってくれ。俺ももう寝るからな」

国王「感づかれたのアンタのせいだからな、ったくもう少し飲んでたかったのによ」

魔王「そう言われても仕方がないじゃないか。妻は何かと感がいいんだから僕も隠し事は出来ない……」

天使「お二人とも静かにしましょうね?」

魔王「ヒィィ!!」

国王「あっはい」


……

魔王「夜も更けて良い月だ」

側近「話を逸らすな恥知らずの畜生魔王」

魔王「君ホント貶す言葉のボキャブラリーが多いね」

天使「会場がそこそこの騒ぎになったんですよ!ちょっとは反省してください!!」

魔王「君と側近から顔面にグーパン喰らいましたので猛反省しています」

側近「身体に染み込ませないと覚えないのですね、分かりました次回からそうします」

魔王「」

オーク「自業自得だよ馬鹿野郎」


魔王「勝手な事をしてすまない。言い訳をすると、王の誘いを無下にする訳にもいかなかったんだ」

側近「そうですね、あちらの国王も自分に責任が行くことを承知で誘ったようですし、我々はお咎め無しでした」

魔王「それに、彼という人物を知ることが出来た……収穫としては上々だよ。今後の付き合い方も考えていける」

天使「楽しかったですかー?私を放っておいて?」

魔王「……ゴメン、穴埋めはするからさ」

天使「はいはい、私を蔑ろにするのはいつもの事ですからねー」

魔王「耳が痛いな」


側近「さて着きました。王国が用意した宿ですね。中々立派です」

オーク「ここまで歩かせやがって、こんな寒い夜中にさ。王妃様、迷うんじゃないぞ」

天使「目の前のなのに!?それに先ほど荷物を先に置いたので場所は分かりますよ!!」

魔王「あっちから護衛を付けてくれてもよかったと思うんだけどな」

側近「それは私がお断りしました。人件費の無駄遣いですので」

魔王「ああ……まぁ君がいるなら必要ないよね」

天使「あれ?あんなところに露天が出てますよ?」

オーク「ん?こんな人気のない場所にか。しかも机一つて」


「……」


魔王「……なんかこっち見てるね」

天使「何のお店でしょうか?ちょっと気になります」

側近「お二人とも、私の後ろへ。何かあってはいけませんので」

魔王「考えすぎだよ」

オーク「アンタの事をよく思っていない連中もいるんだ。ここで刺されでもしたらたまったもんじゃねぇ」

天使「そうですよ魔王様、ここはお下がりください」

魔王「ん、君が言うのなら……」


「……」


オーク「おい、机持って直接こっち来たぞ」

側近「間抜けな構図ですね。本格的に危険人物っぽいのでヤっちゃいますか」

魔王「またそんな物騒な事を……」

天使「ひょっとしたらフレンドリーな方かもしれないじゃないですか!ここは元気よく……」

側近「貴女は無警戒過ぎます。もう少し物事を考えて……」


「ハロー!貴方たちこんな夜更けにお散歩?ちょっと私のお店に寄っていかないかしらー?」


側近「……」

天使「ほらみろ!!ほらみろ!!」

側近「……性格が魔王様に似てきましたね」

天使「いやぁそんなぁ」

側近「貶しているんですよ」


側近「何者ですか。この方々が王族だと知っての狼藉ですか?」

「あらー、それは知らなかったわ!失礼失礼、ゴメリンコ☆」

オーク「なんか……何だ?」

側近「イメージしていたのと随分違いました。そんなフードを深く被ってないで顔を見せてください」

「んもう疑り深いんだから!ホラこれでいい?」

魔王「ん」

オーク「おっと」

天使「わぁ、美人さん」

「それはどうもー」

側近「……?」


魔王「どうした側近?」

側近「……いえ」

側近(……この顔どこかで……?)

「私ねー占い師をやってるんだけど、どうも最近客入りが少なくてねー」

天使「そりゃこんな場所でやってるからですよ」

「んー、この宿お金持ちさんしか出入りしないからいい稼ぎになると思ったんだけどなー」

オーク「人の流れの無さを考えろっての」


「どうどう?お安くしとくからさ!いっちょドカーンとやってみない?」

天使「ドカーンとですか!?」

「そそ、私の占いは結構当たるんだから!」

側近「いりません、皆さん早く宿に入りましょう。こんな胡散臭い人のいう事を聞く必要はありません」

「あーんいけずー!ちょっとくらいいいじゃない!」

側近「私に触るな抱き着くな頬擦りするな腹を摘まむな」

天使「あら積極的!」

魔王「ちょ、ちょっと馴れ馴れしすぎないかなーと思うんだけど……」


天使「でもいいじゃないですか。私はやってみようと思います」

魔王「んー……君がそこまで言うのなら」

オーク「俺は興味無いが、まぁ二人がそういうのなら残るが」

「あとは貴女だけよー?損はさせないからさー!おーねーがーいー!!」

側近「耳に息を吹きかけるな。ハァ、私は先に宿に入っておきます。オーク護衛隊長、二人を頼みます」

オーク「ああ、アンタは一番疲れているだろうから先に休んどけ」

天使「えー、側近さんも……」

側近「不愉快です。おやすみなさい」

魔王「まったく……まぁ、貴女もやり過ぎです、控えてください」

「ごめんなさぁい。私ああいう可愛い子を見るとどうしてもイジワルしたくなっちゃうから」

魔王「分かるよその気持ち」

オーク「共感するなよ」


オーク「さて、それで何を占ってくれるって言うんだ?こっちも金を出すんだ、下らない事だったら……」

「言ったわよ?損はさせないって。私はオールジャンル、その人の未来を見通して適切なアドバイスをしてあげるの」

魔王「アハハ、この国には予言者が居るっていうのに大きく出るね」

「それじゃあそこの天使さん?貴女から見るから、そこに座って」

天使「ワクワク」

「……」

天使「ど、どうでしょう?」

「貴女も可愛いわね」

天使「キャーーーーー!!恥ずかしーーーー!!」

オーク「テメェいい加減にだな……」

「ジョークジョーク!軽いジョークだってば!」


「……」

天使「あのー、それでどうなんでしょう?」

「聖と魔の懸け橋となる幼子、受け継ぎしその意志は潰えることなく未来へ繋ぐ」

「あるべき未来を守る為、例え残酷なる運命が待ち受けようと、託されたその力を勇ましき者へ届ける為、その命を燃やすだろう」

天使「ッ!?」

「流れに逆らう事も出来る、貴女はそれで幸せになれるかもしれないけれど……それは大きすぎる犠牲を払う事になる。貴女にとってとても大切なものを失う」

「これから貴女が辿る道のりは決して楽なものでは無いわ。けれど見失わないで、貴女が信じる者の為に動き続ける事が出来れば、きっと明るい未来が待っているから」

天使「これは……占い……ですか?」

「そうよ!!通信教育で習った占いよ!!明日の天気さえも自在に操る占いの力を思い知りなさい!!」

オーク「それもう占いの域超えているだろ!?」

天使「……」

魔王「どうした?何か思い当たることでも?」

天使「……いえ!何だか思っていたより真っ当なものだったので……」


「お次は……」

オーク「パスだ。胡散臭すぎる。それで金取られたってんならたまったもんじゃない」

「あら残念、じゃあ最後に……」

魔王「……僕かい?」

「ええ、なんか簡単そうだし」

オーク「ひでぇ理由だ」

「それじゃあ……ぬぅん!」

魔王「……」


「……見えたわ!!貴方の未来は……」

魔王「ああ、言わないで」

「へ?なんで?」

魔王「貴女のその占いとやらが正しいか正しくないかは別として、僕はこれから自分の歩む未来を誰かに決定づけられるつもりはない」

「……これはあくまで指標、目安でしかないわ。それを信じるか信じないかは貴方次第だけれど」

「それでも、知っておいてもいいんじゃなくて?リスクを回避できる事もある……かもしれないんだから」

魔王「そんなものは未来じゃない。なにも見えないからこそ僕たちは明日を作るんだ」

天使「……」

魔王「それに、僕はこれから起こる事全てを受け入れるつもりでいる。例えそれがどんな結末であったとしても……ね」

「……素敵な事を言うのね。あのヒトとは大違い」

天使「?」


「まぁいいわ。よいしょっと、そんじゃまぁ店仕舞いでもしますかねー」

オーク「オラ、代金だ。もうこんな押し売りみたいなマネするんじゃねぇぞ」

「いらないわよそんなの」

オーク「何だと!?」

「安くしておくって言ったでしょ?私は私のしたいように他人の運命を見るだけ。ま、何度も言うけれどそれを信じるかどうかは貴方達次第かな」

天使「……」

魔王「そうか、ではおやすみなさい。僕達ももう宿に入るよ」

「ええ、お元気で。身体に気を付けてね、魔王様」


オーク「……何だったんだよ一体」

天使「不思議な人でしたね……」

魔王「さ、ともかく休もう。側近も待たせているし」

オーク「そだな、よく分からんが」

天使「……命を燃やす……」

魔王「君も、身体に障るよ」

天使「はい。あ、フュリク……」

魔王「ん?なんだい?」

天使「あ、いえ……何でもないです!さぁ今日はもう眠りましょう!明日のに備えて!!」

オーク「明日はもう帰るだけだけどなー。あー、報告書まとめなきゃなー、結構溜まってらぁ」

側近「魔王様!」

魔王「?側近、どうしたんだい?先に部屋に行っていたんじゃ……」


側近「緊急事態です、私は直ちに国へ帰還します」

魔王「ッ!何があった!」

側近「辺境の村にて神兵が現れました。謎の生物と交戦中とのことです」

天使「神兵!?しばらく音沙汰が無かったと思ったら……」

魔王「最悪だな。僕達が国を離れている時に……」

オーク「で、なんだよその謎の生物ってのは」

側近「それが分からないから謎なのです。魔王様は……」


魔王「僕も向かう!すぐに馬車を!」

オーク「場所はどこだ!国に帰るとしても数日かかるぞ!」

側近「必要ありません、転移魔法のマーキングをしてある場所の近くですので」

魔王「ならばすぐに!それとナツィア、悪いがついてきてくれ。セピアの身体の事は前に話したよね」

天使「はい、戦力が必要になるのなら」

オーク「悪いな、こっちはアンタらを守らなきゃならん立場なのに」

側近「チッ、やむを得ないですか……では、飛ぶ準備をしますのでしばらく待っていてください」



「……」

「貴方達の運命の歯車は大きく動き出したわ」

「ここから先、決して逃げる事の出来ない悲劇が待ち受けている」

「それを乗り越えて……未来へ繋ぐことが出来れば、貴方達の目指すものを掴み取る事が出来る」

「この予言は時として凶器にもなりえる……国としての強大な力なのに、勝手に他人に予言の力を使ったら国の重役たちに怒られちゃうからこんな場所でわざわざ待機していたけれど……」

「さぁて、またいつものお婆ちゃんの姿に戻ってお城に戻らなきゃね。いつまでも留守にしておくと国王の坊やに逆に文句を言われちゃうし」

「……暴王よ、貴方が目を掛けた彼らがどこまでやれるのか。私も遠くから確かめさせてもらいます」

賢人「ねぇ……アナタ」


――――――
―――



魔王「報告があったのは確かにこの先だな!?」

側近「間違いありません、村の自警団が謎の生物ごとまとめて応戦中らしいです。こっちも動かせるだけの人材は向かわせていますが……」

オーク「間に合わんとみていいだろうな!」

魔王「クソッ、被害状況はまだ分かっていないのか!?」

側近「現在調べさせています、しかし魔王様、何も貴方達は前に出なくとも。ただのパーティだったとはいえお疲れのハズです」

魔王「規模が分からないとはいえ、指揮をとる人間は必要だ。君こそ休むべきだ、もう魔力がほとんど無いんだろう?」

側近「一戦交える程度には大丈夫です……が、確かに貴方が後ろにいてくれれば助かります」

天使「私も可能な限り前に出ます。今は王妃と言われる状況ではないですから!」

側近「……任せます」


ドクンッ

天使「ッ!」

魔王「ん?どうした?」

天使「い、いえ……」

天使(何、この感じ……聖剣が何かを伝えようとしている……?)

側近「別に私だけでも最悪戦えますが……無理はしないでください」

天使「だ、大丈夫です!」


オーク「ここか!!」

魔王「ッ!!これは……」

天使「酷い……」

側近「遅かったか……」

魔王「……生き残りを探そう。救助が優先だ」

オーク「クソッ……!!」


天使「フュリク……」

魔王「神兵がまだいるかもしれない、警戒を解かないで」

天使「……はい」

魔王「単純な魔物被害……ではなさそうだ、爪や牙の跡が残っている訳でもない。村人は全員斬りつけられた傷がある」

側近「神兵が手を下したと見て間違いはないでしょう」

天使「何故罪の無い彼らにそんなことを……許せないッ!」

オーク「その怒りは次に対面した時にぶつけてくれ。……だが、もうこの近くには居なさそうだ」

魔王「一体彼らはここへ何をしに来たんだ……」


側近「自警団も……全滅か」

オーク「俺はあっちを見てくる、側近は反対側を」

側近「はい。魔王様、王妃様、貴方達は」

魔王「僕らはここを真っ直ぐ見てくるよ。最悪、大声でも出せばすぐにお互いどこにいるかは分かるだろう」

天使「行きましょう」


魔王(しかし妙だ……彼らは何の目的があってこんな辺境の場所を襲った)

魔王(それに、正体不明の魔物の事も気になる。自分の国に生息している魔物くらいは僕も把握している。発見されていない新種が出た……と言うのなら話は別だが、その線もまず無いだろう)

魔王(あるいは外来種……?いや、だとしても正体くらい分かるはずだ)

魔王(まてよ?神兵がここに来た理由がその魔物が出現したから……という事が考えられないか?だとしたら何故村人達まで殺す必要があった?)

天使「……?フュリク、この遺体を見てください」

魔王「……ん?傷が無いな」

天使「争った形跡も見られません、これは……」


魔王「随分衰弱している……だが自然死とは考えにくいが……ッ!!これは!?」

「―――!!!」

天使「ッ!離れてください!!"来たれ聖剣"!」

「――――――!?」

天使「ごめんなさい!!"光れ刃よ"!!」

魔王「あ、ああ……」

天使「確かに生きてはいなかったハズなのに……グール化する要素も無かった。それに身体から出てきた黒い霧のようなものは一体……」

魔王「間違いない"影"だ……!僕やセピアと同じ力……どうして……!!」

天使「ええ!?」


天使「フュリクと側近さんは我々と共に行動していたのでまず間違い無く関係は無い……ですよね?」

魔王「ああ、それは間違いない。彼女はこの力の使い方は知らないハズだ、それにもう僕らの種族は生き残りなんていない。最後の一人を手にかけたのもまたセピアだから……」

天使「だったら……」

魔王「……!!一人だけ……いる……でも……」

天使「一人……?誰なんですか!!」

魔王「かつて命を散らし、そして僕の力で蘇らせ同じ力を得た……君の兄、ナツァルだ」

天使「ッ!」

魔王「信じたくはないがそれしか考えられない。神兵達が狙うのも納得出来る」

天使「探しましょう!!討たれていないのならばまだ近くに居るかもしれません!!」



魔王「ナツァル!!僕だ、フュリクだ!!近くに居るのなら出てきてくれ!!僕達は君の味方だ!!」

天使「兄さん、兄さん!!私ですナツィアです!!出てきてください!!私はここにいます!!」


「……ッ!」


魔王「ッ!そこの家の瓦礫のした……誰かいるのか!!」


「ッ!」


天使「兄さんかもしれない……今助けます!!待ってて!!」


少女「くぁ……クッ……」

魔王「女の子……?」

天使「ッ!!貴女は……」

少女「どこの……誰かは……存じませんが……ありがとう……ございます……」

天使「アキさん!私です!昔あの花畑で出会った……!!」

魔王「あの時の盲目の子か!」


少女「ごめん……なさい……もう……耳もあまり……聞こえな……」

天使「そんな……!回復魔法!今貴女を助けます!!」

魔王「ナツィア、まて。もうダメだ、これ以上は彼女を余計に苦しめるだけだ……この傷では助からない」

天使「でも!……こんなの……ないよ……!」

少女「これ……は……魔法……?」


天使「そうです!必ず助けます!だから……だから……」

少女「……あの子……を」

魔王「ッ!まだ誰か居るのか!」

少女「……私の……子……」

天使「子供……子供が居るのですか!!」

魔王「探してくる……君は彼女の傍にいてあげてくれ」

天使「……はい」


少女「……」

天使「せっかくまた会えたのに……こんな形になってしまうなんて」

少女「あの子を……」

天使「大丈夫です、助けます。必ず……私たちが!」

少女「強く……生き……て」

天使「ッ!……おやすみなさい……アキさん……」


魔王(……ここか!)

魔王「ッ!ベッドの下とは……身体くらいやはり鍛えておくべきだったな、この程度持ち上げるだけで疲れるとは」

「……」

魔王「良かった……生きていた……傷だらけだが大丈夫そうだ。おいで、僕たちは君の味方だよ」

「……」

魔王「震えないで……怯えなくていい、さぁこちらへ」

「……」


天使「フュリク……」

魔王「……彼女は」

天使「……」

魔王「そうか、後はこの子だけだが。気絶してしまった」

天使「引っ張り出せますか?」

魔王「頼むよ、僕じゃベッドを持ち上げるだけで精いっぱいだ」

天使「はい……大丈夫、貴方は私が守るから……絶対に」


「……」

天使「ッ!!」

魔王「?どうした?」

天使「あ、ああ……そんな……そんな!!」

魔王「ナツィア?」

天使「なんで……何で……!!」

魔王「一体何が……ッ!?なッ!似ている……でも!」


「……」

天使「間違いない……私が見間違えるわけがない……」

魔王「魂の鼓動が……同じだ……彼と……この少年は」



天使「兄さん!!」

魔王「ナツァル!!」


天使「ッつぅ!!」

魔王「今度はどうした!?」

天使「嘘!?聖剣が!?」

魔王「光って……聖骸布が取れた……これは?」

天使「……勇者……様?」

魔王「何だって……?」

天使「間違いない……見つけた……ああ、見つけた……兄さん……勇者様……」

魔王「この子が……勇者……ナツァルが?」


――――――
―――



魔王「……あの子はまだ目を覚まさないのか」

竜爺「医療自体に問題は無い……が、不自然だな」

魔王「まさかとは思うが、聖剣が何かの原因では?」

側近「考えられますね。きっと、聖剣と共鳴した時に何かがあったのでしょう。しかし、命を奪うような事は無いとは思いますが」

竜爺「やれやれ、今度は子供の御守りか。まったく面倒事を……」

魔王「すまない、だが今回は大目に見てほしい。事情が事情だ」

竜爺「今回"も"の間違いだろうて」


側近「事後処理はオーク護衛隊長に任せていますが、神兵により無関係の人々の被害が出た以上、もう手を打たない訳にはいかなくなりましたね」

魔王「ああ、僕たちだけの問題では無くなってしまった」

竜爺「……ワシは天界絡みの事は協力せんぞ。連中の狡猾さはよく知っているからな」

側近「……」

竜爺「そんな目で見ても考えは改めん」

側近「頑固者め」

竜爺「ふん、何とでも言え」


側近「魔王様、王妃様は?」

魔王「あの少年に付きっきりだ。仕方がない」

側近「何かあったのですか?あの少年に」

魔王「それについては……ああ、分からないことが多すぎて僕も何が何やら」

魔王「ともかくすまない、様子を見に行ってもいいかな?彼女とも話をしておきたい」

側近「仕事を終えてから……と言いたいですが、事が事ですので。分かりました、残りの政務は私が引き受けます」

魔王「ん、助かるよ」

側近「結構疲れているみたいだから……早く行ってあげて」

魔王「うん……」

魔王(ナツァルの事は彼女達には黙っておこう。まだ僕にも分からないことだらけだ)


天使「……」

天使(この子は……本当に兄さんなのでしょうか。いいえ、もうそうとしか考えられない)

天使(一緒に育った私が顔を見間違えるハズが無い。フュリクも同じ魂だと言っていた、ならそれで間違いない)

天使(やっと会えたというのに……こんなこと……)

魔王「ナツィア、様子はどうだい?」

天使「フュリク……」


天使「あれから目を覚ましません。余程目の前で辛い事が起きたのでしょう、そのショックかもしれません」

魔王「側近とも話をしたが、聖剣が原因とも考えられないのかい?」

天使「ありえますが……今は何とも」

魔王「聖剣もあれからどういう訳か、刃が消え柄だけになってしまった……」

天使「……聖剣が形態変化を起こして待機状態になったと考えていいでしょう。使い手が持てば再び姿を現すことになると思います」

魔王「……彼は、ナツァルだと思うかい?」

天使「思います、いくつか根拠もあります」

魔王「ん、それが聞きたかった。話してみて」


天使「天使の魂は輪廻転生に入らず、死した場合再び仕えるべき神の下に召集され、新たな生を受け復活を待ちます。本来ならその姿を変えて」

魔王「……言っちゃ悪いが、碌な制度じゃないね」

天使「コレは戦時中のみの話です。本来なら神とてこの世界の理に背く行為は許されません」

魔王(神とて……か。神もやはり僕らと同じルーツなのだろうか。だとしたら……慢心だな、連中も)

魔王「彼の魂は回収され、そして新たな身体となった訳だ……だが、君の話を聞くにおかしい話だ」

天使「はい、姿は兄の顔のまま、そして生まれ変わったのは天界では無くこの地上……」

魔王「彼が死ぬ前に何かをしたという事は?」

天使「ありえます。最期の間際に魂の形を無理矢理変え、神の目を欺き輪廻転生に入る事も出来ます。さらに姿を保ったままにするにはかなりの無理が必要になりますが、恐らく兄程の力を持つものなら可能かと」

天使「兄は……兄も天界での戦いに疲れていたのでしょう。なにも知らない人間に生まれ変わりたいと思っていたのでしょうか」

魔王「彼はこの地上が好きだったからね。そうなのかもしれない」


天使「……」

魔王「すまない、結果的にまた君を騙すことになってしまって」

天使「いえ、もういいんです。確かに兄が生きていた証を……そして、再び生まれ変わった兄に会えたのですから」

魔王「そうだ、この奇跡を大事にしたい。だからこそ、彼を守っていかなければ」

天使「はい……」

魔王「それと、村を襲った"影"と神兵の事だが」

天使「何か分かったのですか!?」


魔王「憶測だが……影はこの子が呼び出したものの可能性がある。何か危険を察知して咄嗟に」

天使「……あの家の周辺にだけ、その"影"と呼ばれるものに殺されたと思われる遺体があったそうですね」

魔王「事故とみるしかないよ。この子は何も知らないんだから」

天使「それで、神兵は?」

魔王「2つ説がある。まずは偶然勇者を見つけた事、これは彼らにとっては真っ先に消さなければいけない対象のようだからだ」

天使「ありえません、彼らにはこの子が勇者だと分かる要素がありません。分かるのは聖剣を持つ私だけです」

魔王「そうか。ならもう一つ、影を見つけた事」

天使「影を……?何故?」




魔王「彼らにとって影はかつて自分たちが始末したナツァルの残滓だ。存在していると分かれば彼らも放置は出来ないだろう」

魔王「僕らが影を操ることは知らないハズだ。セピアの両親も、協力関係にあったとはいえ自分たちの種族の特徴や力まではまず言わない」

魔王「同時に、誰かに影を見られるのも都合が悪い。どこで報告されるかわかったものじゃないからね。自分たちの立場を守る為に……」

天使「村の人達を……」

魔王「そう考えるのが自然だ」

天使「……絶対に許せない」

魔王「オーク君の言葉を繰り返すが、その怒りは次の機会にぶつけてくれ」


魔王「本当に運が良かった。そしてとんでもない偶然が重なった」

天使「兄と勇者様が同時に見つかるとは思ってもみませんでした」

魔王「嬉しい誤算……とは言えないね」

天使「多くの犠牲を払う事になりましたから……喜ぶことは出来ません」

魔王「ああ……」

天使「……」


「……ぅ」

魔王「ッ!気が付いたか!」

天使「大丈夫!?ボク?」

「……だれ?」

魔王「流石に覚えていないか……僕は、そうだね。君の味方だよ」

「……?」

魔王「ああ、不安がらなくていいんだ……何も……」

天使「よかった……目を覚ましてくれて……」

「おねえちゃん……くるしい……」

天使「お姉ちゃん……か。不思議な感じがします」


魔王「ボク、君のお母さんやお父さんはワケがあって今ここには来れないんだ。しばらく僕らと一緒にいる事になるけど、我慢できるかな?」

「……?」

天使「ああ、ちょっと分からなかったですね。ボク、お姉さん達と少しだけ一緒にいようか?ちゃんとみんなの所に連れて行ってあげるから……」

「おかあ……さん?」

天使「……え?」

魔王「ッ!まさか……!」

魔王「すまない!君、自分の名前は言えるかい?」

「え……?あ……分からない……なんで……」

天使「ッ!?」

魔王「……何てことだ」

「なんで……なんで……」


――――――
―――


魔王「……彼は?」

側近「王妃様と遊んでいます……と、言っていいのか。王妃様だけが奇行を繰り返していてそれを冷めた目で見ていますね」

魔王「うん、仕方がない。彼はどうも上手く感情を表に出すことが出来ないようだ。彼女の奇行は置いておくとして」

側近(あの子……私と同じだ)

魔王「ナツァルと勇者の捜索は打ち切り、その分各地へ人材を回し衛兵の練度を上げ、神兵について備えておいてくれ」

側近「簡単に言わないでください。だから軍を持てばそれもスムーズに行くというのに」

魔王「……考えておくよ」

側近「しかし、何故今になってご友人の捜索の中止を?まさかとは思いますが……」

魔王「そのまさか、だよ」

側近「……分かりました」



魔王「それと、彼を養子にするという話だけど……」

側近「ダメです。王である貴方が養子を取る事は、後々に置いて非常に面倒な事となります」

魔王「ハァ……王位継承は僕の血族では行わない事、彼には僕の死後王族としての遺産は分与しないという条件でもか?」

側近「問題が多すぎます。世継ぎは貴方達の実子のみ、遺産については全てそのまま子に引き継ぎです。でなければ国民や部下達は納得をしないでしょう」

魔王「……参ったな。そうだ、オーク君は……」

側近「ただでさえ激務なのに、彼もそんな余裕はありません。それに、そんな事を話したら無理をしてでも引き受けようとしますよ、あのヒトなら」

魔王「それじゃあ君は……」

側近「お断りします、私は子供が嫌いです。竜爺様も同じ答えでしょうね」

魔王「むぅ……」


側近「例え勇者である事を加味しても……手元に置いておきたいというのは流石に無理があります」

側近「こんな場所にいても、遅かれ早かれ神兵に気が付かれる可能性もあります」

魔王「奴らがこの地を中心に動いているのは明白だ。確かに傍に置いておくのは危険だが……それでも!」

側近「あんな何も知らない、それも記憶喪失の子を巻き込むのですか?貴方のエゴに」

魔王「……僕の、僕と彼女の手で、彼を救わなきゃいけないんだ」

側近「戦いに巻き込まないことが一番なのではないのですか?あの子にとってはそれが」

魔王「……」


……


天使「秘儀!!瓦20枚割りィッ!!」

「……」

天使「お、おかしい……どうしてこれで笑わない……!!ならば!!」

天使「究極奥義!背中に生えた翼をそのまま折り畳み両手を捻じるように前へ突き出した後身体を3段階屈折させ……」

魔王「……何をしているんだい君は」

天使「キャーーー!!魔王様に変なところ見られたーーー!!」


魔王「それはともかく、えっと……」

「……アキ」

魔王「ん?」

「このお姉さんがそう呼んでる」

魔王「どういう事?」

天使「名前が分かるものが一切無かったので……ですから、あの家に残されていた唯一の名前をこの子に」

天使「母親の……アキさんの名前を」

魔王「そうか……それじゃあアキ、その名前を大切にするんだよ。これからもずっと……」

「……」


天使「それで魔王様、どうなさったのですか?」

魔王「いや、この子はもうここには置いておけなくなったからね」

天使「……」

魔王「仕方がない事なんだ。これ以上この子を僕らの行動に巻き込むことはない。それに皆にも反対された」

天使「そう……ですね。もうこの子は戦う必要なんて……ないのですから」

「……どうして?」

天使「え?」

「どうして……泣いているの?」

天使「ッ!……ううん、何でもないよ。何でもないんだよ……」

魔王(ナツァル……すまない。僕は君に何もしてやれなくて……)


側近「……」

竜爺「お主も部屋の中に入ればいいじゃろう。こんな扉の前で盗み聞きとは、関心せんぞ」

側近「私は子供と話すと大抵泣かれてしまうのでいいです。それに、私はあの子と特別接点がある訳ではないので」

竜爺「その割には随分と気になっているようじゃが?」

側近「腑に落ちない点がいくつかありまして」

竜爺「お主が受けた予言のと勇者の事、食い違いが出ているという事だろう?」

側近「はい、彼が勇者と言うのならば予言の者に合致しないので。彼が聖と魔、生まれ変わり、光と闇というにはこじ付けすぎます」

竜爺(……あの二人は何も言わんが、生まれ変わりという点については合致しておるがな。ワシの記憶違いでなければ)

竜爺「ふむ、そうだな。だが仮にも神が見定めた者、偽りという事も無かろう。しかし、お主は予言など信じておらんのではなかったのか?」

側近「今の彼らを見ていたら……そんなものにでも救いを求めようとする気持ちが分かるからです。アテが外れればそれでいいですけれど」

竜爺「随分と成長したものだ」


魔王「ん、側近、竜爺、来ていたのか」

竜爺「む、バレたか。なにこっそりそこの子を泣かせてやろうと画策していたのだがな」

天使「子供相手に何しようとしていたんですか!?」

魔王「やれやれ、竜爺も困ったお方だ」


側近「……」

「……」

側近「私に何か?」

「……」

側近「……」

側近(この眼……まるで虚無を見ているよう。人間の物とは思えない、歪んでいる)


魔王「それより、彼を引き取ってくれそうな所、どうしようか」

竜爺「国内は避けた方がいい。出来るなら隣国のジストがいいだろう、あそこは天使の連中もそうそう踏み込めん」

天使「確かに大国ならば多少は安全だと思いますが、何故あそこを?」

竜爺「ふむ、天使によってもたらされた力を使いあの国は発展した。ある程度の信用も出来ている故に、奴らも手出し自体は出来まい」

側近「王族に預ける……のも危険を伴いますね。出来る限り一般に、それもある程度経済的に余裕のある家庭と見つけにくい所に」

魔王「んー……あ、一つあるよ」

側近「では馬車を出しましょう。なるべく穏便に事を進める為に極秘で、アキさん……でよろしいでしょうか、行きますよ」

「……」

側近「……」

魔王「アキ、行こうか」

「……はい」

側近「……これだから子供は嫌いだ」


――――――
―――



ドワーフ「 死 ね 」

魔王「 生 き る 」

ドワーフ「ともかく断る!!テメェウチを何だと思ってんだ!?託児所じゃあねぇんだぞ!!」

魔王「無理を承知で言っているのは理解している、だが貴方以外に適任がいないんだ!」

ドワーフ「探せばもっといるだろうが!事情も説明できないようなガキを俺に預けるなんざテメェ頭どうかしちまったか!?」

魔王「養育費はこちらで負担する!だから……この通りです!」

ドワーフ「今回ばかりは頭下げられても聞けねぇ。人ひとり養うってのはそう簡単な事じゃあねぇんだ、まだガキ一人作ってないお前にゃ分からんだろうがな」

魔王「……」

ドワーフ「頭上げろ、んで帰れ。何言われても俺は変わらんぞ。ただでさえ大目に見て武具の取引してやってんだ、これ以上俺に負担を掛けさせんじゃねぇ」


魔王「信用できる人は貴方しかいないんだ……だから!」

ドワーフ「そこまで言ってくれるのは嬉しいが、俺はそんな聖人でも無い。自分がいかに無茶を言っているか考えてみろ」

魔王「考えた結果がこれなんだ!だから……ん?アキ?」

「……」

ドワーフ「あ?オイ坊主、何してやがる!そっちに寄るな!怪我するぞ!!」

「……」

ドワーフ「聞いてんのかオイ!!」

「……剣……」

魔王「アキ、触っちゃダメだよ。オジサンも危ないって言ってるんだ」

ドワーフ「……お前、コイツに興味あるのか?この剣に」

魔王「貴方は……」

ドワーフ「お前は黙ってろ、この子と話をしているんだ俺は」


ドワーフ「どうなんだ?もっと他に強そうなのが沢山飾ってるが、その剣が気に入ったのか?」

「うん」

ドワーフ「……そいつはただの何もない短剣だ。だが、他人の命を簡単に奪う事が出来る」

ドワーフ「その剣を手に取ったお前は、何を殺す?自分を襲う魔物か?それとも剣を持った同じ人間か?」

魔王(試しているのか……?だがこんな幼い子供にするような質問じゃないぞ)

ドワーフ「答えろ坊主、その剣でお前は何を……」

「ころさない」

魔王「?」

ドワーフ「……何故だ?」


「この剣はほかのとはちがって……あったかい」

「だから、何もころせない」

魔王「アキ、君は……」

ドワーフ「……ふん、じゃあその剣は本来の用途で使われることなく埃でも被って棚の奥に仕舞い込むってか?冗談じゃねぇ、それじゃあ作られた意味がねぇ」

「……」

「……まもる」

ドワーフ「あん?」

「だれかをまもるために……べつのをころす」

「だから、この剣は……意味がある」

ドワーフ「……驚いた。魔王、お前このガキに何を吹き込みやがった」

魔王「僕は何も言っていないよ……だが、彼の潜在意識の中にそういったものがあったんだろう」

ドワーフ「とても4、5歳の子供が感じていい感性じゃねぇぞ。矛盾したその回答はヒトとして狂ってやがる」

魔王「記憶が無いとはいえ、この子が目の当たりにした残酷な風景が何かを見せたんだろう」


魔王「それで、ドワーフさん」

ドワーフ「快くとは言わんが、しばらくウチで預かってやってもいい。興味が湧いた」

魔王「……お願いします」

ドワーフ「共同生活が無理だと判断したらすぐに送り返す、いいな?」

魔王「はい、貴方が途中で投げ出すようなヒトではないという事はよく分かっていますので」

ドワーフ「ケッ、今そんな話はしてねぇっての」

魔王「出来る事なら、この子に関する事は内密にお願いします」

ドワーフ「訳ありなのは理解した、だが俺が預かる以上は何も文句は言わせんぞ」

魔王「分かっています」


「……魔王……様」

魔王「大丈夫、僕はずっと君の味方だ。何があったって、君がどんな道を進もうとしても、僕はずっと……君の傍に居るよ」

「……はい」

ドワーフ「坊主、名前はなんていうんだ?」

「……アキ。天使のお姉さんが付けてくれた、お母さんの名前って」

ドワーフ「よしアキ、その短剣お前にくれてやる。俺がずっと昔、一番初めに造った剣だ。お前は見る目がある、そいつは戦いには向いていない」

ドワーフ「そして……今日からここがお前の家だ。俺のいう事をよく聞くんだぞ」

「はい……」

ドワーフ「よし、いい子だ」

魔王(……ああ、貴方に預けて正解だったかもしれない)


……


側近「もうよろしいのですか?」

魔王「ああ、今生の別れという訳でもない。惜しむ気持ちもあるが、今の僕らにはあの子を引き受ける事は出来ない」

側近「うん、私もそれでいいと思う」

魔王「聖剣は何かあった時の事を考えてこちらで保有する。ナツィアも今武器を失うのは辛いと思うし」

側近「急いで剣から刃が無くなった原因を調べます。聖骸布が取れた事で私達魔族でも問題なく触れられるようになったので」

魔王「……さて、本格的に動き出そうか。これ以上神兵を野放しにしておくわけにはいかなくなった」

魔王「僕の国に攻め入った報い……受けてもらうよ」


――――――
―――


オーク「報告は以上だ。中々上手くはいかないな、連中さん見つかりやしない」

魔王「仕方がない話だ。神兵の為だけに人員を割く訳にはいかない。国としての歴史が浅い以上、まだ発展に注力するのは当然のことだ」

オーク「だが、恐ろしい事にここら周辺で見たって報告も上がってやがる。警戒レベルは上げた方がいいんじゃねぇか?」

魔王「そうだね。しかし、彼らも立場上の顔がある。迂闊に国の長となった僕らに直接手を出すことは出来ないだろう……前の事は別の要因があったとはいえ、ね」

魔王「さて、どうするべきか……」

側近「魔王様、貴方はあの少年と出会ってから少し抑え気味になっているように思えますが」

魔王「抑え気味?何に対してだい?」

側近「まさか、当初の目的を忘れたなんて言い出さないですよね?」

魔王「……忘れている訳ではないよ。無理して僕の代でする必要が無くなっただけで」


側近「まだあの子供に拘るか……彼が貴方の意志を継ぐとでも?」

魔王「そう、今の僕達とは違う道で彼は統一を目指してほしいと思っている。なんたって、世界を救う未来の勇者なんだから」

側近「納得が出来ないですね。私は貴方が成し遂げるのを見る為についてきていたのに」

魔王「100年200年程度で出来たら苦労はしないよ。現に、数千年前に行動を起こそうと思ってようやくここまで形に出来た事なんだ。僕が考えていたよりもずっと難しかった」

側近「護衛隊長はそれで納得できますか?」

オーク「ん?俺に振るなよ……まぁ出来れば魔王様にやってほしかったが、出来ないってんなら仕方ないだろう。俺は今でも十分充実しているからな」

魔王「後継の事については既に考えてあるし、もう数百年は安泰って言いたいけど。本人が首を縦に振ってくれるかどうかだが……」

側近「……?」

オーク(こっちもこっちで気付いてないか。魔王、側近を後継にすることをギリギリまで黙っておくと後で雷が落ちるぞ)


側近「しかし後継か……ふむ、このままでは埒があきませんね。手っ取り早く子孫を10人くらい作っちゃいましょう」

魔王「話飛んだよ!?何でいきなりそんなことを言い出した!?言え!?」

側近「いついかなる時も血を絶やさぬために王は女性を囲い込むそうです。そしてその子供たちと母による王位争奪の血みどろの戦い……ッ!」

魔王「君、前に自分が言った事覚えてる?」

側近「外部から何の血の繋がりの無い人間を入れるよりもずっとマシだと思いますが。ま、子供の事なんて御免こうむりたい話ですが」

オーク「お前毎回どこからそんな変な知識仕入れてくるんだよ……」

側近「竜爺様が毎週読んでいる"週刊 王とは何か"を私も購読させていただいています。他にも妾の落とし方や追い出し方なんかも……」

魔王「オーク君、発行元を調べて今すぐ販売を停止させてほしい。それと、竜爺をここに」

オーク「あいよ」

側近「何を言っているのですか、あんな私の為に用意されたような素晴らしい書物を止めさせようなどと……」


竜爺「呼ばれた気がした!!」

魔王「竜爺?ドアを破壊して部屋に入ってくるのはやめてくれないかな?」

竜爺「最近バリアフリーというものが流行っておるらしいぞ」

魔王「うん、地下に監禁して介護生活でも送らせてやろうか?」

竜爺「そっきーん!魔王がいじめるー!」

側近「おーよしよし、可哀想な竜爺様」

オーク「竜爺、アンタギャップ萌えっての狙ってんのか?」

竜爺「バレたか」

オーク「やかましい」


竜爺「しかしな魔王、子供はいいぞ。荒んだ心を癒してくれる。それも我が子となれば別格だ」

魔王「ん、竜爺って子供居たんだ」

竜爺「ああ、6人ほどな。ほとんど妻に任せきりだったからワシに懐いていた訳では無かったが……」

側近「結婚していた事の方が驚きです」

竜爺「こんな輩でも嫁が貰えたんだ。人生何が起こるか分からんな……いや、竜生か?」

魔王「そのお子さんたちは今どこで何を?貴方の子供だ、さぞ立派になられたんだろう」

竜爺「ふん、皆死におったわ。戦で死に、病で死に、人間である妻の血が濃い故老いて死に……」

オーク「……身内を失うのは辛かっただろう。それも自分の子だ」

竜爺「……あの頃のワシはどうかしておったよ。他人の死に無頓着だった、例えそれが我が子であろうと」


竜爺「今にして思う、もっとどうにかしてやれなかったのかと。奴らに何をしてやれたのだろうかとな」

側近「竜爺様の人生は後悔だらけですね。そんなような話ばかりですが」

竜爺「ああ、だからワシを反面教師にしろ。ワシの失敗談を全てお主らに話してやる、お主らが同じような道を進まんようにな」

魔王「参考にさせてもらうよ。自分の子供は大切にしろって事でしょ?」

竜爺「血が繋がらずとも、子は国の宝だ。これからの未来を担っていく者達だ。それを引っ張って行ってやるのが我々大人の仕事だ」

オーク「ああ、分かるぞその考え。町中でガキを見る度に俺も考えるんだ、コイツらに何をしてやれるのか、何を残してやれるのかってな」

側近「あれだけ数が多いとプチプチ潰してやりたくなりますね、フフフ……」

魔王「き、君、子供と何かあったのかい……?」

側近「いえ、大したことではありません。私が近づくだけで泣き喚き叫びそして腰を抜かし動けなくなる者、その場から脱兎の如く消える者……フフフフフフフフフ」

オーク「子供ほど感受性が高く素直だって言うしな……うん、まぁ納得だ。お前は子供には精神的に刺激が強すぎる」


「魔王様、失礼い致します」

魔王「ん?おっと、君は王妃の侍女だね。せめてノックくらいはしてほしかったけど」

「あ、いえ……ドアが無くなっていたもので」

オーク「オイジジイ」

竜爺「わしゃ何にもしらーん」

魔王「それで、どうかしたのかい?」

「王妃様がお呼びです。直接お話ししたいことがあると」

魔王「彼女が?なんだろう」

側近「あちらから来ればいいものを。やれやれ、嫁いでから人の使い方を覚えたからといって」

魔王「こら、口が過ぎるよ。わかった、行くよ」

「では、失礼します」


オーク「何かいいことでもあったんじゃないか?」

魔王「どうしてそう思う?」

竜爺「ヒトの顔くらいよく見ておけ。あの侍女、表情が綻んでおったぞ。きっと王妃にとっていいことがあったのだろう」

魔王「そか、んじゃあしばらく席を外すよ」

オーク「おーうイッテラ。こっちは適当に切り上げておくぞ」

側近「では私も仕事に戻ります。魔王様、なるべく早く戻るようにしてください」

魔王「了解了解」


魔王(彼女が僕を呼び出すって一体なんだろうな……話なら別に後からでも出来るのに。急ぎなのかな?)

魔王(にしても、確か彼女は今日医者にかかると言っていたが、まさかどこか体調を崩したか?いや、朝は元気だったし……)

魔王(それなら僕の顔をすぐに見たい……てのも納得できるか。でもなぁ、それじゃあ……)

天使「魔王様!」

魔王「!ナツィア、今君の部屋に向かおうと思っていたところだけど……」

「王妃様!そんな走られてはいけません!!」

天使「あ、エヘヘ……ごめんなさい。やっぱりいても立ってもいられなかったから」

魔王「やっぱりどこか具合でも悪くなったのかい?ワザワザ僕を呼ぶなんて」

天使「ンーッフッフフ!それがですねー……」


天使「出来ちゃいました!!」

魔王「え?何がだい?まさか悪性の腫瘍が……ッ!?」

天使「魔王様も中々に天然ですよね」

魔王「えっと、ちょっと整理させてほしい!まず君に何があったんだい?」

天使「赤ちゃんが出来ました!」

魔王「……それは……僕の子で間違いないよね?」

天使「当然です!」


魔王「ああ……こ、こんな時ってどんな反応をしていいのやら」

「素直にお喜びになられるのがよろしいかと」

魔王「そうだ、そうだよ。僕に子供が出来たんだ、喜ばなきゃおかしいよね、えっと……」

天使「魔王様、ここで笑顔になってくれないと私も困りますよ?」

魔王「突然の事でね、アハハ……そうか、アハハ!アハハハハハハハハ!!」

魔王「そうか、僕と君は人の親になるのか、そうか、そうだよ!!ナツィア!!おめでとう!!ありがとう!!」

天使「はい!フュリク!」

「もう、お二人とも私の目の前で名前を言っちゃって……」

魔王「ぃやったあああああああああああああ!!」


オーク「噂をすれば影って言うが……まさかこのタイミングとはな」

側近「仕込んだのはパーティ前くらいでしょうか。まったく、お盛んな事で」

オーク「お前もっと他にいう事は無いのかよ……」

側近「言う事があればこんな物陰に隠れず堂々と彼らに告げます」

竜爺「何にせよ、おめでたい事だ。後で魔王もワシらに報告するじゃろう。その時にまた一緒に喜んでやればよい」

側近「世継ぎが出来たことは喜ばしい事ですね。ともかく、男の子であれば尚良しです」

オーク「お前もうちょっとこう……な?」

側近「どうせ私には懐きはしないんです。いっそスパルタに教育でも促してどうやって苛め抜いてやろうか考えているところです」

オーク「oh...」



魔王「本当に、本当にありがとう!」

天使「フュリク、苦しいですよー」


……ああ、やっと君が産まれるんだね

僕の大切な子

僕の一番大切な子

僕は君に、何をしてやれるだろうか

僕は君達に、何を残してやれるだろうか……


――――――
―――



オーク「……」

天使「あら?オークさんこんなところで何をしているのですか?」

オーク「王妃様か……いや、普通に墓参りだな。まぁここは墓所だから当然だが」

天使「お知り合いの方が無くなられたのですか?」

オーク「まぁそうっちゃそうなんだが……神兵の奴らに殺された連中だ」

天使「……」


オーク「こっちは始めの襲撃の時の奴ら。付き合いこそ短かったが志を同じにした奴らだ、この地上じゃ身内もいないから、こうして誰かが墓の面倒見てやらなきゃいけないだろ」

オーク「で、あっちは前の襲撃で犠牲になったウチの城から派遣されてた自警団の奴ら。こっちは仲が良かったな」

天使「……引き金を引いたのは、私なのですね」

オーク「そういう星の下に生まれてきたんだ、受け入れろ……って言われてもまぁ無理な話だが。俺も前線に出ている以上はいつこうなるかは分からねぇ、覚悟くらいは決めておかなきゃな」

オーク「ま、アンタが気に病むことじゃない。コイツらは自分で選んだ道を進んだだけだ、逃げ出す事も出来た。だがそうしなかった、勇ましい英雄たちだ」

天使「はい……」

オーク「それで?王妃様はこんな場所に何の用かな?」


天使「兄さんの墓参りを」

オーク「……封印は見つかっていないが、もう死んだって事でいいのか?」

天使「……もう望みも無いかと。ですからこうして、形だけでもと思ったのです」

天使「例え魂がここに無いとしても……私の心はそれで救われますから」

オーク「妻になって母になって……アンタも強くなったな」

天使「まだまだですよ」


天使「よっこいせっと、それじゃあ今度はこっちの方のお墓に……結構離れてるから不便ですよねー」

オーク「ん?そっから先は無名の墓だが……」

天使「あ、いえ、こっちも形だけなんですけどせめて報われるようにーと思いまして」

オーク「誰の墓だ?」

天使「はい!魔王城に始めに在ったワケの分からない量の骸のお墓です!!」

オーク「よ く 覚 え て た な そ ん な の」

天使「定期的にこうやってお掃除しに来てるんですよー?」

オーク「ああもうそんなの俺がやっとくから!アンタ身重なんだから!」

天使「アハハ……ありがとうございます」


オーク「ここも管理人でも設けるかな。もう俺の手だけじゃ回らなくなってきやがった」

天使「そうですね。求人でも出して見ましょうか、お墓に理解のある方って触れ込みで」

オーク「なんか妙だがまぁそれでいいか……さて、帰りましょう。今の時期の風は冷たい、体に障るぞ」

天使「え!?触るんですか!?いやん」

オーク「……」

天使「はい、ごめんなさい。それじゃあ帰りましょうか」

オーク「はいよ、適当に足を調達するから待っててくれ。妊婦なんだからここに来るまでも結構苦労したろうに」

天使「飛べるのなら楽なんですけどねー。もしもの事を考えて飛行は禁止されてますので」


天使「……」

天使(兄さん、私に子供が出来ました。貴方と共に同じ夢を見たフュリクの子です)

天使(私は今、とても幸せです。夫がいて、気のいいお兄さんみたいな人がいて、お爺ちゃんがいて……気難しい友人がいて)

天使(……せめて、この子を産んでから、私は使命を全うしようと思います)

天使(この命を、勇者様の為に燃やします……貴方がフュリクを守ったように)

天使「……私は……」


……


魔王「んー、いや違うな。これでも無い、いやしかしこれでも無い」

側近「さっきから書類をほっぽり出して何をしているのですか」

魔王「うん……うん!うん!よし!ナツィアに相談しよう!」

側近「どうせお世継ぎの名前を考えていたのでしょうが、そろそろ貴方の口癖も鬱陶しく感じるようになってきましたね」

魔王「口癖?」

側近「喋りだしの初めに"うん"または"ん"を付ける。文面で書きだすと非常に喧しいです」

魔王「うん、そう言われればそうだね」

側近「ほら」

魔王「あー……まぁそれはともかくだ」


魔王「何かいい案は無いかな?僕だと凄い名前になってしまいそうだよ」

側近「私によく分からないセピアメイズと名前を付けるくらいですからね。例えば候補としては?」

魔王「ハァンヒーター。温かそうな名前だろ?そう、まるで春を連想させるような……」

側近「逆に冬ですよそれ。そんな微妙に誤字ってる名前を付けられた子が不憫でなりません」

魔王「む!じゃあ君だったらなんて付けるんだ?」

側近「決めるのは貴方達でしょうに……まぁいいでしょう、私のセンスに恐れ戦くがいい」


命名
【シャドウアイズ・フォールエンジェリック・ドリーマー・ザ・ミルフィーユ】

側近「まぁお二人の事と貴方達が持つ夢を考えてこういった素晴らしいものになりますね」

魔王「これは恐れ戦く」

側近「決まりですね。これ以上の名前は恐らく出てくることは無いでしょう」

魔王「ちょっと待てよミルフィーユはどこから出てきた」

側近「何ですか、嫉妬ですか見苦しいですね。もっと私のように美的感覚を磨いてから物を言ってください」

魔王「え?マジで言ってるの?」


側近「……それはそれで冗談として」

魔王「良かったよ、君にまだ良心というものが残っていて」

側近「チッ、仕事を先に終わらせてください。考えるのはその後でもいいでしょう」

魔王「今の舌打ちが何を意味しているのかは分からないけれど。そうだね、そうするよ」

天使「魔王様、ただいま戻りました」

魔王「ん、ナツィアお帰り。早かったね」

オーク「俺と鉢合わせになったからな、ついでに馬車を走らせてきたって訳よ」


魔王「こんな季節なんだ、あまり外出はしてほしくは無かったな。もうすぐなんだし、何かあったらと思うと心配でならない」

天使「魔王様!妊婦と言えどまったく動かないというのは体に悪いんですよ?定期的に運動して、栄養も取らないと赤ちゃんが育たないんですから!」

魔王「そ、そうなのかい?」

側近「私に聞くな」

オーク「そういうもんなのよ。だがまぁ誰も付けずに動くのは勘弁な、本当に何かあった時に困るからよ。さっき怒られてたろ」

天使「エヘヘ、申し訳ない」


側近「じゃあ魔王様はそのまま書類のサインをお願いします。いつまでも遊んでいないでとっとと仕事をしてください」

魔王「わ、分かったよ……」

側近「オーク護衛隊長も持ち場に戻ってください、魔王様の傍にいたら話し相手になってしまいますので」

オーク「だな、それじゃあ俺はこれで」

側近「王妃様は私がお部屋にお連れします。侍女の方は王妃様の部屋の掃除をしていると思いますので」

魔王「君だって仕事せずに遊んでるじゃないかー!!」

側近「私の仕事は貴方の仕事が進まなければ出来ません。わかったらとっとと手を動かせウスラトンカチ」

魔王「厳しいんだな君は……」

天使「魔王様、頑張ってください!」

魔王「その言葉が僕の唯一の癒しだよ……さ!生まれてくる子の為にも頑張らなきゃな!」

側近「この分厚い書類にも追加でサインをお願いします」

魔王「」


天使「……」

側近「……」

天使「あの、側近さん。部屋に戻るくらいなら大丈夫ですよ?魔王様の傍についていて上げてください」

側近「私も私で、魔王様といるとつい喋り出してしまうので。あの人は一人で作業していた方が捗りますから抗した方がいいんです」

天使「そんなものですかね?」

側近「そんなものです」


側近「最近張り切り過ぎのようで、嬉しい気持ちも分かりますが、どうも自分の事を顧みていません」

天使「前までは私がよくお菓子や軽食を差し入れていたので、それが原因かもしれませんね。ほら、食事は元気の源ですから!」

側近「また私の知らないところで勝手な事を……まぁいいですけど」

天使「妊娠してからは調理場にも立たせてくれなくなっちゃいましたからね。また作ってあげたいですけど、中々機会も無くて」

側近「大人しくしていてくれた方がこちらも余計な心配はしなくて済みますが……」

天使「あ!じゃあ側近さんがお料理作っちゃいますか?」

側近「私がですか?」


側近「私は料理など作った事はありませんよ。どうせ碌なものが出来上がりません」

天使「要領がいいから側近さんならすぐにでも作れると思ったのですが……そうだ!なら今度一緒に作りましょうよ!」

側近「お断りします。そういう何だか分からない手料理だの真心だのと鳥肌が立って仕方ありません」

天使「そ、そこまで言いますか……ですが!そうですね、例えば大切な人を想って作れば作るほど相手に気持ちが伝わるものです!レッツチャレンジ!」

側近「 嫌 味 か ? 勝 者 の 驕 り か ? 」

天使「た、たとえ話ですよたとえ話……」


側近「……予定日はいつ頃でしたっけ」

天使「来週にはもう。そっか……もうすぐ会えるんだね」

側近「名前は決めましたか?それで魔王様が四苦八苦しておられたので」

天使「男の子ならばこの国と同じ名前、ナツァリアを。女の子なら……私の慕う女性の名を。これは魔王様に話を通した方がいいですが」

側近「出来れば男の子が生まれてほしい所ですね」

天使「あ、はい。やっぱり世継ぎとか……ですよね?」

側近「円滑に進める為だったら、始めは男子、以降は女の子が一番なのですが」

天使「アハハ……事務的ですね」

側近「子供は魔物です。魔族以上に手強いです。奴らは群れでやってくる……ッ!!」

天使「子供に泣かれた事がよっぽどトラウマだったんですね……」


天使「……でも、皆さんには悪いですが、私はこの子が魔王様の跡を継がなくてもいいと思っています」

側近「一部の者が暴動を起こす可能性がありますよ、私とか」

天使「筆頭!?」

天使「ともかく……この子が元気に育ってくれればそれでいいと思っています」

側近「……母親というものはよく分かりませんね」

天使「貴女もいつか分かりますよ。こうして愛する者が出来れば」

側近「隣人愛、家族愛……竜爺様にもそういえば言われましたね、そんな事」

側近「私は……今はまだ分かりませんが、そういう人が現れてくれたら、貴方達のようになれるのでしょうか」

天使「セピアさん……」



側近「夜な夜な貴方達のように愛を囁き合いベッドの上でプロレスごっこをする愚かしき愚民に」

天使「キャーー!!キャーー!!」

側近「初心ですね。いつまで経っても」


側近「それでは私はこれで、出産も近いとのことなのでもう部屋で安静にしていてください」

天使「はい、それじゃあ」

側近「……」

天使「?どうかしましたか?」

側近「いえ、お腹……」

天使「……フフ、触ってみますか?」

側近「……はい」


……

魔王「側近ー、側近ー?どこー?」

天使「あ、フュリク」

魔王「あれ、部屋の扉開けっ放しじゃないかどうしたんだい?」

天使「側近さんをお探しですか?」

魔王「うん、土地の貸し出しでその期間と徴収金に不鮮明なところがあったから聞こうと思っていたんだけど……」

天使「しーっ、静かに」

魔王「おっと……」


側近「……んぅ」

魔王「まぁ珍しい、こんな時間に眠るなんて」

天使「私のお腹に耳を近づけたらそのままストンと。フフ、子供みたい」

魔王「僕らの年齢から考えたら彼女はまだ子供だよ。普段からこうして子供っぽい所でも見せてくれたら可愛げがあるんだけどね」

魔王「……ねぇナツィア、僕も産まれてくる子の名前を考えたんだけど……どうも上手く決まらなんだ、だからさ」

天使「私が決めていいんですね?」

魔王「うん、そうして欲しい。僕じゃセピアが考えたのと同じような名前が飛び出てきそうだ」

天使「側近さんも考えてくれていたんですね。フフ、どんな名前でしたか?」

魔王「聞かない方がいいよ、絶句しちゃうから」

天使「ならそうします。もうすぐだからね……あなたを産んであげられる……」

魔王「楽しみにしているよ……君に会えるのを」

側近「ん……私……も……」

魔王「あら」

天使「フフ……」



―――
――――――


「勇者とは名ばかりだったな……俺達を裏切ったのはお前か!!」

「……何とでも言え。元を辿れば貴様らが存在していることが悪なんだよ。この地上に貴様らの居場所は無い!!」

「認めない……俺は認めない!!お前のような者を!!」

「ふん……天使達よ、これでよかったのだろう?」

「よくやったと言っておこう、地上の勇者よ」

「後は我々が……」

「やはり手を引いていたか……お前たち!」


「殺す事は適わん……が、苦しめる事も出来よう」

「ただで封印されると思うなよ?ナツァルよ」

「覚えていろ……いつか必ず俺はこの地に戻る。あの日交わした約束を守る為に……妹を守る為に!!」

「そして……お前たち愚かな者共に裁きを!!然るべき処遇を!!苦しみを!!絶望を!!俺の味わった何倍もの!!何倍もの!!」

「……」

「その顔……決して忘れんぞ……決して!!」



「ジストォオオオオオオオオオオオ!!」


――――――
―――


竜爺「……ッ」

魔王「……」

オーク「……」


側近「男性陣、ソワソワし過ぎです。特に魔王様」

魔王「だ、だって……」

側近「当人以外は何もできないのが出産というものの辛い所です」

魔王「さっきからナツィアのうめき声が……ああ!!代われるものなら代わってやりたい!!」


オーク「しかし、俺達まで立ち会ってよかったのか?流石に部外者だぞ」

魔王「今まで付き合いの一番長い君たちだからこそ、一緒に立ち会ってほしかったんだよ」

竜爺「……」

側近「二人とも、竜爺様を見習ってください。微動だにしないあの構えを」

魔王「……オチは読めてるんだけどさ」

オーク「……寝てるよな、アレ」

側近「喚くよりマシです」


「魔王様!」

魔王「ッ!君は侍女の……彼女は!?」

「お生まれになりました……元気な女の子です!!」

魔王「よかった……!!すぐに会えるかい!?」

「しばらくお待ちください。今医者が準備をしておりますので」

オーク「女の子か……こりゃ二人に似て可愛い子になるな」

竜爺「うむ!将来安泰じゃな!!」

オーク「突然起きるのやめろよ……」


側近「……」

魔王「君は見に行かないのかい?そんな一人離れて……」

側近「私は後から遠くで見させてもらいます。私が近づいたら泣かれますので」

魔王「まぁ無理強いはしないけど……」

「準備が出来ていますよ皆さん!」

竜爺「よし!早く行くぞ魔王!」

オーク「奥さんが待ち惚けているぞ!」

魔王「うん、分かっているよ」


天使「フュリク……」

魔王「よく頑張ったね、ナツィア」

天使「はい!男の子では無かったですが……それでも貴方の」

魔王「うん、僕の子だ。間違いなく、僕と君の血を継いだ子だ」

オーク「おーおー、可愛いなぁお前さんは」

竜爺「玉の様にめんこい子だ、おめでとう、王妃よ」

天使「ありがとうございます」


オーク「名前はもう決めてんのか?」

魔王「ああ、彼女に任せていたから僕はノータッチだけど……それで、聞いていなかったね。女の子の場合は……」

天使「ハルモニア……私が仕える女神様の名をお借りしたいと思います」

魔王「ハルモニア……うん!ハル!今日から君はハルモニアだ!」

魔王「ありがとう……僕達の下に来てくれて……」

オーク「大人が泣いてるんじゃねぇよ。ったく……」

天使「オークさんも目から何かが出ているようですけど?」

オーク「うるせぇ!これは汗だ!目から噴き出る不思議な液体だ!!」

竜爺「漢泣きもする人物によっては滑稽じゃのう」

オーク「なにおう!?」


側近「……おめでとうございます、王妃」


天使「セピアさんももっとこっちへ来たらどうですか?」

側近「子供は壊れやすいので、私は迂闊に近づけません」

魔王「割れ物注意!?」

天使「子供はすぐ泣くものですよ。貴女が原因でなくとも、泣くときは泣きます。抱き上げてみてはどうですか?」

側近「ですが……」

天使「私が見ていますから、ね?さきっちょだけ!先っちょだけ!」

側近「何ですかそれは。嫌ですよ、大体私は子供が……」

天使「あッ!手が!」

魔王「!?」

オーク「だああ!?」

竜爺「!」

側近「ッ!危ない!!」


天使「なーんちゃって。やっとその子を抱えてくれましたね」

側近「……図りましたね。危ない事を……」

天使「こうでもしなきゃ機会なんて作れないと思いまして、エヘヘ」

側近「エヘヘじゃない。まったく……」


魔王「し、心臓止まるかと思った……」

オーク「俺もだぞ……ん?竜爺?」

竜爺「」

魔王「し、死んでる……!?」


天使「どうですか?赤ちゃんを抱いた感想は」

側近「怖くて動けません」

天使「アハハ……まぁ確かに始めはそうですね」

側近「この子……泣かないんですね」

天使「あら、側近さんの腕の中が気に入ったみたいですね。さっきまでぐずってたのに大人しくなって」

側近「結構、温かいのですね、子供と言うのは」

天使「はい、赤ちゃんは体温が高いですからね」

側近「……」


側近「そぉい」

天使「あちょっと!?何大きく動いてるんですか!?」

側近「それでも泣きませんか。よく訓練されている事で」

天使「訓練て……側近さん、あのですね!いくらあなたでもやっていい事と悪い事が」

側近「あ……」

天使「あ……笑った……?」

側近「何で……笑うんですか……この子は」


天使「フフ、側近さん、今ハルを遠ざけようとしてたでしょ?」

側近「はい、出来ればすぐにこの状況を脱したかったので。貴女に咎められてそれで終わり、というのを想定していたのですが」

天使「この子は貴女が大好きなんですよ?だからこうして貴女に始めて触れて、それでいて笑顔になって……赤ちゃんって言っても、知らない人に抱かれれば違和感で泣きだしちゃうんですから。この子はまだ産まれたばかりですけど」

側近「貴女は……私の無茶でも着いてきてくれるんですね」

天使「あ、また笑った」

側近「……」

天使「フフ、この子は貴女の本質が見えているんですよ?他の子たちはあなたを怖がるかもしれないけれど、でもこの子はしっかり懐いている」


側近「初めて……命というものに触れた気がします」

側近「誰かを好きになるってこういう事なんですね」

天使「え?」

側近「今なら……今なら少しだけ私でも分かる気もします。誰かを愛し、新しい命を繋いで、そしてこの子もいずれ誰かを愛して……」

側近「温かい、この温もりが……誰かを愛するという事なんですね」

天使「そうです!それが誰もが持つ心なんですよ!」

側近「ああ、そうか……こんなにも簡単な事なんだ……」

側近「ハル、おめでとう。そして……私も貴女にありがとうを言わなければいけませんね。こんなにも優しい気持ちにさせてくれた貴女に」

側近「この小さい命は……私の命に代えても貴女を守っていきます。ずっと、ずっと……」

天使「セピアさん……」


竜爺「……側近よ、予言の事は覚えておるか?」

側近「聖と魔の交わり……そうか、この子が……」

側近「けれど、そんな事はもうどうだっていいです。フフッ」


魔王「しかし、これで僕も父親か……人の親になれるなんて思いもしなかった」

天使「ハルモニア……ハル、これから貴女は私達とずっと一緒にいるんだよ?」

オーク「おめっとさん。悪いな、俺達までその子の名前を聞いちまって」

魔王「構わないよ、君たちだからこそこの子の名を預けられるんだ……」

魔王「セピアメイズ、クァル、竜爺……この子を支えてやってくれ、これからもずっと」

側近「はい、こんな私でよければ」

オーク「おうよ!任せとけ!」

竜爺「まだ代替わりは早いぞ魔王」

魔王「アハハ、そうだね……うん、これからだ。これからなんだ!」


――――――
―――



「見つけたか」

「ああ、原因はここに在ったか」

「ただちに封印を強めるぞ……それと、面倒事が増えた」

「面倒事?」

「この国の王妃が子を成したようだ」

「……マリーフィア。天界の面汚しが」

「聖と魔の象徴……まさかとは思うが」

「可能性はある。こちらも手を打たねば」

「聖剣の回収もだ。奴らの命を奪うだけではもう足りん」

「不安要素は全て排除する……形振り構ってはいられん、このまま時を重ねれば」

「我らが神より裁きが下る……我ら自身へな」


小休止
次で最後だけど大幅修正があるのも次からだから少し時間が空きます

目から不思議な液体が吹き出て困る乙

再開

――――――
―――


魔王「……」

側近「海外への貿易、上手くいっていますね」

魔王「ん?ああ、やはり海の向こうと交友関係が持てるのは大きいね。収益もかなり期待できそうだ」

側近「ですね。今後の事も考えると海路の開拓は必須ですし、何より仕事の種類が増える事で無職者が減るのは国としてはありがたい事です」

魔王「……」

魔王「それと、王国と真っ先に仲良くなったことでこの国の賛同者も増えている。完全に軌道に乗れたことは幸運だったね」

側近「それは一重に貴方の頑張りがあったからですよ」

魔王「……」

魔王「……あのさ」

側近「はい?」


魔王「なんでさっきからずっと君がハルを抱っこしてるのかな?」

天使「側゛近゛ざぁーん!!がえじでぐだざーい!!」

魔王「ほら、泣いちゃってるし」

側近「おーよしよし。王妃様の代わりに面倒を見ているのです、何かと大変でしょうし」

魔王「君は君の仕事をしてほしいのだけれど」

側近「チッ、分かりましたよ返せばいいんでしょ返せば」

天使「側近さん、この子の事を好きでいてくれるのは物凄ーくありがたいのですけど、私の子供ですからね?」

側近「この子はこの国の子供です。この国の宝です、貴女一人の物ではありません。よって私の腕の中にいても問題ではありません」

魔王「暴論だよオイ!?」


側近「私がその子にしてあげられるのはそうやって抱いてあげる事しかないので。出来るだけ長い時間そうしてあげようと思っていたのですが」

天使「大丈夫ですよ、ちゃんと貴女の想いはこの子に伝わってますから」

魔王「そうだ、だったら料理でも作ってあげたらどうかな?」

天使「魔王様?まだこの子はおっぱいしか飲めませんよ?」

魔王「アハハ、これからの事を考えてだよ。君がハルの事を想ってくれているのなら、君がやりたくもないと言い切った料理をしてこの子を喜ばせてほしいな」

側近「……まぁ、考えておきます」

天使「側近さんってハルの事が絡むと途端に素直になりますよねー」

側近「そうですか?」

天使「そうですよー」


オーク「おーい、魔王様ー、そろそろ準備してくれー」

魔王「ん、もうそんな時間か」

天使「今日は市の会合でしたね」

側近「魔物被害についての議題もありますので私とオーク隊長も出席します。城を開けてしまいますが……」

竜爺「ああ、ワシがおるから安心せい」

魔王「貴方はいつもどこからともなく現れるね」


魔王「それじゃあもう出るよ。使い魔を君に着けておくから、何かあったらすぐにコイツを飛ばしてくれ」

天使「はい、フュリク。ハルも帰りを待っています」

側近「少し遠い場所なので、時間に余裕を持たせた方がいいです」

オーク「結構大きい規模だからな。魔物被害の事だから俺が駆り出されるのも仕方ないが……」

魔王「ま、城の方は竜爺がいるから問題はないね。頼むよ」

竜爺「言われんでも。ワシの家はワシが守る」

魔王「アハハ……了解、それじゃあ」

天使「行ってらっしゃい、フュリク。あ、側近さん」

側近「はい」

天使「帰ってきたら、一緒にお料理の勉強でもしましょうか」

側近「いいのですか?」

天使「勿論です!」

側近「ありがとうございます。では帰ってきたらまた……じゃあね、ハル」

天使「約束です!いってらっしゃい!」


竜爺「ふむ、行ったか……さ、王妃、部屋に戻れ。その子もお主も冷えてしまうぞ」

天使「そうですね、では……」

竜爺「……王妃よ、一つ訪ねたい」

天使「何でしょう?」

竜爺「時々、お主はどこか怯えたような顔をすることがある。その子が産まれてから頻度も増えている。何かあったのか?」

天使「い、いえ……」

竜爺「この老いぼれに隠し事はしないでくれ。お主の面倒は……む、もう6、7年ほど前か?見ないと言ったが、どうも放っておくことが出来なくてな」

天使「フフ、歳のせいですか?」

竜爺「ふん、まぁそうかもしれんな……それで、何を懸念しておるか」


天使「……竜爺様は、運命という物を信じますか?」

竜爺「そんなもの、自らの手で切り拓くものだ。ま、ワシの場合は都合の悪い忠告を無視して突き進んできた結果がコレなのだが……信じるも信じないもその時々だな」

天使「私が神から承った使命は果たされました、勇者様を見つけること。でも今は完全な状態ではありません」

竜爺「聖剣か……神器を持つと碌な事にならん。増長に増長を重ねた挙句、待っているのは破滅だ。それがどうした?」

天使「いえ、いつかこの剣は……勇者様の手に渡ることになると思うのですが」

竜爺「……お主の兄の生まれ変わりにか」

天使「ッ!知っていたのですか?」

竜爺「……そんな感じがしただけだ、他意は無い」

天使「人が悪いなぁもう……それで、勇者様に聖剣が渡ったその時、私はどうしているのかなって」

竜爺「……ふむ、自らの身を案じるか。当然だな、ヒトとして、家庭を持って子を持って……こんなところで果てたくも無かろう」


天使「前にパーティで王国へ行って、たまたま出会った占い師さんに占ってもらったときに、今の自分に思うところを言い当てられたんです」

天使「命を燃やす時が来るだろう、って」

竜爺「とんでもない詐欺師だのうそいつは。そんなもの、誰にでも言えることだ。魔王も側近もオークも、いずれ死ぬ。そしてこのワシもな」

竜爺「何も気に病むことは無い。お主はお主の居場所を守ることに専念しろ、そうすれば間違いはない」

天使「フフ、何だか竜爺様と話すとホッとします。年長者ってやっぱり頼りになりますね」

竜爺「……」

天使「竜爺様?」

竜爺(言えぬ……多分ワシの方が年下だなんて言えぬ……!!)

天使「?」


竜爺「まぁよい。さて、部屋に着いたようだしハルも眠ったな、何か温かいものでも持って来よう。お主は休め」

天使「ありがとうございます。それじゃあ飛びっきり甘いココアをお願いできますか?」

竜爺「お安い御用だ。少しばかり待っておれ」

天使「はい」

天使「……」




「あるべき未来を守る為、例え残酷なる運命が待ち受けようと、託されたその力を勇ましき者へ届ける為、その命を燃やすだろう」



天使「……あるべき未来……か」

天使「ハル、私は貴女が辿る未来を守れるかな……?これから貴女が歩む世界を……」


「随分と悦に浸っているようだな、マリーフィア」


天使「ッ!!お前たちは!!」



「久しいな」

「それがお前の産んだ子か……ふん、魔族の血など受け入れおって、汚らわしい」

天使「どこからここへ来た!何をしに来た!!一国への干渉は天界も黙認はしません!」

「隠ぺいなどいくらでもできよう」

「ここの兵達は眠っている。なに、殺さなければ証拠も残らん」

天使「あの村の人達を皆殺しにしたくせに……ッ!」

「ともかくだ。聖剣の回収、並びにその赤子の命を貰いに来た」

天使「ッ!!なぜ!この子は関係ない!!」

「それが、そうとも言えん」


「我々が受けた予言に聖と魔の子というワードがある」

「いずれその者も、勇者などと下らん肩書きを持ち天界に仇成すだろう」

「芽を摘むのもまた一つの手だ」



竜爺「どうした王妃!!何があった!!」


「ん?」

「貴様は……」

竜爺「ッ!天使……」


「ああ、姿を変えているが以前会ったことがあったな……名は、思い出せんな」

「それ程取るに足らん存在なのだろう。だが、お前は我々の協力者のハズだ」

天使「え?……竜爺様?」

竜爺「クッ……」

「我々には刃向えまい」

「その女から聖剣と赤子を取り上げこちらに持て。さぁ早く」


竜爺「無駄だ、聖剣はここには無い」

「何だと?」

「どこへ隠した」

竜爺「隠した訳ではない。形態変化を起こしたため、ここではなく別の遠い研究所で調べている」

天使「ッ!そうです、ここには無い!」

「それならそれでいい、ならば赤子を寄こせ」

竜爺「それも出来ん!尚更だ!!」

「何?」


「貴様……恩を忘れたか」

「我らとの契約を破棄すると?正気か、貴様が今まで築き上げてきたものすべてが呪いにより崩れ落ちることとなるぞ」

天使「契約……?一体それは」

竜爺「そんなもの……とうに全て失ったわ!!ワシは今目の前のこの命を守る!お主ら外道のいい成りになどなりはせぬ!!」

「ハッ外道?笑わせる!貴様が言えたことではない!」

竜爺「……ッ」

「聞けぬならば……死ね」

竜爺「グゥッ!?」

天使「竜爺様!!」


竜爺(盟約によりこの者達には反撃は出来ん……だが!この命を使えば二人を守ることは出来るだろう!)

竜爺(ワシにはその……義理がある!!)

「ふん、いつまで持つかな」

竜爺「ウグウウ!!!」

天使「くっ……」

竜爺「何をしている早く逃げろ!!その子の為に!!」

天使「ッ!はい!」

「チッ!」

「逃がすか!」

竜爺「まだワシは倒れてはおらん!!」

「邪魔だ!!」

竜爺「ガアアアアアアアア!!」


天使「ハッ……ハッ……!」

天使(守らなきゃ!私が守らなきゃ!!)

「諦めろマリーフィア!」

天使「クソッ!!精霊よ!!」

「グッ!?」

「小癪な!」

天使(この程度じゃダメだ!剣が振えなければ戦えない!)


天使「キャア!!」

「貰った!!」

「フフフ……赤子を離したな」

天使「ハルモニア!!その手でその子に触れるな!!」

「ふん!!汚らわしい!!」

「神の名を混血の魔族につけるなど笑止千万!!」

「せめて苦しまずに殺してやろう……!!」

天使「ッ!!」


天使「今その子を手にかければ貴方達は破滅する!!」

「何?」

「出まかせを……言ったハズだ、芽を摘むだけだと。我々には関係の無い話だ」

天使「聖剣は既に勇者様の手に渡る手筈になっています」

「何だと!?」

「ではこの者は……」


天使「貴方達が何を勘違いしているかは分かりません、ですが勇者様は別にいるのです」

「根拠は」

天使「聖剣はその子に反応したのではなく、貴方達が襲撃した村に居た生き残りの少年を選んだ」

「……あの村か」

「チッ、ここの連中に悟られていたか」

天使「その子を手にかければ……聖剣は貴方達の知らない場所にいる勇者様に届けられます。そうなれば、遅かれ早かれ絶望の未来が貴方達を襲う」


「構うな、始末するぞ」

天使「その勇者の名は……ナツァル!!」

「ッ!?」

「何だと!?奴は……」

天使「兄は最後の力を振り絞り、神々の目を欺きこの地に同じ姿のまま転生した……別のものとはいえ、聖剣を扱っていた彼が聖剣に選ばれるのもまた道理!」

「あの村に影が蔓延っていたのはそういう事か……ならば納得がいく」

「それならそれでいい。ナツァルはどこにいる」

天使「今すぐには連れてくることは出来ない……けれど!」


「まぁいい、信憑性は無い……が」

天使「ッ!ハル!!」

「ならばこの赤子は預からせてもらう」

「この城の南東の森にて待つ。とりあえずだ、聖剣をもって一人で来い」

天使「……どうするつもりだ!」

「知れた事、聖剣さえ取り返せば勇者が現れようと関係の無い話になる。奴の命を刈り取るのはその後でもいい」

「この赤子の命を助けてやろうというのだ。聖剣と引き換えにな」

天使「卑怯者……!」

「さらばだ、愚かな女よ」

「勇者か我が子か……フフフ、好きな方を選ぶといい」


天使「……」

天使「クソ!!」

竜爺「ぐ、うう……」

天使「竜爺様!!」

竜爺「聖剣は……」

天使「ここに……。ありがとうございます、竜爺様が嘘を言ったおかげであの場はやり過ごす事が出来ました、しかし……」

竜爺「役にてたなくて済まない……カハッ……奴らは約束など……守らん……!例え聖剣を渡したところで……」

天使「存じています、ですが!」

竜爺「魔王たちを呼び戻せ……ぐ、時間は掛かるがまだその方が可能性は……」

天使「……」

天使(ダメだ……それでも待っていられない!)


竜爺「まて……どこへ行く……!」

天使「魔王様に使い魔を飛ばします。私はすぐに南東の森へ」

竜爺「待てと言っているだろう!!」

天使「待てません!!あの子はまだ弱い赤子です!!あんな乱暴に扱われたら……!!」

竜爺「グッ……だが!」

天使「竜爺様、私達をお守りしていただき、ありがとうございました」

天使「……さようなら」

竜爺「お主、まさか……グアアア!!」

天使「……」

天使(行かなきゃ……)


……


魔王「……?」

側近「どうしました?」

魔王「いや、何だか妙な胸騒ぎが……ッ!!」

オーク「ど、どうした?」

魔王「な、なんだ……これは……この感じ……魔剣!?」

側近「魔剣がどうかなさったのですか?」


(聞こえるかァ?偽物魔王)

魔王「お前は……誰だ!?」

(ああ、問題ないみたいだな。ヒヒッ、俺の本来の使い手が現れた事でちょこっとだけだが封印が解けたみてぇだ)

(そうだな、冥途の土産に一つだけいい事を教えてやるよ)

魔王「ッ?」

(俺を手にした奴が、人並みの幸せなんざ送れると思うなよ?待つのは……死だ。それも苦しみ、足掻いた末の……絶望!!例えそれが自分に降りかかるものでは無いとしても……な)

魔王「何が……言いたい!!」

(早く戻れ!じゃなきゃ、俺の本来の使い手が死んじまう……話はそれだけだ)


魔王「ッ……今のは……?」

オーク「お、オイ魔王!!アンタの使い魔だ!」

魔王「何!?」

側近「これは……何かあったに違いありません!運転手、城に戻ってください!緊急事態です!!」

魔王「何なんだ……一体……」


――――――
―――


「……ふん、赤子というのはどうしてこう」

「煩いぞ、黙らせろ」

「とっとと殺してもよかったが……もしもの事もある」

「聖剣さえ手に入ればこちらはそれでいいのだがな……ククク」

「……そうだ、いいことを思いついたぞ」

「ん?言ってみろ……フフフ、なるほどな」


天使「……」


「ん、来たな」

「よし、聖剣は持ってきたか」

天使「ここに」

「なるほど、形態変化したというのは嘘ではなさそうだな」

「聖骸布もあるな……よし、こちらに渡せ」


天使「先にその子を渡してください」

「ん、ああ構わん」

「そぉら!」

天使「ッ!!」

「ふん、上手く受け取ったか」

天使「お前たちは……ッ!!」

「そう怖い顔をするな、約束は守ってやったろう。さぁ、聖剣を」

天使「……」

「よし、間違いはなさそうだ」


「しかしまぁ……神の啓示よりも我が子を取るとは」

「勝手な奴だ、己が課せられた使命も果たせぬとは」


天使「……」

天使(申し訳ありません、女神様……私は……自分の子を……見捨てる事なんて出来ませんでした)

天使(ごめんなさい、兄さん……私は、貴方を盾にしてしまった……)


「そう身構えるな。これで取引は終わりだ」

「どこへなりとも行くがいい……もう用済みだ」


天使「もう二度と……私たちの前に現れないでください」

「ああ、約束しよう」

「神に誓って……フフ」


天使「ハル……ゴメンね。帰ろう……」

天使「……これはッ!!」


「馬鹿め!!」

「雷よ!!」



天使「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「ハハハハハ!!気を取られ過ぎたなマリーフィア!!」

「その赤子に施された呪印に気が付かぬとは、随分と腑抜けたものだ」


天使「あ……ぐ……」


「ん、まだ生きていたか」

「しぶとい奴め……」

「しかし、皮肉なものだな。お前もこの場所で死ぬことになるとは」


天使「な……に……?」


「ああ、そんな事も知らなかったか」

「ここは、我々がお前の兄を封印した場所でもある。まぁもっとも、生まれ変わりが現れた以上は死んでいるとは思うがな」

天使「……ッ」

「この場所の地下だ。大規模な魔法ゆえに苦労はしたが……まぁ、奴の顔を見ずに済むようになるのなら安いものだ」

「奴の残滓が溢れ出たせいで、危うく多くの影が暴れまわるところだったが、小規模で済んだようだ」

天使(あの村の……事か……)

「もしかしたら、その生まれ変わった者に何らかの障害が見て取れるのではないか?」

「完全な復活では無かったハズだ、ありうるな……例えば、記憶障害……なんか」

天使「ッ……」

「図星か」

「これは愉快だ!」


「先ほど、ある術式により封印を強いものに変えた。これで中にまだ残滓が残っていたとしても、まぁ大丈夫だろう」

「外に知れたら我々の名声に傷がつく……ふん、天の御使いの犠牲となれたのだ、あの者達も本望だろう」

天使「外道……ッ!」

「さて、トドメと行こうか」

「お前もすぐに天に送ってやろう……だが、もう転生できぬようにしてやらねばな」

天使(ハル……よかった、ハルにはあの雷の呪印の影響は無かった……)

「ああ、その娘から殺してやろう」

天使「ッ!」


「フフフ……"集いし聖剣"」

天使「その……呪文は……!」

「"輝け刃よ"……!ふん、お前の女神が仕込む解放呪文の法則など容易く考えられる」

「喜べ、自らの守り続けた刃で我が子が殺されるのだ。これも、大いなる神の意志……」

天使「掛かった……!」

「何!?」

「ぐああああああああああああああ!!」

「な、なんだ!?」


天使「聖骸……布!愚かな……略奪者を……食う!!」


「くそ!!クソ!!」


天使「もう……遅い……お前は……死……ぬ」

「死ぬのはお前たちだ!!」

天使(もう一人が聖剣を奪った!?)


天使「ハル……ッ!!」


ザシュッ


「ぬぅ!?」

天使「あ……ああ……」

天使「よか……った……ハル……」


「自らを盾に……フフフ!フハハハハハハ!!」

「グゥ……聖骸布、これほどとは……腕を切り落とさねば食われていたな」

「何、片腕をもがれた程度ではないか。そのくらい上に戻ればどうとでもなる。それより見てみろ!!」

「ん?ああ、やはり庇ったか。愚かな女だ」


「先ほど我らが施した封印はその娘の生命に連動している。つまりだ」

「フフ、その赤子を殺さねば勇者……奴の生まれ変わりとやらは完全な形で復活することは決して無い!!」

「我らがその赤子を殺せる訳がない!それと同時に、もう勇者がこの世に完全な形で現れる事は無くなったという訳だ!」

「もっとも、その赤子をお前たちの手で殺せば……話は変わるがな。フッハハハハハハ!!」


天使「フフ……何も知らない……顔をして……貴女は……それでいい……何も知らなくて……」


「残念だ、もう聞こえてもいないか」


天使「ゴメン……ね……もう……傍に……いて……あげられ……なくて」

天使「バチが……当たったんだね……兄さんを、勇者様……を、盾になんか……して」

天使「女神……様、申し訳……ありません……貴女の下には帰れ……そうに……ありません」

天使「聖……剣……私の……命を吸って……決して……間違った道へ……進まない様に……」

天使「ハル……フュ……………リ………ク…」


「ふん、このまま引き抜いて……ッ!!」

「……居ない時を見計らったのだがな」


魔王「…………」


「貴様は……!」


魔王「……」

(チッ、胸糞悪いとこ見ちまったな……今回だけテメェに力貸してやるよ)


魔王「"唸れよ魔剣"……」

「抜けんか……!ならばこのまま……ッ!?また聖骸布だと!?そ、そんな!!うぐう!?」

魔王「……"轟け"」

「くそッ!!放せ!!離れろ!!」

「間に合わんか!!」

魔王「"刃よ"おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「うごああああああああああああああああああああああああああああ!!」


「軌道が読めなかった……それに首を一撃で!何という威力だ!あれが魔剣だとでも言うのか!」

魔王「離れろ……」

「ッ!?」

魔王「ナツィアから離れろォッ!!」

「チィッ!!」

魔王「君を護る剣が……君を貫くとはね……ナツィア……今抜いてあげるよ」

魔王「ッ!?グゥ……」

(解放状態の聖剣に触れればその布ッきれが反応して腕に絡みつくか……まぁいい、お前はそっちを使ってろ)

(ああ、やっと会えた……まだこんなガキだが、俺を使うにふさわしい奴……お前は俺を使ってどんな殺戮を見せてくれるか……フフッフフフフ!アッハッハッハッハ!!――――――)

魔王「やっと……煩い声も消えたか……」


魔王「満身創痍だな、貴方も……それほどまでに魔剣の余波は強かったか?」

「ッ!足が……!!」

魔王「聖剣よ……僕の腕位なら何本だってくれてやる……お前が本当に守らなきゃいけなかった人を殺めたお前の刃……」

魔王「正しく使って見せろ……ッ!!」

「クソッ!!クソォ!!」

魔王「……往生際が悪い……呆れて何も言えないよ」











魔王「何も」





――――――――――――
―――――――――
――――――
―――



魔王「……」


側近「……魔王様、ハルモニア様に異常は見られないそうです。先に城へ送り届けました」


魔王「そうか、ありがとう」


側近「……」


魔王「……」


側近「腕……」


魔王「構わないよ。こんなもの、彼女が受けた苦しみなんかよりずっと軽い」


側近(フュリクの腕まで食いちぎった聖剣の聖骸布……お前が本当に守りたかったものは……何なんだ)


魔王「……ナツィア、僕はね、君と……君の兄さんと一緒に歩いて行ける、優しい世界を目指したいんだ」

魔王「これからどんな事があるか分からない、途中で挫折してしまうかもしれない。君が傍に居てくれたら……そんな事にもならないと思ったんだけど」


魔王「僕は信じられないんだ……君がいなくなってしまったことが……君を失ってしまった事が……」

魔王「またいつものように、朝起きれば君がとなりに居て、一緒にご飯を食べて仕事をして、そして城に帰れば君が出迎えてくれて……」

魔王「ひょっとしたら、こうして話している間にも、またひょっこり君が起き上がって僕を窘めてくれるんじゃないかって思えるんだ……でも」

魔王「でも君は……もう……こんなにも冷たい……」


側近「ッ……」

側近「……フュリク、帰ろう。ナツィアさんはちゃんとお城に連れて帰るから」

魔王「うん……うん、大丈夫だよ、僕は……僕は強いから、強く在るから……だから、ナツィア、悲しまないで」


側近「……私は先に……行くね」

側近「……」



天使(約束ですよ!)



側近「……」

側近「……嘘つき」


オーク「……情けないなぁ、本当に。情けねぇ」

オーク「こんな時に、俺は何にもしてやれねぇ」

オーク「やっと見つけた俺の居場所も、大切な家族も。こんな形で無くしちまうなんて」

オーク「俺は何にも出来やしねぇ……」

オーク「悔しいなぁ……本当に悔しいよ……」


竜爺「……」

賢人「……」

竜爺「何故だ……何故"お前"は傍に居たハズなのに……そんな若い姿になってまで城を抜け出してきたのに!!何故止めなかった!!何故助けなかった!!」

賢人「……それが、私の予言したものだったから。私が止められるワケないじゃない」

竜爺「何故……あの娘が死ななければならなかった……何故……!!」

賢人「……自分の子供の死に涙しなかったのに、他人の為に泣くことが出来るのですね」

竜爺「本当の引き金を引いたのはワシだ、あの娘じゃない……あの時、堕天使と悪魔を裏切ったワシがあの者達を守らねばならなかった……なのに……なのに……!!」

賢人「……私には、貴方の心が分かりません……」

竜爺「うう……ワシは……何という取り返しのつかない事を……!!」

賢人「暴王ジスト……貴方は……」



魔王「……そろそろ行こうか」

魔王「……帰ろう、ナツィア」










                       ハルが、待ってる







神器は持つ者に絶大な力、富、名声、そして幸せを与え
その役目を果たすと、所有者を破滅へと誘う

魔剣は持つ者に強大な力、狂気、争い、そして勝利を与え
志半ばで所有者の大切な物を奪う


二つの呪いが、彼女を襲った

彼女は、彼女自身が神から受けた予言が、いずれ自身の身を亡ぼす事を、始めから知っていた

知っていたからこそ、聖剣を手放さず、その役目を全うして勇者に渡すつもりでいた

でも、最後に我が子の命を天秤にかけられ、そして揺れてしまった

だが、彼女はその役割を果たし、天に還った

僕達を残して……



……それでも

それでもまだ

僕にはやるべき事がある

彼女の残した意志を繋ぐために……


――――――
―――



「グスッ……エグッ……」

「泣くな……ここでジッとしていろ」

「お父様……お父様……」

「……」


魔王「ッ!ハル!!」

「ッ!お父様!!」

魔王「どうしてこんなところまで出歩いたんだ!!」

「ッ……ごめんなさい……教会に……来たくて……」

魔王「一人で行くなとあれほど教えただろう!!ああ、でも、無事でよかった……」

「お父様ッ!」

「……」


魔王「……君は」

「失礼する」

魔王「待って、アキだね?」

「……」

「お父様!このお兄ちゃんが魔物から助けてくれたんです!」

魔王「彼が……?」

「……」


魔王「ありがとう、礼を言うよ。娘を助けてくれて……」

「礼は……いりません」

魔王「……僕を、覚えているかな?」

「……」

魔王「まぁ、どっちでもいいか。こっちに来ていた事は君のお義父さんから聞いていたし」

「……」


魔王「それにしてもどうしてこの教会に?結構見つけにくい場所にあるのだけど、よく入る気になったね」

「ここは、魔物が寄り付かない。どういう訳か」

魔王「アハハ!それはね、ここは僕の妻に守られている場所だからだよ!」

「お母様……?」

魔王「そうだよハル、この教会はね、君のお母さんが君に命を与えた場所でもあるんだ。だから僕はここに教会を建てた、彼女が信仰していた神様の教会を……」

「お母様の事、よく知りません……」

魔王「だよねー……君まだ生まれたばっかりだったし」


「……長居はしたくありません、"人がいるのなら"私は失礼する」

魔王「仕事の都合かい?君が王国で人に言えないような仕事をしているのは知っているよ」

「……それが?」

魔王「ああ、気にしないで、君を引き留める為の方便だから」

「……」

「……?」

魔王「ハル、君は気にしなくてもいいよ。そうだ、外でみんなが待ってくれている。先に行っててくれないか?」

「竜爺も?隊長も?セピアも?」

魔王「うん、みんなだよ」

「はい!では先に行って来ます!」

魔王「ああ、いい子だ」


魔王「……人払いは出来たよ。僕に用があるんだろう?」

「……これを」

魔王「書状か……なになに?同盟の件承った……か。やれやれ、建国してから同盟まで随分と時間がかかったものだ」

魔王「うん、しかし彼らしいシンプルな返答だ。ありがとう、届けてくれて」

「……」

魔王「少し、君と話がしたいのだけれどいいかな?」

「構いません」


魔王「かつて……この地に平和を望んだ二人の天使が居たんだ」

「長くなりますか?」

魔王「アハハ……話の腰を早速折られるとは思っていなかったよ。僕の長話の癖ってあっちの国にも伝わってるのかな?」

「手短にお願いします。次の仕事がありますので」

魔王「うん、手短に言うよ……君は、勇者に憧れないかい?」

「……」


「勇者は、勇ましき者、この世界に革命をもたらす者。私はそう父から教えられている。それが国に伝えられている伝承」

魔王「君の考えでいい、答えてくれ」

「そんな者はいない。形だけなら誰であろうとなることは出来る、偽りの勇者なら誰にでも……」

「真に勇者がいるとしたら、私のような人間はこの世にはいない。人の皮を被った化け物と呼ばれ、蔑まれ貶され、石を投げられ……」

魔王「……」


魔王「……君に、渡しておきたいものがある」

「これは……剣の柄?」

魔王「うん、流石に鍛冶屋の息子だからこのくらいは分かるか。受け取ってくれ」

「受け取れません、コレは……見た事があります。あの時私を助けた……」

魔王「……だとしたらこそだ。受け取ってほしい、君以外には恐らく使う事は出来ない」

「……」


魔王「その剣の名前は"聖剣マリーフィア"……正真正銘、君の剣だ」

「私の……?」

魔王「いずれ、その剣を君は振う事になるだろう。その力を使い、君は何を成すのかはまだ分からない……けれどね」

魔王「きっと、その剣は君の力になってくれる。君の、守りたいものを守る為の刃になるハズだ」

魔王「勇者が持つべきこの聖剣は、必ず君を導いてくれる」

「ならば、尚更私が持つことは……無い」

魔王「真の勇者がいないのならば……君が勇者になればいい」

「……ッ!」

魔王「と、言っても、刃が無ければただの柄だけどね!アハハ!」

「……意図は分かりません。が、お受け取りします」

魔王「よし!聞き分けのいい子は好きだぞ、僕は!」


魔王「グッ……!」

「ッ!」

魔王「だ、大丈夫……ちょっと持病でね。片腕が無ければ身体もボロボロ、ハハ……不摂生が祟ったね」

「……貴方は」

魔王「アキ、忘れないでほしい。その剣の為に死んでいった者達の事を」

魔王「突然こんなことを言われても、君には何のことか分からないだろうけど、それでも時々でいいんだ、その剣に込められた意思を……感じ取ってくれ」

魔王「君には、それが出来るハズだよ」

「……」


「お父様……?」

魔王「ん、ハル。先に行っていなさいって言ったろう?どうしたんだい?」

「隊長がもうご飯作ったから早く帰って来いってセピアが言ってた」

魔王「お!隊長の料理も久しぶりだなぁ!分かった、じゃあ帰ろうか!」

「はい!」


「……」


「あ……またね!お兄ちゃん!」


「……」

「失礼する」


魔王「うん、いつかまた……」

魔王(……ナツァル、君は君の信じる道を進んでくれ。今度は僕が……君を護るから)


勇者を見送った

その剣で彼はきっと、僕達とは違う方法で同じものを目指すだろう

その時が来るまで待とう、その時が来るまでにセピアとハルを……



ああまだだ、僕はまだ……終われない


あの日交わされた約束の為に、後戻りはもう出来ない

この胸に刻む永遠の中に、優しい世界を探して


彼らと夢見た世界の為に


あと……もう一つだけ……


――――――
―――



魔王「……ハルモニア、セピアメイズ」

側近「ここに」

「参りました、お父様」

魔王「フフ、随分とらしくなったね」

「いえ、お父様に比べればまだ」


側近「戴冠式ですが、滞りなくハルモニア様に王位継承が出来ました……ご立派でしたよ」

魔王「ああ、見に行けなくて残念だ。せっかくの君の晴れ舞台なのに」

「……私は未だに納得が出来ません」

魔王「確かに、僕は前まではセピアを推薦しようと思っていたのだけれど……」

側近「お断りします、私は王の器ではありません」

魔王「そうだね、何回も言われた」

側近「真に王に相応しきお方は……貴方もよく知っているハズです」

魔王「ハル……君は」

「私も、セピアを推していました!お父様と同じく!」

側近「ハル!」


「やはり私には荷が重すぎます……お父様が築き上げてきたこの国を、私が背負う事は……」

魔王「もう泣き言は言わない約束だよ、ハル」

「お父様!」

魔王「……今まで二人を見て来て、思ったんだ。民たちは何を求めているか、そして君たちは何を持っているかを」

魔王「今この国に必要なのは僕の様に甘い言葉を吐くだけの王ではない。誰に対しても厳しく、そして対等に接する事の出来る者、誰かの痛みを分かる者だ」

魔王「それはハル……君が一番それが出来る」

「私は……」

魔王「……よろしく頼むよ、君にしか出来ない事なんだ」

側近「大丈夫、フュリク。誰が着いていると思っているの?」

魔王「アハハ……頼もしいよ、本当に」


魔王「……さて、君たちをここに呼んだのは他でもない。もうすぐ僕は……死ぬ」

「ッ!」

側近「……今日が山場と聞きましたが、随分と元気そうですね」

魔王「蝋燭は燃え尽きる間際によく燃えるという、つまりそういう事なんだろう」

側近「最後の最後まで、貴方らしい事で……」

魔王「病っていうのは怖いね、ただでさえ弱っていた身体に追い打ちをかけてくるんだから、たまったもんじゃないよ、アハハ」

「……」


魔王「……今日から、君は立派な魔王だよ」

「お父様……」

魔王「僕の跡を継ぐんだ、泣いてなんていられないよ。魔王は泣かない」

「分かって……います」

魔王「……大丈夫、手助けしてくれる仲間が君にはいる……だからもう、泣いちゃダメだ」

「……はい。泣きません、だから……」

魔王「そろそろ……お別れだ」

側近「……」

魔王「ハル……僕の可愛い娘……」


声が遠くなる

二人が僕に呼びかける声が……

今思ってみれば竜爺と同じで後悔だらけの人生だったな……いや魔生か?

無茶苦茶な条件から国を立ち上げて、訳の分からないままに運営して

果てぬ夢物語を追いかけ、そして彼女と出会い、恋に落ち

友人の生まれ変わりを見つけて未来を託し、そして僕は今死ぬんだろう


アハハ、何だ、結構満喫していたじゃないか


コレは、始まりの物語に過ぎない

僕の残した意志は、未来へ繋がっていく

彼らでダメならその次の代で

それでダメならまた次へ……

決して潰える事はない、優しい世界を求める限り


これは僕が見ていた過去の中、僕を変えた彼らの話

二人の……天使がいた物語

ハル、どうか幸せに……


ナツァル、ナツィア……君たちとは同じ場所にはいけないけれど……

うん、改めよう!後悔はない!僕は悔いなく生きてきた!間違いない!

次に目覚める事があるのなら……君たち二人と一緒がいいな


ああ、その時は、三人で花が咲き誇る道を歩いて行こう!君たちが愛してやまない花々を見ながら!

ナツィアが作ったお弁当を君と僕が取りあって……アハハ、想像しただけでも楽しみだ!

そうしよう……それがいい……

うん、それが……


――――――
―――



勇者「……」

魔王「……」

側近「またここに居たのですか、魔王様、それに勇者さんも」

勇者「やっ、こんにちわ」

魔王「側近か。いいだろ別に、お前もよく来ているんだから」

側近「一々城を抜け出されるのも困るのだけど」

魔王「フフン!仕事はとっくの昔に終わってるぞ!今日はあと魔王軍の練度を調べる為に私直々に稽古してやるくらいだな!」

側近「オーク隊長の立場を奪う事になるのでやめてあげてください」


魔王「……お父様が残したこの国を守っていかなきゃいけないんだ、私が引っ張っていかないでどうする」

側近「そうですね、その情熱をもっと他国との交流に向けてくれたら嬉しいのですが」

魔王「い、いいだろ別に……適材適所だよ!」

側近「やれやれってやつですね、まったく」

勇者「いいんじゃない?僕は君のそういうところが好きなんだし」

魔王「すっ!?う、うるしゃい!!人をいちいちからかうな!!」

勇者「ハハ、魔王は可愛いなぁ」

側近「チッ、相変わらず、甘ったるすぎて反吐が出る……おや?」


リザード君「魔王様ー!昼飯用意してるぜー!」

エルフちゃん「はやくー!」

オーク隊長「おう!俺が腕によりをかけたんだ!冷めちまう前に早く来てくれ!」

竜爺「飯はまだかのう?」

科学者「貴方はまたボケて……魔王様!!早くしてくださいよ!」


勇者「お、昼食のお誘いだね」

側近「さて、いつものメンツが呼んでいますよ。というより勇者さん、貴方他国の人間なんですからそろそろ自重してください」

魔王「フフ……愉快な連中だな、ホントに」

魔剣『まったくだな、俺もあいつらにはほとほと手を焼いてだな……』

魔王「お前は出てくんな!!お父様の形見じゃなかったらとっとと粗大ゴミとして出してたってのを忘れんなよ!」

魔剣『へいへい、何とでも言いやがれ』

魔王「……お父様、って……こう何度も墓に語り掛けるのもおかしな話だけど」

魔王「これからも私は、お父様の残したこの国を守ります。そしていつかお父様が目指したものを……私も同じ道を進もうと思います」

魔王「報告終わり!!お前ら待ってろー!!私を差し置いて昼食とは何事だー!!私は魔王だぞー!!」



―――そう、それは

―――未来へ繋がる物語



魔王「天使がいた物語」 完

終わった
中止筆頭のSSだったけど完走したからまぁいいや

もしお付き合いしていただいた方がいましたら、どうもありがとうございました

過去作
http://blog.livedoor.jp/innocentmuseum/

いいSSだった、掛け値なしに

そして次!!一回やってみたかった連続投下!!

側近「魔王様のお悩み相談室」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1420213052/)

さて、過去作を読み返す作業に移るか乙

乙!

乙です。
過去作漁ってみたんですが、どういう順番で読むのが良いんでしょうか?

>>635
ありがとうございます
順番は私も全然分かってないので頭空っぽにして読んでいただければ幸いです

失礼


完全新作かもという淡い期待を抱いたものの勿論そんな事はなかったぜ!

やっと読めた
楽しかった

見覚えのある酉だと思ったらパスタの人だったか

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