恵美「魔王と私の子供が可愛くて困る」 (6)

・はたらく魔王さま! 真奥×恵美 と日常話

・原作三巻の登場キャラが出るためそちらを既読推奨

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夕方の幡ヶ谷を歩く女性がいた。
凛々しく整った容姿と腰まで伸びた長い髪。
初夏の陽気に滲む汗をハンカチで拭き取りながら、
やがて彼女は目的地——マグロナルド幡ヶ谷駅前店に
辿り着くと、自動ドアの前に立った。

店員「いらっしゃいませ! ……ああ奥さん、お久しぶりです」

顔見知りの店員が声をかけてくる。
事情があり数えきれないほど店に通いつめているため、
彼女は既に店員の間でも身内扱いだった。
奥さん、と呼ばれた瞬間彼女は
わずかに顔を引きつらせたが、素直に挨拶を交わした。

店員「真奥さんならもう上がりましたよ。多分もうすぐ……あ、来た」

店員の向いた先から、二十歳そこそこと思わしき黒髪の男性が現れる。
彼女の姿に気づくと、軽く片手を上げた。

真奥「よう。悪い、待たせたか、恵美」

恵美「別に。今来たところよ」

店員「真奥さん、お疲れっす! 羨ましいなあ、迎えに来てくれる奥さん」

真奥「だったらお前も彼女でも作るこったな。んじゃ、お疲れ。またな」

店員と真奥の気軽な別れのやり取りに、再び顔を引きつらせる。

二人で店から出る。
未だ照っている太陽の下で、彼女は愚痴るように呟いた。

恵美「……奥さんって。奥さんって」

真奥「ホントお前……いい加減慣れろよなぁ」

苦笑しながら彼が言う。

彼はマグロナルドに勤めるフリーター。
彼女は電話会社に勤める契約社員。
どこにでもいるような男と女だった。
そして父であり、母であった。

ただし、ごく普通の恋もしていないし、ごく普通の結婚もしていない。
そして何よりも普通でないのは——彼は魔王であり、彼女は勇者であった。

真奥「仕事、どうだ? 疲れたりしてないか?」

恵美「平気よ。梨香がよくしてくれるし、周りも理解があるから」

二人は幡ヶ谷の怒濤流(喫茶店である)で向かい合わせに座り、話し合っていた。
真奥が気遣うように言葉をかける。

つい先日まで、恵美はある事情により、長期に渡って仕事を休んでいた。
最近復帰することができたが、あれだけ休んで業務に支障はないのか、
また周りから疎ましがられてはいないかと気にしていた真奥だった。

恵美「心配してくれるんだ? あなたが?」

恵美の皮肉に、真奥が顔をしかめる。

真奥「言わせんな、馬鹿」

真奥「……そういやどうする、プレゼント」

恵美「ええ」

二人には子がいた。
魔王と勇者である彼らの間に授かった奇跡のような存在。
立場上敵同士である彼らだが、子供のことについてだけは
すべての諍いを忘れ、手を組むことが暗黙の了解であった。

その子が二人の前に現れてからもうすぐ一年になる。
その際に何か誕生日プレゼントを贈ろう、というのが
最近の二人の話題だった。

恵美「ネットで色々見てみたんだけど、どうもピンとこなくてね」

恵美「考えたんだけど、今度休みが合ったとき、あの子を連れて菱松屋でも行ってみない?」

真奥「欲しがったものを買うってことか。でもそういうの分かる年か?」

恵美「さあ。でも、例えば服とかなら、やっぱり似合うか直接合わせてみたいし」

真奥「まあなあ。なんか、何買っても喜んでくれそうな気はするけどな」

恵美「そこが逆に悩ましいわよね」

かつて刃を交えた敵同士である彼らが、まるで
普通の夫婦のように自然に語らう。不自然なほどに。
それは彼らにとって未だ慣れないことではあったが、
子への情がそれに勝った。

話が一段落し、お互い飲み物を啜って一息つく。
遠くを見るようにして真奥が言った。

真奥「……何だかなあ、平和だな」

恵美「……ええ、そうね」

真奥「いいのかな俺、こんなんで」

自嘲するような口ぶりの真奥を、恵美がまっすぐに見つめる。

恵美「いいわけないでしょう」

かつての戦いで敗北した真奥は異世界エンテ・イスラから
日本へ逃れ、それを追って恵美も日本に来た。
そこから二人の奇妙な因縁は始まったのだ。

恵美「だから私がいる。あなたの側に」

真奥「……だよな」

恵美の言葉に何を思ったか、真奥が小さく笑う。

真奥「そろそろ出るか。もう皆来ちゃうだろ」

恵美「そうね」

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