【R-18G】春紀「暗殺者」【悪魔のリドル】 (256)

※諸事情で建て直し

悪魔のリドルスレです。本編後のお話ですが、気を付けてほしいことがあり、


・グロ注意
・鬱話
・エロあり
・キャラ崩壊があるかもしれません
・オリジナル設定

ルート分岐あるかもしれません。※決定じゃないので、作者次第で変わります


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1419860851

※一人称・三人称視点使い分けで行きます。



<寒河江家>



十年黒組の一員として、一之瀬晴を殺す為の暗殺者として過ごしたミョウジョウ学園の日々は、暗殺失敗という結果で終わった。

アタシはあれから暗殺者としての道を捨て、真っ当な道で家族を養うために過酷な肉体労働の土木関係の仕事に就職する事にした。

元々力には自信があったし、手早く多く稼ぐにはこれしかなかったという事もあって、数週間が経過した。

始めてすぐの時は苦しすぎて本気で何度も吐きそうになったし、実際トイレで吐いたこともあった。

それでもこの仕事を続けられたのは、未だに病状が良くならない入院している母親と家族の生計の為、そして迎えてくれる暖かい笑顔があったから。

……クサい台詞だけど、毎日疲れ切った体を癒してくれたのは、貧しい生活でも逞しく笑って迎えてくれる姉弟が居てくれたからだ。



 春紀「……ただいまー。」

 冬香「あ、お姉ちゃんおかえり! 伊介様?っていう人が来てるよ!」




そんなわけで、12月も後半戦、冷え込む夜道をいつも通り歩いて帰宅した訳だけど、


 伊介「……誕生日だったんでしょ?♥ お祝いだけしに来たのよ♥」

 春紀「……!?」


まだ十年黒組のクラスメイトとして過ごしていた"元"同室の伊介様が、わざわざアタシの誕生日を祝うために来ているもんだから驚いた。

それはもう、間抜けな顔で唖然とする位には。



 伊介「なにその顔、ウケるー♥」

 春紀「伊介、様……祝いに来てくれたのは嬉しいけど、」



アタシはあの時から、暗殺者に関する一切の情報を捨てたし、関わる事も止めた。

一度日陰の世界に身をおとしといて身勝手な事だってわかってるけど、それでも、アタシには守るべき家族がいるんだ、手段は選べない。

そうして、晴ちゃんや兎角サン、その他それなりに親しくなっていた連絡先も全て消したし、愛用していたガントレットやワイヤーも全て処理した。

今のアタシには必要が無いモノ、そう割り切って。

割り切ったつもりだった。




 伊介「分かってるわよ♥ アンタがこっちの道から足を洗いたがってるのはね。アシは残さないから安心しなさいよ♥」

 春紀「……誕生日、そういや今日だったな。忘れてた」

 冬香「大きなケーキとチキンを買ってきてくれたよ! お姉ちゃんにって!」

 春紀「そっか。…………まぁ、ありがとな、伊介様。」

 伊介「初めからそう言ってりゃいいのよ、春紀♥」



それでも、短けれど同じ時間を共にした友人との再会は、素直に嬉しかった。

<寒河江家>


 伊介「はいこれ、アンタの分♥」

 春紀「これ、ヴェルニの奴……三つも、ってことは9000円かよ!?」

 伊介「うるさ♥ 誕生日プレゼントくらい素直に貰っときゃいいのよ♥」

 春紀「……分かった。それじゃあ早速一つ使ってみるよ。」

 
ガヤガヤといつにも増して騒がしい我が家は、伊介様が現れたことにより更に騒々しかった。

伊介様が家族全員分のクリスマスプレゼントを渡した辺りから収拾がつかなくなってしまったというのもあるんだけど。

今日くらいは良いかと苦笑しつつも、元々自分が塗っていたマニキュアから伊介様に貰ったモノへと塗り替えてみた。

 
 春紀「(……輝きが断然違う。これが安物と高級品(三千円)の違いなのかぁ)」


品物の良さに感嘆してぼーっと眺めていたら、すぐ横でにやにやと意地の悪そうな笑みを浮かべながら伊介様がこちらを見ていた

ジロ、という擬音が聞こえそうな位横目でそちらを見やるとクスクスと肩を揺らして


 伊介「アンタ、ホントおもしろっ♥」

 春紀「なんだよ、アイツらと一緒に遊んでたんじゃないのか?」

 伊介「伊介はガキの相手はゴメンよ、うるさいし?♥」

 春紀「あはは、まぁ、そういうイメージはないな」

 伊介「ま、今日はアンタの呆け顔が見れただけ来たかいがあったし♥ それと、伊介そろそろ帰らないといけないから♥」

 春紀「え、またどうして」

 伊介「ママとパパが海外出張だから、その見送りよ♥ 別の案件を抱えてるから、ついていけないのよ♥」

 春紀「なるほどな。……最高のクリスマス、ありがとな。冬香達があんな風に笑ってるの、久しぶりに見た」

 伊介「こんな時位家族サービスしなさい。 "家族は大事"だって伊介に言ってたのはアンタでしょ♥」

 春紀「……だな。確かに、最近稼がなきゃって事しか頭になくてアイツらの事、見えてなかったかもしれない」

 伊介「伊介はバリバリ稼いでるから貧乏人の気持ちとかよく分かんないけどね♥」

 春紀「今月も中々苦しくてね、困ったよ……」

 伊介「……」


寒河江家の金銭事情が苦しい事を伊介は知っている。知ってはいるが、しかし、この金は春紀が否定する"誰かを殺して得た金"である。

クリスマスプレゼントだから、と言っても本当は春紀が未だ複雑な心境にあるのは重々理解している、本格的に支援しようとすれば断固拒否するだろう。

彼女にとって、伊介の金は『罪の証明』なのだから。

<玄関>



 伊介「ま、悔いのないように生きなさいよ♥」

 春紀「あぁ。何とか頑張ってみるよ」


じゃあね~、と背を向け、いつもの格好に分厚いコートを羽織った伊介様を見送ったアタシは、そのまま洗面台に向かい、

手にしていたヴェルニのマニキュアを投げ捨てた。

甲高い音が響き渡ると、唇をかみしめたまま、壁に拳を叩きつけた。

伊介様のマニキュアを塗っていた爪が皮膚を裂き、ギリギリと握りしめた拳から血が流れ落ちる様を眺めて、


 春紀「(……もうこれで終わりだよ、伊介様。やっぱりアタシは、もう逃げる事にしたんだ)」


自分の事を棚に上げてるのは重々承知の上だ。でも、それでも自分には守るべき誰かが居て、彼らの為には蔑まれることも厭わないのだから。

夜は更けていく。伊介様の残したクリスマスプレゼントを、冬香達の喜ぶ姿を、アタシは最後まで冷めた瞳で眺めつづけていた。
 

―数日後―


<工事現場>


 「寒河江、お前今日調子悪かったじゃねえか。」

 春紀「そう、でしたかね?」

 「「資材運びも、それ以外も全部ダメダメの癖によく言う。……お前がいつも熱心にやってるのは分かってんだが、今日のままやり続けるってんならやめろ」

 春紀「……やり続けますよ、アタシは」

 「迷惑なんだよ。作業効率も落ちるわ、他の従業員達の士気も下がる。ハッキリ言って、青ざめた顔でやられて倒れられたら会社の責任にもなる。」

 春紀「……やりま、」

 「自分の体調管理も出来ねぇ奴に、働く資格なんてねぇ。お前は謹慎しろ。」

 春紀「ッ、アタシは稼がないといけないんだ!! アンタらは雇う側で、アタシらは労働力だ、それに見合った給料さえ出してくれりゃいい!!」

 「寒河江ッ!!」

 春紀「あぁ、ならこんなとこ止めてやる!! 別に此処で働き続けなきゃならねぇ義理はねぇよッ!!」



自分が馬鹿みたいな事言ってるのは分かってる。

現場監督さんの優しさと、そしてそれが正論だという事を頭の中では分かっていても、この時アタシは切迫した金銭面の問題のせいで気が立っていた。

そのせいで無茶なアルバイトを連日入れ、正直この時も栄養ドリンクとブラックコーヒーで無理やり体に鞭を入れて来ていた。

顔、もうちょい濃く白いメイクをしとくべきだったか。

そんな風に考えたのも一瞬で、アタシは現場から仕事も放り出して立ち去った。

現場監督がずっとこちらの背を見送っている気がしたが、構わずやるせない気持ちのまま帰路を急いだ。

……この時なら、まだ引き返せた。引き返せなくなったのは、ここからだった。

<帰路>


 春紀「……」


現場監督と別れた後、何をやろうにもやる気が起きなくなったアタシは、作業着のまま公園のベンチで一時間居眠りをしていた。

怒鳴り疲れた事と、色々な悩み事が重なり合って心も体もボロボロだったアタシにはちょうどよかったかもしれない。

冷え切った頭で、先ほど怒鳴りつけて仕事を放り出してきた職場の事を思い出し、歯噛みしながらも、残念だけどやめるしかないだろうなぁと考えていた。

そんな時、ポケットに突っこんでいた携帯が震え出し、とある人物の名前を表示した。






走り鳰、と。

<ミョウジョウ学園・オリエンテーションルーム>




 鳰「寒河江春紀さん、今すぐにミョウジョウ学園最上階に来るッス。来なければ、まぁ大切なモノが壊されるッスけどね!」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 


 春紀「……」

 鳰「いやぁ~、お久しぶりッスねぇ春紀さん? ありゃ、暫く見ないうちに、顔がゾンビみたいになってるッスよぉぉぉ?」ニヤニヤ

 

呼び出された春紀は、数週間ぶりとなるミョウジョウ学園の敷地内にある主要施設、その最上階にある"オリエンテーションルーム"に来ていた。

此処では過去に裏オリエンテーションと称して、晴ちゃんを殺す為のルールの知らせがあったこともあり、懐かしさだけは感じていた。

だが、目の前でニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる走り鳰を見て、アタシは込められるだけの力を込めて睨み付けた。

……冷め切っていた心に怒りという感情が浮かび上がろうとした途端、虚空に巨大なスクリーンが現れ、其処にこの学園の理事長である人物が映し出された

確か、百合目一とか言ってた気がする。



 目一「お久しぶりね、寒河江春紀さん。貴女の凛々しさと逞しさはとても評価していたわ」

 春紀「そりゃどうも。……黒組はもう終わった筈だ。アタシはアンタら"裏"の人間とはもう縁を切って―――」

 目一「……本気でそう考えているのなら、やはり貴女は端役の一人でしかないものね。人殺しはどうあがいても人殺し、武智乙哉さんとなんら変わらない。」

 春紀「っ……」

 目一「どうやら最近本格的に生計が苦しくなっているそうね。青ざめてロクに休みも取れていなさそうなその顔を見れば分かるわ。」

 春紀「……」

 目一「母親の容態が急変して、更に治療費が嵩張ったから貴女は金星祭の時点で急くように暗殺を決行していたようだけど、やはり何にせよお金は必要のようね。」

 春紀「だから、こうして働いてる」

 目一「人間、確かに形振り構わなければなんだって出来るかもしれないけれど、"人間は人間"よ。いつかは壊れて、そして資本である体が壊れてしまったら、破滅しかない」

 春紀「……」

 目一「体力面、効率面だけ考えれば体を売る事も出来るでしょうね。寒河江さんの容姿なら、かなりの金額に上る筈よ。でも、ソレをしないのはなぜかしら?」

 春紀「それ、は」

 目一「貴女はまだ捨てきっていない。何もかもを捨てた人間というモノは、例え泥水を啜ろうが虐げられようが縋り付く。……貴女が縋り付く為の拠り所を、提供してあげましょう。」

 春紀「……それが本題なんだろ? だったら、早く用件だけ伝えろ。」

 目一「ふふ、こうして御話しするのも初めてだから、少し楽しくなってしまったわ。 それじゃあ、そちらの事は鳰さんに任せましょうか。」

 鳰「了解ッス!」



目一の揺さぶりに、意気消沈しきってしまうかと思われた春紀の様子は至って変わらず、しかし確実に内心動揺を隠せなかった。

何よりミョウジョウ学園という組織の情報収集の速さと、目を背けようとしている現実と直面させられたこと。

タッチパネルを弄った鳰が指差した方向には、とある勢力図が表示されていた。


 鳰「……最近、葛葉と東の勢力争いが露骨に激しくなって来たみたいッス。」

 春紀「それで、これがどうしたって言うんだ?」

 鳰「両勢力が、『ミョウジョウ学園』や『十七学園』に被害を及ぼす危険性もかなり高くなってきたッスから、こりゃ大変。情報漏洩も防がなきゃ駄目ッスね」

 目一「最近ではうちの学園の男子生徒が裏通りで何者かに他殺されていたそうね。それも、あまりにも手際が良すぎるせいで公的には自殺扱いだそうよ。」

 鳰「まぁ~、一時期はミョウジョウ学園に所属していた春紀さんや他の黒組メンバーにも白刃の矢が立っちゃう訳でして、そうならない為の努力をしようとは思ったッスけど、ハッキリ言って"無理"ッス」

 春紀「何故?」

 鳰「単純に『足りない』んスよ、資金が。理事長の手を以てしても、確実に匿えるのは一組が限界ッス。それ以上匿えば、皆殺しの大虐殺になりかねないリスクがあるッスね」

 春紀「……オイ、まさか、」

 鳰「そのまさかッス。春紀さん、家族を守りたければアンタが他の黒組メンバーを殺して口封じをしてくださいッス。」

 春紀「…………」

 鳰「勿論、成功させた暁には両勢力からの絶対の保護と資金の構面、何でもござれッス。悪い条件じゃないッスよね?」



ドクン、と心臓が一度大きく跳ねあがった。

まさか、裏の世界の情勢がそんな事になっているなんて……伊介様の言っていた"用件"とは、もしかするとこれに関する事なのかもしれない。

それじゃあ、クリスマスパーティーの時、アレの真意とは、この危機を素早く伝える為じゃなかったのか?

アタシが身勝手に駄々をこねたせいで、そんな大切な情報まで聞きそびれていたとでもいうのか。

スレッドを立て直したので、依頼させてもらいました。

間違っている所などがあれば指摘していただけると助かります

春紀「……ソイツは、他のメンバーにも伝えたのか?」

 鳰「いんや、伝えてないッスよ。春紀さんが一番"交渉しやすい"からッス。あからさまに弱ってる相手と、余計な手間がかかる相手、選ぶならどっちかは明白ッス」

 春紀「あぁ、そりゃたしかに理に叶ってるよ……」

 鳰「それで、どうするんッスか? 断るんなら、おススメの売春宿を紹介するらしいッスけど?」

 春紀「……やるよ。これで本当に最後にする為にもな」

 鳰「(最後、ねぇ。……こっちの道に片足突っこんだまま、果たしてまともな道を歩んでいけるッスかねぇ)」

 目一「初めの相手は、



安価↓1




 目一「剣持しえなさんね……彼女は黒組からリタイアした後、ミョウジョウのメインサーバーにハッキングを仕掛けようとしていたみたいだけれど、」

 鳰「それが意外とそっち系の技術が高かったッス。それに、ミョウジョウに敵対意識を持っているという事は少なからず最も早く情報を洩らす危険性があるんッスからね」
 
 目一「彼女の情報処理能力に関しては目を見張るモノはあったけれど、残念ね。東と葛葉両勢力に目をつけられるのと天秤に掛ければ、隠滅する方が早いの」

 春紀「……さっきの話の続きをしてもいいんかい?」

 鳰「どうぞッス」

 春紀「東と葛葉、それらの危険から家族を守ってくれるって言ってたけど、それは具体的にどうするんだ?」

 鳰「まず春紀さん家を24時間完全監視体制下に置くッス。んで、不審な人物やらが近寄りでもすれば、雇ったSPが排除してくれるッス」

 春紀「おっかない暗殺集団にただのSPだけで太刀打ち出来んのか?」

 鳰「本格的にヤバくなったら、ウチが設置している幻術の罠で寒河江家自体を"視認できなく"出来るッス。持てる全ての技術を使ってるッスから、保障しますよ」

 
鳰が操作した携帯端末を春紀に向かって差出し、それを受け取ると、其処には剣持しえなに関する情報や周辺の現在状況などが記されていた。

それとは別に、ショルダーバッグの様なモノも手渡され、中にはスタングレネードを始め、"相手を無力化する"道具一式が入っていた。

大きく目を引くものが一つあったそれは、恐らくはアタシが使っていたガントレットを模したモノなのであろう黒の似たようなガントレットが入っていた。


 鳰「ガントレットの耐久性は、拳銃弾位なら防げるッス。後の事は此処に色々載ってるんで、剣持しえな暗殺、頑張ってくださいッス~」

 春紀「……あぁ。」



かくして、家族の為に十年黒組の全てを敵に回した孤独な戦いは始まった。





<千葉・幕張>


ボクは桐ケ谷に毒で昏倒させられ、そのまま病院に長期入院する事になって自然にフェードアウトする形で十年黒組からリタイアした。

勿論その事をボクは不満に思ったし、だからこそ終わった後にミョウジョウ学園のメインサーバーへとハッキングを仕掛けるも、あっさりと弾かれてしまった。

元々こっち系の技術はそこそこあるとはいえ、結局一般人の中では凄いレベルのモノだったし、殆どダメ元だったから構わない。

寧ろミョウジョウ的には通報して警察沙汰になってもおかしくは無かったが、まるで情けを掛けられたかのように何の通知も来なかった。

そして、ボクはまたひきこもりがちの生活へと戻った。

集団下校に関しても、もうほとんどかかわりは無くなってしまったし。


 しえな「……はぁ。」


最近はもっぱらアフィリエイトサイトを眺めたり、通販ショップで色々と買い漁ったり、そんな自堕落で未来の見えない生活を送っている。

変わり者だらけの十年黒組の中じゃボクは地味かつ力も無い方だったし、これといった特徴も無い故に、意外とあの生活を楽しんでいたのかもしれない。

少なくとも、金星祭の準備をしている間は久しぶりに全てのしがらみから解放されていた気持ちだった。

……ボクは、やっぱり、飢えているのだろうか。


最近、武智が脱獄してすぐにまた再収容されたというニュースが流れていた。

彼女もまた初め頃にリタイアしていて、あまりかかわりは無かったが、好かれているとは思っていた。

それが例え性的快楽の為の好意だとしても、誰かに親しまれるなんて経験、ボクにはこれまで一度も無かったから、とても嬉しかった。

嬉しくて、とても困惑していた。


この感情はなんなんだ、こいつを信じてもいいのか、と。


 しえな「(アイツ、今頃真面目にやってるのかな。)」


ジャージ姿の自分の袖をぎゅっと握りながら、膝を抱えて。


ボクは、アイツとまた話してみたいと思ってしまった。




<刑務所>(武智乙哉)


あたしは、結局鳰の幻術によって再収容される事になった。

相変わらず刑務所の中はむさくるしいおっさんばかりで、綺麗なお姉さんや可愛い女の子何て一人もいなかった。

流石に観念するしかなかった為、ずうーっと地味な雑用ばかりをやってる。

とてもつまらない。毎日フラストレーションが溜まっていく日々だった。


そんな時、何の心変わりなのか知らないけど、あたしの事を秘密裏に出所させようって人がやってきた。

その人も綺麗なお姉さんで、久しぶりだったから思わず面会席のガラス越しに爪を突き立てちゃったけど、仕方ないよね?

御話しもほとんど聞かずに、勝手に涎が止まらなくなってたからずっと袖で拭ってた。


 乙哉「……へぇ~♪ ホントに出させてくれるんだ♪」

 「貴女の危険性などを考慮するとこの判断は私自身遺憾には思っているけど、上の命令は絶対だから。明日、此処を発つわ」

 乙哉「うん、それじゃあ楽しみにしてるね?」


その翌日、察していた通り"葛葉"という暗殺組織のメンバーが待ち構えていた筈の正門……ではなく、事前に下調べていた裏口から脱出した。

本来なら引き連れていく筈だったのだろうお姉さんは、あたしが武器の一切を持っていないのと力を侮ってたのか、後ろから目を抉り取った。

両眼の奥から全力で引きちぎったせいで、ぶちぶちとした気持ちの悪い感触と共に大量の血がまき散らされてたのを、あたしは凄く綺麗だと思った。

絶叫が心地よいって、やっぱり最高だ。





ただ、そう一筋縄じゃいかないのが、世の裏側で世間を操る二大勢力の一つ『葛葉』だった。

逃げる途中で右脚と左肩を銃撃されて、右手の指を三本持って行かれた。

完全な死角から、拳銃の狙撃。咄嗟に急所を庇って突っ込んだ時にそのままガラス片で心臓を一突きした。

次は左肩を庇って走っていたら、走りながら撃たれて脚を抉られた。

流石に不味かったから、振り切る為に全力で逃げようとした時に、近づいていた男にナイフでスパッと指を切り離された。

自分の体に未練何て無いから別にいくらでも無くなっていいんだけど、切り裂くために必要な指だし、無くなると困っちゃうよね。

……あは、でも、そろそろ、血が、無くなってきた――――――――し、た。


 「……アタシは、どうしたいんだろうな。」


意識を失う瞬間、追手の二人がそれぞれ背後から誰かに殴られて昏倒する姿が見えた。


深夜にいくつか書き込みます。

<千葉・幕張>


 春紀「……流石に人が多いな」

 鳰『そうッスねぇ、クリスマスに一人で暗殺しようなんて機会、生きてて中々ないッスよ~?』

 春紀「あぁ、そうだな」


クリスマスという事もあり、カップルや家族連れで賑わう街の中、いつもの制服姿にマフラーとジャケットを羽織った春紀は、耳元に取り付けてあるイヤホンから聞こえてくる鳰の煽りたてるような言葉に短く返した。

冬香達には少し仕事の事で二週間程家を空けると言っている。この間に、他の十一人(鳰除く)を殺し切らなければならない。

ただ、春紀自身これを達成するのはほぼ無理だと考えている。

東のアズマと呼ばれ一度は拳を交えてその強さを実感させられた兎角、暗殺者としては恐らく一番プロフェッショナルの伊介様辺りが危険だ。

彼女達を確実に始末するためには、どうしてもサポーターが必要になる。

いざという時は鳰が出張るらしいが、それも何度も頼る事は出来ないだろう。

ただでさえミョウジョウの勢力として考えられている鳰が何度も出張れば、東と葛葉両勢力にミョウジョウが目をつけられて手を出されるのは確実だ。

そうなってしまえば、元も子もない。



 春紀「それで、剣持の家の外装は?」

 鳰『至って普通の一軒家ッス。住宅街に並んでる家ッスけど、家族構成や近所の様子から考えてバレずに剣持しえなだけを殺すのは難しそうッス」

 春紀「……つまり、ただでさえ引きこもりがちの剣持が外に出てきたタイミングを狙うって訳か。」

 鳰『それに関しては裏から回ってきた"とある情報"があるッス……しぶといッスねぇあの人も。武智乙哉がまたまた脱走したらしッスよ」

 春紀「武智が?」

 鳰『葛葉が情報封殺のために極秘裏に脱走させようとしたらしいスけど、結局逃げられて今千葉のどこかに逃げ込んできてるらしいッス」

 春紀「……それで武智を利用して剣持をおびき寄せるわけか。」

 鳰『ま、その前に死んでしまえば何も無いッスけどねぇ……あ、そう言ってる内に出会っちゃったッスよ』



春紀の視線の先、一見すれば何の変哲もない平和な光景だが、同じ幻術を得意とする鳰は葛葉が見せている"結界"を見破る事が出来た。

実際に近付いてみると、壁に寄りかかっているホームレスらしき人物が武智で、それらを取り囲む不良らしき人物達は恐らく葛葉の者らしき黒服だった。

武智の方はかなり衰弱しているらしい、大量に血を失っているせいか顔も青ざめて唇も若干紫色だ。

このままだと力尽きかねない。



 鳰『春紀サン、どうするッスか? まぁ、ここで見殺してもまた別の方法を考えればいいだけッスから、判断はお任せするッス」

 春紀「……助けるに決まってんだろ」



口に出すと同時、ショルダーバッグから取り出した警棒を伸ばし、トドメを差そうとしている二人の大男の後頭部を軽く薙ぎ払った。

ボグッという鈍い音と共に、糸が切れたように男達はその場に倒れ込んだ。

加減はしたから死んではいないだろうが……と、目の前の武智がふらりと体制を崩して倒れ込んできたのを抱きとめた。


肩と脚の銃創―――――そして痛々しい事に、グロテスクな切断面のある指が二本しか残っていない右手。


 春紀「……間に合ってよかったよ、ホント。」


そしてよくこれで死んでいなかったなと、純粋に武智の頑丈さに驚くと共に、彼女を背負った春紀は全力疾走で最寄りの総合病院へと走った。



 <千葉・総合病院>


 乙哉「……あ」


目を開けた乙哉の視界に入ったのは、一面の白い天井だった。

確か自分は――――――――そうだ、葛葉の連中に追われて、肩と脚を撃たれて、指を切り裂かれて……其処からは必死だったせいかあまり覚えていない。

でも、こうして病院に居るという事は追手に捕まったという訳でもなく、助かったのだろう。

こうして横になっていてもズキズキと痛む肩と右脚に、熱湯にさらされていると錯覚するほど熱を持っている右の指。


確かに負ったもう治らない傷は、自分の身体だからという理由だけで『どうでもいいなぁ』と思ってしまった。

この手で切り裂けるモノさえあればいいと、長いようで短い刑務所の生活で溜まったフラストレーションは留まるところを知らない。

その衝動のまま体を起こすと、あるモノに気付く。


 乙哉「…手紙? 誰からだろ」


開いたソレに書いてあった場所は、幕張の住宅街が立ち並ぶ一角で、隣に記されていたとある人物の名前を見た乙哉は、


 乙哉「へぇ……しえなちゃんが此処に住んでるんだ♪」


ギラついた瞳と狂気的に口端を引き裂いた、快楽殺人鬼としての自分が自然と現れている事に気付いていなかった。

点滴の針を引き抜き、着ていた病院服を脱いで下着姿になると、棚に入っていた簡素な紺色の膝丈のスカートに白のブラウスを着ると、すぐに病室を抜け出した。

担当の看護婦らしいおばさんが急いで追いかけようとしてたけど、痛む右脚を引きずって全力で走った。

※鳰はグー○ルアース的な奴で観てる感じです。本人も一応千葉のホテルに居ます


<千葉・幕張>(乙哉病院脱走二時間前)


 春紀「……ここか。」

 鳰『ふっつ~の住宅地ッスねぇ。ま、元々いじめられっ子がイキって集まってる組織の一員程度ッスから、そんなもんでしょうねぇ』

 春紀「逆にやり辛いな」

 鳰『何でッスか?』

 春紀「……アタシには無かった、"家族"があるからだよ。」

 鳰『(……あぁ、なるほど。まだしみったれた家族愛なんて抱えてるッスか。)』

 春紀「やる時はやるさ、だから安心しなよ」

 鳰『……ま、信用してるッスよ。取引、ッスからね』


住宅街の一角、其処にある小さな庭園と駐車スペースのある一軒家は至って普通で、寒河江家の外装と殆ど変らなかった。

ただ、ところどころ手入れが行き届いていない雑草地帯やらひび割れた壁やら、家庭環境が上手く行っていない様子がちらほらと目についた。

そりゃそうだ、愛娘は引き篭もって学校にも行かず、そうなれば苦労するのは全て親だ。


剣持が全て悪いとは言わない。

いじめ、ってのがほとんど学校に行ってないアタシにはよく分からないから。

心にどれほどの痛みを与えるモノなのかは知らないけど、でも、愛してくれる家族すら泣かせてしまう様なら絶対に許さない。

あの時消えた、アタシ達全員を捨てて行った父親の姿が頭にちらついた。


一先ず、当初の目的通り―――――――作業着に着替え、髪型も変えてメイクも全く違うモノに変えていた。



 春紀「すいません、少し水道管の調査をさせていただけませんか?」



※幻術は(((()))))のように多重括弧で表現します


 <千葉・幕張>(乙哉脱走一時間前)


場所の下見をしたアタシは、剣持の部屋の壁や廊下の隅などに二つ盗聴器を設置した。

これで一先ず、武智がきちんとやってくるかどうかを確認する為だ。

あの手紙を用意したのもアタシで、アタシの知る武智乙哉なら早々に病院など抜け出してくる筈だと予想しての事だった。


一度鳰の待機しているビジネスホテルまで引き返すと、まるで金星寮の時を思い出すかのような部屋の配置に驚きつつ、


 鳰「理事長のお知り合いさんが経営してるホテルらしいッスね~、だからこんなに似てるらしいッスよ」

 春紀「理事長、ホント顔広いな」

 鳰「ま~プライマーの力って奴は怖いッスね」

 春紀「……本来、晴ちゃんもその力を持っている"はず"だったんだとしたら、今頃どうなってんのかね」

 鳰「そりゃアレッスよ、皆晴に何かしら好意を抱いてプライマーの働き蜂になってたんじゃないッスか? それも完全に無意識に」


もしそうなっていたら、と考えると、案外そっちの方が幸せな未来が待っていたのかもしれないな、とアタシは思っていた。

殺し合い何て起こらない、本当に十年黒組全員が脱落する事無く一年の学園生活を―――――――


 
 鳰「ま、春紀サンはソレを全部殺して回ろうとしてるッスから、酷い話ッスねぇ~」



ケラケラと笑う鳰の言葉に、複雑な心境だったアタシは思わず唇をかみしめた。


結末としては誰も死なずに卒業出来た。そして、今その平穏を破ろうとしているのは、全てではないとはいえアタシも含まれている。

自分の為だけに他人の命を奪う、畜生になってでも……


 ((((鳰「"家族"が居るんだから、仕方ないッスよ。誰だって自分の家族と友人、どっちを取るかって言われれば家族を取るッス」))))


耳元で囁いてきた走りのその言葉が妙に頭に入り込んできて、自然とアタシはそれを肯定してしまっていた。

その口元に、悪意が満ちている事に気付かず。


 春紀「そう、だな……冬香達の幸せは、アタシが必ず守ってみせる」

 鳰「その意気ッスよ! んじゃ、ウチは適当にシャワー浴びてるんで、春紀さんは剣持家の監視宜しく頼むッス」


鳰がシャワーに向かい、頭の中に感じる違和感をブンブンと頭を振って振り払うと、鳰の用意しているタッチパネルを眺めていた。

壁に取り付けたのはソナーの様なモノらしく、かすかな振動音など余計なモノを排除して的確に声だけを捉えるそうだ。


二つあるシングルベッドの一つに腰掛けると、足を組んでその時が来るのを待った。










<千葉/幕張/住宅街>


 しえな「……」


お母さんが頼んだのか、水道管を整備する業者が入ってきた。

滅多に他人とは干渉しない(リアルでは)ボクとしては大事件で、ボクの部屋の前を通る度に開けてこないかと冷や冷やしていた。

ただ、その声に少しだけ聞き覚えがあった気がしたけど……とても一致しているとは言えないし、それに確認しにいく勇気もボクには無かった。


とにかく今は、脱走した武智が今どうしているかがとても気になっていた。

アイツの性格なら、多分すぐさま隠れ家を探してどこかに隠れているだろう。

そうなると、ボクが出向かないといけない、けど……


 しえな「(でも、なんで其処までする必要があるんだ? ボクはただの一般人で、アイツは犯罪者なんだ。此処に匿ってもしバレでもしたら、それこそ本当に母さんや父さんに見放される…)」


今でさえ、引き篭もっているながらたまには家事の手伝いとかしているけど、それでも極力"外"とは関わりを断っている。

だったら、別にアイツがもう一度捕まろうが何をされようが、構わないんじゃないのか。

話がしたいだけなら、したい、だけなら。


 しえな「(……一瞬だけでも、ボクとアイツは友達だった。虐められてばかりのボクにも、あの瞬間だけ一之瀬や東や武智に友情を感じられた。)」


それが例え自分からの一方通行だとしても、彼らは会話してくれた。


ボクの悪口を口にしたりしなかった。

教科書を引き裂いたり、机に死ねなんて書かなかった。

一人だけ、除け者にしたりしなかった。


素直に嬉しい気持ちと同時に疑心暗鬼になっていたところもあった。

これまでそんな風に接してくれる他人なんて一人も居なかったから。



 しえな「(……行こう。せめて、せめてこの街だけでも探し回ってみよう。)」



あれから殆ど外出していないボクは、今のあまり整っていないボサボサの頭をブラシで梳くと、ジャージを脱ぐと、黒組時代の制服に袖を通した。


<千葉/幕張/商店街>


 乙哉「……しえなちゃん、久しぶりだなぁ♪」



あれからなんとか病院を抜け出してきたあたしだったけど、正直脚と肩の痛みが半端じゃなくて歩いてるだけで辛い。

ま、しえなちゃんをこれから"刻める"と思うと全然余裕で歩けるんだけどね。

そんなわけで、右手は流石に指がなくなってる事を知られる訳にはいかないから包帯でぐるぐる巻きの状態で街中を歩いていた。

しえなちゃんの家はここから十分位したところにあるらしいけど……正直もう倒れそうなくらい辛い。


ふとその場に座り込んでしまおうかなぁ~と考えていたところで、視線の先に見覚えのある人影が現れた。



 しえな「……たけ、ち」

 乙哉「久しぶり、しえなちゃん♪ あはは、ちょっと怪我しちゃったんだ~」

 しえな「ちょっとじゃないだろ!? どうしてこんな、こんなになってまで歩き回ってるんだ!」

 乙哉「そりゃあ、しえなちゃんに会うためだよ? あ、でもでも、流石に辛いからちょっと肩貸して~」

 しえな「……きちんと治療する。その後に、ちゃんと事情、聞かせろよ」


其処には、黒組で見た時よりも不健康そうな青白い肌にくっきりとしたクマを目元に作ったしえなちゃんが居た。

懐かしさと同時に、今は下ろしている長い髪を見て連想したおさげを切り裂きたい衝動が浮かび上がって思わず興奮しちゃった。

でも、ちょっと今はしえなちゃんに甘えちゃおうかな♪ 

<千葉/幕張/商店街→住宅街>


久しぶりに出た外は、まず第一にとても寒かった。

流石に制服だけではきつかったので、指定のコートを上から羽織って歩いていた。

昔は歩きなれた場所だったはずなのに、今では極端に他人の視線を気にし過ぎてしまい、時折人とすれ違う時は首を竦めながら早足になってしまう。

……さっさと目的を済ませよう。



そうしてやってきたのは、商店街の中央通り。

クリスマス効果かとても人が多く賑わっていたそこを気まずそうに歩いていると、ふと目の前に見覚えのある顔があった。

普段の制服ではなく、割と簡素な格好をした武智は、ふらふらと頼りなく左右に揺れながら、右足を引きずりながら歩いていた。

肩にはどう見ても血がにじんでおり、白のブラウスに赤黒い染みを作り出している。

右手は包帯を巻かれてよく分からないが、そちらも血がじんわりと滲んでいる。


脱走したという事もある、警察に追われた時に付けられた傷……にしては、どう考えてもやり過ぎだろう。

とにもかくにも、ボクは急いで武智の元に駆け寄ると、変わらずいつも通りの飄々とした態度で、しかし明らかに無理をしている様子に歯噛みし、武智に肩を貸してやった。

一先ずは、急いで家に運んで休ませなければ。




そして帰ってきた自宅、つい先ほど母さんが外出する時を狙って出ていた為、予想以上に早く帰ってこれたので特に出会う事も無くすんなりと部屋に運べた。

さっきまでは軽口でも叩いてボクの事を弄ろうとしてきていたけど、今は息も絶え絶えで顔も相当青ざめている。

急いで武智をベッドに横にさせると、救急箱を取りに行ってきた。戻ってきた時、武智は力尽きてしまったか気を失っていた。

取り敢えず、最初に右手の包帯から――――――――――――――――――――


 しえな「ひっ……!?」


グロテスクな断面に細菌が入らない様フィルムで包まれたソレは、小指と薬指以外の三本を切断された惨い右手。

思わず息を呑んでしまい、その拍子に薬箱を取り落してしまった。

犯罪者と言えど、日本の警察が此処までするのか……? それとも、買った恨みを此処で返されたのか?


 しえな「……」


そんな事はどうでもいいと、意を決したボクは出来るだけ刺激しないようにゆっくりと包帯を取り換えた。

そうして左肩と右脚の包帯も取り替えた後、ふぅと一息ついたボクは、気が抜けてそのまま座り込んでしまった。

胸を上下させて眠る武智の姿をぼーっと眺めつづけていると、


 しえな「(ん? 何だ、これ)」


スカートのポケットに突っこんであった紙に気付き、抜き取って広げてみると、


 しえな「(ボクの家にピンポイントでマーキングされてる地図……武智を脱走"させた"奴が、もしかしているのか?)」


だとすれば、ボクにわざわざ差し向ける辺り、ボク達の関係を知っている奴等……なのかもしれない。

疑いたくはないけど黒組メンバーなのかもしれないし……其処は武智が目を覚ましたら詳しく聞かないといけないだろう。

<千葉/幕張/ホテル>

 
 春紀「……ん、始まったみたいだな」

 鳰「急に静かになったと思ったら、武智さん寝ちゃったッスかねぇ」

 春紀「だろうな。間近で見たアタシだから言える、アレは数時間程度で動いていい傷じゃない」

 鳰「そういえば、春紀さんも兎角サンとやり合った時に片腕がぐちゃぐちゃになってたッスけど、よくもまぁ数か月で其処まで治せたッスね」

 春紀「元々体だけは頑丈だよ、人一倍な」


ポッキーの三箱目を開けようとした時、玄関らしき扉が開く音が聞こえた春紀は隣のベッドで雑誌を読んでいた鳰を呼んで、揃ってパッド端末にに目を向けていた。

予定通り、武智は剣持の元に向かい、そして邂逅させる事が出来た。

此処からが本番、廊下に映った懐かしい剣持の姿(武智はさっき運んだ)を見て、アタシはまた逡巡していた。

元々あのメンバーの中では晴ちゃんを除けば最も一般人に近い存在だったというのもあるが、彼女の境遇にもまた同情出来る所があったから。

妹の冬香がボロボロになった荷物を抱えて帰ってきた時の事を思い出していた。つまりは、"イジメ"とは過酷なモノなんだろうという事は理解できていた。


 春紀「(……)」

 鳰「あ、そういやぁ具体的にどう殺すかとかそういうの伝えてなかったッスね」

 春紀「…情報隠蔽したいのなら、アタシはワイヤーで絞めて死体を運んでくるぞ」

 鳰「ん~それもそうなんスけど、出来れば"相手方の勢力が殺った"って事にしたいッスねぇ」

 春紀「つまりは、対立を煽るって事か?」

 鳰「そッス。そうして勢力争いが終わって、どちらかの勢力が弱まってくれればミョウジョウが掛け合ってその片方の勢力に対抗できる勢力に拡大する事が理事長の目的ッス」

 春紀「……その為の生贄って訳かい、アイツらは。」

 鳰「まぁ、"たった"十数人の犠牲で春紀さんの家族含む大勢のミョウジョウの生徒に加えて、世も平穏になって万々歳ッスから、仕方ない事ッス」

 春紀「仕方無い、か。……そうだな、そう信じるしかないな、今は」

 鳰「あ、どうやら武智さん起きたみたいッスね」


未だに揺れるアタシの思いに、鳰はただニコニコと胡散臭い笑顔を浮かべるたけだった





<千葉/幕張/住宅街>


 乙哉「ん……あれ、しえなちゃんだ~」

 しえな「ハァ、お前は何時も通りなんだな……」


あの後、処置を終えた武智は何かしらの原因で微熱が出ていた。

急いで氷枕や薬を準備して持ってきた時、丁度額の濡れたタオルをぽとりと落としながら目を覚ました。



 乙哉「あは、すっごいだるぅ~い」

 しえな「当たり前だろ、お前今7度5分あるんだしな。その様子じゃ病院から抜け出した時、無理やり点滴針抜いただろ」

 乙哉「……そういえばそうだったかも。ねねしえなちゃん、今何時?」

 しえな「ん? お前と会ったのが17時だから……今は19時か。」

 乙哉「二時間も寝ちゃってたんだ。あ!そういえば、あたしにしえなちゃん家の場所教えてくれたの誰なんだろ」

 しえな「さぁな。少なくとも、私と武智の関係を知ってる奴なんだろう。」

 乙哉「ふぅん……」

 しえな「おい、とりあえずこの薬飲んで、もう一回横になった方がいいぞ」

 乙哉「あ、これってアレだよね?ラブコメとかにある鉄板でさぁ~、しえなちゃんがフーフーしながらお粥食べさせてくれるんでしょ!?」

 しえな「腹が減ったなら食べるモノは持ってくるけどフーフーはしないッ!」

 乙哉「え~、じゃあ口移し!?」

 しえな「飛躍しすぎだろ!! いいから薬飲めよ!」



とはいえ、何も入っていない腹にいきなり薬はどうかと私自身も思ったので、適当にカップ麺を武智に渡した。

……り、料理が出来ないんだから仕方ない。うん、仕方ない。

まぁ、武智はラーメンにはやたらとうるさいので食べないかと思ったけど、予想以上に腹が減ってたんだろう、一気に啜り上げて完食していた。

薬も飲み終えたところで、本題に入る事にする。


 しえな「……なぁ、なんで武智は脱走出来た?」

 乙哉「あぁ、それはね、"葛葉"が手筈を整えてくれたよ!」

 しえな「葛葉が……?」


葛葉、といえば走り鳰が生まれ育った暗殺者の名家の一つだ。 

東のアズマ、西の葛葉とは、まさしく東西に位置するその二つの勢力がこの現代社会に大きな影響を及ぼしている事に由来している。

でも、何故其処で武智の脱走に繋がる…?


 乙哉「うん。まぁ、でも、殺されかけたし。…あたしの推測だけど"ミョウジョウに深く関わった十年黒組"だから狙われたんじゃないかな?というか思い当たる節がそれくらいだし」

 しえな「黒組だから……?(その理由は、情報を得る為?だとすれば…)」


だとすれば、必ずその情報を抹消する為のアクションがミョウジョウ側からあるはずだ。

なら、せめて、せめて十年黒組のメンバーにだけでもこの事を伝えなければ……と、携帯に手を伸ばした。

なんとか、"ツテ"を探ってメンバーの番号を見つけてみせる。

そんな真面目に思考している隣で、武智は目を丸くして

 乙哉「しえなちゃん、やっぱりしえなちゃんはしえなちゃんだね」

 しえな「…? ボクはボクだろ。」

※もし見てくださってる方がいらっしゃればまだ続けようと思います。自分短編の方が向いてるのかな…と思う今日この頃。関係無い事で申し訳ないです。



<千葉/幕張/ホテル>


 鳰「ほうほう、やっぱ一度はミョウジョウに敵対心を持ってたらしいッスから、食いつき方が違うッスね」

 春紀「それで、このままじゃ他のメンバーに情報が伝わって全部筒抜けになっちまうけどどうするんだ?」

 鳰「あ、これも一つの手なんで、ウチらが殺しに掛かる事がバレても特に意味は無いッス。寧ろアリアリッスよ」

 春紀「……手の内がバレた暗殺ほど間抜けなモンは無いと思うが」

 鳰「警戒心だけでもたせとかないと、先に葛葉と東に殺されたらたまったモノじゃないッスよ。だからまぁ、ウチ達が殺す前に死なれたら困るからっていう保険ッス」

 春紀「理に叶っちゃいるけどなぁ……アタシを買い被り過ぎじゃないか?いくら走りと協力しても、相手はあの東だって居るし、最終的には伊助様だって居る。本当に達成できるか?」

 鳰「そこは春紀サンの手腕に掛かってるッスよぉ~? ウチも回数制限付きのサポーターですし、春紀サン次第で結果は変わるッスよ?」


(本心からそうなんだろうが)お前が失敗しようがしまいがミョウジョウ的には微々たる不利益だ、とその胡散臭い笑顔に浮かぶ瞳から読み取れた。

どうせアタシの事も都合の良い捨て駒としか思っていなんだろうし、アタシも承知の上で駒になっているのだから今更怒るようなことでもない。

これはとても合理的で、とても外道な取引だ。



 鳰「偶然にも剣持さんの母親は外出中の様子。ミョウジョウからの情報で、どうやら今夜は遅くまでパートらしいッスね」

 春紀「……行くか?」

 鳰「そッスね、ウチも一応は向かいのマンションの一室で監視してるんで、何かあれば胸元の集音マイクのスイッチを二回押してくださいッス」


そう言って小型のピンがついたマイクを手渡され、それをカーディガンの内側に取り付ける途中、走りの方は走りでその身長の1.5倍はありそうな長く細い得物を取り出した。

それは、消音器が取り付けられたボルトアクション式の狙撃銃。

ぎょっとした顔でそれを眺めていたアタシの方を見て、説明書らしき何かを指さしながら


 鳰「あぁ、これはエアガンッス。まぁ違法改造レベルのモノなんで見つかったら捕まるッスけどね」

 春紀「…それ以前に、お前銃器何て扱えたのか?」

 鳰「何度か試し撃ちした位ッスけど。ま、エアな分反動は本物よりも大分落ちてるッスから、せいぜい当てても殺し切るというよりは傷を負わせて機動力を削ぐ用途ッス」


その割には説明書をまじまじ眺めている様子の走りに、本当に大丈夫なのか…?と不安になるアタシだった

スマホからです。明日また更新します

※見てくださっている方がいてくれて嬉しいです。実質初SSなので至らぬ点等ありますが、日々精進していくつもりなので宜しくお願いします


<千葉/幕張/住宅街>


 しえな「よし…!!」


集団下校に所属していた時、個人的に親しかった情報管理系の得意な友人に頼み込み、削除していたデータを復元してもらった。

その名称は、"一之瀬晴"。

唯一といってもいいまともに会話が成り立っていた彼女とは、一度だけだがメアドを交換していた。が、すぐに削除していた。

殺す対象の、いわば遺物にもなるモノを手にしていたって後味が悪くなるだけだ……当時はそういう理由だった。

ただ、まさか此処に来て彼女にまた連絡を取る事になるなんて思ってもいなかった。

……横でニヤニヤしながらボクの頬をつついてくるシリアルキラーを横目に、番号を打ち込んで通話ボタンを押す。

数回のコールの後、


 晴『しえなちゃん!? やっとかけてくれたんだ!』

 しえな「あぁ、まぁ、な。……一之瀬、これは東に伝えてほしい大切な事なんだ。」

 晴『え、どんな事なの?』

 しえな「"ミョウジョウに気を付けろ"。いいか、絶対に、どんな奴でも玄関を開ける時は東と一緒だ。いなかったら居留守してくれ。それと、他の黒組メンバーの番号を知ってたらこれを伝えてほしいんだ」

 晴『……』


数秒の沈黙の後、まるでこくりと頷いたかのような息遣いで


 晴『うん、分かった。兎角にも伝えておくね。ありがとうしえなちゃん』

 しえな「……一度は殺そうとしていたボクが言うのも何だけど、その、絶対死ぬなよ。」

 晴『……晴は死なないよ。今は兎角さんだって近くにいるし、それに……晴は、もう恐れたりしないから。』

 しえな「あぁ。それなら、安心した。」


ばいばい、と短い返事と共に通話が切れると共に、妙な脱力感に襲われた。

その様子を見ていた武智が、それまで小突いていた頬から今度はボクの肩に両手を乗せて顔を寄せてきて


 乙哉「……あはは、よく頑張ったね、しえなちゃん」

 しえな「子供扱いするな……やっと、剣持しえなとして、"十年黒組"として一仕事やれたって少しだけ嬉しいんだよ」

 乙哉「元、だけどね♪ それに晴っちも無事みたいで良かった~。先に殺されちゃたまったものじゃないから♪」

 しえな「まだ諦めてないのか、お前……そういえば、何でボクとこうしてまともに話してる? 切り刻まないのか?」

 乙哉「いやぁ、流石に一度は命を助けてもらった恩人でもあるんだからさぁ? すぐに切り刻んで殺したりしないよ♪」

 しえな「……お前にもまだそんな考え方が出来たんだな。刑務所生活、効果あったんじゃないか?」

 乙哉「さぁ、どうだろね♪」


そんな風にやり取りをしている最中に、非通知の着信が鳴り響いた。

流石に警戒したボクはゆっくりと通話ボタンを押し、そしてスピーカーモードをオンにすると――――――


 しえな「っ、お前は……!?」


全く予想外の人物の声が聞こえた。

<千葉/幕張/住宅街>


 鳰『んじゃ、手筈通り夜闇に紛れて入ってくださいッス。一応音声を聞いて、剣持さんが武智さんの元を離れた時に片方から殺すのが手っ取り早いと思うッス』

 春紀「……」


いざ本番となると、色々と後ろめたい気持ちや躊躇う思いが浮かび上がってくる。

しかし、家族の事だけを頭に思い出して、震え出している肩を無理やり押さえつけた。

晴ちゃんを殺すと決心した時よりも、何故か今の方が激しい焦燥感に襲われている。

失敗すれば、アタシが身売りしても養えるかどうか厳しい現状……その"現実"が、学園生活という温い場所での暗殺とは違う事を感じさせた。

支給されたガントレットは、元々持っていたモノよりしっくり来た。

握りやすさなどもきちんと計算されているのかとても握りやすいし、硬度もまたコンクリートの壁を軽く小突いても剥離しない。


 春紀「(裏口、はどうだろうな。逆に怪しまれるか……?)」


剣持宅の対角にある塀の影から様子を伺う春紀だったが、しかし、其処で不意に闇の中でギラリと輝くモノが――――――

グジュッという肉が抉れる音が聞こえたと思った時には、自分の右大腿に巨大な裁ちバサミが突き刺さっていた。

一瞬遅れて、その傷を見た途端に凄まじい熱と痛みが右脚に走り、自分では止まらない悲鳴が喉から絞り出された。

思わずガクリと右足が崩れ、どくどくと溢れだす血液をぼーっと眺めていると、次に飛んできた裁縫用のハサミをすんでの所で首を捻って避け、右頬に一筋の赤い線が浮かび上がる。

ポタポタと血の滴る右脚を庇っていると、その視線の先には右手の薬指と小指以外包帯に包まれ、剣持の家にあったものかもう一本の裁ちバサミを掲げながら向かってくる武智の姿があった。

月明かりを背に向かう彼女の瞳は、何処か青く輝いていた。


 
 乙哉「は る き ち ゃ ん ♪ こんな暗がりを歩いていると、シリアルキラーにバッタリ出くわしちゃうかもね?」

 春紀「っ、づっ……武、智。」

 乙哉「どうして"分かったか、とか聞かれても教えないよ~? ……ねぇ、今の春紀ちゃん超綺麗。強気な貴女が崩れて呻いてるの、すっごくゾクゾクしちゃう♥」 

 春紀「流石、あんだけの傷負っといてもシリアルキラーやってんのなっ……っづ、でも、アタシも引けないんだよ!」


激しい痛みに耐えながらも、突き刺さった裁ちバサミをゆっくりと引き抜くと、溢れだす傷口を手持ちのハンカチでキツく縛った。

一気に血を失ったせいか少しフラフラとする、手早く終わらせなければ共倒れになってしまうかもしれない。

裁ちバサミを出来る限りの力で投げ返すと、乙哉は特に動く事なく軽く体を捻るだけで避け、しかし次の時には踏み込んでいた春紀に気付いていなかった。


 乙哉「(あれ、早―――――)」

 春紀「ッ、らァ!!」


硬いガントレットによる一撃は正確に乙哉のレバーを捉え、凄まじい衝撃と共に肋骨を粉砕して彼女の身体を吹き飛ばした。

ブロック塀に叩きつけられた乙哉は、強制的に肺から空気が吐き出された苦しみに顔をしかめつつずるずると地面に崩れ落ちる。

しかし、その視線の先に居る春紀の右足のハンカチから血が滲み出ているのを見て、なるほどそういう事かと口角を吊り上げた。

確かに不意は突いたつもりではあったが、予想以上に深い傷を与えていた裁ちバサミを握り直すと、互いに負った傷を庇いながら睨み合った。

※ここから三人称視点
 
 春紀「(クソ、やっぱ無理して踏み込むんじゃなかった……ッ)」

 乙哉「ぺっ、まさか春紀ちゃんがそんなに早く動けたなんて、ちょっと見直したかな♪」

 春紀「あぁ、そういやお前は東達にやられてすぐに居なくなってたな。ま、独学だけど腕には自信あるよ」


まるで日常的な会話の様に穏やかに会話する二人だったが、しかし互いが互いの武器の間合いにいかに先に入ろうと睨み合っていた。

ガントレットは刃物を弾いて殴れるが、右足の深い傷でかなり動きが鈍くなっている。

対して、乙哉も先ほど脇腹に貰った重たい一撃は肋骨に粉砕とは行かずとも確実にヒビは入っている。

どちらも激しくは動けないとはいえ、まだ乙哉の方が動ける。


 乙哉「へぇ……ま、呆気なく殺されるよりは全然良いけどね♪ 脂汗止まんない位には、苦しいみたいだし!」

 春紀「手厳しいねぇ……」


右脚を軽く引きずる様にして構えた春紀は、しかし重心がやはり軽くズレているのかどことなくフラフラとしている。

乙哉の方は左手で裁ちバサミを構えると、もう片方の二本の指しかない手で引き抜いた最後の裁縫用のハサミを至近距離で春紀に投げた。

左のガントレットでハサミを弾き、そのまま低姿勢で突っ込んできた乙哉が突き出してきたハサミの先端部を右のガントレットで受け止めた。

ギィンという鈍い金属音が響きわたると共に、そのままハサミを掴んで一気に乙哉を引き寄せると、そのまま頭突きを叩きつけようと頭を引いた、ところで

乙哉の方から顔を近付け、無防備な春紀の首筋に思い切り噛み付いた。


 春紀「ッ、ぐぁっ!?」


薄く皮が引き裂かれる痛みに、反射的にハサミを手放した春紀は、そのまま裏拳の様にして乙哉の右頬を強打した。

激しく脳が揺さぶられた乙哉は、たまらず口を離すも、ぐらぐらと揺れる視界の中でもしっかりと春紀の顔を見つめて、首筋から溢れて唇に付いた血をペロリと舐め取った。

そのまま自然と距離が離れる事になったが、首筋を抑えて蹲る春紀に対し、乙哉は軽い脳震盪でフラフラと体を揺らしながらも口の端から流れた血を拭い取った。


 春紀「ぐ、くっ……」

 乙哉「あは♪ 純粋な腕力じゃ勝てないんだから、何でもするよ、あたしはね♪」


『本当に追い詰められた人間は、何だってする』……理事長の言葉を思い出し、捨てきれないしみったれた甘えが春紀にはまだ残っているんだろう。

乙哉の方は、肩と脚は銃弾でボロボロで、右手に限っては指が三つも無くなっている。

手負いの獣程恐ろしいモノは無いと、改めて実感させられた。



<千葉/幕張/住宅街>

 鳰「……かぁ~、春紀サン先にやられてるじゃないッスかー! そんなんじゃこの先不安ッスよ~」

そこから数十メートル離れたマンションの一室、そのベランダの柵に肘を乗せたまま、暗視機能のある双眼鏡で二人の姿を眺めていた。

かなり手負いなはずの乙哉が、元々の単純な腕力や格闘の技術において勝っている春紀に善戦していたのは驚いた。

ま、ウチは別にどっちが倒れようが構わないッスけど、そろそろ援護の一つでも――――――――


 しえな「やっぱりお前達ミョウジョウか、走り。」


ガチャリと、決して開かない筈の扉が開いた音がした先に、立っていたのは今まさに"暗殺されようと"しているはずの剣持しえなだった。

確かに暗殺者としての技量自体大した事は無いと油断していたとはいえ、背後を取られるほど警戒していなかった訳が無いはずだ。

咄嗟に気付いた鳰が、携帯していたナイフを引き抜こうとした瞬間、一気に腕を捻られて床に押さえつけられた後、腕を縄で固く縛られた。

驚くほど手際の良いその動きに驚愕する鳰だったが、うつ伏せに倒された彼女を両腕で抑えたしえなは、


 しえな「……ボクだって一応は暗殺者の端くれだ、流石に動揺してる相手よりも先に動けるなら、これくらいは出来る!」

 鳰「いっつつ、こりゃあ一本取られたッスねぇ~……」


手にしていたナイフを器用に回転させて縄を切り裂こうとしたところで、流石にしえなに払われた鳰は、困ったような表情を浮かべながら、


 鳰「まさか、剣持さんが此処までやれるなんて、少し甘く見過ぎてたッスねぇ」

 しえな「……今すぐ寒河江を止めろ。これ以上やらせるなら、ボクはお前を本当に殺すぞ」


しえなの殺すという言葉を聞いた途端、ピクリと肩を震わせた鳰は、そのままクツクツと喉を鳴らすように、笑いを押し殺すように、


 鳰「……アンタにゃ殺せないッスよ、一般人"風情"が」


それまで押さえつけられていた筈の鳰が、小柄な体格とは思えない程の力でぐるりと体を一回転させ、取り押さえていた筈のしえなごと床にたたきつけた。

激しい衝撃に眼鏡が外れてしまったしえなは、しかし逃すまいと手を伸ばそうとしたところで、


 (((((鳰「"ウチの一切の命令を拒めない。"」))))


鳰の視線と、ぶつかってしまった。

それまでの動きが嘘の様に、ガクリと項垂れたしえなは、そのまま虚ろな瞳でゆっくりと立ち上がると、


 鳰「そのナイフで、心臓を一突きッス」


命じられた通り、揺らりとした動きで床に落ちていた鳰のナイフを拾い上げると、そのまま勢いよく自らの心臓にナイフを突き立てた。

ドスッという鈍い音と共に、ぽたり、ぽたりとナイフから滴る血液がフローリングに斑模様を作り出し、ソレまで棒立ちだったしえなが急に激しく咳き込み、血の塊を吐き出しながら崩れ落ちた。

パチン、という鳰の指の合図と共に幻術は解け、しえなは自分が何故こんな事をしたのか分からないという様な表情を浮かべてナイフを突き立てた心臓を見つめていた。

 しえな「ごぶっ、ゲボッ!!……は、しりっ……お、前の、葛葉、力…幻術っ」

 鳰「残念ッスねぇ~、"しえなちゃん"。ウチがただのか弱い女の子だと思ったら大 間 違ぁ~い!! これでも名家"葛葉"の一族ッスよ?
アンタ程度の一般人、両手が縛られてようと余裕で殺せる。」

 しえな「っ、がはッ!!」

 鳰「あーあーきたねぇッスよしえなちゃん。なんッスか、遺言の一つでも残したいッスか?」

 しえな「―――――――」

 鳰「くだらない遺言、ありがとうッス♥」


そして、鳰の踵がしえなのナイフの柄を直撃した瞬間、一度大きくビクリと跳ねあがったしえなの身体は、もう二度と動く事はなかった。

今日はここまで。明日また更新します。良かったらコメントなどくれれば主のモチベーション上がるのでよければお願いします(切実)

<千葉/幕張/住宅街> 【時刻】 20:00


 春紀「ハァ、ハァっ……」

 乙哉「……息が荒くなってきたみたいだよ? 呼吸も整えられなくて、真面に刃物の軌道を読めるかな?反応できるかな?♪」


互いに睨み合う状況の中、首筋の傷を片手で抑えながらも、グラグラと揺れる右脚を懸命に崩れない様に集中しているアタシは、武智の言葉に歯噛みした。

呼吸が乱れるという事は、つまり動き全てに無駄が出来る……それに比べて、武智の方も決して軽くは無いダメージを負っているにも関わらず落ち着いていた。

普段から人間の死に近いところにいる殺人鬼と、せいぜい一般人に毛が生えた程度の暗殺者では踏んだ場数が違うんだろう。

だが、だからといって此処で引くわけにはいかない。

次の一撃で確実に落とすと、気合を入れたところで胸の内に取り付けてあるマイクが点滅したのを確認し、ワイヤレスのイヤホンを片耳に取り付けた。

電子音の後に聞こえてきたのは、走りの声。


 鳰『剣持しえなの処分は終わったッス。今から十秒後に狙撃するんで、少しだけ距離を空けといてくれると助かるッスよ』

 春紀「…そう、か。」


剣持が死んだらしい。

自分も同じだからという意識があるせいか、不思議と悲しいという感情は浮かばなかった。

ただ、やるせない思いだけが胸の内に積もり、ぐっと拳を握りしめてただ一言「ごめんな」と口にするだけだった。

その様子を察したのか、武智の方もそれまでの狂気的な笑みが一瞬だけ凍りついた気がした。

そして、約束通りの十秒後。

本当に僅かだがどこかで空気が漏れる様な音が聞こえたと思った矢先、目の前にいた武智の右脚から少なくない血が飛散した。

当の本人は何が何だか分からないといった様子で、自分の右足を貫通する事無く留まったプラスチック弾に激痛に顔をしかめて崩れ落ちた。

殺すのではなく傷を負わせるのが目的、となれば、その痛みはハサミが突き刺さるのとは比べ物にならない程の痛みだろう。

じわり、と反射的に溢れだした涙が唖然とした表情の武智から溢れだした途端、既に銃撃されていた左足の傷も限界だったらしく、その場に蹲ってしまった。

声を押し殺している様子だったが、


 乙哉「ふーっ、ふーっ……!!」

 春紀「っ…」


その痛々しい光景に、思わず反らしてしまいそうな顔を必死で武智の方へと向けていた。

これが、今自分が自分の為だけにやろうとしている事だと、自覚する為に。


 


春紀「…剣持が死んだ。そして、アタシは武智、アンタも殺さないといけない。」

 乙哉「……はっ、あは! 結局、"こっち側"から抜け出す事なんて出来なかったんだっ♪」

 春紀「あぁ。あたしの弱さのせいで、剣持は死んだし、武智も死ぬことになる」

 乙哉「都合っ、良いよね……家族の為に殺すなら、ソレは赦されるって?」

 春紀「違う、アタシは罪を背負う覚悟をもって此処に―――――」

 乙哉「だったら、春紀ちゃんは大馬鹿だよ。自分の無知のせいで、しえなちゃんを無駄死させちゃったんだ」


鋭く突き刺すような低音で言葉を紡ぐ武智に、何も言えずにただ俯いてしまう。

既に、右手には武智を殺す為に握り締めたナイフがある。

これを彼女の心臓に突き立てれば、それで目的は達成される。

振り下ろす為に、右足を引きずりながらもナイフを掲げた瞬間、武智の意味深な言葉にその動きは止まってしまった。


 春紀「どういう、意味……ッ」

 乙哉「しえなちゃんは結局ただのか弱い乙女だったから何も出来なかった。でもあたしがこうして春紀ちゃんを足止めすれば刻ませてくれるって言うから、一つ約束をした。

    そのしえなちゃんがいないんだから、代わりに刻ませてよ!! 脱走までして、こんな大けがまでしてさぁ!!!」


互いに血は流れ過ぎている、まともな思考回路ではない事は確かだが、何か深い意味のありそうな言葉と武智自身の欲望が同時に溢れ出して支離滅裂な言葉になり分からない。

それに、完全に振り下ろす手前のナイフは思いがけない武智の捨身のタックルで吹き飛ばされ、そのまま馬乗りにされた。

引き剥がそうとするも、必死に抑える武智の力に抜け出すのは難しい。

武智は、欠損している左手も合わせ両手で、忍ばせていたのか、恐らく工作用の一般的なハサミを握りしめると


 武智「あたしの勝―――――」


タン、という乾いた様な音が響いたのは、武智が何かを言いかけてハサミを振り上げた時だった。


 鳰「いくらなんでも躊躇い過ぎじゃないッスか~春紀さん?」


生暖かいその液体が、武智の心臓から溢れだすモノだと気付いたのは、現れた走りが握り締めている物を見た時だった。

ビチャッビチャッという音と共に、まるで蛇口を捻った様に溢れ出す血液は次第に武智の表情から色を奪い、その体はアタシの方に倒れ込んできた。

顔のほとんどが血まみれになり、生臭い様な鉄の匂いを感じた時にはもう、武智は息絶えていた。

走りの小型拳銃にはあの狙撃銃の様に消音器が取り付けられており、血塗れで倒れ込んだ武智とアタシの方を、蔑んだような瞳で見つめていた。


 鳰「まるで春紀さんが撃たれるのを、武智さんが庇ったみたいな構図になってるッスね! これはこれで絵になってる」

 春紀「……助かった」

 鳰「礼なんていらねッスよ~(ウチはただそこの気持ち悪い快楽殺人鬼が目敏かったから殺っちゃっただけッス)」

 春紀「武智と剣持、死体はどうするんだ?」

 鳰「それならミョウジョウの担当係が処理するんで、取り敢えずその恰好じゃ街歩けないッスから車手配したッス」

 春紀「そう、か。」


寄りかかっている武智の死体は恐ろしいほど熱が無く、そしてずっしりとした重さを感じさせる。

血の匂いもあり、ゆっくりと彼女の身体を抱え起こすと、開いたままの瞳孔と目が合ってしまった。

その瞳は、それだけで凄まじい威圧感を感じ、思わず手が滑りそうになってしまうのをなんとか持ち直し、静かに黙祷を捧げて地面に寝かせた。

拭い取ったカーディガンにこびり付いた赤黒い血液は、この日確かに人生で二人目の人間を殺害したという事実を突きつけた。


※ウチの担当編集者(友人。起案してくれたのは彼です)が、シナリオ的に安価は今後の展開的に止めておこうと言い出したのでここからは安価無しで行きます。
時間軸ヤバい事になってますが、平行して行われてたって言う補完お願いします;;


五号室編エピローグ


 <千葉/幕張/ホテル> 2:00 12/26


 春紀「……」


頬を伝う水が、やたらと現実味を与えてくる。

あの後、黒塗りのバンが現れると、中からやってきた黒服の男と女達が武智の死体を運び、血痕の処理や周囲のブロック塀などの修繕に取り掛かった。

着々と手早い作業が進んでいくのを、茫然とした様子で眺めていたアタシは、改めて自分の姿を見下ろした。

武智の血で赤黒く染まった上着に、ハサミの刺突による大量出血の右足、もう固まり掛けているが血が流れる首筋、全身血塗れだ。

担架の様なモノに乗せられた運ばれていった武智の遺体に目をやり、ぐっと奥歯を噛み締めて、ガントレット越しとはいえコンクリートの地面へと拳を叩きつけた。

  これから、こんな事を何度も繰り返していかなければならないと思うと、罪悪感に押しつぶされてしまいそうだった。

武智に至っては、一度、目的の為とはいえ救っている。……いや、正確に言えばもう手遅れだったのかもしれないが。

だからこそ、自分の手で彼女を傷付け、最後には直接手を下していないとはいえ見殺しにしたこの感情は―――――

其処まで行って、アタシは自分の頬を殴りつけて無理やり思考を吹き飛ばした。

走りの手を借りて立ち上がったアタシもまた、それなりに重傷を負ったので、そのままホテルで専門的な治療を受ける事になった。


なんとか防水性のギプスを取り付けて傷口に水が触れないようにしてあるが、首筋の傷は未だにズキズキと痛んでいる。

歯型どころか皮膚ごと持っていかれたその傷が痛むたびに、あの時のらしくなく必死の形相を浮かべた獣の様な武智の姿が思い浮かぶ。

……あそこで手を引きたいなんて思ったせいで、逆に殺されかけたのは、反省しなければいけない。

そうは言っても、生殺与奪の権利を手にしても、簡単に誰かの命を奪うなんて事、出来ない。それだけは、"処理"などという言葉では片づけてはいけない。


 春紀「(罪を背負う覚悟、か。)」


固めた拳は、コンクリートを殴りつけた痛みがまだ残っていた。


 目一『……そう。お疲れ様、鳰さん。』

 鳰「いやぁ~、久しぶりに"帰ってきた"って感じで頭がスッキリしたッス。滅多に使わない銃も使えたッスから」

 目一『剣持しえなさんと武智乙哉さん。……しえなさんはともかく、21世紀の切り裂きジャックが失踪したとなると、世間の方も騒がしくなりそうね』

 鳰「そうッスねぇ。あそうそう、剣持さんの話なんスけど、これが意外と目敏かったッス。別の誰かが"ミョウジョウを探ろうと"してるみたいッスね」

 目一『あらかた予想はつくけれど、確定的ではないものね。平行して、"鼠取り"の方も頼めるかしら?』

 鳰「了解ッス!」


春紀がシャワーを浴びている間、パッド端末で通話していた鳰は、通話を切ると深いため息をついてベッドに寝転がった。


※視点変更は、※をつけたところから変わる事にします



 鳰「(一先ずは第一段階終了ってとこッスかねぇ……まー、流石にこのままだとどっかで死んじゃいそうで不安ッス)」


春紀の実力は元々そこまで評価はしていなかったが、格闘術においては恐らく純粋に鳰よりも力がある為活用できる。

ただ、如何せん本人の意志がまだフラフラと彷徨っている様子。

右脚の刺傷も、全力で走るのは厳しい位には傷が深かったし、二週間の内の何日かは休養を取らせることも考えた方がいいだろう。

シャワールームから現れた春紀さんを見て、ウチはそれまでの思考を取っ払ってニコニコとした笑みを張り付けながら、

 
 鳰「お、上がったッスか~」

 春紀「あぁ。走りは次入るのか?」

 鳰「そッスねぇ、ウチはもう少し作業があるんで、春紀さんはもう寝ちゃって構わないッス」


※そう言い残し、手を軽く振りながら走りは部屋から出て行った。

 残されたアタシは、右脚のギブスの調子を確かめながらも、いつものジャージ姿でベッドに倒れ込んだ。

 深夜二時……あれから殆どぼーっとしていたからか、時間が過ぎるのがとても速く感じられた。

 とてつもなく不安に押しつぶされそうな時、助けだったのは、冬香達に電話を掛ける事だった。


――――数時間前


 冬香『お姉ちゃん、お仕事頑張ってる?』

 春紀「あぁ。そっちはどうだ、特に変わった様子はないか?」

 冬香『うん。お姉ちゃんが入れてくれたボーナスのおかげでお母さんの治療費も払えたし、光熱費とかも何とか払えたよ。』

 春紀「そっか……あ、そういや姉ちゃんの部屋に置いてあったミサンガ、あれ冬香が作ってくれた奴なのか?」

 冬香『そうだよ! お姉ちゃんのお仕事って建設現場らしいから、お姉ちゃんに危ない事が起こりませんようにって』

 春紀「ハハッ、大丈夫だよ。姉ちゃん頑丈だから、もし怪我しても絶対帰るからな!」

 冬香『ホントに大丈夫かなぁ~……あ、ぐずりだしたからまたねお姉ちゃん!』

 春紀「おう、頼りにしてるよ、冬香」


――――


 春紀「(……ミサンガ、切れないといいけどな。)」


左足首に巻きつけてある緑を基調にした和風な模様のソレを一瞥して、ソレまで抑えていた疲れがどっと雪崩れ込み、そのまま眠ってしまった。

三号室編 11:00

 <東京/ミョウジョウ学園/オリエンテーションルーム


 目一「……お疲れ様、春紀さん。久しぶりの暗殺はどうだったかしら?」

 春紀「そんな事はどうだっていいだろ。アタシは言われた通りやって、アンタらは報酬さえくれればそれでいい。」

 目一「中々追い詰められている様でよろしいわね。それじゃあ鳰さん、頼みましたよ」

 鳰「了解ッス~。えー、次は首藤涼さんと神長香子さんッスねぇ」

 春紀「首藤と神長……」

 鳰「首藤さんの方は、まぁ~隠居生活してるみたいッスけど、神長さんの方は"クローバーホーム"っていう、元居た暗殺者育成組織から逃げてるッス」

 春紀「首藤の方の詳しい事情を聞いてもいいんかい?」

 鳰「あ、別に構わないッスよ? えー、首藤さんは、ハイランダー症候群って言って肉体年齢が変わらない病気を持ってるッス。実質何年生きてるかわかんねーッスねぇ」

 春紀「(……やたらと空気感が違ったり、特徴的な喋り方はそういう事だったのか)」

 鳰「こんなところッスかね。ホームの方は今落ち着いてるらしいッス。もし妨害があれば、ホームの方の暗殺者も殺る事になるッス」

 春紀「どっちから先に殺る?」

 鳰「んーっと、実はこっそり神長さんに偽の手紙を送ってて、首藤さんの居場所も教えてるッスから、そこを纏めて殺る感じッスかね」

 春紀「神長の方はある程度知っていた。それなりに基本的な事は出来るみたいだけど、首藤は未知数だぞ。しかもそれだけ生きてるって事は場数が違うんじゃないか?」

 鳰「まぁ~自分で力でなんとかするのは苦手だって言ってましたし、実質神長さん位じゃないッスか?」

 






 春紀「……今からでも構わないのか?」

 鳰「あー、それでもいいッスけど……春紀さん、平気な顔してますけど、右足の刺し傷相当深いって知ってるッスよね?」

 春紀「痛み止めが効いてなかったら、流石にアタシも泣きたくなる位には痛い」

 鳰「(それはそれで見てみたい気もするッスけどね!)という訳で、今日は例によって情報収集だけにするッス。あ、もちろん三号室以外のメンバーの事も調べるッスよ~」

 目一「あぁ、それと」


理事長が指を鳴らした途端、宙に浮かんだホログラムに映し出された衛星からの映像の中に、今まさに人目から避ける様にして移動している神長の姿が映し出された。

黒いコートを羽織り、路地裏を駆け巡っている辺り未だに"ホーム"に追われているんだろうな……と思っていた矢先、その数十メートル後ろに黒いフードを目深に被った怪しげな集団が走っていた。

そして、神長が向かう先にも……同じような人間が数人、路地裏のあらゆるルートに展開されていた。


 目一「こういう状況みたいよ?」

 春紀「……どこが休養なんだ?」

 鳰「ま、先に殺されちゃたまったもんじゃないッスから、行くしかないッスよ~」


オリエンテーションルームから退出したアタシ達がエレベーターで下っていると、ガラスの向こう、ミョウジョウの正門の影に何処か見慣れた影が見えた……気がした。

この時アタシはソレを―――だと思っていたけど、実は違っていた事が後程分かる事になる。



 

<東京/新宿/路地裏>


私はホームから抜け出す為、必死の逃走劇を繰り広げていた。

ミョウジョウ学園から立ち去ってすぐに、借りていたアパートは襲撃されたらしくボロボロで、適当な目立たないホテルなどを転々とする中で金銭も尽きた。

そんな時、あらゆる方面から秘匿しつつも私を支援してくれたのは首藤だった。

彼女は黒組が終わったと同時に連絡が途切れていたが、首藤が脱落すると共に一之瀬に聞いていたらしく、私に連絡してきた。

時には泊まる宿を、時には食料を……それら全てが、長い時を経て作り上げた彼女自身の人脈によって行われた事だった。

初めは首藤家に匿ってもらう誘いも来たが、流石に首藤自身を巻き込む程、私の事情で迷惑をかけたくなかった為当然の如く断った。

そうして、首藤涼という人間の―――――――人と人との繋がりが、私をここまで生かしている。

ただここ数日特に激しい襲撃が続き、その中で首藤からの誘いの手紙を受け取ったのだが、正直向かうのは厳しかった。

向かって巻き込むのも考えたし、それ以前に、今自分の死を覚悟していたからだ。


 香子「(左に三、右ビルの中に二……ッ)」


爆弾は夜間の、港の倉庫など特に限られた場所でなければ目立ちすぎてしまう為使えない。

使えるモノはせめて閃光手榴弾、平衡感覚を奪う音響爆弾、この辺りだろう。この二つでもかなりの音は出るが、耳鳴りの様なモノの分普通の爆発よりはマシだ。

そして特徴は、手製故に爆破時間も変更する事が出来る点で、殆どが投げてすぐに爆発する様に設定してある。

利点はすぐさま爆発する為対処に難しくピンポイントで投げられればかなり有効、しかし欠点として確実性があまり無い。

誰も居ないところへと投げた場合、逆に自分の位置を晒してしまう。


ビルの窓へ、二人の敵影が見えた予測位置に閃光弾を投げ込み、そのままビルの窓を叩き割って鍵を開け転がり込む様にして突入する。

咄嗟に腕で光を庇ったらしい二人の女達に対し、腰から引き抜いた改造されているスタンロッドを押し当てると、それだけでビクビクと筋肉が激しく痙攣し悶絶しながら倒れていく。

押し当てるだけで昏倒させてしまう程には電流を強めているそれを再度振りかぶると、まだ瞳の開いている方の女へと間髪を入れず叩き込んだ。

気絶した事を確認すると、二人の首筋へとナイフを突き刺して確実に息の根を止める。

そのまま流れる様にロッドを再度伸縮させて腰に取り付けると、首から提げていたヘッドホンに耳栓が取り付けられたモノを掛ける。

……そして、敢えて派手に動き誘っていた通りにやってきた背後の三人が、窓から銃弾を撃ちこもうと拳銃を構えた瞬間、ベルトに取り付けてある無線式起爆装置のレバーをカチリと右へ。

人体を物理的に殴りつけるかのような錯覚を覚える程の音の暴力が三人と香子を襲い、必死に抑えていた香子も少し頭がクラクラする感覚に陥った。

ただ当の三人達は直撃を受け、激しく嘔吐して崩れ落ちる者も居れば、泡を吹く者も居た。

これまで通り、せめてもの情けとして今度は頸を殴りつけて昏倒させてはナイフで一刺しを三度繰り返す事で難を逃れた。

目の前に転がった五つの死体を眼下に、胸を撫で下ろしつつも凄まじい緊張感の中、また失敗せず全て成し遂げられた自分に安堵を覚える。


 香子「(私はもう、"あの時"の様な失敗だけは犯さない……この罪を全て償いきるまでは。)」


両腕にグッと力を込めて、五人それぞれを非常階段の裏や角など目につき辛い場所へと運んだ。

荒く息を吐いて整えた香子は、激しい戦闘にも対応できるように自作した度の入ったゴーグルをかけ直し、また路地裏を抜ける為の道へと向かっていく。

目指す場所は、新宿区郊外。

<東京/ミョウジョウ学園/正門前> 11:15


 春紀「……え」

 溝呂木「お、寒河江! 久しぶりだなぁ~、元気してたか? って、どうしたんだその足!?」


あの後、一階についた走りは「先に手回ししとくんで、春紀さんは現場に直行してくださいッス」とどこかへと立ち去って行った。

アイツの企みに関しては、それを容認しているアタシには何も口出す事は出来ない。とにかく、正門へと急ぐことにした。

が、こんな時に限って関わりたくない人間と出くわしてしまった。

……他に目立った外傷は無かった為か、やたらとギブスに追及してくるスーツ姿の溝呂木ちゃんに、アタシは凍りついた様な表情を浮かべて


 春紀「ま、まぁ、ちょっとね……久しいね、溝呂木ちゃんも。」

 溝呂木「そ、そうか? 無理はするなよ~。寒河江が転校しちゃった後、金星祭は無事大盛況で終わった……んだけどなぁ」

 春紀「何かあったんかい?」

 溝呂木「剣持に続いて柩と生田目もどんどん転校していってなぁ。思えばあの時が特に集中してたよ」

 春紀「そ、っか……」


アタシが失敗した後、そこまで集中して失敗していった事を思うと、流石に溝呂木ちゃんにも同情するところはあった。

でも……これ以上彼のペースで会話していけば、いつしか必ずアタシが弱音を吐いてしまいそうだ。そう思わせるような明るさ、晴ちゃんよりも穢れの無い輝きを感じるのが彼なんだから。

こほん、とわざとらしく咳払いすると、

 
 春紀「ごめん溝呂木ちゃん、アタシちょっと急いでて。今日此処に来たのも、退学手続きに少し不備があって来てただけなんだ。」

 溝呂木「忙しいのに引き止めちゃったのか、ごめんな寒河江。……あ、そういえば!」


ごそごそと鞄の中を探り続ける溝呂木ちゃんがソレを引き抜くと、アタシに向けて


 溝呂木「遅れたけど、誕生日おめでとう。良かったら寒河江にって思ってな!」


それは、赤を基調としたフレームに星の装飾が鏤められたフォトフレームで―――――最初に一度だけ撮った、クラスの写真が入っていた。

本性を隠した笑みを浮かべる武智と、不機嫌そうに腰に手を当てる剣持の姿を見た途端、昨日の光景がフラッシュバックする。

傷だらけの四肢に、ぽっかりと穴が開いた心臓からは蛇口を捻ったかの如く血が溢れ出し、そしてそれら全てを間近で見つめていた。

心臓を一突きにされ、開ききった瞳孔で虚空を見つめる冷め切った剣持の遺体。


 溝呂木「まぁ、といってもクラス皆に配るから、あやかってみただけなんだけどな! フレームはそれぞれ皆をイメージしてみたんだけど……って寒河江?どうしたんだ!?」


バクバクと心臓の鼓動が早くなり、焦燥感で揺れる瞳はフラフラと宙を彷徨い、思わずアタシは胸の辺りを握りしめ、頭を抱えた。

アタシが殺した。だからこのプレゼントが届く事は無いし、この写真に写る彼女達はこの世には居ない。

二人の人間の人生を奪ったアタシは、これからまだあと何人もの人間の人生を奪い去ろうとしといる。

自分の事情だけで。私利私欲の為。―――――

考えると頭がパンクしそうだったアタシは、受け取ったフォトフレームを握りしめたまま全力で溝呂木"先生"の前から逃げた。

<東京/新宿/路地裏> 12:30


これまでとは違う、相当量のホームによる追跡はここで本当に終わらせるという強い意志をとても感じる。

あの五人を始末して以降、ついに逃げ続けている中で八方塞がりの様な状況に陥ってしまった。

全方位合わせて恐らく十五人は待ち構えているであろうそれらの中には、かつて寝食を共にした"成績優秀者"達もちらほら見えた。

だからこそ、相討つようにして彼ら二人と対峙した後、こちらは右腕と肩に銃撃を受け、向こうに爆弾で被害を負わせた。

動きがこれまでの人員とは圧倒的に違っていたからだ。


 香子「(ハァ、ハァッ……くそ、どうする!?)」


右腕の傷は応急処置できたものの、実質銃すら握れないような状況ではここを脱するには絶望的だ。

左手に握り締めた拳銃を見つめ――――――――最悪の状況を想定し、セーフティを解除した。

自決する事もまた一つの選択肢だ。


だが、そう簡単に生を諦めるわけにはいかない。自分のせいで死んでしまった、彼女のためにも。

自分の罪を全て償うまでは、まだ死ねない。


音響爆弾と閃光弾も数は少ない。そして今隠れ潜んでいる廃ビルもあまり広いとは言えない為、罠を仕掛けるとしても少数だ。

決意した後の私の行動は迅速かつ的確で、もしかするとこれまでの人生の中で一番正確に動けていたのかもしれない。



襲撃の合図を確認すると、上階の窓から侵入してきた数人が罠に引っかかり、更には別の入り口で引っかかった。

同時に二か所、一先ず片方から確認しようと拳銃を構えた瞬間、

ゴーグルを掛け耳には特殊なヘッドフォンを取り付けた男に背後から殴りつけられ、そこで私の意識は途絶えた。





<東京/新宿/路地裏> 12:10

 
 春紀「……この辺り、か。」


溝呂木先生のプレゼントの入った紙袋を、結局捨てきれないまま持ってきてしまったアタシはそのまま電車に乗って新宿へやってきた。

アタシが住んでる東村山とはずいぶんと違った都会の印象を与えてくるこの場所は、実を言うとあまり好きではない。

アタシの父親……"父親だったモノ"と、別れた場所だった。


 春紀「(どんな事情があったかは知らない。でも、アタシ達と母さんを放り出していったアイツだけは、見つけたら殺してやりたいくらいだッ……!)」


今更怒りを覚えた所でどうすることも出来ないが、もしあの時別れず、苦しい家計ながらも支えてくれていたら今こうしてアタシが誰かを殺す必要も無かったかもしれない。

でも、それが見当違いな言葉だというのも分かっている。

結局、自分を捨てきれないアタシの甘さのせい……だと、そう思うしかない。


街道は買い物客や会社員らしい人々でごった返しており、その人の群れの中を歩き続けるのは少し疲れた。

目的地である裏路地はまだもう少し距離がありそうだが、取り敢えず近くの道に入る事にした。

ゴミは散乱しているし、衛生観念とはかけ離れた路地裏は、異臭と共に此処が"危険"な場所だという典型的なイメージを与えてくる。

……そうして、数分歩いた後、角を曲がった瞬間、


ゾクリ、と背筋に走った悪寒に気付いた時には既に、右腕は捻る様にして絡め取られ、右脚の甲に逃げられない様ブーツで踏みつけられ、もう片方の手でナイフを首元に軽く当てられた。

相当手際が良いところから、もしかするとホームの人間がこちらの素性に気付いて襲い掛かってきたのかもしれない。

流石にナイフを首に押し当てられてはどうすることも出来ず……と、そこで、そのナイフを握る手が何処かで見覚えのあるモノという事に気付く。


 「そんなんじゃ、神長さんにも殺されるんじゃないの?馬鹿❤」
 

聞きなれた声。甘ったるい、それでいて不思議と優しさを感じるその声を耳元で聞いた時、思わず目を見開いた。


 春紀「伊介、様……!!」

 伊介「アンタがどうしてこんな事してるのか位知ってるけど、まさかクラスメイトまで殺っちゃうなんてね❤」

 春紀「……なら、知ってるなら、此処でアタシを殺すのか?」
 
 伊介「別に❤ ただ、伊介はアンタがこっち側にまた足を突っ込んだ事に関しては口出しする権利は無いけど……」


 伊介「これ以上アンタが馬鹿やらかすって言うなら、殺す❤」


ぐっ、と固められた腕に更に力が込められ、関節が激しい痛みにミシミシと軋み出した。


 伊介「ミョウジョウは―――――」


と、何かを口にしようとした伊介様は、何かに気付いた様にハッと顔を上げた途端、拘束していたアタシの身体を突き放してそのまま横にステップした。

其処に投擲用のダガーナイフが飛来し、そのナイフが飛んできた先を見ると、


 「駄目じゃないッスか、伊介さん。兎角さんを殺し損ねた時と同じじゃないッスかぁ~?」



※あ、書き忘れていたんですが、右足のギブスは包帯を保護する程度の者なので動く事にはそんなに支障はない位です。

 
その先に立っていた走りは、普段の飄々としたような雰囲気は無く、鋭く犬歯を剥いて伊介様を睨み付けていた。

その瞳は、こちらに向けられていない筈なのにアタシの頭にズキズキとした頭痛を感じさせるような……そんな気がした。

対する伊介様の方は、鳰の方は見ずに、チッと大きく舌打ちすると、去り際に小さく、


 伊介「鳰は幻術を使う。そして、アイツは葛葉の家系の人間よ。」


そう言い残すと、すぐさま近くの角を曲がり、走りが追いかけて角を見た時には既にその姿は無かった。

残されたアタシに、走りはくるりと振り返るとまた胡散臭い笑みを張り付けて


 鳰「いやぁ良かったッス。まさか伊介さんが此処で春紀さんを襲ってくるなんて驚いたッスよ~」

 春紀「……どういう事だ、葛葉の家系がどうだとか、お前が"幻術"だとか。」

 鳰「どういう事も何も、別に隠してるつもりはなかったッスけどね。ウチは走りから抜けた、いわばミョウジョウへの亡命者ッス。」

 春紀「呪術幻術を得意とする葛葉って言葉位はアタシでも聞いた事はあった。もしそれが本当だとしたら、アタシのこの行動は全部、お前が仕組―――」

 
アタシが殺しに乗り切ったのも何もかも全て、その責任を走りに押し付けようと口を開こうとした瞬間、凄まじい力で首を圧迫された。

いや、"そう錯覚していた"だけなのかもしれない。

走りの瞳が赤く爛々と輝き、その瞳を見てしまったそれだけで全身から力が抜けていく。


 鳰(((((『自分が決めた責任をウチに擦り付けるなんて、とことん"クズ"ッスねぇ、春紀さん。ま、クラスメイトを二人も殺しておいて今更ッスけど』))))))
 
 春紀「ぐっ、が、ぁっ……!!」


コンクリートの壁に叩きつけられたアタシは、力が入らない四肢をダラリと投げ出してその場にズルズルとへたり込んだ。

叩きつけると同時に手を離していた走りは、そのままアタシの胸倉を掴むと


 鳰「これは全て春紀さん自身が決めた事ッス。もう逃げられない事位、自分でも分かってる癖に未練がましいッスよ。」

 春紀「ッ……」

 鳰「さて、と。ウチはウチで調べる事が山ほどあるんで、春紀さんはちゃっちゃと神長香子の支援、行ってくださいッス」


そう言い残した走りが去っていく背中を、やりきれない気持ちで見つめ、暫くそのまま立ち上がる事も出来ずに俯いていた。





<東京/新宿/廃ビル>


……激しい痛みを覚えた時、私の意識は徐々に覚醒した。

目の前にはかつて共に暗殺者となるべく育てられた同郷の友人達が並んでおり、みな一様に悲しげな表情や怒りに満ちた表情など各々違った感情を見せている。

先ほど感じた痛みは恐らく気を戻す為に頬を殴られたんだろう。

痛む首筋と頬の感覚に、そう理解した。

すぐには殺さず、こうして拘束しているのが……情けか、それとも拷問でもするつもりなのか。

そう思案していると、メンバーの一人が私の頭に拳銃を突きつけ、リーダー格らしい男、知ってはいるが名前は知らない彼が前に出た。


 「香子、俺達はお前の身柄を拘束してホームに連れていく様に言われている。……実際ホームのメンバーを数人殺しているお前はホームで粛清されるだろう。」

 香子「……そんな事、今更どうした。最初から覚悟している。」

 「お前の手際、見事なモノだったよ。以前成績最低だった奴とは思えない程に、な。成長した今のお前を殺すのは惜しい。
  
  もし、お前にまたもう一度だけホームで共に活動する気があるなら、俺達全員で上の奴等を説得してみせよう。」

 香子「……」


確かに、もはやこれまでと思っていた私にとっては思わぬ助けなのかもしれない。

生きてさえいれば、首藤にだってまた会える。

だが、私はそれでも、

 
 香子「私は、イレーナ先輩の意志を継いだ。例えこの身が地獄の炎に焼かれようと、もう殺しの世界とは手を切った!!」

 「……お前はそうやっていつまでも死人に縋っていたな。あぁ、そうか。やはりお前はどこまでも出来損ないの暗殺者だ。」


カチリ、とセーフティが解除される音が響き、一瞬の静寂の後、廃ビルの一角で無常な銃声が響き渡った。

…………その銃弾は、確かに私を貫く筈だった。


それなのに、銃を突きつけていた男がゆっくりと崩れ落ちていく様を見て、目を疑った。

そんな奇跡が、起こってもいいのか。

全員が各々の装備を構え、瞬時に振り返ろうとする間、襲撃者は間髪入れずにマシンピストル―――――弾倉を調整した自動拳銃を撃ち放つ。

小火器とは思えない精密な射撃は、数人を残して反撃される前に的確になぎ倒していく。

残った数人がたじろいでいる間、鋭い蹴りや拳が次々に突き刺さり、長い桃色の髪を翻して最後の一人へとヒールの踵を叩き込んで制圧を完了した。

その手際の良さや大胆さは、目の前に立つ人物ならばあり得る事だろうと納得してしまった。


 伊介「あら?❤ 間抜けな顔して、眼鏡が無くなっちゃったせいなの❤」

 香子「犬飼……お前、なんで、」

 伊介「別にアンタを助ける為じゃないわよ❤ 首藤さんに"依頼"されてここに来ただけだし❤ 伊介疲れたしもう帰るから❤」


言いたい事だけ言い残した犬飼は、首藤からの託らしい手紙を一枚こちらに投げると、長い髪を両手で払い、ヒールを鳴らして立ち去って行った。

拘束自体は近くに倒れているメンバーから拾った鍵で解除したが、とはいえ、犬飼の実力はやはり侮れないなと改めて感心する。

立ち上がった私は、周囲に倒れる"元"友人達に一度十字を切ると、落ちている自動拳銃を一つ拾い上げて路地裏の外へと駆け出した。





 
そこに、入れ替わる様にして入ったアタシは、目の前に広がる惨状に思わず顔をしかめてしまった。

十近い人間が一様に少なくはない血液を流して倒れ込んでいる姿は、正常な思考の人間ならばまず気味の悪さを感じる。

そして、その先に一か所だけ妙に開けた場所があり、手錠らしき何かが落ちていた。

あれから走りの連絡も受けていないし、こちらから取るにもあの様な別れ方をした手前中々連絡できない。

神長は、無事にここを抜けられたんだろうか。


 春紀「(……全員、ホームの人間なのか。神長といえど、流石にこの人数を纏めて殺るのはハッキリ言って無理だ)」


ならば、誰かが介入したと考えるのが自然であり、ソレが出来る一人の人物を知っている。

犬飼伊介。

まさか本当にこれだけの数を同時に制圧出来そうな人間を、もう一人位しか知らないし、その一人が此処に来ることなど絶対にありえない。

……伊介様が口にしていた言葉の数々、そして行動。何かが引っかかる気がするし、大切な事を伝えているのは何となく分かる。

でも、今は走り達ミョウジョウとの取引によって家族を守る事が先、だ。


 春紀「(……一先ずは、戻るか。)」


先ほどの取っ組み合いや走りの一発で右脚の傷がまた痛み出したのもあり、出来るだけ早足でミョウジョウへと引き返す事にした。

<東京/新宿郊外/アパート>

 
 香子「……ここか。」


路地裏から抜けた後、拳銃を隠しとにかく目的地である首藤の元へと走った私は、ホームの人間による襲撃に警戒しつつも特に無く首藤家へたどり着いた。

改めて、ポケットに入れていた首藤からの託を取り出し、確認する。

……最初に首藤から"届いた"という事になっていた筈の手紙とは筆跡がだいぶ違っていたが。

元々貰っていた手紙と比較すると、かなり違和感を感じる内容だと分かる。


 香子「(しかし、こんなボロいアパートに本当に居るのか?)」


軽く見積もって築五十年は軽く超えているであろう古き良き木造建築。

洗濯機は旧式で共同利用、トイレまでもが同じように共同で利用できるよう屋外に設置されている。

他に入居者も居るらしく、此処から見えるいくつかの窓からはテレビの光らしきものが漏れ出していた。

慎重に警戒心を緩める事無く歩んでいくと、201号室と札がついている扉の前へと立った。

……こうして会うのも数か月ぶりで、出来る限りの支援をすると間接的な干渉はあったものの、なんとか今まで生き延びてきた。

そして、実質クローバーホームの追撃から逃げ切ったといっても過言ではない状況にまで到達する事が出来たのも、一重に首藤のおかげと言っていい。

犬飼を送り込んできたのは予想外だったが、それによって最後の"成績優秀者"達を撃退できた。

まずは、感謝すべきだろう。

二度ノックすると、


 『ん、開いておるよ』


聞きなれた声で返事が返ってきた為、ゆっくりとノブを回して扉を開けると、そこには紺色を基調とした和服に身を包む首藤が立っていた。

彼女は華やかな笑みを浮かべると、右手を差し出して

 
 涼「久しぶりじゃな、香子ちゃん」

 香子「……あぁ。」


短い返事だったけれど、差し出された手をがっしりと握った私は、思わず笑みと一緒に涙が出てしまった。

それを見た首藤は、何も言わずに私を抱きしめ、優しく頭を撫でてくれた。

遠い在りし日のあの人の事を思い出して、柄にもなく彼女の胸を借りて……涙が止まるまで縋り付いた。



※大体平行した時間軸でやっていくので、時間表記を一旦やめます。あった方がわかりやすいという意見があればまたつけます。

【二日目 昼】

<東京/ミョウジョウ学園/客室>


 春紀「……戻った」

 鳰「お、春紀さんおかえりッス~。んで、結局どうなったッスか?」

 春紀「アタシが行った時にゃ全部終わってた。神長の行方は分からないけど、無事だろうな」

 鳰「……あ~、まぁ予想はしてたッスけど。面倒臭いッスねぇ、あの"鼠"。」


あれから特に寄り道をすることも無く、また電車に揺られてミョウジョウ学園へと引き返したアタシは、オリエンテーションルームとは別の客室に向かった。

一応、ここが拠点となるらしい。ま、一々最上階に上るのも面倒だから合理的だろう。

出迎えた走りに、路地裏での出来事から少し気まずい雰囲気を感じていたが、相手はまるで何ともなかったかのようにあっけらかんとしていた。

いや、こいつの場合はただ"そういう風に"演技しているだけなのかもしれない。


 春紀「伊介様の事か」

 鳰「犬飼伊介。まー、東兎角は純粋な戦闘力は高かったッスけど、経験数やら知識量やらも考えると、総合的に一番厄介なのがあの人ッスからねぇ」

 春紀「……」

 鳰「あれ、あれあれ~? 春紀さ~ん? 伊介さん相手だからってやり辛さとか感じちゃってるんスかぁ!?」

 春紀「……黙れ」

 鳰「やだなぁ、春紀さんはただ、そう! "ロボット"みたいにトントンとターゲットを始末していきさえすればいいッスから! あ、そういやロボットみたいな人いたッスね!」

 春紀「黙れ」

 鳰「"冬香ちゃん達の為にも"、人を殺すって決めたッスよねぇ。いやぁ~さ・す・が、寒河江家の大黒柱! クズ親父に捨てられてもめげずに―――」

 春紀「黙れッ!!!!」


ロッカールームの一件を思い出すが如く、全力で鳰の腿を蹴り飛ばそうと右脚を振り上げた瞬間、武智のハサミによる傷がじくりと痛んだ。

それと同時に、鳰と視線がぶつかってから、また路地裏で感じた様な、そう、言えば夢の中に居るかのような浮遊感を覚える。

脚を蹴り飛ばす直前の格好でそのまま止まっていたアタシに、鳰がケラケラと嘲笑を浮かべて痛むアタシの右脚をわざとらしくいたわる様に撫でると、


 鳰「春紀さん、アンタには徹底的に甘さを捨ててもらわなきゃ困るんスよ。親しい人間だろうがなんだろうが、それを殺すのがアンタの仕事だ」

 春紀「ッ、だったら、一々癇に障るような事を口にするんじゃねぇ!」

 鳰「はぁ~、子供のかんしゃくを宥める親の気分ッスよ~?」

 春紀「なんだと!?」

 鳰「ウチだって鬼や悪魔じゃないッスから、これでも取引相手である春紀さんの事は最大限フォローしてるつもりなんスよぉ。
    
   それなのに、何時までも女々しく過去に囚われるんスか? 全部決めたあの時から、春紀さんは過去を殺して新しい、家族の為に全てを捨てる『寒河江春紀』を演じなきゃならねんスよ」


傷口を撫ぜていた手は、やがて纏わりつくようにアタシの太腿へと這わせ、ゾクゾクと嫌悪感から来る悪寒に苛まれた。

それでも振り払えないのは、それだけ右脚の痛みが……いや、精神的なところで、走り鳰という存在に怯えていたのかもしれない。


 春紀「……過去を捨てて、演じる?」

 鳰「今ここにある自分は、"十年黒組何て知らない、ただのしがない暗殺者"って考えれば、少しは気が楽になるッスよ。家族の為ッスよね?」

 春紀「…家族の為。」

 鳰((((『春紀さんなら出来るって、ウチは信じてるッスから。家族の為ッスから、仕方が無い事ッス。』))))




そして、とどめの言葉に笑みを乗せ、一度だけ肩口の刺青を見せて幻術の力を強める。

ウチがやっているのは至極簡単な暗示。まぁ、こうして精神的にも肉体的にも弱っている相手なら昼間だろうがなんだろうが術に嵌めるのは簡単な事。

大きく頷いた春紀さんは、落ち着いたのか振りかぶっていた脚を引くと、そのままソファに沈み込む様に座り込んで虚空を見つめてるッス

ま、流石にここまで術で強制していかなければいけない程強情だとは思っていなかったッスけどねぇ~、ちょっと予想外ッス


 鳰「ウチの方も色々と手回しは終わったし、無事首藤さんと神長さんも合流できたところで……今夜、仕掛けに行くッスよ」

 春紀「あぁ、分かった。」

 鳰「右脚の傷、ちょっともう一度医者に診てもらう事にするッスよ。体が資本ッスから、ね?」

 春紀「……あぁ、分かった」


術が抜けきるのは、まだもう少し掛かりそうッスねぇ。

<東京/新宿郊外/アパート>


 香子「……悪い、首藤。」

 涼「ん、ここまでたった一人で生き抜いてきたんだからの、そりゃ緊張の糸だって切れても仕方ないよ」


あれから数分、抱き合っていた私は、激しい衝動が収まってきた頃に今更ながら恥ずかしくなって急いで離れた。

なんというか、私にも泣いた理由は理解できず………優しく微笑む彼女に、母性を感じたのだろうか。


 香子「本当に、支援してくれてありがとう。おかげで、私はここまで来ることが出来た」

 涼「儂の長い年月で築いたモノが、こんな形で役に立つとは思わなんだ。まぁ、人殺しに加担するのは少し癪だったがの」

 香子「……巻き込んでしまった事も謝罪する」

 涼「いやいや、気にしなくてもいいよ香子ちゃん。儂かて一度は人を殺そうとしたんじゃから」


一之瀬晴、そういえば彼女は東と一緒にどこかのマンションで同棲していると聞いたが、元気にやっているんだろうか。

そんな風に私が思考していると、首藤が真剣な眼差しでこちらを見つめている事に気付く。

いつも破天荒なところのある首藤にしては珍しい光景に、思わず首を傾げると


 香子「……眼鏡か?」

 涼「違う違う。……真剣な話だからの、少し長くなるかもしれんが聞いてくれ。」

 香子「分かった」

 涼「端的に言うと、ミョウジョウ学園から刺客が送られるらしい。この情報は全て、依頼した犬飼に聞かせてもらったんじゃよ」

 香子「犬飼、か。よく雇えたな…」

 涼「まぁ、ちょちょいっと取引をしたんじゃ。話は続くが、その刺客というのが"走り"と"寒河江"らしい」

 香子「走りはともかく、寒河江が?」

 涼「何でも家族を養う為に暗殺に協力しているらしい。……まぁ、寒河江にも寒河江なりの事情がある。追及はしてやらないでおこう。」

 香子「……なるほど。私を呼んだのは、これを知らせる為なのか。」

 涼「そして、この音声を聞いてほしい。」

手慣れていない様子でガラパゴスケータイを取り出した首藤は、音声ファイルに表示を合わせてクリックした。


 『……気持ちッ、悪いな、その、刺青』


そこから聞こえてきたのは、走りと剣持のやり取りの一部始終らしい音声。

心臓を一突き、そう確かに走りが口にした途端、悶えだした剣持が崩れ落ちる音が聞こえ、そしてこの台詞を最後に静寂に包まれる事になった。

首藤は、複雑といった表情で携帯を指さすと


 涼「これも犬飼からなんじゃ。実は剣持に先に働きかけておったらしくての、ずっと通話状態で剣持と武智の様子を探っといたらしい。」

 香子「……走りの奴が葛葉の家系の人間で、本当に幻術とやらが使えるのか。」

 涼「これが意味するのは、やり方次第では走りの奴一人で"全ての状況を覆す"事は簡単なんじゃよ。」

 香子「という事は、寒河江もその幻術に少しは影響されている?」

 涼「どれ程のモノかは分からんが、恐らくは多少なりと干渉されているんじゃろう。でなければ、あの寒河江がそう簡単に承諾するとは思えんよ」

 香子「……」

 涼「気付け薬位なら準備出来るよ香子ちゃん。効果があるかどうかは分からなんだが、無いよりはましじゃろうからな」

 香子「首藤は、争う気なのか?」

 涼「儂とてそう易々と死ぬわけにゃいかないよ。ここまで生きてきた、ならばこの身がやがて衰えて朽ち果てるその時までは。」

 香子「(……私は、)」


暗殺を止めたい。

その為に私はホームを捨て、そしてその野望は見事成功に近い成果を上げた。

……命の恩人に大きな借りを返す最後の仕事。なら、やるしかないだろう。


 香子「私も共に戦う。必ず首藤には指一本触れさせない」

 涼「……!!」


はっと目を見開いた首藤は、そのまま驚いた面持ちで私の顔を見つめると、やがて柔らかい笑みを浮かべて


 涼「……やっぱりかっこいいのう、香子ちゃんは」

 香子「ああ。」


そんな彼女に、柄にもなく私も笑みを返した。

眼鏡が無くなってしまっていても、彼女の姿はしっかりとこの目に映っていただろう。


その影が、消えてなくならない為に、私は戦おう。

<東京/ミョウジョウ学園/客間>  18:00

 春紀「……」

走りとのひと悶着の後、あれからミョウジョウの専属医師に右脚の傷を診てもらったアタシは、一人ソファに寝転がって深く沈んでいた。

頭にもやがかかったようにぼーっとしていた意識が、やっと冴えてきたのはついさっきの事で、あれからもう数時間経っている。

頭痛とも言えず、吐き気ともいえない気だるさが全身を支配して何もやる気が起こらなかったし、疲労から二時間近く何時の間にか眠っていた。

寝起きのまま天井を見つめていると、不意に足音が聞こえた。

ドアノブが回り、


 鳰「あ、起きたッスか? 調子はどうッスかねぇ」

 春紀「……あんま良くない。」

 鳰「まぁ、あれだけ無茶して動いてたらそりゃそうッスよぉ~」

 春紀「冬香達の様子はどうなんだ?」

 鳰「前回の春紀さんの成功報酬で、まぁなんとか食に関しては困ってないみたいッスね」

 春紀「……そう、か。」


未だに、アタシは殺す事を是としていない。

誰かを殺して得たモノが、今家族たちを生かしている。

あの時、狂気を振りまき襲い掛かってきた武智の冷え切った身体と涙ぐんだ表情を間近で見て感じてしまった事もあってか、後悔や虚無感がいつまでも残っている。

甘さを捨てきれずに自分の都合だけを押し通そうとしているアタシは、クズと言われても仕方がないんだろう。


 鳰「そうそう、三号室の件ッスけど、今日の0時に仕掛けるッス」

 春紀「今回は偵察しなくていいんかい?」

 鳰「首藤さんの情報網と人脈は馬鹿にできないッスねぇ~、あの地域でミョウジョウの諜報員に探らせたらみーんなだんまり。結局目ぼしい情報は得られずじまいッス。あ~せっかくの休日だったのに最悪ッスよ~!」

 春紀「じゃあ、直接仕掛ければいいんじゃないのか?」

 鳰「いやぁ、今回はマジもんの暗殺者がいるッスから。大胆に仕掛けるにはリスクの方が大きいからッスよ」

 春紀「……なるほど。」

 鳰「それじゃあこれ、痛み止めの飲み薬と注射する用の薬品ケースッス。必要な時に使ってください、ただ後から超~きっついのが返ってくるのは覚悟してくださいッス」

 春紀「分かった」

 鳰「後、前回ちょっと動き過ぎたのもあってか、あんまりサポート出来ないッッスから。危うくなったら一度引くのも手ッス」

 

はぁ~、と長い説明の後にため息をついた走りは、ソファに転がっているアタシの近くまで歩いてくると覗き込むようにして早速薬品が入ったケースを手渡してきた。

未だにコイツの近くに居るだけで何か気だるさの様なモノを感じる……もしかすると、自然と顔が険しくなっていたのかもしれないが、一先ずケースを受け取った。

が、その時、交差した手で、走りがアタシの髪を一束掴むと、


 鳰「へぇ、意外と髪の毛綺麗にしてるッスね~」

 春紀「……何の真似だ」

 鳰「いやぁ、いつも大変な仕事の繰り返しなのにこんなに綺麗な髪を保てるなんてすごいな~って感心しただけッスよ!」

 春紀「ッ、離れろ!」

 鳰「おぉっと、怖い怖い」


片手で振り払うと、すぐさま起き上がって走りを睨み付けるアタシに、ヘラヘラと茶化したような笑みを浮かべる走りに、不可解さすら覚える。

……ここ数日、やたらとアタシに直接かかわってくる事が多い。

それは仕事仲間といった感覚とは程遠く、どこか、こちらを探るような赤い瞳は寒気すら感じられる位だ。


 鳰「(……経過は良好、ッスかねぇ)」


その読みが当たっている事に気付くのは、まだまだ後の話。

<東京/新宿郊外/アパート→雑木林> 19:00


 香子「……驚いた、公園の中にこんな場所があったとは」

 涼「ほほほ、本当は私有地なんじゃが、ツテで一時的に貸してもらってるんじゃよ。」


周辺住民の事も考えて、アパートに立て籠もる考えは捨てた。

そして、自分の"爆弾"をより有効的に扱うためには何処かというところで、首藤の提案でこの自然運動公園の中にある鬱蒼とした雑木林に潜伏する事にした。

早くても今日仕掛けてくるだろうという犬飼の予想が果たして当たるかどうかは分からないが、用心に越したことはないだろう。


 香子「もし仮に、寒河江と走りだけがやってきたとして……寒河江に関しては、私が言うのはなんだがかなり"素人"に近い」

 涼「……正直、寒河江は剣持に続く程には"精神的に"まだ青かったからのう。」

 香子「とすると、やはり厄介なのはそのバックについている走り達ミョウジョウ学園の方だろうな。もし"幻術"を使うというのなら、出来る限り相手の術を物理的に封じる手段を増やすべきだ。」


そう言うと、私は背負っていた登山用の大きいリュックを地面に降ろし、いくつかの部品や薬品を取り出していく。

物珍しそうな様子で覗き込んでくる首藤を横目に、いつも通りの作業工程を終え、数個の爆弾を並べる。


 香子「音響爆弾と閃光爆弾。それと、もう一つはスイッチ式の火力を抑えた爆弾だ。」

 涼「罠用に張る爆弾は、また別にあるんじゃろう?」

 香子「ああ。スイッチ式のモノも使うが、一つだけ高価だからほぼ使えなかった生体を認識して射出される機構のモノがある。これには気絶させる位の電流が流れる"スタンガン"を使う」

 涼「スタンガン……あぁ、飛ばす方かのう」

 香子「数センチのチップだから、音もほとんど聞こえないし、当たってもそう簡単には死なない位に収まるだろうしな。」

 涼「香子ちゃん、あれから随分と成長して、儂は嬉しいよ」

 香子「……伊達にホームの人間とやり合ってきてはないからな。」

 涼「うむうむ。それじゃあ、後は上手く配置するとしようかの」

 香子「出来るだけ奥の方にしよう。茂みが深い所や、敢えて浅いところにも数個。後は、ブービートラップもいくつか仕掛けよう」

 
既に、私は元々着ていた黒服のままだが、首藤は緑を基調とした迷彩柄の服装で統一している。

動きやすく、また草木の中では衛生面や虫に関しての対策もしなければならない点で理に叶っている。

互いが互いに目配せし、役割を分けて来たるべき決戦の時に向けて準備を進めた。




※人物の状態変化をそれぞれ分かりやすい様に書きます


 走り鳰……正常。目立った外傷は無い。服装はミョウジョウ学園制服に黒のタイツ、ローファ

 寒河江春紀……負傷。右脚大腿部に深い刺し傷アリ(包帯+ギプス小)、首筋に切り傷アリ(包帯小)、右頬に切り傷アリ(ガーゼ)。未だ傷は癒えていない

        服装はいつもの制服にカーディガン+白のアウター。黒のタイツ+黒のブーツ



 <東京/新宿/ビジネスホテル> 21:00


 鳰「……んじゃ、今から三時間後ッスね。これから三時間、自由時間にするんで、ウチは自分の部屋に居るッス」

 春紀「分かった。それじゃあアタシは街に出てくる」

 鳰「首藤神長コンビに遭遇しそうになったら極力避けてくださいよぉ~? かち合ったら超超超メンドくさいッスからね!」


右脚の様子は依然変わらず、無理をすれば傷口が開いてしまう。

痛み止めの効力は一時間らしく、また連続で使用してしまうと体が拒否反応を起こして最悪死ぬ。

一時とはいえ完全に痛みを消す程の劇薬にはそれなりの代償があった。

ターゲットの近くである新宿のビジネスホテルに移ったアタシは、立ち去る鳰の背を眺めた後、静かにベッドから立ち上がる。

……そして、静かに携帯電話を取り出すと、ビジネスホテルを後にした。






クリスマスも終わり、比較的静けさを(といっても、相変わらず都心は騒がしいが)取り戻した街道を歩く途中、路地裏へと曲がる。

少しだけ奥まった場所へと向かうと、携帯のタイマーをセットしてアウターを脱いだ。

ゆっくりと、いつものファイティングポーズに構え、その正中を睨み付ける。

これは東兎角を本気で殺す為に、彼女の技を見切る特訓。

目を閉じて思い浮かべるのは、ナイフを自在に操りこちらの攻撃の全てを受け流し、追えぬ速度で走らせるナイフの軌跡。

基本的に地力の握力や腕力で勝っている所を、圧倒的な技術力の差で超えられているのが現状だ。

これまでのキックボクシングスタイルではなく、完全にダッキングや拳を主体にした素早さ重視の動きを何度も繰り返す。

拳が冷気を切り裂いていく中、滴った汗で張り付く前髪を掻き上げ、急速に冷えていく体温を無理やりに温める。

逆手に構えたナイフが走る先を、一つ一つガントレットの拳で弾いていく。

首を軽く傾け、両足を滑らせ―――――ピタリと静止する。


その理由は、視線の先にとある人物が立っていたからだ。


 春紀「……首藤」

 涼「久しぶりじゃの、寒河江」


相対する二人は、それぞれ拳を引き、タオルを差し出した。


 涼「まぁまぁ、早く汗を拭わないと風邪を引いてしまうぞ?」

※状態/今回首藤さんの過去にオリジナル設定があります

 首藤涼……和装。羽織りを引っ掛けており、足袋に下駄を履いている

 神長香子……黒を基調としたパーカーに近い服装。



 <東京/新宿/ビジネスホテル>


 春紀「……」

 涼「ほほ、こうして一対一で話すのは随分と久しいのう」


あれから、素直にタオルを受け取った春紀は、滴る汗を拭いながらも、適当なコンクリートブロックに座り込む涼を横目で見ていた。

彼女には、何か、全てを引き込む様な不思議な魅力があると初見でもそう感じていた。

こうして近くで相対するだけでも、外見は若くとも内面が老成している事を。


 涼「寒河江、正直に言って儂と香子ちゃんはお前達がもしやってきたら本気で迎え撃つつもりじゃ」

 春紀「……あぁ、覚悟はしてる」

 涼「でものう……正直、儂はもう、"生きる事"に意味を見いだせなくなってしまった」

 春紀「生きる、意味?」

 涼「儂には昔想い人が居た。彼は儂にとても優しくしてくれたし、儂もまた彼を精一杯愛した。愛して愛して―――愛した先にあったのは、軽蔑じゃ」


アウターをもう一度羽織ってもまだ寒気を感じる中、静かに語り出す首藤を、アタシは止めなかった。


 涼「少しずつ年老いていく彼は、いつまでも老いず年若い娘の姿のままの儂を、初めはそれでもと愛してくれた。でものう、世間という奴は厳しいものじゃった。

   老いぬ儂を"化け物"だのなんだのと蔑み立ち去って行った友人も多くいたし、実の両親すら儂を気味悪がった。」

 春紀「……」

 涼「徐々に、齢も三十を迎える頃。ついにはあの人まで儂の元から離れて、儂に残されたのは少ない財産と限られた友人のみじゃった。その時は確か、戦争が始まろうとしていた時だったかの」


人類史上二度行われた最悪の争い、その二度目が始まろうとしていた季節に二人は別れたらしい。

勿論彼も出兵される事になったらしく、それはそれはとても心配していた。

 
 涼「それから数年して、儂はついに自らの病を知る事が出来た。それが"ハイランダー症候群"。知ったのは良かったがの、治療法が無いと言われた時は本当に自殺しようかとも考えた。

   
   ただ、それでも死ねなかったのは―――――死んでしまったあの人から送られた手紙のせいなんじゃ。彼は出兵前に儂との思い出を綴った手紙を送ってきた。

 
   最初はただ虚無感に襲われて、捨ててしまおうと思っていたが、結局読まないまま仕舞い込んでしまった。病状が発覚してから、ふと思い出したようにその手紙を眺めた時、

 
   
   いくら貶され様が踏まれ様が涙だけは見せた事のない儂は生まれて初めて、心の底から涙を流した。そして、そこで"絶対に死ねない"呪いに掛かってしまった。」



 春紀「……それが、アンタが黒組にやってきた理由だったな」

 涼「しみったれた老人の我が侭で、の。黒組の後、もう一度あの人の墓参りをしてからは、儂には生きている実感は無くなった。もう100年近く生きた老体じゃ、生にも悔いは無い。」


アタシなら、愛する家族に軽蔑され見放されてしまう位なら死を選んでいたかもしれない。

それでも首藤は、強く強く生きた。そこには恐らく同情の余地もない壮絶な人生が繰り広げられていたんだろうが、素直に"凄い"事だと思う。


 涼「既に二人、屠ってしまったとはいえ、まだ踏みとどまれる筈じゃ。死とは、誰か人間の"死"とはそれ程までに悔恨を残してしまう。」

 春紀「……ただの同情話で釣ってきたって訳でもないだろうしな。アンタのその眼を見る限り」

 涼「死が怖いのでなく、それが寒河江、お前にどれほどの衝撃を残してしまいかねないか、それだけが心残りなんじゃよ。」

※訂正

 同情の余地もない→同情する事すら出来そうにない


春紀「…」

 涼「"お前は、日向に居るべき人間"だからの。世話を焼きたくもなるんじゃよ」


そう口にした彼女の瞳は、まるで自分の子供をあやすかのような優しげだった。

どこかで見たことがあると思っていたら、まだ幼い頃、元気な頃の母親が向けてくれた慈愛とよく似ている。

……勿論、出来る事なら暗殺など止めている。他に方法が無いからコレに縋った訳で、もしやめてしまえば家族がどうなるかわからない。


 涼「儂と香子ちゃんで何とかしてみせるさ。……儂には幸い、無駄に生きてきた人生の中でも繋がりという大切な財産を得ることが出来た。

   寒河江が働くために必要な事も世話が出来る。だから、もう、人殺しなんぞ――――――や、め、」


 春紀「……?」


互いにブロックに座り込んで話していた今の構図は、アタシが俯きがちに反対側を向いていて、首藤が通路の入り口へと向いていた。

だからこそ、頬に撥ねてきた赤黒い液体がなんなのか、初めは理解できなかった。




 鳰「―――――駄ァ目じゃないッスかァ春紀さん。"ターゲットに遭遇したら、すぐに逃走する"って決めてたッスよねぇぇぇ?」





通路の先、入り込んだ事により若干の暗がりの中にぼんやりと金色が浮かび上がる。

カツ、カツ、とローファを鳴らして歩んできたソイツの手には、以前も見た消音器の取り付けてある拳銃が握られていた。

銃弾に貫かれた首藤は、直前に体を倒していたらしく、なんとか致命傷は避けて肩口から血を流していた。

フラフラとした動きで後ろに飛んだ首藤は、ドクドクと赤黒く染まる和装の右肩を抑えながらも、その視線に力を籠め、


 涼「走り……お前の悪名は犬飼からも良く聞いておる。十年黒組自体を"抹消する"など、あまりにも唐突すぎやありゃせんかのう?」

 鳰「ハァ、これだからババアのお小言は面倒くさいんスよォ。なんッスか、遺言代わりと受け取っておきましょっかね~」

 涼「答えい!!」

 鳰「あーあー、はいはい分かりました分かりました~……葛葉と東の勢力抗争が激しくてミョウジョウの情報漏洩の危険性があるので、アンタら全員始末してるって事ッスよ」

 涼「……葛葉と東が?」

 鳰「そッスよぉ? ほっといてもまぁ拷問されてギリギリまで追い詰められて死ぬか吐くかになるところを、ウチらが楽に逝かせてあげてる訳ッス。」

 涼「それは随分とまた、ふざけたエゴイズムじゃのう」

 鳰「んま、そういう訳で、さような「待て」


元々死ぬ覚悟はできていたといわんばかりに目を閉じて俯く首藤の前、走りの銃の射線上に入って静止した。

既に持ってきていたガントレットの片方を装着している、リスクは高いが、この距離ならまだ銃を防げる可能性はある。

そして、その行動が気に食わないのは勿論、


 鳰「……どいてください、春紀さん。」

 春紀「アタシが殺す。今度こそ、アタシ自身がケジメをつけなきゃ、駄目だ。」

 鳰「ま~たくっさいくっさい茶番劇でも始めるッスかァ? いい加減ダルいッス」

 春紀「この間合いじゃお前が不利だぜ、走り。確かにアタシは取引に応じた、そしてこれはアタシ自身が決めた"責任の取り方"だ。その責任から逃れようとした時もあったけどな」

 鳰「……うぜーッスよ。」

 春紀「首藤はアタシが殺す。そして、神長も殺す。」

 鳰「……」


渾身の力を込めてドスを効かせた視線は、どうやら走りの心を動かせたらしい。

緩慢な動きで銃口を下げると、笑い一つ無いどこまでも冷たい無表情の走りは、そのままこちらを監視し始めた。

アタシもまた、肩を抑えて苦しげに冷や汗を流す首藤の元へと歩むと、彼女の支えとなるように抱き寄せると


 春紀「ゴメン。……やっぱりアタシには、この道しか無い。」

 涼「ほほ、駄目、じゃっ、たか、のう……」

 春紀「ミョウジョウの怖さはもう身に染みる程理解しているからこそ、逃げらんねぇ。立派な犬だよ、アタシはさ。」

 涼「……」
 
 春紀『(でも、犬なら犬なりに食い下がってやる。これが、アタシの決めた道だから。)』

 涼「……そう、か。後、は、お前の人生じゃ。信念を持って、生きろ」


そして静かに、抱き寄せた時に既に巻きつけていたワイヤーに最後の力を込めると、全身から力が抜けた彼女の体がしなだれかかってきた。

優しく受け止めたその顔は、殺されたにも関わらず、不思議と安堵したかのようで。

その表情に、柄にもなく零れたアタシの涙が一粒落ちて行った。




そうして、一人が死を迎えた時、また一人が動き出す。


 『……ありがとう、首藤。私は、あなたのおかげで生きている。だからこそ、必ずその歪んだ信念を打ち砕いてみせるぞ、寒河江春紀』


使い慣れていないガラパゴスケータイから聞こえたノイズ混じりの声に、アタシは静かに拳を振り下ろした。






 

すいません、寝落ちしてました...


<東京/新宿/路地裏~ホテル>


首藤は、どうやら携帯の通話をオンにしたままやってきていたらしく、最後に聞こえた声も確かに神長のモノだった。

……つい叩き潰してしまったが、よくよく考えればあれも重要な資料になっていたかもしれない。

それでも、隣を、手を後ろで組んで明らかにむすっとむくれて歩いている走りが何も言わないんだから、別段必要なモノでもないんだろう。


 鳰「……死体なんかウチの下っ端に運ばせときゃいいんスよ。何で一々持ってくるッスか」

 春紀「逆に聞くけどな。剣持と武智の死体はどうした?」

 鳰「防腐剤やら何やら、薬漬け状態でミョウジョウ地下に安置らしいッスよ。詳しくは知らないッスけど。死人に興味は無いッス」

 春紀「つーことは、首藤もそうなる訳か。」

 鳰「確実に黒組全員を殺したって証明が欲しいらしいッスよ、理事長は。何処までも用心深いのは昔から変わんねッスから」

 春紀「……」


当のアタシ本人は、背中に首藤をおぶっていた。

肩口の出血は、首藤に貰っていたタオルでキツく縛り、着ていたかなりのサイズがあるアウターを被せているので傍目にはただ眠っている風にしか見えない。

もう二度と動く事の無い人間の重みは、知っていたつもりでも、こうして背負うととても重たい事をしかと感じた。

歩くたびに上下に揺れて落ちそうになる体を、しっかりと持ち直して、二人ホテルへと向かう。

道中、特に走りとの間には会話も無くただ淡々とした時間が過ぎていき、やがてホテルが見えた。

既に黒のバンが待機しており、走りがそちらを指さして

 
 鳰「アレに乗せるッス。ウチは準備があるんで、用が済んだら適当に部屋に戻っといてくださいッス」


そう言い残すと、くるりと振り返ってホテルの方へと歩いて行った。

そんな彼女に、特に何かを思う事もなく、無表情で空返事したアタシは、そのまま係の人間へと首藤を引き渡した。

淡々と作業が進む中、受け取って羽織ったアウターから微かに薫った首藤の匂いに、自然と拳を握りしめる。

もう、四の五の言っている場合ではない。

<数時間後~新宿郊外~> 23:50


 春紀「……だろうな」


あの後、それぞれの部屋で各々過ごしていたアタシ達は、鳰が神長の居場所を特定したと聞き、真っ先にそのアパートらしき場所へとやってきた。

しかし、既にそこはもぬけの空であり、何かしら痕跡が無いか一通り見まわしたが、最低限の家具だけが置いてあり、全て空になっていた。

全てを悟った後、神長がここを整理して何処かへと立ち去ったのかもしれない。

とはいえ、指定された時刻である0時まであと10分しかない。

どうしたものか、アウターのポケットに両手を突っ込んで一人手摺りに寄りかかっていると、胸に例の如く取り付けていたマイクが点滅する。

そこから伸びた小さなイヤホンを片耳に取り付け、スイッチを押すと、


 鳰『流石に"ホームの落第生"でも馬鹿正直に待ちかまえてたりはしてないみたいッスねぇ。という訳で、取引情報やら地形やらから予測したところ、近くにある大きな私有地が怪しいッスね」

 春紀「なるほど、其処なら神長が得意な爆弾も有効的に扱えるな」

 鳰『寸前に首藤さんが借りてたみたいッス。まぁ、今から馬鹿正直に向かっても罠だらけで危ねッスから、下っ端にトラップジャマー係を…」

 春紀「いや、今から行く」

 鳰『……直接サポートできないッスよ? それでもいいんスか?』

 春紀「ああ。今回は、アタシがケリをつける」


そう短く呟くと、深いため息と共に点滅していたマイクの光が消える。

さて、啖呵を切った以上、やるしかない。

携帯を取り出し、残りは5分となった時刻を確認し、アパートを後にした。



四日目

<東京/新宿郊外/私有地> 0:00


 春紀「……流石に、目立っちゃいないな。」


走りの提案を突っぱねて走ってきた先にあったのは、確かに相当な大きさの私有地と立札のある場所。

遊具や整備されたコンクリートの道などがある辺り、元々此処は自然公園の様なモノだったんだろうか。

一部に鬱蒼とした茂みを湛える雑木林以外にもかなり草木が生え放題で、これでは確かに罠も仕掛け放題だ。

考えはあるにはあったが、しかしソレは……手当たり次第に石とか投げれば誘爆するんじゃないか、という適当具合。

それを人は馬鹿というんだが、春紀はそれを思いついた時、意外とやれそうだな。と自己完結した。


柵を跨いで中に入ると、此処でタイツを履いている事が幸いした。

人間よりも怖いのは虫や植物という時もある。今がまさに、生え放題の林の中という事もあり、そっちも気を付けていくべきだろう。

舗装されたアスファルトがひび割れた通路を、出来るだけゆっくりと歩いていると、不意に視界の端に光るモノを見つけた。

そして、ソレは何かを探しているかのように時折機械音を発しながら浮遊している。

サイズにしてハエを少し大きくした程のソレの光がこちらへと向く直前に、嫌なモノを感じてすぐさま近くの壊れかけたベンチ近くに伏せた。

光はそのまま頭上を通過し、やがてゆっくりと同じ場所へと戻って行く。


 春紀「(……監視カメラ?)」


にしてもやけにザルなトラップだと思った直後、

背後から飛来したダガーナイフに気付くのが遅れ、必死で首を動かしたが、右肩に突き刺さった。

じわりと広がる痛みと滲む血液に歯噛みしつつも、即座に振り向いてガントレットを嵌めた両手を構える。

だが、振り向いたところに缶ジュースの様な形をした何かが転がっており、一瞬で激しい光を瞬かせたかと思えば、次の瞬間にはグラグラと視界が揺れて地に伏せた。

閃光弾

ぼやけた視界に黒い何かが現れたかと思うと、こちらに向けて拳銃を突きつける。

それが誰かは、予想がつく。

ただ、その時アタシは奥歯に仕込んでいたカプセルを一気に噛み砕くと、無理やり眠りから叩き起こされた様な衝撃が全身に走り、跳ね起きる。

その拍子に思わず一発だけ発砲してしまった銃弾が地面を抉り、未だに半分覚醒といった体を振り回し、相手の拳銃を叩き飛ばした。

銃弾すら防ぐそのガントレットで手を叩かれれば、ただではすまないだろう。

飛んだ拳銃を横目に、額を片手で抑えながらもヨロヨロと立ち上がると、


 香子「寒河江ッ……!!」

 春紀「っ、ははっ、やっべーなぁこの薬……逆に意識が吹っ飛びそうになっちまった」

 香子「首藤はお前を救おうとしていた。」

 春紀「……あぁ、そうらしいけどな」

 香子「だが、私はアイツのやった事は愚かだと思っているし、くだらないエゴイズムだとも思っている」

 春紀「実質戦力を見ずに夢想していたな」

 香子「それでも、私は最後の最後まで諦めなかった首藤の選択に敬意を払う。同時に、勝手だが私はお前にも失望した」

 春紀「……アタシは家族と生きる為に、神長を殺す」

 香子「これで話しは終わりだ。生きる為に、私はお前を殺す!!」

 春紀「上等だッ……!!」

腰から円筒を取り出し、ピンを抜いた神長がこちらに向かって投げつけたと同時、アタシもまた走り出した。

初手は、先ほど投げられた凄まじい光を発する閃光手榴弾とはまた違い、そのまま炸裂する爆薬。

ただ威力は相当下げられているらしく、本来破片を飛ばして攻撃する手榴弾でもない為、単純な炸裂が起こった。

両腕のガントレットで構えつつも、こちらから見て右側へ大きく飛んだアタシの横っ面を熱風が撫ぜていく。


 春紀「(……なるほど、火力を調整すれば確かにこの距離でも爆薬は使えるって訳か)」


元々銃やらナイフを使わないアタシ相手に、まともに近接戦を挑めば叶わないと考えての事だろう。

なら、やはり入り込めばまだチャンスはある。

"爆弾"という扱いの難しい武器が、神長自身の首もまた絞めている。

ジリジリと肌が焼けるような痛みを感じた両腕に力を込め、一気に跳ねる。

すぐにアタシの居た場所で新たな小爆発が巻き起こり、砂埃が舞い上がる中、更に飛来する複数の球体に反射的に伏せた。

伏せた瞬間、頭の上で激しい閃光が瞬き、目も隠していたのに更にそれを突き抜け、網膜の奥に突き刺すような痛みを感じた。

世界が白黒に点滅する中、何とか構え直すも、即座に側頭部に横殴りの衝撃を受け、そのまま地面を転がる。

蹲る様にして倒れ込んだアタシは、その一撃もあってかグラグラと揺れる頭を抑えて呻く。

ゆっくりと近寄ってくる神長は、今度こそアタシを殺す為に、今殴りつけたのだろうなナイフの柄ではなく刃を逆手に持ち、振り下ろす。


だが、流石に二度も同じ轍は踏む訳にはいかない。


爆弾何てモノに真面に挑んだところで勝算は無かった、が、神長はあくまでもその爆弾でなく己の手で殺そうとしてきた。

それは確実に殺したという結果を感じたい、のもあれば、元々直接爆殺する程の火力を持った爆薬が使えないということ。

その予想は見事に的中した。


体を針の様に一回転させ、近寄ってきた神長の両足を渾身の蹴りで払うと、そのまま地面を転がって一気に起き上がる。

まだチカチカと点滅はしているが、徐々に視界が回復してきたアタシは、そのまま倒れ込んだ神長の背中を踏み付けた。

が、予想だにしていなかったのは、思っていたよりも神長が体術に覚えがあった事だ。

転倒した際に上手く片手で受け身を取り、そのままこちら側に向いて踏みつけようとした足を抱える様にすると、一気に捻る。

まだフラフラとしているアタシはそのまま駒の様に回転して倒れ込むと、なんとか頭部だけは守ろうと顎を引く。

衝撃の後、マウントポジションを取った神長がそのままナイフを振り下ろし、なんとかその腕を両腕で抑え込んだ。

だが、この体制のままではマズい。


 春紀「っ、ぐっ……ぁああああああああああッ!!!」


神長の振り下ろすナイフの腕を必死で抑え込むアタシは、右腕に巻いたシュシュから口でワイヤーを引き抜く。

地面と神長の間を横滑りするようにして動くと同時、目前に迫ったナイフの刃先にワイヤーを引っ掛け、ギリギリの距離でなんとか突き放した。

すかさず体を回転させてワイヤーを神長のナイフに何重も巻きつけると、そのまま護身術の応用でナイフを引き抜いた。

シュシュ(のワイヤー)を投げ捨て、一気にナイフを封じられた相手へと脚を踏み出す。


が、


香子「―――――私の勝ちだ、寒河江」



最後には、地の利が神長に味方した。

仕掛けてあったワイヤートラップが複数作動し、アタシの両足を絡め取り、宙吊りにされたかと思えばそのままの勢いで近くの木へと叩きつけられる。

想定外の事態にまともに受け身も取れないまま後頭部に走った凄まじい衝撃に目を回したアタシは、力無くふらふらと揺れる。

逆さになった景色で、必死に指先に力を入れようと奥歯を噛み締めるも、思っているよりもダメージが深く弱々しく震えるだけだった。

神長がベルトから取り出した長方形の箱、様々なケーブルが繋がっており、ガムテープで何かが張り付けられたソレに、アタシは見覚えがあった。

粘着爆弾といい、主に建造物の発破などに使い……あまり良い意味ではないが良く"爆弾魔"がどうとかというドラマや漫画などフィクションにも良く登場するモノだ。

その威力は、手投げのモノとは比べ物にならない事位知っている。


 香子「死体だけは見つけさせる。それが、最大の情けだ。……ただ、死体が残っていれば、だが」


なんとか片腕が動く様になってきた頃、語る神長を横目に、先ほどから近くのアパートの一室から妙にチラチラと光が反射している事に気付く。

その違和感の元が何かは、すぐに理解できた。

おおよそ見つけてから五秒後、神長がアタシがぶら下がっている木に爆弾を取り付けようと近付いた時、その光が本当に耳を澄まさなければ聞こえない程小さな火薬音を響かせた。

しかし、その五秒前には既に神長は射線にアタシを入れる様に位置を入れ替えていた。空しく宙を切り裂いた弾丸は、舗装されていないアスファルトを削る。


 香子「(そろそろ来るかと思ってはいたが……必ずこの次がある。とすれば―――――)」


神長が懐から取り出した小さなダガーナイフ、それはカサリと不自然に蠢いた林の元へと投擲され、何か、鈍い音が響いた。

それは人間が倒れる音であり、逆さになった視界でも分かったのは、特徴的な金髪に小柄な体型の制服を着た女だという事。

連想するのは、唯一そんな外見をしている"走り鳰"だが、明らかにわざとらしすぎるその姿に、神長どころかアタシまで困惑する。

……あそこに倒れているものが走り鳰ではない、アタシと神長は互いにそうと思い込んでいた。

だからこそ、赤い両眼を光らせて舗装されている道路側、つまり倒れたのとは反対側から現れた走りは、こめかみを叩いて


 鳰「いやぁ~、相変わらず使えないッスねぇ春紀さん。ま、凡人にしちゃ良くやる――――――」

 香子「お前の下らない茶番に、これ以上付き合っている暇はないぞ、走り」

 鳰「……は?」


身体の奥底から広がる、全身が夢遊するような感覚に陥っているアタシを横目に、走りの幻術が全く効いていない様子の神長。

一言だけ吐き捨てると、即座に懐から引き抜いた"もう一つ"の拳銃を発砲し、走りの心臓を撃ち抜いた。

これには流石の走りも驚愕した表情を浮かべ、血の流れ出す心臓を抑えたままうつ伏せに倒れ込んだ。

術が解けたせいか、透き通った思考の中、出会った時から神長は両耳に耳栓の様なモノを付けていた事を思い出した。

今しがたポケットから取り落された音楽プレーヤーを見て、理解する。


 春紀「(……まさか、)」

 香子「先にトランス状態になっていれば、お前の得意な"催眠"は通用しない。」

 鳰「……ッ!!」

 香子「悪いとは思わないぞ、走り。お前の悪行は風の噂で腐る程聞いている。」

 
妙に黙り込んだ、もしくはそれ程までに苦しいのだろう走りへとアタシに取り付けるつもりであった粘着爆弾に何かしらの細工をし、放り投げた神長は容赦なく起爆装置を作動させる。

直後に凄まじい爆音が鳴り響き……しかし、その爆風や熱はこちらではなく反対方向へと流れていく。爆弾に指向性を持たせる為に鉄板を張り付けた為だ。

とはいうモノの多少なりと熱風が頬を撫ぜていき、舞い上がる砂煙が徐々に落ち着いてきた頃には、そこには無残にも全身が焼け焦げぐちぐちゃに弾けた爆死体のみが残っていた。


そう、アタシもまた、アレと同じように……ふと気付く。





隣に立っている神長香子のシルエットから、頭が消えている事に。





 鳰「面倒臭い事に、先に自己催眠でウチの催眠から逃れてたらしいッスねぇ。ま、その程度でどうにかされちゃ"元"西の葛葉の名が泣いちゃうッス」


先ほどの走りの如く、驚愕の表情のまま未だ新鮮な血液をボタボタと首元――――ズタズタの切断面から垂らす生首を踏み付ける革靴の姿。

逆さの視界から見えるその姿は、もう腐る程見ている。


 春紀「……あれも偽物だったのか?」

 鳰「いやァ?アレはミョウジョウの工作員ッスよ。ま、木偶の坊にしちゃ役に立った方ッスかね」

 春紀「……」


神長の頭を蹴り飛ばした走りは、そのままワイヤーカッターでワイヤーを切ると、くるくると器用に回しながらも、もう片方の手で長方形の爆薬を取り出した。

それを死体の元に放り投げると


 鳰「爆発音で人が寄ってくる前に、さっさと行くッスよ。」


既にざわついてきた公園の入り口を見やり、まだフラつくアタシの体を支える走りと共に先ほど走りの倒れていた茂みの方へと歩いていった。


※【】表記にさせてもらいます。たぶんこっちのがみやすい…と思うので。



 【東京/新宿/ホテル(609号室)】 02:20 三日目 


 鳰「……これでよし、っと。まぁ、案外傷は浅くて助かったッスよ」


神長の死体を爆散させた後、ミョウジョウの車でホテルまで帰ってきていたアタシは、一度は拒んだモノの、強引に部屋に押し入ってきた走りによって治療を受けていた。

神長が目の前で爆発させた爆弾による爆風は、確かにアタシの皮膚に火傷を負わせてはいたものの、腕で庇っていた顔は無傷だったし、火傷もそこまで大した事は無かった。

距離を大きく詰めた事が、拳銃や爆弾を扱う神長との争いの勝因だろう。


 春紀「アイツの死体はどうなるんだ?」

 鳰「どうもこうも、飛び散っちゃったモノはどうしようもないッス。一応、ミョウジョウの息が掛かった署が担当してるッスから、隠蔽に関しては問題ないッスよ」

 春紀「あれだけ大々的に騒いでおいて、そう抑えられるもんなんか」

 鳰「もっと酷くなる想定だったッスからね~、あの借地の近辺住民に色々手回ししてるッス」

 春紀「……」


首が消えた神長の事もそうだが、そう簡単に人間の首を飛ばすことなど、ただでさえ体格の小さい走りがやってのけたことも気になる。

ベッドに横になったアタシの隣で胡散臭い笑みを張り付けたままこちらを見やる走りの方を向くと、こちらと目を合わせて小首を傾げると、


 鳰「……斬首の方法、そんなに詳しく聞きたいならお教えするッスけど?」

 春紀「……何も言ってない。」

 鳰「ま、簡単に述べると、顎骨のラインと左右の肩のラインの間、その骨と骨の"間"に綺麗に入れば人間の首は飛ぶッス」

 春紀「何も言ってないって言ってんだろうが!!」

 鳰「……はいはい、んじゃー邪魔者は退散するッス。次の予定は明後日、標的は、"生田目千足"と"桐ケ谷柩"。」


言い残した走りがオートロック式の扉から出て行った後、アタシはギリギリと歯軋りして転がっているベッドに裏拳を叩きつけた。

もう片方の手を額に当てながら、静かに目を閉じるとそれだけで首の消えた神長の光景が浮かび上がる。

それが、アタシが未だ表の世界に縋ろうとしている甘えだと、苛立ちが募っていた。

もう、家族の為には何でもすると決めた。そして、ミョウジョウに協力すればいずれ始まる東と葛葉の抗争に家族を巻き込まずに済む。

それでいいじゃないか。……何度も繰り返す問答に、全身に負った傷よりも、自分自身の心が一番悲鳴を上げていた。


 鳰「……」


春紀の向かいの部屋に入った鳰は、残りのペアがどう動いているか、具体的な映像などを眺めていた。

あらゆる場所に潜伏させているミョウジョウ関係者の手によって、断片的だが情報を得る事はできている。

東兎角・一之瀬晴の一号室は、晴の姿がずっと見えない辺り、恐らくは誰かが流した情報を東兎角が警戒している。

そして、この二人は今回の一連の作戦の最重要人物達でもある。

東のアズマと、微弱ながら充分にプライマーとして力を手にした一之瀬晴。こちら側の業界でもその二人の動向を気にかけている者も多い。


 鳰「(……次は必ず)」


タッチパッドの電源を落とすと、浴室へと消えていった彼女の瞳には、何も映ってはいなかった。


 【東京/東村山/アパート(203号室)】 9:00 三日目


 「……ん」

 「あっ……」


朝九時。漂ってくるパンの焼ける匂いを感じながら、ゆっくりと瞳を開けた私―――――――東兎角は、目の前に覗き込むようにしていた晴の姿に目を見開く。

偶然起こしに来てくれたのとタイミングがあったせいか、間近にある晴の顔を凝視していると向こうが顔を赤らめてすぐに敷布団の側に引いていった。


最近の私の仕事は、暗殺業とは少し違うモノだ。

殆どが要人の護衛、積み荷の護衛……社会の裏から抜け出す事は叶わずとも、この手を血で汚す事は極力避けてほしいという晴の願いでもある。

勿論私自身も、既に違う生き方を見つけた故、暗殺者としてのしがらみから解放されて万々歳、なら良かった。

これまで培った暗殺の技術は染み付いたままこうして晴と過ごす事で、本当に彼女の幸せに繋がるのだろうか。

何時か私が仕事をしくじった時、私が消えた時―――――その時、一之瀬晴に掛かる負担はどれほどのものか。


日々過ごしている中で、晴の為生きていくと誓ったその思いは揺れていた。

 
 晴「えっ、と。おはよう、兎角」

 兎角「あぁ、おはよう、晴」


少し赤らめた顔でにこりと笑みを浮かべた彼女の姿に、胸がチクリと痛んだ。



 兎角「約束通り、出来るだけ外に出たりはしてないな?」

 晴「うん、大丈夫だよ。でも……洗濯モノが部屋干しだから、しっかり乾かせたいな~って思っちゃうかな」

 兎角「匂いなんて気にする必要無いだろ」

 晴「気にするよ~、生乾きのタオルなんて匂い凄い!」


一部屋にキッチンとバス・トイレ一体のボロいアパートに住んでいるからこそ、さっきも朝食の匂いで起こされた。

収入は充分にあるが、出来るだけ素性は隠して過ごしたい、という事で出来るだけ街から外れたこの東村山のアパートに住むことにした。

……此処は寒河江という名字の家屋がいくつかあった。まさかとは思うが、もしかするとその中に寒河江春紀の家もあるのかもしれない。

貧しい大家族の長女である寒河江が、ミョウジョウ学園の使いである走り鳰に誑かされて既に剣持・武智・首藤・神長を殺害したのは耳に入っている。

今なお奔走する犬飼伊介は、恐らくは彼女が"心配"なのだと晴は言っていた。確かに同室ではあったし、親しげな様子も度々見かけていた。

そんな風に長く思案していると、洗濯の重要さについて長々と語っていた晴が小首を傾げて声を掛けてきた。


 晴「……ぇ、ねぇってば兎角!」

 兎角「あ」

 晴「もう、聞いてなかったでしょ。」

 兎角「悪いな」


ぼんやりとしていた視界が鮮明になり、頬を膨らませている晴の顔を見る。やはり可愛い。

洗濯について熱く語っていた彼女は、しかし突然表情を暗くすると、食べ終えていた食器を重ねてコーヒーを口にしながら


 晴「……あのね、兎角。晴は、春紀さんの事、"赦"せないよ。」

 兎角「……」

 晴「でも、クラスメイトを殺したって事実があっても、春紀さんは大切な家族の為に今こうしてる」

 兎角「だからといって、正当化する事は出来ない。」

 晴「うん。それに、同情なんてされたら春紀さん怒っちゃうと思うんだ。……もし、もし出会ったらその時は、止めてくれる?」

 兎角「…」

 晴「偉そうな事言っておいて他人任せで……でも、晴に出来る事は、戦う事じゃなくて語り掛ける事しか出来ないから」

 兎角「……」

 晴「だから、「今更、何言ってるんだ」…」

 兎角「私が必ずアイツを止めてみせる。これ以上、犠牲者を増やす前に。ただ、私には誰かを説得するなんて器用な事は出来ない」


私もまた、コーヒーを一口含み、一呼吸置いてからゆっくりと口を開く


 兎角「"一緒に"止めるんだ、寒河江を。協力しよう、晴」

 晴「…うん! ありがと、兎角」


暗雲から陽だまりへと変わっていった晴の表情に、私もまた口元を綻ばせて答えた。

【東京/新宿/大通り】10;00 三日目



 「……それで、何の用だ。」

 「あらぁ、一々説明しないといけないの?♥」


朝の平穏な一時も終わり、兎角は今日も届いていた依頼をこなす為に待ち合わせとなるビル前にやってきていた。

服装は、至って地味な茶革のブーツに黒のタイツ、それにショートパンツを履き、上はアンダーウェアと簡素な黒のベストにベージュのコートを羽織っている。

"依頼"をこなす為の目立たず殆ど処理に困らない服装。おまけにマスクまでつけていたというのに、この女は目敏く私に近づいてきた。

人混みの中から現れたその人物の顔に見覚えはある。数か月前は互いに命のやり取りを繰り広げた女。


犬飼伊介は、似たようなダークブラウンのコートに身を包み目の前に現れた。


 伊介「前も連絡した通り、もう既に四人が死んだ。伊介は別にアンタら"元"黒組を保護してやる義理はないから、忠告だけ残しといたんだけどね♥」

 兎角「……寒河江と走りか。武智と剣持と首藤は死体ごと行方不明、神長は爆散していたらしいな」

 伊介「そ♥ ま正直、これ以上鳰の奴に調子付かれると面倒臭いし?♥ "一応は"そこそこやれる東さんにこうして一番に来てるわけだけど♥」

 兎角「感謝でもしてほしいのか?」

 伊介「キモ♥ 伊介謝恩は現金で貰うし♥……全て実行、殺害したのは鳰。そしてこれまでも、あくまで春紀は"共犯者"よ」

 兎角「(……なるほど。寒河江が本当に誰かを[ピーーー]前に、止めろという事か。寒河江の罪を、軽減する為に。)」


怪訝そうに眉をひそめる伊介の表情を見て、兎角は逆にその事実に驚いた。

あの犬飼伊介が、暗殺者としては恐らく一流の彼女が情をかけてまで、そこまでして寒河江を救い出そうとしている事に。

以前までなら見向きもしなかっただろうに、やはり黒組の生活で何か心境の変化があったのだろうか。


 兎角「寒河江とは、連絡はついているのか」

 伊介「いいや♥ 鳰の事情だけは伝えたけど、全然♥」

 兎角「……」


ここで犬飼と協力して寒河江と走りの野望を止めるか。……そうなると、晴の身の安全も考慮するし、今の依頼もこなせない。

だが、ここでミョウジョウを止めなければ、取り返しのつかない事になるかもしれない。


 伊介「アンタ達の分の生活費位なら、伊介が払うわよ♥ 仮にも、"協力"を頼むわけだし♥」

 兎角「……この依頼まではこなさせてもらう。その間、晴を護衛してくれ」


互いの顔色を伺う。決して犬飼を信用した訳ではないが、利害は一致している。

ここは手を組む事を決め、兎角は一度頷くとそう口にした。


 伊介「了解♥」


ただ晴の護衛としては充分な人材だろうと、伊介の能力の高さは認めていた

※PC変えたので、トリップ等も変わりました。いきなり投稿してすみません、一度やり直します

【東京/新宿/大通り】10;00 三日目



 「……それで、何の用だ。」

 「あらぁ、一々説明しないといけないの?♥」


朝の平穏な一時も終わり、兎角は今日も届いていた依頼をこなす為に待ち合わせとなるビル前にやってきていた。

服装は、至って地味な茶革のブーツに黒のタイツ、それにショートパンツを履き、上はアンダーウェアと簡素な黒のベストにベージュのコートを羽織っている。

"依頼"をこなす為の目立たず殆ど処理に困らない服装。おまけにマスクまでつけていたというのに、この女は目敏く私に近づいてきた。

人混みの中から現れたその人物の顔に見覚えはある。数か月前は互いに命のやり取りを繰り広げた女。


犬飼伊介は、似たようなダークブラウンのコートに身を包み目の前に現れた。


 伊介「前も連絡した通り、もう既に四人が死んだ。伊介は別にアンタら"元"黒組を保護してやる義理はないから、忠告だけ残しといたんだけどね♥」

 兎角「……寒河江と走りか。武智と剣持と首藤は死体ごと行方不明、神長は爆散していたらしいな」

 伊介「そ♥ ま正直、これ以上鳰の奴に調子付かれると面倒臭いし?♥ "一応は"そこそこやれる東さんにこうして一番に来てるわけだけど♥」

 兎角「感謝でもしてほしいのか?」

 伊介「キモ♥ 伊介謝恩は現金で貰うし♥……全て実行、殺害したのは鳰。そしてこれまでも、あくまで春紀は"共犯者"よ」

 兎角「(……なるほど。寒河江が本当に誰かを[ピーーー]前に、止めろという事か。寒河江の罪を、軽減する為に。)」


怪訝そうに眉をひそめる伊介の表情を見て、兎角は逆にその事実に驚いた。

あの犬飼伊介が、暗殺者としては恐らく一流の彼女が情をかけてまで、そこまでして寒河江を救い出そうとしている事に。

以前までなら見向きもしなかっただろうに、やはり黒組の生活で何か心境の変化があったのだろうか。


 兎角「寒河江とは、連絡はついているのか」

 伊介「いいや♥ 鳰の事情だけは伝えたけど、全然♥」

 兎角「……」


ここで犬飼と協力して寒河江と走りの野望を止めるか。……そうなると、晴の身の安全も考慮するし、今の依頼もこなせない。

だが、ここでミョウジョウを止めなければ、取り返しのつかない事になるかもしれない。


 伊介「アンタ達の分の生活費位なら、伊介が払うわよ♥ 仮にも、"協力"を頼むわけだし♥」

 兎角「……この依頼まではこなさせてもらう。その間、晴を護衛してくれ」


互いの顔色を伺う。決して犬飼を信用した訳ではないが、利害は一致している。

ここは手を組む事を決め、兎角は一度頷くとそう口にした。


 伊介「了解♥」


ただ晴の護衛としては充分な人材だろうと、伊介の能力の高さは認めていた

【東京/東京港】 10:30 三日目


 『東兎角か』

 「そうだ」


依頼された場所へと、その時刻の通りやってきていた兎角は、ただ広い港の隅の方に二人乗りのコンパクトカーが止められている場所へと歩む。

其処には、いかにもな風貌の黒スーツにサングラスの男と……もう一人、明らかに見覚えのある人物を視界に収める。

その少女は、カーディガンを羽織っていた。

特徴的な長い桃色の髪と、見通すことのできない深さを讃えた瞳は、かつて互いに生死を争った人物。


 純恋子「お久しぶりですわね、東さん」

 兎角「……英純恋子。依頼主はお前か」

 純恋子「ええ。そして、既に貴女は依頼を失敗している。」

 兎角「何?」

 純恋子「私(ワタクシ)は依頼内容にこう書いていました。"道化師に気を付けろ"と」

 兎角「……犬飼の事か」

 純恋子「彼女との一部始終は、回していた使いの者を通じて見ていましたわ。……そして、私は貴女達二人を助ける為に此処に来た訳ではありませんの」

 兎角「どういう事だ?」

 純恋子「犬飼さんが、本当にあのミョウジョウ学園に反抗していると思ってますの? 少なくとも、彼女は大局を見誤る人間ではありませんわ」

 兎角「……まさか、アイツ」

 純恋子「警告はしていましたわ。それでも気づかずにここまでやってきてしまった、自分の未熟さが一之瀬さんを危険な目に遭わせてしまった。」


英純恋子は、既に殺し合いの場から立ち退いた。

戦闘用のパーツだらけの体を日常生活に支障が無い程度のモノへと変更し、慣れない手料理の研究へ熱心に取り組むただの少女。

だからこそ、兎角と晴の二人を保護してやろうという気持ちは無いし、寧ろ初めから関わらない様にも気を付けていた。

……そんな彼女が裏から手回した結果、依頼という形で危機を伝える事だった。

あわよくば、兎角を利用し、ミョウジョウの手先(恐らくは走り鳰だろうが)を潰してもらおうという考えも少なからず含まれてはいたが。

それも、どうやら"落ちた"東兎角には、意味を成さなかったらしい。


 兎角「ッ、クソ!!!」


それまでの平静が嘘かの様に、冷や汗を流して動揺する兎角は、来た道を全力で駆け出した。

それは、やっと手に入れた自分の願いが粉々になってしまうかもしれないという大きな不安。

酸素が減って痛む肺を抑えながらも、しかし全力疾走を止めることはなかった。


そんな彼女の背を眺める純恋子は、隣の黒服に


 純恋子「……番場さんに連絡を」

 『は、了解致しました』


【東京/東村山】 9:00 三日目 


兎角と晴が朝の一時を過ごしていた頃、春紀もまた、一日だけの休みという事で久々に東村山の自宅へと戻ってきていた。

扉を開けた途端に、先に連絡していたせいか抱き付いてきた冬香の頭を撫でてやると、早々に右脚の傷に目をつけられたので、適当に誤魔化しておく。


 冬香「おかえり、お姉ちゃん!」

 春紀「あぁ、ただいま」


他の姉弟達も続々とやってくる中、一先ずは自分の部屋へと続く階段を登っていくと、数日分の埃が被った部屋へと入る。

殆ど簡素な様相になっているこの部屋は、もし死んでしまった時の為に色々と整理していた。

……四人。走りと共犯して四人もの人間を殺してしまった事に、ふと目を閉じる。


心臓にナイフが突き立てられ、夥しい量の血に塗れた剣持の姿。

頭を撃ち抜かれ、体の部位を欠損してしまった血だらけの武智の姿。

この手で首を絞め、体温が消えていくのを直に感じ、冷たくなった首藤の姿。

肉体が砕け散り、粉々になった神長の姿。


脳裏に浮かんだ彼女達の姿を振り払うように頭を振ると、包帯の巻かれている太腿の方を見やった。

まだまだ治りきっておらず、ギプスは取ったものの慢性的な痛みをじくじくと感じている。

一日、療養も兼ねてという事で休みを受けたが………最初に聞いていた、東と葛葉が今どう動いているのか気になっていた。

ふと携帯を取り出し、あまり気は進まないが鳰へと電話をかける為履歴から探っていると、



 『うーっすお邪魔するッスよ~♪』

 「……嘘だろ」


思わず取り落としてしまった携帯を拾い直し、階段を降りていった先には―――――――ニコニコと胡散臭い笑みと共に右手でポーズを取る鳰の姿があった。

※ここから春紀一人称へ


 
 春紀「……」

 冬香「えっと、お茶どうぞ」

 鳰「たは~! これはこれはご丁寧にどうもッス」  


明らかに機嫌の悪い春紀を横目に、冬香は苦笑いを浮かべながらもお茶を差し出した。

至って普通の緑茶だが、贔屓目に見て冬香の入れるお茶は本当に美味い。

それもこれも、昔から家事全般はほとんどまかせっきりにしていた、というあまり褒められた事ではないのだが……

 
 春紀「……で、なんでわざわざここに来たんだ」

 鳰「いやぁ~、休日の春紀サンは何をしてるのかな~って暇だから遊びに来たッス!」

 春紀「本当は」

 鳰「東と葛葉の近況について。そろそろ春紀さん気になるんじゃないかって思ってたッスよ」


……もしかして盗聴器とかカメラとかつけられてるんじゃないか、と疑ってしまう程良すぎるタイミングに、更に訝しげな表情を浮かべる春紀。

そんな彼女を見て楽しそうにニヤニヤと気色悪く笑む鳰に、ふと冬香が


 冬香「あの、お姉ちゃんとはどういうお知り合いさんですか?」

 鳰「あぁ、ただのあんさ―――――」

 春紀「ただの仕事仲間だよ、仕事仲間」


余計なことを口走ろうとした鳰の後頭部を、右腕で全力でフルスイングして(あっさりと躱されたが)黙らせた。

本当に、面倒臭い。多分アタシをからかって遊ぶ為にでも来たのだろう。

休日位落ち着かせてほしいという気持ちもあったが、実際鳰の情報は欲しかったので、適当な理由を付けて自室へと鳰を引っ張り込んだ。

適当に放り投げると、わざとらしく体を丸めて


 鳰「春紀サンったら酷いッスよぉ~!! いきなり服引っ張られたから首絞まりそうになったッス!」

 春紀「しれっと隙間に指入れて気道確保してる奴が言う台詞じゃないな」

 鳰「えぇ~、そんな事できないッスよぉ」

 春紀「……それで、情報の方はどうなんだ」

 鳰「はいはい」


背から何処に隠していたのか、タッチパッドを取り出した鳰は、何度か操作するとカメラからプロジェクターを白い壁紙へと投影した。


  鳰「今はそこまで活発じゃないみたいッスね。まぁ、ミョウジョウも度々哨戒してますから、あまり大っぴらに動きすぎるとメディアに露見する事になるッスからね」

 春紀「……」


表示されたタッチパッドには、わかりやすく赤と青の点がいくつか存在し、鳰によればそれがそれぞれ最近確認できた東と葛葉の構成員だという。

確かに思っているほどの数はないが、しかし……この家の近くにも現れているという事が、特に目についた。


 春紀「本当に冬香達は大丈夫なんだろうな?」

 鳰「そりゃあミョウジョウ以外からも色々雇ってるッスからねぇ、万全のガードなんで!」


春紀「別に信用していないって訳じゃ、ないけどな……」


薄らと頭の奥に引っかかるのは、恐らく警備しているのであろう紫色のミョウジョウ勢力を示すポインターの位置が、護衛している様には見えないところだ。
要所要所に立っている様に見えて……何か、法則性があるような、そんな動きだ。

 
 春紀「やっぱり今すぐ―――――――」


タッチパッドを眺めていた春紀が、そう言って顔を上げようとした途端、


 (((((((((鳰「そんな事より、今は兎角サンの事ッスよね」))))))))


赤い双眸が春紀の視線を捉え、逃さない。
また感じた浮遊感の後、気づいた時にはタッチパッドに移っているポインターの動きに違和感を感じなくなっていた。
まるで、そう強制されたかのように。

その幻術を受けた本人は感じていた違和感を"なんという事はない"と認識させられている。


 春紀「東、ね……」

 鳰「具体的にどうするつもりなんッスか? 真っ向勝負しても叶わないって言ってたのは春紀サンッスからね~」

 春紀「あの時の動きをイメージして、"アタシ自身も"東の動きを取り入れる事にした」

 鳰「それで、具体的な成果は?」

 春紀「見違えた。自分の動きに甘いところがあるのも理解できたし、何よりアイツの動きは伊介様に似てる」

 鳰「…へぇ?」

 春紀「聞いておいてなんだその反応」

 鳰「いやいや、素直に感心してるだけッスよぉ」

とりあえず息抜き様にもう一つ立てようかと思ってます

内容は、プラフェロが暴走する話(エロギャグ)…になりそうです

【東京/東村山】10:00

アパートの自室。

扉を蹴破るようにして転がり込んだ私が見たモノは………点々と、数メートル続く血痕と、まるで嵐が過ぎ去ったかのように荒れた部屋。

転がっている衣服を蹴飛ばし、血痕の続く襖を開けた場所に、

 

大量の血痕と、真っ二つになった晴の携帯が目に入った時、兎角は無意識に襖を引き裂いていた。



それは、自分でも驚く程の速度。

意識していない訳ではなかった、が、左手が動いたと思った時には常に忍ばせている背のケースからナイフを抜いていた。

困惑と怒りで脳が混乱する中、まるで止まっていた時が流れ出すように真っ二つになったソレは倒れていった。


 兎角「…………す」


ポツリ、自然と呟く。


 兎角「……ころ」


す、小さく息を吐いた彼女の口元は、大きく裂けていた。



―――――――――――――――――




 鳰「……さて、と。ウチはこれで帰るッスよ~」

 春紀「あぁ、とっとと帰れ」

 鳰「そぉんなァ~、もうちょっとなんかないんスか!」

 春紀「無い。ほら、さっさと出てった」


くねくねと奇妙な動きでしぶとく絡んでくる鳰を強引に玄関先から追い出すと、ガチャリとしっかりと鍵を掛けて大きく息を吐く。
……もう、11時か。休みと言っても、ここ数日は不規則だったからか、とても眠い。

冬香達には悪いけど、と、取りあえず毎年恒例の正月料理と言う名の御馳走を作りに取り掛かる。
材料は冬香達に任せてあった、これを一通り作ったら後は一眠りでもしようか。


※ひつちたの病院や住んでいる場所はオリジナル設定入れます。(調べ不足)


【東京/ミョウジョウ学園付近】11:00


……肌寒い風が通り抜ける病室。


そのうちの一つのベッドに、病人というのにも関わらずピンと張った背筋に端正な顔立ちの女性は静かに窓の外を眺めていた。

彼女の名前は、生田目千足。訳あって復讐に失敗し、あろうことか"罪深い恋"に落ちてしまった結果、こうして病室生活を送っている。

窓の外の風景はとても静かで、平和的だ。

この風景の中で、最近まで人を殺そうだなんて考えていた事実に、未だに色んな思いや考えが浮かんでくる。

ふと、横開きの扉が開かれ、そちらに目をやると、毎度の事に花束を抱えてやってくる桐ケ谷の姿があった。


 柩「また外ばかり見ていたんですか?」

 千足「桐ケ谷……ああ。テレビも読書もすぐに飽きてしまった。」

 柩「ぼくは、そうやって窓の外を眺めてる千足さんの横顔が素敵だと思います」

 千足「はは、ありがとう。」


いつものように、静かな時間が流れていく。この時間が、かけがえのないモノだと、ただ純粋に思えないのが、今の自分の苦しみだろう。

"叶わぬ恋" 互いに心中を図ったモノの、何の因果かこうして生き残ってしまった。

それがどういう事か、理解はしていたモノの、ただ桐ケ谷柩という人間を愛する事があまりにも難しく苦しい。

復讐心や憎しみの心は未だ渦巻いている。だが、確かに桐ケ谷に対する情愛もそれに負けじと主張してくる。

桐ケ谷の笑顔を見るたび、あの時見た恩師達の死に顔がチラつく。


 千足「(……彼女の為には、どちらがいいんだろうか)」

 
ベッドの傍に座り、嬉しそうに通い出した学校での出来事を話す柩に、笑みを返しながらもその心は沈んでいた。



【東京/ミョウジョウ学園】12:00


 鳰「……で、おめおめと逃げられたと。」


ミョウジョウ学園の自室で、モニターに広がっている人員の配置情報を眺めながらも、入口に立っている人物を流すように見る。
頬には痣、出ていったときには整っていた衣服もところどころ引き裂かれたような痕を残す彼女の表情は、不機嫌そうだった。

犬飼伊介の能力を過信していた訳ではないが、それでもまさか単独の晴を取り逃すとは思っていなかったため、不満というよりも驚きの色が隠せない。
そんな鳰は、深くため息をついて、


 鳰「ま、晴のポテンシャルの高さはいつも土壇場で発揮されるッスからね……」


英純恋子の時といい、番場真昼の時といい、彼女の素の能力の高さが伺える。
ただ、取り逃したのとは別に、


 鳰「あそこまで痛めつけたら死んじゃうんじゃないッスかねぇ~。生け捕りってレベルじゃないッスよ」

 伊介「……」

 鳰「黙ってないで何か話したらどうッスか? 別にウチの機嫌を損ねたからって春紀さんをすぐに潰したりはしないッス」

 伊介「帰る」


そう一言呟いて立ち去る彼女の背中を見つめ、またもう一度ため息をつくと再びモニターに視線を向けた


 鳰「(……しかし、逃げ込んだ先がアソコッスからねぇ~そりゃあ犬飼伊介も追えない筈だ)」


満身創痍の晴が逃げ込んだ先―――――――――――寒河江家が。


【東村山/寒河江家】13:00

年末用の料理を作り終えた春紀は、休憩がてら台所の小さな椅子に座って缶コーヒーを飲んでいた。

適当にファッション雑誌でも眺めながら、リビングから聞こえる弟達の声を聴く事が、日常に帰っていることを強く感じさせる。

別に買うわけでもないけれど、ショッピング何て行く暇のない身としてはこういう雑誌を眺めているだけでも充分満足感を味わえた


 春紀「…?」


ただ、その騒ぎ声が妙に静かになったと思い首を傾げると、青い顔をした冬香が台所の扉を開けて、


 冬香「お姉ちゃん!! 女の子が!!」


その言葉を聞いた時、思い当たるのは…………この近くに住む、彼女達。

雑誌を放り投げて椅子を蹴飛ばすように駆け出した春紀は、集まっている姉妹達を散らせる様に冬香に叫ぶと、玄関に倒れる人物を見た。

見覚えのあるその顔は、今や自分の"[ピーーー]べき対象"にある事を。


 春紀「…晴、ちゃん……?」


だが、まだ手を下してはいない。なぜ彼女がこうして、ボロボロのワンピースを血まみれにして倒れているのか。

ともかく、まずは彼女を助けなければ。

だんだん書いてて思ったんですけど……面 白 く な い

どんどん迷走してるガバガバシナリオをどうにかしたいですね……

【新宿】13:00


 兎角「……」


ランチタイムに差し掛かった街中の喧騒を聞き流しながら、簡素なシャツとスラックスを履いた兎角はフラフラと彷徨っていた。

あれだけの事が、黒組の事があって、また晴を守れなかった不甲斐なさは勿論。

彼女を傷つけた犯人が犬飼伊介という、プロの暗殺者である為だ。

手際はどうあれ、確かにあの場所に明確な手がかりは残っておらず、跡が見つからない。

今の自分に、犬飼を追跡する手立ては無いし、だからといってじっとしている訳にもいかない。

だからこそ、つい先ほどミョウジョウ学園に乗り込もうとしたが、門前払いされた挙句に警察沙汰にされかけた。

流石に、自分がここでつかまってしまう訳にもいかない。

 
 兎角「(……犬飼は、黒組を始末している走りの協力者で間違いない。それに、走りと共に寒河江まで協力している事も。)」


東村山には寒河江も住んでいる事は知っていたし、だからこそ走りの事は十分に警戒していたはずだ。

それだけに……英の手紙の意図を読み取れなかった事を、強く後悔している。

そして、これから自分が行うべき事は、今決まった。


 兎角「(……寒河江を、人質にする、か)」


刺激するのは逆効果、だとしても、心の支えを失った今の兎角にはとても冷静にはなれない。

向かう先は決まった、東村山の役場に向かう。

【東京/ミョウジョウ学園付近病院】15:00


血まみれの晴ちゃんの傷は、もう助からないと言っても過言ではないレベルで深かった。

ズタズタに裂かれた皮膚は白色が見えてしまう程深い場所もあったし、どこかからか飛び降りたのか、右手と左足の骨折。

唇も膨れて、頬には無数の切り傷があった。

……それでも、彼女は、ミョウジョウの治療技術で命を失う事は無かった。

今も尚集中治療室で手術を受けている彼女を、薄暗い病院のロビーのベンチで俯きがちに座り待ち続けていた。


 春紀「(……確か、東と晴ちゃんは東村山に住んでいる筈。そして走りは特に晴ちゃんに関しては生きて捕える事を以前から強調していた)」


そんな彼女が無残な姿でこうして倒れている理由として、考えられるのはいくつかある。

東・葛葉両勢力のどちらかが彼女を狙ったか、元々彼女のプライマーとしての力を狙う何者か。

東がついていながらもあそこまでボロボロになってしまったのにはまだ何か理由があるはずなのだが……今の自分に、そこまで推測する事はできない。


気分転換でもしよう、と一角にある休憩コーナーの自販機で缶コーヒーを買い、そのコーヒーを拾おうとした。

次の瞬間、背中に何か金属のようなモノがあてられたかと思えば、耳元で


 「動くな。少しでも動く素振りを見せれば、即効性の猛毒で死にますよ」


聞き覚えのある、そして見覚えのある青髪が視界の端でチラついた。


彼女……桐ケ谷柩もまた、既に春紀と鳰が暗躍している事実を知っている。だからこそ、こうして偶然居合わせた彼女に先制を掛けた。

この病院には、生田目千足も入院している、つまりはそういう事だ。


 春紀「……」

 柩「久しぶりですね、"殺人鬼"。次は千足さんとボクを殺すんですか?」

 春紀「……さぁ、どうだろう」


な、という前に、屈んだ体制のままつま先が春紀の脇腹を抉り、予想以上の痛みに思わず顔を顰めた。


 春紀「げ、ほっ…」

 柩「空き部屋が近くにあるんです。来てもらいますね」


彼女はまだ咳き込んでいる春紀を強引に引っ張り、殆ど引きずる様にして休憩室近くの空き部屋へと歩いて行った。


 春紀「がっ、あ……」

 柩「……早く言ってくださいよ、ねぇ。貴女は、本当に黒組の人達を殺して回っているんですか?」


突きつけた毒薬はそのままに、容赦なく本気の蹴りを春紀に叩き込み、ノーガードで突き刺さるつま先に強く咳き込む。

体を折り曲げ、腕で防ごうとするが、その腕ごと蹴り抜く彼女の力は外見からは想像もできない強さに思わず歯を食いしばった。

やろうと思えば、毒薬の銃を躱して強引にこの状況を逆転させる事もできる。……それでも、そうしないのは、今の春紀には晴の事で後ろめたさが勝っているからだ。

苦しめようなんて思わない。たとえ命を奪おうと言っても、それでもあんなにもボロボロに傷つかせるなんて絶対にしたくない。

人を殺した者の傲慢さを嘲け笑うかのような晴の姿に、正直な所もう耐えきれなくなっていた。


だからこそ、虚ろな目をした彼女を気に食わないのが柩だ。


 柩「……」

 春紀「………アタシの事なら幾らでも痛めつけてくれていい。でも、さっきの事は言えない」

 柩「最低ですね、貴女は。まさか、そんな"申し訳なさそう"な表情をして、これまで殺された人達は貴女を許すとでも思っているんですか?
   その程度で、贖罪のつもりですか?」


ぐったりと手足を投げ出して座り込んでいる春紀の胸倉を掴み、引き寄せると、


 柩「ボクも人の事を言えない程人間を殺しているからこそ、言っておきます。誰かを殺した時点で、貴女に許す許されるなんてものはない。
   必ず、地獄に落ちる。そして、もう一生その罪は許される事なく付きまとう。」


幼い体ながらも、全力を込めた拳は、確かに春紀の頬を捉えた。


 柩「被害者面するな。貴女は甘え過ぎている。現状をこうしてしまったのは、貴女の選択が招いた結果だという事を。」


ぐっ、と流れそうになる涙を堪えながら、小さく俯く春紀の首筋に毒薬のシリンダーを入れ替えた銃を打ち込むと、


 柩「24時間後。それまでに貴女はボクの持つ解毒剤を飲まなければ死ぬ。……殺してでも、奪うしか無い」

※春紀視点


チクリ、首筋の痛みを感じながらも、俯いていた顔をゆっくりと上げる。

無表情の中に混ざる蔑みの瞳をこちらに向けながらも、しかし彼女はこれ以上アタシを痛めつけることは無かった。


 柩「精々、悩んであがいて苦しんで死んでください。その方が、死んでいった人々も救われる」


それが、桐ケ谷の考えなんだろう。

しかるべき者にはしかるべき復讐を。

決して贖罪など許さない、苦しんで死ねと。


 春紀「……」


何も言わない……いや、何も言えなかったまま、一人静かに壁にもたれかかるアタシを後目に桐ケ谷は立ち去って行った。

じわじわと打たれた首筋の辺りから不快感と痺れのようなモノが広がってきているのがわかる。

ぐっと歯噛みして立ち上がったアタシは、とにもかくにも晴ちゃんの手術が終わるまではここを出たくはなかった為、またロビーのベンチへと向かった。

寒河江家】16:00

年明けというのは、どうしても誰もが気を緩めがちになってしまう。

ついさきほど血まみれの女性が倒れこんできた寒河江家の子供達は、冬香だけは春紀の身を案じていたものの、弟や妹達は気ままに遊んでいた。

それはそうだろう、いきなり全身赤色の、"非日常"が現れればそれは誰もが"ありのままの瀕死体"だと受け入れるとは限らない。

テレビのチャンネル合戦になっているリビングを横目に、不安げな気持ちを晴らそうと庭先へと向かう為に玄関へと向かった。

その時、鳴り響いたインターホンと、擦りガラス越しに映るシルエットに冬香は首を傾げた。

宅配便……にしては荷物も持っていない様子だし、近所でもこんな背丈の女性?は見たことが無い。

ともかく、扉を開けなければ。



そうして扉を開いた瞬間、自分の体が宙に舞った事に気付いたのは、固い地面にたたきつけられてからだ。


 冬香「あっ……ゲホッゲホッ!!」

 兎角「寒河江春紀は何処だ。教えろ、でなければお前を殺す」


まず出てきたのは、肺への衝撃による激しい咳。そして、暫く咳き込んでからようやく彼女の口にした事を理解した。

理解して、激しい全身がガクガクと震えだした。純粋な恐怖、青髪の女性の"瞳"が、尋常じゃない程に鋭く突き刺すようだったからだ。

開ききった瞳孔は自分の瞳を一点に見つめ、組み伏せている腕に力を込め、じわじわと頸動脈を圧迫してくる。

恐怖に抑え込まれそうになった冬香は、最後の最後まで必死に思考した。

その結果、出てきたのは、


 冬香「ミョウ、ジョウ学園、の、近く……病、院……」


自分の身の安全と、姉妹達の安全。

本当は、姉を危険に晒すような答えを出したくはなかった。 

でも……きっと、ここで自分や姉妹達がいなくなることの方が、姉を深い悲しみに突き落とすことになってしまう。

信頼できる姉だからこそ、冬香は真っ赤になって息も碌に吸えない状態で答えた。

一気に力を込め、本当に殺してしまいかねない勢いの兎角は………しかし、そこで突如現れた黒の装束に身を包む集団による襲撃に飛び去った。

ミョウジョウ学園のSP達はそれぞれ消音器付の拳銃を構えている。流石に分が悪いとした兎角は、意識を失っただけの冬香を睨み付け、黒服達の銃撃を巧みに躱しながら塀を飛び越えていった。

だが、立ち去る途中、あからさまにこちらが狙撃できる位置にも関わらず、何かしらの連絡を取りながらこちらをチラチラと眺めるだけの黒服達に一つ違和感を覚えた。

【ミョウジョウ学園】16:30

 
 鳰「……兎角サンってば、大胆ッスねぇ~。白昼堂々絞殺未遂ッスか」


モニター越しに、今しがた寒河江家で行われたやり取りを眺めてケラケラと嘲る鳰は、然るべき時が来るまで退屈していた。

黒服をあのタイミングで行かせるよう指示したのももちろんの事自分だが、その後兎角に手出しさせなかったのも自分。

ミョウジョウの犬となった犬飼伊介……本人はなったつもりなんだろうが、まぁ裏切る気も満々だろう。

学園内でまるでハイエナの様にあらゆる情報をかぎまわっているのはこちらに筒抜け、あれでよくもまぁ懐に入った気でいるのだからお笑いだ。

何時の間にかいいように操られる……一之瀬晴襲撃すらも、鳰の力で仕向けられた事も知らず。

そして敢えて失敗させたのも、彼女。


 鳰「(面倒臭いプライドというか意地のせいで中々行動しなかったッスからね。さっさと桐ケ谷柩と生田目千足を殺しに行けばよかったものを。)」


確かに都合の悪い人物を消す仕事はよく請け負っていた伊介だったが、いざ黒組の事となると尻込みしていた。

寒河江春紀と大きく干渉したくないというのが大きな理由なんだろう、まぁそんな願いも叶わず襲撃した事実はついて回る事になったのだが。

だが、これでようやく、然るべき舞台は整いそうだ。


 鳰「(さ、て……具合の悪そうな方々を見舞いに上げないと、ッスねぇ)」


※修正  行ってあげないと

【英家】17:00

ミョウジョウ学園からはそこそこ離れた場所にある英財閥の屋敷の一室に、二人の少女は向かい合っていた。

紅茶を一口含んだ純恋子は、穏やかな表情で座る真昼の方を見やって小さく微笑んだ。

真夜の一件が済んだ真昼は、あれからこうして人と目を合わせるようにもなれば、以前の様にビクビクと怯えることもほとんどなくなった。

そんな彼女の様子に、口に出しづらかったものの、こうして呼び出した本題を切り出す。


 純恋子「明日……いや、早ければ今夜。黒組の全ての決着が尽きますわ」

 真昼 「……剣持さんも、武智さんも、首藤さんも、神長さんも、皆もう、この世にはいないん、ですね」

 純恋子「出来る事なら、こうして穏やかな日常を貴女と過ごしていたかった。でも、」

 真昼「純恋子さんが行くなら、私も行く、ます。」

 純恋子「……できませんわ」

 真昼「私も黒組に居た一人ます。なら、それなら、この手で清算しに行きたい。過去の因縁も、何もかもすべて」

 純恋子「真昼さん……」


ミョウジョウ学園付近の総合病院、あの場所で今夜何が行われるか、それはあらかじめ情報を得ていた。

だからこそ、もうすでに武装用の身体パーツではないこの身でも、全てにケジメを付ける為に乗り込もうとしていた。

当事者ではあるものの、それでも危険な場所に巻き込みたくはないと、真昼だけにはこのタイミングまで伝えなかった。

でも、今、こうして全てを伝えた上で彼女が覚悟を決めたのなら……それを、自分に止める権利はない。


 純恋子「……早い内、ミョウジョウ学園へと向かう事にしましょう。」

【病院】17:00

 
 柩「……」

 千足「ん……どうした、桐ケ谷」


春紀とのやり取りの後、千足の病室に戻っていた柩は、徐々に病院内に異変が起こってきている事に気付く。

元々走り鳰の影響が大きいのは百も承知、医療技術だけは信頼できていたのでここまで千足を入院させたままだった。

だが、それもそろそろ頃合いだろう。早い内、ここから抜け出して遠く離れた場所へ二人で逃げなければ。

そんな風に難しい顔で思案する柩を、疑問に思いながらも千足は声を掛けた。


 柩「あ、いえ、何でもないですよ」

 千足「桐ケ谷、学校の事とか、何か困ったことがあればすぐに言うんだぞ。もし嫌なら無理をして通う必要もないんだからな」

 柩「はい……ありがとうございます、千足さん」


千足も千足で、未だによくこうして悩んでいる柩を見るたびに気を掛けているつもりだが、まだまだそれも足りていないかもしれない。

互いが互いを気遣う信頼関係は、復讐者と当事者とは思えない程のモノだった。

だが、次第に日も落ちてきた夕焼けの病室に、


 「具合はどうッスか、生田目サン。」


異質なモノは、ニヤニヤと悍ましい笑みを浮かべて現れた。


 柩「……」

 千足「走り……」


明確に敵意を剥き出しにして懐のシリンダーに手を掛ける柩と、嫌悪感を露わにする千足の表情に、やれやれと言った表情の鳰は


 鳰「はぁ~、ミョウジョウの医療技術が無けりゃ生田目サンなんて即死だったのに、酷いッスねぇ~」

 柩「寒河江さんをけしかけて、他の黒組の人間を次々に殺していった理由を教えてください」

 千足「……」

 鳰「けしかけ?何言ってるッスかァ、春紀サンは自分で選んで自分で殺して回ってるだけッスよ。ウチはただ"お手伝い"をしているだけ。」

 柩「金ですか」

 鳰「……ま、春紀サンはそんなとこッスかね。」

 柩「それじゃあ貴女は」

 鳰「ウチの事なんかどうでもいいじゃないッスか!それより、お二人に忠告しておこうかと思って」


背で手を組んでいる鳰は、ツカツカと革靴を鳴らしてベッドまで近づくと、


 鳰「あんまり春紀サンに不用意に触らない方がいいッスよ。エンジェルトランペットは、"未だ仕事をしている"ッスからねぇ」

 千足「……!! それは、どういうッ…!!」

 鳰「臭いんスよ。兎角サン風に言うのなら、"腐った海の匂いがする"って感じッスかね」

 柩「ッ……」


彼女にしては珍しく、怒りに身を任せて毒薬を仕込んだ拳銃を引き抜いた柩は、即座に引き金を引いた。

放たれた毒針は、確かに鳰の心臓部を―――――――すり抜けた。

数秒後、いつの間にか背後に回っていた鳰のナイフに貫かれた柩が短い悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちる。

困惑する千足に、鳰はグリグリと突き刺したナイフを動かし、柩の悲鳴を楽しみながら、


 鳰「助けてもいいッスよ?このエンジェルトランペット。その代わり、ウチの依頼を聞いてくれるなら」

 千足「ッ……どうすれば、いい。」

 鳰「番場サンと英サン。二人を殺してくださいッス」


次第に脱力して、ナイフが突き刺さったまま膝から崩れ落ちた柩を後目に、千足に一本の刀剣と拳銃が入ったロッカーの鍵を手渡した鳰はそのまま立ち去って行った。

入れ替わる様にしてやってきたどこか無機質な様子を感じさせる白衣の男達に柩が運ばれていった。

嵐の様に過ぎ去った出来事だったが……ただ一つ、柩を救う為の方法を実行する為、千足は手術衣を脱ぎ捨てた。

柩がエンジェルトランペットとしての活動を隠していた事も気にかかるが、今はそれよりも、全てに決着をつけるべきだろう。

【病院】18:00


息が詰まる。呼吸が苦しい。

柩に薬を打たれてから、徐々に自分の体を蝕んで来ているのを感じている。数分おきに頭がグラグラと揺れる様な感覚が最も厳しい。

額を抑えながら、流れた冷や汗が頬を伝い膝に零れる感触に気持ち悪さを覚え、シャツの裾で顔を拭った。

だが、まだ大丈夫。後二十時間以上の猶予は残されている筈だ。それまでに、柩からどうにか薬を奪うことが出来れば、乗り切れる。

今はただ、走りからの連絡と晴ちゃんを待ち続けることだけ。


と、手術中のランプが消え、両開きのドアが開け放たれた先から看護婦達がストレッチャーを押しながら出てきた。

疎むような視線を気にもせず、呼吸器を取り付けられて至る所に処置の後を残した晴の姿を見て、取りあえずは一安心した。

……いや、安心など。何時かは彼女も、この手を下す時が来る。


病室……それも、もっとも最上階かつ最奥へと運ばれていった晴ちゃんを見送り、ふと病院のロビーへとやってきて気づいた。



人が、一人も居ない。



初めに思いついたのは、走り。ミョウジョウの息が掛かっているというのなら、彼女が病院を操れるのも納得できる。

だが、何故こんなことをしているのか、純粋な疑問が春紀の頭に浮かんだ。なぜ、なぜ、なぜ―――――――


その思考は、足払いと共に振り下ろされた刃が春紀の肩を抉ったことでかき消された。


痛み。そう、確かな痛みは、


 「……晴は何処だ。」

 「………兎、角サンかい。」


膝立ちになった春紀の血が滲む右肩にナイフをギリギリと食い込ませながら、東兎角はその獰猛な瞳で一点を見つめていた。

悲鳴をあげたくなる程の痛みに歯噛みしながらも、短く息を整えると、


 春紀「"ココにはいない"」


瞬間、一気に振り下ろされたナイフを自らの傷口を地面にたたきつけ、そのまま滑らせるようにして床で回転した春紀は兎角に足払いを掛ける。

振り下ろしていたままの体制で足を払われた兎角は、しかし、当然の様に宙で一回転して体制を整える。

フラフラと立ち上がった春紀は、薬の効果と肩の激痛を、元々手にしていた劇薬を口にすることでけし飛ばした。

これで二度目。頭を殴られるような衝撃と共に、思考が鮮明になっていく。

見える風景が、悍ましい表情を浮かべた兎角が、ハッキリとこの眼に焼き付いていく。

腰のポーチに入っていたバンデージを乱雑に両の拳に巻き付ける。

東兎角。彼女が、最大の難関であることは百も承知だ。

だからこそ、妥協はしない。ポーチを投げ捨て、吊っていたガントレットを嵌める。ここまでで、僅か数秒。

兎角はすでに動き出している。眼前に迫ったその一閃は春紀のステップで軽々と避けられる。


 兎角「お前だけは、必ず殺す」

 春紀「アンタは、一番難しいんだ」


カウンター気味に放った短く素早いジャブに首を振って躱した兎角は、そのままの勢いで裏拳を打ち込む。

ガントレットで防げば、素手の彼女は痛手を負うだろう……そう思い防ごうとした右手で、裏拳を弾き飛ばす。

その拳には、刺殺する為の鋭い針が握られていた。もしあのまま受け止めていたら、こちらのガントレットの隙間から手首をやられていた。


 
 兎角「……何故、今更黒組だ。なぜ、お前はッ!!」

 春紀「金だよ」


払いのけられた兎角は、そのまま右脚を滑らせて春紀を足払いする為に姿勢を低く回転する。合わせるようにして、姿勢を低くした春紀は敢えて払われ、床に手をついて回転し体制を整える。

さながら、ぶつかり合う駒の様に二人は回る。


 春紀「アタシには、家族を養う為の金が必要だ。」


兎角がナイフを横に薙ぐ……様に見せかけ、それを防ごうとした春紀の腕の回りを回転させるようにして、懐に刃を突き出す。

その刃を、あらかじめ予想していたかのように左手のガントレットの甲で受け止める。

自分でも驚く程の反応速度で、以前はボロボロにやられた兎角に太刀打ちできている。

薬の効果もあるのかもしれないが、それ以上に兎角の"動き"と"思考"を読む力が上がっている。

兎角が左足を繰り出そうとすれば、それを対処する為に春紀もまた左足で受け止め、寧ろこちらがカウンターを放つ。

カウンターの拳を、しかし軽々と受け止めた兎角はそのまま組技へと持ち込もうとする。

そうはさせまいと、捻られそうになる腕を掴む兎角の手を肘で打ち払う。

読めている。兎角の動きが。



そうして、二人の少女は白く染められているロビーに、赤を撒き散らす。

【病院/最上階】18:00


兎角と春紀が戦闘を始めた頃、別の場所で、また一つの争いが始まろうとしていた。

今も尚意識を失ったまま呼吸器をつけている晴の寝顔を眺めていた―――――――伊介は、自動扉が開くのを確認した。

現れたのは、予想通りの女。


 鳰「……駄目じゃないッスかァ、勝手にミョウジョウの情報バンクから引っ張り出して来ちゃ」

 伊介「知らないわよ。伊介はただ"其処に落ちてた"から拾っただけ」

 鳰「(あんな隠蔽工作の届き渡ったハッキングを仕掛けた人間が良く言うッス)」


この自動扉……ミョウジョウ学園付属総合病院の扉は全て生体認証システムを利用している為、部屋に入るには認められた人間しか入ることが出来ない。

その中でも、一之瀬晴の部屋という事で一切の人間の立ち入りは無効としていたばすだったが、この女は総合病院のハックと同時にミョウジョウの公開していない情報も手に入れた。

その手際の良さは、敵ながら賞賛に値する。

が、それもこれも、走り鳰が相手となれば全くの"無意味"だ。

 <<<<<<(ねぇ、伊介サン。愛しい春紀サンが殺されかけているのに、こんな所で寄り道してていいンスかァ?)>>>>>>>>

鳰の両目が妖しく輝き、その一言だけで、思わず今こうして立っている場所から少しでも早く立ち去りたくなる。

だが、眉間に皺を寄せつつも、鳰の催眠にかかりつつも、"明確に"それを拒否する。


 伊介「……別に伊介には関係ないよ。春紀がどこで何をしていようと。」

 鳰「へぇ、例の暗示って奴ッスか? 神長サンは全く意味が無かったッスけど、ちゃんとできるんスねぇ」


そんなモノは無い、と、必死に平静を保ち無表情を作る伊介の様子を訝しげに眺める鳰は、背に吊ってあるホルスターから拳銃を引き抜く。

何故催眠が通用しないのか、それは春紀も服用している劇薬がミョウジョウの保管庫にまだいくつか残っていた為、それを盗み取っていた。

それも、一粒で飛んでしまいそうになるモノを、三つも口にした。先ほどから吐き気や頭痛が止まらない。

だが、同時に見える全ての風景が鮮明に映る。

鳰の銃口から弾道を読んでしまったのも、おおよそそのせいだろう。


 鳰「―――――はぁ」


驚嘆に瞳を見開く鳰に、そのまま返す刀で引き抜いた拳銃を発砲する。

銃を片手に立ちっぱなしだった鳰の額を狙った弾丸は、鳰の体を奇妙なブレと共にすり抜けていく。


 鳰「まぁ、"直接的な暗示"が効き辛いってだけッスかね。数センチ、ウチの身長詐欺ってて良かったッス」


拳銃はそのままに、ニヤニヤと嘲る様な笑みを浮かべる鳰は続けて


 鳰「で、こんな所に来て何の目的があったッスかねぇ~。あ、もしかして、てっきり春紀サンの冤罪を晴らす、なぁんて伊介サンらしくない事しちゃったり?」

 伊介「アンタに話す事は何もない。ここで死ね」


容赦なく立て続けに銃弾を放つ伊介に、近くの棚へと転がって避けた鳰は、ケラケラと笑いながら

 
 鳰「こんなとこで撃ち合っていいンスか? "誤って"晴を撃ち殺すかもしれないッスよ?」


棚に背を預け、声だけを返す鳰に、じりじりと薬の苦しみに冷や汗を流す伊介は、奥歯を噛み締める。



※続きは後


 鳰「"ここは見逃す"って言ったら、どうします?」

 伊介「信じられる訳ないじゃない」


少しずつ、しかし確実にこちらの物陰へと歩を進める鳰に、静かに息を整える伊介。

この空間を支配しているのは鳰で、追い詰められているのは伊介。

あれほど能力の高さを評価されていた伊介が、何故自らこんな状況に陥ることを理解していないのか。

それは少し違った。


 伊介「……アンタは何時もその気持ち悪い顔で傍観者を演じ続けている」

 鳰「傍観者? いやァ、ウチは"司会進行役"を引き受けてるだけッスよ。見てるだけならだれでも出来るッス」

 伊介「そしてその目的は、東のアズマとの決着をつける事」

 鳰「わかってるじゃないッスか。ウチは"兎角サンとのケリ"をつけさせえ出来れば、それでいいッス」

 伊介「そんなこと、思っても無い癖に良く言うわよ」


ふと、伊介の一言に、ニヤニヤと歪ませた表情が固まる。

そして、その赤眼が妖しく輝きを増し、無表情へと変化していく。



 鳰「……どーでもいいッスよ、兎角なんて。"これは単なる暇つぶし"ッスから」



ぐらぐらと頭の中がかき回されるような感覚に顔を顰めながらも、しかし銃口は鳰から逸らさない。

そんな伊介の目と鼻の先に歩いてきた鳰は、ぐっと大きく背伸びをして伊介の瞳を見つめると、


 鳰「だから、気が変わったんスよ。素直に春紀さんの所にでも行ったらどうッスか?」

 伊介「……この娘はどうする気よ」

 鳰「晴は別にこのままッスよ。まぁ、当分は起きてこないッスから」


死んでもおかしくはない傷を負って未だに息のある晴の容態は依然として予断を許さない。

皮肉にも、鳰の管轄にあるこの病院を頼らなければ彼女は死んでしまうのは事実。

……だが、この女が考えもなしにそんなことを言う様な人間でないことは分かっている。何かを企んでいるのは間違いない。


悔しさに唇を噛み締めながら、鳰から視線を外し、背を向けて開かれている自動扉へと姿を消した




【非常口付近】


 純恋子「……なぜ貴女が?」


英邸から、近辺まで私用車で来ていた純恋子と真昼は、監視カメラだらけのミョウジョウ学園総合病院の中で、

出来るうる限り目立たないであろう場所………職員用の非常口から侵入しようとしていた。

頑丈な電子扉は、しかし既に伊介がハッキングを仕掛けていた際にロックが解除されている。

ただ、一部以外は電力が落とされているため、アナログなやり方として二人かがりで扉をこじ開けた。

瞬間、夜闇に紛れて鈍く輝くモノが純恋子の目前へと飛来し、全身を後ろに反らしてその刃先を避ける。


そして、その先に居た女性が、意外な人物であったと驚きの言葉を漏らした。


 千足「色々あって説明しきれない。……すまない、だが、ここでお前達を切り捨てなければならないんだ」

 
返す刀で放たれた真剣は、体制を崩していた純恋子を袈裟に引き裂かんと迫る。だが、その隣から棒状のモノが伸ばされ、

ギィン、という重たい衝撃を真剣を握る千足が感じたかと思うと、いきなり胸の辺りをスニーカーで蹴り飛ばされ、流れるように後ろへと下がる。

真剣を受け止めた鉄の大槌によりかかる様にしている真昼の瞳は、あるはずのないモノへと変化していた。

獰猛さと鋭さを兼ね備え、しかしその奥には冷静さも欠けていない。


 真夜「……よォ純恋子。なんだそのザマは?いつもの自信家で堂々としたオマエはどこいったんだ?」


ケタケタと喉を鳴らし、夜の闇に喪失者は舞い戻った。



 純恋子「あ、なたは……」

 千足「(夜の方の、番場か)」


受け止められた剣を手首で返し、そのまま上へと振り抜いた千足の剣は、しかし寸前で躱されてしまう。

だが、後ろに重心を移動させた今の真夜の体制は大きな隙が出来ていると言っても良い。

それも見越した斬撃―――――――一気に左手に溜めた掌底を、正中線へと解き放つ。

が、


 真夜「……"ヘボい"力だなァ。躊躇い何て捨てちまえ」


決して豪腕ではない、が、普段から鍛えている事に加えて武術の覚えのある千足の掌底を、真夜は正面から右の手の平で受け止める。

その重心は絶妙なバランス感覚で右手に握った鎚と両脚で支えられており、細腕で受け止める為に掌底の力を受け流していた。

それを加味しても、元々の真昼の体でそれだけの力を受け止められたのは、彼女の言う通りその一撃に"迷い"があったのだろうか。

本来なら、肋骨を砕く程の力はあったはずだ。


 千足「……間違っているかもしれない、そんな杞憂はあるさ」


一度大きく切り払い、やっと我に返った純恋子が真夜を引きずる様にして斬撃を躱しつつ、両者の距離はまた大きく離れる。

戦闘用ではないといえども高度な技術で作られた両腕は、人一人を抱えるには十分な力を発揮する。


 純恋子「真夜さん……私は、」

 真夜「今はんなこたどうだっていいだろォ? ほら、アイツからどうにかしねェと」


会話を交わす暇もなく、肉薄する千足に対し、互いの得物を構え、戦いは続く。

【病院】18:30


 春紀「ハァッ、ハァッ……」

 兎角「……」


戦闘を開始してから三十分。 

ロビースペースの一角だけ照らされている一面の白い壁や床に、斑点の様にして赤黒い血がボタボタと零れている。

そのほとんどが、春紀のモノであることは言うまでもない。

ここまで、確かに春紀は兎角の動きについていく事が出来たし、それに兎角自身も多少なりと唇を切っていたり頬に掠り傷程度はできている。

しかし、"そこが"限界だった。


初めこそ優位だった戦いは次第に"以前の戦いの如く"兎角が理解し、攻め方を変えていき、だんだんと春紀が傷を負うことが多くなった。

最も大きいのは、初めに受けた肩口の傷から血を失い過ぎたせいだろう。


 春紀「(……勝てない……)」


ぼんやりと、満身創痍の春紀の思考に浮かんだ敗北のイメージ。

そんな彼女は、全く息を乱さず冷静に伺っていた兎角が懐に入ってきていたのに気付くのが遅れた。

一秒の遅れが、ノーガードの春紀の鳩尾に兎角の肘が叩き込まれる事になり、実質この一撃が決着となった。

すぐ後ろの柱で背中を強く打った春紀は、グラグラと揺れる景色と明滅する意識に、ズルズルと滑り落ち、そのまま項垂れる様にして座り込んだ。

息が、うまく、できない。

コヒューコヒュー……と、抜けていくような浅い吐息を吐き出す春紀の前へと、兎角は立つ。


 兎角「……聞かせろ、寒河江。お前は"晴を何処へやった?"」


ぐらつく意識の春紀の肩口を、自分の着ているシャツの裾を破り、簡単に止血する。

申し訳程度の治療だが、意識を繋ぎ止めること位はできるか。


 春紀「……」


まだ口が上手く動かない。だが、その答えは、出せそうにない。

何せ、"本当に"知らない。心当たりならある、それは走り鳰の仕業である可能性がとても高い事。

だから、揺れる瞳を動かし、兎角を見上げたその明確な否定の意思を読み取った兎角は、静かに歯噛みし、右手のナイフを逆手に持つ。

振り下ろす場所は心臓。そう狙いを定め――――――――――


 



 薄暗闇の中に光った火花が、兎角のナイフを弾き飛ばす。




ビリビリとした痺れを感じた右手を振り払い、すぐさま背後へと視線を向けた……その先に。



 伊介「……」


 兎角「犬飼……ッ」


一度は敗北を喫した好敵手に、表情を険しくする。

対する伊介の顔に表情は無く、ただ静かに硝煙の立ち上る自動拳銃を構え立ち尽くす。


両者は、すぐさま動き出す。


拳銃を構え、遮蔽物も少ない空間に優位を取っていた伊介は即座に二、三発目の銃弾を発砲する。

しかし、兎角は先ほどまで春紀との戦いの消耗を感じさせない程に機敏な動きで受付カウンターへと飛び込む。

腰のホルスターから素早く拳銃を引き抜き、一度コッキングする。その間、コツコツとこちらへと近づくヒールの音が聞こえる。


 春紀「……い、すけ、さま」

 伊介「喋るんじゃないわよ、大馬鹿。アンタはじっとしてなさい」


僅かに怒気を含んだ一言は、聞いたこともないかのような真剣味を帯びていた事に、春紀は目を見開く。

この時感じた違和感は、後にとてもとても……



ヒールの音がカウンターの前へとたどり着いた瞬間、一気に駒の様に回転してカウンターから飛び出した兎角の踵が伊介の拳銃を叩き落さんと迫る。

その動きを、一歩後ろへと下がって避けた伊介がそのまま至近距離で発砲した先に、既に兎角の姿は無い。

低姿勢のまま発砲した銃弾は、かろうじて避けた伊介の肩口を掠め、返す刀の如くヒールが兎角の拳銃を蹴飛ばす。

同時に兎角もまた、得意の格闘戦に持ち込もうと伊介の手首を捻り拳銃を振り落とさせる。


そのまま一気に極めに掛かる兎角に、伊介が流れるような動きで足払いを仕掛け、その襟首を掴み地面に叩き付ける。

一瞬グラつく視界の中、驚いた表情をしていたのは兎角の方だ。


 兎角「ッ、柔術を」

 伊介「一度見せた手が何度も通用すると思ったら大間違いよ、ガキ」


不安定なヒールで、どうやって……そう思い、向けられた伊介の足元、これまで彼女がヒールを履いているという前提を覆す事実がそこにあった。

初めからヒールなど履いていない。 初めから、革靴だった。

寸前まで響いていた音は、兎角を欺く為にすぐに折れる様に細工した短いヒール。


そのまま首を絞め落とそうと、力では身長差などから優っている伊介が一気に体重を掛ける。

徐々に絞まっていく首元に手をやっていた兎角は、しかし至って冷静に袖元から滑らせた刺突針を伊介の手の甲に突き刺す。

直前でそれに気付いた伊介が手を払いのけた瞬間に、左手で彼女の手首を掴み、一気に引き寄せ頭突きを叩き込む。

互いに揺れる頭、しかし、兎角の方はいち早く動き出し、フラつく伊介の首元へとナイフを突き立て、

そのナイフを握る手を伊介が掴み、膝蹴りを腹へと叩き込む。

息を強引に吐き出しながら、二メートル近く距離を離した重い一撃は、想像以上に兎角へとダメージを与えた。

ここまでではなかった。かつて、黒組がまだ機能していた頃に戦った犬飼伊介とは、油断が多く慢心もあった印象だ。

しかし、この目の前に居る"暗殺者"は、柔術や格闘戦における強みを知り尽くしている。


英純恋子以来、二度目に"強敵"だと、そう感じた。


 伊介「早く伊介を殺してみなさいよ、マヌケ♡」

早ければ今日また続き出します。不甲斐ない私のSSをいつも読んでくださってありがとうございます



 兎角「(……何、だ、この寒気は)」

 伊介「………メンドーくさいから先に言っておくけど♥ 一之瀬晴に手を出したのは伊介。」


携えたそれぞれの武器で拮抗した格闘戦を繰り広げる最中、兎角は以前とは違う伊介の様子に寒気を覚えた。

何かの死とは、そう思っている程遠くにはないモノだと片田舎の山奥で祖母に教わったこと。

あの時、直前までは猛々しく鳴き続けていた蝉に投げつけた小石は、簡単にその息の根を止めてしまった。

重い病気を患っていた母も、途端に目を閉じて息もせずその心音も聞こえなくなってしまった。

私を連れ出して里から逃げ出そうとした、叔母も、そう、彼、女、も………

伊介の放った言葉に、半信半疑だった考えは完全に合致した。


 兎角「それで、情けで寒河江に付き合っているのか」

 伊介「ハッ、情け?何で伊介が、勝手に一人で背負い込んで勝手に一人で自滅してるような馬鹿の尻拭いをしなきゃならないのよ♥」


競り合っていたナックルナイフで兎角のナイフを切り払い、一度仕切り直す


 伊介「伊介は報酬さえあれば何だってする。"金"の為ならね」

 兎角「走りを、アイツのどこを信用できる」

 伊介「別にアンタには関係ないでしょ♥ 伊介はやりたいようにやるだけ。」

 兎角「………そうか」


構えていたナイフは、そのままゆっくりと腰のケースへと納まっていく。

呆れたような表情を浮かべたのは伊介の方で、そのまま構えを解いて丸腰のまま棒立ちの兎角に口端を歪め、


 伊介「……何よソレ。死にたいのかなぁ?♥」

 兎角「茶番は終わりだ。お前も、こんな無駄な事をいつまでも続ける気はないんだろう」


冷静さを欠いていた兎角は、春紀との一戦の中で彼女の姿を少し観察してみた。

それは、これまではただこなされた任務をこなす為だけに、"ただ殺すべきを殺すだけの"自分では考えられない事。

一之瀬晴という存在が、そんな機械のような自分を変えてくれた事を、思い出せた。


血塗れでボロボロになっても、後先の事など考えないその姿はまるで、自分と同じように大切な何かを抱えているようだったからだ。

だから、あの心臓にナイフを振り下ろす一瞬、躊躇いを見せてしまったのだろうか


 伊介「茶番、ね………残念、それじゃこのふざけた殺し合いは終わらない」


丸腰の兎角に、容赦なく刃が迫る


 伊介「もう後戻りは出来ないし、する必要もないから♥」




瞬間響いた銃声の後、犬飼伊介は絶命した


「ダメじゃないッスかァ~兎角サン。今更似合わないッスよ」


消音器を取り付けた拳銃で、後頭部と心臓をダブルタップで仕留めた鳰が暗闇の中から現れる。

その表情は、普段の飄々としたモノではなく既に以前対峙した時の獰猛な瞳を湛えていた。

視線は既に兎角に向けられ、撃ち殺した伊介の死体には目も暮れていない。


 兎角「……走り鳰。お前が寒河江を動かしていたのか」

 鳰「さァ~、ウチは知らないッス。そこで伸びてる春紀サンが"自分で"やりたいって言ったからやらせてあげただけッスよ」


そんなことより、そう小さく呟いた鳰は、銃口を兎角に向けると


 鳰「決着、つけるッスよ兎角サン」




続きは近々


【同時刻/非常口近く】


 千足「……ふぅ」

 真夜「……ハァ、ハァ……んだコイツ、こんな強かったのかよォ?」

 純恋子「(まさか、これ程剣の腕が立つとは思いもしなかった。)」


純恋子が万全ならば、強引な機械の力で終えられていただろう戦い。

しかし、万全ではないとはいえ普通の人間よりは明らかに力を出せる純恋子と真夜の二人がかりでも千足に膝を突かせるどころか息を乱す事も叶わない。

確かに真夜の人格が戻ったとはいえ、体は真昼、想定以上の力は出せないまま無理やり動かしている時点で、充分負荷がかかっている。

そして無意識に真昼の為を思い力を制限している真夜の力では、千足に片腕であしらわれてしまう。

純恋子が力を頼りに真剣を受け止めていくが、卓越した剣術はその純恋子の力を上手く受け流していく。

結果、こちらの二人の持久力が削られていく。


 純恋子「(……できる限り、殺さず無力化したかったけれど)」


腰に吊ったフルオートピストルを静かに引き抜く。

銃を使えば、流石の千足であっても捌き切る事は厳しいだろう。そして、今回はあくまでも殺しを最後の手段にしていた。

だが、これ以上ここで時間が取られてしまえば、走り鳰の凶行に追いつくことはできない。


 真夜「おい、純恋子!!」

 純恋子「……」


少し意識が違う事へと向けられた瞬間を逃さず、眼前に迫った千足の鋭い蹴りが脇腹を抉り、握っていた拳銃を取り落としてしまう。

あまりにも早い踏み込みに真夜も追いつくことはできず、無理やり息が吐きだされて壁に背中から叩き付けられる。

取り落とされた拳銃を横に蹴り飛ばし、真剣を一度振り払うとそのまま倒れこんだ純恋子の首を飛ばす為、切り払う。

寸前で首を大きく捻り、頬を掠めていく刃に冷や汗を流しながらも、ズキズキと痛む脇腹を抱えて後ろに飛び退く。


 千足「すまないが、時間が無いのは私も同じだ。銃が無いのなら、"もう終わりだ"」


無数の切り傷を負い、スタミナも切れかけている真夜と満足に動けない純恋子では、彼女を止めるのは厳しいだろう。

だからこそ、次にこの場に現れた少女に三人ともが目を見開いた。




 柩「……千、足、さ……」



何時もの服装から緑色の手術衣の様な格好に着替えさせられ、包帯に隠された両目から血を滲ませて現れた柩。

貫かれた腹の部分には無理やり止血するように包帯が巻かれており、血の滲む両目からは視力が完全に奪われている。

しかし、もっとも注視すべきは其処ではなく。

彼女の胴体に縛り付けられている、残り1分を示した時計の様なモノに向けられた。

 
 千足「桐ケ谷……桐ケ谷!!」


それまでの無表情を崩し、焦燥しながら縛り付けられた時限爆弾を引き剥がそうと柩に駆け寄る。

抱きとめられた柩は、そんな千足に弱々しい笑みを浮かべて、


 柩「やっ、と、会えた……ボク、頑張って、ここまで歩いてっ……階段、降りられなくて、転がって、」

 千足「走りッ……走り!!!!」


怒りと焦りが入り混じった声を上げ、残り30秒を差した爆弾から手を放すと、優しく柩を抱きとめる。

もう解除する手立ては無い。純恋子や真夜から見ても厳重な鎖や鍵などがいくつも取り付けられたアナログの錠達は、とてもではないが解除に間に合いそうになかった。


 千足「………すまなかった、私は………桐ケ谷を、守れなかった」

 柩「えへへ……ボクは、千足さんが居るだけで、シアワセ、です」

 千足「……私もだ。桐ケ谷にまた会えて、嬉しかった」

 
 純恋子「………番場さん、一度非常口から外へ」

 真夜「……あぁ、分かってらァ」


 柩「………千足さん、泣かないで」


抱きとめられた温かさと、出血で急速に失われていく冷たさの両方を感じていたからか、頬にポタリと落ちてきた滴が何なのかをすぐに理解した。

この人は涙を流している、視力を失った柩にとってはそれしか分からない。


 千足「っ、ひ、ぐっ……すま、ない……守ってやれなくて」

 柩「ありがとうございました。ボクは、千足さんと出会えて、良かった―――」


ロビーの通路一帯を包む程の爆風が巻き起こされ、二人は肉片すら残らず粉々になる最後の時まで静かに抱きしめ合っていた。

非常口の外、爆風から避ける為に退避していた純恋子と真夜もまた、そんな彼女達の最期を見届けていた。


 真夜「……チッ、もう限界だ。純恋子、真昼の事、頼んだぜ。後、大した事やれなくてすまねェな」


グラグラと揺れる視界に額を抑えながら、短くそう呟くとフラリと意識を失った真夜が倒れ、純恋子が抱きとめる。

その表情は先ほどまでのモノとは正反対の穏やかな表情を浮かべており、番場真夜は正真正銘、消え去っていった。


 純恋子「………えぇ、真夜さん。わたくしは必ず、終わらせてみせますわ。」


物陰へと真昼を隠し、立ち上がった純恋子は爆風で吹き飛んでいた刃の欠けた真剣を拾い上げ、非常口の方を見やった。

全ての元凶。ソレは、この先に居る。


【ロビー】


……暗い、暗い。


暗闇の意識の中、ゆっくりと瞼を上げた先に見えたのは―――――――血を流しながら倒れる、友人の姿。

つい先ほどまでの記憶では、彼女はアタシを救ってくれた、筈だった。

なのにこうして倒れ、更には頭と胸から流れる大量の血の池に沈んでいるという事は彼女は死んでしまったのだろう。

ソレを理解するまでに数十秒頭が働かず、ようやく気付いた時、全身に寒気が走り体の奥底から激しい吐き気が湧き出した。

伊介様。アタシに、最期まで何かを伝える為に、お前はこうしてここで。

何度も咽突き、殆ど何も食べていない為か唾液だけが床に零れていく中、不意にジャケットのポケットの携帯が震えだした。

常にマナーモードだったソレが鳴り響いた事に兎角と鳰は気づいていないらしく、吐いた後の震える指先で取り出し、ボタンを押す。


 『……寒河江春紀ちゃん、かな』

 「アンタは、誰だ?」

 『犬飼恵介、とでも言っておこうか。君の家を監視し続けていたミョウジョウの手先は全て排除した。……伊介の"お願い"でね』

 「……伊介の、ママって奴か」

 『伊介は、君をとても気にかけていた。正直……バカ娘だと思ったよ。そして君の事も、実を言えば今全力で殴り飛ばしたい気持ちもある。』

 「何も、言えないよ」

 『だが……口を開けばパパママと喋っていた伊介が、唯一"春紀"という名前だけは特別なモノの様に口にしていたんだ。まるで、友人でも出来たかのように。』

 「……」

 『その"友人"の為に、あの伊介は命まで賭けた。そして、こうして君の携帯にしか繋がらなかったという事は…………手遅れだったのだろう。だが、一つ言うなら。』

  
 
それまで淡々と話していた口調が、その時ほんのわずかに激情を織り交ぜていたように聞こえた。



 『命を賭けてでも、君の守るべきモノを守ってみせろ。それが、私の大切な伊介への手向けになる。"一人で突っ走った結果"が、今の現実だと、強く確認した上でね』


そして、ブツリと切れた携帯電話を握りしめる春紀の掌に確かな力が篭る。

感情の昂ぶりから、その瞳に生気が宿る。


 鳰「……あぁ、アレも死んじゃったッスね」

 兎角「コレは、誰だ」


唐突に聞こえてきた爆発音に、しかし視線すら向けなかった鳰の銃口から未だ逃れられずに居た兎角は、ただ静かに冷静さを保ち続ける。


 鳰「桐ケ谷柩と生田目千足、後英サンと番場真昼ってところッスかね。」


淡々と、その寒気の走る様なニヤニヤとした笑みを一切変えることなく淡々と呟いた姿に、幻術とは違う、生物的な恐ろしさを兎角ですら感じた。

死とは当然であるという前提以前に、他人の命を自分の目的の為の"道具"としか考えていない、そんな。


 兎角「……」


静かに、しかし迅速に。

先に動いたのは兎角で、伊介に蹴り飛ばされていた拳銃を手にするため一気に連続でステップして距離を開ける。

それに反応するように、手にした自動拳銃で正確に兎角の行く先々に弾丸を撃ち込み、躱しきれなかったモノはそれぞれ兎角の体を掠め、一発が右脚を貫いた。

しかし、回収した拳銃を使い、返す刀で容赦なく四発の弾丸を放つ。


が、全ての弾丸が鳰を貫こうとした瞬間、空間が歪んだように彼女の姿がぼやけていく。

陽炎の様に揺らめいた鳰が複数人に別れたかと思った途端、一気に複数回の打撃が兎角を遅い、ガードしきれない蹴りが脇腹を蹴り飛ばす。

思わず体制を崩した兎角に、いつの間にか懐に現れていた鳰の表情が凶悪な笑みを湛えると同時、複数回の衝撃が兎角を襲い、思わず床に倒れ伏してしまった。


すぐそばにいた筈の鳰は、しかし最初の位置か一歩も動かず、表情を消して兎角を伺っていた。


 鳰「幻術、あん時は邪魔者が居たッスけど、今回は完全にキマってるみたいッスねぇ?ウチ、"何人居た"ッスか? 兎角サァン」

 兎角「ッ……ぐ、クソ」


右脚、それも腿を貫いた銃弾が予想以上の痛みを引き起こし、右脚を引きずる様にして立ち上がる。

その様子に満足したように、消しきれないニヤニヤとした笑みが鳰の顔に浮かぶ。


 鳰「(……悔しそうな顔たまんねぇッスねェ。さァて、いつ殺そうかな)」

 兎角「(確かに五人に見えた。既に私は走りの幻術の中に居る。それも、以前の様に半端なモノではなく、完全な幻術。……幻術)」


息を切らしながら血の滴る右脚を、腰のポーチから取り出した当て布で縛り止血する。

その間にも思考し、なんとかしてこの幻術の打開策を見出そうと模索していく。

※鳰視点


思っていたよりも簡単に幻術を掛ける事が出来た事で、まず第一段階が終了した。

黒組時の東兎角は、幾度も瀬戸際に追い込まれた時には決まって何らかの異質な力を発揮する事は分かっている。

ソレが東のアズマとしての才覚なのかは分からないが、しかし明らかにその直前の動きとは違っている。

そして、その火事場の馬鹿力がどのような状況で現れるのか、それだけを懸念していた。

  
 鳰「(……まぁ、負ける気はしないッスけど。)」


唯一無二のこの力が万全に機能している今、例え兎角がその状態になったとしても、負ける気はしない。

もし、今それでも抑えきれないなら……この全身に刻まれた刺青をどこまで明かす事になるか。

その場所に居た筈の鳰が消える。

だが、兎角はあくまでもその瞳を一点から外さなかった。

 兎角「……右か」


そして、その片鱗がすぐに表れる事になる。

兎角の左手の死角に現れた鳰の幻術―――――――――本来はそうして兎角に見せていた筈だったが、兎角はそちらに目も暮れず、即座に右手側から迫っていたもう一人に右手を振るった。

一貫して愉快気な笑みを浮かべていた鳰の幻術だったが、しかし右腕が頬に直撃した右手側の幻術だけは目を見開いた。

全ての幻術が消え去り、元の位置に現れた鳰の頬には痣が出来ていた。


 鳰「………チッ、相変わらず、ウザいッスねぇ"東"」

 兎角「今の私には、お前が確かに見えたぞ"葛葉"」


単純な洞察力と感覚だけで本物を見抜いた兎角に、苛立ちを覚えつつも、鳰はジャケットの右袖を引き裂いた。

刻まれた赤い紋様が、一際輝きを増していく。



鳰に幻術がある様に、兎角にもまた東としての才覚は確かにあった。

戦いの中で敵を観察し、その戦術や立ち回りを理解し、それを踏まえて対抗する術を手にする。

 
 兎角「お前の幻術はあの時の地下で一度見た。そして、"分裂(コレ)"もまた見た」


それは例外なく、此処でも力を発揮する事となる。


 鳰「……"(((((((跪け)))))))"」


しかし、寸前まで立っていた自分の両膝が、傷を負っている右脚の痛みも構わずに床に叩き付けられていた。

視線の先の鳰の一言で、右腕の赤い紋様が一段と輝いて見えてから。

まるでガッチリと拘束されたように、両膝がじりじりと床に強く押し付けられ、次第にミシミシと骨の軋む音と共に鈍い痛みが襲い掛かる。

だが、どうやらそれ以外は動く様だ


 兎角「グッ……!!」

 鳰「何処狙ってるッスかァ、兎角サン」


咄嗟に撃ち放った銃弾は空を切り、今度こそ右手の死角に入った鳰は兎角の側頭部へと蹴りを打ち放つ。

思わずその衝撃でグラリと体制を崩した兎角の様子にも関わらず、間髪入れずに何度も蹴り付け、何とか動く両腕で防ぐ。

それでも薄れていく意識に次第にガードは緩まり、止めと言わんばかりの鳰の爪先が兎角の鳩尾を抉る。


 兎角「が、ぁ……」


惨たらしく顔中から血を流す兎角の瞳から光が失せ、うつ伏せに倒れこもうとした所で、鳰はその髪を左手で掴み上げる。

 
 鳰「あーあ、ボロッボロッスねぇ兎角サン。まァ、アンタも結局は一人じゃ何も出来ない"ゴミ"と変わらなかったッスね」


その表情には、兎角を打倒することを達成したという歓喜ではなく、失望と後悔を織り交ぜたモノがあった。

かろうじて意識を繋ぎ止められた兎角が情けなく浅い呼吸を繰り返すサマを見下す瞳に、最大級の侮蔑を込めながら。


 鳰「さようなら東。これで汚らわしい東の一族も消える」


右手で兎角から奪い取った拳銃をを彼女の後頭部に押し付け、引き金を





静かに引いた。





だが、飛び散ったのは兎角の脳漿ではなかった。









眼前に舞う血液が、鳰自らの鼻から飛び散るモノだと気付くのに、数秒かかった。



 鳰「ぶ、べっ……!?」

 春紀「効いたかよ」


春紀の拳銃弾を防ぐ程の硬度を持った手甲が着けられた右拳は、完全に予想していなかった鳰の頬に直撃する。

凄まじい衝撃と痛みに襲われた鳰は轢かれたカエルの様な情けない声を出しながら数メートルは吹き飛び、そのまま地面を滑っていく。


 鳰「(何、で……!?)」


だが、鳰が驚愕していたのは春紀に殴られた事よりも"引き金を引いた筈の拳銃が、弾切れだったこと"だ。

確かに引き金を引いた。が、カチリという弾切れを示す音が聞こえて呆気に取られた瞬間を春紀の拳が直撃した。

そう、


 春紀「……アタシはさ、漫画の主人公とかじゃねぇ。凄い能力や才能なんて何もない。都合よくお前が引き金を引くより早くぶん殴る何て事はできねぇよ」


暗殺者かぶれの喧嘩自慢程度でしかない矮小な存在は、葛葉一族の末裔に叩き付ける。


 春紀「さっきのお前に撃った弾が最後の弾だ。お前はソレを苦し紛れの抵抗か何かだと考えたんだろうな」


鳰は地面に仰向けに倒れ、顔の左半分全体に痺れと痛み、グラグラと未だに揺れる頭を必死に動かしながら意識を保つ。


 春紀「全部計算ずくだったんだよ、東は。幻術に抵抗できないと判断して、お前が余裕ぶって自分の拳銃で殺すと"予測"して」


そうして自分の詰めの甘さが思わぬところで働いてしまった事に、凄まじい怒りが沸き上がる。

まさか、此処まで来てこうまで想定外の事が起きてしまったというのか。

倒れ伏した寒河江春紀の傷は傍目に見てもはやまともに動ける様なモノではなく、兎角に背を向けるリスクも考えて止めを刺し損ねた。

生田目千足と桐ケ谷棺の処理は、番場真昼と英純恋子と当てて足止めさせた。

最も技巧面で厄介な犬飼伊介の隠蔽工作や妨害行為は全て先回りし、兎角との一戦までのおおよそ半分をここに費やし、そして止めを刺した。

だが、ここにきて、東兎角の能力が牙を剥き、下に下に見ていた鼠が噛み付いた。



対する春紀の声音は、至って冷静だった。


 春紀「立てよ。バカはバカ同士、決着着けようぜ」


右手だけの手甲を握り締め、互いの"最期"を掛ける戦いは始まった。


フラフラと、大きく揺れながら立ち上がった鳰の顔からボタボタと血が滴り落ち、既に赤かった床を更に汚していく。

らしくない必死の表情を浮かべ、血が流れ出す鼻を抑えながら、袖で顔を拭う。


 鳰「て、めェ……随、分と痛ぇじゃねッスか……」

 春紀「東もそう思ったんだろうな」


春紀自身がやはり肩の傷や兎角との戦いで弱っていたとはいえ、精一杯の踏み込みと渾身を込めた拳が直撃しても立ち上がったのは、恐ろしさすら感じた。

自分だったら、鉄の棒でぶん殴られるようなあの衝撃を顔に受ければ伸びてしまっていただろう。

フラフラと、しかし右手の兎角の銃を投げ捨てつつ、ゆっくり右腕を上げる。


 鳰「"(((((((((跪け))))))))"」


だが、これまでほぼ常に鳰の近くに居た春紀には充分に鳰の幻術を染み込ませられていた。

それは常人よりも深く、深層心理にまで入り込み、じわじわと浸食する。

 
 鳰「(は、はは。ビビる事は無いッス。コイツが不利なのは、変わら―――――)」

 春紀「それはお前自身の力何かじゃない。お前は、"葛葉"に頼っているだけだ」


呆気にとられた表情をしたのは、鳰の方だった。

これといった変化も無く、ただ其処に立ち続ける春紀は、ただ一つ以外に以前と変わりない。

ふらふらと揺れていた、意志以外は。


 春紀「もう迷わない。アタシは、自分の為にお前をぶっ飛ばす」


呆けたまま立っていた鳰の鳩尾に、一気に距離を詰めていた春紀の拳が突き刺さる。

ゴブッ、と口の中に溜まっていた血を吐き出しながら、全身を痙攣させた鳰に容赦なく追撃の膝を叩き込む。

咄嗟に防ごうとした両腕は弾かれ、そのままの勢いで靴を滑らせながら後ろに下がる。


走りこんできた春紀に、鳰は上着を脱ぎ捨て上半身は下着のみになる。


 
 鳰「"((((((((((止まれ!!)))))))))))"」



上半身全ての紋様が輝き、それまで平然としていた春紀の全身にビリビリとした痺れの様モノが走り、動きが鈍重になる。

ソレは、絶対命令。


 春紀「ぐ、くっ!!」


だが、それでも完全に止める事は出来ていない。僅かずつだが、抵抗できている。

鳰が体制を整えている間、ゆっくりと、しかし確かに距離を詰めようと歩む。



 鳰「ハァッ、ハァッ……」


受けた打撃が、こんなにも重いモノだとは思いもしなかった。

元々、自力の力は体格などから春紀の方が強いのは理解していたし、それをここ数日だが見ていた。

自分とて幻術ばかりを頼りにしている訳ではなく、日々見えない場所で筋力や体力など標準的なトレーニングはしている。

だからこそ、受けた打撃がここまでモロに内蔵まで響いて来るとは。


 鳰「(……しかも、ウチの幻術まで防いだ。)」


深く深く浸透させていた筈の術は、鳰自身は知らない事だが先ほどの恵介との会話で全て"慣れ"へと変化した。

術に掛かりやすい訳ではなく、ただ寒河江春紀という人間の意志が脆弱になっていたからだ。

こうして醜い体を"開い"ても、未だジリジリとこちらに迫っている相手を見て、ギリギリと歯噛みする。



殺す、と。明確な殺意が鳰を突き動かす。


"鳰の"取り落とした拳銃まで数メートル。段々とふらついていた足取りは元に戻り、鳩尾に刺さった拳により折れた肋骨を庇いながらズリズリと引きずる様にして拳銃を目指す。

それを春紀もまた見逃していない。これだけの距離で拳銃を握られてしまえば、と。さしもの春紀も焦りを覚える。



 春紀「(ッ、クソ、ホントはもっと粘りたかったけど仕方ねぇ!!)」


一気に二錠、これまで幾度と飲み込んできた気付け薬を飲み込んだ瞬間、何時もの凄まじい衝撃が走り、それと同時に目の前の景色全てが鮮明に映る。

両脚が、動く。



 春紀「ッ、らァ!!」


拳銃に歩む鳰に辿り着いた春紀は、再度右拳を鳰の顔面へと放つ。

が、今度こそ動きを見せた鳰がその一撃を首を振って躱し、返す様にして左手で春紀の首や手首といった血管の多い場所に手刀を放つ。

その速さに、首は避けたモノの左の手首を叩き落された春紀に、真正面からの膝蹴りが放たれる。

手甲でガードし、膝骨から凄まじい痺れが走った鳰は、しかし怯む事なく素早い足捌きで足を入れ替え、そのまま左手が痺れて動かない春紀の左脇腹へと蹴りこむ。

何とか腕だけで足をガードし、そのまま無防備の鳰に全力の頭突きを―――――――


 鳰「………マヌケはお前だけッス」


し、よう、と、して……?



コツン、と力なく鳰の額に当たった頭突きの先にあったのは、歪んだ鳰の表情と呆けた表情の春紀だった。



 春紀「ハッ、ハッ、ハッ……!!」


身長の関係上、中腰の様な体制になっていた春紀は、そのまま鳰の額からズリズリと脱力し床に倒れ伏した。

そして荒く浅い呼吸を繰り返し、ドクンドクンと激しい鼓動する心臓の音を感じた。

全身の細かい感覚全てがゾワゾワと粟立ち、ビクビクと震えだす。


 春紀「あああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


あまりの苦しみに、全力で咆哮する春紀を見下し、一言だけ呟く。



 鳰「"((((((((((((立て)))))))))))"」


胸を抑えて悶えていた春紀を、休ませまいとするかのように立ち上がらせる。

そして、遂に抵抗は消え、顔だけは項垂れたまま体はゆっくりと立ち上がり、まるで磔にされた様な格好になる。

何故春紀がこうなってしまったのかは、単純明快。


これまで度々使っていた劇薬の反動が、全てここに返ってきたからだ。


そしてその服用量は、全て鳰が監視していた。それだけ。


 鳰「ウチを、舐めんじゃねぇッスよ……誰がお前の世話を見てたと、思ってるッスか?」


劇薬の副作用は過剰摂取。この短期間で何粒も飲み、ここで二粒服したことで遂にその反応は現れた。


 春紀「ッ、あぁぁぁあ」


項垂れたまま、しかし自分の体の自由すら奪われた春紀は発狂しそうな苦しみに叫び続ける。

鳰はその首を握りしめ、ギリギリと力を籠める。


 鳰「絞め、殺し、て終わり、ッスよ………春紀"サン"?」

 春紀「が、ぐ、ぐぐッ」


徐々に薄れていく意識。気道が塞がれ、ぐっと顔が赤くなり呼吸の出来ない春紀は。


【最上階】同時刻


………長い、長い夢を見てた。


あの時、晴を襲いに来た伊介さんは、見たことも無いような表情でナイフを突きつけてきた。

抵抗しないなら、傷付けずに済むと。そう口にした伊介さんの声に、全く感情は篭っていなかった。

無理やり自分を押し殺した、無表情。でも、その端々に焦燥と疲労の様なモノが見えた時、晴は言った。


 『……伊介、さん。春紀さんの事、何か知ってるんですか?』

 『………抵抗、って事でいいわよね』

 『伊介さん!! 教えてください、晴は、春紀さんと話したいんです!!何処にいるのか、なんでこんなことをしてるのか!!』


その後はあんまり覚えてない。

でも、まるであの時の………この全身の傷を負った時の様な恐怖感が、襲い掛かってきた事は覚えてる。

ボロボロで、体中痛くて、涙が止まらなくて……そんな晴に、


 『巻き込んで、悪かったわよ』


その一言を聞いた時、沸き上がった力が晴を突き動かして……




 晴「……と、かく。」



こうして、目を覚ました。





女王蜂が。





 鳰「……ウチの、邪魔立てばかり現れる。計画ってのは、何でこうも上手くいかねッスかねぇ」

 純恋子「女王蜂の御遣いって訳ではなさそうですわね、今回は。」


窒息しかけた春紀の首を絞めていた腕は、新たに現れた人物によって掴み掛られた。

そして、その腕を掴んだ人物に向けて、ギロリと普段の飄々とした様な態度は微塵も残っていなかった。


 鳰「…自殺し「無駄ですわ」


幻術の力を高め、そのまま純恋子を自身の手で殺そうとした鳰は目を見開き、平然としている純恋子は鳰の腹を押し飛ばす。

それは、奇しくも千足が一度見せた掌打。しかし、ソレは人間のモノでなく、機械の腕である掌打は予想以上のダメージを鳰に与える。

宙に浮きながら吹き飛ばされた鳰は、しかし地面に伏すことなく、激しい痛みと吐き気に腹を抑える。

が、その目には未だ殺意が篭っていた。

純恋子に幻術が通用しない、というのは嘘になる。が、眼球を既に挿げ替え、加えて視神経を調節できる様にしている純恋子にそもそもの幻術の効果は薄い。

しかし、その間純恋子の視界は大きく制限されているデメリットがついて回る。


 春紀「ハァっ……ハァっ……」

 純恋子「(……随分と、痛ましいですわね。計画に加担していたとはいえ、気の毒に)」


頭と腹を抱えながら息も絶え絶えになっている春紀を抱え、効能があるかは分からないが痛みを止める薬品を口に入れる。

ミョウジョウ製薬部の情報は犬飼伊介から受け取っていた為、何とか一時的な処置だけはできる様に治療薬も揃えていた。

………そんなモノも、爆散した人間には何の効果も無かったが。


 鳰「ハッ、ただのお零れ権力者のお嬢様が中々効くじゃねェッスか」

 純恋子「あまり私を侮らない方が宜しい、とは思いますわ」


両者は同時に走り出し、その腕と腕が激突する。







 鳰「……何で、アンタがウチに勝てないかわかるッスか? 英サン」

 純恋子「……っ」

 鳰「アンタがただのお嬢様だからッスよ。以前のアンタならウチでも手こずったでしょうが、今は違う。」


それは、余りにも短期決戦。

互いの腕がぶつかり合い、鳰の左腕が砕けたのを幸いに追撃を仕掛けたと思っていた純恋子の体は一転して地に伏せていた。

分からなかったが、しかしその後に腕が極められギリギリと関節を外されていく事に気付く。

痛覚は具体的には無いが、しかし関節アダプタが悲鳴を上げ、更に神経がピクリとも動かない。


 鳰「其処で伸びてるのがウチを幻術に頼っているだなんだの抜かしてたッスけど……"技"の多彩さは東なんて目じゃないんスよ」


右手で腕を抑え、左足で全体重を掛けて体を抑え。

ソレは完成された技術であり、純粋な力を振り回す純恋子では到底辿り付き難い戦闘技術。

まして以前よりも明らかに力が下がっている戦闘用でない義手義足では、元々限界があった。

少なくとも、鋭い技に対しては非力だ。あらぬことに、その"力"を発揮できる場所である至近距離では、鳰の技が極限に発揮出来た、それだけ。

走り鳰という女が、これ程までに脅威であることを知らなかった訳ではないが、対策すべき場所はまだ他にあったという事だ。









 鳰「じゃァ、お休みなさいッス」


非情にも、体を押さえつけていた足とは反対の足が純恋子の首へとめり込み、そして気道は塞がっていく。

意識を手放した純恋子の息が消えていくのを確認した鳰は、冷たくなった死体の上から降り、暫し左腕の激痛に耐える。

流石にこれ程の痛みに憮然として耐えられる程人間をやめている訳ではない。


 鳰「ッ………」



だが、これでようやく全てが終わった。このタイミングで番場真昼が現れないという事は、彼女はもう"居ない"のだろう。

目的は東兎角との決着の為。だが、同時に黒組という『実にくだらない』同期を皆殺しに出来た。

これで、全てが元通りだ。





理事長との日々が、全て。




あんな異分子共要らない。全ては、あの方との平穏の為。この世界には、二人だけでいい。




東との決着なぞ自分自身の欲望が求めた"過程"の理由付け。




その為には面倒な両家の対立という"茶番"まで演じ続け、こうして『東兎角に執着している自分』を捨てられる。




プライマーという、絶対的な女王の元で働ける事の激しい快感を、やっと得られるのだ。




理事長。理事長。目一さん。目一さん。




頭の中でそれだけを何度も何度も何度も何度も何度も何度も――――――――――反芻する。




 鳰「は、はは……りじちょお?」





なのに。




なのに。



何 故 お 前 が こ こ に い る ?



 鳰「一、之瀬晴!!!!!!!!」

 晴「……鳰。」



誰が見ても死に際。寧ろ、命が助かった方が奇跡と言って良い程に『追加で』痛めつけていた筈の一之瀬晴が、震える足取りで点滴台を杖代わりに歩いてきた。

あの時、最上階で伊介が見た晴の姿は、明らかに自分がやった"以上の傷"がついていた。

そしてそれはあらゆる毒物に強い耐性を持つ一之瀬晴に対し、純粋な外的ダメージをより多く与えて意識を奥底へと混濁させる為、鳰自らが痛めつけた。

病院へと運ばれてきた瀕死の晴をわざわざ張り付けにし、散々殴打し切り刻んだ。"死なない程度に"。

殺せばよかったモノをそうしなかったのは、"何故か、殺そうという脳の指令が無意識に抑えこまれていた"からだ。



なぜそうなったのか。



それは、



 鳰「偽者の、プライマーが!!!! 失せろ!!!!」

 
 晴「………」


激しく取り乱す鳰と、哀れみの視線を向ける晴の二人は対立する。双方、崩れ落ちそうな身体を必死に支えながら。




 鳰「ッ……ク、ソぉぉぉぉぉ!!! なんで、何でお前だけは殺せない!!」


絞殺する為、右手を伸ばす。しかし、伸ばしても伸ばしても、その腕にまともな力が入らない。





初めから、この戦いの結末が鳰の思い通りになる風景などどこにもなかった。

何故なら、彼女が生きているから。

女王たる資格を持つ彼女がこの世に存在"してしまう"限り、百合目一との唯一の世界など生み出せない事を。


身をもって、知る。


 春紀「……」

 鳰「何、で……」


薬物に身体を蝕まれ、切り傷に、擦り傷に、刺し傷に、打撲に、擦傷に、出血に……数えきれないダメージの蓄積した"ただの素人"の身体が起き上がる。

立ち上がった本人は、立ってなおその視線は虚空に揺れており、鳰の方を真面に見れていない。

それでも確かに、晴に襲い掛かろうとした鳰の腕を叩き落し、目の前に立っている。


 晴「春紀さん、もうやめて!!」

 春紀「……は、るちゃん。」


下ろされている長い髪を揺らしながら、必死に叫ぶ晴の声でフラフラと彷徨っていた意識は覚醒し、焦点が合う。

振り向くと、こんなにも傷付いている春紀よりも苦しそうな顔をしている彼女の姿があった。

その聖女の様な振る舞いは、確かにあの子だと確信した。


 鳰「ハァッ、ハァッ……」


度重なる戦いは鳰を一歩動くのにも苦痛だと感じさせる程に消耗させ、その犠牲にこの場に二つの死体が転がっていた。




 晴「そんな、英さん、伊介、さん……」

 春紀「………ごめん。全部、アタシのせいだ。とにかく、晴ちゃんには謝りたかった。」


血だまりに沈む伊介を、ここにきてまともに直視した春紀は申し訳なさと共に沸き上がる筈の悲しさが足りない事に気付いた。

何故、あんなにも近づいてしまった親しい人間が死んでしまったというのに無感動なのかは、目の前に凄まじい形相でこちらを睨み付ける女に全てがある。

走り鳰。それに手が届かなかった自分自身の弱さを嘆く悲しみの方が、強かったからだ。


 鳰「"(((((((((自殺しろ!!!))))))))))"」


全身全霊を掛けた、最も力を込めた幻術。それはじわじわと春紀の意識を浸食し、その体の支配権を得るはずだった。

その力自体が全く発動しなかった事に驚愕したのは、鳰一人であったが。


 鳰「なん、で………何でッ!!」

 春紀「プライマーフェロモンって奴の恐ろしさを、アタシは何度も近くで見てきた。」

 鳰「黙れ、黙れ黙れ黙れ!!」

 春紀「お前の陶酔具合が、プライマーフェロモンに侵された人間そのものだったんだろ。」

 晴「………晴を殺せなかったのは、そのせいだったんだ」

 春紀「理論とかそういうのは分からないけど、こうなったって事はそういう事なんだろうな」


じわじわと、走り鳰の外壁が崩れていく。

絶対の力も通用せず、そして自分自身の身体にもガタが来ている。

全てを終わらせる為には、力が足りない。


どうすれば、どうすれば。


 春紀「何時もの、余裕かましたお前は何処に行ったんだよ走り。全部、お前がやったことの結果だろうが!!」

 鳰「……」

 春紀「いや、違うな。アタシとお前がやったことだ。そして、お前とアタシは、取り返しのつかない人の命を奪っていった。」

 鳰「……だから、どうした」

 春紀「今回だけじゃねぇ。アタシは、家族を生かす為に人を殺していた。」



だから、と続ける。



 春紀「ここで、終わりだ。アタシとお前の二人が、終わりだ」


真意に気付いた晴が驚愕の表情を浮かべた時、既に春紀は走り出していた。


 春紀「晴ちゃん、東と一緒に此処から離れてくれ。後は、アタシがケリをつける」

 鳰「ッ、勝手な、事をっ……」

 晴「駄目だよ、春紀さんが死んだら、残された妹さん達はどうなるの!!」

 春紀「………アタシにあいつらの傍に居る資格なんか、もうないよ。」


晴の声も虚しく、正真正銘最後の戦いが始まった。


  鳰「……は、はは、ここまで来ておいて、春紀サンが最後ッスか?」

 春紀「"偶然"ここに居ただけだ、それ以上とそれ以下でもない。」

 鳰「ズブの素人が、よくもまぁ立てたッスねぇ」

 春紀「そりゃ、ありがとよ」


それまで取り乱し続けていた鳰の動きがピタリと止み、不意にケタケタと笑い始めたかと思えば、春紀を見下す瞳を晒す。

対する春紀の表情には、傷や他のダメージで顰めた眉以外に変化はない。至って、普通だ。

その態度が、鳰には気に食わない。


 鳰「―――――立って居るのがやっとの癖に。東兎角程度に敗北する程度の矮小な一般人が、ウチに近寄るな」

 春紀「お前だって同じだろ、走り。今のお前はアタシと変わらない。いや、アタシより大したこたない」


ゆっくりと、しかし確実に歩を進める春紀に、鳰は初めて彼女に"恐怖"を抱いた。

それはこれまで鳰が様々な人間に与え続けていた絶大な力であり、自分の幻術が完成されたモノであると考えていた。

もし仮にこの術が消えたとしても、鍛え続けたこの肉体があればどんな暗殺者だろうと返討にする自信があった。

その絶対的な身を守る為の力が全て消え去っている今、惨たらしく砕け散った左腕をブラリと垂らしたまま、霞む視界と激しい疲労による手先指先の痙攣を。

眼前に迫る見下していた存在が、"恐怖"となって自分を襲う。


拳を握り締め、一歩また一歩と歩むこの女が、怖い。



 鳰「は、はぁ?幻術何て使えなくとも、ウチがアンタを殺す術何て、いくらでも」

 春紀「いくらでも……どうしたよ。体中震えてるぞ。全部、これまでの殺し合いの傷のせいか?」

 鳰「ッ、ち、かよるなッ……!」

 春紀「アタシはお前を一発ぶん殴るだけじゃ満足できねぇんだ。今の内に歯、食いしばっとけよ」


そしてその歩みはついに、春紀の拳の届く範囲に辿り着いた。

ブルブルと震える体とグラグラと揺れる瞳、鳰の目の端から無意識の条件反射による涙が一筋零れる。


 春紀「全部折れちまっても、責任取れねぇぞ」





 春紀「食らえ」
 

拳の届く範囲に入ったのなら、後はぶん殴るだけ。

全力で振りかぶった拳を、立っているのもやっとといった鳰は立ち尽くしたまま受けることになる。

そして、拳は鳰の頬に、


弱々しいぶつかっただけだった。


 春紀「……」

 鳰「……は、ははははははは!!やっぱりお前も変わらない。ウチと同じ、もうまともに―――――」

 春紀「だろうと思ったよ」


今度こそ。凄まじい力の拳骨が鳰の頬を抉り、そのまま地面に横からたたきつけられた。

明滅する意識の中で、急に何故こんな事になったのかを確認する為に春紀の方を見やった。

その手に付けられていた手甲は無く、ただ赤く腫れあがった右拳が見えた。


 鳰「そん、な……」

 春紀「最初っから、アタシはこんなもんに頼り過ぎてたんだよ」


鼻血を垂れ流し、唇も裂けた鳰に、春紀は静かに歩む。


 春紀「アタシは自分の手を汚す事から逃げてた。でも違う。もう、アタシは罪も何もかも全部背負ってく。」


鳰の胸倉を掴み上げ、一気に身を引く。

正真正銘、相討つ為の一撃を。

 
 春紀「"お前と、アタシ"の負けだ。」


全力で叩き付けられた頭蓋は、互いの脳を激しく揺らし、大量の血液を額から流しながら倒れ伏す。



そこには、白目を剥いて気絶した鳰とは違い、何処か吹っ切れた様な、そんな表情で倒れている春紀の姿があった。

×弱々しい→○弱々しく

※春紀視点


数日後。

伊介様や英の死体はきちんとした手順で処理されて、数日後に葬式が執り行われるらしい。

………思う事は数えきれない程ある。でも、結局全ての原因はアタシにある事は当然理解してる。

だからこそ、恵介さんの言葉はアタシのつまらない葛藤も何もかも吹き飛ばしてくれた。

本当に、彼には感謝が尽きない。


 「……お姉ちゃん、調子はどう?」

 「冬、香か。大、丈夫、だよ。やっと、指も動く様に、なった。」


最後の一撃は、互いの脳に大きなダメージを与え、アタシは薬物の副作用も相まって言語障害と神経麻痺を負った。

今は殆ど寝たきりで、リハビリの為に少し歩くこともあるけど、足も満足に動かせないし腕は指先しかまだ動かない今は殆ど動いていない。

度々、こうして冬香がやってきてくれることが、とても励みになっている。

理由としては事故に遭ったと言ったけど、冬香自身にも何かあったらしい。でも、それを隠したがっているし、無理に追及もしなかった。

 
 「しっかりリハビリしてる?お医者さんも、動くのが一番治療になるって言ってたよ」

 「はは。まぁ、何、事も、程よく、やらないと、な」


そして、走りは、


 「………」


その瞳に生気は無く、ただ静かに包帯を巻いた頭に吊られた腕の姿で虚空を見つめていた。

記憶喪失。度重なる精神的・肉体的ショックに最後の止めを刺した頭突きが、一気に記憶まで消し飛ばした。

……元々、走りは精神的には弱い奴だったのかもしれない。

走りと二人の病室にしてほしいと、アタシ自身が頼み込んで合わせてもらった。



度々話しかけてはいる。


 『……なぁ、ま、だ、思い出せ、ないのか?』

 『……すいません。思い出そうとすると、頭痛が』

 『………そうか』


殆ど喋りたがらない走りは、常に俯きがちで殆ど外にも出ていない様子だった。

そんな彼女の事を、冬香はどう思っているんだろうか。同室にした事も、少し納得がいっていない様子だったし。


 冬香「……じゃあ、また来るね。」

 春紀「あぁ。あり、が、とう、冬香」


頭を撫でてやると嬉しそうに目を細めた冬香は、持ってきていた大きな鞄を肩に下げて病室を出て行った。

一息つく為に、コーヒーでも飲もうかと思って冷蔵庫から取り出そうとした時、また扉が開き三人の知り合いが入ってくる。


 兎角「……」

 晴「あ、えっと……今、お話できる?春紀さん」

 真昼「……」

 春紀「あ、ぁ。いい、よ」


どうやら三人は少し驚いたようだった。それもそうか、アタシが言葉をまともに喋れなくなってた事、言ってなかったから。

掠れた様な声しか出せないが、最悪筆談でもいい。今回の一連の騒動については、いつか必ず話をつけなければならないと思っていた。

※ここから春紀は筆談です

 
 晴「……じゃあ、春紀さんが鳰に誘われたのがクリスマスの翌日なんだね」

 春紀「あぁ。その通りだ」


一通りの顛末を簡潔に口で伝えた。

その途中で、激しい吐き気に襲われたため、後半はこうして筆談で拙い内容だけど事実を伝えた。

そして、返事の一言を書き終えた瞬間、息苦しくなって自分の頭がベッドの背に打ち付けられた。

言うまでもなく、それは東の腕。


 晴「兎角さん!!」

 真昼「……」

 兎角「ッ………お前は、何人殺した」

 春紀「人、数なんて、関係、無い。ここ、の、奴ら以外、全員、殺した」


吐き気何て何処かへと飛び去ったアタシは、途切れ途切れの言葉だが口にした。

ギリギリと確実に気道を絞めつけてくる感覚に意識が薄れていきながら、それでも兎角の視線から目を逸らさない。


 兎角「お前が馬鹿な真似をしたせいで、晴はこんな事に巻き込まれた。………もう、傷付いていない場所の方が少ない」

 春紀「………すまなかった」

 兎角「あれだけ残った過去の傷よりも、それよりも多くの傷跡が残った。そして、人間があれだけ死んでいる」

 春紀「……だから、殺してくれても構わない。」

 兎角「ッ、無責任な!!!!」


遂に拳を振り上げ、叩き付けられる直前、


 春紀「そんな事、言える訳ないだろ!!」


その一言だけは、まるで以前の春紀の様に聞こえた気がする。


 春紀「……命の、責任は、命で償う。アタシは、アタシの為、に、残してくれた、伊介の、思い、が」


そこで無理をしたせいでまた激しい吐き気が込み上げ、晴が首から手を放した兎角を諌めつつも袋を差し出してくれたおかげで間に合った。

ガンガンと激しい頭痛が込み上げ、額を抑えつつも兎角にペンを持ちながら

 
 春紀「だから生きて償う。死んでしまった奴らの為にも。これで許される何て思わない」




その一文を書いたところで、静観していた真昼が物憂げな面持ちで頭を抱える春紀の背中を摩りながら

 
 真昼「英さんも、きっとそう言っていたと思います。……何かの為に他の全てを捨てる事の気持ちを、知ってたから」


女王となる。その執念には、自らの肉体すらも失くしてしまう劇的な経歴があっての事だった。


あの時、一瞬だけどすれ違った様な気がした"彼女"は言っていた。


 『未練たらしいかもしんねぇけどよォ、純恋子の事頼んだぜ』


返事をしようとして目を覚ますと、其処にはボロボロの春紀を抱えて背に純恋子を乗せた兎角と晴が立っていた。

二人の表情から察した自分は、ただ真夜に伝えられた言葉を守れなかった悔しさを抑え込んだつもりだったけど、涙が溢れてきた。


 晴「……うん、あんまり大きな声で言えるような立場じゃないけど、それでいいと思うよ」


晴が複雑な表情で口にする間、兎角は振り上げていた拳をゆっくりと下げ、しかしそれでも軽蔑の眼差しを春紀に向ける。

様々な事情があったと言って、走り鳰に協力した罪は何も変わらない。


 晴「家族は、大切にしなきゃいけない事、晴は分かるから。………罪は、消せないけど、春紀さんにはまだ守るべき人達が居る」

 兎角「……だが、金輪際私達には関わるな。走りとも、番場とも。」

 春紀「あぁ。分かってる」


じわじわと引いてきた頭痛を確かめ、ゆっくりと頷く。

これで、この話は終わりだと言わんばかりに兎角は背を向け足早に病室を出て行く。

一度こちらに軽く会釈して後を追いかけて行った晴を見送った後………この場に残った真昼に視線を向ける






 春紀「……すま、なかった。英、を、巻き、込んで」



一言、何とも言えぬ表情で静かに佇む真昼を見て、そう呟いた。

今、自分はどんな表情をしているのだろうか。罪悪感に塗れた? それとも、英を追悼する悲しみ?



きっと、無表情だ。

 
 真昼「さっきも言いましたけど、英さんは自分で決めて、この結果になりました。だから、寒河江さんは、謝らないで下さい」

 春紀「………帰らないのか?」

 真昼「少し、貴女の顔を見ておきたい気分……"ます"。」











………―――――――ねえ、ちゃん。



 「……冬香?」

 『お姉ちゃん……』


そう言って、静かに泣いていた冬香はボロボロになった自分の筆箱を差し出してきた。

貧乏だから。父親が居ないから。ただそれだけの理由で、この子は周りから蔑まれていた。

保護者会には何時もアタシが出ていたし、事情を察してくれる優しい人も居たけど、もちろんそれだけじゃない。

世間的には蒸発したと思われている父親の家庭で、しかも母親まで中々顔を見せないとなれば不信感を抱く人の方が多い。

アタシは、この時から少しずつ変わっていった気がする。



冬香を、妹を、家族を守れない自分を、憎んだから。




 春紀「ッ、ガボッ、ごっ、あがァ……」


 真昼「……確かに、"英さんに救われた"彼女は納得していた、ます。でも。」



数十分後、眠りに落ちた春紀に跨って、その細首を両手で締め上げる真昼の姿があった。

その表情(カオ)には溢れ出す涙と、ギリギリと軋ませる歯、唇からは血を滴らせる壮絶な感情が満ちている。

殆ど飛びかけていた春紀は、口の端から零れる唾液も構わずに必死に酸素を求めて喘ぐ。


 真昼「"暗殺者"としての番場真昼は、貴女を軽蔑する、ます」





春紀「(………いや、)」


抵抗していた両腕から力を抜き、なすがままに首を差し出した春紀に、真昼は思わず少し力を緩めてしまった。

ここで彼女に殺されても、それはそういう運命だったという事なのだろう。少なくとも、殺されても仕方がない事はしてきた。

……何時かは、罪悪感に押しつぶされてしまう時が来てしまうかもしれない。

そうなる前に、


 真昼「……」


ぼんやりとする意識でそんな事を考えていると、首を絞めていた力が極端に緩くなっていくのを感じる。

おかしいと思った瞬間、真昼の身体がうつ伏せに倒れ、春紀に重なった。

その後ろには、赤くなった右手を摩りながらも俯きがちにこちらを見下ろす走りの姿があった


 鳰「……え、と。大丈夫、ですか?」





 春紀「げほっ、ごほっ」


絞められ続けていた気道が開き、一気に空気を吸い込んだ春紀は激しく咳き込みながらも倒れ込んだ真昼を動かしてほしいと鳰に頼んだ。

彼女も頷き、倒れ込んだ真昼を抱えて隣のベッドへと寝かせると、バツの悪そうな顔のままパイプ椅子に座る。

それは気まずいだろう。何せ、殺人現場に直面したのだから。


 鳰「……止めて、良かったんですよね。」

 春紀「あぁ、助かった。ありがとう。」

 鳰「………どうして彼女は、貴女を」

 春紀「それは、アタシが恨まれる様な事をしたからだ」

 鳰「恨まれる……」

 春紀「"殺した"。番場のツレをな。」


直接的に手を下したのは目の前の走りだ。しかし、責任は自分にも多大にある。


 鳰「……なぜ?」

 春紀「家族の為だよ。ただそれだけ、それ以外何もいらなかった」

 鳰「………」

 春紀「お前は……走り鳰は、"もう死んだ"。今のその姿は、今のアンタだ。だから、記憶を取り戻そうだ何て思わないでくれ」

 鳰「でも、」

 春紀「無くなったモノはもう戻らない方が良い。全部、捨てて生きろ」


それが、この病院での最後の会話だった。

申し訳ないですが、最後の一文はカットさせてください。もう少しだけ会話パートを入れる事にしましたので……

http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira096916.png 髪型参照画像※許可を頂きました、ありがとうございます。 pixiv 熊の吉様



※春紀視点


一週間後。


何とか杖を突いて歩くだけなら可能になったアタシは、院内を歩いて回っていた。

とにもかくにも早くまともに動ける様になるためには動くことが一番だと、担当医の許可ももらっている。

………背中まで伸びていた髪は、随分と短く切った。走りも、いや、今は『ニオ』か。

彼女もパーマ掛かっていた髪を真っすぐにして、"過去"を捨てる為に努力している。


あれ以来、誰ともかかわりは無い。しいていえば、冬香が何度か見舞いに来てくれたことくらいか。

この髪も冬香に切ってもらった……妹ながら中々良い腕だと褒めたことも覚えている。


 春紀「(……)」
 

償う為に、生きて家族を守る。その決心はもう揺るがないだろう。

でも、本当に、本当にこれでいいのかと毎晩毎晩頭を悩ませ、寝つきも随分と悪い。

鏡を見た時、体重がかなり落ちた事もあってかとてもやつれて見えた自分の青白い顔が思い浮かぶ。


本当に、これで良かったのか。


また一人、じっと柱に寄りかかって思いふけっていると、頬に温かい感触を感じる。

振り向くと、ぎこちない笑みを浮かべたニオが居た。


 ニオ「良かったら、どうぞ。」


無理やり笑う顔が少し面白くて、つられてふき出してしまった。






※言語障害表現は少しくどい気がしたのでやめました。以降ワンテンポ引っかかって喋っている様なイメージでお願いします。




受け取った缶コーヒーを開けながらも、二人並んでロビーのソファに座る。


 春紀「……アタシは、ニオに過去を捨てて生きろって偉そうな事言ったけど、やっぱり全部捨てる事何て出来ないんだろうな」

 ニオ「私には記憶が無いから、昔の事は何も"無い"んです。でも、春紀さんは私には無い記憶が残ってます。難しくて、当然ですよ」

 春紀「どうしても、思い浮かぶんだ。この手に掛けてきた人達の最期の表情が……」


壮絶な最期もあれば、静寂の中で迎えた最期もあった。

でも、どれも決して、正しくは無かった。

 
 春紀「……ニオは、これからどうするんだ」

 ニオ「私は、身寄りもないので……まずは働くこと、ですか。でも、高校も卒業してないみたいなので、厳しいかもしれませんね」

 春紀「(捨てられないなら、一生抱えて生きてみるか?抱えられるか、分からないけど)」

 ニオ「……?」


目の前の走り鳰"だった人"を見つめ、恥ずかしいのかニオは思わず視線を泳がせる。

ニオにだけ捨てさせて、自分は捨てきれない何て不公平だ。だったら、自分に出来る事をやる。

一生この罪を、背負って生きていく。

それが、答え"かもしれない"という曖昧な結論だとしても。


 春紀「ウチで一緒に暮らさないか。」

 ニオ「良いん、ですか?」

 春紀「今のお前なら、抱えていける。お前に過去を捨ててほしいと頼んだ責任を、アタシはお前を一生抱えて生きていく事で果たす」


"罪(走り鳰)"を抱えて生きていく。それが、きっと答えだと信じて。




これ以上伸ばすと惰性になってしまいそうなので、ここで完結にします。

文章もぐちゃぐちゃで稚拙で読みづらいところが多かったと思いますが、最後まで読んでくださった方には感謝致します。


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