勇者「もっと下半身を鍛えた方がいいな」戦士「あ、ああ」(413)

勇者「踏み込みが弱いと思う」

戦士「そうか?」

勇者「持っている武器も軽すぎるんじゃないか?」

戦士「だってよ、重い武器を持ってたらあたらねぇだろ」

勇者「破壊力が足りなくなると思う」

戦士「いや、当たらなくちゃ意味ないだろ?」

勇者「小型の魔物ならともかく、大型ではかえって危険だ」

勇者「こちらが二度三度と攻撃を当てている間に、火炎や冷気を吹きかけられて一蹴される」

戦士「しかしなぁ……」チラ


僧侶「ゆ、勇者様……」ゼイゼイ

魔法使い「……」グッタリ

僧侶「き、今日の、トレーニング、は、終わりで……」

勇者「連続した防御態勢を取るための反復運動が」

僧侶「もういやあああああああ!」

勇者「なぜ? 元気が余っているように見えるが」

僧侶「私は神のしもべであって筋肉の奴隷ではないんですよ!!!」

戦士「言うほど筋肉の鍛錬は多くないけどな」

僧侶「ウソですよ! もう旅に出てから足が一回りくらい太くなってるんですけど!?」

戦士「まあ、冒険者なら普通だとは思うが……」

勇者「体力をつけなければ魔王は倒せないんだ」

魔法使い「……」ハァハァ

戦士「体力つく前にくたばりそうだな」

僧侶「ここ最近魔物とあまり会わない日はトレーニングばかりしているじゃないですか!?」

勇者「いや、適宜トレーニングの効果を増大させるための休養日を設けている」

僧侶「それ急流を泳がされた日のこと言ってますよね!?」

勇者「最高強度ではなく、適当な運動に留めているはずだが」

僧侶「むがあああああああ!!!!」

戦士「落ち着けよ」

僧侶「落ち着いていられるかっ!」

僧侶「魔法使いちゃんを見て下さいよ! 日陰にいたもやしっこが!」

魔法使い「か、回復魔法……」ハァハァ

僧侶「ああ……! 一日中走らされてこんな目に……!」

戦士「回復してやれよ」

勇者「魔王を倒すために欠かさず鍛錬をしているだけだろう」

僧侶「そういうのは! あなたと! 戦士さんがやればいーでしょ!」

勇者「そういうわけにも行かない」

僧侶「私達! 魔法! 回復役!」

勇者「ああ」

僧侶「サポート役!」

勇者「サポート役に必要な筋力トレーニングと体力トレーニングを」

僧侶「いらない! いらないよ!」


魔法使い「……みず」

戦士「おう、とりあえず息を整えろ」

戦士「そうワガママを言うなよ、雇用契約を結んだ時に、雇用者の指導に従うことって書いてあっただろう」

戦士「それに、冒険者に必要な体力くらいは身につけておいて損はない」

僧侶「はぁぁ~?」

戦士「なんだよ」

僧侶「そういうのは、出来る人がカバーすればいいんです!」

僧侶「神は言いました、力のあるものが弱いものを助けなさい……と」

勇者「俺達は助ける側だが」

僧侶「このパーティの中でですよ!」

勇者「しかし、最初に計画を説明したはずだ」

僧侶「けいかく……」

勇者「ああ。まず前線に立つ俺たち二人は、実戦で経験を積むとともに、必要な筋力アップを計る」

勇者「一方、後衛に回る二人には、過酷な環境でもついてこれる体力と、徹底した防御行動の反復をしてもらうと」

僧侶「……」

戦士「言っている意味がわからないらしい」

僧侶「神の言葉にそーゆーのありませんでしたから」

勇者「要するに基礎的な体力をつけてもらうために走りこみしてもらっているだけだが」

僧侶「だからね!?」

僧侶「そういうの、旅をしていれば自然につくでしょ!?」

僧侶「なんでわざわざ訓練しないといけないの!?」

戦士「……それ以前の問題だったからじゃないか」

勇者「想像以上に二人に体力がなかったからだ」

魔法使い「ごくっ、ごふっ」

戦士「おい、大丈夫か」

魔法使い「はぁはぁ、ふう……」

僧侶「こんなかわいそうな目に合わせて!」

勇者「しかしこれはあくまで第一段階だからな」

僧侶「だいいち……?」

勇者「ああ。世界地図を確認しただろう」

勇者「大体、魔王を倒すために各国の王に会い、魔王城を目指すとする」

勇者「すると、広大な密林、砂漠、険しい山脈、それに大海原を渡る必要があるな」

戦士「そうだな」

勇者「そうなると、各地域に応じた冒険の知識を整えると共に、一定程度不足の事態に耐えうる肉体が必要になる」

勇者「合わせて、地域の大魔物も討伐を依頼されることもあるだろう」

僧侶「それは基本的にはお二方がやればいいでしょ!」

勇者「ああ。だから最低限度のトレーニングが、今から必要なのだ」

勇者「大体この段階を達成するのに半年程度は見込んでいる」

僧侶「は、半年!? 半年も続けるの!?」

戦士「落ち着け。それは第一段階だ」

僧侶「まだやんの!?」

戦士「お前魔王討伐についてきたんじゃなかったのかよ……」

僧侶「もう、私たち、こんな理不尽なトレーニングには付き合ってられません!」

僧侶「ね、魔法使いちゃん」

魔法使い「はぁはぁ、あの、勇者、さん」

勇者「なんだ」

魔法使い「私、筋トレ、は、しなくても……?」

僧侶「!?」

勇者「今の状態では、すぐさま筋肉を増大させるより、体力、肺活力などを鍛えたほうが良い」

勇者「それと防御行動だな。冷静に身を守り、ダメージを軽減させる訓練が先だ」

魔法使い「うん……」

僧侶「おおおお落ち着いて魔法使いちゃん!」

僧侶「こいつは悪魔よ、筋肉の悪魔なのよ!」

勇者「失礼な。俺の筋肉量は極端には増大しにくい」

戦士「え、そうなのか」

勇者「ああ。自分で試した。戦士は違うぞ、かなり鍛えられるはずだ」

戦士「ふ~ん」

僧侶「とにかく目を覚まして!」

魔法使い「私、体、鍛えたい……」

勇者「ああ。任せておけ」

僧侶「ほぎゃー! 魔法使いちゃんが筋肉に魅入られてしまった!」

勇者「いや、なぜ筋肉に拘るんだ?」

僧侶「だって!」

勇者「魔法を使うのにも体力は必要だろう」

勇者「だから魔法使いにも当然最低限の体力が求められる」

僧侶「あんたはムキムキマッチョに仕立て上げるつもりでしょ!?」

勇者「筋肉は必要だが、筋肉にとらわれるわけではない」

僧侶「ぬわあー! 話通じないのよー!」

勇者「こっちの方こそ、それを言いたいんだがな」

勇者「それじゃ、落ち着いたらお鍋の蓋で練習だ」

勇者「魔物からの攻撃を防ぐための、咄嗟の防御行動を反復練習しよう」

魔法使い「はい、コーチ」

僧侶「コーチ!?」

戦士「お前もやれよ」

僧侶「いやー! 神様ー!」

勇者「とりあえず規定3セットを繰り返したら、実際に俺と戦士が斬りかかる」

勇者「しっかり受け止めるように頑張ってくれ」

魔法使い「はい」

僧侶「やめてー!」

――山村。

戦士「おう、勇者」

勇者「ああ、戦士か。二人は?」

戦士「宿でぐっすり眠っているよ、まだ日が高いけどな」

勇者「そうか。それじゃ、日が落ちるまでトレーニングをするか」

戦士「……別にいいけどよ」

勇者「下半身の鍛錬はどうだ?」

戦士「ああ。ま、言われたことはやっているが……」

勇者「効果が実感できるわけではないだろう」

戦士「まあな」

勇者「あくまで下地づくりだからな」

勇者「考えて欲しいのは、なぜ下半身の鍛錬を重視するかだ」

戦士「なぜって言われてもな」

勇者「戦士は剣の腕前はそれなりに鍛えていると思う」

戦士「ああ、まあな。これでも村の武闘大会で一等獲ったくらいだ」

勇者「だが、基本的にはステップで翻弄するような動きが目立つ」

戦士「悪いのか、それ」

勇者「今後を考えると、厳しい」

勇者「巨大な武器を使って破壊力をあげることもそうだが、力押しされる場面が必ず出てくるはずだ」

戦士「そりゃさっと避ければいいだろう」

勇者「後衛がいる。退路を絶たれれば前衛が踏みとどまらなければなるまい」

戦士「ああ、そうか……」

勇者「力で押される場面を考えると、それは密着態勢になるということでもある」

勇者「つまり、牙や剣、互いに武器を制限されるほどの状態になるということだ」

戦士「まあ、そうか」

勇者「そうなれば、まず第一には倒れないこと。これが大きい」

勇者「結論は下半身の強化、土台の強化が最優先ということになる」

戦士「言いたいことは分かるよ。しかし、俺のガラに合うかな」

勇者「大丈夫だ。戦士の筋肉量は、この間もかなりの効率で増大している」

戦士「そうなのか?」

勇者「実は僧侶もな。僧侶の筋肉にも期待している」

戦士「お、おう」

勇者「そこで、戦士には、大樹を素手で叩いてなぎ倒す訓練を提案したい」

戦士「……まあ、いいんだけどよ」

勇者「俺も出来る限り、組手をして戦士の強化に務めるつもりだ」

戦士「あ、ああ」

勇者「おそらく、早い内に戦士の力が俺を上回るだろう」

戦士「で、お前はどうするんだ?」

勇者「ああ、すでに鎧に金属を余計にぶら下げて、動きのキレを上げる訓練をしている」ゴトッ

戦士「……」

……

バシーン! バシーン! バシーン!

戦士「はあはあはあ! おらっ、くそっ!」

バシーン! バシーン! バシーン!

戦士「全ッ然倒れねぇぞこれ!」

勇者「やっているな」ガサッ

戦士「おうっ!?」

勇者「どうした?」

戦士「いや、こっちのセリフだよ……なにそのスライム塗れ……」

勇者「ああ。スライムを素早く切断する訓練をな」

戦士「素手で!?」

村人「あんたたち、一体、何をやってるんだ」

戦士「はあはあ、いや、すまない。うるさくしてしまったか?」

勇者「魔物を倒すための訓練です」

村人「いや、それならいいんだけどよ」

戦士「はあー、悪いなおじさんよ。後で、金払ってうまいもの食いに行くから」

勇者「ああ、そうですね。ぜひ筋肉のつく食事がいい」

戦士(やっぱり筋肉じゃねーか)

村人「まあ、料理なら自慢できるもんはあるでな」

村人「しかし、なんだ。おたくら、随分いい体していると思うが、まだ鍛えてるのかい」

勇者「ええ。これはあくまで最低限の体でしかないですからね」

戦士「……一体、どのくらいのが最高だと思っているんだ」

勇者「うむ。できれば竜と相撲が取れるくらいが良いな」

戦士「それは化け物だよな?」

村人「俺らは戦い方は分からねぇからなぁ」

村人「おたくらがいなくなったらちょっと不安だで」

勇者「……ふむ」

戦士(嫌な予感がする)

宿屋。

僧侶「うわあい、おいしそう~」

魔法使い「じゅるり」

勇者「いただきますをしてからだ」

僧侶「分かっているわよ!」

戦士「いただきます」

村人「どんどん食ってくれ」

勇者「遠慮無く食べさせていただきます」

村人「うん、いい食いっぷりだな」

僧侶「そりゃあもう、体づくりが大事ですから!」

魔法使い「ご飯が、おいしい」

勇者「ところで、ご主人」

村人「うん?」

勇者「先程、我々がいなくなると不安だとおっしゃいましたね」

村人「ああ、そうだな」

勇者「提案なのですが、魔物を倒すためのトレーニングを教えるのはどうかと」

僧侶「グブッ!」

戦士「おい飛ばすな!」

僧侶「ゲホッ、ガハッ」

村人「トレーニング……?」

勇者「そうです」

勇者「つまり、ある程度魔物を倒す体を作れれば、自信がつけば良いのでしょう」

村人「そ、そりゃあ、俺らが自分で強くなれればな」

村人「けど、あんたらみたいに、あんな激しく木をぶっ叩くなんてこたぁ……」

勇者「いや。あれはここ周辺の魔物よりもさらに凶悪な魔物を想定しての訓練です」

勇者「そしてまた、実はこの村にはすでに頑強な体を作れる環境があります」

村人「な、なんだと?」

僧侶「あのー!」

勇者「どうした」

僧侶「何考えてんだお前」

勇者「今意見を開陳しているところだが?」

僧侶「そういうことじゃなくて! 私達、魔王討伐の旅の途中!」

勇者「そのために、訓練が必要だ」

僧侶「私達はね!?」

魔法使い「認めた」

戦士「認めたな」

僧侶「最悪ね!? 最悪の話ですよ!?」

勇者「それで?」

僧侶「村の人は関係ないでしょう!?」

勇者「これは俺達にとってもよいトレーニングになる可能性がある」

僧侶「……!」パクパク

村人「ちなみに、それは……」

勇者「ええ。村は山に囲まれているため、一部は大樹が、そして一部は岩場の崖になっています」

勇者「特に、木を切り出したり畑を作る、上から下の訓練は日頃培われているでしょう」

戦士「なるほど」

村人「確かに」

僧侶「なんで普通に話進めてんの!?」

勇者「これに対して、岩場の崖にある岩、これらを持ち上げる訓練を重点的に行なってはどうでしょうか」

勇者「岩を利用して、崖下に魔物を追い詰めれば、一網打尽に倒すことが出来ます」

村人「そうか!」パチン

僧侶「そうかじゃねーよ!」

勇者「明日から岩場で訓練だな……」

僧侶「嬉しそうに頷くな!」

翌日。

勇者「では、このへんにある岩を切り倒していく」

戦士「おう」

勇者「それで、大中小のいくつかのサイズに分けて、それを下から上に持ち上げる動作を繰り返します」

村人「ああ」

勇者「上から下への攻撃や、下半身の踏ん張りは見立てによればそれなりに良いと思います」

勇者「ですので、上への対処を強化できればバランス良く魔物に対応出来るはずです」

村人「よっしゃ、それじゃ若いのを集めてくるさ」

勇者「お願いします」

僧侶「私達は……」

勇者「走り込みだが」

僧侶「なんでよ!」

勇者「岩を持ちあげたいのか?」

僧侶「何を言っているのか分かりません」

魔法使い「変化をつけたいの」

僧侶「違います!?」

勇者「なるほど」

僧侶「納得しないでくれない!?」

勇者「それなら、元々のペースに加えて、ダッシュする時間を組もう」

勇者「スタートから半刻ほどはペースを維持し、そこから二回ほど速度を上げる」

魔法使い「分かった」

僧侶「判らないわよ!?」

魔法使い「行ってきます」

戦士「水分と魔物に気をつけろよ」

魔法使い「いえす」ぐっ

戦士「で、俺達は岩を切り倒したら」

勇者「ああ。ここ数日は比較的強度の高い訓練をしてきただろう」

戦士「そうだな」

勇者「動きのキレを磨くことにする」

戦士「何をするんだ?」

勇者「崖下で待機し、村の人が落としてくる岩をギリギリで対処する」

戦士「死ぬだろ」

勇者「大サイズはかなり厳しいだろうが、やはりステップによる予測ではなく、咄嗟の動きを強化したい」

戦士「いや、その……」

勇者「もちろん、避けそこねた場合はその岩をしっかりつかむ」

勇者「鎧と兜はちゃんと準備するぞ」

戦士「お、おう」

戦士(俺も村ではそれなりに強かったけどなあ)

戦士(木を叩いたと思ったら今度は岩避けか……)

勇者「どうした、合図は伝えたから今に落ちてくるぞ」

戦士「いいんだけどよ」

勇者「なるべく、見て避けるのではなく、上からの攻撃をさばくイメージだ」

戦士「しかし、大サイズだと洒落にならないぞ」

勇者「それは遠慮無く避けてくれ」

戦士「分かるかよ」

ゴロゴロ……

戦士「うっ、来た」

勇者「構えろ!」

戦士「うっ、はっ!」

勇者「……」ガチッ ズシャッ

戦士(あいつ、ほとんど最初の位置から動いてねぇ)

勇者「来るぞっ! 大サイズ!」

戦士「おうっ」バッ

ごごぉん……

勇者「よしっ! 大きな魔物なら、その姿も見えやすいはずだ!」

勇者「あとは空間をきちんと把握し、動くスペースを確保する!」

戦士「分かった!」

戦士(しかし、ちょっとは、楽しくなってきたかね)

ガサリ……

戦士「!? 勇者、魔物だ!」

戦士「村の人に止めさせないと」

勇者「構わん、続けよう!」

戦士「おいバカ! こっちは武器も持ってねぇんだぞ!」

勇者「岩がある」

戦士「何言ってんだ!」

魔物『よく分からんが、丸腰だ、行くぞ!』ババッ

戦士「ちっ……」

勇者「上と横、同時からの攻撃と考えろ!」

戦士「ちょっと訓練のレベルが上がりすぎじゃねぇか!?」

魔物『キキーッ!』ぐいっ

戦士「くそっ」

戦士(上からの落石があるから、ステップでリズムが作れねぇ……!)

勇者「岩で殴る」ボカッ

魔物『ギャーッ!』

勇者「岩を投げる」グシャッ

魔物『オゴーッ!』

戦士「落ち着いてんなあいつ」

勇者「おーい! 大サイズを連投してもらえませんかー!」

戦士「!?」


ゴゴゴゴゴゴ……


勇者「戦士、さっき良いことを言ったな」

戦士「何がだ!?」

勇者「これも訓練だ、レベルの高い」

勇者「ふっ……!」ガシイッ

魔物『!? やろう、大岩を、受け止めやがった』

戦士「くっ、どけお前ら!」

戦士(あれはただ受け止めているんじゃない……!)

勇者「いち……に……」グッ

魔物『スクワットやってやがる……』

勇者「重いぞ」ぽいっ

魔物『ギャアアアー!』ズズゥン……

魔物『に、逃げろー!』

戦士「逃すか!」

戦士(連中も大岩の降る位置を気にしている! 先回りして――)

戦士「正拳突き!」

魔物『ゴボッ』

戦士「はあはあ……よし、残らず倒したぞ」

勇者「いいぞ、戦士。大岩も在庫が尽きたようだ」

戦士「ひいい、雑魚で助かったよ」

勇者「今のは良い経験として訓練に取り入れられそうだな」

勇者「上と横からの同時攻撃への動き方」

勇者「それから、強度の高い筋力トレーニングの方法にも示唆を与えてくれる」

戦士「……」ハァハァ

勇者「では、引き上げて村人に伝えておくか」

戦士「……」ゼィゼィ

勇者「どうした?」

戦士(こいつの息が上がってないんだが……)

戦士「いや、なんでもない」

勇者「魔物が近づいたのは気になるな。早めに僧侶と魔法使いとも合流しよう」

戦士「あ、ああ」

――
僧侶「ほげえええええ!!」ズダダダ

魔物『待てコラー!』

魔法使い「ふっふ、はっは」

僧侶「魔法使いちゃん、もっと速く!」

魔法使い「ペース、アップ、ゾーン、かな?」

僧侶「そういう問題じゃなくー!」

魔法使い「燃えろ」ボッ

魔物『ぐぼっ』

僧侶「あ……走りながらでも魔法って使えるのね」

魔法使い「少し、息が、落ち着いて……ゲッホ」

僧侶「無理しちゃダメですよ!」

魔物『おのれ!』

戦士「残念だが、そこまでだ」ザシュッ

僧侶「戦士さん!」

勇者「いいペースで走ってきているぞ」

僧侶「お前はさっさと魔物倒せ!」

魔法使い「体力、ついて、きた?」ハァハァ

勇者「ああ」グシャッ

魔物をやっつけた!

勇者「これなら早いうちに、第一段階をクリアできそうだ」

魔法使い「はっ、はっ、よしっ」

僧侶「はぁはぁ……」

戦士「この周辺の魔物は、俺達ならもう敵ではないな」

僧侶「そりゃあ、筋肉魔神のお二人ならそうでしょうよ!」

魔法使い「筋肉……魔神……」キラキラ

勇者「魔神並みの筋肉にはまだまだだな」

魔法使い「そう……」ガッカリ

戦士「よく分からんが、あのくらいならお前たちでも倒せただろ?」

僧侶「そんな! か弱い! 私が!」

戦士(さっきフル装備で走ってたんだがなぁ……)

勇者「魔法使い、戦士は筋肉の魔神になる素質があるぞ」

魔法使い「ほんとう?」

戦士「ねーよ」

村人「あんたがた、無事だったか」

戦士「ああ、大丈夫さ」

村人「いや、岩を落としながら、魔物が散り散りになっていくのが見えたもんだから」

勇者「目についた魔物はすべて倒しました」

村人「そうかい……ありがとう、いろいろと」

勇者「トレーニングはどうでしたか」

村人「いや、若いのもそうだったが、爺さん方も健康と暮らしを守るためにって言ってな」

村人「みんなして岩を持ち上げるのに大盛り上がりだよ」

村人「なんなら岩上げ祭をやろうかって話になってる」

勇者「いいですね。文化になれば、一層体を鍛えることがやりやすいでしょう」

戦士「いいのか……?」

勇者「戦士、俺達は世界の平和を守るためにたたかう」

勇者「だが、先ほど図らずも言葉に登っていたろう」

勇者「自分の体の健康と暮らしを守るのは、自分一人ひとりなんだ」

魔法使い「うん」

僧侶「素晴らしいですね」

戦士「ど、どうした?」

僧侶「そんな風にして、多くの人が強くなれば、私達が無理に鍛える必要は」

勇者「世界の平和を守る俺達には数百倍程度の訓練が必要だ」

僧侶「筋肉に殺される!」

隣国。

勇者「よし、それじゃあ武器は行き渡ったな」

戦士「ずいぶん奮発したな。俺のは大剣か」

魔法使い「……」

戦士「どうした?」

魔法使い「奮発して、樫の杖」

戦士「棒よりかマシだろ」

勇者「魔法使いには、あまり重たい武器を取るより俊敏性を期待したい」

魔法使い「らじゃ」

勇者「それで、僧侶だが……」

僧侶「きましたねぇ! 私の新武器! 鉄の槍!」

僧侶「ってアホかー!」ガッシャン

勇者「お気に召さなかったらしいな」

僧侶「当たり前でしょう! 私は聖職者ですよ!」

魔法使い「十字架がついてる」

僧侶「わぁ、すごい聖なる槍っぽーい」

戦士「これで魔物を安楽に導いてやるのか」

僧侶「苦痛に導くの間違いでしょお!?」

勇者「とにかく、新武器に買い替えたのには理由がある」

僧侶「なんですか」

勇者「新たなトレーニングの段階に入ったということだ」

僧侶「……」

僧侶「いいですか、勇者さん」

勇者「なんだ」

僧侶「違うでしょ! 隣国に行ったら今後の目的とか……そういうのでしょ!?」

僧侶「なに? 新たなトレーニング段階って!」

僧侶「半年かけて達成云々は!?」

戦士「しっかり覚えているんだな」

勇者「ああ。基本的なトレーニングは変わらない」

勇者「だが、ここから先の魔物を想定して、基本的な戦闘方法を変えていくということだ」

戦士「それはトレーニングなのか?」

勇者「実戦トレーニングと言ってもいいだろう」

勇者「魔物が強くなるから、段階的に戦法の幅も広げるというわけだ」

勇者「具体的には前衛二人、後衛二人の陣形は変えず、僧侶が後方から槍で突く」

勇者「こうして三人が攻撃に回るスタイルを取って行きたい」

戦士「なるほどな。雑魚ならともかく、前衛二人じゃ抑えきれないこともある」

僧侶「つまり、私に野蛮な戦闘行為を……」

戦士「数が多い時は棍棒で殴りつけていただろうが」

僧侶「ですけどね、私はそんな、お二人のように戦闘のプロじゃないんですよ!」

勇者「うん。だから、隙を見て、力いっぱい槍で突くだけでいい」

勇者「両手でガシっと握って」

僧侶「そ、それくらいなら……」

戦士「……」

戦士「なあ、おい」

勇者「なんだ?」

戦士「いいのか? 僧侶は走りこみばっかりで、ろくに」

勇者「大丈夫だ」

戦士「いや、そりゃあ、槍で突くこと自体が訓練といえばそうかもしれないがな」

勇者「だから、大丈夫なんだ」

戦士「なに?」

魔法使い「勇者、勇者」

勇者「どうした?」

魔法使い「おもりを、杖にくくりつける。どう?」

勇者「いや、その必要はないだろう」

戦士「あ、ああ。まあ、肉弾戦は任せておいてくれよ」

勇者「そうではなくてだな。……ううん」

戦士「何かあるのか?」

勇者「いや、体を鍛えることについて、誤解があるのではないかと思ってな」

僧侶「はあ、どんな誤解です?」

勇者「俺はこの四人を同じように強化していくつもりはない」

戦士「自分も入ってんのか」

勇者「ああ。自分自身……わかっている。魔神や鬼神の如き筋肉は、己には宿らないと」

僧侶「何いってんですか?」

戦士「嘘つけ!」

勇者「ん?」

戦士「あ、いや」

戦士(大岩を受け止めている時点で十分鬼神に近い気がするんだが)

勇者「基本的に、体の強化には筋力、体力、そして俊敏性の三層があると思う」

魔法使い「なるほど」

戦士(メモってる……)

勇者「筋力とは単純な力の強さ、そして瞬発力に直結する」

勇者「体力、これはタフさのことだな。攻撃を受けて呼吸が乱れても、それをすぐさま整えたりできる」

勇者「また、長旅をするには必須だ」

勇者「最後に、俊敏性。これは咄嗟に身をかわしたり、決定的な打撃を与えたりする、動きのキレみたいなものだ」

僧侶「……」

戦士「目が死んでいるぞ」

僧侶「だって! どの道筋肉なんでしょ!?」

勇者「筋肉の使い方も強化するということだ」

僧侶「やっぱり筋肉なんですよ! マッスルデーモン!」

戦士「落ち着け。槍を向けるな」

勇者「たとえば魔法使いには単純な筋力よりは、体の使い方を強化してほしい」

勇者「そうすることによって、敵の攻撃を避けながら魔法を放つ、ということも可能になる」

魔法使い「おおお……!」キラキラ

戦士「ちょっと待て、魔法ってのは集中してないと撃てないんじゃないのか?」

勇者「そうだ。集中したまま、咄嗟に身かわす術を身につける」

勇者「これも肉体の強化だ」

魔法使い「やる!」

勇者「まだまだ、キレを身につけるには一定程度の筋力や体力が必要になるからな」

勇者「ゆっくり時間をかけたいと思っている」

魔法使い「わかった」

僧侶「わ、分からなくていいのよ!」

勇者「いずれにせよ、無理や無茶なことを強いているわけではない」

僧侶「嘘でしょ?」

勇者「今のところは」

僧侶「あばばーッ!」

勇者「ただ魔王を討伐するにふさわしい肉体作りに取り組んでいるだけだ」

戦士「まあ、お前がいろいろ考えていることは知っているよ」

戦士「僧侶、世界平和と俺達のためなんだ。少しは認めてやれ」

僧侶「うぐぐ」

勇者「……」

魔法使い「僧侶、がんばろ?」

僧侶「ま、魔法使いちゃん……!」


勇者「まあ、大丈夫だと思うんだがな」

戦士「何がだ」

――
盗賊「く、くそ、こいつら手強いぞ!」

戦士「ふん、ぬすっと風情にやられるかよ!」

盗賊「なにおう!」

勇者「いい筋肉だ。酒や金に溺れていても、体は発達するものだな」

盗賊「何言ってんだこいつ」

僧侶「ちぇえい!!」グサー

盗賊「ぎゃああああああ!!」

僧侶「チェストー!」ブスー

盗賊「おげええええええ!!!」

戦士「……」

勇者「僧侶、握り方が甘い」

僧侶「はぁはぁ、う、うるさい!」

勇者「突き方はいいぞ。必殺の感がある」

僧侶「そうですか!? おりゃあ!!」ザグー

盗賊「ごぼっ、がぼぼっ」

僧侶「まだまだぁー!」ズブリー

盗賊「うがあああああ!!!」

魔法使い「すごい」

戦士「うん、すごい。っていうか恐い」

勇者「やはりな。宗教的熱意のある人は、一心不乱な動作が得意なのだ」

戦士「なんかそれ以上に問題がありそうなんだが?」

僧侶「神様、また悪を滅ぼしましたー!」ハァハァ

魔法使い「ぱちぱち」

勇者「む! しまった」

戦士「ど、どうした」

勇者「いや、全員殺してしまった。アジトの場所が」

戦士「あのな……」

勇者「仕方あるまい。とりあえず、僧侶を休ませてから森に入ることにしよう」

僧侶「はあはあ……ん?」

僧侶「私、もしかして働かされてる!? か弱いのに!?」

戦士「そうだな。か弱いな、相手が」

森。

僧侶「か、体、痛い……頭、痛い……」

戦士「調子に乗って振り回すからだ」

僧侶「だ、だからお二人が働くべきで」

勇者「ああ。俺たちが抑えている間にトドメをさしてくれたようだな」

僧侶「だって! 隙だらけなんですもの!」

戦士「……素人が隙とか分かるもんかな」

勇者「そういう人材をチョイスしたつもりだったが、想像以上だった」

魔法使い「格好よかった」

僧侶「ま、魔法使いちゃん!」

勇者「しかし、これはオーバートレーニングだな」

僧侶「ギリギリギリ」

勇者「俺の指示ミスだ、すまない」

僧侶「!」

勇者「できれば今日中にトレランをするつもりだったんだが……」

戦士「おい。日が暮れるぞ」

僧侶「あ、謝った……勇者様が……」

戦士「おい」

魔法使い「トレラン?」

勇者「平道ではなく、上下起伏のある森や山道を走るのだ」

勇者「上下、特に下りの時の衝撃が良いトレーニングになる」

戦士「森の攻略より優先するのかよ。道に迷うぞ」

勇者「確かにそうだが、最初から迷うつもりで食料を用意してある」

僧侶「バカ?」

戦士「お前それは」

魔法使い「いざ行かん」

僧侶「魔法使いちゃん!?」

――夜。

僧侶「か、体いて、頭いて……」

僧侶「これじゃ眠れませんわ」

僧侶「調子に乗りすぎました」

僧侶「……」もぞもぞ

僧侶「おみず」

僧侶「えっと、荷物の中に」

魔法使い「むにゃむにゃ……」

僧侶「ふふ、よく寝てますわね」

魔法使い「すごいでしょう、おねえちゃん……マッスルコンテスト準優勝……」

僧侶「……」

僧侶「聞かなかったことにしましょう」

……ずしーん! ばすっ、ばしーん! ……

僧侶「はっ! 何か音がする」

僧侶「ま、魔物!? こんな夜に!」

僧侶「魔法使いちゃんを守らなくては!」

僧侶「ええい、こんな時にあの二人はどこへ行ったんですか」

僧侶「やり、槍を」ガサゴゾ

僧侶「ふん!」ジャキ

僧侶「音は、こちらからしますね」


……バシーン! バシーン!

戦士「はっ、はっ、はあっ!」

勇者「そうだ、地面を踏みつけるようにたたけ」


僧侶「……」

僧侶「見なかったことにしましょう」

僧侶「まったくもう、こんな時間までトレーニングだなんて」

僧侶「どうかしているとしか思えません」

エルフ「まったくよ」

僧侶「四六時中トレーニングしていたら、休む暇がないじゃありませんか」

エルフ「それに、自然も傷つけているわ」

僧侶「ですよね!」

エルフ「やめさせてもらえないかしら?」

僧侶「誰ですかね、あなた」チャキ

エルフ「ちょっとちょっと! 槍を向けないでもらえる?」

エルフ「私は、そう、森の乙女、森のエルフよ」

僧侶「エルフ……人間じゃないんですか」

エルフ「ええ、そうよ。この森は私達のテリトリー」

僧侶「神の言葉によれば、人間以外はみな悪魔だと」

エルフ「言わないわよ!?」

僧侶「ですよね」

エルフ「そんなことより! あの、森をきずつけている男たち、アレはあなたの仲間じゃないの?」

僧侶「違います」

エルフ「やめさせてちょうだ……え?」

僧侶「あれは……そう、筋肉に取り憑かれた悪魔なのです」

エルフ「そ、そう」

僧侶「神の言葉によれば」

エルフ「多分、言葉の解釈が違うんじゃないかしら」

僧侶「いいですか! あんなマッスルデーモンと私達を一緒にしないでください!?」ツンツン

エルフ「ひい! 分かったから槍で突かないで!」

僧侶「大体、止めたければ自分で止めればいいじゃないですか!」

エルフ「夜中に木を叩いている男に、声なんかかけたくないでしょ!」

僧侶「確かにそうですね」

僧侶「……おーい、お二人共! 近所迷惑ですよ!」ザッ

エルフ「つ、疲れる」

勇者「ん?」

戦士「はーっ、はーっ」

僧侶「お二人共! いつまで汗臭くトレーニングやっているんですか!?」

勇者「いや、せっかく負荷をかけるいいチャンスが」

僧侶「夜中にやることじゃないでしょう!」

戦士「はあはあ、そ、そうだな」

戦士「さすがに、まあ、こんなもんか?」

勇者「そうだな。実は見張りも兼ねてやっていたんだが」

勇者「組手はどうする?」

戦士「いや……いいよ……」

僧侶「まだやる気だったんですか!? それじゃああそこの、エルフさんも心が休まらないでしょう」

勇者「エルフ?」

僧侶「ええ、あそこにいらっしゃる」

エルフ「ふふふ……」

戦士「おい、魔法使いを縛り上げているぞ」

黒エルフ「はーっはっは! 騙されたようね! 私はエルフではなく、ダークエルフ!」

黒エルフ「こいつは人質よ! さあ武器を置きなさい!」

魔法使い「すぴー……」

僧侶「な、なんですってー!?」

勇者「武器は持ってないな」

戦士「ああ、まあな」

黒エルフ「ふ、と、とにかく、やりよ! 槍を足元から、離しておくのよ!」

僧侶「くっ、卑怯者!」

黒エルフ「ふふふ、寝入ったところを襲おうと思っていたのに、一向に眠らないどころか」

黒エルフ「交代で木を叩いたりしだしたからどうしようかと思っていたのよ!」

戦士「ちょっと休憩していいか?」

勇者「ダメだ、軽いスクワットを」

僧侶・黒エルフ「おい!!」

黒エルフ「違うでしょ!? その反応は違うでしょ!?」

僧侶「仲間を見殺しにする気ですか!?」

戦士「いや、なんていうか、さすがに気合入れすぎてよ」

勇者「戦士の気持ちは分かる。僧侶に攻撃役としての立場を奪われかねないと感じたのだろう」

勇者「だから、今夜を特に強度の高い訓練にて仕込もうと考えていたのだ」

戦士「まあ、なんだ。そういうこった。ちょっとキツすぎた」

僧侶「そういうことじゃない!」

勇者「どういうことなんだ?」

黒エルフ「て、手出しをすると、お仲間が傷つくということよ!」

戦士「うん、だから、少し休ませろ」

勇者「いや、今夜中に濃い内容の負荷を」

僧侶「お二人共! 魔法使いちゃんが人質に取られているんですよ!?」

勇者「殺すつもりならさっさと殺しているだろう」

勇者「つまり、何か用件があるということだ」

黒エルフ「え、あ、はい」

勇者「要求はなんだ? 早く言ってくれないか」

黒エルフ「た、立場が分かっていないようね……」

黒エルフ「眠りの風!」ブワァ

戦士「!」

勇者「む」

僧侶「きゃあっ!」

黒エルフ「ふふふ、この魔法は、相手全体を眠らせる効果がある……」

戦士「ぐごー」バタン

勇者「最初からそれで眠らせればよかったんじゃないのか」シパシパ

黒エルフ「……あれ?」

僧侶「ふっ、神のご加護により、私達は一部の魔法に耐性があるのです……」バタリ

黒エルフ「寝てる……この人寝てるよ!」

勇者(そうか、魔法に対する耐性というものを考慮に入れていなかったな……)

勇者(トレーニング計画の見直しが必要になってくる……)

黒エルフ「くうっ、しかし、もうあとはお前一人よ!」

勇者「ああ、眠くてたまらない」

勇者「だから、魔法使い、頼むよ」

黒エルフ「えっ」

魔法使い「マッスルインパクト!」ボカッ

黒エルフ「ふぎゃっ!」

魔法使い「このまま組み付いて、ロープを首に引っ掛ける」グググ

黒エルフ「うげぇぇぇぇ……」

勇者「せがまれて教えた体術が役に立つとは」

魔法使い「すごい?」ごぎぎ

黒エルフ「」ブクブクブク

勇者「ああ、だが過信は禁物だ」

魔法使い「あい」

勇者「……よし、ロープを放せ。気絶しているから」

魔法使い「はい」

黒エルフ「」

勇者「ほら、必要以上に握りすぎている。手が真っ赤だ」

魔法使い「必死だった」

勇者「えらいぞ」

魔法使い「えっへん」

勇者「敵はやはり一人だな。何の目的で襲いかかったのか不明だが、あとで尋問しよう」

魔法使い「体に聞く」

勇者「ああ。肺が悲鳴を上げるくらいの負荷をかけよう」

魔法使い「うん」

勇者「……魔法使い、眠る前に一応確認しておく」

魔法使い「あい」

勇者「俺は後衛には長旅に必要な体力さえあれば良いと考えていた」

勇者「しかし、今の状況では、魔法使いの腕力にかけるしかなかったようだ」

魔法使い「魔法も、あるけど……」

勇者「確かにそうだな。だが、魔法を唱える暇がなければ必要に、なるか?」

魔法使い「私は、鍛えたい」

勇者「……」

魔法使い「もっと強くなりたい」

勇者「そうか」

勇者「よし、魔法の力もあるが、早めに起きて、今後の訓練計画を練り直す」

魔法使い「うん!」

勇者「魔法の耐性についても教えてくれ」

勇者「トレーニングの内容に組み直したい」

魔法使い「らじゃ」

勇者「要望も聞こう。やはりトレーニングには相互交通的な内容も必要だ」

魔法使い「たのしそう」

勇者「ああ。もちろんだ」

勇者「体を鍛えることは……楽しいからな」

――翌朝。

勇者「プランを変えようと思う」

戦士「ああ?」

僧侶「はっ?」

魔法使い「あい」

黒エルフ「ぜぇぜぇ、はっはっ」

勇者「大別して、筋力、体力、俊敏性を鍛えると話をしたと思う」

戦士「ああ、そうだな」

僧侶「あの、一体何をするつもりです?」

勇者「そのうち、とりわけ体力をベースに鍛えることは伝えていたと思う」

勇者「その上で最大出力とキレを上げることを基本としていたが、これを複合化する」

戦士「複合化……?」

黒エルフ「ぜはっ、ぜっ、はっ」

勇者「簡単に言うと、岩場の訓練をやっただろう」

戦士「ああ」

勇者「アレと似たような環境を大体3日間ベースをひとセットとして、一ヶ月ほど行う」

戦士「意味がよく分からんが」

勇者「実戦的な強化方法を重視するということだ」

僧侶「もう少し分かりやすく言ってもらえませんか」

黒エルフ「げほっ、がはっ」

勇者「……そうだな、こういう計画としたい」

勇者「たとえばこの森にて、魔物をおびき寄せ、ある種のモンスターハウスの状態を作る」

僧侶「はあ」

勇者「そこへ突撃して、3日間連戦した後離脱、1日おいて戦闘、このパターンを取る」

戦士「……え~と」

僧侶「何考えているんです……?」

黒エルフ「はっ、ぜひゅっ、はっ、ぜひゅっ」

勇者「これを殲滅するまで続ける。仕上げは魔物の部隊を率いている指揮官の殺害で締める」

勇者「森だけでなく、砂漠、海、洞窟、雪山などの特徴的なフィールドでこれを繰り返す」

僧侶「アホか!」

勇者「……加えてトレーニング効果を高めるために重装備を」

戦士「いや、そういうことを言っているんじゃなくてだな」

勇者「基礎的なトレーニングはそろそろ飽きたんじゃないか?」

僧侶「そういうことじゃないでしょ!?」

勇者「……?」

僧侶「死ぬでしょ!? それは!」

勇者「連戦的に体を動かすことが重要だ」

僧侶「聞いてぬぇえええええ!!!」

魔法使い「勇者さん」

勇者「うん?」

魔法使い「エルフさんが死にそう」

勇者「ああ、よし、みんな、一旦ランニング休憩」

黒エルフ「ひゅー……ひゅー……」

魔法使い「ふー」

戦士「よし、一気に飲むなよ。呼吸を落ち着けていけ」

勇者「ダークエルフって精気を吸い取る系の悪魔じゃなかったか?」

僧侶「いえ、エルフが悪に身を宿したようなものですからね」

勇者「ふうん? じゃあ、走っている途中で精気を吸って動けるとかではないのか」

黒エルフ「はっ、はっ……」

黒エルフ「はー……」

勇者「それで、なんだったっけ?」

黒エルフ「殺す気か!」

勇者「うん?」

黒エルフ「こんな、連れ回して……」

黒エルフ「酸欠で逝きそうになったわよ!」

僧侶「えっ」

魔法使い「ん」

勇者「……」

戦士「いまのは準備運動的な」

黒エルフ「こんな、こんなことを、汚らわしい人間風情に……!」

僧侶「体力的に汚れていそうなのはあなたの方ですよね」

黒エルフ「ひい! 槍を近づけないで!」

あぁやべぇマッスルインパクトのせいでゆでの絵柄で再生される様になって来た

黒エルフ「私は、本来、そう、お前たちに忠告しに来たのよ」

勇者「忠告とは?」

黒エルフ「聞きたかったら腰縄を外してください」

勇者「よし、これから魔物に出くわすまでしばらくダッシュ走を行う」

黒エルフ「許してくださぁぁぁあああああい! 言いますからああああああ!!!」

勇者「なんだ?」

黒エルフ「じ、実は、私の村の近くに魔物が住み着いてしまって……」

戦士「そいつを倒してくれって言うのか?」

僧侶「呆れた、そんなの最初から言ってくれればよかったのに」

黒エルフ「人間は汚らわしく、普通に頼んでも金銭や肉体を要求されると聞いたのよ」

魔法使い「肉体、鍛錬を要求」

勇者「エルフの筋力については知りたい」

黒エルフ「……」

>>115 (勢いで言っただけ)

すみません、続きは後日

鍛えてました

――森の砦。

戦士「アレか」

黒エルフ「ええ…

――森の砦。

戦士「アレか」

黒エルフ「ええ……」ゼイゼイ

勇者「獣人族か。丁度よかった」

僧侶「何がいいんです? 魔物を滅することには賛成しますけど!」

勇者「うん。実は戦士のトレーニングの段階をもう少しあげたい」

戦士「俺?」

勇者「ああ。組手をしていても、一対一では今ひとつ伝えにくい面がある」

勇者「実戦形式で訓練をしたいと思っていたところだ」

戦士「まあ、いいけどよ」

勇者「だから僧侶と魔法使いはここで待っていてくれ」

僧侶「!?」

魔法使い「やだ」

勇者「そこをなんとか」

僧侶「どうしたんですか……? 訓練狂が訓練を免除するなんて……」

勇者「理由はいくつかあるんだが」

戦士「当たり前だ。ちゃんと説明しろ」

勇者「まず、大勢を相手にする時の訓練となる。なるべく後衛のことは考えずに乱闘したい」

勇者「指示は俺が出すが、戦士もあまりアテにしないでくれ」

戦士「なに、まさか二人でたたかえってか」

勇者「そうだ」

黒エルフ「ほ、ほんと!? 私を解放してくれるのね!?」

勇者「いや、ちゃんと訓練してもらう」

黒エルフ「ほぎゃー!!」

勇者「といっても、筋力的なトレーニングではない。魔法面だ」

黒エルフ「ま、魔法?」

勇者「ああ。エルフの呪法とも言うべき魔法は強力だからな」

魔法使い「まさか、戦闘中に魔法耐性をつけるとか……」

勇者「さすがに危険性を考慮するとそれはできない」

勇者「頼みたいのは、インターバルトレーニング形式でやるために、退却のポイントをつくることだ」

戦士「ああ、なるほど」

黒エルフ「インタブ?」

僧侶「要するに、めちゃくちゃ走るのと、ゆっくり走るのを組み合わせるトレーニングですよ」

勇者「走ることに限らない。今回は戦闘から離脱し、そのまま走って別のポイントから攻めこむ」

勇者「ただし、追われては面倒になる。退却時に相手を眠らせたり、罠を張ったりして行動を阻害する」

黒エルフ(頭おかしい)

僧侶「つまり、魔法使いちゃんと私は、お二人を回復したりサポートしたりすればいいんですね」

勇者「並走して次のポイントまでダッシュする」

僧侶「ちくしょー!」

勇者「必要なら回復を頼みたいが、それではあまりトレーニングにならない」

戦士「十分なるだろ……相手がめちゃくちゃ強かったらどうするんだ」

勇者「ふむ」

勇者「……」

勇者「そうだな。二人で倒せそうもなかったら、合図を出すので僧侶と魔法使いは突入してくれ」

魔法使い「合点承知の助」

僧侶「魔法使いちゃん!?」

戦士「お前それは」

僧侶「そんな穴だらけそうな作戦には賛同できません!」

勇者「作戦ではなくて訓練だ」

僧侶「何言ってんだあんたァー!」

戦士「ふう、まあいい。要するに俺らの実力次第ってことだろ」

勇者「ああ」

戦士「やってやろうじゃねぇか」ガチャ

勇者「それじゃあ突入する。音の出るかんしゃく玉を破裂させるから、それを合図に逃げ出す予定だ」

魔法使い「らじゃ」

僧侶「……まあ、いつもよりは楽ですけど」

黒エルフ(陥落してる)

勇者「じゃあ行くぞ」

戦士「おう」

勇者「重要なポイントは、おそらく武器のコントロールだ。切り返しを意識しろ」

戦士「さらっと言うなよ、そういうことは」

獣人A「な、なんだ貴様ら」

勇者「戦士、相手は混乱している」

戦士「ああ、後ろは気にせず、思いっきりやってやるぜ!」

獣人B「おい、質問に答えろ!」

勇者「ステップは意識するな、相手の攻撃に意識を向けるんだ」ザシュッ

獣人A「ぎゃああああ!!!」

戦士「あ、ああ」

勇者「いち、に。さん、し」ブンッ、ブンッ、ズサッ

おごっ、ぐあっ

戦士(あいつの戦い方は参考にならんな)

獣人B「よそ見してんじゃねぇぞ!」

戦士「おっと、あぶね」 サッ

勇者「相手は獣人だ。手に武器を持っていたりする」

「うおおおおおお!!!」

勇者「つまり、強力な肉体を持つ魔物が、武器を得てパワーアップしているということだ」ゴスッ

「ぐぎゃああああああ!!!」

勇者「その場合、攻撃を避けることよりも、肉薄して相手の移動と攻撃を同時に封じることも求められる」ずいっ

「ち、ちけぇ!」

勇者「この状態なら、武器の扱いに一長がある方が悠里だ」グサーッ

「おごふっ」

勇者「分かるか?」

戦士「分からん!?」キィン、ガキッ

獣人B「このやろう、よくも仲間を!」

戦士「俺じゃねぇ!」

勇者「だから武器のコントロールを意識しろ。切り返しだ」

勇者「撃ちぬく訓練ばかりやってきたせいで鈍っているかもしれないが、武器の扱いはうまかったはずだ」

戦士「こん……な、重量のある、武器は、手慣れてないんで、な!ギィン

獣人B「はぁはぁ、くそ、こいつ、手強い」

勇者「……」

勇者「武器をうまく操るのにも筋力が」

戦士「アブねぇ!」

ドゴォッ!!

勇者「ぐふっ」

戦士「勇者!」

獣戦士「なんだぁ? この数を相手にしようっていう無謀な馬鹿は」

獣人B「た、隊長!」

獣戦士「隊を組め、数人で一人を囲め。数の有利をさっさとつくれ」

獣人B「アイサー!」

戦士「おい、勇者、しっかりしろ!」

勇者「うぇーっほ、げっほ」

戦士「くそっ、大丈夫かよ」

獣戦士「……ほれみろ、さっさと囲まないから、二人で固まられちまった」

獣戦士「いいかぁ、チビだと思って油断するな」

獣戦士「獲物を狩る時に、舐めて怪我するやつがいるか?」

獣戦士「そんなマヌケはさっさとくたばれ!」

「うおおおおい!!」

戦士「まずい……指揮官がいたのか!」

勇者「……よし」

戦士「こりゃ退却だろう」

勇者「いや、ちょうどいい。この樹を背にして、もう少し戦うぞ」

戦士「馬鹿なのかお前?」

勇者「いや、力の誇示をして、慌てて逃げる態勢を取る方が危険だ」

勇者「むしろ指揮を取って、一段劣る魔物を相手に出来る方が楽だろう」

戦士「いや、そうは言うけどよ」

勇者「武器のコントロールだ。いいか?」

戦士「ええい! くそ!」ガッ

勇者「そう、撃ったら切り返す。相手に跳ね上げられるのではなく、自分で素早くためをつくり」

ザシュッ!  \ぐおおおおおお!!/

勇者「放つ。攻防一体を意識するんだ」

戦士「はぁはぁ、ちっ」

勇者「思ったよりも難しいだろう。コントロールする筋肉が鍛えぬかれていないからだ」

戦士「……」はあはあ

戦士「……ふっ、はっ! おりゃ!」

戦士「こうか!?」

勇者「ためを作って防ぎ、そのまま放つ」ズブーッ

獣人「ぐぎゃあああああああ!!」

戦士「……こうか!?」

勇者「そうそう」

勇者「バランスを崩したところを、上から下に打ち下ろすのもいい」

戦士「うらっ!」

戦士「振りぬくんじゃないんだな!?」

勇者「そうだ。最大の一撃よりも、次の行動を意識しろ」

戦士「めんどくせぇやつ!」ズバッ

獣人「ぬぐああああああああ!!!」

獣戦士「……」イライラ

獣戦士「どけ、邪魔だ」

獣人B「はっ、いやあの」

獣戦士「数を頼んでいるなら波状に攻撃しろ! 何をやっているんだ!」

獣人B「しかし、やつら妙に手強く」

獣戦士「だからどけ!! 埒が明かん」

獣人B「ひっ、道を開けろ、お前ら!!」

獣戦士「いいかぁ! 侮ってかかるから、陣形を崩されるのだ!」

獣戦士「俺が始末をつけたら、もう一度訓練だ! 分かったな!?」

獣人隊『了解しました!!』

勇者「――よし、退却だ」

パァンッ!

獣戦士「む」

勇者たちは逃げ出した!

獣戦士「逃すな、囲いまでゆるめてどうする!」

獣人「へ、へい!」

     黒エルフ「……眠れ眠れ」ゴニョゴニョ

獣人「むががっ?!」

獣人「ふわぁ、なんか、急に……」

勇者「走れ、走れ!」

戦士「応!」

獣戦士「なんだぁ?」

獣人B「何か、妙な術を使う連中が」

獣戦士「馬鹿ども、何やってやがる!」

獣戦士「盾か仮面を被れ! 矢でも射掛けられたらかなわん!」

獣人達『ハイっ!!』

獣戦士「ちっ……完全に逃げられたな」

獣戦士「まあ、二人で多勢を相手にするはずがない。最初から様子見だったのだ」

獣人B「お、追わなくてよろしいんで?」

獣戦士「当たり前だ! それより負傷者を救助し、隊を作りなおせ!」

獣人B「分かりましたっ」

獣戦士「参ったな。クソエルフ共を屠る楽な作戦だと思っていたが」

獣戦士「ああして何部隊かに別れて行動するやつらがいると厄介だ」

獣戦士(こいつらみたいな未熟者では話にならんかもしれん)

獣戦士「負傷者は一箇所に集めて、被害を確認しろ」

獣戦士「確認できた隊から報告」

獣人『ハイッ!』

獣戦士「返事だけじゃ困るんだよ……」

獣戦士「数人程度の被害ならまだしも、十は上りそうだな」

獣戦士「しかしこれでは」

――ドゴォッ

獣戦士「なにっ」

獣人B「あっ、も、も、戻ってきました!」

獣人B「やつら、別の場所からぁっ」

獣戦士「分かっている! 下がれ! 負傷者の救助を再優先!」

獣人B「は、はっ!」

獣戦士「俺が出る! 無事な奴は長物でサポートしやがれっ」

獣人『はいッ!!』

――
戦士「はあっ、はあっ、おいおい、相手が引いていくぞ?」

勇者「マズいな」

戦士「何がだ?」

勇者「連中、隊を整えなおしている。ボスが前に出て、周りの部下がこちらを崩すという手だろう」

勇者「アレだけ巨大なら、体力に自信があるはずだ。その間に、態勢を整えるということだろう」

僧侶「あ、悪魔です! あんな大きい化け物!」

戦士「はあ、つ、つまり?」

勇者「攻撃態勢が整ったところで、押しつぶされる」

魔法使い「一箇所に集中しているなら……」

勇者「いや、ボス相手に撃ち漏らすと危険だ」

黒エルフ「眠らせるわよ!?」

勇者「相手も警戒しているはずだ。壁役と後方攻撃役、両方を揃えようとしている」

勇者「……訓練にならんな」

僧侶「あのね?」

戦士「はあ、はあ、ま、まあ、多少は、なったぜ」

黒エルフ「逃げる気?」

勇者「手の内をすべて明かす前に、退却する」

勇者「エルフの村を襲うつもりなら、そこで罠を仕掛けた方がよい結果が出る」

黒エルフ「い、いやいやいや」

魔法使い「勇者」

勇者「すまない。退却もまた訓練だ」

魔法使い「仕方ない」

勇者「蛇行して村へ行こう。付けられないようにしたい」

黒エルフ「え? マジ? 余裕なんじゃないの?」

勇者「走るぞ、戦士」

戦士「あーはいはい! 戦闘に振り向ける力を、逃げ足に使うぜよ!」ハァハァ

勇者「おう、森の中で逃げるぞ」

僧侶「わかりましたよ」

魔法使い「ん」

黒エルフ「え? え? ホント?」

黒エルフ「ていうか、私、走るの……?」

黒エルフ「腰縄つけたまま!?」

僧侶「捕まりますよ! さ、早く」ダッ

黒エルフ「助けてぇええええええええ……」

――逃走中。

戦士「ふっ、ふっ、はっ」

勇者「呼吸はどうだ?」

戦士「ああ、走りながら落ち着いて来た」

僧侶「はぁ、はぁ、やっぱり、お二人は、筋肉馬鹿ですね……!」

戦士「筋肉がある方が疲れるだろ」

魔法使い「僧侶も、疲れやすい」

勇者「僧侶も肩の筋肉がよく鍛えられてきているのだ。重みがある」

僧侶「はいはいはい! ちょっと武器を使うようになったからって、私を筋肉枠にいれないでください!」

勇者「いや、攻撃役には数えたいところだが」

僧侶「ですから!」

黒エルフ「……」ずるずるずる――

戦士「武器のコントロールね。打ち抜く攻撃では、多対戦に不利ってか」

勇者「もともと、戦士の攻撃はそこに近かったはずだ。下半身の土台作りと並行して、こちらのキレを良くしたい」

戦士「扱う武器によっても差が出来るからな」

戦士「どうせ新しい武器に、ってタイミングがあるだろ?」

勇者「ああ」

戦士「それなら、なるべく慣れ過ぎないように、いろんな使い方を考えるかな。大剣とはいえ」

勇者「特に、大型の武器は破壊力があるだけに、うまく扱うことが肝要だ」

勇者「そうだな。武器のコントロール力を高めることで、急所などを狙いやすくなるかもしれない」

魔法使い「なるほど」

戦士「なるほど」

僧侶「どうして魔法使いちゃんまで……」

黒エルフ「……」ずるずるずる――

勇者「しかし、あの首魁クラスの魔物には参ったな」

勇者「おそらく、戦力を見渡して最善を取る武将タイプだな」

戦士「それだとマズいのか?」

勇者「……魔物には行動パターンがある」

戦士「なにィ?」

勇者「たとえば、火を吹く魔物がいると、頬の火炎袋に火炎を溜める前動作がいる」

勇者「だから、相手を殴りつけ、そこを怯んだところで溜めて火を吹く」

勇者「こういうことが考えられる」

魔法使い「なるほど」

僧侶「ああ、なんとなくわかります」

勇者「しかし、あいつはどうも相手の様子を見て、即座に行動を変えてきた」

黒エルフ「……」ずるずるずる――

勇者「ああいう手合は厄介だ。部下の魔物も『成長』するおそれもある」

戦士「ははぁ、そりゃ大変だ」

僧侶「だったらなおさら、あのタイミングで!」

勇者「こちらの手が足りない」

僧侶「えええ?」

魔法使い「つまり、私達ががんばらないと」

勇者「そういうことになる」

僧侶「ええええええ?」

黒エルフ「……」ずるずるずる――

また後日

――ダークエルフの村。

黒エルフ長老「……それで、おめおめと逃げ帰ってきたと言うわけか」

黒エルフ「……」ゼェゼェ

勇者「申し訳ありません」

僧侶「村人が倒れてますけど、いいんですか?」

戦士「回復してやれよ」

黒エルフ「しぬ……死んでしまう……なんで途中でスピードアップした……」

魔法使い「トレランで負荷をかけるのは、下り坂の方がいいって」

黒長「我が村一番の魔法の使い手をここまで消耗させる相手とはいえ、だ」

僧侶「消耗したのは、この人が疲れやすかっただけです」

黒エルフ「体質じゃないわよ!? お前らがおかしいのよ!?」

僧侶「筋肉魔人と一緒にしないでくれます?」

勇者「その代わり、相手をきちんと撒きながら、ダークエルフの身体能力を把握させていただきました」

黒長「ほう、それがなにか意味があるのかえ」

勇者「ええ。戦法はもとより、健康のためにも、ダークエルフは基礎体力を作ることに重点を置いたほうがいいです」

黒長「うん?」

勇者「弓矢を引く腕力、それにダークエルフは淫蕩と聞いていたので、性交する体力があるかと思っていたのですが」

勇者「長期間に潜んで、一気に魔法で襲い掛かる瞬発力の方が強く、長時間にわたって運動する能力が弱いとは思いませんでした」

黒長「こやつは何を言っておる」

黒エルフ「はぁはぁ、あ、げっほげっほ!」

黒エルフ「呼吸くるしんで、待って、えほ、もら、げーっほ!」

黒長「……」

勇者「つまり、集中力はあるものの、それを持続させる体力が少ないということですね」

黒長「いや、そういうことでは」

僧侶「ちょっと待って下さい、勇者」

勇者「どうしたんだ?」

魔法使い「呼び捨てした」

僧侶「こんなやつは呼び捨てでいいのよ、魔法使いちゃん!」

僧侶「まさか、ここでも『エルフと特訓☆』とか言い出すんじゃありませんか!?」

勇者「提案しているだけだ」

僧侶「むがあああああ!! 今魔物が迫ってきているのー! 罠を張らないといけないのー!」

戦士「落ち着けよ、神は槍を振り回せって言うのか?」

僧侶「やかまし! 筋肉教論者!」

戦士「なんだその言い草は!?」

魔法使い「マッスルマッスル」

黒長「あの」

勇者「いつものことですので」

黒長「別になんでもいいがのう、魔物が押し寄せてきては困るぞ」

勇者「その方策はいくつか検討しています。どのみち、相手は手強いので、村を捨てるような策に……」

黒長「むう……」

黒エルフ「はー、はー、急に、叫んで、息が……」

戦士「大体、筋肉教って俺は筋肉なんぞ信仰してねーよ」

戦士「むしろ技、村一番の爽やか系戦士と評判だったんだぜ」

僧侶「村一番(笑)」

戦士「おう、神の下僕が教えを諭さずに人を小馬鹿にするとはいい度胸だ」

魔法使い「神様の筋肉」

僧侶「神の言葉に筋肉はありません!!」

戦士「悪を滅しろとかめちゃくちゃ筋肉信奉してそうな感じなんだが……」

勇者「つまり、エルフの魔法は強力です。そこであえて囲いを作り、全員を引き入れる」

黒長「確かに、結界の魔法も存在するがのう」

勇者「それはいい。しかし、おそらく相手は薄手のポイントを狙って脱出を計るでしょう」

黒長「ならどうするのじゃ」

勇者「脱出に集中が向いた時に、攻撃の魔法を放つのです」

黒長「なるほど、役割分担をすると……」

僧侶「むきー! 筋肉イヤー!!」

戦士「お前の方が筋肉だろうが。出発時より一回り大きくなっているのはお前だけだ」

僧侶「はいい?」

魔法使い「おっぱいも」

黒エルフ「……」

勇者「眠りの魔法は強力ですが、外すと相手の反撃が恐ろしい」

黒長「確かに、我々の魔法は集中力を要すものじゃ」

勇者「そこで、順番としては結界で先手の防御と相手隊の分断を狙い」

黒長「ふむ、そういうことか」

黒エルフ「……えーっと」オロオロ

僧侶「ですから!」

戦士「人の話を聞けと」

小黒エルフ「長さま~!!」ダァン

黒長「どうした」

小エルフ「魔物が逃げ帰っちゃったみたいです~」

僧侶「ええ?」

小エルフ「今、監視魔法を使っていたお姉さまが確認して、森から離れていっていると」

黒長「何かの罠か?」

小エルフ「いいえ~、どうも作戦が変更になったとかなんとか」

小エルフ「伝令役の魔物が近づいて、何かを伝えたようです~」

黒エルフ「そんな!? 私の苦労は?」

勇者「いいトレーニングになったな」

黒長「良かったのう」

黒エルフ「良くないですわ!!」

僧侶「ちっ、悪を滅する機会が!」

戦士「やっぱり脳筋はお前だろ……」

黒エルフ「丁度良いじゃないですか!」

黒長「うん?」

黒エルフ「こいつらはどうも魔物と戦う訓練が得意なようです」

黒エルフ「折角の機会ですから、魔物と対抗するためにトレーニングをしてみては!?」

黒長「え? いやしかし、わしは年だし……」

勇者「そうだな……」

黒エルフ「こやつらはエルフの魔法、秘技を知りたいでしょうし、交換的な意味で」

黒エルフ「やりましょうよ、ね、ね? いい機会だと思いますよ!」

黒エルフ(巻き込む! このまま私だけが苦労したなんていや!)

黒長「こう言っておるが」

勇者「やる気は尊重したいです」

黒エルフ「よっ……」

勇者「彼女には特別にモデルケースとして三倍ほどのメニューを課しましょう」

黒エルフ「しゃあああああああああああ!?」

僧侶「待った!」

勇者「待たないが」

僧侶「おかしいでしょ!?」

勇者「相手の希望だ。それに、どちらかと言うと、今回は僧侶は楽だと思うが」

戦士「ああ。体力差は歴然としていたからな」

魔法使い「倍のメニューで行けば」

勇者「無理にこなす必要はない」

魔法使い「ちぇ」

勇者「むしろ、魔法の使い方や耐性トレーニングを組んで見た方がいいだろう」

僧侶「まあ、そういうことなら……」

翌日。

僧侶「よくねぇ、良くねぇよ……!」ハァハァ

黒エルフ「がはっ、げほっ、フガッ」ゼェゼェゼェ!

魔法使い「呪文を、唱えながら、走る……!」ハッハッ

僧侶「バカなの!?」


勇者「戦士! 魔法の炎に突っ込め!」ズダダダッ

戦士「ああああああああ!!!!」ダダダダ


黒長「うーむ、気でも狂っているのか……」

小エルフ「長さま、人間というのは皆こういうものなのでしょうか」

黒長「分からん。普通のエルフ共は人間を毛嫌いしているというが、それは分かる気がする」

黒長「たまに捕らえて精を搾ったりもしたが、こんな人間は見たことがないわ」

勇者「いいか! 魔法も避けることが出来る!」

勇者「それはタイミングだ、世界の法則に外れた呪法といえど、それは別の理に支配されている」

勇者「それを動いて外すことが出来るのだ、つまり、一度現出することで――」

「やぁ!」ボワッ

勇者「フンッ――!」ジュウウウウ

小エルフ「ひいっ、また炎を握りつぶした!」

勇者「このように、この世の法則に逆に影響されるということなのだ」

戦士「分かったけど! お前も避けてねぇだろ!!」

勇者「発生のポイントを指定できるらしい、エルフの磨かれた魔の業あってのことだ」

戦士「避けられるわけねぇだろ!!!」

勇者「無理ならとにかく動け、耐性をつけろ、自分の中にある魔の理に働きかけ、障壁のイメージを作るのだ」

戦士「分かるか!」

勇者「理外の法に対しては、自分の理を徹底させれば良い」

勇者「つまり、肉体を完全に自分の意志で支配させる」

戦士「……俺は脳筋だからわかんねーって」

勇者「簡単にいえば、筋肉や意識を制御すること意識しろ」

戦士「要するに体を使えってことだろ」


黒長「この速度でいいのかのう」タッタッ

小エルフ「体がぽかぽかして、気持ちいいですねー」

黒長「うむ、森の精霊との交流を失ったものの、わしらはやはりエルフ」

黒長「森の精気に当てられて力を得ることが出来るのじゃ」

小エルフ「速く走るより、少しキツいくらいの感じを時間をかける方がいいそうです」

黒長「なるほどのう」

僧侶「回復ゥイ! 回復ゥア!」キラッ、キラッ

黒エルフ「あがあああああ! 回復させないで、疲労は抜けないからぁああああああ!!」ダダダッ

魔法使い「燃えろー、固まれー」ボウッ、カキン

僧侶「かいふ……あ、出なくなった」ハァハァ

魔法使い「私も」

僧侶「やったー!」

魔法使い「いえい」

僧侶「はあはあ、へへ、やりきってやりましたよ……!」

魔法使い「走りながら、魔法を使うのって楽しいね」スウハァ

僧侶「いや、それはない」

黒エルフ「ああああああああああ!!!」ダダダダダダッ

夕方。

黒長「ああ、いい汗をかいた」

小エルフ「ですね」

僧侶「もう、かなり、汗だくですよ」

黒長「ふふ、泉に入るか? 実は温熱泉があるのじゃ、汗を流すことも出来るぞ?」

魔法使い「入る」


勇者「うむ、こんなものだろう」

戦士「ボロッボロになったぞ、燃えるわ眠らされるわ」

勇者「しかし、これはまたとないチャンスだ。明日もやろう」

戦士「本気か? まあ、魔法を使ってくる魔物なんて、そうそうは出てこないだろうが」


黒エルフ「……」ぐったり

戦士「しかし、なんだな」

勇者「どうした?」

戦士「ダークエルフってのは淫蕩だって聞いていたが」

勇者「どうやら勘違いのようだな」

戦士「確かに豊満ではあるな。あのちびっこいやつまででかかったぞ」

勇者「ほう、気に入ったのか?」

戦士「よせよ。エルフは見た目よりも年齢がずっと高いんだろ?」

戦士「実は婆さんかと思うと気が萎える」

勇者「まあ、普通は見た目の方で選ぶんじゃないか」

戦士「……。そういうお前はどうなんだ?」

勇者「ダークエルフたちは弓の扱いも得意ではないようだな。肩の筋肉すら発達具合が隆々ではない」

戦士「あ、そう……」


黒エルフ「……」

勇者「だが、その分、腿や胸部は確かに豊満で発達してたな」

勇者「長時間動くスタミナではなく、瞬発力の方が強いらしい」

戦士「お前って女っ気のある話できそうにないな」

勇者「色気はあるぞ」

戦士「なに?」

勇者「ああ、肩甲骨を持ち上げる筋肉が発達している女性が好きでな」

戦士「それは色気とは言わん」


黒エルフ「……はっ!」

黒エルフ「こ、ここは……地獄じゃない! 現実よ!」

勇者「気がついたか。ちょっと無理なトレーニングをしてしまったな」

黒エルフ「人間コワイ!」ズサッ

戦士「怯えているぞ」

勇者「そう邪険にしないでくれ。よく頑張ったと思う」

黒エルフ「ふ、ふふふ、なに? 終わったってことよね、私はもう解放されたのよー!」

勇者「ああ。今日のメニューはな」

勇者「もうしばらく滞在するつもりだから、しっかり身につけておいてくれ」

黒エルフは倒れた!

――

戦士「っしゃああああ!! 一本取ったあ!」ぜえはあ

勇者「うむ」

魔法使い「すごい」

僧侶「取ったのは戦士さんですよね」

勇者「さすが戦士だな。今のような斬撃が、状況に応じて使い分けられれば良いだろう」

戦士「はあ、はあ、お前ね、少しは息を荒らげろ」

勇者「これくらいしか取り柄がない」

僧侶「岩を持ち上げて涼しい顔しているのは取り柄に入らないんですか」

勇者「なんのことだ?」

勇者「戦士の筋力も順調に増大しているな」

勇者「また、太さとの対比で持ち上げる力が増している」

勇者「筋肉の質と量を同時に増大させることができている」

戦士「ひーっ、んなこと言われても、まったく違いが分からんよ」

勇者「大剣を握っても楽に振り回せるようになったろう」

戦士「慣れただけだろ」

魔法使い「私も、杖を振り回せるようになった」

勇者「うむ。次は金属製の杖がいいだろう」

勇者「魔法の伝導率を上げるために宝石付きだといいかもな」

魔法使い「ほう、せき」キラキラ

僧侶「物欲はいけませんよ!」

戦士「そういうお前はどうなんだ?」

勇者「うむ。多少は、出発時よりも筋肉の増大が見られたな」

勇者「だが、おそらくここからは出力に関してはあまり望めないだろう」

僧侶「その、どうしてそう思うんですか?」

勇者「体質的な問題でな。一定検証してみたんだが、限界値が低いということが分かった」

僧侶「もう少し神にも分かる言葉でしゃべってもらえますか」

魔法使い「神様って、全能……」

戦士「まあ俺にも分からんから、ゆるく説明してくれ」

勇者「うむ。簡単に言うと、仮に俺が戦士と同じ体付きの筋肉を得ても、同じ重さの岩を動かせたりはできないのだ」

勇者「無理に増やしすぎると、かえって臓器や体の一部へ負担がかかるし、冒険時の動作に影響が出る」

戦士「余計分からんぞ」

勇者「ふむ。筋肉が重すぎて体がついていけない、と言えば分かるか」

戦士「筋肉が重すぎて? まあ、分からんでもないが……」

勇者「戦士は体格も含めて、その土台部分が非常に広大だった」

勇者「だから此処から先、おそらく最低でも2倍程度までは攻撃力を引き上げられると見ている」

魔法使い「勇者は?」

勇者「うまく勧めれば1.1倍程度だな」

僧侶「嘘でしょう? そんな筋肉の申し子みたいな」

勇者「僧侶は目算であと3倍だ」

僧侶「」

戦士「マッスルだな」

魔法使い「マッスルマッスル」

僧侶「え? マジ? 嘘ですよね、そんな私が、筋肉魔神になるなんて!」

勇者「冒険してから気がついたんだが、僧侶は成長期が来ている」

戦士「確かに。背が伸びてるもんな」

勇者「適切にトレーニングを進めれば間違いなく逞しい肉体を手に入れられるはずだ」

僧侶「おい!!」

魔法使い「たくましい……」

戦士「なるほど、そりゃすげぇや」

勇者「だが、僧侶の役割はあくまで後方支援だ」

勇者「そこで、将来的には、巨大な手巻き式のボウガンを考えているんだが……」

僧侶「やめてくださいよ!」

勇者「二人がかりでやるやつがいいと思うんだが」

魔法使い「でかい」

黒長「随分と楽しそうにしておるのう」

僧侶「殺すぞ!」

黒長「ぎゃっ!」

戦士「落ち着けよ」

僧侶「これが落ち着いていられますか!?」

戦士「何か悪いことでもあるのか?」

僧侶「私は、屈強な戦士に守られ、ロマンスに陥るヒロインみたいなもんでしょう!?」

魔法使い「ヒロイン(笑)」

僧侶「魔法使いちゃん!?」

戦士「魔王討伐にヒロインを連れ回すのはどうなんだよ?」

魔法使い「勇者、私は?」

勇者「ううん、まあ、健康な肉体は手に入れられるだろう」

魔法使い「ガッカリ……」

黒長「お、お主ら、わしの話をじゃな」

勇者「それで、何か御用ですかな」

黒長「うむ。礼を言おうと思うてな」

黒長「ありがとう、汚らわしい人間どもよ」

勇者「……」

僧侶「失礼極まりない!」

黒長「む? いや、つい定型句が出てしまって」

黒長「この数日間、お主らの作り上げた訓練のメニューによって、随分と森の精気を取り入れることが出来た」

戦士「はあ」

黒長「闇に堕したとはいえ、我々はエルフ、森の力を取り込みそれを増すことができる」

黒長「獣に追われ、忘れかけていた……森と通じ合う、心を……」

勇者「走る前に適度な筋トレと組み合わせるとより大きなトレーニング効果があるのですが」

黒長「すまんがもう少し喋るのを待ってもらえるかの」

黒長「それから、どうやら闇から戻りかけているものもおるようじゃ」

黒長「あやつとかな」

白エルフ「……」グッタリ

僧侶「あれはハードトレーニングのショックで老けたんだと思いますけど」

勇者「なるほど、ダークエルフはトレーニングで白く出来ると」

黒長「頼むから我々には課さないでおくれ」

戦士「っていうか、戻れるのかよ、ダークエルフって」

黒長「ああ、まあな。元から普通のエルフとは立場の違いで魔軍についたに過ぎん」

黒長「強圧的な命令を出しておいて、無視したくらいで獣の軍を差し向けられては敵わん」

僧侶「どのみち身勝手ワガママじゃないですか……」

黒長「しかし! 人間どもにつくつもりはないが、お主らには力を課してやろう」

勇者「では、早速村全体で取り組める」

黒長「いらないから落ち着いておくれ」

勇者「しかし、魔法のトレーニングはいろいろと教えてもらいました」

勇者「ある程度恩恵は受けて」

黒長「筋力倍加魔法じゃ」

勇者「ほう」

戦士「!」

魔法使い「きた」

僧侶「!?」

黒長「弓矢を操るものの中には、力が不足するものがおる」

黒長「今まではそれを補うために使っておったのじゃが……」

黒長「お主達なら、今もなお成長を求めているなら、必要かと思ってのう」

勇者「ぜひ特性と特徴を教えて下さい」

魔法使い「発動式と構成配置を」

戦士「それってよぉ、鍛えた筋肉にも効くのか?」

黒長「もちろんじゃ」

僧侶「やめましょう! そんな悪魔の様な呪文は!」

黒長「なぜじゃ?」

僧侶「絶対普通じゃないですよ! 魔法で筋肉なんて!」

黒長「なんじゃ知らぬのか?」

僧侶「な、何がですか?」

黒長「この呪文、魔法を考案したのは、聖職にて高位を戴いていた人間の賢者なのじゃよ」

僧侶「ブクブクブク……」

魔法使い「泡吹いた」

戦士「筋肉にトラウマでもあるのかね」

勇者「なぜだろう、不思議だな」

戦士「いや、お前のせいだよ多分……」

黒長「しかし、あまり魔法に精通していない者が使うと、反動で激痛が襲うそうじゃ」

黒長「それに、元の筋力が弱いなら、高い魔力を使って倍加させる意味がないからのう」

勇者「ですが、非常に魅力的ですね」

勇者「高いトレーニング効果も望めるのでは?」

黒長「……すまんが、そういう難しい話は知らん」

魔法使い「魔法は、使うと、耐性がつくことも、ある」

魔法使い「フィードバックの、ある、魔法なら……」

勇者「効果的なトレーニングに流用できるぞ!!」

魔法使い「いえい」キャッキャ

勇者「うおお、やった、やったぞ!」ワッショイワッショイ

戦士「お、おう。頭は大丈夫か?」

戦士「こんなにはしゃいでいるやつは初めて見たな」

戦士「魔法使いをたかいたかい……って、魔法使いも結構体重があったような……」

魔法使い「うおおいうおおい」

勇者「よしっ! よしっ! よしっ!」ブンッ、 ブンッ

黒長「……つ、続けてよいか」

戦士「ああ、それで? その魔法を伝授してくれるって?」

黒長「うむ、ただし、すぐに使えるとは限らんぞ」

黒長「そうじゃな、そこな魔法使いは魔に精通しておる。呪文の意味は理解できるはずじゃ」

黒長「『教える』のはわしは苦手じゃ、この魔法書を持って行くがよい」

戦士「へぇ、本になって残っているのか」

黒長「じゃから、人間が編み出したと言ったろう」

黒長「ほれ、持っていけ」

勇者「ありがとうございますッ!」

黒長「いやまあ、うん」

魔法使い「やったのだ。がんばって覚えるのだ」

戦士「キャラ崩れまくっているぞ……」

黒長「それから、そこな白くなったダークエルフ、必要なら呼びつけるがよい」

黒長「どうも人間たちの訓練とやら、随分気に入ったらしい」

戦士「多分違うと思うぞ」

黒長「この時空を超える鈴を使ってじゃな」

勇者「ありがたく頂戴します!」

勇者「特性次第ではもう一段階に登れることになる……!」

魔法使い「頑張る。頑張って覚える」

戦士「まあ、世話になったよ」

黒長「ふふ、そのようなこと、わしらの方こそ、森と近づくことが出来たのじゃ」

黒長「いずれまた会うかもしれん」

小エルフ「ばいばい! 筋肉の人間!」

戦士「ああ、じゃあな」

勇者「またお会いしましょう」

魔法使い「さよならー」


僧侶「ブクブクブク……」ピクッ ピクッ

白エルフ「……」シーン

――数週間後、某国闘技場。

王「ふーむ」

大臣「どうなさいましたか」

王「暇じゃのう」

大臣「は……」

王「こう、闘技場もあまり強い戦士も参加せんし」

大臣(魔物が攻めてきているというのに……)

王「そろそろ兵士を集めて、また魔物狩りでもするかの」

大臣(いずれ、戦端が開いて崩壊しかねないだろう……)

王「のう?」

大臣「はっ」

王「よし、そうと決まったらまた武器でも磨いてくるか」

大臣「陛下、御自らご出陣なされなくとも」

王「構わんじゃろ。我が国は武芸で鳴らした国よ」

王「民を守るのも長の務めじゃ」

大臣「はっ」

大臣(こういうところは良いのだが……)


わぁああああああ……


王「む? どうした?」

大臣「どうやら大番狂わせがあったようですな」

王「ほほう、兵士長を破った男がおるのか」

大臣「なかなかの強者と言ったところですな」

王「よし、謁見を許せ」

大臣「はっ、かしこまりました!」

王「どんな戦士かのう」

大臣「おい、あの戦士を呼んでこい!」

兵士「はいっ」ダダッ

大臣(やれやれ、まあ、我が国が暴れているくらいが、人間の勢力にとってはちょうどよいか)

……

兵士「申し上げます!」ダッ

大臣「どうした?」

兵士「ええと、その……訓練があるから帰ったそうです」

大臣「は?」

兵士「次のトレーニングの予定があるので帰りました」

大臣「……」

大臣「謁見は?」

兵士「はあ、別にいいと」

大臣「引き止めんか! そういうのは!」

兵士「も、申し訳ありません!」

王「はっはっは!」

王「まあ、そういうこともあるやもしれん」

大臣「陛下、しかしですな……」


うおおおおおおお……


王「今度はなんじゃ」

大臣「む、どうやら雇っていた手練の傭兵を倒したものがおるようですな」

王「よし、謁見を許すぞ」

大臣「はっ……おい」

兵士「了解しました! 呼んできます!」ダダッ

王「ほお、こやつは斧を使うのか」

大臣「まさか、手合わせなど考えては……」

王「はっはっは!」

王「まあ、いいじゃろ、たまには」

大臣「なりませぬ。御身に何かあっては……」

兵士「申し上げます!」

大臣「どうした」

兵士「次の訓練があるから、と断られました!」

大臣「……」

兵士「捕まえようとしたら逃げられました!」

王「はっはっは!」

王「元気の良い冒険者もいるもんじゃな」

大臣「……は」

大臣「もういい、それなら下がれ」

兵士「申し訳ございません!!」

うおおおおおおおおお!?


王「なんじゃ、今度はひときわ大きな声が上がっておるな」

大臣「こ、これは」

王「ほう、女性の武人か!」

大臣「いやあの……聖職者の格好をしておりますが」

王「うむむ、飼っていたとはいえ、魔物を一撃でのしてしまうとは」

大臣(なんだあの筋肉は……最近の聖職者はみなこのようなのか……)

王「おい、呼べ! 早く呼べ!」

大臣「はっ! おい、呼べ!」

兵士「はいっ!」ズダダダッ

……

兵士「逃げられ……」ボロッ

大臣「いや何があった」

兵士「ま、魔物を、国で飼うなどとは、と罵声を投げつけながら突進され……」

兵士「三人がかりで取り押さえようとしたのですが」

王「突破されたのか?」

兵士「仲間がいたようで、先ほど訓練と称して去っていった連中が二人……」

大臣「……」

王「……」

大臣「こ、このような侮辱、兵を差し向けてやりましょう!」

王「いやまあ、無駄じゃろう」

王「兵士長に手練の傭兵をなぎ倒すものが二人、半端な兵で慌てて出しても捕まるまい」

王「手配書を出して、出頭を命じよ。命は取らないことを明記してな」

大臣「はっ、かしこまりました!」

大臣「おい、手配しろ!」

兵士「は、はいっ……!」ダダダッ

大臣「よいのですか?」

王「一人ならまだしも、複数人が揃っているということは、パーティーを組んでいるということじゃ」

王「生半に囲んでも連れてはこれないじゃろう」

王「だが、それだけ強いなら使い方はある」

大臣「と、言いますと?」

王「近隣の、東の方角の関所を奪った魔物に懸賞金をかけよ」

王「あそこは攻略の難しい要所じゃった。力試しを連中がしているならやらせてしまおう」

王「合わせて、褒美の額は厚めにしておけ。招待するなら連中もここへ来やすくなるじゃろう」

大臣「はっ! ではそのように」

大臣(なるほど、そういうことか)

王「そこへ冒険者たちの行動を集中させている間に、思い切って南部の洞窟を征伐する」

王「もちろん、わしも出る」

大臣「へ、陛下!?」

王「構わんじゃろー、あいつらの戦いぶりを見ていたら血が騒いできたんじゃー」

大臣「な、な、な、なりませぬぞ!」

――――
戦士「だからな? さすがに人間は殴っちゃダメだろ」

僧侶「何を言っているんですか! 悪ですよ、悪!」

戦士「どこがだよ」

僧侶「魔物を飼うなんて悪そのものじゃないですか!」

戦士「そうかぁ? イカれてるとは思うが」

勇者「兵士を横殴りに槍で打ち付けたら言い訳しようがないだろう」

勇者「せっかく闘技場で実践的な訓練をやろうと思っていたのだが」

魔法使い「私、出てない」

僧侶「魔法使いちゃんはいいのよ!?」

戦士「しかし、アレだな。世の中すげぇ連中がいるもんだ」

勇者「何がだ?」

戦士「お前並みに強いやつがいるとは思わなかったぜ」

僧侶「圧倒してましたよね?」

勇者「ふむ。技術に関してはなかなかのものがあったな」

勇者「特に、自分より大きな体格の魔物を狩るのに慣れていたのだろう、バランスを崩す技に優れていた」

勇者「肝心なバランスは崩せていなかったが」

戦士「そらあ、まあ、足腰のトレばっかやってるから……」

勇者「む、待て、人だかりだ」

戦士「追手か?」

勇者「いや……どうも何かの布告があったようだ」

魔法使い「見てくる」

僧侶「ダメです!」

勇者「そうだな。別に無理して見に行くことはあるまい」

戦士「お前、いいのかそれで」

勇者「なぜだ?」

戦士「仮にだぜ、俺らが殴った連中の補充をして、魔物退治に行けって話だったらどうする?」

勇者「任せよう」

僧侶「あなた、それでも勇者ですか?」

勇者「そうではない。連日闘技場で武闘会を開いている国だぞ」

勇者「軍事力、戦力には本来自信があるはずだ」

戦士「だから、そいつらを俺らが――」

勇者「回復を待っておけばいいことだ」

戦士「そりゃそうだ」

僧侶「で、でもですよ」

勇者「そもそも魔物を飼っているような国が、たかだか数人のめされたくらいで揺らぐ戦力を持っているものかね」

僧侶「そうだ! あいつらは悪! 悪!」

戦士「……最近、富に凶暴になってねぇか」

勇者「悪を憎む心が正義ではないかな?」

戦士「違うだろ、多分」

魔法使い「行ってきたー、東の関所の魔物に懸賞金だってー」タッタ

勇者「ありがとう、魔法使い」

戦士「関所だぁ?」

勇者「ふむ……」

戦士「おいおい、まさか行くつもりか?」

僧侶「また訓練ですか? 別にいいですけども!」

勇者「いや、関所となると地形的にも絞られた場所にあるだろう」

勇者「罠ではないかな」

魔法使い「なるほど」

僧侶「いや、あのね……」

戦士「賛成だ。罠にハマることはねぇよ」

勇者「代わりに、南部にある洞窟へ行こう」

僧侶「結局ですか……?」

勇者「やはり洞窟は抑えておきたい。限定的な空間でのトレーニングは必須だ」

戦士「いやまあ、さすがにそんなに狭くはないだろ……だって、聞いたぜ」

勇者「何をだ?」

戦士「ドラゴンが住み着いているって話」

魔法使い「ドラゴン!」キラキラ

僧侶「ま、魔法使いちゃん?」

勇者「なるほど……ステップとしては、やや早い気もするが」

戦士「まあ、とにかく、ドラゴンがそんなに小さいわけはないだろ」

戦士「そんなのが済んでたら洞窟だってでかいに決まってるよ」

勇者「そうか。まあ、それなら準備は整えておきたいところだ」

戦士「お前、また嬉しそうだな」

勇者「ああ。ドラゴンともなれば、気合の入ったトレーニングになる」

勇者「やはり負荷のかけ方が重要になってくるな」

僧侶「はぁ……」

戦士「お前はおとなしいな」

僧侶「もう諦めましたよ。この筋肉には何を言っても無駄です」

戦士「筋肉それ自体なのかよ」

勇者「僧侶にはポールウェポン系の武器を新調したいと」

僧侶「本当ですか!?」ガバッ

勇者「あ、ああ」

勇者「これまでの十字、クロスをあしらった武器は、装飾に近いものだったろう」

僧侶「はいはい! そうですよね! 神のご威光が眩しいですよね!」

勇者「そこで今回は、この部分をより大きく……つまり、斧を先端につけた槍を買おうかと思う」

僧侶「十字はないんですかッ!」

勇者「十字が、ほ、彫ってあるやつにしよう」

僧侶「よっしゃあ!!」

勇者「それでだな、この武器の買い替えの構想なんだが」

戦士「聞いてないぞ」

魔法使い「浮かれてる」

勇者「うむ、参ったな」

戦士「俺はもう少し破壊力を増すために、重量を増やすべきか?」

勇者「いや、どうだろう。二刀というのは」

戦士「なんでだ?」

勇者「ある程度鍛えたとはいえ、竜相手では、まともにやりあうのは危険だ」

戦士(俺はお前なら受け止められる気がするんだが……)

勇者「捌く手を増やす方が良い訓練になるのではないか」

戦士「どうかな。まあドラゴンクラスだと、ちょいと剣でさばけるかどうかわからんよ」

勇者「そうだな……」

戦士「盾、と片手剣、とか」

勇者「ふむ、盾ね」

魔法使い「私は?」

勇者「うむ。ない」

魔法使い「ぶー」

――洞窟。

勇者「では入るぞ」

戦士「……」ゼイゼイ

僧侶「はあ、はあ」

魔法使い「ぷひゅー……」

勇者「どうした?」

僧侶「どうしたじゃない」

戦士「休憩しようぜ! なんで俺ら半日でここまで辿り着いてんのさ」

勇者「ある程度疲労が溜まっている状態でのトレーニングを」

僧侶「ええ、油断していた私も悪かったですよ」

僧侶「まさか、出来るからという理由でね、あなたのね、全力ランについてくるとか!」

勇者「二度ほどダッシュの波を作っただけだが」

僧侶「変わんねーよ! 魔物退治が優先でしょォ!?」

勇者「しかし、訓練の成果がしっかり出ていると思ったのだがな」

戦士「いや、だから休憩をな」

戦士「魔法使い、水は落ち着いて飲め」

魔法使い「んくんく」コクン

僧侶「そら毎日走らされれば多少は走れますよ!?」

僧侶「でもね、私達か弱い! あなた筋肉!」

勇者「筋肉は脂肪より重いぞ」

僧侶「ああ!?」

勇者「初日の行動は竜退治を目指してのつもりではなかったのだがな」

戦士「いやまあ、それならいいんだけどよ……」

戦士「ふーっ、あ、ちょい待て」

勇者「どうした」

戦士「誰か出てくるぞ」

僧侶「で、出てくる?」

勇者「身を隠せ。普通ではないはずだ」


ゾロゾロ……ドスン、バタン……ギャース!!……


魔法使い「魔物」

勇者「ああ、魔物だな」

僧侶「もしかして、あの国を襲うつもりじゃ」

勇者「そうかもしれんな」

戦士「いや……関所の方面じゃねぇか」

戦士「山側に飛んでいっているぞ」

勇者「……」

僧侶「追わないのですか!?」

勇者「関所に傭兵や賞金稼ぎが集中しているなら、戦力が薄くなるだろう」

勇者「訓練としてはやや物足りないが、戦略的には竜とのトレーニングに集中できるはずだ」

僧侶「ええええ、悪を目の前にして!」

勇者「……」

勇者「すごい悪をまず、片付けてから、というのはどうだろう?」

勇者「神の言葉には書いてないのか、そういうのは」

僧侶「確かに……神もおっしゃいました」

僧侶「悪は滅ぼせ、だが組織だった悪ならば、目先の悪だけでなく、大将首を狙え、と」

戦士「なんでそんな特定のパターンに言及するんだ、神」

魔法使い「その場合、魔王を真っ先に暗殺するのが一番ってことじゃ」

僧侶「魔王クラスだと神もなかなか手ごわいとおっしゃっていますからね」

僧侶「用心して取り組めと」

戦士「俺が何考えているか分かるか」ヒソヒソ

魔法使い「神って都合いいね」ヒソヒソ

戦士「あたり」

勇者「しかし、この様子ならもう少し出てくるはずだ」

勇者「とにかく目立たないようにキャンプを張って、様子を見ながら自主練にしよう」

僧侶「……自主練ですか」

勇者「ああ。もちろん、状況次第で動けるようにしておく」

……

戦士「結構、出てくるな……」ガチャ、ガチャ

魔法使い「多い」

戦士「突入していたら、かなり危なかったんじゃないか?」ガチャ、ガチャ

魔法使い「うん」

戦士「で、もう少し体重かけてくれ」

魔法使い「オス」

戦士「ふうーっ」

魔法使い「腕立て、キツくない?」

戦士「ああ。多少はな」

戦士「しかし、このくらいはある程度、自分でもこなしておかないと、あいつに申し訳が立たない」

魔法使い「そう?」

戦士「当たり前よ! だってよ、あいつ、俺のちからの方が、ずっと強くなるって言ってるだろ?」

魔法使い「うん」

戦士「そうかな? って思っていたけど、実際……」

魔法使い「戦士の方が、力が強い」

戦士「ああ。もちろん、組手じゃあまだまだだが、なんていうかな」

戦士「こちらも取れるようになってきた。底が見えてきたというか、力競べならな」

魔法使い「……」

戦士「まあ、だからこそ、あいつの強さも分かってきたわけだがな」

魔法使い「そう」

戦士「……すげー、悔しいと思うよ」

魔法使い「ん?」

戦士「自分が、コレ以上、強くなれないかもしれない」

戦士「むしろ、他の連中の方が、ずっと、って知っちゃたらさ」

魔法使い「……」

戦士「だから。よし、腹に盾をぶつけてくれ」

魔法使い「うん」ドスッ

戦士「うっす!」

魔法使い「ほい」ドスッ

戦士「おうっ!」

魔法使い「へい」ドスッ

戦士「っし!」

戦士「ふー、ふーっ、ま、このくらいはな。強くならねぇと」

魔法使い「鍛えるのは、大事だ」

戦士「ああ。こっそり、魔法使いも組手でもやるか?」

魔法使い「いいの?」

戦士「いいぜ。さっくりあしらってやるぜ」

魔法使い「ふふふのふ」

……

僧侶「勇者……さん」

勇者「ああ。どうした?」ガチャガチャ

僧侶「いや何やってるんですかあなた」

勇者「重装備をしたまま、俊敏性を上げる訓練だ」

勇者「全身の運動とともに、ステップから開始し、そして部分的に関節に大きく負荷をかけつつ」

僧侶「あーいーです、聞きたくありません」

勇者「守備力と俊敏性を両立する必要があるんだ」

勇者「今後、強度の高い装備があった場合、そこで速さを犠牲にするとしても、動きのキレまで失ってはならない」

僧侶「だから別に聞きたくないです!」

勇者「どうしたんだ? 魔物たちは第一陣が出発したようだが、まだ第二陣が準備していると」

僧侶「そうじゃなくってですね」

勇者「ふむ」

僧侶「だから、あの、その」

勇者「うむ」

僧侶「ええと、つまり、ですね」

勇者「ああ」

僧侶「……」

勇者「無理に言わなくてもいいぞ」

僧侶「そ、だ、うぐ、だからっ!」

僧侶「け、稽古を。ツケテクダサッ イ」

勇者「それほど必要だとは思わないが」

僧侶「な、なんで、そういうことを言うんですかっ」

勇者「僧侶はあくまで後衛であるべきだ。基本的には防御行動の強化をしてほしい」

僧侶「後衛からの攻撃も大事でしょう!?」

勇者「ああ。だが、僧侶は実践で十分耐えうる成長を見せている」

勇者「かえって様々なパターンを覚えさせると、基礎に支障が出るかもしれない」

僧侶「そ、そんなに、私が信用なりませんか」

勇者「信用ではなく、段階と構想の問題なんだが」

僧侶「わ、私はっ!」

僧侶「私は、悪を滅ぼすためなら、なんでもしますよ」

僧侶「それが、神の僕である聖職の務めですから」

僧侶「それが、その、勇者、さんや戦士さんが前衛を務めるにしても、アタッカーとしての役割も期待されているなら」

僧侶「やるべきことは、何でも、やりたいのです」

勇者「……」

僧侶「お分かりですか。筋肉を嫌悪はしています、しかし」

勇者「ちょっと待て」ぐっ

僧侶「ぬぐっ」

勇者「人だ。伏せてくれ」

僧侶「な、何するんです」

勇者「静かに、伏せろ。人が来る」

僧侶「む……」

勇者「旗を立てているな……」

僧侶「どういうことです?」

勇者「あの国軍だろう。魔物の討伐隊に違いない」

勇者「なるほど、東の関所に攻撃を集中させ、南の洞窟を攻略する」

勇者「時間をかけて戦力を到着させれば、相手大将の軍を減らせるというわけか」

僧侶「……私達と同じことを考えていた、と?」

勇者「ああ。国の守りを捨てたのかもしれない」

僧侶「そんな!」

勇者「だが、これならますます好機だ」

僧侶「こ、好機!?」

勇者「俺も竜は未知数だ。差がはっきりするかもしれない」

僧侶「そんな……町の人が心配じゃないのですか!」

勇者「気持ちは分かるし、走って引き返して町の守りを見るトレーニングには魅力を感じる」

僧侶「おい」

勇者「だが、根を断つならチャンスと言えばチャンスだ」


王「よしよし、では朝日が登ったら総攻撃をかける」

兵士「はっ!」

王「準備を怠らず、適切に宿営せよ」

兵士「了解いたしました!」

勇者「今夜はさすがに留まるか」

僧侶「いっそ今のうちに打って出ましょう!」

勇者「ダメだ」

僧侶「なぜ!」

勇者「対抗意識よりも必要なことがある」

勇者「俺たちは何のために訓練しているのか、ということだ」

僧侶「くぅ……」

勇者「僧侶の思いは伝わった」

勇者「あの討伐隊に見つからない場所へもう少し移動しよう」

僧侶「わかりましたよ、もう……」

――

勇者「例の討伐隊が先行して敵を蹴散らしてくれるだろう」

戦士「そいつらが動いたら、俺らが動くってわけね」

戦士「漁夫の利たぁ、お前もちょっとは考えるようになったな」

勇者「ああ。というか、俺も、今回の竜については、作戦指揮より全力でトレーニングにしたい」

僧侶「は?」

戦士「ん?」

魔法使い「そう」

勇者「そこで、大筋の作戦指揮を魔法使いに任せる」

二人『!?!?!?!?』

魔法使い「任された」

戦士「ち、ちょーっと待った」

僧侶「頭イカれてんですか!?」

勇者「うるさいぞ。見つかったらどうする」

戦士「い、いや、あのな? 魔法使いが作戦指揮って……」

勇者「ああ」

魔法使い「後衛。指示、出しやすい」

僧侶「そういう問題じゃありません!」

勇者「積極的に、攻撃型の防御策を取るためだ」

戦士「すまんがもっと意味が分からない」

勇者「巨大な体を持つ竜にとって、一番困るのは敵の配置がバラバラになりつつも、連携されていることだろう」

勇者「幸いにして、戦士も俺も、動く型としては本来フットワークを駆使する戦闘スタイルだった」

戦士「そ、そりゃ、まあな」

勇者「だから、二人でひっきりなしに動きながら、相手の気を散らす」

戦士「ほ、ほう」

勇者「そして、僧侶と魔法使いは身を固めつつ、重大な攻撃点や補助の魔法をかける」

僧侶「それはいいんですけど」

魔法使い「大丈夫」

僧侶「大丈夫じゃないでしょう! 魔法使いちゃんにこんな!」

魔法使い「竜は、熱や寒さに、結構強い」

魔法使い「私は、直接は役立たず」

僧侶「はっ、そ、それは」

魔法使い「勇者に叩きこまれてる、タイミング」

勇者「魔法は集中力が大事だ。逆に言えば、集中するタイミングを邪魔されないことだからな」

勇者「この間、動きながら魔法を放つ訓練もしている」

勇者「比較的、後衛でも前衛につなぎやすい僧侶より、魔法使いの方が指揮が取れるだろう」

魔法使い「えっへん」

僧侶「いや、そうかもしれませんけど!」

戦士「勝算はあるんだな?」

勇者「万が一、どうしようもない、と思ったら、逃げよう」

戦士「……いや、いいけどよ」

勇者「よし、討伐隊が動いたぞ」

戦士「ちっ、しょうがねぇな。こうなったら全力だ」

勇者「まずは内部に残りそうな魔物を叩き伏せてウォームアップをしよう」

勇者「竜との対決まで、討伐隊が行き着けばよい」

勇者「そこまで来たら、魔法使いに交代だ」

勇者「頼むぞ」

魔法使い「よろしく、頼まれた」

僧侶「勇者!」

勇者「うん?」

僧侶「ま、前に出るのは、あなた、ですからね! ちゃんと私達に迷惑をかけないように」

勇者「ああ。では、様子を見ながら、前進」

僧侶「うぬぬ……」

今夜から行きたいと思います。

勇者の攻撃!

勇者の攻撃!

勇者の攻撃!


戦士「……」

僧侶「……」

魔法使い「勇者、前に出過ぎ」

勇者「すまない、あと一体いた」


勇者の攻撃!

魔物を退治した!

勇者「とりあえず範囲内は退治できたと思う」

僧侶「何考えてんですかぁ!?」

勇者「しっ、静かに」

僧侶「む、むがむぐ」

戦士「……いや、大丈夫かお前?」

勇者「ああ、俺が率先して前に出る作戦だから」

勇者「なるべくウォームアップは丁寧にやっておきたいと思う」

僧侶「あ、あれがウォームアップ?」

魔法使い「出過ぎると、指揮が聞こえない」

勇者「先手必勝と一撃一殺だ」

戦士「それもう作戦じゃないだろ」

戦士「まあ、いいんだけどよ、気合入りすぎじゃねぇか?」

勇者「うむ。それなんだが」

僧侶「なんなんです?」

勇者「いや、静かに。先発の例の討伐隊が戦闘している」

戦士「まどろっこしいな。いっそ混ざっちまえればいいんだがなぁ」

僧侶「行きましょうよ!」

勇者「いや、それはまずい。どうもあの街ではお尋ね者扱いになっているようだからな」

勇者「せめて竜達との戦闘が始まってからだ」

魔法使い「ん。らじゃ」

戦士「まあ、仕方ないか」

僧侶「……」

僧侶「……ちょっと、お二人共」

魔法使い「ん?」

戦士「なんだよ。前進はまだだぞ」

僧侶「いいですから! 何か、今回の勇者さんは変じゃあありませんか?」

魔法使い「変」

戦士「まあ、そうだろうな」

僧侶「なら、止めた方がいいでしょう!」

魔法使い「別に」

僧侶「な、ま、魔法使いちゃん」

僧侶「……あのですね、彼は私達のリーダーですよ、指導者ですよ」

僧侶「一応、これまでは監督責任のつもりか、無茶なことをやらせても目配りしていたのに」

僧侶「洞窟に入ってからはこの調子じゃないですか!」

戦士「仕方ねぇよ。なにか考えがあるんだろ」

僧侶「あ、あのねぇ……その考えがよくわからないんですよ」

僧侶「そのまま話を詰めないで進んでいたら問題じゃないですか!」

僧侶「何かあったら、正すのが真の仲間であり、人の道、神の教えというもの!」

魔法使い「僧侶、声おおきい」

僧侶「……!」

戦士「そうだ。まだ連中戦っているからいいようなものを」

勇者「何か後方にあったか?」

僧侶「い、いえ~。なんでもありませんわ」

魔法使い「へーき」

勇者「そうか、後ろの動きがあったら前進して知らせてくれ」

魔法使い「あい」

僧侶「……」

戦士「……」

魔法使い「で」

僧侶「……ですから!」

戦士「いいか、僧侶。この際言っとくぜ」

僧侶「な、なんですか」

戦士「俺たちゃ雇われ兵だ。ましてや、この四人部隊は……ま、捨て石ってところだろう」

僧侶「はあ!?」

戦士「聞け。普通に考えて田舎の農業国の連中を四人ばかし集めて魔王退治?」

戦士「無理だろ普通」

魔法使い「うん」

戦士「俺なんか村一番の剣の使い手(笑)だぜ」

戦士「それでも多少は、体が動くようにはなってきたが」

僧侶「そ、そ、それじゃ、なんなんです?」

僧侶「なんであなたはついてきているんです?」

戦士「金で雇われたからだろ。前金以外にも、村に直接、国から支払われた財政援助がある」

魔法使い「魔法使いギルドにも」

戦士「教会にも寄付が回ってるんだろ?」

僧侶「……」

戦士(知らないようだな)

魔法使い「知らない」

僧侶「は? え?」

戦士「だから、まあ~……すごーくあいつの意図は気になるが」

戦士「とりあえず、ついていくしかないだろう」

戦士「雇用主には黙ってついていく、それが冒険者ってもんだ」

僧侶「死んだらどうするんですか!」

戦士「お前、雇用契約書見てねぇのかよ」

魔法使い「死亡時にはお見舞金が、所属組織に入る」

僧侶「は?」

戦士「しかし、なんだ、死に急がれちゃ困るのは確かだしな……」

戦士「おい、勇者」

勇者「どうした。討伐隊は休憩に入ったようだぞ」

戦士「いや、お前、先行し過ぎじゃないか」

勇者「ああ」

勇者「そうだな。一応伝えておくか」

勇者「実は僧侶から、後衛ではなく、積極的に攻撃役に参加したいという申し出があった」

僧侶「!?」

戦士「へぇ」

魔法使い「ほほう」

僧侶「いや、ちょ、あの、あれ?」

勇者「そこで、俺が出来る限り前に立ち、戦士と挟み込む」

勇者「二面、いや、半面でもいい。相手の気を分散させつつ、僧侶の攻撃パターンをなるべく作る方向を取りたい」

僧侶「き、聞いてませんですけど!?」

勇者「うむ。可能かどうか分からなかったし、ぶっつけ本番になるからだ」

勇者「しかし、この調子なら俺自身の機動力に関しては問題ないように思う」

勇者「魔法使いにはすでに話した通り、撤退と攻撃の見極めをお願いしたい」

魔法使い「うす」

戦士「そういうことならもっと先に言ってくれよ」

勇者「ダメそうなら戦士と壁を作って、討伐隊に乱入する作戦にしようかと思っている」

戦士「そっちの方が手強そうだぜ。下手に固まっていてもなぎ倒されるからな」

僧侶「あのぉ」

勇者「なんだ?」

僧侶「私、攻撃するんです?」

勇者「稽古をつけてほしいと」

僧侶「つけてませんよねぇ!?」

勇者「実戦が一番よい訓練だ」

僧侶「竜相手なんですけど!? 下手したら死ぬんですけど!?」

勇者「魔法使いを信じてくれ」

魔法使い「どすこい」

僧侶「おかしいだろお前ェ!」

勇者「俺は言ったはずだ。『僧侶の思いは伝わった』とな」

僧侶「ほげええええええ!?」


ドゴォン!!

王「ほれ、竜じゃぞ、竜じゃ! 奴さんからお迎えじゃぞ」

王「隊を組み直せ! 矢をつがえ!」

王「あーあー、違うわい、普通の矢じゃなくてだのう!」

王「練度の低い! もっと包囲せよ!!」


戦士「……始まったみたいだな」

勇者「よし、魔法使い。指揮を頼む、俺は先行して、第二波的に攻撃を仕掛ける」

魔法使い「らじゃです」

僧侶「~~~!!」

――
兵士長「申し上げます!」

王「申し上げられんでも分かっとる」

兵士長「は、しかし、さすがに……!」

王「兵隊の数が少ない程度では竜は止まらんか」

王「じゃが、まだ兵の損耗が少ない内に戦えるならチャンスじゃ」

兵士長「い、いえ、陛下、もうご退却を」

王「雷鳴の剣よ!」ビッシャア


火竜『グルルルルルル……』


王「ぬははははっ、いかな竜鱗と言えど、魔法剣を防ぐことはできまい」

王「行くぞ、オオトカゲよ!」バッ

兵士長「へ、陛下ー!」
――

戦士「うへぇ、元気なじいさんだなあ」

僧侶「な、なんなんですか、あの武器は」

僧侶「竜にダメージを与えているような」

魔法使い「魔法剣。魔法の力で、すごい威力」

戦士「ずりぃよな」

僧侶「ほしい……」ジュルリ

戦士「おい」

僧侶「はっ、い、いえ……まったく、勇者ときたら!」

魔法使い「陣形を取ろう」

戦士「ん、あ、ああ。そうだな」

魔法使い「戦士は前、中継に僧侶」

僧侶「……本気で、竜とやるの?」

魔法使い「やるしかない」

魔法使い「歪んだ菱型。先行した勇者に合わせるように動く」

戦士「分かった。僧侶、準備しろ」

僧侶「いや、いや、でも……」

戦士「あいつは神の敵だ。放置しておいていいのか?」

僧侶「くう。こういうのは、あなた達がやればいいのに!」

魔法使い「……」

魔法使い「勇者が動いた、行こう」

戦士「おう!」ダッ

王「ぬ!? お主たちは……」

戦士「助太刀だ!」

王「ははぁ、なるほど、こちらの方に来ておったか」

戦士「ジジイの指示は受けん! こっちはこっちで戦う!」

王「あー、構わん」

王「……兵士長、今のうちに隊をもう一度組み直せ」

兵士長「は、はっ!」


火竜『ギャルルルルルッ!!!』


魔法使い「戦士、もっと左へ」

戦士「こっちだな!」

魔法使い「僧侶、指示通り」

僧侶「わ、分かりましたわ!」

魔法使い「……勇者、まずい」

魔法使い「竜に、集中されている」

――
勇者「こっちだ!」ダッ

火竜『ゴオオオオ……』


「……火竜は足元をうろつく影を見て、思い切り踏みつけようとした。間一髪でかわされると、今度は距離を取りながら剣を振り回している。
 羽虫のように木矢を浴びせてくる連中は尾撃で薙ぎ払えば事足りたが、どうにも目の前の人間には軽さを感じない。勢い良く踏み抜けなかったのも、直前で砂石の中に鉄でも含まれているような感じがしたからだ。」

「簡単に人間ども屠ることはできるはずだが、火竜は丁寧に仕事をすべきだと考えていた。関所に必要な三隊をきっちりと送る、そして目の前の作業には優先順位をつける。
 すなわち、気になる存在からカタをつけることだ。」


火竜『ボッ、ボッ、ボッ』

勇者「火炎か……!」ズサッ

勇者「ちっ、マズいな。引っ掻き回すつもりだったが」

勇者「こっちばかりに向かれていては……!」

王「ははは! こっちを向かなくて良いのか!?」

王「雷鳴の剣よ!」ザシュゥッ

火竜『グルルルオオオオルルルル……』

王「き、効いてないのか?」

魔法使い「戦士! 頭部を狙って!」

戦士「無茶言うな!」

僧侶「わ、私は」

魔法使い「力いっぱい突いて!」

僧侶「くっ、おりゃああああ!!!」カーン!

僧侶「全然刺さらないんですけどー!」

戦士「当たり前だ!」

王「放て、放て! 矢を頭部に振り向けよ!」

兵士長「うおおおおお!!」ヒュババッ

火竜「ゴオッ!!」

王「ねぜあやつはこちらを向かん!?」

魔法使い「な、仲間が、反対側の方で、気をそらす役目を……」

王「ちっ、背中に雷鳴の一撃を入れても致命傷にはならんぞ!」

王「そのお仲間から潰すつもりなのではないか!? この様子は!」

戦士「撹乱になってねーぞ!」

魔法使い「あ、あう」

僧侶「魔法使いちゃん! 撤退は!?」

魔法使い「ま、まだ」

火竜『……グルオオオオオオオオ!!!!』


「火竜は盾と岩石で巧みに炎を避けようとする人間を目で追っていた。
 ついでとばかりに尾を振り回し、後方のハエを追い払う。
 そして、洞窟の岩陰の途切れ目に目をつけて足を持ち上げると、火球を吹き出して追い込みをかけ――」


火竜『ガアアアアアアッ!!!』

勇者「ぐふっ!」

ズシィン……――――


火竜『ルオアアアアアアアッッ!!』グリイッ ギチャッ!

王「嫌な音がしたぞ」

戦士「ゆ、勇者……」

僧侶「ま、魔法使いちゃん!」

魔法使い「う……」

僧侶「撤退でしょ!?」

戦士「あいつが足元に埋まってるだろうが!!」

僧侶「だからってどうしろって言うんですか!?」

魔法使い「……」

王「ぬ、く、雷鳴の剣、もう一度ふるうしか」

戦士「俺が救出する!」

僧侶「竜を持ち上げられるわけないでしょう!!」

魔法使い「……」

次回持越し

火竜『グォオオオオオ……』


「火竜が一息を吐こうとした時、足元に異変が起きた。押し返されるような圧力を感じる。これは。
 持ち上げられている!」

「火竜は慌てた。押し返して、踏み潰そうと力を込めるが、ギリギリと足が引き上げられていくのが分かった。
 洞窟の壁を掴んで、力を込めて再度力を入れかけた瞬間、体重を載せていた軸足が爆ぜた。
 踏みつけたはずのネズミが、どうやら爆弾石を転がせていたのだ!」

「咄嗟に火竜は足を強ばらせて踏ん張った。衝撃が痺れとなって広がっていく最中、浮きかけた足に別の圧力がかかり、火竜は大きくバランスを崩した!」

……――
――ドドォン!!


戦士「な、なんだぁ!?」

魔法使い「――僧侶、思い切り右足を!」

僧侶「分かった!」

僧侶「……ああああああああああああ!!!!!」ガギィッ

僧侶「倒れろおおおおおおおお!!!!」

火竜『!?』

ズズゥゥ

王「なんと、バランスを崩したか!」

戦士「おい、ジジイ、その魔法剣を貸せ」

王「なに?」

戦士「俺ならもっと斬れる!」

王「……なら、やってみせよ。雷鳴は呼べば応えるものぞ!」

魔法使い「戦士、踏ん張っている左足を!」

戦士「分かった!」

魔法使い「斬れる?」

戦士「斬る!」ダッ

戦士(……地面を蹴って、巨木を穿つ)

戦士(いつもの訓練と同じだ)

戦士「すー、はー」

戦士「刺す!!!」  グサッ


戦士は勢い良く剣を突き出した。
本来、ウロコに覆われて跳ね返されるはずの武器が、ずっぷりと刺し貫かれた。
自重を支えているがために、足を捻って竜鱗で弾き返すことができないのだ。

王「バカな、雷撃をまとわずに刺し貫いただと……」

戦士「イカヅチよ、弾けろ!」バチィッ


雷光がほとばしり、竜の肉をザックリと焼き斬った!


火竜『グギャアアアアアアアアア!!!』

王「おお!」

戦士「倒れろ……!!」

火竜『が、ガアアアアアアアアア!!!』

魔法使い「戦士、離れて!」

戦士「チッ」

魔法使い「足を滑らせて、背中から倒れてくるよ!」

戦士「くそっ!」

――
「火竜は踏ん張れなくなった自分の足に驚いていた。激痛が骨肉に染み渡り、なんとか洞窟の壁に手をついて転ばぬようにとした瞬間。
 踏み潰そうとしていたネズミの、感触が失せたことに気づいた。」

「同時に、腹部に衝撃が走る、間違いなく、やつだ。」


火竜『が、ガ……』

勇者「……」ハァハァ

火竜『ガアアアアアアアアア!!!!』

勇者「ゲホッ!!」 ゴスッ!!


勇者は咳き込みながら、もう一度、手にした武器で腹部を殴りつけた。
上から下へ強く打ち下ろすと、火竜の切り裂かれた片足がずるりとちぎれた。ふんばろうとして、失敗したのだ!

―ー

ズズゥゥンン……


僧侶「倒れた! 倒れた! 倒れたわよ!」

戦士「知っている!」

僧侶「勇者は逃げられたでしょ!?」

戦士「魔法使い、どうする!」

魔法使い「もう一度、その魔法剣で攻撃を――」

王「待て、兵士長、回り込め!」

兵士長「はっ……はっ!」

王「結界を用意しろ! 竜を取り逃がすなよ!」

兵士長「了解しました!」

王「戦士ども、よい働きじゃった」

王「じゃが、この剣は返してもらおう」

戦士「なんだと」

王「扱いが下手じゃからのう」

王「雷撃なしに竜鱗を刺し貫いたことは褒めてくれよう」

王「しかし、この雷鳴の剣の威力はこの程度ではない」

戦士「いいから斬るなら早く斬れ!」

王「ちぇ」

火竜『ゴ、ガ、ギ』

王「……倒れ伏している今なら、二の太刀を捨てて一撃必殺とできる」バチッ

王「雷鳴の剣よ」


ビシャアアアアアアッッ!!!


火竜『……!!!』

王「ふーっ、ふーっ」

王「さすがに、最大出力は体に堪えるのう」

王「……さて。お主たち」


魔法使い「……あ、あそこ!」

戦士「転がっているぞ」

僧侶「勇者さん!!」ダッ


王「お?」

兵士長「陛下、御体は!」

王「いや、まあ、なんとか……」

――
戦士「おい、勇者、しっかりしろっ」

勇者「……」

魔法使い「うっ……」

僧侶「治癒魔法をかけますから!」

魔法使い「ち、血まみれ」

僧侶「大丈夫ですから!」

戦士「まて、無理やり治癒魔法をかける前に、安静に出来る場所へ連れて行け」

僧侶「それじゃ間に合わないかもしれないでしょ!」

戦士「だから落ち着け」

戦士「集中を乱すと魔法がうまく唱えられんだろう」

勇者「……待て」

『……!』

魔法使い「勇者」

僧侶「大丈夫ですか!? しゃべっちゃいけませんよ!」

勇者「いや……竜は」

戦士「倒した、あのジジイが首を落とした」

勇者「竜の生命力は侮れない」

勇者「首が切れただけだと……」

王「大丈夫じゃ。そのために結界をかけておる」

勇者「あ、そう」

勇者「じゃあ、強度の高いトレーニングだったから、俺はもう寝る」ガクリ

僧侶「ゆ、勇者!」

勇者「すぅすぅ」

王「……本当に寝たのか、こやつ」

僧侶「治癒の邪魔をしないでください」

王「あ、いや、まあ、手が空いたら、我が部隊にもと思ってな」

戦士「こっちが済んだらな」

王「……お主ら、褒美の話は欲しくないのか」

魔法使い「リーダーが起きたらする」

王「そうかの」

僧侶「治癒の光よ」

魔法使い「戦士、私達も怪我の手当をしておかないと」

戦士「ああ、そうだな」

僧侶「後回しです、後々」

――
勇者「……」むくり

魔法使い「起きた」

勇者「うむ。他のみんなは?」

魔法使い「僧侶は魔法を使いすぎて寝た」

勇者「戦士は?」

魔法使い「王様といろいろ話してる」

勇者「そうか」

魔法使い「お疲れ様」

勇者「いや、こちらこそ」

魔法使い「死んじゃうかと思った」

勇者「すまない。半分死ぬ気がした」

魔法使い「……」

勇者「どうした?」

魔法使い「勇者……自爆しようとした?」

勇者「なぜ?」

魔法使い「爆発した」

勇者「ああ。あの爆弾石か。あれはそうだな、自決用ではあった」

魔法使い「やっぱり……」

勇者「万が一に備えて、三人を逃がす手段を考えていたのだが、いいように転がったな」

勇者「どうも仕込んでいたベルトが外れて……」

魔法使い「ダメ」

勇者「すまない」

魔法使い「謝るだけじゃ、ダメ」

勇者「分かった。自爆はしないよ」

魔法使い「よろしく」

勇者「二人には内緒にしておいてくれ」

魔法使い「……」

勇者「頼む。実際のところ、彼らの能力は真の勇者の仲間たるに相応しいかもしれないのだ」

魔法使い「真の勇者って何?」

勇者「説明しづらいが、俺の能力値は限界に達しつつある」

勇者「もしかすると、より強力な才能と力を持った勇者が別にいるのではないか、と常々考えていた」

魔法使い「まさか?」

勇者「ありえなくもない。俺は神託や精霊からの声と言ったものを受けた記憶がない」

勇者「しかし、彼らの肉体的な才能を見ていると、もしや彼らこそが真の勇者か」

勇者「あるいは、真の勇者の仲間かと思っていたところだ」

魔法使い「私は?」

勇者「うーん、ちょっとした冒険者にはなれるだろうが」

魔法使い「むう」

勇者「とにかく鍛えてみて、自分の限界と、彼らの才能がわかってくるのだ」

勇者「もちろん最後まで魔王の討伐へは諦めることはないが、万一の準備は必要だ」

勇者「もしその時が来ても、引き継ぎが出来るように鍛錬を積まなくては」

魔法使い「……」

勇者「まあ内緒にしてもらえればいい。自爆はしないと約束する」

魔法使い「勇者は勇者だと思う」

勇者「そうか。ありがとう」

魔法使い「それから、筋肉の増大の魔法だけど……」

勇者「うん?」

ザッ。

勇者「む、人が来たな。その話はまた後にしよう」

魔法使い「……んー、分かった」

戦士「起きたのか」

勇者「ああ。休めた」

僧侶「ち、ちょっと待ちなさい!」

勇者「うん?」

僧侶「あなた、怪我をしていたんですよ? 何を動こうとしているんですか!」

勇者「関所に魔物が集まっているだろう」

勇者「それを排除する必要がある」

戦士「呆れたやつだな。まだトレーニングとやらが足りないのか?」

勇者「ああ。体は動く」

僧侶「動くとたたかうは別でしょう!」

勇者「しかし、そうじゃなくても移動は必要だろう」

勇者「関所に向かった魔物が、傭兵集団を殲滅しても、あるいは敗北を悟っても、洞窟に帰ってくる」

勇者「うん、そうすると洞窟で待っていた方が……」

僧侶「移動しましょう! 戦士、勇者を背負ってください」

戦士「はぁ?」

僧侶「いいから早く!」

勇者「足元がふらつくだけだ。問題ない」

僧侶「生死の境だったんですよ!?」

勇者「そうか?」

魔法使い「まあまあ」

王「元気そうじゃな」

僧侶「元気じゃありません!」

兵士長「貴様ら、御前であるぞ」

王「良い」

王「先程話したが、すでに特使を送り、関所に集結した面々には撤退の指示をかけた」

王「お主らは馬車を派遣しておるからそれに乗ってだな」

勇者「結構です」

王「……褒美もやるぞ?」

勇者「いりません」

戦士「いらねぇのかよ」

王「何か考えがあるようじゃな」

勇者「申し訳ないのですが、戦乱に明け暮れているためか、お国がボロボロのように見えますね」

勇者「民を犠牲にした褒美には抵抗があるので」

兵士長「侮辱する気か!」

王「はっはっは! まあ良いわ」

王「さすがは田舎国から出てきた勇者というところか」

戦士「……性格悪いな」ヒソヒソ

僧侶「だから、さっさと逃げちゃいましょう、こんなところ」

僧侶「安全なところで安静にさせたいんです」

王「聞こえておるぞ」

王「しかし、それではわしの気がすまん」

王「どうじゃ、もう一仕事引き受けてくれれば、この魔法剣をくれてやろう」

戦士「ごくり」

勇者「うーん、魅力的ですが、それよりは別の褒美がほしいものですな」

勇者「どうしても褒美を贈りたいというのでしたら」

王「なんじゃ、言うてみ」

勇者「栄養管理局を作って栄養指導をしたいのですが」

王「は?」

僧侶「何言ってるんですか?」

魔法使い「お腹すいたね」ぐー

勇者「国を見て思っていたのですが、体を鍛える以前の町民、村民が多いのではないかと」

勇者「体作りの基本として、全国民規模の栄養指導が出来る部局の設置をお約束していただきたい」

僧侶「……どういう意味ですかね?」ヒソヒソ

戦士「つまり、兵士はムキムキでも、町の人は栄養不足だってことだろう」

僧侶「そりゃそれくらいはわかりますよ!」

僧侶「問題は勇者が何を企んでいるのかってことですよ!」

勇者「食の訓練ですよ、いわば」

王「ふむ……」

魔法使い「食の訓練」

僧侶「バカなの」

王「町民には町民の道がある。わしには食べ物まで強制することはできんのう」

勇者「税は強制しているわけですから、一つ二つ強制が増えても変わらんでしょう」

王(内政干渉じゃぞ)

勇者「出来ないなら結構」

王「実に不敬、不遜な男じゃな」

王「……」

王「あいわかった。大臣に言って、しばらくお主たちに任せることとしよう」

勇者「ありがとうございます」

王「任官ではなく臨時の指導官とし、滞在費だけは出してやる」

王「やれやれ、褒美をせぬわけには行かぬからな」

勇者「ご厚意に感謝します」

勇者「そういうわけだ。しばらく療養を兼ねて、食の面でも再度肉体づくりに取り組むことにしよう」

僧侶「はぁああああああ」

勇者「どうした?」

僧侶「どうしたもこうしたもないですよ……」

魔法使い「勇者、僧侶は心配してた」

勇者「ありがとう。心配をかけたな」

僧侶「え、あ、おう、はい」

魔法使い「顔真っ赤」

僧侶「魔法使いちゃん!?」

戦士「それよりもお前、顔が真っ青だ」

勇者「うむ。まだ本調子ではない」

戦士「肩を貸してやるからさっさと寝てろ」

勇者「うん。ありがとう」

――

大臣「ほ、ほ、本気ですか?」

王「もう決めたからのう」

大臣「いやしかし、陛下、食物の権利を渡すということは、財政を一部握らせるということで」

王「詳しいことは知らん、お前が取り計らえ」

王「それと、竜はバッチリ首を落としたぞ!」

王「吟遊詩人に命じて竜退治の詩を作らせよ」

大臣「ああ……! なんたる……」

兵士「あのう」

大臣「な、なんだ」

兵士「食料の3割を開放して配給せよと、勇者が」

大臣「」

勇者「ふむ。次」ペラ

魔法使い「うむ」

勇者「ふむ。次」ペラ

魔法使い「うむ」

僧侶「……」

戦士「おい」

僧侶「なんですか?」

戦士「やることがないんだけどよ」

僧侶「私に聞かないでください」

戦士「お前僧侶だろ、字くらい読めるだろ」

僧侶「神の言葉はわかりますが、それ以外はさっぱりで」

戦士「……」

戦士「おい、勇者」

勇者「どうした?」

戦士「どうしたもクソもあるか」

戦士「城に帰るなり、紙ばっか見てどうするんだ」

勇者「ああ、全体の計算は済んだ」

戦士「計算?」

勇者「栄養不足は完全に絶対量の不足からなるものだ」

勇者「領地の住民の人数と栄養状態から推定して、何割戻すか伝えてきたところだ」

勇者「暇で仕方ないだろう、準備ができたら指導に向かう」

戦士「……何を言っているのか分からん」

戦士「が、一つ言えるぞ。ちゃんと寝ろ! 飯を食え!」

勇者「うん?」

魔法使い「食べてる」

戦士「食べてねーだろ」

戦士「お前も力の底がどうだとか言ってるけどな、あれだけボコボコにやられて血を失って」

戦士「そういう時はガッツリ食わないとダメだろ」

勇者「いや、到着後に食料は」

戦士「違う違う、もっと食えってことだ」

戦士「あと机に座ってないでもっと寝ろ」

僧侶「そ、そうですよ。神も言っています」

僧侶「『食事と睡眠、それに祈りの時間を確保して、健康悪滅ライフ♪』」

魔法使い「ゴッドやばい」ヒソ

勇者「ああ」

僧侶「カーッ! とにかく、腹立たしいですが、戦士の言うとおりです!」

僧侶「一晩中仕事をして、筋肉に魅入られた人として恥ずかしくないんですか!?」

勇者「適度にトレーニング時間を入れているが」

戦士「お前……だから寝てないんだろうが……」

魔法使い「まあ、確かに」

勇者「いや、移動中はほとんど半睡眠状態で運んでもらったからな」

戦士「ガッツリ寝とけ、傷も完全には癒えてないだろう」

勇者「そんなことはない。僧侶の回復魔法が素晴らしく効いたから」

僧侶「そっ」

魔法使い「顔真っ赤」

僧侶「耳たぶだけ! 耳たぶだけだから!」

戦士「頬も赤いがな」

勇者「まあ、二人が暇なのは分かった」

勇者「外での訓練時間は必ず確保するから、安心してくれ」

僧侶「またトレーニングかっ!」

戦士「いや、まあ、とにかく伝えたからな」

戦士「そんなんだから、俺はもう頭打ち、とか思っちゃうんだぞ」

勇者「……」

戦士「あ、わり」

魔法使い「大丈夫」

勇者「そうだな。大丈夫だ」

勇者「だが、忠告通り、食料の開放まで時間がある。寝ることにしよう」ガタッ

魔法使い「私も」

僧侶「人が来たらちゃんと呼びますから」

勇者「ああ。ありがとう」

戦士「そっちが客室の寝室だ」

魔法使い「うむ」

戦士「しっかり寝てこい」

僧侶「……あれ」

戦士「どうした」

僧侶「なんか、ふたりとも、同じ部屋に」

戦士「……」

戦士「大丈夫だろ」

僧侶「コラーッ!」ダダダッ

――町。

町民「はあ、勇者様が」

勇者「はい。竜はなんとか国王陛下と協力して倒すことができました」

勇者「しかし、いつ何時魔物が襲いかかってくるか分かりません」

町民「と、申されましても、我々には兵に任せて食料を出す他ありません……」

勇者「そんなことはありません」

勇者「一人ひとりが健康で強靭な肉体をつくる、それが大事なのです」

僧侶「皆さんの一人ひとりの正義の心と肉体が、魔を退けるのですよ」

町民「そうですか……」

勇者「幸いにして、健康を維持するための食料提供が決まりました」

勇者「……お願いします」

兵士「はっ! ただいまお持ちします」

町民「おおーっ」

町民「こ、こ、こんなにですか」

勇者「もちろん、一人のご家庭ではなく、町全体です」

勇者「栄養不足のお子様から先に、適切な量を配給します」

兵士「陛下の御心によるものである!」

兵士「それと、ぜひ、子どもには自ら食料を受け取るようお願いしたい」

町民「は、ははーっ」

兵士「元は農民の手によるもの、感謝するように」

勇者「はい」

兵士「……こ、これでよろしいですか」

勇者「まあそうですね」

勇者「これで、あとは派遣された役人と協力していただきたい」

兵士「まだあるのですか」

勇者「この中から未来の有望な兵士が出るかもしれませんよ」

兵士「む」

勇者「商売のやっている人の中には、豪勢に食えている人もいるでしょうね」

勇者「そういう人には栄養指導より、筋肉のトレーニングを推奨してください」

僧侶「またか」

勇者「健康と世界平和のためだ」クル

兵士「よく分からないが、分かりました」

勇者「では、お願いします」

僧侶「もう慣れましたけどね、筋肉筋肉うるさいんですよ」

勇者「そうか? 避難訓練よりは面白くて体の役に立つだろう」

僧侶「筋トレが面白い……?」

勇者「む、二人だ」

魔法使い「――勇者、グッドグッド」

戦士「とりあえず食い物が行き渡っているようだ」

勇者「ああ、こないだ指導した村か」

魔法使い「それと、お役人が」

戦士「ああ。そうそう。イキイキしてたぜ」

勇者「どういうことだ?」

戦士「ムラ全体が、これを機に魔物に怯えずがんばろうって団結できるようになったと」

勇者「そうか」

勇者「それはよほど指導が良かったのだろう」

勇者「税を取り立てしている人間と取られる人間で、反りが合うわけがないからな」

戦士「素直じゃねぇな、自分のアイデアがうまくいったんだろ」

勇者「いや……どうだろう」

魔法使い「グッド」

勇者「魔法使いもありがとう」

魔法使い「やりがいは大事」

勇者「そうだな」

僧侶「いーですか! やりがいも大事ですけどね……!」

――
大臣「陛下」

王「なんじゃ」

大臣「食料庫がごっそり減ってしまったので、税を取りたいのですが」

王「それでは本末転倒じゃろ」

王「あの勇者どもはなんと言ってる?」

大臣「管理局は我が国の官僚に引き継がれました」

王「なんじゃ、もう出て行ったのか」

大臣「ただその……意見具申が頻繁に行われていてですな」

王「意見?」

大臣「国民の健康調査をして統計を取りたいとの話で」

王「あーいいいい、そのくらいなら勝手にやらせよ」

大臣「陛下!」

王「そんなことより、次の討伐じゃ」

王「竜を倒したとなれば我が国の威信も高まったじゃろ」

王「各地に軍事同盟と、魔物討伐の協力要請を出せ」

大臣「しかしですな、管理局から」

王「勝手にやらせておけ、各村から良い戦士が生まれればそれでよいではないか」

大臣「各村が力をつければ、政治的な不安定を呼びますぞ」

王「そうか? 足元だけを見ている連中には負ける気はせん」

王「不満があるなら、わしがどっしりと構えていればよい」

大臣「ふーっ! まったくもって」

王「だが、闘技場の頻繁な開催は控えることにしよう」

王「どうも金目当ての傭兵共ではイマイチ練度が悪い」

王「関所への討伐隊も今ひとつ保たなかったそうじゃし」

大臣「まあ、もともと金食い虫でしたからな」

王「不満があるようじゃな」

大臣「い、いえ……」

王「ふん、まあええわい」

王「連中のように、しぶとさのある戦士を育てなくては……」

――街道。

勇者「もしゃもしゃ」

魔法使い「むしゃむしゃ」

僧侶「おふたりとも。」

勇者「どうした?」

魔法使い「むふぁ?」

戦士「いつまで食ってるんだよ」

勇者「せっかく食料庫から大量にもらってきたんだ。食すのが当然だろう」

戦士「いや……お前、適切な食事が大事とか言ってたよな」

僧侶「そうですよ! いくらなんでもあんなごっそり食料をぶんどって」

僧侶「その上、それを溜めておくのかと思ったらもぐもぐと」

魔法使い「ごくん」

勇者「水だ」

魔法使い「ん」

勇者「ごく、ぷは」

僧侶「聞いてます?」

勇者「聞いている」

僧侶「まさかとは思いますが、これも食事トレーニングとか言い出すんじゃないでしょうね」

勇者「そのとおりだ、よくわかったな」

僧侶「ムギィィィぃ!? なんなんですか、このトレーニング中毒者は!」

戦士「落ち着け、筋肉じゃないぞ」

僧侶「知ってるわ!!」

勇者「うむ。実は、魔法使いと少し相談したのだ」

魔法使い「うん」

戦士「相談?」

勇者「ああ。俺達は比較的、効率良く筋力を付け、的確に行動できる肉体を目指していた」

魔法使い「適切な筋肉」

戦士「それがなにか悪いことなのか」

勇者「力が足りないのだ、圧倒的に」

戦士「お前が力が足りないって言ってもな……魔法使いならわかるが」

勇者「竜を押し戻せなかったろう」

戦士「いや、そんなん俺だってまともに取り組めなかったぞ」

勇者「そうでもない。戦士は竜の足を切り裂いたし」

勇者「僧侶は竜のバランスを崩すほど力強く押し倒すパワーを見せた」

僧侶「あ、あれはパワーじゃないですよ。神のご加護によるものです!!」

魔法使い「神は筋肉に宿る?」

戦士「やっぱり邪神じゃねぇか」

僧侶「はぁぁぁぁ!?」

勇者「なぜ筋肉が邪神なんだ?」

僧侶「そこじゃないでしょ!! そこじゃ!!!」

勇者「とにかく、ここ数ヶ月を見ても、僧侶の鍛えぬかれた背筋の成長速度は目覚ましいものがある」

勇者「そこでその原因を魔法使いと話したのだ」

戦士「ふうん」

勇者「結果、戦士と僧侶は、俺達よりも1.4倍近い食料を食べていることを発見した」

僧侶「」

勇者「確かにトレーニングの際にはいくつか指導を行っていたが、食事に関してはそこまで丁寧にチェックはしていなかったからな」

勇者「一緒に食事をしていても、そこまで食べているとは気づかなかったわけだ」

戦士「いやまあ、訓練したら、腹がへるからな」

勇者「ああ。そういう意味では、もともと食べられる人間だということなのだろう」

魔法使い「勇者と私は、ちょっと小食」

戦士「嘘つけ、めっちゃ食ってる気がするんだが」

勇者「二人に比べれば小食だということだ」

僧侶「」

戦士「しかし……どうしてまた?」

戦士「今更食事の量を増やすことに何か意味があるのかよ?」

勇者「もちろん、もっと肉体的に成長するためだ」

戦士「……」

勇者「成長率で言えば、やはり戦士や僧侶には我々は劣る」

勇者「だが、この先を考えるなら、ここで成長の限界を見きってはならない」

戦士「……そうか」

戦士「ま、そうだな。この程度で止まってもらっちゃ、俺も困っちまうよ」

勇者「ああ。もっとも最大の目的はそれではないのだがな」

魔法使い「くくく」

戦士「あ?」

盗賊「ちょっと待ちな」

勇者「うん?」

盗賊「へへへ、どうやらたんまり持っているようだな」

戦士「誰だお前ら」

盗賊「闘技場で稼いでいた傭兵だよ!」

盗賊「お前らが場を荒らすわ、いろいろやらかすわで商売上がったりだ」

盗賊「挙句は関所の解放とかいう仕事にも失敗して……」

戦士「逆恨みかよ」

盗賊「違う! 実際に闘技場でやられた恨みもある!」

勇者「つまり、さらにやられに来たということか」

盗賊「ちげーよ! 数で囲めば俺達に敵はないってことだぜー!」バッ

勇者「戦士、多対戦法に関するトレーニングだが」クルリ

戦士「また訓練かよ、いいけどよ」ギィン、ガチッ

\わあああああああああああ!!!/

勇者「ああ。これまでは、俺達二人が壁になる戦法を中心に取ってきただろう」ズバッ、ビシーッ

戦士「そうだな、後衛がいるからな」ガイィン、グサー

勇者「だが、この間、一人が先行して壁ではなく、奥行きのある陣形も試したはずだ」ザクッ、グシャッ

戦士「そうだな」

勇者「そこで、前衛、中衛、後衛というように組み合わせることで、擬似的な挟撃態勢を試したり」

魔法使い「試す相手がいない」

盗賊「ひぃいい!!」

勇者「……」

勇者「次から試そう」

戦士「試すのはいいんだがな、竜退治みたいに先行しすぎて踏み潰されるような真似はやめてくれよ?」

勇者「ああ、気をつける」

盗賊「あ、あ、あの、命だけは」

勇者「命よりも大事なものがあるだろう」

盗賊「な、なんですか?」

魔法使い「筋肉」

戦士「それはさすがにねぇよ」

勇者「魔法使い、そこはトレーニングとボケるのがいいんじゃないか」

魔法使い「そっか、てへへ」

戦士「お前らおかしいから」

勇者「すまない。命より大切なものというのは情報のことだ」

勇者「お前から 魔王に関する情報を聞き出すことにしよう」

盗賊「ま、魔王!?」

勇者「ああ。ここから先の地域に住んでいる魔物の話題でもいい」

盗賊「あ、あんたら、魔王を倒そうとしているってのか……」

勇者「そうだ」

盗賊「そ、そうか。そうだな、うん」

盗賊「いやあ~、それなら早く言ってくださいよ、勇者様」

勇者「洗いざらい喋らなければ殺そう」

盗賊「ヒッ」

魔法使い「命より大事」

戦士「だからやめとけよ……」

盗賊「そ、そうだな、竜も殺せるんだよな、あんたら」

戦士「厳密には俺らが殺したわけじゃないが」

盗賊「ま、とにかく、だな。傭兵連中の噂話しでも近づかないようにしているところはあるぜ……」

盗賊「そこは幽霊が住み着いているって話だ」

戦士「幽霊、ね」

魔法使い「出番」

勇者「ふむ」

盗賊「そ、それから、船を探した方がいいぜ。ここの街道を超えると港町があってだな」

勇者「それは知っている」

盗賊「そ、それから、北の果てに大巨人の魔物がいて」

勇者「それも聞いている」

勇者「大体、聞いた話だったか」

盗賊「な、なあ、これでもういいだろ」

勇者「ダメだ」

盗賊「なんだって!?」

戦士「多人数で取り囲んで殺そうとしたのに、甘いよな」

盗賊「う、ぐぐぐ……」

勇者「幸い、その魔物達の居場所を教えてもらうという、ガイドの仕事ができたわけだ」

盗賊「そ、それなら、俺、案内するぜ!!」

勇者「ああ。久しぶりにランニングトレをすることができるな」

戦士「お、いいね。三日くらいか?」

魔法使い「ワクワク」

盗賊「あ……? なに……?」

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom