【モバマスss】湯川学「アイドルか。実に面白い」 (40)

・クロスオーバー注意
・一応、アイドル達が傷つくことはないです
・自の文もあるのでご注意を
・岸谷さんじゃなくて内海さんのほうです
・オチが読めても書かないでね
・書き溜めてるからサクサク行きます


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1419587297

冬のこの時期はイベントが多い。

普段は静かなこの大通りも、この季節だけは幸せそうな人々で埋め尽くされる。

近くで催しでもあったのだろうか、芸能人の笑顔がプリントされた袋を下げた人もちらほら見受けられる。

通りを左右から挟むビルの群れ。
一方からは絶え間ない電車の音が。もう一方からはビルの向こう側、川を挟んで存在する遊園地の音と、黄色い歓声が。

そしてそれをかき消すような、人々の喧騒。
寒さにも負けじと自分の幸せを堪能する人々の勢いは、日が沈んでも衰えることはなかった。



その大通りから伸びる、川へと続く通りのうちの一本。

所々で道路工事が行われており、おびただしい数の車両で奥まで見渡すことはできない。

もちろん大通りから外れて、わざわざそちらへ逸れるような物好きなどいるはずもなく。

時折、ビルの間から見える遊園地の明かりを、気まぐれに見上げる人がいるくらいか。

その通りの前を、多くの人々が通り過ぎる。
ある人は静かな微笑みを湛えて、またある人は喜びに目を細めて。



そして、その勢いがピークに達したころ、



鋭い悲鳴が上がった。



気づいた人々は、驚き、あるいは面倒臭げに、それぞれ通りを見る。

いや、見上げる。

そして、目撃する。



夜空を背景に、まっすぐ落ちていく人の姿を。



何処から?何故?彼らに答えを与える間もなく、逆光に照らされた影は、音を立てて地面に打ち付けられる。

幸せに満ちた空間に、連鎖するように悲鳴が広がる。

我に返った人々が、我先にと落下点へと向かう。


そして、彼らが工事車両の裏側、惨劇の正体を覗き込んだとき、彼らが見たのは



_________何の変哲もないアスファルトだった。


悲鳴を上げ、地面にたたきつけられた人間は、何の痕跡も残さず、



煙のように消えてしまったのである。

モバP(以下P)「ということがあってな」

早苗「へぇ。私たちのイベント後にそんなことが」

藍子「だからあんなに混雑していたんですね」

昨日、イベントが終わったばかりだからだろう。今日は皆、どことなくのんびりしている。

ここは都内の事務所。
皆で昨日の反省をしつつ、以降の予定の打ち合わせをするはずだったのだが、

都「ほほう……人が消えるとは……これは事件ですね!!」

P「だからそういってるだろ」

プロデューサーが持ってきたイベント後の事件の話に夢中になっていた。

P「イベントでお世話になった音響さんが、たまたま近くにいたらしくてな。なんでも女の人がビルから落下して、しかもなんの跡も残さず消えてしまったらしい」

比奈「そりゃまたなんともミステリアスでスね」

晶葉「ニュースにはまだなっていないみたいだが……」

P「まあともかく、昨日はお前らもあの辺を散策してたんだろ?お前らに何もなくてよかったよ」

早苗「Pくんはホント心配性ねぇ」

P「まあ、大切なアイドルだからなあ。心配もしますよ」

比奈「そういうことを真顔で言うから、女たらしなんて言われるんスよー」

P「ん?比奈何か言ったか?」

比奈「いいえ。なにもー」

内海「ということがあったんですよ」

栗林「分かりました帰ってください」

ここは都内の大学の研究室。

栗林「明日の実験の打ち合わせをするので忙しいんです湯川先生は!!さあ湯川先生が戻ってくる前に早く出て行ってください!!」

内海「どうせ手伝いしかしないんだから湯川先生がどうしようが関係ないじゃないですか……」

栗林「あっ、言ったね!!いい加減にしろよこの素人!!」

内海「そう言わずに!!この事件だけは!!」

栗林「なんでそこまで拘るんですか」

内海「いえ実は……この事件で行方不明になってるの、私の友人なんです」

栗林「はいはいサヨウナラぁぁぁぁぁ」

内海「えっ!!ひどくないですか!?」

栗林「あなた前科があるでしょ!!もうその手は通用しない!!」

内海「でも……」


栗林「でももストもない!!大体ね、落下した人間が直後に消えるなんてね、そんなことは絶っっっっっっ対にあり得ないんだから!!」






「あり得ない?」





内海「」グッ

栗林「あぁぁ……」



「なぜそう言い切れる?」



栗林「湯川先生ちょっと持ってお願いだから明日のの実験g」





「消える……か。ふむ。実に面白い」




_事務所

ちひろ「今日は警察の方がお見えになるそうですよ」

P「えっ!?どうしてですか?まさかちひろ印のスタドリの成分がばれて……」

ちひろ「何でですかッ!!違いますよ!!スタドリは至って健全です!!」

P「どうだか……」

般若ろ「あとで覚えていてくださいね。具体的にはイベント終盤の超得ショップの値段を見るまで」

P「誠心誠意謝らせていただきます」

ちひろ「ふん……それでですね、この前のイベント後のことについてらしいです」

P「え?あの人が消えたやつですか?でもうちが何か関わってた訳じゃないですよ?」

ちひろ「私もそう言ったんですけど……どうやら個人に用があるらしく」

P「えっ?誰にですか?」

ちひろ「それが……」





早苗「あっれ~?内海ちゃんじゃん。久しぶり~」

内海「久しぶりです。早苗先輩」

来たのは女性と男性、二人組の刑事。どうやら用があるのは片桐早苗らしい。

P「知り合い……なんですか?」

早苗「うん。警察学校時代の後輩だよ。あたし昔はこっちにいたから、その頃のね」

内海「昔はよく、友人と先輩、私の三人で遊んだものです」

早苗「まあ、遊んだなんて生易しいものじゃなかったけどねぇ~」

そして内海が、本題を切り出す。

内海「今日聞きたいのは、先日の会場近くでの転落事件のことなんです」

早苗「事件?事故じゃなくて?」

内海「やはりご存知でしたか。ビルの屋上を調べたところ、本人のものと思われる毛髪とカバン、携帯電話が見つかり、他に痕跡は見られませんでした。また、フェンスも低くなく、意図的でないと越えられないと」

内海「なので本来は自殺の面で調査を進めるべきなのですが……何分その本人が行方知れずなので。やはり単純な自殺ではなく、他の人物の意思が介入しているのではないかと」

P「(おぉぅ…よくわからん)」

早苗「成程ねぇ。でも、なんで私?近くでイベントやってただけだし、意見を聞かれるほど出世してた記憶もないんだけど」

内海「それが……」

内海「行方不明になっているのが、Aなんですよね」

早苗「えっ!!?」

P「知ってる……のか?」

早苗「……知ってるも何も……さっき話した、昔いたメンツの三人目だよ」

ガチャ

ちひろ「それに、Pさんもご存じのはずですよ?」

P「ちひろさん?」

ちひろ「粗茶です。それでですね……最近話題のシンガーソングライターで、Bさんっているじゃないですか」

P「それなら知ってますけど……」

ちひろ「彼女の本名が、確かAですよ」

P「ええっ!!?」

内海「その通りです」

早苗「卒業前に、『夢だった歌手になる!!』って辞めちゃったんだよね」

内海「それで彼女の知り合いを当たっているのですが……」

内海「もともと人づきあいが上手いほうではなかったので、都心で付き合いのある人物となると、私と先輩、担当マネージャー位しかいなかったらしくて」

P「業界の繋がりなんかは?」

内海「それもゼロです。ほとんど担当マネージャー頼りだったらしく」

P「(信じられない……)」

内海「そのマネージャーには先ほど話を伺いました。なので一応、先輩にも確認を」

早苗「そう……でもごめん。最近は連絡取ってなかったから、力にはなれない」

内海「そう……ですか」

早苗「もしよかったら、分かってる事件の概要を聞いてもいい?何かわかるかも」

内海「いえ……先輩はまだ信用できるんですけど……」

言い淀み、ちら、と隣を見る。

P「俺か?居ない方がいいなら外で待ってるけど」

早苗「いや、大丈夫。あたしが一番信用してる人だし、スケジュール管理とか頼りっきりだからむしろいてもらったほうがいいかも」

内海「分かりました」






内海「___________と、目撃者の証言から分かった状況は以上です」

早苗「うーん……」

「ビルの屋上までの高さはどれくらいだ?」

内海の隣にいた男が、初めて口を開いた。
刑事だと思っていたが、どうやら彼は違うらしい。協力者だろうか?

内海「あっ、こちら、協力を頂いている物理学者の湯川先生です」

湯川と呼ばれた男は続ける。

湯川「それと目撃者から落下地点までの距離は?」

内海「えーと、ビル屋上までは50m、落下地点までは最短で149mですね」

日頃から聞かれ慣れているのだろうか?律儀にメモしてある数字を読み上げる内海。

湯川「悲鳴は、例えば録音などではなく確かに生のものだったんだな?」

P「あっ、それなら、現場に居合わせた知人の音響監督がそう言っていました。声のプロですから、確かだと思います」

内海「後程改めて確認します」

湯川「それで、目撃者はどのように見えたと言っているんだ?」

内海「どのように?」

湯川「頭から落ちたのか、足から落ちたのか、まっすぐ落ちたのか、落ちながらもがいていたのか、情報はいくらでもあるだろう」

慣れているのか、これにもムッとすることなく答える。

内海「最短距離にいた目撃者が悲鳴を聞いて顔を上げたとき、川の向こうにある遊園地の塔のてっぺんにある明かりに、ちょうど頭が重なって見えたそうです。特にもがいてはいなかったそうですね。上下逆さで、まっすぐ落ちて行ったと」

湯川「ふむ……」

湯川は目を細め、しばし思案する。

再び目を開けたとき、彼の口元は笑っていた。

いったいどんな推理が、この学者の口から出てくるのか。

その場にいる全員が見守る中、彼は口を開いた。

そして、一言。






湯川「さっぱり分からない」



湯川「その塔の明かりの高さと、落下地点から塔までの距離を調べてくれ」

湯川の質問のため、内海が席を外す。

P「何か、分かりそうですか?」

湯川「何も。情報が足りていないのか?いや違うな。重要な情報が拾えていない。もちろん気になる点はある。なぜ悲鳴は短く一回上げられただけなのか?落下なら、長く上げ続けるのが人間の心理というものだ。落下途中に意識を失ったのだとしても、ある程度は続くはずだ。キーはあっても、答へと至るのに必要なパーツを選べていない」

P「(やっぱり分かんない)」




その時、突如としてドアが開き、白い影が部屋へと転がり込んできた。

晶葉「助手よ!!湯川先生が見えているというのは本当か!!」

影の正体は、白衣を着た晶葉。

湯川「君は池袋博士か。工学分野の若きエースとして各方面に名を残している」

晶葉「会えて光栄だ湯川先生!!あなたの研究も工学分野に広く生かされている。去年の論文を読んだときには心が震えたぞ!!」

湯川「貴女に評価していただけるとは光栄だ。博士の論文こそ、実に興味深いものだった。パフォーマンスにおけるロボット工学の意義と効果、だったかな?」

ワイワイ

P「(やべえ……本格的に取り残されてる……ん?)」

P「早苗さん、大丈夫ですか?」

早苗「え?……うん。大丈夫。ただいきなりこんな話聞いちゃったから、少し、ね」

P「(そりゃ昔の知人が飛び降りて、しかもそのまま行方不明なんて聞いたらな……)」


P「(なんとか支えてあげないと、な)」


その後、塔までは103m、高さは49.2mと調べ終えた内海と湯川は、何かあったら連絡を、と言い残して去って行った。


__ビル

湯川「ここが、例のビルか」

内海「はい。一応入口横に警備室はありますが、しゃがんで通れば気づかれずに中に入れます。監視カメラも、フロアごとにはあっても屋上への階段にはないですね」

湯川「屋上のカギもかかってなかったらしいな」

内海「それで……」



内海「申し訳ないです。わざわざ足を運ばせてしまって」

早苗「いいのいいの。内海ちゃんの頼みだし。私も気になるしね」

P「俺は早苗さんのプロデューサーですから」




___屋上

早苗「……高いね」

内海「はい。落ちたらひとたまりもないです」

湯川「あれが例の塔……か」

湯川が、川の向こうにある塔を指さす。

内海「はい。ただ、塔付近や河辺からの目撃者はなく、大通りからだけでしたね」

早苗「……内海ちゃん。Aの近況も、調べてたんでしょ?どんなだったか、教えてもらえない?」

内海「……いいですよ」



二人は川を見ながら会話を続ける。



P「(不謹慎だけど、映えるなあ……顔に浮かぶのが哀しみでなければよかったのに)」

Pも、ここから身を投げたAの心情に思いを馳せる。

P「(対人関係か……あとは仕事から来るストレスか……この業界は辛いことも多いからな……もしあいつらも同じように悩んでいたら……そう考えると、やっぱり俺も無力だなあ」

湯川「そんなことはない」

P「(あれ……声に出てた?)」

湯川「先日、池袋博士と話した時だ。僕は子供が嫌いだが、理知的な彼女とは難なく話せてね」

P「はあ……」



湯川「正直私は、かつて彼女がアイドルになると知った時落胆していた。一人の優秀な人材を、不確定な世界に引きずり込んだ人物を恨みさえした」

P「ですがそれは……」

湯川「ああ、彼女の自由だ。そして先日だ。彼女は嬉々として話していたよ。今まで知らなかった世界のこと、その楽しさ、そして、そこで支えてくれる、大切な助手のことを」

P「晶葉が……?」

湯川「君がどう考えるかは自由だ。だが確かに、彼女は君に感謝していたよ。それに今の彼女は、かつて学会で見かけたときよりはるかに明るくなった。知っているかい?かつての研究より、アイドルになった後のそれの方が素晴らしいと、学会では評判なんだ」

P「………」

P「(そうか……)」

P「(俺は……無力なんかじゃない)」

P「俺がしっかりしないとな。皆を支えられるように」






湯川「ところで彼女から、明後日のライブのチケットを貰ったんだが」

P「えっ」


____ライブハウス

P「お疲れ晶葉。ほらドリンク」

晶葉「おお、ありがとう」

P「いいのか?休んでなくて?」

晶葉「こうして観客の後ろから他人のパフォーマンスを見ることで、新しく見えてくることもあるからな。見識を広めることも大切だ」

P「そうか。じゃあ向こうにいるから、早めに来いよ?……バレるなよ?」

晶葉「分かっているさ」





晶葉「ふふふ……変装用マスク作製装置のおかげだ。バレていないな。流石私だ」

湯川「おや、ここにいたのか……どうした?」

晶葉「いや、自分の無力さを噛み締めているところさ」

湯川「そうか?そんなことはないさ。池袋博士のパフォーマンスというものを初めて見たが、なかなかどうして盛り上がっていたじゃないか。それとも何か?この業界では無力感が流行っているのか?」

晶葉「ん?いや、まあ、そういってもらえると嬉しいな」

湯川「ただその変装はお勧めしないな。鼻眼鏡など、逆に目立つだろう」

晶葉「」ガーン





湯川「君を引きずり込んだこの世界は、そんなにも良いものなのか?」

晶葉「どうしたんだ藪から棒に」

湯川「いや、この前君のプロデューサーと話していて、自分でも気になってね」

晶葉「ふむ……確かに、良いだけのものではないな。研究や開発と同じさ。努力が実を結ばないことだって、誰かの悪意にさらされることだって日常茶飯事だ」

湯川「なら何故この世界にいるんだ?」

晶葉「自分を見て笑顔になってくれる人がいる。自分を傍で励ましてくれる人がいる。それだけで十分さ。それに、それらはラボの中に籠っていては見えないからね」

湯川「成程な」



湯川「僕はもう行くよ。本当に楽しませてもらった」

晶葉「ありがとう。良かったらまた来てくれ」

湯川「君も時間があったら、帝都大学の研究室も覘いてみるといい。最近の大学の財力とは素晴らしいものでね。面白いものが沢山ある」

晶葉「ほほう、そのうち行ってみるとしようか」






___研究室

湯川「で、来たわけか」

晶葉「ああ……」

湯川「それで、これはいったいどういうことか説明してくれないか」

晶葉「それは……」

都「ほほう……ん?これは何でしょう?」

栗林「あああああそれ触らないでえええええ」


藍子「おいしいですこの紅茶」

学生A「良かった。……ってもうこんな時間!?ああああ講義が単位がああああ」


比奈「こうでスか?」

学生B「へぇ~絵上手いんだねぇ……」

栗林「あああああそれ重要な資料の裏あああああ」


湯川「………」

晶葉「………すまない。大学の研究室と言ったら、興味を持たれてしまってな………いや本当にすまない無言で頭を抱えないでくれ」

ガチャ

内海「湯川先生いますか……ってえっ何これは」

ガチャ

早苗「こんにちは~内海ちゃんに呼ばれて来ましたってええええええええ!?」

P「おっ、おおお、お前らああああああああああああああああ!!」

内海「はい……どうせなら湯川先生と早苗先輩同時に報告しようと……」

P「いや……内海さんは悪くないです。てか騒ぎすぎだお前ら」

藍都比「本当にすみません……」ッス

湯川「それで、報告することとはなんだ?」

内海「それが……Aさんが落下したのは屋上ではないかもしれないんです」

P「と、言うと?」

内海「盲点でした。屋上に痕跡があったため、そこに至るルートしか調べていなかったんです」

内海「他の階を調べた結果、真ん中よりやや上の階のカメラに人影が写っていました。ビルの人間ではないそうです」

湯川「それで?」

内海「背格好は大柄ではないので、Aのマネージャーではありません。ですが小脇に大きな物を抱えていました。帰りにはそれが無くなっています」

P「人を抱えてたってことか……」

内海「そのフロアの、落下地点付近の窓ですが、大きくはないものの人ひとりなら難なく通れるそうです。足場になりそうなものもなかったので、頭からくぐっていったと考えられています」




湯川「待て」




内海「え?」

湯川「その窓の地表からの高さは?」

内海「30.0mですね。ちゃんと調べました…よ……」

湯川の顔を見て、内海の言葉が止まる。

彼の眼はすでに研究室を見ていなかった。



突如、湯川は研究室の黒板へと走る。



そこにあった複雑な数式を全て消し、黒いカンバスへとリセットする。




栗林「ああああ実験の記録がああああ」
内海「黙って!!」




そしてチョークを手に取り、黒板へと走らせる。




数式。
記号。

そして現場の模式図。




湯川の脳内のイメージが、膨大な記号の羅列となって吐き出される。




手を動かしながらも、湯川の脳内は思考を止めない。



湯川がチョークを置き、左手を顔に当てたとき、カンバスは白く塗りつぶされていた。




これが、湯川の世界だった。


早いか?大丈夫かな

内海「分かったんですか?いったい何が……」

晶葉の感嘆と、内海の驚愕にも、物理学者は眉一つ動かさない。

湯川「駄目だ、まだ仮説の段階だ。仮説は実証して初めて確かなものになる。それまでは言えない。それにしても……」

湯川「いや、なんでもない。栗林さん、準備を手伝ってください。これならすぐに終わるでしょう」

湯川「準備ができ次第、ビルに向かいます。この時間なら丁度いい。気候も問題はない。内海くん、ビル周辺を立ち入り禁止にしてくれ」

内海「えっそんな、いきなり言われても……」

湯川「それからCGプロの皆さんも、一緒に来てもらえますか」




__ビル

湯川「栗林さん。準備はいいですか?」

栗林『いいですよ。では五分後に始めますね』ピッ

湯川「ちょうどこのくらいの時間でしたね。事件があったのは」

内海「はい。っていうか湯川先生現場で実験なんてですね……」

湯川「大丈夫だ。痕跡は残さない。事件だってそうだったろう?」



湯川「皆、下を向いていてほしい」

湯川「この地点は、最短距離で目撃した人が立っていた場所だ」

湯川「さて、そろそろか……」

あたりは静寂に包まれる。もともとこの辺りはそれほど賑わってはいない。

今は電車の音以外、鼓膜を震わすものはない。

湯川「おかしい……」

内海「えっ?」

湯川「十分待ったのに始まらない。少し様子を見てくる。ここを動かずに待っていてくれ」

駆けていく湯川が工事車両の陰に見えなくなる。

都「一体何が始まるんでしょう……」

藍子「想像もつかないよ」

比奈「晶葉ちゃんはもう分かってるんでスか?」

晶葉「…ああ」

そのとき、


見てる人いるのかしら?
初だから不安になってきたぜ

栗林「うわあッ!!」


悲鳴が上がる。


あの夜と同じように。


内海「えっまさか落ちたの!?」


全員が顔を向ける


その先には、


逆光に照らされ、落ちていく影があった。


だが、それは、


彼女らがかろうじて視界にとらえたのは、


頭ではなく


影の、足先であった。





__研究所

内海「どういうこと?」

湯川「これから全部説明しよう」

湯川「だけどその前に、犯人の名前を言わせてもらいたい。もしこの事件の首謀者を、犯人と呼ぶのなら……だが」

P「えっそこまで分かったんですか!!?さっきので!!?」



あの後落下現場へと向かった彼女らだったが、

湯川も、もちろん栗林もそこにはいなかった。

事件の夜のように、姿を消してしまっていたのだ。



湯川「そう。今回の事件の犯人だが……」




湯川「片桐早苗さん。貴女だ」

P「そんなはずはない!!」

藍子「Pさん!?」

P「早苗さんが……そんなことするはずないだろ!?」

湯川「話にはまだ続きがある。この事件は……」

P「聞く必要なんてあるか!!うちの……うちの早苗さんが犯人扱いされてるんだぞ!?そんな……」



早苗「お願いPくん。最後まで聞いて」



P「早苗……さん?」

早苗「湯川さん、お願いします」

湯川「ああ。君も安心してくれ。この事件は、殺人事件でもなんでもない」

内海「えっ?」
P「え?」

湯川「この事件、キーは悲鳴だった。

なぜ短い悲鳴が、途中で一回起こったのか。

もし屋上からの落下だった場合、それは本人が落下中に発したものだと断定するほかなかっただろう。

だが、途中からとなれば話は別だ。

目撃者の位置から、ビルまでの距離、そして塔までの距離、塔の明かりの高さを考えると、
明かりと重なって見えた頭の位置は地上から29.1mの位置にあるはずなんだ。

そして、悲鳴を叫んで、目撃者に届き、反射でそちらを見るまでに人が落下する距離は1.8m。

もし30mの位置から落ちたのなら、落ちると同時に悲鳴を上げたとしても、見えているのは下半身だ。
それより遅く見ることはあっても、早く見ることはないから頭が見えることはない。

つまり、悲鳴は落ちる直前に発せられたことになる。

落下したのが人間であるという説が崩れるんだ。

後は簡単だ。

落下したのが人ではなく、例えばマネキンなら、特に血をぬぐう必要もない。

拾って車両やビルの陰に隠れれば姿を消せる。

そして、この演出には二人の役者が必要になる。

マネキンを運べる小柄な女性と、落下後に拾う人物。

ファンや関係者の誘拐ではないだろう。手間をかけてまでこんなことをする理由がない。その時間で遠くへ逃げれば済む話だ。

となると、本人の意思。

目的は、自分の最終所在地を都心だと思わせること。

そして、本人の意思なら、協力できるほど近しい人間はわずかしかいない。

内海くん以外だと、マネージャーと、

片桐早苗さん。あなただけだ」




P「そんな……どうして……」

晶葉「分からないか?」

P「えっ……」

晶葉「自分が都心にいたと印象付けるってことは、つまり違う場所へ行きたい上、探してほしいとも思っていないということさ」

藍子「ああ…」

比奈「そうか…」




晶葉「Aは、芸能界から逃げ出したかったんだよ」




晶葉「人気急上昇中の売れっ子なら、うちみたいな超優良事務所でもない限り、本人の意思なんかで手放したりなんかしないさ」

晶葉「それに辞めたって、芸能界での日々が消えるわけじゃない。そこで作られた思い出や関係もいいものばかりじゃないだろう」

晶葉「加えて、彼女には頼れる仲間がいなかった。マネージャーも仕事一辺倒だったようだし」

晶葉「私たちと違ってな」

早苗「その通り、かな」

P「早苗さん……」

早苗「久しぶりに会ったらさ、凄いやつれてるんだもん。理由を聞いたら芸能界から逃げたいっていうし。その三日後かな?マネージャーとAから、今回のことを持ちかけられたのは」

内海「どうして……どうして相談してくれなかったんですか!?私だって、Pさんだって、先輩の周りにはいくらでも相談できる人がいたじゃないですか!!」

早苗「でも、あの娘の周りにはいなかったんだよ」

内海「………っ」

早苗「もちろん現役のあなたに持ちかけるわけにもいかないしね。私もさ、辛さとか分かるし。もし周りに頼れる人がいなかったら、こうなってたんだろうな、って思ったら、体が動いてた」

早苗「安心して、Aは今、田舎でのんびり暮らしてるから。もちろん怪我もしてないよ」

早苗「責任はとるよ。でも、Aの場所は言えないな。あの娘に、これ以上背負わせられない」

内海「早苗せんぱ……」

ドタドタドタ

ガチャ

A「先輩っ!!!!!!」

早苗「え…?」

内海「うそ……?」

内海「貴女今までどこに「どうしてッ!!!!!!!!!!」


早苗「どうして戻ってきちゃったの!!!???こんな世界に!!たった一人で!!どうするのよ!?今までどうにもできなかったものに、また一人で立ち向かうの!?それでまた傷つくの!!?」

A「先輩……」

早苗「あたしね、安心してたんだよ!?ここから落ちるのがあんたじゃなくてよかった、
って!!思いつめる前に相談してくれてありがとう、って!!!なのに」



湯川「それが答えだろう」



早苗「え?」

湯川「こんなことにすら力を貸してくれる。自分の立場を顧みず支えてくれる。そんな存在が、自分にもいることに気付いた。違うか?」

A「そう……です…」

A「先輩も……マネージャーも……本気で私のために動いてくれました。そんな人がいることに、私は気づけてなかった…っ…そんな人を残して、自分だけ逃げたくなかった……」


A「そんな人たちと一緒に、私ももう一度だけ、頑張ってみたいんです……!!!」


早苗「A……」

早苗「うっ、ひぐっ、うわあああああんっ!!!」

早苗「うわあああああああああああああああああああんっ!!!」




湯川「Pさん」

P「………なんですか……?」

湯川「暴くのは学者の仕事です。ですが、暴かれた傷を癒すことは、私にはできない」


P「………早苗さん………」

早苗「P……くん……ひぐっ……」

うわああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!



頼れることのありがたさを知る者は、皆涙を流した。
頼れないことの辛さを知る者も、また同じ。

その涙は、いつまでも、止まることはなかった。

____警察署

草薙「厳重注意ですんだけどよ……本来なら起訴されてもおかしくないんだからな?」

早苗「はい」

草薙「ったく……そんで?アイドル生活はどうなんだ?」

早苗「えっ?」

草薙「仲間と楽しくやれてんのか?」

早苗「はい!もちろんです!!」

草薙「ならいーや。頑張れよ。お前も」



___事務所

ちひろ「良かったです。大ごとにならなくて……早苗さんも無事で……」

P「ええ。被害も出てませんし、実態はただのいたずらですから。それに、あくまで善意から出た行為ですからね」

早苗「まあ、不法侵入は、あたしだって断定できないってんで目をつむってもらったんだけどねー」

藍子「あっ、帰ってきてたんですね」

P「お帰り。それと……」

早苗「うん。分かってる」



早苗「皆改めて。今回迷惑をかけて、本当に申し訳ありませんでした。責任を取る形で、私は本日限りで、CGプロを辞めさせていただきます」

早苗「……皆に怒られた」

P「そりゃそうです」

早苗「辞めたら一生ロボットで追い回すって」

P「だから言ったじゃないですか」

早苗「辞めたらモデルにして薄い本書いて有明で売るって」

P「(読みたい)…………」

P「それで?どうするんです?俺以外の皆もああ言ってますよ?」

早苗「辞めないよ。先輩として、あの娘を支える。もちろん反省しつつ、あたしもトップ目指して頑張るけどね」

P「それもだし……」

早苗「え?まだあるの?」

P「何かあったらちゃんと相談してくださいね?早苗さんは俺にとって、何よりも大切なアイドルなんですから」

早苗「」ボンッ

P「えっちょっ無言で殴らないで痛っそこは鳩尾ぐはっ」

__研究室
P「お騒がせしました」

早苗「申し訳ないです」

内海「いいえ。早苗先輩の無茶には慣れてますから」

早苗「(言い返せない)」プルプル

内海「そうそう。ずっと聞きたかったんですけど。湯川先生には支えてくれる人なんているんですか?」

湯川「ああいるとも。とても近くにな」

内海「えっ」

湯川「時折迷惑もかけられるが、それ以上に助けられている。その人の存在なくして今の僕はないといってもいい」

内海「えっえっ」

P「(それって…)」



湯川「栗林先生……いつもありがとうございます」



内海「」

早苗「……」ニヤニヤ

栗林「湯川先生……それほどまでに僕のことを……」

栗林「なら僕に免じて警察への協力はこれっきりに、」

湯川「しません」

栗林「Oh」

P「ところでですね、ずっと言おうと思ってたんですけど」

内海「はい。なんでしょう」

P「アイドルに興味はありませんかっ!!!」

栗林「」ブフォッ

早苗「」ハァ

湯川「彼女は公務員だろう。副業は禁止されている」

P「それをいうなら早苗さんだって元警官ですし。貴女なら絶対トップアイドルになれます!!」

湯川「いや、流石の僕でも彼女は向いていないと思うが」

P「そんなことはない!!良かったら湯川さんもどうです?知り合いのプロダクションに男性アイドル専門の所があるんですが」

栗林「はあああああああああああぁぁぁ!?湯川先生がアイドル!?馬鹿を言うんじゃないよそんなことは絶対ありえない!!!!」





湯川「あり得ない?何故そう言い切れる?」





内海「えっ」

P「おっ」

早苗「あら」

栗林「嘘だろオイ」







湯川「アイドルか。実に面白い」


おわり

副業の物書きの癖が抜けない。
ssって難しいんだね。
同プロの知人P(ハゲ)が一枚取りした記念に。
早苗さんも比奈さんも楓さんも大好きです。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年12月26日 (金) 20:48:12   ID: iTH_JwhV

おもしろかったです!湯川シリーズまた読みたいと思った!お疲れ様でした!

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