冬馬「高槻家に良き聖夜を」 (28)

ったく、北斗も翔太もリア充リア充しやがって。

翔太は自宅で学校の友達とクリスマスパーティー。

北斗は……まあどっかで女連れて遊んでんだろ。

クリスマス特番の撮影が終わったらとっとと帰りやがったし。

……俺は独り身だが。

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母親なんてものはちっせえ頃に失っちまったし、唯一の家族の親父とは離れて暮らしてる。

勿論彼女なんて居るわけねえし、心置きなく遊べる高校の友人も居ない。

あいつらは『アイドルの友人』っつー立場だけを求めて俺と表面上仲良くしてるだけだ。

そんなのとクリスマスを過ごしても楽しくなんかねえ。

一瞬765プロのやつらでも誘うか? とは考えたが、今日は萩原の誕生日だ。

あいつらが楽しそうにクリスマスパーティーだか萩原の誕生日パーティーだかをやっているところに俺が水を差すなんてことはできねえし、何よりあいつらはライバルなんだから馴れ合うわけにもいかねえ。

……気の置ける友人は北斗と翔太だけか。

冬馬「……リア充は爆発しろ」

別に女に囲まれてえだとか、友達と馬鹿騒ぎしてえってわけじゃねえ。

ただリア充が蔓延している街を孤独で歩く疎外感、場違い感がたまらなく嫌なだけだ。

冬馬「……ケーキでも買ってくか」

せっかくだから専門店でちょっといいのを買うぜ。

移籍して仕事は減ったが金には余裕があるしな。

ウィーン

店員「い、いらっしゃいませー」

「お願いします!! 100円!! 100円だけまけてください!!」

……何やってんだあのガキ?

店員「そ、そう言われても600円のケーキだから100円引きはちょっとねえ……」

「それでもお願いします!! せめてケーキだけは姉ちゃんにプレゼントしたいんです!!」

店員「弱ったなあ……」

冬馬「……何かあったのか?」

「…………!!」

店員「ああいえ、実は……」

冬馬「いや、やっぱいい。……ほらお前、ちょっと俺についてこい」

「……え?」

冬馬「話を聞かせろ。……お前の事情次第で俺がなんとかしてやらんでもない」

「え、でも知らない人に助けてもらうのは……」

冬馬「ジュピターの天ヶ瀬冬馬」

「っ!!」

冬馬「……知らねえ人じゃねえだろ?」

冬馬「……ん、肉まん」スッ

「…………ありがとうございます」

冬馬「お前、名前は?」

「……高槻長介です」

高槻……か。

冬馬「俺は天ヶ瀬冬馬。961プロ時代よりは人気も落ちちまったが今もジュピターとして細々とアイドルやってる」

長介「ジュピター……」

冬馬「ああ、俺と北斗と翔太の3人のな」

長介「……どうして冬馬さんは俺に声をかけたんですか?」

冬馬「クリスマスイブで儲け時のケーキ屋で貧乏人が喚いていたら他の客が離れちまってケーキ屋に迷惑がかかんだろ?」

長介「…………」

冬馬「……反論しねえのか?」

長介「……ホント……のことですから……っ」

冬馬「……そうか」

長介「……ホントなら今日は友達とクリスマスパーティーをやる予定だったんです、俺」

冬馬「ああ」

長介「……でも、うちが貧乏だからプレゼント交換のためのプレゼントが買えなくて……それで……」

冬馬「……お前、貧乏で高槻ってことはもしかして高槻やよいの弟か?」

長介「……そうですけど」

冬馬「それなら高槻にプレゼント代を頼めばよかったじゃねえか。それなりに稼いでんだろ?」

長介「……姉ちゃんには頼りたくなかったんです。姉ちゃんはアイドルで俺たちの家計を支えてくれてるから、俺たちを進学させるために貯金してくれているから絶対に俺たち兄弟のことで苦労させたくない!! ……だから、俺は自分のお小遣いだけでプレゼントを用意したかったんです」

長介「でも、みんながゲームとかラジコンを用意してくる中でお小遣いがたった500円しかない俺が何を買えばいいのかわからなくて、それで結局パーティーの誘いを断って」

長介「……せめていつも頑張ってる姉ちゃんに美味しいケーキをプレゼントしてあげようと思ったんです」

冬馬「…………」

長介「でもきっと姉ちゃんは765プロのパーティーで俺には想像もつかないようなすごいケーキを食べて帰ってくるだろうから。だからせめてここらで一番高いケーキ屋さんのケーキをプレゼントしたくて……」

冬馬「でも100円足りなかった、ってことか」

長介「……一番安いやつですけど」

冬馬「俺にはよくわかるぜ? お前の気持ち」

長介「…………」

冬馬「プライド、ってのがあるんだよな、男には」

長介「…………」コクン

冬馬「何かを成し遂げたい。でも自分には力が無い。しかし誰かを頼れば成し遂げられる。でもそれはその『誰か』に迷惑がかかるし、何より自分が納得しない。やりたくない」

冬馬「それで自分自身で解決できるように力をつけようと必死に努力するけど、やっぱり足りない。じゃあどうすればいいかと考えるうちに時間は過ぎて行って窮地に追い詰められる。それでも誰かの力だけは絶対に借りたくない。借りたら自分の負けだって思ってるから」

冬馬「だが現実は厳しい。プライドって物は世の中を生きていくには邪魔になんだよ。人間関係が円滑になりにくいしな」

長介「…………」

冬馬「でもスヌーピーはこう言うんだぜ? 『配られたカードで勝負するしかない』ってな」

長介「配られたカード……?」

冬馬「おう、配られたカードだ」

冬馬「例えばお前の場合だと……貧乏、トップアイドルの弟、姉思いなところ……他に何かあるか?」

長介「……高槻家の長男」

冬馬「他は?」

長介「6人姉弟」

冬馬「他は?」

長介「お小遣いが月200円」

冬馬「まだあるか?」

長介「親の収入が安定しない」

冬馬「……まだあるよな?」

長介「……負けず嫌い」

冬馬「そうだな、絶対に負けたくないよな」

長介「最近かすみと家事の手伝いをするようになった」

冬馬「小学生には中々できることじゃねえな」

長介「学校を休んだことがない」

冬馬「貧乏っていじめられることが多いのに現在進行形で皆勤賞ってのはすげえことだよな」

長介「運動会のリレーのアンカーで1位になった!」

冬馬「大事なところで結果が出せるのはすげえよな」

長介「小5になってからのテストが全部満点!!」

冬馬「運動だけじゃなくて勉強もできるなんて大したモンじゃねえか」

長介「今年のバレンタインに好きな人からチョコ貰った!!!!」

冬馬「おう、モテるなんて羨ましいじゃねえか」

冬馬「……じゃあ今あげたカードの中でプラスのカードは何枚あった?」

長介「え、ええと……」

冬馬「……運動ができて大舞台で活躍できる度胸があって勉強もできて真面目で優しくて女からモテて姉思いで負けず嫌い」

冬馬「その姉はトップアイドルで芸能界でもトップクラスの事務所に所属しているからある程度のコネという好カードがある。そして今ここでアイドルの俺と話していることで更に芸能界へのカードができた」

長介「…………!!」

冬馬「……これって貧乏なんてことが吹き飛ぶぐらいカードに恵まれているんじゃねえか?」

長介「……た、確かに!!」

冬馬「だからプレゼントが買えなかったせいで友達のパーティーに行けなかったことも、高槻のためのケーキがギリギリ買えなかったことも気にすんな。お前にはそんなことが霞むぐらいすげえモンがある」

冬馬「だから貧乏に負けんじゃねえ。必死に努力して、みんなに認められるぐらい努力して……それで胸を張って生きていけばいい」

長介「冬馬……さん……!!」ウルウル

冬馬「……こっから2分ほどまっすぐ歩いたところに1本110円の缶コーラが売ってる自販機がある。……500円やるから2本買ってきてくれねえか? ほら、寒いし空気が乾燥してるから喉が渇いちまって肉まんが喉を通りそうにねえんだ」

長介「え……?」

冬馬「……涙。男なら誰にも見せたくねえだろ? なんなら俺のハンカチでも持ってくか?」

長介「い、いいです!! 急いで買ってきます!!」ダッ

冬馬「あっ、オイ500円忘れんなって!!」

長介「ご、ごめんなさい!!」ヒョイッ ダダダダダ

冬馬「……せわしねえヤツ」

……ま、俺に似てると感じたからツイ説教しちまったんだがな。

冬馬「チッ、肉まんが冷えちまった」

「……なら私のを1つやろうか冬馬?」

冬馬「……なんでアンタがここに居んだよおっさん」

黒井「久しぶりにコンビニの肉まんでも食そうと思ってな」

冬馬「……おっさんはまだ汚いことやってんのか?」

黒井「今はアイドル自体プロデュースしておらん。今売り出しても961プロへの悪評に叩き潰されるだけだからな。所属しているのは候補生のみだ」

冬馬「それもだが……765プロへの嫌がらせとかは?」

黒井「……最早765プロは私の嫌がらせ程度では挫けん事務所に成り上がってしまった。高木は今でも憎いが手を出そうとは思わん」

冬馬「……意外と素直に認めんだな。そういやおっさんはなんで765プロに嫌がらせしてたんだ?」

黒井「さあ? 高木が嫌いになった理由なんぞ覚えておらん。例えば覚えていたとしても語る価値さえない」

冬馬「……なんだそりゃ」

黒井「プロデュース方針のすれ違い。性格の違い。基本的思想の相違。お互いに足りないものを持ちあわせているために生じた嫉妬。結果の違いによって発生したジレンマ。……人生に於いて存在して当然のものばかりだ」

冬馬「…………」

黒井「……実のところ、私は次に売り出すアイドルを決めている」

冬馬「……マジか?」

黒井「大マジだ」

冬馬「また俺たちの時みてえに汚えことして売り出すのか?」

黒井「それはもう懲りた。不正な金で勝ち取った勝利なぞアイドルの実力……そのアイドルを育て上げた私の実力の賜物とは胸を張って言えないからな」

冬馬「……やっと理解したのか」

黒井「……今でも765プロが活躍しているところを見ると潰してやりたくなるがな」

黒井「私には自身の憎しみを抑えるカードが配られていなかったのかもしれんな」

冬馬「……聞いてやがったのか」

黒井「冬馬も随分と成長したものだ。私の言葉に踊らさせられていた頃とは大違いだ」

冬馬「最初っから踊らせんなって話だがな」

黒井「……私は過去の行いを悪とは思わないしお前たちジュピターや765プロに謝ることもない」

冬馬「開き直んのかおっさん」

黒井「開き直る? 人聞きの悪いことを言うな冬馬。私は経験を糧とし、常に前を向いて進み続けるのだ。時に失速することはあれど立ち止まることはせん」

冬馬「……おっさんがもう汚いことをしねえって言うなら別にいいんだけどよ」

黒井「765プロへの嫌味は止めんぞ」

冬馬「……ま、おっさんの好きにしろよ」

黒井「ウィ。好きにさせてもらう」

黒井「……そろそろ私は帰る」スクッ

冬馬「ああ、わかったおっさん」

黒井「……一応聞いておくが冬馬、お前は961プロに戻って来る気は無いか?」

冬馬「……正直、今の事務所では限界を感じてるから俺としては961プロで精一杯活動してえ気持ちはある」

冬馬「けどよ、俺はおっさんのやったことを忘れたわけじゃねえ。だから今は信用できねえし、当分は無理だな」

黒井「そうか」

冬馬「あくまで『今は』、だけどな。アンタが真面目にやってる姿を見せてくれんなら……戻ってやらんこともねえかな」

黒井「相変わらず甘いな冬馬」

冬馬「うっせ。俺は961プロじゃなくて961プロのレッスンが好きなだけだっつーの」

黒井「ま、私としてもお前たちの才能をもっと磨いてみたいという気持ちがあるのでな。前向きには考えておこう」

冬馬「ああ、しっかりしろよおっさん」

黒井「……それともう1つ。高槻長介に『961プロは待っている』と伝えておいてくれ」

冬馬「……は? 何言っt「アデュー!!」

冬馬「……わかった。伝えとくよおっさん」

どうせ765プロの高槻への嫌がらせ程度に考えてんだろうけどな。

ま、俺はアンタがまっすぐ歩き始めるってなら応援するぜ、おっさん。

長介「買ってきましたよ冬馬さん!!」タッタッタッ

冬馬「お、サンキュー長介!!」

長介「あ、後これお釣り……」

冬馬「……お前、東京の最低賃金って知ってるか?」

長介「……へ? 最低賃金?」

冬馬「大体時給900円だ。で、お前はコーラを買いに行くのに10分かかったよな?」

長介「ご、ごめんなさい!! それは俺が泣い……モタモタしてたから」

冬馬「いや、きっとお前は道を間違えたんだ。それでも汗だくになりながらずっと走り続け、やっとの思いでコーラを買って帰ってきたんだろ? 違うか?」

長介「え、違いますけd「違 う の か? 違わないよな!?」……違わないです」

冬馬「60分で900円が貰える。ということは10分ならどれだけ貰える?」

長介「え、ええと……6で割ればいいから150円?」

冬馬「そうだ。が、生憎俺の財布はマジックテープでバリバリなやつだから余りの130円を直すためだけに開けたくねえ。よってその280円は全部お前にやる、長介」

長介「ええっ!? こ、こんな大金貰えないですよ!!」

280円が大金……。

冬馬「これは正当な報酬だ。東京で一番安い給料6分の1時間分である150円と俺個人からのチップ130円だ。堂々と胸を張って受け取れ」

長介「……ありがとうございます冬馬さん!!」

冬馬「ああ、それでさっきのケーキを買って帰るなりなんなり好きにしろ」

店員「ありがとうございましたー」

長介「本当に、本当にありがとうございました冬馬さん!!」

冬馬「何回言えば気が済むんだよお前は」

長介「何度でも言えます!!」

冬馬「アホか……ま、返さなくてもいいが少しでも返そうって気持ちがあんなら……俺は先輩として待ってんぞ」

長介「…………?」

冬馬「……お前の印象は知らねえが961プロも足を洗いながら待ってるらしいぜ」

長介「…………!! それって」

冬馬「おっと、そういえば翔太からヘルプが来てたんだっけな!! いやー全く北斗が酔い潰れるなんて珍しいこともあんだな!! 翔太の姉ちゃんを口説き始めてるらしいし早く助けに行かねえと!!」

長介「え」

冬馬「じゃあな!! アデュー!!」ダッ

長介「……行っちゃった」

長介(冬馬さんが先輩……か)

長介(……へへっ、カッコよかったな、冬馬さん)

長介「……待ってろよ姉ちゃん!!」

冬馬「……行ったか」

……しっかし偉そうに説教垂れちまってよかったのか俺。

ま、あいつが前向いて歩けるようになったんだったらいいか。

冬馬「俺は期待してるからな、長介」

ピロリン♪

……げっ、嫌な予感。

『冬馬君!! 北斗君が酔って僕のお姉ちゃんをお姉ちゃんの部屋に連れ込みそうになってるから助けて!!』

冬馬「……なんで俺の咄嗟に吐いた嘘通りになってんだよおおおおおおおお!!!!」

ちくしょう、絶対あいつらに長介が全力で走ってきたせいでヤバ気なことになってるコーラぶっかけて……って1本長介にやったから1本だけじゃ微妙か。

……つか自分の分のケーキ買い忘れてんじゃねえか俺。

冬馬「……とにかく行くとするか」

ピロリン♪

『はああああああやあああああああくううううううううううぅぅぅぅぅ!!!!!』

冬馬「うっせえ肉まん投げんぞ!!!!」

やよい「このケーキ、とーっても美味しいよ長介!!」

かすみ「いいなーお姉ちゃん……」

長介「へっ、いつも頑張ってる姉ちゃんにだけの特別なプレゼントだからな!!」

かすみ「もちろんそれぐらいはわかってるよ長介」

やよい「えへへっ、ありがとう長介♪」

長介「……べ、別にこれぐらい当然だろ!! ……あ、かすみには肉まんやるよ」

かすみ「え、いいの!?」

長介「俺は腹一杯だし、それは貰ったやつだからな」

やよい「誰から貰ったの?」

長介「……ふっ、秘密だよ姉ちゃん」

長介(……冬馬さん)

長介(俺、アイドルやってみるよ!!)カシュッ

ブシャアアアアアア



おわり

雪歩の誕生日に雪歩が登場しないssを投下していくスタイル
誕生日おめでとう雪歩。このssを昨日猛スピードで書いたのに雪歩のは書かなくてごめんなさい。ネタが無かったんです

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