美優「楓さんとの簡単な馴れ初め」 (30)


・地の文あり(一人称)

・少しだけ百合要素あり

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「こんばんはー」

「あ、美優ちゃんやほー」

「お待たせしました」

「もー、待ちくたびれちゃったよ」

「あはは……すいません、撮影長引いてしまって」

「ま、いいけどね」

「ありがとうございます……って、早苗さん、もうお酒入ってます?」

「入ってらいわよー」

「凄く怪しいんですけど……」

「いーから、じゃんじゃん頼みなさい!」

「そうですね……あ、すいません。生一つ下さい」


「でさー」

「はは」

「ひっく……。何か私ばっかり話しちゃって悪いわね」

「いえいえ、そんな……」

「いーや! 私だっておんぶにだっこって訳にもいかないし、美優ちゃんも何か話しなさいな!」

「と、言われましても……」

「美優ちゃんの思いれとか聞きたいなー! 何か、面白い話!」

「どんどんハードルが上がってますよ……。んー、そうですねぇ……」

「美優ちゃんのー、ちょっと面白いとこ見てみたーい!」

「さ、早苗さん、声、大きいですよ! それに、私ってそんなにつまらないですか……。
 ――分かりました、じゃあ、ちょっと前の話になりますが良いですか?」

「オッケー、オッケー!」

「だから、声抑えてください!」


あれは、私がアイドル事務所に入ったばかりのときのことでした。

早苗さんともまだ知り合ってなかったと思います。

事務所になじめず、アイドルとしてもどんな風に振舞っていけばいいのか

分からなかった頃ですね。まぁ、今でも考え中で――永遠の課題なのかもしれません。

ある日、私が営業から戻ると、事務所から楓さんが丁度出てくるところでした。

「美優さん、でしたか?」

「え、えぇ……」

一度や二度、挨拶を交わした程度である私に、話しかけてくれたんです。

でも、その頃の私はそれを有り難く思うどころか、むしろ台所に集る蝿の

ように疎ましく思いました。


「……何か?」

「今から飲みに行くんですけど……、美優さんもいかがですか?」

「え……」

まさか、いきなり飲みに誘われるなんて思いもしていなかった私は、

思わずぽかんと口をあけてしまいました。そして、次の瞬間には

冗談でしょ、という思いが募ってきたんです。四六時中隙あらばお酒を飲んで

いて――確かあのときも少し顔が赤かったかもしれません。そんな人と

飲み屋になんて行けるか、と。

えっ……、いえいえ。今ではそんな風に思ってませんよ?

……まぁ、事務所で飲むのはちょっと自重した方がいいんじゃないかなー、とは

思いますけども。


「これから約束がありますんで」

「そう……。それでは、また」

「はい」

新人社員が上司からの飲み会の誘いを断る時のような、あからさまな嘘を

つきました。今思い返してみると、あの頃の私はつくづく愛想が無かったと感じます……。

……ふふ、有難うございます。では続けますね。

それからしばらくして、また、楓さんと一対一になることがありました。


「……どうも」

「あら、こんにちは」

気まずい事この上なかったです。なぜって、このとき私がいたのはお手洗い

で、手を洗っている楓さんの隣の蛇口を、使わなければならなかったので。

……いえ、流石に楓さんが出て行くまで立ち尽くしているのも不自然ですし……。

そんなわけで、図らずも二度目の対面となりました。

「お酒、好き?」

いきなりこれです。私はまた唖然としてしまいました。

お手洗いで。

手を洗いながら。

挨拶の次に、酒が好きかなんて、聞きますか。


「…………」

「ごめんなさい。質問が悪かったですね」

楓さんは、口元をふっとゆるめて、微笑みました。

それはさながら聖女のようで。

その表情のまま、楓さんは言いました。

「何の種類のお酒が好きですか?」

もう私は呆れや驚きを通り越して、怒りさえ覚えましたよ。

何言ってんだ、と。

そうじゃない。

勝手に酒好きにするな。


「は?」

「……?」

私は思わず怒りを滲ませて、声を荒げてしまいましたが、楓さんは

何かおかしかったかな、といったようにきょとんとしていました。

その顔を見ていると、私の方が悪い事を言ったんだと言う気分に苛まれました。

だから、ただ一言だけ、言いました。

「日本酒」

言って、私はそそくさと出て行きました。

あー、そうですね。キャラというのがどういうものか未だ理解できていませんが、

性格は少し変わったと思います。前はもっと卑屈で……想像がつかない?

――なら、良かったです。本当に。


その後、数日が経ちました。

仕事も次第に増え始め、段々と慣れてきていたのですが、他のアイドルの

方達との関係は全く、築けないままでいました。何をお話すれば良いのか

分からなくて……。ところがある日、転機を迎えました。

その日の事は、今でもはっきりと、昨日の事のように思い出せます。

「あ」

「あっ」

雑誌の撮影を終えた夜、スタジオから出ると廊下でばったりと楓さんと出会ってしまいました。


「どうして……」

「一応、こっち本職だったので……」

そう言って楓さんは私が出てきたドアを指差しました。

「そういえば……」

確か読者モデルだったな、と。そのとき思い出しました。

でも、そんなことは関係ありません。とにかく、おかしな事にならないうちに急いで退散しなければ。

「それじゃあ……」

「あ、待って……」


うっ、と苦虫を潰したような顔になるのを自覚しましたが、そこは根性で我慢。すぐさま涼しい顔をして聞き返します。

「何ですか」

「帰り、ですよね……?」

「えぇ、まぁ……」

「なら、一緒にこれ、どうですか」

と、楓さんはコップを傾ける仕草をしました。

三度目の正直。仏の顔も三度まで。石の上にも三年。

私にはもう彼女の申し出を断る勇気がありませんでした。

そもそも私、断るの苦手ですので。


「はぁ……」

私がどっちつかずの答えを返すと、

「本当!」

楓さんは大喜びしてました。失礼にも、この人、実はかわいそうな人かもなんて一瞬思ってしまいました。

「私と飲んでくれる人、いなくて……」

かわいそうな人でした。

「えぇと……、なぜでしょうね……」

とりあえずフォロー。助けてほしいのは私の方だったんですが。

「私、酒癖悪いから……」

「はぁ……」


このとき、私はちょっとくらい付き合ってあげてもいいか、とつい出来心が生まれてしまいます。

それから、楓さんに導かれるまま、事務所からそう遠くないところにある

居酒屋に行きました。楓さんくらいの歳なら、もっとお洒落なバーとかに行きそうなものでしたが……あ、いえいえ!

もちろん、早苗さんもです! 早苗さんはどこにでも溶け込めてしまいますから、

憧れてしまいますねー。いや、オーラが無いとか若く見えないとか、そういうことではなくてですね……。

あぁ! 楓さんは日本酒が好きらしいですね! いきなり日本酒を頼むものだから驚いちゃいましたよ!

……ごほん。


「じゃあ、独身貴族様にかんぱーい」

「もう出来てませんか……?」

丁度今の私と早苗さんと同じようにカウンターに座って飲み始めました。

「んあぁ~」

「そんな色っぽい声出さないでくださいよ」

「よいではないかよいではないか」

「うわぁ、これは酷い……」

顔は赤くないものの、言動は酔っ払いのそれです。

楓さんは早くも一瓶を空け、今度は熱燗を頼みました。


「高垣さん。ちょっとペース早くないですか」

「へーきへーき。このぐらい序の口よん」

まぶたを垂らして口元をニタニタと緩めて言う台詞ではないですよね。

今日は無事に帰れるのだろうかと私がにわかに心配し始めていると熱燗が届き、

「私はー、人と話すのが苦手でー」

と、急に楓さんが自分語りを始めました。

「自分の気持ちが上手く伝えられないの」

楓さんはテーブルにだらしなく放り投げた自身の右腕の上に顎を乗せながら言います。

……それは。

私が日頃考えていた事に似ていました。

どうすれば、周囲に溶け込めるのか。


心を開けるのか。

「どうしたら口が上手くなるのかしら」

「そういうと詐欺師みたいに聞こえますよ」

「じゃあ、どうしたら口が達者になるのかしら」

「ほら吹きみたいですね」

「火吹き野郎って凄いわよね」

「何の話ですか!」

「あら、口下手なのを克服する方法について……でしょう」

「そうですね」

「お話、聞いてなかったの?」

「聞いてるじゃないですか!」


疲れました。疲労困憊です。

なるほど、皆さんが楓さんと飲みたがらない理由が良く分かりました。

「……まぁ、私もそうなので、お気持ちはよく分かります。」

「置き餅?」

「……取り置きしておくんですか」

「おきん餅?」

「三重の名物ですね。知ってますよ」

「お気持ち?」

「……駄洒落の方向性、変えたんですか?」

正直、こんなボケをされると突っ込む方が大変だと思います。


「痛いほど同意できると、言ってるんですが……」

「え、美優さんて火を吹けるの? しかも痛いの……」

「火吹きから離れてください。後、見たことも無いので私にその辺りのことは分かりません」

「そうなの……」

「何でそんな残念そうなんですか!」

口をすぼめてしょぼくれる楓さん。悔しいけどちょっと可愛かったです。

「私は飲みにけーしょんをオススメするわ」

「えーっと……」

こんなときは何ていうのが良いのでしょうか……。


「やめといた方が無難ですよ」

自信満々で目の端辺りに星マークを散らしたようなキメ顔で言われたら、そう答えるしかありませんでした。

下手な期待を持たせるのは、時に、より残酷な結果を生むことだってあるのです。

「ふぇ……」

と、子供が泣き始める前触れのときのような声を楓さんが出したので、

どうしたのだろうと顔を覗き込むと、何と本当に泣いてるではないですか。

「ど、どうしたんですか……」

私はとても驚いて、どうすればいいのかさっぱりでした。


まぁ、そのうち泣き止むだろう、と暫く背中を擦っていると、突然楓さんが動きました。

こう、がしっと、私の胸を掴み。

何が起きたのか理解が追いつかない私を他所に、楓さんはあろうことかじっくりと

私の胸をもみ始めました。

意外な事に、そして悔しい事に楓さんの手さばきは上等でした……。

私は抗議の言葉の前にあられもない声を上げてしまったんです。

「や、やめ……あっ」

「ふふふ」

「ちょ……と、いい加減ぁぁ……」

今思い返すと周りの視線が本当に痛かった……。あの日の自分を殺してしまいたいくらい。

でも楓さんは酔いと相まって気分が乗ってきたのか、やりたい放題です。


「あら……こんなとこ硬くして、イケない娘……」

そう言って楓さんは私の敏感な部分二つを転がすように指先でいじり始めます。

私はお酒のせいなのか、楓さんのせいなのか分からないくらい、頭が真っ白になってしまいました。

「んふ、良い顔するのね」

と楓さんは言って、気が付いたときには鼻と鼻がぶつかってしまう距離に、顔を近づけられてました。

もちろん、唇も重なって。

でも、トランス状態だった私はそんなこと全く気にならなかったんですよね……。

だって、そのときにも楓さんの手は動き続けていたので……。


「んうぅ……」

と私。

「みうふぁん、おひゃけくひゃぁい」

楓さんは唇を重ねながら、器用に言います。

抵抗しようにも敏感な部分を触られているせいで、力が入らない。

手足の感覚なんて、ほとんどありませんでした。

早苗さんだったら、どうしていましたか?

……愚問でしたか。早苗さんは、襲う方ですもんね……。

どうにもならなくなった私は、ヤケになって舌を入れてやりました。

ささやかな、大した意味もなさそうな抵抗です。


……えぇ、逆効果でした。お返しに、と楓さんは私が差し出した舌を絡めとり、

嘗め回し、吸い付き、噛んだりして随分と堪能していたようで。

楓さんの口内にはお酒とおつまみのチーズが残っていて、舌を動かしていると

まるで口の中のお掃除をしてあげているような気持ちになってきます。

店員さんにおずおずと止められた頃には、二人とも口の周りがべとべとでしたよ。

でも、楓さんは悪びれるでもなく平然とごめんなさいなんて言って……。

それからは何事もなかったかのように飲みなおして、どうでもいい話で盛り上がりました。


「お仕舞いです」

「おわり? 嘘でしょ。これから美優ちゃんと楓のめくるめくラブストーリーが待ってそうなのに」

「ほんとですよ。それから私は楓さんと仲良くさせてもらって、他のアイドルの方達ともお話が出来るようになったんです」

「ふーん……。二人の間に何があったかは、秘密ってわけ」

「いや……」

「いいのいいの。美優ちゃんがそんな話をしてくれただけで十分だから」

「はぁ」


「でも美優ちゃんが酔うなんて珍しーわね。今顔真っ赤よ」

「え、本当ですか……あはは」

「ふっふっふ」

「……なんですか」

「あたしともチュウしちゃう?」

「……! し、ま、せ、ん!」

「冗談よぉ。でも、いつかその話の続き、聞かせてくれる?」

「駄目です」

「……ケチ」


早苗さんには悪いけれど、あの夜の事はそれ以上言えない。誰だって話せないことの一つや二つ、ありますから、ね。

楓さんは今となっては、私の一番の親友です。


おしまい

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