京子「わたしたちのごらく部」 (35)

大変よ、今娯楽部を廃部すべきか風紀委員会の方たちが中心となって先生方との間で審議されてるの、このままだといずれ活動の禁止若しくは部室の撤退命令が出されるわ…」


それは突然の出来事だった。

週明けの月曜日、

いつものように娯楽部四人が部室でくつろいでいると、
襖が勢いよく開いた音が部屋に響き渡った。
四人が襖の方へ目を向けると、
そこには息を荒げた綾乃が立ち尽くしていた。
そして間もないうちに、
綾乃が乱れる息を制御できないままに声を放ったのであった。



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「ごめん綾乃…悪いけど、その話真剣に聞きたいから、
落ち着いてもう一度今の状況を詳しく話してくれないかな。
今のだと話が急過ぎて他の皆も状況を呑み込めてないと思うから…」


ただ漠然として声すらも出ない他の三人を代弁するかのように、
結衣がなんとか落ち着いた口調を維持しながら、綾乃に言葉を掛けた。

綾乃は一息吐くと、辛そうな表情を浮かべながら、
また話の途中唇がわなわなと震えることがありつつも、
娯楽部の四人にもう一度話の成り行きを順を追いながら説明した。

「実は元茶道部の子がまた部員を集めて茶道部を作ろうとしていて、

そしたら今茶道部の部室はある特定の生徒によって無断に使用されているということが話に上がったの…」

「つまり再び部室を茶道部のものとして取り返しに来たわけか。

でも不法占拠だってことは分かり切っていたことなんだ…
今更驚くこともないさ…」

結衣は不安な気持ちを押し殺しながら呟いた。

「結衣先輩、それじゃあ私たちは強制的にここから追い出されるんですか?

第一、私たちはただこの部室でだらだらと過ごしていたわけではないですし、
掃除とかもこれまで私たちでやって来たじゃないですか!なんだか悔しいですよ」


「でもねちなつちゃん、京子だってほら…」

大人たちに抗うだけ自分たちが傷つくと、それは娯楽部の立役者でもある京子が一番分かっているはずであった。


「茶道部が復活するのは構わないけど、この部室は今まで通り私たち四人が使わせてもらうよ」

「えっ、京子…そんなの無理に決まってるだろ。
どう考えても私たちが何か言ったところで聞き入れてもらえるわけが…」


「…でも、私はそんなの嫌だから」


「辛いよ……辛いけど、
これがたぶん私達が受け入れなきゃいけない現実なんだよ…」


「結衣先輩…」


「あかりも悲しいよぉ…けど結衣ちゃんの気持ちも」

「ごめん…。強がりにしか聞こえないよね。正直私も心の中では受け入れられない…」

綾乃が静かに口を開いた。

「私も出来ることはしてあげたいと思うわ。
この後も会議は続くから、私の方から今回の件に関しては娯楽部側も納得できない部分があると伝えておくわ」



「綾乃…苦労掛けちゃってごめんね…」

部屋を出ようとする綾乃に京子が心配そうに声を掛けた。

言うまでもなく重苦しい空気が部屋の中を漂っていた。



「これから一番辛い思いをするのはあなたたちでしょう……」


綾乃は背中を向けて顔を俯かせたままそう言い残すと、
後ろめたそうな顔をしながら部屋を後にした。

その日の夜、京子の携帯に一通のメールが着た。

送信者は綾乃であった。



From:綾乃

To: 歳納京子


夜遅くにごめんなさい。
今メールいいかしら(・・?




今日の話についてのメールだと思い、京子もすぐさまメールを返信した。



From:京子

To: 綾乃


綾乃ー
メールうれしいよ~

大丈夫





少し時間が長く感じられたが、
何分かすると綾乃からメールが返ってきた。

やはり内容は今日の出来事で、その後の会議で綾乃が娯楽部側の意見も聞いてほしいと提案したところ、
来週大掛かりな全校集会を開くとのことであった。

From:綾乃

To: 歳納京子

ちょっ、いちいち恥ずかしいこと言うんじゃないの///

体育館で今回の審議を全校生徒に傍聴してもらって、
娯楽部の活動停止及び部室の撤退の判断を一般生徒に委ねることになったわ。
先生方はそれを踏まえて娯楽部に今後の処置を施すみたい…

明日もう一度娯楽部側に意思確認すると言ってたから、
辞退することも十分に出来るわ。
できたら明日中に船見さんたちにも伝えて

綾乃とのやり取りを終えると、京子は携帯を手に持ったまま直ぐに結衣宛にメールを送信した。

そして、ちなつちゃんにも今さっき綾乃から聞いた内容をメールで送った。

時計を見ると、すでに時間は0時を回っていた。


「あかりは寝ちゃってるよな…」


「それにしても今日は疲れた………」



家の外から小鳥の囀りが耳の奥に聞こえてきたので、
体を起こして部屋のカーテンを開けると眩しい外の光が部屋の中に飛び込んできた。


「うぅ…もう朝かぁ………って、しまった!」


どうやらベッドの上で横になって結衣とちなつちゃんからの返信を待っているうちに、
すやすやと眠りについてしまったようだった。


慌てて携帯で受信箱を確認すると、未読の新着メールが五件も来ていた。


午後11:13
From:結衣

To: 京子


相当の覚悟は必要だと思う、それでも私は娯楽部を守りたい。
あの時は後ろ向きな発言ばかりしてごめん。

今年入部したばかりのあかりとちなつちゃんを巻き込むのは悪いから、
ここは私と京子だけでけじめつけるのがいいと思う。


京子はどう思う?


午後0:17
From:ちなつ

To: 歳納先輩


杉浦先輩が言う状況は分かりました。
とりあえず京子先輩と結衣先輩で話し合った意見を聞かせてほしいです。

私は先輩たちが出した答えに文句を言うつもりはないですから。
あと京子先輩は一人で抱え込んじゃダメですよ!





午後0:32
From:結衣

To: 京子


なんかかってに話進めちゃってごめん。もしかして辞退考えてた?

私は京子が決めたことなら納得するから安心して。

>>13
メールが送信された時間帯が明らかにおかしいですね。
すいません。0時に訂正ですm(__)m

午後2:10
From:結衣

To: 歳納京子


寝ちゃってる…?




「……」

あーあ。

「なんかすごく罪悪感が…」


「ちなつちゃん優しいな…」


「結衣さん…悪いのは私だけどだからといって2時までメール待たれるのは勘弁してください…」


内心呆れながらも、一人自分の行動の駄目さ加減を嘆いていた。

京子と結衣はいつも通り合流した後に、あかりを家まで迎えに行った。


「ごめん、昨日しつこかったよね」


「あぁすまんすまん、ありゃ私が悪い」


「まあ睡眠不足だけど」


「結衣さんや、いくらメールの返信がないからといってあんな遅い時間まで起き続けなくてもねぇ…」

「次からは気を付けるよ」

「もうヤンデレかよっ」

「いや…まぁ昨日はただ単に眠れなかったっていうのもあるんだけどね…」


「そっか……(結衣は結衣で悩んでるんだよね…)」

「京子ちゃん結衣ちゃん、おはよう!」


娯楽部の中で、事態が大きくなっていることを唯一知らされていないあかりが、
いつものあどけない笑顔を浮かべて玄関から出てきた。


「京子、あかりにはまだ伝えてないのか」


結衣が京子の耳元で状況の確認をとった。

「うん…もうあかりが寝ている時間だったからね」


「あかりには伝えたほうがいいんじゃないか」


「うん、ちなつちゃんと合流してからでいいよ」



「京子ちゃん結衣ちゃん、どうかしたのぉ?」


当然二人の不謹慎なやり取りに違和感を感じたあかりが声を掛けてきた。



「あっ、いや…うん…ちなつちゃんも居るときに皆で話し合いたいことがあるんだ」


あかりは隠し事がないことに安心した様子で頷いた。

校門前に着いてからも、ちなつちゃんと合流することはなかったので、
昼休みに娯楽部ミーティングと題して集まることにした。

昼休み


「すいません、病院で遅刻してきたので朝一緒に行けませんでした」


「気にすることないよ。ちなつちゃん具合悪かったら無理しないでね」


「結衣先輩〃いえ大丈夫です!それよりも今は娯楽部のことが最優先ですよ」



一年生の階の廊下の吹き抜けに集まったものの、
落ち着いて話し合える場所を求めていつもの娯楽部に辿りついた。


「今はまだ私たちのものなんだよね」


京子がボソッと呟いた言葉に、四人はより一層心が重くなった。

正直、正当性に置いては私たちが圧倒的に不利だ」


「たしかにそうですよね。でも何もせずにこのまま部室を明け渡すなんて御免ですよね…」



「でさ、ちなつちゃんとあかりになんだけど、
今回は私と京子に任せてもらっていいかなって。
元々茶道部室を不法占拠したのも私と京子が発端だしさ」

続けるようにして京子が口を開いた。

「うん、この件は私たちにけじめを付ける責任ってものがあると思うから。
あかりとちなつちゃんは傍観席で見守ってくれればいいよ」

結衣の言葉に続いて、京子もあかりとちなつを納得させるように言葉を掛けた。

さらに結衣は続けた。


「こんなことになったのも、私と京子が勝手に始めたことに二人を巻き込んでしまったせいであって、
二人には本当に迷惑掛けてしまったと思ってる…」

話を聞かされた二人は、
少しの間俯いて考え込んでいる様子であったが、
あかりは顔を上げて納得した表情を見せながら
京子と結衣に対して言葉を返した。


「結衣ちゃんと京子ちゃんが辛い思いをしながら出してくれた答えだもんね、
あかりは大切に受け止めるよ。

力になれないのは寂しいけど、
あかりはどんな時もごらく部の一員として応援してるね!」

京子と結衣は少しほっとした表情であった。


あかりとちなつの二人を今回の件に巻き込まないためにも、
結衣も京子も少し大げさに言ったところもあった。
しかし、ちなつちゃんからは怒りがこみあげてくるような声で返答が返ってきた。



「それこそ勝手じゃないですか…」


「…えっ」

三人の視線が一斉にちなつちゃんのほうに向いた。



「それこそ、結衣先輩と京子先輩の勝手じゃないですか」



「ちなつちゃん、京子ちゃんと結衣ちゃんはあかりたちのことを心配してくれて…」

ちなつちゃんが今苛立ちを隠せない状況だということに気付き、
思わずあかりがフォローに入った。

先輩達は私とあかりちゃんのことをなんだと思ってるんですか。
私もあかりちゃんも、
この部活が、
結衣先輩と京子先輩のいるこの娯楽部が好きで、
だからこそ毎日ここに集まっていたんじゃないですか。
なのになんで、今娯楽部最大の危機に、
私とあかりちゃんがただ見守っていることしかできないんですか。
それこそおかしいんですよ…」


感情的に声を出し過ぎてしまったため、
ちなつちゃんの息は荒くなっていた。目からは涙が零れていた。



「ちなつちゃんごめん…。どうやら私達が間違ってたみたいだね…」

京子が申し訳なさそうに俯く。



「あかり、何もできないかもしれないけど、
足手纏いになるかもしれないけど、
でもやっぱり娯楽部のために出来ることしたいよ!
そうだぁ!まずはクラスの友達に娯楽部の良いところを話してあげよぉ」


「あかりもごめん…。悪かった…こんな私達だけど許してくれるか……」


「ううん、結衣ちゃんいいんだよ。
こんな時こそみんなで一つにならないとね!」

「ごめんなさい、
私…結衣先輩と京子先輩が娯楽部にどんな思いを募らせているのかとか、
なにも分かろうとしないでこんなこと言っちゃって…」


「ちなつちゃん、もういいよ…」


結衣はそう言葉を告げると、
ちなつちゃんの頭を自分の胸元へ引き寄せた。


「ちなつちゃんごめん…」


「えっ…結衣先輩…」


ちなつは驚きと嬉しさのあまりに落ち着かない様子だったが、
やがて顔を結衣の胸に埋めながら嗚咽しだした。

結衣は優しく頭を撫でてあげた。






「あっ、休み時間あと三分で終わっちゃうね」


状況が一旦落ち着き、
あかりが言葉を発した時には休み時間も残りわずかだった。

「よしっ、それではここにて娯楽部の絆がより一層深まったということで、」


京子が手の甲を向け前に差し出した。

一瞬戸惑った結衣も直ぐにそういうことかと気付き、
少し照れくさそうにしながら右の手のひらを重ねた。



「それじゃああかり達もだねっ」


あかりがちなつに笑顔で頷くと、ちなつも少し恥ずかしそうに笑いながら
結衣の手の甲に自分の手のひらを被せた。

そして、あかりとちなつちゃんも手のひらを重ね、にこやかな笑みを浮かべた。


最後に、京子が左手を乗せて皆とアイコンタクトを交わした。




「私達の娯楽部を絶対守り抜こう!」



すると同時に四人の掛け声が揃い、それぞれが手を自分の元へ引き戻した時には

四人の顔に自然と満面の笑みがこぼれていた。

これからどんな困難があろうとも、この四人であれば乗り越えれると…


そう確信した瞬間であった。


fin

ここまで読んでいただきありがとうございます。
この先を書くのは心が折れそうになるので、ここで終わるのがベストかと思いました。

不幸な展開でもそうでなくても、娯楽部は娯楽部で四人は仲良しだと…いいですね。
娯楽部がなくなった途端に疎遠だなんて嫌ですもんね。

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