やよい「ビジョナリー」 (47)




・アイドルマスターの世界観に【魔法】を持ち込むという内容です。

・最初に安価を一度だけ募集して、それに従いお話を書いていこうと思っております。

・ご協力よろしくおねがいします。



>>5  ある日突然、やよいが使えるようになった魔法は……?




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1418097219

人を幸せにする

安価が遠かったですね、もうしわけありません。
書き溜めをしてから投下したいと思います。
ご協力ありがとうございました。




 ◆◆◆◆◆◆



 いろんな意味での熱気が、私のほっぺたをなでました。

 手足が震えているのは、不安とかよりも、すっごく楽しみな気持ちが大きいからだと思います。

 胸がずっとどきどきしてるのも、きっとおんなじ理由です。

 前がぼんやりとしか見えないくらい薄暗いこの場所から見ると、外は波のように見えました。

 まるで夢みたい、っていう言葉が、こんなにしっくりくるなんて驚きです。

 それくらい不思議で、特別で、素敵なところ。



「やよい、ここにいたのか」

「あ、プロデューサー!」



 プロデューサー。

 私を助けてくれた人。

 私に幸せを教えてくれた人。



「緊張してないか?」

「はい、だいちょうぶです!」



 むしろ、わくわくしてるくらいです。

 私は薄暗い足元に気をつけて、プロデューサーに歩み寄ります。



「いま私、す~っごい幸せです!!」

「そっか、そうだよな。俺たちがここにいるっていうことは、とてもスゴイことだもんな」

「はい! プロデューサー、私をここまで連れてきてくれて、ありがとうございました!」

「お礼を言われるのは嬉しいが、それじゃまるで、もうおしまいみたいだぞ?」

「はわっ! そうですよね、今夜はこれからですもんね!」



 そう、今夜はこれからです。まだなにも始まっていません。

 この素敵な夜は、ここから始まるんです。今日まで、そのためにがんばってきたんです。



 一年前の あの日から、私は―――






 ◇◇◇◇◇◇



「うっ……ひっく……」



 この世界は、なんだか不公平です。

 おんなじ地区に住んでる、おんなじ学校の、おんなじクラスの子が、とってもお金持ちで幸せそうです。

 成績もそんなに変わらないのに、どうしてだろうっていつも考えちゃいます。

 良い子にしてれば良いことがあるのかなって思ってましたけど、そういうことでもないみたいです。



「ぐすっ……うぅ……」



 だから私は今日も一人、夕方の公園で泣いていました。

 給食費が払えないから。

 体操服がぼろぼろだから。

 鉛筆とか消しゴムがちっちゃいから。

 ノートが二週目だから。

 ゲームとかおもちゃの話についていけないから。

 お買い物しなくちゃいけないから。

 お掃除とかお料理しないといけないから。

 弟たちの面倒を見なくちゃいけないから。

 お友達と遊べないから。

 がまんしなくちゃいけないから。



 私は幸せになれないから。








「こんにちは」





 誰もいないはずの公園に、男の人の声が響きました。

 びっくりして顔をあげると、私が座ってるベンチからちょっと離れたところに、男の人が立っていました。

 男の人は、若いお兄さんでした。スーツを着て、ネクタイをしめてて、革靴を履いてて、サラリーマンって感じです。

 初めて会う人だけど、あいさつされたので、いちおう返事をしなきゃと思いました。



「え、えっと……」

「それとも、もう夕方だから、こんばんは、かな?」

「あ、え……」

「こんばんは」

「こ、こんばんわ……」



 私があいさつを返すと、スーツのお兄さんはにっこり笑いました。

 夕陽でオレンジ色に染まった公園で、スーツのお兄さんがぽつんと立っているのは、なんだか妙な感じです。

 だけどお兄さんはそんなこと気にしないで、キャッチボールするくらいの距離から私に話しかけてきます。



「いやなことでもあったのかな?」



 そう訊かれて、私はやっと思い出したみたいに目元をごしごしぬぐいました。

 そして急に恥ずかしくなって、逃げ出したい気分になりました。

 でも、走って逃げたら失礼かな? もしかして、追いかけてくるかな?

 ううん、なんとなく、このお兄さんはそんなことしない気がする。

 私がどうしようかときょろきょろしていると、お兄さんは笑顔のままで、



「お名前を訊いてもいいかな?」

「え……」

「きみのお名前。お嬢ちゃんって呼ぶのは、なんだかおじさんっぽくてイヤなんだ」

「えっと、その、高槻やよいです」



 どうして知らない人に名前を教えちゃったのか、それは私にもよくわかりません。

 ただ、あのお兄さんの笑顔を見てると、なんだか安心してしまったんです。

 名前くらい、いいかなって。





「高槻やよい、か。可愛らしくて、素敵な名前だね。やよいちゃんって呼んでもいいかい?」

「は、はい。……あの、お兄さんは?」

「うん?」

「お兄さんの、お名前は?」

「ああ……ごめん。俺、名前がないんだ」

「え?」

「だからみんな、俺のことはプロデューサーって呼ぶ。アイドル事務所でプロデューサーをやってるから」



 名前がないって、どういう意味なんだろ?

 よくわからないけど、とりあえずこのお兄さんはプロデューサーって呼んでほしいみたい。

 アイドル事務所って、すごいなぁ。プロデューサーってどういうお仕事か知らないけど、名前からして強そうだなぁ。

 きっと私みたいにどうしようもない子とは、ぜんぜん違う世界の人なんだろうなぁ。



「じつはね、今もお仕事中なんだよ」



 私がほかのことを考えていると、プロデューサーさんは急にそんなことを言いました。



「お仕事? プロデューサーっていうお仕事ですか?」

「うん、そう」

「この公園でですか?」

「べつに公園だからじゃないよ。きみが、やよいちゃんが、公園にいたから。公園でお仕事することになったんだ」

「?」



 私は、首をくいっと傾けました。

 私の頭はあんまり良くないので、プロデューサーさんが言ってることがわかりません。

 でもなんとなく、プロデューサーさんは、私になにか用があるみたいだってことは、わかりました。

 そしてすぐに、それが正解だって知らされます。



「やよいちゃん、アイドルになってみる気はないかな?」

「……?」



 私は首を傾けすぎて、ちょっと痛くなりました。

 それで、プロデューサーさんが言ったことをゆっくりのみこんで、それから……



「えええええええええええっ!?」



 すっごくびっくりしました。





「わ、私が、アイドル!?」

「うん」

「テレビできらきらしてる、あのアイドルですか!?」

「うん」

「あ……詐欺ですね! アイドル詐欺です! 私をだまそうとしてるんです!」

「ちがうよ」

「ちがうんですか?」

「うん」

「そうだったんですか、ごめんなさいっ!」



 詐欺じゃないみたいなので、私は失礼なことを言っちゃったのを謝ります。

 謝るのはすぐがいいって、お母さんが言ってました。あとになると、どんどん謝りづらくなるって。



「でも、私がアイドルだなんて……」

「ぴったりだろ?」

「ぜ、ぜんぜんです! 私なんて、ぜんぜん……」

「かわいいよ」

「はわっ!?」

「かわいい。すごくかわいい」



 私はプロデューサーさんに背中を向けて、両手でほっぺたを冷やします。

 指で触れると、顔がとっても熱くなっていました。きっと真っ赤になっちゃってます。

 そんな、男の人にかわいいって言われたことなんて、今までぜんぜんなくって、だからこんなの、困っちゃいます!

 で、でも、ちょっとだけ、うれしいかも……

 えへへっ♪





「あっ……」



 でも私は、いきなり現実にひき戻されました。

 なんで私なんかが、ちょっとでも夢見ようなんて思ったんだろう。

 胸がずきずきして、鼻の奥がつーんと痛くなりました。

 私は、ゆっくりプロデューサーさんを振り返ります。



「……あの、ごめんなさい。私、アイドルなんてなれません」

「どうしてだい?」

「だって、お父さんとお母さんが忙しくって、だから弟たちの面倒を見ないといけないんです」

「なるほど。もしかして、やよいちゃんがここで泣いてたのも、そのことについてなのかな?」

「……」



 私はつま先を見つめて、黙りこみます。

 いつも泣きそうなときは、顔を見られたくないから前髪で隠すんです。

 ほんとは、アイドルになってみたい。ほんとは、ずっと憧れてたんだもん。

 小学生のときの町内会で、歌って踊って、盛り上がって、褒められて。

 それからずっとアイドルになりたいって思ってたけど……



「ごめんなさい、アイドルにはなれないです。ほんとうに、ごめんなさい……」



 だいちょうぶ、あきらめるのは慣れてるから。

 がまんするのは得意だもん。お姉ちゃんだから。

 だから、涙だってこらえられる。





「そっか。それじゃあしょうがない。無理に引っ張ってくわけにもいかないしな。あきらめよう」

「あ……」



 こんな簡単に、あきらめちゃうんだ。

 そっか、そうだよね。私がアイドルにならないって言ってるんだもん、しょうがないよね。

 もしかして、心のどこかで、むりやり引っ張っていってくれるのを期待してたのかもしれません。

 でも、そんなことあるはずないです。そんなのいけないことだもん。

 だからこの話は、ここでおしまい。

 ずっとなりたかったアイドルの夢も、おしまい。

 これからもずっとがまんして、良いお姉ちゃんでいないと。

 これからもずっとあきらめて、良い娘でいないと。

 これからもずっと泣きながら、良い生徒でいないと。



「えぐっ……ひっく……」



 いつもならがまんできるのに、なんでか今日は、むりでした。

 そんなに私は、アイドルになりたかったのかな。

 それとも、この公園でだけは泣いていいって決めてあるからかな。

 私がみっともなく泣いていると、プロデューサーさんはゆっくり近づいてきて、私の頭をやさしくなでてくれました。

 プロデューサーさんは私をゆっくりベンチに座らせて、となりに座って、私が泣きやむまでずっと頭をなでてくれました。





 ◇◇◇◇◇◇



 涙が止まったのは、もう夕焼けがすっかり消えて、空が暗くなっちゃってからでした。



「……ありがとうございました、プロデューサーさん」

「すっきりした?」

「はい、ちょっとだけ」

「そっか。もしかして、いつもこの公園に?」

「そうです」

「いつも泣いてるの?」

「……はい」



 私は服の裾をぎゅっと握って、また泣きそうになっちゃうのをがまんします。

 するとプロデューサーさんはベンチから立ち上がりました。

 もう帰っちゃうのかと思って、私はすごくあわててプロデューサーさんを見上げます。

 でもプロデューサーさんはすぐに振り返ると、そのまま私の前でしゃがんで、そして。



「笑ってごらん」

「え?」

「にっこり笑ってごらん。それが、きみの魔法だ」

「え、あの……」

「弟たちに、お父さんお母さんに、お友達に、先生に、……笑ってごらん」



 言いながらプロデューサーさんは、にっこり笑います。

 私はとまどいながら、プロデューサーさんに言われるままに笑ってみます。

 に、にこ……





「ふむ。まだぎこちないけど、十分みたいだね。それじゃあこれから、会う人みんなに笑いかけてごらん」

「え……」

「それができたら、俺は明日もここに来るよ。プロデューサーのお仕事としてね」

「!」



 プロデューサーのお仕事としてって……それってつまり……



「さて、と。すっかり遅くなっちゃったな」



 プロデューサーさんはゆっくり立ち上がると、



「それじゃあ、やよいちゃん。また明日」

「は、はい! えっと、また、あした!!」



 私はベンチから跳ねるみたいに立ち上がると、勢いよく頭を下げました。

 それを見たプロデューサーさんはにっこり笑うと、



「忘れないでな。今日帰ったら、家族にさっそく笑ってごらん。にっこり、ね」



 そう言ってプロデューサーさんは、公園の出口に向かって歩いていきました。

 私はその背中が見えなくなるまでずっと立ちっぱなしで、足が動いたのは公園の時計を見た瞬間でした。



「はわっ!? もうこんな時間! 長介たちがおなかすかせちゃう!!」



 もうすっかり暗くなった公園から駆け出して、街灯の光を頼りに走ります。

 たしか、まだ食材は残ってたと思うから、お買い物は明日すればいいかな。

 とにかく私はまっすぐに、弟たちの待つおうちへ、いちもくさんに帰りました。





 ◇◇◇◇◇◇



 おうちに帰ると、弟たちはおかんむりでした。



「あっ、帰ってきた!」

「やよい姉ちゃん、どこ行ってたんだよ?」

「おそいよー」

「おなかへったー!」

「ご、ごめんね! すぐごはん作るから!」



 私は駆け足で台所に向かって、すぐに料理を始めました。

 お母さんがいないときは私がお料理をしなくちゃいけないので、もうお料理は得意になりました。

 でも、最初は「おいしい」とか「ありがとう」とか言われてても、そのうち言われなくなります。

 それが当たり前になって、親切が親切じゃなくなって、お手伝いは習慣にされちゃいます。

 私のクラスで、家族のごはんを作ってるって子はいないみたいです。

 すごいって言われます。えらいねって言われます。

 でも、どんなにがんばって作っても、そのうち家族は、なにも言わないで、表情も変えないで、ただもぐもぐ食べておしまいです。

 べつに、褒めてほしいわけじゃないけど。

 でも、なんだか、ときどき……イヤになっちゃうときはあります。



「……」





 作ったお料理をテーブルに運んで、並べて、みんなで集まります。

 そしていつもみたいに「いただきます」を……

 やだな、いつもみたいになんて。

 ……あっ! そういえば、プロデューサーさんに言われたこと、やってませんでした!

 帰ったら、家族ににっこり笑えって言われたんだった。

 でも、急に笑ったら変かな。

 あれ?

 そういえば、私が最後に笑ったのって、いつだっけ。

 昔はたしか、ずっと楽しくって、ずっと笑ってたような気がするのに。

 もうずっと、笑ってない気がする。

 もうずっと、泣きっぱなしな気がする。

 まだ私、上手に笑えるのかな。

 ううん、まぁいっか。変でも、おかしくっても。

 これでプロデューサーさんと、明日も会えるなら。

 私はよけいなことを考えないように頭を振って、それから、精いっぱい笑いながら、



「いただきます!!」



 大きな声で元気にいただきますを言いました。



「……やよい姉ちゃん?」



 私が急にへんなことしたから、みんなへんな顔してます。

 私は顔が熱くなっちゃうのを感じたけど、でもしらんぷりして、もう一回言いました。



「いただきます!!」

「い、いただきます……」





 今度はみんな、ちゃんといただきますをしてくれました。

 それから、私に続いてみんなもごはんを食べ始めました。

 恥ずかしかったけど、これでいいんだよね。

 私はちょっと落ち込みながら、さっき自分で作ったごはんを食べます。

 すると、



「わ、うまい! 今日のごはん、すげーうまい!」

「……え?」

「ほんとだ! すっごくおいしい!」

「あ、わかった! コーキュー食材使ったんだ!」

「やったー、こーきゅー!」

「え、え?」



 私は、なにがおこってるのか、さっぱりでした。

 いつもとおんなじ食材で、おんなじように作ったはずなのに。

 ううん、むしろ今日はすっごく急いで作っちゃったのに。

 なのに。

 どうしてこんなにおいしいって言ってくれるんだろう。

 どうしてそんなにおいしそうに食べてくれるんだろう。

 そうして私は、今日という日が、いつもとどう違うのかって考えて……



「……あ」



 そして一つだけ、いつもと違うことを思いつきました。

 そうだ。

 さっき私。

 プロデューサーさんに言われたとおりに……



 笑ったんだ。






 ◇◇◇◇◇◇



 どきどきします。

 失敗したらどうしよう、とか。

 変な子って思われないかな、とか。

 あとで大変なことにならないかな、とか。

 でもでも、勇気を出してやってみました。



「おはようございまーっす!」



 教室に入った瞬間、精いっぱいの声で元気にあいさつしました。

 緊張して、両手がぴーんってなっちゃったけど、おっきな声であいさつできました。

 もちろん、にっこり笑顔で!

 そのままの顔でゆっくり頭を上げると、さっきまでにぎやかだった教室は、静かになっちゃってました。

 私は笑ったまま、ちょっとへんな汗をかいちゃってます。

 もしかして、ダメだったかな……?

 そう思ったときでした。



「おはよう、やよい!」

「なになに、今日は元気だね!」

「おはよー、いいことあったの?」

「あはは、キャラ変したの?」

「かわいいなー、もう!」





 友達の女の子たちがいっぱい集まって、私はあっというまに囲まれちゃいました。

 私は背がちっちゃいので、それだけでもうなにも見えなくなっちゃいます。

 だけど女子の輪の外から、男子の声がちょっとだけ聞こえてきました。



「高槻って、暗いやつかと思ってた」

「オレも……」

「あいつが笑うとこ始めて見たわ」

「っていうか、けっこうかわいくね?」

「や、やっぱそう思ったか!?」



 あぅ……な、なんかすごいこと聞こえたような気もするけど。

 でも、昨日の晩ごはんのときみたいに、笑ったらいいことがありました。

 いつもは私なんか、教室でしずかにジッとしてるだけなのに、今日はこうやってみんなに囲まれちゃって。

 こんなにいっぱいの人に見られたのなんて、いつぶりかな?

 あの町内会が最後だったかな?

 うれしいなぁ!

 楽しいなっ!

 もっと笑えば、もっとにっこりしてれば、もっと素敵なことになるのかな?

 みんな見てくれるかな。

 みんな褒めてくれるかな。

 みんな笑ってくれるかな。



「やよいちゃん、宿題やった? 写させてあげよっか」

「高槻、いまどき鉛筆とか使ってんなよ。ほら、このシャーペンやるよ」

「なぁなぁ、プリンいる? あげよっか?」

「もう、高槻さんは机運ばないでいいんだよ。ゴミでも掃いといて」

「今度の休み、あたしの家で遊ぶからやよいも来ない?」



 ……すごい!

 すごいすごいすごい!!

 みんな私にやさしくしてくれる!

 みんながにこにこしてくれてる!

 いいのかな、こんなに素敵な思いをしちゃって。

 夢じゃないかな、こんなに素敵な出来事が、たくさん。

 昨日までとは、ぜんぜん、まるで違う世界に来たみたい……!






 ◇◇◇◇◇◇



「どうやらとても楽しい一日だったようだね。喜色満面といった様相でなによりだよ、やよいちゃん」



 昨日とおんなじ公園、おんなじ時間。

 オレンジ色になった公園のベンチで、私がとっても幸せな気持ちで待ってると、今日もプロデューサーさんが来てくれました。

 スーツは昨日とおんなじやつみたいに見えるけど、ネクタイは青から黄色に変わってます。

 プロデューサーさんがいつ公園に来たのかはさっぱりわからないけど、やっぱり昨日みたいに、気が付いたらそこにいました。

 キャッチボールをするくらいの距離で、プロデューサーさんは私ににっこり笑いかけます。

 そして昨日とおんなじように、



「こんばんは」



 私はすぐに立ち上がると、勢いよく頭を下げました。



「こんばんわ! それと、あの……プロデューサーさん、ありがとうございます!!」

「はて、お礼を言われるようなことをしたかな、俺は」

「プロデューサーさんが教えてくれたおまじないで、今日はす~っごく楽しい一日でした!」

「おまじない?」

「にっこり笑うっていう、あれです!」

「ああ、なるほど。たしかにおまじないと言えば、そうかもしれない。いやぁ、言いえて妙だな」



 プロデューサーさんは、ちょっとだけイジワルな感じに笑って、それからすぐに、いつものやさしい顔に戻りました。





「やよいちゃん、今日は楽しかったかい?」

「はい! みんなが私にやさしくしてくれて、にこにこ楽しそうで、すっごく素敵な一日でした!」

「そっかそっか、それは重畳。素晴らしいことだ」

「これって、どうしてなんでしょうか?」

「どうして? どうしてやよいちゃんが笑うと、みんながやよいちゃんの思い通りに動いてくれるのか?」

「は、はい」



 プロデューサーさんは、ちょっとだけ空を見上げました。

 私もつられて上を見るけど、オレンジ色の空しか見えません。

 それからプロデューサーさんは、ゆっくり私の顔に視線をもどして、



「魔法だよ」



 そう一言だけ、言いました。



「……ま、ほう?」

「そう、魔法。日曜の朝っぱらから可愛らしい少女たちが、ファンシーな敵対勢力を暴力的に爆散させる、あれだよ」

「え、えっと……」

「まぁ俺はおジャ魔女世代だったから、月に代わってお仕置きしたり、プリティでキュアキュアな魔法は知らないんだが」



 プロデューサーさんの言ってることはむずかしくって、私にはよくわかりませんでした。

 きっとプロデューサーさんはプロデューサーだから、ギョーカイ用語っていうやつなんだと思います。



「とにかく魔法だ。魔法。そうだな、超能力と言い換えてもいい」

「まほう……ちょーのーりょく?」

「普通の人じゃ一生かかってもできないようなことを、一瞬でできてしまう才能のことさ。それをやよいちゃんが持ってる」

「えっ!?」

「なにを驚くことがあるんだい? 実際に今日、たくさんの人たちに魔法をかけただろう?」



 魔法を、かけた?

 長介たちに? クラスのみんなに? ……あと、ここに来る前に寄ったスーパーのおじさんに?

 だから長介たちはおいしいって言ってごはんを食べてくれた?

 だからクラスのみんなはやさしくしてくれた?

 だからスーパーのおじさんは割引シールを貼ってくれた?

 私が魔法をかけたから?





「やよいちゃん。キミには他の人に無い特別な力がある。そしてやよいちゃんにとっての“呪文”が、笑顔だったのさ」

「え、えっ……」

「いくらなんでも、笑ってるだけでみんなが急に優しく接してくるなんておかしいだろう?」

「……でも」

「だから……そう、“だから俺がここにいる”。警告のために」



 プロデューサーさんがなにを言っているのか、私にはさっぱりわかりませんでした。

 でも、プロデューサーさんの顔はとってもマジメで、冗談とか、そういう感じじゃないってことは、わかりました。

 私にはへんなチカラがあって、だからそれをどうにかするためにプロデューサーさんがここに来てるんだって、わかりました。

 私が今日体験した、素敵な世界をなんとかするために、ここに来てるんだって、わかりました。

 だから、私は……



「無駄だ」



 プロデューサーさんににっこり笑いかけた私は、だけどプロデューサーさんの怒ったような顔に、返り討ちにされちゃいました。

 その表情にびっくりして、思わず一歩、後ろに下がっちゃいます。



「キミの力は、キミの魔法は、そんな都合のいいものじゃない。他人に優しさを強要するようなものじゃない」

「でも、みんなは……」

「もしも今日、周りのみんなをやよいちゃんの思い通りに操れていたとすれば、それはやよいちゃんとみんなが優しかったからだ」

「え?」



 プロデューサーさんは、やっぱりキャッチボールするくらいの距離から、じっと私を見つめます。



「やよいちゃんの魔法は、『人を幸せにする』という魔法だ。それ以外のことはなにもできない」



「……人を、幸せにする?」

「そうだ。やよいちゃん、人が人を幸せにするために必要な最低条件はなんだと思う?」

「え……」

「それはね、人を幸せにしようっていう本人が、幸せであることさ」



 私はゆっくり、足から力が抜けていくみたいにゆっくり、ベンチに座りました。

 なんだか、立っていられなくなったからです。





「自分が幸せだから、誰かを幸せにしてやろうだなんて奇特なことを思うのさ。恵んでやろうと思うのさ。お小遣いをやろうと思うのさ」

「おこづかい……?」

「そう。幸せってのは金に似ているよな。1が0に、0が1になったりはしない。絶対にしない。決して」

「……っ」

「誰かを幸せにするためには、それに見合っただけの幸せをべつのところから見繕ってこなくちゃいけない。あるいは自らが捻出しなければならない」

「み、みんないっしょに幸せに、なったり、とか……」

「そんなことはありえない。親切には我慢が、協調には諦めが、思いやりには遠慮が付きまとう。それはキミが、誰より知ってるだろう?」



 ……それは、わかります。

 誰よりもわかると思います。

 それが私の、昨日までの人生だったから。



「誰だって、借金してまでお小遣いをあげたいだなんて思わない。普通は余裕があるときだけだろ、人を幸せにしてやるのは」

「……」

「もっとも、“良い子症候群”っていうのかな……良い子であることを強要され続けた子は、身を滅ぼしかねない借金をしてでも、お小遣いをまき散らすそうだけど」

「……」

「だけどやよいちゃん、キミの魔法は違う。その魔法を使えば……キミだけは、好きな時に、好きな人を、好きなだけ、幸せにしてやることができる」

「!」



 私が、人を好きなだけ幸せにできる?



「まぁ幸せなんて、しょせんは気分だ。高価なプレゼントなんて与えなくても、人は簡単に幸せになる。なった気になれる」

「……」

「そして幸せな気分のときは、普段よりもずっと食べ物を美味しく感じたり、物事を好意的に見るものだ」

「!」

「みんながやよいちゃんに優しくしてくれたのは、やよいちゃんからもらった幸せの“お釣り”なんだよ」

「お釣り?」

「やよいちゃんに幸せにしてもらったから、幸せな気分にしてもらったから、気前が良くなったのさ。もちろん本人たちは無自覚だろうが」



 だからみんな、やさしくなったんだ。にこにこして、幸せそうだったんだ。

 だからさっき、プロデューサーさんにはきかなかったんだ。





「あ、あの……!」

「うん?」

「私、どうなっちゃうんですか? もしかして、逮捕されちゃうんですか!?」

「は? おいおい、どうしてそうなるんだ」

「だって……」

「そんなわけないだろう。俺はあくまで、警告に来ただけだよ」



 プロデューサーさんは、さっき言ったことをもう一度、私に言いました。

 “警告”。



「もうなんとなく察しはついてるだろうが、キミみたいに魔法が使える人間は、じつはほかにもいるんだ」

「や、やっぱり、そうなんですか?」

「というか、俺もその一人だ」

「えっ!?」

「だからやよいちゃんのような魔法についてよく知らない子に、いろいろ教えてあげてるんだ」

「どうしてですか? あの、私、お金なんて持ってませんけど……」

「いやいや、代金はいらない。そんな下卑た理由じゃない。単純に、危険だからさ」

「キケン? あぶないんですか?」



 私のそんな質問に、プロデューサーさんは、やさしい目をゆっくり細めて、



「そう、危ないんだ……やよいちゃんがね」



 低い声で、そう言いました。



「え? わ、私が、あぶないんですか?」

「不思議に思わないかい? 魔法を使える人間がいっぱいいて、世間が騒いでいないのは」

「あ……」

「そう、魔法を犯罪に使うような人間が現れないとも限らないだろう? なのに、世界はこんなにも平和だ。どうしてだと思う?」

「どうして、なんですか?」

「魔法を使えることが普通の人にバレたら……あるいは、魔法を悪いことに使ったら……」



 プロデューサーさんは、ちょっと怖い目で、怖い声で、





「大切なものを失うんだ」







 ごくり、っていう音が聞こえました。たぶん、私のノドが鳴った音です。

 大切なものを、うしなう? なくしちゃうってこと、なのかな?



「バレた範囲、悪事の程度にもよるけど、そのルールを破ると、必ず報いを受けるんだ」

「ど、どうして、そんなことがわかるんですか?」

「俺は“名前”を失った」

「―――ぁ」

「うちの事務所の社長は“顔”を失った。事務員さんは“夢”を失った」

「……っ」

「これ以上、誰かになにかを失ってほしくない。そのために、俺はやよいちゃんに会いに来たんだ」



 もしプロデューサーさんに会わないで、魔法のことに気がついたら……私は悪いことには使わなかったのかな。

 今日みたいにいろんな人に魔法を使って、いつか調子に乗って、悪いことをしちゃったかもしれません。

 そして、大切なものを……



「だから“警告”だ。やよいちゃんの“人を幸せにする魔法”は、使い方次第で世界を操ることもできるかもしれない」

「ええっ!?」

「だけどその魔法は、もっとささやかに、ひっそりと、そして素敵なことに使ってほしい」

「すてきなこと?」

「そう。たとえば……ファンのみんなに元気を与える、とかな」

「!!」



 胸が、大きくドキってしちゃいました。

 ファンって、それってもしかして……





「なぁやよいちゃん。キミが本当はアイドルをやってみたいと思うのなら、ご両親に頼んでみてはどうだい?」

「え、あ……でも、私……」

「アイドルとして売れてきたら、月に何十万と稼ぐこともできるよ」

「なっ、なんじゅーまん!?」

「もっと売れたら、何百万かもな。アイドルも立派なお仕事だからね。やよいちゃんが頑張ったら、その分だけお給料はたくさん出るよ」

「!」



 そ、それなら、家計の助けになるかも!

 給食費も払えるし、長介やかすみたちに、新しい筆箱とかお洋服とかだって買ってあげたりできます。

 お母さんも働かなくてだいちょうぶになって、いつもおうちにいてくれるようになるかも。

 お金のためにアイドルって、だめなんでしょうか?

 ううん、お金のためだけじゃないもん。私はずっと前からアイドルになりたかったんです。

 みんなの前で歌って、踊って、みんなと盛り上がりたかったんです。みんなを笑顔にしたかったんです。

 こんな私でも、みんなを幸せにしたかったんです!



「私、アイドルやります! やらせてください!!」



「……いいのかい?」

「はい! もう決めました! いっぱいがんばって、いつかすっごいアイドルになっちゃいます!」

「いや、やよいちゃんならきっとなれると思うが……ほら、ご両親に相談とかしなくていいのかなって」

「お父さんたちにはあとで相談しますけど、でも、ぜったいに良いよって言ってくれます」

「そうなのか?」

「はい! だって、今の私のお願いなら、みんな叶えてくれますから」

「!」



 魔法を使うのは、ちょっとズルいかな。

 でも、家計のためでもあるから、悪いことじゃありません……よね?

 これからはもう、魔法はほかの人のためにしか使いません。

 だから、今日だけ。





「今日、ご両親はいるのかい?」

「はい! たしかごはんまでには帰るって言ってました!」

「これからご両親とお話しするのなら、俺も同席させてくれ。後日、事務所にもみんなで見学に来てほしい。じゃないとご両親も不安だろうしな」

「うっうー! ありがとうございまーっす!」

「ぐっ…………」

「プロデューサーさん?」

「いや、来ると覚悟してても、慣れないうちは結構効くなぁって……やよいちゃんの魔法」

「?」



 よくわかりませんけど、プロデューサーさんはちょっと困ったみたいな顔で笑ってました。



「ああ、それと。これから事務所の仲間になるのなら、呼びやすいように呼んでくれ。さん付けなんてしなくていいからな」

「はい! じゃあ私のことも、やよいって呼んでください!」

「わかった。これからよろしくな、やよい」

「よろしくおねがいします、プロデューサー!!」



 それから私たちはいっしょに、私のおうちに向かいました。

 いきなり知らないお兄さんを連れてきちゃったから、みんなびっくりしてましたけど……それは笑ってごまかしちゃいました。

 お父さんとお母さんを説得するのは私がやろうと思ってたんですけど、でもほとんどプロデューサーがやってくれて……

 プロデューサーがすっごく一生懸命にお話ししてくれたおかげで、すぐにお話がまとまっちゃいました。

 さすがギョーカイ人です! ぷろふぇっしょなるです!

 やっぱりプロデューサーっていうだけあって、素人のデューサーとはちがうんですねっ!

 だから、つまり、こうして私は……




 アイドルに、なれたんです。






 ◆◆◆◆◆◆




「この一年、あっという間だったな」

「はい。一生懸命お仕事をがんばって、それで、ついに今日……」

「ああ。こうしてこの場所に招待された……この、国際音楽祭に」



 世界中の人が集まる南の島、バケーションアイランド。

 そこに私たち【ファンキーノート】が、765プロを、日本のアイドルを代表して招待されています。

 出番はもうすぐ。野外ステージの観客席は人の波にうめつくされていて、その熱気はステージ脇にいる私たちにまで伝わってきます。

 緊張はありません。むしろ、ずっとどきどきわくわくが止まらないくらいです。

 あの町内会で歌って踊ったときより、ずっときらきらしててすごいステージ。

 そこで今から私が、私たちが、ずっと憧れてたアイドルとして、歌って踊れるんです。



「私、幸せです! プロデューサーのおかげで、す~っごく!!」

「そうか。今のやよいなら、魔法なんて使わなくても、魔法以上にみんなを幸せにできるよ」

「えへへ、そうですか?」

「そうとも。だから……思いっきり楽しんで来い!」

「はいっ!」



 私が右手をあげると、プロデューサーはすぐに左手をあげてくれます。

 この一年、ずっといっしょにいたから、なんにも言わなくたって、お互いになんでもわかっちゃいます。

 私のしたいこと、私のしてほしいこと、プロデューサーは魔法なんて使わなくても、なんでもわかって叶えてくれます。

 だから私は、そんなプロデューサーに幸せになってもらうためにも、今日のこのステージはぜったい成功させます。



「ハイ、ターッチ! いぇい!!」



 手のひらからもらったプロデューサーの元気のおかげで、私の体はぽかぽかしちゃいます。

 これでもう、誰にも負けません! 完全無敵、でぃすてにー級のホームランキングです!

 奇跡のサヨナラ・満塁ホームラン、かっ飛ばしてみせます!





「お、みんな来たみたいだな」



 プロデューサーの後ろから、【ファンキーノート】のみんなが歩いてきます。

 もう、ぜんぶぜんぶ、そろっちゃいました! じっとなんてしていられません!



「プロデューサー、いってきます!!」

「ああ、行ってこい!!」



 私たちは勢いよく走りだして、きらきら輝くステージに立ちます。

 数えきれないくらいたくさんの人の目の前に出ると、どきどきがもっと強くなります。

 こんなにたくさん人がいるのに、きっといちばん幸せなのは私なんだって、そんな気がするんです。


 それじゃあ、私だけがこんなに幸せなのは不公平ですよね。

 だから、この幸せをみんなに分けちゃいます!

 このステージを見たみんなを、い~っぱい幸せにさせちゃいます!



 プロデューサーと出会って、私の世界が変わったみたいに……


 みんなの世界も変えちゃいまーっす!!





「よぉーし、みんな、いっくよーっ!!」









 やよい「ビジョナリー」




 おしまい。




思ってたのと違いましたが、どうにか終わったのでよかったです。

読んでいただいた方はありがとうございました。
それではHTML依頼を出してきます。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom