アスナ「森の家に、お風呂を取り付けてみた」ユウキ「え、ボクも入るの?」 (SAO) (34)

気を取り直して。ネタバレ注意。
思いついたまま書いていきますので、
見苦しい点が多々あると思います。

ユウキとアスナの友情





ボクは気が付くと、自宅にいた。
自宅というのは、もう誰も住んでいないボロ屋敷のことだ。

陽の光でさえ消え入ってしまいそうな、
生活感の失われた、廃墟。

それはこの間、ボクがアスナと見た時に感じた、
あの家の印象だった。

なのに、今は、ボクの目の前に、
姉ちゃんがいて、賛美歌―アメージンググレイスを熱唱していた。

なぜ。


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本当に、ボクは頭がついにどうかしてしまったのだろうか。
それとも、夢?

「ユウキ、今度教会で歌うんだから、もう少し音痴直しておかないと」

「え……?」

お父さんが、横で笑った。
なんだ、これ、夢だ。

「お父さんは、ユウキのしゃがれた美声、好きだけどなあ」

「私、さすがにそこまでは言ってないんだけどね」

うわ。
ボク、こんな夢初めて見た。
すごく、リアル。
すごい。
すごい。
ボクらが座っている白木のベンチ付きテーブルは、
まるで、塗り立てたばかりのように眩い色をしていた。

庭は芝生も整っていて、まるで、あの頃のまま。
泣けてくるね。
神様、すごいプレゼントだ。
ありがとう、ほんとに、嬉しい。
ボクは興奮した。

テーブルの上には、ランチボックスが置いてあって、
サンドイッチがギュウギュウに詰め込まれいる。
凄く、美味しそうだ。
お腹も空いた。

姉ちゃんのアメージンググレイスは、
ボクよりもひどい気がしたので、笑ってしまった。
半眼で睨まれる。

「ユウキ……なんで、泣いてるのよ?」

「え……あ、はは」

頬に触れると、なるほど、分からなかった。
涙が流れていた。
姉ちゃんはしおらしい顔つきでボクの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「そんなに音痴気にしてたの、ごめんて」

「違うよ、そんなんじゃ」

違う違う。悲しいわけじゃないんだよ。
嬉しくって泣いてるんだ。
言ってもわかんないだろけど。
だって、なんせ、ボクの夢だろうし。
彼らの全ての行動はボクが支配しているのだ。
彼らの行動は全てボクが目的を作っているということで。
じゃあ、なぜボクはこんな夢を見ているんだろう。
と、考えて、先ほどまでボクが一体何をしていたかという所にいきついた。

ボクは、ボクの夢の目的を思い出そうとして、
瞬間――ビー! という警告を知らせているかのような、耳をつんざく音。

「な、なに!?」

声が脳裏に木霊する。
誰?

『取り壊しの件――で』
『未成年者の――後見人として――』
『許可を――』
『確定事項――』

「どうした、ユウキ?」

お父さんが、目を丸くしている。
お父さんには聴こえていないようだった。

「あ、いや……」

ボクは動機がしてきて、汗が噴き出してきた。

「大丈夫か、ユウキッ」

立ち上がって、お父さんはボクの肩を揺らした。

「だ、大丈夫だからッ」

そうだ。ボクは、さっきまで、ボクを生かしてくれる、
あの機械と管に囲まれた部屋にいた。
声は、叔母さんのものだった。ボクのお父さんのお姉さん。

ボクの作り出した砂の城をかき消すように、
叔母さんの甲高い声がわんわんと響いて、
めまいと吐き気を覚えた。
こんな、幸せな気分をぶち壊されるいわれはない。
叔母さん、なんて酷い人。
ボクはもう、たまらなくなって、頭を抑えてしゃがみ込んだ。

「もう、止めてッ」

なんだって言うんだ!

いや、待て。
ボクはさっきまで叔母さんと話していたんだ。
じゃあ、ボクは叔母さんの話を無視して、
夢の世界に? 
はたまた、夢じゃなくて、バーチャル世界にダイブしたのか?
話の途中で?
なぜ、そんなことを。

「ボク、もしかして、逃げてきちゃったのかな……」

まさか。ボクが?
逃げる演技に違いない。
そういうのが得意だから。
逃げない演技の途中で、逃げるフリをしたのだ。

それなら、あの執念深い人は、きっと追いかけてくるに違いない。
保護者として。
どうして、追いかけてこない。
ボクに恨み言の一つでも言いにきそうな性格をしていると思ったんだけど。
ボクが子どもだからかな。
子どものボクが逃げたから、追いかけてこられないのかも。
そもそも、ボクは、一体全体何から逃げたのだろうか。

「ユウキ――!!!」

その悲痛な叫びで、ボクは飛び起きた。





「アスナ……?」

夢から覚めた。
それがはっきりと分かり、ボクは機械仕掛けの視覚を取り戻す。
聞こえた声の主が、ガラスの向こうにいて、カメラをズームすると、
泣き崩れていた。なんだ、何が起こったの?

「アスナ、どうして泣いてるの?」

少し抜けます。

「あ……ユ……ウキッ」

鼻をすすり、まるで今にも呼吸が止まりそうな嗚咽を繰り返しながら、
彼女がまたボクの名前を呼んだ。

コンコン――とガラスの叩く音、
隣に立っていた倉橋先生が片手を上げている。
彼は彼で、ひどく焦燥した表情だ。

「ボクが誰かもわかるかな?」

「はい……」

カメラの焦点を彼に合わせズームする。

「良かった。ユウキ君、キミは、さっきほどまでキミの叔母さんと話していたのも覚えているかな?」

「は、い……」

「そうか、今、叔母さんには外で待ってもらっている。彼女も相当驚いていたよ。うん、混乱している。だから、暫くは話し合う機会を見送らせて欲しいと頼んでみたところ、了承してくださった。彼女も、鬼ではない、そういうことだね」

「あの、言っていることがよくわからないです……すいません」

倉橋先生は、続ける。

「キミは、先ほど叔母さんとキミの財産である自宅についての取り決めをしていたんだ。残念なことに、キミの家は、やはり取り壊しが確定してしまったんだ」

「そう、なんですか……」

ああ、そう言えばそんなことを言っていた気がする。

「キミはそれを了承した」

「あ……」

思い出した。
そうだ、ボクは納得したのだ。
いくらお父さんの残したお金があろうとも、
結局外で管理をするのはボクじゃない。
ボクにできないことは、全て、叔母さん達がしなくてはいけない。
それを、してあげたいのはやまやまだけれど、
叔母さん達は忙しいから、かまってやれない。
そんなことを言っていた。

叔母さんは、こうも言っていた。
あれがあると、兄を思い出して辛い、と。
ボクにとっては、幸せの象徴なのだけれど。
いつまでも、死者に縛られたくないって。
ボクにはボクの理由があるし、彼女には彼女の理由がある。
互いに互いのエゴがあった。
叔母さんは、とても綺麗な包装紙にそれを包み込んで、
ボクの前に差し出した。

だから、ボクは白旗を上げた。
彼女の言葉に、ボクはボク自身の正当性を見失ってしまった。

「そして、君は意識を失ってしまった」

「は?」

ひしゃげたカエルが出しそうな声が漏れた。

「焦ったよ……」

ボクは、そんなことで意識を失ったのか。
そんなにショックなことだったのか。

いや、ショックだったんだ。
ボク、もしかして、叔母さんに対して、
アレルギーでも持っているのかも。

現実を投げ出してしまうような、強力な抵抗を感じてしまったんだ。
あの家を見たのは、本当に久しぶりだった。
歌を歌った、楽しい我が家。
ボクの本当の居場所。
それは、心の中にあったはずなのに。
やっぱり物質として存在してないとだめで。

ああ、気持ちまで思い出してきた。
さっきまでの夢、最高だった。
もう一度、見たいなあ。
きっと、ボクが逃げたから。
みんな帰ってきてくれたのかもしれない。
ボクが、逃げ出さなければ、彼らはボクを空の上から見守るだけなのだ。

「もう、大丈夫ですよ……叔母さんを呼んでください」

倉橋先生は、返答に迷っていた。
代わりに、アスナが制した。

「ダメよ……もしかしたら、また……」

「アスナ、ありがとう……いや、うん、でも……いいんだ」

何がショックだったのか。
家が無くなっちゃうのもショックだったけど。
でも、あんなのでも、一応親類の叔母さんに、
お父さんを無かったことにしたいと、
そう取れるようなことを言われたのが、
一番のショックだったんだ。

悲しみを乗り越えるためなのかもしれない。
でも、悲しかった。
叔母さんの中で、ボクは、もうすでにここにはいない存在だった。

その言葉は、お父さんやお母さんや、姉ちゃん、
それらで構成されていた、現実の絶剣をへし折ってくれたのだ。
もっと、以前だったら、叔母さんの言葉にびくともしなかったのに。
きっと、弱くなっているんだ。
体も。心も。
泣き虫になっているんだ。

それって、ボクの体内にもともとある細菌とかウイルスとかが、
ボクの心や脳みそをダメにしてしまって、諦めなさいと働きかけているんじゃないか。

そして、ボクは、もう一度、意識を失いたいと思っている。


「仕方がないしね、こればかりは……ボクは、何もできないし先も長くないし」

「ユウキ、何言ってるのよッ! 怒るよ!」

「……今、ちょっと、ごめんね。ボク、さっき、意識がなかった間に……姉ちゃん達に会って……」

「……え?」

「もう一度会いたい……んだ」

受け止めてほしい。
ボクを。

「ユウキ、ダメッ……それは」

「ダメなんて、言わないでよ……ごめん、ごめんね。きっと混乱してるだけだから……寂しいだけだから」


帰りたい。
あそこに。
ボクは、今すぐに、あの家に帰りたい。
あんな夢、見るんじゃなかった。
やっぱり、神様が選ぶのはろくなプレゼントじゃない。

「ユウキ……みんないるじゃない」

ボクは、また、どうしてアスナを泣かせてしまってるんだろう。

「ああ、うん……」

でも、記憶が焼き付いているんだ。
夢なんて、起きてから何時間か経てば、消えてしまうから。

「アスナ、おかしいんだ……昨日まで、こんなことなかったのに。寂しくて……」

逃げたい。
この孤独から、解放して欲しい。
会いたい時に会えないんだ。
叫ぶことができないんだ。
頭がおかしくなりそうだ。

「ここにはいられない……アスナッ……じっとしていられない」

「じゃ、じゃあ仮想世界に……」

「違う……そこにはいない……お母さん達は、そこには」

ボクは訳がわからないことを口走っていた。

「ここから、逃げだしたいんだ……」

今日はここまで

続き期待

原作は読んだ?

叔母さん悪者みたいに書かれてたけどこれweb版?

>>13
ありがと
>>14
マザーズロザリオ編だけ読みました
>>15
web版は知らないです。完全な、二次創作

>>8
訂正。兄じゃなくて、弟を思い出して辛い、でした。

アスナはボクの方を、正確にはカメラを見ていた。
穴が空くくらい、じっと。

「アスナッ……」

ボクは、もどかしかった。
仮想世界なら、感情に体は逆らえない。
でも、現実は違う。誰にも分からない。
今までだって、看護士にも医者にも親戚にも誰にも気づかれたことはない。
なにより、ボク自身が生身のその感覚を思い出せない。

でも、そう、キミは違った。

「ユウキ……泣かないで……ッ」

アスナにはボクの落涙が見えるのか。
嗚咽が聞こえるのか。

ボクは、泣いていた。
闇の中で、膝を抱えて。
深海に一人ぼっちのような、孤独。
 
「そこから、出たいんだよね……」

涙の乾かぬ顔で、アスナは小さく微笑んだ。
その顔に、ボクは強く惹かれた。
彼女は、意を決したように言った。

「いいよ。行こう……」

「いいの……?」

「いいんだよ、逃げたって……。ごめん、誰も、逃げちゃダメだなんて、本当は言えないよ……」

「そっか……」

ボクのワガママに付き合ってくれるの?

「……倉橋先生、あの――」




それからボクは、アスナの右肩に乗って、病院を後にした。

誰も、ボクらを止めはしなかった。
誰も、難しく考えることはなく、
当のボクでさえ、楽観的で、他人任せで、
ただ、彼女の肩に乗って、彼女に従った。

アスナはタクシーを使って、大倉山駅に向かった。
大倉山の屋内通路にたむろする人ごみを避けながら、駅のホームへとたどり着く。
アスナが東急東横線の横浜行きの切符を買うのに何の疑問も抱くことはなかった。


電車の中で、ボクらは注目されていた。
主に、ボクが。アスナはそれを全く介する様子もなく、携帯端末で何かを調べていた。
彼女の携帯端末の画面に映し出された地図が、次の到着地を指し示していた。

「どこへ……連れて行ってくれるの?」

京急本線特急三崎口行
50 分 (15 駅) 1 番ホーム
京浜急行電鉄

画面にはそう映し出されていた。

「海に、行こうかと思って……」

「海? いいね」

何年も行っていない。
ボクは、単純に心を躍らせた。

「ユウキ、今、笑った?」

アスナの方を見る。
線の細い横髪を耳にかけながら、彼女はボクに話しかけた。
車内で向かい側に座っていた男性が首を少しもたげた。
が、すぐに彼の持っていた新聞紙に目をやった。

「よく、分かったね」

ボクは言った。

「肩から伝わってきたよ」

「それはすごい……」

ボクは笑った。
アスナも堪えるように肩を少し震わせていた。
景色が流れていく。
高層ビルの隙間を抜け、
都会を離れ、徐々に家がぽつりぽつりと点在し始める。

時折、緑一面の耕作地が見えた。
田畑と田畑の間にある細いあぜ道を、
背中を丸めたおばさんが犬を連れて歩いていて、
それが新鮮だった。

数秒後には、それも視界から消えてしまった。
名残惜しむように、ボクは流れていく景色にフォーカスし続けていた。

ちょっとここまで

やっぱもうちょい続けます

電車で行き着いた三崎口駅は閑散としていた。
まぐろラーメンと書かれた上りが、海風に煽られている。
少し薄暗いのは陽が落ち始めているからか。
灰色の雲間から這い出る西日が、綺麗だった。

ボクらは京急バスを待って、城ヶ島へ向かった。

「こんなに遠出したの久しぶりだ……」

「デートみたいだね」

アスナがからかう。

「ふふ……うん……あ」

ボクははたと気がついて、

「電車とバス代を払ってない。なんだか申し訳ないや」

ボクは言った。

「気にしないでいいのに」

「後で返すよ」

などと、ボクが言うので、アスナは笑っていた。

7駅程どこに止まるでもなく通り過ぎたところで、
バスは天神町へ到着した。

アスナはバスを降りて、しばらく県道沿いに歩を進めた。
シャッター街が続く。
途中の路地を左に折れた。
家のブロック塀に囲まれた、細長い階段を下っていく。

「今から行く場所ね、一度だけ……行ったことがあって」

青空を背にしたオレンジに染まる電柱や電線に気を取られ、
ボクは返事が一瞬遅れてしまった。

「あ……うん」

「嫌なことがあった時に、どこか遠くへ行きたくて……」

「へえ……」

「偶然見つけた場所なんだ……そこにね、私、勝手に気持ちを投げ捨てて帰った……」

「何歳くらいの時だったの?」

「たぶん、中学に上がったくらいかな……当時の私には、けっこう長旅だったんだけど、今思うとそこまでって感じだね……」

しみじみと語った。
アスナは記憶を辿るように、
一段一段ゆっくりと階段を降りていく。

階段を降りきると、雑木林に隣接した一本道が続いていた。
年代を感じさせる家々とに挟まれ、隣県とは思えないノスタルジーに包まれる。
道の先には夕日が見えた。

アスナが息を吐いた。
気が付かなかったけれど、手をさする仕草を見て、
外の世界はかなり冷え込んでいるのだと分かった。

「大丈夫? 寒いの?」

「ああ、平気よ」

穏やかな口調。

「ずっと歩きっぱなしで疲れない?」

「そんなに心配しなくても大丈夫」

クリーニング屋の角を曲がりながら、
彼女は親指を立てる。
彼女は、ボクに何を見せてくれるのだろうか。
煮えた感情が、多少冷め、アスナへの罪悪感を感じ始めていた。
勢いで、ボク、アスナに迷惑をかけてしまった。

逃げたって、何かが変わるわけじゃないのに。
ボクらの横をすれ違う、はしゃぐ小学生の一群を見て、
背伸びするように、空に焦点を合わせた。

勾配のきつい坂を暫く進むと、
視界がぱっと開け青空が広がった。
下にはキャベツ畑。まるで湿地帯のようだ。
息を弾ませるアスナは少し立ち止まった。

「ここのキャベツ畑がね、凄かったの……あれ、3月くらいだったかなあ。大きなキャベツが開花したみたいになってて、今はまだちょっと小ぶりだね……」

ボクが見回したのを見計らうように、コンクリートで舗装されたあぜ道を再び進み始める。
生活道路に出ると、海が見えた。
脇道の入口に、杭が何本も刺さっている場所があって、アスナはそこで足を止めた。
獣道のように、浜辺へと繋がっている。

「ここ、降りるね」

「秘密基地みたい……」

「そんなものかも」

白浜には一隻の小舟が打ち上げられていた。
あとは流木だらけ。
集まりやすい場所なのかもしれない。
愚痴だって溜まるくらいだから。

何をするでもなく、ボクらは小さく波立つ海を眺める。
水平線には時折、大型の船舶が横切っていった。

「……アスナ」

「なあに?」

「会いたい時に、どうして、会いたい人に会えないんだろうね……」

「……」

「ごめんね……分からないよね」

酷い質問だ。
自分にぶつけて欲しくない問いを、人にぶつけてしまった。

「会いたくない人には会えるのにね……」

ボクは独り言のように呟いた。

「ごめんね、ボク、今日は謝ってばかりだ……」

「……ねえ、ユウキ。あの小舟乗れると思う?」

アスナが人差し指を指しながら、突拍子もないことを言った。

「ええ? あれは、沈んじゃいそうだよ……」

泥船とは言わないけれど、見るからに危なそうだ。

「あれに乗って、大海原に出たら……ユウキの感じている世界に、少しでも近づけるかな」

「それは……」

それは――、どういう意味?

「……よいしょ」

彼女は、船を押し始めていた。

「な、なにしてるの?」

「ちょっと、行ってみよっか」

「やめてよ、何考えてるんだよッ」

「あの試験室を出てからね、ずっと考えてたんだ。ユウキが行きたい場所について……」

「ううん、いいの……ボクのワガママに付き合ってくれただけで、幸せだよ」

「逃げるのはやめたの?」

「……うん」

「……ユウキ、逃げたっていいんだよ」

「……」

「疲れちゃったのなら、私が一緒にいてあげるから」

アスナはまた船を押し始めた。

「アスナッ……ボクッ……」

飛沫が船にかかる。
ずりずりと、海原に船が投げ出された。
アスナの足元に海水がかかっていた。
この季節に、水浸しになるだけでも、命に関わる。

「ユウキ、逃げたって……いいんじゃないかな。だって、それも、あなたじゃない……」

ちゃぷちゃぷと、ゆっくりと彼女は歩み始めた。

「お願い止めてッ!」

「……お姉さん達に会いたいんでしょ?」

「会いたいよ……会えるものなら、会いたいよ。どうして、僕だけこんなに這いつくばって生きてるんだろうねッ……生きようって、決めたのに、どうして後悔ばかりしちゃうんだろうッ……ボクの体は、もう、ボクの意思では動かせない、自分で死ぬことさえできない……それって、本当に生きてるって言えるのかな……ボクはもっと、神様にみんなに感謝したいのに、感謝しないといけないのに……ッ……ボクが認めてやらないとッ……」

心に積もった叫びは、一度堰が外されれば、濁流のように溢れ出た。
ボクはそれを全てアスナにぶつけてしまった。

時間が惜しいとか、かっこつけて、
ボクはいつも怯えていた。

「……ユウキ」

「あ……」

名前を呼ばれ、漸くボクは何を言ってしまったのかを自覚した。
アスナの手がプローブに近づき、そして触れた。

「ねえ、ユウキ。ユウキの中には、今、何が残ってる?」

「……ボクの中に?」

「うん……」

ボクの中に、何があるって言うんだろう。
ここで、吐き出したものが全てだ。
それ以外に何が。
鉄と鉄がぶつかり合う音がした。
砂塵。

「……残ったもの」

濃紺の長い髪の少女が――目の前に立っている。

「……絶対無敵の剣」



絶剣が笑っていた。

なんだって言うんだ。
ボクって奴は。
まともに、
逃げることすら、
できないのか。

バカだよ。
アスナ。
何が、一緒にだよ。
ふざけんな。
ボクの気持ちも、
考えてよ。

さっきまで、
自分だって、
泣いてたじゃんか。

そこまでする?
普通、そこまでする?
キミって、ホントに
最高に、
最上に、
バカで、
優しくて、
素敵で、
もし、ボクが将来ね、
結婚するならさ、
キミみたいな人がいいな。

次の日、ボクはアスナに呼び出されて、森の家の前で待っていた。
辺りは雪が降り積もり、新雪が眩しい。


「ユウキ!」

「おそーい」

「お待たせ。実はね、森の家にお風呂を取り付けてみたの」

「へえ」

「一緒に入ろ」

「え、ボクも入るの?」

「そうよ」

「い、いいよ……もしかしてそのために呼んだの?」

「うん」

「で、でも」

「いいからいいから」

アスナは玄関を開けて、ボクを無理やり中に引き入れる。

「イヤなこととか不安なことはね、熱いお湯に浸かれば流れていくこともあるよ」

「そ、それはそうかもしれないけど……」

「さっぱり、すっきり、していってね」

ボクは苦笑いを返す。
アスナはけっこう真剣だった。
キミみたいな人についての件は、ちょっと考え直した。



終わり

読んでくれてありがと!

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