理事長「ラブライアーゲーム」【ラブライブ×ライアーゲーム】 (364)

九人の少女が廃校寸前の母校で私利私欲のために富を賭けて争う。それが……。

ラブライアーゲーム!

ラブでライアーな時間をお届けします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1417609980

音ノ木坂学院、視聴覚室。そこに私たち九人はいる。

電気が消され、カーテンの閉まった部屋で、プツプツと光を放つスクリーン。

例のごとく、ひょっとこの仮面をつけた謎の人物が画面越しに語りかけてきた。



理事長「さて、では二回戦のゲームを発表します」



しかし、この謎の人物は何者なのだろうか……?

いや、今はそれより。また始まる……二回戦だ。

凝視していた画面が切り替わり、文字が浮かび上がってくる。



【サバイバルババ抜き】


エリ「ババ抜き……ですって?」

リン「ババ抜きなんて、ぜんぶ運じゃないの? ねえ海未ちゃん」

ウミ「……」

リン「海未ちゃん?」



――ば、ババ抜きですか……!?



これはまずい。とてもまずい。

なぜなら私は「ババ抜き連敗記録」保持者なのだ。

ちなみに、今なおその記録は更新中である。

なんにせよ、ババ抜きは私が最も苦手とする競技の一つであることは間違いない。



リン「海未ちゃんがものすごい形相で固まってるんだけど、どうしたの?」

ホノカ「海未ちゃんはババ抜きが大の苦手なんだよ」

コトリ「素直で、正直で、わかりやすいからね。そしてそこがかわいいね」

ハナヨ「ご愁傷様です……」

マキ「最後まで聞きなさい。どうせただのババ抜きじゃあないんだから」

※ゲームのルール説明が続きます。流し読みでも構いません。

そ、そうだ。”サバイバル”ババ抜き……。まずルールを聞かないことには始まらない。



理事長「ではルールを説明します。まずトランプをあなたたち九人に均等に配布します」

ノゾミ「ババ抜きやから全部で53枚……均等にはならんね」

理事長「カードは13×4+2。つまり全部で54枚。つまりそれを九人で割って一人六枚からスタートします」

ノゾミ「あれ? ババを一枚も抜かない?」

理事長「6枚の内訳は赤い絵柄のカード3枚、黒い絵柄のカード3枚ずつです。

そして、その赤いカードは一枚につき-1ポイント、黒いカードは+1ポイントとなります」



リン「えーと、つまりスタートはプラスマイナスゼロってことか」

理事長「そのとおりです」

エリ(録画じゃない……)

理事長「ゲーム終了時のポイントの数だけ、ジュースを獲得できます。

+3ならジュース三本獲得、-1ならジュース一本の負債ですね」

ニコ「あれ? ということはババ抜きなのにカードがいっぱいある方が有利じゃない」

コトリ「あがっちゃったらダメなババ抜き……?」

マキ「残ってる方が有利……だからサバイバルね。でも疑問がまだ……」



ヒデコ「プレイヤーうるさいぞ。黙って聞いて」

フミコ「運営から鉄槌食らわすぞー」

ミカ「靴に小石入ってた」



理事長「まず最初にカードを引く人を投票で決めます。

一番票が入った人が、任意の人からカードを引きます。

決まらない場合は決まるまで何度も再投票です。ちなみに投票しなかった場合ペナルティですのでご注意を。

そして、次にその引かれた人が任意の人からカードを引きます。

これを繰り返します。引かれるまで引いてはいけないのは普通のババ抜きと同様。

しかし、任意で選ばれた人はカードを引かれることを拒否することもできます。

その場合は引く人は新たに別の人を選んでください。

『誰かがあがる』もしくは『一定時間カードに動きがない』場合ゲームは一時中断され、再び投票となります。

中断後……つまり再開後の最初に選ばれた人は必ず誰かの手札からカードを引いてください。

また、その際に限って、選ばれた人に拒否権はありません」

ホノカ「なるほど、さっぱりわからない」

リン「何言ってるの? このひょっとこ」

ヒデコ「あとでルールまとめるから。頼むから黙って聞いてて」

理事長「カードが揃った場合は直ちに視聴覚室の中心にある『やま』にそのペアになったカードを捨ててください。

それから、これが重要です。ババの役割を説明します。

ババはゲーム中はなんの価値もありません。つまり0ポイント。

しかしゲーム終了後ババが残っていた場合、ババは『やま』に捨てられたカードの数に応じて価値を得ます。

例えば『やま』にカードが十枚捨ててあったら+10。二十枚捨ててあったら+20です。

カードの色に関わらず、捨てられたカードの枚数だけポイントがプラスされます。

ただ、ババは二枚あるので、そのポイントはババ所持者で分配してください」



コトリ「すごい……ジョーカーだけ破格の価値がある……!」

ウミ「カードが多いほど有利……みんながババを欲しがる……

まるっきり普通のババ抜きと反対ってワケですか」

エリ「ひねくれたやつが考えそうなゲームね」

ノゾミ「これは一筋縄じゃあいかんかな?」

理事長「七人があがった時点、つまり残りが二人になったらゲーム終了です。

それから暴力行為は即失格。以上です」

【サバイバルババ抜き ルールまとめ】

・トランプによるゲーム。基本はババ抜き。

・トランプは1(A)から13(K)までのカードがスペード、ハート、クラブ、ダイアの四種。さらにババが二枚加わっての計54枚。

・赤い絵柄(ハート、ダイア)は-1ポイント。黒い絵柄(スペード、クラブ)は+1ポイント。

・一人につき赤い絵柄のカード三枚、黒い絵柄のカード三枚、計六枚のカードが配られる。

・投票によって最初にカードを引く人を決める。なお投票の参加は絶対。

・誰のカードを引くかはその人の任意で決めることが出来るが、連続して同じ相手とカードのやりとりをしてはいけない。

・自分の手札が引かれるまで、誰かの手札を引いてはいけない。

・投票直後はカードのやりとりを拒否することはできないが、それ以降は拒否してもよい。

・自分の手札を誰かに見せてはいけない。また、無理やり見てもいけない。

・揃ったカードのペアは『やま』に捨てる。

・誰かがあがる、もしくは一定時間誰もカードを引かない場合、ゲームは一時中断。再び投票が行われる。

・残りが二人になった時点でゲーム終了。

・終了時の『やま』にあるカードの枚数がXのとき、ババの価値は+Xポイントとなる。

・1ポイントにつき一本のジュースを獲得。

・会場は学校の敷地内全て。投票は視聴覚室で行われる。『やま』も視聴覚室にある。

・暴力行為厳禁。

・ルール違反はペナルティおよび即失格。




ヒデコ「ではカードを配布します。投票は三十分後です」



・・・・・



ウミ(私の手札は……)



赤い絵柄は10、J、Q。

黒い手札は7、8、9。

――あっ、連番になっています! なんだか幸先が良さそうですね!



えっと、赤い絵柄のカードはマイナス、黒い絵柄のカードはプラス。

それが三枚ずつだから、-3と+3で0ポイントからのスタート。

自分のポイントをあげるには……。

・自分の赤い絵柄のカードのペアを引いて捨てる。

・自分が持っていない数字の黒い絵柄を引く。

・自分の赤い絵柄のカードを誰かに引かれる。



逆にポイントが下がってしまうのは……。

・自分の黒い絵柄のカードのペアを引いて捨ててしまう。

・自分の持っていない数字の赤い絵柄を引いてしまう。

・自分の黒い絵柄のカードを誰かに引かれる。



ザックリ言えば、黒い絵柄のカードをたくさん集めればいい。

――最低限これを理解していればなんとかなりそうです。

ふふ。いち早くこのゲームの仕組みに気がつきました! 勝機はありそうです!



フミコ「投票の時間だよ。みんな集まれ」

※以下からゲームスタートになります。

・・・・・

投票中……

・・・・・



一回目投票結果

コウサカ ホノカ 1

ソノダ ウミ 1

ミナミ コトリ 1

ニシキノ マキ 1

ホシゾラ リン 2

コイズミ ハナヨ 0

ヤザワ ニコ 1

トウジョウ ノゾミ 1

アヤセ エリ 1

ヒデコ「では最初にカードを引くのは二票獲得の凛ちゃんです」

凛「えっ! ほんとに!? やった一番にゃ」



ノゾミ(さて……)

エリ(なるほどね)



――ついに始まりました。二回戦、サバイバルババ抜き。

略してサバ抜き。凛が喜びそうです。なんちゃって。



いや、ふざけている場合ではない。

これはジュース……いわば人生をかけた戦いなのだ。

少ない小遣いでやりくりしている高校生活が……破滅しかねない。

勝てば喉が潤い、負ければジュースを奢らされる地獄のゲーム……!



・・・・・

・・・・・



リン「じゃあ、凛はかよちんの引くにゃー!」

ハナヨ「えっと、最初は断れないんだよね。はいどうぞ」



全員がそのやりとりを観察する。

みたところ、花陽は左ハジのカードだけちょっと突き出させている。

アレを引かせたいのか、駆け引きか……。

前者ならあれはまず間違いなく赤の絵柄だ。

単純な凛は迷った挙句、その突き出たカードを引いた。

リン「ふむ……」

ハナヨ「うむ……」

――凛の手は動かない。どうやらペアは揃わなかったようですね。

引いたのが黒が赤かは定かではありませんが……。

とりあえず凛の手札は七枚。花陽は五枚になりました。

リン「かよちんは誰から引くの?」

ハナヨ「まだ決めてないよ」



そう言うと花陽は手札をポケットにしまい、その場を離れた。

すると一斉に各々視聴覚室をあとにする。



ウミ「ここに留まる人はいませんか」



という私もそこを後にした。

一人残った真姫が、閉じた扉で見えなくなる。



――真姫……顎に手をやってなにやら考えていましたね。




それから十数分ほど私は校内を歩き回った。

特に策があるわけではない。ただ手持ち無沙汰だっただけだ。



もう一度カードを確認する。

赤の10、J、Q。黒の7、8、9。

さて、ここからどうやって利益を増やしていけばいいのか。



ノゾミ「おやっ、海未ちゃん。なにしてるん?」

ウミ「の、希……!」

ノゾミ「暇してたん?」

ウミ「ええ。まあ」

ノゾミ「じゃあ、海未ちゃんのカード引いてみてもいい?」

ウミ「え?」

ノゾミ「あのあと、花陽ちゃんがウチのカード引いたんよ」



そう言うと希は五枚のカードを私に見せる。

ウミ「結果はどうだったんですか?」

ノゾミ「それを言ったらつまらないやん? で、どうする?」

ウミ「……」

ここはどうするべきか……。

単純に考えて得する確率も損する確率も五分五分……。

いや、駆け引き次第では赤を引かせるように誘導もできるのでは……?



ウミ「いいでしょう。ひとつ運試しと行きましょうか!」



私は自分の手札を希に向ける。

左から、赤10、赤J、赤Q、黒7、黒8、黒9。

――反対から見れば右に赤が固まっています!

右利きなら赤のどれかを引いてくれる確率が高いはず……!



ノゾミ「ほいっ!」



希は私からみて右から二番目……黒の8を引いた。



ウミ「く……」

ノゾミ「おっ! もうけたもうけた」



どうやら被りはなかったようだ。

ウミ「さすが……希に運で勝負を仕掛けた私が馬鹿でしたか」

ノゾミ「運ねえ……」



希は含みのある笑みを浮かべる。



ウミ「どうして私を選んだんですか?」

ノゾミ「ふふ、だって、海未ちゃんは1と2のカード持ってないやろ?」



――え? 

確かに私は1と2を持ってない。



ウミ「ど、どうして」

ノゾミ「1と2を持ってない人はウチには都合が良かったんよ」

ウミ「いったいどうやって……!?」

ノゾミ「ことカードに関して、ウチは最強の力を持っているのだ。

透視……なんちゃって。スピリチュアルやろ?」



いたずらっぽく、そう言い放った希は私に背を向けて去っていった。

まるで何かを確信したような背中。

――私相手に勝ちを確信したとでも?



しかしどうして私が1と2を持っていないと断言できたのか?

なんにしても何かトリックがあるはず……。もしかして、本当に占いかなにかの類?

いや、今はよそう。視点を変える。彼女は1と2を引くのは都合が悪いということだ。

つまり、黒の1と2を持っているに違いない!

・・・・・



ニコ「ええ~? お断りしていいかなあ」



にこにカードを引いていいか聞いてみたところだ。

そして断れれた。



ニコ「にこがあ、これ引いて? って言ったやつを引いてくれるならいいよ?」

ウミ「それ絶対赤の絵柄じゃないですか!」

ニコ「でも、それで海未ちゃんも赤の絵柄が揃って捨てられるかも?」

ウミ「あれ……確かに。そうなれば『ウインウイン』というやつですね」

ニコ(ウインウイン……?)

ウミ「そうか……双方が得する方法もある……」

ニコ「でしょ! じゃあ、これを引いてくれると嬉しいな!」

ニコッと彼女は私に笑いかける。

……あぶない。してやられるところだった。

ウミ「そうはいきません。他を当たることにします」

ニコ「あらら……残念ニコ!」

――さすがにこ。抜け目がありませんね。

ニコ(ふーん……)

――今私は合計-1ポイント。このまま終わるわけにはいきません。

こうなってから気がつきました。なにもしなければプラスマイナスゼロで終われるじゃないですか……このゲーム。



ホノカ「おーい! 海未ちゃん!」

ウミ「穂乃果」

ホノカ「やっと人に会えた……」

ウミ「誰にも合わなかったんですか?」

ホノカ「うん。うろうろしてみたけど誰もいなくて不安だったよ」

本当に誰にも? それはそれで妙な気が。

ウミ「そうだ穂乃果、カード引いてもいいですか?」

ホノカ「え……今海未ちゃんの番なの?」



穂乃果はおそらく、無意識に一歩後ろに引いた。警戒されている。

ウミ「ええ。まあ、聞いてください。いいことを思いついたんです」

ホノカ「いいこと……?」

ウミ「はい。このゲーム、うまくやれば引く側も引かれる側も得する方法があります。

極めれば、全員が得できる方法が」

ホノカ「ホントに? どうやるの?」

ウミ「最初から私たちは+3を持っているじゃないですか」

ホノカ「でも、-3があるじゃん」

ウミ「そう。だからそのマイナス……つまり赤い絵柄のカードだけ排除できれば全員が儲かります」

ホノカ「うわ! 本当だ! 海未ちゃんって天才!?」



――そうでもありません。ふふん。

ウミ「全員が、誰がどの赤の絵柄を持っているか把握できれば、ウインウインです」

ホノカ(ウインウイン……?)

ウミ「さあ、ということでホノカの赤の絵柄を教えてください。私のは……」

ホノカ「待った!」

ウミ「え?」

ホノカ「私の手札を教えるの?」

ウミ「はい。私も教えますから……」

ホノカ「嘘かも知れないじゃん?」

ウミ「嘘!? まさか!」

ホノカ「信用できないよ……ごめん」

ウミ「本当です! 信じて穂乃果!」

ホノカ「それは本当だとしてだよ? 海未ちゃんジョーカー持ってるんじゃない?」

ウミ「持ってません」

ホノカ「だって、みんなの赤の絵柄を『やま』に捨てさせようとしてるよね?

そんなことして得するのはジョーカー持ってる人だよ」



確かに……やまに捨てられるカードが増えるほどジョーカーを持っている人は得をする。

おのれジョーカー! 互いを信用できないようにする効果も兼ねているのか……!



ホノカ「ごめんね、私はもう少しだけ様子をみるよ」

そう言うと穂乃果はそそくさとその場を去っていった。

……もしかして誰もカードを引かせてくれない?

このまま時間が過ぎ、投票になるのではないだろうか?

そう考えながらフラフラしていると、いつの間にか視聴覚室に戻っていた。

どうせ投票になるだろう……もうここにいればいい。



マキ「あら海未ちゃん。泣きそうな顔でもうお戻り?」

ウミ「真姫……」



視聴覚室にはまだ真姫がいた。



ウミ「ずっとここに?」

マキ「まあね。動くの面倒だったし」

ウミ「そんなことで大丈夫ですか?」

マキ「下手に動くとあなたみたいになるからね」

ウミ「なにがわかるんですか!」

マキ「その様子見ればだいたいわかるわよ。

勢いでカードを引かせたら黒を取られちゃって、焦って引かせてくれる人を探したけど見つからなくて、

ああ。私の番は-1のまま流れてしまうんだ……ってところね」

ウミ「そんなにわかりやすいですか」

マキ「……それだけに、信頼してもいいかも」

ウミ「え?」

マキ「……海未、私と組まない?」

・・・・・



ウミ「私と真姫が組む?」

マキ「そう。ずっと考えてたのよ。このゲームの”本質”」

ウミ「本質?」

マキ「そ。組むって言うんなら教えてあげてもいいけど」

ウミ「どうして私なんですか? 絵里とかのほうがきっと強いですよ」

マキ「強いってことは裏切られたり、出し抜かれたりするかもしれないじゃない」

ウミ「私はそれをしないと?」

マキ「事実そうでしょ? 立場が危うくて、素直でわかりやすい人。組むには最適よ。

裏切らないだろうし、多少は信用できそうだし」

ウミ「なるほど……だとして、あなたにメリットは?」

マキ「あるわよ。おおアリよ。オオアリクイよ。このゲーム、組まなきゃまず勝てないようになってる」

ウミ「え!?」

マキ「個人戦なんてしようもんなら真っ先に脱落よ。カンのいい人はもう組んでる」

ウミ「もうですか!?」

マキ「最初の投票、妙だと思わなかったの?」

ウミ「はあ」

マキ「大半が一票だったに、ゼロ票と二票がいたでしょ」

ウミ「凛と……花陽」

マキ「まず間違いなくあの二人は組んでる」

ウミ「じゃあ、最初のカードのやりとりは?」

マキ「とんだ茶番ね。互いの手札を把握してて、引くカードも事前に決めていたのよ」

なるほど。あの手札から突き出たカードは駆け引きでもなんでもなく、単純に「このカードを引いてね」というメッセージだったのか。

ウミ「ということは……」

マキ「二人ともまだ、損も得もしてない。二人合わせてプラマイゼロってわけ」

ウミ「じゃあ希もそのチームに組みしているんでしょうか」

マキ「どういうこと?」

ウミ「希は『花陽にカードを引かれた』と言っていました」

マキ「でもそのあとあなたのカードを引いたのよね?」

ウミ「はい」

マキ「そのときあなたがチームに誘われなかったなら、まだ希はソロの可能性が高い」

ウミ「そういうものですか?」

マキ「そういうものよ」



――そうだ!

ウミ「そうだ! 希が妙なことをしでかしました!」

マキ「なによ」

ウミ「私の持っていないカードを自信満々に言い当てたんです!」

マキ(さすが希……もう気がついてるか)

ウミ「希はキケンです! 組む上で情報は交換しておきます」

マキ「あら、もう組むことになったの?」

ウミ「あ、はい」

マキ「そう。ちなみにそのカードは何を引かれたの?」

ウミ「黒の8ですが」

マキ「で、希はこう言ったのね『海未ちゃん、1と2は持ってないでしょ』」

ウミ「そ、そうです! 見てたんですか!?」

マキ「私はずっとここにいたってば」

ウミ「ではどうやって」

マキ「ふふ。私もできるのよ。透視」



・・・・・

・・・・・



最初に渡されたカード、私の場合数字だけ見れば7、8、9、10、J、Q。

見事に連なっている。そして……。

カードが配付されたあと、本来のババ抜きなら行われるハズの行為を、誰ひとりとしてしなかった。

そう。誰も手札からカードを捨てなかった。

最初から誰もカードのペアができていなかった。全員初期の六枚のまま。

そうなるようになっていたのだ。

つまり、必ず最初はペアが揃わないようになっていて、私の手札は連番だった。

そこで気が付くべきだった。



全員の手札が連番になるように配られているということに。



マキ「……ってわけなんだけど」

ウミ「なるほど」

マキ「そうなると、その希の透視の仕組みは簡単。

引いたカードを一枚見れば、それでわかるのよ。相手が確実に持ってないカードが二枚ね」

例えば、引いたカードが8だったとする。

すべての手札は連番になっているので、相手の手札は最高で、8、9、10、J、Q、K。

最低で、3、4、5、6、7、8。となっていることがわかる。

つまり、絶対に1と2は手札にはないことがわかるのだ。

逆に隣接している7、9あたりは持っている可能性が高い。



ウミ「希はそうやって私の絶対持っていないカードを把握したんですね。

これを繰り返せばある程度相手の持っているカードも見えてきそうです」

マキ「序盤はね」

ウミ「そうか……カードの交換が増すほどその情報は正確ではなくなりますね」

マキ「そういうこと。あとはジョーカーも混じってくるしね」

ウミ「それが、このゲームの”本質”ですか?」

マキ「まさか。ほんの要素のひとつに過ぎないわよ」

ウミ「もう私にはさっぱりです……泣きたくなってきました」

マキ「だから、この天才美少女真姫ちゃんと組めてよかったでしょ?」

ウミ「はい……」

マキ「じゃああなたには捨て駒になってもらうから」

ウミ「はい!?」

マキ「ちゃんと分け前は平等にするから大丈夫よ」

ウミ「しかし、何をすればいいんですか?」

マキ「情報集め」

・・・・・



ウミ「にこ、気がかわりました」

ニコ「え?」

ウミ「私はあなたが引いて欲しいカードを引きます!

それで私も赤い絵柄が捨てられるかもしれませんから!」

ニコ「さっすが海未ちゃん! ウィンウィン!」

ウミ「さ、どれを引けばいいんですか?」

ニコ「これを引いて欲しいかなー」

ウミ「わかりました」

ニコ(ラッキー! 海未ちゃんってばおバカさん!)

ウミ「揃いませんでした……」

ニコ「ええ~、ごめんねえ」

ウミ「いえ……いいんです」



――ふふ。これでいいんです。



・・・・・

・・・・・



マキ「どうだった?」

ウミ「ダイヤの3でした」

マキ「ふむ。じゃあにこちゃんは確実に9と10を持ってないことがわかった。

で、K、2あたりは持っている可能性が高い……と」

ウミ「あと、希は1と2を持っているのでは?」

マキ「あのねえ、そんなのカマに決まってるのよ。信用できない」

ウミ「なんと!」

マキ「ふう……」

ウミ「あの、私の手札、真っ赤に染まってきてるんですけど」

マキ「今は大赤字でもね、未来に投資よ。相手の手札を透視して、投資よ」

ウミ「闘志ですか……? 私は現状-2、マキと分けても-1ですよ? 勝てるんですか」

マキ「うん……。さてとじゃあちょこっと説明しましょうか。このゲームの”本質”」

ウミ「はあ」

マキ「いい? よく聞きなさいよ?」

ウミ「はい!」

マキ「では順を追って説明しましょう。まずこのゲームで一番儲かるにはどうすればいい?」

ウミ「ジョーカーを持った状態で最後まで生き残ればいいのでは?」

マキ「正解。でもそれってとっても難しくない?」

ウミ「残りが二人になるまでですからね」

マキ「はい、それがおかしい。”普通に”やったら儲かるのは最高二人だけってことになる」

ウミ「たしかに……かなりの競争率です」

マキ「しかもそれって最後にジョーカーが残ってる前提ね。仮にジョーカーがなかったら?」

ウミ「……! そうか、ジョーカーは二枚あるから揃って捨てられる可能性もある」

マキ「そうなると勝ってももほとんど利益はないのよ。ていうか下手したら勝っても損する」

ウミ「赤の絵柄しか持ってない場合ですね」

マキ「ホラ、おかしいでしょ?」

ウミ「本当です。いろいろと破綻しています」

マキ「ま、逆に言えばジョーカーさえ手に入ればマイナスの1や2、どうでもいいのよ」

ウミ「私が今-2も大した問題ではないと?」

マキ「そう。つまり私たちの目標はジョーカーを手に入れること」

ウミ「どうやって?」

マキ「ジョーカーを持っている人から、引けばいいのよ」

ウミ「だから、どうやって」

マキ「ジョーカーを持ってる人を見分ける方法があるのよ。それはもうすぐわかるわ」

ウミ「うむむ、頭が熱くなってきました」

マキ「もう少し続くわよ。頑張って理解してちょうだい」

ウミ「ジョーカーを持っている人がわかったとして、引かせてくれるんですか?

拒否権がありますから」

マキ「そのとおり。でも拒否できない場合が一つだけある」

ウミ「投票直後ですか? でも……あ!」

マキ「そう。ジョーカーを引くには自分に票を集める必要があるってわけ」

ウミ「だから絶対に組まなければ勝てないんですね!」

マキ「票を集めて、ジョーカーを持っている人からカードを引く。

票を集めるために、誰かと組む。これがこのゲームの本質よ。まだこれで全部じゃないけど、だいたいこれが全て」

ウミ「ふむ。で、何票欲しいんですか?」

マキ「過半数、五票よ」

ウミ「つまり五人と組むと?」

マキ「ええ。でもまずジョーカーを持っている人を見つけなきゃね」

ウミ「つまりこのゲーム、まったくババ抜きなぞではないわけですね」

マキ「そう。残りの要素は次の投票のあとに話すわね。そのほうがわかりやすいから」

ウミ「なんだか焦らされている気分です」

マキ「とりあえず、全ては二回目の投票のあとよ」






・・・・・

私がにこからカードを引いてからおよそ一時間が経った。

――ピンポンパンポーン。プレイヤーは視聴覚室に集まってください。



ウミ「これは……早くも脱落者が?」

マキ「もしくは……」



私たちはずっと視聴覚室にいたので、他のみんなを待つ形になった。



ヒデコ「全員集まったね」

フミコ「一定時間カードの変動がありませんでした。再び投票に移ります」

ミカ「腰いてえ」



エリ「あら。ずいぶん早く滞ったわね」

コトリ「誰で止まってるのかな?」

ホノカ「いやー早く私の番来ないかな?」



・・・・・

投票中

・・・・・

二回目投票結果

コウサカ ホノカ 1

ソノダ ウミ 2

ミナミ コトリ 0

ニシキノ マキ 0

ホシゾラ リン 2

コイズミ ハナヨ 0

ヤザワ ニコ 1

トウジョウ ノゾミ 0

アヤセ エリ 3



・・・・・

ヒデコ「次は絵里さんから再スタートだよー」

フミコ「それから、現在のプレイヤーの手札数です」



コウサカ ホノカ 六枚

ソノダ ウミ 六枚

ミナミ コトリ 六枚

ニシキノ マキ 六枚

ホシゾラ リン 七枚

コイズミ ハナヨ 六枚

ヤザワ ニコ 五枚

トウジョウ ノゾミ 六枚

アヤセ エリ 六枚

フミコ「まだ一枚もカードが減ってないね」

ヒデコ「そろそろペアが揃うかな?」

ミカ「耳に空気入った」



エリ「……とりあえずジョーカー候補、一人発見」

隣で絵里が小声でそういうのを、私は聞き逃さなかった。



・・・・・

※今回はここまでです

突然二回戦から始まったのは、一回戦から書くと出だしからゲームに参加する経緯をダラダラ書く事になって、
なかなかゲームが始まらないのでそういう構成にさせていただきました。
二回戦終了後、ゲームに参加することになった経緯や一回戦を回想のような形で書けたらなあと思います。

※訂正

>>30の三行目マキの台詞

マキ「ふむ。じゃあにこちゃんは確実に9と10を持ってないことがわかった。

で、2、4あたりは持っている可能性が高い……と」



以下から再開します。

・・・・・



ウミ「真姫! たいへんです!」

マキ「どうしたのよ」

ウミ「私、聞いてしまったんです。絵里がジョーカーを見つけた、というようなことを言っていました」

マキ「そう」

ウミ「え、それだけですか?」

マキ「そうね。ところで海未、ちゃんと投票結果はみた?」

ウミ「え……みましたよ。絵里が三票でしたね。それから、希とことりがゼロ票になっていました。つまり」

マキ「わかってきたじゃない。たぶんあの三人は組んでるわ」

ウミ「私たち同様、絵里を捨て駒にしてほかの人の手札を把握するつもりでしょうか?

とすると、本命は希かことりか……」

マキ「どうかしらね」

ウミ「……?」

マキ「おそらく今回は……」



絵里がにこからカードを引いて、にこはカードを引かずにまた投票になる。

真姫はそう予言した。

・・・・・



マキ「ねえ」

ヒデコ「なんでしょう」



真姫が髪の毛をクルクルといじりながら運営のヒデコに話しかける。



マキ「やまにカードが捨てられたとするじゃない」

ヒデコ「はいはい」

マキ「私は今こうしてやまを見張っているわけだけど、見てない人は誰がカードを捨てたかわからないの?」

ヒデコ「いいえ。誰がどのカードを捨てたかはわかるよ」

マキ「どうやって?」

フミコ「百聞はなんとやら。やまを見てくるといいよ」



そう言われた真姫は部屋の中心の軽く仕切られたやまのある場所に向かった。

ウミ「私も……」

仕切りの中には勉強机を四つ合わせて作った大きなテーブル。

そしてそこにはプレイヤー全員の名前の書いてある箱が乗っている。



ウミ「なるほど。自分の名前の書いてある箱にカードを捨てるんですね」

マキ「これなら、誰が捨てたのかはわかるわけね」

ウミ「しかし、『誰から引いたのか』まではわかりません」



ヒデコ「ちなみに、見張ってるから不正はないよ」

マキ「それならいいわ。ずっとここを見張ってる必要はないようね」

ウミ「それでずっとここから離れなかったんですか」

――と、そこに金髪を振り乱しながら彼女が入ってきました。



ウミ「……絵里」

エリ「あら、まさか中に人がいるなんて」

マキ「こっちは確認よ。でもあなたがここに来たってことは……」

ヒデコ「おっ、ついにペアが揃ったようだね」

エリ「まあね」



そう言うと絵里は「アヤセ エリ」と書かれた箱に乱暴にカードを二枚叩きつけた。



エリ「そういうことだから。じゃあね」

ウミ「赤の2のペア……ですか」

マキ「つまり、エリーは8、9は絶対持ってない。今捨てた2もね」

ウミ「それから、隣接する数字の1、3あたりは持っている可能性か高い、ですね」

マキ「そう。理解が早くて助かるわ」

ウミ「真姫は絵里がにこからカードを引くと言っていましたね。

それが本当ならにこは2、3を持っていたことになります。

すると今は1、4を持っている可能性が高く、

8、9、10は確実に持っていないことがわかります」

マキ「ご明察」

現在わかっている情報をまとめると……。

園田海未 黒7、9 赤1、10、J、Q

東條希 黒8

矢澤にこ 確定不所持 2、3、8、9、10

絢瀬絵里 確定不所持 2、8、9

ウミ「こんなところですね。でもなぜ絵里がにこから引いたとわかるんですか?」

マキ「そのへんも理解してくれると楽なんだけどね」

ウミ「面目ないです……」

マキ「では解説してあげましょう。ここであえて聞くけど、もしあなたがジョーカーを持っていたらどう立ち回る?」

ウミ「ジョーカーを失いたくないので、誰にも引かれたくないし、引きたくないです」

マキ「そう。ジョーカーを待ってれば勝手にその価値が高騰するから、持っている人は動かないで待つのがベター。

つまりジョーカー持ちはカードの取引を拒否する傾向にある」

ウミ「そうなりますね」

マキ「では次。ジョーカーを持っているのに投票後に指名されてしまいました」

ウミ「ジョーカーを引かれないことを願います」

マキ「運良くジョーカーは無事でした。次はどうする?」

ウミ「どうするもなにも、自分が動けばジョーカーを失う可能性があります。だんまりを決め込むでしょう」

マキ「そう。ジョーカーは自分の番が来てもカードを引かない傾向にある」

ウミ「話が見えてきました」

マキ「カードのやりとりを拒否し、自分の番になってもカードを引かなかった人がいるわよね?」

ウミ「にこ……!」

マキ「そう。十中八九にこちゃんはジョーカーよ」

ウミ「すると絵里はジョーカーが欲しくてにこのカードを引きに行く……という寸法ですね!」

――言われてみればそうですが、やはりこの答えに私が自力で辿りつくのは無理ですね。

本当に真姫と組めたことは幸運でした。



ウミ「ここから私たちがにこからジョーカーを引くには絵里たちを上回る票……四票が必要になります」

マキ「いいえ」

ウミ「え?」

マキ「私たちは二票でいい」

ウミ「それはどういう……?」



真姫は自信たっぷりにこう言うのだった。



「私たちは二票でジョーカーを取る」



・・・・・

・・・・・



エリ「次もにこからカードを引くわよ」

ノゾミ「どうしてにこっちばっかりから引くん?」

エリ「希……あなたはこのゲームの『ババ抜き』の要素には強いけど『サバイバル』
の要素には弱いみたいね」

ノゾミ「んん?」

エリ「そうね例えば……。例えば……えっと、何に例えればいいかしら」

ノゾミ「無理に例え話じゃなくてもええよ?」

コトリ「某大人気大乱闘ゲームがいいんじゃないかな?」

エリ「ことり、ハラショー! そうね。あのスマッシュ兄弟のゲームで例えましょう。私も実はそのゲームあんまり詳しくないんだけど」

ノゾミ「そんなんに例えて大丈夫なん?」

エリ「あれって、プレイヤーごとに『機数』があるわよね?  ほら、五回やられたら終わり。とかいうやつ」

ノゾミ「うん」

エリ「相手に残り一機の人と五機の人がいたら、希ならどっちから狙う?」

ノゾミ「一機の方? 一回倒せば勝ちなんやし」

エリ「そう。基本的に残り機数が少ない敵から倒すわね」

ノゾミ「そうやんな」

コトリ「このゲームも一緒なんだよ、希ちゃん」

ノゾミ「なるほど! よーし、ちょっとにこっち場外に吹き飛ばしてくる」

コトリ「希ちゃん、冗談はポケットの中ですよ」

ノゾミ「ごめんごめん、ちゃんと聞くから」

コトリ「このゲームにおける手札が、いわゆる機数にあたります。

あるいはライフ、HPと考えてください」

エリ「あの……ことり? 私が説明して……」

コトリ「赤と黒の絵柄がどうとか、ジョーカーとか言って目くらまししているけど、

結局これはサバイバル。自分は生き残るように、相手は蹴落としていくゲームなんだね」

ノゾミ「つまり?」

コトリ「さっきの例をそのままこのゲームに当てはめます。

カードが一枚の人と五枚の人がいたら、希ちゃんならどっちから引く?」

ノゾミ「えーと、カードの枚数を残機と考えるんだから……。

そっか! 一枚の人から引いちゃえばその人はもう終わりやん!」

コトリ「よくできました!」

ノゾミ「ウチわかった! 常に『一番手札が少ない人』が狙われるってことやね!」

コトリ「そうだよ。一番手札が少ないのはにこちゃんだね」

ノゾミ「だからにこっちを狙い撃ちしてるんやね」

エリ「そう! 次も、その次もにこから引く。これを繰り返せば強制的ににこの手札をゼロ……あがらせられるって算段」

ノゾミ「にこっちを撃墜したら誰を狙うん?」

エリ「次はジョーカー候補を狙うわ」

コトリ「あれ? 絵里ちゃんが見つけたジョーカー候補ってにこちゃんのことじゃなかったの?」

エリ「ことりは『サバイバル』の要素には強いけど『ババ抜き』の要素には弱いのね」

コトリ「えへへ、駆け引きとかは苦手だから……」

エリ「学年で指折りの成績って言っても、ただ頭がいいだけじゃダメよ?」

コトリ「そうだよね。ゲームの仕組みや理屈とかはわかるんだけどなぁ」

ノゾミ「えりちはかしこいなあ」

エリ「確かに今回はにこで止まってる。これはにこがカードを引きたがらなかったと考えるのが妥当ね」

コトリ「そう。だから私絵里ちゃんがジョーカー候補って言ってたのはにこちゃんのことだと思っちゃった」

エリ「一概にそうとは言えないの。これはつまりにこは誰かにカードを引かせた、ということでもあるのよ。

ジョーカーを持っている人がカードを引かせるかしら?」

コトリ「あ、本当だ」

エリ「だからにこがジョーカーを持っているとはまだわからない。

私が言っているジョーカー候補とにこは別人よ」

ノゾミ「だからウチらはにこっちを狙い撃ちはするけど、それでジョーカーが手に入ったらラッキー! くらいにしか思ってないってことやね」

コトリ「なるほど。それで、絵里ちゃんと希ちゃん的に今一番ジョーカーの可能性が高いのって誰なの?」

ノゾミ「それは……」



・・・・・

マキ「……ということよ」

ウミ「なるほど確かにほかの人たちはにこが私に指定したカードを引かせたことは知らないので、

普通にカードを引かせたと思うわけですね」

マキ「だから私たちほど、にこちゃんがジョーカーであると確信のある人はいないのよ」

ウミ「これは大きなアドバンテージです……が。

今真姫が説明してくれた理由で絵里たちはにこを狙い撃ちするわけですね。

図らずして絵里たちがジョーカーを手にするのは時間の問題なのでは?」

マキ「……とりあえず次に私たちが取るべき行動を今から伝えるわ」



・・・・・

ノゾミ「あれ? でも待って」

エリ「どうしたの?」

ノゾミ「この作戦って連続でにこっちがカードを引かずに、ウチらのチームが投票で勝たないと成り立たないよね?

にこっちはそのうち誰かからカードを引くんやない?」

エリ「それはたぶんないわ」

ノゾミ「なんで? このままだと絶対負けてしまうんやから、ペアが揃っちゃうリスクを負ってでも引くべきやん」

エリ「本人は引きたいでしょうけど、にこはカードを引くことができないの」

ノゾミ「引くことができない?」

エリ「断言してもいいわ。再びにこがカードを引かないことで投票になると」

コトリ「でも、次も私たちが投票で勝てるとは限らないんじゃないかな?

にこちゃんは二票の海未ちゃんか凛ちゃんのところに入れて引き伸ばしに来ると思うんだ」

エリ「それも大丈夫だと思ってる」

コトリ「え、どうして?」

エリ「投票になればわかるわよ」



・・・・・

・・・・・



ヒデコ「一定時間カードに動きがなかったので投票となります」

フミコ「みんな集まれー」



・・・・・

投票中……

・・・・・

三回目投票結果



コウサカ ホノカ 1

ソノダ ウミ 2

ミナミ コトリ 0

ニシキノ マキ 1

ホシゾラ リン 1

コイズミ ハナヨ 1

ヤザワ ニコ 0

トウジョウ ノゾミ 0

アヤセ エリ 3

ヒデコ「では、絵里さんから再スタートとなります」



エリ「ね。言ったでしょ」

ノゾミ「やった! この調子でどんどん他プレイヤーの手札を削っていこ!」

コトリ「続けてればそのうちジョーカーも手元に来るだろうからね!」



――またしても最多票を取ってはしゃぐ三人を見ると、私の不安は一層膨らみました。

真姫を疑うわけではありませんが、このままでは到底勝てるとは思えません。

投票を制するものがこのゲームを制する。つまり今このゲームを支配しているのは間違いなく絵里陣営でした。



・・・・・

三回目投票前



マキ「……とりあえず次に私たちが取るべき行動を今から伝えるわ。まず一つ。私たちは票を分ける」

ウミ「票を分ける!?」

マキ「ええ。あなたはあなた自身に、私は私自身に票を入れること」

ウミ「相手は三票ですよ? なぜですか!?」

マキ「それから、そろそろにこちゃんがカードを引かせてくれって頼みに来る頃だから、絶対断ること」

ウミ「へ?」

マキ「私たちが今取るべき行動はその二つよ」

ウミ「それだけ? というか待ってください、なぜにこがカードを引きにくるんですか?

真姫の推測通りならにこはジョーカーを持っているのに」

マキ「それでも、引かないと延々絵里たちに狙い撃ちされるからね」

ウミ「あ、そうでした。でもどうして私たちのところに頼みに来ると?」

マキ「私たちだけじゃなくて全員に頼むのよ」

ウミ「なら私たちのもとに来る前に誰かが引かせてくれるかもしれません」

マキ「絵里陣営が引かせてくれないのはわかるでしょ?」

ウミ「ええ。にこの手札を削るのが目的ですから」

マキ「にこちゃんがジョーカーを持っている可能性を無視した場合、海未はにこちゃんにカードを引かせる?」

ウミ「いいえ。引かせません。にこは放っておけば絵里によって手札を失います。

それをわざわざ、カードを引かせて助ける……なんて……!」

マキ「みんなそう考えると思わない?」

ウミ「そうか……にこがカードを引かないのではなく、誰も引かせてくれない」

マキ「そういう仕組みよ。手札の少ないものは狙い撃ちされ、さらにカードを引くことができない。

他より手札か少ない状態で投票になった時点でにこちゃんはほぼ詰んでるのよ。

まあ、あなたはにこちゃんに感謝することね」



背筋がゾッとする。そうだ。

もしにこが私にカードを引かせてくれていなかったら……。

手札が一番少なかったのは私だったのだから。



・・・・・

五行でわかる前回のラブライアーゲーム!



ラブライアーゲームと呼ばれる謎のゲームに参加することになったμ’s。

二回戦(ルール8)。各自勝利を目指し画策するなか、海未は真姫の提案で協力関係を築くことに。

しかし同じく手を組んだ絢瀬絵里、東條希、南ことりらに主導権を握られてしまうのだった。

果たして、この嘘と裏切り渦巻く地獄のゲームを制するのはいったい誰なのだろうか。

誰なのだろうか!

ルール(>>8

――ピンポンパンポーン。投票タイムでーす。視聴覚室に集まってください――



ウミ「本当にさっきの指示通りに動いていいんですか?」

マキ「ええ。問題ないわ」

ウミ「しかし……」

マキ「さ、はやく視聴覚室に向かうわよ」



・・・・・

投票中……

・・・・・

三回目投票結果



コウサカ ホノカ 1

ソノダ ウミ 2

ミナミ コトリ 0

ニシキノ マキ 0

ホシゾラ リン 1

コイズミ ハナヨ 1

ヤザワ ニコ 0

トウジョウ ノゾミ 0

アヤセ エリ 3



ウミ「あれ? やっぱり票を分けるのはやめたんですか? 私に二票入っていますよ」

マキ「私は自分に入れた」

ウミ「え、じゃあ誰が……」

マキ「にこちゃんよ。あなたを三票にして、ひとまず引き伸ばそうと考えたのね」

ウミ「そんな! じゃあ真姫が私に入れていれば三票になっていたのに!」

マキ「そうならないように票を分けたのよ」

ウミ「ならないように?」

マキ「エリーにはもっとにこちゃんをいじめてもらわなきゃね……ふふ」

ウミ「このままでは絵里たちにジョーカーを取られてしまいますよ……?」




悪そうな笑みを浮かべている真姫をみて、海未の眉がヒクヒクと動く。

これからどうなってしまうのだろう? 海未の胸には不安と、恐怖と、パッドが詰まっていた。



マキ「それから覚えておいて。票は絶対に同率にしちゃダメ。

何があっても再投票は避けるのよ。やっかいなことになる可能性がある」



・・・・・

>>69
ニシキノ マキ1

ミス多くて申し訳ありません


・・・・・



不安その他を胸に抱える海未とは反対に、投票結果に満足している三人がいる。

つまりその三人は胸にパッドなど詰まってはいなかった。



エリ「ね? みんな黙っていればにこが勝手に潰れることを知っているのよ。

一人でも他プレイヤーが減るのはいいことだから、私たちがにこの手札を削るのに協力してくれるってわけ」

ノゾミ「それでにこっちは誰からもカードを引けないんやね」

コトリ「投票も、もともと二票だった海未ちゃんに入れて時間を稼ごうとしているね。

でも真姫ちゃんはそれを見越して海未ちゃんに票を入れなかった。花陽ちゃんことも」

エリ「さ。にこから手札を奪いに行きましょう」



・・・・・



ニコ「お願い! 次の私の番でカードを引かせて!

このままじゃにこの手札なくなっちゃう! 終わっちゃう!」



三回目の投票結果をみて自分の状況を理解したにこは、カードを引かせてもらうため奔走していた。

ホノカ「いやだよ。だってこのまま放っておけば絵里ちゃんがにこちゃんをやっつけてくれるし。

勝手に他のプレイヤーが減るのは私としては望むところだよ」

ニコ「穂乃果ちゃんお願い! そ、そうだ、私が勝ち残ったら分け前をあげるから」

ホノカ「ええー……それにさ、余計なことしたら今度は自分が狙われるかもしれないじゃん。

そうなったらにこちゃん私にカード引かせてくれるの?」

ニコ「それは……」



穂乃果はダメだ。となると……次はあの二人のところへ向かうとしよう。

狙いの二人を探しに校内を歩き回るにこだったが、彼女も馬鹿ではない。

自分の状況にうすうす感づいてはいるのだった。

もしかしたら私は既に……。

にこ「……なんてね、絶対に諦めない。それが矢澤にこニコ」



・・・・・



リン「えー? どうする? かよちん」

ハナヨ「ダメだよ凛ちゃん」

ニコ「お願いだから……なんでも言うこと聞くから! お願い!」

ハナヨ「……ごめんなさい」

ニコ「私ジョーカーを持っているわ! 三人で山分けにしましょう!」

リン「苦し紛れの嘘にしか聞こえないにゃー」

ニコ「本当よ! 本当だから! ねえ私にカード引かせてよぉ!」

にこは最後の手段、ジョーカーを交渉の場に出した。

しかし本当にジョーカーを持っているかは定かではない。本人を除いて。

全てが遅すぎた……。

二度とババ抜きなんてするものか。一人歯を食いしばってうな垂れるにこ。

そこへ後ろからハラショーな感じの足音が聞こえてくる。

どうやら金髪ロシアンマフィアが私を見つけたんだな、とにこは観念した。



エリ「ハーイ。にこってばどこウロウロしてたのよ、探したんだから。さあカードを引かせて頂戴」

ニコ「絵里……」

エリ「すっかり余裕がないわね。いつものキャピキャピはどうしたの?」

ニコ「にっこにっこにー。つらいときこそ笑うニコ」

エリ「諦めがついたのかしら」

ニコ「私はただ……チビ達にジュースを持って帰りたかった」

エリ「なにか言った?」

ニコ「いいえ。好きなのを引くといいわ」

エリ「ふふ! ど、れ、に、し、よ、う、か、な!」

にことは対照的に余裕たっぷりな絵里は四枚の手札からカードを引き抜いた。

――あと三枚か……あんたもあんまり運のいいほうじゃないわね。

自身の残りの手札を見ながらにこは心の中でそう呟いた。



エリ「じゃ、次の投票で会いましょう! アディオス!」

ニコ「それスペイン語……」



廊下は走らない! と書かれたポスター。その他諸々が貼ってある掲示板の前を、絵里はスキップしながら通り過ぎていく。

勝者の背中を見送りながら、にこは一人呆然と佇(たたず)むことしかできなかった。



――このゲームが終わったら私、廊下はスキップしない! ってポスター作るんだ……。



ニコ「何がいけなかったんだろ……」



ニコ「ああ、あれか。海未にカードを引かせたのが運の尽きだった。

確実に赤を減らして、かつ周りにジョーカー持ってないアピールをできてラッキーだと思ったんだけどなー……」

突然ガラガラと目の前の2年生の教室のドアが音を立てる。

誰もいないと思っていたドアが急に開き驚いたにこは体を後ろに反り、しまいには倒れてしりもちをついた。

見上げるとそこには仁王立ちする赤鬼と軽く会釈する青鬼の姿が。



マキ「また手札が減っちゃったみたいだけど、大丈夫?」

ニコ「げっ真姫……ちゃん、と海未ちゃん! なによ見てたの? 笑ってたの?」

ウミ「ずいぶん弱っていますね」

ニコ「ほっといてよ!」

ウミ「差し詰め、私たちは漁夫といったところでしょうか」

マキ「ハマグリとシギ、両方いただきね」



それはにこがハマグリで、絵里がシギということだろうか。

ハマグリは焼いて醤油なんて垂らしたら美味しそう。ではシギとはなんだろう。

昔国語の授業で鳥の一種だと習ったような気がするが、得体の知れないものだということに違いはない。

そこまで思考してにこはまだ自分が昼食をとっていないことを思い出した。



マキ「ときに、にこちゃん。このカード引いてもいいわよ」

ニコ「なによ、どういうこと?」

マキ「でもね、条件があるの」

ニコ「条件……?」



真姫は片方の口角を吊り上げ、こう言い放つ。



マキ「あなたの持っているジョーカーをよこしなさい」



・・・・・

・・・・・



絵里がにこからカード引いてからずいぶんと時間が経った。



エリ「……おかしい」

コトリ「あれからずいぶん時間が経つけど、投票にはならないね」

ノゾミ「これってもしかして……」

エリ「まさか! 倒れかけの敵をわざわざ拾うおバカさんがいるとでもいうの?

票が目当てだとしても、こっちは三票よ。同率にはしてこないだろうから、もう一票ないとほとんど意味がない」



――ピンポンパンポーン……



エリ「あ、ほら。どうやら心配のしすぎだったみたいね。投票よ」

ノゾミ「ほな、投票いこか」



・・・・・

ヒデコ「一定時間カードに動きがありませんでした」

フミコ「投票の時間だよー」



エリ「またよろしくね」

ノゾミ「はいよ」

コトリ「うん!」

エリ「これを合わせてあと三回の投票でにこをあがらせられる」

コトリ「この調子でどんどんみんなをやっつけていっちゃえばいいんだね!」

ノゾミ「結果が出るよ」

エリ「見るまでもないわよ。私たちの三票を上回れる人なんていないんだから」



ヒデコ「はい、次は穂乃果からの再スタートということになりました」



エリ「ほら。……え?」



絵里は耳を疑った。

耳を疑うと、今度は目に頼ることになる。

つまり絵里は投票結果を映すスクリーンの方を見る。




四回目投票結果



コウサカ ホノカ 4

ソノダ ウミ 0

ミナミ コトリ 0

ニシキノ マキ 0

ホシゾラ リン 1

コイズミ ハナヨ 1

ヤザワ ニコ 0

トウジョウ ノゾミ 0

アヤセ エリ 3

エリ「え……!?」

コトリ「ど、どういうこと? ねえ絵里ちゃんっ!」

ノゾミ「ひえー……」



疑いようもなく、目に映るのは高坂穂乃果四票。

いったい三回目と四回目の投票の間に何が?

何にしても、これが絵里陣営の投票連勝は途絶えた瞬間である。

エリ「ハラショー!」

ノゾミ「それって悔しい時とかでも使える言葉なん?」

エリ「チクショー!」

ノゾミ「いや……うん。それならいっかな」

ホノカ「えええええ!? すごいすごいよ、みてみて! 私、急に四票も取っちゃった!」

エリ「穂乃果! 穂乃果あああ!」

ホノカ「わっ、怖いよ絵里ちゃん」

エリ「これはどういうこと!? いったいどうやって……」

ホノカ「ねえ、不思議なこともあるんだねえ」

エリ「とぼけないで!」

ホノカ「えっ本当にたまたまだよ! 私だって何がなんだか……」

エリ「どういうことなの……」

コトリ「落ち着いて絵里ちゃん。穂乃果ちゃんは本当に心当たりがないみたいだよ?

他ににこちゃんの必死の説得に心打たれた人がいたのかも」

エリ「ありえないわ。私だったら、『分け前くれたら……いいことしてア・ゲ・ル(はあと)』

くらい言われないと心は動かない」

ノゾミ「じゃあ実際それをしたのかもね」

コトリ「もしかして……にこちゃんジョーカー持ってた? それをどういうわけか知ってる人がいた。

それなら誰かがにこちゃんを救済したとしても納得いくかも」

エリ「それが穂乃果ってこと? でもでも、四票になってるのは変よ!」

ノゾミ「えりちは不測の事態に弱いからなあ……。にこっちを引き入れたのは真姫ちゃん陣営や。きっと」

コトリ「希ちゃん何かわかったの?」

ノゾミ「たぶんやけどね」

エリ「ウラジヴォストク!」

コトリ「ロシア語? なんて言ったの? 乱暴な言葉かな」

ノゾミ「ただ都市の名前を言っただけやね」

エリ「失礼。少々取り乱したわ」

ノゾミ「もっと臨機応変に対応。状況に適応しないと。えりち」

コトリ「うみまきちゃん組がにこちゃんを救済する利点は?」

ノゾミ「それは」



マキ「利点? あるわよ。おおアリよ。オオアリクイよ」

髪の毛をクルクルしながら、真姫が絵里たちの会話に入ってきた。



エリ「真姫……!」

マキ「穂乃果が身に覚えがないのは当然」

ウミ「呼ぶのは真姫の名だけですか……」

マキ「あまり驚異に思われてないのよ。あなた」

ウミ「胸囲!?」

ニコ「胸囲!?」

ノゾミ「にこっち、やっぱそっちについたんやね」

ニコ「まーね……」

マキ「さて、なめられている海未ちゃん。説明してあげなさい」

ウミ「御意」



――絵里がにこからカードを引いたあと、私たちはにこに接触しました。

海未はさきほど自分たちがしていたことを語りだした。

・・・・・



マキ「あなたの持っているジョーカーをよこしなさい」

ニコ「ジョ……! よこせですって!?」

マキ「そうよ。このまま野垂れ死にたくなかったらね」

ニコ「ふん、どうせ今回を凌いだってまた絵里はしつこく私を狙ってくるわ」

マキ「私、海未、にこちゃんでカードを回す。そうすればすぐに投票にはならない」

ニコ「……! でもペアが揃っちゃったりするかもよ」

マキ「そうならないように回すわよ。2、3、8、9、10。

にこちゃんが確実に持ってないカードはある程度把握してる」

ニコ「ぐ、ぬぬ……それでもいつかは投票になる!」

マキ「今はイジワルで分けてるけど、にこちゃんがこっちに従ってくれればまた票を一箇所に集めてあげてもいいけど?」

ニコ「ぐぅ……ぎぎぎ……」

ウミ「冷静に考えてくださいにこ。これあなたが損する条件は一つもありませんよ」

ニコ「ジョーカーを失うじゃない!」



声を荒げるにこの耳元に真姫が囁く。



マキ「あきれた。この期に及んでジョーカーが惜しいの? 卑しいにもほどがあるんじゃない?」



にこは悔しさのあまりギリギリと歯を鳴らしながら泣きそうになっている。

一瞬、チラと真姫は海未のほうに目をやり、こう続ける。

マキ「じゃあ、お願いしてみてよ? 分け前をくださいってね」

ニコ「ぐ、ぎぎぎぎぎい……!」

マキ「ほら」

ニコ「わ……」

マキ「なあに?」

ニコ「私に……も、分け前をください……! お願いします」



ふー、ふー、と息しながら震える声でにこは懇願した。



マキ「ねえ、助けてもらう身分でよくそんなことが言えるわね」

ニコ「お、ねがいします……!」

マキ「もっと元気よく!」

ニコ「オッス! お願いしますオッス!」

マキ「エリーのマネしながら!」

ニコ「分け前くれたら……いいことしてア・ゲ・ル(はあと)」

にこの中でのエリーチカはそんなイメージなのか……いや、案外こんなものかもしれない。

そう思う海未であった。



マキ「一発ギャグ!」

ニコ「う、う、うさぎー! ピョーン! ピョーン! ピョーン」

マキ「あんまりおもしろくない! あなた持ちネタあるじゃない!」

ニコ「にっこにっこにーはギャクじゃない!」



それと同時に、真姫を敵に回してはいけない。海未はそう肝に銘じた。

ウミ「真姫、やりすぎです。……ふっ」

マキ「……わかったわよ。でも今あなたも笑ったわよね?

とにかく、じゃあこうしましょう。二枚目のジョーカーが手に入ったらそのときは分け前をあげる」

にこ「え……二枚目?」

マキ「だから、あなたが別のジョーカーを手に入れたらそのときは分け前をあげるって言ってるの」

ニコ「……わかった、やってやろうじゃない。どうせここままじゃ終わっちゃうんだし。

そして何が何でも、もう一枚のジョーカーを手に入れてやる」



マキ「言ったわね」



そう言って真姫は再び自分の手札をにこに向ける。

さきほどまでの高圧的な態度とは打って変わって、フフッと可愛らしい笑みを浮かべた。



マキ「これは9のカードよ。安心して引いていいわ」

ニコ「……信用するわよ」



にこは覚悟を決めたらしく、指定されたカードを勢いよく引いた。

そしてそれを確認するや否や、そのカードをペシッ! と床に叩きつける。

ニコ「ってこれ赤の絵柄じゃない!」



真姫が引かせたカードは確かに9であったが、赤の絵柄だったのだ。



マキ「うふふ! にこちゃんだって海未に赤いの引かせたでしょ。これでイーブンよ」



このところずっと神妙な面持ちをしていた真姫は、ようやく楽しそうに笑うのだった。

ウミ「まさか一手でジョーカーだけでなく、票まで増やすとは。しかも二枚目のジョーカーを手に入れるのを手伝ってくれるサービス付き」



漁夫の利で言うところのハマグリはジョーカーで、シギは票だったんだ、と海未は納得した。

真姫ならハマグリとシギを捕まえて持って帰ろうとした漁夫をさらに捕まえてみせるかも。

真姫の利だなこれは。と。



ウミ「……どうしてにこをあそこまで追い詰めたのですか?

もっと早い段階でこちらに引き入れることもできたのでは?」

マキ「念には念よ。決して追い詰めるのが楽しかった訳ではないわ。決して。断じて」



ウミ「うん……なるほど」


だから機嫌がよかったのか……。真姫の笑顔の理由を知り、海未はひとり戦慄した。



盃を交わす代わりに海未、真姫、にこらは共にお弁当を食べることになった。

午前からこのゲームが続き、お腹はぺこぺこ。弁当箱を開けながら次の作戦について話し始める。



ウミ「しかし、これではまだ三票。絵里たちを超えることはできません」

ニコ「そうね。とりあえず四票にしなきゃ」

ウミ「また誰かを追い詰めて私たちに投票せざるを得ない状況をつくるんですか?

それとも、買収とか?」

マキ「どちらでもないわ。特に買収なんて取り分が減るしできるだけしたくないものね」

ウミ「ではどうやって?」

――穂乃果に票を集めるわよ。それで四票になる――

・・・・・

ウミ「……というわけで、穂乃果が四票を獲得したんです。最多票を取れなくて残念でしたね」

ノゾミ「なるほどやるなぁ。海未ちゃんと真姫ちゃんか……」

コトリ「主に真姫ちゃんだね」

ノゾミ「真姫ちゃんやね」

ウミ「だからどうして私をそんなに軽視しているんですか!」

エリ「……にこ」

ニコ「なによ」

エリ「穂乃果に票を集めたって穂乃果はにこを狙うんじゃないかしら?

にこの手札が一番少ないことに変わりはないんだし」

ニコ「かもね。でもそのときはこの二人から引かせてもらうことになってる」

エリ「わかっているんでしょう? それは根本的には解決になってない」

ニコ「……しかたないでしょ。言うこと聞かなきゃ私は即終わりなのよ」



その言葉を聞いて絵里はニヤリと笑う。

――どうやらこの三人も一枚岩ではないようだ。



エリ「組んだのかと思ったけど、ただ真姫が従わせているだけみたいね」

マキ「人聞きの悪いこと言わないで」

エリ「あなたににこが手懐けられる? にこだって馬鹿じゃないのよ」

ニコ「……」

エリ「せいぜい出し抜かれないようにね!」

マキ「ふん! 負け犬の遠吠えってやつじゃない? 行くわよ」



真姫たちは絵里たちのもとを去った。



エリ「ふふ。犬はどっちよ。まるで飼い主にリード引かれる犬みたい」



その絵里の言葉がにこや海未の耳に届いていたかは定かではない。

ノゾミ「三人組ならローテーションでカードを回せるね。

きっとうまいこと組合わさらんように手札をシャッフルしてる」

コトリ「マズイよ……あの三人の手札は予測不能ってことじゃない?」

エリ「こっちも、うかうかしてはいられなくなったわね」



・・・・・



ウミ「とりあえず絵里たちを止めることはできましたね」

マキ「三票を上回るためには、確実に自分に票を入れるだろう人に私たちも便乗しちゃえばいいってわけ。このまま絵里陣営に好き勝手やらせるよりマシでしょ」

ウミ「唯一独立を保っているのは穂乃果だけですからね。ってあれ?」

マキ「そう。ここまできて頑なに誰とも組まず、カードも動いていないのが穂乃果よ。

もうひとり一切手札が動いてないのがいるけど、あなたの言うとおり独立してるのは穂乃果だけ」

ウミ「それって……思いっきりジョーカーの条件満たしてるじゃないですか。

そういえば最初、穂乃果にもカードのやりとりを断られていたのを忘れていました」

マキ「つまり穂乃果はジョーカーか、よほどのアホかのどっちかよ」

ウミ「もしくは全て見越していて、あえてそう思わせるように動いているか」

マキ「自分がジョーカーだと思われてもメリットなんてないわ」

ウミ「ではおそらくもうひとりのジョーカーは穂乃果ですね」

マキ「引きたがらない人を無理やり引かせちゃってもいいのよ。投票を使ってね」

ウミ「絵里たちを止めつつ、ジョーカー候補にカードを引かせて出方を見る……と。

そういえばにこはどちらに?」

マキ「さあね。協力関係にあるとはいっても、ずっと一緒にいなきゃいけないわけじゃないし」



・・・・・

同じ頃、意中の人を見つけてニコっと笑うにこ。

――作戦開始ニコ!



ニコ「はーい。穂乃果ちゃん」

ホノカ「あっ、にこちゃん! どうしたの?」

ニコ「穂乃果ちゃんは、誰からカードを引くニコー?」

ホノカ「引かないといけないんだよねぇ。迷っちゃうよ」

ニコ「イイコト教えてあげよっか?」

ホノカ「いいこと?」



ニコ「必勝法……とか」

ホノカ「ひっしょうほう……!?」



・・・・・

・・・・・



ニコ「そう。必勝法」

ホノカ「どうしてそんなこと教えてくれるの?」

ニコ「実はぁ、さっきの投票でにこも穂乃果ちゃんに入れたの!」

ホノカ「えーありがとう! ……って、だからどうして」

ニコ「実はにこ……海未ちゃんと真姫ちゃんに弱みを握られちゃってて」

ホノカ「よわみ?」

ニコ「だから、穂乃果ちゃんが頑張ってくれるとにこも都合がいいっていうか?

だから協力してあげる」

ホノカ「きてる……きてるよ。これからは高坂穂乃果の時代だ!」

ニコ「だから手始めに、ちょーっとイイコト教えてあげようかなーって」

ホノカ「それが必勝法? 本当にそんなものあるの?」

ニコ「えー、穂乃果ちゃん疑ってる!」

ホノカ「ちょっとね」

ニコ「穂乃果ちゃんの手札、左から順番に大きな数になるように並べてあるでしょ?」

ホノカ「うんうん。……え!? なんでわかったの?」

ニコ「単純な心理だよ。順番に並べたくなっちゃうものだよね」

ホノカ「にこちゃんも?」

ニコ「さあ」

ホノカ「で、それが?」

ニコ「だからさあ、凛ちゃんも手札をそう並べてると思うの」

ホノカ「違いないね。凛ちゃんもそうしているね」

ニコ「で、凛ちゃんは七枚カードがあるのはわかってる?」

ホノカ「うん。いっちばん最初に引いたのが凛ちゃんだから」

ニコ「もー、わからない? 七枚のカードが順番に並んでるんだよ?

つまり凛ちゃんの手札は一番右が7以上、一番左が7以下で決まりニコ!」

ホノカ「……!」

ニコ「例えばだけど、1~6しか持ってない人か8~Kしか持ってない人、もしくはそれに近い手札の人がいたとしたら……

誰の、どのカードを引くのかなー。なんてね」


ホノカ「ありがとうにこちゃん! 私わかったよ」

ニコ「それはよかった。じゃあ頑張ってね、穂乃果ちゃん」



にこはまた満面の笑みで、まるで作り物のように綺麗で愛らしい笑みで、ニコっと笑うのだった。



・・・・・

・・・・・



真姫と海未は、真姫がそう言ったので凛と花陽と接触することになった。

真姫は理由を教えてくれなかったが、海未はおおよそ状況の把握やら、なんやらだろうと勝手に解釈した。

真姫のことだ。なにか考えがあるんだろう。そんなふうに解釈した。



ウミ「凛たちはこれからどうするつもりなんですか? 二票では苦しいでしょう」

リン「うーん、よくわかんない。凛はかよちんの言うこと聞いてるだけだから」

ウミ「なにか策があるんですか?」

リン「それはどうかにゃー。かよちんに直接聞いたほうがいいよ」

マキ「その花陽はどこなのよ」

リン「やまを見に行ったよ。捨てられたカードを見て何がおもしろいのかな?」

マキ「いや、おもしろいとかじゃなくてそれは貴重な情報……なんでもないわ」

リン「……?」



――花陽、心中お察しします。

凛のようなタイプと組んだら相方はさぞ大変だろう。海未は心の中で手を合わせた。

マキ「なんで海未も気の毒そうな顔してるのよ、私も似たようなものなんだけど」

ウミ「えっ」

マキ「そのうえ、海未ちゃんは嘘が苦手ですものね?」

ウミ「そのうえって、どのうえですか! どうして私の話になっているんですか」

マキ「それって人としては正しいんだろうけど、今回ばかりは大変よ。

こっちは迂闊なこと言うと周りに情報漏れそうだし」

ウミ「私に話すと作戦がバレると思ってるんですか……まさか私に秘密でなにかことを進めてはいないでしょうね」

マキ「……さあね」



また髪の毛をクルクルし始める真姫。

――もしかしてなにか策を練っているときにやっちゃうクセとかなんでしょうか。



マキ「なによ? クセっ毛、とか思ってるの? 悪かったわねクルクルで」

ウミ「え、あ、いや」

ホノカ「いたああああ! 凛ちゃん!」



と、そこに穂乃果が騒がしさを連れてやってくる。

穂乃果は誰とも手を組んではいないが、かわりにそれと一緒に行動している。

そう。騒がしさと穂乃果は常にダッグを組んでいるのだ。



ホノカ「凛ちゃん! 私、凛ちゃんから引くことにしたよ!」

リン「えー、なんで凛なの?」

ホノカ「ひひひ……! 内緒だよ!」



そう言って穂乃果は凛の手札の一番右のカードをとった。

真姫は髪の毛クルクルを続けた。

凛はもう「次は誰から引こうか」などと呟いている。

そして海未は一つ疑問を持った。



ウミ「あの穂乃果が、一切迷わずカードを引くなんて」

ホノカ「え?」

ウミ「いつもなら、どれにしようかと長考するはずなのに。今日は雨でも降りますか」

ホノカ「い、いやー直感だよ。ビビっときたんだよ。ときどき雨は降らなきゃ大変だからね」

マキ「……」

ホノカ「本当だよ! 私の中のリトル穂乃果が一番右を引けと言ったのさ」



・・・・・

・・・・・



ハナヨ「やまを見に来たはいいけど、まだ絵里ちゃんがペアを揃えてから変化はナシ……か」

ニコ「はーい。かよちん」

ハナヨ「きゃあ! ああ、にこちゃん」

ニコ「一つ忠告に来たの」

ハナヨ「……忠告?」

ニコ「凛ちゃんの手札の順番に、穂乃果ちゃんは気づいてるみたいだよ?」

ハナヨ「どういうこと……?」

ニコ「さあ。でもね、きっと次も穂乃果ちゃんは凛ちゃんからカードを引くと思うなあ」



・・・・・

・・・・・



五回目投票結果



コウサカ ホノカ 5

ソノダ ウミ 0

ミナミ コトリ 0

ニシキノ マキ 0

ホシゾラ リン 1

コイズミ ハナヨ 0

ヤザワ ニコ 0

トウジョウ ノゾミ 0

アヤセ エリ 3



ウミ「あれ?」

マキ「票がおかしなことになってる……みんな動き出したか」

ウミ「花陽も穂乃果に入れたみたいですよ?」

マキ「表面上はそう見えるわね」



穂乃果「おお……! また私だ。風が吹いている……この私に!」



ヒデコ「次も穂乃果から再スタートです」

フミコ「それから、現在のプレイヤーの手札数」

コウサカ ホノカ 七枚

ソノダ ウミ 六枚

ミナミ コトリ 六枚

ニシキノ マキ 五枚

ホシゾラ リン 六枚

コイズミ ハナヨ 六枚

ヤザワ ニコ 四枚

トウジョウ ノゾミ 六枚

アヤセ エリ 六枚

リン「凛が誰からも引かないで投票になったけど、これでよかったの?」

ハナヨ「そのはずだったんだけど……こっちの作戦に気がついたのかな? 絵里ちゃん陣営の誰かが」

リン「かよちんは何か仕掛けたの? わけわかんないにゃ」

ハナヨ「そうだよね。そうそう凛ちゃん」

リン「にゃ?」

ハナヨ「手札はちゃんとシャッフルしておいてね」



・・・・・

・・・・・



五回目の投票を終え、再び最多票を獲得しルンルンの穂乃果はスキップで凛の元にやってきた。



ホノカ「やあ凛ちゃん」

リン「やあ穂乃果ちゃん!」

ハナヨ「もしかして、また凛ちゃんから引くの?」

ホノカ「そうだよ」

リン「んもう、しょうがないなー」

ホノカ「じゃあ……これだ!」

リン「穂乃果ちゃんは右ハジが好きだにゃー」

ホノカ「……あれ? ペア揃っちゃった」

リン「おめでとう」

ホノカ「あ……ありがとう?」

穂乃果は首を傾げながら視聴覚室に向かった。



ハナヨ「にこちゃんが言ってたこと本当だったんだ……」

リン「ねえかよちん、また凛の手札減っちゃった。引かせてよ」

ハナヨ「私の手札が減るのと凛ちゃんの手札が減るのは同じことだよ凛ちゃん。

引くなら組んでない人にしないと」

リン「そうなのか。でも引かせてくれる人なんていなんじゃない?」

ハナヨ「そうだよね……ちょっと待ってね。今考えるから」

リン「ダメもとで聞いてくるよ。どうせ引くなら誰がいい?」

ハナヨ「えっと、私が最初希ちゃんから引いたのと、やまにある絵里ちゃんのカードで、二人の手札は少し予想できる。

引くならことりちゃん。ことりちゃんだけまだ一度も手札が動いてないから、引いたカードで得られる情報が一番正確」

リン「なるほど! 全然わからないけど行ってくるね」



・・・・・

・・・・・



穂乃果は先ほど揃ってしまったカードをやまに捨てた帰り、にこの姿を見かけた。



ホノカ「にこちゃーん! さっきカード揃っちゃって、今捨ててきたよ!」

ニコ「えーおかしいなー」

ホノカ「なにが必勝法だよ!」

ニコ「もしかしたらー、凛ちゃんは気がついたのかもー」

ホノカ「え……!? だとしたらやるな凛ちゃん。じゃあ今度は違う人から引くことにする!」

ニコ「待って待って! もっとイイコト教えてあげる!」

ホノカ「な、なに……?」

ニコ「今揃っちゃったカードは何? どうせ、やま見ればわかるんだから教えてよ」

ホノカ「5……だよ」

ニコ「さっき引いたやつは?」

ホノカ「それは秘密!」

ニコ「そっか残念。でもさ、その二枚のカードで凛ちゃんの手札が推測できるんじゃない?」

ホノカ「あ、そっか!」

ニコ「それで自分との被りが少ないってわかれば……」




穂乃果は考えた。これくらいなら自力でもわかる。

――えっと、さっき引いたのが10で、今引いたのが5……。

つまり5、6、7、8、9、10ってことじゃないか!



ホノカ「すごい! なんかいっぱいわかっちゃった! しかも私との被りが少ない!」

ニコ「じゃあ、凛ちゃんから引いて、そのまま手札ゼロにしちゃえ!」

ホノカ「うん! ありがとうにこちゃん!」



そういうと穂乃果は再び凛のもとへ走っていった。



ニコ「……まあ、その計算には”最初に凛が花陽から引いたカード”が入ってないんだけどね」



・・・・・

・・・・・



一方、穂乃果に狙い撃ちされる可能性が高いと踏んだ(花陽に指示されて)凛はことりとカードを引かせてくれないかと交渉していた。



コトリ「うん。いいよ」

リン「いいの!?」

コトリ「私が指定したカードなら引いてもいいですよ。ってことだけど、それでもいい?」

リン「それって赤い絵柄確定ってこと?」

コトリ「どうだろうね?」

リン「うーん……手札無くなっちゃうよりはいいか」

コトリ「じゃあこれを引いてみて」

リン「被りませんようにー。……!?」

コトリ「どう?」

リン「な、なんで黒い絵柄引かせてくれたの?」

コトリ「さあ。どうしてでしょう?」

リン「しかも被っちゃったにゃー……」

コトリ「えー! 被っちゃったのー!」

リン「まずいなー……ただでさえ手札減ってるのに。視聴覚室行ってこなきゃ」

運の悪いことに、ペアが揃ってしまった凛は視聴覚室にカードを捨てに向かう凛を見送ることり。



コトリ「……引かせたよ」

エリ「運の悪いことに、ねえ」

ノゾミ「さて、せっかくことりちゃんに引く番来たんやからウチらも真姫ちゃんトコみたいに手札交ぜちゃう?」

エリ「そうね。うまいこと組合わさらないように」

コトリ「でもさ、たぶんにこちゃんはジョーカー持ってたんだよね?」

エリ「そうね。でも今は海未か真姫が持ってるかも」

ノゾミ「ウチなら海未ちゃんに持たせるよ。あの三人で一番手札多いのが海未ちゃんやから、失う可能性が低い。逆ににこっちは手札少ないから持たせてられないよ」

エリ「その裏を読んで普通ににこが持ってることも考えられる」

ノゾミ「たしかに……」

コトリ「結局、あの三人の誰がジョーカーを持ってるかはわからないんだね」



・・・・・

・・・・・



リン「ごめんかよちん、ペア揃って手札減っちゃった……」

ハナヨ「そんな……このままじゃマズイよ凛ちゃん」

リン「せっかく黒の絵柄引かせてくれたのに」

ハナヨ「え……?」

ニコ「まんまとやられちゃったんだ、凛ちゃん」



神出鬼没。再びにこはニコニコ笑顔と共に花陽たちのもとに現れた。



ハナヨ「……にこちゃん!」

ニコ「さっき、やま見てきたけど、穂乃果ちゃんのところに5が捨ててあったよ」



にこが笑顔であることに違いはなかったが、先ほどの笑顔とは一変する。

なにが違うか……。

それは作り笑いなどではなく、心から笑っていた。

勝利を確信した笑みだった。



ニコ「……ふふ。あっははははははははは! 迂闊だったわね! 凛!」

凛「にゃっ!?」

ニコ「あの状況で穂乃果が誰からカードを引いたかなんてバレバレに決まってるっつーの。

つまり、やまに捨てられた5のペアは穂乃果と凛のもの。

みんな知ってたのよ。凛が5を持っていたってことをね」

ハナヨ「それでことりちゃんは黒の絵柄を……」

ニコ「5に隣接する4か6を引かせれば凛が自滅する可能性が高いわよね。

実際、凛のやまには6のペアが捨てられてたし」

ハナヨ「引かせてくれるのは指定時のみ……指定されたカードを引くと自爆する可能性が高い……」

リン「あ、あれ? それってすっごくマズイんじゃ……」

ニコ「マズイなんてもんじゃないわよ。もうあんたはカードを引けない」

リン「あ……ああ……」

マキ「そういうこと。悪いけど終わりよ凛」



してやったり。というような顔の真姫と、なにがなんだか。というような顔の海未。

二人がいつの間にか背後の壁に寄りかかっていたことに凛と花陽はようやく気がついた。

リン「ま…真姫ちゃん!? ぐぅ……にゃあああああああああああああああああ!」



膝から崩れ落ち、叫ぶ凛。もう彼女に手立てはない。

ウミ「やっぱり私に内緒で動いていたんじゃないですか」

マキ「言ったじゃない。あなたに話すと漏れるかもしれないって」

ニコ「ま、結果オーライよ。うまく凛と穂乃果をコントロールした私に感謝しなさい」

ハナヨ「どういうこと……?」



絵里陣営の票を上回るために海未たちは穂乃果に票を集めた。

次に、その穂乃果が凛のカードを引きに行くように嘘の必勝法を教え誘導する。



ニコ「凛の手札は一番右が7以上で、左が7以下だって教えたのは私よ」

マキ「それから私は穂乃果が凛の手札のどこを引くのか観察してたってワケ。

ちなみに穂乃果はあのとき右端を引いたから、手札は1~6付近だと検討がついた」

ウミ「それで凛たちに接触していたんですか」

ハナヨ「凛ちゃんの手札の順番を変えるように言ったのも……」

ニコ「そういうこと。こうすることで穂乃果の手札は7以上が多いのか、7以下が多いのかを把握しつつ、凛と穂乃果の手札を削るってわけよ。ふっふーん!」

マキ「二枚目のジョーカーを得るためににこちゃんが提案してきたのよ。

正直つっこみどころのある作戦だったけど……どうして上手くいったのかしら」

ニコ「穂乃果と凛なら絶対引っかかってくれるって信じていたわ」

マキ「ずいぶんな方向に信じているのね……」

ウミ「私にだって一言くらい教えてくれてもよかったんです」

マキ「いじけないでよ、本人の言うとおり結果オーライだってば」

ニコ「穂乃果は凛が自分との被りが少ないと思い込んでいるから、引き続き凛を狙い撃ちするでしょうね。手札がなくなるまで!」

リン「そ、そんな……かよちん! 助けて!」

ハナヨ「ごめん凛ちゃん……ごめんね」

リン「そんな……」

ハナヨ「もう私にはどうしようも……」

リン「うわあああああああ!」

ハナヨ「ごめん……ごめん……」

――それから四回の投票の後、凛の手札はゼロとなった。



現在のプレイヤーの手札数



コウサカ ホノカ 六枚

ソノダ ウミ 六枚

ミナミ コトリ 五枚

ニシキノ マキ 五枚

ホシゾラ リン ―

コイズミ ハナヨ 六枚

ヤザワ ニコ 四枚

トウジョウ ノゾミ 六枚

アヤセ エリ 六枚



捨てられたカード (捨てた人)

赤2、赤2ペア (アヤセ エリ)

黒5、赤5ペア (コウサカ ホノカ)

黒6、赤6ペア (ホシゾラ リン)

黒3、黒3ペア (コウサカ ホノカ)

黒4、赤4ペア (コウサカ ホノカ)



星空凛 あがり。

・・・・・



ヒデコ「凛ちゃんはあがっちゃったのでペナルティ-1です」

リン「ええ!? 聞いてないよ手札ゼロなんだから±0なんじゃないの!?」

フミコ「そんなに甘くないんだよ。何しに来たと思ってるの?」

リン「ババ抜きしに来たはずにゃー!」

ヒデコ「まあまあ。投票は参加できるから最後まで楽しんでいってよ」

リン「投票だけできても意味ないよ!」

フミコ「あがった人が出たので一時中断。三十分後に投票を始めます」



マキ「ちょっと待った。……あがった人も投票できるの?」

フミコ「そうだよ?」

マキ「聞いてないわ! ルールにはそんなこと書いてない」

ヒデコ「いやいや、よく見てよ。あがった人がもうゲーム参加できないなんて記載されてないし。

『投票の参加は絶対』って書いてあるし」

マキ「『脱落』じゃなくてあくまで『あがり』って表現に拘ってたのはこれか……少し練り直す必要があるみたい」

ニコ「このパターンは予想してなかったの?」

マキ「このパターンって、あがった人も投票に参加できるパターンってこと?

そうよ。だってルール説明でそんなこと言われなかったし」

ニコ「ここに来てピュアなマッキーが出てきちゃったか」

マキ「なによ! うるさい!」



頬を染めて普段より一段階高いトーンの声を出す真姫。

このゲームが始まってからこっちの真姫になるのは初めてだったか、と海未は回想した。

ウミ「それになにか問題があるんですか?」

マキ「ありよ。おおアリよ。オオアリクイよ」



それが今後どのようにゲームの流れに関わってくるのか海未は訪ねようとした。

しかしそれはできなかった。少し場が騒がしくなったからだ。



ホノカ「ねえねえ、真姫ちゃん海未ちゃん!」

ウミ「穂乃果、なんですか今大事なお話を……」

ホノカ「いやー、にこちゃんがね。二人にいやいや働かされてるみたいなこと言ってたから気になって」

マキ「そんなこと言ったの?」

ニコ「あー……いやー」

ホノカ「にこちゃんにはイイコト教えてもらったし力になってあげるのもやぶさかではないよ」



言いにくそうに「やぶさか」と言った穂乃果は案の定喋り終わったあとも、やぶさか……やぶさか? と口の中で繰り返していた。

その隙に海未は小声でにこに確認をする。



ウミ「本当にそんなことを?」

ニコ「えー、やだなあ。穂乃果ちゃんを信用させるための口上だってば。

二人を裏切るつもりなんてサラサラないニコ! ……今のところ」

マキ「どっちにしても穂乃果ったら騙されちゃうんだから」

ニコ「ねー本当に。おバカさんなんだからー」

ウミ「まったくです。そのとおりです。こんなのに引っかかるなんておバカさんです」



――いやーよかった。実に良かった。私が一人だったら多分引っかかっていただろう。

動揺を隠すように海未はかぶりを振る。



そんなことはさておき、と真姫が切り出した。

マキ「穂乃果、あなたこれからも一人で戦う気?」

ホノカ「まあね! だってなぜか四票とか五票とかあるし! 必勝法もあるし!」

マキ「そのうち三票は私たちが入れてたんだけど」

ホノカ「え?」

マキ「あとその必勝法とやらの正体、私と海未は知ってるわよ」

ホノカ「え?」

マキ「それから、にこちゃんはやっぱりこっち側に付くって」

ホノカ「え?」

マキ「ついでに、あなたの手札はほぼ割れてるわよ」

ホノカ「え?」

マキ「面倒だから仕組みは説明しないけど、あなたが持ってるのは1、2、6、7、8の五枚と9~Kのどれか。もしくは……」

ホノカ「なんで!?」

ウミ「たまには私が説明しましょう。真姫はお茶でも飲んでいてください」

――穂乃果は凛の手札をほぼすべて吸収しました。

それから、穂乃果が捨てたカードが3、4、5。凛が捨てたのが6。

さらにそこから推測できる凛が持っていなかったカードは9、10、11、Q。

この時点で穂乃果が絶対に持ってないカードが八枚。必然的にのこる五枚はほぼ確実に持っているとわかります。

それが1、2、6、7、8ですね。

そこから穂乃果自身が捨てた3、4、5を除いた9~K。おそらくそれがのこる一枚のカードです。

最初に凛が花陽から引いたカードという不確定要素がありますが、まあたぶんそれが9~Kのどれかでしょう。



ウミ「……そしてほぼ、というのはあなたがジョーカーを持っている可能性のことです」

ホノカ「うわあああああ意味わかんない! もうやめて! 発疹が、体がかゆくなる!」

マキ「驚いた……」

ウミ「え? 何がですか?」

マキ「だって……いや、別に」



だって……最初期、希に黒の絵柄を引かれ途方に暮れていた海未ちゃんとはまるで別人みたい。

流暢に穂乃果の手札がわかる仕組みを語る海未を見て真姫はそう思ったのだが、本人を前に口にすることはなかった。

ニコ「真姫ちゃん、あの約束覚えてるよね?」

マキ「ええ。二枚目のジョーカーが手に入ったら分け前はちゃんとあげる」

ニコ「じゃあ……さて、今から手に入れてご覧に入れましょう」



真姫から穂乃果に向き直るにこ。



ホノカ「ん?」

ニコ「自分が投票で選ばれている限りは絶対に強制的にカードを引かれることはない。

攻撃は最大の防御ね。さらにジョーカーを持ってないだろうと踏んだ凛を集中攻撃」

ホノカ「ちょ、ちょっと待って何言ってるの?」

ニコ「とぼけても無駄だよ? 穂乃果ちゃんジョーカー持ってるんだよね」

ホノカ「いや、持ってないよ。ジョーカー持ってない」

ニコ「んもー、往生際が悪いなあ」



にこの笑顔がヒクヒクと動く。



ホノカ「そんなこと言われても……え? 本当に言ってるの?」

ニコ「……?」

ウミ「真姫、どうやら」

マキ「……そうみたいね」

ニコ「ウソ……? 本当に持ってないの!?」

マキ「あら、ジョーカーを手に入れてご覧に入れるとかなんとかは?」

ニコ「うるさーいっ! こんのアホノカ紛らわしいのよ!」

ホノカ「え……私が悪いの?」

マキ「そうは言っても私も少々面食らってるわ。てっきりジョーカーは穂乃果だとばかり」

目頭を押さえる真姫。

海未はあのときの真姫とのやりとりを思い出した。

そう。穂乃果がジョーカーである可能性について話したときだ。



――つまり穂乃果はジョーカーか、よほどのアホかのどっちかよ――



ああ、どうして私は後者の可能性を考慮しなかったのか。

そうだった。穂乃果はよほどのアホなのだった。

悔やむにも悔やみきれない微妙な失態に海未は苦笑した。



ウミ「やりますね穂乃果。この真姫を出し抜くなんて」

ニコ「他人事か! なによ私は二枚目のジョーカー手に入れるためにこんなに暗躍したのに!

ていうかヤバいんじゃない? ジョーカー持ってるのは絵里か希かことりか花陽って話じゃ」


マキ「まさか……私の予想の範疇を超えてくるなんて」



みんな私の思い通りに動くに違いない。私の推測や計算が外れるわけがない……。

真姫は確かに賢明であったが、自身の自信過剰な性格を勘定に入れない。

それこそが唯一の誤算だった。

ニコ「おのれ穂乃果」

ホノカ「よくわからないけど勘違いさせてごめん……」

マキ「私のミスよ。もうひとりのジョーカーはにこちゃんみたいに単純じゃないみたい」

ニコ「なんですって!」

ウミ「しかし、ならば真のジョーカーは誰なんですか?」



絵里、希、ことり、花陽……。

このなかにいままで隠れ続けてきた真のジョーカーがいる……!

間違いなくこの先台風の目となるのはその人だ。

海未は波乱の予感を感じずにはいられなかった。



・・・・・

・・・・・



ホノカ「手を組む?」

マキ「私たち三人以外の手札を狙うなら、三票。あなたに入れてあげる」

ホノカ「おお……うーん」



穂乃果が考え込んでいる間、海未、真姫、にこは小さな声で話し合う。

ウミ「いいんですか? もし穂乃果がジョーカーを手に入れたら……」

ニコ「それはないでしょ。むりむり」

ウミ「うんそのとおりですね。失礼しました」

マキ「そのときはまた奪うまでよ」

ニコ「また真姫、悪そうな顔を……ほら作り笑顔でいいから笑いなさい。どんなときも」

マキ「さすがμ’sきっての嘘つき(ライアー)ね」

ニコ「どういう意味かな?」

マキ「別に悪い意味じゃなくてよ」



ホノカ「よしわかった! 票がいっぱい集まるのっていいことだよね!」



ニコ「うまくいったわね。これで私たちの手札を減らさずに相手のカードを引けるわよ」

ウミ「穂乃果は引いたカードを教えてくれるでしょうか?」

マキ「教えてくれなかったら揃ったペアだけで判断することになるけど、ノーリスクなんだからそんなもんね」



今しがた真姫の悪人面を注意したにこ共々、三人は非常に悪い顔をしていた。

マキ「どうしたの海未? 難しい顔して」

ウミ「いえ、なんとなくですが……このまま、にこにジョーカーを持たせたままでいいんですか?」

マキ「現状、私たち三人のうち手札が一番多いあなたがジョーカーを持たされてると周りは思うはずなのよ。

それで裏を読んで普通ににこちゃんに持たせてるわけなんだけど、不安?」

ウミ「にこは手札が少ないですから、そのリスクを考慮すると危険な気が」

マキ「ときには大胆さも必要なのよ。それににこちゃんに持たせることでこっちは裏切るつもりはないって意思表示になる」

ウミ「そりゃ、こっちは裏切るつもりはありませんが……」

ニコ「にこは裏切ったりしないニコ! 大丈夫ニコ!」

マキ「大丈夫だって言ってるじゃない。これは保険よ」

ウミ「保険?」



フミコ「三十分経ちましたね」

ヒデコ「投票だよー」



マキ「ほら、行くわよ」



・・・・・

投票中……

・・・・・

十回目投票結果



コウサカ ホノカ 4

ソノダ ウミ 0

ミナミ コトリ 0

ニシキノ マキ 0

ホシゾラ リン ―

コイズミ ハナヨ 1

ヤザワ ニコ 0

トウジョウ ノゾミ 0

アヤセ エリ 4

ヒデコ「ここにきて同率表ですなあ」

フミコ「また三十分後に再投票です」



エリ「これは……!」

マキ「しまった」



同率表に困惑するプレイヤーの中で、静かに笑う少女がいた。



ハナヨ「ふふっ……」



・・・・・

ウミ「同率とは……凛は気まぐれに絵里側に入れたようです」

ニコ「死んでもなお私たちの邪魔をするのね……亡霊め」

マキ「サバイバルゲームになぞるならゾンビ行為ってところかしら」

ニコ「そもそもなんであがった人も投票参加できるのよ」

マキ「こういうことができるようにするためでしょう」

ウミ「こういうこと?」

マキ「忘れた? 凛と花陽は組んでいるのよ」



珍しく額に汗を浮かばせながら真姫はこう続ける。



マキ「今、花陽の一票にどれだけの価値があるかわかる?」

(五行でわかる)前回のラブライアーゲーム!

うみまきはジョーカー持ちのにこと組む。

さらに穂乃果に票を集め、凛をあがらせる。

しかしそこに漬け込み、ニ陣営を同率表にする凛と花陽。

これは波乱の幕開けなのか、ゲームは後半戦に突入する。

突入する!

・・・・・



ウミ「花陽の票の価値……」

海未は先の投票結果を思い出す。

穂乃果に四票、絵里に四票。……そして花陽に一票。

ウミ「花陽の一票が、投票の勝者を決める……」

マキ「花陽が決める、と言ってもいいわ」

ニコ「急いで花陽の票を買収しに行きましょう!」

マキ「絵里陣営だって死に物狂いで花陽の票を取りに来る」

ニコ「だからはやく!」

マキ「そうやって両者から絞り取ろうって魂胆よ」

ニコ「じゃあどうすればいいのよ!」

マキ「私たちは花陽からは票を買わない」



リン「じゃあ凛から買う?」

計ったようなタイミングでそこに凛が顔を出した。余裕のあらわれか頭の後ろで両手を組んでいる。



ニコ「出たわねゾンビ凛」

リン「やだなー、人聞きが悪いよにこちゃん」

ウミ「どういうつもりですか」

リン「真姫ちゃんたちが凛から票を買えば、絵里ちゃんたちがかよちんから票を買っても勝てるよね」

ウミ「そのとおりですが……」

リン「票が欲しかったら凛の言うこと聞くにゃー!」

マキ「その次に凛はエリーたちに票を売るんでしょ? 限界までそれを繰り返す」

りん「にゃ……」

マキ「今私たちにできる最善策は『票を買わないこと』よ。ゲーム終了後の負債が無駄に増えるだけだわ」

リン「そう? じゃあ真姫ちゃんたちは票いらないんだね。ずーっと投票で勝てなくても知らないよ!」



そういうと凛は背を向け去っていった。



ウミ「ああ、凛が行ってしまいます! いいんですか真姫!」

マキ「こっちは四票。絵里陣営は三票。どうしたって花陽たちの票を買わなくちゃいけない」

ニコ「誰かが耐えかねて裏切ってくるのを期待してるの? そんなにうまくいくかしら」

ウミ「確かに花陽たちから票を買うよりそっちのほうがよっぽど安上がりです」

マキ「残念なことに、他に方法はない」



・・・・・

十回目投票(再)結果



コウサカ ホノカ 4

ソノダ ウミ 0

ミナミ コトリ 0

ニシキノ マキ 0

ホシゾラ リン ―

コイズミ ハナヨ 0

ヤザワ ニコ 0

トウジョウ ノゾミ 0

アヤセ エリ 5

・・・・・



ニコ「ちょっと、誰も裏切ってこないんですけど」

マキ「……」

ニコ「ちょっと!」

ウミ「にこ、今は我慢の時間帯です」

ニコ「本当に大丈夫なんでしょうね……」



今は我慢の時間帯。

海未たちはひたすらに耐えた。好機がくるまで、焦らず……じっくり。



ニコ「こんなの……焦らないほうがおかしいニコ!」

マキ「……」

ウミ「大丈夫。逆転のときは必ず来ます。それを信じましょう」

ニコ「手札が少ない、にこの身にもなってよ!」

ウミ「……? そういえば絵里は誰から引いたんでしょうか」

ニコ「あれ? そういえばそうね。にこのところには来てないもの」



――ピンポンパンポーン。視聴覚室に集まってください――



ニコ「……やけに早くない?」

ウミ「なんでしょう……この悪寒は」

・・・・・



フミコ「あがったプレイヤーが出たのでゲームは一時中断です」

ウミ「なんですって!?」
ニコ「なんですって!?」

マキ「早すぎる……誰があがった?」



フミコ「南ことりちゃんです」



ニコ「はあ!? ちょ、ちょ……どういうことよ! ことりは絵里と組んでるはずでしょ」

ヒデコ「それから、現在のプレイヤーの手札の数です」

ニコ「シカトかっ!」

コウサカ ホノカ 六枚

ソノダ ウミ 六枚

ミナミ コトリ ―

ニシキノ マキ 五枚

ホシゾラ リン ―

コイズミ ハナヨ 六枚

ヤザワ ニコ 四枚

トウジョウ ノゾミ 四枚

アヤセ エリ 一枚

ウミ「な、なにが起きているのですか!?」

ニコ「希も絵里も手札が減ってる……いったいどういうこと?

どうして絵里から始まって、絵里があと一枚しかないのよ……」

マキ「……」



ヒデコ「三十分後に投票です」



投票までの三十分間、海未とにこは状況が飲み込めず混乱するばかり。

真姫は一度も口を開かなかった。



・・・・・

十一回目投票結果



コウサカ ホノカ 4

ソノダ ウミ 0

ミナミ コトリ ―

ニシキノ マキ 0

ホシゾラ リン ―

コイズミ ハナヨ 0

ヤザワ ニコ 0

トウジョウ ノゾミ 0

アヤセ エリ 5

・・・・・



ニコ「やっぱり絵里の五票が変わらない……」

ウミ「真姫、このままでは」

マキ「決まりね」

ウミ「えっ……」

ニコ「マッキーやっと喋った! なにがどうなってるの? 向こう全然裏切ってこっちに入れてくれる気配ないんだけど!」

マキ「買収したのではなく、された……そうね? エリー、希、ことり」



窓際で固まっている三人に向かって真姫は問いかけた。



エリ「ええ。そうよ」

ニコ「買収された?」

ノゾミ「そ。ウチらは花陽ちゃんに票を買ってもらったってこと」

コトリ「正確には分け前をもらう代わりに協力することにした、だね」

マキ「まさかあなたがジョーカーだったなんて。花陽」




投票を終えたあと、空き教室に海未たち三人は集まった。



マキ「ゲームの一番初めにカードを引かれた花陽がジョーカーだったなんてね。

票を売って絵里陣営に入れてると見せかけて、絵里陣営を買収していたのよ」

ウミ「それでいて絵里に票を集め続けてカムフラージュしていたと? いったいいつから……」

マキ「凛があがってから次の投票までの間よ。私たちがきっと凛の申し入れを断っているころね」

ウミ「どおりで誰も裏切ってこないはずです」

ニコ「私たちに票を買わせたあとに買収するつもりだったんでしょうね。

それが、私たちが票を買わないと宣言してしまったから前倒しになった」

マキ「参ったわ」



真姫はあっさりと参ったと言ってのけた。あまりにも簡単に言うもので、海未はことの重大さがイマイチ感じられなかった。

絶体絶命であるということはわかっているはずなのに。

ウミ「参ったって、なにか手立てはないんですか」

マキ「これは私が目指してた理想形なの」

ウミ「真姫が目指していた?」

マキ「ジョーカーを手に入れて、捨て札を増やしその価値をあげる。

そしたらそれを使って票を買収。過半数の五票ね。それだけ。はい終わり」

ウミ「は……?」

マキ「それでもう勝ち確定よ」

ウミ「いや、もう少し段階を……」

マキ「花陽は凛と組んでる。花陽と凛は絵里陣営に票を入れた」

ニコ「勘弁してよね」



にこの顔はすっかり青ざめていた。



ニコ「花陽、凛、絵里、希、ことり、でもう五票……過半数じゃない」

マキ「そういうことになるわね」

ウミ「そ、そんな……少数側の私たちはどうなるんですか?」



真姫もにこも、海未の問いかけには答えなかった。

それがなによりの答えだ、と海未もまた押し黙るしかなかった。



・・・・・

長い沈黙の中で海未は必死に考えた。

まだ終わりじゃない。まだ負けてない。

途中で諦めるなんて、試合を投げるなんて、そんな選択は園田海未にはありえなかった。

彼女は素直で、正直で、そして武人だった。



ウミ「どうして自分たちで手札を削りあっているんでしょう? 少なくなるほど不利なはずなのに。

ここを突けばもしかしたら突破口が開けるかもしれません」

マキ「突破口をつくるには気が付くのが一手遅かった」

ウミ「一手とは?」

マキ「さっきまでの場合……ことりがあがる前の場合ね。

その段階で、もし穂乃果含む私たちの四票をことりか希に入れていたら。

そうね、仮にことりに入れていたらどうなったと思う?」

ニコ「絵里が五票でことりが四票。しかもことりは絵里に入れているっていう奇妙な状態ね。

考え方によっては本人さえ自分に投票すれば……結果はひっくり返る」

マキ「相手に『裏切るのに最適な環境』を提供することができたってわけ。まあもう無理だけど」

ウミ「それができないように必要最低限のメンバーを残し、あがらせているのですか」

ニコ「ゾンビ軍団を従える花陽……どうすればいいのよ」

ウミ「もっと早く気が付けていれば……」

マキ「それも無理よ。私たちは気づくはずがなかったの」

ニコ「そのために、買収させてるフリをしていたって寸法ね。

すっかり絵里たちが花陽の票を買ったんだと思い込んでいた私たちがそれに気付けるはずない」

ウミ「どこまでも……花陽がまさかこんなところで化けるとは」

ニコ「あの子はアイドルの弱肉強食の世界をよく理解しているからね。

考えてみれば一番警戒すべきだったのは花陽だったのかも」

・・・・・



ハナヨ「絵里ちゃんの最後のカードはなに?」

エリ「……Qよ」

ハナヨ「そっか、じゃあこれを引いてください」

エリ「本当に分け前はもらえるんでしょうね?」

ハナヨ「もちろん。ジョーカーがあれば問題ないよ」

エリ「私たち三人が誰もジョーカーを持ってないとなると……あなたが持っているのはほぼ間違いないけど」

コトリ「でも、片割れは真姫ちゃんチームが持ってるんだよ?

ジョーカー一枚の価値は正確には捨て札の数の半分のはず」

ハナヨ「そのうち二枚目も手に入るよ。だって残りのカードは全部捨てちゃうんだもん。

なんとジョーカーの価値は+52になります!」

ノゾミ「ジョーカーだけを残してこのゲームを終わらせるつもり!?」

ハナヨ「そうだよ? 本当は私と凛ちゃんでジョーカーを持って終わりにする予定だったんだけど」

リン「ごめんね、かよちん」

ハナヨ「ううん、いいんだよ。とにかく三人は言うこと聞いてくれたらちゃんと分け前はあげるからね」

エリ「……わかった」



そう言って絵里は花陽が指定したカード、赤のQを引いた。



絢瀬絵里 あがり



エリ「花陽は今ジョーカーを持っているのは誰だと思ってるの?」

ハナヨ「うーん……あの三人だと一番手札が多いのは海未ちゃんだよね」

リン「手札が多い人が持ってたほうが取られにくい! 絶対海未ちゃんだよ!」

コトリ「きっと真姫ちゃんならそれくらい読んでくるんじゃないかな」

ハナヨ「そうだね。とりあえず一番手札の少ないにこちゃんを狙いましょう」

ノゾミ「まあどのみち全員狙うんやからそのほうが確実かもね」

ハナヨ「それに、あの用意周到なにこちゃんだからきっとジョーカーは自分で持っておきたいはず……」

エリ「真姫たちが自分を裏切ることがないように、ってことね?」

ハナヨ「うん。にこちゃんならそうすると思う。たぶん」

――ピンポンパンポーン――



ヒデコ「絢瀬絵里さんがあがりました」

フミコ「さあ、投票です」

ウミ「今度は絵里があがりましたか」

ニコ「どうするのよ、もう私たち……」

十二回目投票結果



コウサカ ホノカ 4

ソノダ ウミ 0

ミナミ コトリ ―

ニシキノ マキ 0

ホシゾラ リン ―

コイズミ ハナヨ 0

ヤザワ ニコ 0

トウジョウ ノゾミ 5

アヤセ エリ ―

ホノカ「最近投票に勝てないねえ」

ニコ「ひとり空気読めてないのがいるわよ」

ウミ「穂乃果……」

ノゾミ「お話中ごめんね、ちょっといいかな」

ウミ「希……! 私からカードを引くつもりですか?」

ノゾミ「いや。にこっちから引かせてもらえる?」



それからにこは希に狙い撃ちされることとなる。

ジョーカーを持っているにこの手札がこれ以上減るのは避けたい。真姫と海未はにこにカードを供給した。

にこの手札がなくなるのを防ぐように。ジョーカーを失わないように。

しかしこのままでは真姫と海未の手札が尽きるのも時間の問題だった。



ニコ「イヤよ」

マキ「にこちゃん、わかるでしょ? このままじゃいずれジョーカーを取られる。

私か海未に移しておくべきだわ」

ウミ「にこ……お願いです」

ニコ「そうして、二人が裏切らないとどうして言えるの?」

マキ「……」

ウミ「こんな状況で裏切るなど……」

ニコ「にこだってわからないけど、無い話じゃないじゃない!」

先ほどから髪の毛をクルクルクルクルと回し続ける真姫。

あまりにも巻きすぎるものだから指が髪の毛に飲まれ消えている。

しかもそれがどうやら絡まってしまったらしく、なんとも言えない顔で指を引き抜こうとしている。

海未は、ああ真姫もイライラしているんだ。と察した。

しかし、にこはそれに構わず反抗を続ける。

ついさっき穂乃果に空気が読めていないと言った本人であるからワザとだろうな。とこれまた海未は察した。



マキ「仕方ないわねもう! とりあえず今はにこちゃんにカードを供給しましょう」

ウミ「しかしこのままでは私も真姫も……」

マキ「穂乃果のところに行くわよ!」



・・・・・

ノゾミ「にこっちの手札が引いても引いても減らないんやけど」

エリ「真姫と海未が供給しているのよ」

ハナヨ「やっぱり、にこちゃんがジョーカーを持ってるみたい」

ノゾミ「しかも、引いたカードが全部赤の絵柄なんよ」

エリ「ジョーカー以外のカードを赤の絵柄で固めて守っているのね」

コトリ「でもこっちはあとでそれを揃えて捨てちゃうからあんまり関係ないよ?」

エリ「向こうはジリ貧。もう時間の問題よ」

リン「凛たち勝てそうにゃ!」

ノゾミ「勝てそう、いうかここからどうやったら負けられるん? ってくらいやね」

コトリ「希ちゃん凛ちゃん、なんでも慎重に。念には念をです!」

ハナヨ「そのとおりです。最後まで気を抜いちゃいけません!」



・・・・・

念には念を……しかし未だ打開策のない海未たちは穂乃果ににこへカードを供給してくれるよう頼むことにした。

もちろん、それは時間稼ぎにしかならないのだが……。



マキ「穂乃果」

ホノカ「どうしたの?」

マキ「よく聞いてね。よーくよ。お願いだからよく聞いて」

ホノカ「……?」



真姫はできるかぎり懇切丁寧に、かつ簡潔に今自分たちが置かれれている状況を穂乃果に説明した。

そしてかなりの時間を要したが、穂乃果に現状を把握させることに成功した。



ホノカ「そんな……つまりどういうこと?」

しかし全てを理解させることは真姫をもってしてもできなかったようだった。

マキ「つまり今にこちゃんが狙い撃ちされてて、近い将来あなたも狙われるし、私たちはいずれ全滅するってことよ」

ホノカ「わ、わぉ……」

ウミ「手札が……このままでは尽きてしまうんです」

ホノカ「海未ちゃん……わかった! 私のカード引いていいよ」

ウミ「穂乃果……?」

ホノカ「もう無駄かもしれないけど、悪あがきかもしれないけど、最後までできることをやってみる。

このままなにもしないで終わりたくなんてないから」

ウミ「ほ、穂乃果……ありがたく頂戴します……!」



海未はさながら、最後の特攻の前に後衛から届いた支援物資を受け取る兵のように、涙ぐみながら穂乃果に礼をした。



ウミ「この恩は……忘れません」

しかし穂乃果の支援もむなしく、海未たちの手札は順調に削られていった。

そしてついに真姫はとんでもないことを口にする。



マキ「無理ね」

ウミ「え!? いまなんと?」

マキ「もう無理よ。どう考えたって。ここから二枚目のジョーカーを手に入れるのは現実的じゃない」

ニコ「な、それってもうにこは分け前をもらえないってこと!?」

マキ「そうね。あなたには二枚目のジョーカーが手に入ったら分け前をあげるって約束だった。ごめんなさい」

ニコ「ふっざけないでよ今までのは全部タダ働き!? 冗談じゃない!」

ウミ「真姫……あなたなんてことを……」

ニコ「もうマッキーたちなんて知らない! ふんっ!」



にこはそう怒鳴りつけると二人に背を向け去っていった。



ウミ「真姫! にこはジョーカーを持っているんですよ!? この状況でそんなことを言ったら……」



海未は遠ざかっていくにこの背中に一瞥し、冷や汗を流した。



ウミ「裏切るに決まっているじゃないですか……!」

投票はこれで何連敗だったか……。

もう何度目の投票なのか覚えているものはいなかった。

投票とは既に希が勝ち、にこからカードを引くというお決まりまでの流れの一部でしかなかったからだ。



投票結果



コウサカ ホノカ 4

ソノダ ウミ 0

ミナミ コトリ ―

ニシキノ マキ 0

ホシゾラ リン ―

コイズミ ハナヨ 0

ヤザワ ニコ 6

トウジョウ ノゾミ 0

アヤセ エリ ―

ウミ「にこぉぉぉぉぉお!」

ニコ「ごめんね海未ちゃん。にこは常に勝者の味方ニコ!」

マキ「既に過半数の向こうにどうやって取り入った?」

ニコ「話はとっても簡単! シンプル! 私はジョーカーを放棄した」

ウミ「ジョーカーを放棄した……?」

ニコ「あ、まだ手元には残ってるよ。でもこのジョーカーはゼロポイントなの。

ゲーム終了後の捨て札分のポイントは全部かよちんのジョーカーのものニコ!」

ウミ「わけがわかりません! なんでそんなことを」

ニコ「このまま負けたらにこは確実に負債を負うことになる……

だったらせめて収支ゼロを選ぶ。リスクマネージメント、ニコ!」

マキ「最後に残る二人はにこちゃんと花陽ってことね」

ニコ「そうニコ! 最後まで残れば負債は追わなくて済むものね」

ウミ「く……にこ」

ニコ「ごめんね……」

ウミ「もう……終わりなんですね」



過半数の票と二枚のジョーカーが敵に渡った。

もう海未たちには成す術がない。



――完全に手詰まり。私たちの敗北はもはや、火を見るより明らかでした。



体の力が抜けていく……。

海未は膝に何か触れるのを感じたが、それが床であることに気がつくのにはしばらく時間が必要だった。

※たびたび申し訳ありません……

>>150訂正です

コウサカ ホノカ 4 → コウサカ ホノカ 3

ウミ「ま……負け……た………………?」



――ええと、向こうは六票もあって、ジョーカーが二枚あって、だから、それから、ええと……。

ダメだ、頭が真っ白になっていく。いつの間に私は膝をついていたのか。足に力が入らない。

もう私はどうしたらいいのかわからない。私にはどうすることもできない……私には……。



ウミ「真姫……」



情けない。園田海未はまたしても西木野真姫の名前を呼ぶことしかできない。



マキ「やってくれたわねにこちゃん」

ウミ「そんな落ち着いたトーンで……いいんですか真姫」

マキ「ふん! もうどうだっていいのよ。どうしようもないんだから」

ウミ「そんな……あんまりです」

マキ「なにそれ、いままで散々私に頼っておいて、なにそれ、意味わかんない」

ウミ「それは……」

マキ「ねえそうでしょ? 何かにつけて『真姫、真姫』ってもううんざり」

ウミ「ご……ごめんなさい」

マキ「わかるでしょ! もう私たちは負けたのよ!」

ホノカ「えっ!? なに、私たち負けちゃったの!?」

ノゾミ「うひゃーすごい、仲間割れ。見てごらんえりち、あれが仲間割れやよ」

エリ「ハラショー。私仲間割れって初めて見たわ」

コトリ「あっちチームはもうダメそうだね」

リン「あの海未ちゃんが演技であんなことできるわけないし、やっぱりにこちゃんはジョーカー持ってるんだね」

ハナヨ「ではにこちゃん、三人のカードを奪ってしまいましょう」

ニコ「はいはーい」



にこは手を振りながら、標的のもとへ向かった。

リン「どうしてにこちゃんの提案を受けたの? あのまま放っておけばどうせにこちゃんからジョーカーを引けたのに」

ハナヨ「これは保険だよ。凛ちゃん」

リン「保険?」

コトリ「このまま希ちゃんに引かせ続けると、万に一つ希ちゃんがあがってしまう可能性があるからだよね?

そうなるとジョーカーを持っている花陽ちゃん自身が出張らないといけなくなる」

エリ「そのリスクを回避するためにはいくら引いても絶対にあがらない人が欲しかったと」

リン「絶対にあがらない人なんているの?」

ノゾミ「……ああ、なるほど。ジョーカーはジョーカー同士でない限り絶対にあがらないね。

片方は花陽ちゃんが持ってるんやから、今、にこっちは引く場合に限り無敵状態や」

リン「それでにこちゃんに票を集めたのかあ」

ハナヨ「そう。それに……向こうにジョーカーがある以上この中の誰かが裏切る可能性もあった」

ノゾミ「……!」

ハナヨ「念には念を。だったよね? ことりちゃん」

コトリ「そうだね」

もはや少数派にとって投票とは来る度に自分の終わりが近づく、ただそれだけのものだった。

そんな少数派から多数派への鞍替えに成功したにこがまず狙ったのは穂乃果。



ホノカ「ま、待ってよにこちゃん……」

ニコ「悪いわね」

ホノカ「い、やだぁ……これ最後の一枚なんだ……お願い」

ニコ「はやくそれをよこして」

ホノカ「うああああああ! 待って、待ってよぉ! お願いお願いお願いだからっ」



にこは穂乃果の最後のカードを引いた。

いままであがったプレイヤーは全て分け前を約束されていたので、彼女が事実上の最初の敗北者となる。



高坂穂乃果 あがり



揺るぎなく六票を獲得し続けるにこ。

穂乃果の手札を全て奪ったあと、今度はいよいよ標的を真姫に定める。

リン「海未ちゃんも真姫ちゃんも、終わりだね!」



直に自分の番が来ることがわかっている海未は逃げも隠れもしなかった。

わずかな手札を持って花陽や絵里たちとそう遠くない位置に座り込んでいた。

「終わり」……。凛のあがりが確定した時に真姫が凛に言った言葉だったか。

しかし実際終わったのはどちらだったのだろう。



ウミ「手札を持つ私たちを、既にあがった人があざ笑うとは皮肉なものです」

リン「ひにく? そうそれだね。実にそれだにゃ。ところで穂乃果ちゃんは?」

ウミ「いじけて屋上に引きこもっています」

リン「えらく開けた場所に引きこもってるにゃー」

エリ「今頃にこが真姫のカードを引いている。

真姫があがったら次はあなたの番。今のうちに心の準備をしておいてちょうだい」

ウミ「ずいぶんじゃないですか、ただ花陽に引っ付いているだけのあなたが」

ノゾミ「ふふ! 言われちゃったよ! えりち」

エリ「なによ! 海未だって真姫に引っ付いてるだけじゃない」

ウミ「そうでした」

マキ「ちょっと、なに平和に雑談してるのよ」



どのあたりが平和だったのだろうか、おそらくは会話の内容を聞いていない真姫が堂々と姿を現す。



ウミ「真姫……にこは?」

マキ「さあね」

エリ「さあねって……にこはどこをほっつき歩いてるのかしら」

コトリ「なにかご用ですか?」

マキ「まあそうね、これからあなたたちはどうするのかと思って」

ハナヨ「それを教えるのはちょっと怖いかな。真姫ちゃんはなにをするかわからないし」

マキ「本当に呆れるほど慎重なのね。ここは余裕ぶって計画を自分から打ち明けるところよ」

ハナヨ「そんなこと私はしません」

マキ「そう……そうよね。あなたらしい」

ニコ「ただいま! ちょっと真姫ちゃんが見当たらないんだけど。

いったいどこほっつき歩いてるのかしら」

マキ「私はここだけど」

ニコ「あー! マッキー! なんでこんなところに」

マキ「私から引くために私を探していたのね」

ニコ「そうだよ。さあ手札をちょうだい?」



例に漏れず、ニコっと笑いながら真姫に手を差し出すにこ。

対して真姫も仏頂面でにこに手札を差し出す。



ニコ「うんうん。素直でよろしい」

マキ「引いていいけど、これだけ言わせて。みんなもいることだし」

ニコ「え? なに?」



マキ「私はジョーカーを持っている」

ウミ「はあ!?」



真姫の発言に一番最初に、一番驚いたのは海未だった。



ハナヨ「ハッタリだよね? そんなの」

エリ「真姫がジョーカーを持っているとしたら……」

ニコ「ちょっと、なに言ってるの?」

エリ「にこはジョーカーを持ってないんじゃ?」

ニコ「待ってよ、間違いなくにこはジョーカー持ってますーっ!」

コトリ「やっぱり真姫ちゃんの嘘だよ」

リン「だいたい海未ちゃんが驚いちゃってるからね」

ノゾミ「いや、どうやろ? 思い返してみ?

真姫ちゃんはいままで誰かにカードを供給することでしか手札を減らしたことがない」

ニコ「にこはジョーカー持ってるってば! 花陽まさかあんた」

ハナヨ「みんな落ち着いてください! 私はジョーカーを持ってる。

どう考えても真姫ちゃんが私たちを疑心暗鬼にさせるためについている嘘です」

マキ「あら? それはどうかしら」

ノゾミ「花陽ちゃんが嘘をついてるのかもしれんやん」

マキ「誰が嘘をついてるのか……よーく考えることね。行きましょ海未ちゃん」



そう言い残して真姫たちは花陽たちのいる部屋から出て行った。

ハナヨ「……」

ニコ「……」

コトリ「えっと私たちどうすれば」

エリ「にこが嘘をついているとしたらこのままにこに票を集めるのは危険よ」

ニコ「持ってるってば! ほらこれジョーカーだから、裏面からでも伝わるでしょこのジョーカー感!」

エリ「仮定よ。……次に花陽が嘘をついている場合。にこが真姫から引くとジョーカーが揃ってしまうかも。

で、真姫が嘘をついている場合。これは特に問題ないわね」



ハナヨ「わかりました。みんな私も疑うよね。当然だよ。

真姫ちゃんがジョーカーを持ってないってわかればいいんだよね?

ここは一旦希ちゃんに票を集めよう。希ちゃんが真姫ちゃんをあがらせる。

それでジョーカーが出なければ全て解決」

ノゾミ「もしジョーカーが出たら?」

ハナヨ「私はジョーカーを持っているからにこちゃんが嘘つきだよ」

ニコ「違うわ。そのときは花陽が嘘つきよ」

ハナヨ「……とりあえずにこちゃん、真姫ちゃんから引いてきて。そうしないと進まないから」

ニコ「……わかった。……で、次から希が真姫から引くのね。わかった。

今は疑いあったって答えは出ないもんね……わかった」

――そうは言っても……。

にこは、真姫が嘘をついているのだろうとなんとなくわかっていた。

明確な根拠はなくても、この状況ではそう考えるのが妥当だろうと直感していた。

となると不思議なのはそんな嘘をつく理由だ。

いまさらそんな言葉一つでひっくり返すことなどできない。既に戦況はそれほどまで複雑かつ、終息に近づいている。



ニコ「はーい、マッキー」

マキ「きたわね」

ニコ「……なんでそんな嘘つくのよ、そんなことしたってもうあなたに勝ち目はないでしょ」

マキ「さあ。本当に嘘かしら」

ニコ「そりゃ、普通に考えればそうなるわよ」

マキ「私が嘘をついたとして、あなたはその理由が知りたいの? にこちゃん」

ニコ「ほら、まるで嘘ついてるような言い方」

マキ「仮によ。……いいわよ。教えてあげる」

ニコ「……?」

マキ「――――」

それから程なく、真姫からカードを引いたにこは花陽たちのもとに帰ってきた。



リン「ど、どうだった?」

ニコ「今回は大丈夫だったけど、残りのカードがジョーカーかもしれない」

ハナヨ「そんなことないと思うけど、じゃあ一応次からは希ちゃんに票を集めるね」

ノゾミ「まかせとき!」



・・・・・



投票結果



コウサカ ホノカ ―

ソノダ ウミ 2

ミナミ コトリ ―

ニシキノ マキ 1

ホシゾラ リン ―

コイズミ ハナヨ 0

ヤザワ ニコ 0

トウジョウ ノゾミ 6

アヤセ エリ ―

マキ「希に票が集まった……」

ノゾミ「こういうことになったから。もし真姫ちゃんが嘘ついてたんなら無駄やったね」

マキ「……みたいね」

ノゾミ「本当だとしても、どうせジョーカーは取られる。意図がわからんなあ」

マキ「さっさと引きなさいよ」

ノゾミ「ほな、いただこかな」



希は真姫の最後のカードを引いた。

真姫の最後のカードは……。



ノゾミ「なんや普通に普通の絵柄やん、悪あがきお疲れ様でした。真姫ちゃん」



西木野真姫 あがり。

いままで自分に絶大な力を貸してくれた真姫。

頼みの綱の真姫。その彼女があがった。いとも簡単に、あっさりと。

海未は泣きそうな顔で真姫の様子を伺う。



ウミ「真姫……」

マキ「悪いわね……先にあがらせてもらったわ」

ウミ「私一人で大丈夫でしょうか……?」

マキ「大丈夫もなにもないわよ。あとはもうなるようになるだけ。

もうやれることはひとつだけ。腹をくくりなさい」



・・・・・

ハナヨ「ほら、はあよかった」

コトリ「やっぱり真姫ちゃんの悪戯だったんだね」

エリ「これで間違いなくジョーカーを持っているのは花陽とにこ。そうね?」

ハナヨ「そうだよ。じゃあまたにこちゃんに票を集めよう。海未ちゃんをあがらせます」

リン「そうしたあとはどうするの?」

ハナヨ「ジョーカー以外のカードを全部捨てるんだよ」

リン「どうやって?」

ハナヨ「まず私のジョーカー以外のカードを全て希ちゃんに移します。

そのあと、希ちゃんとにこちゃんでカードのやり取りをしていけば……」

エリ「なるほど。自然と場に残るのはジョーカー二枚だけ。と同時にゲーム終了」

ハナヨ「そう。だから海未ちゃんがあがったら希ちゃんは私からジョーカー以外のカードを引いてください」

ノゾミ「ジョーカー以外を全て引けばいいんやね。わかった」



方針が決まり、投票に向かう。あとはにこに票を集め海未から引けばこのゲームは終わったも同然だ。

ウミ「本当にそれでいいんですか?」

ハナヨ「海未ちゃん……。探す手間が省けるからこのまま一緒にいてくれると嬉しいな」

ウミ「従順なものですね。希、にこ」

ノゾミ「……そうやね」

ウミ「それってとてもつまらないと思いませんか?

二人が反旗を翻すというのなら、こちらも協力を惜しみませんよ。

私、真姫、穂乃果の三票と足して五票になる」

ノゾミ「……!」

エリ「ちょっと、そんなのダメよ希、にこ、わかってるわよね?」

ノゾミ「う……うん」

エリ「な、なによそのすごい不安になる返事は」

ノゾミ「……」

ハナヨ「あー! だめだめ、ダメだよ海未ちゃんやめてください。

希ちゃん、にこちゃん、わざわざ話を振り出しに戻すことないよ。

私に協力したら分け前は確実なんだから。ね」

リン「そうだよ。次はかよちんに票を集めればいいにゃ。そうすれば裏切ったりできないよ」

ハナヨ「確かに海未ちゃんのせいで私以外の人に票を集めるのは危なくなっちゃった。

みんな次は私に票を集めてください」

エリ「そうね。そうよ。希! 裏切ったりしたら許さないんだから」

ノゾミ「うん……」



微妙な返事をする希ににこは小さな声でこう囁いた。



ニコ「……希、あなたは裏切ってはダメ。私はこのまま花陽に入れるから、いまさら自分に入れたって無駄よ」

投票結果



コウサカ ホノカ ―

ソノダ ウミ 0

ミナミ コトリ ―

ニシキノ マキ ―

ホシゾラ リン ―

コイズミ ハナヨ 6

ヤザワ ニコ 0

トウジョウ ノゾミ 3

アヤセ エリ ―

ホノカ「希ちゃんに入れたけど……ダメじゃん、ダメじゃん」

ウミ「穂乃果……屋上に引きこもりで忙しい中、申し訳ありません」

ホノカ「もういいよ……」



ハナヨ「ふふっ。もう不安要素は何一つありません。さて」



花陽は最後の一枚を握り締める海未を見つめる。



ハナヨ「さぁ海未ちゃん」

ウミ「……これはババ抜きでしたね。

純粋なババ抜きとして考えれば……私のババ抜き連敗記録は今日で途絶えるみたいです。

これが私の、最後の一枚」



コトリ「海未ちゃんのあの顔……そっか」

エリ「うん?」

コトリ「ううん。やっぱり海未ちゃんはババ抜きには向いてないなぁって」



ウミ「どうして私は勝てないんでしょうね」



そう言って海未は震える手で最後の一枚を花陽に差し出した。



ハナヨ「どうしてだろうね?」



花陽は海未からカードを引く。

あとは花陽たちは余分なカードを削ぎ落としてゲームを終わらせるのみ。

……チェック。

海未たちは敗れたのだ。



園田海未 あがり。

・・・・・



花陽は、海未からカードを引いた。





ジョーカーを持っている花陽は、海未からカードを引いた。





花陽が海未から引いたカードは……





ジョーカーだった。



・・・・・

花陽「は……? え……?」

ウミ「ふう」

ハナヨ「……? ……!?」



自分の手札に二枚あるジョーカーをみて困惑する花陽。



ハナヨ「へ……?」

ウミ「ふふふ……あなたが引いたのはジョーカーですよ! 花陽!」



ハナヨ「どうして海未ちゃんがジョーカー持ってるのぉぉぉぉぉ!?」



ノゾミ「そんな……ジョーカーはにこっちが持ってるはずやん!」

ハナヨ「なんでにこちゃんジョーカー持ってないのぉ!?」

ニコ「いらないわよ。あんなゴミ。だから海未にあげちゃった」

ハナヨ「ゴミ……!? そんなわけが」



マキ「そんなわけがあるのよ。おおアリよ。オオアリクイよ。

ジョーカーをゴミに変えるとっておきの方法がね」

ハナヨ「真姫ちゃん……! また真姫ちゃんなの!? いったいどうやってジョーカーをゴミに変えたの!?」

マキ「何言ってるのよ。にこのジョーカーの価値を無くしたのはあなたでしょ? 花陽」

ハナヨ「えぇ……? なにを言ってぇ……えぇ?」

ニコ「にこのジョーカーは価値がなくなっちゃったの。花陽のジョーカーにほぼ全てを譲っちゃったから」

ハナヨ「あ……」

マキ「そういうこと。その一。にこちゃんを”裏切らせて”そのジョーカーの価値を消す」

ニコ「悔しいけど私が裏切るのも作戦の内だったみたい」

マキ「その二。にこちゃんと交渉してゴミと化したジョーカーを引かせてもらう」

コトリ「にこちゃんが裏切るのも想定内で、そこからさらに裏切らせたってこと?」

マキ「その三。そのジョーカーを花陽が引くってオチを作るために海未の最後の一枚がジョーカーになるように手札を整理」

ノゾミ「海未ちゃん……ウチに裏切るように言ったんはそういうことやったんか」

ウミ「そうです。確実に花陽が私から引く必要があったので」

マキ「いままでの言動は全てフェイク。本命はジョーカーを消し去ることだった」

ハナヨ「なんでそんなこと……このままいけば多くの人が分け前を得られたのに!

これじゃ真姫ちゃんたちも得しないし、なんで! なんで……」

マキ「ところがね、そうでもないのよ」

ハナヨ「なにが……」

マキ「とっくに誰も気にしてないルールだけど、黒の絵柄は+1なのよ」

ハナヨ「真姫ちゃんも海未ちゃんも手札はもうないのに!」

マキ「だから、にこちゃんと交渉したって言ったでしょ?」



ニコ「私の持ってるカード、全て黒の絵柄だとしたら?」



十枚の手札を見せびらかし、ニコっと笑うにこ。



ハナヨ「そんな都合のいい話が……」

マキ「あるのよ。おおアリよ」

ウミ「オオアリクイ……ですね」

マキ「ちょっと」

ノゾミ「まさか……」



自分の手札をみて「信じられない」という顔をする希。

マキ「ずいぶん前に気がついていたはずよ。あなたが引くのは赤の絵柄ばかりだって」

リン「あ、希ちゃんそんなこと言ってた……」

コトリ「言ってたね」

エリ「あれは私たちに赤の絵柄を送るためではなく……」

マキ「そう。自分たちの手札を黒に染めるためよ」

ノゾミ「そんな前から……このシナリオを……」

ウミ「そしてにこが裏切り、私たちからカードを引く……するとにこの手札は真っ黒けという仕掛けです。

まあ私がその作戦を伝えられたのはギリギリになってですが」

ノゾミ「そんな前から……このシナリオを用意していたなんて」

ハナヨ「はあ……はあ……ハ、ハ……ァ」

マキ「これで相手のジョーカーを消し、自分たちに黒の絵柄を集める作戦の完成よ。

これは保険のプランBだったんだけどね」

ハナヨ「うぅぅぅぅぅっ!」

マキ「さあ……大事な大事なジョーカーを捨ててらっしゃい! 花陽!」

ハナヨ「ぴゃああああああああああああああ」



エリ「どうやら……私たちの負けね」



・・・・・

海未があがり投票となったため、何十回目か、視聴覚室に集まる九人。

花陽はやまにジョーカーを捨てた。



投票結果



コウサカ ホノカ ―

ソノダ ウミ ―

ミナミ コトリ ―

ニシキノ マキ ―

ホシゾラ リン ―

コイズミ ハナヨ 2

ヤザワ ニコ 0

トウジョウ ノゾミ 7

アヤセ エリ ―



ハナヨ「はあ。ははは、はあ」

ノゾミ「ウチに……」

ハナヨ「私から引くの? 希ちゃん、にこちゃんは黒の絵柄いっぱい持ってるよ」

ノゾミ「……悪いね。ウチは花陽ちゃんに言われたとおりに。

『海未ちゃんがあがったら花陽ちゃんからジョーカー以外のカードを全て引く』だよね?」



・・・・・

理事長「では結果発表です」



ウミ「出ましたね……謎のひょっとこ」



ゲーム終了を知らせるように、視聴覚室のスクリーンから例のひょっとこ仮面が語りかけてきた。




結果発表

勝者 トウジョウ ノゾミ ・ ヤザワ ニコ



収支



コウサカ ホノカ -1

ソノダ ウミ -1

ミナミ コトリ -1

ニシキノ マキ -1

ホシゾラ リン -1

コイズミ ハナヨ -1

ヤザワ ニコ +10

トウジョウ ノゾミ -6

アヤセ エリ -1

ジュース十本を受け取るにこ。



ニコ「うっひっひっひっひ……」

ウミ「にこ。分配を」

ニコ「わ……はいはい! わかってるわよもちろん。えぇもちろん!」

マキ「1本余るわね」

ニコ「端数はもちろんにこに……」

ウミ「穂乃果!」



海未はジュースを一本穂乃果に投げ渡した。



ホノカ「え……?」

ウミ「言ったでしょう? 『この恩は忘れない』と」

ホノカ「い、いいの……?」

ニコ「な! ちょ!」

マキ「決まりね」

ニコ「……もう」

リン「にゃっははは! 希ちゃん-6! 勝ったハズなのに一番損してるにゃー!」

ノゾミ「なんやてー! はあ……ジュース六本分払えるかな……」



しょんぼりしながら財布を開ける希の肩を叩く絵里とことり。



エリ「私たちの同盟の条件は『全て山分け』ね」

コトリ「そうだったよね。希ちゃん」

ノゾミ「えりち……ことりちゃん……」

ハナヨ「私も買収した分があるから……ね、凛ちゃん」

リン「ええええええ! そうだった!」



・・・・・

分配後最終収支



コウサカ ホノカ 0

ソノダ ウミ +2

ミナミ コトリ -2

ニシキノ マキ +2

ホシゾラ リン -2

コイズミ ハナヨ -2

ヤザワ ニコ +3

トウジョウ ノゾミ -2

アヤセ エリ -2

こうして二回戦は幕を閉じた。



ニコ「花陽、あなたもイイ線いってたわよ。さすが弱肉強食のアイドルの世界を理解してるだけはある」



ハナヨ「なにがいけなかったんだろう……私は慎重に慎重を重ねて……」

マキ「結果的にはそれが敗因よ。あなたが『念の為に』ってかけた保険に私たちは漬け込んだわけだからね。

リスク回避にもリスクは付き物なのよ」

ハナヨ「負けるって……悔しいんだね」

ウミ「勝ちを狙えば、負けることだってあります」



敗者の上に勝者が成り立っている。それをわからない海未ではなかった。

だからこそルールに則り、真剣にこのゲームに望んだ。



ホノカ「勝負に負けたら悔しいよね。ときにはいろんなものを失ったりもする。

だからみんな負けたくないんだ。負けたくないから戦うんだ。私次は負けないよ!」

エリ「ええ……私もよ! 次は絶対勝つ!」

コトリ「私も!」

ノゾミ「ウチだって!」

リン「凛も! ね、かよちん?」

ハナヨ「……そうだね」

・・・・・



・・・・・



数日後。



武道の稽古を終え、水分補給のためゴクゴクと喉を鳴らす海未。

ウミ「ぷはっー! 練習後のこの一杯が格別なんです」



冷えぬうちにと体中の汗をタオルで拭いながら、ふと考える。

自分は見事二本のジュースを勝ち取ったが、負債を負ったメンバーはどうなったのだろうか。

ちゃんと返済することができたのだろうか……?

もし払えなかったものがいた場合、どうなってしまうのだろう。

海未は自分に当てはめてみて、ゾッとした。



ウミ「……考えるのはよしましょう」

道着から普段着に着替え、なにげなくリビングでテレビを眺める。

動物についての番組らしく、動物好きで有名な芸能人が興奮気味に語っているところだ。

――このオオアリクイっていうのがですね。こう……舌が細長くてですね……すごい長いんですよ。

で、この長い舌をもってですね……アリの巣やらにこう、突っ込んで……。

一日およそ、三万匹くらいのアリを食べると言われています。うん。

三万匹の犠牲の上に、一匹のオオアリクイが成り立っているんですねー。――



ウミ「世の中には奇妙な動物がたくさんいるものですね……」



二本目のジュースを飲み干しながらクスクスと笑う海未は、家のポストの中に黒い招待状が届いていることをまだ知らない。

ラブライアーゲーム二回戦



終劇

いくつかゲームの構想があったのですが、1ゲームでここまで気力を使うとは思っていませんでした。

そのうち気力が溜まったら他のゲームも書くかもしれないのでまだ依頼はしないでおこうと思います。

乱文長文失礼いたしました。

(生存確認)

※たぶんとてものんびり更新になります

私はこのゲームを通じて、「みんなが幸せになる」なんてありえないということを学んだ。

こんなゲーム参加しないでおけばよかった。

……だったらなんで私は、このゲームに参加してしまったのか。



・・・・・



ホノカ「私はね、世界中の人が幸せになればいいと思ってる」

ユキホ「えー? そんなの無理だよ」

ホノカ「無理じゃないよ! きっと世界中の人がそう思えば……」



休日の朝。

妹の雪穂と一緒に朝の情報番組を見ていると、セカイジョウセイがどうだのという話題が取り上げられた。

姉の私としては、ここで何かいい感じのことを言ってやりたいものだ。

そう思い、私は平和について語ってみた。

ホノカ「どうして世界は平和じゃないんだろうねぇ」



バリバリとおせんべいをかじりながらしみじみ思う。



ユキホ「これ以上の平和があるもんですか……」

ホノカ「雪穂ー、お茶ー」

ユキホ「……自分でいれてよ」



反抗期な妹代わって仕方なくお茶を入れようと立ち上がったとき。

ガラーンと外で音がした。



ユキホ「あれ、郵便屋さん来たんじゃない?」



ついでに見てきてよ、と言いたげな表情。

はいはい。しょーがないなーもう。まったくもう。世話の焼ける妹だもう。

それにしても、こんな午前中の中途半端な時間に郵便屋さんって来るものだっけ?

寝起きのままだったので、軽く一枚羽織って外に出る。

コトリ「あ……穂乃果ちゃん」

ホノカ「ことりちゃん! おはよう! どうしたの?」



ちょうど玄関先にことりちゃんがいた。



コトリ「あ、えっと、今から海未ちゃんちにお届け物を」

ホノカ「お届け物?」

コトリ「うん、えっと、穂乃果ちゃん今朝は早いんだね。てっきり寝てるかと……」

ホノカ「もう十時過ぎだよ!?」

コトリ「そうだよね、穂乃果ちゃんはお寝坊さんだから」

ホノカ「まあいつもなら寝てるるんだけどね、今日はたまたまだよ」

コトリ「そっかあ」



ここで普通なら、いつもは寝てるんかーい! 的なツッコミが欲しいところだけど、ことりちゃんはこれでいいのだ。



コトリ「じゃあ私はそろそろ行くね」

ホノカ「うん! 私もついていきたいところだけど、まだパジャマのままなので……」

コトリ「あはは、いいよ。すぐ済む用事だから」



ことりちゃんが行ったあと、ポストを確認します。



ホノカ「なにこれ……黒い封筒?」



それが全ての始まりでした。



・・・・・

・・・・・



――音ノ木坂学院 二学年教室



そこに、三人の少女が集まっていた。



高坂穂乃果 二年 得意科目:体育、美術



園田海未 二年 得意科目:古文、漢文



南ことり 二年 得意科目:英語、現国



これから二年生の授業が始まる。

……にしては少しばかり不可思議な空気。

彼女たちは、なぜ自分がそこにいるのかよくわかっていないのだ。




ホノカ「あれ、海未ちゃん! ことりちゃん!」

ウミ「穂乃果! あなたがいるということは……やはり何かのイタズラですね!」

ホノカ「え、なんのこと?」

ウミ「とぼけてもダメです! 私の家にこの黒い封筒を送ったでしょう!」

コトリ「海未ちゃん、決め付けるのは……」

ホノカ「そうだよそんなの知らないよ! 私だってホラ! この招待状でしょ?」



そう言って穂乃果は海未のものとおおよそ同じであろうものを取り出した。

ウミ「それは……! では一体誰が?」

ホノカ「知らないよ! ていうかまず謝ってよ」

ウミ「そのとおりです……疑ってすみません」

コトリ「ラブライアーゲーム……」



ことりはその「招待状」と言われるものの内容を読み上げ始めた。

もちろん当人はとっくに本文を拝借済みではあるが、今一度全員で状況を整理するにはそれは適切な方法だった。



ウミ「ここには"富"を奪い合うゲーム……とありますが」

ホノカ「そうなの?」

コトリ「読んでないの!?」

ホノカ「うーん……適当に読み流したというか」

ウミ「しっかりしてください穂乃果! あやしい勧誘の手紙だったらどうしたんですか!」

ホノカ「えー? 招待先が学校だったし大丈夫だと思って」

ウミ「まったく……しかし、もしかしたらこれは……」

ホノカ「なに?」

ウミ「私たちが何かしらのゲームで競うことになるのかもしれません……"富"を賭けて」

コトリ「……もしそうなったら、どうするの? 二人は」

ホノカ「何かを奪い合うなんてそんなの……やりっこないよ」

ウミ「高校生が賭博などありえません。いえ……大人も本当はダメですが」

コトリ「そっか……」

ホノカ「もちろんことりちゃんもそうだよね!」



ミカ「あー、そんなんじゃ困るなあ」

ヒデコ「もっとギラギラしてもらわないと」

フミコ「やあ。お三方」

ウミ「ヒデコ! フミコ! ミカ!」

コトリ「三人も呼ばれたの?」



ミカ「私から喋り始めても呼ぶ順はヒデコからなんだよねぇ、いっつも」

ヒデコ「私たちは招待されてないよ」



ホノカ「え? じゃあ」

フミコ「どっちかて言うと、招待した側」

ウミ「どういうことですか?」

ヒデコ「立ち話もなんだし、まあ座ってよ」



言われたまま、三人は近くの席に座る。

それから、ペットボトルのジュースを配られた。



ミカ「少々長くなるかもだから」

ホノカ「飲んでもいいの?」

ミカ「いいよ。それに飲まなくてもいいよ」



教卓の向かって右側。

天井にぶら下がっているものを引っ張ると、紙のようなものがビロビロビローと出てくる。

コンパクトなシアターだ。



ヒデコ「これをご覧あれ」



理事長「ごきげんよう。みなさん」



映像が流れ始める。

ひょっとこの仮面をかぶった人がどーんと映るだけの映像だ。

ホノカ「なに、なにが始まるの?」



――誰? この人。



理事長「突然ですが、みなさんにはゲームをしてもらいます。

……と言っても、招待状にその旨は記載していたので、ここに来た時点である程度は検討がついているかと思います」



――いやー。ところが私は何が何だか全然さっぱりなんだなー。ちゃんと読んでなかったもので。



理事長「ですがもちろん、あなたたちには選択の余地があります。ゲームに参加するか、しないか。

しかし、その決定はこの話をすべて聞いてからでも遅くはありません。ねえ? 今席を立とうとしているお嬢さん?」



ウミ「……!」



ヒデコ「ほら、座った座った。ね、とりあえず聞くだけ聞いてさ」

ウミ「気味が悪い……」



と言いつつ、おとなしく席に座る海未。

ここは黙って従ったほうがいい。学校内だし、相手にはよく知るヒデコ、フミコ、ミカ。

そうおおごとにはならないだろう。

それが海未の、選択だった。

理事長「参加者には"富"を賭けて戦ってもらいます。簡単です。勝った者は"富"を得て、負けたものは"富"を失う。

そしてその富というのが……水です」



ホノカ「みず?」



理事長「人類にとって掛け替えのない財産。それはこの星に存在する水です。

なければ生きていくことさえままならない。これを"富"と呼ばずなんと呼びましょう」



水って、水?

そのくらいなら別に賭けてもいいかな……。

穂乃果はそう思った。



理事長「それもただの水ではありません! ソフトドリンクです!

ちなみによくジュースと呼ばれますが、あれは100%フレッシュジュースを指すのでこの場合ソフトドリンクと呼称します」



ウミ「ジュースを……賭けた戦い!?」

ミカ「ソフトドリンクだっつてんだろ」

ヒデコ「!?」

ミカ「あ……ごめんちょっとイライラしてて」

フミコ「あんたが驚くんかい」



理事長「ジュースと言えばコンビニや自販機だと一本150円くらいします。女子高生の生命線」

フミコ「あんたがジュース言うんかい」

ヒデコ「!?」

ミカ「!?」



理事長「そう……これはジュースを賭けた戦いです」

ホノカ「ジュ、ジュースを賭けた戦い……!?」

ここでようやく、穂乃果は自身の認識の甘さに気がついた。

――ジュースを賭けた戦い……それはつまり、人生を……ひいては命を賭けた戦いじゃないか!



理事長「勝てば天国。負ければ地獄。……もう一度言いますが参加は自由です。では」



ザザ、と少しノイズが入ると、映像は途絶えた。



ヒデコ「……というわけさ、どうする?」

ウミ「参加する気はありません。失礼します」

ホノカ「私もちょっと……」

コトリ「二人がそういうなら私も……」

ヒデコ「そうかー。残念だなあ。はい」



そう言うとヒデコは三人に手を出す。何かを催促するように。



コトリ「え……? なに?」

ヒデコ「ジュース、返してから帰ってね。それあげたわけじゃないんで」

ウミ「は!?」

フミコ「ひとり500mlね。返却するまで帰れないよ」

ホノカ「そんな! 飲んでいいって言うから……」

ミカ「飲まなくてもいい……とも言ったさ」

ウミ「そんな、もう飲んだものは……とりあえず残ってる分はお返ししますが」

ミカ「飲みかけなんていりませーん! 受け取りませーん!」

ウミ「どうしろというのですか!」

ヒデコ「返す分がないってんじゃあしょうがないね」



フミコ「ゲームに参加して、ジュースを手に入れるんだよ」



・・・・・

・・・・・



ホノカ「まさかこんなことになるなんて……」

ウミ「……」

コトリ「き、きっとなんとかなるよ」

ホノカ「そうだよ! きっとみんなが助かる方法がある!」

ウミ「ことり……穂乃果……」

コトリ「うん! だから頑張ろう海未ちゃん」



理事長「では第一回戦」



【合宿ゲーム】



・・・・・

※つづく

五行でわかる前回のラブライアーゲーム!

ときを少々さかのぼり、ラブライアーゲーム一回戦前。

休日、穂乃果は珍しく早起き(10:00)していた。

外で郵便受けが開く音が聞こえ確認に行くと「ラブライアーゲーム」という謎の催しの招待状。

興味本位で指定場所に向かった穂乃果は、海未、ことり共々半ば強制的に参加させられてしまう。

大変だ。

【合宿ゲーム】



ホノカ「合宿ゲーム? 学校にお泊りかな? 楽しそう!」



合宿ゲームルール



三日間に渡る1対1対1のジュースの奪い合い。

一人ひとつ部屋が割り当てられ、ゲーム終了時に自身の部屋の中にある分のジュースを獲得することができる。

スタート時点で500mlのジュースが入ったジャグと、100mlまで入る容器が部屋に用意されている。

ジャグは自陣の部屋から出してはいけない。



ウミ「つまりジュースを他の人の部屋のジャグから自分の部屋のジャグに移していくわけですか」

コトリ「えっと、ジュースを獲得しに部屋を空けるとその隙にジュースを奪われるというリスクも発生する……?」

ホノカ「なんだ簡単じゃん。みんな動かなければみんなで500mlゲット!」

ヒデコ「ところがどっこい」

フミコ「三人にはマイナス500mlも負債があるわけだ」

ミカ「さっき飲んだ分ね」

ホノカ「うげ……」

ウミ「しかし、全員負債をチャラにして終了……それで十分では?」

ホノカ「おお、そうだよそれでいいじゃん」

ヒデコ「ところがどっこいどっこい」

フミコ「話を最後まで聞こうや」



合宿ゲームルール



ゲーム中の三日間――「合宿期間」にはそれぞれ「作詞」、「作曲」、「衣装作り」の三つの仕事を完成させなくてはならない。

完成させるにはそれぞれ対応する部屋――「アイドル部室」、「音楽室」、「被服室」にてタイマーを起動させ、一時間経過させる必要がある。

タイマーは部屋の中にいる間だけ起動する。

各部屋にて、滞在時間のべ一時間経過につき、各部屋に対応する仕事を達成したことになり、「作詞カード」、「楽譜」、「衣装」を獲得。

一日に一つの仕事だけ達成できる。

ゲーム終了時、達成していない仕事があった場合一つにつきマイナス500mlのペナルティとなる。

コトリ「ま、マイナス500ml!?」

ウミ「なるほど……これでは一日一時間は必ず部屋を空けなくてはならない」

ホノカ「ふむふむ。『アイドル部室』は『作詞カード』、『音楽室』は『楽譜』、『被服室』は『衣装』、と」

ウミ「各部屋でのべ一時間……ということは一度離れても続きからタイマーは起動するわけですか」

ミカ「そ。一気に一時間済ませるか、小分けにするかは戦略しだい」

コトリ「あのー、質問いいですか?」

ミカ「どうぞ」

コトリ「もし二時間いたら、二つもらえるの?」

ミカ「まあもらえるね。あくまで同じ仕事だから。『音楽室』に二時間いたら、『楽譜』は二つもらえるけど……二つ持ってどうするの?」

ホノカ「なんの意味もなくない?」

コトリ「うーん、なんとなく聞いただけだけど……。わからないところはちゃんと聞かなきゃ」

ウミ「はっ……! まさかことり、やる気ですか……!?」

コトリ「それは私だって二人のこと信じたいけど……お互いが警戒し合うことも抑止力になるっていうか」

ホノカ「えー! ことりちゃんがそんなこと言うなんて……ねぇ海未ちゃん」

コトリ「もちろん二人はそんなことしないよ! でも……第三者の介入がないとも限らない」

ウミ「どういうことですか?」

コトリ「だって、騙してジュース飲ませて、それを返せって言うようなゲームだよ?」

ウミ「……そうか、もし私たち以外の誰かがこっそり持分のジュースを奪えば……」

コトリ「私たちは疑心暗鬼になる」

ウミ「ふむ……。誰にも取られはしないとタカをくくるのは危険かもしれませんね」

ホノカ「そ、そうか。うんうん。なるほど。うんうん」

ヒデコ「これは公正なゲームだよー? そんなことしないけどなぁ」

ウミ「お互い、警戒し合うのは神経をすり減らすことになるでしょうが……三日間の辛抱です」



――穂乃果。ことり。検討を祈ります。

・・・・・



ヒデコ「はい、くじ引いてー」

ウミ「はい」

コトリ「うーんと、じゃあこれっ」

ホノカ「ほい」

コトリ「1番……」

ウミ「2番、とあります」

ホノカ「3番!」

フミコ「じゃあことりちゃん、海未ちゃん、穂乃果ちゃんの順番で部屋を決めてください」

ことり「部屋?」

フミコ「そ。一年生教室、二年生教室、三年生教室から選んで」

ヒデコ「つまり、一階、二階、三階から選んでってコト」

ミカ「必要ないと思うけど、念のため学校の大まかな配置ね……」



三階 三年生教室     音楽室

二階 二年生教室     被服室

一階 一年生教室     アイドル部室

ホノカ「やだなぁ。自分の学校なんだからわかるよ」

ミカ「だよねー」

ヒデコ「はいとっとと選んで」

コトリ「じゃあ、私は一階の一年生教室」

ウミ「では……私は三階の三年生教室で」

ホノカ「え? ということは私は二階の二年生教室か」

ヒデコ「じゃあことりちゃん、ついてきて」

フミコ「穂乃果ちゃんはこっちですよー」

ミカ「海未ちゃんカモン」



こうして穂乃果、海未、ことりはそれぞれ自分が三日間を過ごすことになる教室へ案内された。

12時00分きっかりにゲーム開始を知らせる放送が流れるまでは教室内で待機。

つまりゲーム終了は三日後の12時00分――。

【合宿ゲームルールまとめ】



三日間に渡る1対1対1のジュースの奪い合い。

一人ひとつ部屋が割り当てられ、ゲーム終了時に自身の部屋の中にある分のジュースを獲得することができる。

スタート時点で500mlのジュースが入ったジャグと、100mlまで入る容器が部屋に用意されている。

ジャグは自陣の部屋から出してはいけない。

ゲーム中の三日間――「合宿期間」にはそれぞれ「作詞」、「作曲」、「衣装作り」の三つの仕事を完成させなくてはならない。

完成させるにはそれぞれ対応する部屋――「アイドル部室」、「音楽室」、「被服室」にてタイマーを起動させ、一時間経過させる必要がある。

タイマーは部屋の中にいる間だけ起動する。

各部屋にて、滞在時間のべ一時間経過につき、各部屋に対応する仕事を達成したことになり、「作詞カード」、「楽譜」、「衣装」を獲得。

一日に一つの仕事だけ達成できる。

ゲーム終了時、達成していない仕事があった場合一つにつきマイナス500mlのペナルティとなる。

暴力行為厳禁。



【校内超簡易見取り図】



三階 三年生教室(ソノダウミ) 音楽室

二階 二年生教室(コウサカホノカ) 被服室

一階 一年生教室(ミナミコトリ) アイドル部室 食堂

ピンポンパンポーン。

理事長「12:00。第一回戦『合宿ゲーム』……開始です」



「第一回戦」……。

その不吉な言葉の意味を考えられるほど、三人に余裕はなかった。



・・・・・



一日目 12;10



ホノカ「……」



椅子にもたれかかり、穂乃果は一人呆然としていた。

どうやらこの環境に適応するには、私にはもう少し時間が必要らしい。こんなに客観的なのがその証拠だ。

呆然と、そんなことを考えていた。



ホノカ「はあ……えっと、お布団はあるんだね。三日かぁ長いなぁ。

カホウは寝て待て? だっけ? もうずっと寝てようかな……」



――あ、『作詞』『作曲』『衣装作り』しなきゃいけないからダメか。



ホノカ「はっ!? そうだった! 最低でも一時間はここ離れなきゃいけないんだった!

って言うかおトイレとかもあるじゃん! あっ! おなか減ったらどうすればいいんだ!?」



ようやく事態を把握し始めた穂乃果。頭をめぐるのは当たり前のようで、重要なこと。

なんだか軽くパニック。



ホノカ「うわなんだこれ……私どうすればいいんだ!? う、海未ちゃん! ことりちゃーん!」

・・・・・



12:15



ウミ「ふむふむ。教卓の上にあるコレがジャグですね。……確かに中には飲み物が入っている。本当に500mlなんでしょうか?」



一通り自分の暮らす環境を確認した海未はようやくそれに手を付ける。

彼女、近頃忘れられがちだが基本的にはしっかり者だ。



ウミ「なるほど。このボタンを押すと口からジュースが出てくるんですね」



海未はそこまで確認して、100mlごとに目盛りがあることに気が付く。



ウミ「この目盛りが正確ならピッタリ500ml。横に置いてあるこのカップは……ほかの人から奪うためのものですか」



私は今のところこのゲームには積極的ではない。奪うことは考えず既存の500mlを守ることだけ考えればいい。

しかしどうあっても、このジャグから目を離さなければいけない時間は発生する。

それに、終了時に500mlを残すためには絶対に『仕事』は完遂しなくてはならない。

一つでも残せばマイナス500ml。その地点で返済は絶望的。

三つ残せがマイナス1500ml。返済云々どころではない。

そして三つの『仕事』は一日に一種類しか達成できない。

ならば早速とりかからねば!

ウミ「しかし、ここを離れるのは不安ですね……最もローリスクなのは同じ三階にある音楽室……逆に一番遠いアイドル部室はリスクが高い……。どこから手をつけようか」



検討した結果、最寄りの音楽室で『作曲』から手を付けることにした海未。

思い立ったが吉日! 思い切って大胆に!

海未は全力ダッシュで音楽室へ向かった。一秒でも教室から離れる時間を短縮!



ウミ「失礼します」

ミカ「お、いらっしゃい」

ウミ「ええと」

ミカ「ああ、大丈夫大丈夫。なんにもしなくてももうタイマーは作動してるから。ほら」



指されたほうを見ると、デジタルタイマーが三つ設置されていた。

うち一つ、ソノダウミと書かれたタイマーの数字が減り出している。

ほかの二つは60:00のままだ。



ウミ「なるほど理解しました。これが0になれば仕事達成。『楽譜』が手に入ると」

ミカ「海未ちゃんは思い切りがいいねぇ。さっそく来るとは」

ウミ「ええ。では失礼します」

ミカ「もう行くの? あ、そっか。確認しに来ただけなのね」



海未が音楽室を去るのを確認すると、ミカは運営の二人に連絡する。



ミカ「……うん。海未ちゃんはもう来たよ。思ったより早かったや」



ウミ「失礼します」

ミカ「おお、忘れ物?」

ウミ「いいえ。失礼しました」

ミカ「え?」

ウミ「失礼します」

ミカ「また!? なに!?」

ウミ「失礼しました」

ミカ「なにやってるの?」

ウミ「ハァ……ハァ……失礼します」

ミカ「なんで息切れてるの!?」

ウミ「ふー、ふー……失礼しました」



ウミ「ゼェ……失礼します」

ミカ「なんなんだよ!」

・・・・・



12;30



ドドドドドドドド!

ホノカ「……」

ドドドドドドドド!

ホノカ「……」

ドドドドドドドド!

ホノカ「上の階うるさい!」



ドドドドドドドド!

上の階で何かが崩れるような地響きが聞こえてくるのだった。



ホノカ「なんなの!? 誰か走ってるの!?」



・・・・・

13;00



ウミ「ゼェ……おっほゲホ! はぁ……」

ミコ「頑張るねぇ……」



これが海未の作戦だった。

教室と音楽室を往復して、徐々にタイマーを減らしつつジャグも見張る。

体力にものをいわせた園田海未ならではの戦略。

その名もシャトルラン作戦。



ウミ「ゼェ……タイマーは……」

ミコ「あと56分くらい」

ウミ「ふぅー。まだまだですね……想像以上にまだまだですね」



しかし、私もまたまだまだ走れる! まだいける。

……と、そこで彼女は己の身に起きている重大な異変に気がついた。



ウミ「喉乾きました……」

・・・・・



ドドドドドドドドド!



ホノカ「これアレだ……海未ちゃんが走ってるんだ……」



定期的に上の階から聞こえる騒音。

海未が三年生教室から音楽室までを走って往復しているのだろう、と推測することは容易だ。



ホノカ「だいたい一分おきかな……」



ドドドドドドド!

――行った……今海未ちゃんの教室は空か……。



ホノカ「っていやいや! 別に他の人から奪うつもりないし。何考えてるんだ私」



ドドドドドドド!

――それにしてもうるさい。もうちょっと静かにして欲しい。

注意しに行こうか……? でも教室空けるのは怖いし。

これってことりちゃんを疑ってることになるのかな?

様々な想いを巡らす穂乃果。おそらく、海未やことりも同じだろう。

……そしてそれが彼女たちの精神をすり減らし、次第に蝕んでいくことになる。

ドドドドドドドド!



ホノカ「うるさいー! なんで海未ちゃん三階にしたんだよ……。そういえばことりちゃんも迷わず一階選んで、まるで二人ともあえて二階を避けたみたい……」



――そうか、だんだんわかってきたぞ。

海未ちゃんの往復は同じ階の教室だからできること。近い教室のほうがリスクが低いんだ。

仮に、奪い合いが始まった場合も同じ。わざわざ遠くの人の教室を狙うのは効率が悪い。

近いほうを狙うんだ。

つまり、三階の人は一階より二階の人を狙う。一階の人は三階の人より二階の人を狙う。



ホノカ「二階めちゃくちゃ不利だこれ!」



・・・・・

13:30



海未は走るのをやめ、教室で休憩していた。

汗をかいて体が水分を欲している。教卓の上のジャグの中には飲み物が……。ごくり。

しかし唾を飲んでも喉は潤わない。



ウミ「いけません! 貴重な……最低500mlは残さないといけない。一口たりとも飲んでは!」



――500ml以上あれば飲めるのに。



ウミ「……。……ダメです。しかし迂闊でした。まさか三日間飲み物は飲めないのですか……!?」



確認するため海未は運営の一人、ミカのいる音楽室へ向かった。……歩いて。



ウミ「失礼します」

ミカ「ほらきた」

コトリ「あ、海未ちゃん!」

ウミ「ことり!? 遠路はるばる三階まで馳せ参じているとは」

コトリ「海未ちゃんくるかなーって思って」

ウミ「なぜ私に?」

コトリ「穂乃果ちゃんでもよかったんだけど………穂乃果ちゃんの行動はちょっと読めなくて」



――私は読めるんですか。



ウミ「どうしました?」

ミナミコトリと書かれたタイマーが5分ほど減っているのを見ながら海未は訪ねた。



コトリ「えっとね、もしみんなで同じところで過ごせれば絶対に奪い合いは起こらないと思って」

ウミ「なるほど。確かに」

コトリ「だから海未ちゃん、二人で穂乃果ちゃんのところ行こ?」

ウミ「少し待ってください」

コトリ「ん?」

ウミ「ミカ、食事について聞きたいことが」

ミカ「え? それについては教室に注意書きがあったはずだけど」

ウミ「ええ。朝、昼、晩の三食は食堂にて配布されるとありましたね」

ミカ「ならなにさ」

ウミ「……水分はどうなるのですか? これはジュースを奪い合うゲーム」

ミカ「ふふっ。わかってるんじゃん」

ウミ「ではやはり……」

ミカ「この三日間、水分は一切提供されないよ! 蛇口ひねっても水でないからね!」

コトリ「そ、そんな……!」

ウミ「そうです! あんまりです!」

コトリ「おトイレのあとどうすればいいの!?」

ウミ「そっちですか!?」

ミカ「あー、だいじょぶだいじょぶ。アルコール消毒のやつ置いといたからそれで手洗って」

コトリ「よかったぁ。これで安心だね。さ、穂乃果ちゃんのところ行こっか」

ウミ「そ、そうですね……平然と校内をうろついているか、教室に引きこもっているかのどちらかでしょう」

コトリ「前者だと探すのは大変だね」



結局、穂乃果は食堂にて一人昼食を食べていたところを保護された。



・・・・・

15:00



ホノカ「……私もそう思ってさ、二人を探そうとしてたんだよ」

ウミ「とにかく、三人でいる限り奪い合いは起こりえません」

コトリ「じゃあ三人でまず音楽室に行こう!」

ホノカ「明日はまた別の仕事、明後日も。みんな同じ仕事から手をつければ安心だね!」

ウミ「ええ! みんなで無事負債を返して帰れそうです!」



――そのときは、もう大丈夫だと思った。

みんなで力を合わせて乗り切れる。

私はまだ、「みんなで幸せになれる」と信じていた。



16:10



ミカ「はい、穂乃果ちゃん『作曲』達成。『楽譜』どうぞ」

ホノカ「どうもどうも」



コウサカホノカと書かれたタイマーが00:00になったのを最後に、全員が『楽譜』を手に入れた。

ホノカ「じゃあみんな、19:00に」

コトリ「うん!」

ウミ「はい。ではまた」



食事の時間は三人で決めた。

朝食は8:00。少々遅いのは穂乃果の希望によるものだ。

昼食は13:00。夕食は19:00。

この時間に食堂に集まることになっている。

これでジュースを奪われる心配をしながら食べることにはならない。

そして昼食後、全員で同じ仕事に取り掛かる。

仕事終了後は各自自分の教室で夕食まで待機。

これは念のため自分のジュースを確認するためだ。

そして夕食後は消灯。

お手洗い等は三人一緒の時に済ませることにした。



ホノカ「完璧だよ! これでなんにも心配いらないんだ」



・・・・・

19::00



ウミ「ちゃんと時間通り来ましたね。偉いです穂乃果」

ホノカ「えへ。ことりちゃんは?」

ウミ「まだですが、すぐに来るでしょう」

ホノカ「そうだね。座って待ってようか」



・・・・・



19:30



ウミ「……」

ホノカ「……」

ウミ「……」

ホノカ「こ、来ないね」

ウミ「なにかあったのでしょうか」

ホノカ「まさか……」

ウミ「そ、そんなバカなことあるわけないでしょう! 滅多なこと言わないで!」

ホノカ「なんにも言ってないじゃん!」

ウミ「……!」

ホノカ「……」

ウミ「い、一応確認しに行きましょうか……?」

ホノカ「そうだね、い、一応ね……」



穂乃果と海未は一緒に自分のジュースが減っていないか確認しに行った。一応、念のため。

ウミ「どうですか?」

ホノカ「ううん、減ってない」

ウミ「ふぅ。だから言ったでしょう」

ホノカ「だ、だよね! じゃあ食堂戻ろう」

ウミ「待って! まだ私の教室の確認が」

ホノカ「海未ちゃんも心配なんじゃん!」



一応、念のため、三階の海未の教室も確認することにする。



ウミ「……」

ホノカ「どう?」

ウミ「減って……いません」

ホノカ「はぁー……」

ウミ「ごめんなさいことり! 疑ってしまって!」

ホノカ「でもじゃあ、ことりちゃんどうしたんだろう」

ウミ「そうですね……一年生の教室に行ってみますか」

ホノカ「そうだね。きっと眠っちゃってるんだよ」

・・・・・



19;45



コンコン。



ウミ「ことり……?」

ホノカ「おーい、起きてー。ご飯だよ?」

ウミ「……」



ギィ、と扉が開く。



コトリ「……」

ウミ「あ、ことり」

コトリ「残念だったね……私はいるよ」

ウミ「へ?」

コトリ「私のジュース奪いに来たんでしょ!」

ウミ「な、なにを」

ホノカ「ことりちゃん寝ぼけてる? ご飯だよ」

コトリ「……わかった。二人が一緒ならとりあえず食堂には行く。お腹は減ってるし」

ウミ「なんだと言うんです?」

ホノカ「そうだよ一体どうしたの?」

コトリ「どうしたもなにもないよ……。二人のどちらかが! 私のジュース盗んだでしょ!」

ホノカ「え」

コトリ「減ってたんだよっ! あのあと戻って確認したら400mlしか残ってなかった!」



ドドドドドドド! と何かが崩れるような地響きが聞こえたような気がした。

※しばらく日本を離れるため更新できません。スレと1が生きていたらつづきを書きます。

生存なう。
3月末に帰国、その後再開予定です

※再開します。

前回のラブライアーゲーム

一回戦は1対1対1のジュースの奪い合い。

日常と乖離した状況に不安を募らせる穂乃果、海未、ことり。

それでも三人は独自に決め事をし、それらを解消しにかかる。

これでもう安心だ。そう確信した穂乃果であったが……。

ことりのジュースが既に100mlなくなっていることが発覚する。

・・・・・

20:00



ホノカ「最低だよ海未ちゃん! どうしてことりちゃんのジュース盗ったりしたの!?」

ウミ「な……なんて物言い! 証拠はあるんですか?」

ホノカ「私はやってないんだから海未ちゃんじゃん」



「ちょっと待ってて」とことりに言われた二人はことりの部屋の前で口論している最中だった。



ウミ「盗ったのはあなたでしょう、見損ないましたよ穂乃果」

ホノカ「どうしてそんなことするの、私にはわかるんだよ?

三人しかいないんだから。私はやってない。つまり海未ちゃんがやったんでしょ」

ウミ「同じ理屈です。私はやっていないので、犯人はあなたです。

感情的になって冷静な判断ができなくなっているんです。今ならまだ……」

ホノカ「本当に、どうしちゃったの、海未ちゃん、いますぐ返してそれから……」

ウミ「いい加減にしなさい!」

ホノカ「こっちのセリフだよ!」

ウミ「穂乃果―っ!」

ホノカ「あー、うるさいうるさいうるさい!」

ウミ「……!」

ホノカ「なんでこんな話しなきゃいけないのさ! あーもう、あーもう!」

ウミ「……」

ホノカ「黙ってないでなんとか言ってよ! いったいどうなっているの私たち!」

ウミ「いや……そ、そうだ待ってください。冷静でなかったのは私も同じだったようです」

ホノカ「なにが? もうホント、やめてよ」

ウミ「最後まで聞きなさい。……ジュースが減っていない可能性もある」

ホノカ「はあ?」

ウミ「そう。なんらかの理由があって、ことりが嘘をついたのかもしれない。とにかく私はやっていません。信じて穂乃果」



「ことりを疑え」海未はまるでそう言っているようだった。



・・・・・

コトリ「……」

ウミ「……」

ホノカ「……」



無言。

夜の学校。食堂で三人で夕食。楽しくて仕方がないシチュエーションであるはずなのに。

ときどき食器が音を立てるだけで、三人の間には無言があるだけだった。

穂乃果はスプーンを口に運びながら思考する。



――この中に嘘つき(ライアー)がいる……。

さっきことりちゃんに「ジュースを盗んだ人がいる」と言われた私は即座に否定した。

隣にいた海未ちゃんもそれを否定。でもことりちゃんはあくまで自分のジュースが減っていると主張してる。

やったのは私ではないから、つまりジュースを盗んだのは海未ちゃんと言う事になる。

あの後なかに入りたいと言ってもことりちゃんはそれを認めなかった。

誰もなかに入れるわけには行かない。と。

それはそうだ。でもそれじゃあ確認のしようがない。

本当にことりちゃんのジュースが減っているのかはわからない。減っていると嘘をついている可能性もある。

どちらにしても目の前の親友のどちらかが嘘をついている。

どんな理由があったにせよ、それに間違いない。でもそれは可能性だけの話。

バカな私でもわかる。「ジュースを取られた」と嘘をつく利点がどこにある?

嘘をついているのは海未ちゃんだ。



穂乃果はさっさと空の食器を片付けると自分の部屋に戻っていく。

その夜の彼女の眼からは、いつもの輝きが失せていた。



・・・・・

――どうしてこんなことになってしまったのだろう。

あろうことか、ふたりの親友を疑うなんて。

こんなことはありえない……本来なら。

あと二日、私はふたりを疑い続けるのだろうか。私は一人で戦うのだろうか。

ああ、なにが「みんなが幸せになる」だ。

嘘も、裏切りも、この世界には溢れている。

ならどうするか。なら……。



――それから、携帯電話は没収させてもらうよ。



ヒデコたちの言葉が脳裏によぎった。

ゲーム開始前、私たちの携帯電話は没収された。私は普段腕時計をしないので時間を確認する術を失った。

いやそれよりまず、私は誰かに連絡する術を失ったのだ。

ただし、彼女たちは十円玉を三枚渡してこう続けた。

「三度だけ、学校の公衆電話を一分間使うことができる」



そうだ。このゲームにはフィフティ・フィフティもオーディエンスもないけれど、テレフォンがあるじゃないか。

私の唯一のライフライン!



穂乃果は校内の公衆電話へと向かった。

誰にかける?

お母さんやお父さん……三日帰れないと伝えようか?

伝えてどうなる? どうにもならない。雪穂もいるし大丈夫だろう。

ここは自分の身を案じなければ。

この状況で力になってくれそうな人。穂乃果は真っ先に絢瀬絵里の顔を浮かべた。

そうだ。絵里ちゃんならあるいは。

このゲームは学校で行われている。ヒデコたちもいる。

生徒会長ならなにか知っているはずだ。

十円玉を一枚入れて絢瀬家の番号をダイアルする。

――携帯がなければ私は絵里ちゃんの携帯の番号もわからないのか。

プルル……。

頼む。一分しかないんだ。絵里ちゃん出てくれ。亜里沙ちゃんとかが出てしまったら代わるまでに一分使ってしまいかねない!

プルル……。

プルル……。



「はい。絢瀬です」



出た。この声……。

絵里ちゃんだ。



ホノカ「絵里ちゃん! よかった、えっと時間ないからよく聞いて」

エリ「え、はい? すみませんどちら様ですか」

ホノカ「あ、穂乃果だよ、えっとね……。最近学校で何か行事とか、催しとか企画してた?」

エリ「穂乃果? なによ慌てて……企画? なんの話をしているの」

ホノカ「例えば、生徒を学校に呼びつけて合宿させるとか」

エリ「そんなことできるわけないでしょう」

ホノカ「心当たりない? なにも?」

エリ「ないけど……まさか」

この穂乃果の慌てよう、いつもと違う声のトーン。そして意味不明な質問。

生徒会長絢瀬絵里は自体を把握しにかかる。



エリ「穂乃果、今どこにいるの?」

助けて絵里ちゃん! 学校に閉じ込められてる! 海未ちゃんとことりちゃんも。

そう言いたかった。しかしそれを思わせるような発言は禁止されている。

きっとこの会話は聞かれている。それを破ったらどうなるかわからない……絵里にも被害が及ぶ可能性を考えると穂乃果は押し黙った。



エリ「穂乃果……?」



ホノカ「絵里ちゃん、もしも大切な友達が自分に嘘をついているとわかったらどうする?」

エリ「なんなの」

ホノカ「お願い答えて」

エリ「……誰だって嘘くらい」

ホノカ「つくよね。でもやっぱり疑う自分が苦しいの」

エリ「嘘をつくのは悪いことだけど、疑うことは悪いことじゃない。

”疑う”という行為は、嘘をつけない正直者がそれでもどうにか生き残ろうと身につけた力よ。

正直者が嘘つきに対抗する力は同じ嘘ではない。疑うこと。

あなたが正直者なら、嘘をついてはダメ。疑っている自分の心に正直になりなさい。

自分に嘘をついて、相手を信じてしまったらダメよ。疑ったのなら最後の最後まで疑い抜きなさい。

一度決めたら迷わない。それが高坂穂乃果でしょ」



返事も相槌もないが、絵里はひと呼吸おいてまた続ける。



エリ「いいのよ。疑った自分を信じてあげて。それから、全部済んだらその嘘をついた友達としっかり話し合うのよ。

世の中には嘘つきはいっぱいいるけれど、それでも私は信じているものもある。

正直者になれなかった私だけど……どうか嘘を許してあげて。あなたは素直でまっすぐで……あら、もしもし」



ツー、ツー、と受話器の向こうから聞こえている。

どこまで聞いていてくれただろうか。空に熱弁していたことを思い出し絵里はひとり赤面した。



エリ「まあいいか。つい恥ずかしいこと言っちゃった。聞かれてないほうがいい」



電話を置くと、絵里は再びペンを持つ。

もう眠る時間だけど……もう少しだけ。



・・・・・

・・・・・



8:00



海未が食堂で朝食の準備をしていると、約束した時間丁度にことりが姿を現す。



ウミ「ことり、おはようございます」

コトリ「……おはよう」

ウミ「その、来てくれて、安心しました」

コトリ「うん」

ウミ「穂乃果は少し魔が差してしまったんです。つい、いつもの感覚で勝手にジュースを持っていったのでしょう。すぐに返しに来ますよ。許してあげてください」

コトリ「……」

ウミ「ことり?」

コトリ「海未ちゃんはまるで……ううんなんでもない」

ウミ「ああ……。もちろん、ことりが嘘をついているかも知れない可能性には気づいていますよ」

コトリ「そっか、”私も”疑ってるんだね」

ウミ「あれから考えてみたんです。仮定の話ですが、ことりが嘘をつく理由。

そうすることで私たちは緊迫します。お互いを疑うようになります。

それこそ最高の抑止力。ゲームを無事に終わらせられる確率が上がります」

コトリ「もしそうだったとしたら、私の作戦は失敗だね。だって海未ちゃんに気づかれちゃってるんだもん」

ウミ「ふふ……そうですね」

コトリ「でも口ばっかり。海未ちゃんはやっぱり穂乃果ちゃんを疑ってる」



ウミ「それは……はは、それより……」



無理やり口角をあげる海未。

これは全然うまく笑えていないな、と本人も自覚した。



コトリ「でもね海未ちゃん、同じように私は海未ちゃんのことも疑ってるよ」



和やかにさせようと笑う海未に、ことりはそう冷たく言い放つ。

しばらくそんなやり取りが続いたが、穂乃果は一向に現れなかった。



ウミ「来ませんね、穂乃果」

コトリ「きっと来ないよ。もうあのみんなで決めたルールは関係なくなっちゃうと思う」

ウミ「やっぱりそうですか」



そうは言っても、二人はなかなか席を立たなかった。

果たしてそれは親友を信じているからか、疑っているからか。

コトリ「もうダメだよ海未ちゃん、”仕事”がある」

ウミ「そうですね……」



昨日は音楽室で楽譜を得た。

今日はアイドル部室で作詞カードか、被服室で衣装を手に入れなければならない。

さもないとゲーム終了後にペナルティが発生する。

状況を整理し、海未は立ち上がった。



コトリ「……ふう」



それを確認してことりも静かに立ち上がり、背を向け出口に向かる。

……と、その背中に海未は語りかける。



ウミ「さて……。私はもともと、武道を嗜む者。

もしも”相手”がいるのなら、私は全力で報いますよ。ねえことり。

それが誰であろうと、賭けるものがなんであろうと、こと勝負に関して私は負けるわけにはいかない」



体の向きを変えずに、ことりは黙ってそれに応えた。



ウミ「あなたはどうですか?」



コトリ「私は……」



・・・・・

10:00



穂乃果は自分の部屋で布団を敷いて眠っていた。

いや、正確には横になっていた。

八時に朝食をとるという約束は覚えていた。

しかしそれでも穂乃果は食堂には向かわなかった。

布団を頭に被り、そっと呟く。



ホノカ「……だって私は、寝坊したんだもん。行かなかったわけじゃないよ」



――そうだ。私は寝坊したんだ。あと五分あと五分と繰り返していたらこんな時間になっていたんだ。

そもそも時間がわからない。この部屋には時計がひとつもないのだから。

いちいち廊下に出ろと? やだね。面倒だもん。

高坂穂乃果はそういう人間だ。

私なら、そうだ。



穂乃果は心の中の暗闇を紛らわすために歯を食いしばり目をぎゅっと閉じた。

閉じた瞼の先で、何かがカチッと火花を散らした。



ホノカ「あああああ!」



そうだった! いつまでも寝ているわけにはいかない!

”仕事”をしないとペナルティだった、すっかり忘れてた。

バタバダと着替えを済ませ、髪をとかして、結んで……。



ホノカ「どうしよう! ああ、時間がえっと、ああっていうか今何時!?」



そこにいるのは、もういつもの高坂穂乃果だった。

・・・・・



??:??



フミコ「どう様子は」

ヒデコ「順調」

フミコ「じゃあ思惑通り?」

ヒデコ「うん。もうみんな疑心暗鬼」

フミコ「三人は仲がいいからね。うまくいくか心配だったけど」

ヒデコ「ミカはまだ戻らない?」

フミコ「一回戻ったよ。すぐに朝食の仕込みに行ったけど」

ヒデコ「なんにしても、あの子のおかげだね」



・・・・・

11:00



それにしても、いったいどうやって海未ちゃんはことりちゃんのジュースを奪ったんだろう?

穂乃果は海未がことりからジュースを奪ったのだと考えていた。

第一に、ことりがそんな嘘をつくメリットがない。

せっかく三人でルールを決め、安全にゲームを終わらせることができそうだったタイミングで、あんな嘘をつく理由がないのだ。

次に、あの時の海未の語り口。あれはことりに対する疑心を私に植え付けようとしていたのではないだろうか?

逆に海未がジュースを奪うメリットは多分にある。

もはや一目瞭然だ。そんなことを考えながら教室のジャグを見張る。



ホノカ「ま、それも犯人が私じゃなかったらの話だけど。なんて」



――今日はまだ海未ちゃんの足音が聞こえないなあ。

まだ教室にいるのかな、それとも走り回るのはもうやめちゃったのかな。

それだと困るな。タイミングが測れなくなるから。



時計のない部屋で、穂乃果は慎重に動くタイミングを見計らっているのだった。



・・・・・

――ゲームが始まったのが12:00ジャスト。

つまり11:59までは「一日目」ということになる。

12時――二日目になったら、すぐに二階被服室へ向かおう。

みんなそうすぐには動き出さないはず。その裏をかくのだ。



海未は時間まで念入りにストレッチをして待った。



――ピンポンバンポーン。12:00になりました。「二日目」です。



ウミ「よし……走りますか」



海未は勢いよく教室を飛び出した。



・・・・・

12:15



23

ホノカ「2、3分おきに海未ちゃんが走ってくる……。多分二階被服室との往復かな」



海未の足音を確認した穂乃果は廊下に出て、壁にかかっている時計で海未のペースを確認していた。

ホノカ「私だって三分もあれば海未ちゃんの部屋に行って戻ってこられる。

それか一階のアイドル部室に今行けばかなり安全に”仕事”を終わらせられる。

海未ちゃんは私の教室までは来ないし、ことりちゃんの教室は同じ階。

さて、どうしようかな……」



穂乃果は海未の教室とは違う方向に歩き出す。



・・・・・



12:30



穂乃果がアイドル部室にてタイマーを作動させてからおよそ十分のち、ことりが入ってきた。



ホノカ「あ、ことりちゃん」

コトリ「穂乃果ちゃんもこっちなんだ」

ホノカ「うん」

コトリ「……」

あれからことりの顔は曇りっぱなしだ。

なんとかして身の潔白を証明したい穂乃果はことりに訴えかける。



ホノカ「私はなんにもとってないんだよ、ことりちゃん。つまり……。

あの、言いにくいけど多分海未ちゃんかなって」

コトリ「海未ちゃんもそう言ってたよ」

ホノカ「そっか、でも海未ちゃんってほら、常に全力だから。負けたくない人だから」

コトリ「確かにそうも言ってた」

ホノカ「海未ちゃんなら、『嘘をつくゲーム』があったら”正々堂々嘘をつく”と思うよ」

コトリ「問題は、それが上手かどうかだと思うの。海未ちゃんが嘘ついてたら、私きっとすぐわかる」

ホノカ「それは……」



――それは確かに。あの様子からして海未ちゃんが嘘をついているようには見えない。

しまった。……しまった? なにがしまったなのか。

なぜ、まるで墓穴を掘ってしまったかのような気分になっているんだろうか。



ホノカ「それってつまり、ことりちゃんは私を疑っているの?」

コトリ「私はふたりとも信じてるよ」



言動が一致しない。ことりも相当摩耗しているのだろう。

穂乃果もそれ以上弁明することはやめ、ふたりで黙ってタイマーを減らし続ける。

ことりはチラとタイマーに目をやり、そろそろ頃合かといった具合に口を開いた。



コトリ「……でも、もし海未ちゃんが穂乃果ちゃんの言ったとおりなら、今は結構危ないよね。私たちふたりともここにいるから」



穂乃果は血相を変えてアイドル部室を飛び出した。

・・・・・



食事である程度の水分を補給することは可能だ。

それでもやはり、水が欲しい。

ところがそれは叶わない。少なくともあと二日は。

私にできるのはこうして被服室で腰を下ろしながらタイマーを減らすこどだけ。と考えつつ海未は立ち上がる。



海未「時間……いつまでもこうしてはいられません。そろそろ教室に戻りましょう」



そして戻った先で、海未はそれを見た。

そうならないことを願い続けていた、起こって欲しくない出来事。起こりえない出来事。

ああ、どうして。

三年生の教室を親友が覗いている光景。

絶対に見たくなかった。見てはいけなかった。



――どうしてですか、穂乃果。



・・・・・

・・・・・



穂乃果は走って二階の二年生教室に戻り、ジュースの無事を確認した。



ホノカ「はあ、はあ、はは、ふう」



しかしあの足音が聞こえない。

海未は自分の教室にいるのか、被服室にいるのか……それとも。

穂乃果にはわからなかった。

しかし、ことりは確実にアイドル部室にいる。

今なら部屋を開けても大丈夫。そう思い立って今度は三階へと歩き出した。

今がチャンスだ。海未ちゃんを見つけて、白黒はっきりさせよう。

教室に海未がいないかとドアの窓を覗き込む。

……どうやら留守のようだ。じゃあ被服室だろう。



――ドクン。

”どうやら留守のようだ”。

ふう。ダメだ。持ち運ぶための容器を持ってきていない。

――ドクン。

戻って取りに行く時間くらいある。

ダメだ。自衛のために疑うことはしても、自分から仕掛けることは違う。

少なくともまだ私にはその覚悟はない。

被服室に行こう。この胸の鼓動を抑えられているうちに。

ウミ「穂乃果……」



怒りと悲しみが混じったような複雑な表情をした海未が向こうから歩み寄ってくる。



――待って違う! 海未ちゃん、違うよ私はあなたのジュースを奪おうとしてたんじゃない。



ウミ「あなたは……」

ホノカ「ちがう! ちがう! ちがう!」



違う海未ちゃん、”私を信じて”!



ホノカ「私は海未ちゃんを探していただけだよ」

ウミ「やはり、ことりのジュースもあなただったのですね」

ホノカ「違うってば、ねえ、どうしてそんなことが言えるの」

ウミ「どうしてって、だってそうでしょう」

ホノカ「ことりちゃんのは、海未ちゃんがやったんでしょ。私はそれを確認しに来たの」

ウミ「もうなにを言っても無駄なんですね……。わかりました受けて立ちましょう」

ホノカ「違うよ、私は自分の身を守るだけで、戦うつもりは」

ウミ「では説明してください、どうやって私がことりのジュースを盗んだのか。でなければ犯人は自分だと認めなさい」

――だめだ聞く耳がない。こうなった海未ちゃんはもうどうしようもない。

やるしかない。ここで正解を見つけるんだ。



ホノカ「知らないよ。でも私と行動する前。三人で約束を決める前か、食堂に集まるまでの間なら」

ウミ「どっちなんですか?」

ホノカ「……食堂に集まるまでの時間、かな」

ウミ「なるほど。確かに可能性はありますね。しかしそれは私だけでなく、ことりも疑うことになりますよ」

ホノカ「ど、どうしてそうなるの」

ウミ「みんなで決めたじゃないですか。その時間帯は教室から出ないようにしようと。

そこで私がことりからジュースを奪ったとなると、ことりも約束を破って教室を出ていたことになる」

ホノカ「それは」

ウミ「ことりはなにをしていたんでしょう」

ホノカ「じゃあ、約束を決める前だ」

ウミ「覚えていませんか? 私とことりで食堂にいるあなたのもとへ行ったのを」

ホノカ「あっ」

ウミ「私たちはあなたより先に、音楽室で会っていたんです。逆に言えば、もうそこにしか犯行が可能な穴はないんですよ。

私たちがふたりで音楽室にいたあの時間帯しか」

ホノカ「あ……ああ……」

ウミ「穂乃果……”自分に嘘をつかないで”正直に答えてください」

ホノカ「そうかわかった! ことりちゃん一番最初に言ってたよ。

私たち以外の誰かが介入してくるかもしれないって。きっとそれだ」

ウミ「もう苦しい言い訳はやめなさい。私が見た限りではこのゲームは横暴ではありますが、公正です。

審判への物言いをするからにはそれなりの覚悟がおありなんでしょうね?」

ホノカ「う、あ、、あ、は」

ウミ「ことりのジュースを奪ったのはあなたなんですよ、穂乃果」



・・・・・

※長くなって申し訳ありません。もう少しだけつづきます。

ホノカ「はふ……う、海未ちゃん」

ウミ「泣いてもダメです」

ホノカ「はっ、はっ、……っ、う、あ」

ウミ「落ち着いて息をして。穂乃果。謝りましょう、ね?」

ホノカ「ち……が、は」

ウミ「今頃ことりがあなたの教室からジュースを持って行っている頃でしょう。

100mlだけ。これでチャラです。穂乃果、大丈夫。追い込まれてしまっただけですよね。

大丈夫ですから。あとは謝ってくれさえすれば全て元通り……」

ホノカ「なん、で……? ふたりだけで、話を合わせて、協力したの……?」

ウミ「少々図らせていただきました」

・・・・・



少し時間を戻し8:30 食堂。



ウミ「さて……。私はもともと、武道を嗜む者。

もしも”相手”がいるのなら、私は全力で報いますよ。ねえことり。

それが誰であろうと、賭けるものがなんであろうと、こと勝負に関して私は負けるわけにはいかない……あなたはどうですか?」

コトリ「私は……二人を信じたい。でももう結果がそれを許してくれない」

ウミ「今だって……穂乃果が動いている可能性がないわけではない」

コトリ「……」

ウミ「ことり、私が穂乃果を引きつけます。その隙にジュースを奪い返すのです」

コトリ「え……?」

ウミ「説明します。よく聞いてください。まず私は自分の教室と被服室を何度も往復します。

きっと下の階の穂乃果は気が付くでしょう。そしてもしその隙を突こうと私の教室に現れたら私は穂乃果を足止めします。

逆に安全と踏んでアイドル部室に現れたらことり、あなたは時間を見計らって穂乃果をそこから出すのです。なに、不安を煽るようなことを言えば一発でしょう。

その時間ですが、いずれも13時ちょうどにしましょう。その時間になったらことりは穂乃果の教室に行って奪われた分を奪い返すのです。

……それまでに必ず私は穂乃果を謝るよう説得します。そうしたらことり、どうかお願いです、笑って許してやってください」

コトリ「うまく……いくかな」

ウミ「私と、穂乃果を信じてくれませんか? もう一度だけ」

コトリ「ありがとう。海未ちゃん」



・・・・・

現在 13:00



ウミ「穂乃果、もう……」

ホノカ「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでっ!」

ウミ「穂乃果っ!?」



――私のジュース! あそこにある分は全部私のジュースでしょ!?

チャラなんてことにはならないっ! あれは全部私の……!

二人して私を……私の……うああああああああああ!



階段を駆け下り教室に戻る。ダメだ、そんな、そんなバカな、どうして、どうして海未ちゃんっ……どうして……。



ホノカ「どうして……ことりちゃん……」



400mlになったジャグの前で穂乃果は崩れ落ち、額に冷たい床の感触を感じた。

【二日目 途中経過】

コウサカホノカ 400ml

ソノダウミ 500ml

ミナミコトリ 600ml

・・・・・



ミカ「ただいまー。どう?」

ヒデコ「おっ、おかえりさん」

フミコ「みてみ」

ミカ「あれ、コウサカホノカ400mlにミナミコトリ600ml……なにがあったの?」

ヒデコ「ことりちゃんがやってくれたのさ」

ミカ「ん? ことりちゃんは穂乃果ちゃんに奪われたーって騒いでなかったっけ」

フミコ「バカだな、あれは嘘だよ。穂乃果と海未ちゃんがやる気出すようにね」

ミカ「あれだけでも十分だったのにまさか本当に奪ってくれちゃうとは」

フミコ「グッジョブ」

ミカ「どうやったの?」

フミコ「海未ちゃんを協力させたんだよ。どこまで計算なのかはわからないけど」

ヒデコ「どっちかっていうと海未ちゃんが勝手に勘違いした感が強いけど」

ミカ「あちゃー、穂乃果はショックだろうね。やる気なくなっちゃうんじゃない?」

ヒデコ「それはどうかな。穂乃果博士のことりちゃんがやったことだからね」



・・・・・

・・・・・



ホノカ「ははは、あはは、あはははははは!」



海未ちゃんは私を疑った! 信じてくれなかった!

ことりちゃんは私を騙した! 嘘をついた!

ふたりだけ協力して私のジュースを奪った!  

わかった。

これがラブライアーゲームか。

よし。

やってやる。

一人でもやってやる。

嘘をついて、騙して、勝つ。

それがこのゲームのルールなら、”私も”それに則って正々堂々やってやる。



――私が、勝つ。




ホノカ「もしもしにこちゃん?」

ニコ「穂乃果ちゃん、どうしたニコー?」

ホノカ「これからいろいろ大変なことがありそうだから、部長にあいさつしておこうと思って」

ニコ「……どうしたの」

ホノカ「一応聞くけど、最近変わったことなかった? ちょっとしたことじゃなくて」

ニコ「変わったこと?」

ホノカ「ないならいいんだ。あのね、もしかしたらいろいろおかしいことになっちゃうかも。

でもきっとそれは今だけだから。全部終わったらまた元通りみんなで頑張ろうね」

ニコ「なんの話してるの?」

ホノカ「ここでだけは、穂乃果は穂乃果らしくなく、一人で戦う。誰も信じないでやってみようと思う」

ニコ「よくわからないけど、一人はつらいわよ」

ホノカ「そうなの?」

ニコ「そうよ」

ホノカ「でもやっと、覚悟ができたんだ。私やってみるね」



私が勝って、それで終わりにするんだ。



ニコ「はあ……? そういえば、変わったことって言えばマッキーが……」



そこで電話が切れてしまった。



ホノカ「マッキー? 真姫ちゃんがなに!? ねえ、にこちゃん……ああ、一分じゃ短いよ」

昨日獲得した「楽譜」と今日獲った「作詞カード」。そして明日被服室で「衣装」を手に入れればペナルティはゼロ。

あとはいかに手持ちのジュースを増やすか……最低500ml以上は残さなくては。

少なくとも100mlは奪い返す必要がある。

明日からが勝負だ。

まずは……明日の朝一番で真姫ちゃんに電話をかけてみよう。



状況を確認しながら、穂乃果は眠りにつく。



・・・・・

・・・・・



――ほんの少しだけ昔のお話。



それはある朝のことだった。



コトリ「おはよう……お母さん。あれ? お母さん?」



ことりは目元をこすりながらリビングに行く。何も変わらない朝……いや何か違う。

そこにはいつも必ず先に起きている母の姿がなかった。

洗濯? お手洗い? あるいはまだ寝ている?

どれも違う。どこにもいない。



コトリ「お母さん?」



出かけているのか。急用が入ったか、ミルクがきれたか。

ことりはトースターに食パンを入れ、冷蔵庫を開けて呼びかける。



ことり「お母さーん? なんちゃって」



――あれ、ミルクはまだある。みたところきらしている食品もない。

まったくもう。どこ行っちゃったのかなあ。

一旦食卓につき、パンが焼きあがるのを待つ。

そこに一枚の置き手紙があることに気がついた。

ああ、なんでもっとはやく気がつかなかったのか。母からに違いない。

ことりはその手紙に目を通す。



・・・・・

母の身柄は預かった。

安否を確認したければこちらの指示に従え。

・・・・・



――え、なんだろうこのイタズラめいた手紙は。

誘拐? しかもいい大人が人質?



そう考え、それでも一応母に電話かけてみることにした。

しかしながら……出ない。一向に出ない。仕事の電話があるといけないからと絶対に電源を切ったりしない人なのに。

不安で僅かに震える視界に留守番メッセージの文字が入る。母からだ。

お母さん「ことり……今絶対に下に降りてきちゃダメよ、お母さんは大丈夫だから……。

よく聞いて、今……」



そのあとはしばらく微かな息遣いのみが10秒ほど続いた。まるで誰かから隠れるように。



お母さん「ふう……いいよく聞い……」



メッセージはそこで途絶えた。



――留守電はそう長くメッセージを吹き込めないんだよ。お母さん。

まったくよくできたイタズラだなあ。ちょっと茶目っ気が過ぎるよ。

あはは……。……。

…………。



ことりはすぐさま机上の手紙の続きを読み、そして指示通り行動し始めた。



「コウサカホノカとソノダウミに同封の手紙を届けろ」

黒い封筒を二枚持って、まずは高坂宅へと向かう。

10:00



この時間ならまず穂乃果は寝ている。

ポストに入れて、すぐに去ろう。事情等を聞かれるのもまずい。

今すぐ警察にでも友達にでも助けを求めたかったが、母の無事を確認できない以上向こうの指示に従うべきだとことりは判断した。

しかしそこで予想外のことが起こる。なんと穂乃果がパジャマ姿で玄関先に出てきたのだ。

おそらく郵便受けの開く音に気がついたのだろう。



コトリ「あ……穂乃果ちゃん」

ホノカ「ことりちゃん! おはよう! どうしたの?」



……よかった。どうやら届け主が私であることまでは気がついていない。

ことりは安堵した。



コトリ「あ、えっと、今から海未ちゃんちにお届け物を」

ホノカ「お届け物?」



この謎の封筒を届けに行くんだ。とは言えない。

同じものがこのポストにも入っているのだから。

コトリ「うん、えっと、穂乃果ちゃん今朝は早いんだね。てっきり寝てるかと……」

ホノカ「もう十時過ぎだよ!?」

コトリ「そうだよね、穂乃果ちゃんはお寝坊さんだから」

ホノカ「まあいつもなら寝てるんだけどね、今日はたまたまだよ」

コトリ「そっかあ」



常人なら「いつもは寝てるんかーい!」と突っ込むところだろう。

しかし穂乃果の生態を熟知していることりはそれに驚かなかった。

休日はだいたい彼女は10::00に目を覚ます。だからそれを少し回った今の時刻に遭遇はまずない。

ことりが驚いたのは、いつもは寝ているということではなく、今日に限って起きていたその一点だ。



コトリ「じゃあ私はそろそろ行くね」

ホノカ「うん! 私もついていきたいところだけど、まだパジャマのままなので……」

コトリ「あはは、いいよ。すぐ済む用事だから」



ついてこられたら困る。

ことりは足早に高坂宅を去り、続いて園田宅に「お届け物」をしにいく。

穂乃果は手を振って見送り、ポストを開けて自分宛の黒い封筒を手に取る。

それから再び妹雪穂の待つリビングに戻り、テーブルに出ているお茶を手にとった。



ユキホ「お茶入れといたよ」



・・・・・

「ラブライアーゲームに参加し、ほかの参加者の動機が強まるよう画策しろ」



次の指示に従い、ことりはラブライアーゲームで暗躍を始めるのだった――。

・・・・・



【合宿ゲーム】



三日目 12;00



――ピンポンパンポーン。三日目。最終日です。大事なお知らせがあるので至急視聴覚室までお集まりください。



コトリ「なんだろう。大事なお知らせ……?」



ゲームの内容に関しては一切情報をもらっていないことりは困惑した。

なにか予期せぬ事態が発生したのか、あるいは予定通りか。

ゲームは一時中断され、全員が視聴覚室に集合する。

穂乃果とは昨日の今日でたいへん気まずい。



ホノカ「……なんだよはやくしてよ」

ウミ「中断した時間は繰り越されるのですか?」

ヒデコ「いや。ゲーム終了時間の変更はないよ」

ウミ「そうですか。ではこのまま引き伸ばしたいものですね」

ホノカ「ふん。そりゃ海未ちゃんはそれでいいさ」

ウミ「何を言っているのですか」

ホノカ「もういいよ静かにして」

ウミ「穂乃果あなた」

ホノカ「海未ちゃんが……私を信じてくれないから」

ウミ「なんなんですか」

ホノカ「なんでもないよ。いいから早くしてよ、私には時間がないんだから」

ヒデコ「おお、やる気まんまんだね。結構結構」

コトリ「あの、それで、大事なお話って」

ホノカ「ことりちゃんもよくそんな、しれっとしてるよね!」

ウミ「いい加減にしなさい! 多感な少年のように手当たり次第突っかかって」

コトリ「いいの。海未ちゃん」

ウミ「ことり……」



――だって実際悪いのは私なんだから。



フミコ「えー、こちらの想定外のことが起こりました」

ホノカ「想定外?」

フミコ「はい。なんと全員が順調に仕事を達成しています」

ヒデコ「三人とも既に二つの仕事を達成。あと一つだね」

ホノカ「何が悪いの」

ミカ「つまらないじゃん」

ホノカ「へ?」

ミカ「このままだとつまらないので、少しルールを加えることになったのです」

なるほど……。なんだそれは。

ことりに緊張が走る。ほかのふたりとは明らかに違う種類の緊張が。

私の働きが不十分だったということだろうか。

もしそう判断されたのなら、母はどうなる? 私はどうなる?



ヒデコ「ジュースは多少移動があったから、それはいいんだけどね」

コトリ「ほっ……」

ウミ「うん? ですが今は全員均等のはず」

ホノカ「それはどうかな」

ウミ「それは一体どう言う意味……」

ヒデコ「はいはい! ルール説明するからお静かに。新たに、この校内に『リス』を放つことにしました」

ウミ「リス?」



――疑問に答えさせないうちに説明に入ってくれて助かった。

これが海未ちゃんにバレたら私の立場が危うい。

きっと今度は海未ちゃんと穂乃果ちゃんが組んで私のジュースを奪い返しに来るはずだ。

それだけは避けなければ。

……ん? リス?

ヒデコ「そのリスはある匂いを追います」

ホノカ「ちょっと待っていきなり意味がわからない」

ヒデコ「これからは部屋を空けるときは用心しなよ。リスがそれを見つけたら……」

ホノカ「まってまって、なんでリス? ていうかどうやったの」

ヒデコ「忘れた? これは合宿ゲーム」

ホノカ「それがどうしたの」

ミカ「合宿といえばリスでしょうがぁ!」

ホノカ「なんで!?」

ミカ「リスは大切なものを盗んでいくのだよ……。あのリストバンドのように」

ホノカ「あのリストバンドのように……?

にこちゃんのことかーっ!」

ミカ「さすが激しい怒りによって目覚めた穂乃果ちゃんは一味違うなあ。

そのとおり。『ある匂い』とは矢澤にこさんのリストバンドの匂いです」

ウミ「どこまで私たちの合宿を再現するつもりですか……! まさか最後には私に登山をさせる気なので」
ミカ「それはない」

フミコ「さらにそのリスには小型カメラとGPSを搭載しております」

ホノカ「なんでだよ」

フミコ「例えばそのリストバンドをした人が廊下を歩いていたとします。

リスはその匂いを追ってその人を追いかけてくるわけですね。そうして、もし出先でリスと遭遇したら……」

ホノカ「したら?」

フミコ「私たちが現在地を放送で流します」

ホノカ「リスに見つかったらどこにいるかバレちゃうってこと!?」

フミコ「リスキーでしょ?」

ミカ「リスだけに……ぷっ」

フミコ「みんなリスキー!」

ミカ「ミナリンスキー!」

ホノカ「そんな、もう自由に動き回れない……」

ウミ「厄介なことになりましたね」

コトリ「何か対策を考えないと」

ヒデコ「はいじゃ、これそのリストバンドね。今すぐつけて、とったらペナルティね。そういうの見てるから」



ヒデコに渡されたリストバンドを腕につける三人。

確かににこちゃんの匂いがする……。



ヒデコ「そういうことなんで解散。全員が教室に戻ったのを確認したら再開の合図の放送をするね。それからリスを放出するよ」



・・・・・

コトリ「海未ちゃん。外に出ないで仕事を終わらせる方法がありますよ」

ウミ「どういうことですか!?」

コトリ「教えて欲しい?」

ホノカ「私には教えてくれないんだ」

コトリ「……ごめんね穂乃果ちゃん、怒ってるよね。穂乃果ちゃんにも教えてあげるね」



ことりがそれを取り出すと、二人は驚愕した。



ウミ「そ、それは」

ホノカ「どうして!?」

コトリ「私は『作詞カード』を二つ持ってる。ねえ海未ちゃん……欲しい?」

ウミ「一体どうやって」

コトリ「ねえ、欲しいの? いらないの?」

ウミ「それは……欲しいです」

コトリ「じゃあ大サービス。ジュース100mlと交換してあげる」

ウミ「は……? こ、ことり……?」

コトリ「このままだと-500mlのペナルティになる可能性があるんだよ?

とっても安いよ。お得だよ。……ね?」



・・・・・

海未になかば脅迫じみた交渉を持ち出したことり。

海未はすぐに返事はせずに自分の教室へ戻った。

さらに、全員が教室に戻りゲームが再開してすぐ、ことりは穂乃果に接触した。

よくわからない「リス」が校内をうろつき始める以上、今のほかにタイミングはない。



コトリ「ねえ穂乃果ちゃん、私と組まない?」

ホノカ「何言ってるのことりちゃん、やだよ、私を騙したくせに」

コトリ「聞いてよ。悪いと思ったから……だからお願い」

ホノカ「どういうこと?」

コトリ「本当にごめんなさい。だからこの協力は穂乃果ちゃんのためなの。絶対に損は……ううん。お得だから話だけでも聞いて」

ホノカ「……聞くだけだよ」

コトリ「まず私に穂乃果ちゃんのジュースを全て預けて」

ホノカ「ほらでた。いやだよ絶対」

コトリ「ゲーム終了一時間前になったら返す。”最初に預かった時より多く”ね」

ホノカ「そんな話には乗らないよ!」

コトリ「メリットその一。一箇所に集めることで一人は監視、一人は自由に行動できる。

つまりジュースを奪うチャンスが格段に増えるよ!

それから監視は全部穂乃果ちゃんに任せる。裏切りたかったらいつでもどうぞ」

ホノカ「……?」

コトリ「その二。私が外に出てリスに感知されても、私の教室には穂乃果ちゃんがいるから大丈夫だよね? 逆も言える。リス対策にもなるよこれは」

黙ってことりの話を聞く穂乃果。

これは乗ってくる。ことりは確信した。



コトリ「私が自由に動いてる間に穂乃果ちゃんの分の仕事を終わらせてきてあげてもいいよ。

どうかな。穂乃果ちゃんの損するところ、このお話の中にあった?」

ホノカ「……ない。それが本当なら」

コトリ「疑り深いのもしょうがないよね……私ひどいことしたから。本当にごめんなさい。

あとは何が不安? 監視は穂乃果ちゃんだから、その気になれば私のジャグから自分のジャグに持ってくことだってできる」

ホノカ「そうしたらことりちゃんはどうするの?」

コトリ「見つけた時点で協力関係は破棄だけど、そんなことをする必要はないってすぐにわかってもらえるとおもうから」

ホノカ「……」

コトリ「私が裏切ると思ったら、穂乃果ちゃんが先に裏切っていい。

ちゃんと”時計の針が11時になったら穂乃果ちゃんのジャグにジュースを戻す”。約束する」

ホノカ「……わかった」

コトリ「よかった! 私頑張るね」

ホノカ「わかった。わかったよ。どう見ても私に損はなさそうだし。でもどうしてそんな提案をするの? ことりちゃんはなにがお得なの?」

コトリ「償いたい……じゃあ信じてもらえないかな。まず監視役がいることは私にとっても有利だよ。

それからうまくいけば自分の取り分だって増えるんだから、私にとってもそう悪い話じゃない」

ホノカ「それが本音か!」

コトリ「あはは」

ホノカ「よーし乗った。海未ちゃんには悪いけどね」



事実穂乃果は自分を騙してジュースを奪ったことりより、自分を疑い信じてくれなかった海未を軽蔑していた。

一矢報いるなら海未だ。そう考えていたのだ。少なくとも現段階では。

前回のラブライアーゲーム

穂乃果のもとに招待状が届いた朝の隠された真実。

ことりはお母さんを助けるためにゲームに参加していた。

そのことりは、ようやくゲームに積極的になった穂乃果と組んで勝利を目指す。

頑張れ海未ちゃん。

ゲームは後半戦。

ホノカ「じゃあさっさと移しちゃおう。私のジュース」

コトリ「うん! 信じてくれてありがとう穂乃果ちゃん」

ホノカ「……。ああ、そうそう。どうして作詞カード二つも持ってるの?」

コトリ「一日にこなせる仕事はひとつまでって言われたとき、私がこう確認したの覚えてる?

『同じ仕事なら、二時間いたら二つもらえるのか』って」

ホノカ「あ……言ってた」

コトリ「そういうこと」

ホノカ「でもよくそんな危険なことやったよね、全くの無駄になる可能性の方がずっと高いのに」

コトリ「どうかな。昨日私がアイドル部室にいたことはふたりとも知ってたから」

ホノカ「ん?」

コトリ「つまり私がもう仕事を終えていることを知ってたんだよ。普通仕事を終えたらおうちに帰るよね」

ホノカ「そっか、私たちはことりちゃんが教室にいると思いこんでいたからことりちゃんのジュースを狙うはずがない……」

コトリ「だから私は安心してもう一時間教室を開けていられたってこと」

ホノカ「くそー! それ知ってたらなあ!」

コトリ「ふふ。これから協力する人にそんなこと言っちゃダメですよ」



・・・・・

・・・・・



【三日目 途中経過(暫定)】



ソノダウミ 500ml



コウサカホノカ 0ml

ミナミコトリ 1000ml



リス三匹校内徘徊中……



・・・・・

なんとしてもことりは勝たなくてはならない。

たとえ相手が自分を知り尽くしている親友であろうと、ことりは勝たなくてはならない。

「ラブライアーゲームを勝ち抜け」

最後の指令に従ってことりは突き進む。後戻りは許されない。

果たして彼女は全貌の見えない強敵を相手に母を救うことができるだろうか。



一階 一年生教室(ことり陣地)



ホノカ「ふう。全部移し終わったね」

コトリ「じゃあまず私は穂乃果ちゃんの仕事を済ましてくるから、見張っててね」

ホノカ「よろしく。いやーすごい楽だねコレ」



まずは被服室。穂乃果の仕事を達成して信頼を得なければ……。

ことりは行動を開始する。



・・・・・

ウミ「ことりの提案……乗るか反るか。いや、まずはこちらに集中しましょう。

うまくいけばこれで大丈夫……なはず」



教室である準備をしていた海未。そのとき不安を煽るような、耳障りなサイレンが響き渡る。



ウミ「ひっ……お、驚きました! なんですかこのサイレンは」



――「体育館」にて「ミナミコトリ」を確認しました。繰り返します……。




ウミ「ことりが体育館に? なるほど、リスに見つかったのですね。ふふ、絶好の機会です。確かめに行きましょう」



海未が教室を出ると、そこにはさっそくリスがいた。

よく見る普通のリスだ。いや、あまりリスを見たことはないが。

リスは小型カメラをリュックサックのように背負って、なにやら忙しなく海未の周囲を走り回る。

話のとおり腕につけたリストバンドに反応しているように見える。小さくてあら可愛い。



――「三階三年生教室」にて「ソノダウミ」を確認しました。繰り返します。



ウミ「ですよねー……」

・・・・・



ことりの教室でジュースを見張っている穂乃果の耳にもサイレンは響く。

まずはことりの位置を知らせるもの。



ホノカ「始まった。『体育館』て……ことりちゃんどこ行ってるんだ。なるほどこれは海未ちゃん混乱するだろうなあ」



ことりに従って教室にとどまっている穂乃果であったが、見張りというのも暇だ。

ふと、今朝最後の十円を使って真姫と電話した内容を思い出す。



――もしもし?

――穂乃果ね。そんな気がしたのよ。声で分かった

――大丈夫よ。なんの話かはたぶんわかる。

――そろそろ一分よ。じゃあね。



――待って、最後に、どうしてそんなに知ってるの!?



と、回想に浸る間もなくにもう一度サイレンが鳴り響く。



――「三階三年生教室前」にて「ソノダウミ」を確認しました……。



ホノカ「はや! 『三年生教室』って海未ちゃんの陣地じゃん。

部屋出た目の前で見つかっちゃんたんだ。ぷぷっ、海未ちゃんのマヌケーっ!」

・・・・・



コトリ「はあ、はあ、疲れちゃった、ふう……休憩」



ことりは被服室でタイマーを減らす。

これは穂乃果の分だ。それは元より決めていた。

重労働で疲労した身体を休める。一時間もあれば十分すぎるほど休憩できる。むしろ暇だ。

教室には穂乃果がいる。今の段階で裏切りはしないだろう。

自陣の前でリスに見つかった海未は教室に戻り動けないでいるはず。

つまり三つ目の仕事は進んでいない。ことりの取引に応じるのも時間の問題ということになる。

一時間じっくりと現状の整理、それから次のプランを練って過ごし、ことりは穂乃果の迎えてくれる教室へ帰還した。

コトリ「はい穂乃果ちゃん! 約束の『衣装』」

ホノカ「やった! これで私の仕事は全部達成だ」

コトリ「慎重だよね海未ちゃんは。ちょっと三階まで行ってみたけど、教室に篭ってたよ」

ホノカ「仕方ないよ。外に出たら場所がバレちゃうんだもん」

コトリ「海未ちゃんも一回だけリスに見つかってたけど」

ホノカ「きっとあれで外に出るの怖くなっちゃったんだ。そういうことりちゃんはどうして体育館まで行ったの?」

コトリ「えへへ。ちょっと海未ちゃんを困らせようと思って」

ホノカ「首をかしげてる海未ちゃんが目に浮かぶよ!

『ことりは一体何のために体育館に行ったのでしょう……?』」

コトリ「それ海未ちゃんのマネ?」

ホノカ「『はい。ところで次はどうするつもりですか? ことり』」

コトリ「あはは……海未ちゃんはまだ仕事を終えてない。私との交渉にくるかもしれない」

ホノカ「ふんふん」

コトリ「その交渉には穂乃果ちゃんが取り合って」

ホノカ「私が?」

コトリ「私は引き続き外で行動するからね。もし海未ちゃんがリスに見つかって放送されたらすぐ海未ちゃんの教室を狙えるように」

ホノカ「なるほど。見張りがいるからできる方法だね」

コトリ「こっちは相手の動きをみてから動くだけで勝てる。

海未ちゃんは交渉に乗らなかった場合、必ずアイドル部室にいかないといけないから……」

ホノカ「その途中でリスに見つかるってことか。わかった」

コトリ「どちらにしても、私たちは海未ちゃんからジュースをもらえるのです」

ところがことりと穂乃果の作戦とは裏腹に、海未は沈黙を続けた。

どうやら部屋にこもったきり出てこないらしい。

そしてついに一度もサイレンが海未の場所を知らせてくれることはなかった。

両者大きな動きもないまま日が暮れ、そして不気味なほど静かな夜が明ける……。

次に時計が12:00を示したとき、そこでゲームは終了ということになる。

このまま戦いは収束するのか、それともこれは嵐の前の静けさに過ぎないのか……。



・・・・・

May 6:00



早朝。熟睡している穂乃果をよそにことりは布団から体を起こし、時間を確認するために廊下に出た。

そうだ。この三日間、各階の廊下にかかっている時計を見る以外時間を確認する方法はなかった。

今時計はちゃんと午前の”6:00”を指している。それを確認したその足でことりは三階の海未のもとへ向かう。

このままでは海未は仕事を達成できずペナルティが発生してしまう。

無意味なペナルティを海未が背負う必要はないと諭すためにことりは自ら海未のもとに取立てにいくことにした。

彼女ならこの時間に寝ているということはないだろう。



コトリ「コンコン。海未ちゃーん」

ウミ「ことり……随分余裕ですね。出回っても大丈夫なのですか」

コトリ「うん。心配ないよ」

ウミ「今ならわかります。穂乃果からジュースを奪うために私を利用しましたね」

コトリ「それは……そんなことより! さあ海未ちゃん。ジュース100mlでこの作詞カードを売ってあげますよ。まだ仕事終わってないでしょ」

ウミ「必要ありません」

コトリ「えっ」

ウミ「あなたの手は借りません!」

コトリ「ま、待ってよ海未ちゃん。それじゃペナルティが……意地張ってる場合じゃないよ」

ウミ「いらないと言っているんです」

コトリ「どうして!? 100mlだけで済むんだよ!?」



ことりの声を遮るように、海未は扉をぴしゃりと閉めた。



コトリ「そんな、私そこまで追い詰めるつもりは……。

出てきてよ! お願いっ……う、う、海未ちゃんのバカーっ」



あまり使ったことのない汚い言葉を浴びせても、海未は扉を開けなかった。

・・・・・



May 10:00



ホノカ「囮作戦?」



ことりが自分の最後の仕事を達成し「衣装」を獲得して戻ると、穂乃果はすっかり目を覚ましていた。

そこにことりは新たな作戦を提案する。



コトリ「私がリスに感知されて居場所を放送されたら、海未ちゃんは私の教室には誰もいないと思うとおもうの」

ホノカ「そうか」

コトリ「だから海未ちゃんはきっと私の教室にジュースを奪いに来る」

ホノカ「でも私がいるから奪えない」

コトリ「そう。その隙に私が海未ちゃんの教室に行く」

ホノカ「……!」

コトリ「だからもし海未ちゃんがここまできたら、穂乃果ちゃんは出来るだけ時間稼ぎをするの。わかった?」

ホノカ「うん……! すごい、すごいよことりちゃん」

コトリ「えへへ。ゲーム終了まであと二時間。最後の作戦だよ。準備はいい?」

ホノカ「でも最後に……確認させて。ことりちゃん、本当に私になんにも嘘ついてないよね?」

コトリ「ついてないったら。穂乃果ちゃん、つく必要がない。そうでしょ?

だってこの作戦がうまくいけば二人ともお得なんだから」

ホノカ「それを聞いて安心した。じゃあことり頑張ってね。おとりちゃん」

コトリ「……うん? うん。11:00になったら穂乃果ちゃんのジュースを返しに戻ってくるね」



・・・・・

May 10:30



三階三年生教室。



――「二階被服室前」にて「ミナミコトリ」を確認しました。



ウミ「ことり……リスクを冒してきましたね!

今階段を駆け降りれば確実にことりの教室に間に合う。私だってこのまま終わりはしませんよ。

ずっと部屋にこもっていると思って油断したでしょう」



海未は全速力で下の階へ降りていく。間に合う。見えてきた。ことりの教室……。

そこにある、人影。



ウミ「穂乃果……」

ホノカ「来ちゃったね。海未ちゃん」

ウミ「……あなたがここにいるということは」

ホノカ「『今頃ことりがあなたの教室からジュースを持って行っている頃でしょう』」



穂乃果はかつて海未に言われた言葉を、口調を真似て丁寧に返却した。



ウミ「なるほど……そういうことですか」

ホノカ「今更戻っても無駄だよ」

ウミ「やはり、そうですか」

ホノカ「どうしてことりちゃんとの交渉に乗らなかったの? ただの意地?」

ウミ「そうかもしれません」

ホノカ「そんな意地張らなきゃよかったのに。

……ごめんね海未ちゃん、終わりだよ」

ウミ「そうです。たしかに意地です。意地でも自分で仕事を達成したかった……」

・・・・・



リスに見つかり、自分の居場所を知らせる放送があってすぐことりは三階の海未の教室へ向かう。



コトリ「まだ海未ちゃんが見つかった放送はないけど……もういないはず」



ことりの予想は当たった。海未の教室には誰もいない。

容器一杯で100ml。今ことりは穂乃果の分と合わせ二杯の容器を持っている。これでことりのジュースは1200mlになる。

ところがその、ジュースが見当たらない。海未のジャグがない。



コトリ「そんな……一体どうやって……?」



――海未ちゃんが、私がここに来ることを予期してジュースを隠した……?

いや待て。冷静になれ。とことりは思考を巡らす。

海未は教室の外には出ていない。なぜならあれ以来海未の居場所を知らせる放送はないからだ。

ずっと教室にいた。つまり、どんな方法でジュースを隠すにしても……。

必ずこの教室の中にジュースはある。



コトリ「穂乃果ちゃん……足止め頼んだよ」



教室を物色し始めることり。

教卓の下、布団の中、机で四方を囲まれたスペース……どこも違う。

気持ちが急く。いつ海未が戻ってくるかわからない状況。



コトり「あとは……ここか」



掃除用具入れを開く。一見ジャグは見当たらないが、立てかけられた箒をかき分けてみる。

銀色のバケツを被っている物体。大きさ的にどうしてもはみ出す下半分。

それをことりは見逃さなかった。

見つけた。ジャグだ。

・・・・・



ウミ「そうです。たしかに意地です。意地でも自分で仕事を達成したかった……。

だから私にはことりから作詞カードを買う必要はなかったんです」

ホノカ「必要ないなんてそんなこと……」

ウミ「私はすでに作詞カードを持っています。もう仕事は全て終えました」

ホノカ「……!? 嘘だありえない! だって海未ちゃんはずっと教室にこもって……」

ウミ「いいえそれは早計です。あなたたちが知り得る事実は少なくとも”園田海未はリスに見つからなかった”ということだけです」

ホノカ「引きこもる以外見つからない方法なんて……」

ウミ「レーダーに映らないことを”ステルス”というらしいです」

ホノカ「ステルス!?」

ウミ「私には……それができたんですよ」

ホノカ「いくら海未ちゃんでも、匂いを追ってくるリスに見つからないで行動するなんて無理だよ!」

ウミ「そう。『リスはリストバンドの匂いを追う』確かにそう言っていました。

私には戦略を立てる頭脳も、相手を出し抜く知恵もありませんが……」



海未はおもむろに湿ったリストバンドと手首との間に挟んでおいた十円玉三枚を取り出す。



ウミ「言ってみれば『おばあちゃんの知恵』ですね。私にはそれがあります」

ホノカ「おばあちゃんの知恵?」

ウミ「私はこのリストバンドの匂いを消したんですよ。十円玉と、アルコール消毒液を使って」

ホノカ「十円玉は確かにもらったけど。アルコール消毒液……あっ、あった」

ウミ「現在学校の水道は全て止まっています。お手洗いの際文字通り手を洗うことができません。

そこで用意されていたのが、アルコール消毒液です」

ホノカ「海未ちゃんのリストバンドが湿っているのは……それか」

ウミ「アルコール消毒には消臭の作用があります。さらに銅イオン。これにも消臭効果があります。

十円玉が靴箱なんかに置いてあったり、花瓶や水槽に沈んでいたりするの、見たことありませんか」

ホノカ「確かにこのリストバンド、銅とアルコールの匂いで……くさい」

ウミ「一度は見つかりましたが、これらを使ってしばらくおいてから外に出たらリスには一度も遭遇しませんでしたよ」

ホノカ「はは、参ったな。本当にレーダーから消えるみたい」

ウミ「そうして私はリスに見つからないまま、アイドル部室に一時間滞在して、もう作詞カードは持っているというわけです」

ホノカ「すごいけど、残念だったね。もうジュースは取られちゃうよ。

ことりちゃんは私の分の容器も持っていったから、200mlまで奪える。

つまり海未ちゃんは持分が300mlになって、このジャグは1200mlになる。

内訳は私500ml、ことりちゃん700mlかな。奪われた分を返してもらったと考えればそれはまあいいや」

ウミ「それはどうでしょう」

ホノカ「なに?」

ウミ「手は打ってあります。ことりは私からジュースを奪うことはできませんよ」

ホノカ「ハッタリってやつだよ」

ウミ「いいえ。穂乃果ならわかるでしょう。私はそんなつまらない嘘をつける人間ではありません」

ホノカ「ぬ……。じゃあ手を打ったって、なにをしたのさ」

ウミ「ジュースを隠しました」

ホノカ「あはは、バカだなあ海未ちゃん。ジャグは教室からだしちゃダメってルールがあるでしょ。

ことりちゃんは必ず見つける」

・・・・・



May 10:59



コトリ「よし……いただきます。海未ちゃん」



穂乃果のいうとおりことりは海未のジャグを発見した。

ジャグの口に容器をあて、レバーを引く。これでジュースが出てくる仕組みだ。

ところが……様子がおかしい。ことりはジャグを覗き込む。



コトリ「いったい……なにが……」



海未のジャグには、ジュースが一滴も入っていないのだった。

・・・・・



ウミ「いいえ。おそらくことりは見つけられない。しばらくここには戻ってこないでしょう」

ホノカ「……」

ウミ「そうなるとですよ穂乃果。あなたの取り分はどうなるんでしょうね?」

ホノカ「……本当に?」

ウミ「本当です。さて、もうじき11:00になりますね。私はここから反撃に出ます。……あなたはどうしますか、穂乃果」



かつてここまでクールで冴えた園田海未があっただろうか。

このおんなに秘策アリ。彼女なら華麗な逆転劇を披露してくれるだろう。

ここからクールにビューティに海未の巻き返しが始まるに違いない。



・・・・・

・・・・・



――ない! ない、ない、ない、ない!

どこに隠したの!?

あれからずっと探し回っているのに……ジュースがどこにもないっ!

ジュースだけを消すなんて、ジャグ以外入れておく場所なんてないはずなのに!

いったいどうやって……?



コトリ「もう時間がない……!」



海未のさいごの悪あがき、ジュースの神隠しに翻弄されたことりは残り時間をかなり消費してしまった。

”約束の11:00”も近い。ことりは穂乃果のことを思い浮かべ、立ち上がる。



コトリ「もう間に合わない……。なるほど、この隙に海未ちゃんは何か仕掛けるつもりだったのか」



その間もチク、タク、と時計が針を進める。



コトリ「でも……」



そのときちょうど時計の針が”11;00”を指す。

――ピンポンパンポーン。”12:00”になりました。「合宿ゲーム」終了です。

プレイヤーは視聴覚室にお集まりください。



――残念だったね……。ギリギリだった。これがなかったらやられていたかもしれない。

ゲーム終了。驚いてるだろうな。

ふたりはまだ……”11:00”だと思い込んでたんだから。

・・・・・



理事長「お疲れ様でした。それでは結果発表に入ります」



あのひょっとこ仮面の人……あの人が黒幕なのだろうか。あの人がお母さんを……。

大丈夫。私は指示に従った。きっとお母さんは帰ってくる。



ウミ「どういうことですか!? 時間はまだ11:00だった……。ゲーム終了の時間は12:00だったはず!」

コトリ「そう。終了時間は12:00で合ってるよ。……そして今はその12:00だよ」

ウミ「何をしたんですか……! おかげで私の作戦が……」

コトリ「私は昨日『体育館』の倉庫から脚立を運び、各階の廊下の壁にかかっている時計を一時間はやめた。

“時計の針が11時になったら穂乃果ちゃんのジャグにジュースを戻す”。

そういう約束をしてね。

でも……時計が11:00を指すとき、ゲームは終了することになってたんだよ。

つまり私のジャグに入っている穂乃果ちゃんの分のジュースが返却されることはない」

ホノカ「やっぱり私を騙したんだ……最初からそのつもりだったんだ」

コトリ「ふふ、ごめんね。利用したのは私のほうだったの。二人共教室に貼り付けにしたから、気がつかなかったよね」

ウミ「どうしてそこまで……」

コトリ「私は……勝たなきゃいけないの」



ことりは穂乃果と海未を欺き、勝利を手にした。

その実感に唇を震わせながら、同時にゲーム終了という事実に安堵する。

全て終わったのだ。これで母は帰ってくる。

そう。帰ってきさえすれば、二人にもゆっくり説明して、時間をかければ許してもらえるかもしれない。

終わったんだ。地獄の三日間が。




確かにゲームは終了した。終了したが……。

ことりのもとに母は帰ってこなかった。



・・・・・



コトリ「さて。私のジャグには1000ml入っています。これはぜーんぶ私のジュースです」



ことりはジャグをヒョイと持ち上げてみせる。

ヒョイと……ヒョイと?

1000mlも入っているのに?

それにしては軽すぎる。ことりは蓋を開け中身を確認する。



コトリ「あれ、間違えちゃった。これは海未ちゃんか穂乃果ちゃんのだね。

そういえば海未ちゃんどうやってジュースを消したの?

あはは、もしかして喉渇いて全部飲んじゃった? おかげで最後間に合わなかったの」



敗者に口なし。相対して勝者はよく喋る。

いや、勝ちを確信したものはよく喋る。

相対して最後まで口をつぐんだものが……本当の勝者だ。



ウミ「ことり、それは間違いなくあなたのジャグですよ」

ヒデコ「ミナミコトリ、0mlです」

コトリ「は?」

ホノカ「……」

ウミ「……」

コトリ「……へ?」




確かにゲームは終了した。終了したが……ことりのもとに母は帰ってこなかった。

なぜならことりはゲームに敗れた。



コトリ「なにをいっているの……?」



震える声。いや、体が震えているのか。だから声も震える。

みとめられない。なにがなんだかわからない。なにをいっているのかりかいできない。



ウミ「ことり。あなたの負けです」

コトリ「なんでっ、どうしてっ、なんでっ、なんでっ、なんでっ!? いやああああああああ!」

ウミ「ことり……」

コトリ「どうして海未ちゃん!」

ウミ「認めてくださいあなたの負けです」

コトリ「うぅ……むりだ、よ……。だって海未ちゃんは仕事だって残ってて……」

ウミ「いいえ。私は仕事を完遂しました。ペナルティはありません」

コトリ「はぁ……なんでぇ……うそだぁ……だって、だって海未ちゃんはずっと教室に引きこもってたんだから! そうだよありえないっ」

ウミ「あなたはそれを確認しましたか? 私が教室にいるのをずっと見張っていたんですか?」

コトリ「違うよでもわかるもん……リスの偵察に引っかからなかったもん海未ちゃん!」

ウミ「残念ながらそれは勘違いですよ。穂乃果も同じ間違いをしていました。そして……」



・・・・・

ゲーム終了前



May 10:30

改め 

Must 11:30



ウミ「さて、もうじき11:00になりますね。私はここから反撃に出ます。……あなたはどうしますか、穂乃果」

ホノカ「どうするって」

ウミ「ことりに預けた分がそっくり帰ってきてもあなたは400mlでしょう」

ホノカ「ことりちゃんはそれより多く返すって」

ウミ「それは私から奪えた時の話でしょう。無理ですよ。私のジュースは見つからない。

それに元よりあなたからジュースを奪ったのはことりじゃないですか」

ホノカ「海未ちゃんそれ知ってて……!」

ウミ「あのときは申し訳ありませんでした。後になって気がついたんです。

……ことりに作詞カードを買わないかと交渉されてから」

ホノカ「いまさら謝ったって許さないよ」

ウミ「騙したことりより……疑った私を恨みますか」

ホノカ「どうだろうね……たぶん”どっちも”」

ウミ「それでも構いません。私はこれからことりのジュースを奪います。……あなたはそれを止めますか?」

ホノカ「私の容器はことりちゃんが持っていった。ことりちゃんは今海未ちゃんの教室にいる。

私はジュースを運ぶ手段がなくて、海未ちゃんはいま自分のジャグに近づけない。手詰まりだよ」

ウミ「それはつまり、私にはジュースを運ぶ手段があって、穂乃果の教室には今誰もいない。ということですね」

ホノカ「な……まさか海未ちゃん」



――ならば。



ウミ「私が穂乃果のジャグにジュースを運べばいい」

――うまくいった!

この作戦、私のジュースを隠した場所が問題だった。

私は早い段階で穂乃果の教室が空っぽになっていることに気がつきました。

なにせ”ステルス”ですからね。確認するたびに誰もいない。ついに中に入ってみてもジャグまで空っぽ。ゴーストタウンならぬゴーストクラスですね。

だから穂乃果とことりが組んでいるだろうということは察しがついていたんです。

誰も使っていない教室……ピーンときたんです。それを逆手にとってやろうと。すばらしいアイデアでした。

私は全てのジュースを穂乃果のジャグに一時避難させました。なにせ”ステルス”ですから。

おそらく穂乃果のジュースは全てことりのジャグに移された。つまりゲーム終了ギリギリまで穂乃果のジャグは誰にも使われない、誰にも気にされない。

最高の隠し場所。ここに置いておけば自分の教室を開けても心配ない。

そう。私のジュース隠し場所は”穂乃果のジャグ”。

あとは最後、隙を見て穂乃果たちが気付く前にまた自分のジャグに戻す。

……これが問題だった。

私は穂乃果と接触することにしました。”確実にことりがいないタイミング”を狙って。

あとは先ほどのやり取りのとおり。

穂乃果は自分のジャグにすでに私の500mlが入っていることを知らずに条件を飲んできました。

※訂正 >>335の下に追加です。



ウミ「私が穂乃果のジャグにジュースを運べばいい」

ホノカ「……!」

ウミ「ことりが私の教室から去ったあと、穂乃果のジャグからさらに私のジャグに移す。合計がちょうど等分になるように。

それがうまくいけばあなたの持分は700mlを超えます」

ホノカ「あとで海未ちゃんに分けるのを条件に、ことりちゃんのジャグから私のジャグにジュースを移してくれるってこと?」

ウミ「そういうことです。時間はあります。大丈夫」

ホノカ「いや。ことりちゃんは11:00になったら一旦戻ってくるって言ってた」

ウミ「あと約二十分ですか……ならば急ぎましょう」

ホノカ「待って私も行くよ」

ウミ「ダメです。穂乃果は外に出たらリスに見つかります。それではことりに悟られてしまう」

ホノカ「う……確かに」

ウミ「全部運んだら私は穂乃果の教室で待機しています。

十一時になったらことりはここに戻るのですね? そうしたら今度はそこからさらに私のジャグへ移します。しっかり等分です。信じてくれますか」

ホノカ「いいよ。信じてあげる」

ウミ「やけにあっさりしていますね」

ホノカ「ダメ?」

ウミ「いえ。私としては都合がいいです。時間があまりない。行ってきます」

――これで一人頭750ml。ふふ、完璧です!

それから、ことりに悟られないように穂乃果はことりの教室に留まり、”ステルス”である私だけが作戦を遂行した。

そして私はせっせと何往復もし、なんとかことりが戻るという11:00までに全てジュースを移し終え、”11:00”まで待機する……。



・・・・・



現在 結果発表



ウミ「……だからあなたのジャグは空なんですよ。ことり」

コトリ「う、う……? そんな、まさか正直者の海未ちゃんに負けるだなんて……」

ウミ「ずいぶんな皮肉ですね。ですが確かに、ゲーム中私は一度も嘘はついていませんよ。

もしかしたら言葉が足りなかったり、言い回しで誤解を生んだかもしれませんが」

コトリ「うぅ……穂乃果ちゃんも私を裏切って……」」

ウミ「私と穂乃果は勝ち分を分ける手筈です。ことりは今回は残念でしたね」

コトリ「惜しいのは……ジュースじゃないよ」

ウミ「え?」

ヒデコ「はい静かに。結果が出るよ」

・・・・・



【結果発表】

コウサカホノカ 1500ml

ソノダウミ 0ml

ミナミコトリ 0ml



・・・・・

コトリ「……?」

ウミ「あなたが時計を早めていたせいで分配が間に合わなかったんです。さあ穂乃果、このあと分配しましょう」



ホノカ「あは。なんのこと?」



穂乃果は似合わない邪悪な笑みを浮かべながらそう言う。



ウミ「な、冗談を言ってないで」

ホノカ「そりゃね、そうするよ。本当に時間が足りなかったんならね」

ウミ「は……? 一体何を」

ホノカ「あはははははっ! ごめんね海未ちゃんっ!」

コトリ「穂乃果……ちゃん?」

ウミ「穂乃果!?」



ホノカ「”最初からこのつもりだったんだ”!」



コトリ「どういう……」

ホノカ「ことりちゃん、私を完璧に騙せてると思った? 確かにそうだったよ。途中まではね」

コトリ「途中までは……?」

ホノカ「私さあ……時計の針が早まってることに気がついてたんだよね」

コトリ「まさか! 穂乃果ちゃんがそんな細かいことに気がつくわけないのに……」

ホノカ「浅はかだったね。ところが私は気づくことができるんだよ」

コトリ「一体どうやって……!」

ホノカ「今日、私が目を覚まして廊下に出たらありえない光景をみたんだ。

時計が九時を指していた。ありえないんだよ。私が目覚まし時計なしで九時に目が覚めるなんて!」

コトリ「……!」

ホノカ「あの日の朝もそうだったじゃん……もうわかるよね……?

私が自然に目を覚ますのは十時以降なんだよ。私があんなに早起きできるはずがないんだよ。」

ウミ「では……」

ホノカ「そう。私は知ってた。時計が11:00を指したらゲームが終了することを。

そして、ことりちゃんが私を裏切るつもりだったことを。

だから海未ちゃんを利用することにした。ふふ。まさか1500mlになってるとは思ってなかったけどね!

とにかく私は最初から海未ちゃんに分配する気なんてなかったのさ。……ことりちゃんと同じように」

ウミ「そんな……では私の分は……」

ホノカ「ゼロだよ」

ウミ「ぐ……は、そんな……」

ホノカ「本当にみんなを利用してたのは私だったんだ。ごめんね海未ちゃん、ことりちゃん。

……全部、私のものだよ」



・・・・・




「私はね、世界中の人が幸せになればいいと思ってる」

あの日の朝、そう言った私は今、全てを欺き勝利を掴み取った。

私はこのゲームを通じて、「みんなが幸せになる」なんてありえないということを学んだ。

――勝者 コウサカホノカ





一回戦終了

・・・・・



――。



ホノカ「私たちの一回戦はこんな感じだったよ。謀略渦巻く熱い頭脳戦だったねまったく」

マキ「なるほどね……ちなみに一回戦は頭脳より心理戦の部分が強かったと思うけど」

ホノカ「そうとも言う」

マキ「海未も案外ひどいのね。根拠なく穂乃果を疑い抜くなんてなかなかよ。

それで二回戦のときの誰とも組まない疑り深い穂乃果ができあがったわけね」

ウミ「めんぼくないです……でも二回戦で借りは返したはず!」

エリ「貸し借りの問題かしら」

ウミ「うぐ……」

コトリ「まあまあ」

ニコ「ことりちゃんも結構悲惨ニコー。それだけやって一回戦も二回戦も振るわないなんて」

コトリ「うぐ……」

ニコ「そもそも、そんなに積極的だったのが意外。……なにか理由があるんじゃない?」

コトリ「な、ななななないよ」

ニコ「ふーん」

ホノカ「みんなの一回戦はどうだったの?」

リン「凛たちは別に話すことないにゃ」

ハナヨ「そうだね。穂乃果ちゃんたちみたいに白熱しなかったから」

ホノカ「まさか真姫ちゃんの圧勝とか?」

マキ「そうでもないってば。結果的には全員500mlで終わりよ」

リン「そうそう。真姫ちゃんが『必勝法』ならぬ『不敗法』を提案してくれて」

ホノカ「不敗法?」

リン「うん。えっとねまずね、えーと」

ハナヨ「最初に全部、合計1500mlを一箇所に集めちゃったの」

リン「そうそう。それでみんなで交代で仕事を済ませて……それからあとで等分したんだ」

ホノカ「なるほど……でも」

ノゾミ「なにそれつまんないわ!」

マキ「つまんないとかないから! 私の見事な作戦に嫉妬してるんでしょ!」

ノゾミ「いやーつまんないわー。へたれ真姫ちゃん」

ニコ「確かに負けず嫌いにしては珍しいやり口だよね」

マキ「ふん、そういう気分だったのよ」

リン「真姫ちゃんは負債がなかったんだよー」

マキ「ああっ! 凛っ、それは」

リン「みんな最初の説明でジュース開けて飲んじゃったでしょ?

真姫ちゃんはどんなに勧められても飲まなかったんだよ。ツンツンしてて」

ニコ「はぁ最初から負債なしだったってこと!? そりゃそうするわ。

その500mlを返済じゃなくて自分の分にできたんでしょ、ずっるーい」

マキ「うるさい! 飲んだほうが悪いのよ!」

エリ「はー納得いった。道理で二回戦は終始余裕なわけね。

おかしいと思ってたのよ。ずっとクールで冷静沈着な真姫なんて。

必ずどこかでボロが出たりするはずなのに」

マキ「なによーっ! 私と組めてよかったって海未ちゃんも言ってるんだから! ね!?」

ウミ「えぇ!? は、はい」

リン「言わせたにゃ」

マキ「むっきー!」

エリ「そうそう。そういうところが全然出てこなかったんだもの」

マキ「べ、別に? 私はずっとよゆーよ。よゆー。それはそうと三年生はどうだったの?」

エリ「私たちも、別に語ることは」

ノゾミ「うん……同じく引き分けだったよ」

マキ「その経緯を」

ニコ「いや……ドロッドロの泥仕合で。全員駆け引きしすぎの警戒しすぎで逆にずっと均衡してたの」

ノゾミ「……眠るのも怖くて」

エリ「顔を合わせれば嘘合戦で……」

ニコ「誰とも組むに組めず常にひとり」

マキ「最悪の合宿ね」

ホノカ「ゲームが行われた順番は一年組、二年組、三年組だったんだね。

電話したとき絵里ちゃんとにこちゃんはチンプンカンプンだったのに真姫ちゃんは妙に訳知りっぽかったし」

マキ「まあそうなるか」

ウミ「どういうことですか?」

ホノカ「私は絵里ちゃん、にこちゃん、それから真姫ちゃんに電話したんだよ」

ウミ「へえ……。私は誰にもかけなかったもので。ことりは使いましたか?」

コトリ「私も全部使ったよ」

ウミ「誰にかけたんですか」

コトリ「……三回とも留守電だった。……全部同じ番号」

ウミ「どうしてそんなことを?」

コトリ「そうしないではいられなかったから……かな」

ウミ「……?」

コトリ「穂乃果ちゃんはみんなと電話して役に立った?」

ホノカ「いや大して」

ニコ「はい!? ニコなりに異常な空気察して精一杯答えたんですけど」

エリ「あなたあの会話で何も得るものがなかったの? 信じられない」

ホノカ「でも、後押しにはなったよ。特に真姫ちゃん」

エリ「後押しってのも悲しいわね……こんな結果を招くなんて」

ニコ「で、その真姫ちゃんはどんなこと言ったのよ」

マキ「いや別に大したことは……ていうか私なんて言ったの? 覚えてないんだけど」

ホノカ「うん。ほんと大したことではないよ」

マキ「自分で言っておいてなんだけど怒っていいかしら」

ニコ「教えてよ気になるじゃない」

ホノカ「えー、電話の内容って人に話すものじゃないよ」

マキ「そうね。教えてあげない」

ニコ「マッキーは覚えてないんでしょ! あーもう、余計気になるじゃない!」



「三回戦」の会場へ向かうバスの中。

ラブライアーゲームの最中でさえなければ、彼女たちはまだμ’sでいることができた。



ホノカ「教えないよーっ。あはは」

ハナヨ「あ……見えてきました!」

花陽の一声で一斉に窓の外をみる九人。

次の会場はあそこか……。

急にピリつく空気。果たしてこの戦いに終わりはあるのか。

また彼女たちは嘘と裏切りのラブライアーゲームへと身を投じる――。

とりあえず一区切り。一旦畳もうと思います。

最後までお付き合いくださった方ありがとうございました。

続きが書けるかわからない、書けてもいつになるかわからないため依頼出してきます。

一旦完結です。ありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年06月15日 (月) 00:59:18   ID: uUlmjSOk

にこまきじゃないと急にクズっぽくなるマキちゃん

2 :  SS好きの774さん   2015年09月03日 (木) 01:36:56   ID: z2uWeUxa

面白い!よくこんなの考えつくなあ!感嘆!
こういう雰囲気の話でのことりちゃんの暗躍率高い!

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