能事畢れり (12)

勇者侵攻の知らせを受けたときは驚いた。

人間界に攻め入り早12年、反抗勢力が魔界にまで来るなど、一度としてなかったことだ。

勇者誕生自体はこれまでも何度かあった。

だが彼らはせいぜい人間界の拠点を1つ2つ落とす程度。

半数以上は大した戦果もなく消えている。

我々四天王に届く情報は全て討ち取った事後報告、要するに取るに足らない存在。

そんな勇者観を覆す強烈な出来事だったのだ。

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火や風は全く意に介していなかった。

どうせ野たれ死ぬだろう、仮に攻め込んできたとしても高が知れている、と。

何の対策を講ずる気もないようだ。

異例の事態が起こっている中、暢気なものだ。

楽観するにも程がある。

水は討伐部隊を送るとは言ったが、やはりこちらもまともに取り合う気はないらしい。

古参の私の顔色を伺っているのかはたまた勇者を侮っているのか…

私だけでもしっかりしなければ。

斥候を出そう。

水の尖兵との交戦から勇者、及びその一行の実態を把握に努めよう。

とんでもない結果になった。

水が派遣した部隊は全滅。

それどころか私が派遣した斥候も半数が命を落とした。

犠牲者は60名近くに上ったのだ。

彼らの死を無駄にはできない。

生き延びた斥候の話から情報を整理していく。

勇者一行は4人で構成されていた。

勇者、戦士、魔法使い、僧侶だ。

戦士は剣術と体術で戦う軽装の男。

魔法使いは多彩な属性の魔法を操る女。

僧侶は回復魔法と棒術を使う屈強な男。

彼らの実力も中々に侮れないそうだが、特筆すべきはやはり勇者だ。

奴には魔法が一切通じない。

更には触れただけで魔物が消し飛ぶという。

勇者として選ばれるのは退魔の力を宿した人間という話は聞いていたが、とんでもない猛者が出てきたものだ。

この報告を受けてなお、火と風は楽観していた。

水の部隊の訓練不足だと嘲っていた。

そんな次元の話ではない。

あれは早急に対処しなければならない危険因子だ。

そう主張しても彼らはこちらを見縊るばかりで話が進まない。

嘲笑に耐えかねた水が碌でもない提案を出した。

実際に見て判断してはいかがか、と。

現場を知らないから楽観していられる、そんな皮肉まで添えて煽り始めたのだ。

結局、挑発に乗った火が単身、勇者一行の元に向かってしまった。

せめて彼が引き際を誤まらないことを祈る。

予想は悪い方向にばかり良く当たる。

火は戦死した。

陛下には報せを出した。

水はその返答を待たず総攻撃を仕掛けるようだ。

風と二人、返答を待ちつつ水の健闘を祈る。

陛下からの返答と水の戦況報告が重なった。

可能な限り敵勢力を消耗させた後、撤兵せよ。

水、戦死。部隊も壊滅的な打撃を受け敗走。

皮肉なものだ。

返答を待って動いていればあるいは…

歴史にたらればはない。それでも思うところはある。

風は何も言わずに去った。

馬鹿なことを考えていなければいいが…

案の定、弔い合戦を考えていたようだ。

奇しくも反発していた水と同じ末路を辿った。

同志達の仇は取りたいが、それでは犠牲者が増えるだけだ。

陛下は勇者殲滅よりも兵の安否を優先している。

私とて部下を無闇に死なせるつもりはない。

答えは初めから決まっていたのだ。

大半の兵は我が居城を脱出した。

城が影となり、その逃走は勇者一行からは見えまい。

後は彼らの逃げる時間を稼ぐのみ。

あわよくば仇も取りたいところだが…

そろそろ殿の部隊が挨拶に来る頃だろう。

彼らにこの手記を託そう。

それで私の役目は全て終わりだ。

惜しむらくは上手い結びの言葉が浮かばなかったことか。

聡明な陛下の加筆を望むのは贅沢だろうか…

側近「…ここで終わっていますね」

魔王「そうだな…くくく、流石我が腹心よ、余と同じことを考えていたようだ」

側近「そうですね。そして、奇しくも、状況まで同じですね…」

魔王「…今頃は門番と親衛隊長が相手をしているだろうな」

側近「ですが、それも時間の問題…」

魔王「分かっているなら玉座の裏から脱出しろ。今なら気付かれずに済む」

側近「…最後に、何か私にできることはありませんか?」

魔王「貴殿が余に使えて61年、これ以上望むことは最早何一つ…いや、一つだけあった」

側近「何なりと」

魔王「余と土の手記を持っていけ。そして、それぞれ最後に加筆して欲しい」

側近「どのように?」

魔王「一文だけだ」

側近「……」

魔王「能事畢れり」

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