P「理想のプロデューサー」 雪歩「1ですぅ!」 (46)

続き物の第一話となります

いずれオリキャラが出るので注意

キャラの呼称などおかしいところがあれば指摘お願いします

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1417272621

~プロローグ~

「よろしくお願いします」

口元の黒子が印象的な女性に呼ばれ、一室に通される。

中に入ると、壮年の男性が待ち構えていた。

「君がP君だね。とりあえずそこに座ってくれ」

手で促され、「失礼します」と一礼してから腰かける

「ふむ・・・」

何か質問するわけでもなく、男性は青年を嘗め回すように見回した

何の質問のない気持ち悪さに耐え兼ね、口を開こうとした瞬間だった

「合格!」

壮年男性のその言葉に、思わず「は?」と聞き返していた


     「理想のプロデューサー」


親に内定が決まったとの吉報を、煙草片手に送る

一からアイドルを育てられるというのに魅力を感じ、受けたところに合格したのだが、正直採用理由の意味が理解できなかった

それも当然、質疑応答どころかまともな会話もせず合格を発表されたのだ

P「まあ受かったことには変わりねえが・・・あの事務所本当に大丈夫か?」

ふーっと煙を吐き出す

このヤニ臭さが俺を落ち着けてくれる

大丈夫、書類にも目を通したが不審な点は何もなかった

事務員らしき女性もかなり美人だったし、アイドルの方も期待できるはずだと

P「・・・やっと夢が叶ったか」

アイドルのプロデューサーに憧れて10年

それからずっと目指してきたものになれたはずなのに心は晴れてくれない

そんな不安を飲み込むかのように、再び肺に煙を送り込むのだった

~~

社長「こちらがこれから765プロのプロデューサーとして働いてくれるP君だ」

社長が前に出て自己紹介するように促す。

P「・・・これから君たちのプロデューサーをするPという者だ。宜しく頼む」

社長から始まった拍手はやがて全体に広がり、そして収束する

社長「それではみんなにも自己紹介をしてもらおうか。それではまずは・・・」

「「はいは→い!!」」

二人の少女が同時に手をあげる

社長「む。元気がいいな。それでは双海君たちからしてもらおうか」

同じ顔に似た仕草。服と髪型(髪型と言っても束ねている部分が右か左の違いと長さだけだが)は違うもののそれが無ければ見分けることは至難の業であろう双海姉妹

真美「アイドルの真美で→す!」

亜美「同じく亜美で→す!」

元気のよい自己紹介と無邪気な笑み。全く同じにしか見えない

全員のプロフィールを見ていたとき同じやつが二枚あるかと思わず二度見してしまうほどだった

それからは次々と流れるように進んでいった

響「じゃあつぎは自分がいくさー。自分は我那覇響。出身は沖縄だから方言がよくでるけど、しっかりと聞き取って欲しいぞ!」

褐色肌に長い髪、八重歯がかわいい女の子、我那覇響。

貴音「四条貴音と申します。何卒お見知りおきを」

高身長にしなやかな銀髪。不思議な雰囲気をまとった女性、四条貴音。

美希「あふぅ・・・星井美希なの。いっぱいキラキラさせてね」

高木社長曰く、かなりの才能の持ち主の星井美希。・・・今の様子からはそんな様子は見受けられないが・・・。

真「ボクは菊地真です! よろしくお願いします!」

元気がいいボーイッシュな少女、菊地真。彼女もダンスが得意だったか。

雪歩「え、えっと・・・は、萩原雪歩です! よろしくお、おねがいしますぅ~」

そしてその陰に隠れている少女萩原雪歩。何でも男性恐怖症故に特別丁重に扱えとのご達示だ。

やよい「あ、次は私ですね! 高槻やよいって言います! 一緒に頑張っていきましょう!」

ガルウィング式の車のドアが開くようなおじぎをする少女、高槻やよい。家が貧しいらしく、家計を少しでも助けようとアイドルを目指しているらしい。

13歳の少女なのによくできた娘だな・・・

伊織「水瀬伊織です。これからよろしくお願いします♡」

スカートを軽く持ち上げて、会釈する少女は水瀬伊織。かの有名な水瀬財閥のご令嬢だとか。しかし彼女が満面の笑みを浮かべた瞬間周りに動揺が広がったような気がするのは気のせいだろうか。

あずさ「三浦あずさっていいます~。これからよろしくお願いしますね~」

おっとりとした印象を受ける女性は三浦あずさ。この事務所のアイドル最年長だ。

律子「秋月律子と言います。最初の方は私が色々教えますので、よろしくお願いします」

この事務所唯一のプロデューサーだった秋月律子。メガネにスーツという出で立ちでOLのような姿だが、これで学生もこなしているらしく、以前はアイドルでもあった。

学生の身でありながら竜宮小町というこの事務所で一番売れているグループを生み出した凄腕プロデューサーらしい。

まあ、その竜宮もこの事務所内で唯一売れているだけであって、他からみたら微妙ではあるのだが、学業との両立を考慮すれば十分優秀と言えるだろう。

因みに竜宮小町のメンバーは水瀬伊織、三浦あずさ、双海亜美の三人だ。

千早「・・・如月千早です。よろしくお願いします」

クールな表情で不愛想な挨拶。この事務所で一番歌がうまいとされる如月千早。しかしそれ以外にはあまり興味がないらしい。

春香「天海春香です! 一生懸命頑張ります!」

最後のアイドル、天海春香。リボンが特徴的な普通の女の子だ。

小鳥「事務員の音無小鳥です。事務作業は私に任せてください」

やや緑がかった珍しい髪色の音無小鳥さん。面接案内をしてもらった人だ。

社長「これで全員終わったね? これからはP君を加えたこの十五人で、新生765プロと行こうじゃないか。それではP君はまず秋月君についていってくれたまえ」

P「はい」

律子「プロデューサー殿。私の方が一応先輩にあたるのでわからないことがあれば何でも聞いてくださいね」

P「了解」

律子「それじゃあまずは事務所の案内とその後に各レッスン場に案内します」

P「ああ。よろしく頼む」

頭を下げ、秋月についていく。しっかりとした女性だな、という印象を受ける。さすが学生でプロデューサーを任せられただけはある。

律子「皆の自己紹介はどうでしたか?」

P「まあ大体はプロフィールやら社長の話やらで知っていたけど、やっぱどんな人なのかは実際見てみないとわかんないしな」

律子「ですよね。・・・まあ猫かぶってたのもいましたが。っと、まずはここ。社長室です」

事務所の最奥にある社長室。一応社長室という札はあるものの、端から見ればそこらの一室と変わらない。横の応接室もついでに説明された。

律子「こっちは更衣室です。女性用なので入らないでくださいね」

秋月の目が光る。

P「わかってるよ」

律子「で、ここがあなたが主にいる場所になると思います」

さきほど自己紹介をした場所だった。

端に寄せられていた大きなソファ二つと巨大な長テーブル。そして事務用の机と椅子が三組。

律子「これが私ので、こっちが小鳥さんの。で、これがあなたのです」

まだ新しく、何の物もおかれていない寂しい机を指でなぞってみる。

とりあえず筆記具は持ってこなきゃと考えていると

律子「プロデューサー殿、行きますよ」

と、ドアを半開きにさせていた

~~

キュッキュッ クルン タッタッタッ

軽快に踊る菊地。やや遅れ気味ながらもついていく四条。転ぶ天海。

高槻と双海・・・と萩原は別メニューのようだ。

ただ、萩原は俺が入ると同時に菊地の傍へと寄って行った。

真「ちょっと雪歩。ボク今踊ってる最中なんだけど・・・」

雪歩「で、でも・・・」

不平を顔に出す菊地の肩にしがみつく萩原。小動物みたいで可愛いが、本人にとっては大事なことなのだろう。

トレーナー「雪歩ちゃん。邪魔しちゃダメじゃないの」

トレーナーさんにも叱られ、渋々ながらも菊地から離れる。しかし、その様子には確実に警戒の色が現れている。

P「どうしたもんかな・・・」

律子「一応プロデューサー殿の担当ですからね」

P「・・・まずはまともにコミュニケーションとるとこからだな」

先が思いやられるな・・・。

やよい「プロデューサー。見に来てくれたんですか?」

P「ん? ああ。と言ってもとりあえず場所だけ把握しとこうって案内してもらってるからすぐ出ていくぞ」

真美「ええ→。そりゃねえぜ兄→ちゃん」

P「んなこと言われても・・・って兄ちゃん?」

聞き間違いだろうか?

真美「うん! さっき亜美と決めたんだ→。どうどう?」

P「どうって・・・まあ好きにすればいいと思うよ」

真美「うえ→。つれないな→」

律子「プロデューサー殿、そろそろ」

P「了解。じゃあ行ってくる」

やよい「また見に来てくださいね」

真美「絶対だよ!」

P「当たり前だろ。担当アイドルの様子はしつこいくらいに見に来る予定だから全員覚悟しとけよ」

雪歩「・・・うう」

声が聞こえたのか、萩原は情けない声をあげる。まあ積極的にかかわっていかないと慣れないからな。我慢してもらうしかないだろう。

律子「結構なじんでますね」

P「ん~、年少組だからじゃないか? やっぱ子供はあんま警戒心ていうか・・・ああ、人見知りしないんじゃないか?」

律子「なるほど」


~~

階段を一階まで下り、裏にあるボーカルレッスン場へと向かう。

古びた様子だが、防音設備はしっかりしているのか、中から声は聞こえない。

伊織「ちょっと亜美! いいかげんにしなさい!」

ドアを開けると同時に耳をつんざくような怒声が響く。

どうやら水瀬が双海を叱っているようだ。それを三浦や我那覇が宥めている。

律子「ちょっと、どうしたのよ」

あずさ「あ、律子さん。亜美ちゃんが・・・」

秋月の姿を見つけると、水瀬は双海から手を離し、ふくれっ面をする。

響「亜美がふざけてまともに練習しないんさー。それで伊織が怒っちゃって」

律子「・・・亜美」

冷たい秋月の声にたじろぐ双海だが、負けじと

亜美「だっておんなじ練習ばっかじゃつまんないYO→」

と反論する。いや、反論というかただの不平だが。

P「どんな練習してたんだ?」

亜美「あ、兄ちゃん!」

水瀬も一度ハッとしたが、今更態度を変えるわけにもいかないのか、そのままふて腐れている

あずさ「一応律子さんがくるまでは発声練習を」

そう言って三浦は紙を差し出した

P「あめんぼ赤いなあいうえお。うわ、懐かしい。何か小学校でやった気がする」

亜美「もう何十回もやってるんだよ? もう亜美飽きちゃった」

伊織「だから! 飽きるとか飽きないとか関係なしにやらなきゃいけないことでしょ!」

まだ怒り心頭の水瀬さん。猫かぶってたのはこいつか。

律子「もうまたそんなこと言って」

亜美「でも・・・」

P「まあ確かに何回もやるのはつまんないよな」

水瀬と秋月のぎょっとした顔、双海の嬉しそうな顔が一斉に振り向く。

P「今日だけじゃないんだろ?」

亜美「うんうん! もう何週間もやってる!」

伊織「ちょっと何よプロデューサー。あんたも亜美側につくっていうの?」

鋭い眼光が光る。猫をかぶっていた意味とはなんだったのか。

P「つっても練習だって楽しけりゃやる気は出るだろ?」

響「でもこの発声練習が一番いいって律子が」

P「だろうな。効率はいいかもしれんが本人のやる気が伴わなきゃ効果は薄いと思う。こういうやり取りしてる時間も無駄になるわけだしな」

律子「なるほど・・・」

納得したかのように殆どが頷くも、まだ一人だけは納得できないようでいた。

伊織「効率いいんならそれやるのがいいに決まってんでしょ。私たちはまだ全然売れてないんだから」

亜美「も→! いおりんはそればっか! 売れたい売れたいって。亜美はもっとのんびりいきたいの!」

伊織「なんですって!」

今にもつかみかかろうと勢いの水瀬を我那覇が止める。

伊織「響! 離しなさい!」

響「伊織落ち着いて!」

律子「伊織、おとなしくしなさい!」

伊織「もう!」

P「まあまあ。じゃあ一つ聞くけど、お前はどうなりたいんだ?」

伊織「・・・早くトップアイドルになりたいわ」

P「それはお前一人でできることなのか?」

伊織「・・・それは」

不意に押し黙る。今までの喧騒が嘘のように静まり返る。

P「・・・お前は、今グループに属しているんじゃないのか?」

伊織「・・・それでも! やっぱり最短で売れたいじゃないの! 亜美だって売れれば考えが変わるはずよ!」

P「それはお前の考えだよ。そんなストイックに売れることだけを考えるなんて普通の人間には無理だ。ましてや、あんな遊びたい盛りの年頃のやつにはな」

伊織「・・・」

P「モチベーションが下がれば効率は悪くなる。それくらいはわかるだろ?」

感情が高ぶってきたのか、目の端に涙が光る。

P「・・・まあでも練習はしてもらわないとこっちも困る訳だ」

ちらりと双海を見る。小さく唸り声をあげているようだ。彼女も悪いことをしているという自覚はあるようだ。しかし、まだ幼いゆえに自制が効かない。

P「そこでだ。劇をしよう」

律子「・・・劇、ですか?」

P「そう。毎日台本・・・とまではいかないが、何かの漫画だったり、本だったりを持ってきて、そのキャラになりきる」

P「そうすりゃ劇やドラマの仕事が来た時にも対応できるだろ? アイドルだって歌や踊りだけじゃないんだから」

亜美「それだったら面白そうじゃん! やろやろ→!」

あずさ「確かに本を変えたりすれば飽きもしにくいと思います」

伊織「・・・わかったわ。みんながそれでいいんなら」

亜美「やった→!」

律子「一件落着ってとこですか・・・」

P「それで、話は変わるがあの二人は何なんだ?」

視界を横にずらすとウォークマンを聞く如月と、備え付きのソファで寝る星井の存在。この騒ぎにも動じず、それぞれ思い思いのことをしている。

響「まああの二人は・・・」

秋月のこめかみがピクリと動く。

律子「あの子はほんとに・・・」

そのままカツカツと歩いていき、

律子「あんた何寝てんのよ!」

と一喝。しおれていたアホ毛がピンと立ち、星井の体が跳ね起きる。

美希「わっ! びっくりしたの。あ、おはようなの。律子」

律子「さんをつけなさいって言ってるでしょうが!」

美希「痛いの!」

秋月による鉄槌に星井も頭を抑える。

星井は秋月が何とかしてくれるだろう。如月を何とかしなくちゃな。

如月の前に立つと彼女は顔をあげ、ヘッドフォンをとる。

千早「・・・何でしょうか?」

P「何聞いてるんだ?」

千早「・・・え?」

少々面食らったような表情。何かおかしいことを聞いただろうか?

P「・・・どうした?」

千早「いえ。ALI PROJECTの月蝕グランギニョルという曲を」

P「・・・!?」

どういう経緯で知ったのか・・・。まさか深夜アニメから・・・?

千早「知っているんですか?」

P「あ、ああ。まあな。どこで知ったんだ?」

千早「前、何かの店に入った時に流れていた曲がこの歌手の曲だったので、店員に聞いてからです」

なるほど。

P「意外だな。けっこう好み割れるとこなんだが」

千早「何て言うんでしょうか。こう・・・独特な世界観? というのを表現しているなと思いまして。私も歌で色々な世界を現したいので、あまり聞いたことのない曲調のものを結構聞くようにしてるんです」

P「は~。色々考えてるんだな。まあアリプロはアイドルとはかけ離れてるけどな・・・」

千早「・・・それでも。私の最終目標は世界に名を轟かす歌手ですから」

・・・聞いていた通り、歌に関しては真剣に取り組んでいる様子。やはり歌が好きなのか、無表情だった顔も心なしかほころんでいる。

P「それで、あの騒ぎに入らなかったのは何でだ?」

千早「・・・それが聞きたいなら最初からいってくれればいいですのに」

みるみるうちに表情が曇っていく。最初に面食らってたのはこういうわけか。

千早「まああの面子なら何とかしてくれるかなと思いまして。歌も解析したかったですし、律子がくることもしってましたから。さすがに発声練習は中断しましたけど」

P「ん~。でもみんなと関わった方が楽しいアイドル活動がおくれるんじゃないか?」

千早「仲いい人くらいいます」

ムッとした声をあげる。

P「そういうんじゃなくて、事務所一丸となって、みたいな。そういう事務所を目指してるって聞いたぞ?」

千早「・・・私には関係ありませんよ」

P「関係なくはないと思うが・・・」

千早「そろそろ向こうも片がつきそうなんで言ってもいいですか?」

秋月の怒声は既に止んでおり、渋々と星井が立ちあがるところが見える。

P「・・・まあいいよ。でもな、人との関わり合いは思った以上に歌に大切だぞ」

千早「・・・失礼します」

そう言って如月は立ちあがった。

・・・人との関わり合いでしか本物の感情は生まれない。

歌を表現するにあたって、感情というものは大きなウエイトを占めてくる。

如月が本気で歌を表現したいんなら、やっぱり人とがっつり付き合ってかなきゃ・・・だめだよな。

~~

小鳥「それじゃあ、簡単な事務作業だけ教えていきますね」

事務所に戻り、音無さんにデスクワークを教えてもらう。

小鳥「と言っても、まだデビューすらしてる子が少ないんで、することは少ないんですが」

P「みんながデビューして、売れっ子になっていったら増えるということですか」

小鳥「そうです。まあデビューしてからのことも先に教えておきます。そのときになってあたふたしてたらいけませんもんね」

P「そうしてもらえると助かります」

~~

P「ふ~。結構疲れますね」

小鳥「仕事ですからね。ちょっと休憩しましょうか。それにそろそろ・・・」

亜美「たっだいま→!」

律子「こら亜美! もっと静かに開けなさいっていつも言ってるでしょ!」

伊織「小鳥。オレンジジュースある?」

小鳥「はいはい。ちょっと待ってね」

あずさ「あら? まだダンス組は返ってきてないみたいね」

響「本当だぞ。先にソファとっておこっと」

亜美「あ、亜美も亜美も・・・って、ミキミキ→! 占領しないでYO→」

美希「あふぅ・・・眠いから仕方ないの。美希は今から寝るの」

亜美「あ、兄ちゃん! 座らして!」

あずさ「あらあら~」

P「だめだ。乗ってくんな」

亜美「えー、つまんない! 何やってんの?」

P「・・・はあ。エクセルだよ。色々とまとめなきゃいけないことがあるんだよ」

亜美「むむむ。何やら難しそうなことをやっておりますな→」

小鳥「伊織ちゃん、はいオレンジジュース」

伊織「ありがと」

真美「うおりゃ→! 真美様のお帰りだぜい!」

亜美「あ、真美! おかえり!」

真美「ただいま! って兄ちゃんと何やってんの?」

亜美「いいでしょ!」

真美「真美も!」

律子「プロデューサー殿の邪魔しない!」

真美「いたっ!」

亜美「りっちゃん痛いYO→!」

律子「ほら。次のレッスン始まるわよ。水分補給したの?」

真美「あ、まだだった」

亜美「いこ→いこ→!」

P「助かった」

律子「プロデューサー殿もしっかりしてください」

P「・・・面目ない」

真美「りっちゃん置いてくYO→」

律子「はいはい。じゃあ行ってきますね」

P「いってらっしゃい」

小鳥「いってらっしゃい」

秋月は苦労してるんだなあ・・・。

小鳥「それじゃ、続きやっちゃいますか」

P「お願いします」

~~

P「お疲れ様でした」

小鳥「はい。もしわからないところがあれば聞いていただいて構いませんので」

P「はい。今日はありがとうございました」

時計の針は午後五時を指している。

とりあえず今日は定時にあがれたけどこれからはそうもいかないんだろうな・・・。

ガチャリとドアを開けると、ボーカルレッスンを終えた天海たちが戻ってきた。

春香「あれ、プロデューサーさんどこに行くんですか?」

P「お疲れ。帰宅だけど?」

貴音「おや? 今日はプロデューサーの歓迎会を開くと聞いていましたが・・・」

P「聞いてないんだが・・・」

不意に後ろのドアが開く。

小鳥「あ、すいませんプロデューサーさん。今日は歓迎会があるってこと伝え忘れてました」

P「ええ。ちょうど今話してたところです」

真美「ピヨちゃん。しっかり伝えなきゃ! 兄ちゃん帰っちゃうとこだったYO→」

小鳥「うう・・・ごめんなさい」

P「さあみんな。疲れてるだろうし、とりあえず中入って着替えてきなよ」

「「「はーい」」」

チラリと菊地の方を見ると、やはり後ろには萩原の影。どうするか対策考えとかなきゃな・・・。

~~

高木「それでは、P君の入社と我らが765プロの未来に乾杯!」

社長の号令を合図に皆思い思いのことをし始める。

会話をするもの。お酌をするもの。ただひたすらに目の前の物を食すもの。

・・・おい、四条はあんなスピードで食べて大丈夫なのか?

律子「プロデューサー殿もどうぞ」

P「ん。ありがたくもらうよ」

元アイドルによる贅沢な尺を受け、それを一気に飲み干す。

今日は765プロ下のたるき亭を貸し切り、俺の歓迎会という名目で騒ぎまくっている。

主人がせっせと食事を作っては、従業員の小川さんがせっせと四条の元へと運ぶ。

社長のおごりという話だが・・・大丈夫なのか?

小鳥「プロデューシャーしゃ~ん! こっちでいっしょにのみましょ~よ~!」

P「・・・何でもうできあがってんですか」

立ちあがり、音無さんと三浦の飲んでいる席へと移る。

あずさ「どうぞいっぱい」

P「・・・ありがとう」

二十歳を超えている二人は既に顔は仄かに赤い。

まだ開始早々のはずなんだけどなぁ・・・。

小鳥「今日は飲み明かしちゃいましょ~!」

あずさ「おー!」

小鳥「ほらほらプロデューサーしゃんも!」

P「お、おー・・・」

小鳥「ノリ悪い男はだめですよ~」

あずさ「そうですよ~。せっかくの無礼講なんですから~。ほら、もう一杯どうぞ」

P「は、はい」

グラスを空にし、注いでもらう。

社長「ちょっと私も混ぜてくれんかね」

小鳥「あ、社長! どうぞどうぞ」

あずさ「はいどうぞ~」

社長「おお、これは悪いね」

さっきからお酌をしている三浦だったが、それは片時もお酒を離していないからであり、合間合間にかなりの量を飲んでいる。

音無さんももう既に呂律がまわってないほど飲んでいる。

律子「亜美! 真美! 何やってんの!」

ドタドタと店内を駆け回る双海姉妹に秋月の怒号が飛ぶ。

亜美「ひえ~、律っちゃん軍曹がくるよ~」

真美「戦力的に戦闘は回避すべきと判断! 亜美隊員、離脱しますぞ」

亜美「ラジャ→!」

律子「こら! 待ちなさい!」

双子は一目散に逃げ出し、それを秋月が追う。

一応食器の近くは避けているのが救いか。

二手にわかれたところで捕まえるのを諦めた秋月は、方向をかえ、こちらに向かってきた。

律子「すいませんプロデューサー殿」

P「いいよ、気にしてない」

律子「そういていただけるならありがたいんですが・・・。あ、今のうちに担当のアイドルと仲良くなっておくといいですよ」

P「・・・そうだな。酔い潰されないうちにそうしとくか」

立ちあがり、あたりを見回す。

食事の塊で、大体仲のいいやつが分かる。

天海、如月。

菊地、萩原、星井。

高槻、水瀬。

我那覇、四条。

双海たちは食事関係なく遊びまわってるな。それを秋月が止めに行く、と。

成人組三人は固まって飲みまくってるし、まあ放置でいいだろう。

さてどこに行くか。とりあえず・・・

P「少し話さないか?」

春香「あ、プロデューサーさん! いいですよ、どうぞこちらに」

そう言って、座布団を差し出してくれた。

P「ありがとう」

如月からは警戒の色が窺える。口論とまではいかないも、最初の印象はよくなさそうだったからな。

春香「何を話せばいいですか?」

P「・・・そうだな。普段どんなこと話してる?」

春香「・・・へ?」

間の抜けた声を出す天海。ポカンとした表情を慌てて取り繕うが、朱に染まった顔まではどうしようもない。

P「変な質問だったか?」

春香「あ、いえ。プロデュースに関する質問だと思ってましたから、少し予想外で」

P「それを決めるにはお前らがどんな人物か知らなきゃいけないからな。だから一応プロデュースに関する質問の一つだな」

春香「なるほど。わかりました。えっと基本は歌のお話だったりとか、今練習している内容だったりとか、だよね、千早ちゃん?」

千早「・・・はい、そうです」

P「なるほど。確かTHE IDOLM@STERって曲を練習してるんだっけ?」

春香「はいそうです。765プロ全員の曲だ! って社長が皆に練習させてるんです」

P「うまくやれてる?」

春香「私はちょっと・・・あ、でも千早ちゃんは歌はすっごくうまいんですよ!」

P「へ~。こういわれてるけど?」

千早「・・・ええ。私も自分の歌には自信があります」

P「自他ともに認めるって奴だな。楽しみにさせてもらうよ」

千早「はい。あなたも認めさせてみせます」

P「それはどうかな? 俺は辛口だぞ」

春香「うえ~。私は甘口にしてくださいよ」

P「みんな平等にするのがプロデューサーってもんだろ。無理だ。そろそろ他の子のところに移るとするよ。明日からは見に行く予定だから気合入れとけよ」

春香「もちろんです!」

千早「・・・はい」

さてと次は・・・

P「ちょっと隣に座ってもいいか?」

伊織「あら。春香たちのところに居たんじゃないの?」

P「この際だから全員と親睦深めとこうと思ってな」

やよい「そうなんですか! あ、どうぞ座ってください!」

P「おお、ありがとう」

伊織「それで、この伊織ちゃんに話しかけるなんていい度胸ね」

P「ああ、特にお前には聞きたいことがあってな」

伊織「へえ、何よ?」

P「お前が自己紹介のとき猫かぶってたのは、いって!」

伊織「べ、別にいいでしょ!」

やよい「ちょっと伊織ちゃん! 叩いちゃだめでしょ!」

伊織「こ、こいつが悪いのよ!」

P「俺は単純な疑問をだな」

伊織「うるさいうるさいうるさい!」

やよい「あう・・・」

P「いつもこんな感じなのか?」

やよい「いつもはいい子ですよ!」

P「いつもは・・・ねえ?」

伊織「そ、そうよ! あんたが変なこと言わなきゃ」

P「今日ボーカルレッスンスタジオで・・・」

伊織「もうあの話はすんだでしょ! それにあれは私悪くないわよ!」

やよい「?」

P「ん~、まあみんな仲良くな」

やよい「はい! みんな仲良いいですよ!」

P「元気でかわいらしいな」

伊織「あんた、やよいに手出したら生き地獄を味あわせてあげるから」

P「普通に褒めただけなんだけどな・・・」

伊織「どうだか」

P「じゃあそろそろ次行くわ。また明日な」

やよい「はい! また明日!」

伊織「また明日もこの伊織ちゃんに会えるなんて感謝しなさいよね!」

・・・水瀬はすっげえ自信に溢れてんな。対して・・・

P「話に混ぜてもらっていいかな?」

雪歩「ひ、ひぃ!」

真「あ、雪歩はまた・・・」

美希「何しに来たの?」

P「仲良くなっとこうと思ってな」

美希「仲良くなるどころか溝を深くしてるだけだと思うの」

P「・・・とりあえず普通に話せるようにならなきゃな」

まだまだ先は長そうだ。対策を考えねば・・・

真「そうだよ雪歩。逃げてばっかじゃなにも変わんないよ?」

雪歩「わ、私みたいなひんそーでちんちくりんなのには無理ですぅ・・・」

こいつは自信が目に見えてないな・・・。まずはそこの意識改善からか。

美希「むぅ。雪歩が怖がっちゃって楽しくおしゃべりできないからどっかいって欲しいって思うな」

P「今回は諦めるよ。邪魔して悪かったな」

真「ちょ、ちょっと美希。その言い方は酷くない?」

・・・確かに心に響く言葉だったことは確かだが、あのくらいの年齢の子なら仕方ないだろう。

そう思うとまだ耐えられる。

響「あ、プロデューサー!」

P「ん? おお。、どうした?」

響「みんなのとこまわってるんでしょ? だから次はここかなって?」

P「そうか。座ってもいいか?」

貴音「ええ。話すために響はプロデューサーを呼んだのですから」

P「信頼関係築かないとプロデュースは厳しいからな」

響「あ、何か食べるか?」

P「いや、いい。ありがとう」

・・・我那覇はいい子だな

P「なあ少し聞きたいことがあるんだが、プロフィールどうなってんだ? お前の色々書いて無さ過ぎなんだが・・・」

貴音「ふふ、それはとっぷしーくれっと、でございます」

P「・・・?」

響「・・・相変わらず貴音はよくわからないさー」

~~

四条のプロフィールは最後まで謎のまま歓迎会は終わり、帰宅した。

明日からの流れを脳内で考える。

朝八時に出社して事務やって・・・いや、七時に家を出よう。

そうすれば半には着いて事務ができるはず。大したことないからすぐ終わらせて担当の子の様子を見とくのがいいか。

とりあえず一週間はそんな流れで行くか。

就寝前に考えがまとまり、そのまま眠りについた。

勿論目覚ましのセットは忘れない。

ここから視点変化ありです

lesson1 ~大きな一歩~

丸々一週間をアイドルの観察に費やし、大体の個々の性格、能力については把握できた。

それと765プロの現状も理解できた。

三階建ての建物で一階がたるき亭という定食屋、二階が事務所、三階がダンスレッスンの場となっている。屋上も基本的に開放している。

裏にはボーカルレッスン場があり、古びた外装ながら、防音設備は完備。

スタッフはプロデューサー含め四人。

常勤は俺、秋月、音無さんの三人で週に三回午前中にきてくれるダンストレーナーさんだけでボーカルレッスンは基本的に秋月が見ていた。

トレーナーさんがいないときは菊地、我那覇を中心に自主練習。

と、こんな感じである。

P「おはようございます」

小鳥「おはようございます」

P「少し聞きたいことがあるんですが」

小鳥「はい、何でしょうか?」

P「応接室の使用予定状況を教えてもらえますか?」

--

雪歩「おはようござ、ひいっ!」

まただ。男の人が目に入るとどうしても逃げてしまう。

今日こそは普通に挨拶しようと思ってたのに。

真「ちょっと雪歩。挨拶くらいしっかりしなきゃ」

雪歩「うう・・・でも」

真「もう一週間だよ?」

・・・何も言えない。一週間何度もチャレンジしてみた。

でも一回も近づくことすら叶わなかった。

やっぱり私はダメダメ・・・こんなんじゃアイドルなんかに

P「おいお前ら」

雪歩「ひゃっ!」

真「あ、また雪歩は・・・。すいませんプロデューサー」

また真ちゃんの影に隠れた。もうこんな自分が嫌だ。

嫌で嫌で仕方がない・・・

P「少し話があるんだが・・・」

プロデューサーが何か言ってる。でも私は自分の情けなさのせいか目が熱くなってくる。

ダメ、また迷惑かけちゃう。

P「だから少し時間を・・・え、もしかして泣かせちゃった?」

気づかれた。慌てて涙を拭うももう遅い。

心配そうに二人がこっちを見てくる。

P「・・・泣くほどならプロデューサー代わってもらうか?」

・・・律子さんなら女の人だし・・・いや、ここで逃げちゃ私は何も変わらない。

何のために事務所に入ったのかわかんなくなっちゃう。

前には真ちゃんがいる。

大丈夫、頑張れ私!

雪歩「・・・プ、プロデューサーは律子さんじゃ、だめです。あなたじゃないと。じゃないと私、何も変われない。男性恐怖症な、ダメダメな私を変えたくて、ここに入ったんですから」

もう一度目を拭ってしっかりとプロデューサーの顔を見る。目を合わせたのはこれが初めて。やっぱりちょっと怖い。

でも、真ちゃんが私に勇気をくれるから、私は頑張れる。

真「雪歩・・・」

P「そうか・・・」

プロデューサーは私の視線をしっかりと受け止めてくれたあと、安堵の溜息を吐いた。

P「お前にその気があることがわかってよかったよ。正直、プロデューサー交代して欲しいなんて言うんならお前がアイドルで大成するのは無理だと思ってたからな」

P「でも今思った。お前ならやれる。お前は大事なとこしっかりわかってる」

ドクンと心臓が跳ねる。今までの怖いって感情からじゃない。何かもっといい感情から。

P「お前が本当に男性恐怖症を治したいなら、少し荒療治だがいい方法がある。・・・やってみるか?」

答えは決まっている。勿論・・・

雪歩「はい! お願いします!」

--

雪歩「や、やっぱり無理ですぅ~」

雪歩が悲鳴に近い叫びをあげる。

真「それはいきなりすぎるんじゃないでしょうか? さすがに男の人と二人っきりは・・・」

俺の提案、それは一週間俺がマンツーマンで萩原を見ることだった。

P「でもさっきするって言ったしな~」

雪歩「だ、だってこんなんだとは思わなかったんですぅ~」

P「さっさと俺になれてくれないと碌なレッスンできないだろ? 今のさっきで普通に話せるようになったんだからいけるって」

雪歩「そ、それは・・・」

流し目で菊地を見ている。なるほど。

P「そいつがいるならいけるってことか?」

雪歩「・・・はい」

P「・・・わかった。お前ら二人一週間話すの禁止な」

雪歩「え?」

真「なっ・・・」

雪歩「何でそんなことになるんですか!?」

真「そうですよ!」

P「依存してるからな、お前が。二人じゃないと仕事できないじゃ話にならない。たとえ竜宮みたいにユニット組んでもいつかはピンの仕事はくるし、四六時中一緒にいるわけにもいかないだろ?」

真「でも話すの禁止ってのは意味わかんないですよ!」

P「だから依存度を下げるためだって。お前がいなくても俺とレッスンできなきゃ意味ないってこと。毎回毎回お前のとこ逃げるからな」

真「それでも!」

雪歩「・・・真ちゃん、いいよ」

真「え?」

雪歩「私、やっぱりプロデューサーと二人のレッスン受ける」

真「そんな、いきなりは無茶だよ!」

雪歩「それでも・・・私は変わるって決めたから。今日はいつもと違う、今日を逃したら私は一生変われないかもしれない」

真「雪歩・・・」

雪歩「真ちゃんがいたから、さっきもプロデューサー交代も断れたし、今プロデューサーと話していることだってそう。全部真ちゃんのおかげ。でも、私は自分で歩きたい。真ちゃんにいつまでもおんぶに抱っこじゃかっこつかないもん」

そう言って萩原は微笑む。

真「雪歩がそういうならボクは何も言わない。・・・頑張んなよ」

負けじと菊地も笑顔を浮かべる。

雪歩「プロデューサー」

P「・・・覚悟は決まったか?」

雪歩「はい。一週間、お願いします!」

P「こちらこそよろしく」

~~

P「これからレッスンは全て応接室で行う。隣には音無さんがいるから安心しろ。曲はTHE IDOLM@STER。他に何か質問は?」

雪歩「あ、ありましぇん! ・・・うぅ」

P「ん~、初日だからまだ堅いな。まあいいや。それじゃあレッスン始めるぞ」

雪歩「は、はい」

堅すぎる。体の動きもぎこちないし、挙動不審。これじゃあ質の高いレッスンは受けさせられないな。だったら・・・

P「と思ったけどその前に少し動こうか」

雪歩「・・・?」

P「ああ。反復横跳びって知ってるだろ? あれを3分計ってやってみよう」

雪歩「さ、3分ですか? いつもは30秒ですよ?」

P「そうだな。まあ今回は非公式だから。それじゃ負けた方は罰ゲームな」

雪歩「!? ちょっと待ってください!」

P「ん? やっぱ無理か? じゃあ俺はラスト1分だけでいいや」

雪歩「あ、それならなんとか・・・」

P「じゃあ行くぞ~。よーいどん」

雪歩「え、わ、わ」

たどたどしい様子で萩原は足を動かす。

さてと、2分後に備えて上着を脱いでおくか。

--

雪歩「ぜー、はー」

私の息遣いとは対照的にプロデューサーは涼しげな表情をしている。

最後の1分で私の記録を抜くほどのスピードを出していたのに・・・。

もっとペース配分考えとけばよかったのかなあ?

うう、罰ゲームってなんだろう。怖いのだったら・・・

P「それじゃ俺の勝ちだから罰ゲームの発表な。お茶飲んだらすぐにダンスレッスンすること」

雪歩「はーはー、こ、この状態でですか!?」

P「そうだ。早くお茶飲んで来い」

雪歩「は、はい」

うう・・・普通のバツゲームだったけどこの状態でダンスレッスンは私には無理ですよ~。

あ、早くお茶飲まないと・・・でもちょっとくらい休憩・・・

P「まだか?」

雪歩「あ、すぐ行きます!」

まだ息は整ってないけどとりあえずやれるだけ・・・

~~

P「・・・まあこんなもんか」

雪歩「ゼー、ゼー」

やっぱり全然動けませんでした・・・

いつもダメダメだけど、それ以上に・・・

雪歩「はー、はー。あんな状態からじゃ、誰だって無理ですぅ」

P「菊地でもか?」

雪歩「・・・真ちゃんは、特別、じゃないですか」

そう、真ちゃんは運動神経いいから、たぶん余裕で踊れちゃう・・・私とは全然違う

P「まあ確かに踊れそうだな。じゃあ他はどうだ?」

雪歩「他・・・」

他の人はどうだろう。

響ちゃんや四条さんは踊れる・・・かな?

美希ちゃんは踊れるけどやらなさそう・・・。

千早ちゃんもやらないだろうな。

じゃあ春香ちゃんは? 足はそこまで強そうじゃないし。

亜美ちゃんや真美ちゃんたちもまだそこまでの体力は無いはず。

伊織ちゃんはやれちゃいそうだな・・・まだ中学生なのに・・・。

あずささんは・・・」

P「三浦は?」

雪歩「!? こ、声に出てましたか?」

P「天海の話辺りからな。初めは何の応答もないから無視されたと思ったよ」

雪歩「あ、ご、ごめんなさい」

P「いいからいいから。それで、三浦はどうなんだ?」

雪歩「え、えと。できると思います」

P「ほう。じゃあその根拠は?」

雪歩「え、根拠ですか? ・・・そうですね。大人ですし、竜宮小町は売れてますから」

P「・・・あのな、言っとくけど竜宮もお前らもレベル的には全然変わんないからな」

雪歩「え? そ、そんなわけないじゃないですか。他の子はともかく私は・・・」

P「いや、お前も一緒だよ。そもそもろくにトレーナーついてない状態であれだけ踊れてるならマシな方だ」

雪歩「ダンストレーナーさんはいますけど・・・」

P「といってもダンストレーナー一人だろ? それも週三日で半日だけだし、発声に関しては秋月だけじゃないか」

雪歩「それは・・・そうですけど」

P「まあこれからは俺が見ていくからマシになるとは思うが。・・・そろそろ体力は回復したか?」

雪歩「え、あ、はい。あ、でも少しお茶を」

P「いいぞ、飲んで来い。それが終わったら指導してやる」

雪歩「はい、お願いします」

~~

P「だいぶ改善されたな」

自分でもわかる。確実に動きがよくなってる。今までより体の動かし方が、目線が、ステップのしかたがわかる。

昼食やちょっとした休憩を含んで八時間のダンスレッスン。

かつて感じたことのない疲労感が私を包んでいる・・・でもそれが心地いい。

もっと踊りたい! って思っちゃうけど、もう体が悲鳴あげてる・・・。

P「・・・だいぶ疲れてるな。やりすぎたか?」

雪歩「いえ・・・大丈夫です。すっごく楽しかったです!」ニコリ

P「・・・いい笑顔じゃないか」

雪歩「あ///」

うう、恥ずかしい・・・。

P「恥ずかしがらなくていいぞ。しかし・・・今日だけでだいぶ話せるようになったな」

雪歩「え、あれ・・・ほんとだ」

P「もう話すだけならできそうか?」

雪歩「はい。・・・たぶんですけど。でも何ででしょうか? 私今までは・・・」

P「ん~、そうだな。お前の強い意志がそうさせたんじゃないか?」

雪歩「私の・・・」

強い意志? 私にそんなものが本当にあるの?

P「会って数日の男と同じ空間で二人きり。男性恐怖症の人間には不可能と言っていいことをやってのけた。この間だってそうだ。菊地に頼らずこのレッスンを受けることを決めた」

ドクン。心臓が跳ねる。

P「この事務所に入ったことだって生半可な意思でできることじゃない。女のアイドルは男に見られてなんぼの世界だからな」

雪歩「強い・・・意志・・・」

P「そうだ、お前には強い意志がある。誇っていいぞ。それはお前の武器だ」

雪歩「私だけ・・・それは」

P「ん?」

雪歩「それがあれば私もアイドルになれますか?」

P「・・・ああ。竜宮小町にだって負けないアイドルになれるよ」

しっかりと私を見ていた。

こんな真っ直ぐな目は家族やお弟子さんたちを除けば初めてだった。

そのお弟子さんたちも私をお父さんの娘としか見ていない。

お父さんやお母さんのとも違う、私を私と見てくれる。

それだけで、私は認められた気がした。

P「じゃあ今日はもう上がるか」

雪歩「あ、はい」

プロデューサーが立ちあがる。

私を気遣ってドアから十分離れて。

この人なら、信じられそう。

雪歩「明日も、よろしくお願いします!」

P「! ああ、こちらこそ。また明日」

今日、私は大きな一歩を踏み出せた、そんな気がした。

--

小鳥「それじゃあ私、雪歩ちゃん送ってきますね」

P「すいません。お願いします」

小鳥「いえいえ」

既に車で待機させている萩原を送りに音無さんは出ていった。

他のアイドルは秋月に送ってもらうか自分で既に帰路についているはず。

今日は俺が男だと意識するほど余裕を与えないために、きつい運動の後、間髪入れずにダンスレッスンさせてみたが。

P「初日からハードだったか?」

デスクワークをしながらふとそんなことを考える。

P「それでも・・・今日で自信は相当ついたはず」

最後に満面の笑みを見せるほどには充実した日だったはずだ。

P「それでもまだ足りない」

萩原にはもっと自信をつけてもらわなければ。

~~

765プロに入社して二週間がたった。

先週のレッスンは萩原に重点を置くことを意識した。

だから外のやつらは本当に見ているだけ。

トレーナーさんもいない日もあったが、だ。

週に三回、そして十二人に対し一人の状況でやはり目覚ましい上達は見られない。

それを自分の実力と考え、気落ちしている者もいるかもしれない。

それを払拭するのも今回の狙いの一つだ。

萩原に自信もついた、俺への恐怖心も取り去った。

今日から合同レッスンに戻るが・・・さて、萩原はどうなるか。

--

真「あ、雪歩!」

雪歩「真ちゃん、久しぶり!」

真「・・・何か、変わった?」

雪歩「え・・・そうかなあ? 私はそんなにわかんないけど」

美希「美希も変わったって思うな」

雪歩「あ、美希ちゃん。どんなところが?」

美希「何かね・・・おどおどってした感じがなくなってるの」

真「ああ、何かわかるかも」

雪歩「私ってそんなにおどおどしてた?」

美希「ミキ的にはあんまり気にならなかったけど、今の方がキラキラしてるって感じ?」

ガチャン

真美「うおっ、ゆきぴょんおひさ→!」

春香「ほんとだ、雪歩だ!」

雪歩「わっ、みんな!」

真美「も→。超みんなさびしがってたYO」

雪歩「本当に?」

貴音「真でございます。やはり仲間が欠けるのは悲しいものです」

響「今日から合流するんだったよね?」

雪歩「うん」

ガチャン

P「お、みんな集まってんな」

真美「あ、兄ちゃん! 一週間も真美たちのことほったらかしにしといて!」

P「一応見に行ったじゃないか」

真「本当に見てただけですけどね」

響「もっと技術的なこと教えてほしいさー」

P「それは今日からな。これからはお前らのこと全部俺が見るから」

春香「え? こっから分かれて律子さんとプロデューサーさんで分担するんじゃないんですか?」

P「んー、いや。竜宮の方に専念してもらうことにした。トレーナーさんもあっちに着く。うちの稼ぎ頭は竜宮だからな」

美希「ええっ!? そりゃないの!」

P「お前はいつもろくに言うこと聞かずに寝てるって聞いたが?」

美希「それでもそこの人よりはましだって思うな」

やよい「美希さん、あんまりそういうこと言うのは・・・」

P「そこの人って・・・まあ仕方ないな。俺はお前らに対し大したこともしてないし」

美希「だから美希、やる気でないしお昼寝してくるの・・・あふぅ」

P「結局お前は寝たいだけだろ」

千早「私も反対です」

春香「千早ちゃん!?」

千早「私はあなたより律子がいいです。彼女には音楽知識があります。彼女は私にない知識を与えてくれます。あなたには・・・できないでしょう?」

雪歩「・・・できるよ」

自然と、声がでていた。

千早「え?」

千早ちゃんが驚いてる。

そりゃそうだよ、私はこんな場でめったに口を開いたことなんてなかったから。

でも、プロデューサーを知りもしないうちから悪く言われるのは、なぜか嫌だった、こうやって苦手なことをするぐらいには。

雪歩「私はこの一週間、プロデューサーに教えてもらって歌もダンスもすごくうまくなったよ。・・・まだまだ私はダメダメだけど、でも」

雪歩「プロデューサーのおかげで、私は変われたと思う」

千早ちゃんの開いた口が塞がる。

一時の沈黙。それを破ったのは私でも、千早ちゃんでもなく、プロデューサー。

P「だ、そうだ。でも証拠もなしに信じられるわけないよな? 論より証拠、お前らにとっちゃ俺はただの〝そこの人〟だからな」

プロデューサーの目線が美希ちゃんを捕える。

居心地悪そうに美希ちゃんは目をそらした。

P「というわけで、こいつに証明してもらおう」

プロデューサーが今度は私を見る。

私を見てこいつ、ってことは・・・

雪歩「わ、私が証明って・・・?」

何をするの?

P「何、簡単だ。みんなの前で歌って踊る。ただそれだけ」

雪歩「ええっ!? そんないきなり・・・」

P「お前らだってこいつの変わった姿を見たいだろ?」

何人かが頷く。

P「あ、CDプレイヤー忘れた。少しとってくるから準備体操やっとけ」

バタン

私が皆を納得させる・・・。

一週間前に見た他の子の歌は、ダンスは今の私より全然うまかったと思う。

正直美希ちゃんや真ちゃん、その他の子にも勝てる気はしない。

でも、今回は私が変わった姿を見せればいい。

私が如何に上達したかを魅せればいい。

この一週間でわかった。プロデューサーは無理なことは言わない。

この件を私に任せたってことは私ならできる、そうプロデューサーは思ってる。

だったら私はその期待に応えたい!

真「雪歩、大丈夫。いきなり一人が無理そうならボクも・・・」

雪歩「ありがとう・・・でも大丈夫だよ、真ちゃん。これは私がやらなくちゃいけないことだから」

ガチャリ

P「持ってきたが・・・いけるか?」

一応プロデューサーは聞いてくる。だけどその目には寸分の疑いもない。

勿論私の答えは・・・

雪歩「はい!」

P「・・・そうか」

プロデューサーはニヤリと笑みを浮かべた。

--

CDプレイヤーをコンセントにはめ、CDをセットする。勿論曲はTHE IDOLM@STER。

先週だけで何十回と聞いた曲だが、今日は恐らく昨日までのとは違うものになるだろう。

仲間だけではあるものの、観客という存在により、ある程度の緊張感を持っているはず。

俺の実力を周りに教えるのは正直どうでもいい。この状況でどれだけ歌い、踊れるかが知りたかった。

この流れにならずとも、どうにかして前で踊らせるつもりだったが、勿怪の幸い。予想以上の信頼関係を築けているようだ。

この一週間の集大成を見せてもらおう。

--

今、私はステージに立っている。

場所は普段のダンスレッスン場、観客とも同じ段にいる。

けれども皆の視線は全て私に注がれている。

プロデューサーの目もレッスンの時とは違う、品定めをするような真剣な目つき。

ほどよい緊張・・・今は知らない人の前に立ったわけじゃないから気が引き締まる程度の心地よい緊張感。

これが知らない人、さらには男の人だったらと考えると・・・。

だからこそ、今は大丈夫だって思える。

・・・まあいずれはそんな状況でも堂々たる立ち居振る舞いを見せなければならないんだろうけど。

P「準備はいいか?」

プロデューサーの準備が整ったみたい。

声は出さずに首を縦に振る。

それを受けたプロデューサーの手がラジカセに伸びる。

そして・・・曲が始まる。

皆とのレッスンで。プロデューサーとのレッスンで。昨日や一昨日は家でも聞いた曲。

曲を聞いた瞬間から体が動く。殆ど無意識で。

皆の目が見開かれ、軽いどよめきが起こった気がした。

プロデューサーに言われたことが浮かんでは消え、また浮かんでは消える。

どんな小さなことでも指摘し、修正個所を教えてくれた。

未だ完璧にはならない。一回言われたことを何回も間違えることもあった。

でもそのミスは段々と減っていく。そのミスを潰していくことが自分の上達を感じられて好きだった。

一昨日より昨日。昨日より今日。今日は明日のために!

--

圧巻という他なかった。

昨日までの最高を軽く飛び越え、観客を魅了する。

他のアイドルはおろか、俺でさえも軽く見入ってしまったほどだ。

歌もダンスも、さらには観客に〝見せている〟パフォーマンスも。

視線、表情、もちろん笑顔も絶やさず、おおよそデビューもしていない少女ができる範疇を超えている。

確かに俺はそれを教えていた。

だが昨日までは全くできていなかったことなのだ。

今日初めて衆目に晒されるということで理解したのだろうが、それをぶっつけ本番で成功させる人間がどれだけいるだろうか。

真「す、すごいよ雪歩! いつの間にそんなにうまく・・・ってここ一週間だよね。でもすごい!」

雪歩「えへへ。ありがとう、真ちゃん」

真美「ゆきぴょんやべ→!」

やよい「うっうー! 雪歩さんのダンスすごかったです!」

春香「歌もだよ! 今度教えて!」

貴音「真、素晴らしい演技でした」

響「うー。自分も雪歩に負けてられないぞ!」

周りからは称賛の嵐。恥ずかしそうに、でも嬉しそうな萩原の顔がここからも窺える。

反対に何も声をかけない者もいる。

如月、星井。

如月の顔からは何も読み取れないが、星井はまさかというような表情をしている。

それもそのはず、星井は練習さぼりがちながらもダンス、歌ともにここではトップクラス。

片や萩原はどちらもうまいとはいい難いレベルだった。

これに懲りて意識改善してくれるといいのだが。

雪歩「千早ちゃん、どうだった?」

千早「・・・素晴らしかったわ。プロデューサー、これからご指導お願いします」

P「もちろん」

萩原は満面の笑みで小さなガッツポーズをしていた。

他の子も殆どがやる気になっているみたいだ。

ここに更なる起爆剤を投入しようか。

ひとまず終わり

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