坊ちゃん「第一次世界大戦」(22)

坊ちゃん「戦争、始まったね。」

メイド「始まってしまいました。」

坊ちゃん「どうしてセルビア人撃ち殺しちゃうかな。」

メイド「色々あるんでしょう、彼らも。」

坊ちゃん「でもさ、そんな一国の王族を殺しちゃ、それなりの制裁がくる事ぐらいわかるじゃん。」

メイド「さあ。私に聞かれても...」

坊ちゃん「あいつら後先考えないで。ドイツが尻拭いする形になって、とんだ迷惑だ。」

メイド「...戦争、勝てるでしょうか。」

坊ちゃん「勝てるよ。いや、勝つよ。」

メイド「なぜそこまで自信をもって言えるのですか?」

坊ちゃん「叔父がそう言ったからね。叔父の予感が外れた事はない。先の戦争の時だって、叔父は次の春までには帰るっていったじゃん。そしたら本当に、一月の終わりにはパリは陥落していた。」

メイド「叔父さまがそうおっしゃるなら、ドイツは敵なしですね。」

坊ちゃん「まあ、そうだね。油断は禁物、だけど。」

一週間後

坊ちゃん「メイド、紅茶と新聞お願い。」

メイド「かしこまりました。」カタン

坊ちゃん「ありがとう...うん、やっぱりイギリスは参戦したか。」

メイド「坊ちゃん、質問があります。」

坊ちゃん「なんだい?」

メイド「なんでセルビア人がオーストリア人が嫌いなのは分かりました。でもそしてらどうしてドイツはイギリスとフランスと闘うのですか?字も読めない私にはなにがなんだか...」

坊ちゃん「うーん、話すと長い。結論からいうと、メンツだよ。みんなのメンツだよ。皇帝のメンツ、フランス人のメンツ、ドイツ国民のメンツ。」

メイド「ロシア人も、メンツのために?」

坊ちゃん「うん。まあ、ヤーパンに負けた国にメンツもなんもないと思うけど。」

メイド「ヤーパン?」

坊ちゃん「ほら、チーナの隣のあの細長い国だよ。」

メイド「ああ、アレですか。坊ちゃんは、本当博識ですね。」

坊ちゃん「ユンカー足る者、政治を網羅していないといけない。政治家が無能であることが仕事である分、軍人は有能じゃないと。」

メイド「立派な志をもって、大人になりましたね、ぼっちゃん。」

坊ちゃん「もうね、冗談なんていってられなくなってきた。後少しで僕も軍人だ。」

メイド「後一年で、卒業ですね。」

坊ちゃん「はやくロシア人に一泡吹かせてやりたい。」

一年後

メイド「坊ちゃんの晴れ姿、いつもに増して凛々しいです。」

坊ちゃん「軍服を着ていない普段の僕はかっこ悪いのかい。」

メイド「今日はより一層、凛々しいという意味ですよ。」フフ

坊ちゃん「...帽子、ちゃんと似合っている?」

メイド「ええ。お似合いですよ。」

坊ちゃん「すこし手を入れてみたんだ。ほら、この刺繍とか、このふちの長さとか。元のあれはだめ、かっこわるく見える。」

メイド「まあ。それはいけませんね。でも制服に手を入れるのは、軍法違反なのでは?」

坊ちゃん「制服なんて、頭の固いお偉いさんだけが気にすることだよ。」

メイド「なら坊ちゃんもきにしなくてもいいのでは?」

坊ちゃん「メイド、戦争に発つんだから、やっぱりかっこよくいかないと。叔父が言っていたんだ。『軍人たる者、いつも必要なのは、きっちりした制服、それと...」

メイド「それと?」

坊ちゃん「恥ずかしい。やっぱり言わない。」

メイド「長い付き合いじゃないですか。言っちゃたほうが、楽ですよ。」

坊ちゃん「いい。絶対言わない。」

メイド「...まあ、強要はできません。」

坊ちゃん「当然だよ。」

メイド「あれは、持ちましたか?」

坊ちゃん「いーや、持っていない。あれは結局のところただの死亡通知だ。」

メイド「...ただの紙ですが、きっとあれは坊ちゃんにとって」

坊ちゃん「それ以上言わないで。分かっている。でも僕は持っていきたくないんだ。」

メイド「...大人になりましたね、坊ちゃん。大人の頑固さです。」

坊ちゃん「僕は昔から頑固だ。」

メイド「いえ、昔はただのわがままでした。今は頑固です。」

坊ちゃん「頑固ねえ。」ピュー「あ、そろそろ...」

メイド「ええ。どうかご無事で。」
坊ちゃん「ところでさ、メイド」

メイド「なんでしょうか?」

坊ちゃん「メイドだってその、もう二十五じゃん。そろそろ」

メイド「結婚を、ですか?」

坊ちゃん「うん。メイドは可愛いんだから、行き遅れる前に結婚しないと。帰ってきたら、見合いの話でもつけてあげるよ。」

メイド「いえ、そのご心配はなく。好きな人はいますから。」

坊ちゃん「へえ、それはだれだい?」

ピューシュシュシュシュシュ

メイド「もう遅いです。汽車が発ちます。」

坊ちゃん「名前だけでも?」

メイド「坊ちゃん、いってらっしゃいませ。」

サヨウナラー!ゲンキデ!フランスノチキンヤロウナンテテキジャナイ!

坊ちゃん「もう、名前一つじゃないか。メイドは、頑固だな。」

メイド「わがまま、です。」

坊ちゃん「ほんじゃ、クリスマスまでに帰ってくるよ。」

...ア、イッチャッタ。タイジョウブ、カレナラカエッテクル。

メイド「好きな人はいるんですけどね...言ってらっしゃいませ、ご主人様。」

二年後

坊ちゃん「ただいま。」

メイド ガタ「ご主人様!お帰りなさいませ!」

坊ちゃん「帰ってきたよ、僕は。」

メイド「帰ってきてくださいました!かえってきてくださいました!執事、メイド!早く下に降りてきなさい!ご主人様のお帰りです!申し訳ありません、突然の帰省で、準備が..」

坊ちゃん「君がみんなを仕切っているようだけど、メイド長はどうした?」

メイド 「メイド長はお亡くなりになりました。」

坊ちゃん「...なんでその事をもっと早く言ってくれなかったんだい?」

メイド「ご、ご主人様にとって辛い事実になると」

坊ちゃん「辛い事実なんて塹壕の中じゃそこら中にあるよ。隠したってしょうがないんだよ。
どんなに深く埋めたって、腐った死体のにおいがいつもご飯に混ざっている。」

メイド「私どもはご主人様の事を思って...」

坊ちゃん「で、メイド長はどういう風に死んだんだい?」

メイド「栄養失調、です。最近食費が高くて、思うように食事をとれていなかったみたいです。」

坊ちゃん「...イギリス海軍様々だよ。」

メイド「...簡単なサンドイッチでも、作って参りましょうか。」

坊ちゃん「いいよ、君たちの食券をつかって僕をもてなさなくても。前線では士気向上のため、それなりの物はたべれているしね。」

メイド「な、なら紅茶でもよろしいでしょうか。戦前のティーパックがまだ残っています。きっと軍の支給するものよりは質がいいでしょう。」

坊ちゃん「そんな豪華なもの、やめてくれ。縁起でもない。」

メイド「...縁起でもない?」

坊ちゃん「一大攻勢の前には必ず、太いソーセージ、ふわふわのパン、そして熱々のお茶をだされるんだ...メイド、僕はメイド長の墓参りにいってくる。どこに埋められたか、教えてくれ。」

メイド「ご主人様!かえってきたばかりですよ!お母様に挨拶をしてから

坊ちゃん「メイド、僕は墓参りに行きたいんだ。なんども言わせないでくれ。」

メイド「...分かりました。」



坊ちゃん「ただいま。」

メイド「おかえりなさいませ。お墓参り、いかがでしたか。」

坊ちゃん「別に。ただ、軍服着て町を歩くのはやめだ。僕の胸の十字賞を見て、どんどんあつまってくる。みんなこぞって戦争の話を聞いてくる...メイドも聞きたいかい?」

メイド「ご主人様が話したくないことははなさなくてもいいですよ。」

坊ちゃん「いーや、メイドも絶対心の奥底じゃ、聞きたがっている!絶対に!」

メイド「ならどうぞ、話してください。」

坊ちゃん「ぼくは、ある、なんの変哲もない土地を奪取せよ、と言われた。僕は多大な犠牲を払い、土地を奪取した。」

メイド「それで終わりですか?」

坊ちゃん「うん。終わり。」

メイド「私には分かります。坊ちゃんはまだ話し終わっていません。」

坊ちゃん「十字賞の裏には、結局それぐらいしか書かれていないよ。もっとも、ありきたりな形容詞をふんだんに使って、ね。」

メイド「坊ちゃん!話した方が、楽になりますよ。」

坊ちゃん「僕はそれでも話したくないんだ!」

メイド「坊ちゃんは、子供の頃から嘘をつくのが下手です。」

坊ちゃん「子供扱いしないでくれ。」

メイド「子供扱いされたくないのは子供だけですよ。」

メイド「私には分かります。坊ちゃんはまだ話し終わっていません。」

坊ちゃん「十字賞の裏には、結局それぐらいしか書かれていないよ。もっとも、ありきたりな形容詞をふんだんに使って、ね。」

メイド「坊ちゃん!話した方が、楽になりますよ。」

坊ちゃん「僕はそれでも話したくないんだ!」

メイド「坊ちゃんは、子供の頃から嘘をつくのが下手です。」

坊ちゃん「子供扱いしないでくれ。」

メイド「子供扱いされたくないのは子供だけですよ。」

坊ちゃん「...あの日、兵士に先の陣地を強襲せよ、そう言った。でも彼らは眉毛一つ動かさない。泥のように、地面にうまちゃっているんだ。だから僕は、ドイツ帝国の栄光を説いた。フランス人の忌むべき行為を話した。最後には、愛する本国にいる家族のために銃を取り、闘え!そう叫んだ。」

メイド「兵隊の皆さんが坊ちゃんの激励に答え、敵陣地を奪取する光景が、目に浮かんできます。」

坊ちゃん「それは!君の想像だ。」

メイド「なら、彼らはいったいどうしたんですか、坊ちゃん。」

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