老人「逃げ続けてきた人生」(32)

「おじいちゃん!」 「父さん!」 「あなた、しっかりして!」



老人(う、ううう……)

老人(どうやらワシは……もうダメなようじゃ……)

老人(それにしても振り返ってみると……)

老人(ワシの人生は……逃げ続けてきた人生じゃったのう……)

………………

…………

……

幼稚園の頃、ワシは園内のガラスを割ってしまったことがあった。



園児(だけど、だれにもみられてはいない……)

園児(だまってれば、ぜったいにばれない……)



しかし、ワシは真実を隠し通すという苦行から逃げ、先生に正直に話してしまった。

もちろん叱られたが、心は楽になった。

なんと情けない……。

小学校の頃、ワシは勉強が大嫌いじゃった。

ノートや教科書など、見るだけで吐き気をもよおすような子供じゃった。



児童(ぼくは絶対べんきょうなんかしないぞ!)

児童(それがぼくの信念だ!)



しかし、親や先生が怒るので、結局信念から逃げ、ワシは猛勉強をした。

小学校時代、テストで90点未満を取ったことはなかった。

なんと情けない……。

小学校高学年の頃、ワシの双子の兄が家出をしようと誘ってきた。



兄「行こう!」

兄「こんなつまんない家から離れて、学校も通わず、二人で生きていくんだよ!」

児童(兄ちゃんはいつもかっこいいなぁ……)



しかし、怖気づいたワシは家出を断ってしまった。

少し寂しそうに出かけていった兄は、行方不明になり、二度と会うことはなかった。

ワシは兄が羨ましかった。兄のような生き方をしたかった。

なんと情けない……。

中学生になると、ずっと親しかった幼馴染から告白された。



幼馴染「あんたのこと、ずっとずっと好きだったのっ!」

生徒「ええっ!?」

生徒(ボクのような臆病者のクズと付き合っても、この子は幸せになれない!)

生徒(断らなきゃ!)



しかし、幼馴染の魅力には勝てず、ワシは告白をホイホイ受け入れてしまった。

ちなみにおよそ十年後、幼馴染は妻になった。

なんと情けない……。

中学卒業後、ワシは高校になど行く気はなかった。

兄のような生き方をしたかったのだ。



生徒(学歴なんかいらねえ、くだらねえ! この体一つあればいいんだ!)

生徒(ボクは中学を卒業したら一人きりで生きていくんだ!)



しかし、金もコネもないしそもそも料理すらできない。

こんなザマでどうやって一人で生きていけばいいんだ……と悩んだ末、

結局地元の公立高校を受験、合格した。

なんと情けない……。

高校に入ると、野球部は不良の集まり、という誤った知識のもと野球部に入部。

ところが、この野球部はなかなかの強豪で、ワシは不良どころか健全な高校球児となった。

練習は厳しく、ワシは退部することを決断した。



監督「サボったらブン殴るからな!」

生徒「ひいいっ!」



なのに監督にビビって辞めると言いだせず猛練習、甲子園一歩手前まで行った。

みんな悔しくて泣いていたが、ワシはこれでやっと練習をやめられると喜んで泣いた。

なんと情けない……。

いよいよ大学受験シーズン。

ワシは今度こそ進学などするものか、と固く決めていた。

中学の頃とはちがい、一人で生きていける自信もあった。



悪友「今時の大学生ってみんな、毎日女と遊んでるらしいぜ」

生徒「ウソォ!?」



この言葉であっさり方向転換、猛勉強し、そこそこ有名な大学に受かった。

というかワシには彼女(幼馴染)がいたというのに。

なんと情けない……。

大学入学後、ワシはアウトドア研究会というサークルに入った。



部長「ウチ、表向きはアウトドア研究会だけど、実質ただのヤリサーだから」

学生「マジっすか! やったぁ!」



ヤリサーという単語に胸おどったものだが、もし幼馴染にバレたら殺されると思い、

ワシはアウトドア研究会を硬派で真面目なサークルへと改革した。

最終的に、サークル仲間は全員原始時代でも生きていけるレベルにアウトドアを極めた。

なんと情けない……。

いよいよ大学卒業。

ワシは社会からはみ出して自由に生きるため、ヤクザになることにした。

今度こそ逃げないぞ、とヤクザの事務所をノックした。



学生「わ、わ、わたくしを……ヤクザにしてください!」ビクビク…

男「兄ちゃん、ここはカタギがくるとこじゃねェぜ。かえんな」



下っ端ヤクザ男のド迫力にろくに顔を見ることもできず、逃げ帰った。

その後、ワシは普通の企業に就職した。

なんと情けない……。

平凡な会社勤めに飽き飽きしていた頃、ワシは怪しい男に不正をもちかけられた。



黒服「産業スパイ、やってみない?」

会社員「やります、やります! そういうのに憧れてたんです!」



もはや気分はジェームズ・ボンドである。

しかし、土壇場で怖くなってしまい、あれよあれよという間に

潜入捜査官のようなポジションになって、産業スパイ斡旋組織を潰してしまった。

なんと情けない……。

これだけ逃げ続けても、ワシはまだ諦めていなかった。

かつてワシが夢見た、孤高で、悪で、名声や学歴など眼中にない、

傷だらけの一匹狼のような人間になってやる、と心のどこかで思っていた。



会社員(いつかこんな会社辞めてやる!)

会社員(オレの人生はこんな会社で終わっていいようなもんじゃないんだ!)



とかなんとかいって定年まで勤めた。最終的には部長になっていた。

一男二女に恵まれ、孫は可愛かった。

なんと情けない……。

……

…………

………………

老人「…………」

老人「ワシは……逃げ続けてばっかりじゃったのう」

老人「ところで、ここはどこじゃ?」

老人「さっきまでワシは病院のベッドで寝ておったはずじゃが……」

男「よう」ズイッ

老人「な、なんじゃおぬしは!?」

男「オレか?」

男「オレはもう一人のお前だよ」

老人「なんじゃと!?」

男「正確にいうと、お前がお前の理想通りの、逃げなかった人生とやらを送った場合の」

男「お前ってことになる」

老人「そうなのか……パラレルワールドのワシという奴じゃな?」

男「まァ……そういうことにしとくか」

老人(たしかに若い頃のワシが悪くなっていたら)

老人(この男みたいな外見になっていたかもしれん……)

老人「羨ましいのう……」

男「羨ましいだと!?」

老人「!」ビクッ

男「バカいえ! オレの方がよっぽどお前のことが羨ましかったぜ!」

老人「な、なんじゃと!?」

男「オレの歩んだ人生を教えてやろうか?」

男「勉強もせず、スポーツもせず、明日のことなど考えず……」

男「ヤクザんなって、自分に惚れたバカ女の財布にすがり、人を殴ったり殺したり……」

男「なのにかっこつけて、本当に好きな女は拒絶して……」

男「あげくギャンブルで金スッて酒浸りでアル中、最期は銃で撃たれて死んじまった」

老人「う、むむ……」

男「どうだ、羨ましいか? 今のを聞いてもオレを羨ましいっていえるか?」

老人「い、いや……」

男「だろう?」

男「お前はよくやってきたよ」

男「なのにお前は自分は逃げてる逃げてると弱音ばかり! ふざけんな!」

男「お前を羨ましがってる身としちゃ、たまったもんじゃねえ!」

男「だからオレはお前を憎んでいる」

男「だからオレはお前を殺す!」

老人「えええっ! さすがワシの悪いバージョン! 発想が飛躍しすぎィ!」

男「うっせェ!」

男「さいわいオレは若い頃に死ねたからな」

男「ジジイになった自分に負けるつもりはねェぜ」ニヤ…

老人「ま、待ってくれ!」

男「死ねえええええっ!」タタタタッ

老人「いやあぁぁぁぁぁっ! 誰か助けてぇぇぇぇぇっ!」タタタタッ

……

…………

………………

老人「────!」ハッ

老人「こ、ここは……病院……!?」

医者「おおっ、奇跡だ! あの状態から意識が回復するなんて!」

「大丈夫ですか!?」 「よかった……父さん!」 「おじいちゃん!」

妻「あなた……帰ってきてくれてよかった……」

老人「…………」

老人(フフ、結局ワシはまた逃げてきてしまったか)

老人(だが、もう逃げんぞ)

老人(ワシはワシの人生から、ワシを慕ってくれる家族や仲間から、逃げん!)

老人(残り少ない命、ワシは逃げずに生き抜くぞ!)

~~

~~~~

~~~~~~

閻魔大王「さて、そろそろ地獄へ戻る時間だ」

男「ありがとよ、大将。こんなワガママを聞いてくれて」

閻魔大王「まったくだ」

閻魔大王「しかし、お前のような極悪人からこんな頼みを受けるとは思わなかったぞ」

男「オレはどうしようもないクズだが……」

男「一度くらい……アイツを助けてやりたかったんだ」

男「なにしろアイツはたった一人の弟だからな……」





                                     おわり

終わりです

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