いじめられっ子を守るマン「私はいじめられっ子を守るマン!」(25)

環境が変わったら、天国から地獄へ。

よくあることである。

ぼくの場合もそうだった。

六年間ぼくを楽しませてくれた親友と別れ、中学に進学した途端、

ぼくはいじめられるようになってしまったのだ。

まず朝は、上履き隠しから始まる。



少年「……」

少年「多分、このゴミ箱の中に……」ガサゴソ…

少年「やっぱりな」

教室に着いても、誰もぼくに挨拶なんかしてくれない。

机の上には花が置かれている。

いつものことである。



少年「……」ガタッ



花をどけると、ぼくは席につく。

席につくと、みんながヒソヒソ話を始める。



ヒソ… ヒソヒソ… ボソボソ… ヒソ… ヒソヒソ…

ボソッ… ヒソヒソヒソ… ボソッ… ヒソ… ヒソヒソ…



少年「……」



ヒソヒソ… ヒソッ… ボソッ… ボソボソ… ヒソッ…

ボソボソ… ヒソヒソ… ヒソ… ボソッ… ヒソヒソ…



ぼくに聞こえるか聞こえないかの音量で、ぼくの悪口を言っているのだ。

もちろん、中には直接的な行動をしてくる奴もいる。

やってくるのはいじめのリーダー格である二人だ。



クラスメイトA「おはよう。てか、帰れよ」

クラスメイトB「お前みてーな奴が学校来ていいと思ってんのかよ」

少年「……」



ぼくは相手にしない。

相手にすれば、いじめはさらにひどくなることを知っているから。

昼休みになると、午前中の授業が終わった解放感からか、

いじめはエスカレートする。



クラスメイトA「オイオイオイ、メシ食ってんのかァ?」

クラスメイトB「マズそうなメシだなァ、オイ」

少年「……」モグモグ…



罵声罵倒を執拗に浴びせられる。

しかし、ぼくは歯を食いしばることもせず無表情で耐え抜くのだった。

午後の体育の時間。種目はバスケットボール。

もちろん、誰もパスしてくれない。

それどころか──



クラスメイトA「オラッ!」ビュッ

少年「うあっ!」ドカッ

クラスメイトA「ちゃんと取れよな! パスしてんだからよ!」



至近距離からオーバースローで投げられて、取れるわけがない。

この日、15分の試合時間に3回はボールをぶつけられた。

放課後になると、ぼくは逃げるように帰宅する。

背中から「二度と来るなよ」という声が突き刺さる。

ぼくは走った。

50メートル10秒近くという鈍足だが、

それでも馬にでもなったような気分で走って逃げた。

学校から帰ると、すぐにベッドに横たわって布団に丸まる。

まず、今日起こった全てのことを呪う。

次に、楽しかった小学校6年間の思い出で傷を癒す。

そして祈る。



少年「誰か助けて、誰か助けて……」

少年「ぼくを助けて……」



経験上、親も、教師も、当てにならないことは分かっている。

ぼくを助け出せるのはヒーローしかいない。

ぼくはヒーロー誕生を願った。願い続けた。

ある日のことだった。

帰りにモタモタしていたぼくは、リーダー格二人に呼び止められ暴力を受けていた。



クラスメイトA「てめぇ、うざいんだよ!」ドカッ ボカッ

クラスメイトB「死ね、死ねっ!」ガッ ドカッ



亀のようになって暴力に耐えるぼくのもとに、救世主が現れたのだ。

いじめられっ子を守るマン「とうっ!」バババッ

いじめられっ子を守るマン「私はいじめられっ子を守るマン!」

クラスメイトA「なんだぁてめぇ!?」

クラスメイトB「バッカじゃねーの!?」

いじめられっ子を守るマン「この子をいじめることは私が許さん!」ビシッ

クラスメイトA「なんだこいつ……」

クラスメイトB「か、帰ろうぜ!」スタタッ

いじめられっ子を守るマン「大丈夫か?」

少年「あ、ありがとう……ございます」



救世主は、へっぽこな覆面とマントをつけた大人だった。

だけどぼくには輝いて見えた。

環境が変わったら、地獄から天国へ。

これもよくあることだ。

いじめられっ子を守るマンという環境は、劇的な効果をもたらした。

ぼくがいじめられていると、彼はどこからともなく現れ、助けてくれるのだ。



いじめられっ子を守るマン「コラーッ!」

いじめられっ子を守るマン「この子をいじめるなー!」ビシッ

クラスメイトA「ゲッ!」

クラスメイトB「またアイツだ!」

いじめられっ子を守るマン「ハッハッハ、大丈夫かい?」ニコッ

少年「ありがとう!」

いじめられっ子を守るマン「いいんだよ」

いじめられっ子を守るマン「それじゃ!」タッタッタ…



やがて、周囲はぼくをいじめなくなっていった。

いじめられっ子を守るマンが彼らに暴力を振るうことはなかったのだが、

なにしろ外見が外見だ。

いつかそういう手段に出てくるかもしれないことを恐れたのだろう。

いじめが収まってから一ヶ月ほど経った頃、

ぼくは帰り道でいじめられっ子を守るマンと出会った。



いじめられっ子を守るマン「やぁ!」

少年「あ、いじめられっ子を守るマン!」

いじめられっ子を守るマン「前より明るくなったみたいだね!」

少年「うん!」

少年「ぼく、あなたのおかげでいじめられなくなったんだ!」

いじめられっ子を守るマン「そうか、それはよかった!」

少年「でもなんで、あなたはぼくを助けてくれたの?」

少年「あなたはいったい何者なの?」

いじめられっ子を守るマン「ハッハッハ、どうしても知りたいのかい?」

少年「うん!」

いじめられっ子を守るマン「そうかい、じゃあ教えてあげよう!」

いじめられっ子を守るマン「私の正体は──」グイッ パサッ…

少年(こ、この顔は……!)

いじめられっ子を守るマン「久しぶりだね」

少年「お、おじさん!」

いじめられっ子を守るマン「息子が……六年間お世話になったね」

いじめられっ子を守るマン「あいつが死んで、もうすぐ一年になるが……」

いじめられっ子を守るマン「いじめられてる君を見ていたら」

いじめられっ子を守るマン「やっぱり放っておけなくなってしまってね」

少年「おじさん……」ウルッ…

いじめられっ子を守るマン「なぜなら君は、私が裁かなければならない」

少年「え?」

いじめられっ子を守るマン「どうだった? いじめられる気分は?」

いじめられっ子を守るマン「息子が君から六年間味わった苦しみを少しは分かったかい?」

少年「え、え……?」

いじめられっ子を守るマン「君は息子を親友と称し」

いじめられっ子を守るマン「暴力はもちろん、物を奪ったり、けなしたり」

いじめられっ子を守るマン「あの子の秘密をバラしたりとやりたい放題だった」

いじめられっ子を守るマン「だけど周囲は、友達同士のじゃれ合いだと解釈した」

いじめられっ子を守るマン「君は表向きにはとてもいい子だったからね」

いじめられっ子を守るマン「だから私も、先生も、誰も、気づいてやれなかった」

いじめられっ子を守るマン「あの子が自殺するまで……」

いじめられっ子を守るマン「だから君も、誰にも相談しなかったんだろう?」

いじめられっ子を守るマン「親や教師は当てにならないって知っているから……」

いじめられっ子を守るマン「ある子供たちが私にこんなことを言ってきたことがあった」



クラスメイトA『みんなでカタキは取ります!』

クラスメイトB『必ず自殺に追い込んでやりますよ!』



いじめられっ子を守るマン「最初は彼らの気持ちが嬉しかったよ」

いじめられっ子を守るマン「我が子の仇を取ってくれ、ってね」

いじめられっ子を守るマン「だけどね、いかに動機が正義だろうといじめはいじめ」

いじめられっ子を守るマン「君が自殺したとなれば、彼らも罰を受けるのは避けられまい」

いじめられっ子を守るマン「私は彼らを罪人にはしたくなかったんだよ」



そう言うと、ぼくの首にいじめられっ子を守るマンの両手が伸びてきた。

痛い。苦しい。息ができない。声も上げられない。

どんどん目の前が暗くなっていく。

いじめられっ子を守るマンの腕力は強く、とても抗えそうになかった。

目を血走らせ、鼻息荒く、ぼくの首を絞めつけるいじめられっ子を守るマン。

天国から地獄へ。

深く暗い地の底で、ぼくの親友が手招きしてる姿が見えた。







おわり

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