男「ぼくには、幼馴染がいる」(683)

容姿端麗で、成績優秀、品行方正。
運動神経にも優れていて、おまけに教養まで備えている。
もちろん女の子だ。

芸術という単語を体現したような彼女を、しかし、思春期を迎えたぼくはそうは見れなかった。

男「一物や二物どころの話じゃない。天は三物も四物も与えているじゃないか!」

ぼくにとっての彼女は、傅き讃えるべき芸術ではなく、不公平の象徴だった。

『女子の幼馴染がいる』

これは、異性に興味のある健全な男子なら、だれもが一度は夢見るステータスだろう。
小さい頃から兄妹同然に育った幼馴染が、自分のためにアレコレと世話を焼いてくれる。

朝には甲斐甲斐しく、枕元まで寄ってきて耳元で『おはよう』。

同じ卓を囲んで、朝ご飯を食べるのはもちろんのこと。
家を出る前に、縒れたネクタイに目聡く気付いて直してくれるのはお約束。

二人肩を並べて登校すれば、クラスが一緒どころか、席も隣同士。

昼は中庭で、お揃いのランチボックスを広げながら『こんにちわ』。

幼馴染の作ってきた、後ろ指を指されそうなデコ弁を盛大にかき込む。
その横で、違うおかずに手を付ける度に、味付けはどうかと訊ねてくるのだ。

・・・そんな風に、男女の幼馴染といえば、胸焼けするような甘ったるい関係に違いないのだ。
そしてそれは正に、ぼくと幼馴染にも当て嵌まる――。




――・・・なんてことはなかった。

実際の所は、そんなハニーでシャイニーな思い出はサッパリ存在しない。
というより、話したことすらそう多くはない。

そう。現実は非情であり残酷だ。
陰謀論が渦巻き、人死にを乱発させる、出来の悪いフィクションドラマの方がマシだと思えるほどに。

唐突だけど、ぼくには父親がいない。
あと母親もいない。
つまるところ捨て子あり孤児だ。

けれど、捨てる親あれば拾う親あり。
ある老夫婦が、ぼくを引き取ってくれた。

やがて保育所へ入り、養親の迎えを待つぼくと一緒に、毎日最後まで残っていた女の子。

それが幼馴染だ。

男「ぼくは男。きみは?」

幼「・・・・・・」

無口な子だった。

だけど、ぼくは挫けなかった。

べつに彼女本人に特段の興味があったわけじゃない。
きっと、寂しくて話し相手が欲しかっただけだ。

ぼくは子供だった。

再び接触を試みた。

男「最後まで残ってるの、いつもぼくたち二人だよね」

幼「・・・・・・」

男「もしかしたらさ、ぼくたち運命の赤い糸で結ばれてるのかも」

幼「きもい。しね」

過激な子だった。

男「結婚を前提に、友達になってくれないかな?」

ぼくは挫けなかった。

幼「・・・・・・」ハァ

次の日から、彼女はぼくと、物理的に距離を離すようになった。

それでも、ぼくは彼女に声を掛け続けた。
見る角度によっては、壁へ向かって一方的に話し掛けるぼくの姿は、さぞ哀れなものだったろう。

話したことは多くないと言ったけれど、ぼくからは結構な頻度でアプローチを試みた。

時には身振り手ぶりも交えた。

男「ハァッ! ヤァッ! フッ!」

幼「・・・・・・」

男「あ、何をしてるのって?」

男「変身ポーズを決めているんだ」

幼「きいてない」

男「テレビの仮面ラ○ダーみたいにさ、ぼくも将来、だれかを助けることの出来るヒーローになりたい」

幼「・・・・・・」

男「そうしたら、幼ちゃんも遠慮なくぼくを頼っていいからね!」

幼「うざい」

男「困ったことがあったらいつでも呼んで」

男「シャキーンって変身して、ズババーって助けに行くから!」

これぞ黒歴史である。
保育園児にして、中二病を発症。

境遇や育ての親の影響も多大にあったのだろうけど、ぼくは早熟な子供だった。

と、そうこうするうちに、ぼくはあることを理解した。

じつは、彼女を迎えに来るのは、親ではなかったのだ。
同じ人ですらなかった。
何人かが、ローテーションを組んでやってくるのだ。
それらは、男も女もいたけど、みな一貫してスーツを着ていた。

そして幼馴染は、そういった人たちに対しても、一様に友好的とは言えない態度を取っていた。
ぼくはそのことを知ると、微かな安堵感を覚えた。

まだチャンスはある。
ぼくが、幼馴染の『初めて』になってやるんだ。

小学校に上がったぼくは、さらにヒートアップして幼馴染にモーション(?)を掛けた。

なかなか打ち解けてくれない彼女に対して、ムキになっていた。
躍起になっていた。いっそ、がむしゃらだった。

話し相手が欲しくて仲良くなろうとしたのが、いつの間にか仲良くなりたくて話をしていた。



ぼくは、彼女のことを好きになっていた。

好きになる要素なんてなんら思いあたらないし、彼女から貰ったものといえば罵詈雑言くらい。
でも、人を好きになるって、そんなものだろう。

気持ちを自覚した日は、顔のニヤニヤがずっと治まらなかった。

幼「なにニヤニヤしてるのよ。気持ち悪いからやめてちょうだい」

そんな幼馴染の言葉も効かないくらい、体中からモリモリと気力が湧いてきた。
いつの日か幼馴染に言った、結婚を前提に~という言葉を思い出して、一人ベッドで悶えたりもした。

しかし、もうすぐ中学校へ進学しようというときに、幼馴染がぼくに言った。

幼「転校するの」

男「だれが?」

幼「わたし」

男「なんで?」

幼「そう言われたから」

男「・・・・・・」

幼「東京の学校」

男「・・・ああ」

幼「・・・・・・」

男「・・・うん」

ショックで言葉が出なかった。

この頃にはもう、幼馴染が完璧超人であることは、同学年ならば誰もが知るところだった。
そしてぼくは、不公平さから来る小さな劣等感を抱きつつも、彼女への好意は変わらずにあった。

久しぶりに幼馴染のほうから話かけてくれたことで高揚した気分は、一瞬で霧散した。

あんな送り迎えを見ていれば、考えつきそうなことだった。
でも、ぼくは子供だった。
幼馴染も子供だった。
でも彼女は、ただの子供じゃなかった。

イイトコのお嬢様だった。

彼女がいなくなってから、ぼくは体中の気力がゴッソリ抜け落ちたようになった。
その頃のぼくはといえば、彼女にどうにか好かれようとするだけの毎日だったから、そうなるのも無理なかった。

学校へ行ったって、幼馴染に会えなければ仕方ないじゃないか。

ぼくは仮病を使ってズル休みをすることにした。
一大決心だった。

あっさりバレて、養父にお尻が猿のようになるまでぶっ叩かれた。

ぼくは恨んだ。

幼馴染の転校を決めた彼女の親を。
それを受け入れた幼馴染を。
幼馴染を引き止めることが出来なかったぼくを。
ぼくのお尻を真っ赤にした養父を。

恨み言を舌先で転がしながら、ぼくは静かに涙を流した。
物心ついてから、初めて泣いた。

人生六十年説とか耳にした事があるが、そうだとすれば、ぼくはあと五十年近くもこんな想いをして生きていくのか?
目の前が真っ暗になった。まさに人生お先真っ暗。
とても生きていけない。

ぼくは女々しい男になってしまっていた。

それから十数年。

ぼくはまだ生きていた。
ケロリとしていた。
幼馴染のことは、すっかり忘れていた。
『時間は万能薬』という言葉は、ぼくの中で神格化されていた。

いつだったか、保育園のアルバムの集合写真を拡大コピーして、幼馴染のところだけを切り取ったものも、どこかへ行った。
紙飛行機にして飛ばしてやった。

幼馴染に関する『物』も『想い』も、全て失くした。失くすことが出来た。

もう、二度と会うことはない。
もう、二度と思い出すことはない。
そう思っていた。

――今日までは。

幼「白百合学院から転校してきました。幼馴染といいます」

幼「・・・・・・」

幼「・・・よろしくおねがいします」ペコリ

一瞬の静寂。

「「おおおおおーーーーっ!!」」

はちきれんばかりの大音声が、教室を震わせた。

男「・・・」

幼「・・・」

頭を戻した彼女の視線と、ぼくの視線が絡み合った(ような気がした)
幼馴染がじっとぼくを見つめている(ような気がした)
反射的に、顔を反らした。

男(さすがに、不自然だったかもしれない?)

横目をちらりと向けてみるが、幼馴染は気にした様子もない。

それもそうだ。

歳月を経て再会した彼女はとんでもなく美しくなっていた。
スタイルなんて、腰の位置からして違う。

それに引き換え、ぼくはといえば体型は中肉中背。
顔面偏差値も中の中(と思いたい)で、髪型も含めてザ・無個性丸出しだ。
こうなってくると、もしかしたら、幼馴染の方はぼくに気付いてないんじゃないかと思える。
いや、きっとそうだ。そうに違いない。

そうと決まれば、触らぬ幼馴染にナニはなし。
どうせ卒業まであと半年もないんだ。

ぼくはシカトを決め込むことを固く誓った。

教師「よし、席は・・・そこの、空いてるところへ座って貰おう」

男(って、ぼくのとなりじゃないかぁぁぁ!)

ぼくの固い誓いは早々に阻害された。

教師「後ろのほうだが、視力は問題ないか?」

幼「大丈夫です」

教師「では、席へ付いてくれ」

幼「はい」

スタスタ

彼女が歩き、長い黒髪が揺れるたびに、小さな歓声が上がる。

教師「では、続けて連絡事項だ――」

ガタッ

幼馴染が椅子を引く。

事ここに到ると、もうぼくは、身動きが取れなくなっていた。
どんな力が働いたのかは不明だが、首が回らない。指先がピクリともしないのだ。

鼓動が早くなった気がする(なんで?)

変な汗をかいてる気がする(なんで?)

幼「・・・・・・」

幼馴染が席に腰掛けた。
いま、彼女がどんな顔をしているのかわからない。

どこを見ている?何をしている?こっちを気にしている?

幼「・・・・・・」

何も言ってこない。
無言だ。
覚えてないんだ。
やっぱり、わからないんだ。
よかった。

・・・よかった・・・?

そうだ、ぼくはずっとこう思ってきたんじゃないか。

――『ぼくには、幼馴染なんていなかった』・・・って――

幼「久しぶりね」

男「っ!!」バッ

漫画みたいな動きで、彼女の方へ首を向ける。

幼馴染は前を向いたまま。
その頬が、微かに動いた。

男「・・・あ、・・・いや」

幼「・・・男」

彼女に名前を呼ばれた途端、背筋がぞくっとした。
鼓動が更に早くなった。

間違いない。
彼女だ。幼馴染だ。

ぼくの事を覚えていた。

男「その・・・覚えてたんだ」

幼「忘れるわけないわ」

男「へえ・・・」

乾いた返事を繰り返すぼく。

忘れていたはずだった。
失くしたはずだった。

でも、覚えていた。
ぼくも。
・・・彼女も。

そう。
ぼくには、幼馴染がいる。

男「どうして・・・ここへ?」

幼「・・・・・・」

相変わらず無口で。

幼「男、お願いがあるの」

男「は。なんでしょう・・・」

なんでか敬語になっていた。
と、気付けば教室中の視線がぼくたちに集まっていた。

幼「わたしと、付き合って」

男「・・・え?」

「「え??」」」

・・・・・・え???

「「えええええええっ!?」」

相変わらず、過激な子だった。



男「ここが視聴覚室」

男「三階には二年生の教室が集まってるから、ぼくたち三年生が二階へ来る時って、大体ここを使うためだね」

幼「そう・・・」

男「クラスのレクリエーションで映写会とか、進路指導に関する課外授業をやったりとか」

男「滅多に無いけど講演会なんかがある時もココ。ウチで一番大きい特別教室だからね」

幼「たしかに、大きいわね」チラ

男「そのプロジェクターは、今年購入したばかりなんだ」

男「半透明性だからホットスポットも出ないし、視野角はほぼ真横まで」

男「120インチの、フルハイビジョン対応のプロジェクションスクリーンって、普通は空港なんかに設えるモノなんだけどね」ハハ

幼「それが、どうして?」ジッ

男「あ・・・。え、えーと・・・」フイッ

男「この学校の校長が・・・変わり者なんじゃないかって噂です」

幼「・・・・・・」

スタスタ

男(また、目を逸らしてしまった)

幼「窓、開けてもいい?」

男(・・・付き合って欲しいって)

男「それ、上の方にある補助鍵を開けてからでないとダメなんだ」

幼「上って」

男「ぼくが開けるよ。届かないでしょ?」

男(学校を案内してくれってことだったのか・・・)

カラララ

幼「・・・・・・」

男「あ、風が気持ちいい」

幼「・・・声が聞こえるわ」

男「部活動をしている人たちかな。すぐそばが、第二グラウンドだから」

男「ちなみに、あそこに見えるのが部活棟。運動部と文化部とに分かれてる」

男「ウチは運動部もそこそこ盛んだけど、文化部の多種多様さは他に例を見ないと思うよ」

幼「・・・どんなものがあるの?」

男「カトリック研究部とかミルク研究部とか・・・マンドリン部やロボ部なんてのもあったかな」

幼「ロボ部?」

男「まあ、ロボットを作るんだろうね」

幼「アイボとか、アシモみたいな?」

男(引退した、先代の部長は白い悪魔を作ろうとしてたんだけどな)

男「・・・きっと、そうなんじゃないかな」

幼「可愛いわよね」

男「えっ?」

幼「ニュースで見たことがあるわ。お手とかも、してくれるのよね?」

男「あ、ああ・・・アイボ、アイボですか」

男「びっくりした」

幼「びっくり?」

男「可愛いとか・・・言うんだなって。意外で」

幼「意外?」

男「あ・・・いや・・・」

幼「・・・・・・」ジー

男「っ・・・ご、ごめん」フイッ

男「でも部活棟は、ぼくたちにはもう関係のないところだと思うよ」

男「時期も時期だし」

幼「・・・そうね」

幼「男は、どんな部活動に参加していたの?」

男「ぼ、ぼく? ぼくは、その・・・」

男「・・・雑学部」

幼「ざつがくぶ?」

男「理科室や実習室の机が黒いのは、どうしてかわかる?」

幼「・・・? わからないわ」

男「薬品を使うから。粉末や、無色透明なものを見分けやすくするためだね」

幼「なるほど・・・」

男「あとは、始業や終業の時に流れるチャイムが、じつは歴としたクラシックだとか」

幼「そうなの?」

男「うん。『ウエストミンスターの鐘』だったかな」

男「まあ、そんなかんじで。今はたまたま、学校施設に関することを言ったけど」

幼「男がそういうことに詳しいなんて、初めて知ったわ」

男「・・・ああ。まあ・・・」

男「詳しくなったの、幼さんが引っ越したあとだから」

幼「・・・・・・」

男「そ、そうだ。幼さんは?」

男「東京の学校では、どんな部活をしてたんですか?」

幼「・・・家庭部よ」

幼「それよりも、ねえ?」

男「はい?」

幼「さっきから、たまに敬語になる時があるけど・・・どういうつもり?」

男「敬語・・・に、なってた?」

幼「なってたわ」

男「その、べつに意識して使ったわけじゃなくてさ・・・」

男「でもほら、白百合学院っていったら有名なお嬢様学校でしょ?」

幼「・・・・・・」

男「だから、たぶん・・・」

幼「・・・たしかに、そうだけど」

幼「通ってる学校がお嬢様学校だからって、そこへ通ってる子みんながお嬢様ってわけじゃないわ」

幼「わたしのことを、お嬢様扱いするのはやめて」

男「でも・・・」

幼「敬語も。使わないで」

幼「わたしは・・・」

幼「あなたの幼馴染でしょう?」

男「・・・うん。わかったよ、幼さん」

幼「幼、さん?」

男「えっ? あ、えーっと・・・」

男「お、幼・・・・・・ちゃん?」ボソッ

幼「!?」

男「ああああ、お、幼!?」ビクッ

幼「・・・っ、・・・」コクリ

男(すごい形相だった)

幼「ここはもういいわ。次へ行くわよ」

男「下からずっと見てきたから、あとはぼくたち三年生の教室がある四階だけなんだけど・・・」

幼「屋上へは出られないの?」

男「生徒だけでの立ち入りは禁止。鍵もかかってるし」

幼「・・・そう」

?「あーっ、見つけたぁ!」

タタッ

男「ん?」

ガバッ

幼「!」

?「つっかまえた~!」

男「う、後ろから!?」

後輩「もー、探しましたよ~、ちょお探しましたよ~」

男「・・・この声、後輩だね?」

後輩「アハ♪ 声だけであたしのことが分かるなんて、先輩ったら隅に置けないな~」

男「公共の場で挨拶代わりにハグとか、そんなイレギュラーなスキンシップを持ち出してくるのは、キミくらいのもんだ」

男「ただの消去法だよ」

後輩「そっけない。でもそんなところも素敵♪」

後輩「先輩、こんなところで何してたんですか?」

男「何って・・・とにかく離れてくれ。じゃないと・・・うぇっ!?」

幼「・・・・・・」

後輩「・・・・・・」パチクリ

後輩「先輩、なんです? この・・・バービーとリカちゃんの良い所だけを合わせたような人」

男(お、上手いこと言うなぁ)

男「えっと、彼女は・・・ぼくの、その・・・」

幼「はじめまして」ズイッ

幼「幼馴染といいます。男とは幼い頃に知り合った、幼馴染同士です」

後輩「幼馴染?」

男「うん、まあ・・・」

幼「・・・ねえ、いつまで抱き合っているの?」

男「! だ、抱き合ってなんか!」グイッ

後輩「わあっ!?」ドテッ

男「ああっ、ごめん!」

後輩「いたた。もぉ、先輩乱暴ですよー・・・」サスサス

男「悪い。立てるか?」

後輩「むりです。なので、手を貸してください」

男「・・・ほら」スッ

後輩「えへへ。転んでもタダでは起きない女ですよ」

幼「・・・・・・」

後輩「あれ? でも、先輩」

後輩「前は、幼馴染なんていないって・・・」



幼「――え?」

男「あー、いや、それはだな・・・」

幼「・・・・・・」クルッ

男「幼? ちょっと、どこへ行くんだ?」

幼「帰る」

男「帰る!? まだ、案内・・・」

幼「もう十分よ」

スタスタ

男「なんで急に・・・~~っ」チラ

後輩「・・・本当に幼馴染なんですか?」

男「後輩、怪我はないか?痛い所は?」

後輩「大丈夫ですけど・・・」

男「よし。じゃあ、また明日だ!」

後輩「そんなぁ。一緒に帰ろうと思って、ずっと探してたのに~」

男「悪いけど、向こうが先約だ!」

後輩「先約って、昨日帰ろうってあたしと約束したのに!」

男「ごめん。でも、幼とはもっとずっと前から約束してたんだ!」

ダッ

後輩「先輩っ!」

後輩「・・・なんなの? 幼馴染・・・?」

後輩「・・・・・・」

後輩「ずるいよ・・・」

男「幼! 待って、待ってよ!」

幼「・・・・・・」ピタ

男「案内、まだ途中だよ?」

幼「もう十分だって、言ったでしょ?」

幼「用事を思い出したから帰るの」

男「なら、ぼくも一緒に・・・」

幼「あの女の子と一緒に帰るんじゃないの?」

男「幼と一緒に帰るよ」

男「道、まだわからないでしょ?」

幼「帰り道くらい、覚えているわ」

幼「それとも、わたしに気を遣っているの?」

幼「気にしなくていいわよ。わたしたち、ただの幼馴染じゃない」

男「幼・・・」

幼「――ああ。男にとっては、幼馴染ですらなかったのよね」

男「いや、あれは!」

幼「男、変わったわね」

幼「昔は、もっと・・・」

男「・・・・・・」

男(もっと、なんだ?)

幼「・・・ううん。なんでもない」

スタスタ

男(言いかけるなよ・・・)

男「変わるよ」

幼「・・・・・・」クル

男「そりゃ、変わったよ。当然でしょ? 六年近くも経ってるんだよ?」

男「変わらないほうがおかしい。幼だって・・・」

男(ぼくがこうなったのは、幼のせいでもあるんだぞ?)

幼「・・・・・・そうね」

幼「たしかに、そうね」

男「・・・でも」

男「でも、変わらないことだってある」

幼「なに?」

男「それは・・・」

男(外見は変わった。変わりすぎた)

男(ぼくは凡に埋もれて、彼女はより突出した)

男(なら、想いは・・・?)

男「ぼくが男で、幼が女だってこと」

幼「?」

男「送っていくよ。暗い中、女の子を一人で帰したり出来ない」

幼「・・・そう」

幼「好きにしたら?」

男「うん。そうする」

幼「・・・・・・ねえ」

男「ん?」

幼「今の言い方、昔のあなたみたいだった」

幼「わたしが知ってる、男だった」

男「そう?」

幼「うん」コク

男「・・・そっか」

男(あの日から今日まで、ぼくは幼馴染のいない世界で生きてきた)

男(それを当たり前することが出来た)

男(なら・・・)

男「ねえ、幼」

幼「なに?」

男「帰る前に、一つだけいいかな?」

幼「どうしたの?」

男「昇降口は、そっちじゃないよ」

幼「・・・・・・」

男(もう一度、幼馴染がぼくのそばから離れる時、ぼくはまた涙を流すのだろうか?)

男(だとしたら・・・)

幼「そういうことは、早く言いなさい」

男「幼って、方向音痴?」

幼「・・・ちがうわ」

男「帰り道、覚えてるんだよね?」

幼「もちろんよ」

男「どんな完璧超人にも、弱点ってあるんだな」ボソ

幼「なにか言った?」

男(そうなった時『いまのぼく』は、どうするんだろう)

男「いーや、なんにも」ニコッ



幼「ひとつ、いいかしら?」

男「なに?」

幼「わたし、気になっていることがあるの」

男「学校のことで、わからないことでもあった?」

幼「ええ、そうよ」

幼「訊いてもいい?」

男「いいよ、もちろん。なんでも訊いてよ」

幼「さっきの女の子とは、どういう関係なの?」

男「・・・・・・」

幼「なぜそこで黙るの?」

男「学校のことって、そういう・・・」

幼「なんでも訊いてって言ったわ」

男「べつに、後輩だよ、後輩。で・・・ぼくは先輩」

幼「そんなことはわかってるわ」

男(だったら訊くなよ)

幼「あの子も、同じ部活動だったの? 雑学部・・・だったかしら?」

男「ううん。後輩は水泳部だよ」

幼「水泳・・・」

男「想像できないかもしれないけど、ああ見えて、部内ではトップスイマーなんだよ」

男「小さい頃からスイミングスクールに通ってたみたいで、いわゆる経験者っていうのかな?」

男「こっちの水泳大会の個人種目でも、何度か表彰されたことがあるらしくてさ」

幼「・・・・・・」

男「そんなだから、今は二年生だけど、入ってすぐに注目を集めたよ」

男「一年生の夏大会から代表に選ばれて、そのままリレー種目でベスト4入り」

男「それまで泣かず飛ばずだった、ウチの水泳部がさ」ハハ

男「すごいヤツなんだよ。その時の大会、じつはぼくもその場にいたんだけど――」

幼「もういい」

男「え?」

幼「聞きたくない」

男「幼から訊いて来たんだろ?」

幼「だから、もういいって言ってるじゃない」

男「・・・・・・」

男(教えろと言ったり、言うなと言ったり・・・)

男(・・・ああ。そういえば、後輩と初めて話したのは、その大会だったかな)

幼「つかれたわ」

男「は?」

幼「もう歩けない」

男(なんで突然?)

男「えーっと・・・それは、困ったね・・・」

男(困ったねじゃないだろう)

男「じゃあ、どうしようか?」

幼「・・・・・・」ジー

男「タ、タクシーでも・・・呼ぼうか?」

幼「っ・・・」

男(ちがった!そりゃそうだ)

男(だれか、六年ぶりに再会した幼馴染と一緒に下校したことがある人、答えを教えてくれ)

男「自転車、取ってこようか? ぼくの家まで行かないとだけど」

幼「自転車・・・」

男「二人乗りになっちゃうけど・・・」

幼「二人乗り・・・」

男(自転車でいいのか?)

男「じゃあ、急いで持ってくるから・・・」

幼「待って」

幼「・・・冗談よ。ちゃんと歩くわ」

男「冗談だったの?」

幼「考えてみたら、こうして男と歩いて帰ったことなんて、今までなかったもの」

男「小学生の頃、一緒に帰ったじゃない」

幼「ただの集団下校じゃない」

男「なにか違いあるかな・・・」

幼「いまは二人きりよ」

男「ああ・・・」

幼「・・・・・・」

男「うん・・・」

男(そういうことを言われると、なんだか意識してしまう)

男(わざと? まさかな・・・)

男(しかし、二人きりといっても)

男「・・・・・・」

幼「・・・・・・」

男(この二人の間の、人が一人、腕を振って通れるくらいのスペースが・・・)

男(距離感が掴めない。再会した幼に戸惑ってる自分がまだいる)

男(幼には遠慮するな(?)って言われたんだし、もっと寄ったほうがいいのかな?)

男「――あ。でも、一度だけ、二人だけで帰ったことが・・・」

幼「っくしゅ!」

男「・・・・・・」

幼「ごめんなさい。ちょっと待ってて」クル

ゴソゴソ

男(今日は肌寒いからな・・・。まだそんな季節じゃないのに)

幼「ん、もういいわ」

幼「・・・男?」

男「幼、なに飲みたい?」

幼「え・・・」

男「ぼくはコーヒーにするけど、幼も同じ物でいい?」

幼「わたし、コーヒーのめない・・・」

男「そっか。じゃあ、ココアにするね」

ピッ、ガコン!

男「はい」

幼「・・・・・・」

男「ココア、いやだった?」

幼「ううん」フルフル

幼「・・・ありがとう」

男「どういたしまして」

幼「あ、おかね・・・」

男「いいよ、飲み物くらい」

幼「でも・・・」

男「そんなのでも、少しは体、あったまると思うから」

幼「・・・・・・ん」コクリ

男「飲まないの?」

幼「あとで飲むわ」

男「ぬるくなっちゃうよ?」

幼「いいの」

男「まあ、いいけど・・・」

幼「・・・いま、飲んだほうがいい?」

男「そんなことないよ」

幼「大事に飲むわ」

男「缶ココア一本で大袈裟な・・・」

幼「あそこ」

男「え?」

幼「わたしの家」

男「あそこって・・・あのマンション?」

幼「ええ。五階建ての、四階よ」

男「・・・・・・」

幼「どうかした?」

男「いや、もっと・・・その・・・」

幼「大きな一軒家を予想してた?」

男「うん。豪邸、みたいなさ・・・」

幼「だから言ったでしょ? お嬢様扱いしないでって」

男「それでも、立派なマンションだよ。分譲なんでしょ?」

幼「わからないわ、そんなの」

男「ぼくの家よりは立派だよ」

幼「男の家は、ここから近いの?」

男「どうかな。近いってほどでは・・・二十分くらいは歩くかも」

幼「そう・・・」

男「ぼくの部屋なんて、このまえ雨漏りしたくらいでさ」

男「オヤジに文句言ったって、それくらい自分で何とかしろって返されるんだよ」

幼「・・・おじさまとおばさまは元気?」

男「あれ、幼ってオヤジたちに会ったことあったの?」

幼「あなたを迎えに、保育園へ毎日来ていたじゃない」

幼「話したことだってあるわよ」

男「そうだったのか・・・」

幼「覚えていないの?」

男「あの頃の幼?」

男「冷たくあしらわれた記憶しか・・・」

幼「でも、口を利いたのは男だけだったわ」

男「・・・・・・そうだった?」

幼「そうよ」

幼「・・・・・・あなたは、そうじゃなかったけど」

男「え?」

幼「なんでもない・・・ここまででいいわ」

男「そっか」

幼「それじゃあ、さよなら」

男「・・・・・・」

男「幼!」

幼「?」

男「また、明日!」

幼「・・・うん」コク

男「はは。じゃあね」

幼「・・・・・・」

幼「・・・・・・っ、男!」

男「なに?」

幼「あ、えっと・・・」

幼「・・・・・・」

幼「・・・・・・また、ね」フリフリ

男「・・・・・・・・・・・・」

男「あ。うん、また・・・?」

幼「っ・・・///」タタタ

男「・・・・・・」

男「これ、夢じゃないよね?」

ギュ~

男「いてっ」

男「・・・・・・」

男「・・・こんどは、もっと寄ってみよう」



ピンポーン

幼「・・・・・・」

ピンポーン

幼「? お母さん、出かけているの?」

ガチャッ

幼母「お、お帰りなさい、幼」

幼「ただいま、お母さん」

幼母「ずっ、ずいぶん、早かったのね?」

幼「そうかしら? あ・・・」

幼(知らない靴。男の人の・・・)

幼母「い、今なんだけどね? お母さん、仕事先の人と少し相談事をしていたのよ」

幼「相談?」

幼母「ほら。お母さん、もう、あの人には頼りたくないから」

幼「・・・・・・」

幼母「幼だって、そう思うでしょ?」

幼「わたしは・・・」

幼「お母さんが、そうしたいのなら・・・」

幼母「あの、それで、ね? 相談、もう少し長引きそうなのよ」

幼「・・・そう・・・」

幼母「だからね? その、悪いんだけど幼、ちょっと・・・」

幼「わかった」

幼母「え?」

幼「わたしがいない方がいいのよね?」

幼母「ご、ごめんね・・・幼」

幼「外で待ってる。だから・・・」

――『早く、迎えに来て』

幼「・・・・・・わたしなら平気だから、ゆっくり相談して」

幼母「そう? ほんと、ごめんね。なるべく、早く済ませるから」

幼(済ませるって・・・)

幼母「じゃあ、悪いけど、少し待っててね。ね、幼・・・?」

バタン

幼「・・・・・・」トスッ

幼「少しって・・・」

幼「・・・夢だったいいのに」

ギュ・・・

幼「・・・いたい」

幼「っくしゅん!」

幼「・・・さむい・・・」

コツン

幼「あ・・・」

『そんなのでも、少しは体、あったまると思うから』

幼「ココア・・・」

カキョッ

幼「んく、んく」

幼「はぁ・・・っ」

『ぬるくなっちゃうよ?』

幼「・・・ううん、あったかい」

幼「・・・・・・」

幼「男・・・」

幼「はやく、明日になって・・・」



男「いつもより、早く学校へ着いちゃったぞ・・・」

男(なんというか、我ながら子供みたいなヤツだな、ぼくは)

男「幼、もう来てるかな?」

男「・・・あれ、あそこにいるのって・・・」

ジャー、バシャバシャバシャ!

キュッ、キュッ

友「ふー・・・」ゴシゴシ

男「おはよう、友」

友「ん・・・男、か?」

友「・・・ああ。おはよう・・・」

男「友? なんだか調子悪いみたいだけど、大丈夫?」

友「ちょっとな・・・いや、大したことないんだ」

友「それよりも、久しぶりじゃないか? こうして二人で話すのは」

男「一ヶ月経ってないくらい?」

友「お互い、付き合いの良い方じゃないもんな」

友「アイツの口からしょっちょうおまえの名前が出てくるから、あんまりそんな感じしないんだけどな」

男「そっちは、相変わらずみたいだね」

友「まあ、な・・・」

友「にしても、今日はずいぶんと早いんじゃないか?」

友「いつもは、もっとゆっくりだったろうに」

男「あー・・・。まあ、そうかな?」

男(教室には?)

友「今日、なにかあるのか?」

男「そういうわけじゃないよ。昨日、よく寝つけなくってさ」チラッ

友「それで学校へ早く来たって?」

男(いない。まだ来てないのか)

友「まさか、男がそんなに学校好きだったとはな」

男「そういう友だって・・・」

男「もう部活だって引退して、朝練なんてないはずだろ?」

友「まあ、そうなんだけどな・・・いや、なんだ・・・」

友「最近、あんまり眠れなくってよ」

男「なんだ。ぼくと変わらないじゃないか」

男「・・・もしかして、ひきずってたり?」

友「最後の大会のことか? まさか?」

友「『地方大会で準優勝』は、大金星だろ」

友「結局、ウソみたいなエースプレイヤーが一人いたってよ。それだけで行けるほど、甲子園は甘くないってことだ」

友「そりゃ、まだ引き摺って眠れないってヤツもいるんだろうけど・・・」

友「俺のは単に・・・・・・プライベートな問題だよ」

男「そう・・・。そういうことじゃ、ぼくじゃ力になれそうにないね」

友「べつに、気にするなって」

男「でも、なにかあったら遠慮なく頼ってよ」

男「ぼくたち、友達だろ?」

友「・・・おう」

友「・・・・・・」

友「おまえ、なんか変わったな」

男「変わった?」

友「いや、なんとなくさ。そんな気がした」

男(変わった、か・・・)

男(昨日そういえば、幼にも同じこと言われたよな)

男(ニュアンスは違うんだろうけど)

男「自分では、そんな風に意識はしてないんだけどね」

友「・・・案外、そんなもんなんだろうな」

友「変わりたい、変えたいと思ってることは中々そうはいかないくせに・・・」

友「いつまでも変わらないと信じていたことに限って、いつのまにか変化しているんだ」

友「自分では、もう・・・・・・手が付けられないほどにさ」

男「友?」

友「なんでもない・・・ふぁ・・・」

男「はは、本当に眠そうだなぁ」

友「適当な理由でも付けて、早退しちまおうかな」

男「オイオイ・・・」チラッ

男(まだ来てない)

男(幼・・・まさか、そんなわけないよな・・・?)

後輩「せんぱぁーーいっ!」

ガバッ

男「うわっ!」ヨロッ

後輩「もう、昨日は寂しかったですよぉ! 先輩、ホントに先に帰っちゃうんだもん~」

男「・・・あのね」

男「朝からこういうことはやめてほしいって、ぼく何度もお願いしたはずだよな?」

後輩「じゃ、お昼からならオッケーですかっ♪」

後輩「やたー! 先輩のお許しが出たー!」

男「そういうことじゃない。抱きつくのを止めてくれってことだ」

後輩「聞こえませーん」

後輩「それよりも先輩? 今日こそは一緒に・・・! あ・・・っ」

友「・・・よお。相変わらず仲良いな、おまえら」

友「でも男の言う通り、人目を憚るってことを覚えたほうが良いぜ、おまえは」

後輩「友ちゃん・・・」

友「・・・・・・」

後輩「・・・・・・」

男(あれ? なんだ、この空気)

後輩「あの、友ちゃん、あたしね――」

友「言うなよ。聞きたくない」

後輩「っ・・・」

男「ちょっと、どうしたの二人とも。喧嘩でもしたの?」

友「・・・そんなんじゃない」

友「こいつが、余計なお節介を焼いてくるのが鬱陶しくってよ」

後輩「そんな言い方・・・!」

友「いちいち、昔からの知り合いってだけでデカイ顔されてみろ」

友「こっちはたまったもんじゃねえよ。 男だって、そう思うだろ?」

男「・・・そう、かな・・・?」

友「そうなんだよ、幼馴染なんてさ。そんなもんだ」

男「・・・・・・」



幼「どいてくれる?」

男「!!」バッ

幼「入り口の前に立って・・・自分が邪魔になっていると思わないの?」

男「ご、ごめん・・・」

幼「・・・ふんっ」

男「あ、幼!」

幼「・・・・・・」

男「おはよう」

幼「・・・ただの先輩と後輩じゃなかったの?」

男「え?」

幼「朝から仲のお宜しいことで」

男「え゛?」クルリ

後輩「?」キョトン

男(しまった。昨日の今日で!)

男「幼、これは・・・!」

友「・・・幼っていうのか? あの子」

男「うん。幼馴染なんだ、ぼくの」

友「幼馴染・・・ああ、男が昔言ってた・・・」

友「へえ、なるほどな。そういうことか」

男「なんだよ、友?」

友「こっちの話だ。それよりも、話をしにいかなくて良いのか?」

友「怒ってるみたいだぜ、彼女」

男「あ、うん。・・・じゃあ友、また。後輩もね」

後輩「そんな、待ってください先輩、まだあたしの話が途中・・・」

友「おまえはあっち。さっさと自分の教室にもどれよ」

後輩「でも、先輩が・・・!」

友「しつこい男は嫌われるけど、しつこい女ってのも、相当だぞ?」

後輩「わかってるけど・・・」

友「・・・っ」フラッ

後輩「! と、友ちゃん!?」

友「こりゃ、思ってるよりヤバいかな」

後輩「ねえ、友ちゃん、体・・・」

友「なんて顔してんだよ。ただの寝不足だ」

後輩「でも、あたし・・・」

友「おまえがどう思ってるか知らないけどな。いいか、言っておくぞ」

友「俺は、なんとも思っちゃいない」

友「お互い、イイ歳こいた男女だろ? 気にするだけ馬鹿だ」

後輩「・・・ごめんね」

友「謝るなよ。俺が惨めになる」

後輩「・・・・・・だって」

友「なんだよ?」

後輩「気にしてないなんて嘘だよ。友ちゃん、顔に出るから分かるもん」

友「だったらなんだよ?」

友「おまえがどうにかしてくれんのか?」

後輩「それは・・・っ」

友「何も出来ないだろ? できるわけねえよな?」

友「だったら、初めから黙ってろ」

後輩「友ちゃんのこと、心配してるんだよ!」

友「そういうの、余計なお世話だって言ってんの、わかれよ」

後輩「っ・・・!」

ダッ

友「・・・くそっ、胸くそワリィ」

友「めんどくせえし、これだから嫌なんだよ・・・」

友「・・・幼馴染ってやつは」



男「幼!」

幼「・・・・・・」

男(あれからついに、幼とは一度も口を利けずに・・・)

男「ホームルーム終わって声を掛けようと思ったら、もういなかったから」

男(せっかくまた会えたのに、こんな状態でいるなんてイヤだ)

男「・・・帰るんだよね?」

幼「見れば分かるでしょ」

男(なんとか修繕しないと)

男「一緒に帰ろうよ」

幼「一人で帰れるわ」

男「道、まだ不安なんじゃないかと思って」

幼「結構よ。昨日で覚えたから」

男「じゃあやっぱり、昨日は分からなかったんだ?」

幼「・・・ちがうわ。より詳細に把握したということよ」

男「わかった、そういうことにしておくね」

幼「全然わかってないわよね?」

男「それにしても、真っ直ぐ帰るんなら声くらいかけてくれたって・・・」

幼「あら、そう?」

幼「わたしはてっきり、男はあの後輩さんと一緒に帰るものと思っていたから」

男「・・・・・・」

幼「気を利かせたつもりだったのだけど?」

男(やぶへびだった)

幼「・・・あの子の話になると、すぐに黙るのね」

幼「あんなに仲がいいんだもの、仕方ないわよね」

男「ちょっと待ってよ、ぼくにも言い分ってものが・・・」

幼「今になって?」

男「それは、幼が話を聞いてくれないから・・・」

幼「どんな話?」

幼「わたしには今日一日、男から話しかけられた記憶がないけれど?」

男「それは、その・・・」

男「話しかけようとはしたよ。何度も」

男「でも、休み時間のたびに、幼の周りに人が集まるから・・・」ボソボソ

幼「・・・・・・」

男「とてもじゃないけど、話なんて・・・」ボソボソ

幼「言いたいことがあるのなら、はっきり言ったら?」

男「・・・幼、怒ってる?」

幼「怒ってないわ」

男「・・・怒ってるよね?」

幼「それじゃあ、そうだとして」

幼「わたしが、何に対して怒ってるかわかる?」

男「それは、もちろん・・・」

男(ぼくが後輩に抱きつかれていたから? そうなのか?)

男「えーっと・・・」

男(ぼくが一日中声をかけなかったから? そうなのか?)

幼「答えられないんじゃない」

男(・・・自意識過剰すぎやしないか?)

男「そ、そうだ!」

男「幼、今から時間ある?」

幼「話を逸らしたわね?」

男「ほら。オヤジたちのこと、気にしてたでしょ?」

男「よかったら、これから顔を見せてあげてよ」

男「・・・きっと、喜ぶと思うから」

幼「それは・・・」

幼「・・・・・・ええ、そうしたい」

男「よかった」

幼「だけど待って」

幼「わたし、何も持たないでは行けないわ」

男「そんなこと気にしないでいいよ」

幼「・・・それに、制服のままだし」

男「ぼくはそのままでもいいと思うけど・・・」

男「そうだね。幼が気になるなら、一度家に戻って着替えてくる?」

幼「家に、戻って・・・?」

幼「・・・・・・」

男「幼?」

幼「・・・なんでもない。少し、考えさせてくれる?」

男「うん。わかった」

幼「それと・・・」

幼「今日は、送ってくれなくていいから」

男「どうして? 遠慮しないでよ」

幼「ちがう、そういうのじゃないの」

幼「とにかく――」

男「! ――幼!」

幼「・・・なによ」

男「もしかしてとは思ったけど・・・」

幼「っ・・・」



男「帰り道、こっちだよ?」

幼「・・・・・・」

男「・・・・・・」

幼「知ってたわよ?」

男「そっか」

幼「ほんとうよ?」

男「そうだね」

幼「ほんとうだからね?」

男「わかったよ」

幼「わかってないわ」

男「わかったってば」

幼「・・・・・・」

男「・・・・・・」

男(無言になっちゃったな)

男(さっき、あからさまに話題を変えたの不満に思ってる?)

幼「・・・・・・」

男(何を考えてるんだか、わからないな・・・)

男「・・・・・・」

男(また、この距離か)ハァ

男(あれ? そういえば・・・)

男「そうだ、あの・・・スーツの人たちって、いまは何してるの?」

幼「スーツの人?」

男「ほら、保育園とか小学校の時に、幼を送迎してたじゃない」

幼「・・・ああ」

幼「何してるのかしらね」

男「幼も知らないの?」

幼「知るわけないわ」

男「そっか・・・」

男「あの人たちってさ、その・・・いわゆる、アレ?」

男「ボディガード的な? やっぱりそういうアレだったの?」

幼「そんなわけないでしょう」

幼「また、お嬢様扱いしたわね?」

男「そんな・・・じゃあ、あの人たちって?」

幼「家政婦よ、家事手伝い。どこの家にだっているでしょう?」

男「え、いるの?」

幼「・・・いないの?」

男「いないと思うけど。普通は」

幼「・・・・・・」

男「あのさ、幼はなんでこっちに戻ってきたの?」

幼「なんで? なんでって・・・」

幼「・・・・・・」

幼「・・・家庭の事情よ」

男「お父さんが転勤したとか?」

幼「ええ・・・」

幼「・・・・・・そんなかんじよ」

男「幼のお父さんって、どんな人なの?」

幼「わたしの?」

男「幼はさ、うちのオヤジとオフクロに会って、話したこともあるっていうけど・・・」

男「ぼくは幼のお父さんともお母さんとも、そういえば、話すどころか見たこともないんだなって」

男「やっぱりお父さんは、いつも仕事で忙しくしてるの?」

幼「ええ・・・」

幼「・・・・・・たぶんね」

男「お母さんは?」

幼「お母さんは・・・」

幼「・・・お母さんも、仕事で忙しそうにしているわ」

男「共働きなんだ?」

幼「今はね・・・」

男「そっか」

幼「・・・・・・」

男「それじゃあさ、ぼくが言うのもなんだけど・・・」

男「家で一人でいる時間が長いと、寂しくなったりしない?」

幼「え?」

男「その・・・ぼくが小さい頃そうだったからさ」

男「でも、幼はそんなことないか。しっかりしてるもんね」

幼「しっかりしてるとか・・・」

幼「・・・もう、高校三年生なのよ?」

幼「そんなこと、思うわけないじゃない」

男「たしかに、それもそうだね」

幼「そうよ。そう・・・」

幼「寂しくなんて・・・・・・」

幼「・・・・・・」

男「・・・・・・」

男(また、無言に・・・)

男(なにか、話を振らないと)

男(なにか共通の話題は・・・)

幼「・・・・・・」

男(趣味とか? 幼の趣味って?)

男「・・・・・・」

男(待てよ。もしかしてぼくって・・・)

男(幼のこと、何にも知らないんじゃないか?)

男(勉強が出来るとか、運動が出来るとか。そういうんじゃない、プライベートなことで・・・)

男(名前と・・・あとは・・・)

男「・・・」

男(・・・・・・・・・名前だけ? うそだろ?)

男(家族のことだって、さっき聞くまではなにも知らなくて・・・)

男(・・・そうか。考えてみたら、誕生日だって知らないんだ、ぼくは)

男(なんだかすごいショックだ)

男「あ、っと・・・。それじゃ、ぼくはこっちだから」

幼「えっ・・・?」

男(何を考えてるかわからない? 違う。そうじゃない)

男「途中までだけど、一緒に帰れてよかった」

男「また、明日ね」

男(・・・何も知らないだけだ)

幼「ま、待ってよ・・・待ちなさい」

男「ん?」

幼「おじさまたちに、会わせてくれるんじゃないの?」

幼「・・・わたしを置いて行くの?」

男「でも、さっき考えたいって」

幼「だから考えたの」

幼「今から行くわ、行きたい。いいわよね?」

男「もちろん、構わないけど・・・」

幼「・・・・・・ほんと言うとね」

幼「今、あまり家に居たくなくって・・・」

男「どうして? お父さんかお母さんと、喧嘩でもしたの?」

幼「けんか? けんかなんて・・・」

幼「・・・したくても、できないわよ」

男「完璧な幼でも、そういうことってあるんだね」

幼「そんな、わたしだって・・・」

男「大事にしないとダメだよ、家族のこと」

男「何があったかは訊かないし、喧嘩するのが良いことだなんて言わないけどさ」

男「言いたいことは、ちゃんと言わないと。それが親でも、兄弟でも」

幼「・・・・・・」

男「言葉にしないと、伝わらないことは絶対にあるから」

男「話せるうちに話さないと。いつかそれができなくなってしまった時に、きっとたくさん後悔する」

男「だから――」

幼「――なにが分かるの・・・」

男「幼?」

幼「男に、なにが分かるの?」

幼「わたしのこと、何にも知らないでしょ? そうでしょう?」

幼「何にも知らないくせに、なのにっ・・・」

幼「そんな・・・、簡単に言わないでよ!」

男「・・・・・・」

男「ごめん、偉そうに」

男「・・・そうだよね。本当の親もいないぼくが、何を言ってんだろうな・・・」

幼「っ!! ちがっ、そんな・・・!」

幼「ごめんなさい・・・わたし、そんなつもりで言ったんじゃなくて・・・!」

男「大丈夫、わかってる」

幼「・・・ごめんなさい」

男「いいんだ、気にしてない」

幼「・・・・・・ごめんなさい」

男「・・・・・・いや」

男「・・・行こうか」

幼「・・・うん」

帰り道、ぼくと幼が言葉を交わすことはなかった。
無言で歩き続けた。

苦しかった。
好きだった人と、今も好きなはずの人と歩いているはずなのに。

きっと幼も、同じように苦しい思いをしているだろう。
そうさせているのは、他でもない。ぼくだ。

たまらなかった。
こんなはずじゃなかった。

だけど、もしかしたら。
ぼくと幼との間に、修繕するような関係なんて、初めから無かったのかもしれない。

『たまたま再会した、そんなに仲の良くない、ただの幼馴染同士』

それだけだったのかもしれない。

50cmもないくらいの、ぼくと幼との間に存在する空間。
もっと寄せたいと思っていた距離は、縮まらなかった――。



男「待って、幼」

幼「・・・・・・」

男「着いたよ」

幼「ここが・・・?」

男「うん」

幼「え、でも、ここって・・・」

男「中に入れば、わかるから」

ガチャッ

男父「いらっしゃい・・・って、なんだ。オマエか」

男「ただいま、オヤジ」

男父「店の方から入ってくるなんて珍しいな」

男「まあね」

男父「どうした、パパのコーヒーが飲みたくなったか?」

男「よく言うよ」

男「・・・どうしたの? 入ってきなよ」

男父「なんだ、友達を連れてきたのか?」

男父「言っとくが、友人だからとサービスしたりせんぞ?」

男父「ちゃあんとオマエの小遣いから引いておくからな!」

キィ・・・

男「まったく、しっかりしてるよ」

幼「・・・・・・あの」

男父「おや、きみは・・・」

幼「わ、わたし・・・・・・」

男父「ふふっ。幼ちゃん、だろう?」ニコッ

幼「! は、はい! そ、そうです・・・っ」

男「・・・・・・」

男「オヤジ、よくわかったね?」

男父「すぐにわかったともさ。ぜんぜん変わっとらんからの」

男(変わってない?)

男「どこに目を付けてるんだよ。幼はこんなに・・・」

男父「見た目の話をしてるんじゃない。オマエこそ、どこに目を付けてる?」

幼「お久しぶりです・・・おじさま」

男父「ああ。大きくなったね」

幼「はい」

男父「それに、綺麗にもなった」

幼「そんな・・・」フルフル

男父「こっちへは、いつ戻ってきたんだい?」

幼「四日前です」

男父「そうか。男とは?」

幼「同じ、クラスになりました」

男父「ほお! そりゃ、男は喜んだろう?」

幼「えっ・・・・・・」

男「おっ、オヤジ!!」

男父「狭い店でなんて声出しやがる」

男「頼むから、余計なこと言わないでよ」

男父「このワシの親心がわからんとは嘆かわしい」

男「そりゃ、けっこうなことだよ」

男父「親の心、子知らずとはよく言ったもんだ・・・幼ちゃんは、こんなロクデナシにならんようにな」

幼「あの・・・は、はい・・・」

男「幼、無理に話を合わせなくていいよ?」

幼「そんなことない・・・」

男父「たしか、男からは東京へ行ったんだと聞いていたが・・・」

幼「はい。白百合に通っていました」

男父「戻ってきたのは、お父さんの仕事の都合でかい?」

幼「・・・・・・そう、ですね」

男父「お父さんは、元気にしてるかい?」

幼「はい・・・とても」

男「オヤジ・・・っ」

男父「ん?」

男「・・・・・・」

幼「・・・・・・」

男父「・・・幼ちゃん」

幼「はい」

男父「よかったら、ウチのやつにも、顔を見せてやってくれんか?」

幼「もちろんです、是非そうさせてください」

男父「せっかく幼ちゃんがこうして顔を見せてくれたんだ」

男父「本当なら、こっちが出迎えてやらにゃいかんのになぁ」

幼「そんな・・・とんでもないです」

幼「おばさま、どこか具合を悪くされてるんですか?」

男父「ああ、いやいや。そういうわけじゃないんだ」

男父「・・・男、オマエが案内してやれ」

男「うん、わかってる」

男「幼、こっち。裏から出て、ぼくの家に上がるから」

幼「うん」

男「そこ、段差になってるからね。気を付けて」

幼「うん」

男「・・・・・・」

幼「・・・驚いたわ」

男「え?」

幼「お店のこと」

男「ああ、うん・・・」

幼「いつから?」

男「オヤジとオフクロが、舞台役者をやってたって言ったことあったっけ?」

幼「男から、聞いたことあるわ」

男「まあ、年季もあるしね。そこそこ有名な役者だったらしいんだけどさ」

男「・・・幼が引っ越したあと、そんなに経たないくらいかな」

男「二人して、体を痛めてさ。それまでも、しょっちゅう無茶してたみたいで、頃合だったんだろうね」

男「『役者は引退して、明日から自営業をはじめる』って」

幼「それで・・・喫茶店?」

男「オヤジのことだろ? ぼくは八百屋でもやるもんだと思ってたんだ」

男「でも、オフクロがどうしてもやりたいんだって」

男「『ソレイユ』。意味は・・・」

幼「・・・『太陽』」

男「! そう、太陽・・・」

男「店の名前から、内装・・・使う食器まで全部オフクロが用意してさ」

男「・・・もう一つの夢だったんだって」

幼「・・・・・・」

男「っていってもだよ? オヤジもオフクロも素人だったから、ぼくは不安だらけだった」

男「二人とも必死に勉強して、なんだかんだで、開店するまでに半年かかった」

男「ぼくは、脇で見ているだけだったけど・・・オヤジもオフクロも、ずっと笑顔だった」

男「オフクロは夢のために。オヤジは、大好きなオフクロの夢のために」

男「店が形になった時はもちろんだけど、店にいる時の二人は幸せそうだった」

幼「おばさま・・・」

男「ぼくも、さ・・・」

男「さっき幼に言ったように、それまでは家に殆ど居ることのなったオヤジたちが、ずっと家に居るようになってさ」

男「嬉しかったんだ・・・すごく」

幼「男・・・」

男「二人の前じゃ絶対に口にはしなかったけどね」

男「恥ずかしいし、なんだか負けた気になるし」

男「・・・あ、ここ」

男「・・・・・・」

男「オフクロ、入るよ」

スゥーーー

幼「和室・・・?」

男「オフクロ、幼が来たよ。・・・こっちへ戻ってきたんだ」

男「オフクロに挨拶しにきてくれたんだよ・・・」

幼「・・・おとこ・・・?」

男「・・・・・・」

幼「おばさまは・・・?」

幼「これ・・・・・・」

男「せっかく、ソレイユ出来たのにな・・・」

男「癌だって・・・」

幼「癌・・・?」

男「目一杯、頑張ったんだけどさ」

男「・・・・・・だめだった」

男「でも、最後まで笑顔だった。すっごい、いい笑顔だったんだよ」

幼「うそ・・・そんな・・・」

男「顔を、見せてあげて。それで・・・」

幼「・・・・・・」

男「よかったら、線香、上げてやってくれないかな」

幼「・・・うん。わたしからも、お願い」

幼「おばさまに・・・挨拶、させて」

男「・・・・・・」

幼「・・・・・・」

男「・・・ごめん」

幼「・・・え?」クル

男「後輩に抱きつかれて、ごめん。うそをついて、ごめん」

幼「・・・・・・」

男「今日一日、話しかけられなくて、ごめん。一人にして、ごめん」

幼「・・・・・・」

男「幼のこと何にも知らないのに、偉そうなこと言って、ごめん」

男「幼のこと、わかったふりして、ごめん」

幼「・・・男」

男「たくさん、ごめんね。・・・許してほしい」

幼「っ・・・そんな、ちがう! あれは、わたしが・・・っ」


――『話せるうちに話さないと。いつかそれができなくなってしまった時に、きっとたくさん後悔する』


幼「~~ッ!!」ポロッ

幼「わたしこそ・・・、ごめんなさいっ・・・!」

幼「こんな、知らなくて・・・ぇっ」

幼「男のこと、なんにも知らないのに、あんなこと言って・・・!」

幼「ごめん・・・っ、ごめんね・・・!」ポロポロ

幼「おばさま・・・うっ、ぇ・・・あぁぁっ・・・」

男「幼・・・」

幼「ゆるして、ひっく・・・許して、くれますか・・・?」

男「・・・言ったでしょ?」

男「気にしてないって」

幼「でも・・・っ」

男「オフクロも、気にしてないってさ」

幼「おばさま・・・・・・」チラ

男「だから、大丈夫」

男「こんなこと、なんでもないよ。だって、ぼくたち・・・」

男「幼馴染でしょ?」

幼「っ・・・、うん。・・・うん・・・っ」バッ

男「お、幼・・・?」

幼「ぁ、ぅぁぁ・・・っ」

男(・・・・・・)

ぼくの胸に顔をうずめた幼が、堰を切ったように嗚咽を零す。
その姿は、ぼくの知る普段の幼の、凛とした佇まいからは想像も出来ないものだった。

どこにも行き場をなくした、雨に打たれ続ける子犬のようだった。

頭を撫でてやれたら。

肩を抱いてやれれば。

背中に手を回せれば。

どんなによかったろうか。

何も出来ない臆病者。
臆病者のぼくは、ただじっと、仏壇に置かれた、オフクロの位牌を見つめていた。

手はだらりと下げたまま、頭だけをぼくに預けて。
幼は、しばらく泣きつづけた。

男「・・・・・・」

男父「おう、戻ったか」

男父「幼ちゃん、どうだった・・・って!」

幼「・・・・・・」

ゴツン!

男「っ!! なんで殴るんだよ!?」

男父「幼ちゃん泣かせたろう。目が真っ赤じゃないか」

男「いや、オヤジこれは・・・」

幼「おじさま、違うんです。これは・・・」

男父「幼ちゃん。こんなヤツ庇うことはないぞ?」

男父「どんな理由があったかしらんが、女に手を上げるやつは、最低の男だ」

男父「クズだ。キンタマ取っちまったほうがいい」

男「きんたまって・・・」

幼「・・・///」

男父「そう教えたろう?」

男父「盗みも暴力も悪だ」

男父「だが、この世の一番の悪は、無責任であること」

男父「腰振って種付けするだけなら、犬や猿と一緒だ」

男父「惚れた女が出来たなら、人生を賭けて守れ」

男「それが出来ないのなら、出家しろ・・・でしょ」

男「覚えてるよ、ちゃんと」

幼「違うんです、おじさま。これは、わたしが・・・」

幼「おばさまのことを思い出して、勝手に・・・」

男父「・・・・・・そうなのか?」

男「早とちり」

男父「・・・・・・」

男「あー、喉渇いたなぁー」

男父「よし、アイスコー・・・」

男「クリームソーダ。ちゃんとアイスも乗っけてね」

男父「・・・・・・」

男「幼も飲むでしょ?」

幼「でも、わたし・・・」

男「一緒に飲もう、ね?」

幼「・・・うん」

男「オヤジ」

男父「わかってるわい」

・・・・・・

幼「ごちそうさまでした」

男「おいしかった?」

幼「とっても・・・。おいしかったです、おじさま」

男父「この愛嬌が、オマエにもあればなぁ」

男「ぼくは愛嬌がないんじゃなくて、人を選ぶだけ」

男父「・・・そんなこと言っとったら、幼ちゃん限定じゃないか。のう?」

幼「はい?」キョトン

男「子供のことに殊更に口出しするのは、歳を取った証拠なんだってね」

男父「減らず口だけは一人前になりおって・・・」

男父「生意気言う前に、親孝行の一つでもしてみせろ」

男「たとえば?」

男父「孫の顔を見せるとかな」

男「・・・ぼくはまだ高校生だけど?」

男父「年齢的には問題なかろうが?」

男「だいいち、相手が・・・っ!?」ハッ

男父「相手なら・・・」

幼「・・・・・・」

男「もういい! まったく、オヤジは・・・!」

男「って、もうこんな時間か」

男父「おお、そうだな。 幼ちゃん、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?」

男父「あまり遅くなるようだと、お母さんも心配するだろう」

幼「・・・あ、はい・・・」

幼「・・・・・・そうですね」

幼「・・・・・・」

男父「・・・・・・」

男父「のう、幼ちゃん。このお店、どう思う?」

幼「えっ・・・」

男父「メニューはもちろん、食器の置き場所やテーブルの位置も変えてないんだ」

男父「男母の考えたままにしてある」ニコ

幼「とても、いいと思います。雰囲気があって・・・」

幼「こういったことに造詣がないので、ありきたりな表現になってしまってごめんなさい」

男父「変に飾った言葉よりも、シンプルでも心の篭った言葉の方が嬉しいものだよ」ニコ

男父「・・・ありがとう。男母もきっと、喜んでいるよ」

幼「だったら、わたしも嬉しいです」

男父「たまに、あいつの口から幼ちゃんの名前が出ることがあってなぁ」

幼「おばさまから・・・?」

男父「あいつはあいつで、幼ちゃんのことを気にしていたのだろう」

男父「もしかしたら、娘のように思っていたのかもしれない・・・幼ちゃんには、不本意かもしれんが・・・」

幼「そんなっ、そんなこと・・・!」ブンブン

男父「よかったら、ここで働いてみないかい?」

幼「・・・え・・・?」

男「オヤジ!?」

男父「まあ、働くというよりは、ちょっとした、お手伝いのような形になるんだが・・・」

男父「店主のワシが言うのもなんだが、この店、開店してこれから固定客を付けていこうってときに、アイツが倒れてしまったろう?」

男父「駅前や隣街には、大手コーヒーチェーン店なんかもどんどん出店してくるしなぁ」

男父「そんなだから、いま見ての通り、基本的に閑古鳥の泣くお店なんだが・・・」

男父「だからまあ、ウェイトレス・・・というよりも、このジジイの話し相手ってかんじになってしまうんだが」ハハ

男父「それでもよかったら、どうだろう?」

幼「わたしが・・・?」

男父「もちろん、きちんとしたお仕事のように、シフトなんかないからね」

男父「幼ちゃんが来たい時に来て、居たいだけ居てくれていい」

男父「その分、その・・・お給料は、ちょっとアレなカンジになっちゃうかもしれんが・・・」

幼「おじさま・・・」

男父「足りないようなら、男の小遣いを回してもいいしの」

男「オイ」

男父「・・・・・・どうかの?」

幼「・・・わたし・・・」

男「・・・・・・」

幼「・・・・・・したい、です」

幼「また、ここに来たい・・・」

男父「決まりじゃな」ニコッ

男父「となれば、早速・・・」ゴソゴソ

男「なに探してるんだよ・・・?」

男父「あった。ほら、幼ちゃん」チャリ

幼「これって・・・」

男父「お店の鍵じゃよ。男はすぐ失くすからからな、幼ちゃんが持ってた方が安心だ」

幼「・・・いいんですか? こんな・・・」

男父「いつでもおいで・・・待ってるよ」

幼「っ・・・・・・」ギュッ

幼「大切に、します」

男父「男、自転車で家まで送ってやれ」

男「言われなくても、そうするつもりだよ」

男「・・・幼」

幼「・・・・・・」

男「帰ろう。それで、また来てよ」

男「待ってるから。オヤジと一緒に」

男父「いや、オマエは別におらんでもいいぞ」

男「・・・・・・」

幼「ふふっ」クス

男「あ・・・」

男(幼の笑ってる顔、久しぶりに見たな・・・)

・・・・・・

男「お待たせ」

幼「・・・変わった自転車ね」

男「トライマグナムシャイニングスピンソニック号」ボソッ

幼「はい?」

男「なんでもない・・・」

男「座って。クッション敷いて、お尻痛くないようにしたから」

幼「ありがとう」

男「行こうか」

幼「・・・あ、まって、急に・・・っ」ギュ

男「ごめん。へいき?」

幼「うん・・・えっと・・・」

男「あ、うん。・・・そのまま、掴んでていいよ」

幼「・・・ん」

男「・・・・・・」

幼「・・・・・・」

男(また無言、か・・・)

男(でも、なんだろう?)

男(ぜんぜん、苦しくない)

男「幼、おしりだいじょうぶ?」

幼「なにを気にしてるの?」

幼「・・・それとも、わたしのお尻って、そんなに大きいかしら?」

男「そういう意味で訊いたんじゃ・・・」

男(ちょっと苦しくなった!)

幼「・・・ねえ」

男「・・・うん?」

幼「よかったの?」

男「なにが?」

幼「鍵、わたしが・・・男、あの時何も言わなかったから・・・」

男「ぼくもだよ」

幼「え・・・?」

男「ぼくも、幼に持っていてほしいんだ」

男「そうすれば、いつでも会えるような気がするから」

幼「・・・・・・」コツン

男(幼の頭がぼくの背中に・・・)

男「・・・・・・」

幼「・・・・・・」

男(これって、けっこう良い雰囲気なんじゃないか? よし・・・!)

男「あー、・・・そうだ!」

男(勢いで訊いてしまえ!)

男「幼さ、誕生日っていつ!?」

幼「誕生日? ・・・来週だけど」

男「来週ッ!? あ、わっ・・・!?」

グラグラ

幼「きゃ・・・っ! もう、しっかり運転して」

男「ごめん。でも、来週なんて・・・」

男「・・・・・・」

男(勇気を出して・・・臆病者から、一歩・・・)

男「その、幼、どうかな・・・?」

幼「なに?」

男「誕生日パーティーとか・・・」

幼「・・・わたしの?」

男「パーティーっていっても、祝うの、ぼくとオヤジだけだけど・・・」

幼「ううん、嬉しいわ。でも・・・・・・」

男「・・・予定、あるの?」

幼「勘違いしないでね。 その・・・家族の・・・」

男「ああ、そっか・・・そうだね」

男「なら、仕方ないね。はは・・・」

男(玉砕、か)

幼「だから、その・・・」

男「ん?」

幼「その、次の日、だったら・・・・・・その、いい、わよ?」

男「! そっ・・・!」

男「そっか。じゃあ、やろう! うん!」

幼「ふふ、楽しみにしてる」

男「プレゼント、期待しててよ!」

幼「あまり、背伸びしないでね」

男「よおし、そうと決まれば・・・っ」ギッ、ギッ!

幼「きゃっ、ちょっと、スピードだしすぎ・・・っ」

幼「男、昔に戻ったみたい・・・っ、無茶して・・・!」

男「あっ! 見て、幼!」

男「星が、あんなに・・・!」

幼「・・・・・・・・・すごい」

幼「きれい・・・・・・・・・」

男「・・・・・・」

男「・・・明日はきっと、晴れるね」

満天の夜空。
ぼくの腰に手を回し、足を揺らしながら、星を見上げる幼馴染。

ぼくは実感していた。
いつの日か失った、あの活力が全身を巡っていることに。
そしてこんどは、素直に受け入れることが出来た。

ぼくは幼に、恋をしているんだ。

あの、子供の時分に感じたままの、それ以上の気持ち。

ぼくが、昔のぼくに戻りつつあると言うのなら。
それが良いことなのだとしたら、それは、キミのおかげだ。幼。

だから、僕はいま、こう思ってやれる。

どんなに星の輝きを重ねようとも、ぼくの目は奪えない。
ぼくの目にはもう、彼女の横顔しか、映らないのだから。



男「友!」

友「おう・・・男か」

友「少し相談したいことがあって・・・、友?」

友「・・・なんだよ」

男「具合悪そうだけど」

友「ちょっとな・・・よく眠れてないだけだ。心配すんな」

友「最近、枕変えたからな」

男「・・・・・・」

男「ねえ、友。それって前に言ってた、プライベートな問題のせいじゃないの?」

友「・・・覚えてたのか」

友「ああ。そうだよ、そう・・・」

友「でも、男が気にすることないぞ。おまえには関係ないだろ」

男「それを言われちゃうと、何も言えないじゃないか」

友「・・・相談って言ったよな。ちょうどいい」

友「俺も男に、訊きたいことがあったんだ」

男「ぼくに? なんだろう?」

友「ここじゃなんだし、場所を移そうぜ」

・・・・・・

友「んで、相談ってのは?」

男「うん。その・・・」

男「友はさ、後輩の誕生日のプレゼントとか、いつもどうしてるの?」

友「はぁ? プレゼント?」

友「なんでまた、そんなことを・・・」

男「じつは、幼・・・ぼくの幼馴染の誕生日がね、来週なんだ」

男「それで、なにをあげたら喜ぶんだろうって」

友「・・・・・・」

男「・・・友?」

友「そんなもん、適当に選んでおけばいいだろ」

男「適当にって・・・それじゃ、参考にならないよ」

友「当たり前だろ」

友「アイツはアイツ、幼さんは幼さんだ」

友「性別が女だってこと以外は、同じことなんて何一つないんだぞ?」

男「それはわかってる・・・」

友「だったら、自分でどうにかしろよ」

男「でも、だってぼくは・・・女の子に何かをあげた経験だってないんだよ」

友「幼さんにだってか?」

男「ちゃんとしたものは、一度も・・・」

友「今までの誕生日はどうしてたんだ?」

男「・・・知らなかったんだ、誕生日。ずっと」

友「・・・・・・」

友「本当に、幼馴染なのか? それ・・・」

男「だからとにかくアドバイスが欲しいんだよ!」

男「ぼくの知り合いで、異性の幼馴染がいるのなんて、友くらいだから・・・」

友「男、友達多いほうじゃないもんな」

男「・・・それは、今は放って置いてくれる?」

友「・・・アドバイスも何も・・・」

友「あげてねぇよ」

男「え・・・」

友「ここ数年、アイツの誕生日に何か渡した記憶なんてないよ」

男「どうして・・・」

友「どうしてだって? 自然なことだろ?」

友「俺とアイツは、許婚でもなけりゃ恋人でもないんだ」

友「幼馴染っていったって、もともとは親同士の仲が良かっただけの繋がりだ」

友「今はもう、アイツと二人きりで出かけることなんて殆どないし・・・」

友「・・・考えてもみろよ。お互い、いつまでも子供じゃないんだぞ?」

友「俺には俺の付き合いがあるし、アイツだってそうだろ」

友「二次性徴を迎えれば、パーソナルスペースに対する価値観だって一変する」

友「そうなりゃ、女と一緒に居て恥ずかしいって感じるのは、おかしくない成り行きなんだ」

友「・・・そうなる前に、離れ離れになった男には、分からないかもしれないけどな」

友「毎朝起こされるのも、一緒の卓を囲んで飯を食うのも、一緒に風呂に入るのも、一緒に寝るのも・・・」

友「それが許されるのは子供だからだ」

友「・・・俺はもう、子供じゃない」

友「たとえ昔は身内のように接していても、今はそうはいかない。大人になったんだ」

友「変に肩肘張らなくていいし、そこらの女連中とするよりかは話も弾む」

友「そりゃあ、他人よりはお互いのことわかるよ。昔馴染みだからな」

友「でも、なんでも分かるわけじゃない。知らないことだってたくさんある」

友「ただの男と女の・・・そう、ちょっとした知り合いだよ」

友「ちょっとした知り合い程度にプレゼントなんて貰って、嬉しいことあるか?」

友「俺はそうは思わない」

男「・・・・・・」

男「そう思うようになったから、なにも?」

友「・・・ああ、べつにプレゼントを贈りたいっていうおまえを避難してるわけじゃないんだ」

友「俺だってアイツに、迷惑だから止めてと言われたわけじゃない」

友「そうしたいなら、そうすりゃいいさ」

友「ただ、俺はおまえの助けにはなれそうにもないよ」

男「・・・そっか」

友「悪いな」

男「ううん、いいんだ。事情も知らないで、一方的に訊いたのはぼくなんだから」

友「・・・贈るのはいいけど、ちゃんと受け取ってくれそうなのか?」

男「背伸びはするなって言われたけどね」

友「・・・そういう幼馴染も、あるんだな」

男「自分たちが、変わってるっていうのは・・・。うん、きっとそう」

男「でも、ぼくはそれがおかしいとは思わないな」

友「・・・少し、羨ましいな」

友「相手に何を贈ろうか、一生懸命考えることのできる、男はさ」

友「まあ、なんだ。幼馴染云々は抜きにして、女の子へのプレゼントって考えると・・・」

友「化粧品とかどうだ?」

男(化粧・・・幼、お化粧とかするのか?)

友「ミュージックアルバムなんか無難じゃないか?」

男(音楽・・・幼、どんな音楽聴くんだ?)

友「アパレルもアリじゃないか? これからの季節を考えたら、セーターとかマフラーとか」

男(洋服・・・幼、どんな服が好きなんだ?)

友「アクセサリーは・・・ちょっと重たいかもな」

友「まあでも、男は『そういうつもり』なんだろ?」

男「そういうって?」

友「・・・さあね」

友「男が自分で考えて自分で選んだものなら、なんでも喜びそうな気もするけどな」

男「それは、参考にしていい経験談?」

友「・・・どうだったかな・・・」

男「・・・もう少し、悩んでみることにするよ」

友「ああ」

男「それで? 友の、訊きたいことって?」

友「大したことじゃないんだけど・・・」

友「幼さんのこと、教えてくれないか?」

男「え゛・・・・・・」

友「おいおい。なんて顔してんだ」

男「そ、それって、どういう・・・」

友「ちょっと、勘違いするなって。ミーハーな興味だ」

友「東京の、有名なお嬢様学校に通ってたんだってな?」

男「うん。白百合っていう、エスカレーター式の・・・」

友「思い出したんだよ」

友「そういえば、いつだったかおまえが話してたのをさ」

友「気になるじゃないか」

友「俺だって、男と一緒だよ。自分たち以外の幼馴染はどうなんだって」

友「まあ、そういうの抜きにしても? 単純に美人だろ? そこら辺じゃ先ずお目にかかれないレベルだ」

友「あれで興味を持たないほうが――」

男「・・・・・・」

友「なんてな。冗談だよ、冗談。おまえの大事な幼さんに、色目使ったりしないって」

男「いや、ぼくと幼は・・・」

友「付き合ってないのか?」

男「ないよ、ないない!」

友「普段の彼女って、どんなかんじなんだ?」

男「どんな? うーん・・・大人しいよ、すごく」

男「落ち着いてるっていうか、凛としてるっていうか・・・」

男「でも、怒るとすごく怖い」

友「すごく、か」

男「うん」

友「男といる時は?」

男「変わらないよ?」

友「二人でいる時は、もう少し華を見せるとかないのか」

男「華・・・見せてくれたことあったかなぁ・・・」

友「やっぱり、そんなもんか」ハァ

男「友、自分でさんざ幼馴染なんてとか言っておきながら、ぼくたちにはそういうの求めるの?」

友「可能性の話だ。あるかもしれないから訊いたんだろ」

男「ないよ、ないない」

友「んじゃ、こっちへ戻ってきた理由は?」

男「家庭の都合。お父さんの仕事関係じゃないかな・・・たぶん」

友「誕生日は?」

男「四日後」

友「血液型は?」

男「知らない」

友「趣味は?」

男「知らない」

友「家族構成は?」

男「お父さんさんとお母さんの三人。だと思う・・・」

友「好きな食べ物は?」

男「知らない」

友「好きな動物は?」

男「知らない」

友「幼さんのお母さんって、どんな人なんだ?」

男「会ったことないよ」

友「将来の夢は?」

男「知らない」

友「・・・・・・なんというか」

友「ほとんど他人じゃないか」

男「ぼくもそう思う。知らないことばかりで・・・」

男「でも、今はいいんだ。これでいいって思える」

男「これから知っていけばいい」

男「時間は、たくさんあるんだから」

友「・・・そうか?」

男「友?」

友「たとえ時間がどれだけあっても、ずっと二人でいられる保証なんてないんだぜ?」

男「それは、そうだけど・・・」

友「だから、気を付けろよ?」

友「一緒にいたいのなら、なるべく彼女から目を離さないようにしろよ」

友「人生ってさ・・・なにが起きるか分からないんだからな」

男「・・・うん」

男「分かったよ・・・気を付ける」

友「・・・じゃ、俺はもう行くな」

男「友、もういいの? ぼく、なにも・・・」

友「ああ、いいんだ」

友「・・・十分、わかったよ」

友「なあ、一つ訊いてもいいか?」

男「なに?」

友「男、いま幸せか?」

男「・・・・・・わからない」

男「だけど、これからは・・・自分は幸せなんだって、胸を張って言えるようになりたい」

友「そうか・・・」

友「・・・頑張れよ。プレゼント、喜んでくれるといいな」

男「ありがとう」

男(プレゼント、か)

男(幼には無理するなって言われたけど・・・)

男(やっぱり、今まで渡せなかった分も含めて、おもいっきり奮発したいな)

男(けど・・・)

男(・・・幼、困っちゃうかな?)

男(いや、でもやっぱり・・・)

後輩「せんぱい・・・」

男「わっ!?」ビクッ

後輩「あ・・・ごめんなさい、驚かせちゃって・・・」

男「いいんだ、今のは・・・考え事をしてたから」

男「気付かなかった、どうしたんだ?」

後輩「・・・・・・」

男「なんだ。今日は、いつもみたいにガーッ!って来ないんだな」

後輩「あの、あたし・・・」

男「や、違うぞ? 抱きついてくれって言ってるわけじゃなくって・・・!」

後輩「・・・先輩、さっき友ちゃんと話してましたよね・・・?」

男「え・・・うん。なんだ、見てたの?」

後輩「はい・・・」

男「だったら、遠慮しないで声をかけてくれたらよかったのに」

後輩「・・・・・・・・・」

男「後輩?」

男「・・・もしかしてさ、まだ友と仲直りしてないのか?」

後輩「仲直り・・・・・・そうですね」

男「そんなに深刻なの? ぼくで、何かできることあるか?」

後輩「いいんです。これは、あたしと友ちゃんの・・・ううん」

後輩「・・・友ちゃんの問題だから」

男「そうは言うけどな・・・」

後輩「それに、仲直りするような仲、あるのかな・・・」

男「幼馴染だろ?」

後輩「先輩、さっきの友ちゃんの話聞いてました?」

後輩「なんでもないんです、幼馴染なんて。友ちゃんにとっては」

後輩「あたしは友ちゃんにとって、どうでもいい存在なんですよ」

男「たしかに、そんな風なことも言ってたけど・・・」

男「でも! 幼馴染である前に、後輩は一人の女の子だろ?」

男「屁理屈かもしれないけど・・・」

男「後輩が幼馴染だからどうでもいいなんて・・・そんな風に友が考えてるって決め付けるのは、良くない」

男「友と、ちゃんと話したのか?」

後輩「・・・・・・」フルフル

男「あとになって後悔するくらいなら、ちゃんと話した方がいい」

男「どっちが悪いとかじゃなくて、擦れ違ってるだけかもしれないだろ?」

男「ただ知らないってだけで・・・」

男「ぼくも、つい最近同じことあったから、分かるよ」

後輩「・・・・・・後悔なら、もうしてますよ」ボソ

後輩「なんで、もっと早くに気付けなかったんだろうって」

男「後輩?」

後輩「・・・好きなんですか?」

男「は?」

後輩「あの人・・・幼さん、でしたっけ」

後輩「先輩、そうなんでしょう?」

男「・・・・・・うん」

男「ぼくは、幼のことが好きだ」

後輩「いつから?」

男「ずっと。ずっと、好きだった」

男「忘れようとしたこともあったし、忘れることができたと思ってたけど・・・」

後輩「うそつき・・・」

後輩「先輩、いないって。幼馴染なんて、仲の良い女の子なんて、いないって・・・」

男「・・・ごめん」

後輩「・・・ううん。いいの、いいんです」

後輩「あたしもウソ、ついてたから」

男「ウソ? 後輩が?」

後輩「はい。でも・・・もう、終わりです」

後輩「だって、どうやったって・・・」ポロッ

男「! ちょっと、どうしたんだよ。何があったんだ・・・?」

後輩「・・・・・・・・・」

後輩「・・・じつは――」



幼「――ちょっと」

男・後輩「!?」

幼「わたしの下駄箱の前でなにをしているの?」

後輩「あたし・・・」

後輩「っ、ごめんなさい!」タッ

男「待ってよ、後輩!」

幼「・・・・・・」

男「・・・・・・」

幼「追いかけなくていいの?」

男「それが、ぼくにも、なにがなんだか・・・」

幼「・・・帰るわね」

男「うん・・・」

幼「帰るのよ」

男「う、うん・・・?」

幼「・・・・・・」

男「・・・・・・」

幼「・・・・・・帰らないの?」チラッ

男「いや、帰るけど」

幼「・・・・・・」ジー

男「一緒に帰る?」

幼「! ・・・」コホン

幼「・・・そうね」コクン

男「今日も、お店来るんでしょ?」

幼「いけない?」

男「そんなことないよ、ただその・・・」

男「あれから毎日だから、飽きないかなぁって」

幼「飽きるわけないでしょ」

幼「とても面白くて・・・退屈しないわ」

男「そう? なら、いいんだけど」

男(ウチって、そんなに面白いお店なんだろうか?)

男「・・・あの」

幼「なに?」

男「さっき、後輩と話してたのはさ」

幼「だれもそんなこと訊いてない」

男「一応、説明しておきたいなーと・・・」

幼「べつに、変に勘繰ったりしてないわよ」

幼「それとも、なに? わたしがヤキモチを焼いてるとでも?」

男「だったらイイなとは思ったけど・・・」ボソ

幼「・・・・・・」

男「・・・・・・」

幼「それで?」

男「え?」

幼「なんの話をしていたの?」

男「でも、幼・・・」

幼「わたしは聞くだけ」

幼「訊いてないけど・・・男が話すのは自由だわ」

男「聞きたいの?」

幼「べつに」

男「・・・じゃあ、言うの止めておくよ」

幼「ちょっと。一度言いかけたんでしょ?」

男「忘れたね!」ダッ

幼「こら、待ちなさい!」

男「幼、ウチまで競争しよう!」

幼「子供みたいなこと言い出さないの!」

男「とか言って、幼だって走ってるじゃないか」

幼「これは、だって男が走るから・・・」

幼「もう、本当にあなたって高校三年生なの?」ハァ

男「まあね! ほら、幼・・・」スッ

幼「え・・・」

男「転んじゃったら、怪我するだろ?」

幼「だったら、走らなければ・・・」ボソ

男「ん?」

幼「・・・・・・もう」ギュッ

男「っ・・・」ドキッ

幼「ふふ・・・ちゃんと、引っ張ってね?」

男(後輩のことも、気になることはあるけど・・・)

男「まかせて!」

男(もうすぐ幼の誕生日)

男(幼の思い出に残るように、盛大にお祝いしよう)

男(ぼくに出来ることの、精一杯で)

今なら。

これまで祝えなかった分も取り戻せるような、素敵な思い出にしてやれるはず。
いや、そうしなくてはならないんだ。

幼のためにも。

ぼくのためにも。

だからきっと、最高の一日になる。
そう、思っていた。

>>175
男「さっき幼に言ったように、それまでは家に殆ど居ることのなったオヤジたちが、ずっと家に居るようになってさ」

男「さっき幼に言ったように、それまでは家に殆ど居ることのなかったオヤジたちが、ずっと家に居るようになってさ」

>>229
男「お父さんさんとお母さんの三人。だと思う・・・」

男「お父さんとお母さんの三人。だと思う・・・」

>>221
友「・・・ああ、べつにプレゼントを贈りたいっていうおまえを避難してるわけじゃないんだ」

友「・・・ああ、べつにプレゼントを贈りたいっていうおまえを非難してるわけじゃないんだ」



『続きまして、気象情報です』

男父「男、ちょっといいか?」

男「どうしたの、オヤジ?」

『本日の関東エリアの天気ですが、台風の接近に伴いまして、強い風や雨の影響が出始めております』

男父「ワシが、以前に舞台役者を勤めておったのは知ってるな?」

『昨夜未明に浜松市付近に上陸しました、大型で強い勢力の台風六号の、現在の位置・今後の進路に付いて確認していきます』

男「もちろん。それが、どうかした?」

『現在台風は、静岡県内をゆっくりと縦断中。今日のお昼頃には、北関東・関東エリアへ達する見込みです』

男父「じつは、その時のワシの古い役者仲間が亡くなってな。つい先日のことだ」

『現在の風の状況ですが、関東では西の方から沿岸部を中心に、だんだんと外出が危険な風となってきております』

『これはこの後、ほぼ全域に広がっていく見込みです』

男父「ほんの二週間ほど前までは、元気に電話のやり取りだってしたものだが・・・」

男父「人間、逝く時はあっという間だな・・・何が起こるか分からん」

男「・・・うん」

『現在、強い雨の方は静岡県内が中心となっていますが、一部北関東の方にも強い雨雲が流れ込んでいます』

『台風の中心が近付くに従って、だんだんとこの雨・風の強いエリアは、関東全域に広がっていくような状況となりそうです』

男父「今日の午後七時からお通夜だというから、ワシはこれから準備して行かないとならん」

男「そう・・・わかったよ」

男「帰りは、遅くなりそう?」

『この後、雨・風とも強まる関東甲信越エリア。交通機関への影響が心配されます』

男父「向こうは富山だからなぁ。ひょっとすると、今日中には帰ってこれんかもしれん」

『また、夜までこの雨の強い状態は続きそうです。今後の情報に、十分に注意をしてください』

男父「ニュースでもこう言っとるしな・・・」

男父「いくら帰ってきたくとも、足が無ければどうにもならん」

男「・・・そうだね。無理しないで、泊まるところ見つけたほうがいいよ」

男父「そうじゃな・・・」

男「・・・オヤジ」

男父「ん?」

男「なんだったら・・・その・・・」

男「明日も、無理しないでいいんだよ?」

男父「・・・なにをイッチョ前に気を遣っておるんだ」ハァ

男「だってさ・・・」

男父「それはそれ、こっちはこっちだ」

男父「悲しいことは悲しいこと。そこで割り切ってしまうんだ」

男父「妙な義理堅さで、色々な部分まで引き摺ってやる必要はない」

男父「亡くなった人間だって、そんなこと望んではおるまい」

男「・・・・・・」

男父「ワシはな、感心してるんだ」

男父「おまえにしては珍しい、殊勝で粋な計らいじゃないか」

男「一言多いよ・・・」

男父「ワシだって、幼ちゃんのことを祝ってやりたい」

男父「それとも・・・」

男父「二人っきりになれると期待したのか?」

男「そ、そんなわけ・・・っ」

男父「心配せんでも、ちゃんと気を利かせて、二人の時間は作ってやるわい!」ハハ

男「結構だよ! 余計なお世話!」

男父「ああ、そうそう」

男「なんだよ?」

男父「その幼ちゃんにな、この事を伝えるのを忘れていたんだ」

男父「昨日の内に言っておかなければと思ってはいたんだが・・・」

男父「悪いんだが、男から伝えてくれんか?」

男父「今日はお店は、一日閉店にすると」

男「なるほど、そういうこと」

男「分かった。伝えておくよ」

男父「頼んだぞ」

男父「こんどの台風は相当な規模みたいだからな、今日は家で大人しくしてるんだぞ」

男「わかってるよ。もう、子供じゃないんだから」

男父「くれぐれも、窓を開け放したりするんじゃないぞ?」

男「しつこいなぁ・・・」

男父「それから雨戸は、店のも家のもしっかりと閉めておくように」

男「はいはい。・・・それじゃぼく、学校に行くから」

男父「おう、気を付けてな」

男「オヤジもね」

男(・・・台風か)

男(幼、今日は家族と過ごすって言ってたけど・・・)

男(事故とか、大丈夫かな?)

男(嫌なことって、重なるって言うし)

男(・・・・・・)

男「・・・心配しすぎだな」ハァ



『台風六号の接近により、お昼頃から夕方過ぎをピークとして、雨や風が強く、危険な状態が続きます』

『道路の冠水や河川の増水、土砂災害などに、警戒してください』

幼「・・・・・・」

『また、帰り道ほど交通機関に影響が出る可能性もあります』

『お仕事や、外での用事は、早めに済ませておくと安心です』

幼「台風・・・」

『現在、台風六号は――』

幼母「幼? まだ家に居たの?」

幼「うん・・・」

幼母「時間は大丈夫なの?」

幼「すぐに行くから」

幼母「そう」

幼「・・・ねえ、お母さん?」

幼母「なに?」

幼「今日は、お仕事早く終わりそう?」

幼母「どうしたの?」

幼「だって、台風だって・・・」

幼「きっと電車・・・遅れたり、止まったりするだろうから」

幼母「何時に帰れるかなんて、そんなの分からないわよ」

幼母「どうして、今日に限ってそんなこと?」

幼「今日は・・・その、食事を・・・」

幼母「食事?」

幼「わたしと、お母さんと・・・あと・・・」

幼「・・・・・・お父さんも、一緒に」

幼母「・・・幼」

幼母「あの人のことは、もう忘れなさい」

幼「そんな、だって・・・」

幼母「関係ないのよ、もう。そうでしょう?」

幼母「いい? 他人なの、わたしたちとは」

幼「でも・・・っ」

幼「・・・でも、今日は・・・!」

ピルルルッ

幼母「! はい、もしもし」

・・・。

幼母「はい、いまから・・・」

・・・。

幼母「え、今日ですか? でも、何時に終わるか・・・」

・・・。

幼母「これから台風だって言うし・・・」

・・・。

幼母「! そ、そうなんですか? 本当に・・・?」

・・・。

幼母「・・・いいえ、わかりました。必ず行きます」

・・・。

幼母「・・・はい、待ってます」

ピッ

幼「お母さん、今の電話・・・」

幼母「ご、ごめんね。幼」

幼母「急な仕事が入っちゃって・・・」

幼母「帰るの、夜遅くなると思う」

幼「・・・・・・・・・」

幼「そう・・・」

幼母「が、外食がしたかったのよね?」

幼母「これ! 五千円置いておくから、好きなところで食べてきていいわよ?」

幼「・・・・・・」

幼母「もしかして、足りない?」

幼「・・・」フルフル

幼母「それじゃあ、お母さんもう行かないとだから」

幼母「いつも通り、戸締りだけはしっかりしておいてね」

幼「・・・」コクン

幼母「行ってくるわね」

幼「・・・お母さん」

幼母「なに?」

幼「本当に、お仕事なのよね?」

幼母「え・・・?」

幼「・・・男の人と、会ったり・・・ちがうよね?」

幼母「ち、ちがうわよ・・・?」

幼母「・・・どうしたの幼。今日は少し変よ?」

幼「だって、今日は・・・っ」

幼母「今日? ・・・なにかあったかしら」

幼「っ!!」

幼「・・・・・・やっぱり、なんでもない」

幼「ごめんなさい、変なこと言って」

幼「『お仕事、頑張ってね』」

幼母「え、ええ・・・」ガチャッ

バタン

幼「・・・・・・」

幼「・・・・・・・・・うそつき」ボソ

幼「っっ!!」

バンッ!!

幼「・・・お母さんの、うそつき・・・!」



キーン、コーン、カーン、コーン・・・

男(・・・・・・)

教師「スマン、男。少しいいか?」

男「はい」

教師「幼馴染のことなんだが・・・」

男「・・・・・・」

教師「今日は、まだ学校へ来ていないようだが、何か聞いていないか」

男「・・・すいません」

教師「そうか・・・」

教師「学校の方ではな、とくに欠席の連絡等は受け取っていないそうなんだ」

教師「二人は昔からの知り合いなんだろう? それで、もしかしたらと思ったんだが・・・」

男「それは・・・」

男「ぼくたち、お互いの連絡先を知らないので・・・」

教師「そうなのか?」

男「固定電話にしたって、昔と今じゃ住んでいるところも違いますから」

教師「しかし、携帯電話だってあるだろうに」

男(本当だ。先生に言われるまでもない)

男(こんなことなら・・・)

教師「・・・まあ、そういうのはプライベートなことだからな」

教師「にしても・・・」

教師「こういう場合は、急な病気に罹ったと考えるのが自然なんだろうが・・・」

男「病気、ですか?」

男「ぼくたち、昨日は夕方過ぎまで一緒に居ましたけど、具合が悪そうには見えませんでした」

教師「だから急な、と言っているだろう」

男「こっちから、確認の連絡はしてみたんですか?」

教師「そこが少し気になるところでな・・・」

男「どうかしたんですか?」

教師「だれも出ないんだよ、電話に」

男「それは・・・きっと、具合が悪くて寝込んでるからじゃ・・・」

教師「しかし、母親が出ないというのはなぁ」

教師「薬を買いに行ってるか、病院へ連れていってるのか・・・」

男「? 幼のお母さんなら、仕事で家にはいないと思いますけど?」

教師「仕事? 幼馴染の母は、専業主婦のはずだが・・・?」

男「え?」

教師「転入手続きの際の書類には、そう記載してあったはずだ」

男「そんな・・・」

男「でもぼくは、幼の口から聞いたんです」

男「ハッキリと・・・共働きだって」

教師「それは本当か?」

男「間違いないです」

教師「妙だな・・・」

教師「仮に家庭環境が変わったとなると・・・一度面談の必要があるな」

教師「・・・まあいい。また折を見て、何度か家のほうへ連絡を入れてみることにするよ」

男「あの、先生?」

教師「なんだ?」

男「もし、連絡が取れたら教えて貰ってもいいですか?」

男「その・・・もし具合が悪くて休んでいるんなら、あとでお見舞いに行きたいので」

教師「そういうことか。構わないぞ」

教師「連絡がついたら、男にも報せよう」

男「よろしくお願いします」

男(幼・・・)

教師「その代わりと言ってはなんだが・・・」

男(どうしちゃったんだ?)

教師「もしも、あとで幼馴染が登校してくるようなことがあったら、一度職員室に顔を出すように言ってくれるか?」

男(病気?)

男「わかりました」

男(それとも、まさか・・・)

教師「よろしくな」

男(・・・本当に、何かあったのか?)



役員a「すいません、総務長。ちょっといいですか?」

幼父「どうした?」

役員a「今日の午後の定例会議と合わせての、企画コンペの件なんですけど・・・」

幼父「なんだ、問題か?」

幼父「会議場の予定ならば、もう抑えたんだろう?」

役員a「それが、玉子製紙と四菱製紙の担当者が、先方の都合で予定より一時間ほど遅れそうだということなんです」

幼父「・・・そうか」

幼父「先に電話を入れてきたのはどちらだ?」

役員a「四菱です」

幼父「では、四菱製紙に折り返し電話して伝えろ」

幼父「申し訳無いが、今回は見送り・・・近いうちに改めてセッティングさせてくれと」

役員a「玉子製紙へは?」

幼父「今回の企画から外しておけ」

役員a「わかりました」

役員b「総務長、受付から内線、二番です」

幼父「昼イチまでには資料の最終確認を済ませて、私のところへ持ってくるように」

役員a「はい、すぐに手配します」

チャッ

幼父「幼父だ」

・・・。

幼父「なんだと?」

・・・。

幼父「・・・すぐに行く」

ザァァァァ・・・

幼「・・・・・・」

幼父「こんなところで何をしている?」

幼「! お父さん・・・っ」

幼父「学校はどうした」

幼「・・・ごめんなさい、急に来てしまって」

幼「何度か電話をしたんだけど、返事がなかったから・・・」

幼父「何をしに来た?」

幼「・・・・・・」

幼父「このこと、幼母は知ってるのか?」

幼「・・・・・・」フルフル

幼父「黙ってきたのか」

幼父「こんな風に私と会ったことを知ったら、また煩いぞ、アレは」

幼「・・・・・・」

幼父「幼母がどうにかしたか」

幼「ううん、元気だよ」

幼父「元気かどうかなど、どうでもいい。 なら、何の用だ?」

幼「今日、何の日か覚えてる・・・?」

幼父「何の日?」

社員「総務長、お話し中、申し訳ありません」ボソ

社員「三菱製紙から、総務長宛の電話が入ってます」ボソボソ

幼父「待たせろ」

幼「お父さん・・・」

幼父「私は自分の娘に、学校を無断欠席するような教育をした覚えはない」

幼父「もう一度訊く。なぜここにいる? 学校はどうした?」

幼「・・・・・・」

幼父「その黙り癖は、アレとソックリだな」

幼父「・・・お前がどうしてもと言うから、付いていかせてやった」

幼父「あのまま白百合に通っていればよかったのだ」

幼父「幼母もおまえも、理解できん」

幼父「なぜ、私の言うことが聞けない?」

幼父「今更、あんなところに何がある?」

幼「・・・・・・お父さん」

幼父「お前とも幼母とも、話すことはもうない」

幼父「私とは、関係ないのことだ」

幼「そんな・・・」

幼父「自分で今の場所を、今の環境を選んだのだろう?」

幼父「どうしても私を父と呼びたければ、東京に戻って来い」

幼「・・・! 待って、お父さん、食事・・・っ」

幼「三人で・・・!」

幼父「食事でもなんでも、勝手にしろ」

幼父「私の、いないところでな」

幼「おと、さ・・・」

幼父「仕事中だ」

幼父「いつまでも、そんなところに立っているな」

幼「・・・・・・」

幼父「帰れ」クルッ

幼父「二度と来るな」スタスタ

幼「っ・・・」

ウィーーン

幼「・・・・・・お父さん」

幼「今日・・・・・・」

幼「わたしの、誕生日なんだよ?」

幼「ねえ・・・」

幼「・・・・・・おとうさん・・・・・・」

ザアァァァ・・・



ガチャッ

男「・・・ただいま」

男「・・・・・・」ハァ

男「結局・・・」

男「来なかったな、幼。連絡も・・・」

男「それに・・・」

男(友も、後輩も休み・・・。二人とも、病欠だってことだけど・・・)

男「こんなことって、あるの?」

男(考えすぎだって、でも・・・)

男「・・・・・・」

ビュオオォォ・・・

男「外、風が酷くなってきたな」

男「・・・そうだ。雨戸下ろさないと」

男「・・・・・・」

男「・・・家で、寝てるんだよね?」

男「きっと薬が効いてて・・・それで、よく眠ってるだけだよね?」

男「そうさ、大丈夫」

男「だって幼だよ? 幼は・・・完璧なんだ」

男「大丈夫。大丈夫に・・・決まってる」

男「・・・・・・」

男「っ!!」ガタッ

男「確認だけ! 家に居ないか・・・きっと居るけど、でも!」

男「幼の家に行こう!」

プルルル、プルルル

男「な、こんな時に・・・っ!」

チャッ

男「もしもし!」

男父『おう。ワシだ、ワシ』

男父『帰ってたか、良かった。実はな・・・』

男「ごめん、オヤジ! 今からちょっと、外に出かけないといけないからさ・・・!」

男父『この台風の中、どこに行こうっていうんだ』

男「説教を聞く気はないよ。急いでるから、切るよ?」

男父『待て待て! 用もないのに電話をかけるわけないだろう』

男父『出かけると言ったか、丁度いい。ついでに、ワシの忘れ物を持ってきてくれんか?』

男「忘れ物?」

男父『新幹線の切符じゃ』

男「オイ、なんだってそんなもの忘れるんだよ!?」

男父『そんなこと言ったって、忘れちまったものはしょうがあるまい?』

男「開き直るんじゃない!」

男「・・・どこに置いたの」

男父『テーブルの上に置いてあったと思うんだが・・・――ん?』

男父『あそこに居るのは・・・』

男「テーブル・・・ああ、これか。オヤジ、あったよ」

男父『・・・・・・?』

男「オヤジ? 聞いてるの?」

男父『・・・ああ、すまん。どうじゃ、あったか?』

男「うん。すぐに行くから・・・いまどこにいるの?」

男父『駅前のジョ○サンだ』

男「わかった」

男父『悪いが、任せたぞ』

ピッ

男父「ふむ・・・」

男父「しかし、さっき駅から出てきたのは、幼ちゃんにも見えたが・・・」チラ

男父「・・・・・・まさか、の」



ザアアァァァァ・・・!!

幼「・・・・・・」

プルルルル、プルルル

チャッ

『只今おかけになった電話は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、繋がりません』

幼「・・・・・・」

ピッ

幼「・・・おかあさん・・・」

幼「っ・・・!!」ベシャッ

ザアアァァァ・・・!!

幼(わたし・・・何してるの?)

幼(学校、行かないで)

幼(無断欠席して・・・こんなところで、雨に打たれて・・・)

幼「ぁ・・・」

幼(傘・・・おとうさんの会社に、置いてきちゃったんだ)

幼(おとうさん、気付いて・・・持ってきて、くれるかな・・・)

幼「・・・・・・」

幼「・・・・・・そんなわけ、ないか」

ザアアァァァ・・・!!

幼(・・・どこに行けばいいの?)

幼(・・・どうすればいいの?)

幼(もう、どこにも・・・)

チャリ・・・

幼「あ・・・」

『いつでもおいで・・・待ってるよ』

幼「おじさま・・・」

『そうすれば、いつでも会えるような気がするから』

幼「男・・・」

幼「ソレイユ・・・」

幼「・・・・・・」

幼「学校、もう終わってるはず・・・」スクッ

幼「・・・っ!」タッ

バシャバシャバシャ!

ザアアァァァ・・・!!



男「はい、切符。間違って落としたりしないでね」

男父「すまんかったな」

男「・・・それで、間に合うの?」

男父「電車が止まってなければな」

男「でも、この雨と風じゃあさ・・・」

男父「さっき駅の人に訊いてみたら、まだ止まってはないらしい」

男父「ただ、これ以上風が強くなるようなら、運転を見合わせる可能性があると言っておった」

男「なら、急がないと」

男父「ああ、そうしよう」

男父「・・・それにしても、ずいぶん酷い格好だな。濡れ鼠じゃないか」

男父「自転車で来たのか?」

男「そんなわけ・・・」

男「外でこんな風が吹いてたら、危なっかしくて漕いでられないよ」

男「・・・走ってたら折れたんだよ、傘が。途中でさ」

男「取りに戻ろうにも、中途半端な距離だったし」

男「オヤジ急いでるだろうし、もう濡れちゃったし・・・」

男父「・・・そうか、助かった」ニコ

男父「しかし、そのままでは風邪をひくだろう」

男父「ほれ、タオルだ。使え」

男「いいって」

男父「本当にいいのか?」

男父「可愛いウェイトレスさんが、こっちを見とるぞ?」

男「は?」

男父「ポタポタ水滴を垂らして・・・この床を掃除するのは、お前じゃないだろう?」

男「・・・・・・」

男「・・・」ワシャワシャ

男父「・・・ところで」

男父「家の雨戸は、しっかり下ろしてくれたか?」

男「そうしようとしたら、オヤジが電話をかけてきたんでしょ」

男父「それはそうだが・・・しかし、早くせんとこの風だ」

男父「飛んできたゴミや石で、窓ガラスが割れたりするかもしれんぞ」

男「わかってるってば・・・」

男父「それから、幼ちゃんには、ちゃんと伝えてくれたか?」

男「・・・いや、伝えられなかったよ」

男父「どうしてだ?」

男「幼、今日学校を休んだんだ。それで・・・」

男父「休んだ? 病気でか?」

男「わからない。学校の方でも、連絡が取れなくって」

男父「連絡が・・・? ちと心配だな、それは」

男「・・・・・・オヤジ」

男「ぼく、これから幼の家に行ってみる」

男父「これからか? それなら・・・」

男「もう、決めたんだ」

男「いくらオヤジがやめろと言ったって、行くからね」

男父「別に止めたりはせんわい・・・そういうことならな」

男父「しかし・・・」

男「どうしたの?」

男父「いや、な・・・」

男父「二十分ほど前に、幼ちゃんに見える女の子が駅から出てきたんだが・・・」

男「二十分前っていうと」

男父「ちょうど、おまえへ電話をかけ終えた頃だな」

男「・・・幼が?」

男父「なにぶん遠目だったし、ハッキリとはなぁ」

男「その子は、どっちへ行ったの?」

男父「ロータリーのところを、右へ歩いて行ったよ」

男父「まあ、何かの見間違いだろうと思っていたんだが・・・」

男父「ただその子、傘も持たずにいたもんだから、少し気になってな」

男父「もしかしたら・・・・・・」

男「ありえない」ポツリ

男「だって、あの幼がだよ?」

男「学校をサボるだけじゃなくて、こんな天気の中で、傘も差さないで・・・」

男「ぼくの知ってる幼は、そんなこと――」

『なにが分かるの?』

男「・・・・・・」

『わたしのこと、何にも知らないでしょ?』

男父「? どうした?」

パチン!

男「~~ッ」

男父「なんだ、いきなり自分の頬を叩いたりして・・・」

男「・・・!」ダッ

男父「おーい、行くならワシの傘を持っていけー! ・・・って、聞こえとらんな」

男父「・・・まったく」ハァ

男父「慌しいヤツだ。ここ数日は、とくに・・・」

男父「まるで昔の男を見ているようじゃないか」

男父「なあ、そう思わんか? ・・・男母よ」



ザアアァァァァ・・・!!

幼「・・・閉まってる」

幼「ソレイユ・・・どうして?」

グッ・・・

幼「鍵も・・・」

幼「・・・そんな」

幼「誰も、いないの・・・?」

幼「・・・・・・」

幼「ううん、そんなことない」ゴソゴソ

幼「きっと・・・」カチャリ

キィ・・・

幼「・・・・・・」

幼「暗い・・・」

幼「・・・・・・」

幼「おじさま・・・?」

幼「・・・・・・いないんですか?」

幼「・・・・・・」

幼「男?」

幼「いないの? ねえ?」

幼「・・・・・・」

幼「こんなの、うそ・・・」

幼「・・・電気は・・・」

ガシャンッ!!

幼「っ!?」ビクッ

ビュオオオオ・・・!!

幼「な、なに? 窓・・・割れたの?」

幼「こっち・・・? ――!」

幼「――お皿が・・・」

『食器の置き場所やテーブルの位置も変えてないんだ』

幼「・・・・・・」

『男母の考えたままにしてある』

幼「っ・・・!!」バッ

幼「こんな・・・だめ・・・!」

幼「な、直さないと・・・元通りにしないと・・・!」

幼「いたッ・・・!」

幼「・・・・・・」

幼「・・・ぐしゃぐしゃ・・・」

幼「こんなの、もう・・・ぜったい・・・」

幼「っ・・・、おばさま・・・」

幼「ごめん、なさ・・・っ」

ガシャンッ!!

幼「ひ・・・っく、う、あぁぁ・・・っ」ポロッ

ビュオオオオ・・・!!

幼「おとうさん・・・」

――帰れ。

幼「おかあさん・・・」

――今日? なにかあったかしら?

幼「~~っ」ポロポロ

幼「おじさま、いつでも待ってるって、言ったのに・・・っ」

幼「どうして・・・っ、ぅく・・・」

幼「・・・・・・男ぉ・・・・・・」

幼「会いたい・・・」

幼「声が、聞ききたいよ・・・」

幼「・・・・・・」

幼「ひとりだ・・・」

幼「・・・・・・わたし、一人なんだ」

幼「っっ・・・う、ぁぁぁぁ・・・っ」

幼「さむい、よ・・・っ。くらいよ・・・」

幼「ひとり、やだよぅ・・・」

幼「だれか・・・」

幼「・・・・・・たすけて」

幼「たすけてよぉ・・・・・・っ」


バタァンッ!!

男「幼っ!!」

幼「・・・おと、こ・・・」

男「!? 幼、なんで・・・っ」

幼「っく・・・ぐす、ひっく・・・」ポロポロ

男「ずぶ濡れじゃないか・・・!」

幼「ぅ・・・っく・・・」

男「指、怪我したの? これ・・・!」

幼「ごめ・・・なさっ・・・おばさまの・・・割れちゃ・・・っ」ポロポロ

男「いいんだ、こんなの何てことない!」

男「それより、怪我を診せて!」

幼「ぅ、ぅ・・・ぁっ」

男「手、こんなに冷たくして・・・幼、いったいなにが――」

ガバッ

幼「っ、・・・~~~ッ!!」

男「・・・・・・幼」

全身を押し付けるように、ぼくに抱きついた幼が、涙を零す。
オフクロの前で慟哭した時よりも、ずっと悲しそうに。

訊きたいことは、いくつもあった。
だけど、何も訊けなかった。

『容姿端麗で、成績優秀、品行方正。
運動神経にも優れていて、おまけに教養まで備えている』

それは、ぼくの知る、幼馴染。

そのはずだった。
ずっと。

・・・けど、どこにもいなかった。
そんな女の子なんて、どこにもいなかった。

きっと、初めから。

割れた窓から、冷たい風が吹きすさぶ。
ぼくは、冷たくなった幼馴染の体から、これ以上体温が奪われないようにと、彼女を強く抱きしめた。

何もかも、分からないことだらけだった。
でも、たった一つだけ。

彼女の・・・幼馴染の周りで、何かが起こっている。

それが、彼女を追い詰めている。
こうして、悲しませている。

なら、ぼくがすることは決まっている。

幼を、助ける。

いつの日か、約束した。
幼が困った時は、必ず助けになるからと。

もう、口だけだったあの頃とは違う。

ぼくは大きくなった。
大人になったんだ。
出来ることだって、ずっと増えた。

だからきっと、ぼくは彼女を救える。
保証も、根拠もない。

だけど、ぼくの手に伝わる、微かな温もり。
彼女を抱きしめる、この手の平の熱だけが、ぼくを信じさせた。

>>292
社員「三菱製紙から、総務長宛の電話が入ってます」ボソボソ

社員「四菱製紙から、総務長宛の電話が入ってます」ボソボソ

>>293
幼父「私とは、関係ないのことだ」

幼父「私とは、関係のないことだ」

ttp://www.youtube.com/watch?v=c5apg9kzyc4



いつからだったろう。
自分が、他の人とは違うのだと気付いたのは。
特別であることが、必ずしも良いことではないと気付いたのは。

父も母も、とても仕事の出来る人だった。
そんな二人が結婚した。
お見合いで決めたという。

両親の間に、恋や愛なんてなかった。
周囲がそれを期待し、必要だから応えただけの結果だった。
それまでは話したことすらない二人だったから、判断材料はお互いの経歴と家庭環境だけ。
断る理由はなかった。

ただの『優良物件』としかお互いを認識しなかった二人だから、求める物は多くはなかった。
だから、きっと。

その子供であるわたしに、両親が与える物が多くなかったのも、ごく自然なことだった。

二人はそれこそ、週末や祝祭日なんて関係無しに働いた。
しょっちゅう家を空けた。
というより、ほとんど家にいなかった。
そのせいでわたしは、物心ついた頃から、一人で過ごすことが多かった。

いつか、それが当たり前になってしまうくらいに。

そんな幼少期を過ごしたわたしは、立派なコミュニケーション不全になってしまった。
とくに、感情表現の拙さは致命的だった。
嬉しいや悲しいと感じる基準が、他人よりも鈍かった。

保育園では、当たり前のように孤立した。
べつに、寂しいとは思わなかった。

だけど。

男「ぼくは男。きみは?」

初めての出会い。
わたしの・・・幼馴染。

格好良くはないし、勉学に優れているわけでもないし、スポーツが得意というわけでもない。
振る舞いに落ち着きはないし、とても教養なんてものは期待できない。
欠点ばかりが目立つ、典型的な『男の子』だと思っていた。

でも、それは間違いだった。

男「友達になってくれないかな?」

しつこい男だった。

初めてだった。
他人の事を、ここまで鬱陶しく思えたのは。

初めてだった。
誰かの事が、こんなに気になったのも。

親の顔が見てみたい。

しかし、男には血の繋がった親がいなかった。
自分は捨てられたのだと。ある日、本人の口からそう聞いた。
それはおそらく、一般の感覚なら、とても軽々しく言えるようなことではないのに。

笑いながら話す男の顔を、わたしは不思議に思って見ていた。

周りと比べても、ひときわ快活な少年だった。
何かにつけて率先したがったし、無茶や悪戯もたくさんした。

一度、スカートを捲られたこともあった。
なぜか手が出た。
グーでパンチ。
それ以来、二度としなくなった。

どうしようもない子供だった。
それでも、彼の周りにはいつでも人が集まった。

胸が、ちくりと痛んだ。

舞台役者だという、男のお父さんとお母さん。
おじさまとおばさまは、必ず二人で迎えに来た。

二人とも人当たりの良い人で、よく話しかけてくれた。
だけど、当時はそんなわたしだったから、ちゃんとした会話なんて出来なくて。
おじさまとおばさまに手を牽かれ、男が先に帰る時、わたしは見送ることはしなかった。

膝を抱えて俯いて、ただ雇われ家政婦たちが現れるのを待った。

横には、小さな包み。
おばさまが、男の誕生日に焼いたというクッキー。
作りすぎたから、よかったらと別けて貰ったもの。
ゆっくりと包みを解き、中から一枚取り出して齧ってみる。

とても甘かった。



不公平だと、思った。

幼「どうして、男はあんなに笑えるの?」

幼「家族がいないのに・・・」

男母「家族ならいますよ」

男母「わたしたちが、あの子の家族です」ニコ

幼「でも、本当の親子じゃ・・・」

男母「血の繋がりは、もちろん大事なことですけど、それだけが家族じゃありませんよ」

男母「血は繋がってませんけど、あの子を愛する気持ちは、誰にも負けません」

幼「あいする?」

男母「たくさん、たくさん大好きということですよ」

男母「幼ちゃんも、お父さんとお母さんのこと、大好きでしょう?」

幼「・・・わからない」

幼「どうして、わたしはあんな風に笑えないの?」

幼「・・・家族がいるのに」

男母「・・・幼ちゃん・・・」

ギュッ

男母「大丈夫です、幼ちゃん」

男母「幼ちゃんも、これからたくさん笑えるようになりますから」

幼「どうして?」

男母「・・・男が、あんな風に笑えるのは、きっとね」

男母「『太陽』を、見つけたから」

幼「たいよう?」

男母「とても大切なもの」

男母「大切にしたい、大好きな何かのことです」ニコ

幼「だいすき・・・」

幼「おばさまの大好きは、男なの?」

幼「だから、おばさまは笑えるの?」

男母「ふふ、そうですね」

幼「・・・わたしも、見つけられる?」

男母「もちろんです」

幼「そしたらわたし、笑えるようになる?」

男母「はい、きっと」ニコ

わたしには、大好きな何かなんてない。
みんなが持っている物がない。

自分が『特別』だと自覚すると、一人でいることが怖くなった。
寂しさを覚えてしまった。
必死に抵抗してみたけど、長くは保たなかった。

六年目の誕生日。

わたしは、大泣きした。
お父さんと、お母さんの前で。

「寂しい、愛して欲しい」
そう言えれば良かったのに。

言葉には出来なくて、ただ涙を流した。
二人とも、そんなわたしを見るのは初めてだったから、それは困惑していた。
どうしていいかわからず、そのまま仕事へ出かけて行ったけど。
その日は二人とも、仕事を早く切り上げて帰ってきた。

そして、出来合いのケーキやピザでお祝いをして貰った。
生まれてきて六年、初めてだった。

ささやかだけど、幸せだった。

それから、二人とも家に居ることが増えた。

雇っていたホームヘルパーの数を減らして、少しずつ家のこともするようになった。
お父さんもお母さんも家事は不得手だったから、とても苦労した。
休日には、三人でどこかへ出かけることもあった。

わたしたちは、ようやく家族になれそうだった。



純白じゃない白だったわたしの心に、少しずつ色が付いていった。

雨の降る日だった。

わたしは、カサを持っていなかった。
昇降口の脇で一時間ほど立っていたら、男が自分のカサを差し出した。
ずっと見ていたらしい。

男「返さなくてもいいから」

呆れた。
どんな理由があったら、そんなことができるんだろう?
土砂降りの中へ飛び出そうとする男を、わたしは呼びとめた。

幼「一緒に帰ればいいじゃない」

無言の帰り道。

ときたま頭にぶつかるカサの中捧。

男の肩は、びしょびしょに濡れていた。

男は、ずっと笑っていた。

幼「・・・・・・」

わたしはそっと、傾いたカサを持ち上げた。

・・・ああ、そうだったんだ。
わたしの心に色を付けたのは、こいつだ。

クラスでは、いつも人気者だった男。
クラスでは、いつも一人だったわたし。

男だけは、ずっとわたしを見てくれていた。
ずっと、声をかけてくれていた。
初めて会った時から、いままで。

一人じゃないよ、って。

見つけた。
わたしの、太陽。



もう、一人きりじゃない。

ある日、男が友人と女の子の好みについて話していた。
全神経を聴覚に集中させた。

男「髪の長い子がいいな」

もう髪は切らないと決意した。
手入れがものすごく面倒になった。
低気圧は天敵になった。

男「料理の上手な子がいいな」

お料理の実用書をたくさん読むことにした。
わたしは理論から入るタイプだった。
お玉と穴あきお玉の違いが分からなくて、すぐに躓いた。

男「でもやっぱり、笑顔の可愛い子がいいな」

・・・・・・。
頬をつねってみる。
・・・痛いだけだった。

いつだか、ヒーローになりたいんだと男は言っていた。
子供の考えそうなことだ。

それに付き合うわたしはヒロインになるのかな?
真剣に考えてみる。
わたしも、大概だった。

ヒロインというと、悪いのに捕まってしまって、ヒーローに助けてもらう役回りが相場。
そんなのは、やだ。

ただ泣いてヒーローの助けを待つだけのヒロインはごめんだ。
わたしだって、ヒーローを助ける。
男を、守る。

ずっと、一緒にいたいから。


・・・・・・いたかったのに。

引越しをすることが決まった。
お父さんの仕事の都合だった。

男と、もう会えなくなる。
目の前が真っ暗になった。

どうしたらいい?
勇気を出して、男に言ってみた。

幼「転校するの、わたし」

男「・・・ああ」

幼「・・・・・・」

男「・・・うん」

男は、何も言ってくれなかった。
引越しの当日、見送りには来てくれなかった。
それもそうだ。
だって、男はわたしの家を知らない。

わたしたちは、お互いのことを知らなさすぎた。

それから十数年。

わたしの家族は、すっかり壊れていた。

父も母も仕事が上手くいかなかった。
二人とも、家に居る時間がとても長くなった。
それは、わたしにとっては嬉しいことだったけど、二人にとっては苦痛だった。


誕生日のお祝いだけは、ずっと続いていた。

両親の間には、恋や愛なんてなかった。
でも、父は男で、母は女だった。

気付けば、どちらともが、外に愛人を作っていた。

幼母「別れたい」

人生をやり直したいと。

幼父「だめだ」

体裁があるからと。

幼「やめて、かんがえなおしてほしい」

泣きながらお願いした。
家族になれたと思ったのに。
二人とも、わたしの大好きなのに。


見つけたと思った大切なものは、全部、手の届かないところへ行ってしまった。

ついに別居することが決まった。
そうすると今度は、どちらがわたしを連れていくかで口論が始まった。

わたしの意見は、一度も求められなかった。

母の行き先を聞いたとき。

幼「お母さんに付いて行く」

男に会える。
また、一緒にいられる。

髪も伸ばした。
料理もたくさん勉強した。
笑顔の練習も。

いつも、男からだった。
こんどは、わたしから。

最初は、笑顔で話そうと決めた。

幼「白百合学院から転校してきました。幼馴染といいます」

幼「よろしくおねがいします」

他に何を言うべきか分からなかったから、簡潔にすませた。

男「・・・」

男と目が合った。
ものすごい幸運だった。
考えてみれば、いくら地元だからって、男がこの学校に通ってる保証なんてなかった。
ところが、同じクラス。

教師「よし、席は・・・そこの、空いてるところへ座って貰おう」

しかも、席も隣。

教師「後ろのほうだが、視力は問題ないか?」

幼「大丈夫です」

教師「では、席へ付いてくれ」

幼「はい」

幼(笑顔、笑顔・・・)

椅子を引いて、腰かける。
男は真っ直ぐ前を見ていた。

幼(笑顔、笑顔・・・)

声をかけようとした途端、ハッとした。

離れてから六年くらい。
その六年の間だって、時間は流れていた。
そこには、わたしの知らない男がいて、わたしの知らない時間を過ごしてきたんだ。

わたしたち二人は、胸を張って幼馴染だと言えるくらい、仲が良かっただろうか?

急に、怖くなった。

もしも、わたしのことを憶えていなかったら・・・。
きっと泣いてしまう。
とても生きていけない。

わたしはすっかり乙女になってしまっていた。

幼(笑顔・・・っ)

幼「久しぶりね」

男「っ!!」

男が振り向く。

どう?
わたし、うまく笑えてるかな?
たくさん、練習したんだよ。

男「覚えてたんだ」

幼「忘れるわけないわ」

ずっと、男のことを想っていたんだもん。

人並みの幸せなんて、自分には縁遠いものだって、諦観してた。

お父さんは連絡をしても返事をくれない。
お母さんは愛人を家に連れ込んでいる。
二人はもう、お互いが他人になってしまっている。

家族だったはずなのに。

全部、わたしのせいかもしれない。
流されるだけだったわたしが悪いのかも。

やり直したかった。
でも、時間は戻らない。
壊れてしまったものは、戻らない。
だからせめて。

もう、間違えたくない。

後悔したくない。

変わりたい。

素直になりたい。

自分にも。

誰かにも。

「そばにいて欲しい」

今度こそ、言葉にして伝えよう。
ずっと一緒にいたいから。

「あなたのことが、好きです」

わたしの気持ちを。
男に、そう言おう。



男「急に押しかけてしまって、すいませんでした」ペコ

幼父「・・・・・・」

男「あの、座りませんか?」

幼父「状況を説明してもらいたい。迅速にだ」

男「もちろん、そのつもりです」

男「でも、長くなりますから、まずは一息つきませんか?」

幼父「長くなることなどない」

男「なると思いますよ」

幼父「・・・・・・」トスッ

男「仕事中でしたよね? わざわざ呼びつけてしまって・・・」

幼父「『幼馴染さんを預かっています。どうしても話がしたいので、二人で会えませんか?』と・・・」

幼父「あんな脅迫じみたメールを受け取りもすれば、こうして顔を出す他ない」

男「何度着信を入れても、電話には出て頂けなかったので、ああいった内容のメールを送りました」

男「軽犯罪の範疇だということは理解していましたけど、形振り構っていられない状況だったんです」

幼父「何が目的でこんなことをする?」

男「幼のためです」

幼父「要領を得ない言い方は止めろ。私を強請りたいのか?」

男「状況を説明して欲しいのは、ぼくだってそうです」

男「お父さんから話が聞きたくて、こうしてここにいます」

幼父「・・・・・・」

店員「お客様、ご注文はお決まりですか?」

男「あ、ホットコーヒーをお願いします」

幼父「私は結構だ」

男「ホットコーヒーを二つで」

店員「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」ペコリ

幼父「・・・・・・」

幼父「どういうつもりだ?」

男「コーヒー、ダメでしたか?」

幼父「なぜ幼馴染の携帯電話を持っている?」

男「借りました。勝手に」

幼父「借りた・・・?」

男「電話で話して、すぐに疑問に思ったんです」

男「なんで、こちらにいるんですか?」

幼父「? なんのことを言っている?」

男「幼からは、お父さんの仕事の都合で、引っ越してきたんだと聞いたんです」

男「それが実は、今も東京で働いてるって言うじゃないですか」

幼父「都合も何もない。私はずっとこちらで働いている、転勤の予定もない」

幼父「なんで私があんな田舎へ戻る必要がある?」

幼父「移って行ったのは、幼母と幼馴染だけだ」

男(それって・・・)

男「・・・まさか・・・」

男「離婚、してるんですか?」

幼父「籍はそのままだ」

男「じゃあ、どうして・・・」

幼父「プライベートな問題だ。答える必要はない」

男「でも、何かあったんですよね?」

幼父「訊きたいのは幼馴染のことだろう?」

幼父「その事と、私たちの事に関係があるのか?」

男「あるはずです」

幼父「・・・どの道、答えるつもりはない」

男「そうですか・・・」

男「わかりました。そういうことなら、別の人に訊くことにします」

幼父「なに?」

カランカラン

店員「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

幼母「いえ。あの・・・待ち合わせを・・・」

幼父「! 幼母・・・?」

幼母「え? あ、あなた・・・!?」

・・・・・・

幼父「・・・なんだこれは」

幼母「・・・・・・」

幼父「何が起こっている?」チラ

幼母「わたしが知るわけないでしょう」フイッ

男「順序があべこべになってしまいましたけど、改めて、ご挨拶させてください」

男「初めまして、男といいます」ペコリ

男「こうして、時間を割いて頂いたこと、とても申し訳なく思ってます」

幼父「前置きは良い。さっさと済ませろ」

幼父「なにを考えてるかしらんが、この状況は酷い茶番だ。非常に不愉快極まりない」

幼父「大体、学生だろう? 学校はどうした?」

男「ズルけました」

幼父「見ろ。モラルも何もあったものじゃない、幼馴染といい・・・」

男「ぼくの行動が褒められたものではないことは、自分でもわかっています」

男「ただ、学校で今日一日、黒板へ向かって勉強するよりも大切なことがあったから、ここへ来ています」

幼母「・・・あの子は一緒じゃないの?」

男「ぼくの家で寝ています」

幼父「なに?」

幼母「そ・・・それは・・・」

男「安心してください、微熱です」

男「薬も飲ませましたから、明日には快復すると思います」

幼母「あ、ああ・・・そういうこと」

幼母「・・・あの子が、迷惑をかけたのね」

男「ぼくは、全然気にしていません。それよりも・・・」

男「・・・昨日、なにがあったんですか?」

幼父「昨日?」

幼母「どういうこと?」

男「彼女は、全身を雨で濡らして、ぼくの家の前にいました」

幼父・幼母「・・・・・・」

男「何かあったんだって、そう思いました」

男「朝になって・・・」

男「彼女の携帯電話には、着信の一通も入っていませんでした」

男「二人とも、少しも心配されなかったんですか?」

幼父「知るわけがない。住んでいる場所だって違うんだ、当然だろう」

幼母「わたしはその・・・仕事が遅くまでかかってしまったから・・・」

幼母「帰ってきたの、朝方だったのよ」

男「本当に、ちっとも気にならなかったんですか?」

男「だって昨日は・・・」

男「彼女の誕生日、なんですよ?」

幼母「・・・誕生日・・・」

幼父「・・・・・・」

男「幼、言ってました」

男「誕生日は、家族と過ごすんだって」

男「違ったんですか? そうじゃ、なかったんですか?」

幼父「・・・くだらん」ハァ

男「え?」

幼父「昨日の一件、どういうつもりかと思えば・・・」

幼父「考え方が幼稚に過ぎる」

幼父「それもこれも、お前の教育が間違っていたせいだ」

幼母「間違い・・・?」

幼母「何を言うの? わたしは精一杯やったじゃない!」

幼母「あなたの方こそ、仕事ばかりで、家のことになんてロクに目を向けなかったくせに!」

男「・・・・・・」

男(これが、幼のお父さんとお母さん・・・?)

幼父「男といったな?」

幼父「訊くが、幼馴染とはどういう関係だ?」

男「関係? ぼくは・・・」

男「幼とは、一緒のクラスで、幼馴染で・・・大切な友人・・・です」

幼父「たかが友人」

幼父「それがこんな、回りくどいことをして・・・常識に欠けている」

幼父「幼母、幼馴染に伝えておけ。友人は選べと」スクッ

幼父「実に無駄な時間だった」

男「待ってください! まだ、話は――!」

幼母「――待ちなさい」

男「っ・・・?」

幼母「あなた、行くのならこれを書いて、判子を押していって」パサッ

幼父「なんだ、これは・・・」

男「・・・離婚、届け・・・?」

幼母「わたしの分は、もう記入してある」

幼母「あとは、あなたが書いて役所に提出するだけ」

幼父「離婚はしない。何度も言っただろう」

幼母「いいえ、そうはいかない。絶対に、判を押してもらう」

幼母「わたしを自由にしてもらうわ」

幼父「ぬけぬけと! お前は今でも、十分自由にやっているだろうが!」

幼母「・・・結婚したいの」

幼父「なんだと?」

幼母「会社の上司よ。わたしのことだけを見てくれる、あなた以上に仕事も出来る人」

幼父「懲りない女だ。こんどは愛人とか」

幼母「今の家族とは縁を切って、わたしと一緒になりたいって」

幼母「それでわたしは、女としてやり直す」

幼母「あなたとできなかったことすべてを、もう一度初めから」

幼父「・・・相手の家庭を壊してまで、自分の願望を優先するのか」

幼父「とんだ淫売だな。見下げ果てたぞ」

幼母「いまさら、あなたにどう見られようと構わない」

幼母「早く書いて、判を押して」

幼父「・・・・・・いいだろう」

幼父「ただし、条件がある」

幼母「条件?」

幼父「幼馴染は、こちらに返してもらおうか」

男「!?」

幼母「幼を? どうして?」

幼父「『母親に捨てられた一人娘』なら、手元に置いておく価値もある」

幼母「ふざけないで! 捨ててなんて・・・」

幼父「新しくやり直したいのだろう? 邪魔じゃないのか、アレは」

幼母「・・・・・・」

男「い、一方的じゃないですか? こんな、幼に確認も取らないで・・・」

幼父「親が子供のことを決めるのに、いちいちどこに了承を貰う必要がある?」

男「・・・・・・」

男(なんなんだ、この人たちは)

男(これが『本当の家族』?)

幼母「・・・そうね、いいわ」

幼母「向こうの人とも、そのことで何度か相談したこともあるし」

幼母「ただし、あの子が成人するまでに受け取るはずだった養育費は、先払いをして貰うわ」

幼父「なんでそんなことまでしてやる必要がある?」

幼母「慰謝料代わりだと思えば、安いものでしょう」

幼母「払う気がないのなら、家裁まで話を持ち込んでもいいのよ」

幼父「ふざけるな! 厚顔無恥も甚だしい!」

男(そんなことってあるか・・・!)

幼父「この際だ、ハッキリ言っておいてやろう」

幼父「私はもう金輪際、お前たちのために一円たりとも使ってやるつもりはない」

幼父「裁判? 結構だ、存分に――」

ダンッ!!

幼父・幼母「!?」

男「・・・・・・なんで・・・・・・」

男「なんで幼を産んだんです!?」

男「さっきからあなたたちは、自分のことばかりじゃないですか!」

男「自分の子供が、熱を出して臥せっているんですよ?」

男「どうして気にならないんですか!?」

幼母「たかが風邪でしょう・・・?」

幼父「微熱だと、自分で言っていただろう。大袈裟に騒ぎ立てる必要もあるまい」

男「二人が愛しあって・・・それで、幼が生まれてきたんじゃないんですか?」

男「十ヶ月間、お腹を痛めて産んだんでしょう!?」

幼母「・・・・・・」

男「自分と同じ血が流れているんですよ!?」

幼父「・・・・・・」

男「二人の子供でしょう? 三人は、家族なんでしょう!?」

幼父「結婚して、家庭を持てば分かることだ」

幼父「『合わない』ということが、普通にあり得ると」

幼父「離婚という選択肢が、特別なものではないと」

幼父「今日までそれをしてこなかったのは、社会的信用があったからだ」

幼父「この女や幼馴染に対して、情があったからではない」

幼父「私の中で面子や体裁は、生きて行く上で最も重要なことだ」

幼父「愛や絆などという幻想めいたモノよりも、遥かにずっとな」

幼母「わたしたちは、恋をして、その延長として結婚を選択したわけじゃない」

幼母「環境が身を固めることを強いたから、その流れに乗っただけ」

幼母「子供も・・・幼のことだってそう、産む必要があったのよ」

幼母「この人との子供が必要だった。だから作った」

幼母「想像を絶するような痛みにも耐えてね・・・」

幼母「でも、いい経験だったわ」

幼母「あの子を産んだ日。生まれたばかりのあの子の顔をみた瞬間、二度と子供は作らないと決めた」

幼母「あんなの、もうたくさん」

男「・・・なんですそれ・・・」

男「ぼくたちは、犬や猫じゃありませんよ・・・」

男「必要だから作って、要らなくなったら捨てるんですか?」

幼母「人聞きの悪いことを言わないでくれる?」

幼母「捨てた覚えはないわ。これからは、どちらがあの子の面倒を見て行くのかという話よ」

幼父「これまでも、必要な物に不自由はさせてこなかった」

幼父「着る物を与え、食べる物を与え、住むところを与え、学習だって十分にさせてきた」

幼父「親の務めは、しっかりと果たしてきた」

男「それが・・・そんなものが、親の務めですか・・・?」

男「ただ息をして動けるだけの状態を、生きているとは言いませんよ!」

男「・・・幼は、家族の話をする時、とても苦しそうにしていました」

男「それはきっと、寂しかったからです。二人に、自分を見て欲しかったんです」

男「どうしてだと思いますか?」

幼父・幼母「・・・・・・」

男「お父さんとお母さんのことが大好きだからですよ!」

男「幼にとって、二人は特別なんです」

男「代わりなんて、どこにも居ないんです!」

男「・・・離婚・・・?」

男「家族がバラバラになるんですよ?」

男「どんな人間だって、みんな、子供から大人に成長していくんです」

男「自分が子供でいるときに、もし親が離婚するってなったら・・・」

男「悲しいじゃないですか・・・辛いじゃないですか」

男「自分が嫌だと思えることを、どうして自分が親になってから出来ますか?」

幼父「そういうのは、子供の言い様というんだ」

幼父「自分が不快に感じることでなければ、構わないということか?」

幼父「違うだろう? 私が『べつに嫌だとは思わない』と答えたらどうする?」

幼父「自分の主観を、さも絶対なものとして他人へ強制するのは、子供のやり口だ」

幼母「・・・あなたが、あの子のことを悪いように思ってないのは分かったわ」

幼母「良かれと思って、こういう手段を取ったんでしょう」

幼母「でもね、そういうのは善意とは言わない」

幼母「赤の他人にプライベートを引っ掻き回されるのは、誰だって良い気はしないでしょう」

幼母「あなたのやっていることは、ただの自己満足」

幼母「そういうのは、余計なお世話というのよ」

男「・・・っ!」

幼父「私たちがバラバラだから、幼馴染が苦しんでいる?」

幼父「本人の口から、そう聞いたわけではないだろう?」

男「でも、ぼくは幼のことを・・・ッ!」

幼父「一緒のクラスメートで、昔馴染みだったか・・・それで?」

幼父「だからなんだ? アレの考えてることすべてが分かるか?」

幼父「そんなことは不可能だ。理解した気になって、空回りしている」

男「空回り・・・そうかもしれません」

男「余計なことするなって、そう言われるかもしれません。でも・・・」

男「・・・泣いてたんです、ぼくの胸で、ずっと・・・」

男「子供は、親を選べません・・・!」

男「だから親は! 生まれてきた子供を、精一杯愛してやる義務があるんじゃないですか!?」

男「家族って、良いことばかりじゃないって、わかりますよ!? わかりますけど!」

男「楽しくて、嬉しくて・・・っ」

男「幸せだった思い出だって、あるはずでしょう?」

男「家族でなくなってしまったら、そんなことだって・・・!」

幼父「家族だったのは、昔の話だ」

幼父「今は他人と、他人との間の子供だ」

幼父「血が繋がっているだけの、他人同士だ」

幼父「いや、初めから家族ではなかった。必要だったから、家族のフリをしていた」

幼父「それも、もう終わる。今日、ここで」

幼父「その紙切れを貸せ」

幼母「書いてくれるのね?」

幼父「金の話は、また別の話だ」

幼母「・・・いいわ」

男「・・・・・・」

男(『こんなところ』に幼は、ずっと・・・)

男「っ・・・~~!」ギリッ

男(護ってくれるはずの家族が、彼女を傷つけていた)

男(こんなものが真実だった?)

幼父「これでいいな?」

幼母「判子、持ち歩いているのね」

幼父「仕事で必要だからだ」

男(何のために、生まれてきたんだ。幼は・・・!)

男(・・・ぼくは・・・)

幼母「話はもう終わりでいいのね?」

幼母「もう行くわ、無理言って仕事を抜け出してきたから」

幼父「幼馴染の引越しの手続きに関しては、こちらで勝手に決めるぞ」

幼母「好きにしなさい」

幼母「そういう話になった以上、もうわたしには関係ないもの」

幼母「あの子と直接話して、二人で決めればいい」

幼父「私の顔はもう見たくないというわけか」

幼母「それはお互い様でしょう。それじゃ・・・」スクッ

男「っ、待ってください!」バッ

幼母「あなたもしつこいわね」

幼母「結局こういうことでしょう?」

幼母「幼は、わたしたちが家族として機能していないのに悲しんでいる」

幼母「だから、この人と手を取り合って、あの子のためにちゃんと親子をやってほしい」

男「・・・・・・」

幼母「無理よ」

幼母「駄目なものは、どうやったって駄目なのよ」

幼母「壊れてしまったものは、二度と元には戻らない」

幼母「もう一度三人で暮らしたって、毎日喧嘩ばかりになるのは分かっている」

幼母「嫌なところ、欠点ばかりが目に付くのよ。まともな生活なんて出来ない」

幼母「元々、愛なんてなかった。だから、これからもない」

幼母「・・・幸せな記憶。そう言っていたわね?」

幼母「はっきり言いましょうか。わたしは、この人と、幼父と幼馴染と三人でいて・・・」

幼母「幸せだと思ったことなんて、一度もない」

男「・・・!」ヨロッ

ドサッ

男「・・・・・・」

幼母「・・・小さい頃から、妙に聡い子だったわ」

幼母「あちこちに気を回して、自分は必死に我慢して」

幼母「『良い子』を演じるあの子が、たまらなく気に障った」

幼母「まだ覚えているわ。あの子が、癇癪を起こした日」

幼母「ゾッとした、気が触れたのかと思ったわ。まさか自分の子がって・・・」

幼母「病院へ連れて行ったら、もっと愛情を注いであげてください、ですって?」

幼母「冗談じゃない!」

幼母「ないものを、どうやって注げと言うの? いい迷惑よ!」

幼母「一緒に居ると、息が詰まるのよ!」

幼母「あの子の前で、母親の顔をするのは、面倒臭いのよ!」

幼母「正直うんざりしてた・・・だから、これで清々する」

幼母「さようなら」スタスタ

男「ぁ・・・、っ」

幼父「私もこれで失礼するよ」スクッ

幼父「伝票を預かろう」

男「・・・ッ」ブンブン

幼父「・・・・・・」

男「ぼくが・・・、払いますから・・・!」

幼父「そうはいかん」スッ

幼父「幼馴染を看病してくれた・・・感謝料だとでも思っておけばいい」

幼父「そうだ。向こうへ戻ったら、伝えておいてくれ」

幼父「引越しが決まった。日取りは、改めて連絡するとな」

男「・・・・・・」

幼父「幼馴染と・・・」

男「え・・・?」

幼父「似ているな・・・」

幼父「気持ちの悪い思考。ひどく、惨めだ」

幼父「コーヒー、よかったら私の分も飲むといい」

幼父「もともと自分が頼んだものだ。それに・・・」クルッ

幼父「私は、コーヒーは飲めない」

スタスタ

男「・・・・・・」

男「ぼくは・・・」

男「~~ッ」ガンッ!

男「なにが・・・助けるだ・・・」

男「・・・ばかやろう・・・」

悔しかった。
何でも出来ると思っていた。
その結果がこれだ。

何も出来なかったのなら、まだ良かった。
ぼくは、彼女の傷口に塩を塗りこんだ。

救いようのない、大馬鹿だ。

帰りの電車に揺られながら、ぼくは静かに泣いた。
涙が、後から後から溢れてきて、止められなかった。

自己満足。
その通りだった。

全部、彼女に黙って、ぼくが勝手にやったことだった。
ぼくはいつだって、彼女を苦しませてしまう。
幼に合わせる顔がない。

自分が、ひどく醜い人間に思えた。

この日。

幼の誕生日パーティーをするはずだった日。

最高の一日になると思っていた日。



ぼくと幼は、再び、離れ離れになることが決まった。



幼「ん、ぅ・・・」モゾモゾ

幼「・・・・・・」パチリ

幼「・・・ここ・・・」

幼「・・・・・・?」

幼「・・・わたしの部屋じゃ、ない・・・」

幼「・・・・・・」

幼「・・・・・・・・・」

幼「・・・・・・・・・・・・」

幼「っ!!///」ガバッ

幼「こ、これ・・・っ」

幼(男のベッド!?)

幼「お、男の・・・ふとん・・・!」

幼「・・・・・・」

幼「・・・・・・」キョロキョロ

幼「・・・・・・」

幼「・・・・・・」クンクン

幼(うわぁ、男の匂い)

幼「~~~っ!」ギュ~!

幼(すごい・・・涙でそう・・・)

幼(・・・・・・)

幼「!」バッ

幼「・・・男?」

幼「いないの・・・?」

幼「ん・・・」ムクリ

幼「っ・・・少し、ふらふらする・・・?」

幼「けほっ、けほっ!」

幼「風邪、ひいたのかしら?」チラ

幼「タオル・・・男、診てくれてたんだ・・・」

幼「服・・・これ、男のよね?」

幼「わたし・・・」

幼「いつの間に着替えたのかしら・・・?」

幼「・・・・・・」

幼「・・・・・・・・・」

幼「・・・・・・・・・・・・」

幼「っ!?///」ギュッ

幼「み、見られた・・・?///」

幼(わたし、男に脱がされたの!?)

幼(ど、どこまで・・・!?)

幼「~~~っ///」

幼「お、男!?」タタタ

ガチャ

幼「・・・男? い、いないのー?」

幼「・・・・・・」

幼「おじさまー?」

幼「・・・・・・」

幼「二人とも、出かけているのかしら?」パタン

幼「あ・・・。わたしの制服・・・」

幼「乾かしてくれたんだ、男」

幼「・・・・・・」

幼「そうだ・・・お母さんに連絡・・・」

幼「わたしのかばん・・・あった」

幼「携帯電話は・・・」ゴソゴソ

幼「・・・あれ?」

幼「・・・ない・・・」

幼「どこかで落としたのかしら?」

幼「どうしよう・・・」

幼「・・・とにかく着替えて、それから・・・」

幼(・・・・・・)

幼「・・・・・・うん」コクン

幼「男に、話そう」

幼「ぜんぶ・・・」

幼(帰ってきたら、伝えよう)

幼(それで、これからのこと・・・男と一緒に考えよう)

幼「・・・・・・」

幼「男・・・」

幼「・・・・・・すき」

幼「・・・・・・」

幼「・・・うん、言える。きっと、言える・・・」

幼(大丈夫、大丈夫・・・)

幼「わたしは・・・変われる・・・」



男「・・・・・・」

男「・・・」スゥー

男「・・・」ハァー

ガチャ

男「・・・ただいま・・・」

男「オヤジは、まだ帰ってきてないのか」

男「・・・・・・幼」

男「あれ?」

男「靴が・・・ない」

男「・・・・・・」

男「っ!」ダッ

ドタドタドタ!

男「っ、・・・幼? お、起きてる?」コンコン

男「・・・・・・」

男「入る、よ?」

ガチャッ

男「・・・・・・・・・幼?」

男「いない・・・」

男「まさか・・・家に、帰った?」

男「そんな・・・!」キョロキョロ

男「かばんは、置きっぱなし・・・」

男「・・・乾かして、置いてあった制服がない」

男「外へ出かけた・・・?」

男「どこに・・・。まだ、熱が下がりきってないかもしれないのに・・・」

男「なにか・・・そうだ、携帯――・・・!」

男「・・・――は、ぼくが持ち出したんだった・・・」ゴソッ

男「・・・・・・」

男「ぼくのやることって、全部裏目に出ちゃうんだな・・・」

男「・・・・・・」

男(せめて、ぼくの番号くらい登録しておこう)

ピッ、ピッ

男「・・・ばかだな、ぼくは」

男(今更こんなこと、しかも、幼のいないところで・・・)

男「もっと、早くに・・・」

男「っ・・・!」グッ

男「・・・・・・」

男(幼・・・)

男「・・・・・・」スクッ

男「探しに行かないと・・・」

男「見つけてあげないと・・・」

男「ぼくが・・・じゃないと・・・」

男(幼は、独りぼっちだ!)

ピンポーン

男「!!」

ドタドタドタッ!

男「今、開けるから!」

ガチャッ!

男「幼っ・・・――え?」

後輩「・・・・・・あ、あの・・・・・・」

男「こ、後輩?」

後輩「・・・こんにちわ」

後輩「先輩・・・」

男「・・・・・・」

後輩「・・・ごめんなさい、突然来ちゃって・・・」

男「あ、ああ・・・」

後輩「今日、先輩が学校に来てないみたいだったから・・・」

後輩「休みだって、クラスの人に聞いて、それで・・・」

男「ごめん・・・」

後輩「いえ、そんな・・・」

後輩「どこか具合、悪かったんですよね?」

男「いや、その・・・」

男「・・・・・・まあ」

後輩「いまって、風邪が流行ってるみたいですから」

後輩「それで、少し心配になって・・・」

男「うん・・・」

後輩「って、ちょっと前まで休んでたあたしが、言えたことじゃないですけど・・・あはは」

男「もう、いいのか?」

後輩「え・・・?」

男「病気で休んでたって」

後輩「ぁ・・・」

後輩「はい・・・」

後輩「・・・・・・」

後輩「いえ・・・」

後輩「やっぱり、だめかもしれないです」

男「だめって・・・」

後輩「あたしが、ここに来たの・・・」

後輩「先輩が休みだって聞いて・・・」

後輩「心配なのも、もちろんあったんですけど・・・」

後輩「・・・本当は今日、先輩に話したいことがあって」

後輩「・・・だから、先輩・・・」

後輩「・・・お願いします」

男「ぼくに?」

後輩「はなし、聞いてくれませんか」

男「なにか、あったんだな?」

後輩「・・・・・・」コクリ

男「わかった。でも、その・・・」

男「ぼくもやることあって・・・」

男「あんまり時間は・・・」

後輩「・・・・・・」

男「・・・いや、なんでもない」

男「立ち話じゃなんだし、上がって――」

男(ぼくの部屋には、幼の荷物が・・・)

男「――・・・えと、近くに公園があるから、そこでいいか?」

後輩「・・・はい」

・・・・・・

男「後輩は、コーヒーは飲めたっけ?」

後輩「はい・・・」

男「なあ、いつまで立ってるんだ?」

男「せっかくベンチが空いてるんだから、座ろうよ」

後輩「・・・はい」

トスッ

男「ほら、飲みなよ」スッ

後輩「ありがとうございます・・・あの、お金・・・」

男「いいよ」

後輩「でも、先輩・・・」

男「わざわざぼくのこと、心配して来てくれたんだろ?」

男「そのお礼代わりだと思っておけばいい」

後輩「・・・ありがとうございます」

男「・・・・・・」

後輩「・・・・・・」

男「・・・それで、話っていうのは?」

後輩「・・・・・・」

男「・・・・・・」

後輩「さっき・・・」

男「ん?」

後輩「先輩、さっき家の前で・・・」

後輩「出てきてくれた時に・・・」

後輩「幼って・・・」

後輩「いま、いるんですか? あの人・・・」

後輩「先輩の家に・・・」

男「・・・うん」

後輩「・・・・・・そうですか」

男「昨日さ、台風だったろ? それで、幼が――」

後輩「泊まったんですよね?」

男「え?」

後輩「先輩の家に・・・それで・・・」

後輩「じゃあ、二人は、もう・・・」

男「・・・・・・」

後輩「い、いえ・・・なんでもありません・・・///」

後輩「・・・・・・」

後輩「なんか・・・」

後輩「ずるいなぁ、って・・・」

後輩「思っちゃいます・・・」

男「後輩・・・?」

後輩「・・・・・・っ、ぅ」ポロッ

後輩「・・・っく、う、・・・ひっく・・・!」

男「ど、どうしたんだよ?」

後輩「あたしが、ひっく、ばか・・・だったんです・・・ずっと・・・!」

後輩「いまさら、こんなこと・・・っ」

男「後輩、泣いて・・・?」

後輩「・・・引っ越すって」

男「え・・・?」

後輩「友ちゃん、遠いところに行くんだって・・・!」

男「と、友が? なんで・・・」

後輩「家庭の事情だって・・・」

男「・・・・・・」

後輩「でも、違う・・・違うんです!」

後輩「友ちゃんのお父さんとお母さん・・・離婚するんだって・・・」

後輩「それで・・・」

男「離婚・・・」

後輩「友ちゃんのお父さんとお母さん、ずっと仲が悪くって・・・」

後輩「知ってたんです、ずっと・・・」

後輩「それなのに、何も出来なかった!」

後輩「あたしが他人だったから!」

後輩「あたしは、友ちゃんの家族が壊れて行くの、見てるだけで・・・」

後輩「友ちゃんも、相談なんてしてくれなくて・・・っ」

後輩「ホントは分かってるんです!」

後輩「きっとあたしのこと、巻き込みたくないから・・・」

後輩「・・・ずっと、ずっと・・・ばかだった・・・」

後輩「素直になればよかった・・・!」

後輩「いまさら気付くなんて・・・こんな、大事なこと・・・っ」

後輩「あたしは・・・」

後輩「・・・友ちゃんのことが・・・」

後輩「すき・・・だった、って・・・!」グスッ

男「・・・後輩・・・」

後輩「先輩、どうしてなんですか?」

後輩「夫婦って・・・結婚しても他人なんですか?」

後輩「好き合って一緒になったはずじゃないですか!」

後輩「それが・・・そういう風に、後から別々になったりできるんですか?」

後輩「どうして、そうなっちゃうんですか!?」

後輩「それが普通なんですか?」

後輩「家族って、そういうもの・・・なんですか・・・?」

後輩「教えてください・・・! ねえ、先輩・・・っ」

男「そんなこと・・・」

男(ないって、言えるのか?)

男(ぼくは今日、目の前で見てきたはずだろう?)

男(・・・『本当の家族』を)

後輩「・・・っ、ぅ・・・」ポロポロ

男「・・・わからないよ」

男「ぼくだって・・・」

後輩「・・・・・・」

後輩「そう・・・ですよね」ボソ

後輩「あたしたち、子供ですもんね・・・」

後輩「・・・だけど、それでも・・・」

後輩「こんなの、理不尽すぎるよ・・・っ」

男(・・・そうだ・・・)

男(ぼくたちは、何も悪いことなんてしていないはずなんだ)

男(ただ、普通に生きているだけだ)

男(でも、いつだって親の都合や言い分に振り回されるのは、子供の側だ)

男(ぼくたちだけが・・・)

後輩「ぅ・・・っく・・・」グスッ

男(ぼくは絶対にそうはならないって・・・)

男(そんな今の決意が、どれほどに信用できるっていうんだ)

男「・・・・・・」



幼(茄子にトマトに・・・玉葱、カボチャ)

幼(ブロッコリー、うずらの玉子・・・お肉と・・・)

幼(チョコレートもちゃんと買ったし・・・)

幼(お醤油とかお砂糖は、男の家にもあるわよね?)

幼「・・・ルゥ、一箱で足りたかしら」

幼「男とおじさま・・・」

幼「男の人が二人いると、少し、足りないかも・・・?」

幼「家の外でお料理するのって、初めて・・・」

幼「・・・・・・」

幼「・・・お礼よ。これは、お礼・・・」

幼「男に面倒をかけてしまったのだし、お詫び代わり・・・だから・・・」

幼(不自然じゃ、ないよね?)

幼「もっと、凝ったお料理の方がよかったかしら」

幼(好き嫌いとか分からないから、カレーを選んじゃったけど・・・)

幼「大丈夫よね。カレーが嫌いな人、あんまり聞いたことないし」

幼「・・・美味しいって、言ってくれるかな・・・」

『すごく美味しいよ!』

『幼って、料理も上手なんだね!』

幼「・・・///」

幼「男、もう帰ってきたかしら・・・」

幼(できれば、男のいないうちに作っておいて、びっくりさせたいな)

幼「えっと・・・」

幼「・・・・・・」

幼(道、どっちだったっけ?)

幼「・・・・・・ま、」

幼(迷った・・・? うそ・・・)

幼「どうしたら・・・」

ポツ、ポツ・・・

幼「え、雨・・・?」



「―よ、――って」

幼「? いまの、男の声・・・?」


「――ね」


幼「ここ・・・公園?」


男「・・・・・・」


幼(! やっぱり、男だ・・・!)パァ

幼(もしかして、わたしを探しに・・・?)ドキドキ

幼「っ・・・!」タタタ



ポツポツポツ・・・

後輩「あたし、どうしたらいいですか?」

後輩「先輩は? 先輩なら、どうします・・・?」

男「・・・ぼく、なら・・・?」

後輩「・・・ううん。きっと先輩なら、もっと堂々と出来るんですよね・・・」

後輩「胸を張って、言いたいこと、言えるんですよね」

男「・・・・・・」

男(ちがう)

後輩「あたしは・・・」

男(言いたいことなんて、言えなかった)

後輩「先輩みたいにはできません・・・」

男(なにもできなかったんだ。なにも・・・)

後輩「もう、分からない・・・!」

後輩「先輩っ・・・!」ガバッ

男「! 後輩!?」

後輩「教えてください、一番良い方法・・・みんなが、幸せになれるやり方・・・」

男「そんなの・・・」

後輩「怖いんです・・・寂しいんです」

後輩「ずっと考えちゃって・・・同じこと、ぐるぐるぐるぐる・・・」

男「・・・・・・」

後輩「一人でいると、おかしくなりそうで・・・」

後輩「先輩の顔が見たくなって・・・でも、今日学校にいなかったから・・・!」

男「・・・・・・」

後輩「・・・・・・」

後輩「先輩・・・」


後輩「・・・・・・・・・抱いてくれませんか?」


男「・・・・・・な、」

後輩「抱いてください」

男「ちょっと・・・待てって」

男「なんでそうなる?」

男「後輩は、友のことが好きなんだろ?」

男「今さっきぼくに、そう言ったじゃないか」

男「そうだろ? それが・・・」

男「抱いてくれって・・・おかしいよ」

後輩「そんなに、おかしいですか?」

男「だって・・・!」

後輩「あたし、先輩のこと嫌いじゃないです。ううん、先輩のことだって好き・・・」

男「好きって、そういうんじゃなくって・・・!」

後輩「いいんです、あたし。先輩なら・・・」

男「今の後輩は、混乱してヤケになってるだけだ!」

男「そんな捨て鉢になって・・・自分のこと、もっと大事に――」

後輩「――だって、もう!!」

男「っ・・・!?」

後輩「もう・・・どうしていいか・・・」

後輩「・・・ううん。分かってる、分かってるの!」

後輩「でも、そんなこと出来ない! そんな勇気、ない!」

後輩「そしたら・・・?」

後輩「そしたらもう・・・あたしには、なんにもないもん・・・っ」

男「そんなこと・・・」

後輩「だから、慰めてください・・・」

後輩「先輩なら・・・優しいし、経験だってあるし」

後輩「あたし、黙ってます。あの人には絶対言いませんから」

後輩「だから、ほんの少しだけ・・・今だけ・・・」

後輩「友ちゃんのこと、忘れさせてください」

男「・・・・・・」

男(こんなこと、いいはずない)

男(じゃあ、どうして強く拒めない?)

男(拒絶しろよ、突き飛ばせよ・・・!)

男(ぼくのためにも、後輩のためにもなりっこない)

男(誰も幸せになんかならない)

男(それとも・・・・・・)

後輩「・・・先輩・・・」

男(ぼくも・・・)

男「・・・・・・」

男(幼のことを・・・)

後輩「ん・・・・・・」

男(忘れたいって、思ってるのか・・・?)

ドサッ



男「―――え」

ttp://www.youtube.com/watch?v=e4531koqcsk

幼「・・・・・・・・・・・・」



男「ぁ・・・、・・・」

幼「っ!!」ダッ

男「! 待って、幼!」

後輩「!? 先輩、行かないで!」

男「後輩・・・!」

後輩「お願いします、今だけでいいんです・・・!」

後輩「あたしも、友ちゃんより先輩を選ぶ。だから・・・っ」

後輩「先輩も・・・あたしのこと・・・!」ギュッ

男「・・・・・・・・・ごめん」

後輩「せん、ぱ・・・」スルッ・・・

男「幼のこと、ぼくはどうやったって、放っておけないんだ・・・」

男「彼女は、ずっと独りで・・・」

男「ぼくだけは、独りにしちゃいけないんだ・・・」

男「だから・・・っ!!」ダッ

後輩「待って、先輩!」

後輩「あたしだって・・・!」

後輩「一人・・・! なんですよぉっ・・・!」

後輩「ひとり・・・っ」

後輩「ぅ、ひっく・・・ぅ、ぁぁ・・・っ!」

ザアァァァ・・・!

幼「はぁ、っ、はぁっ、はっ・・・!」

―わかってたはずだった。

『変わったよ。六年近くも経ってるんだよ?』

幼「っ、はぁ、はぁ、っ・・・!」

―そんなことだって、あるかもしれないって。

『べつに、後輩だよ、後輩』

幼「はっ、はっ・・・あっ!?」ドシャッ

―それでも・・・。

『ぼくたち幼馴染でしょ?』

幼「ぅ、・・・っ、く! ぅ、ぁぁ・・・っ」

―信じていたかったのは、わたしのただのワガママなんだから。

『困ったことがあったらいつでも呼んで』

幼「ぁ、ぁ・・・~~~~ッッ!!」



男「『幼っ!!』」

幼「・・・ぅ、・・・ひっく、ぐす・・・っ」

男「濡れるよ・・・」

男「風邪、まだ治ってないんだから・・・」

男「ほら・・・帰ろう」スッ

幼「っっ!!」

パシン!!

男「・・・ぁ」

幼「もう、たくさんだよ!」

幼「どうしてわたしに優しくするの?」

幼「わたしたちが、幼馴染だから?」

幼「それだけの理由で、わたしに手を差し伸べないでよ!」

幼「優しくなんかしないでよ!」

幼「・・・帰る? 帰る家なんて・・・っ」

幼「わたしには、もう・・・どこにもないんだよぉっ!」

ザアァァァ・・・!

男「幼・・・」

幼「あなたが、わたしなんかに構わなければ」

幼「男があの時、わたしに声をかけたから・・・」

幼「わたしは、弱くなっちゃったんだよ!?」

幼「ずっと、独りでも平気だったのに!」

幼「・・・誰かといることが、温かいって知っちゃった」

幼「・・・独りでいることは、怖いことになっちゃった」

幼「わたしは、どうしたらよかったの?」

幼「好かれるようにって、たくさん努力したんだよ!?」

幼「お父さんとお母さんに見て貰いたくて、必死で良い子でいたんだよ!?」

幼「なのに・・・っっ」

幼「仕事が上手くいかなかったり、ちょっとしたこと家のことで喧嘩になったり・・・」

幼「そんなの、わたしのせいじゃない・・・どうしようもないよ!」

幼「わたしがどれだけ一生懸命になったって、そんなの、二人には全然関係なくって・・・」

幼「必要じゃないのに生まれてきたわたしは、どうしたら必要とされるの?」

幼「どうしたら、わたしは愛されるのよぉっ・・・!!」ポロポロ

男「っ・・・!」ポロッ

幼「恋だって・・・」

幼「初めて人を好きになって・・・」

幼「ずっとここにいたかった! 男と離れたくなんて、なかった!」

幼「でも、しょうがないじゃない! しょうがないじゃん・・・っ」

幼「付いて行くしかないよ!」

幼「止めて欲しかった・・・」

幼「男に『行かないで』って・・・言って欲しかったよ!?」

男「・・・ぅ、く・・・」ポロポロ

幼「ずっと素直になれなくって・・・でも、わたしさえ我慢すればって・・・!」

幼「ねえ、わたしがワガママだったからなの・・・?」

幼「わたしがちょっとでも欲しいって思ったものは・・・ぜんぶ、零れていって・・・」

幼「全部、だめになっちゃった」

幼「だめに、なっちゃったんだよぅ・・・!」ポロポロ

幼「・・・たすけて・・・」

男「・・・っ」ビクッ

幼「男、言ったよね? 助けてくれるって」

幼「わたし覚えてたよ、ずっと・・・」

幼「忘れなかった。男のこと、全部」

幼「だからお願いだよ・・・いますぐ、わたしのことを助けてよ・・・!」

幼「わたしのことを、幸せにしてよ!」

幼「綺麗でなくったっていい、勉強なんてわからなくっていい!」

幼「運動なんてできなくていいし、常識がないって馬鹿にされたっていいから!」

幼「特別なんて、一つも要らない! だから・・・」

幼「当たり前の幸せ《愛》が欲しい・・・っ」

幼「ほしいよぅ・・・!」ポロポロ

男「ごめん・・・!」ギュッ

男「ごめんね、ずっと・・・」

男「気付いてあげられなくて・・・!」

男「見つけてあげられなくて・・・!」

男「愛して・・・あげられなくて」

幼「っ、ぅ・・・、ぅぇぇ・・・っ」

男「引っ越していく幼を、引き止めてあげられなくて」

男「ずっと臆病で、ごめん」

男「幼は、ずっとぼくの太陽だった」

男「好きだったんだ、ずっと・・・!」

男「幼が遠くへ行って、忘れようとした・・・辛かったから・・・」

男「でも、また逢えた」

男「すぐにわかったよ?」

男「だって・・・!」

男「ぼくがずっと・・・好きだった女の子だから・・・!!」

幼「ぁ、ぁ・・・っ、ぅ、ぅぁぁ・・・!」

男「ずっと、いまだって!」

男「幼・・・!」

幼「おと・・・こぉ・・・」

男「・・・うん」

幼「・・・あったかい、よぉ・・・」

男「・・・うん」

幼「ひとりに、しないで・・・」

男「・・・うん」

幼「・・・すき・・・だいすき・・・」

男「・・・う、ん・・・っ」

幼「ずっと、素直になりたかったの・・・」

男「・・・っ」コクコク!

幼「おねがい・・・」

男「・・・・・・」

幼「わたしのこと・・・」

幼「もう、はなさないで・・・!」

男「ッ・・・~~~~!!」

やっと、見つけた。
やっと、聞こえた。
これが、幼馴染だ。

ぼくの、太陽だ。

降りしきる雨。
ぼくたちは、ずっと抱きあっていた。

涙を流しながら。
嗚咽を零しながら。
お互いの首筋に鼻先をうずめて。

初めて出会ってから十数年。

離れてから六年。

再会してから二週間弱。

ずっと言いたかったことが、ほんの少しだけど言えた。
ようやく素直になれた。
やっと、本当の幼馴染に。
なりたかった二人に。


でも・・・遅かった。

もう、どうしようもなかったんだ。

ぼくは、思っていた以上に軟弱な男だった。

精神的な無理も祟って、風邪を引いた。
タチの悪い合併症を併発して、しばらく高熱にうなされた。
学校を何日か休んだ。

その間、幼が見舞いに来ることは、一度もなかった。

その代わりに。
メールが一通、ひっそりと届いた。

内容は、引越しが決まったことと、その日程だった。
無機質に綴られていく文面。
最後に一言。


『ごめんなさい』


そう、添えられていた。

>>450
後輩「友ちゃんのお父さんとお母さん、ずっと仲が悪くって・・・」

後輩「おじさんとおばさん、ずっと仲が悪くって・・・」

>>476
幼「仕事が上手くいかなかったり、ちょっとしたこと家のことで喧嘩になったり・・・」

幼「仕事が上手くいかなかったり、ちょっとした家のことで喧嘩になったり・・・」



ガチャッ

男父「いらっしゃ・・・って、なんだ」

男「・・・・・・」

男父「わざわざ店の入り口から入ってくるんじゃない。紛らわしいぞ」

男「どうした、パパのコーヒーが飲みたくなったか?」

男「・・・・・・うん」

男父「・・・・・・」

男父「・・・こっちに来て、座れ」

男「・・・・・・」カタッ

男父「熱の方は、もう下がったみたいだな。良かった」

男父「体調が戻ったのなら、明日からは学校へちゃんと行くんじゃぞ?」

男父「一週間近くも休んだのだからな・・・」

男「・・・・・・」

男父「・・・・・・」

男父「・・・すまなかったな」

男「え・・・?」

男父「大体の事情は聞いた。幼ちゃん、本人からの」

男「・・・うちに来たの?」

男父「ああ・・・」

チャリ・・・

男父「これを、返しに来たよ」

男「店の鍵・・・」

男父「・・・こんなことになるなら、もっと早くにワシが帰ってきてやれれば・・・」

男「オヤジのせいじゃない」

男「こうなったのは全部、ぼくのせいだ」

男「幼にも、オヤジにも黙って・・・」

男「会わなくて良かったよ。会えないままで・・・」

男「・・・合わせる顔がない」

男父「・・・幼ちゃんも、同じことを言っとったぞ」

男父「一目だけでもいい。顔を見せてやってくれと言ったんじゃがな・・・」

男父「『どんな顔をしたらいいのか、わからないんです』・・・そう言って、帰ってしまったよ」

男「・・・・・・」

男父「そんなに難しく考えることかのう?」

男父「やっと本音が言えるようになったんだ、少なくともオマエの前では」

男父「笑って会ったらいいじゃないか?」

男父「このまま何も言わずに・・・それでいいのか?」

男父「あと二日。明後日には、幼ちゃんはもう・・・」

男「・・・もういいんだ、オヤジ。これで・・・」

男「きっと、運命なんだよ」

男「ぼくと幼は、どうやったって、こうなる運命だったんだ」

男父「・・・運命、か」

男父「あまり好きな言葉ではないな、ワシは」

男父「運命というものが本当にあるのなら、それもいいじゃろう」

男父「だがな、男よ」

男父「簡単に運命などという言葉を使い捨てるのは、みっともないことだと、ワシは思う」

男「オヤジ・・・?」

男父「ならば、男母が亡くなったのも、果たして運命だったのか?」

男父「・・・男母は、立派に戦った」

男父「汗をかき、涙を零し、苦痛を吐いて、痛みに悶えながらも必死に」

男父「・・・戦ったんだ。お前の母親は戦ったんだよ、一生懸命な」

男父「今は遠いところに逝ってしまって、もう、ワシらのそばには居ないが・・・」

男父「それでもな。だからといってワシは、アイツの頑張りが足りなかったとは思わんよ」

男父「男母が死んだのが、定められた結果などという風には、どうしても思えんのだ」

男「・・・オフクロ・・・」

男父「自分の母親の頑張りはすべて無駄な努力だったと、そう思うか?」

男父「あらゆることには、あらかじめ結末が用意されていて、それにはどう抗っても逆らえっこないんだと・・・」

男「・・・・・・」

男父「きっとな、少なくとも・・・」

男父「男母だけは、信じていたんだ」

男父「アイツだけは、またワシらと三人、この先もずっと笑って暮らせる日が続くんだと・・・」

男「っ・・・」

男父「おまえが運命を信じたいのなら、それもいいだろう」

男父「だが、運命を建前にして、苦しいことや辛いことから背を向けるのはやめるんだ」

男父「それは、そんな手軽に道端で投売りされているものじゃないはずだ」

男父「今までのおまえの人生で、運命と呼べるものがあるとするなら・・・」

男父「それは、幼ちゃんと出会えたことだ」

男「幼と、ぼくが・・・」

男父「おまえが幼ちゃんに声をかけたのは、偶然かもしれない」

男父「しかし、偶然であっても特別なものだった」

男父「そこに、確かに意味はあったんだと。ワシはそう信じたい」

男「・・・・・・」

男父「幼ちゃんから逃げるんじゃない」

男父「あの子と、しっかりと向き合うんだ」

男父「それができるのは、もうこの世界で・・・男だけなのじゃから」

男「でも、ぼくは・・・」

男「彼女に、なんて言ったらいいのか・・・」

男父「何でも格好良く済まそうとする必要はない」

男父「おまえが思っていることを、そのまま伝えればいい」

男父「どんなに不恰好だろうと、芯に気持ちの篭った言葉なら、必ず想いは届く」

男父「恥ずかしながら、ワシの体験談じゃ」フフ

男「・・・そんな、簡単に言わないでよ・・・」

男「ぼくはそうして、幼の家族を壊しちゃったんだよ!?」

男父「・・・だからなんだ?」

男「え?」

男父「だからもう、頑張ることは止めか?」

男父「たったの一度の失敗で、前へ進むことを諦めて、へたり込むのか?」

男「そんなこと言ったって・・・」

男「これ以上ぼくが何かすれば、幼だけじゃなくて、彼女の親にも迷惑がかかるかもしれない」

男「ううん、きっともう・・・!」

男「それに、オヤジにだってとばっちりが・・・!」

男父「とばっちりがどうした? 望むところじゃ」

男「な・・・っ」

男父「・・・男母がいれば、違うことを言ったのかもしれん」

男父「だがワシは、アイツのように器用にはできん」

男父「いつだって一つのことしか考えられん、不器用なジジイじゃ」

男父「おまえが幼ちゃんのことを大事に想っていることは、ワシにもわかる」

男父「・・・惚れてるんだろう?」

男父「たとえ他をすべて零すことになったとしても、そのたった一つだけでも守り通せ」

男父「絶対に離すな。引き摺って、しがみついてでもだ」

男父「ワシには、おまえが欲しいもの、すべてを掬って与えてやることはできない」

男父「だからせめて、おまえの本当に大事なもの・・・それを譲らないためにおまえが動くことには、躊躇わせん」

男父「その結果、ワシにどんな災難が降ってこようと、構うものか」

男父「諸手を挙げて歓迎してやるわい」

男「・・・・・・」

男父「情けない顔をするな」

男父「子のために体を張れるのなら、それが親の本懐じゃ」

男父「立ち止まって振り返ることは、もっと歳を重ねて大人になってからでも出来る」

男父「おまえはまだ子供だ」

男父「だから、後ろのことは親に任せて気にせず、真っ直ぐ前へ進めばいい」

男父「言いたい時には、ワガママを言えばいい。迷惑もとばっちりも、かければいい」

男父「それが子供の特権だ」

男父「幼ちゃんはな・・・ずっと、そういったことが出来なかった」

男父「我慢して、我慢して・・・」

男父「両親のために、両親が求める『良い子』を演じてきた」

男「・・・・・・」

男父「『演じる』か、『なりきる』か・・・」

男「?」

男父「役者が持つ選択だ」

男父「なりきれるのならいい。いずれそれが、自分の中で正常なものとして消化されていくだろうから」

男父「だが結果的だったとはいえ、幼ちゃんの親はそうはさせなかった」

男父「ずっと幼ちゃんに、『幼馴染という、自分たちの子供』を演じさせ続けてきたんだ」

男父「戦慄するな・・・」

男父「親として、絶対にしてはいけないことだ」

男父「足元のおぼつかない幼子を、両手を引いて導いてやるのとはワケが違う」

男父「用意したレールの上に乗せて、本人の意志関係なく歩かせるのが親なら、ワシは親失格だろう」

男父「それでもな。100%成功すると判っているレール《人生》を敷いてやるよりも・・・」

男父「たとえ失敗するかもしれなくとも、可能性を諭してやるのが、親の務めだとワシは思う」

男父「それで我が子が躓いて、蹲くことになったら・・・」

男父「そうなった時は・・・」

男父「駆け寄って、ゆっくりと抱き起こしてから・・・再び背中を優しく押してやればいい」

男「・・・・・・」

男父「ほれ」チャリッ

男「オヤジ・・・?」

男父「返してこい」

男父「・・・今度はおまえの手で、もう一度渡してくるんだ」

男父「今はまだ子供でも・・・」

男父「いずれは、誰かのために何かが出来る大人になれ」

男「・・・・・・・・・うん」

男「うん・・・!」

男「・・・オヤジ」

男父「なんだ?」

男「ぼく、オヤジの子供で良かった」

男「オヤジとオフクロに拾われて・・・良かった」

男父「・・・・・・そうか・・・・・・」ニコ

男父「男の手を引いて、導いてやる時期はもう遥かに過ぎた」

男父「おまえはもう、自分の頭で考えて、自分の足で歩ける」

男父「じゃが、後ろでワシら《親》が見ていることは忘れるなよ」

男父「いいか? 血の繋がりはなくても、おまえはワシと男母の子供だからな」

男父「これからどれだけ時が経っても。成人して、家庭を持って、子供が出来ても・・・」

男父「ずっとだ・・・」

男「・・・オヤジも・・・」

男「ずっと、ぼくのオヤジだよ」

男「・・・ああ、でも・・・」

男「もしぼくに子供が出来たら・・・」

男「孫が出来たら、おじいちゃんになっちゃうね?」

男父「・・・・・・」

オヤジは、一瞬呆けたように口を開けると。
それから、大きな笑い声を上げた。

とても、嬉しそうに。


・・・しばらくしてから、幼にメールを送った。
悩んだけれど、簡潔にした。

『どうしても話したいことがある。明日、ほんの少しでもいいから会いたい』

伝えたいことは、ぼくの口から。
電話をかける気はなかった。
まだぼくには、幼の声を聞く資格がないと思ったから。

返信はすぐに来た。

『わたしも、男に会いたい。明日17時、公園で待ってます』

端末を胸に当てる。

幼と初めて会ってから、今日までの、ぼくの気持ち。
色んなことがあった。
たくさん、ままならなかった。

だけど、ぼくはもう、振り返らない。

だから、ぼくはもう、躊躇わない。

机の上に置かれた、渡せなかった誕生日プレゼント。
泣くのは、もう終わりにしよう。

『わかった。必ず行く』

果たせなかった約束。
明日、ぼくは彼女を幸せにしてみせる。

>>509
男父「それで我が子が躓いて、蹲くことになったら・・・」

男父「それで我が子が躓いて、蹲ることになったら・・・」



―8:00

幼母「ずいぶん早いのね」

幼母「出て行くのは、今日だった?」

幼「・・・ううん。明日・・・」

幼母「ああ、そうだったかしら」

幼母「でも学校には、もう行かなくていいんでしょう?」

幼母「どこかへ出かけるの?」

幼「あとで、少し・・・」

幼母「どこへ行くのもあなたの勝手だけど、わたしに迷惑だけはかけないでね」

幼母「あの人とは正式に別れて、あなたとも他人になったけど・・・」

幼母「いまは立場上、わたしがあなたを預かっていることになっているから」

幼母「あなたが問題を起こしたら、わたしの責任になるの」

幼母「それくらいは、わかるわよね?」

幼「・・・・・・」コクリ

幼母「大事な時期なの」

幼母「わたしはね? あの人と一緒になって、女として幸せになりたいだけ・・・」

幼母「あなただって、一応女なんだから。そういうこと、わかってくれるでしょう?」

幼「・・・・・・」

幼母「あと一日、できればこの部屋でじっとしていて欲しいくらい」

幼母「お願いだから、馬鹿なことはしないでね」

幼母「少なくとも明日、あの人のところへ行くまでは・・・いいわね?」

幼「うん・・・」

幼母「それから念押ししておくけど、荷物はちゃんと全部片付けてね?」

幼母「あとで面倒くさいのは、勘弁してもらいたいから」

幼「・・・わかってるわ」

幼母「もしなにか忘れて置いて行っても、ゴミと一緒にするだけだから」

幼母「間違っても、こっちに戻ってきたりしないでちょうだいね?」

幼「うん・・・大丈夫・・・」

幼母「それじゃ、さようなら」スタスタ

幼「お母さん」

幼母「・・・あのね」クルッ

幼母「わたしは確かにあなたを産んだけど・・・」

幼母「もう、あなたの母親じゃないわ」

幼「っ・・・」

幼母「ずっと、必死に我慢してたの」

幼母「子育てなんて・・・!」

幼母「でも、まあ・・・」

幼母「あなたは、中でも外でも、それなりに『良い子』で助かったわ」

幼母「わたしの血が流れているだけあって・・・気には障ったけどね」

幼母「だから最後に、一つだけ忠告をしてあげる」

幼母「ダメな男に引っかからないように、注意しなさい」

幼「・・・・・・」

幼母「男、といったかしら?」

幼母「とても想われてるみたいだけど・・・」

幼母「それであなたの環境グチャグチャにしてたら、世話ないじゃない」

幼母「幼父だって、まだ仕事だけは人並み以上に出来たけどね?」

幼母「そういうのも、期待できなさそうだし」

幼母「やめておきなさい。将来性は、大切なことよ」

幼母「わたしのようになって、人生を無駄に消費することになるのが嫌ならね」

幼「・・・お母さんが・・・」

幼母「わたしのことを、お母さんと呼ぶのはやめて」

幼「お母さんが、どんなに変わってもね?」

幼母「変わったんじゃないわ!」

幼母「もともと、こういう風に思っていたの。ずっと前から・・・」

幼母「あなたのこと重荷だって。そう、心の中では思っていたのよ」

幼母「・・・わたしのところへ付いて来るって、あなたが言ったとき、正直勘弁してって思った」

幼母「小さい頃から、何か病気に罹ればいちいち医者に診せに行って・・・」

幼母「また何時かみたいに癇癪を起こされたら堪らないから、誕生日にプレゼントだってあげることにして・・・」

幼母「家のこととか・・・本当ならしたくもないことに、時間をたくさん費やしてきたのよ!」

幼母「あなたの母親でいることは、とても苦痛だった」

幼母「あなたがいなければ、わたしはもっと早くにあの人と別れることができたのよ!?」

幼「・・・・・・」

幼母「どうして黙っているの?」

幼母「わかる? あなたのこと、大嫌いだって言ってるのよ?」

幼「・・・うん」

幼「できれば、お母さんに愛してほしかったけど・・・」

幼「ごめんなさい。わたしの頑張りが、足りなかったのよね」

幼母「ッ・・・!」

幼母「あなたの頑張りがどうとか、そういうことではないわよ!」

幼母「いい!? 本当は、子供なんて産みたくなかったの!」

幼母「なのに・・・!」

幼「・・・それでも、やっぱり・・・」

幼「わたしのお母さんは、お母さんだけだよ」

幼母「・・・・・・」

幼「心配してくれてありがとう」

幼母「心配なんてしてないわ!」

幼「でもね・・・」

幼「男は、大丈夫だから」

幼「・・・もともとメチャクチャだったのよ」

幼「男がわたしに内緒で、お父さんとお母さんと話したせいでこうなったんじゃないわ」

幼「それでもね? それでも、誰かが悪いのだとすれば・・・」

幼「それは、わたしたち三人ともよ」

幼「好きでもないのに結婚した、お父さん」

幼「そんなお父さんとの子供を、産みたくないのに産んだ、お母さん」

幼「そして、必要じゃないのに生まれて来ちゃった・・・わたし」

幼母「・・・・・・わからない」

幼母「どうして、そういう考え方ができるの?」

幼母「誰に似たの? わたし? それとも、幼父?」

幼母「・・・いいえ、違う。幼馴染、あなたは・・・」

幼「・・・・・・」

幼母「・・・・・・あの、男の子・・・・・・?」

幼「わたしは・・・」

幼「お母さんのようには、ならないわ」

幼母「・・・・・・そう」

幼母「どうせ、他人のわたしには関係ないことよ」

幼母「そこまで言うのなら、好きにしたらいいわ」

幼「はい」

幼母「!」

幼「そうします」ニコ

幼母「っ・・・」

幼「こういうのって、親子喧嘩っていうのかしら」

幼「・・・初めて、できた」

幼「あのね、お母さん?」

幼「・・・お母さん、今日までね・・・」

バタン!!

幼「・・・・・・・・・」

幼「今日まで育ててくれて・・・」

幼「・・・ありがとうございました」ペコリ



―15:00

男「・・・・・・オフクロ」

男「行ってくるよ、ぼく」

男「『もし』とか『たら』とか『れば』とか・・・」

男「もう、そんな風に自分に言い訳はしない」

男「『時間は万能薬』って言葉は、もう忘れる」

男「幼が、自分は幸せだって、胸を張って言えるようにする」

男「それが、ぼくのしたいことだよ」

男「だからオフクロ・・・」

男「こんどはきっと、やり遂げるから」

男「空の向こうから、ぼくのこと見ててくれ」

・・・・・・

ゴソゴソ

男父「おう・・・行くのか?」

男「うん」

男父「そうか・・・」

男「ねえ、オヤジ」

男父「なんだ?」

男「ぼくさ、今まで自分のこと、あんまり好きじゃなかったんだ」

男「軟弱で臆病で、肝心なところで勇気が持てない」

男「勢いと口だけが達者の、見かけ倒しな子供・・・」

男「それだって、幼が行っちゃってからは、他人が決めたことにフラフラ付いてくだけになってさ」

男父「・・・・・・」

男「幼を見てて、いつも思ってたんだよな。不公平だなぁって」

男「おんなじ人間なのに、なんでこんなに違うんだろって・・・」

男「だから、こんど生まれ変わってくるときはさ。運動も勉強も出来て、スタイルもビシッとしててさ」

男「ぼくじゃない、ぼくに・・・」

男「幼みたいな人間に、絶対生まれ変わろうと思ってたんだけどさ・・・」

男「今はさ、つぎに生まれ変わってくるときも、また『ぼく』でいいかなって思ってるんだ」

男「勉強が出来なくても、運動が出来なくても、格好よくなくっても・・・」

男「幼は『ぼく』のことを好きだって言ってくれたんだ」

男「幼を好きになって、ぼく、自分のことも好きになれた」

男「人をさ、好きになるってことはさ、愛する人と一緒に・・・」

男「自分も変わろうと、祈ることなんじゃないかな」

男父「・・・・・・フフ」

男父「子は親の知らぬところで・・・、か」

男「なんのこと?」

男父「昨日は大人になれ、などと偉そうに言ったが・・・」

男父「親が思ってる以上に、子供の成長というのは目覚しいものだの」

男父「おまえはもう立派な、一人前の男だ」

男父「こりゃ、いつまで子供扱いしていたら、男母に怒鳴られるかもしれんな」ハハ

男「お、オヤジ・・・?」

男父「行ってこい。しっかりと、胸を張ってな」

男父「幼ちゃんを引っ張ってこい。それで・・・」

男父「誕生日パーティーの、やり直しをしよう」

男「・・・うん」

男「行ってきます!」

男父「ああ、行ってらっしゃい」ニコ



―15:30

幼「だいぶ、日が傾いてきたわね」

幼「もうすぐ、日が暮れる・・・」

幼「約束の時間まで、あと少し」

幼「・・・・・・」

幼「少し、早く来すぎちゃったわね・・・」

幼「・・・・・・男」

幼「・・・・・・」

幼「いろいろ、あったな・・・」

幼(わたし・・・)

幼「もう迷わないよ」

幼「男と一緒なら、わたしはなんでもできる」

幼「男と一緒なら、わたしはいくらでも変われる」

幼「だから・・・」

幼(ずっとそばにいてねって、言うね)

幼「男と初めて会ってから今まで、わたしがどういう風に考えてたとか、想ってたとか・・・」

幼「東京へ引っ越してからの、わたしのことも」

幼「みんな、知って欲しい」

幼(それで・・・)

幼「わたしの知らない男のことも、たくさん聞かせてね」

幼「みんな、教えてね」

幼(男・・・)

幼「早く、会いたいな」

コロン、コロン・・・

幼「? ボール?」ヒョイッ

子供「あっ!」

幼「・・・きみの?」

子供「ぅ、うん」

幼「はい」スッ

子供「!」

幼「失くさないようにね?」ニコッ

子供「ぁぅ・・・~~~!」トテテテ、ササッ

父親「こらこら、ちゃんとお姉ちゃんにお礼は言ったのか?」

子供「・・・・・・」モジモジ

父親「どうも、すいません」ペコ

幼「いえ、そんな」フルフル

幼「パパと、ボール遊びしてたのよね?」

子供「・・・」コク

幼「楽しい?」

子供「・・・!」コクコク

幼「ふふっ・・・」

幼「パパのこと、好き?」

子供「だいすきっ!」

父親「なんだなんだ? 家ではそんなこと言ってくれないのに」

子供「おやすみの日に、いっしょにそとであそんでくれるパパはすき!」

父親「オイオイ、現金なやつだなぁ」ハハ

幼「仲良しなのは、とってもいいことよ」ニコッ

子供「・・・・・・いっしょに、あそぶ?」

幼「え?」

子供「三人で、あそぼ・・・?」

幼「あ・・・でも、わたしは・・・」

父親「ほら、お姉ちゃんが困ってるぞ?」

子供「でも・・・」

子供「・・・あ! ママ!」

母親「二人とも、まだ遊んでたの?」

母親「夕飯の支度があるから、少しだけって言ったじゃない」

子供「ママ~っ!」ダキッ

父親「スマンスマン。この子が、あとちょっともうちょっとって、ねだるもんだからさぁ・・・」

母親「もう、甘いんだから・・・」クスッ

子供「ごはんできたの?」

母親「まだよ? これから作るの」

子供「なにつくるの?」

母親「今日は、子供の好きなハンバーグよ」

子供「わー! ママのハンバーグだいすきー!」

父親「・・・おまえだって甘いじゃないか」

母親「わたしはいいの、母親だから」フフン

父親「ずるいなぁ」ハハ

子供「ぼくもママのこと、てつだいたい!」

母親「あら、嬉しい。ほんとうに?」

子供「うんっ!」

母親「じゃあ、帰っておてて洗って、うがいしてからね?」

子供「はーい!」

幼「・・・・・・」

子供「おねーちゃん!」

幼「!」

子供「またねぇ~!」フリフリ!

母親「いつの間に、あんなにきれいなお姉ちゃんとお友達になったの?」

子供「さっき! ボール拾ってもらったのー!」

母親「あらあら・・・」クスッ

子供「こんどは、いっしょにあそぼーね!」

幼「・・・うん・・・」フリフリ

父親・母親「・・・」ペコリ

幼「・・・・・・」

幼「・・・・・・いいなぁ」

幼(わたしも・・・)

?「あんなだったらなぁ・・・って?」

幼「え? おと――」クルッ

バヂッ!!



―16:00

男「まだ、来てないか・・・」

男「一時間前・・・ちょっと、早かったかな」

男「・・・・・・」ゴソッ

男(六年前、引っ越していく幼を、ぼくは引き止められなかった)

男「ぼくがもっと、勇気を持てたら・・・」

男「・・・・・・」

男「これは、そいつの代わりだ」

男「幼が受け取ってくれたら・・・」

男「ぼくはもう、幼の手を離さない」

男「・・・・・・」

ピリリリリ、ピリリリリ!

男「携帯の着信・・・幼からかな?」ゴソゴソ

男「・・・後輩・・・?」

『家族って、そういうもの・・・なんですか・・・?』

『そんな勇気、ない!』

男「・・・・・・」

ピリリリリ、ピリリリリ!

ピッ・・・

男「・・・もしもし」

後輩『・・・・・・』

男「・・・どうした?」

後輩『出てくれないかと思いました』

後輩『電話・・・』

後輩『あたし、先輩にひどいこと・・・』

後輩『・・・あんなことしちゃったから』

男「ありがとうな」

後輩『え?』

男「お見舞い、来てくれたんだろ? ・・・果物、美味しかった」

後輩『そんな・・・』

男「ぼくの方こそ、悪かった」

男「ちゃんと拒まなきゃいけなかったんだ」

男「弱いから、誰かに甘えようとしてしまった」

男「幼から逃げようとした」

男「ひどいことをしたっていうのなら、一番はぼくだ」

後輩『・・・・・・先輩は、やっぱりすごいです』

後輩『とっても強い人です』

男「ちがうよ」

後輩『え・・・』

男「ぼくは、強くなんてない」

男「弱くて情けない、ダメな人間だ」

男「でもな? だからってもう、前に進むのを怖がったりはしない」

男「ぼくは何もできない、無力な子供かもしれないけど・・・」

男「何も出来ないんだと決め付けて、何もしなかったら・・・」

男「本当に何もできない。何も、変えられない」

男「そうやって、後悔ばっかり繰り返していたらさ」

男「自分のことも嫌いになっちゃうだろ?」

後輩『・・・・・・』

男「泣いて俯いて、ただ時間が痛みを忘れさせてくれるのを待つのは、もうゴメンだ」

男「忘れる努力も、忘れたフリも、もうしたくない。しない」

男「・・・話したことだって、そんなになかった」

男「ぼくばっかりが話して・・・いつだって幼は冷たかったって思ってたけど・・・」

男「それでも、ぼくの話はずっと聞いてくれていた」

男「会話はしなくても、幼はぼくを、自分の世界にちゃんと置いてくれてたんだ」

男「たまたまぼくしかいなかったから選んでくれただけだって、そうは思わないから」

後輩『・・・先輩のウソつき』

男「え?」

後輩『先輩は、弱くなんてないです。情けなくなんて・・・』

後輩『誰かのために、頑張り続けることが出来る人です』

後輩『強くはなくても・・・』

男「・・・・・・」

後輩『あたしも、もっと早くに気付けてたら・・・』

後輩『それで、自分の気持ちにウソつかなかったら・・・』

後輩『先輩みたいに、頑張れたかな?』

男「・・・終わったことみたいに言うなよ」

男「覚えてるか?」

後輩『・・・なにをですか・・・?』

男「初めて会った時のこと」

男「あの大会の応援、友に連れられて行ったんだよな」

男「あの時、友と後輩と・・・二人の話す姿を見てさ」

男「幼のこと、思いだしたんだ」

男「ショックだったよ」

男「ぼくはもう、忘れることが出来たって思ってたから」

男「・・・羨ましいって」

後輩『先輩・・・』

男「友は、後輩のことずっとからかってたけど・・・」

男「きっと友なりに、後輩のことを心配してたんじゃないかな」

後輩『友ちゃんが、あたしのことを・・・?』

男「後輩は、そんな風には思えないか?」

男「ぼくよりも、ずっとずっと付き合いは長いはずだろ?」

後輩『・・・・・・・・・』

男「ありのままの気持ちを伝えることって、簡単じゃないよな」

男「すごく力の要ることだと思う」

男「少なくともぼくは・・・」

男「好きだって。たった一言を言うのに、何年もかかった」

男「後輩はどうだ?」

後輩『あたしは・・・?』

男「友に、好きだって言うんだ」

後輩『言えないよ・・・そんな勇気、あたしには・・・』

男「勇気ってさ」

男「きっと、みんなが持ってるものなんだよ」

男「『使う』か『使わない』かっていう選択肢が、あるだけなんじゃないか、って・・・」

男「ぼくもたったいま、そう思ったんだけど」

後輩『・・・・・・』

男「・・・緊張してたよな」

後輩『?』

男「ぼくは覚えてる」

男「あの時、一人になった後輩が、小さく震えながら漏らした言葉」

男「『なんであたし、こんなところにいるの?』って・・・」

後輩『・・・・・・』

・・・・・・

男「キミが望んだから、ここにいるんじゃないの?」

後輩「だって、みんなが・・・周りがそうしろって言うから」

男「水泳、嫌いなの?」

後輩「・・・わかりません」

後輩「昔は好きでした。でも今は・・・」

後輩「・・・なんであたしは、こんなに頑張らなきゃいけないんだろ」

後輩「ずっと一人きりで・・・」

後輩「目標もなくって、流されるだけで・・・」

男「・・・・・・」

後輩「一人で頑張るのって、辛いです」

後輩「・・・辛いですよ・・・」

男「・・・・・・」

男「誰かのために・・・じゃないのかな」

後輩「え・・・・・・」

男「応援に来てくれた友達でも、家族でも・・・」

男「憧れにしてる選手でも、水泳教室のコーチでも、顧問の先生でも・・・」

男「一人で頑張るのが辛いなら、目標がないなら」

男「これからは、誰かのために頑張ってみたらどうかな」

後輩「だれかの・・・」

・・・・・・

男「あの時、後輩は『誰のために』頑張ったんだ?」

後輩『あたしは・・・・・・』

男「それが、後輩の勇気じゃないか?」

後輩『・・・・・・』

後輩『・・・海に』

後輩『海に、行ったんです。小さい頃、あたしたち』

後輩『友ちゃんの家族と、あたしの家族とで・・・』

後輩『・・・楽しかったなぁ・・・』

後輩『友ちゃんと、一緒に泳いで・・・』

後輩『泳ぐの上手だねって、褒めてくれたの』

後輩『すごいねって・・・』

後輩『・・・・・・だから、あたしは・・・・・・』

後輩『・・・・・・』

後輩『あはは・・・単純だなぁ』

男「きっと、そういうものだよ」

男「・・・幼馴染ってさ」

後輩『先輩。あたし、言います』

後輩『友ちゃんに、好きって』

男「・・・うん」

後輩『もしダメだったら・・・』

後輩『抱きしめて、慰めてくれますか?』

男「は?」

後輩『・・・なぁんて、冗談ですよ』

男「そういう冗談は・・・!」

後輩『はい、ごめんなさい』

男「・・・・・・」

後輩『あの人にも・・・』

後輩『幼馴染さんにも、ちゃんと謝りたいです』

後輩『許してくれなくても』

男「・・・・・・そうだな」

男「こんど、一緒に謝ろう」

後輩『・・・・・・はいっ』

後輩『これから、幼馴染さんと会うんですか?』

男「うん。17時に公園で待ち合わせなんだ」

後輩『そうですか・・・』

後輩『あたし、応援してます』

男「ありがとう」

後輩『それじゃあ、そろそろ・・・』

男「うん・・・って、・・・え?」

後輩『先輩? どうかしました?』

男「これ・・・・・・」

男「幼の携帯だ。なんで、こんなところに落ちて・・・」

後輩『携帯電話が、どうかしたんですか?』

男「公園に落ちてたんだ。これ・・・」ピッ

男「! 間違いない、幼のだ・・・先に来てたんだ!」

男「・・・もしかして、なにかあったんじゃ・・・!?」

後輩『先輩、落ち着いてください!』

後輩『なにか、心当たりはないんですか?』

男「心当たりって言っても、幼の東京での交友関係なんてわからないし・・・!」

男「でも、少なくともこっちに戻ってきてからは、ずっとぼくと一緒で・・・!」

男「だれかの恨みを買うことなんて・・・!」

男「それに、もう明日にはここから引っ越すんだぞ!?」

後輩『そ、そうですけど・・・』

男「・・・・・・・・・だから、か?」

後輩『?』

男「明日にはもう、居なくなってしまうから?」

男「でも、そんなことどうやって?」

男「学校? いや、引越しの日程なんて学校だって・・・」

男「知ってるのは、ぼくとオヤジと・・・幼の両親」

男「それに、オヤジから事情を聞いた後輩だけ」

後輩『・・・・・・あの、先輩』

男「なんだ?」

後輩『実は、友ちゃんも・・・』

男「友も?」

後輩『友ちゃんから訊かれたんです・・・メールで』

後輩『幼馴染さん引っ越すって本当か、いつなんだ、って。だからあたし・・・』

後輩『ごめんなさい、勝手に・・・』

男「いや・・・けど、友が?」

男「なんで引っ越すことを知って・・・」

後輩「学校で訊いたんじゃないですか?」

男「でも、日程まで気にするなんて・・・」

男「たしかに、友には幼のこと訊かれたことがあったけど・・・」

男「・・・・・・」

男(あの時、友はぼくになんて訊いた?)

男「・・・・・・後輩・・・・・・」

後輩『はい』

男「教えてくれ」

男「友の両親は、離婚するって言ったな?」

後輩『はい。でも、それがなにか・・・』

男「原因は?」

男「仲が悪いって言ってたけど、それだけじゃないだろ?」

男「なにか・・・・・・」

男「決定的な理由が、あったんじゃないのか?」

後輩『あたしも、詳しいことは・・・・・・ただ』

後輩『友ちゃんのお父さんが、他の女の人と、その・・・不倫していたみたいです』

後輩『それがバレて・・・』

男(不倫・・・愛人・・・離婚・・・?)


   『俺のは単に・・・・・・プライベートな問題だよ』

            『自分では、もう・・・・・・手が付けられないほどにさ』

『幼さんのお母さんって、どんな人なんだ?』

                        『会社の上司よ』

              『相手の家庭を壊してまで、自分の願望を優先するのか』

      『友ちゃんのお父さんとお母さん・・・離婚するんだって・・・』

男「そんな・・・」

後輩『先輩? 友ちゃんが、どうかしたんですか?』

男「・・・まさか」

男「・・・・・・」

後輩『先輩? 先輩!?』

男「・・・・・・・・・友」



―16:30

幼「・・・・・・」

友「事情がわからないって顔してるな」

友「でも、混乱してるわけじゃなさそうだ」

友「落ち着いてる。もしかして、こういう経験アリ?」

友「それとも母親に似て、神経図太くできてんのかね」

幼「・・・・・・」

友「ここさ、見晴らしいいだろ?」

友「坂をガッツリ登ったトコにあるし、周りに建物ないから、町がよーく見えんだ」

友「それに、あそこ・・・ペンギンのオブジェわかる?」

友「あの周り、だいたい20メートル四方くらい?」

友「昇降式になってて、毎日決まった時間なると持ち上がるんだ」

友「さすがに展望タワーとはいかないけど、あれが上がりきった先の風景が、すごい好きなんだよね」

友「幼馴染さんも昔はここに住んでたんなら、知ってたかな?」

幼「・・・・・・」

友「ほら。あそこが、俺たちが通ってる学校」

友「・・・じゃなかった。通ってた、だな」

友「ここからこうして見ると、感慨深くならない?」

幼「・・・・・・」

友「小さい頃から、嫌なことがあるとココに来てたよ」

友「ここでボーっと町を眺めてると、色んなことがどうでもいいやって思えてさ」

友「ま、現実逃避だけどな」

友「べつに、いいよな。誰だって、苦しいことからは逃げたいだろ?」

友「嫌な事は嫌だし、したくない事はしたくない」

友「幼馴染さんだってそうだろ?」

幼「・・・・・・」

友「なんか、俺が喋ってばっかりだな」

友「口は自由にしてあるから喋れるだろ?」

友「ただ、一番初めにも言ったけど・・・この辺、人住んでないから」

友「大声上げても意味ないぜ」

幼「・・・・・・」

友「それでも、叫んだら布でもガムテープでも噛ませないとならなくなる」

友「ああ、それともアレ? 俺とは喋りたくないってやつか」

幼「・・・・・・」

友「そんなに嫌わないでくれよ」

友「俺たち、兄妹みたいなもんじゃん?」

友「それに、被害者同士だ」

友「親に振り回された、さ・・・」

友「仲良くできると思わねえ?」

友「男となんかより、ずっとさ・・・」

幼「・・・あなたは、男と一緒に居た・・・」

友「そうそう。なんだ、ちゃんと覚えてたのか」

友「あん時はビビったよ」

友「俺を・・・家族をメタクソにした糞親父の、不倫相手の子供が目の前にいたんだから・・・」

幼「・・・!」

友「さすがに今のこと言ったらわかるよな」

友「・・・つまりそういうこと」

友「あんたの母親と、俺の糞親父が不倫してんの」

友「不倫っていうか・・・ナニ? 結婚すんだって?」

友「はっはっはっは・・・・・・」

友「ふざッ、けんじゃねえッ!!」

幼「!?」ビクッ

友「たしかによ、仲睦まじいってわけじゃなかったけどよ?」

友「それでも、それなりに普通の家族やってたんだよ・・・そのはずなんだよ!」

友「それが・・・!」

友「突然そんなこと言われたってよ!? ハイソウデスネってわけにいくか!?」

友「そのことが発覚してからは、毎日毎夜顔つき合わせるたんびに、けんかケンカ喧嘩!」

友「おんなじやり取り繰り返してばっかりで・・・」

友「そのうち、メシだってロクに作りゃしなくなって・・・!」

友「俺はいいさ。自分の食い扶持くらいはバイトで稼いでる」

友「でも妹は・・・!」

友「毎回、揉めてる二人の間に割って入って・・・」

友「やめて。仲良くしてよって・・・」

幼「っ・・・!」

友「バカだ。そんなもん、まともに聞いてくれるわけねぇのによ・・・」

友「案の定・・・二人は、どうしたと思う?」

幼「・・・・・・」

友「あんたのせいだ、お前のせいだって、こんどは妹を責めるんだ」

友「たった一人の妹だ。そうなりゃ、俺が庇ってやるしかねえじゃねえか」

友「糞親父には殴られ、母親には手当たり次第に物を投げつけられて・・・」

友「毎日・・・! 毎日だぞ!?」

友「枕もオジャンになったから、買い換えて・・・」

友「なあ、教えてくれよ」

友「俺が何をした? 妹が何をしたんだ?」

友「それが親のすることか?」

友「・・・ただまあ・・・」

友「俺は、思いの他早く順応できたんだろうな」

友「そのうち、二人のことなんて何とも思わなくなった」

友「親だとは思わないことにした」

友「妹のことは、後輩に押し付けた」

友「・・・あいつには、感謝してもしきれない」

幼「・・・・・・」

友「それから俺は、調べることにした」

友「相手の女のことだ・・・人の家族を平気で壊そうとするくらいだから、まともな神経の持ち主じゃないと思ってたが・・・」

友「俺の知りたいことは、糞親父の携帯とか見ても、ちっともわかりゃしなかった」

友「わかったのは、名前とケーバンだけ」

友「なもんだから、興信所に依頼することにした」

友「利用すんのは初めてだったし、それまではこんなトコにお世話になる機会なんて、人生であるわけないって思ってたのにな」

友「まあ、とにかく。言われた金だけ用意したら、きっちり調べてくれたよ」

友「住所に年齢、血液型、職歴に血縁関係・・・」

友「結婚して、子供がいること」

友「べつに何とも思いやしなかったよ」

友「今年18になる一人娘がいるんだなってだけ・・・」

友「ああ、相手の女にもちゃんと家族があるんだって。そんだけ」

友「べつにその時から、こんなことしようとか考えてたわけじゃないんだぜ?」

友「向こうは東京・・・住んでるところだって離れてるわけだしな」

友「何より傑作だったのは、旦那の方も浮気してるっていうじゃねえか」

友「こりゃ俺が何もしなくても、すっかり壊れてると思ったわけ」

幼「・・・・・・」

友「で、だ・・・」

友「大金払って調べて貰ったあと、なにか違うと思った」

友「スッキリしない・・・喉の奥に、小骨が刺さったような不快感だ」

友「調べたのはただの好奇心だったはずだし、俺は二人のことは、とうに親だなんて思ってなかった」

友「じゃあ、なぜかって・・・ずっとわからないままだったんだが・・・」

友「あんたの顔を見て、やっとわかった」

友「あの瞬間、これは『運命』だと思った」

友「俺は、わからせてやらなきゃいけないんだって」

友「俺らのこと見向きもしない、親の義務を放棄したクズ共に・・・」

友「『おまえらとんでもねぇことしてんだぞ』って」

友「だからさ、あー。今更になるけど、俺はあんたのこと恨んでるとかじゃないぜ?」

友「母親のこともな・・・」

友「ただ、なんつうの? 理解は出来ても、納得は出来ないんだよな」

友「自分のことばっか延々と・・・大人だってんならよ、責任取らないと」

友「子供産んじまった責任だよ。そうだろ? なあ?」

友「というわけだからさ、協力してくれよ」

幼「協力・・・?」

友「取り当たっては、写真を取らせてほしい」

友「出来れば裸がいいんだが・・・どうしても嫌なら、下着でもいい」

幼「なッ・・・。なんで、わたしがそんな・・・!」

友「そいつをさ、この町中にばら撒く」

友「あとは、二人の職場にも大量に送ってやるんだ」

友「適当に煽り文でも添えてさ」

友「援交してます、でも。レイプされました、でもいい」

友「あの二人が、二度と外を歩けないようにしてやるんだよ」

友「いくら籍を出て、他人になったってさ・・・子供を産んだ事実はなくならないんだ」

友「本人が他人ですって喚いたところで、世間はそう認識しない」

友「血の繋がりってのは、そんな簡単に切って消えるもんじゃない」

友「ああ。もちろん、写真のデータは責任を持って消すぜ?」

友「送った分とか、ばら撒いた分はどうしようもないけどな」

友「お互い引っ越すんだし、顔はわからないように細工するし、大丈夫だって」

幼「・・・・・・イヤ」

友「あんただって、親のすることに納得なんてしてないだろ?」

友「そうだよな? でなきゃ、さっきの親子を、あんなに羨ましそうに見たりしないもんな」

友「腹が立たないのか? 遣る瀬無いだろ? どうにかしてやりたいって思わないか?」

幼「思わない」フルフル

友「どうして? あんたなんて、片親どころの話じゃないじゃないか」

友「あんな家で・・・ぶっ壊れた家族の中で、ずっと一人だったんだろ?」

友「親らしいことなんて、一つもして貰えなかったんじゃないのか?」

友「なのによ・・・」

幼「してもらったわ」

幼「誕生日、お祝いして貰ったもの」

友「は? そんなもの・・・」

幼「そんなものが!」

幼「わたしには、大切なことなの・・・!」

幼「他の人は当たり前だって思うことが、わたしには特別なことなの!」

幼「嫌なこととか、苦しいことだってたくさんあったけど・・・」

幼「それでも・・・っ、それだけじゃなかったから・・・」

幼「楽しくて、嬉しかった思い出だって、わたしにはあるんだもの・・・っ」

幼「幸せだって思ったことが、ちゃんとあったもの!」

幼「・・・お父さんとお母さんが、わたしのこと嫌いでも・・・」

幼「わたしは、二人のこと嫌いになんてなれない・・・なれないよ!」

幼「恨んだりなんて・・・っ」

幼「だって・・・」

幼「二人は、わたしのお父さんとお母さんだもん」

幼「代わりなんてどこにもいない・・・」

幼「これからもずっと、わたしのお父さんとお母さんだから・・・っ」

幼「あなただって!」

友「違う!!」

友「親がするべきことをしてないんだ!」

友「誰が親だなんて思うかよ!」

友「あんなヤツらと同じ血が流れてるかと思うと、反吐が出る・・・ッ」

幼「・・・・・・」

友「でも、幼馴染さんがそこまで言うなら・・・」

友「いいよ、わかったよ」

幼「じゃあ・・・!」

友「俺のやりたいように、やらせてもらう」

幼「!?」

友「実のところ、幼馴染さんがyesって言ってくれる気はしなくてな」

友「騙したようで悪いんだけど、初めからこうするつもりだった」

幼「こうする、って・・・」

友「幼馴染さん引っ越すって言うからさぁ、急がないとダメだろ?」

友「安直かもしれないけど、幼馴染さんは女だし定番かなって」

友「ただ、今日の今日まで、自分でそれを実行する踏ん切りがつかなくってさ」

友「まあ、なんだ。幼さんに色目は使わないって、男に言った気がするし」

友「人をたかって、そいつらに犯ってもらうことにしたよ」

幼「な・・・っ」

友「・・・せっかく男に言ってやったのによ」

友「目を離すなって。友人の忠告を無視するから・・・」

友「・・・こんなことしちまったら、もうダチでも何でもねえか」

友「せめてもの罪滅ぼしってわけじゃないけど・・・」

友「事が済んだら、俺は警察に行くよ。自首する」

友「それで幼馴染さんの気が晴れるとは、到底思わないけどな」ゴソゴソ

友「・・・ほら、これで歩けるようになったろ」

友「さ、移動しようか」グイッ

幼「・・・と、・・・」ボソ

友「ん? なんて?」

幼「お・・・とこ・・・っ」

友「ああ、男?」

友「来るわけないだろ」

友「俺がこの場所によく来るなんて、教えたことないし・・・」

友「それに、知ったって来れねえよ、アイツは」ハハ

友「たかが幼馴染一人のためによ」

幼「くるもん・・・」

幼「おとこは、くるもん・・・っ」

幼「ヒーローなんだから!」

友「ヒーローって・・・あいつが?」

友「ははっ、そりゃなんの冗談だ?」

友「俺は小学生以前のあいつのことは知らないけどさ」

友「中学に入って、初めて知り合った時の第一印象は『暗いヤツ』だったよ」

友「何をするにも人の顔色を伺うし、付き合いは悪いし、とにかく自分に自信がない」

友「それでも、波長っていうの? 不思議と居心地悪くなかったんで、つるむ機会もそこそこあって・・・」

友「ある日、聞いたんだ」

友「自分には幼馴染がいて、その子のことが好きだったのに、何も言えないまま離れ離れになった」

友「その事を、ずっと後悔してるって」

幼「・・・!」

友「呆れたね」

友「女なんて、星の数ほどいるってのに。その中の、たった一人のためにさ」

友「・・・・・・でも・・・・・・」

友「そういうこと言えるヤツだから、ダチになれたのかもな・・・」

友「俺も、あいつみたいに言えたらって・・・」

友「・・・まあ、もう遅いけどな」

幼「たす、けて・・・」

友「はは・・・そうだな。いいや、呼んでみたら?」

幼「助けて・・・っ、男・・・!」

友「ぜんぜん聞こえねえぞ?」ハハ

幼「助けてぇ! 男ぉっ!」

友「ほら、もっと大きな声で叫ばないと」

幼「っ・・・~~!!」

幼「たすけてっ、男ぉーーー!」

友「そうそう、その調子その調子」

幼「おとこぉーーーっ!!」

・・・

友「・・・ほら見ろ。来るわけないだろ?」

・・・ぁ

幼「!」ピクッ

ぉ・・・ぁ・・・

友「来るわけ・・・ないんだよ」

・・・さな・・・ぁぁぁ

幼「・・・っ、ぅ、ひっく・・・!」

友「くる、わけ・・・」

おさ・・・ぁぁっ

友「そんな、まさか・・・」

おさなぁぁぁぁッッ

友「男!?」

ttp://www.youtube.com/watch?v=8yjh6k5-dhy



男「幼ぁぁぁぁぁっっ!!」

友「まさか本当に・・・男!?」

友「どうしてこの場所が・・・!」

友「くそっ、来い!」グイッ!

幼「ぁぅ・・・!」

男「!? 幼ーーーーッ!!」

友「まだ、ここに着いてから三十分も経ってないだろ!?」

友「どうやって追いついて・・・!」

友「あんな・・・ッ」

友「たかがママチャリでか!?」

男「ママチャリじゃない!」

男「トライマグナムシャイニングスピンソニック号・・・ッ」

男「だあああああっっ!!」バッ

飛び上がる。
扱ぎ手を失った自転車が、速度に乗ったまま、友の進行方向へ滑る。

友「・・・ッ!!」

途中、小石によってタイヤを跳ね上げられた自転車が、勢いはそのままに傾きながら友の右側へ倒れこむ。

友「!?」

友が、半身を引いて躱す。

自転車はそのまま、金属音を立てながら地面の上を小さく滑った。
前輪が、カラカラと空回る。

体勢を崩した友が、尻餅を。

その向こうに、彼女の姿。

男「幼ッ!!」

一歩。

友「・・・・・・」

遮るように。

男「・・・幼!」

幼「お、おと・・・こ」ポロポロ

男「ぼくはきたよ!」

幼「・・・、・・・っ」コクコク!

ぐらっ。
地面が小さく揺れた。
昇降機が作動し、ぼくたち三人の立つ足場が持ち上がる。
隅から囲むように、安全保護用の鉄柵がせり出す。

――――17:00

男「友・・・」

男「どうして・・・!」

男(幼に、こんなことをしたんだ!?)

男「どうして・・・!」

男(ぼくたちは、こんなことになっちゃったんだ!?)

友「男・・・」

友「人生に、理不尽や不公平を感じたことはないか?」

友「わけもわからないまま、状況に揉みくちゃにされる」

友「否が応にも従わざるを得ない」

友「抗うことは決して出来なくて・・・」

友「最悪というものがあったとして、まさにそこに行き着くように全てがお膳立てされるような・・・」

友「言い換えるなら、運命といっていいもんだ」

男「運命・・・」

友「俺はある。あるんだよ」

友「俺たちに、選択権はない」

友「いつだって、『選択させられる』のが俺たちだ」

友「俺たち《子供》とあいつら《親》と・・・なにがちがう?」

友「同じ人間のはずだ。平等であるべきだろ?」

友「理不尽には、怒りを覚えるのが人間なんだ」

友「嫌なことに嫌だと言って、何が悪い?」

友「どうにも出来ないのなら、せめて仕返しをしようと思うことの、何が悪い?」

友「向こうだって好き勝手やってるじゃないか」

友「それに倣うことの、何が悪い?」

友「俺は間違ったことはしていない」

友「親の都合なんて関係あるか!」

友「これは、個人が持つ正当な権利だ!」

友「なのに・・・それをおまえが邪魔する理由はなんだ?」

友「俺はな、正しい事をしているんだ!」

友「おまえだって、そう思うだろう!?」

男「・・・友は、いま幸せなの?」

男「ぼくは、比べてばかりだったよ」

男「けど、これからは胸を張ってそう言いたい」

男「もう・・・さよならはたくさんだ」

男「友が正しいのか間違ってるのか、ぼくにはわからない」

男「でも、一つだけ。たしかに言えることがある」

男「現実を受け止められなかったのは、自分の責任だ」

男「誰の責任でもない。そう、親は関係ないよ」

男「逃げ出したのは、友が弱かったからだ」

男「ぼくはもう、子供でいることはやめる」

男「大人になるんだ。すぐにはなれなくても・・・」

男「これからは、そうなるための努力をしていく」

男「・・・理由?」

男「惚れた女を助けに来るのに――」





男「理由がいるもんかぁぁぁぁッ!!」

幼の元へ駆ける。
力強く。
友も、こちらへ向かってくる。
手にはスタンガン。

ぼくは、自分を過小評価も、過大評価もしない。
だから。

男(こういうことだってやってみせる!)

掴みあげる。
倒れた自転車のハンドルを。

そのまま、力任せに――。

男「あああああッ!」

友「な――――!?」

投げつけた自転車が、正面から友の体を薙ぎ倒す。

一歩。

男(友、幼を泣かせたな!)

男「この一発は・・・ッ」

男「謝らないぞ!」

腰を屈めて、思い切り。
殴られたことはあっても、殴った事なんてないから、加減なんて利かない。

そして、一歩。

彼女は、もうすぐそこだ。

男「幼っ・・・!」ギュッ

幼「おとこ・・・ひっく、おとこ、男ぉ・・・!」ポロポロ

幼「・・・こわかった・・・こわかったよぉ・・・っ」

男「大丈夫。もう、大丈夫だ!」

男「どこも怪我はない!? いま、手を自由にするから!」

幼「来てくれるって、信じてた・・・っ、男・・・!」

男「よし、解けた! あとは――」

幼「――!? 男、うしろ・・・っ!」

男「え?」

バヂッ!!

男「ぎッ、ぁ゛・・・~~!?」

友「べつに、謝らなくていいぜ・・・」

男(いたい・・・いたいイタイ痛い!)

友「謝るのは、むしろ俺のほうだ」

友「悪いな。ヒーローごっこは、これで終わりだ」

男(やっぱり、漫画やドラマのようにはいかないか・・・)

ヂヂヂッ・・・!

男(くそォ・・・!)

幼「っ・・・~~~!!」


―ただ泣いて、ヒーローの助けを待つだけのヒロインは・・・!

幼「! だめえええぇぇッ!!」

幼が、友に頭からぶつかってゆく。

友「!? 何を・・・!」

男(! う、ご・・・ッ)

男「けええええええッ!!」

幼の首筋にスタンガンを押し当てようとする友に、もたれ込むようにして体当たりする。

友「なんで・・・ッ!?」

幼「男・・・っ!」

男「幼・・・っ!」

男・幼「あああああああぁぁーーーッッ!!」

幼は左腕。
ぼくは、スタンガンを握る友の右腕に絡み付いたまま。
二人で体を持ち上げるようにして、友を押し退けていく。

目を瞑って、力の限り、ひたすらに。

衝撃。
友の背中が、鉄柵にぶつかる。
すかさず、友の手に組み付いて、スタンガンを取り上げようとする。

友「! くそったれぇッ!」ドガッ

男「ぐ・・・っ!」

脇腹を、思い切り蹴り飛ばされて転ぶ。
友の手から零れたスタンガンを、目で追いかける。
まだ痛みが尾を引く体に鞭打って駆け寄り、鉄柵の向こうへ蹴り飛ばす。

友「! この・・・ッ」

男「幼、もういい! こっちに・・・!」

幼「だめ!」

幼「離さない・・・!」

幼「わたしが離したら、この人はまた一人だもの!」

友「!?」

男「幼・・・」

友「・・・はなれろ・・・」

友「離れろおおおッ!!」ブンッ

幼「きゃあッ!」ガンッ

男「幼!」

鉄柵に頭をぶつけた幼が、力を緩める。
それでも友は、腕を振り回す。

その結果――。

幼「―――ぇ」

幼の体は、鉄柵に乗り上げて。

友「ぁ・・・・・・?」

そのまま、下へ。

友「―――!」

友が手を伸ばすが、裾を掠めただけ。

幼の顔が、ぼくの視界から。

男「―――!!!!」

反射的に、ぼくは飛び出した。

鈍い痛みは、一瞬で吹き飛んだ。
躊躇うことなく、鉄柵の向こうへ飛び降りる。

幼「・・・! ・・・!」

男「掴めッ!!」

幼の目が大きく開き、涙が溢れる。

両手が伸びた。

必死に手を伸ばす。

手繰り寄せる。

幼の頭を抱え込むようにして、抱きしめる。

強く、抱きあった。

・・・・・・

幼「男・・・っ、男・・・!」

幼「ねえ、返事してよぅ!」

男「・・・聞こえてるよ、幼・・・」

幼「!? 男・・・!」

幼「ぅ・・・、ぁ・・・っ」

幼「ぁ~~~~っっ!!」ガバッ

男「・・・怪我は、ない?」

男「・・・痛いところは・・・?」

幼「あちこちぶつけて、すごく痛いけど・・・」

幼「わたしは、ぜんぜんへいき」

幼「男が、庇ってくれたから・・・っ」

男「そっか・・・」

男「・・・よかったぁ・・・」ニコ

幼「でも、男が・・・!」

幼「たくさん、怪我して・・・っ」

幼「み、みぎうで・・・いっぱい血が・・・!」

男「枝とか・・・色んなとこに引っ掛けたから・・・」

男「でも、だからこうして助かったんだろうね」

男「落ち所が良かった・・・」

男「反対側だったら・・・。下、何にもないから・・・やばかった」

男「まったく・・・ぼくを出家させるつもりか?」

幼「っく・・・ぐす、ひっく・・・」ポロポロ

男「・・・15メートルくらいかな・・・」

男「昇降機で上ってた分と、坂下の急傾斜も併せて・・・」

男「子供の頃は、もっとずっと高く感じたけど・・・――」

男「! ゲホッ、ゲホッ・・・ッッ~~!?」

幼「男!?」

男「ーーッ・・・ぶっとい枝にぶつかった時、かな・・・一回・・・」

男「背中、ひどく痛めたみたい」ハハ

幼「ごめん・・・ごめんなさい・・・!」

幼「わたしのせいで・・・っ」

男「謝るのはナシだよ」

幼「でもぉ・・・っ」ポロッ

男「こんなの、なんてことない」

男「体中・・・熱いし、痛いし・・・右腕と左足は折ちゃったのか動かないけどさ・・・」

男「痛みを感じるうちは・・・まだ、正常に生きてるってことだから・・・」

幼「すぐに、救急車を呼ぶからね!」

男「ううん・・・その必要はないよ」

幼「ど、どうして!?」

男「それは・・・」

幼「! この音・・・」

男「ここへ来る前に、呼んでおいたんだ・・・それと、パトカーも一応・・・」

幼「男が?」

男「いや、後輩に頼んで・・・」

男「きっとここに友がいるだろうってことも、後輩に聞いたんだ」

幼「・・・・・・」

男「そしたら、さ」ニコ

男「さすが、幼馴染だよね、ハハ・・・痛ッ・・・!」

幼「わたし行って・・・誰か呼んでくるね!」

幼「すぐに人を連れてくるから。すぐだからね!?」

男「待って、幼・・・」

男「その前に、伝えたいことがあるんだ」

幼「そんな・・・! あ、後で聞くから!」

男「だめだ」

幼「だって!」

男「いまじゃないとダメだ」

男「いま、幼を守れたぼくじゃないと・・・」

幼「・・・・・・」

男「ぼくの・・・上着の内側・・・」

男「ジャケットの内ポケットに、箱が入ってるから取ってくれる?」

幼「うん」コク

男「ごめんね。体動かすの、ちょっと辛くって・・・」

ゴソゴソ

幼「これ・・・?」

男「やっぱり箱は潰れちゃったか・・・」

男「開けてみて」

幼「・・・・・・」カコ

幼「・・・・・これ・・・・・・」

幼「ゆび、わ・・・?」

男「それ、幼につけていてほしいんだ」

男「これから、ずっと・・・」

幼「・・・・・・」

男「・・・あの、もしイヤなら・・・」スッ

幼「!」バッ

幼「あ・・・っ///」

男「ありがとう」

男「・・・左手を貸して」

幼「・・・・・・」ソッ

男「・・・ぅ、ぎ・・・!」ググッ

幼「! 男、わたし自分で・・・!」

男「ぼくが、つけてあげたいんだ。自分の手で・・・」

男「・・・お願いだよ」

幼「・・・・・・うん」

男「・・・・・・」

幼「・・・・・・ぴったり・・・・・・」

男「サイズ、オヤジの言った通りだったかぁ・・・借りが出来ちゃったな」

幼「男・・・わたしね・・・」

男「好きだよ」

幼「!」

男「ずっと。これからも、世界で一番好きだ」

男「・・・引越しなんてするな」

男「もう幼と離れたくない」

男「幼が、ぼくの勇気なんだ」

男「ずっと、そばにいてくれ」

男「ずっと、ぼくの横で笑っててくれ」

男「ずっと、ぼくのことを照らしていてくれ」

男「どこにも行かないでくれ」

幼「・・・・・・」

男「ぼくの、お嫁さんになってくれ」

幼「・・・っっ」ポロッ

男「これだけのことを言うのに・・・ずいぶん、遠回りしちゃった」

男「待たせて、ごめんね」

幼「・・・・・・・・・ばか」

幼「ばかだよ、男は」

幼「でも・・・ありがとう」

幼「とっても嬉しい・・・」

幼「わたしいま、すごく・・・すごく、幸せ」ニコッ

幼「だけど・・・」

幼「もうあんまり無茶・・・しないでね」

幼「わたしは、自分よりも男が傷付くことの方が辛いの」

幼「男がいなくなったらわたし・・・とても生きていけないよ・・・」

幼「だから、ね?」

男「・・・わかった」

幼「本当に、お願いだよ?」

男「・・・それで、その・・・」

幼「?」

男「返事は・・・」

幼「・・・・・・うん」

幼「男がそう言うなら・・・そうする」

幼「男の・・・そばに、ずっといるね」

遠くから、ぼくを呼ぶ声がする。
先輩、と。

幼は立ち上がると、息を吸い込み、声を張り上げた。

幼「こっちです! 怪我人がいます、早く来てください!!」

二度三度叫ぶと、幼は膝を付き、そっとぼくの胸に耳を寄せた。

ぼくの鼓動を感じるように。

ぼくが、確かに生きているということを噛み締めるように。

大勢の気配が、慌しく近づいてくる。

ぼくはゆっくりと目を閉じた。
ぼくの左手を、幼が包むように握る。
そこにハッキリと伝わる、指輪の感触。

冷たいはずの指輪が、ぼくにはとても温かいものに感じられた。


そして翌日。
幼は、東京へと引っ越していった。

さよならは、なかった。



――――

――――――

それでも、時は巡り続ける。
ふと気が付くと、木枯らしは過ぎ、積もった雪も解けて。

おぼろ雲が、空を泳ぐ。

日向に、タテハチョウが舞う。

花が咲き、山が笑う。

風が、春の匂いを運んでくる。

三月。
卒業式の日。

体育館に、歌声が響く。
別れを惜しみ、新たな門出を祝福する。

『仰げば尊し』

今日、ぼくはこの学校を卒業する。

あれから。
ぼくは二週間の入院、一月半の通院を課せられた。
原因は、全身の打撲に裂傷。

左足の骨折は、問題なかった。
ギプスで固めていたら、勝手にくっついた。

若さって素晴らしい。

だけど、右腕の方には問題があった。
神経系が軽度の損傷を受けたとかで、完全に元通りになるのは難しいと診断された。

具体的には、握力が落ちた。
といっても、今のところ日常生活に支障はない。

つまるところは、柔道やテニスをするのが難しくなっただけだ。
あとは、本格的にギターをするとか、ボーリングで極端に大きいボールを投げるとか。

男「ああ、それだけですか」

医者はしばらく面食らっていた。

ただ、オヤジには謝った。

男「勝手に傷つけて、ごめん」

男父「おまえが自分で決めて、自分で行動した結果だ」

男父「それを責める理由は、ワシにはない」

男父「だが、その体はオマエの財産だ。・・・本当の親から貰った、な」

男父「これから先も、一生付き合っていかなくちゃならんモンだ」

男父「大切に使ってやらんとな」ポン

そう言って、頭を撫でられた。
いつか、幼い頃にそうしてもらったように。

いつの間にか、校歌斉唱、閉式の言葉と過ぎ、いよいよ卒業生退場。
式に参列した人たちからの拍手に見送られる。

体育館を出て、校舎と結ぶ連絡通路へ進むと、在校生が掲げる花のアーチ。

後輩「・・・・・・」

目が合う。

結局友は、当初の予定通りに引っ越すことになった。
ただし、父親にも、母親にも付いて行くことはしなかった。

一人で暮らして行くことを選んだ。
もちろん妹も一緒に。

高校を卒業して、働く。
独り立ち。

それが、友の・・・友と、後輩の選択だった。

あの日、警察への説明に、ぼくは足を滑らせたて転んで怪我を負ったと主張した。
幼も、何も言わずぼくに追随してくれた。

警官「そんなわけあるか!」

そりゃそうだ。
ぼくだってそう思う。

後日、退院間際という頃になって、友が後輩に連れられてきた。

友「・・・なんで本当のことを言わなかった」

男「言ってほしかったの?」

友「そうすりゃ、俺は・・・!」

男「悪いけど、楽なんてさせないよ」

男「友の思うようにはさせない。してやるもんか」

男「ぼくはともかく、幼を危険な目に遭わせたんだ」

男「償いはしてもらう」

友「俺に・・・どうしろってんだ?」

友「いまさら俺に・・・!」

友「俺にはもう、何にもねえんだ・・・ッ」

パシン!

友「ぇ・・・」

後輩「何にもないなんて・・・そんなこと言わないでよ・・・」

後輩「友ちゃんは、まだ生きてるんだよ!?」

後輩「ここに・・・あたしのそばに、ちゃんといるじゃん・・・っ」グスッ

後輩「あたしがいるじゃん!」

後輩「あたしに、友ちゃんがいるみたいに!」

後輩「ずっと、友ちゃんのそばにいるから・・・!」

後輩「友ちゃんが、この先どこへ行っても、何をしてても・・・っ」

後輩「だから・・・っ、だか、らぁ・・・ッ」ポロポロ

後輩「自分には何にもないなんて、そんな寂しいこと言わないでよぉ・・・っ!」

そう言って、後輩が友の顔を抱き寄せる。

見つめあって・・・。

二人で、号泣した。

友「必ず償う。一生をかけて、必ず」

男「なら、ぼくが・・・」

男「『ぼくたち』が望むのはたった一つだよ」

男「これからは自分のことを・・・」

男「幸せだって、胸を張って言えるようになってほしい」

男「後輩と、一緒にさ・・・」

これから先、友と後輩がどうなるのか、ぼくにはわからない。
誰にもわからない。
二人にもわからない。

だけど二人は。
少なくとも、信じて生きていくはずだ。

『自分たちは、幸せだ』と。

男(そうだよな?)

後輩は、口元に小さな笑みを作って頷く。
ぼくは、力強く頷き返してから、アーチをくぐった。

昇降口から、中庭へ。

そして、幼は。

幼とは、あれから連絡を取っていない。
電話も、メールも一件も送っていない。

彼女は何も言わずに、ぼくの前から姿を消した。

悲しいとは、思わなかった。

寂しいとは、思わなかった。

なぜなら、ぼくは、信じていたから。
きっとまた、すぐに逢えると。

あの日誓った、彼女の左手に懸けて。

中庭の先、校門の横の、桜の大樹。
それを見上げる、女の子。

肩にかかった黒髪が、春風に流れる。

ひらりと。
花びらが、ぼくの視界を掠める。



春が、来ていた。

ttp://www.youtube.com/watch?v=8b6pvtioaiq

男「綺麗に咲いたね」

横に並ぶ。肩が触れるほどに。
自然に、そうすることが出来た。

幼「・・・・・・」

男「髪、切ったんだね」

幼「願掛け、みたいなもの」

幼「・・・たくさん・・・たくさん、時間がかかった」

幼「でも、わたし頑張れたわ」

幼「今日まで・・・あなたに勇気をもらったから」

左手の薬指を、愛しげに撫でる。

男「もう、どこにも行かない?」

幼「・・・・・・」

相変わらず無口で。

幼「返事、まだちゃんと言ってなかったから」

男「・・・・・・」

幼「『ごめんなさい』」

幼「友達には、なれない」


――結婚を前提に、友達になってくれないかな

幼「それから・・・」

幼「『よろしくお願いします』」


――ぼくの、お嫁さんになってくれ


幼「これからは・・・」

幼の手が、ぼくの右手を握る。

幼「わたしが、あなたの右手になるから」

指を絡めて、しっかりと繋ぎあう。

幼「あなたのこと、ずっと守るから・・・だから・・・」

幼「わたしを・・・男の太陽で、いさせてくれますか?」

幼「・・・もう、男と離れたくない」

幼「ずっと、わたしのそばにいてください」

男「もちろん」

男「でも・・・」

右手に、力を込める。
限界まで。
これがいまのぼくだって。

そして。

男「幼は、『こっち』」

手を牽き、左側に立たせる。
絡み合った指を解いて、左手で繋ぎなおす。

男「惚れた女を守るのは、男の仕事だよ」

男「幼はそこにいて、ぼくのことをずっと見てて、離さないでいて」

男「そうすれば、ぼくは真っ直ぐに歩き続けられるから」

男「ずっと、どこまでも・・・」

男「幼が居れば、ぼくは幸せだって、胸を張って言える」ニコ

幼「・・・っ」

幼の顔がくしゃっと歪んで、閉じた瞼から涙が零れる。
ぼくは、それを優しく拭う。

右手で。

そして、彼女の頬を撫でる。

男「愛してる」

幼「・・・・・・」

そっと、目を閉じる。
相変わらず過激で。

唇同士が触れ合うだけの、フレンチキス。
幼の顔は、真っ赤になっていた。
たぶん、ぼくの顔も。

気付けば、周りは人だらけ。
卒業生、在校生、保護者、教職員に来賓の人たち。

肩を寄せ合って立つ、友と後輩の姿も。

みんな、卒業式に参列した人たちだ。
それなら、ついでに祝ってもらおう。

ぼくたちの門出に、どうか祝福を。

二度目の口付け。

幼「男・・・」

花が咲く。
ぼくにとっては、どんな花よりも価値のある花だ。

この花を、枯らさないようにしよう。
心に誓う。

幼「髪、また伸ばすから」

そう、ぼくには・・・――。

幼「お料理も、もっと勉強するから」

誰よりも愛しくて、何よりも大切な。

幼「男がいれば、わたしは幸せだって、胸を張って言えるから」

かけがえのない、ぼくだけの太陽。



幼「だいすきだよ!」ニコッ


――・・・ぼくには、幼馴染がいる。

fin

最後まで読んで下さった方、お付き合いありがとうございました。
進行中、乙や支援をくれた方、とても励みになりました。

前作は女が男を救う話だったので、今回はその逆でした。
本当は、きまぐれオレンジ☆ロードとrangemanを足して割ったような話を考えてました。
うん。面影ないね。
×女(お嬢様)×幼馴染ときたので、次の機会があるなら×妹かな。
もうすでにマンネリ感が半端ないけど。
最後に野島先生、また台詞お借りしました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年06月15日 (月) 10:44:22   ID: v1i6LyZI

フレンチキスは、ディープキスと同義だぞ?
言うならば、バードキスだなぁ。

2 :  SS好きの774さん   2015年10月16日 (金) 09:59:24   ID: yhP9sJ58

やはりここはシンプルに、「面白かった」

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