井之頭五郎「杉並区 阿佐ヶ谷のゴーヤチャンプル」 (44)

…。

…また来てしまった。

……。

「…まだ、エレベーター使えないんだな」

…ここに来るの、二回目。



時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たすとき、つかの間、彼は自分勝手になり、自由になる。
誰にも邪魔されず、気を遣わずものを食べるという孤高の行為。
この行為こそが、現代人に平等に与えられた最高の癒し、と言えるのである。


『杉並区 阿佐ヶ谷のゴーヤチャンプル』

…。

「…すいません。井之頭です」

「…はーい!今すぐ行きますね!」

トゥルルルルルルルル、トゥン

「ようこそ井之頭さん!」

「はい…どうも」

…。

俺の事務所と、そう変わらないくらいの広さ。

…ここに10人以上も入るんだよなあ。

…。

『いや、また申し訳ない井之頭さん!』

『い、いえ大丈夫です』

『この間のプレゼント、皆喜んでくれましたよ!』

『は、はぁ…それは良かったです』

……バレてたけどね。

『…実は、だねぇ?時に井之頭さんは土地などの紹介も請け負ってるらしいじゃないか?』

『ええ。仕事の一つでもありますので…』

『だったら話は早い!…何と言ってもウチは狭いだろう?…という事で井之頭さんに良い所があったら紹介してもらえないかと思ってだねぇ?』

『…は、はぁ…』

…ついつい引き受けてしまったこの仕事。

何だか俺は、この人にはいいえと言えないみたいだ。

「……井之頭さん!」

「は、はい!!?」

「…私の名前、覚えてます?」

「えっ…?」

…名前?

会話したのは覚えてるけど、名前は正直、聞こえてなかった。

俺とした事が、やってしまったようだ。

「…ふふっ。冗談ですよ!…あの時はお互い自己紹介も出来ませんでしたから」

……じゃあ知りません…。

「私はここで事務員兼プロデューサー!秋月律子です!」

「あ、はい…改めて、井之頭五郎です」

…ちょっぴり可愛らしい名刺。

無機質な俺のとは、大違いだ。

二番煎じな気がするが…期待

来たか

「…それで、なんですが…」

「はい」

「実はですねぇ…社長が急な用事で、今は席を外しているんです…」

…。

「…あぁ~そ、そうですか…」

……これは困ったぞ。
てっきりいるものだと思って来てしまった。

「…でしたら、また日を改めてということで…?」

「い、いえ!うちのプロデューサーさんが社長から任されたみたいで…」

…プロデューサー?
それって、この人じゃないのか?

「…と、言うことは、貴方が?」

「いえ、…あ!戻ってきたみたいです!少々お待ちください!」

…外に、車。

……あの人か。

「お待たせして…誠に申し訳ございません!」

…めちゃくちゃ若い。

多分、秋月さんとそう変わらないくらいなんじゃなかろうか。

「いえ、私が早く来てしまっただけで…」

「それでも、元々社長とのお約束ということと聞いておりましたので…」

……確かに、連絡くらいは寄越してほしかった。

「社長から話を聞いておりますので、私でも大丈夫でしょうか…?」

「え、ええ。高木さんがそう言われたのなら、構いません」

「ありがとうございます」


…本来ならこの人達がお客さんなのに、俺に対してのこの平身低頭な態度。

…若いのに、大したものだ。

「…では、今度の雑誌撮影の時に使うアクセサリー、ですね…」

「はい。こういうのは撮影所に置いてあるものなんですが、やはり本場の物は一味違うだろうと…」

…こういう小さな物でもアイドルにとっては重要な事らしい。

…俺にはよく分からない。

「では、一週間程で揃えておきます」

「よろしくお願いします…ええと…」パラパラ

「…これから何処かお出かけですか?」

「ええ。これから半年後のLIVEに向けての企画書に目を通して、振り付け、衣装、具体的な事とかを会議で…」


……多分、昼飯も食べてないよな。

よく動けるものだ。

「では本日はありがとうございました!」

「ええ…はい」

「…」

この扉。
前に開けた時は、子供達に驚かされた。

…今度は驚くまい。

「…」ガチャ

「………」

…見事に何も無い。

「…ん?」

「うわーん!!ハム蔵ー!!早く出てきてくれえー!!!仕事に間に合わなくなるんだー!!」

……ちょっぴり肌黒い女の子。

ハム蔵って、何だろう。

「…あのー…どうかされましたか?」

「?…え、えっと…ペットのハムスターが逃げちゃったんだ!」

…ハムスター。

ここで飼ってるのだろうか。

でも何でハムスターがいないと仕事に間に合わないんだろう。

「…良ければ、手伝いましょうか?」

「うぇ!?」

「…」

ここ、そんな広くないから、少しは探しやすい。

…なんて失礼か。

「…うーん…いないぞ…」

「ハムスターですからね…隙間とか、この辺と…か」

「違うぞ。ハム蔵はそういう所は隠れないんだ」

…じゃあ何処にいるってんだ…。

「…あ!」

「?」

「いた!こんな所に!おーい!降りてこーい!!」

…。

…神棚の、上。

随分アグレッシブなハムスターだ。

「…う~!届かな…!」

「…」ヒョイ

「おじさんありがとなー!」

「…はは」

……おじさん。

「…あ!そうだ!おじさん、じゃなくて…」

「…井之頭です。貴方は?」

「自分、我那覇 響!沖縄出身のアイドルだぞ!」

…元気あるな。
沖縄の人って、皆こんな感じなのだろうか。

「おーい!響!時間だぞー!」

「!あ!も、もうこんな時間!?それじゃ井之頭さん!ありがとなー!」

「はい」



「ハム蔵ちゃんと躾けておけって言ったろ?…!井之頭さん!…もしかして、響のハムスターを?」

「そうだぞ!手伝ってもらってたんだ!」

…手伝わないといけない空気だったというのも、無きにしも非ず。

「…全く!すいません井之頭さん…」

「い、いえ大丈夫ですから…」

……右手に、菓子パン。

それだけで済ませているのか。

…若いうちの苦労は、買ってでもしろと言うが。

…テレビやライブで輝くアイドルの裏方は、こんなにもキツいのか。

…俺には、無理そう。

…不思議なものだ。

あそこまで自分の身を犠牲にしていると、いつか体が壊れるんじゃないか?

…いかん。

俺も人の心配してる場合じゃなかった。

こんなにも。

腹が。


減ってる…。

よし。

今日はちょいと早いが店を探そう。

…今日は何にしようか?

「…」

この辺は飲み屋が多いようだ。

…飲み屋が多いという事は、飯屋もある、という事。

…この辺の通りとか…。



「…お」

…。

ほら、やっぱり。

…色々ある。

…寿司に、焼き鳥。
…ラーメンに、洋食。

…迷う。

どれも美味そうだ。

「…お」

…沖縄料理。

…そういえば…。


『自分、我那覇 響!沖縄出身のアイドルだぞ!』


…沖縄、かあ…。

よし。

この店に決定だ。

「いらっしゃいませー!」

……。

ぽいぽい。

沖縄っぽい。

まるで旅行に来たみたいだ。


「…」


メニューも全部沖縄。

…何だか楽しみになってきたぞ。

ゴーヤーチャンプルーとか言ってるけど結局ソーキそばやらアイスとかも食べちゃうんだろ?そうなんだろ?

何にしようか。

…。

沖縄に来たなら、やっぱりこれだよなあ。

「…すいません」

「はい!」

「にんじんしりしりを一つ。…それと、ゴーヤチャンプルを下さい。後烏龍茶も」

「かしこまりましたー!」

楽しみだ

…久しぶりの沖縄料理だ。

まだまだ序の口と言えよう。

「お待たせしましたー!烏龍茶です!」

「…」

渇いた喉に、丁度良い。


少し味の濃い料理を迎える準備が出来たぞ。

「こちら、にんじんしりしりになりまーす!」

…。

http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-a7-c4/arapro7/folder/1500716/14/53031114/img_5?1292690392

…来た来た。

「…いただきます」

…。

…卵が少しふんわり。
人参も、柔らかめ。

沖縄だと、ちょっと固めなんだよな。

…こっち向けにしてくれたのか。

…それがまた良い。

有難い気遣いだ。

…とんでもなく美味しい。

「…お待たせしましたー!こちらゴーヤチャンプルです!」

http://www.kikkoman.co.jp/homecook/search/recipe/img/00002617.jpg

……。

「…」

これも、良い良い。

沖縄って聞いて、初めに出るのがこれだと思う。

誰でも知ってて、美味しい料理って、なかなか無いよな。

…いくらでも入る気がする。

ゴーヤって、苦いってイメージが強いけど。

「…」

この苦味が、いいんじゃないか。

これじゃなかったら、ゴーヤチャンプルじゃない。

「…」

…いけない。ゴーヤチャンプルだけ食べててにんじんしりしりの事を忘れそうになった。

…。

やっぱ、こっちも最高です。

「……」

本当に美味かった。

…。

……。


「…すいません」

「はい?」

「…この、マンゴーパフェを一つください」

「……は、はい!かしこまりました!」

「……」

ちょいと腹も満たされて、満足。

…後は、甘味処だ。

「お待たせしましたー!マンゴーパフェになりまーす!」

……。

http://shinjuku.vietnam-banhxeo.com/vietnam/wp-content/uploads/shinjuku_11.jpg

めちゃくちゃフルーティ。

沖縄ってよりは、ハワイみたいな感じ。

…いただきます。

「……」

…デザートは別腹と言うが、これはもっと別腹。

どれだけあっても、食べられてしまいそうだ。

甘さ控えめとか、そんな事は無い。

遠慮無しに甘さが俺の口を支配する。

……つい笑顔になるな。

…今日も、正解だったようだ。

「…ご馳走様でした」

…腹も、気分も満足。



「…ん?」


「もー!プロデューサー!いぬ美に近づきすぎちゃダメって言ってるだろー!たたでさえいぬ美はプロデューサーの事気に入ってんだから!」

「はは…」



…仕事。

ただそれだけの関係じゃ、ないのかもしれないな。

彼女達の為に、とかじゃなくて。

ファン一号、なんだろうな。



…日本の若者に、幸あれ。


さて、明日は浅草だ。

ゴロ~

ゴロ~

ゴロ~

イッノッガシッラ

ゴロ~

ゴロ~

ゴロ~

イッノッガシッラ

本日、久住さんがやってきたのは…?

「はい!ここでございますよ~!」
「…しかし今日が最後の孤独のグルメになるんですね~…僕は孤独の飲みだけど(笑)」

店に入ると早速…。

「…お?これ…は?」

「折角なので…(笑)」

「もしやこれは、ハブドリンクですね(笑)…飲めるかな?(笑)」
「……………あっ…凄いくるねこれ!!(笑)」

そして久住さんが注文したものは……


「これですよ!ラフテー!もうこれが食べたくて食べたくて…(笑)」
「……チョー美味しい!!ヤバイよ!美味しすぎてマズイ!(笑)」
「肉が溶けるんですね!口の中で、固さが全く無い!」

「……しかしこうやって孤独のグルメがまた終わるというのはさみしい気持ちでもありますが…………」
「……………ある、んだろうねぇ…(笑)」


今回久住さんが来たこの店は、阿佐ヶ谷の駅近くにあります!

シーズン5があればまた会いましょう!!

乙!
終わってしまうんか、残念だ

来たら終わっていた…

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