雪風「第二次キス島撤退作戦」 (98)


※本隊を率いる提督とは別の、普段ではいわゆる遠征部隊を指す部隊を指揮することになった名も無き妖精さんの物語

※第二次キス島撤退作戦が舞台

※このスレに登場する駆逐艦たちは選ばれなかったという劣等感からひねくれている子が多い

※わざとキャラに個性を持たせようとしたのでキャラ崩壊、設定崩壊多数。
(というかもうぶっちゃけ名前と設定だけ借りた別物)

※基本的に胸糞注意

※不定期更新

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1416505156

プロローグ


舞鶴における「対深海棲艦用人型兵器」、通称「艦娘」に関する軍事基地は大きく四つに分けられている。
理由は伏せられているが、その任務の特性ごとに最適な人材を育成するため、というのが現在最も信ぴょう性の高い噂だった。


大佐「その中でも舞鶴鎮守府中将閣下傘下の第二艦隊に配属されたわけだが」


舞鶴鎮守府第二艦隊基地とはつまり駆逐艦娘のみが存在する基地である。
駆逐艦の特性である機動力を活かした海上での高速戦闘、高速離脱、及びその隠密性を利用した輸送任務。通称『遠征』が主たる任務だ。
この基地に籍を置く艦娘は、それに特化した訓練を受け、実戦に赴く。

そこに、指揮官として一人の左官が配属された。
一際小柄な体躯のその人間は、若干の幼さの残る容姿とは対照的な覇気のない瞳をしていた。
もっとも、瞳に関してはなにも大佐に限った話ではない。
艦娘関連の直接の指揮官として配属される者は「少なからずそうなる」のだが、大佐はそれが一際目立つ。


雪風「はい、私達はこれより駆逐艦隊を組織し、キス島における撤退作戦を行うのでしたよね」


傍らにいた少女、雪風が補足する。
栗色の髪、セーラー服、そして主機と呼ばれる艦艇を模した靴。
軍隊には不釣り合いにすぎるその意匠ももはや見慣れてしまったものだが、
その口調と性格だけはかつて大佐の記憶にあった彼女のものとは決定的に違っていた。


大佐「ええそうです。……雪風特別准将殿」

雪風「准将殿はやめてください大佐」


明らかに違う、異質なのだ。
出会った当初はからかい半分に敬称で呼ぶと、『雪風はそんな怖い名前じゃありません!』などと膨れっ面でそっぽを向くのではなかったか。
なのに彼女は、とても悲しい顔をするだけだった。

雪風「昔のように、雪風でお願いします」

薄々気が付いてはいたが、彼女はもはや軍人なのだ。
幼い体とは明らかに釣り合いの取れていない言動がその証拠である。
彼女たちの体は成長しない。裏を返せば体だけが成長しないのだ。


大佐(それにしたところでな。……まったく成長しないということはないのだから、技術畑の人間は信用ならん)

どのような調整が施されているのか大佐には知る由もないが、
中等教育機関に通っていてもおかしくないくらいの見た目はかろうじて維持しているらしい。
『こんなもの』に戦争をさせようと言うのだ、どうしたって瞳は濁る。
だいたい、生み出された経緯からして胡散臭いものがあった。
深海棲艦に対向するために生み出されたなどと謳っているが、それにしたって怪しいものだ。


雪風と出会ってから三年。
雪風のように初期からいる艦にとって、……いや、雪風に限った話ではない。
大佐のような人間にとっても、三年という月日はあまりにも大きい。
本人たちの適性も手伝ってか、一人の少女を軍人に仕立て上げ、若手士官を熟練させるには十分だった。


大佐「そうは言いますが、准将殿。あなたは提督麾下の秘書艦であり、歴戦の武勲艦であらせられる」


自然、大佐の口調も形式張ったものになる。
変わらず「少女」として接することが出来るのはもうおそらく、舞鶴の聯合艦隊、いや舞鶴鎮守府全体の指揮官であるあの飄々とした提督くらいなものだ。
親が学校へと子供を送り出すように戦争へと向かわせ、笑顔で出迎える。人によっては彼のことを気狂いか、或いは異常者などと呼ぶが、大佐には到底そうは思えない


兵器として生み出されたが故に、倫理観も、価値観も、肉体も、そして命の重さでさえも、もはや人間の枠組みから大きく外れてしまっている彼女たちを前に、正気でいられ

る者がどれだけいるというのだ。
提督は、彼は、艦娘たちの持つなけなしの「人間性」を守ることの出来る存在なのだ。


――そういう意味では狂っていると言ってしまっても過言ではないのかもしれないが。


そして自分が艦長として、……親として、手塩にかけて育てたこの駆逐艦がどうなってしまったのかは


雪風「今しばらくはあなたの部下であり、あなたの艦でありますよ、『艦長』。
司令はあなたのことを大変高く買っておられます。もちろん私も、あなたのことは信頼していますから」


――もう、考えるまでもなかった。

頼み込み、半ば押し付けるように提督の元へ預けたこの少女は、また、大佐の元へと戻ってきてしまった。
彼女のたっての希望だから、と提督は笑っていたが、大佐にしてみればもうこれ以上この少女を壊したくはなかった。


大佐「やめてください。私は、あなた達を使うようなド外道にはならないつもりだったというのにこのザマです」

雪風「ええ、『噂』はかねがね。旧式艦隊を率いてあれだけの戦果。『わたしたち』を指揮すればどれだけの」

大佐「やめてください」

雪風の艦長ではなかった少しの期間、大佐は『旧式艦』、つまるところ前時代におけるちゃんと兵器の形をした駆逐艦に乗っていた。
――艦娘という存在にすっかりなれた今となってはもうそれを『ちゃんと兵器の形』と心から認識しているかどうか怪しいものがあるが。


雪風「大佐」

大佐「……わかっています。お国のため、ひいては陛下のため、……と、つきましたよ雪風殿。第二艦隊基地です」

雪風「はい。大佐も、ここに一歩足を踏み入れた瞬間から私とあなたは友人ではまかりなりません。くれぐれもよろしくお願いします」


覚悟を決めろ、ということだろう。
今から「提督」として、少女たちを自らの意思で戦地へと送り出す存在になるのだ。
そんなものはもう、人間ではない。


大佐「……わかってますよ。雪風、これからよろしく頼む」

雪風「はい。勿論です!」



一一〇〇(ヒトヒトマルマル)

暖かい日差しの下ありながら、それはあまりにも寒々しい返事だった。

第一章


雪風「大佐」

大佐「ん」


門の前に誰かが立っている。
その人影はこちらを見付けると駆け足で近付いてきた。


朝潮「舞鶴鎮守府第二聯合艦隊旗艦、朝潮であります。大佐殿、提督着任のこと、まことにおめでとうございます。我々駆逐艦娘一同より代表して、失礼ながらお出迎

えに参りました!」


その少女は大佐達の前で立ち止まると、カツンと音を鳴らして足を揃え、快活な声でそう言った。


大佐「あ、あぁご苦労。これからよろしく頼むよ」

朝潮「はっ」ピシッ


気合いの入った敬礼に思わず面喰らう。
が、朝潮という名を聞いてなるほどと思った。
雪風とは違い動作も態度も若々しく、なんだか背伸びした子供を相手にしているかのような、そんな微笑ましい気持ちになる。
ヒトデナシの大佐にとって微笑ましい以外の感慨は特に無いにしても、少なくともこの基地で最初に出会ったのがこの少女で良かったと思った。
「扱いやすそう」で良かったという意味だ。


気合いの入った敬礼に思わず面喰らう。
が、朝潮という名を聞いてなるほどと思った。
雪風とは違い動作も態度も若々しく、なんだか背伸びした子供を相手にしているかのような、そんな微笑ましい気持ちになる。
ヒトデナシの大佐にとって微笑ましい以外の感慨は特に無いにしても、少なくともこの基地で最初に出会ったのがこの少女で良かったと思った。
「扱いやすそう」で良かったという意味だ。


霞「……ふーん、あんたが新しい司令官? あの屑とどう違うのかしら?」


敬礼から一拍おいて、そんな声が後ろから聞こえた。


雪風「ちょっと!?」

大佐「いいから。……君は?」


それが上官に対する態度か、と雪風が言い出さない内に諌めて尋ねた。
が、艦娘たちに関する報告書で、在籍する駆逐艦たちの名前と大まかな性格は頭に入れてある。
中でもあの提督にここまでおおっぴらに敵愾心を向けるものはそうはいない。


霞「駆逐艦、霞よ」

大佐「ああ、よろしく頼む」


果たして予想通りではあったが、それでも彼女の戦歴を知る大佐にとってみれば複雑な心境に駆られる。
先の大戦にて幾度と無く言い掛かりに近い汚名を被り、挙句死に損ないの寄せ集め艦隊の旗艦として奔走し、最期は「あの海戦」に散った駆逐艦。
その名を冠し、朧気ながらその記憶を有するというこの少女の心がいったいどれだけの猜疑心に苛まれているのかなど想像もできなかった。


霞「なによ、言いたいことがあるなら目を見てあででででで」

朝潮「霞!! 申し訳ありません大佐」ギュー


言い終わらない内に朝潮が霞の耳を引っ張りながらそんなことを言う。
軍隊の体罰としてはどこまでも平和で微笑ましい。
そんな世界に住みながら、彼女たちは戦争をする。
相対する深海棲艦の姿形から、察しのいい者にはもうその正体に薄々感づいている者もいるのだろう。
たとえ今はまだ風説に過ぎないとしても、その戦果を嬉々として提督に報告していた艦娘たちの姿が脳裏から離れない。


雪風「大佐は長旅でお疲れです。一先ず執務室へ」

朝潮「はい。ではこちらへどうぞ」


「狂っている」


促されるまま朝潮の後ろを歩きながら、最後にもう一度だけそう思った。


基地内廊下

ザワザワ


大佐「……」コツコツ

――あいつが新しい提督?

――よりによって駆逐艦隊配属なんて、ロリコンじゃないの?あれ

――あはははは、あいつの部下ならそうよきっと


雪風「……」スタスタ

――ねえ、あれって

――うん、死神でしょ?

――司令官のお気に入り、第一艦隊の旗艦様がなんのようだろうね

――大方、左遷じゃありませんか。飽きられたとか

――あーだからあんな顔してるのかな


大佐(しかしまぁ、嫌われたものだな。これではまるで吹き溜まりだ)

廊下を歩いていると聞こえてくる自分たちへの陰口は、しかし大佐にしてみれば存外に悪い気はしなかった。


朝潮「……申し訳ありません大佐」

大佐「いや、いい。……噂には聞いていた」


大佐(彼女たちにしても雪風にしても、駆逐艦は理論上肉体的にも精神的にも幼いままと聞いたが、人間はやはりそういう訳にはいかないようだ)


雪風が特別というわけでもないのだな。と、バツの悪そうな顔をしているであろう朝潮の謝罪に返しながら大佐は思う。
ひょっとしたら常人とは生きる時間を異にして、つまり人の何倍も時間をかけて、ゆっくりと彼女たちは成長するのかもしれない。
ならばやはり、提督は間違っていないということになる。
つと、提督が今の彼女たちを目にしたらどんな顔をするのだろうと考えた。
まさか叱りつけはしないだろう、『どうしよう大佐! みんなが反抗期だ!』と言って大騒ぎするかもしれない。
ふっと、表情を緩める。気取られないように、少しだけ。


朝潮「彼女たちは編成の外の駆逐艦です。……私から彼女たちに何か言う事はありません」

大佐「わかっている。何も言うな」


言葉とは裏腹に、大佐はどこか楽しげだった。


執務室


大佐「さて、朝潮、……雪風」

朝潮「はい」

雪風「なんでしょう」

大佐「改めてよろしく頼む。すでに聞き及んでいるとは思うが、第二次北方海域キス島救助作戦はこれより私が指揮する事になった。異存あるか」

朝潮「ありません」

大佐「編成に関しては全権を持っている。基本的には現戦隊を動かすが、緊急を要することから、
熟練度の高い艦を優先することにした。現状最も練度の高い雪風に代わり、誰かに外れてもらうことになるが、異存あるか」

朝潮「……いえ、ありません」


朝潮が少し渋い顔をする。
察しはつくが、気にすることはない。心配しなくても、彼女が想像しているようなことはない。
良くも、悪くも

大佐「旗艦についてだが、先に言った通りだ。いいな雪風」

雪風「はい」

朝潮「……」


ぎゅっとなにかを堪えるように手を握りしめる朝潮とは対照的に、淡々と雪風が答える。


雪風「現旗艦、朝潮の指揮下に入ります」

朝潮「……えっ?」


朝潮があっけにとられたような顔をした。


大佐「ああ。第一艦隊での経験を活かし、戦闘面で彼女のサポートを頼む」

雪風「はい」

朝潮「えっと、あの」

大佐「どうした。雪風にも経験が無いではないが、ことこの基地で扱う任務に関してはお前が一番だろう。私も頼りにさせてもらうよ」

朝潮「は、はっ! 光栄であります、大佐!」

大佐「では、旗艦朝潮以下、雪風と、島風、改二への改装予告のあった夕立、綾波、時雨の編制だ。
現編成で外れることになった霞には私から伝える。いいな」

朝潮「……了解であります」


自分が旗艦と聞かされた際はぱっと顔を輝かせたものの、霞の名を聞いてしまったという顔をして少し俯いた。
罪悪感だろうか、真面目なことだ。と、大佐は思う。
他の隊ならいざ知らず、この基地においてよくもまぁそこまで自分を保てるものだと感心した。


大佐「じゃあ雪風、すまないが霞を」

霞「ここにいるわよ。勝手にすればいいわ」


霞が投げやりに手を降った。
部屋の外で待機させていたはずだが、いつの間に入ったのだろうか。


朝潮「霞、盗み聞きは」

大佐「いいから、朝潮、そして雪風、君たちは下がれ」

雪風「ですが」

大佐「下がれ」

雪風「……はい」

大佐「ああそうだ、朝潮。雪風に部屋を案内してやってくれ。今日から仲間なんだ。仲良くな」

朝潮「はい! じゃあ雪風さん、行きましょうか」

雪風「えっと、……はい」


朝潮が雪風の手を掴み、歩き出す。
雪風は一瞬どうしようという顔で一瞬こちらを見たが、結局そのまま手をつないで部屋から出て行った。


大佐「……まるで張り切り者の委員長と転校生だな」

霞「まんますぎて面白みに欠けるけど、アダ名は決まりね。って、あんたそれを言うために私を残したの?」

大佐「ん?」

霞「……なんでもないわ。で、私に何か御用達でしょうか?」

大佐「無理にかしこまる必要はない」

霞「って言われても、あんたなんか堅そうだし、さっきの二人見てるとねぇ……」


霞がポリポリと頭を掻く。
上官をあんた呼ばわりする時点で論外だと大佐のような人間は思うのだが、まぁそこはそれだ。
霞にもなにか思うところがあるらしく、目の前でうんうんとなにやら考えこむ。


霞「ま、いいわ。お言葉に甘えてやるわよ。感謝しなさい」

大佐「ふっ」


あまりに横柄な態度に思わず目尻を下げてしまった。
見た目が少女なだけに、雪風とはまた違った意味でアンバランスである。


霞「何笑ってんのよ。あんたロリコンなだけじゃなくてひょっとしてドMなの?」


霞が怒ったような声をあげる。


大佐「い、いや、間違いなく提督の子供、じゃなくて部隊の子だと思ってな。他の子だとそうはいかないから。ひょっとしてちょっと前まで提督の直接の指揮下にいた?」


なんだか懐かしさを覚えてつい、口調が崩れるのも構わず話し続けてしまう。


霞「まぁね、……というかなによその口調。舐めてんの? 私の前でもさっきみたいに偉そうに喋りなさいよ」

大佐「こほん。私も大佐のサポートとして、しばらく側にいたからな。その時、提督に「その堅苦しいのやめて、すげーやりづらい」と言われた。以来、可能な限り崩した口調

で話すことを心がけていたが。かえってやり辛いからやっぱりやめろと言われた」

霞「あの屑の言いそうなことだけど残念ながら同意見ね。あんたのその死んだ魚みたいな目でされるとイライラするわ。わざとらしいのよ」


ぴくりと、大佐の肩が震えた。


大佐「随分と、目敏いのだな」

霞「あれ、怒ったの? ……なにか気に障ったのかしら?」

大佐「……いや、気にするな」


胡乱げな目を鋭く細め、大佐は威圧する。


大佐「しかしわからないな。わざとらしいとはどのような意図を持った発言だ」

霞「大切なのよ、距離感は」


霞は答えず、はぐらかすようにそう言った。


霞「……あいつの真似なんかする必要はないわ。それだったら、まだそのけったくそ悪い偉ぶったしゃべり方の方が我慢できるもの」

大佐「提督も嫌われたものだ」

霞「今の提督はあんたよ」


ぴしゃりと言い切られた。
大佐には大佐の琴線があるように、霞には霞のそれがある。


大佐(知らず、触れてしまったか)

霞「で? 要件はなによ。私になんかさせる気でしょ?」

大佐「言っただろう、私はあの人の下にいた、と。……正直なところ、私には君たちへの接し方がわからない、ならばまずは模倣から、と考えたまでだ」

霞「なによ、まだ続けるの?」


大佐の言葉に霞は、「はぁ、まったく……」とため息のようなものを吐く。
イライラとしているわけでは無いようだが、どこか遠い目をしながら


霞「……まぁ、正直なのは間違いなくあいつの部下ね。……もっとも、あいつは――

『うええええ、しないしない! 俺子供に興味ないから!!! むしろ年上好きだから!!!』

――だったわ。他の奴は適当に取り繕うだけだったけど」


と、観念したように言った。


大佐(どこからどこまでもあの人はあの人ということらしい。……待て待て、年端も行かない少女になにを言っているんだあの人は)


実際に見てきたことなので庇い立てすることはしないが、言いたいことは山程ある。
だがまぁとにかく、『大佐が懸念したようなこと』では無いとわかり、今度こそ気取られないように静かに息を吐いた。


大佐「……まったく、あの人は……」

霞「……ねぇ、あいつ実は異世界人だったりしない? 戦争に対する危機感が薄いっていうか」


もちろん、彼女にとってはいわゆる冗談の類なのだろうが、ふと、ばかばかしくもその可能性を考える。思い当たる節が無いでもない。
何度もやり直したかのような尋常ならざる指揮能力の高さと先を見透かしたような戦略眼は言われてみれば異様だ。
そうでなければ若くして提督の座に着任したりはしないのだろうが。
軍人には見えないその言動も相まって、どこまでも不思議な人だった。


霞「で? もういいでしょ? 私に何かさせたいことがあるならさっさと言いなさいよ。わざわざ私を編制から外したんだもの」


見た感じ好き嫌いで選ぶタイプにも見えないしね、と小さく呟く。
たいした自負だが、まぁ、そういうことだ。


大佐「練度で言えば、この基地では雪風を除くと君がもっとも高い」

霞「……まぁ、そうね。伊達や酔狂で長いこと前線にいないわ」

大佐「君だけではない。他に数名練度だけで言えば近似値である艦がいると報告がある」

霞「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

大佐「正確には君、潮、響の三名」

霞「いい加減に――!」

大佐「わたしは君とその二人、他三人の駆逐艦を加えた六人で別働隊の編制を考案している。その部隊の旗艦が君だ」

霞「それはまた、……光栄なことで。……けれどいい事教えてあげるわ。私達三人がなんて呼ばれていたか知っているかしら?」


もちろん知っている。だから、選んだのだ。


大佐「死に損ないだったか、結構じゃないか」

霞「ただの予備隊、にしては作為的な人選ね。私達になにか尻拭いさせようってのかしら?」


正解だ。内心深いところでこの少女への印象を改める。
いや、あの人の「お気に入り」なのだ。もともと大佐も、この少女の力量は少しだけ高く見積もっていた。


大佐「そうだ。……ここだけの話、現第二艦隊は目立ち過ぎる」

霞「本隊。……いえ、第一聯合艦隊は陽動だと聞いたけれどそれでも足りないっての?」

大佐「そうだ。特に雪風は元々第一艦隊の旗艦。そこにその姿が見えなければ敵も陽動を警戒するだろう」

霞「はん、旗艦があの屑のお気に入りじゃなくてウチの優等生なのはせめてもの目眩ましってわけね」

大佐「ああ、だがそれだけではなく、任務に忠実な朝潮が旗艦なのは『入れ込ませる』ためだ」

霞「ふん、あいつならまぁそうでしょうね。「一生懸命」にやってくれるわよ、きっと」

大佐「おそらく彼女は頑張り過ぎる。陽動としてはこの上ないが退き際を見失う可能性がある。私は提督から、彼女たちのストッパーの任を受けた。中破でも進軍させること

はない」


霞「……見えてきたわ。前大戦で象徴的な活躍をしたあいつらをわざわざよりすぐった理由。あんた、私達から捨て駒を選ぶつもりね」

大佐「そうだ。第二艦隊本隊とは別に君たちは駆逐隊を編制し、被害を顧みず進軍してもらう。
……勿論、むざむざと玉砕させるつもりはない。万全を期する策は考えてある。我々も可能な限り奮戦するし、救援のための艦隊も追って編成する」

霞「……嚮導は私が務めるとして、あんたは朝潮の方の指揮を執るんでしょ?」

大佐「そうなるな」

霞「指揮官の目を離れて兵器が好き勝手に暴れまわるなんて真似を許すの?」

大佐「許すも許さないもない。私の指揮を離れる以上、何が起こっても責任は取れないからだ。
……そして、そのような状況下での出撃は本来ならば認められるものではない」

霞「つまり」


大佐は見る。
霞の表情は、氷よりも冷たい。


霞「私達は待機命令を無視して、勝手に出撃したってわけね」

大佐「提督には出来る限り真実を伝える」


少女は、霞は小さく「よく言うわ」と呟いた後


霞「そう、そのための『死に損ない』と、『私』ね。大方一億総玉砕の先駆けを、もう一度やってみせろということかしら?」


と、言った。


大佐「……」


大佐は答えない。


大佐「……救助は旧型駆逐艦隊が行う。その意味では、第二艦隊本隊も陽動ということになるが」

霞「で、第二艦隊は隠密行動を取るも発見される。やむなく会戦するも、奮闘むなしく撤退。その隙に別働旧型駆逐艦隊が島に接近、救助。
……これが、『向こうが察知した』表向きの作戦であり、大本営より命じられた作戦でもある」

大佐「陽動を見抜き、索敵の結果別の駆逐艦娘艦隊を発見。その背後には本命と思しき救助艦隊。別働駆逐艦娘艦隊は抵抗するも」

霞「『壊滅』。そして、救助艦隊は命からがら逃げ出し、第二次キス島救助作戦は完全に頓挫。
あんたの言ではこれが向こうの筋書きっってことになるわね」

大佐「そうだ。表向きにも裏向きにも完全に作戦が失敗する」

霞「つまり、本命はさらに別にあると。……結構な大艦隊ね」


大佐「先の大戦、……つまりキスカ島の時とは状況が違うと言っていい。キス島は既に包囲されている。
いくら霧が出ているとはいえ、敵哨戒網に引っかからずに完遂させることは不可能だ」

霞「だから敵艦隊を散々掻き回した挙句、諦めたように見せる必要があるってわけ?」

大佐「私はそう考えている」

霞「ふーん、……『誰が考えた』のかは知らないけど、素敵な作戦ね。反吐が出るわ」

大佐「……不服か?」

霞「……完全勝利に気を良くした敵さんが島へと攻め込むと、そこは既にもぬけの殻」

大佐「そうだ。それが私たちの筋書き。救助作戦が看破されたとしても、救助そのものを気取られなければ作戦は成功する」

霞「『私達』、ね」

大佐「ああ、……その通りだ」


霞「私達にしても第二艦隊にしても、そうね。引き際が良すぎると警戒されるってことか。だから『本命の私達が壊滅』することに意味がある、と」

大佐「もちろん君たちが包囲網を突破できるならばそれに越したことは無いが」

霞「……包囲網を突破したとして、キス島の陸軍兵士を満載した艦隊を護衛しながら戦闘海域を離脱なんてそれこそ不可能よ。
存在がバレバレなんだから群がってきた奴らに嬲り殺されるだけだわ」

大佐「そういうことだ」

霞「それで」


霞の鋭い目が大佐を正面から見据える。


霞「私たちはいつまで敵の目を引けばいいのかしら?」


大佐「……」


大佐は答えない。
――答えられない。


霞「そう、……そういうこと、ね」


霧の中、無線も使えず作戦の成否を知ることもない。
ただただ、敵の足を止めるためだけに戦う。
そんなものは、もはや作戦ですらないのだから。


霞「でかいのがいるはずよ」

大佐「爆ぜ殺せ。魚雷なら可能だ。塵も残すな」

霞「いずれ尽きるわ」

大佐「縊り殺せ。曳航用の命綱があるだろう、それを使え」

霞「そんなものは、いずれ千切れて無くなる。いよいよ敵が来るわよ。来るわ。私たちを噛み殺しに来るわ!」


霞が叫ぶ。
唄い上げるように、悲鳴を上げる。


大佐「轢き殺せ。神国日本の神風を、背に帆に受けて吶喊し、怒れる三十五ノットの火の玉となれば、いかに深海棲艦とてひとたまりもないだろう」

霞「魂が六つ、それぞれに弾が一つずつ」


これは、――これは最後通告だ。
大佐から、霞へ『ではない』
霞から大佐へ、『でもない』
互いが互いに、否。
二人が己自身へ向けた、『人であることへの最後通告』


大佐「撃ち尽くせ」


言った。
言い切った。
言ってしまった。
alea iacta est. ――賽は投げられたのだ。
もう、戻れない。
戦争によって生まれたヒトデナシが、諸々を道連れに地獄への道を進む。


大佐「全てだ。全てをくれてやれ」

霞「私は駆逐艦。駆逐艦なのよ、無能な提督サマ。突撃ラッパは人間に吹きなさい」


これは呪詛だ。
提督が授け、大佐が壊した『人間』の残滓。
その断末魔。


大佐「提督は、中将閣下は君たちを人間だと仰った。軍上層部は兵器だと言った。が、それらは正鵠を射ていない」


この戦場に、この闘争に人間も兵器もあるものか。
そんなものがどこにある。
あるのは、ただの



    ヒトデナシ  
大佐「 兵士 だ」



沈黙が辺りを支配する。


霞「……上等よ」


雪風と同じ黒々しく何物も映さない抉られた眼孔の如き洞冥。
虚、空、洞、無だ。何も無い。
そんな霞の瞳に、仄暗い灯が点る。
灯したのは、大佐だ。


霞「駆逐艦、霞、並び小隊以下五名! 尽忠報国の魁と為りて、死して護国の鬼となります!」

大佐「それでいい。決して突破を許すな。退却を赦すな。殺せ。悉くを藻屑と還し、尽くを皆殺せ。見敵必殺。繰り返す、見敵必殺だ」

霞「……ノせてくれるわね、ったく、どんな采配してんのよ……本っ当に迷惑だわ」


見かけによらず、ただし相応に物分かりのいい『少女』がそう言って力なく笑う。


大佐「慰めになるかどうかはわからんが、空母を含む敵の主力と思しき艦隊は第一艦隊が引きつけてくれる」

霞「それは僥倖。実に僥倖。頼もしくて涙が出るわ。……私たち三人はいいとして、残り三人の編成はどうするつもり?」

大佐「君に任せる。信の置ける者を連れて行ってくれ。ただし、内密に頼む」

霞「言われるまでもないわ」

大佐「作戦の決行は明日明朝。出発は今夜。私からは以上だ」

霞「……失礼するわね」


そう言って霞は踵を返し、つかつかと部屋を後にする。
その背中を見送って大佐は一人、大きく息を吐いて椅子に深く腰掛けた。



――逆上も、拒否も、なにもしなかった。少女が、死ねと命ぜられて


生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く
死に死に死に死んで死の終わりに冥し


だが迷わない。
ヒトデナシは、迷うことを許されない。


「狂い過ぎだ。どいつもこいつも」


もちろん、感傷はなかった。


――――――

ここで一旦区切りとします
おやすみなさい

エタってないから今こうして書いてるから(震え声)
戦闘シーンまで書き溜めてあまりにも「うぐっ」「あぁあああ!!!」が多用されたんでこりゃいかんと思っただけだから・・・

食堂

少女たちでごった返す食堂に、ぽつんと座って昼食を取る少女が一人。

ザワザワ
ヒソヒソ


雪風「……」


離れた場所から聞こえる自分への様々な陰口に耳を塞ぎながら、もくもくと箸を進めていた。
朝潮が一緒に食事を取ろうと誘ってくれていたが断っていた。
噂に聞いていたし、覚悟もしていたこの様相が予想できたからである。
彼女を巻き込むわけにはいかない。

霞「ふんっ」ドカッ


だから向かいの席にどかりと腰をおろした少女の行動の意味を、雪風には理解できかねた。
どういう意図かは知らないが、できるなら放っておいてほしい。
半ば警戒しながら非難の意味を持たせた視線を、目の前でガツガツと勢い良くかっこむ少女に向けた。
怯んだ様子はない。他の駆逐艦であれば、視線を向けただけで逃げ散ってしまうというのに。

雪風「……あの、雪風になにか御用でしょうか」

霞「……」ガツガツ

長考の末、結局雪風は目の前の少女に話しかけた。
反応はない。


雪風「……」キョロキョロ

雪風(……あなたは、私に構っている場合ではないでしょう?)

霞「……」ピクッ

キョロキョロと周囲を見渡し、小声でそう言う。
今度は反応があった。ピクリと肩を震わすと、霞の目がこちらを見据える。
やっぱり知ってやがったのね、と小さな声で呟いた後


霞「なによ、いきなり情報漏洩? 栄光の第一聯合艦隊様の軍規はどうなっているのかしら?」


低い声でそう言った。


雪風「申し訳ありません。……ですが」

霞「同情してるつもりかしら? 言っとくけど、寿命が伸びてせいせいしてるわ。かの死神様も人助けをするのね」

雪風「は? いや、あなたは」

霞「……」


じろりと霞が雪風を睨みつける。


雪風「……どういうつもりかは知りませんが」


明確な拒絶の色を隠しもしないその視線にたじろぎながらも、反論を述べようとする。
――だが


霞「勘違いしないでよね! 私、あんたを認めたわけじゃないから!」

雪風「……っ?」


想定外の大音声に阻まれた。
その声に反応して辺りが俄にざわつき始める。

――見てよあそこ、霞が死神様に因縁つけてるわよ
――ぷっ、外されたのがそんなに悔しかったのかしら
――あはは、いつも偉そうにしてるからよ、いい気味だわ


先程、彼女に下されたであろう密命を思えば、考えられない啖呵である。
自然、困惑を浮かべていた雪風の表情が、訝しむようなそれに変わる。


霞「覚えてなさい、あんたより武勲をあげてやるから」

雪風「あなたは、……まさか」


詰問しようとする雪風を視線で制し、昼食もそこそこに霞が乱暴に立ち上がった。
そしてそのままぐいと体を乗り出し、雪風の頭を掴んで引き寄せる。


「靖国で、待ってるわよ。……だからあんたも早く来なさいよね」


鼻と鼻がぶつかり、互いの呼気が聞こえるほどの距離で低くそう言った。


雪風「……私は、雪風は沈みません」


戸惑いながら、それでもそう答える雪風の頭を離し、霞はガチャガチャと音を立てて食器をのせたお盆を手に取る。


霞「あーあ、食欲が無くなったわ。……なによ、退きなさいよあんたら!!」


群がってきた少女たちを怒声を上げて退けながら、そのまま霞は食堂を立ち去った。


雪風「……」チラッ

ザワザワ
ザワザワ

雪風(…………)


呆然とする雪風と、好奇の目で遠巻きに眺める少女たちを残して。

――――


執務室




雪風「霞さんには、どこまで仰られたのですか?」

大佐「どこまで、とは?」


開口一番。
怒ったような表情を浮かべながら詰め寄る雪風に、大佐は眉を寄せて言った。


雪風「質問を変更します、大佐。何故仰られたのですか?」

大佐「……霞くん達に事実を話したのは、なにも後悔や罪悪感ではありません」

雪風「大佐」

大佐「……わかっている」


雪風「なぜ、一歩間違えれば戦意を挫くような話をされたのですか? 彼女が恐れをなして逃げ出してしまうとは、考えなかったのですか?」


考えなかったわけではない。
証拠に、霞が牙を抜かれた少女であったならば一切を漏らさなかっただろう。
暗に密に、『兵器』として戦場に送り込んでいたに違いないのだ。


大佐「……彼女はおおよそ人間だ。それも優秀な」


人ではなく、さりとて兵器でもなく。


雪風「優秀だから逃げないと、そう仰るのですか?」


そうではない。
もっと、ズルい。


大佐「陸軍の兵士たち数千の命と、自分の命を天秤にかけさせた」


存在理由、状況等全てを加味した上で彼女を納得させた。
いや、納得せざるを得なかっただろう。


大佐「それは彼女が培ってきた、人間性を利用したに過ぎない」


――口では兵士などと炊きつけながら、だ。


雪風「身を投げだして命を救う、ですか。死地に赴く理由としてはこの上なく適当です。……そうですね、一か数千か、そのくらいの計算は『私にだってできます』から」

大佐「……」


自らを兵器だと暗に示す雪風の言葉に、大佐は押し黙る。
彼女もまた、自身とここの駆逐艦達の差異を感じているのだろう。
それを思うと、大佐は何も言えなかった。


雪風「ですが」


雪風が続ける。


雪風「中将閣下は、きっとそんなことを許しはしないのでしょうね」


非難めいた言葉とは裏腹に、その矛先は大佐に向いてはなかった。
大佐にと言うよりはむしろ――


大佐「ああ、……中将からは『救助の要は無い』と密に命ぜられていた」

雪風「はい。中将閣下は、『キス島に存在する陸軍兵士、二千五百を見捨ててでも駆逐艦たちを護ってくれ。その後の始末は俺がするから』と仰っていました」


――余りにも独善的で、醜悪です。


彼女は、最後に吐き捨てるようにそう言った。


雪風「……大佐も御存知の通り、キス島の指揮官は義に熱く機を見るに敏で優秀な指揮官、なのだそうですね。キス島のような孤島の攻略も自ら志願していた、と」

雪風「……本当のところはわかりませんが」

大佐「……だが。いくら戦略的価値があると言えど、勇み足で孤島に取り残される指揮官だ。制圧まではお見事だったが、その後があまりにもお粗末としか言えない」

雪風「しかしながらこの国においては英雄扱いです。一時とはいえ、怨敵深海棲艦から神領を奪還したのですから」


大佐「……軍上層部が言うには、な。英雄を見殺しにする、それだけはいけない、のだそうだ」

雪風「つまり、体裁のための戦闘と」

大佐「そうなる。だが、いかに無謀な作戦であろうと、――面子を守るためだけの犠牲であろうと、失敗した暁には誰かが責を負わねばならん」

雪風「ええ、閣下は、あの人はあなたを人柱にするつもりです。軍のため、私たち艦娘のための犠牲とするつもりで」


大佐「……そう、だな」


しかし大佐は、そのことについて恨むことはありえない。
何故なら、艦娘を真に守るという意味でその期待を既に裏切っているのだ。
目の前の少女が、その有り様がそうだ。


大佐「……作戦が失敗に終われば、果たしてそうなるのだろうな」


失敗すれば、大佐はありとあらゆるものを失うだろう。
提督の信を、貴重な戦力を、孤島に残された兵士たちの命を。
そして、大佐自身もおそらく。


雪風「だからこそ、なのです」

大佐「ああ、……だからこそ私は是が非にもこの作戦を成功させなければならないのだな」

雪風「いいえ、足りません。私は二度と大佐を、あなたを貴い犠牲とさせないために。蜥蜴の尻尾になどさせないために。私はあなたを英雄として祭り上げます。必ず」

大佐「わかっている。わかっているさ、その為に布石は打った」

大佐「……ですが、私は私を救わずともよいのではないかとも思います。少なくともあの人と、あなたやここの駆逐艦たちを守れるならば」


そうすれば、ひょっとしたら、提督は大佐をも守るために奔走してくれるかもしれない。
彼とともに艦娘たちを守れる存在として、また以前のように引き上げてくれるかもしれない。
それがたとえ、願望にも満たない逃避だったとしても、それを信じるだけの思慕の念が大佐にはある。

――だが、


「それは、私が許しません。そんなの、――嫌です」


静かに、しかし強い口調で雪風が口を開く。


雪風「私は船で、艦長はあなたです、大佐。兵器より先に人が死ぬなど」

大佐「たとえ乗組員が消えても、あなたさえいれば戦えます」

雪風「いいえ、大佐。あなたがいなくなってしまえば、私はここの皆のように人間になってしまいます」


人間に、なる。
戻るのではなく、変わる。
変えられてしまう。


雪風「そしていつの日か、戦いを厭う日がきっと来ます」

大佐「……雪風さん、望んで戦争など」

雪風「雪風は沈みません。誰よりも長く生きて、誰よりも長く戦い抜きます」


彼女故の、思い。
否、思い煩うのは人間だ。
記憶と戦火で摩耗し、塵となってしまったはずの少女の残滓を、大佐は認めない。
だって、最後に磨り潰してしまったのは、大佐なのだから。
けれど、それなら

これは、一体誰の言葉で、誰の思いなのだろう。


「私は私が見てきた全ての人を、全ての艦を忘れません。彼らの雄姿を、その結果得られたつかの間の尊い平穏を、そして訪れた災厄を、決して。

「人間になって、戦いに倦んで、彼らの無念を私自身の弱さで忘却の彼方に追いやることこそを私は恐れます

「私が人間になるのは、戦って、戦って、戦って戦って戦って戦って、いつか平和を勝ち取った時であるべきなんです



――けれど、」




「ようやく勝ち取った平和な世界で、隣に立っていてくれる人がいなければ寂しいじゃないですか」



私は、私はこの少女を、この人をこれ以上壊してはいけない。なんとしても、守らなければならない。
――たとえ、誰を裏切ることになろうとも



静謐が支配する空間で、強く、強く抱きしめながらそう思った。

――――

短いけどこれで区切りとします。
おやすみなさい

乙です

義に熱い→義に厚い

>>97
うわあやっちまった恥ずかしい・・・
でももう修正のしようがないよぉ・・・

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