P「無人のスタジオから物音が?」 (93)

元ネタは『アークザラッドⅢ』というゲームの、とあるイベントです

それでは開始します

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   11:00 765プロ事務所

P「無人のスタジオから物音が?」

律子「ええ……らしいです」

P「どういうことだ、律子?」

律子「今さっき千早と伊織から、私の携帯に連絡があったんですよ」

P「確か今日あの二人は、一緒にトレーニングするって言ってたな」

律子「珍しい組み合わせですね」

P「そうでもないだろ? ほら、律子も含めて無敵艦隊時代とかさ」

律子「……今、その名前を知ってる人、どのぐらいいるんですか?」

P「き、きっと大勢いると思うぞ……多分」

律子「だと、いいですけど……」

律子「ところで今日のレッスンの場所、いつものスタジオじゃないんですよね?」

P「そうなんだよ。明日まで、大掃除をするらしくてな」

律子「替わりに、近くにある別のスタジオを貸し切れたって聞きましたけど?」

P「ああ。半年前に廃館になった図書館を、大改造して作ったらしい」

律子「……大丈夫なんですか、そんな場所で」

P「一応見学したけど、設備はしっかりしてたぞ?」

律子「ふぅん……」

P「本棚が少し残ってる程度で、特に問題ないと思ったんだが……」

律子「ともかく。中に誰もいないはずのスタジオから、物音がするらしいんです」

P「物音ねえ。そこの警備員とかに、調べてもらったのかな?」

律子「ええ。やっぱり誰もいなかった、とのことですね」

P「なら、千早と伊織の気のせいじゃないのか?」

律子「おそらく。でも二人とも、すごく気味が悪いって言ってましたけど?」

P「まあ、気持ちはわかるが……」

律子「このままだとあの二人、トレーニングに集中できないんじゃありません?」

P「うーむ。それはまずいな……」

P「わかった、そういうことなら俺も行ってみよう」

律子「私もお供しましょうか?」

P「え、律子が?」

律子「万が一の時の頭脳労働担当、いた方がいいんじゃありません?」

P「確かに……そうだな。それじゃ律子、頼りにさせてもらうよ」

律子「万が一の時の肉体労働担当は、プロデューサーですからね?」

P「……あんまり頼りにしないでくれると、ありがたいかも……」

律子「無理な相談ですね。それじゃ、スタジオに行きましょうか!」

P「お、おう! すぐに支度するから、ちょっと待っててくれよ!」

   11:20 スタジオ入口

P「待たせたな千早、伊織!」

伊織「ずいぶん遅かったじゃない! もっと早く来なさいよね!」

P「ははは……悪い悪い」

千早「お疲れ様ですプロデューサー。あら、律子も一緒なのね」

律子「ええ。詳しい話、聞かせてもらえるかしら?」

伊織「もちろんよ。あのね……」

P「…………」

伊織「物音がするのよ、スタジオの中から」

P「貸し切りで、誰もいないはずなのに?」

伊織「そうなのよ……おかしいでしょ?」

千早「それで、水瀬さんと一緒に中に入ってみたんですけど……」

伊織「でも……なぜか、誰もいないのよ」

千早「その後警備員さんにお願いして、もう一回調べてもらいました」

伊織「結果は同じだったけどね」

律子「なら、勘違いじゃないの?」

千早「それはないと思うわ」

伊織「私も千早も、二人とも物音を聞いてるのよ!」

P「もしかして、ネコでも入り込んだのかな?」

千早「でも、確かに人の気配がしました」

律子「人の気配……ですって?」

伊織「ねえプロデューサー、早く調べてくれない?」

千早「このままでは集中できずに、今日一日を無駄に過ごしてしまいそうで……」

P「わかった。それじゃ、中に入って調べてみるか」

   11:30 スタジオ内部

P「……誰もいないみたいだな」

律子「そうですね……」

P「ガランとして、人の気配がしないぞ……」

律子「……どういうことなんでしょう?」

P「さあ……」

律子「やっぱり、二人の気のせいじゃない?」

伊織「そんなはずはないと思うけど……」

千早「……待って」

P「ん? 千早?」

千早「間違いありません。誰かがいます」

P「えっ!」

律子「千早、本当なの?」

千早「ええ、人の気配がするわ」

伊織「ど、どこ? どこなのよ!」

千早「部屋の奥……そっちの本棚の陰!」

P「本棚の陰……あそこか」

律子「うーん……気配なんてしたかしら?」

伊織「全然、わからなかったけど……」

P「千早は感受性か強いから、そういうのに敏感なのかもしれないが……」

千早「あの、プロデューサー……」

P「……わかった。ちょっと見てみるぞ」

律子「あ、私も一緒に行ってみますよ」

   スタスタスタ スタスタスタ

P「……うぅむ」

伊織「ど、どうなの?」

P「いない……」

律子「いないわね」

千早「そんな……。でも、確かに――」

伊織「ちょっとちょっとちょっと! ビックリさせるんじゃないわよ、千早!」

千早「でも、確かに人のいる気配がしたのよ」

伊織「ふーん、どれどれ……?」

   スタスタスタ

伊織「ほら、見てみなさいよ。やっぱり、誰もいないじゃない!」

千早「おかしいわね……」

千早「それじゃ、私も……」

   スタスタスタ

千早「本当ね……。気のせいのはずはないと思うけど……」

伊織「それにしてもここ、本がたくさん並んでるわね」

律子「元図書館の名残、ってやつかしら?」

P「どれどれ……おおっ、これはっ!」

律子「ん? 何か面白い本でも見つけました?」

P「む、難しくて、さっぱり内容が頭に入ってこない……」

伊織「……アンタねえ」

P「あっ!!」

   ガタッ

千早「ひっ!?」

律子「プロデューサー!?」

伊織「どうしたの!? 何が起きたのよ!?」

P「す、すまん……。本を落としちゃって……」

千早「……もう!」

伊織「脅かさないでちょうだい!」

律子「ふぅ……。とにかく、特に誰かが入った様子もなさそうね」

千早「待って、律子。確かにあれは人の気配……」

   ガタッ

千早「きゃっ!」

律子「プ、プロデューサー!」

伊織「いい加減にしなさいよ!」

P「えっ……俺?」

伊織「アンタ以外に、誰がいるってのよ!」

律子「何度も何度も、本を落とさないでくださいね!」

P「い、いや、違う! 俺、何もしてないぞ!」

律子「……えっ?」

伊織「じゃ、今の音は?」

千早「……っ! みんな、後ろよ!」

P「ん?」

伊織「後ろ?」

律子「一体、何が……」

   クルッ

女性「…………」

律子「ひあっ!?」

伊織「きゃあ!?」

P「うおっ!?」

P「お、女の人!?」

伊織「い、いつの間にこんなに近くにいたの!?」

P「ぜ、全然気がつかなかったぞ……?」

千早「年や背丈は、音無さんと同じぐらいでしょうか?」

P「随分と線が細い人だな……。何だか、儚げな雰囲気を纏ってるぞ……」

律子「手に持っているのは、楽器を入れるケースみたいね……」

女性「すみません……。脅かすつもりはなかったのですが」

P「……あなたは一体、何者ですか?」

女性「私の名は、岩男阿津。しがないバイオリニストです」

千早「いわお、あつさん……」

伊織「バイオリニスト、ですって?」

阿津「信じてください。決して、怪しい者ではありません」

P「そ、そうかな?」

伊織「怪しいわよ! はっきり言ってメチャメチャ怪しいわよ、アンタ!」

千早「こんな所で、何をやってるんですか?」

阿津「調べものです」

律子「許可も得ないで勝手に忍び込んで、ですか?」

阿津「それは……申し訳ないと思っています」

千早「そこまでして、一体何を……?」

阿津「どうしても、ここにある本が読みたかったので……」

P「本?」

阿津「ええ。伝説のバイオリンの弓の在処が、もう少しでわかりそうなのです」

P「伝説の……」

千早「バイオリンの弓……ですか?」

律子「すいません。もう少し、詳しく聞かせてもらえます?」

阿津「わかりました。それでは、お話しさせていただきます」

律子「ええ、お願いしますね」

阿津「私は世界を旅して回りながら、様々なバイオリンの情報を集めてきました」

伊織「ふぅん……。見た目と違って、結構アクティブなのね」

阿津「そして、知ったのです。世界のどこかに存在する、至高の弓の伝説を」

千早「その弓とは一体、どういうものなんですか?」

阿津「失われた技術で作られた弓が奏でる音色は、全ての生き物を魅了するそうです」

千早「全ての生き物を、魅了……」

P「へえ……。何だか、すごそうだぞ……」

伊織「それが本当なら、大発見じゃない!」

律子「伝説……ねえ。具体的には?」

阿津「ええ。こう語られています」



阿津「己が愛する提琴に『我』を捧げよ」

阿津「さすれば汝、万人を魅了せし音色が心を揺るがすのを目撃す」

阿津「汝、『我』とともに、世界を駆けめぐるべし」

阿津「その名をあまねく知らしめるために」



阿津「以上です」

P「? 何だこりゃ?」

伊織「なんだか、ちんぷんかんぷんね……」

阿津「秘密がばれないように、わざとわかりづらくしてあるんでしょう」

律子「己が愛する提琴、か――」

P「あ! わかった、簡単じゃないか!」

律子「へ?」

千早「プロデューサー、本当にわかったんですか?」

P「ああ! どこかに、愛する提琴って名前のバイオリンの弓があるんだよ!」

律子「……はい?」

P「バイオリンに詳しい人に片っ端から当たれば、きっと見つかるさ!」

律子「んなわけないでしょうが!」

伊織「馬鹿なのアンタは! そのまんまじゃないの!」

千早「いくらなんでも、そんな単純な……」

阿津「その通りです」

千早「えっ!?」

P「ほら見ろ!」

阿津「すみません、今のは冗談です」

P「ガクッ!」

律子「この状況で冗談を言うなんて……」

伊織「意外に、お茶目な所もあるのね……」

P「何だよ……全く……」

千早「……あ。私、わかったかもしれません」

P「な、何っ!? 本当か?」

千早「あなたの愛する提琴は、今手にしているケースの中に入っているのでは?」

阿津「さすがですね……」

   パカッ

阿津「お察しの通り。このバイオリンこそが、私の愛する提琴です」

P「えーっと……?」

千早「自分が心を込めて使っているバイオリン。それ自体が、愛する提琴なんですね」

阿津「はい。私はそう、解釈しました」

P「……つまり、どういうことだ?」

律子「なるほどね。バイオリンそのものは、別に特別じゃなくてもいいってわけか」

伊織「気取った高級品じゃなくて、一番愛着があるのを使いなさい、ってことね!」

P「あ、ああ……そうなんだ。何だか、わかったような気がするぞ」

律子「……プロデューサー。本当に意味わかってます?」

P「だ、大丈夫だ! 大丈夫とも!」

伊織「ふーん……。そのバイオリン、いいツヤしてるじゃない!」

千早「隅から隅まで、手入れが行き届いているみたい……」

阿津「私は幼少の頃にバイオリンを習い始めてからずっと、この子と一緒でしたから」

阿津「この子と共に、数えきれないぐらいの楽曲を奏でてきたんです」

伊織「昔からずっと一緒なんて、私とうさちゃんみたい……」

阿津「この子は私の相棒……いえ、私の体の一部みたいなものです」

律子「体の一部……そこまで言いますか」

阿津「はい。この子には、私の魂がこもってるんです」

千早「魂……」

阿津「この子は私自身。もしかしたら私そのもの……なのかもしれません」

千早「……わかります、なんとなく」

阿津「本当ですか?」

千早「私も自分の歌を、何よりも大切に思っていますから……」

阿津「そう……なんですね」

千早「はい。歌はいつでも、私と共にあります」

阿津「ですが……」

阿津「一つだけ、一緒でない時があります。わかりますか?」

千早「え……?」

律子「一緒でない、時……?」

伊織「アンタ、わかる?」

P「い、いや、俺には想像もつかないが……」

阿津「それは、死ぬときです……」

千早「っ!」

律子「死ぬ……って」

阿津「人はいつかは、死ぬ……。必ず死んでしまうのです」

伊織「そ、それは……そうかもしれないけど……」

P「で、でも! 今からそんなこと考えても仕方ないんじゃ?」

阿津「例えその時は元気でいても、不意に命を落とす場合もありますから……」

千早「不意に……」

阿津「ええ。例えば、湖で――」

P「うわわ! ストップ! その辺でストーップ!」

律子「あ、阿津さんのバイオリンにかける情熱はよくわかりました!」

P「で、ですから! 暗い話題は終わりにしましょう! ね!」

阿津「……そうですね。すみません、こんな話を聞かせてしまって……」

千早「…………」

伊織「ちょ、ちょっと千早! 平気なの!? 顔が青くなってるわよ!?」

千早「ご、ごめんなさい……水瀬さん。大丈夫よ、そんなに心配しなくても……」

阿津「ところで、そちらの青い髪の方」

千早「私……ですか?」

阿津「お名前は?」

千早「は、はい。如月千早といいますが」

阿津「千早……いい名前ですね」

千早「……ありがとうございます」

阿津「実は私のバイオリン、アヤという名前なのです。少し、似ていませんか?」

千早「へえ……。楽器に名前をつけてるんですね」

P「持ち物に名前かぁ。何だか本当に、伊織とぬいぐるみの関係みたいだな……」

伊織「ね! もしそのバイオリンを人間に例えるなら、どんな感じの人になるの?」

阿津「そうですね……」

阿津「綺麗な歌声を持つ、セクシーな女性のイメージ……でしょうか」

伊織「ず、ずいぶん具体的ね……」

阿津「その方が、何かと想像が膨らみますから」

律子「な、なるほど。歌がうまくて……」

P「セクシー……ほほう」

阿津「皆さんには、成人した千早さんの姿を思い描いてもらえれば、わかりやすいかと」

千早「え!? 私ですか?」

律子「……ん?」

伊織「はぁ?」

P「千早がセクシー? こんなに胸が……って、あ」

千早「……どういう意味ですか?」

P「い、いやいやいや! 待ってくれ千早! そんなに怒らないで!」

P「べ、別に、悪気があったわけじゃないんだ! 信じてくれ!」

伊織「でも確かに……ねぇ……?」

律子「歌が上手いのはいいとしても、セクシーっていうのは……」

阿津「そうですね。千早さんはもうちょっと、育った方がいいですね」

千早「く、くっ! みんなして……!」

P「阿津さんまで……結構、容赦がないな……」

千早「あ、あの! 私はまだ未成年だし、それに――」

阿津「クスッ。大丈夫ですよ、千早さん」

千早「え?」

阿津「千早さんは大人になったらきっと、すごく素敵な女性になりますから」

千早「……それ、本当でしょうか?」

阿津「ええ、私が保障します。だからもっと、自分に自信を持ってくださいね?」

千早「は、はい……!」

伊織「あら? 千早、顔が赤くなってるわよ?」

千早「そ、そんなことないわ!」

伊織「アンタがこんなに照れるなんて、珍しいわねぇ? にひひっ!」

千早「み、水瀬さん! やめてちょうだい!」

律子「……プロデューサー。何だかさっきから、話が脱線してると思いません?」

P「あ、ああ……そんな気もするな」

阿津「……失礼しました。では、本題に戻りますね」

律子「コホン。伝説の言葉は、己の愛する提琴に『我』を捧げよ、でしたよね?」

阿津「はい、その通りです」

P「『我』……誰?」

伊織「さあ……?」

阿津「私も何が言いたいのか、全くわからないのです……」

P「それで謎を解き明かすために、ここの本を調べてたってわけですか」

千早「元図書館だけあって、いろいろな本が残っているみたいですね」

P「バイオリン関係の本も、探せばたくさんありそうだが……」

阿津「ここに来れば、伝説の謎が解けると考えていました。でも……」

律子「思うようにいかないと?」

阿津「ええ。お恥ずかしい話ですが……」

伊織「確かに、難しい本が多そうよね」

P「俺もさっき読んだら、頭が痛くなって本を落としちゃったしな」

伊織「それ、アンタがドジなだけじゃない?」

P「そ、そんなことないぞ!」

千早「ま、まあまあプロデューサー。水瀬さんも……」

律子「ふむ。さて、どうしたもんかしら」

伊織「今日ずっとここに居座られたら、トレーニングなんてできないわ!」

P「まあ、そうなんだよなぁ……」

千早「プロデューサー」

P「ん? どうした、千早?」

千早「私……」

千早「私、阿津さんに協力したいです」

伊織「何ですってぇ!?」

P「本気なのか、千早?」

千早「はい。この人は、悪い人ではありません」

伊織「それは、私もそう思うけど……」

千早「歌もバイオリンも、高みを目指したいと思う気持ちは同じのはず」

伊織「…………」

千早「私でよければ、力になってあげたい……」

P「わかった。じゃあ、俺も手を貸すよ」

千早「プロデューサー……」

伊織「ちょっと! アンタまで何言い出すのよ?」

P「いいじゃないか。これも、乗り掛かった舟ってやつだよ!」

律子「それなら私も、謎解き大会に参加させてもらおうかしら?」

千早「律子……!」

律子「頭脳労働担当者、必要でしょ?」

P「自信はあるのか?」

律子「プロデューサー。私を誰だと思ってるんです?」

P「……そうだな、愚問だったよ」

千早「頼りにしてるわ、律子!」

律子「任せなさいって! で、伊織はどうするの?」

伊織「ここで断ったら、私だけ悪者みたいじゃない。あーあ、面倒ね……」

P「いや、別に無理しなくてもいい――」

伊織「しょうがないわね! この伊織ちゃんも、手助けしてあげるわよ!」

伊織「ありがたく思いなさいよね、千早!」

千早「ええ! ありがとう、水瀬さん!」

伊織「し、仕方なくよ! 仕方だからね!」

律子「手伝いたいんでしょ」

P「手伝いたいんだよな」

伊織「う、うるさい! うるさいうるさいうるさーい!」

千早「ふふ、水瀬さんったら……」

P「というわけです、阿津さん」

千早「私達にも、お手伝いをさせてください!」

阿津「……皆さんなら、きっとわかってくれると思っていました」

阿津「本当に、本当にありがとう――」

律子「おっと! お礼は、目的を達成してからにしません?」

伊織「そうね。だって私達、まだなーんにもしてないわけだし」

P「確かに、律子と伊織の言う通りだな」

阿津「……わかりました。では、そうさせていただきます」

伊織「で? 一体何を調べたらいいのかしら?」

律子「いくらなんでも、糸口が少なすぎるわね」

千早「せめてもう少し、情報があれば……」

阿津「あの……」

P「ん? どうしました?」

阿津「実は……伝説はもう一つあるんです」

千早「え? もう一つ……ですか?」

伊織「ちょっと! そういうことは、先に言いなさいよね!」

律子「もう一つの伝説……どういう内容です?」

P「聞かせてください、阿津さん」

阿津「わかりました。では……」



阿津「『我』は、いと深き『ち』を持つ場所にあり」

阿津「『我』を持つ者、無にして有、その心は器に宿りけり」

阿津「中にありて、ひときわ輝くものに、『我』あり」



阿津「以上です」

P「う、うーむ……?」

P「確かに『我』に関する伝説だけど……」

律子「これだけじゃ、さすがに何もわかりませんね」

阿津「解読するための手がかりが、ここの中にあるはずなんです」

千早「この本棚に……ですか?」

阿津「ええ。本を調べて、手がかりを探し出してくれませんか?」

千早「わかりました。片っ端から、読んでいけばいいんですね」

伊織「本っ当に面倒ね……。まあこれだけ人数がいれば、何とかなるんじゃない?」

P「よし、やると決めたからには全力でやるぞ!」

律子「ええ。みんなで手分けして、本棚を調べてみましょう!」

ここで一旦中断します

続きはまた後ほど

それでは再開します

   14:30 スタジオ内部

P「うーん……。なかなか見つからないな……」

阿津「そうですね……」

律子「確かにバイオリンに関する本は、いろいろあるけど……」

伊織「本に載ってるの、当たり前の内容ばっかりじゃない!」

千早「伝説のバイオリンのことなんて、どこにも書いてないわ……」

律子「まして、『我』の話なんて――」

P「ああっ!」

律子「ひえっ!?」

P「こ、この本は……この本は!」

律子「プ、プロデューサー! いきなり大声を出さないでくださいよ!」

千早「何か見つかったんですか?」

P「い、いや……ちょっと興味をひかれる本があって……」

律子「どれどれ、タイトルは……」

P「あ、やめろ律子! ちょっと待て! 見るな!」

律子「えーっと……『紳士的ボディタッチの心得』」

P「…………」

律子「って、コラ! ちょっと! 何を読もうとしてるんですか!」

P「うおああぁぁ……」

伊織「へ、変態! 変態変態! この、変態大人!」

千早「……プロデューサー。こんな本、見てる場合なんですか?」

阿津「…………」

P「すいませんでした……」

律子「全く……没収しますからね!」

P「トホホホ……ん?」

P「おや?」

伊織「何よ。また変態が、新しい変態雑誌でも見つけたのかしら?」

P「ち、違う! 今の本を抜いた場所の奥に、もう一冊本が見えるんだが……」

千早「あ……確かに、ありますね」

律子「何の本かしら?」

伊織「それじゃあ、私が取ってみるわ。よいしょっと……」

   バタン

伊織「きゃっ!」

P「うおっ!?」

律子「ど、どうしたの、伊織?」

伊織「本……落としちゃった」

P「な、何だよ……」

千早「うふふ。水瀬さんったら、プロデューサーみたい……」

伊織「ち、千早! 伊織ちゃんを、こんな変態と一緒にしないでちょうだい!」

P「ったく、脅かしやがって……」

伊織「ア、アンタにだけは言われたくないわよ! このド変態!」

P「ド、ド変態って、そこまで言わなくても……」

伊織「ああ、もう! 何で私が、こんなことしなきゃならないのよ!」

P「まあまあ、落ち着けって伊織。ほらほら、どうどう」

伊織「ふ、ふざけないで……って、あら?」

律子「これは、地図?」

千早「水瀬さんが落とした本、ちょうど地図のページが開いてるわ……」

P「お、本当だな……」

伊織「湖と、お寺の説明が載ってるみたいだけど……」

P「何かの参考になるかもしれないし、一応チェックしておくか?」

阿津「それでは、私が読み上げますね。ええと……」



阿津「『010寺(おとでら)』をとりまく自然」

阿津「010寺からしばらく南へ行くと、『76湖(なむこ)』が現れます」

阿津「76湖は非常に深い湖で……」



律子「76湖……か」

阿津「…………」

伊織「こんな湖、聞いたことないわ」

千早「何だか、私達の事務所みたいな名前ね……」

P「阿津さん。この010寺っていうの、どこにあるか知ってますか?」

阿津「ええ。ここから南へ、三、四十分ぐらい行った所にあるはずです」

P「へぇ……。そんなに遠くじゃないんだな……」

阿津「たくさんの仏像に囲まれていて、厳しい修練の場として有名だったそうです」

伊織「ふぅん。仏像ねぇ……」

阿津「昔は多くの若者が、自分を磨くために訪れたそうですよ」

伊織「あ、いいこと思いついたわ! アンタも行ってみなさいよ!」

P「え、俺?」

律子「あら、いいわね。邪の精神が、浄化されるかもしれませんよ?」

P「お、おいおい! 勘弁してくれよ!」

阿津「残念ながら人が集まらなくなり、今ではもう廃寺となってしまいましたが」

律子「あら、そうなんですか?」

伊織「なーんだ、残念」

P「ホッ……助かった」

千早「……ん? 76湖は非常に深い湖……?」

千早「……ねえ、律子。伝説の最初の箇所、覚えてる?」

律子「え? 確か、『我』は、いと深き『ち』を持つ場所にあり、よね?」

伊織「千早、何か思いついたの?」

千早「ふと、思ったんだけど……」

阿津「…………」

千早「この76湖が伝説にある、いと深き『ち』ではないかしら……?」

P「え……あっ!」

阿津「…………」

P「そうか、深い場所ってことか! なるほど、そういう考え方もあるな!」

千早「律子、伊織、どう思う?」

律子「んー……いくらなんでも、根拠がなさすぎないかしら?」

伊織「そうね。たまたま開いたページに答えがあるなんて、ゲームじゃあるまいし」

千早「それは……そうかもしれないわね」

P「うーむ。結論を出すのは、まだ早そうだな」

律子「せっかく見つけたんだし、もう少し読んでみましょうか」

伊織「あら? こっちのページには、010寺の詳しい解説が載ってるみたいよ」

阿津「それではまた、私が読んでみますね」



阿津「『010寺の教え』」

阿津「010寺とは、音の神を尊ぶ古き寺院」

阿津「010寺の教えは、音の神から授かったものである」

阿津「音の神の教えとは、深い思慮を尊び、深い思慮を持ち続けること」

阿津「010寺の教義は、『深き知の教え』なのだ」



P「音の神様を祭ってるから010寺……って、ただのダジャレかよ!」

千早「くっ……ふふっ……!」

P「……相変わらず、千早のツボはさっぱりわからん」

伊織「深き知の教え……ね」

律子「深き、知……?」

律子「深き知……深き、『ち』……」

千早「え……あ……?」

P「もしかして……?」

伊織「ここよ! いと深き『ち』を持つ場所って、きっとこのお寺のことだわ!」

千早「……そうかもしれない。ここ、音の神様が祭られているんですよね?」

P「らしいな。バイオリンは楽器……当然、音に関係するってわけか」

律子「何だかやっぱり、都合がよすぎる気もするけど……」

伊織「それでもさっきの湖より、信用できるんじゃないかしら?」

千早「調べてみる価値、あると思うわ」

P「おっしゃ! 早速、その010寺とやらに行ってみよう!」

伊織「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

伊織「行くのはいいけど、お寺のどこを探せばいいのよ?」

P「え? あ……そっか」

千早「確かにこれだけだと、具体的な隠し場所まではわからないわね」

P「テキトーに探せば、見つかるんじゃないか?」

伊織「無理に決まってるでしょ! ちょっとは頭を使いなさい!」

律子「急いては事をし損じます。落ち着いて、もう一回考えますよ!」

P「わ、わかった。それじゃ阿津さん、伝説の言葉をもう一度教えてくれますか?」

阿津「わかりました。それでは……」



阿津「『我』は、いと深き『ち』を持つ場所にあり」

阿津「『我』を持つ者、無にして有、その心は器に宿りけり」

阿津「中にありて、ひときわ輝くものに、『我』あり」



阿津「以上です」

律子「ふむ……」

伊織「『我』っていうのはきっと、伝説のバイオリンの弓のことよね」

P「なら、寺の誰かが弓を持ってる、ってことか?」

律子「プロデューサー。一つ、大切なことを忘れていませんか?」

P「え? 何を?」

伊織「アンタねえ……。010寺って、もう廃寺になってるんでしょ?」

P「あ……そういえばさっき、阿津さんが言ってたな」

千早「ということは、もうお寺には人はいない……?」

律子「そう考えるのが、自然じゃない?」

千早「でも人じゃないなら、誰が持ってるのかしら?」

P「もしかしたら野生の動物が、どこかに隠してるんじゃないか?」

伊織「それはちょっと……考えにくいんじゃない?」

P「むむむ……」

律子「それじゃあ、伝説の二文目以降を掘り下げてみましょうか」

伊織「ええっと、『我』を持つ者、無にして有……」

千早「その心は器に宿りけり……?」

P「あ、わかった! 閃いたぞ、俺!」

千早「……本当ですか?」

伊織「……一応聞いてあげるわ。言ってみなさいよ」

P「おう! まだ寺に住んでる、音の神様が持ってるんだよ! きっと!」

千早「……プロデューサー」

伊織「またアンタは、そんなバカなことを……」

P「じょ、冗談に決まってるだろ、ただの冗談――」

律子「それだわ!」

P「……へ?」

伊織「え?」

千早「律子……?」

律子「ピンと来たわ! おそらく、プロデューサーの言う通りよ!」

伊織「ウソ!?」

P「マ、マジでか!? マジなのか!?」

律子「ええ。姿は見えなくてもそこに在り続けるモノ……」

千早「無にして有……! まさか……!」

律子「そう! お寺が崇めていた神様と考えれば、確かに辻褄は合うのよ!」

伊織「……! 確かに、言われてみると……」

P「ほ、ほらな! 俺の言ったとおりだろ!」

伊織「アンタはちょっと黙ってなさい!」

P「は、はい。すみません」

伊織「でも、ちょっと待って。もし、その神様が弓を持ってたとして……」

千早「どうやって受け取ればいいのかしら?」

伊織「律子。まさか降霊術師を呼ぶなんて、言い出すんじゃないでしょうね?」

律子「そんな非科学的なこと、私がするわけないでしょ?」

千早「それなら一体、どうすれば?」

律子「ヒントは、二文目の後半にあるわ」

伊織「後半? 確か……」

千早「心は器に宿りけり、よね」

伊織「器に、心が宿る……?」

千早「お寺にあって、神様の心が宿りそうなモノ……あっ!」

伊織「そうだわ! もしかして……!」

P「すまん。俺、サッパリわからないんだが」

伊織「アンタはもうちょっと黙ってなさい!」

P「は、はい。すいませんすいません」

伊織「律子! 弓の隠し場所は、仏像の中ね!」

律子「ええ。私はそうだと思う」

千早「神様の心が宿る器……すなわち、仏像……」

律子「010寺は、多くの仏像に囲まれたお寺。そう言ってましたよね、阿津さん?」

阿津「はい……確かに」

伊織「うんうん! しっくりくるじゃない!」

律子「これは憶測だけど、どこかの仏像に隠し戸棚が作られてるんじゃないかしら?」

伊織「もしそうなら、何も知らない人が見ても絶対気づかないわ!」

千早「隠し場所としては、ピッタリの場所ね」

律子「ということです。プロデューサー、わかりましたか?」

P「お、おう! とりあえず納得したぞ!」

伊織「ホントかしら……?」

P「ホ、ホントホント! ホントだって!」

P「でも仏像って、たくさんあるんだろ? どれを調べりゃいいんだ?」

律子「その疑問を解決するための突破口は、伝説の三文目にありますね」

千早「中にありて、ひときわ輝くものに『我』あり……あ!」

伊織「わかったわ! きっとどこかに他とは違う、光輝く仏像があるのね!」

律子「ええ。これが謎解きの、最後の一手のはずよ」

阿津「それではその仏像の中に、伝説の弓は隠されている……と?」

律子「ええ。私の推理……というか、こじつけが正しければ、ですけどね」

伊織「私は律子に賛成よ。納得できるし、筋が通ってると思うもの」

千早「同感ね。プロデューサーは、どう思いますか?」

P「絶対間違いない!」

律子「え、そこまで!?」

P「おう! この手の類の問題を、律子が間違えるはずがないじゃないか!」

律子「う、うーん……。そこまで言われると、何だか面映ゆいなぁ……」

P「よし! これで作戦会議は終了だ!」

伊織「アンタ、何もしてないじゃない……」

P「少なくとも、取っ掛かりは作ったぞ!」

律子「……まあ、否定はしませんけど」

千早「伝説の謎は解けたし、あとは弓を回収するだけね」

阿津「これも全部、皆さんのおかげです……」

伊織「……あら?」

律子「阿津さん、嬉しくないんですか?」

千早「何だか、顔色がすぐれないみたいですが……」

阿津「……そんなことはありません。ちょっと、疲れてしまって」

P「確かに、長時間の捜索活動でしたからね」

千早「それなら、いいんですけど……」

P「さて、どうする? 今から010寺に行ってみるか?」

千早「ええ、もちろんです」

律子「これから向かえば、今日中にケリをつけられそうね」

伊織「決っまり!」

律子「プロデューサー、さっきの地図が載ってる本、持ってもらえますか?」

P「おう、まかせとけ!」

千早「さあ、阿津さん。私達と一緒に行きましょう!」

阿津「…………」

伊織「何よ? どうかしたの?」

阿津「私は……」

千早「……?」

阿津「私は、行けません……」

千早「え?」

伊織「な、何でよ!?」

律子「あんなに伝説に、こだわっていたのに……?」

P「伝説の弓を、手に入れたいんじゃなかったんですか?」

阿津「私には……他に、行かなければならない場所があるんです」

P「えっ? 他に?」

伊織「一体、どこに行くのよ?」

阿津「…………」

千早「阿津さん……?」

阿津「……行きつけの、461音楽協会です」

律子「シロイ音楽協会?」

阿津「……ええ」

阿津「私はそこで、演奏の準備をしながら皆さんをお待ちしています」

P「ああ、なるほど! 少しでも早く、伝説の弓で演奏したいってわけですか?」

伊織「なあんだ! それならそうと、早く言いなさいよね!」

千早「ふふ。阿津さんの気持ち、何だかわかる気がします」

律子「それじゃあ後で行きますから、場所を教えてもらえますか?」

阿津「……では、この地図をお持ちになってください」

律子「あら。音楽協会って、結構近くじゃないですか!」

P「これを見る限り、010寺から461音楽協会までは、三十分ぐらいか?」

伊織「それじゃ、協会で待ってなさい! とっとと、弓を取ってきてあげるわ!」

千早「阿津さんの演奏、楽しみにしていますね。では、また後で――」

阿津「あの、千早さん!」

千早「は、はい!?」

阿津「…………」

千早「ど、どうしたんですか……?」

阿津「……いえ、なんでもありません」

千早「……?」

阿津「よろしくお願いします、千早さん……」

千早「……はい!」

P「よし! それじゃあみんな、010寺に出発だ!」

   タッタッタッタッタ



阿津「……お願いします」



   ギィィィィ バタン


   15:15 010寺跡

P「さあ、010寺に着いたぞ!」

律子「さて、目的のものは……と」

千早「見て! あそこよ!」

伊織「あ! 境内の周りに、大きな仏像がたくさん並んでるわ!」

P「おおっ! 右端の像、金ピカに輝いてるぞ!」

伊織「『我』を持つ者、無にして有……」

千早「その心は器に宿りけり……」

律子「中にありて、ひときわ輝くものに、『我』あり……!」

伊織「間違いないわ! あの仏像ね!」

P「よし、徹底的に調べるぞ!」

律子「ええ! きっと、何か仕掛けがあるはずです!」

千早「待っていてください、阿津さん! 伝説の弓、必ず探し出してみせますから!」

   15:25 010寺跡

律子「……あった!」

P「お!」

千早「本当なの? 律子!」

伊織「どこどこ? どこなのよ?」

律子「ここよ! 仏像の背中に、巧妙に隠されたボタンがあるわ!」

P「おお、さすがは律子だ! よく見つけたな!」

伊織「それじゃ、押してみるわね。えいっ!」

   ポチッ パカッ

P「おわっ!? 仏像の腹の部分が開いたぞ!」

伊織「これって、隠し戸棚? 律子の予想通りじゃない!」

律子「うーん、ここまで筋書き通りとはね……。運がいいのか、何なのか……」

千早「みんな、見てちょうだい! これを!」

伊織「あ! 中に、バイオリンの弓があるわ!」

P「全体が、うっすらと輝きを帯びてるぞ……」

律子「どうやら、ビンゴみたいね」

千早「ええ! 伝説の弓は、きっとコレよ!」

P「おっしゃああああああ! おめでとう、千早!」

伊織「やったじゃない、千早!」

律子「よかったわね、千早!」

千早「ありがとうプロデューサー! 水瀬さん! 律子!」

P「へえ……。これが、伝説の弓なのか……」

千早「本当に綺麗……。キズ一つ、ついてないわ」

律子「長い間、ずっとほったらかしにされてたはずなのに……」

伊織「さすが、伝説になるだけのことはあるわね!」

P「よし! 伝説のバイオリン弓、ゲットだぜ!」

伊織「結局全部、律子の推理は正解だったわけね。さっすがぁ!」

律子「ま、偶然に偶然が重なっただけ、なんだけど」

P「おいおい、そんなに謙遜するなって!」

律子「別に、謙遜なんかしてません。事実ですから」

P「いいや、偶然だけじゃない。律子が、知恵を振り絞って考えた結果だよ!」

律子「も、持ち上げたって、何も出ませんよ?」

P「ううむ。本心なんだけどなあ……」

千早「プロデューサー! 早く、阿津さんに弓を届けましょう!」

P「だな。何だかんだで、いい時間になってるし……」

伊織「きっと、待ちくたびれてるんじゃないかしら?」

律子「よし! 461音楽協会に急ぐわよ!」

千早「ええ!」

ここで一旦切ります

次の投下で完結となりますので、何とか今日中に終われそうです

また後ほど、よろしくお願いします

それでは、再開します

   16:00 461音楽協会

律子「ここが461音楽協会……」

P「名前の通り、壁が一面真っ白だな……」

千早「阿津さん、お待たせしました!」

伊織「伝説の弓、見つけてきてあげたわよ!」

   シーン

P「あれ?」

律子「まだ、来てないのかしら?」

千早「きっと、演奏の準備に時間がかかってるのよ」

伊織「それならいいけど……」

P「いや……おかしいぞ」

律子「そうですね。私達がスタジオを出てから、結構な時間が経ったはず……」

千早「それは……確かに、そうだけど……」

律子「プロデューサー。受付で聞いてみませんか?」

P「ああ……そうするか」

P「すみませーん!」

受付嬢「はい?」

P「ここで待ち合わせをしてるんですが、女の人が来ませんでしたか?」

受付嬢「女の人ですか? いえ、来てませんけど……」

P「そうですか……失礼しました」

受付嬢「いえ……」

律子「うーん……」

伊織「どういうことなのかしら?」

千早「もしかしたら、他にも伝説の道具があって、それを取りに行ったのかも……」

律子「千早。さすがに、それはないと思うわ」

P「もし他にそんなものがあったとしたら、どうしてさっき言わなかったんだ?」

伊織「話さない理由なんて、何もないと思うわよ?」

千早「そう、よね……」

律子「やっぱり、何かあったのかしら……?」

千早「…………」

伊織「あー、もう! 私達だけがここにいたって、話にならないわ!」

P「阿津さん、一体どうしちまったんだ……?」

律子「せっかく、伝説の弓が手に入ったのに……」

伊織「もう! どうすんのよ、この弓!」

千早「絶対に来るわ! あの人は、約束を破る人じゃないもの!」

伊織「でも、来ないじゃないのよ!」

千早「来るったら、来るの!」

律子「ちょっと二人とも! やめなさいよ、こんな所で!」

P「冷静になれ、千早! 伊織もだ!」

千早「くっ……」

伊織「フン!」

受付嬢「あの……大丈夫ですか?」

P「す、すみません。ご迷惑をお掛けしまして……」

受付嬢「いえ、お気になさらないでください」

伊織「ねえ! 本当に誰も来てないの!?」

千早「岩男阿津さんっていう、女性なんですが!」

受付嬢「え!?」

律子「コラ! あんたたち、いい加減に――」

受付嬢「い、岩男阿津……さん……!?」

律子「……ん?」

P「もしかして、何か知ってるんですか?」

受付嬢「は、はい……。岩男阿津さんなら……」

受付嬢「確か、一年ほど前……」

千早「一年……?」

受付嬢「ここに来て、預け物をしていったんです」

P「……それ、間違いありませんか?」

受付嬢「ええ。最後に来たのは、ちょうど一年前です」

伊織「一年も前ですって? そんなわけないわ」

律子「私達が別れたのは、ついさっきなんです」

千早「ここで会おうって、約束しましたから」

受付嬢「え!?」

千早「……?」

受付嬢「ええええええっ!」

千早「え、え?」

受付嬢「そんな、そんな馬鹿な!」

P「ど、どうしたんだ? この人、何をそんなに驚いてるんだ?」

伊織「何よ! 私達が嘘をついてるって言うの!」

千早「阿津さんは、ここで待ってるはずなんです!」

受付嬢「それは……でも……そんなはずは……何かの間違いじゃ……」

P「いえ、間違いなんかじゃありません! 絶対に!」

受付嬢「信じられない……」

律子「ちょっと! 一体、どういうことなんですか?」

受付嬢「だってですね……。阿津さんは……阿津さんは……」

律子「阿津さんは?」



受付嬢「もう、死んでるんですよ……」


P「…………」

律子「…………」

千早「…………」

伊織「…………」

千早「……え?」

伊織「な、な……?」

律子「死んでる……って?」

P「ちょ、ちょっと! 変なこと言うのはやめてくださいよ!」

受付嬢「本当に亡くなっているんです! 一年前に!」

P「え、え、ええええええーーっ!?」

伊織「何ですって……!?」

律子「そんな……」

千早「……嘘」

千早「そんなの、嘘」

受付嬢「すみません。嘘ではないんです……」

千早「嘘です! 嘘って言ってください!」

受付嬢「……ごめんなさい」

千早「だって! だって私達、ついさっきまで一緒にいたんですよ!?」

受付嬢「…………」

千早「あの人、元気だった! 笑ってた! 冗談だって、言ってたんだから!」

伊織「千早……」

律子「あの……本当に、何かの間違いじゃないですか?」

P「そうだな。さっきまで一緒にいたのは、紛れもなく事実だし……」

千早「演奏の準備をするっていうから、一度別れただけなんです!」

伊織「そう……そうよ!」

伊織「人違いとか、勘違いかもしれないじゃない!」

受付嬢「いえ、そんなはずはありません。だって……」

伊織「だって……何よ?」

受付嬢「岩男阿津さんって言えば、『旅のバイオリニスト・岩男阿津』しかいませんよ」

伊織「バ、バイオリニスト……ですって……?」

受付嬢「一年前、伝説のバイオリンの弓というものを探して、ここにやって来たんです」

P「で、伝説の……!?」

受付嬢「そういう資料はここより、図書館の方が揃っているとご案内したんですが……」

律子「……ちなみにその図書館、今はどうなってますか?」

受付嬢「確か今は……閉館して、何かのスタジオに生まれ変わったと聞いていますが」

律子「う……!」

P「それじゃ、やっぱり……」

千早「…………」

伊織「ち、千早……!」

千早「…………」

伊織「ま、まあそんな人、世の中にはいくらでもいるわよね!」

P「…………」

伊織「たまたまよ、たまたま! 偶然よ、偶然!」

律子「伊織……」

伊織「全部偶然に決まってるわ! だから大丈夫よ、千早! ね?」

P「でも別人なら、これだけの事実が一致するはずが……」

律子「ええ、ですよね……」

千早「…………」

律子「あの阿津さんに、間違いないような――」

伊織「うるさいわね! アンタ達、それ以上言うんじゃないわよ!」

律子「あ……そ、そうね……」

P「すまん……」

千早「……それで?」

受付嬢「はい?」

千早「あの人から預かった物というのは、何ですか?」

受付嬢「あ、はい。相棒って呼んでいた――」

千早「アヤという名の……バイオリン……」

受付嬢「はい……。どうして、それを?」

千早「わかりますよ……」

受付嬢「…………」

千早「わかるに、決まってるじゃないですか……」

伊織「千早……」

受付嬢「大切な用事があるから、少しの間だけ預かってほしい」

千早「大切な……用事……?」

受付嬢「ええ。そう、阿津さんは言っていました」

受付嬢「阿津さん、このバイオリンは私自身とか、私そのものだとか……」

千早「…………」

受付嬢「私の魂が込められてるとか、おかしなことを言ってました」

律子「私達に話してくれた内容と……」

P「完全に一致してる……な」

千早「それじゃあ……」

受付嬢「……はい?」

千早「あの人は……あの人は、なんで死んだんですか?」

受付嬢「それは――」

伊織「やめなさいよっ!」

P「伊織……」

伊織「もういいでしょ!? もういいわよね!」

千早「…………」

伊織「いい加減にしなさいよ! これ以上聞いて、どうする気なのよ!」

千早「…………」

伊織「私達の役目は、もう終わりよ! そうよね、律子!」

律子「え、ええ……そうね。そうだと思う……」

伊織「さあ、プロデューサー! とっとと帰るわよ!」

P「あ、ああ――」

千早「待って!」

P「千早……」

千早「お願いです! 最後まで聞かせてください!」

伊織「で、でも! それじゃアンタが――」

千早「知りたいだけだから……」

律子「……ねえ、伊織。好きにさせてあげた方が、いいんじゃないかしら?」

P「ああ、千早を傷つけたくないっていうお前の気持ちも、よくわかるが……」

伊織「だけど……だけど!」

千早「お願いよ、水瀬さん……」

伊織「……ああ、もう! わかったわよ!」

千早「水瀬さん……」

伊織「確かに、私がどうこう言ってもしょうがないわよね。勝手にすればいいわ」

千早「……ありがとう」

受付嬢「……よろしいのですね?」

千早「はい……」

千早「あの人の最期は……?」

受付嬢「楽器をここに預けた阿津さんは……」

千早「…………」

受付嬢「大切な用事がある、弓が見つかるかも、と言い残して――」

P「010寺に行ったんですか?」

受付嬢「……いいえ」

P「え?」

伊織「じゃあ、どこへ行ったのよ?」

受付嬢「阿津さんは、76湖へ向かわれました」

P「76湖へ……?」

受付嬢「はい。そこで、たまたま溺れている子供を助けようとして、ご自身も……」

P「そう……だったのか」

律子「弓の在処を、突き止められなかったのね……」

P「……かわいそうに」

千早「…………」

P「なあ、千早」

千早「……はい」

P「この伝説の弓、どうする?」

千早「……え?」

P「今回の一件を振り返ると、決定権は千早にある。俺はそう、思うんだが」

千早「私が……決めるんですか?」

P「ああ」

千早「でも……」

伊織「そうね。アンタが決めるべきだわ」

律子「私も同じ気持ちよ、千早」

P「千早が決めたことなら、誰も反対したりしないさ。だから、な?」

千早「……わかりました」

千早「……すみません。あの人が預けたバイオリンは、まだここに?」

受付嬢「はい。確かに、保管してあります」

千早「あの人のお墓の場所は、ご存知ですか?」

受付嬢「調べれば、すぐにわかると思いますが」

千早「ありがとうございます。あの、プロデューサー……」

P「心は決まったか?」

千早「はい。埋葬してもらいます……」

P「……なるほどな」

伊織「本当にそれでいいのね? ちゃんと考えた?」

律子「後悔はしないわね?」

千早「うん、大丈夫……」

千早「この弓も……バイオリンも……あの人の形見……」

伊織「…………」

千早「ううん、あの人自身だと思うから……」

伊織「……そうね。その通りだわ」

P「ああ。きっと阿津さん、喜んでるよ」

律子「それではこの弓とバイオリンを、阿津さんのお墓に埋葬してあげてください」

受付嬢「……そうですか。これが、阿津さんが探していた弓なんですね……」

P「くれぐれも、大切に取り扱ってください」

伊織「壊したりしたら、承知しないわよ!」

受付嬢「わかりました。細心の注意を払いますので、ご安心を」

千早「よろしくお願いします……」

律子「それじゃ、そろそろ行きましょうか……」

P「だな。帰ろう、みんな……」

   16:30 461音楽協会からの帰り道

千早「阿津さん……」

P「なあ千早、元気出せって!」

律子「千早がいつまでも落ち込んでたら、阿津さんもきっと悲しむわ!」

千早「…………」

伊織「……千早」

千早「…………」

伊織「私、知らなかったわ……」

千早「……何を?」

伊織「アンタって、女の人に恋するタイプだったのね!」

千早「いっ!?」

P「ぶっ!?」

律子「は?」

千早「そ、そ、そんなわけないでしょ! いきなり何を言うの!?」

伊織「あら、違った? 今回の熱の入れようといい、怪しいもんだわ!」

千早「そ、そんな変な気持ちじゃないわ! 私はただ、あの人の力になりたくて――」

伊織「千早、顔が真っ赤になってるわよ? 別に、隠さなくてもいいじゃない!」

千早「だから本当に違うのよ! だ、だって私には――」

伊織「もう心に決めた男がいる! とか?」

千早「っ!?」

伊織「にひひっ!」

千早「み、水瀬さん! からかわないでちょうだい!」

伊織「きゃあ! 千早が怒ったー! 助けてー! きゃー!」

P「おわっ! ちょっと待て伊織! どこ行くんだよ!」

伊織「悔しかったら、捕まえてみなさーい! きゃーきゃー!」

千早「こら! 待ちなさい、水瀬さん!」

P「ち、千早まで! お、おい! おーい!」

P「二人とも、こんな所で追いかけっこしてる場合じゃないだろー!」

律子「いえ……プロデューサー。しばらく、好きにさせておきましょう」

P「いいのか?」

律子「ええ。きっと伊織は、あの子なりに気を遣ってるんですよ」

P「ああ、なるほど……。何だかんだで、根は優しいからなぁ……あいつ」

律子「……プロデューサー」

P「何だ?」

律子「正直、後味が悪いですね……」

P「ああ……。でも、俺達に与えられた役割は、果たせたんじゃないかな?」

律子「そう……ですよね」

P「少なくとも、阿津さんの願いは叶えられたと思う」

律子「これでもう、安らかに眠れますよね……?」

P「そうあってほしいと、心から願うよ……」

律子「人間、いつ死ぬかはわからない……か」

P「よし! 俺も今この瞬間から、後悔のない人生を送るぞ! まずは手始めに!」

律子「ん? 手始めに……何です?」

P「さっき読み損ねた、『紳士的ボディタッチの心得』を読みにだな――」

律子「プ・ロ・デュ・ー・サー?」

P「……すいませんでした」

律子「本当にもう……やれやれ」

千早「水瀬さん! いい加減におとなしくしなさい!」

伊織「きゃーっ! 助けて律子、プロデューサー! 千早に襲われるぅ!」

千早「ひ、人聞きの悪いことを言わないで!」

P「おーい二人とも! 日が暮れるぞ! いい加減に戻ってこーい!」

律子「……ふふっ」



律子「私達の平和な毎日が、いつまでも続きますように……」



   完

以上になります

賛否両論のアークⅢですが、印象に残るイベントは数多くあったように思います

あと、無敵艦隊大好きです!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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