咲子「軒下のモンスター」 (31)

◆ひなビタ♪SSです

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私が彼女を始めて見たのは、まだまだ小さいころ。
あれはいくつだったかな……本当にまだ、小さいころだったと思う。

鄙びた商店街の洋服屋さんから出てきたおかっぱの黒髪の女の子。
その時の印象は、凛としてて、この商店街にはそぐわない感じ。
兎に角、私にとってはそうだった。

不意に目が合って。
その時、どきり、と胸が高鳴ったような気がした。
気のせいだ、ってその時は思ったんだけど。

だけど実はそうじゃなかった。
それから暫く経って、私はまた彼女と再開した。
その時の彼女は金髪になっていたけれど。

ふと彼女の綺麗な赤い目が私と合う。
きっと向こうは私の事なんか覚えてなかっただろうけど。
彼女は私に、にこ、って微笑んでくれたんだ。

「……!」

やっとその時、私は理解したんだ。
私は彼女に恋してた。
女の子に、恋してたんだ。
好きになる相手が、みんなと私は違うんだ、って。

その気持ちが正しいのか、間違っているのか、私には分からない。
だって、女の子に恋するなんて。

同性じゃ結婚も出来ないし、子供も出来ない。
それは世間一般の常識の幸せで。実際それは正しい。
全くそれに背くこの気持ち。
やっぱり、私は変なんだ。

それに、向こうはきっと、そんなことないから。
これは全く私の一人よがり。

こんな気持ちを伝えたって、迷惑に思われるに決まってるんだ。
分かってる。
そんなこと、分かっている。

でも私はこの気持ちを捨てたくなかった。
自分の気持ちには嘘を付きたくなかった。

だからこそ、上手くいかない恋と分かって彼女に恋愛感情を持ち続けて……。

それから少し経って、私と彼女はお友達になれた。
そう、ただの友達。
恋愛感情とは程遠い関係。
だけど、それでもいいんだ。
近くで彼女を眺められるならそれで…。

「……さきこ?」

「えっ?は、はい、なんでしょうか…」

「あたしの顔に、なんか付いてる?」

意外と彼女はこういう部分に目ざとい気がする。
それとも、私が分かりやすいだけなのかな。

「あ、そ、そうです、髪に埃付いてますよ、取ってあげますね」

すっ、とありもしない埃を指で掬い取ってあげる。
誤魔化しのつもりだったけれど、綺麗な金髪は柔らかくて触り心地がいいな。
もっともっと触っていたい。

でも、それは許されない。
これ以上、彼女に妙な行動をしてはいけない。
これ以上、彼女に近付いてもいけない。
彼女の耳に、私の心の口から譫言めいて発せられる貴女を呼ぶ声を聞かれてはいけないから。
そう、「イブちゃん」と連呼する声を……。

そうは思っても、やっぱり行動に出てしまうことはある。
例えば、彼女に淹れてあげるミルクティーが他の人より多かったりとか。
チャンスがあれば、彼女に擦り寄る事を何度もした。

でも、やっぱり彼女は気付いてくれない。
いや、気付くほうがおかしい。
彼女は私なんかとは違うんだ。

私とは違って、きっと一般常識的な幸せを手にするんだろうな。
そう、誰か男の人と結婚して、それから……。

「……!」

思わず私は壁を殴った。
痛い。拳が痛い。
私みたいな非力な拳じゃ、壁なんか破れない。
少し、嫌なことを考えちゃったな。

でも、自然と拳が出ていたのは自分でも驚いた。
そんなに、心情が温まってるなんて。

だけど、そんな思いは自分を不幸にするだけだ。
そんなこと、分かってる。
分かってるのに……。

ある夏の日。
相変わらず彼女に彼氏はいないようだった。
いなくてよかった。
いたら私はそいつに何をするか分からない。

「さきこー、今日夏祭りあるよね」

「そうですね」

「じゃあさ、一緒に行かない?」

どくん、と私の胸の鼓動が高鳴る。
これはもしかして……デートのお誘い?
私は心の中でガッツポーズを作った。

「い、いいですよ、行きましょうっ」

「そっか、ありがとさきこ」

また彼女は私ににこ、と笑ってくれた。
心の中に華が咲き乱れる。
ああもう、とってもとっても幸せ。

きっと私はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていたんだろうな。

その日のための浴衣を選ぶ私は、さぞ気迫があったことだろう。
どれなら彼女に気に入ってもらえるか。
どれなら彼女が気付いてくれるか。
そんなことばっかり考えてた。

実に都合の良い考えだ。
そんなつもりで彼女は私を誘った訳じゃない。

私は仲の良いお友達。
彼女が言うならそれでいい。

だけど、私の思いはちっとも消えてくれなかった。
消えるどころか、益々燃えたぎって、決して冷めやらない。

でも、こんな時。
こんな時ぐらいは、都合の良い考えでいさせて欲しい。

お願いです。
私から希望を奪わないで下さい。
お願い……。

夏祭りの日。
選びに選び抜いた紫の朝顔が描かれた綺麗な浴衣。可愛らしい下駄。頭には黄色い花飾り。
それを身に纏って私は待ち合わせの一時間前から待ってた。
ちょっと早い?
いや、もしかしたら2時間前にもなってたかもしれない。

彼女とデート、という事は、私の心情を凄まじく刺激したみたい。
まるで遠足の前日のように、昨日は良く眠れなくって。
だけど自然とあまり眠くはない。
彼女のおかげ。

「さーきーこっ」

遠くから彼女の声が聞こえる。
金髪の彼女は真正面からこちらへと向かってきていた。
彼女らしく派手な浴衣。
帯が少し短いのか、彼女の豊満な胸がよく分かる。

私は彼女に手を振り返す。
きっと満面の笑みだったろうな。
向こうから変に思われたりしなかったかな?

「あ、さきこ、射的やろ射的っ」

「はい」

はしゃぎながら射的屋さんに駆け寄る彼女。
無邪気なところもとってもとっても可愛い。

「さきこ、何欲しい?」

「え、欲しいって……」

「取ってあげるからさ」

そう言われて、また私の胸の鼓動は高鳴る。
だめ。
これ以上大きく鳴ったら、彼女に聞こえちゃうから。

すうはあ、と心の中で深呼吸。
別に、深い意味があるわけじゃない。
きっと、彼女は射的がしたいだけ。
それで欲しいものが特になかったから、私の欲しいものを聞いただけなんだ。
多分。

でも、どうしようもなく嬉しいのも事実。
私は彼女に大きいくまさんのぬいぐるみを頼んだ。

隣にいる彼女は、真剣な表情で銃口をぬいぐるみへと向ける。
じっと狙いを定めて、腕を固定して。

パン!

弾は見事に命中。
だけど、ぬいぐるみは倒れなかった。
あんなに大きいから、当てる場所を工夫する必要があるんだ。

「うーん、やっぱ一発じゃ倒れないか……」

そう言ってまた彼女は銃に弾を装填して。
また狙いを定めて、撃つ。
パン!とまた大きな音。
でもやっぱりぬいぐるみは倒れない。

必死にぬいぐるみを撃ち落とそうとする彼女。
それよりも、私の心を撃ち抜いてよ。

いとも簡単に、貴女の元に落ちちゃうから。
いや、もうとっくの昔に射的屋の棚の下に落ちてるんだ。

結局彼女は私が頼んだぬいぐるみは取れなかった。
「きっと台に固定されてるんだし!」っておかんむり。
そんな彼女も可愛くって、ふふふ、と小さく笑っちゃった。

その後は一緒にわたあめを食べたりだとか、金魚すくいをしたりだとか。
金魚すくい、結構自信があったみたいだったけど、ポイをすぐに破っちゃっててた。
上手くいかないで歯噛みしてた。
そんな彼女でも私はとってもとっても嬉しくて。

想い人の彼女と一緒にいられるって事は、すっごく幸せで。
私の心の中が光に満ちていくよう。
一緒に見た花火は私達を祝福してくれているかのように感じられる程。

でも、これは仮初め。
私の思い違いに過ぎないに違いない。
これが本当にそうだったなら。
本当に、私と彼女が恋人同士だったなら。
どれだけ、私は救われたのかな。

でも私はあまりにも無謀な期待を彼女に抱いていた。
心の隅で、希望を抱いてしまっていたんだ。

捨てた方が楽になれるのに。

「今日は、ありがとうございます」

「いいのいいの、あたしに付き合ってくれてありがとね、さきこ」

「い、いえそんな……」

別れの時間。
来るならここしかない。
淡い希望に胸を高鳴らせて。
彼女からの告白を待った。

「じゃあさきこ、またね」

彼女は……手を振ってその場を去った。
嗚呼。嗚呼。

私は……なんと希望的観測をしたのだろう。
そんなこと、あるわけがないじゃないか。
そう、あるわけない。
あるわけないんだ。
分かっている。分かっているさ。

でも。でも。

「う、っ……」

私は瞳を抑えながらそそくさとそこから立ち去った。
そこで大泣きするわけにはいかなかったから。

寂れた離れの神社。
夏祭りだというのに、ここには誰も居ない。
いや、誰かにいられたら困るんだけど。

まるで誰かに捨てられたかのよう。
今の私にそっくり。

ここなら、ここでなら、私の心の声を吐き出せる。

「うっ……ぐす……イブちゃん……イブちゃんっ……」

溢れてくる愛おしい名前。
愛してやまない名前。
イブ。イブ。一舞。

「イブちゃん、イブちゃん、イブちゃ、うっ、うあ、うあああああああああああああっ」

私は大声を上げて泣いた。
こんなに大声出して、誰かに聞かれないかな。
そんな考えすら今の私には無かった。

「ぐす、ひぐ、イブちゃん、イブちゃんっ……」

どうして、どうして振り向いてくれないんだろう。
やっぱり女同士だからかな。
そうなんだろうね。

だったら、もし私が男だったら、彼女を振り向かせられたのかな。
それとも、逆かも。
でも、今の私と彼女は両方共女で。
同性なんだ。
それを変える術は無い。

いや、もしあったとして、私に使う勇気があるだろうか。
親を泣かしたくはない。
だけど、心に嘘を付くのも嫌だから。
今出来ることは、ただ感情を吐き出して泣くことぐらい。

「イブちゃん、どうして、どうして、っ……」

いくら泣いても涙は止まってくれない。
いくら涙を流しても恋する気持ちは消えてくれない。

ふと、神社の下の軒下が目に入る。
そこは真っ暗で、何かが潜んでいそうな雰囲気。

いつもなら私はそこを怖い、と思うだろう。
でも今の私は違った。

そこの中に入れて欲しい。
この想いが叶わないなら、その暗い暗い軒下から、愛する彼女をそっと、ずっとただ眺めていたいんだ。
いっそ、人間じゃなくなってもいい。
モンスターや、妖怪にでもなろう。

だから、だから、彼女を見つめさせて。
見つめるだけだから……だから……。

誰もいなくなった真夜中の河原。
さっきまでの賑やかさが嘘のように、辺りは静寂に満ちる。
まるでサイレント映画の一幕みたい。
月はそこにいる私を照らし出すように上で輝いていた。

こんな時間に外にいるなんて、私はなんて悪い子なんだろう。
普段の私なら、きっとしない。

「はぁ……はぁ……イブちゃんっ……」

こんなことして、何になるんだろう。
私にも分からない。
けれど、どうしてもそうしたいのも確かで。

「……イブちゃん、イブちゃんっ!イブちゃんっ!」

私は大声を上げて河原に向かって叫ぶ。
漏れる心の声を吐き出すかのように。

こんなの近所迷惑だよ。
誰かに絶対聞かれてるよ。

「イブちゃんっ!イブちゃ、イブちゃんっ!」

何度も何度も叫んだ。
私の心が収まるまで。
最も、そんなことあるはずがないけれど。

叫び終わって、心の声はまだまだ騒いでいるけれど、私は河原に腰を下ろした。
月明かりだけが照らす河原。
その下にいるのは私だけ。

ふう、っと小さく風が吹いている。
河原のススキがゆらゆらと小さく揺れた。

夏とはいえちょっと寒いな。
もう帰らなきゃ。
両親を心配させるのはよそう。

「……イブちゃん」

私は目の前の静かなまっ黒な川辺に向かって恋しい人の名前を小さな声でぶつける。
無論返事はない。

別に私も、何かを期待したんじゃない。

「さきこ、話が、あるんだけど」

「え、っ……?」

それから数日か経って。
私は彼女に呼び出されていた。
しかも人目に付かない校舎裏。

こんなところに呼び出すなんて、なんだろう。
もしかして、期待しちゃってもいいのかな?
そうなのかな?

私はワクワクしてた。
意外と楽天家な部分が私にはあったらしい。
というより少しの希望を大きく解釈する、みたいな感じかな。

でも逆に判断するならば、何か悲しい告白なのかもしれない。
だけど、それってなんだろう?
私には検討が付かなかった。

そう、この時私は、希望に胸を膨らませたせいで忘れてたんだ。

私の恋は上手くいきそうにないってことを。

少し待って、やっと目の前から恋しい彼女がやってきた。
今の私には、待つ時間も幸福そのもの。

「イブちゃん、話って、なんですか?」

「えっとね、うん、それなんだけど……」

彼女は躊躇いがちに目を逸らしながら私に言う。

「あのさ……さきこって、れ、レズビアンなの?」

「えっ?」

急に何を言い出すのだろう。
私がレズだって?そんなの……どうだろう。
確かに彼女は好きだけど、別に女の子が好きという訳じゃ……。

でもその時の私はポジティブだった。
ここでもし「そうだ」と言えば、綺麗に告白を出来るんじゃないか、って。
本当にそうだろうか?そのような検討は不要だ。
兎に角、今がチャンスなのだから、さあ……。

「あ……」

私は彼女の目を見て背筋が凍りそうだった。



彼女の目は、戸惑いと疑いの色があった。

つまり、私がそうではないことを期待している。

ここで私が「そうだ」と言ったら、彼女の目は侮蔑と不可解なものを見る目に変わるだろう。

当然だ。

彼女は、ノーマルなのだから。
彼女は、私とは違うんだ。





「……さきこ?」

「えっ、あ、はい!私は、そんなんじゃ、ないですよ……」

「んー、だよね」

私は誤魔化した。
自分の心に嘘を付いて、彼女に嫌われたくないという気持ちを優先した。
そうではない、と言ったら彼女はホッとしたような表情になって。
そんな顔を見れただけでも、自分を抑えた価値がある。
そうでも思わないと、今にも瞳から涙が零れそうで。

「ごめんねさきこ、みんながそうじゃないかって噂してたからさー、
 あたし、そうじゃないって皆に広めておくからね!じゃ、またね!」

「は、はい、さよなら……」

彼女はまた笑顔を見せてから、その場を立ち去った。
力なく手を振って、そのまま腕が脱力する。
私は呆然と立てられたくるみ割り人形じみて、そこにずっと立っていた。
どのくらい、そうしていただろう。
もしかしたら、何時間も経っていたかもしれない。

「あ……」

私は徐ろに膝を付いて崩れ落ちた。

「あ……ああ……」

そしてそのまま、静かに涙を零した。

私の恋は上手くいきそうにない。
いや実際、いかないさ。
同性なんだから。

分かっている。
そんなこと、誰よりも分かっているさ。
でも、本当に分かっているなら、希望を抱いたりはしないかな。
私はもっとそれを理解すべきなんだ。

だけど譫言のように、心は貴方の名前を呼ぶから。
うるさいくらい、貴方の名前で私の心はいっぱい。
今にも溢れ出しそうで。
今にも口から漏れてしまいそうで。
今にも貴女に聞こえてしまいそうで。

ばれないように、心の口を必死に塞いでいる。
貴女に聞こえないように、ずっと、塞ぎ続けよう。
ずっと……。


「イブちゃん、お待たせしました」

「ありがとね、さきこ」

私は彼女にミルクティーを差し出す。
やはりそれはひたひたで、自身の気持ちを表しているかのよう。

だけどその気持ちが伝わる事はないから。
私は彼女を見つめられればいいから。

私は軒下のモンスターでいい。
彼女との恋なんて、叶うわけがないから。

だから、それまで否定しないでください。
心の声を聞かないでください。
私を嫌いにならないでください。
それだけです。

それだけ。

それだけ……。

「さきこ」

「なんですか、イブちゃん」

「あたしたち、友達だよね」

「何言ってるんですか、そんなこと、当たり前じゃないですか」




おわり

お疲れ様でした
このSSの元ネタは槇原敬之の軒下のモンスターという曲です
是非聞いてみて下さいね

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