翔太郎「スマイルプリキュアだと?」 (138)

【注意】
・数年前に書いたものです。完結したので再投稿します。
・スマイルプリキュアの23話がメインとなっております。
・誤字脱字、または設定が甘い等々あるかとは思いますが、何卒ご容赦をいただければ幸いです。


それでもよろしければ、どうぞ暇つぶし程度に見てってください。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1415610107

まったく、やっかいな事件が続きやがる。

ミュージアムの脅威が去ったかと思えば、風都はまた怪人騒ぎだ。

ピエロ面の妙なドーパントが現れて街の人たちから生気を抜き取ってるっていうじゃねぇか。

「この街を泣かせる奴は、どんな野郎だろうが許さねえ」

そう意気込んで一人現場周辺で調査をしていた最中、まさかあんなことになるとは……。


数時間前。俺はドーパントに襲われた。いや、正確には〝ドーパントに似た怪物〟にだ。

???「……」

翔太郎「なっ、ありゃナスカじゃねぇか!?」
 
突如俺の前に現れたのは倒したハズのナスカ。俺を一瞥すると、ヤツは無言で背を向け立ち去った。

もちろん、俺はすぐにフィリップに連絡してハードボイルダーでヤツの後を追った。

今思えば、あれは俺たちをおびき寄せる為の罠だった。

フィリップ「大丈夫かい? 翔太郎」

翔太郎「ううっ……す、すまねえな、フィリップ」

フィリップ「幸い、怪我自体は大したことはなさそうだ。だけど……」

大敗を喫した俺はリボルギャリーで駆け付けてくれたフィリップに助けられた。

そして――

翔太郎「本当にすまねえ」

俺たちはダブルのメモリを全て失った。

ピエロの顔をしたナスカには、こちらの攻撃が一切通用しなかった。エクストリームを使うしかないと思ったその時、第三者が乱入してきた。

???「ウルッフッフー、お前か。最近、俺たちのことを嗅ぎまわっているっていうやつは」

ダブル「なんだ、テメーは!」

ウルフルン「誰だっていーじゃねぇか。ここでテメーは倒されるんだからよ! やっちまえ!アカンベェ!」

宙に浮いた狼男はガイアメモリを二本取り出すと、それに赤い玉を二個くっ付け放り投げた。

スミロドン・アカンベェ「グルルルル!」

ビースト・アカンベェ「ガオオオオ!」

ピエロのビーストとスミロドンに面食らっていた俺たちは、隙を突いて襲いかかって来たナスカの一撃でエクストリームメモリを手放してしまった。そこからは、ただただ無様なもんだった。

翔太郎「ぐっ……くそっ」

ウルフルン「おいおい、お前本当にこの街のヒーローかぁ? とにかく強えーって聞いてたんだが、噂ってのはアテになんねぇモンだな。くだらねぇ時間を過ごしちまったぜ」

翔太郎「待ちやがれ、狼野郎! 俺はまだ……うぐっ」

ウルフルン「ったく、見てらんねぇなぁオイ。立ち上がれねぇなら大人しくしてりゃいいのによ。……なになに? サイクロンのメモリとヒートのメモリ? おい、人間。お前、肉食獣っぽいメモリ持ってねーのかよ」

翔太郎「お前、俺たちのメモリをどうするつもりだ! 返しやがれ!」

ウルフルン「ああ? いらねーよこんな弱っちぃメモリ。だが、返してもやらねーがな」

狼男は俺たちのメモリを全部掴むと、大きく振りかぶって遠くへとブン投げやがった。

ウルフルン「これに懲りたら、二度と俺たちの邪魔すんじゃねーぞ。じゃーな。仮面ライダーさんよ」

翔太郎「しっかしよぉ。他のメモリはわかるが、エクストリームもファングも帰って来ねぇってのはどういうことだよ」

フィリップ「可能性は二つ。敵の手に渡ったか。或いはメモリの機能が停止した、か」

メモリの機能の停止。

俺は以前この街を襲った、とあるテロリスト集団のことを思い出していた。

フィリップ「まあ、後者の可能性は低いだろうね。エターナルのメモリはあの時、僕らが破壊したんだから」

翔太郎「前者だとも考えたくはないがな。っていうか、お前の検索でメモリの場所の特定は出来ねえのかよ?」

フィリップ「あれから何度も試しているんだが、どうも上手くいかないんだ」

翔太郎「どういうことだよ?」

コンコン

フィリップ「地球(ほし)の本棚にアクセス出来ないんだ。代わりに別の場所へ飛んでしまう。木の中に作られたとても不思議な空間に」

翔太郎「なんだそりゃ。つーことはなにか? もう、どうしようもねぇってコトかよ」

コンコン、コンコン

翔太郎「って、さっきから誰だようっせーな。今こっちは取り込み中――」

みゆき「あ、あの……。こ、ここって鳴海探偵事務所……ですよね?」

翔太郎「……そうですけど」

扉を開けると、そこには見知らぬ学校の制服を着た五人の女の子が立っていた。

みゆき「だーかーらー、キャンディとデコルデコールが!」

あかね「ホンマやねんて! 信じてや!」

やよい「それと、私たちのスマイルパクトも!」

なお「早くしないと悪の皇帝ピエーロが!」

れいか「もはや一刻の猶予もありません。是非ともお力添えを」

翔太郎「あー、お嬢ちゃんたち。悪いんだけど俺たち今そういうお遊びに付き合ってるほどヒマじゃないんだけど」

あかね「お遊びちゃうて言うとるやろ! 全部ホンマなんやて」

翔太郎「つってもなぁ。いきなりキャンディだのデコルだのって言われても」

れいか「確かに。一般の方にはご理解いただけないのも無理はありません。ですが、私たちにはもうどうすることも出来ないのです」

フィリップ「要するに、大事なものと友人を悪いやつらに奪われてしまった。そしてその悪者がどこへ行ったかわからない……ということかい?」

やよい「は、はい」

悪者に大事なものを奪われた。言っていることはサッパリだが、彼女たちの焦りや憤りは痛いほどよくわかる。それほど、今の俺たちの境遇によく似ていた。

みゆき「これ、少ないかも知れませんけど……」

そう言うと、ピンクの髪の少女はポケットから数枚のお札と小銭を取り出した。

みゆき「私たちのお小遣いを集めて、今用意できる精一杯のお金です。全然足りないかもしれませんけど。足りない分は後日必ず」

目には今にも降りだしそうなほどいっぱい涙を溜めていた。俺は机の上に雑多に広げられた金を集めて少女に返してやる。

翔太郎「ほら、ちゃんとサイフに閉まっとけ。無くしちまうぞ」

みゆき「えっ」

背中でフィリップの奴が笑っているのがわかる。どーせまた「女に甘いハーフボイルド」だって言いたいんだろ? でも、今回はこれでいいんだよ。何故って?

翔太郎「まずは自分の足で調査する。これが探偵の基本だ。行くぞ、お嬢ちゃんたち」

〝この街には涙は似合わない〟

そう思っただけさ。

取り合えずダメ元で聞き込みだ。みゆきとあかね、そしてやよいは俺と。なおとれいかはフィリップと。情報収集は二手に分かれた方が効率が良い。

俺はいつもの様に風麺へと足を運ぶ。この街で一番の情報通といやぁ、やっぱあの二人しかいないだろう。

翔太郎「こんなカンジの生き物とトランク。それと、このコンパクトみてーなもんらしいんだが、知らないか?」

俺はやよいが描いた絵とみゆきが持っていた『スマイルパクト』ってのを二人に見せた。

ウォッチャマン「うーん……。ごめんよぉ~翔ちゃん」

サンタちゃん「見たことないなぁ」

翔太郎「そっか……。わかった。ありがとな」


フィリップ「その様子じゃそっちもダメだったみたいだね」

翔太郎「お前もか。クィーンとエリザベスたちも知らねぇとなると、こりゃガイアメモリ探しより骨が折れるかもな」

フィリップたちと合流して成果を報告し合うが、どうも芳しくない。というか、手掛かりすら掴めず一向に進展がない。

翔太郎「そもそも、お前たちの大事な物を盗んだやつってのはどんな風貌だ? 特徴とかあるのか?」

あかね「特徴だらけや。あんな、こー、ピエロのみたいなカッコしてけったいな仮面つけとんねん」

翔太郎「ピエロみたいな……」

フィリップ「仮面?」

れいか「ご存じなのですか?」

翔太郎「なあ、ひょっとしてそいつって、狼男みてーなやつか?」

みゆき「それ、きっとウルフルンだ!」

なお「そいつもその悪者の仲間だよ」

みゆきたちの話では、そいつらはバッドエンド王国と呼ばれる異世界からやって来た連中で、人間たちが絶望した時に発する『バッドエナジー』と呼ばれる未知のエネルギーを奪い、封印されている親玉を復活させようとしているらしい。

俄かに信じ難い御伽噺みてーな話だが、俺は実際にその幹部と一戦交え、そして敗れた。それが現実だ。

フィリップ「それにしても、何故彼らがガイアメモリを持っているのだろうか? それもビーストやスミロドンなどのT2以前のメモリを」

翔太郎「んなもん、直接本人たちに聞いてみるしかないだろ。とっ捕まえてでもな」

???「ならやってみるオニ!」

突如、空を暗雲が覆った。通行人たちは皆、打ちひしがれたように地に倒れた。見上げれば、そこには日本昔話に登出てくるような金棒を担いだ鬼が宙に浮いていた。

アカオーニ「ウルフルンから話は聞いているオニ。力を失ったお前たちが俺たちを捕まえるなんて無理に決まってるオニ。チャンチャラおかしいオニ!」

翔太郎「てめぇもあの狼男の仲間か。人の頭の上から見下して好き放題笑いやがって。上等じゃねぇか。いくぞフィリップ。変身だ!」

フィリップ「待つんだ翔太郎! メモリが無ければ戦えない」

翔太郎「だぁー! そうだった。くそっ。どうすりゃいいんだよ!」

アカオーニ「わっはっはっは! 無駄オニ! 諦めて絶望するオニ!」

みゆき「プリキュア。スマイルチャージ!」

みゆきがコンパクトを手にした瞬間、眩い閃光が辺りを包みこんだ。心底驚いたぜ。なんせ、目を開けるとそこには〝変身〟したみゆきが立っていたんだからな。

キュアハッピー「キラキラ輝く未来の光。キュアハッピー!」


アカオーニ「な、なんでプリキュアがここにいるオニ? 俺様、聞いてないオニ!」

翔太郎「マジかよ。みゆきが変身しやがった」

れいか「驚かれるのも無理はありません。私たちは皆、ハッピーと同じくバッドエンド王国の侵攻から世界を守る為に立ちあがった伝説の戦士、プリキュアなのです」

翔太郎「てことは、お前らもあんな感じに変身できちまうってことか?」

なお「うん。だけど、私たちハッピー以外はスマイルパクトを奪われてしまったから……」

翔太郎「そっか。だから必死に取り戻そうとしてたんだな」

メモリを失った俺には、彼女たちの思いが痛いほどよくわかった。

キュアハッピー「キャンディを……私たちの大切な仲間を返して!」

アカオーニ「フン。返せと言って返す馬鹿はいないオニ! それにお前一人しかいないのに新たな力を手にした俺に勝てるはずないオニ! 出でよ、アカンベェ!」

フィリップ「あ、あれは若菜姉さんのメモリ!?」

アカオーニがメモリと赤い玉を投げたと同時に現れたのはピエロの顔をしたクレイドール。赤い鼻のコミカルな顔が醜悪に笑っていた。

クレイドール・アカンベェ「アッカンベェ!」

アカオーニ「やってしまうオニ!」

C・アカンベェ「アカンベェ!」

C・アカンベェの繰り出す息もつかせぬ高速の連打の前に苦戦を強いられるみゆきは、一旦下がって距離を取るとアニマル浜口が憑依したかのように「気合いだ!」を連呼し始めた。

あかね「っしゃー! いったれーみゆきー!」

キュアハッピー「プリキュア! ハッピーシャワー!」

両手でハートを描き、前に突き出すと同時に飛び出す桃色の光線がC・アカンベェを撃ち抜く

やよい「やったぁ! 赤っ鼻ならこれで……えっ!?」

――ハズだった。

アカオーニ「わーっはっはっはっ! 残念だったオニね。このドーパント・アカンベェはお前らプリキュアの攻撃なんかビクともしないオニ」

なお「そ、そんな」

フィリップ「C・ドーパント同様にあれも再生能力を備えているようだね」

アカオーニ「そろそろトドメを刺すオニ!」

C・アカンベェ「アカンベェ!」

翔太郎「うおおっ! 危ねぇ!」

あかね「ちょーっ、そんなんありなんかぁー!?」

C・アカンベェの両手から放たれた重力の球から身を守る為に俺たちは咄嗟に物影へと避難したが、肝心のみゆきは未だその場から動けないでいた。

フィリップ「翔太郎! もしかしてみゆきちゃん、疲れて動けないんじゃ……」

あかね「せやった! 必殺技は一回撃つとメッチャ体力消耗して動けんようになるんやった!」

翔太郎「なんて燃費の悪い技なんだ。仕方ねぇ。俺が囮になってその隙に――」

立ち上がった俺よりも先に飛び出したのは一番臆病そうな少女。やよいだった。

やよい「やめて! ハッピーに手を出させないで!」

アカオーニ「んん~? 変身もできないクセにノコノコ出て来るなんて。この状況が怖くないのかオニ?」

やよい「怖いよ。今だって気を緩めると腰が抜けそうなほど怖い」

そう言うやよいの膝は、ガクガクと震えていた。

やよい「だけど、友達を身捨てて逃げる方がもっと怖い」

アカオーニ「フン。何が友達だオニ。なら、その大事な友達を庇ってお前が痛い目に合えばいいオニ! やれ、アカンベェ!」

キュアハッピー「私のことはいいから早く逃げて! やよいちゃん!」

C・アカンベェはやよいに両の腕を向けると、二発の重力の弾を容赦なく放った。しかし、それはやよいに当たる寸前で消滅した。

アカオーニ「な、なんだオニ!?」

やよいの眼前で眩く光る金色の物体。俺とフィリップはそれに見覚えがあった。

フィリップ「翔太郎、あれは!」

翔太郎「ルナメモリじゃねぇか!」

やよい「なっ、なにこれ。えっ、えっ?」

アカオーニ「ええい、なにをやってるオニ! もう一度攻撃するオニ!」

アカオーニの指示を受け、C・アカンベェは再び両腕をやよいに向ける。直後、メモリは更なる光を放った。やよいは光り輝くメモリに手を伸ばした。

メモリと適合者は惹かれ合う。ルナメモリはやよいをユーザーと認め、力を授けた。それが今のやよいの姿だ。

キュアピース・L「ぴかぴかピカリン。じゃんけんポン(チョキ) キュアピース・ルナ!」

なお「スマイルパクト無しで変身した!?」

れいか「でも、やはりデザインがいつもとは少し違いますね」

あかね「なんやようわからんが、いてまえー、やよい!」

アカオーニ「フ、フン! 変身出来ても無駄オニ! このアカンベェは脅威の再生能力を持っているオニ。一発しか撃てない必殺技なんかじゃ――えっ!?」

ピース、マキシマムドライブ!

キュアピース・L「一度でダメなら、何度でも! えいっ!」

幾人ものキュアピースがクレイドールへ突撃していく。雷で作られた分身はC・アカンベェを次々と攻撃し、ぽっかり穴が開いた腹部からはクレイドールのガイアメモリが剥き出していた。

翔太郎「やよい! あれを狙え! メモリブレイクだ!」

キュアピース・L「プリキュア! ピースサンダー・イリュージョン!」

本体が放ったうねる雷がガイアメモリを直撃。ガイアメモリを破壊されたC・アカンベェは忽ち浄化された。

アカオーニ「くそっ、ここは一旦引き揚げるオニ!」

なお「ふー、なんとかなったね」

れいか「大丈夫ですか? やよいさん」

やよい「うん。私は平気。それより、みゆきちゃんは」

みゆき「私も平気だよ。それよりすごかったねー、やよいちゃん! 分身してバリバリ~って」

あかね「うち、弟の格ゲーであんなん見たことあるで」

やよい「え、えへへ」

翔太郎「おいフィリップ。ありゃ一体どーなってやがるんだ。ルナメモリにあんな力があったなんて聞いてねーぞ」

フィリップ「ふむ。おそらくあの雷はやよいちゃん自身の潜在能力だろう。メモリはあくまでそれを引き出す為に機能したのだろうと思う。僕たちがWドライバーでメモリの力を極限まで引き出して変身するように、彼女はメモリを使って自身の力を解放した」

翔太郎「つまり、メモリがスマイルパクト。俺たちでいうドライバーの代わりになったってことか?」

フィリップ「そういうことだ。ドーパントでもライダーでもない存在、プリキュアか。実に興味深いね」

やよい「あ、あの。お二人はこれを知ってるんですか?」

フィリップ「それはガイアメモリといって、中には地球の記憶が収められている生体感応端末さ。使用した者に内臓されている特殊な力を与え、用途次第で善にも悪にもなり得る。それはその内の一つでルナメモリという。中には〝幻想〟の記憶が入っていて、さっき君が雷で分身を作り出したのは、そのメモリの力さ」

翔太郎「俺たちはそいつを使ってメモリを悪事に使う奴らからこの街を守っていた。ついこの間、狼野郎に襲われるまではな」

やよい「それじゃあ、これは探偵さんが持っていた方がいいですよね」

俺とフィリップはお互いに顔を見合わせる。まあ、確認するまでもなかったな。

翔太郎「いや、そいつはしばらくやよいが持っていてくれ」

やよい「えっ、でも」

フィリップ「僕たちにもみゆきちゃんにも倒せなかった敵を君だけが倒せた。今後も奴らが襲って来るということを考えると、今は君に預けておいた方が得策だ。第一線に立たせてしまうことになるけれど、やってくれるかい?」

やよい「は、はいっ!」


~バッドエンド王国

ウルフルン「なっさけねーなぁ、アカオーニ。負けておめおめと戻って来るなんてよ」

アカオーニ「うるさいオニ! そもそも、聞いていた話とまるで違ったオニ! プリキュアたちまでガイアメモリを使えるなんて!」

ジョーカー「それはヒジョーに興味深いお話。アカオーニさん、どういう経緯で彼女たちがガイアメモリを使ったのか、詳しく聞かせてもらえますか?」

アカオーニ「どうもこうもないオニ! いきなりメモリが飛んできて、ピカーって光って、それに触れたプリキュアもビカビカーと光って、変身したオニ」

ジョーカー(スマイルパクト無しでの変身した? これもあの妖精が知っているであろうミラクルジュエルの秘密と何か関係があるのでしょうかねえ? これは早急に口を割らせる必要がありそうだ……)

アカオーニ「――って、そっちから聞いておいて無視かオニ!」

ジョーカー「ああ、いえいえ。ちゃあんと聞いていましたとも。それはそれは大変でしたねぇ」

アカオーニ「これも、お前からもらったクレイドールのメモリが弱かったせいオニ!」

ジョーカー「それは大変失礼しました。でしたら、アカオーニさんには特別にコレをさしあげましょう」

アカオーニ「これは?」

ジョーカー「数あるメモリの中でもとても強力な力を秘めたメモリです。アカオーニさんならば使いこなせるかも知れません」

ウルフルン「そういやジョーカー。お前がとっ捕まえてきたあの妖精。あいつどーすんだよ」

ジョーカー「少々聞きたいことがありまして」

ウルフルン「あと一回分のバッドエナジーでピエーロ様も蘇るんだ。別に今更なんもビビるこたぁねーだろ」

ジョーカー「念には念を、というやつですよ。ピエーロ様の復活の邪魔になり得る懸念材料はどんな些細なことでも叩いて潰す。例え髪の毛ほどの奇跡も起こさせませんよ」

ウルフルン「はー。お前の完璧主義っぷりには頭が下がるねぇ」

ジョーカー「恐れ入ります」

ウルフルン「ならよ、あいつらをこのままにしておくってワケねーよな?」

ジョーカー「もちろんですとも。我々に歯向かう愚かなムシケラ共には、最大級の絶望を以って購っていただきますよ」

マジョリーナ「なら、その役目はあたしに任せるだわさ。イイ作戦があるだわさ」

敵の強襲を退けて偶然にもルナメモリを回収できた俺たちは一旦事務所に戻ることにした。

そしてフィリップに頼み、ダメ元でもう一度地球の本棚へアクセスを試みることにした。

みゆき「フィリップさん、目を瞑って何しているんですか?」

翔太郎「フィリップには常人にはない特別な力がある。地球の本棚っつー、この地球の記憶みてーなもんにアクセスして必要な時に必要な情報を得ることが出来るんだ」

れいか「地球の記憶……ですか?」

翔太郎「俺も実際に見たことはねえ。フィリップ曰く、だだっ広い真っ白な空間に膨大な数の本が収められた本棚がいくつも並んでいるらしい」

みゆき「へー。絵本とかもあるのかなぁ」

フィリップ「ダメだ翔太郎。やはり別の場所に出てしまう。確かにここにも本はあるんだが……。ふむ、児童向けの絵本だらけみたいだ」

翔太郎「やっぱダメかぁ……」

フィリップ「うん? 待ってくれ翔太郎」

翔太郎「どうしたフィリップ」

フィリップ「小屋がある」

翔太郎「小屋だぁ?」

フィリップ「ああ。以前来たときは気付かなかったが、確かに小屋がある」

翔太郎「お前一体どこに今いるんだよ」

フィリップ「少し気になるね。中を覗いてみよう」

翔太郎「おーい、フィリップ。寄り道すんなよ」

あかね「……なんや、シュールな光景やな」

やよい「あ、あはは。そ、そうだね」

フィリップ「ふむ。中には誰もいないようだ。だけど、確かに最近までここに誰かがいた形跡はある。……おや?」

翔太郎「なんか見つけたか?」

フィリップ「笹だ。それと、短冊が飾ってある。うん? これは……」

なお「笹?」

れいか「短冊?」

プリキュア勢「……もしかして!?」

翔太郎「うおっ! なんだお前らいきなり。びっくりさせんなよ」

なお「ねえ、翔太郎さん。そこの本棚、借りてもいい?」

翔太郎「は? それってどういう――」

れいか「説明は後でします」

みゆきは本棚の前に立つと本棚の本を動かしていく。

すると、真ん中の空間がぽっかりと開き、光を放つ謎のゲートが出現した。

みゆき「行こう、探偵さん」

翔太郎「行くって、どこへ?」

みゆき「フィリップさんがいるところ。私たちの『ひみつ図書館』へ」

みゆきに手を引かれ、俺は本棚の中へと吸い込まれていった。

俺はみゆきたちに連れられ、事務所の本棚に開いた穴からメルヘン極まる場所にやってきた。そこは木の中の図書館といった感じに壁一面に本が収められていた。

本は確かに絵本だらけ。切り株で作られたであろう小屋もある。フィリップが言っていた通りの場所だ。

フィリップ「やぁ、翔太郎。それにみゆきちゃんたちも」

やよい「やっぱりここにいたんですね」

フィリップ「ここは君たちの場所だったんだね。短冊に書いてあった名前でわかったよ」

翔太郎「つーかよ、なんなんだこの場所は」

れいか「私たちが知っている範囲で良ければ説明します。と、その前にお茶の用意をしますね」

みゆきたちの話では、ここはメルヘンランドと呼ばれる場所と現実世界を繋ぐ中間地点のような所で、プリキュアの秘密基地として利用している場所だという。

翔太郎「なるほどな。しっかし、ここはちっとばっかしメルヘン過ぎるな。ハードボイルドとは程遠いぜ」

フィリップ「翔太郎。それは自分のことを言っているのかい?」

翔太郎「茶化すなよ、フィリップ。――って、どうしたやよい。震えてるぞ」

やよい「メモリから伝わってくるんです。何か良くないことが起こるって」

フィリップ「翔太郎、これを見てくれ!」

フィリップがスタッグフォンの画面をこちらへと向けた。そこには、メモリ探索用に放っていたガジェットツールの一つ、バッドショットから送られてきた映像が映し出されている。とても凄惨な光景だった。

翔太郎「タブーじゃねぇか! 学校なんかで暴れやがって」

あかね「ここ、うちらの学校やん!」

翔太郎「なんだって!?」

なお「このままじゃ学校のみんなが……」

翔太郎「ボヤボヤしているヒマはねぇ。行くぞフィリップ!」

フィリップ「もちろんさ、相棒」

みゆき「私たちも行こう!」

あかね「当たり前や!」

れいか「私たちの学校を好きにはさせません!」

マジョリーナ「さあ、タブー・アカンベェ! どんどんやっちゃうだわさー」

翔太郎「やいこらバアさん。そこまでだ!」

みゆき「何の罪もない学校の人たちに手を出さないで!」

マジョリーナ「やっと現れただわさ。プリキュア。仮面ライダー」

やよい「ここは私がいくから、みんなは下がってて!」

ルゥナァ!

やよい「プリキュア、スマイルチャージ!」

キュアピース・L「ぴかぴかピカリン、じゃんけんポン(パー) キュアピース・ルナ!」 

翔太郎「先手必勝だ。一気にキメろ、ピース!」

キュアピース・L「はいっ!」

ピース、マキシマムドライブ!

キュアピース・L「プリキュア、ピースサンダー・イリュージョン!」

T・アカンベェ「!!?」

雷の分身による攻撃を受けたタブーは盛大な爆発と共に浄化された。

翔太郎「メモリを使ったお遊びは感心しねぇな。年寄りの冷や水だぜ? バアさん」

マジョリーナ「フン、冷や水を浴びるのはお前たちの方だわさ」

マジョリーナ「前座はここまで。本番はここからだわさ!」

フィリップ「あ、あれは!?」

翔太郎「ちょっと待て! ありゃ『アイスエイジ』のメモリじゃねぇか! あのバアさん、マジでこの街を氷河期にでもするつもりかよ」

マジョリーナ「一度戦ったお前たちなら、こいつの恐ろしさは嫌というほどわかっているだわさ?」

翔太郎「冗談じゃねぇぞ。バアさん、そいつをこっちに渡しやがれ!」

マジョリーナ「ああ。いいだわさ」

意外なことに、マジョリーナはあっさりアイスエイジのメモリを手放した。その不可解な行動に俺たちは困惑したが、フィリップだけがその意味をいち早く理解した。

フィリップ「まずい! あれはT2メモリだ!」

マジョリーナ「もう遅いだわさ」

宙に浮いていたアイスエイジのメモリはすぐさま適合者を見つけ、真っ直ぐに飛んでく。

その先には――

れいか「えっ!?」

フィリップ「避けるんだ、れいかちゃん!」

れいか「きゃあ!」

眩い閃光の後、冷たい風が辺りに吹き抜けた。

翔太郎「なんてこった……」

アイスエイジ・ドーパント「…………」

知的で容姿端麗なお嬢様の姿はない。そこには、全身から凍気を放っている醜悪な化け物が立っていた。

マジョリーナ「思った通りだわさ。氷の技を使うビューティなら、このメモリとの相性はバツグンだわさ!」

I・ドーパント「グオオオオオオ!」

マジョリーナ「氷河期なんて生温いだわさ。この七色ヶ丘を氷結地獄に変えてやるだわさ!」

マジョリーナが投げた赤っ鼻はれいかが変身したI・ドーパントと融合し、更に狂気じみた姿へと変わった。

I・アカンベェ「アカンベェ!」

みゆき「ひどい……」

なお「許せない!」

あかね「うちらの仲間を化け物にしくさって!」

マジョリーナ「自分たちの学校を、自分の手で破壊するだわさ!」

I・アカンベェ「アカンベェ!」

暴走したアイスエイジは、口から強烈な冷気を放ち、草木や建物を一瞬で氷漬けにしていく。

キュアピース・L「やめて! れいかちゃん!」

マジョリーナ「友達を攻撃するだわさぁ?」

キュアピース・L「うぐっ……」

マジョリーナ「今だわさ! やってしまうだわさ!」

I・アカンベェ「ア~カンベェ~!」

キュアピース・L「きゃあああっ!」

みゆき「あ……ああ……」

なお「そ、そんな……」

攻撃を躊躇ったピースはアイスエイジの冷気を正面から受け、美しい氷の彫像となった。

マジョリーナ「もうお前たちには抵抗する手段はないだわさ! お前らの大好きな友達が、大好きな街を破滅するのを大人しく見ているがいいだわさ!」

I・アカンベェ「アカンベェー!」

校舎やグラウンド、そして生徒たち。アイスエイジは目に付く全てを氷漬けにしていく。俺たちの眼前に広がる光景は、まさしく地獄の最下層。コキュートスのそれだった。

みゆき「やめて。……やめてよ、れいかちゃん」

フィリップ「みゆきちゃん。残念だが、今のれいかにはもう君の声は――」

みゆき「そんなことない! だって、だって、れいかちゃんは!」

I・アカンベェ「ア……ッカン……ベェ」

フィリップ「ドーパントが……泣いている」

醜い化け物に変えられ、自分の意思に反して暴れる肉体に嫌悪した心が涙を流している。仲間を傷つけ、友を傷つけ、自身の心を傷つけているれいかが涙を流している。

I・アカンベェ「アーーー!!」

狂ったような呻き声を上げ、I・アカンベェは色とりどりの花が咲き誇る花壇に向かって特大の冷気の息吹を放った。

みゆき「ああっ、れいかちゃんが一生懸命水をあげていたお花たちが!」

あかね「なぁ……なにやっとんねん、れいか」

I・アカンベェの攻撃の前に飛び出したのはあかねだった。

翔太郎「危ねぇ! 逃げろ、あかね!」

あかね「逃げへん! 絶対に!」

あかねは花壇を庇うように両手を広げた。あれほどの冷気を一身に受けるのは自殺行為に等しい。それでも、あかねの表情は最後まで恐怖に歪みはしなかった。そして、超低温の息吹があかねを襲った。

みゆき「あかねちゃぁぁぁん!!」

立ち上る煙で何も見えない。ただただ、凍てつく空気が辺りを包んでいた。吐く息も白く、立っているだけで震えが止まらない。真っ白く覆われた視界の中で、俺は一筋の灯を見た。

あかね「大声出さんでも聞えてるわ。みゆき」

ニカッと微笑んだあかねは、まさしく太陽のようだった。

マジョリーナ「何故だわさ! 何故凍らないんだわさ! ……ハッ!?」

翔太郎「あれは、まさか!」

俺とマジョリーナは気付いた。あかねの手には赤いメモリが握られていることに。そして、俺はあの赤いメモリを知っている。

あかね「プリキュア! スマイルチャージ!」

ヒート!

キュアサニー・H「太陽サンサン、熱血パワー! キュアサニー・ヒート!」

轟々と猛る灼熱の炎が冷気を一瞬で払い、凍てついた世界を徐々に溶かしていく。

マジョリーナ「氷に炎で対抗とは生意気だわさ。けど、I・アカンベェは負けないだわさ!」

炎を纏うサニーに臆することなく、I・アカンベェはそのまま突進していく。

なお「なんでこっちに向かって来るの!? 相性的にはあっちの方が不利なのに」

フィリップ「あの老婆は、どうやら僕たちのデータを研究し尽しているようだね。僕たちはかつて、アイスエイジと戦ったことがある。氷と相性の良いヒートのメモリを用いてね。でも、結果は惨敗。信じられないかも知れないが、やつの能力でこちらの炎を凍らされたんだ」

みゆき「そんな! じゃあどうやって」

フィリップ「あの時は、仲間が助けに来てくれたから倒すことができた。でも、君たちは最初から仲間に囲まれているじゃないか。君たちの絆をもっと信じたまえよ」

俺もフィリップ同様、サニーが負けるなんて微塵も思ってねぇ。サニーの目は、眼前の敵ではなく大切な友を見ていた。

キュアサニー・H「れいか。もう少しだけ待っててな。今、うちが助けたるから」

サニー、マキシマムドライブ!

キュアサニー・H「はあああああ!」

サニーは上空に巨大な火の弾を作り出すと、高く跳躍しバレーのスパイクの如くI・アカンベェへと叩きつけた。

マジョリーナ「無駄だわさ! そのまま跳ね返すだわさ!」

I・アカンベェ「アカンベェ!」

なお「サニーファイヤーが効かない!?」

翔太郎「いや、まだだ!」

サニーは返って来た火の弾を右拳へと纏わせ、I・アカンベェの懐へ入り込んだ。

マジョリーナ「なっ、なんだわさ!」

キュアサニー・H「うちらの大切な仲間を……返してもらうで!」

キュアサニー・H「プリキュア! サニーファイヤー・グレネード!」

氷の鎧で覆われていたI・アカンベェが体内から一気に爆ぜる。飛び散る氷片がダイヤモンドのようにキラキラと舞い散っていた。

マジョリーナ「I・アカンベェを失ったとはいえ、結果オーライだわさ。プリキュアが仲間を見捨てただわさ!」

れいか「誰が、誰を見捨てたのですか?」

マジョリーナ「ひょっ!? さっきの一撃でやられたんじゃ」

れいか「あの攻撃に敵意や殺意など欠片もなかった。あかねさんの情熱と優しさを確かに感じました。だからこそ、私はこうしてここにいる。大切な仲間が呼び掛けてくれる限り、私は悪に屈しません!」

フィリップ「なるほど。ヒートのメモリがサニーの潜在能力である炎の力を最大限まで高めたのか。純粋なパワーだけで言えば、ピースを凌駕している。しかも、力の制御も完璧だ。高出力のヒートの攻撃を加減して放つことで、れいかちゃんを傷つけることなく破壊不能のT2メモリの機能を一時的に停止させたことで彼女を救えたんだ。ここまでヒートを使いこなしたのは、NEVERの羽原レイカ以来じゃないかな」

翔太郎「セーブしてあの威力かよ。やるじゃねぇか、二代目ファイヤーガール」

キュアサニー・H「まだやる言うなら、今度は手加減なしで相手したるで!」

マジョリーナ「きぃぃぃ! お、覚えてろだわさ!」

ジョーカー「おやおや、まさかマジョリーナさんまで負けてしまうとは」

ウルフルン「ハッ、意気込んでた割には随分呆気なかったなぁ」

マジョリーナ「ぐぬぬ! ほんの少し油断していただけだわさ!」

ジョーカー(ピースに続きサニーまでも……これは急いだ方が良さそうですねぇ)

ウルフルン「仕方ねぇなァ。真打ち登場だ。次は俺サマが出るぜ!」

ルナに続いてヒートを取り戻した俺たちに休息は訪れることはなかった。魔女の格好をしたバアさんを追っ払ってすぐ、風都タワーが悪党に占拠された。犯人はわかってる。ご丁寧にテレビカメラで俺たちに挑戦状を叩きつけてきたんだからな。 

ウルフルン『よお、プリキュア。それと仮面ライダー。単刀直入に伝えるぞ? 今から二時間後に、ここ風都タワーに来い。一分でも遅れたらここにいるガキどもを一人ずつヒドイ目に合わせてやる。具体的には納豆ギョウザ飴を――プツンッ』

~風都タワー

翔太郎「途中で中継が切れたせいでナニをするのか気になってしょうがねぇ!」

ウルフルン「ウルッフッフー。来たか、プリキュア共! それと、仮面ライダー!」

翔太郎「やいコラ! 俺たちをオマケみてーに言うんじゃねぇ!」

ウルフルン「ああ? でけぇ口を叩きたかったら俺サマに勝ってからにしな。ハーフボイルド探偵」

翔太郎「てんめー、こんのやろ」

みゆき「そんなことより、早く人質を解放して!」

翔太郎「そ、そんなこと……」

ウルフルン「人質ぃ? ああ、返してやるよ」

狼野郎が指を鳴らすと、剣を構えたナスカ・ドーパントが現れた。

ウルフルン「ただし、お前らを始末したらなァ!」

やよい「そんなっ……ひどい!」

あかね「アンタみたいな性根の腐った悪党は、うちが根性叩き直したる!」

やよい、あかね「プリキュア! スマイルチャージ!」

ルゥナァ! ヒート!

キュアピース・L「ぴかぴかピカリン、じゃんけんポン(チョキ)! キュアピース・ルナ!」

キュアサニー・H「太陽サンサン、熱血パワー! キュアサニー・ヒート!」

ウルフルン「出やがったな。お前たちの相手はこいつらだ!」

ビースト・アカンベェ「ガオオオオオ!」

スミロドン・アカンベェ「グルルルル!」

翔太郎「気をつけろ二人とも。その二体は相当速いぞ!」

ウルフルン「人の心配してる余裕なんかあんのかァ? ヘボ探偵!」

俺の背後から嫌な気配が伝わった。振り向くと、目の前にはN・アカンベェの巨大な剣が鼻の先まで迫っていた。

翔太郎「なっ!?」

なお「ちょーっと待ったぁー!」

なおは咄嗟に落ちていた空き缶を蹴り放った。強烈且つ正確なシュートでN・アカンベェの剣を狙い撃ち、僅かに斬撃の軌道を逸らせた。

ウルフルン「ウルッフッフー、キュアマーチか。ちょうど良いぜ。ホラよ、受け取れ」

なお「こ、これは私のスマイルパクト。何のつもり?」

ウルフルン「あまりにも張り合いがねぇんじゃつまらねぇからな。一個だけパクって来たんだよ。俺サマとやり合うなら変身しな。待っててやるからよ」

なお「……後悔しても知らないよ。プリキュア、スマイルチャージ!」

激しい突風が吹き荒れ、緑の髪を靡かせたプリキュアが現れた。

キュアマーチ「勇気リンリン、直球勝負! キュアマーチ!」

ウルフルン「やれ! N・アカンベェ!」

N・アカンベェ「アカンベェ!」

キュアマーチ「こいつ、速い!」

最初は果敢に攻めていたマーチだったが、徐々に勢いを失い、今は完全にN・アカンベェのペースに翻弄され、防戦一方だった。

キュアハッピー「マーチ。ここは二人で攻めよう」

キュアマーチ「わかった!」

キュアハッピー「プリキュア! ハッピーシャワー!」

N・アカンベェは高速移動でこれをあっさりと避けてみせた。

これを待っていたとばかりにN・アカンベェの移動予測地点に目掛けてマーチが必殺技を放つ。

キュアマーチ「プリキュア! マーチシュート!」

フィリップ「避けるんだ、マーチ!」

キュアマーチ「えっ?」

必殺技を使ったマーチの眼前には、N・アカンベェの姿はなかった。

れいか「後ろです! マーチ!」

ウルフルン「超高速のナスカに敵はねぇ。終わったな」

翼を広げ天を舞うN・アカンベェの強烈なキックがマーチに炸裂した。

キュアマーチ「うわあああっ!」

翔太郎「マーチ!」

キュアピース・L「きゃあっ!」

キュアサニー・H「ううっ……!」

フィリップ「ピース! サニー!」

ウルフルン「お前らじゃこの三体の相手をするには遅すぎる。速さがちげーんだよ。速さが。わかったらさっさと諦めて――」

キュアマーチ「諦め……ない……」

膝を振るわせ立ち上がるも、既に満身創痍。戦える状態ではないということは誰の目から見ても明らかだった。

ウルフルン「あ?」

キュアマーチ「絶対に……諦めない……」

ウルフルン「ハッ、笑わせんな。てめぇが一番ボロボロじゃねぇか」

キュアマーチ「それでもっ!」

ウルフルン「なっ!?」

キュアマーチ「それでも、私はお前たちを倒して子供たちを助けるんだ!」

ウルフルン「吠えるだけなら犬でもできるんだよ! やれ、アカンベェども!」

三体のドーパント・アカンベェがマーチへ襲いかかろうとした時、風都の風車がゆっくりと廻り始めた。

翔太郎「この風……まさか」

優しい風が吹いていた。どこか懐かしく、包み込まれるような風。やがて集まった風は渦を巻き、暴風となってなおを中心に吹き荒れた。

三体のドーパント・アカンベェからなおを守っていた暴風が止んだ時、なおの目の前には緑色のメモリが宙に浮いていた。

フィリップ「サイクロンのメモリだ。マーチの風の力に惹かれてやってきたのか」

キュアマーチ「罪のない子供の未来を奪おうとする奴らを、私は絶対に許さない!」

スマイルパクトでの変身を解除したなおは、サイクロンのメモリを掴んだ。

なお「プリキュア、スマイルチャージ!」

サイクロンッ!

キュアマーチ・C「勇気リンリン、直球勝負! キュアマーチ・サイクロン!」

ウルフルン「今更メモリを使おうがカンケーねえ! やっちまえ! アカンベェども!」

疾きこと風の如し。メモリの力で変身したなおは、まさに疾風のように戦場を駆ける。S・アカンベェを素早さで翻弄し、強靭な肉体を持つB・アカンベェを旋風を足に纏った連続蹴りで圧倒していく。

キュアマーチ・C「ハアッ!」

ウルフルン「こ、こいつ! さっきより速ぇだと!?」

敵に捕らえられている子供たちの為に戦うマーチの姿に、俺はどこかアイツの姿を重ねていた。

ウルフルン「ちっ、使えねぇヤツらだ。N・アカンベェ!」

N・アカンベェ「……」

N・アカンベェは剣を構えたままマーチを見据えていた。ただじっと、目の前の相手を。

キュアマーチ・C「一球入魂。直球勝負だ!」

マーチ、マキシマムドライブ!

キュアマーチ・C「プリキュア! マーチ・エアロバスター!」

マーチの蹴り放った風のボールは地面を抉り、猛烈な勢いで一直線に三体のドーパントへと向っていく。

ウルフルン「N・アカンベェ! んなモン、正面から叩っ斬っちま――んなっ!?」

N・アカンベェは、構えを解いて剣をゆっくりと下ろした。風の一撃が敵を浄化していく。

〝風都……。やっぱり、いい風が吹くなぁ……〟

ウルフルン「ちぃっ、メモリの不具合か!? これだから人間の道具は嫌いなんだよ!」

そう言うと、狼男は苦虫を噛み潰したような顔をして消えていった。

翔太郎「お前の魂は、ずっとこの街を見守ってくれてたんだな」

風都タワーに捕らえられていた子供たちを救出した俺たちは、対策を練る為にみゆきたちのふしぎ図書館へと向かった。

フィリップ「ルナとヒートに続いてサイクロン。徐々に僕たちのメモリが集まりつつあるね」

翔太郎「ああ。だが、肝心のボディメモリがなきゃ変身はできねぇ。それに、みゆきたちの仲間もまだ奴らの手の中にある。早く奴らの居場所を突きとめねぇとな」

れいか「幸い、みゆきさんのおかげで星デコルだけは奪われずに済みましたが……」

なお「奴らのことだから、きっと必ず奪いに来るだろうね」

翔太郎「迎え撃つばかりじゃ埒が明かねぇ。ここらで一発こっちから敵の本拠地へ乗り込んでやろうぜ」

やよい「だけど、私たちバッドエンド王国の場所なんて……」

照井「連中のアジトなら、既に掴んでいる」

フィリップ「照井竜!」

翔太朗「脅かすんじゃねぇよ照井。つーか、どっから湧いて出た」

照井「俺に質問するな」

翔太朗「いや、そこは答えろよ」

れいか「あのう、この方は?」

翔太朗「ん? ああ、こいつは照井っていって、この街の刑事だ」

照井「自己紹介なら後だ。左、話を進めるぞ」

あかね「なんや、めっちゃクールやな」

なお「仕事ができる大人ってかんじ」

翔太朗「なんでいつもこいつばっかりモテんだよ」

照井「いちいち話の腰を折るな、左。続けるぞ」

翔太朗「そ、そりゃ本当か、照井!?」

照井「ああ、今回の件には間違いなく財団Xが一枚噛んでいる。ガイアメモリ開発、超能力兵士クオークスの育成やネクロオーバーによる死体蘇生技術の研究。それらに加えて、もう一つ。奴らはバッドエナジーの有用性にも目をつけていた」

フィリップ「なるほどね。奴らが何故ガイアメモリを扱っていたか合点がいったよ」

照井「人の心に生まれる負の感情を資源にした新たなエネルギー開発。先日、園崎家の焼け跡から押収した資料にそう記されていた」

フィリップ「……」

翔太朗「大丈夫か? フィリップ」

フィリップ「ああ、何でもない。僕は平気さ、翔太朗。それにしても、打ち切った研究の在庫処分と同時に新たな事業への投資。彼ららしい貪欲さだね」

照井「ここ最近、ある場所で妙な次元の裂け目を観測した。風都市民から溢れ出たバッドエナジーがそこへ吸い込まれていくのも確認している。おそらく、その先にバッドエンド王国とやらがあるはずだ」

そういうと、照井は一枚の写真を差し出した。

フィリップ「この場所は!?」

翔太朗「ビギンズナイトの研究施設跡地じゃねぇか!」

照井「お前たちにとっては因縁の地だろうが、今は感傷に浸っている暇はない。すぐに向かうぞ」

あかね「よっしゃ。ほな行こか!」

みゆき「待っててキャンディ。今行くからね」

~バッドエンド王国

ウルウフルン「やはり来たか、プリキュア! 仮面ライダー!」

アカオーニ「今日こそ決着をつけるオニ!」

マジョリーナ「ピエーロさま復活の邪魔はさせないだわさ!」

みゆき「キャンディはどこ!?」

ウルフルン「子羊ちゃんなら、あそこだぜ」

キャンディ「……」

狼男の指さす先。そこには、一匹の妖精が磔にされていた。

アカオーニ「助けたければ助けるオニ」

マジョリーナ「ただし、あたしらを倒せればの話だわさ」

みゆき「プリキュア! スマイルチャージ!」

キュアハッピー「絶対に負けない!」

れいか「待ってください、ハッピー」

あかね「せや。あいつらはうちらに任せて、あんたはキャンディのところへ」

キュアハッピー「で、でも……」

フィリップ「ここは悪戯に全員で戦うより、連中を喰いとめて誰かを先へ行かせた方が効率は良い」

なお「大丈夫。道は必ず切り開くから」

やよい「行ってあげて。キャンディが待ってるよ」

キュアハッピー「……みんな、信じてるから」

翔太朗「よし。行くぜハッピー!」

俺はフィリップをハードボイルダーの乗せ、ハッピーと共に先を急いだ。

ウルフルン「行かせるか!」

サイクロン!

キュアマーチ・C「それはこっちの台詞だよ。勝負だ。ウルフルン!」

アカオーニ「泣き虫のクセに生意気オニ!」

ルゥナァ!

キュアピース・L「私、泣き虫だけど根性ならあるもん!」

マジョリーナ「お前みたいな熱苦しい小娘なんかに負けないだわさ!」

ヒート!

キュアサニー・H「なら、せいぜい火傷せぇへんよう、気ィつけや!」

ウルフルン「キュアマーチか。ちょうどイイぜ。この間の借りを返さなきゃと思ってたンだよなァ!」

キュアマーチ・C「何度やっても同じだよ。あんたなんかに負けない!」

ウルフルン「そいつはどうかな? 今日の俺はスペシャルだ。一番お気に入りのメモリでやってやる!」

キュアマーチ・C「う、動くオオカミの……人形?」

ウルフルン「ウルッフッフー。こいつは自律行動する珍しいメモリでな。強さもそんじょそこいらのメモリとは段違いよ」

ズゥー!

ウルフルン・ズー「百獣の力、存分に味わいなァ!!」

キュアマーチ・C「先手必勝! 素早さなら負けない!」

地盤を軽々と踏み抜くマーチの一歩。自慢の脚力と疾風の能力で瞬く間に敵へと間合いを詰める。

ウルフルン・Z「バカが。この地上にはな、テメーなんかよりも足の速えーヤツはいるんだよ」

不敵に笑った後、眼前の敵は姿を消した。

キュアマーチ・C「なっ!? ど、どこへ……」

ウルフルン・Z「後ろだよ。オラァ!!」

背後から襲い来る強烈な衝撃。背骨が軋み、胃の奥から血の味がこみ上げた。

ウルフルン・Z「おー、おー、随分吹っ飛んだな。まさか、これで終わりじゃねぇよなァ?」

キュアマーチ・C「ぐっ、まだまだ!」

ウルフルン・Z「そうだ! 来い! 俺もまだまだ暴れ足りねぇンだよ!!」

キュアマーチ・C「これで終わらせる!」

マーチ、マキシマムドライブ!

キュアマーチ・C「プリキュア! マーチ・エアロバスター!」

ウルフルン・Z「ナメやがって。同じ技が何度も通用するかよ!」

突如、巻き起こった激しい土煙が敵の姿を覆い隠す。マーチの放った風の弾丸は忽ち土煙りを吹き飛ばしたが、そこには既にウルフルンの姿は無かった。

キュアマーチ・C「ま、また消えた!?」

ウルフルン・Z「どこ見てやがる。こっちだ!」

声が聞こえたのと、右足首を掴まれたのはほぼ同時だった。

キュアマーチ・C「うわぁ!!?」

ウルフルン・Z「ウルッフッフー。捕まえたぜ」

キュアマーチ・C「このっ、放せ!」

モグラのように地中から這い出てきたウルフルンに右足首を掴まれたまま宙ぶらりんの状態のマーチは、その体勢のまま左足でウルフルンのこめかみへ目掛けて蹴りを放つ。

ウルフルン「へっ、無駄だ」

飛んできた蹴りをガードしたウルフルンの左手は冷たく、そして固かった。マーチの強烈な足技を止めたのは、狼にあるまじき鱗の手甲。それは見るみるうちに伸び、凄まじい力でマーチの足を締め上げていく。

キュアマーチ・C「ひぃっ!? 蛇ィ!!」

ウルフルン・Z「チーターの俊足、モグラの地中移動、蛇の柔軟な筋肉と固い鱗。あらゆる動物の能力を体現する。これが、Zoo(動物園)たる由縁よ」

蛇化した腕でギリギリと両足を絞めつけ動きを封じたまま、ウルフルンはマーチを頭上へと持ち上げると、そのまま力いっぱい地面へ向けて叩きつけた。

キュアマーチ・C「かはっ……」

受け身を取れずに地面へと叩きつけられ、後頭部を強打。そこでマーチの意識は途絶えた。

ウルフルン・Z「勝手に寝てんじゃねぇよ。テメーはこのまま百叩きの刑だ。まず一回!」

撓る腕がマーチの足を打つ。まさにそれは鱗ヤスリの鞭。打たれる度に肉が抉れ、鮮血が飛び散る。駆け巡る痛みは、マーチを現実へ引き戻すのに充分過ぎるものだった。

キュアマーチ・C「ああああああああっ!!」

ウルフルン・Z「そらそら、どんどん行くぞ!!」

一発、一発がとんでもない激痛。しかも、執拗に足ばかりを狙うためマーチの足の皮膚は抉れ、両の足は徐々に赤いタイツのように鮮やかに染まっていく。回数が五十を超える頃には、マーチの最大の武器である足は凄惨な状態となっていた。

ウルフルン・Z「もうブッ壊れちまったか。チッ、暴れ足りねぇ。次はハッピーとヘボ探偵のとこに遊びに行くか」

蛇化した腕を元に戻すと、勢いよく腕を振るいべっとり付着していた血肉を払い落す。きびすを返し、この場を離れようとしたウルフルンの足が止まった。

ウルフルン・Z「……あン?」

キュアマーチ「い……行かせない……。絶対に……行かせない」

サイクロン・メモリでの変身は解けていた。痛みを必死に堪え、地を這いつくばりながらマーチはウルフルンの足にしがみついていた。

ウルフルン・Z「放せよ。もう一発ブッ叩かれてーのか?」

ウルフルンの一言にマーチの体が一瞬、怯えるようにビクンと震えたが、ウルフルンの足を掴む手が緩むことはなかった。

ウルフルン・Z「あー、そうかい。ならもう一度、激痛を味わうんだな!」

ウルフルンは再び腕を蛇化させ、マーチ目掛けて振り下ろした。

キュアマーチ「怖くない! こんな痛みなんて何でもない! こんなもの、大切な仲間を失う怖さに比べれば!!」

刹那、強烈な閃光がマーチを包んだ。

ウルフルン・Z「な、なんだこりゃ!! うおっ!!」

ウルフルンは光に目がくらみ、ハッキリとは見えなかったが、振り下ろした鞭が何かに弾かれたのを感じた。

徐々に光は弱くなり、ウルフルンは発光しているものの正体に気付く。マーチはボロボロの足で震えながらゆっくりと立ち上がると、淡く白い光を放つそれに手を伸ばした。

ウルフルン・Z「させるかァ!!」

焦りがウルフルンを動かした。再び腕を蛇へと変化させ、マーチの足へ目掛けて鞭を振るった。

メェタル!

鞭は確かに命中したが、手ごたえはない。固く冷たい鉄のような感触。次にその感触は、ウルフルンの腹に衝撃となって叩きつけられた。

ウルフルン・Z「うごぉ!?」

ウルフルンは完全に見誤っていた。マーチの武器は速さを生み出す足でも風の能力でもない。なおという少女が持つ、決して折れない曲がらない〝鋼鉄の精神〟

鮮血に染まっていた両足は、さながら鈍色に輝く鋼鉄の具足。マーチのカラーリングは緑から変化し、重厚な銀色を纏っていた。

キュアマーチ・メタル「勇気りんりん、直球勝負! キュアマーチ・メタル!」

ウルフルン・Z「がはァ! たった一発の蹴りでなんつー威力だ。なら、こっちもパワーで相手してやる!」

ウルフルンは両腕をゴリラのように太く、両足を像のよう逞しく変化させ、さらに頭部からはサイのような巨大な一本角を出現させた。

ウルフルン・Z「サイ、ゴリラ、ゾウのメガトンコンボだ。テメーがいくら鉄の体を持とうが、こいつで粉砕してやるよ!」

キュアマーチ・M「メタルのメモリから伝わってくる。翔太朗さんの心。フィリップさんの心。ダブルのメモリは二つで一つ。だったら!!」

マーチは一度、メタルの変身を解除。右手にサイクロン、左手にメタルのメモリを改めて持ち、構えた。

なお「プリキュア・スマイルチャージ!!」

サイクロンッ! メェタル!

突如、吹き荒れる激しい風。暴風はやがて竜巻となり、なおを包んでいく。風が静まった時、そこには今までのマーチはいなかった。風の緑に鋼鉄の銀のカラーリング。重厚で長い鉄棍を携えた堂々たる立ち姿は、まさしく風の闘士と呼ぶに相応しいものだった。

キュアマーチ・サイクロンメタル「さあ、お前の罪を数えろ!」

ウルフルン・Z「しゃらくせぇ!! 地球の裏側までブッ飛びやがれぇぇぇ!!」

キュアマーチ・CM「メタルシャフト!」

マーチが鉄棍を振るうと、それだけで緑色の旋風が巻き起こる。迫りくるウルフルンに向けてマーチはメタルシャフトを突き出した。

ウルフルン・Z「な、なんだとォ!?」

メタルシャフトはサイの角へピタリとあてがわれていた。いくら力を込めようとも、ウルフルンの足はそこから先へ一歩も進めない。超重量のパワー型ウルフルンの突進を腕一本、棒一本で軽々と止めて見せたのだ。

キュアマーチ・CM「その一撃が全力なら、もう、あんたの攻撃は通用しない」

マーチが言うとおり、これがウルフルンの全力だった。それでもビクともしない相手となると、最早勝負どころではない。ウルフルンはパワー型の変身を解除し、腕を鳥類の翼に変え、大空へ飛び立った。

ウルフルン・Z「ちぃッ! 忌々しいが一端退くしかねえ!」

キュアマーチ・CM「逃がすもんか!」

マーチ、マキシマムドライブ!!

サイクロンメモリをメタルシャフトのマキシマムスロットへ差し込む。勢いよく棒を回転させると、周りの風は大きく激しく渦巻いていった。嵐の前に鳥が無力なように、荒れる風を上手く掴めぬウルフルンは徐々にマーチの元へと引き寄せられていく。

ウルフルン・Z「避けれねぇなら、こいつで防いでやらあ!」

逃げること叶わぬと悟ったウルフルンは、亀の甲羅と蟹の甲殻を以てマーチの攻撃を受ける選択を取った。しかし、これが最大の過ちだった。

キュアマーチ・CM「プリキュア・メタルツイスター!!」

荒れ狂う風の力を味方につけた鉄棍の一撃の前に、砕けぬものなどありはしない。無敵と疑わなかったウルフルンの自信と装甲が、儚い音を立てて徐々にひび割れていく。

ウルフルン・Z「そんな……そんなバカなぁぁぁあああ!!」

倒れたウルフルンの体内から排出されたZooメモリは粉々に砕け、風に舞い散っていった。

アカオーニ「鬼の金棒の威力、思い知るオニ!」

キュアピース・L「わ、わ、わ、わ!」

アカオーニ「逃げろ逃げろオニ! 止まった瞬間、お前はぺちゃんこオニ!」

キュアピース・L「こ、来ないでぇ~!」

ピース、マキシマムドライブ!

キュアピース・L「プリキュア! ピースサンダー・イリュージョン!」

ピースの体から放出されたいくつもの雷はピースの写し身となり、アカオーニ目掛けて突撃していく。

アカオーニ「あばばばばば!!」

決して避けれぬ追尾型の電撃がアカオーニの体を駆け巡った。

キュアピース・L(お願い……。もう立たないで)

ピースの願いは虚しく、体から黒煙を上らせながらもアカオーニは再びピースの前に立った。

アカオーニ「い、今のは効いたオニ……。でも、耐えれたオニ!」

キュアピース・L「そ、そんな……」

アカオーニ「驚いているオニね。なんで倒せないのか不思議でしょうがないって顔してるオニ。冥土の土産に教えてやるオニ。どうしてお前の技が俺様に効かなかったのかを」

そう言うと、アカオーニは一本の白いメモリを取り出した。

ウェザー!

キュアピース・L「だっ、Wのメモリ!? 」

アカオーニ・ウェザー「天候を操る神に等しい力。今こそ見せてやるオニ!」

尋常ならざる禍々しいオーラを放つ巨体がピースを見下ろす。アカオーニ・Wは拳を握り固めると、ピースの脳天目掛けて力いっぱい振り下ろした。

キュアピース・L「今度こそ! えいっ!」

ピースはすぐさま電撃を放ち、アカオーニを迎え撃つ。だが、電撃を浴びてもアカオーニの拳は止まることはなかった。咄嗟に避けようと後ろに下がるも、地面を穿つ拳の衝撃と、割れて飛び散る大地の飛弾がピースを襲った。

キュアピース・L「きゃああああ!!」

アカオーニ・W「わっはっはっは! 無駄オニ効かないオニ! ウェザーの能力の前ではお前の雷なんか痛くも痒くもないオニ!」

キュアピース・L「だっ、だったら!」

立ち上がったピースは再び雷で自分の分身を作り出し、アカオーニを翻弄する。

アカオーニ・W「そんなもの、今の俺様には単なる子供だましにすぎないオニ! ふんっ!」

アカオーニが天に向けて手を掲げると、忽ち黒雲が立ち込めた。直後、降雨と同時に激しい落雷がピースの分身に降り注いだ

キュアピース・L「うそ……。電撃で負けた」

アカオーニ・W「それだけじゃないオニ! こんなこともできるオニ!」

アカオーニは腕を軽く振るう仕草をすると、激しい風の刃が発生しピースを斬りつけた。

キュアピース・L「きゃああああ!! 痛っ! 痛い!」

今度はパチンと指を鳴らす。すると、ピースの体から炎が舞いあがった。

キュアピース・L「いやぁぁぁあああ! 熱い! 熱いよぉ!」

アカオーニ「熱かったオニ? じゃあ、今度は冷やしてやるオニ!」

炎に包まれていたピースの頭上から少しずつ雨が降る。火は消えたが、辺りの気温はどんどんと下がっていく。吐息が白くなる頃には降っていた雨は雪に変わっており、ボロボロになったピースの体温を徐々に奪っていった。

キュアピース・L「あ……ああ……さ、寒い。こ、凍っちゃう……」

深い切り傷で全身から出血し、火で焼かれ、急激な寒さで命の熱を奪っていく。見る見るうちにピースの肌は血の気が無くなり青白く、唇はチアノーゼで紫色へ変色していった。

アカオーニ・W「今の俺様にはお前の雷どころか、マーチ、サニー、ビューティすべての技が効かないオニ」

鬼の力に神の技。その強さ、まさしく鬼神の如し。ピースの全身を瞬時に凍結させることもできるが、そうはしない。今にも消えそうな蝋燭の火を眺めるように、足元で倒れて弱々しく震えているピースを、ただじっと見下ろしていた。

アカオーニ・W「もうじき楽になるオニ。絶望に震えながら息絶えるオニ」

???「させん!」

不意に聞こえた背後からの声に反応し、アカオーニは振り向く。鼻先すれすれに迫る巨大な剣。間一髪のところで体を横に逸らして避けるが、地面に叩きつけられた刃は軌道を変えて横薙ぎへ。奇襲の連続斬りをアカオーニは右腕で防いだ。

???「悪いが、そのメモリには因縁がある。ここからは俺が相手だ」

アカオーニ・W「いきなり後ろから襲うとは卑怯オニ!」

???「小柄な少女相手にデカイ図体で襲いかかる奴に言われたくはないな」

アカオーニ・W「う、うるさいオニ! お前いったい何者オニ!?」

照井「俺に質問するな!! 変……身ッッッ!!」

照井はバイクハンドル型のベルトを腰に巻き、Aと印字されているメモリをメモリスロットへ差し込むと、照井の体は愛用のジャケット同様、赤いボディの仮面ライダーへと変身した。

アクセルッ!

仮面ライダーアクセル「さぁ、振り切るぜ」

アクセル「まずはこの冷気をどうにかするのが先か」

スチーム!

アカオーニ・W「この湯気はなんだオニ!? 前が見えないオニ!」

アクセルがショットガンを模した大剣、エンジンブレードのトリガーを引くと、忽ち剣から高温の蒸気が噴き出す。熱気は辺りを包みこみ、凍えていたピースの体を温めていく。

アクセル「立てるか? ピース」

キュアピース・L「その声、照井さん?」

アクセル「どこか安全な場所に隠れていろ。あの敵は俺が倒す」

キュアピース・L「でっ、でも……」

アクセル「いいから隠れていろ! この目くらましも長くはもたん」

突如巻き起こった激しい風に、蒸気のヴェールが剥がされた。

アカオーニ・W「一瞬ビックリしたが、何のことはないオニ! さあ、かかってくるオニ!」

アクセル「望むところだァ!!」

アカオーニの放つ火の弾を、アクセルはエンジンブレードで次々と薙ぎ払っていく。徐々に間合いを詰め、遂にはアカオーニの眼前まで辿り着いた。

アクセル「くらえ!」

アクセルッ! マキシマムドライブ!

アクセル「はぁぁぁぁあああ!!」

炎を全身に纏い、高く跳躍して放つ強烈な回転蹴り「アクセルグランツァー」がアカオーニへ叩きこまれる。だが、

アクセル「なに!?」

アカオーニ・W「その程度のパワーじゃ俺様に傷一つ負わせられないオニ。せめて、これくらいのパワーで攻撃するオニ!」

アカオーニは返礼と言わんばかりに拳を握り、目の前のアクセルへ向けて打ち込む。

アクセル「ぐわああああ!!」

両手を交差しアカオーニのパンチを受けるが、ガードの上からもボディへと突き抜けてくる激しい衝撃。なんの属性も追加されていないごく普通のパンチだったが、鬼のそれと人間とでは威力は段違い。アクセルは軽く数百メートル先まで吹っ飛ばされた。

アクセル「ま、まだまだ!」

すぐに立ちあがり、アクセルは再びアカオーニへ向かっていく。挑んでは吹っ飛ばされ、また立ち上がる。力負けしているにもかかわらず必死に喰らいつくアクセルの姿を、ピースは言われた通りに物陰から隠れて見守るしかできなかった。

アカオーニ・W「いい加減にくたばるオニ! しつこいオニ!」

旋風、火炎、雷撃、冷気。あらゆる攻撃を受けたアクセルは、もはやエンジンブレードを杖にしていなければ立っていられないほどボロボロだった。

キュアピース・L(どうして? どうしてそうまでしてまだ向かっていくの? 痛くないの? 怖くないの?)

アクセル「まだだ! まだ倒れん!」

アカオーニ・W「ははぁん、今ようやくわかったオニ。お前が執拗にこのメモリにこだわるワケを。お前、このメモリに家族を殺されているオニね?」

キュアピース・L「!?」

アカオーニ・W「僅かだが、ウェザーのメモリから元の持ち主の記憶が流れてくるオニ。泣きながらお前の名を呼ぶ家族の姿が」

アクセル「ッ!?」

アカオーニ・W「息子の、兄の帰りを待つ希望に満ちたあたたかい家庭が、一瞬で絶望に凍っていく。これは最高のバッドエンドオニ!」

アクセル「きぃさぁまぁアアア!!」

照井の心の古傷が開いた。まるで鮮血が噴き出ているかのように、アクセルの体から黒い霧状のバッドエナジーが発生する。しかし、それでも剣を振り上げ、アカオーニへ向かって突き進んでいった。

アカオーニ・W「バッドエナジーを放出しながら動けるとは大した精神力オニ。精神攻撃に耐性を持つ人間が稀にいるとジョーカーから聞いていたが、お前もそのタイプの人間だったのかオニ」

キュアピース・L「ダメッ! 冷静になって! 照井さん!」

アカオーニ・W「赤いボディに一本角。確かに、お前の見た目も心も鬼そのものオニ。だからこそ、俺様は残念でならないオニ」

アカオーニは迫りくるアクセルへ向けて手をかざした。アカオーニの掌で光った小さな火花は、徐々に大きく激しい電気の塊へと変わっていった。

アカオーニ・W「一足先に地獄へ帰るオニ!」

アクセルの目の前に広がる激しい雷光。凄まじい音と衝撃が辺りに広がった。

キュアピース・L「よかった……。間に合った」

アクセルの目の前にはピースが立っていた。傷だらけの体。特に背中は、たった今アクセルを庇い、アカオーニの電撃を受けたせいでボロボロだった。膝から崩れ落ちるピースをアクセルは慌てて駆け寄り、抱きとめた。

アクセル「何故出てきた!? 隠れていろと言ったハズだ!」

キュアピース・L「私も……だから……」

ピースは目尻に涙を浮かべながら、か細い声で呟いた。

キュアピース・L「私も……小さい頃にパパが亡くなっているんだ。だから、照井さんほどじゃないけど……大事な人を失う気持ちはわかるよ」

ピースはゆっくり腕を伸ばすと、アクセルをそっと抱き寄せた。

キュアピース・L「だけど、自分をもっと大事にして。自分を犠牲にして復讐を遂げても、きっと照井さんのパパやママ、妹さんはきっと喜ばないよ」

ピースは微笑んだ。頬から大粒の涙を流しながら、優しく微笑んだ。ピースの涙が、照井の心に蘇った鬼を消し去っていく。アクセルは指でそっとピースの目尻を拭った。

アクセル「ありがとう、ピース。俺は……同じ過ちを繰り返すところだった。憎しみだけでは戦えない。怒りだけでは戦えない。俺が戦うのは……」

アクセルの心に、再び正義が燃え上がる。

アクセル「悪に染まった力から、大切な者を守る為だ!」

力を振り絞り立ち上がったアクセルはエンジンブレードを手にすると、それをピースに差し出した。

アクセル「少し重いが、大丈夫か?」

キュアピース・L「うん。私、こう見えても結構力持ちだから」

アクセル「そうか。なら、共にいこう。二人で奴を倒すぞ」

アクセルはバイクハンドル型のベルトバックルを外すと、それを両手に持ち構えた。すると、忽ちアクセルの体はバイクへと変形を遂げた。

マフラーから激しく響くエキゾーストノートは、まるで軍馬の嘶き。バイクに跨り大剣を携えたピースの姿は、傷だらけの柔肌さえ神々しい人馬一体の戦女神を思わせた。

アカオーニ・W「二人がかりでも所詮は怪我人。仮に万全の状態でもお前たちは勝てないオニ! 大人しく絶望するオニ!」

アクセル「その台詞、そっくりお前に返してやろう」

キュアピース・L「絶望があなたのゴールなんだから!」

ピースは右手でスロットルを回すと、バイクフォームのアクセルは前輪から炎を吹き上げ高速でアカオーニへ向かって突き進んでいく。これを迎え撃たんと、アカオーニも次々と攻撃を繰り出すが、どれもピースを乗せたアクセルにはかすりもしない。

アカオーニ・W「ええい! チョロチョロとうっとおしいオニ!」

左手に構えたエンジンブレードの刃先は火花を散らしながら地面をなぞる。間合いに入ったピースは、エンジンブレードのトリガーを三度連続で引く。

エレクトリック!

キュアピース・L「はぁぁぁ! えいっ!」

振り上げたエンジンブレードの刀身は電光を帯び、アカオーニの胴体へ鋭い斬撃を見舞う。

アカオーニ・W「ウガアアア!」

バイクのスピードを加えた重い大剣の横一閃。これには流石のアカオーニも堪らず絶叫。苦悶に身をよじりながらも、必死にピースを捕まえようと手を伸ばすが、相手の移動速度が速すぎて指先すら掠ることはなかった。

キュアピース・L「今度はこれで!」

ルゥナァ!

ピースはエンジンブレードからエンジンメモリを取り出すと、代わりにルナのメモリを差し込んだ。刀身の電光は更に激しさを増す。ピースが剣を振るうと、刃が鞭の如く伸び、うねりながら予測困難な軌道で何度もアカオーニを襲いかかる。

アカオーニ・W「もう怒ったオニ! 絶対に許さんオニ!」

痛みと怒りで狂ったように暴れるアカオーニ。金棒を手にし地面を叩き割りながら、ウェザーのメモリで気温の乱高下や吹雪、落雷などをメチャクチャに引き起こしてる。アクセルは隆起した岩盤をジャンプ台にし、一気に加速して飛び出した。

アカオーニ・W「かかったオニ!」

アカオーニはこれを待っていたと言わんばかりに頭上に手を伸ばす。アカオーニは我を忘れたフリをして二人を罠に誘いこんでいたのだ。そして、巨大な手がアクセルとピースを掴んだ。

アカオーニ・W「ガァッ!!」

掴んだ途端、体を流れる高圧電流。それは、ピースが電気で作り出した幻影だったのだ。

キュアピース・L「残念でした」

アクセル「お前の考えなど、お見通しだ!」

バイクフォームは既に解除されていた。アクセルはシグナル型のメモリを取り出し、ドライバーへと差し込んだ。シグナルの音に合わせてアクセルのカラーリングが赤から黄色、そして青へと変化。これこそ、風都最速の仮面ライダーの姿である。

仮面ライダーアクセル・トライアル「全てを振り切るぜ!」

トライアル! マキシマムドライブ!

ドライバーから取り出したトライアル・メモリはストップウォッチのようにメーターが10秒のカウントを開始する。トライアル・メモリを放り投げたアクセル・Tは、アカオーニに向かって走り出す。そのスピードは、今までのアクセルの比ではなかった。近寄らせまいとアカオーニが降らせた氷柱の雨を、全て見切って避けているのだ。アカオーニの懐へ滑り込むと、エンジンブレードで何度も斬りつけた。

アクセル・T「受け取れ! ピース!」

超高速の連続斬りを放った後、アクセル・Tは頭上へ向けてエンジンブレードを投げた。それとすれ違うように落ちてきたトライアル・メモリをキャッチする。

キュアピース・L「これで決める!」

ルナ・メモリが入っているエンジンブレードを受け取ったピースは、すぐさまトリガーを四回引く。

ピース、マキシマムドライブ!

キュアピース・L「プリキュア! ダイナミックピース!」

アカオーニの脳天から一気に地面まで振り下ろされた唐竹割り。走る電流の軌跡はPの文字を刻んだ。

アクセル・T「9.9秒……それがお前の絶望までのタイムだ」

アカオーニの体内から飛び出たウェザーメモリは破壊された。アクセル、二度目のメモリブレイクである。

キュアサニー・H「こっちもさっさと始めよか。向こうでみゆきたち待たせとんねん!」

マジョリーナ「どんなに急いでもお前は先には進めないだわさ。ここからはアタシの時間、マジョリーナタイムだわさ!」

キュアサニー・H「んなっ!? 若返った!?」

マジョリーナ「ウフフ、この姿のアタシは一味違うわよ?」

キュアサニー・H「上等。ほんなら、こっちも初っ端から飛ばしていくで!」

先に仕掛けたのはサニー。炎を纏って一直線に飛び出す。マジョリーナはこれを軽く避けるが、方向転換して尚もサニーは喰いつくように執拗にマジョリーナの間合いへ詰めよる。後先や防御など考えぬ直情攻撃のスタイル。突きや蹴りの連撃を次々と放っていく。

マジョリーナ「くっ、なかなかやるじゃない。なら、これならどう?」

突きを繰り出そうと振りかぶっているサニーの肩に足を乗せ、後方へ飛ぶ。充分に距離をとったところでマジョリーナは魔法を用いて分身をいくつも作り出した。

マジョリーナ「ウフフ」

マジョリーナ1「さぁ、キュアサニー」

マジョリーナ2「どれが本物の私か」

マジョリーナ3「わかるかしら?」

サニーはポリポリと頭を軽く掻くと、ニヤリと笑って見せた。

キュアサニー・H「そんなんわかるか。なら、全員片っぱしからブッ飛ばせばええやん!」

両の拳に纏わせた火球を辺り構わずマシンガンのように乱射させた。火球が命中したマジョリーナの分身は煙となって次々と消えていく。煙が晴れたとき、戦場に立っているマジョリーナはただ一人だった。

キュアサニー・H「ほぉら、見ィ~つけた」

マジョリーナ「どこまでもメチャクチャね、あなた」

キュアサニー・H「メチャクチャくらいがちょうどええ。あんたら相手にマトモに闘り合おう思う方が異常やわ」

マジョリーナ「いいわ、その姿勢。怖いもの知らずってカンジで」

キュアサニー・H「当たり前や。今のうちに、怖いものなんてあらへん!」

マジョリーナ「クスッ、じゃあ教えてアゲル。本当の恐怖ってやつをね」

淫靡に妖しく舌なめずりするマジョリーナは、一本のメモリを胸の谷間から取り出した。

テラー!

裏地が黄色のマントに禍々しいデザインの青い王冠。何より一番変わったのはマジョリーナの放つ雰囲気。サニーは体温が徐々に奪われていく錯覚に襲われた。肺に取り込むのも詰まりそうな重苦しい空気。心臓がバクバクと鼓動を強く刻む。額には冷や汗。手足はガクガクと震えていた。本能が大音量で警報を鳴らしている。アレと目を合わせてはいけないと。

キュアサニー・H「な、なんやのコレ。さっ、寒気が止まらへん……」

マジョリーナ・テラー「あらぁ? さっきの威勢は、どこへいったのかしら?」

キュアサニー・H「ひぃっ!?」

飛び出るかと思うほど心臓が激しく脈打つ。いつ? なぜ? どうして? 目の前にいたはずのマジョリーナの声が突如耳元から聞こえたのだ。振り向くと、そこにはマジョリーナが立っていた。煌々と真っ赤に輝く双眸に魅入られ、サニーの恐怖と混乱が最大に達した。

キュアサニー・H「うわあああああ!」

サニー、マキシマムドライブ!

サニーの必殺技、サニーファイヤー・グレネードが発動する。だが、狙いは大きく外れマジョリーナに命中することはなかった。

マジョリーナ・T「ざんねん。ハズレ」

キュアサニー・H「あ、ああ、そんな……」

恐怖で手足が震えた状態で放った技に命中精度を問う方が酷な話。もし仮に震えがなかったとしても、テラー・メモリの能力で恐怖心を増幅させられたサニーはマジョリーナを直視することはできなかった。こうなると、もう命中以前の問題である。

ただでさえ序盤から飛ばしていたサニーの体力は大技の発動で更に消耗し、崩れるように両膝を地面につく。そこで初めて、自分が黒い不穏なエネルギーの溜まりに浸かっていたことに気付いた。

キュアサニー・H「なんやねん!? この気味の悪いドス黒いもんは……」

マジョリーナ・T「それはテラーフィールド。あなたを恐怖の虜にするエネルギーよ」

テラーフィールドと呼ばれた黒いエネルギー溜まりは、まるで底なし沼のように、ゆっくりとサニーを飲み込もうとしていた。

キュアサニー・H「うおおおおお!」

力を振り絞り、右拳に炎を纏わせ、テラーフィールドの発生している地面をブッ叩く。パンチで巻き起こった爆風の威力でサニーは外へと飛び出し、完全にテラーフィールドへと沈む前に脱出に成功した。

キュアサニー・H「はぁ、はぁ、はぁ……」

マジョリーナ・T「驚いた。そんな荒業でテラーフィールドから抜け出すなんて。でももう、立ってるのがやっとって感じね」

マジョリーナはゆっくりと近づくと、サニーの胸にそっと手を当てる。

マジョリーナ・T「体は傷つけないから安心しなさい。ただ、あなたの心は破壊させてもらうけどね」

マジョリーナの発する負のエネルギーが、サニーの心にゆっくりと染み込んでいった。

???『……ちゃん。……ねちゃんてば』

あかね(……うん? なんや、誰かが呼んどる……)

???『全然起きないね。あかねちゃん』

???『おーい、あかね。授業終わったよー』

あかね(ああ……せやった。うち、居眠りしとったんや)

???『起きてください、あかねさん。一緒に帰りましょう』

いつもの教室。いつもの友達。見慣れた日常。

悪い夢を見ていた気がする。

どんな夢だった?

思い出せない。

多分、その程度の夢。所詮は夢。なんてことはない。全てを忘れてしまおう。

あかね(……ホントニ?)

みゆき「ん? どうしたの? あかねちゃん?」

なお「あかねのやつ、まだ寝ぼけてるんだよ」

やよい「あはは、あかねちゃんらしい」

れいか「気持ち良さそうに寝ていましたものね」

昇降口を出て、校門までの道を歩く。さっきから妙な感覚が頭の中を渦巻いている。記憶にモヤがかかったような、形容し難い感覚。仲間の楽しそうな雑談も、まったく耳に入って来ない。

あかね(……ナカマ?)

みゆき「あ、そういえばこの間テレビでやっていた屋台のドーナツ屋さんがさぁ」

やよい「見た見た! おいしそーだったよね!」

れいか「その街でしたら、ここからもそう遠くはないですね」

あかね「……」

なお「さっきから変だよ、あかね。どうかしたの?」

あかね「……へっ? 何が?」

みゆき「なんか、ボーっとしてるっていうか……」

やよい「あかねちゃんが食べ物の話に食いつかないなんて、調子狂っちゃうよ」

あかね「そ、そんなことあらへんよ? ドーナツな。よっしゃ、今度みんなで食べいこか!」

あかね(……ミンナ?)

れいか「……あかねさん?」

あかね「なあ、みんな。なんか……足りなくない?

みゆき「足りないって、何が?」

あかね「何がって……それは、はっきりと思い出せんけど……」

やよい「くすくす。おかしなあかねちゃん」

なお「まだ目が覚めてないなら、校庭を一っ走りしてくる? 付き合うよ?」

あかね「ちゃうよ! 絶対、何か忘れとる。大事な……大事な何かを」

れいか「うふふ、へんなあかねさん。そんなに大事なら、忘れるわけないじゃありませんか」

あかね「そうなんよ! だから、だから何かがおかしいねんって!」

みゆき「……おかしいのはあかねちゃんだよ」

あかね「えっ?」

みゆき「どうして思い出そうとするの? この世界なら、ずっと楽しくやっていける」

やよい「都合の良い思い出の中なら、傷つくことも悲しむこともない」

なお「みんな笑顔で、満たされていて」

れいか「なのに、何が足りないと仰るんです?」

あかね「こんなのまやかしや。嘘っぱちや! なんで、なんでもう一人の仲間のことを思い出さんの!?」

みゆき「もう一人?」

あかね「うちらの大切な仲間。キャンディのことやん!」

みゆき「……忘れてさえいれば、楽だったのに」

突如、世界がバッドエンド色に変わり、空間にひびが入り、ガラスが割れたような大きな音が響いた。

???「ギャァオオオオ!!」

空間のひびから現れたのは、禍々しいオーラを放つ巨大な化け物だった。巨大で特徴的な青い頭部。ギョロリと見開いたおぞましい目。広げた口は、全てを砕かんと歯をガチガチと噛み鳴らしていた。

テラードラゴン「ガルルルルル!!」

あかね「な、なんやねん! このバケモンは!?」

空中で長い胴をグネグネとうねらせ、化け物はこちらの存在に気付くと、巨大な口を広げて急降下してきた。あかねは逃げようと振り返るが、誰一人それに続かない。微動だにせず、皆一様に生気のない瞳であかねを見つめているだけだった。

あかね「なんで逃げへんの!?」

みゆき「逃げられないよ。どこにもね」

みゆきは、確かに笑っていた。その直後、あかねの頭上に生温い赤い雨が降る。

あかね「あ、ああ、あああああ!!」

みゆきの首が、消えた。

あかね「みゆきぃぃぃいいい!!」

大口を開けて迫ってきたテラードラゴンの一噛み。頭部を失ったみゆきの胴体は、大量の血を噴水のように噴き出しながらその場に崩れ落ちた。――世界に、またひとつひびが入る。

テラードラゴンは空中で肉塊を咀嚼しながら、次の獲物に狙いを定める。

あかね「はっ!? やよい! 危ない!」

やよい「……」

低空飛行で襲ってきたテラードラゴンはやよいにかぶりついた。その場には夥しい血溜まりと、千切れた右手一本を残して。

あかね「や……よい……」

とうとう立っていられなくなったあかねは、腰を抜かしたようにその場へへたり込む。ふと、手に何かが触れた。さらさらと、柔らかい何かが。それが何かを理解するまで、そう時間はかからなかった。

あかね「そ……そんな。なんでこんな……」

サッカーボールくらいの大きさの丸い肉塊。顔こそ潰れてわからなかったが、緑色の毛髪と黄色いリボンがそれが何物かを教えていた。

あかね「なお!!」

カチカチと噛み鳴らす歯音が、自分のものだけじゃないとわかったとき、あかねはハッと視線を上げる。

テラードラゴン「クッチャクッチャ」

まさに目と鼻の先にそれはいた。ガムでも噛んでいるかのように口を動かし、ただ、じっとあかねを見ていた。しばらくすると、化物は咀嚼していたものをあかねの目の前で吐き出した。

れいか「」

あかね「れい……か……」

絶望が溢れだし、ひび割れた世界が徐々に赤黒く染まっていく。あかねの心を闇が侵食していった。

マジョリーナ「フェッフェッフェ! いくら命知らずの怖いもの知らずでも、他人のことにまでは無関心になれない。お前のその優しさが最大の弱点だわさ。その弱さに付け入り、恐怖と絶望で心を壊す! テラー・メモリに敵は無いだわさ!」

醜悪な笑みに顔をくしゃくしゃにする老婆は、一つの指輪を取り出した。

マジョリーナ「さて、欲しいものは手に入っただわさ。心が壊れたサニーはもはや魂の抜け殻同然。あとはこの『イレカワール』でサニーの肉体を乗っ取って、ハッピーとライダー共を騙し打つだわさ」

マジョリーナがサニーの左手の中指にイレカワールをはめようとした時、第三者の声がした。

???「その悪趣味な指輪、婆さんが作ったのかい?」

マジョリーナ「どうやってここへ!? バッドエンド王国にやって来れる人間なんて、普通じゃないだわさ!」

???「ちょっと人探しをね。でも、どうやらここにはいないらしい」

マジョリーナ「お前、いったい何者だわさ!」

???「俺か? 俺は……」

男は指輪をはめた右手を腰の前へかざした。

ドライバー オン!

手の形をしたバックルのベルトに、男は左手に輝く赤い指輪をかざす。

フレイム! プリーズ!

晴人「変身ッ!」

ヒー! ヒー! ヒーヒーヒー!

炎の魔法陣に包まれた男は、ベルトにかざした左手の指輪の形によく似た赤い仮面に黒い外套に身を包んだ仮面ライダーへと変身した。

仮面ライダーウィザード「通りすがりの法使いさ」

マジョリーナ「きぃぃぃ! 見たことのない仮面ライダーだわさ! そんでもって、アタシと同じ魔法使いってのが気に入らないだわさ!」

ウィザード「気が合うね。そこだけは共感できる」

マジョリーナ「生意気な奴だわさ! ハン、ちょうどいいだわさ。キュアサニーの性能をこいつで試すだわさ!」

サニーは操られるようにゆっくりと右手を前に差し出す。マジョリーナはサニーへ向かってイレカワールを投げたが、ウィザードの武器であるウィザーソードガンから放たれた確無比の弾丸が悪しき指輪を砕いた。

ウィザード「これ以上、その娘には手を出させない」

マジョリーナ「銀の銃弾! ちぃっ、イレカワールが粉々だわさ。けど、もう遅いだわさ。キュアサニーの心に侵入したテラードラゴンのせいで精神はズタボロ。恐怖と絶望の淵に堕ちただわさ!」

ウィザード「それはどうかな?」

マジョリーナ「なにィ?」

ウィザード「確かに人の心は脆い。恐怖や絶望で簡単に壊れてしまうほどに。けれど、同時に人は心の中にそれらに立ち向かう勇気と希望も持っている。俺は、彼女の中にその輝きを見た」

ウィザードは、腰のリングホルダーから指輪を一つ取り出すと、サニーの左手の薬指にそっとはめた。そして、サニーの手をベルトのバックルへと向かわせる。

エンゲージ!

>>78

確無比=×
正確無比=○

キュアサニー・H「指輪? 左手の薬指って……えっ? えっ!?」

困惑するサニーに、変身を解除した晴人が話しかけた。

晴人「ああ、それはエンゲージリングさ」

キュアサニー・H「誰やねん?! このイケメン!」

晴人「誰って、さっき君の心の中で会ったでしょ」

そう言うと、晴人はフレイムウィザードリングをサニーに見せる。

キュアサニー・H(えっ、ってゆーか、なにこれ。もしかしてうち、年上のイケメンにプロポーズされてん? どどど、どないしよ! 急にそんなこと言われてもうちまだ中学生やし……)

晴人「あの……聞いてる?」

キュアサニー・H「へっ!? えーと、なんやっけ?」

晴人「まず、あの婆さん倒すのが先じゃないかな?」

キュアサニー・H「せやった。プロポーズされててすっかり忘れとったわ。きっちり落し前つけさしたる!」

晴人「(うん? プロポーズ?)あの魔女と闘うなら、こいつを貸すよ」

晴人はそう言うと、腰につけていたチェーンのリングホルダーをサニーへ手渡す。

キュアサニー・H「なんなん? これ?」

晴人「魔法の指輪さ。きっと君の役に立つ」

マジョリーナ「アタシを無視するなんて、いい度胸だわさ!」

煙に包まれたマジョリーナは再び若返ると、テラードラゴンを王冠の姿へ戻し頭に装着した。

マジョリーナ・T「もう一度絶望させてやるわ! マジョリーナタイムよ!」

サニーは先ほど晴人から受け取ったホルダーを腰につけると、そこからリングを一つ選び、指にはめた。

キュアサニー・H「うちはもう絶望せえへんよ。見せたる、希望の力を!」

フレイム! ヒート!ヒー! ヒー! ヒーヒーヒー!

キュアサニー・フレイムスタイル「なら、こっちはショータイムや!」

真紅の輝きを指輪に宿し、漆黒の魔法衣を熱風に靡かせる。ガイアメモリにウィザードリングの力を加えた新たなキュアサニーを前に、マジョリーナの額にうっすらと汗が滲んだ。それが、目の前から押し寄せる圧倒的な熱量のせいだけではないということを身をもって知ることとなる。

マジョリーナ・T「テラーフィールドをもう一度喰らいな!」

恐怖を増大させるエネルギーをサニーへ向けて放つ。サニーはそれを避けることはせずに攻撃を受けた。足元に絡みつく黒いエネルギーが触手のように伸び、サニーの体を伝い上っていこうとしているが、忽ち胃燃えて灰となっていく。テラーフィールドをものともせず、サニーは一歩一歩マジョリーナへと近づいていく。

マジョリーナ・T「ちぃッ! テラードラゴン!」

青い王冠が再びテラードラゴンの姿に変わり、サニーへ向かって襲いかかる。

マジョリーナ・T「この子は精神世界よりコッチの方が専門なのさ! 噛み砕かれろ!」

キュアサニー・FS「目には目を、歯には歯を。ドラゴンにはドラゴンや!」

サニーは腰のホルダーから、また別の指輪を選び、指にはめた。

シャバドゥビタッチヘンシーン!

フレイム! ドォラァゴォン!

ボゥ! ボゥ! ボゥボゥボゥ!

キュアサニー・フレイムドラゴン「さらにこいつで!」

ルパッチマジックタッチゴー!

コピー!

狂ったように突進してきたテラードラゴンを、サニーはコピーリングで複製したウィザーソードガンの二刀流で迎え撃つ。

丸飲みにせんと大口を開けて向かってきたテラードラゴンの顎が閉まろうとするその瞬間を狙い、サニーは手にしていた二本の剣を口の中に放りこんだ。

テラードラゴン「!!?」

二本の剣はつっかえ棒のようにテラードラゴンの口にはまり、口を閉じることが出来なくなってしまっていた。

キュアサニー・FD「腹減ってるんやったら、これでも喰らい!」

サニーの胸部から顔を出したウィザードラゴンの口が開き、凄まじい炎を吹き出す。

フレイムドラゴンの必殺技、ドラゴンブレスを口内から文字通り喰らったテラードラゴンは体中から煙をあげ、忽ち真っ黒に炭化していった。

マジョリーナ・T「そ、そんな……そんな……」

目を疑うような、繰り広げられる希望の逆襲。攻勢は今、完全に逆転した。

キュアサニー・FD「今度はとびっきりのやつ、見せたる」

マジョリーナの技をすべて真っ向からねじ伏せていったサニーは、今までの赤い指輪とは違う指輪を手に取った。

シャバドゥビタッチヘンシーン!

イーンフィニティー!

ヒースイフードー ボーザバビュードゴーン!!

マジョリーナは心底戦慄した。切り札であったテラードラゴンが二度も倒されたこと。サニーの瞳から完全に怯えや恐怖の色が消えたこと。なにより、今のサニーの魔力が測定することすら馬鹿馬鹿しく思えるほど急激に跳ね上がったからだ。

マジョリーナ・T「あ……ああ……」

淡い水色の炎と煌びやかな白金のドレスを纏い、右手にはドラゴンを模した黒い斧剣。マジョリーナには、その気品溢れるまばゆい立ち姿が処刑人のように恐ろしく見えた。

キュアサニー・インフィニティースタイル「これで……フィナーレや!」

サニーは斧剣、アックスカリバーについている手形のマークを一回叩いた。

ハイターッチ!

シャイニングストラーイク!

キラキラ! キラキラ!

アックスカリバーの斧刃が虹色に発光を始める。強大な魔力を帯びた希望の光は徐々に激しさを増し、絶望が絶望するには充分過ぎる輝きを放っていた。

キュアサニー・IS「プリキュア! ドラゴンシャイニング!」

巨大化したアックスカリバーが振り下ろされ、絶望と恐怖を打ち砕いた。マジョリーナの体から排出され、破損したテラーのメモリはサニーの炎で燃えている。そのゆらめく炎の中に、崩壊する洋館で踊る初老の夫婦の幻影を人知れず映していた。

ドライブの2号ライダー「仮面ライダーマッハ」の存在をついさっき知り、あまりものショックに便意を催したのでちょいと離れます

俺とフィリップ、そしてみゆき……いや、ハッピーは三幹部と他の仲間を残し、先を急ぐ。目指すは眼前の岩山に聳える磔台。そこにみゆきたちの大事な友達が捕えられているらしい。

キュアハッピー「……」

ハードボイルダーの横を並走しているハッピーは浮かない顔をしている。無理もねぇ。今すぐ戻って仲間の助けに駆け付けたい気持ちと、捕らわれの友人を救いたいという気持ちの葛藤。ハッピーの走りを鈍らせるには充分な理由だ。

フィリップ「ハッピー。足踏みしている暇はない。余力があるのなら、今は一歩でも先へ進むべきだ」

キュアハッピー「そう……ですよね。早くキャンディを助けなきゃ……」

ハッピーが俺たちの一歩前へ進む。俺もそれに続いてバイクを加速させる。だが、今度は並走はしない。

フィリップ「どうしたんだい? 翔太朗。君も急ぎたまえよ」

翔太朗「バカ野郎。お前、もうちょっと言葉を選びやがれ」

今、ハッピーの隣に並んじまったら、きっとハッピーの泣き顔を見ちまう。さっき風に流れていった水滴が、涙じゃなければだが。

フィリップ「優しさと甘さは違うよ。その甘さが時として状況判断能力を鈍らせる。君をハーフボイルドたらしめる一番の要因だよ」

嗚呼、チクショウ。耳が痛え。ムカつくが、事実だ。こいつはいつも的確に俺の欠点をズバズバ言いやがる。……いや、こいつだけじゃねぇ。きっと生きてりゃ、おやっさんも同じことを言っただろうよ。

フィリップ「まあ、それが君の欠点ではあるけれど、同時に長所でもあることは確かさ」

翔太朗「あー、そうかい。そりゃありがとよ」

甘くて結構。ハーフボイルドで結構。俺は俺のやり方で依頼人を守り、かつ依頼を遂行する。ダブルになれねぇ今の俺に何ができるかはわからねぇが、でもきっと――

フィリップ「止まるんだ、翔太朗!」

後部座席からのフィリップの声に、俺は慌ててブレーキをかける。

翔太朗「どうした、フィリップ!」

ジョーカー「んふっふっふ、美しい友情ですねぇ。……ですが、ここから先は通行止めですよ」

ハッピー「ジョーカー!」

宙に浮きながら、不気味な笑みを浮かべる道化師が一人。只ならぬ雰囲気を醸し出しているそいつは、トランプの束から三枚抜き出し、手裏剣のようにこちらへと向けて投げた。

れいか「させません!」

迫りくる三枚の紙刃を、三本の矢が精確に射抜く。矢が放たれた方向を見れば、弓を構えたれいかがそこにいた。ここに来るときに何か妙な荷物を持っているとは思っていたが、まさか弓道用の弓だったとは。

れいか「ここは私に任せて、翔太朗さんとハッピーは先へ行ってください」

俺はこのれいかって娘のことを見誤っていたらしい。五人の中で一番知的で冷静、大人しい性格だと思っていた。

ハッピー「駄目だよれいかちゃん! だって変身もできないのに――」

れいか「お行きなさい!!」

裂帛の一喝。ハッピーの肩がビクンと震えた。

ハッピー「れいかちゃん」

れいか「びっくりさせてすみませんでした。でも、信じてください。私は必ず勝ちます。そして、約束します。全員揃って無事にここから帰ると」

凛然たる姿勢と優しく微笑んだ眼差しの中に、俺はれいかという少女の覚悟を見た。

翔太朗「行くぞ、ハッピー」

ハッピー「れいかちゃん。……信じてるから!」

ジョーカー「残念。行ってしまった」

れいか「悪知恵のはたらくあなたのこと。こうして最後に現れると思っていました」

ジョーカー「んっふっふ。キミ、おもしろいなぁ。でも、いけませんねぇ。嘘はよくない。必ず勝つだなんて……。変身も出来ない今のあなたに、一体何ができると言うんです?」

れいか「できるかどうかではありません。仲間の信頼に応える為にも、私はやるべきことをやるだけです!」

れいかはジョーカーへ向かって弓を構えると、弦を目いっぱい引き絞り矢を放つ。

ジョーカー「あくびが出ますねぇ」

向かってくる高速の矢を、ジョーカーは右手の人差指と中指の間であっさり止めてしまった。

れいか「はっ!?」

れいかの目の前から消えたジョーカーは、いつの間にかれいかの背後へと回り込んでいた。

ジョーカー「少々見縊っていませんか? 本気でこんなオモチャで我々を倒せるとでも?」

ジョーカーはれいかの後ろ髪を撫であげると、それを舌でベロリと舐めようとした。れいかはすぐさま振り返り、髪に触れていたジョーカーの手を払いのける。

れいか「見縊っているのはあなたのほうです、ジョーカー」

ジョーカー「なにぃ?」

れいか「無策であなた方に挑むほど、私は驕ってはいません」

ジョーカー「こ、これは……!?」

れいかの言葉が嘘や偽りでないことを、ジョーカーは己の手を見て悟った。先ほど、れいかが払った手が僅かに凍っていたのだ。

ジョーカーの思考を支配したのは驚愕よりも疑問。スマイルパクトも無しに、何故氷の能力を操れるのか。じっと黙ったまま凍った己の手を見るめること数秒。すぐに答えは出た。それと同時に凍った手を握り締め、覆っていた薄氷を割った。

ジョーカー「くふっ、くふふ、あはははは! そういうコトか! キミ、とことんおもしろいよ! まさかそんな手で対抗してくるなんて」

れいか「私は仲間との約束を果たします。例え、再び悪魔に堕ちようとも!」

アイスエイジ!

れいかの手にはT2アイスエイジのメモリ。もっと力を。その願いに応えるように、メモリはれいかの腕から体内へと侵入していく。

アイスエイジ・ドーパント「グオオオオオオ!」

I・ドーパントの咆哮が大気を震わせ、辺り一面を氷で覆っていく。荒れ狂う吹雪の中を、I・ドーパントは双眸を光らせながらゆっくりとジョーカーへ歩み寄る。

I・ドーパント「グルアアアアア!」

突然の加速。凍った地面をスケートのように滑り、一気にジョーカーへと詰め寄る。振り上げた拳を全体重を乗っけて前方へと突き出す。

ジョーカー「うひぃ!」

迫る狂拳を慌てて避けたジョーカー。標的を外れたI・ドーパントの拳はジョーカーの元いた場所の後ろにあった岩へ直撃。拳が触れた岩は凍結し、そのまま粉砕。当然、当たればジョーカーとて無事では済まない。

ジョーカー「……」

予想以上の破壊力に、ジョーカーはただただ息を呑んだ。アイスエイジのメモリの力をこれほどまでに引き出した事例は、園崎のデータにも財団Xの資料にもなかった。何よりジョーカーを驚かせたのは、あの〝青木れいか〟が理性を捨ててまで力を欲したこと。五人で一番知的かつ、冷静なあの彼女が力を欲するが故に最も愚かな選択をしたこと。

ジョーカー「嗚呼、ゾクゾクするなぁ。やはりキミは素晴らしいよ。キュアビューティ」

美という名とは正反対の、醜悪な姿に変貌したれいかの姿にジョーカーはかつてないほどの興奮を覚えた。

ジョーカー「麗しい友情。眩しい情熱。希望への執念。乾坤一擲の覚悟。今のあなたが持つどれもが愛おしい」

ジョーカーはどこからか取り出したカードの束を頭上へ向けてばら撒く。それらすべてが空中でガイアメモリへと変化した。

アクセル! バード! サイクロン! ダミー! etc..

ジョーカー「更にコレを」

ジョーカーは同じ数の赤っ鼻を取り出し、メモリへ与えた。赤っ鼻はメモリの媒体となり、ドーパント・アカンベェへと姿を変えていく。

A to Zドーパント・アカンベェ「アッカンベェ!」

ジョーカー「ここからは私のコレクション。計25体のドーパント・アカンベェたちがお相手しましょう。仮面舞踏会の始まりです。さあ、存分に輝いてください」

パチンと指を鳴らしたと同時にドーパント・アカンベェたちはI・ドーパントへ向かって突撃していく。

I・ドーパント「オオオオオオオオ!」

攻撃を避けることも防ぐこともしない。I・ドーパントは、敵の攻撃を受けながらも自身の攻撃を放っていく。殴られては殴り返し、また殴っては殴られる。そうして真っ向からぶつかり、力のみでドーパント・アカンベェを一体ずつ次々とねじ伏せていく。

ジョーカー「んっふっふ、やりますねェ。実にスバラシイ!」

ジョーカーが使用したメモリの大半は彼が独自に作り出した複製ガイアメモリ。まがい物の粗悪品故に能力は通常のそれと比べて一段落ちる。だが、中には正規品のガイアメモリも含まれている。1対25の圧倒的戦力差。多勢に無勢の圧倒的な大逆境。それでも、I・ドーパントは止まらない。

I・ドーパント「グルアアアアアア!」

一体倒すたびに一歩前へ。傷だらけで、ボロボロになりながらも遂には25体全てを蹴散らし、ジョーカーまで辿り着いたI・ドーパント。既に満身創痍なのは一目瞭然だった。拳を再び振り上げて再びジョーカーへ襲いかかる。しかし、今度のジョーカーは避ける素振りは見せなかった。

ジョーカー「ああ、そうそう。もう一枚カードがあったのを言い忘れてました」

ジョーカーは手に隠していたカードを一枚取り出すと、それを手品のように一瞬でガイアメモリへ変えた。ジョーカーは上を向いたまま口を開けると、そのメモリを飲み込んだ。

それは、先ほどねじ伏せたユニコーン・アカンベェのメモリとは全く異なる形状をしているが、同じ〝U〟のアルファベットが刻まれたメモリ。理想郷の名を冠した最凶最悪のメモリである。

ユートピア!

ジョーカー・ユートピア「ククク、あはははは! ざぁんねん! 惜しかったですねぇ!」

メモリの力で変身した金色の道化師はマントを翻し、今まさに鼻先へと触れようとしていた拳を右手の人差指一本で止めた。

ジョーカー・U「あなたの希望の力は大きければ大きいほど、このユートピアメモリの糧となる」

ジョーカーの指に触れた拳は、そのまま振り抜くことも引くことも叶わぬままピタリとくっ付くように固定されてしまっていた。離れなくなった拳から見るみる内にジョーカーへエネルギーを吸い取られていく。相手のエネルギーを吸い取るユートピアメモリの能力の一つである。

れいか「うくっ……ううっ……」

力を吸い取られたアイスエイジのメモリは機能を停止し、れいかの体外へ放出された。変身が解けたれいかは、握り拳をそのままにジョーカーを睨む。まったく歯が立たないことへの悔しさと自分への不甲斐なさで、止めどなく涙が頬を伝い、地面を濡らした。

ジョーカー・U「マジョリーナさんにお貸ししていたアイスエイジのメモリを含めてようやく26本。あなたのアイで今、私のコレクションはコンプリートされました」

ジョーカー・U「クククッ、良い表情ですよキュアビューティ。いや、ただの青木れいかさん。絶望に彩られた涙。我らバッドエンド王国の住民には何よりの甘露です」

れいか「きゃあっ!?」

舌なめずりを一つに、ジョーカーはれいかの頬を平手で叩いた。倒れたれいかの口元は切れ、血を流している。

ジョーカー・U「ひとつ、取引しませんか?」

仮面の下からでもわかるほど、道化師は醜悪に笑った。

ジョーカー・U「私は本当にあなたのコトが大好きなんです。ここで始末してしまうのは惜しいと思ってしまう程に。ですから、あなたには是非、私と共に〝こちら側〟へ来ていただきたい」

れいか「なっ!? そんなこと――」

ジョーカー・U「もちろん、タダでとは言いません。他のプリキュア四人とキャンディ。彼女らを直ちに解放しましょう」

れいか「!?」

悪魔の甘美な囁きは尚も続く。

ジョーカー・U「ピエーロ様復活を目前にし、力の殆どを失ったあなたたちにはこれ以上の抵抗は無意味。大人しく我々に従えば決して悪いようには致しませんよ? そうだ。ついでにピエーロ様の復活の暁には、あなたの家族やお友達は滅ぼさないであげます」

れいか「なんて卑劣な……」

ジョーカー・U「どうです? 悪い条件ではないでしょう? あなた一人こちらへ来るだけでお友達は皆、無事にお家へ帰れるのですよ」

れいか「……その約束は、必ず守っていただけるんですね?」

ジョーカー・U「もちろんですとも! 私とあなたでこの世界を二人の理想郷へと造り変えようではありませんか! さあ、この手をとって」

れいか(私が……私一人が犠牲になれば……)

れいかがジョーカーの手を取ろうとしたその時、二人の間を隔てて強い風が吹いた。直後、れいかへと差し出されたジョーカーの右手首がボトリと地面へ落ちた。

ジョーカー・U「こっ……これは……!?」

キュアマーチ・C「そいつの口車に乗っちゃダメだ! れいか!」

ジョーカー・U「キュアマーチ?!」

キュアマーチ・C「れいかから離れろ! ジョーカー!」

駆け付けたマーチはもう一度足を振り上げ、蹴りと同時に風の刃をジョーカーへ向けて飛ばす。

ジョーカー・U「ちィッ、邪魔をするな!」

残っている左手でジョーカーはトランプのカードを数枚、手裏剣のようにマーチへ向けて投げる。カードは全てマーチへと命中したが、それと同時にマーチの体は火花を放ち消滅した。

ジョーカー・U「幻影だと!? ルナメモリの能力か!」

キュアピース・L「れいかちゃんには、指一本触れさせないもん!」

ジョーカー・U「飛んで火に入るなんとやら。二人まとめて捻り潰してあげましょう!」

キュアサニー・H「どこ見とんねん! 二人やないでぇ! そんで、火に入るのはお前のほうや!」

ジョーカー・U「なっ、上かっ!?」

キュアサニー・H「プリキュア! サニーファイヤー!」

高く跳躍したサニーが地上のジョーカーへ目掛けて巨大な火の玉を打ち落とす。隕石のように凄まじいスピードで落下してきたサニーファイヤーをまともに喰らったジョーカーは、忽ち爆炎で包まれた。

ジョーカー・U「ぎゃああああああ!! 体が燃えるゥゥゥ!! ……なぁんちゃって」

炎の中で悶えていたジョーカーは身じろぎをやめると、纏わりついていた炎を吹き飛ばした。

ジョーカー・U「んっふっふっふ、今のはなかなか良かったですよ。ですが、まだ足りない」

キュアピース・L「うそっ!?」

キュアマーチ・C「私たちの技が……」

キュアサニー・H「効いてへんのか!」

ジョーカー・U「その程度の甘っちょろい攻撃では私の理想郷は壊せない。攻撃とは即ち、このようなものを言います」

ジョーカーがパチンと指を鳴らすと、見えない何かに強い力で地面へ引き寄せられるように三人は同時に膝から崩れた。

キュアサニー・H「な、なんやの。これ……」

ジョーカー・U「どぉーです? ユートピアメモリの真骨頂、重力操作の味は。今はまだ序の口ですが、更に力を加えれば……」

ジョーカーが立てた親指を逆さに返すと、三人にかかった重力は更に強くなった。

キュアサニー・H「あああああっ!」

キュアマーチ・C「体中の骨が軋んで……このままじゃ……」

キュアピース・L「つ、潰されちゃう!」

ジョーカー・U「クククッ、存分に堪能してください。ユートピアの重力結界を。あと少し。ほんのちょっと力を加えるだけでお友達はペシャンコ。さあ、れいかさん。彼女たちを助けるも見捨てるも、あなた次第ですよ?」

れいか「わかりました! わかりましたから三人を――」

キュアマーチ・C「れいかァァァアア!!」

れいか「な、なお?」

キュアサニー・H「……アカンよ。れいか。それだけは……それだけは死んでも聞きとうない」

れいか「あかねさん……」

キュアピース・L「帰るんだもん。皆揃って帰るんだもん! キャンディも……れいかちゃんも!!」

れいか「やよいさん」


みゆき『れいかちゃん。……信じてるから!』


れいか「み……ゆき……さん」

ジョーカー・U「おんやぁ? 皆さん圧死一歩手前だというのにまだ随分と元気があるご様子。でしたら、もう一段階重力を強くして――」

れいか「……待ってください」

れいかは、三人のプリキュアを庇うように両手を広げて立ちふさがった。

れいか「私は危うく見失うところでした。自分にとって、何が一番大切かを」

ジョーカー・U「では、お仲間の為に自らを差し出す覚悟は決まったと?」

れいか「答えはノーです。私はあなたに屈しはしない。最後まで戦い抜き、そして必ず勝ちます」

ジョーカー・U「ハァ~? 気でも触れてしまったのですか? この状況をご覧なさい。あなた方に勝機など欠片ほども残されていないではありませんか」

れいか「お黙りなさい! 外道!」

ジョーカー・U「!?」

れいか「どんな困難や障害が立ちはだかろうとも。そこが例え茨の道であろうとも。私はもう迷わない。進むべき道は見えました。私は仲間と共にその道を進む!」

ジョーカー・U「聡明なあなたなら、きっと正しい判断ができると思っていたのに。私、ショックです」

ジョーカーの手に黒いバッドエナジーが集まり、それは徐々に大きな球体へと変わっていく。

ジョーカー・U「友情などに絆されて冷静さを欠いたことを、地獄で悔いなさい」

れいか「その台詞、そのままお返しします。そしてこれが、私の答えです」

トリガァー!

れいかの手には一本の青いメモリ。それは失われていたダブルの持つ六本のメモリのうちの一本である。

ジョーカー・U「トリガーメモリ! いつの間に!」

れいか「プリキュア! スマイルチャージ!」

キュアビューティ・トリガー「しんしんと降り積もる清き心。キュアビューティ・トリガー!」

銃撃手の記憶が封じられしメモリが、れいかに新たな力を与える。ビューティは腰のホルスターにある青い拳銃を抜くと、指でクルクルと回しながら持ち構えた。

ジョーカー・U「そのメモリは私が回収したダブルのメモリのひとつ。まさか、AからZまである中からそのメモリを選んで変身するとは。しかァし! 変身したからといって、この状況が打開できるとは思えませんがねェ!」

ビューティに向けて黒いエネルギー弾を放つジョーカー。ビューティはそれを避けながらトリガーメモリ専用の武器、トリガーマグナムでジョーカーを狙い撃つ。しかし、ビューティの攻撃もまたジョーカーへは当たらなかった。

ジョーカー・U「どこを狙ってるんですか? そんな攻撃では、私に当てることはできませんよ」

ジョーカーはビューティの弾丸を避けながら、徐々に間合いを詰めていく。そして、ジョーカーは遂にビューティの目の前に立つ。伸ばせば、その首に手が届く距離まで。

ジョーカー・U「鬼ごっこは終わりです。キュアビューティ!」

不気味に嘲笑う道化師の手刀がビューティの首筋を切り裂いた。肉特有の柔らかい感触と血飛沫の生温かさを期待していたが、それとは全く逆の冷たく硬い感触だった。

ジョーカー・U「氷の彫像!? なら、本体は……後ろか!?」

キュアビューティ・T「メモリよ、私に力を!」

ビューティ・マキシマムドライブ!

トリガーマグナムから発せられるけたたましい警報が開始の合図。スロットに差し込まれたメモリのエネルギーが徐々に弾丸へ変換されていく。ビューティは両手で構えたトリガーマグナムの引き金をジョーカーへ向けて引いた。

ジョーカー・U「おもしろい! 受けて立ちましょう!」

ジョーカーは振り向きざまに手に溜めていた巨大なバッドエナジーをトリガーマグナムから放たれた光線を迎え撃つように放った。ぶつかり合う白と黒。それらは互いに混じり合い、行き場を無くしたエネルギーは膨張し続け、やがて破裂し大きな爆発となった。

やよい「あ、あれ? 体が軽い。重力が元に戻ったみたい」

あかね「うちらの変身も解けてもうてるけどな」

なお「それよりれいかは。れいかはどうなったの?」

静かに爆煙が風に流されていく。最初に姿が確認できたのはれいかだった。

れいか「はぁ、はぁ、はぁ……」

れいかも三人と同様に変身が解けており、立っているのがやっとだとわかるほどボロボロの状態だった。

ジョーカー・U「クックックッ、だから言ったでしょう。無駄だって」

次に姿を見せたのはジョーカー。満身創痍のれいかに対してジョーカーは無傷。

ジョーカー・U「さあ、今度こそバッドエンドです」

れいか「クスッ」

ジョーカー・U「なにがおかしいんです? この一撃であなたの希望は潰えて――」

全身全霊を込めたビューティの攻撃は失敗に終わったと思われた。しかし、そうではなかった。

ジョーカー・U「こ、これはっ!? メモリが! ユートピアメモリの機能が停止していくだと?! ……うぷっ! おえええええ!」

突如、カラダの奥から込み上げてきた吐き気を抑えることができず、堪らずジョーカーはその場で激しく嘔吐した。吐しゃ物に混じり、ユートピアメモリも体外へ排出された。

ジョーカー「そんなバカな。いったい何故……」

れいか「あなたのコレクションの一つ。これも使わせてもらいました」

れいかの手にしていたトリガーマグナムのスロットから薬莢のように排出されたのはトリガーメモリではなく、全く別の白いメモリ。刻まれたイニシャルはE。理想郷すらも〝永遠〟の彼方へと追いやるほど、強大な力を秘めたメモリ。

ジョーカー「それは、エターナルメモリ!?」

れいか「このメモリの能力をトリガーマグナムで発動させました。たまたま手近にあったメモリを取っただけなのですが、どうやらこのメモリには他のメモリの機能を強制的に停止させる効果があったようですね」

やよい「そっか。だから私たちの変身も解けてたんだ!」

あかね「やるやん! れいか!」

ジョーカー「偶然とはいえユートピアを封殺したことは褒めてあげましょう。ですが、結局は振り出し! いや、状況は更に悪化した。変身を解いてしまった自らの愚かさを呪いながら死になさい!」

ジョーカーは手にしていたトランプを剣へと変え、れいかへと襲いかかった。

れいか「愚かなのはあなたです、ジョーカー。どこまでも傲慢で、己の力を過信したばかりに周りが見えてはいなかったのがその証拠。私の狙いはトリガーでもエターナルでもありません。真の切り札はこれです」

れいかの手には赤っ鼻。それは徐々に浄化され、やがてひとつのデコルへ姿を変えていく。

ジョーカー「!!?」

れいか「あれだけ大量の赤っ鼻を作るのに、私たちから奪ったデコルも使用しているということはなんとなく察しがつきました。最も大事なのはあの中から〝これ〟を探し出せるかどうか。それ以外はオマケみたいなもの。本当に間に合って良かった」

ジョーカー「あなたは最初から、私を攻撃するフリをしてそいつを探していたのですか!? トリガーも、エターナルさえもフェイクだったと!?」

れいか「なお! スマイルパクトを!」

なお「受け取って! れいか!」

れいかは、青いリボンの変身デコルをなおから受け取ったスマイルパクトへとセットした。

キュアビューティ「策は既に成りました。これでチェックメイトです」

ビューティに変身したれいかは瞬時に氷で剣を作り出し、迫りくるジョーカーの凶刃を防ぐ。鍔迫り合いの末、ビューティは自らの剣ごとジョーカーのレイピアを遠くへ弾き飛ばした。大振りの攻撃を仕掛け、ビューティを仕留めそこなったジョーカーは体勢を崩し隙だらけ。ビューティはすかさず右手に凍気を溜めた。

ジョーカー「私の理想郷が……私の野望が……こんなところでぇぇぇええええ!!」

キュアビューティ「プリキュア! ビューティブリザード!」

ジョーカー「ピエーロ様ァァァアアアアア!!」

超至近距離で放たれたビューティブリザードがジョーカーへ直撃。断末魔の悲鳴を上げたジョーカーが消滅するのと、体力の限界を迎えたビューティの変身が解けたのはほぼ同時だった。激戦の末、ビューティは辛くも勝利を手にした。

れいか「休んでいる暇はありません。急ぎましょう。ハッピーの元へ」

仲間たちの勝利を信じ、俺とフィリップ、そしてハッピーは先へと進んでいた。目指すはこの先に見える磔台。

こんな薄気味悪くてヤバそうな場所、とっととオサラバしたいもんだが、あそこへ辿り着くのはどうにも一筋縄ではいかなそうだ。

目の前には急な下り坂。そっから先はマグマが広がっている。みゆきの友達が縛られている柱はそのマグマの中心にある高台の上。

翔太朗「ちっ、仕方ねえ。どっか道を変えて……って、おい! ハッピー!」

キュアハッピー(急がなきゃ。みんながあの四人を足止めしてくれているうちに)

フィリップ「どうやら考え事をしていて全く聞こえていないみたいだね」

キュアハッピー(今いくからね、キャンディ!)

翔太朗「おいハッピー! 前みろ前! つーか、止まれ!」

キュアハッピー「へっ?」

フィリップ「あらら」

目の前の状況を頭が理解したときにはもう遅かった。ハッピーの足は地面を踏み外し、そのまま下り坂を全力疾走しやがった。

キュアハッピー「ぬぉ~!? っととと、止まらない~!! はっ、溶岩!?」

後戻りはできないと悟ったハッピーは勢いをそのままに一気にジャンプ。凄まじい跳躍力だが、さすがにこの距離を一足飛びで渡るのは無理があったらしい。重力に引き寄せられるように弧を描いて溶岩へ向かって落ちていく。

翔太朗「ハッピー!!」

キュアハッピー「プリキュア! ハッピーシャワー!」

あいつの発想にはつくづく驚かされる。なんせハッピーは必殺技を逆噴射させでロケットみてーに向こうの高台へ辿り着いちまったんだからな。まったく心臓に悪い。見てるこっちの寿命が縮むかと思ったぜ。

フィリップ「技の反動を利用して向こう側へ渡るなんて考えたね」

翔太朗「感心してる場合か。俺らもここを渡る方法を考えるぞ。すまねえ! ハッピー! すぐにそっちに行くから待っててくれ!」

キュアハッピー「は、はぁ~い! 痛ってて……」

キャンディ「ハッピー!」

キュアハッピー「キャンデイ! 待ってて。今助け――えっ?」

飛び出そうとしたハッピーの足を止めたのは巨大な拳。目と鼻の先まで迫っていたパンチをハッピーは慌てて両手をクロスさせガードを固めるが、強烈な一撃に吹っ飛ばされ、受け身をとれずに岩に背中を強打した。

スーパーアカンベェ「アカンベェ!」

キュアハッピー「黄色い鼻のアカンベェ!? ……はっ!?」

スーパーアカンベェ「アッカンベェ~!!」

不意打ちの痛みに耐えながら立ち上がろうとするハッピーにアカンベェはすかさず追撃を放つ。その体躯から想像もできないくらい素早い動きと跳躍力でハッピーの頭上へ飛び上がり、そのままボディプレスでハッピーを押し潰した。

キュアハッピー「」

キャンディ「ううぅ、ハッピー……。うぇぇえーん!!」

キュアハッピー「まっ……待っててね、キャンディ。今……助けるから……」

スーパーアカンベェ「アカンベェ!」

朦朧とした意識のまま、ゆらりと力無く立ちあがったハッピーに再び巨拳が襲いかかる。ハッピーは何とか両手を前に突き出し、力を振り絞って襲い来る拳を止めた。

キュアハッピー「うぐぐっ……キャンディを……返して。私たちのとっても大切な……友達だから!!」

キャンディ「み、みゆいぃ~」

キュアハッピー「みんな一緒じゃなきゃ……ダメなの。キャンディも、友達や家族。みんな一緒じゃなきゃ……それが私たちの、ウルトラハッピーなんだからぁぁぁ!」

スーパーアカンベェ「アカンベェ!?」

スーパーアカンベェには今、何が起きているのかが理解できなかった。全体重を乗せて放った拳が目の前の小さな生き物に僅かだが、でも確かに押し返されている。スーパーアカンベェは反対側の拳を握り固めると、ハッピーへ向けて放った。

キュアハッピー「かぁーがぁーやぁーげぇー!!!!」

強烈な閃光がハッピーを包む。アカンベェが光に怯んだことで形勢が一気にひっくり返った。

キュアハッピー「はあああああ!! やあっ!!」

光の中から飛び出したハッピーの、息もつかせぬ怒涛の猛攻。小さな体躯から放たれる打撃の嵐はスーパーアカンベェの巨体へと着実にダメージを刻んでいく。高く跳躍したハッピーの強烈な回し蹴りが黄色い鼻へ叩きこまれると、スーパーアカンベェは勢いよく吹っ飛ばされた。

キュアハッピー「プリキュア! ハッピーシャワー!」

とどめの一撃、ハッピーシャワーを受けたスーパーアカンベェの黄色っ鼻は忽ち浄化され、元のデコルデコールとスマイルパクト四つ、そしてガイアメモリへと変わった。

キュアハッピー「ぜー……はー……ぜー……はー……か、勝った……」

キャンディ「ハッピー!」

キュアハッピー「キャンディ!」

磔にされていたキャンディへの拘束が解かれ、晴れて自由となったキャンディはハッピーの胸へ飛び込む。ハッピーはそれを迎え入れ、優しく抱き締めた。

キュアハッピー「よかった……。本当に良かったよぉ」

翔太朗「待たせたなみゆき! 敵はどこだ? って、ありゃ?」

フィリップ「どうやら一足遅かったようだね」

キュアハッピー「翔太朗さん! フィリップさん!」

あかね「おーい! ハッピー!」

なお「見て! キャンディも一緒だ」

やよい「みんな無事でよかったぁ」

れいか「ええ。ですが、問題はここからです」

突如、激しく揺れる地面。幾つもの亀裂が大地を走り、そこから次々と溶岩が噴き出した。今にも泣き出さんばかりの色に染まった空が、巨悪の目覚めを報せていた。

皇帝ピエーロ「我が名は……皇帝ピエーロ!!」

キュアハッピー「あれが……」

あかね「なんちゅうデカさや!?」

キャンディ「はやく集めたデコルを使うクル! そうすれば、きっと女王様がピエーロをやっつけてくれるクル!」

ハッピーたちはトランク型のケースにデコルとやらをいくつも収めていく。が、何も起きなかった。

キャンディ「女王様! どうして出てきてくれないクル!?」

皇帝ピエーロ「ウオオオオオオオオ!!」

世界が震えんばかりの咆哮。それに呼応するかのように、地面からドーパントやアカンベェたちの群れが次々と這い出てきた。

ドーパント「グオオオオ!」

アカンベェ「アカンベェ!」

れいか「どうやら、助けを待っている余裕はなさそうですね」

キュアハッピー「れいかちゃん、やよいちゃん、あかねちゃん。これを」

三人はハッピーから自分たちのスパイルパクトを受取ると、すぐさまプリキュアへと変身した。

キュアハッピー「ここまできたら絶対に負けれない。みんな、行くよ!」

フィリップ「ちょっと待ってくれ、ハッピー」

キュアハッピー「は、はい?」

フィリップ「そのメモリは?」

キュアハッピー「えっ? ああ、さっき倒した黄色い鼻のアカンベェから出てきたんです。ガイアメモリみたいだけど……」

翔太朗「あー! それっ!」

ハッピーが手にしていたのは黒いガイアメモリ。イニシャルは〝J〟 翔太朗の代名詞とも言えるメモリだった。

翔太朗「そいつはジョーカーメモリじゃねえか!」

翔太朗はメモリをハッピーから受け取ると腰にベルトを巻いた。メモリスロットは一つ。荘吉から託されたロストドライバーだった。 

翔太朗「これでレディを戦場に立たせないで済みそうだ」

フィリップ「一人でやるのかい?」

翔太朗「ここらでカッコつけさせろよ。お前はお嬢ちゃんたちを頼むぜ。……変身!」

仮面ライダージョーカー「さあ、いくぜ!」

掲げた手首を返すしぐさが開始の合図。押し寄せる敵の群れへと突っ込むと、己の四肢だけで次々となぎ倒していく。

キュアサニー「なんや、ごっつ強いやん!」

キュアピース「かーっこいい!」

キュアマーチ「これならいけるかも!」

フィリップ「……いいや、違う」

キュアハッピー「どうしたんですか? フィリップさん」

フィリップ「翔太朗! 今すぐ変身を解除して戻って来るんだ!」

キュアマーチ「ええっ、勝ってるのに?」

フィリップ「だからこそさ。君はおかしいと思わないのかい? 多勢に無勢のこの状況で何故、翔太朗はこうまで敵を圧倒し続けられるのか」

キュアサニー「それは……ええことちゃうの?」

フィリップ「翔太朗の普段の戦闘力から考えてもこんなに一方的な展開はまずあり得ない。それに見たまえ、敵は翔太朗に攻撃を一発も当てていない。まるでワザと外しているようだ」

キュアビューティ「あなたは翔太朗さんではありませんね? 一体何者です!」

仮面ライダージョーカー「……」

背中を向けたままピタリと止まった翔太朗。肩を震わせ、笑っているようだった。

仮面ライダージョーカー「アッハッハッハ! バレちゃったァ」

キュアビューティ「その声は……ジョーカー!?」

仮面ライダージョーカー「やあ、また会ったね。キュアビューティ」

キュアビューティ「あなたはさっき倒したはず。いったいなぜ……」

仮面ライダージョーカー「保険ですよ。万が一、僕が負けた場合を考えて君たちのメモリに僕のバックアップを残しておいたんですよ。ジョーカーメモリは僕との相性が100%だからねェ」

フィリップ「人格が完全に入れ替わっている。どうやら、翔太朗の精神はメモリの中のジョーカーに乗っ取られてしまったらしい」

仮面ライダージョーカー「備えあれば憂いなし。頭脳戦で最後に勝ったのはどうやら僕の方だったみたいだねぇ、カカカカッ!」

キュアビューティ「そんな……」

フィリップ「頭脳戦……ねぇ。興味深いな」

キュアハッピー「フィリップさん」

フィリップ「君とビューティに何があったかは知らないし、興味もない。でも、頭脳勝負と聞いたからには引き下がれないな。ここからは選手交代だ。離れていたまえ。君たちを巻き込みたくない」

キュアサニー「一人で闘うなんて無茶や!」

キュアピース「そうだよ! ここはみんなの力を合わせて――」

フィリップ「じゃあ聞くけど、君たちにジョーカーを倒せるのかい? 操られてはいるけれど、体は間違いなく左翔太朗だ。君たちに彼を傷つける覚悟があるのなら、共に闘おう」

キュアマーチ「そ、それは……」

わかっているさ。君たちが最良の選択といえど、仲間を犠牲にできるほど非情にはなれないということはね。そういうところは翔太朗にそっくりだ。

フィリップ「みんな本当に甘いよ。でも、その甘さは嫌いじゃないけどね」

仮面ライダージョーカー「何を一人でブツブツ言ってるんです? そんなに死に急ぎたいのなら相棒の手で地獄に落ちなさい!」

ジョーカーは右手に黒い稲妻を纏い、飛びかかった。仮面ライダージョーカー必殺のライダーパンチがフィリップへ放たれた。フィリップはそれを避けようとはせず、ただ目をつぶって両手を広げた。

キュアマーチ「なんで避けないの!?」

キュアピース「あぶない!」

仮面ライダージョーカー「まずは一人! ……なにィ!?」

パンチがフィリップの顔面を貫く寸前で横から飛びかかってきた何かによって軌道を逸らされた。パンチは頬を掠っただけ。フィリップの頬は僅かに切れて血が流れていたが、それ以外は無傷だった。

フィリップ「やっぱりココにいたのか」

フィリップの肩には小さな恐竜が一匹。肩から手に飛び移ると、それは忽ちメモリへと変型した。フィリップは腰にダブルドライバーを巻くと、変形したメモリを差し込む。すると、翔太朗のロストドライバーに差さっていたジョーカーメモリはフィリップのダブルドライバーの空きスロットへ転送された。

フィリップ「翔太朗にはあったけど、君にはどうかな? 君は――」


『悪魔と相乗りする覚悟はあるかい?』


ファング! ジョーカー!

変身が解けた翔太朗は気を失ったまま倒れ、今度はフィリップが仮面ライダーに変身した。白と黒の対極的な配色に狂暴さがにじみ出る攻撃的なスタイル。フィリップ主導の仮面ライダー、ファングジョーカーの雄叫びが轟く。

仮面ライダーファングジョーカー「ウオオオオオオオ!!」

狂ったように暴れまわるファングジョーカーは、次々とドーパントやアカンベェに飛びかかり、牙と爪を突き立てる。目に映るモノすべてを獲物と判断し、見境なしに襲いかかっているのだ。

キュアマーチ「暴走している」

キュアピース「なんか、怖いよ……」

キュアビューティ「離れていて正解でしたね。近くにいたら私たちまで襲われていました」

ジョーカー『な、なんだこのパワーは!? 制御が……制御ができない!』

フィリップ『ファングの力は翔太朗しかコントロールできないんだ。こうなってしまったらもう僕にも止められない。さあ、選択肢は二つ。このまま自らの手で味方を排除し続けるか。それとも……』

ジョーカー『ちぃッ! ここは一度変身を解除するしかないようですね』

ダブルドライバーのスロットからジョーカーメモリが射出された。メモリの中から飛び出したジョーカーを待ち受けていたのは七色の光。悪を焦がし、滅する裁きの虹だった。

フィリップ「出ていくのは構わないが、もう少し周りにも注意を払うべきだったね」

キュアハッピー「プリキュア! レインボーヒーリング!」

ジョーカー「ヒィッ!? し、しまっ――」

プリキュア五人同時攻撃はジョーカーを含め、押し寄せる軍勢の頭上より降り注ぎ、悉く浄化していった。

フィリップ「ほら、翔太朗。意識が戻ったならさっさと起きたまえよ。キミ今、すっごくカッコ悪いよ」

翔太朗「いってて。め……面目ねぇ。それより、あのピエーロとかいうでっけーやつはどうなった?」

キュアビューティ「どうやら、そう簡単には倒れてくれないようですね」

キュアハッピー「そんな……」

皇帝ピエーロ「……」

プリキュアたちの切り札と呼ぶべき必殺の一撃は肝心のピエーロには手傷一つ負わせられなかった。

皇帝ピエーロ「すべてを怠惰な世界へ」

ピエーロの口から放たれたのは超特大のバッドエナジーの砲撃。どす黒い波動は直線状のものをすべて飲み込みながらプリキュア、ライダーたちへと迫る。

キュアサニー「アカン。もう、マトモに体も動かれへん」

キュアピース「せっかくここまで来たのに」

キュアマーチ「最後のさいごで、こんなのって」

キュアビューティ「残念ですが、もうこれ以上は……」

キュアハッピー「翔太朗さん、フィリップさん」

翔太朗「な、なんだよ」

キュアハッピー「キャンディを……お願いします」

翔太朗「!?」

馬鹿野郎、と叫んだ翔太朗の声は激しい閃光と爆音に掻き消された。

渇いた風の音だけが聞こえた。強張った体を緩め、翔太朗は恐る恐る目を開ける。

翔太朗「……」

自分が今、生きているのか死んでいるのか。思考が停止した状態で、ただ掌だけを見つめていた。

最後に見た記憶がフラッシュバックし、ようやく翔太朗の思考は再起動した。

翔太朗「そうだ! ピエーロは!? プリキュアは!?」

立ち上がった翔太朗は、眼前の光景に愕然とした。

翔太朗「なんだよ……これ……」

広がるそれはまさしく地獄そのものだった。地面は深々と抉れ、辺りには黒い煙が上がっていた。

そして、物言わぬ無惨な姿となった少女が五つ転がっていた。

キュアハッピー「」

キュアサニー「」

キュアピース「」

キュアマーチ「」

キュアビューティ「」

余力も尽き、立っていることすらやっとだった彼女たちに選択の余地はなかった。

翔太朗「みゆき、あかね……」

そして、彼女たちはそれを選ぶことに一切の迷いは無かった。

翔太朗「やよい、なお、れいか」

キャンディと翔太朗たちの盾となり、身を呈してピエーロの放ったバッドエナジー砲を食い止めたのだった。

フィリップ「行こう。翔太朗。急いでここを離れるんだ。逃げられるかはわからないが、できるだけ遠くへ」

翔太朗「……フィリップ。お前それマジで言ってんのか? そんなことできるワケねぇだろうが!」

フィリップ「馬鹿か君は!? 見ただろうさっきの一撃を! 今の僕らの力じゃどうしようもない!」

翔太朗「こいつらの仇を討たねぇで尻尾を巻いて逃げろっつーのかよ!」

フィリップ「ああ、その通りさ!」

翔太朗「フィリップてめぇ!!」

フィリップ「殴りたければ好きなだけ殴りたまえよ。でも今は逃げるのが先だ。キャンディを連れて。それが命を賭して僕らに託した彼女たちの願いじゃないか」

フィリップの頬を、涙が伝った。

翔太朗「すまなかったな。フィリップ。でもよ、やっぱ俺は行けねえ」

フィリップ「よく考えて出した答えなのかい?」

翔太朗「ああ。例え今ここで逃げたとしてもこのままあいつを放っておいたら風都だけじゃねえ。それこそ、世界がまるごとぶっ壊されちまう。それだけは絶対にあっちゃならねぇ」

フィリップ「その為に君は……ここで命を捨てるっていうのかい?」

翔太朗「最期の時だからこそ、この帽子が似合う男のままでいたいじゃねぇか。ここで逃げちまったら、俺はきっとあの世でおやっさんに顔向けできねえ」


フィリップ「ふふっ、清々しいほどの馬鹿だよ君は。自分の命も少しは大事にしたまえよ。まあ、でも、君ならそう言うだろうと思っていたさ」

翔太朗「お前はキャンディと一緒にここを離れろよ。何もそこまで付き合う必要はねえ」

フィリップ「また君一人で突っ走ってヘマをする気かい? 付き合うよ。地獄の底まで」

翔太朗「ヘマは余計だ。けどよ……ありがとな、相棒」


フィリップ「リボルギャリーは自動操縦モードにしてある。せめてキャンディだけでも遠くへ逃がそう」

翔太朗「ああ、そうだな。ほら、キャンディ。そいつに乗ってここから離れてろ」

キャンディ「いやクル」

フィリップ「このままここにいては危険だ。せめて君だけでも――」

キャンディ「ぜっっったい嫌クル!」

翔太朗「キャンディ」

キャンディ「みゆきたちを置いて行けないクル!」

フィリップ「しかし、彼女たちは、もう……」

キャンディ「そんなことないクル! いつだってみゆきたちはみんなの笑顔を守ってきたクル! 伝説の戦士プリキュアは、ぜったいに負けないクルーーー!!」

ポタッ

キャンディの頬から流れ落ちた涙の一滴。小さな祈りに答えるように、デコルデコールが今、虹色の輝きを放つ。

ロイヤルクイーン『』

キャンディ「じょ……女王さまぁ~~!!」

フィリップ「これが……」

翔太朗「妖精の女王」

ロイヤルクイーン『正義の為に戦う戦士たちに、〝P〟のご加護を』

虹色に輝く光の粒子が降り注ぎ、倒れる五人を包み込んだ。

みゆき「」ピクッ

翔太朗「なっ!? みゆき!」

フィリップ「なんてことだ。まさに奇跡としか言いようがない」

みゆき「……そうだよね。キャンディ。私たちは……絶対に……諦めない!」

あかね「どんなに……倒れたとしても……!」

やよい「何度でも……立ち上がる……!」

なお「悪に決して……屈しない……!」

れいか「それが私たち……プリキュアの使命です!」

キャンディ「女王様がプリキュアを助けてくれたクル!」

ロイヤルクイーン『お二人にはこれを』

翔太朗「エクストリームメモリ!」

ロイヤルクイーン『メルヘンランドを。いいえ、どうかこの星を救ってください』

優しい微笑みを浮かべ、女王は光の中に消えていった。

翔太朗「この際、奇跡でもなんでも構わねえ。いくぞフィリップ!」

フィリップ「ああ、もちろんさ。なおちゃん。目覚めて早々悪いんだけど、預けていたサイクロンメモリを返してもらえるかな?」

なお「え? あ、は、はい。どうぞ」

フィリップ「ありがと。お待たせ、翔太朗」

サイクロンッ!

翔太朗「見せてやろうぜ、俺たちは二人で一人の仮面ライダーだってことをよ!」

ジョーカー!

仮面ライダー サイクロンジョーカー「さあ、お前の罪を数えろ!」

やよい「わぁ~! なにアレ! かっこいいー!」

あかね(うわぁ~、なんやアレ。だっさ~!)

仮面ライダー サイクロンジョーカー「まだまだ驚くのは早いぜ! こい! エクストリーム!」

エクストリームメモリ「エクストリーム!!」

仮面ライダー サイクロンジョーカーエクストリーム「これが俺たちの切り札。二人で一人の仮面ライダー。究極のダブルだ!」

なお「ダブルが開いたー!?」

あかね「しかも中見えたー!?」

仮面ライダーCJX:左「おい、みゆき」

みゆき「へ?」

仮面ライダーCJX:左「こいつを使え」

俺はプリズムビッカーからメモリを取り出し、みゆきへと投げ渡す。

みゆき「これは?」

仮面ライダーCJX:右「なるほど。みゆきちゃんならそのメモリの力を引き出せそうだ」

みゆき「これ、借りてもいいんですか?」

仮面ライダーCJX:左「ああ、思いっきりやってくれ」

みゆき「わかりました。プリキュア! スマイルチャージ!」

プリズム!

キュアハッピー・プリズム「キラキラ輝く未来の光! キュアハッピー・プリズム!」

仮面ライダーCJX:左「ついでだ。もうこいつごと使ってくれ」

キュアハッピー・P「あ、剣と楯が一体になってる! か~っこいい!」

仮面ライダーCJX:右「ビッカーシールドの空きスロットにこのサイクロンメモリを」

サイクロンッ!

やよい「じゃあ、これも使えるかな?」

ルゥナァ!

あかね「ほんなら、これも」

ヒート!

なお「そういえば、私もう一本持ってた」

メェタル!

れいか「実は私も一本持ってます」

トリガァー!

仮面ライダーCJX:左「おお! ボディメモリまで!」

仮面ライダーCJX:右「すべてのメモリが揃った。これならプリズムビッカーの性能を最大まで引き出せる。いけるかい? ハッピー」

キュアハッピー・P「はい!!」

皇帝ピエーロ「オオオオオオ!!」

なお「またバッドエナジー砲!?」

れいか「二発目がきます!」

仮面ライダーCJX:右「よし、ダブルマキシマムだ。いくよ、二人とも!」

仮面ライダーCJX:左「ああ、これで決まりだ!」

エクストリーム! マキシマムドライブ!

キュアハッピー・P「気合いだ気合いだ気合いだ気合いだァーーーーーーー!!!!」

ハッピー! マキシマムドライブ!

仮面ライダーCJX「ダブルエクストリーム!!」

キュアハッピー・P「プリキュア! ハッピーファイナリュージョン!」

~エピローグ

こうして風都に。いや、世界に一時の平和が戻った。

しかし、今回の事件は氷山の一角に過ぎないだろう。今もまだ、こうしている間にも別の悪の手が世界を混乱へ陥れようとしているに違いない。

だが、俺は確信している。悪の数だけそれを挫く正義の戦士がいることを。そいつらは今でもどこかで戦っている。それが例え――

翔太朗「世界と時間が違っても……っと」カタカタッ

あきこ「翔太朗君、いい加減パソコン使ったら? 報告書作るのにいちいちタイプライターってどんだけアナログなのよ!」

翔太朗「いんだよ! これで! こっちの方がハードボイルドだろうが!」

あかね「てか、自分でハードボイルドって」

なお「あはは。あんまり言わないよね……」

あきこ「だよね~。ホラ、あの人、ちょっとアレだからさぁ」

やよい「でもでも、何かを作る時にこだわりがあるってのはちょっと共感できるかも。私も漫画描いてるから」

れいか「私は、古きものを大事に使う精神は立派だと思います」

翔太朗「おいあきこアレってなんだよ! つーか、お前らなんでいんだよ!」

みゆき「ごごごめんなさい。ふしぎ図書館があれからここに繋がりっぱなしで」

フィリップ「気にすることはないよ、みゆきちゃん。それにあの図書館は僕にとっても非常に興味深いからね」

キャンディ「フィリップならいつでも遊びにきていいクル~!」

あきこ「やだなにこの子、か~わいい~!」

翔太朗「おいキャンディ。行っていいのはフィリップだけかよ」

キャンディ「翔太朗はキャンディのことイジめるから駄目クル~」

翔太朗「イジめてるのはどっちだよ。ああん?」

キャンディ「翔太朗が怒ったクル~♪」

翔太朗「てめっ、待てコラ!」

みゆき「あ、あの。翔太朗さん」

翔太朗「なんだよみゆき。お前まで俺のことイジめるのか?」

みゆき「え、ええっとね。そうじゃなくて……。私、ずっと言いたかったことがあったの。でも、なかなか言えなくて」

翔太朗「言いたかったこと?」

あかね「おっ! なんやみゆき! まさかまさかまさか!!」

やよい「うそっ! みゆきちゃんのピーターパンって!」

なお「そうなの!? みゆきちゃん!」

れいか「そうなのですか!? みゆきさん!」

あきこ「ついに翔太朗君にも、ははは春が!?」パコン

翔太朗「痛え!? つーかなんで今叩いた? なあ」

フィリップ「へえ、翔太朗がタイプとは意外だな。興味深いね」

みゆき「えっ!? あ、ちちち違うよ! そんなんじゃなくて。私がずっと言いたかったのは――」

とびきりの笑顔で彼女がくれた言葉。

その一言を、きっと俺は生涯忘れることはないだろう。


みゆき「その帽子、すっごく似合ってますね!」



~終わり

今読み返しましたが、マジョリーナ戦の>>78>>80の間が抜けていたので書き足します。あと、フレイムスタイル変身時にヒートの音声が入ってますが、あれも誤りです。



マジョリーナ「闘いの最中に敵に背中を向けるなんてどこまでもふざけたヤツだわさ!」

額に青筋を走らせたマジョリーナはいくつもの光の玉を出現させた。それらの玉は全て矢に形を変え、ウィザードとサニーへ目掛けて飛んでいく。

マジョリーナ「んなっ!?」

放った光の矢は、突如巻き起こった炎の渦によって掻き消された。轟々と唸る真っ赤な渦はサニーとウィザードを飲み込み、より激しさを増していく。

マジョリーナ「ハッ!? な、なんだわさ? この音は……」

はじめは気付かなかったが、燃え盛る炎の音とは明らかに別の音が聞こえる。徐々に大きくなっていくそれは、腸を揺さぶる獣の咆哮に似ていた。それが苦しみ悶える声だとわかったとき、炎の中から巨大な影が飛び出した。

テラードラゴン「ギャアアアアア!!」

哭き声の主はサニーの中にいたハズのテラードラゴン。身を焼く業火に悶えるテラードラゴンの首元には、別の巨竜が咬みついていた。

マジョリーナ「テ、テラードラゴンが引きずり出された!?」

ウィザード「ふぃー、なんとかギリギリ間に合ったみたいだな」

炎の渦が消え、テラードラゴンに噛み付いていた巨竜はウィザードの中へと帰っていく。

マジョリーナ「あ、ありえないだわさ……。テラードラゴンを。あの絶望を跳ね除けてるだなんて……」

キュアサニー・H「よくも人の心の中で好き勝手やってくれたなァ? 言うとくけどうち、今めっちゃキレてんで。って、これなんなん? 」

怒りに震える握りこぶしを見たサニーは、初めて自分の左手にはめられている指輪に気づいた。
 

面白すぎて一気読み余裕でした
晴人が出てきたり竜さんが出てきたりで感動
ただ晴人さん決め台詞噛んではるで(笑)
>>77で魔法使いが法使いに(笑)

>>134
ご指摘ありがとうございます。確かに>>77で晴人さん噛んでました。正しくは魔法使いです。

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