男「ついぞその首貰い受くる!」(19)

桶狭間

ザーッ

奇襲を以って敗れあるは駿河衆御大将今川義元。

戦にて稼ぎに稼がうと思いて来たが間違いか。
農民は農民の所業をば果たさるるが良きか。
死ぬる今生とあっては如何もよい。

ザーッ

...冷たや。

ザーッ

...!

生きて在る。
生きて今生に在る。



落ち武者は死骸の中より生まれ出でた。

はよはよ

手前は霊魂か?
霊魂なるなれば風雨の冷たやも感じなんだ。
かの時...手前はこの心の臓をば槍に貫かられたはずぢゃ。

如何に思いを巡らせども答えは出でなんだ。

なれば先ずはこの敗けをばいずれの国に知らせうによって、新たにいずれの国の足軽と成るか。
又は農民となりその業に従い生くるか。決めなんだになければ己の明日はならんだ。

ぐぅー。

腹の虫が騒いである。腰に仕込んである干し米をば喰らいこの静寂なる桶狭間より逃げ至る。最早居る事も無し。まだ日は沈まらなんだれば日の内にけふの宿ぞ探さう。

落ち武者は死兵の干し米ぞ這いで先へ先へ参る。
日が沈むは未だに。

如何に歩かうとも住まう者の一つも無い。この道は何処に続くか。

ただただ落ち武者は歩く。歩くだけ歩く。枯葉を踏み。気付かず虫も踏み。坂を登っては下り。干し米を以て命を繋いでいるが既に疲れは器よりこぼれる水の如く溜まっていた。

...生きてあるか?生きてあるか?

声のする方へ歩く。声は聞こえずに。

死ぬるか?死ぬるか?

声はおほきく。
武者はまた虫を踏む。

桶狭間より無様に生くるてこれ先の定めは良いか?生くるより死するが楽ぞ?
人も殺し、己のみ生くるか?死ぬると良い。

落ち武者の足は止まった。
滝が、滝の水が下より音を立てている。

ほれ。死ぬるぞ。

カサカサの唇より声が発する。

「...未だに」

あぅ?何をば申すか。汝の故郷に返らうとて汝を生き恥と罵らるるばかりじゃ。されとて一介の足軽がまま刀につらぬかれ死ぬるか?なれば今より落ちて死ぬるが得策ぞ

「違う。我は生きたうある。生まれ出でて何も為さぬは人の恥じゃ。故に未だ在る心ならば一度暴れやう。為さなんだまま死ぬるは弱者の戯言ぞ」

声は影となり影は人となり。

えぇい黙りあれ!かの桶狭間にて何故汝のみ助かうた!?たとへ功名をば残さずとも生きておりとうた!何故我らになく汝が!

「...其れは天の運ぢゃ。己らには天の運が尽きたによって果てた故じゃ。」

なれば汝の天の運が尽きはつるは今じゃ!我等と共に地獄に参らうぞ。

黒い影は刀を抜いた。落ち武者もまた刀を抜いた。

勝負は一突に着いた。黒い影は斬りかかり落ち武者は其れをよけ心の臓にあたる部分をば刺した。
黒い影は倒れ、刀が落ちた。落ちた刀はちゃぽんと音を立てやがて岸についた。

「...汝らの分まで引き継がう。故に心安らかに眠り御座れ。」

...あぅ..あぁうああ....あはあああああ.......。

黒い影はやがてちりとなり天へと舞い上がっていった。
最早鳴る声も無い。木々がひしめき虫が話滝がそれを聞いていた。

「参るか」

落ち武者は手で胸を殴る。そして刀を鞘に納めながるる滝の横に広がる草道を辿る。

翌日。落ち武者は草の中より目覚める

黒う影と争うて幾刻過ぎたか?今季ぞ秋の初故寝れたが冬なれば凍えあったところぞ。
未だに町も里も小屋すらも見えなんだ。干し米も持つるとて明日には尽きやう。さて、如何にあるか。

思いを巡らす落ち武者はある山の中腹にある。見下ろす景色は草の波。目を強張せうと小屋もない。
困り果てあった。朽ち果てるは嫌にあるなれど手段と言えば歩くのみ。
木々より遅れた蝉の甲高い声が鳴く。夏の余韻か日差しが暑く。汗もかきにかく。落ち武者は草がむず痒く、立つ。
突如、強風がふく。汗も風に乗り、木々も葉が吹きに吹き、草原は波の如くみなみな吹く。

今ある世ぞかの地獄と同じか。未だにかわいらしう(美しい)世なればこそ手前は生きたうある。

落ち武者は立った。先を望む故に。

山の下に辿り着くと共に落ち武者は眩暈を起こした。かつての疲れが今に出でたか。眩暈は激しくなり落ち武者は立っていられなくたった。
しかし立とうとした。立って歩みをつづけやうと身体を引きづり歩こうとした。
落ち武者の意識は果つる。

「止まりあれ!止まりあれ!」
「何ぢゃ。早う帰りたうあるぞ。」
ザワザワ

「殿!御報告仕り御座る!」
「あぅ。如何な奴ぢゃ。」
「具足の内に御座る衣服に縫いてある家紋は駿河衆の物に御座るにあったれば駿河衆の者かと。してかの格好。方角よりして国より追わらるる者には御座らなんだ。故に桶狭間より生きらるる者と見て御座る。」
「生者とは有難う事もある者じゃ。下がって良いぞ。」
「はは!」

「大殿殿も太っ腹ぢゃ。一大名を滅ぼさうとせう今に酒を飲まうとは。」
「まぁまぁ。我等も飲める故に良いぞ。」
「さうぞ!飲まうぞ!唄うぞ!」
「ほれ!ほれ!」

ガヤガヤ

武者「...油断大敵と言ふ。」
「何じゃ。主はのまなんだか?のめや。」
武者「如何故の見廻りぢゃ。酒ものみうたへば虫すらも通さう。」
「さふ言えど尾張衆が如何にこれまで来ると?ほれ呑めや。」
武者「...一つ」
「ハハッ。良きや。」

ポツ ポツ

ザーーーーーーー。

「何ぢゃ雨か。しんきくさう。」
武者「...。」

ザーーーーー。

「...やりふまなんだか」ゴクッ
武者「...。」
「何ぢゃ。先より静寂ぞ。」
武者「...織田が今にある状況を打破するなれば如何な策を用ふる?」
「何を恐らるる?小豆の鬼とて武功高い武者殿ぞ何を?」
武者「...奇襲?」
「はぁ?」

武者「奇襲ぞ」
「...はぁ」
武者「...逃げらるるなれば混戦の内ぞ。」
「...いざなれば。」

ドッ......ド

「旨や旨や」ゴクッ

武者「...?地鳴りか?」

ドッ....バシャ...ドド....

「おぅ?喧騒かや」

武者「いや違う。山中より聞かうる。」

「土砂降りかや?」

ドド...どどシャどどどバシャどど。

武者「...いや土砂なれば雨をば弾かう音ぞ...!そこの酒呑!刀を構えあれ!!」

「ほぇ?何ぢゃ織田の奇襲かや?悩まう事に無い。ただの土砂ぢゃ」

どどどシャどっどおどシャ

わぁぁっぁぁあああああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ

うわぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁぁああああぁぁっぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁっぁぁぁぁぁぁあああ!!

弓をとれはぁ!?
如何な奇襲ぞ!?
菊の...!?

「!?なんぢゃ...まるで脇腹をば刺されあったやうな!?武者殿、何処に!?」
武者「酒呑!己ぞ前方に伝え参れ!本陣織田の奇襲受けたりと!!」
「武者殿ぞ!?」
武者「手前ぞ駿河衆の端にあれば大殿に尽くさう身ぞ。生きあれ!」

カシャッカシャッ

武者「短う時にあったれども旨うあったぞ...!」

武者「...!?...既に敵の内か。なれば早急に義元公の死ぞ伝え整えあるか。」

「ひぃく....やめあれぇ......ふぃいく。」
「敵の前にあるを以て酔うてあるは愚かぞ!はぁ」
「ひぃ!」

ヒュン......ドサッ
「ひぃ...く....?生きている...?」
武者「臆病者はやう逃げあれ!国へこの敗北を伝えあれ!出来なんだ時は国の大事ぞ!己の為生き延び国の為生き延びるべし!自ら殿(しんがり)をば望む者ぞ共に地獄に参らうぞ!」

「怯まなんだにあれ!敵は敗兵、なれば士気も名誉も無い。畳み掛けあれ!」

うぉおおおおおおお!

ざしゅ!ざく!ドサッ

武者「早う!」
「さ...さふぢゃ!折角助かる故に...逃ぐるぞ!!」
「かれぞ小豆の鬼...皆の衆!兵の為にぞ死に参る!」

うぉおおおおおおぉおおおおおお!!


「んむぅ.......」

落ち武者は暗く固い床より目覚めた。

「...?」

ここは何処じゃ?如何に手前ぞ藁より目覚め出でる?床も冷たや。
...牢か。して何れの牢か。

「起きたるか?」
「!」

何者!?

「身構えらるるな。ほれ?」

牢の前の男が鍵をいぢると鍵はあいた。

「殿が主に会いたうと望んである。立ちあれ。」
「待ちあれ。殿ぞ何れの殿に御座るか。」
「かひの殿じゃ。」


今川の三国同盟の一国、武田信玄か。

落ち武者は立ち上がると牢番について参った。冷んやりとした扉を開けると地上の日が目に入った。
眩しい。
ただそれだけで心地よかったそうな。

「かひの殿じゃ。控え御座れ。」

落ち武者は深々と控えあった。まるで真の殿に接するやうに。

信玄「汝ぞ、駿河衆の残りか?」
「はっ。」
信玄「汝を拾うたは我が派遣隊じゃ。有難う思いあれ。されば汝の今にある姿はならんだ。」
「まこと、有難う御座る。」
信玄「派遣の報は末のみぢゃ。是非その大事の最中をば我は聞き望まうによって我に聞かせあるか?」
「...。御意。」

して落ち武者は端から端まで話した。己の油断ある所から兵の逃ぐる道の守護まで。
信玄は眉かへず聞いた。無表情のままに聞いた。まるで息子の功を聞く親のやうに。

「...して手前ぞ殿率いある派遣隊に拾われ御座る。」
信玄「さふか。」

信玄は頬をついた。何か謀を巡らしてある。

信玄「汝、義元の息子は如何か?」
「日々蹴鞠に励み夜に多少の剣術を習う御姿、まこと良きこt
信玄「建前を申すにない。」

やはり...獅子に偽りは通じならんだか。

「...情けなう御座る。」

訂正

信玄「建前を申すにない。」×
信玄「建前を申すにならんだ。」○

信玄「汝を返すも良きにある。が。汝は小豆の鬼にあるか?」
「...あぅ。」
信玄「その豪、我が元に寄せなんだか?」

ふむ。次期当主に仕へども忠誠は果たせなんだと存ずる。故ならば武田に鞍替へ致すも悪うないか。其れに信玄。此奴なれば我が武勇、見抜きあるか。

「御意。」

落ち武者は先よりも通った声で答えた。

信玄「なれば良し。なればけふの内に汝の住まう兵舎決めおかう。夕刻を待ちあれ。して汝の身柄は足軽大将じゃ。」

ナッ!足軽大将ぢゃと...。夢にまで見たかの身分に......!

「は...ははぁ!全身全霊を以て殿に御仕え御座る!!」

信玄「汝...名を如何と?」
「名...名無しに御座る。」
信玄「名無しにあるか。なれば我ぞ名をばつけあらう。...男!汝はけふより男ぢゃ。」

男「男.......良き名に御座る。故を以てけふより男と名乗り御座る!」

信玄「あぅ。これより汝に武運ある事をば祈願せう。我に励みあれ。」

男「ハッ!」

落ち武者は男と成り、男は新たな君主を迎えた。新たな国で何を望むか。



「汝ぞ男にあるか。」
男「ハッ!」
「我は侍大将。汝ら足軽大将の上にあるものぞ。これより汝に新兵を鍛えある。何れも農民上がりぢゃ。これより3日。用ふるやうに鍛えあれ。<小豆の鬼>に恥なんだやうにあれ。」
男「御意!」

あれより半刻。兵舎に手前の場ぞ決まり早速の仕え事か。新兵とは如何な奴か。

男は訓練所に足を運ぶ。既に他の足軽大将が訓練を進めていた。槍のかまへ、刀のかまへ、果てには正座...様々にあった。
前を見ると男を見る10人の足軽がいた。何れも真っ直ぐで礼儀正しく、戦場にでれば直ぐに死ぬるやうな者共にあった。

男「手前ぞ己らを率うる男じゃ!これより御殿の足となるやう己らを鍛えある!鎌は農民ぢゃ!刀は武士ぢゃ!それをわきまえあれ!」

訓練は始まったばかり。

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