響「新しい家族と生活するぞ!」 (98)


アイマス×クトゥルフの短編集です。

響「新しい家族を紹介するぞ!」
響「新しい家族を紹介するぞ!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1414837553/)

上記作品の設定を一部引き継いでおります。

ただし、前作の番外編はあくまで番外編であり、
本作および実在のアイドルや神話生物とは一切関係がありません。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1415423114



※※※※

 このレスと次のレスはクトゥルフと前作に関する超簡易解説ですので、
 不要な方は読み飛ばしてください

※※※※


「クトゥルフ神話」という名前は聞いたことがある、くらいの方向け超かんたん解説

ラヴクラフト(アメリカ人、100年くらい前の人)が
「この宇宙には本気出せば即人間滅ぼせるレベルのよくわからないものがいっぱいいるけど
 そいつらが人間のこと気にもとめてないから手を出してこないだけなんだ超こわい」
というような設定のもと、幻想小説・怪奇小説をたくさん書く
(※クトゥルフ=この人が創造したよくわからないなにかの一種の名前)

「この設定超いけてますね」と一部で大ウケ、フォロワーが増え、設定を共有した作品も増える

フォロワーのひとりが「これだけたくさんあるんだし神話っぽく体系化しようぜ」
と言い出して整備(賛否両論)

「超こわいものやその下僕に遭遇してしまった人(←だいたい死ぬか失踪する)が
 なぜか最後の瞬間まで実況するかのように書き残している日記や手記」
 という体裁で書かれた作品が多めです



前作で登場した響の家族たちについて、超かんたん解説
それぞれ、いわゆるクトゥルフ神話において大体どんな扱いかを紹介します

ティンダ郎:犬 (ティンダロスの猟犬)
 われわれの住んでいるのとは違う次元に潜んでいるなにか
 鋭角があるところならどこからでも出てくる 狙った獲物を追い続ける性質と
 犬に見えなくもない見た目のせいで"猟犬"と呼ばれているが犬ではない

ウル太郎:猫 (ウルタールの猫)
 猫にひどいことをした人を集団で襲って食べ尽くすことがある以外、なんの変哲もない猫

シャン太:鳥? (シャンタク鳥)
 象より大きな体で馬のような頭をもち羽毛のかわりにうろこに覆われている ※鳥です
 人語を解し、人を乗せて運んでくれるがやばい存在のところに勝手に飛んでいくことも

ニグラ子:ヤギ (シュブ=ニグラス)
 よくわからない何かをひっきりなしに産み落とすので「千匹の子を孕みし黒山羊」
 という二つ名はついているが山羊ではない、というか正体不明 黒い雲のような外見

インスマス男:マス (深きものども/ディープワンズ)
 インスマスという街の住人 いろいろあったため遺伝的にほぼ全員が半魚人で、
 若いうちは人の姿をしているが、年をとるにつれ魚っぽくなり水中生活を始める

ミゴ助:ミ=ゴ (ミ=ゴ)
 高い技術をもつ宇宙外生物 見た目:甲殻類+頭の部分に茸っぽいもの+こうもりっぽい羽
 人間の脳みそを摘出して金属っぽい容器(※俗に脳缶などとも)に保管するうえ、
 摘出された脳そのものと脳を抜かれた体の両方を超技術で生かしたままにできる


※前作および本作において、響は各家族のことを
 名前の直後にコロン(:)で分かち書きした生き物として認識しています

 また、その後ろに括弧つきで書いているのが元ネタなので、
 詳しく知りたい、参考画像を見たいなどの場合は検索してみてください









また、あれが、わたしを追いかけてきます。

なぜ追われるのかはわかりません。
でも、追われていることはわかります。

響ちゃんはあれのことをわんちゃんだって言いますけど、
あれはわんちゃんなんかじゃありません。

もっとおぞましい、別のなにかです。


何度か追いかけられているうちに、わかったことがあります。



あれは、なぜかわたしのことを、執拗に狙っているみたいです。

あれは、90度より小さい角度のあるところなら、どこからでも現れます。

あれは、スコップで叩いたくらいでは、動きを止めません。



あれは―― 一体、なんなんでしょう?

それを知るのが先か、あれがわたしを捕まえるのが先か、

わたしには、もう、わかりません。



○月 ×日

ウル太郎はだいぶなついてくれるようになったと思うんだけど、
それでもまだ自分の用意したご飯は食べてくれない。

ひょっとして、どこか近所でご飯をもらえる家でも確保してるのかな?
自分以外の人にもなついてるのかと思うと、ちょっと複雑……



でも、ウル太郎がその方がいいなら自由にさせてあげようと思う。
それに自分はどうしても家に帰る時間が不規則になりがちだから、
いざというときに頼れる場所があった方が、ウル太郎にはいいのかも。

そのウル太郎が相変わらず毎晩どこかへ出かけていくのに加え、
最近はティンダ郎も気が付くと姿を消していることが多くて困る。
そして、探しても見つからないのに、気が付いたら部屋の角とかにいたりする。

動物の気配とかを察知するのはけっこう得意なつもりだったのに、
これじゃあ自分、自信喪失しちゃいそうだぞ……







……この何日かというもの、わたしは毎日、あれに出会っています。
まだ今のところ、なんとか逃げることに成功し続けていますが、
いつまでもこんな幸運が続くわけがありません。


もう時間の問題です。




次に会ったときが、最後になるでしょう。


そして。
お仕事が終わった帰り道、また、あれが現れました。

わたしは疲れた体にむち打ち、必死の思いで走りました。

でも、そんなわたしの努力をあざ笑うように、あれは――


雪歩「ひぃーん! こっち来ないでくださいですぅー!」

ティンダ郎「……」

雪歩「ふえぇぇえーん! だれかぁー!」

ティンダ郎「……」








ズボォッ!!


ティンダ郎「!?」




雪歩「……遂にかかりましたぁ!」




ティンダ郎「!? ……!?」

雪歩「あなたがただのわんちゃんじゃないことなんて、とっくにお見通しですぅ」

ティンダ郎「!」

雪歩「今まで追いかけられながら、ずっと観察してました。
   あなた、鋭角のある場所からじゃないと出現できないんですよね?」



ティンダ郎「!!」


雪歩「……"そこ"、ただの穴だ、なんて思ってないですか」

ティンダ郎「!?」




雪歩「萩原の名にかけてこのわたしが、丹精こめて掘り抜いた特製落とし穴ですぅ。
   壁面、よーく見てください…… 角度のない、つるっつるの曲面、でしょう?」

ティンダ郎「!!!!」





雪歩「"穴掘って、埋めてあげます"ぅ」




ティンダ郎「!! ……!!」

ザッ ザッ ザッ ザッ

ティンダ郎「キャイイイイン……」

雪歩「へえ。わんちゃんじゃないのに、そんなわんちゃんみたいな声、出せるんだぁ」






ザッ ザッ ザッ ザッ

      ザッ ザッ ザッ ザッ

ザッ ザッ ザッ ザッ

      ザッ ザッ ザッ ザッ


 真「ねえ、響…… ティンダ郎がいっつも雪歩追っかけるの、やめさせられない?」

 響「それがあの子、雪歩がすごく好きで、ちょっと目を離すとすぐ追っていっちゃうんだ」

 真「そうなんだ…… だとしてもさ、雪歩が犬ダメなのは響も知ってるだろ?」

 響「もちろんだぞ! 自分も気づくたび毎回、やめるように言ってるんだけど」


 真「目を離さないってわけにはいかないの?」

 響「いや、それがさ、ひどいときはまばたきした瞬間とかに姿消すんだ……」

 真「……前も聞いたけどさ、ティンダ郎はホントに犬なの?」

 響「だってさ真、あの子、犬にしか見えないでしょ?」

 真「辛うじて一番近いのが犬だってのは認めるけど、ボクは納得してないからね」


 響「ところでさ、そのティンダ郎なんだけど、真は見かけてない?」

 真「え? またいなくなってるの!?」

 響「そうなんだ。でも、いつもは夜出て行ったら朝には帰ってくるのに、
   昨晩からまだ帰ってきてないからちょっと不安さー……」




雪歩「~♪」

 真「あ、噂をすれば…… 雪歩!」


雪歩「あっ、真ちゃん、響ちゃん」

 響「ごめんな雪歩、ティンダ郎が迷惑かけてるよね?
   自分からもう一度きつく言っとくから、許してやってほしいぞ……」




雪歩「……ばかめ、ティンダ郎は穴の中ですぅ」




 響「えっ」

 真「ゆ、雪歩、今、なんて?」

雪歩「えっ? わたし、何も言ってないよ?」



○月 □日

ゆうべいなくなったティンダ郎は結局、今日の夕方近くになって帰ってきた。

全身泥まみれでやたら震えていたので、とりあえずお風呂に入れてから
今後は自分に黙ってあんまり勝手に出歩いちゃいけないってことと、
いやがる人を追っかけまわしちゃダメだ、ってことをしっかり言ってきかせておいた。

なんとなくだけど、今日はいつもよりちゃんと聞いてくれたような感じがする。
特に雪歩の名前を出した途端、耳も寝かせて縮こまってたので、反省してくれたみたい。

これからは雪歩と仲良くできるといいな、ティンダ郎!



○月 ■日

どうもお説教が効きすぎちゃったのかもしれない。
勝手に姿を消すことがほとんどなくなったのでそれは助かるんだけど、
ティンダ郎は最近、雪歩のことを避けるようになっちゃったみたいだ。

雪歩の方はむしろ慣れてきたみたいで、今日なんか雪歩の方から「ほら、おいで♪」
なんて声をかけてくれてたのに、ティンダ郎はすっかり怯えきって姿を消しちゃった。



自分はいやがる相手を追っかけちゃいけないって言い聞かせただけのつもりだったけど、
ティンダ郎のほうは雪歩に近づいたら自分に怒られると思いこんじゃってるらしい。
そういえば、ちょうど雪歩はスコップ持ってたし、あれも怖かったのかもなー。

まあでもきっと、しばらくしたらけろっと忘れて、雪歩にじゃれつくに違いない。
自分、そのときはまたしっかり言い聞かせてやるぞ!



○月 ▽日

魚を飼うのは初めてだったからいろいろ不安だったけど、
いざインスマス男の世話を始めてみたら全然手がかからなくてちょっと安心。

ご飯はワニ子やへび香と同じようなものをおいしそうに食べてくれるし、
霧吹きとかで水気を切らさないようにしてあげたらだいたい元気にしている。

水の交換とか、空気循環用のポンプとかが必要だとばっかり思ってた。
これならもっと早く家族に迎えてても大丈夫だったなぁ。



やっぱり魚だから、鳴き声みたいなのはほとんど出さない。
いぬ美やハム蔵みたいに意思疎通するのはもうちょっと慣れないと難しそう。

あと、意外と寂しがり屋で、自分が出かけるときにはついてきたがることが多い。
さすがにかなり大柄で目立つぶん、現場にまで連れていくことはできないから、
おとなしくしてるようにしっかり言い聞かせて事務所で待たせることが増えた。

マスなんて珍しいからか、みんな仲良くしてくれてるみたいで何よりだぞ!



千早「……」


千早「……」ペラ


千早「……」


千早「……」


千早「……」ペラッ


ガチャ


美希「あふ…… おはよっひゃあああああ!?」


インスマス男「……」


千早「おはよう、美希。どうしたの、入ってくるなり絹を裂くような悲鳴を上げたりして」

美希「ち、千早さん、そ、それ、その、その!」

インスマス男「……」

千早「ああ、美希は会うの初めてだった? ほら、我那覇さんのところのマス男君」

美希「待って千早さん、その略し方は絶対にダメなの」


美希「って、問題なのはそこじゃなくて。
   事務所入っていきなりそんなのが座ってたらミキじゃなくたって叫んじゃうの」

インスマス男「……」

千早「そうかしら。ここで譜読みしてる間にもう何人か来たけれど、
   そんな反応をしたのは美希が初めてよ」

美希「どうせその何人かって、やよいとか貴音とかの強メンタル組でしょ?」

千早「すごい、どうしてわかったの?
   四条さんは会釈を、高槻さんはハイタッチをしていったわ」

美希「ミキ、びっくりする方が変みたいなこの風潮にはダンコ立ち向かってやるんだから」


千早「それに音無さんも彼に会ったけれど、彼女も叫んだりしていないし」

美希「こ、小鳥までそっちなの!?
   あー…… でも、小鳥ならそういうの詳しそうだし、不思議はないかも」




千早「入ってくるなり卒倒してまだ目を覚ましていないの。今はソファで寝ているわ」

美希「よかった、まだ小鳥はこっち側だったんだね」


千早「でも美希、そうやってただ怯えるのも彼に失礼だと思わない?」

美希「うーん、それはそうかもしれないケド、やっぱりインパクトがキョーレツだし」

千早「ずっとおとなしく座っているだけで、なんの悪さもしないわよ」

美希「ああ、そっか、千早さんも基本的には強メンタル組だったね……」

千早「それに彼、私が歌っていると、ときどきコーラスをつけてくれるの」

美希「え、えええ……? この半魚…… じゃないや、インスマス男…… さん、が?」

千早「論より証拠よ、ちょっと聞いていてくれる?」




千早「♪ 風は 天を翔けてく 光は地を照らしてく」
               イ-ア-


美希(あ、これ…… 『arcadia』……)



千早「♪ 人は夢を抱く……」
         イア


千早「♪ そう名付けた物語 arcadia……」
                 イア


美希(……やっぱりいつ聴いても、千早さんの歌声は格が違うの)



インスマス男「……」



美希(この魚クンも聴き入ってるっぽい? ふーん、案外センスあるのかも)






千早「…… ♪ もっと強くなれ」



美希(でも、あれ…… コーラス…… って千早さん言ってたけど、
   もう1番終わっちゃうっていうのに、一体いつ……)



千早「♪ ひゅるーらーりーらー」
          …イーーーアーーー


美希「!?」



千早「♪ 目指すarcadia」
インスマス男「    イア」




千早「……ふぅ。どう? 彼、ちゃんと歌っていたでしょう?」

美希「千早さんには今のがコーラスに聞こえてたの?」

千早「……逆に聞くけれど、美希には何に聞こえるの?」

美希「コーラスじゃないことだけは確かなの。これ、呪文とかそーいうのだよ」


千早「おかしなことを言うのね…… ねえ、今のはそんな怪しいものだったの?」

インスマス男「イア」

千早「ほら、本人も否定してるわ、『いや』って」

美希「千早さん、千早さんの出身地ってインスマスって名前だったりしないよね?」

千早「ごめんなさい、私、美希が何を言っているのかわからない。 ……ねえ、大丈夫?」

美希「今の千早さんにだけは言われたくないの」







※閲覧注意



○月 △日

やっぱり自分の気のせいなんかじゃない。

最近、貴音の様子がどうもおかしい。

たぶんほかのみんなは気づいてないんじゃないかと思う。
でも、961時代から貴音と一緒にいた自分にはわかるんだ。
何か思い詰めていて、それを誰にも気づかれないように隠そうとしてる。



ふと気が付くと、貴音がミゴ助をじっと見ていることが増えてる。
ミゴ助のほうも貴音が近くにいると、いつもとちょっと様子が違う。

正直言って、ミゴ助はどこが顔かはっきりしないので表情とかはわからないけど、
ミゴ助を見ているときの貴音は―― なんていうか、決して好意的な表情じゃない。
嫌悪感のような、敵意のような、そんな感情を抱いてる、ように、自分には見える。



まだ出会ってから日が浅いとはいえミゴ助は自分の家族だし、
それに貴音は言うまでもなく自分の大事な親友だから、
その二人がなんとなくぎくしゃくしちゃってる今の状況はいやだ。
なんとか自分が間に立って、関係を改善してあげなくちゃ。

なんたって、自分はカンペキだからね!











――もちろん響は、とても大事な友人です。
私にとっては、初めてできたといってもいい、大切な存在です。


ですが…… "あれ"は。




彼女に引き合わされた、"あれ"は。


"あれ"と、初めて、顔―― "顔"と呼べるなら、ですが―― を合わせたとき、
初めて見たはずなのに、私の全身を構成するすべてが叫んでいるように感じました。

危険だ、近寄ってはいけない、今すぐに、可能な限り遠くへ、逃げるべきだ、と。

以前にどこかで遭遇したことがある、といった単純な話ではなく、
もっと本質的な、自身の存在の根源から湧き上がるような感情。

これに名前をつけるなら、「恐怖」ということになるのでしょう。


何も知らぬ響は"あれ"のことを、とても好いているようでした。
そんな彼女の手前、"あれ"を避けるような真似をすることはできません。

引き合わされている間じゅう、私が身体の震えを必死で抑えていたことに、
どうか、響が気づいていませんように。


"あれ"は未だに響と仲良くしているようです。
二人でいるとき、私は何度、響に警告しようと思ったことでしょうか。
響、"あれ"はとても危険です、今からでも決して遅くない、離れるべきです、と。

ですが。
そう考える私のことを見透かすように。
私が意を決して、私の知るすべてを響に伝えようとするたびに。



"あれ"は、私の精神に、直接語りかけてくるのです。



響のことを思うからこそ、お前には手を出していないのだ。
このまま何も気づかないふりをしていろ、と。


どうやっているのかは想像もつきません。
しかし、"あれ"には、私の考えを読む能力があるのでしょう。

もしかしたら、響にもその能力を使って、なにか―― 
ああ、このような恐ろしいことは、考えたくもありません。





(発見者注:ここからしばらく、不明瞭な文字が数ページにわたって続く。

 辛うじて読み取れたのは、何度も繰り返されている「響」の文字のみであった)









しばらく耐えてきましたが、もう限界です。

私はおそらく"あれ"に破滅させられるでしょう。

しかし、同じ破滅への運命をたどるのであれば、
その前にせめて、私の大事な友、響に、真実を伝えてから




――おかしい。部屋の外から、何かの音が


そんな、まさか


窓のむこうはベランダ 隣接する建物もない
"あれ"はここからは離れたところにいるはず

恐ろしいですが、確認をしなくてはならな

















ああ! ああ! "あれ"は!






あの銀髪は!

煌々と燃えるような臙脂色の目は!






 ――ああ! 窓に! 窓に!








                は


      ゆ


            ら


   み








  響「はいさーい、おはよう貴音!」

 貴音「ああ、おはようございます、響。 ……おや、みご助殿も、ごきげんよう」

ミゴ助「…… ……」ガクガクブルブル

  響「ん、どうかしたのかミゴ助? なんか元気ないぞ?」

ミゴ助「……」フルフル

  響「……なんでもないの? ホントに? それにしてはなんか震えてるような――」

 貴音「まぁまぁ、響。あまり追求してはかわいそうですよ」

  響「んー、それもそっか。でも、調子悪いんだったらちゃんと自分に言うんだぞ!」


 貴音(…… 万一、響を悲しませるようなことをした時は…… わかっていますね)

ミゴ助(ヤ、ヤハリ…… 念話ヲ)

 貴音(返事はどうしたのですか?)

ミゴ助(……決シテ、誓ッテ、ソノヨウナコトハ致シマセン)ガクガクブルブル

 貴音(よろしい)


  響「……貴音? ミゴ助じっと見てどうしたの?
    あ、ひょっとして、貴音もミゴ助と話できるようになった!?」

 貴音「意思疎通できないかと試してみたのですが……
    やはり響のようにはいかないようですね、ふふっ」

  響「そっかー…… 残念だったなー、ミゴ助」

ミゴ助「……」ガクガクブルブル



○月 ▲日

貴音の様子が明らかに変わってる。
この間までのぴりぴりしたような雰囲気がすっかり消えて、
前みたいにのほほんとした、ちょっと不思議な空気が戻ってきてる。

何があったのかそれとなく聞いてみたんだけど、
予想通り『とっぷしーくれっとですよ』ではぐらかされちゃった。

……でも、悩んでたのが解決できたんなら、なによりだ。



ミゴ助と貴音が険悪な感じだったっていうのも、どうやら自分の勘違いみたい。
貴音はこのところミゴ助ににこやかに話しかけることが増えたし、
ミゴ助の方もわからないなりに貴音の相手をするのが楽しいみたい。
貴音が来るとまるで背筋が伸びたみたいになるのが、ちょっとかわいいぞ。

そのミゴ助といえば、前は時々どこからともなく金属の筒みたいなのを持ってきてたのが、
最近ではめっきりやらなくなった。それどころか、元からあった筒の数も減っている。

集めるの、飽きちゃったのかな?
部屋のスペースは広いにこしたことはないから、正直、自分としてはありがたかったりする。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 


  響「ねえプロデューサー、最近961プロのメンツ、見かけないね」

   P「ああ、そういえばそうだな。ジュピターもだし、黒井社長も」

  響「どうしたんだろ? 前はやたら自分たちにつっかかってきてたのにさ」

   P「さてなぁ…… ま、平和なのはありがたいことだよ」


   P「そういや響、この間961プロに遊びに行ったとか言ってなかったか?」

  響「うん、せっかく家族が増えたから、黒井社長たちにも紹介しとこうと思って。
    そのときは社長もジュピターも元気だったからさ、なおのこと気になるぞ」

   P「へえ、じゃあティンダ郎たちみんな連れてったのか?」

  響「もちろんだぞ! 久しぶりだったけど、受付のお姉さんとか警備員さんとか
    みんな顔パスみたいに通してくれてね、ちょっとしたVIP気分で楽しかったさー」

 
   P「そうか、そいつはよかった」


  響「……それだけに自分、ちょっと心配なんだ。
    黒井社長たちに何かあったんじゃないといいけど」

   P「まあ大丈夫だろ。こう言っちゃ悪いが、黒井社長にしてもジュピターにしても
    そう簡単にどうにかなるようにはとても思えないしな、ははっ」

  響「……あはは、ひどいなプロデューサー! でも確かにそうかも!」

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 



冒月 涜日

久しぶりに会いたいと響ちゃんから連絡があったときは、
甘さがまだ抜け切れていないと苦々しく思う反面、嬉しくもあった。

すでに進む道は分かれていても、彼女はわたしのことを、
かつて共に歩んだことのある戦友として認めてくれているのだと。



都合がつくならジュピターにも会いたいという彼女の話を伝えると、
やはり三人ともまんざらではない様子だった。
我々はひそやかに、彼女が訪れる日を心待ちにしていた。




それが、なぜ。
どうして、こんなことになってしまったのだ?



あの日、あの、思い出すのも忌まわしい瞬間。
『はいさーい!』という朗らかな響ちゃんの挨拶が聞こえ、
彼女がわたしとジュピターの待つ、社長室に足を踏み入れた。

そして彼女に続いて入ってきた"あれら"の姿を一目見て、
わたしの意識は完全に闇に呑まれた。



ジュピターの三人は個人的につてのある病院に入院させた。
今の時点で面会が可能になる目処すら立っていない。
よしんば面会が可能になったとして、わたしがそこまで行ける保証もないが。



いまだにわたしは自分の目や精神を信じることが出来ないでいる。
あの日、響ちゃんを待っていたわたしとジュピターの前に現れた、
形容しがたい、想像を絶するなにものかの群れのことを――





そのとき、ドアをノックする軽い音が響いた。
アポイントも取らずにここを訪れる人物が存在する、というだけで
わたしに不審を抱かせるには十分すぎるほどだったが、
直後に聞こえてきた声はわたしを慄然とさせ、完全な恐慌状態に陥れた。






「黒井社長ー! 自分だぞ、我那覇響! いるんでしょー、開けてよ!」


馬鹿な。

こんなことはありえない。

なぜ彼女が、この住所を知っている。

ここのことは、だれにも教えたことなどないのに。


「おかしいな…… ひょっとして本当に留守…… ん? どした?」


「…… 中から社長のにおいがする? ありがと! やっぱりここで正解だな」


「ねえー、黒井社長ってば! 居留守なんかやめてよー、社長と自分の仲でしょ?」




彼女はいったい何を言っているのだ。
わたしと彼女は、ビジネス以上の関係ではないはずだ。


そもそも、彼女は"誰"と会話をしている?
先刻から彼女以外の声は、わたしにはまったく聞こえていない。




……いや、認めなくてはなるまい。
確かにわたしの耳には、人の声や人語は聞こえていない。

しかし、わたしの――不幸にして――鋭敏な耳は、とらえてしまったのだ。

およそ人間のものではないどころかこの世のものとも到底思えぬような、
低くうなる声…… いや、音、冒涜的な汚泥が這いずり回るような擦過音、
おぞましき翼のようなものが起こしているらしき大気を攪拌する震え、
そういったすべてが発生させる空気の振動を。




ドアを一枚隔てた向こうに、"あれら"が。

また、来ている。


返事もできずにいるわたしのことを知ってか知らずか、
ドアの外の声の主は勝手に思案を続けているようだった。


「うーん…… はっ!
 ひょ、ひょっとして社長、中で倒れてたりするんじゃないのか!?」


「もし違ったら謝れば大丈夫だよね…… ティンダ郎! ちょっと中見てきて!」


中? てぃ…… てぃん、だろう? 彼女は何を言っているのだ?
ちょっと中見てきて、とは、いったいどういうことだ?




……待て。なんだ、あれは。


部屋の片隅に、なにかいる。
いや、いるのではない、いまこの瞬間にいきなり現れたのだ。

大型犬程度の大きさをした"それ"がいる空間に眼を凝らすと、
液体をたたえたグラス越しに見る風景のように、壁や調度が歪んで見える。

声すら出せず震え上がるわたしを尻目に、"それ"は室内を見渡して
確認するような素振りを見せ、次の瞬間、気配すら残さずに消失した。

原理もその正体もまったくわからないが、少なくとも眼前から去ってくれたことで
わたしはほんの少しばかり安息を得られたような気分を覚えた。




そして、外から聞こえてきた言葉で、わたしはまたしても絶望の淵に突き落とされた。




「そっか、社長はちゃんと中にいて、特に倒れたりもしてないんだな?」


「でも、お見舞いに来たんだし、やっぱりちゃんと顔見ないと安心できないさー……」






「ねえミゴ助、このドア開けたりとかできないかな?」







明らかに正規の鍵とは違う何かが、ドアに触れている音がする。
それに合わせ、少しずつ金属が軋む音が聞こえるようになってきた。

さらに、先ほどから漏れ聞こえていた禍々しい音どもも少しずつ大きくなり、
いまやドアの向こうでは名状しがたい一種の宴が行われているようですらある。

「もうちょっとだぞ、ミゴ助」

響ちゃんの声がする。
今となってはもうこれすらも、錯乱したわたしの精神が作り出した幻聴かもしれない。


彼女に会うべきではなかったのだ。
わたしが類い稀なるアイドルの原石だと思った少女は――

いや、そもそも彼女は本当にアイドルの原石だったのか?

彼女は、普通の、少女、だったのか?




ドアノブががちゃがちゃと音を立てている。
向こう側から強く引かれ、みしみしと目に見えて蝶番が、ドアが軋む。
時折ひらく隙間から外光が部屋に差し込み、それと同時にちらちらと、


         くろぐろとした不定形の汚辱にまみれた霧のようなものが――


  ――   ああ、あの突き出した目はなんだ――


   翼をもつ甲殻類のようななにかが一心にドアにとりついている――


猫だ、猫すら見える、いよいよわたしの心はもうだめらしい




そして、ついにその瞬間が訪れ、ドアが大きく開け放たれた。


「はいさーい! 黒井社長ー!」


それが、わたしの脆弱なる精神が底の見えぬ完全な闇の領域に
踏み込んでしまう直前、最後に耳にした言葉になった。














\ う、うぎゃーっ!? 社長、社長! しっかりするんだー! /


おしまい。

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