まどか「一夜限りの、奇跡」(29)

ほむら「……」

今日は12月24日、クリスマスイブ。

外は雪。街には光。今日は珍しく、まだ魔獣が湧いていない。

あの娘が――まどかが護ったこの街は、今も平和なままだった。

ほむら「……はぁ」

ほむら「平和……平和、ね」

ほむら「それはいいのだけれど……どうもすることがないわ」

さやかもマミも杏子も、この世界にはもういない。

もうソウルジェムが穢れきって、少し前に、私の知らない次元に消えて行ってしまった。

悲しくはなかった。でも、少し寂しくはあった。

ほむら「……みんながいなくなってからは魔獣狩りくらいしかやることがなかったから……」

ほむら「どうしようもなく暇だわ……」

戦いの宿命を背負う私に、普通の友達はいない。魔法少女の素質もない一般人を巻き込むわけにはいかないからだ。

だから、一年に一度の祝日でもバカ騒ぎなんかしようがなかった。

暇だ。圧倒的に暇だ。

魔獣を普段とは別の意味で憎らしく思った。

そんな時、ふと足音が聞こえてきた。もう聞き慣れてしまった、嫌な足音。

キュゥべえ「……珍しいね、あの暁美ほむらがこんなに生気が抜けているなんて」

ほむら「うるさいわね、帰ってくれないかしら」

ほむら「っていうか、乙女の部屋に勝手に入らないでちょうだい」

キュゥべえ「僕の知る限り、乙女と呼ばれる人間は、この時期こんな風に一人で退屈そうにしてはいないよ」

ほむら「余計なお世話ね、撃ち殺してあげましょうか」

キュゥべえ「わけがわからないよ、僕は事実を述べただけだろう?」

ほむら「……腹立たしいわね、インキュベーター……あなたはもう少し遠慮というものを知るべきよ」

ほむら「でもまあいいわ、それよりも何の用?魔獣が湧いたの?」

キュゥべえ「残念ながら違うよ、それに特に用はない」

キュゥべえ「さっきも言ったように、暁美ほむらがこうして不貞腐れているのが珍しいと思っただけさ」

ほむら「……要するに茶化しに来たわけ?そんなことをしても私は別に、魔女になったりしないのよ」

キュゥべえ「それはわかっているよ、君から聞いたそのシステムに興味があるのは依然変わりないけどね」

ほむら「……ふん」

キュゥべえ「ほむら、暇なら少し散歩でもしてみたらどうだい?」

キュゥべえ「多くの人間たちはそうしているよ」

ほむら「お断りよ、浮かれ気分の軟派な高校生に絡まれて面倒なことになるのが落ちなんだから」

キュゥべえ「そうかあ、難儀だねえ君も」

ほむら「……そろそろ帰らないと、本気で撃ち殺すわよ」

キュゥべえ「やれやれ、わかったよ」

キュゥべえ「それじゃあ僕もお暇するとしようかな」スタスタ

インキュベーターはそのまま姿を消した。本当に茶化しに来ただけだったらしい。やっぱりあいつは気に入らない。

ほむら「……」

ほむら「……でも、これはこれで寂しいわね……」

思わず呟いてしまった。それからすぐに後悔した。

あんな奴でも、話し相手くらいにはなるんだということに気が付いて行き場のない苛立ちを覚えた。

いやしかし、そんなことよりも本当に暇だ。気が狂いそうだ。

私はしばらく、暇つぶしの方法を考えることにした。

まずはじめに、別の部屋に置いてあったマンガ本を適当に手に取って読んでみた。

読み始めてから気が付いた。これはマミから借りた本であった。

返そうにも当のマミがもういないので、これは結果的に、俗に言う借りパクをしてしまったことになる。

ちょっとだけ申し訳ない気がした。

ほむら「……」

まあマミのものだし別にいいかと思いながら本をパラパラとめくり、適当にページを開いた。

「……お前のことが、ずっと好きだった……!」

「嘘吐き!じゃあ、どうしてあの時……!」

「あのことは……すまなかったと思ってる」
「でもやっぱり俺は!」

さっきのとは種類が違うが、またも行き場のない苛立ちを覚えたのでついマンガ本を壁に叩きつけてしまった。

今日この日に、今の私がこんな砂を吐くような青臭いセリフを見せられたら、腹立たしいに決まっていた。

それなのに恋愛ものの少女マンガで暇を潰そうとした私も私だが……。

まあマミのものだし別にいいかと思い、私は部屋を出て他の暇つぶし方法を探した。

次に私が手を付けたのは、射撃の鍛錬だった。

私はテレパシーでキュゥべえを呼びつけ、意図を説明し、無理矢理付き合わせることにした。

キュゥべえ「わけがわからないよ、どうして僕が?」

ほむら「うるさいわね、的の分際で口を利かないでちょうだい」

私はキュゥべえを蹴りでふっ飛ばし、鍛錬を始めた。

実戦ではあいつのように素早い的はいないが、正確な射撃ができて損をすることはないはずだ。

いつ毛色の違う魔獣が出てくるとも限らないわけだし。

ほむら「……」バシュッ

キュゥべえ「ほっ、ほむら!つらい、つらいよこれは!」

ほむら「うるさいわ、いいダイエットになるでしょう」

キュゥべえ「そんなもの僕には必要ないよ!むしろ君のほうこそ、ダイエットが必要になるくらい物を食べるべきだ!!」ジーッ

ほむら「どこを見てるのよ!?」バシューン

キュゥべえ「ぐはっ」ドサッ

ほむら「……」

ダメだ、こいつを相手にしていたらストレスがたまる一方だ。

……まったく。こっちだって、少しは気にしているのに。

イライラしながら自分の胸部あたりに手をあててみた。

……あてなければよかった。


最後に私が手を付けたのは、魔法を使って暇つぶしすること。

考えてみたら、私は戦闘時を除いて普段あまり魔法を使っていない。

たまには魔法で遊んでみるのもいいんじゃないかと思い立った。

最初は、噴出花火のごとく、手から火花を放出した。思っていたよりきれいだったが、

ほむら「あっつ!!」

少し加減を間違えて掌に軽いやけどを負った。これはもう二度とやらないことにした。

次に試したのは、フィクションの魔法なんかではよくある空中浮遊。

そもそも私は侵食する黒き翼を使えば飛べるけど、そうすると周囲に被害が出てしまうので

普通に浮いてみることにした。

ほむら「……」

ソウルジェムに念を込める。浮いた。体が浮いた。3ミリ浮いた。

せっかくだしもう少し浮いてみた。周囲の家の屋根を越した。人通りが少なくて助かった。

見つかったら間違いなく騒ぎになるもの……。

ちょっと高すぎて怖くなってきたので、降りることにした。

無事着地に成功すると、ふとこちらに視線が向けられていることに気が付いた。

その視線の主は……

ほむら「……まどか?」

まどか「……何してるの?ほむらちゃん……」

まずい。なんだかよくわからないけどこれはまずい。ひとまず私は視線を逸らした。

何故概念化したはずのまどかがいるのかにも戸惑ったが、正直それどころではない。

中学生にもなって浮くだけで遊んでいるところを目撃されたのだ。しかもまどかに。

これはどう考えてもまずい。いろんな意味で……。

逸らした視線を元に戻すと、まどかが明らかに引いている。これは間違いなくさっきのアホっぽい光景を目撃されたはずだ。

理不尽だ。立場が逆なのではないのか。

それでも、とにかくやたらに混乱していた私は、とりあえずまどかを家に入れることにした。

ほむら「……はい、お茶……」

まどか「あ、ありがと」

ほむら「……えっと……あの、さっきのはね?」

まどか「うん」

ほむら「あの……暇つぶしにね?」

まどか「うん」

ほむら「浮いてたの」

まどか「浮いてたね」

まどか「……二つの意味で」

ほむら「……」

ほむら「忘れてくれないかしら?」

まどか「わ、わかった……」

繰り返して言うが、おかしい……この状況はなんなんだろう。

やっぱりどう考えてもこの状況を不思議に思うのはこっちのはずだろう。

なのにどうしてこんなにも変に気まずいのか……。

ほむら「……そ、そんなことよりも、どうしてまどかがここに……?」

まどか「あ、うん……そうだよね、そっちのほうが不思議だよね!」

まどか「えーっとね、なんていうかな……クリスマスだから、かな?」

ほむら「……え?」

まどか「えーっと……言ってみれば、クリスマスの奇跡だよ、ほむらちゃん」

まどか「年に一回の奇跡!ほむらちゃん、一人で寂しそうだなぁって思って」

まどか「それで、ほむらちゃんのとこに行きたいなぁ、行けたらなぁ……って思ってたら」

まどか「来ちゃった、てぃひひっ」

ほむら「何よそれ……?」

まどか「でも大丈夫だよ!私のいた領域は、他のみんなに任せてあるから」

まどか「さぁ、ほむらちゃん!一緒にクリスマスパーティでもしよっ?」

……わけがわからなかった。全然納得できなかった。

でも。

ほむら「……うん、いいわね」

目の前にまどかがいる。それだけで、幸せだった。

だから、他のことなんて、私にはどうでもよかった。さっきの微妙な空気も、ついでに忘れることにした。

―――――

気づけば、外はもう夜だった。

私たちの目の前には、普段食べているのと変わりのない、庶民的な料理しかなかった。

唯一クリスマスらしいものといえば、真ん中にある1ホールのクリスマスケーキだけ。

当然といえば当然。私もまどかも、お金を全然持っていない。豪勢な料理を繕う余裕はない。

でも、これで十分だった。むしろこれ以上を望んでも仕方ないくらい。

まどか「ほむらちゃんっ!おいしいね、これ!!」

隣にまどかがいる。いつ以来だろう。

ほむら「うん……とっても」

隣にまどかがいる。これで十分。

もしかしたら、まやかしかもしれない。だとしても、それで構わない。

私は今、幸せだった。

―――――

翌朝。

12月25日、クリスマス本番。

外は晴れ。街はいつも通り。今日は朝早くから、魔獣が湧いていた。

あの娘が――まどかが護ったこの街は、いつも平和というわけではなかった。

ほむら「……まどか……」

昨日は夜通し、まどかといろんなことをした。

彼女が改変した後の世界で起こったことをたくさん、たくさん話したし、

私もまた、彼女の領域で起こったことをたくさん、たくさん話してもらった。

全然飽きなかった。いつまでも話していられると思った。

いつまでも、一緒にいられると思っていた。

この幸せな時間は、本当は一夜限りなんかじゃないと、そう信じていた。

でも、全然眠くなかったはずなのに、私は知らないうちに眠ってしまっていて。

魔獣の出現を知らせに来たインキュベーターに起こされたときには、まどかの姿はどこにもなかった。

一夜限りの奇跡。彼女の言っていたことは、嘘ではなかった。

寂しくはなかった。でも、すごく寂しかった。

切なかった。苦しかった。

その日は、涙を流しながら魔獣と戦うはめになった。

辛かった。嫌だった。

こんな気持ちになったのは、いつ以来だろうか。もしかしたら、初めてかもしれない。

気が付いたら、目の前は霞んで、曇って、よく見えなかった。

これではまずい……今は戦いの最中だというのに!

弓の照準が定まらない。闇雲に矢を放ったけど、当たりっこない。

いつもならここまで苦戦はしないのに。

――私は、このまま死ぬのか。こんなにも哀れに。

――……まどか。

最後に会えて、私は……

幸せだったよ、まどか――……

「ほむらちゃん」

「ほむらちゃんは、そんなに弱い娘じゃないでしょ?」

「ほむらちゃん」

「約束してくれたじゃない」

「ここは悲しみと憎しみばかりを繰り返す、救いようのない世界」

「でも、ここはかつて私が守ろうとした場所」

「そのことを、ほむらちゃんは覚えていてくれてるって」

「決して、忘れたりしないって」

「だから、戦い続けるんだって」

「そう言って、約束してくれたじゃない」

「ほむらちゃん」

「……その言葉を、嘘にしないで」

「今の私は、いつでもどこにでもいる……見えなくても聞こえなくても、私はほむらちゃんのそばにいるよ」

「生きて、戦い続ければ……来年の25日、私はあなたのもとにもう一度やってこられる」

「だから――」

「泣かないで、ほむらちゃん」

「ほむらちゃんには、笑顔が一番似合ってるよ――」


……聞こえた。届いた。

幻聴かもしれない。でも、私の耳には。

彼女の言葉が、今届いた。

ほむら「……っ」グイッ

ほむら「見えなくなんかない」

ほむら「聞こえなくなんかない!」

まどかはいつでも――――

ほむら「私のそばにいるっ!!」

昨日のことが。今の声が。いつかの明日が。

その証明。

引き絞った弦――そこに添えた矢。

永遠の想いを乗せて、手を放した。

魔獣が断末魔をあげて、次々に消滅していく。

ほむら「……」

ほむら「――まどか」

晴れていた青空が、次第に白くなってきた。

私は天を仰いで、微笑んでみせた。

―――――

家に帰ると、部屋の机の上に、緑のラッピングをされた赤い小箱が置いてあった。

ほむら「……おかしいわね、今朝まではなかったはずなのに……」

不審に思い、警戒しつつも箱を開ける。

すると、中には二種類のアクセサリーが入っていた。

ほむら「これは……リボン、と……」

ほむら「……ネックレス、なのかしら……?」

ひとつは、ピンク色のリボン。まどかが概念と化した時にもらった、私の持っている赤いリボンとはまた違う。

彼女が気まぐれで、ときどき付けていた別のものだ。

もうひとつは、改変後の世界におけるグリーフシード。それらがいくつか糸を通して連なっている、ネックレスのようなもの。

加工も何もせずにただくっつけられているだけといった感じなので、ひどく不格好であった。

リボンと違って、たとえ装飾品にしても、お世辞にも似合っているとはいえない出来になるだろうことは見るだけで分かる。

きっとまどかの思惑はそこではないのだろう。装飾品というより、緊急時のためのお守りなのではないだろうか。

さっきのように、私がピンチになっても、いつでもまどかが奮い立たせてくれるとは限らない。助けてくれるとは限らない。

でも、これさえあれば、私は安心して戦えると思う。魔力切れを起こしても、当分負けることは有り得ないだろう。

私は二つのプレゼントを持って、自分の部屋に戻った。

外を見ると、今日もまた……雪が降っていた。

今日は12月26日、ボクシングデー。

外は雪。街には光。

あの娘が――まどかが護ったこの街は、今も平和なままだった。


―終―

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