【俺ガイル】八幡レンタル (313)

俺ガイルの二次創作SSです。
八幡×陽乃です。

キャラ崩壊、その他諸々に関しては寛大な心をご準備ください。

地の文ありなので、読むのが面倒くさいかもです。

また、SS投稿は初めてなので、直した方がいい点などありましたら、
随時、ご助言ください。


以上のことを許せる!という方はどうぞ。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1415273255

~駅前 雑踏~


八幡「ん、あれ陽乃さんじゃね?」

八幡(一緒にいるのは……、何か頭の悪そうな髪の色をした少しガラの悪そうな男三人)

八幡(陽乃さんがあの手の連中と関わりがあるのも意外だな)

八幡(まぁ、でもあの強化外骨格みたいな外面があれば、どんなタイプの相手でも大丈夫だろう)

陽乃「……。…………」

八幡(ん、何か揉めてる、のか? ここからじゃ聞こえないな。もう少し近寄ってみるか)



男A「いいじゃん。陽乃ちゃん、一緒にショッピングとかどう? 俺たちが付き合うからさ」

男B「そうそう、一緒に回ってアドバイスとかしちゃうし、荷物だっていくらでも持っちゃうよ」

男C「つか、陽乃ちゃんいつも忙しいって俺らの誘い断っちゃうし、こういう運命的な出会いをした日くらい付き合ってくれてもいいんじゃね」

陽乃「いいえ~、間に合ってますので結構です~。ていうか、私、運命とかってあんまり信じてないのでー」

男C「ッジかよ~。じゃあさじゃあさ、今日これから一緒に来てくれたら、信じさせてやるって。だからさー、行こうぜー」

八幡(そういうことか。いくら陽乃さんの外面が良くても、まるめこめるのは言語が通じる生物だけだ)

八幡(下心が表に出まくって、顔どころか頭の中までピンク色のお猿さんには、そも会話が成り立たない。これでは、いくら陽乃さんの外面が良くても効果がないということだろうか)

男A「ほらほら、陽乃ちゃん」ガシッ

陽乃「ちょ、何するんですか」

男B「一緒に行けばそのうち楽しくなるからさー」

言いながら、男達は陽乃さんの腕を掴む。

八幡(おいおいおい、これはさすがにまずくないか)

八幡(いくら陽乃さんがすごくても、男三人の腕力にはかなわないだろ)

八幡(っていうか、見てる奴なんとかしろよ。いや、俺もだけど)

八幡(まぁ、どう見てもたちの悪そうな連中だし、いくら美女のピンチとはいえ、自分の身の安全には変えられないってか。そりゃそうだ、全く持って正しい判断だ)

八幡(誰だってそうだ。俺だってそうしたい)

八幡(そもそも、あの陽乃さんだ。この程度の修羅場、きっと何とかするに違い……)

陽乃「ちょ、やめ、離してって!」

何とか抵抗しようとしているが、男の腕力に抗い続けるのは難しそうに見える。

八幡(無理か。男3人を相手にするのは、いくら陽乃さんとは言え、さすがに無理だよな)

八幡(いや、それが普通なんだけどさ。)

八幡(どうする、俺。どうするって、どうするんだよ、俺。俺にどうにかできんのかよ、俺)

八幡(いや、考えてる余裕はない!)

八幡(行け、八幡。教室で暇な時間に考えていた108の妄想シチュのうちのひとつじゃないか。俺なら出来る!)

俺はごく自然に彼らに近づき、朗らかな笑顔を作って声をかけた。

八幡「あ、雪ノ下さーん。ここんなとこにいたんですね、ささ探しましたよー。
ほ、ほら、予約した映画、もう始まっちゃいますから行きますよ。
すいませんね、皆さん。急がないと映画始まっちゃいますんでー」

俺史上最高に爽やかに言い切った。

オーケー。

この台詞が出せれば、問題ない。断じて噛んでなどいない。

後は、それとなーく陽乃さんから男の手を離させて、それとなーく陽乃さんとこの場を立ち去れば作戦成功だ。

うん、さすが俺。完璧な作戦だ。ミッションインポッシブルだ。違うか、違うな。

うまく台詞を言えた自分を心の中で褒め称えようとしたそのとき、陽乃さんが口を開いた。




陽乃「あれ、比企谷君じゃなーい。ひゃっはろー、こんなとこで何してんの?」

ホワイ?

何その反応。

え、ここって話合わせてそのまま脱出ってシーンでしょーが。

あんた、ドラマとか映画とか見たことねーのかよ。

うわ、俺、今ちょーださくねぇ?

調子に乗って女の子を助けようとしたら、お呼びじゃありませんでしたみたいな。

慣れないことはするもんじゃねぇな。

ようこそ、新しいトラウマの一ページ。

男A「ぷっ、……はぁっはっはっは」

まぁ、笑いたくもなるよな。

俺も立場が逆だったら、笑いすぎて、頭から後ろに倒れて、部下に起こしてもらうまである。

まぁ、ぼっちに部下とかいないから倒れっぱなしだけど。

男B「ヒキガヤくんだっけ? 勘違いはよくないなぁ?誰と映画の約束してたの?」

誰だろーな。俺が聞きたいよ。

男C「くっくっく、まぁ、映画は誰か他の人と行くんだなぁ」

ドンッ、ドサッ

男の一人に乱暴に突き飛ばされ、たまらず地面に転ぶ。

ちょー恥ずかしー。

何これ、今すぐ泣いて逃げたいんですけど。

あぁ、でもなぁ。

お呼びじゃなくても、こうして出て来てしまった以上、果たさなければいけない責任がある。

ここで俺が、陽乃さんをあんな奴らに渡してしまったとしたら。

そんなことになったら、雪ノ下は。

あの不器用で素直じゃないけど、羨望し嫉妬しながらも、姉を尊敬しているあいつが悲しむだろう。

というか、殺されるまである。俺が。

だったら、逃げるわけにはいかない。

自分の身の安全は自分で守らないといけないからな。

プランBに移行だ。

ねぇよ、そんなもん。

……いや、嘘だけど。あるから。ちゃんと次善策は考えてるから。

俺はズボンのポケットに手を突っ込んで携帯を取り出し、待機状態を素早く解除する。

後は通話ボタンを押せば、みんなのヒーローおまわりさんの登場だ。

俺の親指がまさに通話ボタンを押そうとしたとき、異変が起きた。

男A「!?……あ痛、いだだだだだ」

陽乃さんの腕を掴んでいた男Aが突如として悲鳴を上げる。

男B「お、おい。どうした」

男Aの悲鳴に振り返る他の二人。

そこには陽乃さんを掴んでいたはずの腕を、逆に陽乃さんに捻りあげられているAの姿があった。

陽乃「あのさぁ、その子に乱暴しないでもらえるかなぁ」

男A「あが!あああああああ」

冷たい笑顔を浮かべた陽乃さんが、さらに男の腕を捻る。

男B「何してくれてんだよ、お前!!」

男Bが男Aを助けようと陽乃さんに掴みかかる。

陽乃「っふ」

陽乃さんは男Aを突き放すと、近寄ってきた男Bの手をすんでのところでかわし、
バランスを崩した男Bの足を鮮やかに払った。

男B「ぐあっ!」

相手は手を着くのも間に合わず、顔面から地面につんのめった。

陽乃「その子はね、妹の大切な友達なの。雪乃ちゃんにようやくできた友達なの。
だから、ひどいことしないで欲しいなぁ」

陽乃さんは、薄い笑みを浮かべてそう言った。

男C「な、何言って……。なめんな!ちくしょ……」

体面も何もかなぐり捨てて、男Cは体格差のままに組み伏せようと陽乃さんに迫る。

しかし、掴みかかった男の腕は空を掴み、その体は宙を舞った。

男の体は空中で一回転し、アスファルトに背中から叩きつけられる。

男C「っがは!!」

陽乃「どうします? まだやるなら、お相手しますけど」

陽乃さんは笑顔を崩さない。

寒気がするような笑顔を。

起き上がった男Aと男Bは、完全に伸びきってしまった男Cを二人で担ぐと、

男A~C「やーなかーんじーー!」

懐かしい捨て台詞を残して逃げて行った。

その姿は哀れに見えたが、うん、ちょっかい出す相手を間違えたあんたらが悪い。

いつの間にか出来ていた人だかりからは、賞賛の拍手が送られた。

しばらくの間、やぁやぁと歓声に応えていた陽乃さんだったが、こちらに近寄ってくると

陽乃「ふぅ……。立てる、比企谷君?」

穏やかな笑顔を崩さないまま、こちらに手を伸ばす。

八幡「……どうも」

俺はその手を借りずに立ち上がる。

陽乃「ありゃ」

だって、怖いし。

~駅前の喫茶店 店内~


陽乃「どうしたの~。ほら、お礼なんだから、食べて食べて」

八幡「はぁ」

あの後、俺は陽乃さんにお礼ということで、喫茶店に連れてこられていた。

俺としてはこれ以上かかわりたくなかったので、固辞したかったのだが腕を掴まれた時点で観念した。

だって、捻ってたあれ、すげー痛そうだったし。

店に入った陽乃さんは飲み物と大量のスイーツを注文した。

陽乃「いやー、でもほんとありがとね」

八幡「……こちらこそ。トラウマを増やしていただいてありがとうございます」

陽乃「トラウマ?」

八幡「助けに行った女の子に裏切られ、あげくの果てに助けに行ったはずの女の子に助けられるという、

   常人ではなかなかできない経験をさせていただきました」

陽乃「あはっ、ごめんごめん。比企谷君が来てくれて、嬉しくなってちょっとはしゃいじゃった。テヘッ」

軽く舌を出して、ウインクする陽乃さん。

その仕草、可愛いと思ってるならすぐ止めて頂きたい。

マジで可愛いから。

トラウマの百個や二百個くらい許しちゃいそうになるくらい可愛い。

八幡「……いいですけどね。結局、何もしてないですし」

俺は陽乃さんの顔から視線を外し、ぶっきらぼうに言い捨てた。

正確には何も出来なかったのだ。

陽乃「そんなことないよー、すっっっごくかっこよかったよ! なかなか、ああいうところに割り込んでくるって出来ないしね」

八幡「……別に。知り合いが絡まれてれば行くでしょ、ふつー」

美人に褒められると、どうにも照れ臭いけれど、それが知り合いだったらこうするのは当然なのではないだろうか。

これ以上ないくらいにびびってはいたけれど。

陽乃「ふつー、か。……でもね、君が考えてるより、普通に行動するって難しいんだよ」

俺の言葉を受けて、陽乃さんは少しトーンを下げる。

八幡「……そんなもんですかね。ってか、結局、俺が行かなくても一人で撃退できたでしょ。

   何なんですか、あれ。空中で一回転してましたけど」

陽乃「あぁ、あれ? あれは合気道。護身用にって習わされたの。結構強いんだよ、私。ちなみに公式設定だから」

八幡「はは、いやメタな話はいいですから。……まぁ、強いのはよくわかりましたけど」

合気道って、あれだよな。

相手の動きを水のように受け流して、相手の力を利用して倒すみたいな。

漫画やアニメだと、だいたい最強クラスのキャラが使う技じゃねーか。

ほんとどこまでチートなんだ、この人。

陽乃「そういえば、比企谷君は何してたの」

八幡「俺は本を買いに行く途中だったんです。好きな作家の新刊が出てるんで」

陽乃「ふーん」

八幡「ところで、さっきの連中、誰だったんですか?」

陽乃「あぁ、あれ? 一応、大学の先輩ってことになるのかなぁ。サークルの新歓コンパを制覇しようって回ってた時にどこかで一緒になったらしくて。

   構内でもちょくちょく声掛けて来るようになってね」

出会いからしてうろ覚えかよ。

あの男たちが本気で不憫になってきた。

八幡「ふーん、いいんですか。そんな相手をのしちゃって。また大学で会うんじゃないんですか?」

陽乃「な~にぃ、心配してくれるんだぁ」

上目遣いで俺の顔を覗き込むように見てくる陽乃さん。

八幡「べ、別に、心配とか、そういうのでは」

な、何かあったら、きっと雪ノ下が悲しむし。

何だかんだ言ってあいつは、陽乃さんのことを尊敬してるしな、うん。

陽乃「あはは、もうほんとおもしろいなぁ、比企谷君は」

陽乃「大丈夫だよ」

といって、陽乃さんは嗜虐的に口の端をつり上げる。

陽乃「比企谷君だったら、女の子をデートに誘って断られて、それでも無理やり力づくで連れて行こうとした挙句、

   公衆の面前で返り討ちにされた女の子に、もう一度声を掛けたいと思うかな」

八幡「……金輪際、顔も合わせたくないですね」

美人の口から発せられる情け容赦のない言葉にドン引きしつつ、その言葉に納得することもあった。

陽乃「そーゆー訳だから大丈夫だよ。あ、でも心配してくれて、ありがとね」

笑顔を明るいものに戻す陽乃さん。

八幡「……いえ、どうもお邪魔だったみたいですし」

俺の余計な一言に、朗らかだった陽乃さんの笑顔が含みを持ったものに変わる。

すげーな。

コミュ力高い人って、笑顔の種類何個持ってるんだよ。

しかも、それを自在に使い分けるとか、俺には一生無理だわ。

陽乃「ふ~ん、何がお邪魔だったと思うの」

八幡「もともと、ああやってあいつらとの縁を切るつもりだったんでしょう?」

陽乃「どうして」

八幡「そもそもおかしいと思ったのは、雪ノ下さんがあんな連中に絡まれているということそのものです。

   あなたなら、あんな連中を言いくるめることくらい造作もないはずです」


陽乃「どうかなぁ。あの人たち、あんまり日本語通じないよ」

八幡「それでも、雪ノ下さんならやりようはいくらでもあるでしょう」

陽乃「あらあらまぁまぁ。ずいぶん、高く評価してくれてるんだねぇ」

ちゃかすような陽乃さんの口調。

構うことなく続ける。

八幡「もうひとつおかしかったのは、俺の嘘に雪ノ下さんが合わせてくれなかったことです。

   由比ヶ浜ならともかく、あなたがあの状況で俺の意図に気づかないはずがない。

   とすれば、あなたはまだあの状況を続ける必要があったということになる」

陽乃「何のために?」

八幡「わざと下手な受け答えで相手に絡ませておいて、手を出してきたところを返り討ちにする。

   そうすれば、正当防衛が成立した上で、今後、あいつらは雪ノ下さんに関わろうとしない。これがもともとのシナリオだったんでしょう」

陽乃「すごい想像力だねぇ」

八幡「そうなると、俺がしたことは、観客が突然舞台に入り込んだようなものです。

   まったく、とんだピエロだ……」

陽乃「……ふふ」

陽乃「ほーんと、比企谷君は何でもわかっちゃうんだねぇ」

八幡「……やめてください」

自然、陽乃さんへ向ける視線が強くなる。

陽乃「素直に褒めてるつもりなんだけどなぁ」

陽乃さんの美しい笑顔の裏には、何の感情もない。

陽乃「ま、だいたい比企谷君の言ったとおりかな。

   私、言葉が通じない人ってあんまり好きじゃないんだよね。

   いい加減、うっとうしくなってきたから、そろそろ縁を切りたいなぁって思ってたの。

   まぁ、今日あの場所であったのは、本当に偶然だけどね」

酷薄な笑みに体の芯まで射すくめられる。

陽乃「その点、比企谷君は好きだよ。言葉にしてないところまで伝わるし」

好きというその言葉に甘い響きは微塵もない。

玩具に対するような、ペットに対するような、そんな言葉。

八幡「……それは、どうも」

目をそらす。

この人と目を合わせているのは、怖い。

陽乃「ん~、まぁでも伝わりすぎるのも考え物かな」

それは、責められているのだろうか。

陽乃「あ、別に責めてるわけじゃないよ。前も言ったでしょう。

   君のそういうところ、私は好きだから」

心の中を読んでるのかよ。

怖ぇよ。あんたほんと何者だよ。

ギアス能力者とかじゃないだろうな。

陽乃「でもね、もう少し、形の上の言葉を信じてもいいんじゃないかな」

その言葉にどきりと胸が跳ねる。

思い出したのは奉仕部の二人とのすれ違い。

想いを言葉に出来ず、思いを表わすことが出来ず、すれ違ってしまった関係は、

なりふり構わずに本音をぶちまけ合うことで、ようやく修復することが出来た。

きっと俺や雪ノ下や由比ヶ浜が、もう少しうまく言葉を使えていたなら、すれ違うこと自体がなかっただろう。

あの恥ずかしい出来事も関係が修復できた今なら、そんなこともあって良かったとも思えるが、そもそもすれ違うことは少ないに越したことは無いだろう。

八幡「どういう意味、ですか」

陽乃「人間の感情は常に一種類じゃないんだよ。心の中に幾つもの感情が複雑に絡み合ってる。

   もちろん、時と場合によるけれど、そういった複雑な感情のなかからその人が表面に出した言葉や態度っていうのは、

   その人が一番伝えたい思いなんじゃないかってこと」

八幡「でも、先輩や上司には、嫌なやつでもぺこぺこしたりするんじゃないですか」

陽乃「あっはは、さすが比企谷君、捻くれてるね。でも、それも同じだよ。

   嫌な人だって思ってても頭を下げたり、ご機嫌とったりするってことは、

   その人にそうするだけの価値があるって考えてるっていうことだもん。

   出世とか社内の人間関係とかね。

   だから、相手が慕ってますっていう仕草をしていたら、まずはそのまま受け入れてあげればいいの」

なるほど。

人身掌握術の基本ということなのだろうか。

ま、ぼっちには関係ないけど。

陽乃「あ、でも、裏切っちゃいそうな人には、内偵調査と迅速な処罰をかかしちゃダメだぞ」

怖い!

裏切り者は躊躇無く切り捨てるタイプだ!

まぁ、最後の台詞は置いておいても、思い当たる節もないではないし、きっとその通りなのだろう。

しかし、いつも完璧な外面で固めている陽乃さんが言っても説得力はない。

どちらかというと、内心を隠し切って裏切りを成功させるタイプの人だろうし。

八幡「雪ノ下さんがそれを言うんですか」

卑屈な笑みに乗せて皮肉を返す。

陽乃「あっはは、どういう意味かは問い返さないであげる」

顔は笑ってるのに目が笑ってないんですけど。ちょー怖えぇ。

それは置いておいて、と陽乃さんは続ける。

陽乃「まぁ、確かに私は今日あの人たちに会って、縁を切るいい機会だと思ったよ。

   比企谷君が来たのも想定外。君が来たからとっさにシナリオを変えたのも事実。

   でもね、君が助けに来てくれて嬉しかったっていうのも本当だよ。それは信じて欲しいな」

そう言う陽乃さんは、少しだけ照れくさそうな笑顔を見せる。

陽乃「私だって女の子だもん。白馬の王子様に憧れたことくらいあるんだよ」

八幡「……なら、少しは王子様にも花持たせてくださいよ。俺、完全にかませ犬だったじゃないですか」

陽乃「あはは、それは君の責任。チャンスはあげたよ。悔しかったら、お姫様を守れるくらい強くなりなさい」

愚痴る俺のおでこを、人差し指でつんとつつく陽乃さん。

いたずらが成功したときの子供みたいに無邪気な笑顔。

これがこの人の自然な笑顔なのだと、なんとなくわかった。

その笑顔はいつもの作られた笑顔など比べ物にならないほど魅力的だった。

うっかりと、この人が怖い人なのだということも忘れて、見とれてしまうほどに。

陽乃「あ、もうこんな時間か。ごめんね、比企谷君。ちょっとこれから人と会わないといけないんだ。会計はしておくから、ゆっくり食べていってね」

八幡「いや、でも」

俺は慌てて自分の財布を出そうとするが、陽乃さんは手でそれを制する。

陽乃「いいのいいの、これは王子様へのお礼なんだから。ここはお姫様に任せなさい。

   あ、これから私のことをお義姉さんって呼ぶなら払わせてあげるけど」

八幡「ゴチになります!」

陽乃「あはは、もうほんとかわいいなぁ。比企谷君は」

陽乃「じゃあ行くね」

伝票を持ちレジの方へと歩いていく陽乃さんだったが、ふと足を止め、くるりと向き直ってこちらに戻ってきた。

陽乃「今度、もっとゆっくり落ち着いて話したいし、また誘ってもいいかな」

美人からの再会の約束なんて並の男なら舞い上がるところだが、ぼっち歴の長い俺はこんなことで動じはしない。

こういう台詞は別れ際の社交辞令みたいなもんだ。

同級生とかに街で会ったとき、きまずい空気で少し話したあと「じゃあ、またな」って別れるけど、またの機会が来た試しはない。

ソースは俺。

具体的日時の伴わない約束など、無いに等しい。

八幡「はぁ、まぁいいですけど」

陽乃「うん、じゃあね」

陽乃さんはこちらにひらひらと手を振ってレジの方へと歩いていく。

俺はその後ろ姿を見送りながら、テーブルの上で自己主張を続ける山盛りのスイーツたちをどう処理しようかと考えていた。

小町「お兄ちゃん、このスイーツどうしたの!?」

食べきれないスイーツへのヘルプとして妹を召還した。

20分後、小町は思いがけないスイーツの山に目を輝かせる。

八幡「なに、お前への日頃の感謝の気持ちだ。遠慮せず食べてくれ」

小町「お、お兄ちゃん! 小町、お兄ちゃんの介護をしてきたことを、こんなに嬉しく思ったことはないよ」

この妹、兄の世話を介護と抜かしおったか。

ちっ、ヘルプ呼ぶなら由比ヶ浜にしておけばよかったか。

小町「お兄ちゃん……」

八幡「何だ?」

小町「このアイスほとんど溶けてるんだけど。ってか、他も変に温いし」

八幡「あーなんだ、ほら、俺のお前への愛で溶けたんじゃね」

小町「……このゴミいちゃんめ」

今のはポイントつかないのか。

わからん妹だ。

~翌日 奉仕部部室~


雪乃「比企谷君、どういうことか説明してくれるかしら」

結衣「ヒッキー、どういうことか説明しろし」

うわ、超こえぇ。

二人で声揃えて問い詰めてくんじゃねぇよ。

ビビるだろーが。大木っちゃうだろーが。

というか俺だって知りたい。

何がどうなって俺はラブコメの主人公みたいに美少女二人から問い詰められてるの?

俺のクラスメイトと部活仲間が修羅場ってるの?

しかし、二人の視線にラブコメ的な甘さはない。

むしろ、推理物アニメで犯人が判明したあと、「何故こんなことを」って、みんなで犯人を糾弾する時の視線だ。

事態が掴めていないのは俺も同じなんだが。

犯人よりもむしろ被害者。

よし、OK。

状況を整理しよう。

今は放課後。

ここは奉仕部の部室。

さっきまで俺はいつものように放課後に部室に来て、二人に挨拶をして、静かに読書を楽しんでいた。

一色に巻き込まれたクリスマス合同イベントを終え、正月から自宅でごろごろと過ごしていると、いつの間にか終わっていた冬休み。

何故、冬休みはこんなにすぐ終わってしまうのか。

この難問は数学のミレニアム懸賞問題とかいうのに追加するべきじゃないだろうか。

まぁ、俺からすれば、数学の問題なんてどれもミレニアムに解ける気がしないけどな。

しかしまぁ、授業が始まって一週間もすると、以前の日常に体のリズムが戻るのだから不思議なものだ。

由比ヶ浜はしきりと雪ノ下に話題を提供しているが、雪ノ下はえぇとかそうねとか曖昧な返事を繰り返している。

それでも満足そうな由比ヶ浜だが、思い出したように俺にも言葉を投げかけてくる。

俺は俺で、あぁとかそうだなとか曖昧な返答をするだけ。

そんな俺と雪ノ下の間を由比ヶ浜がちょろちょろと動き回る。

いつも通りの風景。

これまでと違うのは、俺が紅茶を飲む器が紙コップからパンさんの湯呑みに変わったことだけ。

しかし、それはとても大切な変化なんだと感じられた。

そして、俺は今日も奉仕部で穏やかな時間を過ごす―――、はずだった。

平穏な時間は唐突なノックの音に破られた。

平塚先生かと思ったが、平塚先生ならノックはしないな、などとぼんやり考える。

ノックに続いてガラガラと扉が開かれると、現れたのは女神もかくやという、一瞬で場が華やぐような笑顔を浮かべた陽乃さんだった。

陽乃「ひゃっはろー」

陽乃さんは、ごく自然にこの場にいるのが当たり前のように挨拶をして教室に入ってきた。

雪乃「……」

結衣「や、やっはろー……です」

雪ノ下は怪訝な表情で冷たい視線を挨拶の代わりとし、由比ヶ浜は呆けた顔で相変わらず敬語かどうか怪しい挨拶をする。

陽乃さんはふんふんと頷きながら部室の中を興味深そうに見回している。

雪乃「姉さん」

陽乃「ん。何、雪乃ちゃん」

雪乃「何をしにきたの」

陽乃「まぁまぁ、落ち着いて。可愛い妹の頑張る姿を見に来たんだよ」

雪乃「冗談もほどほどにしなさい。用がないなら部活動の邪魔になるから帰りなさい」

雪ノ下はおどける陽乃さんの奥、すなわち今入ってきたばかりの教室の扉を指差す。

教室の温度が雪ノ下を起点に5度くらい下がったような気がする。

雪ノ下は護廷十三隊隊長の兄を持つ氷雪系の斬魄刀使いなのか?

いや、最近だと劣等生の妹の方か。

どちらにしても妹だし、雪ノ下に氷属性がついていても不思議じゃないな。

しかし、陽乃さんは、そんな雪ノ下の冷気も涼しそうに受け流す。

陽乃「ふっふっふー、それが用ならあるんだよね」

雪乃「だったら、早く用件を言いなさい」

陽乃「私が今日、ここに来たのは……」

結衣「ごくり」

陽乃「奉仕部に依頼があるからです!!」

びしっと人差し指を立てて、雪ノ下を指差す陽乃さん。

呆気にとられる俺たち。

たっぷり五秒ほどの沈黙の後、雪ノ下は頭痛を抑えるようにこめかみに手を添えた。

雪乃「はぁ、何を言い出すかと思えば……。姉さん、この部は総武校生を対象にした活動をしているの。

   だから、現総武校生でない人は……」

陽乃「え~っ、そんな硬いこと言わないでよ、雪乃ちゃん。

   そ、れ、に~。静ちゃんの許可は取ってあるんだよ」

ぴょんと可愛らしい仕草でパンツのポケットから取り出した紙には、うねりたくった殴り書きで、

『雪ノ下陽乃の依頼を正式なものと認める。 奉仕部顧問 平塚静』

と書いてあった。

非常に読み辛いが、確かに字は平塚先生のもののようだ。

雪乃「こ、これは……どうして」

陽乃「ん、静ちゃんに一筆ちょうだいって言ったらすぐくれたよ。なんか男なんて~って言って泣いてたけど」

おかしいな、今日の朝、廊下ですれ違ったときは、今週末はデートみたいなことを鼻歌で歌ってたのに。

また振られたのかなぁ。

何で! 

何で誰も貰ってあげないの!?

っていうか、いくら傷心でもよくわからない書類に簡単にサインするのは大人としてどうかと思うな。

後で注意しておかないと。

陽乃「どう、これで問題ないでしょ」

まぁ事情はどうあれ、顧問の署名まで持って来られてはしょうがない。

とはいえ、この人のことだ。

どんな難題を持ち込んでくることやら。

雪ノ下がため息を吐きながら、頭痛を抑えるようにに頭に手を当てる。

雪乃「はぁ、しょうがないわね。依頼内容を教えて」

陽乃「あ、雪乃ちゃんとガハマちゃんはいいよ。これは奉仕部というか、比企谷君個人への依頼なんだよね」

八幡「は?」

陽乃「昨日、約束したもんねー」

可愛らしく小首をかしげてこちらを見る陽乃さん。

その一言で、俺は一気にこの舞台の中央に立たされた。

ここで時系列は冒頭に戻る。

雪ノ下と由比ヶ浜は声を揃えて俺に説明を求める。

二人のこちらを見る視線が痛い。じとーっという擬音が聞こえてきそうだ。

八幡「いや、俺だって説明を受けたい方なんだが」

雪乃「姉さん、彼はこう言っているのだけれど」

結衣「うんうん」

俺の言葉を受けて雪ノ下が陽乃さんに向き直る。

陽乃「えー、比企谷君ひどいー。昨日、お別れする前にちゃんとまたねって言ったじゃない」

八幡「具体的な日時の指定はなかったはずですが」

っていうか、社交辞令じゃなかったのかよ。

陽乃「うん、そうだね。指定はしなかったんだから、今日でも問題ないよね」

八幡「いや、それは……」

理屈ではそうかもしれんが、こちらにも心の準備というものがだな。

陽乃「それに、やっぱり昨日の人たちの復讐が怖くって。だから、ボディガードとして一緒にいたいなって」

八幡「いや、必要ないでしょ。だって陽乃さんの方がよっぽどつよ……」

陽乃「ふふふー」(ジロリ)

八幡「ひっ!」

怖っ!もうほんと怖いこの人!

笑顔なのに睨んでるってわかるってどういうことなんだぜ。

雪乃「比企谷君にボディガードを……? 貧相な肉体と軟弱な精神しか持たない彼にそんな大役が務まるとは思えないのだけれど。

   ……そうね、まず昨日何があったかを聞かせてもらえないかしら」

お前はいちいち人を傷つけないと事情も聞けんのか。

結衣「うんうん」

由比ヶ浜、お前さっきから相槌ばっかだな。

陽乃「いいよ。うーんとね、昨日、私はちょっと用事があって街を歩いていたの。そうしたら、質の悪いナンパに引っかかっちゃってね。

   乱暴されそうになったところを比企谷君が助けてくれたの」

結衣「すごーい、なんかドラマみたい!」

雪乃「……この男にそんな気のきいたことが出来るとは思えないし、

   姉さんがその程度の相手をあしらえないというのも信じがたい話ね」

辛辣な、しかし、的確な雪ノ下の指摘に陽乃さんはむくれる。

陽乃「雪乃ちゃんひどいー。私だって女の子なんだよ。男の人にいきなり腕を掴まれたら、抵抗なんてできないよ」

結衣「うんうん、やっぱり力じゃ敵わないですもんね」

雪ノ下はまだ疑惑の眼差しを向けていたが、由比ヶ浜はあっさりと納得して首をぶんぶんと振っている。

ちょろすぎるぞ、由比ヶ浜。

陽乃「もうダメだーって時に、比企谷君が警察を呼ぶ振りをして助けてくれたの」

結衣「ヒッキーすごい!なんかドラマみたい!」

感想がさっきと同じだぞ、由比ヶ浜。

雪乃「……ふむ。あなたにしてはスマートな方法だと感心したけれど、

   最初から他人、というか公権力の力を当てにする辺り、とてもあなたらしいわね」

雪ノ下には、そろそろ俺にも傷つく心があるということをわかって欲しい。

それに実際のところは、警察を呼ぼうとしたらその前に暴漢は倒されていた、だ。

陽乃「でも、その場はそれでしのげたけど、いつまたあの人たちに会うかと思うと、怖くて街を歩けないの」

結衣「あぁ、そうですよね~。やっぱり怖いですよね」

この人がそんなタマかよ。騙されるな、由比ヶ浜。

陽乃「というわけで、私の依頼はボディガードとして比企谷君と一緒にいること。

普段の奉仕部の活動とは少し違うみたいだけど、静ちゃんの許可もあることだし、問題ないよね?」

言い終わるなり、陽乃さんは俺の腕を掴む。

陽乃「じゃあ、行こっか。比企谷君」

八幡「え、ちょ。お、俺の意思は?」

陽乃「ん?」

いや、どこかの棒アニメーション会社が作ったみたいに、九十度近く首傾げられても。

可愛いけど。

俺の反論を封殺し、陽乃さんは俺の腕を引っ張って有無を言わさずぐいぐいと教室の出口へと向かっていく。

ちょ、近い近いいい匂いやわらかいあと近い。

陽乃「それじゃ、これから1週間、放課後は比企谷君借りるから。よろしくね、雪乃ちゃん」

結衣「ヒ、ヒッキー独占? そ、そんなうらやま……じゃなくて、そんなのダメー!」

雪乃「な……、ま、待ちなさい、姉さん」

陽乃「雪乃ちゃん、借り」

陽乃さんは雪ノ下に向かって、ピッと人差し指を立てる。

雪乃「か、借り?」

陽乃「学園祭の時、私の手を借りる時に言った言葉、忘れたとは言わせないわよ」

雪乃「くっ。…………わ、わかったわ。ふ、ふふふ……、姉さんが比企谷君程度のことに借りを使ってくれてむしろラッキーだわ。

   そ、そんなことで消費してしまっていいのかしら」

陽乃「うん、大丈夫。じゃねー」ピシャ

雪乃・結衣「あっ」

勢いよく閉められる教室の扉。

それを合図に抗議の声は聞こえなくなった。

あれ、俺ほんとにこのまま連れ去られちゃうの?

陽乃「さて、どこ行こうか」

八幡「決まってないんですか」

陽乃「とりあえず、比企谷君を連れ出すのが目的だったから」

八幡「はぁ」

~学校周辺~


八幡「何考えてるんですか」

陽乃「ん、何が」

八幡「あんな依頼で俺を連れ出して。ボディガードなんて必要ないでしょう」

陽乃「そんなことないよ。私をかばってくれた比企谷君が、逆恨みしたあの人たちに襲われないようにボディガードしてるの」

八幡「え?」

ん? 何か認識にずれがあるような。

陽乃「だから~、私に直接復讐することはないかもしれないけど、助けに来てくれた比企谷君がターゲットになるかもしれないじゃない」

八幡「なっ」

確かに、あれだけの実力差を見せ付けられれば、あいつらも陽乃さんへの復讐は考えないだろう。

しかし、本人への復讐が不可能なら、あの場で助けに入った俺に矛先が向くことも有り得る、かもしれない。

依頼の内容は、

『ボディガードとして比企谷君と一緒にいたい』

誰が誰のボディガードをするとは明言されてなかったわけだ。

どこまで計算してるんだ、この人。

実は電脳化してて、『京』と繋がってるんじゃないだろうな。

陽乃「私のせいで、比企谷君が傷つくなんて耐えられない!」

八幡「5点」

陽乃「え~、お姉さん的ないい台詞なのに~」

八幡「感情こもらなさ過ぎでしょう。それに、そうなったら雪ノ下さんは致命傷ギリギリまで陰で笑って見てるタイプじゃないですか」

こっちの勇気を振り絞った嘘をあっさりスルーした人の台詞じゃねぇよな。

陽乃「あっはは。ひねくれてるなぁ、さすがは比企谷君」

八幡「っていうか、そもそも俺がどこの誰とも知らないあの人たちとエンカウントする確率ってすごく低くないですか」

陽乃「ん~、そうかも」

八幡「逆に陽乃さんと歩いてる方が目について、あの連中の神経を逆撫でするんじゃないですかね」

陽乃「ん~、かもね~」

陽乃さんには、僅かばかりも悪びれる様子はない。

八幡「はぁ。それで、俺を連れてきた本当の理由っていうのは?」

ため息混じりの俺の問いかけに、

陽乃「比企谷君のことが好きになっちゃったから?」

陽乃さんは悪戯っぽい笑みで答える。

八幡「…………0点です」

陽乃「んふふ、ちょっとドキッとした?」

八幡「……いえ、全然」

笑顔に騙されてはいけない。

単にからかわれているだけだ。

だから、ドキッとなど全然全くこれぽっちも微塵も欠片ほどもしていない。

ほ、ほんとだぞ!!

陽乃「ん~、そだね。すっごく端的に言うなら面白そうだったから、かな」

八幡「……ですか」

陽乃「そっ」

あっけらかんとして、陽乃さんは言う。

八幡「っていうか、俺は結局何もしてないのに、えらく格好良くなってたんですけど」

陽乃「ん? 比企谷君が私を助けたってとこ? 私としては王子様からの花を持たせて欲しいっていうリクエストに応えたつもりなんだけどなぁー。

   助ける方法も比企谷君が使っても不自然じゃないのにしたつもりだし」

いや、確かにそうするつもりだったんだけど。

どこまでお見通しなんだよ。

陽乃「ふふ」

勝ち誇った笑みを浮かべる陽乃さん。

どこまで計算されていて、どこまで見通されているのか、全く掴めない。

こんな人に目をつけられたら、諦めるしかないのかもしれない。

八幡「はぁ、参りました」

陽乃「やたー! じゃあ、これから一週間よろしくね。あ、ちなみに逃げても迎えに行くからね」

八幡「逃げませんよ」

陽乃「校門前まで迎えに行くから」

八幡「駅前で勘弁してください」

陽乃「ん~……、りょーかい」

陽乃「とりあえず今日はどうしようかな。もう少し、雪乃ちゃんが粘ってくるかと思ったから、このあとの予定は考えてなかったんだよねー」

八幡「じゃあ、このまま解散でいいんじゃ……」

陽乃「カラオケでも行こっか!」

八幡「……俺、カラオケとか苦手なんですけど」

陽乃「なぁに? 何か言った?」

八幡「……いえ、何も」

陽乃「そ、じゃあ行こ。すぐ近くにお店もあるし」

八幡「へーい」

~夜 カラオケボックス前~


陽乃「あ~、楽しかった~」

ぐっと体を伸ばす陽乃さん。

その姿勢は、妹さんと決定的に違うある部分が強調されすぎです。

八幡「それは何よりです」

俺は刺激の強い体勢の陽乃さんから目をそらしながら言った。

陽乃「ん~、なにその顔は。お姉さんとのカラオケが楽しくなかったとでも言うの」

そらした視線の先から、陽乃さんが不満そうな顔で覗き込むようにして聞いてくる。

その問いに対する答えなんて決まっている。

八幡「…………楽しかった……です」

陽乃「んふふー、よろしい」

俺の答えを聞くと、陽乃さんは満面の笑みになる。

そう、楽しかった。

楽しかったのだと思う。

女子と二人でカラオケ。

一般的な高校生男子にとっては夢のシチュエーションだろうが、ぼっちにとっては恐怖のシチュエーションである。

基本流行歌なんてチェックしていない俺は、万人受けする選曲が出来ないし、そもそも歌もうまいと言えるほどじゃない。

しかも、ただでさえレパートリーが少ないのに、二人だと回転が速いから、どんどん持ち歌も減る。

そのうち曲を入れるのが間に合わなくなって、曲を選びながらなんか話さなきゃと思うんだけど話題もないし、そもそも入れる曲を考えないといけないからそんな余裕もないし、しょうがないからそれとわかりにくいアニソンを入れるけど、

相手にその曲って何の曲か聞かれてうまく返せなくなり、気まずい空間の出来上がりだ。

ここまでが俺の長いぼっち経験から予測されうる「ぼっちが女子と二人きり~カラオケ編~」だ。

当然、今日もこのシナリオの通りに進行する、はずだった。

だが、俺は雪ノ下陽乃を、彼女のコミュ力の高さを甘く見ていた。

陽乃さんは俺でもわかるような超がつくような有名どころのJポップや場を盛り上げるような曲を選んでいった。

しかも、どれも完璧に歌いこなしていた。

この人に関しては、今更そんなことでは驚かないが。

のみならず、要所で俺に合いの手を要求したり、サビでマイクを渡してきたりした。

一人と一人にならないようにということなのだろう。

このあたりで、すでに俺レベルのコミュ力では対応不可能である。

振られた合いの手もサビも、ほとんどまともに返せなかった。

それでも、陽乃さんは機嫌を損ねることはなく、俺が歌っているときに手拍子を入れ、サビに入れば横から急にハモりをいれてくる。

ハモってくれる友達とかいなかったから、ハモられたらこっちがテンパって音わからなくなるんですけど。

選曲に時間がかかっていたら、俺の知っていそうなアニソンを適当に入れて、

にやにや笑いながら無茶振りをしてくる。

ちなみに知らなくても拒否権はなく、最後までノリだけで歌わされる。

あと、プリキュアのOPを初代からドキドキまでメドレーさせられたのは、

文化祭の打ち上げの時に口を滑らせた小町のせいだと思うので、返ったら罰を執行しなければならない。

とにかく、最初から最後まで陽乃さんに振り回された二時間だった。

それでも終わってみれば気まずい沈黙もなく、むしろもう二時間が過ぎたのかと短く感じたくらいだ。

全ては陽乃さんのコミュ力の高さのお陰だろう。

陽乃さんはどこまでもマイペースにこちらを振り回してくる。

その振り回し方がうまいのだ、と思う。

俺のようなコミュ力の低いぼっちを相手にすると、どうしても相手の側に無理が出る。

今回のような二人きりのシチュエーションになると特にだ。

俺から話しかけることはないから、相手が話題なり対応なりを考える。

俺の趣味嗜好がわからないから探り探りで、だ。

しかし、俺にはその探りを入れてきた話題すら広げることも出来ないから、淡白な返事になって気まずくなる。

だが、陽乃さんはこちらの嗜好などおかまいなしだ。

自分が楽しむことが重要で、俺の反応なんてそのスパイスに過ぎない。

でも、だからこそ俺もどんな反応を返してもいいのだ。

無茶振りされたらすげー嫌な顔すればいいし(それでも歌わされるんだが)、

知らない歌に合いの手を要求されてもすげー嫌な顔すればいい(それでも合いの手を入れさせられるんだが)。

陽乃さんが自然体だから、俺も自然体でいられる。

一緒になって笑ったり、話が弾んだなんてことはなかったけれど、少なくとも自分が異物だと感じるようなことはなかった。

あの部室にいるときのように、自分がここにいるのは間違っていないのだと思える、そんな時間。

それは楽しかったと呼んでもいい時間だったように思えるのだ。

改めて陽乃さんはすごさを思い知った。

陽乃「さて、比企谷君は自転車だっけ」

八幡「そうですね。雪ノ下さんはどうやって帰るんですか」

陽乃「私は迎えを呼んでるよ。」

あぁ、例のセダンか。

そこで陽乃さんは人差し指を顎に当てて、少し考えるような仕草をする。

陽乃「……んー、ねぇ」

八幡「何です、雪ノ下さん」

陽乃「それだよ、それ」

八幡「どれですか」

あいにくと俺にさとり的特殊能力はない。サテライトーとか叫んでも全然わからないので、しっかり言葉にして欲しい。

陽乃「呼び方! 苗字にさん付けって、ちょっと他人行儀過ぎない? 

   こうして一緒に遊んだんだし、これから一週間は一緒にいるわけだし。もっと距離感縮めて行こうよ」

八幡「はぁ。……そう言われても」

他になんと呼べばいいというのか。

陽乃「何でもいいよ。呼び捨てでも、ガハマちゃん風にはるのんでもいいよ」

八幡「呼び捨ては無理ですし、由比ヶ浜風に呼ぶのも頭悪そうな感じで嫌です」

陽乃「比企谷君、きついな。実は仲悪いの?」

八幡「別に悪くないですけど、あのネーミングセンスは正直ないです」

陽乃「あっはは、そうなんだー。でも、じゃあどうしようかな。めぐりみたいにはるさんでもいいし。

   あ、お義姉ちゃんって呼んでもらえると、私的にポイント高いよ」

八幡「はるさんは距離が近すぎると思います。あと、ポイントは貯まっても使えそうな気がしないのでいりません」

何でポイント制が陽乃さんにまでうつってるんだよ。

誰か俺のポイント貯めてる人いませんかー。いませんねー。了解でーす。

陽乃「ふむ、しょうがない。無難に名前にさん付けってとこかな」

八幡「そうですね。一番無難じゃないですか、雪ノ下さん」

陽乃「強情だねぇ。でも、あんまり聞き訳が無いと……」

八幡「どうするんですか」

陽乃「雪乃ちゃんにあること無いこと言っちゃおっかなー」

八幡「ぐっ……、いや、かまいませんよ」

陽乃「およ、強気だね」

八幡「雪ノ下は今でも言いたい放題ですから。今更、何を言われたって変わりませんよ」

陽乃「あっはは、それもそうかぁ。しょうがない、この件は保留にしておいてあげる。今日のところはね」

八幡「諦めてはくれないんですね」

陽乃「だってぇ、好きな人には名前で呼んでもらいたいじゃない?」

八幡「はぁ……」

まだ引っ張りますか、それ。

俺が呆れてため息をついたところで、陽乃さんの後ろに高級そうなセダンが止まった。

陽乃「あ、来たね。じゃあ、比企谷君、帰り道気をつけて。また明日ね」

八幡「……うっす」

陽乃さんはバイバイと手を振って車の方へ乗り込んだ。

例の黒いセダンではなかったのは陽乃さんの気遣いなのだろうか。

~八幡レンタル2日目~



朝から教室で由比ヶ浜がちらちらとこちらの様子を覗っていたが、とりあえずスルー。

そのまま放課後まで逃げられるかと思ったが、昼休みには雪ノ下から集合がかかり、

部室で雪ノ下と由比ヶ浜に昨日の出来事を問い詰められた。

部員の活動報告を聞くのは部長としての務めだとかなんとか。

とりあえず適当に誤魔化してお茶を濁す。

放課後は駅前で陽乃さんと待ち合わせだ。

駅前で立ちながら本を呼んでいる陽乃さんを見つけて、立ち尽くす。

あの人はただそこに居るだけで目立ちすぎる。

右肩にハンドバックを下げ、左手でブックカバーのかかった本を読んでいる陽乃さんは、

特別なことは何ひとつしていないのに絵になっている。

道行く人々が、男性も女性もちらちらと振り返っていくのがわかる。

俺、これからあの人に声掛けるの?

無理無理無理無理無理無理!

あんなところに声掛けたら、注目の的じゃねえか。

ぼっちは日陰で細々と生きる生き物なんだよ。

強い日差しの下では生きられない生き物なんだよ。

……帰ろうかな。

まだ気づかれてなさそうだし、今なら……。

陽乃「ん?」

などと思っている間に目が合ってしまった。

陽乃「あ、比企谷君」

陽乃さんは左手の本を閉じてカバンにしまい、おーいと手を振りながら近寄ってくる。

周囲の視線が陽乃さんから俺に移る。

嫉妬と羨望と落胆と嘲り。

およそいい感情などひとつもこもっていない視線が痛い。

まぁ、こうなってしまっては知らん振りも出来ない。

俺はため息をひとつついて、片手を上げて応える。

陽乃「やぁやぁ、学業お疲れ様。比企谷君で遊べるのが楽しみ過ぎて、ちょっと早く来ちゃったよ」

陽乃さんは輝くような笑顔でそう言った。

『比企谷君と』ではなく『比企谷君で』に聞こえたのは、聞き間違いですよね。

誰かそうだと言って!

この日はいつか雪ノ下と由比ヶ浜のプレゼントを探したショッピングモールでショッピングに付き合わされた。

いくつかのアパレルショップを回って、陽乃さんのファッションショーが開催された。

美人は何を着ても似合うというのがよくわかったが、それだけではなく陽乃さんは服を選ぶセンスもいいのだと感じた。

華やかな色使いの服でも決してうるさくならないようにまとめ、全体を見たときにどこか品を感じさせるのだ。

逐一、感想を求められたが、似合うという言葉以外が出てこないので、陽乃さんは少し不満顔だった。

それでも陽乃さんは俺の反応を見ながら、何点かのアイテムを購入した。

店を回る間、陽乃さんプロデュースで俺にも服の見立てが行われ、俺は着せ替え人形のようにあーでもないこーでもないと着せ替えられた。

さらには、下着売り場で「こっちも選んでもらおうかな~」などとからかわれたり、

休憩に入った喫茶店で食べかけのケーキを取られて「間接キスだねぇ」とか言われたが、その度にドキッとなんてしてない。

ほ、本当だぞ。

まぁでも、この人が俺みたいな底辺の人間を恋愛対象に見ることなんてありえないのだ。

その点、勘違いしなくて済むのはありがたい。

この間のダブルデートの時、葉山は俺が陽乃さんに気に入られているとか言っていた。

つまり、まぁそういうことなんだろう。

今の俺は陽乃さんにとって、少し興味のあるおもちゃみたいなものなのだ。

きっと、この一週間が終わったら、もしかしたら一週間が終わる前に飽きられてしまう。

そうなったら、子供がいらなくなったおもちゃを捨てるみたいに、捨てられてしまうのだ。

むしろ、俺からすれば早く飽きて捨てて欲しいと思っているわけだが。

おもちゃは主人を選べないのである。

~八幡レンタル 3日目~

この日は昼休みに部室で報告書を雪ノ下に提出した。

昨日の夜にメールで、「報告はきちんと文書にし、昼休みにそれを読みながら疑問点について質問させてもらう」

などといった趣旨の内容が送られてきたのである。

こっちは一日中陽乃さんに振り回されて疲れているというのに、

その日のうちに報告書にまとめろとは、姉妹そろって人をこき使ってくれる。

もちろんサービス残業である。

あれ、うちの部活って結構ブラックなのか。

会社に入ったら、これが毎日か。

うわぁ、働きたくねぇ。

まぁ、報告書のおかげで、前日のように昼休みに行動を逐一説明する必要がないのは楽だった。

俺は報告書を読んだ雪ノ下と由比ヶ浜(お前は部長じゃないから読む必要はないんだが)からいくつかの質問を受け、

昨日よりは幾分平和に昼休みを乗り切ることが出来た。

もちろん、下着売り場に連れて行かれたとか、食べかけのケーキを取られたとかのくだりは報告書には書いていない。

嘘を吐いたわけじゃない。報告の必要はないと判断しただけのことだ。

放課後、陽乃さんと合流したあとは、まず映画を見に行った。


内容はハリウッドのアクションものである。

ちなみに陽乃さんの希望。

一応、俺の意見も聞いてくれたのだが、俺が推した団地的なジャパニーズホラーは『暗い』の一言で却下された。

そりゃホラーなんだから暗いでしょうけど、なんか釈然としない。

映画自体はまぁ王道のハリウッド映画で普通に楽しめた。

必要ないだろってくらいのド派手な演出、CG技術を駆使した映像美、単純明快なストーリーライン、マッチョな男優が吼え、セクシーな女優が裏切る、

最後には少し感動できるシーンを入れて、ハリウッド映画のいっちょ上がりだ。

これ以上ないくらいに王道のハリウッド映画って感じ。

これ以上ないくらいに王道のハリウッド映画って感じ。

だが、「王道は王道ゆえに王道」という材木座の言葉通り、王道ゆえの安定感、安心感はさすがといったところだ。

歴史の中で取捨選択されたエンターテイメントに必要な要素が盛り込まれているため、面白くないわけがないのである。

下手な監督が奇をてらったことをしようと王道から外れると、目も当てられないものが出来る。

先人に学ぶことは、やはりとても重要なのだ。

これはライトノベルにも当てはまる。

昨今、ライトノベル界は似たような作品が増えている。

中でも、やはりハーレム物は多い。

最近はこういった作品に対し、食傷気味という読者もいるだろう。

しかし、ハーレム物というのは、ライトノベルの王道のひとつではないだろうか。

したがって、ハーレム物がうまく書けない作者に面白いラノベは書けないのだ。

そうした王道を無視し、奇をてらって王道からずれたラブコメを展開しようとすると、

せっかく賞を取ったのに全然売れないとか、だから長文タイトルはもうダメだとあれほどとか、

まず締め切り守れよとか言われるのである。

アニメ化されてほんと良かった!!

まぁ、それは置いておいて。

映画館を出ると日はとうに沈んでいた。

陽乃「もういい時間だね。何か食べて帰ろっか」

腕時計を見ながら、陽乃さんがそう提案してきた。

八幡「ご一緒したいのは山々なんですが、何も言って来てないんで、

   家で小町が飯作っちゃってると思うんですよー。イヤー、残念ダナー」

若干、最後が棒読みになってしまったかもしれない。

まぁしかし、食事の誘いはこうすれば感じ悪くならずに断れる。

ソースは俺。

誘われたことが少ないからデータ不足だけど。

しかし、陽乃さんは不敵な笑みを浮かべる。

陽乃「ふっふっふ、比企谷君。私が小町ちゃんと連絡先を交換しているのを忘れたのかな」

そういって携帯画面をこちらに向けてくる。

液晶画面には「了解です! 好きなように料理しちゃってください!」という小町からのメールが表示されていた。

(実際はもっと頭の悪そうな絵文字がこれでもかと付いていた)

八幡「なん……だと」

頼りにならない妹だな、まったく。

頼りにならないどころか敵に内通してるまである。

小町、獅子身中の虫め!

ていうか、料理しちゃってってどういうことだよ。

料理を食べに行くのであって、俺が食べられるわけじゃないぞ。

……ないんだよね?

ともあれ、小町が懐柔されていては俺に逃げる術はない。

八幡「……わかりました」

仕方が無いので、本意ではないことを全身で最大限にアピールしつつ、頷いた。

というわけで、陽乃さんオススメのイタリアンのお店に行く。

イタリアの国旗をあしらった看板をくぐり店内に入ると、テーブルが幾つかあるだけの小さな店だったが、

テーブルクロスなどの小物や少し暗めに設定された照明など細かい所からお洒落な空間を作り出していた。

俺たちは店内の隅の方にある窓際のテーブルに座った。

陽乃「比企谷君、何か食べたいものはある?お金は私が出すから気にしないでいいよ」

またぞろ、払う払わないの問答をしようかとも思ったが、メニューの金額を見て素直にお言葉に甘えることにした。

食べたいものと言われたが、メニューに出てくる単語がプロシュートやらピカタやらと聞きなれない言葉ばかりだった。

八幡「じゃあ、このボンゴレってパスタで」

陽乃「へーなんか意外なチョイスだね」

聞き覚えがあったもので。

主に某週刊少年誌で。

陽乃「他には?」

八幡「あとは……お任せします」

陽乃「ふふ、りょーかい♪」

陽乃さんはメニューを少し見て、おもむろに手を上げて店員を呼び、慣れた感じで注文した。

しばらくすると、テーブルには綺麗に盛り付けられたパスタ、リゾット、サラダ、スープ、スライスされた牛肉などが並んだ。

陽乃「じゃ、かんぱーい」

八幡「……乾杯」

俺たちはフレッシュジュースで乾杯をして、料理を食べ始めた。

陽乃さんが食事している姿は、流れるように無駄がなく美しい。

育ちの良さから来る洗練された所作や振る舞いというのは、どんなところにも出てくるのだと思い知る。

一方の俺はと言うと、テーブルマナーなんて全然知らないものだから、陽乃さんの見様見真似で食べるが、

フォークやナイフが皿に当たってカチャカチャと不快な音をたてたり、スープを飲むときに音をたててしまったりと、無様なことこの上ない。

くそ、何で飯食ってるだけなのに、こんな恥ずかしい思いをせにゃならんのだ。

母ちゃんも躾けるならこういうところをしっかり躾けておいてくれればよかったのに。

いや、まぁ、俺の人生であと何回こんなところに来る機会があるのかって話だから、別にいいんだけど。

俺が音を立てないよう、苦心しながらスープをすすっていると、陽乃さんが話しかけてきた。

陽乃「ねぇ、比企谷君。最近、雪乃ちゃんと何かあった?」

八幡「ずいぶんと曖昧で漠然とした質問ですね。何かと言われても、答えに困るんですが」

陽乃「あはは、うん。それもそうだね。えっとね、前に言ってた生徒会長選挙が終わった辺りだったかな。

雪乃ちゃん、ちょっと元気なかったんだよね」

心当たりはある。

というか、原因はほぼ間違いなく、俺たちとのすれ違いだろう。

陽乃「でもね、年末年始に実家で会った時には、元気になってたっていうか、元の雪乃ちゃんだったというか」

まぁ、その時にはすれ違いは解決していたしな。

陽乃「それで~、お姉ちゃんとしては~、お友達と何かあったんじゃないかなぁって考えてるんだけど~、比企谷君何か知らない?」

いやらしく微笑む陽乃さんに、ほんとは全部知ってて言ってるんじゃないだろうなこのアマ、と思ってしまう。

絶対に口には出さないけど。

八幡「そうですかー。イヤー、残念ながら俺は何も知りませんね。

   雪ノ下の元気がなかったなんて全く気付かなかったデスヨー」

とりあえず誤魔化してみることにする。

いや、だって詳しく話すと俺だって恥ずかしいし。

雪ノ下や由比ヶ浜にしてみても、軽々しく他人に話されて、いい思いはしないだろう。

陽乃「……ねぇ、比企谷君。お姉さん、ほんとのところが聞きたいな」

ニコッと微笑む陽乃さん。

素敵な笑顔から凄まじいプレッシャー。

これあれだ。俺、今すげー睨まれてる。

今わかった。

陽乃さんってどっかの赤い悪魔と一緒で、笑ってる時の方が怖い人だ。

八幡「……心当たり、ないわけじゃないんですけど、これは話せないです。すいません」

頭を下げて、数秒間。

重苦しい沈黙に息が詰まる。

陽乃「……ふぅ、まぁそれならしょうがないか。まぁ、雪乃ちゃんが元気なら、私は文句ないしね」

それは本心なのだろう。

この人、シスコンと呼ばれる俺をして、シスコンだと認めるシスコン振りだからな。

張りつめた空気は弛緩して、再び食事を始める。

八幡「それにしても」

陽乃「ん、何?」

先ほどの会話で気になったことを聞いてみることにした。

八幡「雪ノ下の気分なんて、よく分かりますね。正直、外から見てるといつも同じように見えますけど」

今回は俺も問題の当事者だったから、さすがに雰囲気が変わっているのはわかったが、問題の外にいたら、

あの冷静沈着な雪ノ下の機嫌なんてわかる気がしない。

陽乃「そりゃあ、お姉ちゃんだからね」

八幡「たとえば、どんなところで見分けるんですか」

陽乃「そだね~、色々あるよ。元気がないときは憎まれ口がないとか、からかっても全然怒ってこないとか。

   機嫌がいいと憎まれ口が多かったり、からかったときに余裕を持って返して来たりするね」

八幡「見極めのポイント、おかしいでしょ。何で憎まれ口とかからかった時の反応なんですか」

普通、声の調子とか何気ない仕草とかそういうのだろ。

陽乃「そうかなぁ」

八幡「そんなことばっかりしてるから、敬遠されるんですよ」

陽乃「だって、雪乃ちゃんってからかうとすごい可愛いんだもん」

八幡「そうですか、俺なんてちょっと軽口言おうもんなら、

   嫌味で十倍返しされるか氷のような視線を浴びせられるかのどっちかですけどね」

あれって俺がぼっちじゃなくて、そういう対応に耐性がなかったらトラウマ抱えてるレベルだぞ。

陽乃「それがいいんじゃない!」

え、やだ、何この人、ドMなの? 怖い!

陽乃「その嫌味や冷たい視線をね、さらに返してあげるとね、すっっごく悔しそうな顔するの! 

必死に隠そうとするんだけどね、雪乃ちゃんって負けず嫌いだから隠しきれなくて、その顔がもうたまらなく可愛いんだよ!」

ドMかと思ったらドSかよ。ほんと怖い。

どこの青鬼院蜻蛉様だよ。

妹を苛めて喜ぶお前、ドS!!

陽乃「ねぇ、比企谷君はさ。雪乃ちゃんのこと、どう思ってるのかな」

八幡「は?」

突然の質問に戸惑ってしまう。

八幡「どう、と言われても。あいつは部活が同じなだけで……」

それだけだ、と言おうとして、雪ノ下の泣き顔を思い出した。

あんな恥ずかしい黒歴史を共有している俺たちは、きっとそれだけの関係ではないのだと思う。

八幡「いや、部活が同じ友達、ですかね」

友達だと言うだけなのに、妙に気恥ずかしい。

陽乃「……そっか。……これからも雪乃ちゃんをよろしくね」

そういって陽乃さんは、嬉しそうな、しかしどこか寂しげな複雑な笑顔を浮かべた。

~八幡レンタル 4日目~


土曜日の午後、昨日ハリウッド映画を見てテンションの上がった陽乃さんは、銃が撃ちたいといって俺をゲーセンに連行した。

ゲーセンの他にもボーリングやカラオケ、各種スポーツ施設などが併設された、正式名称でいうところの総合アミューズメント施設。

まぁ、ぶっちゃけラウンドワンだ。

最初は二人が並んで、スクリーンに映る敵を撃っていると自動で進行していくタイプのシューティングゲームをやった。

いいところまで行ったのだが、四人目のボスにやられてあえなくゲームオーバーとなった。

主に俺が共通のライフ五個のうち四個を俺が使うという足の引っ張りっぷりを見せたせいである。

いや待て、言い訳をさせてもらいたい。

ガンコンが近すぎるのが悪い。

リロードで画面外に銃を向ける度に、陽乃さんの豊満な胸部が揺れるのが視界に入るし、

ちょっとした弾みで腕とか肩とかがちょいちょい当たって、体温とか柔らかさとかいい匂いとかが伝わってくるし。

そんな状況で健全な男子高校生がゲームに集中なんて出来るはずがない。

お互い、一人ずつなら全クリもいけたのかもしれない。

その後、シューティングゲームで全クリ出来ず、もやもやしている陽乃さんが2Dの対戦格闘ゲームをやろうと言い出した。

これはさすがに長年の俺のゲーマーとしての経験が活きて、見事に十連勝した。

やばい、陽乃さんに何かで勝てるってすげぇ嬉しい。

陽乃「う~ん、難しいなぁ」

さすがに諦めムードの陽乃さんだが、五戦目にして上中下段技を理解して、起き攻めで投げ技を決めてきたり、

待ち戦法を使ったりなど、初心者とは思えない順応能力だった。

あと十戦くらいやったら、普通に勝てなくなるかも。

だから、もうやらない。

そのあとはボーリングをしたり、バスケの1on1をしたり、ストライクアウトをやったりと、

そこで出来ることは全部やるのだと言わんばかりに遊び回った。

さっきゲームで負けた腹いせとばかりに、体を使う系の勝負は陽乃さんの圧勝だった。

陽乃「へっへーん」

腰に片手を当てて、こちらにピースをしながら勝ち誇る陽乃さんが、なんだか子供みたいで可愛いなどと思ってしまった。

日が傾いて外に出たころには、普段、運動とは縁のない俺の体は悲鳴をあげていた。

それでも、大きく伸びをしながら

陽乃「あ~、楽しかったね~」

といって笑う陽乃さんを見ていると、それも悪くはないかと思えるのだった。

最後にプリクラを撮ろうと誘われたが、それだけは頑なに断った。

この人とそんなものを撮ったら脅迫材料にされるに決まっている。

~八幡レンタル 5日目~


日曜日、昨日の別れ際に言った、体が限界だから少しゆっくりしたいという俺の願いが聞き入れられ、今日は書店に来ていた。

書店にはカフェが併設されており、本を買った客にはドリンクの割引券が渡されるシステムだ。

俺たちはお互いに面白いと思った1冊(既読かどうかは問わない)を選び、相手に渡し、カフェで向かい合ってその本を読んでいる。

陽乃さんらしからぬ地味なプランな気もしたが、これはこれで陽乃さんの一面なのかもしれない。

俺が渡したのは京都を舞台にしたループ物の小説で、名門大学に進んだ主人公が理想の大学ライフを追い求め、何度も大学生活をやり直すというものだ。

独特な文体でテンポ良く読めたし、友達が少なくやることが裏目に出てばかりの主人公には、少なからず共感するところがあった。

陽乃さんが最初に手に取っていたのは、マキャベリの「君主論」だったが、

頼むからもう少し読みやすい物にしてくれという俺の懇願を受け、普通の小説に変更された。

陽乃さんの選んだのは、高校が舞台の恋愛小説だった。

主人公を巡って幼馴染と転校生の女の子二人との三角関係を築くというのがあらすじのようだ。

何だそれリア充爆発しろ。

……まぁ、小説なんだからリアルではないわけだけど。

主人公の相談役みたいなポジションに幼馴染の姉がいるんだけど、

自分も主人公のことを好きなのに、それを隠して主人公にアドバイスをしているのが健気でいい。

失礼ながら、陽乃さんにしては少し意外なチョイスだと思った。

あまり、恋愛小説というのは得意ではないのだが、

とかくドロドロとしたイメージのある三角関係が明るくコミカルに描かれており、惹きこまれるのに時間はかからなかった。

しばらくの間、お互いに本の世界に没頭する。

周囲の雑音は意識の外に置かれ、そのフィルターを通ってくるのは、互いのページをめくる音だけ。

その音は不思議と心地よく感じられた。

ふいに、陽乃さんのページをめくる音が止まる。

本から視線を外して陽乃さんの方を見ると、こちらを見つめている陽乃さんと目が合った。

八幡「な、なんすか」

別にやましいことがあるわけではないのだが、気恥ずかしくなって視線をそらす。

陽乃「ふふ、うぅん。なんでもない」

そう言って穏やかに微笑みながらも、陽乃さんはじっと俺を見つめ続ける。

八幡「そうですか」

どうにも落ち着かないので、本を顔の前で広げて壁にすることで視線から逃れる。

少しすると、陽乃さんの方からページをめくる音が聞こえ始めた。

二人でする読書。

会話をしながらという訳でもないので、本を読むという行為自体は一人でする読書と何ら変わりない。

それでも、この時間と空間を誰かと共有しているということが、何故だか温かく、そしてこそばゆく感じてしまう。

途中、飲み物を追加したり、お菓子を頼んで小休止を挟んだりしたが、それ以外ではほとんど会話らしい会話もなかった。

誰かとこれだけ一緒に居て、ここまで何も話さなかったのは初めてかもしれない。

それが自然に思えて、居心地の悪さを感じなかったのは、やはり陽乃さんのおかげなのだろうか。

陽乃「ん~、面白かったー!」

三時間ほど経った頃、陽乃さんがパタンと本を閉じた。

八幡「気に入ってもらえて何よりです」

陽乃「うん、この人いいね。雰囲気が独特。そっちはどう?」

八幡「面白いです。これからクライマックスみたいですから、残りは家で読みますよ」

陽乃「そっか。良かった」

ちなみに俺の方は、残り4分の1といったところだ。

まぁ、家に帰れば1時間もせずに読めるだろう。

陽乃さんは途中で追加した紅茶を一口飲むと、不意に口を開いた。

陽乃「ねぇ、比企谷君。今日、楽しかった?」

穏やかな、自然な笑顔。

いつもの計算を感じさせないその笑顔に、思わず胸が高鳴る。

八幡「……えぇ。楽しかった……と思います」

二人で本を読んでいただけ。

もっと言えば、一人と一人が本を読んでいただけだ。

それでも、本当に一人で本を読んでいるときよりも充実していたように思う。

それならきっと、それは楽しかったと言ってもいいのだろう。

陽乃「なぁにそれ。自分のことでしょ」

曖昧な返答に陽乃さんは不満そうに口を尖らせる。

八幡「ま、まぁ、そうなんですが。ほら、俺って誰かと遊ぶことって少なかったから、

自分の感覚に自信が持てないと言いますか」

陽乃「悲しい……。悲しい理由だね、比企谷君」

よよよ……とわざとらしく泣きマネ。

楽しそうに見えるのは気のせいですかね。

陽乃「う~ん。じゃあ、今日だけじゃなくて、この期間、私と一緒に居て嫌じゃなかった?」

八幡「嫌なんてことは……。……いえ、楽しかったです」

ここで誤魔化すような言い方をするのは卑怯に思えた。

だから、そう言いきる。

陽乃「そう。うん、なら良かった」

八幡「……雪ノ下さんは楽しかったんですか。俺なんかと一緒で」

陽乃「うん! とっても楽しかったよ」

名前の通り陽光を思わせる満面の笑顔は、強化外骨格ではないような、計算なんてされていないような。

陽乃「あ~、悔しいなぁ」

ふと、呟くように陽乃さんは言う。

八幡「何がですか」

陽乃「どうして私は比企谷君と同じ学年で生まれなかったのかなーって」

八幡「どういう意味ですか」

陽乃「だって、同級生にこんなに面白い子がいたら、学校生活だってもっともっと楽しかっただろうなぁってね。雪乃ちゃんがうらやましい。

あ、もちろん私たちの世代だって面白くなかったわけじゃないけどね」

八幡「はぁ」

何かと思えば、仮定の話か。

そんな話、いくらしても意味がない。

この世界にはタイムマシンもないし、もしもボックスもない、Dメールだって未実装だ。

リアリスティックな陽乃さんにしては、珍しく夢見がちな物言いだ。

それにそもそも、俺はぼっちなんだから、そんな仮定は意味が無い。

八幡「でも、もしそうなったら、たぶん俺と雪ノ下さんは出会ってませんけどね」

陽乃「ん、どうして」

八幡「だって、陽乃さんはいつも生徒会や委員会の中心で動いていたんですよね。俺、基本的にひとりで、

クラスの隅で息を殺して生きていたいタイプなんで、そういう物事の中心人物と接点を持つなんて有り得ませんよ」

至極、当然の帰結。

ぼっちは関わりを求めない。

今、俺が陽乃さんとこうしているのは、同じく問題を抱えた雪ノ下がいて、

問題児達におせっかいを焼いた平塚先生がいたからだ。


その雪ノ下の姉だったからこそ、陽乃さんとの接点が出来たわけで、

俺と陽乃さんを繋ぐには、雪ノ下という中継ポイントが不可欠なのである。

陽乃「ふむ、確かに」

八幡「でしょう」

陽乃「うーん、いや、でもわからないよ」

一旦は俺の意見に頷いた陽乃さんだが、すぐにまた意見を翻す。

陽乃「君はそっちでも問題児だろうから、きっと静ちゃんがおせっかいを焼くと思うんだよね」

八幡「あー」

それはあるだろうな。断言してもいいレベルで。

陽乃「それで、そっちでは奉仕部がないわけだから、静ちゃんは生徒会に君を連れてくるんだ。

生徒会の雑用として働き、周囲の人間に奉仕することで人間性を修正すること、なんて言ってさ」

うん、言いそう。

陽乃「そこで、生徒会長の私は君をボロ雑巾のように使い回して、最後にはポイしちゃうの」

八幡「ちょっと、おかしいでしょ。俺の扱いが雪ノ下よりもひどいんですけど」

ポイされちゃうの、俺?

陽乃「あはは、そりゃあ私は雪乃ちゃんのお姉ちゃんだからね」

そう言われるとすげぇ説得力だから困る。

陽乃「まぁ、それは冗談にしてもさ。ね、どうかな、そんな世界は」

確かに、そんな流れになるかもしれない。

きっと、そこでも俺は陽乃さんの仮面にすぐに気づき、

そんな俺を陽乃さんは面白がっておもちゃにするんだろう。


生徒会室でなんだかんだといじられながら、

奉仕部でやっているように各イベントの運営にも参加して、

めぐり先輩や今の生徒会のメンバーが後輩として参加してきて……。

にぎやかな生徒会にいる自分を幻視する。

眩暈がするほどに明るい世界。

陽乃は文化祭実行委員長にはなったけど生徒会長はやらなかったね。8巻p.93参照。

でも、所詮、幻想は幻想だ。

八幡「……仮定の話は、嫌いです」

どんなに幻想が心地よかろうと、覚めてしまうのなら意味がない。

覚めない幻想なら、ぶち殺すまでもなく、それは現実だ。

俺たちは現実という覚めない幻想にいるのだから、夢の話ほど夢がない。

陽乃「そう? ……うん、そうだね。こんな話をいくらしても、意味なんてないしね」

陽乃さんはそう言って、視線を逸らす。

その横顔がひどく寂しそうに見えてしまう。

八幡「……お、俺は」

陽乃さんが俺の言葉に反応してこちらに視線を戻す。

寂しそうな陽乃さんの顔を見ていたら、何か言わなければならない気がして、口が動いてしまった。

>>96 
あれ、文化祭実行委員長だけでしたっけ?
すいません。
記憶違いでした。

八幡「俺は、今の世界で平塚先生と会って、雪ノ下の奉仕部に入れられて……」

はっきりしない気持ちでも、言葉にしておかないと、確認をしておかないと、誤解やすれ違いを生んでしまう。

もう、俺はそれを知ったのだから。

八幡「それで由比ヶ浜と出会って、それから陽乃さんとも出会って……」

何が言いたいかは自分の中でもまとまっていないから、しどろもどろになりなりつつも、それでも俺は言葉を紡ぐ。

陽乃さんは、俺の言葉をじっと待っている。

八幡「えっと、何が言いたいかって言うと、ですね。

俺は今の世界ってやつがそんなに嫌いじゃないっていうか、雪ノ下を介して雪ノ下さんと出会えたこととか、

今の関係性っていうのも含めて、俺は今の世界が、結構好きで。

……だから、もしもの話とかはしたくない、です」

心の中のもやもやしたものを、なんとか言葉という形にまとめる。

陽乃「……そっか。うん、ありがと」

何に対しての礼なのか。

何が言いたいのかも曖昧な言葉を、それでも陽乃さんは温かい笑顔で受け止めてくれた。

どこまで通じたのか、陽乃さんが何を考えてこんなことを言い出したのかもわからない。

わからない。

本当にこの人はわからない。

すいません!

あと半分ほどなのですが、明日仕事のため、今日はこの辺りで。

お付き合いしていただいた方ありがとうございます!

明日は1日仕事なので、続きは明後日になると思います。

またお付き合いいただければ幸いです。

それではお疲れ様です!

陽乃さんが生徒会長やってたミスが痛い……。

違うんやー、めぐりんがー、めぐりんがはるさんはるさん言うからー。


いや、悪いのは僕です。本当にすみません。

一応、修正しておきます。

>>93 >>95を修正です。

陽乃「同じクラスになったとするでしょ。そしたら、私は基本的にみんなとうまくやろうとするから、

   教室の隅で一人寂しくお弁当を食べてる比企谷君にもクラスに参加するように言うんだ」

教室の隅で一人寂しくって、なに勝手に決め付けてるんだよ。

そんなわけないだろ。

俺が飯を食うのは教室の外だ。

否定できるのがそこしかないって悲しい。

陽乃「でね、そこで比企谷君は、比企谷君のことなんて本当はどうでもいいと思っている私の本心に気づいちゃうの」

八幡「あー」

それはあるだろうな。断言してもいいレベルで。

そういう観察力はニュータイプ並だと材木座によく言われるからな。

陽乃「私は私で見抜かれたことに気づいて、面白い男の子がいるなーって注目しだすの」

仮定の話をする陽乃さんは、とても楽しそうに見える。

陽乃「それで、私は静ちゃんを抱きこんで、君をクラスとか委員会とかのイベントに巻き込んじゃうんだ」

八幡「簡単に教師を抱きこむとか言わないでください。っていうか、平塚先生だって奉仕部がなければ、

   特定の生徒にそこまで負担をかけることはしないでしょう」

様々なイベントに巻き込まれたのは、雪ノ下の奉仕部があってこそだ。

陽乃「わからないよー。私は私で静ちゃんにちょっと問題児扱いされてたからね。私、成績良かったのにおかしいよね」

そう言えば、平塚先生が雪乃さんを評して「優秀な生徒ではあったが、優等生ではなかった」みたいなことを言っていたな。

陽乃「だから、二人でクラスのためになることをして、人格を矯正してこいとか言われて」

あ、今CV平塚 静で再生された。

陽乃「そこで、私は色んなイベントで、君をボロ雑巾のように使い回して、最後にはポイしちゃうの」

八幡「ちょっと、おかしいでしょ。俺の扱いが雪ノ下よりもひどいんですけど」

ポイされちゃうの、俺?

陽乃「あはは、そりゃあ私は雪乃ちゃんのお姉ちゃんだからね」

そう言われるとすげぇ説得力だから困る。

陽乃「まぁ、それは冗談にしてもさ。ね、どうかな、そんな世界は」

確かに、そんな流れになるかもしれない。

きっと、そこでも俺は陽乃さんの仮面にすぐに気づき、そんな俺を陽乃さんは面白がっておもちゃにするんだろう。

教室でなんだかんだと陽乃さんにいじられながら、奉仕部でやっているように各イベントの運営にも参加して、

めぐり先輩や今の生徒会のメンバーとも文化祭や体育祭で一緒に作業して……。

にぎやかな世界にいる自分を幻視する。

眩暈がするほどに明るい世界。

それでは、本当に落ちます。

失礼します。

あ、読みにくかったりとかがあれば、書いておいていただけると

次から参考にさせていただきますので、よろしくおねがいします。

>>97>>99で陽乃さん、>>100で雪の下さんと陽乃さんだけどどっちなの?

奢られるのは嫌がってた八幡が受け入れるどころか喜んでるのは違和感ある

>>115
地の文のときに「陽乃さん」ってだけだろ
何がおかしいんだ?

個人的には全改行より同一人物の連続したセリフとかは基本詰めたほうが読みやすいが
人それぞれなのでどっちでも良いかと

生徒会長やってたやってないは結構大きな点だとおもうのだけど(読者様)

お疲れ様です!

ぼちぼち再開したいと思いますが、その前にいただいたレスにちょっと返信を。

>>115

>>99で八幡が台詞の中で陽乃さんって言っちゃってますね。
ケアレスミスです。申し訳ないです。
基本的には>>120さんが仰っているように、地の文では「陽乃さん」、台詞では「雪ノ下さん」です。
よろしくお願いします!

>>118

レストランのシーンでしょうか。
八幡なりには葛藤はあったのですが、陽乃さんが普段家族で使うようなお店に連れてきちゃったので、
金銭的に払えないと諦めたというニュアンスだったのですが。
確かに、読み返して見るとちょっとその辺の描写が薄かったかもしれません。
八幡なら店に入る前にもう少し抵抗するかもですしね。
映画とか、ゲーセンとかは八幡も払ってますが、その辺りは書いてなかったですね。
すいません。
ご指摘ありがとうございます!

>>123

ご助言ありがとうございます。
書き出したときに悩んだポイントでした。
>>123さんには申し訳ないですが、今回はこのままで統一させていただこうと思います。


>>124

いや、見ないで!恥ずかしい!!

全く持って仰るとおりでございます。
陽乃さん好きとして、お恥ずかしい限りです。
>>93 >>95>>109 >>110に読み替えていただくようお願いいたします。

これが終わったら、もう一度原作読み直しますので、平にご容赦を。

では、>>100の続きからです。

~八幡レンタル 6日目~


今日も今日とて、陽乃さんと待ち合わせである。

自然に注目が集まっているから、陽乃さんを見つけるのは容易い。

しかし、向こうがほぼ同じタイミングで俺を見つけるのは一体どういう理屈なんだ。

存在感の無さを自認し、それを雪ノ下に揶揄されている俺からすると、まったくもって理解できない。

いや、むしろ自分でも気づいてないだけで、

俺という腐り目イケメンというジャンルに時代が追いついてきたという可能性が微粒子レベルで存在……しないな。

陽乃さん以外の人から注目された覚えはまるでないし。

あれ、じゃあ、陽乃さんって集団の中でも俺のことを見つけてくれてるってことか。

まさか、陽乃さんって俺のこと好きなんじゃ……、

なんて都合のいいことを普通の男子なら考えるところだが、俺は違う。

はっ、その程度のことに恋愛感情をくっつけるなど。

だから、お前は阿呆なのだぁ!

自分の存在が特別なものではないということが、何故わからん!

明鏡止水の心で考えれば、すぐに答えがわかる。

ただ単に陽乃さんのスペックが高過ぎて、俺のステルス(常時発動系スキル)が無効化されているだけなのだ。

陽乃「ひゃっはろー」

完璧な美人が柔らかな笑みを浮かべて近寄ってくる。

その様はまるで天使の降臨である。

ま、無論、戸塚の天使度には勝てないが。

それに、こちらは実際には堕天使なのである。

天使のような悪魔の笑顔なのだ。

陽乃「あ、何か失礼なこと考えてるでしょー」

八幡「そんなことないっすよ」

ナチュラルに読心術使わないでください。

陽乃「嘘ついたってわかるんだからね」

八幡「いたた、頭ぐりぐりしないでください。禿げたらどうすんですか」

後ろから首を腕でロックされ、逆の手の拳先で頭をぐりぐりと捻られる。

っていうか、この体勢、頭に柔らかいものが当たってるんですけど。

陽乃「大丈夫大丈夫、君の毛根は丈夫そうだし」

八幡「何の根拠があるんですか」

陽乃「じゃあ、はげちゃったら、責任とってお婿さんにもらってあげるよ」

八幡「俺は俺をはげさせた人と結婚する気はないです」

陽乃「あはは。じゃあ、はげさせないように気をつけないとね」

それは俺と結婚する気があるという意味ですか。

俺以外の男なら勘違いするんでやめた方がいいですよ、そういう発言。

陽乃「さて、と。今日は予定を考えてないんだよねー」

八幡「はぁ」

陽乃「と、言うことでぇ~」

陽乃さんがにやぁっと嫌な笑顔を浮かべる。

あ、これはダメなやつだ。

俺に災難が降りかかる系笑顔だ。

どんな嫌な笑顔だよ、マジやめろよ。

陽乃「今日は比企谷君のプランで行動しまーす」

八幡「何でそうなりますか」

陽乃「まぁまぁ、女の子をエスコートするのも男の子の役目だよ」

八幡「そんな前時代的な。そもそも、俺は専業主夫志望なんで、

これまでの考え方とは逆にエスコートしてもらう方が自然だと思うんですが」

陽乃「そんなこと言わずに~。これからの比企谷君の人生でもうこんなことはないかもしれないんだよ」

勝手に俺の人生を決め付けてんじゃねーよ。

いや、待てよ。

俺のプランで行動?

つまり、俺の自由?

八幡「いや、わかりました」

陽乃「ん?」

ふっふっふ、俺に行動の決定権を与えたことを後悔させてあげますよ、陽乃さん。

俺のターン、トラップカードオープン!

八幡「じゃあ、陽乃さんの部屋、でどうですか」

陽乃「……ほっほ~う」

完璧だ。

俺みたいな目が腐って性格の捻くれた男子を部屋に上げる女子がいるわけがないからな。

自分で言ってて悲しくなってくる。

ま、まあいい。

とにかく、ここで陽乃さんが「それはちょっと」と断れば、

「じゃあ今日は解散で」と言って家に帰ることが出来る。

我ながら完璧な計算だ。

陽乃「いいよ。じゃ、行こっか」

八幡「は?」

いきなり計算が狂っている。

陽乃「まさかいきなり部屋に上げろなんて。比企谷君、意外と大胆だねぇ。

   あ、ついでに夜まで居て両親に挨拶していく? 

   男友達を家に上げるのなんて隼人以来だから驚くだろうなぁ。

   そ、れ、と、もぉ~、昼間は二人とも出かけてるし、私の部屋で既成事実でも作っちゃおっか?」

陽乃さんは余裕の笑みを崩さない。

八幡「いや。いやいやいや、違うでしょ。その反応は女子として間違ってるでしょ。

   なんであっさりオッケーしてるんですか。しかも既成事実とかよくわかんないんですけど」

陽乃「別に私の部屋に比企谷君が来て困ることはないし。むしろ嬉しいかな。

   私のことをもっと知ってもらえるし」

しまった、この人、負けず嫌いは雪ノ下以上か。

敵の誘いは受けた上で踏み潰すタイプなのか。

八幡「意味がわかりません」

陽乃「わからない振り? 君は悪意には敏感だけど、好意には疎いのかな」

陽乃さんの笑顔に嗜虐的な色が混じる。

八幡「……」

陽乃「それで、どうするのかな。本当に私の部屋に来てくれても私は一向に構わないけれど」

八幡「すいません。勘弁してください」

陽乃「んっふっふー、いいよ。そのかわり~、比企谷君のエスコート権は剥奪。

私の行きたい場所に行くからね。比企谷君の提案を聞いていいところを思いついたんだ」

絶対にろくでもない思い付きだ、それ。

特に俺の提案を聞いて思いついた辺り。

八幡「……はぁ、帰りてぇ」

結論から言うとその後、俺は家に帰ることが出来た。

ただし。

陽乃「ここが比企谷君の家かー」

陽乃さんも一緒に、だが。

八幡「あの、今更ですけど、ほんとに入るんですか?」

陽乃「当然。覚悟もなく女の子の部屋に来たいなんて言い出した罰なんだからね」

俺は深くため息を吐いて、玄関の扉を開ける。

八幡「ただいまー」

小町「おりょ? お兄ちゃん、おっかえりー……って、は、陽乃さん」

陽乃「ひゃっはろー、小町ちゃん。ちょっとお邪魔するね」

小町「……やっはろー、です。お兄ちゃん、これどういうこと」

八幡「どういうことなんだろうな。俺が知りてぇよ」

小町「どどどどどういうことなんだぜ。私のお兄ちゃんは部活友達とフラグを立てていたはずなのに、

   気がついたら部活友達のお姉ちゃんと自宅デートする仲になっていた。

   何を言っているかわからないと思うが……」

一人でぶつぶつ言い出した小町は放っておいて、陽乃さんが靴を脱いで家に上がる。

小町「いやぁ、この間、陽乃さんから二人で食事して帰るってメールが来てから、何かあるかもと思っていたけど。

   もう自宅デートなんて、お兄ちゃんも以外とスミに置けませんなぁ」

陽乃さんは廊下に上がると辺りを見回して言った。

陽乃「え~っと比企谷君の部屋はどこかな?」

八幡「え~、俺の部屋来るんですか。リビングでも」

陽乃「小町ちゃん、教えて」

小町「兄の部屋は二階に上がって右の扉です」

従順すぎるだろ、小町。

八幡「小町、お前裏切りやがったな」

小町「今はわからなくてもいい。でも、これもお兄ちゃんのことを思ってのことなんだよ。

   あ、今の小町的にポイント高い」

八幡「俺は裏切った奴は絶対許さないけどな」

許さないだけで何もしないけど。

陽乃「まぁまぁ、八幡。あんまり小町ちゃんをいじめちゃダメだぞ」

小町「な、名前呼び……だと。まさか、もうそんなところまで。

だ、だとしたら、今日はまさか両親への挨拶とか」

陽乃「あ、聞かれちゃったぁ。ま、小町ちゃんなら隠すこともないかな。ね、八幡。

でも、今日はお土産とか何も持ってきて無いし、ご両親へのご挨拶は日を改めてさせてもらおうかな」

小町「わきゃー、どうしよ、今晩は赤飯たかないと。あ、小町、ちょっと二時間くらい買い物に行ってきた方がいいですかね」

八幡「はいそこ、悪乗りするんじゃない。そもそも名前で呼んだのなんて今日ってか、今が初めてでしょ。

小町もこの人の言う事は八割冗談だと思って聞いとけよ」

陽乃「ぶーぶー、比企谷君その言い方ひどいー」

小町「な、何だ冗談なのか。残念なような、ほっとしたような、う~ん」

八幡「いつまでも立ち話もなんですし、部屋行くなら早く行きませんか」

陽乃「そだね。じゃあ、小町ちゃん、また後でね」

小町「は~い、ごゆっくり~」

陽乃「ここが比企谷君の部屋かぁ」

俺の部屋を見回しながら陽乃さんがつぶやく。

俺はカバンを降ろして上着を脱ぐ。

本当は部屋着に着替えたいところだが、陽乃さんのいる前で着替えるのはさすがにはばかられる。

自分の家に帰って来たのに制服が脱げないのは、何だか変な気分だ。

陽乃「あ~、それにしても小町ちゃんかわいいなぁ」

言いながら、陽乃さんはベッドに腰を下ろす。

八幡「あげませんよ。妹なら雪ノ下がいるじゃないですか」

陽乃「ん~、雪乃ちゃんはもちろんかわいいよ。

   だけど、小町ちゃんは雪乃ちゃんと違うタイプの可愛さなんだよね」

まぁ、確かに俺という出来た兄がいるからか、小町は甘え方が上手い。

自分が可愛いということを理解していて、それを上手く使って甘えてくる。

雪ノ下には出来ないだろうし、そもそも陽乃さんには死んでも甘えなさそうだ。

陽乃「まぁでも、雪乃ちゃんも小町ちゃんも両方を妹にする方法があるんだけどね」

八幡「か、金の力で比企谷家から小町を奪う気ですか! なんて外道な! 

い、いくら積まれたって、小町はうちから出しませんからね」

陽乃「あっははは。私のプランとは違うけど、う~ん、それも面白いかもね。

さぁ、いくらくらいから比企谷君は心が揺らぐかな。五千万くらいかな? それとも一億?」

お、億だと。

やばい、数百万くらいを考えていたのに、既に桁が違ってた。

小町、養子行く?

小町がいいなら俺も止めないかも。

八幡「ば、ばばばばばばばバカにしないで、く、くくく下さいよ! 

   か、金で家族を売るなんて、俺が、そんな安っぽい男だと、思って、思ってるんですか!」

陽乃「あはは、比企谷君。目がすごい泳いでるよ」

だだ、断じて泳いでなんてない。

三億だったらいいかも、なんて断じて思ってない。

陽乃「まぁ、冗談冗談。さすがに、私も億単位のお金を個人で動かせるほどの権限は、今はまだないしね」

八幡「そ、そうですか」

ほっと胸を撫で下ろす俺。

あれ、でも、この人、今はまだって言った?

そのうち動かせるようになるってこと?

住んでる世界が違いすぎるな、ほんと。

陽乃「うん、だから安心して。どちらかというと、もう一つのプランが有力だから」

八幡「へ?」

陽乃「本当にわからない? それとも、とぼけてるのかな」

とぼけていると言われても、金以外に俺に小町を手放させる方法があるというのだろうか。

いや、金でも手放さないけど。

陽乃「さて、と」

八幡「っていうか、どうするんですか。正直、俺の部屋なんてやることないですよ」

陽乃「そんなことないよー。た、と、え、ば~」

語尾を伸ばしながら陽乃さんは、ベッドから立ち上がる。

陽乃「ここのチェックとか!」

そう言って、ベッドの下の引き出しを勢いよく開ける。

八幡「ちなみにベッドの下にエロ本とかありませんから」

いや、確かに思春期男子の部屋に来たときのお約束ではあるのかもしれないけれども。

陽乃「なーんだ、残念。比企谷君なら、すごいコレクションが隠されてると思ったのに」

陽乃さんが開けた引き出しには、俺の着替えが入っている。

八幡「俺のことを何だと思ってるんですか」

っていうか、それは男子が男子の部屋に遊びに来た時の定番だと、阿良々木くんも言っていたぞ。

陽乃「ふ~む。まぁ、時代的にこっちの方が怪しいかぁ」

言うが早いが、陽乃さんは俺の勉強机の椅子に座り、

机の上でスタンバイモードになっているノートPCの電源を入れる。

八幡「ちょ」

素早く立ち上がったPCをマウスを使って鮮やかに操作していく。

陽乃「さーて比企谷君のDドライブには何が保存されてるのかなー」

八幡「いや、ほんと待ってって」

俺は陽乃さんの手からマウスを奪い返そうと手を伸ばす。

必然、陽乃さんの手を掴む形になって、女子の手って柔らかいなとか、何だか温かいなとか

やっぱり小さいんだなとか、余分な考えが浮かんでくる。

陽乃「ふ~ん、やっぱり見られるとまずい物があるんだ」

八幡「そういうわけじゃないですけど!」

陽乃さんは、なおマウスを離そうとしない。

断っておくが、怪しいものがあるわけではない。

ただ、プライベートな部分を無遠慮に見られることに対して抵抗があるんだ。

本当にそれだけだぞ。本当だからな。

二人でもみくちゃになりながらマウスを奪い合っていると、ふいに部屋のドアが開かれる。

小町「お兄ちゃん、お茶とお菓子持って来たん……」

フリーズする小町。

俺と陽乃さんもフリーズ中。

ちなみに俺の右手はマウスを持つ陽乃さんの右手に、

俺の左手は少しでも右手のリーチを伸ばそうと陽乃さんを後ろから抱きしめるような格好だ。

いや、マウスを取り合っていた結果なんだって。ほんとに。

八幡「こ、小町。か、勘違いするなよ。これはだな……」

上ずる俺の言葉をスルーして、小町は丁寧な動作で、部屋の中央にお茶とお菓子が載ったお盆を置く。

そして再び扉の外へ出ると、こちらへお辞儀しながら一言。

小町「ごゆっくりどうぞ」

八幡「小町ー!」

無情にも扉は閉じられる。

陽乃さんは、自由な左手でひらひらと扉の方へ手を振っている。

扉が閉まると、部屋は再び二人きりに戻る。

陽乃「……比企谷君、私としては別にいいんだけど、いつまでこうしてるの」

陽乃さんの声にはっと我に帰る。

あまりのことに茫然自失していたようだ。

八幡「す、すすすすみません」

慌てて陽乃さんに触れている両手を放して、壁まで後ずさる。

陽乃「うん。まぁ事故みたいなものだし、許してあげる」

陽乃さんは大仰そうに頷く。

待て。なんか勢いであやまっちゃったけど、なんかおかしい。

八幡「いや、これ俺悪くないですよね。不幸な事故どころか、むしろただの被害者ですよね。

   轢かれた上に200メートルくらい引きずられて致命傷を負わされたまである」

陽乃「あはは、もう大げさだなぁ、比企谷君は」

少しも悪びれずにケラケラと笑う陽乃さん。

八幡「どこが大げさですか! これで小町が俺のことを見境なく女性を襲う変態野郎だと勘違いして、

   俺と一切口も利かず、目も合わせないようになったらどうしてくれるんですか! 

   あぁ、そんな世界にもう価値はない。俺はもう死ぬしかない」

絶望だ。

後で小町になんて弁解すればいいんだ。

陽乃「聞きしに勝るシスコンぶりだね……。さすがにちょっとどうかと思うなぁ」

八幡「放っといてください。つーか、人のこと言えないでしょ。

   陽乃さんのシスコンぶりだって相当じゃないですか」

陽乃「あはは、まぁそれを言われると苦しいけどさ」

八幡「自分から嫌われるようにしながら、妹の成長を見守るって、見ようによっちゃ俺よりよっぽど危ないですよ」

陽乃「ん~、だってしょうがないじゃない! 妹ってほんとに可愛いんだもん!」

握りこぶしを作って力説する陽乃さん。

八幡「わかります!!」

全身に全力を込めた全肯定だった。

初めて陽乃さんと全面的に意見があったような気がする。

しかし、だ。

八幡「……はぁ、今日から俺はその可愛い妹から、

   変態ごみくず兄貴と蔑まれる生活を送らなくてはならないんだ」

陽乃「あはは……、これは重症だねぇ。大丈夫だって、そんなことにはならないから」

八幡「どうしてそう言い切れるんです?」

陽乃「どうしてって、それは……」

俺が問い返すと、陽乃さんは少し上を見るようにして人差し指をあごに当て、考えるような素振りをする。

陽乃「(あの子の行動原理的には、むしろ喜ぶはずだし)」

呟く様に唇が動くが、その内容は聞き取れなかった。

ただ、陽乃さんのこの姿勢、角度的に首筋のラインがすごく綺麗に見える。

白磁のような美しさを持つ雪ノ下の肌より、少しだけ肌色が濃い陽乃さんの肌は、健康的な色気を感じさせる。

思わずごくりと喉を鳴る。

美女の喉元に噛み付く吸血鬼の気持ちっていうのは、こういうものなのだろうか。

陽乃「よし、わかった。じゃあ、こうしよう。

   もし比企谷君が小町ちゃんに嫌われちゃったら、私が責任を取るよ」

ポンと手をたたく陽乃さん。

八幡「責任って?」

陽乃「比企谷君と私がつき合うの」

相変わらず軽い調子でとんでもないことを言う。

八幡「……何でそうなるんです」

俺が牛乳飲んでたら噴出してるぞ、ほんと。

陽乃「だから、私と比企谷君が彼氏彼女になっちゃえば、

   比企谷君は女の子なら誰でも襲い掛かる変態さんじゃなくて、

   少しがっついて彼女に迫っちゃった童貞くんってことになるでしょ」

八幡「何それ、どっちも嫌なんですけど。

   ていうか、責任とって付き合うとか、碌なもんじゃないでしょ、そんな関係」

はき捨てるように言う。

そんな関係は、欺瞞に満ちた偽物は認めるわけにはいかない。

陽乃「あははは。うん、そう……だね」

俺の言葉に頷く陽乃さんだったが、それきり黙ってしまった。

ちょっと飯食ってきます。

戻りました。再開します。

何故か、空気が重くなる。

陽乃さんといる時は、沈黙することはあっても気まずい空気になったことはなかったのに。

何だ、俺が何か悪いことを言ったのか。

そんなことを考えていると、陽乃さんが真剣な表情でこちらを見て言った。

陽乃「……じゃあさ、責任とか関係なく、つき合ってって言ったら」

八幡「は?」

自分でも間抜けな顔をしているという自覚はあったが、開いた口がふさがらない。

俺の動揺が収まる前に陽乃さんは椅子から立ち上がり、俺の方へと近づいてくる。

そして、下から覗き込むような角度で、桜色の艶やかな唇を動かす。

陽乃「私ね、比企谷君のこと、本気で好きになっちゃったかも」

八幡「何を言って……」

陽乃さんが、あの陽乃さんが、俺のことを好き?

あり得ないだろ。

だって、あの陽乃さんだぞ。

完璧超人の雪ノ下にコミュニケーションスキルと人心掌握術をつけたような人だぞ。

そんな人が、ぼっちでひねくれてて、いつも目立たないで生きることを信条としている俺のことを、好き?

陽乃「どう、かな。比企谷君は私のことどう思ってるのかな」

どう思ってるも何もない。

陽乃さんは雪ノ下のお姉さんで、美人でスタイル良くて、外面完璧なのに裏は相当黒くて。

人のことをおもちゃみたいに振り回して、自分が美人で可愛いことを最大限に使ってからかってきたりして。

でも、そうやって黒い部分に振り回されるのにも慣れてきたというか、そういうのも楽しめるようになってきたというか。

雪ノ下と同じで負けず嫌いなところがあって、勝負事になると意地になったりする子供っぽいところもあって。

一緒に本読んでたりして、会話が無くても全然気まずくならないのが、すごく気が楽で。

あぁ、思考がまとまらない。

そもそも、最近、俺って陽乃さんのことばかり考えてるような気もするし、

これはまさか、もしかして、ひょっとしてひょっとすると、そういうことだとでもいうのか?

いや、これはただ最近陽乃さんとよく一緒にいるからというだけ……それだけのはずだ。

ち、違う、そうじゃない。

クールになれ、比企谷八幡。

尊敬するKもそう言っていた。

クールになってこの状況への最適解を導くんだ。

陽乃「ねぇ、比企谷君」

困ったような顔で見るな、ねだるような声を出すな、甘い匂いをさせるな。

自分で顔が赤くなっているのがわかる。

クールに、クールに、クールになれ!

そして、俺はついに一つの結論に行き当たる。

八幡「ふ、ふふふ」

そこに至った俺は、不敵に笑った。

急に笑い出した俺に、きょとんとした顔の陽乃さん。

八幡「甘いですね、雪ノ下さん」

陽乃「ん、どうしたの」

とぼけたって無駄だ。

八幡「そうやって俺の戸惑う姿を見て、いつもの様にからかおうって言うんでしょう。

   だけど、そうは行きませんよ。俺だって学習してるんですから。

   その程度の冗談はもう通用しませんよ」

勝った。

陽乃さんに勝った

ゲーセンの格闘ゲーム以外で、陽乃さんに勝つのって初めてかもしれないな。

陽乃「…………」

俺に見破られたことが意外だったのか、陽乃さんは呆気に取られたような顔でこちらを見ている。

八幡「雪ノ下陽乃、破れたり!」

陽乃「…………」

勝ち誇る俺に対して、陽乃さんからの反応はない。

俺に演技が見破られたのが、そんなに意外ですか。

それはそれで、何かショックだな。

八幡「俺ぐらいぼっち歴が長いと、自分が女子から告白されるなんていうことは、

   あり得ないと自覚してますからね。そんなことで騙されたりはしないんですよ」

陽乃「…………」

いや、そろそろ何か反応してくださいよ。

まさか、この完璧な論理が間違っていたのか、と疑いだしたとき、

陽乃「ふ、ふふ、あははは」

陽乃さんが急に笑い出した。

陽乃「あ~、ばれちゃったかぁ~。さすがだね、比企谷君の捻くれ方を甘く見てたよ」

そういってネタばらしをする陽乃さん。

自分の考えに誤りがないことにホッとする。

陽乃「くそ~。比企谷君があたふたするところが見たかったのにな~」

八幡「誰かさんのお陰で、ここ最近ひねくれ方に磨きがかかってますから」

悔しがる陽乃さんが見れるとは、なかなか貴重な経験だ。

陽乃「おおっと、もうこんな時間か。ごめんね、今日ちょっと用事があるの。

   だから今日はこれで帰るね」

陽乃さんは唐突に腕時計を確認して、そう言った。

時刻は16時過ぎ、俺の家に来てからようやく30分が経ったところだ。

違和感に胸がざわつく。

八幡「そう、なんですか」

別れるタイミングとしては、いつもよりもだいぶ早い時間だ。

そもそも、陽乃さんならそういう用事がある時は事前に言ってくれそうなものだが。

陽乃「うん、ごめんね」

そう言って、ハンドバックを持って部屋を出て行く陽乃さん。

とにかく見送ろうと後を追う。

階段を降りると足音を聞いて、小町がリビングから顔を出してきた。

小町「あれ、どうかしたんですか」

陽乃「うん。ちょっと用事があって、もう行かなくちゃなんだ。小町ちゃん、お邪魔しました」

小町「ありゃ、そうなんですか。もっと、ゆっくりと兄との仲を深めて頂きたかったのに」

陽乃「ごめんね。機会があれば、またお邪魔させてもらうから」

小町「了解です! 今度は兄の子供の頃のアルバムとかばっちり準備しときますから、近いうちに是非!」

八幡「そんな準備せんでいい」

突っ込みを入れながら、小町の隣に立つと、小町が肘でわき腹を突ついてきた。

八幡「あー、その駅まで送りましょうか」

陽乃「ありがと、比企谷君、小町ちゃんも。でも、大丈夫だよ。

   ちょっと急がなきゃだから、つき合ってもらうのも悪いしね」

八幡「そうですか」

陽乃「うん。じゃあ、またね」

そう言うと、陽乃さんは手を振りながら、扉の向こうに消えていった。

扉の影に消える瞬間、陽乃さんの目尻の辺りで、何かが日の光を反射したように見えた。

小町「……何したの、お兄ちゃん」

八幡「……何もしてねぇよ」

小町「ほんとに?」

八幡「兄貴を疑うのかよ」

小町「信じる方が難しいでしょ」

そう言われて反論できない我が身が少し悲しかった。

扉はいつもより重い音を立てて閉まる。

その音に違和感だけが増していった。

~八幡レンタル 7日目~


放課後、俺は奉仕部の部室に向かっていた。

お昼過ぎに陽乃さんから、今日は急用が出来たから行けない、というメールが送られてきたからだ。

本来なら今日が依頼の最後となるはずで、今日、もう一度陽乃さんに会えたら、

昨日のことなんて忘れられると思っていたのに。

脳裏に浮かぶのは、告白された時の陽乃さんの真剣な表情。

思考を占有するのは、扉の向こうに消える陽乃さんの目尻で光ったものの正体。

昨日、感じた違和感は、焦燥感を伴って時間を経るごとに大きくなっていく。

俺は、また何かを間違えたのではないだろうか。

そんな不安を押し込めて、奉仕部の部室に向かう。

八幡「うぃーす」

がらっと部室の扉を開ける。

他の部員、雪ノ下と由比ヶ浜は、もういつものポジションでくつろいでいた。

結衣「ひ、ヒヒヒヒヒッキー!?」

雪乃「……何故、あなたがここにいるのかしら」

陽乃さんからのメールが来たのが、昼休みの報告会の後だったから、

二人は今日のレンタルが中止になったことをまだ知らない。

由比ヶ浜は幽霊でも見たように驚き、雪ノ下は犯罪者でも見るような視線を向ける。

八幡「んだよ、その反応は。俺が来ちゃいけないみたいじゃねぇか」

俺だって一応ここの部員のはずなんだが。

否定されたらショックだから言わないけど。

結衣「あ、ご、ごめん。……でもさ」

雪乃「私の記憶が確かなら、姉さんがあなたをレンタルしていたのは、今日までだったと思うのだけれど」

由比ヶ浜の言葉を雪ノ下が引き継ぐ。

お前ら、ほんとコンビネーションよくなったな。

八幡「向こうから今日は無理だって連絡が来たんだ。詳しいことは知らん」

結衣「ふ~ん、そうなんだ。何かあったのかな」

八幡「さぁな、そうなんじゃないか」

雪乃「……」

すぐに納得した由比ヶ浜と違い、雪ノ下は床に視線を落として何かを考えていた。

俺が自分の所定の椅子に座り、文庫本を取り出そうとしたところで、雪ノ下が口を開いた。

雪乃「少し……気になるわね」

八幡「……何が」

雪乃「あなた、何かしたの」

八幡「……知らねぇよ。急用なら仕方ないんじゃないか」

雪乃「姉さんなら余程のことじゃなければ、先に入れていた予定を優先させるでしょう。

   家の用事なら私の耳にも入るはずだし」

八幡「家とか関係ない急用なんだろ」

俺の言葉は考え込む雪ノ下の耳には届かなかったようだ。

雪乃「……比企谷君、昨日何があったか教えてもらえるかしら」

八幡「……昼休みに報告書は渡しただろ」

陽乃さんからのメールが来る前に、昨日のことを書いた報告書は雪ノ下に渡してある。

もちろん、陽乃さんとマウスを取り合って揉みあったことや、告白まがいのからかい方をされたことは書いていない。

雪乃「あんな当たり障りなく簡略化されたものではなく、あなたの口から詳細を聞きたいわ」

お見通しか。

まぁ、誰だって気づくか。

結衣「えぇ! あれって、そんなに適当なものだったの!?」

お前はもう少し疑えよ。

八幡「……何もなかった。あの報告書の通りだよ」

あのことをこの場で言えるはずもない。

雪乃「……そう。その言葉、本物が欲しいと言ったあの言葉に誓える?」

嫌な聞き方をしてきやがる。

そんな聞き方をされたら、嘘は言えない。

八幡「…………」

言えないなら、黙るしかない。

俺は無言で俯き、しゃべる気はないと意思表示をする。

雪乃「……ずるい人ね。まぁ、いいわ」

ふいに雪ノ下は手に持っていた紅茶を飲み干して、立ち上がって流しへ向かった。

結衣「ゆ、ゆきのん?」

雪乃「ごめんなさい、由比ヶ浜さん。私、急用を思い出したの。

   勝手で申し訳ないのだけれど、今日の部活はここまでということにしていいかしら」

てきぱきとティーセットを片付けながら、雪ノ下が言う。

八幡「……おい、俺、来たばっかりなんだけど」

雪乃「あら、そういえばそうだったわね。でも、急用なのだから仕様が無いでしょう」

こいつ、人の言い回しをそのまま使いやがって。

ジャスラックに訴えるぞ。

ん? ジャスラックでいいんだっけ。

雪乃「構わないかしら、由比ヶ浜さん」

結衣「う、うん。全然、大丈夫だよ。あたしも片付けるの手伝うね」

雪乃「そう、ありがとう」

憮然とした俺を横目に、二人は仲良く洗い物を始めてしまった。

ピシャリと扉が閉められ、カチリと鍵が閉められる。

雪乃「それじゃ、私は鍵を返してから帰るわ」

教室を施錠した雪ノ下が、俺と由比ヶ浜に向き直る。

結衣「うん、じゃあまた明日ね、ゆきのん」

雪乃「ええ、また明日」

八幡「……またな」

俺には挨拶を返すことなく、かつかつと規則正しいリズムで靴をならして、雪ノ下は去っていった。

結衣「……えっと、じゃあ、私達も帰ろうか」

八幡「……おう」

遠慮がちに言う由比ヶ浜に、愛想無く頷いた。

二人で会話もないままに歩いていると、ほどなく自転車置き場が見えてくる。

バス通学の由比ヶ浜とは、ここで別れることになる。

自転車置き場に近づいたところで、ふいに由比ヶ浜が歩みを止める。

何かあったかと振り返ると、真っ直ぐにこちらを見つめる眼差しがあった。

結衣「あ、あのさ」

八幡「……どした」

口火を切ったはいいものの、内容はまとまっていないらしく、えっととか、だからとか言って口ごもる。

それを遮る気にもならず、由比ヶ浜の言葉を待つ。

やがて、由比ヶ浜は何かを決心したように、うんと大きく頷いた

結衣「私、私ね、頼りないかも知れないけど、ヒッキーが何しても、私はヒッキーの味方だから! 

   だからヒッキーは自分のしたいようにしてね」

見つめる眼差しはそのままに、由比ヶ浜はそう言い切った。

こいつはいつもそうだ。

こっちの事情なんて知りもしないで、理屈なんてすっ飛ばして、感情だけでぶつかって来る。

それでも、その言葉に胸が熱くなるのは何故だろう。

その言葉が、涙が出そうになるくらい嬉しいのは何故なんだろう。

きっと、その感情が本物だとわかるからだ。

俺の味方でいるという彼女の気持ちが、まっすぐに俺の心を射抜くからだ。

そんな由比ヶ浜が頼りない訳が無い。

八幡「……その、なんだ。ありがとう、な。何かあったら、頼らせてもらうわ」

だから、俺も回り道をしないで素直に感謝を伝えた。

油断したら涙が出てしまいそうで、途切れ途切れになってしまったけれど。

結衣「うん!」

それでも、由比ヶ浜が返してくれる笑顔が温かかった。

家に帰って、自分の部屋に入る。

カバンとブレザーを放り出して、ベッドに寝転がる。

俺は既に間違ってしまったのかもしれない。

答案用紙には、もう赤いペンでバツ印がつけられてしまっているのかもしれない。

だとしても、だ。

一度は間違えてしまった奉仕部の二人とも、やり直すことが出来た。

間違えた問題にも、もう一度挑戦する機会があるのかもしれない。

それなら、俺は同じ間違いをしないように、解答を見直さなくてはならない。

何故なら、由比ヶ浜のあの言葉は、俺の味方でいるというあの言葉は、

間違えてしまった関係を正そうとした俺に向けられているはずだから。

だから、俺はあの笑顔に対して真摯でいなければならない。

間違いを間違いのまま放置することは出来ない。

昨日のことを思い返す。

あの時、俺が出した答えが間違いだったとしたら。

なら、陽乃さんのあの言葉は、本気だったというのか。

自分で言うのもなんだが、俺はぼっちだし、眼は腐ってるし、性格も捻くれてるし、数学も出来ない。

最大の自慢は妹が可愛いことくらいだ。

いや、そこそこ顔は整ってると思うし、国語は出来るし、大衆におもねらないところとか俺的には点数高いんだけどさ。

問題は対する陽乃さんだ。

容姿端麗、頭脳明晰、文武両道、八方美人。

プラスの四字熟語を並べまくっても(最後のはプラスなのか微妙だが)まだ、お釣りがくる。

加えて、妹も美人で完璧超人と来ている。

そんな陽乃さんが、こんな俺に本気で告白を?

まるでご都合主義のライトノベルみたいな、そんな展開があるというのか。

そもそも陽乃さんとまともに話すようになったのは、このレンタル期間が始まってからだ。

今日を含めても一週間。

人が人を好きになるには、あまりにも短すぎる。

たった一週間で、何を知り、どこを好きになれるというんだ。

もし好きだと思うことがあったとしても、そんなものは相手が自分の理想から

はみ出した途端に冷めてしまうような類のものなんじゃないのか。

それは、本物と呼ぶにはあまりにも遠い。

……どうしても信じられない。

信じられる要素がなく、信じられる理由が無く、信じられる論理もない。

やはりあれは冗談で、こうして悩んでいるのは完全に俺の一人相撲というのが、一番しっくりくる。

そもそも本当に急用が出来たのかもしれないし、昨日の今日なのだから

明日には何事もなかったかのように連絡が来るかもしれない。

それでも、雪ノ下が、陽乃さんの妹であり、聡明で冷静沈着な雪ノ下が、違和感を覚えていた。

家族であるあいつにしかわからないサインがあって、だから、あいつは俺とは違う結論に至ったということなのか。

いっそ陽乃さんにもう一度連絡を取ろうかと、

アドレス帳にある陽乃さんのページを何回も見るがその決心はつかない。

結衣『ヒッキーのしたいようにすればいいよ』

俺のしたいように……か。

俺のしたいことって何だろう。

俺は陽乃さんとどうなりたいんだろう。

あの告白が本当だったとして、俺はどう答えるべきなんだろう。

わからない、わからない、わからない。

思考は同じところでぐるぐると回る。

『ほーんと、比企谷君は何でもわかっちゃうんだねぇ』

いつだったか、陽乃さんに言われた台詞がよみがえる。

まったく、過大評価もいいところだ。

俺は何もわかっちゃいない。

あなたのことも、自分のことも。

~八幡レンタル 延長一日目~


寝不足の眼をこすりながら、自分の席に座る。

布団に入っても頭の中がぐちゃぐちゃで全然眠れなかった。

結局、陽乃さんにはメールも電話もしていない。

自分がどこを間違えたのか。

それがわからないままでは、きっと同じ間違いを繰り返す。

そう思うと、送信ボタンを押す手が止まってしまう。

既に教室で三浦たちと話していた由比ヶ浜が、俺に気づいて小さく手を振る。

視線だけで答えて、机に突っ伏す。

授業が始まるまでに少しでも寝ておきたかったのだが、混乱したままの頭は一向に眠りに落ちてはくれなかった。

昼休み、雪ノ下から今日も部活は休みだと連絡があった。

放課後の予定が開いてしまい、開いた予定をどう埋めようかと考える。

自然、頭に浮かぶのは陽乃さんのことだ。

結論はまだ出ていない。

陽乃さんの本心も、自分の気持ちも、まだ明快な答えは出ていない。

それでも、何かしなければいけないと心がはやる。

『こんにちは。今日、部活がなくなったので、放課後ちょっと会えませんか。』

とりあえず、送るとすればメールの文面としてはこんなところか。

まだ、俺や雪ノ下の勘違いという可能性も考えられる以上、この程度が妥当なところだろう。

だよな。

誰かそうだと言ってくれ。

ちょっと遊んであげたらマジになっちゃって、これだから童貞はwwwwとか思われないよな。

女子にメールとか、由比ヶ浜くらいとしかしたことないから、わからねぇんだよ。

送信ボタンを押そうとして、指が止まる。

あぁ、悩む……。

どうする、どうするよ、俺!

背後から暑苦しい叫び声が聞こえてきた。

??「はぁぁぁっっちま~~~~ん!!!」

叫び声とともに体にのしかかる重圧。

八幡「ぐはぁっ!」

材木座「ようやく見つけたぞ、八幡! まったく、どこに行っていたのだ!? 

    ようやく我の新作プロットが完成したから見せてやろうと探していたのに、
 
    貴様ときたら最近放課後になると教室にも部室にもおらぬではないか!

    せっかく完成した我のプロットが、読み手がおらぬと泣いておるぞ!」

八幡「えぇい! 離れろ、暑苦しい!」

肩に回された手を振り払ってどうにか距離を置く。

冬場でも暑苦しいって地味に凄いな、お前。

材木座「どうした、やけにつれないではないか。我が心の友よ。

    はっ、もしや……奴が来るというのか……?」

眼鏡を指で押し上げながら、ポーズを決める材木座。

うぜぇ。

八幡「誰だよ、誰も来ねぇよ。ってか、今、ちょっと色々忙しいんだよ。

   だいたい、プロットじゃなくて完成原稿を寄越せって前から言ってるだろうが……」

材木座「まぁ、そう言うな。今回の作品が完成すればガガガ大賞も夢ではないぞ」

そう言ってドヤ顔サムズアップの材木座。

八幡「だったらなおさら早く原稿書けよ。せっかく第10回のゲスト審査員が身内だったっていうのに、

   原稿がなきゃひいきのしようもないだろ」

材木座「ん、身内とは何のことだ?」

八幡「わからんならいい」

せっかくだから、こいつにも少し意見を聞いてみるか。

まともな意見が返ってくるとは思えないが。

八幡「なぁ、材木座」

材木座「るほん、何だ? 家に帰るまで待ちきれんから、この場で設定を教えろと、そう申すか」

八幡「あぁいや、それはどうでもいい。これは俺の友達の友達の話なんだが……」

材木座「ふむ、その前置きで他人の話をする者はいないと聞くが」

八幡「黙って聞け」

材木座「イエッサー!」

八幡「でだ。そいつはふとしたきっかけで、女友達の姉貴と知り合いになったらしい」

材木座「ふむ、そのリア充っぷり……。どうやらお主本人のことではないな」

この野郎、どの面下げて上から目線かましてやがるんだ。

八幡「……で、またふとしたきっかけで、その姉貴としばらく一緒に行動するようになった。

   それが一週間くらい続いたとき、急にその人から告白されたらしいんだよ」

材木座「なんと! 女子から告白を受けるとは。そのイケメン力……、

    もはやお前のことでは有り得んな。いや、疑ってすまなかった」

八幡「……まぁ、いいってことさ。気にすんな」

すまん、材木座。

俺に同類でいて欲しい気持ちは痛いほどわかるが、実はこれは全部俺の話なんだ。

八幡「ただ、たった一週間で告白されるなんておかしいと思ったらしくてな。

   それを冗談だと思って流したら、次の日から連絡が取れなくなったらしい。

   向こうが本気だったのかどうかすらわからないから、どうしていいか解らないらしい。お前ならどう思う?」

材木座「ふむぅ。我の場合、大抵の女子は出会ったその瞬間から、我に恋をしてしまう故な。

    妥当なアドバイスが出来るか微妙だが……」

そうだよな、画面の中の女の子はいつも主人公(≠材木座)に夢中だもんな。

あれ、おかしいな。

視界にぼやけてきちゃったぜ。

材木座「八幡、その某というのは、その姉御殿とどういう関係になりたいと思っておるのだ」

八幡「そうだな……。たぶん、そいつ自身にもわかってないんじゃないか。不意打ちみたいなものだったらしいし、

   自分がその人に対して恋愛感情があるかどうかなんて考えてもみなかったんだと思う」

材木座は意味ありげにふむぅ……と考え込む。

やはり、こいつには荷が重いか。

材木座「そうさな……。我から言えるのは、とにかく会ってみるしかないのではないかということだな。

    されば、己が心の内に渦巻くエモーショナルなストリームの正体も知れようというもの」

こいつにしては、真っ当な意見だな。

作家志望だけあって、恋愛とかの知識ついてきたのか。

八幡「……ふーん、なんか普通に良いこと言うじゃねーか。お前らしくもない」

材木座「はぁっはっはっは、そうであろう! 目と目が合う瞬間、好きだと気づくこともある!」

八幡「アイマスかよ。俺の感心を返せよ」

無駄に褒めたせいで、自慢げに高笑いを続ける材木座。

まぁ、元ネタがなんであれ、説得力はあった。

結局、陽乃さんに確かめる以外に、自分の間違いを確かめる術はないんだろう。

時間をかければ問題自体が風化してしまう。

それは、決して解決ではない。

もう一度、問題に向き合うと決めたなら、風化して問題自体がなくなってしまう前に、

俺は陽乃さんに会わなければならない。

決意を新たにし、さっきのメールを送信しようとスマホの画面を確認する。

しかし、そこには先ほど打っていたメールの編集画面はなく、メールのホーム画面が表示されていた。

その意味するところは……。

材木座「ん……どうしたのだ、八幡」

俺の様子がおかしいことに気づいたのか、材木座が高笑いをやめて、こちらの様子を伺ってくる。

恐る恐る、送信済みのメールボックスを開く。

八幡「…………うわ」

おいおい、マジかよ、送信されてるよ。

材木座が飛びついて来たときか……。

確かに送ろうとは思ったけど、心の準備っていうのがさぁ。

材木座「ゴ、ゴラムゴラム……ど、どうも本当に忙しかったようだな。

    かくいう我も急用を思い出した故、これでおさらばさせて頂くでござるよ。

    しからば、ごめーーん」

材木座はどうやら自分がきっかけで、俺が何かまずい状況になったことを察したらしく、脱兎のごとく走り去っていった。

普段、運動なんてしてないくせに、逃げ足だけは大したもんだな、あいつ。

剣豪将軍よりも退き佐久間の方があってんじゃねぇか。

しかも、最後慌て過ぎてキャラぶれてるし。

八幡「はぁ……」

まぁ、送っちまったもんはしょうがない。

まぁまぁ、どっちにしろ送ろうとは思っていたわけだし。

まぁまぁまぁ、踏ん切りがついたと思えばいいか。

それにしてもいいタイミングでやらかしてくれるもんだぜ、材木座の野郎。

今度、あいつが原稿持ってきたら、雪ノ下に頼んで完膚なきまでに酷評してもらおう。

とにかくメールは送ってしまったわけだから、後は待つしかない。



しかし、放課後のチャイムが鳴っても、陽乃さんからの返信はなかった。

八幡「ふぅ」

放課後、いつも昼飯を食っている俺のベストプレイスで、スマホを片手にマックスコーヒーを飲みながらため息をつく。

部活もないし、陽乃さんからの返信もない。

もう帰ろうかとも思うのだが、どうにも気分が落ち着かないので、とりあえずマッカンを飲むことにした。

しかし、いつもとろけるような甘さと優しいミルク感で俺を癒してくれるマッカンも、

今日は俺の心を慰めてはくれなかった。

冷たい風が頬に痛い。

八幡「帰るか」

スマホをポケットにしまい、最後に残ったマッカンをぐいっと飲み干して、気持ちに区切りをつける。

よっこいせ、とオヤジ臭く掛け声をかけながら立ち上がると、ポケットにしまったばかりのスマホが震えた。

慌てて取り出してみると、メールの差出人は雪ノ下だった。

陽乃さんじゃないことに肩すかしをくらったような、それでいてホッとしたような気分になる。

だが、開いたメールはタイトルからして穏やかじゃない。

『差出人 雪ノ下 雪乃


 件名  すぐに来て!


 内容  すぐ部室に来て!

     姉さんに何かあったら、ただじゃおかないから!!』

何だこれは。

陽乃さんに何があった?

そもそも事情も何も告げずになんて、雪ノ下らしくない。

それほどの緊急事態なのか。

もしかすると、陽乃さんから連絡がないのもそれが原因なのか。

まさか、事故か何かあったのだろうか。

陽乃さんの笑顔が浮かぶ。

あの笑顔が二度と見れないなんてことがあるというのか。

頭がフル回転し、何が起こっているのかを解析しようとする。

しかし、情報が足りなさすぎる。

とにかく部室に行くしかない。

五秒を待たずにそう結論づけると、俺は走り出す。

特別棟の四階までの階段を駆け上がる。

大した距離を走ったわけでもないのに、鼓動が早くなる。

心臓が血液を送り出す音がはっきりと聞こえる。

奉仕部のある階にたどり着き、廊下の伸びる方向に向きを変えようとして、足がもつれて派手にすっころぶ。

八幡「くそっ!」

頬と脇腹に痛みが走るが、そんなものに構っている余裕はない。

すぐに立ち上がり、部室の扉に手を掛ける。

鍵はかかっておらず、扉は勢いよく開いた。

八幡「何があった、雪ノ下!」

叫びながら転がり込んだ教室のなかには、しかし、雪ノ下の姿も由比ヶ浜の姿もなかった。

とはいえ、無人というわけではなく、膝下まであるベンチコートを着た女性と思われる後姿がひとつ。

その人物はベンチコートを脱ぎ捨て、こちらを振り返る。

??「よ、ようこそ、いらっしゃいませだにゃん、比企谷君♪」

語尾ににゃんをつけるという想像を絶する程の痛々しさとともに振り返ったのは、なんと陽乃さんだった。

しかも、ベンチコートの下の格好が尋常ではない。

どう尋常ではないかと言うと。

茶色のシャツに茶色の短パン、手や足は獣の毛皮を模したもふもふで包まれ、

何よりも目を引くのは短パンのお尻から伸びるしっぽ、後ろを向いている時には気づかなかったが、

頭からは三角形の耳が生えている。

この格好と語尾から推測するに、猫をモチーフにしたコスプレだろう。

コスプレにはそれほど興味のない俺なのだが、どこか既視感のある衣装だった。

八幡「あ、あの」

あまりの衝撃に二の句が継げない。

陽乃「どうかなにゃん、比企谷君。私、似合ってるかなぁ、にゃん」

にゃんをつける位置とタイミングがなんとなくおかしいのは慣れていないからか。

いったい何がどうすれば、こんなカオスが生まれるというのだろうか。

いや、実際似合ってないわけではないし、雑なコスプレでも陽乃さんほどの美人なら許せてしまうのだけれども。

陽乃「そ、そんなにじっと見られると、照れちゃうにゃん」

いや、そこは照れちゃうにゃあだろ、と心の中で突っ込みを入れる。

陽乃「ふぅん、比企谷君ってこういうのが好きだったんだぁ、にゃん。お姉さん意外だなぁ、にゃん」

俺だって意外ですよ。

え、いつ俺の趣味ってこっち方面になったの?

俺も知らないんだけど、誰か教えてくれ。

八幡「……」

陽乃「見惚れるのもいいんだけど、そ、そろそろ何か感想とか言って欲しいかな、にゃん」

俺があまりにも呆けているので、陽乃さんも不安になってきたようだ。

八幡「……な、何があったんですか。悩みがあるなら、もっと早く相談してくださいよ」

俺は求められた通り、正直な感想を陽乃さんに伝える。

陽乃「へ、な、悩み?」

八幡「くそ! ずっと一緒にいたのに、全然気づかなかったなんて。俺の大バカ野郎!」

自分が情けない。

陽乃さんの様子がおかしいことに、まるで気付かなかった。

雪ノ下のメールにあったのはこれのことだったのか。

八幡「今からじゃ遅いかも知れないですけど、俺にできることがあったら言ってください」

陽乃「え? えぇ? そ、そうじゃなくて……」

陽乃さんが混乱している。

あの陽乃さんが混乱しているなんて、これは重症だ。

??「あはははははは」

俺がどうしたらいいかと考えていると、廊下の方から笑い声が響いた。

嘲るような高笑い。

ネット上で表すなら、wが延々と続いているような人を小馬鹿にした笑い方。

その笑い声の主は、雪ノ下雪乃であった。

雪乃「あははは、全く笑いが止まらないわ。滑稽ね、滑稽だわ、姉さん。

   ほら、由比ヶ浜さんも笑っていいのよ」

結衣「あ、あはは……。なんかゆきのん、キャラがおかしいんだけど」

心底楽しそうな雪ノ下。

あいつがあんなに楽しそうに笑うとこって初めて見たかも。

脇にいる由比ヶ浜は、雪ノ下のあまりのテンションの高さに戸惑っているようだ。

陽乃「ゆ、雪乃ちゃん……。ど、どういうこと」

あぁ、俺もそいつを聞きたい。

雪乃「まだ解らないの、姉さん。あなたは嵌められたのよ。

   比企谷君がそんなバカみたいな恰好が好きだなんてあるわけないでしょう。

   少し考えれば解りそうなものなのに、よくもきれいに引っかかったものね」

陽乃「なんですって……」

笑いをこらえながら、雪ノ下は言う。

雪乃「猫が好きだから猫のコスプレが好きだなんて安直な嘘、よくも信じたものね。

   というか、信じても私なら恥ずかしくてできないけれど」

それはお前のことだろう、という突っ込みはひとまず置いておいて、

雪ノ下の言うことが本当なら、これはあいつの仕業ということになる。

そりゃ、普段あいつが陽乃さんに嫌がらせ受けてるのは知ってるけど、

その仕返しにしてもこのやり方はどうかと思う。

雪ノ下らしくない。

人の弱みに付け込んで、相手を騙して鬱憤を晴らそうだなんて、それは俺の知る雪ノ下ではない。

あいつは相手がどれだけ姑息だろうと卑怯だろうと、正々堂々とそれを打ち砕くことこそを良しとしていたはずだ。

雪乃「まったく、私の姉ともあろう人がバカな真似をしたものね。本当に笑いが止まらないわ」

陽乃さんは入ってきたときのノリノリな態度は既になく、恥ずかしそうに両腕で体を守るように抱いている。

勝ち誇ったような雪ノ下に、俺の中で静かな怒りが鎌首をもたげてくる。

八幡「……おい、雪ノ下」

雪乃「比企谷君!!」

雪ノ下を諌めようと口を開いた瞬間、厳しく名前を呼ばれて出鼻をくじかれる。

八幡「な、なんだよ」

雪乃「見ての通りよ、比企谷君」

異議ありという声が聞こえてきそうな勢いで指をさされる。

八幡「な、何がだよ」

雪ノ下はそれまでとは一転した真面目な顔で話し出す。

雪乃「見ての通り、姉さんは私のこんなバカな嘘にも騙されたわ」

八幡「……それが、何だっていうんだよ」

雪ノ下の言わんとすることがわからない。

雪乃「あの雪ノ下陽乃が、私の姉である雪ノ下陽乃が、この程度の嘘にまんまと引っかかったのよ」

雪ノ下は、先ほどまで陽乃さんを嘲っていたのが嘘のように、真摯な眼差しでこちらを見据えていた。

雪乃「こんなに恥ずかしい真似をするほどに周りが見えなくなっていたの。それほどまでに……」

陽乃「雪乃ちゃん、待って!」

陽乃さんが雪ノ下の言葉を遮ろうとするが、雪ノ下は構わずに続ける。



雪乃「それほどまでに、姉さんはあなたのことが好きなのよ!」



陽乃「……雪乃ちゃん」

……あぁ、こいつはそれが言いたかったのか。

それを伝えるために、自分が汚れ役を引き受けてまで、こんな真似をしたのか。

雪乃「だから、その想いから逃げないで」

その言葉は、懇願するように。

雪乃「想いを受け入れるかどうかはあなた次第よ。そこまで強制するつもりはないわ。

でも、逃げないであげて。それは、きっと想いを拒絶されることより残酷なことなのだから」

ずきりと、胸が痛む。

罪状を突きつけられて、ようやく俺は自身の罪を自覚する。

ここまでされたら、認めざるを得ない。

この光景を見てまだ陽乃さんの気持ちを疑おうなんて奴がいたら、そいつは大馬鹿野郎に違いない。

俺には言いたいことを言い終えたのか、今度は俯いている陽乃さんへと視線を向ける。

雪乃「姉さん」

雪ノ下の声に陽乃さんが顔を上げる。

雪乃「今回は姉さんの勇気に免じて機会を譲ってあげる。

   だけど、油断しないことね。

   私が自分の気持ちに答えを出したら、その時は」

一度、言葉を切った雪ノ下はフッと微笑んだ。

雪乃「その時は、姉さんだって容赦しないから」

そう言うと、雪ノ下は長い黒髪をなびかせて廊下の向こうへと消えていった。

結衣「ヒッキー」

雪ノ下と入れ替わりで、由比ヶ浜が俺に声を掛ける。

由比ヶ浜の一言にこもる優しさと信頼。

その瞳に込められたいくつもの複雑な想い。

たぶん、いや、間違うことなく、俺はそれらの想いを受け取ることができたと思う。

頷いてその想いを受け止めたことを伝えると、由比ヶ浜は笑って教室の扉を閉めた。

あとに残されたのは、猫コスのまま落ち着かない様子の陽乃さんと俺だけだ。

改めて、陽乃さんの衣装を見る。

どこかで見た覚えがあると思ったら、林間学校を手伝いに行った時、肝試しで小町が着てた猫又の衣装か。

雪ノ下のやつ、相当気に入ってたみたいだったからな。

わざわざあの時の小学校の先生から借りてきたのか、それとも元々既製品でどこかで調達したのか。

どちらにせよ、面倒な話だ。

しかし、そんな手間をかけてまでセッティングしてくれた舞台を無駄にするわけにはいかない。

八幡「あの……」

陽乃「ご、ごめんね、比企谷君! 雪乃ちゃんが変なこと言っちゃって! 

   ちょっとコスプレして比企谷君をからかおうと思っただけなのに何言ってるんだろうね、雪乃ちゃんてば。

   も、もう雪乃ちゃんが言ってたことは、全然気にしなくていいから」

俺の言葉を遮るように陽乃さんはまくし立てる。

陽乃「っていか、比企谷君、猫コスが好きって訳じゃないんだね。

   も~、雪乃ちゃんめ、帰ったら絶対仕返ししてやるんだから。

   じ、じゃあ、私そろそろ着替えて帰るね。」

八幡「待ってください!」

恥ずかしそうにベンチコートを羽織り、部室を出て行こうとする陽乃さんを、強く呼び止める。

ここで陽乃さんを帰しちゃダメだ。

ここで、雪ノ下と由比ヶ浜がくれたこの舞台で解決出来なかったら、もう二度とこの問題を解決できるタイミングはない。

陽乃「……なに」

八幡「雪ノ下さん、言ってましたよね。人は色々な気持ちの中から、相手に伝えたい気持ちを選ぶものだって」

陽乃「……私、そんなこと言ったかな」

視線を合わそうとしない陽乃さん。

あれは、このレンタルが始まるきっかけになった日だ。

きっと陽乃さんも覚えているはず。

八幡「確かに言っていました」

陽乃「……そうかもしれないね。……それで」

八幡「雪ノ下さんの気持ちは聞かせてもらいました。

   ……だから、今度は俺の気持ちを聞いてください」

陽乃「それは私にとっていい話なのかな」

八幡「……わかりません」

試すような問いかけに、俺は正直に答える。

八幡「でも、聞いて欲しいんです。……お願いします」

陽乃さんの目を真っ直ぐに見つめる。

陽乃「……ずるいなぁ、比企谷君は。そんな顔されたら、聞くしかないじゃない」

そう言って陽乃さんは、逸らしていた視線を合わせてくれた。

これでようやくスタートラインだ。

俺は大きく深呼吸をひとつする。

八幡「……まずは、すみませんでした」

陽乃「……何が?」

八幡「雪ノ下さんの言葉を信じられなかったことです。雪ノ下さんの想いを、

   俺は裏があるんじゃないかなんて勘ぐって、傷つけてしまいました」


陽乃「それは……、もういいよ。私の普段の態度にも問題があったと思うし」

八幡「でも……」

陽乃「そうじゃないよね、比企谷君」

俺の言葉を断ち切る陽乃さん。

陽乃「……私が聞きたい話はそうじゃないよ。君がしたい話もそうじゃないと思うんだけど」

陽乃さんの表情はかつてないほどに真剣だ。

八幡「……はい」

怖い。

陽乃さんが怖いんじゃない。

誰かと真剣に向き合うということ、そのものが怖い。

誰かに自分の本心を伝えるということは、とても勇気がいることだ。

伝わらなかったら、間違って伝わってしまったら、拒絶されたら……。

そう思うと足がすくむ。

顔の筋肉が強張る。

だけど、陽乃さんはそれを超えて一歩を踏み出した。

それなら、俺もその勇気に応えなくてはいけない。

八幡「俺は……」

言葉が……続かない。

いざ口にしようとして、自分の言おうとしていることの都合の良さに、吐き気すら覚える。

あの時のことが脳裏をよぎる。

理屈や因果なんて飛び越えて、ただ本物が欲しいと、子供のように駄々をこねたあの日。

きっと本物なんていうものはどこにもないんだろう。

だが、それでも本物を目指すことは出来るはずだ。

たとえ、それが果てしなく遠い道のりだとしても。

つまづき、転び、立ち上がるのが嫌になることもあるだろう。

それでも、立ち上がって、這いずってでも前に進み続けることが出来れば、

その分だけ理想に近づくことは出来るはずだ。

八幡「俺は……」

陽乃さんは、じっと俺の言葉の続きを待っている。

言葉にすれば伝わるなんていうのは、どこまでも罪深い傲慢だ。

だけど、言葉にしなくても伝わるなんていうのは、きっと同じくらい罪深い怠慢だ。

言葉にするということは、理想への道程を踏み出す一歩に他ならない。

深く息を吸い込み、言葉を紡ぐ決意をする。



八幡「俺は……。俺は、自分の気持ちがわかりません」


陽乃「……」

白でも黒でもない、灰色の解答。

だが、これが紛れも無い今の俺の本心だった。

八幡「これまで、俺は何度か女の子を好きになりました。少し優しくしてくれたから、少し話しかけてくれたから。

   それだけのことで自意識過剰に好意を感じて、勘違いの好意に自分の気持ちを重ねてしまいました。

   だから……、俺はきっと本気で人を好きになったことって、まだないんだと思います」

自分の気持ちに嘘はつきたくない。

だから、自分の気持ちがわからないという気持ちにも、嘘はつきたくない。

陽乃さんは、ただ俺の目を見つめている。

八幡「俺は、俺の気持ちに自信がありません。雪ノ下さんと一緒にいた一週間は楽しかったです。

   でも、それだけで好きだっていうんじゃ、今までと何も変わらない。

   自分の気持ちが曖昧なまま返事をしてしまうのは、雪ノ下さんの気持ちに応えるってことにはならないと思うんです」

陽乃「……答えは、いつ出るの?」

八幡「……わかりません。だけど、出来るだけ早く出します」

陽乃「比企谷君、自分がすっごく都合の良いこと言ってるって自覚……ある?」

陽乃さんの声色が冷たくなる。

八幡「……はい」

その迫力に気おされそうになる。

陽乃「ふーん。それがわかってて……、それでも、私に待てって言うんだね」

怒らせるかもしれないことは承知の上だ。

これで愛想をつかされて嫌われたとしても、俺に文句を言う資格はない。

八幡「それでも……です。それでも、俺が答えを出すまで、待っていてもらえませんか?」

視線が交錯し、部室に沈黙が降りる。

空気が張り詰めていくのがわかる。

心臓の鼓動が痛いくらいに耳に響く。

お互いに瞬きもせずに、ただ相手の目を見つめ続ける。

どれくらいの間、そうしていただろうか。

ふいに陽乃さんが視線をそらし、ふぅと息を吐いた。

陽乃「……ほんと不器用だね、君は。でも、そんなところも好きになっちゃったんだもんね」

張り詰めていた空気が急速に弛緩する。

陽乃「しょうがない、比企谷君の中で答えが出るまで待っててあげる。お姉さんだからね」

陽乃さんは困ったような笑顔でそう言ってくれた。

八幡「あ、ありがとうございます!」

陽乃「ただし、黙って待ってるだけじゃないからね! 

   比企谷君がこっちに転ぶように、どんどんモーションかけちゃうんだから」

八幡「なっ!」

笑いながらとんでもないことを言うな、この人は。

流されない自信がないんですけど。

頑張れ、俺の理性。

陽乃「あ、それから。待っててあげる代わりに、ひとつだけ条件」

ぴんと人差し指を立てる陽乃さん。

八幡「……何です?」

相手が陽乃さんだけに、どんな条件が来るか怖いところだが、こんなひどい注文をしたんだから、

条件の一つくらい呑まなくては割に合わないだろう。

陽乃「な・ま・え」

八幡「へ」

陽乃「呼び方だよ、呼び方。最初に言ったでしょ、好きな人には名前で呼んで欲しいって」

八幡「あ、あの時は完全に冗談だったじゃないですか」

陽乃「あの時は確かに冗談だったけど、今は冗談じゃなくなったよ」

八幡「うぅ……」

ニコニコとご機嫌な陽乃さん。

そういう真っ直ぐな台詞は断りづらいので勘弁してもらいたい。

八幡「いや、でも……」

陽乃「名前で呼んでくれないなら、もう待ってあげない。

   比企谷君に振られたショックで水商売の世界に飛び込んでやるんだから」

いや、ちょっと極端すぎるでしょ。

しかも水じゃなくて、水商売に飛び込むのかよ。

しかも、陽乃さんなら、楽勝でナンバー1ホステスとかになりそうだし。

まぁ、冗談にしても、そんなことを言われては折れるしかない。

八幡「わ、わかりました。善処します」

陽乃「ほんとに! やったー!」

俺の答えを聞いた陽乃さんは目を輝かせる。

陽乃「じゃあ、今呼んで!」

八幡「今!?」

ちょっと展開速いよ!

そういうのは徐々にならさないと!

熱いお風呂は足先から順番に入れって母ちゃんに言われたでしょ!

陽乃「善処するって言ったー。あぁーあ、あれは嘘だったんだー」

よよよ、と相変わらずわかりやすい嘘泣きをする陽乃さん。

八幡「呼びます! 呼びますから!」

男は女の涙には勝てない生き物なのだと痛感する。

たとえそれが嘘泣きであっても。

陽乃さんはわくわくした表情で俺を見る。

八幡「……の……さん」

陽乃「聞こえなーい」

八幡「……るの、さん」

陽乃「聞こえなーーい」

八幡「……陽乃さん」

陽乃「全然、聞こえなーーーい!」


あぁ、もう!


八幡「陽乃さん!!」


陽乃「なーーに、八幡?」

――。

――――。

――――――っ!!

くそ、不意打ちだ。

赤くなる顔を腕で覆い隠し、あさっての方を向く。

横目で陽乃さんの様子を確認すると、悪びれることもなく微笑んでいる。

悪戯が成功した子供のような無邪気なその笑みに思わず見蕩れてしまう。



その笑顔を見て、ふと思ってしまう。


――――猫耳も悪くないな。


あぁくそ、変な趣味に目覚めたらどうしよう――。

エピローグ
八幡レンタル~延長1週間後~

~駅前 喫茶店~

陽乃「八幡!」

八幡「陽乃さん、お待たせしました」

陽乃さんと呼ぶのも、八幡と呼ばれるのもようやく慣れてきた。

今日は駅前の喫茶店で待ち合わせだ。

あれから、どうなったかというと。

次の日の放課後、俺と陽乃さんは部室で雪ノ下たちに経緯を話して、レンタル期間の延長を申し出た。

俺が明確な返事をしなかったことを知った時の雪ノ下と由比ヶ浜の「このドヘタレチキン野郎が!」

みたいな視線は一生忘れないだろう。

とにかく、雪ノ下は合意の上ならともう一週間の延長をオーケーしてくれた。

その後は学業や部活に支障が出ない程度にお付き合いをしながら、

俺が答えを出すというのが当面の方針だ。

陽乃「今日はどうしよっか。レンタル期間も今日で最後だし、目一杯遊ばないとね」

俺が注文したカフェオレに砂糖二つとミルクを入れてくれる陽乃さん。

以前に注文したときに、砂糖の数とミルクの量を覚えてくれたらしい。

何それ、もしかして俺のこと好きなの?

勘違いしちゃうよ?

などという、いつもの自虐ネタも、もう使えないのは寂しい限りだ。

八幡「あ、その前に、ちょっと気になってることがあったんですけど、聞いていいですか」

陽乃「なに? 改まって」

そう、ずっとひっかかっていることがあるのだ。

八幡「陽乃さん、この間は雪ノ下に騙されて猫又の格好をしてたんですよね」

陽乃「何かと思ったらその話? もう恥ずかしいからやめようよ~」

恥ずかしそうに笑う陽乃さん。

八幡「あれ、嘘ですよね」

言った途端、温かかった陽乃さんの笑顔が冷たくなっていく。

おぉ、笑顔に温度ってあったんだー、知らなかったなー。

陽乃「八幡は何が言いたいのかな?」

感情のこもらない言葉が怖い。

しかし、ここまで来たら聞いてしまわないと落ち着かない。

八幡「雪ノ下に騙されたことですよ。

   いくら気が動転していたからって、陽乃さんがあんなコスプレをするなんて考えにくいです。

   むしろ、雪ノ下の嘘を逆に利用したって考えた方がしっくり来ます」

落ち着いて考えれば、そちらの方がよほど現実味がある。

陽乃「八幡、世の中には知らないでいいことだってあるんだよ」

あれ、それって知っちゃいけない秘密を知ったキャラが殺されるときの台詞じゃね?

なに? 

俺、こんな真昼間の喫茶店で人生を終えるの?

しかも俺のことが好きだって言った人に殺されるの?

やだ、俺の人生波乱万丈!

陽乃「ほんと君は何でもわかっちゃうんだねぇ」

ふっと、表情を緩める陽乃さん。

いや、さっきからずっと笑顔は笑顔だったんだけどね。

陽乃「まぁ、そうだね。雪乃ちゃんが何か仕掛けてくれそうだったから、それに乗ったって感じかな。

   八幡の家で告白したとき、八幡が私を恋愛対象として見てないのがわかっちゃったからね。

   ここは雪乃ちゃんの力を借りようかなーってね」

確かに今になって振り返って見ると、陽乃さんが家に来た時の俺の対応は相当ひどかった。

あぁ、でも、と陽乃さんは付け加える。

陽乃「雪乃ちゃんだって、私が本気で騙されたとは思ってなかったと思うよ。

   自分の策に乗ったんだなって思ってたんじゃないかな」

え、何それ。

じゃあ、姉妹で騙しあいながら、お互いに騙されてる振りしてたってことか。

何この姉妹、マジで怖い。

陽乃「どう、納得できた?」

無邪気な笑顔で聞いてくる陽乃さん。

八幡「……後悔しました」

陽乃「ふふ、これに懲りたら余計なことに首を突っ込まないことだね」

八幡「反省します」

底まで見通したはずの穴の奥には、さらなる暗闇の世界が広がっていた。

深遠を覗き込むものは深遠に覗き込まれているとかなんとか。

これ以上、深入りは止めておこう。

人は太陽の下で生きるものだ。

陽乃「じゃあ、閑話休題。今日はどこ行こっか」

外の寒さとは裏腹に、春の陽光のような笑顔で陽乃さんが言う。

八幡「すいません、もうひとついいですか」

だが、聞きたかったことはこれだけではない。

むしろもうひとつの方が重要だ。

陽乃「もう、今日は質問攻めだね。いいよ、何?」

八幡「何で俺なんか好きになったんですか?」

陽乃「八幡、アウトー!」

間髪入れずに陽乃さんからアウト宣言が入る。

八幡「え、いや、なんで?」

陽乃「ダメだよ、八幡。そういうこと聞いちゃあ」

え、そうなの?

だって気になるじゃん。

八幡「いやだって、そこを教えてもらわないと、納得できないというか。

自分じゃ陽乃さんに好きになってもらえるところなんて思いつきませんし」

陽乃「も~、八幡は心配性だなぁ」

そう言うと陽乃さんはテーブルの上で腕を組んで考え始める。

あ、答えてはくれるのか。

陽乃「そうだねぇ。確かにレンタルを始めた頃は、

   雪乃ちゃんを焚きつけようっていうのがメインだったかなぁ」

そんなこと考えてたのかよ、初耳過ぎるぞ。

陽乃「でも、一緒にいるうちに楽しいなーって思って、色んな顔をする八幡にどんどん惹かれていって、

   気づいたらずっと一緒にいたいなぁって思うようになって。

   だから、どこが好きかって言われると、全部ってことになっちゃうのかなぁ」

うわ、ちょっと待って。

すごく恥ずかしい。

顔が赤くなってるのがわかる。

何でこの人、恥ずかしげもなくそんな台詞を言えるんだ。

陽乃「どうしたの~、八幡。自分から聞いておいて恥ずかしくなっちゃった?」

嗜虐的な笑みを浮かべる陽乃さん。

この人、こういうときは本当に生き生きしてるな。

陽乃「あ、でも、きっかけはやっぱりあれかな」

八幡「……なんですか?」

陽乃「……ん~、やっぱりこれは秘密」

そう言って陽乃さんは、口に人差し指をつける。

八幡「ちょ、気になるじゃないですか」

陽乃「それより、今日どうするか決めようよ。早く決めないと時間が勿体無いよ」

追求しようとする俺を陽乃さんが誤魔化す。

八幡「そこまで言って秘密はないでしょう」

陽乃「秘密って言ったら秘密なの。

   あ、じゃあ、予定は外歩きながら決めようよ。

   すいませーん、お会計ー」

そう言うと、伝票を持ってさっさとレジへ向かう陽乃さん。

八幡「あ、自分の分は払いますからね!」

レジへ向かう陽乃さんに声を掛けながら、

まだ口をつけていないカフェオレを急いで口に運ぶ。

八幡「あちっ!」

予想以上に熱かったカフェオレが舌の上で暴れる。

陽乃「何してるのー。置いてくよー、王子様ー」

喫茶店の扉を開けて陽乃さんが呼ぶ。

外の雑踏の音にかき消されて、後半は聞き取れなかったけれど。

置いていかれてはたまらない、残りのカフェオレは諦めて出口へ向かう。

出口でこちらに手を振る陽乃さん。

輝くような笑顔の後ろから、陽の光が差し込む。

陽光の眩しさに思わず目がくらむ。

きっと、この眩しさに目が慣れる頃には、俺の中の答えも出ているだろう。

そう思いながら、俺は陽光に向かって一歩を踏み出した。





八幡レンタル  ~了~

八幡レンタル終了です。

ここまでお付き合いくださった方、レスをくださった方、
本当にありがとうございました。

SSは書くのも上げるのも初めてで、不慣れな点、不快な点が多々あったかと思います。
この場を借りて、お詫びさせていただきます。

投稿していく中で反応が見えるのが、すごくどきどきしました。
感想などいただけると、画面の前で喜びますので、よろしくおねがいします!

次に上げるものは全然決まっていないですが、
また、お会いすることがあれば、よろしくしてやってください!

本編とは直接関係ないんですが、一応、話の整合性取るために書いた、

7日目の雪乃視点とかあるんですが、需要ありますかね??

ありがとうございます。

おまけですので、過度な期待はせずにお待ちください。

おまけ
~雪乃side(レンタル7日目)~

部室の鍵を返却し、帰路に着く。

歩きながら姉さんに電話をかける。

私から姉さんに電話をかけることなんて滅多にない。

長いコールの後、姉さんの声が聞こえてきた。

陽乃「もしもしー、雪乃ちゃんから電話くれるなんて珍しいねー。お姉ちゃん、嬉しいなー」

声音こそ普段と同じだけど、いつもの外面にひびが入っている。

雪乃「今、どこにいるの」

陽乃「んー、どうしたのかなぁ。お姉ちゃんに会いたくなっちゃった?」

雪乃「いいから答えなさい。比企谷君との約束をすっぽかしてどこにいるのかと聞いているのよ」

そう問い詰めると、電話の向こうでわずかに息を呑む音が聞こえた。

陽乃「ちょっと急用が出来ちゃってね。今、お父さんのお友達のところに行かなきゃいけなくなって」

雪乃「嘘ね。実家関連の予定は確認してあるわ」

向こうの言い訳に、間髪入れずにカマをかける。

陽乃「……」

雪乃「実家にいるのね。すぐに行くから待っていてちょうだい」

陽乃「あ、ちょっと雪乃ちゃ――」

姉さんが次の言い訳を始める前にこちらの用件を伝えて電話を切った。

実家に戻り、姉さんの部屋へと直行する。

軽くノックをして扉を開ける。

陽乃「ひゃっはろー、雪乃ちゃん」

雪乃「失礼するわ、姉さん」

ベッドに腰掛けた姉さんが、由比ヶ浜さんのような挨拶をしてくる。

それにしても、由比ヶ浜さんのあの挨拶って何でこんなに拡散しているのかしら。

たまに、勢いで返してしまいそうになるから、止めて欲しいのだけど。

陽乃「もー、急に来るって言うから、お姉ちゃんびっくりしたよ。それで、どうしたの」

変わったことはないように見せようとしているけれど、普段は薄いメイクが今日はしっかりとされているし、

充血した目はメイクでは誤魔化せていない。

雪乃「どうしたはこちらの台詞よ。どうして比企谷君との約束をすっぽかしたの」

陽乃「んー、ちょっと今日はそういう気分じゃなくなっちゃって」

雪乃「それなら、そう言えば良かったじゃない。姉さんの内面なんて、

   彼にはとっくにバレているのだし、素直にそう言ったって何も問題はないわ」

私の追及を姉さんは黙って聞いている。

雪乃「そういう断り方は、彼に否定を思わせるような理由は使いたくなかった。違うかしら」

姉さんはじっと俯いて、反論のひとつもしてこない。

普段からは信じられないほどに大人しくて弱々しい。

これが本当に私の姉なのだろうか。

雪乃「姉さん、何があったか話してくれないかしら」

陽乃「雪乃ちゃん……」

姉さんの視線は、その心を表すかのように私と床の間を迷っていた。

やがて姉さんは、私に向かって何かを言おうとして、また口をつぐんだ。

その姿に、あの姉さんが、完璧で私にないものを全て持っているような雪ノ下陽乃が、

真剣に悩んでいるのだとわかる。




雪乃「……フられた?」



私の言葉に、姉さんの体が硬直する。

こわごわと私の方に向き直る。

雪乃「わかるわよ、それくらい」

推測が当たったことに、ふっと息が漏れる。

特段、名推理というわけではない。

おかしいと思ったのは、昨日に限って、うっとおしいくらいに送られてきていたメールが一通も来なかったことだ。

姉さんは比企谷君と遊んだ内容や撮った写真を、携帯でうっとうしいくらいに送ってきていた。

だから、比企谷君に報告書を提出してもらうまでもなく、私は彼の行動を把握していた。

彼が何を報告して何を報告しないかに興味があって、報告を続けてもらっていた。

彼の報告書の適当さ加減には呆れるけれど、あんな内容をそのまま書かれても由比ヶ浜さんが発狂しそうだし、

彼にしてはいい判断だったのかもしれない。

メールの内容は、はじめは私を挑発するように、

けれど、徐々に単なるノロケのように変わっていったように思う。

姉さん自身もその変化には気づいていないかったのかもしれない。

だけど、彼との写真の中にいる姉さんは、今まで見たどんな姉さんとも違っていた。

その変化に予感するものはあった。

そして昨日はメールが一通もなく、今日はレンタルをキャンセルし、加えて比企谷君の罰の悪そうな態度、

おまけに姉さんのこの惨状と来れば、色事に疎い私でも察しはつく



陽乃「雪乃ちゃん、わたし……、わたし…………、あ、あぁ、あぁぁぁ」


一気に感情のタガが外れたのか、姉さんの目から大粒の涙が溢れ出す。

それを両手で拭う様子は、まるで子供のよう。

雪乃「姉さん……」

隣に座り、肩を抱き寄せる。

そう、予感はしていた。
姉さんは、もう自分の気持ちに答えを与えてしまったのではないかと。

一週間という短い期間。

それでも、姉さんにとっては答えを出すのに十分な時間だったのだ。

私はというと。

まだ、彼への気持ちを量りかねている。

好意はある、と自覚はしている。

だけど、人付き合いの経験が浅い私には、

それが友愛に起因するものなのか、恋愛に由来するものなのか、見極められずにいる。

いえ、きっとそれも違う。

本当は向き合うことから逃げているだけなのだろう。

あんなにすれ違ってしまった私たちだから。

強く踏み出せばまた関係が壊れるのではないかと、自分の気持ちと向き合えずにいるんだ。

小刻みに揺れる姉さんの肩。

こんなに弱った姉さんを見るのは、生まれて初めてだった。

私にとっての姉さんはいつも強くて、どんなときでも輝いていて、

その後姿に嫉妬しながらも憧れた。

だけど、それが今はこんなにも普通の女の子のように、恋に傷ついている。

でも、そんな風に傷ついた彼女が、私には眩しく映った。

真摯に自分と向き合った彼女は、

一歩を踏み出す勇気を持った姉さんは、

今までで一番輝いて見えた。

雪乃「落ち着いた?」

顔を上げた姉さんに問いかける。

陽乃「……うん、ごめんね。みっともないところ見せちゃって」

姉さんの声は、もう落ち着いている。

雪乃「いいのよ。家族なのだから」

陽乃「……うん、ありがと」

感謝を告げる姉さんの顔は、とても穏やかだった。

雪乃「さて、それじゃあ、詳しく聞かせてもらえるかしら。傾向と対策を練らないといけないから」

そう、そのために私はここに来たのだから。

姉さんは顔の前で両手を振る。

陽乃「い、いいよいいよ。終わったことだし、もういつも通りだし、ね」

姉さんは右腕で力こぶを作って見せるけれど、そんなに簡単にふっ切れるはずがない。

雪乃「ここで諦めるの? 一度振られたくらいで、もう諦めてしまうのかしら」

陽乃「雪乃ちゃんは……、知らないんだよ」

追及する私に、姉さんは咎める様な視線を向ける。

陽乃「告白するのに、どれだけ勇気がいるか。……断られたとき、どれだけ辛いか。

   まぁ、私も昨日初めて知ったんだけど」

姉さんは、これは今まで告白してきた男の子に悪いことしたなぁ、などと力無く笑う。

そうかもしれない、と思う。

私も告白をされたことはあっても、自分から告白をしたことはない。

彼に対する思いも、未だに自分の中で結論を出せずにいる。

結論が出たとしても、いざその時になって踏み出す勇気が自分にあるのか、自信はない。

でも、だからこそ、一週間足らずで自分の思いと向き合い、答えを出した姉を素直に尊敬する。

雪乃「……辛いから、痛みを知ったから、もう挑戦しないというの」

陽乃「いけない?」

でも、だからこそ、ここで止まることは許さない。

雪乃「一度で手に入らなかったから、諦めてしまうというの」

陽乃「あんな思いをもう一度しろって言うの」

それは、認められない。

雪乃「……許さないわ」

そんなことは承服できない。

雪乃「高い壁だろうと挑戦して、どんな手段を使ってでも欲しいものは手に入れる。

   それが、私の見てきた、私が憧れた雪ノ下陽乃よ」

陽乃「雪乃、ちゃん」

その姿に憧れた者への責任があるはずだ。

雪乃「今回もそうしなさい。あなたが簡単に諦めるなんて、絶対に許さないわ」

だって――。


雪乃「だって」


あなたは―――。


雪乃「だって、あなたは、この雪ノ下雪乃の姉なのでしょう!?」


立ち上がって叫ぶように、悲鳴のように絞り出した言葉。

大声を出したことで息が乱れる。

本当に私は体力がない。

息を整えていると、立ち上がった姉さんにそっと抱き寄せられる。

雪乃「姉さん」

陽乃「頼りないお姉ちゃんでごめんね。無理、させちゃったね」

そう言って微笑む顔からは、迷いが消えていた。

その後、姉さんから昨日の経緯を聞いた。

雪乃「ずいぶんと急な流れで告白したものね」

陽乃「振り返ってみると自分でもそう思う。

でもね、あの時は何だか気持ちが盛り上がっちゃって、気がついたら口が動いちゃってて」

姉さんらしからぬ、と思うけれど、恋とはそういうものなのかもしれない。

自分が自分でなくなるほどに誰かのことを思う、恋とはそういう激しさを持っているのかもしれない。

逆に言えば、それをまだ知らない私は、恋を知らないということになるのだろう。

姉さんの場合、比企谷君の反応を見て探りを入れたということも考えられないこともないけれど。

それにしても、

雪乃「逃げたのね、あの男。軟弱な」

陽乃「逃げた、のかなぁ。私は遠回りに断られたんだとばかり思ったけど」

客観的に見ればただの逃げでしかない。

姉さんが気づかなかったのが不思議だけれど、案外、当事者だと盲目的になるものなのかしら。

雪乃「逃げたのよ。あの男は自分自身の評価が低いから、

   姉さんみたいな人が本気で自分に告白してくるはずがないと思った。

   そして、他の可能性を考慮していった結果、姉さんのいつもの冗談だと結論づけたのでしょう」

陽乃「おぉ、雪乃ちゃん、すごい分析力だね」

感心したような声で、姉さんがぱちぱちと手を叩く。

陽乃「ねぇ、雪乃ちゃんって、ひょっとして」

雪乃「茶化さないで。もしそうなら、いくら姉さんでもこんなことはしていないわ」

まだ自分の気持ちがわからないのよ、と心の中で呟く。

雪乃「さて、そうなると、彼を真剣に向き合わせないといけないわね」

陽乃「う~ん、どうしよう」

雪乃「人をからかってばかりいるから、そういうことになるのよ」

陽乃「うぅ、今日ばかりは反論できない……」

雪乃「大丈夫、ひとつ策があるわ」

陽乃「ほんと?」

雪乃「ええ。奉仕部部長を信じなさい」

根本的に姉さんが嫌われていて断られたのだったら、

あるいは無理かもしれないと思ったけれど、これならむしろ簡単だと思う。

姉さんにはちょっと高いハードルを越えてもらうことになるけれど、姉さんが本気なら乗ってくるだろう。

陽乃「それで、どうすればいいの? 雪乃ちゃん」

雪乃「それは―――」



おまけ
雪乃side(レンタル7日目)  ~了~ 

本編 延長1日目に繋がります。

以上で、本当に終了です!!

お付き合いいただき、ありがとうございました!!

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年11月16日 (日) 13:34:45   ID: nQtRahuz

結局、はるのんは八幡と付き合えたのかな?

2 :  SS好きの774さん   2014年11月27日 (木) 23:14:23   ID: WcUHlyHz

十中八九付き合うな、作中の表現的に。
この作品書いた人みたいなスレ主が増えたらそれは、とっても嬉しいなって

3 :  SS好きの774さん   2015年02月23日 (月) 04:27:42   ID: FnWRDPj9

おもしろかった!
もっとあねのんss増えないかなぁ

4 :  SS好きの774さん   2019年02月27日 (水) 19:28:11   ID: fWwCiokW

八幡の感情の揺れが激しすぎて
キャラ崩壊起こしとる

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom